平成14(ワ)1383 侵害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
平成16年10月19日 福岡地方裁判所
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判決文本文19,494 文字)

平成16年10月19日判決言渡同日原本交付裁判所書記官平成14年(ワ)第1383号損害賠償請求事件口頭弁論終結日平成16年5月31日判決 主文 1 被告は,原告に対し,550万円及びこれに対する平成7年6月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は,これを10分し,その9を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。 4 この判決は,仮に執行することができる。ただし,被告が400万円の担保を供するときは,その仮執行を免れることができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は,原告に対し,金1億3008万0375円及びこれに対する平成7年6月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 3 1につき仮執行宣言(被告から担保を条件とする仮執行免脱宣言の申立)第2 事案の概要本件は,被告が開設する病院において心室中隔欠損症等の先天性心疾患治療のための心臓手術を受けた原告(当時3歳4月)が,同手術後,原告に低酸素脳症を原因とする四肢体幹機能障害の後遺症を生じたのは,被告の被用者である医師らが,原告に対して,原則禁忌であった鎮静剤を漫然と投与し,適切な呼吸管理を怠った結果あるいは脳浮腫の予防及び改善を怠った結果であるとして,被告に対して,診療契約上の債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。 1 争いのない事実等(1)当事者ア被告は,F病院を開設・運営している団体である。 イ原告は,B及びC夫妻の間の三女として平成4年1月23日,a県e市内で出生した。 (2)原告の心臓疾患ア原告は,生後間もなく心雑音を指摘され,e病院での経過観察を経て,平成4年 イ原告は,B及びC夫妻の間の三女として平成4年1月23日,a県e市内で出生した。 (2)原告の心臓疾患ア原告は,生後間もなく心雑音を指摘され,e病院での経過観察を経て,平成4年4月9日,被告病院を受診し,同日から被告病院に入院した。原告は,被告病院において,心臓カテーテル検査,心臓超音波検査等により,同月24日,大型心室中隔欠損,三尖弁異常,右室乳頭筋異常,腱索付着異常,僧帽弁閉鎖不全,三尖弁閉鎖不全等の先天性心奇形による心不全で肺高血圧症を併発していると診断された。 イ原告のような大型心室中隔欠損に対しては,外科的手術以外に治療方法はなく,中でもフォンタン手術を施行しなければならないと考えられた。当時,フォンタン手術の適応は概ね2歳前後からと考えられていたので,原告が当該年齢に達するまでの間の当面の処置として,同年5月11日,原告に対して,被告病院において肺動脈絞扼術が行われた。同手術は成功し,同月27日,原告は被告病院を退院した。 (3)フォンタン手術の実施ア原告がフォンタン手術の適応年齢になった平成6年1月11日,被告病院において,フォンタン手術に向けた心臓カテーテル検査が施行された。 被告病院では,同検査の結果を踏まえた内科外科合同カンファレンスにおいて,1年後を目安に原告の心室中隔欠損を閉鎖するための中隔形成術及び僧帽弁形成術を行う方針が固まった。 イ原告は,平成7年6月2日(当時3歳4月),大型心室中隔欠損等の治療を目的とする手術を受けるために被告病院に入院した。被告病院のG医師が原告の主治医であった。 同月5日,G医師は,原告の家族に対して,心室中隔欠損閉鎖による二心腔修復が困難な場合には,フォンタン手術などを行う可能性があることを説明するとともに,フォンタ が原告の主治医であった。 同月5日,G医師は,原告の家族に対して,心室中隔欠損閉鎖による二心腔修復が困難な場合には,フォンタン手術などを行う可能性があることを説明するとともに,フォンタン手術その他の心臓手術に伴う危険性として,出血,心不全,ペースメーカー治療を要する不整脈,脳神経障害の発生の可能性について説明した。 (4)フォンタン手術の施行とその後の臨床経過(以下,日時は特に記載のない限り平成7年の日時である。)ア被告病院において,6月6日午前9時35分から原告の心疾患に対する手術(以下「本件手術」という。)が開始された。開胸して心臓内部の形態を見たところ,中隔形成術による心室中隔欠損閉鎖は困難と判断され,フォンタン手術が行われることになった。本件手術は同日午後3時35分に終了した。 イ本件手術後,原告は,ICUにて術後管理されていたが,6月8日午前11時ころ,被告病院4階の一般病棟に移された。その後,6月9日午前8時ころ,原告の呼吸状態が悪化し,同日午前9時25分ころ,原告は,用手人工換気を受けながら再びICUに入室した。 ウ 6月11日午後11時05分から脳浮腫に対する治療として原告に対しグリセオールの投与が開始された。 エ 6月12日午後1時20分,原告の脳波検査が実施されて,ほとんど平坦な異常脳波が認められた。 オ 6月19日に,原告の頭部CT検査が実施されて,広範囲に低吸収域が認められた。 上記6月6日午前8時以降の原告の臨床経過の詳細は,別紙「臨床経過一覧表」記載のとおりである。(ただし,6月9日午前1時30分及び同日午前6時の「末梢あたたか」との事実については,その趣旨に争いがある。)(5)現在の原告の状態原告は,四肢体幹機能障害によりいわゆる寝たきりで, 。(ただし,6月9日午前1時30分及び同日午前6時の「末梢あたたか」との事実については,その趣旨に争いがある。)(5)現在の原告の状態原告は,四肢体幹機能障害によりいわゆる寝たきりで,日常生活全般について介助を要する状態であり,身体障害者福祉法による級別1級の認定を受けている。 2 争点(1)低酸素状態による低酸素脳症を生じさせた過失についてア原告の低酸素血症と脳機能障害との因果関係(争点1)イ術後呼吸管理について過失の有無(争点2)ウ鎮静剤投与について過失の有無(争点3)(2)脳浮腫予防及び改善について過失の有無(争点4)(3)損害(争点5) 3 争点に関する当事者の主張(1)争点1(原告の低酸素血症と脳機能障害との因果関係)について(原告の主張)ア原告は,6月8日午前11時にICUから一般病棟に移されたときから動脈酸素飽和度(以下「SaO2」といい,これを経皮により計測したものを「SpO2」といい,単位パーセントの記載は省略する。)が90台前半を推移し,同日午後9時前後には,SpO2が85,80,72,85と低い値を推移するとともに,鼻翼呼吸が見られ,午後11時以降には,75,82と推移した。そして,6月9日午前1時30分には,酸素の経鼻投与が中止され,SpO2は,84,83,80と推移し,低酸素血症を生じた。さらに,同日午前8時ころには,原告の呼吸が停止(極度の呼吸状態の悪化)した。これら低酸素状態による低酸素脳症が原告の脳機能障害の原因である。 イ現に,被告病院医師らは,原告の脳機能障害の原因を呼吸不全による低酸素脳症であるとの診断を行っている。 (被告の主張)ア原告が一般病棟に移ってからのSpO2の値は,正常値よりは低めであるが,直 病院医師らは,原告の脳機能障害の原因を呼吸不全による低酸素脳症であるとの診断を行っている。 (被告の主張)ア原告が一般病棟に移ってからのSpO2の値は,正常値よりは低めであるが,直ちに呼吸不全状態であると評価される数値ではなく,先天性心疾患児の場合に,原告が指摘する程度の酸素飽和度の低下で低酸素脳症が発生することは考えられない。 6月9日午前8時ころに原告の呼吸状態が悪化したが,被告病院医師らは直ちに挿管,人工呼吸への切り替えを行い,呼吸が停止したことはない。 このように,原告に,本件手術後,脳機能障害を生じさせるような呼吸停止や脳血管障害(脳血管の断裂又は閉塞)に匹敵する低酸素状態が発生し,持続したことはなかった。したがって,原告の呼吸不全と脳機能障害との間に因果関係はない。 イ低酸素性脳症との診断は,何らかの神経症状を伴う症例における頭部CT検査で脳全体がびまん性の低吸収域を呈する所見がある場合等に,しばしば名付けられる診断名であって,当該症状が低酸素状態によってもたらされたことまでを確認したものではない。 原告の脳機能障害の原因となった低酸素脳症は,原告の多孔性の心室中隔欠損等の複雑かつ深刻な先天性心疾患及び肺高血圧という身体的素因に,本件手術における体外循環装置による非生理的循環動態の作出や開心術において投与される多量かつ多種類の薬剤が生体内の各種作用に及ぼす影響などが複雑に関与した何らかの機序により生じた可能性が考えられるが,本件手術当時及び現在の臨床医学水準においてもその原因は不明というほかない。 (2)争点2(術後呼吸管理の過失の有無)について(原告の主張)フォンタン手術等の心臓手術後は,極端な呼吸機能悪化の可能性が高いのであるから,被告病院には,より 明というほかない。 (2)争点2(術後呼吸管理の過失の有無)について(原告の主張)フォンタン手術等の心臓手術後は,極端な呼吸機能悪化の可能性が高いのであるから,被告病院には,より慎重な経過観察を行い,SpO2の低下が見られる場合には,気管内挿管を行うなど,迅速かつ適切な呼吸管理を行うべき義務がある。 ア小児の適切な呼吸管理には,動脈血酸素分圧(以下「PaO2」といい,単位mmHgの記載は省略する。)の把握が不可欠であるから,被告病院医師らは,一般病棟において原告に酸素吹きかけを実施するだけでなく,SpO2が再び90を切った6月9日午前1時30分に,さらに遅くとも原告に再度ユーロジンを投与した同日午前3時20分には,原告をICUに移し,看護師による常時監視の下におくと共に,動脈血ガス分析によってPaO2を測定すべきであった。 イしかしながら,被告病院医師らは,原告を6月8日にICUから一般病棟に漫然と移したのみならず,その後SpO2が90台前半で推移しているにもかかわらずこれを見過ごし,特に同日午後9時にはSpO2が85,80,72と極めて重篤な状態に陥っていたにもかかわらず,6月9日午前1時30分に酸素の経鼻投与を中止し,酸素濃度上昇に必要な酸素を投与しなかった。 (被告の主張)ア小児の呼吸管理において,非侵襲的方法であるパルスオキシメーターによる測定及び末梢循環状態の理学的観察により患者の状態を適切に把握することは可能であって,常に定期的な動脈血ガス分析をする義務があるとは言えない。 イフォンタン循環においては,循環と呼吸とが極めて密接な関係を有しており,呼吸状態の悪化が生じたときの対処として単に呼吸管理を適切に行うだけで足りるものではなく,呼吸状態の悪化をもたらした循環状態の管理 ォンタン循環においては,循環と呼吸とが極めて密接な関係を有しており,呼吸状態の悪化が生じたときの対処として単に呼吸管理を適切に行うだけで足りるものではなく,呼吸状態の悪化をもたらした循環状態の管理も同時並行的に適切に行う必要がある。 人工呼吸は肺動脈圧を上昇させる効果があり,フォンタン循環には悪影響を及ぼすものであるから,極力行うべきではないのであって,原告の自発呼吸の維持が困難な状態となった6月9日午前8時に初めて人工呼吸による呼吸管理を開始したのは適切である。 フォンタン循環の患者のSpO2の値は,わずかの体動,咳などによって容易に変動するのであって,90台前半又は85,80,72といった値が直ちに呼吸不全状態を示すものではない。ましてやこれらの値が脳障害の発生を徴表する所見であるとは臨床医学上考えられない。被告病院医師らが,6月9日午前1時30分に酸素の経鼻投与を中止した事実はなく,適切な酸素療法を行っていた。 (3)争点3(鎮静剤投与の過失の有無)について(原告の主張)ア被告病院は,フォンタン手術後,呼吸管理を行っている幼児である原告に対して鎮静剤を投与する場合は,慎重に投与し,または投与を回避すべき義務を有していた。 イユーロジンは,能書に重大な副作用として呼吸抑制作用があるとされ,呼吸機能が高度に低下している場合は原則禁忌であり,幼児については慎重投与が求められるとともに,幼児に対する安全性の確認されていない鎮静剤である。 ウユーロジンに替わりうる鎮静剤として幼児に対する安全性の確立されたジアゼパムが存在するにもかかわらず,被告病院医師らは,6月8日午前2時及び6月9日午前3時20分の2回にわたりユーロジンをその能書の使用上の注意に従わず,漫然投与して,原告の呼吸機能を低 立されたジアゼパムが存在するにもかかわらず,被告病院医師らは,6月8日午前2時及び6月9日午前3時20分の2回にわたりユーロジンをその能書の使用上の注意に従わず,漫然投与して,原告の呼吸機能を低下させた。 (被告の主張)アフォンタン手術後の特別な循環動態(フォンタン循環)を維持するためには,鎮静が術後管理のもっとも重要な要素であって,鎮静剤の投与自体は必要不可欠である。 イ本件手術当時のユーロジンの能書には,重大な副作用という記載はなく,副作用としてまれに呼吸抑制があらわれることがあると記載されていたにすぎない。呼吸機能が高度に低下している場合は原則禁忌とされているが,原告は呼吸機能が高度に低下している状態ではなかった。 「乳児,幼児,小児に対する安全性は確立していない」との文言(以下「安全性不確立文言」という。)は,小児等に用いられる可能性があることを当然の前提として,小児等に対する臨床試験データが十分でないとされた医薬品について,厚生労働省の指導により,原則として記載することとされ,小児等に対する投与を成人との比較においてより慎重になすべきことを警告する機能を果たしているにすぎないのであって,小児に対する投与が禁忌とされるものではない。 ウ逆に,能書に安全性不確立文言が記載されていないということが,その薬品が安全性が確立された薬品であることを意味しているわけではなく,安全不確立文言の記載がある薬品とその記載のない薬品とがある場合に前者を選択したことが直ちに医師の注意義務違反となるものではない。 特定の薬品を患者に投与すべきか否かは,当該患者の治療上の必要性,有効性,緊急性と当該薬品を投与した場合の副作用の発生可能性,発生した場合の危険性の程度などを使用上の注意の文言も含めて総合的に比 特定の薬品を患者に投与すべきか否かは,当該患者の治療上の必要性,有効性,緊急性と当該薬品を投与した場合の副作用の発生可能性,発生した場合の危険性の程度などを使用上の注意の文言も含めて総合的に比較考慮してなされる極めて医学的専門性の高い判断である。安全性不確立文言等は,上記判断のひとつの要素であるが,いかなる薬品を選択すべきかについての具体的,決定的な判断基準を医師に提供するものではない。 被告病院医師らが,原告の鎮静を目的とする処置として行ったユーロジンの投与及びその投与方法は適切であって,何ら過失はない。 (4)争点4(脳浮腫予防及び改善の過失の有無)について(原告の主張)心臓手術後の患者は,呼吸機能が悪化し,無酸素脳症によって重篤な後遺症を生ずる可能性が高いのであるから,医療関係者は,慎重に患者の術後経過を観察し,神経症状の兆候が見られれば,直ちに脳浮腫の予防ないし脳障害に対する治療を開始すべき義務がある。 被告病院医師らは,6月9日午前8時ころ,呼吸状態が悪化した原告に瞳孔の散大を認めたのであるから,原告をICUに搬入した後,可及的速やかに脳波検査あるいは頭部CT検査を実施し,適切な脳障害の治療を開始すべきであったにもかかわらず,6月11日午後10時40分に至るまで,原告の脳浮腫に対する治療はおろか脳波を取るなどの検査さえ行わなかった。 ICU搬入後,原告に対して,速やかに脳波検査あるいは頭部CT検査が実施され,脳浮腫が発見されて時期を失せずにその治療が開始されていれば,本件において生じたほど重篤な後遺症は残らなかった可能性が極めて大きい。 (被告の主張)6月9日午前8時の挿管後の瞳孔の散大は一時的なものであって,その他に注意を要する所見は認められず,脳障害を生じうると判断 重篤な後遺症は残らなかった可能性が極めて大きい。 (被告の主張)6月9日午前8時の挿管後の瞳孔の散大は一時的なものであって,その他に注意を要する所見は認められず,脳障害を生じうると判断されるべき循環の破綻を示す所見も存在していなかったから,この時点で被告病院医師らが脳浮腫ないし脳障害に対する処置を行わなかったことに過失はない。 6月11日午後10時40分,原告に神経症状が見られたため,被告病院医師らがイソゾール,グリセオールの投与など脳障害に対する処置を開始したのは相当であった。 (5)争点5(損害)について(原告の主張)ア後遺症に対する慰謝料 3000万円原告は,ICUから一般病棟に移った直後から,呼吸不全に陥り意識障害に至ったものであるが,現在,いわゆる寝たきりの状態が継続している。かかる原告の状態は,四肢体幹機能障害を残し,常に介護を要するものであるから,後遺障害等級の第1級に該当し,後遺症に対する慰謝料としては,3000万円が相当である。 イ後遺症による逸失利益 4368万6138円平成10年賃金センサスによる全労働者平均賃金は499万8700円であり,原告は,後遺障害1級であるから労働能力喪失率100パーセントとし,手術当時3歳であったから,ライプニッツ係数8.7395として計算すると,後遺症による逸失利益は,4368万6138円となる。 ウ付添介護費 4639万4237円原告は,四肢体幹機能障害により,介護がなければ全く日常行動ができず,常時介護を必要とする状態にある。 原告の両親ら近親者が常時介護にあたっており,将来の付添介護費用としては,1日6500円が相当である。 そして, がなければ全く日常行動ができず,常時介護を必要とする状態にある。 原告の両親ら近親者が常時介護にあたっており,将来の付添介護費用としては,1日6500円が相当である。 そして,3歳の女児の平均余命81歳(平成10年簡易生命表による)までの78年間に対するライプニッツ係数は,19.555である。 6500円×365日×19.555=4639万4237円エ弁護士費用 1000万円(被告の主張)原告は,本件手術前において,すでに心臓疾患により,身体障害者福祉法による級別1級の認定を受けていた。また,フォンタン手術を受けた者が,フォンタン手術により生来の心臓疾患による直接的な生命の危機を脱したとしても,術後10年以降の心房粗動は高頻度であるし,術後15年の生存率は約50パーセントである。 したがって,原告について,通常の健康体を有する者と同様の健康状態を前提とする損害の主張は理由がない。 第3 判断 1 認定事実(証拠の枝番号は①等とした。)上記争いのない事実及び証拠(乙1①ないし③),証人G,証人H,証人B,証人C,弁論の全趣旨)によれば,6月6日本件手術後から,原告の脳障害が確認されるまでの経過として,次の事実が認められる。 (1)本件手術は,6月6日午前9時37分から午後3時32分にかけて実施され,原告は,その間,午前11時15分から午後1時40分までの145分間は,人工心肺による体外循環に切り替えられていた。 本件手術中に,脳障害の原因となるトラブルの発生した形跡はない。 (2)本件手術後,原告は,同日午後3時50分に,ICUに入室した。ICUにおいては,心電図・動脈圧・中心静脈圧・尿量・SpO2・動脈血ガス分析のモニターが実施され,常時, の発生した形跡はない。 (2)本件手術後,原告は,同日午後3時50分に,ICUに入室した。ICUにおいては,心電図・動脈圧・中心静脈圧・尿量・SpO2・動脈血ガス分析のモニターが実施され,常時,看護師による観察が行われていた。原告の容態は安定しており,6月7日午前9時52分に,人工呼吸から離脱した。その後は,経鼻チューブによる毎分2リットルの酸素投与及び吹きかけによる毎分8リットルの酸素投与がなされ,SpO2は94ないし100と安定していた。原告の心拍数は,6月8日午前6時ころには,毎分130程度に落ち着いていたが,同日午前8時ころからは,毎分140から150程度を推移していた。 原告は,睡眠と覚醒を繰り返し,同日午前0時30分には,経口摂取やおしゃべりができた。 同日,午前2時37分に一時,PO2(PaO2)が66.6と記録されているが,他に注意すべき所見は認められなかった。 (3)G医師らの協議の結果,原告は,一般病棟で管理できる状態であると判断され,6月8日午前11時にICUから一般病棟へ移動した。G医師は,上記協議の後,東京に出張するために,被告病院を出発した。 一般病棟においては,中心静脈圧及び動脈血ガス分析のモニターは行われず,パルスオキシメーターによりSpO2の計測がなされ,看護師による観察は30分から2時間おきに行われていた。 (4)6月8日午前11時から午後7時20分ころまで原告のSpO2は90台前半を推移していた。しかし,心拍数は,ICUにいたときよりも上昇し,午後2時ころ,覚醒すると毎分170の頻脈が認められた。そこで,被告病院医師は,鎮静を図るためにそのころユーロジン1mgを経口投与した。また,午後4時55分以降には,頻脈改善のためにプラズマネートカッターで循環量の増加を図った。 (5 脈が認められた。そこで,被告病院医師は,鎮静を図るためにそのころユーロジン1mgを経口投与した。また,午後4時55分以降には,頻脈改善のためにプラズマネートカッターで循環量の増加を図った。 (5)6月8日午後9時前後から原告のSpO2が85,80,72と低下したことが認められたため,同日午後9時15分ころ,被告病院のH医師らにより鎮静剤の静脈注射や点滴投与が行われ,酸素の吹きかけも開始された。 (6)6月8日午後10時前後から6月9日午前0時にかけて原告のSpO2は,85,90,89,92,75,92,82と推移し,同日午前0時ころH医師が原告の状態を観察したときのSpO2は92に改善し,心拍数は165程度であった。 (7)BとCは,原告がICUから一般病棟に移動したころから2人で原告に付き添い,6月9日午前0時ころから同日午前3時ころまでは,Cに仮眠をとらせてBが1人で付き添っていた。 Bが原告に付き添っている午前3時までの間に,3回ほどパルスオキシメーターのアラームが鳴ったため,Bは,看護師を呼んだ。看護師は,その都度,駆けつけてパルスオキシメーターのプローブを2,3度付け直すことを繰り返し,SpO2の値を確認し記録していた。また,同日午前1時30分ころ,原告の体動が激しく,酸素チューブをはずしたため,Bのナースコールに駆けつけた看護師が原告の片手を抑制したことがあった。 (8)6月9日午前2時ころから午前3時にかけての看護記録には,SpO2が80,73,84と記録されている。同日午前3時20分,原告に再度,ユーロジン1mgが経口投与された。 (9)原告のSpO2は,6月9日午前5時30分ころは,83,同日午前6時ころも80であり,きつそうな呼吸が続いていた。 (10)6月9日午前8時ころ,原告に末梢冷感が出現し,急激 投与された。 (9)原告のSpO2は,6月9日午前5時30分ころは,83,同日午前6時ころも80であり,きつそうな呼吸が続いていた。 (10)6月9日午前8時ころ,原告に末梢冷感が出現し,急激に呼吸状態が悪化した。Bは「Aちゃん,呼吸しなさい」と声をあげ,看護師は,すぐに医師を呼びに行き,1,2分でH医師が駆けつけた。H医師は,原告に呼吸停止又は心停止は認めなかったものの,自発呼吸の維持は困難と判断し,麻酔科医師に挿管を依頼するとともにバギングを開始し,同20分ころ,原告には挿管,人工呼吸器の装着がなされた。 挿管後,H医師は,原告の脈がふれているのを確認するとともに,原告の瞳孔が5ないし6ミリメートルに散大し15分ほどで2ミリメートルまで縮小するのを確認した。 (11)原告は,人工呼吸器から一時的に離脱し,バギングを受けながら,6月9日午前9時25分ころ,ICUに入室し,再度人工呼吸器を装着された。東京出張から帰ってきたG医師は,麻酔科の医師から,挿管後も瞳孔の戻りが遅いとの報告を受けた。 原告がチューブを噛むため,同日午前9時45分ころ,バイトブロックが装着された。 (12)ICUにおいては,心電図・動脈圧・中心静脈圧・尿量・SpO2・動脈血ガス分析のモニターが実施された。 ICU入室後の原告のSpO2は,6月9日午後3時25分ころ75に一時的に低下したことがあったものの,その際は,看護師がプローブを左手から左足にはりかえた後10秒ほどで93に回復し,その他は,ほぼ95ないし100に保たれた。 (13)6月11日午後10時40分ころ,原告に,瞳孔異常,痛み刺激への反応の低下,肛門弛緩などの神経症状が複合的にみられ,脳障害の発生が考えられたことから,同日午後11時05分,脳浮腫に対する処置としてグリセオ 1日午後10時40分ころ,原告に,瞳孔異常,痛み刺激への反応の低下,肛門弛緩などの神経症状が複合的にみられ,脳障害の発生が考えられたことから,同日午後11時05分,脳浮腫に対する処置としてグリセオールの投与が開始された。 (14)6月12日午後1時20分,原告の脳波検査が実施されて,ほとんど平坦な異常脳波が認められた。 (15)6月19日に,原告の頭部CT検査が実施された。放射線科医師によるCT検査報告書には,中間溝が見えないこと,側脳室が小さく,右側が特に小さいこと,大脳が広範囲に低吸収域となっており,基底核も低吸収域となっていることを示して「(虚血)低酸素性又は無酸素性脳症」との記載がある。 また,6月26日の放射線科医師によるCT検査報告書には,「診断低酸素性脳症」との記載がある。 (16)G医師は,8月7日,B及びCと面談した。G医師は,一般病棟での術後管理について「自分は不在だったが,まず採血して血液ガスを取らなければならなかったと思う。そして,ICUにおろして人工呼吸器をつけるべきだったと思う。」と答え,6月9日の呼吸状態の悪化について「脳へのダメージをきたすとすれば,この時だと思う」「麻酔科の医師によると脈はふれたが瞳孔は開いていたとのこと,この時ダメージが起こったかもしれない,自分が帰ってきた時,心臓は止まっていないと聞いたので大丈夫だと思った。ただ,今考えると心臓が止まっていないのに,瞳孔が開くことはおかしいためこの時何らかの処置が必要だったのかもしれない,挿管してからも瞳孔のもどりに10分かかっておりこれがわからない」と説明した。 (17)その後,原告は,脳浮腫はひいたが,脳萎縮が生じ,全くの寝たきり状態となり,11月1日,G医師は,原告の回復に関して多く期待できないとして,症状固定の判断をした。 らない」と説明した。 (17)その後,原告は,脳浮腫はひいたが,脳萎縮が生じ,全くの寝たきり状態となり,11月1日,G医師は,原告の回復に関して多く期待できないとして,症状固定の判断をした。 (18)G医師は,11月1日に作成した原告の入院証明書(診断書)に,合併症として低酸素脳症,その発生年月日を「平成7年6月9日(医師推定)」と記載した。 (19)また,G医師は,11月1日付け保険会社宛の原告の障害診断書の傷病名には,多発性心室中隔欠損,肺動脈絞扼術後,術後低酸素脳症の3つを挙げ,術後低酸素脳症の原因については「不明」と,経過や所見の記載欄には,「術後,呼吸不全から低酸素脳症を発症す。」と記載した。 (20)G医師は,12月7日付け及び平成8年1月6日付け紹介状に,診断として低酸素性脳症を挙げ,経過として「6月9日,病棟にて呼吸不全から意識障害にいたりました。平坦脳波,CTで広範囲の脳浮腫を認めました。6か月後の現在「植物」の状態です」と記載した。 2 低酸素脳症について証拠(乙8,乙21)によれば,低酸素性脳症(低酸素性虚血性脳症)は,脳に必要とされる程度の酸素の供給がないことによって生じる各種症状の総称であり,低酸素症(体組織の酸素欠乏状態)に伴って臨床的に何らかの神経症状を生じると低酸素脳症と診断されること,低酸素症の原因としては,肺疾患,循環器疾患による動脈血の酸素飽和が十分でないこと(低酸素血症),貧血による酸素運搬不足,うっ血,虚血,組織での酸素需要の増大,酸素利用不能等,多くが挙げられていること,脳が低酸素状態になると,軽症では集中力や判断力の低下等の精神症状等が出現し,重症になると四肢麻痺,運動失調等を呈すること,脳に加えられた低酸素状態の負荷が軽く,短時間であれば,通常,これらの症状は,時間の経過と になると,軽症では集中力や判断力の低下等の精神症状等が出現し,重症になると四肢麻痺,運動失調等を呈すること,脳に加えられた低酸素状態の負荷が軽く,短時間であれば,通常,これらの症状は,時間の経過とともに改善するが,低酸素状態の負荷が重くあるいは長時間持続した結果,脳が広範な影響を受けると,痙攣,死亡に至り,あるいは脳機能障害の後遺症を残すことがあることなどの医学的知見が認められる。 3 争点1(原告の低酸素血症と脳機能障害との因果関係)について(1)上記知見及び前記認定事実(15)からすれば,原告の頭部CT画像は,原告の脳に十分な酸素が供給されなかったことを推測させるものである。 そして,原告の本件手術中及び2度のICU在室時に,原告に低酸素状態が生じ,継続した事実はなく,他にも特別な所見は認められないのに対して(前記認定事実(1)),本件手術後から6月9日午前8時ころの急激な悪化までの間は,SpO2が,6月9日午前2時ころから午前3時に,80,73,84と推移し,同日午前5時30分及び同日午前6時に,それぞれ83,80という値を記録する等,すでに酸素吹きかけを実施しているにもにもかかわらず,原告に,一般に酸素療法の絶対適応があるとされる動脈血酸素飽和度85以下の状態が出現し,継続したことがあったことは,前記臨床経過及び前記認定事実(5)ないし(10)のとおりである。したがって,本件手術後から6月9日午前8時ころまでの間に上記呼吸状態の悪化により原告の脳機能障害が発生した可能性が考えられる。 (2)しかし,原告の脳機能障害の原因が原告が主張する上記呼吸状態の悪化による低酸素血症であるなら,前記2のとおり,その低酸素状態の程度・持続時間等は相当深刻なものであるべきところ,証拠(乙9,10,43①ないし③,44,弁論の全趣旨) 告が主張する上記呼吸状態の悪化による低酸素血症であるなら,前記2のとおり,その低酸素状態の程度・持続時間等は相当深刻なものであるべきところ,証拠(乙9,10,43①ないし③,44,弁論の全趣旨)によれば,先天性心疾患児は,程度の差はあれ,そもそも呼吸が障害されていることから,原告の指摘する程度の呼吸状態の悪化が深刻な呼吸不全の状態であったとは直ちに評価しがたいこと,平成7年当時,年間約400例の心臓手術を施行していた被告病院において,フォンタン手術を施行した後日時を経過していない患児のSpO2は80を維持していれば概ね問題はないと考えられていたこと(なお,原告のSpO2値の正確性については4で述べる。),現に,先天性心疾患児が,より重度の低酸素状態に陥っても脳機能障害の原因となるような低酸素脳症を発生させていない事例があることが認められ,これに,原告には目標値に近い尿量が維持されており(乙9,乙1③146)腎臓に低酸素の影響が現れていないことを考え併せると,原告に生じた重篤な脳機能障害の結果に,前記認定の,むしろ比較的軽度というべき低酸素状態を結びつけることには,消極的にならざるを得ない。また,6月9日午前8時ころの急激な呼吸状態の悪化にしても,前記認定事実■のとおり,H医師が駆けつけて処置を行うのに要した時間は非常に短時間であり,かつ,その間に心停止や脈の途絶が認められないことからは,やはり原告に生じた重篤な脳機能障害の結果との間に乖離があると言わざるを得ない。 (3)この点,原告は,CT検査報告書やG医師作成の診断書,紹介状等の記載に,原告の障害についての診断名は「低酸素性」脳症と記載され,呼吸不全のため低酸素脳症になったとの記載がなされたこと(前記認定事実(15),(18)ないし(20))及び前記認定事実(16)のG医師の説 原告の障害についての診断名は「低酸素性」脳症と記載され,呼吸不全のため低酸素脳症になったとの記載がなされたこと(前記認定事実(15),(18)ないし(20))及び前記認定事実(16)のG医師の説明を理由に,被告病院医師らにおいても,原告の脳機能障害の原因は,低酸素状態(低酸素血症)にあると診断していたことを主張する。しかしながら,前記医学的知見のとおり低酸素脳症の原因は多種多様であり,CT検査報告書の所見は,脳のX線吸収度合いの強弱を基礎としてなされた頭部CT画像の所見にすぎず,これのみで原因を含めた診断をしたと解することは困難である(なお,6月19日付けのCT検査報告書(乙1①454)には,「(虚血)低酸素性又は無酸素性脳症」と記載されている。)。また,G医師は,診断書には低酸素脳症の原因について「不明」と記載しており,低酸素(性)脳症との診断名が原因を特定したものと解するのは相当でないし,G医師の説明もあくまで考えられる可能性の域を出るものではない。原告の主張は採用できない。 (4)さらに,体外循環による開心術を受けた患者に,脳等,中枢神経障害が発生しやすいことについては数多くの報告があり,その発生率は報告によっては60パーセントと,一般外科手術と比しても高率であること及び障害の発生を完全に予防することが困難なものもあることが認められるところ(乙45,46),原告は,多孔性の心室中隔欠損,三尖弁異常,右室乳頭筋異常,腱索付着異常,僧帽弁閉鎖不全,三尖弁閉鎖不全等の深刻な先天性心疾患を持ち,肺高血圧の合併症を有しており,本件手術時3歳4月でありながら,フォンタン手術という高度な技術を要する手術に伴い145分間もの間体外循環に切り替えられ(もっとも,複雑心奇形の手術における体外循環時間としては長いものではない。),多種類の薬剤の 月でありながら,フォンタン手術という高度な技術を要する手術に伴い145分間もの間体外循環に切り替えられ(もっとも,複雑心奇形の手術における体外循環時間としては長いものではない。),多種類の薬剤の投与を受けている。これらのことからすれば,原告の脳機能障害の原因となった低酸素脳症は,原告の複雑かつ深刻な先天性心疾患及び肺高血圧という身体的素因に,本件手術における体外循環装置による非生理的循環動態の作出や開心術において投与される多量かつ多種類の薬剤が生体内の各種作用に及ぼす影響などが複雑に組み合わさった結果もたらされた可能性を否定できない。 (5)そうすると,原告が主張する本件手術後,ICUから一般病棟に移されてから6月9日午前8時ころまでの間の原告の低酸素血症ないし呼吸状態の悪化が低酸素脳症ひいては脳機能障害の結果発生をもたらしたとの因果の流れには,相当の疑いが残る。 したがって,争点2及び争点3については判断するまでもなく,原告の低酸素血症による低酸素脳症を生じさせた過失に基づく請求は理由がない。 4 原告のSpO2値の正確性について原告は,上記争点1についての判断の前提となる原告の動脈血酸素飽和度等を被告が正確に把握・記録していなかったと主張するので,この点について検討する。 (1)被告病院では,原告がICUにいる際は,SpO2の計測とともに動脈ラインを確保して動脈血ガス分析を併用していたが,一般病棟において動脈血ガス分析を行っていなかったことは,前記認定事実■のとおりであり,原告は,常時原告のPaO2をより正確な動脈血ガス分析によって計測すべきであったと主張するとともに,看護記録のSpO2の記載が事実と異なると指摘している。 (2)しかし,動脈血酸素分圧と動脈血酸素飽和度とは,いずれも血液中の酸素の存在を表現する 分析によって計測すべきであったと主張するとともに,看護記録のSpO2の記載が事実と異なると指摘している。 (2)しかし,動脈血酸素分圧と動脈血酸素飽和度とは,いずれも血液中の酸素の存在を表現する方法であり(乙36),いずれをいかなる方法で計測するかは,それぞれの特性を踏まえた医師の総合的な判断に委ねられるものと解するのが相当である。 (3)動脈血酸素分圧は動脈血ガス分析により測定することができるが,採血を要し,その際の痛みにより動いたりすると,正確な測定ができないことがあるという特性があり,被告病院医師や看護師もそのような特性を理解していたことが認められる(乙24,乙1①322)。 一方,動脈血酸素飽和度は,パルスオキシメーターにより手の指先等に付けたプローブで経皮的に測定することができ,経時的な測定に適しており,体動は誤差要因となるが,十分に臨床に耐えるものであることは明らかである(乙24)。 前記認定事実(7),看護記録の記載に体動とSpO2の低下を関連づけた記載が多数認められること及びプローブを付け直したりしていること(乙1③)からは,体動が誤差要因であるパルスオキシメーターの上記特性を被告病院看護師が理解した上で,できる限り正確な計測,記録をしようとしていたことがうかがえるのであって,被告病院看護師らが看護記録にあえて高いSpO2値を記載したとは認められないから,原告の主張は採用できない。 (4)また,原告は,パルスオキシメーターによる酸素飽和度の計測が正確であったとしても,前記認定事実(2)のとおり,SpO2が95前後の値を示している時点でPaO2が66.6という低い数値を示していることを指摘して,酸素解離曲線の左方移動(甲4)があったと主張するが,前記指摘の時点以外にPaO2が低いとの計測結果が生じた事実 後の値を示している時点でPaO2が66.6という低い数値を示していることを指摘して,酸素解離曲線の左方移動(甲4)があったと主張するが,前記指摘の時点以外にPaO2が低いとの計測結果が生じた事実がないことに照らせば,むしろ,6月8日午前2時37分の血液ガス分析の結果またはその記録が何らかの事情で正確になされなかったと解するのが自然であって,これを酸素解離曲線の左方移動と一般化する主張は採用できない。 5 争点4(脳浮腫予防及び改善の過失の有無)について(1)医師は,当時の医療水準に適った医療行為を行うべき義務があり,様々に変化する患者の状態に応じた適切な措置を取ることが要求されている。 証拠(乙11,12)によれば,瞳孔の散大が認められた場合において,その散大が4ミリメートル以上の場合には,病的であることを疑う必要があることは認められるが,瞳孔散大の一事をもって,直ちに脳への障害を疑って,頭部CT検査等を施行すべき義務,ましてや脳浮腫等の予防・改善のための治療を開始すべき義務があるとまではいえない。 (2)H医師は,平成7年6月9日朝原告の呼吸状態が急激に悪化した際に,挿管後,原告の瞳孔が5ないし6ミリメートルに散大し15分ほどで2ミリメートルまで縮小するのを確認しているが(前記認定事実(10)),瞳孔の散大は永続的なものではなかったこと及び原告の臨床経過に著明な呼吸不全状態や心停止,脈の途絶を認めなかったことなどから,被告病院医師らは,原告の脳に深刻な影響はないと判断し(乙1③,証人G,証人H),頭部CT検査や脳波検査の必要性を認めなかった。 しかし,前記3(4)のとおり,体外循環による開心術を受けた患者は中枢神経障害の発生率が高いにもかかわらず,その予防が困難なものもあるから,早期の発見及び対処が特に期待され 認めなかった。 しかし,前記3(4)のとおり,体外循環による開心術を受けた患者は中枢神経障害の発生率が高いにもかかわらず,その予防が困難なものもあるから,早期の発見及び対処が特に期待されるところ,その実現のためには,わずかな痙攣や瞳孔異常による速やかな頭部CT検査による病変の早期発見とその対処が重要である(乙45,46)。そして,原告に存した深刻な先天性心疾患,肺高血圧の合併症,本件手術時の原告が年齢3歳4月の幼児であること,体外循環装置による非生理的循環動態の作出や開心術において多量かつ多種類の薬剤が投与されていたこと等の客観的状況の下では,通常では脳に影響を生じさせるものとは考えられていない事象が何らかの機序で,脳に打撃を与えることがありうることは,被告自身も述べるところである。 さらに,本件看護記録中,原告がICUに搬入されてからの6月9日付け問題リスト,看護計画,経過記録(乙1③254,255,261)に,原告について,低酸素血症の後遺症が起こりうること,瞳孔,対光反射,痛覚,呼名反応等の確認を徹底し,神経症状の発現に注意する旨の記載,さらに「脳へのダメージは不明」との評価記載があることからは,被告病院医師らが原告の脳に何らかの影響があり得ることを認識していたことが認められる。 (3)別紙臨床経過一覧表記載のとおり,ICUに搬入された後の原告には,6月9日午前9時45分,チューブを噛む動作があり,午後3時10分,手足を強く触ると手先足先を動かす等の反応が認められるなど,脳障害発生について否定的な判定をする材料がある半面,同じころ,縮瞳により対光反射を確認することができず,呼名反応はないなどのこれを肯定する材料も存在したものである。そして,原告は,入眠の続いている状態にあり,痛覚反応は不明確であった上,刺激 る半面,同じころ,縮瞳により対光反射を確認することができず,呼名反応はないなどのこれを肯定する材料も存在したものである。そして,原告は,入眠の続いている状態にあり,痛覚反応は不明確であった上,刺激がストレスとなることから頻回の痛覚反応チェックは避けるべきと考えられており,理学的な観察による意識障害の有無やその他の神経症状の確認は必ずしも有効,容易ではない状況であったから,被告病院医師らは,原告の脳に障害が生じた場合には取り返しのつかない事態を招来する場合がある危険に鑑みて,より確実な診断をすべく,頭部CT検査等を早期に実施すべき義務があったものと認められる。本件において,頭部CT検査や脳波検査を早期に行うことが困難であった特段の事情は認められない。 (4)もっとも,原告には,6月9日にICUに入室してからは,同月11日午後10時40分ころまで著明な神経症状はなく,同日午後11時5分からは脳に対する治療が開始されており,その後も,噛む,体動,痛覚反応とおぼしき動作等,再び脳障害発生について否定的な判断を可能とする観察もあったし,原告の脳に深刻な病変を生じさせた原因が不明であることは,争点1について判断したとおりであるから,どの時点で脳に障害が生じたのかは不明である。 そうすると,被告病院医師らにおいて,6月9日の原告の一時的な瞳孔散大を認めた後,速やかに頭部CT検査を行っていたとしても,原告の重篤な後遺障害の発生が阻止できたとの蓋然性は認められないから,被告病院医師らが頭部CT検査を速やかに行わなかった過失と本件原告に生じた後遺障害の結果との因果関係は認められない。 (5)他方,6月11日からの脳浮腫に対する治療開始にもかかわらず,実際に頭部CT検査が実施された19日の段階ではびまん性の低吸収域が広範囲にわたっていたことから 果との因果関係は認められない。 (5)他方,6月11日からの脳浮腫に対する治療開始にもかかわらず,実際に頭部CT検査が実施された19日の段階ではびまん性の低吸収域が広範囲にわたっていたことからは,原告の脳の病変がある程度の時間をかけて拡大ないし悪化していったと認められる。しかしながら,CT検査報告書(乙1①454)の目的欄に「鑑別診断:脳梗塞」と記載されていること及びG医師が「脳血栓のように突然きたもののように思えた」(乙1③322)と原告の両親らに説明していることからすれば,被告病院医師は原告の脳に生じた変化を本件CT検査結果から認められる所見と異なるものと考えて6月11日のグリセオール等の投与を開始していたと認められる。そうすると,被告病院医師らが,原告の同月9日の一時的な瞳孔散大以降,少しでも早い段階で頭部CT検査を行い,または,6月11日の神経症状を認めた後,速やかに頭部CT検査を実施していれば,その結果を踏まえて,原告の脳に生じた病変に対するより早期,より適切な改善治療がなされたと考えられ,被告病院は,その早期実施を怠った過失により,比較的軽度にとどまるべきであった原告の脳機能障害を,現に原告に残った深刻な脳機能障害に重篤化させた蓋然性は否定できない。 5 争点5(損害)について前記争点4についての判断のとおり,被告病院が速やかな頭部CT検査を怠ったことと原告の後遺障害の発生そのものとの間に全面的な因果関係を認めることはできない。しかし,被告が原告の頭部CT検査の速やかな実施及び早期に適切な改善治療を怠った過失により,後遺症を重篤化させたことについて,被告は,原告に対し,その損害を賠償する義務があるところ,上記重篤化の程度・内容は不明であって,逸失利益及び付添介護費相当の損害を認めることはできない。しかし,原告 遺症を重篤化させたことについて,被告は,原告に対し,その損害を賠償する義務があるところ,上記重篤化の程度・内容は不明であって,逸失利益及び付添介護費相当の損害を認めることはできない。しかし,原告の後遺症を重篤化させたことについての慰謝料を認めることができ,その額は,原告の後遺症の程度・内容の外,被告の過失の程度・内容等諸般の事情を考慮すると,500万円が相当であって,原告が本件訴訟委任のために負担せざるをえなかった弁護士費用のうち50万円が被告の行為と因果関係ある損害と認める。 第4 結論よって,本訴請求は慰謝料500万円及び弁護士費用50万円の合計550万円及びこれに対する平成7年6月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は棄却することとし,訴訟費用の負担については民事訴訟法61条,64条,仮執行宣言及び免脱宣言について同法259条に従い,主文のとおり判決する。 福岡地方裁判所第2民事部裁判長裁判官横山秀憲裁判官達野ゆき裁判官田巻貴子

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