平成13(ワ)15408 治療費返還請求

裁判年月日・裁判所
平成14年7月31日 東京地方裁判所
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判決文本文16,457 文字)

H14.7.31東京地方裁判所平成13年(ワ)第15408号治療費返還請求事件 主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は,原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告に対し,金67万2000円及びこれに対する平成13年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,歯科医院を経営する被告との間で自己の歯について審美治療をする契約を締結した原告が,被告が雇用していた歯科医師において,①奥歯から整形するという歯科医学の常識に反する治療を行い,しかも,そのことについて原告の同意を得なかった,②前歯2本について,不適切な治療をしてこれを出っ歯にした,③破折しやすい奥歯を装着し,現に装着された奥歯3本が破折したと主張して,被告に対し,債務不履行又は不法行為に基づき,支払済みの治療費の返還を請求した事案である。 1 争いのない事実等(1) 被告は,C歯科の名称で歯科医院を経営している者であり,平成2年4月から平成10年10月ころまで歯科医師D(以下「D」という。)を雇用していた(争いのない事実,乙13)。 (2) 原告は,いずれはすべての歯をきれいに整形したいと考えていたところ,ひとまず,上顎左右2番の各歯(以下,歯を特定するときは「上顎左右2番」などという。)について,整形して大きくしたいと考え,平成7年3月28日,C歯科を訪れ,被告との間で,自己の歯について審美治療をする契約を締結した。原告は,Dによる診療を希望したので,Dの診療を受けることとなった(争いのない事実)。 (3) 本件の診療経過は,別紙診療経過一覧表中診療経過及び検査・処置欄記載のうち,下線の引かれていない部分記載のとおりである(争いのない事実)。 (4) 原告は,被告に対し,前記(2)の契約に基づく治療費のうち,自費診 過は,別紙診療経過一覧表中診療経過及び検査・処置欄記載のうち,下線の引かれていない部分記載のとおりである(争いのない事実)。 (4) 原告は,被告に対し,前記(2)の契約に基づく治療費のうち,自費診療分として,合計65万5700円を支払った(乙5の2)。 2 争点(1) 原告の上顎左右2番を整形するに当たっては,前歯から治療する必要があったか。また,Dは,奥歯から治療することについて,原告の同意を得たか。 (2) Dが装着した原告の上顎左右2番は出っ歯であるか。 (3) Dが装着した原告の奥歯が破折した原因は何か。また,これは,Dの過失に基づくものであるか。 3 争点に関する当事者の主張(1) 争点(1)(前歯からの治療の必要性及び奥歯から治療することについての原告の同意)について(原告の主張)ア理想的な歯並びとは,顎口腔系にとって快適で,そしゃく効率が優れ,生理的,形態的に異常がなく,審美的にも良好な咬合をいうところ,臨床上,奥歯の摩耗や破損を最低限に抑える構造とすることが最も重要であり,そのためには,前歯誘導により,そしゃく中の上下の奥歯を必要以上に接触させない臼歯離開を実現する必要がある。したがって,理想的な歯並びにするには,前歯誘導を実現するため,前歯から治療する必要がある。そして,そのためには,まずレジン補正で奥歯を挙上し,前歯を完成させてから,奥歯を完成させるべきであった。 イまた,被告は,Dにおいて,原告の場合,理想的な歯並びを実現するには,前歯のスペースが必要であるため,奥歯から治療する必要がある旨説明したと主張するが,原告は,そのような説明を受けていない。仮に,Dがそのような説明をしたとしても,原告は,Dに対し,前歯の整形分しか予算がないと申し出ていたのであるから,Dは,原告に対し,前歯のスペースが必要であることの は,そのような説明を受けていない。仮に,Dがそのような説明をしたとしても,原告は,Dに対し,前歯の整形分しか予算がないと申し出ていたのであるから,Dは,原告に対し,前歯のスペースが必要であることのみならず,奥歯を挙上する方法として,①レジンによる暫間的な挙上,②銀歯による挙上及び③ハイブリッドセラミックスによる挙上があるという説明をもすべきであったが,「理想的な歯並びを実現するには奥歯から整形する必要がある」という素人の判断を誤らせる不必要な説明だけを行い,原告において,何が必要な情報かを理解させず,一時的に銀歯により奥歯を挙上するという選択をする機会を与えずに,原告をして,奥歯に高価な素材であるハイブリッドセラミックスを使用するという選択をさせたのであるから,奥歯から整形し,奥歯にハイブリッドセラミックスを使用することについて,原告の同意を得たということはできない。 (被告の主張)ア本件の場合,原告には,いったん飲み込んだ食物を胃酸と共に口内に戻す癖があったから,歯が胃酸により脱灰して弱くなり,かつ歯の高さが異常に低くなっており,上顎左右2番を大きくするには,対向歯との間にスペースを設ける必要があったため,奥歯を挙上してスペースを作る必要があり,そのためには,奥歯から治療する必要があった。このような補綴的オーラルリハビリテーション(全顎にわたる補綴治療)が必要とされる際には,臼歯を適切な形態に完成させてから前歯の作成を行い,誘導を付与する必要があり,歯科医学上,前歯から治療するのが常識であるとすることはできない。また,即時重合レジンにより,奥歯を挙上し,前歯を完成させてから奥歯を完成させるという治療方法については,即時重合レジンによる挙上はあくまで暫間的なものであり,使用による摩耗により,長期の使用には耐えられないものであるから ,奥歯を挙上し,前歯を完成させてから奥歯を完成させるという治療方法については,即時重合レジンによる挙上はあくまで暫間的なものであり,使用による摩耗により,長期の使用には耐えられないものであるから,顎位が決まったら,奥歯を前歯より優先的にあるいは同時に完成させ,その上で症例に応じて前歯に誘導を与えていくという治療方法が正しいのである。 イ Dは,原告に対し,奥歯から治療する必要があることについて,上記のとおりの原告の咬合の状況とスペースの必要性について理由も付して説明しているのであり,また,奥歯の挙上のために使う材質としては,保険適用のある銀歯があると説明し,そのほか,保険適用はないが,審美的に美しいポーセレン,ハイブリッドセラミックス又はセラモメタルについて,その特徴及び費用を示しながら,見積書に書いて説明したのであり,原告は,当然,これらの説明を理解した上で,審美治療のために,ハイブリッドセラミックスを選択したのであって,Dは十分に説明したし,原告もこれを理解して同意した。 (2) 争点(2)(Dが装着した原告の上顎左右2番が出っ歯であるか。)について(原告の主張)Dが,平成10年7月22日,原告に装着した上顎左右2番の仮歯は,原告の希望に沿った出っ歯でないものであったが,Dが,歯科技工士に対し,適切な指示を与えなかったために,同年8月7日,原告に装着された上顎左右2番の本歯は,出っ歯となった。 (被告の主張)Dが,同日,原告に対して装着した上顎左右2番の本歯は,解剖学的,矯正学的にも前突に当たらないし,客観的に見ても,出っ歯ということはできない。 (3) 争点(3)(Dが装着した原告の奥歯の破損の原因及びこれについてのDの過失の有無)について(原告の主張)ア別紙診療経過一覧表中診療経過欄及び原告の反論欄記載のとおり,原告の上 できない。 (3) 争点(3)(Dが装着した原告の奥歯の破損の原因及びこれについてのDの過失の有無)について(原告の主張)ア別紙診療経過一覧表中診療経過欄及び原告の反論欄記載のとおり,原告の上顎右6番は,平成10年6月20日ころ,上顎右8番は,平成12年ころ,上顎左8番は,平成13年3月ころに破折しているところ,このように原告の奥歯が破折したのは,前記(1)(原告の主張)のとおり,Dにおいて,原告に対し,奥歯から整形を始めたために臼歯離開が得られず,奥歯に不必要な圧力がかかったためである。 イまた,Dは,原告の奥歯として,ハイブリッドセラミックスを使用しているが,ハイブリッドセラミックスについては,破折を懸念する歯科医師もいたのであって,その強度が十分とはいえなかったから,かかる素材を選択したことも,奥歯の破折の原因となっていると考えられる。さらに,ハイブリッドセラミックスをクラウン(義歯)に用いるに当たっては,ブラギシズム(歯ぎしり)は禁忌症例となるところ,原告において,奥歯がすり減っていた理由として,主訴として訴えていた一旦飲み込んだ食物を胃酸と共に口に戻す癖があるというのは,原告の思いこみである可能性もあり,ブラギシズムが真の原因であった可能性が高いから,Dにおいて,原告の奥歯のすり減りの原因がブラキシズムであることを疑うべきであり,ハイブリッドセラミックスを選択するべきではなかった。 ウ被告は,原告の上顎右6番が破折したのは,原告が無断で治療を中断したためであると主張するが,原告は,Dに対し,初診時に,現在は前歯の整形分の予算しかないことを告げて,Dもこれを了解していたから,原告とDとの間で,原告が整形費用を工面するまで治療を中断することがあることが前提とされていた上に,Dは,原告に対し,何ら治療の中断について注意を与え かないことを告げて,Dもこれを了解していたから,原告とDとの間で,原告が整形費用を工面するまで治療を中断することがあることが前提とされていた上に,Dは,原告に対し,何ら治療の中断について注意を与えなかったのであるから,かかる治療の中断をもって,上顎右6番の破折を原告の責任によるものとすることはできない。 (被告の主張)ア平成7年5月17日に装着した原告の上顎右6番が平成10年6月20日ころに破折したのは,原告において,別紙診療経過一覧表診療経過欄記載のとおり,平成7年5月23日から同年10月16日までの約5箇月,同月23日から平成8年4月5日までの約6箇月,同月12日から平成9年3月13日までの約1年,同年5月6日から同年7月12日までの約2箇月,同月26日から平成10年5月20日までの約10箇月,Dに無断で治療を中断したため,下顎右6番の暫間的なものである即時重合レジンが摩耗して,即時重合レジンの下部に存在した下顎右6番のメタルインレーと,上顎右6番のハイブリッドセラミックスが直接接触し,上顎右6番に応力が集中したためであると考えられる。 イまた,原告には,上顎左右8番は存在しないから,仮に破折した奥歯が他にあるとすれば,上顎左右7番であると考えられる。そして,原告の奥歯の状況からして,原告にハイブリッドセラミックスを装着できないようなブラギシズムを疑う症状はなかったから,原告の上顎左右7番が破折したのは,他の歯科医において,下顎の対向歯にハイブリッドセラミックスよりも弾性率がはるかに高いメタルクラウンを装着したために,上顎左右7番に応力が集中したためであると考えられる。なお,ハイブリッドセラミックスは,弾性率,耐衝撃性等の諸点にわたり,現在の審美修復材料の中で最も破折に強い材料である。 ウしたがって,原告の奥歯の破折は,原告 力が集中したためであると考えられる。なお,ハイブリッドセラミックスは,弾性率,耐衝撃性等の諸点にわたり,現在の審美修復材料の中で最も破折に強い材料である。 ウしたがって,原告の奥歯の破折は,原告が治療を無断で中断したことを原因とするものであったり,他院における治療を原因とするものであったりするから,Dには過失はない。 第3 争点に対する判断 1 原告がC歯科において治療を始めた際の経緯について,証拠によれば,以下の事実が認められる。 (1) 原告は,小学生のころ歯並びがよく表彰されてこともあり,また,アメリカ在住中にアメリカ人が歯に気を遣うことを知ったこともあって,歯をきれいにしようと考えるようになった。原告は,上顎左右1番がすり減って薄くなったため,同歯について,他の歯科医院において,審美治療を受け,歯を換えたところ,以前よりも出っ歯になったと感じていた(証人D,原告本人)。 (2) 原告は,いずれは上顎左右1番も含め,すべての歯をきれいにし,そのためには合計250万円程度の費用がかかっても構わないと考えていたところ,平成7年3月28日,友人から紹介を受けたDに審美治療をしてもらおうと,C歯科を訪れ,Dに対し,自分は歯にこだわりがあり,いずれは全部の歯を完全にしたいと思っていること,そのためにはいくらお金がかかっても構わないと考えていることを告げ,まず,上顎左右2番について,出っ歯にならないように大きくしてほしいと治療を依頼した(乙12の1及び3,13,証人D,原告本人)。 (3) 原告には,いったん嚥下した食物を再び口に戻してそしゃくする癖があり,その結果胃酸が口腔内に逆流するため,Dによる平成7年3月28日の初診時の診察の結果,原告は,すべての歯の咬合箇所のエナメル質が溶解し,上顎前歯舌側もエナメルがなくなった状態で下顎前歯と咬合 あり,その結果胃酸が口腔内に逆流するため,Dによる平成7年3月28日の初診時の診察の結果,原告は,すべての歯の咬合箇所のエナメル質が溶解し,上顎前歯舌側もエナメルがなくなった状態で下顎前歯と咬合する状態にあり,低位咬合となっていた。なお,原告の歯は,歯と歯が夜間接触している面以外についてもエナメル質が溶解している状態にあり,当該接触面が鋭利になっているという状態にはなかったから,原告には,ブラギシズムはなかった(甲2,乙4(枝番を含む。),12の1及び2,13,証人D,原告本人)。 (4) Dは,診察結果に基づき,原告に対し,上顎左右1番について,客観的には出っ歯ではないが,原告が出っ歯であると感じているのであれば,きれいに仕上げるためには,上顎左右1番の歯を上顎左右2番と併せて治療するのがよいと提案し,また,上顎左右2番について大きくするには,奥歯から治療する必要があると説明したところ,原告は,上顎左右2番と併せて上顎左右1番を治療することについては拒否し,奥歯から治療することについては同意した(乙13,証人D,原告本人)。なお,Dが,原告に対し,奥歯から治療する必要があることについて,具体的にどの程度の説明をしたかについては,後記検討のとおりである。 (5) そこで,Dは,原告に対し,奥歯について保険適用の治療を行うと銀歯を入れることになることを説明するとともに,審美治療については,同年4月3日,見積書を示して,上下顎左右4,5番の治療について,①セラミックスを使い,硬いけれどももろく割れやすいポーセレンジャケットクラウンであれば1本10万円で,合計80万円かかること,②ポーセレンを改良して割れにくくしたハイブリッドセラミックスクラウンであれば1本7万円で,合計56万円かかること,③金属の上にセラミックスを焼き付けたセラモメタルク 円で,合計80万円かかること,②ポーセレンを改良して割れにくくしたハイブリッドセラミックスクラウンであれば1本7万円で,合計56万円かかること,③金属の上にセラミックスを焼き付けたセラモメタルクラウンであれば1本10万円で80万円かかることを説明し,下顎左右6番及び上下顎左右7番の治療について,①ポーセレンインレーであれば,1本8万円で合計48万円かかること,②ハイブリッドセラミックスインレーであれば,1本6万円で36万円かかること,上顎右6番について,①セラモメタルクラウンであれば12万円かかること,②ポーセレンジャケットクラウンであれば12万円かかること,③ハイブリッドセラミックスクラウンであれば8万円かかることを説明した。 これに対し,原告は,Dに対し,ハイブリッドセラミックスを使用するよう依頼し,支払方法については,20万円ずつ支払ってよいかと確認し,Dはこれを了承した(乙3(枝番を含む。),6,7,8(枝番を含む。),13,証人D,原告本人)。 2 争点(1)(前歯からの治療の必要性及び奥歯から治療することについての原告の同意)について(1) 原告は,理想的な歯並びを実現するためには,前歯から治療する必要があったと主張し,また,Dから,奥歯から治療する必要について,前歯のスペースが必要であるとの説明を受けず,奥歯の治療についての選択肢も示されなかったと主張する。 (2) まず,奥歯から治療することが,歯科医学的に不合理であるかについて検討する。 ア証拠によれば,以下の事実が認められる。 (ア) 顎関節を患者固有の非可変要素と仮定し,下顎運動を咬合器上に模倣再現することに主眼を置いていた機械的咬合論においては,上下顎前歯により下顎を誘導するという前歯誘導が,下顎の偏心運動時において対向歯を離開させ,臼歯を側方圧から守るとい ,下顎運動を咬合器上に模倣再現することに主眼を置いていた機械的咬合論においては,上下顎前歯により下顎を誘導するという前歯誘導が,下顎の偏心運動時において対向歯を離開させ,臼歯を側方圧から守るという臼歯離開を確保するという役割を担っていると考えられている(甲1,3,乙11(枝番を含む。),13)。 (イ) 機械的咬合論に基づき,上下顎の歯牙すべてに歯冠補綴を行い咬合を改善するフルマウス・リコンストラクションにおいては,作業模型上で,臼歯部咬合面を仕上げてから,前歯を仕上げ,前歯誘導を再現するとされている。なお,前歯が咬合しないオープンバイトの症例においても,作業模型上において前歯が治療によって適切に咬合し得るかを確認するとの過程を経るものの,結局,奥歯から作成し,その後前歯を作成している(甲4,乙9,13)。 (ウ) 咬合を調整する際,即時重合レジンにより,奥歯を挙上することがあるが,即時重合レジンは,咬合により摩耗していき,咬合のバランスを崩すため,一時的な挙上にしか使用できない(乙13,証人D)。 イ(ア) 前記ア(ア)(イ)に認定した事実によれば,確かに,機械的咬合論においては,前歯誘導が臼歯離開を実現するとの考え方がとられているが,この考え方によった場合においても,フルマウス・リコンストラクションを行う場合においては,奥歯から形成し,その後,前歯を形成するという手法がとられている。 したがって,機械的咬合論に基づき,前歯誘導を付与するということが,直ちに前歯から治療していくことを意味するものであるということはできない。 (イ) そして,証拠(甲2,乙4,12の2,13,証人D)によれば,前記1(3)において認定した原告の症例(すべての歯の咬合箇所のエナメル質が溶解するなど,低位咬合になっている状態)において,前歯を大きく整形するために 甲2,乙4,12の2,13,証人D)によれば,前記1(3)において認定した原告の症例(すべての歯の咬合箇所のエナメル質が溶解するなど,低位咬合になっている状態)において,前歯を大きく整形するためには,奥歯を挙上して,前歯のスペースを作る必要があると認められるから,本件においては,奥歯から治療する必要があったというべきである。 (ウ) また,前記ア(ウ)によれば,即時重合レジンは,咬合により摩耗してしまうため,奥歯の一時的な挙上にしか使用できないというのであるから,即時重合レジンにより奥歯を挙上し,その後前歯を完成させ,奥歯を完成させるという手順を取ることはできない。 ウ以上によれば,奥歯から治療することが歯科医学的に不合理であるということはできず,したがって,理想的な歯並びを実現するためには,前歯から整形するべきであるという原告の主張は理由がない。 (3) 次に,Dは,原告に対し,奥歯から治療する必要があることについて,どの程度説明し,また,奥歯に使用する材質の選択についてどの程度説明したかについて検討する。 ア原告は,前歯のスペースが必要であるとの説明を受けておらず,仮に,Dがそのような説明をしたとしても,原告は,Dに対し,前歯の整形分しか予算がないと申し出ていたのに,Dは,原告に対し,前歯のスペースが必要であることのみならず,奥歯を挙上する方法として,①レジンによる暫間的な挙上,②銀歯による挙上及び③ハイブリッドセラミックスによる挙上があるという説明をすべきであったのに,「理想的な歯並びを実現するには奥歯から治療する必要がある」という素人である原告の判断を誤らせる不必要な説明だけをしたのであるから,奥歯から整形し,奥歯の挙上のために,ハイブリッドセラミックスを使用するということについて,原告の同意を得たということはできないと主張 である原告の判断を誤らせる不必要な説明だけをしたのであるから,奥歯から整形し,奥歯の挙上のために,ハイブリッドセラミックスを使用するということについて,原告の同意を得たということはできないと主張し,原告本人も,これに沿う供述をしている。 イまず,Dが,原告に対し,奥歯から治療する必要があることについて,どのような説明をしたかについて検討する。 前記1(1)(2)(4)によれば,原告は,歯にこだわりがあり,他の歯科医院において整形した上顎左右1番について出っ歯であるとして不満を持っていたところ,上顎左右2番を整形しようとしてDに治療を依頼したのであり,Dから受けた上顎左右1番について併せて整形することについての提案については断っているというのであり,このように,前歯の整形を求めてDの治療を受けにいき,しかも,Dから上顎左右1,2番を整形したらどうかとの提案を受け,これを断った原告において,Dから何ら合理的な説明を受けずに,奥歯からの治療に同意するとは考えらない。 また,原告本人は,Dに対し,当面は,前歯の整形費用である40万円しかないことを告げたと供述しているから,その事実を前提にすると,前歯の整形を求めてDの治療を受けにいった原告において,奥歯から治療を受ければ,奥歯の治療のみで,当面の予算を使い切ってしまうのであるから,Dから合理的な説明を受けず,奥歯からの治療に同意するとは考えられない。 そうすると,原告の陳述ないし供述のみにより,Dが,原告に対し,「単に理想的な歯並びを実現するには奥歯から治療する必要がある」とのみ告げて原告の判断を誤らせる不十分な説明をしたと認めることはできないし,かえって,証人Dが,原告に対し,スタディーモデルを利用して,原告が嚥下した食物を口腔内に逆流させる癖により,すべての歯の咬合箇所のエナメル質が溶解す せる不十分な説明をしたと認めることはできないし,かえって,証人Dが,原告に対し,スタディーモデルを利用して,原告が嚥下した食物を口腔内に逆流させる癖により,すべての歯の咬合箇所のエナメル質が溶解するなどして,低位咬合となっているために,上顎左右2番を大きくするには,臼歯部を挙上することが不可欠であり,そのため,奥歯から治療する必要があると説明したと陳述(乙13)ないし証言しているとおり,Dは,原告に対し,奥歯から治療する必要性について,理由も付して十分に説明したと認めることができる。 ウ次に,Dが,原告に対し,奥歯に使用する材質について,どのような説明をしたかについて検討する。 (ア) 前記ア(ウ)によれば,咬合を治療するために奥歯を挙上するに際し,即時重合レジンにより長期の挙上をすることはできないことが認められるから,Dにおいて,即時重合レジンにより暫間的に奥歯を挙上するという選択を示さなかったことが不適切であるということはできない。 (イ) Dが,原告に対し,まず,保険適用の治療であれば銀歯を入れること,保険適用外であれば,①ポーセレン,②ハイブリッドセラミックス及び③セラモメタルのいずれかを使用することとその金額について説明したことは,前記1(5)において認定したとおりである。 原告本人は,奥歯の治療に関し,銀歯を使うという話はなかった,当時原告は40万円しか用意しておらず,銀歯という提案があれば,喜んで承諾したはずであると供述するが,前記1(1)(2)において認定したとおり,原告は,歯にこだわりを持ち,いずれはすべての歯をきれいにし,そのためには合計250万円程度の費用がかかっても構わないと考え,現に,Dに対しても,自分は歯にこだわりがあり,いずれは全部の歯を完全にしたいと思っていること,そのためにはいくらお金がかかっても仕方 のためには合計250万円程度の費用がかかっても構わないと考え,現に,Dに対しても,自分は歯にこだわりがあり,いずれは全部の歯を完全にしたいと思っていること,そのためにはいくらお金がかかっても仕方がないと考えていることを告げて治療を依頼したというのであるから,このような原告が,たとえ奥歯といえども,他の審美材料に比して,美しさの点で極めて劣ると考えられる銀歯の提案に喜んで承諾したはずであるということは到底考えられず,原告の上記供述を採用することはできない。 (ウ) 以上からすると,Dは,原告に対し,奥歯を挙上する材質について,その利害得失を適切かつ十分に説明したと認めることができ,原告の主張は理由がない。 エ前記イウによれば,Dは,原告に対し,奥歯から治療する必要性及び奥歯に使用する材質の選択について適切かつ十分な説明をしたものといえるから,奥歯から整形し,奥歯にハイブリッドセラミックスを使用することについて,原告が同意していないとの原告の主張を採用することはできない。 (4) よって,原告の主張は理由がない。 3 争点(2)(Dが装着した原告の上顎左右2番が出っ歯であるか。)について(1) 原告は,Dが,原告の上顎左右2番の本歯を出っ歯に整形したと主張する。 しかし,証拠(乙1(枝番を含む。),13,証人D)によれば,原告の上顎左右2番は,解剖学的及び矯正学的にみて,出っ歯であるとは認められず,また,審美的にも特段出っ歯であるとは認められない。 (2)アところで,証拠(乙12の1,原告本人)によれば,原告本人は,Dが原告において出っ歯と感じていた上顎左右1番に合わせて上顎左右2番を作ったため,上顎左右2番も出っ歯になったと考えていることが認められる。 イ前記1(1)(2)(4)に認定したとおり,原告は,上顎左右2番を整形して大きくした た上顎左右1番に合わせて上顎左右2番を作ったため,上顎左右2番も出っ歯になったと考えていることが認められる。 イ前記1(1)(2)(4)に認定したとおり,原告は,上顎左右2番を整形して大きくしたいと考えていたが,他の歯科医院において,審美治療を受けた上顎左右1番について出っ歯になったと感じていたため,Dに対し,上顎左右2番を出っ歯にならないように大きくする治療を依頼し,Dは,原告が出っ歯と感じている上顎左右1番と上顎左右2番とを併せて治療する方がきれいに仕上がると提案したが,原告に上顎左右1番の治療は拒否されたため,上顎左右2番を治療することになった。そして,証拠(乙13,証人D)によれば,Dは,原告の上記依頼を正しく認識して治療に当たったこと,Dは,すり減って小さくなった上顎左右2番をそのまま延長させて伸ばして大きくする形に作り直したが,上顎左右1番に合わせる形で上顎左右2番を作り直したわけではないこと,上顎左右2番を元あった歯の位置より内側に入れて作ることは,原告の場合,咬み合わせを調整する関係で困難であったこと,将来原告が出っ歯と感じている上顎左右1番を現在ある位置より内側に引っ込めて前方にふくらまない形で作り直すことは可能であることが認められる。 ウ歯の審美治療に関心が高い原告において,前記(1)のとおり,上顎左右2番が客観的に出っ歯であるとは認められなくても,自ら出っ歯であると感じていると,その是非はともかく,Dの治療に不満が残ることは理解されないわけではない。しかしながら,前記イに認定したとおり,原告の不満が残ったのは,Dの上顎左右1番と上顎左右2番を併せて治療を行った方がきれいに仕上がるとの提案を原告自ら拒否して,上顎左右2番だけの治療を依頼したことに原因の一端があると考えられるし,原告の咬合状態を考えると,上顎左右2 右1番と上顎左右2番を併せて治療を行った方がきれいに仕上がるとの提案を原告自ら拒否して,上顎左右2番だけの治療を依頼したことに原因の一端があると考えられるし,原告の咬合状態を考えると,上顎左右2番を元あった歯の内側に作ることは困難であったことを踏まえ,Dは原告の希望を正しく認識して上顎左右2番の治療に当たっており,上顎左右1番に合わせて上顎左右2番を作り直したのではないこと,将来上顎左右1番を前方にふくらまない形で作り直すことは可能であることを考えると,原告の認識を考慮しても,Dの上顎左右2番の治療に違法な点があったと認めることはできない。 (3) よって,原告の主張は理由がない。 4 争点(3)(Dが装着した原告の奥歯の破損の原因及びこれについてのDの過失の有無)について(1) 原告は,原告の上顎右6番及び上顎左右8番が破折したのは,Dが,奥歯から治療したためであり,また,ハイブリッドセラミックスを使用したためであると主張する。 まず,上顎右6番が平成10年6月20日ころ破折したことについては,当事者間に争いがなく,証拠(乙1(枝番を含む。),4(枝番を含む。),証人D,原告本人)によれば,原告には,上顎左右8番はないから,上顎左右7番が破折したこと,上顎右7番が平成12年ころ,上顎左7番が平成13年3月ころそれぞれ破折したことが認められる。。 (2) 次に,原告の奥歯が破折した原因について検討する。 ア原告の奥歯が破折したのは,Dが,奥歯から治療したために,臼歯離開が得られず,臼歯に不必要な圧力がかかったためであるかについて検討するに,前記2によれば,Dが奥歯から治療したのは不適切な治療であったということはできないし,また,証拠(乙13)によれば,Dが行った治療によっても,臼歯離開によって行おうとしている臼歯側方圧からの保護を図 記2によれば,Dが奥歯から治療したのは不適切な治療であったということはできないし,また,証拠(乙13)によれば,Dが行った治療によっても,臼歯離開によって行おうとしている臼歯側方圧からの保護を図ることができると認められるのであるから,原告の奥歯の破折が,奥歯から治療したことを原因とするものであるということはできない。 イそこで,原告の奥歯が破折したのは,ハイブリッドセラミックスを使用したためであるかについて検討する。 (ア) 証拠によれば,以下の事実が認められる。 a ハイブリッドセラミックスは,従来のセラミックスやポーセレン等の審美材料の問題点を克服するために開発された割れにくい材料であり,メーカーにおいては,一番奥の歯である最後臼歯には使用しないようにとマニュアルに記載しているが,ハイブリッドセラミックスの開発に携わった歯科医師は,臨床上,最後臼歯にもハイブリッドセラミックスを使用している(乙3(枝番を含む。),7,12の4,証人D)。 b ブラギシズムのある症例においては,ハイブリッドセラミックスを使用すると,破折するおそれがあるため,ハイブリッドセラミックスを使用してはならない(甲2,乙12の2,証人D)。 (イ) 前記(1)のとおり,原告には,上顎左右8番はないから,上顎左右7番が最後臼歯となるところ,別紙診療経過一覧表のとおり,Dは,原告の上顎左右7番にハイブリッドセラミックスを装着している。ところで,前記(ア)aのとおり,メーカーは,ハイブリッドセラミックスを,最後臼歯には使用しないようにとのマニュアルを作成しているが,ハイブリッドセラミックスの開発に携わった歯科医師は,臨床上最後臼歯にもハイブリッドセラミックスを使用していることが認められ,さらに,証拠(乙3(枝番を含む。),6,7,13,証人D)によれば,ハイブリッ ッドセラミックスの開発に携わった歯科医師は,臨床上最後臼歯にもハイブリッドセラミックスを使用していることが認められ,さらに,証拠(乙3(枝番を含む。),6,7,13,証人D)によれば,ハイブリッドセラミックスは,接着強度,耐衝撃性等に優れた破折に強い材質であることが認められ,加えて,後記のとおり,原告において,数度にわたって治療を中断していたことに照らすと,原告の奥歯が破折したのは,ハイブリッドセラミックスを選択したことによるものであるといまだ認めることはできない。 さらに,前記(ア)bのとおり,ブラギシズムのある症例には,ハイブリッドセラミックスは禁忌であるが,前記1(3)のとおり,原告には,ブラギシズムはなかったから,この点においても,原告の奥歯の破折がハイブリッドセラミックスを選択したことによるものであると認めることはできない。 ウむしろ,平成7年5月17日,原告の上顎右6,7番に,同年10月23日,原告の上顎左6,7番にそれぞれハイブリッドセラミックスが装着されたこと,原告が,同年5月23日から同年10月16日までの約5箇月,同月23日から平成8年4月5日までの約5箇月,同月12日から平成9年3月13日までの約11箇月,同年5月6日から同年7月12日までの約2箇月,同月26日から平成10年5月20日までの約10箇月治療を中断していること,原告の上顎右6番及び7番にハイブリッドセラミックスが装着された後,原告が何度もすり減った即時重合レジンの補修を希望していることは,別紙診療経過一覧表のとおりであり,また,証拠(乙1(枝番を含む。),2(枝番を含む。),13,証人D,原告本人)によれば,平成7年3月28日の初診時において,原告の下顎左右6,7番には,メタルインレー(金属の詰め物)がされていたこと,原告が,C歯科において,Dの治 (枝番を含む。),13,証人D,原告本人)によれば,平成7年3月28日の初診時において,原告の下顎左右6,7番には,メタルインレー(金属の詰め物)がされていたこと,原告が,C歯科において,Dの治療を受けなくなった平成10年8月8日以降に,他の歯科医院において,原告の下顎左右6,7番にくさびを打ち込むような急な咬頭をつけたメタルクラウンが入れられていることが認められる。 上記事実によれば,平成7年5月17日に装着された原告の上顎右6番が平成10年6月20日ころ破折したのは,原告による複数回にわたる長期の治療中断により,下顎右6番の即時重合レジンが摩耗して,下顎右6番のメタルインレーと上顎右6番のハイブリッドセラミックスが直接接触し,上顎右6番に応力が集中したためであると考えられ,また,同年10月23日に装着された原告の上顎左7番が平成12年ころ,上顎右7番が平成13年3月ころ破折したのは,他の歯科医院において,下顎の対向歯にメタルクラウンが装着されたため,上顎左右7番に応力が集中したためであると考えられるとの証人Dの証言は十分合理性を有するものであるということができ,原告の上顎右6番及び同左右7番の破折の原因は,上記証言のとおりであると認めるのが相当である。 (3) そこで,原告の奥歯が破折したことについて,Dに過失が存するかについて検討する。 アまず,原告の上顎右6番が破折したことについて,Dに過失が存するかについて検討する。 (ア) 原告は,Dに対し,初診時に,当面は前歯の整形分の予算しかなく,これを使い切ったときは,整形費用を工面するまで治療を中断すると告げていたから,原告とDとの間で,治療を中断することは了解済みであったし,Dは,原告に対し,治療の中断について何ら注意を与えていないと主張し,原告本人も,Dに対し,当初は40万円 治療を中断すると告げていたから,原告とDとの間で,治療を中断することは了解済みであったし,Dは,原告に対し,治療の中断について何ら注意を与えていないと主張し,原告本人も,Dに対し,当初は40万円しか持っていないと告げたし,治療再開後に,Dから,治療を中断しないよう言われたことはないとこれに沿う供述をしている。 (イ) 原告が,Dに対し治療費の支払方法について20万円ずつの支払でよいか確認したことは前記1(5)のとおりであり,また,証拠(乙5(枝番を含む。),証人D,原告本人)によれば,原告は,被告に対し,平成7年5月23日までに自費診療分として17万5100円,保険診療分と併せて合計19万9760円を支払ったこと,C歯科の診療録には,原告が治療を中断する前の平成7年5月23日,同年10月23日,平成8年4月12日,平成9年5月6日及び同年7月26日の欄に治療を中断することを前提とした記載がされていないことが認められる。 原告が,Dに対し,当初は40万円しか持っていないと告げたのであれば,上記のとおり,約20万円を支払った時点で治療を中断するのは不自然であるし,C歯科の診療録にも治療を中断することを前提とする記載がされておらず,さらに,証人Dが,原告から,当初は40万円しか治療費を準備できないなどと聞いたことはないと証言していることに照らすと,原告の上記供述を採用することはできず,原告が,Dに対し,40万円しか治療費を持っていないと告げたと認めることはできない。 (ウ) また,原告本人は,Dから,治療中断後に再開したときに,治療を中断すると責任をもって治療できないと告げられたことはないと供述するが,Dが原告に対し,咬合補正のために,即時重合レジンを使用していたことは別紙診療経過一覧表のとおりであるところ,前記2(2)ア(ウ)に認定したとお もって治療できないと告げられたことはないと供述するが,Dが原告に対し,咬合補正のために,即時重合レジンを使用していたことは別紙診療経過一覧表のとおりであるところ,前記2(2)ア(ウ)に認定したとおりの即時重合レジンの性質からすると,治療を長期間中断すれば,咬合のバランスが崩れてしまうことは明らかであり,加えて,証人Dにおいて,原告に対し,治療を中断すると治療上困ると注意したことがあると証言していることにも照らすと,Dが,原告に対し,治療の中断について何ら注意を与えなかったものと認めることはできない。 (エ) そうすると,原告の上顎右6番が破折したのは,もっぱら原告が自己の都合により治療を中断したことに原因があると認められるのであり,Dにおいて,原告の治療の中断を前提にして,上顎右6番のハイブリッドセラミックが破折しないように,下顎右6番の処置を行っておくべきであったということもできないし,原告の治療の中断について注意をすることにより,中断させないようにしなかったのが過失であるということもできない。 イ次に,原告の上顎左右7番が破折したことについて,Dに過失が存するかについて検討する。 前記(2)ウにおいて認定したとおり,原告の上顎左右7番が破折したのは,原告が,C歯科に通うのをやめた後に,他の歯科医院で装着した下顎左右6,7番のメタルクラウンが原因であるから,これについてもDに過失があったと認めることはできない。 ウよって,原告の奥歯が破折したことについて,Dに過失があったと認めることはできず,原告の主張は理由がない。 5 結論以上によれば,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第34部裁判長裁判官前田順司 ,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第34部裁判長裁判官前田順司裁判官浅井憲裁判官荒谷謙介

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