平成13(わ)989 殺人

裁判年月日・裁判所
平成14年7月24日 神戸地方裁判所
ファイル
hanrei-pdf-7158.txt

判決文本文4,819 文字)

神戸地方裁判所平成14年7月24日判決平成13年(わ)第989号殺人被告事件 主文 被告人を懲役3年に処する。 この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。 押収してある洋出刃包丁1本(平成13年押第198号の1)及びペティナイフ1本(同押号の2)を没収する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,精神分裂病に罹患している長男Vと平成3年以降二人で生活していたが,加齢に伴い次男A一家の世話を受けるべく平成13年10月にはVとともにA宅の隣家に引っ越すこととなったものの,VとAとが極めて不仲で,自分の死後VとAとが衝突すれば殺し合いになりかねない等と思い詰め,Aやその家族のため,Vを殺害しようと決意し,平成13年9月7日午前零時25分ころ,神戸市D区Ea丁目b番c号所在の当時の被告人方自宅2階6畳洋間において,布団の上で横になっていたV(当時53歳)に対し,所携の洋出刃包丁(刃体の長さ約16.3センチメートル。平成13年押第198号の1)を同人の左胸部に向けて数回突いたが,洋出刃包丁の刃先が欠けていたため刺さらず,これに気づいた同人に両手首を掴まれて洋出刃包丁の奪い合いになった際,洋出刃包丁でVの顔面,頭部及び頚部等を多数回切り付け,その場で仰向けになって動けなくなったVに対し,さらに前記自宅1階台所から持ち出したペティナイフ(刃体の長さ約11.5センチメートル。同押号の2)でその左胸部を数回突き刺し,同人に対し,頭部切創,顔面切創,右側頸部ないし前頸正中部複合切創並びに左前胸上部刺(切)創による心臓及び肺動脈貫通刺創等の傷害を負わせ,よって,そのころ,同所にお の2)でその左胸部を数回突き刺し,同人に対し,頭部切創,顔面切創,右側頸部ないし前頸正中部複合切創並びに左前胸上部刺(切)創による心臓及び肺動脈貫通刺創等の傷害を負わせ,よって,そのころ,同所において,Vを前記心臓及び肺動脈貫通刺創による失血のため,死亡させて殺害したものである。 (証拠の標目)―括弧内の数字は証拠等関係カード記載の検察官請求証拠番号―省略(法令の適用)被告人の判示所為は刑法199条に該当するが,所定刑中有期懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予し,押収してある洋出刃包丁1本(平成13年押第198号の1)及びペティナイフ1本(同押号の2)は,いずれも判示殺人の犯行の用に供した物で被告人以外の者に属しないから,同法19条1項2号,2項本文を適用してこれらを没収することとする。 (量刑の理由)第1 犯行に至る経緯等 1 被告人は,昭和22年8月妻Bと婚姻し,同女との間に長男V,次男A,三男Cをもうけたが,Vは,昭和47年ころ精神分裂病との診断を受け,以来,精神病院に入退院や通院を繰り返すようになり,被告人は,BとともにVの生活全般の面倒をみることとなった。 平成3年3月Bが死亡し,被告人は単身でVの面倒をみるようになったが,同人は,被告人に対し,暴力を振るったり,意味不明の悪口雑言を浴びせたり,精神病院に再入院させられると疑って被告人の行動を逐次監視したりし,平成7年4月に自ら医師に申し出て病院を退院した後は,判示自宅で被告人と同居し,被告人から生活費を渡されて無為徒食の生活を送るようになり,その間,台所から包丁を持ち出した上,被告人に対し,「お前を殺して俺も死ぬ。」等と大声でわめくことが何度かあり,危険 自宅で被告人と同居し,被告人から生活費を渡されて無為徒食の生活を送るようになり,その間,台所から包丁を持ち出した上,被告人に対し,「お前を殺して俺も死ぬ。」等と大声でわめくことが何度かあり,危険を感じた被告人は,包丁の刃先をペンチで折る等の対策を講じた。 他方,既に独立して実家を出ていたAは,Vが被告人から渡された生活費等をパチンコにつぎ込む等していたことを知るや,Vに対し,その生活態度を改めるように再三注意していたが,Vがこれを全く聞き入れないため,ついに平成7年1月ころには,AがVを殴り付けるに至り,以後,同人はVに高圧的な態度で接するようになったため,両名の関係は極めて険悪となった。 2 被告人は,自分が元気なうちはA及びその家族に病気のVのことで迷惑をかけたくないと考えていたのであるが,平成13年2月ころ突然倒れたことを契機に,同年10月中旬ころから,Aが購入したA宅の隣家でVとともに同居することに決めた。 3 同年9月6日午後5時過ぎころ,自宅において,引っ越しの準備で訪れたAにおいてVの病状等の相談のために病院に電話をかけようとしたところ,Vが,Aらが病院に入院させようとしていると邪推し,Aに執拗に暴言を吐き,Aと口論になった。被告人は,A宅の隣家に引っ越した後,VがAとうまくやっていけるのだろうかとあらためて心配の念を募らせ,同日午後7時30分ころ,2階自室にVを呼び出し,同人に約3時間にわたり,今後世話になるのだから,Aらに「よろしくお願いします。」と頭を下げるくらいのことはするように何度も諭したが,Vは,「何で言わなあかん。絶対,言わへん。」と頑なにこれを拒否し,Aらが病人である自分の面倒をみるのは当たり前である等と傲慢な態度を取り続けた。 同日午後10時30分ころ,Vが部屋を出ていくと,被告人は,前記 なあかん。絶対,言わへん。」と頑なにこれを拒否し,Aらが病人である自分の面倒をみるのは当たり前である等と傲慢な態度を取り続けた。 同日午後10時30分ころ,Vが部屋を出ていくと,被告人は,前記自室において,今後VとAが衝突するのは間違いなく,自分が死んでしまえば誰も止められず殺し合いになるかもしれない等と思い詰め,一方が他方を殺すことになるのであれば,Aやその家族に迷惑をかけないためにも,老い先の短い自分がVを殺害しようと決意し,自宅1階台所において,洋出刃包丁を手に取ると,同2階6畳洋間に赴いて本件犯行に及んだ。 4 犯行後,被告人は,遺体を前にして両手を合わせると,警察に自首することにし,Aにその旨電話で連絡したが,自宅で身繕いなど自首の準備をするうちに,Aの通報を受けて臨場した警察官らに発見され,警察官らに本件犯行を認めると,その場で現行犯人逮捕された。 第2 特に考慮した事情等 1 本件は,被告人が,前記の経過で精神分裂病の長男Vを殺害しようと決意し,洋出刃包丁で同人の頚部等を多数回切り付けた上,ペティナイフで同人の左胸部を数回突き刺す等して同人を殺害したという殺人の事案である。 2 被告人は,前記の経過でVの殺害を決意して本件犯行に及んだというのであるが,被告人の抱いた「VとAが衝突して殺し合いになるかもしれない」等という危惧が現実化するおそれが切迫していたわけではないのに,Aやその家族に迷惑をかけないためとして,Vの生命を奪うという最悪の決断をしたものであって,その動機は余りに短絡的で独善的であるというほかはない。その犯行態様をみるに,被告人は,洋出刃包丁を携えてVの自室に入ると,布団に横になっていたVに対し,強い殺意をもって洋出刃包丁でその左胸部を突き刺そうとし,同人がこれに気付いて抵抗し始めたのに,全く躊躇する 様をみるに,被告人は,洋出刃包丁を携えてVの自室に入ると,布団に横になっていたVに対し,強い殺意をもって洋出刃包丁でその左胸部を突き刺そうとし,同人がこれに気付いて抵抗し始めたのに,全く躊躇することなく,終始無言で,同人の顔面及び頭部等をめった切りにし,その頸部を執拗に切り付け,同人が仰向けに倒れて動けない状態になっても,さらにペティナイフでその左胸部を数回突き刺して同人を殺害したというものであるところ,Vの遺体には全身に多数の切創や創傷が認められ,判示6畳洋間の床一面には多量の鮮血が飛び散っていたのであり,本件は強固な確定的殺意に基づく犯行であるばかりでなく,極めて残酷で凄惨な犯行であるといわざるを得ない。前認定のとおり,Vはその病状も手伝って他者との関係殊に被告人やAらとの関係が円滑に進まない常況にあったのであるが,これをもって本件犯行を誘発した被害者の落ち度と評価することのできないことは言うまでもなく,Vは,精神病に罹患しつつもそのかけがいのない人生を懸命に生き抜いていたものであるのに,事態を全く理解できないまま,実父である被告人から突然その生命を奪われたものであって,誠にあわれであり,深い同情の念を禁じ得ない。また,本件犯行が身内に精神病患者を抱え献身的な介護を続けている多くの人々など社会に与えた衝撃は甚大であり,その社会的影響には軽視しえないものがある。 以上の諸点に照らすと,被告人の刑事責任は重大であり,被告人を実刑に処することを当然に考慮すべき事案というべきである。 3 しかしながら,被告人は,約30年間にわたり,特に平成3年3月に妻を亡くしてからは,精神分裂病のVのことでAらに迷惑をかけたくないという想いから,単身でVの面倒を見てきたのであるが,80歳を迎え体調にも不安を抱え,老い先が短いことを自覚せざるを得な 3年3月に妻を亡くしてからは,精神分裂病のVのことでAらに迷惑をかけたくないという想いから,単身でVの面倒を見てきたのであるが,80歳を迎え体調にも不安を抱え,老い先が短いことを自覚せざるを得ない状況の中で,Vと極めて不仲であるAを頼らざるを得ない状態になったのであり,このような経緯を踏まえて,本件犯行前日におけるVのA又は被告人に対する言動や態度に接した被告人の胸中を考えると,被告人が前記のような心境に至って短絡的に本件犯行に及んだことについては,なお,到底理解できるものではないが,同情の余地がないとまではいえないこと,被告人は,親としてVやAらに対して十分な愛情を有しており,主観的には,そうであるが故に本件犯行に及んだ経緯が認められること,本件が前記のような精神状態で敢行された偶発的かつ衝動的な犯行であること,被告人は,前記のとおり自首しようとして自宅で現行犯逮捕されたものであるが,その当時,臨場した警察官に対し,本件犯行を認めてその処分を委ねていたこと,被害者の遺族であるAらが寛大な処分を望んでおり,当公判廷でも被告人を引き取って介護する旨誓約していること,前科前歴がないことに加え,被告人は,犯行直後はVを殺害することが最善であったと述べていたものの,次第に反省改悟の情が深まり,現在では自己の非を悟り,Vの死亡を悲しんで毎日写経をしながらその冥福を祈る日々を過ごしていること,当公判廷でも,いかなる処罰も受けるつもりであり,服役して贖罪したい,生きている限りVに詫び続けていきたいと述べるなど真摯に反省していること,高齢であること等,被告人のために酌むべき事情も認められる。 4 以上の諸事情を総合勘案すると,被告人の刑事責任は誠に重いというべきであるけれども,被告人に対しては,社会内においてVの冥福を祈らせつつ贖罪の日々を過ごさ 人のために酌むべき事情も認められる。 4 以上の諸事情を総合勘案すると,被告人の刑事責任は誠に重いというべきであるけれども,被告人に対しては,社会内においてVの冥福を祈らせつつ贖罪の日々を過ごさせることも刑事政策の目的に反しないものと思料し,主文掲記の刑を科した上で,法律上可能な最長期間,その刑の執行を猶予することとした次第である。 よって,主文のとおり判決する。 平成14年7月24日神戸地方裁判所第1刑事部裁判長裁判官杉森研二 裁判官橋本一 裁判官林史高

▼ クリックして全文を表示

🔍 類似判例を検索𝕏 でシェア← 一覧に戻る