主文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は,控訴人らの負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人は,控訴人らに対し,それぞれ2000万円及びこれに対する平成9年3月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。 4 仮執行宣言第2 事案の概要 1 本件は,控訴人らが,子であるAが甲状腺クリーゼを発症し,被控訴人の設置する総合病院B病院において診療を受けたが,同病院の医師の診療に過失があったため,心停止,呼吸停止に陥り,転送先の病院で死亡したとして,被控訴人に対し,医療契約上の債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償として,控訴人ら各自に対する4000万円(Aの逸失利益各2250万円(4500万円の2分の1),慰謝料各1250万円,葬祭料各100万円(200万円の2分の1)の合計各3600万円及び弁護士費用各400万円)及びこれに対するAの死亡した日である平成9年3月26日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 原判決は,本件病院の医師に控訴人ら主張の過失があったとはいえないとして,控訴人らの請求をいずれも棄却したため,控訴人らが,請求を一部減縮し,控訴人ら各自に対する2000万円(前記合計各3600万円のうち,1800万円及び弁護士費用各200万円)及びこれに対する平成9年3月26日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めて控訴したものである。 2 争いのない事実(1) 当事者ア控訴人Cは,A(昭和47年7月6日生)の父であり,控訴人Dは,Aの母で で民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めて控訴したものである。 2 争いのない事実(1) 当事者ア控訴人Cは,A(昭和47年7月6日生)の父であり,控訴人Dは,Aの母である。 イ被控訴人は,本件病院を経営し,医療行為を営むものである。 (2) 医療事故の発生Aは,平成9年3月10日,本件病院で受診し,被控訴人に雇用され本件病院で医療事務に従事していたE医師(被控訴人担当医師)の診療を受け,甲状腺クリーゼと診断され,輸液の点滴等の治療を受けていたが,その途中で心停止,呼吸停止に陥り,翌11日,F病院へ転院し,診療を受けたものの,同月26日,多臓器不全により死亡した。 3 以上のほかの事案の概要は,次のとおり,付加,削除,訂正するほか,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」に記載のとおりであるから,これを引用する。 (1) 原判決3頁6行目を削除し,11行目及び20行目の「⑨」を「⑧」に,4頁16行目の「レントゲン検査であり」を「レントゲン検査で胸水が認められたが」に改める。 (2) 同5頁1行目の「Aが,被告病院入院時,うっ血性心不全になっていたとして,」を削除する。 (3) 同5頁4行目から22行目までを次のとおり改める。 「 甲状腺クリーゼに対する治療としては,誘因に対する治療(抗生物質など),脱水(輸液),発熱(解熱剤など),精神神経症状(鎮静剤)に対する治療の他,当然に心不全などへの治療(強心剤,利尿剤,昇圧剤及び抗不整脈剤の投与や酸素吸入)も施すべきであるが(甲6,乙5ないし7,9),被控訴人担当医師は,甲状腺クリーゼの治療として当然行うべき心不全に対する治療を怠った。 また,Aは,外来受診時から,うっ血性心不全だったから,当初から,スワン・ガ 6,乙5ないし7,9),被控訴人担当医師は,甲状腺クリーゼの治療として当然行うべき心不全に対する治療を怠った。 また,Aは,外来受診時から,うっ血性心不全だったから,当初から,スワン・ガンツカテーテルを挿入し,循環動態を把握した上で,甲状腺クリーゼとうっ血性心不全を同時に治療することが必要であったにもかかわらず,被控訴人担当医師は,スワン・ガンツカテーテルを挿入せず,また,うっ血性心不全に対し,βブロッカー(抗不整脈,狭心症薬),血管確保,点滴,強心剤,利尿剤を投与するなど,適切な治療を行わなかった。 さらに,被控訴人担当医師は,うっ血性心不全の患者に対しては,症状を悪化させるおそれがあるから慎重に投与すべきとされているインデラル(プロプラノロールの製品名)及びソル・メドロールを,12時22分にインデラルを静注し,12時25分からソル・メドロールを点滴投与し,13時にはインデラルを経口投与した。 また,ヴィーンFも,心不全の患者には慎重に投与されるべき薬剤であり,副作用として,大量急速投与により,脳浮腫,肺水腫,末梢の浮腫が発症することがあるところ,Aに行うべき輸液としては,その後に使用されたアクチットなど,うっ血性心不全に悪影響のない維持液,生理食塩水などを使用すべきであった。ところが,被控訴人担当医師は,ヴィーンF500mlを12時22分から13時20分までの約1時間に急速に投与したのであって,これにより,うっ血性心不全を増悪させたと認められ,この点で過失がある。 前記のとおり,被控訴人担当医師は,うっ血性心不全に対し必要な治療をほとんど行わなかっただけでなく,うっ血性心不全の状態であったAに対し,これを増悪させるおそれのあるインデラル及びソル・メドロールを投与したほか,ヴィーンFを急速・大量に投与 不全に対し必要な治療をほとんど行わなかっただけでなく,うっ血性心不全の状態であったAに対し,これを増悪させるおそれのあるインデラル及びソル・メドロールを投与したほか,ヴィーンFを急速・大量に投与し,うっ血性心不全を増悪させる不適切な治療を行ったものであり,過失がある。」(4) 同5頁23行目の次に,行を改め,次のとおり加える。 「 甲状腺クリーゼに向かう病態においては,心機能的には高心拍数,高拍出性となり,代謝の亢進した臓器のエネルギー要求に不足するため,心不全の状態(高拍出量性心不全)となる。そして,やがて心筋はエネルギー不足(虚血)となり,絶対的にも送血量が低下する(低拍出量性心不全)。したがって,甲状腺クリーゼにおいて,うっ血性心不全を想定することは自然である。 しかしながら,強心剤で心収縮力や心拍数をいっそう高め,利尿剤を用いて細胞外液を排泄する治療は,甲状腺クリーゼの治療と対立する側面があるから,甲状腺クリーゼの治療と同時にうっ血性心不全の治療をする必要があったというためには,うっ血性心不全の病態が治療を緊急に要するものとして確かに存在することの診断が必要である。本件において,このような確たる診断ができる所見は認められなかった。」(5) 同6頁1行目の次に,行を改め,次のとおり加える。 「 脱水症に対する輸液の選択については,第一に,腎機能の予備力の有無,つまり,NaClなどの負荷がかかったとき,尿量を増やすことで体外に排泄する能力がない場合には,カリウムの含まれない製剤を用いるべきであり,第二に,通常は水分のみが欠乏することはないので,電解質(NaCl,Kなど)が含まれない純水の水分のみの補液となるブドウ糖液(ブドウ糖は代謝されて純水の水分となる。)は脳浮腫の原因となり,脱水治療には用いない 常は水分のみが欠乏することはないので,電解質(NaCl,Kなど)が含まれない純水の水分のみの補液となるブドウ糖液(ブドウ糖は代謝されて純水の水分となる。)は脳浮腫の原因となり,脱水治療には用いないとされている(乙31,127頁)。 Aの排尿に関する記録(乙1,60頁)によれば,1日5ないし6回の排尿があり,Aの場合腎機能の予備力が保たれていたことは明らかである。したがって,被控訴人担当医師がヴィーンFを選択したことに何ら誤りはない。 また,ヴィーンFを投与した時間は約1時間強であったが,その間に点滴針が自己抜去され,シーツが濡れていたことからすれば,実際投与されたヴィーンFは500mlを下回る量であったと認められる。しかも,Aの場合,脱水治療は緊急治療のひとつであった上,病態によっては1時間500mlの投与は決して無謀な対処ではないし,輸液開始が遅れてはならない(乙31,127頁)。 したがって,ヴィーンFの輸液が急速に過ぎたとする控訴人らの主張は失当である。」(6) 同7頁3行目の末尾に「なお,原審における鑑定結果には,救命の可能性がなかったわけではないが,その可能性の程度は回答できないとあるが,救命の蓋然性が高かったというべきであり,仮に,救命の高度の蓋然性が認められなかったとしても,救命の可能性の喪失に対する相応の慰謝料は認容されるべきである。」を加える。 (7) 当事者の当審における主張ア控訴人ら被控訴人担当医師において,甲状腺クリーゼだけでなく,うっ血性心不全の疑いももち,外来受診時に直ちに胸部X線検査,心電図検査,心エコー検査を実施し,うっ血性心不全の診断をした上で,適切な治療をしておけば,Aは受診直後に心停止を起こすこともなく,またその後に死亡することもなく回復できた。 胸部X線検査,心電図検査,心エコー検査を実施し,うっ血性心不全の診断をした上で,適切な治療をしておけば,Aは受診直後に心停止を起こすこともなく,またその後に死亡することもなく回復できた。 (ア) 外来受診時の診療上の過失について甲状腺クリーゼは,しばしばうっ血性心不全を合併してこれが死亡原因となる。本件患者は,初診時,高度の頻脈,起坐呼吸を認め,動悸,息切れ,手足の腫れ等を訴えているが,これらは甲状腺クリーゼに伴ううっ血性心不全を疑うに足りる所見である。 これらの所見からうっ血性心不全は,外来受診当時から発症していたにもかかわらず,被控訴人担当医師は,うっ血性心不全の発症を疑うことなく,外来受診時に直ちに胸部X線検査,心電図検査,心エコーの検査を実施せず,うっ血性心不全を合併した患者にインデラル及びヴィーンFを使用したのであって,診療上の過失がある。 (イ) 胸部レントゲン写真の所見について14時30分ころ撮影された胸部レントゲン写真(乙3の2,3)には,両肺の浮腫と心胸比増加が認められ,これらはうっ血性心不全の典型的な所見である。心停止後の16時30分ころに撮影されたレントゲン写真(乙3の1)には,著明な心陰影の拡大,特に右第1弓と呼ばれる上大静脈陰影の著明な拡大があり心胸郭比は70%に達する。肺野では葉間胸水の貯留が認められるばかりでなく,肺門に向かう線状陰影(カーリーのA線),水平な線状陰影(カーリーのB線)がび漫性に認められ,右肺野には蝶形陰影と呼ばれる融合形が確認でき,これらは両心不全の典型的な所見である。 (ウ) 動脈血ガス分析の結果について12時25分ころから,心停止の直前まで酸素投与がされていたこと,心停止直後の14時08分のPaO2 (PO2 ,動脈 全の典型的な所見である。 (ウ) 動脈血ガス分析の結果について12時25分ころから,心停止の直前まで酸素投与がされていたこと,心停止直後の14時08分のPaO2 (PO2 ,動脈血酸素分圧)が85.0㎜Hgであることから,心停止直前にうっ血性心不全がなかったとはいえず,むしろPaCO2(PCO2 ,動脈血二酸化炭素(炭酸ガス)分圧)が,心停止直後にもかかわらず15.9㎜Hgと低いことが重要であり,過換気状態になっていたと考えられる。また,PaO2 の基準値は95㎜Hg前後であり,若年では100㎜Hgが正常値であることからすると,酸素投与を受けながらPaO2 が85.0㎜Hgしかなかったのはやはり異常である。 (エ) 治療についてAの外来受診時の病状は,フォレスター分類の2群に相当する病状であり,受診当初から血管拡張剤,利尿剤の投与を中心とした治療が行われるべきであった。以前は甲状腺クリーゼは,無治療であれば死亡率が高いといわれたが,現在では適切な治療がなされれば,それほど高い死亡率ではなく,フォレスター分類の2群に相当するうっ血性心不全の院内死亡率は9%であり,甲状腺クリーゼの死亡率も20%以下とされており,正しい診断と適切な治療がされれば,予後は良好であるとされている。 したがって,被控訴人担当医師は,甲状腺クリーゼだけでなく,うっ血性心不全の疑いももち,外来で直ちに胸部X線検査,心電図検査,心エコー検査を実施し,うっ血性心不全の診断を付けた上で,適切な治療をしておけば,Aは受診直後に心停止を起こすこともなく,またその後に死亡することもなく回復できたはずである。 イ被控訴人Aは,長く未治療の甲状腺機能亢進症であった。受診以前,上気道炎(膿性痰・扁桃腺炎,問診と口腔所 起こすこともなく,またその後に死亡することもなく回復できたはずである。 イ被控訴人Aは,長く未治療の甲状腺機能亢進症であった。受診以前,上気道炎(膿性痰・扁桃腺炎,問診と口腔所見で確認。正確にどのくらい以前かは不明)あるいは胸膜炎の可能性があるとすれば,それらが直接的に甲状腺クリーゼ発生の誘因あるいは増悪因子になった可能性が存在する。 Aには,受診時,既に甲状腺クリーゼによる多臓器障害が確認されており,前記の誘因・増悪因子は,甲状腺クリーゼ全体の病像を規定したものと推測され,早期受診の必要性があったといわざるを得ない。 (ア) 外来受診時の診療上の過失についてうっ血性心不全が疑われる場合とは,肺うっ血(肺水腫)が考慮されれることをいうが,その場合,心原性肺水腫の診断は①頸静脈怒張や喘鳴,②チアノーゼや冷汗,③湿性ラ音を伴う起坐呼吸,④ピンク色(血性)泡沫状喀痰の存否確認で容易である。Aには,頸静脈怒張や喘鳴,湿性ラ音を伴う起坐呼吸,血性泡沫状喀痰は認めず,また,対診の医師ならば直ちに気づき得る口唇の紫青色(チアノーゼ)も認めなかったのであり,冷汗についても甲状腺クリーゼによる発熱と多量の発汗は認めたものの冷汗ではなかった。 控訴人らの外来受診時の診療に関する主張は,Aに確認された理学的所見を根拠なく否定した上で,甲状腺クリーゼの緊急性を極めて軽視するものであり失当である。 (イ) 胸部レントゲン写真の所見について14時30分ころの胸部レントゲン写真では右胸部外側に胸水所見がみられるが(その影響で写真が白っぽい影像になっているのであり,肺水腫の所見ではない。),その成分分析の結果によれば胸膜炎等の炎症性機転により生じた滲出液と考えられ,うっ血性心不全によるもので 見がみられるが(その影響で写真が白っぽい影像になっているのであり,肺水腫の所見ではない。),その成分分析の結果によれば胸膜炎等の炎症性機転により生じた滲出液と考えられ,うっ血性心不全によるものではない。また,うっ血性心不全による腹水は,頸静脈怒張の出現後,一層の悪化の結果として形成されるものであるが,Aには頸静脈怒張はなく,加えて,胸水が胸膜炎によるものということになれば,腹水もまたうっ血性心不全で形成されたものとはいえない。また,胸水が炎症性によることは,肺水腫に特徴的なラ音や喘鳴が聴取されなかったこととも整合する。 (ウ) 動脈血ガス分析の結果について肺水腫では,早期からPaO2 が低下し(乙43号証及び甲25号証では60㎜Hg以下と指摘されている。),聴診にて特徴的な理学的所見が得られ,さらに悪化した場合,実際,酸素マスクでは不十分となり,動脈血酸素化のより確実な気管内挿管(人工呼吸管理)が不可欠となる。本件においては,心停止前,Aの不穏状態が強く酸素マスクも完遂できなかったのであるが(したがって,高濃度酸素投与下といえる状況ではない。),そのような状況下で,心停止へ向けてうっ血性心不全(肺水腫)が悪化していたとするならば,心停止時,動脈血酸素化は著しく障害されていたと考えなければならない。 Aにおける数値(85.0㎜Hg)は,うっ血性心不全が悪化した際に認められる初期のPaO2 数値の低下(60㎜Hg)の状況とは明らかに異なっている。心停止前後に至るまで,喘鳴やラ音の所見がなかったことと併せると,この85.0㎜Hgという数値が得られた時点では,なお,うっ血性心不全によって動脈血酸素化は必ずしも著しく阻害されていなかったわけである。PaCO2 等の数値が低い理由は,甲状腺クリーゼによる組織崩壊,代 5.0㎜Hgという数値が得られた時点では,なお,うっ血性心不全によって動脈血酸素化は必ずしも著しく阻害されていなかったわけである。PaCO2 等の数値が低い理由は,甲状腺クリーゼによる組織崩壊,代謝障害のため,不揮発性酸が増大し,血液が酸性傾向となっていたことを反映したものである。 (エ) 治療について甲31号証において,H医師は,本件は,患者の胸部レントゲン写真や心電図をとるいとまもない緊急事態だったとはいえないとするが,Aは,入室以降,直ちに不穏状態を生じ,また処置や治療状況が緊迫していたことは臨床経過から明らかである。 うっ血性心不全の存在診断に関し,胸部レントゲン写真が絶対のものではなく,甲状腺クリーゼにおいて,またβブロッカー使用にあたっての緊要な心電図上の把握は,心拍数と不整脈の観察であり,これについてはモニター監視によって可能であった。腹部エコー検査の実施については,控訴人Dから腹部膨隆に関し妊娠の可能性を告げられたこと,また,被控訴人担当医師においては,膨隆の硬さと形から通常の腹水と異なるとの疑問もあったことから検査を急いだのである。 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所も,被控訴人担当医師には,診療契約上の債務不履行及び注意義務を怠った過失は認められず,控訴人らの本件各請求はいずれも理由がないと判断する。 その理由は,以下のとおり,付加,削除,訂正するほか,原判決の「事実及び理由」中の「第3 争点に対する判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。 (1) 原判決8頁6行目から12頁5行目までを次のとおり改める。 「1 診療経過前記争いのない事実,証拠(甲1,5の2,11,12,24の1,乙1,2,3の1ないし4,26,48,原審証人E及び同G)及び 2頁5行目までを次のとおり改める。 「1 診療経過前記争いのない事実,証拠(甲1,5の2,11,12,24の1,乙1,2,3の1ないし4,26,48,原審証人E及び同G)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。 (1) Aは,中学生のころ,甲状腺腫大を指摘されたものの,継続した治療は受けないままでいたところ,本件病院で受診する1年前ころから,発汗,振戦などを自覚していたが,医療機関への受診,治療は受けなかった。 しかし,平成9年3月5日(以下「平成9年」は省略する。)ころから,食欲不振がひどく,咳,痰(黄色)がみられ,発汗,振戦が著明となり,同月7,8日ころからは体動困難を感じ,同月10日には歩行が困難に至り,タクシーで本件病院を来院した。 (2) 被控訴人担当医師(昭和45年2月14日生まれ)は,平成6年4月,医師資格を取得し,研修医を経てI病院等で勤務した後,平成8年4月より,本件病院の呼吸器科に勤務していた。 (3) 被控訴人担当医師は,3月10日午前11時過ぎころ,Aを診察した。 ア同診察時,Aは,呼吸がやや努力様で,息苦しいと訴えた。問診において,医師と視線が合わない状態であった。また,Aは,問診票に,下痢,腰痛,胸部痛(動いたときに15分くらい痛む。),息苦しさ,動悸,手足の腫れありとの記載をして,その病状を訴えた。 イ同診察時の所見は次のとおりであった。 (ア) 頸部に聴診器を当てて聴いたが,喘鳴は認めなかった。 (イ) 甲状腺は腫大著明で,強い圧迫で圧痛があった。 (ウ) 頸静脈の怒張は認めなかった。 (エ) 眼球突出はなかったが,白目の面積が黒目よりも大きく,左上眼瞼が右眼 (イ) 甲状腺は腫大著明で,強い圧迫で圧痛があった。 (ウ) 頸静脈の怒張は認めなかった。 (エ) 眼球突出はなかったが,白目の面積が黒目よりも大きく,左上眼瞼が右眼瞼よりやや下垂していた。 (オ) 咽頭部には白色痰が付着しており,扁桃腫脹を認め,扁桃炎と診断した。 (カ) 血圧測定のためベッドに横になるよう指示したが,仰臥位は困難であったため,右側臥位にさせた。 (キ) 血圧は170/80㎜Hg,脈拍は整,200/分以上であった。 (ク) 背中から聴診したが,クラックル(パチパチする水泡音)は認めなかった。 (4) 被控訴人担当医師は,甲状腺クリーゼと診断し,控訴人Dに対し,直ちに入院が必要である旨を伝えるとともに,血液検査のための採血及び血管の確保(点滴ルートの確保)をし,ヴィーンF500mlの投与を開始した。 血液検査の結果のうち溶血の影響を受けない生化学検査項目に関する結果は次のとおりであった。すなわち,血清クレアチニン0.2(正常値より低値),血清コリンエステラーゼ87(正常値より低値),アルブミン分画が49.0パーセント(正常値59.8ないし71.5%),血小板数13.9万/μl(正常値は15ないし35万/μlである。)であった。 また,尿検査が実施され,その結果は,尿蛋白(++),尿潜血(±)であった。 Aは同日12時18分(以下「同日」は省略する。)入院,入室したが,移動中,手指の振戦が確認された。被控訴人担当医師は,頻脈の状態にあることから心拍管理が必要であると判断し,心電図モニターを装着させた。 (5) 入室直後のAの症状は,全身発汗著明,全身皮膚は硬く,四肢も硬くボッテ れた。被控訴人担当医師は,頻脈の状態にあることから心拍管理が必要であると判断し,心電図モニターを装着させた。 (5) 入室直後のAの症状は,全身発汗著明,全身皮膚は硬く,四肢も硬くボッテリしていた。腹部は下腹部のみが突出するように非常に硬く膨隆していた。ベッド上で右側臥位になったり左側臥位になったりし,不穏状態であった。モニター開始直後の心拍は218/分であり,モニター上,心電図は心房細動を示していた。血圧は130/80㎜Hgであった。 (6) 被控訴人担当医師は,12時22分,頻脈解除と甲状腺クリーゼ治療の目的で,インデラル1A(2㎎)を生理的食塩水20mlに混ぜて点滴投与した。これにより,心拍は一時的に140/分まで改善したが,すぐ160台/分まで増加した。12時25分,血圧が100/80㎜Hg,酸素飽和度低下(90%)を認めたため,酸素マスクで5l/分の濃度で酸素投与開始した。 モニター電極を何度貼ってもはがれる程の発汗が持続していた。 点滴が自己抜去されていたため,点滴針を再度やり替えた。その際,Aは起坐位となっており,その方が呼吸が楽であると訴えていた。 (7) その後,被控訴人担当医師は,ショック対策,甲状腺ホルモンの作用抑制及び副腎皮質ホルモンの補充を目的として,ソル・メドロール250㎎を生理的食塩水100mlに溶解し,30分かけて点滴投与した。12時40分には,妊娠,婦人科疾患確認の目的で,ベッドサイドで緊急腹部エコーを実施したが,体動が激しく,腹水があるのを確認したにとどまった。 (8) 13時,抗甲状腺剤メルカゾール2錠(10㎎)及びインデラル1錠(10㎎)を経口投与し,13時20分には,ヴィーンFの点滴投与が終了し,輸液をアクチット500mlに変更して,その点滴投与を (8) 13時,抗甲状腺剤メルカゾール2錠(10㎎)及びインデラル1錠(10㎎)を経口投与し,13時20分には,ヴィーンFの点滴投与が終了し,輸液をアクチット500mlに変更して,その点滴投与を開始した。 (9) 13時45分,尿失禁があり,尿意を訴えた。Aの希望により,ベッド脇のポータブルトイレに座る。点滴が抜かれたため,再度点滴ルートを確保したが,口角から流涎及び全身発汗著明,精神状態不穏となり,看護師の指示が入らない状態となった。ポータブルトイレからベッドに移動後,看護師が詰所に戻った間に点滴が再度抜針された。 (10) 14時,Aは,心停止・呼吸停止に陥り,瞳孔が散大した。 被控訴人担当医師は,心マッサージ,アンビューバックによる人工呼吸を開始し,気管内挿管を施した。喉頭部には泡沫などの分泌物がなかったため,挿管に際して吸引処置を必要としなかった。 14時08分,蘇生継続しながら,鼠径動脈から血液ガス分析のために動脈血を採血した。アンビューバックによる手動及びルームエアーによる人工呼吸のもとで,動脈血ガスはph7.265,PaCO215.9㎜Hg,PaO2 85.0㎜Hg,BE(ベース・イクセス)マイナス17.1であった。この結果から,被控訴人担当医師は,二酸化炭素の過剰蓄積及び酸素欠乏は認められないが,著しいアシドーシス(酸性の強いこと)を示していると判断し,これは,心停止や長時間の甲状腺クリーゼの影響によるものと診断した。なお,PaO2の正常値を求める式は下記のとおりであり(甲19),A(当時24歳)のそれは97.4㎜Hgである。 107-0.4×年齢(ただし,安静臥位)(11) 14時10分,HCU(高度管理室)に移動したが,そのころから ,A(当時24歳)のそれは97.4㎜Hgである。 107-0.4×年齢(ただし,安静臥位)(11) 14時10分,HCU(高度管理室)に移動したが,そのころから,自発呼吸,心拍動がみられ,鼠径動脈,頸動脈拍動が確認され,瞳孔径も縮小し対光反射も認められた。 (12) 14時30分,サーボ・ベンチレーター(人工呼吸器)による補助呼吸としたが,気道内圧は22.2㎝H2O と正常であり,気道抵抗の増大は認められなかった。 被控訴人担当医師は,同時刻ころ,病室にポータブル・レントゲン撮影機を上げ,人工呼吸管理下,仰臥位胸部レントゲン写真を撮影した。その影像が全体として白っぽく,右胸水の存在を示していた。そこで,胸水除去のため,スワン・ガンツカテーテルを鎖骨下静脈から心臓まで挿入して呼吸・循環管理を行い,心肺機能・血圧維持のため,利尿作用もある昇圧剤カタボン・Hiを1ml/時での滴下を開始した。また,甲状腺クリーゼ治療のため,胃内までカテーテルを挿入し,ルゴール液(無機ヨード剤)を投与した。 (13) 15時25分ころ,心エコー検査を実施し,右心室及び左心室の拡張,右心室の負荷,左心室中隔の圧排,三尖弁逆流(閉鎖不全),僧帽弁逆流(閉鎖不全)及び偏移を確認した。心機能所見は,心拍出量10.6L/分であり,駆出率(流入量に対する拍出量)は58%,心筋収縮の速さの指標であるmVcFは1.00/secであり,いずれも正常値よりやや低下した程度であった。 (14) 16時,胸水を吸引除去し,利尿剤,昇圧剤,高濃度酸素等の治療を継続した。 16時30分ころのレントゲン撮影の結果によれば,心拡大は,同日14時30分ころよりも小さくなっており,同時点で右胸部外側に白 除去し,利尿剤,昇圧剤,高濃度酸素等の治療を継続した。 16時30分ころのレントゲン撮影の結果によれば,心拡大は,同日14時30分ころよりも小さくなっており,同時点で右胸部外側に白く見られた胸水はほぼ消失し,レントゲン透過性も改善していた(これらの改善は,同時点の撮影後,スワン・ガンツカテーテルが挿入され,それによって胸水が除去された結果と見られる。)。また,右下肺には淡く浸潤陰影がみられ,その中で右横隔膜上部に数条のエア・ブロンコグラム(気管支透亮像)が認められ,比較的気管支末梢まできれいに確認された。 (15) 18時,PaO2 の低下に対して,肺胞レベルでの酸素化を促進するために,PEEP(ピープ・人工呼吸において,患者の呼気運動の最後に,陽圧をあえてかけ,気道最末端の肺胞がつぶれないようにし,酸素化を促進する方法)をかけた。 (16) 19時,抗甲状腺剤メルカゾール10㎎を筋注した。 (17) 被控訴人は,20時,控訴人らのJ病院への移送希望を受けて,Kセンターに連絡をとったが,センター医師からの直接の説明もあって,移送は取り止めとなった。その後,高濃度酸素吸入,利尿剤,昇圧剤を中心に治療を続けるも,尿流出が悪く,全身状態の改善はみられず,翌11日14時30分,Aは救急車にてF病院に移送された。 (18) 転院の当日,同病院において,胸部のレントゲン写真が撮影され,著明な心拡大と肺うっ血が認められ,同月10日16時30分ころよりも,心陰影は,右縁,左縁とも約5㎜縮小しており,胸水やエア・ブロンコグラムも確認できなかった。同病院においても,血液ろ過透析治療や甲状腺クリーゼに対する治療等が施されたが,改善せず,Aは,26日死亡するに至った。死因については,同病院では,甲状腺クリ ア・ブロンコグラムも確認できなかった。同病院においても,血液ろ過透析治療や甲状腺クリーゼに対する治療等が施されたが,改善せず,Aは,26日死亡するに至った。死因については,同病院では,甲状腺クリーゼによる多臓器不全によるものと診断された。」(2) 同12頁5行目の次に,行を改め「2 医学的知見」を加え,6行目の「(2)」を「(1)」に,16頁20行目の「(3)」を「(2)」に,21頁23行目の「(4)」を「(3)」に,22頁10行目の「2」を「3」にそれぞれ改める。 (3) 同24頁15行目から16行目にかけての「及び両肺野の肺水腫」を削除する。 (4) 同27頁5行目から12行目までを次のとおり改める。 「 控訴人らは,腰痛,胸部痛がうっ血性心不全の徴候であると主張するが,乙6号証によれば,甲状腺クリーゼの循環器症状として,冠動脈のれん縮のために狭心痛を示すこともあるとあり,Aに見られた腰痛や胸部痛は甲状腺クリーゼにも認められる症候であり,うっ血性心不全独自の症侯とはいえない。」(5) 同27頁26行目から28頁6行目までを「なお,Aには,胸水も認められたところ,胸水は左心不全が相当程度進行した段階で認められるものであり,ラ音が聴取されない本件では心不全によるものとはいえず,Aに認められた腹水及び胸水は,必ずしもうっ血性心不全に起因するものではなく,前記低蛋白症(低蛋白血症)に起因している可能性も否定できないというべきである。」に改める。 (6) 同28頁12行目から30頁9行目までを次のとおり改める。 「(3) 前記認定に係る事実経過によれば,Aは,外来受診時,側臥位が可能であり,起坐の要求はなく,肺ラ音も確認していないことから,その心不全は,キリップ分類では,肺ラ音が確認できない第一段階の病態に (3) 前記認定に係る事実経過によれば,Aは,外来受診時,側臥位が可能であり,起坐の要求はなく,肺ラ音も確認していないことから,その心不全は,キリップ分類では,肺ラ音が確認できない第一段階の病態にとどまっていたものといえる。 これに対し,控訴人らは,Aの外来受診時の臨床状態,心停止した後の動脈血ガス分析の結果,レントゲン写真の撮影結果等から,Aは,外来受診の当時から重度のうっ血性心不全の状態にあったとする。 そこで,検討するに,確かに,3月10日14時30分ころ撮影されたレントゲン写真(乙3の1)では,著明な心拡大と右胸水,レントゲン透過性の低下が認められる。しかしながら,証拠(乙40,48)によれば,同写真は,Aが病室ベッド上で臥位の姿勢の状態で撮影されたことから,胸水が背側胸膜腔へ広く移行したものと認められ,この影響で白っぽい影像となったものであり(なお,この胸水の性状は,漏出性ではなく,胸膜炎または低蛋白血症による可能性が高い(乙1)。),肺水腫の存在を裏付けるエア・ブロンコグラム(肺胞内や肺胞周囲間質に水分が貯留することで,肺内を走行する気管支腔の空気との間にレントゲン上濃淡の差が生じ,気管支が棒状の空気の走行線)も認めらないのであって,読影所見そのものからは,肺水腫が生じたことを指摘できないというべきである。 また,心停止直後の同日14時08分のPaO2 は85.0㎜Hgであったところ,証拠(乙43,48)によれば,肺水腫とは,酸素を取り入れ二酸化炭素を出す肺胞(ガス交換の場)に水分が貯留する状態であり,肺水腫が生じれば拡散障害を生じ,PaO2 は早期に低下することになるにもかかわらず,同数値は,室内気(通常空気・酸素濃度21%)の条件下のものとして正常であり,PaO2 の値からも肺 状態であり,肺水腫が生じれば拡散障害を生じ,PaO2 は早期に低下することになるにもかかわらず,同数値は,室内気(通常空気・酸素濃度21%)の条件下のものとして正常であり,PaO2 の値からも肺水腫が生じたとはいえない。また,肺水腫が形成されると肺間質性浮腫や肺胞浮腫によりその中を走行する気管支,細気管支は狭窄し,軌道内圧は上昇するところ,心停止蘇生後,人工呼吸器装着時(14時30分ころ),記録されている気道内圧は,22.2㎝H2O と通常の圧を示しているところである(乙1,41)。 これに対し,控訴人らは,動脈血ガス分析の結果で重要なのは,PaO2だけでなくPaCO2であり,心停止後でありながら,PaCO2が15.9㎜Hgと低値であることから体内での酸素需要が亢進し,そのため過換気になっていたと考えられるとし,14時08分の時点でうっ血性心不全による肺水腫(拡散障害)の状態であったと主張する。 H医師作成の鑑定意見書(甲24の1)には,これに沿った記載が認められるところであるが,他方,同意見書は,心停止前に代謝性アシドーシスが存在した可能性を否定するものではない。また,証拠(乙1,48)によれば,動脈血ガス分析では,血液の酸・塩基(アルカリ)傾向を見るため,PaCO2と炭酸水素イオン(H控訴人CO3-)(BEはほぼ同義)が測定されるところ,酸素・塩基傾向はpHに示され,PaCO2が高値によるpH低下の場合は,呼吸不全による呼吸性アシドーシスを示し,PaCO2が高くなく,H控訴人CO3-が低いためにpHが低下している場合は,代謝の病的亢進による代謝性アシドーシスとなるところ,本件では,心停止蘇生直後のpHは7.265と低下し,アシドーシス(酸性傾向)の状態にあり,これはPaCO2が15.9と低く,HCO いる場合は,代謝の病的亢進による代謝性アシドーシスとなるところ,本件では,心停止蘇生直後のpHは7.265と低下し,アシドーシス(酸性傾向)の状態にあり,これはPaCO2が15.9と低く,HCO3-も7.1と低下していることから生じた結果であることが認められ,このアシドーシスの原因は代謝性であり,甲状腺クリーゼの影響によるといえる。 したがって,PaCO2 の値によっても,心停止前に肺水腫であったとは認められない。 以上によれば,Aが本件病院の外来を受診してから心停止に至るまでの間に,既にうっ血性心不全の状態にあったものと認めることはできず,仮にうっ血性心不全が存在したとしても,いまだ潜在的なものにとどまっていたもので,臨床的に認識することができたとは認められない。したがって,被控訴人担当医師がうっ血性心不全を見落としたとはいえず,また,心停止に至るまでの間にうっ血性心不全に対する治療を施さなかったことを過失と認めることもできない。 (4) 控訴人らは,甲状腺クリーゼに対しては,当然に心不全の治療(強心剤,昇圧剤及び抗不整脈剤の投与や酸素吸入)をも施すべきであると主張するが,控訴人ら引用の医療文献(甲6,乙5ないし7,9)は,甲状腺クリーゼを発症したときは心不全を併発する可能性があり,その場合には一般的治療として心不全に対する控訴人ら主張のような治療をしなければならないと指摘しているにとどまり,心不全が発症したと診断できる所見が認められない場合にまで,当然に上記のような治療をすべきであるとするものではない。したがって,控訴人らの上記主張は,一般的な医療基準と異なる独自の見解であり,採用できない。 また,前記のとおり,外来受診時のうっ血性心不全が認められず,仮にあったとしても潜在的 い。したがって,控訴人らの上記主張は,一般的な医療基準と異なる独自の見解であり,採用できない。 また,前記のとおり,外来受診時のうっ血性心不全が認められず,仮にあったとしても潜在的なものにとどまることに照らすと,被控訴人担当医師が,臨床的に進行している重篤な甲状腺クリーゼに優先して,うっ血性心不全に対する治療を行うことを期待することはできず,また,甲状腺クリーゼに対する治療を優先した結果,うっ血性心不全への対処を優先した治療方法を選択する機会を奪ったとしても,それを過失と評価することはできず,そのことがAの死期を早めたものということもできない。 (5) また,控訴人らは,被控訴人担当医師が,Aに対し,心不全患者への慎重な投与が必要なインデラル,ソル・メドロール及びヴィーンF等を投与し,うっ血性心不全を増悪させた診療上の過失がある旨主張する。 しかしながら,Aは,前記のとおり,心停止以前には,うっ血性心不全は認められず,仮にあったとしても潜在的な状態にすぎず,かえって甲状腺クリーゼの重篤な状態にあったのであるから,被控訴人担当医師が,甲状腺クリーゼへの対処を優先し,その治療として,インデラル及びソル・メドロールを使用したことに過失はないというべきであり,臨床的に明らかであった甲状腺クリーゼへの対処を優先して上記の薬剤を投与したことが,潜在的なうっ血性心不全の治療と相反する結果となったとしても,これを過失と捉えることはできない。 さらに,ヴィーンFの投与について検討する。 同剤は,NaCl濃度が他の輸液と比べ高い組成となっており,Naが循環血中の水分を保持するように働くことから,尿を排泄できない場合には,過剰水分が肺うっ血を助長することが懸念されるため,心不全の患者には好ま aCl濃度が他の輸液と比べ高い組成となっており,Naが循環血中の水分を保持するように働くことから,尿を排泄できない場合には,過剰水分が肺うっ血を助長することが懸念されるため,心不全の患者には好ましくないとされているところ(甲21,原審鑑定の結果,弁論の全趣旨),本件では,Aには,外来受診以前から,多量発汗や下痢の症状が見られ,受診当日も,甲状腺クリーゼによる多量発汗が持続し,口渇を訴えており,体液を高度に喪失していたことから,同剤の投与は,甲状腺クリーゼによる脱水症状に対する補液管理として投与されたことが明らかである。 また,循環血量やNaCl量が著しく少なくなっている患者に対しては,ヴィーンFの投与は最初に行われるべきであるところ(乙30),Aは,同剤を投与された当時,排尿があり乏尿状態にはなく,また大量発汗と下痢のため,水分を失うとともにNaClもまた喪失し,同剤の投与開始後の13時45分にも排尿があることに照らすと,同剤の投与への適応はあったと認めることができる。 また,甲状腺クリーゼの特徴として,激しい発汗や下痢により体液(細胞外液,主には循環血液量)が喪失され,著しい脱水症状に陥ることがあり,一般的には1日当たり2~3リットルの補液が必要であることやヴィーンFの通常の用法,用量に照らして(甲21,乙7),AへのヴィーンFの投与が大量かつ急速であったともいえない。なお,原審の鑑定の結果は,ヴィーンFに関し,うっ血性心不全が見られる者への慎重投与を一般的に示唆するにすぎず,大量発汗及び下痢により水分及びNaClを喪失していたAの臨床状態に照らし言及したものではなく,同剤の投与によって,うっ血性心不全が増悪したことも認められない。 したがって,被控訴人担当医師が甲状腺クリーゼへの対処を主眼 lを喪失していたAの臨床状態に照らし言及したものではなく,同剤の投与によって,うっ血性心不全が増悪したことも認められない。 したがって,被控訴人担当医師が甲状腺クリーゼへの対処を主眼として治療行為を行い,控訴人ら指摘の各薬剤を投与したことに過失はないというべきである。 4 以上によれば,Aが外来受診した時点ないし心停止,呼吸停止をするまでの間において,うっ血性心不全が存在し,あるいは臨床的に顕在化していたとは認められず,また,被控訴人担当医師が,うっ血性心不全の存在及びその可能性を前提とした治療をしなかったために,これを増悪させたとの控訴人らの主張は理由がなく,被控訴人担当医師には,控訴人ら主張の過失は認められない。そして,本件においては,うっ血性心不全を前提とした治療が施されなかったからといって,適切で十分な治療を受けることができなかったということもできず,また,甲状腺クリーゼの病態が相当高度に進んでいたことなど,本件の経過からは,それが施されていればその後の転帰を回避することができた蓋然性があるものとも認められない。」 2 よって,控訴人らの本件各請求をいずれも棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,棄却することとし,主文のとおり判決する。 広島高等裁判所第3部裁判長裁判官西島幸夫裁判官齋藤憲次裁判官永谷幸恵
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