主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は,原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告に対し,金132万4380円及びこれに対する平成14年12月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要原告は,パソコンスクールの経営等をしている会社であり,被告在職中に就業規則を変更して,従業員の退職後の競業避止義務を定めるとともに,従業員が競業避止義務に違反した場合には当該従業員に対し過去6か月分賃金相当額を損害賠償として請求することができる旨を定めた。 本件は,原告の従業員であった被告が退職後前記就業規則に反して近隣の同業他社に就職したとして,原告が,被告に対し,前記就業規則に基づき,被告の退職前6か月分賃金相当額である132万4380円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成14年12月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。 1 前提となる事実(末尾に証拠等が掲げられているものは当該証拠等により認められ,その余は当事者間に争いがない。)(1)(当事者)ア原告は,パーソナルコンピューターの技術教室(以下「パソコンスクール」という。)の経営及びインターネットに関するホームページの作成を目的とする会社である。 イ被告は,平成12年3月26日,原告に入社し,3か月間の試用期間を経て,同年6月26日,正式に採用された。 そして,被告は,平成13年10月下旬,原告を退職した(なお,その具体的な退職日については争いがあり,原告は,平成13年10月25日と主張し,被告は同月31日と主張している。)。 (2)(就業規則の変更) は,平成13年10月下旬,原告を退職した(なお,その具体的な退職日については争いがあり,原告は,平成13年10月25日と主張し,被告は同月31日と主張している。)。 (2)(就業規則の変更)ア原告は,平成13年9月11日,就業規則を一部変更し,次のとおり競業避止義務に関する規定を加えた(甲1)。 「第30条当社を退職後3年以内については,同業の他社に就職しない。また,地域についてはa郡,b郡,c市,d市,e市地域において,就業しないこと。 2 同地域における同業種の会社創業をおこなわないこと。 3 なお,前各号に準ずる行為を行った場合については,過去6ヶ月分賃金相当額を損害賠償として請求するものとする。」イ原告は,同日,d労働基準監督署に前記変更にかかる就業規則を届け出た(甲2)。 (3)(被告の他社への就職)被告は,原告を退職した後3年を経過する前に,栃木県b郡f村大字g番地hに本店を置く有限会社A(以下「訴外会社」という。)に就職した(弁論の全趣旨)。 訴外会社は,パソコンスクールの経営等を目的とする会社である(甲4,6,7,弁論の全趣旨)。 (4)(被告の原告退職直前の給与)被告の退職前3か月の平均給与額は1か月22万0730円であった。 2 争点(1) 原告の就業規則30条の効力(以下,原告の就業規則を「本件就業規則」という。)ア被告の主張本件就業規則30条は,次のとおり効力を有しない。 (ア) 労働者は,労働契約終了後は職業選択の自由の行使として競業行為であってもこれを行うことができるのが原則であり,労働契約終了後まで一般的に競業避止義務を当然に負うものではないから,就業規則の変更によって労働者に労 契約終了後は職業選択の自由の行使として競業行為であってもこれを行うことができるのが原則であり,労働契約終了後まで一般的に競業避止義務を当然に負うものではないから,就業規則の変更によって労働者に労働契約終了後の競業避止義務を一方的に課することは,労働者の重要な権利に関し実質的な不利益を及ぼすものであるところ,原告会社のパソコンスクールにおいては市販の教科書を用いてその解説や理解を助ける授業を行っており,営業秘密に該当するようなものは存在しないから,原告には本件就業規則の変更によって保護すべき正当な利益が存在しないのに対し,パソコンの普及やこれを支持する政府方針に伴ってパソコンスクールやそのインストラクターは極めて普遍的な職業になっていること,栃木県のi地域においても多数のパソコンスクールが存在しあるいは生成・消滅するなど流動的状況にあること,その結果パソコンのインストラクターが不足気味であること,被告はパソコンの専門学校を卒業してパソコンに対して強い意欲を持っていること,競業避止の場所的範囲や期間があまりにも広大であること等を考慮すれば,競業避止義務により被告の被る不利益が甚大であり,本件就業規則の変更にあたって何ら代償措置や労働条件改善措置が執られなかったことを併せ考慮すると,本件就業規則の変更には合理性はないというべきであるから,本件就業規則30条は無効である。 (イ) 原告は,労働基準法106条1項,同法施行規則52条の2所定の就業規則の周知義務を履行していないから,本件就業規則30条は効力を有しない。 なお,原告は,従業員に対し,説明会を開催したり,個別的に説明して周知させたと主張するが,そのような事実はなく,また,仮に説明会等があったとしても労働基準法106条1項,同法施行規則52条の2所定の就業規則の周知 従業員に対し,説明会を開催したり,個別的に説明して周知させたと主張するが,そのような事実はなく,また,仮に説明会等があったとしても労働基準法106条1項,同法施行規則52条の2所定の就業規則の周知義務が履行されたということはできない。 (ウ) 被告は,平成13年6月2日の時点で既に同年10月に退社する意思を固めて原告に伝えていたが,原告は,この被告の退社予定を前提として,被告に競業避止義務を課することを目的として,被告の退社直前である同年9月11日に競業避止義務を盛り込んだ本件就業規則の変更を行ったものであり,このように,退社予定の明確な特定人を対象にして,退社直前に一方的に不利益な就業規則変更を行うのは公序良俗に反して無効である。 (エ) 本件就業規則30条は,労働契約の不履行(競業避止義務違反)について違約金又は損害賠償額を予定するものであるから,労働基準法16条に反して無効である。 イ原告の主張(ア) 被告の主張(ア)について原告においては,原告代表者がコンピューターの技術,知識の修得を専門とする大学を経て,女性スタッフ2名とともに基本的にマンツーマンシステムによる授業方法を考案し,原告独自のパソコンスクールの指導方法を確立した。 そして,原告は,パソコンスクールのインストラクター候補者として採用した従業員に対し,給料を支払いながら,パソコンに関する知識と技術を習得させ,また,原告独自の考案による指導方法を習得させていかなければならない。 このように従業員として採用した後も一定の教育期間と教育費用を必要とする場合には,企業としては競業避止義務を設けることが不可避である。 そして,本件において,競業避止の期間は3年と比較的短く,地域的範囲も原告の所在する栃 一定の教育期間と教育費用を必要とする場合には,企業としては競業避止義務を設けることが不可避である。 そして,本件において,競業避止の期間は3年と比較的短く,地域的範囲も原告の所在する栃木県のi地域に限定されており、退職した従業員の職業選択の自由を奪うものではないから,本件就業規則30条は無効ではない。 (イ) 被告の主張(イ)について本件就業規則は通常インストラクターがいつでも出入りのできる会長室の部屋に備え付けられており,本件就業規則30条の周知手続は採られていた。 また,就業規則の周知手続は労働基準法106条1項,同法施行規則52条の2所定の方法に限られるものではなく,原告は,従業員に対し,説明会を開催したり,個別的に説明して,本件就業規則30条を周知させていた。 (ウ) 被告の主張(ウ)について原告は,退職した他の従業員の問題に鑑み,本件就業規則を変更して競業避止義務を設けたものであり,被告の退職を前提としてこれを変更したものではない。 (エ) 被告の主張(エ)について原告は,パソコンスクールのインストラクター候補者として採用した従業員に対し,給料を支払いながら,パソコンに関する知識と技術を習得させ,また,原告独自の考案による指導方法を習得させていかなければならないのであるから,本件就業規則違反の場合にはその間の投下費用の返還を求めることが許されるべきであり,この投下費用の返還について一定の金額を予め定めておくことは決して労働基準法16条に違反するものではない。 (2) 競業避止義務違反の事実の有無ア原告の主張被告は,訴外会社においてパソコンスクールの業務に従事しており,本件就業規則30条に違反している。 イ被告の主張 い。 (2) 競業避止義務違反の事実の有無ア原告の主張被告は,訴外会社においてパソコンスクールの業務に従事しており,本件就業規則30条に違反している。 イ被告の主張被告は,訴外会社に勤務しているが,担当業務はインターネットマガジンの企画,運営及び営業であり,本件就業規則30条には違反していない。 第3 当裁判所の判断1(1) 就業規則が法的規範としての性質を有するものとして拘束力を生ずるためには,その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するものというべきである(最高裁判所平成15年10月10日第二小法廷判決参照)。 (2) この周知手続が労働基準法106条1項,同法施行規則52条の2所定のものに限定されるのか,それには限定されず他の方法で周知されれば足りるのかは1つの問題点ではあるが,仮に後者のように解したとしても,本件においては,次のとおり,被告の退職前に本件就業規則30条の周知手続が採られたと認めることはできない。 ア原告は,①本件就業規則は通常インストラクターがいつでも出入りのできる会長室の部屋に備え付けられており,本件就業規則30条の周知手続は採られていた,②原告は,従業員に対し,説明会を開催したり,個別的に説明して,本件就業規則30条を周知させていたと主張するので,検討する。 イ前記①の主張について被告が本件就業規則の存在や変更が労働者に知らされていなかったと主張したところ,原告は,社会保険労務士Bの陳述書(甲13)を提出したが,その陳述書には,平成13年12月26日に会社全体の説明会を実施し,被告に対しては同年9月に個別的に説明をしたことが述べられているだけで,本件就業規則が会長室の部屋に備え付けられていたという記載 ,その陳述書には,平成13年12月26日に会社全体の説明会を実施し,被告に対しては同年9月に個別的に説明をしたことが述べられているだけで,本件就業規則が会長室の部屋に備え付けられていたという記載はない。 Bの陳述書が前記の経緯で提出された経緯に鑑みれば,仮に本件就業規則が会長室の部屋に備え付けられていたのであれば,その旨の記載があってしかるべきであるが,前記陳述書にはその旨の記載はない。そして,他に本件就業規則が会長室の部屋に備え付けられていたことを認めるに足りる証拠はない。 また,仮に本件就業規則が会長室の部屋に備え付けられていたとしても,作業場の見やすい場所に備え付けられた(労働基準法106条1項,同法施行規則52条の2第1号)ということは困難であるし,仮に周知手続を広く解するとしても,少なくとも本件就業規則の備え付け場所が従業員に周知されていなければならないが,本件ではそれがなされていたことを認めるに足りる証拠はない(なお,被告は,本件就業規則について原告から何ら説明がなったと供述している。)。 したがって,原告の前記①の主張は,採用できない。 ウ前記②の主張について原告は,従業員に対する説明会を開催したと主張するが,Bの陳述書(甲13)には,その説明会が開催された日は平成13年12月26日であると記載されている。したがって,仮に従業員に対する説明会があったとしても,それは被告が原告を退職した後のことであるから,本件就業規則30条は被告に対し拘束力を有しない。 また,原告は,従業員に対し個別的に説明して本件就業規則30条を周知させていたと主張するが,これを認めるに足りる証拠はない(かえって,原告が従業員に対する説明会を行ったということは,原告が従業員に対し個別的に説明した に対し個別的に説明して本件就業規則30条を周知させていたと主張するが,これを認めるに足りる証拠はない(かえって,原告が従業員に対する説明会を行ったということは,原告が従業員に対し個別的に説明した事実がなかったことを窺わせるものである。なお,被告も原告から個別的な説明がなかった旨供述しているところである。)。 したがって,原告の前記②の主張は,採用できない。 エそして,原告が他の方法で本件就業規則30条の周知手続を採ったことの主張,立証はない。 オしたがって,就業規則の周知手続は,労働基準法106条1項,同法施行規則52条の2所定のものに限定されず,他の方法で周知されれば足りると解したとしても,本件においては,被告の退職前に本件就業規則30条の周知手続が採られたと認めることはできない。 (3) したがって,少なくとも被告との関係で本件就業規則30条が法的規範としての拘束力を有すると認めることはできない。 2 よって,原告の本訴請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。 宇都宮地方裁判所大田原支部裁判官伊藤繁
▼ クリックして全文を表示