平成22(わ)376 殺人未遂,器物損壊被告事件

裁判年月日・裁判所
平成23年5月24日 甲府地方裁判所
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判決文本文7,838 文字)

平成22年第376号,第407号 主文 被告人を懲役3年に処する。 未決勾留日数中100日をその刑に算入する。 押収してある包丁1本(平成23年押第4号符号1)を没収する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,第1 かつて交際していた同級生の甲(当時20歳)に対し,かねてより復縁を求めていたが,同人がこれに応じず,かつ,友人関係がうまく行かなくなったことも同人のせいと思い込み,同人に対する不満や怒りを募らせ,同人を困らせてその不満や怒りを解消すべく,同人が使用する原動機付自転車を損壊しようと企て,平成22年11月3日午前4時ころ,甲府市a所在の乙大学甲府キャンパスK号館東側駐輪場において,同所に駐輪中の同人が使用する丙所有の原動機付自転車の座席シートを持っていた包丁(平成23年押第4号符号1)で切り裂いた上,同車の前後輪を突き刺すなどしてパンクさせ(損害額合計2万4202円相当),もって他人の器物を損壊した第2 その後も甲との復縁を望んだものの,同人が被告人の携帯電話からの着信を拒否するなどしたことから,更に甲に対する不満や怒りを募らせ,同人が復縁に応じなければ,同人を殺害した上,自殺しようと企て,同月9日午後7時10分ころ,前記乙大学甲府キャンパスJ号館3階311号室において,同人に復縁を迫ろうとしたが,これがかなわぬと察するや,その場で同人の殺害を決意し,殺意をもって,あらかじめ用意しておいた前記包丁(刃体の長さ約13. 5センチメートル)でその左腹部を突き刺した上,同人の頸部を両手で絞め付けたが,同人に抵抗されるなどしたため,同人に全治約4週間を ,殺意をもって,あらかじめ用意しておいた前記包丁(刃体の長さ約13. 5センチメートル)でその左腹部を突き刺した上,同人の頸部を両手で絞め付けたが,同人に抵抗されるなどしたため,同人に全治約4週間を要する腹部刺創の傷害を負わせたにとどまり,死亡させるに至らなかった ものである。 (証拠の標目)省略(法令の適用)罰条判示第1の行為刑法261条判示第2の行為同法203条,199条刑種の選択判示第1の罪懲役刑を選択判示第2の罪有期懲役刑を選択法律上の減軽判示第2の罪同法43条本文,68条3号併合罪の処理同法45条前段,47条本文,10条(重い判示第2の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重)未決勾留日数の算入同法21条没収同法19条1項2号,2項本文(判示第2の事実に係る包丁1本)訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書(弁護人の主張に対する判断)第1 争点弁護人は,判示第2の殺人未遂について,被告人は,頸部を絞め付けられて苦しそうにしている甲(以下「被害者」という。)の顔を見て,やはり殺せないと思い直し,外部的障害によることなく,その頸部を絞め付けることをやめており,また,被害者の左腹部刺創によって,同人が死に至る現実的危険性はなかったところ,中止行為として,結果発生防止に向けた真摯な努力は不要であり,同人の頸部を絞め付けることをやめたことをもって足りるから,被告人に は中止犯が成立すると主張し,被告 実的危険性はなかったところ,中止行為として,結果発生防止に向けた真摯な努力は不要であり,同人の頸部を絞め付けることをやめたことをもって足りるから,被告人に は中止犯が成立すると主張し,被告人も,これに沿う供述をする。 したがって,本件の争点は,①被告人が自己の意思で被害者の頸部を絞め付けるのをやめたのか,②中止行為として,結果発生防止に向けた真摯な努力を要するかの2点である。 第2 事実関係関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。 1 犯行状況 被告人は,前記乙大学甲府キャンパスJ号館3階311号室において,ソファーに座った被害者に目をつぶらせた上,刃体の長さ約13.5センチメートルの包丁で,同人の左腹部を突き刺した。  さらに,被告人は,前記ソファーに座っている被害者を押し倒すようにして,同人の喉を両手でつかみ,同人が意識を失いそうになる程の強い力で,頸部を絞め付けた。被害者が,被告人の手と自身の喉の間に両手の指を差し込むようにして抵抗したところ,被告人の手は緩んだが,被告人は,再び両手で喉をつかんで,強い力で頸部を絞め付けた。  その後,被害者が,被告人の両手を頸部から引き離そうとして,被告人の手をつかんだ後,被告人の手は,頸部から離れた。  さらに,被告人は,被害者の喉に向けて両手を伸ばしたが,同人が「やめて。」と言いながら両手を前に出して制止したところ,それ以上,同人の頸部を絞め付けなかった(この点に関する被害者の供述(甲3)に不自然な点はなく,信用できる。他方,被告人も,公判廷において,このような行為をしたかについて,覚えていないと供述するのみで,明確にこれを否定していない。)。  被告人が被害者の頸部を絞め付けていた時間は,約2分間であった。 2 犯行後の状況 被害者は,左 な行為をしたかについて,覚えていないと供述するのみで,明確にこれを否定していない。)。  被告人が被害者の頸部を絞め付けていた時間は,約2分間であった。 2 犯行後の状況 被害者は,左腹部の傷からの出血が多くなり,痛みが増してきたため,持 っていた携帯電話で,119番通報して救急車を呼ぼうとしたところ,被告人は,被害者から携帯電話を取り上げた。携帯電話を取り上げられた被害者は,被告人をなだめて携帯電話を取り返した。 このような遣り取りは3回ほど繰り返された(この点に関する被害者の供述(甲3)にも不自然な点はなく,信用できる。被害者から携帯電話を取り上げた回数について,被告人は,公判廷において,1回だったと思うと供述する一方で,回数ははっきりと覚えていないとも供述しており,この点に関する被告人の供述は,曖昧で信用できない。)。  その後,被告人は,「死にたい,殺して。」と言って,包丁を手に取り,刃先を自身の胸辺りに向けたところで,被害者に包丁を取り上げられたり,「傷が痛いから救急車呼んでいい。」と言う被害者から,携帯電話を取り上げ,「どうしよう,どうしよう。」と言い続けるなどしていた。  そのため,被害者は,「これ以上,大事になる前に救急車を呼ぼう。」,「私が電話するから。」などと被告人を説得し,携帯電話を取り返し,自ら119番通報をした。被害者は,被告人に対し,救急隊員を誘導することを依頼したが,被告人は,全く動こうとしなかった。このころになると,被害者は,左腹部の傷からの出血と痛みで,自力で歩くことができなくなっていたため,被告人に対し,救急車が来るので,救急隊員を誘導するか,校門まで運ぶように強く言ったところ,被告人は,ようやく被害者を校門まで運んだ。  被告人は,かけつけた救急隊員から,被害者が傷害を たため,被告人に対し,救急車が来るので,救急隊員を誘導するか,校門まで運ぶように強く言ったところ,被告人は,ようやく被害者を校門まで運んだ。  被告人は,かけつけた救急隊員から,被害者が傷害を負った経緯を尋ねられたが,「包丁で怪我をした。」と答え,取ってきた包丁を救急隊員に手渡したのみで,搬送中の救急車の車内でも終始無言であった。  被害者は,搬送先の病院で,傷口を縫合するなどの手術を受けた。 3 被害者が負った傷害 被害者の左腹部刺創は,深さ約15センチメートルに達するものであったが,包丁は,左腹部の刺入口から左上方に侵入し,腹壁に沿って筋肉や血管 を損傷させるにとどまった。また,被害者には,左腹部刺創以外にも右環指の付け根に切創があった。  被害者の出血量は,約650ミリリットルであった。 第3 争点に対する判断 1 争点①について 前記認定のとおり,頸部を締め付けられた被害者が,被告人の手と自身の喉の間に両手の指を差し込んだところ,被告人の手は一度緩んだ。その後,再び被告人から頸部を締め付けられた被害者が,その手を頸部から引き離そうとしてつかんだ後,手は,頸部から離れている。弁護人は,被告人の手が頸部から離れた時点で,被告人は実行行為をやめたと主張するので,まず,このような被害者の一連の抵抗が,被告人の犯行遂行の障害となる客観的事情であったかを検討する。 この点について,被告人は,公判廷において,被害者の苦しむ顔を見て,かつて交際していたことや,以前に被告人が手首を切った際に,そのことを気遣ってくれたことなどを思い出し,被害者を殺そうとしていることが情けなくなり,殺せないと思って頸部から手を離したなどと供述する。しかし,被告人は,その後も,再び被害者の喉に向けて両手を伸ばしていること,再三に ことなどを思い出し,被害者を殺そうとしていることが情けなくなり,殺せないと思って頸部から手を離したなどと供述する。しかし,被告人は,その後も,再び被害者の喉に向けて両手を伸ばしていること,再三にわたり,被害者が119番通報することを妨害していることからすると,被告人の手が被害者の頸部から離れた時点では,被告人は,犯意を継続していたものと認められ,上記の被告人供述は信用できない。 そうすると,被告人は,犯意を有していたにもかかわらず,被害者が被告人の手と自身の喉の間に両手の指を差し込んだために,実際に一度手を緩めざるを得なかったこと,上記被害者の一連の抵抗の後,現に被告人の手が被害者の頸部から離れていること,被告人が,被害者の頸部を絞め付けていた時間は約2分間であったが,その間,被害者は,当初こそ抵抗しなかったものの,その後は終始抵抗しており,今後もこのような抵抗を受けることが予 想される状況にあったことなどからすると,被告人の手が被害者の頸部から離れたのは,上記被害者の一連の抵抗があったためであると認められる。 以上の点に照らせば,上記被害者の一連の抵抗は,被告人の犯行遂行の障害となる客観的な事情に当たるというべきである。したがって,頸部から手を離した時点で,被告人が自己の意思により,被害者の頸部を絞め付けることをやめたとは認められない。  また,再度被害者の喉に向けて手を伸ばしたところを被害者に制止されて後,被告人は,結局,実行行為をやめたと認められるが,前記のとおり,被害者から実効性のある抵抗をされ,かつ今後も抵抗が予想される状況にあったことからすると,被告人が,実行行為をやめたのは,このような状況などが外部的障害となったためと認められる。  以上のとおり,いずれにせよ,被告人が実行行為をやめたのは外部的障害によ 状況にあったことからすると,被告人が,実行行為をやめたのは,このような状況などが外部的障害となったためと認められる。  以上のとおり,いずれにせよ,被告人が実行行為をやめたのは外部的障害によるものと認められるから,この点の弁護人の主張は採用できない。 2 争点②について まず,中止行為の態様として,単に実行行為をやめるという不作為にとどまらず,被告人において結果発生防止に向けられた真摯な努力が必要とされるか否かについては,中止犯による必要的な刑の減免の根拠が中止行為に及んだことによって犯人の責任が減少する点に求められることなどを考慮すれば,当該行為を離れて,結果発生の現実的危険性が発生したか否かを行為当時の一般人を基準に判断するのが相当と解すべきである。  そして,前記認定のとおり,被害者の左腹部刺創の深さは約15センチメートルと,凶器となった包丁の刃体の長さよりも深いものであることに加え,被害者が左腹部を刺された際,強く拳で殴られたような衝撃を感じ,腰の上の辺りが座っていたソファーの背もたれに押しつけられたようになった旨供述していることからすると,被告人は強い力で,被害者の左腹部を突き刺したものと認められ,包丁の刺入角度によっては,臓器等を損傷するなどの危 険性が高かったと認められる。また,被害者の出血量は約650ミリリットルと多量であるが,被害者の手術を担当した医師は,右環指付け根の切創は,比較的軽いものであったため,診断書に記載しなかった旨供述していること,被害者の着衣には,左腹部の辺りに大きな血痕があることなどからすると,出血の大部分は,左腹部刺創からのものと認められる。加えて,被害者は,119番通報をしたころには,自力では動けなくなっていること,その直前の認識について,左腹部からの出血と痛みで,このまま すると,出血の大部分は,左腹部刺創からのものと認められる。加えて,被害者は,119番通報をしたころには,自力では動けなくなっていること,その直前の認識について,左腹部からの出血と痛みで,このままでは危険と思った旨供述していることからすると,被害者自身も左腹部刺創によって,生命の危険を感じていたと認められる。 これらの事情によれば,被害者が死に至る現実的危険性が発生していたというべきであって,結果的に包丁が腹壁に沿って刺入したため,筋肉や血管を損傷させるにとどまり,左腹部刺創が致命傷ではなかったことは,上記認定の妨げとならないというべきである。したがって,本件においては,中止行為の態様として,結果発生防止に向けられた真摯な努力が必要と解するのが相当である。  そこで,本件で,被告人が,結果発生防止に向けられた真摯な努力を行っているかを検討する。前記認定のとおり,119番通報をしたのは,被害者自身であり,被告人は,再三にわたり,被害者から携帯電話を奪って被害者が119番通報をすることを妨げている。被告人は,被害者を救急車まで運んでいるが,これも被害者の求めに応じて行ったものにすぎない。また,被告人は,被害者の応急措置に当たっている救急隊員に対し,被害者を刺したことを告げることもしていない。これらの事情に照らせば,被告人は,結果発生防止に向けた真摯な努力を行ったとはいえない。 第4 結論以上のとおり,判示第2の殺人未遂について,被告人は,自己の意思により犯罪を中止したとはいえないから,中止犯は成立せず,弁護人の主張は採用で きない。 (量刑の理由)本件は,被告人が,かつて交際していた被害者が復縁に応じないことなどに対する不満や怒りから,同人が使用する原動機付自転車を損壊し(判示第1),更にその後も同人に復縁を求め い。 (量刑の理由)本件は,被告人が,かつて交際していた被害者が復縁に応じないことなどに対する不満や怒りから,同人が使用する原動機付自転車を損壊し(判示第1),更にその後も同人に復縁を求めたが,同人がこれに応じないと察するや,同人を殺して自殺しようなどと考え,同人の左腹部を包丁で突き刺し,首を絞めるなどしたが,死亡させるには至らなかった(判示第2)という事案である。 一連の経緯を見ると,被告人は,平成20年11月ころから,大学の同級生であった被害者と交際していたが,些細なことで同人に嫉妬し,暴力を振るうなどしており,そのことが原因で,平成22年4月ころ,いったん別れたものの,その後,交際を再開し,同年6月ころには,再び別れるに至った。その後も被告人は,被害者のことが忘れられず,同年7月ころから,同人に対し,再三にわたり復縁を求めていたが,これに応じない同人に不満や怒りを覚えるようになった。このころ,被告人は,友人との付き合いを面倒だと感じるようになり,友人と疎遠になっていったが,これも被害者のせいだと思い込み,同人に対する不満や怒りを募らせていき,判示第1の犯行に及んだ。その後,被害者が被告人の携帯電話からの着信を拒否するようになったことから,被告人は,被害者に対する不満や怒りをますます募らせていった。他方で,被告人は,被害者に対する未練から,同人と復縁できないのであれば生きていても仕方がないなどとも考えており,同人が復縁に応じないなら,同人を殺して,自殺しようなどと考えるに至り,判示第2の犯行に及んだ。 このような犯行の経緯に照らせば,各犯行は,復縁に応じない被害者に対する逆恨みによるものというほかなく,自己中心的な動機は,強く非難されるべきである。 まず,殺人未遂の点を見ると,被告人は,あらかじめ包丁を用意し,被害者 らせば,各犯行は,復縁に応じない被害者に対する逆恨みによるものというほかなく,自己中心的な動機は,強く非難されるべきである。 まず,殺人未遂の点を見ると,被告人は,あらかじめ包丁を用意し,被害者を大学内で待ち伏せし,被告人を避け,逃げる被害者を追いかけ,復縁を迫ろうとしており,一定の計画性が認められる上,刃体の長さ約13.5センチメートルの包丁で,被害者の左腹部を勢いよく突き刺し,深さ約15センチメートルの刺創を負わ せた上,更に頸部を絞め付けるなどしており,犯行は,強固な殺意に基づく執拗なものである。特に,その刺突行為は,偶然腹膜内の臓器に達しなかったものの,少しずれていれば臓器等を損傷するなどしかねない相当危険性の高いものであったといえる。そして,被害者が負った腹部刺創は,結果的に致命傷となりうる傷ではなかったとはいえ,全治約4週間と軽くない。犯行後,被告人は,被害者から携帯電話を取り上げて,同人が119番通報することを妨害しており,犯行後の事情も良くない。 また,器物損壊の点も,被告人は,多数回にわたりタイヤを包丁で突き刺すなどしており,その犯行態様は,陰湿かつ執拗である。 そして,被告人は,公判廷でいずれの罪も認め,反省の弁を述べているものの,内省が十分に深まっているとはいえず,真摯な反省の態度は見受けられない。 以上によれば,被告人の刑事責任は重いというべきである。 そうすると,幸いにも被害者に生じた刺創が急所をそれたことで同人が死亡しなかったこと,判示第1の被害者に20万円,判示第2の被害者に280万円を支払った上,各被害者との間で示談が成立し,被害者らは被告人の厳重処罰までは希望していないこと,被告人が当時在籍していた大学から退学処分を受けていること,各犯行当時,被告人は,精神的に不安定な状態にあっ った上,各被害者との間で示談が成立し,被害者らは被告人の厳重処罰までは希望していないこと,被告人が当時在籍していた大学から退学処分を受けていること,各犯行当時,被告人は,精神的に不安定な状態にあったといえること,判示第2の犯行後に被害者に頼まれてではあるが,被害者を救急車まで運んでいること,母親が情状証人として出廷し,被告人を支えていく旨述べていること,被告人は,21歳と若年であり,前科がないことなど,被告人のために酌むべき事情を最大限考慮しても,本件は,刑の執行を猶予するのが相当な事案とはいえず,主文掲記の実刑が相当である。 よって,主文のとおり判決する。 (求刑懲役5年包丁1本没収)平成23年5月24日 甲府地方裁判所刑事部 裁判長裁判官深沢茂之 裁判官森嶌正彦 裁判官鈴木悠

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