主文 1 一審原告16-2及び一審原告16-3並びに一審被告東電の各控訴に基づき、原判決中、一審原告16-4、一審原告17-4及び一審原告17-5(以下、本主文において、この3名を併せて「一審原告16-4ら3名」という。)以外の一審原告らの一審被告東電に係る請求部分を次のとおり変更する。 ⑴ 一審被告東電は、一審原告16-4ら3名以外の一審原告らに対し、別紙3認容額等一覧表の「原告番号」欄記載の各一審原告に係る同別紙「認容額」欄記載の各金員及びこれに対する平成23年3月11日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 ⑵ 一審原告16-4ら3名以外の一審原告らの一審被告東電に対するその余の請求をいずれも棄却する。 2⑴ 一審被告国の控訴に基づき、原判決中一審被告国の敗訴部分を取り消す。 ⑵ 一審原告16-4ら3名以外の一審原告らの一審被告国に対する請求をいずれも棄却する。 3 一審原告16-2、一審原告16-3以外の一審原告らの控訴をいずれも棄却する。 4 一審原告16-2、一審原告16-3及び一審被告東電のその余の控訴をいずれも棄却する。 5 訴訟費用は、⑴ 一審原告16-4ら3名と一審被告らとの間で生じた訴訟費用は、第1、2審とも一審原告16-4ら3名の負担とし、⑵ 一審原告16-4ら3名以外の一審原告らと一審被告国との間で生じた費用は、第1、2審とも当該一審原告らの負担とし、⑶ 一審原告16-4ら3名以外の一審原告らと一審被告東電との間 で生じた費用は、第1、2審とも、別紙3認容額等一覧表の「訴訟費用負担割合」欄記載の割合の費用を当該各一審原告の負担とし、その余を一審被告東電の負担とする。 6 この判決は、第1項⑴に限り、仮に執行することができる。ただし、一審被告東電が、 一覧表の「訴訟費用負担割合」欄記載の割合の費用を当該各一審原告の負担とし、その余を一審被告東電の負担とする。 6 この判決は、第1項⑴に限り、仮に執行することができる。ただし、一審被告東電が、一審原告16-4ら3名以外の一審原告らに対し、各一審原告に係る別紙3認容額等一覧表の「担保額」欄記載の各金員の担保を供したときは、一審被告東電は、当該担保を供した一審原告との関係でその執行を免れることができる。 (この頁において以下余白) 事実及び理由 (以下、略語は、新たに定義しない限り原判決の例による。)第1章控訴の趣旨及び事案の概要第1節控訴の趣旨第1 一審原告らの控訴の趣旨 1 原判決中一審原告らの敗訴部分を取り消す。 2 一審被告らは、連帯して、別紙4の「原告番号」欄記載の各一審原告に対し、同別紙の各一審原告に係る「不服申立額」欄記載の各金員及びこれに対する平成23年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 一審被告東電の控訴の趣旨 1 原判決中一審被告東電の敗訴部分を取り消す。 2 前項の取消部分に係る一審原告らの請求をいずれも棄却する。 第3 一審被告国の控訴の趣旨 1 原判決中一審被告国の敗訴部分を取り消す。 2 前項の取消部分に係る一審原告らの請求をいずれも棄却する。 第2節事案の概要第1 事案の要旨本件は、平成23年3月11日当時、福島県福島市、郡山市、いわき市又は田村市に居住していた(ただし、一部未出生の者がいる。)一審原告ら47名が、同日に発生した東北地方太平洋沖地震(本件地震)及びこれに伴う津波(本件津波、本件地震と併せて本件震災)に伴い福島第一原子力発電所(本件原発)から放射性物質が放出される等の事故(本件事故)が発生したことによって避難を余儀な 平洋沖地震(本件地震)及びこれに伴う津波(本件津波、本件地震と併せて本件震災)に伴い福島第一原子力発電所(本件原発)から放射性物質が放出される等の事故(本件事故)が発生したことによって避難を余儀なくされ、これに伴う各種損害が生じたと主張して、本件原発を設置、運転していた一審被告東電に対しては、原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)3条1項、民法709条又は同法717条1項に基づき、一審被告国に対しては、本件原発の敷地高を超える津波を予見しながら規制権限の行使を怠った違法がある等と主 張して国家賠償法(国賠法)1条1項に基づき、連帯して、損害の一部請求として、別紙3認容額等一覧表の「原告番号」欄記載の各一審原告に係る同一覧表の「請求額」欄記載の各損害賠償金(合計請求額6億3468万3800円)及びこれに対する本件事故が発生した日である平成23年3月11日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 なお、亡一審原告9-7は、原審係属中である平成▲年▲月▲日に死亡し、その相続人である一審原告9-1がその地位を承継した。 第2 原判決及び控訴の概要原審は、一審原告16-2、同16-3、同16-4、同17-4及び同17-5の請求を全部棄却し、その余の一審原告らの請求について、一審被告東電は原賠法3条1項、一審被告国は国賠法1条1項に基づき、原判決別紙認容額等一覧表の「認容額」欄記載のとおり、請求額の一部を連帯して支払うことを命じる一部認容判決をした。 一審原告らは、原判決を不服として、いずれも本件各控訴を提起した。なお、一審原告らの不服の範囲は、別紙4の「不服申立額」欄記載のとおりである(一審原告8、一審原告17-4及び同17-5は敗訴部分の全部、 原告らは、原判決を不服として、いずれも本件各控訴を提起した。なお、一審原告らの不服の範囲は、別紙4の「不服申立額」欄記載のとおりである(一審原告8、一審原告17-4及び同17-5は敗訴部分の全部、その他の一審原告らは、請求金額から原審認容額を控除し、さらに1人につき440万円(一審原告9-1については、同9-7の分を合計した880万円)を控除した金額)。 一審被告東電及び一審被告国は、いずれもその敗訴部分を不服として、本件各控訴を提起した。 第3 前提事実 1 本件争点に対する判断の前提となる事実(前提事実)は、後記2のとおり補正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の第二章第二の一ないし八(原判決34頁14行目から同109頁22行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。 2 原判決の補正⑴ 原判決102頁7行目の「第四次追補」の次に「を、令和4年12月20日に中間指針第五次追補」を、同8行目の「36、」の次に「287」をそれぞれ加える。 ⑵ 同104頁15行目末尾に改行の上、次のとおり加える。 「 中間指針第五次追補は、同第四次追補の策定・公表後、各地で提起された本件事故に係る損害賠償請求訴訟が進行し、令和4年3月の最高裁判所の決定により、7件の集団訴訟が確定したことから、これらの確定判決で認定された精神的損害に対する慰謝料の考え方や金額等を踏まえ、中間指針の見直しを行ったものである。すなわち、過酷避難状況による精神的損害、生活基盤の喪失・変容による精神的損害、相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害、精神的損害の増額事由及び自主的避難等対象区域からの避難者の損害について、指針の見直しを行ったものとなっている。 具体的には、緊急時避難準備区域については、①避難費 安に基礎を置く精神的損害、精神的損害の増額事由及び自主的避難等対象区域からの避難者の損害について、指針の見直しを行ったものとなっている。 具体的には、緊急時避難準備区域については、①避難費用・日常生活阻害慰謝料は、特段の事情がある場合を除き平成24年8月末までを賠償の対象となる期間の目安とし、賠償額は一人当たり月額10万円を目安とすること、②生活基盤変容による精神的損害として一人50万円を目安とすべきこととされた。(乙ニ共287)」⑶ 同106頁13行目末尾に改行の上、次のとおり加える。 「 また、中間指針第五次追補では、自主的避難等対象区域内に住居があった者のうち子供及び妊婦以外の者について、生活費の増加費用、精神的損害及び移動費用を合算した額として、賠償されるべき損害額の目安額を一人20万円に改め、既に支払われている8万円の賠償金については当該20万円から控除することができるものとされた。なお、子供及び妊婦の自主的避難等対象者については、中間指針第五次追補による賠償額の変更は ない。(乙ニ共287)」⑷ 同108頁14行目の末尾に改行の上、次のとおり加え、同15行目の「89、」の次に「287、」を加える。 「 一審被告東電は、中間指針第五次追補が公表されたことを踏まえ、自主賠償基準を一部改定した。すなわち、自主的避難等対象区域からの避難者に対する賠償(自主的避難等に係る損害関係)として、子供及び妊婦以外の者について一人当たり12万円から20万円に増額した。子供及び妊婦については一人当たり72万円であり、同第五次追補による変更はない。」⑸ 同108頁21行目の「124、」の次に「287、」を加え、同行目の末尾に改行の上、次のとおり加える。 「 一審被告東電は、中間指針第五次追補の公表を踏まえ、旧緊急時避 による変更はない。」⑸ 同108頁21行目の「124、」の次に「287、」を加え、同行目の末尾に改行の上、次のとおり加える。 「 一審被告東電は、中間指針第五次追補の公表を踏まえ、旧緊急時避難準備区域からの避難者に対する自主賠償基準を一部改定した。すなわち、同区域からの避難者に対する精神的損害等の賠償額を一人当たり180万円から230万円に増額した。これは、中間指針第五次追補策定以前の中間指針において、日常生活阻害慰謝料として180万円の賠償が規定されていたことに加え、同第五次追補において生活基盤変容慰謝料として50万円が賠償基準に盛り込まれたことを踏まえたものである。 3 一審被告東電の一審原告らに対する既払賠償金一審被告東電は、一審原告らに対し、本件事故後現在までに、本件事故による賠償金として、別紙5記載の各金員を支払った(乙ニ共240、259、弁論の全趣旨)。」第2章争点及びこれに関する当事者の主張本件の主たる争点及びこれに関する当事者の主張は、後記第1節のとおり、当審における当事者の補充主張を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の第三章(原判決109頁23行目から同24行目まで)の引用する原判決別冊に記載のとおりであるから、これを引用する。 第1節当審における当事者の補充主張第1 一審被告国の責任についての補充主張 1 一審原告らの主張⑴ 最高裁判所令和3年(受)第1205号・同4年6月17日第二小法廷判決・裁判集民事268号37頁(以下「令和4年最判」という。)の多数意見は、本件事故以前の原子炉施設の安全対策における津波対策は、安全設備等が設置される原子炉施設の敷地を想定される津波の水位より高い場所とすること等によって、上記敷地が浸水することを防ぐという考え方を基本とするものであ 原子炉施設の安全対策における津波対策は、安全設備等が設置される原子炉施設の敷地を想定される津波の水位より高い場所とすること等によって、上記敷地が浸水することを防ぐという考え方を基本とするものであり、津波により上記敷地が浸水することが想定される場合には、防潮堤、防波堤等の構造物を設置することにより上記敷地への海水の浸入を防止することが対策の基本とされていたとした上で、本件事故以前において、津波により安全設備等が設置された原子炉施設の敷地が浸水することが想定される場合に、想定される津波による上記敷地の浸水を防ぐことができるように設計された防潮堤等を設置するという措置を講じるだけでは不十分であるとの考え方が有力であったことはうかがわれず、その他、本件事故以前の知見の下において、上記措置が原子炉施設の津波対策として不十分なものであったと解すべき事情はうかがわれないと判示して、津波対策として防潮堤等の設置のみが考慮されるものと断じている。また、令和4年最判は、想定される津波による原子炉施設の敷地の浸水を防ぐことができるよう設計された防潮堤等を設置するという措置は、本件事故以前に我が国における原子炉施設の津波対策の基本とされていたものであり、当時の知見の下においては、津波による原子炉施設の事故を防ぐための措置として合理的で確実なものであったといえる旨判示する。 ⑵ しかし、令和4年最判は、事実誤認に基づく誤った判断を示したものというべきである。 すなわち、防潮堤等の設置が津波対策として合理的かつ確実であるとの点 については、津波は自然現象であり未解明な点も多い上、津波の波力や漂流物の評価式についてはいまだ確立しているとはいえず、想定内の津波であっても防潮堤等が確実に機能する保証はない。また、防潮堤等の設置は、水密化等他の津波対策と あり未解明な点も多い上、津波の波力や漂流物の評価式についてはいまだ確立しているとはいえず、想定内の津波であっても防潮堤等が確実に機能する保証はない。また、防潮堤等の設置は、水密化等他の津波対策と比較して長期間を要する上に、費用も多額に上り、経済合理性の点からも合理的とはいえない。 次に、令和4年最判は、本件事故以前に、我が国における原子炉施設の主たる津波対策として、津波によって上記敷地が浸水することを前提とする防護の措置が採用された実績はうかがわれないと判示する。しかし、我が国でも、本件事故以前に、敷地の浸水を前提とする防護措置の実績はあったものである。すなわち、浜岡原子力発電所(以下「浜岡原発」という。)では、敷地前面に巨大な砂丘が存在するにもかかわらず、原子炉建屋等に防水構造の防護扉が設置されているし、東海第二原子力発電所(以下「東海第二原発」という。)でも、本件事故以前に、敷地が浸水することを前提とする防護の措置として、原子炉施設の水密化措置がとられている。 令和4年最判は、海外において敷地が浸水することを前提とする防護の措置が一般的に採用されていたこともうかがわれないとも判示するが、実際は、フランス・ルブレイエ原子力発電所等の海外の原子炉施設において、敷地の浸水を前提とする外部溢水対策が実施されており、この点でも上記判示には事実誤認がある。 ⑶ 以上のとおり、令和4年最判は、津波防護の対策に関する誤った事実認識を前提として、本件事故に関する結果回避可能性を否定したものであり、その判断は誤りである。そして、前記引用に係る原判決における一審原告らの主張のとおり、本件原発において、防潮堤等の設置のほか、主要建屋又は重要機器室等の水密化や電源設備の高所設置等の措置が採られていれば、本件事故のような全電源喪失の事態に至る 判決における一審原告らの主張のとおり、本件原発において、防潮堤等の設置のほか、主要建屋又は重要機器室等の水密化や電源設備の高所設置等の措置が採られていれば、本件事故のような全電源喪失の事態に至ることはなかったものであり、万が一にも重大事故が起きることがないように原子力事業者に重い責任を負わせると ともに、国に強力な規制権限を付与している原子力関係法令の趣旨・目的に照らせば、一審被告国には、敷地高を超える津波の襲来により本件原発の全電源喪失による重大事故を防ぐために、適時適切に規制権限を行使しなかった違法があるというべきである。 2 一審被告国の主張⑴ 令和4年最判は、本件事故について、一審被告国の国賠法1条1 項に基づく損害賠償責任を否定しているところ、これは、本件事故当時の科学的、専門的知見に照らせば、設計想定津波が敷地に浸入することが想定される場合には、防潮堤・防波堤等の設置により津波の敷地への浸入を防止してドライサイトを維持するというドライサイトコンセプトが、本件事故当時の我が国における原子炉施設の津波対策として採用されていたことを前提としているものと解される。 また、令和4年最判は、本件事故当時の科学的、専門技術的知見に照らした場合、防潮堤・防波堤等の設置により敷地内への津波の浸入を防ぐというドライサイトコンセプトは、合理的で確実なものとして我が国における津波対策の基本とされていたのに対し、防潮堤等の設置により敷地内への津波の浸入を防ぐことを前提とせず、主要建屋等が存在する敷地内に津波が浸入することを前提とする防護措置(水密化措置を含む。)が主たる津波対策として採用された実績があったことはうかがわれないこと等から、一審被告東電又は規制機関が防潮堤等の設置と併せて他の対策を検討した蓋然性は認められず、その結果 置(水密化措置を含む。)が主たる津波対策として採用された実績があったことはうかがわれないこと等から、一審被告東電又は規制機関が防潮堤等の設置と併せて他の対策を検討した蓋然性は認められず、その結果経済産業大臣が規制権限を行使していれば本件事故又はこれと同様の事故が発生しなかったであろうという関係を認めることはできないという判断を示したものと解される。この考え方からすれば、一審被告東電又は規制機関が、津波対策として、防潮堤などが完成する前の単独の水密化措置を講ずることを検討した蓋然性もあるとはいえないことになる。 上記のような令和4年最判の判断及び考え方は、本件事故当時の科学的、 専門技術的知見を前提として講じられるであろう津波対策という点について、一審被告国の主張と考え方を同じくするものであり、正当である。 ⑵ これに対し、一審原告らは、本件事故以前において、我が国でも、原子炉施設の敷地への浸水を前提とした水密化措置等の実績(浜岡原発、東海第二原発等)があった旨主張する。しかし、一審原告らが指摘する実績は、いずれも防潮堤等の設置を前提とした上で、更なる安全裕度の向上を目的としたものや、防潮堤等の設置によっても阻止し得ない軽微な浸水等に対する局所的・部分的な措置として講じられたものにすぎず、主たる津波対策として採用されたことを示すものではないから、一審原告らの主張には理由がない。 ⑶ そうすると、一審被告東電又は規制機関において、津波対策として、防潮堤等の設置に先立ち、主要建屋等が存在する敷地内に津波がそのまま浸入する事態を容認した上で、水密化措置のみによって津波を防護することを検討した蓋然性があるとはいえず、仮に、経済産業大臣が電業法に基づく規制権限を行使したとしても、本件原発の敷地への浸水を防ぐことができるように設計さ 上で、水密化措置のみによって津波を防護することを検討した蓋然性があるとはいえず、仮に、経済産業大臣が電業法に基づく規制権限を行使したとしても、本件原発の敷地への浸水を防ぐことができるように設計された防潮堤等を設置するという措置が採られた蓋然性が高いといえるから、一審被告国の規制権限不行使の違法をいう一審原告らの主張は理由がない。 第2 損害論についての補充主張 1 中間指針第五次追補について⑴ 一審被告東電の主張原賠紛争審査会は、令和4年12月20日、中間指針第五次追補を公表した。第五次追補の策定は、本件事故に係る7件の集団訴訟に関する控訴審判決が確定したことを契機として、中間指針等の見直しの要否の検討を経てなされたものであり、第五次追補の策定に当たり、原賠紛争審査会は、法律の学識経験者から専門委員を任命し、同専門委員が上記7件の確定判決の詳細な調査・分析を行った最終報告を踏まえて策定されたものである。 かかる策定経緯に鑑みると、第五次追補は、上記7件の確定済み高裁判決の分析結果を反映させたものであって、本件事故による被害の実態に即し、本件事故から一般的に生じた被害として類型的に把握される要素を網羅的に評価した結果として示されたものであるから、第五次追補による改定後の指針が示す損害額の目安は、類型的に把握することのできない個別の被害事実が明らかになっているような場合を除き、本件事故による損害の評価として十分な水準にあるものというべきである。 ⑵ 一審原告らの主張一審被告東電の主張は、否認ないし争う。 第五次追補を含む中間指針等においては、繰り返し賠償対象や賠償額を限定する趣旨でないことが明記されており、原賠法の改正の際に文部科学省が作成した報告書においても、指針はあくまで当事者間の交渉において自主的に を含む中間指針等においては、繰り返し賠償対象や賠償額を限定する趣旨でないことが明記されており、原賠法の改正の際に文部科学省が作成した報告書においても、指針はあくまで当事者間の交渉において自主的に参照されるべきものと位置付けている。このように、中間指針等は、自主的に参照される基準にすぎず、当事者及び裁判所に対する法的な拘束力を有しない。 一審被告東電は、第五次追補は、確定した7件の高裁判決の内容を踏まえた合理的なものである旨主張するが、自主的避難等対象区域からの避難者について第五次追補の定める慰謝料額は、上記7件の高裁判決が認めた慰謝料の水準を下回る極めて低額なものである。すなわち、第五次追補では、自主的避難等対象区域からの避難者(子供・妊婦以外の者)に対し、精神的損害、生活費の増加費用等を合算した金額として1人当たり20万円を賠償するとしているが、これは、上記7件の確定高裁判決の水準にも達しない極めて不十分なものにすぎず、かかる金額は、本件事故の被害者の損害全体を補するに足る水準にあるとは到底いえない。 ⑶ 一審被告国の主張一審被告東電の上記⑴の主張を援用する。 2 弁済の抗弁について⑴ 一審被告東電の主張ア弁済額の一部変更一審被告東電が、一審原告らに対してこれまでに支払った本件事故による賠償金の額は、別紙5のとおりである。なお、一部の一審原告らについて、原審で主張した弁済額を次のとおり変更する。 一審原告2-1:108万円から110万8800円に変更一審原告8:80万円から130万円に変更一審原告16-1:74万8000円から85万4136円に変更イ費目間、世帯構成員間での弁済充当同一の加害行為による財産的損害と精神的損害に係る不法行為による損害賠償請求権は、実体上の請求権と 原告16-1:74万8000円から85万4136円に変更イ費目間、世帯構成員間での弁済充当同一の加害行為による財産的損害と精神的損害に係る不法行為による損害賠償請求権は、実体上の請求権としては1個であり、訴訟物としても1個であるから、本件においても、まずは財産的損害・精神的損害を問わず、各一審原告が被った全損害を認定した上で、そこから一審被告東電がこれまでに支払った既払金全額を控除すべきである。それにもかかわらず、原判決は、費目間での充当を認めておらず不当である。 また、一審被告東電は、一審原告らに支払った既払金全額について、一審原告らの損害への充当を主張しているところ、原判決の判断は、上記充当方法にも反するものである。 本件事故により発生した損害賠償請求権は1個の請求権であること、一審被告東電は原子力損害の賠償を各世帯単位で行っていることに鑑みると、一審原告らが所属する世帯に対してなされた賠償額については、当該賠償金を受領した世帯構成員の受けた損害の認容額が既払賠償額を下回る場合には、当該差額は他の世帯構成員の未受領の損害賠償請求権に充当されるべきであり、このように世帯構成員間での弁済の充当が認められるべきである。 ⑵ 一審原告らの主張ア弁済額の一部変更について一審原告2-1に対する弁済について一審被告東電が、一審原告2-1に対し、自主的避難等対象区域からの避難者に対する直接賠償の12万円に加えて、ADR手続で解決した就労不能損害96万円及び同手続の弁護士費用2万8800円の合計110万8800円を支払ったことは認めるが、弁済としての効力は争う。 ADR手続において支払われた就労不能損害96万円及び弁護士費用2万8800円は、あくまで平成23年4月から平成24年3月分までの就労不能損害に関する 払ったことは認めるが、弁済としての効力は争う。 ADR手続において支払われた就労不能損害96万円及び弁護士費用2万8800円は、あくまで平成23年4月から平成24年3月分までの就労不能損害に関する合意であり、ADRの和解契約書においても、当該期間の損害項目について清算条項を定めて合意したものであるから、本件において一審原告2-1が請求するその他の損害について上記の98万8800円を弁済として充当することはできず、一審被告東電の主張は失当である。 一審原告8に対する弁済について一審被告東電が、一審原告8に対し、130万円を支払ったことは認めるが、弁済としての効力は争う。 一審原告16-1に対する弁済について一審被告東電が、一審原告16-1に対し、自主的避難等対象区域からの避難者に対する直接賠償の64万円に加えて、ADR手続での和解金額21万4136円(①検査交通費9080円、②ガイガーカウンター購入費用2万6334円、③平成27年3月末までの避難雑費10万8000円、④ADR手続の弁護士費用7万0722円)の合計85万4136円を支払ったことは認めるが、弁済としての効力は争う。ADRに基づき支払われた上記①②については、本件訴訟の請求には含まれていないので、そもそも控除することはできないし、上記④の弁護士費 用についても、ADRの和解契約における清算条項の効力により弁済の抗弁を主張することはできないから、一審原告らの主張は失当である。 イ費目間、世帯構成員間での弁済充当について費目間での弁済充当に関する一審被告東電の主張は争う。 一審被告東電は、政府の策定した中間指針を踏まえ、様々な項目にわたる具体的な賠償基準を策定・公表し、これに基づいて被害者からの直接請求又はADRにおいて和解契約を締結して賠償金の の主張は争う。 一審被告東電は、政府の策定した中間指針を踏まえ、様々な項目にわたる具体的な賠償基準を策定・公表し、これに基づいて被害者からの直接請求又はADRにおいて和解契約を締結して賠償金の支払を行ってきたものであり(特定支払)、一審原告らを含む本件事故の被害者も一審被告東電も、賠償基準に基づいて特定支払の行われた範囲では、当該特定支払の対象たる賠償項目については、後に蒸し返しがされないことを信頼していたものである。したがって、一審被告東電と一審原告らとの間において、費目ごとの充当合意があったものと解するのが当事者の合理的意思に合致する。 世帯構成員間での弁済充当に関する一審被告東電の主張は争う。 落ち度のない被害者が、個人として受領した賠償金を世帯構成員であるとの理由だけで相互に充当を認めるのは、個別賠償という近代市民法の大原則に反する。世帯の代表者が世帯内の他の構成員から委任を受け代理して請求することはあるが、あくまで代理しているにすぎず、その効果は当該世帯構成員個人に帰属するし、世帯構成員で被侵害利益が共通することもないから、世帯構成員間での弁済充当を求める一審被告東電の主張は失当である。 ⑶ 一審被告国の主張一審被告東電の上記⑴の主張(弁済の抗弁)を援用する。 第3章当裁判所の判断当裁判所は、一審原告16-4、一審原告17-4及び一審原告17-5(以下、この3名を併せて「一審原告16-4ら3名」という。)の一審被告らに対す る請求は、原審と同様にいずれも理由がないと判断するが、その余の一審原告らの請求については、原審と異なり、次のとおりとするのが相当であると判断する。 すなわち、①一審原告16-4ら3名以外の一審原告らの一審被告東電に対する請求は、主文の限度で理由があるから、一審原告16-2・3 については、原審と異なり、次のとおりとするのが相当であると判断する。 すなわち、①一審原告16-4ら3名以外の一審原告らの一審被告東電に対する請求は、主文の限度で理由があるから、一審原告16-2・3及び一審被告東電の各控訴に基づき、原判決中一審原告16-4ら3名以外の一審原告らの一審被告東電に対する請求部分を主文のとおり変更すべきである。②一審原告16-4ら3名以外の一審原告らの一審被告国に対する請求は理由がないから、一審被告国の控訴に基づき、原判決中一審被告国の敗訴部分を取り消し、同取消部分に係る上記一審原告らの請求をいずれも棄却すべきである。③一審原告16-2、一審原告16-3以外の一審原告らの控訴は、理由がないから、これをいずれも棄却すべきであり、一審原告16-2、一審原告16-3及び一審被告東電のその余の控訴は理由がないから、これをいずれも棄却すべきである。その理由は、次のとおりである。 第1節一審被告国の責任について第1 認定事実前記前提事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 1 本件原発の概要(前記前提事実)⑴ 本件原発は、一審被告東電が設置し運営する原子力発電所であり、福島県双葉郡a 町及びb町にまたがって所在している。 ⑵ 本件原発には、昭和46年から昭和54年にかけて順次運転が開始された1号機から6号機までの6基の原子炉が設置されており、いずれの原子炉も沸騰水型原子炉(BWR)である。本件原発の原子炉施設は、原子炉格納容器を収容する原子炉建屋、蒸気タービンのほか多くの電源設備を収容するタービン建屋、中央制御室の存するコントロール建屋等から構成されている。 ⑶ 本件原発の1号機から4号機までの各原子炉(以下、併せて「本件各原子炉」という。)に係る原子炉建屋、タービン建屋等の主 るタービン建屋、中央制御室の存するコントロール建屋等から構成されている。 ⑶ 本件原発の1号機から4号機までの各原子炉(以下、併せて「本件各原子炉」という。)に係る原子炉建屋、タービン建屋等の主要な建屋(以下「主要 建屋」という。)は、いずれもO.P.+10m(小名浜港工事基準面を基準とした海抜)の平らな土地上にあり、本件各原子炉は、北から南に向かって1号機から4号機の順に一列に設置されている(以下、主要建屋の敷地を「本件敷地」という。)。本件敷地の東側及び南東側は、海水をくみ上げるポンプ等の設備が設置されたO.P.+4mの区画等を挟んで海に面している。 ⑷ 本件各原子炉に係る原子炉施設(以下「本件各原子炉施設」という。)では、原子炉の運転により発電した電力や外部の変電所から供給される電力が利用されていたが、これらの電力をいずれも利用することができない場合に備えて、非常用ディーゼル発電機及びこれにより発電した電力を他の設備に供給するための電気設備(以下、併せて「本件非常用電源設備」という。)が主要建屋の中に設置されていた。また、本件原発においては、1・2号機、3・4号機、5・6号機と隣接するプラント間で互いに電源を融通し合えるように設計されていた。 2 原子力発電所の設計津波水位の評価方法に関する報告書の作成電力会社各社の事業者団体である電気事業連合会(電事連)では、津波評価のばらつきや安全裕度の技術的検討を行うこととされていたところ、様々な波源の調査やそれに基づく数値計算を行う高度化研究と、高度化研究の成果を踏まえ学問的見地から審議する体系化研究が行われることとなった。そして、電事連は、上記の体系化研究を土木学会に委託し、平成11年、土木学会原子力土木委員会に津波評価部会(土木学会津波評価部会)が設置された。同部会は から審議する体系化研究が行われることとなった。そして、電事連は、上記の体系化研究を土木学会に委託し、平成11年、土木学会原子力土木委員会に津波評価部会(土木学会津波評価部会)が設置された。同部会は、平成14年当時、地震学、津波学の研究者等の専門家、電力会社及び一般財団法人電力中央研究所の研究従事者等から構成されていた。 土木学会津波評価部会は、平成14年2月、原子力発電所の設計津波水位の評価方法を示したものとして、「原子力発電所の津波評価技術」と題する報告書(津波評価技術)を作成、公表した。津波評価技術は、プレート境界型地震に伴う津波について、評価地点に最も大きな影響を及ぼしたと考えられる既往津 波を選定し、その既往津波の沿岸における痕跡高を最もよく説明できる断層モデルを基に基準断層モデルを設定した上で、想定津波の不確定性を設計津波水位に反映させるため、基準断層モデルの諸条件を合理的と考えられる範囲内で変化させた数値計算を多数実施し(パラメータスタディ)、評価地点に最も影響を与える津波に基づいて設計津波水位を求めるなどとしていた。 津波評価技術は、従前培ってきた津波の波源や数値計算に関する知見を集大成して、原子力発電所の設計津波水位の標準的な設定方法を提案したものであり、同報告書作成時点で確立しており実用として使用するのに疑点のないものが取りまとめられたものである。なお、米国原子力規制委員会は、2009(平成21)年に作成した報告書において、津波評価技術を「世界で最も進歩しているアプローチに数えられる」と評価し、IAEAは、本件事故後の平成23年11月に公表した報告書において、津波評価技術の手法を「津波ハザードの評価:いくつかの国における現在の実務」として紹介している。 (甲イ2の1、甲ロ5の1~3、124、乙ロ7、30、丙 の平成23年11月に公表した報告書において、津波評価技術の手法を「津波ハザードの評価:いくつかの国における現在の実務」として紹介している。 (甲イ2の1、甲ロ5の1~3、124、乙ロ7、30、丙ロ7の1~3、丙ロ9、10、丙ハ138) 3 本件長期評価の公表等地震調査研究推進本部(推進本部)地震調査委員会は、平成7年の阪神・淡路大震災を踏まえて制定された地震防災対策特別措置法に基づいて文部科学省に設置された機関であり、関係行政機関の職員及び学識経験者のうちから文部科学大臣が任命する委員によって構成されている。 推進本部地震調査委員会は、平成14年7月、三陸沖から房総沖にかけての日本海溝沿いの領域を対象とした長期的な観点での地震発生の可能性、震源域の形態等についての評価を取りまとめたものとして、「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」と題する文書(本件長期評価)を公表した。 本件長期評価は、上記の日本海溝沿いの領域のうち、三陸沖北部から房総沖にかけての日本海溝寄りの南北に細長い領域に関し、①明治29年に発生した明 治三陸地震と同様の地震が上記領域内のどこでも発生する可能性があること、②上記領域内全体におけるマグニチュード8クラスのプレート間大地震(津波地震)については、今後30年以内の発生確率が20%程度、今後50年以内の発生確率が30%程度と推定され、上記領域中の特定の海域では、今後30年以内の発生確率が6%程度、今後50年以内の発生確率が9%程度と推定されること、③その地震の規模は、津波マグニチュード(Mt)8.2前後と推定されること等を内容とするものであった。 (甲ロ4の1・2、68) 4 発電用原子炉施設に関する新耐震設計審査指針の策定⑴ 原子力安全委員会は、平成18年9月、発電用軽水型原子炉 .2前後と推定されること等を内容とするものであった。 (甲ロ4の1・2、68) 4 発電用原子炉施設に関する新耐震設計審査指針の策定⑴ 原子力安全委員会は、平成18年9月、発電用軽水型原子炉の設置許可申請及び変更許可申請に係る安全審査のうち、耐震安全性の確保の観点から耐震設計方針の妥当性について判断する際の基礎を示すことを目的として、「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(新耐震設計審査指針)を策定した。上記指針は、発電用軽水型原子炉施設について、その供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても、上記原子炉施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがないことを十分考慮した上で設計されなければならないものとしていた。(甲イ1の1、甲ハ20、丙ハ19の2、弁論の全趣旨)⑵ 保安院は、平成18年9月、一審被告東電を含む発電用原子炉施設の設置者等に対し、既設の発電用原子炉施設等について、上記指針に照らした耐震安全性の評価(耐震バックチェック)を実施するよう指示した。原子力安全委員会は、平成19年7月、上記指示を踏まえ、耐震バックチェックの実施計画を示し、そこでは、本件原発についての上記安全性評価の期限が平成21年6月までとされていた。(甲イ2の1、乙ロ5、丙ハ40) 5 本件長期評価に基づく津波の試算⑴ 一審被告東電は、上記4⑵の指示を受けて、本件長期評価に基づいて本件 原発に到来する可能性のある津波を評価すること等を関連会社に委託し、平成20年4月、その結果の報告を受けた。その内容は、本件長期評価に基づいて福島県沖から房総沖の日本海溝寄りの領域に明治三陸地震の断層モデルを設定した上で、津波評価技術が示す設計津波水位の評価方法に従って、上記断層モデルの諸条件を合理的と考え 容は、本件長期評価に基づいて福島県沖から房総沖の日本海溝寄りの領域に明治三陸地震の断層モデルを設定した上で、津波評価技術が示す設計津波水位の評価方法に従って、上記断層モデルの諸条件を合理的と考えられる範囲内で変化させた数値計算を多数実施して津波の試算を行ったところ、本件敷地の海に面した東側及び南東側の前面における波の高さが最も高くなる津波は、①本件敷地の南東側前面において、最大で浸水高O.P.+15.707mになるが、②本件敷地の東側前面では本件敷地の高さを超えず(浸水高O.P.+8.4~9.3m程度)、③主要建屋付近の浸水深は、4号機の原子炉建屋付近で約2.6m(浸水高O.P.+12.6m)、4号機のタービン建屋付近で約2.0m(浸水高O.P.+12.0m)となるなどというものであった(以下、この試算を「本件試算」といい、この試算された津波を「本件試算津波」という。)。 (甲ロ52、弁論の全趣旨)⑵ 一審被告東電は、その後、本件試算津波と同じ規模の津波に対する対策等について、津波の専門家の意見を聴取したり、社内での検討を行ったりした結果、①本件長期評価における震源想定の取扱いについては、評価方法が確定しておらず、直ちに設計に反映させるレベルのものではないと考えられるため、直ちに対策を講ずるのではなく、土木学会に本件長期評価についての研究を委託し、当該知見について結論を出してもらう、②その結果対策が必要となれば、その対策工事等を行う、③耐震バックチェックは、当面、津波評価技術に基づいて行う、④以上の方針について、土木学会の委員を務める有識者に理解を求めることなどの方針が決定され、当面の検討を終えた。 その後、上記①の土木学会における検討結果次第では、津波対策として必要となり得る対策工事の内容を検討することを目的として、平成2 識者に理解を求めることなどの方針が決定され、当面の検討を終えた。 その後、上記①の土木学会における検討結果次第では、津波対策として必要となり得る対策工事の内容を検討することを目的として、平成22年8月、一審被告東電社内に「福島地点津波対策ワーキング」が立ち上げられ、津波 対策としての各種の対策工事等の提案や検討が行われていた。 (甲イ2の1、乙ロ4の1) 6 本件地震及びこれに伴う本件事故の発生⑴ 平成23年3月11日午後2時46分頃、牡鹿半島の東南東約130㎞、深さ約24㎞の地点を震源として、本件地震が発生した。本件地震は、複数の震源域がそれぞれ連動して発生したものであり、その震源域は、南北の長さ約450㎞、東西の幅約200㎞に及び、その最大すべり量は50m以上であった。本件地震の規模は、我が国の観測史上最大となるマグニチュード9.0、津波マグニチュード9.1であった。本件地震発生当時、本件原発では、1号機から3号機までが運転中であり、4号機は定期検査のため運転停止中であり、全燃料が圧力容器から使用済み燃料プールに取り出されていた。5・6号機も定期検査のため運転停止中であり、いずれも圧力容器内に燃料が装荷された状態であった。(前記前提事実、甲イ2の1、乙ロ4の1)⑵ 本件地震により、本件各原子炉のうち定期検査のため運転停止中であった4号機を除く各原子炉がいずれも自動的に停止し、外部の変電所から供給される電力についても、本件地震による設備故障等によりその供給が途絶えた。 その後、同日午後3時35分頃、本件地震に伴う津波(本件津波)が本件原発に到来し、本件敷地の海に面した東側及び南東側の全方面から大量の海水が本件敷地に浸入して、本件原発の海側エリア及び本件敷地のほぼ全域が浸水した。その浸水深は、主要建屋付近で最大 本件津波)が本件原発に到来し、本件敷地の海に面した東側及び南東側の全方面から大量の海水が本件敷地に浸入して、本件原発の海側エリア及び本件敷地のほぼ全域が浸水した。その浸水深は、主要建屋付近で最大約5.5m(O.P.+15. 5m)に及び(本件敷地の南西部では、局所的に約6~7m(O.P.+16~17m)の浸水深が確認された箇所もあった。)、主要建屋の中に海水が浸入する事態となった。その結果、全ての本件非常用電源設備が浸水してその機能を失い、交流電源が喪失した。 本件各原子炉施設には蓄電池が付属する直流の電源設備が備えられていたが、3号機を除く各原子炉に係る原子炉施設については、上記電源設備も浸 水してその機能を失い、直流を含む全ての電源が喪失した。3号機の原子炉施設については、しばらくの間、上記蓄電池を電源とする直流の電力が非常用炉心冷却設備に供給されていたが、上記非常用炉心冷却設備が停止し、上記蓄電池の残量不足等により再起動させることができなくなった。 以上のとおり、本件各原子炉施設が電源喪失の事態に陥った結果、本件地震の発生当時運転中であった1号機から3号機までの各原子炉について、運転停止後も発熱が続く炉心を冷却することができなくなり、高温に達した燃料が著しく損傷し(炉心損傷)、これにより発生した水素ガスの爆発によって原子炉建屋等が損傷するなどして、本件各原子炉施設から放射性物質が大量に放出される事故(本件事故)が発生するに至った。 (前記前提事実、甲イ2の1、4、乙ロ4の1・2、23) 7 本件事故以前の我が国における原子炉施設の津波対策の在り方本件事故以前の我が国における原子炉施設の津波対策は、安全設備等が設置される原子炉施設の敷地を想定される津波の水位より高い場所とすること等によって上記敷地が浸水する る原子炉施設の津波対策の在り方本件事故以前の我が国における原子炉施設の津波対策は、安全設備等が設置される原子炉施設の敷地を想定される津波の水位より高い場所とすること等によって上記敷地が浸水することを防ぐという考え方(いわゆる「ドライサイトコンセプト」)を基本とするものであり、津波により上記敷地が浸水することが想定される場合には、防潮堤、防波堤等の構造物(以下「防潮堤等」という。)を設置することにより上記敷地への海水の浸入を防止することが対策の基本とされていた。(丙ロ59、61、66、67、68、丙ハ96、122、123、175、176、177、181、182)第2 経済産業大臣の規制権限不行使の違法の主張について 1 国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨・目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である(最高裁平成13年(受)第17 60号同16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁、最高裁平成30年(受)第1447号、第1448号、第1449号、第1451号、第1452号令和3年5月17日第一小法廷判決・民集75巻5号1359頁等参照)。そして、国又は公共団体が、上記公務員が規制権限を行使しなかったことを理由として同項に基づく損害賠償責任を負うというためには、上記公務員が規制権限を行使していれば上記の者が被害を受けることはなかったであろうという関係が認められなければならない。そこで、この点について以下検討する。 2⑴ 前記第1の認定事実(以下、本節においては単に「認定事実」と していれば上記の者が被害を受けることはなかったであろうという関係が認められなければならない。そこで、この点について以下検討する。 2⑴ 前記第1の認定事実(以下、本節においては単に「認定事実」という。)によれば、本件事故以前の我が国における原子炉施設の津波対策は、津波により安全設備等が設置された原子炉施設の敷地が浸水することが想定される場合、防潮堤等を設置することにより上記敷地への海水の浸入を防止すること(ドライサイトコンセプト)を基本とするものであった(認定事実7)。したがって、経済産業大臣が、本件長期評価を前提に、電業法40条に基づく規制権限を行使して、津波による本件原発の事故を防ぐための適切な措置を講ずることを一審被告東電に義務付けていた場合には、本件長期評価に基づいて想定される最大の津波が本件原発に到来しても本件敷地への海水の浸入を防ぐことができるように設計された防潮堤等を設置するという措置が講じられた蓋然性が高いということができる。そして、本件試算は、本件長期評価が今後同様の地震が発生する可能性があるとする明治三陸地震の断層モデルを福島県沖等の日本海溝寄りの領域に設定した上、津波評価技術が示す設計津波水位の評価方法に従って、上記断層モデルの諸条件を合理的と考えられる範囲内で変化させた数値計算を多数実施し、本件敷地の海に面した東側及び南東側の前面における波の高さが最も高くなる津波を試算したものであり、安全性に十分配慮して余裕を持たせ、当時考えられる最悪の事態に対応したものとして、合理性を有する試算であったと認められる。 そうすると、経済産業大臣が電業法40条に基づく規制権限を行使していた場合には、一審被告東電において、本件試算津波と同じ規模の津波による本件敷地の浸水を防ぐことができるように設計された防潮堤等 そうすると、経済産業大臣が電業法40条に基づく規制権限を行使していた場合には、一審被告東電において、本件試算津波と同じ規模の津波による本件敷地の浸水を防ぐことができるように設計された防潮堤等を設置するという措置が講じられた蓋然性が高いということができる。 他方、本件全証拠によっても、本件事故以前において、津波により安全設備等が設置された原子炉施設の敷地が浸水することが想定される場合に、想定される津波による上記敷地の浸水を防ぐことができるように設計された防潮堤等を設置するという措置を講ずるだけでは対策として不十分であるとの考え方が有力であったことはうかがわれず、その他、本件事故以前の知見の下において、防潮堤等を設置するという上記措置が原子炉施設の津波対策として不十分なものであったと解すべき事情はうかがわれない。したがって、本件事故以前に経済産業大臣が上記の規制権限を行使していた場合に、本件試算津波と同じ規模の津波による本件敷地の浸水を防ぐことができるように設計された防潮堤等を設置するという措置に加えて他の対策が講じられた蓋然性があるとか、そのような対策が講じられなければならなかったということはできない。 ⑵ ところが、本件長期評価が今後発生する可能性があるとした地震の規模は、津波マグニチュード8.2前後であったのに対し、本件地震の規模は津波マグニチュード9.1であり、本件地震は、本件長期評価に基づいて想定される地震よりもはるかに規模が大きいものであった(認定事実3、6⑴)。また、本件試算津波による主要建屋付近の浸水深は、約2.6m又はそれ以下とされたのに対し、本件津波による主要建屋付近の浸水深は、最大で約5.5mに及んでいる。そして、本件試算津波の高さは、本件敷地の南東側前面において本件敷地の高さを超えていたものの、東 m又はそれ以下とされたのに対し、本件津波による主要建屋付近の浸水深は、最大で約5.5mに及んでいる。そして、本件試算津波の高さは、本件敷地の南東側前面において本件敷地の高さを超えていたものの、東側前面においては本件敷地の高さを超えることはなく、本件試算津波と同じ規模の津波が本件原発に到来しても、本件敷地の東側から海水が本件敷地に浸入することは想定されていな かったが、現実には、本件津波の到来に伴い、本件敷地の南東側のみならず東側からも大量の海水が本件敷地に浸入している(認定事実5⑴、6⑵)。 これらの事情に照らすと、本件試算津波と同じ規模の津波による本件敷地の浸水を防ぐことができるものとして設計される防潮堤等は、本件敷地の南東側からの海水の浸入を防ぐことに主眼を置いたものとなる可能性が高く、一定の裕度を有するように設計されるであろうことを考慮しても、本件津波の到来に伴って大量の海水が本件敷地に浸入することを防ぐことができるものにはならなかった可能性が高いといわざるを得ない。 ⑶ 以上によれば、仮に、経済産業大臣が、本件長期評価を前提に、電業法40条に基づく規制権限を行使して、津波による本件原発の事故を防ぐための適切な措置を講ずることを一審被告東電に義務付け、一審被告東電がその義務を履行していたとしても、本件津波の到来に伴って大量の海水が本件敷地に浸入することは避けられなかった可能性が高く、その大量の海水が主要建屋の中に浸入し、本件非常用電源設備が浸水によりその機能を失うなどして本件各原子炉施設が電源喪失の事態に陥り、本件事故と同様の事故が発生するに至っていた可能性が相当にあるといわざるを得ない。 そうすると、本件の事実関係の下においては、経済産業大臣が上記の規制権限を行使していれば本件事故又はこれと同様の事故が発生 様の事故が発生するに至っていた可能性が相当にあるといわざるを得ない。 そうすると、本件の事実関係の下においては、経済産業大臣が上記の規制権限を行使していれば本件事故又はこれと同様の事故が発生しなかったであろうという関係を認めることはできないことになる(令和4年最判参照)。 したがって、一審被告国が、経済産業大臣が上記規制権限を行使しなかったことを理由として、一審原告らに対し、国賠法1条1項に基づく損害賠償責任を負うということはできない。 3 一審原告らの主張について⑴ これに対し、一審原告らは、保安院及び原子力安全基盤機構は、平成15年以降安全情報検討会を設置し、平成18年には一審被告東電を含む事業者も参加する溢水勉強会を設置して、国内外の原子力発電所における内部溢水・ 外部溢水事故の情報の収集・整理や、我が国における原子炉の安全の確保のための規制や対策の在り方等が検討されていたものであり、これらの検討等を踏まえ、遅くとも平成18年までに、本件原発の敷地高を超える津波が襲来したときには非常用電源設備が被水して機能喪失に陥ることは確実であり、かかる事態を防ぐためには防潮堤等の設置以外の防水対策を講じる必要があるとの知見が確立していたのであるから、一審被告東電又は保安院その他の規制機関において、防潮堤等の設置と併せて、これによっては防ぎきれない本件敷地の浸水に対する対策を講ずることを検討した蓋然性があるとし、このことを前提に、経済産業大臣が上記の規制権限を行使していれば本件事故と同様の事故は発生しなかった旨主張する。 確かに、本件各証拠(甲ハ25~28、82、乙ロ18~20、丙ロ21~29、丙ハ161等〔いずれも枝番を含む。〕)によれば、本件事故以前に、安全情報検討会や溢水勉強会等の場において、国内外の原子力発 確かに、本件各証拠(甲ハ25~28、82、乙ロ18~20、丙ロ21~29、丙ハ161等〔いずれも枝番を含む。〕)によれば、本件事故以前に、安全情報検討会や溢水勉強会等の場において、国内外の原子力発電所における内部溢水・外部溢水事故の事例が収集され、安全対策の在り方等についての検討がされていたことは認められる。しかし、前記説示のとおり、想定される津波による原子炉施設の敷地の浸水を防ぐことができるように設計された防潮堤等を設置するという措置は、本件事故以前に我が国における原子炉施設の津波対策の基本とされていたものであり、本件事故当時の知見の下においては、津波による原子炉施設の事故を防ぐための措置として合理的で確実なものであったということができる。他方、本件全証拠によっても、本件事故以前に、我が国における原子炉施設の主たる津波対策として、津波によって上記敷地が浸水することを前提とする防護の措置が採用された実績があったことはうかがわれず、当該防護の措置の在り方について、これを定めた法令等はもちろん、その指針となるような知見が存在していたこともうかがわれないし、海外において当該防護の措置が一般的に採用されていたこともうかがわれない。そうすると、規制機関や一審被告東電が関与する上記検討 会や勉強会等の場において、国内外の内部溢水・外部溢水事故の事例が収集され、安全確保の対策等について検討が行われていたという事情を踏まえても、一審被告東電又は保安院その他の規制機関が、防潮堤等によっては上記津波による本件敷地の浸水を防ぎきれないという前提で、そのような防潮堤等の設置と併せて他の対策を講ずることを検討した蓋然性があるということはできず、一審原告らの主張は採用することができない。 ⑵ 一審原告らは、本件事故当時、国内外において、原子炉施設の敷地 な防潮堤等の設置と併せて他の対策を講ずることを検討した蓋然性があるということはできず、一審原告らの主張は採用することができない。 ⑵ 一審原告らは、本件事故当時、国内外において、原子炉施設の敷地への浸水を前提とする溢水対策がされていたから、仮に経済産業大臣による規制権限が行使された場合には、本件原発において防潮堤等の設置以外の津波対策が採られる蓋然性があった旨主張し、具体例として、①本件原発において、平成14年に公表された津波技術評価を踏まえた、敷地4m盤の浸水を前提とするポンプ用モーターのかさ上げや熱交換器建屋等の水密化の実施、②東海第二原発及び浜岡原発における水密化措置、③フランス・ルブレイエ原子力発電所(以下「仏ルブレイエ原発」という。)、インド・マドラス原子力発電所(以下「印マドラス原発」という。)における外部溢水対策等を挙げる。 しかし、上記①については、証拠(甲イ2の1、甲ロ31)によれば、一審被告東電は、平成14年3月、津波評価技術を踏まえ本件原発についての津波評価を行った結果、本件原発の護岸前面における設計津波水位の最大値がO.P.+5.4~5.7mとなったこと、この値が本件原発6号機の非常用ディーゼル発電機冷却系海水ポンプの電動機据付けレベル(O.P.+5.58m)を上回るものであったため、同ポンプ用電動機据付け位置のかさ上げ(O.P.+5.8m)を行ったことが認められるが、これは本件事故以前から存在した知見(ドライサイトコンセプト)を前提としたものである。また、福島第二原子力発電所(第二原発)では、O.P.+4mの敷地に所在する熱交換器建屋のドアやシャッター等、一部水密化の措置を講じていたことがうかがわれるが(丙ハ236、弁論の全趣旨)、これらはあくまで O.P.+4mの敷地にある熱交換器建屋に限っ 敷地に所在する熱交換器建屋のドアやシャッター等、一部水密化の措置を講じていたことがうかがわれるが(丙ハ236、弁論の全趣旨)、これらはあくまで O.P.+4mの敷地にある熱交換器建屋に限った部分的な水密化措置にすぎず、津波対策として主要建屋全体の水密化を図ったものではないから、これをもって、本件事故当時に津波から原子炉施設を防護するための水密化の措置が一般的に行われていたということはできない。 上記②については、東海第二原発では、本件事故以前に、津波対策として、非常用ディーゼル発電機の冷却用海水ポンプを設置している区画に防護壁が設置され(本件事故時点では防水工事が一部未了)、施設建屋の扉の防水扉への交換や、建屋開口部前に高さ1㎝~15㎝程度のRC造の防水堰を増設するといった対策が実施されたこと(甲イ21の1・2、丙ロ67、丙ハ220)、浜岡原発では、本件事故以前に、原子炉建屋及び海水熱交換器の出入口に腰部防水構造の防護扉等が設置されたこと(丙ハ199)がそれぞれ認められる。しかし、これらはいずれも施設の一部分の防水措置にすぎず、主要建屋の敷地内に本格的に津波が流入した場合の防水が可能となるような水密化措置ではないことに加え、他の発電所で上記の措置が一般的に実施されていたこともうかがわれないから、これをもって、本件事故当時に津波から原子炉施設を防護するための水密化の措置が一般的に行われていたということはできない。 上記③については、まず仏ルブレイエ原発では、平成11年12月に河川の増水(洪水)により3プラントの建屋が浸水し、電源喪失の事故が発生し、これを受けて、施設の一部の防水化、防潮堤や防水壁の設置等の対策が採られたことが認められるが(甲ロ9、131、丙ロ59、弁論の全趣旨)、同原発において採られた水密化措置 し、電源喪失の事故が発生し、これを受けて、施設の一部の防水化、防潮堤や防水壁の設置等の対策が採られたことが認められるが(甲ロ9、131、丙ロ59、弁論の全趣旨)、同原発において採られた水密化措置の具体的内容が証拠上明らかでない上、上記溢水事故は悪天候による河川の増水という地理的要因による浸水の事案であり、津波とは機序が異なることからすれば、本件原発における津波対策の知見としてそのまま妥当するものとはいえない。また、印マドラス原発では、平成16年12月のスマトラ沖地震に伴う津波により、非常用海水ポンプが 水没するという外部溢水事故が発生したが電源喪失には至らなかったこと、これを踏まえ、同原発では追加ディーゼル発電機を高所に設置する等の措置が採られたことが認められるが(甲ロ9、甲ハ82、丙ロ21、28の1、弁論の全趣旨)、本件事故当時、津波対策として、防潮堤等の設置による防護に加え、非常用発電設備を高所に設置するという措置が海外において一般的であったことをうかがわせる証拠は見当たらない。その他、本件全証拠によっても、本件事故当時、海外において、原子力発電所の津波対策として、防潮堤等による防護を図ることに加え、原子炉施設の水密化措置や電源設備の高所設置等の防護措置が一般的に採用されていたことを認めるに足りる証拠はない。 したがって、一審原告らの上記主張はいずれも採用することができない。 ⑵ 一審原告らは、本件事故前において、原子炉施設の津波対策としては、安全設備等が設置される敷地を想定される津波の水位よりも十分高くすることが基本であったため、敷地に浸水するような津波に対する対策が公に議論されたことはほとんどなく、そのため防潮堤等の設置で敷地高を超える津波対策として十分であるとの考え方が有力であった事実はない旨主張し、その根拠 たため、敷地に浸水するような津波に対する対策が公に議論されたことはほとんどなく、そのため防潮堤等の設置で敷地高を超える津波対策として十分であるとの考え方が有力であった事実はない旨主張し、その根拠として、A東北大学名誉教授が、想定を超える津波もあり得るという前提で、非常時に炉心を冷却するための設備が確実に機能するようにしかるべき防水性能を確保すべき旨を繰り返し指摘していたこと(丙ロ68等)を挙げる。 確かに、丙ロ第68号証(A氏の意見書)によれば、A氏は、本件事故前から、想定を超える津波が来ることがあり得ることを想定して、防潮堤等のハード面の対策だけでなく、避難計画等のソフト面の対策の必要性を提唱し、また、原子炉施設の水密化(防水対策)等、想定を超える津波への対策の必要性に度々言及していたことが認められる。もっとも、A氏は、同時に上記意見書において、想定を上回る津波が到来する場合に備えた施設の水密化を 検討するに当たっては、津波が施設の敷地をどこまで超えてくるかの波高を設定する必要があり、また動水圧や漂流物の影響等も踏まえた設計が必要になるところ、本件事故当時、我が国でも世界においても、これらを可能とするための設計手法も解析手法も確立されていなかった旨、本件事故当時は上記の各手法や津波発生リスクに係る確率論的アプローチの研究の途上であり、研究にあと5年、施工にあと5年の合計10年あれば、想定を超える危険性のある津波を示した上で、これに基づく対策を採ることができたかもしれないが、本件事故当時はかかる対策を採るための知見がなかった旨も指摘している。そうすると、A氏の意見によっても、本件事故当時において、防潮堤等による対策以外に、原子炉施設等の適切な防水対策をするための知見が一般的であったとは認められず、その他本件全証拠によっ 指摘している。そうすると、A氏の意見によっても、本件事故当時において、防潮堤等による対策以外に、原子炉施設等の適切な防水対策をするための知見が一般的であったとは認められず、その他本件全証拠によっても、本件事故当時、国内外において、ドライサイトを前提としつつ、津波に対する防護として、防潮堤等に加え、水密化や非常用電源設備の高所設置といった措置を採ることが一般的に行われていたことはうかがわれないから、一審原告らの主張は採用することができない。 ⑶ 一審原告らは、失敗学会の取りまとめた最終報告書(甲ハ41の2)や同報告書の取りまとめを担当したB氏の意見書(甲ハ41の1)及び原審におけるB証人の証言を踏まえ、上記報告書等に記載された結果回避措置を採ることによって本件事故を回避することができた旨主張する。 しかし、上記報告書等は、本件事故を後から振り返って、いかなる措置を採れば本件事故を回避することができた可能性があるかを検証したものにすぎない。そして、前記説示のとおり、本件事故以前の我が国における原子炉施設の津波対策は、津波により安全設備等が設置された原子炉施設の敷地が浸水することが想定される場合、防潮堤を設置することにより上記敷地への海水の浸入を防止することを基本とするものであって、本件全証拠によっても、本件事故以前の科学的・専門技術的知見の下において、想定津波による 敷地の浸水を防ぐことができるように設計された防潮堤等を設置するという措置に加えて、他の対策(水密化、非常用電源設備の高所設置等)を採ることが一般的であったことはうかがわれないこと、仮に本件試算を前提に本件原発で防潮堤等を設置する津波対策を採ったとしても本件事故を避けられなかった可能性が高いことからすれば、結果回避可能性があることを前提に各種の結果回避措置を採る れないこと、仮に本件試算を前提に本件原発で防潮堤等を設置する津波対策を採ったとしても本件事故を避けられなかった可能性が高いことからすれば、結果回避可能性があることを前提に各種の結果回避措置を採るべきであったとする上記報告書等の見解及びこれに沿う一審原告らの主張は、前提を誤るものとして採用することができない。 ⑸ その他、一審原告らは、経済産業大臣の規制権限不行使に係る違法について種々の主張をするが、いずれも上記2の判断を左右するものではない。 4 よって、一審原告らの一審被告国に対する、経済産業大臣が上記の規制権限を行使しなかったことを理由とする国賠法1条1項に基づく損害賠償請求は、理由がない。 第3 一審原告らの主張するその他の国賠法上の違法について 1 電源喪失対策の懈怠、省令62号改正権限不行使の違法について一審原告らは、①電業法39条の委任の範囲には、シビアアクシデント(SA)対策を実施し、原子力発電所の安全性を確保する権限も含まれていると解されるところ、経済産業大臣は、津波により全電源が喪失すれば原子炉が冷却できず本件事故が発生することを予見できたにもかかわらず、上記規制権限を行使し、電源喪失に対する対策(シビアアクシデント対策)を実施することを懈怠した違法がある、②想定津波が敷地高を超えることが予見されたのであるから、経済産業大臣は、電業法39条に基づき、津波による電源喪失に対する防護措置を確保する内容に省令62号を改正することにより本件事故を回避することができたにもかかわらず、同省令の改正権限の行使を懈怠した違法がある旨主張する。 しかし、上記①については、そもそも電業法39条は、「事業用電気工作物を設置する者」(本件原発でいえば一審被告東電)に対し、事業用電気工作物を経 済産業省令(本件事故当時の省 旨主張する。 しかし、上記①については、そもそも電業法39条は、「事業用電気工作物を設置する者」(本件原発でいえば一審被告東電)に対し、事業用電気工作物を経 済産業省令(本件事故当時の省令62号)で定める技術基準に適合するように維持することを義務付ける内容の規定であり、同条の委任の範囲に、経済産業大臣がシビアアクシデント対策を実施し、原子力発電所の安全性を確保する権限も含まれていると解する根拠が不明である(仮に、一審原告らの主張が、経済産業大臣は、同法39条に基づき省令62条を改正し、電源喪失やシビアアクシデント対策を実施する権限を有するとの趣旨であるとすれば、上記②と同趣旨の主張ということになる。)。また、前記第1及び第2で説示したとおり、想定津波による原子炉施設の敷地の浸水を防ぐことができるように設計された防潮堤等を設置するという措置は、本件事故以前の我が国における津波対策の基本とされていたものであり、本件事故以前の知見の下においては、津波による事故を防止するために合理的で確実なものであったと認められ、本件事故以前に、国内外における原子炉施設の主たる津波対策として、防潮堤等を設置することに加えて他の防護の措置が講じられることが一般的であったとは認められず、当該防護の措置の指針となるような知見が存在していたこともうかがわれないことからすれば、本件事故以前において、経済産業大臣が上記①や②の権限を行使しなかったことが、法令の趣旨・目的や権限の性質等に照らし、許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くということはできないから、この点の違法をいう一審原告らの主張は採用することができない。 2 技術基準に適合しない原子炉施設を使用停止させなかった違法について一審原告らは、本件事故当時、想定津波が本件敷地の高さを超えること、そ の違法をいう一審原告らの主張は採用することができない。 2 技術基準に適合しない原子炉施設を使用停止させなかった違法について一審原告らは、本件事故当時、想定津波が本件敷地の高さを超えること、それによって本件原発の全電源喪失に至ることが予見できたのであるから、経済産業大臣は、電業法40条に基づく技術基準適合命令を発して、本件原発の原子炉施設の使用を停止させることにより、本件事故を回避することができたにもかかわらず、同規制権限の行使を懈怠した違法がある旨主張する。 しかし、前記第2で説示したとおり、本件事故以前の知見の下において、津波防護の対策として、防潮堤等を設置する措置に加えてその他の措置を採るこ とが一般的であったとは認められず、また、本件全証拠によっても、本件事故当時一審被告国において、本件原発の原子炉施設の使用を停止するほどに本件事故の危険が切迫していることを認識できたとは認められないから、原子炉施設を使用停止させなかった不作為に係る違法をいう一審原告らの主張は理由がない(なお、一審原告らは、内閣総理大臣についても、原子炉施設を使用停止させなかった違法を主張するものとも解されるが、上記の理由に加え、内閣総理大臣が本件事故以前において、原子炉施設の使用を停止させる権限を有していたことを認めるに足りる具体的な主張立証がなく、同主張は採用できない。)。 3 本件設置等許可処分自体の違法、本件設置等許可処分を撤回しなかった違法について一審原告らは、昭和41年から昭和47年にかけてなされた本件原発1号機から4号機までの各設置許可処分等(本件設置等許可処分)について、当時の安全審査指針類が「単一故障」の仮定にあって不合理であり、そのことが当時認識されていたこと、公衆損害に関する試算及び原賠法の施行により内閣総理大臣が原子 処分等(本件設置等許可処分)について、当時の安全審査指針類が「単一故障」の仮定にあって不合理であり、そのことが当時認識されていたこと、公衆損害に関する試算及び原賠法の施行により内閣総理大臣が原子力発電所の事故の可能性を認識していたことから違法である旨を主張する。しかし、本件において、一審原告らの主張するような当時の安全審査指針類における不合理な点が当時認識されていたことや認識可能であったことを裏付けるに足る事情や知見を認めるに足りる証拠はない。また、一審原告らの主張する公衆損害に関する試算及び原賠法の施行が、本件設置等許可処分の違法性を基礎付けるに足りるものであるともいえない。したがって、本件設置等許可処分自体の違法をいう一審原告らの主張は採用できない。 また、一審原告らは、行政処分を行った行政庁が、当該行政処分が違法不当であることを認識したときには、当該行政処分を自ら取り消すこと(自庁取消し)ができると解されるところ、国(経済産業大臣)は、本件敷地の高さを超える津波の到来を予見でき、それによる本件原発の原子炉の全電源喪失の危険性を認識できたのであるから、本件原発という危険源を作出した者として、そ の設置許可を取り消し、その危険を除去すべき義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り本件事故を発生させた旨主張する。しかし、そもそも一審被告国が本件設置等許可処分を取り消す(自庁取消し)ことができる法的根拠が不明である上、仮に当該取消しが可能との見解に立つとしても、その取消しの基礎となる事情として一審原告らが主張するところは、上記1及び2における主張と同内容であって、これらが経済産業大臣の違法を基礎付ける事情とは認められないことは、上記説示のとおりである(そもそも、仮に本件原発の原子炉施設の安全性に重大な問題がある場合には、電業法 おける主張と同内容であって、これらが経済産業大臣の違法を基礎付ける事情とは認められないことは、上記説示のとおりである(そもそも、仮に本件原発の原子炉施設の安全性に重大な問題がある場合には、電業法40条に基づく技術基準適合命令を行使して、事業者に適切な措置を講じさせたり、原子炉施設を一時停止させることが可能なのであるから、これを超えて本件設置等許可処分の取消しをすべき必要性や法的根拠を見出すことは困難といわざるを得ない。)。したがって、この点に関する一審原告らの主張も採用できない。 4 その他、一審原告らが主張する一審被告国の違法についての主張は、違法を基礎付ける具体的事情についての立証がないか、前記第1及び第2並びに上記1ないし3で説示したところと同様の理由により、いずれも採用することができない。 第4 まとめ以上によれば、一審原告らの一審被告国に対する国賠法に基づく請求は、いずれも理由がない。 第2節一審被告東電の責任について第1 原賠法上の責任と民法上の責任との関係について一審被告東電は、本件原発の運転等を行う原賠法2条3項所定の原子力事業者であり、本件原発の運転等の際に本件事故が生じたものであるから、一審被告東電は、原賠法3条1項に基づき、本件事故と相当因果関係のある一審原告らの損害について賠償責任(無過失責任)を負う。 この点、一審原告らは、一審被告東電は、原賠法3条1項に基づく責任のほか、 民法709条又は717条1項に基づく不法行為責任も負うと主張する。 しかし、原賠法は、原子炉の運転等により原子力損害が生じた場合における損害賠償に関する基本的制度を定めることで、被害者保護及び原子力事業の健全な発達に資することを目的とする法律であり(同法1条)、原子力損害について原子力事業者の無過失責任( 損害が生じた場合における損害賠償に関する基本的制度を定めることで、被害者保護及び原子力事業の健全な発達に資することを目的とする法律であり(同法1条)、原子力損害について原子力事業者の無過失責任(3条)、原子力事業者への賠償責任の集中(4条)、第三者に対する原子力事業者の求償権の制限(5条)、政府の援助措置(16条)等を定めている。これらの原賠法の目的及び規定からすれば、同法3条1項は、民法上の不法行為に関する規定の特別法であり、同項が適用される範囲においては民法上の不法行為の規定はその適用が排除されるものと解するのが相当である。 本件において一審原告らは、原賠法3条1項に基づき一審被告東電が損害賠償責任を負う本件事故と相当因果関係のある損害について、それと同じ損害を民法709条又は717条1項に基づき求めるものである。したがって、かかる一審原告らの民法上の不法行為に基づく請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。 第2 一審被告東電の過失(注意義務違反)の程度について上記第1のとおり、一審被告東電は、原賠法3条1項に基づき、本件事故と相当因果関係のある損害について過失の有無を問わず賠償責任を負うから、一審被告東電の責任原因の判断において、同社の過失(注意義務違反)の有無を検討する必要はないこととなる。 これに対し、一審原告らは、一審被告東電には、本件事故の発生について故意に匹敵する重大な過失があったから、このことは一審原告らの慰謝料の増額要素となる旨主張する。しかし、前記第1節の認定事実のとおり、本件長期評価に対する一審被告東電の対応を見ても、本件全証拠を踏まえても、本件事故発生について一審被告東電に故意に匹敵する重大な過失があったとまでは認められない。 したがって、一審原告らの上記主張は採用することができない。 被告東電の対応を見ても、本件全証拠を踏まえても、本件事故発生について一審被告東電に故意に匹敵する重大な過失があったとまでは認められない。 したがって、一審原告らの上記主張は採用することができない。 第3節相当因果関係及び一審原告らの損害(総論)第1 認定事実前記前提事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。なお、本節においては、平成23年中の出来事について、原則として「平成23年」の記載を省略する。 1 本件事故による放射性物質の飛散・沈着状況、空間線量の状況等⑴ 放射性物質の飛散及び沈着状況本件事故による放射性物質の大気中への放出は、主に、水素爆発等のあった3月12日から同月15日にかけて発生し、大気中に放出された放射性物質は、風に乗って南西や北西の方角へと広まった。本件事故により本件原発から大気中に放出された放射性物質総量の推計値は、平成24年5月24日発表の一審被告東電推計値によると、ヨウ素131が約50万テラベクレル、セシウム137が約1万テラベクレル、ヨウ素換算値約90万テラベクレルとされている。 11月5日時点の航空機モニタリング調査によると、セシウム134、137については、本件原発から北西に帯状に沈着量が高い地域が広がっている。これを福島市、郡山市、田村市及びいわき市についてみると、福島市においては一部60万Bq/㎡超、南東部においては30万Bq/㎡超、中央部においては10万Bq/㎡超であり、郡山市では一部30万Bq/㎡超、中央部の多くで10万Bq/㎡超であり、田村市では北東部で30万Bq/㎡超、当該地域を除く中央~北東部で10万Bq/㎡超であり、いわき市では本件原発から30㎞圏内の北部の一部で60万Bq/㎡超、断片的に10万Bq/㎡超となっている。 また、一審被告国 30万Bq/㎡超、当該地域を除く中央~北東部で10万Bq/㎡超であり、いわき市では本件原発から30㎞圏内の北部の一部で60万Bq/㎡超、断片的に10万Bq/㎡超となっている。 また、一審被告国が実施した土壌調査によると、6月14日時点のヨウ素131の沈着量は、上記放射性セシウムの沈着量の高い地域が本件原発から北西に帯状に広がっているのに比べ、沈着量の高い地域が本件原発から南方 向に広がっている。これを福島市、郡山市、田村市、いわき市についてみると、福島市においては一部2000~5000Bq/㎡の地域があるほか、1000~2000Bq/㎡の地域が多数あり、郡山市及び田村市では500~1000Bq/㎡の地域が一部あり、いわき市では本件原発から30㎞圏内の北部の一部で2000~5000Bq/㎡の地域があるほか、1000~2000Bq/㎡又は500~1000Bq/㎡の地域が広がっている。 (甲イ1の1、2の2、甲ニ共168、丙ニ共2、30)⑵ 空間線量の状況等本件事故により大気中に放出された放射性物質は、風に乗って本件原発の周辺に広まった(上記⑴のとおり、放射性物質の沈着量の高い地域は、本件原発の北西方向及び南方向に帯状に広がっている。)。例えば、本件原発から約60㎞離れた福島市では、本件事故直後は高い空間線量率が観測されたところ(3月15日時点では約25μSv/h)、その数値は時間の経過とともに漸減している(3月19日時点では10μSv/h程度、同月31日時点では5μSv/hを下回る程度に減少)。(丙ニ共2、30)福島県が公表しているいわき市、郡山市、田村市及び福島市の各測定地点の平成23年4月から平成24年12月までに測定された空間線量率の測定結果によると、①いわき市においては平成24年4月1日までは数値が掲載されてい いるいわき市、郡山市、田村市及び福島市の各測定地点の平成23年4月から平成24年12月までに測定された空間線量率の測定結果によると、①いわき市においては平成24年4月1日までは数値が掲載されていない地点が多いが、掲載されている地点では、平成23年4月1日時点で1μSv/hを超えている地点があるほか、その後においては高いところで約0.3~0.4μSv/hであり、そのほかは0.1~0.3μSv/hとなっている。平成24年4月1日以降は、掲載されている全ての計測日及び地点で0.3μSv/hを下回り、ほとんどが0.2μSv/hを下回っている。②郡山市においては平成24年4月1日までは掲載されていない地点が多く、掲載されている地点ではほとんどの計測日及び地点で0. 5μSv/hを上回り、一部は1μSv/hを上回っていた。同日以降は、 多くの計測日及び地点で0.3μSv/hを下回っているが、一部0.5μSv/hを上回っており、1か所では常に1μSv/hを上回っていた。③田村市では、平成24年4月1日まで一切の掲載がなく、同日以降は、多くの計測日及び地点で0.3μSv/hを下回っている一方、1か所では常に0.5μSv/hを上回っていた。④福島市では、平成24年4月1日までは掲載されていない地点が多く、掲載されている地点では、多くの計測日及び地点で0.5μSv/hを上回っていた。同日以降は、地点によってばらつきがあり、3分の1程度の地点で0.5μSv/hを上回っており、その余は0.3μSv/hを下回る地点が多かった。(乙ニ共167)⑷ 福島県内の被ばく状況に関する調査等外部被ばくについては、福島県が実施している県民健康調査の先行調査地域(c町、d町、e村)の住民のうち、1589人(放射線業務従事者を除く。)の本件事故後4か月間の累積外 被ばく状況に関する調査等外部被ばくについては、福島県が実施している県民健康調査の先行調査地域(c町、d町、e村)の住民のうち、1589人(放射線業務従事者を除く。)の本件事故後4か月間の累積外部被ばく線量が実際の行動記録に基づき推計されているところ、1mSv未満が998人(62.8%)、5mSv未満が累計で1547人(97.4%)、10mSv未満が累計で1585人(99.7%)、10mSv超は4人で、最大は14.5mSv(1人)である。 また、同調査の全県調査では全県民のうち46万0408人(放射線業務従事者を除く。)の推計結果は、1mSv未満となったのは、県北地区で31. 6%、県中地区で59.0%、県南地区では約91%、会津・南会津地区では99%以上、相双地区は約78%、いわき地区でも99%以上であったが、県北・県中地区でも90%以上が2mSv未満であった。 (乙ニ共14、24)内部被ばくについては、福島県が行っているホールボディカウンターによる測定(10月末現在)では、6608人のうちセシウム134及び137による預託実効線量が1mSv以下の者が99.7%を占め、最大でも3. 5mSv未満となっている。福島県が6月27日から平成25年12月31日までに行ったホールボディカウンターによる内部被ばく検査では、1mS v未満の者が99.9%を占めていた。(乙ニ共14、25)⑷ 本件事故後の事故の状況、放射能汚染等についての報道・広報等本件事故発生後、福島県内を中心に発行している地元紙を始め、全国紙やニュース等において、本件事故の状況、本件原発からの放射性物質の拡散状況、各地の放射線量の状況等が連日報道され、その中には、本件原発の原子炉で炉心溶融が生じた可能性があること、本件原発敷地内において極めて高い放射線量が観測された 況、本件原発からの放射性物質の拡散状況、各地の放射線量の状況等が連日報道され、その中には、本件原発の原子炉で炉心溶融が生じた可能性があること、本件原発敷地内において極めて高い放射線量が観測されたこと、本件原発周辺では他の地域に比べて高い放射線量が観測されていること、100人超が被ばくをした可能性があること、余震が収まっていないこと、本件事故の復旧作業には長時間を要することなどの報道が含まれていた。例えば、空間放射線量については、3月15日、福島県が行っている放射能の常時測定調査で、福島市で通常の約478倍に当たる23.88μSv/hが、いわき市で23.72μSv/hが、郡山市で8.26μSv/hが測定され、翌16日に、いずれも健康に影響を与える範囲内ではないとのコメント付きで、「放射能福島、通常の478倍」、「県『健康に影響はない』」との見出しとともに新聞報道された。また、都道府県が同月20日に摂取した水道水の検査結果によると、関東地方の各都県で、放射性ヨウ素やセシウムが検出され、同月22日、その旨が新聞報道された。 他方で、本件事故による被ばくの人体への影響の有無については、福島県内で測定されている放射線量程度では人体への影響はないこと、発がんリスクは一度に高い放射線被ばくを受けない限りは高まらないと考えられていること、胎児に対する悪影響を懸念する必要はないことなどが報道され、原災本部は、本件事故に基づく被ばくに対しては冷静に対応し、過度に心配すべきではない旨を呼びかけた。 (甲ニ共1の1、2の1) 2 本件事故後の避難指示等 ⑴ 本件事故当初の避難指示等政府(内閣総理大臣)は、本件原発における全交流電源喪失等の事態を受け、3月11日午後7時3分、原災法に基づき、原子力緊急事態宣言を発令し、原子力災害対策 ⑴ 本件事故当初の避難指示等政府(内閣総理大臣)は、本件原発における全交流電源喪失等の事態を受け、3月11日午後7時3分、原災法に基づき、原子力緊急事態宣言を発令し、原子力災害対策本部(原災本部)を設置し、同日午後9時23分、関連する地方公共団体の長に対し、本件原発から半径3㎞圏内の住民について避難を指示し、半径3㎞から10㎞圏内の住民について屋内退避を指示した。 福島県は、本件原発における原子力緊急事態宣言を受け、同日午後8時50分、本件原発から半径2㎞圏内の居住者等の避難を指示した。 同日本件原発が全交流電源を喪失したこと等を受け、政府は、翌12日午前5時44分、本件原発から半径10㎞圏内の住民について避難を指示し、同日午後6時25分には、避難指示の対象となる区域が本件原発から半径20㎞圏内に変更された。当時の内閣官房長官は、同日午後8時50分、1号機の原子炉建屋の爆発の事実を告げた上で、格納容器が爆発したものではなく、放射性物質が大量に漏れ出すものではない旨の説明及び避難範囲を拡大したことに関する説明を、国民に対して行った。 その後、同月14日の3号機水素爆発、翌15日午前6時頃の4号機水素爆発等の事態を受け、政府は、同日午前11時、屋内退避指示の対象となる区域を、本件原発から半径20㎞以上30㎞圏内に変更した。 同月25日、内閣官房長官は、屋内退避区域において物流が止まるなどし、社会生活の維持継続が困難となりつつあり、また、今後の事態の推移によっては放射線量が増大し、避難指示を出す可能性も否定できないとして、屋内退避区域内の住民に対して自主避難を呼びかけた。 また、第二原発については、同月12日午前7時45分に、第二原発から半径3㎞圏内の住民に対して避難のための立退きを行うこと及び第二原発から半径3㎞から 避区域内の住民に対して自主避難を呼びかけた。 また、第二原発については、同月12日午前7時45分に、第二原発から半径3㎞圏内の住民に対して避難のための立退きを行うこと及び第二原発から半径3㎞から10㎞圏内の住民に対して屋内退避を行うことが指示され、同日午後5時39分には、避難指示の範囲は、第二原発から半径10㎞圏内 に拡大された。 (前記前提事実、甲イ2の1・2、乙ニ共37~41、117)⑵ 平成23年4月以降の状況等ア原災本部は、原子力安全委員会による放射線に関するモニタリング情報の評価結果などから本件原発から半径20㎞以遠においても放射線量の高い地域(本件原発から北西方向及び南方向)が確認されたことから、3月31日以降、新たな避難区域の検討を開始し、本件事故発生以降将来を含めた今後1年間の積算線量を推計し、国際放射線防護委員会(ICRP)が定めた緊急時被ばく状況における放射線量の基準値である年間20ないし100mSvのうち、最下限の20mSvを指標とし、これを超える区域については計画的に住民の避難を実施し、これを下回る区域については緊急時に避難のための立退き又は屋内への退避が可能な準備を行う方針を決定した。 政府は、4月22日、本件原発から半径20㎞圏内を警戒区域に設定し、原則として当該区域への立入りを禁止した。また、政府は、同日、①本件原発から半径20㎞以遠の地域において本件事故発生から1年間の積算線量が20mSvに達するおそれのある区域(f村、d町、e村、c町の一部及び南相馬市の一部)について計画的避難区域と指定し、②本件原発から半径20㎞以上30㎞圏内のそれ以外の地域について緊急時避難準備区域と指定し、同時に、上記⑴の本件原発から半径20㎞以上30㎞圏内の屋内退避指示を解除した。①計画的避難区域にお 定し、②本件原発から半径20㎞以上30㎞圏内のそれ以外の地域について緊急時避難準備区域と指定し、同時に、上記⑴の本件原発から半径20㎞以上30㎞圏内の屋内退避指示を解除した。①計画的避難区域においては、概ね1か月程度の間に順次当該区域外への避難のための立退きを行うことが指示された。 ②緊急時避難準備区域においては、常に緊急時に避難のための立退き又は屋内への退避が可能な準備を行うこと、同区域内においては引き続き自主的避難をし、特に子供、妊婦、要介護者、入院患者等は当該区域内に入らないようにすること等が指示された。 (甲イ2の1、乙ニ共42、43)イ原災本部は、文部科学省が6月3日に行った積算線量推計の結果、計画的避難区域外である伊達市等において本件事故発生後1年間の積算線量推計値が20mSvを超えると推定される地点が局所的に存在することが判明したことから、同月16日、このような地点を「特定避難勧奨地点」とし、同地点については政府として一律に避難を指示したり、産業活動を規制したりするような状況ではないものの、放射線の影響を受けやすい妊婦や子供のいる家庭に対して注意喚起、避難の支援や促進を行うこととする方針を発表した。これに基づき、同月30日から同年11月25日にかけて、伊達市の一部、南相馬市の一部、及びg町の一部が、それぞれ特定避難勧奨地点に設定された。 (甲イ2の1、乙ニ共45、46の1~6、117~119)ウ原災本部及び一審被告東電は、7月19日、後記3のとおり、原発事故の収束に向けたステップ1(放射線量が着実に減少傾向となっている)を概ね達成したことを確認した。これを受けて、原災本部は、8月9日、「避難区域等の見直しに関する考え方」を公表するとともに、警戒区域のうち例外的な一時立入りの対象から除外されていた 向となっている)を概ね達成したことを確認した。これを受けて、原災本部は、8月9日、「避難区域等の見直しに関する考え方」を公表するとともに、警戒区域のうち例外的な一時立入りの対象から除外されていた本件原発から半径3㎞圏内の一時立入りを認める旨を発表した。 保安院は、同日、本件原発に対する様々な対策によって、本件原発で水素爆発が生じ、原子炉等の冷却ができなくなる可能性が低くなっており、仮に原子炉の冷却が中断した場合でも、緊急時避難準備区域において受ける放射線の影響は原子力施設等防災指針の指標に比べ十分に小さいと評価した。また、文部科学省は、同日、7月25日以降に南相馬市、田村市、h村、i 町及びj町において空間線量のモニタリングを実施したところ、これら全ての市町村においてほとんどの測定地点で1.9μSv/h未満という結果が得られたことを公表した。 以上を踏まえ、原災本部は、9月30日、緊急時避難準備区域の指定を解除した。 (甲イ2の1、乙ニ共42~46の6、50、117~119)エ平成24年4月の再編等原災本部は、12月16日、本件原発の原子炉は安定状態を達成し(後記3⑶のステップ2)、本件事故そのものは収束に至ったと判断し、同月26日、避難指示区域等の見直しについての対応方針を示した。同方針の内容は、①年間積算線量が20mSv以下となることが確実であると確認された地域を避難指示解除準備区域に、②年間積算線量が20mSvを超えるおそれがあり、住民の被ばく線量を低減する観点から引き続き避難を継続することを求める地域を居住制限区域に、③居住制限区域のうち、放射性物質による汚染レベルが極めて高く、避難指示を解除するまでに長期間を要する区域として、5年間を経過してもなお年間積算線量が20mSvを下回らないお 地域を居住制限区域に、③居住制限区域のうち、放射性物質による汚染レベルが極めて高く、避難指示を解除するまでに長期間を要する区域として、5年間を経過してもなお年間積算線量が20mSvを下回らないおそれがある地域(当該時点で年間積算線量が50mSv超の地域)を帰還困難区域と設定するというものであった。 上記見直しの方針に基づき、平成24年4月、南相馬市、田村市、h村の各避難指示区域について、上記三つのいずれかへの再編が行われた。 (甲イ2の2、乙ニ共50、130、198) 3 一審被告東電による本件事故収束に向けた道筋の策定等⑴ 本件事故収束に向けた道筋の策定一審被告東電は、4月17日、「福島第一原子力発電所・事故の収束に向けた道筋」をとりまとめ、公表した。ここでは二つのステップを設定した上で、それぞれの目標を、ステップ1「放射線量が着実に減少傾向となっている」、ステップ2「放射性物質の放出が管理され、放射線量が大幅に抑えられている」と設定し、それぞれの達成時期を、様々な不確定要素やリスクがあるとしながら、目安として、ステップ1が3か月程度、ステップ2がステップ1 終了後3~6か月程度と設定した。その上で、上記目標を達成するため、当面の取組をⅠ冷却、Ⅱ抑制、Ⅲモニタリング・除染の三つの分野に分けた上、Ⅰ冷却の課題を⑴原子炉の冷却、⑵使用済み燃料プールの冷却、Ⅱ抑制の課題を⑶放射性物質で汚染された水(滞留水)の閉じ込め、保管・処理・再利用、⑷大気・土壌での放射性物質の抑制、Ⅲモニタリング・除染の課題を⑸避難指示/計画的避難/緊急時避難準備区域の放射線量の測定・低減・公表と設定した。その上で、ステップ1の達成に向けて克服すべき特に重要な点として、①1ないし3号機において格納容器内の水素爆発を起こさないこと、②2号機におい 時避難準備区域の放射線量の測定・低減・公表と設定した。その上で、ステップ1の達成に向けて克服すべき特に重要な点として、①1ないし3号機において格納容器内の水素爆発を起こさないこと、②2号機において放射線レベルの高い汚染水を敷地外に放出しないこと、が挙げられていた。 この公表を受け、翌18日の福島県の地元新聞は、「原子炉安定 6~9カ月」「住民の帰宅来年か東電事故収束へ工程表」という見出しで上記内容を報道しており、そこでは「実現可能性や実効性、スケジュール通りに進むかは不透明だ。」との記載もあった。 (甲ニ共1の2、乙ニ共47)⑵ ステップ1の完了等一審被告東電は、7月19日、本件原発敷地境界における被ばく線量評価が最大でも年間約1.7mSvであり、本件事故当初と比較して十分に減少していることが確認されたとして、ステップ1の目標「放射線量が着実に減少傾向となっている」が達成されたことを確認した。ここでは、ステップ1において特に重要な対策とされた水素爆発の回避について、「格納容器に窒素充填を行い、水素爆発が回避されている」とされた。 一審被告東電は、9月23日、1号機格納容器につながる配管内から1%を超える濃度の水素を検出したと発表し、併せて「窒素注入を続けており、酸素濃度は低いとみられるため、爆発の可能性は低い」と説明した。この旨は、翌24日の福島県の地元新聞で報道された。さらに一審被告東電は、同 日、上記配管内がほぼ水素で満たされているとの調査結果を発表し、保安院は、調査を徹底するよう一審被告東電に指示した。 一審被告東電は、11月2日、2号機の格納容器内の気体から核分裂反応を示すキセノンを検出し、小規模な臨界が起きた可能性が否定できないとして、核分裂を抑制するホウ酸水を原子炉に注入したと発表した。この旨は、 告東電は、11月2日、2号機の格納容器内の気体から核分裂反応を示すキセノンを検出し、小規模な臨界が起きた可能性が否定できないとして、核分裂を抑制するホウ酸水を原子炉に注入したと発表した。この旨は、翌3日の上記新聞で報道された。一審被告東電は、同日、当該問題について、核分裂の連鎖反応が拡大する臨界ではなく、燃料内で自然に起きる自発核分裂であったとの結論を発表し、この旨は上記新聞で翌4日に報道された。保安院も、同月7日、上記問題は臨界ではなく自発核分裂であったとの評価を発表した。 (甲ニ共1の7~9、乙ニ共48)⑶ ステップ2の完了と事故収束宣言等一審被告東電は、12月16日、原子炉が「冷温停止状態」に達し、不測の事態が発生した場合も、敷地境界における被ばく線量が十分低い状態を維持することができるようになったとして、安定状態を達成し、本件原発の事故そのものは収束に至ったと判断し、ステップ2の目標である「放射性物質の放出が管理され、放射線量が大幅に抑えられている」の達成と完了を確認した。この段階で、①本件原発においては、圧力容器底部と格納容器内の温度が概ね100度以下になっており、②注水をコントロールすることにより格納容器内の蒸気の発生が抑えられ、格納容器からの放射性物質の放出が抑制されている状態で、格納容器からの放射性物質の放出による敷地境界における被ばく線量は年間0.1mSvとなっており、③注水設備がすべて使用不能となっても3時間程度で消防車による注水再開が可能で、また本件原発1ないし3号機において同時に12時間の注水停止が発生したとしても、敷地境界における被ばく線量は年間1mSvを下回るという状態であった。原災本部も、同日、原子炉は安定状態を達成し、本件事故そのものは収束に至 ったことを確認し、ステップ2の目標達成 としても、敷地境界における被ばく線量は年間1mSvを下回るという状態であった。原災本部も、同日、原子炉は安定状態を達成し、本件事故そのものは収束に至 ったことを確認し、ステップ2の目標達成と完了を確認した。 内閣総理大臣は、同日、本件事故に関し「原子炉は冷温停止状態に達し、事故そのものが収束に至ったと確認された」と述べ、ステップ2の完了を宣言した。この旨は、翌17日の福島県の地元新聞で報道された。 (甲ニ共1の10、乙ニ共49、50) 4 放射線に関する一般的知見等⑴ 放射線等の概念、被ばくの種類、線量等の概念については、前記前提事実(引用に係る補正後の原判決第二章第二の五)記載のとおりである。 ⑵ 放射線の人体への影響ア放射線を受けた人体への影響の内容としては、身体的影響と遺伝的影響の2種類がある。 身体的影響は、放射線の影響を受けてから数週間以内に症状が現れる急性影響と、数か月ないし数年後に症状が現れる晩発影響とに分けられる。 急性影響による症状は、紅斑や脱毛、吐き気、全身倦怠感などであり、晩発影響による症状は、白内障やがんなどである。これらの影響は、受けた放射線の種類、放射線量、受けた体の部位及び範囲等によって異なり、一般に、発がんの相対リスクは若年ほど高くなる傾向があることや、男性よりも女性が放射線への感受性が高いこと、胎児期は放射線感受性が高く、妊娠のごく初期(着床前期)に被ばくすると、流産が起こることがある。 また、内部被ばくの場合、放射性物質が蓄積しやすい臓器ないし組織では被ばく線量が高くなり、蓄積しやすい臓器ないし組織の放射線感受性が高い場合、放射線による影響が出る可能性が高くなる。具体的には、放射性ヨウ素は甲状腺に蓄積しやすいという特徴がある。そして、いったん放射性物質が体内に入ると、排泄物と 臓器ないし組織の放射線感受性が高い場合、放射線による影響が出る可能性が高くなる。具体的には、放射性ヨウ素は甲状腺に蓄積しやすいという特徴がある。そして、いったん放射性物質が体内に入ると、排泄物と一緒に体外に排泄され、又は時間の経過とともに放射線が弱まるまで、人体は放射線の作用を受けることとなる。 遺伝的影響は、精子や卵子の遺伝子が放射線の作用により壊変し、障害 を有する子が誕生するリスクを指している。 (甲ニ共36、66~68、乙ニ共11、17、34、104、丙ニ共1、16、24、25、29)イ確定的影響と確率的影響放射線の人体に対する影響については、確定的影響と確率的影響の二つの分類が存在する。 確定的影響とは、ある一定量(しきい線量、しきい値)以上の放射線の作用により、細胞が損傷を受けたことが原因で生じるものであり、放射線量が多ければ多いほど症状が重篤になることが知られている。確定的影響は、現在における疫学的調査の結果を基にすれば、100mSvを超える放射線量を短時間に被ばくした場合にその影響が生じることが知られている。 確率的影響とは、一定量以上の放射線を受けると必ず影響が生じるというものではなく、受ける放射線量が多ければ多いほど影響が生じる可能性が高まるものをいう。これは、放射線量が多いから症状が重篤になる性質のものではなく、放射線量の増加に応じて影響の生じる確率が増加するものである。 (甲ニ共36、乙ニ共11、17、丙ニ共29)⑶ 放射線被ばくについて放射線の一種であるガンマ線の空間中の量を測定した数値を空間線量率といい、1時間当たりのマイクロシーベルト(μSv/h)で示される。 個人の外部被ばくによる線量を計測するには、サーベイメータで計測された空間線量率に当該測定場所に滞在した時間 した数値を空間線量率といい、1時間当たりのマイクロシーベルト(μSv/h)で示される。 個人の外部被ばくによる線量を計測するには、サーベイメータで計測された空間線量率に当該測定場所に滞在した時間を乗じて求めるか、個人線量計を装着して計測することになる。上記サーベイメータで計測された空間線量率からの計算方法としては、例えば前記前提事実(引用に係る補正後の原判決第二章第二の六第3)で示した0.23μSv/hが年間外部被ばく線量 1mSvに該当するとの考え方が挙げられる。 内部被ばくについては、放射性物質の摂取量(単位はBq)に預託実効線量係数を乗じて預託実効線量と呼ばれる実効線量を求めることとなり、この単位もSvである。預託実効線量係数は、数理モデル計算から特定の放射性物質によって各臓器や組織がどれだけの吸収線量を受けるかを求め、ここにさらに特定の放射線の種類に応じた人体への影響の大きさや臓器による感受性の違い、年齢による違いなどが考慮されて定められており、預託実効線量は、特定の放射性物質を取り込んだことにより将来にわたって受ける実効線量の積算値を表すこととなる。 (甲ニ共32、36、37、乙ニ共10~13、17、34、178、丙ニ共1、29、70)⑷ 放射線被ばくに関する国際的な知見等ア ICRPの勧告国際放射線防護委員会(ICRP)は、放射線防護の基本的な枠組みと防護基準を勧告することを目的として、国際X線ラジウム防護委員会が昭和25年に改組された機関である。ICRPは、放射線防護に関する基本的な枠組み及び防護基準について勧告を行っている。 ICRP1990年勧告は、職業被ばくの線量限度として、いかなる1年間にも実効線量は50mSvを超えるものではないとの付加条件付きで、5年間の平均値が年当たり20mSv(5 て勧告を行っている。 ICRP1990年勧告は、職業被ばくの線量限度として、いかなる1年間にも実効線量は50mSvを超えるものではないとの付加条件付きで、5年間の平均値が年当たり20mSv(5年間で100mSv)、生涯実効線量が1Svを超えないこととしている。ICRP1999年勧告は、現在ある被ばくの原因に影響を与えて総被ばくを減らす活動である介入について、ほとんど常に介入を正当化できる一般参考レベルを現存年線量で100mSv以下、正当化されそうにない介入に対する一般参考レベルを現存年線量で10mSv以下としている。 また、ICRPは、放射線防護について、被ばくの可能性、被ばく者の 数、被ばく者の個人線量の大きさは、経済的及び社会的要因を考慮し合理的に達成できる限りにおいて低く保たれるべきであるとの原則(防護の最適化の原則)を採用しており、ICRP2007年勧告は、この原則に基づき、本件事故のような緊急事態における被ばく及び緊急事態後の長期被ばくの状況における、公衆被ばく(職業被ばくでも医療被ばくでもない状況下における被ばく)の状況において、防護計画を策定する際、年間の被ばく量として許容される放射線量(参考レベル)については、①参考レベルの最大値を、確定的影響とがんの有意なリスクの可能性が高くなる値である年間100mSvとすること、②放射線量の値域を、ⅰ)緊急時被ばく状況(ある行為を実施中に発生し、至急の対策を要する不測の状況)として年間20mSvないし100mSv、ⅱ)現存被ばく状況(自然バックグラウンド放射線やICRP勧告の範囲外で実施されていた過去の行為の残留物などを含む、管理に関する決定をしなければならない時点で既に存在する状況をいう。)として年間1mSvないし20mSv、ⅲ)計画被ばく状況(廃止措置、放射性廃 範囲外で実施されていた過去の行為の残留物などを含む、管理に関する決定をしなければならない時点で既に存在する状況をいう。)として年間1mSvないし20mSv、ⅲ)計画被ばく状況(廃止措置、放射性廃棄物の処分、及び以前の占有地の復旧を含む、線源の計画的操業を伴う日常的状況)として年間1mSv以下の3段階に分類して計画を立てることを提案している。なお、原子力事故の後の汚染された土地における生活は、現存被ばく状況の典型的なものとされ、関係する個人は、被ばく状況に関する一般情報と、その線量の低減手段を受けるべきであるとされており、ICRPは、「原子力事故または放射線緊急事態後の長期汚染地域に居住する人々の防護に対する委員会勧告の適用」において、自助努力による防護対策として、住民が直接関わる環境からの放射線被ばくの特性(居住場所の周辺線量率および食品の汚染)のモニタリング、自分の外部被ばくと内部被ばくのモニタリング、自分が責任を負う人々(例えば小児や高齢者)の被ばくのモニタリング及び被ばくを低減するために自分自身の生活様式を状況に応じて適応させることを主たるも のとして掲げている。 (甲ニ91~94、乙ニ共17、丙ニ共1、16、24、25、29、45)イ LNT(直線しきい値なし)モデルICRPの1977年勧告においては、個人が受けた線量と放射線被ばくにより誘発される特定の生物効果との関係性は複雑であり、今後多くの研究を要すると前置きをした上で、委員会勧告の基礎として、「(放射線被ばくによる)確率的影響に関しては、放射線作業で通常起こる被ばく条件の範囲内では、線量とある影響の確率との間にしきい値のない直線関係が存在する」ことを基本的な仮定の一つとした。 上記の考え方は、その後のICRP勧告においても維持され、1990年勧告に 被ばく条件の範囲内では、線量とある影響の確率との間にしきい値のない直線関係が存在する」ことを基本的な仮定の一つとした。 上記の考え方は、その後のICRP勧告においても維持され、1990年勧告においては、「生体防御機構は、低線量においてさえ完全には効果的でないようなので、線量反応関係にしきい値を生ずることはありそうにない。」と記載され、2007年勧告においても、年間で「約100mSvを下回る低線量域では、がん又は遺伝性影響の発生率が関係する臓器及び組織の等価線量の増加に正比例して増加するであろうと仮定するのが科学的にもっともらしい、という見解を支持する」、「委員会が勧告する実用的な放射線防護体系は、約100mSvを下回る線量においては、ある一定の線量の増加はそれに正比例して放射線起因の発がん又は遺伝性影響の確率の増加を生じるであろうという仮定に引き続き根拠を置くこととする。この線量反応のモデルは一般に“直線しきい値なし”仮説またはLNTモデルとして知られている。」と記載されている。 もっとも、ICRPは、LNTモデルについて、「委員会は、LNTモデルが実用的なその放射線防護体系において引き続き科学的にも説得力がある要素である一方、このモデルの根拠となっている仮説を明確に実証する生物学的/疫学的知見がすぐには得られそうにないということを強調しておく。」、「低線量における健康影響が不確実であることから、委員会は、公 衆の健康を計画する目的には、非常に長期間にわたり多数の人々が受けたごく小さい線量に関連するかもしれないがん又は遺伝性疾患について仮想的な症例数を計算することは適切ではない。」としており、このモデルが科学的に実証されたものではない旨をも指摘している。 LNTモデルを前提とすれば、低線量下の被ばくにおいて、過剰のがん ついて仮想的な症例数を計算することは適切ではない。」としており、このモデルが科学的に実証されたものではない旨をも指摘している。 LNTモデルを前提とすれば、低線量下の被ばくにおいて、過剰のがん死リスクは、実効線量年間100mSv当たり0.55%(100万人に5500人)とされており、年間10mSvでは0.055%(100万人に550人)ということになる。 (甲ニ共36、44~47、112、乙ニ共17、丙ニ共29)ウ低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ(本件事故後に政府の放射性物質汚染対策顧問会議の下に設置されたWG)が平成23年12月22日付けで公表した報告書では、①国際的な合意では、放射線による発がんのリスクは、年間100mSv以下の被ばく線量では、他の要因による発がんの影響によって隠れてしまうほど小さいため、放射線による発がんリスクの明らかな増加を証明することは難しいとされていること、疫学調査以外の科学的手法でも、同様に発がんリスクの解明が試みられているが、現時点では人のリスクを明らかにするには至っていないことが紹介され、また、②LNTモデルの考え方に従ってリスクを比較した場合、年間20mSv被ばくすると仮定した場合の健康リスクは、例えば他の発がん要因(喫煙、肥満、野菜不足等)によるリスクと比べても低いことが指摘されている。(乙ニ共14)第2 判断 1 本件事故による一審原告らの被侵害利益何人も、自己の選択した居住地及びその立地する周辺環境において、放射線被ばくの恐怖や不安を感じることなく平穏な日常生活を送り、地域や職場のコミュニティの中で周囲の人々との交流等を通じて、自己の人格を形成、発展さ せるという人格的利益(以下、このような利益を包括して「平穏生活権」という。)を有すると解さ 生活を送り、地域や職場のコミュニティの中で周囲の人々との交流等を通じて、自己の人格を形成、発展さ せるという人格的利益(以下、このような利益を包括して「平穏生活権」という。)を有すると解される。しかし、本件事故が発生したことにより、政府等により避難指示や自主避難勧告等が発せられるなどして、避難を余儀なくされた者は、平穏な日常生活を脅かされ、住み慣れた生活の本拠からの移転を余儀なくされ、将来の見通しの立たないことによる不安を感じながら慣れない土地での不便な避難生活を強いられることになる。そして、政府等による避難指示等によらないで生活の本拠から避難した者についても、通常人の感覚に照らし、その避難に合理性が認められ、避難と本件事故との間に相当因果関係が認められる場合には、同様に平穏生活権の侵害が認められるというべきである。このような人格的利益(平穏生活権)は、憲法13条、22条1項等に照らし、法律上保護されるべき利益というべきである。 2 本件事故と一審原告らの避難との間の相当因果関係⑴ 緊急時避難準備区域からの避難について(一審原告8)緊急時避難準備区域に居住していた一審原告8の避難と本件事故との間の相当因果関係については、後記第4節第14において個別に説示する。 ⑵ 自主的避難等対象区域からの避難について(一審原告8以外の一審原告ら)ア自主的避難等対象区域は、年間積算線量が20mSvを超えないため、一審被告国の避難指示・屋内退避指示等の対象とされなかった地域であるから、同区域内の住民は、本件事故時住所地からの避難を強制されたものとまではいえない。 しかし、前記認定のとおり、3月11日、本件津波により本件各原子炉が全電源を喪失し、本件原発1号機から3号機までの各原子炉について冷却機能が失われた結果、各原子炉の炉心が損 のとまではいえない。 しかし、前記認定のとおり、3月11日、本件津波により本件各原子炉が全電源を喪失し、本件原発1号機から3号機までの各原子炉について冷却機能が失われた結果、各原子炉の炉心が損傷し、放射性物質が大量に放出されるという未曽有の原発事故(本件事故)が発生したものであり、本件事故直後には、原子炉の炉心溶融の可能性を含む本件事故の具体的状況や事故の復旧作業に長時間を要すること、本件原発からの放射性物質の拡 散状況、各地の放射線量の状況等が連日のように報道された。また、一審原告8以外の一審原告らの本件事故時住所地は、いずれも福島市、いわき市又は郡山市内に所在し、本件原発から約30㎞から約70㎞の範囲に位置するところ(前記前提事実)、本件事故直後に福島県が行った放射能(空間放射線量)の常時測定調査で、福島市で通常の約478倍に当たる23. 88μSv/hが測定され、いわき市や郡山市においてもこれと同水準ないしは通常よりも相当に高い放射線量が測定され、その結果が報道されたこと、関東地方の各県において水道水から放射性ヨウ素やセシウムが検出されたとの報道がされたことが認められる。 このように、本件事故直後には、本件事故による放射能汚染の影響やその範囲に関する十分な情報が得られない中で、本件事故が収束せず進展することによって放射線被ばくを受けることの恐怖や不安を抱くことはやむを得ないものといえ、かかる状況の下において、放射線被ばくによる健康への危険を回避するために居住地から避難をすることは、通常人の行動として合理的であるといえる。中間指針等が、本件原発からの距離、避難指示等対象区域との近接性、放射線量、自主的避難の状況等から、一定の範囲の地域を自主的避難等対象区域と定め、同区域からの避難者に対して避難生活による慰謝料を支払う 指針等が、本件原発からの距離、避難指示等対象区域との近接性、放射線量、自主的避難の状況等から、一定の範囲の地域を自主的避難等対象区域と定め、同区域からの避難者に対して避難生活による慰謝料を支払うこととしていること(前記第1章第2節第3の前提事実)は、上記の合理性を裏付けるものである。したがって、本件事故と自主的避難等対象区域からの避難開始との間には、相当因果関係が認められるというべきである。 そして、前記認定のとおり、一審被告東電及び原災本部は、平成23年12月16日、本件原発の原子炉が冷温停止状態に達したと判断し、ステップ2の目標(放射性物質の放出が管理され、放射線量が大幅に抑えられている)の達成と完了を確認し、これを受けて同日内閣総理大臣が本件事故そのものは収束した旨を宣言し、これにより、通常人の感覚に照らし、 本件事故が以後進展することへの不安等は概ね解消されたということができることからすれば、自主的避難等対象区域からの避難の合理性が認められる終期は、特段の事情のない限り、同年12月末までと認めるのが相当である。 ただし、前記認定のとおり、子供及び妊婦については、一般に放射性物質に対する感受性が高いとされていることから、通常人において、放射線被ばくについて一層不安や恐怖を抱くことは合理的であると認められ、このことを踏まえると、18歳未満の子供及び妊婦については、本件事故発生から約1年半後である平成24年8月末までを避難の合理性が認められる終期とすることが相当である。 なお、子供の同伴家族(両親等)については、当該同伴者自身には、放射線被ばくに対する感受性が高いことにより一層不安や恐怖を抱くという事情が認められないものの、子供の年齢等に照らし両親等による恒常的な監護が不可欠であるような場合には、当該同伴 該同伴者自身には、放射線被ばくに対する感受性が高いことにより一層不安や恐怖を抱くという事情が認められないものの、子供の年齢等に照らし両親等による恒常的な監護が不可欠であるような場合には、当該同伴家族も、監護を要する子供に付き添って避難を継続せざるを得ないと解されることから、避難の合理性が認められる終期は、子供と同様に平成24年8月末までとすることが相当である。 イこれに対し、一審原告らは、低線量被ばくによる健康被害のおそれ、すなわち、低線量被ばくであっても長期的にみるとがんや非がん疾患の増加等の人体に及ぼす影響が重大であることに照らすと、一審原告らが低線量被ばくを回避するために、平成24年1月以降も避難を継続したことには合理性が認められる旨主張する。 そこで検討するに、一審原告らは、低線量被ばくのリスクの根拠として、ICRP2007年勧告において、LNTモデル(直線しきい値なしモデル)を採用していることを挙げる。しかし、ICRP自身が、LNTモデルについて、「このモデルの根拠となっている仮説を明確に実証する生物学 的/疫学的知見がすぐには得られそうにないということを強調しておく」と指摘しているとおり(認定事実4⑷イ)、LNTモデルは科学的に実証されたものではなく、公衆衛生上の安全側に立った判断としてICRPで採用されているものである。また、仮にLNTモデルを採用するとしても、国際的に合意された科学的知見によれば、年間20mSvの被ばくについてのリスクは、他の発がん要因(喫煙、肥満、野菜不足等)によるリスクと比べても十分低い水準にあることが明らかにされている(認定事実4⑷ウ)。 そして、上記のような低線量被ばくの危険性があることを前提としても、程度によっては回避行動が常に法的な相当性を有すると解することはできず い水準にあることが明らかにされている(認定事実4⑷ウ)。 そして、上記のような低線量被ばくの危険性があることを前提としても、程度によっては回避行動が常に法的な相当性を有すると解することはできず、客観的な危険性の内容や程度を勘案して、当該回避行動が損害賠償の対象となるほどの相当性を有するものかを判断すべきである。この点、前記第1認定事実1⑵及び証拠(乙ニ共167)によれば、本件事故後の一審原告8を除く一審原告らの本件事故時住所地における空間線量率は、平成23年4月から同年12月までにおいて、いわき市では0.10~1. 05μSv/h、郡山市では0.10~2.12μSv/h、福島市では0.33~2.31μSv/hであって、外部被ばく・内部被ばく双方を含めて年間1mSvを算出する方法で年間換算すると、1mSvを下回る数値から10mSv前後に相当する値であったこと、特に同年12月の時点においては、上記各地点の空間線量率は0.10~1.2μSv(年間1mSv未満~約5mSv)であって、その後も漸減し、平成24年12月においては、多くの地点で0.23μSv/h以下(年間1mSv以下)であったことが認められる。また、LNTモデルを前提にしたときの年間5mSvのがん死リスクは、0.0275%(100万人に275人)、年間1mSvのがん死リスクは0.0055%(100万人に55人)にすぎず、他疾病のリスクは数値化することができない(前記認定事実4⑷イ 参照)。 以上のことからすれば、一審被告東電に対する損害賠償請求の観点からは、一審原告らの指摘する点を踏まえても、低線量被ばくのリスクが、上記で認定した本件事故と相当因果関係の認められる平成23年12月末(子供及び妊婦については平成24年8月末)を超えて避難を継続することの合理性を基礎付ける 点を踏まえても、低線量被ばくのリスクが、上記で認定した本件事故と相当因果関係の認められる平成23年12月末(子供及び妊婦については平成24年8月末)を超えて避難を継続することの合理性を基礎付けるほどに具体的な危険性があるとはいえず、他に一審原告らにおいて、平成24年1月以降(子供及び妊婦については同年9月以降)に避難元住所で生活することによって、低線量被ばくの具体的な危険性があることを認めるに足りる証拠はない。したがって、一審原告らの主張を採用することはできない。 ウ一審原告らは、①内部被ばくの危険性、②土壌汚染の状況、③平成23年12月末日時点で本件事故が収束していなかったこと等に照らすと、一審原告らが平成24年1月以降も避難を継続したことには合理性が認められる旨主張する。 しかし、上記①については、一審原告らの主張は、抽象的な危険性についていうものにすぎず、平成24年1月以降の具体的な放射線量、食品や土壌中の具体的な放射性物質の含有量に基づき具体的な健康被害の危険性があることを認めるに足りる立証はない(かえって、認定事実1⑶のとおり、福島県が平成23年10月に実施したホールボディカウンターによる内部被ばく検査では、セシウム134及び137による預託実効線量が1mSv以下の者が99.7%を占め、最大でも3.5mSv未満であったこと、同年6月から平成25年12月末までに行った検査では、1mSv未満の者が99.9%を占めていたことが認められる。)。したがって、一審原告らの主張は採用することができない。 上記②について、一審原告らは、平成27年11月から平成29年6月にかけて、一審原告らの避難元自宅の敷地内又は隣接した屋外において、 実際に土壌を採取して行った放射性セシウムによる汚染度合いを調査したところ、いずれ らは、平成27年11月から平成29年6月にかけて、一審原告らの避難元自宅の敷地内又は隣接した屋外において、 実際に土壌を採取して行った放射性セシウムによる汚染度合いを調査したところ、いずれの世帯においても、法令上放射線防護のための厳重な管理が施される「管理区域」の指定基準である4万Bq/㎡を超える面密度(表面汚染濃度)の土壌汚染が判明した旨主張し、調査結果を裏付ける証拠(甲ニ共82等)を提出する。この点、世帯番号1の一審原告らの自宅の調査についてみると、証拠(甲ニ共82)及び弁論の全趣旨によれば、一審原告1-1は、外観上放射性物質が多く存在しそうな場所(雨水升脇の凹地、雨だれの落下地点等)を任意に選択して地表から深さ5㎝程度の土塊を採取し、土壌中の放射性セシウム134及び同137の濃度を測定した上で、一審原告1-1が採用する方法でそれを1㎡当たりの面密度に換算したところ、その値が4万1000~24万Bq/㎡となったことが認められるが、甲ニ共131によっても、その換算方法が一般的で、合理性を有していることを裏付けるには足りない。この点を措くとしても、上記のとおり、一審原告1-1らが採用した調査方法は、土地の外観上放射性物質が多く存在しそうな場所を選択して、当該表土の面密度を計測していることから、通常の土壌よりも高濃度の数値が検出されることは当然であり、これをもって一審原告らの自宅やその周辺地全体の面密度が上記数値と同水準であると推認することはできない。また、一審原告らの主張が前提としている4万Bq/㎡の管理区域の設定基準は、放射性同位元素を使用する施設等において、平常時の放射線業務従事者の受ける放射線被ばくや作業を管理する目的で設定されたものであり(電離放射線障害防止規則等参照)、かかる管理区域の設定基準を上回る面密度が検出 元素を使用する施設等において、平常時の放射線業務従事者の受ける放射線被ばくや作業を管理する目的で設定されたものであり(電離放射線障害防止規則等参照)、かかる管理区域の設定基準を上回る面密度が検出されたからといって、健康影響が生じるような放射線被ばくを受けるということはできない。これに加え、一審原告らの避難元住所地の空間線量率が、子供及び妊婦以外の一審原告らの平成24年1月以降の避難継続の合理性を基礎付けるものではないことは、上記アで説示したとおりである(以上の判断は、世帯番号1の 一審原告ら以外の一審原告らについても同様に当てはまる。)。したがって、一審原告らの主張は採用することができない。 また、上記③については、前記説示のとおり、平成23年12月16日の時点において、一審被告東電は、本件原発の原子炉が冷温停止状態に達し、不測の事態が発生した場合でも敷地境界における被ばく線量が十分低い状態を維持することができるようになったことを確認し、ステップ2の目標達成と完了を確認し、原災本部も、原子炉が安定状態を達成し、本件事故そのものは収束に至ったとして、ステップ2の完了を確認しているのであって、これを左右するに足りる証拠はないから、一審原告らの主張は採用することができない(なお、一審原告らの指摘するその後の汚染水問題の継続や一部冷却機能のトラブル等の点は、いずれも、本件事故の収束、すなわち原子炉が冷温停止状態に達し、放射性物質の放出が管理され、放射線量が大幅に抑えられているとの上記評価を左右するものではない。)。 以上によれば、子供、その監護のための同伴家族(両親等)及び妊婦を除く本件区域外原告らについては平成24年1月以降の、子供及び妊婦については同年9月以降の避難継続について合理性を認めることはできない。 3 一審 子供、その監護のための同伴家族(両親等)及び妊婦を除く本件区域外原告らについては平成24年1月以降の、子供及び妊婦については同年9月以降の避難継続について合理性を認めることはできない。 3 一審原告らの損害(総論)について個々の一審原告らの損害については、後記第4節で、一審原告ごとの個別の事情を踏まえて認定するが、ここでは、損害論のうち一審原告らに共通する総論的な争点について、判断を示すこととする。 ⑴ 中間指針等の位置付けについて本件事故においては、その影響が極めて広範囲に及び、多数の住民等が突然の避難を余儀なくされ、損害の種類によっては個別の損害についての立証が極めて困難であることが想定されるなどの特殊な事情が存在する。また、損害を受けた者が極めて多数に上り、これらの者に対して適切かつ迅速に賠償を行う必要がある。 このような事情を踏まえ、原賠紛争審査会は、原賠法18条1項に基づき、中間指針等を順次公表してきたところ、中間指針等は、多くの者に共通する損害について、その賠償の基準ないし考え方を示したものである。そして、中間指針等に示された考え方は、その内容や策定経緯等に照らし、基本的に不法行為による損害賠償請求において一般的に採用されている考え方に立脚するものであって、相応の合理性を有するということができる。 もっとも、中間指針等は、あくまで当事者による自主的な解決のための一般的な指針にすぎず(原賠法18条1項)、中間指針等に基づいて現に多数の被害者に対する賠償が実施されているとしても、法規範に準ずるものとして裁判規範となるものではないから、裁判所は、中間指針等の内容に拘束されることなく、本件に現れた一切の事情を考慮してその合理的な裁量によって一審原告らの慰謝料額やその他の損害を判断することができるというべ 規範となるものではないから、裁判所は、中間指針等の内容に拘束されることなく、本件に現れた一切の事情を考慮してその合理的な裁量によって一審原告らの慰謝料額やその他の損害を判断することができるというべきである。以上の判断と異なる点を述べる一審原告ら及び一審被告らの主張は、いずれも採用することができない。 ⑵ 抽象的損害計算の主張について一審原告らは、各一審原告の避難時における移動費、宿泊費、生活費増加分、家族等の面会及び一時帰宅のための移動費等を、原則として一審被告東電が公表する基準又は統計に基づき算定した額を請求しているところ、これらに基づいた算定が、個々の一審原告らの増加支出額に合致するとも、全ての一審原告らにおける増加支出額を超えない最低限のものであるとも認めるに足りる証拠はないから、一審原告らの上記主張は採用できない。 もっとも、前記説示のとおり、個々の一審原告らの避難の相当性が認められた場合、避難に要した移動費、家族別離の際の家族等の面会や一時帰宅のための費用のうち、相当なものについては、本件事故による損害と認められるから、その額について個々の一審原告ごとに証拠等に基づき認定できるときは、その額の限度で損害と認めることができる。 また、個々の一審原告らの避難の相当性が認められた場合、新たな環境で生活するのであるから、通常の生活費等の負担が一定程度増加せざるを得ないことは容易に推認できるところであり、そのような増加額は本件事故と相当因果関係があるというべきであるものの、現実には負担が増えるものもあれば減るものもあるから、増額した分をそのまま生活費増加分と考えることは困難であること、現実に生活費が増加した場合においても、当該生活費の増加分から得た新たなサービスや物品については、個々の一審原告らの新たな利益となるもの 額した分をそのまま生活費増加分と考えることは困難であること、現実に生活費が増加した場合においても、当該生活費の増加分から得た新たなサービスや物品については、個々の一審原告らの新たな利益となるものもあることも併せ考えると、特定額を損害と認定することは困難といわざるを得ない。そこで、次項で述べる家具家財購入費を除く本件事故による避難によって一定の生活費増加分の負担を余儀なくされたことを、主として家計を負担する者の慰謝料の増額事由とする限度で斟酌することが相当である。 なお、一審被告東電は、一審原告らに支払った賠償金には一定の生活費増加分が含まれている旨主張する。確かに、一審被告東電が自主的避難等対象者に支払った定額賠償金は、精神的損害、生活費増加分、移動費用の合算額とされている(前記前提事実)。しかし、合算額の内訳(生活費増加分が幾らか)は特に決まっていないこと、仮に既払賠償金の一部が生活費増加分の趣旨だとしても、避難生活中の生活費増加分がそれを上回ることは十分想定できることからすれば、一審被告東電が主張する点は生活費増加分を慰謝料の増額事由として考慮すること自体を左右するものではなく、その点も含め、慰謝料を算定する一切の事情として考慮すれば足りるというべきである。 ⑶ 一審原告らが個別に主張する家具家財購入費について一審原告らのうち7世帯(世帯番号1、世帯番号2、世帯番号4・5、世帯番号6、世帯番号10・11、世帯番号12、世帯番号13の各一審原告ら)は、本件事故による避難に伴い必要となった家具家財の購入費用を請求するので、以下検討する。 上記7世帯の一審原告らが家具家財購入費の形で主張するものには、避難当初において必要な臨時的なもののほか、日々の生活における生活費的なものに分けられるところ、後者については、上記⑵記載 。 上記7世帯の一審原告らが家具家財購入費の形で主張するものには、避難当初において必要な臨時的なもののほか、日々の生活における生活費的なものに分けられるところ、後者については、上記⑵記載の生活費増加分において考慮されるべきものである。 他方、前者(避難当初に必要な臨時的支出)については、個々の一審原告らの避難の相当性が認められた場合、その避難が急であったこと、避難前の住所地から後に配送などするにも費用がかさむこと、家族別離がある場合には家財道具が複数必要な場合があること等から、避難当初の生活に必要不可欠と認められる一定の家具家財購入費は、本件事故と相当因果関係があると解される。もっとも、上記各一審原告らの世帯構成(世帯人数、年齢等)は世帯ごとに異なり、生活スタイルは世帯ごとに様々であると考えられる。また、各一審原告らの支出した家具家財購入費が一般的にみて生活上必要不可欠なものであるとは限らないこと、各世帯の支出費目は多岐にわたり、かつ同種の物品であっても価格帯は様々であること、各世帯の避難の態様によって、避難当初の生活に必要な家具家財の必要性も異なると解されること等の事情を踏まえると、本件全証拠によっても、上記各一審原告らが請求する家具家財購入費に係る損害については、本件事故による一定の損害が生じたこと自体は認められるものの、損害の性質上その額を立証することが極めて困難な場合(民事訴訟法248条)に当たるというべきである。そこで、当裁判所は、弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき相当な損害額を算定することとする。 この点、証拠(甲ニ1の1、2の1~2の12、4の1、6の1・2、10の1・2、12の1、13の1、13の9の5)及び弁論の全趣旨によれば、上記7世帯の一審原告らが請求する家具家財購入費のうち本件事故による避 (甲ニ1の1、2の1~2の12、4の1、6の1・2、10の1・2、12の1、13の1、13の9の5)及び弁論の全趣旨によれば、上記7世帯の一審原告らが請求する家具家財購入費のうち本件事故による避難と相当因果関係が認め得ると考えられる費目は、概ね、①家電製品の一部(扇風機、掃除機等)、②家具(テーブル、いす等)、③台所用品(調理 器具、食器類等)、④寝具類、⑤衣類関係(衣装ケース、靴等を含む。)、⑥その他の生活雑貨(洗濯・洗面用品、掃除用具等)に分類できる。これらの各支出費目のうち当面の避難生活に必要不可欠と解される物品の一般的な購入価格、上記7世帯の一審原告らの世帯構成(世帯人数は、世帯番号10の一審原告らのみ2名(平成23年3月中に帰還した夫を除く。)、他の6世帯は、先に帰還した家族(夫等)を除きいずれも3名である。)、上記7世帯に係る一審原告らの相当と認められる避難期間(前記2(本件事故と一審原告らの避難との間の相当因果関係)、後記第4節参照)等本件に現れた一切の事情を踏まえると、本件事故と相当因果関係のある家具家財購入費に係る損害は、1世帯当たり15万円をもって相当と認める。 ⑷ 慰謝料について一審原告らは、本件事故による精神的苦痛に対する慰謝料額は一人当たり3000万円を下らないと主張するが、慰謝料額は各一審原告らに生じた具体的な事情を考慮して定めるべきものであり、このような具体的事情を検討することなく、慰謝料額を一人当たり3000万円を下らないと評価することはできない。 他方、一審被告東電は、中間指針等を踏まえた一審被告東電の賠償基準に基づく自主的避難等対象者に対する精神的損害等の賠償額は合理的かつ相当であるから、一審被告東電の賠償基準を超える一審原告らの慰謝料請求には理由がないと主張する。しかし、この点につ 告東電の賠償基準に基づく自主的避難等対象者に対する精神的損害等の賠償額は合理的かつ相当であるから、一審被告東電の賠償基準を超える一審原告らの慰謝料請求には理由がないと主張する。しかし、この点についても、上記⑴で説示したとおり、中間指針等及びこれを踏まえた一審被告東電の賠償基準は、裁判規範ではなく裁判所はこれに拘束されない上、各一審原告らの具体的な事情を考慮することなく、その慰謝料額が上記賠償基準を超えないと評価することもできないから、一審被告東電の主張は採用することができない。 そして、慰謝料額の算定に当たっては、各一審原告らの本件事故時住所地の区分(緊急時避難準備区域か、自主的避難等対象区域か)、各一審原告らの 属性(子供又は妊婦か、それ以外の大人か)、各一審原告らが避難を開始した経緯、避難を余儀なくされた期間、上記⑵において慰謝料の増額事由と解すべきものと指摘した点のほか、本件に現れた一切の事情を斟酌することが相当である。 なお、一審原告らの中には、いったん避難元住居(本件事故時住所地)からの避難を開始した後に、避難元住居に帰還した者がいるところ(一審原告1-1、一審原告5等)、これらの者については、避難そのものを継続しているとは評価できない。しかし、いったん避難を開始した者であっても、仕事や家庭の都合等により避難元住居に帰還せざるを得ない場合があり、避難元住居に帰還した場合には、放射線被ばくの恐怖や不安を一層感じながら日々の生活を送ることを余儀なくされるのであって、家族別離等の事情が生じている場合には、平穏生活権を侵害される点では避難を継続する場合と異なるところはない。したがって、一審原告らのうち避難を開始した後に避難元住居に帰還した者についても、上記2で説示した相当因果関係の認められる避難期間中に受けた精神的苦痛 点では避難を継続する場合と異なるところはない。したがって、一審原告らのうち避難を開始した後に避難元住居に帰還した者についても、上記2で説示した相当因果関係の認められる避難期間中に受けた精神的苦痛について、慰謝料が認められるというべきである。 ⑸ 一審被告東電の弁済の抗弁について一審被告東電は、一審被告東電が支払った既払賠償金は、同一世帯内においては、いずれの費目で支払ったものかを問わず、また世帯構成員のいずれに支払ったものかを問わず、既払金の全額を他の損害費目や、他の世帯構成員の損害への弁済に充当すべきである旨主張する。 そこで、まず費目間での弁済充当の点についてみると、前記前提事実、証拠(乙ニ共240、259)及び弁論の全趣旨によれば、一審被告東電は、中間指針等を踏まえた自主的な賠償基準を策定・公表し、中間指針等と同様に精神的損害に対する賠償金と避難に伴い生じた実費等の追加費用分(生活費の増加分、避難費用等)の賠償金とを区分して賠償を実施していることが 認められ、一審原告らは、一審被告東電から、上記の一審被告東電の自主賠償基準を踏まえて算定された賠償金の支払を受けていることからすれば、一審原告らと一審被告東電との間では、一審被告東電の支払った賠償金は、精神的損害に対する賠償と、避難に伴い生じた実費分の損害に対する賠償という費目ごとに支払われたものであり、賠償金の弁済の時点において、これらの費目ごとに充当するとの弁済充当の黙示の合意が成立していたと認めるのが相当である。したがって、この点の一審被告東電の主張は採用できない。 次に、世帯構成員間での弁済充当の点については、損害賠償請求権は、個々の法主体ごとに成立・帰属するものであるから、同一世帯内のある者に支払われた賠償金のうち、同人の損害額(本件訴訟において裁判所が認定 に、世帯構成員間での弁済充当の点については、損害賠償請求権は、個々の法主体ごとに成立・帰属するものであるから、同一世帯内のある者に支払われた賠償金のうち、同人の損害額(本件訴訟において裁判所が認定した額)を超える余剰が存在する場合に、当該余剰額を他の世帯構成員の損害に対する弁済として充当することは、原則として認められないというべきである(このことは、各人の一身専属的な権利である慰謝料について考えれば明らかである。)。もっとも、例えば、同一世帯の家族が一緒に避難した際に要した交通費や、避難先で家族の宿泊のために要した費用等、本来であれば当該避難や宿泊をした各人が負担すべき費用を世帯の代表者が負担したような場合は、当該世帯の代表者が他の構成員が本来負担すべき費用を代わりに支払ったものと評価できるから、費用負担者が誰であるかにかかわらず、当該避難や宿泊をした世帯構成員全員に支払われた実費分(追加費用)の賠償金を弁済として充当することができると解するのが相当である(具体的な弁済充当の可否については、後記第4節において、世帯ごとに説示する。)。 なお、一審被告東電は、世帯構成員間での弁済充当が原則として認められないとすると、余剰金を受領した避難者に対して、別途余剰金の不当利得返還請求をして清算する必要が生じる旨主張するが、一審被告東電は、中間指針等を踏まえた自主賠償基準に基づき、実際の損害の多寡にかかわらず、避難区分ごとに定額の賠償金を支払っていること、本件訴訟において一審原告 らが避難に伴い生じた全ての損害の賠償を請求しているとは限らないことからすれば、一審原告らが受領した賠償金について仮に本件訴訟で認容される損害額を超える余剰が生じたとしても、これが法律上の原因のない利得に当たるかは疑問であり、いずれにしても、一審被告東電の指摘す からすれば、一審原告らが受領した賠償金について仮に本件訴訟で認容される損害額を超える余剰が生じたとしても、これが法律上の原因のない利得に当たるかは疑問であり、いずれにしても、一審被告東電の指摘する点は上記判断を左右しない。 第4節一審原告らの個別の損害について本節において、「平成23年」及び「平成23年3月」についてはその表記を原則として省略することとし、単に月日のみを記載した場合は、平成23年のことを、単に日付のみを記載した場合は、平成23年3月のことを表す。 また、東京都23区については「東京都」の表記を省略し、福島県内の地名については、「福島県」の表記を省略する。 第1 世帯番号1の一審原告ら(一審原告1-1~4)について 1 認定事実証拠(甲ニ共82、甲ニ1の1~1の45、一審原告1-1、一審原告1-2)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。なお、この項において特に証拠を摘示しない場合は、甲ニ1の1・2、一審原告1-1・2及び弁論の全趣旨から認定した。 ⑴ 世帯構成及び本件事故前の生活状況等ア一審原告1-1(本件事故時42歳)及び一審原告1-2(本件事故時40歳)は、平成8年11月に結婚し、一審原告1-1の仕事の関係で平成10年にいわき市に移り住み、間もなく世帯番号1の一審原告ら主張の本件事故時住所に自宅を購入し、平成14年に長男である一審原告1-3(本件事故時8歳)を、平成19年に二男である一審原告1-4(本件事故時3歳)をもうけた。 イ世帯番号1の一審原告らは、本件事故前、近隣の住民や知人からお裾分けされる食材、一審原告1-1が水耕栽培で収穫した野菜、休日に家族で 採取したきのこ類、山菜、貝類等を用いて食事をすることが多々あった。 ウ一審原告1-1は大学時代、植物等の突然 からお裾分けされる食材、一審原告1-1が水耕栽培で収穫した野菜、休日に家族で 採取したきのこ類、山菜、貝類等を用いて食事をすることが多々あった。 ウ一審原告1-1は大学時代、植物等の突然変異の研究を行っていたところ、実験の際に放射線を発するリン由来の物質を使用することがあり、その際は、放射線取扱主任者の監督の下で行われ、実験後にボディチェックを受け、体に放射性物質が付着していることを知らせる警報が鳴るとそのまま汚染された部分を洗い流すことが義務付けられるなど厳格な管理を受けることを経験していた。このような経験は、一審原告1-1と同じ研究室で学んだ一審原告1-2も経験していた。 一審原告1-1は、いわき市に移住した後、C学校で働き、本件事故当時は自らの専門性を活かして物質工学の准教授として教鞭を執っていた。 ここで、一審原告1-1は、学生とともに水耕栽培の研究を行っており、特に建物屋上で土を用いずに野菜を栽培する手法の研究を進め、将来的には東京の公共施設等の屋上や都市部の農地に設置した施設で水耕栽培を行うことで、いわき市の農業の振興、東京の緑化といった効果を狙うプランを思い描いており、このプランが「いわきビジネスアイディア・プランコンテスト」で最優秀賞を受賞したこともあった。 ⑵ 避難開始の経緯本件震災発生直後から、一審原告1-1は、本件原発及び第二原発の状況を心配していたところ、ラジオにより本件原発から3㎞圏内の住民に対して避難指示が出されたとのニュースを聞いた。一審原告1-1・2は、当該避難指示の直接の対象ではなかったものの、避難指示が拡大されれば渋滞の深刻化が予想されることや本件原発でベントがされ放射性ヨウ素などが放出された場合の子ら(一審原告1-3・4)の健康被害への危惧などから、避難することを決め、世帯 ものの、避難指示が拡大されれば渋滞の深刻化が予想されることや本件原発でベントがされ放射性ヨウ素などが放出された場合の子ら(一審原告1-3・4)の健康被害への危惧などから、避難することを決め、世帯番号1の一審原告ら及びたまたま来訪していた一審原告1-2の父は12日午前5時過ぎに、1台の車に持ち出せる食料と1日分の着替えを積んで避難を開始し、その後車で19時間かけて、横浜市にある 一審原告1-2の実家まで避難した。 ⑶ 避難後の経緯ア世帯番号1の一審原告らの避難経路の概略世帯番号1の一審原告らの避難経路の概略は、同一審原告ら主張(引用に係る原判決別冊の別紙3に記載された主張を指す。後記第2から第14までにおいて同じ。)のとおりである。 イ避難生活の状況等世帯番号1の一審原告らは、13日に横浜市の一審原告1-2の実家に避難した後、即時に新住居を探し、15日に東京都小金井市の賃貸アパートに移り住んだ。この際に、世帯番号1の一審原告らは生活用品一式を一審原告1-1の費用で買い揃えた。また、一審原告1-1は、避難開始後、自宅での食品の放射性物質含有量を調べられるように105万円のベクレルモニターを、同人の費用負担で購入した。 避難開始後から一審原告1-1・2は、いわき市の知人と連絡をとる、避難者向けの情報を入手する、離ればなれになった家族間で会話をするために携帯電話を頻繁に利用するようになり、通信料が増加した。また、前記のとおり本件事故前はお裾分けや一審原告1-1の水耕栽培、家族での山菜採り等で入手した食材を多く利用していたが、避難に伴い、それを購入せざるを得なくなり、また後記する一審原告1-1と一審原告1-2~4の家族別離に伴い、食費や光熱費等が二世帯分発生する等して世帯全体にかかる生活費が増加した。 一審 たが、避難に伴い、それを購入せざるを得なくなり、また後記する一審原告1-1と一審原告1-2~4の家族別離に伴い、食費や光熱費等が二世帯分発生する等して世帯全体にかかる生活費が増加した。 一審原告1-1は、C学校での仕事のため、4月からいわき市の自宅で生活することが多くなり、同月はいわき市と東京の往復をしていたが、5月からはいわき市での生活が中心となった。その後も、金曜の深夜に東京へ出発し、月曜の早朝にいわき市に戻るという生活スタイルとなった。後記する平成24年10月の退職による家族別離の解消まで、一審 原告1-1はほぼ毎週東京といわき市を車で往復していた。 C学校の職場においては、4月初めから放射線の危険性に関する意見の対立等の理由から学校再開の時期や再開後の対応について意見の対立が生じていたが、5月頃に学校が再開することになった。一審原告1-1は、学校再開後もC学校のグラウンドの空間線量だけをもってしても高いと認識しており、職場において被ばく量を低減する方策を提案し続けたが、同僚から一審原告1-1の見解が誤りであるとの指摘を受け、職場において放射能について話し合うこと自体が許されない風潮があると感じていた。一審原告1-1は、家族に会いたいとの思い等の家族別離の苦しみ、本来は避難すべきほどいわき市が汚染されているとの認識を持ちながら自らがそこで生活し、かつ学生に教育を施しているとの矛盾等に苦しんでいたが、経済的な理由及び卒業研究を指導しているという立場上の責任感から家族のいる東京に避難することはできなかった。 本件事故前から一審原告1-1は水耕栽培の研究を行っていたが、放射能汚染に対する認識から、当該研究を断念した。 一審原告1-1は、平成24年10月、家族別離の苦しみ等への肉体的・精神的限界及び同年3月に同人 一審原告1-1は水耕栽培の研究を行っていたが、放射能汚染に対する認識から、当該研究を断念した。 一審原告1-1は、平成24年10月、家族別離の苦しみ等への肉体的・精神的限界及び同年3月に同人が卒業研究の指導をしていた学生が卒業した等の理由から、C学校を退職した。なお、C学校では、平成23年4月1日時点で定員を超える235人の入学者がおり、平成24年の入学志願者数は平成23年度より増加した(乙ニ1-1・2)。 一審原告1-1は、上記退職後、D住宅で一審原告1-2~4と暮らすようになり、家族別離は解消された。 一審原告1-1の収入(C学校からの給与のほか、その他の収入等を含む。)は、平成20年で724万4246円、平成22年で714万3524円であった(甲ニ1の16~21)。C学校を退職した後、一審原告1-1は、平成24年10月からE大学の非常勤講師をしており、平 成28年9月からはF大学の非常勤講師を務めている(甲ニ共82)。そのほか、一審原告1-1の亡父から相続した賃貸用不動産の管理によっても生計を立てている。 一審原告1-3・4は、避難開始後の4月か5月頃に原因不明の嘔吐や鼻血が生じた。また7月19日にD住宅に移るまで両者の体重は増えず、またこの期間に、一審原告1-2は体重が大きく減少した。本件事故前は、横浜市に居住している一審原告1-2の父がしばしばいわき市の自宅に滞在していたが、特に4月28日から7月20日までのホテルにおける避難時は、その交流が減少した。 一審原告1-2は、ホテルでの滞在期間中、衣類の数が少ないことから、2日に1度程度はコインランドリーを利用していた。 一審原告1-3・4は、一審原告1-1との家族別離の結果、父と生活できないことを寂しく思い、週末が終わり、父がいわきに帰宅する際 少ないことから、2日に1度程度はコインランドリーを利用していた。 一審原告1-3・4は、一審原告1-1との家族別離の結果、父と生活できないことを寂しく思い、週末が終わり、父がいわきに帰宅する際には、姿が見えなくなった途端に布団の中で泣くことがあった。また一審原告1-3は、避難した直後に通っていた小学校において「放射能が来た」等と言われるいじめを受けたことがあり、このため転校をした。 一審原告1-3は、平成24年12月以降、10回以上カウンセリングを受けた(甲ニ1の3・11・12)。なお一審原告1-3は、本件事故前からとうかがわれる言動が存在した。 平成25年6月14日、一審原告1-3・4は、甲状腺機能検査を受け、一審原告1-2がその費用合計1万2480円を負担した。その結果はいずれも「機能正常」であった。(甲ニ1の13~15。なお、一審原告1-3の領収書はないものの、甲ニ1の15によれば、一審原告1-4の上記費用として6240円がかかったことが認められるから、一審原告1-3においても同額の費用を要したものと推認される。)ウ本件事故時住所地の状況等 世帯番号1の一審原告らのいわき市の自宅は、一審原告1-1が平成24年10月に東京へ引っ越した後、誰も居住していない状況となっている。 2 相当因果関係及び損害以上の認定事実を基に、世帯番号1の請求について検討する。 ⑴ 避難と本件事故との相当因果関係上記1のとおり、世帯番号1の一審原告らがいわき市の自宅から避難を開始した理由は、放射性物質による汚染によって、自ら及び子らの健康に対する被害の危険があり、本件事故が進展することによっても同様の危険があると判断したことによるものである。また、一審原告1-2~4が避難を継続した理由は、そ による汚染によって、自ら及び子らの健康に対する被害の危険があり、本件事故が進展することによっても同様の危険があると判断したことによるものである。また、一審原告1-2~4が避難を継続した理由は、それらの危険が存続していると判断したことによる。そうすると、前記第3節第2の2のとおり、世帯番号1の一審原告らの避難開始及び一審原告1-2~4の平成24年8月までの避難継続(子供及び同伴家族)は本件事故と相当因果関係があると認められ、それ以降の避難継続には相当因果関係は認められない。 ⑵ 積極損害の主張についてア抽象的損害計算分について 生活費増加分について前記第3節第2の3⑵で説示したとおり、避難生活中の主たる家計負担者と推認される一審原告1-2の慰謝料の増額事由として斟酌することが相当である。 避難交通費について上記1のとおり、世帯番号1の一審原告らは、本件事故によって、次のとおり避難をし、その費用を一審原告1-1が負担したと推認できるから、それに要した費用は、同人の本件事故による損害と認められる。 ① 12日いわき市から横浜市(一審原告1-2の実家) 自家用車② 15日横浜市から東京都小金井市(賃貸住宅) 自家用車 ③ 4月28日東京都小金井市から千代田区(Gホテル)(一審原告1-2~4) 自家用車④ 6月30日千代田区から港区(Hホテル)(同一審原告ら) 自転車⑤ 7月19日港区から千代田区(D住宅)(同一審原告ら)自転車そこで、これらに現実に要した費用であるが、一審原告1-1において具体的な主張、立証をしないので、提出された証拠等やそれによって認められる事実から、控えめに認定せざるを得ない。まず、④、⑤については、交通費が発生したことを認めるに足りる証拠はない。次に、①な て具体的な主張、立証をしないので、提出された証拠等やそれによって認められる事実から、控えめに認定せざるを得ない。まず、④、⑤については、交通費が発生したことを認めるに足りる証拠はない。次に、①ないし③は自家用車によるもので、高速道路を利用したこと及び高速料金を支払ったことの直接的な立証がないものの、一般的には、その距離の長さから、利用可能であれば、高速道路を通行したと推認できるものの、この頃、本件地震の影響もあり、福島県から首都圏に向かう高速道路の利用が可能であったか(甲ニ4、14、17の各1によると、一審原告4-1、一審原告14-1及び一審原告17-1は少なくとも一部利用をできなかった区間があったと認められる。)について疑義があるので、①ないし③について、ガソリン代のみで算定することとする。そして、乙ニ1の4によると①の距離は240.3㎞程度と認められ、②、③は公知の事実である横浜市、小金井市及び千代田区の位置からすると、控えめにみてそれぞれ30㎞程度、20㎞程度と推認できるから、乙ニ共182によって1㎞当たりのガソリン代を15円で換算すると、次のとおり、4354円となる。 15×(240.3+30+20)=4354(小数点以下切捨て)一時帰宅費用(面会費用)について上記1のとおり、世帯番号1の一審原告らが本件事故によって家族別離を余儀なくされ、平成23年4月から本件事故と相当因果関係のある避難 期間である平成24年8月までの17か月間、いわき市に居住する一審原告1-1が千代田区に居住する一審原告1-2~4宅をほぼ週1回自家用車で往復したと認められるところ、上記1認定の一審原告1-3・4の避難後の状況に鑑みると、その程度の一時帰宅は本件事故と相当因果関係があると解されるものの、往復した日や回数を特定するに足りる証 家用車で往復したと認められるところ、上記1認定の一審原告1-3・4の避難後の状況に鑑みると、その程度の一時帰宅は本件事故と相当因果関係があると解されるものの、往復した日や回数を特定するに足りる証拠がないから、損害を算定するに際しては、回数について控えめに見積もらざるを得ず、月3回として算定することとする。 そこで、1回に要する費用であるが、一審原告1-1において具体的な主張、立証をしないので控えめに認定せざるを得ず、この距離であれば、通行が可能な時期であれば、高速道路を用いたと推認できるところ、甲ニ9の1、13の1によると、平成24年3月まではこの区間の高速道路料金が無料であったとうかがえるから、ガソリン代だけで算出することとし、同年4月から8月までは、ガソリン代のほか高速道路料金を要したと認められるので、それを加算することとする。そして、距離は乙ニ15の3によると片道212.4㎞程度、平成29年8月時点の高速道路料金が片道5600円と認められ、当時も同程度と推認できることから、面会に要した費用は、次のとおり49万2972円となる。 15×212.4×2×3×12(平成24年3月まで)+(15×212.4+5600)×2×3×5(平成24年4月から8月まで)=49万2972イ個別立証分について避難直後の家具家財購入費及び通信料について(一審原告1-1)前記第3節第2の3⑶で説示したとおり、家具家財購入費については、民事訴訟法248条に基づき、同費用の負担者である一審原告1-1に15万円の損害が生じたものと認めるのが相当である。 また、通信料金を含む日常的な費用の増額を余儀なくされた点につい ては、生活費の増額分として一審原告1-2の慰謝料の増額事由として斟酌することが相当である。 ベクレルモニターの購 ある。 また、通信料金を含む日常的な費用の増額を余儀なくされた点につい ては、生活費の増額分として一審原告1-2の慰謝料の増額事由として斟酌することが相当である。 ベクレルモニターの購入費について(一審原告1-1)前記認定のとおり、一審原告1-1は、避難開始後に、自宅での食品の放射性物質含有量を調べられるように105万円のベクレルモニターを購入したことが認められるが、本件全証拠によっても、当該購入の必要性や購入と本件事故との相当因果関係を認めるに足りる具体的事実の立証はないから、この点の一審原告1-1の主張は理由がない。 コインランドリー費用について(一審原告1-2)前記認定のとおり、一審原告1-2は、ホテルでの避難期間中にコインランドリーを利用したことが認められるところ、コインランドリー費用については、生活費増加分として慰謝料の増額事由において斟酌すべきである。 カウンセリング費用について(一審原告1-2)上記1のとおり、一審原告1-3は、平成24年12月以降10回以上カウンセリングを受けたことが認められるものの、同人がカウンセリングを受けるに至った経緯及びその内容等を具体的に認めるに足りる証拠はなく、その原因について医学的な判断を示す証拠も提出されておらず、本件証拠上、当該カウンセリングと本件事故との相当因果関係を認めることまではできない。したがって、この点の一審原告1-2の主張は理由がない。 甲状腺検査費用について(一審原告1-2)前記のとおり、一審原告1-3・4は、平成25年6月14日甲状腺機能検査を受け、一審原告1-2がその費用1万2480円を負担したことが認められ、一審原告1-1・2が本件事故による一審原告1-3・4の甲状腺に対する影響を不安視することも十分理解できるところ 状腺機能検査を受け、一審原告1-2がその費用1万2480円を負担したことが認められ、一審原告1-1・2が本件事故による一審原告1-3・4の甲状腺に対する影響を不安視することも十分理解できるところであ る。しかし、証拠(甲ニ共53、156~158、乙ニ共188、丙ニ共2、15、30)によれば、福島県では、県民健康調査として本件震災時に福島県に居住していた概ね18歳以下の者全員を対象に甲状腺検査を行っており、一審原告1-3・4もこの対象となっていること、同検査は対象者が20歳を超えるまでは2年ごとに実施される予定となっていることが認められる一方、一審原告1-3・4が同検査を受けたか、その結果がどのようなものであったかを認めるに足りる証拠はないことを考慮すると、上記甲状腺機能検査費用と本件事故との相当因果関係を認めることまではできない。 したがって、この点の一審原告1-2の主張は理由がない。 ⑶ 一審原告1-1の逸失利益について前記のとおり、一審原告1-1は、避難の合理性が認められる期間より後の平成24年10月にC学校を退職したことが認められるが、上記退職後に大学の非常勤講師の職に就いていることも認められ、その収入額の立証はなく、現実の減収額を認めるに足りる証拠はない。また、退職後の再就職等のための活動についても具体的な主張立証はない。そうすると、一審原告1-1の逸失利益に関する主張は理由がない。 ⑷ 慰謝料について上記1の認定事実によれば、一審原告1-2~4は、本件事故と相当因果関係のある避難開始及び平成24年8月までの避難継続並びにこれに伴う一審原告1-1との家族別離により相当の精神的苦痛を被ったものと認められ、一審原告1-1についても避難開始及び一審原告1-2~4の避難継続に伴う家族別離により、相当の精神的苦痛を 続並びにこれに伴う一審原告1-1との家族別離により相当の精神的苦痛を被ったものと認められ、一審原告1-1についても避難開始及び一審原告1-2~4の避難継続に伴う家族別離により、相当の精神的苦痛を被ったものと認められる。加えて、特に一審原告1-3は、避難した直後にいじめを受け、転校しており、いじめについてこれをした者に主たる責任があるとはいえるが、同人は本件事故によって特に強い精神的苦痛を受けたものといえる。 以上の点を中心に、本件に現れた一切の事情を考慮し、また前記のとおり、一審原告1-2について生活費増加分の負担を余儀なくされたことを慰謝料の増額事由として斟酌すると、本件事故による世帯番号1の一審原告らに係る精神的苦痛に対する慰謝料として、以下の金額を認めるのが相当である。 一審原告1-1:40万円一審原告1-2:60万円一審原告1-3:80万円一審原告1-4:70万円⑸ 小計以上のとおりであるから、本件において、本件事故により賠償されるべき世帯番号1の一審原告らに係る損害額は以下のとおりである。 一審原告1-1:104万7326円(=40万円+4354円+49万2972円+15万円)一審原告1-2:60万円一審原告1-3:80万円一審原告1-4:70万円 3 既払額、弁護士費用及び結論⑴ 既払額一審被告東電が、本件事故による賠償金として、一審原告1-2に8万円、一審原告1-3・4に各60万円を支払った事実は当事者間に争いがない。 そして、この支払は、一審被告東電の賠償基準に従って支払われたものと認められ、証拠(乙ニ共240、241)及び弁論の全趣旨によれば、一審原告1-2に対する既払金8万円は精神的損害に対する賠償金として支払われ、一審原告1-3・4に対する既払金各60万円のうち ものと認められ、証拠(乙ニ共240、241)及び弁論の全趣旨によれば、一審原告1-2に対する既払金8万円は精神的損害に対する賠償金として支払われ、一審原告1-3・4に対する既払金各60万円のうち40万円は精神的損害に対する賠償金、うち20万円は避難に伴い生じた実費に対する賠償金として支払われたものと認められる。また、前記のとおり、避難交通費及び家具 家財購入費は、避難に伴い世帯全員に生じた費用であり、避難をした世帯構成員全員が本来負担すべき費用を一審原告1-1が代表して負担したものと認められるから、各人に支払われた実費分の賠償金は、世帯構成員のいずれに支払われたかを問わず、発生した上記費用に充当すべきである。他方、一時帰宅費用(面会費用)は、一審原告1-1が家族に会うために上京した際の費用であるから、同人以外の世帯構成員の実費賠償金を充当することは相当でない。そうすると、一審原告1-1が支出した避難交通費4354円及び家具家財購入費15万円について、一審原告1-3・4に対して支払われた実費賠償金各20万円から等分に(各7万7177円)充当することが相当である。 したがって、上記2⑸の損害額合計から既払金を控除した残額は、それぞれ以下のとおりとなる。 一審原告1-1:89万2972円(=104万7326円-4354円-15万円)一審原告1-2:52万円(=60万円-8万円)一審原告1-3:40万円(=80万円-40万円)一審原告1-4:30万円(=70万円-40万円)⑵ 弁護士費用及び結論本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、一審原告1-1について9万円、一審原告1-2について5万円、一審原告1-3について4万円、一審原告1-4について3万円と認めるのが相当である。したがって、世帯番号1の一審原告らにつ 弁護士費用は、一審原告1-1について9万円、一審原告1-2について5万円、一審原告1-3について4万円、一審原告1-4について3万円と認めるのが相当である。したがって、世帯番号1の一審原告らについて認められるべき賠償額は、以下のとおりとなる。 一審原告1-1:98万2972円一審原告1-2:57万円一審原告1-3:44万円一審原告1-4:33万円 第2 世帯番号2の一審原告ら(一審原告2-1~3)について 1 認定事実証拠(甲ニ2の1~2の13(孫番があるものはそれも含む。以下同じ。)、一審原告2-1)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。なお、この項において特に証拠を摘示しない場合は、甲ニ2の1、一審原告2-1及び弁論の全趣旨から認定した。 ⑴ 世帯構成及び本件事故前の生活状況等ア一審原告2-1(本件事故時35歳)は、福島県いわき市で出生し、高校卒業後、神奈川県に引っ越し、平成11年に同じくいわき市出身の夫と結婚し、平成16年に長女である一審原告2-2(本件事故時6歳)を、平成20年に二女である一審原告2-3(本件事故時2歳)をもうけた。 なお、一審原告2-1の夫は、本件訴訟の一審原告となっていない。 イ一審原告2-1の夫は、歯科技工士として働いていたところ、平成20年に神奈川県で独立し、自らの歯科技工所を開業した。世帯番号2の家族は、平成22年頃から、一審原告2-1の夫の実家のあるいわき市への移住を具体的に検討するようになり、平成23年1月、一審原告2-1の夫がいわき市で開業するのに伴い、いわき市に移住した。世帯番号2の家族は、ひとまず同所に所在する一審原告2-1の夫の実家に夫の両親、祖母及び叔母とともに居住していたが、近い将来、付近で家を探す予定であった。世帯番号 するのに伴い、いわき市に移住した。世帯番号2の家族は、ひとまず同所に所在する一審原告2-1の夫の実家に夫の両親、祖母及び叔母とともに居住していたが、近い将来、付近で家を探す予定であった。世帯番号2の家族は、夫の実家に居住中、家庭菜園から採れた米、野菜、果物を食べており、野菜などを購入したことはなかった。 ウ一審原告2-1は、本件事故当時、いわき市で開業した夫の歯科技工所で週に5日、1日に2ないし3時間、経理・庶務の仕事をしており、月に8万円程度の給与を得ていた。なお、一審原告2-1の夫の歯科技工所は、歯科医師である夫の兄からの発注等の仕事が約されていた。 ⑵ 避難開始の経緯 本件地震に伴い、世帯番号2の家族が居住していた一審原告2-1の夫の実家は、壁の崩落、窓ガラスの破損等の被害を受けた。そこで、12日に一審原告2-2・3のみいわき市にある一審原告2-1の実家に避難させ、一審原告2-1は、居住していた夫の実家の片付けを行っていた。一審原告2-1は、本件震災直後は、本件原発のことはほとんど頭になかったが、12日昼に本件事故を伝えるニュースを見た夫が状況を不安視したことを契機に、本件原発の状況について不安を感じた。一審原告2-1は、同日は避難するか否かを迷っていたが、翌13日、夫が子ら(一審原告2-2・3)のことを心配し、遠くに避難しようと言い出したため、いったんは避難することとし、茨城県日立市付近まで一審原告2-2・3とともに車で向かったが、ガソリンや道路状況の問題等から同日中に夫の実家まで戻った。その後、一審原告2-1の夫の兄が横浜から食料品やおむつ等の物資を持って訪れ、即時の避難を勧めた。一審原告2-1は、自らの両親や妹家族に一緒に避難することを説得したが奏効せず、14日夜、一審原告2-1の夫を含む世帯番号2の家族 が横浜から食料品やおむつ等の物資を持って訪れ、即時の避難を勧めた。一審原告2-1は、自らの両親や妹家族に一緒に避難することを説得したが奏効せず、14日夜、一審原告2-1の夫を含む世帯番号2の家族4人で、おむつ等の車に乗せられる物資のみを持って、車で避難を開始した。世帯番号2の家族4人は、一晩運転をして、15日午後、横浜市にある夫の兄の家まで避難した。 ⑶ 避難後の経緯ア一審原告2-1の夫を含む世帯番号2の家族の避難経路の概略一審原告2-1の夫を含む世帯番号2の家族の避難経路の概略は、世帯番号2の一審原告ら主張のとおりである(ただし、避難開始時期は14日である。)。一審原告2-1の夫は、26日頃からいわき市の実家に戻った。 イ避難生活の状況等一審原告2-1の夫を含む世帯番号2の家族は、15日に一審原告2-1の夫の兄の家に避難し、約10日間滞在したが、同所に同じく避難してきていた一審原告2-1の夫の両親らがいわき市に帰ることを決め たため、両親及び仕事のことを心配した一審原告2-1の夫は、いわき市に帰る意向を示した。一審原告2-1とその夫は、帰宅をめぐって口論となったが、結局、26日頃一審原告2-1の夫はいわき市に帰り、世帯番号2の一審原告らは避難を継続することとなり、同人らは、同日避難所とされていたIへ移動した。世帯番号2の一審原告らは、4月7日、避難所とされていたGホテルに移動したところ、同所においては個室に入ることができたため、生活面での不自由を感じることは余りなかった。同所は6月に閉鎖されることが決まっていたところ、避難指示区域外からの避難者である世帯番号2の一審原告らは、当初都営住宅への転居の応募を出すことができず、同月30日、避難所とされていたHホテルに移動した。同所の部屋は狭く、世帯番号2の一審原 ろ、避難指示区域外からの避難者である世帯番号2の一審原告らは、当初都営住宅への転居の応募を出すことができず、同月30日、避難所とされていたHホテルに移動した。同所の部屋は狭く、世帯番号2の一審原告らの荷物を置くと、いっぱいになってしまう状況であった。最終的に、世帯番号2の一審原告らは、都営住宅に入居することができ、7月21日からはD住宅に居住し、避難を継続している。 一審原告2-1は、避難生活中、衣服、携帯ゲーム等のおもちゃ、子供用を含む書籍、靴、カラーボックス、椅子、除湿器、便座ウォーマー、パソコン、ホームベーカリーをそれぞれ購入した(甲ニ2の2~12)。 世帯番号2の一審原告らは、本件事故前は野菜等を購入していなかったところ、避難後は食材を購入せざるを得なくなり食費の負担が増え、また一審原告2-1の夫と家族別離となったことから、水道光熱費及び家族間の連絡をとるための通信費の負担が増加した。さらに、一審原告2-1は、本件事故前は車によって移動していたところ、避難後は公共交通機関を利用しており、交通費の負担が増加した。 一審原告2-1の夫は、26日頃にいわき市の実家に帰った後、当初は月に1回の頻度で妻子(世帯番号2の一審原告ら)の下へ車で訪れていたが、体力的な問題から、徐々に頻度が減り、現在は半年に1回程度 の頻度で訪れるようになっている。 一審原告2-1は、避難生活中、後記のとおり一審原告2-2・3が同時に不登校・不登園となった時期に、家族別離となっていたため、当該問題について夫に相談することが難しく、また自らが避難していることの決断が誤りであったのかという悩みからストレスをため、酒量が増加した。一審原告2-1は、現在パートタイムで週二、三回働いているところ、その収入は月3万円程度である。 一審原告2-2 ていることの決断が誤りであったのかという悩みからストレスをため、酒量が増加した。一審原告2-1は、現在パートタイムで週二、三回働いているところ、その収入は月3万円程度である。 一審原告2-2は、避難直後の4月に、千代田区の小学校に入学したが、小学校2年生の終わり頃から頭痛や吐き気といった症状を訴えるようになりやせていくとともに、小学校3年生の2学期頃から学校に行きたがらなくなり、不登校となった。一審原告2-2は、当時(平成25年後半から平成26年初め頃)、同小学校の男子児童から複数回「放射能バンバンバン」といわれるという嫌がらせを受けており、このことは上記不登校の一因であり、最終的に転校した(甲ニ2の13の1・2)。なお、一審原告2-3も、一審原告2-2が不登校となった同時期に、幼稚園を不登園となり、転園をすることとなった(一審原告2-3の不登園の原因を認めるに足りる証拠はない。)。一審原告2-2は、平成29年4月、都内の私立中学校に入学した。 一審原告2-2・3は、福島県の甲状腺の検査でA2判定となり、その後、一審原告2-1が個人的に病院で検査を受けさせた際に、一審原告2-3が経過観察となった。 ウ本件事故時住所地の状況等世帯番号2の一審原告らの本件事故時住所地には、現在、一審原告2-1の夫及びその両親らが居住している。 一審原告2-1は、同人の夫から、平成23年6月に本件事故時住所地敷地内の放射線量計測をした結果を聞いており、同月の計測結果では、最 も高い垣根で18.8μSv/hが計測されたと聞いている。その後、同所は複数回除染が実施されているところ、平成28年7月の除染が実施される前において、同所における地上から1m地点の空間線量は、0.15~0.35μSv/hであり、同除染後の地上から1m地点の空間 同所は複数回除染が実施されているところ、平成28年7月の除染が実施される前において、同所における地上から1m地点の空間線量は、0.15~0.35μSv/hであり、同除染後の地上から1m地点の空間線量の最終測定結果は、0.10~0.20μSv/hであった(甲ニ2の15)。 2 相当因果関係及び損害以上の認定事実を基に、世帯番号2の請求について検討する。 ⑴ 避難と本件事故との相当因果関係上記1のとおり、世帯番号2の一審原告らを含む家族が、いわき市の自宅から避難を開始した理由は、放射性物質による汚染によって、自ら及び子らの健康に対する被害の危険があり、本件事故が進展することによっても同様の危険があると判断したことによるものである。また、同一審原告らが避難を継続した理由は、それらの危険が存続していると判断したことによる。そうすると、前記説示のとおり、世帯番号2の一審原告らの避難開始及び平成24年8月までの避難継続(子供及び同伴家族)は、本件事故と相当因果関係があると認められ、それ以降の避難継続には相当因果関係は認められない。 ⑵ 積極損害の主張についてア抽象的損害計算分について生活費増加分について前記説示のとおり、避難生活中の主たる家計負担者と推認される一審原告2-1の慰謝料の増額事由として斟酌することが相当である。 避難交通費について上記1のとおり、世帯番号2の一審原告らは、本件事故によって、次のとおり避難をし、その費用を一審原告2-1が負担したと推認できるから、それに要した費用は、同人の本件事故による損害と認められる。 ② 14日いわき市から横浜市(一審原告2-1の義兄方)自家用車 ② 26日横浜市から江東区(I) 自家用車③ 4月7日江東区から千代田区(Gホテル) 自家用車④ れる。 ② 14日いわき市から横浜市(一審原告2-1の義兄方)自家用車 ② 26日横浜市から江東区(I) 自家用車③ 4月7日江東区から千代田区(Gホテル) 自家用車④ 6月30日千代田区から港区(Hホテル)自家用車⑤ 7月21日港区から千代田区(D住宅) 自家用車そこで、これらに現実に要した額であるが、①ないし⑤いずれについても、前記第1の2⑵アと同様に、ガソリン代だけで算出することとする。乙ニ2の1・2・4~6によると、①が241.9㎞程度、②が32.7㎞程度、③が11.5㎞、④が3.7㎞、⑤が5.0㎞と認められ、乙ニ共182によって1㎞当たりのガソリン代を15円で算出すると、次のとおり4422円となる。 15×(241.9+32.7+11.5+3.7+5)=4422イ個別立証分(家具家財購入費)について前記説示のとおり、家具家財購入費については、民事訴訟法248条に基づき、同費用の負担者である一審原告2-1に15万円の損害が生じたものと認めるのが相当である。 ⑶ 一審原告2-1の就労不能損害の主張について上記1⑴のとおり、一審原告2-1は、本件事故当時、夫の歯科技工所で仕事をし、月に8万円程度の給与を得ていたところ、避難開始に伴い、この仕事を少なくとも中止せざるを得なかったことは容易に推認できるところであって、避難開始により一定の減収が生じたとうかがわれる。しかし、一審原告2-1は、避難生活中にパートタイムで働き一定の収入を得ていることも認められ、そのようなパート収入がいつからどの程度生じたかについて、本訴において具体的な立証はない。そして、一審原告2-1が就労不能損害として一審被告東電から96万円の弁済を受けていることは争いがなく、具体的に避難に伴う減収額が当該既払額を超え 生じたかについて、本訴において具体的な立証はない。そして、一審原告2-1が就労不能損害として一審被告東電から96万円の弁済を受けていることは争いがなく、具体的に避難に伴う減収額が当該既払額を超えて存在するとの立証はない。 そうすると、仮に減収が認められるとしても、その減収と本件事故との相 当因果関係を検討するまでもなく、一審原告2-1の就労不能損害に関する主張は理由がない。 ⑷ 慰謝料について上記1の認定事実によれば、世帯番号2の一審原告らは、本件事故と相当因果関係のある避難開始並びに平成24年8月までの避難継続及びそれに伴う家族別離により、相当の精神的苦痛を被ったものと認められる。加えて、特に一審原告2-2は、避難生活中に複数回「放射能バンバンバン」と言われるという嫌がらせを受けており、このことを一因として不登校となり転校しており、この点は嫌がらせをした者に主たる責任があるとはいえるが、同人は本件事故によって特に強い精神的苦痛を受けたものといえる。 以上の点を中心に、本件に現れた一切の事情を考慮し、また前記のとおり一審原告2-1について子らとともに避難を継続したこと及び生活費増加分の負担を余儀なくされたことを慰謝料の増額事由として斟酌すると、本件事故による世帯番号2の一審原告らに係る精神的苦痛に対する慰謝料として、以下の金額を認めるのが相当である。なお、世帯番号2の一審原告らが、本件事故の直前である平成23年1月にいわき市に移住したとの事情は、慰謝料額に係る上記判断を左右しない。 一審原告2-1:60万円一審原告2-2:80万円一審原告2-3:70万円⑸ 小計一審原告2-1:75万4422円(=60万円+4422円+15万円)一審原告2-2:80万円一審原告2-3:70万円 3 既払 原告2-2:80万円一審原告2-3:70万円⑸ 小計一審原告2-1:75万4422円(=60万円+4422円+15万円)一審原告2-2:80万円一審原告2-3:70万円 3 既払額、弁護士費用及び結論⑴ 既払額 一審原告2-1:12万円(うち慰謝料分8万円、実費賠償分4万円)一審原告2-2・3:各72万円(うち慰謝料分48万円、実費賠償分24万円)一審被告東電は、本件事故による賠償金として、一審原告2-1に12万円、一審原告2-2・3に各72万円を支払っているところ、前者(12万円)のうち4万円、後者(72万円)のうち24万円は、いずれも避難によって生じた実費の賠償として支払ったものであるところ(乙ニ共259)、前記のとおり、これを慰謝料としての弁済に充当することは相当でないから、慰謝料に対する弁済として充当できるのは、一審原告2-1につき8万円、一審原告2-2・3につき各48万円に限られるというべきである(後記第3以降においても同様である。)。一方、一審原告2-1が負担した避難交通費4422円及び家具家財購入費15万円は、避難に伴い世帯全員に生じた実費と認められるから、同人に支払われた実費賠償金4万円を充当すべきであり、残金(11万4422円)について、前記第1の3⑴で述べたとおり、さらに一審原告2-2・3に支払われた実費賠償金各24万円から等分(各5万7211円)に充当することが相当である。 なお、一審被告東電は、ADR手続において一審原告2-1に支払った就労不能損害に対する96万円の賠償金は、実損害を超える賠償であるから、世帯番号2の一審原告らに生じた損害額から同額を控除すべきである旨主張するが、上記96万円はADR手続で成立した和解により支払われたものであり(弁論の全趣旨)、同金額が 損害を超える賠償であるから、世帯番号2の一審原告らに生じた損害額から同額を控除すべきである旨主張するが、上記96万円はADR手続で成立した和解により支払われたものであり(弁論の全趣旨)、同金額が請求の根拠を欠くと認めるに足りる証拠はないから、一審被告東電の主張は採用することができない。 ⑵ 弁護士費用を除く損害一審原告2-1:52万円(=75万4422円-15万4422円-8万円)一審原告2-2:32万円(=80万円-48万円) 一審原告2-3:22万円(=70万円-48万円)⑶ 弁護士費用一審原告2-1:5万円一審原告2-2:3万円一審原告2-3:2万円⑷ 結論一審原告2-1:57万円一審原告2-2:35万円一審原告2-3:24万円第3 世帯番号3の一審原告(一審原告3)について 1 認定事実証拠(甲ニ3の1~3・5~9、乙ニ3の1~3の9、一審原告3)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。なお、この項において特に証拠を摘示しない場合は、甲ニ3の1、一審原告3及び弁論の全趣旨から認定した。 ⑴ 世帯構成及び本件事故前の生活状況等ア一審原告3(本件事故時66歳)は、いわき市で生まれ育ち、結婚後もいわき市の本件事故時住所地にある夫の実家に居住するなど本件事故までいわき市で暮らしてきた。一審原告3には、2人の娘がおり、夫は平成17年に他界した。なお一審原告3の2人の娘は、本件訴訟の原告となっていない。 イ一審原告3は、夫の死亡に伴い、上記の夫の実家の建物及び土地(以下第3において「いわき市の自宅」という。)並びに同じくいわき市内に所在する8筆の山林、1筆の田、1筆の畑及び1筆の雑種地を取得した。いわき市の自宅は、敷地面積約1700㎡であり、一審原告3が (以下第3において「いわき市の自宅」という。)並びに同じくいわき市内に所在する8筆の山林、1筆の田、1筆の畑及び1筆の雑種地を取得した。いわき市の自宅は、敷地面積約1700㎡であり、一審原告3が居住していた母屋の床面積は約200㎡で、そのほか別棟や蔵などが存在していた。(甲 ニ3の1・8・9)本件事故当時、一審原告3はいわき市の自宅に、娘2人と居住していたただし、長女については東京と上記住所地とを行ったり来たりする状況であった。 ウ一審原告3は、本件事故前、いわき市の自宅の敷地の広さを利用して、近所の友人や親類を招いて、夏はバーベキュー、秋は月見などを催し、また正月には多くの親類などの来客を歓待していた。また、一審原告3は、地域の伝統行事である毎年1回の地域の女性による旅行に参加し、近所の中学生に自宅の別棟において数学や国語を教えるなどしていた。このように、一審原告3は、本件事故前、地域の近隣住民や親類と密接な付き合いをしていた。 一審原告3は、本件事故前、正月・盆・彼岸などの節目に、所有する山林に入り、神棚等に捧げる榊の木を採取するなどしており、また、お茶や庭での草花、樹木の育成を趣味としていた。 エ一審原告3は、60歳の定年退職まで長年いわき市の中学校教員として勤め、その後も2年間、再任用でいわき市の中学校教員を務めた。さらに、本件事故まで3つの中学校において、毎年一定期間、 講師として勤めていた。一審原告3は、本件震災当時も中学校の講師として勤務していたが、次年度以降の更新は未定であった。この講師の契約は1年更新であり、勤務期間中の平均給与は月額約25万円であった。 ⑵ 本件津波による被害と避難開始の経緯アいわき市の自宅は、本件津波により流され、また3箇所のお墓は倒され、土砂に埋もれて 約は1年更新であり、勤務期間中の平均給与は月額約25万円であった。 ⑵ 本件津波による被害と避難開始の経緯アいわき市の自宅は、本件津波により流され、また3箇所のお墓は倒され、土砂に埋もれてしまった。一審原告3は、11日はいわき市にある実家に避難し、12日はいわき市内の工業高校に避難した。 また、一審原告3が本件震災当時勤めていた中学校も、本件津波により校舎の取壊しが決まるなど大きな被害を受けた(乙ニ3の2)。 イ一審原告3は、本件震災による避難はいわき市で行うことを想定していたが、13日、上記避難場所である工業高校において本件原発1号機が爆発したとの情報に接し、著しい恐怖を感じ、いわき市にとどまることはできないと考えて遠方への避難を決意し、娘2人とともに同日千葉県柏市の親類宅に避難した。 ⑶ 避難後の経緯ア一審原告3の避難経路の概略一審原告3主張のとおり。 イ避難生活の状況等一審原告3は、前記のとおり、13日、娘2人とともに千葉県柏市の親類宅に避難した後、翌14日、横浜市の妹宅に避難した。一審原告3は、同日頃、友人からいわき市の賃貸住宅を一審原告3のために借りた旨の連絡をもらっていたが、本件事故を理由にこれを断り、4月1日、新宿区の都営アパートに移動し、現在、長女とともに同所にて避難を継続している。同所は、6畳の和室、4畳ほどの洋室、風呂、台所及びトイレで構成されており、少なくともいわき市の自宅と比較すると相当に狭く、また隣の部屋との間で音が響く状況となっている。 一審原告3は、東京の物価の高さから、食料品等のための生活費の負担が一定程度増加した。 一審原告3は、東京における避難生活において、避難者とのコミュニケーションはとっているが、その余の近隣住民とのコミュニケーションは余りと から、食料品等のための生活費の負担が一定程度増加した。 一審原告3は、東京における避難生活において、避難者とのコミュニケーションはとっているが、その余の近隣住民とのコミュニケーションは余りとっていない。 一審原告3は、4月1日以降、平成26年頃までは、少なくとも月1回、高速バスで、いわき市に戻り、自宅代替地の買取り等の手続や友人又は親類と会うなどしている。 ウ本件事故時住所地等の状況 前述のとおり、一審原告3のいわき市の自宅は、本件津波によって流された。いわき市は、一審原告3の本件事故時住所地を含む本件津波浸水区域について建物新築等の自粛を要請しており、平成25年10月10日にこれを解除したが、一審原告3の本件事故時住所地については引き続き土地区画整理法に基づき建築行為等が制限されることとなった(乙ニ3の1)。そのため、一審原告3には高台に代替地が提供されることとなっていたところ、その引渡しは平成30年3月頃の予定となっていた。 本件事故当時一審原告3が勤務していた中学校は、本件津波で大きな被害を受けたため、別の中学校の校舎を間借りして授業を行ってきたが、多くの生徒が本件津波で家をなくし、地区外に避難したため、転校や入学辞退となるケースが少なからずあった。平成24年4月の同中学校の入学者数は26人であった。(乙ニ3の4) 2 相当因果関係及び損害以上の認定事実を基に、一審原告3の請求について検討する。 ⑴ 避難と本件事故との相当因果関係上記1のとおり、一審原告3が、13日にいわき市から関東地方に避難を開始した理由は、放射性物質による汚染によって、自らの健康に対する被害の危険があり、本件事故が進展することによっても同様の危険があると判断したことによるものであり、また、同一審原告が避難を継続した理由は した理由は、放射性物質による汚染によって、自らの健康に対する被害の危険があり、本件事故が進展することによっても同様の危険があると判断したことによるものであり、また、同一審原告が避難を継続した理由は、それらの危険が存続していると判断したことによる。そうすると、前記説示のとおり、一審原告3の避難開始及び平成23年12月までの避難継続は本件事故と相当因果関係があると認められ、それ以降の避難継続には相当因果関係は認められない。 なお、一審原告3が、11日にいわき市の自宅から実家や工業高校へ避難したのは、本件津波によっていわき市の自宅が流されたことによるものであ り、本件事故によるものとはいえないが、13日にいわき市から県外に避難したのは、放射性物質による汚染によって自らの健康に対する被害の危険があると判断したことによるものであるから、一審原告3が本件津波によって自宅を失ったことは、本件事故と同人の県外への避難との間の相当因果関係を否定する事情となるものではない。 ⑵ 積極損害(抽象的損害計算)の主張についてア生活費増加分について前記説示のとおり、慰謝料の増額事由として斟酌することが相当である。 イ避難交通費について上記1のとおり、一審原告3は、本件事故によって、13日から次のとおり避難をしたと認められるから、それに要した費用は本件事故による損害と認められる。 ① 13日いわき市から千葉県柏市(親類宅) 自家用車② 14日千葉県柏市から横浜市(妹宅) 自家用車③ 4月1日横浜市から新宿区(都営住宅) 自家用車そこで、これらに現実に要した額であるが、①ないし③いずれについても、前記第1の2⑵と同様に、ガソリン代だけで算出することとする。そして、乙ニ1の4によると、いわき中央から横浜駅東口の距離が240. こで、これらに現実に要した額であるが、①ないし③いずれについても、前記第1の2⑵と同様に、ガソリン代だけで算出することとする。そして、乙ニ1の4によると、いわき中央から横浜駅東口の距離が240. 3㎞程度であって、控えめに見積もっても①と②を加えた距離は同程度以上であると推認でき、乙ニ2の1によると東名高速道路の東京から横浜青葉の距離が13.3㎞であって、控えめに見積もっても③の距離は同程度以上と推認できるから、1㎞当たりのガソリン代を15円として算出すると、次のとおり3804円となる。 15×(240.3+13.3)=3804ウ一時帰宅費用について上記1⑶のとおり、一審原告3は、避難及び避難生活中の一時帰宅に伴 い、4月1日から12月末日までの9か月、少なくとも月1回の合計9回、高速バスで東京都新宿区といわき市を往復しているところ、これらは、本件事故に基づく東京への避難がなければなされなかったものであるから、本件事故によるものと認められる。そこで、1回に要する費用であるが、一審原告3において具体的な主張立証をしないので控えめに認定せざるを得ず、乙ニ7の2によると、平成29年8月時点のいわき市と東京駅間の高速バス料金は片道3350円であって、当時のいわき市と新宿区間の料金も同程度であると推認できるから、次のとおり6万0300円となる。 3350×2×9=6万0300⑶ 休業損害の主張について上記1⑴のとおり、一審原告3が本件事故前、1年間更新の講師の契約を3年間いわき市内の複数の中学校で締結してきたことが認められるが、本件事故時点で次年度以降の更新は未定であり、いわき市内の本件事故後の中学校における講師募集や更新の状況を認めるに足りる証拠はない。これに加え、当時に契約を締結していた中学校は本件津波で甚大な被 、本件事故時点で次年度以降の更新は未定であり、いわき市内の本件事故後の中学校における講師募集や更新の状況を認めるに足りる証拠はない。これに加え、当時に契約を締結していた中学校は本件津波で甚大な被害を受け、転校や入学辞退となるケースが少なからずあったこと、一審原告3の自宅は本件津波で流され、いわき市内とはいえ避難を余儀なくされていたことからすれば、本件事故がなかった場合に、一審原告3が本件事故時に勤務していた中学校やいわき市内のその他の中学校での更新契約を締結していた蓋然性があるとまでは認められない。そうすると一審原告3の休業損害の主張は理由がない。 ⑷ 一審原告3の慰謝料について上記1の認定事実によれば、一審原告3は、本件事故と相当因果関係のある関東地方への避難開始及び平成23年12月までの避難継続により、相当の精神的苦痛を被ったものと認められる。他方で、上記のとおりいわき市の自宅からの避難と本件事故との相当因果関係は認められず、本件事故がなけ ればいわき市内で避難を継続していたものと推認できるものであるが、上記期間においてどのような住宅で避難を継続したかまでは具体的に認定できないことも斟酌すべきである。 以上の点を中心に、本件に現れた一切の事情を考慮し、また前記のとおり生活費増加分の負担を余儀なくされたことを慰謝料の増額事由として斟酌すると、本件事故による一審原告3に係る精神的苦痛に対する慰謝料は、以下の金額を認めるのが相当である。 一審原告3:40万円⑸ 小計一審原告3:46万4104円(40万円+3804円+6万0300円) 3 既払額、弁護士費用及び結論⑴ 既払額12万円(うち慰謝料分8万円、実費賠償分4万円)避難交通費及び一時帰宅費用(合計6万4104円)は、避難に伴い一審原告3が負担を余 0300円) 3 既払額、弁護士費用及び結論⑴ 既払額12万円(うち慰謝料分8万円、実費賠償分4万円)避難交通費及び一時帰宅費用(合計6万4104円)は、避難に伴い一審原告3が負担を余儀なくされた実費と認められるから、同人が受領した実費賠償金4万円をこれに充当すべきである。 ⑵ 弁護士費用を除く損害34万4104円(=46万4104円-4万円-8万円)⑶ 弁護士費用3万円⑷ 結論37万4104円第4 世帯番号4、5の一審原告ら(一審原告4-1~3、一審原告5)について 1 認定事実証拠(甲ニ4の1~4の5、一審原告4-1)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。なお、この項において特に証拠を摘示しない場合は、 甲ニ4の1、一審原告4-1及び弁論の全趣旨から認定した。 ⑴ 世帯構成及び本件事故前の生活状況等ア一審原告4-1(本件事故時41歳)は、いわき市で出生し、高校卒業後、東京の短期大学通学のため引っ越したものの、卒業後いわき市に戻った。同人は、平成11年、一審原告5(本件事故時42歳)と結婚し、平成14年に長女である一審原告4-2(本件事故時8歳)を、平成15年に長男である一審原告4-3(本件事故時7歳)をもうけた。 イ一審原告4-1及び一審原告5は、平成15年に一審原告4-1の両親が住む場所からすぐ近くのいわき市に自宅を購入し、以後同所に世帯番号4、5の一審原告らで居住していた。同所は、敷地が120坪と広く、建物も1階の1部屋が30畳あるなど広かった。同一審原告らは、一審原告4-1の両親が近くに住んでいたため、同人らが育て、収穫した農産物等を食べて生活していた。また、一審原告4-1は、仕事の際に、子らを両親に預けるなどしていた。 ウ一審原告4-1は、本件事故 原告4-1の両親が近くに住んでいたため、同人らが育て、収穫した農産物等を食べて生活していた。また、一審原告4-1は、仕事の際に、子らを両親に預けるなどしていた。 ウ一審原告4-1は、本件事故前、遅くとも平成15年からいわき市のでコーチをしており、また遅くとも平成19年からいわき市の保育園で幼児体育の講師をしていた。 のコーチとしての収入は、毎月3万5000円であり、保育園講師としての収入は、平成21年7月以降3か月ごとに6万円、すなわち毎月2万円であった(甲ニ4の4・5)。 ⑵ 避難開始の経緯一審原告4-1は、本件震災直後は、余震に怯えながらも、自宅に大きな被害はなく、ひとまず落ち着いていた。他方で、一審原告5は本件震災直後から、本件原発の動向を心配し、避難することを提案しており、これに対して一審原告4-1は、原子力発電所は安全だといわれていたこともあって、当初は避難するほどではないと考えていた。しかし、12日午後に1号機水 素爆発が生じ、14日昼には3号機水素爆発が生じ、13日に子ら(一審原告4-2・3)が鼻血を出したり吐き気を訴えたりするなど体調を崩していたことも相まって、同人らの健康被害を危惧するようになった。そして、14日の深夜に、一審原告4-1は、一審原告5及びその両親と話し合い、本件事故が取り返しのつかない深刻な状況になっており、避難するしかないと考えて、避難を決断した。世帯番号4、5の一審原告ら及び双方の両親の合計8人は、14日頃、親類のいる金沢市へ車で避難を開始した。本件震災のため福島県内の高速道路が使えない状況で、一般道を用いて移動し、15日中に金沢市のホテルへ避難した。 ⑶ 避難後の経緯ア世帯番号4、5の一審原告らの避難経路の概略世帯番号4、5の一審原告らの 島県内の高速道路が使えない状況で、一般道を用いて移動し、15日中に金沢市のホテルへ避難した。 ⑶ 避難後の経緯ア世帯番号4、5の一審原告らの避難経路の概略世帯番号4、5の一審原告らの主張のとおり。 イ避難生活の状況世帯番号4、5の一審原告ら及び双方の両親の8人は、15日から金沢市のホテルで避難をしていたが、21日頃に一審原告5が仕事の関係で呼び出されたため、一審原告4-1は、一審原告5を車でいわき市まで送り届け、すぐに引き返して同日中に金沢市に戻った。金沢市に避難中、一審原告4-1は、金沢市役所に対し、避難者向けの住宅の提供を再三依頼したが、避難区域外からの避難者であることを理由に断られた。 ホテルでの避難には相当な費用を要したため、一審原告5を除く7人は、金沢市での避難を断念した。一審原告4-1は、28日頃、自宅のことを心配した両親らをいわき市に送った後、一審原告4-2・3とともに避難先を捜索し、29日頃に、神奈川県小田原市の避難所へと移動した。 しかし、同避難所は不便であったため、世帯番号4の一審原告らは、31日頃、横浜市の親類宅へ移動した。一審原告4-1は、4月2日頃、一審原告5の仕事の関係で必要な通帳等を渡すためにいわき市に移動し、 その際、いわき市の小学校から、同月より学校が再開するとの連絡を受けた。同人は、放射性物質への危惧もあり、悩んだ末に、いったんは子らをいわき市の小学校へ通わせることを決め、世帯番号4の一審原告らは、同月4日頃、いわき市へ戻った。同月11日、いわき市で震度6弱の地震があり、一審原告4-1は、当時放出された放射性物質による健康被害だけでなく、今後本件事故が更に深刻化する可能性への危惧も覚え、一審原告5とも話し合ったうえで、世帯番号4の一審原告らは関東へ避難し、一審原告5は、 4-1は、当時放出された放射性物質による健康被害だけでなく、今後本件事故が更に深刻化する可能性への危惧も覚え、一審原告5とも話し合ったうえで、世帯番号4の一審原告らは関東へ避難し、一審原告5は、仕事のためにいわき市に残ることを決断した。 世帯番号4の一審原告らは、同月14日頃に再度横浜市の親類宅へ避難した。しかし、その後、一審原告4-2・3が父である一審原告5に会いたがったため、同月21日頃、世帯番号4の一審原告らは、いわき市に戻った。一審原告4-1は、避難先を確保するため、翌22日頃に、一人で東京都庁へ行き、Gホテルへの入居を申し込んだ後、いわき市へ戻り、翌23日頃、一審原告4-2・3とともに、再度横浜市の親類宅へ避難した。世帯番号4の一審原告らは、同月26日頃にも、転校の手続等のためにいわき市へ戻った。その後、同一審原告らは、5月2日頃、Gホテルへ避難した。同一審原告らは、同ホテルが6月30日に閉鎖されたため、7月1日からはHホテルへ移動し、同月21日からD住宅に入居し、その後同所で避難を継続している。 一審原告5は、3月28日頃からいわき市の自宅に戻り、4月5日には、いわき市内の自宅を本店所在地として、電気工事業等を目的とする株式会社を設立したが(乙ニ5の1)、その後仕事の関係で、平成26年頃から茨城県で生活を開始した。 一審原告4-1は、前記のとおり、避難当初、多数回いわき市と金沢市又はいわき市と関東を往復しており、そのための交通費を要した。上記のとおり、世帯番号4、5の一審原告らは、金沢市のホテルで宿泊し ており、そのために相当の費用を負担したほか、一審原告4-1は、避難先である横浜市の親類に謝礼として15万円を支払った。また、世帯番号4の一審原告らは、本件事故前は一審原告4-1の両親が収穫した農作物等 、そのために相当の費用を負担したほか、一審原告4-1は、避難先である横浜市の親類に謝礼として15万円を支払った。また、世帯番号4の一審原告らは、本件事故前は一審原告4-1の両親が収穫した農作物等を食べて生活していたところ、避難中は食料を購入せざるを得なくなり、東京では物価も高く、また一審原告5との家族別離に伴い水道光熱費等がかさむ等して、世帯全体にかかる生活費が増加した。 一審原告4-1は、7月にD住宅に入居する前後に家財道具等を購入した。 一審原告4-1は、ホテル等での避難生活において、その狭あいな環境で、特に子育てをすることに不便を感じた。またD住宅も、本件事故前の自宅と比較すると相当に狭く、そのことにもストレスを感じた。さらに、本件事故前は自らの両親が近くにおり、特に子育てに関して相談相手が周囲に多くいたものの、避難後は、一審原告5を含めて頼る相手も近くにおらず、心身の大きな負担を感じている。 世帯番号4、5の一審原告らは、上記の経緯で家族別離の生活を送ることになったところ、一審原告5は仕事の関係があり、頻繁に東京に行くことができず、D住宅を訪れたのは平成23、24年は年に4回程度であり、その後はさらに回数が減った。世帯番号4の一審原告らもいわき市に一時帰宅しており、その頻度は、平成23、24年は年に3、4回程度であったが、一審原告5が東京に来ることのできる頻度が減って以降は、回数が増えた。一審原告4-2・3は、父である一審原告5と離れて暮らすことに寂しさを感じており、特に避難当初の同人らが幼い頃は、一審原告5が帰った後に泣いていたこともあった。一審原告5も、子らの成長を見ることができなかったことに寂しさを感じている。 一審原告4-2・3は、避難当初、東京の小学校に通うのを嫌がり、5月末から小学校に通うよ 後に泣いていたこともあった。一審原告5も、子らの成長を見ることができなかったことに寂しさを感じている。 一審原告4-2・3は、避難当初、東京の小学校に通うのを嫌がり、5月末から小学校に通うようになった。一審原告4-3は、小学校に通 うようになった直後から、同級生に「福島から来た子は汚い」、「触るな」等と言われるいじめを受けた。一審原告4-2も、避難当初に小学校に通うようになった当初から、「福島から来た子は白血病になってすぐ死ぬ」とか「赤ちゃんが産めないから結婚できない」と言われたり、階段の上から突き落とされたりするなど激しいいじめを受けた。そこで、一審原告4-1は、同人らを平成24年4月に転校させた。一審原告4-2は、その後も複数の時期にいじめを経験している。 一審原告4-1は、本件事故前、いわき市において同人の姉とともにのコーチ及び保育園で幼児体育の講師をしていたところ、避難に伴い、3月にこれらの仕事を辞めた。他方、一審原告4-1の姉は、本件事故後、上記においてコーチの仕事を再開した。 一審原告4-1は、平成27年頃からパートの仕事をしている。一審原告5も、本件事故前の勤務先が本件原発周辺を主な営業エリアとしていたため、本件事故後に勤務先が営業を中止したことに伴い退職した。 避難開始から1年ほどが経過した平成24年春頃から、一審原告4-2・3は、ヒステリックになる、しゃべらなくなる、隠れて泣く等の様子が出ていた。心配した一審原告4-1は、同年6月8日、一審原告4-2・3に医師の診察を受けさせたところ、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断され、同医師は、本件事故による緊急避難を余儀なくされたことによる強い精神的ストレスが原因と考える旨及び放射線により今後健康被害が生ずるの 受けさせたところ、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断され、同医師は、本件事故による緊急避難を余儀なくされたことによる強い精神的ストレスが原因と考える旨及び放射線により今後健康被害が生ずるのではないかという不安も大きな要因と考える旨を診断した(甲ニ4の2・3)。その後、一審原告4-2・3は、東京都内の病院で診察、臨床心理士によるカウンセリングといった治療を続けていたところ、一審原告4-1は、医師から転地療養は有効ではないかとの勧めがあり、避難者支援関係の者から、イギリスのそれほど高額でない施設の紹介があり、医師の賛同を得て、イギリスでの転地療養を決 めた。一審原告4-2・3は、同年11月15日から4か月にわたり、イギリスで転地療養を行った。一審原告4-2・3の医師は、臨床心理士によるカウンセリングとプレイセラピーを行ったところ、東京で精神的支援を受けながら安定した生活を送る中で徐々に症状は改善し、平成27年12月5日時点では症状が治まっている旨、イギリスでの転地療養により様々な精神的支援を受けたことも回復に寄与した旨を診断している(甲ニ4の2・3)。 2 相当因果関係及び損害以上の認定事実を基に、世帯番号4、5の一審原告らの請求について検討する。 ⑴ 避難と本件事故との相当因果関係上記1のとおり、世帯番号4、5の一審原告らが、いわき市の自宅から避難を開始した理由は、放射性物質による汚染によって、自ら及び子らの健康に対する被害の危険があり、本件事故が進展することによっても同様の危険があると判断したことによるものである。また、世帯番号4の一審原告らが避難を継続した理由は、それらの危険が存続していると判断したことによる。 そうすると、前記説示のとおり、世帯番号4、5の一審原告らの避難開始及び世帯番号4の一審原告ら 。また、世帯番号4の一審原告らが避難を継続した理由は、それらの危険が存続していると判断したことによる。 そうすると、前記説示のとおり、世帯番号4、5の一審原告らの避難開始及び世帯番号4の一審原告らの平成24年8月までの避難継続(子供及び同伴家族)は、本件事故と相当因果関係があると認められる。さらに、本件においては、一審原告4-2・3が同年6月頃にPTSDと診断され、治療を受けていた等の事情からすると、さらに7か月程度が経過し、かつ、本件事故から2年程度が経過した平成25年3月末までは、世帯番号4の一審原告らの避難継続(子供及び同伴家族)と本件事故との間に相当因果関係があると認めることが相当である。なお、一審被告東電は、一審原告5が平成23年4月にいわき市に戻り、同所で事業を開業している点を指摘するが、かかる事情は、世帯番号4の一審原告らの避難継続の相当性に係る上記判断を左右 しない。 ⑵ 積極損害の主張についてア抽象的損害計算分の主張について生活費増加分について前記説示のとおり、避難生活中の主たる家計負担者と推認される一審原告4-1の慰謝料の増額事由として斟酌することが相当である。 避難交通費について上記1⑵⑶のとおり、世帯番号4、5の一審原告らにおいて、本件事故により、次のとおり避難(避難を原因とする必要な移動も含む。)をし、その費用を一審原告5が負担したと推認できるから、それに要した費用は、同人の本件事故による損害と認められる。 ① 14日、15日いわき市(自宅)から金沢市(ホテル)へ移動自家用車一般道(甲ニ4の1)② 21日頃金沢市からいわき市(自宅)と往復(往:一審原告4-1、一審原告5、復:一審原告4-1) 自家用車③ 28日頃金沢市からいわき市(自宅)(世帯番号4の一審原告ら 道(甲ニ4の1)② 21日頃金沢市からいわき市(自宅)と往復(往:一審原告4-1、一審原告5、復:一審原告4-1) 自家用車③ 28日頃金沢市からいわき市(自宅)(世帯番号4の一審原告ら)自家用車④ 29日頃いわき市から神奈川県小田原市(避難所)(同一審原告ら)自家用車⑤ 31日頃神奈川県小田原市から横浜市(親類宅)(同一審原告ら)自家用車⑥ 4月2日頃横浜市といわき市(自宅)と往復(一審原告4-1)自家用車⑦ 4月4日頃横浜市からいわき市(自宅)(世帯番号4の一審原告ら)自家用車⑧ 4月14日頃いわき市から横浜市(親類宅)(同一審原告ら) 自 家用車⑨ 4月21日頃横浜市からいわき市(自宅)(同一審原告ら)自家用車⑩ 4月22日頃いわき市と東京都(都庁)を往復(一審原告4-1)公共交通機関(JR等)⑪ 4月23日頃いわき市から横浜市(親類宅)(世帯番号4の一審原告ら) 自家用車⑫ 4月26日頃横浜市からいわき市(自宅)(同一審原告ら)自家用車⑬ 5月2日頃いわき市から千代田区(Gホテル)(同一審原告ら) 自家用車⑭ 6月30日千代田区から港区(Hホテル)(同一審原告ら)⑮ 7月21日港区から千代田区(D住宅)(同一審原告ら)そこで、これらに要した現実の額であるが、 ①については、一般道を通ったと認められ、②ないし⑮についても、上記第1の2⑵アと同様であって、ガソリン代だけで算出することとする。そして、乙ニ4の2によると①ないし③は片道532.4㎞程度(ただし、②は往復)、乙ニ1の4によると⑥ないし⑨、⑪、⑫は片道240.3㎞程度(ただし、⑥は往復)、乙ニ15の3によると⑬は片道212.4㎞程度と認められ、1㎞当たりのガソリン代 32.4㎞程度(ただし、②は往復)、乙ニ1の4によると⑥ないし⑨、⑪、⑫は片道240.3㎞程度(ただし、⑥は往復)、乙ニ15の3によると⑬は片道212.4㎞程度と認められ、1㎞当たりのガソリン代を15円で算出する。なお、④、⑤については、弁論の全趣旨によると、ガソリン代は、④が4200円、⑤が1000円と認められる。⑭、⑮の移動の方法を特定する直接証拠はないが、他の移動や後記の一時帰宅も自家用車によっているので、自家用車によると推認することとし、乙ニ2の5、6によると⑭の距離は3.7㎞、⑮の距離は5.0㎞と認められる。⑩については、乙ニ7の2によると平成29年8月時点のいわき駅及び東京駅間の電車賃は片道6170円で あると認められ、当時の料金も同程度であったと推認できる。そうすると、交通費は、次のとおり7万8032円となる。 15×(532.4×4+240.3×7+212.4+3.7+5.0)+4200+1000+6170×2=7万8032宿泊費用について上記1⑶記載のとおり、世帯番号4、5の一審原告らは、本件事故による避難のため世帯番号4の一審原告らは3月に金沢市のホテルで13泊及び一審原告5は6泊し、一審原告5がその費用を負担したものであるから、その費用は、本件事故と相当因果関係があると解すべきである。 なお、一審原告4-1及び一審原告5の両親分の宿泊費用については、一審原告5において扶養をしているなどの事情が認められない以上、一審原告5において、その宿泊費用の損害を請求することはできないと解することが相当である。その一人1泊当たりの宿泊費用は、宿泊施設の所在地や宿泊の経緯を総合すると、一審原告5主張の8000円を下らないと認める。 そうすると、本件事故による一審原告5が負担した宿泊費用は、次のとおり36万 一人1泊当たりの宿泊費用は、宿泊施設の所在地や宿泊の経緯を総合すると、一審原告5主張の8000円を下らないと認める。 そうすると、本件事故による一審原告5が負担した宿泊費用は、次のとおり36万円となる。 8000×3×13+8000×1×6=36万面会交通費上記1⑶のとおり、世帯番号4、5の一審原告らは、本件事故によって家族別離を余儀なくされ、いわき市在住の一審原告5は、未成年者である一審原告4-2・3に面会するため、千代田区所在の世帯番号4の一審原告ら方に平成23年に4回、平成24年に4回訪れたと認められ、平成25年中に同年3月までに訪れたと認めるに足りないところ、平成24年につき、3か月に1回訪れたと推認すると、同年3月までに1回、同年4月以降3回訪れたと推認できる。 これらの事実を踏まえ、前記第1の2⑵アと同様の方法で算出すると、次のとおり、8万4576円となる。 15×212.4×2×5(平成24年3月まで)+(15×212. 4+5600)×2×3(平成24年4月から平成25年3月まで)=8万4576一時帰宅費用上記1⑶のとおり、世帯番号4、5の一審原告らは本件事故によって家族別離を余儀なくされ、千代田区在住の一審原告4-1は、未成年者である一審原告4-2・3を父である一審原告5に面会させるために一審原告4-2・3を連れ、自家用車でいわき市の一審原告5が居住する本件事故時住所地に、平成23年に少なくとも3回、平成24年に少なくとも3回一時帰宅したと認められ、平成25年はそれより頻度が増えたとのことであるから、同年3月までに少なくとも1回一時帰宅したと認められるところ、平成24年につき、4か月に1回帰宅したと推認すると、同年3月までに1回、その後2回訪れたと推認でき、これに要する費用は ことであるから、同年3月までに少なくとも1回一時帰宅したと認められるところ、平成24年につき、4か月に1回帰宅したと推認すると、同年3月までに1回、その後2回訪れたと推認でき、これに要する費用は一審原告5が負担したものと認められる。 これらの事実を踏まえ、上記と同様の方法で算出すると、次のとおり7万8204円となる。 15×212.4×2×4(平成24年3月まで)+(15×212. 4+5600)×2×3(平成24年4月から平成25年3月まで)=7万8204イ個別立証分について 避難のための謝礼費について(一審原告5)上記1⑶のとおり、一審原告4-1が、世帯番号4の一審原告ら3人で合計14泊(31日頃から4月4日頃、同月14日から21日頃、同月23日頃から26日頃)、横浜市の親類宅に避難したことへの謝礼 として15万円を支払ったこと、一審原告5が同費用を負担したことが認められるところ、上記の宿泊人数、宿泊期間からすると、その謝礼は社会通念上相当と認められるから、これは、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることが相当である。 家具家財購入費について(一審原告5)前記説示のとおり、家具家財購入費については、民事訴訟法248条に基づき、同費用の負担者である一審原告5に15万円の損害が生じたものと認めるのが相当である。 一審原告4-2・3の転地療養費について上記1⑶のとおり、一審原告4-2・3は、平成24年6月頃にPTSDと診断されているところ、医師がその原因として本件事故により緊急避難を余儀なくされたことによる強い精神的ストレスを挙げており、また上記1で認定した避難生活の状況からして一審原告4-2・3に同月頃までに避難に伴い強い精神的ストレスがかかったと推認できることからすれば、一審 くされたことによる強い精神的ストレスを挙げており、また上記1で認定した避難生活の状況からして一審原告4-2・3に同月頃までに避難に伴い強い精神的ストレスがかかったと推認できることからすれば、一審原告4-2・3が同月頃にPTSDを発症したこと及びその主たる原因が本件事故による避難にあることが認められる。そこで、同人らのイギリスでの転地療養の必要性・相当性を検討するに、確かに前記認定のとおり、医師から転地療養が有効との示唆があったこと、国外での転地療養に賛成意見があったことが認められるが、他方で、医師からの国外での転地療養の指示まであったことはうかがわれず、特に国外での転地療養については医師ではない避難者支援関係者からの勧めであったこと、医師は東京でのカウンセリング等によって徐々に症状が改善したと診断していることを勘案すると、本件全証拠によっても、一審原告4-2・3のイギリスでの転地療養の必要性及び相当性が立証されているとは認められず、転地療養費に関する一審原告4-2・3の主張は理由がない。もっとも、担当 医によって転地療養が示唆されるほどのPTSDの状態であったことについては、同一審原告らの慰謝料の増額事由として考慮することとする。 ⑶ 一審原告4-1の休業損害の主張について一審原告4-1は、休業損害の請求として437万1612円の請求をするところ、そのうち330万円については、本件事故前の及び保育園からの収入がそれぞれ月3万円であり、いずれも本件事故により平成23年3月に辞めざるを得なくなったとして、それぞれについて平成23年4月から平成27年10月までの55か月分各165万円の合計330万円を請求するものである。 上記1⑴のとおり、一審原告4-1は、本件事故前、遅くとも平成15年からいわき市の ついて平成23年4月から平成27年10月までの55か月分各165万円の合計330万円を請求するものである。 上記1⑴のとおり、一審原告4-1は、本件事故前、遅くとも平成15年からいわき市のでコーチをし、毎月3万5000円の収入を得ていたこと、また遅くとも平成19年からいわき市の保育園で幼児体育の講師をし、毎月2万円の収入を得ていたことが認められ、避難に伴い、3月にこれらの仕事を辞めたことが認められる。その従前の在職期間の継続性及びこれらの勤務先に本件震災による被害が生じたとはうかがわれないことからすれば、本件事故がなく、一審原告4-1が避難をしなかった場合には、同人はこれらの仕事を継続し、従前同様の収入を得ていたものと認めるのが相当である。また、一審原告4-1の避難開始及び一定期間の避難継続が本件事故と相当因果関係があるのは前記のとおりであり、そのような避難を伴う場合、一審原告4-1は、いわき市を勤務先とする上記職を辞めざるを得なかったと認められるから、退職と本件事故との相当因果関係も認められる。 そして、前記認定のとおり、一審原告4-1は、本件事故前、同人の両親が近くに居住しており、仕事の際に子らを預けるなどしていたこと、避難に伴いそのような頼る相手がいなくなり、一審原告5とも家族別離を余儀なくされたこと、一審原告4-2・3が避難継続中に精神的に不安定となり、小学 校でいじめを受けており、平成24年6月頃にはPTSDの診断を受け、その後臨床心理士によるカウンセリング等受けたことが認められる。他方、前記認定のとおり、一審原告4-1の姉は、同一審原告が本件事故前にコーチを務めていたいわき市内ので、本件事故後もコーチを続けていること、同一審原告の夫である一審原告5は、平成23年4月にいわき市内の自宅で 審原告4-1の姉は、同一審原告が本件事故前にコーチを務めていたいわき市内ので、本件事故後もコーチを続けていること、同一審原告の夫である一審原告5は、平成23年4月にいわき市内の自宅で新会社を設立し、同市内で仕事を再開していることも併せ考慮すると、一審原告4-1の平成23年4月から平成24年3月まで(1年間)の休業については、本件事故と相当因果関係があると認めるのが相当であり、その額は、66万円(月5万5000円×12月)と算定される。 ⑷ 慰謝料について上記1の認定事実によれば、世帯番号4の一審原告らは、本件事故と相当因果関係のある避難開始及び平成25年3月まで(子供及び同伴家族)の避難継続並びにこれに伴う一審原告5との家族別離により相当の精神的苦痛を被ったものと認められ、一審原告5についても避難開始及び世帯番号4の一審原告らの避難継続に伴う家族別離により、相当の精神的苦痛を被ったものと認められる。加えて、特に一審原告4-2・3は、避難した直後に避難先の小学校でいじめを受けて転校し、平成24年6月頃にはPTSDまで発症しているものであって、いじめについてはこれを行った者に主たる責任があるものの、同人らの本件事故による精神的苦痛は極めて大きいものであったといえる。 以上の点を中心に、本件に現れた一切の事情を考慮し、また前記のとおり、一審原告4-1について生活費増加分の負担を余儀なくされたことを慰謝料の増額事由として斟酌すると、本件事故による世帯番号4、5の一審原告らに係る精神的苦痛に対する慰謝料は、以下の金額を認めることが相当である。 一審原告4-1:60万円一審原告4-2・3:各90万円 一審原告5:40万円⑸ 小計一審原告4-1:126万円(60万円+66万円)一審原告4-2 当である。 一審原告4-1:60万円一審原告4-2・3:各90万円 一審原告5:40万円⑸ 小計一審原告4-1:126万円(60万円+66万円)一審原告4-2・3:各90万円一審原告5:130万0812円(=40万円+7万8032円+36万円+8万4576円+7万8204円+15万円【謝礼費】+15万円【家具家財購入費】) 3 既払額、弁護士費用及び結論⑴ 既払額一審原告4-1、一審原告5:各12万円(うち慰謝料分8万円、実費賠償分4万円)一審原告4-2・3:各72万円(うち慰謝料分48万円、実費賠償分24万円)一審原告5の慰謝料以外の損害は、①避難交通費7万8032円、②宿泊費用36万円、③面会交通費8万4576円、④一時帰宅費用7万8204円、⑤避難した親類への謝礼費15万円、⑥家具家財購入費15万円(以上合計90万0812円)であるところ、これらのうち③を除いた費用(①②④⑤⑥)は、いずれも避難に伴い生じた実費であり、かつ避難をした世帯構成員全員が本来負担すべき費用を一審原告5が代表して負担したものと認められるから、各人に支払われた実費分の賠償金は、世帯構成員のいずれに支払われたかを問わず、発生した上記費用に充当すべきである。他方、上記③は一審原告5のみに生じた交通費であるから、一審原告5の実費分の賠償金のみを充当すべきである。また、避難に伴い一審原告4-1に生じた休業損害は、避難により負担を余儀なくされた実費とは性質を異にするから、実費分の賠償金をその支払に充てることは相当でないというべきである。 したがって、一審原告5に生じた上記損害(90万0812円)のうち、 ③面会交通費(8万4576円)については、まず同人の実費賠償金4万円を全部充当し、その余 相当でないというべきである。 したがって、一審原告5に生じた上記損害(90万0812円)のうち、 ③面会交通費(8万4576円)については、まず同人の実費賠償金4万円を全部充当し、その余の①②④⑤⑥の各費用(合計81万6236円)については、一審原告4-1の実費賠償金4万円をまず充当し、残額77万6236円について一審原告4-2・3の実費賠償金各24万円(合計48万円)を充当することが相当である。 ⑵ 弁護士費用を除く損害一審原告4-1:118万円(=126万円-8万円)一審原告4-2・3:各42万円(=90万円-48万円)一審原告5:66万0812円(=130万0812円-4万円×2-24万円×2-8万円【慰謝料分】)⑶ 弁護士費用一審原告4-1:12万円一審原告4-2・3:各4万円一審原告5:7万円⑷ 結論一審原告4-1:130万円一審原告4-2・3:各46万円一審原告5:73万0812円第5 世帯番号6、7の一審原告ら(一審原告6-1~3、7-1・2)について 1 認定事実証拠(甲ニ6の1~6の36(孫番及びひ孫番があるものはそれも含む。以下同じ。)、甲ニ7の1~7の13、丙ニ共2、一審原告6-1、一審原告7-1)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。なお、この項において特に証拠を摘示しない場合は、甲ニ6の1、7の1、一審原告6-1、一審原告7-1及び弁論の全趣旨によって認定した。 ⑴ 世帯構成及び本件事故前の生活状況等 ア一審原告7-1(本件事故時69歳)は、東京都で生まれたが、3歳の頃親の実家であるいわき市に疎開し、その後一時期東京で暮らした以外はいわき市で生活した。昭和46年、一審原告7-2(本件事故時66歳)と婚姻 7-1(本件事故時69歳)は、東京都で生まれたが、3歳の頃親の実家であるいわき市に疎開し、その後一時期東京で暮らした以外はいわき市で生活した。昭和46年、一審原告7-2(本件事故時66歳)と婚姻し、昭和47年、長女である一審原告6-1(本件事故時39歳)をもうけ、平成2年12月に世帯番号6、7の一審原告ら主張の本件事故時住所に自宅を建築した。一審原告7-2は、いわき市で生まれ、福島県内に転居し、中学校卒業までそこで暮らした後、親の仕事の関係でいわき市、山梨県、茨城県などに転居をしたが、いわき市内の飲食店に勤務していたとき、一審原告7-1と婚姻し、以来、専業主婦である。 一審原告6-1は、いわき市で育ち、高等学校卒業後、会社に就職し、1年東京で勤務した後は、いわき市で4年間勤務した。その後、いわき市内のレストランを経営している会社に勤務し、そのレストランで6年間歌手として働いた後、結婚を機に退職し、平成14年に長女である一審原告6-2(本件事故時8歳)、平成15年に二女である一審原告6-3(本件事故時7歳)をもうけた。 イ一審原告7-1は、個人で保険代理店を営んでいる。 一審原告6-1は、平成22年、以前勤務していた会社に復帰し、同社が経営するピアノバーにおいて歌手として働き、同年6月から平成23年2月までの給与は合計55万3400円であった(甲ニ6の3・4)。夫とは本件事故前に離婚した。本件事故前は、世帯番号6、7の一審原告らは、二世帯住宅で、一審原告6-1と一審原告7-1の収入で暮らしていた(甲ニ6の5・6)。 ウいわき市の自宅のある地区は、山の上にある住宅街で、自然豊かで、近くに山菜の採れる場所があり、世帯番号6、7の一審原告らは、それらを採取して食べ、友人等が釣った魚、育てた野菜や果物、親類が育てた米を食べ 市の自宅のある地区は、山の上にある住宅街で、自然豊かで、近くに山菜の採れる場所があり、世帯番号6、7の一審原告らは、それらを採取して食べ、友人等が釣った魚、育てた野菜や果物、親類が育てた米を食べていた。同一審原告らの住んでいた家の敷地は広く、庭には花や植木 が植えられ、目の前は桜並木が続いていて、同一審原告ら全員で春になるのを楽しみにしていた。(甲ニ6の5~7)同一審原告らは、親類、友人及び近隣住民との付き合いも濃密で、七五三などの子供たちの行事に親類で集い、友人とも自宅で飲み会をするなどし、近隣住民とも家族ぐるみの付き合いがあった。 一審原告6-2・3は、本件事故当時、小学2年生と1年生であったが、自然の中で遊ぶのが大好きで、田んぼで蛙を捕まえるなど、毎日近くの公園で思い切り友人と遊んでいた。同一審原告らは、楽しく遊び、夕方5時に自宅に帰り、新鮮な野菜や魚を食べ、母(一審原告6-1)及び祖父母(世帯番号7の一審原告ら)に囲まれ、広い家で生活をし、明るく、幸せに過ごしていた。同一審原告らは、夜に一審原告7-1に寝るまで抱っこしてもらったり、絵本を読んでもらったりすることを本当に楽しみにしていた。一審原告7-1も、孫である一審原告6-2・3とのふれあいの時間をとりわけ幸せに感じていた。(甲ニ6の7~11・19・20~22、甲ニ7の5~7)一審原告6-1も、かけがえのない家族(一審原告6-2・3及び世帯番号7の一審原告ら)と一緒に生活をし、仕事では好きな歌を客の前で歌うことができ、趣味のフラダンスのサークルを作り大会に出たり、老人ホームにボランティアに行ったり、ライブを開催したり、毎日が充実していると感じていた。気心の知れた友人が周囲に多数おり、温かな日々を送っていると感じていた。(甲ニ6の12)一 に出たり、老人ホームにボランティアに行ったり、ライブを開催したり、毎日が充実していると感じていた。気心の知れた友人が周囲に多数おり、温かな日々を送っていると感じていた。(甲ニ6の12)一審原告7-2は、愛する娘や孫(世帯番号6の一審原告ら)との生活を楽しみ、趣味として、庭に野菜、花及び植木を植えて楽しんでいた。 ⑵ 避難開始の経緯一審原告6-1及び一審原告7-1・2は、本件事故後、幼い子ら(一審原告6-2・3)のことが心配であったが、直ちに危険性はないとの政府の 会見等を見て、避難すべきかを悩んでいた。しかし、15日に一審原告6-3が大量の鼻血を出したことや、本件原発の水素爆発等の情報を知り、自身や子らの健康に強く不安を感じるようになったことから、相談の上、避難を決意した。 ⑶ 避難後の経緯ア避難経路の概略世帯番号6、7の一審原告ら主張のとおり(ただし、16日から21日の費用負担者は、一審原告7-1である。)。 イ避難生活の状況世帯番号6、7の一審原告らは、16日から21日まで中央区(住所省略)所在のホテルに泊まり、同日から23日まで品川区所在のホテルに泊まった。その後、世帯番号7の一審原告らは、同一審原告らの将来の生活のためには、一審原告7-1が仕事を放棄する訳にはいかないこと、いわき市の自宅においては、親類と近所付き合いがあること、長年の念願だった自宅を放棄する気持ちにはならなかったことから、本件事故時住所地に戻った。他方、一審原告6-1は、一審原告6-2・3は幼いので、放射性物質による汚染にさらす訳にはいかないと考え、4月1日まで、品川区(住所省略)所在の知人宅に世話になり、同日、品川区(住所省略)所在のウィークリーマンションに移り、そこで東京に再度向かった世帯番号7の一審原 汚染にさらす訳にはいかないと考え、4月1日まで、品川区(住所省略)所在の知人宅に世話になり、同日、品川区(住所省略)所在のウィークリーマンションに移り、そこで東京に再度向かった世帯番号7の一審原告らと合流したが、金銭的な問題から、4月8日、Gホテルに避難した。世帯番号6、7の一審原告らは、全員で避難を継続することを望んでいたが、上記で述べた理由から、世帯番号7の一審原告らは、同日、いわき市の自宅に戻った。一審原告6-2・3は、ここでようやく小学校に通うことができた。一審原告6-1は、避難先のホテルで一審被告東電の担当者から賠償に関する書類を受領し、必要書類に記入をしたものの、後日、一審被告東電から、政府が指定し た避難区域外なので賠償金は支払われない旨の手紙による連絡があった。 Gホテルは、6月30日で閉鎖され、世帯番号6の一審原告らは、同日、Hホテルに避難し、7月21日、D住宅に避難した。(甲ニ7の2~4)一審原告6-1は、放射性物質によって汚染されたいわき市の自宅に存在する物を使うことは、世帯番号6の一審原告らの健康のためにはできないと考え、避難生活中である平成23年4月頃から平成25年3月までに家具、家電製品、寝具・寝室用品、浴室用品、食器・台所用品、日常生活のために必要な備品、靴、医療品、おもちゃ、学用品等を購入した。(甲ニ6の2)一審原告6-1は、一審原告6-2・3につき、避難生活により学校に通わせることができない時期があったり、避難生活のストレスから学習に影響が生じ学力が低下するようになったりしたと考え、それらの対応のため、一審原告6-2・3に公文を習わせた。また、一審原告6-1は、避難によってつらい思いをしている一審原告6-3の希望を叶えてやりたいと考え、バイオリンを習わせ始め、そのための費用や月 らの対応のため、一審原告6-2・3に公文を習わせた。また、一審原告6-1は、避難によってつらい思いをしている一審原告6-3の希望を叶えてやりたいと考え、バイオリンを習わせ始め、そのための費用や月謝を負担した。 一審原告6-1は、平成24年8月21日、一審原告6-2・3の甲状腺検査(先行検査1回目と推認できる(丙ニ共2)。)のため、(住所省略)から(住所省略)まで東京メトロを用いて、(住所省略)からいわき市にJRの特急を用いて、Jセンターに赴いた。 一審原告6-1は、国の指定した検査機関では不安であると感じ、同時期にボランティアで甲状腺検査をしてくれることを知り、横浜市(住所省略)にあるクリニックまで電車で往復し、一審原告6-2・3に甲状腺検査を受けさせた。また、一審原告6-1は、平成26年2月頃、(住所省略)にあるK医科大まで電車で往復し、一審原告6-2・3に甲状腺検査を受けさせた。 世帯番号6の一審原告らは、本件事故前は野菜等を購入していなかったところ、避難後は食材を購入せざるを得なくなり食費の負担が増加した。また、世帯番号6、7の一審原告らは、家族別離となったことから、雑費、水道光熱費及び家族間の連絡をとるための通信費の負担が、それぞれ増加した。さらに、世帯番号6の一審原告らにおいては、本件事故前は買い物等には自転車や徒歩で移動していたところ、避難後は公共交通機関を利用しており、交通費の負担が増加した。 一審原告6-2・3は、本件事故後、好きな祖父母(世帯番号7の一審原告ら)がおらず、慣れ親しんだ学校にも行けない暮らしになじむことができず、精神的に不安定となり、避難して3年間は、既に小学生であるのにほとんど毎晩のように夜泣きをし、学校に行かなくなることもあった。特に、一審原告6-2は、ほとんど友 行けない暮らしになじむことができず、精神的に不安定となり、避難して3年間は、既に小学生であるのにほとんど毎晩のように夜泣きをし、学校に行かなくなることもあった。特に、一審原告6-2は、ほとんど友人を作れず、自分を卑下するようになり、自信を失い、コミュニケーションにも問題を抱えていた。そこで、母である一審原告6-1は、一審原告6-2の学校に毎日通い、進学先を相談するなど、それらの対応に追われた。一審原告6-2・3は、祖父母(世帯番号7の一審原告ら)に会いたい気持ちを手紙、電話、メールなどで、同人らに伝えることもあった。(甲ニ6の14~17・25~36)一審原告6-3は、避難中に何度か鼻血を出し、医者に受診したが、粘膜が弱っているとの指摘がされたものの、本件事故による旨の説明を受けたことはなかった。一審原告6-2・3は甲状腺検査での結果は、当初はA1であったが、平成27年9月頃、福島県及びL医科大学が実施した甲状腺検査を受け、同年10月6日付けで、A2と判定され、甲状腺にのう胞が認められたが、同検査結果であれば、二次検査の必要はないと判定された。検査結果の意味については、のう胞は一般的に多くの人に認められるもので、通常、数は問題とされないこと、のう胞や結 節は、時間の経過とともに、少しずつ大きさや数が変わることがあるので、次回の本格検査も受検するようにすべきとの結果説明がされた。(甲ニ6の23・24)。 一審原告6-1は、平成25年頃から、ママさんサークルの声かけで、震災の体験を話したり、避難生活で感じた思いを歌にして歌ったりし、歌の仕事を少しずつ再開し、月10万円程度の収入を得ているが、経済的に苦しい。(甲ニ6の13)世帯番号7の一審原告らは、平成23年9月より前は高速バスで月1回程度、同月以降は自家用 ったりし、歌の仕事を少しずつ再開し、月10万円程度の収入を得ているが、経済的に苦しい。(甲ニ6の13)世帯番号7の一審原告らは、平成23年9月より前は高速バスで月1回程度、同月以降は自家用車を運転して平成24年3月まで7往復、同年4月以降同年8月までは6往復、それ以降も概ね月1回程度、一審原告6-2・3の面倒を見るために、片道3時間かけて高速道路を運転し、世帯番号6の一審原告ら方を訪れている。 ウ本件事故時住所地の状況いわき市の自宅には、現在世帯番号7の一審原告らのみが居住している。 いわき市の自宅の裏手の約1㎞の位置にはMセンターがあり、そこには、除染した土がフレコンバッグに詰められ、積まれている。 いわき市の自宅敷地の平成26年8月6日除染前の高さ1mの空間線量率は0.08ないし0.11μSv/hであったが、高さ1cmの空間線量率については1か所0.28μSv/hの場所があったため、除染がされた。一審原告7-2は、平成27年1月頃、いわき市の自宅の庭木をすべて切ってもらい、本件事故前によく育てていた花の世話をしなくなった。 一審原告6-1は、いわき市の自宅の前の側溝は除染されていないので、線量が高いと考えており、そのこともいわき市の自宅に帰宅できない理由であると考えている。(甲ニ6の11、7の9~11・13) 2 相当因果関係及び損害以上の認定事実を基に、世帯番号6、7の請求について検討する。 ⑴ 避難と本件事故との相当因果関係上記1⑵⑶のとおり、世帯番号6、7の一審原告らがいわき市の自宅から避難を開始した理由は、放射性物質による汚染によって、自ら及び子や孫らの健康に対する被害の危険があり、本件事故が進展することによっても同様の危険があると判断したことによるものである。また、世帯番号6の一審原告 た理由は、放射性物質による汚染によって、自ら及び子や孫らの健康に対する被害の危険があり、本件事故が進展することによっても同様の危険があると判断したことによるものである。また、世帯番号6の一審原告らが避難を継続した理由は、それらの危険が存続していると判断したことによる。そうすると、前記説示のとおり、世帯番号6、7の一審原告らの避難開始及び世帯番号6の一審原告らについては平成24年8月まで(子供及び同伴家族)、一審原告7-1・2については平成23年4月8日までの避難継続は、本件事故と相当因果関係があると認められ、それ以降の避難継続には相当因果関係は認められない。 ⑵ 積極損害についてア抽象的損害計算分について生活費増加分について(一審原告6-1)前記説示のとおり、避難生活中の主たる家計負担者と推認される一審原告6-1の慰謝料の増額事由として斟酌することが相当である。 避難交通費について(一審原告6-1)上記1⑵⑶のとおり、世帯番号6の一審原告らは、本件事故によって、次のとおり避難をし、その費用を一審原告6-1が負担したと推認できるから、それに要した費用は同人の本件事故による損害と認められる。 ① 21日中央区(ホテル)から品川区(ホテル) 電車② 23日品川区から品川区(知人宅) 電車③ 4月1日品川区から品川区(ウィークリーマンション) 電車④ 4月8日品川区から千代田区(Gホテル) 電車⑥ 6月30日千代田区から港区(Hホテル) 電車⑦ 7月21日港区から千代田区(D住宅) 電車 そこで、これらに現実に要した額であるが、上記各地点の位置、距離及び当該地区における当時の電車料金(公知の事実)からすると、①ないし⑥を平均すると、大人1人160円、子供1人80円と推認することが そこで、これらに現実に要した額であるが、上記各地点の位置、距離及び当該地区における当時の電車料金(公知の事実)からすると、①ないし⑥を平均すると、大人1人160円、子供1人80円と推認することができ、その合計額は1920円となる。 (160円+80円×2)×6=1920円一時帰宅費用について(一審原告6-1)一審原告6-1は、平成24年から平成29年までの間、一審原告6-2・3とともに、年に1、2回いわき市の自宅に一時帰宅したと主張し、これを裏付ける証拠として一審原告6-1の陳述書(甲ニ6の37)を提出する。しかし、同陳述書の記載によっても、一審原告6-1らが平成24年中のいつ頃に一時帰宅をしたのかは不明であり、同一審原告らが、本件事故による合理的な避難期間と認められる同年8 月末までに一時帰宅をしたとは認めるに足りない(後記イのとおり、世帯番号6の一審原告らは、同年8月21日、甲状腺検査のためにいわき市を訪問しており、その際の交通費は損害として認容しているところ、同一審原告らの主張する平成24年中の一時帰宅が上記検査と同一の機会にされた可能性も否定できないというべきである。)。その他本件全証拠によっても、世帯番号6の一審原告らが、平成24年1月から同年8月末までの間、甲状腺検査とは別の機会に一時帰宅したことを認めるに足りない。 したがって、この点の請求は理由がない。 面会交通費(一審原告7-1)について上記1⑶のとおり、世帯番号7の一審原告らは家族別離後8月まで月1回程度、すなわち、少なくとも5回高速バスで、9月から平成24年8月まで13回(同年3月までに7回、同年4月から同年8月までに6回)、自家用車で世帯番号6の一審原告らの避難先を訪れ、その費用は一審原告7-1が負担したと解される。そして、高速バ 月から平成24年8月まで13回(同年3月までに7回、同年4月から同年8月までに6回)、自家用車で世帯番号6の一審原告らの避難先を訪れ、その費用は一審原告7-1が負担したと解される。そして、高速バス料金は、平成2 9年8月において少なくとも片道3350円を要したことが認められ(乙ニ7の2)、当時もそれと同程度であると推認できる。そうすると、次のとおり、6万7000円となる。 3350×2(世帯番号7の一審原告ら2名分)×2×5=6万70 自家用車によるときの費用については、前記第1の2⑵と同様の方法で算出すると、次のとおり、15万0036円となる。 15×212.4×2×7(平成23年9月~平成24年3月)+(15×212.4+5600)×2×6(平成24年4月~8月)=15万0036イ個別立証分について家具家財購入費について(一審原告6-1)前記説示のとおり、家具家財購入費については、民事訴訟法248条に基づき、同費用の負担者である一審原告6-1に15万円の損害が生じたものと認めるのが相当である。 甲状腺検査費用(一審原告6-1)上記1⑶によると、本件事故による避難継続が合理的と認められる時点である平成24年8月21日、世帯番号6の一審原告らは、甲状腺検査(先行検査)のためJセンターを訪れ、一審原告6-1がその往復のための交通費を負担したと認められる。そして、甲ニ6の1、乙ニ7の2及び弁論の全趣旨によると、当該交通費は、一審原告6-1の主張のとおりと認められるから、その額は3万2720円となる。 なお、一審原告6-1は、Nクリニック及びK医科大での甲状腺検査のための交通費も本件事故による損害として請求するが、再度の検査を必要とすべき具体的事情の主張立証がないから、この点については、本件 なお、一審原告6-1は、Nクリニック及びK医科大での甲状腺検査のための交通費も本件事故による損害として請求するが、再度の検査を必要とすべき具体的事情の主張立証がないから、この点については、本件事故と相当因果関係のある損害であると認めるに足りない。 習い事費用(一審原告6-1)前記認定の事情によっても、一審原告6-1が主張する習い事費用が本件事故と相当因果関係のある損害であると認めるに足りず、他にこの点を認めるに足りる証拠はない。 避難のための交通費について(一審原告7-1)上記1⑵⑶のとおり、世帯番号6、7の一審原告らは、16日、本件事故によって避難を開始し、タクシーで那須塩原に行き、那須塩原から東京まで新幹線で移動したことが認められる。 そして、甲ニ7の2によると、そのタクシー代は3万8120円であると認められる。 また、乙ニ7の1によると、平成29年8月時点のその新幹線代は、大人一人当たり6110円であると認められ、当時も同程度であったと推認でき、子供はその半額程度の3050円であると推認できる。 そうすると、交通費の総額は、次のとおり、6万2550円となる。 3万8120+6110×3+3050×2=6万2550宿泊費について(一審原告7-1)証拠(甲ニ6の37、7の14)によれば、世帯番号6、7の一審原告らは、大人3人及び子供2人で、16日から21日までの5泊、中央区(住所省略)所在のホテルに泊まり、21日から23日までの2泊、品川区所在のホテルに泊まり、一審原告7-1において宿泊費としてそれぞれ11万円(5500円×5人×4泊(甲ニ7の14に基づき4泊分を相当と認める。))及び8万円(8000円×5人×2泊)を支払ったこと、4月1日から8日までの8日間、品川区(住所省略)駅前所在のウィ 11万円(5500円×5人×4泊(甲ニ7の14に基づき4泊分を相当と認める。))及び8万円(8000円×5人×2泊)を支払ったこと、4月1日から8日までの8日間、品川区(住所省略)駅前所在のウィークリーマンションに滞在し、一審原告7-1においてその費用として4万円程度を支払ったこと(金額を裏付ける客観的証拠はないものの、1室1日5000円程度との一審原告6-1の陳述内容(甲ニ1 6の37)は、(住所省略)駅前という施設の立地や一般的な相場等に照らし合理的である。)が認められ、これらの費用は本件事故による避難のための宿泊費と認められる。したがって、本件事故と相当因果関係のある宿泊費は、23万円(=11万円+8万円+4万円)と算定され、同額が一審原告7-1の損害となる。 食費について(一審原告7-1)この点について具体的に認めるに足りる証拠はなく、生活費増加分において考慮することとする。 ⑶ 一審原告6-1の休業損害について一審原告6-1は、本件事故前にはピアノバーで歌手としてパートタイムで働いていたところ、本件事故の影響で店舗が休業に追い込まれ、それにより職を失ったとして、歌手としての稼働を再開するまでの休業損害(平成23年4月から平成25年12月までの分)を請求する。しかし、一審原告6-1が本件事故前に稼働していたピアノバーが休業した原因が、本件震災ではなく本件事故によるものであることを認めるに足りる証拠はない。また、一審原告6-1は、原審での本人尋問において、同人の勤務先店舗は本件事故後に営業を再開したものの、営業形態をピアノバーからイタリアンレストランに変更したため、同店舗での歌手としての職を失ったことを自認しており、かかる事実に照らせば、そもそも一審原告6-1が上記店舗での歌手としての職を失ったのは、店 態をピアノバーからイタリアンレストランに変更したため、同店舗での歌手としての職を失ったことを自認しており、かかる事実に照らせば、そもそも一審原告6-1が上記店舗での歌手としての職を失ったのは、店舗の営業形態の変更によるものであって、本件事故によるものとは認められない。さらに、証拠(乙ニ6の2)によれば、一審原告6-1は、平成23年5月以降、各地でのライブに歌手として出演し、平成25年3月までの2年弱の間に少なくとも15件のライブに出演したことが認められ(なお、上記ライブには震災復興支援コンサートやチャリティコンサートが含まれており、一審原告6-1が上記ライブで出演料等の対価を得ていたかは判然としない。)、かかる事実によれば、一審原告6-1が平 成25年12月まで歌手として稼働できなかった事実も認められない。 そうすると、一審原告6-1が本件事故によって休業を余儀なくされた事実を認めることはできないから、休業損害に係る一審原告6-1の請求は理由がない。 ⑷ 慰謝料について上記1の認定事実によれば、世帯番号6の一審原告らは、本件事故と相当因果関係のある避難開始及び平成24年8月までの避難継続並びにこれに伴う世帯番号7の一審原告らとの家族別離により相当の精神的苦痛を被ったものと認められ、世帯番号7の一審原告らについても、避難開始及び平成23年4月8日までの避難継続並びに世帯番号6の一審原告らの避難継続に伴う家族別離により、相当の精神的苦痛を被ったものと認められる。加えて、一審原告6-2・3は、新たな環境になじめず、精神的に不安定となり、小学生であるのに毎日のように夜泣きをし、学校へ行かなくなるなどしたものであって、同人らは本件事故によって特に強い精神的苦痛を受けたものといえる。 以上の点を中心に、本件に現れた一切の事情を り、小学生であるのに毎日のように夜泣きをし、学校へ行かなくなるなどしたものであって、同人らは本件事故によって特に強い精神的苦痛を受けたものといえる。 以上の点を中心に、本件に現れた一切の事情を考慮し、また前記のとおり一審原告6-1について生活費増加分の負担を余儀なくされたことを慰謝料の増額事由として考慮すると、本件事故による世帯番号6、7の一審原告らに係る精神的苦痛に対する慰謝料は、以下の金額を認めることが相当である。 一審原告6-1:60万円一審原告6-2・3:各70万円一審原告7-1・2:各30万円⑸ 小計一審原告6-1:78万4640円(60万円+1920円+3万2720円+15万円)一審原告6-2・3:各70万円 一審原告7-1:80万9586円(30万円+6万7000円+15万0036円+6万2550円+23万円)一審原告7-2:30万円 3 既払額、弁護士費用及び結論⑴ 既払額一審原告6-1、一審原告7-1・2:各12万円(うち慰謝料分8万円、実費賠償分4万円)一審原告6-2・3:各72万円(うち慰謝料分48万円、実費賠償分24万円)上記2で説示したとおり、世帯番号6及び7の一審原告らの損害のうち慰謝料以外のものは、①避難交通費として1920円(一審原告6-1)、6万2550円(一審原告7-1)、②面会交通費21万7036円(一審原告7-1)、③甲状腺検査費用(交通費)3万2720円(一審原告6-1)、④宿泊費23万円(一審原告7-1)、⑤家具家財購入費15万円(一審原告6-1)であるところ、このうち①④は世帯番号6・7の一審原告らの避難に伴い世帯に生じた実費と認められ、かつ当該移動や宿泊をした世帯構成員全員が本来負担すべき費用を一審原告6-1、一審原告7-1が代表して負 であるところ、このうち①④は世帯番号6・7の一審原告らの避難に伴い世帯に生じた実費と認められ、かつ当該移動や宿泊をした世帯構成員全員が本来負担すべき費用を一審原告6-1、一審原告7-1が代表して負担したものと認められるから、各人に支払われた実費分の賠償金は、世帯構成員のいずれに支払われたかを問わず、発生した上記費用に充当すべきである。 また、③⑤については、避難に伴い世帯番号6の一審原告らに生じた実費と認められるから、同一審原告らに支払われた実費分の賠償金をその支払に充当することが相当である。同様に、②については、世帯番号7の一審原告らに生じた実費と認められるから、同一審原告らに支払われた実費分の賠償金をその支払に充当すべきである。 したがって、一審原告6-1の支出分18万4640円(上記①(1920円)+③+⑤)にまず同人に対する実費賠償金4万円を充当し、残額14 万4640円には、一審原告6-2・3に対する実費賠償金(各24万円)から等分に充当することが相当である(各7万2320円を充当)。また、一審原告7-1の支出分50万9586円(上記①(6万2550円)+②+④)については、まず一審原告7-1・2が負担すべき②(面会交通費)には、同人らに対する実費賠償金各4万円(合計8万円)を充当すべきである。 次に、①と④(合計29万2550円)には、一審原告6-2・3に対する実費賠償金の残額(各16万7680円)から等分に充当することが相当である(各14万6275円を充当)。 ⑵ 弁護士費用を除く損害上記⑴を踏まえると、一審被告東電の一部弁済を充当した各人の損害残額は次のとおりとなる。 一審原告6-1:52万円(=78万4640円-4万円-14万4640円-8万円)一審原告6-2・3:各22万円(=70万円-48万円) の一部弁済を充当した各人の損害残額は次のとおりとなる。 一審原告6-1:52万円(=78万4640円-4万円-14万4640円-8万円)一審原告6-2・3:各22万円(=70万円-48万円)一審原告7-1:35万7036円(=80万9586円-4万円×2-29万2550円-8万円【慰謝料分】)一審原告7-2:22万円(=30万円-8万円)⑶ 弁護士費用一審原告6-1:5万円一審原告6-2・3:各2万円一審原告7-1:4万円一審原告7-2:2万円⑷ 結論一審原告6-1:57万円一審原告6-2・3:各24万円一審原告7-1:39万7036円 一審原告7-2:24万円第6 世帯番号9の一審原告ら(一審原告9-1~6)について 1 認定事実証拠(甲ニ9の1~9の20(孫番があるものはそれも含む。以下同じ。)、一審原告9-1)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。なお、この項において特に証拠を摘示しない場合は、甲ニ9の1、一審原告9-1及び弁論の全趣旨によって認定した。 ⑴ 世帯構成及び本件事故前の生活状況等ア一審原告9-1(本件事故時52歳)は、東京都で生まれ、一時期埼玉県やオーストラリアで暮らしたが、27歳の頃から東京都内で不動産業に携わり、平成7年頃に独立し、東京都渋谷区で不動産業を営む会社を経営している。一審原告9-1は、平成元年、フィリピン人である一審原告9-2(本件事故時43歳)と結婚し、平成元年に長男、平成6年に二男、平成9年に長女(一審原告9-3。本件事故時13歳)、平成12年に三男(一審原告9-4。本件事故時11歳)、平成14年に二女(一審原告9-5。本件事故時8歳)、平成15年に三女(一審原告9-6。本件事故時7歳)をもうけた。一審原告9-1は 13歳)、平成12年に三男(一審原告9-4。本件事故時11歳)、平成14年に二女(一審原告9-5。本件事故時8歳)、平成15年に三女(一審原告9-6。本件事故時7歳)をもうけた。一審原告9-1は都会で生まれ育ったが、自然豊かな地方に大きな憧れを持っており、自分の子らは、自然の豊かな地方でのびのびと育てたいと考えていて、また大家族に憧れており、そのような大家族を育てるには経済的にも地方が良いと考えていたので、平成5年、一審原告9-2と長男を連れて、東京からのアクセスもよく、土地も安いいわき市に本拠を移し、一審原告9-1のみ、平日は引き続き東京で単身赴任の生活をし、週末になるといわき市の自宅に帰るという生活を、本件事故まで続けた。一審原告9-1の父及び母(亡一審原告9-7。本件事故時87歳)は、埼玉県に住んでいたが、家を売って、一審原告9-1~6とともに、いわき市に移住した。一審原告9-1は、平成21年に、いわき市 内に一軒家の自宅を購入したが、そこは、7LDKと広く、オール電化のシステムを備えており、高齢の両親のためにバリアフリーの造りとなっていた。本件事故当時、一審原告9-1の住民票上の住所は、いわき市内の自宅であった。(甲ニ9の2~10、一審原告9-1本人)イ一審原告9-1・2は、6人の子に恵まれ、長男、二男及び一審原告9-3~6も、川泳ぎ、海泳、山登りなどのアウトドアライフを楽しみ、柔道、サッカー、ソフトテニス、剣道などのスポーツをしたり、習い事をしたりして、自然豊かないわき市でのびのび育った。一審原告9-1は、毎週金曜日の夜高速バスでいわき市に帰り、日曜日の夜か月曜の早朝に東京に戻るという生活をしていたが、同人は、それをとても楽しみにしていた。 一審原告9-2は、いわき市の人たちや子供たちを、自宅に招いたり 日の夜高速バスでいわき市に帰り、日曜日の夜か月曜の早朝に東京に戻るという生活をしていたが、同人は、それをとても楽しみにしていた。 一審原告9-2は、いわき市の人たちや子供たちを、自宅に招いたり、公民館を借りて英会話学校を開いたり、生徒の自宅に出張して英会話の家庭教師をしたりと、ほぼ毎日のように英会話を教える仕事をしていた。一審原告9-2は、いわき市では多くの知り合いができ、地域の人々にとても大事にされていた。一審原告9-2も、英会話を教えることがとても楽しみで、生きがいの一つとなっていた。 一審原告9-1の父は、平成22年に死亡した。一審原告9-1の母である亡一審原告9-7は、二世帯住宅であった自宅の2階部分で生活していた。 ⑵ 避難開始の経緯本件事故当時、一審原告9-1は、平日は東京で仕事をし、週末、本件事故時住所地に帰る生活をし、一審原告9-2、長男、二男及び一審原告9-3~6は本件事故時住所地で生活していた。亡一審原告9-7は、人工股関節置換術を受けた後病院で入院し、リハビリを受けていて、一週間ほどで退院できる見込みであった。一審原告9-1は、12日、本件事故が起こったことを知り、放射性物質による汚染や本件原発事故の進展を恐れ、一審原告 9-2に避難を促した。一審原告9-2も、同じ考えの下、長男、二男及び一審原告9-3~6を自家用車に乗せて避難を試みたものの、ガソリンを入手することができず、途中で自宅に戻った。13日、亡一審原告9-7の入院先から一審原告9-2に、亡一審原告9-7を引き取りに来てほしいとの連絡があったので、一審原告9-2はこれに従い、亡一審原告9-7を引き取った。一審原告9-1は、電話で、一審原告9-2にガソリンの入手先を教え、速やかに避難するように伝えた。 ⑶ 避難後の経緯ア があったので、一審原告9-2はこれに従い、亡一審原告9-7を引き取った。一審原告9-1は、電話で、一審原告9-2にガソリンの入手先を教え、速やかに避難するように伝えた。 ⑶ 避難後の経緯ア避難経路の概略世帯番号9の一審原告ら主張のとおりである(ただし、6.30~7. 21に亡一審原告9-7が都内の老健施設に入った点を除く(その点を認めるに足りる証拠はない。))。 イ避難生活の状況一審原告9-2は、14日午後1時30分頃、長男、二男、一審原告9-3~6及び亡一審原告9-7を乗せて、自家用車を運転し、一般道を通って東京都渋谷区の一審原告9-1の自宅兼事務所に避難した。その際、一審原告9-2は、当時、高速道路は閉鎖されていたので、一般道を通って東京まで来たが、ガソリンを保たせるために、神経を使って運転し、約12時間かけて、午前0時過ぎに東京の一審原告9-1宅に到着した。当面は、長男、二男及び世帯番号9の一審原告らは、一審原告9-1の経営する会社の事務所で過ごすこととなったものの、その広さは約5坪であり、その後長男の交際相手も合流し、10人ほどが一緒に生活することになったため、ストレスからけんかが絶えなくなった。 そこで、二男はいわき市に帰り、世帯番号9の一審原告ら及び長男は、31日以降避難所であるIで生活した。一審原告9-3~6は、江東区にあるOに預けられ、中学校及び小学校に通った。一審原告9-2・3 及び亡一審原告9-7は、5月上旬頃、Gホテルに移った。長男は、その直前、いわき市で通っていた専門学校が再開されたため、交際相手とともにいわき市に帰った。一審原告9-4~6も、Gホテルに合流し、千代田区の小学校に通った。この頃、一審原告9-4~6は、本件事故前にしていたスポーツや習い事ができなくなったこともあり 、交際相手とともにいわき市に帰った。一審原告9-4~6も、Gホテルに合流し、千代田区の小学校に通った。この頃、一審原告9-4~6は、本件事故前にしていたスポーツや習い事ができなくなったこともあり、不安やストレスを感じ、落ち着きがなくなった。6月30日にGホテルが閉鎖され、一審原告9-2~6及び亡一審原告9-7は、避難所であるPに移った。この頃になると、亡一審原告9-7の体調が悪化し、ストレスから、一審原告9-2に当たるなどして、亡一審原告9-7と一審原告9-2がけんかとなることが多くなった。一審原告9-2~6及び亡一審原告9-7は、7月21日、D住宅に入居し、一審原告9-4~6は千代田区内の他の小学校に転校した。 一審原告9-1・2らは、いわき市で暮らしている二男に会うために、平成24年3月頃までは高速道路の利用料金が無料であったので1か月に2回位帰っていて、その後区域外避難者は高速道路の無料化措置が打ち切られたため、平成24年4月以降は、高速道路料金を負担し、2か月に1回程度一時帰宅をしている。往復のガソリン代は3000円を下らず、高速料金は、往復で1万円を下らない(一審原告9-1自身が陳述及び供述する(甲ニ9の1、一審原告9-1)限度で認定する。)。なお、同費用は一審原告9-1が負担した。 世帯番号9の一審原告らが避難後に暮らしている東京都においては、いわき市と比べて物価が高く、受験競争が厳しく、塾に通わせることが一般的であって、教育費がかかるため、生活費が増加している。 亡一審原告9-7は、避難後、体調を崩し、精神的にも不安定となり、Iに避難していた頃は脱水症になり、救急車で病院に運ばれたこともあった。D住宅に移転した後、自分の思い通りにならないと家族に暴力を 振るうようになり、平成25年2月から、八王 不安定となり、Iに避難していた頃は脱水症になり、救急車で病院に運ばれたこともあった。D住宅に移転した後、自分の思い通りにならないと家族に暴力を 振るうようになり、平成25年2月から、八王子市内の介護施設に入所した。亡一審原告9-7は、同年11月、施設内で転倒して背骨を骨折し、入院を余儀なくされ、ほどなく寝たきりとなり、平成▲年▲月▲日、肺炎をこじらせ、91歳で死亡した。なお、亡一審原告9-7の権利義務は、すべて一審原告9-1が相続した(甲ニ9の20)。 一審原告9-3~6は、避難生活による度重なる転校で、学校になかなか馴染めず、つらい思いをした。 一審原告9-2は、本件事故により、いわき市の人々に英会話を教える活動もできなくなり、たくさんいた知人との付き合いも、長引く避難生活のために途絶えてしまった。 ウ本件事故時住所地の状況二男がいわき市に帰った際に、本件事故時住所地所在の自宅に一時居住をしていたことがあった。その後、一審原告9-1は、経済的に維持することができなかったため、同自宅を売却した。 2 相当因果関係及び損害⑴ 避難と本件事故との相当因果関係上記1のとおり、一審原告9-1を除く世帯番号9の一審原告らがいわき市の自宅から避難を開始した理由は、放射性物質の汚染によって自ら及び子らの健康に対する被害の危険があり、本件事故が進展することによっても同様の危険があると判断したことによるものである。また、世帯番号9の一審原告らが避難を継続した理由は、それらの危険が存続していると判断したことによる。そうすると、前記説示のとおり、世帯番号9の一審原告らの避難開始及び一審原告9-2~6につき平成24年8月までの避難継続(子供及び同伴家族)は、本件事故と相当因果関係があると認められ、それ以降の避難継続には 、前記説示のとおり、世帯番号9の一審原告らの避難開始及び一審原告9-2~6につき平成24年8月までの避難継続(子供及び同伴家族)は、本件事故と相当因果関係があると認められ、それ以降の避難継続には相当因果関係は認められない。 なお、一審被告東電は、一審原告9-1は、家族でいわき市に転居した平 成5年以降も、東京で不動産会社を経営し、平日は東京で単身赴任の生活をしていたのであり、本件事故発生時にも東京にいたのであるから、一審原告9-1の生活の本拠は東京都であって、本件事故により避難をした事実は認められない旨主張する。確かに、一審原告9-1は、東京で会社を経営し、平日は東京で単身赴任をしていたことは前記認定のとおりである。しかし、一審原告9-1は、いわき市に自宅を所有し、住民登録も同所にしていたこと、同人の家族は全員いわき市の自宅で生活し、一審原告9-1は毎週末いわき市の自宅に戻り家族と過ごしていたこと(上記1⑴ア)に照らせば、一審原告9-1についても、本件事故により、いわき市の自宅に戻ることが困難となり、他の家族と同様に避難の継続を余儀なくされたと同等に評価するのが相当である。したがって、一審被告東電の上記主張は採用できない。 ⑵ 積極損害(抽象的損害計算分)についてア避難交通費について上記1⑵⑶のとおり、世帯番号9の一審原告らは、本件事故によって、次のとおり避難をし、その費用を一審原告9-2が負担したと推認できるから、当該費用は、同人の本件事故による損害と認められる。 14日いわき市から渋谷区(一審原告9-1の自宅兼事務所) 自家用車(一般道)31日渋谷区から江東区(I) 自家用車5月上旬頃江東区から千代田区(Gホテル) 自家用車6月30日千代田区から千代田区(P) 自家用車7月21日 所) 自家用車(一般道)31日渋谷区から江東区(I) 自家用車5月上旬頃江東区から千代田区(Gホテル) 自家用車6月30日千代田区から千代田区(P) 自家用車7月21日千代田区から千代田区(D住宅)(一審原告9-2~6)自家用車そこで、これらに現実に要した費用であるが、については一般道を走行したと認められ、ないしについても、前記第1の2⑵と同様に、ガソリン代だけで算出することとする。そして乙ニ2の3・4、乙ニ9の1 ~3によると、が205.2㎞程度、が11.5㎞程度、が1.4㎞、が2.1㎞であると認められ、位置関係(乙ニ2の4参照)からしてはと同程度の距離と推認できるから、1㎞当たりのガソリン代15円で算出すると、次のとおり3475円となる。 15×(205.2+11.5×2+1.4+2.1)=3475(小数点以下切捨て)イ一時帰宅費用上記1⑶のとおり、一審原告9-1・2らは、本件事故によって家族別離となったため、いわき市に住む未成年者である二男と会うために4月から平成24年3月までに1か月当たり2度の合計24回いわき市を訪れ、一審原告9-1において少なくとも1往復当たり3000円のガソリン代を負担し、平成24年4月から本件事故と相当因果関係がある避難期間である同年8月までに2か月に1度の合計2回いわき市を訪れ、一審原告9-1において少なくとも1往復当たり1万円の高速料金及び3000円のガソリン代の合計1万3000円を負担したものであるところ(甲ニ9の1)、これは、本件事故に基づく避難によって発生した費用と認められ、その額は次のとおり9万8000円となる。なお、以上の一審原告9-1が負担した費用とは別に、一審原告9-2が一時帰宅のための費用を負担したと認める 件事故に基づく避難によって発生した費用と認められ、その額は次のとおり9万8000円となる。なお、以上の一審原告9-1が負担した費用とは別に、一審原告9-2が一時帰宅のための費用を負担したと認めるに足りる証拠はない。 3000×24+1万3000×2=9万8000⑶ 慰謝料について上記1の認定事実によれば、世帯番号9の一審原告ら(亡一審原告9-7を含む。)は、本件事故と相当因果関係のある避難開始及び一審原告9-2~6につき平成24年8月までの避難継続並びにこれに伴う長男及び二男との家族別離により相当の精神的苦痛を被ったものと認められる。なお、亡一審原告9-7は、避難生活中に死亡したものであるが、前記認定の経過によっ ても、その死亡が本件事故による避難に基づくものであることを認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はないので、慰謝料の算定においてこの点の斟酌はしない。 以上の点を中心に、本件に現れた一切の事情を考慮し、また前記のとおり主たる家計負担者と推認される一審原告9-1について、生活費増加分の負担を余儀なくされたことを慰謝料の増額事由として斟酌すると、本件事故による世帯番号9の一審原告らの精神的苦痛に対する慰謝料は、以下の金額を認めることが相当である。 一審原告9-1:40万円一審原告9-2:60万円一審原告9-3~6:各70万円亡一審原告9-7:40万円⑷ 小計一審原告9-1:49万8000円(40万円+9万8000円)一審原告9-2:60万3475円(60万円+3475円)一審原告9-3~6:各70万円亡一審原告9-7:40万円 3 既払額、弁護士費用及び結論⑴ 既払額一審原告9-1・2、亡一審原告9-7:各12万円(うち慰謝料分8万円、実費賠償分4万円)一審原告9- :各70万円亡一審原告9-7:40万円 3 既払額、弁護士費用及び結論⑴ 既払額一審原告9-1・2、亡一審原告9-7:各12万円(うち慰謝料分8万円、実費賠償分4万円)一審原告9-3~6:各72万円(うち慰謝料分48万円、実費賠償分24万円)上記2のとおり、一審原告9-1は一時帰宅費用として9万8000円を、一審原告9-2は避難交通費として3475円をそれぞれ負担しているところ、これらは避難に伴い世帯に生じた実費であり、かつ当該移動をした世帯 構成員全員が本来負担すべき費用を一審原告9-1・2が代表して負担したものと認められるから、各人に支払われた実費分の賠償金は、世帯構成員のいずれに支払われたかを問わず、発生した上記費用に充当すべきである。 そうすると、一審原告9-2の負担した避難交通費3475円については、同人の実費賠償金(4万円)の一部を充当すべきである。また、一審原告9-1の負担した一時帰宅費用9万8000円については、まず同人の実費賠償金4万円を、次に一審原告9-2の実費賠償金の残額(3万6525円)をそれぞれ充当し、充当後の残額2万1475円(9万8000円-4万円-3万6525円)について、亡一審原告9-7の実費賠償金の一部を充当することとする。 ⑵ 弁護士費用を除く損害額一審原告9-1(相続した亡一審原告9-7分を含む):64万円(=49万8000円-8万円-(4万円+3万6525円+2万1475円)+(40万円-8万円)【亡一審原告9-7分】)一審原告9-2:52万円(=60万3475円-3475円-8万円)一審原告9-3~6:各22万円(=70万円-48万円)⑶ 弁護士費用一審原告9-1:6万円一審原告9-2:5万円一審原告9-3~6:各2万円⑷ 結論一審 3475円-8万円)一審原告9-3~6:各22万円(=70万円-48万円)⑶ 弁護士費用一審原告9-1:6万円一審原告9-2:5万円一審原告9-3~6:各2万円⑷ 結論一審原告9-1:70万円一審原告9-2:57万円一審原告9-3~6:各24万円第7 世帯番号10、11の一審原告ら(一審原告10-1・2及び一審原告11) について 1 認定事実証拠(甲ニ10の1~10の28(孫番が存在するものはそれぞれをすべて含む。以下同じ。)、甲ニ11の1~3、一審原告10-1、一審原告11-1)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。なお、この項において特に証拠を摘示しない場合は、甲ニ10の1、11の1、一審原告10-1、一審原告11-1及び弁論の全趣旨によって認定した。 ⑴ 世帯構成及び本件事故前の生活状況等ア一審原告11(本件事故時32歳)は、いわき市で生まれ、そこで高校を卒業後、いわき市の工場に勤務していた。一審原告10-1(本件事故時32歳)は、幼少時にいわき市に引っ越し、そこで高校を卒業後、美容学校を経て、いわき市の美容室に勤めた後、東京の美容室に勤め、29歳の頃一審原告11と結婚した。一審原告10-1は、いわき市で開業するために31歳の頃いわき市に戻り、一審原告11と同居した。一審原告10-1と一審原告11は、平成22年長女である一審原告10-2(本件事故時生後11か月)をもうけた。一審原告10-1・2及び一審原告11は、一審原告10-1の実家で、一審原告10-1の両親、祖父母と同居した。 イ一審原告10-1及び一審原告11の夢は、それぞれの家族が多くいるいわき市で、ガレージ付きの家を建て、そこで、一審原告10-1が美容室を開き、一審原告11がガレージで趣味のバイク 同居した。 イ一審原告10-1及び一審原告11の夢は、それぞれの家族が多くいるいわき市で、ガレージ付きの家を建て、そこで、一審原告10-1が美容室を開き、一審原告11がガレージで趣味のバイクいじりをすることであった。一審原告10-1は、出産後、本格的に美容室の開業を準備するため、まず実家から独立し、1年間賃貸アパートを借り、その間に家を建てることとし、家具を買いそろえ、3月12日に賃貸借契約を締結する予定としていた。 一審原告10-1及び一審原告11の家族や親類は、仲が良く、毎日親 類が実家に来て、一審原告10-2に話しかけたり、日曜日になると2世帯の親類が集まったりと、とにかく人が集まる、賑やかな笑いの絶えない環境であった。地元には友人が多く、交流も頻繁であった。(甲ニ10の16・19、11の2・3)⑵ 避難開始の経緯14日、本件原発の3号機水素爆発が起こったため、一審原告10-1の両親、世帯番号10、11の一審原告らは、一審原告10-2に対する放射線の影響から健康を守るため、避難しようとしたが、一審原告10-1の祖父母が反対をしたため、一審原告10-1の両親はいわき市に残ることとなった。一審原告11の両親も同様の理由で、その時点では避難をしなかった。 そこで、世帯番号10、11の一審原告らのみで避難を開始した。 ⑶ 避難後の経緯ア避難経路の概略世帯番号10、11の一審原告ら主張のとおりである(ただし、11月18日の移動は自転車による(甲ニ10の1)。)。 イ避難生活の状況世帯番号10、11の一審原告らは、14日、郡山市所在の一審原告10-1の父のアパートで1泊し、15日と16日、埼玉県幸手市の一審原告10-1の母の実家で2泊したが、17日に一審原告11の兄家族が合流し総勢11人 1の一審原告らは、14日、郡山市所在の一審原告10-1の父のアパートで1泊し、15日と16日、埼玉県幸手市の一審原告10-1の母の実家で2泊したが、17日に一審原告11の兄家族が合流し総勢11人となり、手狭なためすぐに場所を移らなければならなかった。17日から28日までは、一審原告10-1が以前勤めていた会社を頼りに、足立区(住所省略)のアパートに自動車で避難した。 一審原告11は、4月上旬、仕事の都合でいわき市に戻った。一審原告10-1・2は、4月28日から6月30日までGホテルに自動車で避難した。一審原告10-1は、一審原告10-2が離乳食の時期だったので、食事の調達にとても苦労した。同日から11月18日までは、江 戸川区(住所省略)のホテルのツインルームに自動車で避難した。一審原告10-1・2は、11月18日、自転車で江戸川区の都営住宅に移った。生活費は、一審原告11の給料と一審原告10-1・一審原告11の貯金を崩して充てた。(甲ニ10の5~9・17・18)一審原告10-1及び一審原告11は、4月上旬以降家族別離となったため、避難に際して、家具、家電、ベビーカー、おもちゃ、日用品等を購入した(甲ニ10の2)。 一審原告10-1は、初めての子育てを両親や夫の手助けなく行っており、精神的、肉体的に負担が大きかったものの、生活のため、平成23年夏頃からパートを始めた。一審原告10-1は、環境の変化が大きかったため、精神的に追い詰められたり、つらくなったりした時期も多く、一審原告10-2に声を荒げて怒ったり、感情的になったり、手を上げたりしたこともあった。 一審原告10-1は、平成24年4月にその後精神的に不安定となり、仕事を休むようになり、最終的には退職し、同年7月から心療内科に通った。一審原告10- 手を上げたりしたこともあった。 一審原告10-1は、平成24年4月にその後精神的に不安定となり、仕事を休むようになり、最終的には退職し、同年7月から心療内科に通った。一審原告10-1は、同年12月19日、不安抑うつ状態と診断され、「現在の住環境が状態を悪化させており、生活環境の調整が必要であることを認める。(転地療養の必要性を認める。)」との所見が示された。また、平成26年1月29日には、「頭痛(心身症)」と診断され、「平成23年3月11日の地震と原発事故をキッカケに、不安感・イライラ感・意欲の低下・不眠など精神症状を認め不安定になっている。 頭痛や倦怠感などの身体症状もあり、身体症状は心理社会的要因が増悪に関わっていると判断する。東京に転居しているが、放射線量が高く、そのこと自体が身体面、精神面の増悪に影響していると考える。転地療養することで、症状の改善に繋がる可能性はあると考える。また、連日の子供の自宅保育は困難なこともあると予測される。子供を保育園に預 けた方が望ましいと考える。」との所見が示された。一審原告10-1は、平成26年に妊娠したが、 をした。それらの事情から、医師の示唆もあって、一審原告10-1は、保養プログラムを何度か利用した。(甲ニ10の3・4・28)一審原告10-2は、平成23年暮れ頃、大量の鼻血を出したことがあった。一審原告10-2について、平成25年12月及び平成27年10月に内部被ばくの検査をしたところ、セシウム137が微量ながら検出され、平成27年10月の検査値の方が高かった。一審原告10-1及び一審原告11は、上記の検査結果について、一審原告10-1・2がいわき市の一審原告11方に帰る頻度が多くなったことが原因ではないかと考えている。また、世帯番号10、11 かった。一審原告10-1及び一審原告11は、上記の検査結果について、一審原告10-1・2がいわき市の一審原告11方に帰る頻度が多くなったことが原因ではないかと考えている。また、世帯番号10、11の一審原告らは、平成25年3月・8月に甲状腺検査を受けたところ、一審原告10-2は異常がなかったが、一審原告10-1はB判定、一審原告11はA2判定であった。(甲ニ10の22~24)一審原告10-1は、平成27年初め頃から週2回程度のパートを再開した。 世帯番号10と世帯番号11の一審原告らは、互いに定期的に行き来をし、概ね月に3、4回会っていた。一審原告10-2は、父親である一審原告11を慕っており、月に3、4回しか会えないことを寂しく思っていた。 一審原告10-1と一審原告11は、平成28年、子をもうけ、平成29年4月から、名古屋市で同居するようになり、家族別離は解消した。 (甲ニ10の3・4・10~13・28)一審原告10-1と一審原告11は、家族別離をしていたため、双方の食費、光熱費、通信費など生活費が増加し、世帯番号10の一審原告らの生活費は、東京の物価がいわき市の物価より高かったため増加した。 一審原告10-1が働くに際し、本件事故前であれば、両親や祖父母に一審原告10-2を見てもらうことが可能であったが、避難先では見てもらうことができないため、保育料の負担を余儀なくされた。一審原告10-1は、上記のとおり、心療内科に通い、医療費を負担している(甲ニ10の3・4)。 一審原告11は、月2、3回、少なくとも年約30回、自家用車で一審原告10-1・2に会いに東京に訪れ、世帯番号10の一審原告らは、平成25年末までに電車で合計8回程度、平成26年からは毎月1回程度いわき市に帰り、一審原告 回、少なくとも年約30回、自家用車で一審原告10-1・2に会いに東京に訪れ、世帯番号10の一審原告らは、平成25年末までに電車で合計8回程度、平成26年からは毎月1回程度いわき市に帰り、一審原告11らと会っている。 一審原告10-1は、保養のため、平成24年6月頃、両親及び一審原告10-2とともにロマンスカーで(住所省略)を訪れ、同年9月頃一審原告11及び一審原告10-2とともに3泊沖縄に滞在し、平成25年9月頃、一審原告11及び一審原告10-2とともに大分県に滞在した。また、平成26年1月、一審原告10-2とともにハワイに滞在し、同年10月頃、一審原告10-2とともに北海道に滞在し、平成27年2月頃、一審原告11及び一審原告10-2とともに熱海に滞在した。 一審原告11は、世帯番号10の一審原告らと家族別離をすることへの不安が大きかったが、収入を得るため、やむなくいわき市に戻り、賃借予定であった部屋に一人で暮らし、かねてから勤務していた工場での勤務を再開した。 一審原告11は、平成28年10月まで、月に2、3回、少なくとも年間30回、工場の休みの日に自家用車を運転して、東京の世帯番号10の一審原告らの下を訪れ、1、2泊して、翌々日の昼間にいわき市に戻って夜勤に入るという生活を続けていた。体力的に大変疲れるが、家族のためにはやむを得ないと考えて実行していた。 一審原告11は、平成28年11月名古屋へ転勤となり、世帯番号10の一審原告らは、平成29年4月1日から名古屋に転居し、一審原告11との家族別離は解消した。 ウ本件事故時住所地の状況一審原告11は、線量計を買って、実際に一審原告11の実家周辺や一審原告11が居住するいわき市内のマンション周辺で空間放射線量率を計ったところ、東京都におけるもの 。 ウ本件事故時住所地の状況一審原告11は、線量計を買って、実際に一審原告11の実家周辺や一審原告11が居住するいわき市内のマンション周辺で空間放射線量率を計ったところ、東京都におけるものより高く、年間1mSvを超える位の線量となるところもあった。 また、一審原告10-1が、いわき市のモニタリングポストの近くで空間線量を計ったところ、モニタリングポストで表示されているものより高い数値が出たことがあった。(甲ニ10の25・26) 2 相当因果関係及び損害以上の認定事実を基に、世帯番号10、11の一審原告らの請求について検討する。 ⑴ 避難と本件事故との相当因果関係上記1のとおり、世帯番号10、11の一審原告らがいわき市の自宅から避難を開始した理由は、本件事故による放射性物質の汚染によって、自ら及び子の健康に対する被害の危険があり、本件事故が進展することによっても、同様の危険があると判断したことによるものである。また、世帯番号10の一審原告らが避難を継続した理由は、それらの危険が存続していると判断したことによる。そうすると、前記説示のとおり、世帯番号10、11の一審原告らの避難開始及び世帯番号10の一審原告らにつき平成24年8月まで(子供及び同伴家族)、一審原告11につき平成23年4月上旬までの避難継続は、本件事故と相当因果関係があると認められる。また、一審原告10-1は、平成24年4月頃から精神的に不安定となり、仕事を休むようになり、最終的には退職し、同年7月から心療内科に通院し、同年12月、医師 に不安抑うつ状態と診断され、本件事故をきっかけに、不安感・意欲の低下・不眠等の精神症状を認め不安定になっているとの所見が示されるなど、同年8月前後の同人の精神状態も考慮すると、同月から半年余りが経過し、かつ、 状態と診断され、本件事故をきっかけに、不安感・意欲の低下・不眠等の精神症状を認め不安定になっているとの所見が示されるなど、同年8月前後の同人の精神状態も考慮すると、同月から半年余りが経過し、かつ、本件事故から2年程度が経過した平成25年3月末までは、避難継続と本件事故との間に相当因果関係があると認めることが相当である。他方、これ以降の避難継続には相当因果関係を認めるに足りない。なお、一審被告東電は、一審原告11が平成23年4月上旬に仕事の都合でいわき市に戻り勤務を再開していることを指摘するが、かかる事情は、世帯番号10の一審原告らの避難継続の相当性に係る上記判断を左右しない。 ⑵ 積極損害についてア抽象的損害計算分について生活費増加分前記説示のとおり、避難生活中の主たる家計負担者と推認される一審原告10-1の慰謝料の増額事由として斟酌することが相当である。 避難交通費上記1⑵⑶のとおり、世帯番号10、11の一審原告らは、本件事故によって、本件事故と相当因果関係がある避難継続が認められる平成25年3月末までに次のとおり避難をし、一審原告11がその費用を負担したと推認できるから、それに要した費用は、同人の本件事故による損害と認められる。 ① 14日いわき市から郡山市(一審原告10-1の父のアパート)(世帯番号10、11の一審原告ら) 自家用車② 15日郡山市から埼玉県幸手市(一審原告10-1の母の実家)(同一審原告ら) 自家用車③ 17日埼玉県幸手市から足立区(一審原告10-1のかつての勤務先の紹介してくれたアパート)(同一審原告ら) 自家用車 ④ 4月上旬足立区からいわき市(自宅)(一審原告11) 自家用車⑤ 4月28日足立区から千代田区(Gホテル)(世帯番号10の一審原告ら) 自 アパート)(同一審原告ら) 自家用車 ④ 4月上旬足立区からいわき市(自宅)(一審原告11) 自家用車⑤ 4月28日足立区から千代田区(Gホテル)(世帯番号10の一審原告ら) 自家用車⑥ 6月30日千代田区から江戸川区(Qホテル)(同一審原告ら) 自家用車⑦ 11月18日江戸川区から江戸川区(都営住宅)(同一審原告ら)自転車そこで、これらに現実に要した費用であるが、まず⑦については、交通費が発生することを認めるに足りる証拠はない。次に①ないし⑥については、上記第1の2⑵と同様であって、ガソリン代だけで算出することとし、乙ニ10の3・4によると①が88.0㎞程度、②が少なくとも205.0㎞程度、④が乙ニ15の3によると212.4㎞であると認められ、③、⑤、⑥についても、位置関係(公知の事実)からすると、合計すると少なくとも50㎞を下らないと認められ、1㎞当たりのガソリン代を15円で算出すると、次のとおり8331円となる。 15×(88+205+212.4+50)=8331なお、一審原告11が負担した上記費用とは別に、避難のために一審原告10-1が交通費を負担したと認めるに足りる証拠はない。 面会交通費上記1⑶のとおり、一審原告11は、月2、3回、少なくとも年30回程度、自家用車で世帯番号10の一審原告らに会いに東京を訪れ、その費用を負担したと認められるところ、一審原告10-1の精神状態及び一審原告10-2の年齢に鑑みると、相当な面会回数であると認められるから、その費用は本件事故による一審原告11の損害であると解される。そして、上記のとおり、世帯番号10の一審原告らに係る相当な避難継続期間は、平成25年3月までの2年間であるから、その間の面 会回数は、平成24年3月までが30回、平 損害であると解される。そして、上記のとおり、世帯番号10の一審原告らに係る相当な避難継続期間は、平成25年3月までの2年間であるから、その間の面 会回数は、平成24年3月までが30回、平成24年4月から平成25年3月までが30回となる。そこで、その費用を、前記第1の2⑵アと同様の方法で算出すると、次のとおり71万8320円となる。 15×212.4×2×30(平成24年3月まで)+(15×212.4+5600)×2×30(平成24年4月から平成25年3月まで)=71万8320なお、一審原告11が負担した上記費用及び以下の一時帰宅費用とは別に、面会のために一審原告10-1が交通費を負担したと認めるに足りる証拠はない。 一時帰宅費用上記1⑶のとおり、世帯番号10の一審原告らは、平成25年12月末までに電車で合計8回程度いわき市に帰り、一審原告10-1がその電車代を負担したと認められるから、そのうち平成25年3月分までは本件事故と相当因果関係のある一審原告10-1の損害であると解される。 そして、平成23年4月から平成25年12月末までの33か月のうち、当裁判所が相当な避難期間と認めるのは24か月であるから、全期間平均的に帰宅したと推認すると、平成25年3月までに少なくとも5回(8×24/33〔小数点以下切捨て〕)一時帰宅したと認めるのが相当である。そして、1回当たりの額であるが、乙ニ7の2によれば、少なくとも一審原告10-1については片道6170円を下らず、一審原告10-2については就学前児童であるので無料であると解される。そうすると、その額は、次のとおり6万1700円となる。 6170×2×5=6万1700イ個別立証分について家具家財購入費 前記説示のとおり、家具家財購入費については、民 る。そうすると、その額は、次のとおり6万1700円となる。 6170×2×5=6万1700イ個別立証分について家具家財購入費 前記説示のとおり、家具家財購入費については、民事訴訟法248条に基づき、同費用の負担者と推認される一審原告11に15万円の損害が生じたものと認めるのが相当である。 医療費、転地療養費用上記1⑶イのとおり、一審原告10-1は、本件事故による避難及び避難継続のため、ストレスによって不安抑うつ状態と診断され、治療を受けたものと認められるから、相応の治療費については、相当因果関係のある損害となるところ、領収書等その額を裏付ける客観的な証拠がなく、甲ニ10の1における陳述のみではその額を直接認めることができないものの、医療費を負担せざるを得ない程度の精神状態であったことを慰謝料において考慮することが相当である。 また、一審原告10-1は、医師の示唆もあって、精神的な症状の緩和の目的で保養をし、相応の費用を支出したものと認められるところ、どの程度の保養が必要かつ相当であるかの医学的に具体的な主張立証はないので、当該保養に要した費用を本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできないものの、保養をせざるを得ない程度の精神状態であったことを慰謝料において考慮することが相当である。 ⑶ 慰謝料について上記1の認定事実によれば、世帯番号10、11の一審原告らは、本件事故と相当因果関係のある避難開始及び平成24年8月又は平成25年3月までの避難継続並びにこれに伴う世帯番号10の一審原告ら及び一審原告11との家族別離により、相当の精神的苦痛を被ったものと認められる。加えて、一審原告10-1は、平成24年4月頃から精神的に不安定となり、同年7月から心療内科に通い、その後不安抑うつ状態と診断され との家族別離により、相当の精神的苦痛を被ったものと認められる。加えて、一審原告10-1は、平成24年4月頃から精神的に不安定となり、同年7月から心療内科に通い、その後不安抑うつ状態と診断され、保養を勧められるなどして、現に治療費のほか、保養の費用を負担したと認められるところ、かかる費用を負担せざるを得ない程度の精神状態であったことも慰謝料の増 額事由として考慮すべきである。 以上の点を中心に、本件に現れた一切の事情を考慮し、また前記のとおり、一審原告10-1について生活費増加分の負担を余儀なくされたことを慰謝料の増額事由として斟酌すると、本件事故による世帯番号10、11の一審原告らに係る精神的苦痛に対する慰謝料は、以下の金額を認めることが相当である。 一審原告10-1:80万円一審原告10-2:70万円一審原告11:40万円⑷ 小計一審原告10-1:86万1700円(=80万円+6万1700円)一審原告10-2:70万円一審原告11:127万6651円(=40万円+8331円+71万8320円+15万円) 3 既払額、弁護士費用及び結論⑴ 既払額いずれも既払額なし⑵ 弁護士費用を除く損害額一審原告10-1:86万1700円一審原告10-2:70万円一審原告11:127万6651円⑶ 弁護士費用一審原告10-1:9万円一審原告10-2:7万円一審原告11:13万円⑷ 結論 一審原告10-1:95万1700円一審原告10-2:77万円一審原告11:140万6651円第8 世帯番号12の一審原告ら(一審原告12-1~3)について 1 認定事実証拠(甲ニ12の1~12の23、一審原告12-1)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 6651円第8 世帯番号12の一審原告ら(一審原告12-1~3)について 1 認定事実証拠(甲ニ12の1~12の23、一審原告12-1)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。なお、この項において特に証拠を摘示しない場合は、甲ニ12の1・2・23、一審原告12-1及び弁論の全趣旨によって認定した。 ⑴ 世帯構成及び本件事故前の生活状況等ア一審原告12-1(本件事故時35歳)は、双葉郡j町で生まれ、そこで高校を卒業後、福島県内の電気の専門学校で学び、平成21年、一審原告12-2と結婚し、一審原告12-2の母とともに暮らし始めた。一審原告12-2(本件事故時39歳)は、いわき市で生まれ育ち、ずっと福島県で暮らしてきた。一審原告12-1・2は、平成22年、長女である一審原告12-3(本件事故時生後7か月)をもうけ、いわき市内に庭付きの一戸建てを借り、一審原告12-2の母を含めて4人での生活を始めた。一審原告12-1は、いわき市では自営であったため、夕方できるだけ早く帰り、家族との時間をとるようにしていた。 なお、一審原告12-1と同12-2は、令和元年5月、子の親権者を一審原告12-2と定めて協議離婚した(甲ニ12の25・27)。 イ一審原告12-1は、建築関係の会社勤めをした後、平成17年以降工務店を経営している。一審原告12-2は、介護士の資格取得のため専門学校に通い、3月6日に卒業し、同月17日に福祉施設の採用面接を受ける予定であった。一審原告12-2の母が、一審原告12-1・2が不在にする昼間、一審原告12-3の面倒を見ていた。 一審原告12-1・2は、本件事故前、友人を誘い、家族一緒に釣りやバーベキューをし、親類や友人を自宅に招き、一緒に食事をし、楽しく話し込んだりしていた。一 12-3の面倒を見ていた。 一審原告12-1・2は、本件事故前、友人を誘い、家族一緒に釣りやバーベキューをし、親類や友人を自宅に招き、一緒に食事をし、楽しく話し込んだりしていた。一審原告12-1の実家に遊びに行けば、たくさんの野菜や果物、手作りみそなどを持たせてもらった。また、一審原告12-2は、家庭菜園で野菜を育て、それを家族で楽しんでいた。(甲ニ12の3~10・16)⑵ 避難開始の経緯本件地震によって、いわき市の自宅が全壊したため、世帯番号12の一審原告らは、いわき市内の友人宅に泊めてもらっていた。 一審原告12-1は、第二原発が立地する双葉郡j町で生まれ、大きい地震が来たら原発は危ない、特に小さい子供は逃げるしかないと教えられてきていたので、本件地震後、本件原発及び第二原発の事故を心配していた。そこに、茨城県牛久市に住む一審原告12-2の兄から、本件事故を危ぶむ声をかけられ、一審原告12-3を守らなければならないと考え、一審原告12-2と話し合って、17日、世帯番号12の一審原告らと一審原告12-2の母の4名は、避難を開始した。 ⑶ 避難後の経緯ア避難経路の概略原判決別冊別紙3の世帯番号12の一審原告ら主張のとおり(ただし、同別冊474頁の3.20~4.5の欄を「一審原告12-1のみ、家族4人で過ごせる避難先を探すため、東京都国立市の親類宅へ避難(電車を利用)。この間のいずれかの時点で一審原告12-2も都営住宅の入居説明会に参加するため茨城県牛久市と東京都国立市とを往復(電車を利用)。」に改め、4.5~現在の欄の冒頭に「一審原告12-1は一審原告12-2らを迎えに行くため東京都国立市から茨城県牛久市まで自家用車で移動。」を加え、同欄の「原告番号1-2」を「一審原告12-2」に、避難 4.5~現在の欄の冒頭に「一審原告12-1は一審原告12-2らを迎えに行くため東京都国立市から茨城県牛久市まで自家用車で移動。」を加え、同欄の「原告番号1-2」を「一審原告12-2」に、避難 に至った事情の欄の「原告番号1-1」を「一審原告12-1」に、同欄の「原告番号1-1及び1-2」を「一審原告12-1・2」に、同欄の「原告番号1-3」を「一審原告12-3」にそれぞれ改める。)。 イ避難生活の状況一審原告12-1は、17日、一審原告12-2・3及び一審原告12-2の母とともに、いわき市から茨城県牛久市まで自家用車を運転して避難したが、普段は、自動車であれば2時間程度で着くところを、道路の寸断等のため、3時間半から4時間位かけてたどりついた。一審原告12-1は、20日、一人で東京に向かい、東京都国立市の親類宅に寝泊まりし、世帯番号12の一審原告ら及び一審原告12-2の母がともに暮らせる場所を探し、4月5日、東京都武蔵野市所在の都営住宅に入居することができた。もっとも、同住宅は、いわき市の自宅と比べて狭く、それぞれが一人になれる空間がないため、一審原告12-1・2は些細なことでけんかをすることが多くなった。 一審原告12-1は、工務店の資材置場として利用していた実家のあるj町の大半が警戒区域に指定され、その後、避難指示解除準備区域に指定されたため、従来の客層を失い、工務店を廃業した。一審原告12-1は、建設現場のアルバイト等をしながら生計を立て、平成25年5月頃から、地質調査会社で正社員として勤務している。一審原告12-1の母は、双葉郡j町に居住していたが、本件事故に際し避難をし、東京に転居してアパートで一人暮らしをしている。 一審原告12-2の母は、世帯番号12の一審原告らと避難生活を送っていたものの -1の母は、双葉郡j町に居住していたが、本件事故に際し避難をし、東京に転居してアパートで一人暮らしをしている。 一審原告12-2の母は、世帯番号12の一審原告らと避難生活を送っていたものの、平成24年頃からいわき市へ帰ることが多くなり、最終的にはいわき市に戻り、アパートで一人暮らしを始めた。一審原告12-2の母は、当初は月1回位上京し、世帯番号12の一審原告らに会いに来ていたが、平成26年頃からは体調や交通費の負担が原因でその 回数も減った。 一審原告12-1は、3月20日から4月上旬まで滞在してお世話になった親類に、ビールなど1万円分を謝礼として渡した。一審原告12-2は、同じ頃、17日から4月上旬まで避難先として頼っていた兄に、食事代や謝礼として5万円を渡した。 一審原告12-1・2は、避難後の生活用品として、家電、乗り物関係の備品等、家具・日用品、寝具・カーペット、台所用品、洗濯用品、入浴用品、トイレ用品、衣服等を購入した。 東京都は、いわき市に比べ物価が高く、レジャーにも経費がかかるので、世帯番号12の一審原告らは、いわき市で居住していたときよりも生活費が増加した。 一審原告12-1は、12月27日、原因不明の胸の痛みに襲われ、病院を受診し、胃腸炎と診断された。また、平成24年7月中に倒れて救急搬送され、腸閉塞により4日間入院したが、いずれも医者からストレスが原因であろうと言われた。一審原告12-2は、平成27年夏、流産をした。 一審原告12-2・3は、平成28年4月16日、甲状腺検査を受けたが、一審原告12-2には幅2.8㎜の結節が認められ、一審原告12-3の両葉に幅1.3㎜以下ののう胞が数個認められ、いずれも、1年後に検査を勧められる経過観察となった。 一審原告12-3は、平 が、一審原告12-2には幅2.8㎜の結節が認められ、一審原告12-3の両葉に幅1.3㎜以下ののう胞が数個認められ、いずれも、1年後に検査を勧められる経過観察となった。 一審原告12-3は、平成23年中や平成26年夏以降、鼻血を出すことが続いたが、原因は分かっていない。 一審原告12-2は、避難後、本件事故への怒りや今後の生活や健康上の不安で夜眠れない日もあり、ストレスを感じるようになった。一審原告12-2は、8月24日、感音性難聴との診断を受け、治療を受けたほか、平成28年5月30日から同年6月15日まで、入院し、頭蓋 内腫瘍摘出術を受けた。主治医の説明では、これらの原因は不明とのことであった。一審原告12-2は、上記疾患について本件事故との関係があるのかが不安となり、不安になること自体にストレスを感じている。 (甲ニ12の19~22) 2 相当因果関係及び損害以上の認定事実を基に、世帯番号12の一審原告らの請求について検討する。 ⑴ 避難と本件事故との相当因果関係上記1のとおり、世帯番号12の一審原告らが17日にいわき市から避難を開始した理由は、本件事故による放射性物質の汚染によって、自ら及び子の健康に対する被害の危険があり、本件事故が進展することによっても同様の危険があると判断したことによるものである。また、避難を継続している理由は、それらの危険が存続していると判断したことによる。そうすると、前記説示のとおり、いわき市からの避難開始及び平成24年8月までの避難継続(子供及び同伴家族)は、本件事故と相当因果関係があると認められ、それ以降の避難継続には相当因果関係は認められない。 なお、世帯番号12の一審原告らが、当初いわき市の自宅からいわき市内の友人宅に避難したのは、本件地震によっていわき市の 果関係があると認められ、それ以降の避難継続には相当因果関係は認められない。 なお、世帯番号12の一審原告らが、当初いわき市の自宅からいわき市内の友人宅に避難したのは、本件地震によっていわき市の自宅が全壊したことによるものであるから、本件事故によるものとはいえない。 ⑵ 積極損害についてア積極損害(抽象的損害計算)について生活費増加分前記説示のとおり、主たる家計負担者と推認される一審原告12-1の慰謝料の増額事由として斟酌することが相当である。 避難交通費上記1⑶のとおり、世帯番号12の一審原告らは、本件事故によって、次のとおり避難(避難を原因とする必要な移動を含む。)をし、その費用 を一審原告12-1が負担したと推認できるから、それに要した費用は、同人の本件事故による損害と認められる。 ① 17日いわき市(友人宅)から茨城県牛久市(一審原告12-2の兄宅)(世帯番号12の一審原告ら、一審原告12-2の母) 自家用車② 3月20日茨城県牛久市と東京都国立市(一審原告12-1の親類)(一審原告12-1のみ) 電車③ 3月20日から4月5日頃の間茨城県牛久市と東京都国立市(一審原告12-1の親類)の往復(一審原告12-2のみ) 電車④ 4月5日頃東京都国立市から茨城県牛久市(一審原告12-1のみ) 自家用車⑤ 4月5日頃茨城県牛久市からいわき市まで(世帯番号12の一審原告ら及び一審原告12-2の母) 自家用車⑥ 4月5日頃いわき市から東京都武蔵野市(避難住宅)(同上) 自家用車そこで、これらに現実に要した費用であるが、まず乙ニ12の4によると、②及び③については大人1人当たり片道972円と認められる。 ①、④、⑤及び⑥については、前記第1の2⑵と同様に、ガソリン代だけで算出 で、これらに現実に要した費用であるが、まず乙ニ12の4によると、②及び③については大人1人当たり片道972円と認められる。 ①、④、⑤及び⑥については、前記第1の2⑵と同様に、ガソリン代だけで算出することとする。乙ニ12の1~3によると、①、⑤の距離は少なくとも142.4㎞程度、④が74.8㎞程度、⑥が214.2㎞程度であると認められ、1㎞当たりのガソリン代を15円で算出すると、次のとおり1万1523円となる。 972×(1+2)+15×(142.4×2+74.8+214. 2)=1万1523一時帰宅費用一審原告12-1・2は一時帰宅費用を請求するが、同一審原告らの 陳述書(甲ニ12の1・2・24・25・27)、一審原告12-1本人によっても、一時帰宅の時期や頻度を具体的に認定することができず、他に、一時帰宅の時期や頻度を認めるに足りる証拠はないから、この点の請求は理由がない。 イ積極損害(個別立証)について親類への謝礼上記1⑶イのとおり、一審原告12-1は、一人で16泊親類宅に宿泊した際に1万円相当の謝礼をし、一審原告12-2は、4人で3泊、3人で16泊、兄の家に宿泊した際に5万円の謝礼をしたものと認められるところ、上記の宿泊人数、宿泊期間からすると、その謝礼は社会通念上相当と認められるから、これらは、いずれも本件事故と相当因果関係のある損害と認めることが相当である。 家具家財購入費前記説示のとおり、家具家財購入費については、民事訴訟法248条に基づき、同費用の負担者である一審原告12-1に15万円の損害が生じたものと認めるのが相当である。 ⑶ 慰謝料について上記1の認定事実によれば、世帯番号12の一審原告らは、本件事故と相当因果関係のある17日のいわき市からの避難開始及び平成24年8月まで が生じたものと認めるのが相当である。 ⑶ 慰謝料について上記1の認定事実によれば、世帯番号12の一審原告らは、本件事故と相当因果関係のある17日のいわき市からの避難開始及び平成24年8月までの避難継続により相当の精神的苦痛を被ったものと認められる。とりわけ、一審原告12-2は、生後約8か月の乳児(一審原告12-3)を抱えての避難生活を余儀なくされ、一層強い不安や苦痛を感じたものと認められる。 以上の点を中心に、本件に現れた一切の事情を考慮し、また前記のとおり、一審原告12-1について生活費増加分の負担を余儀なくされたことを慰謝料の増額事由として斟酌すると、本件事故による世帯番号12の一審原告らに係る精神的苦痛に対する慰謝料は、以下の金額を認めることが相当である。 一審原告12-1・2:各60万円一審原告12-3:70万円⑷ 小計一審原告12-1:77万1523円(=60万円+1万1523円+1万円+15万円)一審原告12-2:65万円(=60万円+5万円)一審原告12-3:70万円 3 既払額、弁護士費用及び結論⑴ 既払額一審原告12-1・2:各12万円(うち慰謝料分8万円、実費賠償分4万円)一審原告12-3:72万円(うち慰謝料分48万円、実費賠償分24万円)上記2のとおり、一審原告12-1は、①避難交通費として1万1523円、②避難先の親類への謝礼金として1万円、③家具家財購入費として15万円を負担し、一審原告12-2は、④避難先の親類への謝礼金として5万円を負担しているところ、これらはいずれも避難に伴い世帯に生じた実費であり、かつ避難をした世帯構成員全員が本来負担すべき費用を一審原告12-1・2が代表して負担したものと認められるから、世帯構成員のいずれに支払われたかを問わず、各人 れも避難に伴い世帯に生じた実費であり、かつ避難をした世帯構成員全員が本来負担すべき費用を一審原告12-1・2が代表して負担したものと認められるから、世帯構成員のいずれに支払われたかを問わず、各人の実費賠償金を充当することが相当である。 そうすると、一審原告12-1の負担した上記①ないし③(合計17万1523円)については、同人の実費賠償金(4万円)をまず充当し、充当後の残額(13万1523円)には一審原告12-3の実費賠償金(24万円)の一部を充当すべきである(充当後の実費賠償金の残額は10万8477円)。 また、一審原告12-2の負担した上記④の謝礼金5万円については、まず同人の実費賠償金4万円を充当し、残額1万円には、一審原告12-3の実費賠償金の残額を充当すべきである。 ⑵ 弁護士費用を除く損害額一審原告12-1:52万円(=77万1523円-4万円-13万1523円-8万円【慰謝料分】)一審原告12-2:52万円(=65万円-5万円-8万円)一審原告12-3:22万円(=70万円-48万円)⑶ 弁護士費用一審原告12-1:5万円一審原告12-2:5万円一審原告12-3:2万円⑷ 結論一審原告12-1・2:各57万円一審原告12-3:24万円第9 世帯番号13の一審原告ら(一審原告13-1~4)について 1 認定事実証拠(甲ニ13の1~9(孫番が存在するものはそれぞれをすべて含む。以下同じ。)、一審原告13-2)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。なお、この項において特に証拠を摘示しない場合は、甲ニ13の1、一審原告13-1及び弁論の全趣旨によって認定した。 ⑴ 世帯構成及び本件事故前の生活状況等ア一審原告13-2(本件事故時35歳)は、福島市で生まれ、 証拠を摘示しない場合は、甲ニ13の1、一審原告13-1及び弁論の全趣旨によって認定した。 ⑴ 世帯構成及び本件事故前の生活状況等ア一審原告13-2(本件事故時35歳)は、福島市で生まれ、伊達市で育ち、一時、横浜市で看護師として勤務した後、平成15年以降伊達市で勤務し、平成17年、一審原告13-1と結婚し、福島市に転居した。 一審原告13-1(本件事故時33歳)の実家は、福島市内に古くから続く大きな農家で、田畑も広く、山も持っていて、文化庁の指定する重要無形民俗文化財に指定されているという神事に携わる家であって、一審原告13-1が長男であることから13代の当主とされていた。 一審原告13-1は、福島市で、企業向けに健康診断の営業を行うサラリーマンであった。(甲ニ13の8)イ一審原告13-1・2は、結婚して福島市内に住宅を賃借して住み、平成18年に長男(一審原告13-3。本件事故時4歳)、平成21年に長女(一審原告13-4。本件事故時1歳)をもうけた。一審原告13-2は、妊娠を契機に仕事を辞め、専業主婦として、子育てに専念してきた。 世帯番号13の一審原告らは、一審原告13-1の実家から米や新鮮な野菜を無料で分けてもらっていたため、本件事故まで、米や野菜を買ったことがほとんどなかった。 一審原告13-1・2は、平成23年初め頃、当時居住していた地区が、ビルも少なく、人や車の通行量も少なく、季節の花々が咲きそろって、緑も多く、空き地も多かったので、子供がのびのびとボール遊びをしたり、大きな声を気にすることなく遊べたりする環境であったため、その地区に自宅を買うこととして、物件を見て回っていた。 一審原告13-2は、請われて、平成23年内には、自宅近くの小児科医院で看護師として勤務することとなって となく遊べたりする環境であったため、その地区に自宅を買うこととして、物件を見て回っていた。 一審原告13-2は、請われて、平成23年内には、自宅近くの小児科医院で看護師として勤務することとなっていた。また、一審原告13-2は、スイーツ・デコという手作りの工芸品の製作を始めていたが、1月からハンドメイド作家の即売会において売れるようになり、3月下旬頃に伊達市内の雑貨店で個展をすることとなり、スイーツ・デコ作家として活動していけるのではないかという夢が広がっていた。(甲ニ13の9の4)一審原告13-1の両親が福島市に、一審原告13-2の両親が伊達市に住んでおり、子育てなどで援助を受けることができ、その点も世帯番号13の一審原告らにとってよい環境であった。 ⑵ 避難開始の経緯一審原告13-1・2は、本件原発1号機及び3号機の水素爆発が起きたことを知り不安を感じていたところ、16日頃、福島市で20μSV/h以 上の放射線量を観測したことを報道で知り、相談窓口に電話をすると、男性職員から「早く逃げてください。」との助言を受けた。そこで、一審原告13-1・2は、一審原告13-3・4が幼児であり、放射線被ばくが健康に及ぼすリスクが高いことから、自身と子らを守るために少しでもリスクの低い場所に避難しようと決意した。 ⑶ 避難後の経緯ア避難経路の概略世帯番号13の一審原告ら主張のとおり。 イ避難生活の状況世帯番号13の一審原告らは、18日、自動車で迎えにきてくれた横浜市所在の一審原告13-2の叔母の自動車に乗り、叔母宅へ避難した。 福島市内では、避難指示が出ず、勤務先での業務が続けられていたため、一審原告13-1は、21日頃、公共交通機関(JR等)を用いて福島市の自宅に戻った。一審原告13-2~4は、一審原 母宅へ避難した。 福島市内では、避難指示が出ず、勤務先での業務が続けられていたため、一審原告13-1は、21日頃、公共交通機関(JR等)を用いて福島市の自宅に戻った。一審原告13-2~4は、一審原告13-3の幼稚園の入園式に出るため、4月5日頃、福島市の自宅に戻ったが、連日報道されている放射線量をみると、放射性物質による汚染がひどく、安心できる状態ではないと判断し、一審原告13-1・2は、一審原告13-1が福島市の自宅に戻り、一審原告13-2が一審原告13-3・4を連れて東京に避難することとした。一審原告13-1の母と妹は、一審原告13-2の避難に反対したが、一審原告13-2は、それを振り切って避難をしたため、その後平成24年秋頃まで、一審原告13-1の母・妹としばらく絶縁状態となったが、後に解消した。 一審原告13-2は、4月16日、一審原告13-3・4を連れて、港区所在のRホテルに避難した。一審原告13-2は、ホテルの近くにコインランドリーがなかったので、コインランドリーのある場所まで電車で出かけて洗濯をしていた。スーパーも遠かったため、買い物が不便で あった。同ホテルでは食事の提供がなかったため、食費もかかった。 一審原告13-2~4は、4月27日、Gホテルに移った。洗濯は有料で、1回200~300円かかったが、子らが小さかったため、毎日のように出費がかさんだ。避難者の数が多く、落ち着いた環境ではなく、東京都が定めた規則が厳しかったため、一審原告13-2~4にとっては、そこでの暮らしはストレスになった。(甲ニ共14、甲ニ13の9の3)6月30日、Gホテルが閉鎖されたため、一審原告13-2~4は、千代田区所在の旅館「S」に移った。満室の時は、本郷の旅館に移らなければならず、一審原告13-4が39度の高 甲ニ13の9の3)6月30日、Gホテルが閉鎖されたため、一審原告13-2~4は、千代田区所在の旅館「S」に移った。満室の時は、本郷の旅館に移らなければならず、一審原告13-4が39度の高熱が出たときも、部屋を移動するように言われたことがあった。Sには一般客もいたため、迷惑にならないよう気を使いながら生活していた。 一審原告13-2~4は、12月5日、T住宅に入居した。 一審原告13-2は、3月末頃、避難先の横浜市の叔母に、謝礼として7万円を支払い、当該費用を一審原告13-1が負担した。 一審原告13-1は、福島市の自宅又はSからT住宅まで自転車を搬送するのに1万4000円を負担した(甲ニ13の1、13の9の5、一審原告13-2)。一審原告13-2は、T住宅に入居することとなり、新生活のための家財道具を揃えるため、家具、家電、寝具、台所用品や生活雑貨を購入した(甲ニ13の9の1・5)。 東京都は、いわき市に比べ、物価が高く、世帯番号13の一審原告らは家族別離となり、世帯番号13-1の実家からは米や野菜の提供を受けられなくなったため、本件事故前よりも、生活費が増加した。 一審原告13-2~4は慣れない避難生活となったこと、一審原告13-1と一審原告13-2~4は家族別離となったことなどから、世帯番号13の一審原告らはストレスを抱え、体調を崩したりした。 一審原告13-1は、平成24年6月頃、福島から自家用車を運転してT住宅に着いた途端、住宅の駐車場で動けなくなり、救急車で運ばれて、(住所省略)のUセンターに入院したことがあり、約1週間後に退院したが、高カリウム血症との診断であった。 一審原告13-2は、8月頃からじんましんが出て、精神的にも不安定になり、9月から11月にかけて、都内の2か ターに入院したことがあり、約1週間後に退院したが、高カリウム血症との診断であった。 一審原告13-2は、8月頃からじんましんが出て、精神的にも不安定になり、9月から11月にかけて、都内の2か所の病院に通院した(甲ニ13の2~7)。 一審原告13-3・4も、精神的に不安定になった。一審原告13-3は、Gホテルでは、持病のアトピー性皮膚炎が悪化し、Sでは、不安がって、一審原告13-2と離れたがらなくなり、夜尿症もひどくなり、夜中突然起きて泣き叫ぶこともあった。その後も、幼稚園、小学校に不登園、不登校が続いた。一審原告13-4は、一審原告13-1が福島市に帰った後、毎晩のように同人のパジャマを握りしめて、「パパに会いたい。」と言い続け、バスルーム、押し入れの中などを「パパ、パパ」などと言って泣きながら探すことがあった。 一審原告13-1は、平成24年8月、本件事故前から賃借していた福島市の自宅から転居し、実家に戻った。一審原告13-1は、本件事故の直後から求職活動を続け、平成25年2月、長く勤めた勤務先を退職し、一審原告13-2~4の避難先から通うことのできる同業他社に転職し、家族別離を解消した。 一審原告13-1は、4月16日から平成25年1月31日まで、高速道路を利用し、一審原告13-2~4と面会するため、約2週間に1回、週末に、福島市の自宅から自家用車を運転して、一審原告13-2~4の下を訪れた。平成24年3月までは、東北地方の高速道路が無料であったが、同年4月からは無料措置が終わり、区域外避難者である一審原告13-1は、高速道路料金を負担した(甲ニ13の1)。 一審原告13-2~4は、平成23年9月から10月にかけての約1か月間、一審原告13-2のじんましんがひどくなったため、一審原告13-1 は、高速道路料金を負担した(甲ニ13の1)。 一審原告13-2~4は、平成23年9月から10月にかけての約1か月間、一審原告13-2のじんましんがひどくなったため、一審原告13-1の運転する自動車で一旦福島市の自宅に帰り、平成24年7月末頃から9月末頃にかけて、自宅の荷物の整理をするため、福島市の自宅に戻り、その後一審原告13-2の実家に滞在した。 2 相当因果関係及び損害⑴ 避難と本件事故との相当因果関係上記1のとおり、世帯番号13の一審原告らが福島市の自宅から避難を開始した理由は、放射性物質による汚染によって、自ら及び子らの健康に対する被害の危険があり、本件事故が進展することによっても同様の危険があると判断したことによるものである。また、一審原告13-2~4が避難を継続した理由は、それらの危険が存続していると判断したことによる。そうすると、前記説示のとおり、世帯番号13の一審原告らの避難開始及び平成24年7月末(福島市の自宅に一時帰宅した時)まで(平成23年9月から同年10月までの約1か月間を除く。)の避難継続(子供及び同伴家族)は本件事故と相当因果関係があると認められ、それ以降の避難継続には相当因果関係は認められない。 ⑵ 積極損害についてア積極損害(抽象的損害計算)について生活費増加分前記説示のとおり、避難生活中の主たる家計負担者と推認される一審原告13-2の慰謝料の増額事由として斟酌することが相当である。 避難交通費上記1⑶のとおり、世帯番号13の一審原告らは、本件事故によって、次のとおり避難(避難を原因とする必要な移動を含む。)をしたものであるが、下記①及び③のうち横浜市から西那須野塩原IC付近までは、叔 母に送ってもらったものであって、一審原告13-1に費用負担が とおり避難(避難を原因とする必要な移動を含む。)をしたものであるが、下記①及び③のうち横浜市から西那須野塩原IC付近までは、叔 母に送ってもらったものであって、一審原告13-1に費用負担があるとはうかがえず、むしろ、後記イの謝礼に含まれていることがうかがわれる。その余の部分については、その費用を一審原告13-1が負担したと推認できるから、当該費用は、同人の本件事故による損害と認められる。 ① 18日福島市から横浜市(一審原告13-2の叔母)(世帯番号13の一審原告ら) 自家用車② 21日横浜市から福島市(自宅)(一審原告13-1) 公共交通機関(JR等)③ 4月5日横浜市から福島市(自宅)(一審原告13-2~4) 自家用車西那須野塩原ICと福島市往復分④ 4月16日福島市から港区(Rホテル)(往路世帯番号13の一審原告ら、復路一審原告13-1) 自家用車往復分⑤ 4月27日港区から千代田区(Gホテル)(一審原告13-2~4)⑥ 6月30日千代田区から千代田区(S)(同一審原告ら)⑦ 12月5日千代田区から江東区(T住宅)(同一審原告ら)そこで、これらに現実に要した費用であるが、上記③、④については、前記第1の2⑵と同様に、ガソリン代だけで算出することとする。そして、弁論の全趣旨によると、③のうち栃木県西那須野塩原IC付近から福島市の往復の距離は251.6㎞、④の距離は往復で593.4㎞程度であると認められるところ、1㎞当たりのガソリン代を15円で算出すると、次のとおり1万2675円となる。 15×(251.6+593.4)=1万2675また、②の料金は、弁論の全趣旨によると、1万円と認められる。 ⑤ないし⑦については、交通手段の特定がないので電車又はバスを用いたと認めるのが 。 15×(251.6+593.4)=1万2675また、②の料金は、弁論の全趣旨によると、1万円と認められる。 ⑤ないし⑦については、交通手段の特定がないので電車又はバスを用いたと認めるのが相当であるところ、大人一人と未就学児二人であるか ら、未就学児については費用がかからない可能性もあり、弁論の全趣旨によると、⑤の料金は350円程度、⑥の料金は165円程度、⑦の料金は401円程度と認められ、その合計額は、916円である。 そうすると、避難交通費は合計2万3591円をもって相当と認める。 面会交通費上記1⑶のとおり、一審原告13-1は、下記の一時帰宅時を除き、4月16日から一審原告13-2~4につき本件事故と相当因果関係があると認められる避難期間である平成24年7月末までの16か月、2週間に1度、少なくとも月2回、自家用車で一審原告13-2~4に面会をするために東京を訪れたと認められるところ、一審原告13-3・4の年齢に鑑みると、相当な面会回数であると認められる。したがって、同面会に要した費用については、本件事故による一審原告13-1の損害と認められる。 そして、面会に要する費用であるが、上記と同様の方法で算出する。 ここで、高速道路料金を直接認めるに足りる証拠はないが、福島市内の自宅から一審原告13-2~4の千代田区の避難先住居までの距離は、上記のとおり片道296.7㎞程度であること、乙ニ1の4によって認められるいわき中央から横浜駅東口間(距離240.3㎞)の高速道路料金が5770円であって、乙ニ2の1によって認められるいわき四倉から横浜青葉間(距離241.9㎞)の高速道路料金が6610円であることからすると、片道6000円を下らないと推認できる。そうすると、その費用は、次のとおり33万3228円となる められるいわき四倉から横浜青葉間(距離241.9㎞)の高速道路料金が6610円であることからすると、片道6000円を下らないと推認できる。そうすると、その費用は、次のとおり33万3228円となる。 15×296.7×2×21(4月16日から平成24年3月末の23回から一時帰宅期間1か月分2回を控除)+(15×296.7+6000)×2×7(平成24年4月から同年6月まで月2回に同年7月の1回を加えた回数)=33万3228 一時帰宅費上記1⑶のとおり、一審原告13-2~4は、本件事故による相当避難期間である平成24年7月までのうち、平成23年9月から10月頃に1往復と平成24年7月末に片道、東京と福島市間を、迎えに来た一審原告13-1の自家用車に乗って行き来したと認められるところ、その費用は、高速道路料金のかからない前者については電車代より低く、高速道路料金のかかる後者についても、当時の一審原告13-3・4の年齢や一審原告13-2の精神状態、自家用車での行き来に必要な費用と電車代との差が小さいことに鑑みると、相当な交通手段であると解される。そこで、その費用を上記と同様の方法で算出すると、次のとおり1万9351円となる。 296.7×15×2(平成23年9~10月)+(296.7×15+6000)×1=1万9351(小数点以下切捨て)イ積極損害(個別立証)について避難費用(運送実費)上記1⑶イのとおり、一審原告13-1は、本件事故による避難に際し、自転車の運送費用として1万4000円を支出したことが認められるところ、この点は、避難開始の臨時費用の一部として、家財道具購入費等の臨時費用(下記)として考慮すれば足りるというべきである。 親類への謝礼上記1⑶イのとおり、一審原告13-1は、家族4人 るところ、この点は、避難開始の臨時費用の一部として、家財道具購入費等の臨時費用(下記)として考慮すれば足りるというべきである。 親類への謝礼上記1⑶イのとおり、一審原告13-1は、家族4人が約3泊、3人が約15泊し、横浜市から福島市まで自動車で迎えに来て、横浜市から栃木県西那須野塩原インターチェンジ付近まで自動車で送ってくれた一審原告13-2の叔母に対し、7万円の謝礼を負担したことが認められるところ、援助を受けた期間、人数、労力、実費等を勘案すると、上記謝礼の額は相当といえるから、その負担は、本件事故によって一審原告 13-1に生じた損害と認められる。 家具家財購入費、食費等前記説示のとおり、家具家財購入費については、民事訴訟法248条に基づき、同費用の負担者である一審原告13-1に15万円の損害が生じたものと認めるのが相当である。 また、食費の増額を余儀なくされた点については、上記アのとおり生活費増額分として一審原告13-2の慰謝料の増額事由として斟酌することが相当である。 医療費上記1⑶イのとおり、本件事故の避難中に一審原告13-2が酷いじんましんとなり、その治療のために医療費を負担したことが認められるものの、本件事故による避難によってじんましんを発症したことについて、診断書等の医学的な立証がないことからすれば、本件事故との間の相当因果関係を認めるに足りない。 ⑶ 慰謝料について上記1の認定事実によれば、一審原告13-2~4は、本件事故と相当因果関係のある避難開始及び平成24年7月まで(平成23年9月から同年10月までの約1か月間を除く。)の避難継続並びにこれに伴う一審原告13-1との家族別離により、相当の精神的苦痛を被ったものと認められ、一審原告13-1についても、避難開始及び一審原告1 月から同年10月までの約1か月間を除く。)の避難継続並びにこれに伴う一審原告13-1との家族別離により、相当の精神的苦痛を被ったものと認められ、一審原告13-1についても、避難開始及び一審原告13-2~4との家族別離により相当の精神的苦痛を被ったものと認められる。特に、一審原告13-2~4は、避難開始当初、避難場所を転々とせざるを得ず、それぞれの環境も十全なものではなかったと認められ、その結果、一審原告13の2~4は強いストレスを感じ、一審原告13-3は、不安がって一審原告13-2と離れたがらず、夜尿症もひどくなり、夜中突然起きて泣き叫ぶこともあって、その後も幼稚園への不登園が続き、一審原告13-4は、一審原告13-1 が帰った後、毎晩のように「パパに会いたい。」と言い続けたり、泣きながら父親を探すなど精神状態が悪化したものであって、同人らは本件事故によって特に強い精神的苦痛を受けたものといえる。 以上の点を中心に、本件に現れた一切の事情を考慮し、また前記のとおり、一審原告13-2について生活費増加分の負担を余儀なくされたことを慰謝料の増額事由として斟酌すると、本件事故による世帯番号13の一審原告らに係る精神的苦痛に対する慰謝料は、以下の金額を認めることが相当である。 一審原告13-1:40万円一審原告13-2:60万円一審原告13-3・4:各70万円⑷ 小計一審原告13-1:99万6170円(=40万円+2万3591円+33万3228円+1万9351円+7万円+15万円)一審原告13-2:60万円一審原告13-3・4:各70万円 3 既払額、弁護士費用及び結論⑴ 既払額一審原告13-1・2:各12万円(うち慰謝料分8万円、実費賠償分4万円)一審原告13-3・4:各72万円(うち慰謝料分48 -3・4:各70万円 3 既払額、弁護士費用及び結論⑴ 既払額一審原告13-1・2:各12万円(うち慰謝料分8万円、実費賠償分4万円)一審原告13-3・4:各72万円(うち慰謝料分48万円、実費賠償分24万円)上記2のとおり、一審原告13-1は、①避難交通費として2万3591円、②面会交通費として33万3228円、③一時帰宅費として1万9351円、④避難先の親類への謝礼金として7万円、⑤家具家財購入費として15万円(以上合計59万6170円)を負担しているところ、このうち①③④⑤は避難に伴い世帯に生じた実費と認められ、かつ避難をした世帯構成員 全員が本来負担すべき費用を一審原告13-1が代表して負担したものと認められるから、世帯構成員のいずれに支払われたかを問わず、各人の実費賠償金を充当することが相当である。他方、②については、面会のために移動したのは一審原告13-1のみであるから、他の世帯構成員の実費賠償金を充当することは相当でない。 したがって、一審原告13-1のみに生じた上記②の費用に、まず同人の実費賠償金4万円を充当することとし、一審原告13-1が負担した上記①③④⑤の費用(合計26万2942円)については、まず一審原告13-2の実費賠償金4万円を充当し、充当後の残額22万2942円について、一審原告13-3・4に対する実費賠償金(各24万円)から等分に(各11万1471円)充当することが相当である。 ⑵ 弁護士費用を除く損害額一審原告13-1:61万3228円(=99万6170円-4万円-26万2942円-8万円【慰謝料分】)一審原告13-2:52万円(=60万円-8万円)一審原告13-3・4:各22万円(=70万円-48万円)⑶ 弁護士費用一審原告13-1:6万円一審原告13 2円-8万円【慰謝料分】)一審原告13-2:52万円(=60万円-8万円)一審原告13-3・4:各22万円(=70万円-48万円)⑶ 弁護士費用一審原告13-1:6万円一審原告13-2:5万円一審原告13-3・4:各2万円⑷ 結論一審原告13-1:67万3228円一審原告13-2:57万円一審原告13-3・4:各24万円第10 世帯番号14の一審原告ら(一審原告14-1~3)について 1 認定事実 証拠(甲ニ14の1、一審原告14-1)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 ⑴ 世帯構成及び本件事故前の生活状況等ア一審原告14-1(本件事故時27歳)は、郡山市で生まれ、一時期、秋田市に居住し、小学5年生から、郡山市に戻り、高校卒業後、そこで美容関係の専門学校を卒業し、証券会社に勤務していたが、平成18年、結婚した。一審原告14-1の夫は、本宮市出身で、システムエンジニアとして、郡山市の会社に勤務していた。一審原告14-1及びその夫は、平成19年に長男(一審原告14-2。本件事故時3歳)を、平成22年に長女(一審原告14-3。本件事故時1歳)をもうけた。一審原告14-1は、長男の出産を機に退職し、専業主婦となった。 イ一審原告14-1とその夫は、平成21年に、住宅ローンを組んで、郡山市に120坪の土地を購入し、自宅を建築した。庭が広い家で、近所の友達とプールで遊んだり、花火をしたり、雪で滑り台を作ったり、育ち盛りの一審原告14-2・3の遊び場に最適の家であった。庭では、家庭菜園をし、様々な野菜を育て、新鮮な野菜を収穫して家族で食べることができた。将来的には土をきれいにして、ガーデニングを楽しもうなどと計画していた。 一審原告14-1及びその夫の両親や親類も 庭菜園をし、様々な野菜を育て、新鮮な野菜を収穫して家族で食べることができた。将来的には土をきれいにして、ガーデニングを楽しもうなどと計画していた。 一審原告14-1及びその夫の両親や親類も近くに住んでいて、一審原告14-2・3を含め、頻繁に交流していた。 ⑵ 避難開始の経緯一審原告14-1は、本件事故後の混乱の中で、避難すべきか否かを迷っていたが、本件事故を起こした本件原発が今後どのような状況になるか分からず不安であること、特に幼い子ら(一審原告14-2・3)にとって、放射線被ばくの健康への影響が不安であることなどから、一審原告14-1の夫とも相談の上、避難することを決意した。 ⑶ 避難後の経緯ア避難経路の概略世帯番号14の一審原告ら主張のとおり(ただし、最初の避難開始日は3月21日である。)。 イ避難生活の状況一審原告14-1は、本件原発がこの先どうなるか心配であり、一審原告14-2・3にとって被ばくの影響が不安であることなどから、一審原告14-1の夫、その両親及び一審原告14-1の両親と相談し、一審原告14-2・3とともに避難することとした。一審原告14-1の夫は郡山市に残ることになったが、親類らの勧めで、夫の父親が、世帯番号14の一審原告らにしばらく付き添うこととなった。避難先は、墨田区所在の夫の叔父(夫の父の弟)の家に避難することとした。 世帯番号14の一審原告ら及び一審原告14-1の夫の父は、21日頃、一審原告14-1の運転によって、一般道を7、8時間ほど運転して、夫の叔父の家に避難した。 世帯番号14の一審原告らは、夫の叔父の家では、アレルギー症状が出て、一審原告14-2・3の夜泣きが酷くなったため、4月23日から神奈川県平塚市所在の一審原告14-1の弟宅に避 家に避難した。 世帯番号14の一審原告らは、夫の叔父の家では、アレルギー症状が出て、一審原告14-2・3の夜泣きが酷くなったため、4月23日から神奈川県平塚市所在の一審原告14-1の弟宅に避難した。この頃、一審原告14-1の夫の父は郡山に帰った。 一審原告14-1の弟宅は手狭であったため、世帯番号14の一審原告らは、同月29日、避難所となっていたGホテルに移動した。同ホテルにいる避難者の中でも、区域内避難者は、都が用意した公営住宅等への転居が比較的スムーズに行われていたが、区域外避難者は、当初は東京都の公営住宅への転居の応募を出すことすらできなかった。 世帯番号14の一審原告らは、7月1日、千代田区所在のSに移った。 世帯番号14の一審原告らは、その後公営住宅への入居に応募し、1 2月5日、T住宅に入居した。以降、一審原告14-1は、一人で一審原告14-2・3を監護している。 世帯番号14の一審原告らと一審原告14-1の夫は、家族別離となっていること、物価が郡山市より東京が高いこと、郡山市では栽培していた野菜等を食べることができたが、東京ではできないことから、生活費が増加している。 一審原告14-1の夫は、世帯番号14の一審原告らの避難生活の費用を捻出するため、郡山市の自宅に一人で残り、システムエンジニアとして地元の会社に勤務し、食費などを節約して生活している。 一審原告14-1は、GホテルやSにいた頃から、家計の足しにするために、パートやアルバイトに携わっており、平成24年6月からは、日中は一審原告14-2・3を保育園に預け、T住宅の近所のスーパーでレジ等のアルバイトをしている。一審原告14-1は、東京に避難した後体調を崩すことがあり、Sにいた頃、夜中に突然顔が真っ赤に腫れ上がり、高熱が出 14-2・3を保育園に預け、T住宅の近所のスーパーでレジ等のアルバイトをしている。一審原告14-1は、東京に避難した後体調を崩すことがあり、Sにいた頃、夜中に突然顔が真っ赤に腫れ上がり、高熱が出るということがあった。平成25年1月には皮膚が化膿する丹毒にかかり、同月4日から11日までの8日間の入院を余儀なくされたが、いずれも、避難生活によるストレスによると考えている。 もっとも、医師の診断では、いずれも原因は不明であった。 一審原告14-2は、父と一緒に暮らしたいとしながら、東京の学校で友達もたくさんできたことから、このまま東京の学校にずっと通いたいとも思っている。一審原告14-3は、物心ついてからは東京でしか生活をしておらず、そこでの人間関係が形成されている。 一審原告14-1の夫は、世帯番号14の一審原告らが避難を開始した当初は、平均して1か月に2回程度週末に、平成27年3月当時は月1回、自動車か高速バスを用いて、世帯番号14の一審原告らと面会していた。 ウ本件事故時住所地等の状況一審原告14-1の夫が一人で暮らしている。 2 相当因果関係及び損害⑴ 避難と本件事故との相当因果関係上記1のとおり、世帯番号14の一審原告らが郡山市の自宅から避難を開始した理由は、放射性物質による汚染によって、自ら及び子らの健康に対する被害の危険があり、本件事故が進展することによっても同様の危険があると判断したことによるものである。また、同一審原告らが避難を継続した理由は、それらの危険が存続していると判断したことによる。そうすると、前記説示のとおり、世帯番号14の一審原告らの避難開始及び平成24年8月までの避難継続(子供及び同伴家族)は本件事故と相当因果関係があると認められ、それ以降の避難継続には相当因果関係は認 うすると、前記説示のとおり、世帯番号14の一審原告らの避難開始及び平成24年8月までの避難継続(子供及び同伴家族)は本件事故と相当因果関係があると認められ、それ以降の避難継続には相当因果関係は認められない。 ⑵ 積極損害(抽象的損害計算)についてア生活費増加分前記説示のとおり、避難生活中の主たる家計負担者と推認される一審原告14-1の慰謝料の増額事由として斟酌すべきである。 イ避難交通費上記1⑶記載のとおり、世帯番号14の一審原告らは、本件事故によって次のとおり避難をし、その費用を一審原告14-1が負担したと推認できるから、避難に要した費用は、同人の本件事故による損害と認められる。 21日郡山市から墨田区(夫の叔父の家) 自家用車(一般道)4月23日墨田区から神奈川県平塚市(一審原告14-1の弟の家)自家用車4月29日神奈川県平塚市から千代田区(Gホテル) 自家用車7月1日千代田区から千代田区(S) 自家用車12月5日千代田区から江東区(T住宅) 自家用車 そこで、これらに現実に要した費用であるが、については一般道を通行したと認められ、弁論の全趣旨によるとその距離は239.2㎞程度であると認められる。 については、弁論の全趣旨によると、高速道路を利用し、その代金を支払ったと認められ、乙ニ14の1によると、高速道路料金が2940円であって、距離が69.1㎞程度であると認められる。 については、弁論の全趣旨によると、高速道路を利用し、その代金を支払ったと認められ、乙ニ14の2によると、高速道路料金が2940円であって、距離が57.2㎞程度であると認められる。弁論の全趣旨によると、距離は、については4.6㎞程度、については9.3㎞程度であると認められる。これらを踏まえ、1㎞ 高速道路料金が2940円であって、距離が57.2㎞程度であると認められる。弁論の全趣旨によると、距離は、については4.6㎞程度、については9.3㎞程度であると認められる。これらを踏まえ、1㎞当たりのガソリン代を15円で換算すると、次のとおり1万1571円となる。 2940+2940+15×(239.2+69.1+57.2+4. 6+9.3)=1万1571⑶ 慰謝料について上記1の認定事実によれば、世帯番号14の一審原告らは、本件事故と相当因果関係のある避難開始並びに平成24年8月までの避難継続及びそれに伴う家族別離により相当の精神的苦痛を被ったものと認められる。 以上の点を中心に、本件に現れた一切の事情を考慮し、また前記のとおり、一審原告14-1について生活費増加分の負担を余儀なくされたことを慰謝料の増額事由として斟酌すると、本件事故による世帯番号14の一審原告らに係る精神的苦痛に対する慰謝料は、以下の金額を認めることが相当である。 一審原告14-1:60万円一審原告14-2・3:各70万円⑷ 小計一審原告14-1:61万1571円(=60万円+1万1571円)一審原告14-2・3:各70万円 3 既払額、弁護士費用及び結論⑴ 既払額一審原告14-1:8万円(慰謝料分)一審原告14-2・3:各60万円(うち慰謝料分40万円、実費賠償分20万円)上記2のとおり、一審原告14-1は、避難交通費として1万1571円を負担しているところ、これは避難に伴い世帯に生じた実費であり、かつ当該移動をした世帯構成員全員が本来負担すべき費用を一審原告14-1が代表して負担したものと認められるから、世帯構成員のいずれに支払われたかを問わず、各人の実費賠償金を充当することが相当である。この点、一審原告14- 成員全員が本来負担すべき費用を一審原告14-1が代表して負担したものと認められるから、世帯構成員のいずれに支払われたかを問わず、各人の実費賠償金を充当することが相当である。この点、一審原告14-1は、一審被告東電から実費賠償金の支払を受けていないことから、上記避難交通費1万1571円については、一審原告14-2・3に支払われた実費賠償金(各20万円)から等分に充当することが相当である(一審原告14-2が5786円、同14-3が5785円を充当〔端数の1円は一審原告14-2に割り付けた。〕)。 ⑵ 弁護士費用を除く損害額一審原告14-1:52万円(=61万1571円-1万1571円-8万円)一審原告14-2・3:各30万円(=70万円-40万円)⑶ 弁護士費用一審原告14-1:5万円一審原告14-2・3:各3万円⑷ 結論一審原告14-1:57万円一審原告14-2・3:各33万円 第11 世帯番号15の一審原告(一審原告15)について 1 認定事実証拠(甲ニ15の1、一審原告15)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 ⑴ 世帯構成及び本件事故前の生活状況等ア一審原告15(本件事故時41歳)は、いわき市で生まれ、中学校卒業後、一時期、静岡県、神奈川県及び東京都で過ごした。東京都で結婚し、平成12年に長男(本件事故時10歳)をもうけたが、ぜんそく気味であったので、平成14年、夫と長男とともに、いわき市の実家に帰った。実家には、一審原告15の両親のほか、一審原告15の実弟、その妻及び子二人が一緒に暮らしていた。一審原告15、夫及び長男は、実家の一室のほか近くのアパート等を生活スペースとして借りて暮らしていた。一審原告15は、同人の母の経営する居酒屋を手伝いながら、アルバイト等 二人が一緒に暮らしていた。一審原告15、夫及び長男は、実家の一室のほか近くのアパート等を生活スペースとして借りて暮らしていた。一審原告15は、同人の母の経営する居酒屋を手伝いながら、アルバイト等に従事した時期もあった。一審原告15の夫は、いわき市での環境に慣れず、平成18年、東京に戻って仕事をすることになった(その後、一審原告15とその夫は離婚した。)。 イ一審原告15は、主に母の居酒屋の手伝いをして生活することとなり、夜に店の手伝いに行くときは、長男の世話を父や義妹に頼むことができた。 長男は本件事故時は小学校4年生であったが、友達がたくさんいて、毎日楽しく通学し、友達と遊びに外へ出かけたりした。 一審原告15は、長男の友人を通じて、仲の良い母親仲間が何人かでき、そのような友人と学校や子供のことを話したり、子供を連れて出かけたりしていた。生まれ育ったいわき市で、大勢の家族や友人と一緒に暮らし、好きな接客業をして暮らす生活はとても充実していた。 ⑵ 避難開始の経緯一審原告15は、13日、テレビで本件原発が爆発(3号機水素爆発)し た映像を見たこと、周りの人がパニックになっている様子を見たこと、ヨウ素剤(イソジン)を飲まなければならないという話を聞いたこと、知人から「逃げなきゃだめだよ。」という連絡が来るなどしたことから、いわき市にいては危ない、避難しなければならないと思うようになり、長男に対する放射能の影響が不安になり、両親、弟一家と相談し、一審原告15の父だけは家を守るために残ることとし、一審原告15の母、長男、弟一家とともに、避難を開始した。 ⑶ 避難後の経緯ア避難経路の概略世帯番号15の一審原告主張のとおり。 イ避難生活の状況一審原告15は、3月13日夜、上記⑵記載の7人で、2台の軽 とともに、避難を開始した。 ⑶ 避難後の経緯ア避難経路の概略世帯番号15の一審原告主張のとおり。 イ避難生活の状況一審原告15は、3月13日夜、上記⑵記載の7人で、2台の軽自動車で避難を始め、茨城県日立市の知人宅に1泊させてもらったが、さらに遠くに逃げなければならないと思い、14日の昼頃東京を目指して出発した。夜中になってようやく足立区の親類宅に到着し、15日から2週間宿泊した。一審原告15らは、その間一度いわき市の実家に戻ったが、一審原告15の父は、不安になって、一審原告15らとともに東京に避難した。 その後、一審原告15の弟及び母は仕事の都合でいわき市に戻り、併せて一審原告15の父もいわき市に戻った。一審原告15、長男、一審原告15の弟の妻、その子らの5人は、避難を継続したが、場所も狭かったことから、一審原告15及び長男は、都内にある一審原告15の元夫の会社の寮に移り、避難生活を継続した。 4月上旬、いわき市の小学校から、新学期が始まるので戻ってくるよう連絡があったため、一審原告15と長男は、いわき市の実家に戻った。 しかし、その頃大きな余震があり、一審原告15は、再び原発事故が起 きるかもしれないと不安になったことなどから、4月15日、長男とともに港区所在のGホテルへ再度避難し、その後7月1日、GホテルからPへ移り、8月1日、D住宅に移動し、以降同所で避難を継続していた。 一審原告15は、避難によって、家族が減ったので寂しく感じている。 一審原告15の長男は、避難当初は、いわき市の実家に帰りたいと訴え、精神的に不安定な時期もあったが、現在は、避難先の生活に慣れ、落ち着いている。D住宅周辺は教育熱心な家庭が多く、同級生のほとんどは塾に通っており、長男も塾に通い、一審原告15がその費用 たいと訴え、精神的に不安定な時期もあったが、現在は、避難先の生活に慣れ、落ち着いている。D住宅周辺は教育熱心な家庭が多く、同級生のほとんどは塾に通っており、長男も塾に通い、一審原告15がその費用を負担した。一審原告15は、長男の精神的な安定を図るため、長男にギターを習わせた。 一審原告15及び長男は、いわき市の実家においては、一審原告15の父母及び弟一家と同一家計を営んでいたのに、避難後は、一審原告15及び長男のみで生活し、家族別離をしたものであること、いわき市の物価より東京の物価が高いこと、東京においては教育費がかさむことから、避難後は生活費が増加した。 一審原告15は、避難開始後、日中一人で過ごしている高齢の父が少しでも元気になるように、また、高血圧等の持病があるのに居酒屋を営んでいる母の店を手伝うなどするため、本件事故後1年間は月に4回、その後は月に2回位の頻度で、自家用車で、いわき市に帰っている。 2 相当因果関係及び損害⑴ 避難と本件事故との相当因果関係上記1のとおり、一審原告15がいわき市の自宅から避難を開始した理由は、放射性物質による汚染によって、自ら及び子の健康に対する被害の危険があり、本件事故が進展することによっても同様の危険があると判断したことによるものである。また、避難を継続した理由は、それらの危険が存続していると判断したことによる。そうすると、前記説示のとおり、一審原告1 5の避難開始及び平成24年8月までの避難継続(子供の同伴家族)は本件事故と相当因果関係があると認められ、それ以降の避難継続には相当因果関係は認められない。 ⑵ 積極損害(抽象的損害計算)の主張についてア生活費増加分前記説示のとおり、一審原告15の慰謝料の増額事由として斟酌することが相当である。 イ避難 には相当因果関係は認められない。 ⑵ 積極損害(抽象的損害計算)の主張についてア生活費増加分前記説示のとおり、一審原告15の慰謝料の増額事由として斟酌することが相当である。 イ避難交通費上記1⑶のとおり、一審原告15は、本件事故によって、次のとおり避難をし、その費用を負担したと推認できるから、避難に要した費用は、同人の本件事故による損害と認められる。 13日いわき市から茨城県日立市(知人の家) 自家用車一般道14日茨城県日立市から足立区(親類の家) 自家用車4月上旬頃足立区からいわき市(実家) 自家用車4月15日いわき市から千代田区(Gホテル)自家用車7月1日千代田区から千代田区(P) 自家用車8月1日千代田区から千代田区(D住宅) 自家用車そこで、これらに現実に要した費用であるが、上記ないしについては、前記第1の2⑵と同様に、ガソリン代だけで算出することとする。そして、乙ニ15の1~3によると、が61.8㎞程度、が169.6㎞程度、及びが各212.4㎞程度と認められ、乙ニ9の2・3によると、が1.4㎞、が2.1㎞と認められ、1㎞当たりのガソリン代を15円で算出すると、次のとおり9895円となる(なお、一審原告15は、3月下旬にも足立区といわき市を往復したと認められるが、主張において、これらに要した交通費は請求されていない。)。 15×(61.8+169.6+212.4×2+1.4+2.1) =9895(小数点以下切捨て)ウ一時帰宅費用上記1⑶によると、一審原告15は、本件事故後避難が落ちついたと推認できる5月頃から定期的に一時帰宅をしていたと認められるところ、そのうち、一審原告15及びいわき市に残された父母及び弟との関係性等を考慮する よると、一審原告15は、本件事故後避難が落ちついたと推認できる5月頃から定期的に一時帰宅をしていたと認められるところ、そのうち、一審原告15及びいわき市に残された父母及び弟との関係性等を考慮すると、相当な避難期間と認められる平成24年8月末まで、月2回をもって相当と認める。そして、その費用については、上記イと同様の方法で算出すると、次のとおり20万3904円となる。 15×212.4×2×32(平成23年5月~平成24年8月、月2回)=20万3904⑶ 慰謝料について上記1の認定事実によれば、一審原告15は、本件事故と相当因果関係のある避難開始並びに長男を伴った平成24年8月までの避難継続及びそれに伴う両親等との家族別離により、相当の精神的苦痛を被ったものと認められる。 以上の点を中心に、本件に現れた一切の事情を考慮し、また前記のとおり生活費増加分の負担を余儀なくされたことを慰謝料の増額事由として斟酌すると、本件事故による一審原告15の精神的苦痛に対する慰謝料額は、60万円を認めることが相当である。 ⑷ 小計一審原告15:81万3799円(=60万円+9895円+20万3904円) 3 既払額、弁護士費用及び結論⑴ 既払額12万円(うち慰謝料分8万円、実費賠償分4万円)上記2のとおり、一審原告15は、避難交通費として9895円、一時帰 宅費用として20万3904円を負担しているところ、これらは避難に伴い負担を余儀なくされた実費であるから、一審原告15が受領した実費賠償金4万円を充当することが相当である。 ⑵ 弁護士費用を除く損害額69万3799円(=81万3799円-4万円-8万円)⑶ 弁護士費用7万円⑷ 結論76万3799円第12 世帯番号16の一審原告ら(一審原告16-1~ ⑵ 弁護士費用を除く損害額69万3799円(=81万3799円-4万円-8万円)⑶ 弁護士費用7万円⑷ 結論76万3799円第12 世帯番号16の一審原告ら(一審原告16-1~4)について 1 認定事実証拠(甲ニ10の24-4、甲ニ16の1~5、乙ニ16の2、一審原告16-1)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。なお、この項において特に証拠を摘示しない場合は、甲ニ16の1、一審原告16-1及び弁論の全趣旨から認定した。 ⑴ 世帯構成及び本件事故前の生活等ア一審原告16-1(本件事故時28歳)は、福島市で生まれ育ち、福島市には両親や妹たち家族や親類が多く近くに暮らしていた。実家には両親と二人の妹が暮らしていて、祖父の家は実家近くの温泉郷の一角にあり、旅館を経営していた。一審原告16-1は、短大を卒業するまで福島の学校に通い、その後、東京に出て、ナイジェリア国籍の男性と平成19年結婚し、同年に長女(一審原告16-2。本件事故時3歳)、平成21年に長男(一審原告16-3。本件事故時1歳)をもうけ、本件事故後の平成23年8月に二女(一審原告16-4。本件事故時胎児)、平成26年に二男をもうけた。一審原告16-1は、平成19年10月、出産、子育てを実家の近くでするため、福島市に帰った。 なお、一審原告16-1は、平成30年4月、夫と離婚した(甲ニ16の12)。 イ一審原告16-1は、長男、長女出産後、本件事故前、福島市内にアパートを借りて居住し、毎日のように、子らを連れて両親の家に行き、夕飯を一緒に食べたり、両親に子らをお風呂に入れてもらったりしていた。一審原告16-2・3は、祖父母の愛情を日頃から受けて育ち、幸せな環境であった。一審原告16-1の夫(当時。以下、本項において 、夕飯を一緒に食べたり、両親に子らをお風呂に入れてもらったりしていた。一審原告16-2・3は、祖父母の愛情を日頃から受けて育ち、幸せな環境であった。一審原告16-1の夫(当時。以下、本項において「夫」と呼称する。)は、東京都府中市に住み、自動車の輸出を手がけ、毎週土日に一審原告16-1方に来て、一審原告16-1~3に会い、その親類とも交流していた。 ⑵ 避難開始の経緯一審原告16-1は、本件事故に関する情報を得て原発事故の深刻さを感じるようになっていたところ、13日又は14日、夫と連絡がとれ、夫から「とにかく福島は危ない。」、「放射能が心配だ。」、「すぐに避難した方がいい。」と繰り返し言われ、一審原告16-2・3という幼い子がいて、妊婦でもあり、放射能の悪影響が不安であったので、避難を考え始めた。15日、夫が自動車を運転して福島まで迎えに来たことから、一審原告16-1は、同人の母や親類の反対を押し切って、一審原告16-2・3とともに夫の運転する自動車に乗って、福島市から夫の自宅である東京都府中市のアパートに避難した。 ⑶ 避難後の経緯ア避難経路の概略世帯番号16の一審原告ら主張のとおり。 イ避難生活の状況避難先の夫のアパートの間取りは1Kで、家族4人が暮らすには狭く、周りは単身者ばかりで、一審原告16-1は、小さい子である一審原告 16-2・3がうるさくしないか、周囲の人達がどう思うかばかりを考えていた。周囲の苦情により、管理会社の人が来たこともあった。結局、一審原告16-1は、夫のアパートでは、家族全員が暮らしていくことはできないと判断し、避難住宅を探すことになった。当初は、区域外避難者は断られたが、4月19日に、武蔵野市内の住宅に入ることができた。 一審原告16-1は、本件事故前に居住 員が暮らしていくことはできないと判断し、避難住宅を探すことになった。当初は、区域外避難者は断られたが、4月19日に、武蔵野市内の住宅に入ることができた。 一審原告16-1は、本件事故前に居住していた福島市内のアパートを4月末に引き払った。一審原告16-1は、避難のために4月中は同アパートに居住できなかったにもかかわらず、同月分の家賃(6万3000円)を支払わなければならなかった。 一審原告16-2は、4月から福島市の幼稚園に入園する予定であったが、避難のため、同幼稚園に入園することができず、納入金5万円の返還もなかった。 一審原告16-1は、避難当初体調が悪くなったため、胎児(一審原告16-4)に問題がないかと心配になり、16日、大学病院を受診したが、診察料の高さや対応に驚き、22日、避難前に診てもらっていた伊達市の病院に日帰りで相談に行った。一審原告16-1は、8月に一審原告16-4を出産した。(甲ニ16の5)一審原告16-1は、一審原告16-4の出産後体調が悪く、11月、甲状腺疾患である橋本病との診断を受け、放射能の影響であるかが心配となった(医師からは、本件事故で被ばくしたことが原因であるとの診断はされていない。)。また、一審原告16-1は、平成24年3月末、福島に一時帰宅した後、東京に戻ったところ、全身にじんましんが出たことがあり、平成25年2月には、妊娠14週で流産した。一審原告16-1は、平成26年10月に、切迫早産により入院し、同年11月1日、妊娠7か月で二男を出産した。(甲ニ16の5) 一審原告16-1~3は、平成25年11月、尿検査を受けたところ、3人とも検出限界値以上のセシウム137が検出された(甲ニ16の2~4)。なお、本件事故前でも、我が国の中学生の尿中にセシウム137が検 原告16-1~3は、平成25年11月、尿検査を受けたところ、3人とも検出限界値以上のセシウム137が検出された(甲ニ16の2~4)。なお、本件事故前でも、我が国の中学生の尿中にセシウム137が検出されることがあり、微量の尿中セシウムによって膀胱がんが増加するという医学的知見はない(乙ニ16の2)。 一審原告16-1~3は、本件事故前は一審原告16-1の両親らと毎日のように夕食をとり、食費もほとんどかかっていなかったが、避難後は東京の物価が福島市より高いこと、自分たちで食費を支出すること等から生活費が増加した。世帯番号16の一審原告らは、避難生活中、主として一審原告16-1の夫の収入により、生計を立てていた。 世帯番号16の一審原告らが福島市に帰ったのは、平成24年3月頃に1回のほか、平成25年以降は、盆と正月頃の年に2回程度である。 一審原告16-1は、一審原告16-2~4を含む子らと福島市在住の両親らとの交流を図るため、インターネットに加入し、Skypeを利用している。 ウ本件事故時住所地等の状況一審原告16-1の父母及び妹が暮らしている。実家の目の前には、汚染土を保管しているフレコンバッグが置かれている。平成29年1月頃、福島市が同実家敷地内の放射線量を測定したところ、1mの高さで0.3μSv/hであった。 2 相当因果関係及び損害⑴ 避難と本件事故との相当因果関係上記1のとおり、一審原告16-1~3が福島市の自宅から避難を開始した理由は、放射性物質による汚染によって、自ら及び子らの健康に対する被害の危険があり、本件事故が進展することによっても同様の危険があると判断したことによるものである。また、避難を継続している理由は、それらの 危険が存続していると判断したことによる。そうすると、一審原告1 り、本件事故が進展することによっても同様の危険があると判断したことによるものである。また、避難を継続している理由は、それらの 危険が存続していると判断したことによる。そうすると、一審原告16-1が避難開始当時妊婦であったことや、一審原告16-2・3の年齢を勘案すると、前記説示のとおり、一審原告16-1~3の避難開始及び平成24年8月までの避難継続は本件事故と相当因果関係があると認められ、それ以降の避難継続には相当因果関係は認められない。 ⑵ 積極損害についてア抽象的損害計算分について生活費増加分前記説示のとおり、避難生活中の主たる家計負担者と推認される一審原告16-1の慰謝料の増額事由として斟酌することが相当である。 避難交通費上記1⑶のとおり、一審原告16-1~3は、本件事故によって、次の①、③のとおり避難をし、妊娠中に診察を受けるため、②のとおり従前受診していた伊達市の病院に往復をし、一審原告16-1において、その費用を負担したと推認できるから、それに要した費用は、同人の本件事故による損害と認められる。 ① 15日福島市から東京都府中市(一審原告16-1の夫の自宅)自家用車② 22日東京都府中市と伊達市(病院)の往復自家用車③ 4月19日府中市から武蔵野市(避難住宅) 自家用車そこで、これらに現実に要した費用であるが、①ないし③について、前記第1の2⑵と同様に、ガソリン代だけで算出することとする。そして、乙ニ16の3によると、①及び②の片道の距離は282.4㎞程度と認められ、乙ニ2の3~5で認められる各地点の距離との関係から、③の距離は10㎞程度と推認でき、1㎞当たりのガソリン代を15円で算出すると、次のとおり1万2858円となる。 15×(282.4×3+10)=1 5で認められる各地点の距離との関係から、③の距離は10㎞程度と推認でき、1㎞当たりのガソリン代を15円で算出すると、次のとおり1万2858円となる。 15×(282.4×3+10)=1万2858初期避難時以外の交通費について一審原告16-1は、一審原告16-2~4を含む子らを連れて、本件避難開始から相当と認められる避難継続期間である平成24年8月末までに、同年3月下旬に1回、祖父母等の親類に会うため、本件事故前に居住していた福島市を訪れているところ、同訪問は、家族関係維持のため必要なものであり、かつ、避難がなければ生じなかったものであるから、本件事故と相当因果関係があるというべきである。そこで、上記に要した費用であるが、上記と同様の方法で算出すると、次のとおり8472円と認めるのが相当である。 15×282.4×2=8472イ個別立証分について通信設備設置・利用料について一審原告16-1は、本件事故によって家族別離を余儀なくされ、同居に代わるものとして、Skypeを用いて、一審原告16-2~4を含む一審原告16-1の子らが福島市在住の一審原告16-1の父母及び妹と交流しているものであるから、交流に要するインターネット設備費用・利用料30万1850円は本件事故による損害である旨主張する。 しかし、家庭においてインターネット回線を利用することは一般的なことであり、必ずしも避難により生じた特別の支出とはいえない上、世帯番号16の一審原告らは、上記費用を負担することにより、インターネット接続サービスを日々利用するという便益を享受していることからすれば、当該費用について、本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。 出産費用の増加分一審原告16-1は、本件事故後における一審原告16-4の東京都 という便益を享受していることからすれば、当該費用について、本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。 出産費用の増加分一審原告16-1は、本件事故後における一審原告16-4の東京都 での出産費用は、本件事故前の一審原告16-2・3の福島県での出産費用より高額であったとして、その差額分8万円を本件事故による損害であると主張する。しかし、出産費用は、医療機関によって様々であり、東京都内の方が福島県内よりも出産費用が当然に高額であるとは必ずしもいえず、出産費用の増加と本件事故との間に相当因果関係は認め難い上、一審原告16-1は、実際にかかった出産費用及び本件事故がなければかかったであろう出産費用の見込額を裏付ける証拠を一切提出しないから、これを本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。 幼稚園の入園納入金上記1のとおり、一審原告16-1は、平成23年4月から幼稚園に入園する予定の一審原告16-2の入園納入金5万円を支払済みであったのに、一審原告16-2は、本件事故による避難開始及び平成24年8月までの避難継続により、当該幼稚園に入園できなくなったこと、同納入金が返還されなかったことの各事実が認められる。 そして、本件事故がなければ、一審原告16-2において、納入金の対価相当分のサービスを受けることができたのに、本件事故によってこれを受けることができなかったと解されるから、納入金相当額の損害が、当該費用を支払った一審原告16-1に発生したものと認められる。したがって、一審原告16-1が支払った上記納入金5万円は、本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。 家賃負担分一審原告16-1は、本件事故前に居住していた福島市内のアパートの4月分の家賃6万3000円について、居住をし 金5万円は、本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。 家賃負担分一審原告16-1は、本件事故前に居住していた福島市内のアパートの4月分の家賃6万3000円について、居住をしなかったのに支払を余儀なくされたことを損害であると主張する。そこで検討すると、前記1及び2⑴で認定・説示したとおり、一審原告16-1が3月15日に 福島市の自宅から避難を開始した理由は、本件事故による放射性物質の汚染によって自ら及び子らの健康に対する被害の危険があり、本件事故が進展することによっても同様の危険があると判断したことによるものであり、同人の避難開始及び平成24年8月までの避難継続は本件事故と相当因果関係があると認められる。これに加え、一審原告16-1は、東京から迎えに来た夫の運転する自動車に乗って家族で避難したことからすれば、一審原告16-1が避難の際に福島市内の上記アパートを解約し、家財等を搬出する時間的余裕はなかったものと推認できる。そして、本件事故による避難がなければ、一審原告は上記アパートを4月中も自由に使用することができたにもかかわらず、避難せざるを得なかったために4月中はアパートを使用することができなかったのであるから、同月分の賃料額6万3000円は、本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。これに反する一審被告東電の主張は採用することができない。 ⑶ 慰謝料について(一審原告16-1~3分)上記1の認定事実によれば、一審原告16-1~3の一審原告らは、本件事故と相当因果関係のある避難開始及び平成24年8月までの避難継続により相当の精神的苦痛を被ったものと認められる。特に、避難開始時に妊娠中であり、2人の幼児を抱えながら避難生活を継続せざるを得なかった一審原告16-1は、本件事故により特 24年8月までの避難継続により相当の精神的苦痛を被ったものと認められる。特に、避難開始時に妊娠中であり、2人の幼児を抱えながら避難生活を継続せざるを得なかった一審原告16-1は、本件事故により特に強い精神的苦痛を受けたものといえる。 以上の点を中心に、本件に現れた一切の事情を考慮し、また前記のとおり一審原告16-1について生活費増加分の負担を余儀なくされたこと、他方で、一審原告16-1がADRにおいて生活費増加分等や各種実費等を含む総額85万4136円の賠償金を受領していること(乙ニ共240、弁論の全趣旨)を斟酌すると、本件事故による一審原告16-1~3に係る精神的苦痛に対する慰謝料額として、次の金額を認めることが相当である。 一審原告16-1:70万円一審原告16-2・3:各70万円⑷ 小計一審原告16-1:83万4330円(=70万円+1万2858円+8472円+5万円+6万3000円)一審原告16-2・3:各70万円 3 一審原告16-1~3の既払額、弁護士費用及び結論⑴ 既払額(乙ニ共259)一審原告16-1:85万4136円(うち慰謝料分は40万円)一審原告16-2・3:各145万8000円(うち慰謝料分は48万円)上記2のとおり、一審原告16-1は、①避難等の交通費として2万1330円(1万2858円+8472円)、②幼稚園の入園納入金として5万円、③家賃負担額6万3000円(以上合計13万4330円)を負担しているところ、これらはいずれも避難に伴い負担を余儀なくされた実費と認められるから、一審原告16-1が一審被告東電から受領した慰謝料相当額を除いた既払金(45万4136円)の一部を充当することが相当である。なお、一審被告東電は、中間指針等を踏まえた自主的賠償及びADR手続において、 原告16-1が一審被告東電から受領した慰謝料相当額を除いた既払金(45万4136円)の一部を充当することが相当である。なお、一審被告東電は、中間指針等を踏まえた自主的賠償及びADR手続において、世帯番号16の一審原告らに対して合計534万円余の賠償金を支払済みであり、このうち一審原告16-1以外の世帯構成員に対して支払った賠償金も、同じ世帯である一審原告16-1の損害に対する弁済として充当すべきであると主張する。しかし、前記説示のとおり、一審被告東電は、慰謝料に対する賠償金と避難に伴い生じた実費等に対する賠償金を区別して支払っており、一審原告らとの間で費目ごとの充当合意が認められること、慰謝料請求権は一人一人の法主体に帰属するものであることからすれば、原則として他の世帯構成員への既払金を一審原告16-1の慰謝料額の弁済に充当することは認められず(上記のとおり、一審原告16-1に生じた損害の うち、実費分の既払金充当後の残額70万円は慰謝料である。)、一審被告東電の主張を採用することはできない。 ⑵ 弁護士費用を除く損害額一審原告16-1:30万円(=83万4330円-13万4330円-40万円【慰謝料分の既払金】)一審原告16-2・3:各22万円(=70万円-48万円)⑶ 弁護士費用一審原告16-1:3万円一審原告16-2・3:各2万円⑷ 結論一審原告16-1:33万円一審原告16-2・3:各24万円 4 一審原告16-4の請求について一審原告16-4は、本件事故当時胎児であり(本件事故の約5か月後の平成23年8月に出生)、そもそも本件事故により避難を開始した事実が認められないことから、避難に伴う慰謝料を認めることは困難といわざるを得ない。 一審原告16-4には、一審被告東電から、本件事故に基 平成23年8月に出生)、そもそも本件事故により避難を開始した事実が認められないことから、避難に伴う慰謝料を認めることは困難といわざるを得ない。 一審原告16-4には、一審被告東電から、本件事故に基づく慰謝料ないし避難雑費として合計145万8000円が支払われているところ、本件事故時胎児であった一審原告16-4について本件事故による何らかの慰謝料を観念し得るとしても、上記既払額に含まれる慰謝料額を超える損害があると解すべき事実を認めるに足りる証拠はない。 したがって、一審原告16-4の請求は理由がない。 第13 世帯番号17の一審原告ら(一審原告17-1~5)について 1 認定事実証拠(甲ニ17の1、一審原告17-1)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 ⑴ 世帯構成及び本件事故前の生活等ア一審原告17-1(本件事故時35歳)は、いわき市で生まれ育ち、父母が他界し、兄がいわき市に在住している。一審原告17-1は、中学校卒業後、平成7年に、いわき市出身で同級生であった夫と結婚し、平成6年に長男(一審原告17-2。本件事故時16歳)、平成15年に長女(一審原告17-3。本件事故時7歳)をもうけた。一審原告17-2が生まれてから、一審原告17-1は夫の両親と同居し、平成8年には夫の父が自宅を取得し、本件事故時まで、夫の両親、一審原告17-1夫婦、一審原告17-2・3、夫の姉及びその長男の8人で暮らすようになった。 一審原告17-1及び夫は、本件事故後、平成25年に二女(一審原告17-4)及び三女(一審原告17-5)をもうけた。 イ一審原告17-3出生後は、一審原告17-1が専業主婦として、一審原告17-2・3を育て、トラック運転手として稼働する夫を支えた。平成18年に夫の母が飲食店を始め 審原告17-5)をもうけた。 イ一審原告17-3出生後は、一審原告17-1が専業主婦として、一審原告17-2・3を育て、トラック運転手として稼働する夫を支えた。平成18年に夫の母が飲食店を始め、一審原告17-1は、忙しいときに店を手伝った。一審原告17-2はであり、本件事故当時、特別支援学校高等部2年生であった。一審原告17-3は、平成21年4月に小学校に入学した。 一審原告17-1~3は、夫やその父母等の親類と8人で、自然豊かないわき市で不自由なく暮らしていた。いわき市の自宅は広く、家の隣には公園、近所に小学校、中学校及び大きな総合病院があり、暮らしやすく、一審原告17-2・3は、のびのびと過ごすことができた。また、米や野菜は、近所の農家でもらうことも可能であった。 ⑵ 避難開始の経緯一審原告17-1は、13日、本件原発が爆発した(3号機水素爆発)ことを知り、いわき市に住んでいたら危ない、子である一審原告17-2・3が心配であると考え、夫や同居の親族と相談して、避難することを決意した。 ⑶ 避難後の経緯ア避難経路の概略世帯番号17の一審原告ら主張のとおり。ただし、4月中旬の避難は、一審原告15の運転する自動車に同乗した。 イ避難生活の状況一審原告17-1~3は、夫の姉の知人を頼って、13日、一審原告17-1の夫、夫の両親、夫の姉とその長男の8人で、2台の車に分乗して出発した。高速道路が使えず、国道6号線を南に向かったが、避難する人たちで渋滞していて、なかなか前に進めなかった。同日は茨城県日立市の夫の姉の知人宅で一泊し、更に遠くに逃げなければと考え、翌14日昼に東京を目指し、途中で何度か給油をしながら、15日未明に東京に到着した。同日からは足立区の夫の親類宅に滞在し、報道で放射性物 立市の夫の姉の知人宅で一泊し、更に遠くに逃げなければと考え、翌14日昼に東京を目指し、途中で何度か給油をしながら、15日未明に東京に到着した。同日からは足立区の夫の親類宅に滞在し、報道で放射性物質による汚染が広がっていることを知った。 もっとも、8人で避難をしたため、夫の親類宅にいつまでも世話になるわけにもいかなかったこと、4月になっていわき市内の小学校から学校が再開するとの連絡があったことから、同月5日頃、家族8人全員で一旦いわき市の自宅に戻り、一審原告17-1の夫及びその母はそれぞれ仕事を再開し、一審原告17-3は小学校に通い始めた。同月11日、強い余震があり、一審原告17-1は、今後の本件事故の進展の危険があると判断し、子供である一審原告17-2・3を本件原発から近いいわき市で生活させるわけにはいかないと考え、夫を含む親類と相談し、夫及び母は仕事の都合でいわき市に残り、一審原告17-1~3が、夫の姉及びその長男と避難することとした。 一審原告17-1~3は、4月15日頃、夫の姉の運転する自動車に同乗し、Gホテルに避難した。一審原告17-1は、一審原告17-2・3の学校を探し、一審原告17-3の転校先が決まったが、一審原告1 7-2は避難先が定まってからとすることとなった。その頃、一審原告17-3が盛んに鼻血を出すようになり、医療機関を受診したところ、乾燥によるものと診断されたものの、本件事故前はなかったことであるので、一審原告17-1は、放射能の影響ではないかと不安になることがあった。 Gホテルが6月末に閉鎖されるのに伴い、一審原告17-1~3は、6月30日Hホテルに移り、7月19日、D住宅に入居した。千代田区に住居が決まったことで、一審原告17-2は、2学期から特別支援学校に転校することが決まった されるのに伴い、一審原告17-1~3は、6月30日Hホテルに移り、7月19日、D住宅に入居した。千代田区に住居が決まったことで、一審原告17-2は、2学期から特別支援学校に転校することが決まった。 一審原告17-1の夫は、いわき市を拠点に長距離トラックの運転手をしている。転職して東京で暮らすことも考えたが、収入が減るので踏み切ることができず、夫の両親とともにいわき市の自宅で生活し、世帯番号17の一審原告らと家族別離となっている。一審原告17-1の夫は、1か月に平均2回ほど、自動車を運転して世帯番号17の一審原告らに会いにきている。 一審原告17-2は、避難当初は、地震に敏感に反応して小さな地震でも怖がって大声を上げることがあり、避難生活になじめずいわき市に帰りたいと言っていた時期もあった。平成23年9月、都内の特別支援学校高等部3年生に転入し、平成24年3月卒業して、千代田区の就労支援施設の紹介で、就労先を見つけ、東京での生活になじんでいる。一審原告17-2は、甲状腺検査で、当初はA1と診断されたが、後にA2となった。 一審原告17-3は、小学3年生から学校を休み、いわき市に帰りたいといっていた時期もあったが、小学5年生から元気を取り戻した。もっとも、本件事故後、鼻血を出すことが続いていて、平成26年4月に甲状腺検査を受けたところ、甲状腺にのう胞があり、A2と診断され、 同年7月には、扁桃腺肥大とも診断され、経過観察とされている。 世帯番号17の一審原告らは、一審原告17-1の夫の収入で生活している。一審原告17-1は、避難生活後、一審原告17-2・3の状況が落ち着けば、働いて家計を助けるつもりであったが、妊娠し、平成25年1月、一審原告17-4・5を出産したことから、専業主婦として、子らの監護に当たっ -1は、避難生活後、一審原告17-2・3の状況が落ち着けば、働いて家計を助けるつもりであったが、妊娠し、平成25年1月、一審原告17-4・5を出産したことから、専業主婦として、子らの監護に当たっている。 世帯番号17の一審原告らが、避難に伴い家族別離となったこと、いわき市と比べ東京は物価が高いこと、いわき市では米や野菜をもらうこともあったが、それがなくなったこと、いわき市と異なり千代田区は子を塾等に通わせることが一般的であることなどから、世帯番号17の一審原告らの生活費は、いわき市在住の時に比べて、高くなっている。 2 一審原告17-1~3の相当因果関係及び損害⑴ 避難と本件事故との相当因果関係上記1のとおり、一審原告17-1~3がいわき市の自宅から避難を開始した理由は、放射性物質の汚染によって、自ら及び子らの健康に対する被害の危険があり、本件事故が進展することによっても同様の危険があると判断したことによるものである。また、同人らが避難を継続した理由は、それらの危険が存続していると判断したことによる。そうすると、前記説示のとおり、一審原告17-1~3の避難開始及び平成24年8月までの避難継続(子供及び同伴家族)は本件事故と相当因果関係があると認められ、それ以降の避難継続には相当因果関係は認められない。 ⑵ 積極損害(抽象的損害計算)についてア生活費増加分前記説示のとおり、避難生活中の主たる家計負担者と推認される一審原告17-1の慰謝料の増額事由として斟酌することが相当である。 イ避難交通費 上記1⑶のとおり、一審原告17-1~3は、本件事故によって、次のとおり、一審原告17-1の費用負担により避難をしたと認められるから、それに要した費用は、同人の本件事故による損害と認められる。 13日いわ おり、一審原告17-1~3は、本件事故によって、次のとおり、一審原告17-1の費用負担により避難をしたと認められるから、それに要した費用は、同人の本件事故による損害と認められる。 13日いわき市から茨城県日立市(一審原告17-1の夫の姉の知人宅) 自家用車(一般道)14日茨城県日立市から足立区(夫の親類宅) 自家用車4月5日頃足立区からいわき市(自宅) 自家用車6月30日千代田区(Gホテル)から港区(Hホテル) 公共交通機関7月19日港区から千代田区(D住宅) 公共交通機関そこで、これらに現実に要した費用であるが、については、一般道を通行したと認められ、及びについても、前記第1の2⑵と同様に、ガソリン代だけで算出することとする。そして乙ニ15の1~3によると、が61.8㎞程度、が169.6㎞程度、が212.4㎞程度と認められ、1㎞当たりのガソリン代を15円で算出し、及びについては、弁論の全趣旨によると、その料金は、大人料金二人分(一審原告17-1・2)と子供一人(一審原告17-3)でそれぞれ160円、80円と認められるから、交通費は、次のとおり7457円となる。 15×(61.8+169.6+212.4)+(160×2+80)×2=7457⑶ 慰謝料について(一審原告17-1~3分)上記1の認定事実によれば、一審原告17-1~3は、本件事故と相当因果関係のある避難開始並びに平成24年8月までの避難継続及びそれに伴う家族別離により相当の精神的苦痛を被ったものと認められる。以上の点を中心に、本件に現れた一切の事情を考慮し、また前記のとおり一審原告17-1について生活費増加分の負担を余儀なくされたことを慰謝料の増額事由と して斟酌すると、本件事故による一審原告17-1~3に に、本件に現れた一切の事情を考慮し、また前記のとおり一審原告17-1について生活費増加分の負担を余儀なくされたことを慰謝料の増額事由と して斟酌すると、本件事故による一審原告17-1~3に係る精神的苦痛に対する慰謝料として、次の金額を認めることが相当である。 一審原告17-1:60万円一審原告17-2・3:各70万円⑷ 小計一審原告17-1:60万7457円(=60万円+7457円)一審原告17-2・3:各70万円 3 一審原告17-1~3の既払額、弁護士費用及び結論⑴ 既払額一審原告17-1:20万円(うち慰謝料分16万円、実費賠償分4万円)一審原告17-2・3:各72万円(うち慰謝料分48万円)なお、一審原告17-1が負担した避難交通費7457円は、避難に伴い同人が負担した実費と認められるから、同人が受領した実費賠償額4万円の一部を充当することが相当である。 ⑵ 弁護士費用を除く損害額一審原告17-1:44万円(=60万7457円-7457円-16万円)一審原告17-2・3:各22万円(=70万円-48万円)⑶ 弁護士費用一審原告17-1:4万円一審原告17-2・3:各2万円⑷ 結論一審原告17-1:48万円一審原告17-2・3:各24万円 4 一審原告17-4・5の請求について一審原告17-4・5は、一審原告17-1の避難開始時頃にいずれも胎児 ですらなかったのであるから、避難開始当時の侵害について不法行為等に基づく損害賠償請求権の行使を認めることはできないし(民法3条1項、721条参照)、平成25年1月に東京都内で出生後、本件事故により避難をした事実も認められないから、本件事故による平穏生活権侵害の事実も認められない。 したがって、一審原告17-4・ 法3条1項、721条参照)、平成25年1月に東京都内で出生後、本件事故により避難をした事実も認められないから、本件事故による平穏生活権侵害の事実も認められない。 したがって、一審原告17-4・5の請求はいずれも理由がない。 第14 世帯番号8の一審原告(一審原告8)について 1 認定事実証拠(甲ニ8の1、8の47、一審原告8)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。特に用いた証拠は重ねて後掲括弧内に記載する。なお、この項において特に証拠を摘示しない場合は、甲ニ8の1・47、一審原告8及び弁論の全趣旨から認定した。 ⑴ 世帯構成及び本件事故前の生活状況等ア一審原告8(本件事故時68歳)は、埼玉県で出生し、退職するまで関東地方等で生活していたが、夫とともに有機農業を行いたいと考えるようになり、平成6年頃から様々な土地を探し、実際に見て回った上で、平成7年、田村市所在の後記エ記載の各土地(以下、併せて「一審原告8土地」という。)を夫名義で購入し、自宅を建設することを決めた。そして、当該自宅は平成8年に完成し、一審原告8の夫は平成10年に勤務先を早期退職し、1人で田村市に移住し、一審原告8は仕事があったためその時点で移住はせず、仕事のないときのみ田村市に行き、夫とともに数年かけて開墾作業を行った。そして、一審原告8は、平成15年に勤務先を定年退職した後に、田村市に移住し、以後、同所にて夫とともに居住していた。 なお、一審原告8とその夫の子は独立していたため、同所では夫婦2人暮らしであった。一審原告8の夫は、平成19年1月に死亡し、一審原告8は、一審原告8土地及び同所の自宅建物を相続し、以後一審原告8のみで同所で生活していた。 イ一審原告8は、夫の生前、一審原告8土地において、夫とともに野菜、豆類、 に死亡し、一審原告8は、一審原告8土地及び同所の自宅建物を相続し、以後一審原告8のみで同所で生活していた。 イ一審原告8は、夫の生前、一審原告8土地において、夫とともに野菜、豆類、きのこ類、果物など数十種類の作物を育てる有機栽培の無農薬農業を行っており、また自家製の味噌を作るなど収穫物の加工も行っていた。 これらの際には、一審原告8とその夫は、田村市の風土にあわせて試行錯誤しながら行っていた。一審原告8らは、野菜等は自らが育てた農作物を消費しており、食料品で購入するものは肉、魚といったものや米だけであった。夫が死亡した後も、一審原告8は、自分だけで育てることが難しい作物を除き、工夫しながら農業を続けていた。 (甲ニ8の34~38・44)ウ一審原告8は、本件事故当時、田村市に所在する一審原告8土地を所有し、同土地上に後記エ記載の建物2棟(以下、併せて「一審原告8建物」といい、一審原告8土地と併せて「一審原告8不動産」という。)を所有しており、その平成23年1月1日時点の固定資産税評価額は、後記エの各目録記載のとおりである(甲ニ8の2~13・42)。 一審原告8は、本件事故当時、農作業のために刈払機、管理機、ビニールハウス等を所有していた。また、一審原告8土地には、少なくともケヤキ1本及び桜2本が植樹されていた。(甲ニ8の22の1~8の32の2)エ一審原告8不動産目録一審原告8土地福島県田村市k町(住所省略)地番登記簿上の地目地積(㎡)固定資産評価額l番原野1948¥6,389m番原野 ¥1,505n番原野1271¥3,050,400o番原野 ¥1,577p番原野 ¥6,389m番原野 ¥1,505n番原野1271¥3,050,400o番原野 ¥1,577p番原野1096¥3,594 q番原野1251¥4,103r番山林 ¥4,958s番山林 ¥5,847t番山林 ¥4,525u 番山林 ¥5,076合計 9099¥3,087,974一審原告8建物同所n番地家屋番号種類構造床面積(㎡) 固定資産税評価額n番居宅木造スレート葺2階建1階 99.682階 46.19¥4,950,325附属建物 木造亜鉛鉄板葺平家建75.15¥919,347合計 \5,869,672⑵ 避難開始の経緯等ア一審原告8は、本件震災当時、外出していたところ、本件震災によりその自宅母屋には通風口のひび、壁の素材が落ちる、一部の押入れの戸が外れるといった被害が生じ、また食器棚や冷蔵庫が倒れるといった被害が生じた。一審原告8は、自宅母屋について地震保険に入っていたところ、本件震災による損壊率は20%未満の被害であるとの査定を受けている。 イ田村市の自宅母屋は上記の被害を受けていたところ、その附属建物である車庫の作業場は本件震災による被害がほとんどなかったため、一審原告8は、本件事故を理由として避難するまでは、当該作業場で寝泊まりしていた。 一審原告8は、12日、テレビで本件原発1号機が爆発したことを知り、また、同 よる被害がほとんどなかったため、一審原告8は、本件事故を理由として避難するまでは、当該作業場で寝泊まりしていた。 一審原告8は、12日、テレビで本件原発1号機が爆発したことを知り、また、同日夜に自分の居住する地域が本件原発20㎞圏の近くであること を知り、恐怖を感じた。その後、かつて読んだ書籍に「被ばくを避けるためにはまず遠ざかれ」と書いてあったことから、避難を考えるようになったものの、ガソリンが入手できず陸路での避難を躊躇していたところ、14日、福島空港に電話をして翌日発の羽田行き臨時便の航空券を取ることができたため、15日、空路で東京に避難した。 ⑶ 避難後の経緯ア避難経路の概略一審原告8の主張のとおり。 イ避難生活の状況一審原告8は、15日に航空機で福島空港から羽田空港まで避難した後、息子の送迎で当初は足立区に所在する息子宅に避難した。しかし、息子にも家族がおり、それほど同人宅が広くないこと、自立した生活をしたいと考えたことから、一審原告8は、22日に葛飾区に所在する都営住宅への入居を申し込み、4月9日から入居を開始し、以後同所にて避難生活を送っている。 一審原告8は、15日の避難に伴い、航空機代(ペットの輸送費用を含む。)として2万5400円を負担した(甲ニ8の14の1・2)。一審原告8は、30日から6月8日にかけて、家具、家財道具及び日用品等を購入し、その費用の合計は14万9010円である(弁論の全趣旨)。 また、一審原告8は、後記のとおり避難中に一審原告8建物に一時帰宅しているところ、10月及び平成24年5月に一時帰宅した際に、田村市の自宅から衣類や食品等を避難先に送っており、その費用合計は1万2160円である(争いなし)。さらに、一審原告8は、15日の避難時にその所有する自動車を福 び平成24年5月に一時帰宅した際に、田村市の自宅から衣類や食品等を避難先に送っており、その費用合計は1万2160円である(争いなし)。さらに、一審原告8は、15日の避難時にその所有する自動車を福島空港に置き放しにしていたところ、当該自動車を業者が預かっており、6月に一時帰宅した際に当該自動車を運転して自宅に戻した。一審原告8が一審原告8建物の損壊率の査定のため に10月に一時帰宅すると、当該自動車は過放電によりエンジンが始動しなくなっていたため、同人は業者に修理を依頼し、8500円の費用を要した(争いなし)。また、一審原告8は、当該一時帰宅の際に、避難で留守の間、自宅の水道が凍結するのを防止するために工事を行い、その費用として1万3000円を支払った(弁論の全趣旨)。 本件事故前は、一審原告8が自身で収穫した野菜等を消費して生活していたところ、避難先では食料品等をすべて購入しなければならなくなり、一審原告8の生活費が増加した。 一審原告8の避難先である都営住宅の間取りは1DKであり、田村市の自宅と比較すると相当に狭く、ペットを飼えないので、本件事故前に飼っていたペットを息子宅に預けている。 一審原告8は、避難中、平成29年3月までの間、平成23年6月、10月、平成24年5月、平成25年10月、平成27年11月にそれぞれ田村市の自宅に一時帰宅した。平成27年11月に一時帰宅した際の、田村市の自宅(一審原告8不動産)の状況は、従前畑として利用していたところに雑草が生い茂り、また室内にクモの巣が張るなどしていた(甲ニ8の44・45)。なお、一審原告8が田村市の自宅を最後に清掃したのは、平成25年10月である。 ウ本件事故時住所地等の状況等一審原告8が、平成24年5月に田村市の自宅の空間線量を測定したところ、 ・45)。なお、一審原告8が田村市の自宅を最後に清掃したのは、平成25年10月である。 ウ本件事故時住所地等の状況等一審原告8が、平成24年5月に田村市の自宅の空間線量を測定したところ、その結果は屋内の高さ1m地点で0.35~0.68μSv/h(0.5μSv/h前後の箇所が多い)であり、屋外の高さ1m地点で0.61~1.60μSv/h(1μSv/h前後の箇所が多い)であり、ケヤキの木の根元高さ5㎝で測定したところ、3.80μSv/hであった(甲ニ8の39)。また、田村市は、平成25年7月頃に一審原告8の田村市の自宅の屋外を除染しているところ、当該除染前に田村 市が屋外で行った空間線量測定では、高さ1m地点で0.41~0.74μSv/hであり、除染後の同市が屋外で行った空間線量測定では、高さ1m地点で0.25~0.46μSv/hであった(甲ニ8の40の1)。なお、この除染作業により、本件事故前に一審原告8が畑として利用していた場所は全体的に砂に覆われた(甲ニ8の44写真⑦)。さらに、一審原告8が平成25年10月に一時帰宅した際に、業者に依頼し、田村市の自宅内の空間線量測定を行ったところ、その結果は屋内で0. 20~0.36μSv/hであり、0.3μSv/h以上の測定結果が出たのは、2階洋間の天井下であり、それぞれ0.34μSv/h、0. 36μSv/hであった(甲ニ8の40の1)。なお、同時にベランダから1階の屋根を計測したところ、0.60μSv/hであった(甲ニ8の40の1)。また、平成27年12月に、一審原告8の本件事故時住所地自宅裏の土を採取して、放射性セシウムの放射能濃度を測定したところ、2001Bq/kgであった(甲ニ8の41)。 田村市は、4月26日から平成28年11月25日にかけて、市内複数箇所(当初 所地自宅裏の土を採取して、放射性セシウムの放射能濃度を測定したところ、2001Bq/kgであった(甲ニ8の41)。 田村市は、4月26日から平成28年11月25日にかけて、市内複数箇所(当初は75地点、平成25年以降は120地点超)において飲用水(井戸水、引き水)の放射能測定を行っているところ、いずれにおいても放射性ヨウ素及び放射性セシウムは検出されていない(乙ニ8の21)。 福島県が平成24年度に実施した放射性物質の濃度に関するモニタリング検査では、田村地域の野菜は、すべて50Bq/kg未満であったが、他方で果樹については田村市のブルーベリーで基準である100Bq/kgを超過する濃度が検出され、その他の品目も基準値は下回ったものの放射性セシウムが検出された品目があった(乙ニ8の16の3)。 田村市は、その一部が本件原発から20㎞圏内、その一部が30㎞圏内にあり、20㎞圏内の地域については12日に避難指示が出され、1 5日に30㎞圏内の地域に屋内退避指示が出され、25日に屋内退避区域内の住民に対して、国から自主的に避難するよう呼びかけがあった。 一審原告8の本件事故時住所地のある地域は、その一部の地区が上記屋内退避指示の対象となり、4月18日に同人の本件事故時住所地は屋内退避指示の対象となった(丙ニ共6)。その後4月22日に、20㎞圏内については警戒区域に、およそ20㎞から30㎞圏内の地域については緊急時避難準備区域に再編され、一審原告8の本件事故時住所地を含む一審原告8不動産が所在する場所も緊急時避難準備区域に指定された(乙ニ共43、118)。緊急時避難準備区域においては、「常に緊急時に避難のための立退き又は屋内への退避が可能な準備を行うこと」、「この区域においては、引き続き自主的避難をし、特に子供、妊婦、要 た(乙ニ共43、118)。緊急時避難準備区域においては、「常に緊急時に避難のための立退き又は屋内への退避が可能な準備を行うこと」、「この区域においては、引き続き自主的避難をし、特に子供、妊婦、要介護者、入院患者等は、当該区域内に入らないようにすること。」等が求められた(乙ニ共43)。緊急時避難準備区域は、9月30日に解除され、以後一審原告8不動産が所在する地域に避難指示等は存在しない。 (乙ニ共39、40、42、43、117~119、198、丙ニ共6、10)全域が避難指示解除準備区域又は緊急時避難準備区域に指定されていた田村市都路地区のうち、緊急時避難準備区域に指定されていた地域においては平成24年度に全域で野菜の作付が再開され、避難指示解除準備区域に指定されていた地域においては、従前出されていた野菜等の一部の品目についての出荷・摂取制限が平成25年3月29日付けで解除された(乙ニ8の16の4)。また避難指示解除準備区域に指定された地域においては、平成26年に約4分の1が営農を再開した(乙ニ8の13)。 2 相当因果関係及び損害⑴ 避難と本件事故との相当因果関係上記1のとおり、一審原告8の本件事故時住所地は、15日に出された屋 内退避指示の対象となった地域から極めて近接した位置に所在し、4月18日には一審原告8の居住地区にも屋内退避指示が出され、また同月22日には緊急時避難準備区域に指定され、当該区域の居住者等には「常に緊急時に避難のための立退き又は屋内への退避が可能な準備を行うこと」、「引き続き自主的避難をし、特に子供、妊婦、要介護者、入院患者等は、当該区域内に入らないようにすること」等が求められたものであり、同指定は9月30日に解除されたものである。そして、一審原告8が15日に避難を開始した理由は、 特に子供、妊婦、要介護者、入院患者等は、当該区域内に入らないようにすること」等が求められたものであり、同指定は9月30日に解除されたものである。そして、一審原告8が15日に避難を開始した理由は、本件事故の被ばくを避けること及び本件事故に強い危機感を抱いたこと、すなわち避難開始時点での放射性物質の汚染及び本件事故の進展による将来的な放射性物質の汚染の拡大による健康への危険があると判断したことによるものであって、その判断は、上記避難指示や屋内退避等の区域の指定の事実それ自体からして合理的であるといえる。のみならず、25日に、上記緊急時避難準備区域の居住者等に対して、国から自主的に避難するよう呼びかけがあったことからすれば、一審原告8は、9月30日までは、事実上避難を強いられたものであったといえる。そして、その後一審原告8は避難を継続しているところ、上記のように、いったん事実上避難を強いられた地域の従前居住者等において、帰還や移住等の決断をし、かつ、その行動を起こすことに相応の時間がかかることはやむを得ない面があることも斟酌すると、少なくとも平成24年8月末までは、一審原告8の避難継続と本件事故との相当因果関係が認められる。他方、本全証拠によっても、同年9月以降の避難継続の合理性を基礎付ける事実関係を認めることはできない。 ⑵ 積極損害の主張についてア抽象的損害分について 生活費増加分について後記ウの個別立証がされた分を除き、前記説示のとおり、一審原告8の慰謝料の増額事由として斟酌することが相当である。 避難交通費について15日の本件事故時住所地から福島空港までの交通費5000円が、本件事故による一審原告8の損害であることについては、一審被告東電との間で争いがない。 一審原告8の主張する、4月9日の足 について15日の本件事故時住所地から福島空港までの交通費5000円が、本件事故による一審原告8の損害であることについては、一審被告東電との間で争いがない。 一審原告8の主張する、4月9日の足立区から葛飾区までの交通費5000円については、一審原告8は、本件事故による避難のため、相応の交通費を支出したと推認されるところ、上記2地点の間の距離及び交通機関(公知の事実)に照らすと、その額は控えめに見積もっても電車賃相当額である160円を下らないものと認めるのが相当であり、これを超える額を要したことを認めるに足りる証拠はない。 したがって、後記ウの航空機代を除いた避難交通費は、5160円をもって相当と認める。 一時帰宅費用について平成23年6月、同年10月、平成24年5月の一時帰宅費用合計8万4000円(片道1万4000円×2×3往復)が、本件事故による一審原告8の損害であることについては、一審被告東電との間で争いがない。他方で、一審原告8は、平成25年10月及び平成27年11月の一時帰宅費用を請求するところ、前記のとおり、平成24年9月以降の避難継続と本件事故との相当因果関係を認めることはできない以上、これらの一時帰宅費用を本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。 そうすると、一時帰宅費用は、8万4000円をもって相当と認める。 イ不動産損害の主張について一審原告8建物について一審原告8は、一審原告8建物を含む一審原告8不動産の全部が、緊急時避難準備区域に所在し、警戒区域にも近く、一審原告8不動産のみ ならず、その周囲の山林や地域でも、本件事故による放射能汚染が著しいため、同不動産は、いずれも本件事故による放射能汚染によって事実上使えなくなっており、全損と評価される旨主張する。しかし、 ならず、その周囲の山林や地域でも、本件事故による放射能汚染が著しいため、同不動産は、いずれも本件事故による放射能汚染によって事実上使えなくなっており、全損と評価される旨主張する。しかし、本件において、一審原告8不動産の放射性物質による汚染状況(空間線量及び土壌汚染状況)として具体的に認定できるものは、上記1⑶ウ記載の限度であり、当該数値をもって一審原告8不動産が全損となったとは認められない。 次に、一審原告8は、避難継続に伴う管理不能等により、一審原告8建物が物理的に毀損して使用不能となったとして、同建物の全損を主張する。この点、一審原告8の居住区域は、平成23年9月末までは、緊急時避難準備区域に指定され、国から自主的避難の呼びかけがされるなど、事実上避難を余儀なくされたということができるものの、同年10月以降は同区域の指定も解除され、一審原告8はいつでも帰宅して一審原告8建物の維持管理を行うことが可能であったこと(一審原告8は、避難の相当性が認められる平成24年8月末までの期間中にも、平成23年6月、同年10月及び平成24年5月の3回、自宅(一審原告8建物)に帰宅している。)、本件全証拠によっても、本件事故後相当な避難期間の終期である平成24年8月末までの間に、一審原告8建物に、地震による被害を除き、通常の清掃等では回復困難といえる程度の物理的毀損や劣化が生じたとは認めるに足りないこと(甲ニ8の44の写真によっても、かかる毀損や劣化はうかがわれない。)からすれば、一審原告8建物には、本件事故と相当因果関係のある価値の下落が生じたことの立証があるとはいえず、この点に関する一審原告8の主張は理由がない。 一審原告8土地について上記1の認定事実によれば、一審原告8土地のうちの少なくとも一部は、本件事故当時畑等として じたことの立証があるとはいえず、この点に関する一審原告8の主張は理由がない。 一審原告8土地について上記1の認定事実によれば、一審原告8土地のうちの少なくとも一部は、本件事故当時畑等として作物を育てるために用いられていたと認め られるところ、本件事故と相当因果関係の認められる平成24年8月末までの避難に伴う維持管理の困難性及び田村市の除染によって砂に覆われたことによって一定の毀損(価値の減少)が生じたことが推認でき、当該価値の減少分は本件事故と相当因果関係があると認められる。そして、上記認定事実及び証拠(甲ニ8の1・4・13・35・44、一審原告8)によれば、一審原告8は、一審原告8土地のうち、一審原告8建物が存在する場所の近くに畑を開墾しており、その広さは約550㎡(15.1m×28m+100㎡よりやや広い。)に及び、その畑で、春夏秋冬、主に自ら消費するための作物等を栽培していたほか、一審原告8土地内にはケヤキや桜の木2本を植樹していたのであって、畑としての価値や、生活費等の一部を生み出す価値などを有していたことがうかがわれ、そのような畑が、避難したことにより荒廃したことに加え、除染の際に土地上に砂が蒔かれたため、畑としての機能を回復するには相応の手間が必要となったことが推認される。一方で、畑が一審原告8土地のどの部分に該当するのかは証拠上判然としないため、現況宅地と評価されている159番の土地の一部なのか、それ以外の土地であるのかといった点は明らかではない。また、砂が蒔かれたことや従前畑として使用していた土地が荒廃したことは判明するものの、どの範囲でどのような毀損が生じているのかは、証拠からは明らかとは言い難い。これらの事情を併せ考慮すると、平成23年1月1日時点で現況宅地と評価されている159番の土地の平成 ことは判明するものの、どの範囲でどのような毀損が生じているのかは、証拠からは明らかとは言い難い。これらの事情を併せ考慮すると、平成23年1月1日時点で現況宅地と評価されている159番の土地の平成23年1月1日時点の固定資産税評価額(305万0400円)を1.3倍して時価換算した396万5520円に対し、3割程度の価値の減少に相当する120万円の価値減少があったと評価するのが相当である。なお、一審原告8は、本件事故時住所地で農業をできなくなったことをもって、一審原告8不動産が全損となった旨を主張するとも解されるが、本件事故に伴う一審原告8の生活状 況の変化は、後記のとおり慰謝料算定においては斟酌すべき要素であるものの、そのような生活状況(利用状態)の変化をもって、財産価値が全て喪失したことまでを基礎付けることは困難といわざるを得ず、一審原告8の主張を採用することはできない。 したがって、本件事故と相当因果関係のある一審原告8不動産の価値下落分の損害は、120万円と認められる。 ウ個別立証分について 避難交通費(航空機)、家財購入費用、運送費、バッテリー交換費用、水道凍結防止工事費用及び避難元の維持費について一審原告8が、本件事故による避難により、15日の航空機による避難費用2万5400円、3月30日から6月8日までにかけての家具、家財道具及び日用品等購入費用14万9010円、平成23年10月及び平成24年5月に一時帰宅した際の衣類や食品等の避難先への運送費1万2160円並びに平成23年10月に一時帰宅した際の車のバッテリー交換費用8500円及び水道凍結防止のための工事費用1万3000円の各支出を余儀なくされたことについては、一審被告東電との間では争いがない。 したがって、これらについての一審原告8の請求は テリー交換費用8500円及び水道凍結防止のための工事費用1万3000円の各支出を余儀なくされたことについては、一審被告東電との間では争いがない。 したがって、これらについての一審原告8の請求は全部理由があり、その合計額は20万8070円(=2万5400円+14万9010円+1万2160円+8500円+1万3000円)である。 家財道具一式及び農機具の損害について一審原告8は、本件事故時住所地に所有していた家財道具一式や農機具が放射能汚染等により事実上使えなくなったと主張して、その再調達価格相当の損害を主張する。しかし、本件全証拠によっても、上記の家財道具一式や農機具が放射能汚染等によって経済的全損となったことを認めるに足りない。 したがって、この点に係る一審原告8の請求は理由がない。 井戸の主張について一審原告8は、本件事故時住所地内に井戸を掘削・設置し、これを所有して、井戸水を利用していたが、本件事故による放射能汚染のため、井戸水を使うことができなくなったと主張して、その再調達価格50万円を請求する。しかし、本件において、一審原告8の主張を裏付けるべき事情の立証はないから(かえって、上記1⑶ウのとおり、田村市が平成23年4月から平成28年にかけて市内複数箇所で行った飲用水検査では、いずれにおいても放射性物質は検出されていない。)、この点に係る一審原告8の請求は理由がない。 植木の主張について前記1記載のとおり、一審原告8土地には少なくともケヤキ1本及び桜2本が植樹されていたと認められるところ、これらの植木の具体的な毀損の状況や交換価値の減少について具体的な立証は一切ないから、この点に係る一審原告8の請求は理由がない。 ⑶ 慰謝料について前記のとおり、一審原告8は、9月30日までは事実上避難 の具体的な毀損の状況や交換価値の減少について具体的な立証は一切ないから、この点に係る一審原告8の請求は理由がない。 ⑶ 慰謝料について前記のとおり、一審原告8は、9月30日までは事実上避難を強いられたものであったといえる。のみならず、緊急時避難準備区域の指定が解除された後も、一審原告8は、放射性物質による汚染及び本件事故の進展による将来的な放射性物質の汚染の拡大による健康への危険を回避するため、合理的な避難期間と認められる平成24年8月末まで避難を継続したものである。 そして、一審原告8は、亡夫とともに数年かけて一審原告8土地を開墾し、試行錯誤を重ね、野菜や果樹等の有機栽培を行い、亡夫死亡後も工夫しながら農作業ができる状態を形成してきたものと認められるところ、このような一審原告8の生活基盤は、本件事故後9月30日までの避難のみによっても相当に変容したと推認され、加えて、本件事故後の田村市の除染によって畑 であったところが砂で覆われた状態になったものであって、一審原告8において本件事故前の状況を回復させることは少なくとも相当に困難であると認められる。かかる状況は、一審原告8に相当に強い精神的苦痛をもたらしているものであり、同人の慰謝料の算定に当たって特に斟酌すべき事情である。 以上の点を中心に、本件に現れた一切の事情を考慮し、また前記のとおり生活費増加分等を慰謝料の増額要素として斟酌すると、本件事故による一審原告8に係る精神的苦痛に対する慰謝料額は、230万円と認めるのが相当である。 ⑷ 小計一審原告8:379万7230円(5160円+8万4000円+120万円+20万8070円+230万円) 3 既払額、弁護士費用及び結論⑴ 既払額(争いなし)130万円⑵ 既払金を除く損害額 230円(5160円+8万4000円+120万円+20万8070円+230万円) 3 既払額、弁護士費用及び結論⑴ 既払額(争いなし)130万円⑵ 既払金を除く損害額249万7230円⑶ 弁護士費用25万円⑷ 結論274万7230円第5節結論以上によれば、一審原告16-2、同16-3及び一審被告東電の各控訴には一部理由があるから、同控訴に基づき、原判決中一審原告16-4、同17-4及び同17-5以外の一審原告らの一審被告東電に対する請求部分を主文のとおり変更すべきである。 また、一審被告国の控訴は理由があるから、同控訴に基づき、原判決中一審被告国の敗訴部分を取り消し、一審原告16-4、同17-4及び同17-5以外の一審原告らの一審被告国に対する請求をいずれも棄却すべきである。 一審原告16-2、同16-3以外の一審原告らの控訴は理由がないから、これをいずれも棄却し、一審原告16-2、同16-3及び一審被告東電のその余の控訴は理由がないから、これをいずれも棄却すべきである。 よって、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第8民事部 裁判長裁判官三角比呂 裁判官川淵健司 裁判官知野明 (別紙1、2省略)(別紙3) 認容額等一覧表 (単位:円)原告番号認容額請求額訴訟費用負担割合担保額1-1¥982,972¥14,372,600100分の93¥1,570,0001-2¥570,000¥13,214,300100分の96¥910,0001-3 1-1¥982,972¥14,372,600100分の93¥1,570,0001-2¥570,000¥13,214,300100分の96¥910,0001-3¥440,000¥13,200,000100分の97¥700,0001-4¥330,000¥13,200,000100分の97¥520,0002-1¥570,000¥19,536,000100分の97¥910,0002-2¥350,000¥13,200,000100分の97¥560,0002-3¥240,000¥13,200,000100分の98¥380,000 ¥374,104¥20,431,103100分の98¥590,0004-1¥1,300,000¥13,200,000100分の90¥2,080,0004-2¥460,000¥13,200,000100分の96¥730,0004-3¥460,000¥13,200,000100分の96¥730,000 ¥730,812¥13,200,000100分の94¥1,160,0006-1¥570,000¥17,888,655100分の97¥910,0006-2¥240,000¥13,200,000100分の98¥380,0006-3¥240,000¥13,200,000100分の98¥380,0007-1¥397,036¥13,712,066100分の97¥630,0007-2¥240,000¥13,712,066100分の98¥380,00 380,0007-1¥397,036¥13,712,066100分の97¥630,0007-2¥240,000¥13,712,066100分の98¥380,000 ¥2,747,230¥13,200,000100分の79¥4,390,0009-1¥700,000¥26,414,300100分の97¥1,120,0009-2¥570,000¥13,226,400100分の96¥910,0009-3¥240,000¥13,226,400100分の98¥380,0009-4¥240,000¥13,226,400100分の98¥380,0009-5¥240,000¥13,226,400100分の98¥380,0009-6¥240,000¥13,226,400100分の98¥380,00010-1¥951,700¥13,728,000100分の93¥1,520,00010-2¥770,000¥13,200,000100分の94¥1,230,000 ¥1,406,651¥13,200,000100分の89¥2,250,00012-1¥570,000¥13,223,100100分の96¥910,00012-2¥570,000¥13,223,100100分の96¥910,00012-3¥240,000¥13,223,100100分の98¥380,00013-1¥673,228¥13,200,000100分の95¥1,070,00013-2¥570,000¥13, 3,223,100100分の98¥380,00013-1¥673,228¥13,200,000100分の95¥1,070,00013-2¥570,000¥13,200,000100分の96¥910,00013-3¥240,000¥13,200,000100分の98¥380,00013-4¥240,000¥13,200,000100分の98¥380,00014-1¥570,000¥13,441,614100分の96¥910,00014-2¥330,000¥13,225,300100分の97¥520,00014-3¥330,000¥13,225,300100分の97¥520,000 ¥763,799¥15,342,360100分の95¥1,220,00016-1¥330,000¥13,610,136100分の98¥520,00016-2¥240,000¥13,200,000100分の98¥380,00016-3¥240,000¥13,200,000100分の98¥380,00016-4 ¥13,200,000 17-1¥480,000¥13,242,900100分の96¥760,00017-2¥240,000¥13,242,900100分の98¥380,00017-3¥240,000¥13,242,900100分の98¥380,00017-4 ¥1,650,000 17-5 ¥1,650,000 主文 13,242,900 100分の98 ¥380,000 17-4 ¥1,650,000 17-5 ¥1,650,000
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