平成19(行ウ)790 労災保険遺族補償給付等不支給処分取消請求事件(通称 中央労基署長遺族補償等不支給処分取消)

裁判年月日・裁判所
平成22年4月15日 東京地方裁判所
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判決文本文28,743 文字)

主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実 及び理由第1 請求中央労働基準監督署長(以下「処分行政庁」という。)が,原告に対し,平成14年10月16日付けでした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。 第2 事案の概要原告は,株式会社時事通信社(以下「時事通信」という。)の記者であった子のAが,糖尿病性ケトアシドーシスにより多臓器不全等に陥って急性心不全に至り死亡したのが業務に起因すると主張して,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づき遺族補償給付等を請求したところ,処分行政庁は,平成14年10月16日付けで本件処分をした。本件は,原告が,本件処分の取消を求める事案である。 1 前提事実(争いのない事実,後掲証拠及び弁論の全趣旨による認定事実)(1) A(昭和▲年▲月▲日生)は,昭和59年4月1日,時事通信に記者として入社して本社編集局政治部に配属され,昭和61年4月1日~平成2年3月31日の新潟支局勤務を経て,同年4月1日,本社編集局政治部に配属された。Aは,首相官邸,外務省,防衛庁等の各記者クラブ担当の後,平成8年4月,政治部首相官邸記者クラブのサブキャップとなり,同年10月から,三席として首相官邸を中心とした政治取材を行っていた。 (2) 時事通信は,①新聞社,放送局等報道機関へのニュース供給,②官公庁,企業等への各種ニュース供給,③書籍,雑誌等の出版,④セミナー,研修会等の開催等を主な業務とする通信社である。(乙1)(3) Aは,平成9年6月1日午後5時ころ,腹痛,吐き気,おう吐(少量の血 液 の各種ニュース供給,③書籍,雑誌等の出版,④セミナー,研修会等の開催等を主な業務とする通信社である。(乙1)(3) Aは,平成9年6月1日午後5時ころ,腹痛,吐き気,おう吐(少量の血 液混入),食欲不振を訴え,社団法人B診療所(以下「B診療所」という。)を受診した。Aは,夜になっても症状が改善せず,同日午後9時ころ,救急車でC大学医学部附属C医院(以下「C医院」という。)に搬送され,入院した。 Aは,同月3日午後2時57分,糖尿病を基礎疾患とする合併症である糖尿病性ケトアシドーシス(以下「本件疾病」という。)により多臓器不全等に陥って急性心不全に至り死亡した。(甲1)(4) 原告は,平成11年6月1日,Aの死亡は業務に起因するとして,労災保険法に基づき遺族補償給付等を請求したところ,処分行政庁は,本件疾病の発症を認定した上,業務による負荷が本件疾病に与える影響が医学的に明らかにされているとはいえず,また,Aが罹患していた糖尿病は全く治療が行われておらず,仮に業務に従事していなくても増悪し,本件疾病を発症したであろうこと等から,本件疾病は,労働基準法施行規則別表第1の2第9号の「その他業務に起因することが明らかな疾病」に該当しないとして,平成14年10月16日,本件処分をした。原告は,同年12月13日,審査請求したが,東京労働者災害補償保険審査官は,平成16年6月7日,これを棄却した。原告は,同月24日,再審査請求したが,労働保険審査会は,平成19年7月4日,これを棄却した。原告は,同年12月28日,本件訴訟を提起した。(甲2~9) 2 争点原告の本件疾病発症の業務起因性(原告の主張)(1) 業務起因性の判断枠組み最高裁判決が共通して判示する業務起因性(相当因果関係の存在)の判断要件は,①被 (甲2~9) 2 争点原告の本件疾病発症の業務起因性(原告の主張)(1) 業務起因性の判断枠組み最高裁判決が共通して判示する業務起因性(相当因果関係の存在)の判断要件は,①被災労働者の従事した業務が,その基礎疾患を自然経過を超えて増悪させる要因となり得る負荷(過重負荷)のある業務であったと認められ ること,②被災労働者の基礎疾患が確たる発症の危険因子がなくても,その自然経過により本件疾病を発症させる直前まで増悪していなかったと認められること,③被災労働者には他に確たる発症増悪因子はないことの3要件である。本件でも,上記枠組みに従って業務起因性を判断すべきである。 (2) 業務の過重性死亡前6か月間の時間外労働は,平成9年5月134.5時間,同年4月135.0時間,同年3月141.0時間,同年2月118.5時間,同年1月124. 5時間,平成8年12月152.5時間という長時間である。 業務内容は,政治部で首相官邸記者クラブ三席として官邸取材を行い,ペルー大使館人質事件,首相訪米への同行等,精神的負担は極めて重かった。 特に首相の訪米等同行取材は身体的負荷の大きく,著しい精神的緊張を伴う非常に過酷な業務であった。Aは,平成9年4月24日~同年5月1日の首相訪米同行取材により,強い身体的・精神的ストレスを受けた。 (3) 糖尿病の発症,増悪,本件疾病の発症本件疾病は,糖尿病に罹患する者がインスリン作用欠乏により発症する合併症である。過労の身体的・精神的ストレスによりインスリン拮抗ホルモンが産生され,本件疾病を発症することは医学的に明らかである。すなわち本件疾病は,インスリン不足,インスリン拮抗ホルモンの亢進による高血糖により,さらなる高血糖となるとともに,ケトン体が体内に蓄積してアシドーシスとなり を発症することは医学的に明らかである。すなわち本件疾病は,インスリン不足,インスリン拮抗ホルモンの亢進による高血糖により,さらなる高血糖となるとともに,ケトン体が体内に蓄積してアシドーシスとなり発症する。過重労働による身体的・精神的負荷は,インスリン拮抗ホルモンの亢進をもたらす。そこで,身体的,精神的ストレスにより,インスリン拮抗ホルモン(カテコールアミン等)が分泌され,糖尿病が増悪し,本件疾病を発症させるに至る。D医師意見書,糖尿病に関する医学文献でも,糖尿病の増悪,本件疾病発症とストレスが関係するとの医学的知見が明確にされている。 (4) Aの糖尿病,本件疾病発症について Aが,糖尿病を発症したのは,健康診断を受診した平成8年5月29日以後であり,入院時(平成9年6月1日)のHbA1c値等からは,その3,4か月前と認められる。健康状態の推移,死亡までの病態によれば,死亡の約1か月前から糖尿病が急性増悪していた。 Aの発症した糖尿病は,1型の可能性が高いが,2型の可能性も否定できない。2型は,発症にも急性増悪にも,心身のストレスが大きく関与する。 Aは,糖尿病を発症するまでに,月100時間超の時間外労働に継続して従事しており,心身のストレスが大きく関与して2型糖尿病を発症した。 過重な業務により糖尿病を発症したと認められないとしても,Aは,慢性的長時間労働による疲労蓄積状態で,平成9年4月24日~5月1日に,首相外遊同行取材という,身体的,精神的に著しい負荷を伴う業務に従事し,その後も長時間労働に従事したため,死亡の約1か月前から,糖尿病を急性増悪させ,高血糖が生じ,同年5月末に本件疾病を発症し死亡した。 (5) 結論Aが従事した業務には,基礎疾患の糖尿病を自然経過を超えて増悪させる過重負荷がある。Aが慢 か月前から,糖尿病を急性増悪させ,高血糖が生じ,同年5月末に本件疾病を発症し死亡した。 (5) 結論Aが従事した業務には,基礎疾患の糖尿病を自然経過を超えて増悪させる過重負荷がある。Aが慢性的な長時間労働に従事し,直前1か月の首相外遊同行取材等の業務に従事する前,糖尿病は,自然経過により,本件疾病を発症する直前まで増悪していなかった。Aには,業務以外に本件疾病を発症する確たる因子はない。Aの死亡前の極めて過重な業務が,糖尿病を発症させたか,基礎疾患の糖尿病を有意に増悪させ,本件疾病を発症させた。 また,Aは,業務により極めて多忙であり,治療機会喪失により基礎疾患の糖尿病を有意に増悪させ,本件疾病を発症させたともいえる。 以上によれば,Aが発症した本件疾病に業務起因性が認められる。 (被告の主張)(1) 業務起因性の判断枠組み労災保険法上,労働者の疾病等を業務上というには,当該業務と当該疾病 等との間に相当因果関係を要し,これは,使用者の労災補償責任の性質が危険責任を根拠とすることから,当該疾病が業務に内在する危険の現実化と認められるかによって判断される。 Aの死因は,糖尿病を基礎疾患とする合併症の本件疾病から多臓器不全等を生じたことであるから,業務上の死亡というには,糖尿病ないし本件疾病(以下「本件疾病等」という。)が業務に内在する危険の現実化と認められる必要がある。 本件疾病等は,遺伝的要因,生活習慣等により発症に至るとされ,業務に関係なく増悪するから,業務との条件関係が問題となる。次に,本件疾病等と業務との相当因果関係が認められるためには,業務による負荷が,平均的な労働者にとって,業務による負荷が客観的に本件疾病等を発病させるに足りる程度であると認められること(危険性の要件),業務による と業務との相当因果関係が認められるためには,業務による負荷が,平均的な労働者にとって,業務による負荷が客観的に本件疾病等を発病させるに足りる程度であると認められること(危険性の要件),業務による負荷が,業務外の要因に比して相対的に有力な原因となって,本件疾病等を発病させたと認められること(現実化の要件)が必要である。 (2) 業務の過重性時事通信では,本人が申告した出勤時刻から退勤時刻までの時間から1時間を減じて労働時間として計算し,食事時間等が1時間を超えても労働時間から減じていなかった。記者が記者クラブのソファーで仮眠を取っても労働時間として扱われていた。業務の性質上,極めて多忙な時がある一方,手待ち時間も相当あった。Aは,三席として,業務の7,8割は記者クラブ内にいたから,労働密度は,他の記者等に比較して高くはなかった。Aは,月に4~10日間,週に1度,休日を取得していた。以上の業務内容,休日数によれば,Aの業務は,著しく過重なものであったとは評価できない。 (3) 糖尿病の発症について1型糖尿病の成因は,遺伝因子,環境因子,自己免疫の関与とされ,自己免疫の関与が重要とされる。業務負荷が1型糖尿病発症に関与するとの知見 はない。2型糖尿病の成因は,遺伝的要因に,生活習慣等の環境要因が関与するとされる。業務負荷が2型糖尿病の発症に関与するとの知見はない。 Aの糖尿病の型は確定できないが(劇症型でない1型糖尿病の可能性が高い。),発症に業務起因性は認められない。 糖尿病を発症しても,適切な治療により健常者と同様な社会生活が可能であり,生命予後は合併症による。合併症は,高血糖に基づくものであり,血糖コントロールによって防止できる可能性が強い。 (4) 本件疾病の発症についてア本件疾病は,2型糖尿病か 社会生活が可能であり,生命予後は合併症による。合併症は,高血糖に基づくものであり,血糖コントロールによって防止できる可能性が強い。 (4) 本件疾病の発症についてア本件疾病は,2型糖尿病からの発症はまれであり,1型糖尿病を基礎疾患とする合併症であることが多い。本件疾病の成因は,インスリン作用の相対的,絶対的不足,インスリン拮抗ホルモンの増加があり,誘因は,重篤な感染症,外傷,外科手術の関与,インスリン治療の中断,糖尿病患者の暴飲暴食等が挙げられる。成因,誘因に業務が関与するとの知見はない。 イ Aは,平成8年5月時点の健康診断で糖尿病の症状はなかった。1型糖尿病は,遺伝的要因に環境要因(ウイルス)が加わって生じることが多く,短期間に発症することも多い。Aは,平成9年4月ころには糖尿病を発症していたと考えられる。同年5月ころ同僚らに疲労感を訴え,同月26日前後から,腹痛,吐き気,食欲不振が続き,同月29日には,多尿とともに缶コーヒーを多飲していた。糖尿病発症,糖代謝増悪,血糖上昇,浸透圧利尿による多尿,脱水,口渇,清涼飲料水(糖多有飲料)多飲,更なる血糖上昇という悪循環で糖毒性増強が生じ,本件疾病が発現,進展した。 本件疾病発症に業務のストレスが関連した可能性はあるが,業務の影響に比し,業務外の要因の方が強く影響していた。 ウ本件疾病は,早期に適切な治療をすれば予後が悪くないが,Aは,急性膵炎,前DIC症(特定の基礎疾患の存在下で止血及び炎症反応の制御システムが破綻し,出血傾向と血栓症による臓器障害をきたす症候群),急 性肺炎,電解質異常(低カリウム血症,後に,高カリウム血症),横紋筋融解等,重篤な疾病を併発し,多臓器不全に至って死亡した。これは,受診,治療の遅れの結果に他ならない。 Aは,発症の数日前には,糖尿病 ,電解質異常(低カリウム血症,後に,高カリウム血症),横紋筋融解等,重篤な疾病を併発し,多臓器不全に至って死亡した。これは,受診,治療の遅れの結果に他ならない。 Aは,発症の数日前には,糖尿病の疑いを有していたようであるが,治療のため休暇取得を申し出る等しておらず,発症直前である平成9年5月31日(土曜日)も進んで出勤し,治療の機会を放棄したに等しい。 (5) 治療機会の喪失についてAは,上司に連絡さえすれば,出勤時間をうるさく言われず,所定休日の日曜日,祝休日,時短休暇34日の取得を認められ,平日に休暇を取ることは可能であった。Aは,E内歯科診療所で,平成6年9月~平成7年1月に7回,同年8月~同年9月に3回,平成8年10月~同年12月に12回,歯科治療を受けており,E内の内科診療所通院も可能であったから,業務によって治療機会を喪失したとはいえない。 (6) 結論以上のとおり,本件疾病等の発症,著しい増悪に業務が関与するとの知見はなく,業務によって治療機会を喪失したともいえないから,本件疾病等の発症ないし増悪は,業務に内在する危険が現実化したものといえない。 第3 当裁判所の判断 1 業務起因性の判断枠組み労災保険法に基づく保険給付は,労働者の業務上の死亡等について行われるのであり(同法7条1項1号),労働者の死亡等を業務上のものと認めるためには,業務と死亡等との間に相当因果関係が認められることが必要である(最高裁昭和51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事119号189頁参照)。そして,労災保険制度が,労働基準法上の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば,上記の相当因果関係を認めるためには,当該死亡等の結果が,当該業務に内在する危険が現実化し たものであると 法上の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば,上記の相当因果関係を認めるためには,当該死亡等の結果が,当該業務に内在する危険が現実化し たものであると評価し得ることが必要である(最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決・裁判集民事178号83頁,最高裁平成8年3月5日第三小法廷判決・裁判集民事178号621頁参照)。本件についていえば,前記前提事実のとおり,Aの死因は,本件疾病により多臓器不全等に陥って急性心不全に至ったことにあるから,本件疾病発症が時事通信におけるAの業務に内在する危険が現実化したものと評価できるかを検討することになる。 2 Aの業務の過重性証拠(乙1~7,13,15,16)及び弁論の全趣旨によれば,Aの業務について次の事実を認定することができる。 (1) 時事通信及び首相官邸記者クラブについて時事通信は,一般ニュースの分野ではNHK,民放,共同通信,朝日,読売等の大手紙と競合する一方,金融,証券,商社等専門家向けに経済を中心とする実務ニュースを配信しているため,ブルムバーグ,ロイター,日経等とも競合する。首相官邸記者クラブ員は,実務ニュースに速報を入れ,それから一般ニュース用に原稿を書くのが日常的であった。 首相官邸記者クラブは,政府の政策決定,政局等の取材を担当する部署であり,キャップ,サブキャップ,三席の下に,官房長官番,官房副長官番,首相番記者等がおり,平成9年6月当時,合計10人が所属していた。 指揮,調整,取材,原稿処理は,三席以上の記者が統括的な立場で行い,官房長官番以下の記者は,三席以上の記者の指示で取材,記事の処理に当たっていた。三席以上の記者は,かなりの経験を積み,一定の能力があると評価されていた。 (2) Aの労働時間所定労働 行い,官房長官番以下の記者は,三席以上の記者の指示で取材,記事の処理に当たっていた。三席以上の記者は,かなりの経験を積み,一定の能力があると評価されていた。 (2) Aの労働時間所定労働時間は午前10時~午後6時(休憩時間1時間),実働7時間であった。政治状況等に何か動きがありそうな時は,午前1,2時まで仕事をした。若手の夜回りが首相秘書官等の帰宅時の取材を行うときも,三席以上 は,その報告を待つため,帰宅が深夜になることがあった。Aは,通常,午前9時過ぎに出勤し,午後11時,12時ころ退勤するのが常態であった。 所定休日は,日祝日,12月29日~同月31日,1月2日,3日,時短休暇(年次有給休暇のほかに自由に取得できる。)34日であった。土曜日は,首相官邸は休みであったが,三席以上の3名が交代制で出勤していた。 休日(年末年始を含む。)は,入社3年目以上の記者20人が,輪番で午前10時~午後11時の間,政治部デスクの留守番勤務に当たった。休日にも要人が重要な会議,会合等を持つ場合,担当記者が出勤することがあった。 各自の出勤時刻,退社時刻は,業務に支障のない限り,上司と連携をとり,各自の自己判断でよかった。 時事通信では,本人申告の出勤時刻~退勤時刻の時間から1時間を減じて労働時間を計算し,実際の食事時間等が1時間を超えても,労働時間から減じなかった。現場の記者が,仕事の合間に記者クラブのソファーで仮眠を取っても労働時間として扱われた。 (3) Aの業務内容等ア首相官邸記者クラブ三席の主な仕事(キャップ,サブキャップと分担)記事の取材,執筆(首相官邸等での記者会見,発表の取材,政治家,政府高官等への面会取材,取材対象者の自宅等を訪問しての直接取材,重要な記事,筆力を要する記事の取材,執筆。),若 キャップと分担)記事の取材,執筆(首相官邸等での記者会見,発表の取材,政治家,政府高官等への面会取材,取材対象者の自宅等を訪問しての直接取材,重要な記事,筆力を要する記事の取材,執筆。),若手記者の教育,原稿の手直し,社内他クラブ,他部,本社デスクとの連絡調整,クラブ員への取材指示,出勤時間や休日出勤の調整,他社との協議等,クラブ全体の管理的な業務,社内外からの依頼原稿の執筆であった。 イ仕事の基本的な流れ官房長官定例記者会見(午前11時,午後4時)出席。会見後の懇談に出席した若手の番記者から報告を受け,記事にするか判断し,周辺取材の指示,調整をする。夕方,官房副長官の懇談出席した番記者の報告を受け, 記事にするかを判断する。夕方の懇談後,夕食を取りながら打ち合わせし,番記者が夜回りに出た後クラブに戻り,他部や他クラブとの調整,スクラップ作業等の仕事を続け,待機する。 ウ作業環境三席であるAは,主に総理官邸記者クラブ内での仕事をし,取材等で外出するのは,業務の2,3割であった。いつも睡眠不足で疲れていることから,クラブ内では,10~15分という短時間でもソファーで仮眠を取ることもあった。外出する場合,議員会館内事務所,官庁執務室,会議,会合の行われるホテル等の建物内外での取材,そのための待機があった。 (4) Aの発症1週間前の業務平成9年6月1日(日)(発症当日)は,休日であった。 同年5月31日(土)は,午前10時~午後11時就業(実労働時間12時間,時間外労働時間5時間)。首相官邸記者クラブにはAのみが出勤していた。午前,午後とも来客はなく,書類整理を行ったり仮眠を取ったりした。 午後6時ころ,中曽根・橋本会談があったことが判明し,急遽,Aが,本社政治部デスク,Fキャップ等との連絡,首相番 のみが出勤していた。午前,午後とも来客はなく,書類整理を行ったり仮眠を取ったりした。 午後6時ころ,中曽根・橋本会談があったことが判明し,急遽,Aが,本社政治部デスク,Fキャップ等との連絡,首相番記者への取材指示,待機,原稿執筆等の業務を1人で行い,終業が午後11時ころとなった。 同月30日(金)は,午前9時~午後9時30分就業(実労働時間11時間30分,時間外労働時間4時間30分)。午前9時にあった閣議の後の官房長官記者会見に出席する等した。上司とAとで翌日の土曜日の出勤者の相談をし,Aは,上司からの出勤の依頼を承諾した。 同月29日(木)は,午前9時~午前0時就業(実労働時間14時間,時間外労働時間7時間)。官房長官記者会見(午前,午後)に出席する等した。 夜,日本中古車販売連合会協会会長の就任パーティー,防衛庁幹部との夕食懇談会に出席した。 同月28日(水)は,午前9時~午前0時就業(実労働時間14時間,時 間外労働時間7時間)。午後,官房副長官の記者会見に出席する等した。 同月27日(火)は,午前8時~午後11時就業(実労働時間14時間,時間外労働時間7時間)。沖縄政策協議会に対応するため早出し,自ら取材,官房長官の記者会見に出席する等した。 同月26日(月)は,午前10時~午後11時就業(実労働時間12時間,時間外労働時間5時間)。官房長官,官房副長官の各記者会見に出席する等した。午後10時30分ころまでの首相と沖縄県知事との会談にも対応した。 同月25日(日)は,休日であった。 (5) Aの発症6か月前の業務ア労働時間(平成8年12月~平成9年5月)所定労働時間総労働時間数時間外労働時間休日5月 154.0 294.5 134.5 7 務ア労働時間(平成8年12月~平成9年5月)所定労働時間総労働時間数時間外労働時間休日5月 154.0 294.5 134.5 74月 154.0 303.0 135.0 43月 154.0 287.5 141.0 82月 140.0 262.5 118.5 71月 147.0 257.0 124.5 1012月 147.0 299.5 152.5 8合計 896.0 1704.0 806.0 44月平均 149.3 284.0 134.3 7.3Aは,ほぼ1週間に1度,規則的に休みを取っていた。平成9年5月は,本件同行取材からの帰国後連続してとった4日間の休日(代休及び日祝日)のほか,3日間の休日(いずれも日曜日)があった。 イ橋本内閣の行政改革に関する取材橋本内閣は,行政改革,沖縄問題,財政構造改革等6大改革や多くの政策課題を掲げ,首相官邸記者クラブの記者はその取材に追われた。Aは,防衛庁記者クラブ所属経験があり,基地問題や沖縄問題に詳しく,首相官 邸記者クラブの沖縄問題取材の中心であった。 Aが死亡した時期は,担当のサブキャップが財政構造改革の取材に忙殺され,Aに若手の指導,クラブの雑用等のしわ寄せがきていた。 ウ在ペルー日本大使公邸人質事件の取材対応(平成8年12月19日~平成9年4月23日)橋本政権にとって,内閣存続に関わる重大問題であり,政治記者にとっても重要だった。そのため,官邸クラブの記者は,半年近くの間,展開が予想できない精神的負荷を受けながら取材活動を行った 月23日)橋本政権にとって,内閣存続に関わる重大問題であり,政治記者にとっても重要だった。そのため,官邸クラブの記者は,半年近くの間,展開が予想できない精神的負荷を受けながら取材活動を行った。 この間,時事通信では,外務省記者クラブでの宿直勤務を,他クラブ所属の記者も含めた輪番制で行い,Aも加わった。宿直中は,外務省による3回(夜,深夜,朝)のレクチャーを報告するため熟睡できず,朝は,現地で動きがあり得る午前5時ころに起きる必要があった。宿直の日も夜まで通常勤務し,宿直明けも朝から通常勤務した。Aが宿直勤務したのは,平成8年12月20日,同月23日,平成9年2月3日の3回であった。 Aは,この間も,月に7~10日の休日を取得していた。 エ橋本首相の訪米等への同行(平成9年4月24日~同年5月1日)Aは,ペルー大使公邸人質事件が解決した翌日の同年4月24日~5月1日,橋本首相の米国,豪州,ニュージーランド訪問の同行取材に従事した(以下「本件同行取材」という。)。Aは,時事通信から1人で派遣されたが,海外同行取材経験があり,現地では,現地特派員の応援を受けた。 同業の共同通信社の派遣記者は2人であった。なお,Aは,本件同行取材の準備を,ペルー人質事件と並行して進めていた。 首相外遊の記事は扱いが大きく,細部まで対応する必要があって出稿量が多く,責任が重かった。飛行機での移動中も,政府首脳との懇談会,その準備や,原稿書き等多くの仕事があった。現地では,状況に応じ原稿を書き替え,首相の日程終了後も,原稿を書き,翌日の準備をした。時差が あり,十分な睡眠がとれず,精神的な緊張状態の中,大量の出稿をした。 Aは,本件同行取材から同年5月1日帰国,8時羽田空港到着,首相官邸記者クラブに顔を出した後,同月2日~同月5日は連 あり,十分な睡眠がとれず,精神的な緊張状態の中,大量の出稿をした。 Aは,本件同行取材から同年5月1日帰国,8時羽田空港到着,首相官邸記者クラブに顔を出した後,同月2日~同月5日は連続して休んだ。 オ本件同行取材後の業務等Aは,本件同行取材からの帰国後,発症2日前までは通常の業務をした。 Aは,平成9年5月13日は,午後12時まで残業し,ペルー人質事件関連の記事を2本出稿した。同月18日は,日曜出番として午前10時~午前0時の間,政治部デスクに勤務した。 3 Aの健康状態等証拠(甲19,乙1,11,12,14,15,28,証人F)及び弁論の全趣旨によれば,Aの健康状態等について,次の事実が認められる。 (1) A及びその家族の健康状態等Aは,身長170.2㎝体重76.5㎏(平成9年5月12日時点)であった。酒は,夕方に350mlの缶ビールを1本飲む習慣であった。大学時代から喫煙し,量は1日1箱程度であった。ジュースや缶コーヒーを飲んでいたが,頻繁ではなかった。Aは,E内歯科診療所で,平成6年9月~平成7年1月に7回,同年8月~同年9月に3回,平成8年10月~同年12月に12回,歯科治療を受けた。 Aの父親である原告は,偏食により血糖値が高くなり,半月ほど食事療法をしたことがあった。Aの家族,親族に,糖尿病,脳心臓疾患であった者はいない。 (2) 平成7年~平成9年の健康診断結果平成7年5月,赤血球数が「経過観察」となったほか,特に異常なし。 平成8年5月,中性脂肪が「経過観察」となったほか,特に異常なし。 平成9年5月12日(結果通知は,Aの死亡後にあった。),肝機能:GOT22,GPT37,r-GTP60,ALP537,要精密検査,糖代 謝:尿糖3+,血糖 たほか,特に異常なし。 平成9年5月12日(結果通知は,Aの死亡後にあった。),肝機能:GOT22,GPT37,r-GTP60,ALP537,要精密検査,糖代 謝:尿糖3+,血糖324,要精密検査(3) Aの死亡前約1か月間の健康状態本件同行取材の帰国日の平成9年5月1日,Aの顔色は青黒く,かなり疲れた様子,やせて普段とかなり違う様子であった。同月上旬,Aは,同僚に対し,疲れたとか,体調がよくないと述べ,元気がなく疲れた様子で,仮眠や休憩を若干長く取っていた。同月12日,定期健康診断があり,死亡後判明した結果は,肝機能,糖質代謝,糖代謝に異常が見られ,要精密検査の判定であった。同月22日~同月25日ころ,Aは,Fキャップに,自分が糖尿である旨述べた。このころから,腹痛,吐き気,食欲不振が続いていた。 Aの様子は,顔色が悪くやつれ,食欲不振で,飲酒しなかった。Aは,同僚に,本当に調子が悪いとか,夜中に喉が渇いて仕方がない旨述べた。同月29日~同月31日ころ,顔色が白っぽく,人相が変わるほどやせ,かなりやつれていた。缶コーヒーを飲んだり,夜中に起きて水を飲み,トイレに行くことを繰り返した。Aは,同月30日朝,原告と,糖尿病ではないかと話し,同月12日の健康診断の結果を待って病院へ行くと述べた。同年6月1日,Aは,夜中から早朝にかけ2回ほど起きて水を飲んだ。午前4時ころ水を飲んで吐き,嘔吐,吐血した。午後5時ころ,苦痛がひどいため,B診療所を受診し,点滴を受けたが,症状は変わらなかった。医師から,止血したが痛むと思う,出血が止まらないようなら救急車を呼ぶよう指示があった。Aは,その後も状態が改善しないため,午後8時30分ころ,救急車でC医院に搬送され,救急治療を受け,そのまま入院した。 同月3日,Aは 思う,出血が止まらないようなら救急車を呼ぶよう指示があった。Aは,その後も状態が改善しないため,午後8時30分ころ,救急車でC医院に搬送され,救急治療を受け,そのまま入院した。 同月3日,Aは,午後2時57分,本件疾病により多臓器不全等に陥って急性心不全に至り死亡した。 4 糖尿病,本件疾病に関する医学的知見証拠(甲10~15,乙21,22,25~27,29,証人D)及び弁論の全趣旨によれば,糖尿病,本件疾病に関する医学的知見は,次のとおりであ ると認められる。 (1) 糖尿病糖尿病は,インスリン分泌の絶対的又は相対的な障害とインスリン作用の障害の両方又は一方が原因で生じる高血糖を特徴とする症候群である。糖尿病は,1型と2型に分類される。 病態生理としては,インスリンの作用不足により,インスリン拮抗ホルモン(グルカゴン,カテコールアミン,成長ホルモン,グルココルチコイド等インスリンと逆の働きをする血糖値を上げるホルモン)とのバランスが乱れ,糖代謝の恒常性が破綻する。インスリンの作用不足は,インスリン分泌低下(欠乏)とインスリン感受性の低下(インスリン抵抗性)による。 1型は,インスリンを作り出す膵臓のβ細胞が破壊され,インスリン分泌がほぼ0になるものである。1型は,遺伝因子の関与の下,ウイルス感染等が引き金となって起こる自己免疫疾患で,急性で発病することが多い。1型糖尿病は,β細胞の減少が進行して正常の10~20%まで低下すると高血糖をきたし発症する。インスリン分泌能は,発症後もしばらくはわずかに残存しているが,β細胞の完全な消滅に伴い枯渇する。風邪のような症状の後,多尿,口渇,易疲労感等の症状で発症することが多く,急速にインスリン依存状態となり,インスリン治療を行わなければケトアシドーシス(DKA, が,β細胞の完全な消滅に伴い枯渇する。風邪のような症状の後,多尿,口渇,易疲労感等の症状で発症することが多く,急速にインスリン依存状態となり,インスリン治療を行わなければケトアシドーシス(DKA,本件疾病)に陥り,重症となりDKA昏睡を起こす。これらの症状が1~3週間のうちに急速に進行する。1型糖尿病患者はインスリン分泌能が高度に障害されているため,何らかの事情でインスリン注射をしなかったり,感染等の影響で極度にインスリンが効きにくかったりすると,著明な高血糖をきたす。小児や若年層に多く発病し,30歳前後に診断される糖尿病の主な病型である。日本人の糖尿病患者の約5%以下が1型である。 急性発病1型糖尿病の約80%は,数週間~数か月でDKAとなる。数日間でDKAとなる劇症型も約20%あり,発症があまりに急激なため,著明 な高血糖を認めるのにHbA1cが殆ど上昇しない。成人になってから徐々に(平均3年間)β細胞が破壊されるタイプ(緩徐進行型)もある。 治療は,1日4,5回のインスリン注射が生命維持のために必須であり,経口血糖降下薬は無効である。同時に食事療法と運動療法も必要である。 2型は,膵臓のインスリン分泌低下と,インスリンに対する細胞の感受性低下(インスリン抵抗性)が複合して,インスリン効果の低下をもたらし発症する。日本人の糖尿病患者の約95%が2型である。2型は,一定の遺伝的素因(体質)を持つ人に,加齢,日常生活習慣(食過ぎ,運動不足,様々なストレス,アルコールのとり過ぎ等)が加わって発病する生活習慣病である。2型の発症には遺伝的な素因も深く関係するため,家族等に糖尿病の人がいる場合,特に注意が必要である。2型は数年の経過で徐々に発症し,自覚症状に乏しいため,健康診断や人間ドック,他の疾患で受診した時の採血,検 には遺伝的な素因も深く関係するため,家族等に糖尿病の人がいる場合,特に注意が必要である。2型は数年の経過で徐々に発症し,自覚症状に乏しいため,健康診断や人間ドック,他の疾患で受診した時の採血,検尿で発見される。口渇,多飲,多尿,夜間尿等高血糖に基づく症状は,高血糖がかなり進行しなければ出現しない。治療の基本は食事療法と運動療法であり,食事療法を厳格に実行すれば約7割はコントロール可能といわれる。 コントロールできない場合,経口血糖降下薬又はインスリン療法が必要となる。2型糖尿病の患者は,非ケトン性高血糖性高浸透圧性昏睡を発症することがあるが,DKAを発症することはまれである。 治療にインスリンが必要か否かの観点から,生存のためにインスリン治療が必要なインスリン依存状態と,インスリン不要,高血糖是正のためにはインスリンが必要なインスリン非依存状態に分類されることがあり,1型糖尿病の場合は,ほぼインスリン依存状態であり,2型糖尿病の場合は,そのインスリン分泌力により,インスリン非依存状態であることもあればインスリン依存状態となることもある。 糖尿病患者が,感染症や消化器疾患,外傷,ストレス等により体調を崩したり,食欲不振のため食事ができないときをシックデイといい,血糖コント ロールが乱れやすい。高血糖と脱水が持続すると,1型糖尿病はDKA,2型糖尿病は高血糖性高浸透圧昏睡を惹起する。 (2) DKA(本件疾病)DKAとは,インスリン欠乏,インスリン拮抗ホルモン上昇,脱水に基づき,著しい高血糖が生じ,肝臓で脂肪分解が急速に進み,酸性物質であるケトン体(アセト酢酸等)が生成され,ケトーシス(ケトン体が体液中に大量に蓄積している状態),ケトアシドーシス(ケトン酸血症。ケトーシスによりアシドーシスになること。)へと急速に進展 酸性物質であるケトン体(アセト酢酸等)が生成され,ケトーシス(ケトン体が体液中に大量に蓄積している状態),ケトアシドーシス(ケトン酸血症。ケトーシスによりアシドーシスになること。)へと急速に進展し,生命の危険を伴う救急的な病態である。高血糖と著しいケトン体の蓄積によって生じる高度の脱水とアシドーシス(酸性血症。体内の酵素等の活性が低下する。)が本症の本態である。すなわち,インスリン作用の不足によって,人体はブドウ糖を燃焼して細胞に取り込めなくなる。脳はブドウ糖しか利用できないので,肝臓で脂肪を分解してブドウ糖を産生し,副産物として酸性のケトン体が出て増え,高ケトン血症になる。脂質の燃焼はブドウ糖の燃焼と異なり,ケトン体生成をもたらす。この場合,脂肪組織中の脂肪成分は急速に分解して血中に大量のアセト酢酸,βオキシ酪酸等のケトン体が放出され,動脈血pHは低下し,アシドーシスを呈する。動脈血pHのシフトは全身の細胞に重大な損傷をもたらし,意識混濁から究極的には死に至らしめる。 重症DKA時にインスリン拮抗ホルモンの濃度が上昇し,回復期には正常化することが知られている。これらの拮抗ホルモンはインスリンの存在下では遊離脂肪酸,グリセロール,ケトン体の濃度の上昇をもたらさないが,インスリン非存在下では速やかにこれらの濃度を上昇させる。一方,有意な拮抗ホルモンの上昇がなくてもインスリン欠乏により中等度のDKAは生じ得る。したがってインスリンの欠乏がDKAの発症にとって最も重要であるが,DKAの重症度はこれらの拮抗ホルモンの影響を受けているかもしれない。 臨床症状としては,激しい口渇,多飲,多尿,全身倦怠感等の前駆症状に 続き,急激な体重減少がみられる。悪心,嘔吐,腹痛等の消化器症状も多い。 血圧低下,ケトーシスに伴う呼気アセトン臭, 。 臨床症状としては,激しい口渇,多飲,多尿,全身倦怠感等の前駆症状に 続き,急激な体重減少がみられる。悪心,嘔吐,腹痛等の消化器症状も多い。 血圧低下,ケトーシスに伴う呼気アセトン臭,代謝性アシドーシスに伴うクスマウル呼吸(独特のゆっくりした深い呼吸)等も生じる。未治療の患者の場合は昏睡(糖尿病性昏睡)に至ることもある。 治療の基本は,細胞内外の脱水の是正,ケトアシドーシスの是正,電解質喪失の是正,高血糖の是正を目標に,適切な水分及び電解質(カリウム)の補給とインスリン投与である。また,感染症等DKAの誘因になっている因子の除去も同時に行う必要がある。致死率は先進国では2~5%であり,適切な診断と治療さえ行われれば十分に救命可能な病態である。 1型糖尿病患者に多く,その発症時,インスリン治療の失敗,急性感染症,外傷,梗塞等のインスリン治療を不十分にする病態で発症する。2型糖尿病患者でもソフトドリンクの多飲や感染症,アルコール多飲によって生じることがある。2型糖尿病患者でのDKA発症は稀であり,食物摂取の減少,重篤の慢性的高血糖(糖毒性)から著明なインスリン分泌低下を経て,ケトン体形成およびアシドーシス(通常は軽度)を呈することがある。 臨床的には,①インスリン依存性糖尿病の発症時,②インスリン治療糖尿病患者のインスリン注射中断者,③重症感染症に罹患した糖尿病患者,④糖尿病患者の暴飲暴食者等によくみられる。 (3) 糖尿病,DKAと身体的・精神的ストレスとの関係ア森本勲夫,江藤澄哉「過労と糖尿病」(甲10)臨床では,肉体的,精神的な過労に伴い,糖尿病コントロールが乱れたり,症状が悪化したり,過労を契機として糖尿病が発症することがみられる。その理由として,肉体的,精神的過労により,規則的な食事,運動,服薬 は,肉体的,精神的な過労に伴い,糖尿病コントロールが乱れたり,症状が悪化したり,過労を契機として糖尿病が発症することがみられる。その理由として,肉体的,精神的過労により,規則的な食事,運動,服薬が乱れること,情緒的ストレスによる糖代謝の悪化がある。 情緒的ストレス時に,尿ケトン体が出現,血中脂質が増加することは,多くの研究の結果から明らかである。インスリン依存性糖尿病では,情緒 的ストレスでDKAや糖尿病昏睡を生じる例もみられる。このケトン体の上昇は体脂肪の分解が原因とされ,血中脂質の増加が情緒的ストレス時に同時に認められる。 情緒的ストレスで血糖が必ず上昇するかには,一定の見解が得られていない。一般的には,情緒的ストレスが糖尿病コントロールを悪化し得ることは明らかであり,血糖値が上昇し,インスリン需要量が高まる。例えば,仕事が多忙な時期には血糖が上昇し,正常の血糖値を得るためにインスリン量を増加せねばならないし,その期間を過ぎるとインスリン量を減少させないと低血糖が生じる。情緒的ストレス時の血糖上昇の機序として,血中カテコールアミン,グルカゴン,コルチゾール,成長ホルモン,β-エンドルフィンの関与が指摘されている。 情緒的ストレスの糖尿病発症への役割は完全には明らかではないが,糖尿病の素因のある人の誘因となり糖尿病が顕性化されると考えるのが一般的である。 生理的,情緒的ストレス状態では,ストレスホルモンであるカテコールアミン等が分泌され,血糖上昇,脂肪分解による血中脂質,ケトン体の上昇を導く。生理的量のこれらホルモンの投与は血糖を上昇させる。 イ三浦久幸ほか「ケトアシドーシス性昏睡」(甲11)インスリン拮抗ホルモンの血中濃度が高値を示すことが多く,DKAはインスリン欠乏の代謝異常に関わっている可能性が の投与は血糖を上昇させる。 イ三浦久幸ほか「ケトアシドーシス性昏睡」(甲11)インスリン拮抗ホルモンの血中濃度が高値を示すことが多く,DKAはインスリン欠乏の代謝異常に関わっている可能性が高いが,どの程度DKAの成因にかかわっているのか,現在でも論争の過程にある。 DKAの誘因には,感染,インスリン注射の中断・減量,初発糖尿病,インスリン抵抗性の増大,心身ストレスがある。 ウ C・ロナルド・カーン他編「ジョスリン糖尿病学第2版」(甲13)心理的,身体的ストレスは代謝状態に大きな影響を与え,1型糖尿病の発症に大きく関与すると報告されてきたが,確固たる証拠はない。 ストレスが2型糖尿病の発症に関与しているのではないかという一連の研究があるが,どのような役割を果たすか更なる研究が必要である。 より強い根拠が得られているのは,ストレスと糖尿病の経過であり,ストレスはホルモンを通じて直接的に,また自己管理行動を通じて間接的に血糖管理に影響を与える。 1型糖尿病患者における陰性ライフイベントと血糖コントロールとの関係を調べた研究では,これらのストレスが血糖コントロールを悪化させることが明らかになった。 1型糖尿病を持つ人では,他の疾患や外傷のような身体的ストレスが高血糖を生じ,DKAに至ることもある。 エ金澤一郎ほか総編集「内科学Ⅱ」(2006年発行)(乙27)DKAの成因としては,インスリン作用の相対的又は絶対的不足に加え,インスリン拮抗ホルモンの増加によりもたらされる遊離脂肪酸の上昇の存在が必要である。誘因としては,重篤な感染症,外傷,外科手術等の関与がよく知られる。 DKAの誘因となる感染,脱水,筋肉運動等では,インスリン拮抗ホルモンが増加し,これらのホルモンはすべて脂肪組織からのFFAの 誘因としては,重篤な感染症,外傷,外科手術等の関与がよく知られる。 DKAの誘因となる感染,脱水,筋肉運動等では,インスリン拮抗ホルモンが増加し,これらのホルモンはすべて脂肪組織からのFFAの放出を増加させるため,ケトン体の著増を来してDKAの発症を促進する。 インスリン不足に加えてストレスによるインスリン拮抗ホルモン過剰分泌が存在すると,肝,脂肪組織,筋肉における代謝が異化に傾き,肝におけるグリコーゲン分解や脂肪組織における脂肪分解の促進,筋肉からのアミノ酸動員の惹起による肝糖新生増加等により高血糖が生じる。 5 Aの本件疾病等発症の業務起因性に関する医師の意見(1) G内科外来部長D医師(甲14,証人D)Aは,若年,糖尿病の家族歴がない,急速に進行した(過去2,3か月の平均血糖が高く,昨年までは正常。)ことから1型の可能性が高い。過去に 肥満の既往があるから,極めて不規則な生活,長時間の残業等による大きな心身のストレスにより2型糖尿病が急性増悪してDKA昏睡を来した可能性もある。医学的なストレスとは,体に負荷がかかるもの全部であり,例えば,重大な感染症,暴飲暴食,ペットボトル症候群,アルコールの多飲等もストレスである。 1型糖尿病の発症に生活習慣は関与せず,発症はストレスとは無関係である。急性増悪の原因は,感染症,心身のストレス,インスリン注射の中断等があり,急性増悪(DKA昏睡を来すような病態)にはストレスも大きく関与する。1型糖尿病はインスリンの分泌が高度に欠乏しており,ずっとインスリンが必要である。そこに更に感染症や急性のストレス,外傷等により,インスリンの必要量が増える。インスリンが少ないところに更に負荷が加わって,DKAが起こる。1型からDKA昏睡になる際,ストレスが影響することは一般的に認 更に感染症や急性のストレス,外傷等により,インスリンの必要量が増える。インスリンが少ないところに更に負荷が加わって,DKAが起こる。1型からDKA昏睡になる際,ストレスが影響することは一般的に認められる医学的知見である。DKAは1型糖尿病では発症時になる人が多い。 2型糖尿病は,遺伝的な素因(体質)を持つ人に,生活習慣(暴飲暴食,運動不足,肥満,心身のストレス等)が加わって発症する。つまり2型糖尿病は,発症にも急性増悪にも心身のストレスが大きく関与する。2型の場合,DKAには,相当大きなストレス,負荷(清涼飲料水を毎日2,3ℓのように大量に飲む暴飲暴食,重大・重症な感染症,アルコールの多飲)があるとき,例えば,ペットボトル症候群のように大量に清涼飲料水,糖質を大量にとり,インスリンが一時的に欠乏することでDKAを発症することがある。精神的ストレス,過労だけでDKAを発症した2型糖尿病の報告はない。 DKA発症の基本は,インスリンの欠乏状態であり,そこに更にインスリン拮抗ホルモン(ストレスホルモン)の増加が加わるというものである。インスリン拮抗ホルモン(カテコールアミン〔アドレナリン,ノルアドレナリン〕,グルカゴン,コルチゾール)は,ストレス時(外傷,病気,身体的, 精神的ストレス)に,血糖値を上げて生体を防御するように分泌される。特にカテコールアミンが,情緒的なストレスでも増える。嫁姑でけんかしただけで血糖値100が200に上がり,糖尿病がない人が,大きな交通事故により,血糖値80が300まで上がる等,精神的,肉体的ストレスで血糖は上がる。過重な労働,超過勤務により血糖値がものすごく上がるので,基礎に糖尿病がある人にストレスが加われば,高血糖になる。 以上から,1型でも2型でも,過重労働,不規則な生活による心身の大 血糖は上がる。過重な労働,超過勤務により血糖値がものすごく上がるので,基礎に糖尿病がある人にストレスが加われば,高血糖になる。 以上から,1型でも2型でも,過重労働,不規則な生活による心身の大きなストレスが,DKA昏睡の進展に関与したことは明らかである。 DKAの死亡率が先進国では2~5%のところ,Aが死亡したのは,診断の遅れが原因である。DKAは1型が圧倒的に多く,清涼飲料水を多飲していたということもなく,重大な感染症にもかかっていなかったことから,1型に心身ストレス(過労や精神的ショック)が大きく加わってDKAになった。1型糖尿病でも,例えば健診で血糖値が350といわれて病院まで来て,インスリンを打ち,DKAにならずに済む人もいる。その差は,DKA発症までの期間と,ストレスによりさらに悪化したかどうかである。 (2) H医師の意見(乙21)平成9年5月12日に血糖上昇,尿糖陽性の所見であるが,体重は過去2年間に殆ど変動がない。加齢による糖代謝障害発症が体重増加と密接な関わるから,2型の可能性はやや希薄である。しかし,父親に一時的な糖代謝障害を示唆する既往があること,感染等を契機に血糖上昇,糖代謝が悪化することがあり,本件にも血痰,末梢血白血球数上昇等,炎症等を示唆する所見があることは看過できない。結論として,同日の健康診断所見,本件疾病発症,入院,死亡の経過からは,1型の可能性が高いが,2型も否定できない。 同日の健康診断時に高血糖,尿糖陽性所見があり,C医院入院時にHbA1c11.1%(正常値5.8%以下),血糖1100㎎/dℓ(空腹時正常値70~110㎎/dℓ)であることから,糖尿病発症時期は,同年4月以前 である。過食を強いられる業務は別として,一般に職業が原因で糖尿病を発症することはほとんどない。 ㎎/dℓ(空腹時正常値70~110㎎/dℓ)であることから,糖尿病発症時期は,同年4月以前 である。過食を強いられる業務は別として,一般に職業が原因で糖尿病を発症することはほとんどない。 Aは,口渇の症状があり,夜中に起きて排尿し,多量の水,糖含有量の多い缶コーヒーを飲んでいた。糖代謝の増悪,血糖上昇,浸透圧利尿,脱水,口渇,糖含有飲料多飲,更に血糖上昇の悪循環により糖毒性の増強がもたらされ,DKAの発現,進展に陥った。平成9年6月1日受診の7日前から腹痛,吐き気,食欲不振の典型的な症状があり,その時点でDKAが発症していた。同年6月1日,消化器症状が増悪し,夕方,休日診療所を受診したが,消化器中心の考察がなされ,DKAには言及がない。帰宅後も吐血を含む消化器症状は強く,救急車でC医院を受診し,消化器出血に対する処置が行われ,止血された。DKAの消化器症状によるマロリーワイス症候群と判断できる。以上の経過で,Aは,恒常的に多忙な業務下に,1型糖尿病の発症又は潜在性の2型糖尿病の増悪を来し,ストレス,感染その他の因子の介入で本件疾病を発症し,重篤な病態に陥り死亡したと考えられる。 本件疾病発症に,業務のストレスが関連した可能性はあるが,同様の就業者が本件のような病態に至る可能性は多くないこと,本人に病識があり,業務自体が医療機関への受診を完全に阻むものではないことから,糖尿病の発症,悪化に直接業務が及ぼした影響は乏しい。 (3) I大名誉教授J医師の意見(乙22)血中アミラーゼ上昇を伴う膵炎を併発しており,劇症型にも類似するが,来院時HbAlc11.1%と高値であり,経過が急速ではないことを示しており,通常の1型の昏睡経過であろう。 DKAの病因は,臨床的には①インスリン依存性糖尿病(1型)の発症時,②インス るが,来院時HbAlc11.1%と高値であり,経過が急速ではないことを示しており,通常の1型の昏睡経過であろう。 DKAの病因は,臨床的には①インスリン依存性糖尿病(1型)の発症時,②インスリン治療糖尿病患者のインスリン注射中断,③重症感染症に罹患した糖尿病患者,④糖尿病患者の暴飲暴食時等によく見られるが,いずれもインスリン(作用)の著しい欠乏状態が基本にある。Aの年齢,症状経過から, ①インスリン依存性糖尿病(1型)の発症初期に端を発した急性増悪の可能性が高い。また,平成9年5月12日の健康診断時点で血糖値が高いことから,口渇感が強く,1型糖尿病の発症を意識せず甘味飲料水を多飲したことが病状を悪化させた可能性は否定できない。 Aは,平成9年6月1日夕方,休日診療所を受診し,主訴が吐血,腹痛等消化器症状のため,ブドウ糖点滴,鎮痙剤を与えられた。もし尿検査すれば,本件疾病は発見可能であり,ブドウ糖点滴も受けなかった。 本件疾病の業務起因性について,死亡結果は,Aの病気認識の甘さ(病識の欠如)に由来する。ただし,健康診断結果の報告の遅延は問題である。 Aは,本件同行取材中及び帰国後,体調不良を自覚し,発症1週間前に糖尿病であると上司に話している。しかし,体調が悪化してから救急外来受診までに7日間の休日がありながら受診していない。同日の休日診療所受診時の問診では糖尿病についてAは触れていない。救急入院時の血糖値1100,pH6.9の異常値及び他覚症状から,その7日前から本件疾病を発症していた可能性が高い。DKAは,早期に適切に治療すれば予後は悪くないが,治療の遅延により昏睡に至ると重篤となり,死亡の危険も高い。 Aは,健康診断で,平成8年までは尿糖陰性であり,同年5月12日の健康診断の結果,尿糖(+++)強陽性,血 治療すれば予後は悪くないが,治療の遅延により昏睡に至ると重篤となり,死亡の危険も高い。 Aは,健康診断で,平成8年までは尿糖陰性であり,同年5月12日の健康診断の結果,尿糖(+++)強陽性,血糖値324㎎/dlのデータが確認され,空腹時の血糖値としては非常に高く,要精密検査を指示されている。 その1週間後くらいから,同僚等に体調不良を訴えている。このころに治療すれば,悪化は容易に避け得た。 (4) K大学L病院糖尿病代謝内分泌センター長M(以下「M医師」という。)意見(乙29,33)1型か2型か不明である。血中アミラーゼ上昇を伴う膵炎を併発し,劇症型にも類似するが,来院時のHbAlc11.1%と高値で,高血糖は2か月以上前から続いており,血糖上昇の経過が急激でないので(HbAlc上 昇が血糖上昇に応じて高いことから推定できる。),劇症1型糖尿病は否定的である。1型の発症時期に大量の糖質を含んだ飲料水の摂取によるDKAの可能性,2型糖尿病に限度を超えた大量の糖質を含んだ飲料水の摂取によるペットボトル症候群から派生した昏睡の可能性も否定できない。 1型糖尿病の発症は免疫学的なもので,ストレス,業務の多忙さは関与しない。2型糖尿病は,遺伝的な体質に加え,過食,過剰な糖質の摂取,運動不足等が重複して起こるから,ストレスの関与は完全に否定できない。しかし,遺伝的要素や生活習慣が発症に強く関与すること,ストレスが強く関与するとの文献はないことから,2型糖尿病から本件疾病が発症しても,業務多忙のストレスが主たる原因とはいえない。 糖尿病の急性増悪にストレスが多少影響したとしても,医学的に原因関係が肯定できるレベルではない。糖尿病の急性増悪の結果であるDKAは,インスリン及びその効果の絶対的な不足を基盤として発症する。イン 糖尿病の急性増悪にストレスが多少影響したとしても,医学的に原因関係が肯定できるレベルではない。糖尿病の急性増悪の結果であるDKAは,インスリン及びその効果の絶対的な不足を基盤として発症する。インスリン拮抗ホルモンが単体でDKAの主たる原因となることはなく,従たる要因に過ぎない。症例に基づく研究報告がなく,ストレスの関与の度合いに,確立した知見はない。明らかな誘因の見当たらない糖尿病昏睡症例は多数ある。ストレスによりストレスホルモン(カテコールアミン)が分泌され,インスリン拮抗ホルモンとして作用して血糖が上がるという限度では関与していても,従たる要因の更に一部に影響しているに過ぎない。 Aの場合,休業していても,治療を受けなければ同じ結果となった。休業しなくても内科で正しい診断を受け,経口剤又はインスリン治療を受ければ,最悪の事態は避けられた。 6 検討(1) Aの業務の過重性について上記認定事実によれば,Aの死亡前6か月の時間外労働は,月平均で約134時間で,死亡前1週間の時間外労働が1日平均約5時間であったのであ り,Aの業務は,恒常的に長時間労働であったことが指摘できる。原告は,厚生労働省の通達に示される認定基準に照らしても,業務の過重性が認められると主張する。上述のようなAの長時間労働が過重であることは,上記通達に照らすまでもなく,自明のことであるといわなければならない。 また,上記認定事実のとおり,平成8年10月からAが従事していた時事通信政治部首相官邸クラブ三席記者としての業務内容は,通常時でも,精神的,身体的に負荷の大きいものであった上,在ペルー日本大使公邸人質事件の取材対応,本件同行取材等に従事したという特別な事情を考えれば,Aの業務内容は,困難かつ責任が重く,精神的,身体的に著しく負荷の大 ,身体的に負荷の大きいものであった上,在ペルー日本大使公邸人質事件の取材対応,本件同行取材等に従事したという特別な事情を考えれば,Aの業務内容は,困難かつ責任が重く,精神的,身体的に著しく負荷の大きいものであったと評価することができる。 以上によれば,平成8年10月からAの死亡時までのAの業務は,通常人にとって過重な負荷となるものであったと評価することができる。 (2) Aの基礎疾患である糖尿病ア上記認定事実によれば,平成9年6月1日の入院時の血糖値1100,pH6.9の異常値及び他覚症状から,Aは,その7日前から本件疾病を発症していた可能性が高いのであり,同年5月25日ころには本件疾病を発症したものと認めるのが相当である。 イ上記認定事実によれば,Aは,平成8年5月の健康診断では,中性脂肪が「経過観察」となったほか,特に異常がなかったこと,平成9年5月12日の健康診断では,肝機能,糖質代謝,糖代謝に異常が見られたこと,Aの死亡前2,3か月の平均血糖が高いこと,同年6月1日のC医院入院時に,HbAlc11.1%と高値で,高血糖は2か月以上前から続いていると認められ,糖尿病発症時期は平成9年4月以前と認められることからすれば,Aの糖尿病発症時は,同年3月ころと認められる。 また,上記認定事実によれば,DKAの発症が1型糖尿病に多いこと,2型糖尿病の場合,精神的ストレス,過労だけでDKAを発症した報告は ないが,清涼飲料水を毎日2,3Lのような大量に飲む暴飲暴食,重大・重症な感染症,アルコールの多飲でDKAを発症することがあること,Aは,夕方に350mlの缶ビールを1本飲む習慣があるという程度で,アルコールの多飲とはいえず,ソフトドリンクを飲むが頻繁ではなかったこと,Aの糖尿病について,通常の1型の可能性が高く, あること,Aは,夕方に350mlの缶ビールを1本飲む習慣があるという程度で,アルコールの多飲とはいえず,ソフトドリンクを飲むが頻繁ではなかったこと,Aの糖尿病について,通常の1型の可能性が高く,2型の可能性は希薄であるが否定できない旨の医師の意見が多いことが認められる。以上によれば,Aの糖尿病は,通常の1型である可能性が高いが,2型である可能性も否定することはできないと見ることができる。 ウ以上によれば,Aは,平成9年3月ころ,通常の1型か2型のいずれかの糖尿病を発症し,これが増悪して,同年5月25日ころ,本件疾病を発症したということができる。 (3) 糖尿病発症の業務起因性についてア Aの本件疾病の基礎疾病である1型又は2型の糖尿病の発症が,過重な業務のストレスによるものであるかを検討する。 イ上記認定事実によれば,1型糖尿病は,遺伝因子の関与の下,ウイルス感染等が引き金となって起こる自己免疫疾患であり,その発症には,身体的・精神的ストレスが影響しないというのが医学的な知見の大勢であるものと認められるのであり,Aの糖尿病が1型であれば,その発症に,身体的・精神的ストレスが影響していたと解する余地はない。 ウ上記認定事実によれば,2型糖尿病は,一定の遺伝的素因を持つ人に,加齢,日常生活習慣(過食,運動不足,様々なストレス,アルコールのとり過ぎ等)が加わって発症するもので,発症には,遺伝的な素因が深く関係し,身体的・精神的ストレスも関与するとの医学的知見が大勢であるし,D医師によれば,医学的なストレスという定義は,体に負荷がかかるもの全部をいい,例えば,重大な感染症,暴飲暴食,ペットボトル症候群,アルコールの多飲等もストレスであることが認められる。 以上からすれば,業務による身体的・精神的ストレスも含む広い るもの全部をいい,例えば,重大な感染症,暴飲暴食,ペットボトル症候群,アルコールの多飲等もストレスであることが認められる。 以上からすれば,業務による身体的・精神的ストレスも含む広い意味でのストレスは,自然的因果関係という意味では,2型糖尿病の発症に関与していることを否定できない。しかし,どのようなストレスが,2型糖尿病の発症に対して,どのようなメカニズムでどの程度関与するのかについての具体的な医学的知見は,特に主張,立証はない(文献等がないことは,D医師も証人尋問の際に認めている。)し,上記認定事実のとおり,2型糖尿病の発症について,H医師が,過食を強いられる業務は別として一般に職業が原因で糖尿病を発症することはほとんどないとしていること,M医師が,遺伝的要素や生活習慣が発症に強く関与する,ストレスが強く関与するとの文献はないとしていること,医学的文献でも,糖尿病発症におけるストレスの役割は完全には明らかでないという意見であることに照らせば,上記の業務による身体的・精神的ストレスも含む広い意味でのストレスは,業務に内在する危険の現実化として糖尿病が発症したという意味での相当因果関係を肯定するだけの根拠に関する立証が尽くされていないと言わなければならない。 ウ以上によれば,平成9年3月ころのAの糖尿病発症が,過重な業務の心身のストレスを理由とする業務起因性を肯定することはできない。 (4) 本件疾病発症の業務起因性についてア上記認定事実によれば,本件疾病(DKA)は,インスリン欠乏,インスリン拮抗ホルモン上昇,脱水に基づく病態であること,1型糖尿病は,ほぼインスリン依存状態で,2型糖尿病は,インスリン非依存状態であることもあればインスリン依存状態となることもあること,インスリン拮抗ホルモンは,ストレス時(外 基づく病態であること,1型糖尿病は,ほぼインスリン依存状態で,2型糖尿病は,インスリン非依存状態であることもあればインスリン依存状態となることもあること,インスリン拮抗ホルモンは,ストレス時(外傷,病気,身体的,精神的ストレス全て)に分泌されること,DKAの重症度はインスリン拮抗ホルモンの影響を受けているかも知れないとの知見があること,DKAの誘因には,感染,インスリン注射の中断・減量,初発糖尿病,インスリン抵抗性の増大,心身ス トレスがあるとされていること,インスリン依存性糖尿病では,情緒的ストレスでケトアシドーシスを生じる例もみられること,DKAの発症とストレスとの関係を完全に否定する意見はないことが認められる。してみると,一般論としては,過重な業務による精神的,身体的ストレスと本件疾病発症との自然的因果関係は否定できない。 イ次に,Aの過重な業務による精神的,身体的ストレスと本件疾病との間に相当因果関係(業務起因性)が肯定できるかを検討する。 上記認定事実のとおり,D医師は,1型糖尿病の急性増悪(DKA昏睡を来すような病態)には,ストレスによるインスリン拮抗ホルモン上昇をもたらすことによって,大きく関与しており,2型糖尿病の場合,相当大きなストレス,負荷(清涼飲料水を毎日2,3ℓのような大量に飲む暴飲暴食,重大・重症な感染症,アルコールの多飲)があるとき,DKAを発症することがあり,1型でも2型でも,過重労働,不規則な生活による心身の大きなストレスが,本件疾病の進展に関与したとする意見を述べ,一方で,精神的ストレス,過労だけでDKAを発症した2型糖尿病の報告はないとの意見を述べている。しかしながら,上記意見では,どのようなストレスが,本件疾病に対して,どの程度関与するのかについての具体的な医学的知見については 労だけでDKAを発症した2型糖尿病の報告はないとの意見を述べている。しかしながら,上記意見では,どのようなストレスが,本件疾病に対して,どの程度関与するのかについての具体的な医学的知見については,やはり特に医学的な文献等があるわけではなく,医学的に確立した知見であることの立証が尽くされていないと言わざるを得ない。一方で,上記認定事実のとおり,M医師は,明らかな誘因の見当たらない糖尿病昏睡症例は多数あり,インスリン拮抗ホルモンが単体でDKAの主たる原因となることはなく,従たる要因に過ぎないこと,ストレスによりストレスホルモン(カテコールアミン)が分泌され,インスリン拮抗ホルモンとして作用して血糖が上がるという限度では関与していても,従たる要因の更に一部に影響しているに過ぎず,糖尿病の急性増悪にストレスが多少影響したとしても,医学的に原因関係が肯定できるレベルでは ないとの意見を述べ,DKAの発症,増悪について,症例に基づく研究報告がなく,ストレスの関与の度合いに確立した知見はないとしていること,その他の医学的文献でも,インスリン拮抗ホルモンの血中濃度が高値を示すことが多く,DKAはインスリン欠乏の代謝異常に関わっている可能性が高いが,どの程度DKAの成因に関わっているのか,現在でも論争の過程にあるとの意見を述べられていることが認められる。 以上のように考えれば,上記のD医師の意見は,1型,2型の糖尿病増悪に,ストレスに一定の関与があることは否定できないという意味での自然的因果関係を認めることはできるものの,具体的な業務の危険の現実化として,どの程度のどのようなストレスが,DKA発症にどの程度関与するのか等について客観的な根拠までは認めることができないのであり,業務起因性を肯定するだけの相当因果関係の立証としては,やはり不 化として,どの程度のどのようなストレスが,DKA発症にどの程度関与するのか等について客観的な根拠までは認めることができないのであり,業務起因性を肯定するだけの相当因果関係の立証としては,やはり不十分であるといわなければならない。 ウ以上の検討によれば,上記認定のとおりのAの過重な業務による精神的,身体的ストレスが,本件疾病発症に自然的因果関係という意味で関与したことは否定できない。しかし,Aの糖尿病が1型であれ2型であれ,本件疾病発症とストレスとの関係について,現在,一般に確立した医学的知見があるとはいえず,本件疾病発症に業務上のストレスが関与した程度について明確に言及している医師の意見があるともいえないから,上記認定のとおりの過重な業務による精神的,身体的ストレスは相当程度のものであるけれども,これが業務に内在する危険であり,本件疾病がその危険の現実化したものと評価できるかについて,つまり,相当因果関係を肯定するだけの根拠は乏しいといわざるをえない。 以上によれば,本件疾病発症が,Aの業務に内在する危険が現実化したものと評価できず,業務起因性があるとはいえない。 (5) 治療機会の喪失について ア Aが業務により極めて多忙であり,治療機会喪失により基礎疾患の糖尿病を増悪させ,本件疾病を発症したと評価する余地があるかを検討する。 イ上記認定事実によれば,DKAの死亡率が先進国では2~5%であり,早期に適切な診断と治療さえ行われれば十分に救命可能な病態であるが,治療の遅延により昏睡に至ると死亡の危険も高いことが認められる。 Aは,死亡の直前である平成9年6月1日まで本件疾病等の治療を受けることはなく,早期に適切な診断と治療さえ行われれば救命可能であったと考えられる。上記認定事実のとおり,いずれの医師も本件疾病 。 Aは,死亡の直前である平成9年6月1日まで本件疾病等の治療を受けることはなく,早期に適切な診断と治療さえ行われれば救命可能であったと考えられる。上記認定事実のとおり,いずれの医師も本件疾病等の診断の遅れが死亡の原因であるとしている。そこで,Aが,本件疾病等の治療を早期に受けなかったことが,業務が極めて多忙であったことによるものといえるかが問題となる。 ウ上記認定事実のとおり,Aが糖尿病を発症したのは,平成9年3月ころであり,平成8年12月19日~平成9年5月1日の間は,在ペルー日本大使公邸人質事件の取材対応,本件同行取材があり,特に多忙であったから,糖尿病治療のため,内科に通院することが客観的に困難であった可能性は否定できない。しかし,本件同行取材からの帰国後は,特に多忙であった時期とは事情が異なる。また,上記認定事実によれば,第1に,時事通信では,各自の出勤時刻,退社時刻は,業務に支障のない限り,上司と連絡をとり,各自の自己判断に委ねられており,年間34日間の時短休暇が自由に取得できたこと,実際に,Aは,本件同行取材の後は,通常程度,すなわち在ペルー日本大使公邸人質事件の取材対応が始まる前と同様の忙しさに戻り,首相官邸記者クラブの三席であった平成8年10月~12月には12回の歯科治療を受けていたのだから,本件同行取材から帰国後の平成9年5月には,糖尿病治療のため内科に通院することは客観的に可能であったこと,第2に,Aは,本件同行取材からの帰国後,同月には,帰国直後の4日連続休暇を除いても,1週間に1度,日祝日ではあるが,3 日間の休日があり,同年6月1日(休日)には,B診療所を受診しているから,それより前の休日にも,B診療所のような休日急病診療所への受診が客観的に可能であったこと,第3に,同日にB診療所を受診 日間の休日があり,同年6月1日(休日)には,B診療所を受診しているから,それより前の休日にも,B診療所のような休日急病診療所への受診が客観的に可能であったこと,第3に,同日にB診療所を受診した際,Aは,自らが糖尿病である旨医師に申告しなかったのであり,Aが,自らの糖尿病治療の必要性を認識せず,Aが糖尿病治療のために通院しなかったのが,業務上の多忙さ故ではなかったことを窺わせることという各事情を指摘することができる。以上の事情を考慮すれば,Aは,本件同行取材からの帰国後,糖尿病治療のため内科に通院することは客観的に可能であったから,本件疾病等の治療を早期に受けなかったことが,業務が極めて多忙であったことによるものとは認められない。 (6) 小括以上のとおり,Aの死亡前の過重な業務が,糖尿病を発症させたとも,基礎疾患の糖尿病を有意に増悪させ,本件疾病を発症させたとも,本件疾病の治療機会を喪失させたともいえないから,本件疾病発症には,業務起因性があるとはいうことはできない。 第4 結論以上によれば,原告の請求には理由がないので棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第36部 裁判長裁判官渡邉 弘 裁判官田中一隆 裁判官丹下将克

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