昭和45(行ウ)105 接見不許可処分取消等請求事件

裁判年月日・裁判所
昭和50年3月25日 東京地方裁判所 公物・公企業など
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判決文本文22,178 文字)

○ 主文原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。○ 事実第一当事者の求めた裁判一原告ら「被告は原告らに対し、それぞれ一一万円及びうち一〇万円に対する昭和四五年六月一六日から、うち一万円に対する同年七月一日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決並びに仮執行の宣言二被告主文第一項と同旨の判決(被告敗訴の場合は担保を条件とする仮執行免脱の宣言)第二原告らの請求の原因一原告らの地位 1 原告Aは、早稲田大学政経学部の学生であり、原告Bは、同大学同学部の教授であつて、両名はいわば「師弟」の関係にある。2 原告Aは、昭和四四年一一月一六日兇器準備集合罪で逮捕され、引き続き同罪で起訴勾留され、同四五年六月当時、東京都豊島区<以下略>に所在した東京拘置所に拘置されていた。なお、同原告は、同四六年五月五日保釈により同所を出所した。3 原告Bは、昭和四四年五月ころから自発的な救援活動家の集団である「杉並救援会」に属し、拘置所等に身柄を拘禁されている活動家に対し、党派を問わず差入れや接見を行つてきた。二本件接見拒否 1 東京拘置所においては、在監者と一般人との接見につき、「一人一日一回」という原則的制約を設けている。2 原告Bは、東京拘置所に勾留されていた刑事被告人である学生C及び原告Aの両名に接見しようと考え、昭和四五年六月一六日午前九時四五分ころ、東京拘置所第一正門接見受付所において、備え付けの「面会願」用紙の「あいたい人の氏名」欄に右C及び原告A両名の氏名を記載し、受付係員(看守部長D)に提出して両名に対する接見を申し出た。ところが、右受付係員は、「片方を消さなければ面会許可ができない」と言つて、右「面会願」用紙に在監者一名の氏名しか記載を認めず、二名の在監者との接見の申出を拒否し して両名に対する接見を申し出た。ところが、右受付係員は、「片方を消さなければ面会許可ができない」と言つて、右「面会願」用紙に在監者一名の氏名しか記載を認めず、二名の在監者との接見の申出を拒否した。 D)に提出して両名に対する接見を申し出た。ところが、右受付係員は、「片方を消さなければ面会許可ができない」と言つて、右「面会願」用紙に在監者一名の氏名しか記載を認めず、二名の在監者との接見の申出を拒否し して両名に対する接見を申し出た。ところが、右受付係員は、「片方を消さなければ面会許可ができない」と言つて、右「面会願」用紙に在監者一名の氏名しか記載を認めず、二名の在監者との接見の申出を拒否した。そこで、やむをえず、原告Bは、右用紙に記載した原告Aの氏名を消してこれを右受付係員に提出し、まずCとの接見を済ませ、同日午前一〇時一六分ころ、再び受付窓口に原告Aの氏名を記載した「面会願」を提出し、同原告との接見を申し出たところ、前記受付係員に、「すでにあなたは今日一名に接見しているからAとは接見できない」と言つて、右申出を拒否した。以上の一連の拘置所側の処置は、明らかに、前記接見回数制限に基づく、原告Bの一日二名の在監者に対する接見申出に対する拒否処分といいうるものであり、これによつて、同日、原告Bは、同Aとの接見を拒否された(以下これを「本件接見拒否という。)。三本件接見拒否の違法性 1 「一人一日一回」の接見回数制限の違法東京拘置所における右制限は、法的根拠もなく、また合理的な理由もない違法なものである。すなわち、(一) 一般国民が在監者と接見する自由については、日本国憲法上直接これを保障する明文の規定はないが、憲法の自由の保障に関する規定は、本来国民が享有する自由権のうち、歴史的、社会的に特に重要なものについて個別的に明文を置くと共に、そこに記載されていないものについても一般的にこれを保障する趣旨を含むものと解すべきであり、したがつて、一般人が在監渚と接見する自由に対して、国家は原則としてこれを制限することは許されないものといわなければならない(憲法一三条)。また、未決拘禁者(在監刑事被告人)といえども、国民として憲法によつて保障された基本的人権を享有するのはもちろんのことであり、身柄の確保と罪証隠滅の防止という拘禁目的 ればならない(憲法一三条)。また、未決拘禁者(在監刑事被告人)といえども、国民として憲法によつて保障された基本的人権を享有するのはもちろんのことであり、身柄の確保と罪証隠滅の防止という拘禁目的のためやむをえない制限のほかは、外部の一般人と自由に会つて諸々のことについて話し合う権利が保障されなければならない。 れた基本的人権を享有するのはもちろんのことであり、身柄の確保と罪証隠滅の防止という拘禁目的 ればならない(憲法一三条)。また、未決拘禁者(在監刑事被告人)といえども、国民として憲法によつて保障された基本的人権を享有するのはもちろんのことであり、身柄の確保と罪証隠滅の防止という拘禁目的のためやむをえない制限のほかは、外部の一般人と自由に会つて諸々のことについて話し合う権利が保障されなければならない。そして、未決拘禁者は、刑法による裁判所の接見禁止処分(同法八一条)がない限り、自由に一般人と接見できるのであつて、拘置所長には、右裁判所の処分に優越して未決拘禁者と一般人との接見を拒否する権限は与えられていない。刑事被告人は刑訴法による制限以上の基本的人権の制限を受けるものではない。(二) 被告は、拘置所長は営造物の管理者として在監者の接見につき許否の裁量権を有する旨主張するが、監獄法四五条は未決拘禁者の接見が自由に認められるべきことを示すものであつて、同条一項は、未決拘禁者の接見が罪証隠滅や逃亡のおそれにつながる場合にのみ、監獄の長はその接見を拒否できるという極めて限定された権限を規定したものと解すべきである。のみならず、拘置所における未決拘禁者と一般人との接見回数を「一人一日一回」と制限し得る法的根拠は全くない(明治四一年に制定され、極めて問題の多い監獄法にすら未決拘禁者の接見回数を制限する規定を置いていない。)のであつて、接見回数の制限について触れた通達もない。かえつて、「監獄法運用ノ基本方針二関スル件」(昭和二一年一月四日刑政甲一)は、被拘禁者の拘禁による不自由を能う限り緩和するよう命じ、更に「窓口事務の改善について」(昭和二二年九月一二一八行甲一二一八行刑局長通達)は、接見事務の能率化をはかり、接見時間をなるべく長くし、執務時間外又は休日といえども遠来の人の接見申出を無下に断るようなことをしないこと等を命じているので 年九月一二一八行甲一二一八行刑局長通達)は、接見事務の能率化をはかり、接見時間をなるべく長くし、執務時間外又は休日といえども遠来の人の接見申出を無下に断るようなことをしないこと等を命じているのである。(三) 被告は、東京拘置所における接見事務処理可能限度から「一人一日一回」の接見回数制限は必要かつ合理的なものである旨主張するが、未決拘禁者の接見交通権という重要な権利を拘置所の事務処理能力(東京拘置所の場合、事務処理能力についても、後記のように被告の主張は根拠のないものであることが明らかであるが、)などという理由によつて制限し得るものではない。 に断るようなことをしないこと等を命じているのである。(三) 被告は、東京拘置所における接見事務処理可能限度から「一人一日一回」の接見回数制限は必要かつ合理的なものである旨主張するが、未決拘禁者の接見交通権という重要な権利を拘置所の事務処理能力(東京拘置所の場合、事務処理能力についても、後記のように被告の主張は根拠のないものであることが明らかであるが、)などという理由によつて制限し得るものではない。国家の施設において予算等の理由で国民の権利を制限することは許されないのである。在監者とりわけ独居拘禁を強いられている刑事被告人(原告Aもそうであつた。)にとつて、接見は極めて重要なものなのである。独居拘禁を強いられている刑事被告人にとつてに、二四時間が孤独の連続である。わずかに手紙、ラジオ、書籍だけが情報の交換手段であるが、こわとても常に拘置所当局によつて不当な制限が加えられ、十分な手段たり得ない。したがつて、知人や親族と接見することに、高い塀の内側からはんの瞬間外の空気に触れる貴重な出来事なのであること等を考えれば、在監者が接見に大きな喜びと期待を持つことは理解し得るはずである。また、独居拘禁中の被告人の心理にとつて接見が極めて重要であることは、精神科医によつて指摘されている。東京拘置所の事務量は、他施設に比べ特に多大なものであるとみることはできないのみならず、その接見事務処理も「一人一日一回」の回数制限をしなければ絶対に成り立たないものではないはずである(一回の接見時間はわずか五分に過ぎない)。弁護人や検察官の接見回数や時間が無制限であることと事務量との関係はどのように説明されるのであろ 数制限をしなければ絶対に成り立たないものではないはずである(一回の接見時間はわずか五分に過ぎない)。弁護人や検察官の接見回数や時間が無制限であることと事務量との関係はどのように説明されるのであろうか。新潟刑務所、東京拘置所では一日二名まで接見でき、旧小菅刑務所では一日三名まで接見できたし、浦和刑務所では接見回数に制限はない。また、一回の接見時間も新潟刑務所では二〇分間、旧小菅刑務所でも七分間である。東京拘置所の接見回数制限は、これらの実例と比べても合理的根拠を欠く不当なものであることが明らかである。以上のとおり、東京拘置所における「一人一日一回」の接見回数制限は、法的根拠もなく、合理的な理由もない違法なものといわざるをえない。 まで接見でき、旧小菅刑務所では一日三名まで接見できたし、浦和刑務所では接見回数に制限はない。また、一回の接見時間も新潟刑務所では二〇分間、旧小菅刑務所でも七分間である。東京拘置所の接見回数制限は、これらの実例と比べても合理的根拠を欠く不当なものであることが明らかである。以上のとおり、東京拘置所における「一人一日一回」の接見回数制限は、法的根拠もなく、合理的な理由もない違法なものといわざるをえない。2 本件につき、回数制限の例外的取扱いをしなかつた違法被告の主張によれば、「一人一日一回」の制限は絶対的なものではなく、例えば、一訴訟事件の連絡等特に必要か認められる場合」、「遠方から来所し、その日のうちに接見する必要が認められる場合」等には右の制限を越えて許可することもあるというのであり、また、証人E(当時東京拘置所管理部保安課接見係長)や同D(前記受付係員)の証言によれば、「面会者があと一人にどうしても会いたいという時は、受付係から接見係長に連絡し、その判断を仰ぐ」ことになつていたというのである。本件において、原告Bは二度にわたつて同Aの氏名を記載した「面会願」を出し、強くその面会を申し出たのであるから、受付係員としては、接見係長にその旨連絡し、同係長の判断を仰ぐべきであつたといわなければならない。そして、もし、原告Bがそのように扱われていたならば、同原告が大学数授で多忙を極め、講義の関係で当日(火曜日)しか接見に来られないこと、原告Aの刑事公判を三日後に控えていること等の諸事情が判断の資料とされ、前 し、原告Bがそのように扱われていたならば、同原告が大学数授で多忙を極め、講義の関係で当日(火曜日)しか接見に来られないこと、原告Aの刑事公判を三日後に控えていること等の諸事情が判断の資料とされ、前記例外の事由があるとして接見を許される可能性は十分にあつたといいうる。しかるに前記受付係員は、原告Bが「どうしても二人に会いたい」と強く言つたにもかかわらず、「規則で会えない」とくり返すのみで、ついに接見係長に連絡しなかつたのである。したがつて、受付係長のした本件接見拒否は違法であり、同係長のとつた措置には過失があつたとみるべきである。四損害 1 当時独居拘禁を強いられていた原告Aにとつて、接見の重要さは前記のとおりであり、原告Bとの対話を妨げられたこと自体、精神的苦痛である。また、原告Aは、本件当時既に八か月近く拘禁されており、第一回公判を三日後に控えて救援会関係者とりわけ原告Bとの接見を切望していたが、本件接見拒否によつて原告Bからの勇気づけの言葉、大学の事情、第一回公判のことなどを聞くことができなかつたことにより大きな精神的苦痛を受けた。 独居拘禁を強いられていた原告Aにとつて、接見の重要さは前記のとおりであり、原告Bとの対話を妨げられたこと自体、精神的苦痛である。また、原告Aは、本件当時既に八か月近く拘禁されており、第一回公判を三日後に控えて救援会関係者とりわけ原告Bとの接見を切望していたが、本件接見拒否によつて原告Bからの勇気づけの言葉、大学の事情、第一回公判のことなどを聞くことができなかつたことにより大きな精神的苦痛を受けた。原告Bは、教え子である原告Aを勇気づけ、その健康状態の把握や家族の安否その他の連絡をすることができず、大きな精神的苦痛を受けた。右原告両名の精神的苦痛に対する慰謝料としては、それぞれ一〇万円が相当である。2 また、原告両名は、本訴代理人らに対し、本訴を依頼するにつき弁護士費用としてそれぞれ一万円を支払う旨約束した。3 以上の損害は、公務員の違法な公権力の行使によつて原告らに生じたものであるから、被告は、国家賠償法一条により右損害を賠償すべき義務がある。五よつて、原告らは被告に対し、それぞれ一一万円及びうち一〇万円に対する本件違法行為の行われた昭和四五年六月一六日か訴ら、うち一万円に対する右の 、国家賠償法一条により右損害を賠償すべき義務がある。五よつて、原告らは被告に対し、それぞれ一一万円及びうち一〇万円に対する本件違法行為の行われた昭和四五年六月一六日か訴ら、うち一万円に対する右の日後である同年七月一日(本訴状送達の日の翌日)から各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。第三請求の原因に対する認否一請求の原因一の1及び2の事実に認める。二間二の1の事実は認める。同2のうち、原告Bが原告ら主張の日に東京拘置所第一正門接見受付所で同所在監中のC及び原告Aの二名に対する接見の申出をしたこと、その際受付係員が一名にしか接見できない旨説明したところ、原告BはCに対する接見を申し出てこれを許可され同人と接見したことは認めるが、その余の事実は争う。三同三及び四の主張事実については争う。第四被告の主張一請求の原因二の2の主張について本件において「接見拒否処分」は存在しない。すなわち、当時午前九時五〇分、原告Bが接見受付所において所定用紙(「一面会願」)の「あいたい人の氏名」欄にC及び原告Aの両名の氏名を記載して係員に差し出したので、同係員において管理の都合で一名にしか接見できない旨説明したところ、原告Bはこれを了承し、自ら右用紙の原告Aの氏名を抹消して原告Aに対する接見の申出を撤回したうえ、同用紙を右係員に提出し、Cにのみ接見して拘置所から帰つたものであつて、原告主張の第二回目の原告Aに対する接見申出はなかつたし、その拒否なるものも存在しない。 の「あいたい人の氏名」欄にC及び原告Aの両名の氏名を記載して係員に差し出したので、同係員において管理の都合で一名にしか接見できない旨説明したところ、原告Bはこれを了承し、自ら右用紙の原告Aの氏名を抹消して原告Aに対する接見の申出を撤回したうえ、同用紙を右係員に提出し、Cにのみ接見して拘置所から帰つたものであつて、原告主張の第二回目の原告Aに対する接見申出はなかつたし、その拒否なるものも存在しない。二同三の1の主張について「一人一日一回」という接見回数制限の適法性 1 (一)拘置所長は、営造物の管理者として、管理権行使の必要上、その裁量により在監者、面会人に対して面会の時刻、時間、人数、回数等を制限し得ることは当然である。監獄法四五条一項は、拘置 限の適法性 1 (一)拘置所長は、営造物の管理者として、管理権行使の必要上、その裁量により在監者、面会人に対して面会の時刻、時間、人数、回数等を制限し得ることは当然である。監獄法四五条一項は、拘置所長の右裁量権を否定するものではない。けだし、勾留中の刑事被告人は、逃亡又は罪証隠滅の防止のために監獄に拘禁されたものである(刑訴法六〇条)から、拘置所長は、接見を許可するに当たつては、右の勾留の目的を阻害しないように戒護上の予防措置を講じなければならないのであり、かかる予防措置の十全を期することが、拘置所の人的物的設備上の制約、すなわち事務処理能力等によつて困難な場合には、事態に応じて接見回数制限、時間制限等適宜の制限を行い得るものと解すべきであつて、これが法の趣旨にそうものと考えられるからである。(二) 原告は、在監者と外部の一般国民との接見が基本的人権に属するものであるとして、これを拘置所の事務処理能力によつて制限することは許されない旨主張するが、在監者は法律の定めるところにより自由を奪われている者であつて、在監者と外部の一般人との接見は、憲法で保障する基本的人権に属しない。仮に、右接見が基本的人権の範疇に属するものであるとしても、基本的人権といえども公共の福祉による制約を受けるものであり、合理的理由を有する一定の制約には当然服すべきものである。また、原告は、刑事被告人は刑訴法に定める制限以上の制約を受けるものではない旨主張するが、刑訴法八〇条は明文で他の法令による制限があることを認めている。2 (一)東京拘置所においてに、その面会人控室に、同拘置所名で「面会にこられた方へ」と題し、一般面会者に対する要望事項及び注意事項等を掲示しているが、この第七項には、「収容者の面会回数は、一人一日一回を原則とし、面会に来られた方も一人一日一回 ある。また、原告は、刑事被告人は刑訴法に定める制限以上の制約を受けるものではない旨主張するが、刑訴法八〇条は明文で他の法令による制限があることを認めている。2 (一)東京拘置所においてに、その面会人控室に、同拘置所名で「面会にこられた方へ」と題し、一般面会者に対する要望事項及び注意事項等を掲示しているが、この第七項には、「収容者の面会回数は、一人一日一回を原則とし、面会に来られた方も一人一日一回 、同拘置所名で「面会にこられた方へ」と題し、一般面会者に対する要望事項及び注意事項等を掲示しているが、この第七項には、「収容者の面会回数は、一人一日一回を原則とし、面会に来られた方も一人一日一回を原則としています。」と明示し、在監者及び一般の面会人の双方について接見は「一人一日一回」を原則とすることを明らかにしている。右の制限は、同拘置所長において、管理の必要上の見地、特に在監者の戒護、看守の人員の配置、多数の接見希望者がなるべく平等に接見の機会を持ち得るようにするための配慮等から設けているものであり、受付係員を含む所属職員にこれを周知徹底させていたのであつて、後記のとおり、同拘置所における右接見回数の制限は、やむをえない必要最少限度のものであるから何ら違法視されるいわれはなく、本件において、原告Bの接見の申出に対しても、かかる見地から処理されたものであるから、その処置に何ら違法な点は存しない。(二) なお、前記回数制限は絶対的なものではなく、当日の接見処理が可能な限り、(1)在監者が最初友人、知人と接見した後、親兄弟等が接見に来所した場合、(2)訴訟事件の連絡等特に必要が認められる場合、(3)遠方から来所し、その日のうちに接見する必要が認められる場合等には、右の制限を越える場合であつても、個別的に検討し、努めて許可する取扱いとしている。3 昭和四五年六月当時の東京拘置所における「一人一日一回」という接見回数制限は、以下に述べる事情から必要かつ合理的理由を有するものであり、何ら不当なものではない。(一) 拘置所の業務は、単に在監者の身柄を拘禁し、未決拘禁者の罪証隠滅を防止すれば足りるというものではなく、拘禁に伴う警備、戒護、処遇はもとより、庶務、会計、用度、作業、教育、分類、医務等広範囲にわたるものであるから、各業務に応じ職員を 拘禁し、未決拘禁者の罪証隠滅を防止すれば足りるというものではなく、拘禁に伴う警備、戒護、処遇はもとより、庶務、会計、用度、作業、教育、分類、医務等広範囲にわたるものであるから、各業務に応じ職員を適宜配分してその職務に従事させているところ、当時東京拘置所における接見係職員の配置可能人員は、他の業務との関連上二一名(すなわち、係長一名、受付係二名、進行係二名、立会係六名、運行係一〇名)がその限度であつた。 し、未決拘禁者の罪証隠滅を防止すれば足りるというものではなく、拘禁に伴う警備、戒護、処遇はもとより、庶務、会計、用度、作業、教育、分類、医務等広範囲にわたるものであるから、各業務に応じ職員を適宜配分してその職務に従事させているところ、当時東京拘置所における接見係職員の配置可能人員は、他の業務との関連上二一名(すなわち、係長一名、受付係二名、進行係二名、立会係六名、運行係一〇名)がその限度であつた。そして、これらの職員を接見事務に従事させることができる時間は、平日の場合、概ね午前八時三〇分から午後四時三〇分までであり、この間、昼食、休憩時間が一時間あるので、これを差し引くと、正味接見取扱時間は七時間であつた。(二) このように、接見の処理に当たつては、職員配置及び接見取扱時間の上から一定の制約を受けるほか、更に接見事務を処理するのに要する時間によつて、一日の処理可能件数はおのずから限定されるのである。すなわち、当時の東京拘置所施設の場合、一件の接見事務を処理するのに必要な時間は、次表(第一表)の被告主張欄のとおり、一回の面会時間を五分間として平均六〇分であつたから、すべての手続を一人でするものと仮定した場合、一日に処理することのできる接見件数は七件に過ぎないもの(したがつて、二一名の接見係職員が一日に処理できる接見件数は一四七件)となるのである。しかし、実際には、接見事務を受付、進行、立会、連行等の係に分け、また、在監者の連行、接見の立会い等在監者の身柄を伴うものを除き、その他の接見事務手続については、適宜まとめて行うこととしていたので、その時間も短縮され、概ね一日平均二五〇件前後(ただし、弁護人接見は除く)の接見を実施することが可能な状況にあり、これが限度となつていたのが、当時の東京拘置所の実情であつた。(三) これに対し、 、その時間も短縮され、概ね一日平均二五〇件前後(ただし、弁護人接見は除く)の接見を実施することが可能な状況にあり、これが限度となつていたのが、当時の東京拘置所の実情であつた。(三) これに対し、一般接見希望件数は、いわゆる公安事件関係者が同拘置所に多数収容されるに至つた昭和四四年ころから急激に増加し、「一人一日一回」という原則的な制限を設けている状況においてさえ、次表(第二表)のとおり、一日平均二五〇件前後の接見実施に達していたのであり、本件当日も午前中に一二七件、午後に一一四件合計二四一件の接見を実施したのであつて、これは前記の処理可能限度に及ぶものであつた。 つた。(三) これに対し、一般接見希望件数は、いわゆる公安事件関係者が同拘置所に多数収容されるに至つた昭和四四年ころから急激に増加し、「一人一日一回」という原則的な制限を設けている状況においてさえ、次表(第二表)のとおり、一日平均二五〇件前後の接見実施に達していたのであり、本件当日も午前中に一二七件、午後に一一四件合計二四一件の接見を実施したのであつて、これは前記の処理可能限度に及ぶものであつた。(四) 右のように公安事件関係者の接見が急増していた(しかも、これら公安事件関係者との接見を申し出る面会人の多くは、組織的な救援会活動に従事しているものと認められる者であつた。)状況の下においては、接見回数制限を設けることなく一人の面会人が多数の在監者と接見すること及び一人の在監者が多数の面会人と接見することを許した場合、東京拘置所における接見は特定の面会人と在監者にのみ独占され、他の面会人や在監者は接見の機会がほとんど与えられない事態に陥ることが容易に予想されるところである。以上のとおりであるから、同拘置所長が施設の事務処理能力と接見希望者数とを勘案し、できるだけ多数の人達に公平に接見の機会が与えられるよう配慮してした「一人一日一回」という原則的回数制限は、必要かつ合理的な理由を有するものといわなければならない。4 原告らは、他の拘置所等における接見の取扱いを引き合いにして、東京拘置所における接見回数制限が不当なものである旨主張する。しかしながら、原告ら主張の各施設は、それぞれ事務内容、拘禁設備の状況等を異にし、また、次表(第三表)に掲げるとおり、収容人員、職員数等も異 拘置所における接見回数制限が不当なものである旨主張する。しかしながら、原告ら主張の各施設は、それぞれ事務内容、拘禁設備の状況等を異にし、また、次表(第三表)に掲げるとおり、収容人員、職員数等も異なるものであるから、これらの点を考慮しないで、単純に彼我対照し、その当、不当を論ずることは失当である。第三表昭和四五年施設別一日平均収容人員及び職員数(ただし、職員数は昭和四五年一二月一日現在数)すなわち、右表によつて明らかなとおり、原告ら主張の各施設の職員(事務職員を含む)一人当りの収容人員負担率は一・二ないし二・四人であるが、これに対し、「一人一日一回」の接見回数制限を原則としている千葉刑務所及び大阪拘置所の右負担率はいずれも三・〇人に達しており、東京拘置所においては実に右負担率が三・七人となつているのであつて、このことは、東京拘置所の事務量が他施設に比し特に多大であることを示すものである。 ち、右表によつて明らかなとおり、原告ら主張の各施設の職員(事務職員を含む)一人当りの収容人員負担率は一・二ないし二・四人であるが、これに対し、「一人一日一回」の接見回数制限を原則としている千葉刑務所及び大阪拘置所の右負担率はいずれも三・〇人に達しており、東京拘置所においては実に右負担率が三・七人となつているのであつて、このことは、東京拘置所の事務量が他施設に比し特に多大であることを示すものである。三同三の2の主張について仮に、本件においで、原告ら主張のとおり受付係員による「接見拒否」が存在したものであるとしても、次の理由により右処置は適法である。すなわち、1 原告BがC及び原告A両名との接見につき申し出た用件は、いずれも単なる「安否伺い」であり、前記回数制限を越えて例外的に二名の接見を許す必要性を示す事実は何ら明らかにされず、その事由も認められなかつたのである。殊に、原告Bは、受付係員から一名にしか接見できない旨の説明を聞いてCとの接見を希望したが、その接見内容も単なる安否伺いの域を出なかつたことなどによつても、原告Aとの制限外の接見を許す必要性に乏しかつたことが明らかである。したがつて、原告Bの同Aとの接見申出は、受付係員が接見係長に連絡したと否とにかかわらず、拒否を免れないものであつて、原告らの主張は失当である。なお、東京拘置所 要性に乏しかつたことが明らかである。したがつて、原告Bの同Aとの接見申出は、受付係員が接見係長に連絡したと否とにかかわらず、拒否を免れないものであつて、原告らの主張は失当である。なお、東京拘置所においては、受付係員に対して、「一人一日一回」の原則により接見制限をさせ、一日二回以上の接見をする必要があつて受付係員の説明を了承しない者については、接見係長又はそれ以上の官職にある者がその許否の判断をしていた部、本件の場合、原告Bは当日Cのほか原告Aにも接見しなければならない理由を何も説明していないのであるから、本件は、受付係員が接見係長等に連絡しその判断を求めなければならない事案に該当せず、自己の権限内で処理し得べきものであつたのである。2 ところで、原告Aは、本件当日Bが接見のため東京拘置所に出向いて来たことは知らず、後日知らせを受けて知つたに過ぎないのであるから、原告Aが本件処置により被つた不利益は皆無に等しいものといわなければならない。 も接見しなければならない理由を何も説明していないのであるから、本件は、受付係員が接見係長等に連絡しその判断を求めなければならない事案に該当せず、自己の権限内で処理し得べきものであつたのである。2 ところで、原告Aは、本件当日Bが接見のため東京拘置所に出向いて来たことは知らず、後日知らせを受けて知つたに過ぎないのであるから、原告Aが本件処置により被つた不利益は皆無に等しいものといわなければならない。また、原告Bについても、当日原告Aと接見しなければならない特段の事情があつた訳ではなく、単に安否伺いのために原告A及びCとの接見を申し出たに過ぎないものであり、しかもCとの接見は許可されたのでるるから、原告Bが本件処置によつて被つた不利益は著しく僅少なものということができる。これに対し、東京拘置所における接見についての前記原則的制限は、前記のような事情の下に行われていたものであるから、これを維持する相当な合理的理由を有するものであり、右原則的制限に基づいてされた本件処置は、これによつて原告らが被つた不利益の程度が極めて軽微なものであることを考慮するならば、公共の福祉上やむをえない制限ということができるのである。第五被告の主張二の3に対する原告らの反論次のとおり、被告の主張は根拠のないものであるこ 度が極めて軽微なものであることを考慮するならば、公共の福祉上やむをえない制限ということができるのである。第五被告の主張二の3に対する原告らの反論次のとおり、被告の主張は根拠のないものであることが明らかである。一接見職員の数について本訴で明らかになつたところによれば、当時の東京拘置所は、約四五〇名の職員がおり、そのうち約三〇〇名が保安課に属し、そのうち「昼夜勤者」が約一四〇名おり、そこから接見係員の補充がされ、本件当日もここから三名増員され、接見係は二四名であつたというのである。そして、「昼夜勤者」の勤務内容が、接見係や舎房係の補助、収容者の裁判への連れ出し、営繕その他の応援(夜間は警備)にあるというのであるから、一四〇名もの「昼夜勤者」を昼間もつと接見係に応援として配置すべきであつたといえる。人員配置は相当流動的に行うことが可能であつたはずである。面会室二二個あつたのだから、職員の数さえ増せばより多くの接見希望者により長く接見させることができる状態であつたのである。二接見事務処理所要時間について被告は、一件の接見を処理するのに要する時間は、第一表被告主張欄のとおり平均六〇分であると主張する。 のであるから、一四〇名もの「昼夜勤者」を昼間もつと接見係に応援として配置すべきであつたといえる。人員配置は相当流動的に行うことが可能であつたはずである。面会室二二個あつたのだから、職員の数さえ増せばより多くの接見希望者により長く接見させることができる状態であつたのである。二接見事務処理所要時間について被告は、一件の接見を処理するのに要する時間は、第一表被告主張欄のとおり平均六〇分であると主張する。しかし、事実は、同表原告主張欄のとおり一八分以内で処理できるものである。すなわち、受付時間についてみれば、面会人が備え付けの用紙に必要事項を記載するのに要する時間(これに通常三、四分以上もかかるということにありえないが)は、職員が関与しなければならない時間ではないのであり、これを職員の側からみた所要時間に組み込むこと自体が間違つている。例外的に記載方法の分からない者に教える時間が必要となろうが、これとて必ずしも行われてはいない。進行係への引継ぎも、受付と事務室との距離がわずか二〇メートルしかなく、(途中二か所に鍵があつたとしても) 的に記載方法の分からない者に教える時間が必要となろうが、これとて必ずしも行われてはいない。進行係への引継ぎも、受付と事務室との距離がわずか二〇メートルしかなく、(途中二か所に鍵があつたとしても)、単に接見表を運ぶだけの作業であつて、最大限二分とみるべきである。更に、面会所への収容者の連行(面会所から舎房への連行についても同じ)についても、途中四か所に鍵があるとしても看守はその操作に慣れており、通常は片道五分以内しかかからないのである。放送で呼び出された面会人が面会室へ入るまでの時間も、面会人はその心理から通常より早く歩くものであり、わずか二〇メートルの距離を時速四キロで歩いたとしても二〇秒程度の時間である。いずれにしても、平均六〇分という被告の主張は、相当水増しされたものであることは明らかである。そして、本訴で明らかになつた所要時間(第一表原告主張欄のとおり約一八分間)を基礎に考えると、一件二〇分としても、二一名の職員で一日四四一件の処理が可能であり、これに分業や作業のまとめによる合理化を考慮すれば、更に多数の接見処理ができるはずである。三しかも、東京拘置所における「一人一日一回」との制限が昭和二七年のメーデー事件を契改に定められ、本件当時を経て現在に至るまで一貫して行われていることから考えれば、収容人員、職員数などの変化に伴つて接見回数を変えるという柔軟な態度はとうてい認めることはできない。 ても、二一名の職員で一日四四一件の処理が可能であり、これに分業や作業のまとめによる合理化を考慮すれば、更に多数の接見処理ができるはずである。三しかも、東京拘置所における「一人一日一回」との制限が昭和二七年のメーデー事件を契改に定められ、本件当時を経て現在に至るまで一貫して行われていることから考えれば、収容人員、職員数などの変化に伴つて接見回数を変えるという柔軟な態度はとうてい認めることはできない。第六証拠関係(省略)○ 理由一本件の事実関係 1 請求の原因一の1、2及び二の1の事実並びに同二の2のうち、原告Bが、昭和四五年六月一六日午前九時四五分ないし五〇分ころ、東京拘置所第一正門接見受付所において、備え付けの「面会願」用紙の「あいたい人の氏名」欄に同拘置所在監中の刑事被告人C及び原告A両名の氏名を記載し、受付係員に提出して 午前九時四五分ないし五〇分ころ、東京拘置所第一正門接見受付所において、備え付けの「面会願」用紙の「あいたい人の氏名」欄に同拘置所在監中の刑事被告人C及び原告A両名の氏名を記載し、受付係員に提出して両名に対する接見を申し出たが、受け付けられず、右用紙に記載した原告Aの氏名を消して右受付係員に提出し、Cとの接見を行つたことは、当事者間に争いがない。2 右当事者間に争いのない事実に、原本の存在及び成立に争いのない乙第一、二号証及び「47」の数字部分を除いて成立に争いのない乙第三号証、証人Dの証言の一部及び原告B本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。原告Bは、昭和四三年ごろから主として杉並区内の警察署に勾留されているいわゆる公安事件関係者に差入れや接見などの救援活動を行つていたが、東京拘置所には、昭和四五年六月一六日の本件接見のため初めて行つたので、同拘置所で「一人一日一回」という接見回数制限を設けていることは知らなかつた(右回数制限を掲示した掲示板は面会人待合室にあつて、受付所掲示の「面会申込み用紙の書き方」からは、当然には右回数制限は知り得ない。)。そこで原告Bは、当日Cと原告Aの二人に接見したいと考え、前示のとおり、接見受付所において所定用紙にC及び原告A両名の氏名を記載し、受付係員(磯部看守部長)に提出したところ、同係員から二人名前を書いたのではいけない、片方を消さなければ接見は許可できない旨告げられ、どちらを消すかと言われたので、とりあえず原告Aの氏名を消し、Cに接見した(この段階では前記回数制限の説明はされていなかつたか、少なくとも原告Bには徹底していなかつた。 Aの二人に接見したいと考え、前示のとおり、接見受付所において所定用紙にC及び原告A両名の氏名を記載し、受付係員(磯部看守部長)に提出したところ、同係員から二人名前を書いたのではいけない、片方を消さなければ接見は許可できない旨告げられ、どちらを消すかと言われたので、とりあえず原告Aの氏名を消し、Cに接見した(この段階では前記回数制限の説明はされていなかつたか、少なくとも原告Bには徹底していなかつた。)。原告Bは、Cとの接見を終つた後、同日午前一〇時二〇分ころ、接見受付所において、こんどは「面会願」の「あいたい人の氏名」欄 限の説明はされていなかつたか、少なくとも原告Bには徹底していなかつた。)。原告Bは、Cとの接見を終つた後、同日午前一〇時二〇分ころ、接見受付所において、こんどは「面会願」の「あいたい人の氏名」欄に原告Aの氏名のみを記載し、前記受付係員に提出したところ、同係員は、原告Bが既に一人に接見しているので一日に二人には接見させられない旨を告げ、なぜ会わせないかという原告Bの問いには、規則でそうなつている旨述べるだけであつた。原告Bは、納得できず、非常に忙しい体なので今日二人に会いたい、明日来るわけにはいかないなどと述べ、数分間やりとりしたが、受付係員は規則で会えない旨をくり返すのみであつたので、やむを得ず、右「面会願」を窓口に差し置いたまま帰つた。3 ところで、前記乙第一号証、証人E、同F、同Dの各証言及び弁論の全趣旨を総合すると、東京拘置所長は、弁護人でない一般面会人の在監者との接見につき、一人一日一回を原則とする旨の回数制限を設け(この事実は当事者間に争いがない。)、また、「面会願」用紙は、接見事務の整理上、一件(在監者一名との接見)につき一枚ずつ記載を求める取扱いにしていたこと、前示原告Bの接見申出に対しても、受付係員は、右「面会願」用紙の取扱いと前記原則的回数制限に従つて処理したものであることが認められる。4 以上の事実によれば、当日東京拘置所の接見受付係員は、原告Bの同Aに対する接見申出を所長の定めた一般面会人についての接見回数制限に基づいて拒否し、これによつて同日原告Bは同Aとの接見を行うことができなかつたことが明らかである。二原告Bに対する違法行為の存否そこで、まず、前示受付係員の行為が原告Bとの関係で違法行為となるか否かについて検討する。1 原告は、前示拘置所長の定めた一般面会人の在監者との接見を一人一日一回とする旨 東京拘置所の接見受付係員は、原告Bの同Aに対する接見申出を所長の定めた一般面会人についての接見回数制限に基づいて拒否し、これによつて同日原告Bは同Aとの接見を行うことができなかつたことが明らかである。二原告Bに対する違法行為の存否そこで、まず、前示受付係員の行為が原告Bとの関係で違法行為となるか否かについて検討する。1 原告は、前示拘置所長の定めた一般面会人の在監者との接見を一人一日一回とする旨 Bに対する違法行為の存否そこで、まず、前示受付係員の行為が原告Bとの関係で違法行為となるか否かについて検討する。1 原告は、前示拘置所長の定めた一般面会人の在監者との接見を一人一日一回とする旨の制限は違法である旨主張する。(一) 未決勾留は、刑訴法に基づき、逃亡又は罪証隠滅の防止を目的として、被疑者又は被告人の居住を監獄内に限定するものであるところ、監獄内においては、多数の被拘禁者を収容して、これを集団として管理するに当たり、その秩序を維持し、正常な状態を保持するよう配慮する必要がある。このためには、被拘禁者の身体の自由を拘束するだけでなく、右の目的に照らし必要な限度において、被拘禁者のその他の自由に対し、合理的制限を加えることもやむを得ないところである。人が人と会い、語りたい欲求は自然のものであり、そのような機会を理由なく奪われない利益は、基本的人権の一つとして尊重されるに値するものというべきであるが、未決拘禁者は、前記拘禁目的上、本来、外部の者と隔離して身体の自由を拘束される関係から、外部の者との接見につき所要の制限を受けることは当然であり、当該監獄における接見需要の多寡、監獄の人的、物的戒護能力及び当該接見の目的、緊要性その他諸般の事情の下において、接見の許容が拘禁目的を阻害し、監獄の正常な管理運営に支障をきたすおそれがある場合には、これを制限することもやむを得ない。そして、具体的場合における接見制限の有無及び態様については、監獄という特殊な集団的拘禁施設において、所内の事情に通暁し、かつ、専門的技術的知識と経験を有する監獄の長の判断にある程度の裁量を認めざるを得ず、その裁量権の行使が客観的にみて右の合理的必要性の範囲内にとどまるものである限り、それによる自由の制限は法の許容するところというべきである。外部の一般人が在監者 断にある程度の裁量を認めざるを得ず、その裁量権の行使が客観的にみて右の合理的必要性の範囲内にとどまるものである限り、それによる自由の制限は法の許容するところというべきである。 知識と経験を有する監獄の長の判断にある程度の裁量を認めざるを得ず、その裁量権の行使が客観的にみて右の合理的必要性の範囲内にとどまるものである限り、それによる自由の制限は法の許容するところというべきである。外部の一般人が在監者 断にある程度の裁量を認めざるを得ず、その裁量権の行使が客観的にみて右の合理的必要性の範囲内にとどまるものである限り、それによる自由の制限は法の許容するところというべきである。外部の一般人が在監者と接見する利益についても右と同様であつて、在監者が拘禁目的に由来する接見の自由の制限を受忍することの結果として、外部の者も在監者との接見につき同様の制限を受けることはいうまでもない。(二) 監獄法四五条一項は、「在監者ニ接見センコトヲ請フ者アルトキハ之ヲ許ス」と定めているが、この規定は、いかなる場合にも一般面会人と在監者との接見を許さなければならないとの趣旨に解すべきではなく、同法四五条二項、五〇条並びに同法施行規則一二〇条ないし一二八条を通覧すれば、監獄法令は、一般面会人と在監者との接見については、監獄の管理運営上支障のない限度でその接見を保障しているに過ぎないものであつて、その許否につき所長に裁量権を認めていることが明らかである。もとより、人と人との接見の利益を尊重すべきことは前記のとおりであり、監獄法も在監者との接見につきこの趣旨を汲んだものと解されるから、拘置所長が十分の人的物的施設を有しながら、何ら合理的理由も必要もなく、いたずらに一般の接見を制限する措置をとつたとすれば、違法の問題を生ずるであろう。(三) 証人Fの証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証、証人E、同Fの各証言を総合すれば次の事実が認められる。(1) 本件当時、東京拘置所は、総収容人員一七〇〇名を数え、このうち暴力団関係者は約五〇〇名、公安事件関係者は二五〇名から三〇〇名であつた。そして、暴力団関係者の面会人は、親分にも兄貴分にも会いたいなどといつて、一人で十数件もの接見を申し出る場合が多く、また公安事件関係者の面会人は、いわゆる救援会関係者が圧倒的に ら三〇〇名であつた。そして、暴力団関係者の面会人は、親分にも兄貴分にも会いたいなどといつて、一人で十数件もの接見を申し出る場合が多く、また公安事件関係者の面会人は、いわゆる救援会関係者が圧倒的に多く、一人で五人にも十人にも接見したいと申し出る例が相当あり、したがつて、接見需要は極めて多く、接見を無制限に許容した場合には、一日の接見総件数はぼう大なものとなり、ひいては、同拘置所における接見が一部特定の面会人又は在監者に独占される結果となることが明らかに予見された。 にも会いたいなどといつて、一人で十数件もの接見を申し出る場合が多く、また公安事件関係者の面会人は、いわゆる救援会関係者が圧倒的に多く、一人で五人にも十人にも接見したいと申し出る例が相当あり、したがつて、接見需要は極めて多く、接見を無制限に許容した場合には、一日の接見総件数はぼう大なものとなり、ひいては、同拘置所における接見が一部特定の面会人又は在監者に独占される結果となることが明らかに予見された。(2) 一方、東京拘置所の職員総数は四五五名で、このうち接見係の属する保安課の職員は約三〇〇名であるが、接見係に配置される人員は二〇名から多くて二四名が限度であつて、接見申出が増えたからといつて急な増員は望み得ない状態であつた。そして、接見係に配置された者も、午前八時三〇分以前は他の保安事務があり、また、夕刻には、昼夜勤者は夜勤準備の時間が必要であり、日勤者は舎房の夕食の配当、点検等の仕事があるから、接見事務は午後四時三〇分までにはすべて終了するように配慮する必要があつた。(3) そこで同拘置所長は、右のような限られた人員と時間内において、多数の接見希望者になるべく平等に接見の機会が与えられるようにとの配慮から、在監者、一般面会人の双方について一人一日一回という原則的制限を設け、一件の面会時間は運用上五分程度を基準として接見事務を処理させ、しかも、接見係の職員を受付、進行、連行、立会等の係に分けて仕事を分担させ、面会人の待時間をできるだけ短縮するように能率的に接見を実施するようにさせていた。(4) このような制限を設けて行われていた本件当日を含む昭和四五年六月九日から二二日までの土曜、日曜を除く平日の接見の許可件数は、多い日で三二四件(うち一般面会は二八一件)、少ない日 させていた。(4) このような制限を設けて行われていた本件当日を含む昭和四五年六月九日から二二日までの土曜、日曜を除く平日の接見の許可件数は、多い日で三二四件(うち一般面会は二八一件)、少ない日でも二三九件(うち一般面会は一九〇件)に達し、三〇〇件をこえる日が四日あつた。そして、前記接見事務に携わつた職員の経験では、前記職員数による最大限の接見処理可能件数は約三五〇件前後とみられていた。(四) 以上の事実によれば、本件の当時、東京拘置所において、職員の処理能力を越える極めて多数の接見需要に対処する方法として、一般面会人及び在監者の双方に対して一人一日一回の回数制限を維持していたことについては、後記2(一)認定の例外的取扱いの運用とあいまつて、一応の合理性及び必要性があつたものと是認せざるを得ない。 の経験では、前記職員数による最大限の接見処理可能件数は約三五〇件前後とみられていた。(四) 以上の事実によれば、本件の当時、東京拘置所において、職員の処理能力を越える極めて多数の接見需要に対処する方法として、一般面会人及び在監者の双方に対して一人一日一回の回数制限を維持していたことについては、後記2(一)認定の例外的取扱いの運用とあいまつて、一応の合理性及び必要性があつたものと是認せざるを得ない。原告は、未決拘禁者の接見交通権という重要な権利を拘置所の事務処理能力などという理由により制限することは不当である旨主張するが、接見需要に対応して拘置所の人的物的施設をどの程度保有すべきかは、接見制限により在監者及び面会希望者の受ける不利益の程度と国の財政上の負担との衡量により決すべき国の政策上の問題であつて、原告主張のように、接見需要を無制限に充足し得る程度の施設を保有すべき義務が国にあると一概に解することは相当でない。そして、東京拘置所における右の程度の接見制限をもつて、国の施設保有に関する政策上の裁量が著しく不当であると評価すべき事実関係の立証はないから、原告の右主張は採用できない。また、原告は、一件の接見事務を職員一人で処理するのに要する時間は一八分以内であるとし、これを前提に当時の処理件数よりはるかに多い接見を処理できたと主張するが、当時同拘置所においては、右回数制限を設けることにより処理可能限度に近い件数の接見を処理し得てい 時間は一八分以内であるとし、これを前提に当時の処理件数よりはるかに多い接見を処理できたと主張するが、当時同拘置所においては、右回数制限を設けることにより処理可能限度に近い件数の接見を処理し得ていたことは前記認定のとおりであるのみならず、一件当たりの接見事務の処理に要する時間は、職員及び施設に存する諸事情のほか、面会人及び在監者側に存する諸々の条件により大きく異なることが明らかであるから、かかる個々の具体的案件における様々の付随事情を考慮しないで、機械的に所要時間を確定できるものではないし、一人の職員が一件を処理するに要する時間をもつて、機械的に当該施設における集団的事務処理能力の総計を測定することは困難であるから、前記の原告の主張は直ちに採用することはできない。(五) したがつて、本件においては、拘置所長の定めた一般面会人の接見は一人一日一回とする旨の原則的制限に従つて原告Bの接見申出を拒否した受付係員の行為を、その制限のゆえに違法視することはできない。 を確定できるものではないし、一人の職員が一件を処理するに要する時間をもつて、機械的に当該施設における集団的事務処理能力の総計を測定することは困難であるから、前記の原告の主張は直ちに採用することはできない。(五) したがつて、本件においては、拘置所長の定めた一般面会人の接見は一人一日一回とする旨の原則的制限に従つて原告Bの接見申出を拒否した受付係員の行為を、その制限のゆえに違法視することはできない。2 次に、前示受付係員の行為に原告主張の他の違法(請求の原因三の2、例外的取扱いをしなかつた違法)があるか否かについて検討する。(一) 証大E、同F、同Dの各証言を総合すると、東京拘置所においては、一般面会人の在監者との接見につき前示原則的制限を行つていたが、面会人が受付でどうしてもその日に在監者と接見したいと主張してその事情を述べたときは、受付係から接見係長に連絡するものとし、同係長において面会申出入から更に事情を聞いたうえで、在監者が友人と接見した後親族が接見のため来所した場合、訴訟事件の連絡等特に必要が認められる場合、あるいは、遠方から来所し、その日のうちに接見する必要が認められる場合においては、同係長の判断で例外的に一人一日一回の制限をこえる接見を許すこともあつたことが認め の連絡等特に必要が認められる場合、あるいは、遠方から来所し、その日のうちに接見する必要が認められる場合においては、同係長の判断で例外的に一人一日一回の制限をこえる接見を許すこともあつたことが認められる。そうであれば、拘置所長が右のような例外的な意見を許す扱いにしているのに、右例外事由に当たる者に対して受付係の一存でかたくなに接見申出を拒否したとすれば、そのような受付係の行為には違法の問題の生ずる余地もありえよう。(二) しかし、本件においては、前示認定のとおり、原告Bが非常に忙しい体なので今日二人に会いたい、明日来るわけにはいかないなどと述べたことが認められる程度であつて、他に同原告が前示例外の場合に該当するような事情を開陳したと認めるに足りる証拠はない(もつとも、受付係員の方も規則で会えない旨をくり返すのみであつたが、例外もあり得る旨を告知しなければならないとの義務も認め難く、前出乙第三号証によれば、同原告の住所は都内杉並区であり、接見の用件が安否伺いにすぎないことば、同原告の提出した面会願の記載から明らかであつたことが認められる。 たことが認められる程度であつて、他に同原告が前示例外の場合に該当するような事情を開陳したと認めるに足りる証拠はない(もつとも、受付係員の方も規則で会えない旨をくり返すのみであつたが、例外もあり得る旨を告知しなければならないとの義務も認め難く、前出乙第三号証によれば、同原告の住所は都内杉並区であり、接見の用件が安否伺いにすぎないことば、同原告の提出した面会願の記載から明らかであつたことが認められる。)。また、本件全証拠によつても、原告Bにつき前示例外事由に該当したことを認めることはできない。してみると、前示受付係員の行為には、格別違法と目すべき点はないものというほかない。3 したがつて、その主張のような違法行為があつたことを前提とする原告Bの本訴請求は、理由がないことが明らかである。三原告Aに対する違法行為の存否前示事実によれば、原告Aは同Bと接見することができなかつたのであるが、それは、拘置所長が一般面会人についてその接見は一人一日一回とする旨の制限を設け、受付係員がこれに従つて受付けを行つている事情の下で、原告BがCとの接見な選んだことによるものであることが明らかであつて、同拘置所長の が一般面会人についてその接見は一人一日一回とする旨の制限を設け、受付係員がこれに従つて受付けを行つている事情の下で、原告BがCとの接見な選んだことによるものであることが明らかであつて、同拘置所長の定めた右接見制限及びこれに基づく受付係員の本件接見申出拒否の行為に違法がないこと前説示のとおりであるから、原告Aについても、その主張のような権利、自由の違法な制限があつたことを前提とする本訴請求は理由のないことが明らかである。四よつて、原告らの請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。(裁判官杉山克彦石川善則吉成修一)

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