平成15(ワ)3073 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
平成16年2月26日 名古屋地方裁判所
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判決文本文6,853 文字)

主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は,原告に対し,3万0900円を支払え。 2 被告は,原告に対し,平成15年7月26日から名古屋市立A中学校が敷地内全面禁煙となるまで,1日当たり100円を支払え。 第2 事案の概要本件は,名古屋市立中学校教諭である原告が,学校敷地内を全面禁煙としないという勤務先中学校の校長の違法な不作為により,原告の禁煙教育が妨げられ,教育権が侵害されて精神的苦痛を被ったと主張して,名古屋市に対し,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料として3万0900円及び本件訴訟提起の翌日である平成15年7月26日から原告の勤務先中学校が敷地内全面禁煙となるまで1日当たり100円の支払を求めた事案である。 1 争いのない事実(1) 原告は,昭和49年4月1日,名古屋市教育委員会より名古屋市公立学校教諭に任命され,平成12年4月からは名古屋市立A中学校(以下「A中学校」という。)で保健体育担当教諭として勤務している。 (2) A中学校では,原告が同校に赴任した平成12年4月当時,喫煙場所を応接室前の個室とし,完全分煙としていたが,原告から,この部屋での喫煙が生徒の目につくとの指摘を受け,平成14年7月ころから,生徒の目に触れにくい地域スポーツセンターの一室を喫煙のために使用する措置をとった。 (3) かねてから学校敷地内全面禁煙を求めていた原告は,平成14年8月,第19回全国禁煙教育研修会に参加し,県下の小学校,中学校,高等学校及び養護学校について敷地内全面禁煙とした和歌山県の教育長の講演を聴き,同年9月19日のA中学校における県外出張報告会において,和歌山県の学校敷地内全面禁煙実現の経過を報告した。 (4) その後,原告は,同年10月以降も,月々の職員会議のため 山県の教育長の講演を聴き,同年9月19日のA中学校における県外出張報告会において,和歌山県の学校敷地内全面禁煙実現の経過を報告した。 (4) その後,原告は,同年10月以降も,月々の職員会議のため職員が集まった機会を利用して,「学校敷地内禁煙に向けて」と題する資料を提示してA中学校の敷地内全面禁煙化を求めて意見を述べた。 (5) 原告は,平成15年4月24日,A中学校のPTA総会において,原告が前年9月より職員会議で学校敷地内全面禁煙を求めていること,少し古い統計でも日本ではたばこによる肺ガンによって毎日50人が死亡していること,PTAでも学校敷地内全面禁煙について考えてほしい旨の発言をした。 (6) 同年6月30日の職員会議の際,原告は,7月の終業式までに学校敷地内全面禁煙とならなければ訴訟を提起する予定である旨述べ,これに対し校長は,夏休み明けの9月から勤務時間内における喫煙を禁止する旨の提案をした。 2 被告の本案前の主張原告の請求第2項は,将来の慰謝料を請求するものであるが,将来給付の訴えは,民事訴訟法135条において「あらかじめその請求をする必要がある場合に限り提起することができる。」と規定されている。原告の請求は,A中学校長が学校敷地内を全面禁煙にしないことが不法行為に当たるとの前提に立つものであるが,これは不法行為に当たらず,その前提を欠くから,同条の「あらかじめその請求をする必要がある場合」には該当せず,不適法である。 3 本案前の主張に対する原告の反論原告の請求第2項は,1日ごとに生じた損害の請求であり,将来の慰謝料を請求するものではない。 4 争点(1) A中学校長による不法行為の成否(原告の主張)ア教育基本法(以下「法」という。)1条は「教育は,人格の完成をめざし,平和的な国家及び社会の形成者として,真理と正 ものではない。 4 争点(1) A中学校長による不法行為の成否(原告の主張)ア教育基本法(以下「法」という。)1条は「教育は,人格の完成をめざし,平和的な国家及び社会の形成者として,真理と正義を愛し,個人の価値をたっとび,勤労と責任を重んじ,自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」と規定し,法2条は「教育の目的は,あらゆる機会に,あらゆる場所において実現されなければならない。」と規定している。 教育の目的の一つが「心身ともに健康な国民の育成」にあり,そのことは「あらゆる機会に,あらゆる場所において実現されなければならない」のである。禁煙教育は,国民の健康を守るために必要であって,最高の禁煙教育は,学校全体で,教職員が身をもって禁煙と禁煙教育に取り組み,学校からたばこを追放することである。そのためには,学校敷地内全面禁煙が必要であり,校長が喫煙室及び勤務時間外における喫煙を禁止しないことは,法1条及び2条に違反する。 イ法6条2項は「法律に定める学校の教員は,全体の奉仕者であって,自己の使命を自覚し,その職責の遂行に務めなければならない。」と規定している。 学校長が勤務時間外の喫煙を禁止しないことは,喫煙をする職員の利益のみを考慮し,心身ともに健康な国民の育成という教員の使命を自覚していないことの証左であり,法6条2項に違反する。 ウ法7条2項は「国及び地方公共団体は,図書館,博物館,公民館等の施設の設置,学校の施設の利用その他適当な方法によって教育の目的の実現に務めなければならない。」と規定している。 A中学校の校長及び教職員は,同校敷地内にある地域スポーツセンターの更衣室において喫煙をしているが,喫煙のために更衣室を使用することが「教育の目的の実現」ではないことは明らかであって,更衣室の る。 A中学校の校長及び教職員は,同校敷地内にある地域スポーツセンターの更衣室において喫煙をしているが,喫煙のために更衣室を使用することが「教育の目的の実現」ではないことは明らかであって,更衣室の目的外使用は法7条2項に違反する。 エ原告は,学校敷地内全面禁煙を職員会議で要求しているが,その決定がなされず,同じ学校内に喫煙をする教職員がいるため,原告が学校敷地内全面禁煙を要求していることを生徒に語れない。学校・職場の喫煙規制を求める行為そのものが重要な禁煙教育であると考えている原告にとって,原告が学校敷地内全面禁煙を要求していることを生徒に語れないということは,禁煙教育ができないことを意味するのであって,これは,原告の禁煙教育に対する妨害である。 A中学校長が,学校敷地内全面禁煙という教育的措置,決定をする権限を有し,実施できるにもかかわらず,かかる決定をしなかったことは,正当かつ効果的な禁煙教育をしないという不作為による不法行為を構成する。 (被告の主張)ア不作為による不法行為が認められるためには,前提として法律上の作為義務の存在が必要であるところ,原告が引用する教育基本法及び学校教育法の各規定は,学校を全面禁煙にする作為義務を負わせたものではないし,学校敷地内全面禁煙とならないことが原告の教育権の侵害とはならないことも明らかである。 イ A中学校においては,原告が同校に赴任した平成12年4月の時点において,既に完全分煙となっており,喫煙場所を応接室前の個室としていた。その後,原告からこの部屋での喫煙が生徒などの目につくとの指摘を受け,平成14年7月から,敷地内で最も生徒の目に触れることがなく,受動喫煙防止も可能である地域スポーツセンターの一室を喫煙のために使用するという措置をとった。この部屋は,当初は更衣室用の部屋であったも 平成14年7月から,敷地内で最も生徒の目に触れることがなく,受動喫煙防止も可能である地域スポーツセンターの一室を喫煙のために使用するという措置をとった。この部屋は,当初は更衣室用の部屋であったものの,実際に更衣室として使用されることがなく,空き部屋同然の状態であったため,喫煙のための部屋として使用することとしたものである。 さらに,A中学校においては,校長が勤務時間内を禁煙とする旨の提案をし,平成15年9月1日から実施しているのであって,市の他施設における取組と比べても同校における喫煙対策は進んだものである。 (2) 損害(原告の主張)A中学校では,原告が学校敷地内全面禁煙を求めた平成14年9月19日から本件訴訟提起の日である平成15年7月25日までの309日間にわたって,学校敷地内全面禁煙が実施されず,その結果,原告は,禁煙教育を妨害され,精神的損害を被り,これを慰謝するには3万0900円が相当である。 また,本件訴訟提起後もA中学校において学校敷地内全面禁煙が実現するまでは原告の精神的損害は発生し続けるところ,それを慰謝するには1日当たり100円が相当である。 (被告の主張)争う。 第3 当裁判所の判断 1 原告の主張ア,イについて原告の主張は,校長が学校敷地内を全面禁煙にしないことは不作為による違法であるというものである。 ところで,国家賠償法1条1項にいう公務員の違法とは,公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反することであり,規制権限の不行使という不作為が国家賠償法上違法であるというためには,当該公務員が規制権限を有し,規制権限の行使によって受ける国民の利益が国家賠償法上保護されるべき利益であることに加え,右権限不行使によって損害を受けたと主張する特定の国民との関係において,当該公務員が規制権限を行使すべ 有し,規制権限の行使によって受ける国民の利益が国家賠償法上保護されるべき利益であることに加え,右権限不行使によって損害を受けたと主張する特定の国民との関係において,当該公務員が規制権限を行使すべき作為義務が認められ,上記作為義務に違反することが必要である。 これを本件についてみるに,法は憲法において教育のあり方の基本を定めることに代えて,わが国の教育及び教育制度全体を通じる基本理念と基本原理を宣明することを目的として制定されたものであり,いわゆる基本法として,国会が,法律の名において,政府に対して,それぞれの分野に関する一定の施策・方策の基準・大綱を明示して,これに沿う措置をとることを命ずるという性格を帯びており,公立中学校教諭である原告を含め,特定の国民との関係で,公務員に対して何らかの規制権限を行使すべき作為義務を定めたものではない。 法1条は,教育の目的が「人格の完成」にあり,同時にそれは「平和的な国家及び社会の形成者」としての「心身ともに健康な国民の育成」をめざすものであるという,「個人」と「社会」の双方からの教育理念を掲げたもの,法2条は1条の「教育の目的」を実現させるために行われる教育活動にとって,特に必要と思われる方針をあらかじめ示すことにより,教育者はもとより,すべての国民の指針となることを求めたもの,法6条2項のうち,原告が引用する部分は,私立学校の教員を含めて学校の教員は,時の支配的政治権力に従属することなく,他方で特定の政党,団体などの一部の勢力にも従属することなく,教育的価値の実現に奉仕することを通じて国民全体に責任を負うことを定めたものであり,いずれも,公立中学校の校長に学校敷地内を全面禁煙とすべき作為義務を認めたものとはいえず,学校敷地内を全面禁煙としない校長の不作為が違法であるとする原告の主張は理由がない 負うことを定めたものであり,いずれも,公立中学校の校長に学校敷地内を全面禁煙とすべき作為義務を認めたものとはいえず,学校敷地内を全面禁煙としない校長の不作為が違法であるとする原告の主張は理由がない。 2 原告の主張ウについて法7条の趣旨は,学校教育とともに,学校以外の領域で広く多様な教育・文化活動が進展することが日本社会の民主的かつ文化的発展のうえで,重要な意義をもつことをふまえて,その役割をになう社会教育の発展を保障しようとするところにあり,1項は「家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育」を社会教育と捉えて,国や地方公共団体は,それらが国民の間で自主的・自発的に行われるよう奨励すべきであるとし,2項は,具体的に「図書館」「博物館」「公民館」などの施設の名称をあげてその施設の設置を求めつつ,併せて学校施設の利用をはじめその他の適当な方策を通じて,社会教育の発展と充実をはからなければならないとしたもので,その文言上も,公立中学校長や教職員に対し,学校施設や社会教育の施設の利用に関し,具体的な義務を負わせたものでないことは明らかである。したがって,喫煙のために地域スポーツセンターの更衣室を利用することが目的外使用として違法であるとの原告の主張も理由がない。 3 原告の主張エについて原告は,A中学校において,学校敷地内全面禁煙の決定がされず,学校敷地内で喫煙をする教職員がいるため,原告が学校敷地内全面禁煙を要求していることを生徒に語れず,原告の禁煙教育が妨害されていると主張する。 しかしながら,原告は,原告の要求を生徒に語れない理由として,喫煙者である校長その他の教職員の人格を傷つけることになるためと主張するのみであって,他の教職員が,原告に対し,原告が学校敷地内全面禁煙を要求していることを生徒に語ることを具体的に妨害したとの て,喫煙者である校長その他の教職員の人格を傷つけることになるためと主張するのみであって,他の教職員が,原告に対し,原告が学校敷地内全面禁煙を要求していることを生徒に語ることを具体的に妨害したとの事実は何ら主張していない。 原告の主張によっても,原告が生徒に対して学校敷地内全面禁煙を要求していることを語れないのは,喫煙をする教職員の人格を傷つけかねないと配慮した結果であると解され,原告が生徒に対し,学校敷地内全面禁煙を求めていることを他の教職員が具体的に妨害している事実は認められず,教育権の侵害をいう原告の主張も理由がないというべきである。 4 被告は,原告の請求のうち将来の慰謝料の支払を求める部分につき,あらかじめその請求をする必要がある場合に当たらないから,原告の請求第2項にかかる訴えを却下すべきである旨主張する。 本件のような継続的不法行為に基づき将来発生すべき損害賠償請求権については,(1)その基礎となるべき事実関係,法律関係が既に存在し,その継続が予測され,(2)請求権の成否・内容につき債務者に有利な将来における事情の変動があらかじめ明確に予測でき,(3)これについて請求異議の訴えによりその発生を証明してのみ強制執行を阻止しうるという負担を債務者に課しても不当といえないときにのみ,将来給付の訴えを提起できると解される(最高裁判所昭和56年12月16日大法廷判決・民集35巻10号1369頁参照)。そして,本件において,被告は不法行為の成立を争っており,今後もA中学校において学校敷地内全面禁煙とはならないことが予測されるし,また,被告は,A中学校の敷地内を全面禁煙とすれば,原告の請求権の成否に影響を及ぼすことができるから,債務者に有利な将来における事情の変動をあらかじめ明確に予測することができる。さらに,このような事情の変動を被告 中学校の敷地内を全面禁煙とすれば,原告の請求権の成否に影響を及ぼすことができるから,債務者に有利な将来における事情の変動をあらかじめ明確に予測することができる。さらに,このような事情の変動を被告が主張・立証することは容易であるから,請求異議の訴えにより,その発生を証明してのみ強制執行を阻止しうるという負担を被告に課しても不当とはいえない。したがって,原告の請求第2項にかかる訴えは適法というべきである。 なお,原告は,原告の請求第2項は将来の慰謝料請求ではないと主張するが,将来給付の訴えとは,口頭弁論終結時までに履行すべき状態にならない給付請求権の存在を主張するものをいうところ,原告の請求第2項は,本件訴訟提起の翌日から口頭弁論終結後,学校敷地内全面禁煙が実現するまで発生し続ける損害について,その賠償請求権の存否の判断を求めようとするものであって,原告が主張するとおり,上記損害は日々新たに発生し続けるものであるから,口頭弁論終結後に発生する損害についての賠償請求権は口頭弁論終結時にはいまだ履行すべき状態とはなっておらず,同請求が将来請求であることは明らかである。 第4 結論以上のとおり,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第5部裁判長裁判官丸地明子裁判官末吉幹和裁判官藤本ゆう子

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