- 1 -令和5年(ワ)第154号損害賠償等請求事件令和7年6月27日千葉地方裁判所松戸支部民事部判決口頭弁論終結日令和7年3月14日 主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告らは、原告に対し、連帯して、300万円及びこれに対する令和3年1 月9日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。 2 被告Kは、原告に対し、200万円及びこれに対する令和3年1月9日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。 3 被告Kは、原告に対し、8万4000円及びこれに対する令和5年3月31日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。 第2 事案の概要等 1 事案の概要本件は、被告K(以下「被告親方」という。)が師匠を務めるA部屋の力士であった原告が、次の各請求をする事案である。 (1) 原告が新型コロナウイルスの感染への不安を理由とする一月場所の休場を 申し入れた際の被告公益財団法人日本相撲協会(以下「被告協会」という。)及び被告親方の各対応が、それぞれ不法行為に当たる旨主張し、被告らに対し、民法709条、719条の共同不法行為に基づく損害賠償請求として、慰謝料300万円及びこれに対する各不法行為日の後の日である令和3年1月9日(原告が力士を引退した日)から支払済みまで民法所定の年3パーセ ントの割合による遅延損害金の連帯支払- 2 -(2) 被告親方が、①賞味期限を5年以上経過し、変色し、異臭のする肉を原告に食べるように強要したこと、②稽古中にかく大量の汗を拭くためのタオル(通称「汗拭き」と呼ばれており、以下においても、「汗拭き」という。)の が、①賞味期限を5年以上経過し、変色し、異臭のする肉を原告に食べるように強要したこと、②稽古中にかく大量の汗を拭くためのタオル(通称「汗拭き」と呼ばれており、以下においても、「汗拭き」という。)の乾燥を原告の費用負担で行わせたこと、③兄弟子が厳しい稽古を装って、原告に私的制裁等を加えることを放置したこと、④原告が怪我等を理由に稽古 を休むことを認めなかったことがそれぞれ不法行為に当たる旨主張し、被告親方に対し、民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求として、慰謝料合計200万円及びこれに対する各不法行為日の後の日である令和3年1月9日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払 (3) 被告親方が、原告の同意なく、被告協会から原告に支給される養成員場所手当から積立金及び旅行積立金(以下、積立金と併せて「積立金等」という。)を毎月控除していた旨主張し、被告親方に対し、不当利得返還請求として、8万4000円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である令和5年3月31日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の 支払 2 前提事実(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)(1) 被告協会は、相撲文化の振興と国民の心身の向上に寄与することを目的とし、本場所及び巡業の開催、相撲道の伝統と秩序を維持するために必要な人 材の育成等の事業を行う財団法人である(甲1)。 (2) 被告親方(年寄名は「A」という。)は、被告協会から力士等の養成について委託を受け、相撲部屋であるA部屋の親方として、相撲部屋の維持管理や弟子の指導等を行う者である。 (3) 原告(平成10年2月生。甲3)は、平成25年3月に相撲部屋であるA 養成について委託を受け、相撲部屋であるA部屋の親方として、相撲部屋の維持管理や弟子の指導等を行う者である。 (3) 原告(平成10年2月生。甲3)は、平成25年3月に相撲部屋であるA 部屋に入門し、令和3年1月に引退するまでの間、同部屋に所属し、被告協- 3 -会の開催する本場所や巡業等に参加していた力士(当初の四股名は「B」であり、令和2年三月場所に「C」と改名した。)であった者である。 (4) 原告は、令和3年1月6日、被告親方に電話し、新型コロナウイルスに感染することが怖いので、同月10日に初日を迎える一月場所を休場したい旨伝えた。 (5) 原告は、令和3年1月7日、被告親方に対し、新型コロナウイルスに感染する危険を負いながら7日間相撲を取るのは怖く、本場所に出場せずに場所前に引退したい旨伝えた。同月9日の朝には、原告の断髪式が行われ、原告は、力士を引退した。 (6) 原告は、引退した直後、自身のTwitter(現在の名称はX)上に、 「今日を持って引退することになりました。…略…協会からコロナが怖いで休場は無理だと言われたらしく出るか辞めるかの選択肢しか無く…略…」「コロナにおびえながら我慢して相撲を取ると言う選択肢は選べず引退を決意しました」と投稿した。 3 争点 (1) 新型コロナウイルス感染への不安を理由とする休場の判断に係る被告協会の不法行為の成否(2) 原告の休場を認めるように被告協会に申し入れなかったこと等に係る被告親方の不法行為の成否(3) 被告親方が傷んだ肉を食べるように強要したか否か (4) 汗拭きの乾燥を原告の費用で行っていたことに係る被告親方の不法行為の成否(5) 厳しい稽古を装った私的な制裁等の放置に係る被 告親方が傷んだ肉を食べるように強要したか否か (4) 汗拭きの乾燥を原告の費用で行っていたことに係る被告親方の不法行為の成否(5) 厳しい稽古を装った私的な制裁等の放置に係る被告親方の不法行為の成否(6) 原告が怪我等を理由に稽古を休むことを認めなかったことに係る被告親方の不法行為の成否 (7) 各不法行為による原告の損害の発生及び額- 4 -(8) 控除された積立金等に係る被告親方の不当利得の成否(9) 消滅時効の成否 4 争点に対する当事者の主張(1) 争点(1)(新型コロナウイルス感染への不安を理由とする休場の判断に係る被告協会の不法行為の成否)について (原告の主張)ア令和2年春頃から、新型コロナウイルス感染症が流行し、同年10月頃には、変異株であるデルタ株の感染者が日本でも確認された。同年12月末頃から緊急事態宣言について検討がされ始め、令和3年1月7日には、政府から2回目の緊急事態宣言が発令された。当時は新型コロナウイルス に関する知見は集積途上であり、現在よりも人々の抱く不安や恐怖は強かった。 そして、大多数の力士は、BMI130以上という類型的に重症化リスクが高いとされている体型をしており、また、持病を抱えている力士も少なからずいた。令和2年5月には、当時28歳の力士が新型コロナウイル スに感染して死亡したこともあり、特に持病を抱える力士は、新型コロナウイルスに感染することに強い不安を抱くことが自然な状況にあった。 原告も、過去に不整脈のために入院治療を受けており、心臓に疾患を抱えていた。原告は、一月場所に出場することで、電車での移動中や両国国技館で多数の人と接触することになるし、力士との対戦の 原告も、過去に不整脈のために入院治療を受けており、心臓に疾患を抱えていた。原告は、一月場所に出場することで、電車での移動中や両国国技館で多数の人と接触することになるし、力士との対戦の際に飛沫が飛び 交うことになり、新型コロナウイルスに感染する機会が飛躍的に増えることになるから、強い不安を感じていた。そして、被告協会も、原告が心疾患を抱えていることに係る診断書等を過去に受け取っているはずであるから、原告の基礎疾患を把握していたはずである。 イ本場所を主催する被告協会は、力士の安全と健康を守るべく、力士の環 境に配慮する義務を負うところ、令和3年一月場所開催当時の状況を踏ま- 5 -えると、新型コロナウイルス感染への不安を理由とした休場が認められなければ、力士は、感染への不安を抱えながら出場するか、引退するかの2つの選択を迫られることは明らかであったから、被告協会には、力士から新型コロナウイルス感染への不安を理由に休場の申入れがあった場合、当該力士の個別の事情や心情を丁寧に聴き取り、休場を認めるか否かを慎重 に判断する義務があった。 それにもかかわらず、原告が被告親方に休場を申し入れた後、被告協会が、原告から直接個別の事情を聴取することなく、また、原告の個別の事情を無視し、新型コロナウイルス感染への不安を理由とした休場は認めないとの判断をしたことは、上記の義務に違反し、不法行為に当たる。 (被告協会の主張)原告は、基礎疾患等についての診断書を被告協会に提出して休場することが可能であったし、また、診断書がなくても、帰国休場扱いとして、給金は出ないが欠場することが可能であった。原告は、それらを知っていたにもかかわらず、新型コロナウイルスが怖いという理由によって自 ことが可能であったし、また、診断書がなくても、帰国休場扱いとして、給金は出ないが欠場することが可能であった。原告は、それらを知っていたにもかかわらず、新型コロナウイルスが怖いという理由によって自ら引退を決断し たにすぎないから、被告協会に不法行為が成立することはない。 (2) 争点(2)(原告の休場を認めるように被告協会に申し入れなかったこと等に係る被告親方の不法行為の成否)について(原告の主張)被告親方は、未成年を含む多くの若者を預かっており、相撲の稽古だけで はなく、生活全般にわたって指導を行う立場にあり、A部屋の力士の安全及び健康を守るため力士の環境に配慮する義務を負っている。 被告親方は、原告が心疾患を抱えていることを元々知っており、また、原告から休場の申出を受けた際も、基礎疾患を有するために新型コロナウイルスに感染することが怖い旨を伝えられていた。したがって、被告親方は、被 告協会に対し、原告が心疾患を抱えていることや感染に強い不安を感じてい- 6 -ることなど、原告の個別の事情や心情を説明し、その上で、原告の休場を認めるよう被告協会に申し入れる義務を負っており、これを怠ったことは不法行為に当たる。 (被告親方の主張)原告は、令和3年1月6日、被告親方に対し、新型コロナウイルスに感染 することが怖いので、同月10日に初日を迎える一月場所を休場したい旨などを伝えるとともに、診断書はどうしたらよいか尋ねた。被告親方は、被告協会のD主事に原告の診断書のことについて電話で確認したところ、新型コロナウイルスが怖いという診断書は出ないと思うので、帰国休場扱いになるから給金は出ないこと、もし痛い所があれば、その診断書をもらえばよい旨 D主事から回答を得 いて電話で確認したところ、新型コロナウイルスが怖いという診断書は出ないと思うので、帰国休場扱いになるから給金は出ないこと、もし痛い所があれば、その診断書をもらえばよい旨 D主事から回答を得た。被告親方は、同月7日の稽古終了後、原告に対し、前日のD主事の回答を伝えたところ、原告は、本場所に出場せずに場所前に引退したい旨申し入れた。 原告は、令和2年9月29日の時点で、被告親方に対し、自動車免許を取りに行って令和3年の5月場所後に引退する旨伝え、令和2年11月29日 から自動車学校に通い始めていた。被告親方が、診断書を提出して一月場所を休場するか、帰国休場扱いにして本場所に出場しない選択肢があることを原告に提示したにもかかわらず、原告は、自動車免許を早く取ることを優先して引退を決めたのであり、新型コロナウイルスが怖いというのは引退を正当化するためのこじつけにすぎない。 したがって、被告親方が原告の個別の事情や心情を説明し、原告の休場を認めるよう被告協会に申し入れる義務はないから、被告親方の不法行為は成立しない。 (3) 争点(3)(被告親方が傷んだ肉を食べるように強要したか否か)について(原告の主張) A部屋の番付が下の方の力士は、被告親方の指示により、冷凍焼けした肉- 7 -や虫が湧いた米などの不衛生な食材を頻繁に食べさせられていた。 平成29年1月頃、A部屋に高級な肉の差入れがあり、親方や関取等でその肉を食べることになった際にも、被告親方は、賞味期限を5年以上経過し、変色し、異臭もしていた別の肉を冷凍庫から取り出し、原告を含む幕下以下の力士らに対し、「いい肉だからお前らで食え。」と述べた。原告らは、その 肉を食べなくてはならないのかと被告親方に聞い 過し、変色し、異臭もしていた別の肉を冷凍庫から取り出し、原告を含む幕下以下の力士らに対し、「いい肉だからお前らで食え。」と述べた。原告らは、その 肉を食べなくてはならないのかと被告親方に聞いたが、被告親方は、「せっかくもらったものを無駄にするわけにはいかないだろ。」「いいから、お前らで食え。」と原告らでその肉を食べることを命じた。相撲部屋においては、親方の言うことは絶対であり、原告らは、やむなくその肉を調理して食べた。 被告親方が、上記の傷んだ肉を原告に食べるように強要した行為は、原告の 人としての尊厳を傷つけ、健康を害するものであるから、不法行為に当たる。 (被告親方の主張)A部屋には、後援会などから、余るほどの食材が提供されるから、被告親方が、若い力士を含む弟子たちに対し、不衛生な食事を提供することはない。 被告親方の立会の下、A部屋の冷凍庫を掃除し、肉の整理をした際に、冷 凍焼けした肉が出て来ることは稀にあったが、被告親方が、賞味期限切れの肉を食卓に出したり、食べることを指示することなどおよそあり得ない。 (4) 争点(4)(汗拭きの乾燥を原告の費用で行っていたことに係る被告親方の不法行為の成否)について(原告の主張) 力士は、稽古中に多くの汗をかくため、汗拭きが毎日大量に必要となり、それを頻繁に洗濯し、乾かさなければならなかった。そのため、天気が悪い日が少し続くなどして、汗拭きの乾燥が間に合わなくなった場合には、被告親方は、原告を含む三段目以下の力士らに対し、力士自身の費用負担により、コインランドリー等で大量の汗拭きを乾燥させるように命じていた。1回当 たりのコインランドリー代は1000円程度であったが、十一月場所の際は、- 8 -福岡の宿所の 自身の費用負担により、コインランドリー等で大量の汗拭きを乾燥させるように命じていた。1回当 たりのコインランドリー代は1000円程度であったが、十一月場所の際は、- 8 -福岡の宿所の近くにコインランドリーがなく、タクシーを利用せざるを得なかったため、6000円以上かかることもあったタクシー代を洗濯当番の力士が負担させられていた。以上のような乾燥費用の負担の強制は、原告がA部屋に入門した頃から力士を引退するまでの間、継続して行われていた。 被告協会は、力士養成員の衣食住等に係る費用を賄うために、養成員養成 費を被告親方に支払っているから、汗拭きの乾燥に要する費用は、被告親方が本来負担すべきものである。それにもかかわらず、被告親方は、自らの弟子に対する絶対的な地位を利用し、逆らうことのできない原告に対して金銭的負担を転嫁したものといえるから、被告親方が汗拭きの乾燥を原告の費用で行わせたことは、不法行為に当たる。 (被告親方の主張)天候が悪い日には、汗拭きの乾燥のためにコインランドリーに行く必要があることもあり、そうした日に洗濯当番に当たった力士がコインランドリーの乾燥費用を負担することはあった。もっとも、コインランドリーに行く必要がある場合には、事前にマネージャーに頼めば送迎を受けられたため、洗 濯当番の力士が移動費用を負担する必要はなかったし、A部屋の力士全員のための洗濯当番として、慣行かつ互助的なものとして、1回600円程度の乾燥費用を負担していたにすぎない。被告親方が被告協会から受け取る養成員養成費は、すべて食費や光熱費等の力士養成員の養成にのみ使われており、汗拭きの乾燥費用に充てられるべきものではない。 したがって、被告親方が、汗拭きの乾燥を原告の費用で行 取る養成員養成費は、すべて食費や光熱費等の力士養成員の養成にのみ使われており、汗拭きの乾燥費用に充てられるべきものではない。 したがって、被告親方が、汗拭きの乾燥を原告の費用で行わせたことがあったとしても、不法行為に当たらない。 (5) 争点(5)(厳しい稽古を装った私的な制裁等の放置に係る被告親方の不法行為の成否)について(原告の主張) ア A部屋においては、親方衆や兄弟子の言うことを聞かなかった等の理由- 9 -により、兄弟子らが弟弟子に私的な制裁を加えることが横行しており、その中でも、厳しい稽古を装って行われる私的な制裁は、「かわいがり」と呼ばれていた。なお、「かわいがり」は、兄弟子が弟弟子に、または、上位力士が下位力士に厳しい稽古をつけることを意味する相撲の用語であるが、大相撲界においては、「厳しい稽古を装った私的な制裁」という裏の 意味で用いられてきた現実があり、A部屋においても、この裏の意味を指すものとして、「かわいがり」という用語が普通に用いられていた。 こうした私的な制裁としての「かわいがり」は、A部屋全体による組織的なものとして行われており、部屋内の規律に反したことや、稽古の態度が悪かったこと等を名目上の理由としていたが、実際は、多くが理不尽な 理由によるものであり、正当な懲戒行為とはいえない。原告も、何度も私刑としての「かわいがり」を受けており、例えば、次のイ及びウの出来事があった。 イ原告は、A部屋に入門して間もない平成25年3月頃、朝稽古の集合時刻を知らされていなかったにもかかわらず、朝稽古に遅刻したことを理由 として、兄弟子から、通常のぶつかり稽古(ぶつかる力士と受ける力士に分かれて行う稽古)とは比較にならない負荷を伴う の集合時刻を知らされていなかったにもかかわらず、朝稽古に遅刻したことを理由 として、兄弟子から、通常のぶつかり稽古(ぶつかる力士と受ける力士に分かれて行う稽古)とは比較にならない負荷を伴うぶつかり稽古を長時間させられ、受け役の兄弟子に転がされてすぐに起き上がれなくなった際には、周囲の兄弟子から口の中に塩や砂を詰め込まれ、倒れた状態のままの体を蹴られる等の暴力を受け、また、ぶつかり稽古が終わった後も、兄弟 子から、意識が朦朧とした状態で前立て(腕立て伏せの体勢を維持すること)をさせられ、さらに、前立て中の原告の両手の甲の上に渡すように竹ぼうきの柄を置き、その上に足を乗せて体重をかけるという暴行を受けた。 ウ平成28年1月頃にも、部屋付き親方のE親方が、兄弟子に対し、原告が稽古中に力が入っていなかったことを理由として、原告に「かわいがり」 を行うように指示を出し、原告は、通常に比べて非常に大きな負荷を伴う- 10 -ぶつかり稽古をさせられ、また、倒れて起き上がれなくなったところを、兄弟子から、髷を掴んで引き起こされる、口に含んだ水を霧状にして原告の顔に吹きかけられる、腹の上に乗られて体重をかけられ、足で蹴って土俵の外に追い出される、口に塩や砂が詰め込まれるなどの暴行を受けた。 エ被告親方は、上記イ及びウの兄弟子から原告に対する稽古に名を借りた 肉体的苦痛を与える行為又は暴力行為が行われた際、いずれも稽古場にいて、一部始終を見ていた。被告親方は、A部屋の力士の安全及び健康を守るため、力士の環境に配慮する義務を負っているから、被告親方が、兄弟子による上記イ及びウの各行為が行われようとしていることを認識し、また、実際に見ていたにも関わらず、即時にこれらを制止せずに漫然とこれ らを放置したこと 義務を負っているから、被告親方が、兄弟子による上記イ及びウの各行為が行われようとしていることを認識し、また、実際に見ていたにも関わらず、即時にこれらを制止せずに漫然とこれ らを放置したことは、いずれも不法行為に当たる。 (被告親方の主張)A部屋において、組織的な、また、兄弟子による厳しい稽古を装った私的制裁又は暴力行為が行われていたことは一切なく、原告が、平成25年3月頃及び平成28年1月頃に兄弟子から受けたとされる私刑としての「かわい がり」又は暴力行為が行われた事実は存在しない。 (6) 争点(6)(原告が怪我等を理由に稽古を休むことを認めなかったことに係る被告親方の不法行為の成否)について(原告の主張)ア原告は、平成26年7月頃、流行性結膜炎に罹ったため、症状を悪化さ せたり、他の力士に感染させないように、他の力士と接触する稽古をしないようにしていた。しかし、E親方は、原告及び同様に流行性結膜炎に罹っていた力士に三番稽古(同じ相手との間で繰り返し取組を行う稽古)を行わせ、さらに、流行性結膜炎に罹っていない力士にも稽古に加わるように命じ、被告親方も、原告の稽古の様子を見ていたにもかかわらず止める ことはなかった。 - 11 -被告親方は、A部屋の力士が病気に罹った場合には、適切な治療を受けさせたり、適宜稽古を休ませる等によって当該力士の健康を保つために必要な措置をとる義務を負っているから、流行性結膜炎に罹っている力士同士に三番稽古させるなど、原告の流行性結膜炎の症状が悪化しかねない稽古が行われていることを認識しながら、特段の措置を講じることなく放置 したことは不法行為に当たる。 イ原告は、平成26年12月頃、稽古中に兄弟子から小手投げ 膜炎の症状が悪化しかねない稽古が行われていることを認識しながら、特段の措置を講じることなく放置 したことは不法行為に当たる。 イ原告は、平成26年12月頃、稽古中に兄弟子から小手投げをされた際に左肘に強い痛みを感じたため、被告親方に対し、左肘を怪我して痛みがあることを訴え、稽古を中断したい旨伝えたが、被告親方は、稽古の中断を許さず、三番稽古を30番行うように原告に命じ、他の力士よりも厳し い稽古をさせた。また、後日、原告は、左肘靭帯断裂の診断を受け、そのことを被告親方に伝えたが、被告親方は、原告が稽古を休むことや平成27年一月場所に休場することを許さなかった。 被告親方は、A部屋の力士が怪我をした場合には、適切な治療を受けさせたり、適宜稽古を休ませる等によって当該力士の健康を保つために必要 な措置をとる義務を負っているから、原告からの稽古の中断の申入れを認めず、また、原告が一月場所を休場することを許さなかったことは不法行為に当たる。 (被告親方の主張)被告親方は、力士から怪我や病気で休みたい旨の申入れがあれば、番付に かかわらず、それを拒否することはなかった。原告の主張は、全くの事実無根である。 (7) 争点(7)(各不法行為による原告の損害の発生及び額)について(原告の主張)ア力士引退を強いられたことによる慰謝料 300万円 上記(1)(原告の主張)記載の被告協会の不法行為及び上記(2)(原告の- 12 -主張)記載の被告親方の不法行為により、原告は、力士引退を決断せざるを得なくなった。原告は、中学校を卒業してから約8年もの間、被告親方を信じて相撲のみに取り組んできたにもかかわらず、被告親方に裏切られ、また、 被告親方の不法行為により、原告は、力士引退を決断せざるを得なくなった。原告は、中学校を卒業してから約8年もの間、被告親方を信じて相撲のみに取り組んできたにもかかわらず、被告親方に裏切られ、また、被告協会にも裏切られ、真剣に取り組んできた相撲を取ることも許されないこととなった。これによって原告が受けた精神的苦痛を慰謝する ための慰謝料は300万円を下らない。 イ傷んだ肉を食べるように強要されたこと及び汗拭きの乾燥費用を負担させられたことに係る慰謝料 100万円上記(3)(原告の主張)記載の被告親方から傷んだ肉を食べるように強要されたことにより、原告は人としての尊厳を傷つけられ、また、実際にお 腹を壊し、精神的苦痛を被った。また、上記(4)(原告の主張)記載の被告親方による汗拭きの乾燥費用の搾取は、搾取した金額以上に原告に精神的苦痛を与えるものであった。被告親方のこれらの不法行為によって原告が被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は100万円を下らない。 ウ平成25年3月頃に私刑としての「かわいがり」等を放置したことによ る慰謝料 30万円上記(5)(原告の主張)イ記載の兄弟子から原告に対する私刑としての「かわいがり」等を被告親方が放置した不法行為により、原告は著しい肉体的精神的苦痛を受けた。原告が被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は30万円を下らない。 エ平成28年1月頃に私刑としての「かわいがり」等を放置したことによる慰謝料 30万円上記(5)(原告の主張)ウ記載の兄弟子から原告に対する私刑としての「かわいがり」等を被告親方 がり」等を放置したことによる慰謝料 30万円上記(5)(原告の主張)ウ記載の兄弟子から原告に対する私刑としての「かわいがり」等を被告親方が放置した不法行為により、原告は著しい肉体的精神的苦痛を受けた。原告が被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は 30万円を下らない。 - 13 -オ流行性結膜炎に罹った原告が稽古を休めずにいたことを放置したことによる慰謝料 10万円上記(6)(原告の主張)ア記載の原告が流行性結膜炎を理由として稽古を休めずにいたことを被告親方が放置した不法行為により、原告は、自身の流行性結膜炎の症状が悪化したり、他の力士に感染させてしまうのではな いかという不安を抱えながら稽古をすることになり、精神的苦痛を受けた。 原告が被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は10万円を下らない。 カ左肘の怪我を理由として原告が稽古を休むこと等を許さなかったことによる慰謝料 30万円上記(6)(原告の主張)イ記載の左肘の怪我を理由として原告が稽古を休 むこと等を被告親方が許さなかった不法行為により、原告は、左肘の痛みに耐えながら、三番稽古を30番取る等の稽古をさせられたり、本場所に出場し、著しい肉体的精神的苦痛を受けた。原告が被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は30万円を下らない。 (被告らの主張) いずれも否認ないし争う。 (8) 争点(8)(控除された積立金等に係る被告親方の不当利得の成否)について(原告の主張)幕下以下の力士(力士養成員)には、被告協会から養成員場所手当が支 認ないし争う。 (8) 争点(8)(控除された積立金等に係る被告親方の不当利得の成否)について(原告の主張)幕下以下の力士(力士養成員)には、被告協会から養成員場所手当が支給されるところ、被告親方は、被告協会から預かった原告の養成員場所手当か ら積立金等などを控除した上で、原告に支給していた。積立金等の控除は、原告がA部屋に入門してから力士を引退するまでの間、原告に対する説明や原告の同意なく行われてきたものであり、被告親方は、これらの控除額の合計8万4000円を法律上の原因なく、利得している。 (被告親方の主張) A部屋においては、被告親方が管理しない力士同士の互助会制度が自主的- 14 -に運営されている。力士の給与又は養成員場所手当から控除された積立金等は、A部屋のマネージャーからこれらを管理する力士養成員又は行司に渡され、口座に入金の上管理されており、関取衆や資格者への昇進の際の祝金、結婚祝及び出産祝、資格者や力士養成員への見舞金、引退及び退職時の祝金、被告協会関係者や後援者の不祝儀や供花代、A部屋で旅行に行く際の力士養 成員への小遣い、卓球台等の購入に充てられている。 したがって、積立金等の控除は、原告も利益を享受していた互助会制度に基づくものであり、被告親方に利得はない。 (9) 争点(9)(消滅時効の成否)について(被告親方の主張) ア上記(3)(原告の主張)記載の傷んだ肉を食べることを強要した不法行為は、平成29年1月頃のことであり、不法行為時から本件訴訟の提起までに3年以上が経過しているから、消滅時効を援用する。 イ上記(4)(原告の主張)記載の汗拭きの乾燥費用を原告に負担させた不法行為についても、不法行為時 あり、不法行為時から本件訴訟の提起までに3年以上が経過しているから、消滅時効を援用する。 イ上記(4)(原告の主張)記載の汗拭きの乾燥費用を原告に負担させた不法行為についても、不法行為時から本訴訟の提起までに3年以上経過してい るものについては、消滅時効を援用する。 ウ上記(5)(原告の主張)イ記載の私刑として「かわいがり」等を放置した不法行為は平成25年3月頃、同ウ記載の私刑としての「かわいがり」等を放置した不法行為は平成28年1月頃のことであり、いずれも不法行為時から本訴訟の提起までに3年以上経過しているから、消滅時効を援用す る。 エ上記(6)(原告の主張)ア記載の原告が流行性結膜炎を理由として稽古を休めずにいたことを放置した不法行為は平成26年7月頃、同イ記載の左肘の怪我を理由として原告が稽古を休むこと等を許さなかった不法行為は同年12月頃のことであり、いずれも不法行為時から本訴訟の提起までに 3年以上経過しているから、消滅時効を援用する。 - 15 -オその他原告主張の請求権に対しては、いずれも消滅時効を援用する。 (原告の主張)A部屋においては、被告親方の言うことは絶対であり、また、私刑としての「かわいがり」や暴力行為等が容認されていた。加えて、原告は、当時20歳にも至っていない若者であった上、衣食住の全てを被告親方に頼らざるを 得ない状況にあった。そうすると、原告が、A部屋に所属しながら、自らの権利を行使して被告親方の法的責任を追及することは不可能であり、およそ期待できなかった。また、相撲界においては、相撲部屋の移籍は認められていないから、原告が相撲を続けたいと考える以上、A部屋に所属し続ける必要があった。 したがって、被 あり、およそ期待できなかった。また、相撲界においては、相撲部屋の移籍は認められていないから、原告が相撲を続けたいと考える以上、A部屋に所属し続ける必要があった。 したがって、被告親方の援用する各消滅時効の起算点については、いずれも不法行為時ではなく、原告が力士を引退した令和3年1月9日とすべきであり、消滅時効は完成していない。 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(新型コロナウイルス感染への不安を理由とする休場の判断に係る被 告協会の不法行為の成否)及び争点(2)(原告の休場を認めるように被告協会に申し入れなかったこと等に係る被告親方の不法行為の成否)について(1) 認定事実前記前提事実に加え、掲記の証拠及び弁論の趣旨によれば以下の事実が認められ、他に同認定を覆すに足りる証拠はない。 ア被告協会の取組編成要領の定め等被告協会の本場所相撲の取組の編成について定めた取組編成要領においては、取組は、本場所の初日の2日前に初日、2日目の取組を、その後は前日に取組を編成し、発表するものとし、病気、怪我等により力士が欠場する場合には、当該力士の師匠は、医師の診断書をもって、取組編成会議 が行われるよりも前に、審判部長に届け出なければならないとされている- 16 -(乙4)。 なお、力士養成員には、被告協会の給与等支給規定に基づき、養成員場所手当が支給されるところ、診断書を提出せずに、本場所を欠勤した場合は、養成員場所手当は支給されないこととされている(乙5)。 イ原告の入門等 原告は、中学生の頃に柔道で好成績を残していたことから被告親方に勧誘され、平成25年3月にA部屋に入門し、同年の三月場所で初土俵を踏んだ。その後、原告 。 イ原告の入門等 原告は、中学生の頃に柔道で好成績を残していたことから被告親方に勧誘され、平成25年3月にA部屋に入門し、同年の三月場所で初土俵を踏んだ。その後、原告は、令和2年の十一月場所を最後に引退するまでの間、病気や怪我による入院・手術により、平成28年の一月場所の途中から五月場所まで、また、平成29年の九月場所の途中から平成30年の一月場 所の途中まで休場した以外は、全ての本場所に出場していた。(甲21、原告本人)ウ心疾患の発症等原告は、平成28年1月、一月場所の取組の最中に失神し、一月場所を休場して、特発性心室頻拍の疑いで約2週間入院治療を受けるなどした。 また、原告は、平成30年10月にも、稽古中に動悸と圧迫感を感じて近隣の病院を受診し、不整脈が確認された。 原告は、平成28年3月頃に稽古中に左膝の半月板を損傷し、入院治療を受けるなど、現役時代は多くの怪我に悩まされていた。 (以上につき、甲3、4、21、原告本人) エ令和2年以前の経緯被告親方は、平成29年12月27日、原告の母と原告の引退について面談した際、原告の母から、原告があと1000日相撲を頑張って続けるという話を受けた。 原告は、平成30年9月1日、A部屋の他の力士に対する被告親方の対 応等について不満を抱くなどして、被告親方に引退を申し入れた。同月2- 17 -8日、被告親方と原告及び原告の母との間で話し合いが行われ、原告は力士を続けることとなったが、被告親方は、原告に対し、2年で幕下の上位に上がれなければ引退するくらいの覚悟を決めて相撲に取り組まなければならない旨伝えた。 原告は、平成30年の秋か冬頃、以前から相談に乗 となったが、被告親方は、原告に対し、2年で幕下の上位に上がれなければ引退するくらいの覚悟を決めて相撲に取り組まなければならない旨伝えた。 原告は、平成30年の秋か冬頃、以前から相談に乗ってもらっていた元 F関に力士を続けるべきか相談したところ、元F関から、とにかくあと3年間は頑張ってみろなどと言われた。 原告は、平成31年の三月場所において6勝1敗の成績を残し、令和元年の五月場所では生涯最高位となる三段目三十七枚目となったが、その後幕下に上がることはできなかった。 (以上につき、甲21、乙16の1・2、27、原告本人、被告親方本人)オ新型コロナウイルス感染症の流行令和2年の春頃から、日本国内においても、新型コロナウイルス感染症が流行し、同年5月には、当時28歳の三段目の力士が、新型コロナウイルス性肺炎による多臓器不全のために死亡したことが報道された。 原告は、その後、同年の七月場所、九月場所、十一月場所に出場した。 (以上につき、甲5、原告本人)カ原告の自動車教習所への通所の開始原告は、令和2年9月29日、被告親方に対し、同年の十一月場所後に自動車免許を取りに行き、何かの資格を取って令和3年の五月場所後に引 退する旨伝え、被告親方の許可を得た上で、令和2年11月29日から、自動車教習所に通い始めた(乙17の1・2、27、被告親方本人)。 キ令和3年の一月場所前の新型コロナウイルス感染症の状況等令和2年10月頃には、新型コロナウイルスのデルタ株の感染者が日本でも確認され、アルファ株よりも重症化リスクや死亡リスクが高いことが 認識され始めていた。厚生労働省が集計した同年12月23日の日本国内- 18 - 型コロナウイルスのデルタ株の感染者が日本でも確認され、アルファ株よりも重症化リスクや死亡リスクが高いことが 認識され始めていた。厚生労働省が集計した同年12月23日の日本国内- 18 -の感染者数は17万3336人、死者数は315人、重症者数は536人となり、令和3年1月の初めには、日本政府による2回目の緊急事態宣言の発出について報道がされていた。 また、同月までには、新型コロナウイルスに感染した場合に重症化しやすい要因として、慢性の心臓病や肥満等が指摘されていた。 (以上につき、甲6~8、原告本人)ク原告の休場の申入れ(ア) 一月場所の取組編成会議が令和3年1月8日に行われるため、A部屋においては、休場する力士は、同月7日に若者頭又は行司に休場する旨を伝え、診断書を被告親方に提出する必要があった(乙27)。 (イ) 原告は、令和3年1月6日、被告親方に電話し、同年の五月場所で引退すること、新型コロナウイルスに感染することが怖いので、同月10日に初日を迎える一月場所を休場したいこと及び診断書をG整形外科から取得するつもりであることを伝えた。これに対し、被告親方は、緊急事態宣言が発令されれば、一月場所も開催されるか分からないので、話 はそれからである旨回答した。(乙6の1・2、27、被告親方本人)(ウ) 被告親方は、令和3年1月6日の夕方、原告を呼び、一月場所を休場した場合、三月場所出場まで外出禁止になる旨を伝えたところ、原告から、自動車教習所の受講もあと5時間で終わるので、一月場所が終わった後に自動車教習所に通ってもよいか被告協会に聞いて欲しい旨要望さ れた。被告親方は、新型コロナウイルスが怖くて本場所を休場するのに自動車教習所に通うのはおかし で終わるので、一月場所が終わった後に自動車教習所に通ってもよいか被告協会に聞いて欲しい旨要望さ れた。被告親方は、新型コロナウイルスが怖くて本場所を休場するのに自動車教習所に通うのはおかしく、被告協会も同じ回答であろう旨を伝えたところ、原告は、三月場所が終わってから自動車教習所への通所を再開する旨述べた。 また、被告親方は、診断書はどうしたらよいかと原告から尋ねられた ので、新型コロナウイルスが怖いという診断書はない旨答えたが、原告- 19 -は、嘘をつきたくない旨述べた。 (以上につき、乙6の1・2、27、被告親方本人)ケ被告協会のD主事への確認被告親方は、令和3年1月6日の夕方、被告協会のD主事に対し、原告の診断書のことについて電話で尋ねたところ、新型コロナウイルスが怖い という診断書は出してもらえないと思うので、帰国休場扱いになるから給金は出ないこと、もし痛い所があれば、その診断書をもらえばよい旨D主事から回答を得た(乙6の1・2、27、被告親方本人)。 コ原告の引退の申入等(ア) 被告親方は、令和3年1月7日の稽古終了後、原告に対し、新型コロ ナウイルスが怖いからという理由で一月場所を休場することはできないこと、G整形外科では新型コロナウイルスが怖いという内容の診断書は書いてもらえないこと及び診断書がなければ帰国休場扱いになることを伝えた。これに対し、原告は、被告親方に対し、新型コロナウイルスに感染する危険を負いながら7日間相撲を取るのは怖く、本場所に出場せ ずに場所前に引退したい旨伝えた。(乙7の1・2、乙27、被告親方本人)(イ) 政府は、令和3年1月7日、2回目の緊急事態宣言を発し、事業者にテレワークを推進することを に出場せ ずに場所前に引退したい旨伝えた。(乙7の1・2、乙27、被告親方本人)(イ) 政府は、令和3年1月7日、2回目の緊急事態宣言を発し、事業者にテレワークを推進することを求めるなどした。 被告親方は、同日の夕方、原告を呼び、緊急事態宣言では、イベント の観客上限数が5000人までとなっていたから一月場所は開催すると思う旨伝え、昼前に原告が述べたように一月場所に出場しないのであれば、同月9日の朝に断髪式をすることを提案した。 原告は、原告の母と引退について電話で話をし、同月7日の夜、被告親方に対し、原告の母が原告の引退について納得したこと及び同月9日 に断髪式をする旨を原告の母に伝えたことを電話で報告した。 - 20 -(以上につき、乙7の1・2、27、被告親方本人、弁論の全趣旨)サ一月場所の開催についての被告協会の発表等被告協会は、令和3年1月8日、同月10日から始まる一月場所を有観客で行うことを発表し、力士たちに対して同場所への参加を求めるとともに、両国国技館まで従来どおりの方法で来るように指示した。なお、開催 直前に協会員に実施したPCR検査の結果、65人の力士が一月場所を休場する事態となった。(甲9、弁論の全趣旨)シ原告の引退A部屋において、令和3年1月9日の朝に原告の断髪式が予定どおり行われ、原告は力士を引退した。上記コ(イ)の同月7日の原告と被告親方の やり取りから断髪式までの間に、原告が、被告親方に対し、引退を悩んでいたり、被告協会の対応等に不満があることなどを述べたことは一切なかった(弁論の全趣旨)。 (2) 事実認定の補足説明ア原告は、前記認定事実ク(イ)の点につき、原告が、令和 を悩んでいたり、被告協会の対応等に不満があることなどを述べたことは一切なかった(弁論の全趣旨)。 (2) 事実認定の補足説明ア原告は、前記認定事実ク(イ)の点につき、原告が、令和3年1月6日、 原告が被告親方に一月場所の休場を申し入れた際、同年の五月場所で引退する旨伝えたことはなく、五月場所の時期頃から引退に向けた検討を進めていく旨の話をしたと主張する。 しかし、前記認定事実カのとおり、原告は、令和2年9月29日、自動車免許を取得したい旨被告親方に伝えた際、令和3年の五月場所後に引退 する旨を述べていたことからすれば(なお、原告も、同趣旨の発言をした記憶はある旨主張している。)、同年1月6日に一月場所の休場を申し入れた際にも、同年の五月場所で引退する旨を被告親方に伝えたという経過に不自然な点はない。そして、被告親方が同日に自身のスマートフォンのメモ機能を使って残したとされる当時のやり取りの記録(乙6の1・2。 「作成日」及び「編集日」がいずれも令和3年1月6日と表示されている。)- 21 -につき、同日より後に編集等がされたことも窺われず、これに裏付けられる被告親方の供述も信用できるから、原告は、被告親方に一月場所の休場を申し入れた際、同年の五月場所で引退する旨伝えた事実が認められ、これに反する原告の主張は採用できない。 イまた、原告は、前記認定事実コ(ア)の点につき、令和3年1月7日の 稽古終了後に被告親方と話した際、被告親方から、帰国休場扱いに関する話をされたことはなく、原告が、一月場所を休場できないということは、無理して出場するか力士を辞めるしかないのかという旨尋ねると、被告親方は、「そうだな。もう出るか辞めるしかないな。」と回答し、出場するか引退するかいずれか 告が、一月場所を休場できないということは、無理して出場するか力士を辞めるしかないのかという旨尋ねると、被告親方は、「そうだな。もう出るか辞めるしかないな。」と回答し、出場するか引退するかいずれかの選択肢しかないことを告げた旨主張し、これに沿う 供述及び陳述(甲21)をする。 しかし、原告は、本件の訴え提起当初、被告親方から一月場所への休場が認められない旨伝えられたのが、一月場所の前日である令和3年1月9日であると勘違いして主張するなど、引退に至る経緯についての記憶が曖昧となっていることが窺われる。また、原告は、令和2年の秋頃には、令 和3年の五月場所が終わった頃に引退することを考え、引退後の生活のために自動車教習所に通所していたこと(前記認定事実カ)、診断書を取得して休場を申し入れる場合は、同年1月7日までに行う必要があったこと(同ク(ア))に加え、同月当時新型コロナウイルスの感染が拡大し、感染の不安を抱えながら出場しなくてはいけないという状況が改善に向かう兆 しもなかったことからすれば、出場するか引退するか二者択一の選択を迫られなくても、出場しない場合は養成員場所手当の支給されない帰国休場扱いとなることを被告親方から伝えられた原告が、その場で、一月場所に出場せずに引退することを申し入れるのも不合理とはいえない。そして、被告親方が令和3年1月7日に自身のスマートフォンのメモ機能を使って 残したとされる当時のやり取りの記録(乙7の1・2。「作成日」及び「編- 22 -集日」がいずれも令和3年1月7日と表示されている。)につき、同日より後に編集等がされたことも窺われず、これに裏付けられる被告親方の供述も信用できるから、被告親方が、新型コロナウイルスが怖いからという理由で一月場所を休場することはで 示されている。)につき、同日より後に編集等がされたことも窺われず、これに裏付けられる被告親方の供述も信用できるから、被告親方が、新型コロナウイルスが怖いからという理由で一月場所を休場することはできない旨を原告に伝えた際、診断書がなければ帰国休場扱いになることを伝えたこと、これに対し、原告が本場 所に出場せずに場所前に引退したい旨申し入れた事実が認められ、これに反する原告の供述等は採用できない。 (3) 被告協会の不法行為責任ア被告協会においては、病気、怪我等によって力士が本場所を欠場する場合には、当該力士の師匠が、医師の診断書をもって、取組編成会議が行わ れるよりも前に、審判部長に届け出ることが必要とされている(前記認定事実ア)。もっとも、診断書を提出せずに、本場所を欠勤した場合には、養成員場所手当は支給されないが(同ア)、医師の診断書がなければおよそ本場所を休場することができないものではなく、被告親方から電話で問い合わせを受けたD主事も、診断書を取得できない場合には帰国休場扱いに なるから給金は出ない旨回答している(同ケ)。 イ以上の事実を踏まえると、新型コロナウイルスに感染した場合に重症化しやすい要因とされる基礎疾患を抱える力士が、感染への不安を理由に本場所を休場したいと考える場合、基礎疾患等を診断名とする診断書を提出して休場する方法が採り得るといえ、また、それが難しいとしても、養成 員場所手当の支給されない帰国休場扱いとして休場する方法があるといえる。そして、被告協会は、一月場所直前にPCR検査を実施し、65人の力士の休場を認めている(同サ)。そうすると、被告協会が、上記措置の他に、新型コロナウイルスの感染への不安を理由として令和3年の一月場所への休場を希望する原告から個別の事 CR検査を実施し、65人の力士の休場を認めている(同サ)。そうすると、被告協会が、上記措置の他に、新型コロナウイルスの感染への不安を理由として令和3年の一月場所への休場を希望する原告から個別の事情や心情を丁寧に聴き取るべき義務 があったとは認められない。また、被告協会が、帰国休場扱いも含めた原- 23 -告の本場所への休場の余地を一切否定していたと認める証拠もない。 ウよって、被告協会の不法行為をいう原告の請求は理由がない。 (4) 被告親方の不法行為責任被告親方は、令和3年1月6日、原告から、新型コロナウイルスに感染することが怖いので、一月場所を休場したいことを伝えられると、同日夕方、 被告協会のD主事に診断書のことを尋ね、同月7日、原告に対し、新型コロナウイルスが怖いからという理由で一月場所を休場することはできないこと、休場するには、基礎疾患等を診断名とする診断書を提出して休場するか、帰国休場扱いとして休場する方法があることを説明した(前記認定事実クないしコ)。一方、原告は、既に平成30年秋頃には引退を具体的に考え始め (同エ)、令和2年の十一月場所終了後には被告親方の許可を得て自動車教習所に通い始めていたのであって(同カ)、引退は既定路線となっていた。 かかる状況のもと、原告は、一月場所前に引退することを自ら決断したのであって、その過程において、被告親方が、一月場所に出場するか、力士を引退するかのいずれかの選択肢以外あり得ないかのように原告に思い込ませた り、出場か引退かのいずれかを選択をするように原告に強制していたとは認められないことは、前記(2)イ説示のとおりである。 以上からすると、被告親方は、引退が既定路線となっていた原告との間で、原告の希望する形での休場は困難 をするように原告に強制していたとは認められないことは、前記(2)イ説示のとおりである。 以上からすると、被告親方は、引退が既定路線となっていた原告との間で、原告の希望する形での休場は困難であり、採り得る休場方法を説明して原告の判断に委ねたのであるから、さらに、被告親方が、被告協会に対し、原告 の心疾患や感染への強い不安を感じているなど、原告の個別の事情や心情を説明し、その上で、原告の休場を認めるよう被告協会に申し入れる義務を負っていたとは認められない。 よって、休場の申入れに対する被告親方の不法行為をいう原告の請求は理由がない。 2 争点(3)(被告親方が傷んだ肉を食べるように強要したか否か)について- 24 -(1) 原告は、平成29年1月頃、被告親方が、賞味期限を5年以上経過し、変色し、異臭もしていた肉を冷凍庫から取り出し、原告を含む幕下以下の弟子らに対し、「いいから、お前らで食え。」などと原告らでその肉を食べることを命じ、原告らは、やむなくその肉を調理して食べた旨主張し、これに沿う供述及び陳述(甲21)をする。 (2) そこで、原告の上記供述等の信用性について検討する。 アまず、証拠(甲11の1~4、12、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成29年1月頃、A部屋の冷凍庫から出された賞味期限が平成24年1月5日の牛肉などの写真を撮影し、そのうち当該賞味期限が映っている写真等を、同月13日、原告の母及び知人のみが見ることが できるLINEのタイムライン上に「はは笑うしかないわ! 良い肉も賞味期限が切れたらただの肉やわなー」とのコメントと共に投稿したことが認められる。 もっとも、賞味期限を長年経過した牛肉のパックの状態の写真やざるに入れら はは笑うしかないわ! 良い肉も賞味期限が切れたらただの肉やわなー」とのコメントと共に投稿したことが認められる。 もっとも、賞味期限を長年経過した牛肉のパックの状態の写真やざるに入れられた写真(甲11の1~4)はあるものの、当該牛肉を調理してい たり、食べている場面の写真はなく、上記コメント自体、高級肉が古くなったことを指摘するにとどまるのであって、上記写真及びコメントをもって、被告親方から傷んだ肉を食べることを命じられた旨の原告の供述が裏付けられるものではない。かえって、原告は、友人に対して愚痴をいう気持ちで上記LINEの投稿をした旨供述しているところ、被告親方への不 満や肉のひどい味や臭い等について明示又は黙示に言及することなく、単に撮影した高級な肉の状態を面白おかしく取り上げるかのような内容の投稿をしている点は、賞味期限を5年以上経過し、異臭がする肉を食べることを被告親方に強要された後の行動としては不自然といわざるを得ない。 イまた、かつてA部屋に所属していた3名の元力士らも、被告親方から、 冷凍焼けした肉や虫の湧いた米を何度も食べさせられた旨証言(H証人)- 25 -又は陳述(甲17、19、20)するが、これらを裏付ける客観的な証拠はなく、A部屋の幕下の多くの力士が、そうした不衛生な食事を被告親方から強要される事態が数年にわたって継続し、食中毒も発生していたにもかかわらず、原告が引退するまでの間、その問題がA部屋の内部で隠蔽されていたというのも考え難いことからすれば、上記元力士らの証言又は陳述 をもって、原告の供述の信用性を肯定するには足りないというべきである。 ウ以上の点に加え、写真(甲11の1~4)の肉は、被告親方が捨てることを指示したもので、ざるに入れられているのは をもって、原告の供述の信用性を肯定するには足りないというべきである。 ウ以上の点に加え、写真(甲11の1~4)の肉は、被告親方が捨てることを指示したもので、ざるに入れられているのは、肉から出る血や水を切るためである旨のIの証言及び被告親方の供述及び陳述(乙27、28)は、その内容が合理的なものであって信用できることに照らすと、被告親 方から、賞味期限を5年以上経過し、変色し、異臭もしていた肉を食べることを強要された旨の原告の供述等は採用できない。 (3) よって、被告親方が、平成29年1月頃、原告に傷んだ肉を食べることを強要した事実を認めることはできず、この点について被告親方の不法行為をいう原告の請求に理由はない。 3 争点(4)(汗拭きの乾燥を原告の費用で行っていたことに係る被告親方の不法行為の成否)について(1) 前記前提事実に加え、掲記の証拠及び弁論の趣旨によれば以下の事実が認められ、他に同認定を覆すに足りる証拠はない。 ア A部屋においては、稽古の際に各力士が1人1枚ずつ汗拭きを使用する ところ、番付が三段目以下の力士が、交替で汗拭きを洗濯する当番を担当していた。原告がA部屋に所属していた当時、他に40名近くの力士が所属していたため、汗拭きの洗濯当番が回ってくるのは、月に3回又は4回程度であった。千葉県松戸市内の部屋及び各地方場所の宿舎には汗拭きの洗濯用の二層式洗濯機が設置されており、稽古直後の昼前に汗拭きを洗濯 すれば、天日干しで乾かすことが可能であったが、雨などの天候が悪い日- 26 -には、洗濯当番の力士が、大量の汗拭きをコインランドリーで乾燥させ、1000円程度のコインランドリー代を自身で負担していた。(甲21、乙27、被告親方本人)イま が悪い日- 26 -には、洗濯当番の力士が、大量の汗拭きをコインランドリーで乾燥させ、1000円程度のコインランドリー代を自身で負担していた。(甲21、乙27、被告親方本人)イまた、十一月場所の際に滞在する福岡の宿舎の近くにはコインランドリーがなかったために、原告は、自身の負担でタクシーを利用してコインラ ンドリーに行き、汗拭きを乾燥させていた。コインランドリー代とタクシー代が合わせて6000円以上かかることもあり、他の力士と2人でコインランドリーに行っていたので、1人当たりの負担額は3000円以上となっていた。なお、被告親方は、マネージャーに頼んで車で送迎してもらうことを許容していた。(甲21、乙27、28、I証人、被告親方本人) ウ被告協会においては、幕下以下の力士を養成するため、相撲部屋の師匠に、養成員養成費を支給することができ、その支給額は、所属する力士養成員一人につき、一場所当たり14万8000円(消費税及び地方消費税を除く。)とされている(乙18)。 (2) 上記(1)ア及びイで認定した事実のとおり、原告は、汗拭きを乾燥させるた めにコインランドリーを使用した際には、1000円程度のコインランドリー代を自身で負担し、十一月場所の際にコインランドリーを使用するときは、タクシー代も合わせて3000円以上負担することもあったが、当時のA部屋において、汗拭きの洗濯当番が回ってくるのは月に3回又は4回程度であり、そのうち、コインランドリーを利用する必要があるのも雨などの天候が 悪い日に限られていたと認められる。 以上の点に加え、被告親方が、幕下以下の力士の養成のために、被告協会から養成員養成費の支給を受けられること(上記(1)ウ)をもって、上記コインランドリー代やタク 限られていたと認められる。 以上の点に加え、被告親方が、幕下以下の力士の養成のために、被告協会から養成員養成費の支給を受けられること(上記(1)ウ)をもって、上記コインランドリー代やタクシー代が被告親方の本来負担すべき費用であるとはいえないこと、被告親方はマネージャーに車で送迎してもらうことを許容して いたこと(同イ)も踏まえると、原告が汗拭きの乾燥のためにコインランド- 27 -リー代やタクシー代を負担していたことにつき、被告親方の不法行為と評価すべき行為は認められない。 (3) よって、汗拭きの乾燥の費用負担について被告親方の不法行為をいう原告の請求に理由はない。 4 争点(5)(厳しい稽古を装った私的な制裁等の放置に係る被告親方の不法行為 の成否)について(1) 平成25年3月頃の不法行為ア原告は、平成25年3月頃、朝稽古の集合時刻を知らされていなかったにもかかわらず、朝稽古に遅刻したことを理由として、兄弟子から、通常のぶつかり稽古とは比較にならない負荷を伴うぶつかり稽古を長時間させ られ、受け役の兄弟子に転がされてすぐに起き上がれなくなった際には、周囲の兄弟子から口の中に塩や砂を詰め込まれ、倒れた状態のままの体を蹴られる等の暴力を受け、また、ぶつかり稽古が終わった後も、兄弟子から、意識が朦朧とした状態で前立てをさせられ、さらに、前立て中の原告の両手の甲の上に渡すように竹ぼうきの柄を置き、その上に足を乗せて体 重をかけるという暴行を受け、被告親方はこれら一連の行為を放置していた旨主張し、これに沿う供述及び陳述(甲21)をする。 イそこで、原告の上記アの供述等の信用性について検討する。 (ア) まず、原告の上記アの供述等を裏付ける写真等の客観的な証拠や た旨主張し、これに沿う供述及び陳述(甲21)をする。 イそこで、原告の上記アの供述等の信用性について検討する。 (ア) まず、原告の上記アの供述等を裏付ける写真等の客観的な証拠や平成25年当時作成された資料はない。 (イ) また、原告は、A部屋においては、「かわいがり」として、兄弟子が厳しい稽古を装った私的な制裁を弟弟子に加えることが頻繁に行われており、原告も平成25年3月の入門時から何十回もそうした私的な制裁の対象とされた旨供述及び陳述(甲21)するが、証拠(乙16の1・2)及び弁論の全趣旨によれば、原告が、平成30年9月1日に引退を 申し入れたことを契機として行われた同月28日の被告親方と原告及び- 28 -原告の母との間での話し合いにおいて、原告は、自身の怪我や病気に対する被告親方の配慮・対応への不満等を伝える一方、自身が兄弟子による厳しい稽古を装った私的な制裁行為の被害に遭っていること等については何ら言及していない点は、不自然さが否めない。 (ウ) また、かつてA部屋に所属していた3名の元力士らも、A部屋におい ては、「かわいがり」と称して、私的な制裁が頻繁に行われ、同元力士らや原告がその対象となっていた旨証言(H証人)又は陳述(甲17、19、20)するが、これらを裏付ける客観的な証拠はなく、また、原告が被告親方の不法行為として主張する平成25年3月頃の出来事を目撃したものでもないから、上記元力士らの証言又は陳述をもって、原告 の上記アの供述等の信用性を肯定するには足りないというべきである。 (エ) 以上の点からすると、原告の上記アの供述等は採用できず、原告が、平成25年3月頃、兄弟子から厳しい稽古を装った制裁を受けたと評価すべき事実や兄弟子から口の中 ないというべきである。 (エ) 以上の点からすると、原告の上記アの供述等は採用できず、原告が、平成25年3月頃、兄弟子から厳しい稽古を装った制裁を受けたと評価すべき事実や兄弟子から口の中に塩や砂を詰め込まれ、倒れた状態のままの体を蹴られる、前立て中の原告の両手の甲の上に渡すように竹ぼう きの柄を置き、その上に足を乗せて体重をかけるなどの暴行を受けた事実があったと認めることはできない。 ウよって、平成25年3月頃の被告親方の不法行為をいう原告の請求に理由はない。 (2) 平成28年1月頃の不法行為 ア原告は、平成28年1月頃、E親方が、兄弟子に対し、原告が稽古中に力が入っていなかったことを理由として、原告に「かわいがり」を行うように指示を出し、原告は、通常に比べて非常に大きな負荷を伴うぶつかり稽古をさせられ、また、倒れて起き上がれなくなったところを、兄弟子から、髷を掴んで引き起こされる、口に含んだ水を霧状にして原告の顔に吹 きかけられる、腹の上に乗られて体重をかけられ、足で蹴って土俵の外に- 29 -追い出される、口に塩や砂が詰め込まれるなどの暴行を受け、被告親方はこれら一連の行為を放置していた旨主張し、これに沿う供述及び陳述(甲21)をする。 イもっとも、原告の上記アの供述等を裏付ける客観的な証拠や平成28年当時作成された資料はなく、また、上記(1)イ(イ)及び(ウ)において説示し た点は、平成28年1月頃の被告親方の不法行為に係る原告の上記ア供述等の信用性を検討するに当たっても、同様に当てはまるところである。 そして、原告は、被告親方の不法行為があったのは、平成28年1月4日であり、当初同月5日であったと思っていたのは記憶違いであった旨供述するが、証 たっても、同様に当てはまるところである。 そして、原告は、被告親方の不法行為があったのは、平成28年1月4日であり、当初同月5日であったと思っていたのは記憶違いであった旨供述するが、証拠(乙30)及び弁論の全趣旨によれば、同月4日には、A部 屋が所属するJ一門の連合稽古が行われており、原告が同日のぶつかり稽古の相手であったと主張する兄弟子を含む三段目以上の力士や被告親方は、千葉県船橋市のJ部屋まで出稽古に行ってA部屋を不在にしていたという事実が認められるから、原告の上記アの供述等には疑義を容れざるを得ない。 以上の点からすると、原告の上記アの供述等は採用できず、原告が、平成28年1月頃、兄弟子から厳しい稽古を装った制裁を受けたと評価すべき事実や兄弟子から髷を掴んで引き起こされる、口に含んだ水を霧状にして原告の顔に吹きかけられる、腹の上に乗られて体重をかけられ、足で蹴って土俵の外に追い出される、口に塩や砂が詰め込まれるなどの暴行を受 けた事実があったと認めることはできない。 ウよって、平成28年1月頃の被告親方の不法行為をいう原告の請求に理由はない。 5 争点(6)(原告が怪我等を理由に稽古を休むことを認めなかったことに係る被告親方の不法行為の成否)について (1) 平成26年7月頃の不法行為- 30 -ア原告は、平成26年7月頃、流行性結膜炎に罹ったため、症状を悪化させたり、他の力士に感染させないように、他の力士と接触する稽古をしないようにしていたのに、E親方により、同様に流行性結膜炎に罹っていた力士と三番稽古を行わせられたり、流行性結膜炎に罹っていない力士と稽古させられ、被告親方も、原告の稽古の様子を見ていたにもかかわらず止 めることはなかった により、同様に流行性結膜炎に罹っていた力士と三番稽古を行わせられたり、流行性結膜炎に罹っていない力士と稽古させられ、被告親方も、原告の稽古の様子を見ていたにもかかわらず止 めることはなかった旨主張し、これに沿う陳述(甲21)をする。 イもっとも、被告親方や部屋付き親方のE親方が、感染の広がるおそれがあるのに、流行性結膜炎に罹っている力士にあえて他の力士と接触を伴う稽古をさせ、あるいは容認するとはにわかに考え難く、原告の上記アの供述等を裏付ける客観的な証拠や平成26年当時作成された資料もないこと からすれば、原告の上記アの陳述は採用できない。 ウよって、平成26年7月頃の被告親方の不法行為をいう原告の請求に理由はない。 (2) 平成26年12月頃の不法行為についてア原告は、平成26年12月頃、稽古中に兄弟子から小手投げをされた際 に左肘に強い痛みを感じたため、被告親方に対し、左肘を怪我して痛みがあることを訴え、稽古を中断したい旨伝えたが、被告親方は、稽古の中断を許さず、三番稽古を30番行うように原告に命じ、他の力士よりも厳しい稽古をさせ、また、後日、左肘靭帯断裂の診断を受けたことを被告親方に伝えたが、被告親方は、原告が稽古を休むことや平成27年一月場所に 休場することを許さなかった旨主張し、これに沿う供述及び陳述(甲21)をする。 イもっとも、原告は、小手投げをされた際に左肘から大きな音が鳴って強い痛みを感じた後、左肘が痛むので稽古を休ませて欲しいと被告親方に伝えたが、被告親方は休むことを許さずに稽古を続けるように指示した旨陳 述する一方、原告本人尋問の際には、被告親方は、原告が左肘の痛みで立- 31 -ち上がれない状態にあるのをただ見ていただけであり、原告は は休むことを許さずに稽古を続けるように指示した旨陳 述する一方、原告本人尋問の際には、被告親方は、原告が左肘の痛みで立- 31 -ち上がれない状態にあるのをただ見ていただけであり、原告は、左肘の痛みで稽古が続けられないことを誰にも言わず、兄弟子から稽古に戻るように言われたために稽古を続けた旨供述しており、被告親方の関与という原告主張の核心に関わる部分について矛盾が見られる。以上の点に加え、原告の上記アの供述等を裏付ける客観的な証拠や平成26年当時作成された 資料もないことからすれば、原告の上記アの供述等は採用できない。 ウよって、平成26年12月頃の被告親方の不法行為をいう原告の請求に理由はない。 6 争点(8)(控除された積立金等に係る被告親方の不当利得の成否)について(1) 前記前提事実及び証拠(甲7、乙5、27、原告本人、被告親方本人)に よれば、以下の事実が認められる。 ア被告協会は、関取以上の力士に給与を支給し、幕下以下の力士養成員には本場所の開催ごとに養成員場所手当を支給しているところ、A部屋においては、給与及び養成員場所手当を所属する力士に支払う際、積立金等を控除した上で渡していた。 イ原告についても、積立金として毎回1000円が、また、平成26年7月分以降はさらに旅行積立金として毎回1000円(平成26年7月分のみ積立金はなく、旅行積立金4000円)をそれぞれ控除された上で養成員場所手当を受け取っていた。 ウ給与や養成員場所手当から控除された積立金等は、これらを管理する力 士養成員又は行司によって口座に入金の上管理されており、関取衆や資格者への昇進の際の祝金、結婚祝及び出産祝、資格者や力士養成員への見舞金、引退及び退職時の祝金、被告協会関 これらを管理する力 士養成員又は行司によって口座に入金の上管理されており、関取衆や資格者への昇進の際の祝金、結婚祝及び出産祝、資格者や力士養成員への見舞金、引退及び退職時の祝金、被告協会関係者や後援者の不祝儀や供花代、A部屋で旅行に行く際の力士養成員への小遣い、卓球台等の購入に充てられていた。 (2) 上記(1)で認定した各事実からすれば、被告協会から原告に支給される養- 32 -成員場所手当から控除されていた積立金等は、A部屋において、力士同士の互助等を目的として集められたものであり、他の力士から集めた分と一括して力士又は行事において管理の上、当該互助等の目的のために支出され、原告もその利益を享受していたといえる一方、被告親方が力士の給与又は養成員場所手当から控除された積立金等を自身のために管理したり、使用してい たと認めるに足る証拠もない。 そうすると、被告協会から原告に支給される養成員場所手当から控除されていた積立金等を被告親方が利得しているものとは認められないから、原告の不当利得返還請求は理由がない。 第4 結語 よって、その余の点(争点(7)及び(9))について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官古河謙一裁判官白崎里奈裁判官宍倉良輔)
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