平成11(ワ)953 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
平成15年11月28日 名古屋地方裁判所
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判決文本文22,548 文字)

主文 1被告は,原告に対し,300万円及びこれに対する平成10年12月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2原告のその余の請求を棄却する。 3訴訟費用は,これを30分し,その1を被告の負担とし,その余は原告の負担とする。 4この判決は,主文1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1請求被告は,原告に対し,1億0561万5000円及びこれに対する平成10年1月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要本件は,原告が被告の設置する病院で房室結節回帰性頻拍の治療としてカテーテルアブレーション(カテーテル心筋焼灼術)を受けたところ,完全房室ブロックとなり,心臓ペースメーカーの植え込みを余儀なくされたことにつき,手術を担当した医師らの過失を主張し,被告に対し,診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償及び手術の日以降支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 1争いのない事実(1)原告は,昭和11年2月18日生まれの男性であり,被告は,A附属病院(以下「被告病院」という。)を設営する学校法人である。 (2)カテーテルアブレーションに至るまでの経緯ア平成6年9月の発作原告は,昭和60年頃から前胸部痛が時々あったが10分程度で治まっていた。 原告は,平成6年9月,椅子に座って休憩中,ドーンと叩かれたような胸部痛に襲われ,翌日,近くのB病院を受診し,ホルター心電図,心エコー等の検査を受け,狭心症,心室頻拍と診断され,以後,同病院に通院した。 B病院には,被告病院第三内科に所属し,循環器内科の専門でカテーテルアブレーションの経験も豊富なC医師が非常勤として勤めており,原告は,同医師から被告病院で冠動脈造影,心臓電気生理学的検査(いずれも末梢血管から心腔内へカテー に所属し,循環器内科の専門でカテーテルアブレーションの経験も豊富なC医師が非常勤として勤めており,原告は,同医師から被告病院で冠動脈造影,心臓電気生理学的検査(いずれも末梢血管から心腔内へカテーテルを挿入して行う検査である。)を受けることを勧められた。 イ平成6年11月の被告病院における検査原告は,同年10月29日,同月11日付C医師の診療情報提供書を持参して被告病院第三内科を受診し,同年11月10日,同病院にて冠動脈造影及び心臓電気生理学検査を受けた。 冠動脈造影検査では正常冠動脈であったが,薬剤(アチルコリン)負荷により冠動脈の強いスパスム(攣縮)が認められ,同時に胸痛の訴えがあったため,原告の胸痛発作は冠動脈のスパスムによって起きる異型狭心症の可能性が高いと診断されて投薬治療がされた。心臓電気生理学的検査では,心室頻拍及び心室細動は誘発されなかったため,これに対する投薬はされなかった。 ウ平成7年6月10日の発作原告は,平成6年9月から平成7年5月まで主に胸痛(胸部不快感)を訴え,B病院で狭心症の治療を受けていたが,同年6月10日,車で帰宅中,動悸発作があり全身の倦怠感が強く,ニトログリセリン二錠を舌下するも改善せず,自宅で測ると血圧が60mmHg,心拍数が毎分170回であった。そのため,同日午後7時30分,被告病院救命救急センターを受診したが,発作は収まっており,心電図その他検査では特別異常はなかった。 エ平成7年8月の発作性上室性頻拍の診断と抗不整脈薬の投与原告は,同年8月,動悸が治まらないため,B病院を受診し,心電図記録により初めて発作性上室性頻拍の診断を受けた。なお,発作は,アデノシン三燐酸(ATP)の急速静脈内投与(注射)により収まった。 原告は,上記診断後,従前からの狭心症に対する投薬に加え,発作性上室性頻拍を予防す て発作性上室性頻拍の診断を受けた。なお,発作は,アデノシン三燐酸(ATP)の急速静脈内投与(注射)により収まった。 原告は,上記診断後,従前からの狭心症に対する投薬に加え,発作性上室性頻拍を予防する抗不整脈薬ベラパミル(商品名ワソラン,1日3回)の投薬を受け,投与後も平成9年4月頃まで動悸発作は1か月から3か月に1回程度起こったが,深呼吸で止まったり自然に停止するなど比較的症状は軽かった。 なお,原告は,B病院において平成8年3月までは主にC医師の,同年4月以降は主にD医師の診察を受けた。 オ平成9年5月の発作原告は,平成9年5月,買物中に動悸発作があり,眼前暗黒感を覚え,急遽B病院を受診した。 原告は,同年8月,作業前頓服薬としてベータ遮断薬(商品名セロケン)を追加処方された。 原告は,同月10日午後1時頃,発作性上室性頻拍の発作を訴えて被告病院を受診したが,受診時,心拍数が毎分90台と改善し,自覚症状もなくなっていたのでそのまま帰宅した。 (3)カテーテルアブレーションの実施ア診療契約の締結原告は,平成7年8月以降,C医師及びD医師から,カテーテルアブレーションを勧められ,当初は断っていたが,やがて同手術を受ける決意をするに至った。 原告は,平成9年11月29日,同月5日付D医師作成の被告病院第三内科のE医師宛診療情報提供書(乙9の10頁)(以下「本件診療情報提供書」という。)を持参して同病院第三内科を受診し,被告との間で,発作性上室性頻拍に対するカテーテルアブレーションを受ける旨の診療契約を締結し(以下「本件診療契約」という。),平成10年1月12日,同病院に入院した。 入院中の主治医であるF医師は,同日,電話で,原告の息子に対し,カテーテルアブレーションの内容,目的等を説明したが,直接,原告に対し,手術に付随する危険性の詳しい説 年1月12日,同病院に入院した。 入院中の主治医であるF医師は,同日,電話で,原告の息子に対し,カテーテルアブレーションの内容,目的等を説明したが,直接,原告に対し,手術に付随する危険性の詳しい説明を行うことはなかった。 イカテーテルアブレーションの実施原告は,同月14日,カテーテルアブレーションを受けたが(以下「本件手術」という。),5回目の通電で完全房室ブロック(以下「本件完全房室ブロック」という。)となった。 ウ原告は,被告病院関係者に対し,事前に本件手術の危険性の説明を受けなかったことを抗議し,F医師は,説明が不充分であったことを認めたため,被告病院はその点に関しては非を認めた。 被告病院は,原告に対し,同月23日に心臓ペースメーカーを植え込む予定でいたところ,自己脈が安定して毎分40回以上あり,原告自身,心臓ペースメーカーの植え込みを希望しなかったため,自己脈での生活が可能か否か2週間経過観察したが,完全房室ブロックは回復しなかった。そこで,原告は,ついに心臓ペースメーカーの植え込みを決意し,同月30日,植え込み術を受けた。 原告は,同年2月21日,被告病院を退院し,3か月ごとに被告病院に通院して心臓ペースメーカーのチェックを受けているが,医学的な問題は認められず,また,本件手術後,発作性上室性頻拍の発作も生じていない。 2争点(1)手術適応判断の誤りの有無(2)手技上の過失の有無(3)説明義務違反の有無(4)損害の有無及び額3当事者の主張(1)争点(1)(手術適応判断の誤りの有無)について(原告の主張)原告の症状は心不全に至るような重篤なケースではなく,薬剤抵抗性もなく,カテーテルアブレーションに関する正確な情報を得た上での本件手術に対する同意もなかったから,手術適応はなかった。 すなわち,被告は,原告が失神したり, るような重篤なケースではなく,薬剤抵抗性もなく,カテーテルアブレーションに関する正確な情報を得た上での本件手術に対する同意もなかったから,手術適応はなかった。 すなわち,被告は,原告が失神したり,倒れた等と主張するが,失神は,頻脈の結果,血圧が低下して起こるもので重篤な症状を示すものではないし,眼前暗黒感で倒れた旨のカルテの記載は正確でなく,実際には動悸発作によりしゃがみ込んだにすぎない。また,発作はいずれも短時間で消失している。 また,原告の発作は,抗不整脈薬の投与により,年間あたり数回程度にまで減少し,意識が消失することもほとんどなくなり,症状は安定していた(本件診療情報提供書に「最近は多忙で労作時の動悸が多く」とあるのは,事実を歪曲し,又は誇張した記載である。)。なお,抗不整脈薬の投与後,発作の頻度が増えたのは抗不整脈薬の服用を控えていたからであって,薬剤抵抗性を示すものではない。 さらに,カテーテルアブレーションが投薬治療との選択的治療である以上,本件手術に関する正確な情報を前提とした原告の同意が必要であったところ,被告病院自身,原告に対する説明義務違反を認めており,原告の同意があったといえないことは明らかである。 以上のとおり,原告には本件手術の適応はなかったところ,被告病院担当医師らは,B病院のカルテを見たり,原告本人に問診したりして重篤性や薬剤抵抗性の有無を確認することをせず,本件診療情報提供書の記載のみを鵜呑みにして漫然と適応判断を行った。 (被告の主張)原告の発作性上室性頻拍は,失神を伴う程重篤で,かつ,抗不整脈薬の投与にもかかわらず発作回数が増加し,その程度も眼前暗黒感で倒れる程重篤化しており,薬剤抵抗性をもつものであった。 すなわち,原告には頻脈によって心不全となる危険性は認められないが,失神すること自体危険極まり かわらず発作回数が増加し,その程度も眼前暗黒感で倒れる程重篤化しており,薬剤抵抗性をもつものであった。 すなわち,原告には頻脈によって心不全となる危険性は認められないが,失神すること自体危険極まりなく,頻拍の症状としては重症である。 また,ベラパミルが効果不十分なため,ベータ遮断剤が追加処方されたのであり,それでもなお発作が止まないため,カテーテルアブレーションを希望するに至ったのであるから薬剤抵抗性であったことも明らかである。 原告は,平成7年8月以降,B病院でカテーテルアブレーションの説明を受けた上で本件手術を受けることを決めたのであるから,同意の前提としての情報は得ている。 したがって,原告には本件手術の適応があった。 なお,D医師は,カテーテルアブレーションの専門家であり,かつ,長年,原告の診療にあたってきたのであるから,被告病院担当医師がD医師作成の本件診療情報提供書を信用して適応判断を行ったことに過失はない。 (2)争点(2)(手技上の過失の有無)について(原告の主張)被告病院担当医師らは,5回目の通電においてカテーテル操作を誤り,焼灼してはいけないヒス束を焼灼し(本件手術直後の看護日誌にはヒス束まで焼灼が及んだ旨記載されている。),又は5回目の通電中,房室ブロックを予測できたにもかかわらず,回避措置をとらないまま通電を継続した過失により,本件完全房室ブロックを発生させた。 すなわち,アブレーションは,ヒス束の電位を取ってその1センチメートル下方にカテーテルを固定して通電し,直径7ミリメートル程度の範囲を焼灼するものであるが,もともとカテーテルは,深呼吸の反動程度でずれるものであるから,その固定には慎重さが要求される。ところが,原告が4回目及び5回目の通電中,激しい痛みで体を動かしたにもかかわらず,被告病院担当医師らは,そのま カテーテルは,深呼吸の反動程度でずれるものであるから,その固定には慎重さが要求される。ところが,原告が4回目及び5回目の通電中,激しい痛みで体を動かしたにもかかわらず,被告病院担当医師らは,そのまま通電を続けたのであり,カテーテルの位置がずれたまま焼灼した可能性が高い。 また,房室ブロックの発生を予見できるのは,①通電部位にヒス束電位が記録されている,②通電部位で心房電位が心室電位より大きい,③通電中に心拍数の多い房室接合部心拍が出現する,④通電中に房室ブロック又は室房ブロックの所見が認められる場合であり,通電中の心電図こそが,上記予見可能性の有無を直接証明しうる唯一の証拠である。 そして,本件完全房室ブロックが研究機関でもある被告病院における初めてのケースであり,本件手術直後から,被告病院と原告との間で手技上のミスの有無をめぐって頻回に交渉が行われていたことからすると,被告病院が通電中の心電図(原告に本件完全房室ブロックが生じた際の記録はわずか2分2秒足らずの記録であって印刷・保存は容易である。)を紙面に印刷し,保存していないなどとは考えられない。被告は,後記のとおり保存しなかった理由として通電中のノイズを挙げるが,通電部位から離れた部位の電位は明瞭に表示されるのであるから,上記理由は信用できない。 そうすると,被告は,重要な証拠である通電中の心電図を所持しながらあえてこれを提出しないものと考えられるから,本件完全房室ブロックの予見可能性がなかったことの証明はなく,この点に関する原告の主張が認められるべきである。 (被告の主張)本件手術は,通電中,X線透視によりカテーテルの位置を確認していたのであるから,通電中にカテーテルがずれたということはない。 また,通電開始直前の心電図によると,5回目の通電部位はヒス束電位記録部位から離れている 電中,X線透視によりカテーテルの位置を確認していたのであるから,通電中にカテーテルがずれたということはない。 また,通電開始直前の心電図によると,5回目の通電部位はヒス束電位記録部位から離れていることは明らかで,かつ,解剖学的には房室結節後部三尖弁よりのJackman部位であったから,この部位の通電で房室ブロックが生じることは予見不可能であった。 本件手術は,房室結節回帰性頻拍に対する治療として正常伝導路のうち遅伝導路のみの焼灼を目的とするものであるが,遅伝導路や速伝導路の形態は人によって異なるため,一定の確率(0.2ないし2パーセント)で房室結節又は速伝導路を損傷して房室ブロックを生じることは不可避であって,本件完全房室ブロックもまさに本件手術に不可避の合併症であった。 なお,被告が通電中の心電図を証拠として提出できないのは,通電中はノイズが多いため,心電図を紙面に印刷していなかったからであって,存在するにもかかわらずあえて提出しないのではない。 本件手術によって原告の房室結節回帰性頻拍は根治したのであって(心臓ペースメーカー装着の不利益と比較しても遙かに大きな治療効果を享受している。),その意味で本件手術は成功したといえるから,債務不履行とはならない。 (3)争点(3)(説明義務違反の有無)について(原告の主張)本件手術は,緊急性がなく,投薬治療の継続という選択も可能であったこと,房室ブロック発生の確率につき,6.25パーセントという報告もあり,確率として決して小さい数字ではないことからすると,被告病院担当医師らは,完全房室ブロック発生の可能性やその頻度等,原告が本件手術を受けるか投薬治療を継続するかを選択できるだけの充分な情報を提供すべきであった。 ところが,被告病院担当医師らは,原告がカテーテルアブレーションに付随する危険性を認 能性やその頻度等,原告が本件手術を受けるか投薬治療を継続するかを選択できるだけの充分な情報を提供すべきであった。 ところが,被告病院担当医師らは,原告がカテーテルアブレーションに付随する危険性を認識していないことを知りながら,その危険性を説明しなかった。 (被告の主張)被告病院担当医師らが直接,原告に対して完全房室ブロック発生の可能性等,危険性に関する説明をしなかったことは認める。ただし,息子に説明するようにとの原告の指示に従い,原告の息子に対し,本来の電気の通り道まで焼いてしまう可能性があること(心臓ペースメーカー植え込みの可能性については言及していない。)その他,手術に付随する危険性について説明したのであるから説明義務は尽くしている。 (4)争点(4)(損害の有無及び額)について(原告の主張)被告病院担当医師らは,(1)手術適応判断を誤り,(2)本件手術の際,手技上のミスを犯し,又は,(3)事前に手術に付随する危険性の説明を怠ったことによって,本件完全房室ブロックを引き起こし,原告は,心臓ペースメーカーの植え込みを余儀なくされて第1級の身体障害の認定を受けた。 なお,原告は,本件手術当時,中古車両の輸入整備を行う自動車工場経営の準備を行っており,まさに自動車の整備を生き甲斐としていたのだから,心臓ペースメーカー植え込みの可能性(エンジンをかけての自動車の整備ができなくなること)を知っていたならば,本件手術を受けることはなかったのであり,説明義務違反そのものと本件完全房室ブロック発生との間には因果関係がある。 被告は,心臓ペースメーカーの安全性を強調し,頻拍発作よりも安全であるかのように主張するが事実に反する。心臓ペースメーカーは,5年ないし10年ごとの交換の際,感染症等の危険を伴い,また,日常生活においても常に電磁波に注意すること 性を強調し,頻拍発作よりも安全であるかのように主張するが事実に反する。心臓ペースメーカーは,5年ないし10年ごとの交換の際,感染症等の危険を伴い,また,日常生活においても常に電磁波に注意することを余儀なくされるのであって,かかる不安や不便を抱えたまま一生を送らねばならないことによる精神的苦痛は甚大である。 被告病院担当医師らの過失によって原告が被った損害は,以下のとおりである。 ①逸失利益5561万5000円原告は,本件手術当時,61歳で最終学歴は大学卒業であるから,同年齢の大卒男子平均年収700万円に平均余命の約半分である10年間の新ホフマン係数を乗じ,労働能力喪失率は100パーセントとして算定する。 700万円×7.945×1=5561万5000円②慰謝料5000万円原告は,被告病院に対する信頼を裏切られ,心臓ペースメーカーを植え込んだまま一生を送らねばならないのであって,その精神的苦痛は多大である。 (被告の主張)争う。 原告の発作性上室性頻拍の症状は,重篤でかつ薬剤抵抗性であり,発作の危険と対比すれば心臓ペースメーカーの装着は耐えうることであるから,仮に,原告が手術に付随する危険性の説明を受けていたとしても本件手術に同意したはずであり(現に,被告病院において,心臓ペースメーカー装着の可能性の説明を受けてカテーテルアブレーションをやめた患者はほとんどいない。),説明義務違反と本件完全房室ブロックとの間に因果関係はない。 心臓ペースメーカー装着により日常生活に支障を来すことはほとんどなく,高圧電流の流れるところや自動車のボンネットにかがみ込むことは避けた方が無難とされているものの,心臓ペースメーカー装着者の事故例はほとんど報告されていない。 また,原告は,他人を使用して事業を継続することもできる。 したがって,仮に,被告病院担当医師ら むことは避けた方が無難とされているものの,心臓ペースメーカー装着者の事故例はほとんど報告されていない。 また,原告は,他人を使用して事業を継続することもできる。 したがって,仮に,被告病院担当医師らに原告の主張するような過失があり,本件完全房室ブロックとの間に因果関係が存するとしても,損害額は原告が主張する程高額ではない。 第3争点に対する判断1上記争いのない事実に加えて後掲括弧内の各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。 (1)ア房室結節回帰性頻拍(乙1,鑑定,弁論の全趣旨)心臓は,筋肉の収縮・弛緩運動によって全身に血液を送るポンプの役割を果たす袋状の臓器であるが,心筋の収縮は,電気的興奮によって生じる。すなわち,右心房の上部にある洞結節の規則正しい興奮によって発生した電流がまず心房を流れ,次に,心房から心室への唯一の電気の流れ道である房室結節及びそれに続くヒス束を経て心室へと伝わることによって,心房,心室の順で規則正しく収縮・弛緩を繰り返すことになる(洞結節から始まり,房室結節,ヒス束と続く電気の通り道を刺激伝導系という。)。 なお,房室結節及びヒス束の上記のような機能から,これらが損傷されると心房から心室への電気的興奮の伝導が途絶する房室ブロックとなる(完全房室ブロックは,伝導が完全に途絶した状態で心臓ペースメーカーの植え込みが必要である。)。 房室結節回帰性頻拍は,主に心房を頻拍の原因とする上室性頻拍の一種で,房室結節と心房とを結んでいる伝導路(正常でも2本ないし3本あるといわれている。)のうち速伝導路と遅伝導路との間で電気的興奮が回旋するために生じるものである。症状として,心拍数が1分間あたり180ないし200回と著しく多くなり,血圧低下,動悸,胸部違和感・圧迫感,脱力感などを自覚し,時にはめまいが起こっ 間で電気的興奮が回旋するために生じるものである。症状として,心拍数が1分間あたり180ないし200回と著しく多くなり,血圧低下,動悸,胸部違和感・圧迫感,脱力感などを自覚し,時にはめまいが起こったり意識を消失したりすることもある。 イ高周波カテーテルアブレーション(乙1,3,証人E医師,鑑定)カテーテルアブレーションとは,末梢血管から心腔内へ電極カテーテルを挿入し,カテーテル先端の電極と対極板との間における高周波通電によって頻拍性不整脈の原因となる心筋組織を焼灼して凝固・壊死させ,その部位が電気的に興奮することを不可能ならしめる頻拍性不整脈の根治療法である。 カテーテルアブレーションが初めてヒトの治療に応用された1982年から1990年代の前半にかけては,上室性頻拍症の治療として,房室結節を直流通電で焼灼して完全房室ブロックを作成し,心臓ペースメーカーを植え込む方法が行われていた。 しかし,1980年代後半,直流通電よりも破壊力が弱く,かつ狭い範囲(直径約7ミリメートル)の焼灼が可能で,より安全な高周波通電の方法が開発され,操作性の良いカテーテルの開発とも相まって,頻拍治療の成功率が向上し,1989年以降は高周波通電がカテーテルアブレーションの主流となった。 ウ房室結節回帰性頻拍に対するカテーテルアブレーション(甲4,乙1ないし6,鑑定)房室結節回帰性頻拍は,頻拍の機序として房室結節内の二重伝導路が想定されていたため,初期には房室結節を直流通電で焼灼して完全房室ブロックを作成していた。その後,遅伝導路が房室結節外の後方に位置することが明らかとなったため,速伝導路を高周波通電で焼灼する方法が採用されるようになったが,電気的興奮は,通常,速伝導路を通じて房室結節,ヒス束へと伝わるため,上記の方法では房室ブロックが不可避であった。 そこで, ったため,速伝導路を高周波通電で焼灼する方法が採用されるようになったが,電気的興奮は,通常,速伝導路を通じて房室結節,ヒス束へと伝わるため,上記の方法では房室ブロックが不可避であった。 そこで,本件手術当時,選択的に遅伝導路のみを焼灼する選択的遅伝導路焼灼術が房室結節回帰性頻拍に対するアブレーションとして一般的となっていた。 すなわち,選択的遅伝導路焼灼術とは,洞結節から始まり房室結節,ヒス束と続く刺激伝導系の分布を視覚的に認識することはできないが,冠静脈洞入口部とヒス束電位記録部位にそれぞれカテーテルの先端を留置した場合,両者の中間部位から上に房室結節の一部が分布していると考えられているため,中間部位よりも下部において,遅伝導路の局在を示すと考えられている一定の電位を探り(マッピング),焼灼するという手法である。 しかしながら,速伝導路と遅伝導路の解剖学的構造は,特殊であってかつ個人差があることから十分には解明されておらず,また,遅伝導路の電位についても見解が分かれている状況にあることから,上記手法によっても正常伝導路を損傷し房室ブロックを生じさせることを完全に回避することはできない。 そして,本件手術当時の文献によれば,房室ブロックの発生する確率は1ないし2パーセント以下とされ,その他,手術に付随する危険性として,心筋穿孔に伴う心タンポナーゼ,血栓塞栓症等が報告されているが,いずれも発生の確率は数パーセントとされている。他方,房室結節回帰性頻拍の根治率は,習熟している施設においては90パーセント以上と報告されており,選択的遅伝導路焼灼術は,薬剤療法に代わる第一次選択になりつつあった。 ただ,E医師は,本件手術当時,執筆した論文の中で,選択的遅伝導路焼灼術に関し,「房室ブロックの合併症は1%以下と言われているが本邦でも報告があり,また 剤療法に代わる第一次選択になりつつあった。 ただ,E医師は,本件手術当時,執筆した論文の中で,選択的遅伝導路焼灼術に関し,「房室ブロックの合併症は1%以下と言われているが本邦でも報告があり,また症例によってはヒス束記録部位と冠状静脈洞の距離が近いこともあるので,十分な経験を積むまでは適応を薬剤抵抗性で心不全などの症状を有する例などに限るのが望ましい。」(乙2,5,6),アブレーション一般に関し,「欧米をはじめわが国でも既に多くの人命が合併症で失われているにも関わらず,正式に公表されることはまれで,あたかもカテーテルアブレーションがきわめて安全だと喧伝されていることに強い危機感をもっている。」(乙3)とそれぞれ記している。 なお,完全房室ブロックとなり,心臓ペースメーカーを植え込んだ場合,電池の誤作動を避けるため,強い電磁波を発生する場所(エンジンをかけた車のボンネット上,高圧電線の下,核磁気共鳴検査装置(MRI,MRA)など)は絶対避けねばならないが,自動車運転,コンピューター使用,家電製品の使用等,日常生活に支障はないといわれている。 (2)本件手術についてア本件手術前の原告の症状(ア)平成6年9月の失神(乙7,9,16の1)原告は,平成6年9月24日,B病院を受診し,「昨日,椅子に座って休憩中,ぐっと胸が押さえられて直後に10秒程度失神した。最近発作の頻度が増えている」旨訴えた(原告は,同日の症状につき,同年10月11日にも同病院の他の医師に10秒程度失神したと告げ,さらに同年11月8日に被告病院へ検査入院した際にも,ドーンと叩かれたようなショックを受け,眼前暗黒感となり倒れたと述べている。)。 その後,抗不整脈薬の投与を受けるまでの間に動悸発作を訴えて病院を受診したのは,同年10月11日,平成7年6月10日及び同月13日の3回 うなショックを受け,眼前暗黒感となり倒れたと述べている。)。 その後,抗不整脈薬の投与を受けるまでの間に動悸発作を訴えて病院を受診したのは,同年10月11日,平成7年6月10日及び同月13日の3回である(なお,同月10日の動悸発作が診療時間外に被告病院救急救命センターを受診することを余儀される程のものであったことは上記争いのない事実記載のとおり)。 (イ)抗不整脈薬投与中の動悸発作(甲1,乙16の1)原告は,平成7年8月22日,動悸が治まらず,診療時間外にB病院を受診し,発作性上室性頻拍の診断を受けた際,C医師から,カテーテルアブレーションを勧められたが,心臓の悪い部分にカテーテルを持っていって焼くという旨の説明を受け,断った。 原告は,抗不整脈薬ベラパミル(商品名ワソラン)の処方を受けた後も,動悸発作を訴えてB病院を受診したのは,同年9月18日,平成8年2月15日,同年3月6日,同年6月13日,同年8月5日,同年10月4日,同年11月12日,平成9年3月21日の計8回に及んでいるが,いずれも深呼吸や薬の投与で治まる程度であった。 (ウ)平成9年5月の発作以降(乙9,16の1,原告本人)原告は,平成9年5月31日,買物中,動悸に襲われ,眼前暗黒感となり倒れたため,急遽,B病院を受診した。D医師は,同日の被告病院宛て診療情報提供書に原告の基礎疾患として「動悸発作(上室性頻拍症)と時に,眼前暗黒感(心室頻拍症)がある」と記載している。 原告は,同年8月10日,動悸発作により,診療時間外に被告病院を受診したが,その際のカルテには「昼内服はしないことが多いとのこと,しっかりと内服をしていただくことで一時帰宅とする」と記載されている。 原告は,同月13日,B病院を受診し,車の塗装等の労作業のせいか毎日2回発作が起きると訴えたため,作業前の頓服薬と 多いとのこと,しっかりと内服をしていただくことで一時帰宅とする」と記載されている。 原告は,同月13日,B病院を受診し,車の塗装等の労作業のせいか毎日2回発作が起きると訴えたため,作業前の頓服薬として抗不整脈薬のベータ遮断薬(商品名セロケン)が追加処方された。 原告は,同年9月2日,B病院を受診し,上記薬剤は調子が良かったと報告するとともに,同月14日から10日間の予定でオーストラリアへ仕事で出張するので発作時の対応処置について英語で紹介状を書いて欲しいと要求した。 原告は,上記のような状況の中,発作の不安を抱え,B病院の医師らに対し,海外で発作が起きた場合の心配を訴えていたため,D医師からもカテーテルアブレーションを勧められた。 原告は,同医師から,カテーテルアブレーションが簡単に済む手術で,抗不整脈薬の服用も不要になると聞かされ,手術に付随する危険性について説明を受けないまま,カテーテルアブレーションを受ける決意をした。 イ被告病院における診察及び本件手術の実施(ア)被告病院における診察(乙9,18,証人E医師,原告本人,弁論の全趣旨)原告は,平成9年11月29日,被告病院第三内科を受診したが,その際,持参した本件診療情報提供書には,原告の症状として,動悸・胸痛と意識消失の2種類があること,ホルター心電図上,非持続性心室頻拍(最大16連発)が認められ,時々,房室結節回帰性と思われる発作性上室性頻拍で来院すること,ワソラン等内服にて発作は年数回で意識消失もほとんどないこと及び原告が最近多忙で労作時の動悸が多く,房室結節回帰性頻拍の発作だけでもカテーテルアブレーションを希望している旨が記載されている。 E医師(当時,被告に講師として勤務)は,本件診療情報提供書に目を通し,原告に対してカテーテルアブレーションを希望するようになった理由を尋ね テーテルアブレーションを希望している旨が記載されている。 E医師(当時,被告に講師として勤務)は,本件診療情報提供書に目を通し,原告に対してカテーテルアブレーションを希望するようになった理由を尋ねたところ,原告は,発作の多い時はゴルフの時にも起きて困るからと答えた。なお,E医師は,原告から,カテーテルアブレーションが本当に簡単な手術なのかと質問されたが,回答しなかった。 E医師は,本件診療情報提供書及び上記原告の回答等から,投薬治療にもかかわらず発作があり,原告自身がカテーテルアブレーションを希望しているものと認め,手術適応があると判断し,平成10年1月14日にカテーテルアブレーションを実施すること及び入院中の主治医をF医師とすることを決めた。 なお,E医師は,当時,国内における高周波カテーテルアブレーションの指導者的立場にあり,また,被告病院は,E医師が赴任した平成5年6月から本件手術の日である平成10年1月14日までの間に,房室結節回帰性頻拍に対しては26例,WPW症候群(心房と心室との間に先天的に余分な伝導路があるために頻拍が生じるもので,カテーテルアブレーションの成功率が最も高い。)に対しては104例,その他の頻拍に対しては20例の合計150例のカテーテルアブレーションの実績を有しており,本件手術を担当したE医師,G医師及びH医師は,いずれも上記全ての手術に参加している。 (イ)本件手術前の説明(乙7,20,証人F医師)F医師(当時,被告病院助手)は,平成10年1月12日,原告に対し,カテーテルアブレーションの手技につき,平成6年11月に入院して実施された冠動脈造影,右心カテーテル検査及び心臓電気生理検査と同様の方法でカテーテルを足の付け根の血管から心腔内へ挿入し,不整脈の所在を確かめてその部分を焼灼するという程度の説明をし, に入院して実施された冠動脈造影,右心カテーテル検査及び心臓電気生理検査と同様の方法でカテーテルを足の付け根の血管から心腔内へ挿入し,不整脈の所在を確かめてその部分を焼灼するという程度の説明をし,家族立会いのもとで更に詳しい説明をしたいと申し出たが,原告から,「そんな大げさなものではないと思ったから,家族は連れてこなかった。 妻はデパートに出ていて夜遅くなる。」との回答を得た。 F医師は,原告がカテーテルアブレーションに付随する危険性の認識を欠き,手術や検査を軽視しすぎていると感じたが,同医師の業務上の都合もあり,同日中に説明を終えたいと思っていたところ,原告から,それならば息子に電話で説明してやってくれと言われ,家族立会いのもとでの説明を諦め,電話説明で代替することを決めた。 F医師は,早速,ナースステーションから原告の息子に架電し,カテーテルアブレーションの手技,血栓症や心タンポナーゼといったリスクの存在の他,本来の電気の通り道を焼いてしまう可能性があるが薬剤や処置によって対処可能である旨説明した(その際,完全房室ブロックとなった場合,一生,心臓ペースメーカーの植え込みが必要である旨の説明はしなかった。)。なお,同日の晩及びその2日後である本件手術当日,原告の妻が被告病院を訪問したが,F医師は,改めて,家族立会いのもとでの説明を行わず,原告も,本件手術に至るまで,F医師やその他の医師からカテーテルアブレーションに付随する危険性についての説明を受けることはなかった。 (ウ)本件手術(乙17の1・2・3,18,24,証人E医師,同G医師,弁論の全趣旨)被告病院は,平成10年1月14日,本件手術を実施し,カテーテルの操作をG医師(当時,被告病院非常勤)が,通電装置の監視・操作をE医師が,心腔内心電図モニターの監視をH医師(当時,被告病院助 趣旨)被告病院は,平成10年1月14日,本件手術を実施し,カテーテルの操作をG医師(当時,被告病院非常勤)が,通電装置の監視・操作をE医師が,心腔内心電図モニターの監視をH医師(当時,被告病院助手)が,ケーブルの繋ぎ換え等の手術台回りの仕事をF医師がそれぞれ担当した(以下「被告病院担当医師ら」という。)。 まず,原告の右大腿静脈及び右鎖骨下静脈を穿刺して先端に電極の付いた4本のカテーテルを心腔内へ挿入し,高位右房,ヒス束電位記録部位,冠静脈洞内及び右心室心尖部にそれぞれ留置し,電気刺激を与えて発作性上室性頻拍を誘発し,頻拍中の心臓興奮順序からこの頻拍発作が通常の房室結節回帰性頻拍であることを確認した。 次いで,アブレーションカテーテル(治療用カテーテル)を右大腿静脈から心腔内へ挿入し,少しづつ動かして電位を確認しながら遅伝導路のマッピングを行った後,高周波通電による遅伝導路の焼灼を開始した。 G医師は,通電前,原告に対し,これから通電するので大きな息をするとカテーテルがずれることがあるので静かに息をするように話しかけた。通電中は,H医師が心腔内心電図を監視したほか,カテーテルを操作するG医師も,カテーテルが滑った場合,すぐに通電を中止できるよう,X線装置のペダルを踏み続けてレントゲンモニター上でカテーテル位置を監視した。 1回目(開始時刻午前(以下同じ)11時36分21.18秒)の通電は,通電直後すぐにカテーテルが冠状静脈側にすべり,監視装置のインピーダンスが上昇したため11時36分50.00秒に中止した。2回目(11時49分04.50秒)は約61秒通電したが,再度,頻拍が電気刺激で誘発されたため次のマッピングに移った。3回目(11時55分28.49秒)の通電はすぐにインピーダンスが上昇したため11時55分44.00秒に中止した。4回 約61秒通電したが,再度,頻拍が電気刺激で誘発されたため次のマッピングに移った。3回目(11時55分28.49秒)の通電はすぐにインピーダンスが上昇したため11時55分44.00秒に中止した。4回目(11時59分09.57秒)の通電は約61秒行ったが,再度,頻拍が電気刺激で誘発された。そこで5回目(12時06分39.30秒)の通電を開始したが,モニターで心腔内心電図を監視していたH医師が房室ブロックを認め,「あっ止めて」と叫んだため,約43秒後に通電を中止したが,完全房室ブロックとなった。 なお,手術中の心腔内心電図は,常時,モニター上に表示されるが,本件手術当時,被告病院が使用していた機器は,自動的に心電図を記録,印刷する機能がなく,記録・印刷のためにはその都度操作が必要であったところ,被告病院担当医師らは,本件手術における全5回の通電のいずれについても,通電開始直前から終了までの間における心電図を記録した。ただ,上記機器は,心電図を直接ハードディスクに記録するため,一旦記録しても後続の検査や手術によって上書き消去されてしまうので,上書き消去される前に紙面に印刷する必要があった。 5回目の通電開始直前及び直後の心腔内心電図によれば,ヒス束電位記録カテーテルにヒス束電位が記録され,アブレーションカテーテルにはヒス束電位は記録されず,かつ,その電位は,心室波が心房波より大きい。 (エ)原告は,平成10年11月,名古屋簡易裁判所に対し,被告を相手方として本件完全房室ブロックが生じたことにつき,本件診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償を求める調停の申立(平成10年(ノ)第5856号損害賠償請求調停事件)を,同月6日付けの調停申立書により行った(弁論の全趣旨)。 2(1)争点(1)(手術適応判断の誤りの有無)について上記1(2)アのとおり,原 申立(平成10年(ノ)第5856号損害賠償請求調停事件)を,同月6日付けの調停申立書により行った(弁論の全趣旨)。 2(1)争点(1)(手術適応判断の誤りの有無)について上記1(2)アのとおり,原告は,抗不整脈薬投与後も平成9年5月までの間,失神する程の症状はなかったものの,1か月ないし3か月に1回の頻度で合計9回,動悸発作を訴えて医師の診断を受け,平成9年5月には眼前暗黒感で倒れる程の症状があり(原告は,動悸でしゃがみ込んだにすぎないと主張するが,眼前暗黒感の出現や倒れるといった症状は,頻拍の原因を把握する上で重要な症状であって,専門医がかかる症状に関する原告の訴えを正確に記載しないとは考えがたく,原告の上記主張は採用することができない。),その後も頻回な動悸発作を訴えて抗不整脈薬のベータ遮断剤を追加投与され,それでもなお,医師らに対し,海外出張中の発作の不安を漏らすような状況にあり,心臓を焼くと聞いて当初は拒んでいたカテーテルアブレーションを遂に希望するに至ったのであるから,原告の動悸発作は,投薬治療中にもかかわらず執拗で,原告自身,いつ起こるか分からない発作の不安を常に抱えていたものと認めるのが相当である。 この点,原告は,投薬治療中の発作は,薬の服用の懈怠のせいにすぎず,投薬治療は功を奏していたと主張するところ,なるほど,カルテの記載によると,原告が抗不整脈薬を服用しなかったことが少なからずあったことは認められるが,上記のように,原告が動悸発作に相当悩まされ,平成9年5月31日には眼前暗黒感を覚えて倒れる程の症状があり,常に発作の不安を抱えていたことを考慮すると,処方された抗不整脈薬が十分な効果を発揮するものであったにもかかわらず,原告の服用懈怠という怠慢のみによって動悸発作が起きていたとは考えがたく,薬剤抵抗性があったもの を抱えていたことを考慮すると,処方された抗不整脈薬が十分な効果を発揮するものであったにもかかわらず,原告の服用懈怠という怠慢のみによって動悸発作が起きていたとは考えがたく,薬剤抵抗性があったものと推認するのが相当であり,投薬治療が功を奏していたとは認めがたい。よって,原告の上記主張は採用することができない。 そうすると,上記1(2)イ(ア)のとおり,既にカテーテルアブレーションの豊富な経験を有していた被告病院担当医師らが,投薬治療の効果が十分でないと考えられる原告に対し,当時,薬剤療法に代わって第一次選択となりつつあった選択的遅伝導路焼灼術の適応があると判断したことに落ち度があったと認めることはできない。 なお,原告は,E医師の論文(平成7年1月15日発行の文献(乙3))を根拠に,薬剤抵抗性で心不全等の症状を有する場合でなければ手術適応はないと主張するが,E医師は,本件手術当時の論文では,「十分な経験を積むまでは適応を薬剤抵抗性で心不全等の症状を有する例等に限るのが望ましい」(乙2,5,6)と記述しており,本件手術当時を基準にすると,上記原告の主張は,経験豊富な被告病院には必ずしもあてはまるものではなく,原告の上記主張を採用することはできない。 さらに,原告は,本件手術に付随する危険性(特に,完全房室ブロック発生の可能性)の説明なしにされた同意は無効であり,手術適応はないとも主張する。 しかし,手術適応として同意を要するのは,本人が希望しない場合にあえて手術をするべきではないとの見地からであり,そうすると,同意を欠くゆえに手術適応がないというためには,そのような説明があったならば当該手術を希望しなかったであろうと認められることが必要であると解される。 上記のような原告の症状,上記1(1)ウ,同(2)イ(ア)のとおりの選択的遅伝導路焼灼術の には,そのような説明があったならば当該手術を希望しなかったであろうと認められることが必要であると解される。 上記のような原告の症状,上記1(1)ウ,同(2)イ(ア)のとおりの選択的遅伝導路焼灼術の根治率及び完全房室ブロック等の発生の確率並びに被告病院におけるカテーテルアブレーションの実績等からすると,原告が大の車好きで,趣味又は仕事として車両の整備等に携わることが多かったとの事情(甲1,乙23,原告本人)を考慮しても,完全房室ブロック発生の可能性等,手術に付随する危険性の説明を受けていたならば,本件手術を希望することはなかったであろうとまで認めることはできない。したがって,本件手術に付随する危険性の説明を前提としない同意であるからといって手術適応を欠くことにはならず,原告の上記主張は採用することができない。 (2)争点(2)(手技上の過失の有無)について上記1(1)ウのとおり,選択的遅伝導路焼灼術においても正常伝導路を損傷し,完全房室ブロックとなる可能性がある。そして,完全房室ブロックの発生を予見できるのは,①通電部位にヒス束電位が記録されているか,②通電部位で心房電位が心室電位より大きいか,③通電中に心拍数の多い房室接合部心拍が出現するか,④通電中に1拍の房室ブロック又は室房ブロックが生じたときである。 したがって,上記①,②のヒス束電位記録部位や心房電位が心室電位より大きい部位で通電してはならず,また,通電開始から終了まで心腔内心電図をモニターで監視し,通電中に上記③,④の心拍数の多い房室接合部心拍が出現したとき,1拍の房室ブロック又は室房ブロックが生じたときには直ちに通電を中止する必要がある。(以上,鑑定)上記1(2)イ(ウ)のとおり,本件完全房室ブロックが生じた5回目の通電は,ヒス束電位記録部位とは異なり,かつ,心室波が心房波 ブロックが生じたときには直ちに通電を中止する必要がある。(以上,鑑定)上記1(2)イ(ウ)のとおり,本件完全房室ブロックが生じた5回目の通電は,ヒス束電位記録部位とは異なり,かつ,心室波が心房波よりも大きい部位で開始されており,通電を開始した部位に問題はなかったものと認められるが,通電中の心電図が証拠として存在しないため,上記③,④の出現の有無については明らかでない。 被告は,通電中の心電図を提出しない理由として,通電中はノイズが多いため心電図を紙面に印刷しなかったと主張するが,通電中であっても,アブレーションカテーテルの先端以外の部位の電位は,ノイズで隠れさえしなければ明瞭な形で認識することが可能であり(証人E医師,同G医師),E医師の論文(乙5)にはアブレーション中の明瞭な心電図が掲載されており,実際,本件手術において,H医師は,まさに通電中の心電図から房室ブロックの所見を認めたのである。 したがって,通電中にノイズが多いことを理由に印刷しなかったという被告の主張は説得的とはいえず,原告において,5回目の通電中の心電図が印刷されて存在するにもかかわらず,被告があえてこれを提出しないのではないかとの疑念を抱くことにも無理からぬ面がある。 しかしながら,原告主張の印刷することに格別の支障が存在せず,印刷しなかった合理的理由を説明し得ていないとの事実から,直ちに通電中の心電図が印刷されたと推認することもできず,ましてや,完全房室ブロックの徴候である上記③,④が出現したのに,直ちに通電を中止しなかったとまで推認することは困難というほかない。 むしろ,上記④については,上記1(2)イ(ウ)のとおり,2回目及び4回目の通電がいずれも約61秒間であるのに対し,5回目の通電は約43秒間であり,その間にH医師が房室ブロックを認めて「あっ」と叫んだとい ,上記④については,上記1(2)イ(ウ)のとおり,2回目及び4回目の通電がいずれも約61秒間であるのに対し,5回目の通電は約43秒間であり,その間にH医師が房室ブロックを認めて「あっ」と叫んだというのであるから,房室ブロックの所見を認めて直ちに通電を中止したものと認めるのが相当である。 なお,原告は,5回目の通電中に猛烈な痛みを感じて体を動かしたのでカテーテルがずれたまま通電が継続された可能性があると主張し,原告本人は最後の2回の通電の際,心臓へ錐のような物を刺されたような猛烈な痛みを感じ,医師から動いてはいけないと体を押さえつけられた旨供述する。しかしながら,上記1(2)イ(ウ)のとおり,カテーテルを操作していたG医師は,通電中,レントゲン照射を継続してレントゲンモニター上でカテーテルの位置を監視していたこと,原告が体を押さえつけられたと供述する4回目の通電は約61秒間行われたが,房室ブロックは生じていないことに照らすと,アブレーションカテーテルがずれたまま通電を継続したとは考えがたく,したがって原告の上記供述部分を信用することはできず,他に原告の上記主張を認めるに足りる証拠はない。 さらに,原告は,本来焼灼すべきでないヒス束まで焼灼したと主張し,本件手術直後に記載された看護日誌(乙10)には「ヒス束まで焼灼が及び」との記載が,約2週間後に作成された手術用看護紙(乙10)にも「4回で焼灼するもそれと同時にヒス束も切れる」との記載がそれぞれ存在する。しかしながら,本件完全房室ブロックが生じた5回目の通電部位がヒス束電位記録部位とは異なり,通電中アブレーションカテーテルがずれたとか,完全房室ブロック発生の徴候があったとも認められないことは前示のとおりであり,しかも本件完全房室ブロック発生後のヒス束心電図が存在せず,上記看護日誌等の記載以 アブレーションカテーテルがずれたとか,完全房室ブロック発生の徴候があったとも認められないことは前示のとおりであり,しかも本件完全房室ブロック発生後のヒス束心電図が存在せず,上記看護日誌等の記載以外にヒス束まで焼灼が及んだ旨の記載もないことに照らすと,上記看護日誌等の記載からヒス束焼灼の事実を認めることはできないというほかない。 そして,他に,手技上の過失に関する原告の主張を認めるに足りる証拠はないから,争点(2)に関する原告の主張は理由がない。 (3)争点(3)(説明義務違反の有無)について医師が患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては,診療契約に基づき,患者に対し,疾患の診断,実施予定の手術の内容の他,手術に付随する危険性,他に選択可能な治療方法の内容と利害得失など,患者が当該手術を受けるか否かを熟慮し,決断するに足りる情報を提供してその判断の機会を与えるべき説明義務があると解される。 本件についてみると,上記1(1)ウのとおり,選択的遅伝導路焼灼術は,完全房室ブロック発生の確率として極めて低い数値が報告され,薬剤療法に代わり第一次選択となりつつあったものの,速伝導路及び遅伝導路の解剖学的構造は未解明で,焼灼すべき部位に関する見解も一致しておらず,房室ブロック回避の観点からみた場合,その安全性に不確定な要素があることを否定できないのであって(E医師自身,上記1(1)ウのとおり,論文の中で慎重な見解を述べている。),本件手術当時の論文(乙2ないし6)においても,主要な合併症の一つとして房室ブロックを挙げ,いかにしてこれを回避するかが重要な課題として採りあげられており,カテーテルアブレーションを受ける患者向けの冊子(乙1)でも主要な合併症として房室ブロックが紹介されている。 そして,完全房室ブロックが生じた場合,自己脈のみ が重要な課題として採りあげられており,カテーテルアブレーションを受ける患者向けの冊子(乙1)でも主要な合併症として房室ブロックが紹介されている。 そして,完全房室ブロックが生じた場合,自己脈のみでは生存できず,心臓ペースメーカーに頼らねばならないのであって,その不便や不安感は決して小さいとはいえず,何よりも,心臓の正常な機能を人工的に喪失させるものであり(意図せざる危険性の実現であっても人工的に喪失させることに変わりはない。),これを機器に代替させることへの抵抗感には大きいものがあると考えられる。 上記のような事情に,原告の頻拍は,薬剤療法が十分な効果を発揮していたとはいえないものの,緊急にその根治手術をしなければならないといった事情までは認めがたいことを併せ考慮すると,原告としては,万が一にも一生涯,心臓ペースメーカーを植え込んで生活することを余儀なくされるよりは,発作の不安を抱えつつも投薬治療の継続を選択する可能性もなかったわけではない。 したがって,被告病院担当医師らとしては,本件手術を実施するに先立ち,原告に対し,完全房室ブロック発生の可能性,その確率及びその場合には心臓ペースメーカーの植え込みが必要となることを説明し,原告が本件手術を受けるか否かを熟慮し,判断する機会を与えるべきであった。 ところが,被告病院担当医師らは,原告が完全房室ブロックはおろか,カテーテルアブレーションに付随する危険性をほとんど認識していないことを知りながら,上記のような説明を一切しなかったのであるから,上記説明義務を怠り,原告が本件手術を受けるか否かを熟慮し,判断する機会を奪ったものというべきである。 なお,被告は,原告の指示どおり,その息子に対し,手術に付随する危険性について説明したから説明義務は尽くしたと主張するが,診療契約上の説明義務は,自己の ,判断する機会を奪ったものというべきである。 なお,被告は,原告の指示どおり,その息子に対し,手術に付随する危険性について説明したから説明義務は尽くしたと主張するが,診療契約上の説明義務は,自己の身体への医的侵襲を承諾するか否かは自ら決めるという自己決定権に由来するのであるから,患者本人に判断能力がない等の特段の事情のない限り,本人自身に説明すべきであり,本件において原告自身が判断できないような特段の事情があったとは認められず,上記主張は理由がない。 また,E医師は,何かあったら困るとの原告の発言から,カテーテルアブレーションの危険性を認識しているものと推測した旨証言するが,上記発言は,およそ手術一般に伴う危険性を超えたカテーテルアブレーション固有の危険性の具体的認識を前提としたものであるとは考えられず,説明義務の対象を上記のように解する以上,失当である。 (4)争点(4)(損害の有無及び額)について上記(3)に認定のとおり,被告病院担当医師らには,診療契約上の説明義務違反があったと認められるので,被告病院を開設する被告は,原告に対し,診療契約上の債務不履行に基づく損害を賠償する責任を負う。 そこで,上記説明義務違反と相当因果関係ある損害につき検討する。 この点,原告は,本件完全房室ブロックという身体障害による損害をもって,説明義務違反と相当因果関係ある損害として主張するが,上記(1)に認定のとおり,説明義務が尽くされていたならば,原告が本件手術に同意しなかったであろうとまで認めることはできないから,上記主張は採用することができない。 しかしながら,原告は,上記(3)に認定のとおり,完全房室ブロック発生の可能性等の説明を受けなかったため,本件手術を受けるか否かを熟慮し,判断する機会を奪われたのであり,これによって精神的苦痛を被ったことは明ら ,原告は,上記(3)に認定のとおり,完全房室ブロック発生の可能性等の説明を受けなかったため,本件手術を受けるか否かを熟慮し,判断する機会を奪われたのであり,これによって精神的苦痛を被ったことは明らかであって,かかる精神的苦痛は,上記説明義務違反と相当因果関係があるというべきである。 原告の症状が緊急に根治手術を要する程のものではなく,熟慮する機会が十分与えられてしかるべきであったにもかかわらず,その機会の与えられぬまま,一生涯,心臓ペースメーカーを植え込んで生活することを余儀なくされるという重大な帰結に直面させられたこと,その他,本件記録に現れた一切の事情を斟酌すると,上記精神的苦痛に対する慰謝料として300万円をもって相当と認める。 3以上の次第であるから,原告の請求は,債務不履行に基づく損害賠償として300万円及びこれに対する遅くとも調停申立書が被告に送達された日の翌日と認められる平成10年12月1日から(債務不履行に基づく損害賠償債務は期限の定めのない債務であり,債務者は債権者から履行の請求を受けた時に遅滞に陥るから,本件手術の日である同年1月14日からの遅延損害金の支払を求める部分は理由がない。)支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないのでこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第8部裁判長裁判官黒岩巳敏裁判官日下部克通裁判官秋武郁代

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