平成14(ワ)22617 損害賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成15年7月30日 東京地方裁判所
ファイル
hanrei-pdf-5639.txt

判決文本文15,274 文字)

平成15年7月30日判決言渡平成14年(ワ)第22617号損害賠償請求事件判決 主文 1 被告は,原告に対し,金297万4110円及びこれに対する平成13年10月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は,これを3分し,その2を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告に対し,金899万1521円及びこれに対する平成13年10月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,被告の経営する美容外科「Aクリニック」において豊胸手術を受けた原告が,不適切な位置を切開されてしまい,  手術の傷痕が目立つ結果になったとして,不法行為又は診療契約の債務不履行に基づき,被告に対し,損害賠償を請求している事案である。 1 争いのない事実等(1) 被告は,東京都港区ab丁目c番d号BビルC館e階において,美容外科「Aクリニック」(以下「被告クリニック」 という。)を開設し,医師及び看護師らを雇用するとともに,自らも診療を行っている者である(争いのない事実)。 (2) 原告は,昭和40年生の女性であり,平成13年10月16日,被告クリニックを受診し,被告との間において,美容目的で両胸にシリコンバッグを っている者である(争いのない事実)。 (2) 原告は,昭和40年生の女性であり,平成13年10月16日,被告クリニックを受診し,被告との間において,美容目的で両胸にシリコンバッグを挿入する豊胸手術を実施するという内容の診療契約を締結し,同月26日,被告クリニックにおいて,被告の執刀により豊胸手術を受けた(以下「本件手術」という。)(争いのない事実,甲2)。 (3) 原告は,平成13年11月29日に,E大学病院を受診し,平成14年1月4日に,同病院のF医師より本件手術の傷痕を修正する手術(以下「修正手術」という。)を受けた(甲10,11,14の2)。 2 争点(1) 被告において,本件手術を行う際,切開位置を誤り,目立ちやすい傷痕を残した過失があるか。 (2) 損害額 3 争点についての主張(1) 争点(1)について(原告の主張)ア原告が,被告クリニックに豊胸手術を依頼したのは,専ら美容目的によるものであり,このような美容整形においては,医学的見地からの必要性は乏しく,また,緊急性も認められないのであるから,手術に当たっては,医師に高度の注意義務が課せられ,施術については一般の医療行為以上に慎重に行われるべきことが求められる。美容整形手術においては,一般に,いかにも手術をしたと判明するようでは失敗であり,豊胸においても違和感がなく,手術したことが他人に分からないことが求められるのである。実際被告クリニックでは,多数の女性週刊誌やテレビ,著書,ホームページ等の媒体で豊胸手術について宣伝し,最新の手術法では傷痕もほとんど残らないし,見た目に目立つことはまずないとして患者(顧客)を多数誘引している。 誌やテレビ,著書,ホームページ等の媒体で豊胸手術について宣伝し,最新の手術法では傷痕もほとんど残らないし,見た目に目立つことはまずないとして患者(顧客)を多数誘引している。 イ美容目的による豊胸手術を行うに当たっては,医師は,単に両胸自体を患者の希望にそった大きさや形状に仕上げればよいというものではなく,その手術時の傷痕が目立つことのないよう位置及び形状に十二分に注意して施術すべき注意義務がある。 健康体の女性の身体に侵襲を加える以上,被告は,手術時の傷痕が目立たないように,また,時間の経過と共に傷痕が消えるか薄くなるかするように,その位置,長さ等を慎重に選ぶべきであった。これは,被告が主張するように手術痕は薄くはなってもある程度残るのであれば当然である。なお,左右両胸の手術をする以上は,左右対称に近い形で切開するのが自然であり,美容的にも優れたものである。また,切開位置としては,傷痕がしわに紛れて目立たない脇の下を切開するのが優れている。 ウしかるに,被告は,原告の手術に当たっては,上記の注意義務を怠り,右胸に関しては,脇の下のしわのように見えて目立たなくなる位置を切開し,比較的目立たない傷痕とすることに成功しながら,左胸に関しては,その切開箇所の選択を誤り,一見して目立つ位置であり,かつ通常動かさない箇所に手術痕を作ってしまった。 被告は本件手術の切開位置に左右差はないと主張しているが,原告の手術痕を見れば明らかなとおり,一見して左右差が認められるものである。 また,脇の下の切開であれば,傷痕を他人から見られないだけでなく,もともとしわのある箇所で皮膚にゆとりがあり ば明らかなとおり,一見して左右差が認められるものである。 また,脇の下の切開であれば,傷痕を他人から見られないだけでなく,もともとしわのある箇所で皮膚にゆとりがあり,日常の動作によって擦れたり,引っ張られたりすることもないので,傷の治りは比較的良好であるのに対し,胸の横の皮膚は張っていて余分なしわ等がないので,その部分を切開すると腕を上下させるだけでも傷が引っ張られて,擦れたり裂けたりしてしまうところ,被告が原告の左脇の下ではなく,左胸寄りの箇所を切開してしまったことから,外見以外にも,傷口が開いて痛みも強いという不具合が生じた。 エ本件手術後,E大学病院における修正手術によって,傷痕は当初よりはかなり改善されたものの,本件手術の左右の切開位置の違いは消しようがなく,左胸の傷痕はいまなお目立つ位置に残ったままである。 (被告の主張)ア医学は,治療医学と美容医学に分類されるが,美容医学には,緊急性,必要性がそもそもあり得ない。たとえば,一重瞼を二重瞼に整形したいと願う人が来院した場合,治療医学の医師ならば,一重瞼は病気ではないから,必要性も緊急性もないので二重瞼の手術を断ることになる。しかし,本人は,二重瞼にしたいという美容上の希望を持っているのであるから,美容医学の医師は,必要性も緊急性も認めないが,二重瞼の手術に応じる。 原告は,美容医学について,一般の医療行為以上に慎重に行われるべきだと主張するが,慎重になる必要はなく,本人の希望どおり手術をすればよいことである。したがって,美容医学の医師が治療医学の医師以上に高度の注意義務が課されていることはなく,医師として同程度の注意義務を負 になる必要はなく,本人の希望どおり手術をすればよいことである。したがって,美容医学の医師が治療医学の医師以上に高度の注意義務が課されていることはなく,医師として同程度の注意義務を負うというべきである。 また,美容医学は,治療医学と異なり,任意復元が容易である。試しに美容整形手術を受けて気に入らなければ復元するということでもよいのであるから,医師は,患者の希望に従って行えばよいのであって,慎重にしなければならないということはない。 イ豊胸手術についても生体をメスで切開する以上,手術後に切開線が残ることは当然であって,切開線は,月日と共に消失に向かうが,全く消滅するものではない。被告は,原告に対し,このことを説明しており,原告も納得していた。 また,被告は,原告に対し,メスの切開線は,左右の脇の下に入れることとし,腕を上げて万歳しない限り他人には目立つことはなく,脇の下のしわに隠れ,いずれ同化していくことも説明した。 被告は,手術前にメスの切開線を緑色のマーカーで原告の脇の下に図示し,原告も腕を上げてこのマーカーを確認しており,その位置について納得していた。 ウ本件手術の左右の手術痕は,脇の下にあり,腕を万歳しない限り目立たない位置にあり,予定どおりの手術結果であって,被告は,本件手術の出来栄えに大いに満足している。被告クリニックのG医師も,患部の経過が良好であると考え, “excellent!”とカルテに記載している。 被告は,切開にあたり左右同じ位置にメスを入れており,左右差はあり得ない。ただ,正確に計測すれば約1センチメートル程度違っているかもしれないが,それは許容され 記載している。 被告は,切開にあたり左右同じ位置にメスを入れており,左右差はあり得ない。ただ,正確に計測すれば約1センチメートル程度違っているかもしれないが,それは許容される誤差の範囲内である。 原告がダビンチのモナリザのように優しく前で腕を組めば,傷痕は隠れて目立つことはないのである。 エまた,原告は,元々豊満な乳房の持ち主であったが,更に大きくしたいとの願望から,最大クラスである300ミリリットルのユーロシリコンを挿入した結果,最大クラスの乳房に整形できた。原告は,色々と不平不満を並べているが,豊胸手術の出来栄えについては何も言っていないところから考えると,豊胸自体には満足していると思われる。 オ原告は,本件手術から3箇月を経過しない時点でE大学病院において修正手術を受けているが,手術後3箇月間は経過観察の期間内であり,この間の再手術は必要性を認め難く,患部に対して新たな侵襲を加えるものであり,かえって有害なものであった。本件手術後,傷痕は,いずれも安定,消失に向かいつつあったのであり,そのまま数箇月が経過すれば,更に安定,消失し,今ごろはしわに隠れて目立たなくなったと考えられるものである。 本件手術に当たって,被告は,原告に対し,手術後の経過観察は非常に重要であり,医師の指示する日に必ず来院すべきこと,医師の指導を患者が怠ったり,通院を怠ったり,勝手に他の病院で手術を受けた場合には,以後責任を負えないことなどを口頭でも文書でも説明しており,原告は,これらに違反して,勝手にE大学病院で手術を受けた以上,以後被告は免責されるというべきである。 なお,原告は,E大学病院における となどを口頭でも文書でも説明しており,原告は,これらに違反して,勝手にE大学病院で手術を受けた以上,以後被告は免責されるというべきである。 なお,原告は,E大学病院における上記手術によって,被告執刀の手術切開線を消失させた。損害賠償請求において, 証明責任者は,損害の証明の証拠を保全する義務があるが,再手術を受けることは,この義務に違反する。この結果,損害の存在を証明できない不利益は,原告が負担すべきである。 原告の上記行為は,被告の証明を妨害するものであって, 採証法則上不利益を受けるべきである。 (2) 争点(2)について(原告の主張)原告は,被告による不完全な手術の結果,下記のとおり合計899万1521円の損害を被った。 ア治療費及び手術費本件手術は,美容整形としては明白な失敗であり,手術費用等を全額返還し,さらに,原告のE大学病院における修正手術費用等についても負担すべきは当然である。 (ア) 被告クリニックの手術費用等合計107万1000円(イ) E大学病院における治療費合計 10万3110円イ慰謝料 700万円原告は,被告の広告宣伝を信じて,より美しくなるべく本件手術を受けたが,手術の傷痕が目立ってしまい,本件手術は,美容整形手術としては明らかに失敗であった。 原告は,独身女性であって,将来結婚もあり得るほか,従来から計画していたタイの海岸で飲食店を開くという目標も準備中であったが,本件手術の失敗によって,他人の目が気になって外出もできない心理状態になり,多大な精神的苦痛を被るとともに,タイでの出店も遅延のやむなきに至っている。 これらの事情に,被告にお ,本件手術の失敗によって,他人の目が気になって外出もできない心理状態になり,多大な精神的苦痛を被るとともに,タイでの出店も遅延のやむなきに至っている。 これらの事情に,被告において,誠意もなく謝罪等に全く応じなかったことも考慮すると,原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては,700万円を下らない。 ウ弁護士費用 81万7411円上記アイの1割(被告の主張)争う。 なお,原告がE大学病院で手術を受けた結果,原告の現在の手術痕は,被告の手術の結果ではないものとなっており,現在の状態を見て被告の責任を論ずることは不可能である。 また,前記(1)(被告の主張)オで述べたとおり,原告は,被告の注意事項に違反して上記手術を受けたものであるから,その損害は自ら甘受すべきものである。 第3 当裁判所の判断 1 診療経過等について証拠によれば,本件の診療経過等について以下の事実が認められ,他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。 (1) 原告は,元々豊かな胸を持っていたが,より豊かな胸にあこがれ豊胸手術に関心を持っていたところ,平成13年9月ころ,ある女性タレントが被告クリニックにおいてユーロシリコンを用いた豊胸手術を受けたこと,被告クリニックにおける手法によれば,脇の下からシリコンを入れ,傷痕が目立たず,シリコンが体に漏れ出すこともなく体に害がないなどと宣伝されていることを知り,被告クリニックにおいて被告の施術の下豊胸手術を受けようと決意した(甲1,16,乙2の3 ないし5,原告本人)。 (2) 同年10月16日,原告は,被告クリニックを受診し,被告の診察を受けたが,その際,女性タレントと同じ物を入れたいこと及び傷 意した(甲1,16,乙2の3 ないし5,原告本人)。 (2) 同年10月16日,原告は,被告クリニックを受診し,被告の診察を受けたが,その際,女性タレントと同じ物を入れたいこと及び傷痕が目立たないようにしたいと考えていたため脇の下から入れてほしいことを希望した。被告は,原告に対し,カルテに上半身の図を書いて脇の下の切開線を書き入れるなどして原告の受ける豊胸手術について説明したが,被告がカルテに記載した図は,ポンチ絵であって,ごく大まかに切開する部位を示したものにすぎず,実際に切開する線を正確に図示したものではなかった。また,原告は,300ミリリットルという最大クラスのユーロシリコンを胸に入れることを希望したため,そのシリコンバッグを取り寄せることとなり,手術日となる次回の診察日を同月26日と定めてその日の診療は終了した(甲2,16,乙1の1及び2,2の1ないし5,乙6,原告本人,被告本人)。 (3) 同月26日,原告は,被告クリニックを受診し,被告の執刀により本件手術を受けることとなった。 本件手術前,原告は,被告クリニックにおいて「手術の結果には個人差があります。手術後の傷の治り方や腫れのひき方などは,各人各様であります。その間は医師の指示を待って下さい。」「手術はときには一度で目的を達成しないこともありえます。その時には普通3~6カ月後ぐらいに再手術を行います。手術後の経過観察はとても重要です。医師の指示する日に必ず通院して下さい。医師の指導を患者さんが怠ったり,又勝手に他の医院で手術を受けた場合には,当院は以後責任を負えません。」などの注意事項が右半分に書かれた手術申込書を渡され,手術申込書に署名押印し,その右半分を受け取った。 原告が 手に他の医院で手術を受けた場合には,当院は以後責任を負えません。」などの注意事項が右半分に書かれた手術申込書を渡され,手術申込書に署名押印し,その右半分を受け取った。 原告が看護師に案内された部屋の手術台の上に上半身を脱いだ状態で座って待っていたところ,他の患者の診察を終えた被告が来て,原告に万歳をさせて両脇の下に緑色のマジックで切開線を描くと,また,他の部屋に行ってしまった。被告は,原告の両脇の下にマーカーで切開線を描いた際,その線を鏡に写して原告に確認させることはしなかった。 その後,原告は,看護師によって手術室に連れて行かれ,手術着に着替えて手術台に寝かされ,同日16時5分,被告クリニックのH医師によって部分麻酔をされた。同日17時5分,他の患者の診察を終えて手術室に来た被告によって,原告に対する本件手術が開始されたが,その際,原告に対し,麻酔剤が追加投与された。被告は,原告の両脇の下を切開してシリコンバッグを挿入し,内縫合までを行い,その後,H医師が表面の縫合を行った。 本件手術後,切開部にはテープが貼られ,原告は少し休憩してから帰宅した(甲2,3,16,乙1の2,3ないし6, 原告本人,被告本人)。 (4) 同年11月4日,原告は,被告クリニックにおいて,同クリニックの看護師Iにより,抜糸の処置を受けた。その際, それまで貼っていたテープは一旦剥がされたが,抜糸後再びテープが貼られた。その後,被告クリニックのG医師が来て, 原告の胸の状態を診察し,カルテに“excellent!”と記載した。その際,被告クリニックの医師らが術後検診の日を指定することはなかった(甲2,16,乙1の3,原告本人,被告本人)。 (5) 同月12日の夜,原告は, に“excellent!”と記載した。その際,被告クリニックの医師らが術後検診の日を指定することはなかった(甲2,16,乙1の3,原告本人,被告本人)。 (5) 同月12日の夜,原告は,切開部分のテープが剥がれたので,初めて本件手術の傷痕を見たところ,左側の傷痕(以下 「本件傷痕」という。)が,右側の傷痕に比べ,乳房に近く,腕を下ろしていても目立つ位置にあったことに衝撃を受け,翌13日朝,被告クリニックに電話をかけ,本件手術による左右の傷の大きさが違っており,左側は正面から見ても傷が見える上にしこりができていると述べて,被告による即時の対応を求めて被告クリニックへ行く旨を告げたところ,原告からの電話を受けた被告クリニックの受付は,被告にはミスがないという対応をするとともに,被告が被告クリニックに来る同月16日16時の予約を入れた(甲16,乙1の3,原告本人)。 (6) 同月14日,原告は,被告が直ちに原告の状態を見てくれないことやミスを認めないことに不満を持ち,再び被告クリニックに電話をかけ,左側の傷痕が目立ち,これはデザインを誤ったためと思われること,被告のミスと思われるので,弁護士と相談して告訴することを告げ,これらの抗議内容をカルテに記入するよう要求した。同日,さらに原告は,被告クリニックに電話をかけ,手術代を返金してほしいことを告げ,このことをカルテに記入するよう要求した(甲16,乙1の 3,原告本人,弁論の全趣旨)。 (7) 同月16日朝,原告は,被告クリニックから前日携帯電話に予約の変更の電話が入っていたので,被告クリニックに電話をかけたところ,婦長が対応し,被告にはミスがないこと,今日の診察には来ないようにと言われ,電話を替わった被告から ら前日携帯電話に予約の変更の電話が入っていたので,被告クリニックに電話をかけたところ,婦長が対応し,被告にはミスがないこと,今日の診察には来ないようにと言われ,電話を替わった被告からも,「傷口がお気に召さないとか?」などと言われ,さらに,原告を診察すると他の患者の診察ができないので今日は来ないようにと言われたため,原告は,傷痕を見ようともせず,また,謝罪の言葉もない被告に対し腹を立てて,傷口が気に召さないという次元ではないと応答し,電話を替わった婦長に対し,傷を見て判断するように求め,婦長からの同日18 時に被告クリニックに来るようにとの指示に従って,被告クリニックへ赴き,本件傷痕部分の写真を撮ってもらったが,婦長からは,被告の顧問弁護士であるJ弁護士(被告訴訟代理人)に連絡をするように言われた。その際,被告はもとより被告クリニックの医師が,原告の傷痕を見ることはなく,その後も現在に至るまで原告の傷痕を直接は見ていない(甲16, 乙1の3,2の5ないし10,6,原告本人,被告本人)。 (8) 同月19日,原告は,J弁護士と電話で話し,同弁護士から要求の内容を示すよう言われたため,謝罪文と手術代の返還及び慰謝料2000万円の支払を要求したところ,同弁護士は,同月21日,原告の要求を拒絶した(甲16,原告本人)。 (9) 原告は,被告クリニックにおいて,本件傷痕の診察と対処を拒否されたため,同月29日,E大学病院形成外科を受診し,同病院のF医師の診察を受けた。F医師は,右側の傷痕と比較して,明らかに本件傷痕が目立ちやすい部位にあり, 傷痕はやや広く肥厚性であると診断し,原告に対し,傷痕の状態を回復するための瘢痕修正手術を勧め,本件傷痕の手術日を平成14年1 傷痕と比較して,明らかに本件傷痕が目立ちやすい部位にあり, 傷痕はやや広く肥厚性であると診断し,原告に対し,傷痕の状態を回復するための瘢痕修正手術を勧め,本件傷痕の手術日を平成14年1月4日と予定した(甲10,14の1,16,原告本人)。 (10) 平成14年1月4日,原告は,E大学病院形成外科において本件傷痕の瘢痕修正手術を受けた(甲14の2,16,原告本人)。 2 争点(1)について(1) 証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件傷痕につき,以下の事実が認められる。 ア本件手術後である平成13年11月16日における本件傷痕の位置及び状態を右側の傷痕と比較すると,右側については,脇の下が切開されており,腕を下ろすと,傷痕が腕の下にほぼ隠れるのに対し,本件傷痕がある左側については,数センチメートル程度脇の下から乳房寄りの場所が切開されたため,腕を下ろしても本件傷痕はその大部分が隠れずに外部から視認することができ,傷痕そのものの状態も,本件傷痕は若干赤みを帯びて腫れているような状態になっており,さらに,傷痕の状態は,約2週間後の同月29日においても大きな変化はなかった(甲4(枝番を含む。),10,乙2の 6ないし10)。 イ E大学病院における瘢痕修正手術後,本件傷痕の状態は,若干赤みが治まったが,大きく改善されたわけではなく,また,本件傷痕の位置や大きさも,上記アの時期と比較してほとんど変化はない。 右側の傷痕は,脇の下にあるために腕を下ろすとそのほとんどが隠れるが,本件傷痕は,腕を下ろした状態ではその大部分が隠れず,袖のない服を着た場合には傷が外から見える目立ちやすい位置にある(甲5ないし9(枝番を含む。), 12,15,弁論の全 が隠れるが,本件傷痕は,腕を下ろした状態ではその大部分が隠れず,袖のない服を着た場合には傷が外から見える目立ちやすい位置にある(甲5ないし9(枝番を含む。), 12,15,弁論の全趣旨)。 (2) そこで,前記認定事実に基づき被告の過失の有無を判断する。 ア一般に,美容整形においては,疾病や負傷を治療するための処置と比較すると,その医学的必要性及び緊急性が低いのが通常であり,美容整形の手術等の処置を実施する場合,その目的は,専ら患者の主観的な願望を満たすころにあるというべきであるから,美容整形の手術等の処置を実施しようとする医師は,そのような患者の主観的な願望を満たすために,細心の注意を払うべき義務があるものと解される。 証拠(甲1,13,19,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,被告自身,美容整形を受ける患者は,第三者から見ればどうでもいいような部分で悩んでおり,それを解消して幸せにすることが美容整形の肝要な点である旨を供述し,また,被告及び被告クリニックにおいては,容姿にコンプレックスを持っている者にとって,美容整形が最大にして最高の解決策であり,手術後に美しく素敵な人生を過ごすことができることを強調して,テレビ,雑誌等を通じて盛んに宣伝を繰り返し,顧客を集めていることが認められ,これらのことからも,美容整形においては患者の主観的な満足という点が重視されるということができる。 そして,豊胸手術の場合,患者は,自らの胸を豊かにしたいと望むと同時に,豊胸手術により自らの胸を豊かにしたという事実が他人に知られないようにしたいという願いも持って手術を受けることが多く,豊胸手術を実施する医師も,この2つの願望を同時に 望むと同時に,豊胸手術により自らの胸を豊かにしたという事実が他人に知られないようにしたいという願いも持って手術を受けることが多く,豊胸手術を実施する医師も,この2つの願望を同時に叶えることを売り物として宣伝するのが一般であり,被告クリニックにおいても同様であったことは前記1(1)において認定したとおりである。 イこれを本件についてみるのに,前記(1)及び1(1)ないし(3)に認定したとおり,豊胸手術による傷痕が目立たないようにしたいと考えていた原告は,被告に対し,脇の下から入れてほしいことを希望し,被告においても,原告に対し,脇の下からユーロシリコンを挿入する豊胸手術を施行したところ,右側については,脇の下が切開されその傷痕はほぼ腕によって隠れるのに,本件傷痕がある左側については,数センチメートル程度脇の下から乳房寄りの場所が切開されたため, 腕を下ろしても本件傷痕はその大部分が隠れずに外見から視認できる目立ちやすい位置にあり,袖のない服を着た場合には傷痕の存在が外から見えるという状態であるから,被告は,本件手術に当たって,左側の切開位置を誤り,外から目立ちやすい位置に手術の傷痕を残したものと認められ,それ自体,不法行為上の注意義務違反及び診療契約上の債務不履行を構成する。 被告は,本件手術の傷痕につき,左右差があるとしても約1センチメートル程度のことであり,さしたる差とは考えられないと主張するが,上記のとおり,本件傷痕が右側の傷痕と比較すると,外見から視認できる目立ちやすい位置にあることは明らかである。また,被告は,本件傷痕について,いずれ脇の下のしわに隠れて同化していくものであったと主張し,被告本人はこれに沿う ると,外見から視認できる目立ちやすい位置にあることは明らかである。また,被告は,本件傷痕について,いずれ脇の下のしわに隠れて同化していくものであったと主張し,被告本人はこれに沿う陳述(乙6)ないし供述をするが,証拠(甲4の2,5の2,6ないし9,15,乙2の8) によるも,本件傷痕が,脇の下のしわに沿っており,いずれしわと同化するものとは考え難い(この点も,瘢痕修正手術の前後において,変わるところはない。)から,この点にかかる被告の主張も採用することはできない。 ウ前記1(2)に認定したとおり,被告が原告に説明するためにカルテに図示した切開線もポンチ絵上の大まかなスケッチにすぎず,被告において,患者である原告に対し,切開線の位置を詳細に理解させようとする態度を有していたかは疑問であるし,さらに,前記1(3)に認定したとおり,被告は,手術前にメスの切開線をマーカーで原告の脇の下に描いた際にも,これを鏡に写して原告に確認させることは行っておらず,加えて,被告は,多くの患者を診察室ないし手術室に待たせながら,それぞれの患者を巡回して短い時間で次々と手術のための措置を行っていくという経済的な効率を重視した安易ともいえる方法をとっており,被告のこれらの対応が,被告において,前記に認定したシリコンを入れる際の左側の切開位置を誤るという単純かつ初歩的なミスを犯す原因となったものと認められる。 前記アに判示したとおり,被告ないし被告クリニックは,テレビ,雑誌等を通じて,盛んに,容姿にコンプレックスを持っている者にとって美容整形が最大にして最高の解決策であり,手術後に美しく素敵な人生を過ごすことができる旨の宣伝を繰り返して顧客を獲得しており, じて,盛んに,容姿にコンプレックスを持っている者にとって美容整形が最大にして最高の解決策であり,手術後に美しく素敵な人生を過ごすことができる旨の宣伝を繰り返して顧客を獲得しており,さらに,証拠(甲18,19,乙6,被告本人)によれば,被告は,自らの美容整形における医学技術は学会でも定評があることを強調し,その著作においても,美容外科医は,手術の結果,患者にとって満足のいく仕上がりになるかが問題とされ,そこで大切なのは,デザインであり,芸術家の目と科学者の頭を持っていることであって,自らがそれらを備えている有能な医師であるということを宣伝していることが認められるのに対し, 被告が実際原告に対する診療として行った行為は,前記のとおりずさんなものであり,その責任は重いといわなければならない。 エ被告は,本件手術のうち,胸を大きくするという点については成功している旨主張するが,前記ア,イにおいて判示したように,豊胸手術は単に胸を豊かにすることをもって事足りるものではなく,むしろそれにより,患者の願望を満たすことが重要であって,豊胸手術による傷痕が目立たないようにしたいと考えていた原告にとっては,豊胸手術を受けたことが容易に他人に覚知されるのでは意味がないのであり,傷跡が目立つ形で残っても胸が大きくなったからある程度は目的を達したなどとは到底いうことができない。 オ(ア) 被告は,本件傷痕は,E大学病院のF医師の瘢痕修正手術によるものであり,被告執刀の手術切開線は消失しているから,被告に責任はないとも主張する。 しかしながら,前記(1)に認定したとおり,瘢痕修正手術前後で本件傷痕の位置や大きさははほとんど変わりがない。 切開線は消失しているから,被告に責任はないとも主張する。 しかしながら,前記(1)に認定したとおり,瘢痕修正手術前後で本件傷痕の位置や大きさははほとんど変わりがない。本件においては,手術において切開した位置が問題となっているのであり,その点に大きな変化がないと認められる以上,上記瘢痕修正手術実施の事実は,被告に過失があるとの認定を何ら左右するものではない。被告は,盛んにF医師の非を主張し,あるいは陳述ないし供述するが,本件の問題点を理解していないか理解しようとしないものといわざるを得ない。なお,本件傷痕の状態についても,瘢痕修正手術により改善された面こそあれ,悪化したとは認められないのも前記(1)に認定したとおりであり,いずれにせよ,この点にかかる被告の主張は失当である。 (イ) また,被告は,原告に対して本件手術後の経過観察は重要であり,医師の指示する日に必ず来院すべきこと,医師の指導を患者が怠ったり,通院を怠ったり,勝手に他の病院で手術を受けた場合には,以後責任を負えないことなどを口頭でも文書でも説明しており,これらに違反して勝手にE大学病院で手術を受けた以上,以後被告は免責されるとも主張する。 この点につき,前記1(3)(9)(10)に認定したとおり,原告は,上記のような説明が記載された書面を本件手術前に受け取っており,かつ,本件手術の約1箇月後にE大学病院を受診して,本件手術の約2箇月半後に瘢痕修正手術を受けたものであり,加えて,前記1(5)ないし(8)に認定した事実によれば,原告の被告に対する平成13年11月13日以降の対応は,被告による謝罪,手術代の返金,慰謝料の請求,そして,弁護士による告訴など あり,加えて,前記1(5)ないし(8)に認定した事実によれば,原告の被告に対する平成13年11月13日以降の対応は,被告による謝罪,手術代の返金,慰謝料の請求,そして,弁護士による告訴などを口にし,これらの要求をカルテに記入することを求めるなどいささか感情的とも思える対応であったことが認められるが,一方,前記1(5)ないし(8) に認定したとおり,原告から電話を受けた被告クリニックの受付は,本件傷痕の位置に衝撃を受けて被告クリニックの対応を求めた原告の気持ちに配慮することなく,直ちに原告の来院を求め本件傷痕の位置を確認するという措置をとらず,さらに,被告自らも原告に対し被告クリニックの受付が被告の診察を予約したのに,他の患者の診察ができないので来院しないように指示し,その後も被告及び被告クリニックの医師において本件傷痕を診察してその位置や状態を確認することは一度もなく,さらには,原告に対し通院を指示することもなく,被告のミスではないと主張して被告の顧問弁護士に対応を任せるという応対をしていたのであり,このような被告及び被告クリニックの対応は,本件手術後の傷痕の位置に衝撃を受け,診察を求める患者に対する医療機関の対応として,不親切かつ不適切であり,患者と医師の間の信頼関係を失わせるものであったといわざるを得ないし,原告の上記のとおりの感情的ともいえる言動の一因となったものともいえる。 以上によれば,原告が,本件傷痕の状況を診察しようともしない被告及び被告クリニックに不信感を抱き,早く傷痕を改善させたいとの思いからE大学病院を受診したことは,十分理解できるところであって,被告において,原告の対応を責める資格はないといわなければ び被告クリニックに不信感を抱き,早く傷痕を改善させたいとの思いからE大学病院を受診したことは,十分理解できるところであって,被告において,原告の対応を責める資格はないといわなければならないし,被告が原告に対し上記のような説明が記載された書面を交付していたとしても,それにより被告が免責される理由は全くない。 (ウ) さらに,被告は,損害賠償請求において証明責任者は損害の証明の証拠を保全する義務があるが,再手術を受けることは,この義務に違反するのであり,この結果,損害の存在を証明できない不利益は原告が負担すべきであるなどとも主張するが,前記(1)(2)アイで説示したとおり,本件においては証拠上十分に被告の過失が認められるのであり,被告のかかる主張は失当である。 (3) よって,被告には,本件手術において,左側の切開に当たって切開位置を誤った過失が認められる。 3 争点(2)について(1) 被告に対して支出した手術費用等証拠(甲3,乙1の2)によれば,原告は,被告に対し,本件手術費用等として,合計金107万1000円を支払ったことが認められる。 前記2で判示したとおり,本件手術には切開位置を誤った過失が認められ,それにより本件手術の目的が達成されなかったと認められるから,上記手術費用等相当額を被告の過失と相当因果関係ある損害として認める。 (2) E大学病院に対して支出した手術費用等証拠(甲14(枝番を含む。))によれば,原告は,E大学病院に対し,瘢痕修正手術費用等として,合計10万311 0円を支払ったことが認められる。 原告は,被告の過失により,上記瘢痕修正手術を受けることが必要となったのであり,その手術内容も相当な範囲内 瘢痕修正手術費用等として,合計10万311 0円を支払ったことが認められる。 原告は,被告の過失により,上記瘢痕修正手術を受けることが必要となったのであり,その手術内容も相当な範囲内であると考えられるから,上記瘢痕修正手術費用等も被告の過失と相当因果関係ある損害として認められる。 被告は,上記瘢痕修正手術のためにE大学病院に4泊5日入院したことが長すぎると主張するが,何らの客観的根拠もなく,採用できない。 (3) 慰謝料本件傷痕は,女性にとって重要な部位と考えられる胸部にあり,しかも,豊胸手術の傷痕であると容易に推測できるものであって,原告の当初の願いとは裏腹の結果に終わってしまったこと,テレビ,雑誌等を通じて,誇大な宣伝を繰り返して顧客を集め,自らが有能な医師であることを宣伝している被告がずさんともいえる診療行為を行って原告に衝撃を与えた責任は重いこと,さらに,被告は,本件傷痕について不満を述べた原告の傷痕を直接確認することもなく,医師としての責任や配慮に欠ける対応しかしておらず,本件訴訟においても,E大学病院の瘢痕修正手術を保険金詐欺であり,原告が本件訴訟を提起した理由についても金目当てであると供述するなど,被告には,自己の過失ある医療行為によって精神的な衝撃を受けた患者に対する配慮が全く見られないこと,一方,本件手術における過失は左側の本件傷痕の位置がやや目立ちやすい位置にできているという点にとどまることその他本件における一切の事情を総合考慮し,本件における慰謝料としては15 0万円が相当であると認める。 (4) 弁護士費用本件における弁護士費用として,30万円を被告の過失と因果関係ある損害と認める。 (5) 合計 おける慰謝料としては15 0万円が相当であると認める。 (4) 弁護士費用本件における弁護士費用として,30万円を被告の過失と因果関係ある損害と認める。 (5) 合計以上(1)ないし(4)を合計すると,297万4110円となる。 4 結論以上によれば,原告の不法行為に基づく損害賠償を求める本訴請求は,主文第1項の限度で理由があるからこれを認容し,  その余の請求は理由がない(診療契約の債務不履行に基づく請求も,主文第1項を超える部分については理由がない)から棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第34部裁判長裁判官前田順司 裁判官浅井憲 裁判官熊代雅音

▼ クリックして全文を表示

🔍 類似判例を検索𝕏 でシェア← 一覧に戻る