H16.5.31東京地方裁判所平成14年(ワ)第21942号損害賠償請求事件 主文 原告らの請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告Aに対し,4000万円,原告B,原告C及び原告Dに対し,各1000万円並びにこれらに対する平成12年7月30日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,E(昭和28年9月16日生まれ。)が,被告の開設するF病院(以下「被告病院」という。)において,平成12年7月6日に肝細胞癌の治療のために肝右葉切除手術(以下「本件手術」という。)を受けたものの,同月30日に死亡したことについて,Eの相続人である原告らが,Eには本件手術の手術適応がなかったにもかかわらず,被告病院の担当医師らはこれを実施したなどと主張して,被告に対し,不法行為(使用者責任)又は診療契約の債務不履行に基づき,逸失利益等の損害金の一部を請求する事案である。 1 前提事実(証拠を掲げない事実は,当事者間に争いがない。)(1) 当事者等ア原告ら原告Aは,Eの妻であり,原告Bは,Eの養子(Aの実子)であり,原告C及び原告Dは,EとAとの間に生まれた子である。 イ被告等(ア) 被告は,川崎市内に総合病院である被告病院を開設,経営する法人である。 (イ) 被告病院においてEの診察・診療を担当したのは,内科のG医師,外科のH医師,I医師らであり,H医師,I医師らが本件手術を担当した(以下,「被告病院の担当医師ら」というときは,これらの医師及びEの診察・診療に加わった被告病院の他の医師も含む。)。 (2) 診療経過ア Eは,従前から慢性肝炎等を患っていたところ,平成12年6月5日の被告病 当医師ら」というときは,これらの医師及びEの診察・診療に加わった被告病院の他の医師も含む。)。 (2) 診療経過ア Eは,従前から慢性肝炎等を患っていたところ,平成12年6月5日の被告病院内科における初診の際に肝腫瘍の疑いがあると診断されたことから,肝腫瘍の治療について,被告との間で診療契約を締結し(以下「本件診療契約」という。),同月16日に被告病院に入院し,同年7月6日に本件手術を受けたが,同年7月30日に死亡した(以下,特に記載のない限り,年については平成12年である。)。 イ Eに対するその余の診療経過は,別紙「診療経過一覧表記載」のとおりである(当事者の主張の相違する部分を除き,争いがない。)。 また,被告病院におけるEに対する投薬経過は,別紙「投薬一覧表」記載のとおりである。 (3) 専門用語本件における医学専門用語の意味は,別紙「医学専門用語集」記載のとおりである。 2 争点(1) 本件手術の手術適応の有無(手術適応のない手術を行ったことによる不法行為又は債務不履行の成否)(原告らの主張)ア(ア) 肝細胞癌は,背景にウイルス性慢性肝疾患が存在し,種々の程度の肝機能障害がみられることから,肝切除術の安全性を確保し,侵襲度を低下させるためには,適切な術前肝機能評価,予測残肝機能評価に基づく肝切除量,肝切除術式の決定が不可欠であるところ,手術適応を判断するための基準としては,一般に,日本肝癌研究会が定めた「原発性肝癌取扱い規約」の肝障害度が用いられており,手術適応が認められるのは,基本的には,肝障害度Aの場合のみとされている。 本件では,Eの検査数値をこの基準に当てはめた場合,肝障害度はBとなるから,Eについては,本件手術の手術適応はなかったというべきである。 ,基本的には,肝障害度Aの場合のみとされている。 本件では,Eの検査数値をこの基準に当てはめた場合,肝障害度はBとなるから,Eについては,本件手術の手術適応はなかったというべきである。 (イ) そして,肝癌摘出手術に代替すべき治療方法として,TAE(肝動脈塞栓術)がある。TAEは,手術に比して患者への侵襲の少ない療法であり,今日,治療としての信頼性や確実性が増し,肝切除術に比して遜色のない効果が期待されているのであるから,Eに対しても,TAEを選択すべきであった。 (ウ) なお,被告病院の担当医師らは,手術適応を判断するための基準として,兵庫医大方式を簡易化した計算式を用いたとするが,兵庫医大方式は,過大な肝切除を容認するものであって,肝切除術の手術適応を判断するのに適切なものではない。 また,兵庫医大方式は,年齢のほかにはICG15値だけを指標とするものであるから,ICG15値が肝機能を正確に反映していることが大前提であるが,本件では,ICG検査には誤差が内在するにもかかわらず,被告病院の担当医師らは1度しかICG検査を行っておらず,しかも,その検査も,直前に体重を測定するなどせずに試薬量を定めて行われたものであるから,ICG検査数値がEの肝機能を正確に反映していない可能性が高い。 さらに,被告病院の担当医師らは,兵庫医大方式を簡易化した計算式を用いたとするが,実際には全く医学的根拠のない独自方式を用いたのであって,本件訴訟が提起された後に,たまたま本件で当てはまりそうな兵庫医大方式を持ち出して,自己の独自方式に医学的根拠があるかのように振る舞っている疑いは否定できない。 イ仮に,肝切除術の手術適応を判断するための一般的な基準によれば本件手術に手術適応が認められるとしても,Eが糖尿病 己の独自方式に医学的根拠があるかのように振る舞っている疑いは否定できない。 イ仮に,肝切除術の手術適応を判断するための一般的な基準によれば本件手術に手術適応が認められるとしても,Eが糖尿病を罹患していた事情をも考慮すれば,本件手術の手術適応は否定されるというべきである。 すなわち,一般に,糖尿病患者の術前管理としては,グリコヘモグロビンの値を7パーセント以下,空腹時血糖値を150以下,2時間血糖値を200以下とすべきとされているところ,本件では,被告病院の担当医師らは,6月19日のEのグリコヘモグロビンの値が9.6パーセントであったにもかかわらず,それ以降,グリコヘモグロビンを測定しておらず,Eの血糖値については,外科に転科した6月28日以降,2時間血糖値が200を大幅に上回っている。 このことからすると,本件手術当日のEの血糖コントロール状態は安定していなかった可能性が高く,かかる状態のもとでは,本件手術の手術適応はなかったというべきである。 ウさらに,Eは,高血圧であったし,慢性肝炎に罹患しており,各種肝機能検査の数値も悪く,6月21日のカルテにも「肝予備能悪いかも」との記載があったのであるから,本件手術の手術適応はなかったというべきである。 エ Eについて本件手術の手術適応がなかったことは,後記(4)の原告らの主張記載のとおり,Eの死亡原因が術後急性肝不全の発症又は術後急性肝不全の発症に加えて,MRSA感染症が併発したためであることからも推認される。 オしたがって,被告病院の担当医師らは,手術適応のないEに対して本件手術を行い,Eの死亡という結果を招いたものであるから,Eの死亡によって生じた損害について不法行為責任を負い,被告は,その使用者として使用者責任を負うとともに,本件診療契約の債務不履行責任を負 本件手術を行い,Eの死亡という結果を招いたものであるから,Eの死亡によって生じた損害について不法行為責任を負い,被告は,その使用者として使用者責任を負うとともに,本件診療契約の債務不履行責任を負う。 (被告の主張)原告らの主張は争う。 ア(ア) 被告病院の担当医師らは,兵庫医大方式を簡易化した計算式によって,本件手術の手術適応を判断し,これを肯定したものであるが,兵庫医大方式は,多くの医療機関において採用されている基準であり,現在最も信頼性があるとされているものであるから,被告病院の担当医師らが,兵庫医大方式に従って本件手術の手術適応を判断したことには何らの不適切な点もない。 また,兵庫医大方式が指標としているICG検査については,ショック等の副作用の危険が伴うため,通常は1回の検査で足りるものとされており,本件において,被告病院の担当医師らがICG検査を1回しか行わなかったことが適切を欠くということはない。 しかも,本件では,ICG検査が特に重要であることを十分認識した上で,G医師自らが慎重を期してICG検査を行っており,誤検査を惹起するような事情は何もない。 (イ) また,原発性肝癌取扱い規約の肝障害度を用いても,血清アルブミン値とプロトロンビン値は肝障害度Bであるが,腹水,血清ビリルビン値,血清アルブミン値,ICG15値はいずれも肝障害度Aであり,これらを総合すると,Eの肝障害度は,ほとんどAに近いBであったということができる。 (ウ) TAEについては,Eの肝細胞癌の大きさは10センチメートル前後であり,このような巨大な肝細胞癌の場合は,肝動脈の血流のみならず,門脈血流も十分に受けているため,TAEが十分な効果を上げられる対象ではない。TAEは,5センチメートルを越える大きな メートル前後であり,このような巨大な肝細胞癌の場合は,肝動脈の血流のみならず,門脈血流も十分に受けているため,TAEが十分な効果を上げられる対象ではない。TAEは,5センチメートルを越える大きな肝細胞癌の場合は,生命予後の改善が認められていないので,不適切である。 イまた,一般に,糖尿病であっても術前に血糖コントロールを行った上で手術を行うことに支障はない。 術前の血糖コントロールについては様々な指標が出されているが,特に重要なのは空腹時血糖,そして血糖日内変動であるとされており,本件におけるEの血糖値については,6月23日には,全ての血糖値が200以下となり,空腹時血糖値も昼食前を除いて120以下となっており,外来時の300を超える血糖値と比べても,非常に良好な状態になっていたといえる。 なお,グリコヘモグロビンの値は,過去60日から120日の間の血糖値の平均をあらわすものであるため,入院後の血糖コントロール状態を評価するために測定する必要はない。 ウ Eは,高血圧ではあったが,状態が悪くなかったため,適正なコントロールがされれば,高血圧であるがゆえに手術適応が失われるようなものではなかった。そして,高血圧については,投薬等によって治療され,コントロールがされていた。 また,Eは慢性肝炎(B・C型肝炎)に罹患していたが,兵庫医大方式は,肝細胞癌で背景に慢性肝炎や肝硬変がある場合に肝予備能評価のために用いられるものであり,兵庫医大方式で肝切除可能と評価されれば,慢性肝炎であっても手術適応はある。 エ Eの死亡原因は,後記(4)の被告の主張記載のとおり,MRSA感染症を発症したことによる多臓器不全であり,術後急性肝不全ではない。 (2) 説明義務違反の有無(説明が不十分であったためにEが本件 原因は,後記(4)の被告の主張記載のとおり,MRSA感染症を発症したことによる多臓器不全であり,術後急性肝不全ではない。 (2) 説明義務違反の有無(説明が不十分であったためにEが本件手術を受け,死亡する結果となったことについての不法行為又は債務不履行の成否)(原告らの主張)アおよそ患者に手術を実施する医師は,患者に対し,当該手術の危険性(手術による合併症及び後遺障害発生の有無とその発生頻度),代替治療法の有無,手術をしない場合の予後などを事前に説明し,患者自らが治療法を選択しうるよう具体的な説明をしなくてはならず,そうした説明を尽くさないまま医療行為をしてはならないというべきである。 イところが,本件では,被告病院の担当医師らは,自分から積極的に説明の機会を設けようとはせず,原告Aから説明の要求を受けても検査未了と断り,さらに手術2日前の面会予約をすっぽかし,手術前日のわずか3分間しか術前説明をしなかった。 そして,その説明は,手術時間は4時間程度,肝臓の60パーセント程度を切除する,切除しても肝臓は増殖するので大丈夫,術後観察室に5日間入るというだけのものであり,原告らは手術の危険性や余命等については一切説明を受けていない。 ウ被告病院においてEに対する正確で詳細な説明義務の履行があれば,Eや原告らは,セカンドオピニオンを得る機会を有することとなって,重篤な症状にふさわしい設備が充実し,より経験も豊富な他院での診療を選択する余地があったし,また,継続して被告病院の担当医師らの診療を受けるにしても,TAEなど他の治療法の選択の機会を得ることによって,本件のごとき最悪の結果を回避することが可能であった。 エしたがって,被告病院の担当医師らは,不十分な説明でEに本件手術を受けること にしても,TAEなど他の治療法の選択の機会を得ることによって,本件のごとき最悪の結果を回避することが可能であった。 エしたがって,被告病院の担当医師らは,不十分な説明でEに本件手術を受けることを承諾させ,Eの死亡という結果を招いたものであるから,Eの死亡によって生じた損害について不法行為責任を負い,被告は,その使用者として使用者責任を負うとともに,本件診療契約の債務不履行責任を負う。 (被告の主張)原告らの主張は争う。 ア被告病院においては,Eに対して,各時点における検査の結果,内科的治療と外科的治療を行った場合の予後,各治療法の内容等につき,G医師が図を書いた上で詳細かつ具体的に説明を行っていた。 また,H医師は,毎日朝の回診の際に,Eと会話を交わし,手術の内容等について説明を行っていたし,手術承諾書を受領する際には,手術内容や予後について十分に説明の上,E及び原告Aから署名・捺印をもらっていた。 以上のような経過からすれば,説明は十分になされていたといえる。 イ原告らは,十分な説明を受けていれば,セカンド・オピニオンを得るなどして,本件手術以外の治療法や他院での診療等を選択する余地があったなどと主張するが,Eのような巨大腫瘍の場合には,肝切除術が圧倒的に予後が良いことが明らかであり,いかなる事態であろうと,肝予備能が許す限り肝切除術が選択されることに疑いの余地はない。 仮に,Eから肝切除術以外の選択肢の可能性について問われた場合でも,被告病院の担当医師らとしては,肝切除術を受けるように説得したであろうことは明らかであって,その他の方法を選択する余地があったなどとは到底いえない。 (3) 本件手術における手技上の過失の有無(原告らの主張)ア右肝静脈の先行処 に説得したであろうことは明らかであって,その他の方法を選択する余地があったなどとは到底いえない。 (3) 本件手術における手技上の過失の有無(原告らの主張)ア右肝静脈の先行処理をしなかった過失の有無(ア) 肝右葉切除術においては,出血量を減少させるために,右肝静脈根部を十分に剥離・露出し,右肝静脈根部を結紮して右肝静脈からの血流を遮断した上で,肝実質の切離を始めるべきとされているから,被告病院の担当医師らは,本件手術においても,このような右肝静脈の先行処理をしてから肝切離を始めるべきであった。 ところが,被告病院の担当医師らは,本件手術において,右肝静脈の先行処理をしないまま肝切離を始めたため,術中出血量が3889ミリリットルという大量なものとなったのであるから,この点に同医師らの過失がある。 (イ) この点について,被告は,本件手術では,腫瘍と右肝静脈が近接していたため,無理に右肝静脈の先行処理をすると,大出血の危険があったと主張する。 しかし,仮に腫瘍と右肝静脈が近接していたために右肝静脈の処理が困難であったとすれば,後記のとおり,それは被告病院の担当医師らの選択した当初の皮膚切開法が不適切であったために,本件手術において十分な術野が得られなかったことに原因がある。 イ術前検査を十分に行わず,その結果,開胸開腹切開法を選択しなかった過失の有無被告病院の担当医師らは,術前にCT,超音波検査(US)等によりEの癌の部位を十分認識できたのであるから,皮膚切開法の選択にあたっては事前に癌の部位,大きさを十分に考慮検討し,当初から開胸開腹切開法を選択し,良好な術野を確保した上で手術を施行すべきであった。 それにもかかわらず,被告病院の担当医師らは,術前にCTや超 は事前に癌の部位,大きさを十分に考慮検討し,当初から開胸開腹切開法を選択し,良好な術野を確保した上で手術を施行すべきであった。 それにもかかわらず,被告病院の担当医師らは,術前にCTや超音波検査による十分な検査をすることを怠り,開胸開腹切開法を選択せずに肋骨弓下切開法によって本件手術を行ったため,良好な術野を得られず,右肝静脈の先行処理ができず,前記のとおり,大量出血を生じさせたものであるから,この点に被告病院の担当医師らの過失がある。 (被告の主張)原告らの主張は争う。 ア右肝静脈の先行処理をしなかった過失の有無について本件手術では,腫瘍が右肝静脈根部に覆い被さるように存在していたことから,右肝静脈の処理を先行させると下大静脈損傷を引き起こして出血死に至る危険があり,右肝静脈を先行処理することはできなかった。 イ術前検査を十分に行わず,その結果,開胸開腹切開法を選択しなかった過失の有無について術前にCTによって腫瘍と右肝静脈の位置関係を正確に診断することは困難であるし,Eは,比較的体格がよく,脂肪の層が厚かったため,超音波検査によっても腫瘍と右肝静脈の位置関係を推測することは困難であった。 また,本件手術において採用された皮膚切開法は,両肋弓下切開に上腹部正中切開を加えた,いわゆるベンツ型切開法(開胸開腹切開法に比べて手術侵襲が小さい。)であり,視野不良を補うために右胸肋骨関節を外す処理も行っており,視野は不良ではなかった。右肝静脈を先行処理できなかったのは,腫瘍が右肝静脈根部に覆い被さるように存在していたためであって,視野が悪かったためではない。 (4) 本件手術における手技上の過失とEの死亡との因果関係の有無(本件手術の手技上の過失による不法行為又は債務不履行 脈根部に覆い被さるように存在していたためであって,視野が悪かったためではない。 (4) 本件手術における手技上の過失とEの死亡との因果関係の有無(本件手術の手技上の過失による不法行為又は債務不履行の成否)(原告らの主張)ア Eの死亡原因は,術後急性肝不全の発症によるものである。 (ア) すなわち,術後急性肝不全は,その臨床症状として,黄疸,精神神経症状(譫妄等),腹水,浮腫,出血傾向などが挙げられ,その診断基準は,総ビリルビン値が5以上であることなどとされているところ,Eには,黄疸,精神神経症状(譫妄等),腹水,浮腫,出血傾向のすべての症状が認められ,また,総ビリルビン値についても,本件手術翌日である7月7日に5.03にまで上昇し,同月8日,同月10日と正常値に向かいかけたが,7月11日には6.59にまで再上昇し,その後も5を下ることはなかった。 このことからすると,Eが術後急性肝不全を発症していたことは明らかであり,これに連続して腎不全を併発するなどし,多臓器不全となったものといえる。 したがって,Eの真の死亡原因は,死亡診断書記載の多臓器不全ではなく,術後急性肝不全であって,多臓器不全はその因果の流れに過ぎない。 (イ) MRSA感染症の発症がEの死亡の一因となったとしても,術後急性肝不全の発症に加えて,MRSA感染症が併発したことによって多臓器不全となったものである。 イ Eが術後急性肝不全を発症したのは,前記(3)原告らの主張記載の被告病院の担当医師らの本件手術の手技上の過失により大量出血が生じたためであるから,被告病院の担当医師らは,Eの死亡によって生じた損害について不法行為責任を負い,被告は,その使用者として使用者責任を負うとともに,本件診療契約の債務不履行責任を負う。 (被告の主張)原 告病院の担当医師らは,Eの死亡によって生じた損害について不法行為責任を負い,被告は,その使用者として使用者責任を負うとともに,本件診療契約の債務不履行責任を負う。 (被告の主張)原告らの主張は争う。 ア Eの死亡原因は,MRSA感染症を発症したことによる多臓器不全というべきであって,術後急性肝不全ではない。 (ア) すなわち,術後急性肝不全の機序については未だに不明な点が多く,その診断基準についても統一的な見解は存在しないものの,肝切除術後における術後急性肝不全の診断については,総ビリルビン値が10以上であることや,GOT,GPTが200以上であることが指標とされている。 (イ) Eについては,総ビリルビン値は,7月21日に10を超えたが,それまでは有意な上昇を示していないし,GOT,GPTは,7月27日に急上昇し,翌28日にGOT2550,GPT482という状態となったが,それまでは通常の経過を辿っており,術後急性肝不全の指標となるような上昇は全くみられていない。 (ウ) このように,Eの症状を総ビリルビン及びGOT,GPTを中心に総合的に評価すると,EがMRSAに感染したと思われる7月16日以前において術後急性肝不全であったとみることは,医学的に不可能である。 イ右肝静脈の先行処理がされなかったため,出血は通常の肝切離に比較すれば多かったが,肝切除術においては,大量とはいえず,輸血量は許容範囲内であり,血圧低下は認められず,残存肝の血流も保たれていた。したがって,大量出血によって術後急性肝不全を発症したということはない。 (5) 感染症に対して適切な対処を行わなかった過失による不法行為又は債務不履行の成否(感染症が死亡原因である場合の予備的主張1)(原告らの主張)ア発熱は最も重要でかつ頻 ない。 (5) 感染症に対して適切な対処を行わなかった過失による不法行為又は債務不履行の成否(感染症が死亡原因である場合の予備的主張1)(原告らの主張)ア発熱は最も重要でかつ頻度の高い感染症の兆候であるところ,Eには,7月10日には38度台という高熱がみられたのであるから,被告病院の担当医師らとしては,遅くともこの時点で,Eに感染症が発症したことを疑うべきであった。 そして,感染症が疑われる場合には,血液培養等による起因菌の同定を速やかに行い,起因菌に効果のある抗生物質を選択投与すべきであるから,被告病院の担当医師らとしては,この時点で,Eに対して血液培養等を行って感染症の起因菌の同定を行い,起因菌に効果のある抗生物質を選択投与すべきであった。 ところが,被告病院の担当医師らは,本件手術直後から予防的に投与していた抗生剤を7月12日まで投与し続けるのみで,7月17日になるまでEの血液培養検査を行わなかった。 イ被告病院の担当医師らが感染症に対して適切に対処しなかったためにEの死亡という結果が生じたのであるから,同医師らは,Eの死亡によって生じた損害について不法行為責任を負い,被告は,その使用者として使用者責任を負うとともに,本件診療契約の債務不履行責任を負う。 (被告の主張)原告らの主張は争う。 ア Eは,7月16日午前0時に点滴用チューブを引きちぎって病室から失踪し,廊下を歩いて階段まで行き,6階の病室から4階まで降りて,さらに入院病棟から外来病棟まで渡り廊下をわたったところで浴衣着の状態で発見されているが,EがMRSAに感染した時期は,この時点であると思われる。 そうすると,7月15日以前の時点においては,客観的にMRSAによる術後感染症を発症していなかっ で浴衣着の状態で発見されているが,EがMRSAに感染した時期は,この時点であると思われる。 そうすると,7月15日以前の時点においては,客観的にMRSAによる術後感染症を発症していなかったと考えられるから,この時点までに早期に術後感染症を発見すべきであったとする原告らの主張は,そもそもの前提を欠く。 イなお,Eの7月10日の症状については,体温は,深夜に一時的に38.8度となっているが,その後速やかに36度台の平熱に戻って推移しているし,白血球数は,前日の1万5000から7400へと大幅に低下して正常範囲となっており,CRPも8.4から7.9と低下がみられている。 ウしたがって,7月10日の時点で,Eには特に感染症を疑わせるような所見はなく,被告病院の担当医師らの措置に不適切な点はない。 (6) MRSAに対して適切な投薬をしなかった過失による不法行為又は債務不履行の成否(感染症が死亡原因である場合の予備的主張2)(原告らの主張)ア本件では,7月19日に,EのMRSA感染症が判明したのであるから,被告病院の担当医師らとしては,確実に薬剤感受性試験を行い,当該MRSA分離菌に対して有効・適切な抗菌薬(バンコマイシン)を選択・投与し,MRSA感染による容態悪化を可及的に防止すべきであった。 ところが,被告病院の担当医師らは,これを怠り,感受性の認められないテイコプラニンを漫然と投与するのみであり,感受性の認められたバンコマイシンが投与されたのは,7月26日になってからであった。 イ被告病院の担当医師らが適時にバンコマイシンを投与しなかったかったためにEの死亡という結果が生じたのであるから,同医師らは,Eの死亡によって生じた損害について不法行為責任を負い,被告は,その使用者として使用者責任 師らが適時にバンコマイシンを投与しなかったかったためにEの死亡という結果が生じたのであるから,同医師らは,Eの死亡によって生じた損害について不法行為責任を負い,被告は,その使用者として使用者責任を負うとともに,本件診療契約の債務不履行責任を負う。 (被告の主張)原告らの主張は争う。 アテイコプラニンもバンコマイシンもMRSA感染症に対する治療薬であるが,テイコプラニンとバンコマイシンを比較した場合,腎毒性の発現率は,テイコプラニンよりもバンコマイシンのほうが優位に高いとされている。 イ本件では,Eは,7月19日にMRSA感染症が判明した際,腎障害が生じていたのであるから,被告病院の担当医師らが,腎毒性の点から問題のあるバンコマイシンではなく,テイコプラニンの投与したことは,適切であった。 (7) 横隔膜下膿瘍に対して適切な処理をしなかった過失による不法行為又は債務不履行の成否(感染症が死亡原因である場合の予備的主張3)(原告らの主張)ア感染症が発症した場合,膿があればドレナージをしなければならないが,その前提として,感染が疑われる場合は,画像診断等を駆使して感染巣(特に膿瘍)を検索することが不可欠である。 したがって,被告病院の担当医師らは,Eの感染症が疑われた7月10日に,超音波検査やCT検査を駆使して感染巣を検索し,膿があれば直ちにドレナージを行うべきであった。 ところが,被告病院の担当医師らは,これを怠り,横隔膜下膿瘍の具体的な症状も見逃したまま,7月17日までレントゲンを撮影するだけで超音波検査やCT検査を行わなかった。 しかも,7月17日にようやく超音波検査及びCT検査を施行し,画像上横隔膜下膿瘍を疑うべき所見が得られたのであるから,直ちに超音波検査ガイド下に穿刺ドレナージを行う やCT検査を行わなかった。 しかも,7月17日にようやく超音波検査及びCT検査を施行し,画像上横隔膜下膿瘍を疑うべき所見が得られたのであるから,直ちに超音波検査ガイド下に穿刺ドレナージを行うか,開腹してドレナージを行い,膿瘍を排出すべき注意義務があったにもかかわらず,これを怠り,創を抜糸して皮下膿瘍の処置を行うだけに留めた。 イ被告病院の担当医師らが適時にドレナージを行わなかったためにEの死亡という結果が生じたのであるから,同医師らは,Eの死亡によって生じた損害について不法行為責任を負い,被告は,その使用者として使用者責任を負うとともに,本件診療契約の債務不履行責任を負う。 (被告の主張)原告らの主張は争う。 ア本件では,被告病院の担当医師らは,7月17日にEに対する超音波検査を行ったところ,点状高エコーがみられ,CT検査にて斑点上のものがみられたことから,横隔膜下膿瘍の可能性も考えて,正中創を抜糸する形でドレナージを行ったが,濁った腹水は排出されなかった。 イこのドレナージにおいては,合計1400ミリリットルもの排液が得られているのであるから,仮にこの時点で横隔膜下膿瘍が存在したのであれば当然に膿性排液がみられるはずであるが,濁った腹水は排出されなかったことからすると,同時点以前の段階で横隔膜下膿瘍であったことは否定される。 ウしたがって,7月16日までの時点においてEに横隔膜下膿瘍が存在したことを前提とする原告らの主張は,前提において誤りがある。 (8) 損害(原告らの主張)ア Eに生じた損害(ア) 逸失利益 5047万3209円Eは,昭和28年9月16日生まれ(本件当時46歳)の男子であり,本件医療事故に遭遇しなければ,67歳まで2 害(ア) 逸失利益 5047万3209円Eは,昭和28年9月16日生まれ(本件当時46歳)の男子であり,本件医療事故に遭遇しなければ,67歳まで21年間にわたって就労可能であった。 本件医療事故によって死亡したことによるEの逸失利益は,平成11年賃金センサス男子労働者学歴計から生計費を控除してライプニッツ方式により計算すると,562万3900円×0.7×12.8211=5047万3209円となる。 (イ) 慰謝料 3000万円本件死亡の精神的苦痛を慰謝するための相当額は,3000万円を下らない。 (ウ) 葬儀費用 150万円イ相続原告らは,Eの死亡により,Eの被告に対する前記アの損害賠償請求権(合計8197万3209円)を,原告Aが2分の1,原告B,原告C及び原告Dがそれぞれ6分の1の割合で,それぞれ相続した。 ウ弁護士費用原告らは,原告ら訴訟代理人弁護士らに対し,本件訴訟の追行を委任したが,その弁護士費用としては,原告Aについては409万8660円,原告B,原告C及び原告Dについては各136万6220円が相当である。 エ一部請求本件では,原告Aは,Eから相続した損害賠償請求権のうち3590万1340円と弁護士費用の409万8660円との合計4000万円について,原告B,原告C及び原告Dは,Eから相続した損害賠償請求権のうち863万3780円と弁護士費用の136万6220円との合計1000万円について,それぞれ被告に対してその支払を請求する。 オよって,原告らは,被告に対し,不法行為(使用者責任)又は本件診療契約 3万3780円と弁護士費用の136万6220円との合計1000万円について,それぞれ被告に対してその支払を請求する。 オよって,原告らは,被告に対し,不法行為(使用者責任)又は本件診療契約の債務不履行に基づき,原告Aについては4000万円,原告B,原告C及び原告Dについては1000万円及びこれらに対するEの死亡の日である平成12年7月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (被告の主張)原告らの主張は争う。 第3 判断 1 認定事実前記前提事実,証拠(各認定事実の後に掲げる。)及び弁論の全趣旨によれば,Eの診療経過に関して,以下の各事実が認められる。 (1) 入院に至る経緯についてア Eは,平成元年ころから,慢性肝炎(B・C型肝炎),高血圧,糖尿病を患っており,川崎市内の石原内科医院に通院して,治療を受けていた(甲A8,乙A1・3頁,147頁,A2・3頁,6頁,12頁,A3・1頁,A9)。 イ Eは,平成12年4月末ころ,倦怠感を覚えるようになり,同年5月末ころ,右季肋部から背部にかけて違和感を感じるようになったことから,同年6月ころに石原内科医院で腹部超音波検査を受けたところ,肝右葉の占拠性病変の疑いがあるとされ,さらなる精査のために,被告病院を受診することを勧められた(診療経過一覧表,甲A8,乙A1・3頁,147頁,A2・3頁,6頁。以下,年については特に記載のない限り,すべて平成12年である。)。 ウそこで,Eは,6月5日に被告病院内科で診察(初診)を受け,被告との間で本件診療契約を締結し,同月14日にCT検査(以下「本件CT検査①」という。)を受けた(診療経過一覧表,甲A8,乙A1・1頁,A2・2頁,A11)。 本件CT検査①の結果,肝右 )を受け,被告との間で本件診療契約を締結し,同月14日にCT検査(以下「本件CT検査①」という。)を受けた(診療経過一覧表,甲A8,乙A1・1頁,A2・2頁,A11)。 本件CT検査①の結果,肝右葉に長径約10センチメートルの巨大な腫瘍(以下「本件腫瘍」という。)が肝外に突出するような形で発育していることが判明し,Eの担当医であるG医師は,本件腫瘍は肝細胞癌である可能性が高いと診断し,Eは,同月16日,精査目的で被告病院内科に入院した(診療経過一覧表,甲A8,乙A1・1頁,108頁,乙A3・4頁,A11,証人G)。 (2) 被告病院内科入院後の診療経過についてア G医師は,Eの入院当日である同月16日,E及び原告Aに対して,肝臓に10センチメートルほどの腫瘍ができていること,血管造影検査が必要であること,血管造影剤等を用いた内科的治療法(TAI,TAE)やアルコールを注入する治療法(PEI)があるが,腫瘍が大きいために治療効果が得られにくいので,治療法として第1の選択肢は手術であることなどを説明した上で,血管造影検査の実施について承諾を得た(診療経過一覧表,甲A8,乙A1・144頁,145頁,A9,証人G,原告A本人)。 さらに,G医師は,原告Aのみをその場に残して,本件腫瘍が進行癌であることを説明した(診療経過一覧表,甲A8,A14,原告A本人)。原告Aは,Eの肝臓癌がかなり大きくなっていたので,早晩,苦しい思いや辛い思いをするだろうと考えると,かわいそうで癌とは言えないと思い,G医師に,Eには癌であることは言わないように依頼した(甲A8,証人G,原告A本人)。 イ同月20日,Eに対して腹部血管造影検査が行われ,本件腫瘍は,肝細胞癌と診断された(診療経過一覧表,乙A1・10頁,107頁)。 そこで,G医師は, 依頼した(甲A8,証人G,原告A本人)。 イ同月20日,Eに対して腹部血管造影検査が行われ,本件腫瘍は,肝細胞癌と診断された(診療経過一覧表,乙A1・10頁,107頁)。 そこで,G医師は,原告Aに対し,上記診断結果を伝え,①本件CT検査①の結果や超音波検査の結果等を総合すると,肝細胞癌は,原発性肝癌である可能性が高く,右葉に限局していると考えられるので,手術適応がある,②リピオドールを注入して2週間後にCT検査(以下「本件CT検査②」という。)を行う予定であり,その結果,もし肝左葉にも癌があれば,肝切除はできないので,エタノール注入療法(PEI)等の内科的治療法を選択せざるを得ない,③しかし,肝左葉に癌がない場合は,本件腫瘍は内科的治療法を行うにはあまりにも巨大で,内科的治療の適用外とは言わないが,治療効果が得られないことが十分に予想され,本件腫瘍のように腫瘍が巨大なケースでは,切除例の方が内科的治療に比べて明らかに長期的予後がよいので,Eの年齢が若いことも考慮すると,肝切除を勧める,④Eには癌とは言わないと説明し,原告Aはこれを了承した(甲A8,乙A1・12頁,A9,証人G,原告A本人)。 なお,当日,Eの左肝動脈から,造影剤リピオドールが注入された(乙A1・10頁,107頁)。 ウ同月21日,Eのプロトロンビン時間(PT)は40パーセント,活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)は152.6,血清アルブミン値(ALB)は3.1g/dlであったが(なお,同月19日のEのプロトロンビン時間は62パーセント,活性化部分トロンボプラスチン時間は45.5,血清アルブミン値は3.5g/dlであった。),このような検査数値の推移をみたG医師は,Eにはリピオドールの注入による一時的な肝機能障害が生じているとは考えられるものの,そ プラスチン時間は45.5,血清アルブミン値は3.5g/dlであった。),このような検査数値の推移をみたG医師は,Eにはリピオドールの注入による一時的な肝機能障害が生じているとは考えられるものの,それを考慮してもなおEの肝予備能が悪いかもしれないという印象を持った(乙A1・13頁,52頁,67頁,証人G)。 そこで,G医師は,Eに対するICG検査(インドシアニングリーン検査)を間違いなく行わなくてはならないと考えた(乙A1・13頁,証人G)。 エ同月22日,G医師は,Eに対してICG検査を実施した(診療経過一覧表,乙A1・15頁,85頁,A9,証人G)。 このICG検査の結果,EのICG15値が8.8パーセントであるとの検査結果が出た(乙A1・15頁,85頁)。 G医師は,この8.8パーセントという数値をもとに,肝切除術の手術適応を判断する際の計算式の一つである兵庫医大方式の計算式を簡易化した「-80+46+8.8+x<45」という不等式を計算し,「x<72」という計算結果から,Eの肝臓について,右葉から拡大右葉まで切除可能と判断した(乙A1・15頁,A9,証人G)。 オ同月23日,Eの日内血糖値は,朝食前が107mg/dl,朝食後が189mg/dl,昼食前が169mg/dl,昼食後が184mg/dl,夕食前が116mg/dl,夕食後が183mg/dl,午後9時が190mg/dlであった(乙A1・85頁,証人G)。 G医師は,この数値とEの同月19日の日内血糖値(朝食前が78mg/dl,朝食後が254mg/dl,昼食前が230mg/dl,昼食後が267mg/dl,夕食前が165mg/dl,夕食後が226mg/dl,午後9時が217mg/dl)とを比較するなどして,Eの血糖コントロールが良 254mg/dl,昼食前が230mg/dl,昼食後が267mg/dl,夕食前が165mg/dl,夕食後が226mg/dl,午後9時が217mg/dl)とを比較するなどして,Eの血糖コントロールが良好に行われ,手術に差し支えない状態になったものと判断した(乙A1・85頁,A9,証人G)。 カ G医師は,Eが被告病院内科に入院してから,被告病院外科のH医師やI医師らとも連絡を取り合い,本件腫瘍についての手術適応の有無について相談し,適応の有無を判断するための検査についても外科の医師らと相談しながら進めたが,ICG検査の結果に基づいて計算すると,右葉から拡大右葉まで切除可能であること,血液データは,リピオドールの注入によって一時的な肝機能障害が生じたが,回復したことを示していること,血糖コントロールも良好であることなどから,手術適応があると判断し,本件腫瘍は巨大な肝細胞癌であり,手術適応があればTAEやPEIのような内科的治療法は選択しないのが常識であると考えていたので,Eを外科に転科させ,さらに外科で手術適応の判断をした上で手術を実施すべきものと考えた(乙A7からA9まで,証人G)。 キそして,同月28日,Eは外科へ転科となった(乙A1・20頁)。 (3) 被告病院外科転科後本件手術までの診療経過についてア被告病院外科におけるEの担当医師は,H医師,I医師,J医師らであった(乙A1・1頁,A7,A8,証人G)。 イ 6月30日,本件CT検査②が行われたが,肝左葉に腫瘍性病変は認められなかった(診療経過一覧表,乙A1・111頁,205頁)。 ウ被告病院外科における本件手術までのEの血糖値の測定結果は,以下のとおりであった(乙A1・157頁から159頁まで)。 (ア) 6月29日午前7時 82mg/dl 頁)。 ウ被告病院外科における本件手術までのEの血糖値の測定結果は,以下のとおりであった(乙A1・157頁から159頁まで)。 (ア) 6月29日午前7時 82mg/dl午前11時 209mg/dl午後5時 149mg/dl(イ) 6月30日午前7時 101mg/dl(ウ) 7月1日午前7時 92mg/dl午前11時 241mg/dl(エ) 7月4日午前7時 128mg/dl午前11時 273mg/dl午後5時 178mg/dl(オ) 7月5日午前7時 117mg/dl午前11時 273mg/dl午後5時 189mg/dlエ被告病院外科の医師らは,Eが内科に入院しているときから,G医師と本件手術の手術適応について相談してきたが,外科においても,兵庫医大方式で手術適応があることを確認し,各肝機能数値等も参考にして本件手術の実施を決定した(乙A8,証人I)。 オ本件手術の前日である7月5日午後5時半すぎころ,H医師は,Eと原告Aに対し,翌日の本件手術の説明をし,本件手術についての承諾を得たが,その際,H医師は,本件腫瘍は肝臓癌であること,肝臓を60パーセント切除すること,切除しても肝臓は増殖するから大丈夫であること,手術は4時間くらいであることを告げ,「切れば治ります。」と言った(甲A8,乙A7,証人H,原告A本人)。 カそして,7月6日,Eに対して本件手術が行われた(甲A8,乙A1・7頁,9頁,21頁,163頁)。 ( あることを告げ,「切れば治ります。」と言った(甲A8,乙A7,証人H,原告A本人)。 カそして,7月6日,Eに対して本件手術が行われた(甲A8,乙A1・7頁,9頁,21頁,163頁)。 (4) 本件手術(7月6日施術)についてア午後1時3分に,Eに対して麻酔が施され,午後1時49分から,本件手術が開始された(乙A1・7頁,9頁,163頁)。 本件手術の術者はI医師,助手はH医師,J医師,麻酔医はK医師であった(乙A1・7頁,9頁,163頁)。 I医師が肝右葉切除術を執刀するのは,本件手術が2例目であった(乙A8,証人I)。 イ(ア) I医師らは,Eに対して,まず,両肋弓下切開による開腹を行い,午後3時20分には,より広い術野を得るために,正中切開を追加し,さらに,その後,胸肋関節を離断した(いわゆるベンツ型切開法を採用したもの。乙A1・9頁,21頁,163頁,A8,証人H)。 (イ) 開腹後,I医師らは,Eの腫瘍が10センチメートルを超える大きさであることを確認した(乙A8)。 (ウ) そして,I医師らは,Eの肝臓を周囲から剥離する作業を進めたが,肝静脈周囲を剥離したところ,肝腫瘍が肝静脈の根部に膨張するように被さっていたために,右肝静脈と中肝静脈の分岐部分が確認できず,また,肝実質内へ向かう部分を剥離しようとしたところ,腫瘍を露出しそうになった(乙A8,証人I)。 このため,I医師らは,このまま肝静脈の処理を進めると,肝静脈を損傷して大出血を招く危険があると考え,肝静脈の処理を断念し,肝実質の切離を先行させることとした(乙A1・9頁,21頁,A8,証人H)。 肝実質の切離は,午後4時40分から開始され,午後6時30分に終了した(乙A1・163頁)。 断念し,肝実質の切離を先行させることとした(乙A1・9頁,21頁,A8,証人H)。 肝実質の切離は,午後4時40分から開始され,午後6時30分に終了した(乙A1・163頁)。 切除された肝右葉の重量は,1080グラムであり,これはEの肝臓の約6割に相当するものであった(乙A1・163頁,証人H,同I)。 (エ) 肝実質の切離を行っている間に,Eの出血量が増えてきたことからH医師らは,K医師の判断に従って,午後6時からEに対する輸血を開始した(乙A1・163頁,A8,証人H)。 (オ) その後,Eに対しては,ドレーンの挿入や閉腹が行われ,午後8時7分,本件手術は終了した(乙A1・7頁,9頁,21頁,163頁,A8)。 (カ) 本件手術におけるEの出血量は,3889グラムであり,輸血量は,2340ミリリットルであった(乙A1・7頁,9頁,21頁,163頁)。 (5) 被告病院外科における本件手術後の診療経過についてア(ア) 7月8日午後10時ころ,Eは,看護師に対して,頭がおかしくなった,現実と夢がごちゃごちゃで気が狂いそうだ,自殺でもしそうな勢いだ,などと話しかけた(乙A1・166頁)。 (イ) 同月10日午前2時ころ,Eは,看護師に対して,もう俺いいよ,意気地なしだから,この管全部抜いて終わりでいい,などと話しかけた(乙A1・167頁)。 同日,I医師がEの診察を行ったところ,手術創はきれいであった(乙A1・22頁,証人I)。 同日午後6時ころから,Eの体温が38度を超えるようになったため,Eに対して,メチロン1A(解熱剤)が投与された(乙A1・168頁,証人I)。 (ウ) 同月11日午前6時ころ,Eに不穏な症状が認められた(乙A1・22頁,168頁 を超えるようになったため,Eに対して,メチロン1A(解熱剤)が投与された(乙A1・168頁,証人I)。 (ウ) 同月11日午前6時ころ,Eに不穏な症状が認められた(乙A1・22頁,168頁)。 (エ) 同月12日,Eについて,手術創がきれいであること,ドレーンからの排液がさらさらの透明な液体であること,排便があったことが確認された(乙A1・24頁,証人I)。 同日,I医師は,Eの体温が37度台半ばを推移し,白血球数が1万1900,C反応性蛋白(CRP)が11.7mg/dlとなったことから,明らかな感染巣は不明であったものの,腸管から細菌が入り込むなどして何らかの感染が生じている可能性を考慮し,Eに対して,それまで投与されていたセフメタゾン(抗生剤)に代えて,予防的に,カルベニン(抗生剤),ダラシン(抗生剤)の投与を開始した(乙A1・24頁,277頁,281頁,288頁,294頁,A8,証人I)。 (オ) 同月13日午後4時ころ,Eは,看護師に対して,天井にどうしてもテレビが見える,などと話しかけた(乙A1・174頁)。 (カ) 同月14日午前0時ころ,Eは,看護師に対して,興奮気味に,だましやがって,などと話しかけ,また,午前2時には,天井に何か見える,ここから降ろしてくれ,などと独り言を発し,午前6時ころには,誰かがダイヤモンドを探せって言う,などと話した(甲A8,乙A1・174頁)。 また,同日未明には,Eは,前日に挿入された経鼻胃管を自ら引き抜いた(乙A1・26頁,証人I)。 (キ) 同月16日午前零時ころ,Eは,点滴用チューブを引きちぎって病室から抜け出し,浴衣着のまま,手術創に当てていたガーゼや紙おむつ等を散乱させながら,入院病棟から外来病棟へ向かう渡り廊下まで脱走し キ) 同月16日午前零時ころ,Eは,点滴用チューブを引きちぎって病室から抜け出し,浴衣着のまま,手術創に当てていたガーゼや紙おむつ等を散乱させながら,入院病棟から外来病棟へ向かう渡り廊下まで脱走した(乙A1・27頁,176頁,証人H,同I)。 (ク) 同月17日午前中に,Eに頻呼吸が現れ,酸素分圧(PaO2 )が64.2mmHgとなり,呼吸不全が認められたことから,I医師らは,Eに対して,気管内創管を行った(甲A8,乙A1・28頁,56頁,208頁,証人I)。 そして,I医師らは,上記頻呼吸の症状に加えて,Eの白血球数が2万を超えたこと,Eの手術創が少し汚れていたことから,これまで投与していた抗生剤では効果がない真菌による感染症が発症していることを疑って,Eの手術創部膿,腹水,血液,喀痰などの培養検査を行うこととし,また,ジフルカン(抗生剤)の投与を開始した(乙A1・95頁から100頁,263頁,A8,証人H,同I)。 さらに,I医師は,Eに対して,腹腔内の感染,膿瘍を疑って,CT検査及び超音波検査を実施した(乙A1・109頁,112頁,証人I)。 加えて,I医師らは,Eに対して,正中創ドレナージを行ったが,1400グラム近い腹水が排出されたものの,膿性腹水は認められなかった(乙A1・178頁,208頁,A8,証人I)。 また,同日,I医師は,Eの腎障害が進んでいるとの認識を持った(乙A1・28頁)。 (ケ) 同月19日,Eの手術創部膿の培養検査の結果,MRSAが検出された(3+)ことから,I医師らは,Eに対して,テイコプラニン(タゴシッド,抗生剤)の投与を開始した(甲B94,乙A1・29頁,95頁,254頁,A8,B13,証人I)。 このとき,I医師らが,抗生剤と から,I医師らは,Eに対して,テイコプラニン(タゴシッド,抗生剤)の投与を開始した(甲B94,乙A1・29頁,95頁,254頁,A8,B13,証人I)。 このとき,I医師らが,抗生剤としてテイコプラニンを選択したのは,Eに腎障害がみられていたことから,腎毒性が少ないとされるテイコプラニンが有効と考えたためであった(乙A8,証人I)。 (コ) 同月21日,Eの喀痰の培養検査の結果,MRSAが検出された(1+)ことから,I医師らは,Eに対して,バンコマイシンの吸入を開始した(乙A1・99頁,250頁,証人I)。 このころ,I医師は,Eが,肝機能,腎機能悪化のために多臓器不全になりつつあるとの認識を持った(乙A8)。 (サ) 同月25日,I医師は,Eが多臓器不全に陥ったものと考え,Eに対して,持続援助式血液ろ過透析(CHDF)を開始した(乙A1・32頁,A8,証人I)。 (シ) 同月26日,前日から持続援助式血液ろ過透析が開始されたことから,腎毒性を考慮する必要がなくなったため,Eに対して,バンコマイシン(抗生剤)の投与が開始された(乙A1・32頁,232頁,A8,証人I)。 (ス) 同月30日午後7時30分,Eは死亡した(甲A2,乙A1・37頁,146頁)。 なお,死亡診断書には,Eの直接の死因については,多臓器不全と記載され,その原因については,肺炎,MRSA感染と記載されている(甲A2,乙A1・146頁)。 イ(ア) 被告病院外科における7月7日から同月17日までのEの活性化部分トロンボプラスチン時間の測定結果は,以下のとおりであった(乙A1・54頁から56頁まで)。 a 7月7日 39.2b 7月8日 54.2c 7月10日 ロンボプラスチン時間の測定結果は,以下のとおりであった(乙A1・54頁から56頁まで)。 a 7月7日 39.2b 7月8日 54.2c 7月10日 40.5d 7月11日 37.9e 7月12日 41.0f 7月13日 42.9g 7月14日 40.3h 7月15日 44.4i 7月17日 55.8(イ) 被告病院外科における7月7日から同月29日までのEの総ビリルビン値の測定結果は,以下のとおりであった(乙A1・68頁から74頁まで,213頁)。 a 7月7日 5.03mg/dlb 7月8日 4.69mg/dlc 7月10日 3.76mg/dld 7月11日 6.59mg/dle 7月12日 5.98mg/dlf 7月13日 6.57mg/dlg 7月14日 7.34mg/dlh 7月15日 7.15mg/dli 7月16日 7.92mg/dlj 7月17日 8.69mg/dlk 7月18日 7.88mg/dl7.70mg/dll 7月19日 8.54mg/dl8.47mg/dlm 7月21日 10.72mg/dl10.12mg/dl9.56mg/dln 7月22日 10.86mg/dlo 7月24日 11.69mg/dlp 7月25日 13.40mg/dl 9.56mg/dln 7月22日 10.86mg/dlo 7月24日 11.69mg/dlp 7月25日 13.40mg/dl13.01mg/dlq 7月26日 13.81mg/dlr 7月27日 12.79mg/dls 7月28日 14.76mg/dlt 7月29日 17.23mg/dl(ウ) 被告病院外科における7月7日から同月17日までのEの白血球数(WBC)の測定結果は,以下のとおりであった(乙A1・164頁から168頁まで,172頁から178頁まで,213頁)。 a 7月7日 1万4800b 7月8日 1万5000c 7月10日 7400d 7月11日 1万1600e 7月12日 1万1900f 7月13日 1万3000g 7月14日 1万7700h 7月15日 1万7700i 7月16日 1万9900j 7月17日 2万0100(エ) 被告病院外科における7月7日から同月17日までのEのC反応性蛋白(CRP)の測定結果は,以下のとおりであった(乙A1・78頁から80頁まで,213頁)a 7月7日 2.1mg/dlb 7月8日 8.4mg/dlc 7月10日 7.9mg/dld 7月11日 8.4mg/dle 7月12日 11.7mg/dlf 7月13日 12.8mg/dlg 7月14日 11.9mg/dlh 7月 d 7月11日 8.4mg/dle 7月12日 11.7mg/dlf 7月13日 12.8mg/dlg 7月14日 11.9mg/dlh 7月15日 10.8mg/dli 7月16日 9.8mg/dlj 7月17日 10.4mg/dl 2 争点(1)-本件手術の手術適応の有無(手術適応のない手術を行ったことによる不法行為又は債務不履行の成否)について(1) 兵庫医大方式についてアさきに認定したとおり,被告病院の担当医師らは,本件手術の手術適応について,兵庫医大方式の計算式を用いて判断したものであるが,原告らは,肝切除術の手術適応を判断するための基準としては,日本肝癌研究所が定めた原発性肝癌取扱い規約(以下「規約」という。)の肝障害度が用いられており,手術適応が認められるのは,基本的には障害度Aの場合のみとされているところ,Eは障害度Bになるから,本件手術の手術適応はなかった旨主張し,被告も,規約の障害度でみると,EはAに近いBであったことを認めている。 しかし,文献(甲B4,B6からB8まで,B20,B21,B31からB34まで,乙B1からB4まで,B23)によれば,肝切除術の手術適応を判断するための基準としては,規約の肝障害度を用いるもののほかに,兵庫医大方式や,東京大学幕内教授らのフローチャート(国立がんセンターのフローチャート)によるものなどがあることが認められ,さらに,①横浜市立大学医学部附属病院に対する調査嘱託の結果によれば,同病院第二外科では,平成4年から兵庫医大方式を用いており,東京大学幕内教授らのフローチャートなどを参考とすることもあるが,兵庫医大の式を最も重視していることが,②大阪市立大学医学部附属病院に対する調査嘱託 外科では,平成4年から兵庫医大方式を用いており,東京大学幕内教授らのフローチャートなどを参考とすることもあるが,兵庫医大の式を最も重視していることが,②大阪市立大学医学部附属病院に対する調査嘱託の結果によれば,同病院第二外科では,昭和56年から兵庫医大方式を用いており,小範囲肝切除の手術適応の判断には規約による基準も用いるものの,広範囲肝切除では兵庫医大方式を重視していることが,③防衛医科大学校病院に対する調査嘱託の結果によれば,同病院外科では,昭和58年から兵庫医大方式を用いており,東京大学幕内教授らのフローチャートで切除対象となった場合に,切除可能域を判断するために兵庫医大方式を用いていることが,それぞれ認められるので,Eが規約の障害度ではBに該当するからといって直ちに肝切除術の手術適応がなかったとはいえず,被告病院の担当医師らが兵庫医大方式を用いて肝切除術の手術適応を判断したことが不適切であったと認めることはできない。 イそこで,兵庫医大方式の計算式によれば,Eについて,本件手術の手術適応が認められるかどうかを検討する。 (ア) G医師は,EのICG15値8.8パーセントをもとに,「-80+46+8.8+x<45」という不等式(以下「本件不等式」という。)を計算し,「x<72」という計算結果から,Eの肝臓について,右葉から拡大右葉まで切除可能(60パーセントの肝切除は許される)と考え,本件手術の手術適応を肯定している(前記認定事実)。 そして,G医師は,本件不等式は,肝切除術の手術適応に関する兵庫医大方式を簡易化したものであると述べている(乙A9,証人G)。 (イ) 文献(乙B1,B4)によれば,兵庫医大方式とは,「Y=-84.6+0.933X 1 +1.11X2 +0.999X3 」のX1 に肝切除率を,X2 あると述べている(乙A9,証人G)。 (イ) 文献(乙B1,B4)によれば,兵庫医大方式とは,「Y=-84.6+0.933X 1 +1.11X2 +0.999X3 」のX1 に肝切除率を,X2 にICG15値を,X3 に年齢をそれぞれ代入して,Yが50以下であれば切除安全域であるとするものであることが認められる。 (ウ) この兵庫医大方式中の「-84.6」を「-85」に,「0.933」,「1.11」,「0.999」をそれぞれ「1」に置き換えると,「Y=-85+X1 +X2 +X3」となるが,これにEのICG15値(8.8パーセント),年齢(46歳)を代入すると,「Y=-85+X1 +8.8+46」となり,本来であればYは50以下が基準となるところ,これをより厳格に40未満に置き換えると,「-85+46+8.8+X1 <40」という不等式が導かれる。 そして,この不等式の両辺に5を加えると,「-80+46+8.8+X1<45」となり,本件不等式に一致する。 このことからすると,本件不等式は,G医師の供述するとおり,兵庫医大方式を簡易化した(係数を整数に置き換えることによって計算しやすいものとした)もので,本件不等式の結論と兵庫医大方式の計算式の結論はほぼ一致するものと認められる。 (エ) そして,正式な兵庫医大方式に,Eの肝切除率(60パーセント),ICG15値(8.8パーセント),年齢(46歳)を代入すると,「Y=-84.6+0.933×60+1.11×8.8+0.999×46」となり,Yは,27.102となるので,本件不等式と同じく,本件手術の手術適応は肯定される。 ウもっとも,原告らは,G医師が行ったICG検査は不正確であり,Eの肝機能を正確に反映していない可能性が高いと主張するので,これ 2となるので,本件不等式と同じく,本件手術の手術適応は肯定される。 ウもっとも,原告らは,G医師が行ったICG検査は不正確であり,Eの肝機能を正確に反映していない可能性が高いと主張するので,これについて検討する。 (ア) 文献(甲B12,B13,B28,B35)によれば,ICG検査は,体重1キログラム当たり0.5ミリグラムのICGを静注し,15分後に採血して,血清中のICG濃度を測定するというものであるところ,ICGは光に対して不安定であるため,完全に溶解した後,速やかに使用しないと誤差が生じうるし,また,静注の際に血管外に漏れたり,注射後正確に15分後に採血しなかったりしても,誤差が生じうるとされていることが認められる。 (イ) G医師は,6月22日にEに対してICG検査を実施した際,Eの内科入院時の体重をもとにICGの量を計算している(乙A1,証人G)し,上記のとおり,ICG検査が誤差の生じやすい検査であることからすると,検査結果に誤りが生じている可能性が全くないとはいえない。 しかし,Eの体重が,内科入院時からICG検査の実施に至るまでの6日間に有意に変化したことを窺わせる証拠もなく,また,G医師がICGが完全に溶解した後に速やかに使用しなかったり,静注の際にICGを注射外に漏らしたりしたことを窺わせる証拠もない(G医師は,静注の際にICGを注射外に漏らすこともなかったし,時間も正確であったと述べており(証人G),これに反する証拠はない。)。 (ウ) 原告らは,G医師がICG検査を1回しか行っていないことを問題としているが,ICG検査には重篤なショック症状を起こす危険性もあり(証人G),横浜市立大学医学部附属病院及び大阪市立大学医学部附属病院に対する各調査嘱託の結果によれば,いずれの附属病院で とを問題としているが,ICG検査には重篤なショック症状を起こす危険性もあり(証人G),横浜市立大学医学部附属病院及び大阪市立大学医学部附属病院に対する各調査嘱託の結果によれば,いずれの附属病院でも,ICG検査は,通常は1回しか実施していないことが認められ,G医師がICG検査を複数回実施しなかったことをもって不適切であったということもできない。 (エ) したがって,G医師が行ったICG検査が不適切であったとも,その検査結果が不正確なものであったとも認めることはできない。 エ以上によれば,被告病院の担当医師らが兵庫医大方式の計算式を用いて本件手術の手術適応があると判断したことについて,不適切であったあるいは過失があったと認めることはできない。 (2) TAEについて原告らは,Eについては,本件手術ではなく,TAEを選択すべきであったと主張するが,本件腫瘍は,長径約10センチメートルの巨大な原発性肝細胞癌であり(前記認定事実),一般に,このような大きさの肝細胞癌については,TAE等の内科的治療よりも,肝切除術の方が,予後が有意に良好であるとされており(乙B4,B6,B8,B26),G医師も,本来は内科医として内科的治療の有効性を支持する立場にあるが,本件腫瘍のような巨大肝細胞癌については,手術適応があれば内科的治療法は選択しないのが常識と考えて本件手術を勧めたものであり(前記認定事実,乙A9,証人G),前記のとおり,本件手術の手術適応が認められる以上,TAEを選択すべきであったと認めることはできない。 (3) 糖尿病の罹患について原告らは,Eは糖尿病に罹患しており,血糖値コントロール状態も安定していなかったので,本件手術の手術適応はなかったと主張し,文献(甲B11,B22,B36,B37,B58,B61,乙B29,B30)によれば, Eは糖尿病に罹患しており,血糖値コントロール状態も安定していなかったので,本件手術の手術適応はなかったと主張し,文献(甲B11,B22,B36,B37,B58,B61,乙B29,B30)によれば,糖尿病患者は感染症にかかりやすいので,手術を行う場合は,空腹時血糖が概ね130mg/dl以下,食後2時間血糖値が概ね200mg/dl以下にコントロールすべきものとされていることが認められる。 そして,Eは糖尿病を患っており,その血糖値は,被告病院内科に来院した当初は高値を示し,6月19日のグリコヘモグロビン値は9.6パーセントであった(乙A1・67頁。糖尿病患者の術前管理としては,一般にグリコヘモグロビン値を7パーセント以下にコントロールすべきものとされている(甲B8,乙B3)。)が,適切な血糖値コントロールが行われ,6月23日には,朝食前が107mg/dl,朝食後が189mg/dl,昼食前が169mg/dl,昼食後が184mg/dl,夕食前が116mg/dl,夕食後が183mg/dl,午後9時が190mg/dlとなり(前記認定事実),上記の基準を満たし,手術に差し支えないものとなっていたことが認められる。 もっとも,被告病院外科に転科して以降は,7月1日午前11時に241mg/dl,同月4日午前11時に273mg/dl,7月5日午前11時に273mg/dlという数値を示しており(前記認定事実),上記の基準を越えるときもあったことが認められるが,継続して上記基準を越える状態が生じていたわけではない。 そして,本件腫瘍は,肝外に突出するような形で発育している巨大腫瘍であり(前記認定事実),肝臓は非常に大きくなって破裂してもおかしくないという状態であった(証人H)のであるから,血糖値が上記基準を越えることがあったからといって,本件手術の適応がなかっ る巨大腫瘍であり(前記認定事実),肝臓は非常に大きくなって破裂してもおかしくないという状態であった(証人H)のであるから,血糖値が上記基準を越えることがあったからといって,本件手術の適応がなかった,本件手術を差し控えるべきであったと認めることはできない。 (4) 高血圧等について原告らは,Eは高血圧であったし,慢性肝炎に罹患しており,各種肝機能検査の数値も悪く,6月21日のカルテにも「肝予備能悪いかも」との記載があったのであるから,本件手術の手術適応はなかったと主張するが,①Eが本件手術の適応を失わせるほどの高血圧状態にあったと認めるに足りる証拠はなく(診療経過一覧表によれば,7月4日午前10時の血圧は130/82,午後2時の血圧は120/78,7月5日午前10時の血圧は150/88,午後2時の血圧は128/76である。),②慢性肝炎については,兵庫医大方式は,慢性肝炎に罹患していることを考慮した計算式であり(乙B1・158頁),兵庫医大方式で手術適応が認められる以上,慢性肝炎に罹患しているからといって,手術適応を失うものではなく,③G医師が6月21日のカルテに「肝予備能悪いかも」と記載したのは,リピオドールの注入による一過性の肝障害を見て,そのような印象を持ったにすぎず,各種肝機能検査の数値はその後回復しており,本件手術の適応を失わせるような数値は認められない(前記認定事実,証人G)から,原告らの上記主張は採用できない。 (5) 以上のとおりであるから,本件手術の手術適応がなかった旨の原告らの主張は理由がなく,むしろ,本件腫瘍が巨大な肝細胞癌であったことや,Eにその症状が現れていたことから判断すると,被告病院の担当医師らが速やかに本件手術の適応を判断するための検査を実施し,本件手術を行ったことは適切な治療行為であったと認められる 胞癌であったことや,Eにその症状が現れていたことから判断すると,被告病院の担当医師らが速やかに本件手術の適応を判断するための検査を実施し,本件手術を行ったことは適切な治療行為であったと認められる。 なお,原告らは,Eの死亡原因は,術後急性肝不全の発症によると主張し,術後急性肝不全を発症したことは,本件手術の手術適応がなかったことを推認させる旨の主張をしているが,仮にEが術後急性肝不全を発症したとしても,術後急性肝不全は,手術適応のある肝切除術が行われた場合にも発症するものである(甲B1,B3,乙B1)から,本件手術の手術適応がなかったことを推認させるものとはならない。 したがって,被告には,手術適応のない手術を行ったことによる不法行為も債務不履行も成立しない。 3 争点(2)-説明義務違反の有無(説明が不十分であったためにEが本件手術を受け,死亡する結果となったことについての不法行為又は債務不履行の成否)について原告らは,被告病院の担当医師らは不十分な説明でEに本件手術を受けることを承諾させ,Eの死亡という結果を招いたと主張するので,これについて検討する。 (1) G医師が6月16日にEと原告Aに対して,6月20日に原告Aに対して説明した内容及びH医師が7月5日にEと原告Aに対して説明した内容は,さきに認定したとおりである。 (2) さらに,証拠(各認定事実の後に掲げる)によれば,次の事実も認められる。 ア原告Aは,6月20日にG医師から本件腫瘍は肝細胞癌であると知らされ,肝切除を勧められた(前記認定事実)後,同月24日に,Eの姉であるLとともにG医師と面談し,再度Eの病状について説明を受けるとともに,Eの余命について,手術をしなければ3か月程度であり,手術をすれば1年以上であるとの説明を受け 実)後,同月24日に,Eの姉であるLとともにG医師と面談し,再度Eの病状について説明を受けるとともに,Eの余命について,手術をしなければ3か月程度であり,手術をすれば1年以上であるとの説明を受けた(甲A8,A9,乙A9)。 イ 7月3日,原告Aは,被告病院の看護師を通じて,翌4日午後5時にH医師と面談をする約束を取り付けた(甲A8,A9)。 ウところが,7月4日午後4時45分ころに原告AとLが被告病院へ行ったところ,H医師は手術中であると告げられ,午後7時ころまで待っていたが,H医師は原告Aらとの面談をせずに,すでに病院から退出していた(甲A8,A9,乙A7,原告A本人)。 エそして,H医師は,本件手術の前日である7月5日に,Eと原告Aにさきに認定したとおりの説明をし,G医師は原告Aからの依頼を受けてEには本件腫瘍が癌であることは告げなかったのに,Eに癌であることを告げた(前記認定事実)。 (3) 以上の事実によれば,被告病院の担当医師らは,本件手術をした場合としなかった場合との予後の差や他の治療法の有効性については原告A又はEに説明をしており,Eが本件手術を選択するかしないかを決するために必要最小限度の情報は与えたものと認められる。仮に,原告A又はEに対して,本件腫瘍や本件手術に関して,より多くの情報が与えられたとしても,前記のとおり,本件腫瘍については,TAE等の内科的治療よりも,本件手術の方が適していたものと認められるので,Eが本件手術を選択せずに内科的治療を選択した可能性は低いものというべきである。 もっとも,H医師が原告Aらに何も告げずに7月4日の面談約束を破ったことや,Eへの癌の告知について,事前に原告Aの了解を得る,あるいは,Eの心の整理がつくようにもっと前に十分な時間をとって告知するなどの配慮をすることな Aらに何も告げずに7月4日の面談約束を破ったことや,Eへの癌の告知について,事前に原告Aの了解を得る,あるいは,Eの心の整理がつくようにもっと前に十分な時間をとって告知するなどの配慮をすることなく,手術の前日に突如として癌の告知をしたことは,医師として患者あるいは患者の家族に対する配慮を著しく欠くものであったというべきであるが,本件手術が60パーセントの肝切除という患者に重大な影響を与える手術であることを考えると,医師として,患者の自己決定権を無視することができず,原告AがEに癌であることを告知することに反対であったとしても,患者であるEに癌であることを告知すべきものと判断してこれを告知したことが違法性を有すると解することはできない(患者や患者の家族に対する配慮を欠いた点も,違法性を有するとまでは解することができない。)。 したがって,被告には,説明義務違反による不法行為も債務不履行も成立しない。 4 争点(3)-本件手術における手技上の過失の有無について(1) 右肝静脈の先行処理をしなかった過失の有無について原告らは,被告病院の担当医師らが,本件手術において,右肝静脈の先行処理をしてから肝切離を始めるべきであったのに,これを怠ったため,Eに大量出血を生じさせたと主張するので,これについて検討する。 ア文献(甲B2,B8,B15,B77,乙B16)によれば,肝右葉切除術においては,肝実質の切離の前に右肝静脈を処理することが手順とされていることが認められる。 もっとも,肝右葉切除術において,右肝静脈の先行処理が一般的な手順とされているとしても,いかなる場合にも右肝静脈の先行処理を実施しなければならないとは解されない。 イ本件手術においては,I医師らは,Eの肝臓を周囲から剥離する作業を進めたが,肝静脈周囲を剥離 れているとしても,いかなる場合にも右肝静脈の先行処理を実施しなければならないとは解されない。 イ本件手術においては,I医師らは,Eの肝臓を周囲から剥離する作業を進めたが,肝静脈周囲を剥離したところ,肝腫瘍が肝静脈の根部に膨張するように被さっていたために,右肝静脈と中肝静脈の分岐部分が確認できず,また,肝実質内へ向かう部分を剥離しようとしたところ,腫瘍を露出しそうになったため,このまま肝静脈の処理を進めると,肝静脈を損傷して大出血を招く危険があると考え,肝静脈の処理を断念して,肝実質の切離を先行させたものと認められる(前記認定事実)。 I医師らは,右肝静脈の先行処理を予定していながらも,実際にその作業を進める中で,無理に右肝静脈の先行処理をすると,大出血の危険があると判断し,右肝静脈の先行処理を断念したものであるが,このように,執刀医が大出血の危険があると判断した場合にまで,右肝静脈の先行処理をしなければならないと解することはできない。 ウしたがって,I医師らが右肝静脈の先行処理を行わなかったことをもって,I医師らに本件手術における手技上の過失があったと認めることはできない。 エなお,原告らは,Eの死亡原因は,術後急性肝不全の発症によると主張し,Eが術後急性肝不全を発症したのは,被告病院の担当医師らが右肝静脈の先行処理を行わなかったために大量出血を生じさせたからであると主張している(争点(4)についての原告らの主張)が,本件手術における出血量は,3889グラムであった(前記認定事実)ところ,文献(乙B1,B33)には,肝切除術における術中術後の大量出血の例として,5000ミリリットル以上あるいは1万ミリリットル以上の出血が挙げられており,また,術中出血量が3万ミリリットルであっても肝不全に至らずに退院に至った例も指 術における術中術後の大量出血の例として,5000ミリリットル以上あるいは1万ミリリットル以上の出血が挙げられており,また,術中出血量が3万ミリリットルであっても肝不全に至らずに退院に至った例も指摘されていることからすると,本件手術における出血量が,必然的に術後急性肝不全を引き起こす量ということはできないのであって,仮にEが術後急性肝不全を発症したとしても,本件手術における出血量と術後急性肝不全との間に因果関係があると認めることはできない。 (2) 術前検査を十分に行わず,その結果,開胸開腹切開法を選択しなかった過失の有無について原告らは,右肝静脈の先行処理ができなかったのは,術前検査を十分に実施して癌の部位,大きさを十分に考慮検討し,良好な視野が確保できる開胸開腹切開法を選択すべきであったのに,これを怠り,良好な視野の得られない肋骨弓下切開法を採用したからであると主張し,本件手術においていわゆるベンツ型切開法が採用されたことはさきに認定したとおりであるが,肝腫瘍が肝静脈の根部に膨張するように被さっていることが術前検査で確認できると認めるに足りる証拠はないし,文献(甲B8,B16,乙B15,B16)によれば,ベンツ型切開法は,肝右葉切除術において用いられる皮膚切開法の一つであることが認められ,本件手術において,ベンツ型切開法ではなく,開胸開腹切開法を採用すれば,右肝静脈の先行処理が可能であったと認めるに足りる証拠もないので,開胸開腹切開法を選択しなかったことをもって,I医師らに本件手術における手技上の過失があったと認めることはできない。 なお,いずれにせよ,本件手術における出血量と術後急性肝不全との間に因果関係があると認めることはできないことは前記のとおりである。 (3) 以上のとおりであるから,本件手術において手技上の過失が い。 なお,いずれにせよ,本件手術における出血量と術後急性肝不全との間に因果関係があると認めることはできないことは前記のとおりである。 (3) 以上のとおりであるから,本件手術において手技上の過失があったと認めることはできず,また,本件手術による出血と術後急性肝不全の発症との間の因果関係も認めることができないので,争点(4)について判断するまでもなく,被告には,本件手術の手技上の過失による不法行為も債務不履行も成立しない。 5 争点(5)-感染症に対して適切な対処を行わなかった過失による不法行為又は債務不履行の成否(感染症が死亡原因である場合の予備的主張1)について(1) Eの死亡原因について原告らは,主位的には,Eの死亡原因を術後急性肝不全の発症によるものと主張しているが,仮にEの死亡原因が術後急性肝不全の発症によるものであれば,これまで判示してきたとおり,その発症について被告の不法行為責任も債務不履行責任も認められないので,被告は,Eの死亡について法的責任を負うことはない。 もっとも,原告らは,Eの死亡原因について,予備的には,術後急性肝不全に加えて感染症を発症したためである旨主張しており,被告は,Eの死亡原因はMRSA感染症を発症したことによる多臓器不全であると認めているので,感染症の発症の限度では当事者の主張が合致することにはなる。 そこで,Eの死亡原因について検討する。 ア文献(乙B1)によれば,肝切除術後急性肝不全の診断基準は,意識障害に加えて,総ビリルビン値10ml/dl以上,活性化部分トロンボプラスチン時間40以上又は動脈血中ケトン体比0.4以下のいずれかが認められるとされていることが認められる(なお,甲B1号証,甲B3号証,甲B25号証,甲B26号証,甲B29号証, 性化部分トロンボプラスチン時間40以上又は動脈血中ケトン体比0.4以下のいずれかが認められるとされていることが認められる(なお,甲B1号証,甲B3号証,甲B25号証,甲B26号証,甲B29号証,甲B76号証及び乙B31号証においても,術後肝不全の診断基準等についての記載がある。しかし,これらの文献に記載された診断基準は,肝切除術以外の手術も含めた術後肝不全の診断基準又は手術後に限らない一般的な急性肝不全の診断基準であり,肝切除術後とそれ以外の手術後とでは,肝機能に有意な差が生じうるとも考えられる(証人H,同I)以上,本件手術(肝切除術)後のEの急性肝不全の発症の有無を判断する基準として有効であるのかどうかは,明らかでない。これに対し,乙B1号証は,明らかに肝切除術後の急性肝不全の診断基準を記載している。)。 イそこで,本件手術後のEの症状が,上記診断基準に該当するか否かを検討する。 (ア) まず,本件手術後のEの意識障害の有無について検討する。 Eには,7月8日午後10時ころ,看護師に対して,頭がおかしくなった,現実と夢がごちゃごちゃで気が狂いそうだ,自殺でもしそうな勢いだ,などと話しかけたり,同月10日午前2時ころ,看護師に対して,もう俺いいよ,意気地なしだから,この管全部抜いて終わりでいい,などと話しかけたり,同月11日午前6時ころ,不穏な症状が認められたり,同月13日午後4時ころ,看護師に対して,天井にどうしてもテレビが見える,などと話しかけたり,同月14日午前0時ころ,看護師に対して,興奮気味に,だましやがって,などと話しかけたり,同日午前2時には,天井に何か見える,ここから降ろしてくれ,などと独り言を発したり,同日午前6時ころには,誰かがダイヤモンドを探せって言う,などと話したり,同日未明には, って,などと話しかけたり,同日午前2時には,天井に何か見える,ここから降ろしてくれ,などと独り言を発したり,同日午前6時ころには,誰かがダイヤモンドを探せって言う,などと話したり,同日未明には,前日に挿入された経鼻胃管を自ら引き抜いたり,同月16日午前零時ころ,Eは,点滴用チューブを引きちぎって病室から抜け出したりする(前記認定事実)など,譫妄を窺わせる症状が現れており,意識障害はあったものと推認される(なお,被告は,この譫妄症状について,肝性昏睡や肝性脳症の症状ではなく,一般的な術後譫妄によるものであると主張するが,乙B1号証には,意識障害について,特に肝性昏睡や肝性脳症に限定する旨の記載はない。)。 (イ) 次に,本件手術後のEの活性化部分トロンボプラスチン時間について検討する。 7月7日から同月17日までの間,Eの活性化部分トロンボプラスチン時間は,同月11日を除いて,連日40を超えており(前記認定事実),活性化部分トロンボプラスチン時間40以上という上記診断基準に該当するものといえる。 (ウ) したがって,本件手術後のEについては,意識障害に加えて,総ビリルビン値10ml/dl以上,活性化部分トロンボプラスチン時間40以上又は動脈血中ケトン体比0.4以下のいずれかが認められるとの上記診断基準に該当するのであるから,術後急性肝不全(以下「本件術後肝不全」という。)に陥っていたものと認められる。 ウもっとも,本件では,7月17日にEから採取された手術創部膿,喀痰などからMRSAが検出されており(前記認定事実),Eは遅くとも同日ころにはMRSAに感染していたものと推認される。 そして,7月21日以降,Eの総ビリルビン値は10mg/dlを超えた値を維持しており(前記認定事実),また,7月2 事実),Eは遅くとも同日ころにはMRSAに感染していたものと推認される。 そして,7月21日以降,Eの総ビリルビン値は10mg/dlを超えた値を維持しており(前記認定事実),また,7月25日には,I医師は,Eが多臓器不全に陥ったものと考えるに至っている(前記認定事実)が,このころには既にEはMRSAに感染しており,このような肝臓を始めとする臓器の不全が生じた原因が,本件術後肝不全にあるのか,MRSA感染症にあるのか,あるいはこの両者が相乗したことにあるのかは,明らかでない。 エしたがって,Eの死亡原因については,本件術後肝不全であるとも,MRSA感染症であるとも,本件術後肝不全に加えてMRSA感染症を発症したためであるとも認定できない。 (2) Eの死亡原因についての原告らの予備的主張と被告の主張が感染症の発症の限度では合致するとしても,原告らの主張は,基本的に本件術後肝不全の発症がEの死亡原因であることを前提とするものであり,MRSA感染症が少なくとも死亡原因の一部であることについて自白が成立したものとは認めることはできない。 そうすると,証拠上,Eの死亡原因がMRSA感染症であると認められない以上,被告に感染症に対して適切な対処を行わなかった過失による不法行為又は債務不履行が成立する余地はない。 (3) なお,次のとおり,被告病院の担当医師らには,感染症に対して適切な対処を行わなかった過失も認められない。 ア原告らの主張は,Eが7月10日に感染症に罹患していることを前提とするものと認められるので,まず,Eが7月10日の時点で感染症に罹患していたか否かについて検討する。 (ア) Eの体温は,7月10日に38度台に達しており,この数値だけからすると,何らかの感染症に罹患していることが窺えないとはいえな 0日の時点で感染症に罹患していたか否かについて検討する。 (ア) Eの体温は,7月10日に38度台に達しており,この数値だけからすると,何らかの感染症に罹患していることが窺えないとはいえない(発熱は感染症の兆候とされている(甲B24,B46)。)ものの,その後,MRSAに感染していることが明らかな17日に至るまで,38度台に達することなく推移している(診療経過一覧表)。 この点,開腹術後6日間中の発熱(38.5度以上の直腸温が8時間以上持続)の発生頻度が15パーセントとされている(乙B35)ことからしても,Eの体温の推移から直ちにEの感染症罹患を推認することは困難といわざるをえない。 (イ) また,感染症に罹患するなどして生体に異常が生じた場合には,C反応性蛋白が短時間に増量するとされている(甲B23,証人I)ところ,EのC反応性蛋白については,7月8日以降7月17日に至るまで,概ね10mg/dl前後の数値を維持している(前記認定事実)。 (ウ) 感染症に罹患した場合,白血球数も上昇すると考えられる(証人I)ところ,Eの白血球数は,7月8日に1万5000であったものが,同月10日には7400となっており,同月11日には1万1600,同月12日には1万1900であった(前記認定事実)。 (エ) これらの検査結果からすると,Eが7月10日の時点で感染症に罹患していたと断定することはできないというべきである。 イ次に,7月10日にEに対して感染症が発症したことを疑って適切な処置を行っていれば,EのMRSA感染症の発見が早まったといえるのかどうかを検討する。 (ア) Eは,7月16日午前零時ころ,点滴用チューブを引きちぎって病室から抜け出し,浴衣着のまま,手術創に当てていたガーゼや紙おむ SA感染症の発見が早まったといえるのかどうかを検討する。 (ア) Eは,7月16日午前零時ころ,点滴用チューブを引きちぎって病室から抜け出し,浴衣着のまま,手術創に当てていたガーゼや紙おむつ等を散乱させながら,入院病棟から外来病棟へ向かう渡り廊下まで脱走したところ,翌17日には,Eの手術創が少し汚れていることが確認され,また,同日Eから採取された手術創部膿,喀痰などからMRSAが検出された(前記認定事実)。 (イ) この点,本件では,Eに発症したMRSA感染症の感染源は明らかでないが,上記事実からすると,7月16日午前零時ころの脱走の際にEがMRSAに感染した可能性は十分に考えられる(証人H,同I)。 ウそうすると,7月10日の時点では,EはいまだMRSAに感染していなかった可能性を否定することはできないというべきであって,7月10日にEに対して感染症が発症したことを疑って適切な処置を行っていたとしても,必ずしもEのMRSA感染症の発見が早まったとは言い切れない。 エしたがって,Eが7月10日の時点で感染症に罹患しているとも認められないし,被告病院の担当医師らが7月10日にEに対して感染症が発症したことを疑って適切な処置を行っていたとしても,EのMRSA感染症の発見が早まったとも認められない。 6 争点(6)-MRSAに対して適切な投薬をしなかった過失による不法行為又は債務不履行の成否(感染症が死亡原因である場合の予備的主張2)について原告らは,被告病院の担当医師らとしては,7月19日に,EのMRSA感染症が判明したのであるから,バンコマイシンの投与を行うべきであったと主張する。 (1) Eの死亡原因がMRSA感染症であると認められない以上,被告にMRSAに対して適切な投薬をしなかった過失による が判明したのであるから,バンコマイシンの投与を行うべきであったと主張する。 (1) Eの死亡原因がMRSA感染症であると認められない以上,被告にMRSAに対して適切な投薬をしなかった過失による不法行為又は債務不履行が成立する余地はないことは5で判示したとおりである。 (2) なお,次のとおり,被告病院の担当医師らには,MRSAに対して適切な投薬をしなかった過失も認められない。 ア文献(甲B55,B57,B59からB61まで,乙B10,B11,B13,B18,B19)によれば,バンコマイシンもテイコプラニンも,いずれもMRSAに対する抗菌剤として認可されていること,バンコマイシンとテイコプラニンのMRSAに対する抗菌力は類似しているものの,テイコプラニンの方が耐性菌が出現しやすいこと,腎毒性の発現率はテイコプラニンよりもバンコマイシンの方が有意に高いことが認められる。 イこの点,本件では,7月19日からEに対してテイコプラニンの投与が行われている(前記認定事実)が,I医師らは,同月18日にEの腎機能障害が進んでいると認識していた(実際にも,血中クレアチンが2mg/dl以上であることが腎不全の基準とされているところ(甲B71),7月18日,同月19日のEの血中クレアチンの数値は,両日とも4.1mg/dlであった(乙A1・70頁,71頁)。)ことからすると,I医師らがEに対してバンコマイシンではなく,テイコプラニンを投与したことが不適切な行為であったとは認められない(乙B19号証には,腎機能障害が存在する場合には,明らかにテイコプラニンが有利であると記載されている。)。 なお,M医師も,その鑑定意見書(甲B64からB64の3まで)において,バンコマイシンを使うことが望ましいと述べるにとどまっており,テイコプラニ プラニンが有利であると記載されている。)。 なお,M医師も,その鑑定意見書(甲B64からB64の3まで)において,バンコマイシンを使うことが望ましいと述べるにとどまっており,テイコプラニンを使用してはならないであるとか,バンコマイシンを使用しなくてはならないとまでは述べていない。 ウしたがって,被告病院の担当医師らとしては,7月19日に,EのMRSA感染症が判明したのであるから,バンコマイシンの投与を行うべきであったとまでは認めることはできない。 7 争点(7)-横隔膜下膿瘍に対して適切な処理をしなかった過失による不法行為又は債務不履行の成否(感染症が死亡原因である場合の予備的主張3)について原告らは,被告病院の担当医師らは,Eの感染症が疑われた7月10日に,超音波検査やCT検査を駆使して感染巣を検索し,横隔膜下に膿があれば直ちにドレナージを行うべきであったと主張し,また,7月17日には,開腹してドレナージを行い,膿瘍を排出すべき注意義務があったと主張する。 (1) Eの死亡原因がMRSA感染症であると認められない以上,被告に横隔膜下膿瘍に対して適切な処理をしなかった過失による不法行為又は債務不履行が成立する余地はないことは5で判示したとおりである。 (2) なお,次のとおり,被告病院の担当医師らには,横隔膜下膿瘍に対して適切な処理をしなかった過失も認められない。 ア原告らの主張は,まず,7月10日にEの横隔膜下に膿瘍があったことを前提としているから,7月10日にEの横隔膜下に膿瘍があったと認められるかどうかを検討すると,同月12日,Eに挿入されているドレーンからの排液が,さらさらの透明な液体であることが確認されていること(前記認定事実)からすると,7月10日の時点では,Eの横隔膜下に膿瘍はなか うかを検討すると,同月12日,Eに挿入されているドレーンからの排液が,さらさらの透明な液体であることが確認されていること(前記認定事実)からすると,7月10日の時点では,Eの横隔膜下に膿瘍はなかった可能性が高い。 したがって,7月10日にEの横隔膜下に膿瘍があったと認めることはできず,原告らの,被告病院の担当医師らはEの感染症が疑われた7月10日に超音波検査やCT検査を駆使して感染巣を検索し,横隔膜下に膿があれば直ちにドレナージを行うべきであったとの主張は,その前提を欠いているといわざるをえない。 イ次に,原告らは,被告病院の担当医師らは,7月17日には,Eに対して開腹してドレナージを行い,膿瘍を排出すべき注意義務があったと主張するが,この主張は,7月17日にEの横隔膜下に膿瘍があったことを前提としているから,7月17日にEの横隔膜下に膿瘍があったと認められるかどうかを検討する。 本件では,I医師らは,7月17日,Eに対して,正中創ドレナージを行ったところ,1400グラム近い腹水が排出されたものの,膿性腹水は認められなかった(前記認定事実)。 これについて,M医師は,その鑑定意見書(甲B64からB64の3まで)において,このような正中創ドレナージは,皮膚の下だけの確認を行ったに過ぎず,これだけでは横隔膜下に膿がないとはいえないこと,横隔膜は隔離された場所であるから,腹水が濁っていないからといって横隔膜下にも膿がないとはいえないことを指摘している。 しかし,このときの正中創ドレナージでは,1400グラム近い腹水が排出されていることからすると,皮膚の下だけの確認にとどまるものではないと考えられ,また,Eは,肝臓の約60パーセントを切除されたこと(前記認定事実)によって,横隔膜下を隔絶するものが ム近い腹水が排出されていることからすると,皮膚の下だけの確認にとどまるものではないと考えられ,また,Eは,肝臓の約60パーセントを切除されたこと(前記認定事実)によって,横隔膜下を隔絶するものが存在しなくなったとも考えられる(証人I。それでもなお横隔膜下が隔絶されていることを窺わせる証拠は存在しない。)。 そうすると,仮に横隔膜下に膿瘍が存在した場合には,正中創ドレナージから膿性腹水が排出される可能性が高いものと考えられ,本件において,正中創ドレナージから膿性腹水が排出されていないことからすると,Eの横隔膜下には膿瘍が存在しなかった可能性が高い。 したがって,7月17日にEの横隔膜下に膿瘍があったと認めることはできず,原告らの,被告病院の担当医師らは7月17日には開腹してドレナージを行い,膿瘍を排出すべき注意義務があったとの主張は,その前提を欠いているといわざるをえない。 第4 結論よって,原告らの請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第30部裁判長裁判官福田剛久裁判官川嶋知正裁判官村主幸子は,転任のため署名押印することができない。 裁判長裁判官福田剛久
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