令和3合(わ)179 殺人未遂

裁判年月日・裁判所
令和5年1月13日 東京地方裁判所
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判決文本文12,683 文字)

令和5年1月13日東京地方裁判所刑事第1部宣告令和3年合(わ)第179号殺人未遂被告事件 主文 被告人は無罪。 理由 第1 公訴事実本件の公訴事実は、「被告人は、A及びBと共謀の上、令和3年8月7日午前2時34分頃から同日午前2時45分頃までの間、東京都足立区(住所省略)C方において、就寝中であった同人(当時43歳)に対し、殺意をもって、その左胸部を刃物様のもので突き刺したが、目を覚ました同人に抵抗されたため、同人に全治ま で約1か月間を要する左腋窩前線第5肋間損傷、開放性気胸、左上腕切創の傷害を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂げなかったものである。」というものである。 第2 当裁判所の判断 1 本件の争点は、①本件殺人未遂の実行行為を行ったのは被告人か(殺意の有無を含む。)、②本件殺人未遂について被告人、A及びBの間に共謀が成立してい たかである(なお、日付は特に記載のない限り令和3年のものである。)。 2 Aは、公判廷において、上記各争点について、大要、以下のとおり証言する。 ⑴ 7月、SNSを通じ、恨み晴らし代行の仕事として、Bから、報酬50万円で夫を殺害してほしいとの依頼を受けた。Bとの間で、週末、被害者方で寝込みを襲い、ナイフで刺して殺害することなどを決めた。その2日ほど後に、LINEの メッセージで、「夫を殺して欲しい人がいる。一緒にやってくれへんか」などと被告人を誘ったところ、被告人は「分かった。どんな感じ」と聞いてきた。Bから送られた写真を被告人に送信し、Bの顔写真につき依頼者と、被害者の顔写真につき殺してほしいと言われている旦那と、被害者方の外観写真につき家の外観などと説明したが、被告人の反応は「分かった」という程度であった 写真を被告人に送信し、Bの顔写真につき依頼者と、被害者の顔写真につき殺してほしいと言われている旦那と、被害者方の外観写真につき家の外観などと説明したが、被告人の反応は「分かった」という程度であった。このほか、本件に関 する被告人とのやり取りとして、寝込みをナイフで襲うという話について、被告人 から、拳銃を持ってる旨を言われたこと、報酬の受取りについて、振込ではなく直接の方がいいと言われたこと、遺体の処理について、海に捨てようかという話をされたことがあった。犯行当日まで二度ほど週末があったが、被告人には連絡しておらず、凶器、服装等の準備や購入、犯行時の役割分担等についても、被告人と相談することはなかった。 ⑵ 8月6日、Bから連絡を受けて、被告人に「今日行けそうや」というメッセージを送ったところ、「分かった」という返事があった。知人の運転する車で、被告人を迎えに行き、現場に行く途中のどこかで、被告人にサバイバルナイフを渡したが、「ああ」という程度の反応であった。被害者方付近のコンビニまで車で移動し、被告人と二人で周辺を歩くなどしていた。Bから「寝息を立て始めました」と いう連絡を受け、被告人に「行けると言っている」などと伝え、被告人はサバイバルナイフを、自分は手斧を持って被害者方に向かった。上記知人にはお金を取りに行くという程度の話しかしていなかったことから、車の中で被告人と本件について話をすることはなく、周辺を歩いていた際にも、世間話をしていた程度で、現場での具体的な犯行の手順や各自の役割分担について話をすることはなかった。 ⑶ 被害者方の玄関の鍵は開いており、自分、被告人という順に土足で入ると、Bと思われる女性らしき人影がリビングに立っており、寝室の方向を指差しながら、右手を胸の前で大きく左右に振 かった。 ⑶ 被害者方の玄関の鍵は開いており、自分、被告人という順に土足で入ると、Bと思われる女性らしき人影がリビングに立っており、寝室の方向を指差しながら、右手を胸の前で大きく左右に振っていた。リビングから寝室をのぞき込んでいると、後方から被告人が自分を追い越して寝室で寝ていた被害者の方に向かい、被害者の腹部付近にまたがるように立って両手でナイフを振り上げた。その際、被告人から 押さえろと言われ、寝室内に移動したため、被告人がナイフを振り下ろすところは見ていない。被害者の口付近を押さえようとしたが、被害者が起き上がってきたため、押さえられなかった。被害者に捕まったが、被害者が手を離した隙に、既に玄関先に出ていた被告人と共に逃走した。 上記知人の車で、当時同居していたDの家に帰ると、被告人が家の外で「血があ まり出なかった」と言っていた。Dの家でも被告人と会話をしたかもしれないが、 話の内容は覚えていない。 3 被告人は、公判廷において、上記各争点について、大要、以下のとおり供述する。 ⑴ Aから、「バラシ」の案件として、殺したい人がいるなどという話を聞き、その後手伝ってほしいと言われ、その話は怪しいのではないかなどと返事をしてい たが、何度か連絡があり、「分かった。分かった」などと返事をした。Aから、依頼者やその旦那という人の顔写真や家の外観写真が送られてきたが、いずれかの時点で報酬が50万円であるという話を聞き、殺人の報酬としてあり得ない金額であると思うとともに、過去にAがやくざから金を回収しに行くなどという話をしていたが結局その話がなかったことがあったことから、今回も話自体が怪しい、Aがま た嘘を言っているなどと思った。このほか、Aとの間で、報酬の受取りについて先払いで直接の方がよいと という話をしていたが結局その話がなかったことがあったことから、今回も話自体が怪しい、Aがま た嘘を言っているなどと思った。このほか、Aとの間で、報酬の受取りについて先払いで直接の方がよいという話をしたり、拳銃の話や遺体を海に捨てるかといった話をしたりしたことがあったが、冗談だと思って話を合わせていただけである。犯行について、Aから、具体的な日時はおろか、実行の時期さえ聞いておらず、方法や持っていく物も、特に聞いてはいなかった。また、依頼者とされるBと直接やり 取りをしたことはなかった。 ⑵ 8月6日は、Aから「今日行くよ」との連絡を受けたが、遊んでいた。「迎えに行くわ」という連絡があり、バラシか回収か何かの案件などと思った。Aがその知人が運転する車で迎えに来て、コンビニの駐車場まで車で移動したが、車の中で特に会話はなかった。Aから「待ってる」などと聞いたが、また嘘だろうとか、 Aははめられているとかと思い、Aと共に散歩に出て、周辺を歩き回った。車に戻ると、Aから複数のナイフを見せられ、黒いサバイバルナイフ2本のうちの1本を手に取った。Aから「連絡が来た。行こうか」などと言われ、渡されたハーフフェイスマスク(以下単に「マスク」ということがある。)、手袋を付けるなどして、Aと共に車外に出た。これらの間、現場での具体的な犯行の手順や各自の役割分担 等について、Aと話をすることはなかった。 ⑶ Aから、家の前で「ここや」と言われ、少し待った後、家の中に入ると、誰も出てこず、おかしいと思った。Aに、連絡を取るように言うと、少しして寝室から女性が現れた。その女性は、自分の両腕の上腕部分を両手で上下に触りながら、「お願いね、ごめんね」「こっちが旦那、こっちが娘」などと言い、「怖いから終わったら教えて」などと言っ うと、少しして寝室から女性が現れた。その女性は、自分の両腕の上腕部分を両手で上下に触りながら、「お願いね、ごめんね」「こっちが旦那、こっちが娘」などと言い、「怖いから終わったら教えて」などと言ってトイレの方向へ行こうとした。トイレの前で、その 女性に対し「金もらえるんじゃないですか」「本気でやっちゃいますよ」などと尋ねた。するとそのとき、犬の吠える鳴き声と男性の声が聞こえ、やはりAははめられていたのだと思い、玄関先まで逃げて振り返ると、男性がAの体を羽交い絞めにして捕まえていた。Aに来るように言うと、その男性がAから腕を離したので、Aと共に被害者方から逃走した。 その後、Dの家に行き、同人の部屋で、Aとの間で、おかしいとか、はめられたとかいった会話はしたが、自分が刺したとかいった会話はしていない。 4 争点①について⑴ 争点②の本件殺人未遂の共謀の成否を検討するに当たり、本件殺人未遂の実行行為を行ったのが被告人か否かは、その重要な間接事実となるものであるから、 争点①から検討する。 この点、検察官は、Aの上記2⑶の証言及びDの後記証言に基づき、被告人がAから渡されたサバイバルナイフで被害者を刺した旨を主張する。 そこで、まずAの証言から検討すると、一般に共犯者の供述にはいわゆる引っ張り込みの危険があるから、その信用性は慎重に検討されなければならない。そして、 確かに、検察官が主張するように、Aは自身の刑事裁判において殺人未遂罪により懲役8年に処せられ、既に確定して服役しているから、現時点において、自身の刑事責任を軽減するためにあえて事実と異なる供述をする動機は低減しているとはいえる。もっとも、Aは、捜査段階、自身の刑事裁判やBの刑事裁判において、被害者をサバイバルナイフで刺したのは自身ではなく、被告人で を軽減するためにあえて事実と異なる供述をする動機は低減しているとはいえる。もっとも、Aは、捜査段階、自身の刑事裁判やBの刑事裁判において、被害者をサバイバルナイフで刺したのは自身ではなく、被告人である旨を供述している ことがうかがわれるところ、自身の刑事責任を軽減すべくしていた従前の供述を大 きく変遷させることをちゅうちょするなどして、それをこの裁判でも維持している可能性もあるから、とりわけ、被告人が本件殺人未遂の実行行為をしたことを真っ向から否認している本件証拠関係の下では、その証言の信用性についてなお慎重に吟味されなければならない。 これを踏まえて、証言内容の自然性、合理性という観点からみると、Aは、寝室 をのぞき込んでいた際、被告人が後方から追い越して被害者を刺そうとした旨を述べるが、被害者方にもAの後から入っており、Aとの間で何ら役割分担等をしていない被告人が(Aと被告人との間で何ら役割分担等をしていないことは、両者の供述が一致している。)、Bから直接殺害の依頼を受けた張本人であるAをわざわざ追い越して、自ら被害者を刺しに行ったというのは、その合理的な理由が見当たら ず、いささか不自然である。また、Aが、「押さえろ」と言われて、より近い被害者の足元ではなく、これまた被告人をわざわざ追い越して被害者の頭の方にまで回ったというのも、いささか不自然であるし、その際のA自身の動線については、証言の中で二転三転している。加えて、A及び被告人が被害者方に入ってから出るまでが約11分間であることは客観的な事実であるところ、Aの供述する被害者方で の出来事にかかる時間はいかに長く見積もっても数分程度と考えられ、上記の動かし難い客観的な事実に整合しない。むしろ、被害者方での所要時間については、被告人の供述の方がよ の供述する被害者方で の出来事にかかる時間はいかに長く見積もっても数分程度と考えられ、上記の動かし難い客観的な事実に整合しない。むしろ、被害者方での所要時間については、被告人の供述の方がより整合的であるとさえいえる。 さらに、他の証言との整合性という観点からみると、被害者は、大要、寝室で寝ていたところ、口を塞がれた感じがして目が覚めた、起き上がって目の前にいた男 性をリビングの中央辺りで捕まえた、玄関先にナイフを持った男性がもう一人いた、この二人の男性が逃走した後、Bに言われて自分の出血に気付いた、いつ刺されたのか定かではないが、もみ合っているときに刺された感覚もないので、おそらく寝室で寝ているときではないかと思う旨を証言しており、その信用性を疑わせる事情はないところ、確かに、Aが口を押さえようとしたという点、Aが供述する位置関 係であれば先に逃げられたと考えられる被告人が玄関先にナイフを持って立ってい たという点では、Aの証言と整合しているとはいえる。しかし、被告人の供述であっても、Aが被害者方に手斧のほかに片刃のナイフを所携していれば、寝ている被害者の口を押さえながらそのナイフで胸部を刺すなどすることは可能であり、被害者の証言や被害者の負傷状況などとも矛盾しないところ、Aはその供述によれば複数のナイフを所有していたこと、Bから直接殺害の依頼を受けた者として、殺害を 成功させるために手斧のほかにナイフを所携していてもおかしくないこと(なお、後述するDの証言によっても、その可能性は否定できない。)、仮にAがナイフを所持していたとして、Aがどこにナイフを所持していて、本件後はどこにナイフが行ったのかが明らかではないものの、さりとて被告人が所持していたナイフが被害者を刺した凶器であると認めるに足る証拠はない を所持していたとして、Aがどこにナイフを所持していて、本件後はどこにナイフが行ったのかが明らかではないものの、さりとて被告人が所持していたナイフが被害者を刺した凶器であると認めるに足る証拠はないこと(検察官自身、公訴事実とし ては、「刃物様のもの」との限度でしか凶器を特定していない。)などからすると、Aが寝ている被害者の口を押さえながら所持していた片刃のナイフで左胸部を刺すなどした可能性は否定できない。現場に遺留された手斧の位置との整合など、検察官が他の証拠と合致するとして指摘する諸点についても、Aの証言とも、被告人の供述とも特段矛盾はしない。このとおり、被害者の証言は、被告人の供述と比較し て有意にAの証言を裏付けるものではない。 以上によれば、その他検察官の主張を考慮しても、Aの上記2⑶の証言は、それのみで独立して信用できるものではない。 ⑵ 次に、検察官は、Dの証言にも依拠して、本件殺人未遂の実行行為を行ったのは被告人である旨を主張するところ、Dは、公判廷において、大要、8月6日の 夜、Aがキャンプに行くと言って、サバイバルキット中の折り畳み式のナイフ1本や手斧を持って出かけた、他の刃物を持っていくのは見ていないが、携帯電話をいじりながらであったので、ちゃんと見られていたかは分からない、翌7日の未明、Aが被告人と共に帰宅し、Dの居室において、二人で会話をしているのを、ベッドに横になりながら目をつぶって聞いていた、その会話の中で、被告人は、「脇腹刺 したけど刺しきれなかった」「血もあんまり出なかったし」「人間の体じゃない感 じがした」「つかみ合いになったときに、体に何か塗ってたような気がする」と発言し、Aは、「話が違う、犬がいるなんて聞いてなかった」「斧置いてきたのミスった」「50万先にもらっ 体じゃない感 じがした」「つかみ合いになったときに、体に何か塗ってたような気がする」と発言し、Aは、「話が違う、犬がいるなんて聞いてなかった」「斧置いてきたのミスった」「50万先にもらっとくべきだった」「俺も斧で首切っちゃえばよかった」「俺も腕つかまれた、何かぬるぬるしてた気がする」と発言した、などと証言する。 検察官は、Aの刑は既に確定しているから、Dは、Aの刑事責任を軽減させるた めに、いまさら虚偽の供述をする動機はないこと、証言の内容が他の証拠と合致し、真実味があることから、信用できる旨を主張する。 しかし、そもそも、Dの居室における上記会話の存在自体、被告人の供述だけでなく、上記会話の存在により利益を得るはずのAの証言とも必ずしも整合していない。また、キャンプに行くと嘘をついて出かけたAと、Dとそれほど親しいわけで はない被告人が、小声であったにしても、本件の当事者ではないDのいる前で、上記のようなあからさまな会話をするのかという点にも疑問が残る。 加えて、Dの証言は、検察官がDの証言により立証しようとする事項に照らすと、会話の有無のみならず、会話における発言者及び具体的発言内容について信用性が求められるというべきである。なぜなら、これらが多少なりとも誤っていれば、実 行行為者が被告人とAのいずれであるかについて、全く正反対の結論を導くことになりかねないからである。しかし、Dは、ベッドで横になって、目をつぶって会話を聞いていたのであり、いくらAと同居していて声の聞き分けはできるとはいっても、その知覚の条件は相当に悪い。そればかりか、証言の内容を子細にみると、Aの証言等によれば、犬のいることを知っていたのはAであり、それを知らなかった のは被告人であるのに、「犬がいるなんて聞いてなかった」との発言 当に悪い。そればかりか、証言の内容を子細にみると、Aの証言等によれば、犬のいることを知っていたのはAであり、それを知らなかった のは被告人であるのに、「犬がいるなんて聞いてなかった」との発言はAの発言であると証言するほか、被害者の証言によれば、つかみ合いになった相手は男性一人と考えられるのに、A及び被告人いずれもが被害者につかまれたような発言をしており、しかも、もみ合いになったと発言していたのは被告人であるという記憶がある旨を証言するなど、他の証拠とのそごが生じている。このような中で、「脇腹刺 したけど刺しきれなかった」との発言があり、その発言者は被告人であること、「俺 も斧で首切っちゃえばよかった」との発言があり、その発言者はAであることという証言の核心部分だけは間違いないといえるだけの根拠はなく、会話における発言者及び具体的発言内容についての証言に信用性を認めることはできない。 その他検察官の主張を考慮しても、Dの上記証言は、Aの上記2⑶の証言の信用性を補強するものとはいえず、本件殺人未遂の実行行為者が被告人とAのいずれで あるかを認定するに足るだけの信用性を備えたものとは評価できない。 ⑶ 以上によれば、本件殺人未遂について、被告人が実行行為を行ったと認めることはできない。 もっとも、被害者が、片刃の刃物による傷害を負ったのは事実であり、被告人が本件殺人未遂の実行行為を行ったとは認められない以上、Aが所持していた片刃の ナイフにより本件殺人未遂の実行行為を行ったことが疑われることになる。この点、弁護人は、Aが被害者に捕まえられた際、逃げようとして身体を左右に動かした余り、Aが所持していたナイフが意図せず被害者の身体に刺さってしまった可能性を指摘するが、弁護人の指摘するAと被害者の体勢を前提として 、Aが被害者に捕まえられた際、逃げようとして身体を左右に動かした余り、Aが所持していたナイフが意図せず被害者の身体に刺さってしまった可能性を指摘するが、弁護人の指摘するAと被害者の体勢を前提としても、被害者の左胸部の刺切創に合致する刃の向きで、5センチメートルの深さまでナイフが意図せずに 刺さるとは考え難いこと、仮にこの際に被害者の胸にナイフが刺さったのであれば、そのことに被害者が気が付かないとは考え難いことなどからすると、Aが所持していたナイフが意図せず被害者の身体に刺さり、傷害を負わせたとの合理的な疑いはなく、その可能性は否定される。したがって、Aが本件殺人未遂の実行行為を行ったとすると、Aと被告人との間に本件殺人未遂の共謀の成立が認められれば、被告 人は本件殺人未遂の共同正犯の責任を負うことになるから、以下、本件殺人未遂の共謀の成否については、その前提で検討しておくこととする。 5 争点②について⑴ 被告人とAらとの本件殺人未遂の共謀の成否について、検察官は、論告時の釈明によると、被告人が被害者を刺しているかどうかは別にしても、少なくともA と被告人との間で殺人の意思の連絡があったことによって本件殺人未遂が実行され ており、被告人とAとの間に、本件当日、被害者方に行く前の段階で、本件殺人未遂の共謀が成立したと主張する。一方で、弁護人は、被告人の供述に沿って、被告人は、Aからの依頼はAの嘘やはったりとか、Aが第三者にはめられているとかと思っており、Aへの承諾や助言とみられるような言動があったとしても、Aに適当に話を合わせていたに過ぎず、殺人依頼を真実と認識したことも、Aと一緒に自分 が殺すと認識したこともないから、殺人未遂の共謀は成立しない旨を主張する。以下、検討する。 ⑵ 犯行前日までのAと に話を合わせていたに過ぎず、殺人依頼を真実と認識したことも、Aと一緒に自分 が殺すと認識したこともないから、殺人未遂の共謀は成立しない旨を主張する。以下、検討する。 ⑵ 犯行前日までのAと被告人とのやり取りについて、Aの上記2⑴、⑵の証言は被告人の上記3の公判供述と合致する限度では信用することができ、これら関係証拠によれば、Aが、Bの依頼を受けて、被告人に対し、殺したい人がいるなどと 話をしつつバラシの案件に誘い、被告人がこれに分かったなどと返答していたこと、Aと被告人との間で、Bから送られた写真に関するやり取りがあったこと、その他、拳銃の話、報酬の受取り方や遺体の処理方法に関する話があったことが認められる。 また、被告人は、バラシの案件という言葉の意味について、報酬を伴う殺人依頼であると認識していたことは認めている。これらの事情は、被告人とAらとの本件殺 人未遂の共謀の成立について、積極方向に働く事情であるとはいえる。 しかし、被告人は、公判廷において、上記3のとおり、バラシの案件という話自体、Aがまた嘘を言っていると思っていた、Aに分かったと言っていたのも話を受け流していただけである、Aから案件の具体的な日時や方法について一切聞かされておらず、その他のやり取りも適当に話を合わせていただけであるなどと供述する ところ、確かに、面識のない第三者から殺人を依頼され、それを引き受けるという話自体、にわかに信じ難いことであり、しかも、それに対する報酬が50万円というのも低額に過ぎ、非現実的なことと考えてそのような依頼の話自体を真に受けていなかったというのは、あながち不自然なことではない。また、Aは手伝ってほしいと言いながら、被告人に対し、犯行時の具体的な段取りや役割分担等について話 をしておらず、Aが、ナイフで 真に受けていなかったというのは、あながち不自然なことではない。また、Aは手伝ってほしいと言いながら、被告人に対し、犯行時の具体的な段取りや役割分担等について話 をしておらず、Aが、ナイフで寝込みを襲うという話をしたり(この点は、被告人 の供述には表れていないが、Aの証言に拠ったとしてもという趣旨である。)、それらしき写真を送ってきたりしたとしても、被告人が、Aの嘘やはったりであるとか、Aが第三者にだまされているとかと考えたのも無理もないところがある。その他被告人とAとのやり取りを見ても、振込だと足がつくから直接の方がよいとか、遺体は海に捨てるとかいったことは、一般的、抽象的な受け答えで、計画を具体化 させるほどのものではないし、拳銃を持っているなどといった話も、冗談で言ったと理解できなくもなく、総じて、Aの嘘やはったりなどと思って、適当に話を合わせていたという被告人の供述を否定することはできない。よって、犯行前日までの段階で、被告人が、Aからの依頼について、殺人を行うとの現実的な可能性を認識していたと認めることはできず、かかる時点での本件殺人未遂の共謀は認められな い。 ⑶ 次に、犯行前日から当日にかけてのAと被告人とのやり取りについて、関係証拠によれば、被告人は、Aから「今日行くよ」と言われて、バラシの案件である可能性を認識しつつ、深夜、Aと共に被害者方付近に赴き、その周辺をAと共に歩き回り、Aからナイフやマスク等を渡され、Aと共に土足で被害者方に入るなどし たことが認められる。また、被告人としては、Aが嘘やはったり等でここまでするのか、第三者がいかなる理由でAをはめようとするのかといった点などに疑念を抱いたとしてもおかしくはないようにも思われ、このような事情は、被告人が、本件当日、被害者方に行く やはったり等でここまでするのか、第三者がいかなる理由でAをはめようとするのかといった点などに疑念を抱いたとしてもおかしくはないようにも思われ、このような事情は、被告人が、本件当日、被害者方に行く前の段階で、Aが被害者の殺害を実行するかもしれないとの認識を有しており、Aとの間で、本件殺人未遂の共謀が成立していたということに ついて、積極方向に働く事情であるとはいえる。 しかし、被告人は、公判廷において、本件当日、Aからナイフを見せられて、バラシの案件かもしれないとは思ったが、なおAの嘘やはったりであるとか、Aがやくざ等の第三者にはめられているとかと思っており、殺人依頼が真実である可能性はゼロではないにしても、Aはやるとは思っていなかった、被害者方に行った理由 は、Aについて行ったからとしかいいようがないが、何かあったら逃げればよい、 金だけもらえればよいと思っていた旨を供述する。そこで検討すると、被告人は、準備すべき物なども言われず、普段着のままでいたところ、Aの知人の車で迎えに来られ、後に現場と分かる家の付近まで連れて来られたが、車の中では本件に関する会話はなく、Aと周辺を歩き回っている間にも世間話くらいしかしていないのであり、Aと被告人との間で、これから殺人を行う場合に通常伴ってしかるべき、犯 行現場での具体的な段取りや役割分担等に関する会話や相談は一切なされていない。 また、被告人は、Aからナイフやマスク等を渡されたが、Aが所持していた手斧は、実際に凶器として用いるにはいささか現実感を欠くとも見られるものである上、Aは、殺人をすれば当然処理が必要となる遺体を運び出すのに必要な準備などを何らしていない状態であった。このとおり、本件当日の計画は、殺人の計画としては明 らかにずさんで、準備不足であった上、 Aは、殺人をすれば当然処理が必要となる遺体を運び出すのに必要な準備などを何らしていない状態であった。このとおり、本件当日の計画は、殺人の計画としては明 らかにずさんで、準備不足であった上、Aの行動や態度は、およそ本気で殺人という重大犯罪を実行しようとする者のものとは見られないものであったといえるのである。これに加えて、既にみたとおり、報酬額が殺人依頼としては非現実的なほどに低額といえる金額であったことなどから、被告人としては、深夜、ナイフやマスク等を渡されても、バラシの案件というのは、なおAの嘘やはったりであるとか、 Aがやくざ等の第三者にはめられているとかの可能性が圧倒的に高いと考え、Aが本件当日この程度の計画や準備で殺人を実行するとは思いもよらなかった、すなわち、Aが殺人を実行する可能性を想起しなかったという被告人の供述も、あながち不自然なものとはいえない。そして、このように考えてくると、ナイフやマスク等について、被告人としては、深夜、第三者方に立ち入る以上、Aがやくざ等の第三 者にはめられていた場合に備えてナイフを所持し、顔を見られないようにマスクをしたなどと見る余地もあり、手斧についても、Aはふざけていると思ったなどという供述を必ずしも排斥することはできず、本件殺人未遂の共謀を推認させる事情とのみ捉えることはできない。また、被告人は、殺人依頼が真実である可能性はゼロではないにしても、Aはやるとは思っていなかった旨も述べているところ、被告人 としては、上記のようにAの嘘やはったり等その他の可能性が圧倒的に高いと考え ていた上、いつも言うばかりで実行しないAが、報酬以外に被害者を殺害する動機がないのに、報酬を受け取らないうちに、しかも明らかに準備不足のまま、殺人を実行するなどとは思っていなかった え ていた上、いつも言うばかりで実行しないAが、報酬以外に被害者を殺害する動機がないのに、報酬を受け取らないうちに、しかも明らかに準備不足のまま、殺人を実行するなどとは思っていなかったということが不自然とまではいえず、被害者方から出てきた女性に対し「本気でやっちゃいますよ」などと発言したのも、Aの言う殺人依頼が真実であるとは思っておらず、それがその女性の真意に基づくものか どうかを最後まで確認しようとしていたものと見る余地がないとはいえない。加えて、被告人は、既に見たとおり、本件殺人未遂の実行行為を行ったとは認められないのであり、本件現場において、Aが被害者につかまれていた際に、Aに加勢して所持するナイフで被害者を刺すなど、被害者の殺害に向けた積極的な行動を何らとっていないのであって、この事実は、被告人がAによる殺人の可能性を認識してお らず、Aと共に被害者を殺害する意思の連絡、すなわち共謀のないことの表れとみることができる。以上によれば、検察官が主張するように、本件当日、本件現場に行くまでの段階で、被告人が、Aが殺人を実行するかもしれないとの認識を抱き、Aと共に殺人を行うとの意思を通じた、すなわち、本件殺人未遂の共謀があったと認めるには、なお合理的な疑いが残る。また、仮に、被告人が、被害者方に入った 後に、上記女性との間でやり取りをしていた時点など、いずれかの時点で、その女性の依頼が真意に基づくもので、Aが殺人の実行に及ぶかもしれないとの認識を抱いたとしても、その場の状況や位置関係等に照らすと、Aによる殺人の実行を止めるための適切な措置をとることは、現実的には極めて困難というべきであり、これをもって本件殺人未遂の共謀の成立を認めるのはちゅうちょせざるを得ない。よっ て、被告人とAらとの間に本件殺人未 止めるための適切な措置をとることは、現実的には極めて困難というべきであり、これをもって本件殺人未遂の共謀の成立を認めるのはちゅうちょせざるを得ない。よっ て、被告人とAらとの間に本件殺人未遂の共謀の成立は認められない(なお、被告人が、Aが殺人を実行するかもしれないとの認識を抱いたという点について、合理的な疑いが残る以上、本件殺人未遂の幇助犯が成立することもない。)。 6 結論以上によれば、①本件殺人未遂の実行行為を行ったのが被告人と認めることはで きず、②本件殺人未遂について、被告人とAらとの間に共謀が成立していたと認め ることもできない。よって、本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。 (求刑懲役10年)令和5年1月13日東京地方裁判所刑事第1部 裁判長裁判官坂田威一郎 裁判官古玉正紀 裁判官竹内瑞希

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