平成31年1月16日判決言渡平成30年(行コ)第277号運転免許取消処分取消請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成29年(行ウ)第331号)主文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。 第2 事案の概要 1 本件は,被控訴人が,処分行政庁から,被控訴人の起こした交通事故における被控訴人の行為が,自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(以下「自動車運転死傷行為処罰法」という。)2条5号(赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し,かつ,重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為)に該当し,道路交通法施行令(以下「施行令」という。)33条の2第2項1号にいう特定違反行為の累積点が51点に達したとして,道路交通法103条2項,同条8項及び施行令38条7項1号ホの規定により,運転免許を取り消す処分を受けるとともに,6年間を運転免許を受けることができない期間として指定する処分を受けたことについて,被控訴人の行為は過失運転致傷(自動車運転死傷行為処罰法5条)にとどまり,同法2条5号に該当するとしてされた上記各処分は違法であるとして,その取消しを求める事案である。 原判決が,被控訴人の請求をいずれも認容したため,控訴人がこれを不服として本件控訴をした。 2 関係法令の定め,前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,次の3のとおり当審における控訴人の主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の第2の1及び2(別紙2から4までを含む。)並びに第3に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決3頁9 の3のとおり当審における控訴人の主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の第2の1及び2(別紙2から4までを含む。)並びに第3に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決3頁9行目の「(」の次に「危険運転致死傷等であって」を加える。)。 3 当審における控訴人の主張(1) 原判決は,当時の事情に鑑みれば,被控訴人が主張するように,信号確認地点で本件信号機が赤色灯火を表示していることに気付いて驚き,気が動転して足がすくみ,ブレーキを思い切り踏み込めない状態となっていたというような心理状態に陥ることが不自然であるとは言い難いと判示するが,自動車の運転者が信号機の表示に従って停止等の措置を行うことは,道路における危険の発生や事故の防止のための最も基本的な行為規範であるといえ,ブレーキを踏むという制動措置は,自動車を運転する際の最も基本的な動作の一つであり(通常,反射的かつ無意識に行われる自然な動作である。),被控訴人の主張は不自然極まりない。特に,被控訴人の自動車運転歴は20年以上であり,本件事故まで大きな交通事故を起こしたことはないこと,本件車両は被控訴人が約3年間運転しているもので故障等はなく,運転し慣れた車両であったこと,被控訴人は本件交差点付近の地理や交通状況には詳しく,本件信号機及び横断歩道の存在,さらには,本件交差点の先の通行区分まで認識し注意していたこと,車両の速度が時速約30㎞から35㎞にすぎなかったことを考え併せると,上記のような心理状態に陥ったとの主張は不自然としか言いようがないものである。 (2) 原判決は,被控訴人の心理状態に関する供述等がおおむね一貫していると判示するが,乙第21号証の供述調書には,被控訴人が主張する信号確認地点における心理状態を否定する旨の供述が録取されており,原判決の 原判決は,被控訴人の心理状態に関する供述等がおおむね一貫していると判示するが,乙第21号証の供述調書には,被控訴人が主張する信号確認地点における心理状態を否定する旨の供述が録取されており,原判決の認定はずさんである。 (3) 被控訴人は,原判決別紙4の③地点で急制動の措置を講じているところ,被控訴人はこの時には信号確認地点とは異なり,相手方バイクが本件交差点に進入してくる様子を具体的に認識し,大事故にならないように対応したものである旨説明するが,②地点で気が動転して足がすくみ,ブレーキを思い切り踏み込めない状態であった被控訴人が,その2,3秒後には落ち着きを取り戻し,すくんでいた足が動くようになり,ブレーキを踏むことができたというのは不自然であり,③地点では急制動の措置を講じることができた理由を特段不自然ではないと判示した原判決に証拠評価及び認定の誤りがあることは明らかである。また,原判決は,対面信号機の赤色灯火を表示していることを明確に認識した場合であっても,実際に交差道路を進行してくる車両が存在し,これを具体的に認識しなければ,交差点内に進入してもやむを得ない(少なくとも,赤色信号の殊更無視は成立しない)ことを判示したも同然であり,看過し難い不当な判断である。 (4) 上記(1)のとおり,被控訴人の「赤色灯火を表示していることに気付いて驚き,気が動転して足がすくみ,ブレーキを思い切り踏み込めない状態になっていた」との主張は不自然かつ不合理であるし,また,原審における被控訴人本人尋問における供述を前提とし,本件事故直前の交通状況を併せ考慮すれば,被控訴人は,本件事故直前において,環八井の頭交差点(本件交差点の次の交差点)を直進するために,第1車両通行帯に車線変更しなければならず,仮に本件信号機の赤色灯火の表示に従って本 を併せ考慮すれば,被控訴人は,本件事故直前において,環八井の頭交差点(本件交差点の次の交差点)を直進するために,第1車両通行帯に車線変更しなければならず,仮に本件信号機の赤色灯火の表示に従って本件交差点の手前で停止すれば車線変更ができなくなるという状況下にあったこと,言い換えれば,被控訴人には赤色信号を無視してでも本件交差点の通過を急ぐ事情ないしはあえて進行する意思があったことが強く推認され(このことは,乙第21号証において録取されている「環八の交差点に行く前に左に進路を変えなくてはいけないかもしれないという思いが強くて,ブレーキを踏まずに,そのままの状態で進んでしまったのです」などの供述とも整合するものである。), 「赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視して」自動車を運転する行為(以下「赤色信号殊更無視」ということもある。)をしたものと優に認められる。 なお,赤色信号殊更無視は,運転者が既に停止線の手前で安全に停止することが困難な地点に至って初めて赤色信号に気付いた場合であっても,赤色信号を認識した時点ですぐにブレーキを踏めば,仮に停止位置を越えても安全な位置に停止することが可能であるのにあえて進行する場合には成立するというべきである(高松高等裁判所平成18年10月24日判決,東京高等裁判所平成26年3月26日判決参照)。本件において,信号確認地点における本件車両の速度が時速約30㎞ないし35㎞,信号確認地点から本件停止線までの距離が約13.7m,衝突地点までの距離が約24.7mであると認められ,運転者が「既に停止線の手前で安全に停止することが困難な地点に至って初めて赤色信号に気付いた場合」に該当するが,仮に本件停止線を越えても安全な位置に停止することが十分可能であったことは証拠上明らかであり,そのことは被控訴人 で安全に停止することが困難な地点に至って初めて赤色信号に気付いた場合」に該当するが,仮に本件停止線を越えても安全な位置に停止することが十分可能であったことは証拠上明らかであり,そのことは被控訴人自身も認識していたものであるから,本件において赤色信号殊更無視が成立する。 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所も,被控訴人の請求はいずれも理由があると判断する。その理由は,次の2のとおり当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の第4(別紙4を含む。)及び第5に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決を次のとおり訂正する。 (1) 原判決8頁3行目の「予定であった。」の次に「なお,当時,雨は降っていなかったが,当日の朝方まで降っていた雨の影響で路面は湿っていた。」を加える。 (2) 原判決8頁14行目の「地点である。」の次に「また,本件車両が停止した位置は原判決別紙4の⑤地点であり,同別紙の③地点から④地点を経て⑤ 地点までの距離は,12.6mである。」を加える。 (3) 原判決8頁23行目から10頁5行目までを次のとおり改める。 「(2) 自動車運転死傷行為処罰法2条5号にいう赤色信号を「殊更に無視し」とは,およそ赤色信号に従う意思のないものをいう(最高裁平成20年(あ)第1号同年10月16日第一小法廷決定・刑集62巻9号2797頁)ところ,赤色信号であることについての確定的な認識があり,停止位置で停止することが十分可能であるにもかかわらず,これを無視して進行した場合には,「およそ赤色信号に従う意思のないもの」とみるべきであるし,そのことは,形式的に停止線で停止することが十分可能であるかどうかだけで判断するのではなく,赤色信号を認識し,客観的に見て交差道路を走行する車両の通行を 号に従う意思のないもの」とみるべきであるし,そのことは,形式的に停止線で停止することが十分可能であるかどうかだけで判断するのではなく,赤色信号を認識し,客観的に見て交差道路を走行する車両の通行を妨害し危険を生じさせるような状況にない位置に止まることが十分可能であるにもかかわらずあえてそのまま進行する場合も「およそ赤色信号に従う意思のないもの」に当たると解するのが相当である。 (3) これを本件についてみるに,被控訴人は,本件車両が信号確認地点に達した時に本件信号機が赤色灯火を表示していることに気付いたところ,この地点における本件車両の先頭部分から本件交差点の東側に設置された横断歩道(本件車両の進路前方の横断歩道)の西端までの距離は18.8m(原判決別紙4の②地点から同横断歩道手前の停止線までが11.4m(本件車両の運転席から停止線までの距離13.7mから運転席から本件車両の先頭部分までの距離を控除したもの),停止線から同横断歩道の西端までが7.4m)であり(なお,本件車両が同横断歩道を越えて停止することになると,「交差道路を走行する車両の通行を妨害し危険を生じさせるような状況にない位置に止まることが可能」とはいえないというべきである。),これに対し,同別紙の②地点での本件車両の速度が時速30㎞ないし35㎞であったから,停止距離は, 11.31m(時速30㎞,乾燥路面の場合)ないし19.35m(時速35㎞,湿潤路面の場合)と考えられ(乙29),被控訴人が同別紙の②地点で急制動の措置をとったとしても,計算上は,本件車両が上記横断歩道を越えてしまった可能性がある。もっとも,本件事故当時,朝方までの降雨の影響で路面は湿った状態であったものの,当時雨は降っていなかったこと,被控訴人が実際に急制動の措置をとった同別紙の③地点(この を越えてしまった可能性がある。もっとも,本件事故当時,朝方までの降雨の影響で路面は湿った状態であったものの,当時雨は降っていなかったこと,被控訴人が実際に急制動の措置をとった同別紙の③地点(この地点での本件車両の速度が時速約30㎞である。)から停止位置である同別紙の⑤地点までの距離が12.6mであることや,被控訴人自身も信号確認地点で急ブレーキをかければ横断歩道付近では止まれたと思う(乙21)と供述していることからすると,本件事故当時,路面が湿っていることによる摩擦係数の低下の程度は大きくなく,信号確認地点で被控訴人が直ちに急制動の措置をとっていれば,少なくとも上記横断歩道上では停止することは可能であって,被控訴人もそれを認識していたと認めることができる。 しかしながら,控訴人は,本件事故当時,信号確認地点で本件信号機が赤色灯火を表示していることに気付いて驚き,気が動転して足がすくみ,ブレーキを思い切り踏み込めない状態になっていたと主張し,これに沿う供述等(甲10,甲11,乙5,原審における被控訴人本人)をするところ,ブレーキを踏むという制動措置が自動車を運転する際の最も基本的な動作の一つであることや,原判決別紙4の③の地点では被控訴人が相手方バイクを発見して急制動の措置をとっていることからすると,被控訴人の主張するような心理状態が同別紙の③の地点に至るまで続いていたとまでは認められないものの,被控訴人が警察官や検察官による取調べや刑事事件の被告人質問においてもおおむね一貫して上記のような認識を述べていること,被控訴人が信号確認地点で初めて本件信号機が赤色灯火を表示することに気付いたことやその時点で本件 車両の運転席から停止線までの距離が13.7mにまで迫っていたことなどの当時の事情に鑑みれば,被控訴人が赤色灯火に気付い めて本件信号機が赤色灯火を表示することに気付いたことやその時点で本件 車両の運転席から停止線までの距離が13.7mにまで迫っていたことなどの当時の事情に鑑みれば,被控訴人が赤色灯火に気付いた瞬間に上記のような心理状態になり,その直後の一瞬の間,ブレーキを思い切り踏み込めない状態になることはあり得ないこととまでいうことはできない。そして,その場合,被控訴人の上記のような心理状態が仮に1秒続いたとすると,本件車両の速度が時速30㎞であったとしても,本件車両は1秒間に約8.3m進行するから,その時点で被控訴人が急制動の措置をとったとしても,本件交差点東側の横断歩道の西端より手前では停止できないことになる(本件車両の先頭部分を基準にすると,上記横断歩道の西端までの距離が,10.5m(11.4m-8.3m+3. 4m+4m)であり,停止距離は,乾燥路面であるとしても,11.31mであるから,上記横断歩道の西端を越えることになる。)。したがって,赤色灯火に気付いた瞬間に被控訴人がその供述するような心理状態になり,その直後1秒間程度の間,ブレーキを思い切り踏み込めない状態に陥ったとすると,その状態が解消された時点で急制動の措置をとったとしても,本件交差点手前の停止線においてはもとより,本件交差点内の安全な場所で停止することが十分可能であったとまではいえないことになる。そうすると,被控訴人が信号確認地点から相手方バイクを発見した原判決別紙4の③の地点まで急制動の措置をとることなく本件車両を進行させた行為が全体として「およそ赤色信号に従う意思のないもの」に該当するまでいうことはできない。 (4) なお,乙第21号証において「赤色信号を見た時に,驚きはしたのですが,自分の思いの中で,環八の手前で左に車線変更しなければならないとの思いが強く もの」に該当するまでいうことはできない。 (4) なお,乙第21号証において「赤色信号を見た時に,驚きはしたのですが,自分の思いの中で,環八の手前で左に車線変更しなければならないとの思いが強く,ブレーキを踏む判断を取らずに進んでしまった」との被控訴人の供述が録取されているほか,原審における被控訴人本人尋問においても,被控訴人は,信号確認地点付近において,車線変更をし なければならないかもしれないという意識が強かった旨を供述しているものの,本件事故発生時に本件交差点手前の停止線付近の第1車両通行帯(歩道側)に車両が停車していたことや本件交差点とその次の交差点(環八井の頭交差点)との間が渋滞していたことなどをうかがわせる証拠はない(かえって,乙第5号証においては,原判決別紙4の①の地点に向かう時点で「前方はクリアで第一車線にも車両はいませんでした」との被控訴人の供述が,乙第21号証においては,「特別渋滞などもなく,すぐ前を走っている車もいなかった」との被控訴人の供述がそれぞれ録取されている。)ことからすると,被控訴人が本件信号機の赤色灯火の表示に従って本件交差点の手前で停止すると車線変更ができなくなるというような状況であったとはいえず,被控訴人において,赤色信号であるにもかかわらず本件交差点を通過することによって,よりスムーズに車線変更を行うことができるというような動機があったということはできないし,被控訴人の上記供述も,赤色灯火に気付くのが遅れたことやこれに気付いた時に心理的に混乱した理由として車線変更をしなければならないかもしれないと思って走行していたことを述べているものとも解されるのであって,被控訴人の上記供述によっても,被控訴人に,赤色信号を無視してでも本件交差点の通過を急ぐ事情があったということもできない。」 ないと思って走行していたことを述べているものとも解されるのであって,被控訴人の上記供述によっても,被控訴人に,赤色信号を無視してでも本件交差点の通過を急ぐ事情があったということもできない。」(4) 原判決10頁6行目の「(3)」を「(5)」と,12行目の「理由がある」から13行目の「する」までを「いずれも理由がある」とそれぞれ改める。 2 当審における控訴人の主張に対する判断(1) 控訴人は,第2の3(1)のとおり主張する。 しかしながら,ブレーキを踏むという制動措置が自動車を運転する際の最も基本的な動作の一つであり,通常,反射的かつ無意識に行われる自然な動作であるとしても,上記1のとおり原判決を訂正の上引用して説示したとお り,被控訴人が信号確認地点において赤色灯火に気付いた瞬間に,停止線までの距離等もあって気が動転し被控訴人の主張するような心理状態に陥ったということはあり得ないこととまではいえず,被控訴人の主張する各事実(なお,被控訴人にとって,本件交差点付近の道路は,初めて通る道路ではないものの,頻繁に通ったことがある道路でもなかった(甲10・2頁)というのであるから,被控訴人が本件交差点付近の地理や交通状況には詳しかったとまではいえない。)があることも上記の認定を左右するものであるということはできない。 よって,控訴人の上記主張を採用することはできない。 (2) 控訴人は第2の3(2)のとおり主張する。 乙第21号証の供述調書中には,「本件事故の時は,私自身,環八井の頭交差点に行く前に左に進路を変えなければならないかもしれないという思いが強く,ブレーキを踏まずにそのままの状態で進んでしまった。」,「本件事故当日は,②地点で赤色信号に驚き気が動転したと話したが,これは驚いてパニックになってしまい,何もで ないかもしれないという思いが強く,ブレーキを踏まずにそのままの状態で進んでしまった。」,「本件事故当日は,②地点で赤色信号に驚き気が動転したと話したが,これは驚いてパニックになってしまい,何もできなかったという意味ではない。」旨等の記載があり,被控訴人がこの時点でこのように供述したことは認められるものの,上記の供述も,被控訴人において赤色灯火に気付いた瞬間にその主張するような心理状態に陥ったことと矛盾するとまではいえないし,上記供述調書における供述が録取された平成27年1月18日より後である,同年8月5日に検察官によって録取された供述調書(甲10)には,「足がすくんだこともあり,急ブレーキをかけずに,そのままの速度,つまり時速30キロメートルくらいで交差点内に入っていきました。」,「足がすくんだというか,びっくりしたというか,そのような気持ちで,急ブレーキをかけませんでした。」,「特に急いでいた理由もありませんでしたし,ましてや,信号表示を全く意に介さず信号無視をしようという気持ちもありませんでした。」などの記載もあることからすると,被控訴人の心理状態についての供述がおおむ ね一貫しているということができる。 よって,控訴人の上記主張を採用することはできない。 (3) 控訴人は,第2の3(3)のとおり主張する。 しかしながら,上記1のとおり原判決を訂正の上引用して説示したとおり,被控訴人が赤色灯火に気付いた瞬間に上記のような心理状態になり,その後1秒間程度の間,ブレーキを思い切り踏み込めない状態になることはあり得ないこととまでいうことはできないのであり,被控訴人が原判決別紙4の③地点では,そのような心理状態ではなく,急制動の措置を講じることができたことによっても,信号確認地点における被控訴人の心理状態が否定されるも でいうことはできないのであり,被控訴人が原判決別紙4の③地点では,そのような心理状態ではなく,急制動の措置を講じることができたことによっても,信号確認地点における被控訴人の心理状態が否定されるものということはできない。 また,自動車運転死傷行為処罰法2条5号にいう赤色信号を「殊更に無視し」とは,およそ赤色信号に従う意思のないものをいい,赤色信号であることを確定的に認識していたとしても,認識した地点ですぐにブレーキを踏んでも,客観的に見て交差道路を走行する車両の通行を妨害し危険を生じさせるような状況にない位置に止まることが困難な場合には,およそ赤色信号に従う意思のないものと評価することはできないと解されるところ,本件においては,被控訴人において,赤色信号であることを認識した瞬間には気が動転してすぐにブレーキを踏み込むことができず,次の瞬間には上記のような状況になっていたことを否定できないことから,全体的に見た場合に,被控訴人が,およそ赤色信号に従う意思がなかったとまで評価することはできず,赤色信号を「殊更に無視し」たとまでは認められないのであって,控訴人が主張するように,赤色信号を明確に認識した場合であっても,実際に交差道路を進行してくる車両が存在し,これを具体的に認識しなければ,交差点内に進入してもやむを得ないとするものではない。 よって,控訴人の上記主張を採用することはできない。 (4) 控訴人は,第2の3(4)のとおり主張する。 しかしながら,上記1(3)のとおり原判決を訂正の上引用して説示したとおり,乙第21号証や原審における被控訴人本人尋問において,被控訴人が,信号確認地点付近において,車線変更をしなければならないかも知れないという意識が強かった旨を供述しているものの,本件事故発生時に本件交差点手前の停止線付 おける被控訴人本人尋問において,被控訴人が,信号確認地点付近において,車線変更をしなければならないかも知れないという意識が強かった旨を供述しているものの,本件事故発生時に本件交差点手前の停止線付近の第1車両通行帯(歩道側)に車両が停車していたことや本件交差点とその次の交差点(環八井の頭交差点)との間が渋滞していたことなどをうかがわせる証拠はないことからすると,被控訴人が本件信号機の赤色灯火の表示に従って本件交差点の手前で停止すると車線変更ができなくなるというような状況であったとはいえず,被控訴人において,赤色信号であるにもかかわらず本件交差点を通過することによって,よりスムーズに車線変更を行おうというような動機があったとまで認めることはできないし,被控訴人の上記供述も,赤色灯火に気付くのが遅れたことやこれに気付いた時に心理的に混乱した理由として車線変更をしなければならないかもしれないと思っていたことを述べているものとも解されるのであって,被控訴人の上記供述によっても,被控訴人に赤色信号を無視してでも本件交差点の通過を急ぐ事情や,あえて進行するという意思が推認されるということはできない。 よって,控訴人の上記主張を採用することはできない。 3 以上によれば,被控訴人の請求をいずれも認容した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第17民事部 裁判長裁判官川神裕 裁判官武藤真紀子 裁判官中雄一朗 裁判官中雄一朗
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