昭和25(う)120 殺人並びに放火被告事件

裁判年月日・裁判所
昭和27年8月29日 名古屋高等裁判所 金沢支部 棄却
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【DRY-RUN】主    文      本件控訴を棄却する。          理    由  検察官の控訴論旨は富山地方検察庁検事正検事名越快治の昭和二十五年三月六日 附控訴趣意書に記載する通りであるからこれを引用

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主文 本件控訴を棄却する。 理由 検察官の控訴論旨は富山地方検察庁検事正検事名越快治の昭和二十五年三月六日附控訴趣意書に記載する通りであるからこれを引用する。 本件起訴状の記載並に原審における検察官の冐頭陳述及び立証の方向によれば、本件殺人の訴因は被告人と被害者Aとの間の痴情に基く通常殺人の行為であることは明白である。然るに本件検察官の控訴論旨は右原審の方針を一擲し原審における諸般の証拠の内容を巨細に解剖して被告人の準強盗殺人を主張するものであつて、これはその訴訟法上適否の問題は兎も角本件事案における罪体と被告人との関係を証明すべき証拠に決定的な焦点を見出すことの困難な事実を物語るものである。左に記録に基き当審の見解を項を分つて説述する。 第一、 事件の内容と経過の概要昭和二十一年四月九日夜十時頃富山県下新川郡a村bのB方において同人が妻Oの附添いを受け泊病院に入院不在中留守居の老母A(六十九才)が孫のN(六才)と共にそれぞれ手拭及び腰紐で絞殺せられ且つ同家は犯跡を蔽う為めの放火により翌十日午前一時頃出火して全焼した事実は論旨摘録の各証拠を綜合して明白である。 所管の泊警察は富山県刑事課の応援を得て犯人割出しに怨恨説、痴情説、物盗り説の三線の捜査方針を立てそれぞれの線につき捜査を進めたが、怨恨説には何らの根拠なく影を失い、痴情説も被害者の年齢、部落、近隣交友間の風評に鑑み犯人推定の端緒なく、最後の物盗り説特に地元及び近在の面識関係にある物盗り説に重点を定め鋭意当時頻発中の窃盗犯人の検拳に努めるうち、同村cCの窃盗事犯を皮切にこれと別行動のe村dのD及びEを主犯とする青少年窃盗団をそれぞれ検挙し、更に別途の糸口により被告人Fの窃盗を右窃盗団と前後して検挙し右三者のそれぞれにつき各自の窃 うち、同村cCの窃盗事犯を皮切にこれと別行動のe村dのD及びEを主犯とする青少年窃盗団をそれぞれ検挙し、更に別途の糸口により被告人Fの窃盗を右窃盗団と前後して検挙し右三者のそれぞれにつき各自の窃盗事犯の取調を行う半面において、本件殺人放火の嫌疑事実の黒白を追求したところ先づ第一に検挙されたCにおいてこれを自白するに至つたが同人の自白は検挙の動機並に諸般の情況より完全に措信し得ないものであつたので嫌疑消滅して窃盗事件のみで落着したが前記窃盗団の主魁Dは逮捕から十数日後の同年五月二十五日頃泊警察の留置場において劇薬を服毒して自決したので、同月四日頃以来当時の行政検束により留置され本件犯行のみか証明十分な窃盗事犯の事実すら否認し取調の難行していた被告人Fに疑惑が集中するに至つた。 同人に対する捜査官憲の嫌疑は大要次の四点である。 (1) 同人が事件前年の暮れ被害者B方玄関から来客の女物洋傘の外同家のゴム靴及び地下足袋を窃取していること。 (2) f村gの被告人宅と被害者宅とは別村ではあるが、中間に水田を隔てるのみの十五分位に達する距離にあり、水利や耕作の相隣関係上相互に明白な交渉の証処があるのに被告人は右窃取の事実と共に被害者宅及び家人の認識を頑固に否認したこと。 (3) 被告人が多年多数回に亘り知人や訪問先又は通り掛りの家の物を掠め取り、賍品を夥しく家中に蔵匿していた事実が判明し、盗癖の持主であることが立証せらしたこと。 (4) 事件当夜の不在証明が立たないと見られたこと。 右の諸点は本件犯罪が被害者方と面識ある物盗りの犯行と見る関係から云えば被告人の容疑を深めしめる理由となつたことは当然であり、厳重た追求の前にさしも頑強に否認していた前記事件前年のB方の窃盗事実を承認すると共に更に追求せられ終に本件殺人放火の自白を行うに至つた。 えば被告人の容疑を深めしめる理由となつたことは当然であり、厳重た追求の前にさしも頑強に否認していた前記事件前年のB方の窃盗事実を承認すると共に更に追求せられ終に本件殺人放火の自白を行うに至つた。被告人が拘束さした同年五月四日頃以降五十数日を経た同年七月初日頃の夜分署長G氏のいわゆる精神訓話の結果であることは同証人の証言するところである。しかしその自白は被告人の友人Hなる人物からB方に立派た桐の火鉢があると聞いて盗ろうと思い忍び込んだが婆さんに発見さして殺したとの主旨であつたが翌日調書作成の際飜され再び犯行を否認するに至つたので署長は再び精神訓話を与えたところ、今度は意外にも痴情殺の自供を行うに至つた。他方被害者方の家人やHについて調べてみても桐火鉢の一件は事実無根であることが判明したのみでなく、被告人宅を捜索して得た多数の賍物中被害者方の物件は一点も存せず、他に賍物処分など客観的資料は全く掴めない為め、被告人の自白の赴くままに追随をやむなくし昭和二十一年七月四日附I作成の痴情殺の自白調書が成立した訳である。 右自白の内容は原判決掲記の通りでありその要旨は「実は自分は被害者Aとは同人の夫が死んで、(註昭和十二年死亡)一年程経つた頃から情交関係を結び人目を忍んで同人宅を訪ねるようになり、村の誰も知らぬ間に殆んど内縁関係にまで深まり屡々経済的援助も与えていたが昭和二十年四月頃に同人の息子B天婦が東京から引揚げてくるに及んで情交が困難となりAも自分の来訪によい顔をしなくなつた。 昭和二十一年三月頃になつてBが泊病院に入院し同人の妻もその看病に行つていて、同人宅にはA独りの日が多かつたがその頃Aには他に情夫があることが分つたので私とAとの間は気不味くなつていた。しかし同年四月六日頃行つて一回関係したことがおる。本件犯行の同年四万九日の晩、私は て、同人宅にはA独りの日が多かつたがその頃Aには他に情夫があることが分つたので私とAとの間は気不味くなつていた。しかし同年四月六日頃行つて一回関係したことがおる。本件犯行の同年四万九日の晩、私はC候補の選挙事務所になつている同村のQ方で冷酒一杯に夕飯を振舞われ、午後七時半過頃帰宅したが、彼是午後九時過頃家族は就寝し自分は炬燵に仮睡している裡に、Aに明日の選挙にはC候補に投票してくれるように頼んだり、又関係もして来ようと考え家族の寝入つたのを見すまし午後十時過頃家を出て田圃道を通つて同人の家へ行つた。入口の戸が開いていて真正面に囲炉裡の間の電気が見えた。B夫婦の不在を知つていたので安心して内へ這入つて行きAの居る部屋に近寄つて見るとAは寝て居りその傍に少し隔てて同人の孫のNがすやすや眠つていた。自分がAに「寝ているのか」と声をかけると同人は直ぐ起き返つて「誰かと思つたら貴方か」と云つたので明日の投票のことを頼んだ後関係を遂げようと思つて同人の傍へ寄り添つて行くと同人は「まだ早いではないか」と云つて何時もと違つて関係を拒むような素振りをするので自分も「何時もと様子が違つているぢやないか。誰か良い男がいるのぢやろう」などと云つて段々激しい言葉を応酬するに至つた。その内に自分も気がくしやくしやして来るし同人も何度も「どうでも勝手にしてくれ」と云い張るので始めは殺す心算ではなかつたが、「どうでもせえと云うのなら殺してやる。」と云つたところ同人は負けずに云いまくつてくるし自分としても引くに引かれず、傍にあつた腰紐様の紐をとつてこれを両手に持ち同人の頸を後方から一廻りしつつ前の方で紐の両端を持ちかえ、これを結ばずに絞める真似をした処尚更憤り立つて「さあ殺せ、さあ、殺せ」と頸を差し出すようにしたので思わず知らず手に力が入つて同人は汚物を流しながら 後方から一廻りしつつ前の方で紐の両端を持ちかえ、これを結ばずに絞める真似をした処尚更憤り立つて「さあ殺せ、さあ、殺せ」と頸を差し出すようにしたので思わず知らず手に力が入つて同人は汚物を流しながら倒わた。私は驚いて紐を緩めたがそれから同人は何も言わないようになつた。そこで私は生き返らぬように其の紐をもう一度ぐつと結んで置いた。こうたるともう気が立つて傍に寝ているNをこのままにして置いては自分の犯行が分つて来て都合が悪いと思つたので殺す気になり同人の枕下にあつた日本手拭で寝ている同人の頸を一廻り廻して絞めたところ同人は「ギャツ」と云つて死んでしまつた。斯様に二人も殺してしまつたのでほつと一息し、Aの死体に布団を着せ一先づ茶の間を通つて玄関まで出たがこのままにして帰つたのでは後で都合が悪くなるのではないかと思案の挙句犯跡を眩す為には火事で二人が焼け死んだように見せかけるより外によい方法がないと決心しNが煙に捲かれて死んだように見せかける為にその頭をAの足の方にして死体の方向をかえその上に布団を被せ茶の間の囲炉裡の附近から燐寸を探し出し土間の下屋のあたりに置いてその燐寸で火をつけ火の燃える具合を見届けてから先に来た田圃道を後も振り返らずに帰宅したが時間は午後十一時過頃であつた」と云うのである。 次いで泊警察署に出張して被告人を取調べた富山地方裁判所検事局丹篤検事作成の同月七日附聴取書においては右自供を基礎とし更にこれを敷衍したAとの間の情事の経過などについて述べ、特に昭和二十一年三月十五、六日頃とその後三百位の二回A方へ行つたところ、二回ともA方の本家のJ(註、明治十五年生れの老人で昭和二十一年六月二十五日病死)とAが寝間の中で情交中の様子を思わせる間の悪い場面に出会わした旨の供述が附加されたのである。然るに被告人は翌八日朝の同検事の再度 本家のJ(註、明治十五年生れの老人で昭和二十一年六月二十五日病死)とAが寝間の中で情交中の様子を思わせる間の悪い場面に出会わした旨の供述が附加されたのである。然るに被告人は翌八日朝の同検事の再度の取調には又々犯行を否認したが、同月十日予審判事Kの強制処分訊問には更に右と同趣旨の供述に立ち返つたのであつて、その後同月十二日附並に同十七日附被告人に対する右検事作成の聴取書により被告人の右自白の細部に亘り修補訂正が加えられ被告人の取調を終了したのである。(註、Jと鉢合せした年度が昭和二十一年から二十年に変更され、又絞殺用具の手拭と紐が前の供述と反対に訂正された)しかし同検事は右自白を補強する客観的証拠の不足を考察し上司の裁定を受け本件殺人放火を不起訴とし窃盗罪についてのみ被告人を起訴し事件処理を完了したのであるが偶々検察審査会法の施行に当り富山検察審査会は右事件の処理を不当とし本件を起訴すべきものとの意見を決定した結果富山地方検察庁は右意見を尊重して本件を原審に起訴しここに旧刑事訴訟制度における捜査特に被告人の長期に亘る行政検束中における自白を主要な証拠とする新刑事訴訟法上の裁判手続が展開されるに至つたものである。 第二、 被告人と本件犯罪との関係証拠の検討捜査官憲は被告人に対する容疑の理由として被告人の盗癖と被害者に対する面識、被害者方の前年の盗難について被告人がその犯人であること、被告人の不在証明の不成立、右面識と窃盗事実の極めて明白な事実を否認する態度をもつてし、本件を被告人の窃盗目的の犯行め目安で捜査を進めたが、何ら確証を得なかつたことは前述した通りであり、本件控訴論旨は右捜査官の見解に立脚し原審に現われた諸種の情況証拠を挙げて被告人の犯行を推定しようとするものであることも前述した。 <要旨第一>さて、本件のような通常殺人罪 は前述した通りであり、本件控訴論旨は右捜査官の見解に立脚し原審に現われた諸種の情況証拠を挙げて被告人の犯行を推定しようとするものであることも前述した。 <要旨第一>さて、本件のような通常殺人罪を訴因とする公訴についての無罪の判決に対し強盗殺人を主張する控訴論旨</要旨第一>は果して適法かどうかの疑問について考えると控訴の申立書及び控訴趣意書が適法期間内に提出され形式上検察官の控訴審に対する訴訟行為に何らの瑕瑾なく又実質的には本件殺人放火の基本事実の犯人として被告人を訴追し有罪の判決を求める点において検察官の行為は第一審と控訴審とを通じ一貫の目的をもつていると言うべきであるから右終局の目的を達する為めには必要な別個の訴因に属する事実を参考に主張して控訴審における真実発見を促し所期の原判決破棄の結果をもたらそうとする控訴理由を不適法として排斥することは適当でないものと云わなければならない。 そこで先ず論旨に従い本件被告人につき所論のような強盗殺人放火罪認定の能否を判断した後原審訴因における通常殺人の成否に言及することにする。 (一) 強盗殺人放火罪の証拠について。 原審並びに当審において取調べた諸般の証拠を綜合すれば被告人はその地理的及社金的関係上被害者Bの先代Lの頃から被害者宅を熟知し、A以下家人の様子を十分に心得ていた事実は証拠上地元民の何人も怪しまない顕著な事実である。そして被告人には検察官所論の如く盗癖があり、既往においてB方玄関から洋傘などを窃取した事実が明にされるのである。しかも証拠上右の通り明白な事実を飽くまで被告人が否認した態度を併せ考えこれを後に触れるところであるが犯罪発生当夜の被告人の不在証明が成立しないとする考え方に結び付けた推理を進め前掲第一記載のG署長に対する被告人の物盗りを原因とする犯行の自白をこれに織り 態度を併せ考えこれを後に触れるところであるが犯罪発生当夜の被告人の不在証明が成立しないとする考え方に結び付けた推理を進め前掲第一記載のG署長に対する被告人の物盗りを原因とする犯行の自白をこれに織り込めば本件犯罪を被告人の所為に帰する有力な推定が下されるようである。そこて当裁判所は右不在証明についての判断は痴情動機の犯行の考察とも関係するので別に項を設けて説くことにし先ず右推定の基礎となる被告人の自白の性質を検討しよう。G署長に対する右自白は夜分遅くの供述であつた為め調書の作成を翌日に廻したところ翌日忽ち翻され再び追求の結果一転して前記I巡査部長作成の聴取書記載の如き痴情動機の自白が生まれ同自白が検事予審判事の尋間を通じて生成発展を遂げ被告人の自白としてその地位を確定するに至つた顛末に鑑みれば被告人の右物盗りの自白は深夜G署長と被告人の対席に突如として現われ<要旨第二>瞬時に消えた一片の断雲の如き感があり、その任意性について無条件の信を措き難く殊に同自白は憲法の基本</要旨第二>的人権の保障規定に適応すべく起訴前の逮捕の条件、拘禁の期間等を法定し、厳格な証拠法則の確立により合法的な身柄の拘束と取調方法の格遵を要求する新刑事手続法の下における自白とは異なり、旧刑事手続上犯罪捜査の実際において慣行せられ今日厳しく反省されている行政検束による留置中の然も検束後五十数日以上を経た後始めて為された自白であるととをも考慮すればその証拠能力を否定する外ないものを認めるを相当とする。とれ憲法第三十八条第二項、刑事訴訟法第三百二十四条第一項、第三百二十二条、第三百十九条などの法意に適合する判断と確信する。 なお又右自白ばその内容において虚無の桐火鉢の窃取を目的とする虚偽の動機を陳述する点から云つてもその真実性について疑があり、他に被告人と事件とを連絡 百十九条などの法意に適合する判断と確信する。 なお又右自白ばその内容において虚無の桐火鉢の窃取を目的とする虚偽の動機を陳述する点から云つてもその真実性について疑があり、他に被告人と事件とを連絡するに足る何らかの具体的な客観的証拠が求められない限り、たやすく犯罪証明の具に供するに堪えないものである。然るに本件の全資料によつて僅に立証されうるものは前記被告人と被害者間の面識関係、被害者方物件の既往における窃取行為並に被告人の盗癖など犯罪遂行の蓋然性に関する抽象的な主観的要素についての断片的資料のみであつて、しかも後記の通り犯罪発生の当夜における被告人の不在証明の不成立を断定すべき証明のない事実を併せ考えれば右自白は被告人につき犯罪成立を認定するに必要な補強証拠を具備することが出来ないものと云わなければならない。 なお被告人が明白なB方の窃盗事実を頑強に否認すると共に地理的並に社会的に顕著に認められるB方との面識関係についてすら否認した点について言及するに右は検察官所論の如く被告人の犯行であ石からとそ、かくも白々しい否認をして犯行を匿す必要があるということにもなるが、又一面被告人の当審に対する弁明の如く被害者方の面識や窃盗の事実を認めると本件犯罪の嫌疑をいよいよ強めるから何もかも知らぬことにして通せば嫌疑を免れるとの単純低級な考えに基かないとも云えないのでおつて、前記捜査当局の鋭い物盗り説の捜査方針にさらされ、身柄を拘束され、日夜厳重な取調に直面していた被疑者の心理としてありうべき自然の人情であるかも知れないのである。故にかかる被告人の態度を採つて被告人の犯行を推測せしめる資料とすることは本件全般の証拠関係に照らし危険な証拠の類推に陥るおそれがあるからこれを排斥しなけれぱならない。 (二) 痴情を原因とする殺人放火罪の証拠について つて被告人の犯行を推測せしめる資料とすることは本件全般の証拠関係に照らし危険な証拠の類推に陥るおそれがあるからこれを排斥しなけれぱならない。 (二) 痴情を原因とする殺人放火罪の証拠について本件控訴論旨は痴情動機の自白をもつて窃盗動機を真因とする本件犯行を蔽いかくす被告人の奸策であると論ずるものであるから痴情原因の殺人罪の成否について考究する義務は当裁判所にないかの如くであるが、しかし本件公訴において形成され原審で訴求されている訴因は痴情原因の通常殺人罪であつて、本件控訴の申立は右訴因に基いて下した原審の無罪判決に対し為されたものであるから当裁判所はこの点についても審理並に判断を示す義務を有するものと認め次にこの点について一言を費すことにする。 被告人の右痴情による犯行の自白は前項第一記載の如く痴情のもつれから被害者のAを心ならずも殺害しその犯跡を蔽う為め孫のNをも殺害の上放火したというのであり、被告人に対する警察官検事並に予審判事の各調書を通じ同趣旨の供述が一貫しているところである。 よつて検討するに、右供述中Bの先代でAの夫であつたLが昭和十二年末頃死亡しAが寡婦になつたこと、Aの長男B夫婦が昭和二十年四月頃MのNを伴い都会を引揚げて帰郷しAと同居するようになつたこと、昭和二十一年三月下旬頃Bは泊病院に入院し妻Oがその附添いに行きAの独居が多かつたこと、同年四月九日は衆議院議員選挙の前日であり、被告人は地元から立候補したPの運動に一日を費して歩き廻り夕景右候補の選挙事務所になつていた同村のQ方で冷酒に夕飯の振舞を受け午後七時半頃一応帰宅したことは他の客観的証拠によつて十分に裏書せられるところである。しかし被告人の自白の根本的な基礎になつている被告人とAとの間の情交関係の存在についてはAが殺害された当時六十九才の老人であつて 応帰宅したことは他の客観的証拠によつて十分に裏書せられるところである。しかし被告人の自白の根本的な基礎になつている被告人とAとの間の情交関係の存在についてはAが殺害された当時六十九才の老人であつて昭和十二年夫と死別した当時既に六十才を数える老年であつたことに鑑み特に慎重な裏付証拠を要求するものと云わなければならないところである。然るに原審並に当審で取調べたちらゆる資料を綜合しても、前記書面の自白に示されているような痴情沙汰の原因となる両者間の性的関係の存在を確認しうる証拠は到底これを発見し得ないから右自白は被告人を断罪すべき十分な証明力を欠くものと云わなければならない。 第三、被告人の不在証明について検察官は被告人の不在証明は成立し得ないことを主張するけれども反対に被告人の前記自白聴取書以外に被告人が犯罪の時刻に自宅にいなかつた事実を証明する資料も亦十分でないのである。これを更に記録について分析検討すると、Q方で被告人と同席したRは原審において、夕方薄暗い時分に夕飯に酒が出たところへ被告人が入つて来て同人も一杯だけ酒を呑み他の五六人の者と一緒に飯を食つた後三四十分して帰つて行つた旨証言し被告人の妻S、弟の妻で同居中のTなども原審並に当審で被告人が鍛治方に夕御飯をよばれて七時半頃に帰宅して老母に明日の投票の習字を教えたりしており、九時頃家族と一つ炬燵に入つて就寝した旨供述し、被告人の前記自白聴取書においても十時過ぎにA方へ出かけた旨の犯行の部分を除いて右と同様の供述が認めらしるから本件犯罪の殺害時刻と認められる午後九時乃至十時における被告人の不在証明は、むしろ一応成立しない訳のものでもない。右に反する検察官援用の証人U巡査の証言は同人が捜査に従事中被告人から聞知したことの供述として「被告人は夕御飯を食べてから外出して十二時頃までQ方 の不在証明は、むしろ一応成立しない訳のものでもない。右に反する検察官援用の証人U巡査の証言は同人が捜査に従事中被告人から聞知したことの供述として「被告人は夕御飯を食べてから外出して十二時頃までQ方にいたと云つたと思う」というだけの、あいまいな供述であつて到底前段証人らの供述を覆すだけの力がないのみか検察官主張前記犯行時刻における被告人の不在証明不成立の根拠となる為には筋違いの供述でもある。即ち右U証言によれば被告人は所論の犯行時刻にはQ方に居たと云うことになるに過ぎないからである。 尚お記録中犯罪発生当夜における被告人の不在証明に関係する証拠として当夜被告人方の博奕に寄り着いていた遊人のV(昭和二十三年死亡)に対する昭和二十一年八月二日附警察官の聴取書中「被告人がQの家から帰宅した時間は午後の九時頃であつた」との供述記載と被告人方の隣人のWに対する警察官の聴取書中「Fが検挙されてから私は近所の者の挨拶としてFの妻に慰めの言葉をかけたところ、妻は世間に対して恥しい。おとと(被告人)はあの晩遅く家へ帰つて来たというようなことをチラリと云つていたように記憶します」との供述記載があつていづれも、被告人の帰宅時刻が被告人に不利益に傾いているのであるが、しかし前者の供述は既に死亡者のもので公廷における反対尋問の機会を受けることのないことと、同供述者は供述当時被告人の盗癖により所持品について被害を受け且つその他の感情の対立から被告人方に寄り着かなくなつており被告人の窃盗を警察に訴えた者であることなどの事情に鑑みその供述の真実性について無条件の信を措き難いのみならず、仮に同供述の時刻をそのまま採用するとしても前記犯罪時刻と推定せられる午後九時乃至十時における被告人の所在を犯行現場に結び付ける為には相当の危険を伴う時間関係となるのである。次に右後者の みならず、仮に同供述の時刻をそのまま採用するとしても前記犯罪時刻と推定せられる午後九時乃至十時における被告人の所在を犯行現場に結び付ける為には相当の危険を伴う時間関係となるのである。次に右後者の供述は原審公廷における供述本人の証言により完全に否定されてしまつているのであつて、同証言を排して前記警察官に対する供述を信用すべき特別の状況も存しないし、そのようなことは証拠法上も許されないことである。 さて、被告人の不在証明に関する記録中の全資料は以上に尽きるのであつて、要するに被告人が本件殺人の犯行時刻と推定せられる時刻において、所在した場所が被告人の自宅以外の不明の場所であつたことを認めうる資料はないものと云わなければならないから検察官所論の不在証明不成立の主張は到底採用することが出来ない。 第四、その他本件に現われている参考資料について前記第一の事件の経過の項に於て説述したDを首領とするa村dの青少犯窃盗団の手口は当審の取調によれば大抵、夜分の八時から十時頃の時刻をねらい、時には夜半学校、土蔵、住宅などに忍び入り多種多様の財物を大量に窃取するのを常習とし人数は一回に二名から三名、時には単独に行動することもあり、賍物は多く坂藤方に運搬して同人の手より東京大阪方面に発送処分していたものである。右坂藤は特攻隊崩れの自暴自棄的な性情を具えその電気通信の知識を基礎に電気器具の使用に興味を持ち電熱器のコードの先を電燈のソケットに差し込み又これを取り外すことによつて起る電燈の明暗を利用し仲間と信号を交換して合図を行うなどの奇想を試みるなど大胆不敵な行動を取つていたが、本件犯罪の発生により窃盗検挙の警察の手入が厳しくなり前記の如く検挙せられその取調中かねて用意の薬品を服毒して謎の死を遂げた事実は本件犯罪又はその取調の経過と全然無関係の出来事とし 動を取つていたが、本件犯罪の発生により窃盗検挙の警察の手入が厳しくなり前記の如く検挙せられその取調中かねて用意の薬品を服毒して謎の死を遂げた事実は本件犯罪又はその取調の経過と全然無関係の出来事としてこれを看却することを許さないように思われる。 本件放火の焼跡から昭和二十一年四月十一日予審判事の検証によつて証第四号ニクローム線一本、証第五号銅線一巻、証第六号碍子一個が発見押収されている事実に我々は注意しなければならない。Bの生前における昭和二十一年四月十四日附検事聴取書中の供述によれば同人宅は電熱器やそれに使われるニクローム線などを所有し又は使用したことがないことが知られるのであるから、右物件の発見は犯人が、被害者両名を殺害後犯跡を蔽う為め放火を計画し、時間的にその逃亡の便宜を計る為め電熱器具の知識を利用し電熱の伝導体である右ニクローム線銅線電気碍子を適当に装置して可燃物に近寄せ自然の発火を準備し退去したものでないかとの疑問を呼び起すのであつて、若しこの推測が可能であるとすわば原審判決が、その無罪理由の重要な契機としているX鑑定人の鑑定の結果から推定される殺害の時刻と出火時刻との間の著しい時間的間隔が十分に理解されるのである。果して然らば右の場合本件犯罪の容疑者として何人がその適格者であるかは自ら明瞭であつて少くとも電熱器具の使用に何らかの新知識を有するものとは認められない古風な田舎者の被告人がその適格を有しないことだけは云えようと思う。 以上各項に説述したところの結論として本件犯罪を被告人の所為に帰するに足る証拠は十分でないので被告人に対し無罪の判決を与えた原判決はその理由とするところの是認し難いことは論旨の通りであるが結局その結論は正当であり検察官の本件控訴は理由がない。 そこで刑事訴訟法第三百九十六条により主文の通り判決する。 無罪の判決を与えた原判決はその理由とするところの是認し難いことは論旨の通りであるが結局その結論は正当であり検察官の本件控訴は理由がない。 そこで刑事訴訟法第三百九十六条により主文の通り判決する。 (裁判長判事吉村国作判事小山市次判事沢田哲夫)

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