令和4(わ)1033 殺人、死体遺棄被告事件

裁判年月日・裁判所
令和6年7月18日 横浜地方裁判所
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判決文本文5,736 文字)

主文 被告人を懲役3年に処する。 この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予し、その猶予の期間中被告人を保護観察に付する。 理由 【罪となるべき事実】第1 被告人は、令和4年4月18日、川崎市内のマンションの当時の被告人方浴室内において、浴槽に張った湯水の中で出産した男児に対し、殺意をもって、前記男児を水中に放置した上、湯水から一旦引き上げた前記男児を再び水中に沈め、よって、その頃、同所において、前記男児を低酸素血症により死亡させた。 第2 被告人は、令和4年4月19日午前7時45分頃、前記マンションごみ置場において、前記男児の死体が入ったビニール袋を、同所に投棄し、もって死体を遺棄した。 【事実認定の補足説明】 1 争点等被告人が判示第1記載の日時・場所において男児を出産したこと、男児が出生後に低酸素血症により死亡したこと及び被告人が判示第2記載のとおり男児の死体を遺棄したことに争いはなく、関係各証拠上も容易に認められる。 本件の争点は、判示第1の事実について、被告人が、自己が出産した男児を、意識的に、水中に放置した上、水中から一旦引き上げた男児を再び水中に沈める行為に及んだか否かである。この点を判断するに当たって、最も重要な証拠は、その旨を認める被告人の捜査段階の自白であり、その信用性が問題となっている。 2 被告人の捜査段階の自白について被告人は、捜査段階において、出産時の状況について、要旨、「陣痛を感じて、温まると共に赤ちゃんを水中に沈めて殺そうと考え、浴槽に湯を入れた。赤ちゃんを水中で出産し、臍の緒をつかんで自ら胎盤を出した。臀部に赤ちゃんが触れ、赤 ちゃんの動きを感じた。赤ちゃんを生かしたいという思いと殺さなければという思いで葛藤して、赤ちゃんを一旦水中から引き上げた。その際、手 緒をつかんで自ら胎盤を出した。臀部に赤ちゃんが触れ、赤 ちゃんの動きを感じた。赤ちゃんを生かしたいという思いと殺さなければという思いで葛藤して、赤ちゃんを一旦水中から引き上げた。その際、手指にドクンと心臓の鼓動を感じた。その後、再び水中に沈めた。その後意識を失った。」と供述し、その具体的状況を再現している(乙9及び12)。 ⑴ 検討アこのような被告人の捜査段階における自白は、その内容において、出産に至った経緯、出産時及びその後の状況に関し証拠上明らかに認められる事実関係に照らして自然かつ合理的なものである上、男児の解剖結果等によく符合ないし整合するものである。 すなわち、出産に至る経緯について、被告人は、妊娠を確信した後、人工妊娠中絶をしようと考えたが、中絶費用がなく時期的にも中絶できず、その後も、妊娠の事実を誰かに相談することも、母子手帳を取得するなどして胎内の子を育てていくための行動を取ることも一切なかったと証拠上認められる。被告人が、このような状況下で、胎内の子を出産した場合にその子が死んでも構わないと考えていたというのは、自然な発想である。 また、水中に出産した男児を一旦水中から引き上げ、その後再び水中に沈めたというのも、男児の死因が低酸素血症であることや、男児の胃に空気が入っていることと符合ないし整合する内容である。 さらに、出産後の状況について、被告人は、意識を取り戻した後も、水中に沈んだ男児の様子を確認することもなく、そのまま水中に放置して、メッセージアプリで交際相手や友人とメッセージを送信しあったり、男児の死体をビニール袋や紙袋に入れたりしていると証拠上認められるところ、このような被告人の行動は、男児の死が想定の範囲内の出来事であったことを裏付けるものといえる。 イ加えて、被告人は、死体遺棄の事実 体をビニール袋や紙袋に入れたりしていると証拠上認められるところ、このような被告人の行動は、男児の死が想定の範囲内の出来事であったことを裏付けるものといえる。 イ加えて、被告人は、死体遺棄の事実での逮捕当日(令和4年5月10日。以下「逮捕当日」という。)に行われたA警察官による取調べにおいて、誘導を受けることなく、「赤ちゃんを浴槽内にお湯を張って水中で出産した」「赤ちゃんを水 中から一旦引き上げた後、また溺死させて殺した」「赤ちゃんの心臓の鼓動を感じた」などと、同警察官が把握していない相応に具体的な事実関係を供述し、その後も殺人罪での起訴に至るまでこれらの内容を一貫して供述していたと認められる。 このような供述経過に照らすと、境界知能に関するB医師の証言を踏まえても、取調べにおいて、被告人がその当時の記憶に基づいて、自身の行為をその記憶どおりに供述していたとみるのが自然である。 ウ以上の検討に照らせば、被告人の捜査段階における自白は基本的に信用できるものと認められる。 ⑵ 弁護人の主張の検討ア弁護人は、被告人は、その場しのぎで返答をするなどの境界知能の特性を有し、解離性健忘の症状も認められるところ、A警察官から殺人事件等を担当する刑事であると自己紹介を受けた上で取調べを受けた結果、本件男児への罪悪感も相まって虚偽の自白を作話したと主張する。 しかしながら、被告人は、当公判廷においても、男児を水中から引き上げる以前の自身の行為については捜査段階の供述と概ね同趣旨の供述をしており(後記3)、被告人が各行為をしたこと自体は動かし難い事実として認められ、逮捕当日にも、これらの行為については真実を供述していたと認められる。それにもかかわらず、逮捕当日に、男児を水中から引き上げた後の状況についてのみ、男児を再び水中に沈めたとい い事実として認められ、逮捕当日にも、これらの行為については真実を供述していたと認められる。それにもかかわらず、逮捕当日に、男児を水中から引き上げた後の状況についてのみ、男児を再び水中に沈めたというだけではなく、男児の心臓の鼓動を感じたという具体的なエピソードまで交えて想像で作話したとは考え難い。 また、被告人は、逮捕当日の取調べでは、男児が「動いているように見えた」と述べ、その動きを目で見たと受け取ることができる供述をしていたところ、その後の取調べで詳細に事情を確認された際に、A警察官から繰り返し追及されても、男児を見ないように顔を背けており、その動きは目で見ていないと述べるなど、警察官に迎合することなく、自己の言い分は言い分として述べることができている。 そうすると、弁護人が指摘するような被告人の特性を踏まえても、本件において、 警察官に迎合して虚偽の自白を作話したとは考えられない。 イ次に、弁護人は、産婦人科医であるC医師が、①男児が水中にいた時間や水の抵抗等からすれば、男児が動いたということは考えにくい、②被告人の犯行再現写真を基に行なった実験等からすれば、被告人が男児の心臓の鼓動を感じたというのは不可解であると述べていることを指摘して、被告人の自白はこのような医学的知見と矛盾すると主張する。 しかし、①についてみると、被告人が述べる男児を水中に放置した時間は感覚的なものにすぎず、その時間をもって男児の状態を把握するのは限界がある上、同じく産婦人科医であるD医師が指摘するように、男児は出産前に羊水の中で動くなどしているのであるから、水中で全く動くことができないとも考え難い。 また、②についてみると、被告人が再現する男児を触った位置は手指の感覚から推測したものにすぎない上、D医師が指摘するように、再現実験の対象となっ あるから、水中で全く動くことができないとも考え難い。 また、②についてみると、被告人が再現する男児を触った位置は手指の感覚から推測したものにすぎない上、D医師が指摘するように、再現実験の対象となった新生児と違って男児は第1呼吸をしていないなど、C医師の実験はその前提条件や手法に疑問があり、被告人が男児の心臓の鼓動を感じるはずがないとも考え難い。 そうすると、C医師の見解を踏まえても、被告人の捜査段階における自白が医学的知見と矛盾し、あり得ない内容を述べたものとはいえない。 ウその他弁護人が種々主張するところを踏まえても、被告人の捜査段階の自白の信用性に関する前記判断(2⑴)は動かない。 3 被告人の公判供述についてこれに対し、被告人は、当公判廷においては、「赤ちゃんを水中で出産したが、殺そうなどとは考えていなかった。胎盤を出した後、臀部に肌が触れる感触があり、このままでは赤ちゃんが死んでしまうと考え、赤ちゃんを一旦水中から引き上げた。 すると、すぐに意識を失い、気が付いた時には赤ちゃんは水中に沈んでおり、死んでいると思った。」などと述べ、取り分け、男児を水中から引き上げた後の行為及び意識を失った時点について、捜査段階における供述と異なる供述をする。 しかし、被告人が、出産した男児を生かすために水中から引き上げて、その直後 に意識を失ったというのは、意識を取り戻した後に、水中に沈んだ男児の様子を確認することもなくそのまま水中に放置していることとそぐわず、不自然といわざるを得ない。 したがって、被告人の公判供述は、被告人の捜査段階の自白の信用性に関する前記判断(2⑴)を左右しない。 4 結論以上のとおりであるから、被告人の捜査段階の自白は基本的に信用でき、被告人が、自己が出産した男児を、意識的に、水中に放置した上、水中 自白の信用性に関する前記判断(2⑴)を左右しない。 4 結論以上のとおりであるから、被告人の捜査段階の自白は基本的に信用でき、被告人が、自己が出産した男児を、意識的に、水中に放置した上、水中から一旦引き上げた男児を再び水中に沈める行為に及んだと認められ、その際に殺意を有していたと認められる。もっとも、自白によれば、被告人は、水中にいる男児の動きを感じ、男児が生きていると思うや、男児を殺すのが怖くなって男児を水中に引き上げ、男児を生かすか否か葛藤したと認められることからすると、殺意の程度は強いものではなかったというべきである。 【法令の適用】罰条判示第1の所為刑法199条判示第2の所為刑法190条刑種の選択判示第1の罪につき有期懲役刑を選択併合罪の処理刑法45条前段、47条本文、10条(重い判示第1の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重)酌量減軽刑法66条、71条、68条3号刑の全部の執行猶予刑法25条1項保護観察刑法25条の2第1項前段訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書【量刑の理由】 1 量刑判断の中心となる殺人の事実(判示第1)についてみると、その態様は、 男児を水中に放置するなどして自発呼吸もさせることもなく死に至らせており、決して軽視できるようなものではないものの、凶器を用いることはもとより、首を絞めるなどの男児に対する積極的な攻撃は加えていないことに加え、既に述べたとおり、強い殺意に基づく犯行とは認められないことからすると、検察官が主張するほど悪質なものとはいえない。 被告人は、幼少期は育児放棄ともいえる状況で、小学5年生までは学校に登校することもできず、その後も通学先でいじめを 犯行とは認められないことからすると、検察官が主張するほど悪質なものとはいえない。 被告人は、幼少期は育児放棄ともいえる状況で、小学5年生までは学校に登校することもできず、その後も通学先でいじめを受けた経験があったことに加え、被告人自身の特性から、妊娠したことを確信した後も、母や同居の交際相手を信頼して相談することが難しく、問題を先延ばしにしていた中で出産に至ってしまったことが本件の背景にあると認められる。周囲に頼ろうと思えば頼ることのできる人がいたことは検察官が指摘するとおりであるが、被告人が相談できなかったことにも理解できる部分がある。加えて、本件犯行は、一人で男児を出産した直後の不安定な精神状態の下で、前記のとおりの葛藤の中実行されたものであることも考え合わせると、動機・経緯の点において、検察官が主張するほど強い非難に値するものということはできない。 次に、死体遺棄の事実(判示第2)についてみても、被告人は、自ら産んだ男児の死体をごみとして捨てており、死体を粗雑に扱ったこと自体は非難を免れないが、前記の被告人の成育歴や特性が同犯行についても背景にあると認められ、その点は斟酌すべきである。 以上指摘した犯行に関する事情を前提に、前科のない者が犯した嬰児殺1件の量刑も踏まえて検討すると、本件は、同種事案の中で犯情が軽い部類に属するとみる余地がある。 2 その上で、被告人が、逮捕当日から殺人の事実を認めたことが本件の捜査を相応に容易にし、真相解明に寄与した面があること、長期の身体拘束を経て本件を振り返って反省するに至っており、当公判廷においても、現在記憶している事実を述べた上で、死亡した男児への謝罪の念をあらわにしていること、被告人に対して、 社会福祉士の関与の下、その特性も踏まえた更生支援計画が策定され、その母及び配偶 いても、現在記憶している事実を述べた上で、死亡した男児への謝罪の念をあらわにしていること、被告人に対して、 社会福祉士の関与の下、その特性も踏まえた更生支援計画が策定され、その母及び配偶者(事件当時の交際相手)が社会復帰後の監督を誓約していることなどの事情を最大限考慮すると、実刑を選択するのは酷であるとの感を免れず、今回は刑の執行を猶予し、社会内における更生の機会を与えるのが相当であるとの結論に至った。 ただし、被告人の特性を踏まえた今後の私的なサポートについては困難も予想されることに照らせば、被告人に対しては、公的機関による継続的な指導監督が必要と認められるから、その猶予の期間中保護観察に付することとして、主文のとおりの判決とした。 (求刑懲役6年)令和6年7月19日横浜地方裁判所第3刑事部 裁判長裁判官西野吾一 裁判官白石篤史 裁判官柴田拓真

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