平成20(行ウ)20 遺族補償年金等不支給決定処分取消請求事件(通称 神戸東労基署長遺族補償等不支給処分取消)

裁判年月日・裁判所
平成22年9月3日 神戸地方裁判所
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判決文本文39,535 文字)

- 1 - 主文 1 神戸東労働基準監督署長が原告に対し平成15年9月4日付けでした遺族補償給付及び葬祭料の支給をしないとの決定を取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 事実及び理由 第1 当事者当事者当事者当事者の求めためためためた裁判裁判裁判裁判 1 請求の趣旨主文と同旨 2 請求の趣旨に対する答弁(1) 原告の請求を棄却する。 (2) 訴訟費用は,原告の負担とする。 第2 事案事案事案事案の概要概要概要概要本件は,P35株式会社(以下「訴外会社」という。)に雇用されていた亡P1の妻である原告が,亡P1が精神障害(うつ病)を発症して自殺したのは業務に起因するものであると主張して,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく遺族補償給付及び葬祭料を不支給とした平成15年9月4日付けの神戸東労働基準監督署長の処分(以下「本件処分」という。)の取消しを求めた事案である。 第3 前提事実前提事実前提事実前提事実(証拠 証拠 証拠 証拠を掲記掲記掲記掲記したしたしたした外は争いがないいがないいがないいがない。)。)。)。) 1 亡P1の経歴等(1) 亡P1は,昭和▲年▲月▲日に出生し,昭和44年3月にP2大学工学部を卒業し,昭和46年3月にP2大学大学院工学研究科修士課程を修了した後,同年4月1日,訴外会社に入社し,昭和63年5月に訴外会社を退職した。 平成9年11月1日,亡P1は,訴外会社に再入社し,訴外会社の神戸工場にある産機プラント事業部の主幹となった後,平成10年1月1日に - 2 -は,同日新たに設立された産機プラント 1日,亡P1は,訴外会社に再入社し,訴外会社の神戸工場にある産機プラント事業部の主幹となった後,平成10年1月1日に - 2 -は,同日新たに設立された産機プラント事業部輸送システム部のシステム技術グループのグループ長に就任した。 (2) 平成10年以降に亡P1が所属した部署は,以下のとおりであり,亡P1は,各部署でグループ長の地位にあった。(ただし,以下のアからウは,訴外会社の組織変更に伴って部署の名称や位置づけが変更されたもので,業務内容等については変更はなかった。以下,特に区別する必要がない場合,下記アからウを単に「輸送システムグループ」という。)。 ア平成10年1月1日産機プラント事業部輸送システム部輸送システム技術グループイ平成12年4月1日産機プラント事業部輸送物流システム部輸送システムグループウ平成13年4月1日プラント・環境・鉄構カンパニー・産機ビジネスセンター技術一部輸送システムグループエ平成14年4月1日プラントビジネスセンター産機プラント部輸送空港システムグループ 2 輸送システムグループについて(1) 訴外会社では,従前より,鉄道車両の製造の受注はしていたが,鉄道車両のみならず,電力設備,車両整備基地,軌道設備,駅務設備,通信・案内設備,信号・保安設備及び総合管理室等を一体とした鉄道システムを受注・納入する事業を行うことを目的として,平成9年1月,同事業の準備のため,交通システム推進部が東京本社に設置された。その後,本格的に鉄道システムの受注事業を立ち上げるにあたり,広範囲にわたる業務を行うことのできる事業部としていくことが適切であるとの判断の下に,平成10年1月1月,訴外会社の神戸工場の産機プラント事業部に輸送 に鉄道システムの受注事業を立ち上げるにあたり,広範囲にわたる業務を行うことのできる事業部としていくことが適切であるとの判断の下に,平成10年1月1月,訴外会社の神戸工場の産機プラント事業部に輸送システム部が設置され,その中に,製品の仕様の決定,設計,品質などの技術面 - 3 -を担当するグループとして輸送システム技術グループ(のちの輸送システムグループ)が,見積作業とスケジュール管理などのいわゆる工務を担当するグループとしてプロジェクト管理グループ(いわゆる工務グループ)が,それぞれ設置された(輸送システム部は,上記1(2)のとおり,訴外会社の組織変更に伴い,その名称を順次変更した。)。 なお,訴外会社の東京本社には,各プラント部門に対応する形で,営業活動を担当する営業部が設置されており,平成10年1月に輸送システム部が設置されたのと同時に,東京本社に輸送システム営業部が設置された。 (乙114,115,乙116・1,2頁,乙117・2頁)(2) 輸送システム部の部長はP3(以下「P3部長」という。)であり,同部の下に置かれている輸送システムグループは,グループ長の亡P1の外,亡P1の部下として,参与のP4,参事のP5,部員のP6,P7,P8,P9及びP10のメンバーで構成されていた。その後,平成12年4月から,参与のP11が加わり,同年6月ころにP10が,平成13年1月1日にP4が,それぞれ異動になるまでの間,上記メンバーが輸送システムグループの業務を行っていた。(甲20の5,乙26・15頁,乙29,乙45・8項)(3) 輸送システムグループの業務には,鉄道システムの受注・納入に向けて,製品の仕様の決定や設計等を行うといった技術的な業務に加え,これに関連する見積業務(見積書の作成自体 29,乙45・8項)(3) 輸送システムグループの業務には,鉄道システムの受注・納入に向けて,製品の仕様の決定や設計等を行うといった技術的な業務に加え,これに関連する見積業務(見積書の作成自体は工務グループの業務に分類される)も含まれていた(乙45・2項,乙117・1,2頁,乙118・1頁)。 (4) 輸送システムグループ長としての亡P1の業務は,①同グループ内の職員の労務人事管理と業務配分・指示,②部門予算,工数の管理,③部門プロジェクト案件の対応,方針の検討,④他部門との業務調整,⑤客先やメーカーとの交渉,⑥設計エンジニアリングの統括,⑦部門戦略の立案,⑧上司・経営幹部への報告を行い,グループ内業務の統括・管理であった - 4 -(乙26・9頁,乙45・4項,乙116・3頁,乙118・2頁)。 また,亡P1が,平成14年4月1日に輸送空港システムグループ長になった後は,上記業務に加え,空港の手荷物ハンドリングシステム等といった空港システムに関する受注・納入の技術面についても,亡P1の業務に属することになった。 (5) 輸送システムグループでは,平成12年から,400億円を超える規模の大韓民国の仁川国際空港とソウル市内を結ぶ鉄道システム建設プロジェクト(以下「韓国案件」という。)について,受注に向けた取組みをしていた。 3 亡P1のうつ病の発症及び自殺(1) 亡P1は,平成12年12月13日,医療法人P12医院でP13医師(以下「P13医師」という。)の診察を受け,うつ病の診断を受けた(乙23,68)。 (2) 亡P1は,平成▲年▲月▲日午後3時30分ころ,自宅のクローゼット内で縊首の方法により自殺した。 4 原告の遺族補償給付等の支払請求等(1) 原告は,平成14年6月2 乙23,68)。 (2) 亡P1は,平成▲年▲月▲日午後3時30分ころ,自宅のクローゼット内で縊首の方法により自殺した。 4 原告の遺族補償給付等の支払請求等(1) 原告は,平成14年6月21日,神戸東労働基準監督署長に対し,亡P1が業務の事由によって死亡したものであると旨主張し,労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給するよう請求したが,同署長は,平成15年9月4日付けで,亡P1の死亡は業務上の事由によるものではないとして,本件処分を行った。 (2) 原告は,本件処分を不服として,審査請求をしたが,兵庫労働者災害補償保険審査官は,平成16年12月2日,審査請求を棄却する決定をした。 さらに,原告は,上記決定を不服として,平成17年2月1日,再審査請求をしたが,労働保険審査会は,平成19年9月28日,再審査請求を棄却する裁決をした。 - 5 -(3) そこで,原告は,平成20年3月20日,本件処分の取消を求めて,本件訴えを提起した。 5 行政通達による業務起因性の認定基準(1) 労働省が平成9年12月に設置した「精神障害等の労災認定に係る専門検討会」において,平成11年7月29日に取りまとめられた「精神障害等の労災認定に係る専門検討会報告書」(乙111。以下「専門検討会報告書」という。)に基づき,労働省労働基準局長は,平成11年9月14日付けの通達により「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」(基発第544号。乙110。以下「判断指針」という。)を各都道府県労働基準局長宛てに発出した。 さらに,厚生労働省は,判断指針を改定し,平成21年4月6日付け基労補第0406001号通達を発出した(以下「改正判断指針」という。)。 (2) 判断指針は,心理的負荷 長宛てに発出した。 さらに,厚生労働省は,判断指針を改定し,平成21年4月6日付け基労補第0406001号通達を発出した(以下「改正判断指針」という。)。 (2) 判断指針は,心理的負荷による精神障害等の発症が業務上と認定されるための条件を定めており,具体的には,次の①ないし③の3要件が充たされる場合,当該精神障害の業務起因性を肯定すべきことになる。 ① 対象疾病に該当する精神障害を発病していること。 なお,上記にいう対象疾病とは,原則として,世界保健機関の定める国際疾病分類第10回修正(以下「ICD-10」という。)第Ⅴ章「精神及び行動の障害」に分類される精神障害であるが,判断指針は,主に業務との関連で発病する可能性のある精神障害はICD-10のF0からF4に分類される精神障害であるとしている。 ② 対象疾病の発病前おおむね6か月の間に,客観的に当該精神障害を発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められること。 ③ 業務以外の心理的負荷及び個体側要因により当該精神障害を発病したとは認められないこと。 第4 争点及争点及争点及争点及び争点 争点 争点 争点に関するするするする当事者当事者当事者当事者の主張主張主張主張 - 6 -本件の争点は,亡P1のうつ病の発症及び自殺が,業務に起因するものと認められるか否かであり,この点に関する当事者の主張は以下のとおりである。 1 争点1(業務の危険性判断の基準)【原告の主張】(1) 業務による心理的負荷は,同じ業務内容であっても人によって異なるものであるので,誰を基準として当該業務に「一定程度以上の危険性」があると判断すべきかが問題となるが,この点につき,判断指針は,「本人がその出来事及び出来 は,同じ業務内容であっても人によって異なるものであるので,誰を基準として当該業務に「一定程度以上の危険性」があると判断すべきかが問題となるが,この点につき,判断指針は,「本人がその出来事及び出来事に伴う変化等を主観的にどう受け止めたかではなく,同種の労働者が一般的にどう受け止めるかという観点から検討されなければならない。ここで『同種の労働者』とは職種,職場における立場や経験等が類似する者をいう」としているところ(乙110・4頁),この「同種労働者」とは,性格やストレス耐性について多様な状況にある労働者のうち,業務軽減措置を受けることなく日常業務を支障なく遂行できる,同種労働者の中で脆弱な者も含んだものを指す。この脆弱な者の中でも,各人のストレス耐性については幅があるから,結局,日常業務を支障なく遂行できる者である限り,最も脆弱な者も含まれると解すべきである。 そして,当該労働者がメランコリー親和型性格であり,うつ病との親和性を有する性格を有していた場合であっても,日常業務を支障なく遂行できる労働者の性格として通常想定される範囲にとどまるものであるといえる。そうすると,業務による心理的負荷を考えるにあたっては,当該労働者の上記性格をも考慮することが重要である。 (2) また,業務上の出来事による心理的負荷の強度の評価は,事後的,第三者的な評価ではなく,その当時,労働者が置かれていた具体的・個別的状況を前提にして行われるべきである。 このように当事者の置かれた立場や状況について斟酌すべきことは判断指針も認めるところであり,また,平成15年7月31日基労補発073 - 7 -1001号通達「精神障害事案の高裁判決に係る留意事項について」においても,判断指針について,「労働者の置かれた立場や状況に 15年7月31日基労補発073 - 7 -1001号通達「精神障害事案の高裁判決に係る留意事項について」においても,判断指針について,「労働者の置かれた立場や状況について斟酌してストレスの強度を評価すべきと判示された点については,既に盛り込まれている」ことを前提としている(甲11・2頁)。 さらに,改正判断指針によれば,「具体的出来事の平均的な心理的負荷の強度は,一般的にはどの程度の強さの心理的負荷と受け止められるかを前提として示したものであるので,個別事案における心理的負荷の強度の評価に当たっては,個々の労働者が置かれた立場,状況等の個別性を考慮して,心理的負荷の強度を修正する視点(修正する際の着眼事項)に基づき,修正がなされるべきものであることに留意すること。」としている(甲10・6,7頁)。 そうすると,本件においても,亡P1がその当時置かれていた具体的状況・個別的状況を前提にして,業務の心理的負荷が評価されるべきである。 (3) したがって,本件における亡P1の業務による心理的負荷を考えるにあたっても,亡P1が置かれた立場や状況を充分斟酌した上,業務内容や出来事の意味を評価し,加えて,亡P1の性格からして,平均的労働者と比べてより重い心理的負荷が加わっていることについて判断するべきである。 【被告の主張】(1) 労災補償において労働者の精神障害の発病に業務起因性が認められるためには,単に条件関係が認められるだけでは足りず,当該精神障害が当該業務に内在する危険の現実化として発病したと認められることが必要である。このような精神障害の業務起因性の判断に際しては,今日の精神医学,心理学で広く受け入れられている「ストレス-脆弱性」理論に依拠するのが合理的である。 「ストレス- められることが必要である。このような精神障害の業務起因性の判断に際しては,今日の精神医学,心理学で広く受け入れられている「ストレス-脆弱性」理論に依拠するのが合理的である。 「ストレス-脆弱性」理論は,業務上の要因による心理的負荷,業務外の要因による心理的負荷,個体側要因に大きく分けることができ,具体的な - 8 -判断に当たっては,各要因についてそれぞれ評価し,どの要因が当該精神障害の発症に有力な原因となったかについて総合的な判断を行うものとされている。環境由来のストレス(心理的負荷)が客観的にみて精神的破綻を発症させる程度に強いと認められない場合の精神障害発症の原因は,精神医学的には,個体側の反応性,脆弱性に求められることになる。このように,「ストレス-脆弱性」理論の下では,同じストレスから受ける侵害の強度の個人差は,個体側の脆弱性によって生じると判断されることになる。 (2) そして,業務の心理的負荷の評価について,「ストレス-脆弱性」理論によれば,同じストレスから受ける侵害の強度の個人差は,個体側の脆弱性によって生じると判断されることから,当該業務によるストレスが精神障害を発症させる程度に強いか否かは,「個体側の脆弱性」と離れて,当該業務の性質や勤務態様に基づいて客観的に判断されなければならない。 したがって,「ストレス-脆弱性」理論の下,業務によるストレスの強度を評価するにあたっては,当該労働者を離れて,飽くまでも客観的に「平均的労働者」「通常想定される範囲」の人を想定し,その想定される集団にとってどの程度強いストレスと受け止められるかが検討されなければならないから,当該業務上の負荷の強度の判断は,当該労働者を基準とすべきではなく,あくまでも平均的な労働者,すなわち,何ら される集団にとってどの程度強いストレスと受け止められるかが検討されなければならないから,当該業務上の負荷の強度の判断は,当該労働者を基準とすべきではなく,あくまでも平均的な労働者,すなわち,何らかの素因(個体側の脆弱性)を有しながらも,当該労働者と同程度の職種・地位・経験を有し,特段の勤務軽減までを必要とせず,通常の業務を支障なく遂行することができる程度の健康状態にある者(相対的にストレス適応能力の弱い者をも含む。)を基準とすべきである。 (3) また,当該業務による心理的負荷の強度を判断するに当たり,うつ病に親和性を有するといった性格傾向を考慮することは,本来個体側の要因としての脆弱性を指し示す1つの指標であるはずの性格や性格傾向を,業務 - 9 -による心理的負荷の強度の評価判断に持ち込むことになり,客観的であるべき業務による心理的負荷の強度の評価判断の問題と個別的な個体側の要因に関する評価判断の問題とを混同させることとなり,「ストレス-脆弱性」理論と整合しないことから,心理的負荷の評価に当たり性格傾向は考慮すべきでない。 2 争点2(発症後の心理的負担を考慮することの可否)【原告の主張】心理的負荷によるうつ病発症後の自殺に関する業務上外の判断においては,うつ病の発症前の出来事の心理的負荷のみならず,発症後における症状の増悪過程における出来事の心理的負荷についても検討すべきであり,精神障害の発症,増悪そして自殺に至る過程を通じて業務による心理的負荷がいかに当該労働者の自殺に関与していたかについての総合的な判断がされるべきである。 【被告の主張】(1) うつ病の増悪とストレスとの関係は,通常の精神障害の発症の場合と同様に考えることはできない。これは,日本産業精神保健学 ていたかについての総合的な判断がされるべきである。 【被告の主張】(1) うつ病の増悪とストレスとの関係は,通常の精神障害の発症の場合と同様に考えることはできない。これは,日本産業精神保健学会の見解が「精神障害をすでに発病した者における具体的出来事の受け止め方については,臨床事例等から正常人の場合とは異なる。すでに精神障害を発病した者にとって,些細なストレスであってもそれに過大に反応することはむしろ一般的である。これは,発病すると,病的状態に起因した思考により,自責・自罰的となり,客観的思考を失うからとされている。すなわち,個体の脆弱性が増大するためと理解されている。そうすると,すでに発病している者にとっての増悪要因は必ずしも大きなストレスが加わった場合に限らないのであるから,正常状態であった人が精神障害を発病するときの図式に当てはめて業務起因性を云々することは大きな誤りである。」(乙128・46,47頁)としていることからも明らかである。 - 10 -(2) さらに,日本産業精神保健学会の見解が「精神障害者の自殺が精神障害の増悪の結果であるという見解は,精神医学上,必ずしも正しくはない。 日常臨床で自殺企図者の対応で経験するところでは,自殺を決行するきっかけとなったのは些細な事柄であることが多く,強いストレスが自殺の決行の原因となるということは必ずしも多くないということが知られており,精神障害発病者の自殺が常に強いストレスと関連しないという複雑さをもっている。」としているとおり,自殺は必ずしも精神障害が増悪した結果ではない(乙128・53,54頁)。 そうすると,精神障害発症後に被災者が業務に従事していた場合に,当該業務による心理的負荷が,精神障害や希死念慮にいかなる影響を及ぼすかに関 が増悪した結果ではない(乙128・53,54頁)。 そうすると,精神障害発症後に被災者が業務に従事していた場合に,当該業務による心理的負荷が,精神障害や希死念慮にいかなる影響を及ぼすかに関しては,精神医学的に確立した知見は存在せず,発症後の業務の心理的負荷を検討してみても,それによって,何らかの結論を導くことはできない。 (3) したがって,うつ病発症後の業務による心理的負荷を検討して業務起因性を判断するのは相当でない。 3 争点3(亡P1が業務によって受けた心理的負荷の強度)【原告の主張】(1) 再入社後の亡P1の状況と業務受注の達成困難ア亡P1は,訴外会社に在職していた当時の実績を請われ,訴外会社での活躍を期待されて再入社し,早々に,新規に立ち上げられた輸送システムグループのグループ長に抜擢された。亡P1は,その期待に応え,実績を挙げようとして,強いプレッシャーを感じていた。 他方,亡P1は,訴外会社退職後10年間のキャリアの空白があり,この空白は,亡P1が訴外会社において中間管理職として習熟し,社内における人間関係を形成するための機会を失わせるものであった。 亡P1が輸送システムグループのグループ長として抜擢されたこと及 - 11 -び再入社というハンディを抱えていたことは,亡P1が輸送システムグループにおいて実績を挙げることについての責任感や使命感を生じさせる事情となっていたが,同時に,亡P1がグループ長を務める輸送システムグループが同グループの立ち上げ後,受注に成功せず,訴外会社のために寄与できていないことにつき心理的負荷を強めるものであった。 イ輸送システムグループの目標は,輸送システムの受注であるが,これは,立ち上げたばかりで実績のない訴外会社にとっては ,訴外会社のために寄与できていないことにつき心理的負荷を強めるものであった。 イ輸送システムグループの目標は,輸送システムの受注であるが,これは,立ち上げたばかりで実績のない訴外会社にとっては,達成困難な目標であった。 亡P1は,再入社早々,訴外会社から期待されて,技術的に全く経験も実績もないこのグループの責任者に就任し,上記のような達成困難な目標を課された。しかし,亡P1がグループ長に就任して以降,受注を達成できるどころか,1件も受注案件がないまま期間が経過したことによって,心理的負荷は徐々に強まっていった。輸送システムグループは,その後も受注に至った案件はなく,訴外会社の収益に寄与することができなかった。 このことは,同グループの責任者であった亡P1の強い心理的負荷となった。 (2) 亡P1が担当していた受注交渉案件ア平成11年度に,輸送システムグループが受注に向けて取り組んでいた案件としては,①カラカス(ベネズエラ)・デポ設備(ベネズエラ案件),②シンガポール・マリーナベイ地下鉄(シンガポール・マリーナベイ案件),③香港KCRC・プラットホームスクリーンドア(香港KCRC案件),④フィリピン・NorthRail(フィリピン案件),⑤フィリピン・マニラ1号線増強(フィリピン・マニラ案件),⑥高雄地下鉄(台湾案件),⑦ブラジル・クリチバ新交通(ブラジル案件),⑧シンガポール・チャンギ空港第3ターミナル全自動無人運転車 - 12 -両(シンガポール・チャンギ空港案件),⑨神戸ポートアイランド増強延伸(ポートアイランド案件),⑩カザフスタン・アルマトイ市電・無軌条電車(ガザフスタン案件)等があったが,亡P1は,このうち③香港KCRC案件及び④フィリピン案件については主担当者とし ランド増強延伸(ポートアイランド案件),⑩カザフスタン・アルマトイ市電・無軌条電車(ガザフスタン案件)等があったが,亡P1は,このうち③香港KCRC案件及び④フィリピン案件については主担当者として業務を行っていた。 イそして,亡P1が後記のとおり韓国案件に取り組むことになった平成12年7月以降には,上記各案件に対する取り組みも本格化しており,被告が認めるだけでも,輸送システムグループは,ベネズエラ案件,アメリカ案件,シンガポール案件,ブラジル案件,フィリピン・マニラ案件,神戸ポートライナー案件,ポーランド案件,台湾案件,インドネシア案件等の海外の受注交渉案件を抱えていた。 亡P1は,これらの案件につき,主担当者であるものについては受注に向けての技術面の責任者として業務を行うとともに,輸送システムグループの責任者として,全案件を統括し,各担当者の業務を指揮,監督していた。 ウこのように,亡P1は,韓国案件という重要な案件について,輸送システムグループの担当責任者,かつ輸送システム部全体のとりまとめの責任者として従事する一方で,同グループ長として同時進行していた多くの案件を統括していたことにより,大きな心理的負荷を受けていた。 (3) 韓国案件による心理的負荷亡P1は,平成12年7月ころから,輸送システムグループのグループ長として,また,営業・調達を含めた交渉全体のとりまとめ役として,韓国案件に関与することになった。この韓国案件による亡P1の心理的負荷は,以下のとおり過重なものであった。 ア韓国案件の困難性(ア) 韓国案件は鉄道システム全体の建設プロジェクトで,その規模は, - 13 -400億円から450億円という巨額のものであり,輸送システム部においても,韓国案件は全力集 韓国案件は鉄道システム全体の建設プロジェクトで,その規模は, - 13 -400億円から450億円という巨額のものであり,輸送システム部においても,韓国案件は全力集中すべき重要案件として位置づけられていた。 そして,韓国案件は,すでにプロジェクトが実現に向けて具体化されている案件で,受注決定までに長期間を要さない段階に達していた。 その上,土建・据付等の対象となる機械・電気設備(E&M。以下「機械・電気設備」という。)の供給業者であり,かつ,合弁事業に参加していたフランス企業のP14社が撤退することになったため,訴外会社に白羽の矢が立てられたという経緯があった。したがって,訴外会社と発注元との間で,受注価格の合意さえできれば随意契約となる可能性もある案件であり,訴外会社が受注することのできる具体的可能性は非常に高かった。 ただし,他方,韓国案件では,訴外会社は,韓国の企業を下請けとして設備供給の大半を請け負わせることになっていたため,訴外会社の受注額について赤字が生じた場合に,訴外会社が責任だけを取らされてしまうリスクを負っていた。 (イ) 前記(2)のとおり,一般的に,輸送システムの受注というノルマ自体が,達成困難な目標であるが,その中でも,韓国案件は,巨額の国家的事業ともいえる案件で,交通システム事業を始めて間がなく,実績のない訴外会社にとっては,より受注について困難性が高い案件であった。反面,前記のとおり,韓国案件には,困難とリスクが伴うものの,受注の可能性も十分にあり,受注に至れば大きな実績となる案件であった。 上記の事情に照らせば,韓国案件の受注という目標は,「達成困難なノルマ」と評価することができ,改正判断指針によれば,その心理的負荷の平均的強度は「Ⅱ」とされている。 実績となる案件であった。 上記の事情に照らせば,韓国案件の受注という目標は,「達成困難なノルマ」と評価することができ,改正判断指針によれば,その心理的負荷の平均的強度は「Ⅱ」とされている。しかし,韓国案件の受注 - 14 -というノルマは,その案件の重大性,困難性に加え,輸送システムグループ発足以来,業務の受注に至った案件が1件もない状態にあったことを考慮すれば,その心理的負荷の強度は「Ⅲ」と修正して評価されるものである。 イ韓国案件における亡P1の役割韓国案件では,輸送システムグループが技術面を担当しており,亡P1がその責任者となっていた。プロジェクトの進行に際しては,輸送システム営業部及び調達部の関与及び協力も必要となるが,現場を現場を含む技術面を担当する輸送システムグループが,プロジェクトの中心に位置し,そのグループ長である亡P1がそのとりまとめの役割を担うことになった。 そのため,亡P1は,韓国案件についての技術面を具体的に担当する輸送システムグループのグループ長であるとともに,営業・調達を含めた交渉全体のとりまとめ役,すなわち,韓国案件全体の責任者として,発注元及び下請企業らとの間で,交渉を行っていた。 なお,訴外会社の組織上,亡P1の上司は,輸送・物流システム部のP3部長であるが,同部長は輸送システムのみならず,物流システム,空港システムグループ,工務グループ等を統括する部長であって,韓国案件の担当者という点では責任者の地位にあるものではない。 ウ韓国への出張の負担亡P1は,グループ長として,韓国案件全体の責任者として,平成12年8月から同年12月にかけて,以下のとおり6回にわたる韓国出張を行い,発注元のP15建設,工事を施工する下請企業らとの間で交 亡P1は,グループ長として,韓国案件全体の責任者として,平成12年8月から同年12月にかけて,以下のとおり6回にわたる韓国出張を行い,発注元のP15建設,工事を施工する下請企業らとの間で交渉を行った。 ① 8月3日から8月5日まで② 8月13日から8月15日まで③ 9月5日から9月9日まで - 15 -④ 10月12日から10月14日まで⑤ 11月13日から11月16日まで⑥ 12月6日から12月11日までこれらの出張で行われた発注元や下請企業との短時間の交渉の中で,亡P1は,交渉責任者として韓国案件への参加の見通しや結論を出さなければならなかった。また,訴外会社内で十分検討する時間がなかったため,亡P1の判断が訴外会社の意思決定に決定的な影響を及ぼさざるを得ない状況にあった。 その他,多数の下請企業,納入メーカーが当該案件に関与していたこと,韓国の企業との間での交渉であったため,言葉や交渉方法,商習慣,法制度等の違いが存在していたことにより,これらの交渉には困難が伴った。 さらに,出張期間中に凝縮した交渉が求められていたから,出張前にはそれに向けての事前の準備や検討がなされなければならず,出張後は上司等への報告書の作成とともに,次の出張に向けての検討が始まることになり,韓国出張期間中のみならず,出張の前後においても過重な業務が続いていた。 したがって,これらの出張により生じた心理的な負担は極めて過重なものであった。 エ韓国案件の破談亡P1は,平成12年12月にうつ病を発症した後も,韓国案件の責任者として,その受注獲得に取り組んでいたところ,同案件については,平成13年9月4日に入札が実施され,平成14年1月15日から同月20日に亡P 平成12年12月にうつ病を発症した後も,韓国案件の責任者として,その受注獲得に取り組んでいたところ,同案件については,平成13年9月4日に入札が実施され,平成14年1月15日から同月20日に亡P1が韓国出張をしたころまでは,交渉は順調に進み,成立直前のところまで進行していた。 しかし,その後,同年2月5日ころから,一転して,問題点が浮上し, - 16 -輸送システムグループと東京本社の輸送システム営業部との間で意見の食い違いが生じ,同月25日までには,産機プラント事業部内において,当該案件の受注を取りやめるとの結論に至った。亡P1は,入札保証金(ビットボンド)の没収を回避し,事後に,訴外会社が責任を負わない形で韓国案件から撤退することを至上命題として,同月27日から3月7日まで韓国出張を行い,韓国案件からの撤退を完了させた。 これが,大きな心理的ストレスとして,亡P1の心身に多大な負荷を与えたことは明らかである。 オ韓国案件の破談と同時期に行っていた業務韓国案件について入札保証金の没収問題が生じたのと同時期に,輸送システムグループは,インドネシア・ジャカルタ案件,フィリピン・マニラ案件,ベネズエラ・カラカス案件,ブラジル案件などの案件を抱えており,さらに,台湾新幹線の案件に人員を派遣して応援をしており,亡P1は,グループ長として,韓国案件のみならず,これらの案件に対しても責任ある対応をしなければならなかった。 (4) 亡P1の時間外労働時間ア専門検討会報告書によれば,「(長時間労働は)ストレス対応能力を低下させる意味で重要となる。特に発症前6ヵ月の間に生じた労働の長時間化はストレス要因になる。」,「長時間労働は一般に精神障害の準備状態を形成する要因となっている可能性がある は)ストレス対応能力を低下させる意味で重要となる。特に発症前6ヵ月の間に生じた労働の長時間化はストレス要因になる。」,「長時間労働は一般に精神障害の準備状態を形成する要因となっている可能性があることから,出来事の程度の評価に当たって,特に常態的な長時間労働が背景として認められる場合,出来事自体のストレス強度は,より強く評価される必要がある」とされており(乙111・34頁,35頁),長時間労働が,深夜時間帯に及ぶような時間外労働に至らなくてもストレス対処能力を低下させることが明らかとなっている。 そして,厚生労働省の委託による夏目誠医師らの研究論文「ストレス - 17 -ドッグにおける長時間労働とライフイベント」(甲8)によれば,残業時間が月60時間を超えるとライフイベント(出来事)のストレス点数につき大きな差異が生じること,すなわちライフイベントの心理的負荷の強度が高まることが実証的に論述されおり,長時間労働とライフイベントの相互相乗作用によりライフイベントのストレス度は高まることが明らかになっている。 判断指針は,これらの医学知見を踏まえて,出来事に伴う変化等(改正判断指針では,出来事後の状況が持続する程度を検討する視点)として,仕事の量(労働時間等)の変化をあげている。 イ亡P1について,発症前8か月間及び死亡前6か月間の残業時間をみると,以下のとおりであり,発症前8か月間では,月間の時間外労働時間は108時間から146.5時間,平均129.9時間であり,発症後死亡前6か月間では,45.5時間から120.5時間,平均85. 9時間であった。 なお,仮に,本件処分が過少に認定したところによっても,亡P1の本件発症前8か月間の所定外労働は,月60時間を概ね超える長時間労働となって 間から120.5時間,平均85. 9時間であった。 なお,仮に,本件処分が過少に認定したところによっても,亡P1の本件発症前8か月間の所定外労働は,月60時間を概ね超える長時間労働となっている。 (ア) 発症8か月前の時間外労働時間期間(いずれも平成12年) 時間外労働時間4月13日から5月12日 108時間5月13日から6月12日 146.5時間6月13日から7月12日 135.5時間7月13日から8月12日 118.5時間8月13日から9月12日 120時間9月13日から10月12日 128.0時間10月13日から11月12日 142.5時間 - 18 -11月13日から12月12日 140.5時間(イ) 死亡6か月前の時間外労働時間期間時間外労働時間平成13年11月9日から12月8日 104時間平成13年12月9日から平成14年1月8日 82.5時間平成14年1月9日から2月8日 120.5時間平成14年2月9日から3月8日 109.5時間平成14年3月9日から4月8日 53.5時間平成14年4月9日から5月8日 45.5時間ウしたがって,上記アの見地からも,亡P1の長時間労働は精神疾患を発症・増悪させる要因として十分な過重性を有していたといえる。 【被告の主張】 45.5時間ウしたがって,上記アの見地からも,亡P1の長時間労働は精神疾患を発症・増悪させる要因として十分な過重性を有していたといえる。 【被告の主張】亡P1は,平成12年12月13日に重症うつ病エビソードを発症していたものと認められるから,その発病前のおおむね6か月である同年6月13日ころから同年12月13日までの間に,客観的に当該精神障害を発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められるかが問題となる。 この間の出来事としては,唯一,韓国案件が挙げられるが,その韓国案件による心理的負荷は,強度の心理的負荷とはいえず,亡P1の重症うつ病エピソード発症に業務起因性は認められない。 (1) 再入社後の亡P1の状況及び業務受注の達成困難ア亡P1の本件会社に再度入社するまでの経歴からすれば,亡P1は,管理者又は業務を統括する者として,十分な実績を積んできたものといえ,訴外会社への再入社後,輸送システムグループにおいて受注案件がなかったとしても,平成12年ころには,グループ長としての業務には十分習熟していた。 イ輸送システムグループが新設されて以降,韓国案件の話が持ち上がっ - 19 -た平成12年7月末ころまでの間,輸送システムグループにおいて受注した案件はなかったが,そのことは訴外会社では問題となっていなかった。そうすると,亡P1が,訴外会社に営業・収益面で貢献できず,「無駄メシ」ばかり食べているという状況が継続していることは許し難いと自ら感じていたとしても,それは,亡P1の個人的な性格によるものにすぎない。 (2) 亡P1が担当していた受注交渉案件韓国案件の交渉が始まった平成12年7月末ころからうつ病を発症した同年12月13日ま いたとしても,それは,亡P1の個人的な性格によるものにすぎない。 (2) 亡P1が担当していた受注交渉案件韓国案件の交渉が始まった平成12年7月末ころからうつ病を発症した同年12月13日までの間,韓国案件と並行していた案件は,ベネズエラ案件,アメリカ案件,シンガポール案件,ブラジル案件及びフィリピンのマニラ案件であった。 アメリカ案件及びシンガポール案件については,亡P1はあまり関わっておらず,シンガポール案件については,同年7月ころには落ち着いていた。また,ブラジル案件については,具体的な交渉の段階にまで至っておらず,特に亡P1の負担となるものではなかったし,フィリピンのマニラ案件は,具体的な担当を決める前の段階であった。そうすると,実質的に動いていたのはベネズエラ案件のみであり,それについても亡P1は実務を担当していなかったから,亡P1の負担は小さいものであった。 訴外会社の輸送システムグループに対する支援体制に問題があったという事実は存在しない。 (3) 韓国案件による心理的負荷韓国案件によって亡P1に生じた心理的負荷は,次のとおり過重なものではない。 ア韓国案件の困難性(ア) 韓国案件は,実際には,金銭面,条件面でほぼ合意に達していたが納期の問題で訴外会社が受注を断念したものであり,価格交渉が通常の - 20 -交渉に比して格別困難であったとは考え難い。そもそも受注交渉の初期の段階での発注側と受注側の価格の差は,その後の交渉により調整されるものであるから,韓国案件に関する輸送システムグループの工事見積価格と発注側の額の差をもって,直ちに交渉が困難であったとはいえない。 仮に,韓国案件における受注交渉が困難であるとの事情があったとしても,価格面での調整は する輸送システムグループの工事見積価格と発注側の額の差をもって,直ちに交渉が困難であったとはいえない。 仮に,韓国案件における受注交渉が困難であるとの事情があったとしても,価格面での調整は輸送システム営業部が主体となって行うものであり,韓国案件における亡P1の役割ないし権限は大きいものではなかったのであるから,亡P1の業務による心理的負荷に影響を及ぼさない。 さらに,亡P1には重要事項の決定権限はなかったのであるから,そのような交渉の場における議論が亡P1の心理的負荷となったとは認め難い。 (イ) 韓国案件は,リスクを考えなければ受注できる可能性が高い案件であったが,訴外会社又は産機プラント事業部としては,リスクを回避した上で受注することを求めていたのであるから,受注できる可能性は必ずしも高いものであったとはいえない。 訴外会社としては,リスクを無視すれば受注できる可能性がある案件であったにもかかわらず,リスクについて十分検討した上で受注するよう求めていたのであり,必ず受注するように,強く求めていたわけではなかった。 イ韓国案件における亡P1の役割韓国案件は,亡P1の所属する輸送システムグループが行うべき業務の1つであって,亡P1にとって,韓国案件もそれらの案件の1つにすぎず,特別なものではなかった。 亡P1の役割は,輸送システムグループ,輸送システム営業部及び調 - 21 -達部がそれぞれ分担する業務の取りまとめ役,すなわち,各担当業務の調整役にすぎず,韓国案件の責任者ではなかった。 また,亡P1は,輸送システムグループのグループ長として,技術面についての業務を担当していたが,仕様書及び見積書の作成といった具体的な作業については,亡P1が部下に割り振って行わせた かった。 また,亡P1は,輸送システムグループのグループ長として,技術面についての業務を担当していたが,仕様書及び見積書の作成といった具体的な作業については,亡P1が部下に割り振って行わせたものをチェックしていただけで,自ら作成するということはなかった。技術面についての責任者は,亡P1ではなく,P3部長であった。 したがって,韓国案件の受注交渉業務が,亡P1の仕事の内容に大きな変化を生じさせるものとはいえない。 ウ韓国への出張の負担亡P1は,平成12年8月から同年12月にかけて,6回にわたり韓国に出張したが,これらの出張は,いずれも亡P1に強い心理的負荷を与える業務ではなかった。 これらの韓国出張には,営業部,調達部といった他部門の職員が同行しており,亡P1の役割は,技術面における対応のみであった。その技術面での対応は,亡P1にとって通常の業務にすぎず,特別問題が生じたこともなかった。また,同部門からも上司や同僚が必要に応じて同行しており,亡P1が技術面に関する部分についてすべてを1人で処理しなければならない状況にはなかった。 さらに,出張に伴って作成される出張報告書は,通常の業務として行っている出張の内容を記載したものにすぎず,その中でも,亡P1は,輸送システムグループのみの報告書を作成していたにすぎない。 エ韓国案件の破談前記争点2の被告の主張のとおり,精神障害発症後に被災者が業務に従事していた場合には,発症後の当該業務による心理的負荷が,精神障害や希死念慮にいかなる影響を及ぼすかに関しては,精神医学的に確立 - 22 -した知見は存在しない。 したがって,発症後の業務によって生じた心理的負荷により,亡P1の自殺という結果を導くことはできず,業務と 学的に確立 - 22 -した知見は存在しない。 したがって,発症後の業務によって生じた心理的負荷により,亡P1の自殺という結果を導くことはできず,業務と自殺との因果関係については,発症前の業務と精神障害の発症との間の因果関係によって判断するほかない。 そして,仮に,亡P1がうつ病を発症した後における業務の心理的負荷を考慮するとしても,韓国案件の受注を断念したことにより,訴外会社には何らの損害も生じなかったのであるから,韓国案件の受注断念が「自分の関係する仕事で多額の損失を出した」場合に該当しないし,同じく,入札保証金没収問題も,可能性として出ていた程度であって,実際には没収はされておらず,訴外会社に損害は生じていないから,これも「自分の関係する仕事で多額の損失を出した」場合に該当しないことが明らかである。 (4) 亡P1の時間外労働時間ア長時間労働は一般に精神障害の準備状態を形成する要因となっている可能性があることから,出来事の程度の評価に当たって,特に常態的な長時間労働が背景として認められる場合に,出来事自体のストレス強度は,より強く評価される必要があるとはいえる。しかし,原告の主張する「60時間」が精神障害の発病を強める目安になると結論づけられるものではない。日本産業精神保健学会の見解(乙128)も,「長時間残業による睡眠不足が精神疾患発症に関連があることは疑う余地もなく,特に長時間残業が100時間を超えるとそれ以下の長時間残業よりも精神疾患発症が早まるとの結論が得られた。」としている。 また,判断指針によれば,「出来事の発生以前から続く恒常的な長時間労働,例えば所定労働時間が午前8時から午後5時までの労働者が,深夜時間帯に及ぶような長時間の時間外労働を度々行ってい している。 また,判断指針によれば,「出来事の発生以前から続く恒常的な長時間労働,例えば所定労働時間が午前8時から午後5時までの労働者が,深夜時間帯に及ぶような長時間の時間外労働を度々行っているような状 - 23 -態等が認められる場合には,それ自体で・・・心理的負荷の強度を修正する。」とされている。 イ亡P1の時間外労働時間は,以下のとおり,発症前の6か月において,最も少ない月は59時間であり,最も多い月で69時間であったのであるから,亡P1の時間外労働時間が精神疾患の発症を促すほど過重なものとはいえない。 また,亡P1の深夜時間帯に及ぶ時間外労働は,午後11時ないし午前0時程度のものが月に1,2回ある程度で,深夜時間帯に及ぶような長時間の時間外労働を度々行っているような状況とはいえず,判断指針にいう心理的負荷の強度を修正すべきものではない。 (ア) 発症8か月前の時間外労働時間期間(いずれも平成12年) 時間外労働時間6月13日から7月12日 59時間7月13日から8月12日 59時間8月13日から9月12日 68時間9月13日から10月12日 69時間10月13日から11月12日 69時間11月13日から12月12日 69時間(イ) 死亡6か月前の時間外労働時間期間時間外労働時間平成13年11月9日から12月8日 58時間平成13年12月9日から平成14年1月8日 49時間平成14年1月9日から2月8日 69時間 平成13年11月9日から12月8日 58時間平成13年12月9日から平成14年1月8日 49時間平成14年1月9日から2月8日 69時間平成14年2月9日から3月8日 71時間平成14年3月9日から4月8日 58時間平成14年4月9日から5月8日 46時間 - 24 -第5 当裁判所当裁判所当裁判所当裁判所の判断 判断 判断 判断 1 証拠(枝番号を含む。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 (1) 亡P1の家族構成,性格等ア亡P1は,昭和46年に妻である原告と婚姻し,その後,昭和47年に長男を,昭和49年には,次男を授かった。亡P1は,長男及び次男の独立後は,原告と芦屋市の自宅(持家)において生活していた(甲23)。 イ亡P1の性格は,非常に真面目で,責任感があるというものであった。 また,亡P1は,つきあいも良く,スポーツマンで,趣味もテニス,ゴルフやつりなど活動的であった(乙43・16項,乙45・12項,乙49・17項,乙52・11項,乙53・2項,乙55・13項,証人P1635項,原告本人175項,)。 ウ亡P1は,平成12年12月より前において,うつ病等の精神疾患に罹患したことはなかった(乙15)。 (2) 亡P1の再入社までの経緯亡P1は,昭和46年4月に訴外会社へ入社した後,製鉄機械設計部に配属され,圧延部門の優秀な技術者が集まる「P17研究所」に選ばれて入所した。 亡P1は,35歳のころ新たな圧延機を開発したが,当時圧延機のシェアーは,P18が98%,P19・P20工 部に配属され,圧延部門の優秀な技術者が集まる「P17研究所」に選ばれて入所した。 亡P1は,35歳のころ新たな圧延機を開発したが,当時圧延機のシェアーは,P18が98%,P19・P20工業が1%で,訴外会社は問題にならない状態であったのが,亡P1が開発した圧延機は,P21工場の圧延機の入札で受注に成功し,その後も,訴外会社の圧延機のシェアーを拡大させる業績を挙げ,亡P1は,社内では,圧延機でナンバー1と言われ,非常に優秀な技術者であると評価されていた。 亡P1は,昭和59年5月,37歳のときに,十二指腸潰瘍が悪化して穿 - 25 -孔ができたため胃の4分の3を切除した。 亡P1は,順調に昇進して課長に昇格したが,課長になると残業代がつかなくなって給与が実質的に減り家族の生活に不安があるとして,昭和63年5月に自己都合により訴外会社を退職し,原告の弟が専務取締役を務めていた高級門扉や手摺りなどの製造等を行っているP22工業の工場長として入社し,後には専務に就任した。 その後,訴外会社専取締役務のP23(平成9年当時は,事業部長であった。以下「P23専務」という。)が,亡P1の在職時の優秀な実績を評価し,訴外会社に何とか呼び戻そうと働きかけたところ,亡P1もこれに応じて,平成9年11月,訴外会社に再入社した。 その際,亡P1は,部長待遇のグループ長として訴外会社に再雇用された。亡P1のグループ長への就任は,入社同期の中でもかなり上のランクの部長への就任であった。 (甲23,乙35,乙36・17,25項,乙50・4項,乙53・3項,乙65,乙66)(3) 輸送システムグループの業務内容ア輸送システムグループは,技術面を担当するグループであり,主に製品の仕様の決定 36・17,25項,乙50・4項,乙53・3項,乙65,乙66)(3) 輸送システムグループの業務内容ア輸送システムグループは,技術面を担当するグループであり,主に製品の仕様の決定,設計,品質を担当し,また,見積り業務もその業務の内容となっていた。 輸送システムグループのような技術グループの担当する見積り業務は,下請企業から納入する設備等について,下請企業の見積りについての査定,設計要員の見積り,設備の数量及び重量等の材料表のとりまとめを行うというものである。ただし,産機プラント事業部には,調達部が設置されているので,専門メーカーからの調達については,調達部が担当し,輸送システムグループは見積りに関して,技術的な補佐を行うことになっていた。(乙116) - 26 -イ輸送システムグループのグループ長である亡P1は,個別の案件の主担当者になるとともに,同グループが取り扱う案件について,内容を把握した上で,各案件の取りまとめを担当していた。また,同グループに所属する部員の人事評価を行うことも亡P1の業務内容であった。(乙29・4頁,乙116・3頁)平成12年ころに輸送システムグループで取り組んでいた受注交渉案件としては,ベネズエラ案件,アメリカ案件,シンガポール案件,ブラジル案件,フィリピン・マニラ案件及びポートライナー案件があった(乙116・5頁,6頁)。 (4) 輸送システムグループの状況ア平成10年1月の輸送システムグループの設立後,同年4月作成の「システム技術G(グループ)の平成10年度の基本方針」と題する社内文書では,輸送システム部の受注額につき,平成10年200億円,平成11年800億円とするノルマが与えられており,事業部の現在の採算 システム技術G(グループ)の平成10年度の基本方針」と題する社内文書では,輸送システム部の受注額につき,平成10年200億円,平成11年800億円とするノルマが与えられており,事業部の現在の採算状況からいって,新ビジネスだからといって十分な猶予期間及び人員を与えてもらえる状況ではなく,早急に部としての一本立ちが要求されていること及び輸送システムグループの受注目標は,平成10年20億円,平成11年80億円とする旨の記載がされている(甲17)。 また,平成11年5月作成の「システム技術G(グループ)の平成11年度の基本方針」と題する社内文書では,輸送システムグループの受注目標として,平成12年の受注目標は80億円で,プロジェクトの実現性及び受注確度の高い案件として,ベネズエラ案件,シンガポール・マリーナベイ案件,香港KCRC案件,フィリピン案件,フィリピン・マニラ案件が列挙され,平成11年度中に少なくとも1件の受注又は内示獲得を目指すとの記載がされている(甲18)。 イ平成10年1月1日の発足以来,輸送システムグループでは,受注案 - 27 -件がないために,受注の可能性がある限りは,案件を絞り込むことができず,輸送システムグループが抱える案件の数は多く,亡P1は,平成12年4月作成の幹部職員自己申告表(以下「自己申告表」という。)に,「案件の選別ができる身分ではない」ため,「フォローすべき案件数は多大にのぼる,見積り以外の工務機能,即ちプロジェクト管理面の補強を要望する,現況では技術側が対応せざるを得ない。」と記載し,また,平成13年4月作成の自己申告表には,「応札までの仕込み期間が長く,むやみに対象案件を絞ることが出来ないので,フォローすべき案件が多く,仕事量は多い。」と記載する状態 るを得ない。」と記載し,また,平成13年4月作成の自己申告表には,「応札までの仕込み期間が長く,むやみに対象案件を絞ることが出来ないので,フォローすべき案件が多く,仕事量は多い。」と記載する状態であった(乙77,79)。 ウまた,亡P1は,上記イの各自己申告表の「現職に関する考え」欄に,「まだ実ジョブを持たない歯がゆさがある。近い将来,取り組んでいて良かったと評される当事業部中核事業に育てるべく努力したい。」(平成12年4月作成分),「当分野進出以来3年余りを経て受注が達成出来ず,若手が実ジョブを体得出来ないことに歯がゆさを感ずるが,やりがいは有る。」(平成13年4月作成分)と記載しており,受注案件がない現状についての焦り,悔しさを感じていた状況にあった(乙77,79)。 エ亡P1は,輸送システムグループが発足以来受注案件がないという状況について,平成12年春ころから,妻である原告に対し,訴外会社への再入社後3年が経過しようとしているにもかかわらず,自分が何らの成果を挙げることができておらず,このまま無駄飯を食べるわけにはいかないといった趣旨の発言をするようになった(原告本人26項,27項)。 オそして,平成13年秋ころには,輸送システムグループ所属の役職のない部員全員(P6,P7,P8及びP9)が,輸送システムグループ - 28 -からの異動を希望する状況となり,中には,参与のP11において,異動できなければ退社するのではないかと感じられる部員もいた(乙85)。 カ平成13年3月28日,P24常務から,亡P1らに対し,訴外会社が社内カンパニー制を導入すること等に関する話があったが,その中で,P24常務は,輸送システムグループが所属する技術一部の位置づけについて,同部は 月28日,P24常務から,亡P1らに対し,訴外会社が社内カンパニー制を導入すること等に関する話があったが,その中で,P24常務は,輸送システムグループが所属する技術一部の位置づけについて,同部は仕事量がないグループを集めたもので,死に体のグループからどう這い上がるのか,知恵を絞るべきであるとの発言がされた(甲3・74頁)。 また,同年6月8日ころ,輸送ビジネスのあり方について,P3部長は亡P1に対し,受注が必達であり,そのための努力が必要である,対社内,対社外でどう演ずるかわきまえよとの考えを示した(甲3・78頁)。 キさらに,平成14年3月に韓国案件が破談したころの同月14日に,P24常務と亡P1を含む幹部職員数名の経営会議で輸送システムグループについての話合いが行われたが,その席上,P24常務から「(前社長の)P25時代,システムをやるべしとして発足した。気持ちはゆれている。解散はもったいないという気持ちである。」との発言があり,他の幹部職員から「遊ぶ余裕は無い,負担となる」,「金食い虫となっている」等の発言がされた。(乙103・59頁から61頁)(5) 韓国案件の内容等ア韓国案件は,約450億円の規模の鉄道システム建設プロジェクトで,合弁事業団が特別目的会社であるP26事業団を設立し,この特別目的会社が旧韓国国鉄から上記鉄道事業の事業権を受け,鉄道システム建設及び鉄道事業の運営を行うというものであった(なお,平成13年に上記特別目的会社が設立されるまでは,合弁事業団の中心的存在であった - 29 -P15建設が代表して交渉を行っていた。以下,上記合弁事業団と上記特別目的会社を区別する必要がない限り,両者を併せて「本件発注元」という。)。上記特別目的会社は,P15建設が - 29 -P15建設が代表して交渉を行っていた。以下,上記合弁事業団と上記特別目的会社を区別する必要がない限り,両者を併せて「本件発注元」という。)。上記特別目的会社は,P15建設が中心となり,P14社,P27商事等が共同で出資し,設立することになっていた。また,P14社は,本件発注元から上記鉄道システムのうち機械・電気設備の供給について受注することを前提として,本件発注元との間で受注額の調整や下請企業等と交渉を行っていた。 しかし,その後,P14社は,機械・電気設備の受注価格について,旧韓国国鉄の提示した暫定予算額との間で調整が困難となり,韓国案件から脱退することになった。 このため,本件発注元は,機械・電気設備の供給業者を新たに探す必要が生じたところ,本件発注元の一員であるP27商事が,平成12年7月ころ,訴外会社の輸送システム営業部に機械・電気設備の供給について打診し,輸送システム部は,韓国案件の受注交渉を進めることとなった。 (甲14,乙121・16頁,乙116・4頁,乙117・2,3頁,弁論の全趣旨)イ脱退したP14社は,鉄道車両及び信号システムの一部を除いた機械・電気設備の供給について,韓国の企業に請け負わせ,P14社自身は,上記一部の供給を担当する他は,機械・電気設備の供給についてのマネージメント及び土木建設との取り合いを担当していた。 そのため,P14社の抜けた穴を埋めることになった訴外会社は,P14社と同様に,韓国の企業に機械・電気設備の供給の大半を請け負わせることを前提として,受注交渉を進めることになった。(甲14,乙45・3項,乙119から124)ウ亡P1は,輸送システムグループのグループ長として,韓国案件につ - 30 -いて全体 注交渉を進めることになった。(甲14,乙45・3項,乙119から124)ウ亡P1は,輸送システムグループのグループ長として,韓国案件につ - 30 -いて全体のとりまとめ役として関与しており,受注活動のため,別紙「韓国出張のスケジュール」のとおり,平成12年8月から12月にかけて,韓国に出張した。(乙49・2項,乙48・4項,乙117・3頁から6頁,乙119から124)。 (6) 韓国案件の破談の経緯ア韓国案件については,亡P1,P3部長,東京本社の輸送システム営業部のP28部長及び同部のP29が平成14年1月15日から同月20日まで韓国に出張し,技術面について打合せを行うなど,同年1月ころまでは,受注に向けた活動が順調に推移していた(乙105・25頁から27頁,乙119,乙122,乙123)。 イその後,平成14年2月になり,受注に伴うリスクを回避するためにどのような受注方式をとるべきかが問題となったことから,亡P1は,平成14年2月5日,東京に出張し,輸送システム営業部のP28部長,P29らと会議をおこなった。その会議では,フォーメーションA及びBという2つの受注方式が検討がされた。 これに対し,亡P1は,同月6日,輸送システム営業部のP29に対し,フォーメーションBを採用する場合には,再度の見積りが必要であるとして,フォーメーションBで受注交渉を進めることは反対であるとの輸送システムグループの見解を伝えた。(乙103・44頁)ウ同月8日に,韓国案件についての現況報告会議が行われ,その席上,産機ビジネスセンター長であるP30(以下「P30センター長」という。)から,フォーメーションA及びBの両方に大きな問題があることこと,法務等全社的見地から,問題 の現況報告会議が行われ,その席上,産機ビジネスセンター長であるP30(以下「P30センター長」という。)から,フォーメーションA及びBの両方に大きな問題があることこと,法務等全社的見地から,問題点への対応を見極めることの発言がされた。さらに,P31常務からは,P27商事が差し入れた入札保証金が没収されないよう対応を図ること,また,フォーメーションAについて,法律違反のおそれがあるので,無理矢理にフォーメーションAで受注すれば, - 31 -顧客が罰を受けた場合に,損害を請求される可能性があるとの発言があった。(乙103・46頁)エ同月10日には,韓国出張中のP28部長から亡P1に電話があり,受注の有効期限を3月28日とすること,一括下請発注となったこと,ライセンスの取得条件の詳細について来週に出すこと,P27商事及び訴外会社間で,P26事業団との間で締結する契約に盛込む文言を検討すること等が報告された。(乙103・44頁)オ同月22日の午前に,亡P1は,P28部長からフォーメーションBでの見積りを依頼されたが,成立しないものについて計算はできないと回答した。このため,P28部長は,P24常務及びP30センター長に報告すること及び輸送システム営業部で勝手に計算すると述べた。 (乙103・50頁)同日午後には,韓国案件に対する訴外会社の対応が協議され,リスクなしで韓国案件から撤退をすることの他,P27商事の手数料の取戻し対策などが検討された(乙103・51頁)。 カ同月25日には,P24常務からP30センター長に対して,韓国案件の整理に入るように指示があり,さらに,入札保証金の没収を避けるようにとの指示がされた(乙103・53頁)。 キ亡P1は,このような状況の中で,同月27日から らP30センター長に対して,韓国案件の整理に入るように指示があり,さらに,入札保証金の没収を避けるようにとの指示がされた(乙103・53頁)。 キ亡P1は,このような状況の中で,同月27日から3月7日まで,9日間の韓国出張を行った。この出張では,P15建設が,下請会社として仕事を回すように要求したため,亡P1及びP11が技術的な話を行った。また,工事ライセンスの問題や納期の問題についても話合いがされた。 その後,同年3月下旬ころまでに,訴外会社と本件発注元との間で,主として納期についての条件が合意に至らなかったため,訴外会社は,韓国案件の受注を断念することになった。 - 32 -また,P27商事が立てた入札保証金は,没収はされなかった。 (乙117・7項)(7) 亡P1の時間外労働時間ア亡P1の勤務時間について,以下の各事実が認められる。 (ア) 訴外会社の就業規則では,労働時間は午前8時から午後5時まで,休憩時間は正午から午後1時までとされている(乙30・42条)。 亡P1は,管理職であったため,労働時間について,タイムカード等による勤怠管理は受けていなかったが,出勤簿はつけていた(乙34,弁論の全趣旨)。 (イ) 亡P1は,訴外会社に午前8時までに出勤し,概ね午後8時ころに退社しており,この場合,時間外労働は午後5時から8時までの3時間となるが,月に2度ほど,極端に帰りが遅くなって午後0時ころまで勤務することがあり,その場合には,上記に加えて午後8時から午後11時まで3時間の時間外労働となっていた。 他方,亡P1は,平成12年ころには,週に2回くらい,午後7時ころから同7時30分ころまでの間に訴外会社を出て,参与のP4と飲みに行っており,また,同年12 3時間の時間外労働となっていた。 他方,亡P1は,平成12年ころには,週に2回くらい,午後7時ころから同7時30分ころまでの間に訴外会社を出て,参与のP4と飲みに行っており,また,同年12月に亡P1がP12医院で受診した後ころからは,P4と午後8時ころに訴外会社を出て毎日一緒に帰り,立ち飲み屋で30分くらいだけ飲んで帰宅していた。 なお,P4は,前記前提事実のとおり,平成13年1月1日付けで輸送システムグループから車両カンパニー営業本部に異動した。 (乙43・6項,乙45・4項,7項及び8項,乙49,乙52・3項,乙116・7頁)(ウ) 亡P1は,出張の前日には,交渉内容の打合せ,必要な資料の準備等のため,午後9時ころまで仕事をし(時間外労働4時間),午前0時を過ぎて帰宅することが多かった(原告本人189項)。 - 33 -なお,輸送システムグループの他の職員も,出張前日には,その準備のため,退社が早くとも午後9時ころになるということが多かった(乙43・7項)。 (エ) 亡P1は,土日の休日にも訴外会社へ出勤することが多く,その場合には,午後に自宅を出て,概ね午後7時ころに帰宅することが多かったが(時間外労働5時間。乙17で土日欄に午後出社と記載されているもの),朝から休日出勤することもあった(時間外労働8時間。 乙17で土日欄に単に出社と記載されているもの)。(原告本人69項から72項)。 また,亡P1は,土日の休日に出勤しない場合でも,昼食後,少なくとも5時間程度は自宅の書斎で仕事を行うことが多く,パソコンで業務に必要なファイルを操作していた(時間外労働5時間。甲23・7頁,原告本人200項,201項,乙105・資料1及び2)。 イ以上認定の事実関係及び亡P1の出 で仕事を行うことが多く,パソコンで業務に必要なファイルを操作していた(時間外労働5時間。甲23・7頁,原告本人200項,201項,乙105・資料1及び2)。 イ以上認定の事実関係及び亡P1の出勤簿による出勤状況を前提とし,かつ,亡P1が,少なくとも,土曜又は日曜のうち1日につき,自宅又は訴外会社に出勤して業務を5時間程度行っていたものとすると,亡P1のうつ病発症前6か月及び死亡前6か月における時間外労働時間は,別紙労働時間集計表1及び2のとおりであったものと認められる。 なお,出張の際の移動時間については,使用者の指揮命令下に置かれたものとは認められないが,労働者は,移動時間中,当該交通機関に乗車する以外の行動を選択する余地はなく,その時間中不自由を強いられることからすれば,業務起因性の判断に際しては,これを労働時間としてとらえることが相当というべきである。本件において,亡P1は,韓国出張のため,日本から韓国まで飛行機に搭乗している時間だけでも片道1時間30分を要していたことが認められるから(乙37・4項,乙116・5頁),韓国出張に際しては,搭乗手続きまで含めた移動に要 - 34 -する約2時間についても労働時間として考慮するのが相当である。 (乙17,34,117,119から124,弁論の全趣旨)ウしたがって,上記認定によれば,亡P1のうつ病発症前6か月及び死亡前6か月における時間外労働時間は,以下のとおりである。 (ア) 発症前6か月の時間外労働時間期間(いずれも平成12年) 時間外労働時間6月13日から7月12日 79時間7月13日から8月12日 68時間8月13日から9月12日 時間外労働時間6月13日から7月12日 79時間7月13日から8月12日 68時間8月13日から9月12日 67.5時間9月13日から10月12日 72時間10月13日から11月12日 87時間11月13日から12月12日 82時間(イ) 死亡前6か月の時間外労働時間期間時間外労働時間平成13年11月9日から12月8日 70時間平成13年12月9日から平成14年1月8日 55時間平成14年1月9日から2月8日 85時間平成14年2月9日から3月8日 74時間平成14年3月9日から4月8日 57時間平成14年4月9日から5月8日 44.5時間(8) うつ病発症直前の亡P1の様子ア韓国出張中の平成12年12月9日の夜,亡P1は,原告に架電し,同人に対し,非常に疲れており,夜も眠れないと述べた。さらに,亡P1は,翌12日,原告に対し,亡P1の宿泊するホテルに必要な書類のファックス送信するように依頼したので,原告は,亡P1の宿泊するホテルに書類を50枚ぐらいファックス送信した(乙17,乙37・5項, - 35 -原告本人92項94項)また,上記出張から帰国した同月11日には,亡P1は,落ち着きがなく,また,就寝中に突然大声を上げて飛び起きるなど眠れない様子であった(乙17,原告本人102項から104項)。 イ亡P1 ,上記出張から帰国した同月11日には,亡P1は,落ち着きがなく,また,就寝中に突然大声を上げて飛び起きるなど眠れない様子であった(乙17,原告本人102項から104項)。 イ亡P1は,同月12日,訴外会社に出勤したが,亡P1の顔つきは,目を見開いて,一点を見つめるような感じであり,無表情であった。そのため,P3部長は,亡P1の異変に気付き,同月13日,亡P1に,P12医院を受診するよう紹介した(乙49・3項から5項)。 P13医師は,亡P1の症状から,うつ病と診断し,薬物療法及び精神療法を開始した。その後も,亡P1は,2週間ごとに受診し,薬の服用も続けた。(乙23,乙38・8項,乙64)ウ亡P1は,うつ病発症後は,以前より早めに帰宅し,また,韓国出張を控えるなど無理がないようにしていたが,症状が少し良くなると,帰りが遅くなるという状態であった(乙37・7項,乙38・3項)。 エ亡P1は,平成14年3月28日,足の痺れ及び気分不良のため,救急車でP32医科大学病院(以下「P32医大」という。)に搬送され,そこで「便秘症」と診断され,同院に同年4月1日まで入院した。同院のP33医師は,便秘症の原因について,「消化管機能障害には,過度のストレスも一因で便秘を招いたものと思われる」との意見であった。 (乙21,乙70)オ亡P1は,同年4月21日,原告に対して,人事考課がなかなか書けないと述べ,午後9時半ころになりやっと書き始め,その後午前0時30分ころまでかかって人事考課を書き上げた。 翌22日朝には,亡P1は,訴外会社を欠勤すると言ったり,出勤すると言ったりし,原告が亡P1を車で送る際にも,行くと言ったり,引き返すと言ったりした。 - 36 -同月23日に ,亡P1は,訴外会社を欠勤すると言ったり,出勤すると言ったりし,原告が亡P1を車で送る際にも,行くと言ったり,引き返すと言ったりした。 - 36 -同月23日には,亡P1は,帰宅後,原告に対し,「みんなが白い目で見ている。」,「仕事もできないのにいる。」,「こちらが辞めるのを待っているのではないか」といったことを言い出すようになった。 (乙40)カ亡P1は,普段,長男のP16に対し,電話を架けて話をするようなことはなかったが,平成14年4月終わりころ,同人に対し電話を架け,「P16よ,もう転職はするなよ。わしは,もうしんどい。転職は本当にしんどい。しんどいわ。」などと述べた(甲22・7頁,証人P16149項から151項)。 キその後,同年▲月に入ると,亡P1は,「ウイルスを撒き散らしているから,警察に出頭してくる。」,「電話が盗聴されている。」などと言い始めた。このため,原告が,同月▲日,亡P1をP32医大に連れ行き,診察を受けさせた。同医大のP34医師は,亡P1の症状について,病名を「抑うつ状態」,「1か月の休養・加療を要する。」と診断した。 また,同医師は,亡P1に対し,入院するか尋ねたが,亡P1は,これを拒んだ。 亡P1は,翌▲日の朝に,家の中を苦しそうに歩き回るなどし,また,同月▲日の朝には,「はーはー」と苦しそうな様子であったが,同日午後3時30分ころ,前記前提事実3のとおり自殺した。(乙22,乙40)(9) 亡P1の精神障害及び自殺についての専門家の意見ア P13医師の意見(甲13)(ア) 亡P1の症状は,職務に関連して発症した疲弊性うつ病と判断する。 本来企業人としては,非常に望ましい病前性格の持ち主が心身のストレス,かつ,長期の不眠に 医師の意見(甲13)(ア) 亡P1の症状は,職務に関連して発症した疲弊性うつ病と判断する。 本来企業人としては,非常に望ましい病前性格の持ち主が心身のストレス,かつ,長期の不眠により,疲労を蓄積させ,次いで心身の不調を惹起させて行ったことは想像に難くない。 - 37 -(イ) 病状は,休養と就労に相関に推移しており,仕事の負荷という外的状況に影響され,遷延化したことは明白である。 イ兵庫労働基準局精神障害等専門部会の意見(乙13。以下「専門部会意見」という。)(ア) 亡P1は,ICD-10の診断基準,F32.3の「精神症状をともなう重症うつエピソード」を発病していたと認められ,その時期は,P12医院を受診した平成12年12月13日である。 (イ) 亡P1の業務による心理的負荷について,上記うつ病発症前において,新交通システム案件(韓国案件)の責任者になったことは,判断指針の別表1の「②仕事の失敗,過重な責任の発生等」(新規事業の担当になった,会社の建て直しの担当になった)に該当し,その平均的心理負荷の強度は「Ⅱ」と評価され,修正する視点として,当該業務内容が亡P1の経験との間にギャップを生じさせる程のものは認められず,また,恒常的な長時間労働も認められず,心理的負荷の強度の修正要素はない。 出来事に伴う変化については,若干の時間外労働の増加は認められるが,恒常的な時間外労働とは言い難く,また,支援・協力の欠如があったとも言い難く,契約決裂に対する責任を問われた事実はなく,過大な責任も生じていないから,変化を考慮すべき要素はなく,特に過重な業務であったとは認め難い。 (ウ) 平成▲年▲月▲日の自殺前の出来事としては,同年4 契約決裂に対する責任を問われた事実はなく,過大な責任も生じていないから,変化を考慮すべき要素はなく,特に過重な業務であったとは認め難い。 (ウ) 平成▲年▲月▲日の自殺前の出来事としては,同年4月の訴外会社の組織改革による昇進が「⑤役割・地位の変化」(自分が昇格・昇進された)に該当し,その平均的心理負荷の強度は「Ⅰ」程度と評価される。 従前から引き続き行われていた新交通システム案件(韓国案件)は,納期が間に合わないことで契約が決裂し,出来事としては収束してい - 38 -ると判断される。 (エ) 以上から,本件については,平成12年12月のうつ病発症前における業務による心理的負荷の強度は「中」程度で,さらに自殺直前の業務による心理的負荷の強度は「弱」程度と評価される。 したがって,いずれも業務による心理的負荷の総合評価は「強」と判断することはできない。 (オ) 他方で,業務以外の心理的負荷については,亡P1には,特に問題となる業務以外の心理的負荷に係る出来事は認められない。 また,亡P1に精神障害の既往歴は認められない。 性格傾向については几帳面,生真面目で責任感が強くがん固なところがあった。書類の整理やファイリングも自分で行い,仕事を分担しようという提案に同意はするが,結果的に自分で仕事を抱え込んでしまうところもあった。 これらの几帳面,生真面目な傾向は,心理的負荷に対する脆弱性を示しやすい性格であるといえる。「ストレス-脆弱性理論」によると,個体側のストレス脆弱性が顕著な場合,心理的負荷が中等度以下の強度であっても,何らかの精神障害を発病しうるということがいえる。 このことは,亡P1の精神障害の発病に関して充分に考慮すべき点であるといえる。 (カ) 以上のこと ,心理的負荷が中等度以下の強度であっても,何らかの精神障害を発病しうるということがいえる。 このことは,亡P1の精神障害の発病に関して充分に考慮すべき点であるといえる。 (カ) 以上のことから,判断指針によって,亡P1の業務上の負荷は,発症前の業務による具体的出来事並びに自殺前の出来事の心理的負荷の総合評価は,いずれも「強」とは判断できず,客観的に見て精神障害を発病するおそれのある程度の心理的負荷とは言い難く,亡P1のうつ病発症及び自殺は,業務外として処理するのが妥当と判断する。 2 争点1(業務の危険性判断の基準となる者)について(1) 労災保険法に基づく保険給付は,労働者の業務上の死亡について行われ - 39 -るところ,業務上死亡した場合とは,労働者が業務に起因して死亡した場合をいい,業務と死亡との間に相当因果関係があることが必要であり(最高裁昭和50年(行ツ)111号同51年11月12日第二小法廷判決・集民119号189頁参照),上記相当因果関係があるというためには,当該災害の発生が業務に内在する危険が現実化したことによるものとみることができることを要すると解すべきである(最高裁平成6年(行ツ)第24号同8年1月23日第三小法廷判決・裁判所時報1163号5頁,最高裁平成4年(行ツ)第70号同8年3月5日第三小法廷判決・集民178号621頁各参照)。 そして,同法による労働災害補償制度が使用者等の過失の有無を問わず,業務に内在する危険が現実化したことにより,当該労働者に生じた損害を一定の範囲で填補するという危険責任の法理に依拠したものであること,また,うつ病をはじめとする精神障害の発症については,単一の病因ではなく,素因,環境因の複数の病因が関与すると考えられていること を一定の範囲で填補するという危険責任の法理に依拠したものであること,また,うつ病をはじめとする精神障害の発症については,単一の病因ではなく,素因,環境因の複数の病因が関与すると考えられていること(乙111・17頁),さらに,精神障害の病因としては,個体側の要因としてのストレス反応性,脆弱性等もあり得ることからすれば,上記相当因果関係があるというためには,これらの要因を総合考慮した上で,業務による心理的負荷が,社会通念上,精神障害を発症させる程度に過重であるといえる場合に,当該災害の発生が業務に内在ないし通常随伴する危険が現実化したことによるものとして,これを肯定できると解すべきである。 (2) 業務に内在する危険性の判断については,上記の危険責任の法理にかんがみれば,当該労働者と同種の平均的な労働者,すなわち,何らかの個体側の脆弱性を有しながらも,当該労働者と職種,職場における立場,経験等の点で同種の者であって,特段の勤務軽減まで必要とせずに通常業務を遂行することができる者を基準とすべきである。 このような平均的労働者にとって,当該労働者の置かれた具体的状況に - 40 -おける心理的負荷が一般に精神障害を発症させる程度に危険性を有しており,他方で,特段の業務以外の心理的負荷及び個体側の要因のない場合には,精神障害の発症は,まさに業務に内在する危険が現実化したものであるといえ,業務と精神障害発症及び死亡との間に相当因果関係が認められると解するのが相当である。 (3) したがって,本件においても,亡P1と職種,職場における立場,経験等の点で同種の者であって,特段の勤務軽減まで必要とせずに通常業務を遂行することができる者を基準として,業務の危険性を判断すべきである。 3 争点2(発 も,亡P1と職種,職場における立場,経験等の点で同種の者であって,特段の勤務軽減まで必要とせずに通常業務を遂行することができる者を基準として,業務の危険性を判断すべきである。 3 争点2(発症後の心理的負担を考慮することの可否)についてこの点について,被告は,うつ病発症後の業務上の負荷については,業務起因性の判断に用いるべきではないと主張する。また,判断指針及び改正判断指針も,概ね精神障害の発症前6か月間の業務による心理的負荷について検討するとし,精神障害の発症後,自殺に至るまでの間における業務による心理的負荷を考慮していない。 しかし,例えば,業務上の負荷によりうつ病等の精神障害を発症した者が,まだ完全に行為選択能力や自殺を思いとどまる抑制力を失っていない状態において,改めて,社会通念上,上記2で述べた平均的労働者がうつ病を発症する程度の心理的負荷を受けた結果,希死念慮を生じ,自殺を行う場合があり,そのような場合には,相当因果関係を認めるのがむしろ合理的であるといえる。 そうすると,精神障害の発症後においては,業務上の負荷を,その程度にかかわらず業務起因性の判断の際の考慮要素としてはならないとする被告の主張は,採用することができない。 したがって,本件においては,亡P1がうつ病を発症した後における出来事の心理的負荷も考慮した上で,業務による心理的負荷が,社会通念上,精神障害を発症させる程度に過重であるといえるかについて判断することが相当 - 41 -である。 4 争点3(亡P1が業務によって受けた心理的負荷の強度)について(1) 再入社後の亡P1の状況と業務受注の達成困難ア前記認定のとおり,亡P1は,過去に訴外会社に在籍し 。 4 争点3(亡P1が業務によって受けた心理的負荷の強度)について(1) 再入社後の亡P1の状況と業務受注の達成困難ア前記認定のとおり,亡P1は,過去に訴外会社に在籍していた時の業績を評価され,請われて訴外会社に再入社し,同期の社員に比してランクの高いポストに就いた以上,訴外会社からも業績を期待され,亡P1本人としても実績を挙げる必要性を強く意識していたものと認められる。 しかし,亡P1は,平成9年11月の再入社後間もなく,過去に訴外会社で17年間在籍していた時に所属していた製鉄関連業務と全く異なる部署で,かつ,平成10年1月に発足したばかりの輸送システムグループのグループ長に就任したものであるが,輸送システムグループは,発足以来3年となる平成12年に至っても,1件も受注がない状況であった。 イ確かに,鉄道システムの建設は,国家的な事業として行われるような場合も多く,実施に至るまでに10年以上かかることもまれではなく,このような鉄道システムの受注を,新規事業として立ち上げたばかりで実績のない訴外会社が簡単に受注できるものではないことは予想されていたと認められるものの(乙116・7頁,乙117・2頁),前記認定のとおり訴外会社社内で策定されていた輸送システムグループの平成10年以降の受注目標に照らせば,新設された輸送システムグループであっても,設立後すみやかに年間20億円から80億円程度の受注を実現することが期待されていたことが認められる。 それにもかかわらず,輸送システムグループの設立後全く受注が取れないことにつき,亡P1は,自己申告表にも歯がゆさがある等と記載し,原告との会話でも,次第に,受注案件がなく成果が上がっていないことについての焦りを口にするようになっていた。このように受注が が取れないことにつき,亡P1は,自己申告表にも歯がゆさがある等と記載し,原告との会話でも,次第に,受注案件がなく成果が上がっていないことについての焦りを口にするようになっていた。このように受注がとれな - 42 -いことは,それがあらかじめ分かっていたとしても,受注設計を行う立場の者にとっては,非常に辛いことであるとされており(乙45・4項),受注がないことは,亡P1にとって強い心理的負荷となっていたばかりでなく,その後,平成13年には,役職のない部員全員が輸送システムグループからの異動を希望するほど,輸送システムグループの部員にとっても心理的負荷となっていたものと認められる。 (2) 亡P1が担当していた受注交渉案件上記のとおり輸送システムグループでは,1件も受注を取ることができていないため,受注交渉の対象案件を絞り込むことができず,複数の受注交渉活動を並行して行う必要があったが,グループ長であった亡P1は,今後の方針などを指示するためにも,グループで進行中の複数の案件全部について状況や問題点等を把握しておく必要があったと認められる。 したがって,亡P1としては,受注が取れないにもかかわらず,業務量だけが増えていく状況であり,P1が受けたストレスは相当強度のものであったと評価できる。 (3) 韓国案件による心理的負担このような状況で,亡P1は,韓国案件の受注活動に取り組むことになったが,韓国案件は,その金額が約450億円と規模の大きなものであり,訴外会社としても,受注を望むものであったことは明らかである。他方で,訴外会社は,撤退したP14社の後継として受注交渉を行っており,納期や下請企業との関係については,最初から訴外会社の意思決定に基づいて受注交渉を行う場合とは異なるものであっ は明らかである。他方で,訴外会社は,撤退したP14社の後継として受注交渉を行っており,納期や下請企業との関係については,最初から訴外会社の意思決定に基づいて受注交渉を行う場合とは異なるものであったと認められる。 そして,亡P1は,訴外会社の関係各部署(輸送システム営業部,調達部)のとりまとめ役として韓国案件に関与していたと認められ,出張の際には,事前に交渉に必要な資料を読み込み,また,関係各部署との間で調整を行うといった業務にも従事し,平成12年度には,短期間に連続して - 43 -韓国に出張して交渉業務を行っていた。 しかし,他方で,韓国案件の受注活動が進行してはいるものの,輸送システムグループに受注実績がないという状況に変わりはなかったのであり,このような状況に照らせば,韓国案件を担当する亡P1の心理的負担は大きなものであったといえる。 (4) 亡P1の時間外労働時間アうつ病発症6か月前における亡P1の時間外労働時間は,前記認定のとおりであって,6か月間の月平均時間外労働時間は約76時間であり,日本産業精神保健学会の見解で,精神疾患発症が早まるとされる残業時間である100時間を超えるものではない。 イまた,死亡6か月前の亡P1の時間外労働時間も前記認定のとおりであり,月平均時間外労働時間は約64時間で100時間を超えるものではない。 ウしたがって,これらの時間外労働時間のみによって,ただちに亡P1の業務が過重であったとは認められない。 (5) 判断指針に基づく心理的負荷の強度の判断上記(1)から(4)の事実関係を総合すれば,平成12年7月に韓国案件を担当するようになった後の亡P1の心理的負荷は非常に大きなものであったと認められるが,これについて, 負荷の強度の判断上記(1)から(4)の事実関係を総合すれば,平成12年7月に韓国案件を担当するようになった後の亡P1の心理的負荷は非常に大きなものであったと認められるが,これについて,以下において,判断指針(改正判断指針を含む。以下同じ)をふまえて,亡P1の心理的負荷の強度について検討する。 ア発症前6か月の出来事前記のとおり,韓国案件は,訴外会社が本件発注元の構成員から他社が受注していた案件の後継を打診されて交渉を行うことになった経緯に照らして,相当程度の受注の可能性が見込まれ,また,規模も450億円と大きなものであったから,訴外会社としても,これにより,発足以来 - 44 -受注がない輸送システムグループがようやく実績を上げることを期待していたと認められるから,このような韓国案件を,亡P1が輸送システムグループの担当者として,かつ,訴外会社の関係各部署のとりまとめ役として行うようになったことは,前記1(9)認定の専門部会意見のとおり,判断指針の定める出来事の類型「②仕事の失敗,過重な責任の発生等」のうちの,「新規事業の担当になった,会社の建て直しの担当になった」に該当するものと認められる。 イ心理的負荷の強度の修正そして,その平均的心理負荷の強度は,判断指針によれば「Ⅱ」と評価されるが,前記のとおり,本件においては,訴外会社から嘱望されて再入社し,厚遇を受けている以上,それに見合う実績を上げることを自他ともに期待されている亡P1が,自ら発足以来グループ長の地位にある輸送システムグループにおいて,様々な案件について業務を行っても,いずれも受注に結びつかず,いわばすべて徒労に終わっている中で,ようやく受注確度の高い案件につき業務を行うという状況 プ長の地位にある輸送システムグループにおいて,様々な案件について業務を行っても,いずれも受注に結びつかず,いわばすべて徒労に終わっている中で,ようやく受注確度の高い案件につき業務を行うという状況になったのであるから,失敗が許されないというだけでなく,失敗すれば,訴外会社における自らの存在価値も問われかねないことが予想され,他方で,当該業務の内容は,亡P1が過去に訴外会社で経験してきた製鉄関連業務とは全く異なり,ギャップを生じていたこと等からすれば,亡P1の負担していた業務量そのものが恒常的な長時間労働をするようなものでなかったとしても,上記の事情は,平均的な労働者にとって,同様の立場に置かれた場合には,心理的負荷の強度の修正要素となるというべきである。 したがって,上記の事情にかんがみれば,亡P1の立場に置かれた平均的な労働者を基準とするとき,平成12年7月に亡P1が韓国案件を担当するようになったことの心理的負荷の強度としては「Ⅲ」に修正され - 45 -るものと評価できる。 ウ出来事後の状況が持続した程度そして,亡P1が韓国案件を担当するようになった後の状況についてみると,前記のとおり,韓国案件の受注活動が進行していても,輸送システムグループに受注実績がないという状況に変わりはなく,他の案件についても引き続き受注交渉を続けていく必要があり,亡P1はグループ長として,全案件を把握する必要があること,また,受注がない状況が継続していることは,判断指針にいう「自分の関係する仕事で多額の損害を出した」場合には該当しないものの,経費の持ち出しなどを消極的損害と評価すれば,損害を出したことと同等の出来事に該当するといえること,さらに,輸送システムグループが平成10年から12年までの受 害を出した」場合には該当しないものの,経費の持ち出しなどを消極的損害と評価すれば,損害を出したことと同等の出来事に該当するといえること,さらに,輸送システムグループが平成10年から12年までの受注目標を全く達成できておらず,その受注目標自体は,訴外会社からノルマとして与えられたものとまでは認められないものの,これは,判断指針における「ノルマが達成できなかった」出来事に類似するものであること等の事実関係を総合すれば,亡P1の発症前6か月の労働時間は恒常的な長時間労働には該当しないとしても,亡P1の業務負担は,相当程度過重であったものと認められるから,亡P1の業務による心理的負荷は「強」であったものというべきである。 エ発症後の心理的負荷加えて,争点2についての判断のとおり,亡P1がうつ病を発症した後の心理的負荷についてもこれを考慮することが相当であると解されるから,判断指針について,この点を修正して検討すると,亡P1がうつ病を発症した後には,①平成14年2月初めころから,韓国案件について,問題が生じてきたこと,②同年3月下旬ころまでには,撤退が決まり,受注を期待して労力を傾注してきた韓国案件が,結局,破談となり,輸送システムグループとしては,発足以来4年以上受注がないことが確 - 46 -定したこと,③それにもかかわらず,新たに入札保証金の没収問題が生じたこと,さらに,④訴外会社内部においては,経営会議において,輸送システムグループの状況に対し,「金食い虫」等といった非常に厳しい指摘がされたこと(なお,この指摘が亡P1個人に対する非難を含まないとしても,亡P1が輸送システムグループのグループ長であった以上,亡P1に強い心理的負荷を与えたことは明らかである。)等の事実により,亡P1は,相当程 お,この指摘が亡P1個人に対する非難を含まないとしても,亡P1が輸送システムグループのグループ長であった以上,亡P1に強い心理的負荷を与えたことは明らかである。)等の事実により,亡P1は,相当程度の心理的負荷を受けていたものと認められる。 そうすると,これらの亡P1のうつ病発症後の事実関係は,亡P1がすでに罹患していたうつ病を悪化させる可能性があったとはいえ,逆に軽減させるものではなかったということができる。 5 業務以外の心理的負荷や個体側要因の検討前記認定のとおり,亡P1には業務以外にうつ病等の精神障害が発症する原因となるべき心理的負荷要因や精神障害の既往症も認められず,うつ病の発症につながる個体側要因は存在しない。 これに対し,専門部会意見は,亡P1の性格傾向が几帳面,生真面目で責任感が強くがん固なところがあり,このような几帳面,生真面目な傾向は,心理的負荷に対する脆弱性を示しやすい性格であるといえるとした上,「ストレス-脆弱性理論」によると,個体側のストレス脆弱性が顕著な場合,心理的負荷が中等度以下の強度であっても,何らかの精神障害を発病しうるということがいえるから,このことは,亡P1の精神障害の発病に関して充分に考慮すべき点であるといえると判断している。 しかし,上記のような亡P1の性格傾向は,通常の性格の現れとしての範疇にとどまり,書類の整理やファイリングを自分で行い,自分で仕事を抱え込んでしまいがちであることをもって,亡P1のストレス脆弱性が顕著であるといえないことは明らかであり,他に,本件記録上,亡P1のうつ病発症 - 47 -につながる個体側要因を認めることはできない。 6 まとめ以上認定したとおり,亡P1が従事した業務は,平均的労働者を基準として, 1のうつ病発症 - 47 -につながる個体側要因を認めることはできない。 6 まとめ以上認定したとおり,亡P1が従事した業務は,平均的労働者を基準として,社会通念上,精神障害を発症させる強度の心理的負荷を生じさせる過重なものであったといえ,判断指針によっても,亡P1のうつ病発症前の業務の心理的負荷の総合評価は「強」であり,他方,亡P1には,うつ病の発症につながる業務以外の心理的負荷や個体側要因もないのであるから,亡P1のうつ病発症は同人の業務に起因するものであると認めることができる。 そして,亡P1の自殺は,平成12年12月13日のうつ病発症から1年5か月が経過した時点で発生しているが,本件において,うつ病による希死念慮の他に亡P1が自殺をするような要因・動機を認めるに足りる証拠はないから,亡P1の自殺についても,同人が従事した業務に内在する危険が現実化したものと評価するのが相当である。 第6 結論 結論 結論 結論 以上によれば,亡P1の自殺は,亡P1が従事した業務に起因するものというべきであるから,これを業務上の事由によるものとは認められないとして原告に遺族補償給付を支給しないとした本件処分は違法であって,取り消されるべきである。 よって,主文のとおり判決する。 神戸地方裁判所第6民事部 裁判長裁判官矢尾和子 裁判官金子隆雄 - 48 - 裁判官織川逸平 裁判官織川逸平

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