主文 本件控訴を棄却する。 当審における未決勾留日数中240日を原判決の刑に算入する。 理由 本件控訴の趣意は,主任弁護人冨村和光,弁護人岡秀明及び同中井克洋連名作成の控訴趣意書に記載されているとおりであり,これに対する答弁は,検察官室田源太郎作成の答弁書に記載されているとおりであるから,これらを引用する。 第1 事実誤認及び法令適用の誤りの論旨について所論は,要するに,原判決には,次のとおり,事実の誤認若しくは法令適用の誤りがある, すなわち, (1)被告人がAを追尾した動機について,Aが自分をにらんだと思って,そのことに腹を立てるとともに,その理由を質すためであったという被告人の弁解は不合理とはいえないのに,原判決は,これを否定し,コンビニエンスストアで買物をしていたAを見かけて性的な興味を抱き,さらに,どのような行為を企図したかまでは明らかでないものの,その興味に駆られて帰宅するAを追尾し,原判示認定の犯行に至る経緯のような行動に出たと認定している,(2)原判決は,本件殺害行為が強盗の機会になされたものと認定し,強盗殺人罪を適用しているが,被告人は,Bが自分を追跡しているとの認識がなく,Bもいったん被告人を見失っており,さらに,強盗の現場から殺害の現場までの逃走距離は約640メートルであったことなどからすると,本件殺害行為は強盗の機会になされたものとは認定できず,強盗罪と殺人罪の併合罪となる, (3)原判決は,合理的な判断に基づく行動を前提として,被告人が確定的殺意をもってBを殺害したと認定しているが,被告人は,現場から少しでも遠くに逃げようとして錯乱状態にあり,いつの間にか手にしていたナイフを持ちながら,Bに対し,自分のほうに近づいて来るのを防ぐため 的殺意をもってBを殺害したと認定しているが,被告人は,現場から少しでも遠くに逃げようとして錯乱状態にあり,いつの間にか手にしていたナイフを持ちながら,Bに対し,自分のほうに近づいて来るのを防ぐために両手を出したところ,Bの勢いと相まって身体に刺さったというのであって,この態様も自然な流れである, (4)被告人は,Aが自分をにらんだとして追いかけ,ナイフを出してまで理由を執拗に追及するなど,被害妄想の念慮にとりつかれた異常な行動をとっていることなどからすると,妄想性人格障害や,さらには精神分裂病をも疑わせる事実があるのに,原判決は,被告人には妄想性人格障害は認められないとして,完全責任能力を認定している,というものである。 そこで,検討すると,関係証拠によれば,原判示の「犯行に至る経緯」,「罪となるべき事実」中の上記の事実認定及び「争点に対する判断」の項における説示は,証人及び被告人の供述の信用性に関する判断を含めて,当裁判所も概ね正当なものとして是認することができるから,原判決には所論のいう事実の誤認及び法令適用の誤りはない。そして,上記認定判断は,弁護人がいろいろと主張するところや当審における事実取調べの結果を考慮しても左右されない。以下,所論にかんがみ,付言する。 1 被告人がAを追尾した動機について(1) 関係証拠によれば, 犯行に至る経緯やAの自宅前での犯行状況について,概ね,以下の事実を認めることができる。 ① 被告人は,平成12年12月2日午前零時過ぎころ,広島市a区bにあるレンタルビデオ店にビデオテープを返却するため,広島市c区dにあった当時の自宅を出たが,その際,護身用として折りたたみ式ナイフをズボンの左前ポケットに入れて所持した。被告人は,自宅近くの駐車場に止めてあった自動車を運転して出発し,途中,同じ め,広島市c区dにあった当時の自宅を出たが,その際,護身用として折りたたみ式ナイフをズボンの左前ポケットに入れて所持した。被告人は,自宅近くの駐車場に止めてあった自動車を運転して出発し,途中,同じ系列のレンタルビデオ店を見かけたことから,その近くの路上に自動車を止めて,同店の前まで行き,その後,自分の自動車の近くまで戻ったが,乗車せず,後記C店に行った。 ② A(当時28歳)は,同日午前零時ころ,広島市c区e町にある三味線教室を出て,徒歩で,広島市a区fg丁目にある自宅のDコーポに向かい,その途中,午前零時44分ころ,買物をするため,自宅から北方約249メートルにあるコンビニエンスストア「C店」に入り,商品を見るなどしていた。被告人は,十数秒後に同店に入り,缶コーヒー1本を購入し,午前零時46分ころ,同店を出た。Aも,洗顔フォームを購入して,その三十数秒後に同店を出た。 同店には,防犯ビデオカメラが備え付けられていたが,防犯ビデオには,店内において,被告人が,商品を見ているAのほうに顔を向けながら,その横を通り過ぎ,さらに,Aのほうを振り返って見たり,レジカウンターで缶コーヒーの代金を精算する合間にも,後ろを振り返るようにしてAのほうに視線を向けている様子が撮影されている。 ③ その後,Aは,自宅に帰るため,徒歩でDコーポまで行き,1階出入口の郵便受けで郵便物を取ってから,階段を上がり,午前零時50分ころ,305号室の自宅の玄関ドアの鍵を開け,ドアノブに手をかけて室内に入ろうとした。そのころ,被告人は,Aの後をつけ,折りたたみ式ナイフを取り出してその刃を出し,左手に持って,Dコーポの階段を上がり,3階の階段付近まで来た。 ④ 被告人に気付いたAが,「こんばんは。」と言って声をかけたところ,すぐさま,被告人は,折り 式ナイフを取り出してその刃を出し,左手に持って,Dコーポの階段を上がり,3階の階段付近まで来た。 ④ 被告人に気付いたAが,「こんばんは。」と言って声をかけたところ,すぐさま,被告人は,折りたたみ式ナイフを左手に持ったままで,Aのほうに小走りで近づくと,「さっき,にらんだじゃろう。」などと言ったが,Aは,「にらんでないですよ。」などと答えた。その後,被告人は,何度か「中,入れ。」などと言って,室内に入るように要求したが,Aは,「嫌です。」と言ってこれを拒絶し,少し開いていた玄関ドアを閉めて,その前に立ちふさがった。そこで,被告人は,折りたたみ式ナイフをAの下腹部付近に向けて2回突き付けたところ,Aが,「嫌です。やめてください。」などと大きな声を出したため,被告人は,右手に持っていた缶コーヒーの中のコーヒーをAに振りかけ,「ばか。」などと言いながら,Aから離れて階段付近に引き返した。 ⑤ その後,Aが,玄関ドアを開けて室内に入ろうとしたところ,被告人は,コーヒー缶を投げ付けながら,再度,Aのほうに走り寄り,「にらんだじゃろうが。」,「中へ入れ。」などと言ったが,Aは,「嫌です。」などと言って拒絶した。そこで,被告人は,Aに覆いかぶさるようにして身体を近づけ,「わかった,わかった,大人しくして中に入れてくれたら,ナイフをしまうけえ。」などとなだめるような口調で言い,折りたたみ式ナイフをたたんでズボンのポケットの中に入れ,「ねえ,ナイフ,しまったじゃろう。」と言ったが,Aは,なおも「嫌です。」と拒んだ。すると,被告人は,いきなり右手でAの頸部をつかみながら,その背中を壁に強く押しつけた上,Aが右肩にかけていたショルダーバッグを奪い取って逃走した。 (2) これらの事実によれば,被告人とAは,これまで全く面識がなかったところ,被告 をつかみながら,その背中を壁に強く押しつけた上,Aが右肩にかけていたショルダーバッグを奪い取って逃走した。 (2) これらの事実によれば,被告人とAは,これまで全く面識がなかったところ,被告人は,コンビニエンスストアにおいて,何度もAのほうを振り返って視線を向けるなどしていることからすると,Aに対し,強い好奇心を抱いたと推認することができること,被告人は,コンビニエンスストアで声をかけて問い質したりしていないのはもちろんのこと,深夜,約249メートル離れたAの自宅まで,その間,呼び止めることもなく,ひたすらAの後を追尾していること,被告人は,Aの自宅前に至り,Aに対し,突然,「さっき,にらんだじゃろう。」などと申し向けているものの,Aがこれを否定しても,Aがにらんだと判断した具体的な事情を何ら説明することもなく,いきなり,折りたたみ式ナイフを突き付けるなどして,部屋の中に入るよう要求し,さらに,Aが強く拒否したことから,いったんはAの自宅前から階段のほうに離れてからも,Aが玄関ドアを開けて中に入ろうとするのを見るや,再びAに近づき,脅して中に入ろうとし,なかなかうまくいかないとみると,今度は,折りたたみ式ナイフをしまって安心させ,自分の要求を受け入れさせようとするなど,深夜,執拗に若い女性の自宅に立ち入ろうと試みていることからすると,被告人は,Aに対し,性的な興味を抱いて追尾したと強く推認することができる。 これに対し,被告人は,Aを追尾した状況等について,自動車を止めて,徒歩でビデオ店の前まで行く途中,女性とすれ違った際,この女性からにらまれた,そして,C店に入ると,先ほどの女性であるAがいるのに気付いたが,レジカウンターの前にいる時,Aがジッというような感じで,自分のことをにらんでいた,店から出て,すぐ脇の路地に入ったと らにらまれた,そして,C店に入ると,先ほどの女性であるAがいるのに気付いたが,レジカウンターの前にいる時,Aがジッというような感じで,自分のことをにらんでいた,店から出て,すぐ脇の路地に入ったところ,Aがきつい感じでにらんできたなどと供述する。そして,被告人は,原審公判廷では,Aの後を追尾したのは,Aからにらまれて腹が立ち,自分にはにらまれた理由は分からなかったが,この女性が仕事先の重役の秘書かもしれず,このまま放置したらこの女性に悪口を言われて,自分の仕事に悪影響を及ぼしかねないと思い,後を追いかけて自分をにらんだ理由を聞くことにしたなどと供述する。 しかし,Aは,被告人をにらみつけたことはない旨供述しているところ,それまで被告人とは一度も面識がなく,被告人をにらみつける動機や理由もないこと,コンビニエンスストア内の防犯ビデオには,Aが被告人をにらんでいるような状況は撮影されておらず,かえって被告人のほうが数回Aに視線を向けていること,被告人は,コンビニエンスストア内やAの自宅に至る路上において,Aを呼び止めて確認するなり文句を言うなどの機会は十分あったのに,Aの自宅まで後をつけていること,被告人は,折りたたみ式ナイフの刃を出して突き付けるなどの過激な行動をとっており,仕事先との関係を悪化させたくないとの弁解とは矛盾することなどからすると,被告人の上記供述は不自然であって,到底信用できない。 (3) 所論は,被告人は,犯行当日,レンタルビデオを返却した後,交際中の女性と会うことになっていたもので,この女性とは肉体関係もあったから,他の女性に性的な興味を抱くということは不自然である,というのである。 関係証拠によれば,被告人は,レンタルビデオ店に出かける前,女性と自宅で会うといった話を電話でしていたこと,この女性とは, の女性に性的な興味を抱くということは不自然である,というのである。 関係証拠によれば,被告人は,レンタルビデオ店に出かける前,女性と自宅で会うといった話を電話でしていたこと,この女性とは,平成12年11月上旬ころ,インターネットのメッセージボードで知り合い,それまで何度か肉体関係があったことが認められるが,他方で,被告人は,平成9年ころから,大学の後輩の女性と結婚を前提に交際を続けながら,平成12年4月ころから10月下旬ころまで,別の女性とアパートで同棲生活をしていたこと,同年11月ころから,上記の女性以外にも,インターネットのメッセージボードで知り合ったり,夜間に路上で声をかけて知り合った二,三人の女性と肉体関係を持ったことがあったことが認められ,これらの事実関係に照らすと,被告人が,初めて見かけたAに性的な興味を抱いたとしても不自然とはいえない。 また,所論は,原判決後,被告人は,弁護人に対し,Aがライバル会社の関係者であり,社長の息子である自分を知っており,自分の行動を監視するか,自分を敵視していると思った旨供述しているところ,精神的に追いつめられていた被告人が,Aが自分をにらんだと思ったのは合理的である,というのである。そして,被告人は,当審公判廷では,Aがライバル会社の関係者であると思ったなどと供述している。 しかしながら,被告人は,原審公判廷では,弁護人や検察官から,何度も,Aの後をつけた理由について質問を受けていながら,Aが仕事先の重役の秘書かもしれないなどと供述し,ライバル会社の関係者と思ったとは供述していなかったのであって,被告人が供述を変遷させた理由について納得できるものは見当たらない。 そうすると,弁護人が所論においていろいろと主張するところを考慮に入れても,被告人は,Aににらまれ,その かったのであって,被告人が供述を変遷させた理由について納得できるものは見当たらない。 そうすると,弁護人が所論においていろいろと主張するところを考慮に入れても,被告人は,Aににらまれ,その理由を問い質すために追尾したのではなく,Aを見かけて性的な意味で興味を抱き,その興味に駆られて帰宅するAを追尾したとの原判決の認定は正当であって,所論は理由がない。 2 殺害行為が「強盗の機会」になされたといえるかについて(1) 関係証拠によれば,財物奪取後,殺害行為に至る経緯について,概ね,以下の事実を認めることができる。 ① 被告人は,Aからショルダーバッグを奪い取り,階段を下りて,Dコーポから北に走って逃げた。Aは,被告人の後を追いかけ,階段を下りると,201号室に居住していたBが部屋から出てきたので,Bに対し,バッグを取られたなどと説明したところ,Bも,Aと一緒に被告人を追いかけ始めた。 ② 被告人は,逃走しながらショルダーバッグ内から財布を抜き取り,Dコーポの北方約73メートル付近の路上で,ショルダーバッグを投げ捨て,E高校南東角の交差点を左折して逃走した。BとAも,被告人の後を追いかけて北に向かって走り,Bは,いったん被告人を見失ったが,Aが,指さしながら,「左に行ったと思います。」と言ったのを聞いて,E高校南東角の交差点を左に曲がり,さらに,被告人が逃げた方向に走っていった。 ③ その後,被告人は,E高校南西角の交差点を左折し,その先の駐車場を横切り,有刺鉄線を越えて畑に入り,さらに,フェンスを乗り越えて,マンションの敷地内を通るなどして逃走を続け,広島市a区fh丁目にある喫茶店F店前の路上まで至った。なお,被告人は,駐車場を横切る際,現金等を抜き取って財布を投げ捨てた。 そして,被告人は,午前1時ころ 地内を通るなどして逃走を続け,広島市a区fh丁目にある喫茶店F店前の路上まで至った。なお,被告人は,駐車場を横切る際,現金等を抜き取って財布を投げ捨てた。 そして,被告人は,午前1時ころ,同所において,Bに対し,逮捕を免れるため,本件殺害行為に及んだ。 本件強盗の犯行現場であるDコーポから本件殺害行為の現場である喫茶店F店前の路上に至るまでの被告人の逃走経路は,距離にして約640メートルであり,被告人が逃走を開始してから本件殺害行為までの時間的間隔も,本件強盗の犯行時刻や被告人が走って逃走していることに照らすと,およそ数分程度であると認められる。 (2) ところで,被告人は,捜査段階では,逃走途中,駐車場付近などで,背後から男の人の「待て」という声が聞こえてきた,本件殺害現場でも,すぐ真後ろまで人が「待て」と言いながら迫って来ているのが分かった旨供述し,原審第1回公判期日の罪状認否においても,後ろのほうから人の追って来る気配がし,「観念しろ」という声を聞いたと思う旨供述するなど,本件強盗の犯行現場から誰かが自分を追跡しているのを認識していたことを認める供述をしていた。そして,被告人は,本件犯行当日,交際中の女性にも,「すごいスピードで後ろから追って来る人がいて,手にナイフを持っていたので,来るなと言ったけど,それでも相手の人が来た。」などと説明していたことや,被告人がこれまで一切面識のないBを殺害する動機としては,Bから犯人として逮捕されるのを免れようとすること以外には想定できないことにも照らすと,被告人は,Bから犯人として追跡,誰何されていることを認識していたと認められる。 (3) そして,強盗致死傷罪における死傷の結果は,強盗の手段としての暴行・脅迫から生じたことを必要とするのではなく,強盗の機会に生ずれば足 追跡,誰何されていることを認識していたと認められる。 (3) そして,強盗致死傷罪における死傷の結果は,強盗の手段としての暴行・脅迫から生じたことを必要とするのではなく,強盗の機会に生ずれば足り,強盗の機会というためには,財物の奪取と時間的,場所的に密接な関連性を有すれば足りると解するのが相当である。 本件においては,強盗の現場と殺害行為の現場とは,被告人の逃走経路からすると,約640メートルしか離れておらず,時間的間隔もせいぜいのところ数分程度であって,しかも,被告人は,財物奪取後,Bから継続して追跡され,逮捕を免れるため,本件殺害行為に及んでいることからすれば,本件殺害行為は,財物の奪取と時間的,場所的に接着しており,強盗の機会になされたというべきである。 したがって,被告人に対し,強盗殺人罪が成立すると認定した原判決は正当であって,所論は理由がない。 3 確定的殺意について(1) 関係証拠によれば,本件殺害行為の状況について,概ね,以下の事実を認めることができる。 ① 被告人は,午前1時ころ,喫茶店F店前の路上において,Bに追いつかれ,Bと正面から向かい合う形になった。同所付近は,街路灯や自動販売機の灯りなどによって,薄明るい状態であった。 ② 被告人がBを刺突した凶器は,刃先が鋭利な折りたたみ式ナイフで,刃体の長さが約8.2センチメートルであり,人を殺傷するのに十分な能力を有するところ,被告人は,護身用として所持していたもので,その危険性を十分知っていた。そして,被告人は,利き手である左手にこの折りたたみ式ナイフを持って,Bを刺突した。 ③ Bは,右上腹部に深さ約14.5センチメートルの刺創,左胸に深さ約15.5センチメートルの刺切創,右腋窩に深さ約8.5センチメートルの刺切創,右上肢に切 たみ式ナイフを持って,Bを刺突した。 ③ Bは,右上腹部に深さ約14.5センチメートルの刺創,左胸に深さ約15.5センチメートルの刺切創,右腋窩に深さ約8.5センチメートルの刺切創,右上肢に切創等の傷害を受け,大動脈や肺を損傷し,失血により死亡した。 (2) これらの事実からすれば,被告人が使用した凶器は,十分な殺傷能力がある折りたたみ式ナイフであり,被告人もその性状を十分知っていたこと,そして,被告人は,折りたたみ式ナイフを利き手の左手に持って,Bに対する刺突行為に及んでいること,創傷の部位は,腹部や胸部といった身体の枢要部であること,創傷の個数からすると,被告人は,少なくとも3回にわたり突き刺しており,しかも,その程度は,いずれも凶器の刃体の長さを超えるものであることからすると,相当な力で刺突行為に及んでいること,現場の状況から,被告人はBの動作や態勢を視野に入れることができたと考えられることからすれば,刺突行為の態様は,被告人が近づいて来るBに対しこれを防ぐために両手を出したところ,Bの勢いと相まって折りたたみ式ナイフが刺さってしまったといったものではなく,Bの腹部などの身体の枢要部に対して相当の力で,少なくとも3回にわたり突き刺していると認められる。そして,犯行の動機も,Bに追いつかれて捕まりそうになり,逮捕を免れるため,とっさに殺意を抱いたとしても不自然ではなく,殺意を形成する動機も十分あることに照らすと,被告人は,確定的な殺意をもって,本件殺害行為に及んだと認めることができる。 したがって,被告人に対し,確定的殺意を認定した原判決は正当であって,所論は理由がない。 4 妄想性人格障害等の主張について所論は,被告人は,Aが自分をにらんだとして追いかけ,ナイフを出してまで執拗に追及するなど,被害妄想の念慮 定した原判決は正当であって,所論は理由がない。 4 妄想性人格障害等の主張について所論は,被告人は,Aが自分をにらんだとして追いかけ,ナイフを出してまで執拗に追及するなど,被害妄想の念慮にとりつかれた異常な行動をとっており,妄想性人格障害や精神分裂病の発症が疑われる,というのである。 しかしながら,関係証拠によれば,被告人は,広島市内の高校を卒業後,神奈川県内の大学の建築学科に進学し,平成11年3月大学院を卒業したこと,同年4月,父親が経営する建築設計会社に就職し,会社員として働いていたこと,被告人には,これまで精神病歴はないことが認められる。そして,上記説示のとおり,被告人がAの後をつけたのは,Aに性的な興味を抱いていたためであって,「さっき,にらんだじゃろう。」などと申し向けているのも,Aを困惑させるための言いがかりにすぎないと認めることができる。被告人が,Aが自分をにらんだと思ったとの供述に固執しているのも,Aに対する性的な意図を隠蔽するための言い逃れと捉えれば,了解不可能なものとはいえない。 また,当審で取り調べた関係証拠によれば,被告人は,平成12年1月28日,交通事故により頭部外傷等の傷害を受けたことが認められるが,交通事故の当日は入院したものの,翌日には退院しており,脳外科医院で診察を受けたが異常はなく,その後も,頭部外傷の関係による精神症状について治療等を受けたことはなく,従前どおりの社会生活を送っていたことが認められるのであって,被告人が妄想性人格障害や精神分裂病などの精神疾患を発症していたと疑われる事情は認められない。なお,被告人は,家族や会社での人間関係や帰郷後の生活について,いろいろと不満やストレスを抱いていたことがうかがわれるものの,いずれも精神的に健常な者であっても感じる程度のものであって められない。なお,被告人は,家族や会社での人間関係や帰郷後の生活について,いろいろと不満やストレスを抱いていたことがうかがわれるものの,いずれも精神的に健常な者であっても感じる程度のものであって,何らかの異常な精神症状の兆候とみることはできない。 したがって,被告人には妄想性人格障害は認められず,完全責任能力を認定した原判決は正当であって,所論は理由がない。 論旨はいずれも理由がない。 第2 量刑不当の論旨について論旨は,要するに,被告人を無期懲役に処した原判決の量刑は,不当であり,重きに過ぎる,というのである。 そこで,検討すると,本件は,被告人が,深夜,一人歩きの女性に興味を抱いて後をつけ,折りたたみ式ナイフを突き付けるなどして,女性の自宅に押し入ろうとしたが,女性に拒絶されたため,ショルダーバッグを強取して逃走した上,逮捕を免れるため,追跡してきた男性を折りたたみ式ナイフで突き刺して殺害し,その際,折りたたみ式ナイフを不法に携帯していた,という事案である。 被告人は,たまたま見かけた女性に性的好奇心を抱いて追尾し,鋭利なナイフを示して因縁を付け,女性の自宅への立入りを強引に迫り,これが満たされないとみるや,次には,ショルダーバッグを奪い取ったものであるが,その動機は女性の人格を顧みない自己中心的なものである。また,被告人は,この女性に対し,鋭利なナイフを突き付け,さらには,頸部を手で強くつかんで押しつけるなどの暴行を加えており,その態様は危険かつ悪質なものである。女性に何ら落ち度はなく,多大な恐怖感,精神的な衝撃を受けている。 さらに,被告人は,この女性の悲鳴を聞いて被告人を捕まえようとした27歳の男性に追いつかれるや,逮捕を免れるため,確定的殺意をもって,折りたたみ式ナイフで胸部や腹部を複数回突 を受けている。 さらに,被告人は,この女性の悲鳴を聞いて被告人を捕まえようとした27歳の男性に追いつかれるや,逮捕を免れるため,確定的殺意をもって,折りたたみ式ナイフで胸部や腹部を複数回突き刺して殺害しているが,逮捕を免れるためだけであれば,他にも方法があったとも考えられるのに,あえて,素手の相手に対し,鋭利な折りたたみ式ナイフで数度にわたって相当な力で身体の枢要部を刺突しており,人の生命を意に介さない短絡的な犯行であり,その犯行態様は,執拗かつ残忍なものといわざるを得ない。被害男性は,純粋な正義感から被告人を逮捕しようとしてその後を追ったところ,被告人の凶刃に倒れて生命を奪われたものであって,もとより何ら非難されるところはない。この男性は,広島市内の中学校で非常勤講師として勤務し,大学に再入学するまでして果たした教員という夢への確かな一歩を踏み出した矢先に,不本意にも夢半ばにして前途を断たれたものであって,その無念さに思いを致すとき,深い同情を禁じ得ない。両親ら家族の悲嘆も大きく,処罰感情が厳しいのも当然である。また,本件が,被害男性の学校関係者や付近住民に与えた衝撃も大きい。 被告人は,本件について謝罪する言葉を述べているとはいえ,本件の発端や殺害行為の態様について不合理な弁解に終始しているのであって,誠に遺憾である。 したがって,本件の犯情は甚だ悪質であり,被告人の刑事責任は極めて重大である。 そうすると,被告人は,本件犯行の翌日,警察署に出頭して自首していること,計画的な犯行とはいえないこと,被告人の父親が,被害男性の遺族に対し,慰謝料の一部として1500万円を支払っていること,被告人には,前科前歴はなく,28歳になったばかりであることなど,被告人のために酌むべき事情を十分考慮してみても,無期懲役に処した 性の遺族に対し,慰謝料の一部として1500万円を支払っていること,被告人には,前科前歴はなく,28歳になったばかりであることなど,被告人のために酌むべき事情を十分考慮してみても,無期懲役に処した原判決の量刑が重過ぎるとまではいえない。 論旨は理由がない。 よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,刑法21条を適用して当審における未決勾留日数中240日を原判決の刑に算入することとして,主文のとおり判決する。 平成15年2月4日広島高等裁判所第一部裁判長裁判官久保眞人裁判官菊地健治裁判官・・源
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