令和4(ネ)1261 琉球民族遺骨返還等請求控訴事件

裁判年月日・裁判所
令和5年9月22日 大阪高等裁判所 棄却
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判決文本文24,237 文字)

- 1 - 令和4年(ネ)第1261号琉球民族遺骨返還等請求控訴事件令和5年9月22日大阪高等裁判所第6民事部判決 主文 1 本件各控訴をいずれも棄却する。 2 控訴人A及び控訴人Bの当審における追加請求をいずれも棄却する。 3 当審における訴訟費用は全て控訴人らの負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人は、控訴人らに対し、原判決別紙2遺骨目録記載の各遺骨を引き渡せ。 3 被控訴人は、控訴人A、控訴人B、控訴人C及び控訴人Eに対し、それぞれ10万円及びこれに対する平成31年1月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 4 上記3項につき仮執行宣言第2 事案の概要等 1 事案の概要本件は、沖縄地方の先住民族である琉球民族に属する控訴人らが、昭和初期に京都帝国大学(当時)の研究者が沖縄県今帰仁村運天に所在する第一尚氏の 王族等を祀る墳墓(以下「百按司墓」という。)から遺骨を持ち去り、京都帝国大学を承継した被控訴人がその遺骨の一部である原判決別紙2遺骨目録記載の各遺骨(以下、併せて「本件遺骨」という。)を現在まで占有保管していることについて、次の各請求をしている事案である。 ⑴ 本件遺骨の引渡請求(第1の2) ア控訴人らが琉球民族の風習に則って祭祀を行うためには本件遺骨が必要- 2 - 不可欠であるから、琉球民族に属する控訴人らは、憲法20条、13条及び国際人権法の定めにより本件遺骨の返還請求権を有する。 イ控訴人A及び同Bは第一尚氏の王族又は士官の直系の子孫であり、その余の控訴人らを含む控訴人らはいずれも琉球民族に属し、百按司墓に祀られている者に対して畏敬・追慕の念を抱く者(以下「 有する。 イ控訴人A及び同Bは第一尚氏の王族又は士官の直系の子孫であり、その余の控訴人らを含む控訴人らはいずれも琉球民族に属し、百按司墓に祀られている者に対して畏敬・追慕の念を抱く者(以下「追慕者」ともいう。) であるから、いずれも「祖先の祭祀を主宰すべき者」(民法897条1項)に当たり、本件遺骨の所有権を有する。 ⑵ 不法行為に基づく損害賠償請求等(第1の3)ア被控訴人が、本件遺骨が盗掘されたものであることを知りながら本件遺骨を返還しないことは、控訴人らが有する本件遺骨の返還請求権(上 記⑴ア及びイ)を侵害し、また、祖先の回顧及び祭祀に関する控訴人らの自己決定権を侵害する違法行為である。 イ被控訴人が、研究者である控訴人Cからの本件遺骨の実見の申出に誠実に対応しなかったことは、控訴人Cの琉球民族としてのアイデンティティ及び研究者としての利益を侵害し、他の控訴人らを侮辱する違法行為であ る。 ウよって、控訴人らは、被控訴人に対し、不法行為に基づく損害賠償として、各控訴人につき慰謝料10万円及び各金員に対する平成31年1月16日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求 める。 原審が、控訴人らの請求をいずれも棄却する旨の判決を言い渡したところ、控訴人らがこれを不服として控訴を提起した。また、控訴人A及び控訴人Bは、当審において、本件遺骨の引渡しを求める根拠として、被控訴人との間の寄託契約類似の無名契約に基づく返還請求権を選択的に追加した。 2 前提事実(争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に- 3 - 認められる事実)⑴ 当事者等ア控訴人Aは、第一 基づく返還請求権を選択的に追加した。 2 前提事実(争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に- 3 - 認められる事実)⑴ 当事者等ア控訴人Aは、第一尚氏の王族であった屋比久大屋子の直系の子孫である(甲68〔以下、枝番のある書証については、特に断らない限り、枝番を含む〕~74)。 控訴人Bは、第一尚氏の士官であった伊平屋大里の直系の子孫である(甲56~59)。 控訴人E及び控訴人Cは、いずれも、自らが琉球民族に属すると主張する者である。なお、控訴人Cは、龍谷大学経済学部に所属し、琉球列島及び太平洋諸島を対象とする島しょ経済研究並びに国連における先住民族の 権利回復運動を研究している(控訴人C)。 イ被控訴人は、京都大学(本件遺骨が持ち去られた昭和4年ないし8年当時の名称は京都帝国大学)を設置運営する国立大学法人であり、その敷地内にある京都大学総合博物館(以下「被控訴人博物館」という。)において本件遺骨を占有保管している。 ⑵ 百按司墓ア百按司墓は、沖縄県国頭郡今帰仁村字運天運天原a 番の国定公園内に所在する墳墓であり、今帰仁村の有形文化財に指定されている。百按司墓には、北山国が同所を支配していた時代(14世紀半ば~1420年代まで。 以下「北山時代」という。)から第一尚氏の王朝が支配していた時代(1 420年代~1469年まで。以下「第一尚氏時代」という。)にかけての、王族を含む支配層の貴族及び有力者並びにその一族の遺骨が納められているとされている。(甲14、18~21)イ百按司墓は、5基の墓(第1号墓所~第5号墓所)で構成され、各墓所は、崖の中腹の岩陰を掘り込むなどして、半月状の石組みが設えられた形 態となっている。各墓所内には木棺や厨子 18~21)イ百按司墓は、5基の墓(第1号墓所~第5号墓所)で構成され、各墓所は、崖の中腹の岩陰を掘り込むなどして、半月状の石組みが設えられた形 態となっている。各墓所内には木棺や厨子甕が配置され、墓内の空間は外- 4 - 部に露出している。(甲14、83)⑶ 沖縄地方にみられる伝統的な葬送文化(甲17、50、64、65)ア沖縄地方においては、伝統的に、一定の範囲の親族が血縁による共同体(村落)を形成しており、共同体の構成員が死亡すると、その霊魂が共同体の守護神である「祖霊神」になり、共同体全体を守護する存在となると する祖霊神信仰が行われている。祖霊神は、祖先の遺骨に宿ると考えられていることから、遺骨自体も「骨神」として信仰の対象とされているが、祖霊神は家単位ではなく、共同体全体の守護神となることから、遺骨の個別性は問題とならず、当該共同体に生存中の子孫らにとって、当該共同体の祖先らの遺骨は全体として拝みの対象となるとされる。(甲17、50、 64、65)イ沖縄地方においては、家単位ではなく、門中(父系血縁者による親族集団。通常は数十~百数十世帯で構成される。)ごとに墓を作り、祭祀を行う風習がみられる。この場合、墓は、自然の洞窟や岩陰など空間や庇のある場所を利用して、又は崖に穴を掘り込んで空間を作り出して作られる。 遺体は、軟部組織が残ったまま、上記のような外部に露出した環境の墓に安置され、年月をかけて風葬により骨化し、その後、子孫により海水等で洗われた後(洗骨)、地中に埋葬されることなく、墓内に、祖先の遺骨とともに安置される。(崖葬墓文化。甲17、30)ウまた、門中ごとに、一定の期間に1回(毎年又は3、5、7、9年ごと など、巡拝地までの距離によって間隔は異なる)、祖先 墓内に、祖先の遺骨とともに安置される。(崖葬墓文化。甲17、30)ウまた、門中ごとに、一定の期間に1回(毎年又は3、5、7、9年ごと など、巡拝地までの距離によって間隔は異なる)、祖先に関係する城跡、墓、泉、御嶽等の聖地を巡拝する行事が行われている。中でも、「今帰仁上り」は多くの門中によって行われる巡拝行事であるところ、百按司墓は、今帰仁上りの主要な巡礼地の一つである。(甲31~33、54)⑷ 京都帝国大学(当時)所属の研究者による沖縄地方における人骨収集につ いて- 5 - ア Gによる人骨収集(甲41、55)京都帝国大学医学部(当時は医科大学。以下同じ)に所属する研究者であったGは、昭和4年1月8日から同月12日にかけて、百按司墓から人骨を収集した(甲41)。 Gは、収集した人骨を京都帝国大学に持ち帰った後、昭和9~11年 頃、当時の台北帝国大学(現在の国立台湾大学)に転任するに際し、その全部又は一部(少なくとも頭蓋骨33体分)を同大学に持ち出した(甲41〔268頁〕、55〔11頁、13頁〕)。 Gが台北帝国大学に持ち出した人骨のうち一部(頭蓋骨33体分)は、平成31年3月、国立台湾大学、同医学院、沖縄県教育委員会及び今帰 仁村教育委員会の協議に基づき、沖縄県立埋蔵文化財センター収蔵庫へと移管された(甲55、109、控訴人C)。 Gが人骨収集を終えた後の昭和4年1月26日の琉球新報に、「京大人類學科の一角に骸骨の琉球人部落出現~一行五十名ぞろぞろ連れ立つて學会への奉仕」と題する記事(以下「本件記事」という。)が掲載さ れた(甲89)。本件記事は、Gが同月、沖縄各地で収集した人骨(五十体の全身骨)が京都帝国大学の人類学教室に持ち帰られた後、組み立てられ、一列縦隊に並べられ 下「本件記事」という。)が掲載さ れた(甲89)。本件記事は、Gが同月、沖縄各地で収集した人骨(五十体の全身骨)が京都帝国大学の人類学教室に持ち帰られた後、組み立てられ、一列縦隊に並べられて研究材料として活用される予定であることを述べたものであり、「この骸骨のうちには市町村長の諒解を得て無縁塚から救ひ上げられた無縁佛も居り、引取人があれば、何時でも京都 から「御りばす」様な仕掛になつてゐる。」との記載があった。 イ Hによる人骨収集京都帝国大学医学部に所属する研究者であったHは、昭和8年12月25日頃から同月28日頃にかけて、沖縄本島の国頭、中頭、島尻等において、本件遺骨のうち一部(原判決別紙2遺骨目録記載2ないし19)を含 む約70体の人骨を収集した(甲42、55)。 - 6 - ⑸ 本件遺骨の保管態様ア被控訴人は、本件遺骨を被控訴人が設置する被控訴人博物館収蔵室内において保管しており、一般には公開していない。同収蔵室内は、温度及び湿度が一定に保たれ、虫害を予防するための措置がとられ、セキュリティシステムを利用して常に施錠されている。(乙9、弁論の全趣旨) イ本件遺骨は、原判決別紙2遺骨目録記載の番号ごとに、プラスチック製の直方体の箱に入れられ、被控訴人博物館の収蔵室内に設置されたレール式移動棚において保管されている。各箱にはラベルが貼付されており、同ラベルには原判決別紙2遺骨目録記載の標本番号、発見地名等が記載されている。また、個別には遺骨自体に標本番号が記載されているものもある。 (乙9、14、23)ウ被控訴人において収蔵する人骨のうち、標本番号1号から750号については、目録が現存し、当該人骨の収集場所や収集時の状況等が記録されている(甲43)が、標本番号751号以 (乙9、14、23)ウ被控訴人において収蔵する人骨のうち、標本番号1号から750号については、目録が現存し、当該人骨の収集場所や収集時の状況等が記録されている(甲43)が、標本番号751号以降の目録は見つかっていない。 また、本件遺骨のうち原判決別紙2遺骨目録記載の2ないし19(標本番 号1042~1058)に対応する目録は見つかっていない。 ⑹ 控訴人Cによる本件遺骨の利用申請等ア控訴人Cは、平成29年5月8日、被控訴人博物館に対し、本件遺骨について標本利用申請をしたところ(以下、この申請を「本件利用申請」という。)、被控訴人は、同月12日付で、本件利用申請について不許可と した(甲2、乙5)。 イ控訴人Cは、同月18日、被控訴人博物館に対し、本件遺骨の保管状況等についての質問事項を記載した電子メールを送信したところ、被控訴人は、全ての館蔵資料について、収蔵状況等の個別の問合せには応じていない旨を電子メールで回答した(甲3)。 ウ控訴人Cは、同年8月23日、被控訴人に対し、本件遺骨の返還を求め- 7 - ること等を記載した「琉球人遺骨返還に係る公開質問・要望書」(甲4)を送付するとともに、開示対象文書を「京大人骨番号表のそれぞれの内容にかかわる文書」として法人文書開示請求をしたところ、被控訴人は、人骨標本番号ごとに記録された文書762枚(備考欄に記録された個人識別情報を除く)を開示した。(甲5) エ控訴人Cは、同年12月9日、京都大学大学院理学研究科自然人類学研究室に対し、本件遺骨に係る骨格閲覧申請をしたが、同研究室は、対象標本は管理資料に存在しない旨を回答した(甲7、弁論の全趣旨)。 オ当時被控訴人の学長であったFは、令和元年8月6日、京都大学の職員組合委員長との懇談において 格閲覧申請をしたが、同研究室は、対象標本は管理資料に存在しない旨を回答した(甲7、弁論の全趣旨)。 オ当時被控訴人の学長であったFは、令和元年8月6日、京都大学の職員組合委員長との懇談において、控訴人Cを指して、「この件を訴えている 方は問題のある人と承知している」と述べた(甲77)。 国際人権法の定め等ア日本国は、昭和54年に市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「自由権規約」という。)を批准しており、自由権規約は国内的効力を有する。 自由権規約27条は、「種族的、宗教的又は言語的少数民族が存在する国において、当該少数民族に属する者は、その集団の他の構成員とともに自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰しかつ実践し又は自己の言語を使用する権利を否定されない。」と規定する。 イ先住民族の権利に関する国際連合宣言 第61期国際連合総会(2007年9月13日開催)において、先住民族の権利に関する国際連合宣言が採択され、日本国も賛成票を投じた。 同宣言の12条は、1項で「先住民族は、その精神的及び宗教的な伝統、慣習及び儀式を表現し、実践し、発展させ、及び教育する権利、その宗教的及び文化的な場所を維持し、保護し及び干渉を受けることなく立ち入る 権利、儀式用具の使用及び管理の権利並びにその遺体及び遺骨の返還に対- 8 - する権利を有する。」とし、2項で「国は、関係する先住民族と協力して設けた公平で透明かつ効果的な措置によって、国が保有する儀式用具並びにその遺体及び遺骨へのアクセス並びに/又は返還を可能にするよう努めなければならない。」と定めている。(甲36の1、2) 3 争点 ⑴ 本件遺骨の返還請求に関する争点ア国際人権法又は憲法に基づく本件遺骨の返還請求権の有無(争点1) を可能にするよう努めなければならない。」と定めている。(甲36の1、2) 3 争点 ⑴ 本件遺骨の返還請求に関する争点ア国際人権法又は憲法に基づく本件遺骨の返還請求権の有無(争点1)イ所有権に基づく本件遺骨の返還請求権の有無(争点2)ウ寄託契約類似の無名契約に基づく返還請求権の有無(争点3)エ被控訴人が本件遺骨に係る占有権原を有するか(争点4) ⑵ 不法行為に基づく損害賠償請求に関する争点ア被控訴人による不法行為の成否(争点5)被控訴人が本件遺骨を占有保管していることの違法性の有無(争点5ア)控訴人Cに対する被控訴人の対応の違法性の有無(争点5イ) イ控訴人らに生じた損害の有無及び額(争点6) 4 争点に関する当事者の主張⑴ 争点1(国際人権法又は憲法に基づく本件遺骨の返還請求権の有無)(控訴人らの主張)ア琉球民族にとっては、遺骨そのものが礼拝、祭祀の対象であるから、遺 骨が奪われ、本来あるべき場所になく、その返還が拒否されているという状態は、琉球民族である控訴人らの民族的、宗教的自己決定権を侵害するものである。したがって、控訴人らは、憲法13条及び20条に基づき、本件遺骨について、埋葬管理及び再風葬するために返還を受ける権利を有する。 イ自由権規約27条は、「種族的、宗教的又は言語的少数民族が存在する- 9 - 国において、当該少数民族に属する者は、その集団の他の構成員とともに自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰しかつ実践し又は自己の言語を使用する権利を否定されない。」と規定するところ、自由権規約は1条で人民の自決権を定め、2条で権利の受益者を個人とし、18条で思想、良心及び宗教の自由を定めていること、人種差別撤廃条約が植民地主義とこれ する権利を否定されない。」と規定するところ、自由権規約は1条で人民の自決権を定め、2条で権利の受益者を個人とし、18条で思想、良心及び宗教の自由を定めていること、人種差別撤廃条約が植民地主義とこれ に伴う差別の慣行を是正するため先住民族共同体の文化的伝統や慣習を実践する権利を確保することを求めていることからすると、自由権規約27条は琉球民族のアイデンティティの核心に関わる遺骨の返還請求の事案について直接適用されるべきであり、同条の権利は、それを侵害された個人が直接提訴することができる具体的な請求権である。仮に直接適用がされ ないとしても、自由権規約が求める普遍的価値を憲法や民法の解釈に取り込むべきである。 また、先住民族の権利に関する国連宣言12条には、「先住民族は、その精神的及び宗教的な伝統、慣習及び儀式を表現し、実践し、発展させ、教える権利、その宗教的及び文化的な場所を維持し、保護し干渉を受ける ことなく立ち入る権利、儀礼用具の使用と管理の権利並びにその遺体及び遺骨の返還に対する権利を有する。」「国は、関係する先住民族と協力して設けた公平で透明かつ効果的な措置によって、国が保有する儀式用具、その遺体及び遺骨へのアクセス並びに/又は返還を可能にするよう努めなければならない」と記載されている。 控訴人らは、国際人権法上の先住民族としての琉球民族であるから、上記少数民族の文化享有権に基づき、琉球において脈々と行われてきた崖葬墓文化及び百按司墓への巡礼という文化を共有するため、本件遺骨について、埋葬管理及び再風葬するために返還を受ける権利を有する。 (被控訴人の主張) 争う。 - 10 - 控訴人らの掲げる憲法及び国際人権法の各規定は、具体的な本件遺骨の返還請求権を基礎づけるものではない。 ために返還を受ける権利を有する。 (被控訴人の主張) 争う。 - 10 - 控訴人らの掲げる憲法及び国際人権法の各規定は、具体的な本件遺骨の返還請求権を基礎づけるものではない。 ⑵ 争点2(所有権に基づく本件遺骨の返還請求権の有無)(控訴人らの主張)ア本件遺骨の所有権の帰属は、慣習並びに祖先らに対する畏敬・追慕の念 及び祭祀の状況に基づいて判断されるべきであるところ、「慣習」(民法897条)の解釈は、先住民族・少数民族の文化伝統を持続する権利等を定めた国際人権法の定めに照らして行われるべきである。 イ琉球においては、琉球民族固有の死生観が存在し、祖先全体の神としての祖霊神を信仰している。祖霊神は、遺骨に宿ると考えられており、遺骨 それ自体が「骨神」として拝みの対象となる。そして、祖先の魂は共同体全体を守護する神となるから、共同体の子孫らにとって、遺骨の個別性は問題とならず、当該共同体の祖先らは、全員が拝みの対象である祖霊神なのである。このような信仰に基づき、琉球の人々は、近しい祖先やいわゆる「家」の墓だけではなく、数百年も前の祖先らが一緒に眠る墓所(集合 墓)をそれぞれが拝み続けるという慣習を有する。 百按司墓に埋葬されている遺骨は、北山時代及び第一尚氏時代の貴族等のものであるところ、百按司墓は、琉球民族の人々によって行われる巡礼行事(今帰仁上り)の主要な巡礼地となっており、人々によって定期的に継続して参拝されている。 このような琉球の慣習からすれば、百按司墓について「祖先の祭祀を主宰すべき者」(民法897条1項)は、特定の戸主等の個人ではなく、広く百按司墓内に祀られている北山時代及び第一尚氏時代の貴族及びその一族の末裔ら全員となり、その他、琉球民族という少数の先住民族に属する すべき者」(民法897条1項)は、特定の戸主等の個人ではなく、広く百按司墓内に祀られている北山時代及び第一尚氏時代の貴族及びその一族の末裔ら全員となり、その他、琉球民族という少数の先住民族に属する者、祖先らに対する畏敬・追慕の念をもって祭祀を行う者はいずれも「祖 先の祭祀を主宰すべき者」に当たる。 - 11 - ウ控訴人Bは、平成12年頃から、定期的に百按司墓を訪れて祭祀を行っており、控訴人Aは、平成30年以降、複数回にわたって百按司墓を訪れて祭祀を行っている。また、控訴人Bが所属する門中(親族集団)である翁姓門中会も、定期的に今帰仁上りを実施して百按司墓を訪れているほか、控訴人C及び控訴人Eも、平成30年以降、複数回百按司墓を訪れて祭祀 を行っている。控訴人A及び控訴人Bは、自らが百按司墓の祭祀承継者であると考えており、他に祭祀承継者となることを希望する第一尚氏の子孫がいれば、共同して祭祀承継者となりたいと考えている。 エ控訴人らは、上記ウのとおり、全員が、琉球民族として、本件遺骨に対して並々ならぬ追慕の念を持って百按司墓の祭祀を支援してきたのである から、少数民族の権利を定めた国際人権法の各規定に照らして解釈される民法897条1項により、祖先の祭祀を主宰すべき者として、本件遺骨について、埋葬、管理、再風葬及び供養を目的とする所有権を承継し、有する。 仮に、控訴人ら全員が祭祀を主宰すべき者とはいえないとしても、控訴 人A及び控訴人Bは第一尚氏の子孫であり、現在も百按司墓の祭祀を行っているところ、これについて他の子孫からも異議が述べられたこともなく、百按司墓を文化財として管理する今帰仁村は祭祀を行う予定もないから、少なくとも、控訴人A及び控訴人Bは、祖先の祭祀を主宰すべき者として、本件遺骨につい いて他の子孫からも異議が述べられたこともなく、百按司墓を文化財として管理する今帰仁村は祭祀を行う予定もないから、少なくとも、控訴人A及び控訴人Bは、祖先の祭祀を主宰すべき者として、本件遺骨について、上記の意味での所有権を承継し、有する。 したがって、被控訴人は、控訴人らの本件遺骨の所有権に基づく返還請求に応じ、本件遺骨を百按司墓に再安置すべきである。 (被控訴人の主張)否認し、争う。 民法897条1項の文言及び共同相続による承継を回避することを企図し た立法の経緯からすれば、祭祀承継は単独承継が前提であり、特別の事情が- 12 - ある場合にのみ、2人以上の者が分割承継又は共同承継することができると解すべきである。百按司墓については、久しく祭祀承継者が途絶えていたし、控訴人らは、何度か百按司墓を訪れて祭祀を執り行っているというのみであって、中心となって祭祀を執り行っている者(主宰者)が誰であるかも明らかにせず、特定の者をして祭祀を主宰する者とする慣習があることについて の主張も立証もしない。 したがって、控訴人らは、いずれも百按司墓ないし本件遺骨について、祖先の祭祀を主宰すべき者には当たらず、本件遺骨の所有権を有しない。 争点3(寄託契約類似の無名契約に基づく返還請求権の有無)(控訴人A及び控訴人Bの主張) ア琉球新報による本件記事は、京都帝国大学医学部・解剖学第二講座を主宰し、収集した遺骨の返還について処分権限を有するL教授が述べたことを掲載したものであるところ、第一尚氏の子孫であり、祭祀を主宰するため本件遺骨を引き取る意向を示した控訴人A及び控訴人Bは、いずれも百按司墓にあった無縁佛の引取人である。京都帝国大学は、将来、遺骨の引 取人が現れることを停止条件として、百按司墓か 主宰するため本件遺骨を引き取る意向を示した控訴人A及び控訴人Bは、いずれも百按司墓にあった無縁佛の引取人である。京都帝国大学は、将来、遺骨の引 取人が現れることを停止条件として、百按司墓から収集された遺骨を直ちに返還することを約したのであるから、ここに寄託契約類似の無名契約が成立した。 イ控訴人A及び控訴人Bが原判決によって引取人と認定されたことにより、停止条件が成就したので、控訴人A及び控訴人Bは、上記無名契約に基づ いて本件遺骨の返還を求める。 (被控訴人の主張)否認し、争う。 本件記事は、誰が誰に対して、引取人があれば返還すると述べているのか、引取人が誰であるのかも明確ではなく、本件記事のみで本件遺骨の具体的な 返還請求権が発生することにはならない。 - 13 - 争点4(被控訴人が本件遺骨に係る占有権原を有するか)(被控訴人の主張)G及びHは、当時、必要と考えられる手続を経て、人骨を収集した。したがって、被控訴人が本件遺骨を占有することについて、正当な権原がある。 (控訴人らの主張) 争う。GやHが沖縄地方において遺骨を収集した経緯をみると、適法な収集とはいえず、被控訴人は本件遺骨に係る占有権原を有しない。 争点5(被控訴人による不法行為の成否)ア争点5ア(被控訴人が本件遺骨を占有保管していることの違法性の有無)(控訴人らの主張) 京都帝国大学医学部に所属していたG及びHは、その人類学研究の一環として、琉球の百按司墓について、遺骨の子孫、門中(親族集団)及び地域住民の了承を得ることなく盗掘したものであり、これは極めて悪質、違法な行為であるところ、被控訴人は、同盗掘行為によって得られた本件遺骨について、事情を知った上でその占有を承継し、現在に至る び地域住民の了承を得ることなく盗掘したものであり、これは極めて悪質、違法な行為であるところ、被控訴人は、同盗掘行為によって得られた本件遺骨について、事情を知った上でその占有を承継し、現在に至る まで占有保管している。被控訴人は、本件遺骨の返還を求められてもなお本件遺骨を百按司墓に返還せず、占有保管を継続していることに加え、本件遺骨の目録を紛失するなど、本件遺骨を極めて杜撰に管理している。 このように、被控訴人が本件遺骨を占有保管し、控訴人らに返還しないことは、故意により、控訴人らの琉球民族としての遺骨返還請求権を 侵害するものであり、違法である。 また、琉球民族である控訴人らにとって、遺骨は祖霊神の宿るものであり、それ自体が骨神である。骨神は、子孫全体にとっての守護神であり、拝みの場所である墓に遺骨が納められているということが極めて重要である。したがって、被控訴人が百按司墓から持ち出された本件遺骨 を占有し、墓に戻さず、杜撰に管理していることにより、控訴人らは遺- 14 - 骨のない墓を拝まざるを得ないという状況になっているのであるから、控訴人らの祖先の回顧・祭祀に関する自己決定権、すなわち死者である祖先を悼む権利が違法に侵害されている。 (被控訴人の主張)争う。 Gは、沖縄県庁、沖縄県立図書館、沖縄県警を訪れ、人骨の収集について協力を求め、了解を得ており、人骨の収集に当たっては地元の人の助力も得て行ったし、その収集に当たって苦情を受けたこともないから、Gの収集行為は違法ではない。Hも、Gと同様、関係機関の了承を得て人骨を採集したはずである。したがって、被控訴人が本件遺骨の占有を継続して いる行為も、違法ではなく不法行為を構成しない。 また、被控訴人は、被控訴人博物館収蔵室内において 係機関の了承を得て人骨を採集したはずである。したがって、被控訴人が本件遺骨の占有を継続して いる行為も、違法ではなく不法行為を構成しない。 また、被控訴人は、被控訴人博物館収蔵室内において、本件遺骨をプラスチック製の箱に収納し、レール式移動棚に置いて適切に管理しているから、その管理形態が控訴人らに対する不法行為を構成することもない。 イ争点5イ(控訴人Cに対する被控訴人の対応の違法性の有無) (控訴人らの主張)被控訴人は、控訴人Cがした本件利用申請を不許可とし、質問を無視した上、本件遺骨について、G個人のものであって法人である被控訴人とは無関係であると述べたり、虚偽の回答をしたりするなど、本件遺骨の実見の申出に対して誠実に向き合っていない。また、被控訴人学長(当時)は、 控訴人Cについて「問題のある人と承知している」等と述べた。被控訴人によるこれらの行為は、控訴人Cの研究者としての利益を侵害するのみならず、琉球民族である控訴人らに対する侮辱として不法行為を構成する。 (被控訴人の主張)争う。 被控訴人博物館が、資料の閲覧の可否を判断するに当たっては、研究目- 15 - 的及び資料の取り扱いの熟達度や研究実績等を考慮する。控訴人Cが提出した本件利用申請に係る申請書には、その考慮要素に照らし、閲覧を許可できるだけの十分な内容の記載がなかったため、許可しなかったにすぎない。被控訴人が、Gが持ち帰った遺骨等について被控訴人とは無関係であると述べたとか、骨格閲覧申請について存在しない旨の虚偽の回答をした とかの事実はない。 争点6(控訴人らに生じた損害の有無及び額)について(控訴人らの主張)被控訴人が百按司墓から持ち出された本件遺骨を占有していることにより、控訴人らは、祖霊神と た とかの事実はない。 争点6(控訴人らに生じた損害の有無及び額)について(控訴人らの主張)被控訴人が百按司墓から持ち出された本件遺骨を占有していることにより、控訴人らは、祖霊神としての本件遺骨を返還してもらえず、本件遺骨のない 墓を拝まざるを得ないという状況になっており、控訴人らには精神的苦痛が生じている。 また、被控訴人が控訴人Cに対してした違法な対応により、控訴人らは、本件遺骨を実見してその目前で供養することもできず、控訴人らの琉球民族としての尊厳が傷つけられ、精神的苦痛が生じた。 これら控訴人らの被った精神的苦痛を慰謝するための金額は、10万円を下らない。 (被控訴人の主張)争う。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実前提事実に証拠(後掲各証拠のほか、控訴人A及び控訴人C〔ただし、いずれも後記認定に反する部分を除く。〕)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。 ⑴ 京都帝国大学所属の研究者による沖縄地方における人骨収集について ア G及びHは、昭和4年ないし9年当時、いずれも京都帝国大学医学部- 16 - (当時は医科大学)に所属する研究者であり、両者は親交があった。 イ Gによる人骨収集の経緯(甲41、55)Gは、昭和3年12月31日、鹿児島に到着し、当時鹿児島県史跡調査委員嘱託であったIを訪ね、本件遺骨のうち原判決別紙2遺骨目録記載1の遺骨を見学した。同遺骨は、その後、当時京都帝国大学の教授で あったJに提供され、被控訴人が占有するに至った。(甲41〔189~191頁〕、55〔19頁〕)Gは、昭和4年1月5日、沖縄に到着し、同月6日、沖縄県立図書館を訪問し、当時の同館長と面会し、同月7日、沖縄県庁を訪問した。 Gは、同月8 甲41〔189~191頁〕、55〔19頁〕)Gは、昭和4年1月5日、沖縄に到着し、同月6日、沖縄県立図書館を訪問し、当時の同館長と面会し、同月7日、沖縄県庁を訪問した。 Gは、同月8日、沖縄県庁の自動車に乗り、県庁職員の案内で百按司 墓に立ち寄った。Gは、百按司墓に所在していた人骨のうち、できるだけ完全なものとして数個の頭蓋骨を持ち出した。(甲41〔236頁〕)Gは、同月9日、百按司墓における人骨収集に関して沖縄県警察部の許可を得た。 Gは、同月11日、名護小学校の校長であったK及び巡査1名ととも に、百按司墓に向かった。百按司墓に到着後、Gは、人骨(良質の頭蓋15個、頭蓋破片十数個、躯幹四肢骨多数)を収集した(甲41〔240~242頁〕)。 Gは、同月12日、駐在所の巡査及び雇った人夫とともに、百按司墓からできる限りの人骨を収集し、持ち帰った。(甲41〔242~24 5頁〕)Gは、上記で収集した人骨を京都帝国大学に持ち帰った後、昭和9~11年頃、台北帝国大学(当時。現在の国立台湾大学)に転任するに際し、その全部又は一部(少なくとも頭蓋骨33体分)を同大学に持ち出した(甲41〔268頁〕、55〔11頁、13頁〕)。 上記でGが台北帝国大学に持ち出した遺骨のうち一部(頭蓋骨33- 17 - 体分)は、平成31年3月、国立台湾大学、同医学院、沖縄県教育委員会及び今帰仁村教育委員会の協議に基づき、沖縄県立埋蔵文化財センター収蔵庫へと移管された(甲55、109、控訴人C)。移管前の平成29年頃は、移管後の遺骨の扱いにつき、施設での保管をすべきとする教育委員会と、慰霊祭を執り行った後、再埋葬をすべきとする研究者ら とで意見が分かれていた(甲12)。 ウ Hによる人骨の 平成29年頃は、移管後の遺骨の扱いにつき、施設での保管をすべきとする教育委員会と、慰霊祭を執り行った後、再埋葬をすべきとする研究者ら とで意見が分かれていた(甲12)。 ウ Hによる人骨の収集Hは、昭和8年12月25日頃から同月28日頃にかけて、沖縄本島の国頭、中頭、島尻等において、約70体の人骨を収集したが、この中には本件遺骨のうち一部(原判決別紙2遺骨目録記載2ないし19)が含まれ る(甲42、55)。 ⑵ 本件遺骨の保管について被控訴人は、本件遺骨を、前記前提事実記載の方法により、被控訴人博物館収蔵室内において保管しているところ、日本人類学会は、被控訴人に対し、本件遺骨を含む琉球人の人骨について、その学術調査を継続することを 要望する書面を提出している(弁論の全趣旨)。 ⑶ 百按司墓の現状等ア今帰仁村教育委員会は、平成13年から平成14年にかけて、百按司墓の調査を行った。その結果、同時点において、百按司墓の第1号墓所に42体の人骨が存在することが確認された。(甲14〔5頁、8頁〕) イ今帰仁村は、百按司墓が所在する土地を所有し、百按司墓を文化財として指定しているが、祭祀を行ったことはなく、今後もその予定はない(甲82、88)。 今帰仁村教育委員会は、被控訴人に対し、本件遺骨を含む今帰仁村運天人骨資料の返還について、協議の要請をしている(甲11)。 ウ控訴人Bは、平成12年頃、自らが第一尚氏の子孫であることを知り、- 18 - その頃から数回、百按司墓を訪れて墓所を拝んだ。控訴人Bは、平成29年頃、百按司墓から持ち出された本件遺骨を被控訴人が保管していることを知ったが、その後も複数回、百按司墓を訪れ、墓所を拝んでいる。(甲61、79)控訴人Aは、平成29年ない 控訴人Bは、平成29年頃、百按司墓から持ち出された本件遺骨を被控訴人が保管していることを知ったが、その後も複数回、百按司墓を訪れ、墓所を拝んでいる。(甲61、79)控訴人Aは、平成29年ないし平成30年ころ、百按司墓の存在を知り、 その後、百按司墓に自らの祖先が祀られていることを知った。控訴人Aは、同年9月14日、平成31年1月12日及び令和元年9月7日、百按司墓を訪れ、墓前に供物を措き、線香を立てて祈るなどし、墓所を拝み祭祀を行った(甲27~28)。控訴人Aは、その後も数回、百按司墓を訪れ、同様に墓所を拝むなどした。 控訴人C及び控訴人Eは、平成30年以降、複数回百按司墓を訪れ、同様に墓所を拝み祭祀を行った(甲27~28)。 2 本件遺骨の返還請求について⑴ 争点1(国際人権法又は憲法に基づく本件遺骨の返還請求権の有無)について ア控訴人らは、憲法13条、20条及び自由権規約27条を根拠として、少数民族の文化享有権に基づき、本件遺骨に係る返還請求権を有すると主張する。 この点、自由権規約について当事国である日本国が、直接適用(立法等の措置なしに個人の具体的な請求権の根拠とすることをいう。)を排除す る意思を示していないことからすると、自由権規約を本件に直接適用する可能性を当然に否定することはできない。 しかしながら、自由権規約27条は、宗教的少数民族に属する者が、自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰しかつ実践する権利を否定されないと定めるのみで、控訴人らが援用する自由権規約の諸規定や人種差別撤廃 条約等の国際人権法の趣旨・目的を考慮しても、個別具体的な遺骨につい- 19 - て、琉球民族に属するどの範囲の者に返還請求の主体となることを認めるかの基準を見出すことは困難というべき 条約等の国際人権法の趣旨・目的を考慮しても、個別具体的な遺骨につい- 19 - て、琉球民族に属するどの範囲の者に返還請求の主体となることを認めるかの基準を見出すことは困難というべきであり、その意味で自由権規約が琉球民族に属することを根拠として、本件遺骨について個人としての返還請求権という救済を認めていると解釈することはできない。 また、憲法13条及び20条の規定も、個人の尊重の原理に基づく幸福 追求権、信仰及び宗教的行為の自由を保障しているものの、その文言が抽象的なものであることからすると、それ自体から琉球民族に属する個人に信仰の対象とする遺骨の返還請求権を認める趣旨を読み取ることは困難というべきであるし、また、憲法の上記規定が自由権規約27条を具現化することにより、控訴人らに遺骨の返還を請求する権利ないし法的地位を直 接に付与していると解することもできない。その他、控訴人らの援用する国際人権法の規定も、控訴人ら個人に遺骨の返還請求に係る具体的な権利を直接付与するものとは解されない。 なお、本件遺骨の返還請求をする控訴人らの目的が、本来の場所である百按司墓に戻すという共同体としての宗教的な利用にすぎない(埋葬管 理・祭祀供養の範囲内での妨害排除にとどまる)としても、それは本件遺骨の返還請求をする動機という内心の事情にすぎないのであって、控訴人ら各人による本件遺骨の個別的な返還請求権を肯定すべき事情となるものではない。 イしたがって、控訴人らが、国際人権法又は憲法に基づき本件遺骨の返還 請求権を有するということはできない。 ⑵ 争点2(所有権に基づく本件遺骨の返還請求権の有無)についてア本件遺骨は、第一尚氏の支配層の貴族等の遺骨を納めた墳墓であるとされる百按司墓から持ち去られたものであ るということはできない。 ⑵ 争点2(所有権に基づく本件遺骨の返還請求権の有無)についてア本件遺骨は、第一尚氏の支配層の貴族等の遺骨を納めた墳墓であるとされる百按司墓から持ち去られたものであるところ、遺骨が墳墓から持ち出されたことにより祭祀財産である墳墓と独立して扱われるべきものである としても、祭祀財産に準じて、慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者に- 20 - 帰属すると解するのが相当である(民法897条1項、最高裁昭和63年(オ)第969号平成元年7月18日第三小法廷判決・家月41巻10号128頁参照)。 イ控訴人らは、百按司墓に祀られている者の子孫に限らず、畏敬・追慕の念を抱いて祭祀を行う者(追慕者)が「祖先の祭祀を主宰すべき者」とし て祭祀承継者となるなどと主張する。 しかしながら、個々の遺骨の帰属関係は、遺骨が祭祀の対象となるものであるという性質上、明確に定められるべきものであって、遺骨に関する権利は、埋葬管理・祭祀供養の範囲においてのみ認められるなどの制約を受けるとしても、その制約の範囲内では特定の個人が排他的にこれを行使 し得るものと解されることに照らすと、特定の複数人が共同で遺骨を承継する場合があり得ることは別として、不特定多数の追慕者ら全員(その範囲は常に変動しうる。)に遺骨が帰属し、追慕者であれば何人でも遺骨の返還請求権を行使することができるなどと解することはできず、控訴人らの上記主張は、採用できない。 控訴人らは、国際人権法の規定と適合するように本件遺骨の祭祀主宰者を定めるべきと主張するが、沖縄地方において、遺骨を骨神として拝みの対象とする風習が認められること(前提事実⑶)などを勘案しても、上記の判断は左右されない。また、本件遺骨の返還請求をする控訴人らの目的が、本 きと主張するが、沖縄地方において、遺骨を骨神として拝みの対象とする風習が認められること(前提事実⑶)などを勘案しても、上記の判断は左右されない。また、本件遺骨の返還請求をする控訴人らの目的が、本来の場所である百按司墓に戻すという共同体としての宗教的な利用 に限定されたものであるとしても、それは本件遺骨の返還請求をする動機という内心の事情にすぎず、本件遺骨の所有権が控訴人らに帰属すると認めるべき事情となるものではない。 ウ控訴人らは、また、第一尚氏の子孫である控訴人A及び控訴人Bが「祖先の祭祀を主宰すべき者」に当たるとも主張するところ、控訴人Bは平成 12年頃、控訴人Aは平成29年ないし平成30年頃、それぞれ百按司墓- 21 - に祖先が祀られていることを知り、それ以降、複数回、百按司墓を訪れて墓所を拝んだり祭祀を行ったことが認められる(前記1⑶ウ)。 他方で、百按司墓の祭祀に係る慣習についてみると、沖縄地方の伝統的な風習においては、家族墓ではなく、一定範囲の親族により墓が作られて祭祀が行われていること、共同体の子孫らにとって、祖先らは全体として 「祖霊神」として信仰の対象であること、百按司墓は、多数の門中により、今帰仁上りの中で参拝されており、聖地の一つとされていることが認められる。これらの事実に照らすと、控訴人A及び控訴人Bによる百按司墓への参拝等は、他の多数の子孫らないし門中と同等の立場で(ただし、控訴人A及び控訴人Bと比較した場合の具体的な祭祀の実施状況は不明であ る。)、共同墓において信仰の対象である「祖霊神」を拝むなどして祭祀を行う行為にすぎず、控訴人A及び控訴人Bが百按司墓を訪れて参拝・祭祀をしているからといって、同控訴人らが慣習に従って「祖先の祭祀を主宰すべき者」に当たると認めることは 「祖霊神」を拝むなどして祭祀を行う行為にすぎず、控訴人A及び控訴人Bが百按司墓を訪れて参拝・祭祀をしているからといって、同控訴人らが慣習に従って「祖先の祭祀を主宰すべき者」に当たると認めることはできない。 これに対し、控訴人らは、控訴人A及び控訴人Bが第一尚氏の子孫とし て百按司墓の祭祀を行うことについて他の子孫から異議が述べられたことはなく、利害関係人たり得る今帰仁村が祭祀を行う予定もないから、控訴人A及び控訴人Bが「祖先の祭祀を主宰すべき者」に当たると主張する。 しかし、百按司墓の参拝を行っている門中ないし子孫らは他にも多数存在すると考えられること(ただし、控訴人A及び控訴人Bと比較した場合の 具体的な祭祀の実施状況は不明である。)、今帰仁村教育委員会は、控訴人らとは異なる立場で、被控訴人に対し、本件遺骨を含む今帰仁村運天人骨資料の返還について協議の要請をしていること(前記1⑶イ)、台北帝国大学に持ち出された遺骨(頭蓋骨33体分)については、国立台湾大学、同医学院、沖縄県教育委員会及び今帰仁村教育委員会の協議に基づき、控 訴人らその他の子孫に返還されることなく沖縄県立埋蔵文化財センター収- 22 - 蔵庫に移管されていること(前記1⑴イ)などに照らすと、「祖先の祭祀を主宰すべき者」として控訴人A及び控訴人Bに本件遺骨を帰属させることが、百按司墓の存在する今帰仁村ないし共同体構成員の総意であると認めることも困難である。よって、控訴人らの上記主張は、採用できない。 そして、他に、控訴人A及び控訴人Bが慣習に従って祖先の祭祀を主宰 すべき者に当たることを認めるに足りる証拠はない。 エ以上によれば、百按司墓ないし本件遺骨に関し、控訴人らが慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者であるとは認めることはで 先の祭祀を主宰 すべき者に当たることを認めるに足りる証拠はない。 エ以上によれば、百按司墓ないし本件遺骨に関し、控訴人らが慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者であるとは認めることはできないから、本件遺骨が控訴人らに帰属するとの主張は、理由がない。 争点3(寄託契約類似の無名契約に基づく返還請求権の有無)について ア控訴人A及び控訴人Bは、琉球新報による本件記事が、京都帝国大学医学部・解剖学第二講座を主宰するL教授が述べたことを掲載したものであるところ、京都帝国大学は、将来、遺骨の引取人が現れることを停止条件として、百按司墓から収集された遺骨を直ちに返還することを約したと主張する。 イしかしながら、本件記事の内容がどのような取材に基づいて書かれたのかが不明である上、その趣旨も、京都帝国大学で研究資料とされるべく沖縄から持ち出された50体の全身の遺骨の中には、祭祀を主宰する者がいない無縁仏が含まれていることを面白おかしく紹介するものにすぎない(その意味で現代の感覚又は昭和4年当時でも沖縄県民の目線でみれば著 しく人権感覚の欠如した内容の記事である。)。上記のとおりの本件記事の掲載経緯や記事の趣旨・内容からすると、当時の京都帝国大学において、上記遺骨(無縁仏)について寄託契約類似の無名契約の申し込み(遺骨を預かり、引受人が現れることを停止条件とする返還義務を負う旨)の意思表示をしたと認めることはできない。 ウしたがって、その余の点について判断するまでもなく、控訴人A及び控- 23 - 訴人Bによる寄託契約類似の無名契約に基づく返還請求も理由がないというべきである。 小括以上の次第で、控訴人らによる本件遺骨の返還請求は、控訴人ら個々の請求権として構成する限り、いずれの法律 訴人Bによる寄託契約類似の無名契約に基づく返還請求も理由がないというべきである。 小括以上の次第で、控訴人らによる本件遺骨の返還請求は、控訴人ら個々の請求権として構成する限り、いずれの法律構成によってもこれを認容すること は困難である。したがって、控訴人らが本件遺骨の返還請求権を有すると認めることはできないから、控訴人らによる本件遺骨の引渡請求は、控訴人らの請求原因が認められた場合の抗弁に位置付けられる争点4(被控訴人が本件遺骨に係る占有権原を有するか)について判断するまでもなく、理由がない。 3 不法行為に基づく損害賠償請求について⑴ 争点5(被控訴人による不法行為の成否)についてア被控訴人が本件遺骨を占有保管していることについて本件遺骨の返還請求権が侵害されたとの主張について前記2に判示したとおり、控訴人らは、本件遺骨の返還請求権を有し ないから、本件遺骨の返還請求権が侵害されたことを理由とする不法行為の主張は、理由がない。 祖先を悼む権利が侵害されたとの主張についてa 控訴人A及び控訴人Bについて(a) 百按司墓からは、Gにより少なくとも33体分、Hにより少な くとも18体分(原判決別紙2遺骨目録記載2~19)の遺骨が持ち出され(前提事実⑷)、JがIから譲り受けた1体分(同目録記載1)も併せると、少なくとも52体の遺骨が現在墓の外に所在する状態であり、うち19体の遺骨(本件遺骨)を被控訴人が保管していること、他方、現在墓の中には42体分の遺骨が納められてい ること(甲14)が認められる。 - 24 - 百按司墓は、王族を含む支配層の貴族及び有力者並びにその一族の遺骨を納めた墳墓であるとされているところ、控訴人A及び控訴人Bは、第一尚氏の王族又は支配層 甲14)が認められる。 - 24 - 百按司墓は、王族を含む支配層の貴族及び有力者並びにその一族の遺骨を納めた墳墓であるとされているところ、控訴人A及び控訴人Bは、第一尚氏の王族又は支配層である有力者の子孫であり、祖先らの遺骨を信仰の対象とする沖縄地方の伝統的葬送文化を勘案すれば、控訴人A及び控訴人Bについて、祖先の遺骨を百按司墓内に 安置した状態で祀りたいという期待ないし利益は、宗教上の人格的利益として法的保護に値すると解する余地がある。 しかしながら、このような宗教上の人格的利益は、所有権や生命・身体等の排他的・支配的な絶対権とはその性質を異にし、その範囲を客観的に確定することができず、外延が不明確なものである から、社会生活における他の利益等との調整を図る必要があり、上記の人格的利益と衝突・抵触する行為が行われたとしても、これをもって直ちに不法行為法上違法な行為と評価することはできず、当該行為の態様、目的、利益侵害の程度等に照らして社会生活上許容される限度を超える場合にのみ、上記の人格的利益を違法に侵害す るものとして不法行為を構成すると解するべきである。 (b) そこで上記の観点から不法行為の成否を検討すると、控訴人A及び控訴人Bの上記人格的利益の侵害とされる被控訴人の行為は、約90年前に研究目的で収集した資料としての本件遺骨を百按司墓に戻さないという不作為と現在における保管という作為であるとこ ろ、収集当時の京都帝国大学の研究者らによる本件遺骨の収集が、刑事罰が科される違法な態様でされたことを認めるに足りる証拠はない(Gによる昭和4年1月8日の頭蓋骨の収集も、県庁職員を伴うものであった。昭和初期の沖縄が大日本帝国による植民地支配を受けていたと評価できるとしても、上記判断を左右しない。)。 るに足りる証拠はない(Gによる昭和4年1月8日の頭蓋骨の収集も、県庁職員を伴うものであった。昭和初期の沖縄が大日本帝国による植民地支配を受けていたと評価できるとしても、上記判断を左右しない。)。 また、現在における本件遺骨の保管態様は、温度及び湿度が一定- 25 - に保たれた被控訴人博物館の収蔵室内において、虫害を予防するための措置をとった上で、プラスチック製の直方体の箱に入れ、レール式移動棚に置くというものである(前提事実⑸ア、イ)。本件遺骨の一部には標本番号が直接記入されているものの、本件遺骨が研究目的で収集された学術資料であり、被控訴人による現在の保管も 研究目的でのものであることからすると、上記のような保管態様が不当なものであるとはいえない。確かに、本件遺骨を信仰や祈りを捧げる対象ととらえる控訴人A及び控訴人Bからすると、上記保管態様が死者を冒とくしたり、死者に対する畏敬追慕の念を甚だしく害するものとの受け止めをすることも理解できなくはないが、被控 訴人による行為のうち、現在の時点での評価の対象となるのが控訴人らにおいて私法上の返還請求権を有しない本件遺骨を保管していることであることからすると、上記のような保管態様をもって社会生活上許容される限度を超えたものと評価することはできない。なお、控訴人らは、本件遺骨の目録が紛失した可能性を指摘するが、 本件遺骨は、その標本番号や発見地名が記載されたラベルとともに管理されているから、仮に目録が紛失していたとしても、本件遺骨それ自体の管理が杜撰であるとはいえない。 他方、百按司墓には42体分の遺骨が現存しており、信仰の対象としての祖先の遺骨が墳墓内に存在しないという事態が生じている ものではない。 これらの諸事情を総合的に考慮すると、被控 えない。 他方、百按司墓には42体分の遺骨が現存しており、信仰の対象としての祖先の遺骨が墳墓内に存在しないという事態が生じている ものではない。 これらの諸事情を総合的に考慮すると、被控訴人が本件遺骨を百按司墓に返還することなく保管していることが、控訴人A及び控訴人Bの有する宗教上の人格的利益を違法に侵害するものとまではいえず、被控訴人の上記行為が控訴人A及び控訴人Bに対する関係で 不法行為を構成すると認めることはできない。 - 26 - b その余の控訴人らについて上記aに判示したところに照らせば、被控訴人が本件遺骨を百按司墓に返還することなく保管していることが、第一尚氏の子孫ではないその余の控訴人らに対する関係で、追慕者としての宗教上の人格的利益を違法に侵害するとはいえず、不法行為を構成すると認めることは できない。 イ控訴人Cに対する被控訴人の対応の違法性について控訴人Cが被控訴人博物館に提出した本件利用申請に係る申請書(甲81、乙5)には、控訴人Cは「日本人種論の観点から、琉球人遺骨の歴史社会的な位置づけ、遺骨の保存状態や保存方法(標本のどの部位が重視さ れているか等)に関する研究」を行ってきた旨の記載はあるものの、その実績を示す具体的な記載や資料の添付はなく、本件遺骨をどのように利用して研究を行うのか、また、標本の取扱いをどのように行うかといった点に関する具体的な記述もない。もともと、被控訴人において被控訴人博物館で保管する標本の利用申請の許否については広範な裁量を有すると解さ れるところ、控訴人Cによる上記のような申請理由に鑑み、被控訴人において、控訴人Cにつき本件遺骨を標本として利用する必要性、相当性が認められないと判断したことが上記裁量を逸脱・濫用した不当なものである るところ、控訴人Cによる上記のような申請理由に鑑み、被控訴人において、控訴人Cにつき本件遺骨を標本として利用する必要性、相当性が認められないと判断したことが上記裁量を逸脱・濫用した不当なものであるとはいえず、本件利用申請を許可しなかったことが、控訴人Cないしその余の控訴人らに対する関係で不法行為法上違法であると認めることはでき ない。 また、控訴人らの問合せに対する被控訴人の対応(前提事実⑹イ~エ)が、控訴人Cの研究者としての利益ないしその余の控訴人らの法益を違法に侵害するものとは認められないし、「この件を訴えている方は問題のある人と承知している」との被控訴人学長の発言(同オ)についても、職員 組合との懇談という場での抽象的な発言であることを考慮すると、これが- 27 - 社会通念上許容される限度を超えた控訴人らに対する侮辱行為であると認めることはできない。 ⑵ 小括したがって、控訴人らの不法行為に基づく損害賠償請求は、争点6(控訴人らに生じた損害の有無及び額)について判断するまでもなく、理由がない。 4 まとめ以上によれば、控訴人らの被控訴人に対する請求は、いずれも理由がない。 第4 結論以上の次第で、控訴人らの請求は理由がないから、これらをいずれも棄却すべきであるところ、当裁判所の上記判断と同旨の原判決は相当である。また、 控訴人A及び控訴人Bの当審における追加請求はいずれも理由がないのでこれを棄却すべきである。 なお、本件の事案にかんがみ、付言する。 「就中面白いものは、琉球人の全身骨五十人分が嚴重に、荷りされて京大の人類學教室に送られた事である。この骸骨の琉球人男女五十名は、各地から 極めて合法的に集められたものであり彼等は京大に到着と仝時に消毒の上、立派に組立てられ、 人分が嚴重に、荷りされて京大の人類學教室に送られた事である。この骸骨の琉球人男女五十名は、各地から 極めて合法的に集められたものであり彼等は京大に到着と仝時に消毒の上、立派に組立てられ、番號を附して一列縦隊に並べられ、學者連の相手をする事になつてゐる。……無縁塚のべんべん草の下に淡い夢を見てゐた骸骨にとつては、學会の爲に奉仕しつつ鄭重に取扱はれだけでも、冥加であらう。」──昭和4年(1929年)1月26日の琉球新報の記事である。それから94年を超え る歳月が経った。 遺骨を持ち出した京都帝国大学の研究者であったGは、警察等の許可を得ており、問題意識を有しないままに、遺骨を持ち出したと考えられる。それを報じる新聞も、研究の一貫として当然のことととらえている。Gは、昭和5年(1930年)、「琉球人の人類学的研究」によって医学博士号を取得してい る。Gは、それから四半世紀が経った昭和29年(1954年)に文部省から- 28 - 派遣された南島文化総合調査団の一員として、沖縄を再訪し、百按司墓等の土器石器類の調査をしている。この間、Gらの行為を問題視する者はいなかった。 ところが、現在では、先住民の遺骨返還運動が世界各地で起こっている。オーストラリアでは1988年までにビクトリア博物館に保管されていた遺骨の返還がされ、その後も、イギリスやドイツ、アメリカ合衆国等からの遺骨返還 が実現している。ドイツは2011年に旧植民地ナミビアに遺骨を返還している。アイヌ民族の遺骨は、2017年にドイツから、今年5月にはオーストラリアから我が国に返還されている。本件に関しても、Gが昭和9~11年頃に、台北帝国大学(現在の国立台湾大学)に転任する際に持ち出した遺骨のうち頭蓋骨33体分は、国立台湾大学、沖縄県教育委員会らの協議に アから我が国に返還されている。本件に関しても、Gが昭和9~11年頃に、台北帝国大学(現在の国立台湾大学)に転任する際に持ち出した遺骨のうち頭蓋骨33体分は、国立台湾大学、沖縄県教育委員会らの協議に基づき、平成3 1年に沖縄県立埋蔵文化財センター収蔵庫への移管がされている。遺骨の本来の地への返還は、現在世界の潮流になりつつあるといえる。 遺骨は語らない──。遺骨を持ち出しても、遺骨は何も語らない。しかし、遺骨は、単なるモノではない。遺骨は、ふるさとで静かに眠る権利があると信じる。持ち出された先住民の遺骨は、ふるさとに帰すべきである。日本人類学 会から提出された、将来にわたり保存継承され研究に供されることを要望する書面に重きを置くことが相当とは思われない。 本件遺骨の所有権に基づく引渡請求等が理由がないことは前記のとおりであり、訴訟における解決には限界がある。今後、本件遺骨を所持している京都大学、祖先の百按司墓に安置して祀りたいと願っている控訴人A及び控訴人Bの ほか、沖縄県教育委員会、今帰仁村教育委員会らで話合いを進め、沖縄県立埋蔵文化財センターへの移管を含め、適切な解決への道を探ることが望まれる。 まもなく百按司墓からの遺骨持出しから100年を迎える。今この時期に、関係者が話合い、解決へ向かうことを願っている。 「無縁塚のべんべん草の下に淡い夢を見ていた骸骨」(琉球新報)は、ふる さとの沖縄に帰ることを夢見ている──。 - 29 - よって、主文のとおり判決する。 大阪高等裁判所第6民事部 裁判官堀部亮一 裁判官和田健 裁判長裁判官大島眞一は退官のため署名押印することができない。 裁判官堀部亮一 堀部亮一 裁判官和田健 裁判長 裁判官大島眞一は退官のため署名押印することができない。 裁判官堀部亮一

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