令和6年4月26日宣告令和5年(う)第131号殺人、名誉毀損、器物損壊被告事件 主文 本件各控訴をいずれも棄却する。 理由 第1 弁護人の控訴理由 1 訴訟手続の法令違反原審の訴訟手続には、以下のとおり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある((1)ないし(4)は全部の事実に関するもの、(5)及び(6)は原判決第1の事実に関するものである。なお、(1)ないし(4)の原審採用証拠の中には、全部が採用されたものもあれば、一部のみ採用されたものもあり、一部のみ採用されたものの中には、当初は供述証拠として請求された捜査報告書の一部が非供述証拠として採用されたものもあるが、以下、特に区別せずに請求された証拠の標目に従い、採用された部分を指して「甲〇の検察官調書」「甲〇の捜査報告書」などと表現する。)。 (1) 甲137、甲50及び甲139の各検察官調書について、刑事訴訟法321条1項2号後段の要件を満たさないのに、同号後段により証拠採用した。 (2) 甲105、甲216、甲256、甲271、甲281及び甲213の各捜査報告書について、刑事訴訟法321条3項の要件を満たさないのに、同項により証拠採用した。 (3) 甲105、甲211、甲216、甲217、甲223、甲225、甲257及び甲270の各捜査報告書について、関連性が認められないのに、これを認めて証拠採用した。 (4) 甲256、甲271、甲281及び甲280の各捜査報告書について、違法収集証拠であって証拠能力がないのに、違法収集証拠ではないとして証拠採用し、警察官の原審公判における証言のうち違法に収集した証拠能力のな い証拠に言及する部分を証拠排除しなかった。 違法収集証拠であって証拠能力がないのに、違法収集証拠ではないとして証拠採用し、警察官の原審公判における証言のうち違法に収集した証拠能力のな い証拠に言及する部分を証拠排除しなかった。 (5) 原判決第1の事実に関する検察官の訴因変更請求について、時機に遅れており却下されるべきものであるのに、これを許可する決定をした。 (6) 原判決第1の事実に関し、被告人の被害者(被告人の父親。以下、単に「父親」ともいい、原判決第1の事実のみに関して述べる場合には、単に「被害者」ともいう。)に対するインスリン製剤(以下「インスリン」という。)の投与と被害者の死亡との因果関係について、訴因とは異なる事実を認め、訴因逸脱認定をした。 2 事実誤認又は法令適用の誤り原判決には、以下のとおり、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認((1)ないし(4)について)又は法令適用の誤り((2)について)がある。 (1) 原判決第1の事実に関し、被告人が被害者に2回にわたりインスリンを過剰に投与したことが間違いないとはいえず、また、2回目のインスリン投与が殺人の実行行為に当たることが間違いないとはいえないにもかかわらず、これらを認めた。 (2) 原判決第1の事実に関し、被害者に対するインスリンの投与と被害者の死亡との間には因果関係が認められないにもかかわらず、これを認めた。 (3) 原判決第2の事実に関し、被告人が被害者(被告人の弟。以下、単に「弟」ともいい、原判決第2の事実のみに関して述べる場合には、単に「被害者」ともいう。)を殺害したことが間違いないとはいえないにもかかわらず、これを認めた。 (4) 原判決第3ないし第5の各事実に関し、被告人が各名誉毀損及び器物損壊の行為をしたことが間違いないとはいえないにもかかわ 害したことが間違いないとはいえないにもかかわらず、これを認めた。 (4) 原判決第3ないし第5の各事実に関し、被告人が各名誉毀損及び器物損壊の行為をしたことが間違いないとはいえないにもかかわらず、被告人がこれらを行ったと認めた。 第2 検察官の控訴理由 1 事実誤認 原判決第1の事実に関し、被告人による1回目のインスリン投与についても殺人の実行行為に当たるにもかかわらず、これを否定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。 2 量刑不当及び量刑事情に関する訴訟手続の法令違反(1) 被告人を無期懲役に処した原判決の量刑は、著しく軽きに失して不当である。被告人を死刑に処すべきである。 (2) 検察官の捜索差押請求を却下した原審の訴訟手続は、必要性判断についての裁量を逸脱したものであるから、同手続には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある。 第3 弁護人による訴訟手続の法令違反の主張についての判断 1 証拠採用について(前記第1・1(1)ないし(4))(1) 結論記録を検討しても、原審が弁護人主張の各証拠を採用し、弁護人主張の証言を証拠排除しなかった点に、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反は認められない。以下、順次判断を示す。 (2) 刑事訴訟法321条1項2号後段該当性について甲137の検察官調書は、被告人の母親(以下、単に「母親」ともいう。)の検察官に対する供述を録取した書面であり、父親の血糖測定器に記録されていた父親の血糖値を目撃した状況を内容とするものである。同調書には、記録されていた血糖値が20前後(単位はmg/dl。以下、この単位の記載は省略する。)であったこと、同じような数値が幾つか記録されていたこと、その測 目撃した状況を内容とするものである。同調書には、記録されていた血糖値が20前後(単位はmg/dl。以下、この単位の記載は省略する。)であったこと、同じような数値が幾つか記録されていたこと、その測定日時が平成30年1月25日(以下、同年の出来事については年の記載を省略することがある。)から26日にかけての夜中であったことなどが記載されているが、母親は、原審公判ではこれらの点について20前後か20より少し上の数値を1つ見たこと以外は覚えていないと供述していて、同調書中の供述と相反するか又は実質的に異なった供述をしている。そして、 目撃の時期は母親の原審公判供述によれば1月26日から3月27日までの間であると認められるところ、同調書が作成されたのは7月27日であり、その4年余り後になされた上記公判供述よりも記憶が鮮明な時期におけるものである。母親は、原審公判で、取調べ担当の検察官はきちんと話を聞いてくれた、調書の内容はきちんと確認して署名したと思うと述べる一方、事件当時の記憶は曖昧であるとも述べていて、記憶が相当減退していた様子が見て取れる。そうすると、同調書には相対的特信性も認められ、刑事訴訟法321条1項2号後段のその他の要件を満たすことは明らかであるから、同調書を同号後段により証拠として採用した原審の訴訟手続に法令違反はない。 弁護人は、同検察官調書の作成時は目撃の数か月後であり、記憶が鮮明な時期とはいえないし、母親は取調べ時に極めて不安定な精神状態にあったから、取調官による誘導や強い促しによって記憶内容が塗り替えられた可能性が否定できないと主張する。しかし、20前後という血糖値は後述のとおり極めて低い数値であって、そのような数値が一夜の間に何回も記録されていたという事柄の重大性を考慮すれば、数か月経過していて 可能性が否定できないと主張する。しかし、20前後という血糖値は後述のとおり極めて低い数値であって、そのような数値が一夜の間に何回も記録されていたという事柄の重大性を考慮すれば、数か月経過していても記憶が鮮明な時期であると評価できる。また、母親は、前述のとおり担当検察官はきちんと話を聞いてくれたと原審公判で供述しており、取調官による誘導や強い促しがあったことはうかがわれないし、誘導等があったとしても、また、母親が当時不安定な精神状態にあったと推測されることを踏まえても、事柄の重大性に照らせば、実際には体験していないのに体験したように記憶が変わるということは考え難い。弁護人は、母親は原審公判で、被告人に不利益な事実を含めありのままを証言していると主張するが、母親が原審公判においてその時点での記憶のままに証言していることは、同調書に相対的特信性があるという判断を左右するものではない。また、弁護人は、同調書には目撃した血糖値の測定日時及びその数値が具体的に記載されていないから、鮮明な記憶に基づく供述とはいえないとも主張するが、同調書の内容は1月25日か ら26日にかけての夜中に20前後の数値が何回か記録されていたというものであるから、十分具体的に記載されているというべきである。 次に、甲50及び甲139の各検察官調書については、原判決はこれらを「証拠の標目」の項に掲げていないし、また、「事実認定の補足説明」及び「量刑の理由」の項の記載からも、原判決がこれらの証拠を原判決第1ないし第5の事実認定や量刑判断の基礎となる事実認定に用いたことはうかがわれない。そして、後述のとおり、原判決の同事実認定には検察官主張の点を除いて不合理なところはなく、検察官主張の点についても、これらの証拠の有無によってその判断が変わることはない。よって、 はうかがわれない。そして、後述のとおり、原判決の同事実認定には検察官主張の点を除いて不合理なところはなく、検察官主張の点についても、これらの証拠の有無によってその判断が変わることはない。よって、刑事訴訟法321条1項2号後段の要件該当性について判断するまでもなく、甲50及び甲139の各検察官調書を証拠採用した原審の手続には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反はない。 (3) 刑事訴訟法321条3項該当性について甲105及び甲216の各捜査報告書は、押収されたパソコンを解析して抽出されたキーボードの入力変換履歴又はプリンタの使用履歴のデータの中から警察官が特定のキーワードを含むもの又は特定の時間帯におけるものを抽出してその結果等を取りまとめたもの、甲256、甲271及び甲281の各捜査報告書は、検察事務官が警察から送致された記録媒体に保存されているデータを解析し、特定の時期における、若しくは特定のキーワードを含むインターネット検索履歴・閲覧履歴を抽出し、又は特定の時間帯における携帯電話の位置情報を抽出した上、その解析・抽出の経過及び結果等を取りまとめたものであり、いずれもその作成者が原審公判において真正に作成されたものであることを証言しているから、これらの捜査報告書を刑事訴訟法321条3項により証拠として採用した原審の訴訟手続に法令違反はない。 もっとも、記録によれば、甲281の捜査報告書のうち抽出したインターネット検索履歴等の日時を記載した部分については、検察事務官が抽出した データに表示されていた日時を他の証拠と対比した結果、これが世界標準時による表示であることが判明したため、それを日本時間に修正して記載したものであると認められるから、同報告書の同部分については、同項にいう検証書面に当たるか疑問がある。し 比した結果、これが世界標準時による表示であることが判明したため、それを日本時間に修正して記載したものであると認められるから、同報告書の同部分については、同項にいう検証書面に当たるか疑問がある。しかし、上記の日時の記載のうち本件の事実認定に必要なものは、同報告書を作成した検察事務官が原審公判において証人として全て供述しており、これによって同報告書の同部分を除いても必要な日時は認定できるから、同報告書を同部分も含めて証拠採用した原審の手続には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反はないというべきである。 弁護人は、これらの各捜査報告書は、捜査官が主観的・恣意的な判断により、情報を取捨選択したり加工・編集の作業を行ったりして作成したものであるから、検証書面には当たらないと主張する。 しかし、検証実施者が事象を認識するに当たり、対象物に一定の機械的な操作を施すことは許され、そのような操作をしたから検証に当たらないというものではないし、また、検証実施者が検証の結果を書面に記載する際に客観的な基準によって情報を取捨選択することも許され、そのようにして作成された書面も検証書面に当たる。そして、検察事務官が前記記録媒体に保存されたデータを解析する際に施した操作は機械的なものであり、また、各捜査報告書の作成に当たってなされた情報の取捨選択も客観的な基準に基づくものと認められる。弁護人は、警察官によるキーワードや時間帯の選択基準が恣意的である、検察事務官は携帯電話の位置情報から一定以上の高い精度を有するものを抽出しているが、その精度の定め方が主観的であるなどと主張するが、記録により認められるキーワードや時間帯の選択方法及び位置情報の精度の定め方はいずれも合理的なものであって、弁護人の主張は採用できない。また、弁護人は、検察事務官は抽出した位置 るなどと主張するが、記録により認められるキーワードや時間帯の選択方法及び位置情報の精度の定め方はいずれも合理的なものであって、弁護人の主張は採用できない。また、弁護人は、検察事務官は抽出した位置情報を地図上に反映させて加工しているとも主張するが、記録によれば、検察事務官は抽出した位 置情報のデータを地図ソフトに入力することによってこれを地図上に表示させたものと認められ、これも機械的な操作にすぎない。さらに、弁護人は、検察官は原審の公判前整理手続において甲216の捜査報告書と同趣旨の書面を弁護人に開示するに当たり、類型証拠である検証書面には当たらないことを前提として任意開示をしたから、公判において同報告書が検証書面に当たると主張することは禁反言の法理に反するとも主張するが、仮にそのような証拠開示の経過があったとしても、甲216の捜査報告書が検証書面に当たると主張することが禁反言の法理に反するものではない。 次に、甲213の捜査報告書は、被告人方における捜索差押状況の写真撮影に関する報告書であるところ、原審では作成名義人である警察官の証人尋問が実施されていないから、同報告書の証拠能力には疑問があるが、同報告書に記載された捜索差押えの状況等についてはこれを指揮した警察官が原審公判において具体的に証言しており、同報告書の有無は本件の事実認定や量刑判断に影響を及ぼすようなものではない。したがって、同報告書を証拠採用した原審の手続には、判決に影響を及ぼすような違法はない。 (4) 証拠の関連性について甲105、甲211、甲216、甲217、甲223、甲225、甲257及び甲270の各捜査報告書は、いずれも、これらを作成した捜査官の証言等によって関連性が立証されているから、これらを証拠として採用した原審の訴訟手続に法令違反はな 17、甲223、甲225、甲257及び甲270の各捜査報告書は、いずれも、これらを作成した捜査官の証言等によって関連性が立証されているから、これらを証拠として採用した原審の訴訟手続に法令違反はない。 弁護人は、甲105、甲211、甲216、甲217及び甲270の各捜査報告書は、被告人方又は被告人が代表者を務める会社事務所(以下、単に「会社事務所」という。)から押収されたパソコンを解析して抽出されたデータに基づき、警察官が同データを解析してその結果等を取りまとめたものであるが、パソコンを解析した者の証人尋問が行われておらず、手順通りに解析してデータを正しく抽出したことが立証されていないから、関連性の 立証がされていないと主張する。しかし、上記データが上記パソコンを解析して抽出されたものであることは立証されているから、弁護人主張の事情は同各報告書の証明力の問題であって、関連性を否定する理由にはならない。 弁護人は、検察事務官が記録媒体に保存されているデータを解析してその結果等を取りまとめた甲257の捜査報告書は、これを作成した検察事務官の証言において同記録媒体に同データが保存されるに至った経緯が述べられていないから、関連性の立証がされていないと主張する。しかし、同検察事務官は、同データ中の携帯電話の機種情報や電話番号等によって、これが被告人使用の携帯電話から抽出されたものであると確認したと証言しているのであるから、これによって関連性は十分立証されている。 弁護人は、原判決第3の名誉毀損文書の写しであるという甲223及び甲225の各捜査報告書について、それらがいつどこで発見されたものであるか、甲225については警察官がこれを入手するまでの経緯等が立証されていないから、関連性の立証がされていないと主張する。しかし、警察官らの 各捜査報告書について、それらがいつどこで発見されたものであるか、甲225については警察官がこれを入手するまでの経緯等が立証されていないから、関連性の立証がされていないと主張する。しかし、警察官らの証言により、甲223は警察官が原判決第3の犯行当日に現場近くで入手したもの、甲225は警察官が同日から2か月余り後に現場近くの民家に聞き込みを行った結果、その住人から入手したものであることが立証されており、甲225の内容は甲223と全く同じであるから、関連性の立証に欠けるところはない。 (5) 捜査の違法性について弁護人は、甲256、甲271及び甲281の各捜査報告書は、いずれも、被告人から任意に提出された被告人使用のグーグルアカウントのデータが保存された記録媒体を警察官が解析した結果等を取りまとめたものであるが、警察官は、任意提出に際して被告人に対し、これを原判決第4の器物損壊事件の捜査のために利用することしか告げていなかったから、改めて被告人の同意を得ることも令状を取得することもなく、これを本件の他の事件の捜査 のために利用したことには、令状主義を潜脱した重大な違法があると主張する。しかし、捜査機関がいったん適法に取得した証拠を別の事件の捜査に用いることには、高い公益性があるから、これが直ちに許されないものであるということはできない。もっとも、個人情報の適正な利用という観点からすると、当初の取得目的から甚だしくかけ離れた目的での利用であり、社会的に見て相当とはいえない場合には、許されないこともあり得ると思われるが、本件においては、当時、捜査機関において同器物損壊事件と他の事件とが密接に関連するものと認識されてこれらを併せた捜査が行われており、当時の状況に照らしてそのような認識は合理的なものであったと認められるから、警 は、当時、捜査機関において同器物損壊事件と他の事件とが密接に関連するものと認識されてこれらを併せた捜査が行われており、当時の状況に照らしてそのような認識は合理的なものであったと認められるから、警察官が上記データを他の事件の捜査のために利用したことは何ら当初の取得目的からかけ離れたものではない。したがって、弁護人が主張する上記捜査の過程に違法な点はない。 次に、弁護人は、甲280の捜査報告書は、警察官が秘匿カメラで会社事務所前の私道を撮影した写真であるところ、同撮影はプライバシーを侵害する違法な捜査であるから、同報告書には証拠能力がなく、警察官の原審公判における証言のうち同撮影によって得られた証拠に言及する部分にも証拠能力がないと主張する。しかし、記録によれば、警察官は、原判決第3の名誉毀損事件の捜査として、防犯カメラに写っていた犯人の使用車両と被告人の使用車両との車種の同一性を確認するため、上記秘匿撮影を行ったことが認められる。同事件は軽視できない悪質な事案であるところ、当時被告人についてある程度の嫌疑があったこと、上記の目的のためには被告人の自動車運転状況を撮影する必要性があったこと、カメラは建物内部が撮影されない位置に設置され、私道ではあるものの外見上公道と区別がつかず、会社事務所や周囲の民家を訪問する不特定多数の者の立入りが予定されている道路上を撮影しているものであって、通常、人が他人から容貌等を観察されることを受忍せざるを得ない場所におけるものであることからすると、上記撮影は、 捜査目的を達成するため、必要な範囲において、かつ、相当な方法によって行われたものといえ、適法なものである。弁護人は、撮影は被告人の車種が確認された後も1か月以上にわたって続けられているから、撮影には他の目的もあったと考えざるを得 において、かつ、相当な方法によって行われたものといえ、適法なものである。弁護人は、撮影は被告人の車種が確認された後も1か月以上にわたって続けられているから、撮影には他の目的もあったと考えざるを得ないと主張する。確かに、撮影は車種確認後も長期間続けられており、その理由は判然としないが、上記撮影がこれを違法と評価すべき目的をもって行われたと疑うべき事情とまではいえない。 弁護人は、上記撮影について近隣住民の許可を得ていない、自動車のエンブレムまで読み取れるほど高性能のビデオカメラを使用して撮影している、被告人の使用する車種を調べるためには他にも方法があったなどと主張するが、いずれも上記判断を左右するような事情ではない。 よって、以上の各捜査報告書を証拠採用し、警察官の原審公判における証言のうち上記撮影によって得られた証拠に言及する部分を証拠排除しなかった原審の訴訟手続に法令違反はない。 2 原判決第1の訴因について(前記第1・1(5)及び(6))(1) 訴因変更許可決定について記録によれば、本件訴因変更請求は、起訴後2年6か月余り経過した時点で、原判決第1の殺人の公訴事実のうち殺害行為と被害者の死亡との因果関係の部分について行われたものであるが、当時は未だ公判前整理手続中であって公判審理は行われておらず、この請求は、起訴後2年余り経過した時点で因果関係に関する弁護人の主張が初めて具体的に明らかにされ、この点に関する証拠書類が弁護人から請求され、検察官に開示されたことを受け、その5か月余り後に行われたものである。また、同主張明示から訴因変更請求までの間に因果関係に関する主張の整理が行われた形跡はない。そして、同訴因変更請求は、因果の過程の細部に変更を加えるものであるが、その中核がインスリンの過剰投与による低血糖脳症 明示から訴因変更請求までの間に因果関係に関する主張の整理が行われた形跡はない。そして、同訴因変更請求は、因果の過程の細部に変更を加えるものであるが、その中核がインスリンの過剰投与による低血糖脳症であることに変わりはなく、訴因は基本的に一貫したものとみることができる。以上によれば、同訴因変更 請求は何ら時機に遅れたものではなく、これを許可した原審の訴訟手続に法令違反はない。 弁護人は、上記主張明示よりも前に因果関係を争う旨を明らかにしており、訴因変更請求までに争点整理がなされていたと主張するが、同主張明示以前にはごく概略的な主張しかなされておらず、因果関係について訴因変更請求までに争点整理が尽くされていたとは到底いえない。 弁護人は、同訴因変更請求時には既に公判審理の日程が予定されていたが、訴因変更が許可されたことにより公判を予定通り実施することができなくなり、証拠整理の結果を無にすることになったと主張するが、争点整理が尽くされていない段階でこれに必要な期間を予想して公判審理の日程を予定した場合には、争点整理の状況によって予定通り公判を実施できなくなることがあり得るのは当然のことであって、そのような事情は何ら訴因変更請求が時機に遅れているという理由になるものではない。 (2) 訴因逸脱認定について記録によれば、原判決第1の殺人の公訴事実のうち因果関係に関する部分(前記訴因変更後のもの)は、要旨、被害者にインスリンを過剰に投与して低血糖脳症による遷延性意識障害に陥らせ、従前から被害者が罹患していた転移性肺がん等の適切な治療を妨げるとともに、適切な栄養の摂取を困難にして衰弱させ、誤嚥性肺炎を惹起させるなどし、よって、全身状態の悪化により死亡させたというものであるが、これに対する原判決の認定 転移性肺がん等の適切な治療を妨げるとともに、適切な栄養の摂取を困難にして衰弱させ、誤嚥性肺炎を惹起させるなどし、よって、全身状態の悪化により死亡させたというものであるが、これに対する原判決の認定は、要旨、インスリンを過剰に投与して低血糖脳症による遷延性意識障害に陥らせ、誤嚥性肺炎を惹起させた上、投与される栄養の減量を余儀なくさせるなどし、よって、全身状態の悪化により死亡させたというものであり、因果の過程の細部において相違がある。しかし、いずれも、インスリンが過剰に投与されたことにより低血糖脳症による遷延性意識障害に陥り、これにその後の要因又は従前から存在していた他の要因が複合して死に至ったという基本的な事 実関係において共通している。そして、原判決の認定は、審理の経過に照らして被告人に不意打ちを与えるようなものではなく、訴因よりも被告人にとって不利益な事実を認定するものでもない。したがって、原判決の上記事実認定に訴因を逸脱した法令違反はない。 弁護人は、原判決の認定には訴因に含まれていない栄養減量が加えられているから、この認定は訴因を逸脱していると主張する。しかし、因果の過程の一部に訴因に明示されていない事実を付加して認定したからといって、直ちに訴因を逸脱したことになるものではない。加えて、公判前整理手続及び原審公判において、検察官は、因果の過程について、誤嚥性肺炎の惹起等を契機として栄養減量が行われ、被害者の衰弱が更に進行して全身状態が悪化したなどと、栄養減量に言及する主張をし、弁護人も、栄養減量は誤嚥性肺炎が理由で行われたのではなく、両者の間の因果の流れは遮断されているなどと反論・反証を行っていたのであるから、原判決が栄養の減量を因果の過程の一部として認定したことが被告人の防御に具体的な支障を生じさせるもので れたのではなく、両者の間の因果の流れは遮断されているなどと反論・反証を行っていたのであるから、原判決が栄養の減量を因果の過程の一部として認定したことが被告人の防御に具体的な支障を生じさせるものでなく、不意打ちに当たらないことは明らかである。 第4 弁護人による事実誤認又は法令適用の誤りの主張についての判断 1 原判決第1のインスリン投与について(前記第1・2(1))(1) 原判決が「事実認定の補足説明」第2・1ないし3の項で述べるところはおおむね相当であり、原判決第1の殺人について、被告人が被害者に2回にわたりインスリンを過剰に投与しており、このうち2回目について殺人の実行行為に当たるとした原判決の認定に、事実の誤認はない。 すなわち、被害者は、1月20日の未明と同月26日の午前中の2回にわたり、自宅で低血糖により意識を失っている状態で発見され、1回目については回復したものの、2回目については低血糖脳症による遷延性意識障害に陥り、6月28日に死亡したものであるが、この2回にわたる低血糖状態の原因がいずれもインスリンの過剰摂取であることは明らかである。そして、 被害者には自殺の動機がうかがわれず、また、被害者は長期にわたって糖尿病治療のために自らインスリンを注射していたが、誤って重い意識障害に陥るような過剰投与をしたことがなく、被害者が使用していたインスリン注射器の機能からしても、過失による過剰投与は考え難い。加えて、甲137の検察官調書により1月25日から26日にかけての夜中に、血糖測定器で被害者の血糖値が何回か測定されており、その数値はいずれも20前後という極めて低い数値であったことが認められる。そのような低い血糖値で意識を保って何回も血糖測定器を用いることは困難であるから、これらの測定は被害者以外の者が されており、その数値はいずれも20前後という極めて低い数値であったことが認められる。そのような低い血糖値で意識を保って何回も血糖測定器を用いることは困難であるから、これらの測定は被害者以外の者が行ったものと認められ、一夜の間に何回も測定をしながら、血糖値が極めて低い状態の被害者を長時間放置していたことからすると、被害者が過剰に摂取したインスリンはその者が投与したものとしか考えられない。そして、2回とも当時現場の被害者方に居たのは被告人と母親だけであり、母親は眠っていたと供述しているところ、この供述は、1回目については被告人が交際相手の男性に送ったLINEのメッセージにより、2回目については被告人が使用していた携帯電話機に保存されていた母親の寝顔の写真によって裏付けられている。加えて、1月10日から20日まで及び1月23日から26日までの間に被告人のグーグルアカウントを使用してインターネットで低血糖による生命の危険に関する言葉やインスリンの注射に関する言葉が繰り返し検索されてこれに関係するサイトが閲覧され、特に、1月19日と1月25日夕方から26日朝にかけての時間帯には集中して多数回の検索・閲覧が行われており、その中には、1月26日午前2時48分頃の「血糖値 21」及び午前2時50分頃の「低血糖値21」という前記血糖測定器の記録と符合する検索履歴まである。これらの検索・閲覧を行った人物が被告人であることは明らかである。以上の事実によれば、被告人が上記2回にわたり、被害者にインスリンを過剰に投与したことは優に認められる。そして、2回目のインスリン投与については、救急搬送時の血糖値が 15にまで下がり、その時点で最重度の意識障害の状態にあり、自力で呼吸もできないような状態になってきたことから気管内挿管が施行され、その後 スリン投与については、救急搬送時の血糖値が 15にまで下がり、その時点で最重度の意識障害の状態にあり、自力で呼吸もできないような状態になってきたことから気管内挿管が施行され、その後も生存を維持するため経鼻胃管による栄養投与(以下「経管栄養」という。)を施さざるを得ない状況にまで至っている。医師の証言によれば、血糖値20以下の極度の低血糖状態になると死に至る危険性があると認められる。したがって、このインスリン投与が被害者の死亡結果を生じさせる現実的危険性のある行為として、殺人の実行行為に当たることは明らかである。 (2) 弁護人は、甲137の検察官調書中の母親の供述は、血糖測定器の記録を見た時から数か月も経過した後になされたものであり、母親が取調官の誘導を受け、被害者の妻として被告人に不利な供述をしようという心情に傾いて記憶にない出来事を語ってしまうことも十分考えられるから、信用できないと主張する。しかし、前述(第3・1(2))したように、取調官の誘導があったことをうかがわせる証拠はない。また、母親が原審公判で誘導を受けることなく20前後か20より少し上の数値を見たという供述をしていることに照らしても、同調書中の供述が誘導を受けて記憶にない出来事を語ったものとは考えにくい。同調書中の供述は十分信用できる。 弁護人は、被害者はがんに罹患してその終末期にあったから、自殺の動機がないとはいえず、また、30を下回る低い血糖値でも意識を保っていた実験例があるから、被害者が自殺を図って自ら血糖値を測定した可能性が否定できないと主張する。しかし、それまでの被害者の生活状況に照らせば、がんを苦にして自殺を企図することは考えにくい。また、30を下回る血糖値の状態で意識を保つことが皆無ではないとしても、医師の証言によれば、血糖値20前後 かし、それまでの被害者の生活状況に照らせば、がんを苦にして自殺を企図することは考えにくい。また、30を下回る血糖値の状態で意識を保つことが皆無ではないとしても、医師の証言によれば、血糖値20前後の状態で意識を保って血糖測定器を用いることは困難であると認められる。現に1回目の低血糖の際、被害者が意識を失った状態で救急搬送されたときの血糖値は33であった。したがって、被害者が血糖値20前後の状態で自ら何回も血糖値の測定を行った可能性があるとは考えられない。 (3) 弁護人は、「血糖値 21」などの検索履歴は、糖尿病に関する何らかの記事等を見て、血糖値21についての興味・関心を抱いて検索をしたものにすぎない可能性があると主張するが、現に被害者が20前後の低血糖状態に陥り、その数値が測定されていた時間帯に、その場にいた被告人が別の事情で「血糖値 21」という特殊な言葉に興味・関心を抱いて検索をしたという偶然は考え難い。 弁護人は、被告人のグーグルアカウントは被告人の携帯電話以外の端末でも使用可能であるから、同アカウントで検索・閲覧を行った人物が被告人であるとはいえないと主張する。しかし、同検索・閲覧は1月10日から26日までの長期間にわたり、深夜の時間帯も含む多数の回数行われており、かつ、被告人以外に被告人のグーグルアカウントのIDとパスワードを自由に使用できる人物がいたことをうかがわせる証拠はないから、同検索・閲覧を被告人以外の者が行ったということは考えられない。 (4) 弁護人は、治療として多量のインスリンを投与してしまった可能性も否定できないと主張するが、前述のとおり、被告人は、被害者が血糖値20前後の極度の低血糖状態となっていることを認識しながら、長時間被害者を放置しているのであるから、被告人によるインスリン 可能性も否定できないと主張するが、前述のとおり、被告人は、被害者が血糖値20前後の極度の低血糖状態となっていることを認識しながら、長時間被害者を放置しているのであるから、被告人によるインスリン投与が治療としてなされたものであるはずがない。 弁護人は、1回目のインスリン投与よりも2回目のインスリン投与の方が回復に要したブドウ糖の総量が少ないから、1回目のインスリン投与が殺人の実行行為に当たることを否定しながら、2回目のインスリン投与は殺人の実行行為に当たるという原判決の判断は矛盾していると主張するが、後述のとおり、1回目の投与の実行行為性に関する原判決の判断は不合理であり、1回目の投与も殺人の実行行為に当たると認められるから、この点に関する弁護人の主張は前提を欠くものである。 2 原判決第1の因果関係について(前記第1・2(2)) (1) 原判決が「事実認定の補足説明」第3・3及び4の項で述べるところはおおむね相当であり、原判決第1の殺人について、被告人による2回目のインスリン投与と被害者の死亡との因果関係を認めた原判決の認定に、事実誤認や法令適用の誤りはない。 すなわち、被害者は、従前から罹患していたがんの終末期にあり、余命は短いと見込まれていたものであるが、2回目のインスリン投与による低血糖脳症のため、回復の見込みのない遷延性意識障害の状態に陥って自力で栄養を摂取することができなくなり、入院して経管栄養が施され、意識障害により咳反射が低下したことなどからたんを人工的に吸引する作業が必要になった。4月21日、被害者はたんの吸引作業による刺激が原因で嘔吐して誤嚥性肺炎を発症し、肺炎自体は間もなく回復したが、担当医師らは、これを契機に被害者の治療方針を検討し、4月25日、倫理カンファレンスを行い、被 日、被害者はたんの吸引作業による刺激が原因で嘔吐して誤嚥性肺炎を発症し、肺炎自体は間もなく回復したが、担当医師らは、これを契機に被害者の治療方針を検討し、4月25日、倫理カンファレンスを行い、被害者ががんの終末期にあり余命が短いと見込まれることや家族の意向を踏まえ、たんの吸引作業に伴って再び誤嚥性肺炎を発症する危険性が高いことや、これに伴う被害者の苦痛等を考慮し、延命治療を中止して経管栄養を制限することを決定した。その結果、経管栄養は順次減量され、5月17日以降には生命を維持することが困難な1日約200キロカロリーの輸液だけに制限され、被害者は6月28日に全身状態の悪化により死亡した。被害者が死亡した時には、腹膜播種と相当量の腹水が認められるなど、犯行時よりもがんの病状がかなり進行していたが、がん細胞の増殖による臓器不全は見られず、がんの進行による全身状態の悪化により死亡した時に見られるるい痩等の所見もなかった。したがって、死の原因となった全身状態の悪化は、経管栄養の制限とがんの進行とが相まって生じたものであると認められる。 以上の事実によれば、被害者は、がんの終末期にあり余命は短いと見込まれていたところ、被告人によるインスリン投与によって回復の見込みのない遷延性意識障害の状態に陥って経管栄養でしか栄養を摂取できなくなるとと もにたんの吸引作業が必要になり、吸引作業の刺激が原因で嘔吐して誤嚥性肺炎を発症したことを契機として、担当医師らが、誤嚥性肺炎の再発やこれに伴う被害者の苦痛等のリスクを考慮して、延命治療を中止して経管栄養を制限することを決め、これを実行したため、がんの進行と相まって全身状態が悪化し、死亡するに至ったと認められる。このような被害者の死に至る経緯は、従前から罹患していたがんの影響が大きいことを 管栄養を制限することを決め、これを実行したため、がんの進行と相まって全身状態が悪化し、死亡するに至ったと認められる。このような被害者の死に至る経緯は、従前から罹患していたがんの影響が大きいことを考慮しても、正にインスリンの過剰投与の危険性が現実化した結果であると評価できるものであって、インスリン投与と被害者の死亡との因果関係は優に認められる。 (2) 弁護人は、担当医師らによる栄養減量の判断が誤嚥性肺炎のリスクを契機とするものであるとはいえないと主張する。しかし、倫理カンファレンス時のカルテには「経管栄養の注入にて喀痰多量あり」「客観的に苦痛様と感じられる事もあり」「誤嚥性肺炎の危険率高い」などと記載されているのであるから、その4日前にたんの吸引作業が原因で生じた誤嚥性肺炎を契機として上記倫理カンファレンスが行われ、誤嚥性肺炎の再発等のリスクを考慮して経管栄養の制限が決められたことは明らかである。弁護人は、誤嚥性肺炎は致死的な疾患ではなく、4月21日に生じた誤嚥性肺炎も回復しているのであるから、担当医師による治療断念の判断につながるとは考え難いと主張するが、がんの終末期にあり余命が短いと見込まれ、意識障害が回復する見込みもない被害者に対し、回復したとはいえ現に誤嚥性肺炎が生じたことを踏まえ、その再発等のリスクを考慮して、延命治療を中止して経管栄養を制限するという判断は、医療者として合理的なものといえる。弁護人は、誤嚥性肺炎のリスクを下げるには他の選択肢があったとも主張するが、仮にそうであるとしても、担当医師らの上記判断の合理性が否定されるものではない。 弁護人は、栄養の減量が決定されたのは4月25日の倫理カンファレンスの時ではなく、その前日の24日の担当医師の指示によるものであると主張するが、カルテの記載等によれば、経管 ものではない。 弁護人は、栄養の減量が決定されたのは4月25日の倫理カンファレンスの時ではなく、その前日の24日の担当医師の指示によるものであると主張するが、カルテの記載等によれば、経管栄養の制限が最終的に決定されたの が倫理カンファレンスの時であったことは明らかであるし、仮にその前日に担当医師が実質的にその方針を決定していたとしても、これによって前記認定の因果の経過に実質的な違いが生じるものではない。これに関連して弁護人は、4月24日のカルテに担当医師の被害者家族に対する説明として、「がんの末期であり、本来徐々に食事量も減っていき亡くなっていくところでした」という記載があることを指摘するが、同カルテの他の部分の記載も総合すれば、この説明は、前記の経管栄養制限の判断の前提となる状況を説明しているものにすぎないことが明らかである。この記載によっても、担当医師らによる経管栄養制限の判断が、誤嚥性肺炎の再発等のリスクを考慮してなされたものであることに疑いが生じるものではない。 (3) 弁護人は、インスリンの過剰投与の危険性とは、インスリン投与によって引き起こされた低血糖脳症の急性期における死亡の危険性を意味するものであって、その後の遷延性意識障害の下での誤嚥性肺炎再発等の危険を動機とする栄養の減量は、危険の現実化とは評価できないと主張する。しかし、本件におけるインスリンの投与から経管栄養の制限に至る一連の経過は、決してまれなものとも予想外のものともいえず、正に被告人によるインスリン投与が招いたというべきものである。行為の危険性を弁護人主張のように限定して理解すべき理由はなく、弁護人の主張は採用できない。 弁護人は、原判決は、被害者の低血糖脳症に起因する衰弱と、がんの進行による衰弱とが相まって被害者の死 の危険性を弁護人主張のように限定して理解すべき理由はなく、弁護人の主張は採用できない。 弁護人は、原判決は、被害者の低血糖脳症に起因する衰弱と、がんの進行による衰弱とが相まって被害者の死の結果を生じさせたとして、これを理由に因果関係を認めているが、死の結果に影響を与えたというだけで因果関係を認めるのでは、死亡するまでに生じた全ての出来事の行為者が刑事責任に問われる可能性があるということになるから、そのような判断手法は誤っていると主張する。しかし、原判決は、死の結果に影響を与えたというだけの理由で因果関係を認めているのではなく、その影響が被告人のしたインスリン投与の危険性の現実化と評価できるものであることを理由に因果関係を認 めたものと解されるから、弁護人の主張は当を得ないものである。 弁護人は、そのほかにも、仮に誤嚥性肺炎等のリスクがなかったとしても、被害者はがんの終末期にあったから、本件と同様に栄養が減量されるに至っていた可能性があるとか、仮に栄養が減量されなかったとしても、投与される栄養ががんの進行を促進して死に至った可能性があるなどと、仮定的な事情を主張して原判決の認定を論難する。しかし、因果関係の判断は、そのような仮定的な事情を付加してすべきものではなく、被告人の行為の危険性が現実化したといえるか否かということにより判断すべきものである。弁護人のこれらの主張は、到底採用できない独自の見解であるといわざるを得ない。 3 原判決第2について(前記第1・2(3))(1) 原判決が「事実認定の補足説明」第4の項で述べるところは相当であり、原判決第2の殺人について、被告人が被害者を殺害したと認めた原判決に、事実の誤認はない。 すなわち、被害者は、3月27日、被告人から呼び出されて訪れた父 第4の項で述べるところは相当であり、原判決第2の殺人について、被告人が被害者を殺害したと認めた原判決に、事実の誤認はない。 すなわち、被害者は、3月27日、被告人から呼び出されて訪れた父親方のトイレの中で、練炭が燃焼したことで発生した一酸化炭素を吸引し、一酸化炭素中毒により死亡したものであるが、被害者に自殺の動機はうかがわれず、たまたま呼び出された他人の家に自殺用の練炭等を準備して訪れてその家で自殺するということは考え難い上、被害者が死亡したトイレのドアには施錠がされておらず、トイレの中には練炭の着火器具もトイレのドア等に付着していたボンドのようなものの容器もないなど、自殺と考えるには不自然な点が多かった。また、被害者が死亡したと認められる時間帯に父親方に居たのは被告人と母親のみであり、午後7時頃に遺体が発見された時には母親は眠っていた。加えて、被告人は、あらかじめ被害者名義の遺書を偽造して父親方に持参し、遺体が発見される直前に被害者の妻を呼び出して同人にこれを手渡している。そのほか、被告人は3月8日に自宅のパソコンで多数回一酸化炭素中毒に関する言葉をインターネットで検索してこれに関係するサ イトを閲覧していること、被告人は3月5日に練炭を注文し、3月9日頃に被告人の自宅に配送されていること、被害者の遺体から、被告人に処方され被害者及びその家族には処方されていなかった睡眠薬や抗うつ剤の成分が検出されていることなどを併せると、被告人が被害者に何らかの方法で睡眠薬等を飲ませた上、トイレの中に運び入れて練炭を燃焼させ、自殺に見せかけて殺害したと優に推認できる。 (2) 弁護人は、会社事務所のパソコンには、3月16日に上記遺書の内容に似たキーボードの入力変換履歴があるところ、被告人の携帯電話の位置情報には同日 に見せかけて殺害したと優に推認できる。 (2) 弁護人は、会社事務所のパソコンには、3月16日に上記遺書の内容に似たキーボードの入力変換履歴があるところ、被告人の携帯電話の位置情報には同日に被告人が会社事務所にいたことを示すものがないと主張するが、携帯電話を別の場所に置いていた可能性や携帯電話の充電が切れていた可能性もあるから、上記推認を左右するほどの事情ではない。 4 原判決第3ないし第5について(前記第1・2(4))(1) 原判決が「事実認定の補足説明」第5の項で述べるところは相当であり、被告人が原判決第3ないし第5の各名誉毀損及び器物損壊の行為をしたと認定した原判決に、事実の誤認はない。 (2) 弁護人は、原判決第3で認定されている名誉毀損文書8枚のうち1枚については、7月になってから発見されたものであり、原判決第3の犯行日である4月27日とは別の日にまかれたものである疑いがあると主張する。しかし、同文書の内容は他の7枚と全く同じものであり、前述(第3の1(4))のとおり警察官が現場近くの民家に聞き込みを行った結果、その住人から入手したものであるから、同文書が原判決第3の犯行の際にまかれたものであることは十分推認できる。 第5 検察官による事実誤認の主張についての判断 1 原判決は、要旨、次の理由で、原判決第1の事実のうち1回目のインスリン投与には被害者を死亡させる危険性が認められず、殺人の実行行為には当たらないとしている。 「医師は、血糖値20以下の低血糖になると生命維持に必要な脳の組織にダメージを起こして死に至る可能性があると証言しているが、1回目のインスリン投与によって救急搬送された際の被害者の血糖値は33であり、仮に治療をしなかったとすればその血糖値が更に低下していた可能性があるの ジを起こして死に至る可能性があると証言しているが、1回目のインスリン投与によって救急搬送された際の被害者の血糖値は33であり、仮に治療をしなかったとすればその血糖値が更に低下していた可能性があるのか明らかでなく、血糖値33の状態が続くことで死亡にまで至るような脳への障害が起こる危険性があるのかも明らかではない。被害者が過去に少なくとも2回は30台の血糖値になったことがあること、1月19日は朝から低血糖で体調が良くなかったとうかがわれること、被告人による投与量が明らかではないことを併せて考えると、被告人の行為が被害者を死亡させる危険性があるとは言い切れない。」 2 しかし、記録を検討するに、原判決の上記判断は是認できず、原判決にはこの点において事実の誤認がある。その理由は次のとおりである。 (1) 原判決の上記判断は、被告人が現実に行ったインスリンの投与行為についてのみその危険性を判断し、客観的にみれば投与量が不足していた可能性があるから被害者を死亡させる危険性までは認められないとしたものと解される。 しかし、被告人の行為の危険性は、被告人の犯行時における意図や計画も含めて判断すべきものであり、現実に投与した分量が不足していたとしても、それが被告人の意図とは異なる事情によるものなのであれば、被告人の行為の危険性を否定する理由になるものではない。そして、原判決は、被告人は被害者を殺害するつもりで1回目のインスリン投与行為をしたと認定しており、記録によればその判断は是認できるから、被告人は被害者を殺害するに足りる分量のインスリンを投与する意思で犯行に及んだものと認められる。 そうすると、現実の投与量が不足していたとしても、その原因は、被告人が必要な投与量を誤解していたとか、投与の途中で投与を継続できない事情が生じて中断した 投与する意思で犯行に及んだものと認められる。 そうすると、現実の投与量が不足していたとしても、その原因は、被告人が必要な投与量を誤解していたとか、投与の途中で投与を継続できない事情が生じて中断したなど、被告人の意図とは異なる事情によるものとしか考えら れない。したがって、危険性は十分認められる。それにもかかわらず、原判決は、被告人の意図や計画も含めた行為の危険性を検討するのではなく、被告人が現実に行ったインスリン投与行為について危険性が認められないということから、直ちに行為の危険性を否定しているのであって、その判断は不合理なものといわざるを得ない。 (2) また、原判決の前記判断は、被告人が現実に行ったインスリン投与行為の危険性を否定している点においても不合理なものである。すなわち、記録によれば、低血糖状態とは血糖値70未満の状態をいうが、被害者の血糖値は、救急搬送時には33であり、その後、速やかに相当量のブドウ糖液が注入されたことにより一旦93まで上昇したものの、間もなく再び49まで下降し、追加のブドウ糖液注入により92まで上昇したが、間もなくまたも69まで下降し、更に追加のブドウ糖液が注入されてようやく低血糖状態を脱したが、そうなるまでには数時間を要したことが認められる。このように低血糖状態をなかなか脱することができなかった原因は、被害者に投与された過剰なインスリンが継続的に作用していたからであるとしか考えられない。原判決は、このような事情を何ら考慮することなく、仮に治療をしなかったとすれば救急搬送時の血糖値33が更に低下していた可能性があるのか明らかでないと判断しているが、同事情を考慮すれば、仮に被害者に対して速やかにブドウ糖液が投与されていなければ、インスリンの継続的な作用によって血糖値が33から更に下が 低下していた可能性があるのか明らかでないと判断しているが、同事情を考慮すれば、仮に被害者に対して速やかにブドウ糖液が投与されていなければ、インスリンの継続的な作用によって血糖値が33から更に下がっていたことは明らかである。そして、そうした場合に被害者の血糖値が20以下にまで下がり、脳の組織に障害を生じさせて死に至っていた可能性を否定する証拠はないから、被告人が行った1回目のインスリン投与行為には、十分被害者を死亡させる危険性があったと認められる。 したがって、原判決の前記判断は、上記のような重要な事情を考慮することなく被告人の行為の危険性を否定した不合理なものである。 (3) よって、被告人がした1回目のインスリン投与には被害者を死亡させる危 険性が認められ、殺人の実行行為に当たると解される。これを否定した原判決の判断は、上記のとおりその判断過程に不合理な点があり、その結果、事実を誤認したものといわざるを得ない。 3 そこで、この点の原判決の事実誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかなものであるか検討する。 原判決は、1回目のインスリン投与は傷害に当たるとしながら、被告人による前後2回のインスリン投与は包括して1個の殺人罪を構成するとしている。 この判断は、1回目のインスリン投与が傷害に当たるという点が誤っているが、上記2回のインスリン投与が包括して1個の殺人罪を構成するという点には誤りがなく、原判決の事実誤認は犯罪の成否や罪数関係に影響を及ぼすものではない。加えて、記録によれば、上記2回のインスリン投与は単一の殺害計画によるものであって、犯行態様に差異はなく、行為には約6日間の間隔があるものの、被害者がその間入院していて犯行の機会がなかったことを踏まえれば、1回目の犯行の失敗を知って直ちに2回目の犯行に出たもの よるものであって、犯行態様に差異はなく、行為には約6日間の間隔があるものの、被害者がその間入院していて犯行の機会がなかったことを踏まえれば、1回目の犯行の失敗を知って直ちに2回目の犯行に出たものと考えられ、その犯意は途切れることなく継続していたものと認められる。そうすると、上記2回の投与行為は、それぞれが単独でも犯罪の構成要件を満たすものではあるけれども、実質的には一体的な関係にあるものと評価することができ、原判決もこの点については同様の評価をしているものと理解できる。以上によれば、原判決の事実誤認は、犯罪事実の構成要件的評価に実質的な影響を及ぼすものではない。 そして、原判決は、1回目のインスリン投与の危険性について誤った判断をしているものの、これが強い殺意に基づく計画的な犯行であることは認めており、被告人の意図や計画も含めたその行為の危険性の評価には誤りがない。また、後述のとおり、原判決の犯情評価に不合理な点はなく、上記事実誤認は原判決の量刑判断に実質的な影響を与えていないものと認められる。 以上によれば、原判決の上記事実誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らか なものであるとは認められない。 第6 検察官による量刑不当及び量刑事情に関する訴訟手続の法令違反の主張についての判断 1 原判決は、要旨、次のとおり、本件において死刑を選択しなかった理由を述べている。 (1) 原判決第1及び第2の各殺人の事実(以下、原判決認定の犯罪事実を単に「第1事実」「第2事実」等という。)について、2名の生命を奪った結果は非常に重大であり、第2事実の遺族の処罰感情が厳しいのも当然である。 第1事実については、1回目の犯行が失敗に終わった後、思い直すことなく2回目の犯行に及んだことなどの経緯からすれば、その殺意は強く、生命軽 重大であり、第2事実の遺族の処罰感情が厳しいのも当然である。 第1事実については、1回目の犯行が失敗に終わった後、思い直すことなく2回目の犯行に及んだことなどの経緯からすれば、その殺意は強く、生命軽視の程度が大きいし、血糖値を測りながら長時間放置するなど執拗な面があり、事故を偽装するなど巧妙な面がある。第2事実については、第1事実の罪をなすり付けるためという自己中心的な動機によるものであって生命軽視の程度が大きく、第1事実の殺人の犯行後、思い直すことができたにもかかわらず、再び第2事実に及んでいるという点においても生命軽視の程度が大きい。その計画性は高い部類に属し、被告人の生命軽視の姿勢が表れているし、犯行態様は生命侵害の危険性の高いものである。 (2) もっとも、第1事実の計画は必ずしも緻密なものではなく、生命侵害の危険性を高めるという意味での計画性は高いと評価できないし、その動機は不明であって、利欲的動機や身勝手な動機が認められる過去に死刑判決がなされた被害者2名の殺人事案と比較すると、社会的な非難や生命軽視の程度は低くみるほかない。第2事実の計画性は、犯行発覚の防止という点においてはやや稚拙なものである。 (3) 本件は、複数の機会にそれぞれ一定の計画に基づいて2名の生命を奪った悪質な事案であり、特に第2事実は、動機の悪さや計画性の高さなどからして生命軽視の程度や生命侵害の危険性が高く、その悪質性は過去に死刑判決 がなされた被害者2名の殺人事案と比べてもそん色のないものであるが、これらと比べて突出した悪質性があるとまではいえない。第1事実は、動機が不明な点や計画性が高いとはいえない点で生命軽視の程度が最も高いとは評価できず、行為の危険性も比較的低いから、上記の事案と比べて非難の程度は劣る。そうすると、これら2件 いえない。第1事実は、動機が不明な点や計画性が高いとはいえない点で生命軽視の程度が最も高いとは評価できず、行為の危険性も比較的低いから、上記の事案と比べて非難の程度は劣る。そうすると、これら2件を併せてみた場合でも、死刑の選択が真にやむを得ないと評価するには疑問が残る。 (4) 第3ないし第5事実は、卑劣な犯行ではあるものの、被告人の生命軽視の態度と直ちに結びつくものではなく、また、遺族の処罰感情等の他の事情を考慮しても、死刑の選択が真にやむを得ないとまではいえない。 2 記録を検討しても、原判決の上記判断に不合理な点は見いだせず、被告人を無期懲役に処した原判決の量刑が、軽きに失して不当であるとはいえない。 (1) 検察官は、原判決は、第1及び第2事実が完全犯罪をもくろんで計画的に行われた犯行であることを適切に評価していないと主張する。しかし、検察官がいう完全犯罪のもくろみとは、あらかじめ犯行の発覚を防ぐ手立てを講じて殺人に及んだことを意味すると考えられるが、第1事実においては、確かに犯行が発覚しにくい殺害方法を選んではいるが、発覚を防ぐために何らかの工作をしたといったことはうかがわれない。検察官は、被告人はインスリン注射や低血糖による死亡などについてインターネットで検索等を繰り返して知識を得たと主張するが、この検索等は殺害の仕方を具体的に知るために行われたものであり、犯行の発覚を防ぐためのものとは考えられない。検察官は、被告人は自ら119番通報をし、医師に延命治療を望むなどしているとも主張するが、いずれも犯行前から計画していた行動とは考えられない。 殺害方法の選択についても、糖尿病でインスリンを常用している近親者に対する発覚しにくい殺害方法としては容易に思いつくものであり、巧妙な面があるという評価にとどまる。また、第2事実につい えられない。 殺害方法の選択についても、糖尿病でインスリンを常用している近親者に対する発覚しにくい殺害方法としては容易に思いつくものであり、巧妙な面があるという評価にとどまる。また、第2事実については、確かに自殺を装って様々な工作をしているものの、実際には自殺と考えるには不自然な事情が 多々あって、その工作は稚拙なものというほかはない。検察官は、被告人の工作によって管轄の警察署は当初自殺と判断していたと主張するが、記録によれば、当初自殺と判断したことの当否こそ問題とされるべき事案である。 以上によれば、犯行発覚を防ぐための計画性という点において、原判決の評価に誤りはないというべきである。 (2) 検察官は、第2事実について、その動機が第1事実の犯行の発覚を防止し、その罪責を弟になすり付けるためという極めて自己中心的で厳しい非難に値するものであることやその計画性の高さを原判決は十分評価していないと主張する。しかし、原判決は、検察官主張の事情に言及し、これを適切に評価して、その悪質さは過去の被害者2名の死刑判決事案と比べてもそん色がないという評価をしているのであって、この原判決の評価に不十分な点はない。 検察官は、第3及び第5事実の各名誉毀損行為は、第2事実と同様、犯行の発覚を防止し、罪責を回避するためであれば人の生命を害することも躊躇しないという被告人の人格的傾向によって行われたものであるのに、原判決はこの点を看過し、殺人と無関係に行われた名誉毀損と同様の評価にとどまっていると主張する。しかし、原判決はこれらの犯行を卑劣なものであると評価しているところ、その評価は、第2事実の犯行の発覚を防ぐ目的で行われたものであることを踏まえたものであると解され、決して殺人と無関係に行われた名誉毀損と同様の評価にとどまっているもので であると評価しているところ、その評価は、第2事実の犯行の発覚を防ぐ目的で行われたものであることを踏まえたものであると解され、決して殺人と無関係に行われた名誉毀損と同様の評価にとどまっているものではない。そして、記録によれば、上記各名誉毀損行為は、第2事実の犯行前から計画していたのではなく、同犯行後に犯意を生じて実行したものと認められるから、同各行為は第2事実の犯情評価に直接影響するものではない。検察官は、各名誉毀損行為は被告人の生命軽視の態度を明白に表すものであるとも主張するが、事後に行われた名誉毀損行為の評価が先行する殺人の量刑判断に大きな影響を与えるものとは考えられない。 (3)検察官は、第1事実の計画性は高いものではなく、行為の危険性は比較的 低いという原判決の評価は誤りであると主張する。しかし、被告人は、1回目のインスリン投与の約10日前から、インスリン注射や低血糖による死亡などについてインターネットで検索等を繰り返して知識を得ていたが、それ以上に、犯行を容易又は確実にするために何らかの方策を講じていたといった事情は、後述の薬物投与の点を除いては見いだせず、計画性の高い犯行とはいい難い。そして、インスリンの過剰投与によって重度の低血糖状態に陥れ、脳の組織に障害を生じさせて死亡させるという殺害方法は、死亡の結果が生じるまでに相当な時間がかかり、その間に異常が発見されて治療が行われる可能性があるから、決して確実な殺害方法ではない。したがって、殺害行為の現場で直ちに被害者を死亡させるような、より直接的な行為と比べれば、生命侵害の危険性が相対的に低かったことは明らかである。よって、原判決の上記評価に誤りはない。 もっとも、検察官は、被告人はインスリン投与に先立って被害者(父親)と母親に睡眠薬等の薬物を服用させ 命侵害の危険性が相対的に低かったことは明らかである。よって、原判決の上記評価に誤りはない。 もっとも、検察官は、被告人はインスリン投与に先立って被害者(父親)と母親に睡眠薬等の薬物を服用させて眠らせたと主張しているところ、確かに同事実を示す事情が幾つも存在する。しかし、仮にそうであったとしても、使用された薬物は犯行のために用意されたものではなく、被告人自身が処方されていたものと考えられるのであって、これによって計画性の評価が格段に高まるとはいえないし、行為の危険性が比較的低いことに変わりはない。 したがって、この点を考慮しても、原判決の前記犯情評価が不合理なものであるとはいえない。 (4) 検察官は、第1事実について、動機が不明であることを理由に、生命軽視の程度が最も高いとはいえないとする原判決の評価は誤っていると主張する。 しかし、原判決は、単に動機が不明であるというだけの理由ではなく、過去に死刑判決がなされた被害者2名の殺人事案の多くが利欲的動機や身勝手な動機によるものであることと比較して、本件における生命軽視の程度は低くみるほかないとしているのであって、その評価に誤りはない。 (5) 検察官は、第1事実と第2事実の各殺人は異なる機会に行われたものであるところ、過去の被害者2名の殺人事案の量刑においては、殺害が異なる機会に行われたものであることが死刑の選択に当たって大きな考慮事情とされてきたと主張する。しかし、原判決も前記のとおりその点を十分考慮して刑を定めている。検察官は、異なる機会に被害者2名を殺害した過去の事案で無期懲役に処せられているものは、本件より明らかに犯情の軽いものしかないと主張するが、検察官指摘の事案はいずれも本件と大きく事情の異なるものであって、単純な比較には意味がなく、検察官の主張は採用で 無期懲役に処せられているものは、本件より明らかに犯情の軽いものしかないと主張するが、検察官指摘の事案はいずれも本件と大きく事情の異なるものであって、単純な比較には意味がなく、検察官の主張は採用できない。 3 最後に、量刑事情に関する訴訟手続の法令違反の主張について判断する。 検察官は、被告人は原審における公判審理中に、母親の証人尋問に先立ち、虚偽の証言をさせる目的で母親に信書を送ろうとしたと主張し、同事実は被告人が全く反省していないこと等を示す重要な量刑事情であるから、同事実を立証するために検察官が請求した捜索差押等を却下した原審の訴訟手続には、必要性判断に関する裁量を逸脱した違法があると主張する。しかし、そのような事実は一般情状にとどまり、これに関する証拠調べ等の必要性判断については裁判所に広い裁量があると解される。そして、検察官が主張する信書の内容を踏まえても、必要性がないとして検察官の上記請求を却下した原審の訴訟手続がその裁量を逸脱したものとはいえず、同手続に法令違反はない。 第7 適用した法令刑事訴訟法396条令和6年4月26日大阪高等裁判所第2刑事部 裁判長裁判官長井秀典 裁判官辛島明 裁判官秋田志保
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