平成18年3月16日判決言渡し平成14年(ワ)第5493号損害賠償請求事件判決主文 被告は,原告に対し,220万円及びこれに対する平成11年8月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 原告のその余の請求を棄却する。 訴訟費用は,これを2分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。 この判決は仮に執行することができる。 事実 及び理由第1請求 原告(1)被告は,原告に対し,2000万円及びこれに対する平成11年8月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2)訴訟費用は被告の負担とする。 (3)仮執行宣言 被告(1)原告の請求をいずれも棄却する。 (2)訴訟費用は原告の負担とする。 (3)担保を条件とする仮執行免脱宣言第2事案の概要本件は,名古屋市緑区内で発生した後記窃盗事件(以下「本件事件」という。)の被疑者として逮捕,勾留され,住居侵入及び窃盗の公訴事実で起訴されたものの,第1審で無罪判決の確定した原告が,検察官の違法な公訴提起並びに裁判所及び裁判官の違法な裁判によって損害を被ったとして,被告に対し, 国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償を求めた事案である。 前提となる事実当事者間に争いのない事実,甲1,3,5,6,13,20,28ないし30,35,55ないし57,60ないし64,82,86ないし88,96,102及び109号証,乙16号証,証人Aの証言,原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。なお,平成11年については,原則として月日のみで表示する。 (1)当事者についてア原告原告は,昭和63年ころからエアコン取付等の電気工事作業に従事し,平成11年当時には電気工事等の事業を自ら営んでい 11年については,原則として月日のみで表示する。 (1)当事者についてア原告原告は,昭和63年ころからエアコン取付等の電気工事作業に従事し,平成11年当時には電気工事等の事業を自ら営んでいたものである。 イ被告検察官の行う公訴提起及び裁判所又は裁判官の行う裁判は,公権力の行使に当たるから,これが国家賠償法上違法と評価される場合には,被告は損害賠償責任を負う。 (2)本件事件発生から無罪判決に至るまでの経緯についてア本件事件の発生と原告の逮捕,勾留(ア)7月26日午前10時ころから同月27日午前8時ころまでの間に,名古屋市緑区ab丁目c番B(以下「被害者」という。)方(以下「本件犯行現場」又は「被害者方」という。)において,同所1階居間の掃き出し窓から侵入した犯人(以下「本件犯人」という。)が,同所1階寝室(以下「本件寝室」という。)にある鏡台(以下「本件鏡台」という。)の右側ボックス内ほかに置かれていた銀行の封筒入りの現金計約45万円を窃取する(以下「本件犯行」という。)事件が発生し,被害に気付いた被害者が,愛知県緑警察署(以下「緑署」という。)に被害申告した。 (イ)7月27日,緑署司法警察員警部補C(以下「C警察官」という。)らが本件犯行現場を訪れて鑑識活動を行ったところ,現場指紋7個及び足跡3個(以下「本件足跡」という。)が採取された。 上記現場指紋のうち,本件鏡台左側上段の引き出し(以下「本件引き出し」という。)前面から採取された右手示指の指紋(以下「本件指紋」という。)が原告のものと一致した。 (ウ)原告は,7月30日,本件事件の被疑者として逮捕され,同月31日,名古屋地方検察庁に送致された後,勾留された。なお,原告は,逮捕される以前に本件事件について取調べを受けていない。 イ本件公訴提起(ア) ,7月30日,本件事件の被疑者として逮捕され,同月31日,名古屋地方検察庁に送致された後,勾留された。なお,原告は,逮捕される以前に本件事件について取調べを受けていない。 イ本件公訴提起(ア)名古屋地方検察庁検察官事務取扱副検事A(以下「A検察官」という。)は,8月2日,本件事件の配てんを受けた。 (イ)原告は,取調べにおいて,本件犯行を一貫して否認し,本件指紋について,約3年前に本件犯行現場でエアコン取付工事を行った際に,油やパテの付いた指で付着させたものである可能性がある旨弁解するとともに,アリバイがある旨主張した。 (ウ)A検察官は,8月19日,住居侵入及び窃盗の罪名で,原告を身柄拘束のまま名古屋地方裁判所に公訴提起した(以下「本件公訴提起」といい,これに係る刑事事件を「本件刑事事件」という。)。公訴事実は,以下のとおりである。 「被告人は,金員窃取の目的で,平成11年7月26日午前10時ころから同年7月27日午前8時ころまでの間,名古屋市緑区ab丁目c番地B方にその居間の南側掃き出し窓から侵入した上,同所において,同人所有の現金約45万円を窃取したものである。」ウ証拠保全の請求と保釈請求(ア)原告の弁護人は,8月18日,名古屋地方裁判所裁判官に対し,証 拠保全として,本件指紋の検証を請求した。 これを受けたD裁判官は,同月20日,証拠保全の必要が認められないとの理由で上記請求を却下した(以下「本件証拠保全却下決定」という。)。 (イ)また,原告の弁護人は,本件刑事事件の第1回公判期日前である8月20日,名古屋地方裁判所裁判官に対して保釈の請求をしたが,同月24日,原告が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があり,かつ,保釈は相当でないとして却下された。 そこで,原告の弁護人は,同月25日,名古屋地方裁判所に 所裁判官に対して保釈の請求をしたが,同月24日,原告が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があり,かつ,保釈は相当でないとして却下された。 そこで,原告の弁護人は,同月25日,名古屋地方裁判所に上記保釈却下決定に対する準抗告の申立てをした。 これに対し,上記準抗告の受訴裁判所(以下「本件準抗告審裁判所」という。)は,同月26日,これを棄却した(以下「本件準抗告棄却決定」という。)。 エ無罪判決本件刑事事件の受訴裁判所は,平成14年3月12日,原告に対し,原告が本件犯人であると認定することはできないとして無罪判決を言い渡した(以下「本件刑事判決」という。)。 本件判決は,同月26日の経過をもって確定した。 本件の争点(1)本件公訴提起の違法性の有無(2)本件準抗告棄却決定の違法性の有無(3)本件証拠保全却下決定の違法性の有無(4)損害 争点についての当事者の主張( )争点( )(本件公訴提起の違法性の有無)について (原告の主張) A検察官は,本件指紋を唯一の合理的な証拠として公訴提起したものであるが,以下のとおり,A検察官としては,原告の嫌疑を合理的に裏付けることができない状況にあったのであるから,勾留満期日に原告を嫌疑不十分によって不起訴にするか,処分保留として更なる裏付け捜査をした上で最終処分を決すべきであった。それにもかかわらず,A検察官は勾留満期日に漫然と公訴提起したものであるから,本件公訴提起は,故意又は過失に基づく違法な公権力の行使に当たる。 ア本件指紋について(ア)犯行現場に遺留された指紋が犯人性を立証する証拠として価値を有するためには,遺留物性,すなわち,当該指紋が犯人によって(遺留主体の問題),犯行時に(遺留時間の問題),遺留されたものであることの立証が必要不可欠である。 紋が犯人性を立証する証拠として価値を有するためには,遺留物性,すなわち,当該指紋が犯人によって(遺留主体の問題),犯行時に(遺留時間の問題),遺留されたものであることの立証が必要不可欠である。 しかし,本件指紋の場合,原告は平成8年7月30日に本件寝室などでエアコンの取付工事を行っており,その際,本件鏡台を移動させる必要があったことから,原告の指紋が本件鏡台に付着した可能性があった。 (イ)もっとも,遺留された指紋が皮脂及び汗等の分泌物によって印象された,いわゆる皮脂指紋の場合には時間の経過とともに消失していく可能性があった。 しかし,本件指紋の場合,原告が油やパテの付いた指で付着させた可能性がある旨供述していたことから,上記工事のときから本件事件当時までの約3年間,指紋が残存する合理的な可能性があった。そして,被害者が7月27日の鑑識活動後に本件鏡台のふき掃除をしたにもかかわらず,その後行われた本件犯行現場の実況見分でも本件指紋が検出されていること,上記実況見分では本件犯行現場2階のエアコンからも指紋が採取されており,これも原告が上記工事の際に付着させたものである可能性が高かったことによると,本件指紋は上記工事の際に付着し,本 件事件当時まで残存していたものである可能性が高かった。なお,被害者が7月27日の鑑識活動後に本件鏡台のふき掃除をしていたとの事実は,被害者が本件刑事事件の公判で証言したものであるが,A検察官としては,本件公訴提起前に,被害者に対して上記事実の有無を確認しておくべきであった。 そして,上記のとおり,本件指紋は油やパテの付着した指で印象されたものである可能性が高かったのであるから,A検察官としては,上記事実を確認するために,電子線マイクロアナライザーによる成分分析を行うべきであった。電子線マイクロアナライ パテの付着した指で印象されたものである可能性が高かったのであるから,A検察官としては,上記事実を確認するために,電子線マイクロアナライザーによる成分分析を行うべきであった。電子線マイクロアナライザーによる成分分析は,非常に小さな試料(大きさ約0.01mmまで)でも測定可能であったから,これを行えば,パテ特有の成分であるカルシウム,チタン及びアンチモンが本件指紋に残留していることを確認することができたはずである。 (ウ)また,本件犯人が侵入した掃き出し窓や被害現金の置かれていた本件鏡台の右側ボックス付近には,誰の指紋も残されていなかったことによると,本件犯人は本件犯行時には手袋をはめていたものと考えられるから,本件指紋が本件犯人によって印象されたものであるとは考え難かった。 本件指紋が本件引き出し前面の左端上部に,指先を斜め下の方にして付着していることや,その隆線の形状などから,本件引き出しを閉めるときに本件指紋を付着させるためには,本件鏡台の左横に中腰の姿勢で立って,引き出しを閉めるときの通常の力よりもかなり大きな力で押す必要があるものと推測されるから,仮に,本件指紋が本件犯人によって印象されたものであるとすると,本件犯人は,本件鏡台の前に両膝を立てた姿勢でしゃがんで本件引き出しの中を物色した後,わざわざ立ち上がって,本件鏡台の左横に中腰という不自然な姿勢で立ち,本件引き出 しを不必要な力で強く閉めたことになるが,これはおよそあり得ない行動であるし,実際,本件鏡台の左側には複数の紙袋が置かれていたから,本件犯人がその左横に立つことはできなかった。 イアリバイについて(ア)原告は,取調べにおいて,7月26日の行動について,別紙「原告の平成11年7月26日のアリバイに係る供述内容」記載のとおり供述し(なお,同記載中,員面調 できなかった。 イアリバイについて(ア)原告は,取調べにおいて,7月26日の行動について,別紙「原告の平成11年7月26日のアリバイに係る供述内容」記載のとおり供述し(なお,同記載中,員面調書とは司法警察員に対する供述調書を,検面調書とは検察官に対する供述調書のことをいう。),アリバイがある旨主張していた。そして,アリバイに関する裏付け捜査の結果,上記別紙記載のとおりの事実が裏付けられ,本件犯行現場付近の地域的特性,周辺の交通事情及び本件犯行に要する時間等を勘案すると,原告が本件犯行を行うことはほとんど不可能であった。 (イ)これに対し,被告は,(a)原告が午後零時ころ弁当を購入した事実及び(b)原告が午後5時40分ころ帰宅した事実が裏付けられていなかった旨主張する。 しかし,原告は,7月26日の行動を具体的かつ詳細に供述している上,その供述内容は,捜査報告書や原告が弁当を購入した弁当販売店の店員の供述,原告の妻の供述とも何ら矛盾していなかったことによると,原告の上記供述は極めて信用性が高く,その内容は真実であると判断することが経験則及び論理則に合致するというべきである。 (ウ)なお,被告は,原告を有罪と認めることができる嫌疑の一つとして,原告にアリバイが成立しなかったことを主張するが,アリバイはそもそも被疑者の無罪を証明する事情であって,アリバイの不成立が犯罪の嫌疑を基礎付ける事情となるものではないから,被告の上記主張は,アリバイの意味を理解していないものというべきである。 ウ本件足跡について 原告が逮捕当時所持していたすべての靴と本件足跡とを比較対照した結果,そのいずれとも底文様,幅及び大きさ等が全く異なっていた。 原告は,逮捕されるまで,本件事件の被疑者として嫌疑をかけられていることを全く予想しておらず,原告が本件 の靴と本件足跡とを比較対照した結果,そのいずれとも底文様,幅及び大きさ等が全く異なっていた。 原告は,逮捕されるまで,本件事件の被疑者として嫌疑をかけられていることを全く予想しておらず,原告が本件犯行時に使用していた靴を廃棄又は隠匿することはあり得ないから,A検察官は,上記結果から,原告以外の者が真犯人であると判断すべきであった。 エ動機について被告は,原告が本件事件当時,妻以外の女性と交際し,その交際費などに充てるために消費者金融から借入していたことから,原告には本件犯行の動機があった旨主張する。 しかし,原告には本件事件発生当時,消費者金融に返済するだけの十分な預金があり,本件事件発生前に消費者金融に対して借入金の一部を返済している一方,本件事件発生後には借入金を返済していないことによると,消費者金融から借入していたことが本件犯行の動機にはなり得なかった。 また,犯行動機については,本件刑事事件の公判において何ら立証されなかったのであるから,これを犯罪の嫌疑を根拠付ける事情として指摘する被告の上記主張は,全く考慮に値しないものである。 オマイナスドライバーについて被告は,原告が本件犯行で使用された侵入道具と推認されるマイナスドライバーを所持していた旨主張する。 しかし,犯行現場の状況等から,犯行で使用された侵入道具をマイナスドライバーと特定することは極めて困難である。 仮に,本件犯行で使用された侵入道具をマイナスドライバーと特定することができたとしても,マイナスドライバーはどの家庭にもある極めて一般的な工具である上,電気工事業者である原告がマイナスドライバーを所持していることは当然であるから,原告がマイナスドライバーを所持して いたことが,原告に対する嫌疑を裏付ける証拠となるものではないし,本件犯行で使用されたマイナスドライ 告がマイナスドライバーを所持していることは当然であるから,原告がマイナスドライバーを所持して いたことが,原告に対する嫌疑を裏付ける証拠となるものではないし,本件犯行で使用されたマイナスドライバーの太さ,長さ,メーカー及び品番等を特定することは困難であるから,原告の所持していたマイナスドライバーが本件犯行で使用された侵入道具であるとする合理的な根拠は全くない。 そのため,マイナスドライバーに関する資料は,本件刑事事件の公判において証拠調べ請求さえ行われていないのである。 (被告の主張)ア違法性の判断基準等公訴提起時において,検察官が現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案して,合理的な判断過程により被告人を有罪と認めることができる嫌疑があれば,上記公訴提起は違法性を欠くというべきであり,上記嫌疑があると判断した検察官の証拠評価及び法的判断が,法の予定する一般的検察官を前提として,通常考えられる検察官の個人差による判断の幅を考慮に入れてもなおかつ行き過ぎで,経験則及び論理則に照らして,到底その合理性を肯定することができない程度に達している場合に初めて,違法であると判断されるものというべきである。 イ検察官が現に収集した証拠資料について本件公訴提起の場合,公訴提起時において,以下の事実が判明しており,これらの事実関係を総合勘案して合理的に判断すれば,本件公訴提起時において,原告には本件犯人であると認められる嫌疑が存在したものであって,証拠の評価について通常考えられる検察官の個人差を考慮に入れてもなおかつ行き過ぎで,経験則及び論理則に照らして,到底その合理性を肯定することができないという程度に達しているとはいえないことが明らかであるから,本件公訴提起には何らの違法も認められない。 もなおかつ行き過ぎで,経験則及び論理則に照らして,到底その合理性を肯定することができないという程度に達しているとはいえないことが明らかであるから,本件公訴提起には何らの違法も認められない。 (ア)本件指紋について原告は,本件指紋が約3年前に本件犯行現場でエアコン取付工事を行った際に,パテや油の付着した指で印象された可能性がある旨弁解しており,捜査の結果,原告が平成8年7月30日に本件寝室などエアコンの取付工事を行っていた事実が確認された。 しかし,以下の事情に照らすと,本件指紋が上記工事の際に印象されて残存していたものとは考えることができなかった。 a被害者は,本件公訴提起前,本件引き出し前面も含めて本件鏡台全体をふき掃除していた旨供述していた。 本件指紋が油やパテの付着した指で印象されたものであったとすれば,本件指紋は3年間にわたって残存するほどのパテ及び油を含有し,少なくとも印象当初には視認可能なものだったはずであるし,被害者の目に入りやすい所に印象され,中指との連続指で目に付く存在であったから,被害者がふき掃除をした際に,当然これに気付いてふき取ったと考えられたし,仮にこれに気付かなかったとしても,ふき取られて消失し,残存する可能性はないとの結論に達した。 bまた,本件指紋は,7月27日に採取した際にアルミ粉末の乗りが非常に良く,刷毛でふいた感触から脂肪分等を多く含んでいた上,複数回にわたりゼラチン紙に転写することができた。 これらは印象されて間もない指紋の一般的な特徴であったことから,本件指紋は,印象されて間がない新しい指紋であって,約3年前に付着した指紋が残存していたものではないとの結論に達した。 そして,A検察官の上記判断に合理性が認められることは,本件公訴提起後に行われた実験によっても裏付けられているというべ 紋であって,約3年前に付着した指紋が残存していたものではないとの結論に達した。 そして,A検察官の上記判断に合理性が認められることは,本件公訴提起後に行われた実験によっても裏付けられているというべきである。 cその他,指紋の残留期間に関する研究資料等を検索し,検討したが, 指紋が約3年間もの長期間残存したという事例やこれに関する資料を発見するには至らなかった。 (イ)動機について原告は,本件事件当時,妻以外の女性と交際し,その交際費などに充てるために消費者金融から借入しており,原告には本件犯行を行う動機があった。すなわち,原告は,消費者金融等からの借入は上記女性との交際費として費消し,妻に知られたくないものであった旨供述していた。 また,消費者金融への返済は,毎月2万円から4万円の借入に対して,1か月4000円から1万5000円で,その残高は,平成11年8月にはなお25万円余りあった。 (ウ)マイナスドライバーについて本件犯行の侵入道具と推認されるマイナスドライバーが原告の車両から発見されていた。 (エ)アリバイについて原告は取調べにおいてアリバイがある旨主張していたが,原告にはアリバイが成立しなかった。 すなわち,原告は,取調べにおいて,7月26日の行動について概ね原告主張のとおり供述していたが,(a)原告が午後零時ころ弁当を購入した事実及び(b)原告が午後5時40分ころ帰宅した事実については,原告が弁当を購入したと供述する弁当販売店の店員や原告の妻に対する取調べでは何ら裏付けられなかった。また,本件犯人が本件犯行に要した時間は約10分間と考えられたから,原告が供述していた本件事件当日の行動からして,原告には本件犯行現場において本件犯行を行う時間的余裕があった。 (オ)本件足跡について原告は,本件足跡と原告が逮捕 間は約10分間と考えられたから,原告が供述していた本件事件当日の行動からして,原告には本件犯行現場において本件犯行を行う時間的余裕があった。 (オ)本件足跡について原告は,本件足跡と原告が逮捕当時所持していた靴の底文様とが一致 しなかったことをもって,原告以外の者が真犯人であると判断すべきであった旨主張する。 しかし,原告が本件犯行の際に着用していた靴を廃棄した可能性があった上,本件足跡はその靴底全面が印象されたものではなく,その幅や大きさは不明であったから,本件足跡と原告が逮捕当時所持していた靴の底文様とが一致しなかったことは,必ずしも原告が本件犯人ではないとの疑念を抱かせるものではなかった。なお,本件公訴提起後の捜査によれば,本件足跡を印象した靴のサイズと原告の通常履いている靴のサイズとは矛盾しないことが判明している。 ウ通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料について(ア)通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料とは,検察官が公訴提起時までにそれらの証拠を収集しなかったことに義務違反があると認められる場合,すなわち,公訴提起時に検察官が現に収集した証拠資料に照らし,その存在を予想することが可能な証拠資料であって,通常の検察官において公訴提起の可否を決定するに当たり当該証拠資料が必要不可欠と考えられ,かつ,当該証拠資料について捜査をすることが可能であるにもかかわらずこれを怠ったなど特段の事情のあると認められる場合をいうものというべきである。 (イ)原告は,電子線マイクロアナライザーによって本件指紋の成分分析を行うべきであった旨主張する。 しかし,ゼラチン紙に転写された指紋の成分や指紋の印象された物に付着する指紋の成分を電子線マイクロアナライザーによって分析し,対照すべき資料との異同を判別することは困 を行うべきであった旨主張する。 しかし,ゼラチン紙に転写された指紋の成分や指紋の印象された物に付着する指紋の成分を電子線マイクロアナライザーによって分析し,対照すべき資料との異同を判別することは困難であった。そのため,電子線マイクロアナライザーによる成分分析は,本件公訴提起当時,当該指紋がどのような機会に印象されたものであるか,あるいは,当該指紋を印象した指に何が付着していたかを判断するための捜査手法として一般 的なものではなかったし,そのような経験を有する鑑識係員も愛知県警察本部及び緑署内にはいなかった。また,仮に本件指紋の成分分析を行っていたとしても,原告の弁解の信用性を判断することに役立つ鑑定結果を得ることはできなかったものである。 したがって,A検察官には,本件公訴提起に当たり,上記成分分析を行い,その鑑定結果を収集すべき義務はなかったというべきである。 (2)争点(2)(本件準抗告棄却決定の違法性の有無)について(原告の主張)ア裁判官の行為の違法裁判官に与えられた事実認定,法律の解釈適用についての裁量にも経験則,論理則上自ずから許容される合理的な幅があるというべきであり,裁判官はその幅の中で事実認定,法律の解釈適用をすべき職務上の注意義務を負う。したがって,裁判官がその許容される裁量を逸脱した場合には,主観的には善意であっても,裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものとして,国家賠償法上違法な行為であるとの評価を受ける場合があり得る。そして,どの程度の裁量の逸脱があった場合に国家賠償法上違法と評価されるかについては,その裁判の種類ごとに,その性質,当事者に対する告知,聴聞の機会の保障の有無,不服申立ての方法の有無,侵害された権利の性質,救済の必要性等諸般の事情を総合して慎重に検討して決 価されるかについては,その裁判の種類ごとに,その性質,当事者に対する告知,聴聞の機会の保障の有無,不服申立ての方法の有無,侵害された権利の性質,救済の必要性等諸般の事情を総合して慎重に検討して決せられるべきものである。 イ保釈の裁判における裁判官の違法保釈を判断する権限は,不当又は違法な身体の拘束を回避するために,捜査機関から独立し,公平,中立な立場にある裁判官に独占的に与えられたものであるところ,保釈の判断を誤ると,身体の拘束を継続させることになり,極めて重大な権利侵害となる上,被告人に多大な不利益を被らせることにもなる。一方,第1回公判期日前の保釈請求では,被告人及び弁 護人には,検察官から裁判官に提出された一件記録を閲覧する機会がなく,反論や反対尋問をする機会もないから,被告人のための手続的保障が担保されているとはいい難い。 これらの事情を考慮すると,保釈の裁判においては,通常の裁判官が当時の資料,状況の下で合理的に判断すれば,到底保釈を却下しなかったであろうと思われるのに,これを却下したような場合には,裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものとして,国家賠償法上違法と評価すべきである。 ウ本件準抗告棄却決定の違法性(ア)本件準抗告棄却決定は,前記のとおり,原告の嫌疑を合理的に裏付けることはできない状況にあったにもかかわらず,原告には勾留の理由が存在すると判断しているから,明らかに社会通念,経験則及び論理則に反するものであり,本件準抗告審裁判所は,通常の裁判官が当時の資料,状況の下で合理的に判断すれば,到底保釈を却下しなかったであろうと思われるのに,これを却下したものというべきである。 (イ)また,本件準抗告棄却決定は,補充捜査によって何ら原告の弁解を否定する証拠が収集されず,むしろこれ れば,到底保釈を却下しなかったであろうと思われるのに,これを却下したものというべきである。 (イ)また,本件準抗告棄却決定は,補充捜査によって何ら原告の弁解を否定する証拠が収集されず,むしろこれを裏付ける証拠が出てきており,本件準抗告棄却決定当時,原告に対する勾留の理由も必要性もなくなっていたにもかかわらず,原告の弁解をただ不自然であると決めつけ,抽象的な罪証隠滅のおそれを理由に保釈を不許可としている。これは,本件準抗告審裁判所が,勾留延長決定に対する準抗告審として,原告の弁解を合理的な理由のあるものとしてとらえ,補充捜査によって原告の弁解が不合理だといい得るだけの確たる証拠が発見されなければ,もはや勾留の理由も必要性もなく,原告を不起訴としていったん釈放すべきであるとの考えを示したことと矛盾するものであり,自ら矛盾する判断をしていること自体,本件準抗告審裁判所の判断が不合理なもので,その 裁量の範囲を明らかに逸脱したものであることが分かる。 (ウ)さらに,本件準抗告棄却決定は,「否認する者には保釈を認めない。」との本件準抗告審裁判所の先入観又は予断の表明にすぎず,事件の性質,問題点について実質的な検討を加えたものとはいい難い点で職務の懈怠であり,客観的に「不当な目的」があったものとすら推認することができる。 (被告の主張)ア裁判官の行為の違法裁判官の行為が違法であるとして国家賠償法上の責任が肯定されるためには,当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判したことなど,裁判官がその付与された権限の趣旨に背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることが必要と解すべきである。そして,上記の特別の事情とは,裁判官が,いわゆる他事考慮するなど,裁判官としての良心に基づかず,法の客観的意味と信ずるところに反して職権を め得るような特別の事情があることが必要と解すべきである。そして,上記の特別の事情とは,裁判官が,いわゆる他事考慮するなど,裁判官としての良心に基づかず,法の客観的意味と信ずるところに反して職権を行使したような場合をいい,単なる事実認定の経験則上の違背,法令の解釈適用上の論理則違背という判断内容の当否そのものは問われないというべきである。 原告の主張する違法性の判断基準は,結局のところ,判断内容の当否に関する基準を違法性に関する判断基準として位置付けるものであり,不当というほかない。 イ本件準抗告棄却決定の適法性(ア)前記のとおり,原告の弁解は不自然であると評価することができた上,原告にはアリバイが成立せず,本件犯行の動機となり得る事情も認められた。また,原告が,逮捕されるまでの数日間に,証拠品を隠匿又は廃棄したと考えることも可能であった。 一方,原告の妻や工事関係者の供述調書が作成されてはいたものの,これらの供述調書は,原告のアリバイ主張を完全に裏付けるものではな く,公判期日における取調べも未了であった。 したがって,原告には,罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由及び罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由が認められるとの本件準抗告審裁判所の判断は,その経験則及び論理則に照らして,到底不当とはいえないものであった。 (イ)これに対し,原告は,本件準抗告棄却決定と勾留延長に対する準抗告審の判断とが矛盾する旨主張するが,原告の主張は,勾留延長に対する準抗告審の決定を合理的根拠を欠いて強引に解釈するものである上,本件準抗告審裁判所は,勾留延長に対する準抗告審後の捜査によって原告に不利な事実が裏付けられ,証拠書類化されていることを考慮して判断したものであるから,その判断には合理性が認められる。 したがって,本件準抗告審裁判所の判 勾留延長に対する準抗告審後の捜査によって原告に不利な事実が裏付けられ,証拠書類化されていることを考慮して判断したものであるから,その判断には合理性が認められる。 したがって,本件準抗告審裁判所の判断には,原告の主張するような矛盾はない。 (ウ)以上のとおり,本件準抗告棄却決定は,その判断内容自体がその決定時点において到底不当とはいえないものであり,本件準抗告審裁判所が裁判官としての良心に基づかず法の客観的意味と信ずるところに反して職権を行使したような事情は全く認められないから,前記の特別の事情など存在せず,適法である。 また,仮に,原告の主張する違法性判断基準に従ったとしても,本件準抗告棄却決定は,裁判官に与えられた経験則及び論理則に照らして裁判官に許容される合理的な裁量を逸脱したものではないから,何らの違法も認められない。 (3)争点(3)(本件証拠保全却下決定の違法性の有無)について(原告の主張)ア証拠保全の裁判における裁判官の違法証拠保全手続は,刑事訴訟手続における当事者主義の下,被疑者又は被 告人による証拠の収集,保全活動を実質化するために刑事訴訟法上被告人らに認められた唯一の強制的な証拠収集方法であり,代替性のない手続である。しかも,証拠保全請求に対する決定に対しては,押収の場合を除いて不服申立てが認められておらず,いったん却下されてしまうと,裁判手続において是正する方法がなく,証拠保全請求が却下されることによって被告人らが被る不利益は甚大である。 これらの事情を考慮すると,証拠保全の裁判における裁判官の裁量は制約され,狭くなるものと解すべきであり,裁判官は,証拠保全請求に合理性が認められる限り,すなわち,あらかじめ被告人らが証拠を保全する理由のある場合,又は証拠保全の対象が被告人らの反証の根幹をなすものであ ,狭くなるものと解すべきであり,裁判官は,証拠保全請求に合理性が認められる限り,すなわち,あらかじめ被告人らが証拠を保全する理由のある場合,又は証拠保全の対象が被告人らの反証の根幹をなすものであるときは濫用的請求に当たらない場合若しくは捜査に著しい弊害を来さない場合には,証拠保全請求を認めなければならない職務上の注意義務があるというべきである。 イ本件証拠保全却下決定の違法性本件指紋は原告が本件犯行現場でエアコンの取付工事を行った際に付着させたものであることを明らかにするためには,成分分析を行って本件指紋にパテ又は油の成分が付着していることを明らかにすることが必要不可欠であった。そのためには,本件指紋の付着状況を調査,確認し,当該指紋自体を保全する必要があった。 一方,捜査機関は,成分分析が行われれば原告を犯人とする唯一の合理的根拠を失うこととなるから,成分分析を不可能にし,原告の犯人性を維持することを目的として,捜査名目の下,本件指紋自体を消してしまう危険があった。 しかし,原告の弁護人による任意の活動によって本件指紋の現状等を保存することは不可能であり,裁判官による証拠保全手続しかその保存をする方法はなかった。 したがって,D裁判官としては,当然に証拠保全請求を認めなければならなかったにもかかわらず,意図的又は怠惰によりこれを却下した可能性が高く,裁判官に付与された権限の趣旨に背いてこれを行使したものと認められる。 その結果,原告は無罪を立証することに支障を来し,長期間身柄を拘束されることとなったのである。 (被告の主張)ア原告の弁護人は,本件指紋の場所,数及び形状を見分により記録(写真を含む。)にとどめること,並びに後に指紋の成分を鑑定するために本件指紋が消されることのないよう保全の措置を執ることを求めていたが,本 原告の弁護人は,本件指紋の場所,数及び形状を見分により記録(写真を含む。)にとどめること,並びに後に指紋の成分を鑑定するために本件指紋が消されることのないよう保全の措置を執ることを求めていたが,本件証拠保全却下決定時,本件指紋の場所,数及び形状については緑署警察官の報告書や実況見分調書添付の写真等によってすでに客観的に明らかになっていたし,本件引き出しは同警察官らによって領置されていた。 一方,原告の弁護人は,被害者や捜査機関が故意又は過失によって本件指紋を消滅させる具体的なおそれのあることを何ら疎明しなかった。 したがって,証拠保全の必要性がないとのD裁判官の判断は,到底不当とはいえないものである。 イこれに対し,原告は,D裁判官が意図的又は怠惰により証拠保全請求を却下した可能性が高い旨主張する。 しかし,D裁判官は,原告の弁護人の作成に係る証拠保全請求書に証拠保全の必要性が何ら疎明されておらず,証拠保全の方法も全く特定されていなかったことから,原告の弁護人に対して釈明を求めたほか,同人との面談に応じて証拠保全の必要性や検証の方法について補充する必要性のあることを伝え,原告の弁護人に請求補充書を2通追加提出させた上で判断を下しているのであるから,D裁判官が原告の弁護人の請求に対して真摯に応対し,上記請求の意図するところを可能な限り理解した上で実質的な 判断を下したことに疑問を挟む余地はなく,D裁判官が,意図的又は怠惰により却下した可能性など全く存在しない。 ウ以上のとおり,本件証拠保全却下決定は,その判断内容自体がその決定時点においては到底不当とはいえないものであり,D裁判官が,裁判官としての良心に基づかず法の客観的意味と信ずるところに反して職権を行使したような事情は全く認められないから,前記の特別の事情など存在せず,適法で は到底不当とはいえないものであり,D裁判官が,裁判官としての良心に基づかず法の客観的意味と信ずるところに反して職権を行使したような事情は全く認められないから,前記の特別の事情など存在せず,適法である。 また,仮に,原告の主張する違法性判断基準に従ったとしても,本件証拠保全却下決定は,裁判官に許容される合理的な裁量を逸脱したものではないから,何ら違法とはいえない。 (4)争点(4)(損害)について(原告の主張)ア逸失利益250万円原告は,7月30日から12月16日までの間身柄を拘束されたことにより,この間,電気工事業を営むことができなかった。このうち,少なくとも本件公訴提起後の身柄拘束は違法となるから,8月19日から12月16日までの間(120日間)に生じた逸失利益が損害となる。原告の事業売上は,平成10年が646万9981円,平成11年が519万4899円(ただし,この事業売上は,原告の身柄が拘束されていた期間を除く225日間で達成されたものであり,365日に換算すると,842万7264円となる。),平成12年が818万3341円であるから,仮に平成11年の事業売上を750万円としても,上記の期間に生じた逸失利益は,250万円を下回るものではない。 イ慰謝料1500万円原告が本件公訴提起及び違法な身柄拘束によって被った精神的苦痛に対する慰謝料。 ウ弁護士費用250万円(被告の主張)原告が7月30日から12月16日までの間身柄を拘束されたことは認めるが,その余は不知。 第3当裁判所の判断 争点( )(本件公訴提起の違法性の有無)について ( )検察官の公訴提起が国家賠償法上違法とされるのは,検察官が当該被告 人に公訴事実について有罪判決を期待し得るだけの合理的根拠が客観的に欠如しているにもかかわ 起の違法性の有無)について ( )検察官の公訴提起が国家賠償法上違法とされるのは,検察官が当該被告 人に公訴事実について有罪判決を期待し得るだけの合理的根拠が客観的に欠如しているにもかかわらず,あえて公訴の提起をした場合に限られるものと解される。 以下,A検察官による本件公訴提起の違法性の有無について検討する。 ( )本件指紋について ア証人Aの証言及び弁論の全趣旨によると,A検察官は,本件犯行現場の本件引き出し前面から採取された本件指紋と原告の指紋とが一致したことを重要な証拠として原告が本件犯人であると判断し,前記公訴事実により本件公訴提起をしたことが認められる。通常,犯行現場から被害者やその関係者以外の者の指紋が採取された場合,犯行時に犯人が遺留した指紋であることが強く推認されることによると,A検察官の上記の判断には一応合理性があるものと解される。 イしかし,本件においては,上記のとおり,原告は,逮捕された当初から一貫して本件犯行を否認し,本件指紋につき,被害者方でエアコン取付工事を行った際に油やパテの付いた指で印象したものが残っていた可能性がある旨弁解していたところ,捜査の結果,原告が有限会社Eで稼働していた平成8年7月30日に被害者方の本件寝室及び2階の部屋でエアコン取付工事をしたことが確認された(前記前提となる事実,甲6,7号証)。 (ア)この点について,原告は,警察官の取調べに対し,「(a)エアコン の取付作業は,内機,室外機の順でこれらを取り付けた後,配管を室外機につなぎ,エアパージ(内機と室外機の配管をつなぐ途中の配管内の空気を抜くこと)をする。(b)一般家庭用のエアコンの取付工事をする場合,設置する部屋内に少なくとも3畳以上のスペースが必要である。 通常,エアコンの内機は,床から高さ2m前後の位置 ぐ途中の配管内の空気を抜くこと)をする。(b)一般家庭用のエアコンの取付工事をする場合,設置する部屋内に少なくとも3畳以上のスペースが必要である。 通常,エアコンの内機は,床から高さ2m前後の位置に取り付けるので,その際に脚立を利用する。脚立を置き,また,落下物等で汚れないようにするため,内機を取り付ける位置の下にあるものはできるだけ移動させる。(c)エアコン取付工事をする際,ドリル,配管を広げるフレア工具,パイプカッター,モンキー等の工具を使用する。工具には潤滑油等の油類が塗ってあるのでこれらを使用しているうちに油類が手について汚れてくる。また,エアパージをする際,室外機の中に入っているガスを使って空気を抜くが,エアコンオイルが一緒に排出され,この作業中にオイルが手につくこともある。(d)エアコン取付工事は細かい作業があるのでほとんど素手でやる。相当量の油類が付いたような場合,持っているタオルで手をふくが,他のエアコンを取り付ける作業が残っているようなときは手を洗うまでのことはしない。(e)試運転をした後,パテを使用して壁等の穴埋めをする。その後,取り付けたエアコンの内機の表面部分をタオルでふいて汚れをとる。(f)動かした家具類は元の位置に戻すが,ある程度手をふきながら作業をしているのでそれほど家具類が汚れることないと思うので,戻した後に家具類をふくことはしない。 (g)被害者方では1階と2階の2つのエアコンを取り付けたが,どちらを先にしたかを覚えていない。ただし,通常,2階は屋根置きの作業で手などが汚れるために後にする。(h)被害者方でのエアコン取付工事の際,油やパテのついた手で触れたところに原告の指紋が着き,それが残っていたと思う。」旨供述している(甲27号証)。 原告の上記の供述内容は,エアコン取付工事の段取り等に関する説明 のエアコン取付工事の際,油やパテのついた手で触れたところに原告の指紋が着き,それが残っていたと思う。」旨供述している(甲27号証)。 原告の上記の供述内容は,エアコン取付工事の段取り等に関する説明 として自然なものと考えられる。そして,本件鏡台は,原告が被害者方の本件寝室に取り付けたエアコンの室内機のほぼ真下に位置しており(甲34号証),採取された本件指紋等は,本件引き出しの上部に指頭部をやや斜め下向きに右手示指及び中指の連続指で付着していた(甲5号証)のであって,これらの事実を原告の上記供述内容に照らして検討すると,本件指紋は,原告が本件寝室においてエアコンの室内機の取付作業をするために移動させた本件鏡台を,パテを使用して壁等の穴埋めをした後に元の位置に戻す際に印象させた指紋である可能性があるものと考えられる。 上記によると,平成8年7月30日にエアコン取付工事の際に油やパテの付着した指によって印象された指紋が約3年後である平成11年7月27日ころに検出される可能性があるかどうかを検討する必要があるものと解される。 (イ)また,この点に関連し,被害者は,「化粧品店を切り盛りしているため,なかなか家具類等の清掃まで行き届かないが,年末と納税申告(3月15日まで)期間前ころに時間の余裕ができると雑きんがけをしている。1年に2回は清掃していたので,原告がエアコン取付の際に本件鏡台に触ったとしても,4,5回はすでにふいている。」旨(甲31号証),また,「本件鏡台については,たまに置いた瓶が倒れ,台の上や扉の外側,引き出しの外側に化粧水などがこぼれることもあるので,汚れたときに化粧品をどけて鏡台の上や引き出しの前や扉の前をふいたりする。大掃除のときも鏡台のふき掃除をするし,確定申告が終わった暇なときに化粧品の上や引き出しの前などを がこぼれることもあるので,汚れたときに化粧品をどけて鏡台の上や引き出しの前や扉の前をふいたりする。大掃除のときも鏡台のふき掃除をするし,確定申告が終わった暇なときに化粧品の上や引き出しの前などをふき掃除している。」旨供述している(甲32号証)。 上記の被害者の供述内容によると,原告の指紋が本件引き出しに印象されたとしても被害者のふき掃除によってその後検出される程度に残存 し得るかどうかを検討する必要があるものと解される。 (ウ)以上によると,本件指紋と原告の指紋との同一性に着目して原告が本件犯人であるとするには,(a)エアコン取付工事の際に油やパテの付着した指によって印象された指紋が約3年後に検出されることがあり得るか,(b)それが被害者のふき掃除によって消失するか,という点について捜査を遂げる必要があると考えられる。A検察官も,本件指紋がどういう指紋であるかが原告が犯人かどうかを判断する上で非常に重要なものであると認識していたというのであるから(同人の証言(同人証人調書28頁)),上記の2点について十分に検討すべきであったということができる。 ウ本件指紋に関する捜査等について(ア)C警察官は,7月27日,被害者方において,現場指紋を7個採取した。このうち,対照不能が3個,関係者(被害者)符合が3個,遺留指紋が1個であり,この遺留指紋が本件指紋であって,原告の指紋に該当した(甲5,6,35号証,乙16号証)。 (イ)C警察官は,8月5日,被害者方において,本件鏡台等に付着した指紋を採取した。その結果,本件引き出しから5回採取され,1回目から4回目に採取された指紋は原告の右手示指のものと合致し,5回目は対照不能であり,その他,①寝室エアコンのコンセント取付部,②同コンセント,③同室内機の左側面,右側面及び底面,④2階エア ,1回目から4回目に採取された指紋は原告の右手示指のものと合致し,5回目は対照不能であり,その他,①寝室エアコンのコンセント取付部,②同コンセント,③同室内機の左側面,右側面及び底面,④2階エアコンのコンセント取付部,⑤同コンセント,⑥同室内機の左側面,右側面及び底面からもそれぞれ指紋が採取されたが対照不能であった(甲5,36号証,乙16号証)。また,同日,エアコン取扱説明書及びエアコンに係る郵便はがきからも指紋が採取されたが,対照不能であった(甲5,38号証,乙16号証)。 (ウ)C警察官は,8月6日,被害者方において,本件鏡台の鏡及び左右 両側面から指紋を採取したが,これらは対照不能であった(甲5,37号証,乙16号証)。 (エ)8月12日,指紋の化学成分及び指紋の経時的変化に関する文献((a)「指紋研究における諸問題-特に皮膚分泌物の化学成分について-Ⅰ汗の化学成分」科学警察研究所報告19巻4号(昭和41年12月),(b)「指紋の経時的変化に関する研究Ⅰスライドグラス上に押捺された潜在指紋の形態学的変化」犯罪学雑誌(平成2年8月))に関する捜査報告書が作成された(甲43号証,乙6号証)。 (オ)C警察官は,8月17日,愛知県警察本部(以下「県警本部」という。)科学捜査研究所長に対し,「付着した油指紋が3年間ほど放置された場合,指紋の印象面はどのような状態になるか。」との旨を電話で照会したところ,「油がなじみやすい物質(ポリエスチレン合成樹脂など)に付着した油指紋ならば,油が拡散して不鮮明になることが推察される。」との回答を得た(乙12号証)。 (カ)C警察官は,8月19日,県警本部鑑識課長に対し,「指紋を繰り返して採取した場合に指紋が不鮮明になる理由は何か。」との旨を電話で照会したところ,「比較的新しい指紋であ を得た(乙12号証)。 (カ)C警察官は,8月19日,県警本部鑑識課長に対し,「指紋を繰り返して採取した場合に指紋が不鮮明になる理由は何か。」との旨を電話で照会したところ,「比較的新しい指紋であれば同じ作業を数回繰り返しても指紋は採取できるが,1回ごとに指紋の脂肪分等がはく離されていき採取不能となる。何回採取できるかは,検体や指紋の付いた状態により異なるので一定していない。」旨の回答を得た(甲41,42号証)。 (キ)A検察官は,8月19日,県警本部鑑識課課長補佐に対し,指紋について電話で照会し,「(a)室内の鏡台の外側に付着した指紋だと,家人の接触状況がなければ,20日ないし30日間は指紋採取し,対照が可能である。(b)室内の指紋の方が室外のものよりも長く残るということはできるが,室内の指紋で3年間も残っていたものが検出されたこと はなく,指紋の性質として,構成する皮脂,塩分,水分等は,付着物体に吸収されたり,水分の蒸発により自然に消滅していくものである。 (c)指紋構成している物質が新しいから数回にわたって採取できるのであり,約30年にわたり鑑識活動に従事していた経験からしても,数回にわたって鮮明に検出できる指紋は,被害時に付着したものと考えるしかないと判断している。」との回答を得た(乙13号証)。 エ油やパテの付着した指によって印象された指紋が約3年後に検出される可能性について(ア)A検察官は,指紋の検出可能期間として,通常指紋は約30日間,指で顔などの汗をふくなどして指の汗と混合している状態で付された混合指紋は約60日間ということを教えられていた(同人証人調書11,26頁),指紋の成分の違いによって,指紋の新旧の特性に違いはないと考えていた(同84頁)と証言しながら,エアコン室内機及びコンセント等から採取された ということを教えられていた(同人証人調書11,26頁),指紋の成分の違いによって,指紋の新旧の特性に違いはないと考えていた(同84頁)と証言しながら,エアコン室内機及びコンセント等から採取された指紋は3年前のものが残っていたのかと考えていた(同45,47頁)旨証言している。 しかし,次の事情によると,A検察官が上記の可能性についてどのように考えていたのか必ずしも明確でなく,同検察官には,原告が被害者方でエアコン取付工事をした際に油やパテの付着した指によって印象した指紋が約3年間残っていたかどうかが問題であることについての認識が十分ではなかったものと推認される。 aA検察官は,8月23日に名古屋地方裁判所裁判官に対して原告の保釈請求が不相当であるとの意見書(甲85号証)を提出し,その理由として,(a)本件指紋は,数回にわたり採取しその都度鮮明に検出したもので,本件犯行時に押捺された指紋と認められる,(b)原告は,自己の現場指紋が存在することを認識しながら,それを約3年前の指紋であると不合理な主張をして本件犯行を否認している旨述べている。 A検察官は,上記意見書において,上記ウ(エ)(b)の文献を引用し,「押捺等した指紋(エクリン腺指紋)の形態学的変化は,押捺30日後には微細粒状物の数が減少し,隆線は全体的に不鮮明化した(この傾向は押捺後20日前後より観察された。)旨実験結果が報告されている」旨指摘している(甲85号証)。しかしながら,上記文献は,「手指を洗剤で十分に洗浄,乾燥し,30分の間に精神的緊張を持続しつつ,1群はそのまま直ちにスライドグラス上に押捺(以下エクリン腺汗指紋),他の1群は顔面皮膚を1回なでた後,スライドグラス上に押捺し対象指紋とした。」というものであり,これがエアコン取付工事の際に油やパテの付着した指によ スライドグラス上に押捺(以下エクリン腺汗指紋),他の1群は顔面皮膚を1回なでた後,スライドグラス上に押捺し対象指紋とした。」というものであり,これがエアコン取付工事の際に油やパテの付着した指によって印象される指紋とは全く異なる指紋による実験であることが明らかである。A検察官がこうした文献を本件指紋が本件犯行時に印象されたものであると判断した資料として引用していることによると,同検察官が上記文献の内容を正しく理解していたかどうか疑問であるといわざるを得ない。 b原告は,A検察官の取調べを受けた際,同検察官から3年間も指紋が残るはずはないと言われ,弁解の機会が与えられなかった旨述べている(原告本人調書9,12頁)。そして,A検察官は,原告を3回取り調べた結果,その供述調書(甲62ないし64号証)を作成しているが,これによると,同検察官の取調べは,アリバイの存否に重点が置かれており,本件指紋に係る取調べは短時間に過ぎなかったことがうかがわれる。原告の上記供述及び原告の取調べの実情によると,A検察官が当時,原告がエアコン取付工事をした際に印象した指紋が約3年後に検出される可能性について十分に検討しなければならないことを認識していたかどうか疑わしいものといわざるを得ない。 (イ)A検察官は,本件指紋は,数回にわたり採取しその都度鮮明に検出したものであることから,本件犯行時に印象された指紋であると判断し ていたことが認められる(同人の証言(同人証人調書14,15頁))。 この点に関し,(a)本件指紋の採取に当たったC警察官は,7月27日に少量のアルミ粉末を1回軽くふったところ,本件指紋を発見することができ,鮮明な対照可能指紋が採取でき,8月5日には5回にわたって採取でき,そのうち4回は対照可能な指紋が検出できた旨報告し,こうした採取が アルミ粉末を1回軽くふったところ,本件指紋を発見することができ,鮮明な対照可能指紋が採取でき,8月5日には5回にわたって採取でき,そのうち4回は対照可能な指紋が検出できた旨報告し,こうした採取ができたことから,本件指紋は新しい指紋であると判断しており(甲5,40号証,乙16号証),(b)A検察官は,上記ウ(キ)のとおり,県警本部鑑識課課長補佐に対して電話で照会した結果,数回にわたって鮮明に検出できる指紋は被害時に付着したものと考えるしかないと判断している旨の回答を得ている。 しかし,上記(b)の回答(乙13号証)は,「皮脂,塩分,水分等」によって構成される通常の指紋を前提としていることが明らかであり,本件において検討すべきであった油やパテの付着した指紋について検討した形跡がうかがわれない。また,A検察官は,緑署警察官及び県警本部鑑識課の警察官に油やパテの付着した指紋を取り扱った経験をした者はおらず,その残留期間に関する文献や資料はなかった旨証言している(同人証人調書11,12頁)。上記のC警察官及び県警本部鑑識課課長補佐が,油やパテの付着した指紋がどの程度残る可能性があるか,残っている場合にどのように採取され得るかについて全く知識,経験がない以上,上記の(a)及び(b)から直ちに本件指紋が本件事件の約3年前に原告がエアコン取付工事をした際に油やパテの付着した指によって印象した指紋ではなく,新しい指紋であると判断することはできないというべきである。 (ウ)上記に検討したところによると,A検察官は,原告のしたエアコン取付工事が約3年前であることを,原告の上記の供述内容を排斥する合理的な根拠とすることは困難であるとの判断に至るべきであったものと 考えられる。 オ被害者のふき掃除によって指紋が消失する可能性について(ア)A検察 ことを,原告の上記の供述内容を排斥する合理的な根拠とすることは困難であるとの判断に至るべきであったものと 考えられる。 オ被害者のふき掃除によって指紋が消失する可能性について(ア)A検察官は,被害者がその供述するふき掃除をしていれば,指紋は摩擦によって消失するものと経験則によって推測した旨証言する(同人証人調書65,66頁)。同検察官は,被害者から,本件鏡台について,上記のとおり,「たまに置いた瓶が倒れ,台の上や扉の外側,引き出しの外側に化粧水などがこぼれることもあるので,汚れたときに化粧品をどけて鏡台の上や引き出しの前や扉の前をふいたりする。大掃除のときも鏡台のふき掃除をするし,確定申告が終わった暇なときに化粧品の上や引き出しの前などをふき掃除している。」旨の供述を得ている(甲32号証)が,同検察官が,被害者に対してそれ以上にふき掃除の具体的な方法,力の入れ具合等を質問していないことは,同検察官の証言によって明らかである(同人証人調書80ないし81頁)。また,同検察官は,被害者を8月11日に取り調べていながら(甲32号証),本件引き出しから本件指紋が採取された7月27日と8月5日の両日の間に本件引き出しを掃除したかどうかについて質問していない(同人の証言(同人証人調書36,37頁))。同検察官は,この点に関し,掃除をしていないと思っていた旨証言するが(同68頁),この点を的確に質問していれば,ふき掃除に関する被害者の供述の信用性及び被害者のしたふき掃除によって指紋が消失する可能性という2つの点について検討する契機が与えられた可能性があったものと考えられる。 (イ)被害者は,本件刑事事件の第2回公判期日において証言しているが,その際,本件鏡台のふき掃除に関して,「孫が年3回か4回来る時と,年末調整の前後に,水ぶきで雑き 能性があったものと考えられる。 (イ)被害者は,本件刑事事件の第2回公判期日において証言しているが,その際,本件鏡台のふき掃除に関して,「孫が年3回か4回来る時と,年末調整の前後に,水ぶきで雑きんをしぼってふいたり,サッサという掃除用の布のようなものでふいたりする。本件鏡台の上とか,ついでに前面もふく。」(甲10号証(乙4号証)25,26頁),「本件鏡台 は汚れたときに,引き出しの上の辺はふく。前面はあまりふかない。前面は年に3,4回ふく程度である。」(同72頁)旨証言している。この公判期日における証言と,上記イ(イ)の被害者が警察官及びA検察官の面前で供述した内容とを対比すると,掃除に用いた道具,掃除の機会や頻度等について異なっていることが明らかである。そうすると,A検察官が,被害者のふき掃除によって原告の供述する油やパテの付着した指によって印象された指紋が消失するかどうかの点が相応の重要性を有することをきちんと認識して,被害者のふき掃除の態様について詳しく取り調べていれば,前記の取調べの際の供述(甲32号証)とは異なった供述を得ていた可能性があったものと考えられる。 (ウ)上記によると,A検察官は,ふき掃除をしたという被害者の供述から指紋は消失すると安易に推測して,それ以上の検討をしなかったものと推認される。しかしながら,本件における本件指紋の重要性によれば,本件引き出しに係る被害者のふき掃除の実態について詳細に確認し,それによってエアコン取付工事をした際に油やパテの付着した指によって印象された指紋が消失するかどうかを十分に検討しなければ,ふき掃除をしたという被害者の供述から直ちに指紋は消失すると推測することはできないというべきである。 カ上記に検討したところによると,A検察官は,本件公訴提起に至るまでの間,そもそも しなければ,ふき掃除をしたという被害者の供述から直ちに指紋は消失すると推測することはできないというべきである。 カ上記に検討したところによると,A検察官は,本件公訴提起に至るまでの間,そもそも原告の供述するエアコン取付工事の際に油やパテの付着した指によって印象された指紋が約3年後に検出される可能性があるかどうか,それが被害者の供述するふき掃除によって消失するかどうかを検討すべきであることを十分認識していなかったのではないかと指摘せざるを得ない。 緑署警察官は,8月19日に本件公訴提起がされた後,(a)9月10日から平成12年3月3日までの期間をかけて,油とパテの付着した指紋が それぞれ自然に消滅する期間に関して実験をし(甲26号証),(b)9月13日に油とパテの付着した指紋がそれぞれ濡れた雑きんによって消滅するかどうかに関して実験をしている(甲103号証)。これらの捜査が本件公訴提起後にされた事情は明確でないが,これらは,本件公訴提起後,原告の上記の供述内容を合理的に排斥することができるものかどうかについて更に検討されていたことを示すものと解される。なお,被告は,上記の(a)及び(b)の実験結果により,本件指紋が新しいものであることが裏付けられた旨主張するが,(a)については,本件刑事事件において実施された鑑定結果(乙9,10号証)と対比すると,指紋を印象する際の力の程度,保存環境等の条件によって結果が異なるものとなることが明らかであり,また,(b)については,被害者のふき掃除の具体的な態様を前提としているものでないことによると,上記の各実験結果が,本件指紋は新しいものであることを裏付けていると解することはできない。 キ原告は,本件指紋について,電子線マイクロアナライザーによる成分分析を行うべきであった旨主張する。 (ア) 記の各実験結果が,本件指紋は新しいものであることを裏付けていると解することはできない。 キ原告は,本件指紋について,電子線マイクロアナライザーによる成分分析を行うべきであった旨主張する。 (ア)上記のとおり,本件指紋は証拠として重要なものであることに加え,原告が警察官に対し,本件指紋の成分を調べるように供述していた(甲27号証)ことを併せ考えると,本件指紋の成分を的確に分析することができたのであれば,これを実施すべきであったと解される。 (イ)原告は,上記のとおり,電子線マイクロアナライザーによる成分分析を行えば,本件指紋にパテ特有の成分が残留していることを確認できたはずである旨主張する。 確かに,甲105号証によると,電子線マイクロアナライザーによる分析方法によると,試料として約001㎜までの大きさであれば測定.可能であることが認められる。しかし,同号証によれば,検査対象物としては100㎜×100㎜×20㎜までの大きさでないと同機器に入れ ることができず,電子線を当てることができないから,本件鏡台についた指紋であれば,この周囲を切り取るか,又は当該部分を薄く削いで検査する必要があることが認められる。そうすると,本件引き出しに残留している指紋を検査対象とすべきであったと解することは困難であるといわざるを得ない。また,甲105号証及び乙19号証(本件刑事事件における証人Fの証人尋問調書)によると,電子線マイクロアナライザーによって本件指紋を採取したゼラチン紙から的確に成分分析ができたかどうか必ずしも明確でないことがうかがわれる。 上記によると,電子線マイクロアナライザーによって本件指紋の成分を的確に分析することができたものということは困難である。また,A検察官は,警察官から,本件指紋が無いから成分を調べることはできないと聞 記によると,電子線マイクロアナライザーによって本件指紋の成分を的確に分析することができたものということは困難である。また,A検察官は,警察官から,本件指紋が無いから成分を調べることはできないと聞いた旨証言する(同人証人調書52頁)。前記に検討したところに照らすと,同検察官が本件指紋の成分分析をする必要性をどの程度認識していたかについては疑問の残るところではあるが,警察官から上記回答を得ていた以上,同検察官が本件指紋の成分分析を指示しなかったことを非難することはできない。 ク以上に検討したところを総合して考えると,A検察官は,本件指紋は原告が被害者方においてエアコン取付工事をした際に油やパテの付着した右示指によって印象した指紋が残っていたものであるとの可能性を排斥し得る合理的根拠が客観的に欠如しているにもかかわらず,本件公訴提起をしたものといわざるを得ない。 ( )アリバイについて ア証人Aの証言及び弁論の全趣旨によると,A検察官は,原告の供述するアリバイのうち,(a)Gで本を購入してからHに到着するまでの間及び(b)Kで給油してからJで軍手等を購入するまでの間のアリバイが認められないと判断したことが認められる。 イこのうち,上記(b)については,本件公訴提起時において,原告が上記Kで給油した時刻が午後4時59分であることを示す給油伝票のコピー(甲72号証)及び上記Jで軍手等を購入した時刻が午後5時41分であることを示すレジスターのジャーナル(甲73号証)が存することが認められるところ,上記Kから本件犯行現場までの自動車による走行距離が5. 5キロメートル,所要時間が11分であるとする司法警察員の捜査報告書(甲51号証),本件犯行現場から上記Jまでの上記走行距離が5.9キロメートル,所要時間が9分であるとする司法警察員 走行距離が5. 5キロメートル,所要時間が11分であるとする司法警察員の捜査報告書(甲51号証),本件犯行現場から上記Jまでの上記走行距離が5.9キロメートル,所要時間が9分であるとする司法警察員の捜査報告書(甲52号証),及び本件犯行は10分前後で可能であると推定される旨の司法警察員の捜査報告書(乙8号証)が存することが認められることによると,原告が上記(b)の間に本件犯行を行うことは可能であると判断することが自然であるというべきである。 しかし,本件公訴提起後の捜査によって,上記ジャーナルに印字された時刻は実際の時刻よりも17分進んでおり,原告が上記Jで軍手等を購入した時刻は実際には午後5時24分であったことが判明している(甲74号証)。本件事件では,原告にアリバイが成立するか否かについても重要な争点になっており,上記のとおり,A検察官は,原告の取調べに際してもアリバイの成否に重点を置いていたことにかんがみても,同検察官としては,本件公訴提起前の段階で,上記ジャーナルに印字された時刻と実際の時刻との間にずれがないかを確認しておく必要があったというべきである。 そして,原告が上記Jで軍手等を購入した時刻は午後5時24分であったとして上記の証拠資料を検討すれば,原告が上記(b)の間に本件犯行を行うことが不可能であることは明らかであるから,原告には上記(b)の間のアリバイが認められないとA検察官が判断したことは合理性を欠くという余地があるものといわざるを得ない。 Gウ一方,上記(a)については,本件公訴提起時において,原告が上記で本を購入した時刻が午前11時33分であることを示すジャーナル(甲70号証,弁論の全趣旨)及びHに到着した時刻が午後1時30分ころである旨の建設現場監督の供述(甲66号証)が存することが認められると を購入した時刻が午前11時33分であることを示すジャーナル(甲70号証,弁論の全趣旨)及びHに到着した時刻が午後1時30分ころである旨の建設現場監督の供述(甲66号証)が存することが認められるところ,上記Gから本件犯行現場までの自動車による走行距離が9.4キロメートル,所要時間が22分であるとする司法警察員の捜査報告書(甲48号証),Hから本件犯行現場までの上記走行距離が11.7キロメートル,所要時間が24分であるとする司法警察員の捜査報告書(甲49号証),及び上記乙8号証の存することが認められる。 これに対し,原告は,午後零時ころに弁当屋で弁当を購入して公園で食べた旨供述していたものの,これを裏付けるレシートなどの物的証拠はなく,上記弁当屋に対する聞き込み捜査によっても,原告がそのころ弁当を購入した事実を裏付ける目撃供述やジャーナルなどの物的証拠を得ることはできなかったことが認められる(甲75号証,弁論の全趣旨)から,上記の証拠資料から,A検察官が原告には上記(a)の間のアリバイが認められないと判断したことが不合理であったとは認められない。 なお,本件公訴提起後の捜査によって,上記ジャーナルに印字された時刻は実際の時刻よりも3分遅れており,原告が上記Gで本を購入した時刻は実際には午前11時36分であったことが判明している(甲71号証)が,これがA検察官の上記判断の合理性に対する判断に影響を及ぼすものではない。 ( )本件足跡について 甲21,22,98及び99号証並びに証人Aの証言によると,(a)緑署警察官らは,7月30日,原告の靴10足を押収したが,上記足跡と底文様の一致又は類似する靴を発見することはできなかったこと,(b)同警察官らは,8月9日,原告の自動車2台を捜索したが,いずれからも原告の靴を発 見することはでき 0足を押収したが,上記足跡と底文様の一致又は類似する靴を発見することはできなかったこと,(b)同警察官らは,8月9日,原告の自動車2台を捜索したが,いずれからも原告の靴を発 見することはできなかったことが認められる。 前記前提となる事実のとおり,原告は逮捕される以前に本件事件について取調べを受けていなかったことを考慮すると,これらの事実は,原告が本件犯人ではないのではないかとの疑念を抱かせるものである。 しかし,本件事件から原告の逮捕までに約4日間存したことによると,原告が本件犯人であればその間に本件犯行時に履いていた靴を廃棄又は隠匿した可能性を完全に否定することはできないのであるから,A検察官が,上記の事実から原告が本件犯人ではないとの判断をしなかったことが直ちに不合理であるということはできない。 ( )以上のとおりであって,上記( )及び( )については,A検察官の判断が 合理性を欠くものということはできないが,( )の本件指紋に関しては,こ れが原告によって本件犯行時に印象されたものというには疑問が残る。本件における本件指紋の重要性にかんがみると,A検察官が,この点について捜査を尽くさず,前記公訴事実に関し,有罪判決を期待し得るだけの合理的根拠が客観的に欠如しているにもかかわらず,あえて公訴提起をしたものといわざるを得ない。したがって,本件公訴提起は国家賠償法上,違法なものであると解される。 被告は,本件公訴提起が適法であることを基礎付ける事情として,本件公訴提起時において,原告にはアリバイが成立しなかったこと,原告には本件犯行を行う動機があったこと,及び原告が本件犯行の侵入道具と推認されるマイナスドライバーを所持していたこととの事情が認められた旨主張する。 しかし,これらの事情はいずれも,本件指紋が原告のものと 本件犯行を行う動機があったこと,及び原告が本件犯行の侵入道具と推認されるマイナスドライバーを所持していたこととの事情が認められた旨主張する。 しかし,これらの事情はいずれも,本件指紋が原告のものと一致したことをもって原告が本件犯人であると推認し得ることを前提に,上記推認を補強するものにすぎないと解されるから,その前提を欠く以上,被告の主張を採用することはできない。 争点( )(本件準抗告棄却決定の違法性の有無)及び争点( )(本件証拠保全 却下決定の違法性の有無)について( )本件準抗告棄却決定について 前記前提となる事実及び甲82ないし88号証によると,次の事実が認められる。 ア本件刑事事件の第1回公判期日前である8月20日,原告の弁護人は,名古屋地方裁判所裁判官に対し,原告には罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由はなく,罪証隠滅のおそれも逃亡のおそれもないとして,保釈の請求をした上,8月22日付けで,保釈請求補充書を提出した。 イA検察官は,8月23日,上記保釈請求は不相当であると思料する旨の意見書を提出した。 ウ上記保釈請求は,8月24日,原告には罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があり,かつ,保釈は相当でないとして却下された。 エそこで,原告の弁護人は,8月25日,名古屋地方裁判所に上記保釈却下決定に対する準抗告の申立てをしたが,本件準抗告審裁判所は,同月26日,上記準抗告を棄却した。 ( )本件証拠保全却下決定について 前記前提となる事実並びに甲13ないし15,101,102及び104号証によると,次の事実が認められる。 ア8月18日,原告の弁護人は,名古屋地方裁判所裁判官に対し,本件犯行現場に残されていたとされる原告の指紋が消されるおそれがあるとして検証を請求し,その方法として,「指 と,次の事実が認められる。 ア8月18日,原告の弁護人は,名古屋地方裁判所裁判官に対し,本件犯行現場に残されていたとされる原告の指紋が消されるおそれがあるとして検証を請求し,その方法として,「指紋に機械油又はパテの粘着剤が付着しているかを後に鑑定できるようにする方法」を求めた。 イD裁判官は,原告の弁護人と8月18日に面談したほか,同月19日には,同人に対し,①事件の概要,②証拠保全の対象とされる指紋の特定,③検証の具体的な方法,④指紋が消されるおそれがあることをうかがわせる具体的な事情等を明らかにするとともに,上記④について疎明すること を求めた。 ウこれに対し,原告の弁護人は,8月20日,証拠保全補充請求書2通を提出し,上記①及び②について明らかにするとともに,上記③については,本件指紋の場所,数及び形状(色,風化の状態)を見分により記録(写真を含む。)にとどめること,並びに後に指紋の成分を鑑定するために本件指紋が消されることのないよう保全の措置を執ることを求め,上記④については,被害者が掃除などによって指紋の識別を不能にするおそれがある旨主張した。 エD裁判官は,8月20日,証拠保全の必要が認められないとの理由で,上記請求を却下した。 (3)裁判官のした裁判が違法であるとして国が国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うのは,当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど,裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とすると解するのが相当である。 そこで検討するに,本件各証拠によっても,本件準抗告棄却決定及び本件証拠保全却下決定につき,これらの決定をした裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような事情を認定 で検討するに,本件各証拠によっても,本件準抗告棄却決定及び本件証拠保全却下決定につき,これらの決定をした裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような事情を認定することはできない。したがって,上記各決定に国家賠償法上違法があるものと解することはできない。 争点( )(損害)について ( )逸失利益 前記前提となる事実のとおり,原告は電気工事等の事業を自ら営んでいたものであるが,7月30日から12月16日までの間身柄を拘束されたことによって,上記の間に得るべき事業収入を失ったことが認められ,上記の間に得られた事業収入を算定するための証拠として甲16ないし18号証が存 する。 しかし,原告の事業は月によって売上に差がある上,月ごとの売上に要した経費を的確に算定することは困難であって,上記の間に原告が得られた利益を的確に算定することはできないから,慰謝料の算定において考慮することとする。 ( )慰謝料200万円 原告は,約5か月にわたって身柄を拘束された上,無罪判決が確定するまで約2年半の間被告人の地位に置かれたことが認められ,これに本件の諸事情を考え合わせると,原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては200万円が相当である。 ( )弁護士費用20万円 本件事案の性質,審理経過,認容額に鑑みると,原告が賠償を求め得る弁護士費用は20万円が相当である。 結論 以上の次第で,原告の本件請求は主文掲記の限度で理由あるから認容し,その余は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,64条本文を,仮執行宣言について同法259条をそれぞれ適用し,仮執行免脱宣言については,相当でないからこれを付さないこととして主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民 について民事訴訟法61条,64条本文を,仮執行宣言について同法259条をそれぞれ適用し,仮執行免脱宣言については,相当でないからこれを付さないこととして主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第4部裁判長裁判官佐久間邦夫裁判官倉澤守春裁判官横山真通
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