- 1 -平成29年3月16日宣告平成28年(わ)第625号殺人未遂被告事件判決 主文 被告人を懲役7年に処する。 未決勾留日数中100日をその刑に算入する。 押収してある包丁1丁(略)を没収する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,札幌市a区b町c丁目d番e号fg号に居住していたものであるが,隣室の居住者であるAと被告人方からの騒音を巡って従前からトラブルになっていたところ,平成28年8月15日午後5時50分頃,騒音にたまりかねて苦情を言いに来たAから怒鳴られ,頭部をつかまれたことに立腹し,被告人方前共同廊下付近において,A(当時48歳)に対し,殺意をもって,腹部を刃体の長さ約12. 7センチメートルの包丁(略)で1回突き刺したが,同人に加療約5か月間を要する腹部刺創,横行結腸穿孔,中結腸動脈損傷及び出血性ショックの傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった。 (証拠の標目)略(争点に対する判断)第1 弁護人は,①被告人は意識的にAの腹部に包丁を刺したわけではなく,殺意もなかった,②仮に殺意をもって刺したとしても,それは金属バットを持ったAに頭をつかまれて押し倒されそうになり,身を守るためにした行為であるから正当防衛が成立するとして,無罪であると主張する。以下これらの点につき検討する。 - 2 -第2 殺意をもって刺したか否かについて 1 まず,被告人が意識的にAの腹部に包丁を刺したか否かにつき検討する。 (1) 法医学者である証人B(以下「B医師」という。)は,Aが腹部に負った傷の状況は,2本の線状の刺創が直角に交わる「く」の字型であり,傷の深 にAの腹部に包丁を刺したか否かにつき検討する。 (1) 法医学者である証人B(以下「B医師」という。)は,Aが腹部に負った傷の状況は,2本の線状の刺創が直角に交わる「く」の字型であり,傷の深さが少なくとも7ないし8センチメートルに及び,皮膚や筋肉,腹膜といった弾力性がある組織を貫通しているところ,このような傷の状況からすると,包丁の刃先を上に向けた状態で相当の力を込めて刺し入れた後,手に相当の力を込めて腕を時計回りにねじりながら抜くことによって傷が生じたものと認められ,意図的に刺したのでなければこのような傷が生じることは考え難いと証言している。 上記証言は,豊富な鑑定経験を有するB医師が,CT画像等の資料を検討した上で専門的知見に基づく法医学上の見解を述べたものであって,内容に不合理な点はなく,信用することができる。 (2)アこれに対し,被告人は,Aから頭をつかまれて真後ろに押されたため,顔が後ろに10センチメートルほど下がり,倒されないために力を入れて顔を前に押し戻しただけであって,Aを刺していないなどと弁解する。 しかし,この被告人の弁解を前提とすると,顔を前に押し戻す動きだけで右手に持っていた包丁がAの腹部に刺さったことになるが,B医師の前記証言に照らし,そのような事態は考えられない。被告人の弁解では,結局Aの傷がどのようにして生じたのか全く説明できないのであって,到底信用することはできない。 イまた,弁護人は,体勢の変化によって右手が上下するなど,被告人の意識的でない動きによって,被告人が右手に持っていた包丁がAの腹部に刺さって抜けた可能性があると主張する。しかしながら,B医師の証言によれば,傷の状況からは,手に力を込めて包丁を刺し入れて抜いたと考えるのが合理的であり,意識的でない動きがあったとすれ がAの腹部に刺さって抜けた可能性があると主張する。しかしながら,B医師の証言によれば,傷の状況からは,手に力を込めて包丁を刺し入れて抜いたと考えるのが合理的であり,意識的でない動きがあったとすれば,むしろ手を離 - 3 -してしまって包丁が深く刺さらないと考えられる。弁護人の主張は採用できない。 (3) したがって,被告人は,意識的にAの腹部に包丁を刺したと認められる。 2 殺意の有無について(1)ア Aは,被告人から包丁で刺された状況について,おおむね以下のとおり証言する。 被告人方の玄関前の共同廊下で玄関ドアを開けた被告人と向き合い,「おまえ本当にうるさいんだ。いい加減にしろ。」などと怒鳴った。しかし,被告人はへらへらしながら「何がよ。」などと言うので,ものすごく頭にきて右手で被告人の頭部をつかみ,顔を50センチメートルもないくらいまで近づけて被告人と目を合わせた。この時,被告人の胸辺りから上が視界に入っていたが,被告人の右肩から右肘の辺りが前に出るような動きが見えると同時に,腹部に何かがずんと押し付けられるような衝撃があった。衝撃は一瞬で,腹部の中心のやや左側付近が熱くなるような感じがあったが,痛みは感じず,刺されたとは分からなかった。何だろうと思って,被告人の頭部をつかんでいた手を離し,1歩くらい下がって自身の腹部を見ると血がにじんでおり,着衣をめくると肉がずれて白いものが見えたのでびっくりした。 このAの証言は,被害状況について,見えていた限りの状況や,自分の受けた感覚等を生々しく語るものであり,不自然な点や不合理な点は見られないし,短時間で腹部に包丁を刺して抜いた場合であれば痛みを感じないことが考えられるというB医師の証言とも整合する。 そうすると,被告人から包丁で刺された状況に関するAの証言の信 不合理な点は見られないし,短時間で腹部に包丁を刺して抜いた場合であれば痛みを感じないことが考えられるというB医師の証言とも整合する。 そうすると,被告人から包丁で刺された状況に関するAの証言の信用性は高いといえる。 イそして,信用できるA証言に加え,傷の状況やB医師の前記証言をも踏まえると,被告人は,Aの腹部に,至近距離から相当強い力で包丁を刺し - 4 -たことが認められる。 (2) そして,被告人が用いたのは,日頃から料理に使用するなどして切れ味を認識していた刃体の長さ約12.7センチメートルの鋭利な包丁であることも考えると,被告人は,人を死亡させる危険性の高い行為であることを分かって,Aを刺したものと認められる。 また,Aのような刺創を負わせれば刺した者の手にも強い抵抗が生じるはずであるというB医師の証言からすれば,被告人がAの腹部に包丁が刺さったことを認識したことは明らかである。それにもかかわらずAの救命措置等の対応を取っていないが,このことは,包丁がAの腹部に刺さるという結果が被告人にとって予想外のことではなかったことを示している。 さらに,従前から騒音について文句を言われるなどしていたAに怒鳴られて頭をつかまれるという状況では,とっさに殺意を抱いたとしても不自然ではない。 以上のような事情を総合すると,被告人には殺意があったことが明らかである。 (3) これに対して,弁護人は,被告人が被害者を刺した行為が複数回でなく1回にとどまることから,殺意はないと主張する。 しかしながら,1回であっても人が死亡する危険性は十分に認められるのであるから,そのことをもって殺意がなかったということはできず,弁護人の主張は採用できない。 3 以上によれば,被告人は殺意に基づいてAの腹部を包丁で刺したと認められる。 性は十分に認められるのであるから,そのことをもって殺意がなかったということはできず,弁護人の主張は採用できない。 3 以上によれば,被告人は殺意に基づいてAの腹部を包丁で刺したと認められる。 第3 正当防衛の成否について 1 まず,Aが金属バットを持っていたか否かにつき検討する。 (1) この点につき,Aは,被告人方に何も持っていかなかったと証言しており,その理由として,平成28年7月に被告人方にいた被告人に対して窓越 - 5 -しに苦情を言った時に,金属バットで被告人方の窓枠をたたいたことはあった,その時は窓越しで距離があったが,今回は直接顔を合わせるので面と向かって近くで話をしようと思ったので金属バットは持っていかなかったと説明している。その内容に不自然なところはなく,納得できるものである。また,消防隊員である証人Cの証言によれば,Aが腹部を刺された後に消防隊員が臨場したとき,Aは同人方の玄関内の壁に背を持たれかけ,血の付いたタオルのようなもので腹部を押さえて座っており,金属バットがその玄関内にきちんと立てかけられていたことが認められるところ,もしAが金属バットを持って被告人方に行ったのであれば,被告人に腹部を刺された後に金属バットを持ち帰って玄関内に立てかけたことになるが,重傷を負って上記のような状態で座っていたようなAに,わざわざそのような行動を取るような余裕があったとは考え難い。 (2) 他方,被告人は,インターフォンモニターで,来訪者が右手に黄色い棒のような物を持っているのを見たこと,被告人が部屋の内側から玄関ドアを開けると,Aも外側からドアノブを持って玄関ドアを引き,その際,金属とコンクリートとが当たるようなゴツンという音を聞いたこと,音が聞こえるとともに,被告人の視界の左側に棒状の物が床に転 ら玄関ドアを開けると,Aも外側からドアノブを持って玄関ドアを引き,その際,金属とコンクリートとが当たるようなゴツンという音を聞いたこと,音が聞こえるとともに,被告人の視界の左側に棒状の物が床に転がっている様子が見えたこと,それからAが玄関ドアを引きながら被告人方玄関内に移動してきて被告人の頭をつかむに至ったこと,Aが棒状の物を拾うところは見ていないことなどを供述する。 しかしながら,捜査報告書(略)によれば,インターフォンモニターで見て来訪者が棒を持っていることを確認できるのは玄関ドアから約150センチメートル以上離れた位置であるところ,インターフォンが作動して2秒後にAは玄関ドアから約78センチメートル離れた位置におり,そこから約70センチメートル以上も後方に移動したというのは不自然である。また,被告人の供述を前提にすると,あえて自宅から持ち出した金属バットを手放し - 6 -てから被告人方に入ったことになるが,そのような行動は不合理である。このような被告人の供述は不自然であり,到底信用できない。 したがって,Aは金属バットを持っていなかったと認められる。 なお,被告人の供述によっても,被告人がAから頭をつかまれた時点で,Aは棒状の物を持っていないと認識していたというのであるから,本件で誤想防衛が成立する余地もない。 2 次に,Aから手に何も持たない状態で頭をつかまれたことに対し,被告人が包丁でAの腹部を刺した行為が,自分の身を守るための行為といえるかにつき検討すると,Aの攻撃をやめさせるためには,被告人は,自分の頭をつかんでいるAの手を払ったりつかんだりすることで足りたし,そうすることは容易であったといえる。 それにもかかわらず,被告人は,Aの腹部を包丁で刺すという危険性の高い行為に及んで 人は,自分の頭をつかんでいるAの手を払ったりつかんだりすることで足りたし,そうすることは容易であったといえる。 それにもかかわらず,被告人は,Aの腹部を包丁で刺すという危険性の高い行為に及んでいるのであるから,明らかに必要のない著しく過剰な行為に及んだものといえる。したがって,被告人の行為はAの行為から自分の身を守るためのものではなく,単に攻撃の意思で行われたものであったといえる。 3 以上によれば,正当防衛は成立せず,過剰防衛が成立する余地もない。 (法令の適用)罰 条刑法203条,199条刑種の選択有期懲役刑未決勾留日数の算入同法21条没収同法19条1項2号,2項本文訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書(量刑の理由)鋭利な包丁を腹部目掛けて強い力で深く刺すという犯行態様は,刺した回数が1回であるとはいえ,かなり危険である。被害者は生命に危険を及ぼすほどの重傷を負い,加療期間中は人工肛門での生活を余儀なくされて日常生活に大きな支 - 7 -障が生じ,今なお完治はしていないなど,結果は重大であって,被害者が厳罰を望んでいるのも当然である。被害者から先に被告人の頭部をつかんだ点は,被害者に若干の落ち度があるといえるが,それに対して被告人がはるかに危険な行為に出たことや,そもそもの発端となった騒音トラブルの原因は被告人にあることを考えると,被告人の行為は強く非難されるべきである。 これらの事情に照らすと,本件は,知人等に対する殺人未遂の事案の中でも重い部類に属するものといえる。 そして,被告人は,自身に非はない旨述べるなど反省の態度が見られないこと,重大犯罪ではないが,多数の犯罪歴があることなどの事情も認められる。これらの事情をも考慮して,主 類に属するものといえる。 そして,被告人は,自身に非はない旨述べるなど反省の態度が見られないこと,重大犯罪ではないが,多数の犯罪歴があることなどの事情も認められる。これらの事情をも考慮して,主文のとおり刑を定めた。 (検察官仲戸川武人・笠原達也・北畠智大各出席国選弁護人稲川貴之〔主任〕・岸田貴志各出席)(求刑懲役8年,包丁1丁没収)平成29年3月16日札幌地方裁判所刑事第1部 裁判長裁判官田㞍克已 裁判官薄井真由子 裁判官中川大夢
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