主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告に対し,3275万4929円及びこれに対する平成25年3月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 本件は,原告が,被告が開設・運営しているA病院(以下「被告病院」という。)にて,髄内釘の抜釘手術を受けたことによりMRSAに感染し,その後,消毒等の治療を受けたが難治性となるなどして疼痛が残存したことにつき,被告病院医師らには,(1)MRSA感染の防止措置をとらなかった過失,(2)原告が真性多血症に罹患しており易感染の状態であることを認識し,瀉血等の対処をした上で手術に及ぶべきであったのにこれを怠った過失,(3)イソジンゲルによる消毒をすべきであったのに漫然とピオクタニン洗浄を継続した過失,(4)説明義務違反の過失があり,原告は,これらの過失によって後遺障害を負ったとして,被告に対し,債務不履行に基づく損害賠償請求として慰謝料等の合計3275万4929円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成25年3月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案である。 2 前提となる事実(証拠の記載のない事実は,当事者間に争いがないか,争うことを明らかにしない事実である。書証に付した[ ]内の数字は,当該書証に振られた頁番号を指す。)(1) 当事者等ア原告は,昭和18年○月○日生まれの女性である。 イ被告は,労働者の福祉の増進に寄与すること等を目的として,独立行 政法人労働者健康福祉機構法により設立された独立行政法人であり,被告病院を設置・運営している。 (2) 被告病院での手術ア被告病院への初回の入院原告は,平 と等を目的として,独立行 政法人労働者健康福祉機構法により設立された独立行政法人であり,被告病院を設置・運営している。 (2) 被告病院での手術ア被告病院への初回の入院原告は,平成15年10月2日,a市内の道路にて,乗用車と接触・転倒する交通事故に遭い,被告病院に緊急搬送された。原告は,左大腿骨骨幹部骨折・頭部外傷と診断され,同日,被告病院に入院した(乙A1[4])。 イ原告は,同月6日,被告病院にて,髄内釘固定手術を受け,同年11月17日に抜釘術(1回目)を受けた(乙A3[10,11,14,15])。 ウ原告は,平成16年2月15日(以下,特に断りがない限り,日付は平成16年のものとする。),被告病院を退院し,以後,被告病院に通院することとなった(乙A3[22])。 (3) 被告病院への2回目の入院と手術ア原告は,再度の抜釘術を受けるため,11月25日,被告病院に入院した。同日,原告に対する血液検査(以下,「本件血液検査」という。)が実施され,次のとおりの結果となった(乙A4[2,108,429])。 本件基準値白血球(/μl)87403100~8800赤血球(/μl)754万345万~460万ヘモグロビン(Hb)(g/dl)17.210.1~14.6ヘマトクリット56.1%32~43% (Ht)(%)MCV(μ3)(平均赤血球容積)74.584~102MCH(Pg)(平均赤血球Hb量)22.926.1~35.5血小板(/μl)29.4万12.5~37.5万イ原告は,11月29日,抜釘の手術(2回目)を受けた(以下,「本件手術」という。)(乙A4[109~112])。 (4) MRSA感染 血小板(/μl)29.4万12.5~37.5万イ原告は,11月29日,抜釘の手術(2回目)を受けた(以下,「本件手術」という。)(乙A4[109~112])。 (4) MRSA感染の発覚ア 12月12日,原告の顔面に腫脹が現れた(乙A4[5])。 イ 12月13日,原告に下痢,嘔吐,発熱,発赤などの症状が現れ,その後,原告は,ショック状態に陥ったため,午後3時55分,被告病院ICUに転棟した。ICUでは,トキシックショック症候群(TSS。 黄色ブドウ球菌が放出する毒素等により,高サイトカイン血症となる病態)を念頭に治療等を進め,同日,原告の本件手術の創部(以下,「本件創部」という。)に対して緊急の病巣掻爬手術を実施した(乙A4[6,13,195])。 ウ 12月15日,本件創部の膿から,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が検出された(乙A4[22])。 エ同月20日,原告は,症状が安定したとして普通病棟へ転棟した(乙A4[195])。 (5) ピオクタニンによる本件創部の洗浄の実施被告病院では,12月28日から,ピオクタニンによる本件創部の洗浄が開始されたが,この洗浄は,平成17年2月1日にいったん終了した。 しかし,同月7日に,本件創部の周囲に発赤と痛みが現れたため,被告病院医師は,同月8日から原告に対するピオクタニン洗浄を再開した。同月 10日,同月8日に採取した本件創部の組織の培養検査にてMRSAが再検出されたことが報告された(乙A4[33,47,48,49,269,274,453])。 (6) 真性多血症の診断平成17年5月6日に実施した原告に対する血液検査にて,巨大血小板の出現が認められた。被告病院医師は,この血液検査を受けて,同年6月7日付けで,B病院内科のC医師に原告の精査を依 真性多血症の診断平成17年5月6日に実施した原告に対する血液検査にて,巨大血小板の出現が認められた。被告病院医師は,この血液検査を受けて,同年6月7日付けで,B病院内科のC医師に原告の精査を依頼した結果,同年7月1日付けでC医師より,原告の傷病名について,真性多血症であるとの診療情報が被告病院に提供された(乙A1[9,10],乙A4[511])。 (7) D病院への転院その後も,本件創部の肉芽形成の不良により創治癒が得られなかったことから,原告は,本件創部に対する再手術をD病院にて受けることとなり,平成17年8月9日,D病院へ転院し,同月19日に,本件創部の切除の手術を受けた。その後,同年9月8日のMRI検査にて,同創部に潰瘍の形成が認められたため,原告は,同日,緊急の再手術を受けた(後日,同創部よりMRSAが検出された。)。 その後,同創部が閉鎖したため,原告は,同年11月15日にD病院から被告病院へ転院した。なお,D病院の医師は,本件創部への洗浄に,ピオクタニンではなくイソジンゲルを用いた(乙A1[20,21,24,25],乙A7[26~44])。 (8) 原告の現在の状況原告は,現在も,被告病院に入院中である。 3 争点(1) MRSA感染の防止措置を怠った過失の有無(2) 本件手術前に真性多血症であることを認識し,瀉血等した上で手術に及ぶべきであったのにこれを怠った過失の有無 (3) イソジンゲルによる消毒を行うべきであったのにピオクタニンによる洗浄を継続した過失の有無(4) 説明義務違反(本件手術前に真性多血症であることを説明すべきであったのにこれを怠った義務違反)の有無(5) 過失があった場合,上記過失と原告の症状・障害との因果関係(6) 原告の損害,損害額 義務違反(本件手術前に真性多血症であることを説明すべきであったのにこれを怠った義務違反)の有無(5) 過失があった場合,上記過失と原告の症状・障害との因果関係(6) 原告の損害,損害額 4 争点に対する当事者の主張(1) 争点(1) (MRSA感染の防止措置を怠った過失の有無)について(原告の主張)ア本件手術での消毒義務違反本件手術では,原告の左足大腿部から金属が抜釘されたが,その創部からMRSAの感染が確認された。炎症反応を示すCRP値は,12月6日に0.54であったものが,同月13日には14.1,同月14日には24.7にまで上昇しており,同月13日にはTSSの所見も認められている。 そして,本件手術のわずか4日後の同月3日には,原告に,左眼瞼の膨張やかゆみといった症状が認められた。顔面膨張の症状は,同月12日と同様の症状であることからすると,これはMRSAの発症を表すものであるといえる。したがって,原告は,同月3日にはMRSA感染症を発症していたことは明らかである。なお,本件手術後に,原告が,自ら患部を触るようなこともなく,被告病院の医療従事者がガーゼ交換を行っただけである。 本件手術以前に,原告がMRSAに感染していた形跡はなく,本件手術のわずか4日後にMRSA感染の症状が現れていることからすると,原告は,本件手術中にMRSAに感染したことが明らかである。 被告病院医師らは,本件手術の際に,十分な消毒を施して手術を行う 注意義務を負っていたにもかかわらず,これを怠った。 イ院内感染防止義務違反原告が本件手術の後にMRSAに感染したとしても,被告病院医師らには,次のとおり,院内感染防止義務に違反した過失がある。 黄色ブドウ球菌の患者数は最近でも多く認められており,MRS 染防止義務違反原告が本件手術の後にMRSAに感染したとしても,被告病院医師らには,次のとおり,院内感染防止義務に違反した過失がある。 黄色ブドウ球菌の患者数は最近でも多く認められており,MRSAの分離患者は高齢者が大半を占めている。本件手術は,人工骨頭などの異物が体内に留置されるハイリスク患者の手術であり,また,原告は髄内釘が長期間体内に留置されている易感染状態であったから,被告病院医師らは,原告の感染の危険性を十分に認識していた。そうであれば,被告病院の医療従事者は,院内感染防止のため,原告や医療従事者に対する保菌スクリーニングを行うべきであったが,これを怠った。 (被告の主張)ア本件手術中の清潔操作について本件手術では,術者・助手ともに手洗いを十分に行い,手術用ガウン,手袋,マスクなどを着用し,抜釘を行う術野を十分に消毒した上で手術を開始し,手術終了時に創部洗浄も実施しており,術中の不潔操作は認められない。手術時間も20分と短くスムーズに行われている。また,本件手術の直前に抗生物質(セファメジン)を投与するなど術中感染予防処置がなされている。 イ術後の感染予防について本件手術後の感染症の予防として,被告病院では,原告に対し,術中及び術後に抗生物質(セファメジン)を投与したり,創部消毒措置(ガーゼ交換)を実施しており,術後感染予防義務は尽くされている。 ウ保菌スクリーニングについて保菌スクリーニング検査は,あくまでも「スクリーニング(ふるいわ け,選別)検査」の一つであり,患者が特定の疾患に罹患していることを具体的に疑って,その診断を目的とする検査ではない。本件では,本件手術前に,原告がMRSA菌などの細菌に感染していたことを示す具体的な徴候はなく,原告への抜釘術に際して 定の疾患に罹患していることを具体的に疑って,その診断を目的とする検査ではない。本件では,本件手術前に,原告がMRSA菌などの細菌に感染していたことを示す具体的な徴候はなく,原告への抜釘術に際して,被告病院の医療従事者に,MRSAなどの保菌スクリーニング検査を事前に実施する義務があったとはいえない。 (2) 争点(2) (真性多血症であることを認識し,瀉血等した上で手術に及ぶべきであったか否か)について(原告の主張)ア真性多血症を認識すべき根拠本件血液検査データによると,赤血球(RBC),ヘモグロビン(Hb)及びヘマトクリット(Ht)の高値,平均赤血球容積(MCV)の低値が明らかに認められる。被告病院医師も,B病院への依頼状において,原告の真性多血症を疑う理由として,赤血球増多やMCVの低下を列挙している。 WHOによる真性多血症の診断基準(2001)に従えば,本件血液検査データは少なくともヘモグロビン値(女性)16.5mg/dl超というA1の大基準を充足している。また,原告の家族歴に家族性赤血球症についての指摘はないし,エリスロポエチンについて異常値を示す結果もないというA2の大基準も満たす。 以上のように,原告は,WHOによる真性多血症の診断基準のうち,大分類であるA1及びA2の要件を充足していた。さらに,被告病院医師は,本件血液検査のヘマトクリットの値が基準値を大幅に超え,さらに平均赤血球容積(MCV)の値が基準値を下回っていたことを認識していた。 原告は,WHOによる真性多血症の診断基準A1及びA2の基準 を満たしていたのであるから,被告病院医師は,同診断基準の小分類であるB2~B4について基準を満たすかどうかについて考慮するまでもなく,本件手術前に,真性多血症について認識すべきであった。 を満たしていたのであるから,被告病院医師は,同診断基準の小分類であるB2~B4について基準を満たすかどうかについて考慮するまでもなく,本件手術前に,真性多血症について認識すべきであった。 被告は,一過性の脱水所見などの相対的赤血球増加症の可能性があるため,被告病院医師らは,本件血液検査からは,真性多血症と認識し得なかったと主張する。 しかし,11月25日の入院後,原告に,相対的赤血球増加症の原因となる発熱,下痢,嘔吐などの症状は認められない。原告には,肥満,ヘビースモーカーなどといったストレス性赤血球増加症の背景因子もない。したがって,被告病院医師は,原告に対し,単なる一過性の脱水所見として診断するのではなく,真性多血症であるか否かをさらに精密に検査するなどして,真性多血症であることを認識すべきであった。 イ瀉血等の治療をすべきであったこと真性多血症である場合,外科的手術は,病状が安定して血液像も落ち着いている時に施行する必要があり,病状不安定時の手術は,術後出血などの術後合併症を併発する可能性が高いため,原則的に禁忌とされている。外科的手術が許されるのは,緊急やむを得ない場合であり,かつ,瀉血後に行うべきである。 本件手術は,原告の容態が急変したり患部の症状が悪化したことに対するものではないから,緊急性は存在しなかった。被告病院医師は,原告が真性多血症であると認識し又は認識し得たのであるから,手術後に創感染などの重篤な合併症を発症しやすい危険性を考慮して,瀉血等の適切な治療を行い,ヘマトクリット値45%を目安にコントロールした上で手術を行うべきであった。 (被告の主張)ア真性多血症の認識可能性 真性多血症(真性赤血球増加症)の末梢血液検査所見及び診断のポイント真性多血症は,赤血 トロールした上で手術を行うべきであった。 (被告の主張)ア真性多血症の認識可能性 真性多血症(真性赤血球増加症)の末梢血液検査所見及び診断のポイント真性多血症は,赤血球産出が亢進して体内の赤血球量が増加する病態が原因不明で起こる疾患である。慢性に経過し,通常,白血球と血小板の増加と,脾腫を伴う。 真性多血症の臨床症状は,赤ら顔,結膜充血,高血圧,神経系症状(頭痛・頭重感,めまい,耳鳴り,脱力感,視力障害,異常知覚,意識障害発作)や心血管系症状(狭心症,間欠性跛行,静脈血栓・血栓性静脈炎),脳梗塞・脳出血や消化管出血あるいは心筋梗塞などがある。脾腫は,7割の症例に認められ,急激な増大や脾梗塞を来すと,激しい腹痛を訴える。全身状態では,息切れ・呼吸困難,倦怠感,体重減少などを伴う。 赤血球数は著明に増加して700万/μlに達し,白血球数は,1万2000~2万4000程度であることが多い。血小板は,50万~100万/μl程度に増加する。 本件血液検査では,赤血球,ヘモグロビン及びヘマトクリット値の上昇はあるが,白血球や血小板の値の増加はなく,二次性ないし相対的赤血球増加症(見せかけの赤血球増多)としての所見を呈していた。 すなわち,白血球は8740(基準値3100~8800),血小板29.4万(基準値12.5万~37.5万)と基準値内であった。なお,MCV(平均赤血球容積)が74.5と低下しており(基準値84~102),これは,鉄欠乏状態(鉄欠乏性貧血)等の病態を示唆するが,鉄欠乏性貧血は,真性多血症で必発 の所見ではなく,直ちに,真性多血症の病態を意味するものとはいえない。 真性多血症は,慢性に経過するが,原告には,真性多血症の既往がなく,約1年前に実施した髄内釘手術の 性多血症で必発 の所見ではなく,直ちに,真性多血症の病態を意味するものとはいえない。 真性多血症は,慢性に経過するが,原告には,真性多血症の既往がなく,約1年前に実施した髄内釘手術の入院の際(平成15年10月~平成16年2月)にも,特に多血症などの問題は指摘されていなかった。 また,本件手術前の原告には,髄内釘挿入部の左股関節痛は認められたが,真性多血症の臨床症状(頭痛,ほてり等の自覚症状や他覚所見)は認められていなかった。 医学文献によると,赤血球増多(異常高値を含む)を示す病態としては,「脱水症ないし脱水状態」が第1に挙げられており,脱水時には,赤血球,ヘモグロビン,ヘマトクリットが増加するとされる。 原告については,本件手術の入院時に絶食で来院するとの事前情報もあった。したがって,本件血液検査での赤血球,ヘモグロビン,ヘマトクリット値の各上昇について,被告病院医師が脱水状態(相対的赤血球増加症)などの病態を考え,真性多血症の可能性を積極的に疑わなかったことは不合理とはいえない。 脱水症には,水分とNa(ナトリウム)が同時に喪失する混合性脱水もあるから,11月25日の血漿Na値やCl(クロル)値が正常範囲にあったとしても,ヘマトクリットが上昇している場合には,脱水症は否定できない。 11月26日の本件手術前の麻酔評価では総合評価「クラス2」とされている。クラス2は,6段階中2段階レベルという意味であり,軽度糖尿病,高血圧,貧血,極度の肥満,気管支炎などと同レベルの軽度~中程度の障害を意味する。 したがって,本件手術前の麻酔科プロブレムリストに記載されている「多血症」は,真性多血症以外の二次性ないし相対的多血症として解釈されるものであった。 真性多血症の発症頻度は,人口100万人に対し したがって,本件手術前の麻酔科プロブレムリストに記載されている「多血症」は,真性多血症以外の二次性ないし相対的多血症として解釈されるものであった。 真性多血症の発症頻度は,人口100万人に対し2人であり,非常に稀な疾患でもある。 また,本件手術当時の一般的な真性多血症の診断基準を示した「今日の診断指針 2006年」によれば,真性赤血球増多症(真性多血症)の診断基準は,WHO基準のようなヘモグロビン値ではなく,循環赤血球量等の基準によっている。また,一般に,赤血球系増多が認められれば直ちに真性多血症と診断できるものではなく,その診断のためには,多数の疾患(ストレス多血症等の相対的赤血球増多症,二次性赤血球増多症)を除外する必要がある。他方,本件手術以後の2008年WHO分類第4版基準でも,真性赤血球増加症の診断には,ヘモグロビン値又は赤血球量が増加しているその他の所見だけでは足りず,遺伝子検査や骨髄生検などの多くの基準の充足が必要としている。 したがって,術前の1回限りの検査で赤血球増多が認められたからといって,直ちに真性多血症の認識が可能であったとする原告の主張は失当である。 イ瀉血療法等の実施の必要性・緊急性 仮に,本件血液検査のデータから真性多血症の可能性を積極的に疑うことができたとしても,本件血液検査のデータや臨床症状からすれば,真性多血症の病状は安定していたといえ,本件手術前に瀉血療法などの積極的な治療を実施する必要性が高いとはいえないから,瀉血療法を実施せずに本件手術を実施したことも不適切であったとはいえない。 前述のように,11月25日の原告の血液像は,赤血球増多はあるが,白血球数や血小板数は正常範囲内にあり,ある程度進行した典型例で見られる白血球数増多や血小板数増加の所見は認められな 。 前述のように,11月25日の原告の血液像は,赤血球増多はあるが,白血球数や血小板数は正常範囲内にあり,ある程度進行した典型例で見られる白血球数増多や血小板数増加の所見は認められなかった。 また,原告には,真性多血症の臨床症状(自覚症状や他覚所見)は認められていなかった。 すなわち,レトロスペクティブに見て,当時,原告の真性多血症の病状は安定し,血液像が落ち着いている状態であったと考えられ,真性多血症の病状が不安定な状態にあったとはいえない。 原告は,11月25日の入院以後は,規則正しく食事を摂取し,本件手術当日(同月29日)と翌日に十分な水分・電解質を補給を受けており,術中の出血(50ml)による排血と相まって,12月13日のトキシックショック発症当時まで,赤血球増多症(赤血球数,ヘモグロビン値,ヘマトクリット値の増加の程度)は,11月25日よりも大幅に改善している。 事後的に見れば,原告の平成16年から平成17年当時の末梢血液所見(血液検査結果)は,いずれも真性多血症の所見と矛盾しない。しかし,B病院やD病院での診断では,瀉血療法などの特段の治療は必要なく,経過観察でよいと診断されており,D病院でも,左大腿部感染創の根治術の実施には問題がないと診断されていることからすると,本件手術に際して,瀉血療法等の治療を実施する必要性や緊急性があったとはいえない。 他方,本件手術は,出血量が少なく(50ml),局所麻酔(腰椎麻酔)により短時間(20分)で終了するものであり,生体への侵襲度が低い手術であった。本件血液検査の所見が特に支障となる数値とはいえない。 (3) 争点(3)(イソジンゲルによる消毒を行うべきであったか否か)について(原告の主張)被告病院では,原告のMRSA感染に対して,ピオ 所見が特に支障となる数値とはいえない。 (3) 争点(3)(イソジンゲルによる消毒を行うべきであったか否か)について(原告の主張)被告病院では,原告のMRSA感染に対して,ピオクタニン洗浄を漫然と7か月以上もの間,継続している。ピオクタニン洗浄は,一定の期間殺菌を行うことによってMRSA感染の増殖を防止するためのものであり,一定期間のうちにその改善効果が現れない限り,早期に治療法を変更することを検討しなくてはならない。 原告に対するピオクタニン洗浄を中止した後,平成17年2月7日に本件創部の発赤が認められ,CRPが2.86まで上昇している。そして,同月8日に行われた本件創部に対する細菌培養検査でMRSAの陽性が報告されているとおり,ピオクタニン洗浄によっても原告のMRSAは完治していない。すなわち,ピオクタニン洗浄の有効性は一時的なものであった。また,ピオクタニン洗浄を受けながら,原告には肉芽形成が認められなかった。 原告は,D病院への転院後,同病院担当医からピオクタニン洗浄を7か月以上もの間,継続して行うことには疑問があると伝えられ,同病院では,イソジンゲルによる消毒がなされている。これは,イソジンゲルが皮膚障害を生じさせにくい点にあると考えられ,イソジンゲルによる処方が治療として適切であったというべきである。 よって,被告病院医師は,遅くとも,平成17年3月28日には,ピオクタニン洗浄を中止し,イソジンゲルの洗浄に変更すべきであった。 (被告の主張)アピオクタニン洗浄についてMRSA感染を合併する皮膚潰瘍や褥瘡に対しては,従来よりイソジン処置が行われていた。イソジンは,広範囲なスペクトルと短時 間での殺菌効果を持つが,浸出液や膿が多い場合は殺菌力が著しく低下し,期待した効果が得られない 瘍や褥瘡に対しては,従来よりイソジン処置が行われていた。イソジンは,広範囲なスペクトルと短時 間での殺菌効果を持つが,浸出液や膿が多い場合は殺菌力が著しく低下し,期待した効果が得られない場合も多い。 トリフェニルメタン系色素であるピオクタニンは,グラム陽性菌などに選択的殺菌作用を有することが知られており,MRSA感染を合併する皮膚潰瘍や褥瘡に対して有効であると報告されている。 被告病院でも,平成15年6月から平成16年1月までの間,イソジン消毒で効果が見られなかった難治性の褥瘡に対し,低濃度のピオクタニン処置が著効あるいは有効であった症例を経験した。従来,問題となっていたピオクタニンによる皮膚障害や潰瘍形成は,高濃度による皮膚や組織への刺激が原因と判明し,被告病院で行った低濃度による軟膏や水溶液では,皮膚障害や肉芽形成の遅延はみられず,同治療法が有効であることを報告していた。 イピオクタニン洗浄中の対応被告病院医師は,原告のMRSA感染及び難治性潰瘍に対して,12月28日よりピオクタニン洗浄を開始したところ,MRSAが早期に陰性化し,CRPも正常化したため,平成17年2月初めにピオクタニン洗浄を中止した。しかし,中止後,本件創部の周囲に発赤や浸出液が認められ,本件創部から再びMRSAが検出されたため,同年2月7日より,ピオクタニン洗浄が再開された。同年3月24日実施の本件創部からの細菌培養検査では,MRSAの陰性化が認められたものの,MRSA創部感染の予防のため,根治手術までピオクタニン治療を継続したのであり,不適切とはいえない。 ウ本件での有害事象発生の危険性について本件でのMRSA感染への低濃度ピオクタニン(0.01%)使用の適応には問題がなかった。被告病院での臨床経験上,月単位でピオクタニンを使用し いえない。 ウ本件での有害事象発生の危険性について本件でのMRSA感染への低濃度ピオクタニン(0.01%)使用の適応には問題がなかった。被告病院での臨床経験上,月単位でピオクタニンを使用した例においても,特段,皮膚障害や潰瘍の悪化等の 有害事象は認めておらず,原告に対するピオクタニン洗浄による治療経過中に,皮膚潰瘍などの有害事象も認めていなかった。 したがって,被告病院医師らが,細菌検査でMRSAの陰性化を確認した平成17年3月28日以後に,ピオクタニン洗浄による治療を直ちに中止し,イソジンゲルによる治療へ変更する義務を負うとはいえない。 エ平成17年8月9日までピオクタニンによる洗浄を継続したことについて被告病院では,ピオクタニン洗浄による治療中も,適宜,病巣掻爬術を実施して,改善の有無を評価するなど,より侵襲性の高い根治的手術の適応についてのタイミングを図っていた。ところが,同年5月初旬に原告に真性多血症の発症が認められ,潰瘍に対する根治術に際して全身管理が必要となり,血液内科による治療の検討も必要な状況となった。 最終的に,血液内科治療も含めて潰瘍部の根治的外科治療をD病院で実施することとなり,原告家族もこれを希望したので,被告病院医師は,原告をD病院の整形外科に紹介することとした。手術による根治的潰瘍治療の時期に関しても,被告病院医師は,原告の血液疾患の状態を考慮しながら原告の家族と相談の上決定している。 D病院に転院して根治的潰瘍切除術が実施された際には,切除時に採取した検体での細菌検出は陰性であったが,その後,平成17年9月7日にMRSAによる局所感染が再燃しており,結果的に見ても,被告病院にてピオクタニン創部洗浄を継続したことは,MRSA局所感染症の再燃予防のために必要かつ有効であったと考 ,その後,平成17年9月7日にMRSAによる局所感染が再燃しており,結果的に見ても,被告病院にてピオクタニン創部洗浄を継続したことは,MRSA局所感染症の再燃予防のために必要かつ有効であったと考えられる。 (4) 争点(4)(説明義務違反)について(原告の主張) 前記(2)のとおり,本件血液検査により,被告病院医師は,原告が真性多血症であると疑うことが十分可能であり,被告病院医師が,真性多血症によって原告の易感染性が推測されるとの認識を有していたことは明らかである。 患者にとって,合併症の危険度が高いか否かは,手術方法や手術の時期を選択する際の重要な要素の一つであるから,患者に説明されるべき事項である。本件手術は,緊急性がなかったのであるから,被告病院医師らは,本件手術の前に,本件血液検査から原告の真性多血症が疑われ,かつ,これにより原告は易感染の状態であるから細菌感染症を発症する危険性があることについて,原告に対して十分に説明するべきであった。 しかし,被告病院医師はかかる説明を怠った。 (被告の主張)一般に医師の説明義務が問題となる場合は,その前提として,その当時,当該医師が説明義務の内容となるべき事実を認識していなければならないと考えられる。なぜなら,もし,当該医師が説明すべき内容となる事実を認識していなければ,当該医師がその内容事実を患者に説明することができないことは明白であり,そうであれば,かかる説明義務を当該医師に課すことは不合理といわざるを得ないからである。 被告病院にて原告の血液疾患について精査が開始されたのは,大型・巨大血小板が末梢血液検査で出現した平成17年5月初旬から中旬以後である。被告病院医師は,原告家族の了解を得て,同年6月初旬にB病院(C医師)に相談した。そして,B病院での精査の結 れたのは,大型・巨大血小板が末梢血液検査で出現した平成17年5月初旬から中旬以後である。被告病院医師は,原告家族の了解を得て,同年6月初旬にB病院(C医師)に相談した。そして,B病院での精査の結果,真性多血症であるとの診断がなされたのは,同年6月下旬ころであり,被告病院医師がその診断病名(真性多血症)を知ったのは,同年7月1日のC医師からの返書が届いてからである。 また,前述のように,11月26日の本件手術前の麻酔評価の総合評 価は,クラス2である。したがって,術前麻酔科プロブレムリストの「多血症」は,真性多血症を意味するものではなく,真性多血症以外の「二次性ないし相対的多血症」として解釈されるものであった。 以上のように,本件手術当時,被告病院医師が,原告が真性多血症であることやその疑いがあることについて認識していた事実はなく,これを前提として,被告病院医師が本件手術の前に,原告に対し,「血液検査数値から真性多血症が疑われ,かつ同症状によって易感染化状態となり,細菌感染症を発症する危険性がある」という内容の説明をする義務を負うとはいえない。 (5) 争点(5)(因果関係)についてア MRSA感染防止措置義務違反(争点(1)の過失)との因果関係について(原告の主張)原告は,被告病院の医療従事者がMRSA感染防止措置義務に違反したことによりMRSAに感染した。 (被告の主張)MRSAの感染時期について原告の体温,白血球及びCRPの推移に照らすと,術後感染症の発症は,発熱の出現時期などからみて,12月12日から13日にかけてである。したがって,本件創部へのMRSA感染は,術後感染の可能性があり,本件手術中に感染したとはいえない(感染の具体的時期の特定は困難である。)。 MRSAの感染経路について 13日にかけてである。したがって,本件創部へのMRSA感染は,術後感染の可能性があり,本件手術中に感染したとはいえない(感染の具体的時期の特定は困難である。)。 MRSAの感染経路について一般に,MRSAは常在菌であり,原告のように被告病院以外でも入院歴のある患者は,その手指や皮膚の表面に菌が付着して患者の常在菌となっていた可能性がある。 また,当時,原告には,髄内釘が長期間体内に留置されており,易感染状態(コンプロマイズドホスト)にあった。したがって,MRSA感染の経路は特定できず,本件手術時の不潔操作によって感染したとはいえない。 イ本件手術前に真性多血症であることを認識し,瀉血等した上で手術に及ぶべきであったのにこれを怠った過失(争点(2)の過失)との因果関係について(原告の主張)真性多血症のコントロールが不十分であったことが基盤となって感染症を引き起こした事象は存在する。医学文献では,手術前に真性多血症の治療がなかったか,あるいは不十分であった群では,術後合併症が83%存在することが指摘されており,その危険性は突出している。真性多血症の患者に対する外科手術は,病状が安定して血液像も落ち着いているときに施行する必要があり,病状不安定時の手術は原則的に禁忌とされている。本件では,術後感染症を防止するために,瀉血によるコントロールは必須であったと評価できる。 (被告の主張)瀉血療法は,本件で問題となっている術後感染症(特にMRSA細菌感染)への予防ないし治療効果を有するものではない。また,真性多血症に対する瀉血療法は,赤血球を体外に排泄して赤血球増加状態を一時的に改善させるものに過ぎず,その真性多血症の病態そのものを治癒ないし改善させるものではない。 本件では,原告の真性多血症の病態や素 に対する瀉血療法は,赤血球を体外に排泄して赤血球増加状態を一時的に改善させるものに過ぎず,その真性多血症の病態そのものを治癒ないし改善させるものではない。 本件では,原告の真性多血症の病態や素因が,本件手術後のMRSA感染症及びそれを原因とするトキシックショック症候群の発症に影響した可能性は否定できない。しかし,そもそも,真性多血症の主たる合併症は,出血・血栓・塞栓症である。特に,11月25日当時の 原告の血液像では,赤血球増多はあるが,白血球や血小板は正常範囲にあったことを考慮すると,真性多血症が易感染性や術後感染へ与えた影響の有無や程度は不明である。 したがって,被告病院医師が,本件手術前に真性多血症の確定診断をし,瀉血療法などを実施して循環赤血球量を減少させ,赤血球増多状態(ヘモグロビン値,ヘマトクリット値)を改善した上で抜釘術に臨むことができたとしても,真性多血症の病態や素因そのものを改善・治癒することはできなかった。したがって,瀉血療法により,本件手術後のMRSA感染症及びそれを原因とするトキシックショック症候群を予防・回避できたとはいえない。 ウピオクタニン洗浄継続の過失(争点(3)の過失)との因果関係について(原告の主張)被告病院医師は,ピオクタニン洗浄を継続し,別の治療法を選択しなかった。しかし,創部が悪化している以上,創部の外科手術を要する箇所が広範囲にわたるのは当然である。被告病院医師が他の治療法を選択しないことにより,創部範囲が広がり,転院先のD病院での外科的切除手術による侵襲の程度も増大したことは明らかである。 被告病院医師が,イソジンゲルによる治療法に転換していれば,創部の悪化を防止し,手術部位から左下肢にかけて難治性の疼痛の症状を発生するのを防止できた。 (被告の主張) たことは明らかである。 被告病院医師が,イソジンゲルによる治療法に転換していれば,創部の悪化を防止し,手術部位から左下肢にかけて難治性の疼痛の症状を発生するのを防止できた。 (被告の主張)ピオクタニンによる消毒は,MRSA創部感染ないし褥瘡に対して有効性のある治療法であり,ピオクタニン洗浄の実施がMRSA感染を難治性のものにしたとはいえない。 また,D病院転院後の治療(手術等)でも,本件創部の潰瘍は難治 性であり,仮に被告病院医師が早期に他の治療法に変更していたとしても,MRSA創部感染が容易に治癒したとはいえない。 事後的に見れば,原告は,本件手術当時及び術後にわたって真性多血症の素因を有していたと考えられ,真性多血症の素因が,本件手術後の術後合併症(MRSA感染や創部感染の治癒遷延)の発症及び難治性に影響した可能性がある。 エ説明義務違反(争点(4)の過失)との因果関係について(原告の主張)被告病院医師は,本件血液検査から原告の真性多血症が疑われること及び同症状によって易感染化状態となっており,細菌感染症を発症する危険性があることについて説明しなかった結果,原告は,術後の感染症の危険性について推知することができずに本件手術に臨んだのであり,被告病院医師の説明義務違反と原告の後遺症の間には,因果関係が認められる。 (被告の主張)争う。 (6) 争点(6)(損害,損害額)についてア原告の現在の症状(原告の主張)原告は,現在,歩行は困難な状態である。本件手術に伴って生じた切除部位の激しい痛みが継続しており,座位姿勢をとることができず,常に立ったまま食事をとらざるを得ない。 加えて,原告は,切除部位のある左半身を下にして寝ることもできず,右半身を下に寝たきりの状態で,被告病院において入院 続しており,座位姿勢をとることができず,常に立ったまま食事をとらざるを得ない。 加えて,原告は,切除部位のある左半身を下にして寝ることもできず,右半身を下に寝たきりの状態で,被告病院において入院・治療中である。 原告は,自由に寝返りをすることもできず,右半身を下にするという同じ姿勢を常時取っていることで,内臓が体の右側に寄っているとも伝えられ ている。 (被告の主張)歩行が困難であるとの点原告は,左大腿部痛のため,起立や歩行時には何らかの支持が必要である。室内では,ベッド柵や壁,手すりにつかまることにより歩行は可能である。ベッドから約1mの距離にあるブラインド・カーテンの操作では,手すりを利用して立ち上がり,支持なしでカーテンの上げ下ろしが可能である。 階上トイレや売店に行く場合には,歩行器を必要としているが,見守りや介助の必要はない。歩行は,左大腿部痛や左下肢の筋力低下のため,跛行がみられる。 なお,平成26年5月1日,屋内で転倒して,左上腕骨近位部を骨折したが,保存的治療により骨融合は順調に経過しており,歩行器操作にはほとんど支障がない。 本件手術に伴って生じた切除部位の激しい痛みが継続しているとの点原告は,左大腿部痛及び下肢に放散する痛みが継続している。原告には,常時激しい痛みがある状況ではなく,局所に物が当たるか,あるいは,下肢の動きなどによって,不意に強い痛みが発生する状況のようである。 原告の大腿後面の筋肉欠損部(病巣掻爬部)は,縦11cm×横3. 8cmで,同部には,腫脹や発赤,熱感などの異常所見はなく,浸出液などの所見もみられない。 座位姿勢をとることができないとの点原告は,以前は,左大腿部痛のため左臀部を浮かすような座り姿勢であり,座位姿勢が困難な状態で,いすや洋 などの異常所見はなく,浸出液などの所見もみられない。 座位姿勢をとることができないとの点原告は,以前は,左大腿部痛のため左臀部を浮かすような座り姿勢であり,座位姿勢が困難な状態で,いすや洋式トイレの使用が制限されていた。しかし,最近では,いすに約5~10分程度の坐位が可能な 状況が見られている。 原告は,狭い洋式トイレの使用は困難なため,以前は,常に他の階の広いトイレを利用していたが,最近では,同じ階のやや狭めのトイレの使用が可能になっている。 食事も常に立ったままとらざるを得ないとの点原告は,ベッド上で,右側を下にした横向きの姿勢あるいは立位姿勢で食事をしている。 右半身を下に寝たきりの状態で,自由に寝返りをすることもできないなどの点原告は,左大腿部痛のため,左半身を下にした姿勢で寝ることが困難なため,ベッド上では,常時,右側臥位あるいは右半側臥位姿勢をとっている。ただ,時に,ほぼ仰臥位に近い,上向き姿勢で熟睡していることがある。寝返り動作には,軽度の制限が見られるが,床ずれ等はない。 内臓が体の右側に寄っているとの点原告は,右側臥位をとる姿勢が多いため,脊柱の変形が生じている可能性が考えられる。しかし,平成14年11月のレントゲン写真では,胸腰椎移行部ですでに側弯(cobb角で19~20°)が認められており,平成23年7月のレントゲン写真上の胸腰椎移行部での側弯はcobb角21°と,著明な側弯の進行は認められない。このため,内臓が一方に大きく偏っているとは考えにくい。 現在,原告の左下肢には,筋萎縮がみられているが,拘縮による足関節や膝関節の運動制限は認めない。また,左下肢~足部にも皮膚の萎縮や皮膚温の低下は見られない。 筋萎縮は,長期臥床による廃用性の萎縮 現在,原告の左下肢には,筋萎縮がみられているが,拘縮による足関節や膝関節の運動制限は認めない。また,左下肢~足部にも皮膚の萎縮や皮膚温の低下は見られない。 筋萎縮は,長期臥床による廃用性の萎縮が主原因で,筋萎縮に伴って骨にも萎縮傾向を認めるが,反射性交感神経性ジストロフィー(RS D)あるいはCRPS(複合性局所疼痛症候群)Ⅰ型の診断項目である関節拘縮や皮膚の変化(皮膚温の低下,皮膚の萎縮)などの明らかな所見はなく,現状ではRSDやCRPSに該当していない。 イ損害額(原告の主張)積極損害(入院雑費)451万9500円原告は,本件手術やその後の治療が適切に行われていれば,入院や寝たきりの生活を強いられることもなかったから,入院日数3013日分(平成16年11月30日から症状固定日である平成25年2月28日まで)の入院雑費(1日当たり1500円)が損害となる(計算式:1,500×3,013=4,519,500)。 消極損害1383万5429円a 休業損害 1259万9086円本件手術当時,原告は豆腐屋に勤務しており,年収は152万6275円であった。勤労意欲も能力も十分にあり,本件手術の翌日から症状固定日である平成25年2月28日までの3013日休業した分につき休業損害が認められる。 (計算式:1,526,275/365×3,013≒12,599,086)(小数点以下切り捨て)b 後遺障害逸失利益123万6343円原告は,現在まで患部の痛みが続き,今後,治療回復も困難であることからすると,後遺障害の程度は,自動車損害賠償保障法別表の12級(局部に頑固な神経症状を残すもの)に該当する。 原告は,症状固定日後の70歳から77歳の7年間,上記後遺障害によ 復も困難であることからすると,後遺障害の程度は,自動車損害賠償保障法別表の12級(局部に頑固な神経症状を残すもの)に該当する。 原告は,症状固定日後の70歳から77歳の7年間,上記後遺障害により,労働能力を14%喪失した。 (計算式:1,526,275×0.14×5.786=1,236,343)(小数点以下切 り捨て)慰謝料 1140万円a 入通院慰謝料850万円b 後遺障害慰謝料290万円後遺障害等級12級が相当である。 弁護士費用 300万円合計 3275万4929円(被告の主張)争う。 第3 裁判所の判断 1 認定事実前提事実に,後掲の各証拠及び弁論の全趣旨を併せると,以下の事実が認められる。 (1) 交通事故の遭遇と被告病院での髄内釘固定手術ア被告病院への初回の入院原告は,平成15年10月2日,道路上で乗用車と接触する交通事故に遭い,被告病院に緊急搬送された。原告は,左大腿骨骨幹部骨折・頭部外傷と診断され,同日,被告病院に入院した(乙A1[4])。 イ原告は,同月6日,被告病院にて,髄内釘固定手術を受けた。その後,同年11月17日に抜釘術(1回目)を受けた(乙A3[10,11,14,15])。 ウ原告は,2月15日,被告病院を退院し,以後,被告病院に通院することとなった(乙A3[22])。 (2) 被告病院への2回目の入院と手術ア原告は,再度の抜釘術を受けるため,11月25日,被告病院に入院した。同日,原告に対して実施された血液検査(本件血液検査)の結果は, 次のとおりであった(乙A4[2,108,429])。 本件血液検査基準値白血球(/μl)8740 した。同日,原告に対して実施された血液検査(本件血液検査)の結果は, 次のとおりであった(乙A4[2,108,429])。 本件血液検査基準値白血球(/μl)87403100~8800赤血球(/μl)754万345万~460万ヘモグロビン(Hb)(g/dl)17.210.1~14.6ヘマトクリット(Ht)(%)56.1%32~43%MCV(μ3)(平均赤血球容積)74.584~102MCH(Pg)(平均赤血球Hb量)22.926.1~35.5血小板(/μl)29.4万12.5万~37.5万イ被告病院麻酔科医師は,11月26日,本件血液検査の結果も踏まえ,本件手術について術前評価を行い,本件手術についてはクラス2とし,術前診療録の「プロブレムリスト」欄に多血症と記入した。 クラス2とは,6段階中,クラス1(正常)から数えて2つ目のレベルであり,軽度糖尿病・高血圧・貧血・極度の肥満・気管支炎等と同レベルの軽度~中程度の障害を意味する(乙A4[106~108],証人E,弁論の全趣旨)。 ウ原告は,11月29日,抜釘の手術(2回目)を受けた(本件手術)。 本件手術は,腰椎麻酔にて,髄内釘を抜去するもので,手術時間は20分,出血量は50mlであった(乙A4[109~112],証人E)。 (3) MRSA感染の発覚ア 12月3日,原告には,左眼瞼の腫脹やかゆみが認められたが,翌日には軽減傾向となり,12月6日には消失した。 本件手術後,原告のMRSA感染が明らかになるまでに実施された原告に対する血液検査の数値は次のとおりである(乙A4[193,391,393,397])。 12月2日赤血球605万,血小板25.5 手術後,原告のMRSA感染が明らかになるまでに実施された原告に対する血液検査の数値は次のとおりである(乙A4[193,391,393,397])。 12月2日赤血球605万,血小板25.5万12月6日赤血球624万,血小板24.8万12月13日赤血球619万,血小板24.4万イ 12月12日,原告は,看護師に対し,昨夜から顔面に腫脹があると訴えた。痛みの訴えはなかった。被告病院医師が確認したところ,原告の顔面に腫脹が認められ,本件創部には皮下硬結(しこり)も認められたことから,被告病院では,翌日に原告に対する採血検査を実施する予定とした(乙A4[5,6,195])。 ウ同月13日,原告に,起床時から下痢と嘔吐が現れ,体温が38℃台後半に上昇し,最高血圧が70~80mmHg台に低下するなどし,ショック状態に陥った。原告は,午後3時55分,被告病院ICUに転棟した。 ICU入室時のバイタルサインは,JCS(ジャパンコーマスケール)0(神経脱落症状なし),血圧80/40mmHg,脈拍110回/分,体温38.5℃であった。原告の全身には紅斑があり,結膜の充血も認められた。白血球(WBC)は20220(基準3100~8800),CRPは14.1(基準値0.3以下)と高値であった。 被告病院では,トキシックショック症候群(TSS)を念頭に原告に対する治療等を進め,同日,本件創部に対して緊急の病巣掻爬手術を実施した。原告には,人工呼吸器が挿管され,抗菌剤として,MRSAに効用を持つVCM(バンコマイシン)等が投与された。 被告病院医師は,原告の娘に対し,原告はトキシックショック症候群である可能性がある,予後不良となる可能性も否定できないなどと説明した(乙A4[4,6,11~14,195])。 エ原告には 告病院医師は,原告の娘に対し,原告はトキシックショック症候群である可能性がある,予後不良となる可能性も否定できないなどと説明した(乙A4[4,6,11~14,195])。 エ原告には,12月14日も,ショック状態やDIC(幡種性血管内凝固症候群),肝機能障害が継続し,体温も依然として38℃台であった。 しかし,紅斑は軽減し,呼吸状態も良好となったため,人工呼吸器は抜管された(乙A4[15~21])。 オ 12月15日,本件創部から排出した膿から,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が検出された(乙A4[22])。 カ 12月16日,被告病院医師は,原告の息子及び娘に対し,原告の病状について,全般的にトキシックショック症候群の症状は改善傾向にあるが,黄疸が継続するなどしており評価は時間を要すること等の説明を行った。原告の息子及び娘は,病状の説明はよく理解できたものの,原告の顔のむくみが最初に出てからICU入室までの対応について納得できない旨述べるなどした(乙A4[24])。 キ 12月20日,原告は,症状が安定したとして普通病棟へ転棟した(乙A4[29])。 (4) ピオクタニン洗浄を中心とする本件創部への対応ア腫脹の出現とピオクタニン洗浄の開始12月28日,原告の右眼瞼に腫脹と痛みが出現した。 被告病院医師は,バンコマイシンの投与を再開するとともに,MRSAに対し殺菌力のあるピオクタニンによる本件創部の洗浄を開始した。 原告の眼瞼浮腫は,その後,徐々に軽減し,本件創部の発赤にも悪化傾向は認められなかった。 ピオクタニンの洗浄は,平成17年2月1日まで,ほぼ毎日継続されたが,CRP値が通常値となる状態が継続し,また,本件創部の肉芽形成が不良であったことから,同日をもって,いったん終了した。 洗浄に用いら クタニンの洗浄は,平成17年2月1日まで,ほぼ毎日継続されたが,CRP値が通常値となる状態が継続し,また,本件創部の肉芽形成が不良であったことから,同日をもって,いったん終了した。 洗浄に用いられるピオクタニンの濃度は0.01%であり,使用量は各回20mlであった(乙A4[33~47,269],弁論の全趣旨)。 イ MRSAの再検出平成17年2月7日,本件創部の周囲に発赤と痛みが現れ,原告のCRPが2.68に上昇したため,被告病院では,同日からピオクタニン洗浄を再開した。 同月10日,同月8日に採取した本件創部の組織に対する培養検査にて,MRSAが再び検出された(乙A4[48,49,273,453,証人F])。 ウ原告の家族への説明被告病院医師は,平成17年2月26日,原告の娘に対し,原告の現状について,①同年1月末より,本件創部の発赤がなくなり,感染の徴候がなかったため,創の肉芽形成を考慮してピオクタニンを中止したが,その後,再び発赤が出現し,MRSAも検出されたため,ピオクタニンを再開したこと,②創の表面が小さくなり,十分な洗浄処置が行いにくくなったため,同年2月16日,局所麻酔にて,約5mmの切開を追加したこと,③その際,肉芽形成が不良なポケットの表面を少し除去(搔爬)したこと,④手術的に創を搔爬・縫合する方法もあるが,現在行っている処置を続ける方が安全と考えていることなどを説明した(乙A4[52,53])。 エ MRSA陰性化後のピオクタニン洗浄の継続平成17年3月28日,同月24日に原告から採取された組織の細菌培養検査の結果,MRSAが陰性化していることが報告された。しかし,被告病院では,従前どおり,ピオクタニンの洗浄を継続しつつ,本件創部の肉芽形成を待った(乙A4[58,59,4 採取された組織の細菌培養検査の結果,MRSAが陰性化していることが報告された。しかし,被告病院では,従前どおり,ピオクタニンの洗浄を継続しつつ,本件創部の肉芽形成を待った(乙A4[58,59,493])。 オ被告病院での病巣掻爬術被告病院医師は,平成17年4月25日,原告の娘に対し,原告の現状についての説明を行い,血液検査や創状態から感染再発の徴候は ないが,本件創部の創内や創表面が小さくなっており,創処置が困難となっているため,創表面を切開し,創内をリフレッシュ(搔爬)する予定であること,搔爬術をしても治癒しない場合には,再手術を検討すること等を伝えた(乙A4[62])。 被告病院医師は,平成17年4月26日,原告の創について,約2cmの皮膚を切開する搔爬術を実施した(乙A4[62,63])。 (5) 真性多血症の診断ア平成17年5月6日に実施された原告の血液検査にて,巨大血小板(+)と,大型血小板(2+)の出現が認められた(乙A4[511])。 イ被告病院医師は,平成17年5月14日,原告の娘に対し病状説明を行い,同年4月26日,本件創部に切開を加えて搔爬したこと,現在,創洗浄を続けつつ経過を見ていること,このまま肉芽形成が不良で創治癒が困難であれば,手術等が必要となる可能性があり,6月初旬ころに,再度,病状説明をする予定であること等を伝えた(乙A4[66])。 ウ被告病院医師は,平成17年5月20日,被告病院において,前記アの血液検査の結果から,原告が赤血球増多症等に罹患しているか否かについて精査する必要があると指摘した(乙A4[67])。 エ被告病院医師は,平成17年5月31日,原告の娘に対し,原告の創の肉芽形成が十分でなく,このまま創処置を続けても創治癒が得られない可能性がある 精査する必要があると指摘した(乙A4[67])。 エ被告病院医師は,平成17年5月31日,原告の娘に対し,原告の創の肉芽形成が十分でなく,このまま創処置を続けても創治癒が得られない可能性があるとして,手術を勧めるとともに,原告の血液検査にて巨大血小板がみられるが,病的意義が明確でないため,B病院の(血液)内科に相談する方針であることを説明した(乙A4[70])。 オ被告病院医師は,平成17年6月2日,B病院内科のC医師に相談をしたところ,C医師からは,骨髄異形成症候群,遺伝性球状赤血球症等が考えられるが,いずれも典型的ではないので,一度,B病院を受診し,検査をする方がよいとの回答を得た(乙A4[71])。 カ被告病院医師は,B病院内科のC医師に対して,原告の精査を求める平成17年6月7日付け紹介状を送付した。 原告は,同月29日,B病院血液内科のC医師の診察を受けた(乙A1[9],A4[75])。 キ C医師は,被告病院医師に対して,原告の傷病名につき,真性多血症とする平成17年7月1日付け診療情報提供書を送付した。同提供書には,①原告の3血球(赤血球,白血球,血小板)系統全ての増値があること,②原告に対して,真性多血症は血液腫瘍の一種であり,一部の患者(年10%以下)は白血化すること,免疫力低下があること,易感染性があると推測されること等を説明したことが記載されている。 また,被告病院医師が,原告の真性多血症に対する治療の要否についてC医師に問い合わせた結果,現時点での治療は必要ないとの回答であった(乙A1[10~19],A4[76,77])。 (6) D病院への転院ア被告病院では,本件創部が潰瘍となり創治癒が得られないため,本件創部に対する再手術を実施することとしたが,被告病院に血液疾患の専門医がい 9],A4[76,77])。 (6) D病院への転院ア被告病院では,本件創部が潰瘍となり創治癒が得られないため,本件創部に対する再手術を実施することとしたが,被告病院に血液疾患の専門医がいないため,D病院で,原告に対する手術及び全身管理をしてもらう方が安全であるとの意見が出た。 被告病院医師は,原告の娘に同様の説明を行い,同意を得たため,原告は,平成17年8月9日,D病院へ転院した。D病院医師は,同日,臀部皮膚難治性潰瘍,真性多血症と診断した。 D病院では,同月11日より,本件創部に対する洗浄にイソジンゲルが使用された(乙A1[20],A4[79],A7[13,26])。 イ原告は,平成17年8月19日に,D病院にて,局所麻酔による本件創部切除の手術を受けた(乙A7[29,105~107])。 ウ原告は,平成17年9月7日,創部に痛みを訴え,同創部に発赤と圧痛 も認められた。 同月8日に実施した血液検査で,CRPが8.8と上昇したため,D病院にてMRI検査を実施したところ,同創部に膿瘍が認められた。D病院では,同日,同創部への緊急手術を実施し,同創部を郭清した。 原告には,同月9日,発熱や嘔吐の症状が現れた。同日に同創部から採取された細胞の細菌培養検査でグラム陽性球菌(1+)が,一般細菌検査でMRSA(3+)が検出された。 D病院では,原告に対し,イソジンゲルによる洗浄を実施した(乙A7[32~44,109~112,119])。 エ本件創部は,平成17年10月22日に完全に乾燥して閉鎖するなどしたことから,原告は,同年11月15日,D病院から被告病院へ転院した。D病院の退院時総括では,診断名として「臀部難治性痩孔」と記載されている(乙A1[24~29],乙A7[12~15,41])。 (7) 原告の現在 ,同年11月15日,D病院から被告病院へ転院した。D病院の退院時総括では,診断名として「臀部難治性痩孔」と記載されている(乙A1[24~29],乙A7[12~15,41])。 (7) 原告の現在原告の本件創部には,その後も疼痛が残存しており,原告は,現在に至るまで,被告病院に入院中である(証人G)。 2 争点(1)(MRSA感染の防止措置を怠った過失の有無)について(1) 本件手術での消毒義務違反についてア原告は,①12月3日に原告に眼瞼の腫脹が認められたこと,CRPが同月13日には14.1,同月14日には24.7にまで上昇したこと等からすると,原告は12月3日には既にMRSA感染症を発症していた,②感染症の発生時期が本件手術のわずか4日後であることからすると,原告は本件手術中にMRSAに感染したと主張する。 しかしながら,証拠(乙A4[394],乙B1[38])によれば,①MRSAは,いわゆる院内常在菌となっており,慢性感染症を引き起こす症例が存在すること,②原告の12月6日のCRP値は0.54と基 準値内であったことが認められ,これらによると,原告は,本件手術の後にMRSAに感染した可能性があり,感染時期を特定するのは困難である。 イ前記1(2)ウの認定事実及び証拠(乙A4[104,109~115],証人E)によれば,①本件手術は,11月29日9時20分から9時40分まで実施されたこと,②被告病院医師は,本件手術中,原告に対して,感染予防策として,抗生剤であるセファメジンを投与したこと,③被告病院医師は,腰椎麻酔にて,前回の手術で縫合した部位を切開し,髄内釘及びスクリューのいずれもスムーズに抜去し,創を洗浄した後,多層に縫合して終了したこと,④手術後,原告の皮膚に発赤等はみられず,MRS 医師は,腰椎麻酔にて,前回の手術で縫合した部位を切開し,髄内釘及びスクリューのいずれもスムーズに抜去し,創を洗浄した後,多層に縫合して終了したこと,④手術後,原告の皮膚に発赤等はみられず,MRSAに感染したことを疑わせる症状は現れなかったことが認められる。そして,被告病院医師が本件手術前に必要な消毒をしなかったこと,消毒が十分に行われていない器具等を使用したこと,不衛生な態様で器具等を使用したことを認めるに足る証拠はない。 ウ以上によれば,原告が,本件手術の際にMRSAに感染したとは認められないし,被告病院医師が本件手術時に必要な消毒を怠るなどの不適切な衛生管理をしたとも認められないから,この点に関する原告の主張は採用できない。 (2) 院内感染防止義務違反についてア原告は,本件手術前の原告は,髄内釘が長期間体内に留置されている易感染の状態であったから,被告病院の医療従事者は,原告や医療従事者に対して,MRSA等の保菌スクリーニングを行うべきであったにもかかわらず,これを怠ったと主張する。 イ弁論の全趣旨によれば,体内への髄内釘の留置は,一般的に易感染の状態を招く要素の一つであると認められる。 しかしながら,証拠(乙B2[14])によれば,医療行為に伴う細菌 感染のリスク要因としては,カテーテルやドレーンの留置,抗菌薬の濫用等の様々なものがあることが認められるところ,一般に,患者の体内に髄内釘などの異物が残存している場合において,医療機関が患者及び医療従事者に対してMRSAの保菌スクリーニングを実施することが必要とされている医学的知見が存在することを認めるに足りる証拠はない。 また,本件血液検査の結果及び本件手術前の原告の全身状態は前記1(2)ア,イ認定のとおりであるところ,本件手術 グを実施することが必要とされている医学的知見が存在することを認めるに足りる証拠はない。 また,本件血液検査の結果及び本件手術前の原告の全身状態は前記1(2)ア,イ認定のとおりであるところ,本件手術時に,原告について,MRSAに感染していることを疑わせる所見が存在したことを認めるに足りる証拠はない(なお,後述のように,本件手術時,被告病院医師に,原告が真性多血症に罹患していることを認識できたとは認められない。)。 したがって,被告病院医師らに,原告及び被告病院の医療従事者に対してMRSAに関する保菌スクリーニングを実施する義務があったということはできない。 以上より,原告の主張は採用できない。 3 争点(2)(本件手術前に真性多血症であることを認識し,瀉血等した上で手術に及ぶべきであったのにこれを怠った過失の有無)について(1) 医学的知見等後掲の証拠によれば,以下の事実が認められる。 ア真性多血症の病態(甲B5,乙B11)真性多血症(真性赤血球増加症)は,赤血球産出が亢進して,体内の赤血球量が増加する病態が原因不明で起こる疾患であり,骨髄増殖性疾患の一つである。 赤血球数は著明に増加し,700万/μlに達することも多い。血中ヘモグロビン濃度は18~24g/dlが多いが,鉄欠乏をきたしてヘマトクリット値とともに低下することもある。 白血球と血小板の増加を伴うことが多い。すなわち,白血球数にして1万2000~2万4000(基準値3100~8800)程度になることが多く,血小板も50万~100万/μl(基準値12.5万~37.5万/μl)程度に増加する。脾腫も認められる。 発症頻度は,人口100万人に対し2人である。 真性多血症の臨床症状には,次のようなものがある。 a 赤血球量と血液量が増加する 2.5万~37.5万/μl)程度に増加する。脾腫も認められる。 発症頻度は,人口100万人に対し2人である。 真性多血症の臨床症状には,次のようなものがある。 a 赤血球量と血液量が増加することによる症状:赤ら顔,結膜充血,高血圧b 血液粘稠度上昇に基づく循環障害による症状:神経系症状(頭痛・頭重感,めまい,耳鳴り,脱力感,視力障害,異常知覚,意識障害発作),心血管系症状(狭心症,間欠性跛行,静脈血栓・血栓性静脈炎)c 血栓形成や出血傾向に基づく症状:脳梗塞・脳出血,消化管出血,心筋梗塞d 臓器腫大:脾腫は7割の症例で認められる重要な所見である。急激な増大や脾梗塞をきたすと,激しい腹痛を訴える。軽度の肝腫大も,約半数の患者で認められる。 e 全身症状:息切れ,呼吸困難,倦怠感,体重減少等治療瀉血療法(血液を体外に排出させて症状の改善を促すこと)が中心である。 外科手術にあたっての留意事項真性多血症患者に,他の疾患が合併して外科的治療を要する場合,外科手術は,病状が安定して血液像も落ち着いているときに施行する必要がある。病状不安定時の手術は,術後出血等の術後合併症を併発する可能性が高く,原則的に禁忌であり,緊急的にやむを得ない場合 には,瀉血後に行う必要がある。 イ血液検査にて赤血球等の増加がある場合の一般的診断基準(甲B6,乙B11~13)赤血球数,ヘモグロビン,ヘマトクリットは,いずれも血液中の赤血球の状態を調べる検査項目であり,女性の基準値は,赤血球が380万~500万個/μl,ヘマトクリットが33~45%,ヘモグロビンが11.5~16g/dlである。血液検査においてこれらの数値が増加する場合としては,相対的赤血球増加症(見かけ上の増加)と絶対的赤血球増加症があり,後者につ トクリットが33~45%,ヘモグロビンが11.5~16g/dlである。血液検査においてこれらの数値が増加する場合としては,相対的赤血球増加症(見かけ上の増加)と絶対的赤血球増加症があり,後者については,真性赤血球増加症と二次性赤血球増加症(心疾患,喫煙やエリスロポエチン産出の異常亢進等が原因となって赤血球が増加する場合)がある。診断の手順としては,まず,相対的赤血球増加症(脱水,ストレス多血症・高度の肥満等)であることを除外した上で,真性赤血球増加症か二次性赤血球増加症かを鑑別する手法が一般的に推奨されている。 (2) 被告病院医師の過失の有無ア前記認定事実(2)アのとおり,本件手術の4日前に実施された本件血液検査の結果は,赤血球754万/μl,ヘモグロビン17.2g/dl,ヘマトクリット56.1%と,いずれも基準値を上回っており,特に,赤血球は,基準値の上限の1.5倍を超える高値になっていたことが認められる。これは,WHOによる診断基準(2001年)で定められている項目(甲B4)の一部を充足するものであるが,一方で,血小板は29.4万/μlであり,白血球も8740/μlと基準値の範囲内であったことが認められる。これらによれば,本件血液検査の結果は,通常は赤血球だけでなく,白血球や血小板の増加も伴うという真性多血症の特徴とは一致しないものであったということができる。 イまた,証拠(乙A4[183~185])及び弁論の全趣旨によれば,原 告は,11月25日に被告病院に入院した際,左股関節痛を訴えていたが,しびれを訴えたことはなく,腫脹や発赤もなかったこと,顔・皮膚・頭痛・耳鼻・心血管系・消化管や神経系に特段の訴えはなかったことが認められる。これらによれば,11月25日の入院時から11月29日の本件手術時までの間, はなく,腫脹や発赤もなかったこと,顔・皮膚・頭痛・耳鼻・心血管系・消化管や神経系に特段の訴えはなかったことが認められる。これらによれば,11月25日の入院時から11月29日の本件手術時までの間,原告には,前記(1)真性多血症の典型的な臨床症状に該当するような自覚症状の訴えや他覚所見は現れていなかったということができる。 ウさらに,証拠(乙A4[183])によれば,本件血液検査が実施された入院当日,原告は,絶食で来院するよう指示されていたことが認められ,これによれば,本件血液検査で赤血球,ヘモグロビン,ヘマトクリットが高値となっていた原因については,絶食状態により一時的な脱水状態にあったことによるものであると考えたとしても,不合理とはいえない状況にあったということができる。 エ以上によれば,原告が真性多血症であったことを疑うに足りる所見があったということはできないから,被告病院医師らが,本件手術前に,原告が真性多血症であると認識する義務を負うということはできない。また,本件手術を差し控えるべき臨床所見が存在したことを認めるに足りる証拠はないことも併せ考慮すると,被告病院医師らが,原告に対し,本件手術に先立ち瀉血療法を行う義務を負うということもできない。 オ原告は,被告病院医師には原告が真性多血症であるか否かについて精査する義務があったとも主張する。 しかし,前記ア,イ認定のとおり,原告には,真性多血症に伴う典型的な臨床症状は現れていないことや,真性多血症の発症頻度は100万人に2人と極めて低率であることからすると,赤血球,ヘモグロビン,ヘマトクリットが高値であるというだけでは,被告病院医師らが原告に対して真性多血症か否かの精査を行う義務を負うということはできない。 したがって,原告の主張は採用できない。 ロビン,ヘマトクリットが高値であるというだけでは,被告病院医師らが原告に対して真性多血症か否かの精査を行う義務を負うということはできない。 したがって,原告の主張は採用できない。 4 争点(3)(イソジンゲルによる消毒を行うべきであったのにピオクタニンによる洗浄を継続した過失の有無)について(1) 原告らは,①ピオクタニン洗浄は,一定の期間,殺菌を行うことによってMRSA感染の増殖を防止するためのものであり,一定期間のうちにその改善効果が現れない限り,早期に治療法を変更することを検討しなければならない,②原告に対するピオクタニン洗浄の有用性は一時的であったとして,被告病院医師は遅くとも平成17年3月28日にはピオクタニン洗浄を中止し,イソジンゲルによる洗浄に変更する義務を負うと主張する。 (2) 前記認定事実(4)~(6)のとおり,①被告病院医師は,MRSAを殺菌するため,12月28日に本件創部に対するピオクタニンの洗浄を開始したこと,②ピオクタニンの洗浄は平成17年2月1日まで,ほぼ毎日継続されたが,CRP値が通常値となる状態が継続し,肉芽形成不全のため,被告病院医師は,同日をもっていったんこれを終了したこと,③同月7日,本件創部の周囲に発赤と痛みが現れ,CRPが2.68となったことに伴い,被告病院医師は,原告に対するピオクタニン洗浄を再開したこと(なお,同月8日に採取した本件創部の組織の培養の結果,MRSAが検出されている。),④被告病院医師は,同年3月24日に原告から採取された組織の細胞培養検査の結果,同月28日にMRSAが陰性化していることが確認された後も,ピオクタニン洗浄を継続したことが認められる。これらの治療経過によれば,被告病院医師は,MRSAを殺菌するとともに,MRSA感染の再発を防止するため にMRSAが陰性化していることが確認された後も,ピオクタニン洗浄を継続したことが認められる。これらの治療経過によれば,被告病院医師は,MRSAを殺菌するとともに,MRSA感染の再発を防止するため,ピオクタニンによる洗浄を行っていたことが認められる。そして,証拠(証人F)によれば,被告病院医師は,肉芽形成を促すためには本件創部への切除手術が必要であると考え,原告に対するピオクタニン洗浄を続けつつ,手術実施のタイミングを見計らっていたことが認められる。 (3) 証拠(乙B4~B7)によれば,①これまでに,難治性のMRSA感染の創部に対してピオクタニン洗浄を実施した結果,創部を清浄する効果を得たとする被告病院以外の複数の医療機関による症例報告がなされていること,②被告病院においても,過去にイソジンによる洗浄でも除菌の効果の得られなかったMRSAによる難治性褥瘡患者5例に対してピオクタニンによる洗浄を実施したところ,2例で著効(MRSAが消失し褥瘡が治癒)の,3例で有効(MRSAは消失しないが褥瘡部位が縮小)の効果を得た症例があり,いずれの症例においても創部の肉芽形成の遅延は認められなかったことが認められる。また,証拠(乙A12)によれば,被告病院は,濃度0.01%のピオクタニンを本件創部に対する洗浄に用いていたと認められるところ,濃度0.01%のピオクタニンによる洗浄を継続すると潰瘍が悪化するなどの現象が生じるとの症例報告がされていることや,殺菌力及び感染防止力の点でピオクタニンがイソジンゲルよりも劣ること,ピオクタニンがイソジンゲルよりも皮膚障害を引き起こす可能性が高いことをうかがわせる証拠はない。 これらによると,ピオクタニンが難治性のMRSA感染に対して効用を有するとの医学的知見が存在していたことが認められる。したが ルよりも皮膚障害を引き起こす可能性が高いことをうかがわせる証拠はない。 これらによると,ピオクタニンが難治性のMRSA感染に対して効用を有するとの医学的知見が存在していたことが認められる。したがって,創部の洗浄のためにイソジンゲルとピオクタニンのいずれの薬剤を用いるかについては,医師の合理的な裁量の範囲内のものと認められる。 (4) これを本件についてみると,被告病院医師は,原告に対し,MRSAを殺菌するとともに感染を防止する措置をとる必要があったところ,そのための薬剤としてピオクタニンを用いるかイソジンゲルを用いるかは,被告病院医師の合理的な裁量の範囲内のものと認められる。 なお,前記認定事実(4)~(6)のとおり,①被告病院医師は,平成17年2月1日をもって原告に対するピオクタニンの使用を中止したところ,同月7日にMRSA感染が再発したこと,②原告は,本件創部への洗浄にイ ソジンゲルを用いていたD病院でも難治性潰瘍等と診断され,D病院入院中に,MRSAに再び感染したことからすると,事後的にみても,被告病院医師がピオクタニンの使用を継続したことが,不適切であったとはいえない。 (5) 以上によれば,被告病院医師が原告に対してイソジンゲルによる洗浄に変更する義務を負うということができず,この点に関する原告の上記(1)の主張は採用できない。 5 争点(4)(説明義務違反(本件手術前に真性多血症であることを説明すべきであったのにこれを怠った義務違反)の有無)について一般的に,医師が患者に対して説明義務を負うというためには,医師が説明の対象となるべき事柄について認識し,かつ,それを説明することが可能な状態であることが必要であると解される。 これを本件についてみると,被告病院医師が本件手術前に原告が真性多血症に罹患 医師が説明の対象となるべき事柄について認識し,かつ,それを説明することが可能な状態であることが必要であると解される。 これを本件についてみると,被告病院医師が本件手術前に原告が真性多血症に罹患していることを認識していたことや,そのような疑いがあると認識していたことを認めるに足りる証拠はなく,かえって,証拠(証人E,証人F)によれば,被告病院医師らは,本件手術時点において,原告が真性多血症に罹患しているとの認識を有していなかったことが認められる。また,前記3で認定判断したとおり,被告病院医師らが,原告が真性多血症であることを認識する義務を負っていたとはいえない。 したがって,被告病院医師に原告主張の説明義務違反は認められない。 6 結論以上によれば,その余の争点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 広島地方裁判所民事第1部 裁判長裁判官龍見昇 裁判官中尾隆宏及び同奥田惠美は転補のため署名押印することができない。 裁判長裁判官龍見昇
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