- 1 -主文被告人は無罪。 理由 第1 争点 本件公訴事実及び訴因としての共謀本件公訴事実は,「被告人は,A,B及びCと共謀の上,平成12年7月13日午前9時30分ころ,(1)富山県高岡市内のDE方1階8畳和室において,D(当時56歳)に対し,殺意をもって,所携の自動装てん式けん銃で,その頭部を目がけて実弾2発を発射し,いずれもDの顔面に命中させ,よって,即時同所において,Dを右下顎角部銃創による脳損傷により死亡させて殺害し,(2)DE方1階北東4.5畳和室において,E(当時52歳)に対し,殺意をもって,上記自動装てん式けん銃で,その後頭部等を目がけて実弾2発を発射し,いずれもEの後頭部等に命中させ,よって,即時同所において,Eを左後頭部銃創による脳損傷により死亡させて殺害し,(3)DE方において,B及びCが,上記自動装てん式けん銃及び回転式けん銃各1丁を,自動装てん式けん銃に適合する実包8個及び回転式けん銃に適合する実包4個とともに携帯して所持した。」というものである。 そして,検察官は,本件に係る共謀について,被告人とAとの間では,本件の前日である平成12年7月12日午前11時ころから同日午後2時ころまでの間に,携帯電話による通話及びその後暴力団a一家組事務所等で直接面談する方法によって成立し,更にAを介しBらとの間でも,遅くとも同日午後3時台に,電話でのやりとりで順次共謀が成立したものと主張する。 弁護人の主張及び被告人の供述これに対し,弁護人は,本件公訴事実のうち,A,B及びCが共謀の上,B及びCが自動式けん銃1丁及び回転式けん銃1丁とこれらに適合する実包を携帯してDE方に押し入り,Bが同所で自動式けん銃を用いてDE夫婦を殺害し- 2 -たことについては争わないが,被告人がAらと共謀した事実は一切なく,被告 び回転式けん銃1丁とこれらに適合する実包を携帯してDE方に押し入り,Bが同所で自動式けん銃を用いてDE夫婦を殺害し- 2 -たことについては争わないが,被告人がAらと共謀した事実は一切なく,被告人は無罪である旨主張し,被告人も,捜査段階から一貫してAらとの共謀を強く否認する。 共犯者供述の信用性本件においては,被告人と実行犯であるB及びCとの間では直接のやりとりがほとんどなく,被告人とAとの間で共謀が成立したことに関する直接証拠は,第8回ないし第17回公判調書中の証人Aの供述部分のみである。すなわち,Aは,本件の発端は,自己が被告人からD殺害を持ちかけられたことにあり,実行犯であるBへの殺害依頼やその後のBとの打合せ等,実行に向けた一連の準備行為も,被告人と相談の上,その指示のもとに行ったものである旨証言する(以下,被告人との共謀等に係るAの証言を「A供述」という。)。 そして,検察官は,A供述の核心部分の信用性が高いとして,被告人とAとの共謀の成立を主張するのに対し,弁護人は,A供述は全く信用できない,と主張する。したがって,本件においては,いわゆる共犯者供述の信用性が被告人の有罪無罪を決する最大の争点となる。 ところで,共犯者は,一般に,自己の刑事責任を免れ又は軽減させるため,無関係な第三者を引き込む危険がある上,自身の犯行体験をもとに真実と虚偽を織り混ぜて巧妙な嘘をつくことが比較的容易であることから,その供述の信用性判断には慎重な検討が必要であるとされている。加えて,共謀共同正犯においては,その性質上,共謀に関する客観的証拠に乏しい事案が多い上,本件におけるAのように,共犯者が順次共謀の中間者である場合には,実行者と口裏を合わせることなく単独で引き込み供述をし得る立場にあり,反対尋問も容易に功を奏さないことについても,特 い事案が多い上,本件におけるAのように,共犯者が順次共謀の中間者である場合には,実行者と口裏を合わせることなく単独で引き込み供述をし得る立場にあり,反対尋問も容易に功を奏さないことについても,特に留意が必要である。 そこで,A供述の信用性判断にあたっては,いわゆる注意則を参照しつつ,客観的事実ないし証拠との整合性,供述内容の合理性・自然さ等を多角的に検討しなければならず,被告人の供述とも対比してその真偽を見極めることが必- 3 -要である(もちろん,被告人も,Aと同様,共犯者に責任を転嫁して自己の刑責を免れるため,虚偽供述をするおそれがあるから,その弁解を安易に信用することはできない。)。 争点検討の順序以下においては,まず,証拠上容易に認められる事実を前提事実として摘示した上(第2),Aが供述する個々の間接事実について,その存在の可能性を検討してから(第3),本件の中心的争点である共謀内容に関するA供述の信用性を判断し(第4),A供述の外在的な事情を付加して更に吟味する(第5),という順序で判断する。 第2前提事実まず,関係各証拠により容易に認められ,被告人も強く争わない背景事情や共犯者及び被告人らの行動等として,以下の各事実が認められる。 被告人及び関係者の身上経歴等(1)被告人被告人は,富山県内で出生し,中学校を卒業後,昭和45年ころに一度暴力団b組組員となり,その後料理店等で稼働していたものの,昭和58年6月ころ,暴力団a一家の前身であるc組の組長であったDと盃を交わしてc組組員となった。そして,被告人は,その直後から平成9年まで約13年間にわたり,a一家の若頭を務め,その後会長代行を経て,平成12年当時は副長の地位にあり,同時に,上部団体であるd組でも若頭補佐として活動していた。 なお,被告人は,C型慢性 ら平成9年まで約13年間にわたり,a一家の若頭を務め,その後会長代行を経て,平成12年当時は副長の地位にあり,同時に,上部団体であるd組でも若頭補佐として活動していた。 なお,被告人は,C型慢性肝炎の持病があり,平成9年11月10日から同年12月26日まで入院し,その後も平成12年5月2日まで,毎月1回程度通院をしていた。 (2)DE夫婦Dは,昭和19年に同県内で出生し,中学校を卒業後,工員,土木作業員- 4 -として稼働していたが,昭和40年代ころから,暴力団組員として活動するようになり,平成12年当時は,上記a一家の組長の傍ら,e商事の実質的経営者として金融業を営んでいた。 DE夫婦は,昭和48年に婚姻し,長女Fをもうけ,本件当時はDE方において二人で暮らしていた。そして,DE夫婦は,本件当時,不動産及び預貯金約4億円のほか,DE方の屋根裏部屋に現金9300万円を隠匿保管するなど,多額の資産を保有していた。 (3)AAは,昭和22年に北海道で出生し,昭和60年ころから,富山県高岡市内に移り住んでパチンコ店の店員として稼働するなどしていたが,平成3年ころ,友人であった暴力団組員Gの紹介でDと知り合い,平成5年ころに飲食店の経営を始めた後,その企業舎弟となり,前刑を終えて出所した平成9年6月ころ,正式にa一家の組員となり,さらに,平成10年4月ころには,a一家の若頭として活動するようになった。 Dの被告人らに対する言動等Dは,気性が荒く,非常に短気な性格で,配下の組員らに厳しい態度をとることがしばしばあった。 被告人についても,同年5月ころ,Aと被告人とが志賀高原へ旅行中,Dは,若い衆の行動に腹を立て,既に若頭を退いていた被告人の携帯電話に電話し,その指導不足を叱った(反面,若頭になっていたAには,Dからの連絡がなかっ 同年5月ころ,Aと被告人とが志賀高原へ旅行中,Dは,若い衆の行動に腹を立て,既に若頭を退いていた被告人の携帯電話に電話し,その指導不足を叱った(反面,若頭になっていたAには,Dからの連絡がなかった。)。また,Dは,同年秋ころ,自分に対して含み笑いした被告人に立腹し,自宅に謹慎させたこともあった。 さらに,被告人が,平成11年7月28日,その配下の者と共謀し,高岡市内の飲食店fにおいて,Dと兄弟分の暴力団組長Hらに暴力をふるって負傷させるなどしたため,Dは,Hに1000万円を支払うなどの後始末をさせられた。加えて,被告人及びAは,同年秋ころ,g組系暴力団組長の妻の経営する- 5 -同市内の別の飲食店hにおいて暴れたことで,Dから,激しい叱責及び暴行を受けた。 なお,被告人は,肝炎の治療のため入院中であった平成9年末ころ,当時被告人の若い衆であったIが起こした暴力事件の仲裁を図ったことがある。 A及び被告人とBとの接触の契機A及び被告人は,平成11年3月ころ,Dの指示により,同市内のa一家事務所(以下「組事務所」という。)において,当時暴力団i組会長であったBを相手に,Dが以前所属していたj一家の関係者とBとの間のけん銃等の保管をめぐるトラブルについて交渉した。A及び被告人とBは,このとき初めて面識を持ち,以来,AとBは,携帯電話等で連絡を取り合うようになった。 A及び被告人の外国人捜し等A及び被告人は,平成11年の秋ないし冬ころ,Aのかねてからの知人である暴力団k組組員Jと会いに神戸へ出向き,殺人を請け負う外国人の紹介を依頼した。 また,A及び被告人は,Jとの面談と前後して,伏木港等に停泊している外国船の船員や国道8号線沿いにある中古車店にいる外国人をたずね,身振り手振りで,外国人マフィアに関する情報を聞き出そうとした。 なお た,A及び被告人は,Jとの面談と前後して,伏木港等に停泊している外国船の船員や国道8号線沿いにある中古車店にいる外国人をたずね,身振り手振りで,外国人マフィアに関する情報を聞き出そうとした。 なお,Aは,平成12年4月ころ,一人でGと会い,相手がDであることは告げずに,殺人を引き受けるか否かをたずね,その場では了承されたものの,翌日には断られたということがあった。 A及び被告人のBへの接触状況(1)A及び被告人は,同年1月24日,DE夫婦とともに静岡県にゴルフに行く途中で宿泊した東京都新宿区内のlホテルにおいて,Bと面談した。その際,金を出せば違法な仕事をしてくれる東京の中国人マフィアのことが話題となった。また,Bは,サイレンサー付き自動式けん銃が2丁まとめてであれば安く買える旨の話をそのころ知人から聞いていたため,Aらに対し,- 6 -Bと一緒にけん銃を購入しないかと勧めた。 (2)Aは,上記けん銃の購入話を受けることとし,同年5月上旬ころ,Bから,サイレンサー付き自動装てん式けん銃1丁及びその適合実包16発を購入した。その後,Aは,上記けん銃を試射した上,耐火金庫に入れて知人のKに保管させた(このけん銃が,後に本件犯行の用に供された。)。 (3)Bは,同年6月1日,Aの招きに応じ,富山県に来訪し,同日午後5時42分,高岡市内のホテルmにチェックインをした。その後,Aは,ホテルm1階の喫茶店等において,Bに対し,Dがa一家内で組員に対して厳しく当たることなど,Dに殺意を抱くに至った経緯を説明するなどした上,中国人マフィアを実行役とするD殺害を依頼した。これに対し,Bは,知人であるLから,Lと親交がある強盗等の犯罪を敢行する中国人グループが強盗に押し入る先を探している旨聞かされていたので,Lを介して中国人らに持ちかけること するD殺害を依頼した。これに対し,Bは,知人であるLから,Lと親交がある強盗等の犯罪を敢行する中国人グループが強盗に押し入る先を探している旨聞かされていたので,Lを介して中国人らに持ちかけることとし,Aの依頼を了承した。そこで,Aは,同日夕刻以降,下見のため,Bを自己の運転する車に乗せ,同県新湊市《現在は射水市》にあるDの愛人方や高岡市内のDE方等を案内して回った。なお,被告人は,来訪中のBと会っていない。 A及びBらのDE方襲撃に向けた準備Bは,帰京後,Lに対し,強盗に見せかけた殺人を中国人マフィアに依頼したい旨持ちかけ,Lは,これを了承した。その後,Bは,Aから支払われる約束になっていた1500万円のうち,まず800万円の送金を依頼し,Aは,これに応じ,同月5日,同額をBに送付した。 そして,Bは,Lの仲介で,中国人マフィアのMと会い,強盗に見せかけてDE夫婦を殺害してくるように依頼したところ,強盗はするが殺人はしないと断られた。しかし,Bは,Lから,中国人は強盗を敢行すれば家人まで殺害してしまうことが多い旨聞かされたため,DE夫婦が殺害されることを期待し,Mには強盗のみを依頼してその旨の承諾を受け,Mに上記800万円のうち2- 7 -00万円を準備金として交付した。 他方,Aは,そのころ,BからDE方付近の地図及びDE夫婦の写った写真の送付を求められ,また,中国人には強盗をやる人間は相当いるが,殺人だけではあまり人がいないなどと言われたため,Bらが,D殺害に際し,DE方に押し入り,強盗に見せかけ併せて金を奪ってくるつもりであることを察知したものの,自らが依頼したD殺害遂行のためにはやむを得ないと考え,これを認容した(以下,このときAらの間に成立した合意の内容を「DE方襲撃計画」という。)。そして,Aは,同年4月26日にn を察知したものの,自らが依頼したD殺害遂行のためにはやむを得ないと考え,これを認容した(以下,このときAらの間に成立した合意の内容を「DE方襲撃計画」という。)。そして,Aは,同年4月26日にnゴルフ場で被告人とAがDE夫婦を挟み4人が横一列に並んで撮影した写真(以下「Aら4名の写真」という。)を自ら所持していたことから,そのAと被告人の写っている両端部分を切り取ってDE夫婦が写っている部分のみを残した写真(以下「本件写真」という。)を作出した上,Bに対し,本件写真,DE方付近の住宅地図のコピー及びDE方の隠し金庫の位置等の説明を付記したDE方内の見取図を送付した。 それから,Bは,同年6月11日夜,埼玉県川口市内のカラオケ店等で,Lとともに,中国人グループとDE方襲撃計画について打合せを重ねる一方,自分の養子であるCにも同計画を打ち明けて自動車運転手役等をするように命じ,Cに了解させた。また,同月17日昼,B,C及びLは,DE方を下見してその様子をビデオカメラで撮影し,同月21日夕方,東京都武蔵野市内のホテルの一室で,中国人グループに対し,この撮影に係るビデオテープを再生して見せるとともに,Aから入手した本件写真,見取図及び地図等並びにBが入手してきた自動装てん式けん銃1丁,サイレンサー1個及びその適合実包を渡した。 さらに,Bは,バール等の強盗の道具や偽造ナンバープレートを用意したほか,Lも,普通乗用自動車(以下「ワゴン車」という。)を手配するなどし,DE方襲撃計画の準備を整えていった。 なお,DE方襲撃計画は,当初,同月25日に実行する予定であったが,Dに予定が入ったことなどから,結局,同月30日に実行する手はずとなった。 - 8 - DE方襲撃計画の失敗同月29日午後零時30分ころ,中国人らは,埼玉県草加市内の店舗駐車場か 定であったが,Dに予定が入ったことなどから,結局,同月30日に実行する手はずとなった。 - 8 - DE方襲撃計画の失敗同月29日午後零時30分ころ,中国人らは,埼玉県草加市内の店舗駐車場から,上記自動装てん式けん銃等が積み込まれたワゴン車ともう1台の自動車の2台に分乗し,N及びCの運転により石川県経由で富山県に向かい,同日午後7時前,金沢市に到着し,同市内の2つのホテルに宿泊した。ところが,中国人らは,同月30日午前7時すぎころ,ワゴン車に乗り込み富山県へ出発しようとした際,不審者が宿泊しているという通報を受けて付近に張り込んでいた警察官に銃砲刀剣類所持等取締法違反で現行犯逮捕され,上記自動装てん式けん銃や本件写真,DE方周辺の地図等の証拠品も押収された。そのころ,BとLは,L運転の普通乗用自動車(以下「甲車」という。)で石川県内に来ていたが,Cからの連絡により中国人らが警察官に検挙されたと考え,当日の計画を中止した。 しかし,Bは,同日午前,AにDE方襲撃計画の失敗を電話で連絡し,機会をうかがって再度計画を実行することとした。また,BとLは,甲車に積載されていた偽造ナンバープレートや脇差しを,石川県内のoダム近くの駐車場付近に隠した。さらに,Bは,Aに,自分が中国人らに渡した本件写真等が押収されていないかなどの捜査に関する情報を教えてもらうよう依頼した。 その後,Bは,Aに,DE方襲撃計画を再度実行するため中国人らに支払う追加資金の提供を要求したので,Aは,同年7月4日と同月6日の2度に分けて,Bに合計400万円を振込送金した。 AとBらとの共謀成立状況逮捕された上記中国人らの捜査をしていた石川県警察は,押収物の中にDE方周辺の地図等があったため,Dから事情を聞く必要があると考え,高岡警察署員が,同月12日(以下「本件前 AとBらとの共謀成立状況逮捕された上記中国人らの捜査をしていた石川県警察は,押収物の中にDE方周辺の地図等があったため,Dから事情を聞く必要があると考え,高岡警察署員が,同月12日(以下「本件前日」ともいう。)午前10時から午前10時40分までの間,事情聴取に応じるか否かDの意向を確認するため,DE方を訪れてDと面談し,これに応じる旨の回答を得た。 - 9 -Aは,同日午前11時2分のDからの電話で,Dが翌日13日(以下「本件当日」ともいう。)に事情聴取のため石川県警察金沢東警察署に赴く旨聞かされた。Aは,本件写真の元となったAら4名の写真がA,被告人及びDE夫婦しか所持していないものであったため,本件写真をDE夫婦が確認するなどすれば,自己がDE方襲撃計画に関与していたことが発覚し,Dから厳しい制裁を受けることをおそれ,Bにその旨の連絡をし,以後,電話でDE夫婦を直ちに殺害するよう依頼した。これに対し,Bは,DE方襲撃計画の発覚を免れるためには,Dが本件写真を警察署で確認する前に殺害するほかはないと考えるに至り,Aに電話でDE夫婦殺害の要請に応じる旨回答し,ここにDE夫婦殺害の共謀が成立した。そこで,Aは,DE夫婦殺害の際に凶器として使用するけん銃2丁を用意しておくことを伝えた。 それから,BとCは,本件前日午後4時すぎ,東京都台東区内の店舗でDE夫婦殺害を実行する際に着用する衣服等を各自購入した。Cは,この際,Bが自分と二人でDを殺害する意図であることを認識するとともに,DE方襲撃計画が発覚して報復を受けることを避けるためにはDE夫婦を殺害せざるを得ないと考え,DE夫婦殺害の順次共謀が成立するに至った。 本件の実行準備及び実行直前の状況BとCは,C運転の普通乗用自動車(以下「乙車」という。)に乗り,同日午後8時50分,練馬 殺害せざるを得ないと考え,DE夫婦殺害の順次共謀が成立するに至った。 本件の実行準備及び実行直前の状況BとCは,C運転の普通乗用自動車(以下「乙車」という。)に乗り,同日午後8時50分,練馬インターチェンジから関越自動車道に入り,途中で甲車に乗ったLと合流し,2台で北陸自動車道を経由して高岡市に向かった。そして,Bは,まずoダムに行き,同所で自動車のナンバープレートを先に隠していた偽造ナンバープレートに取り替えることとし,Aとの間では,同ダムから高岡市方面に向かう道路の途中で落ち合い,Aからけん銃等を受け取ることを決めた。 他方,Aは,同日午後11時50分前後に被告人方を訪問し,Bにけん銃等を引き渡す待ち合わせ場所を確認するため,本件当日午前零時ころ,当夜組事- 10 -務所に泊まっていたa一家組員Oに対し,被告人方の電話でoダムの場所を問い合わせた。 そして,Bは,同日午前3時半ころ,oダムに到着し,その後,自ら乙車を運転して同ダムから高岡市方面に向かい,同日午前4時半ころ,その途中の道路でAと落ち合い,Aは,Bから購入した自動装てん式けん銃1丁及びサイレンサー1個,別に入手していた回転式けん銃1丁並びにこれらの適合実包をBに引き渡した。Bらは,これを試射した。 なお,同日午前5時25分ころ,氷見市内で甲車のタイヤがパンクするアクシデントが発生し,AからBへの電話でBがその旨を告げると,Aは,車で,Bらのもとへ向かった。その際,Aは,Bとの連絡用に使用していたプリペイド式携帯電話を自宅に忘れたため,所持していた携帯電話で自宅に電話し,自分の妻にBの携帯電話の番号を教え,プリペイド式携帯電話でBに電話して所在をたずねるよう要請し,Aの妻は,同携帯電話でBと連絡を取った。 それ以降も,Aは,Bと携帯電話で連絡を取り合い,前夜用心の 自分の妻にBの携帯電話の番号を教え,プリペイド式携帯電話でBに電話して所在をたずねるよう要請し,Aの妻は,同携帯電話でBと連絡を取った。 それ以降も,Aは,Bと携帯電話で連絡を取り合い,前夜用心のためDE方を避けて組事務所に泊まっていたDE夫婦の動静を伝え,Bらは,DE方近くの駐車場に移動して待機し,Dを殺害する機会をうかがっていた。 同日午前9時前,DE夫婦が組事務所から一度DE方に戻ることになったので,Aは,この機会にDE夫婦の殺害が実行できると考え,同日午前8時57分,上記駐車場の甲車内で待機していたBにこの旨を電話で連絡した。また,Aは,このころ,犬の散歩のためにDE方に行くこととなっていたa一家組員Pに電話をかけ,Dらが組事務所に忘れていったバッグ等を取りに来させてDE方に近づかないようにした。それから,Aは,同日午前9時21分,Bに対し,今なら大丈夫だからDE方に押し入ってくれなどと電話で申し向け,殺害の実行を指示した。そこで,Bら3名は,直ちにDE方に向かい,DE方付近で,Bが自動装てん式けん銃を,Cが回転式けん銃をそれぞれ持って甲車から降り,DE方に押し入って,本件犯行に及び,DE夫婦殺害の目的を遂げた。 - 11 - 本件後の状況(1)本件の発覚及び捜査開始Aは,本件の発覚をできるだけ遅らせるため,同日午後6時近くになってからOらにDE方の様子を見に行かせ,DE方でDE夫婦の死体を発見したOからその旨の報告を受けて110番に通報をし,警察の捜査が開始された。 なお,被告人及びAは,現場で警察の事情聴取を受けた。 (2)Aの罪証隠滅行為本件後,Aは,Bとの連絡に使用した携帯電話を投棄したほか,同年8月中旬,逃走中のBに会うため北海道に赴き,既に死亡していた某人の写真を見せ,Bが携帯電話で連絡を取り合っていたの Aの罪証隠滅行為本件後,Aは,Bとの連絡に使用した携帯電話を投棄したほか,同年8月中旬,逃走中のBに会うため北海道に赴き,既に死亡していた某人の写真を見せ,Bが携帯電話で連絡を取り合っていたのは某人である旨の供述をするよう依頼するなどの罪証隠滅工作を行った。 また,Aは,本件に使用された回転式けん銃と別の回転式けん銃の弾が混ざってしまったことから,それぞれの弾を区別しておかないと,同けん銃が警察に発見されたときに,本件まで発覚してしまうと考え,同月中旬ころ,被告人の愛人である韓国人女性が住んでいた高岡市pにあるマンションの一室(以下「pマンション」という。)において,被告人と一緒に弾の仕分け作業をし(以下「本件弾分け作業」という。),その後,Aは,本件に使用された回転式けん銃に適合する弾を川に投棄した。 (3)a一家の掌握状況Aは,DE夫婦の通夜の際にd組のQ組長から指名を受け,同年7月19日にはDの跡を継いでa一家の2代目組長に就任した。なお,a一家は,平成14年4月にq会と名称を改めた。 また,Aは,DE夫婦の唯一の相続人であるFから,平成12年9月18日,DE夫婦殺害犯人の探索資金名目で3000万円を,平成13年2月28日にも,d組に対する上納金名目で3000万円を,それぞれ用意させ,一旦d組の組長らに交付したものの,そのうち合計2000万円を再び受け- 12 -取ってa一家の運営資金等に費消した。 さらに,Aは,Dが2億9000万円を貸し付けていた元パチンコ店経営者Rとの間で交渉を行い,貸付金の返済額を大幅に減じた上で,F宛ての振込を含めて少なくとも合計5000万円の返済を受けた。加えて,Aは,e商事から,平成12年8月以降組長の経費名目で毎月30万円程度を受け取っていたほか,平成14年7月以降の逃亡中にも金銭を引き出 振込を含めて少なくとも合計5000万円の返済を受けた。加えて,Aは,e商事から,平成12年8月以降組長の経費名目で毎月30万円程度を受け取っていたほか,平成14年7月以降の逃亡中にも金銭を引き出した。 (4)本件の捜査及び公判の状況B及びCは,平成12年8月下旬から同年末までの間,本件等(強盗予備,殺人,銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪)について逮捕,起訴されたが,その捜査や公判段階において,首謀者との共謀状況等の供述を拒んでいた。 他方,Aは,平成13年7月下旬ころ,別件の威力業務妨害罪で逮捕されるのではないかという噂を聞き,警察から本件について追及されることをおそれ,同年8月下旬ころまでの間,愛媛県松山市に逃走した。なお,Aは,その直前に,本件に関する被告人との会話をマイクロカセットテープに録音した。また,Aは,平成14年6月25日,威力業務妨害罪で逮捕されたが,病気を理由に釈放されるや,同年7月初め,入院先から再度逃走し,同年10月13日に再逮捕されるまで愛人であるSとともに長野県内等に潜伏していた。 ところが,Bは,同月8日,Bらの公判が一度結審して接見禁止が解かれた後,同月24日に元の兄貴分が面会に来たことを契機として,本件におけるA及び被告人の関与を供述するに至った(なお,平成15年3月の段階では,被告人が平成12年6月2日以降事件に関与しなくなった旨供述を変えている。)。そのため,Aは,殺人罪等で逮捕され,平成14年12月16日,本件についても起訴された。しかるに,Aは,捜査段階では,本件への関与を否認していたものの,起訴後の平成15年1月16日には,上申書を提出して自己及び被告人の関与を供述するようになったが,E殺害の共謀に- 13 -ついては否認を続けた。一方,被告人も,本件について,同月30日,逮捕され,同年 平成15年1月16日には,上申書を提出して自己及び被告人の関与を供述するようになったが,E殺害の共謀に- 13 -ついては否認を続けた。一方,被告人も,本件について,同月30日,逮捕され,同年2月20日,起訴されるに至り,第8回公判(同年12月18日)から第17回公判(平成16年9月9日)にかけてAの証人尋問が実施された。 なお,平成16年3月26日,Bに対しては死刑が,Cに対しては懲役18年がそれぞれ宣告された。また,平成17年1月27日,Aに対しても死刑が宣告された(本件のほか,併合された建造物侵入,威力業務妨害,覚せい剤取締法違反の罪を含む。)。 第3Aが供述する間接事実の認定の可否 共謀成立から本件実行前までの被告人らの行動等(1)午前11時17分のAと被告人との通話Aは,本件前日午前11時2分(以下,本項では,特に断らない限り時刻は同日のものとする。),Dからの電話で,翌日金沢東警察署に事情聴取を受けに行く旨告げられ,DE方襲撃計画への自己の関与が発覚し,Dから激しい制裁を受けるとおそれたことは上記第2の8のとおりであるから,Aは,その時点から善後策の検討が必要になったと考えられる。したがって,Aが同電話に比較的近接した午前11時17分に被告人に電話していることは,Aと被告人との間でDE夫婦殺害の共謀が成立したことを推認させる間接事実となり得る。 しかし,通話記録によれば,Aから被告人への午前11時17分の電話は,午前11時2分のDからの電話(通話時間2分33秒)の後,同5分にTに(同37秒),同7分にBに(同1分3秒),同9分にUに(同1分54秒),それぞれ電話した後,Dとの通話終了後12分あまり後に初めてされたものである。しかも,午前11時17分の通話時間は,わずか21秒間であるから,一般に,殺人の共謀が行 ,同9分にUに(同1分54秒),それぞれ電話した後,Dとの通話終了後12分あまり後に初めてされたものである。しかも,午前11時17分の通話時間は,わずか21秒間であるから,一般に,殺人の共謀が行われる時間としては,あまりにも短すぎる。 - 14 -そうすると,この通話の存在自体から直ちに被告人の本件への関与を推認することはできない(その通話内容に関するA供述の信用性については,後に第4の1(2)アで検討する。)。 (2)組事務所での状況説明Aは,本件前日昼すぎころ,組事務所へ行って被告人と会い,上記電話の続きとして,Bとの電話の内容,Dら殺害にどのけん銃を使うかなどについて説明した旨証言する。そこで,Aと被告人とが,そのころ,組事務所で会って話をすることができたか否かを検討する。 a一家の事務所当番が,組員が組事務所に来た時刻や組事務所への電話があった時刻等を記載するノート(以下「当番日誌」という。)には,被告人が午後零時11分に,Aが午後零時30分に,それぞれ組事務所へ来た旨の記載がある。この当番日誌は,その当時,a一家のいわば日常業務の一環として,本件とは無関係に作成されていたものである。弁護人は,当番日誌の記載は正確な時間を反映していない,と主張するが,電話連絡の時刻の記載と通話記録とを対比すると,数分程度の誤差はあるにしても,大きく食い違うことはない。したがって,当番日誌の記載は,おおむね信用できるというべきである。 そして,午後零時14分に被告人からAに電話をかけた後,午後1時44分まで被告人とAとの通話記録がないが,これは,当番日誌の記載と矛盾しない。一方,被告人は,前夜預かった現金300万円を届けるためDE方に行き,午後1時ころ,組事務所に戻った旨供述している。 これらを併せ考えれば,当番日誌記載の各時刻の前後に被 当番日誌の記載と矛盾しない。一方,被告人は,前夜預かった現金300万円を届けるためDE方に行き,午後1時ころ,組事務所に戻った旨供述している。 これらを併せ考えれば,当番日誌記載の各時刻の前後に被告人及びAが組事務所へ来たこと,つまりAと被告人とが比較的近接した時刻に組事務所にいたという事情を認定することができる。なお,被告人は,Aは本件前日昼間組事務所に来るはずがない,というが,その根拠は確実でない。 そうすると,Aと被告人とが,本件前日昼ころ,組事務所で直接会って話- 15 -をすることは十分に可能であったと認められる(ただし,Aがこのとき組事務所で被告人に状況を説明したことは,A供述なしには認定できない。その会話内容に関するA供述の信用性については,後に第4の1(2)イで検討する。)。 (3)けん銃の指紋ふき取りAは,本件前日午後,pマンションにおいて,被告人と二人でけん銃に付着した指紋をふき取る作業をした旨供述する。 アまず,Aがその時点までにけん銃をKから手元に引き上げて用意していたか否かを検討する。 Kは,本件前日ないし当日にはAから預かっていた耐火金庫の受渡しはなく,それより1週間ないし10日前にはこれをAに返していた記憶である旨証言する。しかし,本件前日午前11時台よりも前の段階では,Aがけん銃を引き取るべき理由は見当たらない。しかも,Kの証言は,具体的にどの時点で誰から誰に対し耐火金庫を受け渡したのかがあいまいである(A供述も,同様である。)。加えて,Kは,本件への関与を疑われた場合,大きな不利益を被りかねないから,Kには真実と異なる供述をするだけの動機があると認められる。これらの事情に照らすと,Kの証言は,そのままには信用できない。 むしろ,本件当日午前1時27分のAからKへの電話は,AがBと落ち合う直前と には真実と異なる供述をするだけの動機があると認められる。これらの事情に照らすと,Kの証言は,そのままには信用できない。 むしろ,本件当日午前1時27分のAからKへの電話は,AがBと落ち合う直前という時間帯,Bとの連絡用に使用していたプリペイド式携帯電話を使用していること,Aが午前3時3分Vにも同様の電話をかけていることなどに照らせば,AがK方へけん銃を引き取りに行くための連絡であった可能性が高い。 そうすると,検察官の指摘するA側の事情を考慮しても,Aが本件前日午後7時以前にけん銃を手元に用意していたことは疑わしい。 イ次に,被告人が同作業をすることが時間的に可能であったか否かを検討- 16 -する。 同日の被告人の行動を見ると,まず,午後3時15分には警備会社に電話しているが,これは,DE方が中国人から狙われたことを受け,同方のセキュリティを向上させる目的で,DE方でかけたものと認められる。次に,被告人とAとは,午後3時46分,同55分,午後4時42分,午後5時17分,同19分,同26分と断続的に通話をしているが,このAと被告人とが通話している時間帯には,両名は会っていなかったものと認められる。その後ほどなく,両名は,用心のため組事務所に泊まることとしたDE夫婦が寝るための布団をDE方から運んだ(これは,Aと被告人との間では午後6時台の通話記録がないことにより裏付けられている。)。 それから,Dは,午後7時8分及び36分の電話で友人であるWを夕食に誘い,Aが,午後7時37分に焼肉店rに予約の電話を入れた後,被告人も,DE夫婦らとともに出かけた。したがって,被告人がAとpマンションで会っていたとすれば,その時間帯は,午後3時55分の通話の終了後,次の午後4時42分の通話前の約47分間しか考えられない(検察官主張のように,午後3時 かけた。したがって,被告人がAとpマンションで会っていたとすれば,その時間帯は,午後3時55分の通話の終了後,次の午後4時42分の通話前の約47分間しか考えられない(検察官主張のように,午後3時57分の被告人の韓国人女性への電話が同女をpマンションから退出させるためのものであったすれば,その裏付けとなり得る。)。 また,午後3時49分44秒にDE方から被告人の携帯電話番号と矛盾しない電話番号(090-329…)に電話がかけられているが,この通話の開始は,Aと被告人との通話が終了した午後3時49分42秒の2秒後である。そして,検察官主張のように,これが被告人の携帯電話のキャッチホン機能によりAとの通話が終了したものであるとすれば,DE方からの通話は被告人宛てのものであって,被告人はその時点では既にDE方から退去していたことになる(ただし,検察官が主張するキャッチホン機能の使用状態については,通話記録しか裏付けがないから,直ちにそれが- 17 -Eから被告人への通話であったと断定することはできない。)。 一方,被告人は,午後2時ころから午後5時ころまでDE方にいた旨供述する。しかし,被告人は,本件直後を含む捜査段階では,午後3時すぎないし午後4時にはDE方から帰宅した旨供述していた。したがって,被告人の弁解は,そのままには信用できない。 そうすると,午後4時台であれば,被告人がDE方を退去した後にAと会い,一緒にけん銃の指紋をふき取ることが可能であったということができる(ただし,実際に同所においてけん銃に付着した指紋をふき取る作業をしたという事実は,A供述なしには認定できない。この点に関するA供述の信用性については,後に第4の2(2)アで検討する。)。 なお,検察官は,午後4時28分のAからsサッシへの電話について被告人が具体的かつ詳 事実は,A供述なしには認定できない。この点に関するA供述の信用性については,後に第4の2(2)アで検討する。)。 なお,検察官は,午後4時28分のAからsサッシへの電話について被告人が具体的かつ詳細に供述している点を捉え,この供述自体,被告人が午後4時台にAと行動をともにしていた事実を強く推認させる,と主張する。しかし,被告人の供述は,全体として専ら純粋な記憶に依拠したものではなく,通話記録を検討しつつ,推論を重ねながら,いわば理由を後付けした説明であることが容易に見て取れる。したがって,その電話の用件が被告人の記憶に残っているとは思えないから,上記供述そのものは,被告人がAの側にいたことの裏付け証拠にならないというべきである。 (4)oダムへの道順確認Aは,午後10時51分から午後11時28分までの間,Sと射水郡大島町《現在は射水市》内のホテルを利用していたこと,その間,被告人は,午後11時24分,Aに電話をかけたこと,その後,Aは,午後11時50分前後に一人で被告人方を訪れ,午後11時59分以降,被告人方の電話でOに対し,けん銃等の受渡場所であるoダムまでの道順を聞いて確認したことが認められる。 しかるに,当時の状況下で,本件と無関係の者にその準備の一部でも関与- 18 -させることは,発覚と同時に事件との関連性を疑われることになるから,相当高いリスクを伴うところ,Aは,本件準備行為の中核部分であるけん銃受渡しを目的とする行為について被告人を手伝わせている(被告人は,事後的にではあるが,AからOへの口止めの相談を受けたと供述している。)。また,Aは,Sとホテルに入ってからさほど時間が経っていないのに,被告人からの電話を受けた約4分後にはあわただしくホテルを出て,深夜にもかかわらず,すぐさま被告人方を訪れている。これらの事情に )。また,Aは,Sとホテルに入ってからさほど時間が経っていないのに,被告人からの電話を受けた約4分後にはあわただしくホテルを出て,深夜にもかかわらず,すぐさま被告人方を訪れている。これらの事情に照らせば,午後11時24分の電話及び被告人方でのけん銃受渡場所であるoダムへの道順確認は,本件当時,被告人がAの犯行計画を既に知っていたことを強く推認させる間接事実であるというべきである。 ただし,Aは電話の相手であるOへの口止めが必要であったことに照らし,Oは本件に関与していないと認められるから,本件と無関係の者が犯行準備に関与するのを避けるという観点からすると,Aないし被告人の行動は一貫していないともいえる。したがって,上記道順の確認をもって直ちに被告人とAとの共犯関係を推認することはできない。 (5)甲車パンク時のやり取りAが被告人方から退去した後,本件当日午前8時52分にAから電話するまでの間,被告人が自宅の電話及び通常使用している携帯電話でAと通話した記録は一切見当たらない。この時間帯は,正にAが実行犯であるBらと落ち合い,凶器であるけん銃を引き渡すなどの重要な役割を果たしている場面を含んでいる。被告人が本件に関与していたと仮定すると,けん銃の受渡場所の確認のためにAを自宅まで呼びつけるという慎重な態度をとったはずの被告人が,実行犯へのけん銃の受渡しという本件の成否を左右する重要な事柄について,Aに報告を求めたり被告人から確認の連絡を欲しなかったということは,通常考えられない。そうすると,この点は,共謀の成立を否定する間接事実であるというべきである。 - 19 -のみならず,上記第2の9のとおり,本件当日午前5時25分ころ,L運転の甲車のタイヤがパンクするというアクシデントが発生した。そして,実行犯の使用する車が走行困難になっ うべきである。 - 19 -のみならず,上記第2の9のとおり,本件当日午前5時25分ころ,L運転の甲車のタイヤがパンクするというアクシデントが発生した。そして,実行犯の使用する車が走行困難になったことは,犯行計画を完遂する上で大きな障害になる。ところが,Aは,Bからその旨の電話連絡を受けたにもかかわらず,被告人に対する報告や連絡を一切していない。仮に,被告人が首謀者の一人であるならば,Aは,被告人に連絡を取ってしかるべきである。しかし,Aは,本件と何の関わりもない身重の妻(当時妊娠8か月)に対し,Bとの連絡役を依頼したにとどまる。したがって,この点は,共謀の成立を強く否定する間接事実といわなければならない。 (6)午前9時台の組事務所への立寄りAは,BらがD殺害に成功したときは,BからAに電話の呼出音を1回鳴らす(以下「ワンコール」という。)よう頼み,被告人にもそのことを伝えており,本件当日午前9時30分ころ,Bから自分の携帯電話にワンコールがあったので,組事務所の外で,被告人にそれを伝えた,と供述する。そこで,Aが組事務所で被告人にBからのワンコールを伝えることができたか否かを検討する。 まず,ワンコールの時期については,弁護人は,Lの証言等に基づき,早くとも午前9時40分ころと主張するが,通話記録には表示されておらず,Aの携帯電話の着信履歴もないのであるから,本件の証拠上は,午前9時30分すぎとしか認定できない。 次に,当番日誌には,被告人は,本件当日午前9時30分に組事務所へ来た旨記載されているところ,当番日誌の記載は,上記(2)のとおり,おおよその時刻という限度では十分に信用することができる(ただし,Aが本件当日午前8時に組事務所へ来た旨の記載については,もっと早かった可能性がある。)。そして,被告人は,午前9時39分に とおり,おおよその時刻という限度では十分に信用することができる(ただし,Aが本件当日午前8時に組事務所へ来た旨の記載については,もっと早かった可能性がある。)。そして,被告人は,午前9時39分にはAに,午前9時40分には組事務所に,それぞれ電話をかけている。 - 20 -一方,被告人は,午前9時台に組事務所へ立ち寄ったこと自体は認めながら,BからAにワンコールがあったと思われる時間には,既に組事務所から立ち去っていた旨弁解する。しかし,検察官指摘のような当番日誌の記載と通話記録との一致状況に照らすと,記載の順序が正しければ,被告人が組事務所に来たのは,午前9時20分以降と認められる。しかも,被告人は,本件直後を含む捜査段階では,午前9時25分ころ組事務所に行き,約10ないし15分間いた旨供述していた。したがって,被告人の弁解は,たやすく信用できない。 これらを併せ考えれば,被告人はワンコールのあった午前9時30分すぎの時間帯に組事務所にいたことを認定することができる。そうすると,Aが被告人にBから受けたワンコールを報告することは可能であったと認められる(ただし,実際にAが組事務所で被告人にワンコールがあったことを報告したという事実は,A供述なしには認定できない。この点に関するA供述の信用性については,後に第4の2(2)ウで検討する。)。 なお,Aは,本件当日朝,被告人に対し,DE夫婦を金沢東警察署まで送っていくように依頼したことは認めているから,被告人の午前9時半ころ組事務所に行った理由が,本件実行時のアリバイ作りにあったように推認すべきではない。 本件前の被告人らの行動等(1)lホテル等における外国人捜し上記第2の4のとおり,A及び被告人は,平成11年ころから,殺人を請け負う外国人の紹介を知人等に依頼するなどしている。特 ではない。 本件前の被告人らの行動等(1)lホテル等における外国人捜し上記第2の4のとおり,A及び被告人は,平成11年ころから,殺人を請け負う外国人の紹介を知人等に依頼するなどしている。特に,平成12年1月24日のlホテルでのBとの面談は,その後,Bとの間でDE方襲撃計画が進められ,更に本件に至ったという経緯に照らすと,本件の準備行為であるとも位置づけられる。そうだとすれば,被告人も,本件の準備行為をAと共同で行っていることになるから,被告人とAとの共犯関係を推認させる間- 21 -接事実ということができる。 しかし,A及び被告人が同日lホテルに宿泊したのは,翌日にDE夫婦とゴルフに出かけるためであり,その参加者全員が同宿している。そのような状況で,D殺害のための外国人の紹介を依頼することは,その場面をDらに見咎められて会話の内容を問い質されるおそれもある。したがって,A,被告人及びBが,あえてその場でDの殺害に関する話をすべき理由は見出し難い。 しかも,このとき,Bから実行犯の紹介を拒絶されたわけではないのに,Aは,その後一人でGに対しても,殺害対象がDであることを告げずに,その実行を依頼している。これは,それまで被告人とAが専ら外国人を実行役とする依頼をしてきたことと符合しない(かえって,弁護人主張のように,Aの単独計画であったことを疑わせる。)。 一方,被告人は,これらの外国人捜しにつき,その概要は認めながらも,t会の内部抗争(跡目争い)に備えるためであって,Dの発案,指示によるものである旨弁解している。この点につき,検察官は,抗争等の準備として外国人を雇い入れる必要性は乏しい状況であった,と主張する。しかし,t会2代目会長が死亡した平成13年11月には,d組組長代行のXが死亡したことやAがDからサイレンサー付き自動 ,抗争等の準備として外国人を雇い入れる必要性は乏しい状況であった,と主張する。しかし,t会2代目会長が死亡した平成13年11月には,d組組長代行のXが死亡したことやAがDからサイレンサー付き自動式けん銃の購入を指示されていたということに照らすと,抗争勃発の危険がない状況であったとはいえない。 したがって,被告人の弁解を虚偽のものと断定することはできない。 そうすると,これらの外国人捜しをもって直ちに本件の準備行為と位置づけることはできないというべきである。 (2)Bの来訪時の対応上記第2の5(3)のとおり,平成12年6月1日,BがAの招きに応じて高岡市まで出向いた際,Aは,Bに対し,中国人マフィアを実行役とするD殺害を依頼し,当夜,DE方等を下見し,夕食時も,Dらの悪口を告げるな- 22 -どして,4時間半以上誰とも電話連絡を取らないで,誠に熱心に殺害依頼を続けていた。これに反し,被告人は,同日,石川県内へゴルフに出かけていて,Bとは会っていないし,翌朝の見送りもしていない。のみならず,Aとの電話のやり取りすら,午後6時30分台に1往復があっただけである。このように,D殺害の了解を得てDE方襲撃計画を合意,立案するという極めて重要な場面において,被告人の関与が皆無に等しいことは,この当時,被告人が本件に全く関与していなかったことを強く推認させる間接事実であるということができる。 もっとも,Aは,被告人も飲食店uでBと会食しながら面談する予定であった,と証言する。しかし,実際にAがBと夕食を摂ったのは,焼肉店vであった。しかも,被告人のゴルフ場の精算時間が午後6時20分であったことからすると,被告人が高岡市に帰着するのは,午後8時前後と遅くなる。 さらに,Bは,Aが被告人を電話で呼び出そうとするのを,何回か断ったと証言する。これらを フ場の精算時間が午後6時20分であったことからすると,被告人が高岡市に帰着するのは,午後8時前後と遅くなる。 さらに,Bは,Aが被告人を電話で呼び出そうとするのを,何回か断ったと証言する。これらを併せ考えると,被告人がAからBとの飲食の話を聞いていたとしても,被告人にはBとの会食をする事前の約束や具体的予定はなかったと認められる(AがBにD殺害を依頼済みであったという事情は,Bの承諾前である限り,この認定の妨げにならない。)。加えて,Bとの下見の所要時間が30分間というAの説明は,ホテルmから新湊市までの往復時間に照らし,無理といわざるを得ない。したがって,Bの来訪時の被告人の関与をいうA供述は,信用性が乏しいというべきである。 (3)被告人による資金提供の有無Aは,DE方襲撃計画を含む本件の支度金の1500万円は,被告人から提供された旨供述する。そこで,この事実が認定できるか否かを検討する。 確かに,AがBに支度金の一部として800万円を送った同月5日と比較的近接する日に,被告人がAに対し,1500万円を渡したことは,被告人も自認するところであり,十分に認められる。しかし,その時期は,Y及び- 23 -Zの各供述や通話記録等によれば,被告人が同月28日にYから,同月末ころにZから,各750万円ずつ合計1500万円を借り入れた後である可能性が高いと認められる。他方,Aも,同年4月にYから土地売却代金516万円を得ており,この当時,1500万円程度は自分で用立てることが可能であった旨自認している。 そうすると,上記支度金の出所が被告人であると断定することはできない。 本件後の被告人らの行動等(1)上記第2の10(2)のとおり,被告人は,本件後,pマンションにおいて,Aと二人で本件弾分け作業をしたほか,Aは,逃走に先立ち,被告人と 断定することはできない。 本件後の被告人らの行動等(1)上記第2の10(2)のとおり,被告人は,本件後,pマンションにおいて,Aと二人で本件弾分け作業をしたほか,Aは,逃走に先立ち,被告人と本件に関する会話をテープに録音していたことが認められる(ただし,会話の趣旨は明確でないから,その内容から事前共謀の成立を認定できるものではない。)。これらの事実に照らし,その当時,被告人が,Aの本件への関与を知るに至っていたことは明らかである。 しかるに,Aが,本件のように極めて重大悪質な事件について,差し迫った必要もないのに,共犯者以外の者に自己の関与を打ち明けることは,常識的には考えられない。したがって,これらの事実は,被告人が,本件前からAの関与を知っていたことを推認させる間接事実であるということができる。 (2)被告人の弁解の要旨被告人は,(本件前にはDE方襲撃計画にもDE夫婦殺害にも全く関与していなかったが,)DE夫婦の写った本件写真等を中国人が持っていたという話などから,どうも腑に落ちない点が幾つもあり,もしかするとa一家の中にDE夫婦殺害に関与した人間がいるかもしれないと思った。 そこで,被告人は,DE夫婦の葬儀が終わった後,同年7月17日か18日の夕方,Aを誘い出し,車の中で「オヤジの件何か変でないか。」と言った。この時,Aのことを全く疑っていなかったが,Aが急にうつむいて黙り込んでしまったため,本件への関与を疑って追及したところ,実行犯を手引- 24 -きした旨告白した。被告人は,怒りがこみ上げてきて,Aの顔面等を多数回殴りつけた。Aは,涙を流しながら,「がまんできずにやってしまった。Bに頼んでやってもらった。」と言った。被告人は,a一家を存続させることを優先してしまい,Aに対し,「このことは聞かなかったことにする。」と た。Aは,涙を流しながら,「がまんできずにやってしまった。Bに頼んでやってもらった。」と言った。被告人は,a一家を存続させることを優先してしまい,Aに対し,「このことは聞かなかったことにする。」とだけ言った。 その後,Aが話してくる本件の中味を聞いた。被告人は,同じ組員同士である上,事件にふたをしてしまった引け目もあったので,もしAが本件で逮捕されたりすれば,Aの弁護料を負担し,Aの家族にも生活費を渡して面倒を見るという約束をしていたが,何もしなかった。 (3)検討検察官は,被告人の供述するDE夫婦に対する思いとは全く矛盾する行動を取っているのであって,本件後の被告人の行動は,被告人のDらに対する思いの軽さを物語るものであり,また,被告人が本件に関与していたことを強く推認させるものである,と主張する。 確かに,被告人は,これまでDE夫婦に多大の恩義がある旨強調しているにもかかわらず,AがDE夫婦殺害に関与したことを知らされながら,他方で,Aへの制裁は告白直後に殴りつけたにとどまり,その後警察にもa一家の上部団体にも全く相談せず,かえってAに資金援助の約束までし,さらに,Aの破門後は跡目を継いで自らa一家の組長に就任しているのであって,被告人の言行に不一致があることは明らかである。 そして,被告人は,真相を知った時点で直ちにAを殺害するなどの峻烈な報復ができなかったために,逆に事件にふたをするしかない状況に追い込まれてしまった,時間の経過により自らの安定した生活を守ろうとする保身の意識も強くなり,Aと秘密を共有しているかのような感覚も抱いていた,とも弁解する。このような被告人の弁解は,一般論としては,合理性に乏しく,いささか不自然であるというほかない。しかし,既にa一家の執行部からは- 25 -外れ,自宅の新築中であり,特に経済的 た,とも弁解する。このような被告人の弁解は,一般論としては,合理性に乏しく,いささか不自然であるというほかない。しかし,既にa一家の執行部からは- 25 -外れ,自宅の新築中であり,特に経済的に困窮していたわけでもないという本件当時の被告人の生活状況等に鑑みれば,被告人の弁解が客観的事実と矛盾するわけではなく,また,被告人の行動もあながち了解不能とはいえない。 したがって,被告人の弁解が全くの虚偽であるとは断定できない。 ともあれ,本件の事実認定上,上記(2)の被告人供述の信用性如何は,被告人の本件への関与の有無を推認させる間接事実として位置づけられるにとどまるのであって,これにより被告人との共謀についてのA供述の信用性が直接的に高まるという関係にはない。 間接事実による被告人とAとの共謀認定の可否A供述の信用性を判断する前提として,A供述を除外した間接事実だけで被告人とAとの共謀が認定できるか否かを検討しておく。ここでは,Aと被告人との共謀を推認するための間接事実は,証拠上確実に認定できるものでなければならない。 (1)上記1のとおり,本件前日午前11時すぎから本件当日午前9時30分ころの殺害実行までの間において,被告人がAと共謀を遂げていたことを推認させる間接事実としては,①本件前日の午前中,Dから翌日警察へ事情聴取に出向く旨伝えられたAが,その後比較的近接した時間に被告人に電話をかけていること,②本件前日昼ころ,組事務所において,Aが被告人に会って状況を説明することは可能であったこと,③同日深夜,Aが被告人方を訪れ,本件凶器となるけん銃等をBに引き渡す待ち合わせ場所について確認したこと,④本件当日午前9時30分すぎころ,組事務所において,Aが被告人にBのワンコールを伝えることは可能であったことが挙げられる。 このうち,① るけん銃等をBに引き渡す待ち合わせ場所について確認したこと,④本件当日午前9時30分すぎころ,組事務所において,Aが被告人にBのワンコールを伝えることは可能であったことが挙げられる。 このうち,①,②及び④は,共謀の成立を推認させる間接事実として強いものではなく,特に②及び④については,会話したことまでは認定できない以上,推認力は乏しいといわざるを得ない。また,③は,共謀を推認させる間接事実として相当強力なものではあるが,反面,Aが,Bにけん銃等を渡- 26 -す前後にも,甲車がパンクした旨Bから告げられた後にも,被告人に連絡を取っていないという共謀を否定する有力な間接事実も存在する。したがって,これらの間接事実だけでは,Aと被告人とが本件の共謀を遂げていたことを推認することはできないというべきである。 (2)上記2のような本件前の被告人らの行動を見ても,lホテルでの面談等,共謀の存在を推認させる間接事実があるとはいえ,その証明力の程度はそれほど高いとはいえず,他方,Bが来訪した同年6月1日のA及び被告人の行動には共謀と矛盾する間接事実も認められる。なお,後記第4の3のとおり,被告人にDないしDE夫婦殺害の動機があったことは疑わしい。したがって,本件前の被告人らの行動だけでは,被告人が本件の首謀者であることやAと被告人との間で共謀が成立していたことを推認することはできない。 (3)もっとも,上記3のとおり,本件後の被告人の行動は,被告人がAの本件への関与を知っていたことを示しており,被告人が本件前からAの関与を知っていたことを推認させる間接事実である。しかし,上記のとおり,A供述を除外した間接事実から被告人との共謀を推認することはできないのであり,このことは,被告人の事後的関与についての弁解の不合理性が付加されても,変わりがない 接事実である。しかし,上記のとおり,A供述を除外した間接事実から被告人との共謀を推認することはできないのであり,このことは,被告人の事後的関与についての弁解の不合理性が付加されても,変わりがないというべきである。 そうすると,被告人との共謀内容に係るA供述以外の証拠から確実に認定できる事実には,Aと被告人との共謀を推認させる間接事実も少なくなく,中にはかなり有力なものもあるけれども,他方,共謀を否定する間接事実も看過し得ない。したがって,A供述以外の証拠から認定できる間接事実による限り,Aと被告人との共謀を認定するには合理的な疑いが残るというほかない。 結局,Aと被告人との共謀の成否は,挙げてA供述の信用性如何に依拠することになる。 第4共謀内容に関するA供述による共謀認定の可否- 27 -ここでは,共謀内容に関するA供述の内容を吟味し,本件における中心的争点であるA供述の信用性について判断することにより,被告人との共謀が認定できるか否かを検討する。 共謀成立状況(1)A供述の要旨Aは,本件前日,自宅にいたところ,午前11時2分のDからの電話で,Dが翌日石川県警察金沢東警察署に赴き,逮捕された中国人が所持していた本件写真等の確認をする予定になっている旨聞かされた。本件写真の元となったAら4名の写真がA,被告人及びDE夫婦しか所持していないものであったため,Dが本件写真を確認すれば,自己ないし被告人がDE方襲撃計画に関与していたことが発覚し,Dから厳しい制裁を受けることになるため,Bにその旨の連絡をした。そして,Aは,本件前日午前11時17分,被告人に電話をし,被告人から,「Bに言ってすぐやってもらうしかないぞ。」とD殺害を指示されたのを受け,直後のBからの電話で,Dの殺害を早期に実行するように依頼した。 その後,Aは, 11時17分,被告人に電話をし,被告人から,「Bに言ってすぐやってもらうしかないぞ。」とD殺害を指示されたのを受け,直後のBからの電話で,Dの殺害を早期に実行するように依頼した。 その後,Aは,昼ころに組事務所へ行って被告人と会い,Bとの電話の内容,Dら殺害にどのけん銃を使うかなどについて説明した。 (2)検討ア電話での殺害指示本件においては,被告人及びAら関係者の通話記録が存在しており,A供述も,通話記録を踏まえたものと認められる。そして,上記第2の10(4)のとおり,Aの証人尋問が開始されたのは平成15年12月であり,本件から約3年5か月後であるから,記憶喚起の必要は否めず,通話記録を見た上での供述というだけで,直ちに信用性が否定される理由はない。 しかし,相当期間経過後の供述は,通話記録という客観的証拠が存在するだけに,それに整合するよう,自己の記憶を曲げ,あるいは,何ら記憶の- 28 -ない会話を作出して,自己に有利な方向に虚偽の供述をする危険も否定できない。したがって,供述内容が通話記録に符合することのみをもって直ちにその信用性が肯定できることにはならない。 (ア)Aの架電状況の不自然性A供述は,本件前日午前11時2分及び17分の通話の存在とは矛盾しないが,両通話の間の架電状況とは必ずしも符合しない。すなわち,DE方襲撃計画については,Aと被告人とが共謀して,取り分けAが供述するように被告人が主導的な立場で話を進めてきたのであれば,Dからの電話の終了後,直ちに首謀者と名指しする被告人と善後策を協議するのが自然であると考えられるのに,上記第3の1(1)のとおり,Aは,午前11時2分にDから電話を受けた後,T,B及びUに,それぞれ電話した後,Dからの電話の終了から12分あまり後に初めて被告人に電話している。このうち られるのに,上記第3の1(1)のとおり,Aは,午前11時2分にDから電話を受けた後,T,B及びUに,それぞれ電話した後,Dからの電話の終了から12分あまり後に初めて被告人に電話している。このうち,Bへの電話は,Aが供述するように,中国人らが所持していた写真について確認するものであるとすれば,被告人への電話に先立つことも理解し得るが,TやUへの電話については,その必要性が判然としない。しかるに,Aは,当時はパニックになっていたとして,T及びUへの電話自体ないしその内容についてあいまいな供述をするにとどまり,合理的な説明ができていない。 この点につき,検察官は,Tへの電話については,当時,Aにおいて,Dは翌13日にはゴルフに出かける予定であるとの認識であったため,これに同行する可能性の高いTに連絡し,Dの予定について探りを入れたものであって,不自然ではなく,また,Uへの電話についても,Aら4名の写真を撮影したゴルフコンペで一緒であったUに再度同じ写真を入手する方法を模索したのであって,不合理ではない,と主張する。しかし,検察官の主張は,それまでの経過を踏まえてはいるものの,Aの行動は,検察官自身が「混乱の中の悪あがき」という評価しかできない- 29 -程度のものである。どのように取り繕ったとしても,AのT及びUに対する電話が被告人への連絡,相談よりも先に行われることの不自然性は容易に払拭されない。 なお,Aは,再主尋問において,被告人との電話はどこでどうやって話をしようか迷った,午前11時15分にDE方からの電話が自分又は被告人にあったため,その間,自分から被告人に電話しようとしてもできなかったなどと供述する。しかし,この供述も,それまでの通話と異なり被告人との電話だけ場所を移そうと考えたという内容自体が不自然であり,反対尋問で弾 ,その間,自分から被告人に電話しようとしてもできなかったなどと供述する。しかし,この供述も,それまでの通話と異なり被告人との電話だけ場所を移そうと考えたという内容自体が不自然であり,反対尋問で弾劾されたために供述を変遷させた疑いがあるから,にわかに信用できない。 (イ)通話時間の不整合性また,Aは,午前11時17分の通話(通話時間21秒)において,「副長,こんなして写真も挙がっているらしいわ。それでおやじから電話かかってきて,あした11時に金沢東署へ確認しに行くらしい,まずいことになったわ。」と伝えたところ,被告人から,「そんな頭,もしゴルフの写真だったら頭持っておらんやろう。そんなもんBに言ってすぐやってもらうしかないぞ。」と言われ,Aが「それはわかっておるけど,いや,まずいことになったな。」などと言うと,更に被告人から「Bに電話したんか。」などと言われた旨証言する。しかし,これらのやり取りが生の会話として行われた場合,21秒間で終えるのは著しく困難であることが明白である。 この点につき,検察官は,A供述が,電話での会話内容を理由なども込めて分かりやすく説明しようと意識しているからであり,実際に被告人がそれまでの事情を知っているのであれば,説明と指示だけでよく,21秒間の会話で十分である,Aは同日昼過ぎに組事務所へ赴き,同所で被告人と直接話していると認められるが,Aが電話で被告人と話した- 30 -内容は,直接会った際の会話との峻別ができていないからとも考えられる旨主張する。 しかし,検察官の主張は,そのような可能性があるというにとどまり,いずれもA供述に沿わない面があるから,それを前提として,A供述に十分な信用性を認めることはできない。 (ウ)前後の電話の内容の不自然性さらに,Aは,午前11時7分のBへの電話では,Bに どまり,いずれもA供述に沿わない面があるから,それを前提として,A供述に十分な信用性を認めることはできない。 (ウ)前後の電話の内容の不自然性さらに,Aは,午前11時7分のBへの電話では,Bに何とかして欲しいという程度の話をしただけで,D殺害の具体的な依頼まではしていないが,午前11時18分のBからの電話で,Aにこれ以上迷惑をかけられないので,段取りしたら行くから,道具(けん銃)をもう1丁用意してくれなどと言ってきた,と証言する。 しかし,Bは,当初から富山来訪へ積極的な姿勢を示したことを否定しており,Bの証言は,この点では特段の利害関係のないLの証言と一致するから,信用性が高いといえる。しかも,このような流れは,Dが金沢東警察署に行った場合,直ちに疑われるのがBではなくAであることと矛盾するばかりか,Aが午前11時18分のBからの電話の後,29分,36分,50分,56分,57分,58分と午前11時台に立て続けにAの方からBに電話をしていることとも符合しない。仮に,午前11時18分の電話でBからA供述のとおりの話がされたとすれば,その直後に,Aから被告人へBが了解したことの連絡があってしかるべきであるが,Aと被告人との次の通話は午後零時14分の被告人からAへの電話であるから,この点でも,A供述は不自然である。 したがって,Aは,午前11時17分の電話で被告人からD殺害を指示されたことを指摘したいがために,同7分の電話の内容を故意に歪めているのではないかとの疑念が払拭できない。そうすると,A供述の内容は,信用性が高いものとは到底認められない。 - 31 -(エ)被告人の説明一方,被告人は,午前11時17分の電話について,以前高岡市内の繁華街で水商売をしていたN’という人物についてたずねられた,と説明する。これは,上記第2の7 い。 - 31 -(エ)被告人の説明一方,被告人は,午前11時17分の電話について,以前高岡市内の繁華街で水商売をしていたN’という人物についてたずねられた,と説明する。これは,上記第2の7とおり,DE方襲撃計画の実行犯である中国人らの同行者としてNがいたこと,午前11時33分にAから電話を受けたαも,このときN’についてたずねられた旨証言することと符合するから,直ちに排斥することができない。 (オ)小括以上のとおり,被告人からD殺害を指示されたとするA供述は,架電状況,通話時間及び前後の電話の内容に不自然,不整合な面があるから,そのままには信用できない反面,被告人の説明をたやすく排斥できない。 したがって,A供述は,被告人が午前11時17分の電話でAにD殺害を指示したことを認定するには,証明力が不十分というほかない。 イ組事務所での会話について検察官は,当番日誌の記載からして,被告人とAとが組事務所で直接会って話をすることは十分可能であるところ,A供述とB供述との不一致については,Bが高岡に来ることの確認や来る人数とけん銃の調達の点は,午後2時台及び3時台の電話のやり取りの中でも話題になったはずであるから,A供述は,複数の機会にあった会話内容を,記憶の中で組事務所のやり取りに一極化し固定してしまったものと考えられる,と主張する。 しかし,当番日誌の記載は,A供述を裏付けるとはいえ,通話記録の存在と同等であって,A供述の信用性を著しく高めるものではない。しかも,A供述は,信用性の高いB供述の内容と大きく食い違うから,信用性が大幅に減殺されている。そもそも,午前11時17分の電話で被告人から殺害を指示された旨のA供述は,上記アのとおり,信用性が乏しいから,これと一連の経過である組事務所での会話についても,信用性が低いという- 殺されている。そもそも,午前11時17分の電話で被告人から殺害を指示された旨のA供述は,上記アのとおり,信用性が乏しいから,これと一連の経過である組事務所での会話についても,信用性が低いという- 32 -べきである。 そうすると,組事務所での会話に関するA供述は,たやすく信用することができない。 本件前日午後から本件当日実行直後までのA及び被告人の行動(1)A供述の骨子Aは,A及び被告人の行動につき,①本件前日夕方ころ,Bに渡す予定のけん銃の指紋を被告人と一緒にふき取る作業を行い,また,②午後11時24分ころ,被告人から電話で,Bにけん銃を渡すことになっている場所を把握しているか確認されるとともに,被告人方に来るように指示され,被告人方へ行ったが,その際,被告人が被告人方からOに電話し,このとき自分もOと話し,Bとの待ち合わせ場所までの道順を確認し,③本件当日朝,組事務所で,Bからワンコールがあった後,それを被告人に伝えた旨証言する。 (2)検討検察官は,これらの点についてもA供述が信用できる,と主張する。 ア①けん銃ふき取り作業(ア)A供述の要旨本件前日午後の早い時間に,それまで耐火金庫に入れてK方に預けていたけん銃2丁を引き上げてきた。その当時は,パニックになっていたため,その時刻や実際に引き上げたのが自分か自分の若い衆であるβかは憶えていないが,本件当日午前1時27分にKに電話した後に取りに行ったものではない。この電話は,特に用事があったわけではなく,冗談半分にかけたものである。これらのけん銃は,自分が入手した後,被告人とともに試射を行い,その後K方に預けておいたものであったことから,けん銃を引き上げた後,これを本件の凶器としてBに提供するに当たり,本件前日の夕方ころ,pマンションで,被告人の指示により,自 告人とともに試射を行い,その後K方に預けておいたものであったことから,けん銃を引き上げた後,これを本件の凶器としてBに提供するに当たり,本件前日の夕方ころ,pマンションで,被告人の指示により,自分たちの本件への関与の発覚を避けるため,被告人とともにけん銃に- 33 -付いた指紋をふき取る作業を行った。 (イ)検討上記第3の1(3)イのとおり,本件前日午後4時台であれば,A供述に沿うけん銃の指紋ふき取り作業の時間がないとはいえない。しかしながら,A供述は,そのような内容ではなく,作業をした時間については,他の事柄との先後関係も含め,実にあいまいであって,組事務所にDE夫婦の布団を運んだ後という時間的に不可能な時間帯の可能性まで示唆している。 のみならず,A供述は,けん銃の指紋ふき取り作業を行う時間や場所等について被告人との間でいつどのような方法により意思疎通を図ったのかが説明できていない。 しかも,K方に連絡を入れることなく耐火金庫を引き取りに行ったなどという点は,不自然,不合理な内容であって,腑に落ちない。むしろ,上記第3の1(3)アのとおり,本件当日午前1時27分のAからKへの電話は,AがBと落ち合う直前という時間帯やBとの連絡用のプリペイド式携帯電話を使用したことなどに照らし,けん銃を引き取りに行くための連絡であった可能性が高い。ところが,Aは,これを否定しながら,Kへの電話の趣旨について,深夜であるにもかかわらず,特に用件はなく冗談半分であったなどと著しく不自然,不合理な供述をしている。それをAの尋常ではない心理状態とか暇つぶしのようにいう検察官の説明は採用の限りでない。 加えて,Aは,上記第2の10(2)のとおり,同じpマンションにおいて,本件後の平成12年8月中旬ころ,被告人と一緒に本件弾分け作業を行っていることに のようにいう検察官の説明は採用の限りでない。 加えて,Aは,上記第2の10(2)のとおり,同じpマンションにおいて,本件後の平成12年8月中旬ころ,被告人と一緒に本件弾分け作業を行っていることに照らすと,けん銃の指紋ふき取り作業の様子について比較的具体的な供述をしている点も,本件弾分け作業の場面における記憶を,意図的に本件前日のけん銃の指紋ふき取り作業にすり換えて供- 34 -述したとの疑いが払拭できない。 そうすると,本件前日午後早い時間帯にK方からけん銃を引き上げ,被告人と指紋をふき取ったとするA供述は,信用性に欠けるというべきである。 イ②けん銃受渡場所の確認(ア)A供述の要旨本件前日夜,Sとホテルにいたところ,午後11時24分ころ,被告人からの電話で,Bにけん銃を渡すこととなっている場所を把握しているか確認されるとともに,被告人方に来るよう指示され,ホテルを出て一人で被告人方に赴いた。その際,被告人がOにかけた電話で,自分がOと話し,Bとの待ち合わせ場所であるoダムまでの道順を聞いた。 (イ)検討上記第3の1(4)のとおり,Aが本件前日夜,Sとホテルを利用していたこと,午後11時24分に被告人がAに電話をかけ,その直後にAがホテルを出て被告人方に赴き,同日午後11時59分に被告人が同人方からOに電話をかけ,OがAからoダムまでの道を聞かれたことは優に認められ,これらの事情は,被告人の本件への関与を強く推認させる間接事実であって,A供述の裏付けとしても相当に有力なものといえる。 ただし,通話記録によれば,午後11時41分,Aが被告人に電話をかけていることも認められ,これは,午後11時24分の電話で被告人に呼び出されたとするA供述とは必ずしも符合しない。 一方,被告人は,午後11時24分のAへの電話については,組事務 が被告人に電話をかけていることも認められ,これは,午後11時24分の電話で被告人に呼び出されたとするA供述とは必ずしも符合しない。 一方,被告人は,午後11時24分のAへの電話については,組事務所に宿泊したDE夫婦が就寝したことを伝えるものであり,同41分の電話についても,Aから被告人方へこれから行ってよいかたずねられたものである旨供述している。この供述自体,記憶に基づくものか疑わしいとはいえ,当時Aがa一家の若頭であったことや上記電話の時間帯に- 35 -照らせば,それなりに納得できる説明である。 また,上記第3の1(5)のとおり,被告人は,Aが被告人方から帰ってから本件当日の午前8時52分にAからの電話を受けるまでの間,Aを含む何人との間でも,一切電話連絡を取っていないことが認められ,本件の首謀者の一人の行動としては著しく合理性を欠き,甚だ不自然なものといわなければならない。 もっとも,Aは,被告人が通常夜間は携帯電話の電源を切っているため,連絡しなかった旨供述する。しかし,被告人は,現役の暴力団組員であって,a一家だけでなく,その上部団体であるd組でも幹部として活動していたのであるから,常日頃夜間には携帯電話の電源を切っているということが理解し難い(もちろん,被告人自身,これを否定する。)。仮に,Aが何らかの事情で被告人の携帯電話にはかけられなかったとしても,被告人方の加入電話にかけることはできたはずである。 これらの事情を総合すれば,けん銃受渡場所の確認に関するA供述は,有力な裏付けもあるが,決定的に高度な信用性を有するものとまではいえない。 ウ③ワンコールの伝達(ア)A供述の要旨Aは,BらがDら殺害に成功したときは,BからAにワンコールを入れるよう頼み,被告人にもそのことを伝えていた。そして,本件当日午前9時30 いえない。 ウ③ワンコールの伝達(ア)A供述の要旨Aは,BらがDら殺害に成功したときは,BからAにワンコールを入れるよう頼み,被告人にもそのことを伝えていた。そして,本件当日午前9時30分ころ,Bから自分の携帯電話にワンコールがあったので,組事務所の外で,被告人にそれを知らせた。被告人は,間もなく組事務所から出て行ったが,自分に電話をかけてきて,携帯電話を処分した方がいいと言ってきた。それで,Bとの連絡に使っていた携帯電話を処分した。 (イ)検討- 36 -上記第3の1(6)のとおり,当番日誌の記載からして,被告人とAとが組事務所で直接会って話をすることは十分可能である。そして,A供述は,当番日誌の記載及び通話記録によりある程度裏付けられている。 しかし,上記のとおり,本件前日から本件に至るまでのA供述は,信用性が乏しいことを前提とすれば,この部分についてだけA供述に高度の信用性を認めることはできない(弁護人も,A供述は作り話であるとして,その内容の不自然・不合理性やV証言との矛盾等を指摘する。)。 そうすると,この点に関するA供述の信用性も,十分でないというべきである。 本件の発端・動機(1)A供述の要旨Aは,本件の発端について,次のように証言している。 被告人は,平成9年末ころ,肝炎の病状が芳しくない状態にあったにもかかわらず,DからIの暴力事件の仲裁を命じられたこと,平成10年春ころ,若い衆の行動に腹を立てたDから叱責されたこと,同年秋ころ,自分に対して含み笑いしたと立腹したDから謹慎させられたことなどが重なった。そのころ,組事務所前の焼却炉付近において,被告人からまじめな顔で,「おやじやっちゃうか。」などとDの殺害を持ちかけられたが,このときAは,「まさかそんなことできんやろうね。」などと答えたにとどまっ のころ,組事務所前の焼却炉付近において,被告人からまじめな顔で,「おやじやっちゃうか。」などとDの殺害を持ちかけられたが,このときAは,「まさかそんなことできんやろうね。」などと答えたにとどまった。その後,fやhでの事件等の出来事が重なり,また,被告人と二人で実行犯を捜すため,伏木港等で外国人マフィアに関する情報を聞き出そうとしたり,平成11年の冬ころ神戸のJのところへ行ったり,平成12年4月にGに殺害を依頼したりした。同年1月にBとlホテルで会ったのも,同様の目的であり,被告人の発案である。 Aは,被告人がDから疎んじられていることなどに同情したことなどから,Bとの面談後には上部団体に相談するなどの回避策を提案したものの,被告- 37 -人に受け入れられず,従前からの被告人のDを殺害する意向に同調した。 (2)Dと被告人との関係まず,検察官は,A供述を前提として,本件犯行計画の背景には,Dの気性の激しさ及び強引な組織運営があり,被告人及びAは,Dの平素の行動に不満や恨みを持ち,Dを疎ましく思っていた,と主張する。 確かに,上記第2の2のとおり,平成10年の春から秋にかけて,数回にわたり,被告人がDから叱責を受けたこと,平成11年には,被告人の行動に立腹したDが,被告人に激しい制裁を加えたことが認められるから,被告人がDを恨んで裏切った可能性も十分に考えられる。しかし,これらは,いずれも本件より2年ないし数か月前の出来事であるから,Dへの殺意や共謀と直接的に結びつくものと認めるのは困難である。しかも,Dが被告人の不始末のせいで1000万円もの大金を支払ったことは,被告人がDに恩義を感じていたことを推認させるから,Dに対する殺意と矛盾する事情といえる。 したがって,検察官主張のような被告人のDに対する個人的悪感情が直ちに本件の動機 円もの大金を支払ったことは,被告人がDに恩義を感じていたことを推認させるから,Dに対する殺意と矛盾する事情といえる。 したがって,検察官主張のような被告人のDに対する個人的悪感情が直ちに本件の動機につながるものとは認められない。 そもそも,被告人は,Dとの関係が17年間以上に及び,そのうち約13年間は若頭として組長であるDに付き従ってきたのであって,Dの性格を熟知していたと認められる。そして,被告人は,DE夫婦と日頃から頻繁に富山県内外のゴルフ場に出かける仲であった。DE夫婦は,DE方が中国人らに狙われていた疑いが強いことを知り,本件当日,事情聴取のため金沢東警察署に出向く際にも,Dの運転手であるPではなく,被告人に運転をさせる意向であったことが認められる。したがって,Dと被告人との関係は,悪化していなかったことが推認でき,少なくとも,DE夫婦の方では被告人を疎ましく思っている素振りなどうかがえない(本件前後にa一家の組員であった者も,Dが被告人のことを毛嫌いしていた様子は見られなかったと証言する。)。 - 38 -一方,被告人は,検察官が指摘する個々の事実について,その概要を認めつつ,それらはDに恨みを抱く事情とはならないことを具体的な根拠を挙げて説明している。この説明は,直ちに否定できるような証拠がないから,それなりに信用してもよい。 そうすると,A供述中の事情は,被告人がDを恨む理由となり得るとはいえ,被告人が過去の出来事からDを恨んで殺意まで抱いていたというA供述は,たやすく信用できない。 (3)a一家の支配権獲得の意図,目的次に,検察官は,被告人及びAがa一家組織の実権を把握し得る立場にあり,現実にa一家の支配権を掌握した,と主張する。 ア被告人の関与の不可欠性検察官は,被告人の関与が本件犯行に不可欠な要素であったこと ,検察官は,被告人及びAがa一家組織の実権を把握し得る立場にあり,現実にa一家の支配権を掌握した,と主張する。 ア被告人の関与の不可欠性検察官は,被告人の関与が本件犯行に不可欠な要素であったことを強調し,その根拠として,Aと被告人とでは,a一家内外での暴力団組員としての実力,影響力に相当の差があり,Aが単独でa一家の組織掌握を画策したとしても,それを果たせる可能性は極めて低く,かえって,D殺害を疑われることになれば,被告人やその影響力の強い組員からの反発を受け,自己の地位だけでなく,生命・身体も危ういものとなる,と主張する。 確かに,被告人は,a一家の執行部には入っていなかったものの,上部団体であるd組の若頭補佐の地位にあったことやその経歴,配下の若い衆の数等に照らし,実質上a一家において,Dに次ぐ地位にあったと認められ,Dが亡きものとなれば,a一家組長の跡目を継ぎ,その支配権を獲得できる最も有力な立場にあったことは明らかである。反面,A単独での組織掌握が困難であろうことは検察官指摘のとおりであって,a一家の中心的存在である被告人がa一家組長への就任を固辞しなければ,後記第5の3のようなAの人物像に鑑みても,Aがその地位に就くことは考えにくい。 したがって,D殺害の限度では共謀を認めているAが,被告人を引き込ん- 39 -だというのであれば,それなりに理解できる。 しかし,Aは,自分は始終一貫して消極的であって,被告人の指示に従っていた旨証言する。被告人に組織掌握や経済的利益獲得の意図があったとの検察官の主張を強調していくと,かえって,被告人がAを共謀に引き入れる必要性は乏しくなるはずである。したがって,検察官の指摘は,A供述の信用性を低下させる方向にも作用し得る。 そうすると,被告人の関与が本件に不可欠であったことは,A供述の信 人がAを共謀に引き入れる必要性は乏しくなるはずである。したがって,検察官の指摘は,A供述の信用性を低下させる方向にも作用し得る。 そうすると,被告人の関与が本件に不可欠であったことは,A供述の信用性を高めるものではない。 イa一家の支配権の獲得そして,検察官は,被告人が,Aをa一家の2代目組長に就任させ,D亡き後のa一家の実質的な支配者として君臨した,と主張する。確かに,被告人は,上記アのような本件当時の状況に照らすと,a一家の実質的な支配力を有しており,Dの後継者としても最有力であったといえる。しかし,被告人は,実際にd組の組長らから真っ先にa一家の2代目組長への就任を打診されたにもかかわらず,あえて組長就任を固辞している。少なくとも,上記第2の10(4)のテープの会話からは,Aが被告人に服従していたような様子や雰囲気は感じられない。a一家の実力者である被告人がD死亡後も在籍を続けていたというだけで,2代目組長のAをいわば傀儡としてa一家の実効支配をしていたと評価できるかどうかは疑問とする余地がある。 また,検察官は,A検挙後,被告人がa一家の3代目組長となって,名実ともに組織の頂点に立っている,と主張する。確かに,被告人は,組長就任こそ固辞したものの,a一家に在籍を続け,Aがa一家を破門された後には,a一家の3代目組長に就任しているから,a一家の組織運営に全く興味,関心がなかったとはいえない。しかし,被告人の3代目就任は,本件から2年以上経過した後,しかも,組長であるAの逮捕という暴力団- 40 -組織にとって危機的な事態を迎えた後のものである。したがって,本件当時,被告人がそのような事態まで想定して本件に及んだとは考え難い。 そうすると,被告人のD殺害の動機がa一家の支配権獲得にあったというのは疑わしい。 ウ経済的利益 後のものである。したがって,本件当時,被告人がそのような事態まで想定して本件に及んだとは考え難い。 そうすると,被告人のD殺害の動機がa一家の支配権獲得にあったというのは疑わしい。 ウ経済的利益の獲得また,検察官主張のとおり,DE夫婦の資産は,Dがa一家の組織的活動又はこれを背景に行った貸金業で築き上げられたものと認められるから,a一家には相当の利益生産力があったといえる。したがって,本件の共犯者,特に首謀者は,本件犯行の成功により,相当大きな経済的利益を期待するのが当然であり(実行犯のBでさえ,1億円の報酬を期待していたという。),現実にも得られたはずである。 しかし,被告人は,本件後,DE夫婦の保有資産等から直接経済的な利益を得たことはない。しかも,本件によってe商事に関連する利益を実際に獲得したのはAであるのに対し,被告人にはせいぜいAから貸付金1500万円の返済があったにとどまるから,このような不均衡は看過できない。 なお,被告人は,本件当時,w商事という金融業等による収入がそれなりにあったし(Aに融資をするだけの経済的信用もあった。),自宅の新築中だからといって,経済状況がひっ迫していた様子もうかがえない。 そうすると,被告人のD殺害の動機が経済的利益の獲得にあったとは到底認められない。かえって,この点は,Aとの共謀を否定する間接事実であるということができる。 エ被告人のEに対する殺意さらに,検察官は,Eはa一家の運営やe商事に関して大きな影響力を持っていたから,a一家組織の掌握にはEの殺害まで必要であった旨主張する。 - 41 -確かに,Eは,金融業だけでなく暴力団組織の活動にまで口を出し,影響力を有していたと認められる。しかし,Dの殺害後,Eが従前どおり影響力を行使し続けるか否かは予想がつかないから,検察官主張の 1 -確かに,Eは,金融業だけでなく暴力団組織の活動にまで口を出し,影響力を有していたと認められる。しかし,Dの殺害後,Eが従前どおり影響力を行使し続けるか否かは予想がつかないから,検察官主張の前提には,異論があり得る。しかも,被告人は,Eに大変可愛がられていたというのであるから,特別な理由もなくEに対する殺意を抱くとは思えない。したがって,上記主張は採用できない。 (4)Aの本件の動機の有無それでは,弁護人が主張するように,Aが単独でDE夫婦に殺意を抱く動機や理由があり得るか,いわゆるアナザー・ストーリーの可能性について検討する。 アDとAとの関係まず,Aは,Dから厳しく叱責されたことなどから,Dに対して個人的悪感情を抱いていたことが認められる。そもそも,Aは,企業舎弟を経てa一家の正式な組員となった後,短期間のうちに若頭の地位に就くことになったものであって,DE夫婦との付き合いも長くない。そのため,DのAに対する信頼は十分でなく,上記のようなDの性格もあって,Aがその対応に苦慮し,Dから理不尽な仕打ちを繰り返されるうちに恨みを募らせることは十分に考えられる。その際,Aは,長く若頭を務めてDE夫婦からの信頼の厚い被告人と比較される場面があったことも容易に推察される。 したがって,Aの本件の動機がDに対する怨恨にあった可能性は相当高いというべきである。 イa一家の支配権及び経済的利益の獲得次に,Aは,本件後,被告人からの推薦を受けたd組の組長らに打診されるや,躊躇なくa一家の2代目組長への就任を引き受けている。Aは,本件当時,a一家の若頭の地位にあったから,被告人さえ辞退すれば,Dの跡目を継げるという思惑があったことが推認できる。そして,2代目組- 42 -長となったAは,e商事に関連する利益を含め,種々の経済的利益を現 家の若頭の地位にあったから,被告人さえ辞退すれば,Dの跡目を継げるという思惑があったことが推認できる。そして,2代目組- 42 -長となったAは,e商事に関連する利益を含め,種々の経済的利益を現実に獲得することができた。加えて,Aは,a一家の名称を自分の名前の一文字を付けたq会に変更していることも認められる。したがって,Aによるa一家組織の掌握は,本件の動機と矛盾せず,これを裏付けるものというべきである。 なお,被告人とAとのa一家における立場の違いは,Aが単独で本件を計画したことの妨げにはならない。 ウ当時の経済状態また,Bは,Aから,自分がDに紹介した土建屋に3000万円を貸し付けたところ,同人が行方不明になったために,DからAの方で全部責任を持てと言われ,何とかしなければいけない旨聞かされた,と証言する。 これに対し,Aは,平成11年12月にDから1000万円を借りたが,平成12年6月までに完済した,土建屋への貸付けの話自体がない,と否定する。もっとも,Bは,上記のとおり,Aに悪感情を有しているため,その信用性については慎重な検討が必要である。しかし,その供述内容が具体的であること,AがBにD殺害を依頼する際,DE夫婦の悪口を並べ立てていた状況と符合すること,AとDとの関係自体はB自身の刑責に特段の影響を及ぼさないことに照らせば,Bの証言はそれなりに信用することができる。したがって,この点も,Aの本件犯行の動機を裏付けるものということができる。 エAのEに対する殺意ところで,Aは,自身の公判及び当公判廷において,D殺害の共謀は認めるものの,Eへの殺意はなく,BにEの殺害を依頼したこともないなどとしてE殺害の故意及び共謀を否認する。しかし,Aは,本件写真をBに送付した時点では,E殺害を未必的に認識していたと認められる。の めるものの,Eへの殺意はなく,BにEの殺害を依頼したこともないなどとしてE殺害の故意及び共謀を否認する。しかし,Aは,本件写真をBに送付した時点では,E殺害を未必的に認識していたと認められる。のみならず,DE方襲撃計画の発覚を防ぐためには,本件写真の存在を知ってい- 43 -たEの殺害も必要であったと認められる。したがって,少なくとも本件前日の段階では,AがE殺害を認識かつ認容し,その旨BとE殺害の意思を相通じていたことは優に認定することができる。A供述は,E殺害の共謀を否認することにより刑責の軽減を意図したものと認められるから,信用できない。 なお,Bは,6月2日の夜,Aから電話があり,Eの殺害も依頼された旨供述する。しかし,同日夜間,AからBにかけられた唯一の電話である同日午後8時37分の通話が53秒間と比較的短いことや,BとAとでは報酬額について理解が食い違うことなどに照らし,この点はそのままには信用できない。そうすると,Aが,Eに対しても,DE方襲撃計画の当初から確定的な殺意を有していたことまでは認定できない。 オ小括以上のとおり,Aが,単独でDE夫婦に対する殺意を抱くことも十分に考えられるだけでなく,むしろ,その可能性の方が高いというべきである。 弁護人の主張は,理由がある。 (5)殺意の発生時期なお,検察官は,被告人らはa一家組織の支配権を獲得し,継続的に不法な利益を生み出す暴力団組織を自分たちの手中に収めるため,DE夫婦の殺害を決意したものであり,平成12年6月30日以降も引き続き,DE夫婦殺害の機会をうかがっていたところ,本件前日,翌日にDらが金沢東警察署へ写真等の確認に行くと知ったため,自分たちのDE方襲撃計画への関与が発覚するのを阻止する必要が生じ,予定を早めて殺害の計画を実行させた,と主張する。しかし ころ,本件前日,翌日にDらが金沢東警察署へ写真等の確認に行くと知ったため,自分たちのDE方襲撃計画への関与が発覚するのを阻止する必要が生じ,予定を早めて殺害の計画を実行させた,と主張する。しかし,その基本的な目的がa一家組織の掌握にあったという前提に賛成できないことは上記のとおりである。しかも,Aの確定的な殺意の発生時期についても,上記(4)エのとおり,本件前日である可能性が高い。 したがって,上記主張は採用しない。 - 44 -(6)小括A供述中の個々の出来事については,その存在は概ね認められるものの,それだけでは被告人のD殺害の積極的な動機や本件の準備行為性を推認することができない。また,検察官が主張するa一家の支配権や経済的利益の獲得という動機についても,本件後の被告人の行動と明らかに矛盾する点があるから,そのとおりには認定することができない。むしろ,被告人のDE夫婦との関係や感情からして,積極的に被告人のDE夫婦殺害の動機を見いだすことはできない。したがって,被告人の本件への動機が明らかでなく,反面,A単独でもDE夫婦殺害の動機が考えられることからすれば,本件の動機に関するA供述を全面的に信用することはできない。 そうすると,Aとの共謀の前提として被告人が本件の犯意を有していたことを認定することはできない。 第5A供述をめぐる外在的な事情さらに念のため,A供述をめぐる外在的な事情を検討し,その信用性を評価する上での参考にする。 Aが虚偽供述をする動機の有無本件の罪質,態様及び結果等,特に暴力団組員がけん銃を使用して2名を射殺したという凶悪かつ重大な事案であることに照らせば,一般に,関与者には厳罰が科せられ,特に首謀者には極刑が言い渡されることは容易に予想される。 そして,Aは,逃亡を重ねたことから見ても,自分が首謀者 殺したという凶悪かつ重大な事案であることに照らせば,一般に,関与者には厳罰が科せられ,特に首謀者には極刑が言い渡されることは容易に予想される。 そして,Aは,逃亡を重ねたことから見ても,自分が首謀者であると認定された場合,死刑が宣告される可能性が高いことをよく認識していると認められる(現に,Aは,実行犯であるBに対する死刑判決があったことを把握している。)。 そこで,Aが自分に対する死刑宣告を回避するため,自己の刑責を転嫁できる相手としては,a一家の実力者であり,日頃から頻繁に電話で連絡を取り合っていた被告人以外には思い浮かばない。そして,Aに対する証人尋問が行わ- 45 -れたのは,自身の公判の求刑前であるから,その証言により責任転嫁を図ることが可能な時期であった。 反面,Aが被告人の関与について虚偽供述をした場合,被告人ないしその配下の者から報復を加えられるおそれがあるとしても,それは現実的なものではない。すなわち,A自身は,首謀者と認定されずに死刑宣告を回避できたとしても,Bらに働きかけてDE夫婦殺害を実行させたという役割分担等に照らし,無期又は長期の有期懲役刑による服役がやむを得ない。また,Aの妻子に対する危害が想定できるにしても,妻子を置いたまま愛人と一緒に逃亡するような者にとっては,さしたる報復にならない。 これらの事情を前提として利益・不利益を比較すれば,Aは,被告人に刑責を転嫁して自己の首謀者としての刑責を免れるため,被告人を首謀者に仕立て上げる一方,自分の本件への関与をできるだけ低く証言するという虚偽供述をするだけの強い動機があるというべきである。 Aの本件後の行動と自白の時期,理由及び内容上記第2の10(2)のとおり,Aは,本件後,Bとの連絡に用いた携帯電話を処分したり,Bに口裏合わせを依頼したりして実際に罪証 があるというべきである。 Aの本件後の行動と自白の時期,理由及び内容上記第2の10(2)のとおり,Aは,本件後,Bとの連絡に用いた携帯電話を処分したり,Bに口裏合わせを依頼したりして実際に罪証隠滅行為を行っている。また,Aは,別件で自分が逮捕される旨の噂を聞くや,本件についての追及を免れるため逃亡し,その後も再度逃亡している。このように,Aは,これまで幾度となく罪証隠滅工作や逃亡を繰り返しており,自己の刑責を免れようとする姿勢は顕著である。 しかも,上記第2の10(4)のとおり,Aは,本件で逮捕された後も,捜査段階においては,本件への関与を否認していた。加えて,Aが本件への関与を認めるに至った理由は,Bの供述内容をニュースで知り,このまま否認を続けていてはBの言いなりになってしまうと考えたためであるなどというのである。 したがって,真摯な反省悔悟に基づいて早い段階で自白した場合に比べると,Aの自白の信憑性は低いものである。 - 46 -なお,Aは,E殺害についてのBらとの共謀を否認するが,虚偽供述と認められる。もちろん,被告人が首謀者として本件に関与し,Aに種々の指示をしたことについては,それとは場面を異にするから,直ちに虚偽供述として信用性を否定することはできない。しかし,本件に関する重要部分における虚偽供述の存在は,被告人の関与に関するA供述の信用性を判断する上でも,その供述態度ないし傾向として留意する必要がある。 Aの人間性Aは,法廷での証言態度を見ると,口が軽く,よくしゃべることが認められ,また,携帯電話の通話記録からも,大変に電話好きであることが分かる。 そして,Bは,Aについて,「あれポン中(覚せい剤中毒者の意)だから,頭狂ってっから。」,「あのやろう詐欺師でもって,口ぺらぺらでもってうまいんですよ,泣いたり笑った に電話好きであることが分かる。 そして,Bは,Aについて,「あれポン中(覚せい剤中毒者の意)だから,頭狂ってっから。」,「あのやろう詐欺師でもって,口ぺらぺらでもってうまいんですよ,泣いたり笑ったりね。」,と虚言癖があるかのように批判する。 ただし,Bは,報酬額の理解の食い違いや上部団体に対する慰謝料請求によるトラブルのため,Aに悪感情を持っているから,その人物評価が厳しくなるのは避けられない。 また,Iは,Aについて,正式にa一家の組員になる前,覚せい剤を使用して賭博をしていた際,捜索に来た刑事を包丁で人質にして暴れ回ったこと,それとは別に,覚せい剤を使用した状態でa一家組員(被告人とAの間の一時期,若頭を務めたことがある。)のγとのさいころ博打に負けたとき,勝ち逃げするのかなどと言って包丁を振り回し,最後にはDE方まで押しかけたことなどから,また覚せい剤を使用するのではないかなどと心配し,正式にa一家に入れるには反対意見もあった,Aが若頭になった後も,ついていきたいと思う相手では全くなく,人間性的にお金に汚いなど,信用できないと感じた面が多々あった,と証言する。ただし,Iは,元々被告人の若い衆であったから,そのような事情の認定は慎重にすべきである。 いずれにしても,検察官が,「Aが信用を置きがたい人物と評価される傾向- 47 -にあることは,だれの供述を前提としても揺るぎないところである。」と主張するように,Aが周囲の者から信用をおき難い人物であると評価されていたことは否定できない。 捜査官の誘導の可能性なお,警察は,本件発覚直後から,被告人及びAを捜査対象としていた様子がうかがえる。通話記録から判明する頻繁な連絡状況を見れば,Aのみならず被告人までも本件への関与を疑われたのはむしろ当然である。そして,被告人は,平成13年1 ,被告人及びAを捜査対象としていた様子がうかがえる。通話記録から判明する頻繁な連絡状況を見れば,Aのみならず被告人までも本件への関与を疑われたのはむしろ当然である。そして,被告人は,平成13年1月,別件の暴力行為等処罰に関する法律違反で逮捕された際,本件についての取調べを受けたという。しかも,警察は,平成14年10月にA及び被告人の関与を認めるBの供述を得てからは,被告人も事件に無関係なはずはないとの心証を強くしていた。したがって,平成15年1月には,Aの起訴後の取調べで取調官が誘導をした可能性も否定できない。その際,被告人の弁解と対比しながら,A供述の信用性が十分に吟味されていたか否かは不明である。 小括以上のとおり,Aは,被告人との共謀について,虚偽供述により自己の刑責の軽減を図る強い動機がある上,幾度となく罪証隠滅工作や逃亡により処罰を免れようとし,公判段階でようやく本件への関与を認めたものの,E殺害の共謀という重要な部分について虚偽と見られる供述を行い,自己の刑責の軽減を図っている。なお,Aは,周囲の者からも,信用のおき難い人物と評価されている。 A供述は,上記第3,第4のとおり,細部においても全体としても,十分な信用性を備えたものではない上,これらの諸事情をも加えて考慮すると,被告人との共謀に関するA供述の核心部分が信用できるとは到底いえない。 第6 結論 以上のとおり,被告人との共謀内容に係るA供述については,その信用性を- 48 -肯定する間接事実もあるけれども,上記のとおり,いずれも決め手にはならず,共犯者供述の一般的な危険性及びAの主観的な虚偽供述の危険性を踏まえて慎重に検討すると,これに十分な信用性を肯定することはできないというべきである。したがって,被告人がAと共謀し,更にBらと順次共謀を遂げ,Bらに本 な危険性及びAの主観的な虚偽供述の危険性を踏まえて慎重に検討すると,これに十分な信用性を肯定することはできないというべきである。したがって,被告人がAと共謀し,更にBらと順次共謀を遂げ,Bらに本件を実行させたことを認定するには,合理的な疑いが残るといわざるを得ない。結局,被告人に対する本件公訴事実については,その証明が不十分であって,犯罪の証明がないことに帰着するから,刑事訴訟法336条により無罪の言渡しをする。 よって,主文のとおり判決する。 平成18年11月21日富山地方裁判所刑事部裁判長裁判官手崎政人裁判官大野博隆裁判官五十嵐浩介
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