平成13(ワ)395 国家賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成14年2月5日 京都地方裁判所
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判決文本文7,161 文字)

平成14年2月5日判決言渡平成13年(ワ)第395号国家賠償請求事件 主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告に対し10万円を支払え。 第2 事案の概要 1 本件は,衆議院議員の選挙権及び最高裁判所裁判官の審査権を有する原告が,平成12年6月25日に行われた衆議院議員総選挙及び最高裁判所裁判官国民審査において,その直前に短期間で市町村を異にして住所の移転を重ねていたため,公職選挙法21条1項及び28条2号の各規定により,いずれの市町村の選挙人名簿にも登録されず,上記選挙権及び審査権を行使することができなかったことから,公職選挙法のこれらの規定は,日本国憲法(以下「憲法」という。)が国民に対して保障する選挙権及び審査権を侵害するもので違憲であり,これを立法し,あるいは選挙権及び審査権を侵害する結果を生ずることを防止する改正立法をしなかった国会議員の行為は違法であるとして,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき損害賠償(10万円の慰謝料)を請求している事案である。 2 基礎となる事実(争いのない事実及び末尾記載の証拠等によって認定することができる事実)(1) 原告は,年齢満20歳以上の日本国民であり,衆議院議員選挙の選挙権及び最高裁判所裁判官の審査権を有する。 (2) 公職選挙法は,選挙人名簿について,次のとおり定めている。 ア選挙人名簿又は在外選挙人名簿に登録されていない者は投票をすることができない(42条本文)。 イ市町村の選挙管理委員会は,選挙人名簿の調製及び保管の任に当たるものとし, ア選挙人名簿又は在外選挙人名簿に登録されていない者は投票をすることができない(42条本文)。 イ市町村の選挙管理委員会は,選挙人名簿の調製及び保管の任に当たるものとし,毎年3月,6月,9月及び12月(以下「登録月」という。)並びに選挙を行う場合に,選挙人名簿の登録を行う(以下,前者を「定時登録」,後者を「選挙時登録」という。19条2項)。 ウ市町村の選挙管理委員会は,定時登録については,登録月の1日現在により,当該市町村の選挙人名簿に登録される資格を有する者を当該登録月の2日に選挙人名簿に登録しなければならない。選挙時登録においては,当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会が定めるところにより,当該市町村の選挙人名簿に登録される資格を有する者を選挙人名簿に登録しなければならない(22条1項,2項)。 エ選挙人名簿の登録は,当該市町村の区域内に住所を有する年齢満20年以上の日本国民で,その者に係る当該市町村の住民票が作成された日(転入者については転入届出をした日)から引き続き3箇月以上当該市町村の住民基本台帳に記録されている者について行う(21条1項)。 オ市町村の選挙管理委員会は,当該市町村の選挙人名簿に登録されている者が当該市町村の区域内に住所を有しなくなったことを知った場合には,直ちに選挙人名簿にその旨の表示をしなければならず(27条1項),その表示をされた者が当該市町村の区域内に住所を有しなくなった日後4箇月を経過するに至ったときは,これらの者を直ちに選挙人名簿から抹消しなければならない(28条2号)。 (3) 最高裁判所裁判官国民審査法は,衆議院議員の選挙権を有する者は審査権を有し(4条),審査には,公職選挙法に規定する選挙人名簿で衆議院議員総選挙につい 消しなければならない(28条2号)。 (3) 最高裁判所裁判官国民審査法は,衆議院議員の選挙権を有する者は審査権を有し(4条),審査には,公職選挙法に規定する選挙人名簿で衆議院議員総選挙について用いられるものを用いる(8条)ことを定めている。 (4) 原告は,昭和47年4月1日から静岡県富士市内に住所を有しており,同市の選挙人名簿に登録されていたが,その後,次のとおり住所を移転した。 ア平成12年1月21日,静岡県富士市から転出して,同月25日宮崎県延岡市に転入届をした(甲1,2)。 イ同年4月2日,宮崎県延岡市から転出して,同月4日京都市a区に転入届をした(甲2,3)。 (5) 原告の静岡県富士市の選挙人名簿における登録は,転出後4箇月を経過した平成12年5月21日ころ,抹消された。宮崎県延岡市においては,原告が同市の住民基本台帳に引き続き3箇月以上記録されなかったので,京都市a区においては,平成12年6月の定時登録日においても同年6月25日に行われる衆議院選挙のための選挙時登録の基準日においても,引き続き3箇月以上同区の住民基本台帳に記録されている者という要件を満たさなかったので,原告は,いずれの選挙人名簿にも登録されなかった。 (6) 原告は,平成12年6月25日に行われた衆議院議員総選挙及び最高裁判所裁判官国民審査において,選挙権及び審査権を行使できなかった(弁論の全趣旨)。 3 争点及び争点についての当事者の主張国会議員が,3箇月未満で他の市町村への住所の移転を繰り返した者が衆議院議員の選挙権及び最高裁判所裁判官国民審査の審査権(以下「選挙権等」ということがある。)を行使し得ないとする立法をし,これを是正する立法をしなかったことが国家賠償法1条1項にいう違法な行為に 衆議院議員の選挙権及び最高裁判所裁判官国民審査の審査権(以下「選挙権等」ということがある。)を行使し得ないとする立法をし,これを是正する立法をしなかったことが国家賠償法1条1項にいう違法な行為に当たるか。 (1) 原告の主張ア選挙権は,憲法に定められた基本的人権であるから,厳格に保障されるべきものであり,国会議員が選挙制度の立法をする場合にも,最大の尊重を必要とする。ところが,公職選挙法21条,28条2号によると,選挙権等を有する者であっても,3箇月未満の期間で他の市町村への住所の移転を繰り返し,しかも当初の移転から4箇月を経過した者は,いずれの市町村の選挙人名簿にも登録されない結果,選挙権等を行使することができなくなる。このような結果は,憲法が保障した選挙権等を侵害するものであるから,公職選挙法の上記規定は憲法に違反し,係る立法をし,係る結果をもたらす規定を改正しなかった国会議員の行為は,国家賠償法1条1項にいう違法な行為である。 イ被告は,公職選挙法が公職選挙法21条1項,28条の規定を設けたのは,選挙事務の円滑のためであると主張する。しかしながら,「選挙権の保障」と「選挙事務の円滑」を比較すると,憲法上の権利である「選挙権の保障」の方が尊重され優先されなければならないことは明らかであり,「選挙事務の円滑化」という立法目的が「選挙権の保障」を制限する理由となることはあり得ない。 そうすると,「選挙権の保障」よりも「選挙事務の円滑化」を優先させたこれらの規定が憲法15条3項に違反することは明らかである。 ウ仮に,公職選挙法21条1項,28条2号の規定の立法時において,同規定が違憲でなかったとしても,近年の情報通信機器の発達によって,選挙管理委員会が行う情報の管理,選挙管理 かである。 ウ仮に,公職選挙法21条1項,28条2号の規定の立法時において,同規定が違憲でなかったとしても,近年の情報通信機器の発達によって,選挙管理委員会が行う情報の管理,選挙管理委員会相互間の連絡が極めて容易になったから,国会としては,選挙権を有しながらその行使を制限される者が発生することのないようこれらの規定を改正するべき義務があったのに,これを怠った。改正の方法としては,公職選挙法28条2号の末尾に,次の(ア)又は(イ)を加えることが考えられる。 (ア) 「ただし,転出後4箇月が経過しても,新住所市町村の選挙人名簿に転入後3箇月未満のために登録されない間は,登録を抹消しない。」(イ) 「ただし,転出後4箇月が経過しても,新住所市町村の選挙人名簿に転入後3箇月未満のために登録されない間は,本人の申請に基づき資格審査をし,要件を満たした者に対しては,登録の抹消を延期する。」(2) 被告の主張ア国会議員の立法行為は,立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うといった,容易に想定し難いような例外的な場合でない限り,国家賠償法1条所定の違法性は認められない。 イそして,選挙権は,民主制国家存立の根幹をなすものであるから,選挙制度を決定するに当たっては,国民の選挙権の保障に最大限の配慮を要することは当然であるが,他方で選挙の公正及び選挙事務の円滑化という要請をも考慮すべきものであるから,選挙制度に関する法律の規定が違憲となるのは,国会の広範な裁量権を考慮しても,なおその限界を超えており,これを是認することができない場合に限られるものである。 ウ公職選挙法の採用した前記の仕組みは,選挙事務を円滑にするととも は,国会の広範な裁量権を考慮しても,なおその限界を超えており,これを是認することができない場合に限られるものである。 ウ公職選挙法の採用した前記の仕組みは,選挙事務を円滑にするとともに,選挙直前の意図的な住民票の移動による不正投票を防止するともに,二重投票を防止して選挙の公正を実現するためのものとして合理的なものである。本件における原告のように,選挙権の行使を制限される場合が生ずることを完全に防止するのは困難である。原告の主張ウの(ア)(イ)のような規定を設けると,ある市町村の区域内に現実に居住しない選挙人がその市町村の選挙人名簿に登録される事態が長く継続する可能性があり,特に,3箇月未満での転居を繰り返した者については,転居前市町村におけるその選挙人の住所要件等の確認が困難になり,選挙人の選挙資格を公証する選挙人名簿の正確性が著しく損なわれ不当である。 したがって,公職選挙法21条1項,28条は,前記イの裁量権の範囲内にあり,国会議員が係る立法をし,これを改正しなかったことは前記アの例外的場合に当たらないから,国家賠償法1条1項の適用上,違法との評価を受けない。 第3 当裁判所の判断 1 国会議員は,立法に関しては,原則として,国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり,個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではないというべきであって,国会議員の立法行為は,立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うといった,容易に想定し難いような例外的な場合でない限り,国家賠償法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けない(最高裁判所昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁)。 2 そこで,本件において,これを検討する。 1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けない(最高裁判所昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁)。 2 そこで,本件において,これを検討する。 (1) 憲法は,成人による普通選挙(人種,信条,性別,社会的身分,門地,教育,財産,収入等によって差別されない選挙)を保障している(憲法15条3項,44条ただし書)。そして,形式的に選挙権を付与しても,その行使を保障しなければ,実質的に選挙権を付与したことにはならないのであるから,普通選挙による選挙の保障は,選挙権行使の保障を含むものであり,国民には,国に対し,選挙権の一部として,投票の機会を与えるよう求める権利が存するというべきである。そして,最高裁判所裁判官の国民審査も,国民の公務員の選定,罷免権(15条1項)と同一の根拠に基づくものであるから,その審査権についても前に述べたところが当てはまる。 しかし,選挙権等の保障も絶対的なものではなく,一定の場合にはこれを奪うことも許されると考えられ,選挙権等の一部である投票の機会も与えないことが許される場合もある。そして,選挙権等の行使に関する仕組みを作るに当たっては,選挙権者の正確な把握,選挙の直前になると意図的に住所を変更するなどの方法による選挙権の不公正な行使の防止,二重投票の防止,関係する事務が著しく複雑,煩さなものではないこと(それによって,選挙に関する事務の過誤を防止し得る。)など,投票の正確性,円滑性を確保するという要求を満たすことが求められ,そのために事実上不可欠な選挙権行使の制限は憲法の許容するところというべきである。 (2) 公職選挙法の採用した前記第2の2(2)の仕組みは,住民基本台帳と結びつけて選挙人名簿制度を採用し,選挙人名簿の登録事務は,市町村ごとに 制限は憲法の許容するところというべきである。 (2) 公職選挙法の採用した前記第2の2(2)の仕組みは,住民基本台帳と結びつけて選挙人名簿制度を採用し,選挙人名簿の登録事務は,市町村ごとに市町村の選挙管理委員会が行うことし,選挙人名簿への登録の要件として住民基本台帳に3箇月以上記録されていることを求めることによって,正確性の確保と選挙直前の意図的な住民票の移動による不正投票の防止を図り,選挙人が他の市町村に住所を移転した場合には,いずれの市町村の選挙人名簿にも登録される事態をできる限り防止し,他方,いずれの市町村の選挙人名簿にも登録されないという事態をできる限り防止するため,新住所地の市町村に転入届をした後3箇月は移転先に居住し続けると想定し,前住所地からの転居に伴う移動期間,転入届提出の猶予期間等を考慮して,前住所地から転出後,4箇月が経過するまでには新住所地の市町村の選挙人名簿に登録される蓋然性が高いことを根拠に,新住所地の市町村に転入届を提出後4箇月時に自動的に選挙人の登録の抹消をする(28条2号)ことにしたもので,投票の正確性と円滑性という観点からは,一応の合理性を有するものということができる。 (3) もっとも,選挙が代表民主制の根幹であり,憲法が普通選挙を保障していることを考慮すると,選挙権等の行使の機会を与えないことが許されるのは,極めて強度の必要性を満たすために事実上不可欠なものである場合に限られるというべきである。 確かに,前記第2の2(2)の公職選挙法の各規定によると,ある市町村の選挙人名簿に登録されている者が他の市町村に住所を移転した後,3箇月を経ずして更に他の市町村に住所を移転し,最初に住所を有していた市町村から転出した後4箇月が経過したものの,現に住所を有する市町村に転入届を提出 登録されている者が他の市町村に住所を移転した後,3箇月を経ずして更に他の市町村に住所を移転し,最初に住所を有していた市町村から転出した後4箇月が経過したものの,現に住所を有する市町村に転入届を提出後3箇月に満たない場合には,現に住所を有する市町村及び前に住所を有した市町村の選挙人名簿には登録されていないのに,最初に住所を有していた市町村の選挙人名簿の登録が抹消されることになるから,その者は選挙権等を有しながら,どの市町村の選挙人名簿にも登録されないため,選挙権等行使の機会を与えられない結果となる。このような結果は,それ自体は,憲法による選挙権等の保障の趣旨に反するものである。 そして,公職選挙法21条,28条2号を含む前記の仕組みを採用するに当たって,原告のような短期間に住所を移転する者に選挙権等の行使の機会を与えることについてどのような検討,考慮がされたのか,二重登録が生じることをできる限り回避し,生じたとしてもその期間をできる限り短くする一方で,原告のような短期間に住所の移転を繰り返す者についても,選挙権の行使を保障するための仕組みを採用することができないのか,そのような仕組みを採用した場合に,上記のような投票の正確性,円滑性という観点からどのような支障が生じるのかについて,被告が,原告の主張する前記第2の3(1)ウ(ア)及び(イ)の方法について反論するほかは主張,立証しないこと(なお,そのような仕組みを採用することによって,選挙管理委員会に調査,照会,確認等の事務が多少増大することは,そのような仕組みを採用し得ない理由とはならない。)を考慮すると,公職選挙法21条1項,28条2号を含む前記の仕組みが前記(1)の観点からしても,必要で事実上不可欠なものといえるかに疑問がなくはない。 しかし,この仕組みは,前述のとおり,投票の正確 慮すると,公職選挙法21条1項,28条2号を含む前記の仕組みが前記(1)の観点からしても,必要で事実上不可欠なものといえるかに疑問がなくはない。 しかし,この仕組みは,前述のとおり,投票の正確性,円滑性の確保の観点からは一応の合理性があるのであるから,憲法の一義的な文言に違反しているとはいえない。そうすると,国会議員が,これらの規定を立法したこと及びその後公職選挙法を改正して,短期間に転居を繰り返した結果どの市町村の選挙人名簿にも登録されず,選挙権の行使を制限される者が発生する事態を避ける立法を行わなかったことが国家賠償法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けるものということはできない。 3 以上の次第で,原告の本訴請求は,その余の点を判断するまでもなく理由がないから,これを棄却することとする。 京都地方裁判所第1民事部 裁判長裁判官水上敏裁判官井戸謙一裁判官尾河吉久

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