- 1 - 主 文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求 5 被告は、原告らに対し、それぞれ550万円及びこれに対する平成30年1 2月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は、死刑確定者の再審請求弁護人であった原告らが、再審請求中に当該 死刑確定者に対して死刑が執行されたことについて、再審請求中に死刑を執行 10 してはならない職務上の義務に違反した死刑執行により、原告らの再審請求弁 護人としての弁護権が侵害されたなどと主張して、被告に対し、国家賠償法(以 下「国賠法」という。)1条1項に基づき、それぞれ、慰謝料等の損害賠償金5 50万円及びこれに対する不法行為の日(上記死刑執行がされた日)である平 成30年12月27日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前 15 の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 1 前提事実(当事者間に争いのない事実又は後掲証拠〔枝番のあるものは全て の枝番を含む。以下同じ。〕及び弁論の全趣旨によって容易に認定できる事実) ⑴ 原告ら 原告らは、大阪弁護士会所属の弁護士であり、死刑確定者であったA(旧 20 姓B。以下「再審請求人」という。)の第1次から第4次までの再審請求の再 審請求弁護人であった。なお、原告C及び原告Dは、確定控訴審及び確定上 告審の弁護人も務めていた。 ⑵ 確定審の経過(甲A1~3) 大阪地方裁判所は、平成7年3月23日、再審請求人に対する強盗殺人、 25 死体遺棄、詐欺、銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反被告事件 - 2 - について、再審請求人を死刑に処する旨の判決を言い渡した。再審請求人は、 上記判決を不服として大阪高等裁判所に 死体遺棄、詐欺、銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反被告事件 - 2 - について、再審請求人を死刑に処する旨の判決を言い渡した。再審請求人は、 上記判決を不服として大阪高等裁判所に控訴したが、同裁判所は、平成11 年3月5日、再審請求人の控訴を棄却した。再審請求人は、さらに、上記判 決を不服として最高裁判所に上告したが、同裁判所は、平成16年9月13 日、再審請求人の上告を棄却し、同年10月15日に上記第1審判決が確定 5 した(以下、ここで確定した判決を「確定判決」という。)。 ⑶ 第1次から第3次までの再審請求審の経過(甲A4~6) 再審請求人は、確定判決について、順次、第1次から第3次までの再審請 求をしたが、そのいずれについても請求棄却の決定がされた。上記各再審請 求審における審理経過の概要は、以下のとおりであった。 10 【第1次再審請求審】 平成20年2月8日 第1次再審請求 平成22年6月4日 大阪地方裁判所において第1次再審請求棄却 平成23年6月28日 大阪高等裁判所において即時抗告棄却 平成23年12月19日 最高裁判所において特別抗告棄却 【第2次再審請求審】 平成23年12月21日 第2次再審請求 平成26年8月26日 大阪地方裁判所において第2次再審請求棄却 平成27年3月30日 大阪高等裁判所において即時抗告棄却 平成27年11月30日 最高裁判所において特別抗告棄却 【第3次再審請求審】 平成27年12月4日 第3次再審請求 平成29年3月28日 大阪地方裁判所において第3次再審請求棄却 平成29年7月20日 大阪高等裁判所において即時抗告棄却 平成29年9月11日 最高裁判所において特別抗告棄却 - 3 - ⑷ 第4次再審請求審の経過(甲A7) 再審請 再審請求棄却 平成29年7月20日 大阪高等裁判所において即時抗告棄却 平成29年9月11日 最高裁判所において特別抗告棄却 - 3 - ⑷ 第4次再審請求審の経過(甲A7) 再審請求人は、平成29年9月12日、大阪地方裁判所に対し、確定判決 が被害者2名に対する強盗殺人罪の成立を認めた点について、そのうち少な くとも被害者1名との関係では、その殺意の発生時期及び共犯者との共謀の 成立時期は強取行為後であって、確定判決が強盗殺人罪の成立を認めたのは 5 誤りであり、同罪よりも軽い罪である強盗罪と殺人罪の併合罪を認めるべき 明らかな証拠を新たに発見したから、刑事訴訟法435条6号所定の再審事 由が存在するなどと主張し、新証拠として、平成21年3月に撮影された写 真等が添付された写真撮影等報告書を提出して、第4次再審請求を申し立て た。 10 そうしたところ、第4次再審請求中であった平成30年12月27日、法 務大臣の命令により、大阪拘置所において、再審請求人に対する死刑が執行 された(以下「本件死刑執行」という。)。 その後、大阪地方裁判所は、令和元年12月5日、要旨、再審請求弁護人 らが主張する事実関係を前提としても、確定判決が認定したのと同じ強盗殺 15 人罪が成立する上、念のため新証拠と旧証拠を併せ評価しても、確定判決の 事実認定に合理的な疑いが生じないことは明らかであり、いずれにしても刑 事訴訟法435条6号所定の再審事由は認められないとの理由で、第4次再 審請求を棄却した。 ⑸ 関係法令等の定め 20 本件に関連する関係法令等の定めは、別紙のとおりである。 2 争点 ⑴ 本件死刑執行の国賠法上の違法性の有無(争点1) ⑵ 原告らの損害の有無及び額(争点2) 3 争点についての当事者の主張 25 ⑴ 争点1(本件死刑 は、別紙のとおりである。 2 争点 ⑴ 本件死刑執行の国賠法上の違法性の有無(争点1) ⑵ 原告らの損害の有無及び額(争点2) 3 争点についての当事者の主張 25 ⑴ 争点1(本件死刑執行の国賠法上の違法性の有無)について - 4 - (原告らの主張) 法務大臣は、再審請求中に死刑確定者の死刑執行をしてはならない職務上 の義務を負っており(後記ア)、再審請求人に対してのみならずその弁護人 であった原告らに対してもこの義務を負っていたから(後記イ)、本件死刑 執行は、原告らとの関係で、国賠法上違法である。 5 ア 法務大臣が再審請求中に死刑確定者の死刑執行をしてはならない職務上 の義務を負っていたこと 以下の規定等からすれば、法務大臣は、再審請求中に死刑確定者の死刑 執行をしてはならない職務上の義務を負っていた。 (ア) 憲法32条 10 死刑確定者の再審請求権は、司法の判断を受ける権利(司法へのアク セス権)であり、裁判を受ける権利の一内容として憲法32条により保 障されている。それにもかかわらず、行政権の判断で再審請求中に死刑 確定者の死刑を執行することは、司法へのアクセス権を侵害するもので あり、憲法32条に違反する。 15 (イ) 憲法31条及び刑訴法475条2項ただし書 刑訴法475条2項本文は、法務大臣の死刑執行命令は判決確定の日 から6か月以内にしなければならない旨規定するが、これは訓示規定に すぎない。むしろ、同項ただし書が、再審請求がされた場合、その手続 が終了するまでの期間は、その期間に算入しない旨定めていることから 20 すると、当該規定は、憲法31条の適正手続保障を具体化し、迅速な執 行の要請よりも死刑執行に当たって慎重にも慎重を期すべき要請を優先 させたものと解されるから、憲法31条及び刑訴法475条2項 20 すると、当該規定は、憲法31条の適正手続保障を具体化し、迅速な執 行の要請よりも死刑執行に当たって慎重にも慎重を期すべき要請を優先 させたものと解されるから、憲法31条及び刑訴法475条2項ただし 書は、再審請求中の死刑確定者について死刑の執行停止効を認めたもの と解すべきである。 25 (ウ) 自由権規約6条4 - 5 - 市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「自由権規約」という。) 6条4は、死刑を言い渡されたいかなる者も、特赦又は減刑を求める権 利を有する旨を規定しているが、条約法に関するウィーン条約は、条約 の解釈に当たり、誠実な解釈、趣旨及び目的に照らした解釈、実効性の ある解釈並びに自律的な解釈を要請しており、自由権規約6条4を解釈 5 するに当たっても、これらの解釈原則に沿って解釈する必要がある。そ の上で、①自由権規約6条の趣旨が死刑廃止を目指して死刑執行をでき る限り制限しようとした点にあること、②死刑が廃止されるべきとの国 際慣習法が形成されつつあること、③同条4の「特赦」の原語である 「pardon」は、誤判の救済を含む意味であり、我が国の再審請求を含む 10 概念であること、④再審請求中の死刑執行が許されるとすると、同条4 による再審請求権の保障の実効性が失われること、⑤自由権規約委員会 の一般的意見は最大限尊重されるべきものであるところ、一般的意見3 6が、パラグラフ47において、「特赦や減刑の請求が十分に考慮され、 適正な手続にのっとって最終的に結論が下される前に判決が執行されな 15 いことを保障しなければならない」としていること(甲C1)、⑥我が 国に対する総括所見でも、自由権規約委員会が、平成20年、平成26 年及び令和4年の3度にわたり、再審又は恩赦請求が死刑の執行停止の 効力を持つことを確保するよう勧告 」としていること(甲C1)、⑥我が 国に対する総括所見でも、自由権規約委員会が、平成20年、平成26 年及び令和4年の3度にわたり、再審又は恩赦請求が死刑の執行停止の 効力を持つことを確保するよう勧告していること(甲C3、4、21) などを考慮すると、自由権規約6条4は、死刑確定者に対し、再審請求 20 中に死刑を執行されない権利を保障していると解すべきである。 (エ) 本件通牒 昭和32年1月28日刑事第1585号通牒(刑事局長発 検事総長、 検事長、検事正宛。甲D8。以下「本件通牒」という。)は、法務省が死 刑執行についての基準を定めた通達であり、自己拘束規範であるところ、 25 原則として再審請求中の死刑確定者の死刑執行はせず、例外としてやむ - 6 - を得ない場合に再審請求中でも死刑執行を認めるという基準を定めてい る。したがって、これと異なる取扱いをするためには特段の事情が必要 となるが、被告は、本件死刑執行について上記特段の事情を明らかにし ないから、本件死刑執行は、自己拘束規範たる本件通牒に違反する。 イ 法務大臣が原告らに対しても本件死刑執行をしてはならない職務上の義 5 務を負っていたこと 再審請求弁護人は、再審請求人の生命の救済及び誤判の是正という使命 を有するところ、本件死刑執行により、再審請求弁護人である原告らは、 再審請求人の生命の救済が不可能となった上、再審請求人とのコミュニケ ーションの機会も奪われ、誤判の是正に向けた再審請求の追行も事実上不 10 可能となった。したがって、本件死刑執行は原告らの固有の弁護権を侵害 するものであるから、法務大臣は、原告らに対しても、本件死刑執行をし てはならない職務上の義務を負っていた。 (被告の主張) 法務大臣は、以下のとおり、再審請求人に対しても再審請求弁護人に対し 15 ても であるから、法務大臣は、原告らに対しても、本件死刑執行をし てはならない職務上の義務を負っていた。 (被告の主張) 法務大臣は、以下のとおり、再審請求人に対しても再審請求弁護人に対し 15 ても再審請求中に死刑確定者の死刑執行をしてはならない職務上の義務は負 っていないから、本件死刑執行は国賠法上違法ではない。 ア 法務大臣が再審請求中に死刑確定者の死刑執行をしてはならない職務上 の義務を負っていなかったこと 以下のいずれの規定等からも、再審請求中に死刑確定者の死刑執行をし 20 てはならない職務上の義務を導くことはできない。 (ア) 憲法31条、32条 裁判を受ける権利を保障する憲法32条は、刑事裁判においては、刑 罰権の存否及び範囲を定める手続について、独立した公平な裁判所の公 開法廷における対審及び判決によるべきことを定めたものと解されるか 25 ら、このような手続により確定判決を受けた場合において、その後の再 - 7 - 審請求中に死刑が執行されたとしても、憲法32条が保障する裁判を受 ける権利が侵害されたとはいえない。 また、確定判決を受けるまでの適正な裁判手続が保障されていること や、死刑執行の手続の基本的事項が法定されていることにより、憲法3 1条の要請は満たされているから、再審請求中の死刑確定者の死刑執行 5 が憲法31条に反するとはいえない。 (イ) 自由権規約6条4 自由権規約6条4は、その文理からして、再審請求中の死刑確定者に 死刑を執行してはならない義務を規定したものと解することはできな い。また、自由権規約委員会の一般的意見、総括所見及び見解は、これ 10 に従うことを自由権規約の締結国に法的に義務付けているものではな く、法的拘束力を有するものではないから、一般的意見等を踏まえてど のように自由権規約を解釈し実施 意見、総括所見及び見解は、これ 10 に従うことを自由権規約の締結国に法的に義務付けているものではな く、法的拘束力を有するものではないから、一般的意見等を踏まえてど のように自由権規約を解釈し実施するかは、各締結国において個別に判 断されるものであり、一般的意見等を根拠に、再審請求中の死刑確定者 に死刑執行をしてはならない職務上の義務は導くことはできない。 15 (ウ) 刑訴法475条2項ただし書 刑訴法475条2項ただし書は、再審の請求等がされ、その手続が終 了するまでの期間は、死刑判決が確定した日から6か月以内という法務 大臣が死刑執行の命令をすべき期間に算入しないことを定めたものであ って、原告が主張するように、憲法31条の適正手続保障を具体化し、 20 迅速な執行の要請よりも死刑執行に当たって慎重にも慎重を期すべき要 請を優先させたものと解することはできない。 (エ) 本件通牒について 本件通牒の内容から、再審請求中の死刑確定者の死刑執行には特段の 事情が必要であるという規範を読み取ることはできない。 25 イ 法務大臣が原告らとの関係でも本件死刑執行をしてはならない職務上の - 8 - 義務を負っていないこと 原告らが主張するような再審請求弁護人の弁護権は、あくまで抽象的な 権利ないし利益にすぎず、法務大臣に対し、再審請求弁護人との関係で、 再審請求中の死刑確定者に死刑を執行してはならない職務上の義務を負わ せるものではない。したがって、本件死刑執行が、再審請求弁護人の弁護 5 権を侵害するものとして国賠法上違法と評価されることはない。 ⑵ 争点2(原告らの損害の有無及び額)について (原告らの主張) 原告らは、本件死刑執行により、再審請求弁護人として再審請求人の生命 の救済及び誤判の是正という使命を果たすことができなくなったも ⑵ 争点2(原告らの損害の有無及び額)について (原告らの主張) 原告らは、本件死刑執行により、再審請求弁護人として再審請求人の生命 の救済及び誤判の是正という使命を果たすことができなくなったものであ 10 り、これによって被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は、各原告につ き500万円は下らない。また、原告らは、弁護士に委任して本件訴訟を提 起せざるを得なくなっており、本件死刑執行と相当因果関係を有する弁護士 費用は、各原告につき50万円である。 (被告の主張) 15 否認ないし争う。 第3 当裁判所の判断 1 争点1(本件死刑執行の国賠法上の違法性の有無)について ⑴ 憲法32条違反の主張について 原告らは、再審請求中の死刑確定者に対する死刑執行は憲法32条に違反 20 するから、法務大臣は再審請求中に死刑確定者の死刑執行をしてはならない 職務上の義務を負っていた旨主張する。 しかしながら、憲法32条は、何人も裁判所において裁判を受ける権利を 奪われない旨規定するところ、これは、刑事裁判においては、刑罰権の存否 及び範囲を定める手続について、独立した公平な裁判所の公開法廷における 25 対審及び判決によるべきことを定めたものであって、再審を開始するか否か - 9 - を定める手続はこれに含まれないと解される(最高裁判所昭和42年7月5 日大法廷決定・刑集21巻6号764頁参照)。そうすると、独立した公平 な裁判所の公開法廷における対審の訴訟手続によって死刑に処する旨の確定 判決を受けた場合に、その後の非常救済手続である再審請求手続の審理が終 了しない間に死刑が執行されたからといって、憲法32条が保障する裁判を 5 受ける権利が侵害されたということはできず、同条に違反するとはいえない。 これに対し、原告らは、死刑確定者の再審請求権は 終 了しない間に死刑が執行されたからといって、憲法32条が保障する裁判を 5 受ける権利が侵害されたということはできず、同条に違反するとはいえない。 これに対し、原告らは、死刑確定者の再審請求権は司法の判断を受ける権 利(司法へのアクセス権)として憲法32条により保障されており、再審請 求中の死刑執行はこれを侵害するものであると主張するが、上述したところ によれば、死刑確定者の再審請求権が憲法32条の裁判を受ける権利の一内 10 容として保障されていると解することはできず、原告らの上記主張は独自の 見解といわざるを得ない。 したがって、原告らの上記主張は採用できない。 ⑵ 憲法31条及び刑訴法475条2項ただし書違反の主張について 原告らは、再審請求中の死刑確定者に対する死刑執行は憲法31条及び刑 15 訴法475条2項ただし書に違反するから、法務大臣は再審請求中に死刑確 定者の死刑執行をしてはならない職務上の義務を負っていた旨主張する。 しかしながら、前記⑴のとおり、憲法32条により、刑罰権の存否及び範 囲を定める手続について、独立した公平な裁判所の公開法廷における対審及 び判決によることが保障されていること、確定判決を受けるまでに刑事訴訟 20 法等に基づく適正な裁判手続が保障されていることに加え、再審請求の内容 や過去の再審請求の回数等に関わらずおよそ再審請求により当然に死刑の執 行が停止されるとすれば、再審請求が不断に繰り返されることによって、死 刑の執行が事実上永続的に不可能となるところ、死刑制度の存置を前提とす る限り、現行の法制度の下でそのような事態が生じることは不合理であるこ 25 とを考慮すると、適正手続の保障を定める憲法31条から、およそ再審請求 - 10 - 中の死刑確定者に対しては一律に死刑を執行してはならない義務が生じると 事態が生じることは不合理であるこ 25 とを考慮すると、適正手続の保障を定める憲法31条から、およそ再審請求 - 10 - 中の死刑確定者に対しては一律に死刑を執行してはならない義務が生じると 解釈することは困難であり、他に本件死刑執行が憲法31条の保障する適正 手続に違反したと認めるに足りる事情もない。 そして、刑訴法475条2項ただし書は、同項本文が、法務大臣による死 刑の執行の命令は、確定判決の日から6か月以内にしなければならない旨定 5 めていることを前提に、再審の請求等がされその手続が終了するまでの期間 は、上記6か月以内という期間に算入しないことを定めたものにすぎず、こ のような規定から、死刑確定者が再審請求中に死刑の執行をされない権利を 有していると読み取ることはできない。これに対し、原告らは、刑訴法47 5条2項ただし書は、憲法31条の適正手続の保障を具体化し、迅速な執行 10 の要請よりも死刑執行に当たって慎重にも慎重を期すべき要請を優先させた ものであるから、憲法31条及び刑訴法475条2項ただし書は、再審請求 中の死刑の執行停止効を認めたものである旨主張するが、再審請求中に死刑 確定者の死刑を執行した場合に直ちに憲法31条に違反するとはいえないこ とは前記のとおりであり、このことに、刑訴法442条が再審の請求は刑の 15 執行を停止する効力を有しない旨定めていることも併せ考慮すると、原告ら が主張するように解すべき根拠があるとはいえない。 したがって、原告らの上記主張は採用できない。 ⑶ 自由権規約6条4違反の主張について ア 原告らは、自由権規約6条4の日本語訳における「特赦」は、英語の正 20 文では「pardon」と記載されており、この「pardon」は日本法における再審 請求を含む概念であるとの主張を前提に、同規定は死刑 は、自由権規約6条4の日本語訳における「特赦」は、英語の正 20 文では「pardon」と記載されており、この「pardon」は日本法における再審 請求を含む概念であるとの主張を前提に、同規定は死刑確定者に対し再審 請求中に死刑を執行されない権利を保障していると解すべきであり、再審 請求中の死刑確定者に対する死刑執行は同規定に違反するから、法務大臣 は、再審請求中の死刑確定者に死刑執行をしてはならない職務上の義務を 25 負っていた旨主張する。 - 11 - しかしながら、自由権規約6条4は、「死刑を言い渡されたいかなる者 も、特赦(pardon)又は減刑を求める権利を有する。死刑に対する大赦、特 赦又は減刑はすべての場合に与えることができる。」と規定するところ、 同規定に関する外国文献においても、「pardon」が、通常国家元首によっ てなされるものであって、執行可能な刑罰が完全に無効とされるものをい 5 うとされているのに対し(甲C2・63項)、我が国における再審制度は、 無罪となるべき明らかな証拠が新たに発見された場合等に、裁判所によっ て開始され行われる再度の公判審理であるから、両者はその実施主体及び 性質において異なるものといえ、「特赦(pardon)」に我が国の再審制度を 含ませることは、その文理解釈の範囲を超えるものといわざるを得ない。 10 この点、証拠(甲C22、24の2、証人E)によれば、国際法の研究者 であるF大学名誉教授のE(以下「E教授」という。)は、米国の州知事に よる赦免(clemency)の制度を例示し、英国や米国等の法制度の下では、 「pardon」には、誤判の救済、すなわち、新たな証拠によって無罪とされ る場合も含むと理解されること、自由権規約14条6には、「新たな事実 15 又は新しく発見された事実により誤審のあっ 下では、 「pardon」には、誤判の救済、すなわち、新たな証拠によって無罪とされ る場合も含むと理解されること、自由権規約14条6には、「新たな事実 15 又は新しく発見された事実により誤審のあったことが決定的に立証された ことを理由としてその有罪の判決が破棄され又は赦免が行われた (pardoned)とき」との規定があり、「赦免」にも英語の正文では「pardon」 が用いられていることなどから、自由権規約6条4の「特赦(pardon)」に は日本法における再審請求を含めて理解すべきであるとの見解を述べてい 20 ることが認められる。しかし、諸外国の法制度において、誤判救済のため にされる「pardon」が存在し、それが自由権規約の解釈において参酌され るべきであるとしても、そのことが、裁判所による司法権の行使として行 われる我が国の再審制度が自由権規約6条4の「特赦(pardon)」に含ま れない旨の前記解釈を左右するものとはいえないから、E教授の前記見解 25 を採用することはできない。 - 12 - そうすると、自由権規約6条4の「特赦(pardon)」に我が国の再審制度 が含まれるとはいえず、同規定が死刑確定者に対し再審請求中に死刑を執 行されない権利を保障していると解することはできない。 イ これに対し、原告らは、自由権規約委員会の一般的意見や我が国に対す る総括所見を根拠に、自由権規約6条4の「特赦(pardon)」に我が国の再 5 審制度が含まれており、同規定は死刑確定者に対し再審請求中に死刑を執 行されない権利を保障していると解すべきである旨主張する。 確かに、一般的意見で示された自由権規約の解釈は、各締約国に対して 法的拘束力を持つものではないものの、各締約国が当該規定を解釈するに 当たって考慮されるべきものといえる。しかし、原告ら 主張する。 確かに、一般的意見で示された自由権規約の解釈は、各締約国に対して 法的拘束力を持つものではないものの、各締約国が当該規定を解釈するに 当たって考慮されるべきものといえる。しかし、原告らが指摘する一般的 10 意見36のパラグラフ47は、「締結国は、6条4にそって、……特赦 (pardon)または減刑の要請が意味のある考慮をされ、適用される手続に 沿って最終的に決定されるまで判決が執行されないことを確保することを 要求される。」とするものであって(甲C1)、「特赦(pardon)」に我が 国の再審制度が含まれると解することができないのは前記アのとおりであ 15 るから、上記一般的意見が、自由権規約6条4は死刑確定者に対し再審請 求中に死刑を執行されない権利を保障しているとの解釈を示したものとは いえない。 また、自由権規約委員会は、日本政府の第5回定期報告に関する総括所 見(平成20年10月採択)において、「締約国は、死刑事件について義務 20 的再審査制度(mandatory system of review)を採用し、死刑事件の再審 (retrial)又は恩赦(pardon)請求が執行停止の効力を持つことを確保す べきである。執行停止の乱用を防止するために恩赦請求の回数に制限を設 けることはありうる。」などと勧告しているが(甲C3・パラグラフ17)、 執行停止の濫用を防止する必要性についても言及しており、その制度の在 25 り方について、請求回数の制限を設ける可能性をも示唆している。さらに、 - 13 - 自由権規約委員会は、日本政府の第7回定期報告に関する事前質問リスト において、我が国に対し、「死刑事例における……再審(retrial)あるい は恩赦(pardon)の請求に執行停止効果を持たせる条件」について明らか にするよう求めている 期報告に関する事前質問リスト において、我が国に対し、「死刑事例における……再審(retrial)あるい は恩赦(pardon)の請求に執行停止効果を持たせる条件」について明らか にするよう求めているが(甲C5・パラグラフ11(c))、ここでも、再審 請求の執行停止効が無条件のものでないことが念頭に置かれているという 5 ことができる。そして、日本政府の第6回定期報告及び第7回定期報告に 関する各総括所見(それぞれ平成26年7月、令和4年10月採択)は、 いずれも、日本政府の第5回定期報告に関する総括所見を踏まえて、再審 (retrial)あるいは恩赦(pardon)の請求に対する執行停止効を持たせる よう勧告しているものと認められる(甲C4・パラグラフ13(d)、甲C2 10 1・パラグラフ21(c))。これらによれば、上記各総括所見は、締約国で ある我が国に対し、死刑確定者から再審請求がされた場合に死刑の執行を 停止する旨の制度を導入し、又はそのような運用の確立を求めている一方 で、再審請求が繰り返されることによる弊害も踏まえた制度・運用の在り 方については、締約国である我が国の裁量に委ねているものと解されるか 15 ら、上記各総括所見が、自由権規約6条4の解釈として、同規定の「特赦 (pardon)」に我が国の再審制度が含まれており、同規定により、死刑確 定者に対し再審請求中に死刑を執行されない権利が保障されているとの解 釈を示したものと解することはできない。 そうすると、上記一般的意見や上記各総括所見を考慮しても、自由権規 20 約6条4の「特赦(pardon)」に我が国の再審制度が含まれており、同規定 により、死刑確定者に対し再審請求中に死刑を執行されない権利が保障さ れていると解することはできない。 ウ その他、原告らは、上記主張の根拠として、自由権 )」に我が国の再審制度が含まれており、同規定 により、死刑確定者に対し再審請求中に死刑を執行されない権利が保障さ れていると解することはできない。 ウ その他、原告らは、上記主張の根拠として、自由権規約6条の趣旨が死 刑廃止を目指して死刑執行をできる限り制限しようとした点にあること 25 や、死刑が廃止されるべきとの国際慣習法が形成されつつあることなども - 14 - 挙げるが、仮に、自由権規約6条の趣旨が上記のとおりであり、また、死 刑廃止の国際的潮流があるとしても、そのことから直ちに自由権規約6条 4の「特赦(pardon)」に我が国の再審制度が含まれると解することはで きない。 エ 以上によれば、原告らが主張する根拠を総合しても、自由権規約6条4 5 の「特赦(pardon)」に我が国の再審制度が含まれており、同規定により、 死刑確定者に対し再審請求中に死刑を執行されない権利が保障されている と解することはできない。したがって、再審請求中の死刑確定者に対する 死刑執行が直ちに自由権規約6条4に違反するということはできず、他に 本件死刑執行が自由権規約6条4に違反すると認めるに足りる事情もない 10 から、原告らの上記主張は採用できない。 ⑷ 本件通牒違反の主張について 原告らは、本件通牒が、例外としてやむを得ない場合にのみ再審請求中で も死刑確定者に対する死刑執行を認めるという基準を定めた自己拘束規範で あり、これと異なる取扱いをするためには特段の事情が必要となるが、被告 15 から本件死刑執行について特段の事情の主張がない以上、本件死刑執行は自 己拘束規範たる本件通牒に違反するから、法務大臣は本件死刑執行をしては ならない職務上の義務を負っていた旨も主張する。 しかしながら、本件通牒は、その形式及び内容に照らし、行政庁内部にお ける法的拘束力 拘束規範たる本件通牒に違反するから、法務大臣は本件死刑執行をしては ならない職務上の義務を負っていた旨も主張する。 しかしながら、本件通牒は、その形式及び内容に照らし、行政庁内部にお ける法的拘束力のない一般的指示にとどまるものと解され、個別具体的な事 20 案において、これに違反することが平等原則や信義則に違反することがあり 得るとしても、一般的にそれに反する扱いをすることが直ちに公務員の職務 上の義務に違反し、違法となると解釈することはできず、原告らの主張は独 自の見解に基づくもので採用することはできない。また、この点を措くとし ても、本件通牒の内容は別紙のとおりであり、その記載内容に照らし、本件 25 通牒が、原則として再審請求中の死刑執行はせず、例外としてやむを得ない - 15 - 場合にのみ再審請求中でも死刑確定者の死刑執行を認めるという基準を定め た自己拘束規範であるとは解されないから、本件通牒をもって、再審請求中 に死刑確定者に対する死刑を執行するには特段の事情が必要となると解する ことはできない。 したがって、原告らの上記主張は、その前提を欠き、採用できない。 5 ⑸ 小括 以上によれば、原告らが主張する根拠によって、およそ再審請求中の死刑 確定者に対しては一律に死刑執行をしてはならない職務上の義務を導くこと は困難であるといわざるを得ない。そうすると、被告が再審請求弁護人であ った原告らとの関係で上記義務を負うことになるか否かを検討するまでもな 10 く、本件死刑執行が国賠法上違法であったとは認められない。 2 結論等 よって、その余の点を判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由が ないから、これらを棄却することとして、主文のとおり判決する。 なお、念のため付言すると、本判決は、本件の事実関係を前提に、原告らの 15 主 の点を判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由が ないから、これらを棄却することとして、主文のとおり判決する。 なお、念のため付言すると、本判決は、本件の事実関係を前提に、原告らの 15 主張を踏まえて検討しても、本件死刑執行が国賠法上違法であるとはいえない と判断したものである。死刑が人の生命を奪う不可逆的かつ究極の刑罰である 以上、再審請求中の死刑確定者に対する死刑の執行については慎重な検討を要 するものというべきであり、本判決によって、再審請求中の死刑確定者に対す る死刑の執行が国賠法上違法と評価される場合があり得ることまで否定される 20 ものではない。 大阪地方裁判所第19民事部 裁判長裁判官 大 森 直 哉 25 - 16 - 裁判官 土 肥 大 致 5 裁判官小川貴裕は、差支えのため、署名押印することができない。 裁判長裁判官 大 森 直 哉 10 - 17 - (別紙) 関係法令等の定め ○市民的及び政治的権利に関する国際規約 第6条 1 すべての人間は、生命に対する固有の権利を有する。この権利は、法律に 5 よって保護される。何人も、恣意的にその生命を奪われない。 2 死刑を廃止していない国においては、死刑は、犯罪が行われた時に効力を 有しており、かつ、この規約の規定及び集団殺害犯罪の防止及び処罰に関す る条約の規定に抵触しない法律により、最も重大な犯罪についてのみ科する ことができる。この刑罰は、権限のある裁判所が言い渡した確定判決によっ 10 てのみ執行することができる。 3 (略) 4 死刑を言い渡されたいかなる者も、特赦又は減刑を求める権利を有する。 死刑に対する大赦、特赦又は減刑はすべての場合に与えることが 確定判決によっ 10 てのみ執行することができる。 3 (略) 4 死刑を言い渡されたいかなる者も、特赦又は減刑を求める権利を有する。 死刑に対する大赦、特赦又は減刑はすべての場合に与えることができる。 5、6 (略) 15 第14条 1~5 (略) 6 確定判決によって有罪と決定された場合において、その後に、新たな事実 又は新しく発見された事実により誤審のあったことが決定的に立証されたこ とを理由としてその有罪の判決が破棄され又は赦免が行われたときは、その 20 有罪の判決の結果刑罰に服した者は、法律に基づいて補償を受ける。ただし、 その知られなかった事実が適当な時に明らかにされなかったことの全部又は 一部がその者の責めに帰するものであることが証明される場合は、この限り でない。 7 (略) 25 - 18 - ○条約法に関するウィーン条約 第31条 解釈に関する一般的な規則 1 条約は、文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通 常の意味に従い、誠実に解釈するものとする。 2 条約の解釈上、文脈というときは、条約文(前文及び附属書を含む。)のほ 5 かに、次のものを含める。 (a) 条約の締結に関連してすべての当事国の間でされた条約の関係合意 (b) 条約の締結に関連して当事国の一又は二以上が作成した文書であつてこ れらの当事国以外の当事国が条約の関係文書として認めたもの 3 文脈とともに、次のものを考慮する。 10 (a) 条約の解釈又は適用につき当事国の間で後にされた合意 (b) 条約の適用につき後に生じた慣行であつて、条約の解釈についての当事 国の合意を確立するもの (c) 当事国の間の関係において適用される国際法の関連規則 4 用語は、当事国がこれに特別の意味を与えることを意図 用につき後に生じた慣行であつて、条約の解釈についての当事 国の合意を確立するもの (c) 当事国の間の関係において適用される国際法の関連規則 4 用語は、当事国がこれに特別の意味を与えることを意図していたと認めら 15 れる場合には、当該特別の意味を有する。 第32条 解釈の補足的な手段 前条の規定の適用により得られた意味を確認するため又は次の場合における 意味を決定するため、解釈の補足的な手段、特に条約の準備作業及び条約の締 結の際の事情に依拠することができる。 20 (a) 前条の規定による解釈によつては意味があいまい又は不明確である場合 (b) 前条の規定による解釈により明らかに常識に反した又は不合理な結果がも たらされる場合 ○刑事訴訟法 25 第442条 再審の請求は、刑の執行を停止する効力を有しない。但し、管轄裁 - 19 - 判所に対応する検察庁の検察官は、再審の請求についての裁判があるまで刑の 執行を停止することができる。 第475条 1 死刑の執行は、法務大臣の命令による。 2 前項の命令は、確定判決の日から六箇月以内にこれをしなければならない。 5 但し、上訴権回復若しくは再審の請求、非常上告又は恩赦の出願若しくは申 出がされその手続が終了するまでの期間及び共同被告人があつた者に対する 判決が確定するまでの期間は、これをその期間に算入しない。 ○昭和32年1月28日刑事第1585号通牒(刑事局長発 検事総長、検事長、 10 検事正宛。甲D8) 死刑確定者について再審請求があつた場合には、その再審事件が終結するまで 死刑執行命令の発付を見合せる建前をとつてきたが、近時死刑確定者のうちに は、実質的な再審理由もなく再三にわたつて再審を請求する傾向がみられ、これ がため死刑執行に著しい障害をきたしている。そ するまで 死刑執行命令の発付を見合せる建前をとつてきたが、近時死刑確定者のうちに は、実質的な再審理由もなく再三にわたつて再審を請求する傾向がみられ、これ がため死刑執行に著しい障害をきたしている。そこで、当局では場合によつては、 15 再審事件係属中にかかわらず死刑執行も止むを得ないと思料するのであるが、こ の点については、なお、個々の事件についてその再審請求の実体をは握し、慎重 に検討の上執行の可否を決定する必要があるので、今後貴庁において、刑事関係 報告規程により、死刑確定者から再審の請求があつた場合の報告をするにあたつ ては、その請求の理由の要旨を、又再審請求に対する決定の報告をするにあたつ 20 ては、その決定謄本をそれぞれ添付して報告することとせられたい。 右命によつて通牒する。 以上
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