令和7年6月24日熊本地方裁判所刑事部宣告令和6年(わ)第73号傷害致死被告事件 判決 主文 被告人を懲役9年に処する。 未決勾留日数中380日をその刑に算入する。 訴訟費用は被告人の負担とする。 理由 (犯罪事実)被告人は、令和5年11月27日午前10時13分頃から同日午前11時15分頃までの間に、熊本市a区bc丁目d番e号被告人方において、妻であるA(当時40歳)に対し、その背部、両下肢、右前腕部に手段不明の暴行を加え、同人に背部・下肢打撲、右橈骨骨折の傷害を負わせ、よって、同日午後0時50分頃、同市f区gh丁目i番j号B病院において、同人を前記背部・下肢打撲による出血性ショックにより死亡させたものである。 (事実認定の補足説明) 1 争点判示当日午前10時13分頃から同日午前11時15分頃までの間に被害者が背部・下肢打撲、右橈骨骨折、顔面熱傷の傷害を負い、背部・下肢打撲による出血性ショックにより死亡したこと、同時間帯において被告人方にいたのは被害者、被告人及び同人らの長女Cであったことは争いがなく、証拠上も明らかである。 弁護人は、被告人の供述等を前提に、被害者は、その自傷行為や衣装部屋からの転落等の事故によって死亡した疑いがあるから被告人は無罪であると主張しており、本件の争点は、被害者に生じた背部・下肢打撲、右橈骨骨折等の傷害結果 が被告人の暴行によって生じたか否かである。 2 被害者の負った傷害は他者からの暴行によるものか⑴ 被害者の受傷内容や受傷原因等に関する証人D(以下「D証人」という。)の供述は以下のとおりである。D証人の供述は、解剖経験や専門的知見に基づき、被害者の受傷内容や受傷原因等を合理的に説明するものであり 害者の受傷内容や受傷原因等に関する証人D(以下「D証人」という。)の供述は以下のとおりである。D証人の供述は、解剖経験や専門的知見に基づき、被害者の受傷内容や受傷原因等を合理的に説明するものであり、特段その信用性を否定すべき事情は見当たらない。 ア背部背中の大部分、背部の広範囲に皮下出血群、筋肉出血群があるところ、左右肩甲骨の周囲、胸椎周囲(背中の真ん中あたり)の筋肉内に高度の出血が認められ、鈍体による擦過、打撲又は圧迫により形成されたと考えられる。 損傷が広範囲に及び、出血の程度も高度であることからすると、自傷の可能性はまず考えられず、一度の転倒で複数の箇所を損傷することも不可能であるから、他者の暴行により生じた可能性が高い。 イ下肢次に、左右の下肢の広範囲に皮下出血群、筋肉出血群があるところ、左膝の内側から左下腿内側に広範なデコルマン(圧迫的に伸展されて、表皮や真皮には損傷がなく、皮下脂肪織と筋膜とが剥離した状態)及び右下腿外側にデコルマンが形成されている。デコルマン形成時の痛みや、下腿を自傷する場合の力の強さ等を考慮すると、被害者が自傷によりデコルマンを形成することは、自らが高所から飛び降り、壁に擦るように墜落するような場合でない限り、現実的には難しく、不可能であると思う。仮に被害者が衣装部屋の棚から落下したとしても、その高さが約2mであることに照らすと両下肢にデコルマンが生じる可能性は低い。そうすると、両下肢のデコルマンは、被害者が長座又は臥位の姿勢をとっていたところ、他者がかかと等で強くねじるように体重を乗せて踏みつける行為により形成されたと考えられる。また、被害者の左下腿内側に「コ」の字型の傷があり、その末端部に表皮剥離片が あることから、左側のデコルマンが同損傷の原因となる に体重を乗せて踏みつける行為により形成されたと考えられる。また、被害者の左下腿内側に「コ」の字型の傷があり、その末端部に表皮剥離片が あることから、左側のデコルマンが同損傷の原因となる行為によって形成されたとすると、腹臥位の姿勢をとっていた被害者に対し、他者が幅2.5cm前後の棒状の鈍体を被害者の身体の背側から腹側に極めて強くねじるように圧迫する行為により生じたと推定される。 ウ右橈骨骨折また、被害者の右橈骨の中央部に横骨折が生じ、右前腕橈側には皮下出血があったが、一般的に転倒による場合、手をつくことで橈骨遠位端を骨折することが多いし、被害者の右前腕に凹みや擦過傷がみられないことからすると、被害者が転倒・転落したことにより右橈骨を骨折したとは考え難い。そうすると、被害者は、右前腕橈側への鈍体による強い打撲作用により右橈骨を骨折したと推定される。 ⑵ 被害者の背部・下肢打撲、右橈骨骨折については、D証人も指摘するとおり、背部の広範囲に皮下出血や筋肉出血が見られ、下肢にデコルマンがあることからして、自傷や一度室内で転倒したことにより生じるとは考えにくい。そうすると、これらは、他者から暴行を加えられたことによって生じたと認められる。 このことは、C及び二女Eが供述するように、被害者は、生前、包丁を持って自宅を飛び出したり、Cに電話を架けて死にたいと言ったりしていたなどの被害者の精神状態が不安定であったことを示す事情があったからといって揺るがない。 ただし、被害者の顔面熱傷については、熱傷の形状が水しぶきがかかったような形状になっていることなどからして、D証人も指摘するように被害者が第三者に熱湯を浴びせられた可能性が高いが、それのみをもってしては被告人又は被害者の過失によって生じた可能性を排斥することま たような形状になっていることなどからして、D証人も指摘するように被害者が第三者に熱湯を浴びせられた可能性が高いが、それのみをもってしては被告人又は被害者の過失によって生じた可能性を排斥することまではできておらず、熱傷については被告人の故意によって生じたと認めることはできない。 ⑶ 弁護人の主張これに対し、弁護人は、①背部の受傷原因につき、衣装部屋の棚に上ってい た被害者が、床に転落した際に背中を強打したり、被告人が、被害者に水を吐かせようとして同人の背中をたたいたりしたことによって生じた可能性がある、②下肢の受傷原因につき、デコルマンについては、被害者の上記棚からの転落時、床や床に散乱した物に足を打ちつけたことなどにより生じた可能性があるし、それ以外の損傷についても、被害者が自ら小さな椅子で両足を殴った際や、被告人が暴れる被害者を10分ほど押さえつけた際に形成された可能性がある、③右橈骨骨折の受傷原因につき、被害者が上記棚から転落した際、床に散乱していた鈍体に右前腕を親指側から強く打ちつけた可能性がある旨主張する。 しかし、そもそも、弁護人は背部、下肢、右腕の損傷について、全て棚からの転落により生じた可能性を指摘するが、意図的に被害者が棚から飛び降りた場合でも、過失で棚から転落した場合でも、一度の転落でこれらの損傷が同時に発生するのは偶然が過ぎるし、複数回転落することがあり得るとしても被害者の後頭部や臀部に打撲痕等が残っていないというのは不自然である。更に個別に見ると、①については、繰り返しになるが、被害者の背部の出血が広範囲に及んでおり、左右の肩甲骨から胸椎の周囲の筋肉内に高度の出血が見られたことに照らすと、被害者が高さ約2mの棚から床に落下したり、被告人が水を吐かせるために背中をたたいた 被害者の背部の出血が広範囲に及んでおり、左右の肩甲骨から胸椎の周囲の筋肉内に高度の出血が見られたことに照らすと、被害者が高さ約2mの棚から床に落下したり、被告人が水を吐かせるために背中をたたいたりしたことにより、このような損傷が生じるとは考え難い。②については、デコルマン形成時の痛みや、長座の体勢で鈍体を用いて自身の下肢を殴った場合に想定される力の程度に照らすと、仮に高所からの墜転落以外の自傷行為によりデコルマンを形成することが可能であるとしても、デコルマンが左右両足にあり、かつ左足のデコルマンは広範にわたっていることなどからして、被害者が自傷により下肢にデコルマンを形成することは困難であり、これは、仮に被害者が鎮痛剤を服用しており、その薬理作用で一定程度痛みが低減したとしても変わらない。また、被告人が暴れる被害者を押さえつける際にデコルマンが形成された可能性というのも、そのような目 的であれば、被告人が被害者の下肢にデコルマンが生じるほどの力でねじるような圧迫を加えるとは考え難い。③については、右橈骨については、D証人も指摘するとおり、骨折の部位や擦過傷が見られないことに加え、棚から落下する場合に想定される被害者の体勢からすると、親指側である右橈骨の中央部を打ち付けて骨折することは考えにくい。 したがって、弁護人の上記主張はいずれも採用できない。 3 被告人が被害者に対する暴行に及んだか否かそして、被害者が他者から暴行を加えられたことにより生じた背部・下肢打撲及び右橈骨骨折は、被害者と被告人が被告人方にいた際に生じたものであり、他に被告人方にいたCが被害者に暴行したことをうかがわせる証拠は存在しないから、被害者に対する暴行に及んだのは被告人であると認められる。 4 被告人供述について被告人は、被 じたものであり、他に被告人方にいたCが被害者に暴行したことをうかがわせる証拠は存在しないから、被害者に対する暴行に及んだのは被告人であると認められる。 4 被告人供述について被告人は、被告人方の寝室の方から大きな物音が聞こえ駆け付けたところ、被害者が衣装部屋に座り、小さな椅子で自らの足を殴っていたため、同椅子を取り上げて押さえつけた、その後も被害者はもう一つの小さな椅子で自らの足を殴り続けていたので被告人が再度同椅子を取り上げると、被害者が暴れたため同人を押さえつけた、被告人は落ち着いた被害者に入浴するか、風呂の掃除をするよう告げ、自らは仕事の準備をしていた、約10分後、被告人の呼びかけに被害者が応答しなかったため、風呂場を見に行くと、被害者が、顔の半分が浴槽の湯につかった状態で前かがみに倒れていたため、同人を浴槽から洗い場に移動させて、水を吐かせるために背中をたたくなどした旨供述する。 しかし、前記のとおり、被害者の受傷状況に照らすと、被害者の自傷行為、事故又は被告人の制止・救命行為により、被害者が広範囲かつ皮下出血及び筋肉出血を伴う背部・下肢打撲を負ったとは認め難い。さらに、被告人供述を前提とすると、被害者は大きな物音がした際に衣装部屋の棚から転落して右橈骨を骨折したにもかかわらず、その直後、その手で自らの足を殴ったことになるなど不合理 である。また、仮に被告人がその供述どおりの被害者の言動を目撃していたのであれば、警察から被害者の下肢の痣について尋ねられた際にはその旨伝えるのが自然であるが、本件当日、警察官として被告人に事情聴取を行ったF証人の供述によれば、被害者の下肢の痣について尋ねられた被告人は、被害者が最近スマートフォンで足を殴るなどの自傷行為に及んでいた旨の話をする一方、被害者が、本件当日、小 て被告人に事情聴取を行ったF証人の供述によれば、被害者の下肢の痣について尋ねられた被告人は、被害者が最近スマートフォンで足を殴るなどの自傷行為に及んでいた旨の話をする一方、被害者が、本件当日、小さな椅子で足を殴っていたとの話をすることはなかったのであり(なお、弁護人は、同証人の供述の信用性につき慎重に検討すべきと述べるところ、仮に被告人が本件当日にそのような話をしていたのであれば、捜査機関により同椅子の写真撮影は早期に行われているはずであるが、令和6年9月になってから椅子の写真撮影がなされていることなどからして、同証人の証言は信用できる。)、被害者の自傷行為に関する被告人の供述経過は不自然であるといわざるを得ない。 被告人は、この点に関して、妻の死亡直後でパニックになっていたかのように述べるが、些末な点であればともかく、上記のような衝撃的な出来事につき話さず、最近スマートフォンで足を殴っていたことは話していたというのは不自然というほかない。 以上によれば、被告人の供述は信用できない。 5 結論以上によれば、被告人には判示の傷害致死罪が成立する。 (量刑の理由)被告人が被害者に加えた暴行の詳細は明らかでないが、被害者の背部・下肢打撲は広範囲に及び、両下肢にはデコルマンが生じていたことや、被告人も負傷したなど被害者が反撃した形跡は証拠上うかがえないことからすると、被告人は、被害者に対して、多数回かつ一方的に相当程度の力をもって暴行に及んだと認められ、犯行態様は執拗かつ強度であり、凶器を使用していないとしても、相当悪質な部類の犯行というほかない。 被告人がこのような犯行に至った経緯としては、証拠上明確でない部分もあり、 被告人自身は被害者が性被害に遭った旨述べているのであるが、遅くとも令和4年夏頃から、被告人と うほかない。 被告人がこのような犯行に至った経緯としては、証拠上明確でない部分もあり、 被告人自身は被害者が性被害に遭った旨述べているのであるが、遅くとも令和4年夏頃から、被告人と被害者の夫婦仲は悪化し、たびたび口論をしたり、時には被告人が被害者を角材で殴打したりするなどし、長女から見ても被告人と被害者は対等ではない関係になっていたというのであって、被害者が不倫行為に及び、被告人がそのことを疑っていたという可能性は否定できない。そのような中、被告人は、本件当日、取引先とのやり取りを被害者が被告人に相談することなく進めていたとして、被害者を被告人方に呼び戻した後に本件犯行に及んだものである。被害者に対する悪感情が被害者の不倫に起因するものであったとしても、また、被害者に一定程度非がある言動をきっかけに本件に至ったのだとしても、前記のような苛烈な暴行に及ぶことが正当化されるとは到底いえず、このような経緯や動機を量刑上被告人に有利に考慮するにも限度がある。 以上の事情によれば、本件犯行は、単独犯で、男女関係ないしその他の家族関係を動機とし、配偶者である被害者に対して傷害に及んで死亡させた、処断罪と異なる主要な罪がなく、量刑上重視すべき前科のない傷害致死罪を中心とする事案類型の中で、特に重い部類とまではいえないが、重い部類に属する事案というべきである。 その上で、被害者参加し、被告人に対する怒りの気持ちや残された子らを慮る被害者の父及び弟、実父である被告人に早く帰ってきてほしい旨述べた長女及び二女それぞれの心情なども踏まえ主文の刑が相当であると判断した。 (求刑懲役12年)令和7年6月25日熊本地方裁判所刑事部裁判長裁判官中田幹人裁判官賀嶋敦裁 刑が相当であると判断した。 (求刑懲役12年)令和7年6月25日熊本地方裁判所刑事部裁判長裁判官中田幹人裁判官賀嶋敦裁判官若松亮太
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