平成19年9月10日宣告傷害致死(変更後の訴因傷害致死,傷害),道路交通法違反被告事件平成18年(わ)第179号,第204号主文被告人を懲役12年に処する。 未決勾留日数中200日をその刑に算入する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,第1平成18年7月5日午前8時21分ころ,山形県a市b番地c付近道路において,同市d方面から同市e方面に向かい普通乗用自動車を運転して時速約60キロメートルで走行中,進路前方のB(当時27歳)運転の普通貨物自動車を追い越すにあたり,対向車の有無に留意せず前方の安全確認を怠って進路を右側に変更し,道路右側部分に進出して追い越しを開始したため,対向車を認め左に急転把したが及ばず,同方向に停止中のB運転車両右前部に自車左側面を衝突させてB運転車両の右前部フェンダーなどを損壊(損壊額21万6773円相当)する事故を起こしたのに,その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を,直ちに最寄りの警察署の警察官に報告せず,第2同日午前8時25分ころ,同市f番地g先道路において,前記車両を運転し,進路前方において信号待ちで停止していたC(当時33歳)運転の普通乗用自動車の後部に自車前部を衝突させてC運転車両の後部バンパー等を損壊(損壊額8万5113円相当)する交通事故を起こしたのに,その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を,直ちに最寄りの警察署の警察官に報告せず,第3同日午前8時33分ころ,山形県h市i番地j先路上において,前記車両を運転して,同市k方面からl町方面に向かい高速度で進行中,進路前方を進行するD(当時29歳)運転の軽四輪乗用自動車に接近した際,対向車があった ためD運転車両を追い越すことができず,クラクションを吹鳴し進路を避譲するよう促したが,同車が進路を開け譲ろうとしな を進行するD(当時29歳)運転の軽四輪乗用自動車に接近した際,対向車があった ためD運転車両を追い越すことができず,クラクションを吹鳴し進路を避譲するよう促したが,同車が進路を開け譲ろうとしないことに激昂し,自車を高速度でD運転車両に激突させて排斥し,進路を開けさせようと企て,その衝撃により対向車線を対面進行中の車両に衝突することを認識しながら,自車前方を同一方向に向かい走行中のD運転車両の後部に,自車前部を時速約123ないし126キロメートルの高速度で激突させ,さらに,自車を対向車線に進出させ,対向車線を進行中のE(当時20歳)運転の軽四輪乗用自動車に衝突させる暴行を加え,よって,上記暴行によりD運転車両を道路左側に逸走させて路外左側の田んぼに転落させ,同人に頭部打撲,開放性頭蓋骨骨折の傷害を負わせ,同日午前8時40分ころ,同所において,同人を上記傷害による脳挫傷,頭蓋内気腫により死亡させ,D運転車両に同乗中のF(当時30歳)に頭部外傷,脳挫傷の傷害を負わせ,同月6日午前3時58分ころ,同県東置賜郡m町大字n番地所在の○○病院において,同人を上記脳挫傷により死亡させたほか,Eに全治1週間を要する頭部打撲の傷害を,E運転車両助手席に同乗中のG(当時19歳)に加療約1週間を要する頚椎捻挫の傷害をそれぞれ負わせた。 (証拠の標目)(括弧内の甲,乙を付した表示は,検察官請求証拠番号を示す。)省略(補足説明及び弁護人の主張に対する判断)弁護人は,判示第3の犯行(以下,単に「本件犯行」という。)につき,①被告人は,犯行当時,「お前なんか死んでしまえ」などとの幻聴が何度も聞こえるなどしており,心神耗弱状態にあったとともに,②本件の重要な情状事実たる前記E運転車両との衝突の認識がなかった旨主張する。そこで,以下,これらの諸点に対する当裁判所 え」などとの幻聴が何度も聞こえるなどしており,心神耗弱状態にあったとともに,②本件の重要な情状事実たる前記E運転車両との衝突の認識がなかった旨主張する。そこで,以下,これらの諸点に対する当裁判所の判断を示す(なお,以下,年を明示しない場合は,平成18年の日付を,月を明示しない場合は,同年7月の日付を,日を明示しない場合は,同月5日を指すものとする)。 第1被告人の自白や関係者の供述を含む関係証拠から認められる本件犯行前後の 状況等は以下のとおりである。 本件発生前の経緯等(1)被告人の生活状況等被告人は,平成9年ころ,勤務先で窃盗の疑いを掛けられた衝撃からうつ状態となり,果物ナイフで自分の胸を切り付けるなどして自殺未遂に及び,その後も,苛ついて乱暴な言葉を使ったり,自殺したいと考えることがあった。 また,被告人は,平成10年から14年の間,幻聴を訴えたり,「ちょうちょうがいる。」などと幻視を訴えたことがあった。 被告人は,平成14年12月ころ,結婚し,夫の実家で生活していたところ,「お札が飛んでくる。この家には悪霊が憑いている。」などと言い出し,同月下旬から,夫と2人暮らしとなった後も,約2か月に1度程度の割合で,「殺すぞ。家をつぶすぞ。」「この家には霊が取り憑いている。」などと言ったり,落ち込んで泣き出したりしたが,1週間程でそのような状態は解消されることが繰り返された。 また,被告人は,本件犯行時までに,二,三回,包丁を自らの胸や腹などに突き付けて,自殺するかのような行動に及んだことがあった。 (2)本件犯行直前の状況等ア被告人は,6月27日,夫とともに被告人の実家(以下「実家」という。)に赴いた際,実母が,「誰かに監視されている。」などと訴えていたので,病院に連れて行き,翌日,実母の顔が腫れ上がり,顔に多数の痣があり 人は,6月27日,夫とともに被告人の実家(以下「実家」という。)に赴いた際,実母が,「誰かに監視されている。」などと訴えていたので,病院に連れて行き,翌日,実母の顔が腫れ上がり,顔に多数の痣があり,何も喋ることができない状態になっていたため,実母の実家に一旦預けたが,実父の頼みで,7月2日,実母を連れ戻すなどしていたところ,暫くして,実父が,実母に対し,金員の管理を巡って詰問し,怒鳴り始めたため,被告人も怯えて身体の震えが止まらずに布団にくるまるなどし,その後,実父が,実母を屋外に連れ出し,暴力を振るい,溜め池に投げ落とそうとしているところを目の当たりにした際も,被告人は,身体の震えが止まらず,夫が帰宅して,ようやく実父の暴行を止めた。 このとき,被告人は,顔が一層腫れ上がり,怯えている実母の様子を見て不安な 気持ちとなり,普段あまり吸わない煙草を何本も吸った。 同日夜,実母が過呼吸様の状態となり,被告人らが,同女を病院に連れて行ったため,実母の受傷状況を診た医師の通報により,被告人らも,警察官から事情聴取を受けた。 イ被告人は,同月3日,医師に勧められて入院したが,翌日,入院治療を拒否して退院し,かねてから通院していた別の病院(以下「本件病院」という。)への紹介状を貰ったものの,そのまま実家に戻り,実父に勧められて飲酒し,徐々に酔い始め,夫の実家の宗教の話をしたり,仏壇を拝んだり,お経を唱えたりした上,実父に対し,実家の家屋が粗末だなどと文句を言って絡み始めたことから,実父と喧嘩となり,暴れ出しそうになった。夫は,これを制止するため被告人の両腕の辺りを鷲づかみにしたが,実父から注意されてこれを止めた。 ところが,被告人が,夫から暴力を振るわれたとして,警察に通報し,臨場した警察官に対し,夫が被告人には本件病院への入院予定があることを 両腕の辺りを鷲づかみにしたが,実父から注意されてこれを止めた。 ところが,被告人が,夫から暴力を振るわれたとして,警察に通報し,臨場した警察官に対し,夫が被告人には本件病院への入院予定があることを告げたため,警察官が,被告人を本件病院まで連れて行った。しかし,本件病院の医師は,被告人が酔っていて,精神疾患なのか否か不明であるなどと診断したことから,被告人と夫は一緒に実家に戻った。 被告人と夫は,実家に戻る車の中で,被告人の精神状態が良くならないことなどで口論となり,実家に戻った後に,夫が,被告人に対し,同女の精神状態や,実父の暴力などに疲れたとして,離婚を要求した。すると,被告人は,夫の腕にしがみつくなどして離婚を思いとどまるように説得したが,夫は,被告人を振り払い,その顔面を手拳で殴るなどし,さらに,被告人が,必死で夫を説得すると,同人は,被告人の首を両手で絞めるなどしたが,暫くして止め,その後,被告人と夫は疲れて眠った。 ウ翌5日の朝,被告人は,実家の台所等で朝食と実父の弁当の準備をしていたが,起きてきた夫が,なお,昨夜のことを持ち出して挑発的な言葉をかけてきたので,口論となり,被告人が,結婚指輪を投げつけ,「こんなのいらね。」など言っ たのに対し,夫が,「いつでも三行半押してやるからな。」と言い返すなどした。 その後,夫は親族の葬式に出かけたので,被告人は,朝食を食べ,その後片づけなどをしたが,実父の実母に対する暴力が警察で捜査されていることや,これまで家族の面倒を献身的に見てくれていた夫から離婚を求められたことなどで,極度の不安に陥り,その気持ちを紛らわそうと,祖父をドライブに誘ったが断られた。 そこで,被告人は,一人でドライブに出かけることにし,入院中の実母と会って話をすれば,気分が落ち着くだろうと考え,夫や実父からは,精神 り,その気持ちを紛らわそうと,祖父をドライブに誘ったが断られた。 そこで,被告人は,一人でドライブに出かけることにし,入院中の実母と会って話をすれば,気分が落ち着くだろうと考え,夫や実父からは,精神状態が不安定なときには自動車の運転を禁止されていたのに,初めて運転する実父所有の大型の乗用車(以下「クラウン」という。)に乗り込み,実母に会うため,入院先の病院へ向かった。 被告人は,同日午前8時15分ころ,クラウンの運転を開始し,シートベルトを締めた上で時速約50キロメートル程度の速度でこれを運転しつつ,実家から国道13号線や,同113号線などを経由し,o市pの市街地に至った。 本件犯行状況等(1)被告人の運転状況等ア被告人は,前記市街地を走行中,前記離婚問題,実父の実母に対する暴力,実母の精神状態の問題等による不安な気持ちに加えて,苛々した気持ちになり始め,「もうどうなってもよい。死んでもいい。他の車にぶつかってもいい。」などという自暴自棄な気持ちとなって,気晴らし目的から走行速度を上げ,片側1車線で,多数の先行車があり,速度を上げることができない状況では,クラクションを鳴らしつつ,追い越し可能な車を追い越すなどして走り始めた。 イそして,このようにして走行中の午前8時21分ころ,被告人は,前方に判示第1の普通貨物自動車(以下「トラック」という。)を目にしたため,クラクションを鳴らして,トラックを道路左端に寄せて停車させたが,道幅が狭いため,対向車線に出て,追い越そうとしたところ,前方から対向車が走行して来たため,走行車線に戻ろうとした際,トラックの右前部付近にクラウンの左前部付近を衝突さ せたが,前記のような苛々した気持ちから,警察に事故の発生を通報等することなくそのままクラウンを運転してその場から逃走した。 ウその後も被 際,トラックの右前部付近にクラウンの左前部付近を衝突さ せたが,前記のような苛々した気持ちから,警察に事故の発生を通報等することなくそのままクラウンを運転してその場から逃走した。 ウその後も被告人は,同様に運転していた午前8時25分ころ,判示第2の信号待ち停止車両の後ろに停車させ,直ぐに変わる様子のない信号にしびれを切らし,苛々し,同車両を移動させるために,四,五回くらいクラクションを鳴らした。しかし,同車両が動かなかったので,被告人は,腹が立ち,自らの進路を確保すべく同車両にクラウンを追突させ,一度クラウンをバックさせた上,ハンドルを右に切り,対向車線を逆走し,交差点で一時停止した上で,赤信号を無視して交差点を右折して逃走した。 エその後,国道113号線に入ったころには,被告人の目的は,次第に実母に会いに行くことよりも,むしろ,苛々した気持ちを解消することへと変わり,他の走行車両の速度がそれまでよりも速かったことから,被告人はクラウンの速度を更に上げ,少しでも早く進むために,ハンドルを片手で握り,クラクションを鳴らしつつ,センターライン付近を時速100キロメートルを超える速度で走行し始めた。 そして,被告人がセンターラインをまたぐようにして前記速度で走行中,前方をDが運転する軽自動車(以下「D車両」という。)が時速約60キロメートルで走行していることに気付き,同車に対し,クラクションを何度も鳴らし,進路を空けるように求めたのにもかかわらず,同車が進路を空けないことに立腹し,午前8時33分ころ,時速約120キロメートルでクラウンを走行させ,そのままの速度でD車両にクラウンを追突させた。そして,その衝撃により,クラウンは対向車線にはみ出し,対向車のE運転の軽自動車(以下「E車両」という。)の右前部にも自車右側を衝突させた。 第2責 そのままの速度でD車両にクラウンを追突させた。そして,その衝撃により,クラウンは対向車線にはみ出し,対向車のE運転の軽自動車(以下「E車両」という。)の右前部にも自車右側を衝突させた。 第2責任能力の判断前記認定事実と本件起訴前にH医師(以下「H鑑定人」という。)が行った精神鑑定(以下「本件鑑定」という。)の結果を記載した鑑定書(以下「鑑定書」という。)及び同医師の供述並びに本件犯行直後に被告人を診察したI医師の診察の結 果等を記載した捜査関係事項回答書並びに同医師の供述を総合して,以下,被告人の責任能力を検討する。 被告人の精神疾患の有無等関係証拠によれば,以下のとおり,本件犯行当時,被告人には,精神疾患は認められない。 (1)被告人は,本件病院への第1回目の入院時,統合失調症と診断されており,また,幻覚妄想の愁訴も存したが,本件鑑定において,被告人には,統合失調症の患者にほとんどの場合感じられる,意欲がない,身だしなみが悪い,だらしなくなる,疎通性が余り良くない,人との付き合いに壁があるといった陰性症状のプレコックスゲヒュール(分裂病くささ)が,全く感じられなかったことから,統合失調症ではない旨判断された。 他方で,被告人は,過去に躁うつ病の波があり,元々ヒステリー性格が存し,解離性障害や転換性障害も出現し,幻覚状態も存したことから,本件犯行時にこれらの症状が存したのかが問題となる。 (2)躁うつ病について被告人には,本件犯行当時,怒りの表出以外に,躁状態の症状である多弁,多幸感,万能感等が認められないので,躁状態にあったとはいえず,さらに,その怒りの感情自体も,何ら薬を服用することなく,数日で落ち着いた状態になるなどの一時的なものであり,この点でも,約七,八時間継続する躁状態における易怒性とは明らかに異なる。 他 はいえず,さらに,その怒りの感情自体も,何ら薬を服用することなく,数日で落ち着いた状態になるなどの一時的なものであり,この点でも,約七,八時間継続する躁状態における易怒性とは明らかに異なる。 他方,うつ状態になった場合,通常下を向いて黙り込んだり,行動できない状態となるのであって,被告人が,怒って高速度で車を運転したり,クラクションを鳴らしながら走行していた状態は,うつ状態とは整合しない。 (3)解離性ヒステリーについてア多重人格について被告人が怒っている状態は概ね数分間継続するのみであり,怒っている際にも会 話が可能であり,その際の記憶に一貫性があった上,怒っている状態と落ち着いている状態との間にも連続性があったので,犯行当時,被告人の人格は交代していない。 イ意識障害について被告人は,実母が入院している病院に行くために車を運転していたというのであるから,被告人には,目的,思考性がある上,犯行後,二,三日が経過しても,犯行当時の記憶があることなどからすれば,被告人には犯行当時,意識障害はない。 責任能力の認定①以上のとおり,被告人には,本件犯行時の精神疾患は認められないこと,②前記認定に係る本件犯行に至る経緯に照らせば,実父の暴力や,それを原因とする夫からの離婚要求により,死んでも構わないとの自暴自棄の状態に陥ったという本件犯行の動機自体が,決して了解不可能で異常なものとまではいえず,本件鑑定書においても,被告人が本来のヒステリー性格傾向に帰因する極度の興奮状態として説明できるとされていること,③前記認定のとおり,被告人は,本件犯行当日,朝食等の準備をし,自らも朝食を摂った後,クラウンを的確に運転し,前記市街地において,本件犯行の約10分前に,種々車両との衝突を避けるための運転行為,とりわけ,対向車との衝突を回避しつ 件犯行当日,朝食等の準備をし,自らも朝食を摂った後,クラウンを的確に運転し,前記市街地において,本件犯行の約10分前に,種々車両との衝突を避けるための運転行為,とりわけ,対向車との衝突を回避しつつ,ハンドルを左に急転把して走行車線に戻るという高度な運転行為にも及んでおり,また,これらの運転行為は,他の自動車の状況,交通状況に応じて被告人の意図した目的を達するための合目的的なものであり,その際の見当識が十分に保たれているといえること,④本件犯行とその直前の第1,第2の犯行との連続性をみても,邪魔な先行車両を排除して先を急ぎ,そのためには他の車両に衝突することもやむを得ないと考えての無謀な運転行動である点において連続性が認められ,被告人が本件犯行について強調するところの自殺企図についても,第1,第2の犯行とは,邪魔となる前方車両の状況,その他の通行車両の状況,被告人車両の走行速度が異なることから,最も危険な態様の本件犯行においては,この自殺企図が強調されるに過ぎず,第1,第2の犯行においては,対向車 との衝突を回避する運転行動を採っていたことと本件犯行とが必ずしも矛盾するとはいえないこと,⑤被告人の本件犯行前後の記憶は概ね清明であることを総合考慮すれば,被告人には本件犯行当時,弁識能力又は制御能力の著しい減退があり,心神耗弱状態にあったとの疑念はないといえる。 弁護人の主張に対する判断(1)これに対し,弁護人は,①暴走中の交差点の信号の色の記憶がなく,「お前なんか死んでしまえ。」などという幻聴に支配ないし動機づけられて本件犯行に及んだという本件犯行当時の被告人の異常な精神状態,②被告人の動作性IQは総合的にみて境界域にあり,言語性IQと動作性IQが非常にアンバランスであるばかりか,批判に敏感な素因を有している上,本件犯行直前に前 いう本件犯行当時の被告人の異常な精神状態,②被告人の動作性IQは総合的にみて境界域にあり,言語性IQと動作性IQが非常にアンバランスであるばかりか,批判に敏感な素因を有している上,本件犯行直前に前記実父の暴力や離婚話等があり,過酷な家庭環境だったという精神障害に至る素因及び環境,③実父が実母に大声を出した際に布団にくるまってぶるぶる震え,入院中に看護師が気に入らないと喚くなどした本件犯行直前の異常な精神状態,④入院直後,独語,幻聴,観念奔走,転換性及び解離性ヒステリーなどの症状が現れた犯行後の被告人の精神状態に鑑みるとともに,本件鑑定書についても,被告人が,本件犯行当時,平均から偏奇した精神状態であったか否かの観点からの考察が欠けている上,IQが境界域の水準であることや,心理検査であるMMPI(ミネソタ他面人格目録)において,プロフィールの妥当性はきわどく,被告人の対処行動は,非効率的で不適応に近い状態であるなどと判断されていることを重視せず,さらには,H鑑定人は,躁状態をうつ状態に訂正するなど被告人の従来の病状の経過を徹底的に調べておらず,幻聴の訴えに対する特別な注意も払っていないのであって,その信用性は低いとした上で,被告人には,本件犯行当時精神障害があったとする。 さらに,弁護人は,弁識能力及び制御能力の有無についても,①死んでも構わないと思いつつ,先行車両に衝突したという動機は了解し難く,犯行の計画性は全くない上,②時速120キロメートルを超える高速度で躊躇なく先行車両に追突するなどそれ自体異常な犯行であり,③犯行後に罪証隠滅工作などもないばかりか,犯 行後三,四日経過後に反省の情が現れ,④暴走中2箇所の信号機の色の記憶がなく,⑤さらには,被告人は,7月2日に実父の大声を聞いて以降,種々異常行動に及んでいる上,被告人には前 ないばかりか,犯 行後三,四日経過後に反省の情が現れ,④暴走中2箇所の信号機の色の記憶がなく,⑤さらには,被告人は,7月2日に実父の大声を聞いて以降,種々異常行動に及んでいる上,被告人には前科等がなく犯罪的傾向が全くないにもかかわらず本件を敢行していることに鑑みれば,被告人には,本件犯行時,弁識能力又は制御能力の減退が存したなどと主張している。 (2)幻聴について確かに,前記認定のとおり,本件犯行以前にも,被告人は,幻覚等の症状を訴えており,鈴木鑑定人も被告人に幻聴があること自体を否定していない上,被告人は,本件犯行当日から約1週間経過後に,大学病院から派遣されて被告人を診察した医師に対し,犯行当時,幻聴があった旨を訴えていることが窺われることなどの諸事情に鑑みれば,本件犯行当時,被告人に幻聴自体がなかったと断定することはできない。 しかしながら,H鑑定人は,被告人に幻聴の症状があることを認識した上で,被告人を診察した2名の医師からの聞き取りや,捜査記録を検討し,前記のとおり,特定の精神病の疾患が認められない被告人が,鑑定入院中に訴えていた幻覚幻聴の症状については,ヒステリーが幻覚を起こすことや詐病の可能性もあり,精神病に基づく症状であると断定することはできないとしているのである。もとより,弁護人が主張するように,幻聴の訴えに特別な注意を払っていないなどとはいえない。 そうすると,被告人が,公判廷において,「おまえなんか死んでしまえ,おまえなんか居なくなってしまえばいいんだ,そういうことをずうっと立て続けに聞いた。」「幻聴が聞こえているときには,もうそうしなければいけないという気持ちになってしまう。」などと幻覚に支配されて本件犯行を敢行した旨供述している点についても,そもそも,被告人は,このように幻聴に支配されるなどして本件犯行 ときには,もうそうしなければいけないという気持ちになってしまう。」などと幻覚に支配されて本件犯行を敢行した旨供述している点についても,そもそも,被告人は,このように幻聴に支配されるなどして本件犯行に及んだことを本件犯行直後に取調官はもとより,本件犯行後に搬送された病院の医師らにすら供述していないのであって,その供述の信用性自体が決して高くないといわざるを得ない。 したがって,被告人に本件犯行時に,幻聴等が存した可能性を考慮しても,責任能力に関する前記判断は左右されないというべきである。 (3)そして,本件鑑定書の信用性について,弁護人のその他の主張を踏まえて検討しても,①被告人のIQの程度や,MMPIの結果自体は,被告人の精神疾患の有無の判断とは直接関係しない上,本件では,被告人のIQは著しく低いものではないと判断され,MMPIの結果によっても,被告人の対処行動が不適応であるなどと判断されていない本件においては,これらの検査の結果を重視しないとの判断の存在により,本件鑑定書の信用性は左右されず,②病状に関する訂正についても,診断内容等判断の変更ではなく,単なる誤記による訂正に過ぎないのに,この点を殊更に論って,調査不足等と詰る弁護人の主張は当を得たものではないところ,以上に加えて,H鑑定人は,豊富な経験を有する精神科医であり,その鑑定の前提となった事実関係は当裁判所が認定した事実を同一であって,その記載内容も,関係人から事情聴取した資料等に基づく論理的で一貫したものであることなどに鑑みれば,本件鑑定書及びH鑑定人の証言内容は,前記のとおりの被告人の本件犯行時における責任能力には疑念を持たせるような幻聴が存したか否かの点を含めて,また,弁護人が主張するところの平均から偏奇した精神状態であったか否かの観点からの考察の有無にかかわら りの被告人の本件犯行時における責任能力には疑念を持たせるような幻聴が存したか否かの点を含めて,また,弁護人が主張するところの平均から偏奇した精神状態であったか否かの観点からの考察の有無にかかわらず,その精神病等の精神障害の有無という生物学的要素の判断に関する信用性に疑念はないというべきである。 (4)その他弁護人の弁識能力,制御能力に関する主張中,動機や行動の異常性に関する部分は,前記裁判所の判断を何ら揺るがすものではなく,また,本件犯行により,自らも両側気胸などの傷害を負った被告人の当時の状況などに鑑みると,③のとおり,罪証隠滅工作をせず,犯行後,三,四日経過後に反省の情が現れたとしても不自然とはいえず,④の2箇所の信号機の色に関する記憶の欠損は枝葉末節ともいうべき事項に過ぎないのであって,いずれも失当である。 第3E運転車両に対する衝突の認識の有無の判断関係証拠によれば,本件犯行当時の本件道路上の状況は,被告人の進行車線及 び対向車線のいずれもその交通量が多い上,片側1車線であり,その幅員も約6. 8メートルに過ぎず,被告人は,本件道路をクラウンで走行し,かような状況やE運転の軽自動車が対向車線を走行していたことを十分に認識し,とりわけ,対向車の存在を認識していたからこそ,追い越し走行には及ばずに,時速120キロメートルという高速度でクラウンを軽自動車に衝突させているのであるから,かような客観的状況に鑑みれば,特段の事情のない限り,被告人にはE車両との衝突に関する未必の認識が存したことが推認されるといえる。そして,被告人が,捜査段階においては,本件犯行時,他の車に衝突するかもしれないことを認識していた旨供述していたのも,この客観的状況と整合するとともに,その供述内容は,自らも死ぬかも知れないと思っていたことを前提として認識内 おいては,本件犯行時,他の車に衝突するかもしれないことを認識していた旨供述していたのも,この客観的状況と整合するとともに,その供述内容は,自らも死ぬかも知れないと思っていたことを前提として認識内容を説明するものであって,捜査官の誘導等の存在も考え難く,その信用性は高いといえる。 これに対し,被告人は,公判廷において,「対向車とぶつかるかどうかは認識していなかった。」などと供述するものの,上記推認を覆すに足りる特別な事情の存在を合理的に説明しているとはいえない。 (法令の適用)被告人の判示第1,第2の各所為はいずれも道路交通法119条1項10号,72条1項後段に,判示第3の所為のうち,被害者D及び同Fに対する傷害致死の点はいずれも刑法205条に,被害者E及び同Gに対する傷害の点はいずれも同法204条にそれぞれ該当するところ,判示第3の所為は1個の行為が4個の罪名に触れる場合であるから,同法54条1項前段,10条により1罪として刑及び犯情の最も重い被害者Dに対する傷害致死の罪の刑で処断することとし,各所定刑中判示第1,第2の各罪についていずれも懲役刑をそれぞれ選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い判示第3の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役12年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中200日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととす る。 (量刑の理由)本件各犯行は,被告人の自動車の運転行為に起因するものであるところ,元来,自動車の運転は,ほんの僅かな不注意で人の命を左右し得ることを念頭に置き,種々のルールに厳に従った慎重な判断や安全な操作がなされることを前提にして許される行為である。と するものであるところ,元来,自動車の運転は,ほんの僅かな不注意で人の命を左右し得ることを念頭に置き,種々のルールに厳に従った慎重な判断や安全な操作がなされることを前提にして許される行為である。ところが,被告人の本件各犯行をみると,被告人は,家族から精神状態が不安定なときには運転を禁止されていたのに,初めて運転する大型の乗用車の運転を敢えて開始し,その運転態様も,終始クラクションを鳴らしながら先行車を排除し,その間,無理な追い越し行為にも及んだ上で,対向車と追い越した車両との僅かな隙間を敢えて通過すべく急転把して物損事故を惹起したが,その場から逃走し(第1),進路を譲りようのない赤信号待ちの前方停止車両にあえて追突して同車を損壊し,赤信号も無視してその場から逃走し(第2),ついには,時速約120キロメートル以上の高速度で暴走しながら,進路を譲らないとして,前方を走行する軽自動車にそのままの速度であえて追突するという同車両乗員に対する傷害の故意と逸走した自車が対向車に衝突する未必の認識も伴う運転行動を採って,重量の軽い同軽自動車を大きく路外に跳ね飛ばし,乗車中の夫婦2名を脳挫傷等により死亡させるとともに,自車を逸走させ,対向車に自車を衝突させ,その乗員2名に全治等約1週間の各傷害等を負わせた(第3)のであって,このように,邪魔な先行車両を排除するための無謀極まりない自動車の運転行動を意図的に採り,複数の物損事故を惹起しても敢えて停止して確認せず,ついには,複数名の生命を一瞬にして奪い,複数名の身体を傷付ける犯行に及んだ被告人に対しては,危険運転致死傷罪における量刑との比較においても最大級の非難が妥当するというべきである。 とりわけ,判示第3の犯行態様は,D運転車両が本件道路から約70メートルも離れた水田まで横転しながら弾き飛ばされ,その 致死傷罪における量刑との比較においても最大級の非難が妥当するというべきである。 とりわけ,判示第3の犯行態様は,D運転車両が本件道路から約70メートルも離れた水田まで横転しながら弾き飛ばされ,その後部が跡形もなく潰れ,ドアもひしゃげて車両本体から脱落していることなどからも明らかなように,同夫婦らの生 命を奪う可能性が極めて高く,更には,対向車を巻き込んでいることからも明らかなように,複数台の車両の乗員の生命,身体を脅かす無謀かつ危険極まりないものである。何ら落ち度もなく,青天の霹靂ともいえる被告人の蛮行に遭い,その無惨に変わり果てた姿が物語る強度の衝撃を受けて死亡するに至ったD,F夫妻(以下「D夫妻」という。)が受けた肉体的,精神的苦痛は実に甚大であることは容易に推察される。同夫妻は,幼い息子を抱えながらの転勤生活の中で,3月には,息子の小学校進学を機会に山形市内に念願のマイホームを新築し,Dが単身赴任をしたが,7月の異動が決まり,これから待ちに待った親子3人での幸せな生活を送れることとなった矢先,その引越準備のため,自家用車で見通しもよくさしたる危険も予測されない幹線道路を安全な速度で走行中,突如として理不尽にもその未来を奪われたのであって,同人らの無念さは察するに余りある。 また,全治等約1週間という対向車の乗員の傷害結果自体が軽くないことはもとより,本件後,同人らは,他の自動車の動きに過敏に反応するようになり,本件犯行がトラウマになるなどの多大な精神的被害も受けている。 その結果,本件各犯行の被害者らは,いずれも被告人に対する厳重処分を希望しており,とりわけ,幼い子供を残して無念の死を遂げたD夫妻の遺族らが,出廷の上,極めて峻烈な処罰感情を露わにしているのも無理からぬところである。わずか7歳にして両親を失い,その身一杯に注がれ 希望しており,とりわけ,幼い子供を残して無念の死を遂げたD夫妻の遺族らが,出廷の上,極めて峻烈な処罰感情を露わにしているのも無理からぬところである。わずか7歳にして両親を失い,その身一杯に注がれるはずであった両親の愛情を受けられずに成長することを余儀なくされたD夫妻の遺児の声は,その幼い年齢故に直接耳にすることはできないが,同児が泣きながら書いて棺に収めたという「ぼくのことわすれないでね。ぼくもわすれないから。ぼくがんばるから。」との健気な文面が,両親に対する思いの深さを如実に伝えている。それにもかかわらず,被告人から被害者らに対する被害弁償やその心情に響く慰謝の措置は全く行われていない。 なお,被告人が前記の無謀な運転に及んだ理由は,前記認定のとおり,実父の実母に対する暴行や,それを契機とした夫との離婚話などから自暴自棄となっていたことに尽きるのであって,このような犯行に至る経緯に斟酌すべき事情は一切ない ことはもとより,その犯行の動機は被告人のヒステリー性格に根ざしたまさに自己中心的かつ身勝手なものという他はない。 さらに,前記被告人の暴走行為などを目の当たりにした者は,その危険性から大事故の発生を危惧し,また,本件道路の対向車線を走行していた者は,被告人運転車両との正面衝突を強く危惧し,必死の思いで急ブレーキをしつつ,ハンドルを急転把するなどして,やっとの思いで被告人運転車両との正面衝突を回避させられるなどしており,被告人により生命の危険を間近に感じさせられているのであって,本件犯行が本件道路の通行人などに対して与えた影響も決して軽視できない。 以上からすれば,本件の犯情は悪く,被告人の刑事責任は極めて重いというべきであって,弁護人が主張するように,本件各犯行に対する量刑の上限が懲役7年程度であるなどとは到底解することはできず できない。 以上からすれば,本件の犯情は悪く,被告人の刑事責任は極めて重いというべきであって,弁護人が主張するように,本件各犯行に対する量刑の上限が懲役7年程度であるなどとは到底解することはできず,被告人に対しては,相当長期間にわたり施設内に収容して贖罪の日々を送らせることが不可欠である。 しかしながら,他方で,前記のとおり,責任能力にこそ疑念はないものの,被告人が躁うつ病等の精神病に罹患していることが本件の一因をなしており,その罹患の経緯にも同情の余地があること,本件は,被告人の日常の運転行動とは関連性の乏しい突発的な犯行であって,自動車運転の常習的な危険性が大きな非難に結びつく複数名を被害者とする危険運転致死傷罪等と一概に同視できない側面を有すること,被告人には前科がなく,本件で初めて身柄を拘束された上,公判廷において,自らの運転行為によって生じた結果の大きさや各被害者らの心情を理解し,真摯な反省の弁を述べていること,被告人の実父による家庭内暴力や,それを原因として夫から離婚を求められるなど決して幸福とはいい難い家庭環境が本件各犯行の動機形成に一定の寄与をしているものと窺われること,その他被告人のために酌むべき諸事情も認められる。 そこで,以上の事情を総合考慮し,被告人に対する刑期としては,主文のとおり量定するのが相当であると判断した(求刑・懲役15年)。 よって,主文のとおり判決する。 平成19年9月10日山形地方裁判所刑事部裁判長裁判官金子武志裁判官光岡弘志裁判官南雲大輔
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