平成13年12月25日宣告平成13年(わ)第140号殺人被告事件 主文 被告人を懲役10年に処する。 未決勾留日数中200日をその刑に算入する。 理由 (犯罪事実)被告人は,以前交際のあったA(当時33歳)から交際を拒絶されたことを恨むとともに自暴自棄となり,同女を道連れに心中しようと決意し,平成8年5月1日午前8時35分ころ,群馬県勢多郡a町大字b番地c所在の前記A方駐車場において,殺意をもって,同女に対し,その身体に所携のポリ容器に入れていたガソリンを浴びせかけた上,所携のライターで点火してその着衣等を燃え上がらせ,よって,そのころ,同所前路上付近において,同女を焼死させて殺害した。 (事実認定の補足説明) 1 弁護人は,被告人は,殺意を持って被害者を死亡させる行為に及んではいない旨主張し,被告人もこれに沿う供述をするので,判示のとおり認定した理由について補足して説明する。 2 関係各証拠から認められる本件前後の状況は次のとおりである。 (1) 被告人は,平成5年ころ,同人経営の店に客として訪れた被害者と知り合い,間もなく交際を始め,被害者宅で生活を共にするようになった。平成7年ころ,被告人は,被害者から妻との離婚を求められるようになり,妻に無断で離婚届を提出するなどして,戸籍上妻と離婚したように装い,被害者を納得させようとしたが,平成8年2月ころ,嘘に気づいた被害者から不信感を抱かれ,交際を止めたい旨の申入れを受けた。被告人は,やむなく一度はこれを了承し,被害者宅を立ち退いたものの,被害者への気持ちを断ち切ることができず,数日後に被害者宅を訪れたところ,被害者から冷たくあしらわれ,かっとして被害者宅にあった灯油をかぶるなどしたため,さらに態度を硬化させた被害者から,一切直接接触しないよ 気持ちを断ち切ることができず,数日後に被害者宅を訪れたところ,被害者から冷たくあしらわれ,かっとして被害者宅にあった灯油をかぶるなどしたため,さらに態度を硬化させた被害者から,一切直接接触しないよう告げられた。そのため,被告人は,それ以外の方法で被害者に自分の心情を分かってもらおうと,それ以後,被害者を付け回したり,待ち伏せしたり,被害者宅の留守番電話に「何で電話に出ねえんだ。電話に出ねえと殺すぞ。今日,殺しに行くからな。覚悟しておけ」などと伝言を残すなどした。このような被告人の態度に対し,被害者は強く恐怖を感じるようになり,警察に駆け込んだり,上司同僚に相談するなどするようになった。被告人から被害者への連絡を取り次いでいた被告人の義理の妹であるBらが同席しての話し合いももたれたが,被告人は被害者のことをあきらめる気持ちは全くなく,被告人との関係を拒絶する被害者との間で結論が出なかった。このような際,被告人は「覚悟を決めてする男の姿を見ておけ。自殺してやる」などと言って,ライターを手に持ち,ガソリンを飲むそぶりを見せるなどした。同年4月初めころ,被害者は勤め先の会社の上司甲の下を訪れ,脅えて切羽詰まった様子で,「付きまとっている男から身を隠したい。 このままもしあの男に捕まってしまったら,大変なことになる」などと相談を持ちかけるなどしていた。 (2) 同月下旬ころ,被告人は,被害者と1年間は同人に近づかないと約束したにもかかわらず,同月30日に再度被害者宅に押し掛けた。その際,被害者が警察官を呼んだことに被告人は逆上し,その後Bの前で「もうだめだな。あいつを道連れにして俺も死のうかな」などと思い詰めた様子でつぶやいた。また,この日,「俺の人生これで終わりにしよう。俺も何とかと思い,努力してきたつもりだったが一切Aには通じなかった。あげく,ど 。あいつを道連れにして俺も死のうかな」などと思い詰めた様子でつぶやいた。また,この日,「俺の人生これで終わりにしよう。俺も何とかと思い,努力してきたつもりだったが一切Aには通じなかった。あげく,どんどん悪い方にとられ,俺もこれ以上がまんするに耐えることは無理のようだ。色々と考えたあげく,こんな方法しか取れない男を許してください。Aは必ずどんなことをしても連れて行きます。」などと遺書を書いた。その晩被害者は,息子2人に対し,自分が殺されたとしても強く生きるようにと話した。なお,Bは,被告人の前記のような様子から,翌5月1日の朝,被害者に電話をして,被告人が警察官を呼ばれたことでひどく怒っているので,気を付けた方がいいと伝えた。 被告人は,5月1日の朝,Bに,被害者に連絡が取れたか否かの確認の電話をしたところ,Bは,被害者から頼まれたとおりに,「電話線を切ったらしく,電話してもつながらなかった」と伝えた。 これを聞いた被告人は,「分かった,あいつの考えは。みーちゃん心配かけてすまない」と思い詰めた様子で言い,最後に「あいつを道連れにして俺も死ぬ」などと言って電話を切った。 (3) 被告人は,その後自動車で被害者宅付近に赴き,ガソリン入りポリタンクを隠し持って自動車から降りた。そして,午前8時25分ころ,被害者宅付近で車のクラクションが2回くらい鳴り,ほとんど間もなく「キャーキャー」という金切り声の悲鳴のような声がし,午前8時35分ころ,被害者宅の駐車場の方から「ぎゃー。誰か助けて」という大きな叫び声がした。被害者宅の隣にあるC方で赤ん坊をあやしていたDがこれらを聞き,C方内から被害者宅駐車場の方を見ると,その奥で被告人と被害者が向かい合う形となり,被告人が被害者を押さえ込み,被害者の髪をわしづかみにし,頭部を胸付近まで押し下げ,被害者の髪は毛先 がこれらを聞き,C方内から被害者宅駐車場の方を見ると,その奥で被告人と被害者が向かい合う形となり,被告人が被害者を押さえ込み,被害者の髪をわしづかみにし,頭部を胸付近まで押し下げ,被害者の髪は毛先の方が濡れて少しずつまとまって束になり,水しぶきが飛んだり,しずくが垂れたりしているのが見えた。Dが,抱いていた子供をおろして再び窓際に戻って駐車場の方を見ると,既に駐車場フェンス部分から炎が上がっており,Dが様子を見るため玄関を開けたところ,被告人が車に乗り込み,急発進して走り去った。 被害者は,町道を挟んで被害者宅駐車場の反対側にある畑に入った辺りに倒れて,全身2度(赤斑)ないし4度(炭化)の火傷を負っており,現場の残焼物からはガソリンの成分が検出された。また,被害者方駐車場に停めてあった被害者の自動車のドアは開錠され,車内には被害者の財布等貴重品の入った手提げバッグのほか,空き瓶等ごみの入った黒ビニール袋が乗せられていた。 (4) 被告人は,被害者宅付近を立ち去った後,群馬県勢多郡所在の赤城大沼に自動車ごと飛び込み,車外に脱出した後,発見者らに,「(なんとかを)かけて火を点けて人を殺した」と話し,場所を聞かれると「aだ」,「bだ」などと答え,通報により臨場した警察官の質問に対しても,「女を殺してきた。女にガソリンをかけて一緒に死のうと思った。女は死んだか。なんで俺だけ死ねねえんだ」と話し,誰を殺したのかと聞かれると「bのAだ」などと返答した。 3 以上の事実を前提に,被告人の殺意の有無について検討する。 (1) 前記のとおり,被告人は,被害者との関係を改善することを望んでいたものの,これがかなわず,周囲の者に被害者と無理心中することをほのめかしていたところ,本件の直前に,義妹から被害者との連絡がつかない旨聞き,義妹に無理心中する旨明言して,ガ を改善することを望んでいたものの,これがかなわず,周囲の者に被害者と無理心中することをほのめかしていたところ,本件の直前に,義妹から被害者との連絡がつかない旨聞き,義妹に無理心中する旨明言して,ガソリン入りポリタンクを持って被害者宅付近に赴き,そこで被害者の髪をわしづかみにして頭を押し下げるなどしている。その直後,被告人と被害者がいた付近から炎が上がり,被害者が火傷を負ったが,被告人はその場から逃走し,その後被害者にガソリンをかけて火を点け殺害した旨警察官らに述べている。これらの事実を併せ考えれば,被害者との無理心中を決意した被告人が,殺意をもって被害者にガソリンを浴びせて点火したことは優に推認できる。 被告人は,Bに電話で「あいつを道連れにして俺も死ぬ」などと言った覚えはないと供述する。しかしながら,Bの供述は,具体的で,被害者と話し合いをした際の状況や犯行直前の経緯等について詳細に供述しており,その記憶内容は明確であって,被告人の義理の妹であるBが殊更被告人に不利な虚偽の供述をする理由も特に見あたらないことを考えれば,その供述は信用性が高いというべきである。これに対し,被告人の供述は,被告人自ら認めるとおり,犯行直前から犯行状況に至るまで全体として極めて曖昧であって,Bの供述とも対比すれば,被告人の上記供述は信用することはできない。また,被告人は,4月30日に書いた遺書は,一緒に心中したいという気持を書いたものと思うが,5月1日には,気持が変わって,少し冷静になり,話せば被害者に何とか分かってもらえるのではないかという気持ちになり,何とか誤解を解きたいと思い,被害者と話し合おうと思って被害者宅を訪れただけである旨供述するが,本件当日Bにした電話の内容からして,信用できない。 (2) 被告人は,被害者を死亡させた状況について,被告人がガ を解きたいと思い,被害者と話し合おうと思って被害者宅を訪れただけである旨供述するが,本件当日Bにした電話の内容からして,信用できない。 (2) 被告人は,被害者を死亡させた状況について,被告人がガソリンをかぶったところ,これを止めようとして,自動車内から飛び出してきた被害者と本件現場において揉み合いになり,その際被告人が手にしていたライターが偶然点火し,被害者に引火してしまった旨供述している。すなわち,被告人は,被害者に考え直してもらおうと,被害者が家から出てくるのを被害者宅駐車場手前の塀の陰で待っていると,被害者が玄関から出てきて車に乗り込んだので,そのドアが完全に閉まらないうちに,運転席に近づき,被害者に声をかけた。すると,被害者は,驚いた顔をしてドアを閉めてしまい,自分の方を向こうともしないので,降りて話を聞いてくれという意味でドアガラスを叩いた。このとき,被害者が車内でハンドルを両手で叩く動作をしたのを覚えている。そこで,脅すためにジャンパーの下の腹付近に隠し持っていたガソリン入りポリタンクを出して左手に持ち,被害者にガソリンをかぶるからと告げてガソリンを少しかぶり,いつの時点で取り出したかは記憶にないが,右手にライターを持ってこれを被害者に示したところ,被害者が何か叫びながら,車から飛び出してきた。 記憶は明確ではないが,被害者は自分のポリタンクを掴んでいる左腕の肘下辺りを掴んできたので,これを振り払おうと揉み合いになり,被害者の身体にもポリタンクに残っていたガソリンがかかってしまった。そのまま駐車してある車の後方へ移動して行き,揉み合っているうちに被害者が被告人を振り払って逃げようとしたので,右手でライターを持ったままその頭を押さえようとした瞬間,どういう状況か分からないが,ぼっと火がついた。その後の記憶はなく,その後自分が自殺を いるうちに被害者が被告人を振り払って逃げようとしたので,右手でライターを持ったままその頭を押さえようとした瞬間,どういう状況か分からないが,ぼっと火がついた。その後の記憶はなく,その後自分が自殺を図ったりした記憶もない,というのである。 しかしながら,被害者は,前記のとおり,本件被害前には被告人に対して強い恐怖感を抱いていたところ,本件当日の朝,Bから被告人に気をつけるように注意を受けており,また,被告人はこれまでに幾度かガソリンをかぶり火を点ける振りなどをして被害者を脅しているのであって,被告人がガソリンとライターを持ち出したのは本件時が初めてではないのである。したがって,被告人の言うように,被害者が一旦車内に完全に乗り込んでいたとすれば,被告人がガソリンやライターを示すなどして自殺をほのめかすのを目撃したとしても,そのまま自動車を発進させるか,車内でクラクションを鳴らし続け,誰かに助けを求めるかする方が自然であり,わざわざ車外に降りるというのは不可解である。そうすると,被害者は完全に車内に乗り込む前に被告人に近付かれたものと推認するのが自然で合理的である。 弁護人は,前記のとおり,クラクションが鳴った旨Dが供述していることや,財布等貴重品の入ったバッグ等が被害者の自動車内にあったことから,被害者が一旦自動車に乗り込みドアを閉めた旨の被告人供述は信用できると主張する。しかしながら,クラクションが被害者の車から発せられたものとしても,クラクションを鳴らすには被害者が完全に車内に乗り込む必要はなく,車に乗り込もうとした際被告人が近付いてきたため,これから逃れようとして揉み合った際偶然クラクション部分に被害者が触れることも,あるいは被害者が助けを求めてクラクションを鳴らすことも十分あり得ることである。また,自動車のドアを開けて,座席に乗り込 これから逃れようとして揉み合った際偶然クラクション部分に被害者が触れることも,あるいは被害者が助けを求めてクラクションを鳴らすことも十分あり得ることである。また,自動車のドアを開けて,座席に乗り込む前に,バッグ等を助手席等に乗せるという動作も日常よく行われる動作である。したがって,弁護人指摘の上記の諸点をもって,被告人の供述が信用できる証左とはいえない。そして,被告人が被害者が出てくるのを待っていたと供述する位置と被害者方玄関から駐車中の自動車までの距離を比較すれば,被害者が車に乗り込む前に被告人が被害者に近付くことは十分可能である。 次に,被告人は,前記のとおり,右手でライターを持ったまま被害者の頭を押さえようとした瞬間,どういう状況か分からないが,ぼっと火が点いた旨供述し,故意にライターで点火したことを否認している。しかしながら,本件で使用されたライターは,捜査報告書にもよれば,発火ヤスリを使用したいわゆる百円ライターで,着火するためには,発火ヤスリを親指で強く回すと同時に,その下に付いている燃料ガスを噴射させるレバーを押し下げる形式の物であって,被害者と揉み合っていた際に偶然そのような動作が起こるということは考えにくく,被告人のこの点に関する供述も信用できない。 4 以上検討してきたところによれば,被告人は,これまでなんとしても被害者との関係を回復しようと努力していたものの,ことごとく拒絶され,次第に被害者を恨む気持も抱くようになっていた上,犯行前日の4月30日には,被害者方を訪れた際に警察官を呼ばれ,もはや被害者と元の関係に戻ることはないと思い至って自暴自棄となり,被害者との無理心中を考え,遺書を書くまでの気持となり,さらに,翌5月1日には,被害者が電話線を切ってまで被告人との連絡を拒否する態度を明らかにしたものと考え,遂に被害 いと思い至って自暴自棄となり,被害者との無理心中を考え,遺書を書くまでの気持となり,さらに,翌5月1日には,被害者が電話線を切ってまで被告人との連絡を拒否する態度を明らかにしたものと考え,遂に被害者との関係が元に戻ることはないと知り,前日考えたとおり,被害者を道連れに無理心中を図ろうと決意して被害者方付近に赴いたものと認められ,被告人が,自動車に乗り込もうとする被害者を車外に引きずり出し,殺意をもって,同女に所携のポリタンクに入ったガソリンを浴びせかけた上,これにライターで点火し,同人を焼死させて死亡させたことは明らかである。 (量刑の理由)本件は,妻のいる被告人が,以前不倫関係にあった女性に再度の交際を執拗に求めたものの,同女にこれを拒絶され,冷淡な言動をする同女に次第に恨みを抱くようになるとともに,以前のように交際できないことに自暴自棄になり,同女を道連れに心中しようと,殺害に及んだ事案である。 こうした動機自体,被害者の人格を無視した身勝手なものというほかなく,その動機に酌量の余地は全くない。被告人は,揮発性が高く危険なガソリンを予め用意し,これを被害者に頭部から浴びせかけ,これにライターで点火して被害者を焼死させたもので,残された被害者の遺体は正視に耐えがたく,極めて残虐な犯行である。 被害者は,一度は妻のいる被告人と交際したものの,妻と別れた振りを装われたことなどから,被告人に対し不信感を抱くようになり,被告人との交際を再考しようとしたところで,再度交際を求める被告人に執拗につけ回され,待ち伏せされるなどしたため,怒りや恐怖を感じ,被告人との交際を絶とうと決意したもので,被害者にはその生命を奪われるような落ち度があったとは到底いえない。 それなのに,殺害されるに至るまで,死を覚悟するほどの恐怖を感じた上,ガソリンを浴びせられて 被告人との交際を絶とうと決意したもので,被害者にはその生命を奪われるような落ち度があったとは到底いえない。 それなのに,殺害されるに至るまで,死を覚悟するほどの恐怖を感じた上,ガソリンを浴びせられて火を点けられ,耐え難い肉体的,精神的苦痛を味あわされながら,わずか33歳で,何よりも尊いその生命を奪われたものであって,離婚後1人で養育してきた子供を残して死ななければならなかった同女の無念さは察するに余りあり,その結果は重大である。 また,被害者の子は本件当時中学1年と小学4年であり,多感な時期に母親を奪われたこの子らのこれからの人生に大きな影響を与えたことも看過しがたい。さらに,被告人には,傷害罪等による懲役前科が4犯あり,それぞれについて服役したにもかかわらず,再び本件犯行に及んでおり,遵法精神に著しく欠けた態度が看取できる。 以上のとおりの本件犯行の動機,態様,結果等の諸事情を考慮すると,被告人の本件犯行に対する刑事責任は真に重いといわざるを得ない。 一方,被告人が被害者を死に至らしめた事実についてはこれを認め,反省の態度を示していること,500万円を支払って被害者の遺族との間で示談が成立し,遺族が宥恕の意思を示していること,前記のとおりの前科はあるものの,最終刑を終えてから本件犯行まで10年以上経っており,この間正業に就いて生活してきていること,本件犯行の際に,被告人自身も後遺症を伴う火傷を負い,犯行後自殺を図っていることなど被告人のために酌むべき事情も認められる。 そこで,これら一切の事情を総合勘案し,主文掲記の刑が相当と判断した。 (公判出席検察官眞田寿彦,私選弁護人田中善信)(求刑懲役12年)平成13年12月25日前橋地方裁判所刑事部裁判長 席検察官眞田寿彦,私選弁護人田中善信)(求刑懲役12年)平成13年12月25日前橋地方裁判所刑事部裁判長裁判官長谷川憲一裁判官阿部浩巳裁判官仁藤佳海
▼ クリックして全文を表示