主文 一本件控訴を棄却する。 二控訴費用は控訴人らの負担とする。 事実及び理由 第一控訴の趣旨一原判決を取り消す。 二被控訴人の控訴人Aに対する平成2年9月1日付の中央研究所本部富津試験室開発試験掛勤務を命ずる旨の転勤命令は無効であることを確認する。 三被控訴人の控訴人Bに対する平成3年7月1日付の技術開発本部TSセンター試験室開発試験第1掛勤務を命ずる旨の転勤命令は無効であることを確認する。 四被控訴人は,控訴人Cに対し,300万円及びこれに対する平成3年10月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第二事案の概要一事案の要旨本件は,被控訴人の北九州市内の事業所に勤務していた控訴人A及び同B(以下,「控訴人A」,「控訴人B」といい,両名を一括して「控訴人両名」という。)が,被控訴人の控訴人両名に対する千葉県富津市内の事業所に勤務することを命じる旨の転勤命令は,労働契約に違反し,または,権利の濫用として無効であると主張して,被控訴人に対し,同転勤命令の無効確認を求めるとともに,控訴人Bの妻である控訴人Cが,被控訴人に対し,控訴人Bに対する転勤命令により夫が単身赴任を強いられたことにより,幸福を追求する権利及び夫と同居する権利を侵害され,精神的損害を受けたと主張し,不法行為に基づいて,慰謝料の支払を求めている事案である。 二争いのない事実等 1 被控訴人の事業内容等被控訴人は,昭和45年3月31日,旧八幡製鐵株式會社(以下「旧八幡製鐵」という。)と旧富士製鐵株式會社(以下「旧富士製鐵」という。)との合併により設立され,従来は鉄鋼の製造及び販売を主たる事業目的としていたが,漸次事業領域を拡大し,現在は,非鉄金属,セラミックス及び化学製品の製造・販売,製鉄プラント,化学プラント等の産 う。)との合併により設立され,従来は鉄鋼の製造及び販売を主たる事業目的としていたが,漸次事業領域を拡大し,現在は,非鉄金属,セラミックス及び化学製品の製造・販売,製鉄プラント,化学プラント等の産業機械・装置及び鉄鋼構造物の製造・販売,建設工事請負,都市開発事業,宅地建物の取引・賃貸,情報処理・通信システム及び電子機器の製造・販売,通信事業,バイオテクノロジーによる農水産物の生産・販売,教育・医療・スポーツ施設等の経営,以上に関する技術の販売等を目的としている。 被控訴人は,平成3年6月27日当時,本社を東京都千代田区に置き,製鉄所部門として,八幡,室蘭,釜石,α,光,名古屋,堺,君津及び大分の各製鐵所並びに東京製造所,エンジニアリング事業部門として,エンジニアリング事業本部及び中国協力本部,新規事業部門として,新素材事業本部及びエレクトロニクス・情報通信事業本部をそれぞれ設置するとともに,以上の各部門に対応する全社共通部門として技術開発本部を設置するほか,国内各支店及び海外各事務所を設けていた。 平成4年3月1日当時の被控訴人の従業員数は約5万3000人,資本金は約4195億円であった。 2 控訴人両名の経歴(一) 控訴人A(1) 控訴人A(昭和18年2月27日生)は,福岡県立福丸高等学校を卒業後,昭和36年7月15日,旧八幡製鐵に臨時作業員として雇用された後,2か月の試用期間を経て,同年9月15日付で作業職社員として採用され,八幡製鐵所戸畑製造所第1ストリップ工場第1冷延掛に配属された。 控訴人Aは,昭和37年5月1日,八幡製鐵所技術研究所へ配置転換され,その後,被控訴人の研究開発組織の改組等に伴い,昭和50年2月,研究開発本部生産技術研究所(勤務場所八幡製鉄所構内η地区)に,昭和58年6月29日,中央研究本部第3技術研究 研究所へ配置転換され,その後,被控訴人の研究開発組織の改組等に伴い,昭和50年2月,研究開発本部生産技術研究所(勤務場所八幡製鉄所構内η地区)に,昭和58年6月29日,中央研究本部第3技術研究所試験室試験掛(勤務場所は同じ)にそれぞれ所属することとなったが,これらはいずれも全社レベルの研究開発を担当する組織における試験実験部門であり,上記転勤命令発令当時は,主担当として,同試験掛の下部組織である熱・エネルギー作業系列に所属し,主として鋼材の伝熱流体・エネルギー等の分野で,伝熱装置や各種の炉設備を用いた熱処理試験実験に従事していた。 (2) 控訴人Aは,昭和45年4月11日,妻Dと婚姻し,長男E(昭和46年4月1日生)及び二男F(昭和48年12月22日生)を儲けた。本件転勤命令当時,Dは,九州厚生年金病院に看護婦として勤務し,長男Eは大学浪人生,二男Fは福岡県立β高校2年生であった。 控訴人Aは,被控訴人の持家制度を利用して,昭和53年11月,北九州市〈以下略〉に居宅を建築した。 (二) 控訴人B(1) 控訴人B(昭和17年2月8日生)は,福岡県立福岡工業高校を卒業後,昭和35年6月20日,旧八幡製鐵に臨時作業員として雇用された後,2か月の試用期間を経て,同年8月20日付で作業職社員として採用され,八幡製鐵所戸畑製造所第2ストリップ工場ブリキ掛に配属された。 控訴人Bは,昭和37年4月1日,八幡製鐵所技術研究所へ配置転換され,以後,被控訴人の研究開発組織の改組等により,昭和50年2月,研究開発本部生産技術研究所に,昭和58年6月29日,中央研究本部第3技術研究所試験室試験掛にそれぞれ所属することとなったが,これらはいずれも全社レベルの研究開発を担当する組織における試験実験部門であり,本件転勤命令発令当時は,主担当として,中央研究本 央研究本部第3技術研究所試験室試験掛にそれぞれ所属することとなったが,これらはいずれも全社レベルの研究開発を担当する組織における試験実験部門であり,本件転勤命令発令当時は,主担当として,中央研究本部第3技術研究所試験室掛の加工プロセス作業系列に所属し,主として真空圧延機,小型熱間圧延機等を用いた鋼材の圧延試験実験業務に従事していた。 (2) 控訴人Bは,昭和43年3月14日,控訴人C(昭和19年2月18日生)と婚姻し,長男G(昭和45年6月17日生)及び長女H(昭和48年4月23日生)を儲けた。本件転勤命令当時,控訴人Cは,日本生命保険相互会社小倉支社β営業部に勤務し,長男Gは学生(高校中退後,大検の受験準備中),長女Hは福岡県立β高校3年生であった。 控訴人Bは,被控訴人の持家制度を利用して,昭和51年5月,北九州市〈以下略〉に居宅を建築した。 3 被控訴人の従業員の種別被控訴人の従業員は,従前,主務職社員(大学卒業資格で入社した者で,研究所においては,研究者や設備エンジニア等がこれに該当する。)と技術職社員(高校卒業資格で入社した者で,研究所においては,研究者の試験実験等の補助をする職種がこれに該当する。旧八幡製鐵においては,作業職社員と呼称されていた。)とに大別され,採用手続,賃金体系,人事調査票の様式等において異なった取り扱いがなされていたが,平成9年の人事処遇制度の改正により,主務職社員と技術職社員の職制上の区別はなくなった。 4 被控訴人の労働組合及び労使交渉制度(一) 被控訴人には,本社,各製鐵所,製造所の各所在地域(「箇所」と称される。)毎に労働組合が組織されており,これらの上部組織として新日本製鐵労働組合連合会(以下「連合会」という。)がある。 被控訴人は,従来から,連合会との間において,被控訴人の従業員はいずれ と称される。)毎に労働組合が組織されており,これらの上部組織として新日本製鐵労働組合連合会(以下「連合会」という。)がある。 被控訴人は,従来から,連合会との間において,被控訴人の従業員はいずれかの箇所労働組合の組合員でなければならない旨のユニオンショップ条項を含む労働協約を締結しており,控訴人両名は,本件転勤命令発令までは,いずれも新日本製鐵八幡労働組合(以下「八幡労組」という。)に所属し,同発令後は本社労働組合に所属している。 (二) 被控訴人の労働協約には,経営審議会,労使委員会(旧八幡製鐵においては「生産委員会」と称する。)及び団体交渉の3種の労使交渉制度が定められ,いずれの交渉においても,中央においては被控訴人と連合会との間で全社共通事項を,箇所においては被控訴人と当該労組(単組)との間で箇所限りの事項を取り扱うこととされている(14条)。 経営審議会においては,主要設備の建設計画,稼働開始及び休止計画等の経営に関する重要事項を取り扱い(16条),労使委員会においては,組合員を大量に配置転換または転勤させる場合の基準方針,福利厚生に関する重要事項を取り扱うこととされ(22条),組合員を大量に配置転換または転勤させる場合には,公正妥当を期するため,本人の技能や個人的事情等を可能な限り参酌する旨,配置転換または転勤に関する同規定は参事補である社員及び主務,医務職社員の異動については適用しない旨が定められている(22条覚書2項)。また,団体交渉においては,労使があらかじめ所定の手続によって申し入れた事項を取り扱うこととされている(30条)。 このほか,職場における労使の意思疎通を図るため,原則として,室または工場において,室または工場限りの事項を取り扱う職場生産委員会が設けられている(32条)。 (三) 八幡労組は,平成2年 条)。 このほか,職場における労使の意思疎通を図るため,原則として,室または工場において,室または工場限りの事項を取り扱う職場生産委員会が設けられている(32条)。 (三) 八幡労組は,平成2年6月1日当時,組合員数約1万0500人を擁し,下部組織として56支部を有していた。 5 被控訴人の就業規則及び労働協約における転勤規定(一) 控訴人Bが入社した昭和35年当時の旧八幡製鐵八幡製鐵所の社員就業規則(49条)には「社員に対しては,業務上の都合によって転勤させまたは職場もしくは職種を変更することがある。」との規定があり,控訴人Aが入社した昭和36年当時の同就業規則にも全く同様の規定が存在した。 そして,本件転勤命令が発令された当時の就業規則(53条)には「社員に対しては,業務上の必要により転勤させ,職場もしくは,職務を変更し,または出張させることがある。」と規定されている。 (二) また,被控訴人が連合会との間で締結している労働協約(八幡箇所協定)は「会社は,業務上の必要により,組合員を転勤させまたは職場もしくは職務を変更することがある。」と規定し(53条)は,組合員を大量に配置転換または転勤させる場合の基準方針については,労使委員会の付議事項としている(22条1項3号)。 6 被控訴人の研究開発体制の概要(乙8,9,22,32,52,原審証人I)(一) 旧八幡製鐵は八幡製鐵東京研究所(昭和34年発足川崎市所在)及び八幡製鐵技術研究所(昭和25年発足北九州市所在)を保有し,旧富士製鐵は富士製鐵中央研究所(昭和34年発足相模原市所在)を保有していたところ,昭和45年の両社の合併に際し,これら研究施設の整理統合が課題とされたが,被控訴人は,原則として,相互に重複しないように研究開発体制の再編・整備を行いつつ,従前の研究施設を最大限 有していたところ,昭和45年の両社の合併に際し,これら研究施設の整理統合が課題とされたが,被控訴人は,原則として,相互に重複しないように研究開発体制の再編・整備を行いつつ,従前の研究施設を最大限に活用することとし,川崎市に基礎研究所,相模原市に製品技術研究所,北九州市に生産技術研究所をそれぞれ発足させ,全社レベルの研究開発を担当させることとした。一方,各製鉄所固有の技術開発課題に対応する研究開発については,各製鉄所毎に箇所技術研究部を設置していた。 (二) その後,被控訴人は,事業分野の拡大や社会経済環境等の変化に対応するために,研究開発体制についての組織改正を重ねたが,昭和56年6月,中央研究本部を発足させ,上記3研究所内部の研究テーマの推進に関わる機能を全て中央研究本部が担当することとなった。さらに,昭和58年6月には,大規模な組織改正を行い,従前,基礎研究,製品技術研究,生産技術研究の各機能毎に分担していた研究体制を改め,製品工程別に基礎から応用,実用化まで一貫して研究開発が行われるよう組織を再編(この製品工程別の研究推進単位を「センター」と表示するようになった。)し,併せて,基礎研究所を第1技術研究所,製品技術研究所を第2技術研究所,生産技術研究所を第3技術研究所とそれぞれ改組した。 (三) 後記総合技術センター設置前の,被控訴人の研究開発体制は,以下のとおりであった。 (1) 第1ないし第3技術研究所(以下,一括して「中央3技術研究所」という。)においては,各研究所に所属する主務職社員である研究者がそれぞれの専門分野における研究開発を行い,技術職社員がその研究開発に不可欠な試験実験作業及び研究開発設備の維持,保全,試作等を行っていた。そして,第1技術研究所(昭和63年1月1日時点での主務職社員404名,技術職社員136名)に を行い,技術職社員がその研究開発に不可欠な試験実験作業及び研究開発設備の維持,保全,試作等を行っていた。そして,第1技術研究所(昭和63年1月1日時点での主務職社員404名,技術職社員136名)においては,新規分野の研究開発,分析解析研究等を,第2技術研究所(同日時点での主務職社員258名,技術職社員197名)においては,主として鉄鋼製品の加工及び利用技術に関する研究を,第3技術研究所(同日時点での主務職社員187名,技術職社員327名)においては,主として鉄鋼製品の生産技術に関する研究開発を行っていた。 (2) 一方,これらの研究開発活動により究明された技術原理,確認された技術的な諸条件・数値結果等を活用しつつ,機械・電気計装・土木建築等の要素技術を組み合わせ,実際の生産活動に使用する各種設備を構想・設計し,建設に結びつける設備エンジニアリング機能については,昭和54年6月,(旧)設備技術センターを改組・拡充した設備技術本部が担当していた。なお,設備技術本部は,八幡,α,君津及び本社に分散していたが,その中心は八幡地区にあった。 (四) 被控訴人は,平成3年6月27日,組織改正により,中央研究本部及び設備技術本部を統合して,新たに技術開発本部を発足させた。 技術開発本部傘下の研究所等の施設のうち,千葉県富津市に立地する施設は,「総合技術センター」と総称されている。 なお,控訴人両名が後記の転勤命令によって所属するようになったTS(テクニカル・サービス)センターは,技術開発本部の傘下にあり,全社レベルの研究開発活動に不可欠な試験実験,設備保全等の支援機能を集約して担当する機関として新設されたもので,試験室(研究試験掛,開発試験第1掛,開発試験第2掛,η試験掛)と設備室(設備試作掛,設備管理掛)により構成されている。 7 控訴人両名に対 等の支援機能を集約して担当する機関として新設されたもので,試験室(研究試験掛,開発試験第1掛,開発試験第2掛,η試験掛)と設備室(設備試作掛,設備管理掛)により構成されている。 7 控訴人両名に対する転勤命令被控訴人は,平成2年9月1日付で,控訴人Aに対し,中央研究本部富津試験室開発試験掛勤務を命ずる旨の転勤命令を発令し,同控訴人は,同月9日,赴任し,同掛の試験・実験作業に従事している。なお,同控訴人は,技術開発本部の設置に伴い,平成3年7月1日付をもって,同本部TSセンター試験室開発試験第1掛所属となっている。 また,被控訴人は,平成3年7月1日付で,控訴人Bに対し,技術開発本部TSセンター試験室開発試験第1掛(富津市)勤務を命ずる旨の転勤命令を発令し,同控訴人は,同月8日,赴任し,同掛の試験・実験作業に従事している。 (以下,控訴人両名に対する各転勤命令を一括して「本件転勤命令」という。)三争点と当事者の主張 1 本件転勤命令の有効性(控訴人らの主張)本件転勤命令は,以下のとおり,無効である。 (一) 労働契約違反による無効(1) 控訴人両名は,旧八幡製鐵と労働契約を締結する際,いずれも,控訴人両名の勤務場所を福岡県八幡市及び戸畑市(現北九州市γ,δ及びε)に所在する八幡製鐵所に限定する旨合意した。 すなわち,控訴人両名が,旧八幡製鐵と労働契約を締結した当時,八幡製鐵所の工場は旧八幡市と旧戸畑市にしか存在せず,他の地域には存在しなかったし,控訴人両名も,高校卒業後,八幡製鐵所における現場作業に従事するために労働契約を締結したものである。さらに,同契約締結日以前に,控訴人両名のような高校卒業資格の作業員が,旧八幡市及び旧戸畑市以外の工場へ転勤したことは殆どなく,そのような慣行は存在しなかった。仮に,旧八幡市及び旧戸畑市以 である。さらに,同契約締結日以前に,控訴人両名のような高校卒業資格の作業員が,旧八幡市及び旧戸畑市以外の工場へ転勤したことは殆どなく,そのような慣行は存在しなかった。仮に,旧八幡市及び旧戸畑市以外の地域への転勤を命じられることがあり,それに従わなければならないとするならば,控訴人両名は,旧八幡製鐵と労働契約を締結しなかったであろうことは,経験則上明白である。このような状況の下では,控訴人両名と被控訴人との間には,その勤務地を旧八幡市及び旧戸畑市に限定するという勤務場所限定の合意があったと解されるべきである。 (2) 仮に,労働協約及び就業規則中の,転勤を命ずることができる旨の規定に基づいて,被控訴人が,控訴人両名に対する転勤命令権を有するとしても,同規定は極めて包括的なものであるから,これに無限定の効力を認めることは相当でなく,その範囲については,労働協約や就業規則を含め,当該労働契約締結の経緯,当該労働者入社後の勤務の実情,従来の慣行等諸般の事情を総合的に判断して画されるべきである。 被控訴人の職制上,本社で採用される大学卒業者を中心とした主務職社員と中学及び高校卒業者で現地採用の技術職社員とが明確に区別されており,前者は定期的人事異動が行われ,転勤を繰り返すことにより,昇進,昇格して幹部となって行くのに対し,技術職社員については,日常的なローテーション人事は予定されておらず,事業所別採用,職場内昇進を原則とし,勤務場所についても,当該事業所ないし通勤可能な範囲に限定され,現地で定年を迎えるのが慣例であった。そして,主務職社員と技術職社員とでは,現実に転勤についての取り扱いが異なっており,主務職社員については,以前から,自己申告書が提出されていたが,技術職社員が自己申告書を提出するようになったのは,昭和62年からであり,主務職社員 とでは,現実に転勤についての取り扱いが異なっており,主務職社員については,以前から,自己申告書が提出されていたが,技術職社員が自己申告書を提出するようになったのは,昭和62年からであり,主務職社員については,同申告書には「勤務について特に支障となる事情」を記載する欄があり,転勤は当然のこととされていたのに対し,技術職社員については,社外勤務の項目はあっても,転勤についての項目はないし,また,主務職社員は,入社時から転勤が当然のこととされているので,本件転勤命令と同時期になされた主務職社員の転勤については,本人の了解を取ることなく,直ちに業務命令を出しているが,控訴人両名などの技術職社員に対しては,何度も面接を繰り返し,本人の了解を得るようにしている。平成9年の人事処遇制度の改革により,主務職社員と技術職社員の区別はなくなったが,配置育成上の必要性に基づく日常的なローテーションが予定されている従業員(旧主務職社員)と,それが予定されていない従業員(旧技術職社員)との区別は残っている。控訴人らが入社した当時,技術職社員の転勤実績は,技術職社員全体の比率からすれば極めて少ないうえ,いずれも,本人が転勤することに同意したものであるから,技術職社員が個別的な同意なしに通勤可能な範囲を超えて転勤を命ぜられた実績も慣行も存在しなかった。被控訴人は,今でも現場作業者・工員の現地採用に際し,勤務場所を八幡製鐵所と特定して人材の募集を行っている(例えば,被控訴人の平成10年8月16日付男子正社員募集の新聞広告には,勤務地が「八幡製鐵所」と記載されている。)ところ,この募集に応じた人に富津に強制的に転勤させることができるいうのが被控訴人の主張であり,非常識といえる。 また,控訴人Aは,旧八幡製鐵に入社した昭和36年7月15日から,本件転勤命令が発令され ,この募集に応じた人に富津に強制的に転勤させることができるいうのが被控訴人の主張であり,非常識といえる。 また,控訴人Aは,旧八幡製鐵に入社した昭和36年7月15日から,本件転勤命令が発令された平成2年9月1日まで,29年間,一貫して,被控訴人の技術職社員であったものであり,勤務場所も一貫して八幡製鐵所であり,控訴人Bも,同じく,同命令発令時の平成3年7月1日まで,31年間,一貫して被控訴人の技術職社員であり,勤務場所も八幡製鐵所であるから,控訴人両名は,本件のような通勤可能な範囲を超える転勤命令が,本人の同意なしに発令されるなどと考えておらず,転勤を前提とした生活計画も全く立てていなかった。 したがって,本件転勤命令は転勤命令権の範囲を超えている。 (3) 以上のとおり,控訴人らの個別的同意のない本件転勤命令は,労働契約に反し,無効である。 (二) 本件転勤命令についての業務上の必要性について(権利濫用)以下のとおり,本件転勤命令は,業務上の必要性が存在しないから,権利の濫用に当たり,無効である。 (1) 総合技術センターを富津に設置する必要性はないこと(ア) 統合の必要性について被控訴人は,従来の中央研究本部の下に3地区に分設されていた中央3技術研究所を富津に統合し,総合技術センターを設置する必要があったとするが,その必要性は立証されていない。 すなわち,被控訴人は,研究所が3か所に分散していたのでは研究開発相互間の密接な連携による総合力の発揮ができないので,統合の必要があったというが,上記体制は,旧八幡製鐵と旧富士製鐵の合併以来続けられてきたものであって,分散により十分な研究開発ができないのならば,もっと早く統合がされているはずである。被控訴人は,他社と比較しても十分な研究開発がされてきたからこそ,世界一の鉄鋼メーカー 続けられてきたものであって,分散により十分な研究開発ができないのならば,もっと早く統合がされているはずである。被控訴人は,他社と比較しても十分な研究開発がされてきたからこそ,世界一の鉄鋼メーカーになったのであり,他社との比較において,統合が必要であるという立証はされていない。特に,被控訴人は,昭和58年に研究体制の抜本的改革として,中央研究本部のもとに第1ないし第3技術研究所の3技術研究所体制を確定し,この体制でも,当面の研究内容から他の研究所に勤務した方が便利だと思われる研究者は,当該研究所に分室を作って,これに勤務するなど,研究所の分散立地を補う制度もあり,分散立地が研究に支障となることはなかった。ところが,中央3技術研究所を富津に統合するという,本件転勤命令の原因となった基本構想が発表されたのは,上記抜本的改革のわずか2年後の昭和60年であり,被控訴人の研究体制に関する計画が決して必然的なものではなく,その時々の会社首脳の思いつきによるものであることを示している。 また,上記基本構想も,直ちには実行されず,一時棚上げにされた後,昭和63年になって,中期総合計画として発表されたが,同計画では,新素材分野への進出を図ることにより,総合素材メーカーとしての事業展開を一段と拡大して行くとの当初の基本方針に反して,第1技術研究所は当面,統合の対象から外されるという杜撰なものであった。 そして,現に,複合経営化の中心ともいえる先端技術研究所(旧第1技術研究所。ζ地区)とエレクトロニクス研究所(相模原地区)は統合されていないし,逆に,エレクトロニクス研究所では施設の強化が行われており,統合とは反対の方向を示している。 結局,中央3技術研究所の富津への統合は,被控訴人がそうしたいと考えたというだけのものであり,客観的な必要性もないし,多く クス研究所では施設の強化が行われており,統合とは反対の方向を示している。 結局,中央3技術研究所の富津への統合は,被控訴人がそうしたいと考えたというだけのものであり,客観的な必要性もないし,多くの労働者に単身赴任の犠牲を強いてまで実行する合理性もない。 (イ) 総合技術センターを富津に設置することの合理性について被控訴人は,総合技術センターの設置場所を富津に決めた理由として,① 同所に土地を既に所有していて,各種施設の建設に速やかに着工することができる,② 学術,経済の拠点である首都圏に所在し,情報交換が密に行える,③ 被控訴人の最大の総合製鐵所である君津製鐵所に近い,④ 社宅,独身寮等既に整理されている君津製鐵所の福利厚生施設等が活用できる,ことをあげている。 ①については,被控訴人は,北九州市内にも広大な土地を所有していたのであり,遊休土地の活用の観点からは,富津より北九州のほうがより合理的である。そして,②については,情報の交換が密に行える(フェイス・ツー・フェイス)とする点につき,そもそも,フェイス・ツー・フェイスで他企業等の秘密情報を取得することはできないし,普段から連携を持っている企業や,大学などの研究機関となら,必ずしも,フェイス・ツー・フェイスでなくても,最新情報を得ることは不可能ではなく,どうしても必要ならば会いに行くことは可能であり,また,首都圏には研究機関が多いので,研究者にとっていくらか便利だといえても,首都圏でなければ情報が入手できず,研究ができないなどということは有り得ないし,NKK(日本鋼管株式会社,以下「NKK」という。)は,平成7年,研究開発の拠点を神奈川県京浜地区から広島県福山市に移すことを決定しているから,首都圏が研究所の立地上,非常に重要だとする被控訴人の主張が理由がないことを示している NKK」という。)は,平成7年,研究開発の拠点を神奈川県京浜地区から広島県福山市に移すことを決定しているから,首都圏が研究所の立地上,非常に重要だとする被控訴人の主張が理由がないことを示しているし,被控訴人内部の情報や技術の蓄積の点からすれば,富津より北九州の方が良いといわざるを得ない。さらに,③については,北九州にも基幹工場である八幡製鐵所があるところ,同製鐵所は,君津製鐵所より歴史が古く,研究・開発に関する技術・ノウハウが下請け関連企業まで含めて多く蓄積されているし,さほど遠くない所に新鋭製鐵所である大分製鐵所もあり,富津でなければならない理由はないし,④についても,八幡製鐵所においては,社宅や独身寮のみならず,福利厚生施設は君津製鐵所よりも充実しており,また,一般生活についての施設に関しても,富津と北九州とでは,比べものにならないほど,北九州の方が優っている。 そして,富津に総合技術センターを設置する場合,これまで何も無かった場所であるから,そこで働く労働者は全員を他地区から転勤させなければならないが,既に研究所があった所に設置するのであれば,少なくとも,同所に勤務する労働者には転勤の必要性はなく仮に,総合技術センターを北九州に設置した場合,富津への転勤者数の半数を超える約740名(うち,技術職社員は約240名)の労働者が転勤しなくても済んだことになるし,第3技術研究所の関連の仕事をしていた下請け,関連企業の労働者も,北九州への統合であれば,異動はなかったのである。被控訴人は,総合技術センターの設置場所に関し,以上の労働者への影響について検討した形跡がなく,この観点を抜きにした選択は根本的に誤っている。 また,他にも,富津は塩害がひどく,IC産業には不適切な場所である等の事情も存在する。 以上のとおり,仮に,中央3技術研究 いて検討した形跡がなく,この観点を抜きにした選択は根本的に誤っている。 また,他にも,富津は塩害がひどく,IC産業には不適切な場所である等の事情も存在する。 以上のとおり,仮に,中央3技術研究所を統合するとしても,場所としては,北九州の方が優れており,富津への統合は合理性がなかったことになる。 (2) 技術職社員の大量転勤の必要性はなかったこと仮に,富津に総合技術センターを設置するとしても,必ずしも,控訴人両名を含む技術職社員の大量転勤の必要はなかった。 控訴人両名を始めとする技術職社員の職務は,研究者の研究の補助にすぎない。 具体的には,研究室から工長が依頼を受け,その段取りを職場のリーダーである統括がとり,控訴人両名は工長の指導の下で実験をするだけであるから,被控訴人の技術職社員ならば,数か月もあれば習得できるものであり,工長クラスの幹部の技術職社員を転勤させれば,充分に稼働できる。 被控訴人は,総合技術センター設置のために,400人の技術職社員が必要であるとして,平成3年までに第3技術研究所の技術職社員182名を同センターに転勤させたが,平成6年には,第3次中期経営計画として,同センターの技術職社員の40パーセント強の削減を決める等し,これらの合理化により,182名いた第3技術研究所からの転勤者は次々に削減され,平成10年2月当時に現地にとどまっている者はわずか52名となった。それにもかかわらず,総合技術センターは順調に稼働しているのであるから,182名もの技術職社員を転勤させる必要はなかったし,新しい施設の立ち上げのためにどうしても必要な要員は,期間を限った転勤や長期出張で足りたはずである。 被控訴人は,現場が移るのだから,現場で働いていた技術職社員も移動しなければ,総合技術センターの運営はできないと主張する。しかし,N も必要な要員は,期間を限った転勤や長期出張で足りたはずである。 被控訴人は,現場が移るのだから,現場で働いていた技術職社員も移動しなければ,総合技術センターの運営はできないと主張する。しかし,NKKは,被控訴人と同じように総合材料技術研究所再編整備を行うこととし,福山地区をその研究開発の拠点とし,業務移転に伴う技術職社員の人事措置については,京浜地区の移転対象業務の要員の約半数については,基幹要員として福山地区へ配転を実施するが,残り半数については福山製鉄所から補充することとし,京浜地区に残る半数の余力人員については,同地区での再配置及び社外勤務の拡大等を基本に対応することとした。さらに,その後,NKKでは,転勤に同意した者のみが転勤することになり,結局,17名のみが福山地区へ転勤することになった。以上のNKKのとった措置は,それ以上の人員,設備をもった日本一の鉄鋼メーカーである被控訴人にもできるはずであり,同様の措置をとっていれば,控訴人両名は富津に転勤する必要はなかった。すなわち,第3技術研究所から技術職社員全員を転勤させなくても,技術の継承のために必要で,かつ,転勤可能な技術職社員を転勤させ,不足分は君津製鐵所の技術職社員から補充する方法を取り得たはずである(ちなみに,昭和62年の中期総合計画における,室蘭,釜石,α,堺から君津製鐵所への大量の技術職社員の転勤措置により,同製鐵所は人員過剰となっていた。)。 (3) 控訴人両名を転勤させる必要性はなかったこと仮に,技術職社員を富津に転勤させる必要があったとしても,控訴人両名を転勤させる必要はなかった。 (ア) 控訴人Aについて控訴人Aは,第3技術研究所では,試験掛,熱エネルギー試験系列に所属していたが,同控訴人の仕事は,何か月か教育を受ければ覚えられるものであり,同控訴 せる必要はなかった。 (ア) 控訴人Aについて控訴人Aは,第3技術研究所では,試験掛,熱エネルギー試験系列に所属していたが,同控訴人の仕事は,何か月か教育を受ければ覚えられるものであり,同控訴人を転勤させる必要はなかった。 また,控訴人Aの転勤後に従事した業務のうち,初めて担当したものもあったが,いずれも直ぐに覚えられる内容のものであり,同控訴人の仕事は,現地採用の人でも十分にできる内容であった。 さらに,控訴人Aは,昭和61年7月から昭和62年12月までの間,他の2名の技術職社員とともに,応援措置として,八幡技術研究部の業務に従事したが,他の2名は同研究部に残り,富津へ転勤していない。控訴人Aは,これらの者より,同研究部での作業経験が長く,同控訴人を同研究部に残すことは可能であり,同控訴人を転勤させる必要はなかった。 (イ) 控訴人Bについて控訴人Bは,八幡技術研究部に移管された押込穿孔圧延機(PRP)及び偏肉矯正圧延機(ELM)を使用する業務に約8年間従事しており,これらの装置は,平成3年7月1日に八幡技術研究部へ移管されたのであるから,同控訴人の技術,技能,経験を活かすためには,同控訴人を八幡技術研究部に配転させるべきであった。上記移管の際,3名の技術職社員が同研究所に残されたが,うち2名はPRP,ELMには全く関わったことがなく,残り1名は別の作業現場から来た者であるから,この中に控訴人Bを入れることも可能であったし,そもそも,PRP,ELMは,4名で稼働させていたのであるから,同控訴人を残すことは可能であった。 また,控訴人Bは,被控訴人から,転勤後に従事すると説明されていた試験装置については,全く従事した経験がないか,補助要員として関与したことがあるだけであって,業務上の必要性からみても,同控訴人を富津に転勤させ 人Bは,被控訴人から,転勤後に従事すると説明されていた試験装置については,全く従事した経験がないか,補助要員として関与したことがあるだけであって,業務上の必要性からみても,同控訴人を富津に転勤させなければならない理由はなかった。 (三) 不当な動機・目的の存在について(権利濫用)第3技術研究所試験室製銑試験系列においては,在籍者38名中,転勤前に4名,転勤後に5名が,控訴人Aが所属していた同熱エネルギー試験系列においては,在籍者33名中,転勤前に1名,転勤後に1名が,控訴人Bが所属していた同加工プロセス試験系列においては,在籍者27名中,転勤前に2名,転勤後に1名が,それぞれ自己都合により退職し,第3技術研究所全体では,転勤者182名中18名が転勤後に自己都合退職しており,同程度の人が転勤前に自己都合退職しているものと思われる。このように,終身雇用制の下で,被控訴人において定年を迎えようと考えていた社員の2割が退職することは極めて異常であり,本件における転勤措置がいかに苛酷なものであるかを証明している。 被控訴人は,当初より,この事態を予想しており,早期退職促進班を作って,早期退職を促進させたのである。本件転勤命令は,総合技術センター設立のために必要であるという表向きの理由により発令されたが,その一方では,技術職社員の一部を早期退職させるという目的もあったのであるから,本件転勤命令は不当な動機・目的を伴うものであり,権利の濫用として無効である。 (四) 控訴人両名の被る不利益について(権利濫用)(1) 本件転勤命令は,単身赴任を伴うものである。 (ア) 控訴人Aの妻は,婚姻前の昭和39年から,九州厚生年金病院で看護婦として働き,本件転勤命令時には手取りで月約25万円の給与を得ており,同控訴人は,昭和53年に居宅を建築し,ローンとして る。 (ア) 控訴人Aの妻は,婚姻前の昭和39年から,九州厚生年金病院で看護婦として働き,本件転勤命令時には手取りで月約25万円の給与を得ており,同控訴人は,昭和53年に居宅を建築し,ローンとして月7万5000円を支払っており,そのローンの支払や子供の学費等のためには,同控訴人の収入だけでは足りず,妻に勤務を続けて貰わなければならなかったこと,2人の子は,当時,大学受験のための浪人生と高校2年生であり,いずれも北九州を離れることができなかったこと,富津へ転居した場合,同居宅を手放さなければならなくなること等から,同控訴人は,本件転勤命令に従うためには,単身赴任をせざるを得なかった。 (イ) 控訴人Bの母親は76歳と高齢で,本件転勤命令時は同控訴人の姉と同居していたが,同控訴人の扶養家族であり,同控訴人が責任をもって面倒を見なければならなかったこと,控訴人Cの両親は,北九州市内に住んでいたが,いずれも病弱で,父親は入退院を繰り返し,母親も入院していたので,同控訴人は,唯一の娘として,いざという時に両親を看病する必要があり,北九州を離れることはできなかったこと,控訴人Bは,昭和51年に居宅を建築し,ローンの支払も終わっていないところ,富津へ転居した場合,これを手放さなければならなくなること,家のローン,子どもの学費,母親への仕送り等のためには,控訴人Bの給与だけでは不足するので,控訴人Cは,生命保険会社に外交員として勤務しているが,千葉県には知人もおらず,仕事を続けることはできないこと,長女は高校3年生で受験を控え,転校することはできなかったこと等から,控訴人Bは,本件転勤命令に従うためには,単身赴任をせざるを得なかった。 (ウ) 単身赴任をしたのは控訴人両名だけではなく,転勤を命じられた者のうち過半数を超える者が単身赴任している。また, 等から,控訴人Bは,本件転勤命令に従うためには,単身赴任をせざるを得なかった。 (ウ) 単身赴任をしたのは控訴人両名だけではなく,転勤を命じられた者のうち過半数を超える者が単身赴任している。また,控訴人両名のように昭和19年より前に生まれた人の8割が単身赴任しているが,その多くが控訴人両名と同じように,自宅を北九州に建て,妻が同所で働き,子供が大学受験を目指していたり,年老いた両親が同所にいたりする等,共通の要因のために単身赴任を選択せざるを得なかったものと考えられる。 (エ) 被控訴人は,控訴人両名には転勤を命じただけで,しかも,家族帯同を奨励しているのであって,単身赴任を命じたものではないと主張するが,上記のとおり,控訴人両名は,本件転勤命令により,単身赴任せざるを得なかったのであり,同命令は,単身赴任を伴う転勤命令といわざるを得ない。 (2) 単身赴任は労働者とその家族に多大の犠牲を強いるものであるところ,その多くは,いわゆるローテーション人事による転勤に伴う単身赴任であって,数年後には,再度の転勤命令により単身赴任状態が解消されることが多いし,転勤に伴って,労働者は昇格して行くのが一般である。ところが,本件転勤命令は,ローテーション人事によるものではなく,再度の転勤が予定されていないことから,定年退職まで単身赴任状態が解消される見込みはない上に,片道9時間もかかる遠方の地への転勤であり,転勤に伴う昇格等,労働者にとって何のメリットも伴わないものである。 (3) 控訴人Aは,これまで,地域に根ざした生活をしてきたが,8年以上もの間,単身赴任生活を余儀なくされ,地域との繋がりが切れてしまったし,2人の子の人生にとって大事な時に,一緒に生活し,精神的な支援をすることができなかった。また,控訴人Aは,妻が平成9年6月以降,入院生活を送っ 任生活を余儀なくされ,地域との繋がりが切れてしまったし,2人の子の人生にとって大事な時に,一緒に生活し,精神的な支援をすることができなかった。また,控訴人Aは,妻が平成9年6月以降,入院生活を送った際,単身赴任のために,見舞いや介護がほとんどできなかった。 また,控訴人Bは,7年半以上もの間,単身赴任生活を余儀なくされているが,これに伴う経済的不利益は,帰省のための費用を始めとして大きな負担となっているし,健康悪化の傾向にある。また,控訴人Bは,北九州で急な出来事があっても,直ちに駆けつけることができず,控訴人Cが平成7年11月に脊椎圧迫骨折し,自宅療養した間,介護することができなかった。 (4) 以上のとおり,仮に,本件転勤命令につき,業務上の必要性が認められるとしても,同命令は,控訴人両名に対し,通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるから,権利の濫用として無効である。 (5) また,民法752条(夫婦の同居義務),子どもの権利条約9条1項(子どもがその父母の意志に反してその父母から分離されない権利の保障),ILO条約(雇用者が労働者に転勤等を命じるにあたり,労働者の家族的責任及び就業場所等について考慮すべきである旨の定め)等,家族に関する諸法に照らしても,単身赴任を伴う転勤命令は,家族関係に重大な影響を及ぼし,家族の意志に反する単身赴任は,労働者,配偶者,子ども等家族の人権を侵害するものであり,公序良俗に違反する。 (五) 総合的な判断の必要性について(権利濫用)転勤命令が権利の濫用に当たるか否かについては,転勤命令の業務上の必要性と労働者の生活上の不利益の比較衝量等の総合的な判断がされなければならない。したがって,上記(二)ないし(四)の各事情のいずれにも該当しなくても,総合的な判断を加えれば,本件転勤命 業務上の必要性と労働者の生活上の不利益の比較衝量等の総合的な判断がされなければならない。したがって,上記(二)ないし(四)の各事情のいずれにも該当しなくても,総合的な判断を加えれば,本件転勤命令は権利の濫用に当たることになる。すなわち,本件転勤命令は,業務上の必要性はあったとしても,極めて少ないし,技術職社員全員に転勤を命じたのは,転勤ができない何人かがやめてくれれば都合が良いという目的もあったこと,これに対し,同命令は,北九州から1200キロメートルも離れた土地へ,しかも,定年退職するまでの行きっぱなしの単身赴任を伴うものであり,労働者の不利益はあまりにも大きいのであり,これらの事情を総合すれば,同命令が権利の濫用であることは明らかである。 (被控訴人の主張)(一) 本件転勤命令の根拠について(1)(ア) 上記第二の二5のとおり,控訴人Bが入社した昭和35年当時の旧八幡製鐵の就業規則(49条)には「社員に対しては,業務上の都合によって転勤させまたは職場もしくは職種を変更することがある。」との規定があり,控訴人Aが入社した昭和36年当時の同就業規則にも全く同様の規定が存在し,さらに,本件転勤命令が発令された当時の就業規則(53条)には「社員に対しては,業務上の必要により転勤させ,職場もしくは,職務を変更し,または出張させることがある。」と規定されている。 控訴人両名は,臨時作業員として雇用された際,上記各就業規則等を遵守する旨の誓約書及び身元引受人による同旨の保証文言を記載した身元引受書を提出し,2か月経過後,作業職社員として採用となり,改めて,就業規則等を遵守する旨の誓約書及び身元引受書を提出した。 また,被控訴人は,控訴人両名の入社時の新入社員教育の際,特に就業規則を配布し,転勤条項等について解説している。 (イ) また, ,改めて,就業規則等を遵守する旨の誓約書及び身元引受書を提出した。 また,被控訴人は,控訴人両名の入社時の新入社員教育の際,特に就業規則を配布し,転勤条項等について解説している。 (イ) また,上記第二の二5のとおり,労働協約(53条)には「会社は,業務上の必要により,組合員を転勤させまたは職場もしくは職務を変更することがある。」との規定があり,同協定においては,組合員を大量に配置転換または転勤させる場合の基準方針は,労使委員会の付議事項とされている。 (ウ) 以上のとおり,被控訴人は,就業規則及び労働協約において,業務上の必要に基づいて,社員を転勤させる旨の転勤条項を定めているとともに,社員は入社にあたり,就業規則を遵守する旨の誓約書を提出しており,実際の転勤運用についても業務上の必要に基づいて,社員各層を通して日常的に広く行われてきているから,業務上の必要性に基づき,社員に対し,転勤を命じることができ,社員はこれに従うべき義務を負っている。 (2)(ア) 控訴人らは,控訴人両名が旧八幡製鐵と労働契約を締結した当時,八幡製鐵所の工場は旧八幡市と旧戸畑市にしか存在せず,他の地域には存在しなかったとして,控訴人両名の勤務場所を福岡県八幡市及び戸畑市(現北九州市γ,δ及びε)に所在する八幡製鐵所に限定する旨合意したと主張する。 しかしながら,当時,光製鐵所は既に稼動し,堺製鐵所も建設途上にあったのであり,上記のとおり,入社時の就業規則には,社員に対して転勤を命じることがあることを明らかにし,控訴人両名も同規則を遵守する旨の誓約書を提出し,同規則の教育を受けていたのであるから,控訴人両名は,光製鐵所や建設途上にあった堺製鐵所等への転勤もありうることを当然に予見していたものというべきであって,控訴人らの主張は根拠がない。 (イ) 控訴人らは の教育を受けていたのであるから,控訴人両名は,光製鐵所や建設途上にあった堺製鐵所等への転勤もありうることを当然に予見していたものというべきであって,控訴人らの主張は根拠がない。 (イ) 控訴人らは,労働契約締結日以前に,主務職社員と異なり,控訴人両名のような高校卒業資格の作業員が,旧八幡市及び旧戸畑市以外の工場へ転勤したことは殆どなく,そのような慣行は存在しなかったと主張する。 しかしながら,被控訴人は,国内外の各地に事業所を設けているため,就業規則及び労働協約に基づき,今日まで,業務上の必要性から,主務職社員はもとより,技術職社員についても多くの転勤を日常的に実施してきている。八幡製鐵所勤務の技術職社員が他箇所へ転勤した実績についてみると,昭和29年以降控訴人Aが入社した昭和36年度末までに,光製鐵所へ約90名,堺製鐵所へ約180名の合計約270名の転勤の事例が存在しており,控訴人らの主張は根拠がない。 (ウ) 控訴人らは,転勤があるのであれば,控訴人両名が労働契約を締結しなかったであろうことは,経験則上明白であると主張するが,上記のとおり,控訴人両名は,採用されるに当たり,転勤条項を含む就業規則を遵守する旨の誓約書を提出しているのであって,万一,控訴人両名が,特に勤務地に固執して,八幡製鐵所以外の事業所には勤務する意思がないというのであれば,当然,その旨を申し出るとか,文書により,勤務地を限定する特約を明文化することを求める等の措置をとったであろうが,そのような事実はないから,控訴人らの主張は根拠がない。 (エ) さらに,控訴人らは,技術職社員が個別的な同意なしに通勤可能な範囲を超えて転勤を命ぜられた実績も慣行も存在しないのであるから,本件転勤命令は転勤命令権の範囲を超えていると主張するが,控訴人両名の勤務地を通勤可能地域に限定す 員が個別的な同意なしに通勤可能な範囲を超えて転勤を命ぜられた実績も慣行も存在しないのであるから,本件転勤命令は転勤命令権の範囲を超えていると主張するが,控訴人両名の勤務地を通勤可能地域に限定することは,労働契約上はもちろん,いかなる意味でもこれを約したことなどないし,現実にも,被控訴人にあっては,多数の技術職社員が転勤命令により,住居の変更を伴う転勤をしているのであるから,失当である。 (オ) なお,控訴人らは,被控訴人の平成10年8月の社員募集広告の「勤務地八幡製鐵所」との記載をもって,勤務地を限定して採用していると主張するが,同広告は,初任地を掲載したものであり,業務上の必要性がある場合においても転勤を命じ得ないという趣旨ではないから,上記主張は根拠がない。 (ニ) 本件転勤命令の業務上の必要性について(権利濫用)下記のとおり,本件転勤命令は,業務上の必要性に基づくものであり,有効である。 (1) 被控訴人の研究開発体制再構築の必要性被控訴人の全社レベルの研究開発体制は,従来,中央研究本部の下,中央3技術研究所が各地区に分散しており,また,設備技術本部についても,地域的には八幡,α,君津の各製鐵所地区に分散していた。 被控訴人は,従来から,鉄鋼事業を基礎として,エンジニアリング事業,化学事業を積極的に展開するほか,鉄鋼を取り巻く経営環境の変化に対応すべく,新規分野として新素材事業,エレクトロニクス・情報通信システム事業等の複合経営戦略を進めてきたが,これを推進するためには,高度化,多様化する社会のニーズの変化に即応できる研究開発体制の確立,すなわち,技術開発の迅速化・効率化を図り,さらにこれまで蓄積してきた豊富な基盤技術・要素技術の活用・充実に加え,新しい理論や生産プロセスといった多岐にわたる先端的な技術の創出・開発・育成 制の確立,すなわち,技術開発の迅速化・効率化を図り,さらにこれまで蓄積してきた豊富な基盤技術・要素技術の活用・充実に加え,新しい理論や生産プロセスといった多岐にわたる先端的な技術の創出・開発・育成を進めるとともに,それらの技術の有機的結合や総合化等を実現する総合的な研究開発体制の整備が急務となっていた。 ところが,中央3技術研究所は,地理的に分散しているため,研究テーマごと,あるいはテーマ間の連携や総合力の発揮,さらには業務効率(スピード)の面で問題があること,新素材等新分野研究開発の分野は,基礎研究との連携が密接であるため,第1技術研究所において対応していたが,同所は敷地が狭いことに加えて,住宅地であり,今後の拡張は不可能であり,実験についても環境上の制約があること,研究開発成果の迅速な実用化,戦力化のためには,現場との緊密な連携協力が必要であるが,第1,第2技術研究所については,生産現場から離れていること,学術・技術の交流,情報収集の中心である首都圏からの距離にも問題があること,中央3技術研究所は,建設後15年ないし25年程度経過しており,研究環境の面では大きく立ち遅れた状態にあるといわざるをえず,その近代化が技術開発競争激化の中にあって焦眉の急となっていたが,既存の施設の中でこれを進めることは設備面で限界があり,抜本的対策を行う必要に迫られていること等の問題点を抱えていた。 また,研究開発機能とエンジニアリング機能(設備技術)の関係についても,従来,多く開発されてきた単発型のプロセス開発においては,研究部門と設備技術部門とが分散立地していても,なんとか対応可能であったが,今後のプロセス開発は一貫型・複合プロセスであり,しかも,大型化してくることが予想され,研究者と設備エンジニアとのフェース・ツー・フェースの議論,協働,相互の していても,なんとか対応可能であったが,今後のプロセス開発は一貫型・複合プロセスであり,しかも,大型化してくることが予想され,研究者と設備エンジニアとのフェース・ツー・フェースの議論,協働,相互の刺激・触発が必要不可欠であった。 (2) 「総合技術センター」設置の基本構想の策定被控訴人は,昭和60年2月,プロジェクトチームを編成し,「総合技術センター」の設置についての検討を経て,研究開発体制の再構築を狙いとして,中央3技術研究所を統合し,新たに総合技術研究所を君津製鐵所に隣接する千葉県富津市にある被控訴人所有地に設置・集約するとともに,併せて設備技術本部についても同地区に立地統合するという基本構想(以下「基本構想」という。)を決定した。 被控訴人が,千葉県富津市を選定したのは,(イ) 研究開発の新しい活動拠点とするのに必要な,以下の(ロ),(ハ),(ニ)の要件を具備し,かつ,十分な広さの土地を被控訴人が従来から同地域に所有しており,各種施設の建設に速やかに着工することが可能であったこと,(ロ) 同地域が学術,経済の拠点である首都圏に所在し,新技術分野に取り組む各大学研究室,公的研究機関及び各種企業の多くの研究者との情報交換が密に行えるとともに,東京湾横断道路,上総新研究開発都市構想等の計画があり,21世紀に向けての大きな発展の可能性を持つ地域であること,(ハ) 被控訴人の最大の総合製鐵所であり,多品種を揃えた君津製鐵所に近く,製造部門との密接な連携が可能であること,(ニ) 社宅,独身寮,医療・健康管理施設等をはじめとして既に整備されている君津製鐵所の福利厚生施設等が活用でき,さらに今後の設備の拡充が可能な後背地を有しており,生活基盤確保の点からも適地であること,を総合的に勘案した結果である。 (3) 統合の必要性はない旨の控訴人ら 君津製鐵所の福利厚生施設等が活用でき,さらに今後の設備の拡充が可能な後背地を有しており,生活基盤確保の点からも適地であること,を総合的に勘案した結果である。 (3) 統合の必要性はない旨の控訴人らの主張に対する反論(ア) 控訴人らは,先端技術研究所(ζ地区)とエレクトロニクス研究所(相模原地区)は富津へ統合されていないし,逆に,エレクトロニクス研究所では施設の強化が行われており,統合とは反対の方向を示している現状よりすれば,中央3技術研究所の統合の必要性は絶対的なものではないと主張する。 しかし,「総合技術センター」への立地統合の基本構想を策定したのは,被控訴人の研究開発を効率的に推進するうえで必要と判断される機能について統合することを目的としたものであり,全ての研究開発機能を一律に統合しようとするものではない。そして,「総合技術センター」設置計画を検討・推進する過程で,被控訴人は,円高に端を発する構造的苦境に見舞われ,未曾有の経営危機に直面し,まずは,被控訴人の事業の主柱たる製鉄事業に直結する鉄研究部門の結集及び設備技術本部の立地統合だけでも先行すべきであると判断し,第2,第3技術研究所のほとんどの機能並びに設備技術本部の機能については,「総合技術センター」に結集するとともに,第1技術研究所(ζ地区)の機能については,当面,鉄研究と密接不可分の解析科学研究部の一部等を同センターに結集することとし,同研究所のその余の機能については,従前どおり,ζ地区に存置することとし,今後の経営環境や複合経営の進展等を見定めた上で,同センターに統合して行く方針を採ることとした。その後,被控訴人は,先端技術研究所(第1技術研究所を改組)の富津への移転を決定し,平成10年4月20日,連合会に提案・説明し,その了解を得たことから,同移転は実施されることと 針を採ることとした。その後,被控訴人は,先端技術研究所(第1技術研究所を改組)の富津への移転を決定し,平成10年4月20日,連合会に提案・説明し,その了解を得たことから,同移転は実施されることとなっている。 また,エレクトロニクス研究所は,平成元年6月29日付組織改正時に,被控訴人のエレクトロニクス事業の研究支援部門として設置されたもので,「総合技術センター」の具体的設置計画を発表した昭和63年3月時点においては設立されておらず,同センターの設置計画を組合に説明した際には,エレクトロニクス事業分野を含む新規事業分野対応の研究機能について,今後の各事業の推進状況や研究開発の動向を踏まえて,その統合・拡充を見定めていくこととした。そして,被控訴人は,エレクトロニクス事業を推進していくうえで,その製造・商品開発等の活動拠点を,エレクトロニクス工業集積地域の中に位置する相模原地区とすることとしたこと等から,エレクトロニクス研究所の中心拠点を相模原地区とし,鉄研究機能との関連が強い計測・制御研究機能についてのみ,同センターに集結した。 したがって,先端技術研究所の統合が遅れたこと及びエレクトロニクス研究所が「総合技術センター」に統合されていないことをもって,既に実施している同センターヘの鉄部門研究ならびに設備技術本部機能の統合の必要性がないとする控訴人らの主張は誤りである。 (イ) 控訴人らは,統合しなくても研究開発には支障はなかった旨主張する。しかしながら,最近の必要とされる技術開発は,極めて大型化,複合化した技術課題であり,これらの技術開発とその実用化に向けては基礎的研究から応用研究,プロセス開発,さらには設備エンジニアリング等各技術部門においてあらゆる要素技術を組み合わせ,融合した総合力が求められている。また,鉄鋼の先端製品開発関連 の実用化に向けては基礎的研究から応用研究,プロセス開発,さらには設備エンジニアリング等各技術部門においてあらゆる要素技術を組み合わせ,融合した総合力が求められている。また,鉄鋼の先端製品開発関連については,一層特色のある製品の開発によってのみ,世界鉄鋼業をリードすることが可能であり,この分野においては,鉄を超えた鉄鋼材料の開発にまで拡がりをもってきており,これらの製品開発は前進基地である製鐵所と一体となった活動とともに多くの異分野専門家間での協働等によって総合的に推進する必要がある。さらに,鉄鋼の技術開発において大きな比重を占めるプロセス開発にあっては,上記のとおり,既存技術にとらわれることなく,旺盛なチャレンジ精神をもって取り組まなければならず,研究段階から,研究者と設備エンジニアとが一体となって,フェイス・ツー・フェイスの議論,協働等が必要不可欠である。被控訴人においては,統合前は,様々な専門分野の研究者が,地理的に分かれていたため,研究者間の連携,交流が即時的確に行えず,研究開発を進める上では非効率かつ円滑さを欠いていたところ,「総合技術センター」への統合により,研究開発の質も向上し,研究効率は改善された。 以上のとおり,統合の必要性は存在するから,控訴人らの主張は理由がない。 (ウ) また,控訴人らは,被控訴人の研究開発体制の抜本的改革のわずか2年後の昭和60年に基本構想が発表されたことは,被控訴人の研究体制に関する計画が決して必然的なものではなく,その時々の会社首脳の思いつきによるものであることを示していると主張するが,同構想は,従前の組織強化策のみでは,分散立地ゆえの問題点や課題を克服するのは不可能であり,中央3技術研究所の統合に加え,設備技術本部の立地統合は不可欠との判断により策定されたものであり,従前の強化策とは大き 前の組織強化策のみでは,分散立地ゆえの問題点や課題を克服するのは不可能であり,中央3技術研究所の統合に加え,設備技術本部の立地統合は不可欠との判断により策定されたものであり,従前の強化策とは大きな発想の違いがあること,基本構想完成の目途を昭和65年(平成2年)としていること等よりすれば,上記主張は,被控訴人の研究開発体制が抱えていた問題点・課題や基本構想の内容を理解せず,ただ単に,以前の組織改正と基本構想発表時期との時間的間隔のみを取り上げて,統合の必要性を論じているに過ぎず,失当である。 (エ) 控訴人らは,富津よりも北九州の方が集約の場として適していると主張する。しかしながら,被控訴人は,立地選定の各要素のうち,研究開発体制の強化充実のためには,首都圏に位置することが極めて重要であると判断して富津地区を選定したものであり,控訴人らの主張は,この点を無視している点で失当といわなければならない。 すなわち,わが国において,学術・技術の交流,情報収集の中心が首都圏にあることは疑問の余地がなく,とりわけ,創造的で高度な技術分野に取り組む各大学研究室・公的研究機関等の多くが首都圏に所在する以上,首都圏から遠い地域にあっては,発達した情報通信網の利用によっても,多くの情報源となる各種研究所,企業,機関,講演会・展示会等での研究者との交流・対話や「場」への参画等におけるフェイス・ツー・フェイスによる情報交換・相互触発は,質量ともに首都圏には到底及び得ない。ここでいう,フェイス・ツー・フェイスによる情報交換とは,大学や公的機関の研究者との直接的な交流があれば,その研究者が現在どのような分野において,どのような研究の方向性をもっているか等の研究に関わる最新の情報について,会話等を通じて様々なヒントが得られることを意味し,被控訴人の研究開発にとっ あれば,その研究者が現在どのような分野において,どのような研究の方向性をもっているか等の研究に関わる最新の情報について,会話等を通じて様々なヒントが得られることを意味し,被控訴人の研究開発にとって有用な周辺技術に関する貴重な情報を得ることができるということであって,同業他社から機密事項に属する情報等を得ようとするものではない。控訴人らは,フェイス・ツー・フェイスによる情報交換の重要性について正しく理解していない。 控訴人らは,NKKの例をあげて,首都圏であることは研究所立地にとって重要であるとはいえないというが,NKKの例は,被控訴人の「総合技術センター」設置とは異なり,リストラ計画における財務体質改善,土地活用等の同社の経営事情の下に行われたものであるから,これを本件にそのままあてはめるのは暴論である。 (4) 基本構想策定後の経営環境の変化(ア) 被控訴人は,基本構想を推進するため,昭和61年7月1日,本社部門に「総合技術センター建設推進本部」(以下「推進本部」という。)を設置したが,昭和60年秋以降,急激かつ大幅な円高の進行により,わが国経済は深刻な円高不況に陥り,被控訴人もまた,その経営基盤たる国際競争力の著しい低下や輸出による円手取り額の減少等に見舞われ,その後も,円高はさらに進行を続け,かかる鉄鋼業を取り巻く経営環境の悪化は,構造的な問題として,抜本的な対策を講ぜざるを得ない状況に立ち至った。被控訴人にあっても,昭和62年2月,大幅な設備休廃止(室蘭,釜石,α及び堺の4製鐵所の高炉を休止し,鉄源は八幡,名古屋,君津及び大分の4製鐵所に集約するとともに,八幡製鐵所の高炉1基を休止し,君津製鐵所を高炉2基稼働体制から3基稼働体制とする。)・要員合理化(生産設備体制の再編による要員減約7000名に加え,競争力強化の観点から鋭 製鐵所に集約するとともに,八幡製鐵所の高炉1基を休止し,君津製鐵所を高炉2基稼働体制から3基稼働体制とする。)・要員合理化(生産設備体制の再編による要員減約7000名に加え,競争力強化の観点から鋭意合理化施策を進める考えから,昭和65年度末までに合計約1万9000名の要員を削減する。一方,複合経営を積極的に推進し,事業構造の転換を図るべく,新素材,エレクトロニクス,情報通信システム等の新規事業分野,及び各製鐵所を拠点に地域のニーズに沿った多目的な人材活用を図る事業を推進することを検討し,これに伴う約6000名程度の所要要員について,鉄部門からの転換を検討推進する。)・資本費の圧縮等による総固定費を削減するとともに,生産の集中や歩留・原単位の改善による変動費の削減を目指す「製鉄事業中期総合計画」及び新規事業分野の積極的推進を図り,事業構造の転換を期す「複合経営推進の中長期ビジョン」からなる「中期総合計画」を策定し,これを推進することとした。 (イ) 中期総合計画を推進するにあたり,八幡製鐵所においても,生産設備休廃止に伴い,全社的な要員合理化の必要に迫られ,平成2年度末までに4200名の要員合理化,これに伴う人員対策が必要となり,定年(年満)等の退職により3000名,新規事業への吸収により500名として,700名がなお余力として残り,既に余力人員となっていた1500名をあわせた2200名が同計画終了年度である平成2年度末の余力人員となっていた。被控訴人は,同余力人員につき,全社的に雇用の維持を図るため,近隣地域の他業種・他産業への出向措置,社外派遣,八幡製鐵所内での新規事業における人材活用,他箇所への長期応援等を実施し,対応することとしていた。 (ウ) 被控訴人は,昭和62年2月13日の中央及び箇所経営審議会において,中期総合計画の内容 派遣,八幡製鐵所内での新規事業における人材活用,他箇所への長期応援等を実施し,対応することとしていた。 (ウ) 被控訴人は,昭和62年2月13日の中央及び箇所経営審議会において,中期総合計画の内容,同計画が必要となった背景等について,連合会と八幡労組に対して説明し,その後の協議等を経て,同年5月20日,連合会より,被控訴人に対し,今後の労使対応等数点の要請を付して,同計画を了解する旨が表明された。 被控訴人は,昭和62年8月4日,中央労使委員会において,連合会に対し,中期総合計画に伴う転勤措置について提案したが,その内容は,関連・協力企業も含む全社の場で雇用を確保するという観点から実施するものであり,鉄源休止箇所から少なくとも1500名に及ぶ大量の転勤措置を取ること,相当数の単身赴任者の発生が予想されること,高齢者の転勤及び高齢者を中心とした転勤後出向の措置を含むものであること,等であった。以後,被控訴人と連合会との間で,数回の協議が行われ,その中で,連合会から,転勤の際の組合員の負担を極力軽減するため,持家処分に関する援助期間の延長,単身赴任者の取り扱い改善等が要請され,被控訴人は大綱的に要請に沿った回答を行った。そして,連合会は,昭和62年9月10日,転勤措置とその取り扱いについて了解する旨表明したが,その際,被控訴人に対し,各箇所において雇用確保策としての新規事業を積極的に展開すること等数点の要請が付されて,上記転勤措置とその取り扱いについて了解する旨の表明がなされた。 (5) 「総合技術センター」設置計画の概要(ア) 被控訴人は,経営環境の変化に直面する中で,中期総合計画を着実に推進し,その目標を達成するためには,製鉄事業の抜本的な競争力強化を図り,事業基盤を確固たるものにすることが最重要課題となっており,かかる観点から,「総 環境の変化に直面する中で,中期総合計画を着実に推進し,その目標を達成するためには,製鉄事業の抜本的な競争力強化を図り,事業基盤を確固たるものにすることが最重要課題となっており,かかる観点から,「総合技術センター」の建設については,まず,製鉄事業に直接結びついている鉄研究部門の結集並びに設備技術本部の立地統合を先行させることとし,新素材分野を含む新規事業については,未だ事業化の緒についたばかりであり,将来の見通しも困難であったことから,当該分野研究部門の「総合技術センター」への移転は,今後の動向を十分に見定めた上で実施することとし,「総合技術センター」の設置についての計画を決定したが,その概要は,以下のとおりである。 (a) 敷地面積約70万平方メートル(b) 工期昭和63年から昭和67年(平成4年)まで(c) 統合内容と実施時期〔第Ⅰ期〕 第1技術研究所の銑鋼基礎,第2技術研究所の薄板・表面処理,第3技術研究所のほぼすべての研究機能を結集する。昭和63年度に建設に着手し,昭和65年(平成2年)度に建設・移転を完了する。 〔第Ⅱ期〕 第2技術研究所の薄板・表面処理以外の鉄製品研究を結集し,鉄中央研究体制を完成させる。昭和66年(平成3年)度中に建設を完了する予定である。 〔第Ⅲ期〕 設備技術本部等を結集することとし,昭和67年(平成4年)度に建設を完了する予定である。 (d) 人員規模 Ⅲ期時点での人員規模を約1200名程度とし,そのうち技術職社員については約400名程度とする。 (イ) 被控訴人は,昭和63年3月18日,中央臨時経営審議会において,連合会に対し,「総合技術センター」設置計画に関する具体的内容を説明し,連合会から,同計画は被控訴人の確固たる経営基盤を将来にわたって確立していくために欠くことのできないものであり,その において,連合会に対し,「総合技術センター」設置計画に関する具体的内容を説明し,連合会から,同計画は被控訴人の確固たる経営基盤を将来にわたって確立していくために欠くことのできないものであり,その推進に積極的に協力する旨表明を受けた。 (ウ) その後,被控訴人は,平成元年4月,総合技術センター建設計画について,鉄部門の競争力強化と複合経営の展開を図る上で,研究開発の果たすべき役割が重要性を増してきたこと等から,第Ⅰ期につき平成2年5月末に建設を完了し,同年11月末に移転を完了し,第Ⅱ期につき平成3年3月末に,第Ⅲ期につき平成3年6月末にそれぞれ建設を完了し,いずれも同年9月末に移転を完了することを目途として計画を推進することとし,平成元年5月24日,連合会は,これを了解する旨表明した。 (6) 本件転勤計画の内容と交渉経過(ア) 被控訴人は,「総合技術センター」の設置計画策定後,推進本部総合調整班が策定した同計画における技術職社員の人員規模に基づいて,転勤計画の検討を開始し,平成元年7月,転勤規模を下表のとおり決定した。 (表-省略)被控訴人は,上記転勤計画の箇所別の転勤規模の検討にあたり,当初から,第3技術研究所における電磁鋼及び鋼管等の研究開発に関する機能・設備のうち,八幡製鐵所に対する支援研究開発に資するものについては,八幡技術研究部に移管することとしており,これに対応する技術職社員の所要人員は概ね20名程度となると考えていた。その後,被控訴人は,第3技術研究所の溶解・圧延・機械試験に関する機能・設備の一部につき,富津地区への移転時期を延期し,当分の間,現在地(η地区)にて試験・実験を継続することを決定し,概ね,15名程度の技術職社員の人員措置を講じることとしたため,結局,第3技術研究所に所属する技術職社員の「総合技術センタ を延期し,当分の間,現在地(η地区)にて試験・実験を継続することを決定し,概ね,15名程度の技術職社員の人員措置を講じることとしたため,結局,第3技術研究所に所属する技術職社員の「総合技術センター」への転勤規模は当初の200名程度から185名程度となった。 (イ) 「総合技術センター」の設置に伴う,研究所等の全面的な移転・統合により,旧職場はなくなり,これに係る人員は余剰となるが,他方,中期総合計画の下では八幡製鐵所は大量の余剰人員を抱えており,所内で余剰人員を吸収できる状況にはなく,大規模な人員措置の必要性に迫られていたことから,雇用の確保という観点からすれば,基本的には全員に転勤してもらうことが必要となった。さらに,被控訴人は,移転・統合後,速やかに「総合技術センター」としての機能を発揮させる必要があるとの判断から,原則として,移転することになる研究部門並びに設備技術部門に在籍し,実務経験を有する者全員を対象として,転勤の検討を行うこととした。但し,「総合技術センター」の所要人員と移転対象となる当該部門の在籍人員を勘案し,平成2年度末に定年退職となる者及び既に他社へ出向している者については,原則として転勤対象から除いたうえで,本人の疾病及び同居・扶養の親族の疾病・介護等,転勤・転居を著しく困難とするなど,特段の事情を有する者をも転勤対象から除くこととした。 (ウ) 被控訴人は,上記(ア)の転勤規模,時期等につき,平成元年8月7日,中央・箇所労使委員会を開催して,連合会・関係単組に対して説明し,質疑を経て,同年9月11日,連合会から,被控訴人の提案に係る転勤計画に対して理解する旨の表明がされた。 (7) 転勤による人員措置の必要性はなかった旨の控訴人らの主張に対する反論(ア) 控訴人らは,技術職社員の職務は代替可能であり,基幹要員の 人の提案に係る転勤計画に対して理解する旨の表明がされた。 (7) 転勤による人員措置の必要性はなかった旨の控訴人らの主張に対する反論(ア) 控訴人らは,技術職社員の職務は代替可能であり,基幹要員のみの転勤で人員措置は可能であったと主張する。しかしながら,控訴人両名のごとく,現場作業・試験実験作業に従事する技術職社員は,多くの場合,長年の職務経験を経て培われてきた技能・技術を発揮することが期待されているのであり,控訴人両名の有する資格である主担当は,所属する工長単位の作業のうち,一般職務をグループの一員として優秀に遂行しうる経験と能力を有すると認められるに至って,はじめて昇格するのであり,この間に通常10年程度の経験を重ねることが必要となっている。被控訴人は,「総合技術センター」が各研究所等の機能・設備の全面移転であることからして,各人のこれまでの技術・経験を活かしていくことが必要かつ適切であると判断し,各人の資格区分に特別の条件を設けることなく転勤人選を行い,その結果,控訴人両名と同資格区分の者も多く転勤しているのであるから,控訴人らの主張は失当である。 (イ) また,控訴人らは,NKKの総合材料技術研究所再編整備の際の人事措置において,基幹要員を転勤させ,不足分は福山地区において充足したことを取り上げて,本件転勤措置にあたっても全員転勤の必要はなかったと主張するが,NKKの移転は部分移転であり,移転先の福山地区には所員230名強を擁する研究所が存在しており,受け入れ体制が確立されていたのに対し,本件は,新立地への全面移転であり,全くの更地から始めなければならなかった点が決定的に異なる。そして,NKKと同様に,被控訴人も,君津製鐵所の余剰人員を補充することによる人員措置は可能であったとの点も,研究所の技術職社員は,製鉄所の技術職社員と ら始めなければならなかった点が決定的に異なる。そして,NKKと同様に,被控訴人も,君津製鐵所の余剰人員を補充することによる人員措置は可能であったとの点も,研究所の技術職社員は,製鉄所の技術職社員とは異なる技能・技術が必要とされており,仕事の質も根本的に異なっていて,短期間に育成することは困難であるところ,NKKの福山製鉄所は余力人員基調にあり,また,既存の研究所に相当数の経験者がいたことから,不足人員を充足することは可能であったが,被控訴人においては,「総合技術センター」の成果を早期に得る必要がある状況において,研究所の技術職社員による人員充足は不可欠であった上に,君津製鐵所は,高炉稼動基数を増加させたこと等により,中期総合計画に伴う鉄源休止箇所からの大量転勤を受け入れるという状況にあったことから,君津製鐵所の余剰人員をもって充足することはできず,NKKの人員充足と同様な方策が取れる状況にはなかった。 (ウ) さらに,控訴人らは,第3次中期経営計画で人員を削減するのであれば,転勤の必要性はなかったと主張する。しかしながら,同計画における人員対策は,「総合技術センター」への転勤が終了した後に,わが国が経験したことのない構造的な経済環境の激変の下で,被控訴人が生き残りをかけて策定した実行計画であり,その実行は,「総合技術センター」設置の意義,目的を否定するものではないばかりか,同センターを設置していたからこそ,同計画において,人員の削減を実施しても研究開発体制を維持することができたといえるのであり,上記主張は,厳しい経営状況においても,従業員の雇用確保のため,被控訴人が行ってきた出向措置等の人員対策を理解しないものである。 (8) 第3技術研究所における転勤者の人選について(ア) 被控訴人は,「総合技術センター」の早期立ち上げを踏まえて, 用確保のため,被控訴人が行ってきた出向措置等の人員対策を理解しないものである。 (8) 第3技術研究所における転勤者の人選について(ア) 被控訴人は,「総合技術センター」の早期立ち上げを踏まえて,移転設備・機能に関する技術・技能の継承,過去の職務歴,同センターへの転勤を著しく困難とする個人事情の有無等を総合勘案しつつ,人員措置対象者の中から人選するという基本的な考えを決定した。このうち,転勤を著しく困難とする個人事情に該当するケースは,(イ) 本人の重度の疾病・傷病等で転居や転勤先での勤務に耐えない,もしくは困難と判断されるケース,(ロ) 本人の疾病・傷病等が特殊なもので,医療機関や医師等がその地域に限定され転居できないケース,(ハ) 同居している家族が疾病・傷病等で日常的に本人を中心とした家族の介護を必要とし,本人家族以外にその対応がとれないケースないしはそれに準じるケースとした。 本件転勤措置発表当時(平成元年8月),第3技術研究所には技術職社員282名が在籍していたが,うち28名が平成2年度末までに定年退職予定であったこと,23名が既に他社に出向していたことを勘案するとともに,特段の個人事情等を考慮のうえ,転勤の検討を進め,上記(6)(ア)のとおり,所要の200名程度を充足するために,対象者を人選することとした。 そして,被控訴人が,上記基本的考え方に基づき,人選を行った結果,転勤を困難とする者に対しては,後記(イ)の八幡技術研究部への機能移管に伴う人員措置の中で措置を講じた他,η地区に残留した設備対応のための人員措置において対応することとなった。また,運動選手については,現役並びに指導者として活動する間は,活動を第一に考え,転勤の対象から除外することとした。 (イ) 八幡技術研究部への業務移管に伴う技術職社員の人員措置につい ることとなった。また,運動選手については,現役並びに指導者として活動する間は,活動を第一に考え,転勤の対象から除外することとした。 (イ) 八幡技術研究部への業務移管に伴う技術職社員の人員措置については,基本的には,同研究部の人員により対応することとしていたが,最終的には,第3技術研究所からの技術・技能の承継の観点及び八幡技術研究部の人員状況,転勤を著しく困難とする個人事情等を勘案して,平成3年3月,15名程度の人員措置を講じることを決定した。 また,η地区における溶解・圧延・機械試験に関する機能・設備の移転時期の延期に伴い,当分の間,同地区において継続する試験・実験に対応するための技術職社員の人員措置については,これに必要な技術・技能の継承の観点を含め所要人員を確保することとし,上記個人事情等をも勘案して,平成3年3月,15名程度を配置することを予定し,加えて特段の事情を有する者についてもη地区へ人員措置することを決定した。その結果,人選された33名はTSセンター試験室のη試験掛に,同年7月1日付で配属された。 (ウ) 以上の結果,第3技術研究所から「総合技術センター」への転勤者は,166名となり,上記所要人員である185名に満たない分については,箇所技術研究部より応援措置を講じることとした。 (9) 本件転勤命令の発令に至る経緯(ア) 控訴人Aとの話し合い控訴人Aについて,被控訴人が,事前に認識していた個人事情としては,妻が九州厚生年金病院に勤めていること,子どもが2人いること,北九州市内に家を持っていること等であった。このような事情を踏まえて,被控訴人は,控訴人Aに対し,平成元年9月以降,転勤発令までの間,妻の就職先の斡旋を申し出る等して,十数回に及ぶ誠意をもった面談を重ねてきたが,同控訴人は,「八幡に残して欲しい。」「転 を踏まえて,被控訴人は,控訴人Aに対し,平成元年9月以降,転勤発令までの間,妻の就職先の斡旋を申し出る等して,十数回に及ぶ誠意をもった面談を重ねてきたが,同控訴人は,「八幡に残して欲しい。」「転勤には絶対に応じられない。」旨繰り返すばかりで,頑なに転勤を拒否する態度に終始した。 被控訴人としては,控訴人Aの事情及び主張は,「転勤そのものが難しいと思われる特段の事情」に該当しないと判断し,かつ,同控訴人は,20年近くにわたり,一貫して鋼材の伝熱流体・エネルギー分野の試験・実験業務に従事しており,具体的には,同作業を担当する熱処理工長単位内において,伝熱実験装置,ソルトバス炉,鋼管加熱炉,ハースローラ炉等の試験実験作業に携わってきており,同各試験実験設備が「総合技術センター」へ移転することになり,同センターにおいては,それらの業務担当をTSセンター試験室開発試験第1掛伝熱工長単位とした上で,技術技能の承継を図るべく,同控訴人を含む各設備の職務経験を有する者から転勤できない特段の事情を持つ者を除き,全員を転勤対象として人選した。 (イ) 控訴人Bとの話し合い控訴人Bについて,被控訴人が事前に把握していた個人事情は,妻がパートとして働いていること,一男一女がいること,北九州市内に家を持っていること,別居で非扶養家族の実母がいること等であった。被控訴人は,控訴人A同様,控訴人Bに対し,平成元年9月以降,転勤発令までの間,十数回に及ぶ誠意をもった面談を行ったが,同控訴人には,被控訴人の説明を検討して転勤に対処しようと考える姿勢は一切見られなかった。 被控訴人としては,控訴人Bの個人事情並びに主張は,「転勤そのものが難しいと思われる特段の事情」に該当しないと判断し,かつ,同控訴人がこれまで従事してきたことのある真空非酸化圧延機,NO4小型圧 被控訴人としては,控訴人Bの個人事情並びに主張は,「転勤そのものが難しいと思われる特段の事情」に該当しないと判断し,かつ,同控訴人がこれまで従事してきたことのある真空非酸化圧延機,NO4小型圧延機の各設備はいずれも「総合技術センター」への移転対象となり,その担当をTSセンター試験室開発試験第1掛圧延プロセス第1工長単位としたうえで,技術・技能の継承を図るべく,控訴人Bを含む上記2設備の職務経験を有する者から特段の個人事情を有する者を除き全員を転勤対象として人選した。 (ウ) 労働組合との対応被控訴人は,平成2年8月23日に開催された箇所労使委員会において,八幡労組から,同労組が控訴人Aから転勤について相談を受けたことを前提に,話し合いの内容,人選の理由,今後の対応等について質問を受け,これを説明したところ,八幡労組は,同月28日開催の中央委員会において,被控訴人の人事権に委ね,今回の措置の意義並びに他の転勤者との公平性を勘案し,これ以上の支援は行わない旨の態度決定を行った。 また,被控訴人は,平成3年6月26日の箇所労使委員会終了後,八幡労組から,同労組が控訴人Bから転勤について相談を受け,再度,被控訴人と話し合うように指導した旨の連絡を受けたため,これまでの話し合いの内容,人選の理由,今後の対応等について,同労組に伝えたところ,同労組からは,転勤措置日まで引き続き誠意をもって対応するように要望があったのみで,以降,特段の申し入れはされなかった。 (10) 本件転勤命令の発令被控訴人は,控訴人Aに対し,担当設備の移転計画に基づき,平成2年8月9日,他の同一時期転勤対象者16名と同様に,同年9月1日付で中央研究本部富津試験室開発試験掛への転勤を命じる旨の予告を行い,同日付でその旨の人事発令を行った。控訴人Aは,同月9日,赴任 成2年8月9日,他の同一時期転勤対象者16名と同様に,同年9月1日付で中央研究本部富津試験室開発試験掛への転勤を命じる旨の予告を行い,同日付でその旨の人事発令を行った。控訴人Aは,同月9日,赴任し,同掛の試験・実験作業に従事している。なお,控訴人Aは,技術開発本部の設置に伴い,平成3年7月1日付をもって,同本部TSセンター試験室開発試験第1掛所属となっている。 また,被控訴人は,控訴人Bに対し,担当設備の移転計画に基づき,平成3年6月12日,他の同一時期転勤対象者16名と同様に,同年7月1日付で技術開発本部TSセンター試験室開発試験第1掛への転勤を命じる旨の予告を行い,同日付でその旨の人事発令を行った。控訴人Bは,同月8日,赴任し,同掛の試験・実験作業に従事している。 (11) 控訴人両名を転勤させる必要性がなかった旨の控訴人らの主張に対する反論(ア) 控訴人Aについて控訴人Aは,同控訴人が他の2名の技術職社員とともに,応援措置として,八幡技術研究部の業務に従事したが,他の2名は同研究部に残り,富津へ転勤していないところ,同研究部での経験がより長い同控訴人を,同研究部へ配転することも可能であったと主張する。 しかしながら,控訴人Aの「総合技術センター」への転勤人選と,控訴人らの主張する他の2名の八幡技術研究部への配転人選は,全く別個の所要と人選基準に基づく,独立した人員措置であり,それぞれ極めて合理的な人選を行ったものであるから,控訴人らの上記主張は,全く根拠がない。すなわち,上記応援措置は,八幡技術研究部における重要な研究課題となっていたスチール缶容器のS-EOEに関する研究実験所要に応えるために実施されたものであり,昭和61年7月から昭和62年12月末までの間,常時5名が応援対応し,控訴人Aを含む合計14名の者が応援に従 ていたスチール缶容器のS-EOEに関する研究実験所要に応えるために実施されたものであり,昭和61年7月から昭和62年12月末までの間,常時5名が応援対応し,控訴人Aを含む合計14名の者が応援に従事した。その後,同研究実験に対する人員所要が長期継続化することが確定的となり,かつ,応援措置による暫定的試験実験体制では本格的な研究開発は難しいとの判断から,被控訴人は,応援措置から配転措置に切り替え,恒常的試験体制の編成を図ることとした。そして,上記応援経験者14名中から同体制の編成に相応しい5名(工長1名,総括1名,一般3名)を人選することにし,配転を受ける側の八幡技術研究部のニーズ(応援時の作業経験・技能評価等)と配転出し側である第3技術研究所のニーズを調整した上で人選し,昭和62年10月に2名,昭和63年1月に3名の配転措置を実施した。その際,控訴人Aも,人選の対象者として検討の俎上に載ったことは否定できないが,同控訴人については,これまで,20年近くにわたって培ってきた第3技術研究所での技能を引き続き活かすことが最も適切であるとの判断にたって,同研究所に残すこととした。 なお,当時,基本構想こそ打ち出されていたものの,総合技術センターへの移管設備・移管時期・転勤規模等は未だ具体化されていない時期にあったこと等から,上記配転措置については,同センターへの転勤措置を考慮しない全く別個の人選基準に基づくものであった。 (イ) 控訴人Bについて控訴人Bは,同控訴人が,押込穿孔圧延機(PRP)及び偏肉矯正圧延機(ELM)を使用する業務に約8年間従事しており,これらの装置は,平成3年7月1日に八幡技術研究部へ移管されたのであるから,同控訴人の技術,技能,経験を活かすためには,同控訴人を八幡技術研究部に配転させるべきであったと主張する。 し 事しており,これらの装置は,平成3年7月1日に八幡技術研究部へ移管されたのであるから,同控訴人の技術,技能,経験を活かすためには,同控訴人を八幡技術研究部に配転させるべきであったと主張する。 しかしながら,これは,同控訴人の職務経験年数のみに着目した極めて片面的主張であり,被控訴人の人選に関する考え方を正しく理解していないものといわざるを得ない。すなわち,被控訴人は,「総合技術センター」設置に伴う人員措置と,同センターの設置に関連して八幡技術研究部への一部業務を移管することに伴う人員措置を講ずるにあたっては,各所要人員を充足することを前提に,八幡技術研究部の移管設備に関する技術・技能継承の観点のみならず,同センターへの移転設備・機能に関する技術・技能の継承,同センターへの転勤を著しく困難とする特段の個人事情の有無等を総合勘案しつつ,人員措置対象者の中から人選を行ったのであり,各人の職務経験のうち,それぞれ最も経験年数の長い職務に着目して人選したものではない。控訴人らが指摘する八幡技術研究部へ配転となった2名についても,こうした人員措置の考え方に沿って決定し,平成3年7月に配転措置を講じたが,その理由は,うち1名については,重度の胃病の妻が手術後の経過観察中であり,かつ,当時,85歳の同居の養母が老衰と持病で寝たきりであり,本人の他に養母の面倒を見ることができる者がいないという事情があり,また,他の1名についても,妻が頭部腫瘍手術後で,かつ,後遺症の問題もあり,併せて,当時健康面等で不安のある76歳の実母と同居し,本人の他に実母の面倒を見ることができる者がいないという事情がある等,いずれも「総合技術センター」への転勤に著しく支障となる個人事情を有する者であったことを考慮するとともに,PRP及びELMを使用する業務に対応できる技術・能力 ができる者がいないという事情がある等,いずれも「総合技術センター」への転勤に著しく支障となる個人事情を有する者であったことを考慮するとともに,PRP及びELMを使用する業務に対応できる技術・能力を有しており,八幡技術研究部への両設備移管に伴う技能承継の観点でも問題はないと判断したことによる。 仮に,控訴人らの主張するように,PRP及びELMの経験年数のみをもって,配転者の人選をするとしても,その場合は,控訴人Bより,経験年数において同等以上の者は他にもおり,同控訴人がより適任であるということにはならない。 (三) 控訴人両名の不利益について(権利濫用)(1) 転勤援助措置被控訴人は,中期総合計画における転勤援助措置を踏まえ,連合会と協議のうえ,その充実を図っており,社員が転勤する場合,社宅等の住居の貸与と引越業者の手配,荷物移転費用の負担,赴任手当,旅費交通費の支給等に加えて,家族帯同者には30万円,その他の者には19万円の特別赴任手当を支給している。さらに,被控訴人は,社員が転勤により持家の処分を希望する場合につき,持家売却費の援助,つなぎ融資,空家の巡回等の援助措置を,あるいは,自己の選択により単身赴任するなどの場合を考慮して,居住費や単身赴任援助手当,一時帰宅交通費相当額の支給等の援助措置を講じている。 (2) 控訴人Aについて控訴人Aは,転勤できない理由として,妻の勤務,持家,子弟の教育等を主張するが,本件の「総合技術センター」の設置のように職場ごと全員が転勤となる中にあって,同控訴人の述べる内容は,「転勤そのものが困難であると思われる特段の事情」には該当せず,また,客観的に見ても転勤に支障があるなどとは到底考えられない。さらに,控訴人Aと同様の事情を持つ者は数多くおり,同控訴人以上に厳しい事情を持った者も結果的には転 思われる特段の事情」には該当せず,また,客観的に見ても転勤に支障があるなどとは到底考えられない。さらに,控訴人Aと同様の事情を持つ者は数多くおり,同控訴人以上に厳しい事情を持った者も結果的には転勤していたのであるから,同控訴人が掲げる事情については,転勤に伴う通常甘受すべき範囲にとどまるものであり,それらの事情をもって転勤できない事情とはいえない。 (3) 控訴人Bについて控訴人Bは,転勤できない理由として,転勤に伴う経済的負担,子弟の教育,実母が高齢であること,妻である控訴人Cの両親の健康問題,同控訴人の勤務等を主張するが,これらは,転勤に応じる上での幾ばくかの支障とはなるものの,通常甘受すべき範囲にとどまるのであり,それらの事情をもって直ちに転勤できないとは考えられない。 (4) 単身赴任を伴う転勤命令について過去の裁判例においては,転勤命令により単身赴任せざるを得ない事態となるとしても,そのことのみをもって権利濫用として違法となるとしているわけではなく,家族の病気の世話,配偶者の仕事の継続,子弟の教育・受験,持家の管理等のやむを得ない事情により,労働者が単身赴任をせざるを得ない合理的な事情がある場合に,使用者は,労働者に対し,転勤を命じるに際し,労働者の上記のごとき不利益を軽減,回避するために,社会通念上求められる措置をとるよう配慮すべき義務があり,この義務違反がない限り,転勤命令の効力に消長を来すことはないとされている。 この点,被控訴人は,転勤に伴い従業員が被る不利益を軽減するために,上記(1)のとおり,各種援助措置を講じている。そして,これらの措置は,控訴人両名に対しても,当然に適用されことになるから,被控訴人は,本件転勤命令の発令にあたり,控訴人らが被る不利益を軽減するための十分な措置を講じていることになる。 いる。そして,これらの措置は,控訴人両名に対しても,当然に適用されことになるから,被控訴人は,本件転勤命令の発令にあたり,控訴人らが被る不利益を軽減するための十分な措置を講じていることになる。 (5) 以上によれば,控訴人らの主張する不利益は,転勤に伴い通常甘受すべき範囲内のものということができ,本件転勤命令が権利濫用となるものではない。 2 控訴人Cの不法行為に基づく損害賠償請求の可否(控訴人Cの主張)被控訴人は,控訴人Bが,本件転勤命令に従うには単身赴任するしかないことを十分に承知しながら,同命令を発令し,もって,妻である控訴人Cの幸福を追求する権利(憲法13条)及び夫と同居する権利(民法752条)を侵害した。 控訴人Cは,これにより,甚大な精神的苦痛を受けたが,これを慰謝するには300万円を下らない。 (被控訴人の主張)控訴人Bに対する本件転勤命令は,同控訴人らの家族生活を含む諸々の不利益を考慮しても,同人らに対し,通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を与えるものではなく,適法なものであって,控訴人Bが単身赴任したのは,本件転勤命令に基づき,同控訴人が選択した結果にすぎない。 したがって,本件転勤命令は,控訴人Cに対し,不法行為を構成することはないから,同控訴人の請求は理由がない。 第三当裁判所の判断一本件転勤命令に至る経緯について前記第二の二(争いのない事実等)と証拠(文中掲記の各証拠)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 1 総合技術センター設置基本構想の策定(一) わが国経済が二度に亘る石油危機を経て低成長期に移行し,鉄鋼等素材産業をはじめとする市場の縮小傾向が進む中で,新素材等の新規分野での技術開発と技術革新が急速な展開をみせ,産業構造全体に変革が生じる時代を迎え,鉄鋼事業を基礎として, て低成長期に移行し,鉄鋼等素材産業をはじめとする市場の縮小傾向が進む中で,新素材等の新規分野での技術開発と技術革新が急速な展開をみせ,産業構造全体に変革が生じる時代を迎え,鉄鋼事業を基礎として,エンジニアリング事業,化学事業の3本柱からなる多角的事業戦略を展開してきた被控訴人は,新規分野として新素材事業への進出を図ることによって,総合素材メーカーとしてさらなる事業展開を目指す必要に迫られることとなったが,新たな成長分野における技術開発のテンポは極めて速く,新商品開発のスピード化,多岐にわたるシーズ技術の開発・育成,それらの総合化・システム化等が従来以上に強く求められ,このような時代において,多角的事業戦略を推進するためには技術研究・開発力の強化充実が不可欠であり,研究開発体制の整備が急務となってきた。 しかし,前記第二の二6(一)ないし(三)のとおり,被控訴人の研究開発体制は,地理的に分散していたこともあり,① 先端情報交流への対応,② 新分野研究への対応,③ 研究開発成果の迅速な実用化,④ 研究開発部門の生産性向上,の各点において問題点を抱えていた。すなわち,①については,地理的な分散のために,研究所相互の先端技術・ノウハウの共有という点で弱点となっており,加えて,学会活動や研究開発活動等が集中している首都圏から遠い地域に配置されていた第3技術研究所には大きなハンディキャップがあり,②については,鉄を中心として蓄積された総合的な技術力を新規分野の研究に役立てるためには,鉄分野の研究開発部門と新規分野の研究開発部門が同一地区において一体となって取り組める総合的な研究開発体制の確立が必要であり,③については,地理的分散のために,意図した効果を十分にあげるには至らず,また,研究成果を新設備の設置や新商品の生産として実現するためには,研 って取り組める総合的な研究開発体制の確立が必要であり,③については,地理的分散のために,意図した効果を十分にあげるには至らず,また,研究成果を新設備の設置や新商品の生産として実現するためには,研究開発とエンジニアリングの密接な連携が不可欠であるが,この点でも円滑さとスピードを欠いており,④については,各研究所における同種・類似の試験実験設備・装置を重複して配置しなければならず,また,最新鋭の技術を導入して,例えば試験実験作業の自動化やオンライン化を図る上でも,投資効率の観点から制約要素となっていたし,さらに,試験実験に従事する作業者をより弾力的・機動的に配置する上でも限界があり,人的生産性に問題があると認識されていた。 また,研究開発機能とエンジニアリング機能(設備技術)の関係についても,鉄鋼の技術開発において大きな比重を占めるのはプロセス開発であり,技術開発の発想からスタートし,研究段階,開発段階を経てエンジニアリング段階に至り,それが終了して1つの新しいプロセスが実用化することとなるところ,従来,数多く開発されてきた単発型のプロセス開発においては,研究部門と設備技術部門とが分散立地していても,なんとか対応可能であったが,今後のプロセス開発は一貫型・複合プロセスであり,しかも,大型化してくることが予想され,開発段階はもとより,研究段階から,研究者と設備エンジニアとが一体となって,最終の完成イメージを構築し,このイメージに必要な技術を各段階から作り上げていく必要があり,相互のフェース・ツー・フェースの議論,協働等が必要不可欠であると認識されていた。 (乙12,14,31,86,88,97,原審証人I,同J)(二) このような状況の下,被控訴人は,昭和60年2月ころ,会社全体の研究開発体制を抜本的に見直すため,プロジェクトチームを編 れていた。 (乙12,14,31,86,88,97,原審証人I,同J)(二) このような状況の下,被控訴人は,昭和60年2月ころ,会社全体の研究開発体制を抜本的に見直すため,プロジェクトチームを編成し,約10か月間の検討を経て,千葉県富津市の君津製鐵所隣接地に所有する土地(埋立地)に総合技術センター(当時の呼称は総合技術研究所)を設立し,中央研究本部の傘下にあった中央3技術研究所を立地統合するとともに,併せて,研究部門と設備技術部門の業務上の一貫性と効率性追求の観点から,設備技術本部についても,同地区に統合する旨の基本構想を策定した。 被控訴人が,総合技術センターの設立用地として,富津市を選定した理由は,①学術・技術・経済の拠点である首都圏に所在し,東京湾横断道路,上総新研究開発都市構想(千葉県が,昭和59年6月に策定した,木更津市,君津市,富津市及び袖ヶ浦市の市街地と丘陵部の研究開発地区において,民間の研究所を中心としたエレクトロニクス,新素材,バイオに代表される先端技術産業の国際的水準の研究開発拠点を造ろうとするプロジェクトであって,「かずさアカデミアパーク」と呼称されている。)等,21世紀に向けて大きな発展の可能性を持つ地域であること,② 多品種を揃えた総合製鉄所である君津製鐵所という生産の場に近く,製造ライン部門の密接な技術連携が可能である地域であること,③ 君津製鐵所のもつインフラを含め,後背地におけるインフラの充分な整備の余地と可能性を備えた地域であること,④ 総合技術センターに統合する予定の施設をすべて収容するためには,約50万平方メートルの敷地が必要であるところ,首都圏に立地する第1,第2技術研究所の敷地面積は,これを大幅に下回っていたのに対し,富津市の土地の広さは約70万平方メートルであったこと,等を総合的に勘 万平方メートルの敷地が必要であるところ,首都圏に立地する第1,第2技術研究所の敷地面積は,これを大幅に下回っていたのに対し,富津市の土地の広さは約70万平方メートルであったこと,等を総合的に勘案した結果であった。 (乙12,15,21,原審証人I,同J)(三) 被控訴人は,昭和60年12月3日開催の中央臨時経営審議会において,連合会に対し,基本構想の構想検討の背景及び立地選定について,概略上記(一)及び(二)に沿った説明をするとともに,工期につき,昭和61年度以降昭和65年までの間,逐次完成を目途に検討し,その人員措置としては,原則として現設備技術本部及び中央3技術研究所の人員で充足することとしたい旨説明した。 その後,連合会は,同月27日の中央臨時経営審議会(4回目)において,基本構想に対し,「この基本構想が,21世紀にむけた新日鐵の事業戦略の基礎となる施策であるだけに,この構想については,それなりに理解せざるを得ない。」との意向を表明するとともに,この基本構想の実施にともなう人員措置が転勤を中心に全員を対象とするなど組織,機能の全面移転という特殊性をもっていることを前提として,構想にかかる組織,要員,工期等の具体的内容を検討するにあたっては,組合員やその家族への影響(持家や子弟の教育問題等)につき十分留意すること等を要請した。 (乙12,16,原審証人I) 2 総合技術センター設置計画の概要(一) 昭和61年に入って,急激な円高による著しい景気減退の影響を受けて,日本経済の本格的低成長移行や鉄鋼寡消費型経済の進行等により,国内,輸出とも鉄鋼需要は大きく減退したことに加え,中進製鉄国の急速な国際市場への進出等によって,粗鋼生産も第1次石油危機以降最低の水準を記録し,被控訴人においても通期で1000億円を上廻る実質赤字を計上するお 鉄鋼需要は大きく減退したことに加え,中進製鉄国の急速な国際市場への進出等によって,粗鋼生産も第1次石油危機以降最低の水準を記録し,被控訴人においても通期で1000億円を上廻る実質赤字を計上するおそれが生じたが,これが景気循環的要因によるものではなく,構造的変化の下で生じており,その厳しさは一段と深刻化し,長期化するものと見ざるを得ない状況にあったため,被控訴人は,このような経営環境の悪化に対応し,将来にわたる強固な経営基盤を確立するため,「製鉄事業中期総合計画」及び「複合経営推進の中長期ビジョン」よりなる「中期総合計画」を策定し,昭和62年2月13日,中央経営審議会において,連合会にその内容を説明した。 同計画は,粗鋼年産2400万トンを前提として,それに見合う生産設備体制に移行し,これにより余剰能力を削減することを基本とし,被控訴人の昭和62年度から平成2年度までの4年間の経営計画として,総固定費(25パーセント以上の削減)・総資産の削減を最大の目標とし,これを達成するための販売政策・原料購買政策・管理部門の抜本的業務革新政策・投資政策・生産設備体制の再編(5製鐵所の高炉と鉄源設備等の休止等)・要員構造の転換を柱とするものであり,そのうちの要員構造の転換については,平成2年度末までに生産設備体制の再編により被控訴人全体で約7000名を,競争力強化の観点からの合理化により被控訴人全体で約1万2000名を削減することとしていた。 連合会は,同年5月20日,中央臨時経営審議会において,現下の厳しい経営環境や実態から上記計画を実施する必要性を理解しつつ,その施策の厳しさを踏まえ,同計画の推進に関わる今後の労使対応について要請を付して,同計画を了解する旨表明した。 その後,被控訴人は,同年8月4日の中央労使委員会において,連合会に対し 理解しつつ,その施策の厳しさを踏まえ,同計画の推進に関わる今後の労使対応について要請を付して,同計画を了解する旨表明した。 その後,被控訴人は,同年8月4日の中央労使委員会において,連合会に対し,「中期総合計画に伴う技術職社員の転勤措置とその取り扱い」と題して,高炉を休止する予定の室蘭,釜石,α,堺の4製鐵所から,高炉2基体制から3基体制に移行する予定の君津製鐵所や大分,名古屋の各製鐵所への約1500名規模の転勤措置(転勤後出向を予定)と転勤者の取り扱い(転勤援助措置)について提案し,連合会は,同年9月10日,各箇所における雇用確保策としての新規事業の積極的展開への取り組み等,数点の要請を付して,上記提案を了解する旨表明した。 八幡製鐵所においても,同年4月時点で,既に,出向を実施してもなお1500名程度の余力人員(主務職社員及び技術職社員の合計)を生じている状況にあり,昭和63年末には,同人員は3300名程度に達することが予想され,近隣地域の他業種,他産業への出向等の拡大,雇用調整助成金に基づく教育,臨時休業,長期所間応援等の人員対策により対応することが検討されていた。 (二) 被控訴人は,上記の中期総合計画の策定に先立ち,昭和61年7月1日,基本構想を推進するため,プロジェクトチームに代わり,総合技術センター建設推進本部(推進本部)を設置し,検討を進めてきたところ,上記(一)の経営環境の激変を踏まえて,推進本部において,その計画内容や移転時期等について検討を続け,その結果,基本構想自体について変更はないものの,製鉄事業の事業基盤を強化し,鉄に関する技術力の確立を先行する必要があるとの結論に至り,同センターの設置については,まずは鉄研究開発部門の統合から実行することになり,第1技術研究所を中心に推進している新規分野研究については し,鉄に関する技術力の確立を先行する必要があるとの結論に至り,同センターの設置については,まずは鉄研究開発部門の統合から実行することになり,第1技術研究所を中心に推進している新規分野研究については,今後の展開の方向を見定める必要があることから,当面は現地立地とし,将来的には同研究所(後に「先端技術研究所」と改称)の総合技術センターヘの移管・拡充を図ることとした。 被控訴人の決めた総合技術センター建設のスケジュールは,以下のとおりであった。 (1) 第Ⅰ期第1技術研究所の銑鋼基礎,第2技術研究所の薄板・表面処理,第3技術研究所のほぼすべての研究機能を結集する。 昭和63年度に建設に着手し,昭和65年(平成2年)度に建設・移転を完了する。 (2) 第Ⅱ期第2技術研究所の薄板・表面処理以外の鉄製品研究を結集し,鉄中央研究体制を完成すべく,昭和66年(平成3年)度に建設を完了する予定である。 (3) 第Ⅲ期設備技術本部等を結集することとし,昭和67年(平成4年)度に建設を完了する予定である。 (三) 総合技術センターの,第Ⅲ期時点での富津地区における人員規模は約1200名程度となる見込みであり,そのうち技術職社員については約400名程度(研究所関係につき約360名程度,設備技術本部関係につき約40名程度)とされた。そして,① 総合技術センターを建設し,新しい研究体制を早期かつ円滑に立ち上げるためには,主務職社員のみならず,技術職社員が長年蓄積した技術・技能の継承が必要であり,また,② 同センターの建設は,それまで各所にあった業務や設備の全面的な移転統合であり,職場ぐるみの移転という性格があり,かつ,移転後は,それまでの職場がなくなることから,従業員の雇用の確保の観点から,同センターの人員充足については,中央3技術研究所並びに設備技術本部 移転統合であり,職場ぐるみの移転という性格があり,かつ,移転後は,それまでの職場がなくなることから,従業員の雇用の確保の観点から,同センターの人員充足については,中央3技術研究所並びに設備技術本部の在籍者を対象として,基本的には転勤により充足することとなった。 (四) 被控訴人は,昭和63年3月18日,中央臨時経営審議会において,連合会に対し,「総合技術センター」設置計画に関する具体的内容を説明し,質疑を経て,同年4月8日,連合会から,同計画は被控訴人の確固たる経営基盤を将来にわたって確立していくための施策の一環として,欠くことのできないものであり,これに伴う転勤等人員措置の具体的実施策ならびにその取り扱いについて早期に明らかにするように努力することはもちろん,転勤等対象となる組合員の生活設計に関わる問題・課題を解決するため,必要に応じ個別対応策を取らなければならず,被控訴人がこれらの点に十分留意し,前広に対処することを前提に,その推進に積極的に協力する旨の態度表明を受けた。 なお,昭和63年11月,第3技術研究所の精錬及び凝固研究関連の実験に従事する技術職社員約20名が,前倒しで君津製鐵所構内に転勤となった。 (五) その後,被控訴人は,平成元年4月,総合技術センター建設計画について,鉄部門の競争力強化と複合経営の展開上,研究開発の果たすべき役割が重要性を増してきたことから,① 第Ⅰ期につき平成2年5月末に建設完了し,同年11月末に移転完了し,② 第Ⅱ期につき平成3年3月末に建設完了し,同年9月末に移転完了を目途に計画を推進し,③ 第Ⅲ期につき平成3年6月末に建設完了し,同年9月末に移転完了を目途に計画を推進し,同センターの早期完成を図ることとし,平成元年5月24日,連合会は,これを了解する旨表明した。 (乙11,17~19,50, つき平成3年6月末に建設完了し,同年9月末に移転完了を目途に計画を推進し,同センターの早期完成を図ることとし,平成元年5月24日,連合会は,これを了解する旨表明した。 (乙11,17~19,50,63,64,69~71,72の1・2,73,98~100,原審証人I,同J) 3 総合技術センター設置に伴う転勤措置について(一) 被控訴人は,平成元年7月下旬ころまでに,総合技術センターの設置に伴う人員措置(研究所別の配置人員規模)及び移転時期を決定したが,その内容は下表のとおりである。 [移転時期と人員措置](表-省略)[移転対象業務](表-省略)中央研究本部関係の必要人員は,作業系列別の職場単位においてそれぞれの技術,技能の継承を図る趣旨に基づき,総合技術センターにおける作業系列別の職場単位で積算した結果,340名(先行して君津製鐵所に転勤していた上記約20名を除く。)とされ,被控訴人はこれを各研究所の作業系列別の職場単位毎に割り振り,第2技術研究所から約140名,第3技術研究所から約200名を充てることとした。また,各技術職社員の転勤時期については,基本的には移転対象業務に従事する者につき,当該業務の移転時期に合わせて転勤措置を取ることとした。 (二) 被控訴人は,平成元年8月7日開催の中央労使委員会において,連合会に対し,「総合技術センターの設置に伴う転勤措置とその取扱いについて」と題して,上記(一)の総合技術センターの設置に伴う技術職社員の人員措置及び移転時期並びに転勤に伴う特別赴任手当の支給や持家処分に関する援助措置等の転勤者の取り扱いについて説明を行うとともに,第3技術研究所が保有する機能のうち,電磁鋼及び鋼管の箇所支援研究開発,溶解,圧延,分析及び腐食等の共通試験の一部機能については,今回の移転に伴い八幡技術研究部へ り扱いについて説明を行うとともに,第3技術研究所が保有する機能のうち,電磁鋼及び鋼管の箇所支援研究開発,溶解,圧延,分析及び腐食等の共通試験の一部機能については,今回の移転に伴い八幡技術研究部へ移管し,その移管時期は,同研究所から総合技術センターへの移転が完了する第Ⅱ期とすることとし,これに伴う人員措置としては,基本的には八幡技術研究部の人員で対応することを前提とする旨の説明を行った。また,被控訴人は,連合会から,第1技術研究所の移転業務及びこれに伴う人員措置について質問を受け,第1技術研究所から移転する銑鋼基礎研究に関する試験・実験業務は,第2及び第3技術研究所から総合技術センターに結集する業務体制の中に統合・再編することで対応し,現在,第1技術研究所の銑鋼基礎研究部門に従事している技術職社員は,同業務移管後は,主に新規分野の研究開発関連業務に従事させる旨説明した。 被控訴人は,同日開催された八幡製鐵所箇所労使委員会において,「総合技術センターの設置に伴う転勤措置ならびにこれに伴う人員措置について」と題して,上記中央労使委員会での説明を受けて,そのうちの八幡地区からの転勤措置及びこれに伴う人員措置に関連する部分について,具体的かつ詳細な説明を行った。 (三) 八幡労組は,上記提案を受けて,上記措置が研究所等の移転統合に伴うものであり,その対象となる組合員や家族への影響が大きいことから,「合理化検討委員会」を設置し,慎重に対処していくこととし,一部組合員から異なる意見が出されたものの,総体的には冷静な受け止めがなされたが,生活設計に重大な影響を与える事態であり,不安も大きく,八幡労組は,平成元年8月17日開催の八幡製鐵所箇所労使委員会において,人員充足等について会社側の対応を質し,被控訴人はこれに対し,今回の転勤措置については,第3 を与える事態であり,不安も大きく,八幡労組は,平成元年8月17日開催の八幡製鐵所箇所労使委員会において,人員充足等について会社側の対応を質し,被控訴人はこれに対し,今回の転勤措置については,第3技術研究所及び設備技術本部(八幡在勤)に勤務する者,ほぼ全員を対象として実施するものであり,高年齢の職員についても,平成2年度末までに年満(定年)を迎える者を除いて,同措置の人選対象とすること,移転時の在籍者の中には病気等種々の事情を抱えている者もいるので,本人事情等については可能な範囲では参酌したいと考えていること等を説明した。 (四) その後,被控訴人は,総合技術センター第Ⅰ期における第2,第3技術研究所の技術職社員の作業系列別の転勤出元別配置人員規模の成案を作成し,平成元年8月21日開催の箇所労使委員会において説明したが,その内の第3技術研究所からの転出者については,合計130名であって,作業系列別の内訳は,工程管理2名,反応・流体27名,要素技術43名,溶解圧延32名,分析16名,設備10名となっていた。 (五) 連合会は,平成元年9月11日開催の中央労使委員会において,被控訴人に対し,上記「総合技術センターの設置に伴う転勤措置とその取り扱い」につき,これを了解する旨の見解を表明した。 また,八幡労組は,同日開催の八幡製鐵所箇所労使委員会において,上記「総合技術センターの設置に伴う転勤措置ならびにこれに伴う人員措置について」に対し,同じく了解する旨の見解を表明したが,了解にあたり,① 人選については,本人事情等についても参酌し,細心かつ慎重な対応を図ること,② 社宅,寮の十分な整備を行うなど万全の受け入れ体制を作り,入居にあたり個人の事情を十分斟酌すること,③ 持家の処分・取得及び子弟の教育問題等につき誠意ある対応を図ること,④ 転 対応を図ること,② 社宅,寮の十分な整備を行うなど万全の受け入れ体制を作り,入居にあたり個人の事情を十分斟酌すること,③ 持家の処分・取得及び子弟の教育問題等につき誠意ある対応を図ること,④ 転勤者の生活設計のため,具体的な転勤期日を早期に明らかにすること,⑤ 転勤者の不安解消のため,総合技術センターの組織・機能を早急に明らかにすること等の諸点に十分留意し,対応を図るよう要請した。 (六) その後,被控訴人は,総合技術センターへの第Ⅱ期(平成3年4月から9月,中央研究本部関連)及び第Ⅲ期(平成3年7月から8月,設備技術本部関連)の転勤出元別配置予定人員規模についての成案を作成し,平成2年12月20日開催の箇所労使委員会において,説明を行ったが,そのうち,第3技術研究所からの転出者については,合計70名であって,作業系列別の内訳は,研究試験第2(容器材料等)7名,製銑29名,表面流体8名,溶解圧延14名,材料試験1名,分析9名,機械設備管理及び電気設備管理各1名となっていた。 (七) 被控訴人は,平成3年3月ころ,第3技術研究所における全社的な研究開発支援に関する共通試験機能である溶解・圧延・機械試験実験機能(真空溶解,熱間圧延及びクリープ試験)のうちの大型熱間圧延機(厚板の研究等に必要な鉄を熱いうちに圧延する設備)等の一部の設備につき,移転に多額の費用と時間(約10か月程度)がかかることから,富津地区への移転時期を延期し,全社の研究開発支援に係わる共通試験実験であることから,総合技術センターの一組織として位置づけ,暫定的にTSセンターη試験掛を設置し,当分の間,同所において試験実験を継続することとし,これに対応するために,15名程度の技術職社員につき,η地区勤務の人員措置を行うことを決定した。 また,上記(二)の第3技術研究所が保有 設置し,当分の間,同所において試験実験を継続することとし,これに対応するために,15名程度の技術職社員につき,η地区勤務の人員措置を行うことを決定した。 また,上記(二)の第3技術研究所が保有する機能の八幡技術研究部への移管について,電磁鋼関連では仕上焼鈍炉等,鋼管関連ではPRP(押込穿孔圧延機),エロンゲーター(延伸圧延機)等であり,これに伴う人員措置としては,第3技術研究所から八幡技術研究部へ15名程度の人員措置を実施することとし,同措置の実施時期について,総合技術センターの新組織発足時点に併せて行うことを決めた。 (乙33~37,80の1・2,81の1~3,原審証人K,同J) 4 第3技術研究所における転勤候補者の人選について(一) 被控訴人の中央研究本部調整部調整室長(以下「調整室長」という。)の地位にあったKは,平成元年5月ころ,第2及び第3技術研究所の事務総括室長,試験室長及び設備室長に対し,以下の基本的な考え方を示した。 (1) 総合技術センターの人員充足については,原則として全員転勤であるが,① 本人の重度の疾病・傷病等で転居や転勤先での勤務に耐えない,もしくは困難と判断されるケース,② 本人の疾病・傷病等が特殊なもので,医療機関や医師等がその地域に限定され転居できないケース,③ 同居している家族が疾病・傷病等のため,本人を中心とした家族の日常的な介護を必要とし,本人や家族以外にその対応が取れないケース,ないしはこれに準ずるケース,は「転勤そのものが難しいと思われる特段の事情」に該当するので,転勤者人選の過程で参酌すること(2)転勤先の職務配置につき,技能・技術の連続性を維持する観点から,転勤先でも,それまで従事していた職務に就けるように配置を考えること(3) 転勤の人選を進めるにあたり徹底した理解活動を行うこと( 2)転勤先の職務配置につき,技能・技術の連続性を維持する観点から,転勤先でも,それまで従事していた職務に就けるように配置を考えること(3) 転勤の人選を進めるにあたり徹底した理解活動を行うこと(二) 上記指示を受けて,当時,第3技術研究所試験室長兼設備室長の地位にあったLは,上記(一)(2)の点については,第3技術研究所に在籍している技術職社員全員について,平成元年当時,各人が従事していた職務に従前の職歴,保有資格等を加味して,転勤先での職務配置を検討し,上記(一)(1)の特段の事情については,日常の労務管理の中で把握していた各人の健康状態や家族状況等の個人的事情を整理,把握するとともに,平成元年9月の転勤計画に対する組合の見解表明後,平成2年1月までの間,3度にわたり,作業長が,部下の技術職社員全員に対し,個人面談を開始し,既に把握済みの事情とその他の新たな事情の有無を確認した。 このようにして,Lらは,技能・技術面と個人事情面を併せ検討し,本人の疾病等に関しては必要に応じて産業医の意見を求め,また,「特段の事情」に該当するか否かの判断が難しいと考えられるケース(7,8名)については,調整室長に相談して判断を仰ぐ等して,同年4月,転勤候補者を選定し,調整室長に報告し,これを基に,転勤発令の決裁が行われた(上記相談の対象となった7,8名のケースは,すべて,特段の事情に準ずるものとして転勤候補者から除外された。)。 また,運動選手については,現役並びに指導者として活動する間は,活動を第一に考え,第3技術研究所所属の5名の技術職社員が転勤の対象から除外された。 平成元年8月当時,第3技術研究所には282名の技術職社員が在籍していたが,このうち23名が既に他社に出向しており,約30名が平成2年度末までに年満(定年)退職する予定であったた から除外された。 平成元年8月当時,第3技術研究所には282名の技術職社員が在籍していたが,このうち23名が既に他社に出向しており,約30名が平成2年度末までに年満(定年)退職する予定であったため,約230名が総合技術センター設置に伴う人員措置の検討の対象となり,その中から,上記方法により,第Ⅰ期及び第Ⅱ期の計200名の人選が同時に行われた。 (三) 上記人選の過程で,「転勤そのものが難しいと思われる特段の事情」に該当すると判断されたケースとしては,① 本人が心臓病を患い,人工弁を取り付けているため,身体障害者第1級に認定され,定期的な検査・人工弁の取替え等が必要な者,② 同居の実父が左膝下切断のため身体障害者第4級に,同居の実母がパーキンソン病で同第3級に認定されている上,本人が特殊な疾病(バージャー病)に罹患している者,③ 妻が国が難病に指定しているベーチェット病に罹患している者が存在し,また,調整室長の判断を仰いだ結果,転勤が困難な特段の事情を有する者に準ずると判断されたケースとしては,① 別居の母親が強度の痴呆症で入退院を繰り返している上,最寄りの兄も精神科に入院しており,実質的に母親の世話をしている者,② 妻が31歳で死亡し,4歳と1歳の幼児を佐賀県内の本人の実家に預け,週末実家に帰省している者等があった。これらの者については,八幡技術研究部への機能移管に伴う人員措置等により対応することが検討されていた。 (四) 平成3年7月1日付で,第3技術研究所から15名が八幡技術研究部へ異動し,33名がTSセンターη試験室掛に残留した。 そして,上記3(七)のとおり,第3技術研究所の機能の一部の移転が延期されたことに伴い,当初の転勤予定者数200名から,同移転に伴う所要人員(当初の予定は15名程度)を控除した185名程度が最終的な転 して,上記3(七)のとおり,第3技術研究所の機能の一部の移転が延期されたことに伴い,当初の転勤予定者数200名から,同移転に伴う所要人員(当初の予定は15名程度)を控除した185名程度が最終的な転勤予定者数となった。 ところが,個人事情を考慮した人員措置の実施,八幡技術研究部への異動やTSセンターη試験室掛への残留,さらに,自己退職を選択した者の存在のために,第3技術研究所から総合技術センターへの転勤者は最終的に166名となったため,被控訴人は,平成3年8月,同年10月から1年6か月程度,各箇所技術研究部から合計25名の応援を求めることを決定した。 (乙33,49,82の1~3,101,102,原審証人K,同L) 5 控訴人両名を転勤対象者として選定した経過について(一) 控訴人A(1) 控訴人Aは,Lが,転勤候補者を選定し,調整室長に報告した平成2年4月時点で,第3技術研究所試験室の熱・エネルギー作業系列(熱・エネルギー研究センター)に属しており,主として鋼材の伝熱流体・エネルギー等の分野で,伝熱装置や大型の炉設備を用いた熱処理試験実験に従事していた。 (2) 被控訴人が,控訴人Aについて,事前に把握していた個人事情としては,妻が九州厚生年金病院に勤めていること,大学進学を目指して浪人中の受験生と高校生の2人の子供がいること,北九州市内に自宅を保有していること等であった。 Lは,作業長に指示し,平成元年9月から同年12月にかけて,4回にわたり,控訴人Aとの個人面談を実施させたが,新たな個人事情は見当たらず,上記特段の事情にも該当しないと判断し,転勤候補者に含まれると考えた。 (3) 上記作業長との面談の際,控訴人Aは,① 経済的に成り立たない,②妻が働いており転勤できない,③ 被控訴人の責任で八幡地区で職場を確保すべきである,と主張 ,転勤候補者に含まれると考えた。 (3) 上記作業長との面談の際,控訴人Aは,① 経済的に成り立たない,②妻が働いており転勤できない,③ 被控訴人の責任で八幡地区で職場を確保すべきである,と主張して転勤を拒否する態度を取ったため,その後,掛長やLが,同控訴人との面談を重ね,同控訴人の妻の再就職先の斡旋を申し出る等して,話し合いを続けたが,転勤に対する同控訴人の理解を得ることはできなかった。 そこで,Lは,控訴人Aの所属する作業系列の移転に伴い,同控訴人を第Ⅰ期転勤候補者として選定し,平成2年4月,調整室長に報告した。 これに対し,控訴人Aは,同控訴人訴訟代理人を通じて,平成2年7月24日付で,転勤に同意する意思は全くない旨の通知を行った。 (4) 八幡労組は,控訴人Aから相談を受け,平成2年8月23日開催の八幡製鐵所箇所労使委員会において,転勤を拒否している同控訴人の主張及び事情について参酌されたのか等について,被控訴人の見解を質した。これに対し,被控訴人は,上記従業員全員に転勤措置についての十分な理解と協力を得るとともに,数回にわたる説明や話し合いを行い,総合技術センターにおける職務内容とそれに求められる技術・技能等の必要要件との対応を基本としつつ,本人及び家族の状況,健康状態等を総合的に勘案し,公正かつ妥当を期して内示を決定したが,控訴人Aについては,既に転勤している他の従業員の個人事情との比較においても,特段のものはないため,予定どおり同年9月1日付での転勤発令を予定している旨回答した。 これに対し,八幡労組は,同年8月28日開催の中央委員会において,上記問題については,総合技術センター設置に伴う転勤措置ならびにこれに伴う人員措置について労使双方で了解手続を経ていること,同措置に関し会社側に要請した点についてきめ細かく対応 中央委員会において,上記問題については,総合技術センター設置に伴う転勤措置ならびにこれに伴う人員措置について労使双方で了解手続を経ていること,同措置に関し会社側に要請した点についてきめ細かく対応が図られていると判断されること,控訴人Aに対する措置は,総合技術センターでの技術・技能等の必要要件及び本人事情を総合的に勘案して行われているものであり,同様の事情をもちながら既に転勤している者との公平性を考える必要があることなどから,組合としてこれ以上の支援はせず,被控訴人の人事権に委ねることとした旨の報告をし,了承されている。 (5) 被控訴人は,平成2年8月6日,控訴人Aに対し,同年9月1日付で「中央研究本部富津試験室開発試験掛」への転勤を内示し,同日付で,その旨の転勤命令を発令し,同控訴人は,同月9日,単身で赴任し,以後,同掛の試験・実験作業に従事している。なお,控訴人Aは,技術開発本部の設置に伴い,平成3年7月1日付をもって,同本部TSセンター試験室開発試験第1掛所属となっている。 (乙41,43,49,原審証人K,同L)(二) 控訴人B(1) 控訴人Bは,平成2年4月時点で,第3技術研究所試験室の加工プロセス作業系列(加工プロセス研究センター)に属しており,主として真空圧延機,小型熱間圧延機等を用いた鋼材の圧延試験実験業務に従事していた。 (2) 被控訴人が,控訴人Bについて,事前に把握していた個人事情は,妻である控訴人Cがパートで働いていること,1男1女がおり,1人は大学進学を目指しており,他の1人は北九州市内の高校に在学していること,北九州市内に自宅を保有していること,別居で被扶養家族の実母がいること等であった。 Lは,作業長に指示して,控訴人Bとの個人面談を実施させたが,新たな個人事情は見当たらず,上記特段の事情にも該当しない 州市内に自宅を保有していること,別居で被扶養家族の実母がいること等であった。 Lは,作業長に指示して,控訴人Bとの個人面談を実施させたが,新たな個人事情は見当たらず,上記特段の事情にも該当しないと判断し,転勤候補者に含まれると考えた。 (3) 上記作業長との面談の際,控訴人Bは,「八幡に生活基盤ができたので,転勤には応じられない」「犠牲が大きすぎる」「持家があることや長男への仕送り等のために経済的に苦しい」等と主張して,転勤を拒否する態度を取った。 Lは,控訴人Bの主張する事情は,上記特段の事情に該当しないと判断し,同控訴人の所属する作業系列の移転に伴い,同控訴人を第Ⅱ期転勤候補者として選定し,平成2年4月,調整室長に報告した。 その後も,掛長やLの後任者が控訴人Cの再就職先の斡旋を申し出る等して,控訴人Bと話し合いを重ねたが,転勤に対する同控訴人の理解を得ることはできなかった。 そして,控訴人Bは,同控訴人訴訟代理人を通じて,平成3年6月20日付で,転勤に同意する意思は全くない旨の通知を行った。 (4) 八幡労組は,控訴人Bから相談を受けたが,個別人事の問題であり,被控訴人と再度話し合いをするよう指導したにとどまり,被控訴人に対し,正式の申出はしなかった。 (5) 被控訴人は,平成3年6月12日,控訴人Bに対し,同年7月1日付で「技術開発本部TSセンター試験室開発試験第1掛」への転勤を内示し,同日付で,その旨の転勤命令を発令し,同控訴人は,同月8日,単身で赴任し,以後,同掛の試験・実験作業に従事している。 (乙42,43,49,原審証人K,同L) 6 総合技術センターの発足被控訴人は,平成3年6月27日,組織を改正して,中央研究本部及び設備技術本部を統合し,新たに技術開発本部を発足させた。同本部は,主に第1技術研究所を移転・再 ,同L) 6 総合技術センターの発足被控訴人は,平成3年6月27日,組織を改正して,中央研究本部及び設備技術本部を統合し,新たに技術開発本部を発足させた。同本部は,主に第1技術研究所を移転・再編した先端技術研究所,第2技術研究所を移転・再編した鉄鋼研究所,第3技術研究所を移転・再編したプロセス技術研究所,設備技術本部を母体として移転・再編した(新)設備技術センター,平成元年6月に新設されたエレクトロニクス研究所,新設されたTS(テクニカル・サービス)センターを傘下に収めるとともに,従来,中央研究本部の傘下にあった各製鐵所毎の技術研究部(室)を引き継いだ。 このうち,技術開発本部の発足当初は,鉄鋼研究所,プロセス技術研究所,設備技術センター及びTSセンターの全機能,先端技術研究所のうちの高分子加工研究開発センターの全機能,エレクトロニクス研究所のうちの計測・制御研究部の全機能,先端技術研究所のうちの解析科学研究部の機能の一部が,いずれも千葉県富津市に立地統合されたが,これらを総称して,「総合技術センター」と呼ばれていた。 同センターの各施設は,付帯工事も含めて,平成3年9月末に完成した。 なお,被控訴人は,当初,一部を除き,総合技術センターへの移転が先送りされていた先端技術研究所を総合技術センターへ移転・統合することに決定し,平成10年4月20日開催の中央・箇所経営審議会において,その内容及び人員措置について提案,説明し,連合会は,同年6月10日,これを了解することを表明した。 (乙7,9,10,78,79,原審証人I) 7 被控訴人における転勤援助措置(平成2年時)被控訴人が,転勤者に対して講じている援助措置の概要は,以下のとおりである。 (一) 社宅等の住居の貸与,引越業者の斡旋,荷物移転費の被控訴人負担,赴任手当及び特別赴 る転勤援助措置(平成2年時)被控訴人が,転勤者に対して講じている援助措置の概要は,以下のとおりである。 (一) 社宅等の住居の貸与,引越業者の斡旋,荷物移転費の被控訴人負担,赴任手当及び特別赴任手当(家族帯同者は税込みで30万円,その他の者は同19万円),交通費の支給等。 (二) 持家処分に関する援助措置(1) 持家売却費の援助転勤者が持家の処分を希望し,転勤発令後3年以内に持家を売却した場合には,10万円に転勤発令から売却までの期間につき6か月毎(6か月未満は6か月とする。)に5万円を加算した金額を支給する。 (2) 転勤者が持家売却のため抵当権抹消の資金を必要とする場合は,転勤発令後4年間を限度として,以下のとおり,つなぎ融資を行う。 (a) 融資期間売却確定時から売却完了時までの問(b) 利率年利3.4パーセント(c) 返済売却完了時に利息と併せて一括返済(3) 空家の巡回等転勤者から特に要請がある場合には,3年間を限度として空家の巡回等について便宜を図る。 (三) 居住費等についての援助措置(1) 持家(先行取得の土地を除く。)を売却もしくは賃貸する家族帯同の転勤者が転勤先において社宅に入居した場合,持家を処分できるまでの期間につき,転勤発令後3年間を限度として,社宅料相当額を支給する。 (2) 転勤者が持家(先行取得の土地を除く。)の処分,子弟の教育,家族の病気,その他,被控訴人がやむを得ないと認める理由により,単身で赴任する場合は,転勤先において寮を貸与する。 (3) 単身赴任者には,単身赴任の事由が解消され,家族を呼び寄せるまでの間,転勤発令後5年間を限度として(但し,実態に応じて同期間を超える期間にわたって援助が続けられている。),単身赴任援助手当(月額2万円,平成4年から月額3万円)と2か月に1回( を呼び寄せるまでの間,転勤発令後5年間を限度として(但し,実態に応じて同期間を超える期間にわたって援助が続けられている。),単身赴任援助手当(月額2万円,平成4年から月額3万円)と2か月に1回(平成4年から3か月に2回)の一時帰宅交通費(実費)相当額を支給する。 単身赴任者の家族が,発令後5年以内に新任地に移転する場合,家族の赴任旅費及び荷物移転料を支給する。 (四) 転勤先における住宅資金の特別貸付転勤先において住宅資金の貸付を受ける場合,転勤発令後3年間を限度として(持家売却時期が,転勤発令後1年を超えた場合はさらに1年間延長し4年間とする。),通常の貸付限度額に130万円を付加する。 (乙38,39,原審証人K)二本件転勤命令の有効性について 1 労働契約違反を理由とする転勤命令無効の主張について(一) 転勤命令権の根拠(1)上記第二の二5の事実と証拠(甲4,5,乙1及び2の各1・2,3,4の1及び2の各1・2,5の1及び2の各1・2,6,8,46,47,48,60,61,67の1・2,原審証人K)によれば,① 控訴人両名が入社した当時の旧八幡製鐵の就業規則(乙2の1・2)には「社員に対しては,業務上の都合によって転勤させまたは職場もしくは職種を変更することがある。」との規定があったこと,② 控訴人両名は,臨時作業員として旧八幡製鐵に入社した後,新入臨時作業職員の導入教育の一環として,就業規則の配布を受け,約6時間かけてその内容についての説明を受けたこと,③ 控訴人両名は,臨時作業員としての採用時及び2か月経過後の作業職社員としての採用時の2度にわたり,就業規則等を遵守する旨の誓約書及び身元引受書を被控訴人に提出していること(乙4の1及び2の各1・2,5の1及び2の各1・2),④ その後,就業規則は数次の改正を経たが, ての採用時の2度にわたり,就業規則等を遵守する旨の誓約書及び身元引受書を被控訴人に提出していること(乙4の1及び2の各1・2,5の1及び2の各1・2),④ その後,就業規則は数次の改正を経たが,本件転勤命令の発令時の就業規則(乙1の1・2)にも,上記①と同旨の転勤に関する規定が存在すること,⑤ 被控訴人が連合会との間で締結している労働協約八幡箇所協定(乙3=平成元年4月時のもの)には「会社は,業務上の必要により,組合員を転勤させまたは職場もしくは職務を変更することがある。」との規定(53条)があり,また,同協定においては,組合員を大量に配置転換または転勤させる場合の基準方針については,労使委員会の付議事項とされている(22条1項3号)こと,⑥ 旧八幡製鐵は,昭和30年に山口県光市に光製鐵所を設置し,稼働させており,控訴人両名の入社時には,大阪府堺市に堺製鐵所を建設中で,昭和36年には正式に発足し,これに伴い,技術職社員の八幡製鐵所から光製鐵所への転勤が,昭和29年度(41名)から始まり,控訴人Bが入社した昭和35年までに75名が,同Aの入社した昭和36年までに92名が転勤しており,また,八幡製鐵所から堺製鐵所への転勤も昭和34年から始まり,昭和35年までに38名,昭和36年までに179名の技術職社員が転勤し,さらに,名古屋(空見)製鐵所への技術職社員の転勤も昭和35年(22名)から始まり,昭和36年までに71名が転勤していること,⑦ 昭和36年には千葉県君津市における製鉄所の建設計画が具体化したが(昭和40年に君津製鐵所として発足),同年8月8日の中央生産委員会(現労使委員会)において,被控訴人(旧八幡製鐵)は,新たに建設された諸工場の操業要員として,その約40ないし60パーセントは作業長,工長,熟練工の一部を含む優秀な技能を有す 月8日の中央生産委員会(現労使委員会)において,被控訴人(旧八幡製鐵)は,新たに建設された諸工場の操業要員として,その約40ないし60パーセントは作業長,工長,熟練工の一部を含む優秀な技能を有する経験者が必要であり,5か年間に5000名を上回る基幹要員を八幡,戸畑から転出させざるを得ない旨の長期生産計画に基づく要員計画を説明したこと,⑧ 実際,八幡製鐵所に所属していた技術職社員の転勤については,昭和53年までの実績を見ても,(イ) 光製鐵所への転勤が昭和46年までの間,昭和32,33年を除いて,毎年行われ(転勤者総数1005名),(ロ) 堺製鐵所への転勤も昭和47年まで毎年行われ(転勤者総数2261名),(ハ) 君津製鐵所への転勤も昭和39年から始まり,昭和48年まで毎年行われ(転勤者総数3405名),(ニ) 大分製鐵所への転勤も昭和45年から始まり,昭和50年まで毎年行われ(転勤者総数642名)たというものであり,新たな製鉄所の建設,操業に伴い,八幡製鐵所から,技術職社員の大規模かつ継続的な転勤措置が行われてきたこと,⑨ 控訴人両名の入社当時に配布された「新入社員の手引」(乙67の1)には光製鐵所の存在と堺製鐵所が建設予定であること及びその規模が記載されていたこと,が認められる。 (2) 以上認定の就業規則及び労働協約中の業務上の都合(必要)により,社員(組合員)を転勤させることがある旨の規定の存在,控訴人両名の入社時には,既に,技術職社員の他の製鉄所(事業所)への転居を伴う転勤措置が実施されており,今後,新たな製鉄所の設置に伴い,同措置は規模を拡大して継続される状況にあったこと,控訴人両名と被控訴人(旧八幡製鐵)との労働契約締結の際,勤務地を限定する旨の明示の合意はされなかったこと等の事情によれば,被控訴人は,控訴人両名に対し は規模を拡大して継続される状況にあったこと,控訴人両名と被控訴人(旧八幡製鐵)との労働契約締結の際,勤務地を限定する旨の明示の合意はされなかったこと等の事情によれば,被控訴人は,控訴人両名に対し,その個別的同意なしに,転勤を命じる権限を有するものと認めるのが相当である。 (二) 控訴人らの主張について(1) これに対し,控訴人らは,勤務場所を福岡県八幡市及び戸畑市(現北九州市γ,δ及びε)に所在する八幡製鐵所に限定する旨合意したと主張し,その根拠として,① 当時,八幡製鐵所の工場は旧八幡市と旧戸畑市にしか存在せず,他の地域には存在しなかったこと,② 控訴人両名は,高校卒業後,八幡製鐵所における現場作業に従事するために労働契約を締結したものであること(旧八幡市及び旧戸畑市以外の地域への転勤を命じられ,それに従わなければならないとすれば控訴人両名は,労働契約を締結しなかったこと),③ 同契約締結日以前に,控訴人両名のような高校卒業資格の作業員が,旧八幡市及び旧戸畑市以外の工場へ転勤したことは殆どなく,そのような慣行は存在しなかったこと,をあげている。 しかしながら,①については,上記(一)に認定した光製鐵所の存在に照らし,前提を誤っているし,③については,控訴人両名が入社した当時,技術職社員の転勤が慣行化(恒常化)されていたとまではいえないとしても,上記(一)⑥認定の入社時までの同社員の転勤実績に照らすと,少なくとも光製鐵所への転勤は予想されるし,被控訴人の発展,事業拡大等に伴い,将来,通勤が困難な他の製鉄所(事業所)へ転勤する可能性も予測できなかったとはいいがたい。そして,②については,仮に,控訴人両名の主観的意図が主張のとおりであったとしても,契約締結の動機に過ぎないから,労働契約の効力や内容に何ら影響を及ぼさない。 以上によれ なかったとはいいがたい。そして,②については,仮に,控訴人両名の主観的意図が主張のとおりであったとしても,契約締結の動機に過ぎないから,労働契約の効力や内容に何ら影響を及ぼさない。 以上によれば,明確な取決めがない本件において,勤務地限定の合意を認めることは困難であり,控訴人らの上記主張は採用できない。 (2) 次に,控訴人らは,仮に労働協約や就業規則の転勤に関する規定に基づいて,被控訴人が控訴人両名に転勤を命じることができるとしても,これらの規定は極めて包括的なものであり,労働契約締結の経緯,入社後の勤務の実情,従来の慣行等により,その範囲を画すべきであると主張し,① 主務職社員と技術職社員の差異(従前の技術職社員の転勤は,主務職社員と異なり通勤可能な範囲に限定されるとの慣行の存在)や,② 控訴人両名の勤務実績に照らすと,通勤可能な範囲を超える本件転勤命令は,被控訴人の転勤命令権の範囲を超えていると主張する。 しかしながら,上記(一)⑥認定の入社時までの技術職社員の転勤実績に照らすと,上記①のような慣行の存在を認めることはできないし,②については,控訴人両名が,長年にわたり,一貫して,八幡製鐵所に勤務してきたのは事実であるが,そのこと自体は,何ら転勤命令の範囲を画するものではない(長年,八幡製鐵所に勤務したことに伴い形成された生活基盤等に対する影響の有無,内容は,後記の控訴人両名の被る不利益の程度において,検討されるべきである。)し,上記(一)⑧認定の控訴人両名入社後の技術職社員の他の製鉄所への転勤実績に照らしても,採用することはできない。 なお,控訴人らは,被控訴人が平成10年8月に日刊新聞に掲載した男子正社員(中途採用)募集の広告(甲72)において,勤務地を「八幡製鐵所」と特定して表示していることを指摘し,勤務地限定採用の証 。 なお,控訴人らは,被控訴人が平成10年8月に日刊新聞に掲載した男子正社員(中途採用)募集の広告(甲72)において,勤務地を「八幡製鐵所」と特定して表示していることを指摘し,勤務地限定採用の証左であると主張しているが,仮に,上記募集が勤務地を限定する趣旨のものであるとしても,これをもって,採用の時期,形態及び条件等を異にする控訴人両名と被控訴人との労働契約の内容を確定する資料とすることは到底できないから,上記主張は失当である。 2 権利濫用による転勤命令無効の主張について(一) 控訴人らは,被控訴人に転勤命令権があるとしても,本件転勤命令は権利を濫用するものであり無効であると主張するところ,使用者の転勤命令権は,無制約に行使することができるものではなく,これを濫用することの許されないことはいうまでもない。しかし,当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても,当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等,特段の事情の存する場合でない限りは,当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである(最高裁昭和61年7月14日第2小法廷判決・裁判集(民事)148号281貢参照)。 そこで,以下,特段の事情の存否について検討を加える。 (二) 業務上の必要性について(1) 総合技術センター設置の必要性の有無(ア) 上記のとおり,本件転勤命令は,総合技術センターを富津に設置することに伴い,発令されたものであるから,同命令の業務上の必要性に関し,第1に,同センター設置の必要性の有無が問題となる。 そこで検討するに,上記一の1(総合技術センター設置基本構想の策定)において認定したとおり,被控訴人 のであるから,同命令の業務上の必要性に関し,第1に,同センター設置の必要性の有無が問題となる。 そこで検討するに,上記一の1(総合技術センター設置基本構想の策定)において認定したとおり,被控訴人としては,社会的・経済的背景の下で,複合的経営戦略を推進するためには技術研究・開発力の強化充実が不可欠であり,研究開発体制の整備が急務となっていたこと,しかるに,被控訴人の研究開発体制は,地理的に分散していたこともあり,先端情報交流や新分野研究への対応,研究開発成果の迅速な実用化,研究開発部門の生産性向上の各点において問題点を抱えていたこと,研究開発部門とエンジニアリング部門との連携,協力についても分散立地下では充分なものではなかったこと,そのため,被控訴人は,千葉県富津市に総合技術センターを設立し,中央3技術研究所を立地統合するとともに,併せて,設備技術本部についても,同地区に統合する旨の基本構想を策定したこと,そして,被控訴人は,中央臨時経営審議会において,連合会に対し,基本構想を説明し,連合会から,同構想に対し,それなりに理解せざるを得ないとの意向表明を受けたこと,等の事実が認められるのであって,これらの事実に照らすと,被控訴人において,経営上の観点から,総合技術センターを設置する必要性があったと認めるのが相当である。 (イ) 控訴人らの主張について(a) これに対し,控訴人らは,被控訴人は,旧八幡製鐵と旧富士製鐵の合併以来,3研究所での研究体制を続けてきていたところ,分散により十分な研究開発ができなかったのであれば,より早い時期に統合が実施されているはずであり,特に,被控訴人は,昭和58年に研究体制の抜本的改革として,中央研究本部の下,中央3技術研究所体制を確定したが,分散立地により研究に支障を生じることはなかったのであるから,わず れているはずであり,特に,被控訴人は,昭和58年に研究体制の抜本的改革として,中央研究本部の下,中央3技術研究所体制を確定したが,分散立地により研究に支障を生じることはなかったのであるから,わずか2年後に策定された基本構想は,必然的なものではなく,統合の必要性はないと主張する。 しかしながら,証拠(原審証人I及び同J)によれば,確かに,昭和56年6月の組織改正により,研究テーマの推進に関わる機能をすべて中央(研究本部)に抜き出し,中央から研究テーマの推進管理,調整を行うことにより,3研究所相互間の連携協力関係を深める努力が行われ,さらに,昭和58年6月の組織改正により,製品行程別に,基礎から応用,実用化まで一貫した研究開発が行われるようになったものの,昭和60年代に入っての鉄鋼業界全体を被う危機的状況を受けて,研究開発の重要性が増し,速度が要求される状況において,研究開発を行う上で,研究者間の連携・交流が最も重要であり,従前の地理的分散体制では,専門を異にする研究者間の即時かつ的確な連携・交流を行えない等の問題点を解消し,競争力を拡大し,経営安定の基礎を構築する意図の下に,基本構想が策定されたものであって,同構想は,それまでの数次の組織改正(機構改革)とは基本的発想と必要性を異にするものであることが認められるから,控訴人らの上記主張は採用できない。 (b) また,控訴人らは,複合経営化の中心ともいえる先端技術研究所(ζ地区)とエレクトロニクス研究所(相模原地区)が統合されていないことを根拠に,統合の必要性を争っており,原審証人Mは,鉄部門だけの統合であるならば,富津に統合する利益・メリットはない旨証言し,甲86にも同旨の部分がある。 確かに,平成3年6月27日までの間に,第1技術研究所から総合技術センターに移転したのは,高分子加工 けの統合であるならば,富津に統合する利益・メリットはない旨証言し,甲86にも同旨の部分がある。 確かに,平成3年6月27日までの間に,第1技術研究所から総合技術センターに移転したのは,高分子加工研究開発センター(全部)と解析科学研究部(一部)のみであり,大部分の機能である新規事業の研究開発機能については,移転していないところ,その理由については,上記一2(一)認定のとおり,第1技術研究所(先端技術研究所へ改組)を総合技術センターに移転するという基本構想に変更はないものの,被控訴人は,昭和61年以降の経営環境の変化を受けて,鉄研究開発部門の総合を先行させ,新規分野研究については,今後の展開の方向を見定める必要があると判断した結果であり,その判断自体は,合理性を有していたと解されるし,上記一6認定のとおり,被控訴人は,平成10年4月20日開催の中央・箇所経営審議会において,これまで移転を延期してきた先端技術研究所が中心となって推進している新規分野研究関連機能の総合技術センターへの移転を実施する旨提案し,その内容を説明し,連合会は,同年6月10日,これを了解することを表明したことが認められるから,同研究所の統合が遅延していたことをもって,統合の必要性を否定する根拠とすることはできない。 また,証拠(乙9,20の1・2,原審証人I)によれば,エレクトロニクス研究所は,平成元年6月に新設されたものであって,基本構想が策定された昭和60年には同構想に含まれていなかったこと,同研究所を相模原市に立地した理由は,同市及びその周辺の地区には,エレクトロニクス関係の企業が集中的に立地し,昭和62年に設立されたエレクトロニクス情報通信事業本部の事業拠点である商品開発センターも同地区内にあり,また,第2技術研究所が富津へ移転した後の空地の活用が可能であ ス関係の企業が集中的に立地し,昭和62年に設立されたエレクトロニクス情報通信事業本部の事業拠点である商品開発センターも同地区内にあり,また,第2技術研究所が富津へ移転した後の空地の活用が可能であること等にあること,が認められるから,同研究所が統合されていないこともまた,統合の必要性を否定する理由とはならない。 (2) 立地選定の合理性の有無上記一1(二)で認定したとおり,被控訴人が,総合技術センターの設立用地として,富津市を選定した理由は,① 首都圏に所在すること,② 総合製鉄所である君津製鐵所に近いこと,③ 後背地におけるインフラの充分な整備の余地と可能性を備えていること,④ 施設をすべて収容する敷地が存在すること,にあるところ,控訴人らは,上記4点のうち,③及び④については,北九州の方が優っており,①及び②についても,富津を選択する理由とはならないから,富津へ統合する合理性はなかったと主張し,原審証人M及び同Nの各証言中には,同主張に沿う部分がある。 ところで,上記②ないし④については,富津と北九州を比較した場合,一方が他方に比べて,明らかに優越していると認めるに足りる証拠はないから,結局,首都圏立地の必要性の有無が立地選定の合理性に直結することになるものと考えられる。しかるに,証拠(乙53,原審証人I及び同J)によれば,研究者にとって,研究を進める上で一番重要なのは最新技術情報であり,首都圏には,大学,公的機関,関連企業の本社研究所が数多く存在し,また,技術開発に関連する学・協会の活動拠点もその多くが東京都にあり(平成8年度における技術開発本部関連の147の主要学・協会の所在地のうち,130が首都圏にあり,うち,東京都内には123がある。),上記情報が高度に集積しており,直接,他の研究者等と接触して,情報を交換し,これを即 る技術開発本部関連の147の主要学・協会の所在地のうち,130が首都圏にあり,うち,東京都内には123がある。),上記情報が高度に集積しており,直接,他の研究者等と接触して,情報を交換し,これを即時に得ることができるという利点が存在することは否定できず,この点で,地方に比べて優越していることが認められるから,控訴人らの上記主張は採用できない。 (原審証人Nは,NKKが総合材料技術研究所の一部を川崎地区から福山地区へ移転した例を上げて,首都圏立地が重要であるということは理由にならないと証言するが,別個の企業における例を取り上げて論じている点で相当ではない上に,上記移転は,NKKの京浜製鉄所再生のためのリストラ計画の一貫として行われたものであり[甲52],被控訴人における総合技術センター設置とはその経緯を全く異にし,比較する前提条件を欠いているから,採用できない。)したがって,被控訴人の立地選択には合理性が認められる。 (3) 総合技術センター設置に伴う人員措置の必要性の有無(ア) 総合技術センター設置に伴う人員措置は,第3技術研究所に勤務する技術職社員のほぼ全員を転勤の対象とするものであるところ,被控訴人が,同措置を取った理由は,① 総合技術センターでの新たな研究体制の早期かつ円滑な立ち上げのためには,技術職社員が長年蓄積した技術・技能の継承が必要であること,②そもそも,同センターへの立地統合自体が従前の職場ぐるみの移転という性格を有していること,③ したがって,移転後は,旧職場がなくなるため,従業員の雇用を確保する必要があること,であり(上記一2(三)),これらの理由は,いずれも合理性を有しているから,上記人員措置は必要であったと認められる。 (イ) これに対し,控訴人らは,技術職社員の職務内容は,数か月で習得可能であり,工長クラス 記一2(三)),これらの理由は,いずれも合理性を有しているから,上記人員措置は必要であったと認められる。 (イ) これに対し,控訴人らは,技術職社員の職務内容は,数か月で習得可能であり,工長クラスの幹部職員が転勤することで充分であり,不足分は君津製鐵所の技術職社員から補充することができたので,大量に転勤する必要性はなかったと主張し,原審証人M(甲44[陳述書]を含む。)及び同Nの各証言中には,同主張に沿う部分がある。 しかしながら,研究所に所属する技術職社員の主たる仕事は,研究者から示される非常に幅の広い様々な条件に合わせて,その都度異なった試験実験作業をすることであるが,その際,試験実験の最中に生起する重要な意味を持つ様々な現象を見逃さないという,長年の経験に裏付けられた高い観察力が要求され,また,試験実験そのものが,技術職社員の技能・技術に左右されるといっても過言ではなく,そのような能力,技能・技術を備えた技術職社員を短期間に育成することは困難であるとともに,製鉄所で生産活動に携わる技術職社員の仕事とは質的に異なるし(原審証人J),総合技術センター設置に伴う人員措置は,単に他からの補充可能性だけの問題ではなく,中期総合計画から見て明らかなように,多量の余力人員を抱えた状況において,上記(ア)②③の要因も極めて重要な要因であるから,控訴人らの上記主張は採用できない。 (ウ) さらに,控訴人らは,第3次中期経営計画等による人員削減により,182名いた第3技術研究所からの転勤者が,平成10年2月には52名となったにもかかわらず,総合技術センターの各施設は順調に稼動していることから,大量の技術職社員の転勤は必要なかったと主張し,原審証人Oの証言中には,同主張に沿う部分がある。 ところで,証拠(甲15,乙40,76,77)によれば,第3次 の各施設は順調に稼動していることから,大量の技術職社員の転勤は必要なかったと主張し,原審証人Oの証言中には,同主張に沿う部分がある。 ところで,証拠(甲15,乙40,76,77)によれば,第3次中期経営計画は,大幅な鉄鋼需要の減少と販売価格の低下により,平成5年以降,経営危機に陥った被控訴人が,3000億円規模のコスト構造の抜本的な改革と業務運営体制の再構築を基本方針として,経営の建直しを企図したものであること,コストの構造改革(コスト削減)のうち,労務費や諸経費等に関しては,1000億円程度の削減施策を進めることとし,その人員対策として,管理職及び主務職要員につき約40パーセント(4000名規模)を目処に削減し,技術職社員についても15パーセント(3000名規模)を目処に合理化を推進することにより,製鉄事業部門において,管理職及び主務職6000人,技術職1万4000人の計2万人体制を実現しようとするものであること,また,研究開発部門においても,事業活動に直結した研究開発の徹底,研究開発テーマの重点化と社外技術力の活用拡大等を目指し,研究開発及び設備技術部門の組織を現行の34部から24部に集約することとし,これらの研究開発・設備技術体制の再構築を通じて,管理職・主務職社員について大幅な合理化を推進し,技術開発本部の技術職社員については,平成8年度末までに,現状の人員規模(TSセンター320名弱,先端技術研究所100名弱)を40パーセント強削減し,これにつき,試験実験業務の大幅な縮小と効率化,一部業務の分社化等により実現していくというものであったこと,被控訴人は,平成6年4月11日の中央経営審議会において,上記計画の内容及び同計画における人員対策の考え方を連合会に説明し,連合会は,同年5月17日,同計画について了解する旨表明したこ あったこと,被控訴人は,平成6年4月11日の中央経営審議会において,上記計画の内容及び同計画における人員対策の考え方を連合会に説明し,連合会は,同年5月17日,同計画について了解する旨表明したこと,が認められる。 このように,被控訴人は,総合技術センター発足時点で予想できなかった経営環境の変化に対応するために,研究開発・設備技術体制の再構築を通じ,技術職社員を削減する措置を講じることになったものであるから,その結果,第3技術研究所から富津へ転勤した技術職社員の人数に変動を生じたとしても,そのことをもって,同センター発足までの間に行われた第3技術研究所の技術職社員に対する転勤措置の必要性がなかったということはできない。現に,控訴人Aが所属していた第3技術研究所の熱エネルギー試験系列には,平成元年9月1日現在33名の技術職社員がおり,そのうち,30名が富津へ転勤したが,平成9年7月1日現在,TSセンターに残っている者は控訴人Aを含めて11名である(甲65,原審における控訴人A)ところ,上記30名のうち12名は他企業へ出向し,4名は定年退職,2名は自己退職,1名は高齢者教育中であり,出向した者のうち10名は連合会の第3次中期経営計画に対する上記了解表明後に出向している(乙62)ことからすると,上記人員削減は,第3次中期経営計画の人員措置に基づき,試験実験業務の大幅な縮小と効率化等に伴い,実行されたものであるということができる。 したがって,控訴人らの上記主張は採用できない。 (4) 人選の合理性について(ア) 上記一4,5の認定事実によれば,第3技術研究所における技術職社員の転勤候補者の人選の基準,方法及び過程には,合理性が認められる。 (イ) これに対し,控訴人Aは,第3技術研究所での担当職務は,何か月か教育を受ければ覚えられるし,転勤 技術研究所における技術職社員の転勤候補者の人選の基準,方法及び過程には,合理性が認められる。 (イ) これに対し,控訴人Aは,第3技術研究所での担当職務は,何か月か教育を受ければ覚えられるし,転勤後の業務も現地採用の人でも十分にできる内容であったので,同控訴人を転勤させる必要性はなかったと主張し,原審における控訴人Aの供述中には,これに沿う部分があるが,同控訴人が,第3技術研究所において従事し,転勤後も続けていたハース炉を使用して,レール,H型鋼,線材,厚板等の水による冷却実験及び溶融塩による冷却実験は,研究者から具体的に指示された条件を満たすため,計測機器を操作する上で,技術が必要であり,そのこと自体は同控訴人も認めているし,上記(3)(イ)で判断したところに照らしても,控訴人Aの上記主張は採用できない。 また,控訴人Aは,他の2名の技術職社員とともに,応援措置として,八幡技術研究部の業務に従事したが,他の2名は同研究部に残り,富津へ転勤していないことから,これらの者より,同控訴人の方が,同研究部の作業についての経験が長く,同研究部へ配転する方が適切であったと主張する(原審における控訴人Aの供述中にはこれに沿う部分がある。)が,第3技術研究所から八幡技術研究部への応援措置は,特段珍しいことではなく,応援経験者は多数おり,応援経験があるからといって,配転に結びつくことはない(原審証人K,同L)から,控訴人Aの上記主張は採用できない。 (ウ) 控訴人Bは,本件転勤命令前,約8年間にわたり,押込穿孔圧延機(PRP)及び偏肉矯正圧延機(ELM)を使用する業務に従事したことがあったのであるから,これらの各装置の八幡技術研究部への移管に伴い,同控訴人は同研究部へ配転されるべきであったと主張する。 そこで検討するに,証拠(乙75,原審証人K, 使用する業務に従事したことがあったのであるから,これらの各装置の八幡技術研究部への移管に伴い,同控訴人は同研究部へ配転されるべきであったと主張する。 そこで検討するに,証拠(乙75,原審証人K,同L)によれば,上記移管に伴う人員措置については,移管業務に対する必要最小限の基幹要員(技能技術に特に優れていて,当該業務全般を掌握している者)を確保し,それ以外の要員については,技術技能対応というよりも,むしろ,富津への転勤そのものが難しいと考えられる個人事情を有する者を優先的に配置する方針に基づいて,平成3年7月1日付で実施されたこと,確かに,控訴人Bは,上記業務に通算7年ないし8年従事していたが,期間だけとっても,同等以上の職員は他にもおり,また,同控訴人は基幹要員にあたらないし,上記個人事情も存在しないことから,上記人員措置の対象とはならなかったことが認められるから,控訴人Bの上記主張は採用できない。 また,控訴人Bは,転勤後に従事すると説明された試験装置は,全く従事したことがないか,補助要員として関与したことがあるだけであるから,同控訴人が転勤する必要はなかったと主張するが,同控訴人は,転勤前に経験していた真空圧延機及び小型熱間圧延機を用いた作業に,転勤後も従事している(原審証人L)から,同主張も採用できない。 (5) まとめ以上,(1)ないし(4)で認定,判断したところよりすれば,本件転勤命令は,業務運営の合理化,労働力の適正配置に合致し,これに寄与するものであると認められるから,業務上の必要性は存在するということができる。 (三) 本件転勤命令に不当な動機ないし目的が存在するか否かについて控訴人らは,本件転勤命令は,技術職社員の一部を早期退職させるという目的をもったものであり,権利濫用に当たると主張するが,同主張を客観的に 本件転勤命令に不当な動機ないし目的が存在するか否かについて控訴人らは,本件転勤命令は,技術職社員の一部を早期退職させるという目的をもったものであり,権利濫用に当たると主張するが,同主張を客観的に裏付ける証拠がない上に,かえって,上記(二)で認定,判断したとおり,本件転勤命令は被控訴人の業務上の必要性に基づくものであると認められるから,控訴人らの上記主張は採用できない。 確かに,富津へ転勤した第3技術研究所の技術職社員のうち,相当数の者(甲69によれば,平成10年2月1日までの間に18名となっている。)が,自己都合により,退職していることが認められるが,他方,被控訴人は,雇用確保の観点から,同転勤者に対し,出向措置を講じる等しており(甲69によれば,第3技術研究所出身の技術職社員の83名が転勤後出向している。),被控訴人が,同研究所の技術職社員の早期退職を意図して,本件転勤措置を取ったということはできない。 (四) 控訴人両名の被る不利益の内容・程度(1) 控訴人Aについて(ア) 証拠(甲65,80,82,乙39,原審及び当審における控訴人A)によれば,控訴人Aは,本件転勤命令発令当時,妻Dと大学浪人中の長男E,高校2年生の二男Fと同居しており,Dは,約30年にわたり看護婦として九州厚生年金病院での勤務を続けていたこと,同控訴人は,北九州市内の住所地に昭和53年建築の居宅を所有し,住宅ローンの支払を続けていたこと,控訴人Aは,本件転勤命令が発令された平成2年9月以降,単身で赴任し,肩書住所地の若潮寮(被控訴人の運営する独身寮)の6畳洋室の貸与を受けて居住し単身生活を続けていること(同所では,朝食と夕食の提供を比較的低額で受けている。),その後,上記2子はそれぞれ就職して,現在は東京都と埼玉県に居住していること,等の事実が認められ 貸与を受けて居住し単身生活を続けていること(同所では,朝食と夕食の提供を比較的低額で受けている。),その後,上記2子はそれぞれ就職して,現在は東京都と埼玉県に居住していること,等の事実が認められる。 (イ) 控訴人Aは,主に,① 妻Dの勤務,② 持家,③ 子供の教育等の事情のために,単身赴任の途を選択せざるを得なかったと主張している。確かに,①の事情(夫婦共稼ぎ)については,妻Dが,北九州において勤務を続ける限り,控訴人Aは単身赴任を余儀なくされることになるところ,被控訴人は,控訴人Aとの面談の際,転勤先においてDが勤務できる病院の紹介を申し出る等し,一定の配慮を行っている(上記一の5(一)(3))。また,②についても,上記一7の援助措置の中で,一定の対応が取られているし,③についても,子弟の進学,転校のために,本人の転勤に先立ち,家族の先行転居の希望に対し,社宅貸与等の便宜を図り,逆に,受験等の関係で子弟のみ八幡に残して他の家族は富津へ転居する場合,八幡地区の寮へ子弟が入居できるようにする等の配慮を行っていたものである(乙49)。 (ウ) もとより,北九州と富津との間の距離(帰宅には長時間を要する。),控訴人Aの単身赴任生活が長期間に及んでいること,同控訴人は,転勤までの間,長年にわたり,北九州で家族を含めた生活の基盤を築いてきたこと等の事情に照らすと,単身赴任生活に伴い,同控訴人が受ける経済的,精神的不利益は,決して小さいものではないが,他方,被控訴人は,上記(イ)のとおり,控訴人Aが単身赴任するか家族帯同で赴任するかの選択に際し,一定の配慮を行っている上に,控訴人Aが赴任時及び赴任後に被る不利益に対し,社宅(寮)の貸与,特別赴任手当,単身赴任援助手当及び一時帰宅交通費の各支給等の各種の転勤援助措置を講じていることが認められる( 配慮を行っている上に,控訴人Aが赴任時及び赴任後に被る不利益に対し,社宅(寮)の貸与,特別赴任手当,単身赴任援助手当及び一時帰宅交通費の各支給等の各種の転勤援助措置を講じていることが認められる(上記一7)。 (エ) 以上のとおり,(ア)で認定した諸事情を前提に,控訴人Aの被る不利益の程度と被控訴人の援助措置等を総合勘案すると,本件転勤命令により,同控訴人が受ける経済的,精神的不利益は,転勤に伴い,労働者が通常甘受すべき程度を著しく超えているとまで認めることはできないし,同一の人員措置によって転勤した者との対比においても,同控訴人に不当な不利益を負わせるものともいいがたい。 (2) 控訴人Bについて(ア) 証拠(甲67,68の9・10,77ないし79,乙39,原審及び当審における控訴人B,原審における同C)によれば,控訴人Bは,本件転勤命令発令当時,妻である控訴人C,高校3年生の長女,高校中退後大検を目指して勉強中の当時21歳の長男と同居していたこと(長男は,平成3年末ころ,埼玉県大宮市内の高校に再入学した。),控訴人Cは,結婚後も概ね働いて収入を得ており,平成2年2月1日からは日本生命小倉支社β営業部に保険外交員として勤務していたこと,控訴人Bの実母(大正4年生まれ)は,同控訴人の次姉と同居しており,同控訴人は,昭和35年以来,実母に対し,毎月1万円から2万円の経済的援助を続けてきたこと,控訴人Cの両親は高齢であり,同控訴人の弟2人と同居していたが,病弱でそれぞれ入退院を繰り返していたこと(同控訴人の実父は平成7年1月23日に死去した。),控訴人Bと同Cは,昭和51年に北九州市内に居宅を新築し,その住宅ローンの支払が残っていたこと,控訴人Bの本件転勤命令が発令された平成3年7月時点の給与月額は29万8315円(手取り約24万円)であ 訴人Bと同Cは,昭和51年に北九州市内に居宅を新築し,その住宅ローンの支払が残っていたこと,控訴人Bの本件転勤命令が発令された平成3年7月時点の給与月額は29万8315円(手取り約24万円)であったこと,等の事実が認められる。 (イ) 控訴人Bは,主に,① 控訴人Cの勤務,② 持家,③ 子供の教育,④控訴人B及び同Cのそれぞれの実親,等を理由に,単身赴任せざるを得なかったと主張している。しかるところ,①ないし③については,控訴人Aと事情を共通にし,被控訴人も,同控訴人に対する場合と同様の配慮を行っており,また,④については,控訴人B及び同Cの実親はそれぞれ同控訴人らの兄弟と同居し,同控訴人ら以外にも,日常的な介護を行う者が存在している。 (ウ) もとより,控訴人Bの単身赴任に伴う経済的,精神的不利益は,控訴人Aと同じ程度のものであって,決して小さいものではないが,他方,被控訴人は,被控訴人Aに対する場合と同じく,控訴人Bが単身赴任するか家族帯同で赴任するかの選択に際し,一定の配慮を行っている上に,同控訴人が赴任時及び赴任後に被る不利益に対し,社宅(寮)の貸与,特別赴任手当,単身赴任援助手当及び一時帰宅交通費の各支給等の各種の転勤援助措置を講じていることが認められる(上記一7)。 (エ) 以上のとおり,(ア)で認定した諸事情を前提に,控訴人Bの被る不利益の程度と被控訴人の援助措置等を総合勘案すると,本件転勤命令により,同控訴人が受ける経済的,精神的不利益は,転勤に伴い,労働者が通常甘受すべき程度を著しく超えていると認めることはできないし,同時に転勤した者との比較においても不当な不利益を負わせるものとはいいがたい。 (3) なお,控訴人らは,民法752条,子どもの権利条約9条1項,ILO条約等を根拠に,本件転勤命令が公序良俗に反する旨主張 転勤した者との比較においても不当な不利益を負わせるものとはいいがたい。 (3) なお,控訴人らは,民法752条,子どもの権利条約9条1項,ILO条約等を根拠に,本件転勤命令が公序良俗に反する旨主張するが,上記(1)及び(2)での認定,判断に照らして,採用できない。 (五) まとめ以上によると,本件転勤命令が権利の濫用に当たり,無効である旨の控訴人らの主張はいずれも理由がなく採用できない。 三控訴人Cの不法行為に基づく損害賠償請求の可否について上記一,二で判断したとおり,本件転勤命令は有効であり,違法な点も見当たらないから,控訴人Cの被控訴人に対する損害賠償請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。 四結論よって,控訴人らの被控訴人に対する本訴各請求をいずれも棄却した原判決は相当であるから,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。 福岡高等裁判所第3民事部裁判長裁判官井垣敏生裁判官白石史子裁判官高橋亮介
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