昭和23(れ)525 強盗予備、銃砲等所持禁止令違反

裁判年月日・裁判所
昭和23年9月21日 最高裁判所第三小法廷 判決 棄却 大阪高等裁判所
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【DRY-RUN】主    文      本件上告を棄却する          理    由  弁護人田中又一提出の上告趣意は末尾添附別紙記載の通りである以下各点に付き 其理由なき所以を説明する  第一点に付て  公判

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判決文本文1,500 文字)

主文 本件上告を棄却する 理由 弁護人田中又一提出の上告趣意は末尾添附別紙記載の通りである以下各点に付き其理由なき所以を説明する第一点に付て公判廷における被告人の自白はそれのみで犯罪事実を認定する証拠として差支へないものであること当裁判所大法廷の判例とする処で(昭和二十三年七月二十九日言渡同年(れ)第一六五号事件判決)今これを変更する必要を認めない。其故論旨は採用出来ない第二点に付て銃砲等所持禁止令にいわゆる「所持」とは自分の支配し得べき状体に置くことをいうのである。他人から預つた物で自己の所有に属しないということは「所持」ということの妨とならない、論旨にいう様に人から預つて自宅の水屋の引出に入れて置いたという行為は其れ丈けで右「所持」に該当するのである。父と同居して居り父の家であつても自分が預つて自分で引出に入れて置いたものである以上自分で支配し得る状体にあつたといえるから「所持」というに差支へない論旨は憲法違反という語を使用して居るけれどもこれは前記法律にいう所持という語を誤解して被告人の行為が右「所持」に該当しないと主張し、それも前提として罪とならない行為を罰した原判決は違憲だというのである。其故被告人の行為が罪となるべきものであるならば論旨と雖憲法違反とはいわない趣旨であること明である、従つて原判決が論旨にいう憲法違反であるか否かは被告人の行為が罪となるべきものであるか否かによつてきまることでありこれは前記法律の「所持」に被告人の行為が該当するか否かの問題であるから結局右法律にいう「所持」の解釈の問題であつて憲法上の- 1 -問題ではない、こういうのは仮令論旨中に憲法違反という語が使用されて居ても裁判所法第十条第一号にいう「処分が憲法に適合するかしないかを判断するとき いう「所持」の解釈の問題であつて憲法上の- 1 -問題ではない、こういうのは仮令論旨中に憲法違反という語が使用されて居ても裁判所法第十条第一号にいう「処分が憲法に適合するかしないかを判断するとき」というに該当しないと思うが(蓋こゝで判断すべきことに前記「所持」の意義如何ということ丈けで其れ以外何も憲法上の問題はないからである)尚本件の場合は論旨にいう憲法違反なりや否やを決する根拠たる右「所持」の意義に付ては既に大法廷で詳しく判示して居り(昭和二十三年七月二十九日言渡同二十三年(れ)第三九七号事件判決)それにより被告人の行為が「所持」に該当することは明であるから最高裁判所裁判事務処理規則第九条第四項によつても大法廷によらず当小法廷において裁判を為し得べきものである(右大法廷の判決では特に他人から預つたものでもいゝという様なことは明にはいつては居ないが自己の支配し得べき状体にあれば其れ丈けでいゝので其外に「自己の所有」等の要件を必要としない趣旨であることは明である尚右大法廷の判決で自宅内に置いてあるものは反対に認むべき特別の事情のない限り自己の支配し得るべき状体にあるものと認むべきものだということも示されてあり本件においては右の様な特別の事情は何もない)よつて刑事訴訟法第四百四十六条に従い主文の如く判決する以上は公判廷の自白に関する裁判官井上登の反対意見ある外当小法廷全員一致の意見である。右井上登の反対意見は前記引用昭和二十三年(れ)第一六八号事件大法廷の判決に書いてある通りである。 検察官小幡勇三郎関与昭和二三年九月二一日最高裁判所第三小法廷裁判長裁判官長谷川太一郎裁判官井上登裁判官河 最高裁判所第三小法廷裁判長裁判官長谷川太一郎裁判官井上登裁判官河村又介- 2 -

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