平成15(う)76 傷害致死被告事件

裁判年月日・裁判所
平成15年12月22日 広島高等裁判所 広島地方裁判所 平成14(わ)499
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判決文本文6,606 文字)

主文 本件控訴を棄却する。 当審における未決勾留日数中200日を原判決の刑に算入する。 理由 本件控訴の趣意は,弁護人爲末和政作成の控訴趣意書及び補充書に記載されているとおりであるから,これらを引用する。 論旨は,要するに,原判決は,被告人が,被害者に対し,傘の石突きで右頬部を突き刺すなどの暴行を加えたと認定し,また,その時点においては,もはや急迫不正の侵害は存在していなかったから,過剰防衛は成立しないと認定したが,(1)被告人が,被害者と傘を引っ張り合って,被害者から奪い取った瞬間,その反動で被害者に傘が突き刺さったものであり,暴行の故意はなかったし,(2)被告人は,被害者から傘で殴りかかられたため,その傘をつかんで奪い取ったのであるから,被告人の行為は正当防衛であり,被害者の死亡という結果は偶発的に不可抗力により生じたから相当因果関係はなく,仮に相当因果関係があるとしても,正当防衛として違法性が阻却されるから,原判決には,明らかに判決に影響を及ぼす事実の誤認がある,というのである。 そこで,検討すると,関係証拠によれば,原判決の「罪となるべき事実」中の上記の事実認定及び「争点に対する判断」の項における説示は,過剰防衛の成立を否定した理由について賛成できないものの,その結論については,当裁判所も概ね正当なものとして是認することができるから,原判決には事実の誤認はない。以下,所論にかんがみ,付言する。 1 関係証拠によれば,犯行に至る経緯,犯行状況について,概ね,以下の事実を認めることができる。 (1) 被告人は,平成14年5月16日午前7時ころ,会社に出勤するため,普通乗用自動車を運転して,広島県廿日市市a所在の自宅を出発し,間もなくして,幅員約4.3メ 以下の事実を認めることができる。 (1) 被告人は,平成14年5月16日午前7時ころ,会社に出勤するため,普通乗用自動車を運転して,広島県廿日市市a所在の自宅を出発し,間もなくして,幅員約4.3メートル前後の坂道を下っていたところ,反対方向から,被害者が,犯行現場となった路上近くの実母方を訪問するため,ボンゴ型の普通乗用自動車を運転して進行してきた。 (2) 被告人は,被害者車両と離合するため,被告人車両を道路の左側に寄せて停車したが,被害者車両は道路のほぼ中央付近を進行しており,そのままではすれ違うことができなかったため,被告人車両を道路左側の側溝に架けられたコンクリートの床板まで後退させた。そして,被害者が,被告人車両の右前付近まで被害者車両を前進させ,「下がって降りい。」と言ったことに対し,被告人は,「下がれるかいや。そっちが下がれ。」と言い返したところ,被害者は,被害者車両を一,二メートル後退させた。 (3) そして,被告人は,運転席のドアを開けて降車し,一,二歩,被害者車両に向かって歩いたところ,被害者が,被害者車両を前に発進させて被告人車両の右側を約57センチメートルないし約80センチメートル離れて通過し,先のT字路を左折した。被害者車両が通過する際,被告人は,被害者車両の運転席の窓から右手を差し入れて,被害者の運転を妨害しようとした。 なお,被告人は,その際,被害者が被害者車両を被告人車両及び被告人の身体に衝突させた旨供述する。しかし,被害者車両には,被告人車両の擦過痕に対応する痕跡はなく,被害者車両が被告人車両と接触したとは認められない。また,逮捕後,被告人の身体には衝突したという部位に打撲傷などの所見はなかったが,被告人の供述によると,被害者車両との衝突の程度は,衝突部位の痛みがすぐになくなる程度の軽微なものであった られない。また,逮捕後,被告人の身体には衝突したという部位に打撲傷などの所見はなかったが,被告人の供述によると,被害者車両との衝突の程度は,衝突部位の痛みがすぐになくなる程度の軽微なものであったというのであるから,被告人の身体には異常が認められなかったとしても,そのことをもって直ちに被告人の供述の信用性を否定することはできず,この点に関する原判決の説示は相当でない。そして,被害者車両が通過する際,被告人が被害者車両に近づいて運転席の窓から手を差し入れていることからすると,被害者車両が被告人の身体と接触したことは十分にあり得ることであるが,被害者は,被害者車両を被告人車両から間隔を空けて通過しようとしていたのであるから,被害者が故意に被害者車両を被告人の身体に衝突させたとまでは認められない。 (4) その後,被告人は,被告人車両をその場に停車させたまま,被害者車両を追いかけ,原判示の犯行現場の路上まで行ったところ,被害者は,約70メートル先の実母方前の路上に被害者車両を停車させて降車しており,傘の柄のほうを上にし,先端部分を右手で持って,頭の上で振り回しながら,被告人のほうに走ってきた。そして,被告人が数歩後ずさりしたところ,被害者は,約3メートル手前で立ち止まった。そこで,被告人が,「自分のしよること分かっとんのか。警察に言うど。」と言ったところ,被害者は,傘を上げたままであったが,いったん振り回すのを止めた。さらに,被告人が,「やれるもんならやってみいや。」と言うと,被害者は,再び傘を振り回し始め,後ずさりを始めた被告人に「逃げるな。」と言って,被告人の上半身に向けて,右手に持った傘を振り下ろした。 (5) 被告人は,被害者が振り下ろした傘を左手で受け止めてつかみ,さらに,右手で被害者の左襟首をつかんでその体勢を被告人から見て左側に崩し て,被告人の上半身に向けて,右手に持った傘を振り下ろした。 (5) 被告人は,被害者が振り下ろした傘を左手で受け止めてつかみ,さらに,右手で被害者の左襟首をつかんでその体勢を被告人から見て左側に崩しながら,被害者から傘を奪い取ろうとしたが,被害者も傘を取られまいとし,前後に数回傘を押したり引いたりして引っ張り合いとなり,その際,傘の先端部が被害者の頸部に当たった。そして,間もなくして,被告人は,被害者から,傘を奪い取った。 (6) その直後,被害者は,被告人が奪い取った傘の石突きが右頬部に突き刺さって傷害を受け,手で顔を覆いながら,実母方に逃げ込んだ。 他方,被告人は,「ふざけるな。」と言って,傘を持って,被告人車両まで走って戻り,被告人車両を運転して逃走した。 (7) 被害者は,頭骨骨折を伴う顔面の杙創の傷害を受け,同日午前8時ころ,失血のため死亡した。 被害者の受傷部位は,右頬部であり,右斜め下から左斜め上に向かう深さ約9センチメートルの杙創であり,上顎骨など4枚程度の骨を突き破って頭蓋底にまで達している。 また,前頸部には,長さ約0.9センチメートルの皮下出血があった。 (8) 凶器となった傘は,全長約85.7センチメートル,重量約460グラムであり,石突き部分の長さは,約7.3センチメートル,直径は,約0.66ないし約0.77センチメートルである。 (9) 被告人は,当時,33歳の男性であり,身長約169センチメートル,体重約67キログラム,高校時代柔道部に所属し,柔道初段であった。 被害者は,当時,55歳の男性であり,身長約169センチメートル,体重約53キログラム,くも膜下出血などの病歴があったが,身体的な能力には特に異常はなかった。 2 暴行の故意について被告人は,当審公判廷において,傘の石突きで被害者の顔面を突き刺そ チメートル,体重約53キログラム,くも膜下出血などの病歴があったが,身体的な能力には特に異常はなかった。 2 暴行の故意について被告人は,当審公判廷において,傘の石突きで被害者の顔面を突き刺そうとする意思はなく,被害者と傘を引っ張り合っているうちに偶然に当たった旨供述する。 しかしながら,被害者は,右頬部に深さ約9センチメートルの杙創の傷害を受けており,石突きの全部が突き刺さっていること,しかも,被害者の上顎骨などの骨を突き破って頭蓋底まで達していることからすると,相当な速度と力が加わっていなければ,このような創傷はできないと考えられる(原審検第9号証)。また,被告人と被害者とが互いに傘を引っ張り合って奪い合っているうち,被告人が自分のほうへ傘を引っ張って奪い取ったとみるのが自然であるところ,被告人自身も,当審公判廷において,自分が傘を引いた時に被害者の手から傘が離れたと思う旨供述している。そうすると,被告人が被害者から傘を奪い取った際,被告人の腕の力は後ろ方向に加わっていたのであるから,被告人が傘を後に強く引いて奪い取った後,反動で傘が少し前に戻ることがあったとしても,あらためて前方向に力を加えなければ,石突きが前に突き出されることはないというべきである。したがって,被告人は,被害者から傘を奪い取ってから,意識的に,被害者の顔面付近に石突きを向けて傘を勢いよく突き出したとみるのが相当である。 そして,被告人は,捜査段階では,逮捕当初は,傘を引っ張ったり引っ張られるなど揉み合っていたときに,傘の先端が被害者の顔に当たった旨供述していたが(平成14年5月20日付け警察官調書(原審検第70号証)),早い段階で,実際には,傘を奪い取って,相手の顔をめがけて傘の先端で刺していることに間違いはない旨供述しており(同月24日付け警察官調書 (平成14年5月20日付け警察官調書(原審検第70号証)),早い段階で,実際には,傘を奪い取って,相手の顔をめがけて傘の先端で刺していることに間違いはない旨供述しており(同月24日付け警察官調書(原審検第73号証)),その後も,一貫して,殺してやるという気持ちはなかったものの,刺すときは無我夢中で力一杯刺していることは間違いがない旨供述していた。また,被告人は,原審の公判廷においては,被害者を突き刺す意思があったかについてはあいまいな供述をしているが,傘で突く行為をしたことは間違いがない旨供述し,被害者の顔面に傘の先端が突き刺さったのは,何らかの偶然や弾みであるとは供述していなかった。被告人のこれらの供述は,被害者の傷の状態や刺突行為の前後の状況ともよく合っており,十分に信用できる。なお,被告人の捜査段階の供述調書には,被害者を殺してやろうという気持ちはなかったことなど,被告人の言い分も記載されており,被告人は,捜査官から供述調書を読み聞かされてから,訂正を申し立てており,その記載もなされていることなどからすると,被告人の捜査段階の供述の任意性については疑いをいれない。他方,被告人は,当審において,上記のとおりの供述をし,その供述内容を変遷させているが,変遷させたことにつき納得できる理由は見当たらず,たやすく信用できない。 そうすると,弁護人がいろいろと主張するところをすべて検討してみても,原判決が,被告人が傘の石突きで被害者の右頬部を突き刺す暴行を加えたと認定したのは,正当であって,事実の誤認はない。 論旨は理由がない。 3 正当防衛ないし過剰防衛の成否についてそこで,被告人の傘による刺突行為が,被害者による急迫不正の侵害に対する防衛行為といえるか否かについて,検討する。 まず,被告人と被害者は車の離合方法をめぐって口 ないし過剰防衛の成否についてそこで,被告人の傘による刺突行為が,被害者による急迫不正の侵害に対する防衛行為といえるか否かについて,検討する。 まず,被告人と被害者は車の離合方法をめぐって口論となっているところ,被害者は,「下がって降りい。」と言ったが,被告人から,「下がれるかいや。そっちが下がれ。」と言い返されると,被害者車両を一,二メートル後退させている。これに対し,被告人は,降車して被害者車両のほうに向かい,さらに,被害者車両が通り過ぎようとしているのに,運転席の窓に手を入れ,被害者の運転を妨害する行為をし,引き続き,被害者車両を追いかけている。他方,被害者は,左折後,直ぐに被害者車両を停車させることなく,約70メートル先の実母方前の路上まで運転して停車させていることからすると,それ以上被告人とかかわらず,実母方を訪れようとしたものとうかがわれる。ところが,被害者は,被告人が追いかけてくるのを認めて,降車し,傘を振り回しながら,被告人に近づいたものの,約3メートル手前で立ち止まり,直ちに傘で殴りかかる行為には及んでおらず,被告人から,「警察に言うど。」などと言われると,いったんは傘を振り回すのを止めていることからすると,被害者は,被告人が運転席に手を入れるといった行為に及んだばかりでなく,被害者車両を追いかけてきたことから,被告人を威嚇して追い払う目的で,傘を手に持って振り回すなどしたが,この時点では,被告人に対し,積極的に暴行を加える意思まではなかったものと認めることができる。そして,被告人は,一連の言動により,被害者に対し,傘を持ち出して威嚇するといった行動を誘発させた上,被害者がいったんは傘を振り回すのを止めたとみるや,「やれるもんならやってみいや。」と言って,被害者を挑発しているところ,被害者が傘を振り下ろして殴りか 持ち出して威嚇するといった行動を誘発させた上,被害者がいったんは傘を振り回すのを止めたとみるや,「やれるもんならやってみいや。」と言って,被害者を挑発しているところ,被害者が傘を振り下ろして殴りかかるのを決意させたのは,被告人の挑発行為がきっかけとなったというべきであり,しかも,被害者の侵害行為は,被告人において,十分に予期していた範囲内の事態であったというべきである。さらに,被告人は,被害者が振り下ろした傘を左手でつかみ,被害者と傘を奪い合っているが,被害者の左襟首を右手でつかんで,被害者の態勢を崩すなど,直ちに反撃行為を行っており,被告人と被害者との年齢,体格などを考慮すると,被告人のほうがやや優位な状況にあったといえる。 加えて,被告人は,被害者と傘を奪い合っている際,被害者ののどに石突きが当たってからも,傘の奪い合いを止めることなく,被害者から傘を奪い取るや,直ぐさま傘の石突きを勢いよく被害者の顔面に向けて突き出しており,刺突行為後も,被害者に対し,「ふざけるな。」などとの言葉を浴びせている。これらのことからすれば,被告人は,被害者の侵害行為に対抗して,積極的かつ危険な加害行為を行っていると評価することができ,単に侵害を避けるだけでなく,積極的に加害行為をする意思があったと認めることができる。 以上のとおり,本件犯行について,その前後の事情を含めて全体的に考察すると,被告人は,被害者からの侵害が予期されていながら,被告人のほうから挑発的な言動を行い,被害者が攻撃を開始するや,直ちに積極的な加害意思をもって反撃をしているのであるから,被害者の傘による殴打行為は,被告人がこれを予期しつつ自ら招いたものであって,急迫性の要件を欠くものというべきである。したがって,原判決が,被告人が被害者から傘を奪い取った時点では,もはや急迫不正の侵 害者の傘による殴打行為は,被告人がこれを予期しつつ自ら招いたものであって,急迫性の要件を欠くものというべきである。したがって,原判決が,被告人が被害者から傘を奪い取った時点では,もはや急迫不正の侵害は止んでいて存在しなかったと説示した理由付けは,必ずしも相当でないが,過剰防衛の成立を否定したのは,結論において,正当である。 所論は,けんか闘争における一部分だけを取り上げて正当防衛や過剰防衛の成否を論じるものであるから,採用することができない。 論旨は理由がない。 よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,刑法21条を適用して当審における未決勾留日数中200日を原判決の刑に算入し,当審における訴訟費用については,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととして,主文のとおり判決する。 平成15年12月22日広島高等裁判所第一部裁判長裁判官久保眞人裁判官芦高源裁判官島田一

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