目次主文 _____________________________________________________________________ 1事実及び理由 _____________________________________________________________ 1第1章請求 _____________________________________________________________ 1第2章事案の概要 _______________________________________________________ 2 第1 前提事実 .......................................................... 2 1 当事者等 ......................................................... 2⑴ 本件患者ら ⑵ 被告チッソ 2 水俣病の発生、原因究明及び対策の過程 ............................. 3 ⑴ 水俣工場におけるアセトアルデヒド廃水の排出 ⑵ 水俣病の公式確認 ⑶ 水俣病の原因究明への着手 ⑷ 食品衛生法上の取扱いに関する被告国県の対応 ⑸ 水俣病の原因についての公的言及 ⑹ 排出経路の変更 ⑺ 有機水銀への着目 ⑻ 水俣病患者の発生状況 ⑼ 被告チッソに対する指導 ⑽ アセトアルデヒドの製造停止 ⑾ 政府公式見解の発表 ⑿ 暫定的規制値の策定 3 水俣病被害者に対する救済 ................................ セトアルデヒドの製造停止 政府公式見解の発表 暫定的規制値の策定 3 水俣病被害者に対する救済 ⑴ 公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法 ⑵ 公害健康被害補償法 ⑶ 補償協定 ⑷ 行政的救済策の実施 ⑸ 政治解決による救済 ⑹ 水俣病関西訴訟 ⑺ 水俣病被害者の救済及び水俣病問題の解決に関する特別措置法 ⑻ 水俣病認定義務付け訴訟 4 本件各訴えの提起及び相続の発生 ⑴ 本件各訴えの提起 ⑵ 相続の発生 5 被告チッソの責任原因 6 被告国県の規制権限に関する法令の定め ⑴ 水質に関する法律の規制 ⑵ 旧食品衛生法 ⑶ 改正後の食品衛生法 ⑷ 熊本県漁業調整規則 7 人の感覚に関する基礎的知見 8 疫学に関する基礎的知見 ⑴ 疫学の意義及び主な研究デザイン ⑵ 曝露と疾病との関連性を示す指標 ⑶ バイアス 9 本件で問題となる主な疫学的研究の内容 ザイン ⑵ 曝露と疾病との関連性を示す指標 ⑶ バイアス 9 本件で問題となる主な疫学的研究の内容 .............................24⑴ 日本精神神経学会(甲C3) ⑵ 津田(甲B40) ⑶ 新有病率調査実行委員会による疫学調査 共通診断書 .......................................................26 第2 争点 .............................................................27 iii 第3 争点に対する当事者の主張 ......................................... 28 1 被告国県の責任原因(争点1)について ............................ 28(原告らの主張) ⑴ 水質二法に基づく被告国の規制権限の不行使 ⑵ 県漁業調整規則に基づく被告県の規制権限の不行使 ⑶ 旧食品衛生法4条に基づく被告国県の規制権限の不行使 ⑷ 旧食品衛生法27条に基づく被告国県による健康調査の不実施 ⑸ 現在に至る被告国県による健康調査の不実施 (被告国県の主張) ⑴ 水質二法に基づく被告国の規制権限の不行使 ⑵ 県漁業調整規則に基づく被告県の規制権限の不行使 ⑶ 旧食品衛生法4条に基づく被告国県の規制権限の不行使 ⑷ 旧食品衛生法27条に基づく被告国県による健康調査の不実施 ⑸ 現在に至る被告国県による健康調査の不実施 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴ 国県の規制権限の不行使 旧食品衛生法27条に基づく被告国県による健康調査の不実施 現在に至る被告国県による健康調査の不実施 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について (原告らの主張) 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害 疫学的研究 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害以外の症候 感覚障害のみを示す水俣病 発症閾値 遅発性水俣病 他原因との鑑別可能性 水俣病の診断基準 (被告国県の主張) 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害 疫学的研究 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害以外の症候 感覚障害のみを示す水俣病 発症閾値 遅発性水俣病 他原因との鑑別可能性 水俣病の診断基準 (被告チッソの主張) 共通診断書の信用性(争点2⑵)について (原告らの主張) 診察項目の合理性 診断バイアス 医師の適格性 個別の診察項目 (被告国県の主張) 診察項目の合理性 診断バイアス 医師の適格性 個別の診察項目 (被告チッソの主張) 曝露の判断基準(争点2⑶)について (原告らの主張) 個別の診察項目 (被告チッソの主張) 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について (原告らの主張) ⑴ 曝露の立証方法 ⑵ 暫定的規制値 ⑶ メチル水銀汚染の地理的範囲 ⑷ 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 ⑸ 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の摂食状況 ⑹ 昭和44年以降の汚染状況 (被告国県の主張) ⑴ 曝露の立証方法 ⑵ 暫定的規制値 ⑶ メチル水銀汚染の地理的範囲 ⑷ 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 ⑸ 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の摂食状況 ⑹ 昭和44年以降の汚染状況 (被告チッソの主張) 5 個別の本件患者についての罹患の有無(争点2⑷)について (原告らの主張) (被告国県の主張) (被告チッソの主張) 6 改正前民法724条後段所定の期間制限(争点3⑴)について (被告国県の主張) ⑴ 改正前民法724条後段所定の期間制限の法的性質 ⑵ 期間の起算点 ⑶ 改正前民法724条後段の適用制限 (被告チッソの主張) ⑴ 改正前民法724条後段所定の期間制限の法的性質 ⑵ 期間の起算点 (原告らの主張) ⑴ 改正前民法724条後段所定の期間制限の法的性質 ⑵ 期間の起算点 ⑶ 改正前民法724条後段の適用制限 間の起算点 (原告らの主張) ⑴ 改正前民法724条後段所定の期間制限の法的性質 ⑵ 期間の起算点 ⑶ 改正前民法724条後段の適用制限 vi 7 改正前民法724条前段所定の消滅時効(争点3⑵)について ........137(被告チッソの主張) ⑴ 症状認識時からの消滅時効期間の経過 ⑵ 平成7年政治解決からの消滅時効期間の経過 ⑶ 関西訴訟上告審判決からの消滅時効期間の経過 ⑷ 特措法に基づく救済措置受付終了時からの消滅時効期間の経過 ⑸ 時効の援用 (原告らの主張) 8 不起訴合意等(争点4)について ..................................139(被告チッソの主張) (原告らの主張) 9 本件患者らの損害(争点5)について ..............................140(原告らの主張) (被告国県の主張) (被告チッソの主張) 第3章当裁判所の判断 __________________________________________________ 141第1 被告国県の責任原因(争点1)について ............................141 1 水質二法に基づく被告国の規制権限の不行使 ........................141 2 県漁業調整規則に基づく被告県の規制権限の不行使 ..................143 3 旧食品衛生法4条に基づく被告国県の規制権限の不行使 ..............144 2 県漁業調整規則に基づく被告県の規制権限の不行使 ..................143 3 旧食品衛生法4条に基づく被告国県の規制権限の不行使 ..............144 4 旧食品衛生法27条に基づく被告国県による健康調査の不実施 ........146 5 現在に至る被告国県による健康調査の不実施 ........................148 6 まとめ ..........................................................148第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について ....................149 1 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害 ........................149 ⑴ 水俣病の典型的症候としての表在感覚障害 vii ⑵ 全身性感覚障害 ⑶ 表在感覚のみ又は痛覚や触覚のみの低下について 2 疫学的研究 ..................................................... 152⑴ 疫学的研究に基づく因果関係の立証の当否 ⑵ 四肢末梢優位の感覚障害に関する疫学的研究 ⑶ 全身性感覚障害に関する疫学的研究 ⑷ 新有病率調査 3 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害以外の症候 ............. 183⑴ 舌の二点識別覚異常 ⑵ 口周囲の感覚障害 ⑶ 求心性視野狭窄 ⑷ 運動失調 ⑸ 構音障害 ⑹ 難聴 4 感覚障害のみを示す水俣病 ...................... ⑶ 求心性視野狭窄 ⑷ 運動失調 ⑸ 構音障害 ⑹ 難聴 4 感覚障害のみを示す水俣病 ⑴ 病理学的知見 ⑵ 毒性学の観点 ⑶ 臨床医学的知見 5 発症閾値 ⑴ 継続的にメチル水銀を摂取した場合の体内蓄積 ⑵ 脳に対する生物学的半減期の適用可能性 ⑶ 発症閾値の存在 ⑷ 発症閾値の算定 6 遅発性水俣病 ⑴ 遅発性水俣病の報告例 ⑵ 遅発性水俣病の機序 ⑶ 遅発性水俣病を否定する科学的知見 ⑷ 発症時期の限界 7 他原因との鑑別可能性 ⑴ 一般的な他原因の可能性 ⑵ 糖尿病性ニューロパチー ⑶ 変形性脊椎症 ⑷ 非器質性疾患(症候の変動) 8 診断基準についてのまとめ 第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 1 診察項目の合理性 断書の信用性(争点2⑵)について ..........................260 1 診察項目の合理性 ................................................260 ⑴ 共通診断書の診察項目 ⑵ 濱田医師の意見について ⑶ 追加検査及び専門医の診察について 2 診断バイアス ....................................................264⑴ 医師のバイアス ⑵ 被検者のバイアス ⑶ 集団検診の目的に照らしたバイアス 3 医師の適格性 ....................................................267 4 個別の診察項目 ..................................................269⑴ 病歴の聴取 ⑵ 自覚症状の聴取 ⑶ 感覚検査 ⑷ 二点識別覚検査 ⑸ 運動失調検査 ⑹ 視野検査 ⑺ 聴力検査 ix ⑻ 反射検査 ⑼ 不随意運動(振戦)検査 ⑽ 筋力低下・筋萎縮検査 5 まとめ ......................................................... 285第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について .............................. 285 1 曝露の立証方法 ................................................. 285 1 曝露の立証方法 2 暫定的規制値 ⑴ 暫定的規制値の策定 ⑵ 暫定的規制値の妥当性 3 メチル水銀汚染の地理的範囲 ⑴ 距離減衰 ⑵ 人の毛髪水銀値 ⑶ 魚介類の水銀値及び浮死 ⑷ ネコの異状 ⑸ 認定患者の分布 ⑹ 一斉健康調査 4 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 ⑴ 不知火海の漁業の態様 ⑵ 流通経路 ⑶ 魚介類の摂食習慣 ⑷ 水俣湾周辺海域における漁獲規制及び水俣病に関する報道 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 ⑴ 姫戸町 ⑵ 倉岳町 ⑶ 新和町 ⑷ 宮野河内地区 ⑸ 長島町 ⑹ 阿久根市 ⑺ 山野線沿線 6 昭和44年以降の汚染状況 ⑴ 昭和44年以降の汚染魚対策等の経緯 ⑵ 人体の水銀値 ⑶ 魚介類の水銀値 ⑷ 底質の水銀値 ⑸ ネコの症例 .......346⑴ 昭和44年以降の汚染魚対策等の経緯 ⑵ 人体の水銀値 ⑶ 魚介類の水銀値 ⑷ 底質の水銀値 ⑸ ネコの症例 ⑹ 有症者の存在 ⑺ 小括 7 まとめ ..........................................................357第5 個別の本件患者についての罹患の有無(争点2⑷)について ..........357第6 改正前民法724条後段所定の期間制限(争点3⑴)について ........358 1 改正前民法724条後段所定の期間制限の法的性質 ..................358 2 期間の起算点 ....................................................358第7 改正前民法724条前段所定の消滅時効(争点3⑵)について ........360第8 不起訴合意等(争点4)について ..................................360 1 認定事実 ........................................................360 2 被告チッソの主張に対する判断 ....................................361 第9 本件患者らの損害(争点5)について ..............................362第10 結論 ............................................................363(別紙1)当事者目録 __________________ 結論 ............................................................363(別紙1)当事者目録 ____________________________________________________ 365(別紙2)請求額・認容額一覧表 __________________________________________ 380(別紙3)不知火海周辺略図 ______________________________________________ 383 (別紙4)文献略称一覧 __________________________________________________ 384 xi (別紙5)疫学調査一覧表 _______________________________________________ 394(別紙6-1)~(別紙6-144)個別の判断 ___________________________ 397 主文 1 被告らは、各原告(別紙2請求額・認容額一覧表「被告国県の責任」欄に「棄却」と表示した原告を除く。)に対し、連帯して(ただし、被告によって附帯請求の起算日が異なる場合は、附帯請求については遅い日からの限度で連帯して)、同一覧表「認容元金」欄記載の金員及びこれに対する同一覧表「附帯請 求起算日」欄(各被告に対応する欄)記載の日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告チッソ株式会社は、各原告(別紙2請求額・認容額一覧表「被告国県の責任」欄に「棄却」と表示した原告に限る。)に対し、同一覧表「認容元金」欄記載の金員及びこれに対する同一覧表「附帯請求起算日」欄(同被告に対応す る欄)記載 2請求額・認容額一覧表「被告国県の責任」欄に「棄却」と表示した原告に限る。)に対し、同一覧表「認容元金」欄記載の金員及びこれに対する同一覧表「附帯請求起算日」欄(同被告に対応す る欄)記載の日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 4 訴訟費用の負担は、次のとおりとする。 ⑴ 原告ら(別紙2請求額・認容額一覧表「被告国県の責任」欄に「棄却」と表示した原告を除く。)に生じた費用は、これを5分し、その2を同原告らの 負担とし、その余を被告らの負担とする。 ⑵ 原告ら(別紙2請求額・認容額一覧表「被告国県の責任」欄に「棄却」と表示した原告に限る。)に生じた費用は、これを5分し、その2を同原告らの負担とし、その余を被告チッソ株式会社の負担とする。 ⑶ 被告らに生じた費用は、これを5分し、その2を原告らの負担とし、その 余を被告らの負担とする。 5 この判決は、第1項のうち被告チッソ株式会社に係る部分及び第2項に限り、仮に執行することができる。 事実 及び理由第1章請求 被告らは、各原告に対し、連帯して(ただし、被告によって附帯請求の起算第2章事案の概要第1 前提事実 1 当事者等 日が異なる場合は、附帯請求については遅い日からの限度で連帯して)、別紙2請求額・認容額一覧表「請求元金」欄記載の金員及びこれに対する同一覧表「附帯請求起算日」欄(各被告に対応する欄)記載の日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2章事案の概要 原告らは、不知火海沿岸地域又はその周辺地域にかつて居住し、後出の共通診断書検診によって水俣病に罹患していると診断された者(以下「本件患者」という。)又はその承継人である。 本件 案の概要 原告らは、不知火海沿岸地域又はその周辺地域にかつて居住し、後出の共通診断書検診によって水俣病に罹患していると診断された者(以下「本件患者」という。)又はその承継人である。 本件は、原告らが、本件患者らは、被告チッソ株式会社(以下「被告チッソ」という。)が排出したメチル水銀化合物を含む廃水により汚染された上記地域の 魚介類を摂食したことにより、水俣病(慢性水俣病)に罹患したとして、①被告チッソに対しては、上記排出をした不法行為に基づき、②被告国及び被告熊本県(以下「被告県」といい、被告国と併せて「被告国県」という。)に対しては、同被告らが各規制権限を行使して水俣病の発生及び拡大を防止し、又は水俣病に関する健康調査を実施すべき義務があったのにこれを怠ったとして、国 家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づき、別紙2請求額・認容額一覧表「請求元金」欄記載の損害賠償金(本件患者1人につき450万円)及びこれに対する不法行為・違法行為の後で訴状送達の日の翌日である同一覧表「附帯請求起算日」欄(各被告に対応する欄)記載の日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下「改正前民法」という。) 所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。 第1 前提事実以下の事実は、証拠を掲記したもののほかは、当事者間に争いがない又は当裁判所に顕著であるか、弁論の全趣旨により容易に認められる。 1 当事者等 ⑴ 本件患者ら第2章事案の概要第1 前提事実 2 水俣病の発生、原因究明及び対策の過程 本件患者らは、不知火海(八代海とも呼称される。その位置関係の概要は別紙3不知火海周辺略図のとおり。)沿岸地域又はその周辺地域に居住していた時期が 水俣病の発生、原因究明及び対策の過程 本件患者らは、不知火海(八代海とも呼称される。その位置関係の概要は別紙3不知火海周辺略図のとおり。)沿岸地域又はその周辺地域に居住していた時期がある者である。 ⑵ 被告チッソ被告チッソの前身である日本窒素肥料株式会社は、明治39年に設立され た会社であり(明治41年に変更前の商号は曾木電気株式会社)、熊本県水俣市において水俣工場を稼働させていた。 被告チッソは、昭和25年に設立された会社であり(昭和40年1月に現商号に変更する前の商号は新日本窒素肥料株式会社)、日本窒素肥料株式会社の設備を承継し、水俣工場を稼働させていた。なお、被告チッソは、平成2 3年1月、新設されたJNC株式会社に全事業を譲渡した。 2 水俣病の発生、原因究明及び対策の過程⑴ 水俣工場におけるアセトアルデヒド廃水の排出被告チッソの前身である日本窒素肥料株式会社は、明治41年1月に建設された水俣工場において、石灰窒素の生産を行っていたが、昭和2年頃以降、 水俣工場において、アセチレン系有機合成によって酢酸等の化学製品を製造するようになった。その製造過程で、アセチレンを触媒として硫酸水銀溶液中で水和させて中間原料であるアセトアルデヒドを製造するが、その副反応として、メチル水銀化合物(以下、明記の必要がない限り、「メチル水銀」と略称する。)が生成された。その製造工程で生じるアセトアルデヒド廃水は、 水俣湾の百間港に排出されていた。 昭和25年に水俣工場を承継した被告チッソは、水俣工場におけるアセトアルデヒドの製造を続け、昭和28年以降、製造設備を増強していった。 被告チッソは、昭和33年9月までの間は、水俣工場のアセトアルデヒド廃水を百間港に排出していた。 ⑵ 水俣病の公式 セトアルデヒドの製造を続け、昭和28年以降、製造設備を増強していった。 被告チッソは、昭和33年9月までの間は、水俣工場のアセトアルデヒド廃水を百間港に排出していた。 ⑵ 水俣病の公式確認第2章事案の概要第1 前提事実 2 水俣病の発生、原因究明及び対策の過程 被告チッソ水俣工場附属病院は、昭和31年5月1日、水俣保健所に対し、水俣市月浦地区で原因不明の脳症状を呈する複数の患者が発生し、同病院に入院した旨報告した。これにより、公的機関が水俣病の存在を認識した(以下「公式確認」という。)。 水俣保健所が、月浦地区住民からの聴き取り調査をしたところ、同様の症 状を呈する者が昭和28年頃から発生していたことが分かった。 ⑶ 水俣病の原因究明への着手水俣病の原因については、公式確認以降、水俣保健所、熊本大学に設置された水俣病医学研究班(以下「熊大研究班」という。)、厚生省(以下、省庁名、官職名等は、いずれも当時のものである。)に設置された厚生科学研究班 等により、調査や研究が行われた。 昭和31年11月3日に開催された熊大研究班の研究報告会において、複数の研究者からの中間報告がされた。その中には、感染症ではなく中毒症と考えるとすれば、まずマンガン中毒症を考慮すべきであるとの報告や、水俣病の原因は不明であるが、その発生が漁夫に多いことから海産食品との関係 が一応疑われ、被告チッソ水俣工場の排水が影響している可能性があるとの報告があった。(乙イA11)昭和32年1月25日及び同月26日、国立公衆衛生院で開催された厚生省、被告県及び熊大研究班等の合同研究会において、討議の結果、水俣病はある種の重金属による中毒症であり、金属としてはマンガンが最も疑われ、 その中毒の媒介には魚介類 公衆衛生院で開催された厚生省、被告県及び熊大研究班等の合同研究会において、討議の結果、水俣病はある種の重金属による中毒症であり、金属としてはマンガンが最も疑われ、 その中毒の媒介には魚介類が関係あると思われるとの結論に至った。(乙イA1〔5~6丁〕)水俣保健所の伊藤蓮雄所長(以下「伊藤所長」という。)は、同年3月以降、水俣病に罹患していないネコ7匹を飼育し、水俣湾のマテガタ付近で獲れた魚介類を投与する実験を行ったところ、同年6月までに5匹が水俣病の症状 を発症したことを確認し、その結果を論文として発表した。なお、マテガタ第2章事案の概要第1 前提事実 2 水俣病の発生、原因究明及び対策の過程 とは、水俣湾北端の、排水口のあった百間港から明神岬にかけての水域である。(甲D101〔550頁〕、乙イA31)同年7月12日に開催された厚生科学研究班の研究報告会において、水俣病は中毒症であり、水俣湾内において何らかの化学毒物によって汚染を受けた魚介類を多量に摂取することによって発症するものであるという事実が確 認された。(乙イA33〔7頁〕)⑷ 食品衛生法上の取扱いに関する被告国県の対応被告県が設置した熊本県水俣奇病対策連絡会(以下「県水対連」という。)の昭和32年7月24日の会合において、厚生科学研究班の報告に基づき、水俣病は水俣湾内産の魚介類を摂取することによって発病するとの理解の下、 水俣湾内産の魚介類を食品衛生法(昭和47年法律第108号による改正前のもの。以下「旧食品衛生法」という。)4条2号に該当する食品として告示し、販売目的の採捕等を禁止することとし、事前に厚生省に対し文書をもって照会をしておくとの方針が確認された。(甲A26、乙イA34、35)被告県は、同年8月16 )4条2号に該当する食品として告示し、販売目的の採捕等を禁止することとし、事前に厚生省に対し文書をもって照会をしておくとの方針が確認された。(甲A26、乙イA34、35)被告県は、同年8月16日、厚生省に、水俣湾に生息する魚介類について 同号を適用してよいか、照会した。厚生省公衆衛生局長は、同年9月11日、上記照会に対し、①水俣湾内特定地域の魚介類を摂食することは、原因不明の中枢神経系疾患を発生するおそれがあるので、今後とも摂食されないよう指導されたいとしながら、②水俣湾内特定地域の魚介類の全てが有毒化しているという明らかな根拠が認められないので、該特定地域において漁獲され た魚介類の全てに対し同号を適用することはできないものと考える旨の回答をした。 ⑸ 水俣病の原因についての公的言及昭和33年6月24日に開催された参議院社会労働委員会において、厚生省環境衛生部長は、水俣病の原因物質はタリウム、マンガン、セレンのいず れかあるいはそれらが集合したものと思われる旨、また、これらの物質は水第2章事案の概要第1 前提事実 2 水俣病の発生、原因究明及び対策の過程 俣湾に接したところにある化学工場において生産されており、その化学工場から当該物質が流失したと推定されることが現段階で分かっている旨答弁した。 同年7月、厚生省公衆衛生局長は、関係省庁及び被告県に対して発した文書により、水俣病はある種の化学物質によって有毒化された魚介類を多量に 摂取することにより発症する中毒性脳症といえ、被告チッソ水俣工場の廃棄物が水俣湾内の泥土を汚染していること、港湾生息魚介類ないし回遊魚類がその廃棄物に含まれている化学物質と同種のものによって有毒化し、これを多量に摂食することによって水俣病が発症することが 工場の廃棄物が水俣湾内の泥土を汚染していること、港湾生息魚介類ないし回遊魚類がその廃棄物に含まれている化学物質と同種のものによって有毒化し、これを多量に摂食することによって水俣病が発症することが推定されるとした。 ⑹ 排出経路の変更 被告チッソは、昭和33年9月、それまで百間港に排出していた水俣工場のアセトアルデヒド廃水について、八幡プールを経由して水俣湾外の水俣川河口に排出する方法に変更した。水俣川は、直接不知火海に注ぐ川である。 すると、昭和34年3月以降、水俣川河口付近で捕獲された魚介類を摂取していた者について水俣病の発症が確認された。 ⑺ 有機水銀への着目熊大研究班が昭和34年3月に配布した報告書において、水俣病の臨床症状が有機水銀中毒に見られるハンター・ラッセル症候群の症状と一致し、有機水銀中毒の病理所見と水俣病の解剖所見が類似していること等を根拠に、水俣病を有機水銀中毒症として考察する必要があるとの報告がされた。 熊大研究班は、同年7月に開催された研究報告会において、水俣病は現地の魚介類を摂取することによって惹起される神経性疾患であり、魚介類を汚染している毒物としては水銀が極めて注目されるに至ったとの班見解を発表した。 また、厚生大臣の諮問機関である食品衛生調査会の特別部会として同年1 月に発足した水俣食中毒部会は、同年10月6日、水俣病は臨床症状及び病第2章事案の概要第1 前提事実 2 水俣病の発生、原因究明及び対策の過程 理組織学的所見が有機水銀中毒に酷似し、ある種の有機水銀をネコ及びネズミに経口的に投与すると、水俣湾魚介類によるものと全く類似の症状及び病理組織学的変化を惹起すること、患者及び罹患動物の臓器中から異常量の水銀が検出されることから、原因物質 種の有機水銀をネコ及びネズミに経口的に投与すると、水俣湾魚介類によるものと全く類似の症状及び病理組織学的変化を惹起すること、患者及び罹患動物の臓器中から異常量の水銀が検出されることから、原因物質としては水銀が最も重要視されるとの中間報告を行った。食品衛生調査会は、上記中間報告を基に、同年11月12 日、厚生大臣に対し、水俣病は水俣湾及びその周辺に生息する魚介類を多量に摂取することによって起こる、主として中枢神経系の障害される中毒性疾患であり、その主因をなすものはある種の有機水銀化合物であるとの答申を行った。厚生大臣は、同月13日、水俣食中毒部会の解散を命じた。 なお、同年10月頃、被告チッソ水俣工場附属病院の医師が行った実験に より、水俣工場のアセトアルデヒド廃水を投与したネコに水俣病と類似の所見が認められた。しかし、被告チッソは実験の続行を禁止し、上記実験の結果は外部に公表されなかった。 ⑻ 水俣病患者の発生状況昭和34年10月の時点で、水俣病と診断された患者は76人となり、死 亡者は29人となった。 ⑼ 被告チッソに対する指導通産省は、昭和34年10月、被告チッソに対し、水俣川河口への排水を即時中止し、従来どおり百間港へ戻し、廃水の浄化設備を年内に完成するよう努力するよう、口頭で指示した。 被告チッソは、同年12月19日、廃水浄化装置としてサイクレーターを完成させ、同月20日から運転を開始した。しかし、サイクレーターは、廃水に溶解している水銀の除去能力を持たず、水俣病の発生拡大の防止としては意味のないものであった。 被告国県は、遅くとも同年11月末頃までには、水俣病の原因物質がある 種の有機水銀化合物であること、その排出源が被告チッソ水俣工場のアセト第2章事案の概要第1 前提事 ものであった。 被告国県は、遅くとも同年11月末頃までには、水俣病の原因物質がある 種の有機水銀化合物であること、その排出源が被告チッソ水俣工場のアセト第2章事案の概要第1 前提事実 2 水俣病の発生、原因究明及び対策の過程 アルデヒド製造施設であることを高度の蓋然性をもって認識し得る状況にあった。また、被告国県において、その頃までには、被告チッソ水俣工場の排水に微量の水銀が含まれていることについての定量分析は可能であり、被告チッソが整備した上記サイクレーターが水銀の除去を目的としたものではなかったことも容易に知ることができた。 ⑽ アセトアルデヒドの製造停止被告チッソは、昭和43年5月、水俣工場におけるアセトアルデヒドの製造を停止した。 ⑾ 政府公式見解の発表厚生省は、昭和43年9月26日、水俣病は、水俣湾の魚介類を長期かつ 大量に摂取したことによって起こった中毒性中枢神経疾患であって、その原因物質は、メチル水銀であり、被告チッソ水俣工場のアセトアルデヒド酢酸設備内で生成されたメチル水銀が工場廃水に含まれて排出され、水俣湾の魚介類を汚染し、その体内で濃縮されたメチル水銀を保有する魚介類を地域住民が摂食することによって生じたものと認められるとの政府公式見解を発表 した。 ⑿ 暫定的規制値の策定厚生省環境衛生局長は、昭和48年7月23日、都道府県知事及び政令市市長に対し、「魚介類の水銀の暫定的規制値について」と題する通知(昭和48年環乳第99号厚生省環境衛生局長通知)を発出した。同通知は、魚介類 の水銀に関する専門家会議の意見に基づき、総量規制として、体重50㎏の成人における1週間のメチル水銀の暫定的摂取量限度を0.17㎎と決め、これを前提とし、魚介類の水銀の暫定的 通知は、魚介類 の水銀に関する専門家会議の意見に基づき、総量規制として、体重50㎏の成人における1週間のメチル水銀の暫定的摂取量限度を0.17㎎と決め、これを前提とし、魚介類の水銀の暫定的規制値は総水銀としては0.4ppmとし、参考としてメチル水銀0.3ppm(水銀として)とし、暫定的規制値を超える魚介類を市場に流通させないための措置が必要であるとした。同通知は、暫 定的規制値を超える魚介類を市場から排除すれば、国民のほとんどが今まで第2章事案の概要第1 前提事実 3 水俣病被害者に対する救済 どおり魚介類を摂食しても水銀による人体への健康被害は生じないとした。 (乙イB15) 3 水俣病被害者に対する救済⑴ 公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法ア公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法の内容 昭和44年12月、公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法(以下「救済法」という。)が公布・施行された。同法は、事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい水質の汚濁等が生じたため、その影響による疾病が多発した場合において、当該疾病にかかった者に対し、医療費、医療手当及び介護手当の支給の措置を講ずることにより、その者 の健康被害の救済を図ることを目的とするものであった(同法1条)。同法は、関係県知事又は政令市市長が、医学者から成る公害被害者認定審査会の意見を聴いた上で、患者の疾病が指定地域における水質の汚濁等の影響によるものである旨の認定をし、認定患者に対しては医療費等の支給を行うこととしていた(同法3条、4条)。 イ行政における認定基準環境庁事務次官は、昭和46年8月7日、各関係都道府県知事及び政令市市長に宛てて、「公害に係る健康被害の救済に関する特 を行うこととしていた(同法3条、4条)。 イ行政における認定基準環境庁事務次官は、昭和46年8月7日、各関係都道府県知事及び政令市市長に宛てて、「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法の認定について」と題する通知(昭和46年環企保第7号環境庁事務次官通知。以下「昭和46年事務次官通知」という。)を発出した。同通知では、「水俣 病は、魚介類に蓄積された有機水銀を経口摂取することにより起る神経系疾患であって、次のような症状を呈するものであること。」とされ、後天性水俣病については、「四肢末端、口囲のしびれ感にはじまり、言語障害、歩行障害、求心性視野狭窄、難聴などをきたすこと。また、精神障害、振戦、痙攣、その他の不随意運動、筋強直などをきたす例もあること。」とされた。 そして、上記症状のうちいずれかの症状がある場合において、当該症状の第2章事案の概要第1 前提事実 3 水俣病被害者に対する救済 全てが明らかに他の原因によるものであると認められる場合には水俣病の範囲に含まないが、当該症状の発現又は経過に関し魚介類に蓄積された有機水銀の経口摂取の影響が認められる場合には、他の原因がある場合であっても、これを水俣病の範囲に含むものであることとされた。なお、この場合において「影響」とは、当該症状の発現又は経過に、経口摂取した有 機水銀が原因の全部又は一部として関与していることをいうものとされた。 (甲B30)⑵ 公害健康被害補償法ア公害健康被害補償法の内容公害健康被害補償法(同法の題名は、昭和62年法律第97号により 「公害健康被害の補償等に関する法律」に改められた。以下、改正の前後を問わず「公健法」という。)は、昭和48年に公布され、昭和49年9月1日に施行された。こ は、昭和62年法律第97号により 「公害健康被害の補償等に関する法律」に改められた。以下、改正の前後を問わず「公健法」という。)は、昭和48年に公布され、昭和49年9月1日に施行された。これに伴って、救済法は廃止された。 公健法は、事業活動その他の人の活動に伴う相当範囲にわたる著しい水質の汚濁等の影響による健康被害に係る損害を填補するための補償を行う とともに、被害者の福祉に必要な事業を行うことにより、被害者の迅速かつ公正な保護を図ることを目的とするものである(同法1条)。同法は、事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい水質の汚濁等が生じ、その影響により、当該水質の汚濁等の原因である物質との関係が一般的に明らかであり、かつ、当該物質によらなければかかることがない疾 病が多発している地域として政令で定める地域を「第二種地域」とし(同法2条2項)、当該政令において上記疾病を定めなければならないとしている(同条3項)。都道府県知事は、申請者が上記疾病にかかっていると認められるかどうかについて公害健康被害認定審査会の意見を聴いた上、上記疾病が第二種地域に係る水質の汚濁等の影響によるものである旨の認定を することとされている(同法4条1項、2項)。 第2章事案の概要第1 前提事実 3 水俣病被害者に対する救済 公害健康被害補償法施行令(同施行令の題名は、昭和62年政令第368号により「公害健康被害の補償等に関する法律施行令」に改められた。)は、公健法2条2項の政令で定める地域として「熊本県の区域のうち、水俣市及び葦北郡の区域並びに鹿児島県の区域のうち、出水市の区域」を定め、同項に規定する疾病として「水俣病」を定めている(同施行令1条、 別表第2)。 公害健康被害認定審査 本県の区域のうち、水俣市及び葦北郡の区域並びに鹿児島県の区域のうち、出水市の区域」を定め、同項に規定する疾病として「水俣病」を定めている(同施行令1条、 別表第2)。 公害健康被害認定審査会は、検診医による検診(以下「公的検診」という。)を経て作成された検診録(以下「公的検診録」という。)に基づいて、申請者の水俣病罹患の有無を判断することとされている。(乙イB213、214) イ行政における認定基準環境庁企画調整局環境保健部長は、公健法施行後の昭和52年7月1日、後天性水俣病の判断条件をとりまとめたものとして、「後天性水俣病の判断条件について」と題する通知(昭和52年環保業第262号環境庁企画調整局環境保健部長通知。以下、同通知において示された判断条件を「昭和 52年判断条件」という。)を発出した。昭和52年判断条件は、水俣病の症候は、それぞれ単独では一般に非特異的であると考えられるので、水俣病であることを判断するに当たっては、高度の学識と豊富な経験に基づき総合的に検討する必要があるが、一定の曝露歴を有する者であって、一定の症候の組合せ(①感覚障害があり、かつ、運動失調が認められること、 ②感覚障害があり、運動失調が疑われ、かつ、平衡機能障害あるいは両側性の求心性視野狭窄が認められること、③感覚障害があり、両側性の求心性視野狭窄が認められ、かつ、中枢性障害を示す他の眼科又は耳鼻科の症候が認められること、④感覚障害があり、運動失調が疑われ、かつ、その他の症候の組合せがあることから、有機水銀の影響によるものと判断され る場合であること)のあるものについては、通常、その者の症候は、水俣第2章事案の概要第1 前提事実 3 水俣病被害者に対する救済 病の範囲に含めて考えられる 断され る場合であること)のあるものについては、通常、その者の症候は、水俣第2章事案の概要第1 前提事実 3 水俣病被害者に対する救済 病の範囲に含めて考えられるものであるとした。(甲B31)また、環境庁事務次官は、昭和53年7月3日、公健法に基づく水俣病認定に当たり留意すべき事項を整理し再度明らかにするものとして、各関係都道府県知事及び政令市市長に宛てて「水俣病の認定に係る業務の促進について」と題する通知(昭和53年環保業第525号環境事務次官通知。 以下「昭和53年事務次官通知」という。)を発出した。昭和53年事務次官通知は、水俣病の範囲に関する昭和46年事務次官通知の趣旨は、申請者が水俣病にかかっているかどうかの検討の対象とすべき全症候について、水俣病に関する高度の学識と豊富な経験に基づいて総合的に検討し、医学的にみて水俣病である蓋然性が高いと判断される場合には、その者の症候 が水俣病の範囲に含まれるというものであるとし、昭和52年判断条件はこの趣旨を具体化及び明確化するために示されたものであり、今後は同判断条件にのっとり申請者の全症候について水俣病の範囲に含まれるかどうかを総合的に検討し判断するものとするとした。 ⑶ 補償協定 患者らが被告チッソに対し損害賠償を求めていた訴訟において、熊本地方裁判所が被告チッソの責任を認める判決をしたことを受け、被告チッソは、昭和48年、水俣病の患者団体との間で、水俣病を発生させたことについて謝罪した上、慰謝料及び治療費等を支払う旨の補償協定を締結し、協定締結以降認定された患者についても希望する者には適用することを表明した(以 下「昭和48年補償協定」という。)。(乙イA53)⑷ 行政的救済策の実施昭和61年、公健法の認定 締結し、協定締結以降認定された患者についても希望する者には適用することを表明した(以 下「昭和48年補償協定」という。)。(乙イA53)⑷ 行政的救済策の実施昭和61年、公健法の認定申請を棄却された者のうち一定の要件を満たす者に対し、医療費の助成を行う特別医療事業が実施された。(乙イA55)また、平成3年11月26日付け中央公害対策審議会答申「今後の水俣病 対策のあり方について」を受けて、被告国県は、平成4年度から、特別医療第2章事案の概要第1 前提事実 3 水俣病被害者に対する救済 事業に代わり、一定の要件を満たす者に対し療養手帳を交付し、医療費の自己負担分、療養手当等を支給するなどの水俣病総合対策事業を実施した。その対象者は、対象地域に相当期間居住しており、かつ、水俣湾又はその周辺水域の魚介類を多食したと認められるなど、通常のレベルを超えるメチル水銀の曝露を受けた可能性がある者であって、「水俣病にもみられる四肢末端の 感覚障害(水俣病によるもの及びその原因が明らかであるものを除く。)」を有する者とされていた。(乙イA56、57)⑸ 政治解決による救済公健法の認定申請を棄却された者による訴訟が、依然として多発していたことを踏まえ、平成7年、当時の与党3党の主導により、企業(被告チッソ 及び新潟水俣病の原因企業である昭和電工株式会社)が、一定の要件を満たす者に対して一時金を支払うこと、被告国県が上記の者に医療手帳を交付し、療養費、療養手当等を支給すること、医療手帳の対象とならない者であっても、一定の神経症状を有する者に保健手帳を交付し、医療費の一部を支給すること、救済を受ける者は訴訟等の紛争を終結させること等の合意が成立し、 同年12月15日、閣議了解された(以下 者であっても、一定の神経症状を有する者に保健手帳を交付し、医療費の一部を支給すること、救済を受ける者は訴訟等の紛争を終結させること等の合意が成立し、 同年12月15日、閣議了解された(以下「平成7年政治解決」という。)。 (乙イA59、乙イB86)これを受けて、平成8年1月、新たな水俣病総合対策事業が実施され、医療手帳や保健手帳の交付要件が定められた。(乙イA60、乙イB87)⑹ 水俣病関西訴訟 かつて水俣湾周辺地域に居住し、後に関西方面に転居した住民が、水俣病に罹患したとして、被告チッソ及び被告国県に対して損害賠償を求め、いわゆる水俣病関西訴訟を提起した。 大阪高等裁判所は、平成13年4月27日の控訴審判決(訟務月報48巻12号2821頁。以下「関西訴訟控訴審判決」という。)において、被告国 については後出の水質二法に基づく規制権限の行使を怠った過失があり、被第2章事案の概要第1 前提事実 3 水俣病被害者に対する救済 告県については後出の県漁業調整規則に基づく規制権限の行使を怠った過失があるとして、被告国県の国賠法上の責任を認めた。そして、不法行為に基づく損害賠償請求事件においては、昭和52年判断条件とは別個に、被害の立証の有無について検討すべきであるとした上で、水俣湾周辺地域においてメチル水銀により汚染された魚介類を多量に摂取していたことの証明がある ことを前提として、舌先の二点識別覚に異常のある者及び指先の二点識別覚に異常があって、頚椎狭窄などの影響がないと認められる者など3類型のいずれかに該当する者は、メチル水銀に起因する障害が生じている患者と認定して差し支えない旨判示した。除斥期間については、汚染地域から転居してから4年経過した時点をもって起算点とすべきである旨判 型のいずれかに該当する者は、メチル水銀に起因する障害が生じている患者と認定して差し支えない旨判示した。除斥期間については、汚染地域から転居してから4年経過した時点をもって起算点とすべきである旨判示した。 最高裁判所(第二小法廷)は、平成16年10月15日の上告審判決(民集58巻7号1802頁。以下「関西訴訟上告審判決」という。)において、被告国県の国賠法上の責任を認めた原審の判断を是認した。また、水俣病患者の中には、潜伏期間のあるいわゆる遅発性水俣病が存在すること、遅発性水俣病の患者においては、水俣湾又はその周辺海域の魚介類の摂取を中止し てから4年以内に水俣病の症状が客観的に現れることなど、原審の認定した事実関係の下では、水俣湾周辺地域からの転居から遅くとも4年を経過した時点が本件における除斥期間の起算点となるとした原審の判断も、是認し得る旨判示した。水俣病であるかどうかにつき独自の判断準拠を定立し、水俣病を認定した原判決には経験則の違反がある旨の論旨に関しては、原審認定 の事実関係の下においては、原審の判断は是認することができる旨判示した。 ⑺ 水俣病被害者の救済及び水俣病問題の解決に関する特別措置法水俣病被害者の救済及び水俣病問題の解決に関する特別措置法(以下「特措法」という。)は、平成21年7月15日、公布・施行された。同法は、関西訴訟上告審判決において、被告国県が長期間にわたって適切な対応をなす ことができず、水俣病の被害の拡大を防止できなかったことについて責任を第2章事案の概要第1 前提事実 3 水俣病被害者に対する救済 認められたことを踏まえ、公健法に基づく判断条件を満たさないものの救済を必要とする人々を水俣病被害者として受け止め、その救済を図る趣旨で制定された 3 水俣病被害者に対する救済 認められたことを踏まえ、公健法に基づく判断条件を満たさないものの救済を必要とする人々を水俣病被害者として受け止め、その救済を図る趣旨で制定されたものである(特措法前文)。政府は、過去に通常起こり得る程度を超えるメチル水銀の曝露を受けた可能性があり、かつ、四肢末梢優位の感覚障害を有する者及び全身性の感覚障害を有する者その他の四肢末梢優位の感覚 障害を有する者に準ずる者を早期に救済するため、一時金、療養費及び療養手当の支給(救済措置)に関する方針を定め、公表するものとされた(同法5条1項)。 政府は、平成22年4月16日、同法5条1項に基づき、「水俣病被害者の救済及び水俣病問題の解決に関する特別措置法の救済措置の方針」(以下「特 措法救済方針」という。)を閣議決定した。同方針においては、対象地域に1年以上居住して水俣湾又はその周辺水域の魚介類を多食したなど、通常起こり得る程度を超えるメチル水銀の曝露を受けた可能性がある者のうち、四肢末梢優位の感覚障害を有する者に加え、これに当たらなくても、全身性の感覚障害を有する者その他の四肢末梢優位の感覚障害を有する者に準ずる者を 救済措置の対象とすることとされた。その判定方法については、①検査所見書と提出診断書の両方の診断書において四肢末梢優位又は全身性の感覚障害がある場合は、対象となるほか、②四肢末梢優位の乖離性の感覚障害は、全身性の感覚障害と同等に扱うこと、③上記①に該当しない場合で、いずれか一方の診断書において四肢末梢優位又は全身性の感覚障害がある場合は、他 方の診断書における口周囲の触覚又は痛覚の感覚障害、舌の二点識別覚の障害、求心性視野狭窄の所見を踏まえ、判定検討会における総合判断により判定することとされた。以上に 感覚障害がある場合は、他 方の診断書における口周囲の触覚又は痛覚の感覚障害、舌の二点識別覚の障害、求心性視野狭窄の所見を踏まえ、判定検討会における総合判断により判定することとされた。以上により一時金等対象者と判定された者に対しては、関係事業者(被告チッソ及び新潟水俣病の原因企業である昭和電工株式会社)が1人当たり210万円の一時金を支払うこととされ、関係県(被告県、鹿 児島県及び新潟県)が水俣病被害者手帳を交付し、療養費及び療養手当を支第2章事案の概要第1 前提事実 4 本件各訴えの提起及び相続の発生 給することとされた。関係事業者は、一時金等対象者が所属する三つの患者団体に対し、加算された一時金を支払うこととされた。そのほか、一時金等の対象となる程度の感覚障害を有しないまでも、一定の感覚障害及び症状を有する者にも、関係県は水俣病被害者手帳を交付し、療養費の支給を行うこととされた。(甲B33、乙イA49) 政府は、平成24年7月31日をもって、特措法に基づく救済措置の申請受付を打ち切った。 ⑻ 水俣病認定義務付け訴訟最高裁判所(第三小法廷)は、平成25年4月16日、救済法に基づく水俣病認定義務付けを求めるいわゆる溝口訴訟の上告審判決(裁判集民事24 3号329頁)及び公健法に基づく水俣病認定義務付けを求める訴訟の上告審判決(民集67巻4号1115頁。以下、上記両判決を併せて「義務付け訴訟上告審判決」という。)の中で、処分行政庁の判断の適否に関する裁判所の審理及び判断は、裁判所において、経験則に照らして個々の事案における諸般の事情と関係証拠を総合的に検討し、個々の具体的な症候と原因物質と の間の個別的な因果関係の有無等を審理の対象として、申請者につき水俣病の罹患の有無を個 経験則に照らして個々の事案における諸般の事情と関係証拠を総合的に検討し、個々の具体的な症候と原因物質と の間の個別的な因果関係の有無等を審理の対象として、申請者につき水俣病の罹患の有無を個別具体的に判断すべきものと判示した。その上で、昭和52年判断条件に定める症候の組合せが認められない四肢末端優位の感覚障害のみの水俣病が存在しないという科学的な実証はないところ、上記症候の組合せが認められない場合についても、経験則に照らして諸般の事情と関係証 拠を総合的に検討した上で、個々の具体的な症候と原因物質との間の個別的な因果関係の有無等に係る個別具体的な判断により水俣病と認定する余地を排除するものとはいえない旨判示した。 4 本件各訴えの提起及び相続の発生⑴ 本件各訴えの提起 本件患者らは、以下の各日に、本件各訴えを提起した。 第2章事案の概要第1 前提事実 6 被告国県の規制権限に関する法令の定め ① 第1事件平成26年9月29日② 第2事件平成27年3月31日③ 第3事件同年8月28日④ 第4事件同年12月22日⑤ 第5事件平成28年5月27日 ⑥ 第6事件同年9月2日⑦ 第7事件同年11月15日⑧ 第8事件平成29年2月8日⑨ 第9事件平成30年1月18日⑩ 第10事件同年5月18日 ⑪ 第11事件同年11月20日⑫ 第12事件平成31年2月26日⑵ 相続の発生本件患者らのうちA(承継前の原告番号32)は、平成30年▲月▲日に死亡し、子である原告Bがこれを相続した。 本件患者らのうちC(承継前の原告番号5)は、令和3年▲月▲日に死亡し、子である原告D(原告番号5-1)及び原告E(原告番号5-2)がこれを 日に死亡し、子である原告Bがこれを相続した。 本件患者らのうちC(承継前の原告番号5)は、令和3年▲月▲日に死亡し、子である原告D(原告番号5-1)及び原告E(原告番号5-2)がこれを相続分2分の1ずつで相続した。 本件患者らのうちF(承継前の原告番号49)は、令和3年▲月▲日に死亡し、弟である原告G(固有の原告番号50)が遺言により相続財産の全て を相続した。 5 被告チッソの責任原因被告チッソには、水俣工場からメチル水銀を含有するアセトアルデヒド廃水を排出しない注意義務を負っていたのに、これを排出した過失があった。 6 被告国県の規制権限に関する法令の定め ⑴ 水質に関する法律の規制第2章事案の概要第1 前提事実 6 被告国県の規制権限に関する法令の定め 公共用水域の水質の保全に関する法律(昭和45年法律第108号による改正前のもの。以下「水質保全法」という。)及び工場排水等の規制に関する法律(以下「工場排水規制法」といい、水質保全法と併せて「水質二法」という。)は、昭和33年12月25日に公布され、昭和34年3月1日に施行された(その後、水質二法は、昭和45年12月に公布された水質汚濁防止 法の施行に伴って廃止された。)。 水質保全法は、公共用水域の水質の保全を図るなどのために必要な事項を定め、もって産業の相互協和と公衆衛生の向上に寄与することを目的とするものであり(同法1条)、工場排水規制法は、製造業等における事業活動に伴って発生する汚水等の処理を適切にすることにより、公共用水域の水質の保 全を図ることを目的とするものである(同法1条)。水質二法による工場排水規制の概要は、次のとおりである。 経済企画庁長官は、公共用水域のうち、水質の汚濁が原因となって関 公共用水域の水質の保 全を図ることを目的とするものである(同法1条)。水質二法による工場排水規制の概要は、次のとおりである。 経済企画庁長官は、公共用水域のうち、水質の汚濁が原因となって関係産業に相当の被害が生じ、若しくは公衆衛生上看過し難い影響が生じているもの又はそれらのおそれのあるものを「指定水域」として指定するとともに (水質保全法5条1項)、当該指定水域に係る「水質基準」を定めるものとされている(同条2項)。水質基準とは、「特定施設」を設置する工場等から指定水域に排出される水の汚濁の許容限度であり(同法3条2項)、特定施設とは、製造業等の用に供する施設のうち、汚水又は廃液(以下「汚水等」という。)を排出するもので政令で定めるものである(工場排水規制法2条2項)。 また、主務大臣(特定施設の種類ごとに、政令により定められる。同法21条1項)は、工場排水の水質が当該指定水域に係る水質基準に適合しないと認めるときは、これを排出する者に対し、汚水等の処理方法に関する計画の変更、特定施設の設置に関する計画の変更等を命ずること(同法7条)、汚水等の処理方法の改善、特定施設の使用の一時停止その他必要な措置を執るべ き旨を命ずること(同法12条)等の、特定施設から排出される工場排水に第2章事案の概要第1 前提事実 6 被告国県の規制権限に関する法令の定め 関して規制を行う権限を有するものとされており、主務大臣の上記命令に違反した者は、罰則を科される(同法23条)。 ⑵ 旧食品衛生法旧食品衛生法は、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的とするものである(同法1条)。 同法は、有毒な、又は有害な物質が含まれ、又は附着している食品(以下「 は、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的とするものである(同法1条)。 同法は、有毒な、又は有害な物質が含まれ、又は附着している食品(以下「有毒有害食品」という。)又は添加物を、販売し、又は販売の用に供するために採取、加工等することを禁止している(同法4条2号)。営業者が同条の規定に違反した場合においては、厚生大臣又は都道府県知事は、営業者若しくは当該官吏吏員にその食品等を廃棄させ、その他営業者に対し食品衛生上 の危害を除去するために必要な処置をとることを命じ、又は営業の許可を取り消し、若しくは営業を禁止若しくは停止することができるとされている(同法22条)。同法4条の規定に違反した者は、罰則を科される(同法30条)。 また、食品等に起因して中毒した患者若しくはその疑いのある者を診断し、 又はその死体を検案した医師は、直ちに最寄りの保健所長にその旨を届け出なければならないこととされ(同法27条1項)、保健所長は、上記届出を受けたときは、政令の定めるところにより、調査し、かつ、都道府県知事に報告しなければならないこととされ(同条2項)、都道府県知事は、上記報告を受けたときは、政令の定めるところにより、厚生大臣に報告しなければなら ないこととされている(同条3項)。 食品衛生法施行令(平成15年政令第505号による改正前のもの)は、同法27条2項の規定により保健所長が行うべき調査は、中毒の原因となった食品等及び病因物質を追及するために必要な疫学的調査(同施行令6条1号)、並びに中毒した患者若しくはその疑いのある者若しくはその死体の血液、 ふん便、尿若しくは吐物その他の物又は中毒の原因と思われる食品等につい第2章事案の概要第1 前提事実 6 被 、並びに中毒した患者若しくはその疑いのある者若しくはその死体の血液、 ふん便、尿若しくは吐物その他の物又は中毒の原因と思われる食品等につい第2章事案の概要第1 前提事実 6 被告国県の規制権限に関する法令の定め ての細菌学的又は理化学的試験による調査(同条2号)であると定めている。 ⑶ 改正後の食品衛生法平成15年法律第55号による改正後の食品衛生法(以下「改正後食品衛生法」という。)においては、58条が旧食品衛生法27条をおおむね引き継いでいる(なお、改正後食品衛生法58条は、平成30年法律第46号によ る再度の改正により、63条に条数が繰り下げられた。以下、繰下げ前の条数に従う。)。ただし、改正後食品衛生法において、保健所長は、医師による届出(同法58条1項)を受けたときその他食中毒患者等が発生していると認めるときは、速やかに都道府県知事等に報告するとともに、政令で定めるところにより、調査しなければならないこととされている(同条2項)など、 内容の改正がされている。 平成15年政令第350号による改正後の食品衛生法施行令は、同法58条2項の規定により保健所長が行うべき調査は、中毒の原因となった食品等及び病因物質を追及するために必要な疫学的調査(同施行令36条1号)、並びに中毒した患者若しくはその疑いのある者若しくはその死体の血液、ふん 便、尿若しくは吐物その他の物又は中毒の原因と思われる食品等についての微生物学的若しくは理化学的試験又は動物を用いる試験による調査(同条2号)であると定めている。 ⑷ 熊本県漁業調整規則熊本県漁業調整規則(昭和26年熊本県規則第31号。以下「県漁業調整 規則」という。なお、この規則は、昭和40年熊本県規則第18号の2により廃止された。) ている。 ⑷ 熊本県漁業調整規則熊本県漁業調整規則(昭和26年熊本県規則第31号。以下「県漁業調整 規則」という。なお、この規則は、昭和40年熊本県規則第18号の2により廃止された。)は、漁業法(昭和37年法律第156号による改正前のもの)65条及び水産資源保護法4条の規定に基づいて熊本県知事が制定した規則であり、水産動植物の繁殖保護、漁業取締りその他漁業調整を図り、併せて漁業秩序の確立を期するため、必要な事項を定めることを目的とするもので ある(県漁業調整規則1条)。 第2章事案の概要第1 前提事実 8 疫学に関する基礎的知見 県漁業調整規則は、何人も水産動植物の繁殖保護に有害な物を遺棄し、又は漏せつするおそれのあるものを放置してはならない旨を定め、これに違反する者があるときは、熊本県知事は、その者に対して除害に必要な設備の設置を命じ、又は既に設けた除害設備の変更を命ずることができるものとされている(同規則32条)。上記の規定又は命令に違反した者に対しては罰則が 科される(同規則58条)。 7 人の感覚に関する基礎的知見感覚とは、広い意味で、人が感覚器官を通じて外界等を認知する作用のことをいう。ある刺激を受けた受容器に起こった興奮が、神経経路を経由して脳に到達し、脳の神経細胞を興奮させる。人は、これにより、刺激を認知する。受 容器には、複数の種類があり、基本的には、その種類ごとに、受容する刺激の種類を異にしている。 感覚は、大きく分けて、体性感覚、特殊感覚、内臓感覚の三つに分類される。 体性感覚は、さらに、表在感覚、深部感覚及び複合感覚の三つに分類される。 表在感覚(皮膚や粘膜の感覚)には、触覚、痛覚、温度感覚等があり、深部感 覚(骨膜、筋肉、関節等から伝えられる感覚) る。 体性感覚は、さらに、表在感覚、深部感覚及び複合感覚の三つに分類される。 表在感覚(皮膚や粘膜の感覚)には、触覚、痛覚、温度感覚等があり、深部感 覚(骨膜、筋肉、関節等から伝えられる感覚)には、振動覚、位置覚等があり、複合感覚(表在感覚や深部感覚の情報を解釈し意味付けする感覚)には、二点識別覚(皮膚上の2点に刺激を与えたときに、2点であることを識別できる感覚)、皮膚書字覚、立体覚等があるとされている。(乙イB17) 8 疫学に関する基礎的知見 ⑴ 疫学の意義及び主な研究デザイン疫学は、ある人間集団を対象として、健康関連の事象(以下、単純化して「疾病」という。)の頻度、分布とこれに影響を与える要因を明らかにして、疾病に対する有効な対策に役立てるための科学である。(甲C1〔11頁〕、乙イC1〔1頁〕、34〔2頁〕) 疫学的研究の主な研究デザインには、コホート研究(特定の要因に曝露し第2章事案の概要第1 前提事実 8 疫学に関する基礎的知見 た曝露群と非曝露群を設定し、一定期間追跡して観察する方法)、症例対照研究(疾病を有する症例群(ケース)と疾病を有しない対照群(コントロール)それぞれの過去の曝露を観察して比較する方法)、横断研究(曝露群と非曝露群それぞれのある時点での有病割合(有病率)を観察して比較する方法)などがある。 ⑵ 曝露と疾病との関連性を示す指標疫学的研究においては、特定の要因への曝露と疾病との因果関係を判断する前提として、曝露と疾病との関連性の有無及び強弱を評価する。 相対危険度(相対的危険度、相対危険、リスク比、RRなどともいう。)は、この関連性を示す指標であり、曝露群におけるリスクすなわち一定期間内に 疾病に罹患する人の割合(R1)と非曝露群におけ 相対危険度(相対的危険度、相対危険、リスク比、RRなどともいう。)は、この関連性を示す指標であり、曝露群におけるリスクすなわち一定期間内に 疾病に罹患する人の割合(R1)と非曝露群におけるリスク(R0)とを比較し、後者に対する前者の比で求められる。相対危険度が1より大きいことが疫学的な関連性を認める前提であり、大きいほど関連性が強いことを示す。 コホート研究において、罹患率(疾病に罹患した人の人数を、追跡調査された人の時間の合計で除した指標。発生率ともいう。)が得られる場合には、一 定の条件下で、相対危険度は罹患率比すなわち非曝露群における罹患率(I0)に対する曝露群における罹患率(I1)の比と一致する。(甲C1〔62、67、89、93、95頁〕、20〔19~21頁〕、乙イC34〔20、27~28頁〕)曝露オッズ比は、症例対照研究において、症例群における曝露者数(a) の非曝露者数(b)に対する割合(曝露オッズ)と、対照群における曝露者数(c)の非曝露者数(d)に対する割合(曝露オッズ)とを比較し、後者に対する前者の比(次の計算式)によって求められる。曝露オッズ比は、一定の条件下で相対危険度の近似値・推定値となり得る数値であり、大きいほど関連性が強いことを示す。(甲C1〔138頁〕、20〔26~27頁〕、乙 イC34〔64~65頁〕)第2章事案の概要第1 前提事実 8 疫学に関する基礎的知見 曝露オッズ比=a× db× c 有病オッズ比は、横断研究において、曝露群における有症者数(a)の無症者数(c)に対する割合(有病オッズ)と、非曝露群における有症者数(b)の無症者数(d)に対する割合(有病オッズ)とを比較し、後者に対する前者の比(次の計算式)によって求められる。有病 (a)の無症者数(c)に対する割合(有病オッズ)と、非曝露群における有症者数(b)の無症者数(d)に対する割合(有病オッズ)とを比較し、後者に対する前者の比(次の計算式)によって求められる。有病オッズ比も、一定の 条件下で相対危険度の近似値・推定値となり得る数値であり、大きいほど関連性が強いことを示す。(甲C1〔83頁〕、20〔28頁〕)有病オッズ比=a× db× c 寄与危険度割合(曝露群寄与危険度割合、寄与危険割合、寄与分画、原因確率などともいう。)は、曝露群における疾病発生率のうち、当該要因への曝 露が原因となっている割合(当該要因に曝露されなければ発症しなかったであろう患者の割合)を示す指標であり、次の計算式により求められる。(甲C1〔97頁〕、20〔22頁〕、乙イC34〔30~31頁〕)寄与危険度割合=相対危険度−1相対危険度 ⑶ バイアス 疫学的研究において観察された疾病発生率等の結果と、真の姿との差を、誤差という。誤差には、偶然に起きる偶然誤差と、系統的に起きる広義のバイアス(偏り)がある。 広義のバイアスには、選択バイアス、情報バイアス及び交絡がある(狭義のバイアスには交絡を含まず、以下、特記しない限り狭義で用いる。)。 選択バイアスとは、実際に観察の対象とした集団が、本来の母集団を正しく代表していないことによるバイアスであり、曝露と疾病との関係が、研究に参加した者としなかった者とで異なる場合に発生する。 第2章事案の概要第1 前提事実 9 本件で問題となる主な疫学的研究の内容 情報バイアスとは、実際に観察の対象とした集団について、正しい情報を取得できないことによるバイアスである。情報バイアスの一例が、想起バイアスであり、これは、曝露の有無につい 研究の内容 情報バイアスとは、実際に観察の対象とした集団について、正しい情報を取得できないことによるバイアスである。情報バイアスの一例が、想起バイアスであり、これは、曝露の有無について面接調査する際、疾病を有する被検者は過去の曝露について熱心に思い出して回答するのに対し、疾病を有しない被検者はそのように思い出すきっかけとなる刺激がないため、曝露の有 無についての正確な回答が得られないことにより発生する。逆に、検者が被検者に曝露があることを知っていることにより疾病に罹患しているとの診断を下しやすい傾向がある場合にも、情報バイアスが発生する。これらのように、疾病状態により曝露状態が誤って分類されたり、曝露状態により疾病状態が誤って分類される場合を差異的誤分類という。これに対し、疾病ないし 曝露が誤分類されるが、誤分類のされ方が他方の変数(疾病ないし曝露)によらない場合を非差異的誤分類という。差異的誤分類が発生している場合には、相対危険度を真の値より過小評価することも過大評価することもあり得るが、非差異的誤分類が発生している場合には、相対危険度を真の値より過小評価する方向に働く。 交絡とは、曝露と疾病との関連性が、第三の要因(交絡因子)の影響によって過大評価又は過小評価されることをいう。 9 本件で問題となる主な疫学的研究の内容(以下、文献については、別紙4文献略称一覧記載のとおり筆者名及び書証番号を併記した略称を用いる。) ⑴ 日本精神神経学会(甲C3)日本精神神経学会(甲C3)は、五つの疫学調査の結果を踏まえ、メチル水銀汚染地域の居住と四肢末梢優位の感覚障害との疫学的関連性について検討した論考である。すなわち、日本精神神経学会(甲C3)は、適切な人口集団を対象とした全数調査又は適切なサ の結果を踏まえ、メチル水銀汚染地域の居住と四肢末梢優位の感覚障害との疫学的関連性について検討した論考である。すなわち、日本精神神経学会(甲C3)は、適切な人口集団を対象とした全数調査又は適切なサンプリングによる調査であること、 調査対象者のうち受検者の割合が80%以上であること、受検者数が曝露地第2章事案の概要第1 前提事実 9 本件で問題となる主な疫学的研究の内容 域では50人以上、非曝露地域では500人以上であること、四肢末梢優位の感覚障害が2人以上観察されたこと、という条件に合致した疫学調査として、①立津調査(水俣)、②原田調査(福浦)、③原田調査(湯ノ口)、④長崎県調査及び⑤熊本調査(各調査の概要は別紙5疫学調査一覧表第1表記載のとおり。)を検討している。そして、上記①ないし③を曝露地域、上記④及び ⑤を非曝露地域として、四肢末梢優位の感覚障害のみを有する者(昭和52年判断条件に基づけば水俣病と判断されない者)についての累積データを作成した結果、オッズ比は112.4、オッズ比に基づいて算定した寄与危険度割合は99.1%となるとしている。(甲C3)⑵ 津田(甲B40) 津田(甲B40)は、13件の疫学調査の結果を踏まえ、メチル水銀汚染地域の居住と四肢末梢優位の感覚障害との疫学的関連性について検討した論考である。すなわち、津田(甲B40)は、①立津調査(水俣)、②立津調査(御所浦)、③立津調査(有明)、④藤野調査(桂島)、⑤藤野調査(加計呂麻島)、⑥原田調査(福浦)、⑦原田調査(湯ノ口)、⑧Ninomiya調査 (御所浦大浦)、⑨Ninomiya調査(市振)、⑩徳臣調査A(一般)、⑪徳臣調査A(施設)、⑫熊本調査及び⑬納調査(各調査の概要は別紙5疫学調査一覧表第1表記載のと ⑧Ninomiya調査 (御所浦大浦)、⑨Ninomiya調査(市振)、⑩徳臣調査A(一般)、⑪徳臣調査A(施設)、⑫熊本調査及び⑬納調査(各調査の概要は別紙5疫学調査一覧表第1表記載のとおり。)を検討している。そして、非曝露地域における四肢末梢優位の感覚障害の有病割合として上記⑫熊本調査の0.2%を採用し、上記①、④、⑥及び⑦を高濃度曝露群と位置付け、上記②、③及び⑧を 中濃度曝露群と位置付けた上、高濃度曝露群及び中濃度曝露群ごとに、昭和52年判断条件に合致しないが四肢末梢優位の感覚障害がある症例について、相対危険度及び寄与危険度割合を算定した結果、別紙5疫学調査一覧表第1表「曝露地域における四肢末梢優位の感覚障害の有症者」欄記載の値となるとしている。(甲B40) ⑶ 新有病率調査実行委員会による疫学調査第2章事案の概要第1 前提事実 10 共通診断書 医師らで構成される新有病率調査実行委員会は、平成27年から平成29年にかけて、別紙5疫学調査一覧表第2表のとおり、姫戸地区、宮野河内地区、長島地区及び非曝露地域である奄美地区において、疫学調査を実施した(以下「新有病率調査」という。)。(甲C23、24、44)共通診断書 共通診断書は、原田正純医師をはじめとする医師らで構成される水俣病共通診断書検討会が、平成18年、関西訴訟上告審判決等を参照しながら策定した水俣病の診断書の様式である。(甲B34)本件患者らは、共通診断書の診察項目に沿った医師の検診(以下「共通診断書検診」という。)を経て、水俣病に罹患している旨の共通診断書の作成を受け ており、その多くは、水俣病不知火患者会(以下「不知火患者会」という。)が日程調整した集団検診を受けた者であり、一部は、個別検診 いう。)を経て、水俣病に罹患している旨の共通診断書の作成を受け ており、その多くは、水俣病不知火患者会(以下「不知火患者会」という。)が日程調整した集団検診を受けた者であり、一部は、個別検診を受けた者である。 共通診断書検診の手順は、おおむね次のとおりである。受検者は、あらかじめ、居住歴、魚介類摂取状況、自覚症状等について問診票に記入する。病院の職員等が、上記問診票に沿って聴き取りを行い、共通診断書書式に、居住歴、 魚介類摂取状況、自覚症状等を入力する。担当医師は、受検者の診察を行い、得られた所見等を神経所見記載シートに記載した上、共通診断書書式に所見等を入力し、受検者のメチル水銀曝露歴、得られた所見等、問診結果等を踏まえて、後記診断基準に基づき、受検者が水俣病に罹患しているかどうかの診断をする。水俣病に罹患していると診断できない場合は、共通診断書は作成しない。 一方、水俣病に罹患していると診断した場合は、共通診断書書式の人体図に神経所見記載シートの記載を踏まえて表在感覚障害の部位等を記入して、署名押印し、共通診断書を完成させる。 共通診断書検診における検査及び共通診断書への記入は、水俣病共通診断書検討会が策定した「水俣病に関する診断書作成手順」(以下「共通診断書作成手 順」という。)に従って行われる。同手順によれば、共通診断書において水俣病第2章事案の概要第2 争点 と診断するのは、基本的には以下の場合であるとされている。(甲B47)A 魚介類を介したメチル水銀の曝露歴があり、四肢末梢優位の表在感覚障害を認めるもの。 B 魚介類を介したメチル水銀の曝露歴があり、全身性表在感覚障害を認めるもの。 C 魚介類を介したメチル水銀の曝露歴があり、舌の二点識別覚の障害を認める 優位の表在感覚障害を認めるもの。 B 魚介類を介したメチル水銀の曝露歴があり、全身性表在感覚障害を認めるもの。 C 魚介類を介したメチル水銀の曝露歴があり、舌の二点識別覚の障害を認めるもの。 D 魚介類を介したメチル水銀の曝露歴があり、口周囲の感覚障害を認めるもの。 E 魚介類を介したメチル水銀の曝露歴があり、求心性視野狭窄を認めるもの。 F 上記A~Eに示す身体的な異常所見を認めないものの、魚介類を介したメチル水銀の濃厚な曝露歴があり、メチル水銀によるもの以外に原因が考えられない、大脳皮質障害と考えられる知的障害、精神障害、又は運動障害を認めるもの。 第2 争点 1 被告国県が規制権限を行使しなかったこと及び健康調査を実施しなかったことが国賠法1条1項の適用上違法となるか否か 2 本件患者らが水俣病に罹患しているか否か⑴ 水俣病の病像及び診断基準(四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害を水俣病の診断基準とすることが疫学的研究に照らし正当化されるか否かを 含む。)⑵ 本件患者らに水俣病の症候が認められると診断した共通診断書の信用性⑶ 本件患者らに、水俣病を発症させるに足りる程度のメチル水銀の曝露が認められるか否かの判断基準⑷ 個別の本件患者が水俣病に罹患しているか否か 3 消滅時効又は除斥期間の適用第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 1 被告国県の責任原因(争点1)について(原告らの主張) ⑴ 原告らの損害賠償請求が、改正前民法724条後段所定の期間(消滅時効又は除斥期間)の経過により許されないか否か⑵ 原告らの損害賠償請求につき、改正前民法724条前段所定の消滅時効が完成しているか否か 4 原告らの被告チッソに対する損害賠償請求 の期間(消滅時効又は除斥期間)の経過により許されないか否か⑵ 原告らの損害賠償請求につき、改正前民法724条前段所定の消滅時効が完成しているか否か 4 原告らの被告チッソに対する損害賠償請求が、不起訴合意に反し、又は訴権 の濫用として、許されないか否か 5 本件患者らの損害第3 争点に対する当事者の主張 1 被告国県の責任原因(争点1)について(原告らの主張) ⑴ 水質二法に基づく被告国の規制権限の不行使関西訴訟上告審判決で判示されたとおり、被告国が、昭和35年1月以降、被告チッソ水俣工場からの排水に関して、水質二法に基づき規制権限を行使しなかったことは、国賠法1条1項の適用上、違法である。 ⑵ 県漁業調整規則に基づく被告県の規制権限の不行使 関西訴訟上告審判決で判示されたとおり、被告県が、昭和35年1月以降、被告チッソ水俣工場からの排水に関して、県漁業調整規則に基づき規制権限を行使しなかったことは、国賠法1条1項の適用上、違法である。 ⑶ 旧食品衛生法4条に基づく被告国県の規制権限の不行使被告県は、遅くとも昭和31年11月には旧食品衛生法に基づく規制権限 を発動して水俣湾の魚介類の販売及び販売目的の採取、加工を禁止すべきであったにもかかわらず、これを発動せず、被告国は、被告県の上記規制権限の発動を妨害したのであり、これらは、国賠法1条1項の適用上違法である。 すなわち、公式確認の半年後である昭和31年11月の時点で、水俣病の原因食品は水俣湾の魚介類であることは明らかになっており、その病因物質 は被告チッソ水俣工場から排出された化学物質であることも、調査・研究を第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 1 被告国県の責任原因(争点1)について(原告らの主張) は被告チッソ水俣工場から排出された化学物質であることも、調査・研究を第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 1 被告国県の責任原因(争点1)について(原告らの主張) 行っていた研究者の間では確実視されていた。すなわち、水俣病が食中毒事件であることは判明していた。旧食品衛生法4条2号を適用するためには、原因食品が明らかになっていれば足り、病因物質が明らかになっている必要はない。 そうであれば、当然に被告県は同号に基づき水俣湾の魚介類の販売及び販 売目的の採取、加工を禁止すべきであった。実際、昭和32年7月24日の県水対連の会合でも、同号に該当する旨の告示をするという結論となった。 しかし、厚生省公衆衛生局長が、同年9月11日、被告県に、同号を適用することはできない旨の回答をしたことから、同号の適用は立ち消えとなった。これにより、水俣病の被害は拡大した。 ⑷ 旧食品衛生法27条に基づく被告国県による健康調査の不実施ア健康調査に関する被告国県の対応被告県は、昭和31年11月の段階で、旧食品衛生法27条2項に基づく健康調査をすべきであったのにこれをせず、被告国も、同条3項に基づく報告を受ける立場にあったことから、被告県に健康調査を促すか、自ら 健康調査をすべきであったのに、これをしなかったのであり、国賠法1条1項の適用上、違法である。 すなわち、被告県は、昭和31年8月、水俣市役所や水俣市漁協を通じて、水俣湾の魚介類が危険であるので摂食しないよう住民に対して指導するとともに、マスコミに対し、報道を依頼している。被告県は、この時点 で、奇病の原因は水俣湾の魚介類という食品であることを認識していたか、少なくとも強く疑っていた。したがって、被告県は、遅くとも同年11月の時 ミに対し、報道を依頼している。被告県は、この時点 で、奇病の原因は水俣湾の魚介類という食品であることを認識していたか、少なくとも強く疑っていた。したがって、被告県は、遅くとも同年11月の時点で、旧食品衛生法に基づく規制権限を発動すべきかを判断する資料を集めるために、同法27条2項及び同法施行令6条に基づき、疫学的調査及び細菌学的又は理化学的試験による調査を行わなければならなかった。 被告県が上記調査を行っていれば、仮に病因物質の特定に至らなかった第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 1 被告国県の責任原因(争点1)について(原告らの主張) としても、少なくとも原因食品が水俣湾の魚介類であることは容易に特定でき、そうすれば、同法4条2号を適用する前提事実の特定として十分であったのであり、被害の拡大を防ぐことができた。また、水俣病の病像や魚介類の摂食との疫学的因果関係も早期に明らかになり、長期の係争を経ずとも本件患者らが水俣病であることが明らかになった。しかし、被告県 は、上記調査を行わなかった。 イ旧食品衛生法27条2項に基づく調査の法的位置付け旧食品衛生法27条2項に基づく調査は、同法1条の目的を達するため、すなわち国民の健康の保護を図るために行われるものである。これにより本件患者らが得られる利益は、同調査が行われていれば水俣病の原因食品 が明らかになり、各種規制を行う等の対策がとられた結果、本件患者らが水俣病に罹患することはなかったという国民の健康そのものであり、反射的利益などではない。加えて、被告国県が同調査を行っていれば、水俣病の病像が明らかになり、今日のように多くの水俣病被害者が切り捨てられることはなかったのであり、本件患者らは、被害救済を受けることができ などではない。加えて、被告国県が同調査を行っていれば、水俣病の病像が明らかになり、今日のように多くの水俣病被害者が切り捨てられることはなかったのであり、本件患者らは、被害救済を受けることができ るという利益も享受することができた。 ウ調査の前提となる医師による届出被告チッソ水俣工場附属病院の細川院長は、昭和31年5月1日、水俣保健所に、原因不明の中枢神経疾患が多発していることを報告しているから、旧食品衛生法27条1項所定の医師による届出はされている。 仮に、同項所定の届出がなかったとしても、被告国県には同条の調査義務が生じていた。すなわち、同条1項の届出は、行政庁による食中毒事件の探知のための端緒として重要であるために義務付けられているのであり、行政庁が他の手段により食中毒事件を探知することもあり得る。そして、住民の生命・身体という利益は重大であること、被告国県は同年8月には 水俣病事件を食中毒事件と認識していたか、少なくとも疑っていたことか第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 1 被告国県の責任原因(争点1)について(被告国県の主張) らすると、早急に同条に基づく調査を行わなければ被害実態を把握できず、被害が拡大することを十分に予見できたこと、本件のように広範囲に被害者が生じている場合の調査は、能力や資源の面から被告国県でなければ実施することが困難であることからすると、同調査の不実施は、著しく不合理であり、違法である。 ⑸ 現在に至る被告国県による健康調査の不実施被告国県は、現在に至るまで、改正後食品衛生法58条(旧食品衛生法27条)に基づく調査又はそれに類似する疫学的調査を行っていない。前記⑷のとおり、水俣病の被害実態を明らかにするためには、疫学調査が不可欠 国県は、現在に至るまで、改正後食品衛生法58条(旧食品衛生法27条)に基づく調査又はそれに類似する疫学的調査を行っていない。前記⑷のとおり、水俣病の被害実態を明らかにするためには、疫学調査が不可欠であり、その調査を行う資源・能力を有しているのは、被告国県以外にない。 にもかかわらず、被害実態を正確に把握しないことは、著しく不合理であり、違法である。 なお、改正後食品衛生法58条2項は、医師による届出を受けたときのほか、その他食中毒患者等が発生していると認めるときにも調査義務が発生することを明確にしている。 (被告国県の主張)⑴ 水質二法に基づく被告国の規制権限の不行使原告らの主張は争う。 ⑵ 県漁業調整規則に基づく被告県の規制権限の不行使原告らの主張は争う。 ⑶ 旧食品衛生法4条に基づく被告国県の規制権限の不行使ア告示の法的位置付け及び違法性の判断枠組み公務員による規制権限の不行使を国賠法1条1項の適用上違法というためには、規制権限の根拠となる法令が存在し、これを行使するための要件が満たされていることに加え、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、そ の権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容さ第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 1 被告国県の責任原因(争点1)について(被告国県の主張) れる限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められる規制権限の不行使によって損害を受けたと認められることが必要である。 ところが、旧食品衛生法4条の規定は、有毒有害食品であるかどうかについての行政庁の認定・判断、告示等を介在させることなく、有毒有害食品の販売又は販売目的の採取等をしようとする者に対し、不作為義務を直 接実体的に課した規定である。 有毒有害食品であるかどうかについての行政庁の認定・判断、告示等を介在させることなく、有毒有害食品の販売又は販売目的の採取等をしようとする者に対し、不作為義務を直 接実体的に課した規定である。したがって、同条は、厚生大臣又は都道府県知事に対して上記行為を禁止すべき作為義務を課したものではないことはもちろん、禁止すべき権限を与えた規定でもない。 被告県が水俣湾の魚介類について同条2号に該当する食品として取り扱うことを告示する行為は、行政庁の規制権限の行使という性質を持つもの ではあり得ず、一種の行政指導の性格を持つものである。すなわち、行政庁において、有毒有害食品に該当するとの見解を示し、同号違反の行為に対して行政処分や刑罰が科されることがある旨の警告を発することで、食品衛生上の危害の発生を防止する効果が期待されていると考えられる。このような行政指導は、法令の根拠に基づくものではなく、行政指導をする か、するとした場合、いかなる内容で、いかなる時期に、いかなる方法で行うかは、全て当該公務員の全く自由な裁量に委ねられているというほかなく、これを行わないことは、原則として国賠法上違法となる余地はなく、違法となり得る場合があるとしても、極めて限定的な場合に限られると解される。 特に、食品衛生の領域においては、業者が、食品による危害発生の防止のため自主管理を行うことが求められており、行政による規制は、業者の自主管理を助長しながら、行政の規制なしには公衆衛生の確保が困難である場合にのみ、必要に応じて行われるべきものである。行政の行う監視、指導は、広範にわたる食品衛生の確保のため、重点的な事項を中心として 行われることにならざるを得ない。 第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 1 被告国県 の行う監視、指導は、広範にわたる食品衛生の確保のため、重点的な事項を中心として 行われることにならざるを得ない。 第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 1 被告国県の責任原因(争点1)について(被告国県の主張) イ昭和31年11月時点における有毒有害食品該当性の判断根拠旧食品衛生法4条は、刑事罰等の前提となる要件であるから、具体的な食品が有毒有害食品に該当するかは、厳格に解釈されるべきであり、その疑いがある程度では足りない(なお、昭和47年法律第108号による食品衛生法の改正により、初めて、有毒有害食品の疑いがあるものも規制対 象となった。)。 担当公務員が特定の食品について有毒有害食品に該当すると判断するためには、そのように確定的に判断し得るだけの十分な根拠が必要である。 しかし、昭和31年11月25日時点においても、水俣病はある種の重金属による中毒の疑いが濃厚となってきており、その中毒物質としては、マ ンガンが最も疑われるという状況にあり、原因物質の特定は全くできていなかった。また、中毒物質の発生地及び人体への侵入プロセスについては確定した学問的な根拠は実証されておらず、不明とされていた。このように、同月当時、水俣湾の魚介類の全てが有毒有害化しているといえなかったことはもちろん、水俣湾内のいかなる魚介類が有毒有害化しているのか、 水俣湾内のどの区域やどの層の魚介類が有毒有害化しているのかは全く不明であった。真の原因物質であるメチル水銀については、そもそも微量のメチル水銀を検出する技術自体が存在していなかった。したがって、同月時点において、水俣湾の魚介類が旧食品衛生法4条2号の有毒有害食品に該当すると判断できる状況にはなかった。 ウ告示の発出に関する被告国 出する技術自体が存在していなかった。したがって、同月時点において、水俣湾の魚介類が旧食品衛生法4条2号の有毒有害食品に該当すると判断できる状況にはなかった。 ウ告示の発出に関する被告国県の対応の合理性昭和32年7月時点においても、水俣病が水俣湾の魚介類の多食によるものであるという推測の根拠は、患者が沿岸漁業従事者及びその家族に多いことのほかには、伊藤所長のネコ実験の成果しかなかった。しかし、ネコ実験によっても、水俣湾内の魚介類は全てが有毒であるのか、有毒なも のと無毒なものが混在しているのか、仮に前者とすれば、実験ネコの発症第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 1 被告国県の責任原因(争点1)について(被告国県の主張) に至る期間に相当な差があり、いまだ発症が確認されない例があることをどう理解すべきか、特定の魚種のみが、あるいは特定の区域に生息する魚介類のみが何らかの理由により有毒化するということは考えられないのか、といった疑問が残されていた。 被告県は、具体的な魚介類を挙げてそれが旧食品衛生法4条2号の有毒 有害食品と断定し得るだけの根拠がなかったことから、同法を適用するためには、解釈上、水俣湾内の魚介類を全て有毒有害なものとみなす必要があるとの認識に達し、その当否を所管行政庁である厚生省に照会することとした。 これに対し、厚生省公衆衛生局長は、伊藤所長のネコ実験に上記限界が あることを踏まえ、水俣湾内の魚介類の全てを旧食品衛生法4条2号の有毒有害食品と認めることはできないとの回答をしたものであり、その内容には合理性が認められる。 ⑷ 旧食品衛生法27条に基づく被告国県による健康調査の不実施ア旧食品衛生法27条2項に基づく調査の法的位置付け 旧食品 いとの回答をしたものであり、その内容には合理性が認められる。 ⑷ 旧食品衛生法27条に基づく被告国県による健康調査の不実施ア旧食品衛生法27条2項に基づく調査の法的位置付け 旧食品衛生法27条2項に基づく調査は、行政庁が、食中毒事件あるいはその疑いのある事件について、的確に把握し、食中毒事件であるか否か等を判断するとともに、早急に対策を講ずるための調査であって、必ずしも個別の国民の健康を直接的に保護することを目的として行うわけではない。仮に、個別の国民が同項に基づく調査を受けることによって何らかの 利益を受けることがあったとしても、当該利益は事実上のものにすぎないから、本件患者らには、同項に基づく調査を受けることについて、法律上保護された権利ないし利益がないことは明らかであり、保健所長は、個別の国民との関係で、その利益の保護を目的として調査を実施すべき職務上の法的義務を負うものではない。したがって、保健所長が同項の調査をし なかったとしても、そのことが国賠法1条1項の適用上違法となることは第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 1 被告国県の責任原因(争点1)について(被告国県の主張) なく、まして、被告国が、被告県に対し、同調査を実施するよう促さなかったことが国賠法1条1項の適用上違法となることはない。 イ調査の前提となる医師による届出そもそも、旧食品衛生法27条2項の調査の前提となる医師による届出がされた事実はないから、保健所長が、同項に基づく調査及び報告をする 義務は生じていない。さらに、同条3項に基づく都道府県知事による報告は、上記保健所長による報告を前提とするから、被告県が同項に基づく報告をする義務も生じておらず、職務上の法的義務が存在しない。 ウ被 は生じていない。さらに、同条3項に基づく都道府県知事による報告は、上記保健所長による報告を前提とするから、被告県が同項に基づく報告をする義務も生じておらず、職務上の法的義務が存在しない。 ウ被告国県による調査の実施被告国県は、水俣病が発見されて以降、関係機関と連携を取り合いなが ら、必要かつ相当な調査を実施してきた。 すなわち、水俣保健所は、昭和31年5月、水俣病の発見の報告を受けると、直ちにその患者及び現地を調査し、被告県衛生部長に対し、患者の発生状況等について報告した。その後も、水俣保健所は、水俣市奇病対策委員会を設置して実態の調査研究に当たるとともに、熊本大学医学部に現 地調査を依頼した。被告県衛生部でも、現地調査を行うとともに、熊本大学に調査研究を依頼し、厚生省に対し報告した。被告県の依頼を受けて、熊大研究班が設置され、被告国県は、それぞれ、研究費や研究委託費の予算措置を執った。被告県は、調査の援助や資料の提供等を行い、職員を調査研究に同行させるなどし、熊大研究班とともに、原因究明に努めた。厚 生省においても、厚生科学研究班を設置し、昭和32年1月、熊大研究班等との合同研究発表会を行った。 ⑸ 現在に至る被告国県による健康調査の不実施原告らは、不知火海沿岸地域一円において本件患者らを含む水俣病患者が潜在的に存在することを前提として、現在までに改正後食品衛生法58条2 項(旧食品衛生法27条2項)に基づく調査を実施していれば、そのことが第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(原告らの主張) 容易に判明したと主張する趣旨と解されるが、上記前提についての立証はない。 前記⑷アのとおり、同項に基づく調査は、必ずしも 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(原告らの主張) 容易に判明したと主張する趣旨と解されるが、上記前提についての立証はない。 前記⑷アのとおり、同項に基づく調査は、必ずしも個別の国民の健康を直接的に保護することを目的として行うわけではない。 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について (原告らの主張)⑴ 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害水俣病を含む中毒性疾患においては、重症例・典型例から軽症例・非典型例まで、症候に多様性がある。水俣病の場合、急性劇症型では、急激かつ広汎性に脳や全身に重篤な障害が起こり、死に至るが、それより軽い症例では、 ハンター・ラッセル症候群と呼ばれるメチル水銀中毒症特有の症候、すなわち感覚障害、運動失調(言語障害を含む。)、視野狭窄及び難聴を示す。それより更に低濃度の汚染の場合や、長い経過をたどる場合には、症候がそろわない不全型・非典型例となる。現在問題となるのは、急性劇症型と異なり、発症経過が緩徐な慢性水俣病である。 慢性水俣病は、体性感覚障害を主要な症候の一つとする。この体性感覚障害は、メチル水銀によって主に大脳皮質の中心後回が障害されることで引き起こされると考えられている。 慢性水俣病では、体性感覚の中でも、表在感覚に分類される触覚及び痛覚の鈍麻が最も検出されやすいと考えられている。触覚及び痛覚の鈍麻の検出 パターンは、大きく、①四肢末梢のみならず、体幹の感覚も同様に鈍麻していることが検出できるもの、②四肢末梢のみならず、体幹の感覚鈍麻も検出できるが、なお四肢末梢と体幹とを比較すると四肢末梢優位に感覚が鈍麻していることが検出できるもの、③四肢末梢の感覚鈍麻が検出できるが、体幹の感覚は、明確な鈍麻を検出できないものに分かれる。痛覚のみ できるが、なお四肢末梢と体幹とを比較すると四肢末梢優位に感覚が鈍麻していることが検出できるもの、③四肢末梢の感覚鈍麻が検出できるが、体幹の感覚は、明確な鈍麻を検出できないものに分かれる。痛覚のみ、又は触覚 のみの鈍麻が検出できる症例も存在する。 第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(原告らの主張) メチル水銀による神経細胞の間引き脱落と呼ばれる程度では、表在感覚、深部感覚、複合感覚の全てが同程度に障害されるとは限らず、患者の最も影響を受けやすい感覚から障害が観察されるのは自然なことである。 ⑵ 疫学的研究ア疫学的研究に基づく因果関係の立証の当否 訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることで足りる(最高裁判所昭和50年10月24日判決・民集2 9巻9号1417頁)。 特に、本件のような公害訴訟における因果関係の認定の目的は、自然科学的な因果のメカニズムそのものを解明することではなく、原因行為を行った者(加害者)に、発生した結果を帰責できるかどうかを判断することにあるから、因果関係の因果のメカニズムを細分化し、その個々の経過全 てについて、一点の疑義もないよう解き明かすことは不要であり、実際上も困難である。 そして、疫学は、人における観察事実から帰納された一般法則を見出す方法であるから、疫学的に確認された因果関係は、高度の蓋然性を有するものとして、法的因果関係の立証に用いることができる。実 である。 そして、疫学は、人における観察事実から帰納された一般法則を見出す方法であるから、疫学的に確認された因果関係は、高度の蓋然性を有するものとして、法的因果関係の立証に用いることができる。実際、これまで の公害訴訟や、化学物質による労災事件及び薬害事件においても、疫学的知見に基づき、高度の蓋然性があるとして法的因果関係が認められてきた。 被告らは、疫学的因果関係は、集団に帰属する個人の罹患する疾病の原因を記述するものではない旨主張するが、誤りである。そもそも、あらゆる自然科学分野の一般法則は、多数の観察データから得られるものであり、 上記主張は、裁判において科学的知見を用いることを禁止するに等しいも第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(原告らの主張) のである。今日の根拠に基づく医療(EBM)においても、疫学的指標に基づき、個々の患者に対する医療をすることが重視されている。 疫学的証明によって法的因果関係が推定される程度については、相対危険度が5以上(寄与危険度割合が80%以上)であれば、曝露群に属する個人について法的因果関係が高度の蓋然性をもって肯定され、相対危険度 が2以上(寄与危険度割合が50%以上)であれば、優越的蓋然性が認められ、他原因による発症の立証がない限り水俣病と推認すべきであり、これより低いときでも、一つの間接事実となって、他の事実と相まって因果関係を認定し得る場合があると考えるべきである。 メチル水銀中毒である水俣病の場合、メチル水銀中毒の最も多い症候で ある四肢末梢優位の感覚障害について、疫学的に高い相対危険度や寄与危険度割合が認められるのであれば、メチル水銀の曝露及び当該症候を有する患者は、水俣 病の場合、メチル水銀中毒の最も多い症候で ある四肢末梢優位の感覚障害について、疫学的に高い相対危険度や寄与危険度割合が認められるのであれば、メチル水銀の曝露及び当該症候を有する患者は、水俣病と判断してよいこととなる。 イ四肢末梢優位の感覚障害に関する疫学的研究日本精神神経学会(甲C3)は、曝露と四肢末梢優位の感覚障害(昭和 52年判断条件に基づけば水俣病と判断されないもの)との疫学的関連性を示すオッズ比が112.4、寄与危険度割合は99.1%という高い値となることを明らかにしている。 津田(甲B40)は、曝露と四肢末梢優位の感覚障害(昭和52年判断条件に合致しないもの)との疫学的関連性を示す寄与危険度割合が、立津 調査(水俣)で98%、そのほかは99%を超えていることを明らかにしている。 疫学調査に基づき工場群からの排煙が呼吸器症状の原因であると裁判上認定された四日市大気汚染公害において、相対危険度はせいぜい5~10であったこと、大気汚染の場合の寄与危険度割合が50~67%であるこ と等と比較すると、津田(甲B40)で明らかにされた曝露地域の相対危第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(原告らの主張) 険度及び寄与危険度割合は異常に高い。 これに対し、非曝露地域における四肢末梢優位の感覚障害の有病割合は、せいぜい1%程度である。 神経精神学会(甲C3)及び津田(甲B40)の信用性に関する被告らの主張は、以下のとおり、誤っている。 (ア) 疾病の定義の問題日本精神神経学会(甲C3)及び津田(甲B40)が対象とする疫学調査のうち、立津調査は、熊本大学医学部神経精神医学教室の立津政順をはじめとする36人の医師チ る。 (ア) 疾病の定義の問題日本精神神経学会(甲C3)及び津田(甲B40)が対象とする疫学調査のうち、立津調査は、熊本大学医学部神経精神医学教室の立津政順をはじめとする36人の医師チームが水俣地区、御所浦地区及び有明地区で行った調査であり、四肢末梢性の感覚障害について統一的な定義及 び診断基準で行ったものである。同教室は、当時、熊本大学医学部では唯一の神経精神医学教室であり、立津調査に参加した医師らが神経精神学の専門家であったことは明らかである。 藤野調査は、熊本大学医学部神経精神医学教室所属で立津調査にも参加した藤野糺医師が行った調査であり、立津調査と同じ内容で行われた ことが明らかにされている。 原田調査は、立津調査にも参加した原田正純医師が行った調査であり、立津調査と異なる定義及び診断基準を用いたとは考えられないし、原田調査が福浦地区と湯ノ口地区との間で共通の基準で行われたことは明らかである。 Ninomiya調査が御所浦大浦地区と市振地区との間で共通の基準で行われたことも明らかである。 したがって、日本精神神経学会(甲C3)及び津田(甲B40)が対象とする疫学調査に、疾病の定義や診断基準の不統一はなかった。なお、日本神経学会の認定医制度が始まる前に行われた立津調査(昭和46年)、 始まった直後に行われた原田調査(昭和51年)、藤野調査(昭和52年)第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(原告らの主張) に認定医の関与がないことを問題とする被告らの主張は無意味である。 (イ) 診断バイアスの問題水俣病の疫学調査及びその検討について、被告らのいう診断バイアスにより信用性が否定されることはない。 a 定医の関与がないことを問題とする被告らの主張は無意味である。 (イ) 診断バイアスの問題水俣病の疫学調査及びその検討について、被告らのいう診断バイアスにより信用性が否定されることはない。 a 診断方法 水俣病における痛覚や触覚等の表在感覚障害に関する診断方法は確立されており、前記(ア)のように、共通の診断基準の下、熊本大学医学部精神神経医学教室所属の医師らが診断を行っている。 公健法及び特措法に基づく検診においても、日本精神神経学会(甲C3)及び津田(甲B40)の対象となる疫学調査以上に詳しく感覚 障害の所見の取り方について定めていない。 神経内科専門医以外の医師も、日常的に感覚障害の所見を取っており、所見を取り違えることはほとんどない。 仮に「症候なし」から「症候あり」への誤分類が一定程度生じたとしても、寄与危険度割合はそれほど大きく変動しない。 b 先入観の影響神経症状は装うことが困難な症状とされており、仮に検者及び被検者に水俣病かもしれないという先入観があったとしても、感覚障害の診断に影響を与えたとは考えられない。 むしろ、水俣病においては、患者は症状を控え目にしか訴えない傾 向が強い。漁業を生業とする地域で、水俣病の症状を訴えることは、魚が汚染されていることを訴えることになり、獲った魚が売れなくなることを意味し、自分だけでなく地域全体の住民の生活を圧迫することになるためである。加えて、水俣病のように進行する症状では、患者は、症状があっても自覚していないことが多く、立津調査において、 医師が症状ありと診断した患者の中で症状を自覚していた患者の割合第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(原告らの主張) 師が症状ありと診断した患者の中で症状を自覚していた患者の割合第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(原告らの主張) は、相対的に低かった。 曝露に介入することができない水俣病の検査において、被検者の盲検化は不可能であるし、医師が現地に出向いて診察するほかない以上、検者の盲検化も現実的に不可能である。それを前提として、バイアスが生じ得るとしても結果に重要な影響を与えるほど大きいかを考慮す べきである。情報バイアスの典型例とされる想起バイアスは、ほとんどない、又はあったとしてもわずかであることが実証研究で示されている。 被告らが挙げる想像妊娠やノシーボ効果の発生頻度は、現実的には問題にならないほど低い。 c 立津調査とNinomiya調査との対比被告らは、昭和46年の立津調査と昭和50年ないし昭和54年のNinomiya調査の有病割合の差を診断バイアスによるものと主張するが、立津調査が悉皆調査であったのに対し、Ninomiya調査は、漁村である御所浦大浦地区と非汚染地域である市振地区にお ける志願者調査であり、御所浦大浦地区での調査は、水俣病に罹患した可能性がある者が調査に参加したと思われ、漁村であり魚介類の摂取が多いことからも、有病割合が高くなったことは不自然ではない。 Ninomiya調査の曝露群と非曝露群を対照した寄与危険度割合は98.1%であり、志願者であったことでは説明できない高さである。 (ウ) 曝露指標設定の問題曝露群及び非曝露群を居住地(居住歴)で決めることは、疫学調査で一般的に行われており、水俣病の疫学調査で、居住地以外に曝露群を定義する方法がない。 仮に曝露群として分類された居住地の対象者に曝露を 曝露群及び非曝露群を居住地(居住歴)で決めることは、疫学調査で一般的に行われており、水俣病の疫学調査で、居住地以外に曝露群を定義する方法がない。 仮に曝露群として分類された居住地の対象者に曝露を受けていない者 がいるとすれば、寄与危険度割合は過小に評価されるだけである。すな第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(原告らの主張) わち、居住歴を曝露指標とすることによるバイアスは、非差異的誤分類であるから、関連性を過小評価する方向に働く。 被告らは、発症閾値を前提とする主張をするが、毛髪水銀値は変動するものであり現実の曝露の程度を証明するものではないし、毛髪水銀値50ppmを発症閾値とする主張自体に理由がない。 (エ) 交絡因子の問題日本精神神経学会(甲C3)及び津田(甲B40)は、交絡因子について具体的に検討している。 津田(甲B40)は、年齢、糖尿病及び頚椎症を交絡因子として検討しており、そのうち年齢については、非曝露群として用いた熊本調査の 対象者の年齢層が、曝露群として用いた立津調査、藤野調査、原田調査及びNinomiya調査の対象者の年齢層より高いことなどから、判断を誤る方向の交絡因子として作用することはないことを明らかにしている。また、糖尿病及び頚椎症については、曝露群に観察された四肢末梢優位の感覚障害の有病割合に比べ著しく低い有病割合しか期待できな いこと、糖尿病患者で四肢末梢優位の感覚障害を有する者の割合は低いことから、交絡因子として考慮する必要がないことを明らかにしている。 日本精神神経学会(甲C3)は、年齢を交絡因子として想定した上で、原田調査について、調査対象者を15歳以上としたことにより有病割合を から、交絡因子として考慮する必要がないことを明らかにしている。 日本精神神経学会(甲C3)は、年齢を交絡因子として想定した上で、原田調査について、調査対象者を15歳以上としたことにより有病割合を高めに推定してしまう可能性を考慮して14歳以下の年少人口を加え る補正を加えており、補正後は有機水銀の影響を過大評価するバイアスは働かないことを明らかにしている。 (オ) 疫学調査選択の問題被告らは、日本精神神経学会(甲C3)及び津田(甲B40)が立津調査(有明)を非曝露群として採用していないことを論難する。しかし、 日本精神神経学会(甲C3)は、有明地区(天草市赤崎、須子、大浦)第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(原告らの主張) は不知火海とつながっており、この地域の漁師は日常的に不知火海に漁に出かけていたこともあり、メチル水銀の曝露による四肢末梢の感覚障害が混入している可能性が否定できないとしている。立津(甲B1)自体、有明地区住民の間にも、水俣病患者と区別の付け難い症状例が認められているとした上で、この問題例と有機水銀中毒との関係はなお慎重 に検討されるべきであるとしており、有明地区を非曝露地域とすることにそもそも問題があったことを認めている。立津調査における有明地区の有病割合は、他の非曝露群と比べ突出して高く、有明地区を非曝露地域として寄与危険度割合を算定することは不適切である。 被告らは、徳臣晴比古教授らによる水俣地区における調査(以下、昭 和46年ないし昭和49年に同教授らにより同地区、有明地区及び八代地区で実施された調査を併せて「徳臣調査B」という。)を採用していないことを論難する。しかし、徳臣調査Bにいう末梢優位 下、昭 和46年ないし昭和49年に同教授らにより同地区、有明地区及び八代地区で実施された調査を併せて「徳臣調査B」という。)を採用していないことを論難する。しかし、徳臣調査Bにいう末梢優位感覚障害とは、腱反射(深部反射)についてのものとされ、痛覚や触覚を測定したか、どのような方法で測定したか不明で、その程度も「減弱」、「正常」、「亢 進」と分類されているが、どのような基準で分類されたかも不明である。 このような徳臣調査Bは、他の疫学調査と比較しようがない。 立津調査のうち御所浦地区と有明地区で有意差が見られなかったのは、上記のとおり、有明地区の対象者にメチル水銀曝露の影響を受けた者がいた可能性が否定できないためである。 (カ) 数値の典拠の問題津田(甲B40)は、藤野調査、原田調査及びNinomiya調査の原データを検討しているのであり、出所不明の数値を用いてはいない。 日本精神神経学会(甲C3)の数値の導出根拠についても、論考中で説明がされている。 (キ) 時点の問題第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(原告らの主張) 被告らは、疫学調査の調査時期と本件患者らが四肢末梢優位の感覚障害を認められた時期との隔たりを指摘するが、新有病率調査の結果に照らし、現在の本件患者らにも、過去の疫学の知見が当てはまることが示されている。 (ク) オッズ比から相対危険度を推定するための条件 原告らが主張する寄与危険度割合は、既存の疫学調査の結果を比較することで、横断研究の有病オッズ比を用いて推定した罹患率比を用いて導いたものであり、症例対照研究における曝露オッズ比から相対危険度を推定することの当否を論ずる被告らの主張は、 疫学調査の結果を比較することで、横断研究の有病オッズ比を用いて推定した罹患率比を用いて導いたものであり、症例対照研究における曝露オッズ比から相対危険度を推定することの当否を論ずる被告らの主張は、的外れである。 次に、横断研究における有病オッズ比を罹患率比に推定するために、 定常状態であることが条件となることはそのとおりである。しかし、原告らが問題としている感覚障害は、発症時期を確定することが困難であり、ひとたび発症すると治癒し難い慢性の疾患である一方、死亡率への影響は限られているから、現在、有病割合が大きく変化していることは想定し難い。このような疾患は、定常状態が存在するものとして扱われ、 研究されている。また、メチル水銀曝露に由来する場合であっても、そうでない場合であっても、四肢末梢優位の感覚障害等は、いつ発症したかが定義しづらく、死亡率への影響が限られているような慢性の症状であり、容易に改善するものではないから、その平均罹病期間に違いがあると考える根拠はない。したがって、有病オッズ比を罹患率比とみなす ことには問題がない。なお、仮に曝露群と非曝露群とで平均罹病期間が異なるとしても、有病オッズ比と罹患率比の一致が理論疫学的には保証されないというだけであり、近似的には保持されていることが報告されている。 ウ全身性感覚障害に関する疫学的研究 非曝露地域における立津調査(有明)、藤野調査(加計呂麻島)及び熊本第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(原告らの主張) 調査では、全身性感覚障害がある症例は0人であったのに対し、曝露地域における立津調査(水俣・御所浦)及び藤野調査(桂島)では、有病割合は次表のとおりであり、相対危 いて(原告らの主張) 調査では、全身性感覚障害がある症例は0人であったのに対し、曝露地域における立津調査(水俣・御所浦)及び藤野調査(桂島)では、有病割合は次表のとおりであり、相対危険度は無限大、寄与危険度割合は100%と算定される。このように、全身性感覚障害は、特異的といってもよいほど、メチル水銀曝露以外の原因ではほとんど見られない症候であるといえ る。 曝露地域有病割合相対危険度寄与危険度割合立津調査(水俣)1.5%∞100%立津調査(御所浦)0.1%∞100%藤野調査(桂島)11.0%∞100%エ新有病率調査(ア) 新有病率調査に基づく寄与危険度割合新有病率調査の奄美地区を非曝露地域として、宮野河内地区及び姫戸地区について四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害の有病オッズ 比及びこれに基づく寄与危険度割合を算定すると、次表のとおりである。 なお、括弧内は、宮野河内地区及び姫戸地区の調査で受診しなかった残りの住民が昭和28年から昭和43年までの期間において当該地区に居住歴があり、特措法の対象地域に居住歴がなく、かつ、四肢末梢優位又は全身性の感覚障害が全くなかったと仮定した場合の有病オッズ比及び 寄与危険度割合である。 曝露地域症候有病オッズ比寄与危険度割合宮野河内四肢末梢優位62.8(8.2)98.4%(87.8%)全身性39.9(12.6)97.5%(92.1%)姫戸四肢末梢優位51.6(9.9)98.1%(89.9%)全身性18.5(8.1)94.6%(87.7%)このように、選択バイアスを考慮して、寄与危険度割合が極端な過小第2章 51.6(9.9)98.1%(89.9%)全身性18.5(8.1)94.6%(87.7%)このように、選択バイアスを考慮して、寄与危険度割合が極端な過小第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(原告らの主張) 評価となるような仮定を置いたとしても、寄与危険度割合は最低でも87.7%という高い値となる。 このことから、従来曝露地域とされていなかった不知火海沿岸全体に汚染が広がっていることが示される。 (イ) 疾病の定義の問題 新有病率調査では、触覚検査及び痛覚検査の方法を具体的に定め、触覚障害及び痛覚障害ありと判断する基準についても定めているから、疾病の定義が統一されていないという問題はない。 (ウ) 診察方法及び診断基準の問題新有病率調査における診察方法は、共通診断書検診とほぼ同様である が、その感覚障害の診察方法に問題がないことは、後記3(原告らの主張)のとおりである。いずれにしても、統一された疾病の定義及び診断基準の下行われた新有病率調査で高い寄与危険度割合が算出されることの意義は大きい。四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害が認められるか否かの検査手法と、共通診断書作成手順が定める診断基準A及び Bの相当性とは無関係である。 (エ) 曝露指標設定の問題居住地が曝露指標として限界を有するとしても、寄与危険度割合が過小評価となる非差異的誤分類しか生じないから、問題ない。 新有病率調査の対象から除外された者には、救済対象地域に居住して メチル水銀曝露を受けた者も含まれており、居住歴のない者のみを除外したことを前提とする被告らの主張は理由がない。 ある地域における標本調査によって ら除外された者には、救済対象地域に居住して メチル水銀曝露を受けた者も含まれており、居住歴のない者のみを除外したことを前提とする被告らの主張は理由がない。 ある地域における標本調査によって得られた有病割合そのものは、他の集団に適用することができないが、疫学研究による系統的な分析によって得られた有病オッズ比や罹患率比、これらに基づき生物学的理解を 反映させて導かれた法則は、時点や場所に拘束されず、一般的に適用可第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(原告らの主張) 能なものである。 ⑶ 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害以外の症候ア舌の二点識別覚異常舌の二点識別覚異常も、慢性水俣病の特徴的症候として挙げられる。二点識別覚異常は、水俣病以外ではまれである。歯科大学生を対象とした調 査において、舌の二点識別覚閾値は、2mm弱に収れんしている。関西訴訟控訴審判決においても、舌の二点識別覚異常が水俣病の判断基準として採用されている。 イ口周囲の感覚障害口周囲の表在感覚障害(胸部等と比べて口周囲の感覚が鈍くなる症候) も、慢性水俣病の主要な特徴的症候である。 ウ求心性視野狭窄慢性水俣病では、メチル水銀により大脳の視覚野が障害されることによって視野狭窄などの視野障害が現れやすく、特に、視野の周辺部分から欠損する求心性視野狭窄がよく見られる。 エ運動失調運動を行う際に多くの筋肉が調和を保って動くことを協調運動というが、これが障害される運動失調は、水俣病の主要症候の一つである。慢性水俣病では、小脳性運動失調のほか、感覚性運動失調も見られ、両者を分離することが困難な例も存在する。 オ構音障害 いうが、これが障害される運動失調は、水俣病の主要症候の一つである。慢性水俣病では、小脳性運動失調のほか、感覚性運動失調も見られ、両者を分離することが困難な例も存在する。 オ構音障害脳の言語中枢(言語野)の障害がない状態で、言語を話すことが障害されることを構音障害といい、メチル水銀汚染地域の住民には、構音障害が高い頻度で見られる。慢性水俣病における構音障害は、発声に関わる筋肉の運動失調が原因と考えられているが、言葉がスムーズに出ない、言葉が 単調で遅いなどの傾向が見られることから、口周囲、口腔、顔面などの感第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(原告らの主張) 覚障害も影響している可能性がある。構音障害が見られる患者では、感覚障害や運動失調を有する例が多い。 カ聴力障害メチル水銀汚染地域の住民には、他の地域と比較して、高い頻度で聴力障害が見られる。慢性水俣病における聴力障害は、中枢性のもの(聴覚中 枢が存在する大脳側頭葉の障害)と考えられているが、内耳が障害されている可能性も否定できない。症状としては、音自体が聞こえにくくなるほか、音は聞こえても言葉が理解しにくくなる現象が多く見られ、これは、中枢性の聴力障害の特徴であると考えられる。 キその他の神経症候 慢性水俣病においては、以上のほかにも、味覚障害・嗅覚障害、振戦、筋力低下・筋萎縮、意識障害発作が高頻度で認められる。 自覚症状としては、こむらがえり(からすまがり)という有痛性筋痙攣の頻度が非常に高く、夜就寝中に起こることが多い。 ⑷ 感覚障害のみを示す水俣病 ア病理学的知見被告らが感覚障害のみを示す水俣病を否定する根拠として挙げる剖検所見 という有痛性筋痙攣の頻度が非常に高く、夜就寝中に起こることが多い。 ⑷ 感覚障害のみを示す水俣病 ア病理学的知見被告らが感覚障害のみを示す水俣病を否定する根拠として挙げる剖検所見は、これまでに被告ら自身が線引きしてきた認定患者から得られた所見にすぎない。水俣病においては、病理解剖所見に対応する臨床症状や神経学的所見が確認できない症例が多数存在するなど、未解明の部分が多く残 されている。病理解剖に基づき、水俣病は複数部位の障害が並行する病態であるという知見が得られたとしても、四肢末梢優位の感覚障害のみを有する水俣病が存在しないということを導くことはできない。そもそも、死後の病理解剖所見は、死後の脳細胞を観察し、病気の症候を形態学的に判断するだけのものであり、それにより病気とその原因の関連が判断できる わけではなく、因果関係を判断するためには、疫学的手法に基づく定量的第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(原告らの主張) な検証が必要である。 衞藤光明医師(以下「衞藤医師」という。)の剖検結果を含むこれまでの病理診断は、比較群も設定せず、最重症の患者に見られた特徴的な所見をもって水俣病と判断し、それ以外を水俣病と判断しないものであり、問題が多い。衞藤(乙イB54)も、疫学における初歩的誤りを犯しているこ と、不適切なデータ集めをしていることから、信頼性がない。 イ毒性学の観点毒性学の用量-反応関係に基づく被告らの主張は、当該摂取量を摂取した人数が均一であるという非現実的な条件を前提とした立論である。環境汚染による曝露の場合には、高濃度汚染による多量の曝露を受ける者より も、低濃度汚染による少量の曝露を受ける者 摂取量を摂取した人数が均一であるという非現実的な条件を前提とした立論である。環境汚染による曝露の場合には、高濃度汚染による多量の曝露を受ける者より も、低濃度汚染による少量の曝露を受ける者の方がはるかに多いことが想定される。そのことを無視して、不特定多数の集団がある物質を摂取した場合に、少量の摂取量で発症する者の数が少ないと結論づけることはできない。 ウ臨床医学的知見 被告らが指摘する椿班(乙イB56)においても、感覚障害のみを有する症例が存在することが認められていることが重要である。 「水俣病の判断条件に関する医学専門家会議の意見」と異なり、四肢末梢優位の感覚障害が、水俣病以外の疾病でほとんど見られない特徴的な症候であることは、前記⑵の疫学的研究で明らかになっている。 ⑸ 発症閾値ア継続的にメチル水銀を摂取した場合の体内蓄積被告らの主張のうち、経口摂取されたメチル水銀が、新たな取り込みがなければ減少していくことは認めるが、その半減期を70日とする点は争う。 半減期を70日とすることは、人体を単一の区画であると仮定し、体内第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(原告らの主張) の諸臓器における差を考慮せず、諸臓器において並行してメチル水銀の蓄積量が増減すると仮定した特定のモデルに基づく仮説でしかない。メチル水銀は、他臓器よりも脳に長期にわたって残留するため、脳における半減期は、毛髪や血液中における半減期より長く、70日よりはるかに長くなることが指摘されている。 また、慢性発症のメカニズムとしては、単に蓄積水銀値の積み重ねで起こるだけではなく、水銀による神経細胞の単一細胞壊死の累積にも起因すると考 70日よりはるかに長くなることが指摘されている。 また、慢性発症のメカニズムとしては、単に蓄積水銀値の積み重ねで起こるだけではなく、水銀による神経細胞の単一細胞壊死の累積にも起因すると考えられ、長期曝露によって障害される神経細胞の数的累積が重要であることが指摘されている。 イ発症閾値の存否 メチル水銀に反応閾値があり、これを超えない微量摂取によっては水俣病を発症しないとの被告らの主張は争う。被告らの主張は、古い時代の文献に基づくものであり、現在の科学的知見では、全ての化学物質に反応閾値があるなどとは認識されていない。 そもそも、閾値は、一定の観察対象において発症例が生じる限界的な曝 露量から求められるが、当該観察対象の外に、より感受性の高い個体がいる可能性があるため、真の閾値を実証することは原理的に不可能である。 近時の文献であるBrownson(甲B64)には、メチル水銀についての閾値又は無作用レベルは認識されていないことが記載されている。 被告らが指摘する世界保健機構(WHO)のメチル水銀に関する環境保 健クライテリア101(以下「クライテリア101」という。)に示された毛髪水銀値50~125ppmや1日摂取量3~7µg/kg体重といった数値は、発症閾値、すなわち当該摂取量を下回れば発症することがない安全な値として記載されたものではない。また、国際機関の共同事業による報告には、多分に政治的判断の影響があり、信用性について過大に評価すべきではな い。 第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(原告らの主張) FAO/WHO合同食品添加物専門家会議(JECFA)が策定したPTWI(暫定耐容週間摂取量)は、発症閾 者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(原告らの主張) FAO/WHO合同食品添加物専門家会議(JECFA)が策定したPTWI(暫定耐容週間摂取量)は、発症閾値とは異なる概念である。加えて、本件患者らはいずれも17歳までの間にメチル水銀に汚染された魚介類を摂取した者であるところ、平成15年(2003年)以降、17歳までの子供についてのPTWIは成人より低い1.6µg/kg体重とされている。 実際、椿(甲B67)では、毛髪水銀値21.0ppmの女性について、口周囲及び四肢末梢の感覚障害が報告され、Maruyama(甲B68)では、50ppm未満の毛髪水銀値であった者の95.1%に両側性四肢末梢性の感覚障害が認められることが報告され、丸山(甲B69)では、阿賀野川流域の住民について、毛髪水銀値が10ppmを超えると、メチル水銀中 毒症の有病率が高くなる可能性が示唆され、Yorifuji(甲B70)では、神経学的所見、特に口周囲の感覚障害が毛髪水銀値50ppm以下の住民でも見られたことが報告されている。 海外の研究でも、NRC(甲B71)では、50ppm以下の毛髪水銀値が、視覚系の障害及び神経運動障害と関連していることが報告され、Yoko o(甲B72)では、ブラジルのパンタナル地方の研究で、被検者129人の毛髪水銀値が0.56~13.6ppmにとどまっているにもかかわらず、神経生理学的機能への影響が見られることが報告されている。 これまで、水俣病であるとの行政上の認定を受けた者の中にも、毛髪水銀値が50ppm以下の者が相当数存在し、そのことは、丸山(甲B69)や 新潟地方裁判所平成27年3月23日判決でも指摘されている。 被告らの主張を前提とすれば、新たなメチル水銀の高濃度 髪水銀値が50ppm以下の者が相当数存在し、そのことは、丸山(甲B69)や 新潟地方裁判所平成27年3月23日判決でも指摘されている。 被告らの主張を前提とすれば、新たなメチル水銀の高濃度曝露がない限り、過去に高濃度に曝露した者の脳内水銀値も時間の経過により正常化するはずであるが、武内(甲B73)では、発症後6~10年以上経過した剖検例に、脳水銀値が発症量(1ppm)を超えているものが散見されること が報告され、武内(甲B25)では、5歳で急性発症し23歳で死亡した第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(原告らの主張) 剖検例に関し、腎臓の水銀値が正常値の約5倍、脳の水銀値が正常値の40~100倍にも当たることが報告されている。 ⑹ 遅発性水俣病ア遅発性水俣病の報告例メチル水銀曝露が終了したと考えられる時期以降に水俣病の症状が発現 したり、悪化したりする例があることが、昭和47年の椿(甲B15)の指摘以降、多数報告されており、遅発性水俣病と呼ばれている。 白川(甲B16)は、新潟水俣病について初診時から6~8年後に水俣病の主要症状を高率に認めたことを報告している。 藤野(甲B19)は、昭和46年の御所浦地区の調査対象者に対する昭 和52年から昭和53年にかけての再調査の結果、自覚症状・神経症状が悪化しており、水俣病診断率が8.6%から69.7%に上昇したことを報告している。 藤野(甲B17)は、昭和53年から昭和62年にかけて熊本・鹿児島県外に転出した住民の健康調査の結果、転出後平均7.9年±5.6年で自 覚症状が発現したこと、転出後21年以上経過して症状が発現した症例も3例あったことを報告している。 若宮 て熊本・鹿児島県外に転出した住民の健康調査の結果、転出後平均7.9年±5.6年で自 覚症状が発現したこと、転出後21年以上経過して症状が発現した症例も3例あったことを報告している。 若宮(甲B18)は、熊本県認定患者については昭和43年の排水停止後に、新潟県認定患者については昭和40年の漁獲販売禁止後に、発症した例が多数存在したこと、少なくとも10年以上の期間を経て発症した例 があることを報告している。 排水停止から32年が経過した平成12年以降になって水俣病の症候が発症又は悪化した者が多数存在することを裏付ける報告として、不知火海沿岸住民健康調査実行委員会による調査(以下「平成21年沿岸住民調査」という。)、環境省が保健手帳交付者及び公健法認定申請者を対象として行 ったアンケート調査及びサンプル調査、重岡伸一医師らによる報告、並び第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(原告らの主張) にTakaoka(甲B93)がある。 イ遅発性水俣病の機序遅発性水俣病の機序について、被告らが指摘する三つの仮説があるが、水俣病を代表例とするメチル水銀中毒症は、科学的に未解明な部分が多く、仮説であるというだけで事実認定ができないとすることは不合理である。 (ア) 長期微量曝露説前記⑸のとおり、生物は全ての化学物質に対して必ず反応閾値を有しているとする被告らの主張は、誤りである。 (イ) 脳内残留水銀説脳内残留水銀説の前提として、メチル水銀が大脳に蓄積しやすいとい うことがいえなければならないわけではない。また、公健法上の認定患者と一般人の脳内残留メチル水銀濃度に差がないとしても、直ちに脳内残留水銀説が排斥されるわけでは 水銀が大脳に蓄積しやすいとい うことがいえなければならないわけではない。また、公健法上の認定患者と一般人の脳内残留メチル水銀濃度に差がないとしても、直ちに脳内残留水銀説が排斥されるわけではない。 (ウ) 加齢説遅発性水俣病の中には、加齢現象が加わって発症するものがあること が指摘されている。武内(甲B25)は、慢性発症例に位置付けた症例の中に、発症から18年程度経過後に水俣病の症状が増悪する可能性を示唆するものや、不顕性ないし不全型発症後に加齢現象が加わって水俣病症状が顕在化したのではないかと考えられるものがあると報告している。武内忠男教授(以下「武内教授」という。)の仮説には未解明な部分 もあるが、そのことをもって仮説が誤っているとまで評価すべきではない。 ウ遅発性水俣病を否定する科学的知見水俣病の発症時期が曝露終了から通常1か月程度、長くとも1年程度であるとする被告らの主張は、争う。同主張の根拠となるデータは示されて いない。クライテリア101の知見が必ずしも科学的合理性を有するとは第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(原告らの主張) いえない。日本公衆衛生協会(乙イB69)は、症例数が少なく、症例の選抜に関する問題点がある。 エ他の中毒性神経疾患における遅発性発症例病因物質の取り込み後、遅発性で症候が生じ、又は増悪することは、水俣病に特有のものではなく、三井三池炭坑の炭塵爆発による一酸化炭素中 毒事件(三村(甲B27))、各種農薬による神経・精神障害(木根渕(甲B28))、宮崎県高千穂土呂久地区の鉱毒事件(堀田(甲B29))においても報告されている。 したがって、症状の発現時期が遅いことをもって 村(甲B27))、各種農薬による神経・精神障害(木根渕(甲B28))、宮崎県高千穂土呂久地区の鉱毒事件(堀田(甲B29))においても報告されている。 したがって、症状の発現時期が遅いことをもって、被告チッソの排水に由来するメチル水銀中毒に基づく症状であることを否定することはできな い。 ⑺ 他原因との鑑別可能性ア一般的な他原因の可能性被告らが援用する池田(乙イB18)の中高年女性における不定愁訴の実態調査は、手足のしびれや感覚の鈍さに関する抽象的なものにすぎず、 四肢末梢優位の感覚障害が水俣病の典型的な症状であることを否定するものではない。四肢末梢優位の感覚障害は、加齢に伴い出現頻度が増加するような症候ではない。 イ糖尿病性ニューロパチー糖尿病の合併症としてのニューロパチーは、両下肢の遠位部(足趾・足 首)から発症し、徐々に拡大するのであり、上肢にまで及んで四肢末梢の感覚障害となるのは、糖尿病性ニューロパチーが相当進行した症例に限られるが(安田(甲B83)、馬場(甲B84))、本件患者らの中にはそのような重症者はいない。 糖尿病性ニューロパチーの場合、自覚症状に先行して、両側性でアキレ ス腱反射が消失することが多いのに対し、水俣病は中枢性の障害であるか第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(原告らの主張) ら、腱反射は保たれている。 糖尿病性ニューロパチーの症状が自覚されるためには、まず、高度の血糖コントロール不良が長期間継続することが必要であり、糖尿病性ニューロパチーによる四肢末梢優位の感覚障害と水俣病による四肢末梢優位の感覚障害は、発症時期で区別が付くことが多い。 このように、糖尿病の発症時期、 が長期間継続することが必要であり、糖尿病性ニューロパチーによる四肢末梢優位の感覚障害と水俣病による四肢末梢優位の感覚障害は、発症時期で区別が付くことが多い。 このように、糖尿病の発症時期、血糖コントロールの状況、腱反射の低下、感覚障害の範囲等を検討すれば、水俣病と糖尿病性ニューロパチーを鑑別することができる。 なお、多発性ニューロパチーに単ニューロパチーが重層するというのは、極めてまれな例である上、単ニューロパチーは、突然単一神経麻痺が起こ り、3か月以内に自然に治まるという特徴があり、本件患者らの症候とは異なる。 ウ変形性脊椎症脊椎に変形性変化があるからといって、感覚障害等の神経症状が発生するわけではなく、徳臣(乙イB121)、Clarke(乙イB122)等 の報告によれば、一般に変形性脊椎症の出現頻度は低く、特に、四肢末梢優位の感覚障害を生じる変形性脊椎症(脊髄症例)の出現頻度は低い。 変形性脊椎症の場合、分節性の感覚障害(脊椎の変形により影響を受けた神経の支配領域に対応する感覚障害)が現れ、支配領域に沿った境界が認められるのであって、上肢下肢とも両側性の四肢末梢優位の手袋靴下状 の感覚障害を示す可能性はほとんどない。 頚椎症性神経根症があればスパーリング徴候が陽性となり、損傷した神経根の支配領域に、腱反射の減弱又は消失及び筋萎縮が生じる。腰椎症性神経根症があればラセーグ徴候が陽性となり、損傷した神経根の支配領域に、腱反射の減弱及び筋萎縮が生じる。 上肢について神経根症による末梢神経障害、下肢について脊髄症による第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(原告らの主張) 下肢中枢性障害による感覚障害を同時に について脊髄症による第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(原告らの主張) 下肢中枢性障害による感覚障害を同時に併発している症例の場合は、運動障害を呈するので、水俣病とは鑑別が容易である。 エ非器質性疾患(症候の変動)器質性疾患か非器質性疾患かは、生物学的病変を観察できるかどうかという病理観察的観点からの分類であり、医学と観察方法の進歩により変化 し得るものである。 中枢神経が損傷すると回復しないという被告らの主張は、誤った単純化である。現在では、神経細胞の新生が起きるのは海馬等に限られているものの、大脳皮質が脳梗塞や脳出血によって損傷したときも、大脳皮質のマップの再配置が起き得ることが報告されている。水俣病における細胞の間 引き脱落という特殊な損傷状態となった場合に、残存した細胞の神経突起(シナプス)による神経回路網の再編の可能性を否定することはできない。 また、神経系の損傷部位と症候の発現部位が1対1に対応するという被告らの主張も、誤った単純化である。ある機能には多くの部位が関与し、多くの機能には一つの部位が関与するのが常態といわれるなど、まだまだ大 脳の部位と機能との関係は未解明の部分が多いというのが現代の常識である。 被告らは、症候が消失したり現れたりする場合には器質的損傷と矛盾すると主張するが、軽度の水俣病の場合、死後の剖検によって脳の器質的損傷が明らかになって初めて認定されている例が多数あることから見て、被 検者の体調や、検査の所見の取り方が原因で、症候が見過ごされることは多いことが分かる。正常であるという所見の方が、異常があるという所見よりも信頼に値するという経験則は存在しない。左右の感覚障害が逆転する場 調や、検査の所見の取り方が原因で、症候が見過ごされることは多いことが分かる。正常であるという所見の方が、異常があるという所見よりも信頼に値するという経験則は存在しない。左右の感覚障害が逆転する場合というのは本件患者らに当てはまらない。感覚障害が消失した場合、まず両者の所見の取り方を検討しなければならない。感覚障害の分布の変 化が関節二つ以上をまたぐ場合に器質性疾患を否定できるというのは、根第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) 拠がない主張である。 水俣病の症候が変動する場合があることについては、複数の報告がある。 ⑻ 水俣病の診断基準共通診断書作成手順が定める診断基準AないしFは、これまでの水俣病研究や裁判の結果の積み重ねの到達の上に作成されたものであり、現時点にお ける最高の水準の知見である。そのうち、少なくとも診断基準A(四肢末梢優位の感覚障害)又はB(全身性感覚障害)のいずれかを満たせば、水俣病に罹患していると判断することができ、本件患者らはそのいずれかを満たしている。 被告らは、水俣病の症候が非特異的であると主張するが、疫学的な寄与危 険度割合が極めて高い場合を特異性疾患と呼んでいるのにすぎないのであり、非特異性を強調することに意味はない。 なお、昭和52年判断条件は、複数の症候の組合せを要求し、感覚障害のみを主要症候とする水俣病の存在を認めていないが、このような組合せを求める昭和52年判断条件が厳格に過ぎることは、関西訴訟控訴審判決及び同 上告審判決、並びに義務付け訴訟上告審判決等で指摘されているとおりである。特措法救済方針においても、メチル水銀曝露に加えて、四肢末梢優位又は全身性の感覚障害 ことは、関西訴訟控訴審判決及び同 上告審判決、並びに義務付け訴訟上告審判決等で指摘されているとおりである。特措法救済方針においても、メチル水銀曝露に加えて、四肢末梢優位又は全身性の感覚障害があれば、救済対象となることが認められている。 (被告国県の主張)⑴ 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害 水俣病の症候としては、①表在感覚、深部感覚及び複合感覚のいずれもが低下(鈍化)し、それが四肢末梢ほど強く表れる感覚障害(四肢末梢優位の感覚障害)、②主として小脳の障害に起因する運動失調、③主として小脳の障害に起因する平衡機能障害、④視野の周辺部が見えなくなる求心性視野狭窄、⑤左右対称性に起こる滑動性又は衝動性の眼球運動障害、⑥聴神経から先の 中枢神経障害による後迷路性難聴等の神経症候がある。 第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) これらの症候は、病理学的に確認されたメチル水銀による特定部位(大脳のうち鳥距野前半部、頭頂葉の中心後回領域、前頭葉の中心前回領域、側頭葉の横側頭回領域、小脳のうち虫部及び半球、脊髄末梢神経のうち知覚神経)の障害と対応している。 水俣病に見られる感覚障害は、両側性で左右対称に四肢の末端部ほど強く 現れ、表在感覚、深部感覚及び複合感覚のいずれもが低下(鈍化)することが知られており、大脳頭頂葉の中心後回領域、脊髄の後索、末梢の感覚神経の障害に起因して、これらの症候が生じると考えられている。したがって、感覚障害が認められる範囲が左右で大きく異なる場合や、上肢又は下肢のみに見られる場合、表在感覚のみ、又は表在感覚のうち痛覚や触覚のみが低下 している場合には、水俣病による感覚障害である蓋 て、感覚障害が認められる範囲が左右で大きく異なる場合や、上肢又は下肢のみに見られる場合、表在感覚のみ、又は表在感覚のうち痛覚や触覚のみが低下 している場合には、水俣病による感覚障害である蓋然性を低下させる。 水俣病について、全身性表在感覚障害が典型的な症候であるという医学的知見はない。 ⑵ 疫学的研究ア疫学的研究に基づく因果関係の立証の当否 疫学は、個体差を考慮せず、集団の統計的特徴に基づいて健康障害の要因を推定していく学問的方法論であるから、個人を観察の対象として個体差を常に考慮すべき臨床医学において、疫学的手法を利用することには限界がある。すなわち、疫学的研究の結果や数値について、一般的、直接的に個々の事案における因果関係の存否等の判断のために用いることはでき ない。 イ四肢末梢優位の感覚障害に関する疫学的研究(ア) 疾病の定義の問題日本精神神経学会(甲C3)及び津田(甲B40)が対象とする疫学調査のうち、熊本調査及び納調査は、感覚障害の有無について、神経内 科認定医による診察という基準を設けていたことが文献上確認できるが、第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) その他の調査においては、同様の方法で行われていたかが明らかでない。 藤野調査では触覚・痛覚・振動覚を測定し、徳臣調査Bでは表在感覚及び深部感覚を測定し、納調査では表在感覚・関節位置覚を測定しているが、立津調査では知覚障害を測定したとしか記載されていない。疫学調査参加者の一部が共通するからといって、各疫学調査で疾病の定義及び 診断基準が統一されているこということにはならない。 そうすると、各疫学調査間で、四肢末梢優位の感覚障 記載されていない。疫学調査参加者の一部が共通するからといって、各疫学調査で疾病の定義及び 診断基準が統一されているこということにはならない。 そうすると、各疫学調査間で、四肢末梢優位の感覚障害について、統一的な定義や診断基準を欠き、調査者に神経学の専門家と非専門家が混在していたこととなり、同症候の有無について、各疫学調査間で相互に比較することはできない。 これらの疫学調査における疾病と、本件患者らにあるとされる四肢末梢優位の感覚障害の定義が共通しているかも不明である。したがって、疫学研究の結果を本件患者らにそのまま適用することはできない。 (イ) 診断バイアスの問題a 診断方法 感覚検査は客観性に乏しく、最も難しい検査の一つであるから、疫学調査に基づく検討を行う場合、被検者及び検者の持っている先入観、検者である医師の専門が何科であるか、具体的にどのような方法で、どの程度の時間をかけて神経所見の有無を判断したのかにより、診断バイアスが生じる。 特に、既に終了した複数の疫学調査を用いて寄与危険度割合を算出しようとする場合には、事前の診察内容の打合せなどの調整をすることができないから、診断バイアスを排除することができない。 日本精神神経学会(甲C3)及び津田(甲B40)では、こうした診断バイアスの問題について検証・調整した形跡がなく、信頼性がな い。 第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) b 先入観の影響各疫学調査が実施された昭和46年ないし昭和54年当時、検者及び被検者ともに、曝露地域である水俣地区、御所浦地区、桂島地区、福浦地区及び湯ノ口地区が水俣病患者発生地域であり、水俣病を発症 の影響各疫学調査が実施された昭和46年ないし昭和54年当時、検者及び被検者ともに、曝露地域である水俣地区、御所浦地区、桂島地区、福浦地区及び湯ノ口地区が水俣病患者発生地域であり、水俣病を発症し得る程度のメチル水銀曝露があってもおかしくないことについて、 新聞報道等により知っていたから、四肢末梢優位の感覚障害があるかもしれないという先入観があったと考えられる。 そのような先入観を排除するための盲検化がされた形跡はない。 先入観により被検者が過度に症状を訴える傾向があることについては、想像妊娠やノシーボ効果(具合が悪くなるという恐怖心、又はそ う信じ込むことにより、実際に身体に症状が現れる現象)の例がある。 c 立津調査(御所浦)とNinomiya調査(御所浦大浦)との対比昭和46年の立津調査(御所浦)で、有病割合が4.2%であったのに対し、御所浦地区が汚染地域であることが明らかになった後の昭和 50年から昭和54年にかけて行われたNinomiya調査(御所浦大浦)では有病割合が15倍以上になっており、これは診断バイアスの実例である。 (ウ) 曝露指標設定の問題日本精神神経学会(甲C3)及び津田(甲B40)は、居住地によっ て曝露群と非曝露群を分類しているが、水俣病は、メチル水銀に汚染された魚介類を多食することによって生じる神経系疾患であり、魚介類の摂食が介在することから、大気汚染や騒音と異なり、特定地域への居住歴があったことをもってメチル水銀曝露があったとすることには限界がある。 実際、水俣湾周辺において濃厚なメチル水銀曝露があったと考えられ第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) る昭和 辺において濃厚なメチル水銀曝露があったと考えられ第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) る昭和30年代でさえ、不知火海沿岸住民の毛髪水銀値は大半が発症閾値である50ppmに満たなかったのであり、不知火海沿岸地域に居住歴があることは、必ずしも水俣病を発症するに足りる程度のメチル水銀曝露があったことにはならない。 また、日本精神神経学会(甲C3)及び津田(甲B40)において曝 露地域として想定されているのは、水俣湾周辺地域であるのに対し、本件患者らが居住していた地域は、水俣湾周辺地域にとどまらないし、メチル水銀曝露状況に係る主張も抽象的なものにとどまり、本件患者らについて上記疫学的研究が前提とするような曝露があったことの立証はない。したがって、疫学的研究の結果を本件患者らにそのまま適用するこ とはできない。 居住歴を曝露指標とすることによるバイアスは、曝露の誤分類(居住歴についての誤った認識)よりも、むしろ疾病の誤分類により生じる可能性が高い。すなわち、汚染地域に居住している被検者の場合、曝露群であるという先入観を、被検者及び検者から排除できていないため、過 度に症候ありと診断される傾向が生じる。このような疾病の誤分類は、曝露群にのみ生じる差異的誤分類であって、しかも疾病ありとする方向で発生するから、相対危険度及びオッズ比が真の値より過大評価される結果を生じる。 (エ) 交絡因子の問題 日本精神神経学会(甲C3)及び津田(甲B40)において、交絡因子について考慮したか判然としない。 (オ) 疫学調査選択の問題日本精神神経学会(甲C3)は、立津調査(水俣)を曝露群として採用しながら、非曝露群とされた立津 び津田(甲B40)において、交絡因子について考慮したか判然としない。 (オ) 疫学調査選択の問題日本精神神経学会(甲C3)は、立津調査(水俣)を曝露群として採用しながら、非曝露群とされた立津調査(有明)を採用せず、代わって、 異なる機会に異なる方法により行われた長崎県調査及び熊本調査を非曝第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) 露群として採用している。しかし、立津調査(有明)を非曝露群として採用すると、オッズ比は約4.68、寄与危険度割合は約76.8%となり、明らかに低くなることから、恣意的に立津調査(有明)を非曝露群として採用しなかったと推察される。 立津調査は、高い受診率が達成された非常に大規模な調査であり、あ らかじめ診察内容に関して打合せが行われるなど調査の質も確保されていたと考えられるところ、仮に立津調査のみに基づき、有明地区を非曝露群とすると、水俣地区の相対危険度は4.27(寄与危険度割合は76.6%)と低く、御所浦地区の相対危険度は0.92(寄与危険度割合はマイナス8.7%)となり、御所浦地区は曝露地域ではないことを示してい る。 また、日本精神神経学会(甲C3)は、昭和46年ないし昭和49年の大規模住民健康調査である徳臣調査B(水俣)を採用していない。徳臣調査B(水俣)では、アンケートによる第1次検診及び地元開業医による第2次検診を経て、神経専門医による第3次検診に残った者のうち、 四肢末梢優位の感覚障害の有病割合は1割に満たなかった。日本精神神経学会(甲C3)は、徳臣調査B(水俣)の有病割合が低かったため、あえて曝露群として採用しなかったことが推察される。 津田(甲B40)も、立津調 の感覚障害の有病割合は1割に満たなかった。日本精神神経学会(甲C3)は、徳臣調査B(水俣)の有病割合が低かったため、あえて曝露群として採用しなかったことが推察される。 津田(甲B40)も、立津調査(有明)を非曝露群として採用せず、徳臣調査B(水俣)を曝露群として採用していないことから、以上と同 様の指摘が妥当する。 (カ) 数値の典拠の問題津田(甲B40)には、藤野調査、原田調査及びNinomiya調査における四肢末梢優位の感覚障害を有する者の割合が記載されているが、その典拠が明らかでない。 日本精神神経学会(甲C3)には、立津調査及び原田調査における四第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) 肢末梢優位の感覚障害のみを有する者(昭和52年判断条件に基づけば水俣病と判断されない者)の人数が記載されているが、その典拠が明らかでない。 (キ) 時点の問題日本精神神経学会(甲C3)及び津田(甲B40)が対象とする曝露 地域の疫学調査は昭和46年ないし昭和54年に行われたものであり、メチル水銀曝露が存在し得る時期と時間的におおむね近接しているのに対し、本件患者らの四肢末梢優位の感覚障害は、メチル水銀曝露の終了から長期間が経過した後の平成26年ないし平成27年頃に認められたとされるものであり、メチル水銀曝露との関連性が極めて薄いことが明 らかであって、むしろ、加齢や他疾患によると考えるのが相当である。 (ク) オッズ比から相対危険度を推定するための条件症例対照研究における曝露オッズ比を罹患率比(相対危険度の一種)に推定するためには、①症例群が、曝露歴について、その疾患の患者の母集団をよく代表していること、 比から相対危険度を推定するための条件症例対照研究における曝露オッズ比を罹患率比(相対危険度の一種)に推定するためには、①症例群が、曝露歴について、その疾患の患者の母集団をよく代表していること、②対照群が、曝露歴について、その疾 患に罹患していない人々の母集団をよく代表していること、③対象疾患の発生がまれであることが必要である。しかし、上記①については、前記(ウ)のとおり、曝露条件設定が不適切なため、条件を満たさず、上記②については、曝露条件設定が不適切な上、およそ汚染地域とは離れた地域を対照群に設定しているため、条件を満たさず、上記③については、 少なくとも藤野調査(桂島)及び原田調査(福浦)では有病割合が過半数を超えており、まれとはいえないため、条件を満たさない。 また、横断研究における有病オッズ比をもって罹患率比と推定するためには、定常状態、すなわち発生率と罹病期間がずっと変わらない状況であることが必要である。しかし、水俣病の発生率は、被告チッソ水俣 工場からのメチル水銀の排水量等によって変動すると考えられ、不変で第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) あることは前提とできない。罹病期間についても、水俣病発症後の自然経過については未知の部分も多いため、不変であることは前提とできない。加えて、曝露群と非曝露群では、想定されている疾患が異なるから、平均罹病期間が異なる。 したがって、津田(甲B40)の基となる疫学調査から求められる曝 露オッズ比及び有病オッズ比からは、罹患率比(相対危険度)を求めることはできず、寄与危険度割合も求めることはできない。 ウ全身性感覚障害に関する疫学的研究徳臣(乙イB52 ら求められる曝 露オッズ比及び有病オッズ比からは、罹患率比(相対危険度)を求めることはできず、寄与危険度割合も求めることはできない。 ウ全身性感覚障害に関する疫学的研究徳臣(乙イB52)によれば、昭和46年から昭和49年にかけて水俣地区において5万人以上の疫学調査を行ったが、同調査において、全身性 感覚障害を呈する者がいたとの記載はない。 原告らが主張の根拠とする疫学調査は、公健法に基づき水俣病と認定された患者を対象とするものではなく、全身性感覚障害を有するとされた者が水俣病であるかは不明である。そのため、そもそも全身性感覚障害がメチル水銀曝露の影響で生じたものか不明である。また、樺島(甲B42) によれば、非汚染地域においても全身性感覚障害が認められる例があるとされている。 エ新有病率調査(ア) 疾病の定義の問題新有病率調査では、触覚又は痛覚のいずれかに障害があれば感覚障害 があるとしているが、どのような障害があれば感覚障害があると認めるのか定かでないし、まして他の疫学調査とは疾病の定義が統一されていない。 (イ) 診察方法及び診断基準の問題新有病率調査における診察の方法は、共通診断書検診とほぼ同様のも のと認められるが、これは、後記3(被告国県の主張)のとおり、通常第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) の神経内科で実施されている感覚検査の方法とは明らかに異なり、各過程において誤りが混入するおそれがあるものであり、問題がある。新有病率調査が共通診断書作成手順の定める診断基準A及びBを前提とするものであれば、同診断基準には、後記⑻のような問題がある。 (ウ) 曝露指標設定の問題 するおそれがあるものであり、問題がある。新有病率調査が共通診断書作成手順の定める診断基準A及びBを前提とするものであれば、同診断基準には、後記⑻のような問題がある。 (ウ) 曝露指標設定の問題 新有病率調査は、一定の地域に居住していることを曝露の代理指標としているが、このような方法は、前記イ(ウ)のとおり限界がある。 新有病率調査で曝露指標とされているのは、宮野河内地区及び姫戸地区に居住歴があることであるが、これを他地域に一般化することはできない。 また、昭和28年から昭和43年までの間に宮野河内地区及び姫戸地区に居住歴のない者に、居住歴のある者と変わらない有病割合が見られたのであれば、診断バイアスの証左となるが、新有病率調査は、上記居住歴のない者を被検者から除外するにとどまり、除外した対象者の居住歴と感覚障害の有無について検討がされていない。 ⑶ 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害以外の症候ア舌の二点識別覚異常二点識別覚検査は、表在感覚がほぼ正常である場合に頭頂葉の障害を見るための検査であるところ、水俣病に罹患している場合には通常表在感覚障害が認められるから、水俣病に罹患しているかの判断のために二点識別 覚検査をする意義はない。また、二点識別覚検査は、患者個人の変化の推移を見ていくための基準とはなり得るが、異なる被検者間の結果を比較するための絶対的基準とはなり得ない。舌のような軟部組織について精緻な検査を行うことは困難であり、舌の二点識別覚検査によって正常か異常かを判定することは、医学的なコンセンサスを得られたものではない。 健常者の集団の検査結果の平均値に標準偏差の2倍を加えた値を正常値第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基 ンセンサスを得られたものではない。 健常者の集団の検査結果の平均値に標準偏差の2倍を加えた値を正常値第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) とする場合、健常者の一定割合は正常値を超えることとなるから、正常値を超えたことをもって直ちに病的異常と判定することはできない。また、二点識別覚検査においては、1~2mmの値のエラーは許容され、3mm以上の変化が重要であるとされるから、1mm単位の違いをもって正常か病的異常かを判定することはできない。歯科大学生を対象として行った調査の結 果によれば、一般に二点識別覚の測定値は狭い範囲に収まるものではないから、診断基準として二点識別覚のみを重視することは誤っている。 イ口周囲の感覚障害口周囲の感覚障害は、口周囲の皮膚から大脳皮質に至るまでのいずかの伝達経路(三叉神経、中脳、視床など)の障害でも生じるから、口周囲の 感覚障害が認められたからといって、水俣病に起因するものということはできない。 ウ求心性視野狭窄水俣病に起因する視野の異常は、視野の周辺部が見えなくなる求心性視野狭窄であり、両側性に出現し、中心部の視力はよく保たれる。この症候 は、大脳後頭葉の鳥距野のうち前半部がより強く損傷されることに起因する。 求心性視野狭窄は、要因に関わらず大脳後頭葉の鳥距野が障害されれば生じ得るし、白内障や緑内障等の眼科的異常、視神経が視覚情報を大脳皮質へ伝える過程の異常、心理的な要因等、神経系の障害以外でもそれと見 分け難い症候を示し得る。 エ運動失調水俣病に見られる運動失調は、主として小脳の障害に起因するものであるところ、両側性に現れる。 運動失調は、要因に関 、神経系の障害以外でもそれと見 分け難い症候を示し得る。 エ運動失調水俣病に見られる運動失調は、主として小脳の障害に起因するものであるところ、両側性に現れる。 運動失調は、要因に関わらず小脳が障害されれば生じ得るし、脊髄等の 障害によっても生じ得る。小脳性運動失調や平衡機能障害を呈する疾病に第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) 限っても、腫瘍、多発性硬化症などの脱髄性疾患、各種中毒、血管障害、各種の変性疾患など多彩なものがある。 オ構音障害水俣病に起因する構音障害は、主として小脳が障害され、構音に関わる筋肉が適切に協調しないことによる小脳性運動失調の一つとして生じる。 構音障害は、要因に関わらず、大脳半球白質、大脳基底核、間脳、脳幹、小脳、脳神経又は筋肉が障害されれば生じ得るし、構音器官の解剖学的異常(口唇裂、巨舌等)や心理的な要因等、神経系の障害以外でも症候を示し得る。また、声帯など発声に必要な機構が障害されれば、発声自体が障害され、構音障害と見分け難い症候を示し得る。 カ聴力障害水俣病に起因する難聴は、大脳側頭葉の側脳溝に面する横側頭回の障害に起因する後迷路性難聴である。後迷路性難聴とは、内耳で物理的な刺激から電気的な信号へ変換された聴覚情報を中枢へ伝達する聴神経及びそれを認識する中枢(横側頭回)までのいずれかの部位の障害によって起こる 難聴をいう。 後迷路性難聴が存在する場合に限っても、要因に関わらず、内耳から中枢側のいずれかの部位が障害されれば生じ得るし、心理的な要因等、神経系の障害以外でもそれと見分け難い症候を示すことがある。 後迷路性難聴は、水俣病の症候の一つであ っても、要因に関わらず、内耳から中枢側のいずれかの部位が障害されれば生じ得るし、心理的な要因等、神経系の障害以外でもそれと見分け難い症候を示すことがある。 後迷路性難聴は、水俣病の症候の一つであるが、患者の高齢化に伴い、 同様の症候を呈する老人性難聴との鑑別が重要である。老人性難聴は、主として内耳毛細胞の退行変性とラセン神経節より聴中枢に至るまでの神経細胞の減少による機能低下による内耳性及び後迷路性の難聴であるが、50歳以上を対象にした調査で、半数以上に難聴の所見が見られた。 ⑷ 感覚障害のみを示す水俣病 ア病理学的知見第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) 衞藤医師による熊本大学病理学教室(450例)及び新潟大学脳研究所(30例)における水俣病関係の剖検結果によれば、水俣病では、大脳皮質について、中心後回・中心前回・鳥距野・横側頭回といった部位が全て障害されており、どれか一つだけしか障害されているということがないことが特徴である。したがって、四肢末梢優位の感覚障害のみを呈する水俣 病があり得るとしても、それは水俣病の典型例ではなく、四肢末梢優位の感覚障害のみを呈する水俣病の可能性は低いものにとどまる。 器質的病変によって感覚障害を呈する場合には、運動障害を伴うというのが一般的知見であるから、衞藤医師の知見はこれと整合する。 公健法に基づく水俣病の認定を申請し、棄却された後再申請していた者 についての剖検結果(衞藤(乙イB54))によれば、四肢末梢優位の感覚障害のみを示した21例中、水俣病によると考えらえれる一定の障害パターンを示した症例は2例にとどまった。 イ毒性学の観点毒性学の基本的概念で (衞藤(乙イB54))によれば、四肢末梢優位の感覚障害のみを示した21例中、水俣病によると考えらえれる一定の障害パターンを示した症例は2例にとどまった。 イ毒性学の観点毒性学の基本的概念である用量-反応関係の観点からも、感覚障害のみ の症候を呈する水俣病の発生頻度が低いことが説明できる。すなわち、用量-反応関係の考え方に基づくと、摂取量が発症閾値を超えても少量にとどまる場合、発症するのは、感受性が極めて高い者に限られ、摂取量が増加するにつれ、順次、感受性が低い者にも発症するようになる。通常、ある集団におけるある物質に対する感受性の分布は、平均的感受性の周辺に 多く集まっており、感受性が高いグループの構成数は少ない。メチル水銀について、感受性が高いグループの構成数が極めて大であることを示す研究結果はない。水俣病の集団分布を、急性劇症例、死亡例を頂点として、軽症から非特異性疾患まで裾野の広いピラミッド型のモデルとして構築する見解は、上記用量-反応関係を無視した憶測的見解にすぎない。そうす ると、毒性学の観点からも、感覚障害のみの水俣病は、存在するとしても、第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) その頻度は低い。 ウ臨床医学的知見新潟水俣病に関する大規模な住民調査の成果をまとめた椿班(乙イB56)によれば、感覚障害のみの症例については、いずれも軽度であっても他の小脳症状や聴力障害などの症候が併存していることが明らかにされて いる。 神経内科の代表的な専門家が昭和60年にまとめた「水俣病の判断条件に関する医学専門家会議の意見」においても、水俣病では、ほとんどの症例で四肢の感覚障害が他の症候と併存しつつ出 されて いる。 神経内科の代表的な専門家が昭和60年にまとめた「水俣病の判断条件に関する医学専門家会議の意見」においても、水俣病では、ほとんどの症例で四肢の感覚障害が他の症候と併存しつつ出現するが、感覚障害のみが単独で出現することは現時点では医学的に実証されていないとされている。 平成3年の中央公害対策審議会答申でも、同様の意見が述べられている。 エまとめ以上によれば、四肢末梢優位の感覚障害のみを示す水俣病については、科学的な限界によりその存在を完全に否定することはできないものの、頻度としては極めて低い。 そうすると、四肢末梢優位の感覚障害のみを示す本件患者らについては、相当数の者が水俣病ではない蓋然性があるから、同人らにつき水俣病と認定するためには、同人らの各症候が他原因によって生じたものではないことにつき、経験則に基づき慎重かつ多角的な検討を加えた上で、これらが高度の蓋然性をもって証明される必要がある。 ⑸ 発症閾値ア継続的にメチル水銀を摂取した場合の体内蓄積メチル水銀が経口摂取された場合においても、大部分は排泄され、一部は神経組織を障害しない無機水銀の形に変換されるので、新たな取り込みがなければ減少していく。メチル水銀の半減期はほぼ70日とされている。 つまり、新たなメチル水銀の取り込みがない場合、最初の70日で半分が第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) 排泄され、次の70日でその余の半分が排泄されて体内蓄積量は当初の4分の1となる。そのため、一定量のメチル水銀を継続的に摂取する場合、最初は吸収量のうち半減期から算出し得る一定割合のものが排泄され、その余は体内に残留するが、 の半分が排泄されて体内蓄積量は当初の4分の1となる。そのため、一定量のメチル水銀を継続的に摂取する場合、最初は吸収量のうち半減期から算出し得る一定割合のものが排泄され、その余は体内に残留するが、次にメチル水銀を摂取した場合は、この残量と新たに吸収した量を合算した量に同じ割合を乗じたものが排泄され、その 残量が体内に残留することになる。そして、以後メチル水銀が摂取されるたびに同様のことが繰り返されることになる。このように、体内に残存するメチル水銀量は当初徐々に増加し、それに伴って排泄量も増加していくが、体内蓄積量が一定量に達し、それに対応する排泄量が吸収量と等しくなるまでに至ると、それ以降はその一定量のメチル水銀を幾ら吸収しても 体内蓄積量は増加しないことになる。この体内蓄積量を蓄積限界量という。 半減期の5倍の日数(約350日)を経過すると、ほぼ蓄積限界量に達する。 蓄積限界量は、継続的に摂取されるメチル水銀の平均摂取量を基に、次の式によって理論的に求められる。 蓄積限界量=1日平均吸収量×半減期×1.44原告らは、半減期算定の前提となる単一区画モデルについて論難するが、単一区画モデルは、毒性学(中でも生体に曝露された化学物質の体内動態を扱うトキシコキネティクスの領域)における最も基本的な概念の一つである。世界保健機構(WHO)が平成2年(1990年)に発表したクラ イテリア101においても、単一区画モデルが支持されている。武内教授も、脳の半減期が長いという武内(甲B25)及び武内(甲B73)における説を後に撤回しており、同教授が加わった日本公衆衛生協会(乙イB65)は、ヒトにおけるメチル水銀の生物学的半減期には臓器差がないことが示唆されるとしている。 イ発症閾値の存否第2章事案の概要 回しており、同教授が加わった日本公衆衛生協会(乙イB65)は、ヒトにおけるメチル水銀の生物学的半減期には臓器差がないことが示唆されるとしている。 イ発症閾値の存否第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) 生体が化学物質に曝露した場合、それがどれだけ微量であっても必ず反応を示すというわけではない。生体には全ての化学物質に対して、その種類ごとに何らかの反応を示す最小量があり、これをその化学物質の反応閾値という。その反応が疾病の症候として捉えられる場合は、特に発症閾値という。生体が特定の化学物質に曝露しても、反応閾値を超える量に曝露 しない限り、生体は何らの反応を起こさない。このことは、毒性学の基本的な知見である。 そして、物質への反応のしやすさ(感受性)は個人間で完全に同一ではないため、反応閾値はある程度の幅を持つ。そのため、規制等においては、安全性を確保するため、特に感受性の強い人が何らかの反応を示し始める ような値を反応閾値、発症閾値として扱っている。 例えば、クライテリア101によると、成人について、毎日3~7µg/kg体重を摂取しても(これは、毛髪水銀値50~125ppmに相当する。)、パレステジア(異常感覚)の発生率が約5%増加するにとどまるとされており、これは発症閾値についての言及である。クライテリア101は、W HO加入国内の専門的知見を広く集約した後、専門家による幾度もの検証の過程において科学的合理性が吟味され、作成されたものである。 また、その後FAO/WHO合同食品添加物専門家会議によって策定された改訂PTWI(暫定耐容週間摂取量)も、若干の改訂を経たものの、妊婦以外の成人に関しては3 性が吟味され、作成されたものである。 また、その後FAO/WHO合同食品添加物専門家会議によって策定された改訂PTWI(暫定耐容週間摂取量)も、若干の改訂を経たものの、妊婦以外の成人に関しては3.3µg/kg体重とされ、クライテリア101が 示した発症閾値の存在及びその値は、正当なものとして基本的に維持されている。 サルにメチル水銀を長期間投与した実験において、1日の投与量が微量の群では、長期間にわたる総投与量が多くても、何らの神経症状も病理組織学的変化も見られなかった。そのほか、マグロ、メカジキ等の海洋産大 型魚類には、天然の海水中水銀に由来する比較的高濃度のメチル水銀が含第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) まれていることが知られているが、これらの魚類を多量に摂取してきた人々に水俣病様の症状が発現したとの報告は見られない。 このように、メチル水銀には反応閾値があり、これを超えない微量摂取によっては、その総摂取量あるいは摂取期間に関わらず、水俣病を発症しない。 原告らが発症閾値の存在を否定するに当たって指摘するBrownson(甲B64)は、メチル水銀の発症閾値がゼロであることを意味するものではなく、胎児ないし小児の神経発達に影響を及ぼすメチル水銀曝露量に関する閾値について具体的な値が確定していないことを述べたにすぎない。 クライテリア101で示された発症閾値は、発症時の体内蓄積量であるところ、椿(甲B67)、Maruyama(甲B68)、丸山(甲B69)、Yorifuji(甲B70)、Yokoo(甲B72)では、個々の被検者の発症時期が特定されておらず、毛髪採取時期と発症時期との関係も検討され 7)、Maruyama(甲B68)、丸山(甲B69)、Yorifuji(甲B70)、Yokoo(甲B72)では、個々の被検者の発症時期が特定されておらず、毛髪採取時期と発症時期との関係も検討されていないため、発症時の体内蓄積量が明らかでない。 NRC(甲B71)は平成12年(2000年)に発行された報告書であるが、同報告書を踏まえても、クライテリア101の発症閾値は、少なくとも平成19年時点まで、正当であることが繰り返し確認されている。 ⑹ 遅発性水俣病ア遅発性水俣病の報告例 原告らが指摘する白川(甲B16)は、メチル水銀への曝露終了から水俣病の主要症候が認められ水俣病と診断されるまでの期間に関するものであり、初発症状の遅発を示すものではない。著者の白川健一医師(以下「白川医師」という。)は、遅発性水俣病に係る論文から不都合な発症時期の項目を削除した疑いがあるなど、患者救済方向に偏った考え方を有して いた可能性があり、論文に挙げられた症例が真に遅発性であったか、疑わ第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) しい。仮に白川医師の論文を前提としても、せいぜい数年間の遅発を示すにすぎず、白川(乙イB80)も、神経症状の遅発・増悪は汚染消失後9~10年までで、12~14年以後、徐々に症状の改善が見られるとしている。 藤野(甲B19)の基礎となる御所浦地区の再調査は、昭和52年から 昭和53年頃にかけて実施されたものであり、昭和48年に御所浦地区が汚染地域であることが明らかになった後のものであるが、昭和46年の立津調査(御所浦)と比べ四肢末梢優位の感覚障害を有する者が著しく増加しているのは、診断バイアスによる あり、昭和48年に御所浦地区が汚染地域であることが明らかになった後のものであるが、昭和46年の立津調査(御所浦)と比べ四肢末梢優位の感覚障害を有する者が著しく増加しているのは、診断バイアスによるものである。昭和46年の立津調査(水俣)では、水俣病が最も多発した月浦・出月・湯堂地区における四肢 末梢優位の感覚障害の有病割合は23.1%であったが、御所浦地区の有病割合がこれをはるかに超えるということは、明らかに不合理である。 藤野(甲B17)の調査は、公健法上の水俣病認定患者を対象とするものではなく、そこで報告された症例が水俣病であるとするには疑問が残る。 すなわち、同調査の対象者は、何らかの健康不安を訴えて診察を受けた者 であり、検者・被検者ともに何らかのバイアスが生じていた可能性がある。 また、具体的な症例が挙げられているのはごく一部である。加齢の影響により異常が見られたにすぎない可能性もある。 若宮(甲B18)は、水俣病の発症時期ではなく、四肢末梢のしびれの発症時期を明らかにしたものにすぎないから、遅発性水俣病の具体例とし て適切でない。また、四肢末梢のしびれは、水俣病の主要症候の一つである四肢末梢優位の感覚障害と異なり、自覚症状にすぎず、正確さを欠く。 平成21年沿岸住民調査は、不知火海沿岸には水俣病患者が多数いるはずだという前提及び先入観の下で行われた調査であり、検者のバイアスが混入している。同調査の結果は、実行委員会の委員長である原田正純医師 が著書で披露していた説と完全に一致するものであり、この点からもバイ第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) アスが働いている。また、同調査は、日常的に水俣病患者と接 第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) アスが働いている。また、同調査は、日常的に水俣病患者と接する機会がなく、診療経験も異なる医師らが、検診前に研修を行った上で調査に当たったにすぎず、習熟した神経内科医による診察・診断とはいえない。その結果も、昭和44年以降出生・転入の者の有病割合が他の者と比べ低くなっていないこと、地域ごとの有病割合に、汚染の度合いに応じた差異が見 られないことなど、用量-反応関係に照らして不自然である。 環境省のアンケート調査及びサンプル調査は、保健手帳交付者と公健法認定申請者を対象とするものであるが、これらの者が水俣病に罹患しているかは不明である。保健手帳交付者は、症候が改善した場合は保健手帳が更新されないおそれがあること、公健法認定申請者は、認定を希望してい ることから、神経症状を過大に回答するバイアスが働く。回答のあった神経症状は、加齢等によっても生じ得るし、糖尿病や頚椎症に罹患している者も一定割合存在する。 重岡伸一医師らによる調査対象者は、独自の診断基準(原告らが主張する診断基準A及びBと同一と思われる。)に基づいて水俣病としての診断を 受けているにすぎず、公健法による認定を受けているかは明らかでない。 また、関西訴訟上告審判決により、被害者が救済されることが広く報道された後の診断においては、検者及び被検者にバイアスが働く可能性が否定できない。 イ遅発性水俣病の機序 原告らが遅発性水俣病が存在する根拠として挙げる論文を検討すると、その機序としては、①メチル水銀による損傷を受けた神経組織が引き続く低濃度水銀曝露により更に損傷を受けることにより発症するとする、いわゆる長期微量 水俣病が存在する根拠として挙げる論文を検討すると、その機序としては、①メチル水銀による損傷を受けた神経組織が引き続く低濃度水銀曝露により更に損傷を受けることにより発症するとする、いわゆる長期微量曝露説、②神経組織に蓄積したメチル水銀又は無機水銀が引き続き神経組織に損傷を与えるとする、いわゆる脳内残留水銀説、③メチ ル水銀により既に障害を受けた神経組織が、加齢による神経組織の可塑性第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) や代償機能の低下により障害が顕在化するとする、いわゆる加齢説の三つが挙げられる。しかし、いずれも、科学的合理性を有しない。 (ア) 長期微量曝露説長期微量曝露説が、メチル水銀について発症閾値がないことや、クライテリア101が指摘するよりも発症閾値が低いことをいうのであれば、 前記⑸の発症閾値に関する科学的知見や事実に反している。 (イ) 脳内残留水銀説脳内残留水銀説については、前記⑸アのクライテリア101の記述に反する。 また、メチル水銀が大脳に蓄積しやすいという科学的知見は存在しな い。水俣病と関係なく死亡した者57例の大脳におけるメチル水銀濃度の調査結果が0.004~0.149ppmであるのに対し、死亡した水俣病認定患者の大脳におけるメチル水銀濃度の調査結果は0.002~0.171ppmであり、健常者と公健法上の水俣病認定患者の大脳におけるメチル水銀濃度に大きな差異があるとはいえない。 神経組織に蓄積した無機水銀が引き続き神経組織に損傷を与える可能性についても、平成3年(1991年)に発表された無機水銀に関する環境保健クライテリア118や、Davis(乙イB91)はこれに否定的で 経組織に蓄積した無機水銀が引き続き神経組織に損傷を与える可能性についても、平成3年(1991年)に発表された無機水銀に関する環境保健クライテリア118や、Davis(乙イB91)はこれに否定的であり、一般的な科学的知見に反する。 (ウ) 加齢説 武内(甲B6)及び武内(甲B25)における加齢説は、剖検の結果、脳に水俣病を原因とする病変及び脳細胞に加齢性変化が認められたこと、昭和44年に症状が確認された剖検例の臓器内水銀値について、昭和44年より前に水銀に汚染されていたと推定されることを根拠としているようである。 しかし、上記剖検例について、昭和44年より前に臨床症状がなかっ第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) たと判断した根拠は明らかでない。 また、加齢説は、どの程度のメチル水銀曝露で神経細胞の障害が発生するのか、どの程度神経細胞の障害が生じると発症するのかといった具体的な事実関係やその根拠となる科学的知見を示せていない。 そのほか、加齢説は、高濃度でメチル水銀に曝露した公健法に基づく 水俣病認定患者が、不変ないし改善の傾向にあること、カナダインディアンや和歌山県東牟婁郡太地町といった魚介類多食集団におけるメチル水銀の健康影響に関する調査で、加齢とともに水俣病を発症する者が多発したという報告はないこと、水俣病の症候である求心性視野狭窄や後迷路性難聴等について加齢に伴って発症又は増悪する者が多数現れると いう報告はないことに照らし、科学的合理性を有しない。 ウ遅発性水俣病を否定する科学的知見水俣病は、発症閾値を超える量まで体内に蓄積したメチル水銀が神経系を障害することによって生じる。したがって、 報告はないことに照らし、科学的合理性を有しない。 ウ遅発性水俣病を否定する科学的知見水俣病は、発症閾値を超える量まで体内に蓄積したメチル水銀が神経系を障害することによって生じる。したがって、その発症時期は、おおむねメチル水銀の体内蓄積量が発症閾値を超えた時期から、そのメチル水銀が 神経系を障害し、それによる異常が症候として現れるまで経過した時期と考えられる。メチル水銀の体内蓄積量は、継続的な取り込みがなければ漸次減少していくから、発症閾値を超えた時期は、曝露が終了した時期より遅くなることはなく、異常が症候として現れるまで経過した時期は、一定の個人差はあり得るものの、通常1か月程度、長くとも1年程度までであ ると考えられている。どんなに長くとも、関西訴訟控訴審判決が認め、同上告審判決が是認した曝露終了後4年間を超えることは想定できない。 クライテリア101は、日本の数例では非常に長い潜伏期(数年まで)が報告されているところ、数年にわたる長い潜伏期は、症状を修飾する心理的な表層因子や老化因子によって顕在化するかもしれない臨床水準以下 の病変によって部分的には説明できるかもしれないが、メチル水銀がゆっ第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) くりと脳に蓄積することでは説明できないと総括している。 日本国内の研究報告である日本公衆衛生協会(乙イB65)も、臨床医学的に観察された発症が遅延する現象をメチル水銀の代謝・排泄及び体内蓄積に関する知見並びに発症閾値に関する知見から説明することは困難であるが、いずれにしても過剰な曝露停止から発症までの期間は現実的には 数年以内にとどまるものと考えられるとしている。海外における 蓄積に関する知見並びに発症閾値に関する知見から説明することは困難であるが、いずれにしても過剰な曝露停止から発症までの期間は現実的には 数年以内にとどまるものと考えられるとしている。海外における研究でも、曝露から発症までの期間について「2か月」、「数週間ないし数か月」と報告されるなど、クライテリア101の知見と整合する知見が多く示されている。 公健法に基づき水俣病と認定された者の発症後の経過について調査した 日本公衆衛生協会(乙イB69)においては、水俣病発生初期の典型的な水俣病患者は全体的には症状が改善する傾向であるとしている。同報告書は、中央公害対策審議会に設置された水俣病問題専門委員会において、専門家が審議した結果をまとめたものである上、その後に行われた水俣病認定患者の追跡調査によってもこれと整合する報告がされており、科学的合 理性を有する。 エ他の中毒性神経疾患における遅発性発症例原告らが一酸化炭素中毒の遅発例として挙げる三村(甲B27)には、加齢とともに一酸化炭素中毒の症状が増悪していた旨の記載はあるが、33年後に新たな一酸化炭素中毒が出現したという記載はない。 原告らが農薬の遅発例として挙げる木根渕(甲B28)は、有機リン系農薬を服毒後、数十日後に神経障害が認められたという症例1例を報告するものにすぎない。 原告らが鉱毒の遅発例として挙げる堀田(甲B29)は、発症した患者の曝露後十数年ないし数十年経過後の新循環障害や悪性新生物の発生等に ついて主として考察しているものであり、水俣病のように中毒物質によっ第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) て神経系に器質的な障害を受けた場合の長期的 毒物質によっ第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) て神経系に器質的な障害を受けた場合の長期的経過後の新たな神経症状の発生について考察したものではない。 ⑺ 他原因との鑑別可能性ア一般的な他原因の可能性感覚障害は、水俣病にしか見られない特異な症状ではなく、水俣病以外 の原因でも、大脳頭頂葉の中心後回領域、脊髄の後索、末梢の感覚神経の全部又は一部が障害されれば生じ得るものであって、原因には多種多様なものが存在し、さらには心理的な要因等、神経系の障害以外でもそれと見分け難い症候を示し得る。したがって、メチル水銀への濃厚な曝露は、考えられる様々な原因の一つにすぎず、症候の存在から直ちに原因を特定す ることはできない。 日本の中高年女性(40歳以上60歳未満)における不定愁訴の実態調査を行った池田(乙イB18)によると、一般健常中高年女性の37.7%が手足のしびれを訴え、26.4%が手足の感覚が鈍いと訴えている。また、更年期外来通院者である中高年女性についていうと、51.1%が手足のし びれを訴え、30.9%が手足の感覚が鈍いと訴えている。 Hanewinckel(乙イB190)は、多数の研究結果を解析した結果、多発性ニューロパチー(四肢遠位部(末梢)優位で左右対称性の感覚障害)について、多因子性疾患である可能性が高いため、単一の要因にのみ原因を求めるのは適切ではないこと、患者の2~3割は原因が不明 (特発性)であり、最大で約半数が原因を特定できない症例であることを指摘している。 イ糖尿病性ニューロパチー多くの一般的な医学書に、糖尿病で見られる多発性ニューロパチーによる感覚障害は、四肢末端から左右対 り、最大で約半数が原因を特定できない症例であることを指摘している。 イ糖尿病性ニューロパチー多くの一般的な医学書に、糖尿病で見られる多発性ニューロパチーによる感覚障害は、四肢末端から左右対称性に上行し、遠位部優位性のいわゆ る手袋靴下型の分布を示すことが記載されている。臨床上も、上肢に感覚第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) 障害を来す糖尿病性ニューロパチーの頻度は少ないとはいえない。 アキレス腱反射の検査のみをもって水俣病による感覚障害と糖尿病性の感覚障害を鑑別することはできない。 近時の知見では、糖尿病でニューロパチーを引き起こすとされる細小血管障害が、耐糖能異常(IGT)の段階で見られるという報告が相次いで いるから、血糖コントロール不良が長期間継続していないからといって、糖尿病性ニューロパチーではないと鑑別できるわけではない。 加えて、糖尿病では、多発性ニューロパチーだけでなく、手根管症候群をはじめとする単ニューロパチーが組み合わされ、上肢や全身性の感覚障害を引き起こすこともあり得る。 ウ変形性脊椎症変形性脊椎症によって四肢末梢優位の感覚障害を呈することは少なくない。徳臣(乙イB121)等の研究は、感覚障害を有しない者を相当数含む対象者の中で、変形性頚椎症の出現頻度が低いことを報告するものにすぎない。実際には、徳臣(乙イB121)は、神経関係に何らかの疾患な いし症候を有する者のうち、頚椎症性脊髄症の患者は少なくない割合を占めていることを報告しており、頚椎症性脊髄症において末梢優位の感覚障害を来すことが少なくなく、水俣病の診断には頚椎症性脊髄症の存在を常に考慮すべきであるとしている。 脊髄症の患者は少なくない割合を占めていることを報告しており、頚椎症性脊髄症において末梢優位の感覚障害を来すことが少なくなく、水俣病の診断には頚椎症性脊髄症の存在を常に考慮すべきであるとしている。また、Clarke(乙イB122)は、左右非対称な感覚障害の症例について言及したものであり、水俣病に見ら れる両側性の四肢末梢優位の感覚障害の発症頻度を算定する基礎とするのは不適切である。 末梢神経障害の場合も、隣接神経による支配領域の重複があるため、感覚障害の境界が明瞭でないことはあり得るし、多椎間の障害により四肢の広い範囲に感覚低下が現れることや、頚椎症性神経根症と頚椎症性脊髄症 の併発によって四肢末梢優位の感覚障害が現れることがある。患者の高齢第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について(被告国県の主張) 化に伴い、頚髄症(頚椎症)に腰部脊柱管狭窄症(腰部疾患)を合併する症例が散見されるから、変形性頚椎症によって下肢の感覚障害が説明できないとしても、腰椎疾患の合併の有無を検討することが不可欠である。 下肢腱反射の亢進がない場合や、低下している場合でも、頚髄症(頚椎症の一種)と腰部脊柱管狭窄症との合併による可能性があるから、頚椎症 の可能性を否定することはできない。ラセーグ徴候は、被検者の主観的応答に依存し、腰椎症以外でも陽性となったり、加齢とともに陽性率が減少したりするものであり、ラセーグ徴候が陰性だからといって、種々の腰椎症を否定する根拠とはならない。 エ非器質性疾患(症候の変動) 水俣病は、体内に取り込まれたメチル水銀が神経系の特定の部位を一定のパターンをもって損傷する器質的な障害による疾患である。したがって、水俣病と診断す い。 エ非器質性疾患(症候の変動) 水俣病は、体内に取り込まれたメチル水銀が神経系の特定の部位を一定のパターンをもって損傷する器質的な障害による疾患である。したがって、水俣病と診断するためには、まず、得られた所見が、器質性疾患により生じる症候の特徴と整合するかを検討する必要がある。 脳の神経系組織の損傷による器質性疾患の場合、脳の各部における機能 分担は厳密に決められているため、脳の特定の部位が物理的に損傷すると、当該部位に対応する身体の部位に感覚障害が出現する。しかも、中枢神経系の障害の場合、当該部位に永続的に損傷が存続し、元どおりになることはないため、症候も身体の同一部位に永続的に存続する。 したがって、現に生じている感覚障害が脳の不可逆的な器質的損傷に起 因するかを鑑別するに当たっては、①神経学的診察で得られた所見が解剖学等の観点から説明可能か、②同所見を過去の感覚検査の結果と比較して一貫性があるか、③同所見が日常生活動作等の外部事情と整合するかという観点から検証する必要がある。上記②の観点からは、一旦、正常であることが確認された部位については、少なくとも脳の器質的損傷による感覚 障害があると認めることはできない。また、左右の感覚障害が逆転する場第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について(原告らの主張) 合、上肢、下肢、体幹、口周囲に見られた感覚障害が別の診察時には完全に消失する場合、感覚障害の分布の変化が四肢の大きな関節二つ以上をまたぐ場合等は、脳の不可逆的な器質的損傷によって生じたものと認めることは困難である。 原告らは、水俣病において、感覚障害や運動失調等の症候が変動するこ とが特徴であると主張するが、医学的知 またぐ場合等は、脳の不可逆的な器質的損傷によって生じたものと認めることは困難である。 原告らは、水俣病において、感覚障害や運動失調等の症候が変動するこ とが特徴であると主張するが、医学的知見に反しており、誤りである。 ⑻ 水俣病の診断基準水俣病の障害部位は、主として中枢神経系(脳)であるという性質上、生存中に生検等の方法によって直接的にメチル水銀による障害を証明することは不可能である。また、水俣病の主要症候は、それぞれ単独では非特異的で あり、他の疾患によってもそれらの症候を来す場合が多い。 したがって、水俣病については、メチル水銀によって引き起こされる各種の症候の組合せ(症候群)からメチル水銀による神経系の障害を推定するという症候群的診断が重要となる。そして、類似の症状を呈する疾患を除外する鑑別診断が必要である。 しかし、共通診断書作成手順が定める診断基準A及びBは、水俣病と他疾患を鑑別できる医学的根拠を示しておらず、不合理である。 (被告チッソの主張)被告国県の主張を援用する。 3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について (原告らの主張)⑴ 診察項目の合理性共通診断書は、①メチル水銀による曝露があったかどうか、②水俣病と診断し得る症候があるかどうかという観点に沿って、それぞれ複数の診察項目を設けており、担当医師の恣意性を排除している。 そして、上記診察項目は、特措法において求められている提出診断書の診第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について(原告らの主張) 察項目とおおむね一致しており、水俣病の症候を過不足なくカバーしている。 その内容は、共通診断書作成手順が定める診断基準A及びBに限定されず、表在感 (争点2⑵)について(原告らの主張) 察項目とおおむね一致しており、水俣病の症候を過不足なくカバーしている。 その内容は、共通診断書作成手順が定める診断基準A及びBに限定されず、表在感覚だけでなく他の多くの神経所見を見た上、自覚症状をも考慮したものである。 共通診断書には、腱反射異常や病的反射についての検査項目が設けられて おり、腱反射が亢進している場合や、強い病的反射が見られる場合は、脊椎のMRI検査を実施して脊髄圧迫の有無を確認することとなっており、変形性脊椎症に対する考慮がされている。 ⑵ 診断バイアスあらゆる検診は、検者及び被検者が、被検者にはある一定の症候があるか もしれないという想定を持って行われるものであり、一定の症候を想定していることをもって、診断バイアスが問題となるとの主張は誤りである。むしろ、共通診断書は、検者によって異なる基準や検査項目に基づき診断がされていた状況を改め、診断基準を統一して診断バイアスを排除するための取組である。 感覚検査に当たっては、被検者に予断を与えないような工夫がされている。 例えば、刺激に対する感覚の強さを聞く場合、「どちらが強いですか。」とは聞かずに、「強さは同じですか、異なりますか」、「感じたままを答えてください。」などと聞き、その受け答えを聞きながら確認をとっていく。被検者が緊張している場合には、感じたままを回答するようにもう一度説明し、目を閉 じてリラックスしてもらったり、迷うときは複数回刺激して平均的な感覚について回答してもらったりしている。虚偽の回答を防ぐために、1対1の状態で「感じたままを答えてください。」というように正確な回答を求めており、一定の緊張感の下、このように指示すると、虚偽の回答は困難となる。虚偽の回答か、心理的要因のみ の回答を防ぐために、1対1の状態で「感じたままを答えてください。」というように正確な回答を求めており、一定の緊張感の下、このように指示すると、虚偽の回答は困難となる。虚偽の回答か、心理的要因のみに基づいて応答しているかは、被検者の表情、し ぐさ、回答のタイミング、他の症候とのバランスによって判別することがで第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について(原告らの主張) きる。 共通診断書書式では、人体図及びその下の所見欄に、触覚及び痛覚障害の範囲や、左右差の有無等について詳細に記入することとなっており、手指の表在感覚についても、手指の正中部だけでなく尺側及び橈側の診察結果も記入することとなっており、医師が十分な診察をすることなく安易に表在感覚 障害の所見を記載することはできない。 共通診断書検診の結果に基づき被検者が訴訟に参加する可能性があることは、医師にとって、より慎重かつ適切に診察すべきとの方向で緊張感を高める事情にはなるが、逆に、安易に診断する方向に働く事情とはならない。 集団検診は、水俣病被害者の掘り起こしを目的として実施されており、手 足のしびれやこむらがえりなど、水俣病の可能性を窺わせる自覚症状がある人は受診するよう、参加の呼び掛けがされ、実際、手足のしびれ等の自覚症状のある者が集まったのであるから、感覚障害等の発生率が高いのは当然である。診断は、あくまで検査所見に基づいて行われており、検診の目的によって個々の診断が左右されることはない。 ⑶ 医師の適格性共通診断書検診の担当医師の資格は、神経内科医に限定していないが、共通診断書検診の診察は、一部の医師にしか理解・実施できない特殊な技術ではなく、神経疾患の診察自体は医学生 ⑶ 医師の適格性共通診断書検診の担当医師の資格は、神経内科医に限定していないが、共通診断書検診の診察は、一部の医師にしか理解・実施できない特殊な技術ではなく、神経疾患の診察自体は医学生でも習得できるものである。むしろ重要なのは、水俣病における感覚障害の特徴を把握した上で診察することであ るところ、担当医師には、事前に、神経所見の取り方や注意点をまとめた動画が提供されている。集団検診の場合、検診前に担当医師らが集まり、水俣病検診の経験豊かな医師によるレクチャーが行われ、被検者を誘導することがないような質問方法等について指導がされる。神経所見記載シートについては、神経内科の専門医が見て、疑問のあるものは、専門医が再度診察をす る。このように、担当医師は、事前の研修を経て水俣病の診断における注意第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について(原告らの主張) 事項を熟知しており、神経内科医でなくても正しく診断することができる。 ⑷ 個別の診察項目ア病歴の聴取共通診断書は、水俣病か否かを診断するためのものであるから、現病歴の概略の記載が、水俣病の症状に限定されていることは当然である。 イ自覚症状の聴取前記アと同様、自覚症状の記載が、水俣病の症状に限定されていることは当然である。 ウ感覚検査(ア) 検査部位 共通診断書検診の担当医師は、被検者の身体のどこかに基準を決めて、そことの比較で全身の感覚を見ており、場合によっては左右差や内外側差も見ているから、四肢末梢優位の感覚障害の有無の確認に終始しているという批判は当たらない。水俣病では、感覚障害の境界は曖昧であり、境界を明確に特定できない場合がほとんどである。担当医師は や内外側差も見ているから、四肢末梢優位の感覚障害の有無の確認に終始しているという批判は当たらない。水俣病では、感覚障害の境界は曖昧であり、境界を明確に特定できない場合がほとんどである。担当医師は、頚椎症 の疑われる被検者については、分節性の感覚障害か否かを調べており、上肢下肢いずれについても、額ないし前胸部と四肢末梢との2点、あるいは近位部と遠位部との2点だけの比較をするのではなく、近位部から遠位部まで連続して検査するのであるから、仮に境界があれば、検出することができる。 (イ) 暗示性・心理状態への配慮担当医師は、二者択一の選択を被検者に求めるわけではなく、四肢の近位部から遠位部まで連続して感じ方を尋ねるのであるから、被検者は、水俣病と認めてもらうためにどのように答えたらよいか容易に分かるものではない。被検者の返答に不自然な点が見られるときは、複数の医師 で見るようにし、それでも判断がつかない場合は、診断を留保している。 第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について(原告らの主張) 共通診断書においては、複数の診察検査項目から、所見のバランスを見ながら所見の適否を検討できるようになっており、検者や被検者の心理状態が所見に大きな影響を及ぼすとする被告らの主張は、抽象的で根拠を欠く。 (ウ) 体幹と四肢末梢との感覚の差異 健常者に対するフォンフライ触毛を用いた触覚閾値の検査では、胸部より示指・拇趾が鈍感という結果が得られているものの、通常の筆による検査では、同程度に感じると回答する人がほとんどであり、体幹より手先足先の感覚が弱い場合に感覚障害と認めることは問題ない。 (エ) 正常加齢との鑑別 筆と痛覚針を使用した感覚検 の筆による検査では、同程度に感じると回答する人がほとんどであり、体幹より手先足先の感覚が弱い場合に感覚障害と認めることは問題ない。 (エ) 正常加齢との鑑別 筆と痛覚針を使用した感覚検査において、非汚染地域で高齢者だからといって四肢末梢優位又は全身性の感覚低下が検出されることはほとんどない。末梢神経障害の場合には、感覚障害と共に運動麻痺が生じ、腱反射が低下ないし消失するから、鑑別は容易である。 (オ) 全身性感覚障害の診断根拠 共通診断書における全身性感覚障害は、四肢末梢だけでなく、体幹の感覚も低下している場合を指す。具体的には、前胸部や額をティッシュペーパーで触って分かるか否かで判断する。 (カ) 感覚障害の所見の自然性被告らが頚部・腰部神経根障害を示唆すると主張している本件患者ら については、神経根障害に対応する部位以外にも感覚障害が認められ、神経根障害では説明できない。人体図に感覚障害の境界線を引いているのは、担当医師による記述の仕方の問題にすぎない。 エ二点識別覚検査水俣病においては、四肢の感覚障害があっても、二点識別覚が正常であ る場合は少なくない。昭和45年以降に水俣病と認定された慢性軽症例で第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について(原告らの主張) は、二点識別覚に異常が認められない例も24%程度あることが示されている。 神経症候学の基本的なテキストにおいて、複合感覚検査のうち、二点識別覚検査だけを行ってはならないなどという記載はない。 担当医師らは、Yes-No法や二肢強制選択法において、答えを暗示 するような問いかけをしてはならないことを知っており、慎重な配慮の下に問いかけを行っている。 オ ないなどという記載はない。 担当医師らは、Yes-No法や二肢強制選択法において、答えを暗示 するような問いかけをしてはならないことを知っており、慎重な配慮の下に問いかけを行っている。 オ運動失調検査(ア) 検査の意義水俣病における運動失調は、感覚性失調も含まれると考えられており、 小脳性運動失調に限定されることを前提とする被告らの主張は失当である。共通診断書が、指-鼻試験で速度のみによって運動失調ありと判断しているというのは誤りである。 マン試験等においては、年齢等も考慮した総合的な判断がされている。 (イ) 所見の記載方法 共通診断書では、運動失調の有無をもって水俣病の診断基準としていない。ただ、両側性の運動失調が水俣病において高頻度に認められることから、運動失調の検査結果を記載しているものである。 (ウ) 運動失調の類型の考慮水俣病に見られる運動失調につき、小脳性か感覚性かを論じる意味は ない。 (エ) 所見把握の信頼性被告らが指-鼻試験の結果の不整合を指摘する本件患者らについては、不整合があるとしても、水俣病の診断に影響するものではない。 カ視野検査 求心性視野狭窄の所見は、診断基準A又はBによる水俣病の診断を補助第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について(被告国県の主張) する所見であり、患者の負担の少ない対面法を採用している。 キ聴力検査対面法による難聴が認められても、簡易な検査であるため、水俣病によるものでないものも含まれる可能性があることは認める。しかし、難聴は水俣病の主要症候の一つであるから、他の感覚障害により水俣病と診断さ れる被検者に難聴も認められることは、診断を支持する 病によるものでないものも含まれる可能性があることは認める。しかし、難聴は水俣病の主要症候の一つであるから、他の感覚障害により水俣病と診断さ れる被検者に難聴も認められることは、診断を支持する所見となる。 ク反射検査共通診断書には、腱反射の消失から亢進までの程度や、病的反射がどのようなものであるかを自由に記載できるようになっている。 ケ不随意運動(振戦)検査 共通診断書には、不随意運動の有無と種類、程度などについて記載し、振戦の場合、企図振戦、静止振戦の区別をすることとされており、記載が不十分であるとの被告らの批判は失当である。 コ筋力低下・筋萎縮検査共通診断書には、必要に応じて筋力低下・筋萎縮の部位を記載すること とされており、記載が不十分であるとの被告らの批判は失当である。診断書に個々の筋の強さを数字で表すことは必須ではない。 (被告国県の主張)⑴ 診察項目の合理性水俣病の診断に際しては、他の神経疾患の診断と同様、臨床神経学に基づ く標準的な診断プロセスが必要である。すなわち、病歴、神経学的診察所見(神経所見)を基にした病変部位の推定(局在診断)及び病変性質の推定(病因診断)を経た後、必要な検査所見を総合して可能性のある疾患(鑑別疾患)から最も可能性の高い疾患を診断(鑑別診断)し、臨床診断(最終診断)へと至るプロセスが必要である。 ところが、共通診断書は、水俣病関連の項目に関してのみ集中的に記載さ第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について(被告国県の主張) れ、鑑別診断に必要な他の事項が全く記載されていないこと、鑑別診断を経て、どうしてそのような結論に至ったかを理解するに足りる病歴、所見がほとんど記載 点2⑵)について(被告国県の主張) れ、鑑別診断に必要な他の事項が全く記載されていないこと、鑑別診断を経て、どうしてそのような結論に至ったかを理解するに足りる病歴、所見がほとんど記載されていないこと、神経学的診断に必須の内容が記載されていないため、鑑別診断はもとより局在診断も不可能であること、発症時期が記載されているのみで、発症様式や以降の経過がほとんど記載されていないこと などの問題があり、共通診断書のみで標準的な神経診断プロセスによる臨床診断は不可能である。 四肢末梢優位の感覚障害を引き起こす疾患には多様なものがあるから、適切に鑑別診断を行うためには、尿検査、血液検査、血液生化学検査、脊椎単純X線検査、頭部CT、MRI、末梢神経伝導速度検査等が必要であるが、 共通診断書の作成に際して、これらの検査は追加で行われていない。 さらに、必要に応じて他の専門に習熟した医師へ診察を依頼するという考え方もとられておらず、他原因の可能性を検討するプロセスが欠けている。 ⑵ 診断バイアス共通診断書検診においては、医師が当初から水俣病を念頭に置いて診断し ており、それに固執して他原因の可能性を検討していないバイアス、最近遭遇した類似症例と同じ疾患を考えるバイアス、水俣病に見られる症候の有無に限定した診察を行い、追加検査を予定していないことにより、不都合なデータを無視するバイアス、追加検査や追加所見を得ることによる手間をかけるより、マニュアルに従って水俣病に罹患しているという結論を下す方が楽 であるというバイアス、マニュアルを過信するバイアスなどが介在する。共通診断書作成手順では、これらのバイアスを排除するための工夫がされていない。 感覚検査においては、一般に被検者は暗示を受けやすい上、自らが水俣病である ニュアルを過信するバイアスなどが介在する。共通診断書作成手順では、これらのバイアスを排除するための工夫がされていない。 感覚検査においては、一般に被検者は暗示を受けやすい上、自らが水俣病であるという先入観や無意識の思い込みも手伝って、検者に逆らうことを避 けようという追従バイアスが生じるおそれがある。 第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について(被告国県の主張) 集団検診が、被告国県に対する責任追及や、集団訴訟への参加者を募ることを目的として行われた場合にも、バイアスの存在を否定できない。集団検診では、受検者の80%以上が水俣病と診断されたと見られ、異常な高率である。 ⑶ 医師の適格性 水俣病の診察・診断には、専門家、特に神経内科について十分な経験を有する者が当たるべきであるが、共通診断書検診の担当医師には、神経内科に十分習熟していない者が含まれていると見られる。 ⑷ 個別の診察項目ア病歴の聴取 神経症候学においては病歴の把握が極めて重要であるとされ、病歴を把握するための出発点においては開かれた質問(open-endedquestion)によるべきとされている。ところが、共通診断書においては、水俣病に限定して現病歴を記載することとされており、他原因の可能性を踏まえた正しい診断に至る重要な情報を得られないおそれがある。 また、問診により把握すべき事項としては、発症様式(超急性、急性、亜急性、慢性)、発作性か周期性か、症状の誘因の有無、随伴する症状の有無、症状の経過(悪化しているか、停滞しているか、改善しつつあるか等)、家族性・遺伝性の有無、既往症の有無、社会歴等が重要な情報である。ところが、現病歴の概略として共通診断書 有無、随伴する症状の有無、症状の経過(悪化しているか、停滞しているか、改善しつつあるか等)、家族性・遺伝性の有無、既往症の有無、社会歴等が重要な情報である。ところが、現病歴の概略として共通診断書に記載することが予定されている 事項では、病歴の具体的状況を十分に把握できない。 イ自覚症状の聴取共通診断書では、あらかじめ決められた自覚症状の項目がチェックされるのみで、医師による適切な問診を経ていない。チェック項目は、水俣病で出現しやすいと共通診断書検診の実施者が判断した項目のみであり、被 検者はどう答えれば水俣病と判断されやすいかが容易に推測できる。しか第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について(被告国県の主張) も、全ての設問で「ある」という回答が水俣病らしさを示す方向となっている。これは、病歴を水俣病らしさに誘導する聴取法となっている。 また、共通診断書に挙げられている28の自覚症状は、加齢に伴ってしばしば出現するものにすぎず、不定愁訴も含まれており、仮に存在するとしても、水俣病である蓋然性を高めるものではない。 ウ感覚検査(ア) 検査部位共通診断書検診における感覚検査は、四肢末梢優位の感覚障害があるか否かの確認に終始しており、通常の検査方法から大きく逸脱している。 すなわち、感覚検査では、障害部位と正常部位との境界を正確に調べな ければ、分節性の感覚障害や心因性等について鑑別することができない。 また、上肢の感覚障害の分布が、脊髄末梢神経の神経支配領域に対応した特定の部位(分節性)の表在感覚障害なのか、上肢全体の表在感覚障害なのかの区別が不可能であるため、頚部・腰部神経根障害のような他原因によるものか鑑別することができな 末梢神経の神経支配領域に対応した特定の部位(分節性)の表在感覚障害なのか、上肢全体の表在感覚障害なのかの区別が不可能であるため、頚部・腰部神経根障害のような他原因によるものか鑑別することができない。 (イ) 暗示性・心理状態への配慮筆や痛覚針で刺激して被検者に感じ方を答えてもらうという検査方法は、被検者にとって、どのように応答すれば四肢末梢の感覚障害があると診断されるか容易に想像できる方法であり、被検者の先入観や思い込みにより、心理的要因のみに基づいて四肢末梢の感覚障害があるかのよ うな応答をする可能性がある。検者が、被検者の虚偽の応答を見抜けるとは限らず、意図的な虚偽ではなくても、無意識の心因反応により病態が修飾されることは多い。 検者である医師の先入観や心理状態も、所見に影響を与え得る。 しかし、共通診断書検診において、検者及び被検者の心理状態が及ぼ す影響に対して具体的にどのように考慮が払われたのか不明である。 第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について(被告国県の主張) (ウ) 体幹と四肢末梢との感覚の差異共通診断書は、額又は前胸部より手先足先、肢の中では近位部より遠位部の方が感覚が弱いと答えるのは異常だという認識を前提としているが、むしろ、上肢や下肢は、額又は胸部より触覚刺激に鈍感であり、手指を除く肢の中では、遠位部の方が近位部より触覚刺激に鈍感であると されている。そもそも、被検者の回答のみから、病的な感覚低下なのか、身体の部位による生理的な感覚の違いを答えているにすぎないのかを見極めることは容易ではない。そのため、被検者の反応が正常範囲内における触覚の差異に基づくものであったとしても、感覚障害ありとの評価結果と の部位による生理的な感覚の違いを答えているにすぎないのかを見極めることは容易ではない。そのため、被検者の反応が正常範囲内における触覚の差異に基づくものであったとしても、感覚障害ありとの評価結果となってしまう。 (エ) 正常加齢との鑑別高齢者については、加齢により皮膚感覚の低下が起こり得ることを考慮する必要がある。特に、末梢神経障害の罹患率は加齢とともに増加し、高齢になるほど正常範囲内の加齢変化なのか病的な軸索変性なのかを区別することが難しくなるから、高齢者において左右対称性の手袋靴下型 の神経症状を訴える場合、その鑑別が重要である。しかし、共通診断書検診においては、その鑑別の過程を欠いている。運動障害の有無や、腱反射の程度によって、直ちに末梢神経障害か否かを確定的に判断することはできない。 (オ) 全身性感覚障害の診断根拠 共通診断書において、全身性感覚障害が認められている者については、体幹部のうち額、前胸部又はその他の部位のいずれを基準としてどのように診断したのかが明らかでなく、具体性を欠く。 (カ) 感覚障害の所見の自然性本件患者らのグループには、高齢者が多い上、頚部・腰部神経根障害 を示唆する既往や検査所見を有する者も多いにもかかわらず、頚部神経第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について(被告国県の主張) 根や腰部神経根に対応する部位の感覚障害が認められた例が1例しかないのは不自然である。人体図に感覚障害の境界線を明瞭に引いているものがあるが、これは検者又は被検者の先入観や思い込みを反映したものと考えられる。 感覚障害の所見と、日常生活動作(ADL)への支障、二点識別覚検 査の結果、フォンフライ触毛による検査 ているものがあるが、これは検者又は被検者の先入観や思い込みを反映したものと考えられる。 感覚障害の所見と、日常生活動作(ADL)への支障、二点識別覚検 査の結果、フォンフライ触毛による検査の結果との整合性の検討も欠いており、検査結果に矛盾があるものがある。 (キ) 所見の一貫性・再現性本件患者らの症候を立証する証拠としては、基本的に1回のみの検診による共通診断書及び神経所見シートが提出されているのみであり、公 的検診の結果が提出されている本件患者らは一部にとどまる。他の機会における診察の結果との比較対照ができない以上、一貫性・再現性を確認できない所見として、所見の信頼性、器質性疾患の特徴との整合性、水俣病の病像との整合性、他原因の可能性等を特に慎重に検討しなければならない。 エ二点識別覚検査二点識別覚が臨床的に意味を有するのは、表在感覚及び深部感覚が正常である場合であるところ、表在感覚障害の有無に関わらず全ての被検者に二点識別覚検査を実施している点は不適切である。特に、舌の二点識別覚検査は、意義が乏しい。 また、表在感覚検査で指先の感覚が低下しているとされた被検者が、指先の二点識別覚閾値では正常の範囲内であったとすれば、所見の一貫性・再現性が疑われるべきであるが、その吟味がされないまま、四肢末梢の感覚障害が認められている。 複合感覚の異常の有無を検査する場合、通常は、皮膚に書かれた書字を 当てさせる皮膚書字覚検査や、コイン、鍵等の物体を触らせて何であるか第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について(被告国県の主張) を識別させる立体覚検査も実施するものであり、二点識別覚のみで複合感覚の異常の有無を評価することはし する当事者の主張 3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について(被告国県の主張) を識別させる立体覚検査も実施するものであり、二点識別覚のみで複合感覚の異常の有無を評価することはしない。 二点識別覚検査においては、Yes-No法又は二肢強制選択法を用いているようであるが、これは、検者が無意識に答えを暗示してしまう可能性があり、不適切である。 オ運動失調検査(ア) 検査の有用性共通診断書検診では、指-鼻試験で、デコンポジション(運動分解)、ジスメトリア(測定障害)、企図振戦、努力しても指のスピードが極度に遅いなどの所見が両側にあれば、運動失調を認めることとされている。 しかし、水俣病に見られる運動失調は小脳性運動失調であるところ、動作が単に遅いことでは小脳性運動失調とは断定できない。 また、マン試験や片足立ち試験を採用しているが、健常者でも、特に高齢者では、これらの試験で姿勢を保つことができないことが多く、有用性に疑問がある。 (イ) 所見の記載方法指-鼻試験では、測定異常、運動分解、時間測定異常等の個々の要素について正確に記録すべきであり、歩行異常にも様々な分類があるが、共通診断書には運動失調の有無の結論しか記載されていない。 (ウ) 運動失調の類型の考慮 運動失調のうち、感覚系の異常による脊髄性失調及び迷路性失調と、小脳性失調とでは、メカニズム及び責任病巣が全く異なるところ、共通診断書では、運動失調の類型が考慮されておらず、局在診断を行う上で不十分である。 (エ) 所見把握の信頼性 共通診断書において、運動失調検査の所見を解釈するに当たり、関節第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について(被告国県の主 信頼性 共通診断書において、運動失調検査の所見を解釈するに当たり、関節第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について(被告国県の主張) 痛、筋力低下及び加齢等の事情を考慮した形跡がないこと、一部の本件患者らにつき、開眼と閉眼の指-鼻試験の結果に通常は考え難い所見の矛盾があることなど、所見把握の信頼性が疑われる。 カ視野検査対面法による視野狭窄の有無の検査は、簡易な方法であり、視野計によ る場合と異なり、詳細な視野異常の検出は困難である。 検者が手を外側に約80~90度伸ばした状態で手の動きが見えるかを確認する方法は、検者と被検者との距離等により左右され、不正確である。 視神経の障害部位によって、上下側・鼻耳側の視野の4分の1ずつ視野狭窄の出現部位が変わるとされているから、視野の4分の1ずつ狭窄の有 無を確認すべきであるが、共通診断書検診では基本的に耳側のみの視野狭窄を見ているため、一部の視野狭窄を来す疾患(網膜剥離等)を鑑別することができない。 キ聴力検査本件患者らに対する共通診断書検診では、信頼性が高いオージオメータ ーの検査を実施せず、手指を耳の側で擦って聞こえるかどうかを確認するなどの簡便な方法が用いられており、判定が恣意的となる上、水俣病と関係のない伝音性難聴、内耳性難聴、老人性難聴をも大幅に取り込んでしまう。 そもそも、共通診断書では、聴力検査の結果を他覚所見として記載して おらず、聴力検査を実施する意味が不明である。 ク反射検査共通診断書には、腱反射異常及び病的反射について記載する欄があるが、「認める」、「疑う」、「認めない」、「不明」としか記載できないようになっており、正確な検査結果が記載されるこ 。 ク反射検査共通診断書には、腱反射異常及び病的反射について記載する欄があるが、「認める」、「疑う」、「認めない」、「不明」としか記載できないようになっており、正確な検査結果が記載されることが期待し難い。 ケ不随意運動(振戦)検査第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(原告らの主張) 共通診断書には、上肢の姿勢時振戦及びその他の不随意運動について記載する欄があるが、「認める」、「疑う」、「認めない」、「不明」としか記載できないようになっており、振戦の部位、振幅、振動数等が明らかでなく、正確な検査結果が記載されることが期待し難い。 コ筋力低下・筋萎縮検査 共通診断書には、筋力低下・筋萎縮について記載する欄があるが、「認める」、「疑う」、「認めない」、「不明」としか記載できないようになっており、個々の筋の強さが明らかでなく、正確な検査結果が記載されることが期待し難い。 (被告チッソの主張) 被告国県の主張を援用する。 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(原告らの主張)⑴ 曝露の立証方法本件患者らが多食した魚介類がメチル水銀で汚染されていた事実や、本件 患者らの体内にメチル水銀が取り込まれていた事実及びその程度について、現時点において直接的・客観的に裏付ける証拠を取得することは困難である。 しかし、公害事件における被害者側と加害者側の証拠収集能力をめぐる是正し難い格差、被告国県による健康調査義務の不履行、被告チッソも患者の発見の努力を怠ったこと、曝露からの時間の経過に照らすと、被害者ないしそ の承継人である原告らに過剰な立証責任の負担を求めることは許されない。 すなわち、間接事実と推認の積み重ねにより、 患者の発見の努力を怠ったこと、曝露からの時間の経過に照らすと、被害者ないしそ の承継人である原告らに過剰な立証責任の負担を求めることは許されない。 すなわち、間接事実と推認の積み重ねにより、必要かつ十分な立証を行うことができる。 ⑵ 暫定的規制値暫定的規制値を根拠に水俣病発症をもたらす魚介類摂取量を計算する被告 らの方法は正当でない。 第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(原告らの主張) 暫定的規制値は、有害影響が認められない最大の曝露量(無毒性量)が不明であったため、とりあえず有害影響が認められた曝露量を外挿係数10で除した値を代用して算出したものにすぎない。その算定基礎となった毛髪水銀値50ppmは、新潟水俣病発症者の最小値ではないこと、外挿係数を10とする根拠が不明であること、サンプルサイズに強く依存することなどの問題 がある。 暫定的規制値策定に際し示された暫定的摂取量限度0.17mgをPTWIの形式に直すと3.4µg/kg体重となるが、これはFAO/WHO合同食品添加物専門家会議が定めた17歳までの子供についてのPTWI(1.6µg/kg体重)の2倍以上である。内閣府の食品安全委員会も、平成17年、疫学研究 調査結果に基づき、PTWIを2.0µg/kg体重と定めた。 ⑶ メチル水銀汚染の地理的範囲魚介類のメチル水銀汚染は、公健法に基づき指定された第二種地域や特措法に基づく対象地域の範囲を超え、不知火海全域に及んでいた。 ア距離減衰 被告らが主張する距離減衰の概念は、海洋の魚介類を通じた被害の広がりを考える際には不適当である。 海には潮汐があり、汚染物質は、潮の流れや地形に応じて、流れたり滞留したりする。 距離減衰 被告らが主張する距離減衰の概念は、海洋の魚介類を通じた被害の広がりを考える際には不適当である。 海には潮汐があり、汚染物質は、潮の流れや地形に応じて、流れたり滞留したりする。不知火海の南方に位置する長島の東と西には、黒之瀬戸と八幡の瀬戸という海峡があり、非常に速い潮流により海水が流出入してお り、汚染物質もその潮流に従って行き来したと考えられる。距離減衰という概念では、このような複雑な広がりを捉えることができない。 また、魚介類の多くは群れで回遊しており、漁民は魚を求めて移動して操業するから、距離に応じて機械的に低減するという仮説により汚染の広がりを捉えることはできない。 イ魚介類の浮死及び水銀値第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(原告らの主張) 熊大研究班による昭和30年代の調査結果によれば、不知火海全域で魚の異常行動や浮死が報告されている。 熊本県水産試験場が昭和34年に不知火海沿岸各地の漁協等からの回答をまとめた中間報告によっても、特措法上の対象地域外である楠浦本渡魚市場、姫戸漁業協同組合、宮田漁業協同組合、栖本漁業協同組合や、対象 地域内でも水俣から遠方の高戸漁業協同組合、樋島漁業協同組合、大道漁業協同組合を含む不知火海全域から、魚の浮死が報告されている。影響を否定する回答もあるものの、漁民にとって魚介類汚染の事実は生業に影響することから、影響を否定する回答は重視できない。 熊大研究班による魚介類の水銀値の測定結果によれば、水俣川河口の水 銀値が極めて高いのは別として、不知火海地区の水銀値も、対照地区のものと比べ10倍程度高い値であった。 被告らが指摘する西海区水産研究所(甲D5)によっても、水 結果によれば、水俣川河口の水 銀値が極めて高いのは別として、不知火海地区の水銀値も、対照地区のものと比べ10倍程度高い値であった。 被告らが指摘する西海区水産研究所(甲D5)によっても、水俣湾から著しく離れた場所でも多くの水銀を含有している魚介類があったこと、汚染された魚類・エビ類がかなり広く回遊していると想像されることが報告 されている。 ウ人の毛髪水銀値昭和35年から昭和37年にかけて、熊本県衛生研究所が行った不知火海沿岸地域住民の毛髪水銀値の調査結果によれば、水俣湾から見て遠い場所においても、おおむね通常より高い毛髪水銀値となっていること、極め て高い数値を示す者が存在すること、水俣地方よりむしろ遠方の方が水銀値の最高値が高いことが分かる。これは、水俣湾の漁獲が制限される一方、他の海域における水俣病に対する意識が低いまま、不知火海での漁獲が続けられていたことが原因と考えられ、遠方の方が、汚染された魚介類を無防備に摂食する機会は多い場合があった。 被告らが距離減衰の根拠として指摘する数値は、熊本県衛生研究所及び第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(原告らの主張) 鹿児島県衛生研究所の調査結果から都合の良いデータのみを利用したものであり、距離減衰を根拠付けるものではない。 エネコの異状被告チッソ水俣工場の廃水が百間港に排出されていた昭和31年ないし昭和32年、津奈木地方で、人間が獲った魚介類を日常的に食べていたネ コの狂死が多数報告された。昭和33年9月に排出経路が八幡プールに変更された後の昭和34年には、獅子島でネコの発症が多数報告されたが、同島の漁民の漁場は、水俣湾近傍ではなく、同島の近傍又は西南部であっ 狂死が多数報告された。昭和33年9月に排出経路が八幡プールに変更された後の昭和34年には、獅子島でネコの発症が多数報告されたが、同島の漁民の漁場は、水俣湾近傍ではなく、同島の近傍又は西南部であった。水俣湾より南方の出水市米ノ津町でも、昭和34年7月、ネコが発症し、病理組織学的検索の結果、水俣病であることが確認された。これらの ネコの異状死の発生場所は、不知火海の沿岸全域に分布している。 また、熊大研究班によるネコの解剖調査によれば、水俣湾沿岸だけでなく、不知火海周辺の漁村部落(特措法上の対象地域外を含む。)においても、ネコの臓器に多量の水銀が含有されていた。 オ認定患者及び救済対象者の分布 公健法に基づき指定された第二種地域や特措法に基づく対象地域は、同じ海域で獲れた魚介類を摂食する地域の中で不当に線引きをするものではあるが、公健法に基づく認定患者や特措法に基づく救済対象者の居住地域は、天草上島・下島、長島の西側を含め、対象地域外に及んでおり、その事実自体、メチル水銀による汚染が不知火海全域に広がっていたことを推 認させる。 非曝露地域における四肢末梢優位及び全身性の感覚障害の出現率が極めて低いことからすると、曝露地域の住民に数パーセントの割合で同感覚障害が集積的に発見されることは、当該地域での居住と関連する原因、すなわちメチル水銀摂取の可能性を推認させる。 カ一斉健康調査第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(原告らの主張) 平成21年沿岸住民調査において、公健法上の第二種地域内に居住歴を有しない者に、水俣病又はその疑いを診断される者が多数いた。 被告らが指摘する立津調査については、御所浦地区の曝露の程度が、水俣地区 平成21年沿岸住民調査において、公健法上の第二種地域内に居住歴を有しない者に、水俣病又はその疑いを診断される者が多数いた。 被告らが指摘する立津調査については、御所浦地区の曝露の程度が、水俣地区の中でも月浦、出月、湯堂という特に濃厚な汚染にさらされた地域とは異なることはいえたとしても、一般的に不知火海において距離減衰が 生じることの根拠とはならない。 徳臣調査B(水俣・八代)については、第1次調査として地区長等を通じて回収した記名式アンケートに基づいて対象者を抽出しているが、地域ぐるみで水俣病を隠したいという心理が働くことにより、正確な回答を期待し難いという問題がある。また、第2次検診の段階では水俣地区と八代 地区との間で愁訴の出現率に差はないのに、公的検診と同様の基準で行われた第3次検診で初めて差異が生じているが、これは公的検診の問題点を反映しているほか、水俣地区とその他の地区では抽出基準が異なっていたこと、水俣地区のみ往診による診察を行っていたことという要因によるものであり、距離減衰の根拠とはならない。 鹿児島県(乙イD24)については、予備検診がアンケート調査や調査員の面接に基づく点は徳臣調査B(水俣・八代)と同様の問題がある。予備検診から一般検診に進んだ抽出率や、一般検診から精密検診に進んだ抽出率は、水俣から近い出水市よりも、遠方の方がむしろ高いにもかかわらず、精密検査の結果は、出水市以外のほとんどの町で被検者が一般疾病者 に振り分けられており、精密検査及び振り分けが適切に行われたのか不明である。 ⑷ 魚介類の漁獲・流通・摂食状況ア不知火海の漁業の態様不知火海は、九州本土の中部西岸、天草上島・下島及び大小の島々によ って囲まれた、南北に細長い内湾である。湾奥部と沿岸浅海部は、河川か 魚介類の漁獲・流通・摂食状況ア不知火海の漁業の態様不知火海は、九州本土の中部西岸、天草上島・下島及び大小の島々によ って囲まれた、南北に細長い内湾である。湾奥部と沿岸浅海部は、河川か第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(原告らの主張) ら陸水が供給され、プランクトン量が多く、魚が産卵・生育する場所である。一方、中南部は、外洋性と内湾性の各魚類が入り乱れ、種類が豊富で、漁船漁業の漁場として栄えている。 近年の不知火海の漁業は養殖が盛んであるが、かつては、天然魚の漁業が盛んであり、魚種に応じて、打瀬網漁、吾智網漁、巾着網漁、刺網漁、 釣り、延縄漁、地引網漁、船引網漁、かご等の漁法が行われていた。これらのうち、沿岸地先で行われる小型定置網漁や地引網漁は、漁業権の免許の対象であるが、その他の漁業の多くは、漁業権の対象ではなく、漁獲の調整のため県知事の許可を要するものの、漁協の漁業権を侵害しない限り、海域を限定せずに操業が可能である。釣りや延縄漁は、自由漁業であり、 規制の対象外であった。不知火海西岸の天草東部では、ほとんどの水揚地で、不知火海全域で魚群を追っての操業を可能とする態勢が備わっていた。 出水市周辺の漁港でも、同様に、不知火海の豊富な漁場で盛んに操業していた。 天草東部や、水俣を含む不知火地方の水揚地で、地先に限定されない許 可漁業と自由漁業の対象であった魚介類は、イワシ類、サバ、タイ類、アジ類、ボラ、ハモ、スズキ、タチウオ、エイ類、イカ類、タコ、エビ類、カニ類等であり、これらについては不知火海全域での操業がされていたと想定できる。 イ流通経路 昭和40年代前半当時、天草上島・下島の東岸地域の町(松島町、姫戸 、イカ類、タコ、エビ類、カニ類等であり、これらについては不知火海全域での操業がされていたと想定できる。 イ流通経路 昭和40年代前半当時、天草上島・下島の東岸地域の町(松島町、姫戸町、龍ヶ岳町、御所浦町、倉岳町、栖本町、新和町、河浦町)において、住民の生鮮食品の購入場所は、9割以上が同じ町内であった。都市部を除いてはスーパーマーケットのような大型商店は存在しなかったから、購入先は行商人又は鮮魚店が主であった。また、生鮮食品の冷凍・冷蔵技術が 普及しておらず、流通事情が悪かったため、他地域産の生鮮食品は高額で第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(原告らの主張) あり、所得の低い郡部において購入される生鮮食品は、ほぼ全量が地元産のものであった。すなわち、上記地域の住民が日常的に摂取していた魚介類は、不知火海産のものがほとんどであった。 ウ魚介類の摂食習慣昭和30年代後半における日本人の魚介類の摂食量は、1人1日当たり 70~80gであるが、漁業地域においては、漁業に従事する者でなくても、日本人平均の数倍の量の魚介類の摂食をするのが通常であった。特に、天草地方や出水地方においては、農作物の入手も容易ではなく、現金収入に乏しく、比較的高額な肉類等の購入も容易でなかったことから、食生活が、入手しやすい魚介類に偏していた。 エ水俣湾周辺海域における漁獲規制及び水俣病に関する報道昭和31年当時、新聞による報道の対象となったのは、月浦部落における奇病に限定されていた。昭和32年になっても、危険とされたのは水俣湾のうちマテガタ水域と呼ばれる一部であり、周辺海域の危険性は全く意識されていなかった。水俣市漁協が自主規制の対象としていた における奇病に限定されていた。昭和32年になっても、危険とされたのは水俣湾のうちマテガタ水域と呼ばれる一部であり、周辺海域の危険性は全く意識されていなかった。水俣市漁協が自主規制の対象としていた「想定危険 海域」は、百間港から恋路島までの限定的な海域であった上、他の漁協は、同海域での操業をしていた。自主規制の中でも、生活に困って想定危険海域内で漁獲をする者が絶えず、想定危険海域外での漁獲でも患者が発生した。昭和34年夏頃から、水俣市外での水俣病発生が明らかになったり、天草地方の沿岸部で魚の浮死が発生したりして、水俣湾以外への被害の広 がりがようやく意識され始めるようになったが、危険性が現実的に認識されたのは、水俣湾内の魚介類にとどまっていた。昭和35年から3年間にわたり、熊本県衛生研究所及び鹿児島県衛生研究所による住民の毛髪水銀値の調査が行われたが、水俣地方より、むしろ遠方で高い水銀値を示す者が存在した。そのような中でも、人々は、水俣湾の魚介類に問題を矮小化 し、なし崩し的に魚介類の採取を始め、行政もこれを放置した。その背景第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(原告らの主張) には、被告チッソが昭和34年末に設置したサイクレーターにより汚水が流されなくなったという信頼があり、昭和43年9月、被告チッソがサイクレーター設置後も有機水銀を排出していたことを認めたことにより、初めて被告チッソによる虚偽の説明が明らかになった。 ⑸ 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の摂食状況 ア姫戸町天草上島の東北部沿岸に位置する旧熊本県天草郡姫戸町(平成16年3月、合併により上天草市姫戸町となる。)は、特措法の対象地域ではないが、対象地 地域外)における魚介類の摂食状況 ア姫戸町天草上島の東北部沿岸に位置する旧熊本県天草郡姫戸町(平成16年3月、合併により上天草市姫戸町となる。)は、特措法の対象地域ではないが、対象地域である龍ヶ岳町と隣接している。牟田港、姫浦(姫戸)港、永目港及び二間戸港があり、漁業や海運業で発展していた。 樋島沖一帯で帆打瀬網漁によりエビ類、雑魚を獲っていたほか、不知火海を漁場とするエビ流網漁、コノシロ、タイ、アジの流網漁、イワシ船引網漁を行っていた。漁師の中には、水俣沖、芦北沖、龍ヶ岳沖、御所浦沖等で刺網漁を行ったり、不知火海全域で一本釣りを行ったりする者もいた。 姫戸沿岸でボラ、イカ、カレイ等の一本釣りや刺網漁も行われていた。 姫戸町で流通していた魚介類には、地元の漁師が不知火海で獲ったもののほか、定期船で結ばれた御所浦町及び龍ヶ岳町で水揚げされたものも含まれていた。昭和40年頃まで姫浦(姫戸)港の近くにあった魚市場や、鮮魚店、行商人等を通じて、住民が魚介類を入手していた。 イ倉岳町 旧熊本県天草郡倉岳町(平成18年3月、合併により天草市倉岳町となる。)は、特措法の対象地域ではないが、対象地域である龍ヶ岳町大道地区と隣接し、御所浦町の対岸に位置する。主な港として棚底港及び宮田港がある。 棚底漁協及び宮田漁協の漁師は、地先に限定されない自由漁業(一本釣 り、延縄漁)及び許可漁業を行っていた。漁船の多くは動力船で、数時間第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(原告らの主張) もあれば水俣沖まで到着していた。無動力船でも、手漕ぎで不知火海に出て漁をすることは十分に可能であった。 このうち、棚底漁協の漁の中心はハモ漁であり、最大 )について(原告らの主張) もあれば水俣沖まで到着していた。無動力船でも、手漕ぎで不知火海に出て漁をすることは十分に可能であった。 このうち、棚底漁協の漁の中心はハモ漁であり、最大の漁場は、芦北、水俣、出水の海岸から少し離れた海域であった。ハモは外部に売るためのものであったが、売値の下がるものは地元で消費された。イカやタコ漁も 盛んであり、漁場は御所浦島の東海岸が中心であった。その多くが棚底及び近隣地区内で消費された。そのほか、二つの網元が、不知火海全域を漁場としてイワシ漁をしていた。イワシも外部に売るためのものであったが、地元で流通する分を残していた。ハモ漁やイワシ漁では、ハモ、イワシ以外の魚も網に多数かかるため、これらは地元で消費された。 宮田地区の住民は、半農半漁がほとんどであり、多くの漁師が水俣灘(水俣沖の海底が砂地の海域)でハモ漁をしていた。ハモ漁で獲れたハモやその他の様々な魚のうち、商品にならないものは地元に持ち帰られ、消費された。漁師の家庭で、魚介類を他から購入することはなく、農家でも、親族、近隣、友人の漁師からもらったり、物々交換で手に入れる者が多か った。 棚底港や宮田港に水揚げされた魚介類は、漁協、鮮魚店及び行商人を介して、また漁協を介さず漁師から直接、一般家庭に流通していた。また、対岸の御所浦町とは船便で結ばれ、行き来が盛んであったことから、天草有数の漁獲量を誇る御所浦町から多くの不知火海の魚介類が流入したと考 えられる。隣接する龍ヶ岳町大道地区との行き来も容易であり、倉岳町の住民が龍ヶ岳町大道地区の鮮魚店や行商人から不知火海の魚介類を入手していたと考えられる。 ウ新和町旧熊本県天草郡新和町(平成18年3月、合併により天草市新和町とな る。)は、天草下島 住民が龍ヶ岳町大道地区の鮮魚店や行商人から不知火海の魚介類を入手していたと考えられる。 ウ新和町旧熊本県天草郡新和町(平成18年3月、合併により天草市新和町とな る。)は、天草下島の中央東岸に位置する。最大の漁港として大多尾港があ第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(原告らの主張) り、そのほか、中田港や小さな漁港があった。 大多尾地区では、3軒の網元が、それぞれ網子を従え、大規模な双手巾着網漁業を経営し、8~10隻の船団を組み、出水沖から芦北沖までを漁場として、カタクチイワシ漁を行っていた。中でも、獅子島と水俣との間の海域が主たる漁場であった。カタクチイワシは、多くが長島の業者にカ ツオの餌として卸されていたが、それ以外の魚(タチウオ、カマス、サバ、アジ、イカ、タイ、グチ、ハモ、エソ、エビ、オコゼ、イッサキ等)は、乗り子や手伝いの女性で分けられ、その親戚・近所にも分け与えられた。 これを入手した行商人や鮮魚店を介して、内陸部の小宮地地区にも販売された。大多尾地区の漁師は、夜間、カタクチイワシ漁の網子として出漁す る傍ら、個人で船を持ち、日中、獅子島東岸付近での吾智網漁、獅子島周辺海域でのカシ網漁を行う者が多かった。これらの漁で獲れた魚は、自家で消費するか漁協に売ることが多かったが、広域で流通するものではなく、地元で流通していた。昭和30年代ないし昭和40年代、大多尾地区の家庭では、金銭で食料を購入することはほとんどなく、自ら出漁するか、親 類や知り合いから分けてもらって大多尾港で水揚げされた魚介類を入手し、日々、多量の魚介類を摂食していた。 中田港でも、複数の網元を中心とするカタクチイワシの巾着網漁が行われ、出水沖から芦北 類や知り合いから分けてもらって大多尾港で水揚げされた魚介類を入手し、日々、多量の魚介類を摂食していた。 中田港でも、複数の網元を中心とするカタクチイワシの巾着網漁が行われ、出水沖から芦北沖の不知火海一帯で操業していた。水揚げされた魚介類の流通については、大多尾港の場合と同様であった。 エ宮野河内地区宮野河内地区は、昭和31年4月、合併により熊本県天草郡河浦町(現在の天草市河浦町)に編入された旧宮野河内村に当たり、天草下島の南部、不知火海沿岸に位置する。船津及び女岳の漁港がある。 宮野河内地区には、専業漁家は1戸もなく、大部分が農業集落であるが、 平地が少ないため、多くの農家が船を持ち、一本釣りなどの小規模の漁を第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(原告らの主張) 行っており、半農半漁の生活をしていた。 中でも、漁港のある船津が最大の集落であり、船津の漁民は、獅子島や伊唐島、御所浦沿岸を漁場として漁をし、漁船にディーゼルエンジンを搭載するようになった昭和34年頃には水俣付近でも巾着網漁でイワシを獲っていた。昭和38年頃に2軒の網元が巾着網漁を始め、多数の乗り子が 乗船して漁業に従事した。乗り子たちは、商品とならない魚を大量に持ち帰り、自家で消費したり、近隣に配ったりした。こうして、不知火海で漁獲された魚介類が、宮野河内で広く摂食されていた。 オ長島町(特に旧長島町域)現在の鹿児島県出水郡長島町は、鹿児島県の西北端に位置し、長島本島 全域、諸浦島、伊唐島、獅子島等の島から成る。同町は、平成18年3月に東町と長島町が合併して成立したところ(以下、合併前の長島町を「旧長島町」といい、合併後の長島町を単に「長島町」という 島 全域、諸浦島、伊唐島、獅子島等の島から成る。同町は、平成18年3月に東町と長島町が合併して成立したところ(以下、合併前の長島町を「旧長島町」といい、合併後の長島町を単に「長島町」という。)、東町(長島本島の東側、諸浦島、伊唐島、獅子島等)は特措法の対象地域に指定されているが、旧長島町(長島本島の西側)は指定されていない。長島本島の 主な漁港は、東町の薄井港、旧長島町の茅屋港である。 長島町の近海は、イワシ、タイ、ナマコ、ヒジキ、トサカなど、魚介・海藻類の種類が多く、網漁、一本釣り、貝類・海藻の採取等が行われてきた。東町の漁師は、長島町近海だけでなく水俣湾近くで漁をすることもあった。旧長島町の漁師は、外海で漁をすることもあったが、良質な漁場で ある不知火海で一本釣りなどの漁をすることも多かった。長島町における漁業経営体は、旧長島町より東町の方が圧倒的に多く、長島町全体に流通していた魚介類は、旧東町の漁業従事者が不知火海で獲ってきたものが多かった。 そのほか、長島町では、イワシの加工業も盛んであり、住民は、不知火 海の魚介類の加工品も摂取していた。 第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(原告らの主張) 旧長島町の中で地理的に最も東町と疎遠と考えられる蔵之元地区及び指江地区について見ると、昭和30年代半ば頃から、蔵之元地区及び指江地区の住民の中に、茅屋港から出る巾着船(イワシ巻き網漁)の乗り子として働く者が多くいた。外洋は潮が速く、漁場も狭いことから、巾着船は伊唐島より東側で漁をすることがほとんどであった。乗り子は、日当ととも に、売り物にならなかった魚介類を分け与えられ、蔵之元地区や指江地区に持ち帰り、近所にも配ったりした 狭いことから、巾着船は伊唐島より東側で漁をすることがほとんどであった。乗り子は、日当ととも に、売り物にならなかった魚介類を分け与えられ、蔵之元地区や指江地区に持ち帰り、近所にも配ったりした。このように、蔵之元地区や指江地区においても、昭和30年代半ば以降は、不知火海の魚介類が流通していた。 旧長島町でも、魚の浮上やネコの突然死が発生しており、旧長島町を含む長島町全域でメチル水銀に汚染された魚介類が多食されていたことが明 らかである。 カ阿久根市阿久根市は、鹿児島県の北西部に位置し、北薩摩第一の漁港である阿久根港を有する。そのほか、漁業の水揚港として、黒之浜港、脇本港がある。 阿久根市の各地域の漁師は、各港の近くの海域だけで漁をするというの ではなく、長島沖や水俣沖など不知火海で漁をし、上記各港に水揚げしていた。阿久根港は大規模な集散地であったことから、阿久根市の漁師だけでなく、長島、牛深、天草、米ノ津の漁師も水揚げしていた。そのため、阿久根市域には、広く不知火海からの魚介類が集まった。 水揚げされた魚介類は、港近くの鮮魚店や行商人を介して、阿久根市内 の各地域に流通していた。阿久根市域に居住していた本件患者らの食生活は、魚中心のものであり、多量の魚介類を摂食していた。 阿久根市のうち脇本地区及び赤瀬川地区のみが特措法の対象地域として指定されているが、これに隣接する地区も、同様にメチル水銀の曝露を受けている。 キ山野線沿線第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(原告らの主張) 旧JR山野線は、大正10年9月に開業し、昭和63年2月に廃止された鉄道であり、水俣駅から鹿児島県の栗野駅までを結んでいた。本件患者らの中 断基準(争点2⑶)について(原告らの主張) 旧JR山野線は、大正10年9月に開業し、昭和63年2月に廃止された鉄道であり、水俣駅から鹿児島県の栗野駅までを結んでいた。本件患者らの中には、山間部である同線久木野駅、薩摩布計駅及び山野駅周辺に居住していた者がいる。 昭和33年当時、水俣駅と山野駅の間を1日5本の列車が往復しており、 「かつぎ屋さん」と呼ばれる行商人が水俣から新鮮な魚介類を山間部に運んでいた。住民は、その魚介類を日常的に摂食していた。 この行商ルートにより汚染魚が流通したことは、ネコの狂死がこれらの山間部でも発生したこと、特措法による救済者もこれらの山間部に分布していることから裏付けられる。伊佐市(旧大口市)布計地区や、これに隣 接する水俣市越小場地区における検診の結果、対照地域ではほとんど出現しない四肢末梢優位の感覚障害が高い頻度で出現していることが分かった。 ⑹ 昭和44年以降の汚染状況昭和44年以降は、不知火海全体が昭和30年代のピーク時のように高濃度に汚染されていたとまではいえなくても、少なくとも魚介類を多食する者 においては、水俣病を発症し得る程度のメチル水銀曝露を受ける可能性が十分にあった。 ア被告国県による対策(ア) 水俣湾公害防止事業(ヘドロ処理事業)昭和49年に着手された水俣湾の水銀ヘドロを除去する公害防止事業 は、25ppm以上の高濃度水銀ヘドロを除去したにすぎない。水産庁幹部は、平成2年6月5日の衆議院環境委員会において、水俣湾内に汚染魚がいる状態では、水俣湾の漁業開放は慎重に行うべきで、時期尚早と考えている旨答弁している。 (イ) 仕切網の設置 昭和49年1月になって、水俣湾口を網で仕切って水俣湾内に汚染魚第2章事案の概要第3 湾の漁業開放は慎重に行うべきで、時期尚早と考えている旨答弁している。 (イ) 仕切網の設置 昭和49年1月になって、水俣湾口を網で仕切って水俣湾内に汚染魚第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(原告らの主張) を封じ込めるための仕切網が設置されたが、網が潮流に流されてまくれ上がる、4.5cm角の網目を魚の群れが自由に通り抜ける、仕切網を設置できない航路口(幅220m)に設置された音響装置が魚に効果がないなど、汚染魚の封じ込めは極めて不十分であった。 イ不知火海の底質の水銀値 昭和53年から昭和56年にかけての水俣湾及び周辺海域の底質の水銀値を調査した結果によれば、仕切網内の浚渫水域外で暫定除去基準値を上回る25.6~31.7ppmの水銀を検出したほか、仕切網の外側2地点でも、37.0ppm及び43.8ppmの水銀を検出した。 また、昭和62年に天草上島や御所浦沖の海底8地点から採取されたヘ ドロの総水銀濃度を分析した結果によれば、御所浦沖が10.71ppm、松島町沖が9.48ppmと高く、他の地点は1.46~3.60ppmであった(通常の海底の総水銀濃度の平均値は0.1ppmとされている。)。 このように、昭和56年頃の水俣湾周辺の底質は高度に総水銀で汚染されており、昭和62年においても、不知火海の広い範囲の底質に通常の濃 度を大きく超える総水銀が堆積していた。 ウ魚介類の水銀値環境庁等が昭和48年に実施した魚介類の調査結果によれば、水俣湾内では、最高総水銀値が1.76ppmに達し、魚種によっては平均値でメチル水銀が0.531ppm、0.526ppm、0.351ppmなど暫定的規制値を超 えるものがあった。水俣湾 れば、水俣湾内では、最高総水銀値が1.76ppmに達し、魚種によっては平均値でメチル水銀が0.531ppm、0.526ppm、0.351ppmなど暫定的規制値を超 えるものがあった。水俣湾外の不知火海全域における魚種32種1068検体のうち、0.1ppm以上のものが約3割に及び、その中には0.2~0.299ppmの魚種も多く存在した。 被告県が昭和52年度に実施した有明・八代海総合調査の結果によれば、水俣湾ではカサゴから平均値で総水銀1.086ppmを検出したのをはじめ、 クロダイ、イシモチ、ウミタナゴ、トカゲゴチの5種が暫定的規制値を大第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(原告らの主張) 幅に上回っていた。また、葦北郡3町沿岸部や龍ヶ岳町樋島周辺の不知火海では、クロダイ、ハモ、イシモチ、イネゴチ、イヌノシタ等から0.4~0.8ppmの総水銀を検出した。 被告県が昭和57年度から昭和60年度まで水俣、芦北、日奈久、八代、大矢野、牛深等の魚市場で無作為に買い上げられた魚1901検体(その 大半は不知火海で捕獲されたもの)を調査したところ、チヌ、グチなど8種類17検体について暫定的規制値を超える0.411~0.637ppmの総水銀を検出した。 被告県が平成元年に実施した水俣湾内の魚介類の調査において、検査した71魚種のうち22.5%に当たる16種、全採捕量の18%から、暫定 的規制値を超える水銀が検出された。 金田一(甲D29)において、水俣湾内のベラ、カサゴ、キスの総水銀値を測定した結果、水俣湾浚渫工事開始直後の昭和53年から仕切網撤去前の平成9年までの間、おおむね暫定的規制値0.5ppmを超えるほどの高度の汚染があったこと、平成 湾内のベラ、カサゴ、キスの総水銀値を測定した結果、水俣湾浚渫工事開始直後の昭和53年から仕切網撤去前の平成9年までの間、おおむね暫定的規制値0.5ppmを超えるほどの高度の汚染があったこと、平成16年の時点でも、なお一部の魚種には暫定 的規制値を超えるほどの高度の汚染があったことが報告されている。 向井(甲D183)において、昭和54年に水俣湾から北に約10kmに位置する赤崎で採取されたアサリの総水銀値が最高で0.7893ppmを示したこと、水俣湾から南に7~8kmに位置する川ノ尻で採取されたビナの総水銀値が最高で0.4191ppmを示したこと、水俣市内で入手した魚介 類のうち、平均値で暫定的規制値を超えたものは、ガラカブ0.643ppm、メバル0.442ppm、チヌ0.497ppmであり、平均値は暫定的規制値未満であっても最高値が暫定的規制値を超えたものは、キス0.597ppm、グチ0.599ppmであったことなどが報告されている。 これらのデータからすると、水俣湾外の水俣沿岸地域では少なくとも昭 和60年の時点で、不知火海全域では少なくとも昭和48年の時点で、高第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(原告らの主張) 度の汚染があったといえる。 エネコの症例昭和48年4月には、水俣市内の水俣病患者宅で生まれたネコが、明らかに有機水銀中毒症に罹患していると診断された。このことから、少なくともその時点まで水銀に汚染された魚介類が存在し、胎児ネコに水俣病を 発症させ得たことが分かる。 オ人体の水銀値等(ア) 毛髪水銀値元村(甲D187)によれば、昭和50年から昭和54年までの間に不知火海沿岸地域住民の毛髪水銀値を測定したと に水俣病を 発症させ得たことが分かる。 オ人体の水銀値等(ア) 毛髪水銀値元村(甲D187)によれば、昭和50年から昭和54年までの間に不知火海沿岸地域住民の毛髪水銀値を測定したところ、最高値は昭和5 0年の桂島で37.44ppm、昭和51年の出水で41.70ppm、昭和54年の桂島で36.90ppmであった。これらは、昭和35年から昭和38年にかけての不知火海沿岸地域住民の毛髪水銀値調査の結果と比較して、同程度の値である。 (イ) 血液中水銀値 元村(甲D187)によれば、昭和51年から昭和54年までの不知火海沿岸地域住民の血液中水銀値の最高値は、64.0~85.1µg/Lであり(対照地域である西阿室の男性平均値は41.8µg/L)、高度の汚染を示す。 (ウ) 臓器水銀蓄積量 昭和48年に発表された武内(甲D188)は、水俣病の発症から10年以上経過して死亡した者の剖検例で肝臓、腎臓及び脳の水銀蓄積量に高値を示すものがあるとして、住民の最近の食生活による汚染の可能性を指摘している。 (エ) 臍帯のメチル水銀値 原田(甲D184)によれば、水俣湾沿岸における昭和44年ないし第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(原告らの主張) 昭和52年に生まれた者の臍帯水銀値は、0.29~0.83ppmを示しており、東京都民の平均値が0.11±0.03ppmとされていることと対比すると、少なくとも昭和52年の時点で高度の汚染があったといえる。 国立水俣病総合研究センター(以下「国水研」という。)の坂本峰至らが昭和45年から平成元年までに生まれた者の臍帯水銀値を解析した結 果によれば、昭和45年から昭和49年までに生 ったといえる。 国立水俣病総合研究センター(以下「国水研」という。)の坂本峰至らが昭和45年から平成元年までに生まれた者の臍帯水銀値を解析した結 果によれば、昭和45年から昭和49年までに生まれた21人の最高値は0.82ppmで、25-75パーセンタイルは0.143~0.330ppmであり、昭和45年以降に生まれた者であっても高い汚染を受けた者がいたといえる。 特措法救済方針の下では、昭和44年12月以降に生まれた申請者に は臍帯水銀値等のメチル水銀曝露に関する科学的データの提出が求められていたところ、提出された臍帯の水銀値には、1ppmを超えるものが複数確認された。1ppmは小児水俣病の行政認定基準であり、極めて高度の曝露を受けたことを示している。 (オ) 異常妊娠率 板井(甲D189)によれば、水俣市及び津奈木町の異常妊娠率は有機水銀濃厚汚染期(昭和28年~昭和43年)に有意に高いが、水俣市では、アセトアルデヒド製造停止後の昭和55年から昭和59年までの間も異常妊娠率が高い年が発生している。こうした推移からすると、少なくとも昭和59年の時点で、異常妊娠を引き起こす程度のメチル水銀 の汚染があったといえる。 カ有症者の存在(ア) 新たな転入者及び出生者の有症率藤野(甲D190)によれば、昭和43年5月以降に不知火海沿岸地域に転入してきた者及びそれに準ずる者合計7人につき、全員に四肢末 梢優位の感覚障害が認められた。また、藤野(甲D191)によれば、第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(被告国県の主張) 同月から昭和61年までの間に不知火海沿岸地域で在胎・出生した117人につき、91%に全身性又は四肢末梢優位の 者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(被告国県の主張) 同月から昭和61年までの間に不知火海沿岸地域で在胎・出生した117人につき、91%に全身性又は四肢末梢優位の感覚障害が認められた。 (イ) 特措法上の救済対象者昭和44年1月以降に出生し熊本県の居住歴を有する特措法救済申請者の中で一時金等対象者となった者は、不知火海沿岸地域に広く分布し ており、合計275人、熊本県だけで228人に達している。 (被告国県の主張)⑴ 曝露の立証方法本件患者らが魚介類を多食し、かつ、当該魚介類が神経系疾患を惹起し得る程度にメチル水銀に汚染されていた事実は、水俣病罹患の前提となる因果 関係の不可欠の要素であり、原告らにおいて高度の蓋然性をもって証明しなければならない。原告らの主張が、この立証負担の軽減をいうものであれば、失当である。 毒性学における用量-反応関係の考え方及び発症閾値の存在を踏まえると、メチル水銀曝露の有無のみならず、程度を考慮すべきであるが、その具体的 な考慮要素として、①毛髪や臍帯の水銀値といった体内の有機水銀濃度、②患者の居住歴及び当該地域の汚染状況、③患者及びその家族の漁業等への従事など、魚介類の入手及び摂食状況、④同居親族の毛髪・臍帯の水銀値や公健法又は救済法上の水俣病認定状況といった事情が考えられる。 上記①は、有機水銀曝露の有無及び程度を直接示すものであるが、メチル 水銀それ自体ではなく、有機水銀の濃度であること、測定された一時点の状況を反映したものにすぎないこと、発症閾値に関する知見を前提とすべきことに留意する必要がある。 上記②については、ある地域において患者が多発したとしても、食生活は家庭や個人の嗜好等により異なることから、当該地域に居住している全て 発症閾値に関する知見を前提とすべきことに留意する必要がある。 上記②については、ある地域において患者が多発したとしても、食生活は家庭や個人の嗜好等により異なることから、当該地域に居住している全ての 者について、同程度の曝露があったと認めることはできない。 第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(被告国県の主張) 上記③については、患者本人や家族等の供述に依拠せざるを得ない場合が多いが、その供述の信用性は、記憶の喪失・変容や利害得失による誤謬の可能性を踏まえ、慎重に吟味する必要がある。また、相当量の魚介類を摂取した事実が認められたとしても、魚介類の汚染状況は、時期、魚種、漁獲場所によって大きく異なるから、当該患者が実際に摂取した魚介類がどの程度メ チル水銀に汚染されていたかを確定することは困難である。発症閾値をどの程度超えるメチル水銀を摂取すれば当該患者が水俣病を発症するかを確定することも困難である。 上記④については、魚介類の摂取量は、一般に、個人の嗜好や年齢等により差があること、発症閾値を超えてどの程度摂取すれば水俣病を発症するか は個人の感受性による差があることから、同居親族内に水俣病認定患者がいることをもって、直ちに当該患者が水俣病を発症し得る程度にメチル水銀を含有する魚介類を摂食していたと認めることはできない。また、公健法又は救済法に基づく水俣病認定制度による補償を受けた者は、水俣病に罹患しているとの判断がされているのに対し、平成4年以降の水俣病総合対策事業に よる療養手帳の交付を受けた者、平成7年政治解決による医療手帳又は保健手帳の交付を受けた者、特措法救済方針に基づき水俣病被害者手帳の交付を受けた者については、通常の程度 水俣病総合対策事業に よる療養手帳の交付を受けた者、平成7年政治解決による医療手帳又は保健手帳の交付を受けた者、特措法救済方針に基づき水俣病被害者手帳の交付を受けた者については、通常の程度を超えるメチル水銀の曝露を受けた可能性があることを要件としているものの、水俣病を発症し得る程度のメチル水銀曝露を受けたかどうか、そして水俣病に罹患しているかどうかは前提とされ ていない。したがって、家族にこれらの手帳を交付された者がいたとしても、水俣病を発症し得る程度のメチル水銀曝露を受けたかどうかは不明である。 ⑵ 暫定的規制値暫定的規制値は、当該数値を超える魚介類を市場から排除すれば、国民のほとんどが今までどおり魚介類を摂食しても水銀による人体への健康被害を 生じない安全性の目安である。 第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(被告国県の主張) 暫定的規制値の算出過程は、次のとおりである。まず、新潟水俣病発症時の毛髪水銀値が50ppm程度の低い値であった可能性があることを示す研究結果を参考とし、この患者の体重を60kgとした上で算出された1週間当たりのメチル水銀の摂取量2mgについて、安全率を考慮してこれを10で除し、かつ、体重50kgの者の摂取量に換算すると、0.17mgとなる。そして、国 外での研究結果も参考にした上で、日本における医学的な研究調査の結果に基づき、上記0.17mgを体重50kgの成人の1週間におけるメチル水銀の暫定的摂取量限度と定めた。上記0.17mgを当時の日本人の1週間当たりの最大平均魚介類摂取量である762.3gで除して得られたメチル水銀の理論的摂取量限度0.223ppmについて、測定技術上の問題を考慮して総水銀値に た。上記0.17mgを当時の日本人の1週間当たりの最大平均魚介類摂取量である762.3gで除して得られたメチル水銀の理論的摂取量限度0.223ppmについて、測定技術上の問題を考慮して総水銀値に 換算すると、暫定的規制値の0.3ppmとなる。 このように、暫定的規制値は、メチル水銀に対する感受性が最も強い患者の毛髪水銀値に基づくとともに、メチル水銀の測定上の問題を考慮し、さらに、10分の1という十分な安全率を見込んで算出されたものである。 この暫定的規制値及び蓄積限界量に関する知見に基づくと、1日当たり平 均して0.3ppmの魚介類であれば、国民栄養調査による魚介類平均最大摂取量である約100gの10倍である1kgの量を、又は3ppmの魚介類であれば魚介類最大平均最大摂取量である約100gの量を、それぞれ蓄積限界量に達する約350日の間、連続して摂取したとしても、基本的に水俣病を発症することはない。 暫定的摂取量限度0.17mgは、体重50kgの成人を対象として定められたものであり、妊婦の場合は、より厳格な運用が必要であるとされている。これを、FAO/WHO合同食品添加物専門家会議が胎児及び妊婦について定めたPTWI(1.6µg/kg体重)や、食品安全委員会が「妊娠している方もしくは妊娠している可能性のある方」を対象として定めたPTWI(2.0µg /kg体重)と比較することには意味がない。そもそも、上記専門家会議の定第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(被告国県の主張) めたPTWIは、ヒトが一生涯にわたって毎日摂取し続けていても、健康への悪影響がないと推定される1週間当たりの摂取量であり、水俣病の発症閾値を示したものではない て(被告国県の主張) めたPTWIは、ヒトが一生涯にわたって毎日摂取し続けていても、健康への悪影響がないと推定される1週間当たりの摂取量であり、水俣病の発症閾値を示したものではないし、不確実係数(6.4)を用いて算定されたものである。 ⑶ メチル水銀汚染の地理的範囲 ア距離減衰昭和7年から、被告チッソ水俣工場におけるアセトアルデヒドの製造が停止されメチル水銀が含まれる廃水が排出されなくなった昭和43年5月までの間(水俣川河口に排出されていた昭和33年9月から昭和34年10月までを除く。)に水俣湾に排出されたメチル水銀は、3395~528 1kgと推定される。これに対し、昭和33年9月から昭和34年10月までに水俣川河口に排出されたメチル水銀は、304~613kgと推定されるにとどまる。一般的に、汚染は汚染源から遠ざかるほど希釈されるものであることに加え、水俣湾が面積382haの閉鎖的な水域であるのに対し、水俣川河口から広がる不知火海は、12万haと広大であるから、海水によ る希釈の程度は大きい。そのため、排出先である水俣湾や水俣川河口から遠ざかるにつれてメチル水銀濃度は相当程度低くなり、魚介類のメチル水銀値も逓減する。 イ魚介類の浮死及び水銀値昭和35年3月から昭和36年3月にかけて不知火海全域で採取した各 種生物の水銀含有量の調査結果を報告した西海区水産研究所(甲D5)によれば、通常可食部となる「筋肉」に含まれる総水銀値は、水俣湾産が0.7ppm、不知火海産が0.4ppmとなっており、後者は、暫定的規制値と同じである。水俣湾外で採取された魚介類の一部に水銀含有量の高いものが含まれていたとしても、そのような魚介類のみを選択し、かつ継続して摂食 することは考えられないから、 後者は、暫定的規制値と同じである。水俣湾外で採取された魚介類の一部に水銀含有量の高いものが含まれていたとしても、そのような魚介類のみを選択し、かつ継続して摂食 することは考えられないから、平均値が低いことに着目すべきである。 第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(被告国県の主張) 不知火海沿岸における魚の浮死については、アジ流網にかかって逃げた魚が死に、打ち上げられた可能性など、他の原因が指摘されている。 ウ人の毛髪水銀値熊本県衛生研究所が実施した熊本県に居住する水俣湾を含む不知火海沿岸住民に対する調査の結果、発症閾値に相当する毛髪水銀値50ppmを超え る者の割合は、昭和35年が17.7%、昭和36年が9.1%、昭和37年が3.3%であり、年々低下している。同調査の対象者は、水俣湾周辺及びこれに近い不知火海沿岸の漁民(又はその家族で最も危険の濃厚な者)であり、一般家庭よりも魚介類からのメチル水銀の取り込みが多い傾向にあるが、そのような者であっても、約7割の者が発症閾値である50ppmを 超えていないことからすると、一般家庭においては、メチル水銀曝露の程度は更に低かったというべきである。 また、熊本県衛生研究所による昭和35年の調査結果において、各地区の平均毛髪水銀値を見ると、水俣地区が43.8ppm、津奈木地区が41.2ppm、御所浦地区が28.2ppmであり、被告チッソ水俣工場からの距離に比 例して数値が下がっている。昭和35年11月中旬から昭和36年3月までにおける調査対象者のうち、毛髪水銀値50ppmを超えない者の割合は、水俣地区では69.3%、御所浦地区では81.5%、龍ヶ岳地区では93%であり、御所浦地区及び龍ヶ岳 月中旬から昭和36年3月までにおける調査対象者のうち、毛髪水銀値50ppmを超えない者の割合は、水俣地区では69.3%、御所浦地区では81.5%、龍ヶ岳地区では93%であり、御所浦地区及び龍ヶ岳地区の方がメチル水銀汚染の程度が弱いことが分かる。 鹿児島県衛生研究所が昭和35年4月から昭和36年3月までの間に漁業従事者を中心として実施したと考えられる鹿児島県下の不知火海沿岸住民の毛髪水銀値の調査結果によれば、50ppmを超えない者の割合は、阿久根市で91%、出水市米ノ津地区で67.9%、東町(現長島町)で66.7%であり、被告チッソ水俣工場からの距離が遠いほどメチル水銀曝露が 弱いことが確認できる。 第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(被告国県の主張) エネコの異状水俣病に罹患したネコの毛の水銀値が21.5~70ppmであったのに対し、不知火海沿岸の健康ネコの毛の水銀値は、8.86~134.2ppmであり、ネコの異状死とメチル水銀汚染との関連性は必ずしも明らかでない。 また、対象地区健康ネコの毛の水銀値は0.16~29.2ppmであったのに 対し、非曝露地域である東京における健康ネコの毛の水銀値が4.4~121.5ppm、神経症状を呈するネコの毛の水銀値が6.1~50.3ppmであるとされ、不知火海周辺のネコの毛の水銀値をもって、被告チッソ水俣工場から排出されたメチル水銀の広がりを示すものと断定することはできない。 オ認定患者及び救済対象者の分布 前記⑴のとおり、特措法救済方針に基づき水俣病被害者手帳の交付を受けたからといって、メチル水銀曝露の存在を必ずしも意味しない。対象地域外で特措法上の一時金等対象者となったのは、月 者の分布 前記⑴のとおり、特措法救済方針に基づき水俣病被害者手帳の交付を受けたからといって、メチル水銀曝露の存在を必ずしも意味しない。対象地域外で特措法上の一時金等対象者となったのは、月のうちほとんどの日数について対象地域に通勤等をしていた、魚介類をほとんど水俣湾等から入手していた、昭和43年2月末以前に自身又は同居の親族が水俣湾等で漁 業に従事していたといった個別の事情を踏まえ、個別の審査の結果、救済の対象となった者である。 また、対象地域外(水俣市及び芦北町を除く。)における一時金等対象者の人数は、当時の人口比で最大わずか数パーセントにすぎず、対象地域外に一時金等対象者が集積しているとはいえない。 カ一斉健康調査平成21年沿岸住民調査は、バイアスが混入しているなど、信用できない。 立津調査の結果によれば、四肢末梢優位の感覚障害の有病割合は、水俣地区では23.1%であったのに対し、水俣湾の対岸に位置する御所浦地区 では4.2%、有明地区では3.3%であった。このように、汚染源から離第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(被告国県の主張) れることにより健康被害の割合が減少しており、距離減衰が認められる。 徳臣班(乙イD23)で報告されている徳臣調査B(水俣・八代)によれば、水俣地区における感覚障害の有病割合(約15.8%)と比べ、八代地区における感覚障害の有病割合(約5.4%)は明らかに低い。八代地区の主として漁民及びその家族5186人の中に、水俣病と診断された者が いなかったことも考慮すると、八代地区は水俣地区と比べメチル水銀曝露の程度が弱いといえる。 鹿児島県衛生部が昭和46年11月から昭和49年5月にかけて 5186人の中に、水俣病と診断された者が いなかったことも考慮すると、八代地区は水俣地区と比べメチル水銀曝露の程度が弱いといえる。 鹿児島県衛生部が昭和46年11月から昭和49年5月にかけて県内各地で実施した健康調査(鹿児島県(乙イD24))によれば、アンケート回収者のうち「要審査対象者」(一般検診及び精密検診を経て、水俣病の疑い が少しでも否定できない者)及び「要管理対象者」(現時点では水俣病の疑いは認められないが、疫学的事項により今後長期管理観察を必要とする者等)の割合が最も高いのは、被告チッソ水俣工場からの距離が最も近い出水市(0.32%)であり、その他の地域は割合が低い。 ⑷ 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 ア不知火海の漁業の態様不知火海沿岸の各集落から出港した漁船が、不知火海の様々な場所で多種の魚介類を大量に獲っていたとの主張は、否認する。 熊本県水産試験場が昭和34年に不知火海沿岸の20漁協に対して実施した水俣病の影響に関する調査の結果によれば、多くの漁協で、地元沿岸 や沿岸に近い沖で漁を行っている。また、昭和31年時点における熊本県の漁船の半数以上は無動力船であったことからも、地先沖での漁が一般的であった。 漁業権は地先に限定されていること、漁業権に係る海域内においても、それぞれの浜の地先として慣行的な漁業の「縄張り」が存在していたこと、 許可漁業は、漁業資源保全の観点から、知事が魚種、場所、操業期間等を第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(被告国県の主張) 詳細に規定した上で許可書を交付していることから、多くの漁師に不知火海全域での操業が許容されていたことは窺えない。一本釣りや延縄漁のような自由漁業は 2⑶)について(被告国県の主張) 詳細に規定した上で許可書を交付していることから、多くの漁師に不知火海全域での操業が許容されていたことは窺えない。一本釣りや延縄漁のような自由漁業は、漁業法や漁業調整規則等で規制を必要とする程度の漁獲量が見込めない漁法であるから、一本釣りや延縄漁による魚介類が不知火海沿岸に大量に流通するほど高い漁獲量を得ていたとは考え難い。 また、不知火海の中でも、各漁港ごとに水揚げされる魚種及び漁獲高や漁法は異なるから、不知火海を介して水俣湾と接していることをもって、直ちにメチル水銀曝露の可能性が水俣付近と同様又は類似するとはいえない。 イ流通経路 天草東岸は、山が海まで迫る地形のため、集落間をつなぐ道路交通は全く発達しておらず、移動は海上交通に頼るほかなかった。そのため、天草諸島の各港湾には後背地がつながった市場は形成されず、漁村集落ごとに孤立した地域経済圏であり、集落を超えた魚介類の流通が頻繁にあったとは考え難い。ボラ、カタクチイワシ、タチウオ、チヌ、スズキ、タコ等の 地魚以外は、牛深、阿久根、熊本、鹿児島から運ばれてきていたが、保冷設備が普及していなかったため、塩干物が主であった。 また、内陸部の農山村で一般的に摂食されたのは、イワシ、サバ、アジ、ボラ、タチウオ等であったが、イワシやサバは不知火海では余り獲れず、東シナ海で獲れたイワシ等が牛深や阿久根から塩干物等の形で運ばれてき たと考えられる。 ウ魚介類の摂食習慣魚介類の摂食頻度は、漁家又はその親族・隣人であるかどうかによって大きく違い、一家の中でも、性別、続柄等によって摂食量が異なっていた。 エ水俣湾周辺海域における漁獲規制及び水俣病に関する報道 被告県は、昭和31年11月3日の研究報告会に どうかによって大きく違い、一家の中でも、性別、続柄等によって摂食量が異なっていた。 エ水俣湾周辺海域における漁獲規制及び水俣病に関する報道 被告県は、昭和31年11月3日の研究報告会における熊大研究班の報第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(被告国県の主張) 告を受け、新聞記者に対し、事態が重大であるので危険性を大きく報道するように依頼し、水俣湾の魚介類の摂食及び漁獲の自粛を指導した。昭和32年1月、国立公衆衛生院での合同研究会の研究発表を受け、新聞では、危険が解除されるまで魚介類を食べないことが大切だと報道された。こうした報道を受け、「奇病ノイローゼ」と言われる騒ぎとなり、水俣湾の漁獲 は皆無となった。被告県衛生部は、水俣保健所等を通じ、魚介類の摂取が危険であるので摂取しないよう呼びかけた。被告県水産課も、水俣市漁協に対し、水俣湾内の漁獲を自粛するよう指導し、現地住民は漁業を自粛した。こうした被告県による指導や水俣市漁協による自主規制の結果、漁業従事者の生活は困窮し、このことも新聞で報じられた。昭和34年7月3 1日には、水俣市魚小売業組合が、水俣近海で獲れた魚介類について不買決議をし、新聞で報道された。同年9月25日には、津奈木村で水俣病患者が発生し、水俣市以外の地域で発生した初めての患者となった。これを受け、新聞では、危険海域が広がったとして、大々的に報じられた。漁業従事者等によるデモ行進も報道された。このように、水俣湾及びその周辺 海域の魚介類が危険であることは、広く社会に周知されていた。 また、昭和34年8月15日に被告チッソと漁民が実施した汚染漁場の共同実態調査の結果、既に水俣湾は魚類が生息できないほど汚染されてい 海域の魚介類が危険であることは、広く社会に周知されていた。 また、昭和34年8月15日に被告チッソと漁民が実施した汚染漁場の共同実態調査の結果、既に水俣湾は魚類が生息できないほど汚染されていたことが明らかになり、実質的に漁はできない状況であった。 このため、一般家庭だけでなく、漁業従事者の家庭においても、水俣湾 及びその周辺海域産の魚介類を入手し、摂食することは困難であった。 ⑸ 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の摂食状況原告らが指摘する姫戸町、倉岳町、新和町、宮野河内地区及び長島町等は、基本的に汚染源である被告チッソ水俣工場から離れており、住民一般について、水俣病を発症するに足りるメチル水銀曝露があったとはいえない。 ア姫戸町第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(被告国県の主張) 昭和34年11月6日の調査において、姫戸漁協における帆打瀬網漁、エビ流網漁、コノシロ、タイ、アジの流網漁はいずれも水俣汚染の影響により特に経営困難となっていることが指摘されている。イワシ船引網漁の稼働件数はわずか1統、漁場も沿岸であり、昭和34年の漁獲は例年の5分の1程度であったから、煮干しに加工され販売されていたカタクチイワ シが流通していたとしても、多量であったとはいえない。ボラ、イカ、カレイ等の一本釣りや刺網漁が行われていたのは、姫戸町沿岸であり、水俣湾及びその周辺海域ではない。 天草諸島の各港湾は漁村集落ごとに孤立した地域経済圏であり、御所浦町及び龍ヶ岳町で水揚げされた魚介類が流通していたとしても、その量は 限定的であった。また、御所浦町や龍ヶ岳町でも水俣病の影響により漁獲量は大きな打撃を受けていた。むしろ、東シナ海で大量 所浦町及び龍ヶ岳町で水揚げされた魚介類が流通していたとしても、その量は 限定的であった。また、御所浦町や龍ヶ岳町でも水俣病の影響により漁獲量は大きな打撃を受けていた。むしろ、東シナ海で大量に獲れたイワシ、サバ等が牛深や阿久根から運ばれていた。 イ倉岳町棚底港については、不知火海一円を漁場とするのは、ハモ延縄漁16隻、 イカ篭8統、一本釣りのみで、そのほかは地元沿岸や天草東を漁場としており、水俣・芦北への出漁は余りなかった。水俣沖で操業していた一本釣り、延縄漁約70隻も、昭和33年には水俣汚染の影響により漁場を失っていた。 宮田港については、ハモ延縄漁20隻以外は、基本的に地先、天草東岸、 甑島沖等で操業していた。地先の一本釣りが盛んで、巻き網漁は大規模の漁家のみで、ほとんどの漁場が水俣・芦北方面にはなかった。芦北沿岸に出漁していたハモ延縄漁とタチウオ釣りも、昭和33年には漁場を失い、カサゴ、ベラ等の磯魚釣りで細々と生活していた。 前記⑶イのような流通規模から見て、棚底港及び宮田港で水揚げされた 魚介類が倉岳町全域に大量に流通していたとは考え難い。宮田地区には複第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(被告国県の主張) 数の行商人の存在は確認されていない。隣接する御所浦町及び龍ヶ岳町の漁業も、昭和33年頃には経営困難に陥っており、むしろ倉岳町外から運ばれた魚介類の多くは、牛深産のイワシ等であったと考えられる。 ウ新和町大多尾漁協で最も漁獲量の多いカタクチイワシ漁は、大多尾地先及び横 島西側(縫切網漁)、大多尾沖(イワシ船引網漁)であり、次に漁獲量の多い吾智網漁は、獅子島沖ないし大多尾沖、横浦沖であり、いずれも漁場が限 最も漁獲量の多いカタクチイワシ漁は、大多尾地先及び横 島西側(縫切網漁)、大多尾沖(イワシ船引網漁)であり、次に漁獲量の多い吾智網漁は、獅子島沖ないし大多尾沖、横浦沖であり、いずれも漁場が限定されていた。漁協組合員として登録されていても、脱漁化した世帯が多く、大多尾地区の多くの住民が漁業に従事していたとはいえない。行商人が売って歩いた魚介類も、大多尾地先のものか、牛深からのイワシが大 部分であった。 中田漁協については、地先を中心とする漁場がほとんどであり、水俣病の影響により、吾智網漁は、水俣沖に出漁できない状態となった。 エ宮野河内地区宮野河内地区の漁業は、昭和34年の時点で、アジ流網漁については水 俣沖での操業は中止され、宮野河内湾を漁場とし、ボラ囲刺網漁については鹿児島県に入漁していた。昭和48年の時点では、近海漁業は不振であるとされていた。したがって、宮野河内地区の漁師が不知火海全域を漁場にしていたとはいえない。 行商人が売り歩いていた魚介類も、地先で漁獲されたものか、牛深から 仕入れたものであったと考えられる。行商は非常に限られた規模であったため、宮野河内地区全体に大量に魚介類が流通していたとは考え難い。 オ長島町(特に旧長島町域)東町の漁師の漁場は不知火海に限られず、むしろ東シナ海におけるイワシ漁が盛んであったと考えられる。 旧長島町は、東シナ海に面しており、その立地条件からして、不知火海第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(被告国県の主張) での漁が盛んであったとはいえない。 旧長島町の対岸には、当時日本第2位の漁獲量を誇る牛深港があり、旧長島町で流通していた魚介類は、牛深から運ばれてきたものであ て(被告国県の主張) での漁が盛んであったとはいえない。 旧長島町の対岸には、当時日本第2位の漁獲量を誇る牛深港があり、旧長島町で流通していた魚介類は、牛深から運ばれてきたものである可能性が高い。また、カタクチイワシは、食用というより、枕崎や串木野の遠洋漁業で必要な大量のイワシ生餌をまかなうために漁獲されていたものであ った。 カ阿久根市阿久根市では、東シナ海での操業でサバやアジの大きな漁獲を上げるとともに、牛深から運ばれたイワシやサバを取り扱っていた。このように、阿久根市は、主に東シナ海で獲られた魚介類の流通拠点であった。出水保 健所は、昭和34年8月17日、阿久根漁協に対し、水俣の漁船から水揚げされるおそれがあるので注意するように呼び掛けており、不知火海の魚介類が水揚げされないよう注意が払われていた。 キ山野線沿線行商人が山野線沿線に運んでいた魚介類が、水俣市の丸島港又はその周 辺の漁港で水揚げされたものであることの裏付けはなく、漁場がどこであったかが明らかになるものではない。水俣市漁協が操業を自粛していた状況に照らし、当時の丸島港又はその周辺の漁港で水揚げされた魚介類がメチル水銀に汚染されていたとは考え難い。 大口市や水俣市久木野地区は農山村であり、そもそも魚介類の流通量に 限界がある。また、水俣湾及びその周辺海域の魚介類が危険であることは広く周知されていたから、山間部の集落においても、上記海域の魚介類をあえて入手し摂食していたとは考えられない。 栗野町や大口市で昭和34年末から昭和35年初めにかけてネコの大量死が発生したが、その後の調査・検討により、大量死の原因は胃腸炎であ り、水俣病とは無関係であることが判明している。 第2章事案の概要第3 争点に対する 和35年初めにかけてネコの大量死が発生したが、その後の調査・検討により、大量死の原因は胃腸炎であ り、水俣病とは無関係であることが判明している。 第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(被告国県の主張) ⑹ 昭和44年以降の汚染状況被告チッソ水俣工場におけるアセトアルデヒドの製造が停止された後の昭和44年以降、水俣病を発症する程度のメチル水銀曝露があったとは通常考えられない。 ア被告国県による対策 (ア) 水俣湾公害防止事業(ヘドロ処理事業)被告国は、昭和48年度に、これまでの各種調査で高濃度に水銀を含有した魚介類が発見された水域、水銀取扱工場及び水銀鉱山の周辺水域等において、魚介類、水質、底質及び土壌・農作物の調査を行った。底質調査は、全国47都道府県の635水域について行われ、水域ごとに 定められる底質の暫定除去基準値を超える検体が確認された水域は、25水域あり、各都道府県又は政令指定都市において、全て対策が講じられた。 この全国調査の結果を踏まえ、被告県では、地域住民の不安を取り除くとともに、港湾の維持管理上の必要から、水俣湾の汚泥を処理するた め、昭和52年10月に水俣湾ヘドロ処理事業に着手し、同事業の工事実施期間中(平成2年3月まで)は、漁業従事者に対して操業を禁止し、漁業補償を行った。 (イ) 仕切網の設置昭和48年5月、熊本県天草郡有明町に水俣病類似患者がいるとの指 摘が新聞各紙に報道された結果、水銀汚染が広がっているという不安を県民に与えた(いわゆる第3水俣病騒動)。この騒動によって、不知火海の魚介類の市場流通と魚価の回復が思わしくなかったため、被告県は、昭和49年1月、不知火海と水俣湾を仕切 が広がっているという不安を県民に与えた(いわゆる第3水俣病騒動)。この騒動によって、不知火海の魚介類の市場流通と魚価の回復が思わしくなかったため、被告県は、昭和49年1月、不知火海と水俣湾を仕切網で仕切り、魚介類を水俣湾内に封じ込めることによって、社会的な汚染魚不安を鎮静化させ、魚価 の安定を図った。 第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(被告国県の主張) 熊本県水俣湾魚介類対策委員会は、魚介類の水銀調査結果等を踏まえて仕切網の取扱いを慎重に審議した。平成元年における水俣湾内の全魚種(180種類)を対象とした水銀値調査では、一部の魚種に暫定的規制値を上回るものが確認されたため、仕切網は存置された。平成6年度後期魚介類追跡調査以降は、全ての魚介類で水銀の暫定的規制値を下回 ったことから、平成9年10月、仕切網は撤去された。 水俣湾では、水俣市漁協が昭和48年に改めて自主規制を実施してから、仕切網が撤去されるまでの間、操業が禁止されるか魚介類が買い上げられるかしており、魚介類が市場に流通することはなかった。 イ不知火海の底質及び海水の水銀値 底質の水銀値に関する原告らの主張は、断片的な新聞記事に基づくものであり、具体的な調査場所や試料の検査手法といった基礎的事項すら不明であって、一般化できるものではない。 昭和38年、昭和44年、昭和45年及び昭和46年に水俣湾内16地点で行われた調査によれば、ほとんどの地点でメチル水銀は検出されず、 数少ない検出地点でも最高濃度は0.011ppmと低かった。水俣湾を含む不知火海の底質に、無機水銀が一定量含まれていることは事実であるが、海水中では、塩類が作用して無機水銀のメチル水銀化反応を抑制す 数少ない検出地点でも最高濃度は0.011ppmと低かった。水俣湾を含む不知火海の底質に、無機水銀が一定量含まれていることは事実であるが、海水中では、塩類が作用して無機水銀のメチル水銀化反応を抑制することが知られている上、水俣湾の底質中の無機水銀は不活性である硫化水銀などの形になっていることから、原則として、水俣湾の底質中の無機水銀か らメチル水銀が生成されることはない。 被告県が昭和52年から平成2年まで実施した水俣湾等公害防止事業において毎年行った海水中の総水銀値の調査の結果は、全て環境省が定める環境基準0.0005mg/L未満であった。平成18年3月から平成21年までの水俣湾水質モニタリング調査においても、水俣湾の海水中の総水銀 濃度及びメチル水銀濃度は国内の他海域と比べて大きな違いがないことが第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(被告国県の主張) 明らかになった。 ウ魚介類の水銀値水俣湾における魚介類中の総水銀値は、昭和44年8月には暫定的規制値と同程度になり、水俣病を発症させるおそれのあるメチル水銀値の魚介類はほとんど見られなくなった。昭和47年11月の水俣川河口沖のメチ ル水銀値は、暫定的規制値の5分の1程度である0.068ppm以下となっている。昭和46年11月の天草海域の魚介類中のメチル水銀値は、倉岳で0.094ppm以下、御所浦で0.019ppm以下、牛深で0.049ppm以下であり、暫定的規制値を大きく下回っている。 昭和48年の不知火海産魚介類の総水銀濃度の調査結果(水俣湾を除く。) では、2455検体のうち、2437検体(約99.3%)が暫定的規制値の範囲内であった。 昭和47年6月に本里義明熊本大学工 48年の不知火海産魚介類の総水銀濃度の調査結果(水俣湾を除く。) では、2455検体のうち、2437検体(約99.3%)が暫定的規制値の範囲内であった。 昭和47年6月に本里義明熊本大学工学部長らが作成した報告書においても、水俣湾のプランクトン及び魚介類中には、0.1ppm前後のメチル水銀が蓄積されており、昭和43年以降における魚介類中の水銀は横ばい状 態であると報告され、暫定的規制値以下であることが示されている。 以上のように、基本的に水俣湾の魚介類のメチル水銀値等と比較して、水俣湾を除く不知火海の魚介類のメチル水銀値等は低く、距離減衰が生じていることが分かる。また、不知火海の魚介類のうちメチル水銀値等が暫定的規制値を超えるものはごくわずかであるところ、摂食量が増加するに つれて摂取するメチル水銀の濃度は平均値に収斂する。もともと、暫定的規制値そのものが10倍の安全率を考慮していることから、仮に不知火海の魚介類を多食していたとしても、直ちに水俣病を発症する程度のメチル水銀を摂取することにはならない。 水俣湾内で暫定的規制値を超える魚介類がいたとしても、平成9年まで、 水俣湾内では操業が禁止されていたから、市場に流通することはなかった。 第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(被告国県の主張) 向井(甲D183)の報告のうち、アサリ及びビナについては、最高値が暫定的規制値を超えていても、平均値は暫定的規制値を超えていない。 その他の結果については、検体数が少なく、不知火海全体の魚介類の数値として評価することはできない。 エネコの症例 昭和48年のネコの事例報告については、当該ネコの曝露歴や、母ネコ及び他の子ネコの罹患の有無 ては、検体数が少なく、不知火海全体の魚介類の数値として評価することはできない。 エネコの症例 昭和48年のネコの事例報告については、当該ネコの曝露歴や、母ネコ及び他の子ネコの罹患の有無等の情報がなく、当該ネコの神経症状が水俣湾の魚介類の摂取に起因するかどうか判断することはできない。当該ネコ以外に、昭和48年当時水俣病と同様の症状の報告はない。 オ人体の水銀値等 (ア) 毛髪水銀値昭和43年から昭和45年までの漁業従事者の毛髪水銀値の平均値は、1年ごとに9.2ppm、5.5ppm、3.7ppmと減少しており、最高値も、73.8ppm、18.3ppm、9.5ppmと減少している。すなわち、昭和44年以降、発症閾値である毛髪水銀値50ppmを超える者は、漁業従事者 でさえ見られなかったのであり、水俣湾及び不知火海沿岸住民に、水俣病を生じさせる程度のメチル水銀曝露があったとは考え難い。 元村(甲D187)で報告された毛髪水銀値の最高値は、発症閾値である50ppmを下回る。また、平均値は、ほとんどの地点で、対照地である東京の平均値3.66ppmとさほど変わらない。 (イ) 血液中水銀値WHOは、血液中水銀値の発症閾値を200~1000µg/Lとしており、それ未満の数値であれば、発症の可能性は考え難い。 元村(甲D187)で報告された血液中水銀値の最高値は、上記発症閾値を大幅に下回る。また、平均値は、23.5µg/Lであり、対照地を 下回る。 第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(被告国県の主張) (ウ) 臓器水銀蓄積量武内(甲D188)で報告された剖検例の臓器に含まれる総水銀の多くは、無機水銀であると考えられる 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(被告国県の主張) (ウ) 臓器水銀蓄積量武内(甲D188)で報告された剖検例の臓器に含まれる総水銀の多くは、無機水銀であると考えられるが、無機水銀については、メチル水銀と異なり、ヒトの生物学的半減期が確立されていないことからすれば、剖検時の臓器水銀値をもって、死亡前に高濃度のメチル水銀を摂取した との推認自体が働かない。また、原告らが主張の根拠とする剖検例2例は、昭和40年及び昭和44年2月に死亡した者であり、昭和44年以降のメチル水銀汚染を裏付けるものではない。 (エ) 臍帯のメチル水銀値環境省作成の水銀分析マニュアルによれば、日本の一般健康人におけ る臍帯中メチル水銀値は0.1µg/g乾重量(0.1ppm)前後と考えられている。 昭和56年7月1日環境庁通知「小児水俣病の判断条件について」は、公健法に基づく小児水俣病の判断について、臍帯のメチル水銀値1ppm(乾燥重量)を基準としているが、1ppmを超えたとしても直ちに水俣病 を発症するものではなく、非汚染地域に居住していてもこれを超える場合が生じ得る。すなわち、臍帯水銀値1ppmは、母親の毛髪水銀値約25ppmに相当するが、これは東京都等の非汚染地域における魚介類多食者の毛髪水銀値と比べて低く、発症閾値未満である。 一方、水俣市周辺における昭和22年から昭和45年までの出生時5 7人の臍帯のメチル水銀値は、昭和30年に最高値2.258ppmを記録して以降、昭和34年から徐々に低下し、昭和43年から昭和45年にかけては、メチル水銀値が0.1ppm未満の者や不検出の者しか見当たらない。 原田(甲D184)や国水研の調査結果においては、昭和44年以降 に生まれた者の臍帯水銀値が1ppm 昭和45年にかけては、メチル水銀値が0.1ppm未満の者や不検出の者しか見当たらない。 原田(甲D184)や国水研の調査結果においては、昭和44年以降 に生まれた者の臍帯水銀値が1ppmを超えた事例はない。 第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について(被告チッソの主張) 特措法救済方針の下で提出された臍帯の水銀値に1ppmを超えるものがあったとしても、1ppmは発症閾値未満であるし、非汚染地域の魚介類多食者の水銀値と比べても低いから、直ちに当該救済対象者が被告チッソ水俣工場から排出されたメチル水銀を原因として水俣病を発症したとまではいえない。 (オ) 異常妊娠率板井(甲D189)が調査対象とした総妊娠数は、昭和55年で6件、昭和56年で7件、昭和59年で3件であり、そもそも調査対象数が少ない。板井(甲D189)自体、他の因子の関与の可能性を指摘し、因果関係を検討するには不十分であるとしている。 カ有症者の存在(ア) 新たな転入者及び出生者の有症率感覚検査は客観性に乏しく、慎重に検討する必要があるところ、藤野(甲D190)及び藤野(甲D191)において、これらに留意し、診断するに当たり、バイアスを排除した形跡が見られない。調査対象者は、 2例を除き、対象者本人が水俣病の検査を希望して受検した者であり、バイアスの発生のおそれが高い。したがって、これらの調査には信用性がない。 (イ) 特措法上の救済対象者特措法救済方針における救済要件のうち、メチル水銀の曝露に関する ものは、通常起こり得る程度を超えるメチル水銀の曝露を受けた可能性があるという要件だけであり、昭和44年1月以降の出生者に一時金等対象者が存在するから 済要件のうち、メチル水銀の曝露に関する ものは、通常起こり得る程度を超えるメチル水銀の曝露を受けた可能性があるという要件だけであり、昭和44年1月以降の出生者に一時金等対象者が存在するからといって、当該対象者の出生した時期まで水俣病を発症するに足りるメチル水銀曝露があったことを推認させることにはならない。 (被告チッソの主張)第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 6 改正前民法724条後段所定の期間制限(争点3⑴)について(被告国県の主張) 被告国県の主張を援用する。 5 個別の本件患者についての罹患の有無(争点2⑷)について(原告らの主張)いずれの本件患者も、メチル水銀曝露歴が認められ、かつ、四肢末梢優位の感覚障害又は全身性感覚障害を有しており、他原因は否定されるから、水 俣病に罹患しているといえる。 (被告国県の主張)いずれの本件患者も、水俣病に罹患しているとは認められない。 (被告チッソの主張)被告国県の主張を援用する。 6 改正前民法724条後段所定の期間制限(争点3⑴)について(被告国県の主張)⑴ 改正前民法724条後段所定の期間制限の法的性質改正前民法724条後段所定の期間制限は、除斥期間を定めたものであることは、判例上確立している(最高裁判所平成元年12月21日第一小法廷 判決・民集43巻12号2209頁(以下「最高裁平成元年判決」という。))。 なお、平成29年法律第44号による改正後の民法(以下「改正後民法」という。)724条後段では、不法行為債権に関する長期20年の制限期間は時効期間であることが明記されたが、改正前民法724条後段について、除斥期間を定めたものであるとする確立した判例理論を変更するものではない。 後段では、不法行為債権に関する長期20年の制限期間は時効期間であることが明記されたが、改正前民法724条後段について、除斥期間を定めたものであるとする確立した判例理論を変更するものではない。 ⑵ 期間の起算点除斥期間の起算点は、原則として加害行為時であり、当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当期間が経過した後に損害が発生する場合には、その損害の全部又は一部が発生した時が起算点となる。 水俣病は、メチル水銀を大量に経口摂取することによって起こる神経系疾第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 6 改正前民法724条後段所定の期間制限(争点3⑴)について(被告国県の主張) 患であり、その機序は、被告チッソ水俣工場からメチル水銀が排出されて、水俣湾及びその周辺海域に生息する魚介類の体内に蓄積され、その魚介類を大量に経口摂取したことによりメチル水銀が体内に取り込まれた結果、その蓄積量が発症閾値を超えることによって発症するというものである。そうすると、除斥期間の起算点は、損害の全部又は一部が発生した時、すなわち本 件患者らが水俣病を発症した時点となる。 前記2(被告国県の主張)⑹ウのとおり、水俣病の発症時期は、いかに潜伏期間を長くみても、メチル水銀によって汚染された魚介類を最後に摂食してから4年以内である。そして、前記4(被告国県の主張)⑹のとおり、昭和44年以降、一般家庭はもとより漁業従事者の家庭においても、水俣病を 発症し得る程度に水俣湾及びその周辺海域の魚介類を大量に摂食していたとは考え難い。したがって、水俣湾及びその周辺海域の魚介類を摂食したことによって水俣病を発症する可能性があるのは、昭和48年より前である。したがって、遅くとも昭和48年か 魚介類を大量に摂食していたとは考え難い。したがって、水俣湾及びその周辺海域の魚介類を摂食したことによって水俣病を発症する可能性があるのは、昭和48年より前である。したがって、遅くとも昭和48年から20年を経過した平成5年の段階で、全ての本件患者について除斥期間が経過していることとなる。 また、仮に本件患者らにつき水俣病の罹患が認められる場合には、遅くとも、水俣病の主要症候である四肢末梢優位の感覚障害に関連するものとして本件患者それぞれの共通診断書又は陳述書に記載された自覚症状の出現時期が、除斥期間の起算点となる。 除斥期間の趣旨は、被害者の認識いかんを問わず、一定の時の経過によっ て法律関係を確定させることにあるから、その起算点を定めるに当たり、本件患者らの認識可能性を問題にする原告らの主張は、失当である。 ⑶ 改正前民法724条後段の適用制限最高裁判所平成10年6月12日第二小法廷判決(民集52巻4号1087頁。以下「最高裁平成10年判決」という。)や、最高裁判所平成21年4 月28日第三小法廷判決(民集63巻4号853頁)は、時効の停止等の根第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 6 改正前民法724条後段所定の期間制限(争点3⑴)について(被告チッソの主張) 拠となる法の規定があること、除斥期間内に権利を行使しなかったことを是認することが著しく正義・公平の理念に反することの二つの要素が存在する場合に、除斥期間経過の効果を否定し、最高裁平成元年判決の例外を判示したものであり、極めて射程が狭い。原告らの主張は、これらを踏まえることなく、実質的な価値判断のみによって、除斥期間の適用が制限されるとする ものであり、判例の理解を誤ったものである。 改正前民法724条後段の めて射程が狭い。原告らの主張は、これらを踏まえることなく、実質的な価値判断のみによって、除斥期間の適用が制限されるとする ものであり、判例の理解を誤ったものである。 改正前民法724条後段の規定の適用に関し、当事者が除斥期間の経過による請求権の消滅を主張することは、実体法上も手続法上も要件ではないから、そもそも権利濫用と評価すべき対象行為が存在せず、除斥期間の主張をすることが権利濫用であるとして同規定の適用を制限することはできない。 水俣病に関しては、昭和44年には被告チッソに対する第1次訴訟が提起され、損害賠償責任を認める判決が確定している上、その後も第2次訴訟、第3次訴訟と提起された。そして、平成7年政治解決により、水俣病に関して提起されていた多数の訴訟が取下げ等により終了したほか、治療費等を支給する総合対策医療事業や、被告チッソによる一時金の支払等による大規模 な救済が実施されていたのであり、これら一連の経緯は、繰り返し、行政及び報道機関等を通じて周知されてきた。その結果、行政認定においても、平成8年以降、平成16年の関西訴訟上告審判決までは、新たな認定申請者さえほとんどいない状態であった。こうした状況に照らせば、原告らが主張する事情は、本件患者らの権利行使を客観的に不可能にするものではないし、 それらの事情が被告国県の行為に起因するものともいえない。したがって、本件患者らが除斥期間内に権利を行使しなかったことを是認することについて、最高裁平成10年判決と同程度に「著しく正義・公平の理念に反する事情」があるとは認められない。 (被告チッソの主張) ⑴ 改正前民法724条後段所定の期間制限の法的性質第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 6 改正前民法724条後段所定の は認められない。 (被告チッソの主張) ⑴ 改正前民法724条後段所定の期間制限の法的性質第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 6 改正前民法724条後段所定の期間制限(争点3⑴)について(被告チッソの主張) 改正前民法724条後段所定の期間制限は、除斥期間を定めたものである。 ⑵ 期間の起算点ア曝露の終了時からの除斥期間経過被告チッソ水俣工場からのメチル水銀の排出は、昭和43年5月のアセトアルデヒド製造停止以後は行われていないから、その時点で被告チッソ の加害行為は終了している。また、昭和44年8月の時点で、水俣湾内における総水銀値は暫定的規制値と同程度となり、同月以降、水俣湾及びその周辺海域の魚介類のメチル水銀値は、暫定的規制値をほとんど下回っていたから、遅くとも、同月以降、水俣湾及び不知火海は、他の水域に比べてもメチル水銀に汚染されていない。したがって、昭和43年5月末日又 は遅くとも昭和44年8月末日以降は、もはや被告チッソの加害行為に起因するメチル水銀曝露は終了している。なお、これらより前に水俣湾及び不知火海の沿岸地域から転居した本件患者については、転居の時点でメチル水銀曝露は終了している。 したがって、仮に本件患者らが被告チッソに対して不法行為に基づく損 害賠償請求権を有していたとしても、昭和43年5月末日から20年が経過した昭和63年5月末日、又は遅くとも昭和44年8月末日から20年が経過した平成元年8月末日には除斥期間が満了している。 イ損害発生時からの除斥期間の経過仮に、損害が行為時から相当期間経過後に発生する場合には、損害の全 部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解しても、遅くとも昭和44年9月以降には、被告チッソ からの除斥期間の経過仮に、損害が行為時から相当期間経過後に発生する場合には、損害の全 部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解しても、遅くとも昭和44年9月以降には、被告チッソの行為に起因するメチル水銀曝露は終了しており、メチル水銀中毒症の潜伏期間については、遅くとも数か月からせいぜい数年以内、長くとも関西訴訟上告審判決が認めた4年間を超えることはないから、遅くとも昭和48年8月末日(昭和44年8月末日 以前に転居した本件患者の場合はその4年後の応当日)が、除斥期間の起第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 6 改正前民法724条後段所定の期間制限(争点3⑴)について(原告らの主張) 算点となる。 さらに、仮に、メチル水銀曝露終了から4年を経過した後になってもなお四肢末梢優位又は全身性の感覚障害が発症し得るとの立場に立つとしても、本件患者らに手足のしびれ感、手足の感覚が鈍いといった症状が発現したと主張されている時点が除斥期間の起算点となり、多くの本件患者ら において、その時点から20年が経過している。 (原告らの主張)⑴ 改正前民法724条後段所定の期間制限の法的性質改正前民法724条後段は、消滅時効を定めたものである。これを除斥期間と解した最高裁平成元年判決は、不当である。 ⑵ 期間の起算点ア原告らが主張する起算点水俣病患者について、関西訴訟上告審判決等が改正前民法724条後段の期間の起算点として判示する「損害の全部又は一部が発生した時」とは、不法行為に基づく損害賠償請求をできる程度に客観的な損害が発現した時 点と捉えるべきである。 そして、医師による検査を経て水俣病であると診断を受けた時点で、初めて、水俣病の損害の全体について客観的 為に基づく損害賠償請求をできる程度に客観的な損害が発現した時 点と捉えるべきである。 そして、医師による検査を経て水俣病であると診断を受けた時点で、初めて、水俣病の損害の全体について客観的に認識可能となるから、不法行為に基づく損害賠償請求をできる程度に客観的な損害が発現したといえる。 これに対し、単に、手足のしびれ等の症状を認識しただけでは、損害を認 識したとはいえない。なぜなら、水俣病においては、手足のしびれ等の症状の一つが発症したからといって、本件患者らがこれを水俣病によるものだと認識することは不可能であるからである。水俣病の症状の多くは、日常生活の中で目に見えるものではなく、自身の感覚のみでしか判断できないため、症候がない状態との比較も困難である。特に、若い頃から症候が 出ていると、症候があるのが当たり前の状態となっており、病気の症候が第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 6 改正前民法724条後段所定の期間制限(争点3⑴)について(原告らの主張) あると自覚できないことがある。さらに、水俣病被害者には地域集積性が見られ、同じ地域に同じ症候を持つ者が多く、自分の周りにも同じような症候を持つ者が多いため、特殊な病気であるとは気付きにくい。加えて、被告国県が、特定の地域外では水俣病は発生しないという誤った情報を流布してきたことから、そのような地域では、被害者らは、自分が水俣病で あると認識することは一層困難であった。 そして、本件患者らの中に、水俣病の診断時から20年が経過した者はいない。 イ被告国県の主張について被告国県は、遅くとも昭和48年から除斥期間が起算されると主張する が、発症閾値、生物学的半減期及び遅発性水俣病についての誤った理解に基づくものであ いない。 イ被告国県の主張について被告国県は、遅くとも昭和48年から除斥期間が起算されると主張する が、発症閾値、生物学的半減期及び遅発性水俣病についての誤った理解に基づくものであり、理由がない。被告国県は、自覚症状の出現時期が起算点となるとも主張するが、前記アのとおり、自覚症状が出現しただけでは水俣病とは認められず、権利行使の現実的期待可能性を認めることはできない。 ウ被告チッソの主張について被告チッソの主張のうち、昭和43年5月又は昭和44年8月(これらより前に転居した本件患者については転居の時点)の曝露終了時を起算点とする主張は、前記アの「損害の全部又は一部が発生した時」を起算点とする判例に反している。 曝露終了の4年後である昭和44年8月を起算点とする主張及び自覚症状の発現時を起算点とする主張は、前記イのとおり、理由がない。 ⑶ 改正前民法724条後段の適用制限仮に改正前民法724条後段が除斥期間であると解したとしても、除斥期間を適用することが正義・公平の理念に反するような場合には、その適用は、 信義則違反又は権利濫用として排除されるべきである(予防接種ワクチン禍第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 6 改正前民法724条後段所定の期間制限(争点3⑴)について(原告らの主張) 事件に関する最高裁平成10年判決参照)。 ア被告国県関係被告国県が、水質二法及び県漁業調整規則に基づく規制権限を行使していれば、本件患者らが水俣病被害を受けることはなかった。また、被告国は、昭和52年判断条件の設定により、公健法における認定基準を不当に 厳格化した。昭和52年判断条件が不当であることは、関西訴訟控訴審判決及びこれを是認した同上告審判決によって た。また、被告国は、昭和52年判断条件の設定により、公健法における認定基準を不当に 厳格化した。昭和52年判断条件が不当であることは、関西訴訟控訴審判決及びこれを是認した同上告審判決によって明示されたが、被告国は、昭和52年判断条件の見直しを拒否した。環境省は、平成26年3月7日、認定審査基準の新たな運用指針を発出したが、そこでも、提出不可能な客観的資料を要求しており、以前として被害者を切り捨てようとしている。 特措法の下でも、加害者である行政による一方的な判定作業と不当な線引きにより、大勢の水俣病被害者が救済されないまま取り残された。被告国は、特措法による棄却判定をされた者の異議申立権を否定し、平成24年7月、潜在被害者が多数残されているとの指摘にもかかわらず、特措法の救済措置の申請受付を打ち切った。加えて、被告国県は、関西訴訟上告審 判決や特措法37条1項の定めを受けて、自己の責任で住民の健康調査をすべき立場にあったが、これを怠った。 このような被告国県の態度は、極めて悪質であって、被告国県が本件訴訟に至って除斥期間の適用を主張することは許されない。 イ被告チッソ関係 被告チッソの排水行為は、重大かつ悪質な犯罪的行為である上、被告チッソは、水俣病の原因を隠蔽し、熊大研究班等による病因物質の究明を妨害した結果、多数の被害者を生むとともに、病像等に関する調査研究の遅れをもたらし、さらに、被害者らに低額の見舞金契約を締結させたり、水銀除去の効果を有しないサイクレーターの設置により水俣病問題が解決済 みであるという誤解を広めたりして、被害者の権利行使を妨害してきた。 第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 7 改正前民法724条前段所定の消滅時効(争点3⑵)について(原告らの主張) るという誤解を広めたりして、被害者の権利行使を妨害してきた。 第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 7 改正前民法724条前段所定の消滅時効(争点3⑵)について(原告らの主張) また、被告チッソは、昭和48年補償協定において、ようやく反省と謝罪を示し、全ての水俣病被害者の救済に全力を挙げることを誓約しておきながら、被告国県が、被害者をごく少数に限定する昭和52年判断条件の設定により、大量の被害者を切り捨てる政策をとったのに便乗して、被害補償を行う対象者を、限定された水俣病認定患者のみにとどめた。被告チッ ソは、アセトアルデヒド増産により上げた利益を基に石油化学工業に転換し、多国籍の総合化学企業にまで発展し、利益を上げ続けている。被告チッソは、従前の訴訟及び訴訟外において、時効の援用や除斥期間の主張を行うことなく、被害者への補償を行っているが、そのことを前提として、莫大な公的資金の投入を受けている。にもかかわらず、被告チッソは、原 告らに対しては除斥期間の主張をしており、これは、訴えを提起した者に対する不当な差別的取扱いである。 一方、本件患者ら水俣病被害者は、四肢末梢の感覚障害や、視野狭窄など様々な症状に日常的に悩まされており、被害は重大である。しかし、症状を自覚しても、医師から水俣病であるとの適切な診断を受けなければ、 損害や加害者を認識することは不可能であるところ、曝露から症状の発生又は悪化までの時間的遅れ、診断上重要な症候が自覚症状として認識されにくいこと、自覚症状があっても水俣病の症状であると思い至らないこと、地域の医療態勢の不備、水俣病にまつわる偏見・差別など、医師の適切な診断を受けるには様々な障害が存在し、本件患者ら水俣病被害者の権利行 使は極めて困難であった。 症状であると思い至らないこと、地域の医療態勢の不備、水俣病にまつわる偏見・差別など、医師の適切な診断を受けるには様々な障害が存在し、本件患者ら水俣病被害者の権利行 使は極めて困難であった。加えて、本件患者らは、本来、特措法によって救済されるべきであったが、対象地域外では高度な曝露の証明が求められ、不当に棄却される者が多く、自らが水俣病被害者であると認識する前に特措法の救済措置の申請受付が打ち切られた者もいる。 したがって、被告チッソが除斥期間の経過を主張することは許されない。 7 改正前民法724条前段所定の消滅時効(争点3⑵)について第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 7 改正前民法724条前段所定の消滅時効(争点3⑵)について(被告チッソの主張) (被告チッソの主張)⑴ 症状認識時からの消滅時効期間の経過本件患者それぞれが水俣病に典型的であると主張する四肢末梢優位又は全身性の感覚障害に対応する手足のしびれ感、手足の感覚が鈍いといった自覚症状の出現を認識した時点が、改正前民法724条前段所定の消滅時効期間 の起算点となる。いずれの本件患者についても、その時点から3年の消滅時効期間が満了している。 ⑵ 平成7年政治解決からの消滅時効期間の経過平成7年政治解決については、環境庁長官による患者団体への政府解決案の説明や、報道により、広く周知された上、平成7年10月30日、水俣病 被害者・弁護団全国連絡会議が解決受入れを決め、政府解決案が施行され、全面和解による救済がされた。したがって、少なくとも上記施行の前から手足のしびれ感、手足の感覚が鈍いといった自覚症状を認識していた本件患者については、上記施行の日が、改正前民法724条前段所定の消滅時効期間の起算点となる た。したがって、少なくとも上記施行の前から手足のしびれ感、手足の感覚が鈍いといった自覚症状を認識していた本件患者については、上記施行の日が、改正前民法724条前段所定の消滅時効期間の起算点となる。 ⑶ 関西訴訟上告審判決からの消滅時効期間の経過平成16年10月15日に言い渡された関西訴訟上告審判決は、大きく報道され、世間的に大きな関心を集めた。したがって、同月末日より前から手足のしびれ感、手足の感覚が鈍いといった自覚症状を認識していた本件患者については、同月末日が、改正前民法724条前段所定の消滅時効期間の起 算点となる。 ⑷ 特措法に基づく救済措置受付終了時からの消滅時効期間の経過特措法の制定や、平成22年5月1日から平成24年7月31日まで救済措置の申請が受け付けられていたことについては、全国的に大きく報道され、世間の関心事となっていたから、同日の申請受付終了までに手足のしびれ感、 手足の感覚が鈍いといった自覚症状を認識していた本件患者らについては、第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 8 不起訴合意等(争点4)について(被告チッソの主張) 同日が、改正前民法724条前段所定の消滅時効期間の起算点となる。平成27年8月1日以降に本件訴えを提起した第3事件以降の本件患者らは、これにより消滅時効が完成している。 ⑸ 時効の援用被告チッソは、令和4年9月9日の本件口頭弁論期日において、原告らに 対し、前記⑴ないし⑷の消滅時効を援用する旨の意思表示をした。 (原告らの主張)被告チッソが主張する消滅時効の起算点は、いずれも本件患者らにおいて自身が水俣病に罹患しており、被告チッソに対して損害賠償請求権を行使し得ることを知った時期ではなく、消滅時効の起算点とはなり得 )被告チッソが主張する消滅時効の起算点は、いずれも本件患者らにおいて自身が水俣病に罹患しており、被告チッソに対して損害賠償請求権を行使し得ることを知った時期ではなく、消滅時効の起算点とはなり得ない。 また、前記6(原告らの主張)⑶イの事情によれば、被告チッソが消滅時効の援用をすることは、権利の濫用であり、認められない。 8 不起訴合意等(争点4)について(被告チッソの主張)本件患者らは、いずれも不知火患者会に所属している。 不知火患者会に所属する人々は、平成17年10月3日以降、熊本地方裁判所、大阪地方裁判所及び東京地方裁判所に、被告らに対する多数の訴訟を提起していたが(以下「ノーモア・ミナマタ第1次訴訟」という。)、熊本地方裁判所が、平成22年3月15日、和解に関する所見を示したことを受け、被告チッソは、同訴訟の個別原告に対する210万円ずつの支払とは別に、原告団 (その実体は不知火患者会である。)に対する総額34億5000万円の加算金を支払うことに合意した。同年4月16日に閣議決定された特措法救済方針は、不知火患者会以外の三つの患者団体と関係事業者、被告国及び関係県との間で争いのある状態を終了させ、今後とも争わない旨の協定を関係事業者との間で締結の上、加算された一時金を一括して支給するものとしたが、これは、ノー モア・ミナマタ第1次訴訟の和解協議を踏まえたものである。すなわち、同訴第2章事案の概要第3 争点に対する当事者の主張 9 本件患者らの損害(争点5)について(原告らの主張) 訟の和解協議においても、加算金の支払を受けた団体あるいは団体の構成員が、今後関係訴訟等を行わないという不起訴の合意をすること、団体の構成員が特措法に基づく申請をしたが非該当とされた場合 訟の和解協議においても、加算金の支払を受けた団体あるいは団体の構成員が、今後関係訴訟等を行わないという不起訴の合意をすること、団体の構成員が特措法に基づく申請をしたが非該当とされた場合には、団体に対して支払われた加算金の中から手当てされることが前提とされていた。同訴訟の和解条項に、「原告らは、被告らに対し、今後関係訴訟等は行わないことにより、水俣病の 被害に係るすべての紛争を行わないことを約する。」と規定されたのは、上記前提を明らかにしたものである。 したがって、不知火患者会に所属する本件患者らの本件訴えは、不起訴の合意に反する。 仮に、本件患者らがノーモア・ミナマタ第1次訴訟の和解に直接拘束されな いとしても、これを知悉しながら本件訴えを提起したことは、訴権の濫用に当たる。 (原告らの主張)本件患者らは、ノーモア・ミナマタ第1次訴訟の和解の当事者ではなく、同訴訟の和解に拘束されない。 仮に本件患者らが同訴訟の和解内容を知悉していたとしても、本件訴えの提起が訴権の濫用となる理由はない。 なお、本件患者らは、ノーモア・ミナマタ第1次訴訟の和解当時、不知火患者会の会員ではなかった。 9 本件患者らの損害(争点5)について (原告らの主張)本件患者らは、水俣病に罹患したことによって、多様な健康被害を被ったことはもとより、長年月にわたって多大な精神的苦痛を受けてきた。 加えて、本件患者らは、被告国県が昭和31年11月以降現在まで食品衛生法上の調査義務に違反していることにより、救済が放置されているという損害 を現在も受けている。この点の損害は、被告チッソの行為とも因果関係を有す第3章当裁判所の判断第1 被告国県の責任原因(争点1)について 1 水質二法に基づく被告国の規制権 う損害 を現在も受けている。この点の損害は、被告チッソの行為とも因果関係を有す第3章当裁判所の判断第1 被告国県の責任原因(争点1)について 1 水質二法に基づく被告国の規制権限の不行使 る。 こうした本件患者らの被った被害に対する慰謝料は、1人当たり400万円を下らない。 弁護士費用として、1人当たり50万円が相当因果関係ある損害である。 (被告国県の主張) 原告らの主張は争う。 本件患者らのうち、昭和34年12月末以前に原告らがメチル水銀曝露を受けたと主張する地域からその地域外へ転居した者については、仮に同人が水俣病になったことによる損害を受けていたとしても、昭和35年1月以降の被告国県の規制権限不行使と損害との因果関係が認められない。 (被告チッソの主張)原告らの主張は争う。 被告チッソは、ノーモア・ミナマタ第1次訴訟の和解により、不知火患者会に対し加算金として34億5000万円もの莫大な金銭を支払ったから、原告らの請求に係る損害はこれにより填補されるべきである。 第3章当裁判所の判断第1 被告国県の責任原因(争点1)について 1 水質二法に基づく被告国の規制権限の不行使国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その 不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国賠法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である。 前提事実6⑴の水質二法所定の規制は、①特定の公共用水域の水質の汚濁が原因となって、関係産業に相当の損害が生じたり、公衆衛生上看過し難い影響 が生じたりしたとき ものと解するのが相当である。 前提事実6⑴の水質二法所定の規制は、①特定の公共用水域の水質の汚濁が原因となって、関係産業に相当の損害が生じたり、公衆衛生上看過し難い影響 が生じたりしたとき、又はそれらのおそれがあるときに、当該水域を指定水域第3章当裁判所の判断第1 被告国県の責任原因(争点1)について 1 水質二法に基づく被告国の規制権限の不行使 に指定し、この指定水域に係る水質基準(特定施設を設置する工場等から指定水域に排出される水の汚濁の許容限度)を定めること、汚水等を排出する施設を特定施設として政令で定めることといった水質二法所定の手続が執られたことを前提として、②主務大臣が、工場排水規制法7条、12条に基づき、特定施設から排出される工場排水等の水質が当該指定水域に係る水質基準に適合し ないときに、その水質を保全するため、工場排水についての処理方法の改善、当該特定施設の使用の一時停止その他必要な措置を命ずる等の規制権限を行使するものである。そして、この権限は、当該水域の水質の悪化に関わりのある周辺住民の生命、健康の保護をその主要な目的の一つとして、適時にかつ適切に行使されるべきものである。 前提事実2によれば、昭和34年11月末の時点で、①昭和31年5月1日の水俣病の公式確認から起算しても既に約3年半が経過しており、その間、水俣湾又はその周辺海域の魚介類を摂取する住民の生命、健康等に対する深刻かつ重大な被害が生じ得る状況が継続していたのであって、被告国は、現に多数の水俣病患者が発生し、死亡者も相当数に上っていることを認識していたこと、 ②被告国においては、水俣病の原因物質がある種の有機水銀化合物であり、その排出源が被告チッソ水俣工場のアセトアルデヒド製造施設であることを高度 者も相当数に上っていることを認識していたこと、 ②被告国においては、水俣病の原因物質がある種の有機水銀化合物であり、その排出源が被告チッソ水俣工場のアセトアルデヒド製造施設であることを高度の蓋然性をもって認識し得る状況にあったこと、③被告国にとって、被告チッソ水俣工場の排水に微量の水銀が含まれていることについての定量分析をすることは可能であったことといった事情を認めることができる。なお、昭和34 年12月に整備されたサイクレーターが水銀の除去を目的としたものではなかったことを容易に知り得たことは、前提事実2⑼のとおりである。そうすると、同年11月末の時点において、水俣湾及びその周辺海域を指定水域に指定すること、当該指定水域に排出される工場排水から水銀又はその化合物が検出されないという水質基準を定めること、アセトアルデヒド製造施設を特定施設に定 めることという上記規制権限を行使するために必要な水質二法所定の手続を直第3章当裁判所の判断第1 被告国県の責任原因(争点1)について 2 県漁業調整規則に基づく被告県の規制権限の不行使 ちに執ることが可能であり、また、そうすべき状況にあったものといわなければならない。そして、この手続に要する期間を考慮に入れても、同年12月末には、主務大臣として定められるべき通商産業大臣において、上記規制権限を行使して、被告チッソに対し水俣工場のアセトアルデヒド製造施設からの工場排水についての処理方法の改善、当該施設の使用の一時停止その他必要な措置 を執ることを命ずることが可能であり、しかも、水俣病による健康被害の深刻さに鑑みると、直ちにこの権限を行使すべき状況にあったと認めるのが相当である。また、この時点で上記規制権限が行使されていれば、それ以降の水俣病の被害 が可能であり、しかも、水俣病による健康被害の深刻さに鑑みると、直ちにこの権限を行使すべき状況にあったと認めるのが相当である。また、この時点で上記規制権限が行使されていれば、それ以降の水俣病の被害拡大を防ぐことができたこと、ところが、実際には、その行使がされなかったために、被害が拡大する結果となったことも明らかである。 本件における以上の諸事情を総合すると、昭和35年1月以降、水質二法に基づく上記規制権限を行使しなかったことは、上記規制権限を定めた水質二法の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、著しく合理性を欠くものであって、国賠法1条1項の適用上違法というべきである(関西訴訟上告審判決参照)。 2 県漁業調整規則に基づく被告県の規制権限の不行使 前提事実6⑷の県漁業調整規則32条は、水産動植物の繁殖保護に有害な物を遺棄し、又は漏せつするおそれのあるものを放置してはならない旨を定め、これに違反する者があるときは、熊本県知事が、その者に対して除害に必要な設備の設置を命じ、又は既に設けた除害設備の変更を命ずることができるとの規制権限を付与していた。同規則は、水産動植物の繁殖保護等を直接の目的と するものではあるが、それを摂取する者の健康の保持等をもその究極の目的とするものであると解される。 前提事実2によれば、熊本県知事は、水俣病に関わる前記1の諸事情について被告国と同様の認識を有し、又は有し得る状況にあったのであり、同知事には、昭和34年12月末までに県漁業調整規則32条に基づく規制権限を行使 すべき作為義務があったといえる。そうすると、同知事が昭和35年1月以降第3章当裁判所の判断第1 被告国県の責任原因(争点1)について 3 旧食品衛生法4条に基づく被告国県の規制権限の不行使 ったといえる。そうすると、同知事が昭和35年1月以降第3章当裁判所の判断第1 被告国県の責任原因(争点1)について 3 旧食品衛生法4条に基づく被告国県の規制権限の不行使 この権限を行使しなかったことは、同条の趣旨、目的等に照らし、著しく合理性を欠くものであって、国賠法1条1項の適用上違法というべきである(関西訴訟上告審判決参照)。 3 旧食品衛生法4条に基づく被告国県の規制権限の不行使旧食品衛生法4条2号は、有毒有害食品の販売及び販売目的の採取、加工等 を禁止しているところ(前提事実6⑵)、同条は、文理上、私人に不作為を命じ、行政処分(同法22条)及び刑罰(同法30条)の要件を定めた規定であることが明らかであって、何を有毒有害食品とするかについて、行政機関に何らかの規制権限を付与したものとは解されない。 この点に関し、昭和32年7月24日の県水対連の会合では、水俣湾の魚介 類を同法4条2号に該当する食品として告示し、販売目的の採捕等を禁止すべきである旨の方針が確認され、被告県が厚生省に照会したが、厚生省公衆衛生局長が、同年9月11日、該特定地域において漁獲された魚介類の全てに対し同号を適用することはできないものと考える旨の回答をしたとの経緯が認められる(前提事実2⑷)。しかし、このような告示をすることを定めた法令上の根 拠はなく、ここでいう告示は、行政指導の性質を有するといえる。 もっとも、原告らは、告示の性質が上記のようなものであったとしても、昭和31年11月ないし昭和32年9月の時点で、被告国県が水俣湾の魚介類の販売及び販売目的の採取、加工を禁止する旨の告示をすべきであったと主張するものと解される。 そこで、この点について検討すると、法令上の根拠に基づかない行政指導につ 告国県が水俣湾の魚介類の販売及び販売目的の採取、加工を禁止する旨の告示をすべきであったと主張するものと解される。 そこで、この点について検討すると、法令上の根拠に基づかない行政指導について、いつ、どのような方法・内容でこれを行うかは、行政機関の広範な裁量に委ねられていると解される。 また、同法4条2号を実際に適用して同法22条に基づく行政処分又は同法30条に基づく処罰を行うためには、現に販売され、又は販売目的で採取、加 工された魚介類が有毒有害食品であると認定できることが必要であるところ、第3章当裁判所の判断第1 被告国県の責任原因(争点1)について 3 旧食品衛生法4条に基づく被告国県の規制権限の不行使 公式確認の約半年後である昭和31年11月に行われた熊大研究班の研究報告会では、水俣病の原因は不明であるが、その発生が漁夫に多いことから海産食品との関係が一応疑われるとの報告が現れたばかりであった(前提事実2⑶)。 県水対連において同法4条2号の適用が検討された昭和32年7月ないし厚生省公衆衛生局長が回答を行った同年9月の時点でも、伊藤所長のネコ実験の結 果が出ていたほか、厚生科学研究班の研究報告会において、水俣病が中毒症であり、水俣湾内において何らかの化学毒物によって汚染を受けた魚介類を多量に摂取することによって発症するものであるという事実は確認されていたものの、水俣湾の魚介類が全て有毒有害食品であるのかや、個々の魚介類が有毒有害食品であると認定するための調査方法及び判定基準は、明らかでなかった (前提事実2⑶、⑷)。そうすると、これらの時点で、同法4条2号を実際に適用して同法22条に基づく行政処分又は同法30条に基づく処罰を行うことは、科学的知見の裏付けが不十分であり、困難であ (前提事実2⑶、⑷)。そうすると、これらの時点で、同法4条2号を実際に適用して同法22条に基づく行政処分又は同法30条に基づく処罰を行うことは、科学的知見の裏付けが不十分であり、困難であったと考えられる。 なお、被告県は、厚生省への照会に先立つ昭和32年3月、静岡県に対し、静岡県が浜名湖における貝類の採取禁止措置をとったことについて、法的根拠 及び具体的措置を照会している(甲A24、乙イA21)。静岡県の回答によれば、上記事例は、昭和17年に浜名湖のうち特定の区域から採取したアサリによる食中毒が発生し、昭和18年に同じ区域の養殖場から採取したカキによる食中毒が発生したところ、昭和24年3月以降、再びアサリ又はカキによる食中毒が発生したことを受け、静岡県が、昭和25年3月、特定の区域のカキ及 びアサリを販売又は販売目的で採取、加工等することは同法4条に違反する旨の公告をしたというものであった(乙イA22〔甲A25はその一部〕)。被告県においては、上記回答を検討した結果、浜名湖の事例では一定の区域に生息する貝が食中毒を起こすことが分かっていたのに対し、水俣の場合はその範囲が分からなかったこと、貝類は一定の区域からほとんど動かないのに対し水俣 の魚は回遊するといった違いがあることから、同様の措置をとることは難しく、第3章当裁判所の判断第1 被告国県の責任原因(争点1)について 4 旧食品衛生法27条に基づく被告国県による健康調査の不実施 同法によらない行政指導を徹底すべきとの結論に至った(乙イA23〔12~13頁〕)。このように、浜名湖の事例と水俣の事例では条件が異なるから、同条2号の適用可能性について同視することはできない。 他方で、県水対連は、昭和32年3月、漁業法又は旧食品衛生法 23〔12~13頁〕)。このように、浜名湖の事例と水俣の事例では条件が異なるから、同条2号の適用可能性について同視することはできない。 他方で、県水対連は、昭和32年3月、漁業法又は旧食品衛生法に基づく漁獲の禁止は困難であることを踏まえ、自粛を指導することを決め、被告県水産 課は、その頃以降、水俣市漁協に対し、水俣湾での操業を自粛するよう口頭で指導した。同漁協はこれに応じ、被告県も監視を行っていた(甲D99〔486頁〕、乙イA15〔45、51~58、81~84、132項〕、16、19、29〔319項〕)。厚生省公衆衛生局長も、同年9月11日、同法4条2号の適用可能性に関する上記回答に際し、被告県に対し、水俣湾内特定地域の魚介 類を摂食することは、原因不明の中枢神経系疾患を発生するおそれがあるので、今後とも摂食されないよう指導されたいとした(前提事実⑷)。 以上のとおり、同法4条2号に関する告示という形で水俣湾内産の魚介類の販売及び販売目的の採取、加工を一般的に禁止することは、法令上の根拠がない上、実際に行政処分又は処罰を行うだけの科学的知見の裏付けが不十分であ ったこと、行政処分及び刑罰の威嚇をもって上記禁止を行えば、十分な根拠がないまま漁民等の生業に対する重大な制約を課すこととなり、慎重にならざるを得ない面があったこと、被告県は漁協に対する自粛の指導という代替的な形で水俣湾の魚介類の採取を防ぐ方策を図っており、被告国も被告県に対する回答において水俣湾の魚介類が摂食されないよう指導を促したことを考慮すると、 被告国県が、同法4条2号に基づき水俣湾の魚介類の販売及び販売目的の採取、加工を禁止する旨の告示をしなかったことが裁量権の逸脱に当たり、本件患者らとの関係で、国賠法1条1項の適用上違法であるとはいえない。 が、同法4条2号に基づき水俣湾の魚介類の販売及び販売目的の採取、加工を禁止する旨の告示をしなかったことが裁量権の逸脱に当たり、本件患者らとの関係で、国賠法1条1項の適用上違法であるとはいえない。 4 旧食品衛生法27条に基づく被告国県による健康調査の不実施旧食品衛生法27条2項は、医師から食中毒事件の届出を受けた保健所長が、 調査及び都道府県知事に対する報告をしなければならないことを定め、同条3第3章当裁判所の判断第1 被告国県の責任原因(争点1)について 4 旧食品衛生法27条に基づく被告国県による健康調査の不実施 項は、上記報告を受けた都道府県知事が厚生大臣に対する報告をしなければならないことを定めている。同法施行令6条により定められた上記調査の内容は、中毒の原因となった食品等及び病因物質を追及するために必要な疫学的調査(同条1号)、並びに中毒した患者若しくはその疑いのある者若しくはその死体の血液、ふん便、尿若しくは吐物その他の物又は中毒の原因と思われる食品等 についての細菌学的又は理化学的試験による調査(同条2号)である(前提事実6⑵)。 同法が、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的とすること(同法1条)及び同法施行令6条の規定を踏まえると、上記調査の目的は、食中毒の原因食品及び病因物質を追及する ことによって、同法22条の行政処分を含む食中毒防止の方策を講ずるための基礎資料を得ることにあると解される。 原告らは、原因食品が水俣湾の魚介類であることが特定できれば、同法4条2号を適用する前提事実の特定として十分であるから、被告県が同法27条2項の調査を行っていれば、仮に病因物質の特定に至らなかったとしても、被害 の拡大を防ぐこと ることが特定できれば、同法4条2号を適用する前提事実の特定として十分であるから、被告県が同法27条2項の調査を行っていれば、仮に病因物質の特定に至らなかったとしても、被害 の拡大を防ぐことができた旨主張する。しかし、原因食品が水俣湾の魚介類であることが特定できたからといって、直ちに実際に同号を適用することができたとはいえない(前記3)。また、水俣病の原因については、公式確認以降、水俣保健所、熊大研究班、厚生省に設置された厚生科学研究班、厚生大臣の諮問機関である食品衛生調査会及びその特別部会である水俣食中毒部会等によって 究明が図られたところ(前提事実2⑵、⑶、⑺)、熊大研究班は被告県の熊本大学に対する原因究明調査依頼及び予算措置に基づいて設置されたものであること(乙イA9、10〔95頁〕、16〔9頁〕)も踏まえると、被告県が調査を怠ったことにより原因食品や病因物質の特定が遅れ、被害が拡大したとは認められない。 原告らは、被告県が同法27条2項の調査を行っていれば、水俣病の病像や第3章当裁判所の判断第1 被告国県の責任原因(争点1)について 6 まとめ 魚介類の摂食との疫学的因果関係も早期に明らかになり、長期の係争を経ずとも本件患者らが水俣病であることが明らかになった旨主張する。しかし、上記調査は、原因食品や病因物質を追及することを目的として行われるものであり、これを超えて、水俣病の詳細な病像や、四肢末梢優位の感覚障害等の各症候と魚介類の摂食との疫学的因果関係の解明までを目的とするものとは解されない。 そうすると、同法において、水俣病の病像や疫学的因果関係の解明によって本件患者らが水俣病であることを確認されることが、法的利益として保護されているとは解されない。 以上によれば、被告 ない。 そうすると、同法において、水俣病の病像や疫学的因果関係の解明によって本件患者らが水俣病であることを確認されることが、法的利益として保護されているとは解されない。 以上によれば、被告県が上記調査をしなかったこと及び被告国が上記調査を促すなどしなかったことが、本件患者らとの関係で、国賠法1条1項の適用上 違法であるとはいえない。 5 現在に至る被告国県による健康調査の不実施原告らは、被告国県が、現在に至るまで、水俣病の被害実態を明らかにするために改正後食品衛生法58条(旧食品衛生法27条)に基づく調査又はそれに類似する疫学的調査を行っていないことが違法である旨主張する。しかし、 原告らがいう水俣病の被害実態とは、水俣病の病像や魚介類の摂食との疫学的因果関係を指すものと解されるところ、改正後食品衛生法58条(同法施行令36条)の調査は、旧食品衛生法27条におけるのと同様、原因食品や病因物質を追及することを目的として行われるものであり、これを超えて、水俣病の詳細な病像や、四肢末梢優位の感覚障害等の各症候と魚介類の摂食との疫学的 因果関係の解明までを目的とするものとは解されない。なお、原告らがいう「それに類似する疫学的調査」の意義は明らかでなく、その法的根拠は見当たらない。そうすると、原告らの上記主張は、採用することができない。 6 まとめ被告国は、昭和35年1月以降、水質二法に基づく規制権限を行使しなかっ たことにつき、被告県は、同月以降、県漁業調整規則32条に基づく規制権限第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 1 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害 を行使しなかったことにつき、それぞれ国賠法1条1項の責任を負う。したがって、被 第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 1 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害 を行使しなかったことにつき、それぞれ国賠法1条1項の責任を負う。したがって、被告国県は、同月以降に不知火海の魚介類を摂食して水俣病に罹患した者及び被害の拡大があった者に対し、被告チッソと連帯して、損害賠償責任を負うこととなる。 第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 1 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害⑴ 水俣病の典型的症候としての表在感覚障害水俣病は、魚介類を介してメチル水銀を摂取したことによる中枢神経疾患であるところ、①極めて急激に大量のメチル水銀の曝露を受けた場合、急激かつ広汎性に脳や全身に重篤な障害が起こり、麻痺、意識障害、痙攣等が見 られ、死に至り、②それより低濃度の曝露を受けた場合、ハンター・ラッセル症候群と呼ばれるメチル水銀中毒症特有の症候、すなわち感覚障害、運動失調(言語障害を含む。)、視野狭窄及び難聴を示すが、③更に低濃度の曝露を受けた場合に、必ずしもハンター・ラッセル症候群の全てを示さず、罹病期間が長い慢性水俣病も存在する(甲B3〔58頁〕、91〔4頁〕、乙イB 2〔736頁〕、4〔457頁〕、証人髙岡〔4~5頁〕)。 感覚障害、特に表在感覚障害は、慢性水俣病に典型的に見られる症候であり、昭和55年6月から昭和58年3月までの間に被告県によって昭和52年判断条件に従って水俣病と認定された患者100例について調査した内野(甲B5)によれば、95例(95%)に表在感覚障害(触覚又は痛覚の鈍 麻又は脱失)が認められ、そのうち55例(55%)が手袋・靴下型の四肢末梢優位の感覚障害、22例(22%)がそれより範囲が広い四肢の感覚障害、16例(16%)が全身 覚障害(触覚又は痛覚の鈍 麻又は脱失)が認められ、そのうち55例(55%)が手袋・靴下型の四肢末梢優位の感覚障害、22例(22%)がそれより範囲が広い四肢の感覚障害、16例(16%)が全身性感覚障害であり、ハンター・ラッセル症候群がそろっている例は少なかった(甲B5〔237頁〕。なお、以下、「四肢末梢優位の感覚障害」及び「全身性感覚障害」というときは、いずれも表在感 覚障害の中でも触覚又は痛覚の障害を指す。)。 第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 1 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害 病理学的には、メチル水銀によって脳の特定の部位が選択的に障害されやすいことが知られており、頭頂葉のうち体性感覚をつかさどる中心後回(感覚高次中枢)が障害されることによって、上記感覚障害(自覚症状としては、しびれ感、痛みが分かりにくい、熱さや冷たさに鈍くなるなど)が発生すると説明することができる(甲B91〔6頁〕、98〔64頁〕、乙イB1〔5 頁〕、2〔736頁〕、3〔326頁〕、4〔465頁〕、5〔3、12頁〕、乙イD11〔32頁〕、証人髙岡〔22~23頁〕)。 水俣病は、障害を受ける部位が左右対称性であることが多いとされており、被告県の認定審査会の関係者が作成した審査会資料説明書には、多少の左右差は見られることもあるが、全く半身性のことはないと記述されている(乙 イB214〔99頁〕、乙イD11〔32、43頁〕、証人髙岡〔72~73頁〕)。内野(甲B5)によれば、水俣病認定患者100例中、左右非対称性の事例(半身全部に感覚障害があり、反対側には手及び足のみの感覚障害があるような事例)は2例(2%)あったが、それは脳血管障害の合併例を含んでいた(甲B5〔23 俣病認定患者100例中、左右非対称性の事例(半身全部に感覚障害があり、反対側には手及び足のみの感覚障害があるような事例)は2例(2%)あったが、それは脳血管障害の合併例を含んでいた(甲B5〔236~237頁〕)。 ⑵ 全身性感覚障害全身性感覚障害とは、首から下の体幹部及び四肢の双方に感覚障害がある場合をいう(証人髙岡〔10頁〕)。 全身性感覚障害は、体幹部と四肢末梢との感覚の違いでは検出することができないことから、その検出には、筆で体幹部及び四肢末梢を触り、触った ことを認識できるかを調べたり、一定の力で皮膚を刺激することができるフォンフライ触毛で触り、どの程度の力であれば認識できるかという閾値を計測したりする方法が用いられる(甲B128、証人髙岡〔25~26、78~80頁〕)。 水俣病認定患者3人について全身26か所の触圧覚閾値を計測すると、全 身のどの部位でも、コントロール群と比べ重量換算でほぼ10倍以上に上昇第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 1 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害 していたとの報告がある(甲B126〔425~426頁〕)。また、メチル水銀曝露歴を有する者(うち全身性感覚障害を有する者は26人)について全身6か所の触覚閾値を計測すると、どの部位でも、全身性感覚障害を有する者の閾値がコントロール群の数十倍ないし100倍という高い値であったとの報告がある(甲B127〔6頁〕、162〔6頁〕、証人髙岡〔26~2 8頁〕)。全身性感覚障害の原因としては、大脳皮質体性感覚野のびまん性損傷による可能性が最も高いと指摘されており(甲B126〔425頁〕)、中心後回全体に神経細胞の間引き脱落が生じた場合には、全身性感覚障害が発 性感覚障害の原因としては、大脳皮質体性感覚野のびまん性損傷による可能性が最も高いと指摘されており(甲B126〔425頁〕)、中心後回全体に神経細胞の間引き脱落が生じた場合には、全身性感覚障害が発生し得る(証人髙岡〔24、28頁〕、証人濱田〔57頁〕)。なお、武内教授らは、病理学的観察に基づき、水俣病による大脳皮質の損傷の程度を、重い 順から第6度(肉眼的海綿状態)、第5度(顕微鏡的海綿状態)、第4度(粗鬆化)、第3度(神経細胞の約50%以上の脱落)、第2度(神経細胞の30~50%の脱落)、第1度(神経細胞の30%以下の脱落)に分類し、第2度以下を間引き脱落と呼んでいる(甲B129〔113頁〕、乙イB3〔326~327頁〕)。 ⑶ 表在感覚のみ又は痛覚や触覚のみの低下について被告らは、水俣病では、表在感覚、深部感覚及び複合感覚のいずれもが低下(鈍化)するのが通常であり、表在感覚のみ、又は表在感覚のうち痛覚や触覚のみが低下している場合には、水俣病による感覚障害である蓋然性を低下させる旨主張し、水俣病医学研究会(乙イD11)にこれに沿う記載があ る(乙イD11〔43頁〕)。 しかし、水俣病医学研究会(乙イD11)は、昭和52年判断条件を基本とする考え方を解説した書籍であるところ、上記記載には、根拠となるデータや論文が示されておらず、十分な信用性が認められない。むしろ、内野(甲B5)によれば、水俣病認定患者100例中、表在感覚障害を認めた例 は95例(95%)であったのに対し、深部感覚障害を認めた例は51例第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 (51%)にとどまったこと、四肢末梢優位の感覚障害の中でも、触覚鈍麻のみのもの、痛覚鈍麻の 裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 (51%)にとどまったこと、四肢末梢優位の感覚障害の中でも、触覚鈍麻のみのもの、痛覚鈍麻のみのもの、触覚鈍麻と痛覚過敏を示すものが一定数あったことが認められる(甲B5〔236~237頁〕)。水俣病の臨床に携わってきた髙岡滋医師(以下「髙岡医師」という。)は、比較的軽症の事例では手足の指先から障害され、重症になるにつれ、手関節、肘関節、肩関節等 に及び、最重症例では全身が障害される旨、痛覚の方が触覚より障害されやすい傾向にある旨、また、重症になるにつれ、深部感覚(振動覚や位置覚)の低下が検出されるようになる旨供述するところ、その機序については十分解明されていないものの、表在感覚と深部感覚では、関与する受容器(レセプター)や神経線維が異なり、中枢も異なる可能性があるのであり、重症度 に応じて障害される感覚の種類や範囲が異なってくることは、自然なことといえる(甲B7〔18~21頁〕、91〔4、14頁〕、乙イB39の1〔14頁〕、269〔37~38頁〕、証人髙岡〔21、29~31頁〕)。一般的な臨床においても、中枢性の神経症候には不全型が多く、例えば深部感覚の中でも振動覚と位置覚の障害が乖離することは珍しくない(甲B130〔1 0頁〕)。 そうすると、表在感覚のみ、又は表在感覚のうち痛覚や触覚のみが低下していることをもって、水俣病による感覚障害である蓋然性を低下させるとする被告らの主張は、採用することができない。 2 疫学的研究 ⑴ 疫学的研究に基づく因果関係の立証の当否ア法的因果関係の判断方法疫学は、疾病の頻度、分布とこれに影響を与える要因を明らかにして、疾病に対する有効な対策に役立てるための科学で 究 ⑴ 疫学的研究に基づく因果関係の立証の当否ア法的因果関係の判断方法疫学は、疾病の頻度、分布とこれに影響を与える要因を明らかにして、疾病に対する有効な対策に役立てるための科学であり(前提事実8⑴)、そこで認められる疫学的因果関係は、疾病を発症した個人が曝露の原因を創 出した者の不法行為責任を問うための要件としての法的因果関係とは異な第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 るものである。 もっとも、信頼できる疫学的研究によって、曝露と疾病との間の疫学的因果関係を示す指標である寄与危険度割合ないし相対危険度(以下、併せて「寄与危険度割合等」という。)が高いことが認められる場合には、当該曝露を受けた個人であって当該疾病を有する者の多くが、当該曝露がなけ れば当該疾病を発症していなかったことが科学的に示されることになるから、上記疫学的因果関係が認められることは、法的因果関係を判断する上で重要な基礎資料となるというべきである。そして、寄与危険度割合等の程度を踏まえた上で、本件患者それぞれの曝露の内容・程度、症候の内容(寄与危険度割合等の算定の対象となった中核的な症候以外に、当該曝露 を受けた者に典型的に生じる症候の有無を含む。)、発症に至る経過、他原因の可能性の有無等を総合的に考慮して、本件患者それぞれについて法的因果関係の有無を判断すべきものである。 なお、法的因果関係の判断に際して、疫学的因果関係を考慮することは、過去の多数の公害訴訟、薬害訴訟、労災訴訟等の裁判例においても採用さ れてきた方法である(甲C33〔13~34頁〕、義務付け訴訟上告審判決参照)。 イ被告らが援用する見解について以上に対し、被告らは、疫学 、薬害訴訟、労災訴訟等の裁判例においても採用さ れてきた方法である(甲C33〔13~34頁〕、義務付け訴訟上告審判決参照)。 イ被告らが援用する見解について以上に対し、被告らは、疫学的研究の結果や数値について、一般的、直接的に個々の事案における因果関係の存否等の判断のために用いることは できない旨主張し、ロスマン(甲C1)、秋葉(乙イC11)、新美(乙イC5)、中村好一教授(以下「中村教授」という。)の意見書及びテーガー教授の意見書を援用することから、これらについて検討する。 (ア) ロスマン(甲C1)疫学の標準的教科書であるロスマン(甲C1)は、「因果的効果の指標」 という表題の下、「疫学的研究の主要な目的は、疾患の原因を調査するこ第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 とである。曝露が疾患の原因かどうか判断するには、曝露の効果をどのように測定すればよいのだろうか? 法廷で専門家は、ある疾患の患者が特定の曝露によって発症したのかどうか意見を求められることがある。 個人において因果関係を決定する方法は、疫学的な方法とは根本的に違う。疫学的方法では、個人に因果関係を当てはめることはしない。疫学 的方法というのは、特定の個人においてではなく、理論上の意味で曝露が疾患の原因なのか、という命題を評価するものである。」と記述し、続けて、「基本的だが本質的な、心に留めておくべき原則は、曝露と病気の間に因果関係がなくても、人はある物質に曝露された後病気になることがある、ということである。このような理由から、ある曝露を受けた 人々の発生割合や発生率をもって因果的効果を測定していると考えることはできない。〔中略〕因果的効果を測定するために 気になることがある、ということである。このような理由から、ある曝露を受けた 人々の発生割合や発生率をもって因果的効果を測定していると考えることはできない。〔中略〕因果的効果を測定するためには、曝露した人たちの経験を曝露しなかったときの経験と比較しなくてはならない。」と記述している(甲C1〔85~86頁〕)。 津田敏秀教授(以下「津田教授」という。)は、上記訳文のうち「疫学 的方法では、個人に因果関係を当てはめることはしない。」という箇所は誤訳であり、原文である「theepidemiologicapproach, whichdoesnotattempttoattributecausationinanyindividualinstance」は、疫学的方法が因果関係の根拠を個別事例に求めないという意味であると指摘する(甲C47〔24~25頁〕、証人津田〔10~12頁〕)。上記箇 所が誤訳といいきれるかは議論の余地があるが(乙イC18〔4~5頁〕)、前後の文脈からすると、ここでの論旨は、曝露後に発症した個別事例に基づいて因果関係を推論することはできず、非曝露群との比較に基づいて因果的効果を測定すべきであるということであると認められ、疫学的研究の結果得られた因果関係の指標を基に個別事例の検討を行う ことまで否定する趣旨とは解されない。 第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 実際、著者のロスマン教授自身、津田教授のインタビューに対し、疫学的研究は個別事例からの推論に基づかずに行うべきであるが、疫学的研究の結果得られた寄与危険度割合を基に個別事例における因果関係の推論を行うことは可能である旨述べている(甲C17)。 ( 対し、疫学的研究は個別事例からの推論に基づかずに行うべきであるが、疫学的研究の結果得られた寄与危険度割合を基に個別事例における因果関係の推論を行うことは可能である旨述べている(甲C17)。 (イ) 秋葉(乙イC11) 秋葉(乙イC11)は、「結論として疫学調査等で問題の要因と病気との因果関係が良く分かっている時に、その結果を基にして個人レベルでの因果関係を評価することは可能であるが、その場合にも病気の診断が正確であり、問題の曝露因子や共変数についての正確な情報が得られていることが必要である。」と記述している(乙イC11〔131頁〕)。 これも、疫学的研究の結果得られた因果関係の指標を基に個人レベルでの因果関係の評価を行うことを否定するものではなく、ただ、バイアス等に留意しながら疫学的研究の信頼性を慎重に評価すべきこと、当該個人における疾病の診断や曝露の把握を正確に行うべきことを述べたものと解される。 (ウ) 新美(乙イC5)新美(乙イC5)は、「疫学的因果関係の特質は、集団現象としての疾病についての原因を記述するのみであり、その集団に帰属する個人の罹患する疾病の原因を記述するものではないという点である。換言すれば、疫学的因果関係が認定できたとしても、具体的な個人の罹患した疾病の 原因が何であるかは、そこからは直ちに導き出すことはできないのである。疫学的因果関係をもとに具体的個人の罹患した疾病の原因について何らかの言及ができるとするならば、当該疫学的因果関係の認定に用いられた関連性の強さから一定の推論をすることだけである。すなわち、関連性の強さの指標である相対危険度をもとに、具体的個人の疾病罹患 が疫学的に原因とされた因子に曝露されたことによって増大したところ第3章当裁判所の判断第 ることだけである。すなわち、関連性の強さの指標である相対危険度をもとに、具体的個人の疾病罹患 が疫学的に原因とされた因子に曝露されたことによって増大したところ第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 の危険に帰せしめることができる確率を計算することができるのみである。」と記述している(乙イC5〔76頁〕)。 これも、疫学的因果関係の指標を踏まえた上で、本件患者らの個別的事情を総合的に考慮して、本件患者らについて法的因果関係の有無を判断することを否定する趣旨とは解されない。 (エ) 中村教授の意見書中村教授は、意見書において、「疫学研究はあくまでも集団を対象とした観察〔中略〕である。従ってその結果は集団に対して適用は可能であるが、個別の個人に対しての適用可能性はない。」と記述している(乙イC18〔1頁〕)。 しかし、中村教授自身、中村(甲C67)において、根拠に基づく医療(EBM)の観点から、個人に対する医療の場面で疫学データが用いられることを指摘しているほか、民事訴訟における利用についても、「疫学データではあくまでも集団を対象としたものであり、原告個人の因果関係の認定にはなじまない。」としつつ、「しかしながら、前述の寄与危 険割合を用いることにより、集団の中で真に曝露により帰結を生じた者の割合は判明し、そして寄与危険割合が高いほど曝露による帰結発生の蓋然性は高くなる。従って「被害者(=原告)救済」という観点からも、疫学データに基づく因果関係の認定という点に関しては、一定の合理性があると考える。」と記述しており、そのように利用し得る条件として① 正しい方法論による疫学研究であること、②関連の強固性が相当以上にあること、③ 果関係の認定という点に関しては、一定の合理性があると考える。」と記述しており、そのように利用し得る条件として① 正しい方法論による疫学研究であること、②関連の強固性が相当以上にあること、③疫学以外の分野の知見と整合性があることを挙げ、自身が行った硬膜移植とクロイツフェルト・ヤコブ病発病との因果関係を肯定する疫学的研究についてはその条件を満たしているとしている(甲C67〔107~109頁〕)。 中村教授は、薬害ヤコブ病に関する別件訴訟の証人尋問で、疫学的因第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 果関係は個々の症例について論じているものではないが、これを個人に当てはめてもそれほど大きな間違いではない旨供述し(甲C56の2〔34~36頁〕)、水俣病に関する別件訴訟の証人尋問で、高い寄与危険度割合が示された場合には、裁判所が個別的な因果関係に「応用」することは裁判所の判断である旨供述し(乙イC36〔93~94頁〕)、 本件訴訟の証人尋問でも、同旨の供述をし、ただ、特定の疫学的研究(津田教授の研究)の信頼性を問題にしているにすぎない(証人中村〔29~31、41、50頁〕)。 そうすると、中村教授の意見書の記述のうち、疫学的研究が集団を対象とした観察によって行われるとする点はそのとおりであるが、そのこ とと個別の個人に対する適用可能性は別の問題であって、個人に対する適用可能性を単純に否定していると見られる点は、過剰な断定であり、採用することができない。 (オ) テーガー教授の意見書カリフォルニア大学バークレー校の疫学教授であるテーガー教授は、 意見書において、「(相対危険度が特別に高いという特別の場合でも)疫学的なモデルでは、ある 。 (オ) テーガー教授の意見書カリフォルニア大学バークレー校の疫学教授であるテーガー教授は、 意見書において、「(相対危険度が特別に高いという特別の場合でも)疫学的なモデルでは、ある個人に発生した何らかの疾病の発症原因を疫学研究による相対危険度又はリスク推計に基づいて特定することはできません。上述のように、疫学研究は、集団(又は集団内のサブグループで)についての平均推計を示します。」と記述している(乙イC19〔3頁〕)。 上記記述は、疫学データのみによって個人の疾病の発症原因を特定することはできないという趣旨であれば首肯し得るが、疫学データを上記発症原因を特定するための資料とすることすらできないという趣旨であれば、今日、根拠に基づく医療(EBM)において疫学データが重視されていること(甲B62、甲C20〔50~51頁〕、証人中村〔39~ 40頁〕)をも無視する過剰な断定であり、採用することができない。 第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 ⑵ 四肢末梢優位の感覚障害に関する疫学的研究日本精神神経学会(甲C3)及び津田(甲B40)は、曝露と四肢末梢優位の感覚障害との疫学的関連性を示す寄与危険度割合等が非常に高い値であることを示している。 このうち、日本精神神経学会(甲C3)は、5件の疫学調査の結果を曝露 地域と非曝露地域に分けて合算した累積データを基にオッズ比及び寄与危険度割合を算定するという比較的簡易な方法をとっているのに対し、津田(甲B40)は、津田教授がより広範な13件の疫学調査の結果を個別的に検討したものであり、津田教授は、本件訴訟に提出した意見書(甲C20、21、22、27、47、49、50、51、52)において 田(甲B40)は、津田教授がより広範な13件の疫学調査の結果を個別的に検討したものであり、津田教授は、本件訴訟に提出した意見書(甲C20、21、22、27、47、49、50、51、52)において、上記13件及びそ れ以外の疫学調査の結果(各調査の概要は別紙5疫学調査一覧表第1表のとおり。)も踏まえ、敷衍した説明を行っている。そこで、主に津田(甲B40)及び上記各意見書に即して、曝露地域であることが明らかな地域(水俣湾周辺地域)に居住していたこと及び非曝露地域であることが明らかな地域に居住していたことを曝露指標とし、メチル水銀曝露と四肢末梢優位の感覚障害 との疫学的関連性について検討することとする。 ア疾病の定義の問題被告らは、津田(甲B40)が対象とする各疫学調査の間で、疾病の定義及び診断基準(ここで問題となるのは、原因病名の診断基準ではなく、特定の症候の有無を判定する基準であるから、以下「判定基準」という。) が統一されていない旨主張する。 確かに、中村教授が指摘するように、疫学的研究を行い、又はその信頼性を評価する上では、情報バイアスを小さくするため、疾病の定義が統一されていることが重要な意味を有する(乙イC3〔8~10頁〕、32〔4頁〕、34〔103頁〕、証人中村〔11~13頁〕)。 そして、別紙5疫学調査一覧表第1表のとおり、立津調査(水俣・御所第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 浦・有明)では一斉検診結果記入用紙を用いた医師による検診が行われたこと(甲B1〔41~43頁〕)、藤野調査(桂島・加計呂麻島)及びNinomiya調査(御所浦大浦・市振)では痛覚針による痛覚の検査及び筆による触覚の検査が行われたこと( た医師による検診が行われたこと(甲B1〔41~43頁〕)、藤野調査(桂島・加計呂麻島)及びNinomiya調査(御所浦大浦・市振)では痛覚針による痛覚の検査及び筆による触覚の検査が行われたこと(甲C5〔35頁〕、6〔100頁〕、乙イB43の2〔6頁〕)、徳臣調査B(水俣・有明)では第3次検診で神 経専門医による検診が行われたこと(乙イB52〔67頁〕)、徳臣調査A(一般・施設)では「日常行われる神経学的検査」が行われたこと(甲B82〔149頁〕)、熊本調査では日本神経内科学会認定医による神経学的診察が行われたこと(甲B46〔33頁〕)、納調査では神経内科認定医による詳細な神経学的診察が行われたこと(乙イC6〔38~39頁〕)、長 崎県調査では第2次検診で地元開業医による筆を用いた触覚検査等が行われたこと(甲C20〔40頁〕)などが分かるものの、その全てが統一した判定基準によって行われたかは明らかでない。 そうすると、これらの疫学調査に基づく寄与危険度割合等の算定結果の信頼性や、その結果を、共通診断書検診によって四肢末梢優位の感覚障害 を認められた個別の本件患者について、同一の疾病であることを前提に当てはめてよいかという点については、留保が付されるというべきである。 もっとも、四肢末梢優位の感覚障害とは、痛覚、触覚又はその両方を基準とするかの違いはあるとしても、四肢の全てに遠位部優位の(すなわち、体幹部と比較して手先及び足先に優位の)表在感覚障害があることをいい (甲B31、33、34、甲C22〔13頁〕、乙イA51の3)、表在感覚障害の検査法については一般的な教科書に記載されており、医師は医学教育の中でその手法を学んでいるのであるから(甲B130〔5頁〕、甲C22〔13~14頁〕、乙イB159〔93~103 3)、表在感覚障害の検査法については一般的な教科書に記載されており、医師は医学教育の中でその手法を学んでいるのであるから(甲B130〔5頁〕、甲C22〔13~14頁〕、乙イB159〔93~103頁〕、証人三橋〔48~49頁〕)、その定義自体が医学的に不明確なものとはいえない。公健法 に基づく公的検診及び特措法に基づく検診においても、四肢末梢優位の感第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 覚障害が多義的であることを前提とするような詳しい定義や所見の取り方の定めは置かれていない。したがって、判定基準(痛覚、触覚又はその両方を基準とするか、どのような器具を用いて刺激を与えるかなど)や医師の技術によって、捕捉される感覚障害の範囲に差異が生じ得るとしても、疾病の定義は医学的に不明確なものではなく、判定基準の違いや医師の技 術の違いによって高い寄与危険度割合等を説明し尽くすことは困難である。 また、必ずしも同一の判定基準に基づいて行われたものではない複数の疫学調査を比較して疫学的関連性を検討することが許されないわけではなく、実際、米国環境保護庁が、微粒子が呼吸器疾患の発症に及ぼす影響について行った報告では、様々な地域についての様々な調査者による複数の 疫学調査を総合して相対危険度を算定しているなど、必ずしも判定基準が統一されていない場合にもそれらを総合してメタ分析を行った著名な例があり、受け入れられている(甲B40〔60~63頁〕、甲C49〔18頁〕、乙イC34〔160頁〕、証人津田〔27~31頁〕)。そのような場合、一つの曝露群の調査結果と一つの非曝露群の調査結果を取り出して比 較しただけでは、判定基準の違いによる情報バイアスが生じている可能性 4〔160頁〕、証人津田〔27~31頁〕)。そのような場合、一つの曝露群の調査結果と一つの非曝露群の調査結果を取り出して比 較しただけでは、判定基準の違いによる情報バイアスが生じている可能性が高いが、複数の疫学調査を比較しても共通した疫学的関連性が導かれる場合には、全体として信頼性が強められると考えられる。 この点をおくとしても、藤野調査では、熊本大学医学部神経精神医学教室に所属する藤野糺医師により、近接した時期に桂島(曝露地域)と加計 呂麻島(非曝露地域)の調査が行われているから(甲C5、6、49〔23頁〕)、両調査では同一の判定基準により検診が行われたと認め得るところ、両者間で寄与危険度割合を算出すると、極めて高い値となる(甲C22〔18頁〕)。Ninomiya調査では、二宮正医師らにより、神経内科の専門家の関与を得て、御所浦大浦地区(曝露地域)と市振地区(非曝 露地域)の調査が行われているから(甲C49〔23頁〕、乙イB43の第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 1・2)、両調査では同一の判定基準により検診が行われたと認め得るところ、同様に寄与危険度割合を算出すると、極めて高い値となる(甲C22〔18頁〕)。立津調査についても、後記オ(ア)の問題はあるものの、水俣地区(高濃度曝露地域)と有明地区(中濃度曝露地域又は非曝露地域)との間で寄与危険度割合を算出すると、高い値となる(甲C22〔18頁〕)。 なお、後記イのとおり、同一の判定基準を用いても、感覚検査は、被検者の応答に頼らざるを得ないため、一定の情報バイアスが生じることは避けられないが、このような情報バイアスが曝露地域についてのみ感覚障害ありとする方向に働く差異的誤分類とし 用いても、感覚検査は、被検者の応答に頼らざるを得ないため、一定の情報バイアスが生じることは避けられないが、このような情報バイアスが曝露地域についてのみ感覚障害ありとする方向に働く差異的誤分類として生じる現実的な可能性は乏しく、基本的には疾病の非差異的誤分類であると考えられるから、寄与危険度割 合等を過小評価する方向に働くこととなる(甲C49〔20頁〕)。 以上によれば、疾病の定義という観点から見て、津田教授が指摘する高い寄与危険度割合等をそのまま本件患者らに適用することには留保が付されるものの、他の個別的事情を考慮する上での前提としての有用性は否定されないと考えられる。 イ診断バイアスの問題(ア) 検査方法による制約被告らは、感覚検査は客観性に乏しく、最も難しい検査の一つであるから、被検者及び検者の持っている先入観等により、診断バイアス(症候の判定に伴うバイアスをいうものと解される。)が生じる旨主張する。 確かに、感覚検査の方法について説明した教科書は、感覚検査は、患者(被検者)の主観に頼らなければならないため、患者(被検者)の協力が得られなければ正確な検査ができないことを指摘して、神経疾患の検査の中でも最も難しいものの一つであると記述している(乙イB159〔94頁〕)。 すなわち、一般に、触覚の検査では、検者が脱脂綿、柔らかな毛筆又第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 はティッシュペーパー等を用いて被検者の皮膚に軽く触れ、被検者に、触れたのを感じた時に「はい」と答えさせたり、他の部位との比較を答えさせたりし、その応答を基に触覚障害の有無を判断することとされ、痛覚の検査では、検者が針等で被検者の皮膚をつついて、被 、被検者に、触れたのを感じた時に「はい」と答えさせたり、他の部位との比較を答えさせたりし、その応答を基に触覚障害の有無を判断することとされ、痛覚の検査では、検者が針等で被検者の皮膚をつついて、被検者の応答を聞き、その応答を基に痛覚障害の有無を判断することとされている (甲C22〔14頁〕、乙イB38、159〔95~96頁〕)。 教科書では、このような検査方法のため、被検者の疲労や精神的動揺がある場合には正確な応答が得られないことがあり、また、検者の不用意な聞き方や発言によって被検者に暗示や誘導が与えられるおそれがあることが指摘されており、検者は、被検者の精神状態等に留意し、暗示 や誘導を与えないようにすべきことが説かれている(乙イB37、乙イC17、36)。 十分な経験を有する医師であれば、暗示や誘導を与えないような聞き方に習熟しており、被検者の返事のみに頼ることなく、全身を眺めながら痛覚等に関する被検者の反応を観察したり、被検者が真摯に検査に取 り組んでいるかを表情等から観察したり、被検者の応答が変動する場合には聞き方を変えて整合性のある応答が得られるかを試したりすることができ、ヒステリー(身体表現性障害)等の心因性疾患や詐病を見分ける方法も知悉していることから(甲C49〔22頁〕、証人髙岡〔89~90頁〕、証人三橋〔17、19、22頁〕、証人松浦〔7~10、14 ~16頁〕)、誤った判定をする可能性は相当程度限定されていると考えられるが、それでも、前記アの判定基準(痛覚、触覚又はその両方を基準とするか、どのような器具を用いて刺激を与えるかなど)や医師の技術の違いがあり得ることや、例えば、異なる部位の刺激に対する感覚の違いが微妙であった場合に被検者がこれを正確に表現することには限界 があること( うな器具を用いて刺激を与えるかなど)や医師の技術の違いがあり得ることや、例えば、異なる部位の刺激に対する感覚の違いが微妙であった場合に被検者がこれを正確に表現することには限界 があること(証人三橋〔16頁〕)などから、全ての場合に検者が感覚障第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 害の有無を正確に判定できるとは限らない。また、被検者の中に、故意に症状を誇張し、又は逆に隠蔽しようとする者が多い場合には、検者が必ずしも見分けることができず、情報バイアス(疾病の誤分類)が生じるおそれがある。 しかし、疾病の誤分類が曝露群でも非曝露群でも同様に生じる場合に は、非差異的誤分類となり、寄与危険度割合等を過小評価する方向に働くため(前提事実8⑶)、それ自体は問題とならず、問題となるのは、曝露地域についてのみ疾病ありとする方向に働く差異的誤分類が生じるか否かであるから、以下、この点について検討する。 (イ) 先入観 被告らは、各疫学調査が実施された昭和46年ないし昭和54年当時、検者及び被検者ともに、水俣病患者発生地域を認識していたから、同地域では四肢末梢優位の感覚障害があるかもしれないという先入観が働いたと主張して、差異的誤分類の可能性を指摘する。 しかし、前記(ア)のように、感覚検査に際し被検者に暗示や誘導を与え ないようにすべきことは教科書にも記載された基本的な注意事項であり、十分な経験を有する医師であれば、それを避ける方法に習熟しているところ、多くの疫学調査は、熊本大学神経精神医学教室の医師や神経内科認定医などの専門家が関与して行われていることを踏まえると、検者及び被検者が水俣病患者発生地域であることを認識していたからといって、 、多くの疫学調査は、熊本大学神経精神医学教室の医師や神経内科認定医などの専門家が関与して行われていることを踏まえると、検者及び被検者が水俣病患者発生地域であることを認識していたからといって、 先入観により感覚障害ありという方向に判定がゆがめられることは、あり得ないとはいえないとしても、相当限定的であると考えられる。 もっとも、被検者の中に、故意に症状を誇張し、又は逆に隠蔽しようとする者が多い場合には、医師が必ずしも見分けることができないことによる情報バイアス(疾病の誤分類)が生じるおそれがある。そこで、 この点について検討すると、立津調査と並行して行われた二塚信教授ら第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 の研究によれば、水俣地区よりも御所浦地区の方が、また男子よりも女子の方が自覚症状の訴えを抑制している傾向にあることを示唆しており、症状が人為的に潜在化してしまう可能性が高いと指摘されている(甲C3〔775頁〕)。その背景としては、特に、メチル水銀の汚染地域であることが明らかになっていない漁業地域では、水俣病の症状を訴えると、 その地域で獲れた魚が売れなくなり、地域全体の住民の生活を圧迫するおそれがあるという地域社会特有の事情がある可能性がある(甲C22〔23頁〕、証人津田〔97~98頁〕)。また、立津調査における医師の所見と被検者の自覚症状を対比すると、医師が感覚障害の所見を認めない者の大半(90%超)は自覚症状がないのに対し、医師が感覚障害の 所見を認める者のうち自覚症状がある者の割合は低い(水俣地区では50%台、御所浦地区では20%台)ことから、特に御所浦地区では被検者が症状を控え目にしか訴えていないことが推認される(甲C14〔 所見を認める者のうち自覚症状がある者の割合は低い(水俣地区では50%台、御所浦地区では20%台)ことから、特に御所浦地区では被検者が症状を控え目にしか訴えていないことが推認される(甲C14〔9~11頁〕、22〔24~25頁〕)。一方、疫学調査の検査において感覚障害が認められたからといって、直ちにその者の行政上の救済その他の 経済的利益には結び付かない。そうすると、疾病の差異的誤分類が生じるとしても、曝露地域の有病割合を過大評価する方向に働く要因は限定的であるのに対し、逆にこれを過小評価する方向に働く要因の方が現実性を有するというべきである。 被告らは、先入観を排除するための盲検化がされていない旨主張する。 しかし、盲検化(検者及び被検者に、曝露群か非曝露群かの割り付けを知られないようにすること)が可能な場合には、バイアスを防ぐために盲検化すべきであるとされるが、技術的又は倫理的な理由で盲検化ができない場合もあり、例えば、薬物を対象とした臨床試験の場合、盲検化しないオープンラベル試験が一般的に行われており、疫学的研究として の価値が承認されている(乙イC16、26、証人中村〔61~62第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 頁〕)。水俣病に関する疫学調査の場合、被検者に曝露地域又は非曝露地域であることを秘すことはできないことはもとより、医師が現地に赴いて診察を行うほかないという制約から、医師を盲検化することも現実的に不可能である。そのため、盲検化できないことによる情報バイアスが生じる可能性は避けられないものの、その情報バイアスの要因、性質及 び程度等を分析することにより、疫学的研究としての信頼性を評価することが可能であるといえる 検化できないことによる情報バイアスが生じる可能性は避けられないものの、その情報バイアスの要因、性質及 び程度等を分析することにより、疫学的研究としての信頼性を評価することが可能であるといえる。 被告らは、先入観により被検者が過度に症状を訴える傾向があることについては、想像妊娠やノシーボ効果の例がある旨主張する。しかし、想像妊娠は、そのような事例があるというにとどまり(乙イC27、2 8の1・2)、非常にまれな事例であると考えられ、仮にこれを四肢末梢優位の感覚障害に類推するとしても、疫学的な寄与危険度割合等を左右するほどの高頻度で想像(思い込み)による感覚障害が生じることの裏付けとはならない。ノシーボ効果については、具合が悪くなるという恐怖心、又はそう信じ込むことにより、実際に身体に症状が現れたが、医 学的検査所見に異常はなかったという事象が複数報告されているものの(乙イC29、30)、これもそのような事例があるというにとどまるし、いずれも一時的かつ急性の心因性疾患の事例であり、慢性の感覚障害において、医師が所定の感覚検査を経ても見分けられないような心因性の感覚障害が高頻度で生じることの裏付けとはならない。 (ウ) 立津調査とNinomiya調査との対比被告らは、立津調査(御所浦)実施後、御所浦地区が汚染地域であることが明らかになった後のNinomiya調査(御所浦大浦)で有病割合が急増していることを指摘して、診断バイアスの実例である旨主張する。 すなわち、昭和46年に行われた立津調査(御所浦)では、四肢末梢第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 優位の感覚障害の有病割合は4.2%であったのに対し(甲B1〔44頁〕)、 肢末梢第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 優位の感覚障害の有病割合は4.2%であったのに対し(甲B1〔44頁〕)、昭和47年に立津調査の結果が公表され、御所浦がメチル水銀曝露地域であることが明らかになった後である昭和50年ないし昭和54年に実施されたNinomiya調査(御所浦大浦)では、感覚低下が見られた者は受検者の73%であり、その大部分(実数は文献に表れて いない。)が手袋靴下型の四肢末梢の感覚低下であったとされている(乙イB43の1〔49頁〕・2〔4頁〕)。Ninomiya調査の原データに当たった津田教授によれば、御所浦大浦における四肢末梢優位の感覚障害の有病割合は約59.6%とされている(甲C22〔25~26頁〕)。 しかし、前記アの判定基準(痛覚、触覚又はその両方を基準とするか、 どのような器具を用いて刺激を与えるかなど)や医師の技術の違いの影響があり得ることのほか、立津調査の対象となった御所浦地区とは、御所浦島北部の嵐口、越地、外平地区を指すのに対し(甲B1〔42頁〕)、Ninomiya調査の対象となった御所浦大浦地区は、御所浦島南部の水俣対岸に位置し(乙イB43の1〔48頁〕)、曝露状況に差があっ た可能性があること、立津調査(御所浦)は調査対象人口の93.4%が受検した悉皆調査といえるのに対し、Ninomiya調査は調査対象人口の25.1%の志願者を対象とするものであり、症状を有する者の方が受検する動機を持ちやすいという選択バイアスが働いた可能性があること、後記6の遅発性水俣病の可能性も踏まえると、時間の経過により 有病割合が増加した可能性も否定できないことから、両調査の有病割合を単純に比較することはできず、有 イアスが働いた可能性があること、後記6の遅発性水俣病の可能性も踏まえると、時間の経過により 有病割合が増加した可能性も否定できないことから、両調査の有病割合を単純に比較することはできず、有病割合の違いの原因を、必ずしも差異的誤分類としての診断バイアスに帰すことはできない(甲C22〔26頁〕、49〔33~34頁〕、証人津田〔42~43頁〕)。また、差異的誤分類による部分があるとしても、前記(イ)のとおり、曝露地域の有病 割合を過大評価する方向に働く要因は限定的であるのに対し、御所浦地第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 区が汚染地域であることが知られる前の立津調査においては、地域社会特有の事情により水俣病の症状を訴えることを抑制する方向に働く要因の方が現実性を有したといえ、日本精神神経学会(甲C3)も、その点を理由の一つとして挙げた上、立津調査(御所浦)を採用していない(甲C3〔775頁〕)。 そうすると、立津調査とNinomiya調査との対比を基に、曝露地域の有病割合を過大評価する(すなわち、寄与危険度割合等を過大評価する)方向の差異的誤分類としての診断バイアスが現実化しているとは認められない。 ウ曝露指標設定の問題 被告らは、水俣病においては、魚介類の摂食が介在することから、特定地域への居住歴があったことをもってメチル水銀曝露があったとすることには限界がある旨主張する。 しかし、特定地域への居住歴があったことは、直ちにメチル水銀曝露があったことを意味するわけではないとはいえ、特に地方の共同体では魚介 類の摂食習慣やその供給源が地域で共通する場合が多いと考えられるし、そうした共通性を踏まえ、特定地域への居住歴があっ 曝露があったことを意味するわけではないとはいえ、特に地方の共同体では魚介 類の摂食習慣やその供給源が地域で共通する場合が多いと考えられるし、そうした共通性を踏まえ、特定地域への居住歴があったことを曝露の代理指標として用いることは、疫学上、一般的な手法であり、不合理なことではない(甲C22〔18~19頁〕、33〔53頁〕、乙イC11〔131頁〕、32〔2~3頁〕、証人津田〔39頁〕、証人中村〔17~18、10 2頁〕)。また、曝露地域とされる地域の中で、メチル水銀に汚染された魚介類を多食していない者が一定数いたとしても、それは曝露の非差異的誤分類に当たり、寄与危険度割合等を過小に評価する方向に働くものである(前提事実8⑶、甲C4〔16頁〕、22〔20~21頁〕、27〔5~12頁〕、49〔27~31頁〕、証人津田〔39~41、78~79頁〕、証 人中村〔86~87頁〕)。 第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 中村教授は、意見書において、「あくまでも「代理」の指標であり、これを金科玉条のごとく表現することに対しては違和感を感じる」としているが(乙イC18〔3頁〕)、上記判断を左右するものではない。 上記曝露の誤分類に関し、被告らは、居住歴を曝露指標とすることによるバイアスは、曝露の誤分類(居住歴についての誤った認識)よりも、む しろ疾病の誤分類により生じる可能性が高い旨主張する。しかし、ここで問題となっている曝露の誤分類とは、居住歴についての誤った認識ではなく、汚染地域に居住していたが魚介類を多食していない者の存在により生じるものである。そして、疾病の誤分類は、これとは別の問題であって、前記イにおいて検討したとおりである。 った認識ではなく、汚染地域に居住していたが魚介類を多食していない者の存在により生じるものである。そして、疾病の誤分類は、これとは別の問題であって、前記イにおいて検討したとおりである。 被告らは、昭和30年代、不知火海沿岸住民の毛髪水銀値は大半が発症閾値である50ppmに満たなかった旨主張する。しかし、毛髪水銀値50ppmを発症閾値とする根拠は不十分である上(後記5⑷)、立津調査の対象となった水俣地区、御所浦地区、藤野調査の対象となった桂島、原田調査の対象となった福浦地区、湯ノ口地区等がメチル水銀汚染地域であること は明らかであるから(水俣地区及び御所浦地区につき甲B6〔48頁〕、桂島につき甲C5、福浦地区及び湯ノ口地区につき乙イC10)、これらの地域に居住していたことを曝露指標として用いることは、不合理ではない。 被告らは、津田(甲B40)が対象とする曝露地域は水俣湾周辺地域であるのに対し、本件患者らが居住していた地域は水俣湾周辺にとどまらな いから、疫学的研究の結果をそのまま適用することはできない旨主張する。 しかし、メチル水銀曝露があった場合の人体に対する影響は、生物学的に見て、地域によって異ならないと考えられるから、疫学調査から導かれた疫学的因果関係は他の曝露地域にも適用可能であり(甲C1〔57頁〕、証人津田〔50~51頁〕)、個々の本件患者が曝露を受けたと証拠上認定で きる場合には、その居住地域が疫学調査の対象となった地域ではなくても、第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 疫学的因果関係を判断資料として用いることができると解される。 エ交絡因子の問題被告らは、津田(甲B40)が交絡因子について考慮したか判然としない ついて 2 疫学的研究 疫学的因果関係を判断資料として用いることができると解される。 エ交絡因子の問題被告らは、津田(甲B40)が交絡因子について考慮したか判然としない旨主張する。 しかし、津田(甲B40)は、交絡因子について検討したことを明示し ている。そのうち、年齢(高齢)については、別紙5疫学調査一覧表第1表「調査対象」欄のとおり、立津調査、藤野調査、原田調査及びNinomiya調査の各曝露地域の対象者より、非曝露地域を対象とする徳臣調査A、熊本調査及び納調査の対象者の年齢構成が明らかに高いこと、熊本調査において、四肢末梢優位の感覚障害は比較的加齢の影響を受けにくい ことが報告されていることから、高い寄与危険度割合等を説明するような交絡因子であるとは認め難い(甲B40〔65、67~68頁〕、46〔36頁〕、81〔169頁〕、甲C22〔30頁〕)。 糖尿病及び頚椎症については、曝露群において観察された四肢末梢優位の感覚障害の有病割合と比較して著しく低い有病割合しか期待できないこ と、曝露指標であるメチル水銀汚染地域の居住歴との関連性が認められないことから、高い寄与危険度割合等を説明するような交絡因子であるとは認め難い(甲B40〔65頁〕、甲C22〔31頁〕)。 性についても、男女別の集計を行った立津調査、藤野調査及び徳臣調査A(一般)において、四肢末梢優位の感覚障害に関する性差の存在が指摘 されていないことから、交絡因子であるとは認められない(甲C22〔30~31頁〕)。 そうすると、交絡因子の存在についての被告らの主張は、採用することができない。 オ疫学調査選択の問題 (ア) 立津調査(有明)第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2 、交絡因子の存在についての被告らの主張は、採用することができない。 オ疫学調査選択の問題 (ア) 立津調査(有明)第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 被告らは、津田教授が立津調査(有明)を非曝露群として採用していないことは不当である旨主張する。 しかし、寄与危険度割合等を正しく算定する上では、曝露していないことが確実な地域を非曝露群として採用することが重要であるところ、立津調査の対象となった有明地区とは、具体的には熊本県天草郡有明町 の赤崎、須子及び大浦であり、不知火海と近く(なお、長崎県調査の対象地域である長崎県有明海沿岸とは相当離れている(証人津田〔74、119~120頁〕)。)、この地域の漁師には不知火海でも漁をしている者がいたことが報告されている(甲B6〔82頁〕、甲C49〔24~25、32~33頁〕、証人津田〔32~33頁〕)。また、立津調査(第1 回検診)によって有機水銀中毒症、その疑いとされた例、及び有機水銀の影響が否定し得なかった例を中心とする対象者(有明地区では27人)に対し、同じ立津班が、昭和47年7月から昭和48年3月にかけて精密な第2回検診を行い、頚椎症の疑われる者については脊椎X線写真を撮るなどした結果、有明地区では、水俣病と診断された例が8例、その 疑いとされた例が2例、診断保留となった例が6例あること、水俣病と診断された例では、四肢末梢優位の感覚障害だけでなく、口周囲の感覚障害、構音障害、運動失調、求心性視野狭窄、難聴など、水俣病の典型的症候の組合せを呈する者が多かったこと、水俣病と診断された2人の家のネコと診断保留となった1例の家のネコが死亡していることが報告 されている(甲B6〔 求心性視野狭窄、難聴など、水俣病の典型的症候の組合せを呈する者が多かったこと、水俣病と診断された2人の家のネコと診断保留となった1例の家のネコが死亡していることが報告 されている(甲B6〔48~74頁〕)。これに対し、二塚(乙イC22)は、有明地区はコントロール(非曝露地域)として取扱いが可能であるとするが(乙イC22〔274~275頁〕)、不知火海で漁獲された魚介類の流通状況等について具体的に検討したものではなく、有明地区が非曝露地域であると断定する根拠は不十分である。 そうすると、立津調査の対象となった有明地区は、非曝露地域である第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 ことが確実とはいえないから、津田教授が寄与危険度割合等の算定に当たってこれを非曝露群として採用しなかったことが不合理であるとはいえない。立津調査(有明)を採用しなかったことが恣意的な操作である疑いがあるとの中村教授の供述(証人中村〔13~14頁〕)は、採用することができない。 一方、熊本調査は、受検率が高く、受検者数が多いこと、直接全住民を診察し調査対象としていること、神経内科医も関与していることを踏まえて津田教授が非曝露地域の代表として選定したものであるところ(甲C20〔42~43頁〕、49〔25頁〕)、他の非曝露地域の調査である藤野調査(加計呂麻島)、Ninomiya調査(市振)、徳臣調査 A(一般・施設)、納調査、Futatsuka調査(非曝露地域)及び長崎県調査(これらの対象地域の多くは、地理的に水俣湾や不知火海沿岸から離れており、かつ多様な位置に分布している。)において見られる有病割合とほぼ同等であることも考慮すると、熊本調査を非曝露地域の代表とし 査(これらの対象地域の多くは、地理的に水俣湾や不知火海沿岸から離れており、かつ多様な位置に分布している。)において見られる有病割合とほぼ同等であることも考慮すると、熊本調査を非曝露地域の代表として採用することは、一つの算定方法として合理性を有するとい える。 (イ) 徳臣調査B(水俣)被告らは、津田教授が徳臣調査B(水俣)を曝露群として採用していないことは不当である旨主張する。 まず、津田(甲B40)が徳臣調査B(水俣)を曝露群として採用し ていない点について、中村教授は、恣意的である旨供述する(証人中村〔16頁〕)。しかし、津田(甲B40)は、昭和52年判断条件の妥当性を検証することを目的としていたため、曝露地域については昭和52年判断条件に合致しないが四肢末梢優位の感覚障害がある者の有病割合を算定し、曝露との疫学的因果関係を検討したものであるところ、津田 (甲B40)は、徳臣調査Bの報告書である徳臣(乙イB52)を検討第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 した上で、同報告書からは、昭和52年判断条件に合致しない者の数を導くことができなかったことから、徳臣調査Bを寄与危険度割合等の算定基礎から除いたことが認められ(甲B40〔57頁〕、甲C22〔37~38頁〕、49〔25~26頁〕、乙イB52、証人津田〔33~34頁〕)、これを恣意的に採用しなかったとは認められない。 次に、昭和52年判断条件を捨象して、四肢末梢優位の感覚障害自体の有病割合について見ると、徳臣調査B(水俣)は、アンケート方式による第1次検診(受検者は5万1347人)、地元開業医による第2次検診(第1次検診で抽出された1万1784人のうち、受検者は5466人 有病割合について見ると、徳臣調査B(水俣)は、アンケート方式による第1次検診(受検者は5万1347人)、地元開業医による第2次検診(第1次検診で抽出された1万1784人のうち、受検者は5466人)、神経専門医による第3次検診(第2次検診で抽出された1603人 のうち、受検者は1234人)を経た疫学調査であるところ、第3次検診における末梢優位感覚障害の分布を示したとされる表によれば、感覚障害の有症者は196人、うち分布が「四肢」の者は118人とされている(乙イB52)。この人数を第3次検診の受検者数で除すと、有病割合は9.6%となり、同時期に行われた立津調査(水俣)における四肢末 梢優位の感覚障害の有病割合23.2%(甲B1〔44頁〕)と比較すると、相当低い。このような違いが生じる原因に関して、津田教授は、徳臣調査Bは3段階の抽出を行っており、第1段階の抽出はアンケート方式(質問紙調査)であるため、四肢末梢優位の感覚障害を自覚していない患者を見逃した結果、有病割合が過小評価されている可能性が高い旨 説明する(甲C22〔38頁〕、49〔26頁〕、証人津田〔75~77頁〕)。津田教授の推測が当を得ているかを実証することはできないが、徳臣調査Bについて頚部脊椎症の観点から説明を加えた徳臣(乙イB121)によっても、受検率が満足すべきものではなかったこと、水俣地区では既に水俣病として認定された者は受検していないことが問題点と して指摘されており(乙イB121〔117頁〕)、第1次検診で抽出さ第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 れた者が第2次検診及び第3次検診を受検することによって水俣病と診断されることを避けたいという心理的抑制が働く可能性 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 れた者が第2次検診及び第3次検診を受検することによって水俣病と診断されることを避けたいという心理的抑制が働く可能性も考慮すると、選択バイアスを無視することができないと考えられる。また、徳臣調査B(水俣)によれば、第3次検診の受検者のうち127人(合併症として有する者も併せると158人)が水俣病と診断されたとされるが(乙 イB52、乙イD23〔180頁〕)、四肢末梢優位の感覚障害の有症者数118人(そのうち、腱反射(深部反射)が減弱している40人を除くと78人)がこれを下回ることにも疑問がある(甲C49〔27頁〕)。 そうすると、立津調査(水俣)が高い受検率を有する上、検査項目を明示し、症候ごとの有症者数等について比較的詳細な報告をしている (甲B1)のと比べ、徳臣調査B(水俣)の信頼性には一定の疑問があるというべきである。 もっとも、両者の有病割合の差異が選択バイアスだけではなく判定基準の違い等に起因する可能性もあるため、津田教授が算定した寄与危険度割合等の検証のため、徳臣調査B(水俣)を曝露群として採用し、そ の有病割合を非曝露地域の有病割合と比較すると、やはり高い寄与危険度割合等が導かれるから(熊本調査と比較し、有病オッズ比を相対危険度とみなすと、徳臣調査B(水俣)の有症者は118人、無症者は1116人、熊本調査の有症者は3人、無症者は1267人であるから、次の計算式のとおり、相対危険度は約44.7、寄与危険度割合は約97. 8%となる。)、徳臣調査B(水俣)を考慮しても、津田教授が算定した寄与危険度割合等の信頼性は否定されないというべきである。 有病オッズ比(R)=118× 12673× 1116=44.655寄 となる。)、徳臣調査B(水俣)を考慮しても、津田教授が算定した寄与危険度割合等の信頼性は否定されないというべきである。 有病オッズ比(R)=118× 12673× 1116=44.655寄与危険度割合=R−1R=97.76%第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 (ウ) 井形調査中村教授は、意見書において、津田教授の研究が「井形調査の結果など」を無視していることを批判する(乙イC18〔6頁〕)。 ここでいう井形調査とは、鹿児島県(乙イD24)で報告された井形昭弘教授の参加する不知火海沿岸地域住民健康調査を指すが(証人中村 〔50~52頁〕)、津田(甲B40)において井形調査に関する論文は検討対象とされたものの(甲B40〔79頁〕)、井形調査においては四肢末梢優位の感覚障害に着目した報告はされておらず(乙イD24)、四肢末梢優位の感覚障害についての疫学的検討の資料とすることができないとして除外されたことが明らかであるから、中村教授の批判は失当で ある。 カ数値の典拠の問題被告らは、津田(甲B40)のうち、藤野調査、原田調査及びNinomiya調査における四肢末梢優位の感覚障害を有する者の割合について、典拠が明らかでない旨主張する。 しかし、これらの調査については、津田(甲B40)自体にも明示されているとおり、津田教授が原データに当たって算定したことが認められるから(甲C20〔42頁〕、証人津田〔34~35、72頁〕)、上記主張は採用することができない。また、津田教授が数値を不正に操作したと疑わせる事情は認められない。 キ時点の問題被告らは、津田(甲B40)が対象とする曝露地域の疫学調査は昭和46年ない は採用することができない。また、津田教授が数値を不正に操作したと疑わせる事情は認められない。 キ時点の問題被告らは、津田(甲B40)が対象とする曝露地域の疫学調査は昭和46年ないし昭和54年に行われたものであるのに対し、本件患者らの四肢末梢優位の感覚障害は、平成26年ないし平成27年頃に認められたとされるものであり、メチル水銀曝露との関連性が極めて薄いことが明らかで あって、むしろ、加齢や他疾患によると考えるのが相当であるとして、疫第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 学調査の結果を本件患者らに適用することができない旨主張する。 しかし、非曝露地域を対象とする熊本調査及び納調査の対象者が高齢者であること(前記エ)に見られるとおり、加齢の影響は寄与危険度割合等の算定に当たって考慮済みである。また、昭和48年ないし昭和49年に行われた長崎県調査から平成5年ないし平成6年に行われたFutats uka調査(非曝露地域)に至るまで、非曝露地域の有病割合が僅少値のままほとんど変動していないこと(別紙5疫学調査一覧表第1表)に見られるとおり、他疾患による四肢末梢優位の感覚障害の有病割合が時期によって大きく変動しているとは認められない。一方、メチル水銀曝露による水俣病において症候の変動があり得るか(後記7⑷)の問題はあるとして も、昭和46年ないし昭和54年に曝露地域において四肢末梢優位の感覚障害を有していた者のうち水俣病であった者の多くが、平成26年ないし平成27年頃までに治癒した可能性は少ないし、その間の死亡率が無症者の集団に比べ特に高いとも認められない。 そうすると、昭和46年ないし昭和54年に曝露地域に居住していた者 の 26年ないし平成27年頃までに治癒した可能性は少ないし、その間の死亡率が無症者の集団に比べ特に高いとも認められない。 そうすると、昭和46年ないし昭和54年に曝露地域に居住していた者 のうち、現在(平成26年ないし平成27年頃)の生存者を対象に改めて調査をしたとしても、有病割合が大きく減少していることはないであろうとの推定の下、上記疫学調査に基づいて算定した寄与危険度割合等を現在の判断資料として用いることは、不合理とはいえない。 なお、後記6のとおり、上記治癒とは逆に、メチル水銀曝露後、時間が 経過してから四肢末梢優位の感覚障害を発症する可能性があるが、これは、むしろ、寄与危険度割合等を経時的に上昇させる方向に働く事情であるから、昭和46年ないし昭和54年の疫学調査に基づいて算定した寄与危険度割合等を現在の判断資料としても、過大評価を生じることにはならない。 クオッズ比から相対危険度を推定するための条件 津田(甲B40)を含む津田教授の研究及びこれが対象とする疫学調査第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 は、曝露群と非曝露群それぞれのある時点での有病割合を観察する横断研究に該当し、津田教授は、横断研究から得られる有病オッズ比をもって罹患率比ないし相対危険度と推定しているところ(前提事実8⑴、甲C20〔27~28頁〕、証人津田〔15頁〕)、被告らは、有病オッズ比をもって罹患率比と推定するための条件を満たさない旨主張する。 そこで検討すると、定常状態、すなわち罹患率と罹病期間が変動せず、有病割合が変動しない状況では、有病オッズ(PO)は罹患率(I)と平均罹病期間(D̅̅̅)の積に一致するから、曝露群と非曝露群の有症者の平均罹 ると、定常状態、すなわち罹患率と罹病期間が変動せず、有病割合が変動しない状況では、有病オッズ(PO)は罹患率(I)と平均罹病期間(D̅̅̅)の積に一致するから、曝露群と非曝露群の有症者の平均罹病期間が同じ場合には、有病オッズ比すなわち非曝露群の有病オッズ(PO0)に対する曝露群の有病オッズ(PO1)の比は、次の方程式のと おり、罹患率比すなわち非曝露群の罹患率(I0)に対する曝露群の罹患率(I1)の比と一致することとなる(甲C1〔83頁〕、20〔28頁〕、47〔21~22頁〕)。 有病オッズ比=PO1PO0=I1D̅̅̅I0D̅̅̅ =I1I0 そして、メチル水銀曝露による感覚障害は、疫学調査実施前の段階でお おむね曝露が終了しており、そこからの新規罹患はあったとしても少数である反面、短期的に治癒又は死亡することもないから、疫学調査実施時点では、有病割合が変動しない定常状態に入っていたと考えられる。また、他原因による感覚障害の場合も、時期によって罹患率や罹病期間が変化することは考え難く、有病割合が変動しない定常状態にあったと考えられる (甲C47〔22頁〕)。加えて、メチル水銀曝露による感覚障害は、短期的に治癒又は死亡する可能性が低い慢性疾患である一方、頚椎症、糖尿病など想定し得る主要な他原因による感覚障害も、短期的に治癒又は死亡するわけではない慢性疾患であるから、曝露群と非曝露群との間で平均罹病期間(D̅̅̅)は大きく異ならないと考えられる。そうすると、上記方程式に 第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 基づいて有病オッズ比から罹患率比を推定することは大きく誤っていないと考えられる。 ケ小括以上に 第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 基づいて有病オッズ比から罹患率比を推定することは大きく誤っていないと考えられる。 ケ小括以上によれば、四肢末梢優位の感覚障害について、疾病の定義(判定基準の統一性)という観点から見て、疫学調査に基づいて算定される寄与危 険度割合等をそのまま本件患者らに適用することには留保が付されるものの、同一の判定基準により曝露地域と非曝露地域の検診が行われたと認め得る疫学調査の結果を相互に比較しても高い寄与危険度割合等が算定されること、有病割合の低い徳臣調査B(水俣)を曝露群として採用しても、高い寄与危険度割合等が算定されること、寄与危険度割合等を過小評価す る方向に働く非差異的誤分類の可能性はあっても、これを過大評価する方向に働く疾病の差異的誤分類が生じる現実的な可能性は乏しいことなどに照らすと、津田(甲B40)における寄与危険度割合等の算定結果には相当高い信頼性が認められる。 そして、一般に、難病の疫学では、相対危険度が2~3倍(寄与危険度 割合50~66%)の場合について議論されており、因果関係が明らかな喫煙と肺がんについては5~10倍という相対危険度(寄与危険度割合80~90%)が観察されていること(甲C56の1〔9頁〕)、四日市大気汚染公害による呼吸器症状、原爆症、ヒ素中毒、じん肺肺がん、環境アスベスト曝露による肺がん等の事例において、寄与危険度割合は10~7 5%程度であったこと(甲C20〔46~47頁〕、証人津田〔20~21頁〕)と対比すると、メチル水銀曝露と四肢末梢優位の感覚障害との関係について算定される寄与危険度割合等は、これらを上回り、明らかな疫学的因果関係を示すといえ、このことは、法的因果関係を判断す ~21頁〕)と対比すると、メチル水銀曝露と四肢末梢優位の感覚障害との関係について算定される寄与危険度割合等は、これらを上回り、明らかな疫学的因果関係を示すといえ、このことは、法的因果関係を判断する上で重要な基礎資料となるというべきである。 ⑶ 全身性感覚障害に関する疫学的研究第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 別紙5疫学調査一覧表第1表記載の疫学調査のうち、全身性感覚障害の有病割合等を読み取れるのは、立津調査(水俣・御所浦・有明)、藤野調査(桂島・加計呂麻島)、徳臣調査A(一般・施設)及び熊本調査である。このうち、非曝露地域である藤野調査(加計呂麻島)、徳臣調査A(一般・施設)及び熊本調査では、全身性感覚障害の有症者は0人であるのに対し、曝露地域であ る立津調査(水俣・御所浦)及び藤野調査(桂島)では、有病割合は低いものの、一定数の有症者が報告されている。そのため、以上に基づいて算定すると、相対危険度は無限大、寄与危険度割合は100%となる。 以上のほか、Takaoka(甲B9)は、曝露歴を有し合併症を有しないE群において、四肢末梢と胸部の触覚が均等に障害された全身性感覚障害 の割合が9%(痛覚では11%)、四肢末梢に比べ軽いが胸部の触覚も障害された全身性感覚障害の割合が12%(痛覚では30%)であったのに対し、曝露歴を有しないC群ではいずれも0%であったことを報告している(甲B9の1・2〔18頁〕)。詳細な報告ではないが、樺島(甲B42)は、全身性感覚障害が、曝露地域である水俣地区では886人中14人(1.6%)、 非曝露地域である京都府A町では608人中1人(0.2%)に見出されたとしている(甲B42〔46頁〕)。これら は、全身性感覚障害が、曝露地域である水俣地区では886人中14人(1.6%)、 非曝露地域である京都府A町では608人中1人(0.2%)に見出されたとしている(甲B42〔46頁〕)。これらの報告によっても、高い寄与危険度割合等が導かれる。 なお、被告らは、曝露地域を対象とする徳臣調査Bにおいて、全身性感覚障害を呈する者がいたとの記載はない旨指摘するが、徳臣調査Bにおいて、 全身性感覚障害の有無に着目した検査が行われたか否かは明らかでなく(乙イB52)、上記各疫学調査の信頼性を左右するものとはいえない。また、被告らは、上記各疫学調査が公健法に基づき水俣病と認定された患者を対象としていないことを論難するが、上記各疫学調査において問題となるのは、曝露と全身性感覚障害という症候との疫学的関連性であって、被検者が公健法 に基づき水俣病と認定されたか否かは症候の判定とは別の問題であるから、第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 公健法上の認定の有無は、上記各疫学調査の信頼性を左右するものではない。 もっとも、全身性感覚障害についての報告がある疫学調査の数は、四肢末梢優位の感覚障害の場合と比べ少ないこと、全身性感覚障害の有症者数自体が少ないため、偶然の影響を受けやすいと考えられること、四肢末梢優位の感覚障害を有するのに加えて体幹部の一定の感覚障害がある場合にどのよう に分類するかは、検者及び被検者による個人差が大きいと考えられること(甲C5〔35頁〕)から、上記寄与危険度割合等の信頼性については、より慎重な検討が必要である。 そこで、全身性感覚障害の場合は、高い寄与危険度割合等が導かれていることを前提としつつも、本件患者それぞれの曝露の内容・程度 、上記寄与危険度割合等の信頼性については、より慎重な検討が必要である。 そこで、全身性感覚障害の場合は、高い寄与危険度割合等が導かれていることを前提としつつも、本件患者それぞれの曝露の内容・程度、症候の内容 (全身性感覚障害以外に、メチル水銀曝露を受けた者に典型的に生じる症候の有無を含む。)、発症に至る経過、他原因の可能性の有無等の個別的事情をより慎重に検討する必要があるといえる。 ⑷ 新有病率調査新有病率調査の姫戸地区、宮野河内地区及び長島地区を曝露地域とし、奄 美地区を非曝露地域として、四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害の有病オッズ比(前記⑵クと同様の理由により、相対危険度の推定値となる。)及び寄与危険度割合を算定すると、別紙5疫学調査一覧表第2表のとおり、高い値となり、選択バイアスを考慮して、曝露地域の非受検者の全員に当該症候がなかったと仮定した場合も、高い値となることが認められる(甲C2 3、24、26、44、48)。 なお、新有病率調査に基づいてメチル水銀曝露と上記各症候との疫学的因果関係を認めるためには、前提として、姫戸地区、宮野河内地区及び長島地区が曝露地域であることが認められる必要があるが、この点が認められることについては、後記第4の5⑴、⑷、⑸において検討するとおりである。 そこで、ここでは、上記の点をおいた上で、新有病率調査に関する被告ら第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 の指摘について検討する。 ア疾病の定義の問題新有病率調査は、髙岡医師を含む県民会議医師団を中心とする新有病率調査実行委員会が、平成27年から平成29年までの間に、曝露地域と目される宮野河内地区、姫戸地区及び長島地区並びに 疾病の定義の問題新有病率調査は、髙岡医師を含む県民会議医師団を中心とする新有病率調査実行委員会が、平成27年から平成29年までの間に、曝露地域と目される宮野河内地区、姫戸地区及び長島地区並びに非曝露地域である奄美 地区において医師らによる検診を行ったものであるところ(前提事実9⑶、証人髙岡〔55頁〕)、触覚検査や痛覚検査において使用する器具や、刺激する部位等について、統一した手順を設けていること、統一した調査票や神経所見記載シートの書式を使用していること、参加した医師らの多くが共通していること(甲C23、24、44)に照らし、同じ判定基準に基 づいて感覚検査が行われたものと認められる。 また、新有病率調査と本件患者らが受けた共通診断書検診は、触覚検査については筆を用いて胸部と四肢との比較及び胸部と口周囲との比較を行うこと、痛覚検査については痛覚針を用いて同様の部位の比較を行うことなど、基本的な点において共通しており(甲B47、証人髙岡〔73~7 4頁〕)、同一の疾病を対象とした検査であると認められる。 イ診察方法及び診断基準の問題被告らは、新有病率調査には、共通診断書検診と同様に誤り(診断バイアス等)が混入するおそれがある旨主張するが、前記⑵イのとおり、疾病の非差異的誤分類が発生する可能性は否定できないものの、曝露地域の有 病割合を過大評価する(すなわち、寄与危険度割合等を過大評価する)方向の差異的誤分類が現実化しているとは認められない。また、被告らが共通診断書検診について指摘する問題点のうち、他原因との鑑別可能性は、四肢末梢優位の感覚障害又は全身性感覚障害という症候を判定した後の原因病名の診断の問題であって、新有病率調査における症候の判定の当否を 左右するものではない。 第3章当裁判所の 可能性は、四肢末梢優位の感覚障害又は全身性感覚障害という症候を判定した後の原因病名の診断の問題であって、新有病率調査における症候の判定の当否を 左右するものではない。 第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 被告らは、新有病率調査が共通診断書作成手順の定める診断基準A及びBを前提とするものであれば、同診断基準には問題がある旨主張するが、ここでの疫学的検討の対象となる疾病は、四肢末梢優位の感覚障害又は全身性感覚障害という症候であり、そうした症候を基に水俣病と診断するための診断基準の当否は、新有病率調査における症候の判定の当否を左右す るものではない。 ウ曝露指標設定の問題被告らは、一定の地域に居住していることを曝露の代理指標とすることには限界がある旨主張するが、前記⑵ウのとおり、居住歴を曝露の代理指標として用いることは、疫学上、一般的な手法であり、不合理なことでは ない。 被告らは、新有病率調査の結果を他地域に一般化することはできない旨主張するが、前記⑵ウのとおり、疫学調査から導かれた疫学的因果関係は他の曝露地域にも適用可能である。 被告らは、新有病率調査において、居住歴のない者を被検者から除外す るにとどまり、除外した対象者の居住歴と感覚障害の有無について検討がされていないことが問題である旨主張する。しかし、居住歴のない者を曝露群から除外することは正当な取扱いであるところ、居住歴がないことを理由に除外した者を非曝露群と捉えて感覚障害の有無について調査しても、対象者が少ない上、非曝露者の集団を適切に代表しているかも明らかでな く、疫学的な価値が乏しいと考えられるから、非曝露群の調査については、奄美地区の調査に委ねたこと の有無について調査しても、対象者が少ない上、非曝露者の集団を適切に代表しているかも明らかでな く、疫学的な価値が乏しいと考えられるから、非曝露群の調査については、奄美地区の調査に委ねたことは合理的であると考えられる。被告らは、宮野河内地区における新有病率調査の新聞報道において、受検者108人のうち「手足先や全身で触覚と痛覚の両方に障害のある人が82人(75.9%)いた」と報じられていること(乙イC24)を指摘して、除外され た対象者にも有症者が同程度いた可能性がある旨主張するが、上記82人第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 2 疫学的研究 とは、宮野河内地区の居住歴がある者のうち四肢末梢優位の感覚障害(触覚・痛覚のいずれか)の有症者56人と全身性感覚障害(触覚・痛覚のいずれか)の有症者26人の合計であると解され(甲C23〔23頁〕、26〔4頁〕)、除外された対象者に有症者がいたとは認められない。 エ選択バイアスの問題 中村教授は、奄美地区における新有病率調査は、受検率が低く、選択バイアスが含まれている可能性があるとした上で、選択バイアスを解消するために曝露地域の非受検者の全員に当該症候がなかったと仮定するのであれば、奄美地区の非受検者の全員に当該症候があるという仮定も検討する必要がある旨供述する(証人中村〔26~28頁〕)。 この点について検討すると、姫戸地区、宮野河内地区及び長島地区における受検率は50%台と相当高いのに対し、奄美地区における受検率は6.7%と低く、選択バイアスが含まれている可能性がある。しかし、中村教授が例示するがんのような重病の場合(証人中村〔26頁〕)と異なり、水俣病と診断される現実的可能性がない非曝露地域において 率は6.7%と低く、選択バイアスが含まれている可能性がある。しかし、中村教授が例示するがんのような重病の場合(証人中村〔26頁〕)と異なり、水俣病と診断される現実的可能性がない非曝露地域において、感覚障害が見 付かるのが怖いから受検を控えようとすることによる選択バイアスが高度に働くことは考え難く、むしろ、症状が気になる者が受検しようとする選択バイアスが働く可能性も有力であること、熊本調査や藤野調査(加計呂麻島)のような受検率の高いものを含め、非曝露地域の疫学調査において、四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害の有病割合が一貫して極めて 低いことに照らすと、奄美地区の非受検者の全員に症候があるという仮定は明らかに非現実的であって(証人津田〔49頁〕)、妥当ではない。 オ小括以上によれば、新有病率調査の結果は、本件患者らの共通診断書検診と同時期に、かつ共通診断書検診と同様の判定基準に基づいて行われた疫学 調査によっても、過去の疫学調査によるのと同様の高い寄与危険度割合等第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 3 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害以外の症候 が導かれることを示すこととなり、前記⑵及び前記⑶で検討した曝露と四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害との疫学的因果関係の信頼性を補強するといえる。 3 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害以外の症候⑴ 舌の二点識別覚異常 ア舌の二点識別覚の検査方法二点識別覚は、皮膚上の2点に刺激を与えたときに、2点であることを識別できる感覚である(前提事実7)。その検査方法には、皮膚を1本又は2本のコンパス(ディバイダー)で刺激し、1本か2本かを答えさせ、正答率が一定の割合を上回った 激を与えたときに、2点であることを識別できる感覚である(前提事実7)。その検査方法には、皮膚を1本又は2本のコンパス(ディバイダー)で刺激し、1本か2本かを答えさせ、正答率が一定の割合を上回った最小の距離を閾値とする方法(Yes-No 法)のほか、「1本→2本」の順又は「2本→1本」の順のいずれかで刺激し、1回目と2回目のどちらが2本であったかを必ず答えさせ、正答率が一定の割合を上回った最小の距離を閾値とする方法(二肢強制選択法)がある(甲B47〔3丁〕、91〔10頁〕)。 イ舌の二点識別覚に関する疫学調査 髙岡医師らが、水俣病群(平成18年5月から約1年間に水俣協立病院に入院し、四肢末梢優位又は全身性の感覚障害が認められ、髙岡医師らが水俣病と診断した者)と、対照群(水俣周辺地域における居住歴がない者)に対し、舌の二点識別覚検査を行った調査(以下「髙岡調査」という。)の結果は、次表のとおりであった(甲B47〔6~7丁〕、91〔10~11 頁〕)。すなわち、対照群では、閾値が4mm以上となることはほとんどないのに対し、水俣病群(少なくともその可能性が高い群)では閾値が4mm以上である割合が相当高く、5mm以上である割合も高い。なお、対照群における閾値の平均値(30代では、Yes-No法及び二肢強制選択法ともに1.69mm)は、Sato(乙イB94)が報告した歯科大学生681例 (20代ないし30代)における閾値の平均値(舌の先端で1.7mm)や、第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 3 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害以外の症候 Sato(乙イB94)で紹介されている他の報告における閾値(0.68~1.82mm)と整合している(乙イB9 )について 3 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害以外の症候 Sato(乙イB94)で紹介されている他の報告における閾値(0.68~1.82mm)と整合している(乙イB94の1〔249頁〕・2〔4、6~7丁〕)。また、髙岡医師は、髙岡調査の中で左右示指の二点識別覚閾値についても調査した結果、その正常値をYes-No法で3mm(59歳まで)ないし4mm(60歳以上)、二肢強制選択法で4mm(59歳まで)ない し5mm(60歳以上)としているところ(甲B91〔13頁〕)、これも、他の文献に記載された正常値と整合している(乙イB188〔191頁〕)。 検査法群対象者(人)閾値1mm2mm3mm4mm5mm~Yes-No法水俣病群 0%13%17%18%52%対照群 48%46%5%1%0%二肢強制選択法水俣病群 4%12%17%12%55%そのほか、浴野(甲B98)は、Ninomiya調査において、曝露地域である御所浦大浦地区では、手、口唇、舌の二点識別覚が障害されていた一方、非曝露地域である市振地区では、そのような所見はほとんど見 られなかったとしている(甲B98〔64頁〕。ただし、具体的なデータは示されていない。)。Takaoka(甲B9)は、下唇及び示指等の二点識別覚の閾値が、メチル水銀曝露群では非曝露群に比べ顕著に大きいことを報告している(甲B9の1〔14頁〕・2〔21頁〕)。 加えて、舌を支配する三叉神経は、他の末梢神経と比べ非常に短いため、 末梢神経障害はまれであることから、舌の二点識別覚異常は、水俣病のような中枢神経性の障害であることを推測させる症 頁〕)。 加えて、舌を支配する三叉神経は、他の末梢神経と比べ非常に短いため、 末梢神経障害はまれであることから、舌の二点識別覚異常は、水俣病のような中枢神経性の障害であることを推測させる症候であるといえる(乙イB153〔262頁〕、159〔116頁〕、証人髙岡〔13頁〕)。 ウ舌の二点識別覚検査の有用性被告らは、二点識別覚検査は、表在感覚がほぼ正常である場合に行われ る検査であるとして、水俣病に罹患しているか否かの判断のために二点識第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 3 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害以外の症候 別覚検査をする意義はない旨主張する。この点に関し、「皮質性感覚〔注:複合感覚〕は頭頂葉を介するもので、各種の一次感覚〔注:表在感覚及び深部感覚〕が統合されることにより生じる。皮質性感覚の検査は、一次感覚が正常な場合にのみ意味がある。」と記述する内科学の教科書(乙イB272〔2603頁〕)、「皮質性感覚〔注:複合感覚〕の検査に際して重要な ことは、表在感覚(触・痛・温度覚)および振動覚は正常であることを確認しておくことである。これらの基本的感覚が障害されている症例には皮質性感覚の検査を行っても意味がない。」とする神経内科の教科書(乙イB160〔91頁〕)、「識別感覚〔注:複合感覚〕の障害は、要素的感覚障害のない場合にのみ、臨床的な意義を有している。」とする神経症候学の教科 書(乙イB82〔277頁〕)がある。しかし、舌の二点識別覚異常が、同部位の表在感覚の障害に由来するものであったとしても、中枢神経性の障害であることを推測させることに変わりなく、水俣病と末梢神経障害との鑑別には有用であるといえる。二点識別覚は、数値的に表現でき 、同部位の表在感覚の障害に由来するものであったとしても、中枢神経性の障害であることを推測させることに変わりなく、水俣病と末梢神経障害との鑑別には有用であるといえる。二点識別覚は、数値的に表現できるため分かりやすい上、舌や指先では正常値の幅が狭いため、異常を判別しやすい という利点もある(甲B91〔14頁〕)。また、触覚検査や痛覚検査における刺激と、二点識別覚検査におけるコンパスの刺激は異なり、表在感覚障害により痛覚が鈍麻又は脱失していても、コンパスで触れたこと自体は認識できることが多いから、二点識別覚検査ができないわけではない(甲B87〔19頁〕、143〔23頁〕、証人三橋〔39~40頁〕)。そうす ると、上記教科書の記述をもって、舌の二点識別覚検査の意義を否定することはできない。 被告らは、二点識別覚検査は、患者個人の変化の推移を見ていくための基準とはなり得るが、異なる被検者間の結果を比較するための絶対的基準とはなり得ない旨主張し、同旨の記述をする文献がある(乙イB188 〔190頁〕)。しかし、上記のとおり、曝露群ないし水俣病の可能性が高第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 3 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害以外の症候 い群と対照群との間では、舌の二点識別覚の閾値の分布が異なることが明らかであるから、一定の正常値を設け、舌の二点識別覚異常の有無を判定する検査の意義は否定されない。なお、濱田陸三医師(以下「濱田医師」という。)も、指先の二点識別覚検査について、検者自身の皮膚での感覚を基準として、正常か異常かを判定する旨供述する(証人濱田〔24頁〕)。 被告らは、舌のような軟部組織について精緻な検査を行うことは困難であり、舌の二点識別 査について、検者自身の皮膚での感覚を基準として、正常か異常かを判定する旨供述する(証人濱田〔24頁〕)。 被告らは、舌のような軟部組織について精緻な検査を行うことは困難であり、舌の二点識別覚検査によって正常か異常かを判定することは、医学的なコンセンサスを得られたものではない旨主張し、濱田医師はこれに沿う供述をする(証人濱田〔24頁〕)。この点に関し、舌の二点識別覚検査が神経内科において一般的に行われている検査ではないことはそのとおり であり(証人三橋〔49頁〕)、舌の二点識別覚閾値等について報告するに際し、舌の知覚閾値の評価方法を述べた報告はほとんど認められないことを指摘した学会報告(乙イB284)や、二点識別覚検査は個体や部位により正常範囲が異なる上、検査に時間がかかるので、特殊な目的がある場合は別として、日常診療では採用されないとする文献(乙イB248)が ある。しかし、舌の二点識別覚閾値は、身体の他の部位と比べ顕著に小さく、舌の感覚が鋭敏であること、加齢による知覚能力の低下の影響を比較的受けにくいことが報告されているほか(甲B156の1・2)、Sato(乙イB94)において、被検者数が少ないものの、舌の二点識別覚について複数の報告があることが紹介されており、そこで報告された閾値の平 均値は2mm未満であることで一致しているから(乙イB94の1・2〔1、6丁〕)、軟部組織であるからといって検査の信頼性が低いとは認められない。 二点識別覚閾値は訓練すると小さくなること、コンパスの接触の強度、形、方向の知覚が手掛かりになっている可能性があることを指摘する文献 があるが(乙イB39の1)、髙岡調査において、被検者が二点識別覚検査第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)につ かりになっている可能性があることを指摘する文献 があるが(乙イB39の1)、髙岡調査において、被検者が二点識別覚検査第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 3 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害以外の症候 の訓練を受けているとは考え難いし、髙岡調査は所定の角度、圧力及び時間でコンパスを当てて舌を刺激する方法で行われており(甲B47〔6~7頁〕)、その結果は、他の調査や文献と整合していることから、髙岡調査が、被検者に手掛かりを与えるような誤った手法により本来の閾値より小さい閾値を導いているとは認められない。 エ舌の二点識別覚異常の判定基準髙岡医師は、舌の二点識別覚閾値について、髙岡調査における対照群の平均値に標準偏差の2倍を加えた値を基に、Yes-No法で2mm、二肢強制選択法で2mm(59歳まで)ないし3mm(60歳以上)を正常値とし、共通診断書検診においてもこれを正常値として設定している(甲B47 〔6~7丁〕、91〔13頁〕)。 これに対し、被告らは、平均値に標準偏差の2倍を加えた値を正常値とする場合、健常者の一定割合(正規分布と仮定すると約2.5%)は正常値を超えることとなるから、正常値を超えたことをもって直ちに病的異常と判定することはできない旨主張する。そこで検討すると、髙岡調査の対照 群において、Yes-No法で閾値が3mm以上の者が5%、二肢強制選択法で閾値が4mm以上の者が2%いたこと、歯科大学生681例を対象とするSato(乙イB94)において、閾値の平均値は1.7mmであり、大半の者の閾値は3mm以下であったが、4mm以上の者も少数ながら存在し、最大値は18mmであったこと(乙イB94の1〔248頁〕・2)、閾値が多 94)において、閾値の平均値は1.7mmであり、大半の者の閾値は3mm以下であったが、4mm以上の者も少数ながら存在し、最大値は18mmであったこと(乙イB94の1〔248頁〕・2)、閾値が多 少延長している場合に二点識別覚異常と判定するには慎重を要するとの教科書の記述があること(乙イB159〔99頁〕)に照らすと、髙岡医師が設定した正常値を超えるからといって、直ちに病的異常であると断定することはできない反面、正常値を上回れば上回るほど病的異常である蓋然性は急激に高まるから、二点識別覚異常を基に水俣病と認定し得るかを検討 するに当たっては、個別の本件患者に即して、閾値が正常値を超える程度、第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 3 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害以外の症候 四肢末梢優位の感覚障害や口周囲の感覚障害等、水俣病を疑わせる他の症候との整合性、他原因を疑わせる症候の有無及び内容等を総合的に考慮するのが相当である。 なお、二点識別覚検査について、1~2mmの値のエラーは許容され、3mm以上の変化が重要であると記述する文献があるが、これは指腹について の記述であるところ(乙イB188〔191頁〕)、舌の二点識別覚は指先より相当鋭敏であるから(甲B91〔11~12頁〕、156の1・2)、正常値を3mm以上超えていない場合であっても、病的異常を示す徴候として考慮することができると考えられる。 オ他の複合感覚検査との関係 濱田医師は、複合感覚を重視するならば、二点識別覚だけでなく、皮膚に書かれた書字を当てさせて調べる皮膚書字覚や、物体を触らせて何かを識別させる立体覚なども検査すべきである旨供述する(乙イB98〔11頁〕、証人濱田〔23頁 視するならば、二点識別覚だけでなく、皮膚に書かれた書字を当てさせて調べる皮膚書字覚や、物体を触らせて何かを識別させる立体覚なども検査すべきである旨供述する(乙イB98〔11頁〕、証人濱田〔23頁〕)。しかし、皮膚書字覚や立体覚の検査を併行しなければ二点識別覚検査の意義がないとする文献の記述は見当たらない。ま た、水俣病認定患者について、認定時から20年以上経過した時点で、二点識別覚に異常を認めない例は24%であったのに対し、皮膚書字覚に異常を認めない例は92%に上ったとの報告があり(甲B87〔19頁〕)、皮膚書字覚異常がないからといって、二点識別覚異常あるいは水俣病が否定されるわけではない。したがって、水俣病の診断に当たって皮膚書字覚 や立体覚の検査を要求する根拠は乏しい。 ⑵ 口周囲の感覚障害藤野調査及び立津調査によれば、四肢末梢優位の感覚障害の有症者及びこれと口周囲の感覚障害とが併存する者の人数は次表のとおりであり、四肢末梢優位の感覚障害を有する者の相当割合に口周囲の感覚障害が併存する一方、 非曝露地域では口周囲の感覚障害が併存する者はほとんどいないことが認め第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 3 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害以外の症候 られる。髙岡医師の計算によれば、曝露地域であることによる口周囲の感覚障害に対する寄与危険度割合は、藤野調査に基づけば100%、立津調査に基づけば96.2%となるところ(甲B91〔9頁〕)、口周囲の感覚障害について取り上げた疫学調査は少ないため、上記寄与危険度割合の数値の信頼性は必ずしも明らかでないものの、少なくとも、口周囲の感覚障害は水俣病に 特徴的な症候であるといえ、特に、四肢末梢優位の感覚障 いて取り上げた疫学調査は少ないため、上記寄与危険度割合の数値の信頼性は必ずしも明らかでないものの、少なくとも、口周囲の感覚障害は水俣病に 特徴的な症候であるといえ、特に、四肢末梢優位の感覚障害と併存する場合は、水俣病である蓋然性を高めるといえる。 疫学調査曝露の有無受検者(人)四肢末梢(人)四肢末梢+口周囲(人)典拠藤野調査(桂島)曝露地域 (91.2%) (38.6%)甲C5〔33、35頁〕藤野調査(加計呂麻島)非曝露地域 (0.0%) (0.0%)甲C6〔121頁〕立津調査(水俣)曝露地域 (23.2%) (7.5%)甲B1〔44頁〕立津調査(御所浦)曝露地域1,723 (4.2%) (0.5%)甲B1〔44頁〕立津調査(有明)曝露地域(中濃度)又は非曝露地域 (3.3%) (0.1%)甲B1〔44頁〕口周囲は、舌と同様、三叉神経が支配し、末梢神経障害はまれであることからも、口周囲の感覚障害は、水俣病のような中枢神経性の障害であることを推測させる症候であるといえる(甲B136〔38頁〕、乙イB153〔2 62頁〕、159〔116頁〕、証人髙岡〔13頁〕、証人三橋〔34~36頁〕)。 第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 3 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害以外の症候 この点に関し、衞藤医師は、意見書において、三叉神経の末梢枝の障害により口周囲を含む顔面の感覚障害を呈する良性三叉神経感覚性ニューロパチーの存在を報告 害及び全身性感覚障害以外の症候 この点に関し、衞藤医師は、意見書において、三叉神経の末梢枝の障害により口周囲を含む顔面の感覚障害を呈する良性三叉神経感覚性ニューロパチーの存在を報告した例があるとするが(乙イB1〔15頁〕)、特に、四肢末梢優位の感覚障害と併存する症例において、そのようなニューロパチーの頻度が高いとは認められない。 ⑶ 求心性視野狭窄視野の周辺部が欠損する求心性視野狭窄は、ハンター・ラッセル症候群の一つであり、水俣病の特徴的な症候の一つである。視野の周辺部と異なり、視野の中心部の視力は末期まで保たれやすい。これは、後頭葉の鳥距野のうち視野の周辺部を支配する部分(鳥距野の前位部)がメチル水銀により障害 されやすい一方、視野の中心部を支配する部分は視中枢の広い部分を占めるため機能が残存しやすいことにより説明できる(甲B7〔7頁〕、10〔48頁〕、11〔433頁〕、12〔419~420頁〕、乙イB5〔12頁〕、乙イD11〔32頁〕)。 藤野調査、立津調査及び立津(甲B97)で報告された昭和49年の若狭 湾沿岸(非曝露地域)における調査によれば、求心性視野狭窄の有症者の人数は次表のとおりであり(ただし、立津調査の人数は視野狭窄の有症者であり、そのほとんどが求心性視野狭窄であったとされる。)、曝露地域ではある程度高い割合で求心性視野狭窄の有症者がいるのに対し、非曝露地域では求心性視野狭窄の有症者はほとんどいないことが認められる。Takaoka (甲B9)も、曝露群では視野狭窄が28%に認められるのに対し、非曝露群では視野狭窄が認められなかったことを報告している(甲B9の1・2〔19頁〕)。髙岡医師の計算によれば、曝露地域であることによる求心性視野狭窄に対する寄与危険度割合は、藤野調査 るのに対し、非曝露群では視野狭窄が認められなかったことを報告している(甲B9の1・2〔19頁〕)。髙岡医師の計算によれば、曝露地域であることによる求心性視野狭窄に対する寄与危険度割合は、藤野調査に基づけば92.5%(ただし、加計呂麻島における片側性の視野狭窄2人を求心性視野狭窄として計上した 場合)、立津(甲B97)の調査に基づけば96.5%となるところ(甲B9第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 3 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害以外の症候 1〔9頁〕)、求心性視野狭窄について取り上げた疫学調査は少ないため、上記寄与危険度割合の数値の信頼性は必ずしも明らかでないものの、少なくとも、メチル水銀曝露を受けた者について、四肢末梢優位の感覚障害ないし全身性感覚障害に加えて求心性視野狭窄が存在することは、水俣病である蓋然性を高めるといえる。 疫学調査曝露の有無受検者(人)視野狭窄(人)検査方法典拠藤野調査(桂島)曝露地域 (94.7%)ゴールドマン視野計甲C5〔37頁〕藤野調査(加計呂麻島)非曝露地域 (0.0%)ゴールドマン視野計、フェルステル視野計甲C6〔102頁〕立津調査(水俣)曝露地域 (13.7%)※1フェルステル視野計甲B1〔44頁〕立津調査(御所浦)曝露地域1,723 (0.5%)対面法甲B1〔44頁〕立津調査(有明)曝露地域(中濃度)又は非曝露地域 (0.9%)※2フェルステル視野計甲B1〔44頁〕昭和49年の若狭湾 面法甲B1〔44頁〕立津調査(有明)曝露地域(中濃度)又は非曝露地域 (0.9%)※2フェルステル視野計甲B1〔44頁〕昭和49年の若狭湾沿岸における調査非曝露地域 (0.5%)フェルステル視野計甲B97〔75頁〕※1 フェルステル視野計による視野検査の受検者434人中の割合は29.3%(甲B1〔46頁〕)。 ※2 フェルステル視野計による視野検査の受検者342人中の割合は2.6%(甲B1〔46頁〕)。 被告らは、求心性視野狭窄は、要因に関わらず大脳後頭葉の鳥距野が障害されれば生じ得るし、白内障や緑内障等の眼科的異常、視神経が視覚情報を第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 3 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害以外の症候 大脳皮質へ伝える過程の異常、心理的な要因等、神経系の障害以外でもそれと見分け難い症候を示し得る旨主張する。この点に関し、求心性視野狭窄は、網膜色素変性の末期、緑内障の末期などに見られるとされるが、その例はまれであり(甲B143〔4頁〕、乙イB21〔883頁〕、25〔34頁〕、証人髙岡〔14頁〕)、水俣病である蓋然性を高めるとの上記判断は左右されな い。 ⑷ 運動失調ア運動失調の意義及び検査方法円滑な運動を遂行するには、多くの筋肉が調和を保って作用することが必要であるところ、調和のとれた運動が障害されている状態を運動失調又 は単に失調という。運動失調は、ハンター・ラッセル症候群の一つであり、水俣病の特徴的な症候の一つである(甲B7〔7~8頁〕)。 体幹の運動失調は起立・歩行時の異常に現れることが多く、体幹の運動失調を調べるには、通常歩行 失調は、ハンター・ラッセル症候群の一つであり、水俣病の特徴的な症候の一つである(甲B7〔7~8頁〕)。 体幹の運動失調は起立・歩行時の異常に現れることが多く、体幹の運動失調を調べるには、通常歩行、一直線歩行(継ぎ足歩行)、ロンベルグ試験(閉眼で足を並べて起立姿勢をとらせる)、マン試験(足を一直線に並べた 状態で閉眼させる)等で動作や姿勢の安定性を見る。下肢の運動失調を調べるには、これらの検査のほか、膝-かかと試験(一方の足のかかとで、他方の足の膝と足首との間をこするように往復させる)で、動きのスムーズさを見る。上肢の運動失調を調べるには、指-鼻試験(開眼又は閉眼で、腕を伸ばした状態から、鼻の頭を指先で正確に触るよう指示する)、指-鼻 -指試験(被検者の指先で、被検者の鼻と検者の指先を交互に触るよう指示する)、ジアドコキネーシス(手の回内・回外等の転換運動をさせる)等で動きの正確さ、スムーズさを見る。上下肢及び体幹の筋力低下があると、運動失調様に見えたり、運動失調所見を増強したりする可能性があるため、一般に、運動失調の評価をするためには、徒手筋力テスト(MMT)の結 果が5段階中4以上でなければならないとされている。筋力低下や関節・第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 3 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害以外の症候 筋肉等の運動器の疼痛がある場合は、これを考慮して、運動失調の程度を判定しなければならない。マン試験や片足立ち試験については、正常者でも姿勢の維持が容易ではなく、特に高齢者には困難な場合が多いことに留意が必要である(甲B7〔8頁〕、47〔4丁〕、91〔16頁〕、乙イB82〔307頁〕、159〔142~146、148~149頁〕)。 持が容易ではなく、特に高齢者には困難な場合が多いことに留意が必要である(甲B7〔8頁〕、47〔4丁〕、91〔16頁〕、乙イB82〔307頁〕、159〔142~146、148~149頁〕)。 イ運動失調に関する疫学調査藤野調査、立津調査、立津(甲B97)及びTakaoka(甲B9)によれば、どの検査を基準に判定するかによって有病割合は異なるものの、曝露地域(曝露群)では非曝露地域(非曝露群)より運動失調の有病割合が高いことが認められ(甲B1〔44頁〕、8の1・2〔145頁〕、9の 1・2〔19頁〕、97〔75頁〕)、メチル水銀の曝露を受けた者について、四肢末梢優位の感覚障害ないし全身性感覚障害に加えて運動失調が存在することは、水俣病である蓋然性を高めるといえる。 ウ運動失調の原因運動失調には、原因によって、小脳性運動失調、感覚性運動失調等があ るところ(乙イB105〔213~218頁〕)、被告らは、水俣病に見られる運動失調は、主として小脳の障害に起因するものである旨主張し、水俣病医学研究会(乙イD11)及び濱田医師の意見書は、これに沿う記述をする(乙イB98〔12~13頁〕、乙イD11〔45頁〕)。しかし、感覚性運動失調の症候は、小脳性運動失調と区別しにくいことも少なくない とされるところ(乙イB105〔218頁〕)、運動失調症状と位置覚低下との間に強い関係が認められることから、水俣病に見られる運動失調は位置覚障害が一因になっている可能性が高いという報告があり(甲B13)、水俣病に見られる運動失調に感覚性運動失調が含まれないとする根拠は明らかでない。濱田医師は、水俣病の運動失調が小脳性運動失調であること は病理学的所見も含めて確立された概念であり議論の余地はないとするが第3章当裁判所の判断 動失調が含まれないとする根拠は明らかでない。濱田医師は、水俣病の運動失調が小脳性運動失調であること は病理学的所見も含めて確立された概念であり議論の余地はないとするが第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 3 四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害以外の症候 (乙イB98〔12頁〕、証人濱田〔26~27頁〕)、どのような病理学的所見を根拠とするものか、明らかにしていない上、濱田医師自身、水俣病で感覚性運動失調が出ることが報告されていること、及び感覚性運動失調が見られたということは水俣病による深部感覚障害を来している可能性を示していることを認めている(証人濱田〔58~59頁〕)。濱田医師は、 感覚障害に加えて感覚性運動失調があったとしても、水俣病である蓋然性を高めるものではないとも供述するが(証人濱田〔27~28頁〕)、感覚障害があるからといって各運動失調検査で異常所見が現れるとは限らないこと(甲B5〔235~236頁〕)、前記イの各疫学調査において小脳性運動失調に限定した調査が行われているとは認められないことに照らすと、 四肢末梢優位の感覚障害又は全身性感覚障害に加えて運動失調が存在する場合には、それが感覚性運動失調である可能性があるとしても、水俣病である蓋然性を高めることに変わりないと考えられる。 ⑸ 構音障害言語中枢の障害によるのではなく、中心前回下部より下位の諸機構(大脳 半球白質、大脳基底核、間脳、脳幹、小脳、脳神経、筋肉)の障害により構音(口腔咽喉の器官を活用して、適切な語音を構成する機能)が障害されることを構音障害という。構音障害は、水俣病の特徴的な症候の一つである(甲B7〔8頁〕、乙イB31)。 藤野調査、立津調査及び立津(甲B9 咽喉の器官を活用して、適切な語音を構成する機能)が障害されることを構音障害という。構音障害は、水俣病の特徴的な症候の一つである(甲B7〔8頁〕、乙イB31)。 藤野調査、立津調査及び立津(甲B97)の調査によれば、曝露地域では 非曝露地域より構音障害の有病割合が高いことが認められ(甲B1〔44頁〕、8の1・2〔145頁〕、97〔75頁〕)、メチル水銀の曝露を受けた者について、四肢末梢優位の感覚障害ないし全身性感覚障害に加えて構音障害が存在することは、水俣病である蓋然性を高めるといえる。 ⑹ 難聴 難聴は、ハンター・ラッセル症候群の一つであり、水俣病の特徴的な症候第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 4 感覚障害のみを示す水俣病 の一つである(甲B7〔8頁〕)。これは、聴覚をつかさどる側頭葉の横側頭回が障害されることにより説明できる(乙イB5〔12頁〕)。なお、視神経から中枢(横側頭回)までの部位が障害されることによる難聴を後迷路性難聴、内耳(迷路)が障害されることによる難聴を内耳性難聴といい(乙イB28)、水俣病による難聴は後迷路性難聴に分類される。 もっとも、加齢とともに聴力は低下し、高齢者では老人性難聴と呼ばれる内耳性及び後迷路性難聴が発生するところ(乙イB29〔104頁〕)、徳臣調査A(一般)によれば、曝露を受けていない50歳代で28.6%、60歳代以上では75%以上に聴力障害があったこと(甲B82〔151頁〕)、藤野調査によれば、曝露地域(桂島)における聴力低下の割合は71.0%と高 かったものの、非曝露地域(加計呂麻島)における聴力低下の割合も25.0%と決してまれではないこと(甲B8の1・2〔145頁〕)、立津(甲B97)によれば ける聴力低下の割合は71.0%と高 かったものの、非曝露地域(加計呂麻島)における聴力低下の割合も25.0%と決してまれではないこと(甲B8の1・2〔145頁〕)、立津(甲B97)によれば、曝露地域(水俣地区)における聴力障害の割合30.7%より非曝露地域(若狭湾沿岸地域)における聴力障害の割合37.3%の方がむしろ高かったこと(甲B97〔75頁〕)に照らすと、特に高齢者の場合、難 聴の存在だけでは、老人性難聴との鑑別が困難であり、直ちに水俣病の蓋然性を高めるものとはいえない。 4 感覚障害のみを示す水俣病⑴ 病理学的知見ア衞藤(乙イB54)及びこれに対する批判 被告らは、衞藤(乙イB54)で報告された剖検結果を指摘し、四肢末梢優位の感覚障害のみを呈する水俣病の可能性は低い旨主張する。すなわち、衞藤(乙イB54)は、公健法に基づく水俣病の認定を申請し、棄却された後再申請していた者で、死後、昭和50年12月から平成3年11月までに熊本大学医学部病理学教室(98例)又は京都府立医科大学病理 学教室(3例)において剖検された合計101例(メチル水銀曝露歴につ第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 4 感覚障害のみを示す水俣病 いては認定審査会において全例認められている。)を衞藤光明医師(以下「衞藤医師」という。)らが調査したところ、生前に四肢末梢優位の感覚障害のみを示した21例(四肢末梢優位に触覚及び痛覚が共に低下し、かつ、運動障害、視野狭窄、眼球運動異常、後迷路性聴力障害及び平衡機能障害の全てが認められないもの)のうち、神経系にメチル水銀によると考えら れる一定の障害パターン(鳥距野、中心後回、中心前回、横側頭回の選択的神経細胞脱落、深 異常、後迷路性聴力障害及び平衡機能障害の全てが認められないもの)のうち、神経系にメチル水銀によると考えら れる一定の障害パターン(鳥距野、中心後回、中心前回、横側頭回の選択的神経細胞脱落、深部小脳顆粒細胞脱落、脊髄知覚神経優位変性性病変)を示したものは2例(9.5%)のみであったと報告している。その上で、昭和52年判断条件が症候の組合せを要求していることを支持する結論を導いている(乙イB54〔60~61、68~69頁〕)。 これに対し、津田(甲B63)は、衞藤(乙イB54)が、病因論的な名前である「水俣病(メチル水銀中毒)」を、症候論的病名の診断法にすぎない病理診断で診断可能であるとしている点で誤っている上、どのような病理所見を水俣病と判断するかの境界線(カットオフ点)や判断過程を明らかにせず、判断結果のみを記載しているなどと批判し、日本精神神経学 会(甲C3)も同批判に賛同している(甲B63、甲C3〔783~785頁〕)。 衞藤医師らが、岡嶋(甲C69)において、これらに対する再反論を行ったところ、名村(甲C70)が日本精神神経学会(甲C3)の立場から再々反論を行っている。 イ衞藤医師らの見解に対する検討岡嶋(甲C69)は、熊本大学病理学教室における450例の剖検の経験に言及しながら、水俣病の中枢及び末梢神経組織には病変の生じやすい特定の部位があり、それによって特徴のある臨床症候が現れるとした上で、個々の部位の病変が軽くても障害パターンがそろっていればメチル水銀の 影響があったと考えられる一方、1か所の病変が強くても障害パターンが第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 4 感覚障害のみを示す水俣病 そろっていなければメチル水銀の影 か所の病変が強くても障害パターンが第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 4 感覚障害のみを示す水俣病 そろっていなければメチル水銀の影響とはいえない旨記述するが(甲C69〔511頁〕)、なぜ衞藤医師らが考える障害パターンがそろっていなければメチル水銀の影響とはいえないのかという根拠は示されておらず、第三者による検証可能性が乏しい。また、衞藤(乙イB54)及び岡嶋(甲C69)においては、障害パターンを認めないとした19例について、大 脳及び小脳の病理所見のどのような点に着目して障害パターンを否定したのかについての具体的な判断過程は説明されていないほか、糖尿病、変形性脊椎症及び悪性腫瘍等の他原因を示唆する徴候はいくつか挙げられているものの、専ら他原因により感覚障害が生じたと判断できる根拠は十分明らかでなく(甲C71〔32~33頁〕)、この点でも第三者による検証可 能性が乏しい。1例については、脳内の水銀沈着を認めながら、障害パターンを有しないことを理由にメチル水銀の影響を否定しているが(乙イB54〔63、66頁〕)、その根拠も十分明らかでない。わずか21例を基に、一般的な頻度を論ずることができるかも疑問がある(甲C71〔29頁〕)。そうすると、病理学的に一部の部位の病変しか確認できない場合や、 神経細胞の損傷が病理学的に確認できない程度である場合に、メチル水銀の曝露によって損傷が生じた可能性及びそれによって感覚障害等の症候が生じる可能性を否定する根拠は不十分である。 衞藤医師は、意見書において、詳細な病理学的観察により、微小な変化も検知でき、たとえ軽微であっても水俣病を病理学的に診断することがで きる旨記述しているが(乙イB5〔13頁〕)、その前提とし 衞藤医師は、意見書において、詳細な病理学的観察により、微小な変化も検知でき、たとえ軽微であっても水俣病を病理学的に診断することがで きる旨記述しているが(乙イB5〔13頁〕)、その前提として、どのような症例を軽微な水俣病と認め、どのような症例をそれに至らないものとするかの判断基準及びこれを正当化する根拠は示されていない。 以上によれば、津田(甲B63)、日本精神神経学会(甲C3)及び名村(甲C70)による批判は基本的に妥当するといえ、衞藤医師らの見解を 基に、水俣病においては鳥距野、中心後回、中心前回、横側頭回の選択的第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 4 感覚障害のみを示す水俣病 神経細胞脱落等の障害パターンがそろっている必要があることを前提に、感覚障害のみの水俣病の頻度が低いとの結論を導くことはできない。 実際、生田(甲B169)は、メチル水銀曝露(毛髪水銀値69ppm)を受け、四肢末梢の感覚障害や運動失調等を呈し、有機水銀中毒症と臨床診断された新潟水俣病の者の剖検例に即し、鳥距野、横回、小脳等に局在性 を示す病巣は極めて注意深い観察でなければ見逃されるほど軽度である一方、この局在性はこの程度の中毒では不明確となっても決して消失しないと指摘しているものの、より微量の摂取例においては、現在の医学が中毒症と判定し得る能力の限界以下に入り、確認が不能である例が存在することは確実であるとも指摘している(甲B169〔49、68頁〕)。生田 (甲B139)は、神経細胞が20%程度脱落しなければ発見することは難しいと指摘している(甲B139〔940頁〕)。なお、生田(甲B139)は、認知症における調査結果を基に、20%くらいまでの脱落では臨床症状が発現し 経細胞が20%程度脱落しなければ発見することは難しいと指摘している(甲B139〔940頁〕)。なお、生田(甲B139)は、認知症における調査結果を基に、20%くらいまでの脱落では臨床症状が発現しないと推定しているが、一方で、この段階を潜在性水俣病と位置付け、加齢により表面化する遅発性水俣病の原因となり得るとの考 え方を肯定しているなど(甲B139〔939~941頁〕)、20%くらいまでの間引き脱落により水俣病の症候が発生しないことの根拠を示すものではない。 また、鳥距野前位部が障害されれば求心性視野狭窄、横側頭回が障害されれば中枢性の聴力障害、中心後回が障害されれば感覚障害、小脳が障害 されれば運動失調や眼球運動障害、末梢神経が障害されれば感覚障害が生じるという関係が認められるが(乙イB5〔12頁〕)、内野(甲B5)によれば、水俣病認定患者においてさえ、各症候の有病割合は区々で、必ずしも高いわけではなく(甲B5〔236頁〕)、上記各部位の全てが障害されなければ水俣病ではない、又は水俣病でない可能性が高いという見解は 採用し難い。 第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 4 感覚障害のみを示す水俣病 前記2のとおり、日本精神神経学会(甲C3)及び津田(甲B40)は、昭和52年判断条件に合致しない(すなわち、症候の組合せを有しない)が四肢末梢優位の感覚障害がある者の有病割合を算定し、曝露との疫学的因果関係が認められることを示したものであるが、衞藤医師らの見解は、上記疫学的研究の信頼性及び意義を左右するものとはいえない。 被告らは、神経症候学の教科書に、著明な感覚障害のあるときは、明らかな運動麻痺を伴うと記述されていること(乙イB53〔414頁〕)を指 記疫学的研究の信頼性及び意義を左右するものとはいえない。 被告らは、神経症候学の教科書に、著明な感覚障害のあるときは、明らかな運動麻痺を伴うと記述されていること(乙イB53〔414頁〕)を指摘して、感覚障害のみの水俣病に否定的な衞藤医師の知見は一般的な知見と整合する旨主張する。しかし、内野(甲B5)によれば、水俣病認定患者100例においても、表在感覚障害は95例(95%)に認めたのに対 し、運動失調を示す所見はせいぜい60例(60%)程度(一直線歩行で63例、頚叩き試験で61例、膝-かかと試験で56例)にとどまっていたこと(甲B5〔235~236頁〕)に照らし、上記教科書の記述が必ずしも水俣病に妥当するとは解されない。 被告らは、器質性疾患については、必ず症候に相当する病理所見が存在 するから、病理所見がない場合には、水俣病を含む器質性疾患によるものではない旨主張する。しかし、顕微鏡等によって病理所見を観察できるかは、その時代の技術的限界に依存するといえ(甲B136〔68頁〕、乙イB286〔49~50頁〕、証人松浦〔48、102頁〕)、メチル水銀曝露によって病理学的に発見が難しい神経細胞の間引き脱落が生じ、これによ って症候が発生する場合に、水俣病であることは否定されないと解される。 ⑵ 毒性学の観点被告らは、毒性学における用量-反応関係を基礎とした上、メチル水銀について、感受性が高いグループの構成数が極めて大であることを示す研究結果はないとして、感覚障害のみの水俣病は、存在するとしても、その頻度は 低い旨主張する。 第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 4 感覚障害のみを示す水俣病 そこで検討すると、毒性学における用量-反応関係に関す 旨主張する。 第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 4 感覚障害のみを示す水俣病 そこで検討すると、毒性学における用量-反応関係に関する知見によれば、一般に、用量(ある物質の摂取量)を横軸に取り、当該用量までで反応(発症)した者の個体数を累積した累積反応率を縦軸に取って用量-反応曲線を描くと、低い用量で反応する感受性の高い個体及び高い用量で初めて反応する感受性の低い個体は少なく、平均的な用量で反応する個体が多いため、平 均的な用量付近で曲線が急上昇するシグモイドカーブとなることが知られている(乙イB9〔68頁〕、55〔5頁〕)。 しかし、上記知見を前提としても、感覚障害から劇症ないし死までの水俣病の多様な症状(反応)を、1本の用量-反応曲線で表現することはできず、用量-反応曲線を描くためには、感覚障害のようなエンドポイントを特定す る必要がある(乙イB55〔5頁〕)。そして、次の模式図のように、複数のエンドポイントによる用量-反応曲線を描くと、灰色の範囲の用量では、感覚障害をエンドポイントとする累積反応率が相当高くなっても、運動失調や構音障害をエンドポイントとする累積反応率は低く、その用量では、感覚障害のみの患者が多数現れることが想定し得る(乙イB55〔5頁・図1.1. 3〕)。ここで、感覚障害に着目すると、劇症型の水俣病の患者や、ハンター・ラッセル症候群が全部そろった水俣病の患者であっても、より低濃度の曝露を受けた段階で感覚障害を発症していた可能性があり、これらの患者が相対的に感受性の低い個体であると断定することはできない反面、これとの対比で、感覚障害のみの患者が感受性の高い偏った個体であると断定するこ ともできない。 第3章当裁判所の判断 の患者が相対的に感受性の低い個体であると断定することはできない反面、これとの対比で、感覚障害のみの患者が感受性の高い偏った個体であると断定するこ ともできない。 第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 4 感覚障害のみを示す水俣病 また、環境汚染による曝露の場合には、高濃度汚染による多量の曝露を受ける者よりも、低濃度汚染による少量の曝露(上図の灰色の範囲を含む。)を受ける者の方がはるかに多いことが想定されるから、劇症例よりも慢性典型例(ハンター・ラッセル症候群やそれに準ずる症候のそろった症例)、更にそ れよりも軽症の「不全型」と呼ばれてきた症例(症候のそろわない症例)の個体数が多いと想定すること(甲B3〔58頁〕)は不自然ではなく、毒性学の知見に反するものとはいえない。 以上によれば、毒性学の知見を前提としても、感覚障害のみの水俣病の頻度が低いということはできない。 ⑶ 臨床医学的知見被告らは、椿班(乙イB56)に基づき、感覚障害の症例については、いずれも軽度であっても他の小脳症状や聴力障害などの症候が併存している旨主張する。そこで検討すると、椿班(乙イB56)は、新潟大学医学部神経内科の椿忠雄教授(以下「椿教授」という。)らが、昭和40年、新潟県阿賀 野川流域で住民調査を行った結果、26例をアルキル水銀中毒症と診断した旨の報告書であるところ、その診断に際し、①入院精査、神経学専門医により十分検討され、他疾患が否定されていること、②知覚障害のみでも特異な部位に見られ治療による改善が少なく関節痛を伴うなど特徴があり、また軽度でも小脳症状、聴力障害などハンター・ラッセル症候群の一つを併せ持つ 用量(毛髪中水銀濃度)累積反応率 特異な部位に見られ治療による改善が少なく関節痛を伴うなど特徴があり、また軽度でも小脳症状、聴力障害などハンター・ラッセル症候群の一つを併せ持つ 用量(毛髪中水銀濃度)累積反応率 (%)A B C DA:感覚障害 B:運動失調 C:構音障害 D:死第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 4 感覚障害のみを示す水俣病 などの特徴があること、③毛髪水銀値高値、④川魚摂取と発症時期、家族内発生など疫学的事実などを総合したとしている(乙イB56〔25頁〕)。そうすると、小脳症状や聴力障害などの症候が併存していることは、昭和40年当時、有機水銀中毒症であることが確実であることを示す基準として用いられたものにすぎないといえ、同症候が併存していないからといって、メチ ル水銀の影響により感覚障害が生じることを否定する根拠とはならず、併存しない症例の頻度が低いとする根拠ともならない。 近藤(乙イB57)は、「当初、感覚障害のみの患者は、すべて1、2年後に典型的な症状を示した。」と記述するが(乙イB57〔475頁〕)、根拠となる論文やデータは示されておらず、十分な信用性を有しない。 被告らは、「水俣病の判断条件に関する医学専門家会議の意見」において、感覚障害のみが単独で出現することは現時点では医学的に実証されていないとされていることを指摘する。そこで検討すると、水俣病の判断条件に関する医学専門家会議は、環境庁の諮問を受け、病理学、精神医学、耳鼻咽喉科学、眼科学の専門家の意見を踏まえ、昭和60年8月16日、現時点では現 行の昭和52年判断条件により判断するのが妥当である旨の上記意見をまとめたところ、その中で、「水 学、精神医学、耳鼻咽喉科学、眼科学の専門家の意見を踏まえ、昭和60年8月16日、現時点では現 行の昭和52年判断条件により判断するのが妥当である旨の上記意見をまとめたところ、その中で、「水俣病については、ほとんどの症例で四肢の感覚障害が他の症候と併存しつつ出現するが、感覚障害のみが単独で出現することは現〔時〕点では医学的に実証されていない。」、「単独で起こる四肢の感覚障害は極めて多くの原因で生じる多発性神経炎の症候であり、臨床医学的に特 異性がないし、また、四肢の感覚障害は、現時点で可能な種々の検査を行ってもその原因を特定できない特発性のものも少なくない。したがって、四肢の感覚障害のみでは水俣病である蓋然性が低く、その症候が水俣病であると判断することは医学的には無理がある。」と記述している(乙イB58)。また、中央公害対策審議会が、環境庁長官の諮問を受け、平成3年11月26 日に行った答申は、上記医学専門家会議の意見に沿う記述をした上、四肢末第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 5 発症閾値 梢優位の感覚障害に関し、行政においては、裁判所の事実認定と異なり、客観的、一般的な基準により判断を行うことが要請されており、個別の事情に応じた法的評価を行うことは困難である一方、四肢末梢優位の感覚障害を有する者は「健康に関して特別の問題を有している」ことを指摘し、公健法等による救済措置とは別に、これらの者を対象とする医療事業を行うことを提 言している(前提事実3⑷、乙イB59〔956~961頁〕)。しかし、上記医学専門家会議の意見及び中央公害対策審議会の答申は、現時点で見る限り、疫学調査の結果によれば、非曝露地域において四肢末梢優位の感覚障害の有病割合が非常に B59〔956~961頁〕)。しかし、上記医学専門家会議の意見及び中央公害対策審議会の答申は、現時点で見る限り、疫学調査の結果によれば、非曝露地域において四肢末梢優位の感覚障害の有病割合が非常に低いこと(前記2)や、毒性学の観点からも、感覚障害のみを有する水俣病患者数が多いと想定することが不自然ではないこと(前 記⑵)を十分踏まえたものとは認められない。加えて、上記医学専門家会議の意見及び中央公害対策審議会の答申は、行政上の認定基準としての昭和52年判断条件の当否を念頭に置いたものであるところ、昭和52年判断条件は、公健法上の認定に際し、多くの申請について迅速かつ適切な判断を行うための基準を定めたものという限度で合理性を認め得るにとどまり(義務付 け訴訟上告審判決参照)、損害賠償請求の場面では、他原因が疑われる場合の鑑別可能性については、その患者に即して個別的に検討すれば足りるのであって、感覚障害のみを有する水俣病を一般的に否定し、又はその頻度が低いとする根拠は認められない。 以上によれば、被告らが指摘する臨床医学的知見等を前提としても、感覚 障害のみの水俣病の頻度が低いということはできない。 5 発症閾値⑴ 継続的にメチル水銀を摂取した場合の体内蓄積水銀又は水銀化合物は、物理化学的性状により、金属水銀、無機水銀化合物及び有機水銀化合物に分類され、メチル水銀化合物は、有機水銀化合物の うちアルキル水銀化合物(アルキル化合物の炭素原子が直鎖的に水銀原子と第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 5 発症閾値 結合したもの)の一種である。アルキル水銀化合物のうち、アルキル部分の炭素数が多い化合物の場合、経口的に取り込まれると、消化管から血液に取り (争点2⑴)について 5 発症閾値 結合したもの)の一種である。アルキル水銀化合物のうち、アルキル部分の炭素数が多い化合物の場合、経口的に取り込まれると、消化管から血液に取り込まれ、肝臓や腎臓に蓄積し、脳にはほとんど移行しないのに対し、アルキル部分の炭素数が少ないメチル水銀化合物やエチル水銀化合物の場合、消化管から血液に取り込まれた後、血液脳関門機構を通過し、脳に移行し、神 経細胞を損傷する(乙イB6〔1~2、4頁〕)。 生体は、体内に取り込んだメチル水銀をいつまでも生体内に保留しているわけではなく、代謝機能によりメチル水銀を分解したり排泄したりするので、新たな取り込みがない場合は、メチル水銀の体内蓄積量は減少する(乙イB6〔8頁〕、8〔28頁〕)。 メチル水銀の新たな取り込みがない場合に、体内蓄積量が代謝・排泄により半分まで減少するまでの期間である生物学的半減期は、経口摂取実験やイラクのメチル水銀中毒事件における血液中メチル水銀値減衰の研究に基づき、約70日と推定されている(乙イB6〔8~9頁〕、8〔28頁〕、16〔17~18頁〕)。世界保健機関(WHO)が1990年(平成2年)に発表し たメチル水銀に関するクライテリア101は、生物学的半減期を39~70日(平均約50日)としている(乙イB9〔4頁〕)。 一定量のメチル水銀を継続的に摂取した場合、生物学的半減期の5倍程度の日数が経過すると、1日の吸収量(摂取量の100%が消化管から吸収されると仮定すれば、1日の摂取量と同じ。)と1日の代謝・排泄量が一致する 平衡状態に達し、以後、同量の摂取を続けても、体内蓄積量は変動しない。 その平衡状態における体内蓄積量を蓄積限界量といい、蓄積限界量は、次の式によって理論的に求められる(乙イB6〔1 一致する 平衡状態に達し、以後、同量の摂取を続けても、体内蓄積量は変動しない。 その平衡状態における体内蓄積量を蓄積限界量といい、蓄積限界量は、次の式によって理論的に求められる(乙イB6〔10~11頁〕、8〔30頁〕)。 蓄積限界量=1日平均吸収量×生物学的半減期×1.44⑵ 脳に対する生物学的半減期の適用可能性 被告らは、前記⑴の理論が、他臓器と同様に脳にも当てはまるという単一第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 5 発症閾値 区画モデルを前提とした主張をする。 そこで検討すると、毒性学の教科書は、化学物質の体内での動きをモデル化する場合において、多くの化学物質の体内動態は、体内を単一又は二つの区画(コンパートメント)と見るモデルで表現され、まれに3コンパートメントモデルが用いられると記述するところ(乙イB112〔41頁〕)、上記 記述によっても、脳を他の臓器と同一の区画(コンパートメント)として解析することができるかは明らかでない。 クライテリア101は、1回投与のトレーサー実験、魚の1回摂取実験、長期にわたる魚からの一定量のメチル水銀摂取実験において、理論的血液中メチル水銀値と実測値がよく一致していることや、非常に多くのメチル水銀 を摂取した者の毛髪に関する長さ単位の経時的水銀分析結果によって、単一区画モデルの信頼性が支持されている旨記述する(乙イB9〔4頁〕)。しかし、上記知見は、血液中メチル水銀値や毛髪水銀値に基づくものであり、脳の水銀値がこれと同じ動態をとることの裏付けはない。クライテリア101自体、単一区画モデルは、メチル水銀の血液中あるいは毛髪レベルと1日摂 取量を比較する上で有用な作業モデルであるとする一方で、水銀の体内 れと同じ動態をとることの裏付けはない。クライテリア101自体、単一区画モデルは、メチル水銀の血液中あるいは毛髪レベルと1日摂 取量を比較する上で有用な作業モデルであるとする一方で、水銀の体内分布と代謝の複雑な動態に近似するものであるにすぎず、血液中や毛髪の水銀値が判明しても、生体内の一小区画(臓器)の値に関する情報は得られないとしている(乙イB9〔37、40頁〕)。WHOが1976年(昭和51年)に発表した水銀に関する環境保健クライテリア1(以下「クライテリア1」 という。)は、一つの器官からの排出が、他の器官からの排出に比べて遅い場合には、身体全体に対する生物学的半減期の計算は、毒物学的観点から、完全に誤解を招くことになるおそれがあることを指摘している。さらに、クライテリア1は、曝露をやめて10年後に脳内に高い水銀濃度を見出したという報告があることに言及し、脳内の蓄積は、身体全体の計算に見られたのと 同じ運動学には従わないことを示すとし、実験動物での観察でも、脳内の半第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 5 発症閾値 減期は他の器官内よりも長いことが示されていると指摘している(乙イB63〔107、113~114頁〕)。 米国環境保護庁(EPA)等の政府機関が、単一区画モデルに基づいてメチル水銀のリスク計算を行っていることが認められるが(乙イB118)、脳を含めて単一区画モデルを適用できることの根拠は明らかでない。 一方、武内(甲B73)は、慢性水俣病の剖検例19例(発症後最大18年)における水銀値の測定結果に基づき、脳の水銀値が対照群と比べ有意に高いこと、肝臓ないし腎臓の水銀値が正常範囲であるにもかかわらず、脳の水銀値が発症値と目し得る総水銀値 検例19例(発症後最大18年)における水銀値の測定結果に基づき、脳の水銀値が対照群と比べ有意に高いこと、肝臓ないし腎臓の水銀値が正常範囲であるにもかかわらず、脳の水銀値が発症値と目し得る総水銀値1ppmを超える例が散見されることを報告し、脳における生物学的半減期が人体全体の生物学的半減期より長い可能性 を指摘している(甲B73〔37、39、41、45頁〕)。また、武内(甲B25)は、5歳で急性発症してから入院生活を送り、18年後の23歳時に死亡した症例の剖検結果について、組織化学的に大脳、小脳ともに著明な水銀の遺残が証明され、化学的定量によっても、脳の総水銀値が正常の40~100倍(これに対し、肝臓では正常値に近く、腎臓では正常の約5倍で ある。)に達し、メチル水銀値で4~5倍の残留が見られることを報告し、脳への水銀の残留が長期にわたること、諸臓器生物学的半減期の並行論(すなわち脳を含む単一区画モデル)が人体における事実を証明し得ないことを指摘している(甲B25〔535~538、546頁〕)。 武内(乙イB3)は、脳と他臓器との間で上記のような差異が生じること がある理由に関し、生体内で生きた細胞と破壊された細胞では水銀の代謝に差があり、破壊細胞の多い臓器ほど水銀の遺残が永く続くことが考えられる旨指摘しており(乙イB3〔328~329頁〕)、このような説明は必ずしも不合理とはいえない。 被告らは、武内教授が加わった日本公衆衛生協会(乙イB65)に、「これ までの成績を評価すると、ヒトにおけるメチル水銀の生物学的半減期に臓器第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 5 発症閾値 差がないことが示唆される。」という記述があることや、専門家会議における武 期に臓器第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 5 発症閾値 差がないことが示唆される。」という記述があることや、専門家会議における武内教授の発言(乙イB119〔41頁〕)を指摘して、武内教授は武内(甲B25)及び武内(甲B73)における脳内の生物学的半減期が長いという従前の説を撤回している旨主張する。しかし、日本公衆衛生協会(乙イB65)は、武内(甲B25)及び武内(甲B73)で報告された剖検例におい て脳の水銀値が高かったことや、クライテリア1の上記指摘について何ら説明をしておらず、脳に水銀が残留しやすいこと(少なくとも、他臓器と比べ長期にわたり残留する場合があること)を否定し得る根拠は明らかでない。 以上によれば、単一区画モデルを前提として、脳にも前記⑴の生物学的半減期が直ちに適用可能であると認めることはできない。 ⑶ 発症閾値の存在被告らは、蓄積限界量が発症閾値を超えない微量摂取によっては、その総摂取量あるいは摂取期間に関わらず、水俣病を発症しない旨主張する。 そこで検討すると、毒性学における用量-反応関係に関する知見によれば、非発がん物質の場合、いずれの個体もまだ反応しない最大用量であるNOA EL(無毒性量)や、最も感受性の高い個体が初めて反応する用量であるLOAEL(最小毒性量)といった閾値が存在するとされており、その理由について、有害物質に対する解毒能、起こった生体影響に対する修復能を超える用量になったときに初めて生体影響が表面化するからであると説明されている(乙イB55〔5~6頁〕、110〔4頁〕)。 メチル水銀について発症閾値が存在することを示す報告として、マグロ(平均メチル水銀値は0.252ppm)を多食するマグロ漁船員 と説明されている(乙イB55〔5~6頁〕、110〔4頁〕)。 メチル水銀について発症閾値が存在することを示す報告として、マグロ(平均メチル水銀値は0.252ppm)を多食するマグロ漁船員121人中、毛髪水銀値が30ppmを超える者が25人おり、最高値は69ppmであったが、水俣病像を示す者は1例もなかったとの報告、韓国マグロ漁船員62人及びサモア陸上缶詰工場勤務者45人の健康調査でも神経症状や知覚障害を示す 者は全く認められなかったとの報告、ペルーの漁村の調査でも水銀中毒症状第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 5 発症閾値 は認められなかったとの報告(以上につき乙イB13〔288頁〕)、マグロ、カジキ、クジラ、イルカ等を多食する和歌山県東牟婁郡太地町の住民調査(夏季調査及び冬季調査の2回)の結果、毛髪水銀値は他地域と比べ顕著に高く、夏季調査における毛髪提供者1017人のうち50ppmを上回る住民が32人(3.1%)いたが、夏季調査の参加者で神経内科検診を受けた182 人(うち50ppmを超えていたのは23人)の中に、神経所見についてメチル水銀中毒の可能性を疑わせる者は認められなかったとの報告(乙イB14〔1~4頁〕)がある。 また、サルの動物実験において、1日0.1mg/kg体重のメチル水銀を投与した群では平均して約6か月後(水銀総摂取量15.3mg/kg体重)に中毒徴 候が現れたのに対し、1日0.03mg/kg体重のメチル水銀を投与した群では52か月(水銀総摂取量39.6mg/kg体重)の実験期間を通じて臨床上の徴候を示さず、病理組織学的変化も見られなかったとの報告がある(乙イB11の1・2〔2~3頁〕)。 以上によれば、メチル水銀について (水銀総摂取量39.6mg/kg体重)の実験期間を通じて臨床上の徴候を示さず、病理組織学的変化も見られなかったとの報告がある(乙イB11の1・2〔2~3頁〕)。 以上によれば、メチル水銀について、ある一定量以下の微量の摂取を継続 しても発症しないという意味で、発症閾値が存在すると考えること自体は、相応の合理性を有するといえる。 ⑷ 発症閾値の算定アクライテリア1及びクライテリア101が示す発症閾値クライテリア1は、新潟水俣病の最も感受性の高い群を対象とする水銀 濃度の調査結果(対象人数17人)及び1971年から1972年にかけてイラクで発生したパンの汚染によるメチル水銀中毒事件における最も感受性の高い群を対象とする水銀値の調査結果3件(各調査の対象人数125人~427人)を基に、最も感受性の高い群において最初の影響を発生させる全水銀濃度(水銀値)を、血液中200~500µg/L、毛髪中5 0~125ppm(すなわち50~125µg/g)と推定し、これと等価の1第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 5 発症閾値 日摂取量を3~7µg/kg体重と算定している。そして、上記1日摂取量を長期間摂取しても、最初の影響の広がりとして予期されるのは、5%又はそれ未満の割合であると記述している(乙イB63〔152、171頁〕)。 クライテリア101は、クライテリア1を引用した上、1日3~7µg/kg体重のメチル水銀の長期間にわたる摂取(毛髪水銀値でほぼ50~12 5ppmに相当)では、いかなる悪影響も観察されていないとしている(乙イB9〔6頁〕)。また、クライテリア101は、イラクのデータに基づく再分析を引用しており、同再分析によれば、成人で1日当たり50 5ppmに相当)では、いかなる悪影響も観察されていないとしている(乙イB9〔6頁〕)。また、クライテリア101は、イラクのデータに基づく再分析を引用しており、同再分析によれば、成人で1日当たり50µgを摂取するとパレステジアの症状出現のリスクは約0.3%であるのに対し、1日当たり200µgを摂取するとリスクは約8%となることが示唆される一方、 パレステジアの自然発生頻度は6.3%であるとされている。クライテリア101は、同再分析について、3~7µg/kg体重のメチル水銀を長期にわたって毎日摂取した場合、成人集団での最も早期に現れる影響の出現率は約5%になるかもしれないというクライテリア1の推定と一致するとしている(乙イB9〔67~68頁〕)。なお、パレステジアとは、国内外で混 乱して用いられている用語であるとの指摘もあるが、主に、自覚的な感覚障害としての錯感覚又は異常感覚をいうとされる(甲B38〔735~736頁〕、乙イB36〔175頁〕、82〔265頁〕、156、159〔95頁〕)。 このように、クライテリア1及びクライテリア101は、新潟水俣病及 びイラクの中毒事件のデータを基に、1日3~7µg/kg体重の摂取(血液中水銀値200~500µg/L、毛髪水銀値50~125ppmに相当)を発症閾値として示していると認められる。 しかし、新潟水俣病を対象とする上記調査結果は、対象人数がわずか17人と少ない上、同調査が毛髪水銀値の下限を52ppmとしたのは、感覚障 害のみでは水俣病と認めない椿教授らの診断基準(前記4⑶)を前提とす第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 5 発症閾値 るものと見られるが(甲B15〔527、529頁〕、70の1・2〔3頁 )を前提とす第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 5 発症閾値 るものと見られるが(甲B15〔527、529頁〕、70の1・2〔3頁〕、167〔47~48頁〕)、同診断基準には現時点で見る限り十分な合理性が認められず、感覚障害をエンドポイントとする用量-反応曲線から得られる発症閾値は、より低い水準である可能性がある(前記4⑵)。また、イラクの中毒事件は、1971年10月ないし同年11月から汚染された パンが摂取され、全入院患者6000人強のうち多くが1972年1月に入院したことからすると、曝露期間が相当短い急性高濃度曝露の事案といえるところ(甲B70の1・2〔3頁〕、乙イB9〔65頁〕)、前記⑵のとおり水銀が脳に長期にわたり残留する可能性があることや、メチル水銀の作用により、直ちに発症しなくても個々の神経細胞の死滅が生じ、それが 長い期間に累積した結果発症に至る可能性が指摘されていること(甲B73〔40頁〕)も踏まえると、イラクの中毒事件の調査結果から、長期にわたり低濃度の曝露を受けた場合の発症閾値を直ちに導くことができるか、疑問がある(証人髙岡〔46頁〕)。 米国学術会議が2000年(平成12年)に発表したNRC(甲B71) は、成人の最近の研究では、50ppm以下の毛髪水銀値が視覚系の障害及び神経運動障害と関連しており、毛髪水銀値50ppmに基づいた成人の現在の参照量が十分に保護的でない可能性があることを示唆している旨記述する(甲B71の1・2)。また、2006年(平成18年)に発表されたBrownson(甲B64)は、クライテリア1及びクライテリア101に 言及することなく、メチル水銀に関しての閾値又は無作用レベルは認識されていない旨記述す 06年(平成18年)に発表されたBrownson(甲B64)は、クライテリア1及びクライテリア101に 言及することなく、メチル水銀に関しての閾値又は無作用レベルは認識されていない旨記述する。Kosatsky(甲B141)は、クライテリア1において、短期的な曝露に基づいて導出された用量-反応関係を長期的な曝露に適用するためには更なる研究が必要であると指摘されていたにもかかわらず、以後の研究及びクライテリア101では上記指摘が看過さ れているとして、血液中水銀値200µg/L以下の比較的低濃度のメチル第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 5 発症閾値 水銀への長期曝露の安全性は不明である旨記述する(甲B141の1・2〔13頁〕、乙イB63〔29頁〕)。このように、現在、クライテリア1及びクライテリア101が示した発症閾値が必ずしも確立したものとして受け入れられているとは認められない(証人髙岡〔48頁〕)。 イ魚介類多食集団に関する調査 前記⑶のとおり、マグロ等の大型魚介類を多食する漁船員や太地町の住民を対象とする調査結果によれば、毛髪水銀値50ppmを超える者がいる一方で、水俣病の発症は認められなかったことが報告されている。しかし、これらの調査は、何らかの発症閾値が存在すると想定することを支持するものではあっても、対象者数(特に毛髪水銀値が高い者の数)が限定され ていることから、直ちに発症閾値を導く根拠とすることは困難である。なお、太地町の調査では、四肢末梢優位の感覚障害を有する者が1人認められているが、メチル水銀曝露との関連性を否定する根拠としては、二点識別覚が基準値の範囲内であること及び下肢腱反射が消失していることしか挙げられておらず(乙イ 末梢優位の感覚障害を有する者が1人認められているが、メチル水銀曝露との関連性を否定する根拠としては、二点識別覚が基準値の範囲内であること及び下肢腱反射が消失していることしか挙げられておらず(乙イB14〔4頁〕)、この点の説明も十分とはいえな い。 クライテリア101は、魚類の摂取により長期にわたりメチル水銀に曝露されたカナダインディアンを対象とする研究を取り上げ、血液中水銀値が100µg/Lを超えていた者に、メチル水銀曝露によるかもしれない軽度の所見や症状が見出されたが、曝露と影響の因果関係は不明であったこ と、軽度の神経学的異常又はその疑いが指摘された別の集団の最大の血液中水銀値は600µg/L以下であったことを紹介している(乙イB9〔69~70頁〕)。しかし、これらの研究は、メチル水銀曝露と神経学的異常との因果関係の有無を確定できておらず、直ちに発症閾値を導く根拠とすることは困難である。 ウ毛髪水銀値50ppm未満における発症可能性に関する研究第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 5 発症閾値 (ア) 丸山(甲B69)及びMaruyama(甲B68)丸山(甲B69)は、新潟水俣病集団発生の初期である昭和40年6月に毛髪水銀値が測定され、その後神経学的徴候を呈した109人のメチル水銀中毒症患者群を対象として、毛髪水銀値とメチル水銀中毒症発生との関係について解析したところ、毛髪水銀値10ppm未満群と比べ、 10~20ppm群、20~50ppm群のいずれもメチル水銀中毒症の有病割合が有意に高かったこと、上記109人のうち水俣病認定患者97人を対象として同様の解析をしたところ、20~50ppm群の有病割合が有意に高く、10~20ppm群で のいずれもメチル水銀中毒症の有病割合が有意に高かったこと、上記109人のうち水俣病認定患者97人を対象として同様の解析をしたところ、20~50ppm群の有病割合が有意に高く、10~20ppm群でも高い傾向が認められたことを報告し、以上から、毛髪水銀値が50ppm未満であってもその安全性については慎重 な検討が必要であるとしている(甲B69〔620~621頁〕)。なお、一般人口では、毛髪水銀値の平均は5ppm前後であり、10ppmを超える人はほとんどいない(甲B69〔625頁〕、乙イB65〔11頁〕)。Maruyama(甲B68)は、上記対象者109人のうち成人103人に対する神経学的検査の結果に基づき、50ppm未満群にも神経学的徴 候が認められたこと、曝露と口周囲の感覚障害との間に用量-反応関係が認められたことを報告している(甲B68の1・2〔5頁〕)。 これに対し、被告らは、50ppm未満で中毒症状を呈したか否かを検討するためには、発症時点の毛髪水銀値が50ppm未満であったか否かを明らかにする必要があるとした上で、毛髪採取の日時や発症時期等が明ら かでないため、発症時点の毛髪水銀値が推定できない旨主張する。しかし、水俣病においては、医師が所見を認める感覚障害等の症候と自覚症状とは必ずしも一致しないこと(前記2⑵イ(イ))などから、正確な発症時期を特定することはもともと困難であるし、低濃度の曝露のみを受けた者がその後水俣病を発症し、その認定を受けたのであれば、発症時点 の曝露の有無に関わらず、当該低濃度の曝露によって水俣病を発症した第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 5 発症閾値 と推認するのが合理的であるから、発症時期やその時点の毛髪水銀 よって水俣病を発症した第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 5 発症閾値 と推認するのが合理的であるから、発症時期やその時点の毛髪水銀値を特定する必要性は大きくない。また、毛髪採取は、昭和40年6月14日から同月18日まで及び同月21日から同月24日までの面接調査で行われており(甲B69〔621頁〕)、その日時は、十分特定されている。 被告らは、毛髪水銀値の測定時期に先行して、より高いレベルの汚染期があった可能性がある旨主張する。この点について、新潟で長期間川魚を多食していた人の毛髪の測定結果6例によれば、昭和40年1月ないし同年3月頃にメチル水銀曝露のピークがあり、毛髪が採取された同年6月頃にはピークを過ぎていたことが報告されており、その理由につ いて、新潟では川魚の漁期が比較的限定され、喫食状況も時期によって異なるためであると説明されている(甲B15〔529頁〕、67〔119頁〕、69〔626頁〕)。このことからすると、同年6月の毛髪水銀値が50ppm未満であっても、曝露のピーク時には50ppm以上であった者がいたと考えられる。しかし、上記数か月間におけるピークからの下が り方には個人差があり、それほど下がっていない者もいること(甲B15〔529頁〕)、椿(甲B67)は、同年6月の事件公表まで魚を食べ続けた人も実際には多いので、同年3月より後にピークがある人も多いと思われると指摘していること(甲B67〔119頁〕)、水俣病の認定を受けた97人のうち、同年6月時点の毛髪水銀値が0~10ppmの者は 5人、10~20ppmの者は16人、20~50ppmの者は19人と、毛髪水銀値が相当低い者の実数は少なくないこと(甲B69〔623頁〕)に照らす 6月時点の毛髪水銀値が0~10ppmの者は 5人、10~20ppmの者は16人、20~50ppmの者は19人と、毛髪水銀値が相当低い者の実数は少なくないこと(甲B69〔623頁〕)に照らすと、新潟水俣病患者の全てが毛髪水銀値50ppm以上の曝露を経験したといえるか、疑問がある。また、前記⑵のとおり水銀が脳に長期にわたり残留する可能性があることを踏まえると、曝露のピーク期間が 短い新潟水俣病の事例から導いた発症閾値を、より長期にわたり低濃度第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 5 発症閾値 の曝露を受けた場合に当てはめてよいか、疑問がある。 (イ) Yorifuji(甲B70)Yorifuji(甲B70)は、昭和35年に水俣及び御所浦で毛髪水銀値の測定を受け、昭和46年に神経学的所見の検査(立津調査)を受けた者120人の調査結果に基づき、口周囲の感覚障害について、 毛髪水銀値0~10ppmの群と比較した有病オッズ比が、10~20ppmの群で4.5、20~50ppmの群で9.1、50ppm以上の群で10と高いこと、毛髪水銀値50ppm以下の住民でも口周囲の感覚障害が見られたことを報告している(甲B70の1・2〔2頁〕)。 被告チッソ水俣工場におけるアセトアルデヒド生産と不知火海沿岸の 臍帯メチル水銀濃度は、昭和35年にピークを迎えているから(甲B70の1・2〔8頁〕)、同年における毛髪水銀値は、曝露のピークをおおむね反映していると考えられる。 これに対し、被告らは、Yorifuji(甲B70)において個々の被検者の発症時期が特定されていない上、毛髪採取時期と発症時期と の関係も検討されていないため、発症時点の体内蓄積量が明らかでない旨主張す 被告らは、Yorifuji(甲B70)において個々の被検者の発症時期が特定されていない上、毛髪採取時期と発症時期と の関係も検討されていないため、発症時点の体内蓄積量が明らかでない旨主張するが、前記(ア)と同様の理由により、発症時期やその時点の毛髪水銀値を特定する必要性は大きくない。 被告らは、立津調査では、神経内科を専門としていない医師が神経所見を取った可能性があり、口周囲の感覚障害についてどのような検査を 実施したか判然としないなどの問題がある旨主張する。しかし、十分な経験を有する医師であれば、感覚障害検査において誤った判定をする可能性は相当程度限定されていると考えられる上(前記2⑵イ(ア))、立津調査は、熊本大学医学部神経精神医学教室の医師らが行ったものであり(甲B1〔41頁〕)、その信頼性を否定すべき事情は認められない。 エ小括第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 6 遅発性水俣病 以上によれば、発症閾値が存在すると考えること自体は、相応の合理性を有するとしても、クライテリア1及びクライテリア101が示す発症閾値(毛髪水銀値の下限50ppm)を下回る低濃度のメチル水銀に長期にわたり曝露することによって水俣病を発症する可能性を否定することはできない。 6 遅発性水俣病⑴ 遅発性水俣病の報告例ア椿(甲B15)椿(甲B15)は、新潟水俣病において、追跡検診をしていくうちに、川魚を食べなくなって数か月、時には年余を経て患者の症状が悪化したり、 症状が出現したりする例があることが分かった旨記述する(甲B15〔531頁〕)。 イ白川(甲B16)白川(甲B16)は、新潟において、昭和40年6月の新潟水俣病発覚時には全 したり、 症状が出現したりする例があることが分かった旨記述する(甲B15〔531頁〕)。 イ白川(甲B16)白川(甲B16)は、新潟において、昭和40年6月の新潟水俣病発覚時には全く自覚症状がないか、全身倦怠感、頭痛、めまい、筋痛、関節痛 などの訴えだけで他覚的所見がなかったところ、同月以降川魚の摂取が禁止されたため新たなメチル水銀の侵入がないにもかかわらず、数年の経過で他覚的に捉えられる水俣病症状が明らかになった例があるとしている。 すなわち、①新潟水俣病発覚後早期(昭和40年ないし昭和41年)に神経内科を受診した56人につき、当時は水俣病の症候が見られなかったの に、6~8年後(昭和47年ないし昭和48年)の受診時には、四肢末梢優位の感覚障害や口周囲の感覚障害など、水俣病の典型的症候を高率に認めたこと、②昭和40年の初診当時に毛髪水銀値が200ppm以上であった者7人を対象として、その後継続的に追跡調査した結果によれば、水俣病の4症候(四肢末梢優位の感覚障害、口周囲の感覚障害、運動失調及び視 野狭窄)が初診後に遅れて出現しており(出現時期は症候により区々であ第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 6 遅発性水俣病 る。)、遅いものでは昭和47年になって確認された症候があること、③昭和40年ないし昭和43年の視野検査では正常であったのに昭和44年に新たに狭窄を認めた例が9例あったことなどを報告している(甲B16〔752~753頁〕)。 被告らが指摘するとおり、上記②の追跡調査については、いずれも初発 症状が昭和40年の初診前後から昭和42年にかけて生じたことが認められる(乙イB77〔116頁〕)。すなわち、多くの場合、水俣病の4症候が するとおり、上記②の追跡調査については、いずれも初発 症状が昭和40年の初診前後から昭和42年にかけて生じたことが認められる(乙イB77〔116頁〕)。すなわち、多くの場合、水俣病の4症候が確認されるより前に、何らかの初発症状が確認されている。しかし、ここで初発症状とされるものは、後から検討しても水俣病と関連ありとは考えにくいものであり、他覚的にも水俣病の主要症候と一致しないものであ ったから(甲B16〔752~753頁〕)、初発症状の時点で水俣病を発症していたとは認め難い。また、いずれにしても、被告らが前提とする生物学的半減期及び単一区画モデルでは、曝露終了後長期間が経過してから脳の新たな部位が損傷し、同部位に対応する新たな症候が発生することを説明できないから、こうした新たな症候を発生させる機序が存在すること を想定する必要があるといえる。 被告らは、白川(乙イB77)では上記初発症状の時期(Onset)が表示されているのに対し、白川(甲B16)ではこれが表示されていないことについて、遅発性水俣病に係る論文として不都合であるから削除した可能性がある旨主張する。しかし、昭和47年に発表された白川(乙イ B77)においても、上記初発症状は不定愁訴のみで他覚的に捉えられる症候がなかったのに、数年の経過で他覚的に捉えられる水俣病の症候が明らかになったとして、既に遅発性水俣病について論じているのであり(乙イB77〔115頁〕)、その論旨に従えば初発症状の時期は重要とはいえないことになるから、昭和50年に発表された白川(甲B16)でこれを 省略したことが不正な意図に基づくとは認められない。被告らは、近藤喜第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 6 遅発性水俣病 6)でこれを 省略したことが不正な意図に基づくとは認められない。被告らは、近藤喜第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 6 遅発性水俣病 代太郎教授の指摘に基づき、白川医師が著しく患者救済に偏った考え方を有していた旨主張するが、同教授の指摘によっても、白川医師の指導者である椿教授は、患者救済に関して白川医師に同調していなかったとされており(乙イB78〔13頁〕)、椿教授が共著者として加わった白川(乙イB77)のデータが不正に操作されたものであるとは認め難い。 ウ藤野(甲B19)藤野(甲B19)は、昭和46年に立津調査を受検した御所浦地区の住民304人を対象として、昭和52年8月から昭和53年2月まで(一部は昭和55年6月)に同様の後行調査を行ったところ、①四肢末梢優位の感覚障害を有する者の割合が立津調査8.6%から後行調査68.4%に、 口周囲の感覚障害を有する者の割合が立津調査1.3%から後行調査16.8%に、全身性感覚障害を有する者の割合が立津調査0%から後行調査2.6%に、それぞれ著明に上昇し、難聴、運動失調、視野狭窄、構音障害を有する者の割合も有意に上昇していること、②複数の症候の組合せを有し、水俣病と診断し得る者の割合も有意に上昇していることを報告している (甲B19〔546、548頁〕)。 被告らは、上記有病割合の上昇は、診断バイアスによるものである旨主張する。しかし、藤野糺医師ら後行調査の主要メンバーは立津調査にも参加しており、判定基準や検査方法には大きな差がない(甲B19〔549頁〕)。藤野糺医師らは、感覚障害や運動失調の判定に検者の主観が入り込 む可能性について検証するため、新潟大学神経内科のグループと見方についての や検査方法には大きな差がない(甲B19〔549頁〕)。藤野糺医師らは、感覚障害や運動失調の判定に検者の主観が入り込 む可能性について検証するため、新潟大学神経内科のグループと見方についての比較を行ったところ、運動失調の捉え方に多少の違いがあったものの、大差がないことを確認している(甲B19〔550頁〕)。御所浦地区が汚染地域であることが知られる前の立津調査においては、地域社会特有の事情により水俣病の症状を訴えることを抑制する方向に働く要因があっ たこと(前記2⑵イ(ウ))、被告らが主張するように、御所浦地区が汚染地第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 6 遅発性水俣病 域であることが知られた後の後行調査では、先入観により感覚障害ありという方向に判定がゆがめられることがあり得ないとまではいえないこと(前記2⑵イ(イ))を踏まえると、立津調査と後行調査との比較は慎重に行う必要があるものの、自覚症状としてのしびれ感と神経所見としての感覚障害が一致する割合は、立津調査で87.2%、後行調査で75.8%と相 当程度高く、また、自覚症状としてのしびれ感がなくても感覚障害が認められた割合は立津調査で8.9%、後行調査で12.8%と大きく変わっていないことから(甲B19〔549頁〕)、主観的な動機によって神経所見の結果がゆがめられている可能性は限定的といえる。そうすると、有病割合の大きな上昇を診断バイアスで説明することは困難である。 エ藤野(甲B17)藤野(甲B17)は、水俣病多発地域に居住していたが、被告チッソ水俣工場においてアセトアルデヒド製造が停止された昭和43年5月までに非汚染地域に転出した住民で、当時は自覚的に健康であったが、転出後に何らかの健康 )は、水俣病多発地域に居住していたが、被告チッソ水俣工場においてアセトアルデヒド製造が停止された昭和43年5月までに非汚染地域に転出した住民で、当時は自覚的に健康であったが、転出後に何らかの健康障害が出現し、昭和49年以降診察を受けた53人を対象と する調査に基づき、①19人が四肢末梢優位の感覚障害と他の水俣病の症候との組合せを有し、22人が四肢末梢優位の感覚障害のみを有していたこと、②これらの症候、転居前後の生活歴及び合併症の有無等を検討して水俣病又はその疑いと診断された44人について、転出時から症状発現時までの期間は、最長21年以上(3人)、平均7.9±5.6年であったこと を報告している(甲B17〔48~49頁〕)。 被告らは、上記調査は公健法上の水俣病認定患者を対象とするものではないことを指摘する。しかし、メチル水銀曝露歴を有すること、感覚障害等の症候を来す他の疾患が検討された上で否定されていること(甲B17〔48頁〕)からすると、少なくとも、四肢末梢優位の感覚障害と他の症候 との組合せを有する者については、専ら水俣病以外の疾患である可能性は第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 6 遅発性水俣病 低いと考えられる。 被告らは、調査対象が何らかの健康不安を訴えて診察を受けた者であることから、検者・被検者ともに何らかのバイアスが生じていた可能性がある旨主張するが、神経所見が誤りであるという具体的な根拠は認められない。 被告らは、藤野(甲B17)で代表的な症例として紹介されている2例について、いずれも水俣病と診断するには疑問がある旨主張することから、以下、これらについて検討する。 症例「T.Y.」は、水俣市に居住していた女性であり、夫は急性 表的な症例として紹介されている2例について、いずれも水俣病と診断するには疑問がある旨主張することから、以下、これらについて検討する。 症例「T.Y.」は、水俣市に居住していた女性であり、夫は急性劇症の水俣病で死亡したが、本人は自覚症状がないまま昭和36年に東京に転出 したところ、昭和46年頃から左足のこむらがえり等の症状を自覚し、昭和51年の受診時には下肢末梢のごく軽度の表在感覚障害等の所見があり、昭和59年の再度受診時には全身性かつ下肢末梢性の感覚障害及び運動失調を呈するに至った(甲B17〔49~50頁〕)。被告らは、感覚障害が約8年で著しく悪化していることは、「水俣病の症状は不変又は改善の傾向 にある」という科学的知見と矛盾する旨主張するが、後記⑶エのとおり、被告らが主張する上記知見自体、一般的妥当性を有するとはいえない。被告らは、運動失調の所見について、当時76歳であり、加齢の影響により異常が見られたにすぎない可能性がある旨主張するが、複数の試験を総合して運動失調が認められている上、全身性感覚障害を併せ有すること(甲 B17〔50頁〕)からすると、単なる加齢の影響とは認め難い。 症例「K.S.」は、幼少期から水俣市で生活していた男性であり、母は水俣病認定患者であるが、本人は自覚症状がないまま昭和37年愛知県に転出したところ、昭和48年頃から手足のしびれ感等を自覚し、昭和52年の診察時に四肢末梢優位の感覚障害、軽度運動失調及び軽度聴力低下等 を認め、その後も自覚症状が進行し、昭和60年の再度受診時には四肢末第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 6 遅発性水俣病 梢優位の感覚障害に加え、口周囲の感覚障害等を認めた(甲B17〔50~51頁〕)。 3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 6 遅発性水俣病 梢優位の感覚障害に加え、口周囲の感覚障害等を認めた(甲B17〔50~51頁〕)。被告らは、精神所見として抑うつ、不安が指摘されていることから、感覚障害の原因が心因性である可能性がある旨主張するが、抑うつや不安が見られるからといって、医師が行う感覚障害検査の結果が不正確であるとはいえないし、軽度運動失調、軽度聴力低下等の所見や自覚症 状と対比しても不自然な点は見られない。被告らは、きょうだい4人が水俣病認定申請中であることから、本人も公健法に基づく水俣病認定申請のために診断を受けた可能性があり、バイアスが生じていた可能性がある旨主張するが、感覚障害検査は、被検者の返事のみに頼るものではなく(前記2⑵イ(ア))、神経所見が誤りであることを示す具体的な根拠は認められ ない。 上記2例は、単独で見た場合には、それだけで遅発性水俣病であると断定することまではできないとしても、同種の症例が相当数あることは、遅発性水俣病が存在する可能性を示すといえる。 オ若宮(甲B18) 若宮(甲B18)は、熊本県及び新潟県における水俣病患者のうち、部位と発症時期が明確に記載されている者(熊本県では740例、新潟県では435例)について、四肢末梢のしびれの発症時期を調査した結果、熊本県においては昭和43年の排水停止後に、新潟県においては昭和40年の漁獲・摂取禁止後に、四肢末梢のしびれを発症した者が多く、それぞれ 十数年後に発症した者もいることを報告している(甲B18〔186頁〕)。 被告らは、ここにいう発症時期とは、四肢末梢のしびれという自覚症状の発症時期にすぎず、水俣病の発症時期を示すものではない旨主張する。 しかし した者もいることを報告している(甲B18〔186頁〕)。 被告らは、ここにいう発症時期とは、四肢末梢のしびれという自覚症状の発症時期にすぎず、水俣病の発症時期を示すものではない旨主張する。 しかし、四肢末梢のしびれという自覚症状は、四肢末梢優位の感覚障害という神経所見とは異なるとはいえ、両者が一致する割合は相当程度高いか ら(甲B19〔549頁〕)、感覚障害の所見が認められる場合において、第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 6 遅発性水俣病 四肢末梢のしびれの発症時期は、水俣病の発症時期を推測させる重要な指標であるといえる。 被告らは、自覚症状の発症時期については、記憶に基づかざるを得ないから、正確性が担保されない旨主張する。しかし、上記報告は、昭和60年までに診察を受けた者を対象としているところ(甲B18〔184頁〕)、 診察の時点において、排水停止後ないし漁獲・摂取禁止後の発症はそれほど古い出来事とはいえないから、発症時期を大きく誤って記憶し、回答した例が多いとは考え難い。 カ平成21年沿岸住民調査不知火海沿岸住民健康調査実行委員会は、平成21年、不知火海沿岸地 域の住民1044人の検診を行ったところ(平成21年沿岸住民調査)、①データ集計を許諾した住民974人のうち、872人(約90%)に四肢末梢優位の感覚障害又は全身性感覚障害が認められたこと、②初発症状の出現時期を聴取した886人のうち、1970年代以降(昭和45年以降)であった者の合計は589人(約66%)、2000年代以降(平成12年 以降)であった者の合計は88人(約10%)であったことを報告している(甲B20〔6、10頁〕、21)。 被告らは、同調査は、不知火海沿岸には水俣 (約66%)、2000年代以降(平成12年 以降)であった者の合計は88人(約10%)であったことを報告している(甲B20〔6、10頁〕、21)。 被告らは、同調査は、不知火海沿岸には水俣病患者が多数いるはずだという前提及び先入観の下で行われており、検者のバイアスが混入している旨主張する。そこで検討すると、同調査は、水俣病患者7団体及び水俣病 県民会議医師団、全日本民医連、地元医師会有志等で構成する実行委員会が、医師140人の参加を得て行ったものであり(甲B21〔2頁〕)、実施主体や実施目的に照らし、中立性が担保されているかについて慎重に検討する必要がある。しかし、検診の実施に際しては、医師による1次診察の後、神経内科、精神神経科等の専門医を中心とした2次診察を行うとい う二重チェックをしており、環境省の疾病対策室長が現場を視察して実施第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 6 遅発性水俣病 方法を確認していること(甲B21〔3頁〕)からすると、診察・診断が恣意的に行われたとは認められない。上記①の有病割合については、広報に応じて受検を希望した住民を対象とすること(甲B21〔3頁〕)による選択バイアスが大きいと考えられるから、いずれにせよ統計的に重視できないものの、上記②の初発症状の出現時期の聴取に検者のバイアスが混入す る可能性は低いと考えられる。 被告らは、習熟した神経内科医による診察・診断とはいえない旨主張するが、上記のとおり、専門医が関与しており、診察・診断の信頼性が欠けるとはいえない。 被告らは、昭和44年以降に出生・転入した者における有病割合が他の 者と比べ特に低くなっていないこと、公健法上の認定患者の数が多い「水俣芦北」及び「 察・診断の信頼性が欠けるとはいえない。 被告らは、昭和44年以降に出生・転入した者における有病割合が他の 者と比べ特に低くなっていないこと、公健法上の認定患者の数が多い「水俣芦北」及び「出水阿久根」地区に比べ、他の地域の有病割合が特に低くなっていないことを指摘し、用量-反応関係に反する旨主張する。しかし、上記のとおり選択バイアスが大きいと考えられることから、どの群においても自覚症状を有する者が積極的に受検を希望する反面、自覚症状を有し ない者は受検の動機が乏しい結果、有病割合が一様に高くなることは避けられないことといえ、そのことをもって、上記②の初発症状の出現時期の信頼性が否定されるわけではない。 なお、自覚症状の聴取に基づいて特定した初発症状の時期が水俣病の発症時期と一致するわけではないものの、感覚障害の所見が認められる場合 において、初発症状の時期が水俣病の発症時期を推測させる重要な指標であることは、前記オのとおりである。 キ重岡伸一医師らによる報告重岡伸一医師らは、平成16年11月から平成17年4月までに水俣協立病院等で水俣病検診を受診した住民のうち、曝露歴を有し、かつ四肢末 梢優位又は全身性の感覚障害を有し、水俣病と認められる189例を対象第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 6 遅発性水俣病 として、初発症状の時期について問診により聴取した結果、昭和43年以降の発症が100例(59.2%)、発症時期の平均及び標準偏差は昭和47年±14年(視野狭窄を併有する症例では昭和46年±12年、高度の運動失調を併有する症例では昭和42年±14年、感覚障害のみの症例では昭和53年±14年)であったこと、平成12年以降に感覚障害を発症 し (視野狭窄を併有する症例では昭和46年±12年、高度の運動失調を併有する症例では昭和42年±14年、感覚障害のみの症例では昭和53年±14年)であったこと、平成12年以降に感覚障害を発症 した例も2例あったことを報告している(甲B24〔6~7頁〕、証人髙岡〔39~41頁〕)。 被告らは、上記調査対象者は、独自の診断基準により水俣病としての診断を受けているにすぎず、公健法による認定を受けているかは明らかでない旨主張する。しかし、疫学的研究によれば、曝露歴を有し、四肢末梢優 位又は全身性の感覚障害を有する者は、水俣病である可能性が高いと考えられ(前記2)、運動失調又は視野狭窄を併有する者は、その可能性が更に高いと考えられる(前記3)。加えて、上記調査対象者については、神経生理学的検査、神経放射線検査、採血による精査によっても、症候を他原因で説明することはできなかったから(甲B24〔4頁〕)、水俣病である可 能性が高いと考えられる。 被告らは、関西訴訟上告審判決により、被害者が救済されることが広く報道された後の診断においては、検者及び被検者にバイアスが働く可能性が否定できない旨主張する。しかし、主観的な動機によって神経所見の結果がゆがめられる可能性は限定的であると考えられるし(前記2⑵イ(イ)、 前記ウ)、複数の運動失調の検査及び視野狭窄の検査(対面法とゴールドマン視野計の併用)や他原因の検討により、誤診の可能性はより限定されると考えられる。このことは、関西訴訟上告審判決の後であることによって大きく左右されるとは考え難い。 ク Takaoka(甲B93) Takaoka(甲B93)は、平成21年9月に水俣地域を含む不知第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 。 ク Takaoka(甲B93) Takaoka(甲B93)は、平成21年9月に水俣地域を含む不知第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 6 遅発性水俣病 火海沿岸地域の居住者973人を対象として行った調査の結果、手足のしびれ等の症状の有病割合がコントロール地域(非曝露地域)と比べ有意に高かったこと、不知火海沿岸地域の居住者の初発症状の時期は昭和50年±15年、「手足のしびれ」の初発時期は昭和59年±14.9年(「こむらがえり」、「つまずきやすい」、「手足が不器用」、「周りが見えにくい」とい う各症状の初発時期もおおむね同様)で、昭和43年以降も平成21年にかけて各症状の累積発症率が増加し続けていることを報告している(甲B93の1・2・3〔8~9、17頁〕、証人髙岡〔41~44頁〕)。 なお、コントロール地域群の平均年齢は62.0歳であり、不知火海沿岸地域群とほぼ同じであるから(甲B93の1・3〔4頁〕)、上記累積発症 率の増加を加齢の影響のみによって説明することはできない。 ケ小括前記イないしエのとおり、曝露が終了した後数年又はそれ以上の長期間が経過してから、四肢末梢優位の感覚障害等、水俣病の典型的症候が出現する場合が少なくないことが報告されており、これは、被告らが前提とす る生物学的半減期及び単一区画モデルでは説明できない遅発性水俣病の存在を示すといえる。また、前記オないしクのとおり、同様の長期間が経過してから、水俣病の典型的症候と密接に関連する自覚症状が出現する場合が少なくないことが報告されており、これらも、遅発性水俣病の存在を支持するといえる。 ⑵ 遅発性水俣病の機序遅発性水俣病の可能性を指摘する論者は、その機序につい る自覚症状が出現する場合が少なくないことが報告されており、これらも、遅発性水俣病の存在を支持するといえる。 ⑵ 遅発性水俣病の機序遅発性水俣病の可能性を指摘する論者は、その機序について、①比較的少量であっても汚染が持続しており、それによって新たな症状が出現した可能性(長期微量曝露説)、②水銀が脳内に残留し、症状の進行に寄与する可能性(脳内残留水銀説)、③汚染により脳が一定の損傷を受けたものの発症に至ら なかったものが、老化やその他の合併症により症状が表面化したという可能第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 6 遅発性水俣病 性(加齢説)を挙げている(甲B16〔754頁〕、17〔52頁〕、19〔550~551頁〕、24〔9頁〕、91〔43頁〕、証人髙岡〔44~45頁〕)。 そこで、それぞれの可能性について検討する。 ア長期微量曝露説 前記5⑷によれば、毛髪水銀値50ppmに至らない程度の曝露が継続することにより発症に寄与する可能性が否定できないと考えられる。もっとも、非汚染地域に転出してから長期間経過後に症状が出現し、神経学的所見が確認されるに至った症例が少なくないこと(前記⑴エ)や、川魚の摂取が禁止され、新たなメチル水銀の侵入が考え難い新潟水俣病における報告例 (前記⑴ア、イ、オ)を説明することは困難である。 イ脳内残留水銀説前記5⑵のとおり、武内(甲B73)、武内(甲B25)によれば、慢性水俣病の剖検例では、脳の総水銀値が1ppmを超える例が散見され、メチル水銀値が高い例もあるなど、脳への水銀の残留が長期にわたることが指摘 されている。 被告らは、武内(乙イB89)において、死亡した水俣病認定患者の剖検例433例のうち る例が散見され、メチル水銀値が高い例もあるなど、脳への水銀の残留が長期にわたることが指摘 されている。 被告らは、武内(乙イB89)において、死亡した水俣病認定患者の剖検例433例のうち、大脳のメチル水銀値が報告されたものについて見ると、最大でも0.171ppmであり(乙イB89〔17頁〕)、健常者の大脳のメチル水銀値0.004~0.149ppm(乙イB88〔103頁〕)と大 きく変わらない旨主張する。しかし、武内(甲B73)で報告された脳のメチル水銀値は、急性水俣病の剖検例で1.85~8.42ppm、慢性水俣病の剖検例で0.237~1.015ppmであり(甲B73〔37頁〕)、武内(乙イB89)の報告が、メチル水銀値の高い例を十分反映できているかは明らかでない。また、武内(乙イB3)によれば、発症から10年前後 が経過した剖検例でも神経細胞の水銀沈着が証明され、時間の経過ととも第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 6 遅発性水俣病 に減少していくものの、18年経過重症例では、依然として神経細胞にもグリア細胞にも強い沈着が証明されたのであって(乙イB3〔328頁〕)、武内(乙イB89)の報告が、こうした長期の水銀沈着例を否定するものとは解されない。 そのほか、脳内のメチル水銀値は低くても総水銀値が高い剖検例が、少 数であるが存在するところ(乙イB89〔11~29頁〕)、脳内でメチル水銀が無機水銀に変化すると、無機水銀は血液脳関門機構を通過しないから長期的に残留するとの指摘がある(乙イB91の1・2〔1、7頁〕)。 WHOが発表した無機水銀に関する環境保健クライテリア118は、「無機水銀の蓄積が実際に毒性効果に寄与するか否かについては不明であるが、 に残留するとの指摘がある(乙イB91の1・2〔1、7頁〕)。 WHOが発表した無機水銀に関する環境保健クライテリア118は、「無機水銀の蓄積が実際に毒性効果に寄与するか否かについては不明であるが、 おそらく寄与しないと考えられている。」と記述するにとどまり、寄与の可能性を明確に否定する根拠を挙げていないほか(乙イB90〔58頁〕)、無機水銀はそれ自体脳損傷を引き起こすとは考え難いとする論考も、無機水銀よりメチル水銀の方が動物の脳損傷とよく相関していることなどを根拠として挙げるにすぎず(乙イB91の1・2〔7頁〕)、無機水銀の長期 的な残留が神経細胞の損傷に寄与する可能性を否定しきることはできないと考えられる(乙イB269〔94頁〕)。 そうすると、脳内残留水銀説が、前記⑴で報告されたような遅発性水俣病の全てを説明できるかは別として、その発症に寄与している可能性を否定することはできないと考えられる。 ウ加齢説武内(甲B25)は、昭和44年(61歳時)から手足のしびれ感などの知覚障害が生じ、その後運動失調、構音障害、知能障害の発症を経て昭和47年に死亡した者の剖検例に関して、神経細胞の間引き脱落が認められる反面、脳の水銀蓄積量が正常範囲に戻っていることを指摘した上、昭 和44年より前の汚染によって神経細胞の間引き脱落が生じ、不顕性ない第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 6 遅発性水俣病 し不全型発症があったところ、60歳を超えるようになって老人性消耗性変化による神経細胞の消耗が加重して、水俣病の症状が顕性化してきた可能性を指摘している(甲B25〔535頁〕)。 上記仮説によれば、前記⑴で報告されたような遅発性水俣病が発生する理由について、整 変化による神経細胞の消耗が加重して、水俣病の症状が顕性化してきた可能性を指摘している(甲B25〔535頁〕)。 上記仮説によれば、前記⑴で報告されたような遅発性水俣病が発生する理由について、整合的に説明することができると考えられる。生田(甲B 139)もこれを支持する(甲B139〔941頁〕)。 被告らは、武内(甲B25)が挙げる剖検例について、昭和44年より前に臨床症状がなかったと判断した根拠が明らかでない旨主張する。しかし、武内(甲B25)は、同剖検例の生前の臨床経過について、詳細に記述していることから(甲B25〔533頁〕)、生前の診療記録を参照した と推認されるところ、生前の診療で聴取された自覚症状の発症時期が大きく誤っているとは考え難い。 被告らは、武内教授の加齢説は、どの程度のメチル水銀曝露で神経細胞の障害が発生するのか、どの程度神経細胞の障害が生じると発症するのかといった具体的な事実関係やその根拠となる科学的知見を示せていない旨 主張する。しかし、これらの点の実証に至らない仮説であっても、被告らが前提とする生物学的半減期及び単一区画モデルでは説明できない遅発性水俣病の報告例を整合的に説明できる以上、直ちに排斥することはできないというべきである。 被告らは、公健法に基づく水俣病認定患者の症状が、不変ないし改善の 傾向にあるという科学的知見があるとして、加齢説はこれに反する旨主張する。しかし、後記⑶エのとおり、水俣病の症状が増悪する例もあるのであり、症状が不変ないし改善の傾向にあるという例のみを取り上げて一般的に妥当する科学的知見であると見ることはできない。 被告らは、カナダインディアンや太地町といった魚介類多食集団におけ るメチル水銀の健康影響に関する調査で、加齢とともに水俣病を発症す て一般的に妥当する科学的知見であると見ることはできない。 被告らは、カナダインディアンや太地町といった魚介類多食集団におけ るメチル水銀の健康影響に関する調査で、加齢とともに水俣病を発症する第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 6 遅発性水俣病 者が多発したという報告はないことを指摘し、加齢説はこれと整合しない旨主張する。しかし、クライテリア101には、WHOの専門家グループが、カナダインディアンにおける長期間にわたる曝露の潜在的な重要性を示唆し、メチル水銀曝露による最初の風土病の例であるかもしれない可能性を提起したことが紹介されているなど(乙イB9〔70頁〕)、カナダイ ンディアンにおけるメチル水銀の影響は研究途上にあると見られ、加齢説を否定する根拠は見出せない。太地町における既存の調査についても、前記5⑷イのような問題があるほか、毛髪水銀値と脳内の蓄積や神経細胞の損傷との関係には未解明の部分が多いこと(証人髙岡〔48~51、113頁〕)、太地町の場合と、工場排水により汚染された魚介類を摂食した場 合とで、メチル水銀及びその他の水銀化合物の摂取量、蓄積量等が同じとは限らないことに照らし、太地町で加齢とともに水俣病を発症する者が多発したという報告がないというだけで、加齢説を否定する根拠とすることは困難である。 被告らは、水俣病の症候である求心性視野狭窄や後迷路性難聴等につい て、加齢に伴って発症又は増悪する者が多数現れるという報告はない旨主張する。しかし、上記のとおり、水俣病認定患者で視野や聴力が増悪する例はむしろ多いという報告があること、藤野(甲B19)は、曝露終了後、視野狭窄や難聴を有する者の割合が増えていることを報告していること(前記⑴ウ 、上記のとおり、水俣病認定患者で視野や聴力が増悪する例はむしろ多いという報告があること、藤野(甲B19)は、曝露終了後、視野狭窄や難聴を有する者の割合が増えていることを報告していること(前記⑴ウ)に照らし、上記主張は採用できない。 エ小括以上によれば、遅発性水俣病の機序についての複数の可能性は、いずれも実証に至らない仮説ではあるものの、直ちに排斥することができず、前記⑴で報告された遅発性水俣病の存在は否定できないと考えられる。 ⑶ 遅発性水俣病を否定する科学的知見 アクライテリア101第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 6 遅発性水俣病 クライテリア101は、メチル水銀中毒について、潜伏期が長い原因は分かっていないとした上で、イラクの場合では平均16日~38日である一方、「日本の数例では、非常に長い潜伏期(数年まで)が報告されている」と記述している。そして、「数年にわたる長い潜伏期は、症状を修飾する心理的な表層因子や老化因子によって顕在化するかもしれない臨床水準以下 の病変によって部分的には説明できるかもしれない。しかし、メチル水銀(あるいはメチル水銀が分解して生じた無機水銀)がゆっくりと脳に蓄積することでは説明できない。」と記述している(乙イB9〔58~59頁〕)。 しかし、上記記述は、遅発性水俣病の機序の説明ができていないことを指摘するにとどまり、遅発性水俣病の報告自体を否定するものとは解され ない。機序について、脳内残留水銀説を否定しているものの、その理由については説明しておらず、また、加齢説に対しては必ずしも否定していない。潜伏期を「数年まで」としている点は、それを超える潜伏期が生じる可能性を、データ等の根拠をもって否定す ているものの、その理由については説明しておらず、また、加齢説に対しては必ずしも否定していない。潜伏期を「数年まで」としている点は、それを超える潜伏期が生じる可能性を、データ等の根拠をもって否定する趣旨とは解されない。なお、イラクの中毒事件は、曝露期間が相当短い急性高濃度曝露の事案であるか ら(前記5⑷ア)、そこでの潜伏期間を基に、長期にわたり低濃度の曝露を受けた場合の潜伏期間を導けるかは疑問がある。 イ日本公衆衛生協会(乙イB65)日本公衆衛生協会(乙イB65)は、椿教授や白川医師の報告を踏まえ、水俣病の発症遅延例について検討した結果、「臨床医学的に観察された発症 が遅延する現象をメチル水銀の代謝・排泄及び体内蓄積に関する知見並びに発症閾値に関する知見から説明することは困難であるが、いずれにしても過剰な曝露停止から発症までの時期は現実的には数年以内にとどまるものと考えられる。」と記述している(乙イB65〔18~21頁〕)。 しかし、日本公衆衛生協会(乙イB65)は、被告らが前提とする生物 学的半減期及び単一区画モデルでは説明できない遅発性水俣病が臨床医学第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 6 遅発性水俣病 的に観察されることを認める一方で、その期間が「現実的には数年以内にとどまる」と判断する具体的根拠を示しておらず、発症時期を限定する点については十分な信用性が認められない。 なお、日本神経学会は、環境省の意見照会に対し、メチル水銀中毒症における曝露停止から発症までの潜伏期間について、「数か月からせいぜい数 年」という考え方が、少なくとも現時点では医学的な定説となっている旨回答する(乙イC23〔3~4頁〕)。しかし、その根拠としては、クライ から発症までの潜伏期間について、「数か月からせいぜい数 年」という考え方が、少なくとも現時点では医学的な定説となっている旨回答する(乙イC23〔3~4頁〕)。しかし、その根拠としては、クライテリア101及び日本公衆衛生協会(乙イB65)を挙げるにとどまる上、何をもって定説とするかの判断過程も不透明であって(証人髙岡〔52頁〕)、上記判断を左右するものではない。 ウ海外の文献海外の文献として、メチル水銀中毒で発症に2か月の遅れがあると記述する神経毒性学の教科書(乙イB66の1・2)、アルキル水銀化合物への曝露後の潜伏期間は数週間ないし数か月であると記述する論文(乙イB67の1~3)、メチル水銀中毒は数週間から数か月の潜伏期の後に遅延型神 経毒として現れると記述する小児科学の教科書(乙イB68)がある。しかし、これらは、いずれも非常に簡潔な記述であって、前記⑴のような報告例はもちろん、クライテリア101が言及する「非常に長い潜伏期(数年まで)」の存否についての検討すら示していないのであって、イラクの中毒事件のような急性高濃度曝露の事案には当てはまるとしても、長期にわ たり低濃度の曝露を受けた場合における遅発性水俣病を否定する根拠とすることは困難である。 エ水俣病認定患者の自然経過に関する研究日本公衆衛生協会(乙イB69)は、公健法に基づく水俣病認定患者について10~20年後の追跡調査を行った複数の報告を基に、「①水俣病発 生初期の典型的な水俣病患者は全体的には症状が改善する傾向である。②第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 6 遅発性水俣病 一部の水俣病認定者については、症状の改善が見られない者、症状が増悪する者が認められる。」とま 所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 6 遅発性水俣病 一部の水俣病認定者については、症状の改善が見られない者、症状が増悪する者が認められる。」とまとめている(乙イB69〔33~38頁〕)。しかし、上記②に明記されているとおり、症状が増悪する例も存在するところ、10年間で自覚症状、視野、知覚低下、聴力が増悪する例は、改善する例よりむしろ大幅に多いという報告もある(乙イB69〔37頁・図3 -9〕)。そうすると、日本公衆衛生協会(乙イB69)が挙げる報告自体から、水俣病の症状が不変ないし改善の傾向にあるという部分のみを一般的知見として取り上げることは一面的に過ぎ、これを遅発性水俣病を否定する根拠とすることは困難である。 佐藤(乙イB72)は、水俣病認定患者38人について、認定時と7~ 24年経過時の神経症状を比較した結果、視野狭窄、協調運動障害、振戦、表在感覚障害といった中核症状の出現頻度が減少しており、一定の割合(表在感覚障害では13例・34%)で何らかの改善が見られることを報告している(乙イB72〔83頁〕)。しかし、研究症例数が少ない上、表在感覚障害が悪化した例も5例あるなど(乙イB72〔84頁〕)、上記報 告をもって、水俣病の症状は不変ないし改善の傾向にあるという一般的知見を導くことはできず、遅発性水俣病を否定する根拠とすることも困難である。これに続く研究である内野(乙イB73)、有村(乙イB74)及び内野(乙イB75)についても同様である。 なお、有村(乙イB74)は、年齢ごとに分けて検討すると、特に男性 の場合、聴力障害、手指巧緻運動障害、指-鼻試験異常、下肢協調運動障害等の各項目が高齢者で悪化する傾向が見られたと指摘するところ(乙イB74〔61頁〕 、年齢ごとに分けて検討すると、特に男性 の場合、聴力障害、手指巧緻運動障害、指-鼻試験異常、下肢協調運動障害等の各項目が高齢者で悪化する傾向が見られたと指摘するところ(乙イB74〔61頁〕)、聴力障害や運動失調の評価に際し加齢の影響を慎重に考慮すべきことはそのとおりであるが、高齢者だからといって一般的な有病割合が高いわけではない表在感覚障害が時間の経過に従って増悪してい る例も相当数あること(前記2⑵エ、乙イB74〔62頁・Fig.2〕)第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 6 遅発性水俣病 からすると、基礎にある水俣病の症候が加齢によって増悪した可能性を想定するのが自然であり、これは、むしろ加齢説(前記⑵ウ)が想定する機序と整合的ともいえる。 オ小括以上によれば、潜伏期の長い遅発性水俣病を認めることがクライテリア 101をはじめとする科学的知見に反するとの被告らの主張は、採用することができない。 ⑷ 発症時期の限界前記⑴の各報告によれば、水俣病の複数の症候が出現する時期は区々であり、しかも、神経学的検査等によって確認可能な程度に症候が出現する時期 と自覚症状の出現時期とが一致するとは限らないことから、遅発性水俣病の発症時期を一義的に確定することは、そもそも困難である。それを前提とした上で検討すると、非汚染地域への転出時から症状発現時までの期間が、平均7.9±5.6年であり、21年以上の例もあると報告されていること(前記⑴エ)、水俣病認定患者において、水俣病の発症時期を推測させる重要な指 標といえる四肢末梢のしびれの発症時期が、排水停止等から十数年後である者もいると報告されていること(前記⑴オ)、それ以上の長期間が経過してから初発 いて、水俣病の発症時期を推測させる重要な指 標といえる四肢末梢のしびれの発症時期が、排水停止等から十数年後である者もいると報告されていること(前記⑴オ)、それ以上の長期間が経過してから初発症状が出現した者もいると報告されていること(前記⑴カないしク)、前記⑵のような想定し得る機序に基づいて、発症時期が限定されるという結論を導くことはできないこと、曝露終了から発症までの時期が長くても数年 にとどまるとする具体的根拠は見出せないこと(前記⑶)に照らすと、特定の年数をもって発症時期を限定することはできないというべきである。 白川医師は、メチル水銀汚染後9~10年で水俣病症状の遅発は激減していること、十余年にわたり経過を追跡している水俣病患者848例のうち、しびれ感の改善が184例、消失が81例で見られたこと、58例では四肢 末梢優位の感覚障害が両下肢のみの感覚障害に改善していることなどを報告第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 している(乙イB80)。しかし、水俣病の症状が改善する例があることは前記⑶エのとおりであるが、一方で増悪したり遅発したりする例があることと矛盾するものではなく、白川医師の指摘は、特定の年数をもって発症時期を限定する根拠とはならない。 7 他原因との鑑別可能性 ⑴ 一般的な他原因の可能性被告らは、感覚障害が水俣病にしか見られないような特異な症状ではない旨主張し、その例証として、一般健常中高年女性の37.7%が手足のしびれを訴え、26.4%が手足の感覚が鈍いと訴えている(更年期外来通院者である中高年女性ではそれぞれ51.1%、30.9%である)旨の池田(乙イB 18)を指摘する。しかし、池田(乙イ 足のしびれを訴え、26.4%が手足の感覚が鈍いと訴えている(更年期外来通院者である中高年女性ではそれぞれ51.1%、30.9%である)旨の池田(乙イB 18)を指摘する。しかし、池田(乙イB18)の調査は、両側性で左右対称か否か、四肢全部に生じるものか否かを区別せず、アンケート方式により行ったものであり、四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害に着目して神経学的検査を行ったものではない。部位を厳密に特定しない自覚症状と神経学的検査の結果との違いを示す実例として、非曝露地域を対象とする熊本 調査において、60歳以上の受検者(男女)のうち手足のしびれの症状があったのは25.1%、表在感覚障害があったのは8.3%に上り(甲B46〔33~34頁〕)、徳臣調査A(一般)において、50歳以上の受検者(男女)のうちしびれを現に感じると回答したのは22.0%に上ったのに対し(甲B82〔150頁〕)、四肢末梢優位の感覚障害又は全身性感覚障害の症 候が認められた例は別紙5疫学調査一覧表第1表のとおりわずかであった。 このように、手足のしびれの訴えや、手足の感覚が鈍いとの訴えの頻度が一般に相当程度高いからといって、四肢末梢優位の感覚障害又は全身性感覚障害がありふれた症候であるということはできない。 被告らは、Hanewinckel(乙イB190)が、多発性ニューロ パチーの2~3割は原因が不明(特発性)であるとしていることを指摘する。 第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 すなわち、ここでいう多発性ニューロパチーとは、しびれ、感覚異常、疼痛、筋力低下等の対称性の感覚症状を特徴とする末梢性ニューロパチーであるところ、Hanewinckel(乙イB1 性 すなわち、ここでいう多発性ニューロパチーとは、しびれ、感覚異常、疼痛、筋力低下等の対称性の感覚症状を特徴とする末梢性ニューロパチーであるところ、Hanewinckel(乙イB190)は、別の文献を引用しながら、緩徐進行性の軸索型ニューロパチー患者に対し診断ガイドラインを厳格に当てはめた場合でも、約20~30%の患者では原因を特定することがで きず、このような患者はしばしば慢性特発性軸索型ニューロパチー(CIAP)と診断されていることを紹介している(乙イB190の1〔5~6頁〕・2)。また、欧米や台湾の調査結果に基づき、多発性ニューロパチー症例の12~49%にCIAPが認められるとしている(乙イB190の1〔14~15頁〕・2)。しかし、ここでいうCIAPは、上肢よりも下肢に多く、靴 下型分布の痛覚及び触覚の低下が示され、しばしばアキレス腱反射が消失するとされ、耐糖能障害、脂質異常症、高血圧及び肥満等のメタボリックシンドロームの役割が示唆されているのであり(乙イB190の1〔15頁〕・2)、四肢末梢優位の感覚障害又は全身性感覚障害の症候とは一致せず、アキレス腱反射が消失する点からも水俣病の症候と区別可能な末梢神経性の症候 である可能性が高い。そもそも、同文献が対象とした29件の研究において、多発性ニューロパチーの有病割合は、全年齢で0.1~12.6%、高齢者で1.9~30.9%と大きな幅があり、これは、評価プロトコル、多発性ニューロパチーの定義、研究対象集団及び研究デザインの多様性によるものであることが指摘されており(乙イB190の1〔15~16頁〕・2)、前提と なる多発性ニューロパチーの概念が曖昧なものであると認められるほか、ほとんどが欧米又は発展途上国を対象とする研究であって、国・地域に されており(乙イB190の1〔15~16頁〕・2)、前提と なる多発性ニューロパチーの概念が曖昧なものであると認められるほか、ほとんどが欧米又は発展途上国を対象とする研究であって、国・地域による有病割合の開きが大きいことから、日本における妥当性にも疑問がある。そうすると、多発性ニューロパチーのうちCIAPと診断される頻度が相当程度高いとの研究があることをもって、四肢末梢優位の感覚障害又は全身性感覚 障害のうち相当割合が特発性(CIAP)であることの根拠とすることはで第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 きない。 以下では、四肢末梢優位の感覚障害を発症させ得る有力な他原因として、糖尿病性ニューロパチー及び変形性脊椎症について検討するとともに、感覚障害等が非器質性疾患による症候である可能性について検討することとする。 ⑵ 糖尿病性ニューロパチー ア糖尿病性多発性ニューロパチー(DPN)(ア) DPNの一般的症状一般的な教科書によれば、感覚障害を来す末梢神経障害である多発性ニューロパチーの多くが、糖尿病を原因とする合併症である糖尿病性多発性ニューロパチー(DPN)であるとされている。そして、多発性ニ ューロパチーでは、左右対称性の四肢遠位部におけるしびれ感、疼痛、温痛覚鈍麻等の感覚異常が主であり、上肢よりも下肢末梢に症状が出現しやすく、次第に左右対称性に下腿へと症状が上行し、上肢末梢にも症状が現れるとされている(乙イB123〔683、685頁〕、124〔130頁〕、125〔219頁〕、126〔692頁〕、127〔223 頁〕、128〔79~80頁〕)。 安田(甲B83)も、DPNの自覚症状は足趾や足底部のしびれ 683、685頁〕、124〔130頁〕、125〔219頁〕、126〔692頁〕、127〔223 頁〕、128〔79~80頁〕)。 安田(甲B83)も、DPNの自覚症状は足趾や足底部のしびれや疼痛などで初発し、後期になると、手袋靴下型の感覚異常を生じるという点において、上記教科書と同旨の記述をする(甲B83〔149~150頁〕)。馬場(甲B84)は、初期においては痛覚低下が足趾周辺から 短靴型分布を示し、重症度が上がるにつれ、足首、更には膝レベルまで徐々に拡大するとするが(甲B84〔781頁〕)、更に進行した場合に手袋靴下型の感覚異常を生じることを否定する趣旨とは解されない。 そうすると、DPNの後期に見られるとされる手袋靴下型の感覚異常と、水俣病による四肢末梢優位の感覚障害とを適切に鑑別し得るかが問 題となるところ、髙岡医師は、意見書において、①水俣病以外で四肢末第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 梢優位の感覚障害はほとんど見ないとした上で、②DPNの場合、腱反射が低下又は消失することが多い、③DPNの症状が自覚されるためには、高度の血糖コントロール不良が長期間継続することが必要であることなどを指摘して、糖尿病の発症時期、血糖コントロールの状況、腱反射の低下、感覚障害の範囲等を検討すれば、十分に水俣病とDPNとを 鑑別することができる旨記述する(甲B91〔27~28頁〕)。また、共通診断書検診に関与した三宅徹也医師(以下「三宅医師」という。)は、意見書において、水俣病とDPNとの鑑別の材料として上記②の腱反射を挙げる(甲B88〔29頁〕)。そこで、上記①(DPNによる四肢末梢優位の感覚障害の頻度)、上記②(腱反射)及び 師」という。)は、意見書において、水俣病とDPNとの鑑別の材料として上記②の腱反射を挙げる(甲B88〔29頁〕)。そこで、上記①(DPNによる四肢末梢優位の感覚障害の頻度)、上記②(腱反射)及び上記③(血糖コントロ ール不良)の各点、並びに上記一般的進行に関連して④DPNの発症から手の感覚障害が発症するまでの期間について、以下検討する。 (イ) DPNによる四肢末梢優位の感覚障害の頻度安田(甲B83)は、通常、DPNの自覚症状は足関節を越えて近位に広がることは少なく、日常診療では手指が無症状で足袋型の感覚症状 を生じるパターンが多いと記述する。もっとも、同記述は、自覚症状についてのものであり、神経学的検査において検出可能な表在感覚障害の有病割合について明らかにするものではない。 一方、糖尿病患者における手のニューロパチーについて調査したEnnis(乙イB129)によれば、糖尿病群のうち、セメス-ワインス タイン・モノフィラメント(ナイロン製のフィラメントで触れて触覚閾値を判定する器具)により手のニューロパチーを検出した者の割合は、右手で63.4%、左手で64.6%であったとされる(乙イB129の1〔25頁〕・2)。この結果も、四肢末梢優位の感覚障害の有症者におけるDPNの頻度を示すものではない。 このように、四肢末梢優位の感覚障害の有症者におけるDPNの頻度第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 を示す的確な調査結果は見当たらないため、その頻度については、前記2の疫学的研究の結果を踏まえて推測するほかないと考えられる。 なお、DPNの感覚異常が前胸部や頭頂部にまで拡大した症例の報告もあるとされるが(甲B83〔149 らないため、その頻度については、前記2の疫学的研究の結果を踏まえて推測するほかないと考えられる。 なお、DPNの感覚異常が前胸部や頭頂部にまで拡大した症例の報告もあるとされるが(甲B83〔149~150頁〕)、一般的な教科書にはほとんど触れられておらず、そこまで症状が拡大するにはDPNが相 当進行する必要があると考えられるから、DPNによる全身性感覚障害は、まれであると考えられる。 (ウ) 腱反射一般に、DPNにおいては、腱反射の低下(特に両側アキレス腱反射の低下又は消失)、振動覚低下が特徴的であり、診断に有用であるとされ ている(乙イB123〔685頁〕、126〔693頁〕、128〔80頁〕、証人髙岡〔21頁〕、証人三橋〔29頁〕)。 その実例として、日本で提案され、普及しつつあるDPNの簡易診断基準によれば、糖尿病が存在すること及びDPN以外の神経障害を否定し得ることを必須条件とした上で、①DPNに基づくものと思われる自 覚症状、すなわち、両側性に、足趾先及び足裏のしびれ、疼痛、異常感覚のうちいずれかの症状を訴えること、②両側アキレス腱反射が低下又は消失していること、③両側内くるぶしの振動覚が低下していること、という3項目のうち2項目を満たす場合にDPNと診断することとされ、高齢者については老化による影響を十分考慮することとされている(甲 B86〔79~80頁〕、乙イB186、224、229〔1559頁〕、266〔1541頁〕)。そして、東北地方の糖尿病患者約1万5000人を対象として平成15年に行われた調査(東北スタディ第2回調査)において、簡易診断基準を適用した結果、神経障害(DPN)の頻度は35.8%と、専門医による診断レベルに近付き、簡易診断基準の有用性 が示されたこと、アキレス腱反 査(東北スタディ第2回調査)において、簡易診断基準を適用した結果、神経障害(DPN)の頻度は35.8%と、専門医による診断レベルに近付き、簡易診断基準の有用性 が示されたこと、アキレス腱反射消失の割合は40.3%であり、両側下第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 肢の自覚症状の発現割合を上回り、アキレス腱反射消失が、自覚症状に先行して、糖尿病の診断後早期から高頻度に出現する傾向があること、罹病期間が長くなるほどアキレス腱反射消失の頻度が増加すること、アキレス腱反射の検査は、糖尿病で最も初期に障害を受ける最長の末梢反射弓を診るという理にかなった検査であることが指摘されている(甲B 84〔780頁〕、85、86〔80頁〕)。そうすると、DPNの後期になるほど、アキレス腱反射の低下又は消失が出現している可能性が高いといえ、四肢末梢優位の感覚障害がある症例でアキレス腱反射の低下又は消失が見られないことは、DPNの可能性を相当程度低下させるといえる。 被告らは、簡易診断基準のうち、②アキレス腱反射の低下又は消失がなくても、③両側内くるぶしの振動覚の低下があればDPNの可能性があるから、鑑別には両側内くるぶしの振動覚の検査が必要である旨主張する。アキレス腱反射の低下又は消失がないからといって直ちにDPNを否定し得るわけではないという点はそのとおりであるが、前記(ア)のD PNの一般的経過との整合性や、DPNでは説明し難い感覚障害の存在などによって鑑別可能な場合があると考えられ、両側内くるぶしの振動覚の検査がされていないことのみをもって鑑別ができないとする根拠は認められない。 被告らは、腱反射の検査には限界があることを指摘する。す によって鑑別可能な場合があると考えられ、両側内くるぶしの振動覚の検査がされていないことのみをもって鑑別ができないとする根拠は認められない。 被告らは、腱反射の検査には限界があることを指摘する。すなわち、 神経系に何らの器質的病変がないときにも、反射は消失したり、亢進したりすることがあるという見解(乙イB159〔66、74〕)、末梢神経障害による腱反射の減弱の影響に比して、中枢神経障害による亢進の影響が同等又は大きければ、結果として腱反射正常であることもあれば亢進することもあり得、腱反射の減弱がないからといって末梢神経障害 を否定することはできないという見解(乙イB1〔11~12頁〕)、器第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 質的な病変なしに腱反射が抑えられることはまれであるが、腱反射の活発さには個人差が著しく、若い人、神経質な人、甲状腺機能亢進症の人では活発になり、逆に高齢者では特にアキレス腱反射が低下する傾向にあるため、腱反射の所見はあくまで病変部位を見極めていく総合的な検討過程における一要素にすぎず、過度に依拠すべきものではないという 見解(乙イB131〔3頁〕)がある。高齢者については老化による影響を十分考慮すべきであることは簡易診断基準において言及されているとおりであるが、これらの見解は、アキレス腱反射の検査が容易で検者及び被検者の主観に左右されにくいといった利点から来る重要性(甲B85、乙イB131〔3頁〕、159〔65頁〕、229〔1557~15 58頁〕)を否定するものではないし、四肢末梢優位の感覚障害がある症例でアキレス腱反射の低下又は消失が見られないことが、DPNの可能性を相当程度低下させるとの上記判断 229〔1557~15 58頁〕)を否定するものではないし、四肢末梢優位の感覚障害がある症例でアキレス腱反射の低下又は消失が見られないことが、DPNの可能性を相当程度低下させるとの上記判断自体を左右するものでもない。 (エ) 血糖コントロール不良馬場(甲B84)は、DCCTやUKPDSなどの欧米での大規模研 究から、厳密な血糖コントロールがDPN発症を抑制することはほぼ立証されたとする。すなわち、DCCTで強化インスリン療法を受けた患者において、DCCT終了後8年間の神経障害発生に関する調査を行った結果、過去の強化インスリン療法群は、その後8年間のDPNの発生率が通常療法群よりも有意に低いことが指摘されている(甲B84〔7 82頁〕、乙イB229〔1562頁〕)。もっとも、DCCTにおける強化インスリン療法下でも10年で数%のDPNの新規患者が発生しており、血糖コントロールだけではDPNに見られる疼痛感やしびれ感の緩和は困難であることも指摘されている(甲B84〔782、784頁〕)。 一方、Ennis(乙イB129)によれば、糖尿病患者のうち血糖 コントロール良好群(HbA1cが7%以下)か血糖コントロール不良群第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 (HbA1cが7%超)かは手のニューロパチーの有無と相関しないことが報告されている(乙イB129の1〔26~28頁〕・2)。 以上によれば、長期的な血糖コントロールの良否が長期的にDPNの発症に影響することを示す研究結果があることから、長期的な血糖コントロールの良否は、DPNの鑑別に当たって一定の参考となると考えら れるが、血糖コントロールの指標(特に一時点のHbA1 DPNの発症に影響することを示す研究結果があることから、長期的な血糖コントロールの良否は、DPNの鑑別に当たって一定の参考となると考えら れるが、血糖コントロールの指標(特に一時点のHbA1c)のみをもって判断することは困難であるといえる。 (オ) DPNの発症から手の感覚障害が発症するまでの期間安田(甲B83)は、DPNは緩徐進行性のため、上肢と下肢の症状の解離が比較的長期間にわたるとしており(甲B83〔150頁〕)、こ れは、前記(ア)の教科書にも記述された一般的経過と整合的である。 Ennis(乙イB129)は、糖尿病の罹病期間(13年未満か14年以上か)と手のニューロパチーの有無が相関しないことを報告するが(乙イB129の1〔27~28頁〕・2)、ここでの検討対象は、糖尿病の罹病期間が13年未満か14年以上かの別であり、DPNの初発 後の罹病期間ではないから(一般的に、DPNは、数年ないし十数年の糖尿病歴で発症するとされ(乙イB126〔693頁〕)、糖尿病の罹病期間とDPNの罹病期間は一致しない。)、DPNの症状が下肢末梢のしびれや疼痛などで初発し、緩徐に進行し、後期に手に及ぶという前記(ア)及び安田(甲B83)の一般的経過に関する知見を否定するものではな いと解される。 そうすると、手の症状が足の症状と同時に、又はわずかに遅れて生じた症例については、DPNである可能性が低いと考えられる。 なお、DPNの発症時期に関連して、被告らは、糖尿病で末梢神経障害を引き起こすとされる細小血管障害が、耐糖能異常(IGT)の段階 で見られるという報告があることを指摘する。すなわち、海外で、ニュ第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 GT)の段階 で見られるという報告があることを指摘する。すなわち、海外で、ニュ第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 ーロパチーの患者のうち34%にIGTが認められたとの報告(乙イB194の1・2)、IGT群における多発性ニューロパチーの有病割合は正常耐糖能群よりわずかに多いという報告(乙イB195の1・2)、IGTの被検者に無症状の神経機能障害が存在するとの報告(乙イB196の1・2)、IGT患者のかなりの割合が、特に小繊維で痛みを伴うタ イプのニューロパチーを持っている可能性があるとの報告(乙イB197の1・2)がある。しかし、これらの報告をIGTニューロパチーとして紹介する日本語の文献も、IGTと末梢神経障害との間には何らかの関連性がありそうであるが、再現性、信頼性、IGTの診断を行った時期などに関しての再検討が必要であると指摘している(乙イB198)。 加えて、これらの報告は、糖尿病の予備軍とされるIGTにおいてニューロパチーが存在する可能性を示すものではあるが、IGTの段階で下肢末梢から上肢末梢にまで拡大して四肢末梢優位の感覚障害を生じるような多発性ニューロパチーが存在することを示すものとは認められない。 そうすると、四肢末梢優位の感覚障害について、糖尿病を前提とするD PNとの鑑別のほかに、IGTニューロパチーとの鑑別を要するとは認められない。 (カ) 小括以上によれば、水俣病による四肢末梢優位の感覚障害をDPNと鑑別し得るかを検討するに当たっては、前記2の疫学的研究によれば、メチ ル水銀曝露を受けた四肢末梢優位の感覚障害の有症者のうち専ら他原因に起因する割合は非常に低いと考えられることを踏まえつつ、個 し得るかを検討するに当たっては、前記2の疫学的研究によれば、メチ ル水銀曝露を受けた四肢末梢優位の感覚障害の有症者のうち専ら他原因に起因する割合は非常に低いと考えられることを踏まえつつ、個別の本件患者に即して、糖尿病の既往歴の有無(参考的に、長期的な血糖コントロール不良の有無を含む。)、四肢末梢優位の感覚障害を生じるまでの自覚症状の経過(特に、下肢末梢に初発し、緩徐に進行して下腿や上肢 末梢へ左右対称性に症状が上行するという経過をたどったか否か)、アキ第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 レス腱反射の低下又は消失の有無のほか、水俣病に典型的に見られるがDPNでは説明し難い他の症候の有無等を総合的に考慮するのが相当といえる。 イ単ニューロパチー被告らは、糖尿病では、多発性神経障害(多発性ニューロパチー)だけ でなく、手根管症候群をはじめとする単神経障害(単ニューロパチー)が組み合わされ、上肢や全身性の感覚障害を引き起こすことがあり得る旨主張する。 しかし、糖尿病によって単神経障害(単ニューロパチー)が生じ得ることは指摘されているものの(乙イB127〔223頁〕)、そもそも、単ニ ューロパチーとは、末梢神経の一つの分枝又は神経管が障害された状態をいい、感覚障害は末梢神経の皮膚支配領域に相応した範囲に限局して分布するとされ、多発性単ニューロパチーは、単ニューロパチーが多発し、左右差・神経差が明らかな場合をいうとされているところ(乙イB123〔685頁〕、124〔130頁〕)、四肢末梢又は全身性に左右対称性の感 覚障害がある場合、これを単ニューロパチー又は多発性単ニューロパチーと位置付けて評価することが医学的に妥当 乙イB123〔685頁〕、124〔130頁〕)、四肢末梢又は全身性に左右対称性の感 覚障害がある場合、これを単ニューロパチー又は多発性単ニューロパチーと位置付けて評価することが医学的に妥当であることを裏付ける証拠はない。 そうすると、多発性ニューロパチー(DPN)とは別に単ニューロパチーとの鑑別可能性を検討すべきである旨の被告らの主張は、採用すること ができない。 なお、糖尿病により突発的に顔面神経麻痺等の単ニューロパチーが発生することがあるとの教科書の記載はあるものの(乙イB126〔693頁〕、127〔223頁〕、128〔79頁〕、224〔171頁〕)、末梢性の顔面神経麻痺は、突然、片側顔面の閉眼ができない、口角が下がるなど、片 側顔面の上部・下部ともに動かなくなることのほか、耳介の疼痛やしびれ、第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 聴覚過敏等の症状が特徴とされており(乙イB153〔282頁〕)、水俣病に見られる口周囲の感覚障害とは異なるものであること、単ニューロパチーでは95%以上が3か月以内に自然に治まるとされていること(甲B163)、一般に三叉神経の末梢神経障害はまれであること(前記3⑵)から、糖尿病により四肢末梢優位の感覚障害に加えて口周囲の感覚障害が発 生するとは認められない。 ⑶ 変形性脊椎症ア変形性脊椎症の一般的症状変形性脊椎症は、脊椎の老化によってもたらされる消耗性疾患の一つである。頚椎の変形性変化に由来する場合は変形性頚椎症と呼ばれ、腰椎の 変形性変化に由来する場合は変形性腰椎症と呼ばれる(乙イB19〔556、558~560頁〕)。 変形性頚椎症の症状には、肩甲骨付近の痛みや肩こりな 由来する場合は変形性頚椎症と呼ばれ、腰椎の 変形性変化に由来する場合は変形性腰椎症と呼ばれる(乙イB19〔556、558~560頁〕)。 変形性頚椎症の症状には、肩甲骨付近の痛みや肩こりなどの局所症状のほかに、神経根の圧迫による頚椎症性神経根症、及び脊髄の圧迫障害による頚椎症性脊髄症がある(乙イB19〔560頁〕、184、258、27 8、証人三橋〔23~24頁〕)。 (ア) 頚椎症性神経根症頚椎症性神経根症においては、一側、まれに両側上肢(首から肩、腕、手にかけて)の神経痛様疼痛や、しびれ感を訴える知覚・運動不全麻痺症候が現れるとされる。上肢の中でも、圧迫された神経根が支配する皮 膚領域(デルマトーム)に分節性に感覚障害が現れる。頚部圧迫時の疼痛の誘発を調べるスパーリングテスト及びジャクソンテストの結果(スパーリング徴候及びジャクソン徴候)が陽性となることが多く、これらの検査結果や、分節性の有無等が、頚椎症性神経根症の診断の手掛かりとなる(甲B88〔13~14頁〕、乙イB19〔560頁〕、160 〔362~363、1119頁〕、166〔444頁〕、184、201第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 〔240頁〕、226〔607~608頁〕、240、278、証人三橋〔26~27頁〕)。 なお、一般に、椎間、神経根、上肢腱反射及び主な症候の間には、次表のような対応関係があるとされる(甲B88〔13~14頁〕、乙イB175〔471頁〕、201〔238頁〕、226〔608頁〕、証人三橋 〔26~27頁〕)。 椎間神経根上肢腱反射主な症候C4/5C5上腕二頭筋反射の減弱肩甲上部・上腕外側の 71頁〕、201〔238頁〕、226〔608頁〕、証人三橋 〔26~27頁〕)。 椎間神経根上肢腱反射主な症候C4/5C5上腕二頭筋反射の減弱肩甲上部・上腕外側の痛み上腕外側の感覚障害C5/6C6上腕二頭筋反射・腕橈骨筋反射の減弱肩甲上部・上腕外側の痛み上腕橈側から母指にかけてのC6領域の感覚障害C6/7C7上腕三頭筋反射の減弱肩甲間部・肩甲骨部・上肢後側の痛み、まれに一側の大胸筋部の疼痛中指を含むC7領域の感覚障害C7/8C8場合により上腕三頭筋反射の減弱肩甲間部・肩甲骨部・上肢内側の痛み前腕尺側から小指にかけてのC8領域の感覚障害(イ) 頚椎症性脊髄症頚椎症性脊髄症は、主に加齢による椎間板変性を基盤とする頚椎の退行性変化が進行し、脊髄の圧迫が進むことによって生じるものであり、頚椎症性脊髄症の好発年齢は40代ないし60代であり(男性に多い。)、 C3/4及びC4/5椎間に好発する(乙イB176〔9頁〕、184〔267頁〕、268〔409頁〕、280〔73頁〕)。頚椎症性脊髄症においては、両上肢ないし四肢のしびれ感、手指の巧緻運動障害、歩行障害、膀胱障害等が現れるとされる。この場合も、圧迫された脊髄に対第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 応する皮膚領域に分節性(髄節性)に感覚障害が現れる。上肢腱反射に異常が現れ(腱反射の減弱を認める高位があり、それ以下の腱反射が亢進する。)、下肢腱反射(膝蓋腱反射及びアキレス腱反射)が亢進することが多く、病的反射である手のホフマン反射及びトレムナー反射、足のバビンスキー反射が陽性となることが多い あり、それ以下の腱反射が亢進する。)、下肢腱反射(膝蓋腱反射及びアキレス腱反射)が亢進することが多く、病的反射である手のホフマン反射及びトレムナー反射、足のバビンスキー反射が陽性となることが多い(乙イB19〔560頁〕、1 60〔1119頁〕、166〔444頁〕、184、185〔27頁〕、199〔6頁〕、201〔238頁〕、226〔608~609頁〕、証人三橋〔24~26頁〕)。 なお、一般に、椎間、髄節、上肢腱反射及び髄節症候の間には、次表のような対応関係があるとされる(乙イB175〔471~472頁〕、 176〔31~32頁〕、185〔29~30頁〕、201〔238頁〕、226〔609頁〕)。 椎間髄節上肢腱反射髄節症候C3/4C5 上腕二頭筋反射以下の亢進全指のしびれC5領域を含む上肢全体の感覚障害C4/5C6 上腕二頭筋反射又は腕橈骨筋反射の減弱上腕三頭筋反射以下の亢進全指のしびれ又は橈側(母指側)の手指のしびれC6領域を含む手全体の感覚障害C5/6C7 上腕三頭筋反射の減弱尺側の手指(母指を除く手指)のしびれC7領域の感覚障害C6/7C8 上肢腱反射の亢進なし手指のしびれなしC8領域の感覚障害頚椎症性神経根症と頚椎症性脊髄症の合併が発生することもある(乙イB166〔444頁〕)。 (ウ) 変形性腰椎症 変形性腰椎症においては、腰痛、下肢緊張、疲労感、脊柱変形、坐骨第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 神経痛様疼痛、下肢不全麻痺などの症状が現れ、感覚障害は分節性に現れるとされる。神経根症状として、ラセーグテストの結果(ラセーグ徴候 点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 神経痛様疼痛、下肢不全麻痺などの症状が現れ、感覚障害は分節性に現れるとされる。神経根症状として、ラセーグテストの結果(ラセーグ徴候)が陽性となるほか、下肢腱反射が減弱し、病的反射であるバビンスキー反射やチャドック反射が陽性となることが多い(乙イB19〔558~560頁〕、証人三橋〔28頁〕)。 なお、一般に、椎間、神経根、下肢腱反射及び主な症候の間には、次表のような対応関係があるとされる(乙イB204〔557頁〕)。 椎間神経根下肢腱反射主な症候L3/4L4膝蓋腱反射の減弱L4領域(下腿内側)の感覚障害L4/5L5-L5領域(下腿外側から足部の母趾側にかけて)の感覚障害L5/S1S1アキレス腱反射の減弱S1領域(足部の外側)の感覚障害(エ) 鑑別の着眼点以上のうち、変形性腰椎症単独では下肢のみに感覚障害が現れ、頚椎症性神経根症単独では上肢のみに感覚障害が現れることから、水俣病と の鑑別が最も問題となるのは、頚椎症性脊髄症(腰椎症との合併例を含む。)である(甲B78〔32、42頁〕、乙イB20〔117頁〕、21〔885頁〕、121〔112頁〕)。 このことを踏まえ、変形性脊椎症(主に頚椎症性脊髄症)と水俣病との鑑別の方法について検討する必要があるところ、髙岡医師は、意見書 において、①変形性頚椎症で四肢末梢優位の感覚障害を伴う症例はほとんどなく、②そのような症例は運動障害を生じるので、水俣病による四肢末梢優位の感覚障害との判別が容易であり、③上肢についての神経根症による末梢神経障害の場合、分節性の表在感覚障害が認められるのに対し、水俣病による四肢末梢優位の感覚障害は、神経の支配部位 による四肢末梢優位の感覚障害との判別が容易であり、③上肢についての神経根症による末梢神経障害の場合、分節性の表在感覚障害が認められるのに対し、水俣病による四肢末梢優位の感覚障害は、神経の支配部位に沿っ 第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 て生じるわけではないし、境界も不明瞭であるため、このことも鑑別の際の判断資料となる旨記述する(甲B91〔28~29頁〕)。また、三宅医師は、上記①及び③と同様の指摘をする(甲B88〔29頁〕)。そこで、上記①(変形性脊椎症による四肢末梢優位の感覚障害の頻度)、上記②(運動障害)及び上記③(分節性の表在感覚障害)の各点のほか、 ④腱反射等の神経学的検査及び⑤画像所見の各点について、以下検討する。 イ変形性脊椎症による四肢末梢優位の感覚障害の頻度徳臣(乙イB121)は、徳臣調査B(水俣・有明・八代)の被検者について頚椎症性脊髄症の診断を行った結果、1次検診の受検者に対する頚 椎症性脊髄症の有症者の割合が、水俣地区では0.22%、有明地区では0.28%、八代地区では0.26%であったことを報告している(乙イB121〔115頁〕)。このうち四肢末梢優位の感覚障害を有する症例数はより少ないと考えられるが、その割合は明らかでなく、また、同調査は、受検率が満足すべきものではないことなどの問題もある(乙イB121〔11 7頁〕)。 Clarke(乙イB122)は、頚椎症120例のうち、左右非対称性の手袋靴下型の感覚障害が3例、三肢又は四肢に何らかの感覚徴候を示す例が45例あったことを報告しているが、左右対称性の四肢末梢優位の感覚障害の有症者数は明らかでない(乙イB122の1〔493~494、 靴下型の感覚障害が3例、三肢又は四肢に何らかの感覚徴候を示す例が45例あったことを報告しているが、左右対称性の四肢末梢優位の感覚障害の有症者数は明らかでない(乙イB122の1〔493~494、 496~497頁〕・2)。いずれにしても、四肢末梢優位の感覚障害の有症者における頚椎症の有病割合を示すものではない。 このように、四肢末梢優位の感覚障害の有症者における変形性脊椎症ないし頚椎症性脊髄症の頻度を示す的確な調査結果は見当たらないため、その頻度については、前記2の疫学的研究の結果を踏まえて推測するほかな いと考えられる。 第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 なお、全身性感覚障害の場合、頚髄損傷によるものであれば、四肢の麻痺や運動麻痺まで伴うのが通常であり(乙イB270〔20頁〕、証人髙岡〔11頁〕)、その程度に至らない症例について、変形性脊椎症を疑うことは合理的とはいえない。 ウ運動障害 前記ア(イ)のとおり、頚椎症性脊髄症においては、手指の巧緻運動障害や歩行障害等の運動障害を生じることが多い。そして、頚椎症性脊髄症の場合、しびれ感が上肢に、運動障害が下肢に初発するものが多い傾向があるという報告、大多数の症例は、脊髄症状の出現後、1年以内の間に著しい運動障害を来すという報告、発症から入院までの罹病期間が1年以内の症 例が60%以上を占めるが、5~10年の経過を示すもの(10%)、10年以上の経過を示すもの(7.1%)もあるという報告があるのに対し、水俣病では、四肢や口周囲のしびれ感で始まることが多く、経過が長く進行が緩徐であることが指摘されている(甲B78〔42頁〕)。 もっとも、水俣病でも一定の割合で運動障害、 という報告があるのに対し、水俣病では、四肢や口周囲のしびれ感で始まることが多く、経過が長く進行が緩徐であることが指摘されている(甲B78〔42頁〕)。 もっとも、水俣病でも一定の割合で運動障害、起立・歩行障害、筋力低 下が起きるとされ(甲B5〔236頁〕、78〔42頁〕)、上記のような初発症状の差異は、相対的なものであること、頚椎症性脊髄症は、急速に悪化する症例に限られるわけではなく、その自然経過について様々な報告があること(乙イB176〔7~11頁〕)に照らすと、運動障害の有無及び経過をもって直ちに水俣病と頚椎症性脊髄症とを鑑別することは困難であ ると考えられる。 エ分節性の表在感覚障害前記アのとおり、一般に、頚椎症性神経根症の場合、感覚障害は分節性に出現し、頚椎症性脊髄症の場合も、感覚障害は分節性(髄節性)に出現することが知られている。 被告らは、頚椎症性脊髄症においては、上肢感覚障害が四肢の広い範囲第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 に現れ、分節性とならない場合がある旨主張する。この点に関し、脊髄症では多椎間の障害が多いことから、上肢や手指の広範囲にしびれや感覚障害がある場合があるとされているが、他方で、腱反射、手指のしびれ、感覚障害、筋力低下等の分布や様式により、ある程度の高位診断は可能であるとされている(乙イB175〔471~472頁〕、176〔31~32 頁〕、185〔29~30頁〕)。また、頚椎と腰椎の病変が合併した場合でも、直ちに分節性の感覚障害が失われるわけではない(甲B130〔6頁〕、証人三橋〔102~103頁〕)。そうすると、頚椎症性脊髄症の場合、多椎間の障害により感覚障害の範囲が広がり得 が合併した場合でも、直ちに分節性の感覚障害が失われるわけではない(甲B130〔6頁〕、証人三橋〔102~103頁〕)。そうすると、頚椎症性脊髄症の場合、多椎間の障害により感覚障害の範囲が広がり得ることは考慮する必要があるが、感覚障害の分布と脊髄の高位との整合性が鑑別の手掛かりとなること は否定されないと考えられる。 そのほか、頚椎症性脊髄症による感覚障害はほとんどの場合、四肢の末梢優位に認められ、顔面には認めないこと(乙イB176〔30頁〕)に照らすと、口周囲の感覚障害のように、水俣病に典型的に見られるが頚椎症性脊髄症とは整合しない症候の有無も鑑別の手掛かりとなると考えられる。 オ神経学的検査前記アのとおり、一般に、頚椎症性神経根症の場合はスパーリング徴候及びジャクソン徴候の陽性、頚椎症性脊髄症の場合は腱反射の異常(特に下肢腱反射の亢進)、病的反射であるホフマン反射、トレムナー反射及びバビンスキー反射の陽性、変形性腰椎症の場合は下肢腱反射の減弱、病的反 射であるバビンスキー反射及びチャドック反射の陽性、ラセーグ徴候の陽性が診断の手掛かりとされている。頚椎症性脊髄症の場合、ほぼ半数で上肢腱反射が亢進し、90%で膝蓋腱反射が亢進し、70%でアキレス腱反射が亢進するとされ、これらの腱反射の亢進は、鑑別診断の上で重要であるとされる(乙イB280〔74頁〕)。 被告らは、下肢腱反射の亢進がない場合や、低下している場合でも、頚第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 椎症の可能性を否定することはできない旨主張する。そこで検討すると、頚椎症性脊髄症の診療ガイドラインにおいて、頚椎症性脊髄症(頚髄症)に腰部脊柱管狭窄症を合併する 原因との鑑別可能性 椎症の可能性を否定することはできない旨主張する。そこで検討すると、頚椎症性脊髄症の診療ガイドラインにおいて、頚椎症性脊髄症(頚髄症)に腰部脊柱管狭窄症を合併する症例が散見され、頚髄症状があるにもかかわらず下肢腱反射の亢進が軽微な場合やむしろ低下している場合があるとされていること(乙イB176〔24頁〕、199〔46頁〕)に照らすと、 下肢腱反射の亢進がなく、又は低下しているからといって、直ちに頚椎症の可能性を否定することはできない。もっとも、腰部脊柱管狭窄症との合併例の場合には、下肢痛の範囲や間欠跛行、排尿障害の有無が鑑別に有用であるとされている(乙イB199〔46頁〕、280)。結局、下肢腱反射の亢進が鑑別の有力な手掛かりとなることは否定されないから、個別の 本件患者に即して、感覚障害の分布、病的反射の有無等と併せて総合的に考慮する必要があると考えられる。 被告らは、ラセーグ徴候は、被検者の主観的応答に依存し、腰椎症以外でも陽性となったり、加齢とともに陽性率が減少したりすること、ラセーグ徴候の腰椎椎間板ヘルニアに対する特異度は高くないことを指摘して、 ラセーグ徴候が陰性だからといって、種々の腰椎症を否定する根拠とはならない旨主張する。そこで検討すると、ラセーグテストは、下肢伸展挙上テスト(SLRテスト)と類似する検査であり、仰臥位で、膝関節を90度屈曲位から伸展させた際、疼痛により膝関節を伸ばしきることができない場合に陽性と判定するものであるところ(乙イB201〔240頁〕、2 04〔556頁〕)、被検者の応答に依存するとはいえ、詐病を疑わせる事情がない限り、一定の客観性を有するテストであるといえるし、被検者が下肢伸展時の疼痛があるのにそれを隠すことによってラセーグ徴候が 04〔556頁〕)、被検者の応答に依存するとはいえ、詐病を疑わせる事情がない限り、一定の客観性を有するテストであるといえるし、被検者が下肢伸展時の疼痛があるのにそれを隠すことによってラセーグ徴候が誤って陰性となるという方向の誤判定を想定することは現実的でない。また、被告らは、特異度を「その検査が陰性であったときに当該疾患ではない確 率」であると説明した上で、SLRテストの腰椎椎間板ヘルニアに対する第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 特異度が52%にとどまることを指摘するが、特異度とは、ある病気に真にかかっていない人が陰性と判断される確率のことであり(甲B40〔83頁〕)、被告らの上記説明は誤りである。むしろ、より問題となるのは、感度(敏感度)、すなわちある病気に真にかかっている人が陽性と判断される確率(甲B40〔83頁〕)であり、SLRテストの腰椎椎間板ヘルニア に対する感度が85%と高いこと(乙イB279〔40頁〕)からすると、SLRテストで陰性である場合には腰椎椎間板ヘルニアである可能性は相対的に低いと考えられる。いずれにしても、ラセーグ徴候が陰性だからといって、直ちに腰椎症の可能性を否定することはできない反面、鑑別の有力な手掛かりとなることは否定されないから、個別の本件患者に即して、 他の所見と併せて総合的に考慮する必要があると考えられる。 カ画像所見頚椎単純X線画像において、頚髄症患者では健常者と比べ脊柱管前後径が有意に狭く、頚髄症患者の82%に脊柱管狭窄が認められたこと、骨棘形成も頚椎症性脊髄症の発症に関与している可能性があることが報告され ており、単純X線画像における所見(脊柱管狭窄、椎間板腔の狭小化、骨 く、頚髄症患者の82%に脊柱管狭窄が認められたこと、骨棘形成も頚椎症性脊髄症の発症に関与している可能性があることが報告され ており、単純X線画像における所見(脊柱管狭窄、椎間板腔の狭小化、骨棘の形成、椎間関節の変性等の有無)は、変形性脊椎症ないし頚椎症性脊髄症の診断の補助となると考えられる(乙イB19〔560頁〕、166〔444頁〕、170〔390頁〕、176〔31頁〕、233〔1129頁〕、268〔409頁〕)。 もっとも、無症候性健常者のMRI画像においても、椎間板後方突出や脊髄圧迫等の陽性所見が見られ、特に高齢者では、無症候性健常者でも椎間板後方突出や脊髄圧迫の頻度が高いこと、単純X線画像における椎間狭小化はかえって経過良好例に見ることが多いことが報告されているから(甲B79〔42頁〕、80〔251~253頁〕、乙イB226〔608 頁〕、268〔409頁〕)、画像所見の検討に際しては、感覚障害の分布や、第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 腱反射等の神経学的検査の結果と対比して、整合性を検討する必要があると考えられる(乙イB19〔562頁〕、166〔444頁〕、176〔31頁〕)。 キ小括以上によれば、水俣病による四肢末梢優位の感覚障害を変形性脊椎症と 鑑別し得るかを検討するに当たっては、前記2の疫学的研究によれば、メチル水銀曝露を受けた四肢末梢優位の感覚障害の有症者のうち専ら他原因に起因する割合は非常に低いと考えられることを踏まえつつ、個別の本件患者に即して、感覚障害の分布(分節性であるか否かを含む。)、腱反射等の神経学的検査の結果、画像所見を基に、症候が脊髄の高位の障害と整合 するかを検討するほ られることを踏まえつつ、個別の本件患者に即して、感覚障害の分布(分節性であるか否かを含む。)、腱反射等の神経学的検査の結果、画像所見を基に、症候が脊髄の高位の障害と整合 するかを検討するほか、水俣病に典型的に見られるが変形性脊椎症では説明し難い他の症候の有無等を総合的に考慮するのが相当といえる。 一方、全身性感覚障害の場合、四肢の麻痺や運動麻痺に至らない症例について、変形性脊椎症を疑うことは合理的とはいえない。 ⑷ 非器質性疾患(症候の変動) ア器質性疾患としての水俣病神経診断学の教科書によれば、神経疾患には、器質性疾患と非器質性疾患があり、器質性疾患とは、脳、脊髄、末梢神経等の部位のどこかに病理学的な変化を生じたために症状を出すものであるのに対し、非器質性疾患は、病理学的変化は全くないにもかかわらず、あたかも病変があるかのよ うな症状を出す場合であり、ヒステリーなどの心因性反応や詐病などによる偽りの神経症状がこれに当たるとされる(乙イB82〔6頁〕)。なお、詐病は、非器質性疾患と区別することもあるが(証人松浦〔4、8頁〕)、以下では、非器質性疾患に含めて検討することとする。 水俣病は、魚介類を介してメチル水銀を摂取したことによる中枢神経疾 患であるから(前記1⑴)、器質性疾患に当たることとなる(証人髙岡〔1第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 14~115頁〕、証人松浦〔5、29頁〕、乙イB136〔3~5頁〕)。 イ水俣病における症候の変動の可能性(ア) 脳の損傷との関係から見た改善の可能性被告らは、脳の神経系組織の損傷による器質性疾患の場合、①脳の各部における機能分担は厳密に決められているため、脳の特 水俣病における症候の変動の可能性(ア) 脳の損傷との関係から見た改善の可能性被告らは、脳の神経系組織の損傷による器質性疾患の場合、①脳の各部における機能分担は厳密に決められているため、脳の特定の部位が物 理的に損傷すると、当該部位に対応する身体の部位に感覚障害が出現し、しかも、②当該部位の損傷が永続的に存続するため、症候も永続的に存続する旨主張する。 そこで、まず上記①(脳の損傷部位と感覚障害との対応関係)の点について検討すると、脳神経内科・老年病学の研究者である松浦英治准教 授(以下「松浦准教授」という。)は、ペンフィールドの地図(大脳の体性感覚野と、刺激を受ける体の部位との対応関係を示した図)を参照した上で、体性感覚野に損傷が起こると、損傷した部位に対応する感覚機能にピンポイントで障害が生じるとする(乙イB136〔6頁〕、証人松浦〔59~64頁〕)。水俣病の場合、手、足、口など、体性感覚野の中 の広い部分に対応する身体の部位に症状が出やすいこと(証人松浦〔63~64頁〕)からすると、損傷した体性感覚野の部位と症状のある身体の部位との間に少なくとも大まかな対応関係が存在すると推測することは、合理的といえる。しかし、神経疾患の中には、失語、失行、失認など、症状と限局された病巣との対応が顕著で局在性が高い疾患がある一 方で、機能と病巣の局在がよく分かっていないものもあり、ある機能に多くの部位が関与したり、多くの機能に一つの部位が関与したりすることが常態であること、また、局在性が高い疾患においても、部分的な損傷であれば、機能の低下も部分的な場合が多く、その場合、病巣内では更なる局在性を示さないことを指摘する報告があり(甲B123)、大脳 の部位と機能との対応関係は未解明の部分が多いといえ、必ずしも損 あれば、機能の低下も部分的な場合が多く、その場合、病巣内では更なる局在性を示さないことを指摘する報告があり(甲B123)、大脳 の部位と機能との対応関係は未解明の部分が多いといえ、必ずしも損傷第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 した部位に対応する感覚機能にピンポイントで障害が生じるとまでは認め難い。 次に、上記②(損傷の永続性)の点について検討すると、松浦准教授は、脳に器質的な損傷が生じた場合、神経細胞には再生能力がなく、別の神経によるネットワークが再構成されることにより代償しようとする が、他の領域による代償は難しいとする(乙イB136〔5頁〕、証人松浦〔47頁〕)。この点に関し、中枢神経系では神経細胞の再生能力がなく、一度死滅した神経細胞が再生することはないものの(甲B7〔23頁〕、乙イB136〔参考資料4・1頁〕、証人松浦〔48頁〕)、神経突起によるネットワークの可塑性が期待できる場合があることは否定され ておらず、大脳皮質が損傷しても、大脳皮質のマップの再配置が起こり、周囲の残った大脳皮質が機能を代替(代償)する場合があり得ること、その原因は学習によるシナプスの形成である可能性があることが報告されている(甲B7〔23頁〕、122、乙イB136〔参考資料4・1~2頁〕、269〔111~113頁〕、証人松浦〔64~65頁〕)。また、 神経細胞の間引き脱落があるにとどまり、障害の程度が軽い場合は、損傷を受けていても神経細胞の死滅に至っていない部分もあるため、神経細胞の機能が回復することがあり得る(証人髙岡〔35頁〕、証人松浦〔47~52頁〕)。すなわち、三浦(甲B138)は、神経細胞の中の微小管がメチル水銀の標的とな 滅に至っていない部分もあるため、神経細胞の機能が回復することがあり得る(証人髙岡〔35頁〕、証人松浦〔47~52頁〕)。すなわち、三浦(甲B138)は、神経細胞の中の微小管がメチル水銀の標的となっており、微小管ネットワークが消失す ると、チュブリン合成が抑制され、細胞内小器官の変性が進行し、やがて細胞死に至ること、微小管の破壊は神経細胞の機能及び生存に多大な影響を及ぼすことが予想されること、一方、細胞内メチル水銀濃度が低くなると、その程度によって再び微小管ネットワークが出現することを報告しており、松浦准教授も、微小管が障害された後に神経細胞が機能 を回復することがあり得ることを否定していない(甲B138〔404第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 頁〕、証人松浦〔52~54頁〕)。そうすると、少なくとも脳がメチル水銀によって受けた損傷の程度が相対的に軽い場合には、残った大脳皮質による機能の代替により、又は死滅に至っていない神経細胞の回復により、機能が回復する可能性は否定されないと考えられる。松浦准教授は、腫瘍や脳梗塞の場合は機能の代替が生じ得るのに対し、中毒性疾患にお いては、大脳皮質野が一様に脱落するため、機能の代替が生じない旨供述するが(証人松浦〔65頁〕)、自らは水俣病について専門的な研究をした経験はなく、水俣病(メチル水銀中毒)の場合、脳の神経細胞が死滅してしまう場合ばかりなのかは分からないとも供述しており(証人松浦〔37、46~47頁〕)、損傷の程度が相対的に軽い場合にも大脳皮 質野が一様に脱落すると断定し得る根拠は明らかでない。 なお、そのほか、前記2⑵イ(ア)のとおり、感覚検査の性質上、被検者の疲労等や、医 ~47頁〕)、損傷の程度が相対的に軽い場合にも大脳皮 質野が一様に脱落すると断定し得る根拠は明らかでない。 なお、そのほか、前記2⑵イ(ア)のとおり、感覚検査の性質上、被検者の疲労等や、医師の技術、異なる部位の刺激に対する感覚の違いが微妙であった場合に被検者がこれを正確に表現することには限界があることなどから、異なる機会に行われた感覚検査の結果が一定程度変動するこ とがあり得ると考えられる(乙イB145〔3頁〕、147〔9~10頁〕)。 (イ) 症候の変動を裏付ける報告水俣病認定患者の自然経過に関する研究によれば、水俣病の症状が改善する例及び増悪する例の双方があることが報告されている(前記6⑶ エ)。 内野(甲B5)は、昭和55年6月から昭和58年3月までの間に昭和52年判断条件に従って水俣病と認定された患者で、複数回の神経内科学的診察(平均2.55回)を受けた77例のうち、診察の度に感覚障害の分布や程度が変動している不安定型例が63例(約82%)に上る ことを報告している(甲B5〔237頁〕)。十分な経験を有する医師で第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 あれば、ヒステリー(身体表現性障害)等の心因性疾患や詐病を見分ける方法を知悉していることから(前記2⑵イ(ア))、公的検診を経た上、症候の組合せを要求する昭和52年判断条件に従って水俣病と認定された患者の約82%もが非器質性疾患であったとは考え難く、感覚障害の分布や程度が変動することは、水俣病であることを否定するものではな いと考えられる。 立津(甲B125)は、昭和36年と昭和40年の2回にわたり熊本大学神経精神科による調査を受けた水俣病患者について、手 が変動することは、水俣病であることを否定するものではな いと考えられる。 立津(甲B125)は、昭和36年と昭和40年の2回にわたり熊本大学神経精神科による調査を受けた水俣病患者について、手指の運動拙劣、失調性歩行、ロンベルグ試験陽性等の者が2回目で減少している一方、深部感覚障害等を有する者は増加し、協調運動障害や構音障害等の 程度については軽快例と増悪例のいずれもあると報告しているところ(甲B125〔79頁〕)、神経精神科の専門家が関与して水俣病患者と診断されていることから、これらの軽快例(特定の症候の消失例を含む。)及び増悪例の多くが非器質性疾患であるとは考え難い。 (ウ) 症候の変動に否定的な見解 法化図陽一医師は、意見書において、曝露終了後、数十年を経て、症状が急に出現したり、消失したり、また増悪していったりするということは、中毒学的にみて考えられない旨記述するが(乙イB137〔10頁〕)、同医師は、水俣病について専門的な研究を行った医師ではないところ(乙イB137〔1頁〕)、神経細胞の間引き脱落の場合について上 記意見が妥当するという十分な根拠は示されておらず、直ちに採用することができない。川井充医師の意見書(乙イB142〔5頁〕)についても、同様の指摘が妥当する。 三嶋功医師は、水俣病の症状が改善することはあっても増悪することはない旨供述するが(乙イB139〔速記録46丁〕)、水俣病認定患者 の自然経過に関する研究結果(前記6⑶エ)に照らし、採用することが第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 できない。 井形昭弘教授は、障害がある程度であれば、感覚障害の分布や範囲の変動は一般的にはあり得ない旨供述 病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 できない。 井形昭弘教授は、障害がある程度であれば、感覚障害の分布や範囲の変動は一般的にはあり得ない旨供述するところ(乙イB140〔13丁〕)、ここで想定されている障害の程度や変動の内容がどのようなものかは明らかでないが、前記(イ)のような変動を否定する根拠は示されてい ない。 永松啓爾医師は、器質性の感覚障害に関し、「日によって、時間によって、変動することはありません。例えば、脳卒中の人の、昨日の感覚障害が今日は変化するというようなことはありません。」と供述するが(乙イB141〔27頁〕)、極端に短時間の変動を問題とするものにすぎず、 前記(イ)のような変動を否定する根拠は示されていない。 荒木淑郎医師は、水俣病の症状が変動することは「私は、ないと思っております。」と供述するが、症状が変動する者についても慎重に繰り返して調べた結果、他の症候と照らし合わせて水俣病と認定された者がいることを認めており(乙イB143〔100~102項〕)、それらの者 が水俣病であることを否定する根拠は示されていない。同医師は、時間的に、日によって違うような感覚障害は心因的な訴えが影響している旨供述するが(乙イB144〔78頁〕)、これも極端に短時間の変動を問題とするものにすぎず、前記(イ)のような変動を否定する根拠は示されていない。 山本悌司医師は、意見書において、水俣病のような器質性疾患においては、生理的な変動はあるにせよ症候が一貫して認められるのに対し、神経系組織の損傷によらない感覚障害の場合には、精神状態等に応じて症候が消失したり、出現したりするとして、例えば、手袋靴下型が全身型に変動するなどの広い範囲にわたる障害部位の変動は大 れるのに対し、神経系組織の損傷によらない感覚障害の場合には、精神状態等に応じて症候が消失したり、出現したりするとして、例えば、手袋靴下型が全身型に変動するなどの広い範囲にわたる障害部位の変動は大脳皮質性の認 知能の低下によって説明できないとするが(乙イB131〔9頁〕、14第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 7 他原因との鑑別可能性 5〔3~4頁〕、146〔2頁〕)、上記指摘は、短時間における大幅な変動には当てはまるとしても、前記(イ)のような変動を否定する根拠は示されていない。 日本公衆衛生協会(乙イB147)は、「水俣病にみられる感覚障害はメチル水銀中毒による器質性の障害により生じるものであるから、原則 的には短期間のうちに大きな変動を示すとは考えられず、従来の神経解剖学的知識に合致しない感覚障害のパターンを示す変動や以前には検出されず新たに検出される傾向が明らかな感覚障害については水俣病の他の主要症状と併せて、精査しなければならない。」と記述するところ(乙イB147〔10頁〕)、これは、症候の変動が見られる場合は慎重に判 断すべきという点において当然のことをいう記述であり、それ以上に前記(イ)のような変動を否定する趣旨とは解されない。 (エ) 小括以上によれば、感覚障害や運動失調等の症候が経時的に一定程度変動することは、直ちに器質性疾患としての水俣病を否定するものとはいえ ない。 ウ被告らが主張する鑑別基準について被告らは、現に生じている感覚障害が脳の器質的損傷に原因するものか否かを鑑別するに当たって、①神経学的診察で得られた所見が解剖学等の観点から説明可能か、②同所見を過去の感覚検査の結果と比較して一貫性 があるか、③ る感覚障害が脳の器質的損傷に原因するものか否かを鑑別するに当たって、①神経学的診察で得られた所見が解剖学等の観点から説明可能か、②同所見を過去の感覚検査の結果と比較して一貫性 があるか、③同所見が日常生活動作等の外部事情と整合するかという観点から検証する必要がある旨主張するところ、上記主張は、前記イのような症候の変動があり得る点を除けば、基本的に合理性を有するといえる。 被告らは、上記②の経時的な一貫性の検証に関し、医師は、所見を見落とすことを恐れるため、正常所見は、相当慎重に診察を行った結果であっ て信頼でき、一度でも正常であることが確認された部位については、脳の第3章当裁判所の判断第2 水俣病の病像及び診断基準(争点2⑴)について 8 診断基準についてのまとめ 器質的損傷による感覚障害があると認めることはできない旨主張し、松浦准教授は、同旨の意見を述べる(乙イB136〔9頁〕)。しかし、前記イ(ア)で言及した感覚検査の限界は、医師が異常所見を認めなかった場合にも妥当することが明らかであり、正常所見に限って信頼性が高いという上記意見は採用することができない(松浦准教授自身、正常所見も誤っている 場合があることを認めている(証人松浦〔95~96頁〕)。)。 被告らは、左右の感覚障害が逆転する場合、上肢、下肢、体幹、口周囲に見られた感覚障害が別の診察時には完全に消失する場合、感覚障害の分布の変化が四肢の大きな関節二つ以上をまたぐ場合、振動覚検査における音叉の秒数が、同一部位で5秒未満の値と10秒以上の値を示す場合には、 脳の器質的損傷によって生じたものと認めることはできない旨主張し、松浦准教授は同旨の意見を述べる(乙イB136〔14頁〕)。しかし、上記のうち、左右の感覚障害が逆転する の値を示す場合には、 脳の器質的損傷によって生じたものと認めることはできない旨主張し、松浦准教授は同旨の意見を述べる(乙イB136〔14頁〕)。しかし、上記のうち、左右の感覚障害が逆転する場合はそもそも水俣病の症候である四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害と整合しないから検討から除外するとして、そのほかの変動については、程度の問題であり、何らかのエ ビデンスや絶対的な基準があるわけではない(証人松浦〔72~76頁〕)。 結局、変動の程度、変動するまでの期間、日常生活動作との整合性、感覚検査の限界等を踏まえ、総合的に検討するほかなく、一律の基準を設けて非器質性疾患であると断定すべき根拠は認められない(証人髙岡〔36~37頁〕)。 8 診断基準についてのまとめ以上によれば、メチル水銀曝露と四肢末梢優位の感覚障害又は全身性感覚障害との間には、高い寄与危険度割合等により明らかな疫学的因果関係が認められることから、個別の本件患者が水俣病に罹患しているか否かを判断するに当たっては、メチル水銀曝露の事実が認められ、かつ、上記各症候のいずれかが 認められること(共通診断書作成手順に定められた診断基準A又はB)を前提第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 1 診察項目の合理性 とした上で、他の症候(舌の二点識別覚異常、口周囲の感覚障害、求心性視野狭窄、運動失調、構音障害又は難聴等)の有無、発症に至る経過、他原因の可能性の有無等の個別的事情を総合的に考慮するのが相当である。 第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について共通診断書の記載事項は、曝露歴に関するもの、症候に関するもの及びこれ らを踏まえた医師の診断に分かれるところ(甲B34)、曝露歴については後記 第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について共通診断書の記載事項は、曝露歴に関するもの、症候に関するもの及びこれ らを踏まえた医師の診断に分かれるところ(甲B34)、曝露歴については後記第4及び第5で検討し、個別の本件患者についての診断の合理性については後記第5で検討することとして、ここでは、症候に関する記載事項の一般的な信用性について検討する。 1 診察項目の合理性 ⑴ 共通診断書の診察項目共通診断書検診における検査及び共通診断書への記入は、水俣病共通診断書検討会が作成した共通診断書作成手順に従って行われる(前提事実10)。 その記載事項を、特措法に基づく一時金等の申請に際し申請者が提出することができるとされた提出診断書の記載事項と比較すると、提出診断書にお いては、現病歴、既往歴、家族歴、人体図を付した感覚検査(触覚及び痛覚の検査。口の周囲の感覚障害の検査を含む。)の結果、その他の神経症状(しびれ、ふるえ、こむらがえり等)の記載が求められているところ(乙イA51の3〔34丁〕)、共通診断書においては、これらの項目はいずれも記載することとされ、項目によってはより詳細に記載することとされているほか、 二点識別覚閾値、視野狭窄、聴力障害、構音障害、運動失調(9検査項目)、腱反射、病的反射、振戦等の不随意運動、筋力低下・筋萎縮についても検査し、記載することとされている(甲B34)。神経所見記載シートには、上記診察項目に加え、血圧、脈拍、精神症状の有無、スパーリング徴候、ジャクソン徴候、ラセーグ徴候及びロンベルグ徴候の有無、運動を妨げる疼痛の有 無、振動覚及び位置覚についても記載する欄が設けられており、必要に応じ、第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 1 診 徴候の有無、運動を妨げる疼痛の有 無、振動覚及び位置覚についても記載する欄が設けられており、必要に応じ、第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 1 診察項目の合理性 フォンフライ触毛による触覚閾値を記載することとされている(甲B59)。 以上のうち、既往歴は、他原因を検討する手掛かりとなるものであり、腱反射、病的反射、スパーリング徴候、ジャクソン徴候及びラセーグ徴候は、DPNや変形性脊椎症との鑑別に有用であり(前記第2の7⑵、⑶)、振戦は、パーキンソン病との鑑別等に有用であり(乙イB153〔340頁〕、159 〔181~182頁〕、証人髙岡〔20頁〕)、筋力低下・筋萎縮も、他原因との鑑別の参考となる(甲B143〔7頁〕、証人髙岡〔21頁〕)。このように、共通診断書及びこれに付随する神経所見記載シートは、水俣病の典型的症候を網羅するとともに、他原因との鑑別の有力な手掛かりとなる事項についても確認できるものとなっている。 ⑵ 濱田医師の意見について濱田医師は、意見書において、水俣病の診断に際しては、病歴、神経学的診察所見を基にした病変部位の推定(局在診断)及び病変性質の推定(病因診断)を経た後、必要な検査所見を総合して可能性のある疾患(鑑別疾患)から最も可能性の高い疾患を診断(鑑別診断)し、臨床診断(最終診断)へ 至るプロセスが必要であり、局在診断のためには全身を系統だって診察した上、正常所見・異常所見を含めた全ての所見を分析する必要があるところ、共通診断書は、水俣病らしさを主張するのみで、神経学的診断に必須の内容が記載されていないために、鑑別診断はおろか、局在診断すらも不可能である旨記述する(乙イB98〔1、4頁〕)。そこで検討すると、神経内科認定 病らしさを主張するのみで、神経学的診断に必須の内容が記載されていないために、鑑別診断はおろか、局在診断すらも不可能である旨記述する(乙イB98〔1、4頁〕)。そこで検討すると、神経内科認定 医である濱田医師自身が実践している触覚の検査方法は、被検者の手足、顔面、体幹などを筆やティッシュペーパーで軽く触れ、どの程度の強さに感じるかを尋ね、いずれかの部位に触覚障害を疑う場合には、上肢から胸部まで移動しながら感覚が変化する場所を調べ、顔と手足の比較や、左右対称部の比較も行う(何割程度の強さに感じるという被検者の訴えに基づいて数値を 記録することもある)などというもので、痛覚の検査も同様に行い、全身の第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 1 診察項目の合理性 触覚及び痛覚の検査をするのに要する時間は、5分間前後である(証人濱田〔9~10、81~88頁〕)。なお、松浦准教授の場合は、感覚検査が二、三分で終わることもあれば、振動覚検査を含め15分間ないし20分間程度かかることもある(証人松浦〔84~85頁〕)。一方、共通診断書検診における触覚の検査方法は、胸と肩、胸と指先を筆で触り、感じ方は同じか聞き、 指先の触覚が弱いと疑う場合には、肩、肘、手首、手背、指先と順番に触り、胸を10としたときどの程度の強さに感じるかを尋ね、痛覚の検査も同様に行い、全身性感覚障害を疑う場合は、筆より柔らかいティッシュペーパーで触って、触ったことが分かるかを検査し、左右差の有無や分節性の有無も検査するなどというもので、感覚検査に要する時間は少なくとも15分間、そ の他の検査・診察にかかる時間も併せると1時間程度である(甲B61、88〔12~13、31~32頁〕、89の1・2、133の1~1 どというもので、感覚検査に要する時間は少なくとも15分間、そ の他の検査・診察にかかる時間も併せると1時間程度である(甲B61、88〔12~13、31~32頁〕、89の1・2、133の1~13、証人三橋〔3~13、16頁〕、証人髙岡〔76~80頁〕)。これらを比較すると、感覚検査に関し、濱田医師の検査方法と共通診断書検診における検査方法には基本的な点で違いがあるとはいえず、むしろ共通診断書検診は十分な時間 をかけて丁寧に行われているともいえ、濱田医師が、一般的に、共通診断書検診では系統だった診察がされていないから局在診断が不可能であるとする根拠は不明である。濱田医師自身、共通診断書検診を実際に行う場面を見た上で批判しているわけではない(証人濱田〔103頁〕)。また、共通診断書は、異常所見だけでなく正常所見についても記載するものであるし、水俣病 の典型的症候を網羅するだけでなく、他原因との鑑別の有力な手掛かりとなる事項についても確認できるものとなっており、濱田医師が、一般的に、共通診断書検診では鑑別診断が不可能であるとする根拠は不明である。 濱田医師は、局在診断及び鑑別診断を行うためには、日本神経学会による神経学的検査チャートにある診察項目が全て必要である旨供述する(乙イB 98〔5頁〕、証人濱田〔63頁〕)。しかし、神経学的検査チャートは、神経第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 1 診察項目の合理性 学的検査について診療報酬を請求する場合に必要な書類として定められたものであって、診療報酬を請求しない場合には要求されていないほか、日本神経学会が不必要と考える項目も含まれており、濱田医師自身、検査の目的によって神経学的検査チャートにある診察項目の全部は行わ れたものであって、診療報酬を請求しない場合には要求されていないほか、日本神経学会が不必要と考える項目も含まれており、濱田医師自身、検査の目的によって神経学的検査チャートにある診察項目の全部は行わないことがあり、日常の診療で診察項目の全部を行うのは全患者の3分の1ないし半分程度に とどまるというのが実情である(甲B151の1~3、甲B160〔95~97、117頁〕、証人濱田〔15~16、63~67頁〕)。神経学的検査チャートには、意識レベル、見当識、記憶、計算能力、失行、失認、眼底、眼裂、眼瞼下垂等をはじめとする非常に多数の検査項目が記載されているが(乙イB98〔参考文献1〕)、水俣病の診断、すなわち四肢末梢優位の感覚 障害又は全身性感覚障害等の典型的な症候の判定及びこれらについて想定し得る有力な他原因との鑑別という目的に照らし、上記検査項目の全てが必要であるといえる根拠は不明である。神経診断学や内科診断学の教科書にも、病歴を基に予想される病変部位と病因が明らかになると、最も可能性が高い疾患と二、三の鑑別疾患を挙げることができるので、重要と考えられる項目 に重点を置いて神経学的診察を行うことになる旨の記述(甲B154〔18頁〕)や、頭に思い浮かべた疾患(診断仮説)の一つ一つを確認又は除外するのに有用と考えられる体の部分について身体診察や検査を行う旨の記述(甲B155〔9~10頁〕)があり、水俣病及び有力な他原因を想定しながら行う共通診断書検診の手法はこれらの記述に沿うといえる。 以上によれば、共通診断書の診察項目がおよそ不十分であることをいう濱田医師の意見は、採用することができない。 ⑶ 追加検査及び専門医の診察について被告らは、四肢末梢優位の感覚障害は、大半が原因不明であり、原因が判明する主な例だけで よそ不十分であることをいう濱田医師の意見は、採用することができない。 ⑶ 追加検査及び専門医の診察について被告らは、四肢末梢優位の感覚障害は、大半が原因不明であり、原因が判明する主な例だけでも、急性感染症、栄養障害(脚気等)、内分泌障害(糖尿 病等)、代謝障害(尿毒症等)、重金属・有機溶剤中毒、薬剤の副作用、腫瘍第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 2 診断バイアス 及び変形性脊椎症等、多様な原因により発症し得るから、適切に鑑別診断を行うためには、尿検査、血液検査、血液生化学検査、脊椎単純X線検査、頭部CT、MRI、末梢神経伝導速度検査等が必要であるが、共通診断書の作成に際して、これらの検査は追加で行われていない旨主張する。しかし、メチル水銀曝露の事実が認められ、かつ、四肢末梢優位の感覚障害又は全身性 感覚障害が認められる場合には、水俣病である蓋然性が高いから(前記第2)、個別の本件患者に即して、具体的に他原因の可能性を疑わせる事情がある場合に、追加検査がなければ鑑別が困難かを検討すれば足り、単なる一般的・抽象的な他原因の可能性を理由に、上記各検査が行われていないことをもって共通診断書の信用性が否定されるということはできない。なお、共通診断 書検診においても、担当医師が必要と認める場合には、脊椎や脳のMRIを撮影することがある(証人三橋〔71~72頁〕)。 被告らは、共通診断書検診において、必要に応じて他の専門(眼科、耳鼻科等)に習熟した医師へ診察を依頼するという考え方がとられておらず、他原因により生じた可能性を検討するプロセスが欠けている旨主張する。しか し、共通診断書検診における視野検査及び聴力検査は、もともと後記4⑹、⑺のとおり簡易な方法による え方がとられておらず、他原因により生じた可能性を検討するプロセスが欠けている旨主張する。しか し、共通診断書検診における視野検査及び聴力検査は、もともと後記4⑹、⑺のとおり簡易な方法によるものであって、水俣病の診断ないし他原因との鑑別の上で決定的な意義を有するものではないから、そのような位置付けのものとして評価すれば足り、耳鼻科や眼科の専門医に診察を依頼していないことをもって共通診断書の信用性が否定されるということはできない。その 他の専門医による診察が必要かは、個別の本件患者に即して検討すれば足りる。 2 診断バイアス⑴ 医師のバイアス被告らは、共通診断書検診には、①医師が当初から水俣病を念頭に置いて 診断しており、それに固執して他の原因の可能性を検討していないバイアス、第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 2 診断バイアス ②最近遭遇した類似症例と同じ疾患を考えるバイアス、③水俣病に見られる症候の有無に限定した診察を行い、追加検査を予定していないことにより、不都合なデータを無視するバイアス、④追加検査や追加所見を得ることによる手間をかけるより、マニュアルに従って水俣病に罹患しているという結論を下す方が楽であるというバイアス、⑤マニュアルを過信するバイアスが介 在する旨主張する。 そこで検討すると、上記①及び②については、最も可能性が高い疾患と二、三の鑑別疾患を挙げた上で神経学的診察を行うことは、不当なことではないし(前記1⑵)、共通診断書は、他原因との鑑別の有力な手掛かりとなる事項についても確認できるものとなっており、その評価について第三者による検 証が可能であるから、被告らが主張するバイアスを理由に、共通診断書の信用性が一般的に否定 の鑑別の有力な手掛かりとなる事項についても確認できるものとなっており、その評価について第三者による検 証が可能であるから、被告らが主張するバイアスを理由に、共通診断書の信用性が一般的に否定されるということはできない。 上記③及び④については、追加検査がなければ鑑別が困難かは、個別の本件患者に即して、具体的に他原因の可能性を疑わせる事情がある場合に検討すれば足り(前記1⑶)、被告らが主張するバイアスを理由に、共通診断書の 信用性が一般的に否定されるということはできない。 上記⑤については、共通診断書作成手順は、診察項目を統一し、神経所見の取り方を統一するなど、公平性を担保するために必要な最低限の共通の申合せを定めるものであり、水俣病の診断は担当医師自身の知識・経験に基づく総合的判断により行われるのであって(甲B34〔2頁〕、47、証人三橋 〔68~69頁〕)、共通診断書作成手順が、水俣病であるとの診断に誘導するようなマニュアルとなっているとは認められない。 ⑵ 被検者のバイアス被告らは、感覚検査においては、一般に被検者は暗示を受けやすい上、自らが水俣病であるという先入観や無意識の思い込みも手伝って、検者に逆ら うことを避けようという追従バイアスが生じるおそれがある旨主張する。し第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 2 診断バイアス かし、感覚検査に際し被検者に暗示や誘導を与えないようにすべきことは教科書にも記載された基本的な注意事項であり、十分な経験を有する医師であれば、それを避ける方法に習熟しているところ(前記第2の2⑵イ(ア))、共通診断書検診においては、例えば前胸部及び上肢を筆でなでて感覚を比較する際、「強さは同じですか、異なりますか。」、「胸 師であれば、それを避ける方法に習熟しているところ(前記第2の2⑵イ(ア))、共通診断書検診においては、例えば前胸部及び上肢を筆でなでて感覚を比較する際、「強さは同じですか、異なりますか。」、「胸の感覚を10とします。肩 はいくらですか。肘はいくらですか。」、「直感で答えてください。」などと、いずれかの感覚が強いかのような暗示や誘導を与えないような聞き方がされており(甲B61、88〔12頁〕、乙イB269〔65頁〕、証人三橋〔3~5、19、21頁〕)、追従バイアスが生じないような配慮がされているといえる。また、共通診断書作成手順においては、診察に際して、反応のスピ ード、回答の一貫性などを見て、心因性症状等の可能性を除外する必要があることが注意喚起されており(甲B47〔2丁〕)、実際の感覚検査においても、担当医師が、鑑別を要する疾患に応じて、分節性の有無を確認するなど、様々な部位を触って検査したり、応答に疑問があるときは聞き方を変え、フェイントをかけて整合性のある応答が得られるかを確認したり、別の医師に 相談したり、被検者の応答だけでなく、痛覚の刺激に対し被検者が顔をしかめるなどの表情を見ながら行ったりするなど(乙イB269〔55~56、62~63、65~66頁〕、証人三橋〔10~11、17、22頁〕)、被検者の追従や心理的要因によって診断が左右されないような配慮がされているといえる。感覚検査に至るまでの段階で、視野検査、聴力検査、運動失調検 査、スパーリングテスト等の数多くの検査がされ、被検者には、どのように応答すればよいかと思考する余裕は与えられない(甲B89の1・2、143〔16頁〕、乙イB269〔66~67頁〕)。そうすると、被検者の追従バイアスを理由に、共通診断書の信用性が一般的に否定されるということ ばよいかと思考する余裕は与えられない(甲B89の1・2、143〔16頁〕、乙イB269〔66~67頁〕)。そうすると、被検者の追従バイアスを理由に、共通診断書の信用性が一般的に否定されるということはできない。 ⑶ 集団検診の目的に照らしたバイアス第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 3 医師の適格性 被告らは、集団検診が、被告らに対する責任追及や、集団訴訟への参加者を募ることを目的として行われた場合に、バイアスの存在を否定できないと主張し、集団検診において水俣病と診断された者の割合が異常な高率であると指摘する。すなわち、不知火患者会が関与した集団検診においては、受検者の90%前後又はそれ以上の高い割合の者が、水俣病との診断を受け、共 通診断書の発行を受けている(乙イB95の1~3、149、270〔80頁〕、証人三橋〔45~46頁〕)。しかし、集団検診は、潜在的被害者の掘り起こしと、訴訟のための共通診断書作成を主な目的として不知火患者会が計画したものであるところ(乙イB149)、曝露歴があり、四肢のしびれやこむらがえりなど、水俣病の典型的な自覚症状を持つ者が受検したと考えられ ることから、その中で感覚障害等が認められ、水俣病と診断される者の割合が高いことは、不自然なこととはいえない。また、前記⑴、⑵によれば、訴訟に備えることを目的の一つとしていたからといって、検査及び診断の内容がゆがめられていたとは認められない。 3 医師の適格性 被告らは、共通診断書検診の担当医師には、神経内科に十分習熟していない者が含まれている旨主張する。 そこで検討すると、本件患者らについて行われた共通診断書検診の担当医師は、多くが神経内科医であったが、集団検診で多人数の医 の担当医師には、神経内科に十分習熟していない者が含まれている旨主張する。 そこで検討すると、本件患者らについて行われた共通診断書検診の担当医師は、多くが神経内科医であったが、集団検診で多人数の医師が必要な場合は内科医等も参加していたこと、担当医師は、事前に手順書を読むとともに、神経 所見の取り方や注意点をまとめた動画を視聴することとされているほか、神経内科医以外が参加する大規模な集団検診では、水俣病検診の経験豊かな医師によるレクチャーを受け、例えば感覚検査において「どちらが強いか弱いか答えてください。」のようにいずれかが強いという回答に誘導してしまう質問方法は避けるべきことなどの指導を受けることとなっていること、水俣病検診の経験 の浅い医師の場合は他の医師と共同で診察することがあること、所見に疑問が第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 3 医師の適格性 ある場合は他の医師に相談することができること、神経所見記載シートについては、神経内科の専門医が見て、疑問のあるものは、専門医が再度診察をすることもあることが認められる(甲B61、88〔33~34頁〕、130〔2頁〕、乙イB269〔79~81頁〕、証人三橋〔18~21、47~48、52~53頁〕)。 そして、共通診断書検診の診察項目のうち、舌の二点識別覚検査以外の神経学的検査は、ほとんどが医学部の実習や医師の初期研修に取り入れられている一般的なものであり、その基礎となる神経の走行等に関する知識も、医学部教育の中で教えられている(甲B88〔33頁〕、130〔5頁〕、甲C22〔13~14頁〕、乙イB269〔49~51頁〕、証人三橋〔48~49、79 頁〕)。感覚検査を行うための医師の技術としては、被検者の身体 れている(甲B88〔33頁〕、130〔5頁〕、甲C22〔13~14頁〕、乙イB269〔49~51頁〕、証人三橋〔48~49、79 頁〕)。感覚検査を行うための医師の技術としては、被検者の身体に筆や針で触れ、誘導を与えないように質問し、被検者の応答を聞くとともに反応をよく観察することが重要であるところ(甲C22〔14頁〕)、そのような技術は、医師としての基礎的な能力に加え、共通診断書検診を担当するに際しての上記指導等によって相当程度担保されていると考えられ、日本神経学会の専門医(甲 C10、11)に必要とされるような高度の専門的知識までが求められるとは認められない。腱反射や病的反射については、経験の浅い医師の場合、刺激の与え方が不十分なため反射が得られない場合があり得るが(乙イB98〔8頁〕、131〔3頁〕、証人濱田〔17頁〕)、これも、上記のとおり、神経内科でしか行われていないような特殊な検査ではない。そうすると、感覚検査や反射検査 の結果について、所見の整合性等の観点から慎重に検討することは必要であるとしても、担当医師が十分習熟した神経内科医ではないことを理由に、共通診断書の信用性が一般的に否定されるということはできない。 松浦准教授は、神経診察の所見を評価すること、特に病変部位(サイトオブリージョン)を決定し、病気を診断することは、疾患の知識を要するため、神 経内科の専門医が行うべきである旨供述するが(証人松浦〔12~13、24第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 4 個別の診察項目 ~27頁〕)、所見の評価や他原因との鑑別については、共通診断書検診に際して専門医が関与する機会があるほか、第三者による検証が可能であるから、担当医師の資格の有無を理由に の診察項目 ~27頁〕)、所見の評価や他原因との鑑別については、共通診断書検診に際して専門医が関与する機会があるほか、第三者による検証が可能であるから、担当医師の資格の有無を理由に、共通診断書の信用性が一般的に否定されるということはできない。 4 個別の診察項目 ⑴ 病歴の聴取被告らは、共通診断書のうち「現病歴の概略」欄に、水俣病の症状の有無と出現時期、経過等を記載することとされていること(甲B47〔2頁〕)について、水俣病に限定した病歴の聴取では、他原因の可能性を踏まえた正しい診断に至る重要な情報を得られない可能性がある旨主張する。しかし、他 の疾患があるときは、「特記すべき既往歴」欄に記載することとされており(甲B47〔2頁〕)、被告らが主張するような問題があるとは認められない。 被告らは、「現病歴の概略」欄のうち症状ごとの「出現時期、具体的症状、経過」欄の記載では、病歴の具体的状況を十分に把握できない旨主張する。 しかし、被告らが必要であると主張する情報は、同欄や「現在の自覚症状リ スト」欄、「特記すべき既往歴」欄、「家族歴」欄にある程度記載することができるほか(甲B34)、担当医師が必要に応じて症状の発生時期等を聴取した上で診断しており(証人三橋〔68~69頁〕)、また、より詳細な症状の経過等については陳述書の記載等も踏まえて第三者が検証することができるから、共通診断書における病歴の記載が不十分であるとは認められない。 ⑵ 自覚症状の聴取被告らは、共通診断書の「現在の自覚症状リスト」欄について、医師による適切な問診を経ておらず、水俣病らしさに誘導する聴取法となっている旨主張する。同欄は、被検者が記入した問診票及び病院の職員等による聴取に基づいて記載されているところ(前提事実1 について、医師による適切な問診を経ておらず、水俣病らしさに誘導する聴取法となっている旨主張する。同欄は、被検者が記入した問診票及び病院の職員等による聴取に基づいて記載されているところ(前提事実10、甲B166〔108~109 頁〕、乙イB235、270〔36頁〕、証人髙岡〔90頁〕)、そこでの回答第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 4 個別の診察項目 が被検者の主観に依存することはそのとおりであるが、自覚症状のみで水俣病と診断されることはなく、感覚検査、運動失調検査、視野検査、聴力検査等が行われ、整合性が検証されるのであるから、虚偽の回答がされる可能性は低いと考えられる。 被告らは、共通診断書に挙げられている28の自覚症状は、加齢に伴って しばしば出現するものにすぎず、不定愁訴も含まれており、仮に存在するとしても、水俣病である蓋然性を高めるものではない旨主張する。上記28の自覚症状の中に、加齢に伴って出現しやすいものや、「立ちくらみ」、「めまい」、「身体がだるい」など不定愁訴とされるものが含まれていること、自覚症状があるからといって直ちに水俣病と認められるわけではないことは、そ のとおりであるが、自覚症状は、感覚検査等の結果との整合性を確認したり発症時期を推定したりする手掛かりとなり得るものであり、環境省が実施した水俣病に関するアンケート調査及びサンプル調査において調査対象とされた自覚症状(甲B22〔13頁〕、23〔11頁〕)ともおおむね一致するから、無意味な記載とはいえない。なお、これらの症状を有することがむしろ 心因性である蓋然性を高めるとの濱田医師の意見(乙イB98〔16頁〕、証人濱田〔97~98頁〕)は、水俣病に関する研究に基づくものではなく、 はいえない。なお、これらの症状を有することがむしろ 心因性である蓋然性を高めるとの濱田医師の意見(乙イB98〔16頁〕、証人濱田〔97~98頁〕)は、水俣病に関する研究に基づくものではなく、採用することができない。 ⑶ 感覚検査ア検査部位 被告らは、濱田医師の意見書に基づき、共通診断書検診における感覚検査は、四肢末梢優位の感覚障害があるか否かの確認に終始しており、通常の検査方法から大きく逸脱している旨主張する。しかし、感覚検査に関し、濱田医師の検査方法と共通診断書検診における検査方法には基本的な点で違いがあるとはいえず(前記1⑵)、共通診断書検診における検査方法が通 常の検査方法から大きく逸脱しているとは認められない。 第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 4 個別の診察項目 被告らは、共通診断書検診では分節性の有無が区別できない旨主張する。 しかし、共通診断書検診の担当医師は、スパーリング徴候やラセーグ徴候から頚椎症や腰椎症を疑う場合には、分節性の有無を確認しており(証人三橋〔10、70頁〕)、他原因を想定した鑑別のための検査が行われているといえる。 被告らは、障害部位と正常部位との境界を正確に調べる必要がある旨主張するが、共通診断書検診では、胸部と四肢末梢のみの比較を行うのではなく、感覚障害の部位が指にとどまるか、手首から末梢か、肘から末梢か、肩から末梢か、全身型かという基準を設けて検査しており(甲B34、証人三橋〔9頁〕)、上記のとおり必要に応じてその間の分節性の有無を検査 しているから、感覚障害の部位及び境界は必要な範囲で特定されているといえる。なお、水俣病の場合は障害部位と正常部位との間で感覚障害の程度がグラデーションをもって てその間の分節性の有無を検査 しているから、感覚障害の部位及び境界は必要な範囲で特定されているといえる。なお、水俣病の場合は障害部位と正常部位との間で感覚障害の程度がグラデーションをもって連続的に変化するのに対し(証人三橋〔9頁〕)、手袋型感覚異常であって、境界が非常に明確で、境界線が四肢の長軸に直角である場合はヒステリー性感覚障害と見てよいとされること(甲 B136〔28~30頁〕、乙イB98〔11頁、参考文献7・525頁〕、証人松浦〔15頁〕)に照らすと、非器質性疾患を疑う場合には、境界の明確性を調べる意義は否定されない。しかし、真摯に症状を訴える患者が非器質性疾患であることはまれであって、症状の変動や、日常生活動作と応答との乖離など、非器質性疾患を疑わせる事情がないのに、非器質性疾患 を疑って境界の明確性について一律に検査することは合理的とはいえないし(甲B143〔16頁〕、証人髙岡〔89頁〕、証人松浦〔15~16、71頁〕)、仮に疑う場合であっても、診断の着眼点は境界の明確性以外に存在する(乙イB82〔6頁〕)。 イ暗示性・心理状態への配慮 被告らは、感覚障害の結果が、被検者の先入観や思い込み、虚偽の応答、第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 4 個別の診察項目 医師の先入観や心理状態により影響される旨主張するが、前記2⑴、⑵のとおり、採用することができない。 ウ体幹と四肢末梢との感覚の差異被告らは、共通診断書において、額又は前胸部より手先足先、肢の中では近位部より遠位部の方が感覚が弱いと答えた場合に異常所見と見ること が前提とされているが、むしろ、上肢や下肢は、額又は胸部より触覚刺激に鈍感であり、手指を除く肢の中では、遠位部の 先、肢の中では近位部より遠位部の方が感覚が弱いと答えた場合に異常所見と見ること が前提とされているが、むしろ、上肢や下肢は、額又は胸部より触覚刺激に鈍感であり、手指を除く肢の中では、遠位部の方が近位部より触覚刺激に鈍感である旨主張する。 そこで検討すると、二点識別覚閾値は、手指や鼻・唇等の方が額又は胸部と比べ顕著に小さい(鋭敏である)のに対し、フォンフライ触毛による 圧感受性閾値は、体表面の部位による変動が少なく、手指の閾値は胸部と同程度で、額と比べるとむしろ大きい(鈍感である)ことが報告されている(乙イB39の1・2)。髙岡医師も、フォンフライ触毛による微小刺激閾値について、これに沿う結果を報告している(甲B7〔18~19頁〕、143〔18頁〕)。この点については、皮膚には人の触圧覚や振動覚に関 与する受容器(レセプター)が少なくとも4種類あるところ、その機能の違いは完全に解明されているわけではないが、フォンフライ触毛による微小刺激閾値は、全身の皮膚に均等に分布する受容器であるパチニ小体の機能を反映する一方、微細粗さ感覚閾値は、手指や口周囲に高密度で分布する受容器であるマイスナー小体の機能を反映すると言われているなど、触 覚刺激の種類によって働く受容器が異なるとされており(甲B7〔19~20頁〕、149〔300~303頁〕、166〔28頁〕、乙イB39の1〔14頁〕、283〔44~45頁〕、証人髙岡〔26頁〕)、フォンフライ触毛による圧感受性閾値ないし微小刺激閾値が手指で大きいからといって、筆や痛覚針による刺激に対し手指の感覚が鈍感であるとはいえない。大脳 の体性感覚野と、刺激を受ける体の部位との対応関係を示したペンフィー第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 対し手指の感覚が鈍感であるとはいえない。大脳 の体性感覚野と、刺激を受ける体の部位との対応関係を示したペンフィー第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 4 個別の診察項目 ルドの地図において、手先、足先及び口周囲が大きな面積を占めていることや、皮膚感覚を受け止める感覚点がこれらの部位に多く分布していること(甲B149〔311~312頁〕、乙イB136〔参考資料5・76~77頁〕、証人三橋〔59頁〕)からも、手指の感覚が鈍感であるとは考え難い。 実際、臨床的には、健常者において、フォンフライ触毛による触覚閾値が異なっている部位を筆でなでた場合、同程度に感じると回答する人がほとんどであり、水俣病に限らず、一般的な感覚検査においては、近位部に比べ遠位部の感覚が弱いと応答した場合に異常所見とすることが前提とされている(甲B7〔20頁〕、143〔17~20頁〕、166〔22、9 3~95頁〕、乙イB270〔44~47頁〕)。感覚検査の方法について解説した教科書が、筆、ティッシュペーパーで手足・顔面・体幹等に軽く触れ、「低下の最もはっきりしている部分について、健常な部分に比べて、おおよそ50%とか80%位とか、どの程度の強さに感ずるかを尋ね、感覚低下の程度を記載する」と記述し(甲B49〔76~78頁〕)、公的検診 の指針を示した審査会資料説明書が、筆、綿などで皮膚表面を触る際、「顔と手足を比較〔中略〕することも大切である」と記述しながら(乙イB214〔34頁〕)、体幹部より指先の方が鈍感なのが通常であるとは記述していないのも、健常者であれば体幹部と比べ指先の感覚が低いとは答えないという経験則を前提としたものと解される。前記第2の2の疫学調査も、 四肢末梢優位 指先の方が鈍感なのが通常であるとは記述していないのも、健常者であれば体幹部と比べ指先の感覚が低いとは答えないという経験則を前提としたものと解される。前記第2の2の疫学調査も、 四肢末梢優位の感覚障害を問題としていること自体に照らし、上記経験則を前提として行われたものと推認される。 松浦准教授は、健康な男女106人を対象として、筆を使って、①近位部である右上腕と遠位部である右手背、又は②近位部である前胸部(胸骨上部)と遠位部である右前腕外側(前腕橈側)に1回ずつ刺激を与え、「ど ちらかを強く感じたか、あるいは同じくらいだったか教えてください。」と第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 4 個別の診察項目 質問する検査を行ったところ、延べ212回(すなわち106人に対し上記①及び②の検査を1回ずつ)のうち、近位部が強いという回答は78回、同じ程度という回答は72回、遠位部が強いという回答は62回と、区々に分かれたと報告した上、2か所しか触らない簡易な検査には限界があり、複数の場所を詳細に検査しなければ間違ってしまうおそれがある旨供述す る(乙イB150〔2~3頁〕、証人松浦〔83~94頁〕)。そこで検討すると、遠位部として選定された右手背や右前腕外側(前腕橈側)は、手先、足先及び口周囲ほど高密度で感覚点が分布しているわけではなく、ペンフィールドの地図において占める面積も大きくないこと(乙イB136〔参考資料5・76~77頁〕)に照らし、近位部と遠位部を1回ずつ刺激して 感じ方を聞いた場合に、近位部が強いと回答する者が一定の割合でいることは、不自然とはいえないと考えられる。しかし、共通診断書検診においては、単に近位部と遠位部の2か所を1回ずつ刺激して近位部の感じ 感じ方を聞いた場合に、近位部が強いと回答する者が一定の割合でいることは、不自然とはいえないと考えられる。しかし、共通診断書検診においては、単に近位部と遠位部の2か所を1回ずつ刺激して近位部の感じ方が強いと回答すれば感覚障害があると判定しているわけではなく、医師が、指先を含む様々な部位を比較対象として選定して感じ方を聞き、指先の触 覚が弱いと疑う場合には、肩、肘、手首、手背、指先と順番に触り、必要に応じて比較対象である両部位を繰り返し刺激して確認したり、数字で表現してもらったりする手順を経ながら、感覚障害の有無及び範囲を判定しているのであって(前記1⑵、4⑶ア、甲B89の1・2)、松浦准教授の検査結果を前提としても、誤って指先を含む四肢末梢の感覚障害があると 判定される可能性が大きいとは認められない。 濱田医師は、上肢の各部分や下肢の各部分はむしろ額又は胸部より触覚、温度覚、痛覚の刺激に鈍感であることが知られており、手指を除き、肢の中では遠位部の方が近位部より触覚刺激に鈍感であるとし、その実例として、冷水や熱い湯に漬かる場合、足先だけ漬かった時より下腿、大腿、腹 部と近位部が漬かるにつれてより冷たさ又は熱さを感じる旨供述するが第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 4 個別の診察項目 (乙イB98〔10頁〕、証人濱田〔18~19頁〕)、論文やデータに基づくものではない上(証人濱田〔89~90頁〕)、筆や痛覚針によって感覚の違いを調べる場合とは大きく異なる状況を実例とするものであり、採用することができない。 エ正常加齢との鑑別 被告らは、高齢者については、加齢により皮膚感覚の低下が起こり得ることを考慮する必要があるが、共通診断書検診においてはその鑑別の ものであり、採用することができない。 エ正常加齢との鑑別 被告らは、高齢者については、加齢により皮膚感覚の低下が起こり得ることを考慮する必要があるが、共通診断書検診においてはその鑑別の過程を欠いている旨主張する。 そこで検討すると、高齢者の場合、真皮のコラーゲン線維の量的な減少、分子が固まったり断裂したりして起こる質的な変化、弾性線維網の変化等 によって、皮膚の老化現象が生じ、こうした皮膚構造の変性により、触圧覚、振動覚、痛覚の閾値が上昇するとされる(乙イB222〔239~240頁〕、223〔55~56頁〕)。しかし、疫学調査の結果によれば、非曝露地域を対象とする徳臣調査A、熊本調査及び納調査の対象者の年齢構成が高いにもかかわらず、四肢末梢優位の感覚障害の感覚障害の有病割合 は低いこと、熊本調査において、四肢末梢優位の感覚障害は比較的加齢の影響を受けにくいことが報告されていること(前記第2の2⑵エ)に照らすと、正常加齢によって四肢末梢優位の感覚障害を生じる可能性が大きいとはいえない。髙岡医師は、高齢者では、筆や痛覚針で検査した場合の感覚がわずかに悪くなるものの、水俣病の場合の感覚障害とは大きな違いが ある旨供述するところ(証人髙岡〔85頁〕)、これは、上記疫学調査の結果と整合するといえる。高齢者における末梢神経障害に関する文献によれば、健常者であれば70歳以上の高齢になれば足趾や足関節の振動覚低下が見られるようになり、温痛覚や触覚の低下も予測されるが、健常高齢者がこれらを自覚することは少なく、高齢者の方が若年者より足部のしびれ 感を訴える頻度が高いということもないとされ、しびれなどの陽性感覚症第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 4 個別の診察項目 者より足部のしびれ 感を訴える頻度が高いということもないとされ、しびれなどの陽性感覚症第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 4 個別の診察項目 状や高度の感覚低下を認める場合に病的な疾患を疑うべきであるとされており(乙イB179〔193頁〕)、一般的には、感覚障害の程度や、自覚症状の内容(日常生活動作との整合性を含む。)によって、正常加齢との鑑別が可能であると考えられる。 なお、高齢者の場合、上記病的な疾患の一つとして、特に手袋靴下型症 状を訴える軸索型多発性ニューロパチーに注意を要するとされる(乙イB179〔192~193頁〕)。しかし、軸索型多発性ニューロパチーは、一般に下肢遠位から症状が進行し、初発症状は足部のしびれであること、温痛覚、触覚、振動覚は手袋靴下型の分布で低下するが、通常位置覚は比較的保たれていること、筋力低下が足の内在筋から顕在化し、次いで下腿、 手内筋へと進行すること、腱反射は四肢で低下するが、アキレス腱反射が最も著明に低下することなどの特徴があるとされており(乙イB179〔193頁〕)、これらの点が鑑別の手掛かりとなると考えられる。 オ全身性感覚障害の診断根拠被告らは、共通診断書において、全身性感覚障害が認められている者に ついては、体幹部のうち額、前胸部又はその他の部位のいずれを基準としてどのように診断したのかが明らかでなく、具体性を欠く旨主張する。そこで検討すると、共通診断書検診においては、①痛覚針で前胸部をつついても痛くないという反応であった場合に前胸部の痛覚障害があると判定し、②被検者に閉眼してもらい、前胸部をティッシュペーパーで触り、触った ことが分からない場合(まずティッシュペーパーの先端でわずかに触り、 いう反応であった場合に前胸部の痛覚障害があると判定し、②被検者に閉眼してもらい、前胸部をティッシュペーパーで触り、触った ことが分からない場合(まずティッシュペーパーの先端でわずかに触り、徐々に接触面を広げながら押し当てた際、触ったことが分かったと反応するまでの時間が長い場合)に前胸部の触覚障害があると判定していること、前胸部だけに感覚障害があって背中等は正常であるという疾患はまずないため、通常は、四肢に加え前胸部に感覚障害があることをもって全身性感 覚障害があると判定している(医師によっては、念のため、背中や腹部の第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 4 個別の診察項目 検査をすることもある)こと、頭部、顔面又は口周囲に感覚障害を認めるか否かとは関わりなく判定していることが認められる(甲B47〔2頁〕、88〔12~13頁〕、89の1、91〔4~5頁〕、143〔21頁〕、証人三橋〔12~13頁〕)。このような一般的説明と、共通診断書又は神経所見記載シートにおける人体図の記載(例として甲E1の1・2、甲E5 の1・2等)を総合すれば、おおむねどのような所見に基づいて全身性感覚障害と判定されたのかを読み取ることができ、診断根拠が具体性を欠くとはいえない。 カ感覚障害の所見の自然性被告らは、高齢者の多い本件患者らのグループに頚部神経根や腰部神経 根に対応する部位の感覚障害が認められた例が1例しかないのは不自然である旨主張し、濱田医師は、意見書において、同旨の記述をする(乙イB98〔10~11頁〕)。しかし、共通診断書検診で分節性の感覚障害と見られる所見が認められた例は複数あるほか(甲E62の1・2、101の1・2、110の1・2、143の1・2)、神経根 する(乙イB98〔10~11頁〕)。しかし、共通診断書検診で分節性の感覚障害と見られる所見が認められた例は複数あるほか(甲E62の1・2、101の1・2、110の1・2、143の1・2)、神経根に対応する感覚障害が あっても、より広範な四肢末梢優位又は全身性の感覚障害に覆い隠されて顕在化していない可能性もあるところ、共通診断書の担当医師は、分節性の感覚障害が認められなくても、既往歴、スパーリング徴候、ジャクソン徴候及びラセーグ徴候等を考慮して、頚部又は腰部の神経根症との合併の可能性を認めた上で水俣病の診断をしている場合が少なくなく(後記第5)、 神経根症を否定する方向の先入観が働いているとは認め難い。また、特に高齢者では、椎間板後方突出や脊髄圧迫等の陽性所見の頻度は高いものの、必ずしも症候を伴うわけではないこと(前記第2の7⑶カ、証人濱田〔74頁〕)も考慮すると、本件患者らに高齢者が多いからといって、分節性の感覚障害が認められた例が比較的少数であることが、医師の先入観に基づ く診察の結果であるとは認められない。 第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 4 個別の診察項目 被告らは、一部の本件患者の共通診断書に記載された人体図に、感覚障害のある部分とない部分との境界線を明瞭に引いているもの(例として、甲E19の1、25の1、36の1等)があるのは、検者又は被検者の先入観や思い込みを反映したものである旨主張する。そこで検討すると、手袋靴下型の多発神経炎型の感覚障害の場合、通常は明瞭な境界を示さない こと、水俣病の場合も、障害部位と正常部位との間で感覚障害の程度がグラデーションをもって連続的に変化すること、手袋型感覚異常であって、境界が非常に明確で、境界線が四 通常は明瞭な境界を示さない こと、水俣病の場合も、障害部位と正常部位との間で感覚障害の程度がグラデーションをもって連続的に変化すること、手袋型感覚異常であって、境界が非常に明確で、境界線が四肢の長軸に直角である場合はヒステリー性感覚障害と見てよいとされること(前記ア)に照らすと、感覚障害の境界線が明瞭なのであれば、むしろ非器質性疾患としてのヒステリー性感覚 障害を疑うべきこととなる。しかし、前記アのような共通診断書検診の手順からすると、共通診断書に引かれた線は、感覚障害の境界線が明瞭であることを意味するものではなく、単に医師の癖による記載方法であると考えるのが自然である(甲B166〔72~73、126頁〕、証人松浦〔94~95頁〕)。 キ所見の一貫性・再現性被告らは、1回のみの共通診断書検診だけでは、他の機会における診察の結果との比較対照ができない以上、一貫性・再現性を確認できないため、特に慎重に検討しなければならない旨主張する。この点については、公的検診録など、他の機会における診察の結果が得られれば、症候の一貫性・ 再現性について検討しやすいということはいえるものの、通常の医療や公的検診においても、他の機会における診察との比較対照ができないことはしばしばあり得るのであって、問診内容や日常生活動作との乖離等から症候の一貫性・再現性が疑われる場合は別として、他の機会における診察の結果が得られないからといって、共通診断書の信用性が一般的に否定され ると解することは合理的ではない。 第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 4 個別の診察項目 ⑷ 二点識別覚検査被告らは、二点識別覚検査、特に舌の二点識別覚検査は、意義が乏しい旨主張するが、前記第 第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 4 個別の診察項目 ⑷ 二点識別覚検査被告らは、二点識別覚検査、特に舌の二点識別覚検査は、意義が乏しい旨主張するが、前記第2の3⑴ウのとおり、その意義は否定されない。 被告らは、表在感覚検査で指先の感覚が低下しているとされた被検者が、指先の二点識別覚閾値では正常の範囲内であったとすれば、所見の一貫性・ 再現性が疑われるべきである旨主張する。しかし、昭和45年以降に水俣病と認定された慢性軽症例では、表在感覚が障害されていても、複合感覚の障害は一定せず、認定時から20年以上経過した時点では二点識別覚に異常が認められない例も24%程度あったことが報告されているから(甲B87〔19頁〕)、表在感覚が低下している一方で二点識別覚が正常の範囲内であ ったからといって、所見の一貫性・再現性が疑われるとはいえない。 被告らは、複合感覚の異常の有無を検査する場合、皮膚書字覚や立体覚の検査を行うのが通常である旨主張するが、前記第2の3⑴オのとおり、水俣病の診断に当たって皮膚書字覚や立体覚の検査を要求する根拠は乏しい。 被告らは、共通診断書検診が採用しているYes-No法又は二肢強制選 択法は、検者が無意識に答えを暗示してしまう可能性があり、不適切である旨主張し、濱田医師は、意見書において、同旨の記述をする(乙イB98〔11頁〕)。しかし、暗示や誘導を与えないようにする技術は、医師としての基礎的な能力及び共通診断書検診を担当するに際しての指導等によって相当程度担保されていると考えられるし(前記3)、共通診断書検診の実際の場 面において、担当医師は、多数回にわたり舌又は指先への刺激を与えながら、その都度「これと、これ。どっちが2本。」などと同じ問いかけを繰り返し と考えられるし(前記3)、共通診断書検診の実際の場 面において、担当医師は、多数回にわたり舌又は指先への刺激を与えながら、その都度「これと、これ。どっちが2本。」などと同じ問いかけを繰り返しており(甲B89の2、143〔26頁〕)、答えを暗示する要素があるとは認められない。 ⑸ 運動失調検査 ア検査の有用性第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 4 個別の診察項目 共通診断書作成手順は、指-鼻試験について、運動分解(デコンポジション)、測定障害(ジスメトリア)、企図振戦、努力しても指のスピードが極度に遅いなどの所見が両側にあれば、運動失調を認めることとしている(甲B47〔4頁〕)。この点に関し、被告らは、水俣病に見られる運動失調は小脳性運動失調であるところ、動作が単に遅いことでは小脳性運動失 調とは断定できない旨主張し、水俣病医学研究会(乙イD11)にこれに沿う記述がある(乙イD11〔93頁〕)。しかし、水俣病医学研究会(乙イD11)が前提とする、運動失調の全てが小脳性であるという主張は採用することができないし(前記第2の3⑷ウ)、共通診断書作成手順の記載も、動作が単に遅いことをもって直ちに運動失調を認める趣旨とは解され ない。 被告らは、マン試験(足を一直線に並べた状態で閉眼させる試験)や片足立ち試験について、正常者でも、特に高齢者では、姿勢を保つことができないことが多く、有用性に疑問がある旨主張する。そこで検討すると、高齢者の場合、姿勢を保つことができないことが多く、マン試験及び片足 立ち試験に限界があることはそのとおりであり(前記第2の3⑷ア)、姿勢を維持可能な時間が平均3秒という基準(甲B47〔4頁〕)に達しないからといって直ちに きないことが多く、マン試験及び片足 立ち試験に限界があることはそのとおりであり(前記第2の3⑷ア)、姿勢を維持可能な時間が平均3秒という基準(甲B47〔4頁〕)に達しないからといって直ちに異常と判定すべきではないが、一方で、マン試験には、ロンベルグ試験(閉眼で足を並べて起立姿勢をとらせる試験)で疑わしい場合に、より鋭敏(不安定)な条件で所見を見るといった意味もあるから (乙イB105〔218頁〕、証人濱田〔25~26頁〕)、一律に無視するのではなく、年齢、筋力、運動器の疼痛の有無等も踏まえ、他の所見との整合性を慎重に評価するのが相当と考えられる。 イ所見の記載方法被告らは、指-鼻試験や歩行に異常が見られた場合の共通診断書の記載 が不十分である旨主張する。 第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 4 個別の診察項目 そこで検討すると、指-鼻試験の異常所見には、運動分解(肩関節の屈曲と肘関節の屈曲が連動しない)、測定障害(目標からそれた所に指先が到達してしまう)、時間測定異常(運動の開始が遅れる)といった場合があり、詳細に検査すれば、小脳性運動失調と感覚性運動失調を区別する手掛かりとなり得るが(乙イB82〔197頁〕)、神経所見記載シートでは、「-・ ±・+」の中から選択することのみが求められており(甲B59)、簡略化されている。しかし、後記ウのとおり、感覚障害に加えて小脳性運動失調が認められるかを確認する実益が大きいとはいえないことを前提とすると、異常所見の有無のみを記録することとしたことは、必ずしも不合理とはいえない。 また、歩行異常には、痙性片麻痺歩行、痙性対麻痺歩行、運動失調性歩行、パーキンソン歩行等の類型があるところ(乙イB159〔5 無のみを記録することとしたことは、必ずしも不合理とはいえない。 また、歩行異常には、痙性片麻痺歩行、痙性対麻痺歩行、運動失調性歩行、パーキンソン歩行等の類型があるところ(乙イB159〔59~62頁〕)、神経所見記載シートでは、「正常・麻痺性・失調性・その他」の中から選択することのみが求められており(甲B59)、やや簡略化されている。 もっとも、運動失調の有無を評価する上で最低限の情報は記載されている といえるし、軽度の運動失調性歩行の場合は一直線歩行(継ぎ足歩行)で異常が目立ってくるという特徴があるなど(乙イB159〔59頁〕)、他の検査項目と照らし合わせることで所見が解釈しやすくなる場合もあるから、記載が無意味であるとはいえない。 いずれにしても、運動失調の各検査にはそれぞれ限界もあるから、四肢 末梢優位の感覚障害又は全身性感覚障害が水俣病によるものである蓋然性を高めるに十分か否かという観点から、総合的に評価するのが相当である。 ウ運動失調の類型の考慮被告らは、水俣病で問題となる運動失調は小脳性運動失調であるとする濱田医師の意見を前提とした上で、共通診断書では、運動失調の類型が考 慮されておらず、局在診断を行う上で不十分である旨主張する。しかし、第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 4 個別の診察項目 水俣病で問題となる運動失調は小脳性運動失調に限られるという上記前提は採用できないこと、感覚性運動失調の症候は、小脳性運動失調と区別しにくいことも少なくないとされること(前記第2の3⑷ウ)に照らすと、感覚障害に加えて小脳性運動失調が認められるかを確認する実益が大きいとはいえない。なお、個別の本件患者に即して、運動失調について多発性 の脳血管障 いとされること(前記第2の3⑷ウ)に照らすと、感覚障害に加えて小脳性運動失調が認められるかを確認する実益が大きいとはいえない。なお、個別の本件患者に即して、運動失調について多発性 の脳血管障害、脊髄小脳変性症、多発性硬化症等の他原因が疑われる場合には、発症時期、進行の仕方、随伴症状等により鑑別を検討すれば足りると考えられる(前記第2の3⑷ウ)。 エ所見把握の信頼性被告らは、共通診断書において、運動失調検査の所見を解釈するに当た り、関節痛、筋力低下及び加齢等の事情を考慮した形跡がない旨主張する。 しかし、神経所見記載シートには、年齢、筋力、運動を妨げる疼痛について記載する欄が設けられており(甲B59)、担当医師はこれらの事情を考慮した上で診断を行っているし(証人三橋〔68頁〕)、第三者においてもこれらの事情を踏まえて評価することができるようになっている。 被告らは、一部の本件患者につき、開眼と閉眼の指-鼻試験の結果に通常は考え難い所見の矛盾がある旨主張するところ、これについては後記第5において個別の本件患者に即して検討する。 ⑹ 視野検査共通診断書検診は、視野検査について、原則として対面法(対座法)を採 用している。すなわち、検者が被検者に向かい合い、被検者の片目を覆い、検者の鼻を見るように指示した上で、検者の空いた手を右か左に約80~90度の位置まで伸ばし、被検者にその指が見えるか確認する方法により、耳側の狭窄の有無を判定しており、その方法ではっきりしない場合は、検者の両手を外側に伸ばして左右どちらかの指を動かし、どちらが動いたか尋ねる 方法をとっている。必要であれば、更に上下方及び鼻側の検査を行っている第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 4 個別 を動かし、どちらが動いたか尋ねる 方法をとっている。必要であれば、更に上下方及び鼻側の検査を行っている第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 4 個別の診察項目 (甲B47〔3頁〕、88〔17頁〕、89の1、乙イB106)。 被告らは、対面法による視野狭窄の有無の検査は、簡易な方法であり、視野計による場合と異なり、詳細な視野異常の検出は困難である旨、検者が手を約80~90度伸ばした状態で手の動きが見えるかを確認する方法は、検者と被検者との距離等により左右され、不正確である旨、また、耳側のみの 視野狭窄を見るのでは網膜剥離等の疾患を鑑別することができない旨主張する。そこで検討すると、共通診断書検診では、設備等の制約から対面法を採用しているが、対面法で視野狭窄と診断されても、ゴールドマン視野計による検査で正常と判断される場合はあり得る(証人三橋〔66頁〕)。教科書にも、対面法は、視野の広さを大まかに知る方法であり、視野欠損が広範囲に ある場合に有効であるが、詳細な視野異常の検出は困難である旨、また、欠損が小さすぎる場合等には見落とすことがある旨の記述がある(乙イB106〔92頁〕、107〔414頁〕)。そうすると、対面法による視野狭窄の判定結果は、参考として位置付けるのが相当である。 ⑺ 聴力検査 共通診断書検診においては、聴力検査について、主に、検者の手指を被検者の耳のそばで擦り合わせ、聞こえるかどうかを確認する方法、又は診察中の会話から判断する方法がとられている(甲B47〔4頁〕、88〔17~18頁〕)。 被告らは、上記検査方法では、判定が恣意的となる上、水俣病と関係のな い伝音性難聴、内耳性難聴、老人性難聴をも大幅に取り込んでしまう旨主張する (甲B47〔4頁〕、88〔17~18頁〕)。 被告らは、上記検査方法では、判定が恣意的となる上、水俣病と関係のな い伝音性難聴、内耳性難聴、老人性難聴をも大幅に取り込んでしまう旨主張するところ、上記のような簡易な検査方法の信頼性が低いことはそのとおりであり、特に高齢者の場合、難聴の存在だけでは、老人性難聴との鑑別が困難であり、直ちに水俣病の蓋然性を高めるものとはいえないから(前記第2の3⑹)、聴力検査の結果に重要な意義を認めることはできない。 ⑻ 反射検査第3章当裁判所の判断第3 共通診断書の信用性(争点2⑵)について 4 個別の診察項目 被告らは、腱反射には消失、減弱、正常、亢進、著明な亢進などの区別があるところ、共通診断書における腱反射異常及び病的反射についての記載は簡略にすぎ、正確な検査結果が記載されることが期待し難い旨主張する。しかし、共通診断書自体は要点のみを記載することとなっているものの(甲B34)、基となる神経所見記載シートには、人体図中に、腱反射の消失、低下、 正常、亢進又はクローヌス陽性(著明な亢進に相当)の別を記入するようになっているから(甲B59、88〔23頁〕、乙イB159〔74頁〕)、第三者が検証する上で問題が生じるとは認められない。 ⑼ 不随意運動(振戦)検査被告らは、共通診断書における上肢の姿勢時振戦及びその他の不随意運動 についての記載は簡略にすぎ、正確な検査結果が記載されることが期待し難い旨主張する。しかし、共通診断書の記載に際しては、不随意運動の有無と種類、程度等について記載することとされ、振戦の場合、企図振戦・静止振戦の区別をすることとされており(甲B47、88〔26頁〕)、具体的に疑われる他原因との鑑別のために不随意運動のより詳細な 有無と種類、程度等について記載することとされ、振戦の場合、企図振戦・静止振戦の区別をすることとされており(甲B47、88〔26頁〕)、具体的に疑われる他原因との鑑別のために不随意運動のより詳細な内容が問題になる場 合は別として、少なくとも一般的に不正確な記載であるとは認められない。 ⑽ 筋力低下・筋萎縮検査被告らは、共通診断書における筋力低下・筋萎縮についての記載は簡略にすぎ、正確な検査結果が記載されることが期待し難い旨主張する。そこで検討すると、筋力低下・筋萎縮が認められる場合については、その旨及び部位 を神経所見記載シート及び共通診断書に記載することとなっているところ(甲B34、47〔5頁〕、59)、教科書には、これに加えて、個々の筋の強さを0~5の数字で表す方法が便利であるとして紹介されているものの(乙イB159〔55~56頁〕)、水俣病の診断ないし他原因との鑑別において、一般的に個々の筋の強さを細かく検査し記録することまでが必要であ るとは認められない。 第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 2 暫定的規制値 5 まとめ以上によれば、共通診断書検診は、水俣病の典型的症候及び他原因との鑑別の有力な手掛かりとなる事項について、担当医師に対する指導等、神経学的検査及びその評価を適切に行えるような配慮の下に行われたものといえる。そうすると、感覚検査や反射検査では条件によって正確な応答・反応が得られると は限らないこと、運動失調検査では加齢等の影響に留意が必要であること、視野検査や聴力検査では検査方法による限界が大きいこと等を踏まえ、個別の本件患者に即して、所見の整合性や他原因との鑑別可能性等を慎重に検討する必要はあるとしても、共通診断書の症候に関する あること、視野検査や聴力検査では検査方法による限界が大きいこと等を踏まえ、個別の本件患者に即して、所見の整合性や他原因との鑑別可能性等を慎重に検討する必要はあるとしても、共通診断書の症候に関する記載が一般的に信用性を欠くとはいえない。 第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 1 曝露の立証方法原告らは、本件患者らがメチル水銀で汚染された魚介類を摂食することによって水俣病を発症し得る程度にメチル水銀を摂取した事実(曝露の事実)について立証責任を負うと解されるところ、曝露があったとされる時期における患 者本人及び家族の毛髪や臍帯の水銀値は測定されていないことが多いから、そのような場合には、患者らの居住歴及び当該地域の汚染状況、患者ら及びその家族による魚介類の入手及び摂食状況、同居親族内の水俣病患者の有無等の事情を基に、上記曝露の事実を推認できるかを検討する必要がある。 2 暫定的規制値 ⑴ 暫定的規制値の策定厚生省環境衛生局長が昭和48年に発出した通知は、体重50kgの成人における1週間のメチル水銀の暫定的摂取量限度を0.17mgと決めた上、魚介類の水銀の暫定的規制値を、総水銀0.4ppm、メチル水銀0.3ppmと定めた(前提事実2⑿)。 その算定根拠は、次のとおりであった。すなわち、FAO/WHO合同食第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 2 暫定的規制値 品添加物専門家会議は、クライテリア1が示す発症閾値である1日5µg/kg体重を1人体重60kgとして換算して1日1人当たり0.3mg、1週間1人当たり2mgとした上、安全率10分の1を乗じ、1週間1人当たり0.2mgをメチル水銀の暫定的摂取許容量としているところ、上記通知は、こうした根拠 gとして換算して1日1人当たり0.3mg、1週間1人当たり2mgとした上、安全率10分の1を乗じ、1週間1人当たり0.2mgをメチル水銀の暫定的摂取許容量としているところ、上記通知は、こうした根拠を基に、体重50kgの成人についての暫定的摂取量限度を1週間1人当たり 0.17mgと算定した(乙イB6〔13~14頁〕、15〔529頁〕、16〔12~13、21~23頁〕)。 そして、当時の国民栄養調査の結果から、魚介類及びその加工品の摂取量が、最も多かった地域で1日当たり108.9gであったことから、次式のとおり暫定的摂取量限度0.17mgを上記魚介類摂食量で除すと、その商は0. 223ppmであるが、メチル水銀の測定技術を加味して魚介類のメチル水銀濃度を0.3ppmとし、メチル水銀の含有比75%を基に総水銀濃度を0.4ppmとし、これを暫定的規制値とした(乙イB6〔14~15頁〕、15〔530頁〕、16〔13頁〕)。 0.17mg/週108.9g× 7日=0.223ppm ⑵ 暫定的規制値の妥当性前記暫定的摂取量限度の算定に際しては、クライテリア1が示す発症閾値が基礎とされているが、クライテリア1が示す血液中水銀値200~500µg/L、毛髪水銀値50~125ppmという発症閾値を採用することには、前記第2の5⑷のとおりの疑問がある。加えて、クライテリア1は、血液中水 銀値200~500µg/Lと等価の1日摂取量を3~7µg/kg体重と換算するに際し、定常状態においては、血液中水銀値(µg/L)が、事実上、1日摂取量(µg/70kg体重)の数値と等しいという関係を前提としていると解されるが、クライテリア1は、この平均値の周りに著しい個人差が見られ、曝露された人々の中での危険を評価するときにはこのことを 摂取量(µg/70kg体重)の数値と等しいという関係を前提としていると解されるが、クライテリア1は、この平均値の周りに著しい個人差が見られ、曝露された人々の中での危険を評価するときにはこのことを考慮する必要が 第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 2 暫定的規制値 あることや、血液からのメチル水銀の排出半減期には個人的なばらつきが大きいことを指摘している(乙イB63〔24、28頁〕)。そうすると、安全率10分の1を乗じている点は、一定の配慮をしたものと評価できるものの、血液中水銀値や毛髪水銀値から1日摂取量へ換算するに際しての個人的なばらつきによって、その効果が減殺される可能性があることに留意する必要が ある。 また、FAO/WHO合同食品添加物専門家会議は、2003年(平成15年)、メチル水銀のPTWI(暫定耐容週間摂取量)を、胎児への影響を考慮して1週間1.6µg/kg体重に改定し、2007年(平成19年)、成人についてはPTWIを3.3µg/kg体重(前記暫定的摂取量限度とほぼ一致す る。)に再改定したが、17歳までの子供は、1.6µg/kg体重より多くのメチル水銀を摂取した場合、神経発達への悪影響のリスクを無視できるとはいえないとして、17歳までのPTWIについては1.6µg/kg体重を維持している(甲B75〔9~10頁〕、乙イB64の1〔46頁〕・2)。そうすると、特に、本件患者らが幼少期ないし子供の時期に受けた曝露については、上記 17歳までのPTWIを参照する必要があると考えられる。 さらに、昭和47年から昭和50年にかけて不知火海沿岸各地の平均的な自立経営の第1種兼業漁家(農業との兼業)4世帯12人における魚介類の摂食量を調査した結果によれ 参照する必要があると考えられる。 さらに、昭和47年から昭和50年にかけて不知火海沿岸各地の平均的な自立経営の第1種兼業漁家(農業との兼業)4世帯12人における魚介類の摂食量を調査した結果によれば、魚介類の1日平均摂食量は、世帯主で396.1±118.1g、主婦で164.3±97.4g、長男(10~25歳) で221.4±106.5gであり、主婦や長男もコンスタントに100~200g程度を摂食している事例が多かった(甲D36〔668~669、672、674頁〕)。別の調査によれば、不知火海沿岸漁家の男性は1日平均396.1g(標準偏差は±100g余り)、女性は1日平均164.3g(標準偏差は±100g程度)の魚介類を摂食していた(乙イD60〔62~6 3頁〕)。新和町大多尾地区の漁業従事者が昭和30年代ないし昭和40年代第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 3 メチル水銀汚染の地理的範囲 の日常的な食事を再現した結果によれば、「焼き魚・揚げ魚」、「煮魚」、「刺身」、「ゆでダコ・ゆでイカ」、「大根葉と焼き魚のみそ和え」等のうち2、3種類(大皿)と汁物を作り、家族で分け合って食べていたところ、例えば2種類の大皿を1日で食べる場合、家族の人数(5人)で割ると、1日900gないし1000gを超えることとなる(甲D144の6・9〔11頁〕)。 姫戸町、倉岳町棚底地区、河浦町宮野河内地区で同様に再現した結果によっても、大多尾地区と同じような量の魚介類が食卓に上っていた(甲D86の2、88の2の1~3、145の2)。そうすると、地域及び家庭によっては、1日108.9gを大きく上回る量の魚介類を日常的に摂食していた場合もあるから、そのような者との関係では、前記暫定的規制値より低い水 8の2の1~3、145の2)。そうすると、地域及び家庭によっては、1日108.9gを大きく上回る量の魚介類を日常的に摂食していた場合もあるから、そのような者との関係では、前記暫定的規制値より低い水銀値の魚 介類であっても発症リスクが認められると考えられる。 3 メチル水銀汚染の地理的範囲⑴ 距離減衰被告チッソ又はその前身の会社は、昭和初年から昭和33年9月までの間は、水俣工場のアセトアルデヒド廃水を水俣湾の百間港に排出し、同月、八 幡プールを経由して不知火海に直接注ぐ水俣川の河口に排出する方法に変更し、昭和34年10月の通産省の指示を受け、その頃、水俣川河口への排水を中止し(ただし、その後も、一部漏出等により、八幡プールから水俣川河口に排出されたものがあるとされる。)、アセトアルデヒドの製造を停止する昭和43年5月まで、水俣湾への排水を続けた(前提事実2⑴、⑹、⑼、⑽、 甲D7〔1頁〕、171〔176頁〕)。 被告らは、藤木素士名誉教授(以下「藤木教授」という。)による算定結果(乙イB6〔21~26頁〕、乙イD19〔29~56頁〕)を基に、水俣湾に排出されたメチル水銀は3395~5281kgと推定されるのに対し、水俣川河口に排出されたメチル水銀は304~613kgと推定されるにとどま るとした上で、水俣湾や水俣川河口から遠ざかるにつれてメチル水銀濃度は第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 3 メチル水銀汚染の地理的範囲 相当程度低くなり、魚介類のメチル水銀値も逓減する旨主張する。上記推定は、限られた情報を基に、排水中のメチル水銀濃度や、八幡プールにおける沈殿・除去率等、数多くの変数を仮定しながら行われたものであり、確実性が高いとはいえないものの、水俣 逓減する旨主張する。上記推定は、限られた情報を基に、排水中のメチル水銀濃度や、八幡プールにおける沈殿・除去率等、数多くの変数を仮定しながら行われたものであり、確実性が高いとはいえないものの、水俣川河口に排出されたメチル水銀の量が、水俣湾に排出されたメチル水銀の量と比べ、限定的であるとする点は首肯する ことができる。また、一般的傾向としては、排出源に近い海域の方が、遠方よりも濃厚に汚染されていたと想定することは、合理性を有すると考えられる。しかし、水俣湾は、南北の岬及び湾口にある恋路島によって囲まれてはいるものの、不知火海との海水及び魚介類の移動が自由であり、不知火海内も、海水及び魚介類の移動が自由であること、海水の流れやそれに伴う底質 の移動状況、魚介類の移動経路等を正確に知ることはできないこと、不知火海沿岸の漁民の出漁範囲や魚介類の流通経路も様々であることから、被告らが主張する距離減衰を単純に適用して本件患者らの曝露について判断することは困難である。 ⑵ 人の毛髪水銀値 熊本県衛生研究所は、昭和35年度中(同年11月中旬から昭和36年3月末まで)、水俣市、津奈木村、湯浦町、芦北町、田浦町、御所浦村及び龍ヶ岳町において、漁民(又はその家族で最も危険の濃厚なもの)を対象として、毛髪水銀値の調査を行った。御所浦村については、漁民のほか、一般住民の資料も収集された。その結果によれば、毛髪水銀値が50ppm(クライテリア 101が発症閾値として示した値)以上の者の割合、及び10ppm(前記第2の5⑷ウのとおり、丸山(甲B69)及びYorifuji(甲B70)で有病割合が高くなることを指摘された値)以上の者の割合は、次表のとおりであった(甲D10〔1501頁〕、11〔1509頁〕)。熊本県衛生研究所は、湯浦町、芦 69)及びYorifuji(甲B70)で有病割合が高くなることを指摘された値)以上の者の割合は、次表のとおりであった(甲D10〔1501頁〕、11〔1509頁〕)。熊本県衛生研究所は、湯浦町、芦北町、田浦町のように水俣湾から比較的遠い地区でかえって 50ppm以上の者が多い理由について、これらの地区で水俣病に対する関心が第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 3 メチル水銀汚染の地理的範囲 薄い上、摂取する魚介類の汚染度が水俣地区のもの同様高まっているからではないかと考察している(甲D10〔1506頁〕)。 水俣津奈木湯浦芦北田浦御所浦龍ヶ岳検査数 1160 50ppm以上30.7%28.4%41.7%50.0% 36.4% 13.4%7.0%10ppm以上80.9%88.2% 100.0%97.5% 81.8% 77.8% 72.4%また、鹿児島県衛生研究所が昭和35年度に行った毛髪水銀値の調査によれば、米ノ津、出水市(米ノ津以外)、高尾野町、阿久根市及び東町において、毛髪水銀値が50ppm以上の者の割合、及び20ppm以上の者の割合は、次表 のとおりであった(甲D14〔1519~1520頁〕)。 米ノ津出水市(米ノ津以外)高尾野町阿久根市東町検査数 50ppm以上32.1%0.0%50.0%9.0%33.3%20ppm以上58.5%9.0%80.0%21.1%76.0%なお、その後の経時的変化について検討すると、熊本県衛生研究所の昭和36年度 .0%9.0%33.3%20ppm以上58.5%9.0%80.0%21.1%76.0%なお、その後の経時的変化について検討すると、熊本県衛生研究所の昭和36年度の調査では、水俣市で50ppm以上の者の割合が11.2%に減少し、昭和37年度の調査では、水俣市で50ppm以上の者の割合が4.5%に減少するなど、各地で全体的に毛髪水銀値の水準が下がっているが、依然、津奈 木村や御所浦村で50ppmないし100ppmを超える高い毛髪水銀値も見られた(甲D11〔1511頁〕、12〔1514頁〕)。また、鹿児島県衛生研究所の昭和36年度及び昭和37年度の調査では、各地で全体的に毛髪水銀値の水準が下がっているが、依然、米ノ津や東町で50ppmを超える毛髪水銀値の者も見られた(甲D14〔1519~1520頁〕)。 以上のとおり、不知火海沿岸各地には、毛髪水銀値が水俣と匹敵するか、それ以上の水準の地域もあり、そうでない地域であっても、有病割合が高くなることを指摘されている水準を上回る者が多かった(クライテリア101が示す50ppmを発症閾値として採用することができないことは前記第2の5第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 3 メチル水銀汚染の地理的範囲 ⑷のとおりであるが、その水準を超える者も少なくなかった)と認められ、水俣病を発症し得る程度の曝露が広範囲に広がっていたと推認される。 被告らは、一般家庭においては、熊本県衛生研究所の調査対象と比べ、メチル水銀曝露の程度は低かった旨主張するが、一般住民も含めた多数の資料を対象とした御所浦村において、毛髪水銀値10ppm以上の者の割合が高かっ たことに照らすと、魚介類を多食する地域においては、漁民でなか 露の程度は低かった旨主張するが、一般住民も含めた多数の資料を対象とした御所浦村において、毛髪水銀値10ppm以上の者の割合が高かっ たことに照らすと、魚介類を多食する地域においては、漁民でなかったとしても、必ずしもメチル水銀曝露の程度が低かったとはいえない。個別の本件患者の家庭において、魚介類を多食していたと認められるかについては、後記第5において検討する。 ⑶ 魚介類の水銀値及び浮死 メチル水銀は、食物連鎖の中で、魚介類がメチル水銀を含有する食餌を摂取する経路、及びエラを通して海水中のメチル水銀を直接摂取する経路により、魚介類の体内に生物濃縮される(乙イD19〔39~40頁〕)。 昭和35年に発表された熊大研究班の調査結果によれば、対照地区(非汚染地域)の魚の水銀値は0.1ppm未満ないしせいぜい0.3ppm程度であった のに対し、水俣湾や水俣川河口で容易に採取できた魚介類(弱って浮いていた魚を含む。)の水銀値(湿重量)は、数ppmないし数十ppmと高いものが多数認められた。津奈木、計石、芦北、田浦、樋島でも、数ppmあるいは10ppm以上のものが多数認められ(弱って浮いていた魚もあった。)、後の暫定的規制値である0.4ppmを超えるものが大半であった。また、不知火海内で採取 された底棲魚、エビ、イカの水銀値(乾燥重量)は、海区及び種類により区々ではあるが、水俣湾より北方の樋島付近の海区においても、0.4ppmを超えるものが目立ち、数ppmのものも見られた(甲D1〔29頁〕、4〔339~341頁〕)。昭和36年に行われた打瀬網漁・刺網漁の試験操業によっても、水銀値0.4ppm以上(場所によって1.1ppm以上)のテンジクダイ及 びエビが不知火海の広い範囲で見られ、汚染度の高いエビが姫戸、田浦沖、第 行われた打瀬網漁・刺網漁の試験操業によっても、水銀値0.4ppm以上(場所によって1.1ppm以上)のテンジクダイ及 びエビが不知火海の広い範囲で見られ、汚染度の高いエビが姫戸、田浦沖、第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 3 メチル水銀汚染の地理的範囲 水俣湾で、汚染度の高いテンジクダイが獅子島沖、水俣湾、津奈木沖で多く捕獲された(乙イD58〔41、43頁〕)。一方、西海区水産研究所(甲D5)によれば、昭和35年3月から昭和36年3月にかけて水俣湾で採取された魚類の水銀値は平均1.4ppm(うち筋肉の水銀値は平均0.7ppm)であったのに対し、不知火海全域で採取した魚類の水銀値は平均0.5ppm(うち 筋肉の水銀値は平均0.4ppm)であった(甲D5〔71頁〕)。なお、入鹿山且朗教授(以下「入鹿山教授」という。)らの調査によれば、水俣湾内の魚類中総水銀値は、昭和36年で平均12.75ppm、昭和38年で平均2.85ppmと報告されている(乙イB6〔22頁〕、乙イD57〔136頁〕)。 この時代の水銀分析の技術や処理装置は未熟であり、水銀値を単純に比較 することはできないが(乙イD57〔140頁〕)、昭和35年ないし昭和36年当時、水俣病の発病時期のピークは過ぎていたものの、依然として水俣病認定患者が発生していたこと(甲D2〔875頁〕)に照らすと、水俣湾の魚介類と比べ水銀値がそれほど低いとはいえない不知火海の魚介類の汚染の程度が、発症リスクを否定し得るほど低かったかは疑問がある。 また、上記各調査のうち、前後の調査と比べ低い水銀値を報告している西海区水産研究所(甲D5)も、水俣湾から遠く離れた不知火海北部で採取されたコチ、ヒラメ、タチウオ、クルマエビに多量 ある。 また、上記各調査のうち、前後の調査と比べ低い水銀値を報告している西海区水産研究所(甲D5)も、水俣湾から遠く離れた不知火海北部で採取されたコチ、ヒラメ、タチウオ、クルマエビに多量の水銀の含有が確認されていることから、汚染された魚類・エビ類がかなり広く回遊しているものと想像される旨指摘している(甲D5〔73頁〕)。 さらに、不知火海では、昭和31年頃、水俣湾周辺のみならず、樋島より北側の海域(姫戸沖)や、御所浦島・獅子島より西側の海域も含め、魚の浮死が数多くの場所で確認されたこと(甲D2〔871頁〕、乙イD59〔46頁〕)、昭和34年には、不知火海沿岸各地の漁協・魚市場関係者が魚の浮死・漂着を報告していること(甲D3、121~127)も、汚染された魚 介類が不知火海の広範囲に存在していたことと整合すると考えられる。なお、第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 3 メチル水銀汚染の地理的範囲 魚の浮死の原因について、棚底漁協が、同年9月15日、被告県に対し、アジ流網にかかり、網を引き上げる際に逃げた魚が死んだものと考えられ、水俣病で死んだものとは絶対に考えられない旨報告したとの新聞記事があるが(乙イD49)、水俣沖の漁場を失うなどして漁民の生活が苦しい中(甲D3〔867頁〕)、漁協には、水俣病の風評を払拭したいという動機があったこ と、魚の浮死を異状として報告している漁協は多数に上ることに照らし、上記報告内容は採用し難い。 ⑷ ネコの異状水俣病の公式確認後間もない昭和31年12月、水俣湾周辺や、それに近い茂道地区では、ネコの異状死(泡を吹いて発作的に暴れ出し、大部分は海 中に飛び込んで死亡するというもの)が急増したことが報告されている(甲D 間もない昭和31年12月、水俣湾周辺や、それに近い茂道地区では、ネコの異状死(泡を吹いて発作的に暴れ出し、大部分は海 中に飛び込んで死亡するというもの)が急増したことが報告されている(甲D6〔71頁〕)。 津奈木町合串地区でも、被告チッソ水俣工場の廃水が百間港に排出されていた同年7月から昭和32年4月までの間、合計約18匹のネコが水俣湾周辺と同様の症状で異状死したことが報告されている(甲D6〔73頁〕)。 その後は、水俣湾周辺地区以外でのネコの発症例は認められなかったが、排水先が水俣川河口に変更された後の昭和34年2月頃から同年5月にかけて、獅子島の東岸(幣串)及び西岸(御所浦、片側)で、水俣と同様のネコの発症が認められた。同年7月、出水市米ノ津でネコ1匹が発症し、病理組織学的検索の結果、水俣病であることが確認された(甲D7〔3頁〕)。樋島 でもネコが何匹も異状死していた(甲D170、乙イD63〔30頁〕)。 聴き取り調査によれば、漁港周辺では、飼いネコに魚介類の内臓等を餌として食べさせることがあったほか、干魚にするために道路脇等に干してある魚をネコが盗み食いすることもあった。ネコは、ヒトと比べ身体が小さく致死量のレベルが低いことから、ネコの異状死は、ヒトへの発症リスクが高か ったことを傍証する指標となるとされている(甲D1〔27頁〕、乙イD59第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 3 メチル水銀汚染の地理的範囲 〔85頁〕、60〔40頁〕)。 同じ頃行われた熊大研究班の調査によれば、計石、田浦、八代市塩屋町、不知火町、御所浦、天草瀬戸(天草上島と下島の間)及び牛深において、発症していないものの対照地区(熊本市及び大分県の漁村)と比べ内臓や毛の水銀値が 大研究班の調査によれば、計石、田浦、八代市塩屋町、不知火町、御所浦、天草瀬戸(天草上島と下島の間)及び牛深において、発症していないものの対照地区(熊本市及び大分県の漁村)と比べ内臓や毛の水銀値が顕著に高いネコ(肝臓で数十ppmないし最高で300ppm超、腎臓及 び脳で数ppm、毛で数十ppmないし100ppm超)が多数発見された(甲D4〔342~343頁〕)。昭和34年9月に開催された水俣食中毒部会の会合において、出席した研究者から、同旨の調査結果が報告されている(甲D8)。 これらの結果は、前記⑵、⑶のように水俣病を発症し得る程度の曝露が広範囲に広がっていたと推認されることと符合するといえる。 これに対し、被告らは、熊大研究班によるネコの調査結果について、水俣病に罹患したネコの毛の水銀値が21.5~70ppmであり、不知火海沿岸の無症ネコと比べ必ずしも高くないことを指摘して、ネコの異状死とメチル水銀汚染との関連性は必ずしも明らかでない旨主張する。しかし、発症したネコは、不知火海沿岸の無症ネコと比べ、毛の水銀値が非常に高いとまではい えなくても、脳の水銀値がいずれも明らかに高く(甲D4〔342頁〕)、水銀がネコの発症に寄与していると認められる。 被告らは、東京におけるネコの毛の水銀値が高いことを指摘して、不知火海周辺のネコの毛の水銀値をもって、被告チッソ水俣工場から排出されたメチル水銀の広がりを示すものと断定することはできない旨主張する。すなわ ち、昭和47年から昭和48年にかけて東京で飼いネコ44匹を対象として行われた調査によれば、無症ネコの毛の総水銀値は最低で3.7ppm、最高で121.5ppm、神経症状を有するネコの毛の総水銀値は最低で6.1ppm、最高で50.3ppmであった(乙イD50)。しかし、 われた調査によれば、無症ネコの毛の総水銀値は最低で3.7ppm、最高で121.5ppm、神経症状を有するネコの毛の総水銀値は最低で6.1ppm、最高で50.3ppmであった(乙イD50)。しかし、東京の調査において、無症ネコの中でも極端に高値の例には、イエロー・ファット症を認めるもの、皮 膚病変のあるもの、高齢のものなどが含まれていることから、無症状例の正第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 3 メチル水銀汚染の地理的範囲 常な平均水銀値は9.0ppm付近と推定されているところ(乙イD50〔238、240頁〕)、不知火海沿岸の無症ネコの毛の水銀値はこれを相当上回る例が多い(甲D4〔343頁〕)。東京の調査で毛の水銀値が高いネコが見られた理由については、魚肉中の水銀が疑わしいとされる以上には解明されていないものの(乙イD50〔237頁〕)、不知火海沿岸の無症ネコにおいて、 同時期に同じ熊大研究班により調査された対照地区(熊本市及び大分県の漁村)の無症ネコと比べ肝臓や毛の水銀値が顕著に高いことには変わりないから、被告チッソ水俣工場から排出されたメチル水銀による曝露の広がりを示すものと考えるのが自然である。 ⑸ 認定患者の分布 公健法の下で、被告県又は鹿児島県により水俣病と認定された者が曝露当時に居住していた地域は、水俣湾周辺に限られず、津奈木町、芦北町、田浦町、八代市、龍ヶ岳町、御所浦町、東町(獅子島・伊唐島及びそれ以外)、出水市、高尾野町、阿久根市に及んでいる(甲D16、17)。 このことも、前記⑵、⑶のように水俣病を発症し得る程度の曝露が広範囲 に広がっていたと推認されることと符合するといえる。 ⑹ 一斉健康調査ア立津調査被告らは、立津調査(水俣 7)。 このことも、前記⑵、⑶のように水俣病を発症し得る程度の曝露が広範囲 に広がっていたと推認されることと符合するといえる。 ⑹ 一斉健康調査ア立津調査被告らは、立津調査(水俣・御所浦)の結果を基に、汚染源から離れることにより健康被害の割合が減少していることを指摘するところ、立津調 査において、御所浦地区における四肢末梢優位の感覚障害の有病割合(4.2%)が水俣地区(23.2%)より低いこと(別紙5疫学調査一覧表第1表)に照らし、御所浦地区の曝露が水俣地区ほど高濃度ではないと考えること自体は不合理ではないものの、御所浦地区が曝露地域であることを否定する根拠とはならない。 イ徳臣調査B第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 3 メチル水銀汚染の地理的範囲 被告らは、徳臣調査B(水俣・八代)の結果を基に、前記アと同様の指摘をする。すなわち、水俣地区の3次検診受検者における末梢優位の多発性ニューロパチー様の感覚障害の有病割合は、1234人中196人で約15.8%であったのに対し(乙イD23〔166、188頁〕)、八代地区の3次検診受検者における多発性ニューロパチー(ただし糖尿病の者を除 く。)の有病割合は55人中3人で約5.4%であり(乙イD23〔96、100頁〕)、後者の方が低かった。しかし、ここで対象とされた八代地区は、天草上島の南側(姫戸町、倉岳町、栖本町)及び八代市以北の自治体(八代市、千丁村、鏡町、竜北町、小川町、松橋町、不知火町)という広範囲に及び、第1次検診の対象者5186人のうち、天草上島の居住者が 合計1515人であるのに対し、八代市以北の居住者が合計3671人と、後者の方が多いところ(乙イD23〔72頁〕)、八代市以北は に及び、第1次検診の対象者5186人のうち、天草上島の居住者が 合計1515人であるのに対し、八代市以北の居住者が合計3671人と、後者の方が多いところ(乙イD23〔72頁〕)、八代市以北は、本件患者らが主に居住していた地域とほとんど重なり合わず(甲D150の1)、本件患者らの居住地における曝露の有無を判断する上での参照価値は限られている。また、徳臣調査B(八代)については、第3次検診の受検者及び 有症者の居住地が明らかにされていないこと、第3次検診の受検者数自体が少なく、母集団をどの程度代表しているか不明であること、昭和48年当時汚染地域であると認識されていない八代地区では、前記第2の2⑵イ(ウ)と同様、アンケート方式で行われた第1次検診等において、地域社会特有の事情により水俣病の症状を訴えることを抑制する方向に働いた可能性 があることなどの問題もある。いずれにしても、八代地区の曝露が全体としては水俣地区ほど高濃度ではないと考えること自体は不合理ではないものの、八代地区全体について曝露地域であることを否定する根拠とはならない。 被告らは、徳臣調査B(八代)において水俣病と診断された者がいなか ったことを指摘するが、同調査には上記問題があるほか、多発性ニューロ第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 3 メチル水銀汚染の地理的範囲 パチーと認められた5人のうち2人を糖尿病、他の3人を原因不明と報告するのみで(乙イD23〔100頁〕)、原因不明とされた者の詳細な症候は不明である上、糖尿病と水俣病の合併の可能性も検討された形跡がなく、八代地区の調査対象者に水俣病患者がいなかったことの裏付けがあるとはいえない。 ウ鹿児島県(乙イD24)被告らは、鹿児島 明である上、糖尿病と水俣病の合併の可能性も検討された形跡がなく、八代地区の調査対象者に水俣病患者がいなかったことの裏付けがあるとはいえない。 ウ鹿児島県(乙イD24)被告らは、鹿児島県(乙イD24)の調査結果を基に、距離減衰の関係があることを主張する。すなわち、鹿児島県衛生部が、昭和46年11月から昭和49年5月にかけて、県内の出水市(全域)、高尾野町(山間部以外)、野田村(山間部以外)、阿久根市(旧三笠町のみ)、東町(全域)及び 旧長島町(全域)で、アンケート方式による予備検診、医師による一般検診及び専門医師による精密検診の3段階から成る調査を実施し、水俣病の疑いを少しでも否定できない者を「要審査対象者」とし、現時点では水俣病の疑いは認められないが、疫学的事項により今後長期管理観察を必要とする者等を「要管理対象者」として区分したところ、各指導区分該当者の 人数及びアンケート回収人数に対するその割合は、次表のとおりであった(乙イD24〔194~195頁〕)。 第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 4 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 出水市高尾野町野田村阿久根市東町旧長島町アンケート回収人数38,93010,6283,0336,8649,2476,040精密検診完了者 (1.32%) (0.56%) (1.71%) (0.26%) (1.24%) (0.78%)指導区分要審査対象者 (0.13%) (0.05%) (0.00%) (0.04%) (0.04%) (0.00%) .78%)指導区分要審査対象者 (0.13%) (0.05%) (0.00%) (0.04%) (0.04%) (0.00%)要管理対象者 (0.19%) (0.07%) (0.10%) (0.04%) (0.04%) (0.02%)合計 (0.32%) (0.11%) (0.10%) (0.09%) (0.09%) (0.02%)上記調査結果によれば、水俣に近い出水市と比べ、遠い地域の方が要審査対象者及び要管理対象者の割合が低い傾向が読み取れる。もっとも、症候及び曝露に関しどのような基準に基づいて指導区分を決定したかは明らかにされていないところ、野田村や東町のように、予備検診及び一般検診を経て抽出された精密検診完了者の割合は出水市と比べ低くないのに、各 指導区分該当者の割合は低い地域があることに関し、各地区で同一の基準に基づいて精密検診及び指導区分の決定が行われたのか不明であること、出水市では予備検診及び一般検診による抽出によらず希望者検診として精密検診を受検した者が多いなど、地域により精密検診受検者の抽出方法が必ずしも均一でないこと(乙イD24〔190頁〕)に照らすと、上記割合 を単純に比較することには慎重を要すると考えられる。いずれにしても、水俣から遠い地域ほど曝露の程度が高濃度ではないという距離減衰の関係を反映している可能性はあるものの、出水市以外の地域について曝露地域であることを否定する根拠とはならない。 4 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 ⑴ 不知火海の漁業の態様ア不知火海の漁業の概要第3章当裁判所の判断第4 外の地域について曝露地域であることを否定する根拠とはならない。 4 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 ⑴ 不知火海の漁業の態様ア不知火海の漁業の概要第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 4 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 不知火海は、東は九州本土、西は天草諸島、北は宇土半島、南は長島等に囲まれ、宇土半島から南西方向に長い内湾であり、その総面積は約1200㎢である。南西部は八幡の瀬戸、長島海峡を経て東シナ海(天草灘)に通じ、南部は長島と九州本土との間の狭く潮流が速い黒之瀬戸を経て東シナ海(天草灘)に通じている。不知火海に出入りする海水の大半は、八 幡の瀬戸及び黒之瀬戸を通じて出入りしており、北部の有明海との出入りは少ない。長島海峡及び八幡の瀬戸から御所浦島付近にかけては水深50m以上の最深部となっている一方、不知火海北部は急に浅くなり、不知火町から日奈久にかけての九州本土側と鹿児島県出水市先は、干潮時には広大な干潟となる。不知火海に注ぐ河川のうち、最大の球磨川を含む多くの 河川は北部の松橋町から八代市までの間に集中しているため、不知火海北部は塩分が低い。不知火海は、以上のような海域の特性に応じ、地域性の強い漁業が盛んであるが、経営状態は零細である。不知火海における総漁獲量のうち、鹿児島県側で漁獲されたものは10%程度にすぎず、不知火海における漁業の大勢は熊本県の漁況の動向に左右される(甲D3〔85 8~859頁〕、乙イD53〔9~10頁〕)。 昭和30年代半ばの熊本県の水産資料によれば、不知火海では多種多様な漁業が行われているが、主要漁獲物、漁船の規模・統数(統は、船団の単位)から見て、巻き網漁(双手巾着網漁、縫切網漁、大網漁)、小型機船底引網漁(打瀬 熊本県の水産資料によれば、不知火海では多種多様な漁業が行われているが、主要漁獲物、漁船の規模・統数(統は、船団の単位)から見て、巻き網漁(双手巾着網漁、縫切網漁、大網漁)、小型機船底引網漁(打瀬網漁)、流網漁(エビ、コノシロ、マナガタ、タイ、サワラ、 ヒラ)、一本釣り等が主要な漁業といえ、これらの盛漁期以外に、延縄漁、磯刺網漁、イカかご漁、ボラ飼付、その他の漁業を兼業する者が多かった。 なお、不知火海北部の浅海域では、枡網漁、竹羽瀬、貝類・藻類の養殖業が盛んであった。魚種別の漁獲量を見ると、昭和35年の時点で、主に巻き網漁で漁獲されているカタクチイワシが不知火海(熊本県)の総漁獲量 8196トンの約25%を占め、以下、オゴノリ、アサリ、エビ類、タイ第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 4 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 類、タチウオ、タコ、コノシロ、イカ類、ハモ類、スズキ、ボラ、フグ類、シログチの順であった(乙イD53〔11~13頁〕)。カタクチイワシの主な用途は、だしを取るためのイリコと、カツオ漁のための生餌であった(乙イD57〔130~131頁〕、63〔1頁〕、証人上野〔12頁〕)。 漁業法に基づく漁業権を要したのは、主に沿岸で行われる定置漁業、区 画漁業(養殖業)及び共同漁業(アオノリ漁業、地引網漁等)に限られ、巻き網漁、小型機船底引網漁、流網漁等は、漁業権を要することなく、県漁業調整規則に基づき県知事の許可を得て行う許可漁業であり、漁法、時季及び海域により操業が禁止される場合はあるが、それ以外は、漁協の漁業権を侵害しない限り、広い範囲で操業が可能であった。例えば、吾智網 漁について許可された漁場は、大多尾、栖本、宮野河内、中田、御所浦方面から水俣及び出水 る場合はあるが、それ以外は、漁協の漁業権を侵害しない限り、広い範囲で操業が可能であった。例えば、吾智網 漁について許可された漁場は、大多尾、栖本、宮野河内、中田、御所浦方面から水俣及び出水方面までの広い範囲に及んでいた。一方、一本釣りや延縄漁は、許可を要しない自由漁業であった(甲D195の1〔14頁〕、乙イD53〔12頁〕、63〔1頁〕、64)。 不知火海沿岸の漁港の中では、カタクチイワシ漁が盛んな御所浦港が突 出した高い漁獲量を誇り、2番目が御所浦島の嵐口港であった。大道、高戸、棚底がこれに続いた。ただし、この中には牛深港は含まれておらず、牛深港は、大型巻き網船団の基地として、全国第2の漁獲量を誇り、東シナ海(天草灘)で漁獲された大衆魚のイワシ(主にマイワシ、ウルメイワシ)、アジ、サバ、シイラ等を大量に水揚げし、鮮魚として九州各地に出荷 するほか、塩漬けや煮干しに加工して全国に出荷していた。また、阿久根港も、東シナ海(天草灘)での操業でサバ、アジ等の大きな漁獲を上げるとともに、毎日牛深から専用船で運ばれたイワシやサバを取り扱っていた(乙イD63〔2、9頁〕、証人上野〔14~15頁〕)。 イ漁場の範囲 被告らは、不知火海沿岸における漁業の漁場は地先に限定されているの第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 4 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 が一般的であった旨主張することから、この点について検討する。 (ア) 巻き網漁、小型機船底引網漁及び一部の流網漁昭和34年の熊本県水産試験場の調査等によれば、不知火海の漁獲量の多くを占める巻き網漁(双手巾着網漁)及び小型機船底引網漁(打瀬網漁)は、不知火海南部(樋島・田浦以南)の水深30m以上の海域に 入り合い の熊本県水産試験場の調査等によれば、不知火海の漁獲量の多くを占める巻き網漁(双手巾着網漁)及び小型機船底引網漁(打瀬網漁)は、不知火海南部(樋島・田浦以南)の水深30m以上の海域に 入り合い操業しており、地先での操業ではなかった。エビ流網漁もこの海域で行われた(乙イD53〔11、13頁〕、58〔44頁〕、59〔49~50頁〕)。熊本県水産試験場が昭和34年に各漁協から聴き取った結果によっても、巾着網漁、打瀬網漁及び一部の流網漁(エビ、コノシロ、アジ、タイ)は不知火海の広範囲に出漁しているという回答が 多かった(甲D3〔860~871頁〕)。 水俣湾口の恋路島の沖と、獅子島・御所浦島との間に位置する広い海域は、漁師たちから「水俣沖」と呼ばれ、カタクチイワシやエビを狙った様々な漁が行われる豊かな漁場であった。巾着網漁、打瀬網漁、エビ流網漁などでは混獲が生じ、エビ流網漁では約4割が混獲であるところ、 混獲された魚介類を自家消費した住民が、メチル水銀に曝露した可能性が高い(乙イD63〔6、8、27頁〕、証人上野〔20~21、79~80頁〕)。 (イ) そのほかの漁法巻き網漁及び小型機船底引網漁以外の漁法は、動力に劣る小型漁船に よって行われ、出漁できる範囲は限られていた。すなわち、昭和30年代初頭には動力船より無動力船が多く(甲D45〔20頁〕、乙イD47〔34頁〕、60〔34頁〕)、昭和31年の時点で熊本県には動力漁船が約5200隻あったが、そのうちディーゼル機関を動力とする漁船は708隻であり、それ以外は、性能面で劣る焼玉機関や電気点火機関を動 力とする漁船であった(乙イD55〔201、206、207頁〕)。昭第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 4 魚介類の漁獲 劣る焼玉機関や電気点火機関を動 力とする漁船であった(乙イD55〔201、206、207頁〕)。昭第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 4 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 和35年頃の調査によれば、一本釣りや延縄漁の漁場は、水俣・芦北沿岸や、御所浦島・獅子島・長島の東側沿岸にあり、これらの沿岸の漁師は、基本的に、所属漁協の地先で一本釣りや延縄漁を行っていた(乙イD53〔11、13頁〕)。 しかし、例えば、新和町大多尾地区から獅子島の東側までは、チャッ カ船(焼玉機関の漁船)でも片道30分くらいで行けることから、大多尾地区では、地先ではなく獅子島の東側、さらに水俣沖まで出て、日帰りで、又は何日も船上生活を送りながら吾智網漁等の漁を行うことが少なくなかった(甲D144の1〔2頁〕・7〔4頁〕・10〔2頁〕・11〔1頁〕・12〔1頁〕・13〔2頁〕・14〔2~3頁〕・20〔2~4 頁〕)。水俣沖は、吾智網漁の好漁場であった(甲D171〔190頁〕)。 また、倉岳町から水俣沖のハモの漁場まで、昭和30年頃の木製4馬力の船でも1時間くらいで行けることから、倉岳町の漁師は、日帰りで、又は何日も停泊して、水俣沖でハモ延縄漁等の漁をしていた(甲D86の3〔1頁〕・11〔3頁〕・12・16〔3頁〕、87の12〔2頁〕、 乙イD63〔7頁〕、証人上野〔96頁〕)。河浦町宮野河内地区の漁師も、水俣沖まで出漁してハモ延縄漁やエビ流網漁をしていた(甲D145の14〔3頁〕・15〔2頁〕)。 さらに、昭和30年代、動力船が次第に増え、昭和34年頃に動力船の数が無動力船の数を上回ったこと(甲D45〔20頁〕、乙イD47 〔34頁〕、60〔34頁〕)、昭和35年頃以降、ディーゼルエンジ らに、昭和30年代、動力船が次第に増え、昭和34年頃に動力船の数が無動力船の数を上回ったこと(甲D45〔20頁〕、乙イD47 〔34頁〕、60〔34頁〕)、昭和35年頃以降、ディーゼルエンジンを搭載する漁船が普及してきたこと(乙イD59〔48頁〕、63〔1頁〕)、昭和34年は水俣病に対する恐怖により水俣・芦北沖への出漁が制約されていたが(甲D3〔860~871頁〕)、同年末には被告チッソ水俣工場にサイクレーターが設置されたことにより危機が終息したものと受 け止められ(前提事実2⑼、乙イD58〔45頁〕)、同年に底を打った第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 4 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 不知火海の漁獲量も昭和35年以降増加に転じたこと(乙イD57〔131頁〕、58〔39頁〕)に照らすと、昭和30年代後半には漁場が拡大した可能性がある。実際、昭和34年の熊本県水産試験場の聴き取り調査に対しては漁場のほとんどを地先と回答していた大多尾地区において、昭和39年度の調査では、最も漁獲量の多い双手巾着網漁はもちろ ん、吾智網漁、タコ壺漁、エビ流網漁、タイ流網漁、一本釣り、延縄漁についても漁場は不知火海(天草海)とされ、地先には限定されていない(甲D3〔869頁〕、59〔21頁〕)。 (ウ) 小括以上によれば、必ずしも、不知火海沿岸における漁業の漁場は地先に 限定されているのが一般的であったとはいえない。もっとも、不知火海沿岸の中でも、漁港ごとに魚種、漁法、漁獲量に多様性があることから(乙イD58〔47頁〕、証人上野〔9~10頁〕)、地域ごとの特徴については、後記5で検討することとする。 ⑵ 流通経路 ア不知火海沿岸地域における魚介類の流通経路の概要 があることから(乙イD58〔47頁〕、証人上野〔9~10頁〕)、地域ごとの特徴については、後記5で検討することとする。 ⑵ 流通経路 ア不知火海沿岸地域における魚介類の流通経路の概要昭和45年に行われた商圏調査によれば、生鮮食品の買物先は、天草東岸の各町(松島町、姫戸町、龍ヶ岳町、御所浦町、倉岳町、栖本町、新和町、河浦町)において、大半が「地元の町村」(一部は「近郊町村」)であり、買物先の範囲は狭かった(甲D33〔13~14丁〕)。昭和40年代 までは道路整備が進んでおらず、都市部を除いてスーパーマーケットのような大型商店もなく、行商人が活躍していた(乙イD57〔132~134頁〕、60〔59~62〕、弁論の全趣旨)。 また、昭和30年代ないし昭和40年代前半の漁村の食事についての調査によれば、「良い魚やエビ、カニ類は商品として出すので自宅では食べず、 雑魚や傷ついて商品価値のない魚や、漁の網に混入した魚を食べた」、「魚第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 4 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 は近所からもらうもので、買うものではなかった」、「網子が毎朝網元の家に桶を持ってカタクチイワシをもらいに行き、それを家族の面々が刺身にして朝食の足しにしていた」といった住民からの聴き取りがされている(乙イD57〔135~136頁〕)。不知火海沿岸では、地域によって、カタクチイワシ漁に参加した乗り子(乗組員)が、漁から帰った時、現金 代わりに又は現金に加えて、網元や船頭から容器一杯の魚を現物支給される慣習があり、こうした魚は「シャ」又は「セ」と呼ばれていた(証人上野〔86~88頁〕)。漁師以外の家庭では、行商人から現金又は農作物との物々交換で魚を買うほか、漁師と物 容器一杯の魚を現物支給される慣習があり、こうした魚は「シャ」又は「セ」と呼ばれていた(証人上野〔86~88頁〕)。漁師以外の家庭では、行商人から現金又は農作物との物々交換で魚を買うほか、漁師と物々交換で魚を手に入れたり、自分で一本釣りで魚を獲ったりすることもあった(甲D144の15〔2~3頁〕、 証人上野〔88~89頁〕)。そうすると、魚介類の流通経路を考える上では、行商人による売買だけでなく、自家消費、網元から乗り子への分配、近隣どうしの助け合い、物々交換など、共同体内部の多様なやり取りを考慮する必要がある。 イ塩干物(特に牛深産イワシ)の流通について 被告らは、天草東岸において流通していた魚介類は、ボラ、カタクチイワシ(別称タレソ)、タチウオ、チヌ、スズキ、タコ等の地魚以外は、牛深、阿久根、熊本、鹿児島から運ばれてきていたが、保冷設備が普及していなかったため、塩干物(特に牛深産イワシ)が主であった旨主張し、上野眞也教授(以下「上野教授」という。)を主任研究者とする水俣病に関する総 合的研究の報告書(環境省委託業務報告書。以下「上野報告書」という。)には、これに沿う記述がある(乙イD60〔63~65頁〕)。また、上野教授は、①不知火海沿岸から内陸部にかけての家庭の食卓に上った代表的な魚は、イワシ(マイワシ、ウルメイワシ)であり、カタクチイワシはほとんど食べられなかった、②マイワシ、ウルメイワシ、サバは不知火海で はほとんど漁獲されていなかったため、食卓に上ったこれらの魚は、牛深第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 4 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 産や阿久根産のものであった旨供述する(乙イD63〔32頁〕、証人上野〔14~15頁〕)。 そこで、ま 4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 4 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 産や阿久根産のものであった旨供述する(乙イD63〔32頁〕、証人上野〔14~15頁〕)。 そこで、まず上記①の点(食べられていた魚の種類)について検討すると、倉岳町棚底地区の漁業関係者が、昭和30年代ないし昭和40年代の漁業従事者の家庭での一般的な食事(夕食)を再現した結果によれば、ア ジ(カタクチイワシを餌とする。)やマイワシ、タチウオのフライ、カタクチイワシやタチウオの刺身、ガラカブ(カサゴ。東町付近で獲れる。)やカタクチイワシでだしを取った味噌汁・野菜の煮物、イシモチ(水俣沖のハモ漁で混獲される。)やベラ(東町付近で多く獲れる。)の焼き魚・煮魚、貝類を湯がいたものなど、様々な魚介類が食卓に上っていた(甲D86の 2)。姫戸町牟田地区・二間戸地区・姫浦地区の漁業関係者が、それぞれ同様の再現をした結果によれば、マイワシの煮物・焼き魚もあったが、ギングチ、アカエイ、コノシロ、コチ、エソ、カマス、ヒラメ、メバル、ガラカブ、アジ、タチウオ、シラクチ、タイ等の刺身・煮魚(あら煮)・焼き魚、イリコやシラクチでだしを取った汁物(だしを取ったイリコも汁に入れた まま食べていた。)、ミナ(貝)の和え物など、様々な魚介類が食卓に上っていた(甲D88の2の1~2の3)。新和町大多尾地区でも、魚の種類は少しずつ違うが、基本的に同様の食事であった(甲D144の6)。河浦町宮野河内地区でも、カタクチイワシの刺身・酢の物・焼き魚・塩漬けを含め、様々な魚介類を食べていた(甲D145の2)。このような各地の食事 の再現によれば、カタクチイワシがだしを取るために広く使用されていただけでなく、カタクチイワシの身を食べる地域・家庭も少なくなかった一方 を食べていた(甲D145の2)。このような各地の食事 の再現によれば、カタクチイワシがだしを取るために広く使用されていただけでなく、カタクチイワシの身を食べる地域・家庭も少なくなかった一方、マイワシ及びウルメイワシが食事の中心であったとはいえない。上野教授は、カタクチイワシは、漁師が港に持ち帰り、朝そのまま食べたことはあるものの、特異な例であるし、だしを取ったイリコは食べないもので ある旨供述するが(証人上野〔58頁〕)、不知火海沿岸各地で合計63件第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 4 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 という限られたヒアリング又は上野教授自身が「常識」とする考えに基づくものであり(乙イD59〔90頁・注78〕、60〔32頁〕、証人上野〔37~38、58頁〕)、カタクチイワシが広く摂食されていたことを否定するものとはいえない。また、マイワシは数十年おきの漁獲量の変動が大きく、昭和29年から昭和30年代にかけては特にマイワシが著しい不 漁に陥っており、ウルメイワシの漁獲量も多くないところ(甲D195の1〔4~5頁〕、乙イD47〔9頁〕、66〔351頁〕、86〔48頁〕、証人上野〔64頁〕)、不漁期に、マイワシ及びウルメイワシが食事の中心であったとは考え難い。 次に、上記②の点(魚の産地)について検討すると、農林省による昭和 29年の熊本県農林水産統計年報によれば、天草東海区(天草上島・下島の不知火海沿岸)のマイワシの漁獲量は、天草西海区(牛深を含む天草灘に面した海区)ほどではないものの、481.6千貫とカタクチイワシに次ぐ規模で、アジ類312.6千貫、サバ97.1千貫がこれに次いでいた(甲D30〔71頁〕)。昭和31年の熊本県農林水産統計年報に に面した海区)ほどではないものの、481.6千貫とカタクチイワシに次ぐ規模で、アジ類312.6千貫、サバ97.1千貫がこれに次いでいた(甲D30〔71頁〕)。昭和31年の熊本県農林水産統計年報によれば、 天草東海区のマイワシの漁獲量は、天草西海区と同様不漁により減少し101.6千貫であったが、アジは234.0千貫、サバは123.4千貫と堅調であった(乙イD86〔62頁〕)。また、水俣市の漁港が取り扱った魚種別漁獲量は、水俣湾の漁獲自粛期間に当たる昭和32年から昭和45年までの統計がなく、統計がある期間中でも年による変動が大きいものの、 昭和31年の時点では、イワシ(カタクチイワシを含む。)に次いでサバ、タチウオ、アジの漁獲量が多かった。昭和46年の時点では、サバがタチウオと並んで漁獲量の多くを占めていた(乙イD61〔47頁〕)。そうすると、マイワシほどの漁獲量がないウルメイワシを別として、不知火海でもマイワシやサバは漁獲されていたと認められ、不知火海沿岸地域で食卓 に上ったこれらの魚が、必ずしも牛深産や阿久根産のものであったとはい第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 4 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 えない。 牛深港及び阿久根港で水揚げされたマイワシ及びウルメイワシを不知火海沿岸で売る行商人がいたこと(乙イD60〔59~62頁〕)はそのとおりであるとしても、不知火海沿岸の漁村では、前記アのとおり、巾着網漁、打瀬網漁、吾智網漁、エビ流網漁などで混獲された新鮮な魚介類や、傷つ いて商品価値のない魚が、自家消費されたり共同体内部でやり取りされたりしていたこと、特に零細な漁家では現金収入が限られていたことも考慮すると、購入した牛深産のイワシ(塩干物)が食事の中心で つ いて商品価値のない魚が、自家消費されたり共同体内部でやり取りされたりしていたこと、特に零細な漁家では現金収入が限られていたことも考慮すると、購入した牛深産のイワシ(塩干物)が食事の中心であったとは考え難い。 また、漁村から内陸に入った農山村では、魚介類の入手について行商人 に依存する度合いが高かったと考えられるが、近くの漁港で水揚げされた鮮魚を入手しやすい地域・家庭では、遠い牛深産のイワシ(塩干物)が食事の中心であったとは考え難い。 なお、特措法の対象地域外における各地域ごとの特徴については、後記5で更に検討する。 ⑶ 魚介類の摂食習慣前記2⑵、4⑵のとおり、不知火海沿岸各地では、魚を中心とした食事が一般的であり、暫定的規制値の算定基礎となった1日108.9gを大きく上回る量の魚介類を日常的に摂食していた場合もある。 被告らは、魚介類の摂食頻度は、漁家又はその親族・隣人であるかどうか によって大きく違い、一家の中でも、性別、続柄等によって摂食量が異なっていた旨主張し、上野教授は、漁家は非漁家より摂食量が多く、男性の方が女性より摂食量が多く、地域別には漁村、農村部、都市部の順に摂食量が少なくなるといった指摘をする(乙イD63〔40頁〕)。上記指摘は基本的には首肯し得るが、多くの家庭で魚料理が大皿で提供され、家族で分け合って いたことから(甲D86の2、88の2の1~2の3、144の6)、個人の第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 4 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 嗜好によってその他の食事を選択できる場合は限られていたこと、女性の摂食量も、1日108.9gを大きく上回る例が少なくないこと(前記2⑵)、年少の子供の場合は、大人と比べ摂食量が少な 嗜好によってその他の食事を選択できる場合は限られていたこと、女性の摂食量も、1日108.9gを大きく上回る例が少なくないこと(前記2⑵)、年少の子供の場合は、大人と比べ摂食量が少なくても、体重1kg当たりの摂食量が少ないとは限らず、むしろ、幼少期ないし子供の時期に受けた曝露については、暫定的摂取量限度より慎重に見る必要があると考えられること (前記2⑵)に留意する必要がある。 なお、特措法の対象地域外における各地域ごとの特徴については、後記5で検討し、個別の本件患者の摂食習慣については、後記第5で検討する。 ⑷ 水俣湾周辺海域における漁獲規制及び水俣病に関する報道被告らは、水俣湾周辺海域における漁獲規制及び水俣病に関する報道によ り、水俣湾及びその周辺海域産の魚介類を入手し、摂食することは困難であった旨主張することから、以下、水俣病が公式確認された昭和31年からアセトアルデヒドの製造が停止された昭和43年までの漁獲規制及び報道の状況について検討する。 ア昭和31年 昭和31年5月1日、水俣病が公式確認され、水俣市湯堂、月浦等の水俣湾周辺地区で多くの患者が確認された。同年11月3日、熊大研究班の研究報告会において、海産食品との関係が一応疑われるとの報告があった。 これを受けて、被告県衛生部や水俣保健所は、隣組を通じ、現地住民に、魚介類の摂取が危険である旨指導した(前提事実2⑵、⑶、乙イA4〔4、 10~11丁〕、14〔77~86項〕)。 もっとも、昭和31年時点の新聞報道では、「水俣市月浦部落に発症したマヒ性の奇病」と位置付けられており、魚介類の危険性については触れられていなかった(甲D91~94)。 実際には、この頃、水俣湾外でも魚の浮死が目撃されていた(前記3⑶)。 イ昭 症したマヒ性の奇病」と位置付けられており、魚介類の危険性については触れられていなかった(甲D91~94)。 実際には、この頃、水俣湾外でも魚の浮死が目撃されていた(前記3⑶)。 イ昭和32年第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 4 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 昭和32年1月25日及び同月26日の国立公衆衛生院での合同研究会において、魚介類が関係あると思われることが報告された(前提事実2⑶)。 そのことを報じる同月27日の新聞は、「一応中毒説が有力でとりあえず対策としては危険が解除されるまで魚介類を食べないこと〔中略〕に注意」すべき旨の討議がされたことを紹介した(乙イA14)。同月ないし同年2 月の新聞は、「今年に入ってからはまだ患者はでていないがこの二、三月頃には続発の可能性があるので魚介類を食べないようにと同学部〔熊大医学部〕では注意している。」、「最近になって重金属による中毒がほぼ確実と見られるにいたり、水俣湾内でとれる魚介類に赤信号が出された。このため沿岸漁民の大多数が生活の糧を失い中毒か餓死かというところまで追いつ められた。」などと報じた(乙イD25、26、29)。 県水対連は、同年3月4日の第1回会合で、漁業法又は旧食品衛生法に基づく漁獲の禁止は困難であることを踏まえ、自粛を指導することを決めた(乙イA16、19)。被告県水産課は、水俣市漁協に対し、水俣湾(百間港から恋路島までの海域)での操業を自粛するよう口頭で指導し、漁協 はこれに応じた(甲D99〔486頁〕、乙イA15〔45、51~58項〕、29〔319項〕)。被告県は、同年5月頃以降、月数回、船を出して水俣湾での操業がされていないかを監視するようになった(乙イA15〔81~84、 99〔486頁〕、乙イA15〔45、51~58項〕、29〔319項〕)。被告県は、同年5月頃以降、月数回、船を出して水俣湾での操業がされていないかを監視するようになった(乙イA15〔81~84、132項〕)。 もっとも、操業自粛の対象は水俣湾内に限られていたことから、水俣湾 に近いが自粛水域外の湯ノ児沖では、同年6月の時点で、タチウオの釣り船でにぎわっていることが報じられている(甲D102)。また、水俣市漁協が操業を自粛する間隙に乗じて、周辺地区の漁業者が好漁場であった水俣湾で操業する例があったことから、水俣市漁協は、周辺地区の漁協に自粛の周知徹底を依頼している(甲D106、乙イD15〔86項〕)。 一方、熊本県水産試験場が同年7月及び同年8月に行ったカキ類の斃死第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 4 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 状況の調査によれば、水俣湾内で高い斃死率が認められただけでなく、水俣湾外(自粛水域外)の丸島や水俣川河口付近で相当高い斃死率が認められた(甲D113〔850~851頁〕)。 県水対連は、旧食品衛生法に基づく水俣湾の魚介類の採捕等禁止に向けて動こうとしたが、厚生省からの否定的な回答を受け、断念した(前提事 実2⑷、乙イA12〔115~118頁〕)。 ウ昭和33年被告県は、昭和33年8月21日、水俣市以外の不知火海沿岸の漁協宛てに、水俣湾内で魚が繁殖しており、これをひそかに漁獲する者がいること、最近1人の水俣病患者が発生したことを指摘した上、水俣湾における 漁獲を行わないよう文書で要請した(甲D112)。 水俣湾の操業自粛による地元漁民の困窮は引き続き大きな社会問題として報じられていた(乙イD32)。 被告チッソは、同年 上、水俣湾における 漁獲を行わないよう文書で要請した(甲D112)。 水俣湾の操業自粛による地元漁民の困窮は引き続き大きな社会問題として報じられていた(乙イD32)。 被告チッソは、同年9月、水俣工場のアセトアルデヒド廃水の排出先を水俣川河口に変更した(前提事実2⑹)。 エ昭和34年昭和34年7月、自粛水域外である水俣川沖合で漁をしていた漁民が水俣病を発症し、新聞で報じられた(乙イD33)。 同月31日、水俣市内の鮮魚店で構成する鮮魚仲介商組合は、水俣近海で獲れた魚及び市内漁民の獲った魚は一切買わないことを決議した(乙イ D34、35)。 同年8月16日、被告チッソ水俣工場関係者と漁民が水俣湾内の共同調査を行ったところ、水俣湾のマテガタ水域には平均約2mの厚さでドベ(工場排水により海底に沈殿する不純物)が堆積しており網も引けない状態であること、茂道沖合で約40分間にわたり船引網漁の操業を行っても 網にかかった魚はごく少量であることを確認した(乙イD36)。 第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 4 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 同じ頃、芦北町、田浦町、津奈木村といった芦北地方では、ネコの異状死のうわさが広がるなどして、水俣病に対する恐怖感から魚の売上げが減少していることが、「お魚ノイローゼ」と題する新聞記事で報じられている(乙イD37)。同年9月、津奈木村で、水俣市外では初となる水俣病患者が発生し、報じられた(乙イD38、39)。これを受けて、津奈木村の漁 民の生活は窮乏し、津奈木村漁協は、同年10月6日、漁民総決起大会を開いた(乙イD40〔10頁〕、41~44)。さらに、同月17日には、県漁連会長が参加し、芦北、八代、天草等の漁民1500 漁 民の生活は窮乏し、津奈木村漁協は、同年10月6日、漁民総決起大会を開いた(乙イD40〔10頁〕、41~44)。さらに、同月17日には、県漁連会長が参加し、芦北、八代、天草等の漁民1500人が集まり排水中止等を訴えるデモ行進が行われた(乙イD45)。 出水市では、当初は水俣病への関心は低かったが、同年8月に米ノ津の 飼いネコの死因が水俣病であると診断されたことがマスコミに取り上げられると、米ノ津や長島の漁獲物が売れなくなったり、魚価が甚だしく下落したりして、漁民の生活に重大な影響を及ぼすようになった(乙イD67、68〔2頁〕)。 同年9月には、対岸の龍ヶ岳町、新和村、本渡市で、大量のタチウオの 浮死・漂着が報じられ、タチウオを中心とする魚価が下落した(甲D121、123~127)。同年12月には、本渡市で、鮮魚店・鮮魚行商人の売れ行きが落ち、魚価も下落していることが報じられた(乙イD46)。熊本県水産試験場による不知火海沿岸各地の漁協からの聴き取りによれば、魚価の下落と折からの漁獲量の減少により、各地で漁民の生活が困窮して いた(甲D3)。 被告チッソは、同年12月、県知事や市長らを集めてサイクレーターの完工式を行い、同装置により普通の川の水と同程度のものが百間港排水溝に流される旨説明した。社長は、サイクレーターから出る水をコップに汲んで飲んで見せた。これにより、社会的には危機が終息したものと受け止 められたが、実際には、サイクレーターは水俣病の発生拡大の防止として第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 4 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 は意味のないものであった(前提事実2⑼、甲D129、130、143、171〔176頁〕、乙イD58〔45頁〕)。 判断基準(争点2⑶)について 4 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 は意味のないものであった(前提事実2⑼、甲D129、130、143、171〔176頁〕、乙イD58〔45頁〕)。 オ昭和35年ないし昭和36年水俣市漁協は、昭和35年7月、自粛水域を、地先1000mにまで拡大し、水俣市と共に監視船でパトロールするようにした(乙イD52〔1 1頁〕、58〔45頁〕)。 他方で、水俣市漁協は、同年9月、自家消費のため、かつ被告県が定めた危険海域外であるとの理由を挙げ、水俣湾の一部水域での漁獲を再開した(甲D137)。 同年12月の出水市議会では、議員から、米ノ津沿岸に多数の漁船が出 漁し、魚介類の販売もされていることについて質問があったのに対し、市長が、魚介類の摂食や販売に対する注意は「自然解消されたような姿」であり、米ノ津で毛髪水銀値が高いという結果は出ているものの、サイクレーター完備後は水俣川河口での魚の浮死を見かけないなど、危険性が感じられないこともあり、漁獲高の増強を図る漁民の生活を阻害するような規 制は考えていない旨の答弁をした(甲D140)。 実際、昭和34年に底を打った不知火海の漁獲量は、昭和35年以降、増加に転じた(前記⑴イ)。 他方で、関西方面で需要があった水俣沖のハモが売れなくなったため、不知火海の別の海域での漁に転換した漁師もいた(甲D87の2〔3頁〕・ 6〔2頁〕)。姫戸町では、阿久根沖への出漁や対馬でのイカ釣り漁業を試みたが、漁船が外洋に耐えるものではなく、失敗に終わった(乙イD63〔31頁〕)。漁業の経営悪化を受け、県外に出稼ぎに出る者も増えた(乙イD60〔45~46頁〕、63〔23頁〕)。 昭和36年5月、被告県衛生部は、水俣市の漁師の家のネコが水俣病と (乙イD63〔31頁〕)。漁業の経営悪化を受け、県外に出稼ぎに出る者も増えた(乙イD60〔45~46頁〕、63〔23頁〕)。 昭和36年5月、被告県衛生部は、水俣市の漁師の家のネコが水俣病と 診断されたこと、最近水俣湾や水俣川下流で魚介類を獲る人がいることか第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 4 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 ら、水俣病の危険はまだなくなっていないと警告した(甲D139)。 昭和35年ないし昭和36年に行われた魚介類の水銀値の調査によれば、水俣湾及び不知火海の魚介類には、高い水銀値のものが目立った(前記3⑶)。 熊本県衛生研究所及び鹿児島県衛生研究所が、昭和35年度以降、漁民 等の毛髪水銀値の調査を行った結果、不知火海沿岸各地には、毛髪水銀値が高い水準の者が多かった(前記3⑵)。 もっとも、被告チッソは、昭和35年8月頃、水俣工場において不完全ながら精ドレン循環方式を採用し、同年11月から再使用量を上回る排水等を脱水銀塔に通して水銀の回収除去を図るようになった。水俣湾産貝類 の追跡調査によれば、同年1月には水銀値が乾重量当たり85ppmであったのが、昭和36年12月頃から10ppm程度となり、以後昭和41年までほとんど変化がなかったことから、上記対策は一定の効果を有したと考えられる(甲D171〔176頁〕、乙イD19〔31、33、45頁〕、20〔16頁〕)。 カ昭和37年ないし昭和43年熊本県衛生研究所及び鹿児島県衛生研究所による毛髪水銀値の調査結果によれば、昭和37年度には、昭和35年度と比べ、水俣をはじめとする不知火海沿岸各地で全体的に毛髪水銀値の水準が下がっているが、依然、50ppmを超える毛髪水銀値の者も見られた(前記3 値の調査結果によれば、昭和37年度には、昭和35年度と比べ、水俣をはじめとする不知火海沿岸各地で全体的に毛髪水銀値の水準が下がっているが、依然、50ppmを超える毛髪水銀値の者も見られた(前記3⑵)。 昭和35年を最後として、新たに水俣病と診断される患者が現れなかったこともあり、水俣市漁協は、昭和37年4月、水俣湾内を除いて漁獲自粛を解除し、昭和38年8月、水俣湾内の大部分について漁獲自粛を解除し、昭和39年5月、水俣湾内の漁獲自粛を全面解除した(甲A3〔76~77頁〕、乙イD52〔11頁〕)。 入鹿山教授らの調査によれば、水俣湾内の魚介類の水銀値は、昭和40第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 4 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 年頃までは、数ppm又はそれ以上のものが目立っており、同年、水俣湾外の八幡沖・湯ノ児沖でも47ppmのチヌ、2ppmのタチウオなど、高い水銀値の魚介類が見られた(乙イB6〔22頁〕)。 被告チッソは、昭和41年6月、水俣工場の各種設備から発生する排水を地下タンクに貯留し、生成器などの用水に再使用する完全循環方式に改 良し、事故時にのみアセトアルデヒド廃水が排出されることとなった(甲D171〔177頁〕、乙イD19〔48頁〕、20〔16頁〕)。水俣湾内の魚介類の水銀値は、昭和43年には、魚種によって差はあるものの、おおむね0.4ppm前後のものが多くなっていた(乙イB6〔22頁〕)。 被告チッソは、昭和43年5月まで、アセトアルデヒド廃水の排出を続 けた(前提事実2⑽)。被告チッソは、同年9月になって、サイクレーター設置後もメチル水銀を排出していたことを認めた(甲D142、143)。 キ小括以上によれば、水俣市漁協は、被告 を続 けた(前提事実2⑽)。被告チッソは、同年9月になって、サイクレーター設置後もメチル水銀を排出していたことを認めた(甲D142、143)。 キ小括以上によれば、水俣市漁協は、被告県の指導を受け、昭和32年3月から昭和39年5月までの間、水俣湾内の操業を自粛していたところ、鮮魚 店による不買決議に見られるように、消費者の忌避によって、漁民が水俣湾の魚介類を獲っても販売先が断たれたこと、水俣の漁民の困窮が社会問題化していたことに照らし、自粛は一定の実効性を有していたと見られる。 もっとも、自粛には法的拘束力はなく、困窮した一部の漁民が水俣湾内で操業する例もあったと見られる。そのことを別としても、被告チッソが水 俣工場のアセトアルデヒド廃水の排出先を水俣川河口に変更する前の昭和31年頃から不知火海で魚の浮死が確認されており、昭和32年7月及び同年8月の時点で、水俣湾外でカキ類の高い斃死率が認められていたこと、昭和33年9月から昭和34年12月まではアセトアルデヒド廃水が水俣川河口から不知火海に排出されていたこと、その間、龍ヶ岳町、新和村、 本渡市で、大量のタチウオの浮死・漂着が発生したこと、昭和35年以降第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 4 魚介類の漁獲・流通・摂食状況 の調査で、不知火海の魚介類に高い水銀値のものが目立ち、不知火海沿岸の漁民等の毛髪水銀値も高い水準の者が多かったこと、排水方式の改良により水俣湾内の魚介類の水銀値はある程度下がったものの、昭和40年の時点でも水俣湾外で暫定的規制値(ただし昭和48年策定)を大きく超える水銀値の魚介類が見られていたことに照らすと、自粛の対象外であった 水俣湾外の魚介類も、相当程度メチル水銀に汚染されて 0年の時点でも水俣湾外で暫定的規制値(ただし昭和48年策定)を大きく超える水銀値の魚介類が見られていたことに照らすと、自粛の対象外であった 水俣湾外の魚介類も、相当程度メチル水銀に汚染されており、その状態が長期間続いていたと推認される。なお、水俣市漁協は、昭和35年7月、自粛水域を地先1000mにまで拡大したが、昭和37年4月には水俣湾外の自粛を解除しており、水域の点でも期間の点でも、メチル水銀に汚染された魚介類の漁獲を防ぐ効果は限定的であったと考えられる。 また、水俣湾の魚介類の危険性を指摘する報道は、昭和32年1月頃からされるようになったが、当初は水俣湾に限った問題として取り上げられていた。昭和34年になると、芦北地方でネコの異状死のうわさが広がるなどして魚の売上げが落ち、「お魚ノイローゼ」と呼ばれる状態となり、タチウオの浮死・漂着があった龍ヶ岳町、新和村、本渡市や、ネコの異状死 があった出水市でも、魚の売上げが落ちて魚価が下落し、芦北、八代、天草等の漁民によるデモ行進が行われるなど、水俣病問題が不知火海沿岸各地に波及した。しかし、サイクレーターが設置され、水俣川河口への排出がされなくなった後の昭和35年には、出水市で魚介類の摂食や販売に対する注意は「自然解消されたような姿」と公然と語られるなど、危機感が 薄まっていた。そうすると、昭和34年頃には不知火海沿岸各地に魚介類に対する警戒感が広がったとしても、一時的なものといえ、食事の大部分を不知火海の魚介類に依存し、現金収入が乏しい地域・家庭において、不知火海の魚介類が摂食されなくなったとは認め難い。 公健法の下で水俣病と認定された者が曝露当時に居住していた地域は、 水俣湾周辺に限られず、津奈木町、芦北町、田浦町、八代市、龍ヶ岳町、第3章当裁判 魚介類が摂食されなくなったとは認め難い。 公健法の下で水俣病と認定された者が曝露当時に居住していた地域は、 水俣湾周辺に限られず、津奈木町、芦北町、田浦町、八代市、龍ヶ岳町、第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 御所浦町、東町(獅子島・伊唐島及びそれ以外)、出水市、高尾野町、阿久根市に及んでいること(前記3⑸)に照らしても、メチル水銀に汚染された不知火海の魚介類は継続的に摂食されていたと推認される。 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況⑴ 姫戸町 ア地勢・産業姫戸町を含む天草は、平地に乏しく、土地の表層土壌が薄く、河川が短いため水不足傾向にある上、台風により常習的被害を受けることから、水田が少なかった。そのため、畑作による甘藷(カライモ)の栽培と、魚介類の漁獲を兼業として営む者が多かった(乙イD63〔22頁〕)。 旧熊本県天草郡姫戸町(現在の上天草市姫戸町)は、明治22年に姫浦村及び二間戸村が合併して姫戸村となり、昭和37年4月に町制施行した町である(甲D42〔2頁〕)。天草上島の東北部に位置し、東は不知火海に面し、北・西・南は山地である。河川の流域及び海岸線の一部に耕作地を有するが、大部分は丘陵・山岳地から成り、平地・沃野は乏しい(甲D 42~44)。 不知火海沿岸には、北から順に、牟田港、永目港、姫浦(姫戸)港、二間戸港があり、特に姫浦港及び二間戸港は、深く湾入した天然港である。 姫浦港は、本渡と八代を結ぶ定期船の寄港地であり、天草上島の東玄関口として栄えていたが、昭和41年の天草五橋開通等の影響を受け、次第に 繁栄が失われていった。二 は、深く湾入した天然港である。 姫浦港は、本渡と八代を結ぶ定期船の寄港地であり、天草上島の東玄関口として栄えていたが、昭和41年の天草五橋開通等の影響を受け、次第に 繁栄が失われていった。二間戸港は、昭和40年代頃まで、町で盛んに採掘されていた石灰石等を八代・水俣に運ぶ運搬船の海運基地として栄えていた。牟田港も漁港として栄えていた(甲D42~44)。なお、新有病率調査(姫戸)の対象となった地区のうち、上神代及び下縫通は、二間戸港近くの集落であり、牟田三組は、牟田港近くの集落である(甲D40)。 イ漁業の状況第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 姫戸町では、昭和24年に姫戸漁協が結成され、姫戸町の漁師は、おおむね姫戸漁協に加入していた。漁師は、各自船を所有し、それぞれ家族規模での経営をしていた(甲D88の1の2〔2頁〕)。姫戸漁協の組合員数(準組合員を含む。)は、昭和35年当時195人、昭和40年当時165人であった(甲D52、53)。 熊本県水産試験場が昭和34年11月に姫戸漁協から聴き取った結果によれば、不知火海を漁場とするエビ流網漁に63統、コノシロ・タイ・アジ流網漁に18統、樋島沖一帯を漁場とする帆打瀬網漁に2統が従事していた(甲D3〔863頁〕)。これらの漁が狙うエビ等の魚介類は、東京、熊本、八代等に出荷されるものが多かったが、混獲された雑魚は、地元で 消費されたと考えられる(前記4⑴イ、甲D3〔863頁〕、88の7〔2頁〕)。なお、聴き取り当時、これらの漁業は、水俣汚水の影響により特に経営困難となっているとされるが(甲D3〔863頁〕)、昭和34年は不知火海沿岸各地への水 ⑴イ、甲D3〔863頁〕、88の7〔2頁〕)。なお、聴き取り当時、これらの漁業は、水俣汚水の影響により特に経営困難となっているとされるが(甲D3〔863頁〕)、昭和34年は不知火海沿岸各地への水俣病の影響が最も大きかった時期であり(前記4⑷)、永続的なものであったとは認め難い。このほか、小型巻き網でサヨリ漁を し、黒之瀬戸まで出ていた漁師もいた(乙イD63〔7頁〕)。 一方、沿岸を漁場とする漁業としては、ボラ巻き網漁、磯刺網漁(エビ漁の兼業)、一本釣り、チヌ延縄漁、枡網漁、地引網漁、カタクチイワシ船引網漁、タコ壺漁、イカかご漁が行われており、このうち、カタクチイワシは加工され、タコ・イカは一部熊本に出荷されたが、そのほかは地元や 近傍で消費されていた(甲D3〔863頁〕)。 二間戸地区には、イワシ漁の網元があり、船団を組んで姫戸地先でカタクチイワシの機船船引網漁を行い、加工場で加工して県外に販売していた。 混獲された魚(タチウオ、コノシロ、マナガツオ、グチ、コダイ等)は、乗組員の網子及び加工場で働く網子に分配していた(甲D88の1の2 〔4~5頁〕、88の4・9〔2頁〕)。 第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 動力船を有する漁師は、芦北沖や水俣沖まで出て、一本釣り、延縄漁、流網漁等をすることがあった(甲D88の1の2〔4~5頁〕・3の4〔3頁〕・5の1〔1~2頁〕・6の1〔2頁〕・9〔2頁〕・11〔2頁〕・12〔2~3頁〕)。 これに対し、上野教授は、意見書において、姫戸町を含む天草東岸の漁 港は、地先に豊かな共同漁業権域を持ち、主としてその海岸で操業が行われていたため、カタクチイワシや 〕・12〔2~3頁〕)。 これに対し、上野教授は、意見書において、姫戸町を含む天草東岸の漁 港は、地先に豊かな共同漁業権域を持ち、主としてその海岸で操業が行われていたため、カタクチイワシやエビ、ハモなど一部の特定魚種を獲る漁以外で水俣沖まで日常的に出かけていくことは少なかった旨記述する(乙イD63〔6頁〕)。しかし、クチゾコ(シタビラメ)、タチウオ、サワラ、チヌ、メバル、スズキ、ガラカブ、ベラ等の好漁場が水俣沖から芦北沖に かけて広がっており、地先より魚介類が豊富であったこと(甲D88の3の3・5の1・6の1~6の3・13〔1頁〕)、姫戸から近くて良い漁場は先輩漁師らが占領しているため、若い漁師は姫戸から遠い漁場で漁をする場合もあったこと(甲D88の7〔1頁〕)に照らし、上記意見書の記述は採用することができない。 ウ魚介類の流通状況姫浦地区には、姫戸漁協の市場があり、姫浦地区及び二間戸地区の漁師は、芦北・御所浦・獅子島・水俣沖等で獲った魚介類を姫戸漁協の市場に卸し、市場で値段が付かない魚介類は、自家消費したり、近隣に配ったり、近隣農家などと物々交換したりした(甲D88の1の2〔2、4頁〕・3の 3〔3~4頁〕・5の1〔1~2頁〕・6の1〔3頁〕・6の2〔2頁〕・7〔2頁〕・11〔2~3頁〕・12〔4頁〕)。 二間戸地区の鮮魚店は、龍ヶ岳漁協や姫戸漁協から魚介類を仕入れ、店舗で販売するほか、二間戸地区や姫浦地区で行商をしていた(甲D88の2の2〔1~2頁〕)。鮮魚店は、御所浦から魚介類を仕入れている場合も あった(甲D88の3の2〔2~3頁〕・15〔2~3頁〕)。 第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流 あった(甲D88の3の2〔2~3頁〕・15〔2~3頁〕)。 第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 エ魚介類の摂食習慣昭和30年代ないし昭和40年代における牟田地区、姫浦地区及び二間戸地区の漁業従事者の家庭では、3食とも魚介類が中心であり、これに麦飯と自家栽培の野菜・芋類(タマネギ・ネギ・大根・里芋・甘藷)が加わっていた。肉を食べることはほとんどなかった(甲D88の2の1~2の 3・3の3〔3頁〕・3の4〔4頁〕・5の1〔2~3頁〕・6の2〔3頁〕・7〔3頁〕・9〔3頁〕・11〔3頁〕・14〔2頁〕)。 漁業従事者ではない家庭でも、漁師や鮮魚店を営む親族・知人から魚介類をもらい受けたり、鮮魚店で購入したりして、食事は魚介類が中心であった。肉を食べることはほとんどなかった(甲D88の3の1〔3~5 頁〕・3の2〔3頁〕・8〔2~3頁〕)。 オネコ・魚の異状等牟田地区、姫浦地区及び二間戸地区では、昭和30年代、ネコの異状死が目撃されている(甲D88の1の2〔3頁〕、170、乙イD61〔60頁〕)。 昭和35年頃の調査では、姫戸町近くの樋島で水銀値の高い魚介類が多数認められ、昭和36年の調査でも、汚染度の高いエビが姫戸沖で多く捕獲され、同じ頃の西海区水産研究所(甲D5)も、不知火海北部で採取された魚介類に多量の水銀の含有を確認し、汚染された魚類・エビ類が広く回遊している可能性を指摘している。樋島より北側の海域(姫戸沖)でも、 魚の浮死が確認されている(前記3⑶、甲D170、乙イD61〔58頁〕)。 カ小括以上によれば、姫戸町では、①不知火海を漁場とするエビ流網漁、コノシ 島より北側の海域(姫戸沖)でも、 魚の浮死が確認されている(前記3⑶、甲D170、乙イD61〔58頁〕)。 カ小括以上によれば、姫戸町では、①不知火海を漁場とするエビ流網漁、コノシロ・タイ・アジ流網漁が盛んであり、混獲された魚を地元で消費したほ か、②沿岸でのボラ巻き網漁、磯刺網漁(エビ漁の兼業)、一本釣り、チヌ第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 延縄漁、枡網漁、地引網漁、イワシ船引網漁、タコ壺漁、イカかご漁で獲れた魚介類の一部を地元で消費し、③一部の漁師は、芦北沖や水俣沖まで出て一本釣り等をし、その一部を自家又は近隣で消費し、④家庭によっては龍ヶ岳町や御所浦町から仕入れた魚介類を摂食する場合もあった。これらのうち、上記①、③の魚介類は、漁場から見て、メチル水銀に汚染され ていた可能性が高い。また、前記オのような調査結果に照らすと、上記②の中でも、特に回遊性の魚介類は、メチル水銀に汚染されていた可能性が高い。さらに、龍ヶ岳町及び御所浦町(いずれも特措法上の対象地域である。)は、毛髪水銀値が高い者の割合が多かったこと(前記3⑵)、ネコの水銀値も高かったこと(前記3⑷)、公健法による認定患者が相当数分布し ていること(前記3⑸)に照らし、メチル水銀の曝露地域であると認められ、これらの地域から移入された上記④の魚介類も、メチル水銀に汚染されていた可能性がある。 そうすると、姫戸町において継続的に魚介類を多食していた者は、水俣病を発症し得る程度にメチル水銀を摂取したと推認するのが合理的である。 このことは、新有病率調査(姫戸)において、四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害につい 魚介類を多食していた者は、水俣病を発症し得る程度にメチル水銀を摂取したと推認するのが合理的である。 このことは、新有病率調査(姫戸)において、四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害について、非曝露地域に対し高い有病オッズ比及び寄与危険度割合が認められたこと(別紙5疫学調査一覧表第2表)、姫戸町は特措法上の対象地域とされていないものの、姫戸町の居住者のうち特措法による一時金等対象該当者が114人いること(甲D146)とも整合する といえる。 ⑵ 倉岳町ア地勢・産業旧熊本県天草郡倉岳町(現在の天草市倉岳町)は、昭和30年7月に宮田村、棚底村及び浦村が合併して倉岳村となり、昭和35年4月に町制施 行した町である(甲D49)。天草上島の南海岸の中央部に位置し、南は不第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 知火海に面して御所浦町と相対し、北部は山林で耕地は少ない。農業(米、麦、甘藷等)が主要産業であるが、専業農家は少なく、林業や漁業と兼業する者が多かった(甲D50)。 棚底港は倉岳町の海上交通の基点であり、八代、三角、本渡、御所浦への船便が就航していた。宮田港も、牛深・八代・三角・水俣航路船が寄港 し、海上交通は便利であったが、昭和41年の天草五橋開通以後は、旅客船の寄港はなくなった(甲D50〔89、97~98頁〕、51)。 イ漁業の状況昭和30年代、倉岳町には棚底漁協と宮田漁協が存在していたが、両漁協は、昭和41年4月に合併して倉岳町漁協となった(甲D3〔860頁〕、 49)。漁協の組合員数(準組合員数を含む。)は、昭和35年時点で棚底漁協78人、宮田漁協208人、昭和40年 が、両漁協は、昭和41年4月に合併して倉岳町漁協となった(甲D3〔860頁〕、 49)。漁協の組合員数(準組合員数を含む。)は、昭和35年時点で棚底漁協78人、宮田漁協208人、昭和40年時点で合計221人であった(甲D52、53)。漁師は、各自船を所有し、それぞれ家族規模での経営をしていた(甲D86の1〔1頁〕)。倉岳町では、昭和38年の時点で、漁船170隻のうち、動力船が144隻を占めていた(甲D49〔108 頁〕)。 倉岳町では、棚底地区・宮田地区ともハモの延縄漁が盛んであった。ハモは砂地の海底に生息するため、水俣沖の一定の海域が好漁場であり、漁期(主に5月から10月まで)には多くの漁師が水俣沖に出漁していた(甲D86の1〔1~2頁〕・3〔2頁〕・11〔3頁〕・12〔2頁〕、8 7の1〔2頁〕・2〔1頁〕・3・4〔1頁〕・5〔2頁〕・6〔1~2頁〕・7〔2頁〕・10〔1頁〕・11〔3頁〕・12〔2頁〕・13〔2頁〕)。漁船のエンジンが発達する前は、水俣沖に何日も停泊し、延縄漁をする場合もあった(甲D86の11〔3頁〕、87の4〔2頁〕・12〔2頁〕)。もっとも、水俣病が問題になってからは、ハモ延縄漁の漁場を御所浦島から 長島沖にかけての海域に転換したり、宮田沖から牛深手前にかけての一本第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 釣り・延縄漁に転換したりした漁師もいた(甲D87の2〔3頁〕・6〔2頁〕)。ハモ延縄漁にかかったハモのうち、売り物になるものは、水産会社や地元漁協に売り、そこから関西方面に出荷されるが、既に死んでいる、傷がある、大きすぎるなど、売り物にならないハモは、漁師が船上で 頁〕)。ハモ延縄漁にかかったハモのうち、売り物になるものは、水産会社や地元漁協に売り、そこから関西方面に出荷されるが、既に死んでいる、傷がある、大きすぎるなど、売り物にならないハモは、漁師が船上で食べるか地元に持ち帰って消費していた。また、延縄には、タチウオ、グチ、 エイ、ウツボ、ヒラメなど他の魚介類がかかり、これらも船上で食べるか地元で消費していた(甲D86の1〔1~2頁〕・3〔2頁〕・9〔3頁〕・10〔3頁〕・11〔3~4頁〕・12〔2頁〕、87の1〔2頁〕・2〔1頁〕・3〔2頁〕・4〔1頁〕・5〔2頁〕・6〔2~3頁〕・7〔3頁〕・11〔3頁〕・12〔3頁〕・13〔2頁〕)。 ハモ漁の漁期以外の時期は、主に御所浦島の東海岸で行うイカかご漁、タコ壺漁が主な漁であり、その多くは近隣で消費したり、鮮魚店に卸したりしていた(甲D86の1〔2頁〕・3〔2頁〕、87の11〔3頁〕)。水俣沖や、獅子島から伊唐島付近で、タイやガラカブの延縄漁も行っていた(甲D86の11〔3頁〕、87の2〔2頁〕・6〔2~3頁〕・7〔3 頁〕・11〔3頁〕・12〔3頁〕)。 宮田地区の一部の漁師は、ハモ漁の漁期以外の時期に、長崎県五島列島や鹿児島県下まで出漁してタイ延縄漁を行っていた(甲D3〔868頁〕、87の3〔2~3頁〕・5〔2~3頁〕・6〔3頁〕・13〔2~3頁〕)。 棚底地区には、カタクチイワシ漁の網元があり、獅子島付近などの不知 火海沿岸を漁場として船引網漁を行っていた。カタクチイワシはイリコに加工してから仲買人を通じて外部に出荷していたが、イリコに適しない大きなカタクチイワシや、網にかかった雑魚は、自家及び雇い人で消費したり、近隣に物々交換で配ったりした。もっとも、網元の一つは、昭和35年頃から、水俣病の噂で魚が売れなく ていたが、イリコに適しない大きなカタクチイワシや、網にかかった雑魚は、自家及び雇い人で消費したり、近隣に物々交換で配ったりした。もっとも、網元の一つは、昭和35年頃から、水俣病の噂で魚が売れなくなっていき、昭和44年に倒産した (甲D86の1〔2頁〕・5〔1~2頁〕)。 第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 そのほか、昭和34年11月の熊本県水産試験場の聴き取りによれば、棚底漁協では、芦北・地元沿岸一帯を漁場としてイサキ、チヌ、クロウオ、メバルの釣りを行い、地元沿岸で磯刺網漁等を行っており、宮田漁協では、芦北沿岸・天草東沿岸を漁場としてカサゴ、タチ、イサキ、ベラの釣りを行い、地元沿岸でイカ釣り、枡網漁等を行っていた(甲D3〔867~8 68頁〕)。漁師は、これらの魚介類を自家消費するほか、漁協、鮮魚店、行商人に卸していた(甲D86の1〔2頁〕)。 なお、熊本県水産試験場が昭和34年11月に棚底漁協及び宮田漁協から聴き取った結果によれば、不知火海を漁場とするハモ延縄漁、イカかご漁、一本釣り等は水俣汚水の影響を受けているとされるところ(甲D3 〔867~868頁〕)、上記のとおり、この頃、漁場や魚種を転換した事例はあるものの、水俣沖での操業を続けた事例もあり(甲D86の3〔2頁〕、87の3〔2頁〕)、いずれの場合も、不知火海で魚介類を獲らなくなったとは認められない。 ウ魚介類の流通状況 倉岳町の漁師は、持ち帰った魚介類を、漁協、鮮魚店又は行商人に卸し、売り物にならない魚介類は、自家消費したり近隣に配ったりした(前記イ、甲D86の1〔3頁〕)。 棚底地区の行商人は、漁師のほか、漁協や鮮魚 漁師は、持ち帰った魚介類を、漁協、鮮魚店又は行商人に卸し、売り物にならない魚介類は、自家消費したり近隣に配ったりした(前記イ、甲D86の1〔3頁〕)。 棚底地区の行商人は、漁師のほか、漁協や鮮魚店からも魚を仕入れ、浦地区の農家などに売りに行っていた。漁家の女性が行商をすることもあっ た(甲D86の1〔3頁〕・3〔2頁〕・6・11〔4~5頁〕・19〔1頁〕)。 浦地区では、毎日のように棚底地区(一部は龍ヶ岳町赤崎地区)からの行商人が行商を行っていた(甲D199〔12~20頁〕)。 エ魚介類の摂食習慣 昭和30年代ないし昭和40年代における棚底地区及び宮田地区の漁業第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 従事者の家庭では、3食とも魚介類が中心であり、これに麦飯と自家栽培又は物々交換でもらい受けた野菜・芋類が加わっていた。船上生活中は、魚介類のみを食べていた。マイワシを食べることもあったが、不知火海で獲れるものであった(甲D86の2・5〔3頁〕・16〔4頁〕、87の2〔2~3頁〕・4〔2頁〕・5〔3頁〕・6〔3頁〕・7〔3頁〕・10〔2 頁〕・11〔3~4頁〕・12〔4~5頁〕・13〔3頁〕)。 漁業従事者ではない家庭でも、漁師や鮮魚店を営む親族・知人から魚介類をもらい受けたり、鮮魚店や行商人から購入したりして、食事は魚介類が中心であった。肉を食べることはほとんどなかった(甲D86の11〔5~6頁〕・19〔1~2頁〕、87の1〔2~3頁〕・9)。御所浦町の 牧島から魚介類をもらい受けている家庭もあった(甲D87の9〔1頁〕)。 漁家が少ない浦地区でも、週に4~5回以上魚介類を食べていた世帯や 〔1~2頁〕、87の1〔2~3頁〕・9)。御所浦町の 牧島から魚介類をもらい受けている家庭もあった(甲D87の9〔1頁〕)。 漁家が少ない浦地区でも、週に4~5回以上魚介類を食べていた世帯や、1日に2回~3回以上魚介類を食べていた世帯が広く分布していた(甲D199〔20頁〕)。 オ魚の異状 熊大研究班の調査では、御所浦島・獅子島より西側における魚介類の水銀値は確認されておらず(甲D4〔340~342頁〕)、その後の調査によっても、倉岳町近海の魚介類の水銀値は明らかでない。しかし、この海域でも、魚の浮死が確認されており、昭和30年代から昭和40年代初頭にかけて、倉岳町近くの水面で腹を上に向けて浮いている魚や、弱って海 岸に打ち上げられた魚が目撃されている(前記3⑶、甲D86の5〔3頁〕、87の2〔2頁〕・10〔2頁〕)。 なお、西海区水産研究所(甲D5)によれば、水俣沖のハモは多量の水銀を含有していた(甲D5〔73頁〕)。 カ小括 以上によれば、倉岳町では、①水俣沖を漁場とするハモ延縄漁が盛んで第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 あり、売り物にならないハモや混獲された魚介類を地元で消費したほか、②水俣沖、御所浦島の東海岸、獅子島から伊唐島付近を含む不知火海一帯でイカかご漁、タコ壺漁、延縄漁、カタクチイワシの船引網漁、釣りを行い、そこで獲れた魚介類の多くを地元で消費し、③地元沿岸で磯刺網漁、イカ釣り、枡網漁等を行い、そこで獲れた魚介類の多くを地元で消費し、 ④家庭によっては御所浦町から魚介類をもらい受ける場合もあった。これらのうち、上記①、②の魚介類は、漁場から見て、メチル 漁、イカ釣り、枡網漁等を行い、そこで獲れた魚介類の多くを地元で消費し、 ④家庭によっては御所浦町から魚介類をもらい受ける場合もあった。これらのうち、上記①、②の魚介類は、漁場から見て、メチル水銀に汚染されていた可能性が高い。また、前記オのような魚の異状が見られたことに照らすと、上記③の中でも、特に回遊性の魚介類は、メチル水銀に汚染されていた可能性が高い。さらに、メチル水銀の曝露地域と認められる御所浦 町から移入された上記④の魚介類も、メチル水銀に汚染されていた可能性がある。なお、宮田地区の一部の漁師は、ハモ延縄漁の漁期以外の時期に不知火海の外に出漁していたが、そこで獲れた魚介類が大量に地元に持ち帰られたとは認められない。 そうすると、倉岳町において継続的に魚介類を多食していた者は、水俣 病を発症し得る程度にメチル水銀を摂取したと推認するのが合理的である。 このことは、倉岳町は特措法上の対象地域とされていないものの、倉岳町の居住者のうち特措法による一時金等対象該当者が257人いること(甲D146)とも整合するといえる。 ⑶ 新和町 ア地勢・産業旧熊本県天草郡新和町(現在の天草市新和町)は、昭和29年11月に大多尾村、宮地村及び中田・碇石組合村が合併して新和村となり、昭和36年4月に町制施行した町である(甲D57〔8頁〕、58〔5頁〕)。天草下島の東海岸の中央部に位置し、東南部は不知火海に面して獅子島と相対 し、北西部は山で囲まれている。町の面積の大半は山地であるが、北部第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 (宮地地区)には大宮地川と流合川が本渡市との境に向かって流れ、その流域 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 (宮地地区)には大宮地川と流合川が本渡市との境に向かって流れ、その流域には平野が開け、水田が広がっている(甲D57〔6、9頁〕、58〔5頁〕)。一方、大多尾地区は、平地が少ないため農業規模は零細で、漁家が、自家で消費する麦、野菜、甘藷を栽培する程度であった(甲D59〔17~19頁〕、144の1〔3頁〕)。 新和町最大の港である大多尾港は、海上交通の要衝であり、三角から牛深にかけての多くの町との船便が就航しており、漁業の一大拠点でもあった。中田港は、坑木の積出港として栄えたほか、漁業が盛んであった(甲D57〔57~58頁〕、144の2〔38頁〕)。 イ漁業の状況 昭和30年代、新和町には大多尾漁協、宮地漁協及び中田漁協が存在し、漁協の組合員数(準組合員数を含む。)は、昭和35年時点で大多尾漁協154人、宮地漁協171人、中田漁協54人であり、昭和40年時点で合計355人であった(甲D3〔860頁〕、52、53)。 大多尾地区では、古くから3人の網元が地域を3区に分けてそれぞれの 漁業・行政を支配しており、昔と比べ網元の支配力が低下してきた昭和40年の時点でも、各網元が、1統数千万円を要するカタクチイワシの双手巾着網漁(昭和38年頃までは、八田網漁)を経営し、地域の漁獲量の80%を生産していた。各網元は、所有する複数の加工場でカタクチイワシをイリコに加工してから、仲買人を通じて外部に出荷していた(甲D59 〔13、15頁〕、144の1・7〔2頁〕)。なお、昭和40年当時には、次第に網子の脱漁化や自営専業化が起きており、大多尾地区の漁業集落153世帯中、網子として稼働しているのは58 甲D59 〔13、15頁〕、144の1・7〔2頁〕)。なお、昭和40年当時には、次第に網子の脱漁化や自営専業化が起きており、大多尾地区の漁業集落153世帯中、網子として稼働しているのは58世帯にとどまると指摘されているが、網子以外のうち24世帯は網元又は自営漁業者であり、無漁船の者(商工業、農業、賃労働、出稼ぎ、教員、年金等生活者)が71世帯 いることを踏まえても、漁業が産業及び食料入手手段の中心であることに第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 は変わりない(甲D59〔28~29頁〕)。 カタクチイワシ漁(昭和38年頃までは八田網漁、その後は巾着網漁)は、1船団当たり40ないし50人が8隻程度の船に乗り組んで行い、乗り子は、主に大多尾地区の親戚・知人であり、牛深地区の人を呼ぶこともあった。カタクチイワシ漁は、夜間、魚探船で魚の群れを探し、魚が多い 場所で行うところ、水俣と獅子島・伊唐島との間の海域で操業することが多く、時々、田浦沖や大多尾近海でも操業し、当時は規制が緩かったため、鹿児島県の出水市沖まで漁に行くこともあった。質の良いカタクチイワシは、海上で生きたまま仲買人が買い取って行き、そのほかのカタクチイワシは、加工場でイリコに加工した。混獲されるタチウオ、グチ、タイ、カ マス、コノシロ、イカ等は、「シャ」と呼ばれ、乗り子として乗り組んだ漁師に現物支給の賃金として配られ、その量は、両手で抱えるほどの大きさのザル一杯程度であった。加工場で働く者も、余った魚を自宅に持ち帰ることができた(甲D144の1・5・7・8)。 カタクチイワシ漁が行われない日中は、各漁師が、個人で所有する船で の大きさのザル一杯程度であった。加工場で働く者も、余った魚を自宅に持ち帰ることができた(甲D144の1・5・7・8)。 カタクチイワシ漁が行われない日中は、各漁師が、個人で所有する船で ①吾智網漁、②カシ網漁、③一本釣りを行っていた。①吾智網漁は、船上から深い海底近くに網を下ろして魚を追い込む漁法であり、タチウオ、チダイ、グチ、カマス、イサキ、アジ、ガラカブ、ベラ、カワハギ等、様々な魚介類を獲っていた。その漁場は、主に獅子島沖であったが、御所浦島から芦北・水俣沖にかけてや出水付近まで出漁する漁師もいた。水俣沖ま で行くときは、日帰りではなく数日間漁を続けることもあった(甲D144の1〔2頁〕・7〔4頁〕・10〔2頁〕・11〔1頁〕・12〔1頁〕・14〔2~3頁〕・20〔2~4頁〕)。吾智網漁は、狙った魚介類以外に様々な魚介類が混獲されやすい漁法である(乙イD59〔57頁〕)。②カシ網漁(磯建網漁)は、浅い海に網を仕掛けて行う漁であり、タイ、オコゼ、 カレイ、グチ、アイゴ、エイ、イラ、カワハギ、カサゴ等、様々な魚介類第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 を獲っていた。その漁場は、獅子島より西側が多かったが、獅子島のカシ網組合との協議により、昭和30年から昭和40年までは、獅子島の海岸でもカシ網漁の共同操業をしていた(甲D144の1〔2頁〕・4・8〔5頁〕)。③吾智網漁で余り獲れないときなどは、獅子島の東側から水俣沖で一本釣りをし、イサキ、カンパチ、ケンサキイカ、シイラ、タチウオ、ブ リ等を獲ることもあった(甲D144の8〔5頁〕・11〔2頁〕・13〔2頁〕・20〔3~4頁〕)。なお、大多尾漁 から水俣沖で一本釣りをし、イサキ、カンパチ、ケンサキイカ、シイラ、タチウオ、ブ リ等を獲ることもあった(甲D144の8〔5頁〕・11〔2頁〕・13〔2頁〕・20〔3~4頁〕)。なお、大多尾漁協は、水俣病の影響が広がった昭和34年11月の熊本県水産試験場の聴き取り調査に対して、これらの漁の漁場のほとんどを地先と回答していたが、昭和39年度の調査では、大多尾地区の漁場は不知火海(天草海)とされ、地先に限定されていない ことから(前記4⑴イ(イ))、水俣病の影響が永続的なものであったとは認められない。 中田地区でも、カタクチイワシの巾着網漁等が行われ、昭和30年頃、獲ったイワシを自家消費するために手開きする光景が見られていた(甲D144の3〔120頁〕・21〔2頁〕・22〔3頁〕、証人上野〔83~8 4頁〕)。タチウオの大量斃死現象が起きる前は、水俣沖に出漁して吾智網漁を行っていたが、昭和34年の熊本県水産試験場による聴き取りの時点では、水俣病問題を受けて出漁できない状態であった(甲D3〔869頁〕)。 ウ魚介類の流通状況 大多尾地区でカタクチイワシ漁の「シャ」として配られた魚介類は、漁師や加工場の雇人の家庭で自家消費していた。食べきれないものは、近隣の家に配っていた(前記イ、甲D144の8〔3~4頁〕・19〔3頁〕)。 漁師が吾智網漁、カシ網漁、一本釣り等で獲った魚のうち、マダイ、チダイ、イサキ、イセエビ等、売れるものは漁協や仲買人に売り、売れない ものは、自家消費したり農家と物々交換したりした(甲D144の1〔2第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 頁〕・7〔4頁〕・8〔5頁〕 の1〔2第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 頁〕・7〔4頁〕・8〔5頁〕・10〔2頁〕・11〔2頁〕・13〔2頁〕・14〔3頁〕)。 エ魚介類の摂食習慣昭和30年代ないし昭和40年代における大多尾地区の漁業従事者の家庭では、3食とも魚介類が中心であり、これに麦飯と自家栽培又は物々交 換でもらい受けた野菜・芋類が加わっていた。肉を食べることはほとんどなかった(甲D144の5・6・7〔4頁〕・10〔3頁〕・11〔2頁〕・13〔3~4頁〕・14〔3頁〕)。家で作ったイリコは、そのまま食べることもあれば、だしとして使うこともあった(甲D144の13〔3頁〕)。 漁業従事者ではない家庭でも、漁師を営む親族から魚介類をもらい受け たり、漁師や行商人から物々交換で魚介類を入手したりして、食事は魚介類が中心であった。肉を食べることはほとんどなかった(甲D144の15〔2~3頁〕)。 中田地区でも、大多尾地区と同様の食生活であった(甲D144の21〔2頁〕)。 オネコ及び魚の異状新和町では、昭和33年頃、魚を与えていた飼いネコが異状死する出来事が目撃されている(甲D144の16〔5頁〕)。 熊大研究班の調査では、御所浦島・獅子島より西側における魚介類の水銀値は確認されておらず(甲D4〔340~342頁〕)、その後の調査に よっても、新和町近海の魚介類の水銀値は明らかでない。しかし、この海域でも、魚が死んで又は弱って浮いているのが目撃されている(前記3⑶、甲D144の1〔3頁〕・5〔4頁〕・7〔5頁〕・16〔5頁〕、170)。 カ小括以上によれば、大多尾地区では、①水俣沖を含む不知火海 が死んで又は弱って浮いているのが目撃されている(前記3⑶、甲D144の1〔3頁〕・5〔4頁〕・7〔5頁〕・16〔5頁〕、170)。 カ小括以上によれば、大多尾地区では、①水俣沖を含む不知火海の広範囲を漁 場とするカタクチイワシ漁が盛んであり、混獲された魚介類を「シャ」と第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 して配って地元で消費したほか、②獅子島より東の海域で吾智網漁や一本釣りを行い、地先から獅子島の海岸にかけてでカシ網漁を行い、そこで獲れた魚介類の多くを地元で消費していた。これらのうち、上記①の魚介類は、漁場から見て、メチル水銀に汚染されていた可能性が高い。また、上記②のうち、獅子島の東側はもちろん、西側から地先にかけても、前記オ のような魚の異状が見られたことに照らすと、特に回遊性の魚介類は、メチル水銀に汚染されていた可能性が高い。中田地区においても、主な漁法は大多尾地区と同様であり、地元で消費した魚介類がメチル水銀に汚染されていた可能性が高い。 そうすると、新和町において継続的に魚介類を多食していた者は、水俣 病を発症し得る程度にメチル水銀を摂取したと推認するのが合理的である。 このことは、新和町は特措法上の対象地域とされていないものの、新和町の居住者のうち特措法による一時金等対象該当者が67人いること(甲D146)とも整合するといえる。 ⑷ 宮野河内地区 ア地勢・産業旧熊本県天草郡河浦町は、昭和29年11月に成立した町であり、昭和31年4月に宮野河内村を編入した(甲D145の10〔6頁〕)。宮野河内地区(旧宮野河内村)は、天草下島の南部東海岸に位置し、東部は入江を介して 郡河浦町は、昭和29年11月に成立した町であり、昭和31年4月に宮野河内村を編入した(甲D145の10〔6頁〕)。宮野河内地区(旧宮野河内村)は、天草下島の南部東海岸に位置し、東部は入江を介して不知火海に面し、西部は山に囲まれている。平地は乏しく、畑地 のほとんどが山腹に沿って傾斜した段々畑である(甲D145の6〔112頁〕)。宮野河内地区の世帯の多くは半農半漁の第2種兼業漁家であった(甲D145の8〔25頁〕)。 不知火海に突出した女岳半島の北側には入江(宮野河内湾・船津湾)の中に奥まったところに船津港があり、女岳半島の東側には女岳港がある。 女岳半島の南側には産島に面した上平港があり、漁船の係留等に使われて第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 いる。なお、新有病率調査(宮野河内)の対象となった船津及び松崎は、いずれも船津港近くの集落である(甲D145の3~5・7)。 イ漁業の状況昭和30年代、宮野河内地区には宮野河内漁協が存在し、漁協の組合員数(準組合員数を含む。)は、昭和35年時点で157人、昭和40年時点 で171人であった(甲D52、53)。 宮野河内地区のうち船津地区は漁師部落であり、昭和34年頃にカタクチイワシ巾着網漁を始めるまでは、船津地区の漁師は、主に獅子島や伊唐島付近、場合によって御所浦島付近で、磯建網漁、刺網漁、一本釣りをして、イッサキ(イサキ)、タイ、イシダイ、グチ、ガラカブ等を獲っていた。 近くに市場がなかったため、獲った魚介類のうち自家消費するもの以外は近所に配ったり、他の地区に持って行き、米や芋類と物々交換したりし、多く獲れたときは、水俣の市場に持って行 等を獲っていた。 近くに市場がなかったため、獲った魚介類のうち自家消費するもの以外は近所に配ったり、他の地区に持って行き、米や芋類と物々交換したりし、多く獲れたときは、水俣の市場に持って行った。魚が獲れない時期は、東町、獅子島、御所浦島などの網元が行っていたカタクチイワシ巾着網漁に出稼ぎに出ていた(甲D145の1〔2頁〕・11〔2~3頁〕・14〔2 頁〕・15〔2頁〕・16〔2頁〕・20〔2頁〕・21〔2~3頁〕)。水俣沖ないし芦北沖まで出漁し、ハモ延縄漁をする漁師もいた(甲D145の14〔3頁〕)。また、流網漁は、海底付近に沈めた網を潮の流れにより移動させてエビ等を獲る漁法であるところ、エビ流網漁を行う漁師は、潮の流れのある漁場を求めて、水俣沖から獅子島沖までの海域に出漁していた (甲D145の15〔2頁〕・19〔2頁〕)。 昭和34年、宮野河内漁協がカタクチイワシ巾着網漁を行うようになり、主に獅子島沿岸から桂島沿岸にかけて及び水俣沖で操業していた。カツオ漁を行う業者が生餌として購入していたが、死んでいて売れないカタクチイワシや、混獲されたタチウオ、グチ等は、乗り子が持ち帰った(甲D1 45の1〔2~3頁〕、証人上野〔89頁〕)。昭和38年には、漁協に代わ第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 って船津地区の2軒の網元がカタクチイワシ巾着網漁を行うようになり、船津地区の漁師だけでは人手が足りず、船津地区以外の地区から乗り子を集めるようになった。漁場は、樋島周辺から桂島周辺までの不知火海一円であり、売れないカタクチイワシや、混獲されたタチウオ、グチ等は、乗り子が持ち帰った(甲D145の1〔 津地区以外の地区から乗り子を集めるようになった。漁場は、樋島周辺から桂島周辺までの不知火海一円であり、売れないカタクチイワシや、混獲されたタチウオ、グチ等は、乗り子が持ち帰った(甲D145の1〔3頁〕・11〔4頁〕・12〔3頁〕・ 13〔2~3頁〕・15〔2~3頁〕・16〔2~3頁〕・17〔1~2頁〕・18〔2~3頁〕・23〔2頁〕)。 なお、宮野河内漁協は、水俣病の影響が広がった昭和34年11月の熊本県水産試験場の聴き取り調査に対し、カタクチイワシ漁の漁場について「中田湾が元漁場」とのみ回答し、アジ流網漁の漁場について「水俣沖現 在中止、宮野河内湾」と回答しているが(甲D3〔870頁〕)、昭和38年に2軒の網元がカタクチイワシ巾着網漁を始めたことや、近傍の大多尾地区の例(前記4⑴イ(イ))に照らし、水俣病の影響が永続的なものであったとは認められない。 ウ魚介類の流通状況 カタクチイワシ巾着網漁の乗り子は、持ち帰った魚介類を自家消費したり、近くの農家と物々交換したりしていた(甲D145の12〔2頁〕・13〔3頁〕・16〔3頁〕)。 漁師がそのほかの漁で獲った魚も、市場に売るもの以外は、自家消費したり、近隣と物々交換したり分け与えたりしていた(前記イ、甲D145 の14〔2頁〕・19〔3頁〕)。漁家の女性が行商をすることもあった(甲D145の16〔2~3頁〕)。漁業従事者の家庭でも、漁に出ない時は、樋島や宮野河内地区の行商人から魚介類を買うことがあった(甲D145の20〔3頁〕・21〔3頁〕)。 エ魚介類の摂食習慣 昭和30年代における宮野河内地区(船津地区・女岳地区)の漁業従事第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)におけ 摂食習慣 昭和30年代における宮野河内地区(船津地区・女岳地区)の漁業従事第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 者の家庭では、3食とも魚介類が中心であり、これに麦飯と野菜・芋類が加わっていた。肉を食べることはほとんどなかった(甲D145の2・11〔4頁〕・12〔2~3頁〕・13〔3~4頁〕・14〔3~4頁〕・15〔3頁〕・16〔2~4頁〕・17〔2頁〕・18〔3頁〕・19〔3頁〕・20〔2~4頁〕・23〔2~3頁〕)。 漁業従事者ではない家庭でも、漁師を営む親族や知人から魚介類をもらい受けたり、船津港に水揚げされた魚介類を行商人から買ったり、自ら近くの海で一本釣りをしたりして、食事は魚介類が中心であった。肉を食べることはほとんどなかった(甲D145の22〔2~4頁〕・24〔4~5頁〕)。 オネコ及び魚の異状宮野河内地区では、昭和30年代ないし昭和40年代、ネコが異状死する出来事が複数目撃されている(甲D145の17〔2~3頁〕・22〔4頁〕・24〔4頁〕、170)。 熊大研究班の調査では、御所浦島・獅子島より西側における魚介類の水 銀値は確認されておらず(甲D4〔340~342頁〕)、その後の調査によっても、宮野河内近海の魚介類の水銀値は明らかでない。しかし、この海域でも、魚が死んで又は弱って浮いているのが目撃されている(前記3⑶、甲D145の21〔2頁〕・22〔4頁〕)。 カ小括 以上によれば、宮野河内地区では、①昭和34年以降は、水俣沖を含む不知火海の広範囲を漁場とするカタクチイワシ漁が盛んであり、売れないカタクチイワシや混獲された魚介類を乗り子が持ち帰って地 以上によれば、宮野河内地区では、①昭和34年以降は、水俣沖を含む不知火海の広範囲を漁場とするカタクチイワシ漁が盛んであり、売れないカタクチイワシや混獲された魚介類を乗り子が持ち帰って地元で消費したほか、②獅子島や伊唐島付近、場合によって御所浦島付近で磯建網漁、刺網漁、一本釣りを行い、漁師によっては、水俣沖ないし芦北沖でハモ延縄 漁を行ったり、水俣沖から獅子島沖までの海域でエビ流網漁を行ったりし、第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 そこで獲れた魚介類の多くを地元で消費し、③地先で一本釣り等で獲った魚介類も地元で消費していた。これらのうち、上記①、②の魚介類とも、漁場から見て、メチル水銀に汚染されていた可能性が高く、上記③の魚介類も、前記オのような魚の異状が見られたことに照らすと、特に回遊性の魚介類は、メチル水銀に汚染されていた可能性が高い。 そうすると、宮野河内地区において継続的に魚介類を多食していた者は、水俣病を発症し得る程度にメチル水銀を摂取したと推認するのが合理的である。このことは、新有病率調査(宮野河内)において、四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害について、非曝露地域に対し高い有病オッズ比及び寄与危険度割合が認められたこと(別紙5疫学調査一覧表第2表)、 河浦町の居住者のうち特措法による一時金等対象該当者が36人いること(甲D146)とも整合するといえる。 ⑸ 長島町ア地勢現在の鹿児島県出水郡長島町は、平成18年3月に東町と旧長島町が合 併して成立した町である。東町は、東長島村が昭和31年7月に町制施行した町であり、長島本島の東側、諸浦島、伊唐島、獅子島 勢現在の鹿児島県出水郡長島町は、平成18年3月に東町と旧長島町が合 併して成立した町である。東町は、東長島村が昭和31年7月に町制施行した町であり、長島本島の東側、諸浦島、伊唐島、獅子島等から成り、不知火海に面する。旧長島町は、西長島村が昭和35年1月に町制施行した町であり、長島本島の西側に位置し、長島海峡ないし外洋(天草灘)に面する(弁論の全趣旨)。 イ漁業の状況(ア) 東町東町では、耕地が乏しい反面、入江が多く、古くから漁業が盛んであった(甲D65、68)。昭和33年当時、東町内の漁家の数は308軒であった(甲D67〔202頁〕)。 諸浦島及び長島本島の薄井港には、カタクチイワシ漁の網元が複数あ第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 り、各地から乗り子を集めて巻き網漁を行っていた。漁場は、獅子島・長島沖から、水俣沖までの海域であった。混獲された魚介類は、乗り子に分配された(甲D76〔1頁〕、145の11〔2~4頁〕)。宮ノ浦や獅子島の幣串でも、カタクチイワシの巻き網漁を行っていた(甲D149の1〔資料2・106頁〕)。 また、獅子島・伊唐島から長島本島の東側沿岸にかけては、カタクチイワシ以外にアジ、サバ、タチウオ、タイ、ブリ、タコ等の漁場が広がっており、一本釣りや延縄漁が行われていた(乙イD53〔13頁〕、58〔44頁〕、63〔4、32頁〕)。 (イ) 旧長島町 旧長島町では、昭和初年まで、南部(下山門野地区)の汐見港、西岸中央部の小浜港、北部(平尾地区)の茅屋港を中心にイワシ漁が行われていたが、昭和27年ないし昭和28年頃から近海でイワシが獲れなくなった 長島町では、昭和初年まで、南部(下山門野地区)の汐見港、西岸中央部の小浜港、北部(平尾地区)の茅屋港を中心にイワシ漁が行われていたが、昭和27年ないし昭和28年頃から近海でイワシが獲れなくなった(甲D65〔393頁〕、66〔225頁〕)。昭和33年当時、旧長島町内の漁家の数は66軒であり、東町より少なかった(甲D67 〔202頁〕)。その多くが茅屋港に集まっていた(甲D148の6〔1頁〕)。なお、新有病率調査(長島)の対象となった地区のうち、北方崎は旧長島町北部の平尾地区に位置する港近くの集落であり、小浜は小浜港近くの集落である(甲D64)。 平尾地区の茅屋港では、複数の網元がカタクチイワシ巾着網漁を行っ ており、平尾地区のほか蔵之元地区からも乗り子を集めていた。昭和30年代前半頃までは、15トンくらいの動力船が主であったため、漁場は茅屋港の近くが多かった。昭和30年代後半頃になると、20トンくらいの動力船が主となり、伊唐島の東まで行くことが多くなった。外洋は潮の流れが速く、漁場が狭いため、外洋には出ていなかった。イワシ、 ウルメイワシ、アジなどは、大漁のときは阿久根や牛深の市場に売りに第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 行くが、大漁でないときは、東町の薄井港に売りに行くことが多かった。 一方、混獲されたタチウオ、コチ、コノシロ等は、漁が終わると、乗り子に「セ」として分配された。「セ」の量は、漁の成果によって違うが、おおむねバケツ1杯(5~6kg)であった(甲D148の6〔2頁〕・9〔1~4頁〕・11)。 平尾地区には、茅屋港のほかに、口之福浦港、北方崎港、浜漉港があり、漁師は、カタク よって違うが、おおむねバケツ1杯(5~6kg)であった(甲D148の6〔2頁〕・9〔1~4頁〕・11)。 平尾地区には、茅屋港のほかに、口之福浦港、北方崎港、浜漉港があり、漁師は、カタクチイワシ漁のほかには、タイ、イサキ、サバ、ガラカブ、イカの一本釣り等を行うことが多かった。漁場は、浜漉港から不知火海にかけてで、夏場は不知火海が多く、冬場は外洋であったが、外洋は波が荒いため、それほど多く出漁できなかった(甲D148の6 〔2頁〕)。 蔵之元地区は、農業を営む者が多いが、兼業で漁協に加入し、長島と獅子島との間の海域で一本釣りや流し釣り(釣り糸を潮の流れに乗せて魚を獲る長島特有の漁法)を行ったり、近海で地引網漁を行ったりする者もいた(甲D77〔2頁〕、148の8・9〔1、6頁〕)。 ウ魚介類の流通状況及び摂食習慣(ア) 東町昭和30年代ないし昭和40年代、東町脇崎地区、加世堂地区などの漁家は、地先で自ら獲った魚介類や、薄井市場で仕入れた魚介類を、川床地区、山門野地区などの農家に行商に行っていた(甲D69〔2頁〕)。 黒之浜港で仕入れた魚介類を売りに行く行商人もいた(甲D71〔1頁〕)。東町の農家では、行商人又は鮮魚店から買ったり、漁師を営む親族や知人からもらい受けたり、自ら釣りをしたりして、魚介類を入手していた。食べきれない分は、天日干しして保存してから食べていた。魚介類と芋類(甘藷)が食事の中心であり、肉を食べることはほとんどな かった(甲D69〔2~3頁〕、70〔2~3頁〕、71〔1~2頁〕、7第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 2〔2~3頁〕、73〔2~3頁〕、7 第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 2〔2~3頁〕、73〔2~3頁〕、74〔2~3頁〕)。 (イ) 旧長島町平尾地区の漁港で水揚げされた魚介類は、自家消費されたほか、漁家の女性が地域を回って売ったり、親族・知人と物々交換したりしていた。 東町浦底地区、宮ノ浦地区、薄井地区のほか、阿久根・牛深からも、行 商人が魚介類を売りに来ていた。平尾地区の非漁家は、魚介類の6割くらいを行商人から入手し、4割くらいを地元の漁師や乗り子から入手していた(甲D148の6〔2頁〕・11〔6頁〕、乙イD63〔33頁〕)。 東町の親族や知人から魚介類をもらい受けることもあった(甲D78〔2頁〕)。昭和30年代ないし昭和40年代の平尾地区の家庭では、麦 飯を主食とし、芋類をその足しとし、おかずとしては、魚(アジ、イワシ、タコ、ガラカブ等)、近海で採れた海藻類・貝類、自家栽培の野菜を食べるのが一般的であった。魚介類の量は、天草ほどではないが、非漁家でも毎食のように魚介類が食卓に上り、肉を食べることはほとんどなかった(甲D76〔4頁〕、78〔2~3頁〕、148の7)。「セ」とし て持ち帰った魚介類は、刺身や塩焼き、煮魚にして食べたり、干物や煮干しにしたりして食べていた(甲D148の11〔5頁〕)。 蔵之元地区では、乗り子が持ち帰った「セ」を、自家消費したり、近所に分けたりしていた。東町の親族や知人から魚介類をもらい受ける場合もあった。他の地域から行商人が来ており、東町川床地区から蔵之元 地区まで車で売りに来る鮮魚店の女性もいた。行商人から買うのは、イワシの丸干しや魚の干物が多かった(甲D148の9〔5~6頁〕)。「セ」 。他の地域から行商人が来ており、東町川床地区から蔵之元 地区まで車で売りに来る鮮魚店の女性もいた。行商人から買うのは、イワシの丸干しや魚の干物が多かった(甲D148の9〔5~6頁〕)。「セ」を持ち帰ったり魚介類をたくさんもらい受けた場合は、刺身や塩焼きにして食べたり、干物や煮干しにしたりして食べていた。そうでない家庭でも、たんぱく源を魚介類に依存しており、イリコなどの小魚でだしを とった汁物、だしをとった後の小魚、キビナゴ・イワシ・小アジ等をす第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 りつぶした練り物などを食べており、肉を食べることはほとんどなかった(甲D77〔3頁〕、148の9〔6~8頁〕)。 下山門野地区の内陸部では、農業を営む者が多く、米、麦、野菜、馬鈴薯等を栽培していた。行商人が毎日来ており、住民は、現金又は物々交換で行商人からアジ、タチウオ、クサビ、ガラカブ等の魚介類を入手 していた。行商人は、主に、東町加世堂地区や市来崎地区から来ていた(甲D148の10)。 なお、昭和49年に黒之瀬戸大橋が開通してからは、商品の流通のみならず長島の生活全般が大きく変わった(甲D148の9〔5頁〕)。 エネコ及び魚の異状等 東町では、ネコの異状死が目撃されている(甲D2〔871頁〕、乙イD61〔60頁〕)。旧長島町の平尾地区、蔵之元地区及び下山門野地区でも、ネコの異状死が目撃されている(甲D76〔2頁〕、148の10〔2頁〕、乙イD61〔60頁〕)。 昭和35年に発表された熊大研究班の調査結果によれば、長島東側の海 域(海区番号68)で59.2ppmという極めて高い水銀値のイシモチが認 、148の10〔2頁〕、乙イD61〔60頁〕)。 昭和35年に発表された熊大研究班の調査結果によれば、長島東側の海 域(海区番号68)で59.2ppmという極めて高い水銀値のイシモチが認められた(甲D4〔341頁〕)。昭和36年に行われた打瀬網漁・刺網漁の試験操業によっても、水銀値1.1ppm以上のテンジクダイが獅子島・伊唐島の東沖合で捕獲された(乙イD58〔41、43頁〕)。獅子島の東側から長島本島の東側、黒之瀬戸にかけての海域では、魚の浮死が確認され ている(前記3⑶、甲D2〔871頁〕、75〔2頁〕、76〔3頁〕)。 オ小括(ア) 東町以上によれば、東町(特措法上の対象地域である。)では、①獅子島・長島沖から、水俣沖までの海域を漁場とするカタクチイワシ漁が行われ、 混獲された魚介類は乗り子に分配され、②地先の一本釣りや延縄漁で獲第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 れた魚介類も地元で消費されたところ、前記エのとおり、上記①、②の魚介類とも、漁場から見て、メチル水銀に汚染されていた可能性が高い。 そうすると、東町において継続的に魚介類を多食していた者は、水俣病を発症し得る程度にメチル水銀を摂取したと推認するのが合理的である。このことは、東町で毛髪水銀値の高い者の割合が高かったこと(前 記3⑵)、公健法に基づく認定患者の居住地が東町(獅子島・伊唐島及びそれ以外)に分布すること(前記3⑸)とも整合するといえる。 (イ) 旧長島町旧長島町は、東町と比べ漁家の数が少なく、全体的には農業を中心とする地域が多いが、①平尾地区では昭和30年代後半以降は伊唐島より 東を漁場とするカ とも整合するといえる。 (イ) 旧長島町旧長島町は、東町と比べ漁家の数が少なく、全体的には農業を中心とする地域が多いが、①平尾地区では昭和30年代後半以降は伊唐島より 東を漁場とするカタクチイワシ漁が行われ、混獲された魚介類は乗り子に分配され、②平尾地区及び蔵之元地区では、不知火海又は地先ないし外洋で一本釣り等を行う漁師もいたほか、③東町や阿久根・牛深からの行商人や、東町の親族や知人から魚介類を入手することも多かった。これらのうち、上記①の魚介類は、漁場から見て、メチル水銀に汚染され ていた可能性が高い。上記②については、不知火海の漁場の魚介類は、メチル水銀に汚染されていた可能性が高いが、外洋に面した漁場については、その可能性は考え難い。上記③については、東町で獲れた魚介類は、メチル水銀に汚染されていた可能性が高いが、行商人が阿久根・牛深で仕入れた魚介類は、必ずしもその可能性が高いとはいえない。 そうすると、旧長島町居住者であっても、不知火海で獲れた魚介類を多食したと認められる者は、水俣病を発症し得る程度にメチル水銀を摂取したと推認するのが合理的であり、このことは、新有病率調査(長島)において、四肢末梢優位の感覚障害及び全身性感覚障害について、非曝露地域に対し高い有病オッズ比及び寄与危険度割合が認められたこと (別紙5疫学調査一覧表第2表)、旧長島町の居住者のうち特措法による第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 一時金等対象該当者が69人いること(甲D147、151)とも整合するといえる。ただし、不知火海で獲れた魚介類を多食したと認められるかは、個別の家庭における魚介類の入手経路に 食状況 一時金等対象該当者が69人いること(甲D147、151)とも整合するといえる。ただし、不知火海で獲れた魚介類を多食したと認められるかは、個別の家庭における魚介類の入手経路によるから、後記第5において個別の本件患者に即して検討する。 ⑹ 阿久根市 ア阿久根港阿久根市には、主要な水揚げ港として、阿久根市中心部に近い阿久根港、北部の脇本港、黒之瀬戸に面した黒之浜港があった(甲D149の1〔3頁〕)。 このうち、阿久根港は、九州西岸で有数の水揚げ場として知られる大規 模な港であり、鉄道・国道の便が良いことから、他港所属の漁船からの水揚げも多く、盛況であった(甲D149の6〔767頁〕・7〔105頁〕)。 カタクチイワシの加工場が多いこと、仲買人が集まりやすく高値が付きやすいことから、カタクチイワシの水揚げが盛んであり、長島、牛深、天草、米ノ津などの漁船は、不知火海でカタクチイワシ漁を操業した後、その日 の大きな漁港(牛深港、阿久根港、水俣港等)での市況を基に、高値が予想される港に水揚げしていた(甲D148の6〔2頁〕・9〔3~4頁〕・11〔4~5頁〕、149の7〔104頁〕)。黒之浜地区の漁船は、黒之瀬戸から不知火海にかけての海域で獲ったキビナゴ、タレ、ヤリイカ、マイワシ、ウルメイワシ、ソウダカツオを阿久根港に卸すことがあった(乙イ D61〔38頁〕)。脇本地区の漁船が、不知火海で獲ったカレイ、ガシラ、アジ、エソ、カワハギ、貝類等を阿久根港に卸すこともあった(甲E36の3〔4頁〕)。他方で、阿久根の漁師は、甑島など天草灘や東シナ海での操業でサバ、アジ等の大きな漁獲を上げていた。また、牛深の水産加工会社は、毎日、阿久根への専用運搬船を使ってイワシ、サバの塩干物の製品 を送っていた 久根の漁師は、甑島など天草灘や東シナ海での操業でサバ、アジ等の大きな漁獲を上げていた。また、牛深の水産加工会社は、毎日、阿久根への専用運搬船を使ってイワシ、サバの塩干物の製品 を送っていた(乙イD59〔65、79頁〕、63〔9頁〕)。 第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 被告らは、出水保健所が、昭和34年8月17日、阿久根漁協に対し、阿久根、水俣の漁船が米ノ津を通過して阿久根港に水揚げするおそれがあるため注意するよう協力を求めていること(乙イD68〔2頁〕)を指摘して、阿久根港に不知火海の魚介類が水揚げされないよう注意が払われていた旨主張する。しかし、上記協力依頼は、同月12日に米ノ津のネコが発 症したことを契機とするものであり、強制力を有しないところ、昭和35年には水俣病に対する警戒感が緩んでいたこと(前記4⑷オ)に照らし、永続的に不知火海の魚介類の水揚げが止められていたとは認め難い。 イ脇本港及び黒之浜港脇本港及び黒之浜港の漁師は、黒之瀬戸を挟んで、脇本港付近の外洋と 不知火海の双方を漁場としていた(乙イD68〔27頁〕)。黒之浜自体も漁場として有名であった(甲E111の3〔5頁〕)。外洋は、特に冬場は季節風が吹きつけて波が荒いため、ディーゼル船が普及した昭和30年代後半以降、外洋の波が荒い時は、不知火海で漁をすることが多かった。また、外洋には小魚が少なかったのに対し、不知火海にはカタクチイワシ等 の小魚やこれを捕食するタチウオ等が豊富であったことから、これらの魚介類を狙う時は、不知火海で漁をしていた。一方、脇本沿岸では、キビナゴが獲れたため、沿岸でキビナゴを獲ることもあった(甲 等 の小魚やこれを捕食するタチウオ等が豊富であったことから、これらの魚介類を狙う時は、不知火海で漁をしていた。一方、脇本沿岸では、キビナゴが獲れたため、沿岸でキビナゴを獲ることもあった(甲D149の1〔2~3頁〕・2〔6頁〕)。 不知火海で獲れた魚介類のうち、カタクチイワシは、主に阿久根港に水 揚げされ、それ以外のガラカブ、ヒラメ、タイ、チヌ、スズキ等は、主に黒之浜港や脇本港に水揚げされていた(甲D149の1〔3頁〕・2〔7、9頁〕)。 脇本港は小規模な港であり、市場が設置されていないが、行商人が買付けを行っていたため、漁師は、市場に卸すほどの漁獲量がない場合に、脇 本港で行商人に売ることがあった。行商人が買う魚には、アジ、サバ、キ第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 ビナゴ等があった(甲D149の2〔6頁〕・3・6〔15、768頁〕)。 黒之浜港には市場があったが、黒之浜港に水揚げするのは、外洋に出ない小さい漁船が多かった(甲E116の3〔4~5頁〕)。 ウ魚介類の摂食習慣阿久根市では、魚介類の中で、アジ、キビナゴ、サバが食べられること が多かった(乙イD58〔58頁〕)。 阿久根市折口地区で昭和30年代ないし昭和40年代の日常的な食事を再現した結果によれば、麦飯、甘藷に加え、イワシ(カタクチイワシ、マイワシ)、アジ、キビナゴの焼魚・刺身・煮魚・天ぷらのほか、ゆでイカ等が食べられており、1人1日当たりの魚介類摂食量は約340gであった (甲D149の5・8〔12~21頁〕)。 エ小括以上によれば、脇本港及び黒之浜港で水揚げされた魚介類には、相当程度高い割合で、不知火 1人1日当たりの魚介類摂食量は約340gであった (甲D149の5・8〔12~21頁〕)。 エ小括以上によれば、脇本港及び黒之浜港で水揚げされた魚介類には、相当程度高い割合で、不知火海で獲られたものが含まれていたと考えられ、これを多食していた者は、水俣病を発症し得る程度にメチル水銀を摂取したと 推認するのが合理的である。このことは、阿久根市で毛髪水銀値の高い者が一定割合で認められたこと(前記3⑵)とも整合するといえる。 一方、阿久根港で水揚げされた魚介類には、不知火海で獲られた魚介類と外洋で獲られたイワシ、サバ、アジ等があったと考えられるところ、阿久根港周辺の居住者についても、不知火海で獲られた魚介類を多食してい たと認められる場合があり得ると考えられる。このことは、阿久根市で特措法の対象地域に指定されていない折口、波留、新町、大川の居住者のうち特措法による一時金等対象該当者が23人いること(甲D151)とも整合するといえる。不知火海で獲れた魚介類を多食したと認められるかは、後記第5において個別の本件患者に即して検討する。 ⑺ 山野線沿線第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 ア山野線の概要JR(旧国鉄)山野線は、大正10年に開業し、昭和63年2月に廃止された鉄道であり、昭和12年12月に全区間が開通してからは、水俣駅から、水俣市の久木野駅、鹿児島県大口市(現伊佐市)の薩摩布計駅、山野駅を経由して姶良郡栗野町(現湧水町)の栗野駅までを結んでいた(甲 D155、甲E23の5〔138頁〕)。 昭和33年の時刻表によれば、水俣駅始発の山野駅までの列車が1日5本、山野駅から水 野駅を経由して姶良郡栗野町(現湧水町)の栗野駅までを結んでいた(甲 D155、甲E23の5〔138頁〕)。 昭和33年の時刻表によれば、水俣駅始発の山野駅までの列車が1日5本、山野駅から水俣駅までの列車が1日5本運行されていた。水俣駅午前8時50分発の列車の場合、久木野駅(水俣駅からの営業キロ14.3km)までは41分、薩摩布計駅(同22.6km)までは1時間11分、山野駅 (同32.3km)まで1時間32分であった(甲D156)。 昭和37年には、水俣・山野間がディーゼル化され、同区間では、通常、定員88人の車両1車両で運行した(乙イD59〔67~68頁〕)。 イ魚介類の流通状況山野線には、水俣方面で獲れる魚介類を背負って沿線に運ぶ「かつぎ屋 さん」と呼ばれる行商人が乗っていた(甲D159、160〔2~3頁〕、甲E23の5〔138頁〕、乙イD57〔132~134頁〕)。聴き取り調査によれば、行商人は、水俣駅を朝出発し、沿線の駅周辺を行商して、当日の夕方に水俣駅に帰着していた(乙イD59〔75頁〕)。 昭和33年8月22日の新聞は、大口市保健所が水俣湾内で獲れた魚介 類に注意するよう各家庭に警告していることを報じており、その中で、水俣市から1時間半の大口市には水俣方面からのかつぎ屋(保健所認可済者)が21人おり、毎日のように1人4kgから10kgの魚介類を運び売りさばいているほか、許可証を持たないかつぎ屋もいるとしている(甲D157)。 薩摩布計駅近くには、魚を取り扱う商店があり、水俣の魚を仕入れてい た(甲D159、160、甲E23の6の3)。久木野駅近くにも、鮮魚や第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・ た(甲D159、160、甲E23の6の3)。久木野駅近くにも、鮮魚や第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 塩干物を取り扱う商店があった(甲E41の3〔5~6頁〕、乙イD59〔77頁〕)。 このように、久木野地区から山野地区にかけての山野線沿線においても、水俣から運ばれた魚介類が相当程度流通していたといえる。 これに対し、上野報告書は、山野線で大口方面に向かう魚の行商人は、 列車の1運行で2~4人程度にすぎなかったとして、山間部での魚介類の流通量は少なかったと記述する(乙イD57〔143頁〕、58〔53頁〕)。 しかし、上記新聞記事に照らし、上野報告書の上記記述の信用性には疑問がある。また、地域全体として見れば、漁村と比べ魚介類の流通量は少なかったと考えられるが、家庭の経済状況や嗜好によって、行商人や商店か ら魚介類を入手しようと思えば容易に入手できたといえ、一般的に曝露を否定することはできない。 また、上野報告書は、山間部に流通した魚介類は、塩干物が主であったと記述する(乙イD57〔143頁〕)。しかし、上野報告書によっても、行商人がガンガンと呼ばれるアルミ缶に鮮魚を入れ、氷を少し載せて山野 線で運んでいたと報告されていること(乙イD57〔134、143頁〕)、大口市における塩干魚介類の利用は9%にとどまるとされること(乙イD58〔57頁〕)、沿線に鮮魚を取り扱う商店があったこと、出水市名護地区(米ノ津港の近く)の行商人についての研究によれば、鮮魚行商の範囲は半径13kmの出水平野内であることが多かったが、それは主に徒歩を前 提とした日帰り行商が可能な範囲と解され、山野線で結ばれた大口市には の近く)の行商人についての研究によれば、鮮魚行商の範囲は半径13kmの出水平野内であることが多かったが、それは主に徒歩を前 提とした日帰り行商が可能な範囲と解され、山野線で結ばれた大口市には鮮魚行商をしていた例もあること(乙イD58〔54、56頁〕)に照らし、鮮魚が相当程度流通していたと認められる。 被告らは、上記新聞報道を指摘して、水俣湾及びその周辺海域の魚介類が危険であることは広く周知されていたから、山間部の集落においても、 上記海域の魚介類をあえて入手し摂食していたとは考えられない旨主張す第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 5 各地域(特措法の対象地域外)における魚介類の漁獲・流通・摂食状況 る。しかし、昭和33年8月当時、危険性が指摘されていたのは水俣湾内で獲れた魚介類に限られる一方、既に水俣湾内の漁獲が自粛されており、それによる漁民の困窮が報じられていたから(前記4⑷イ、ウ)、現に危険な魚介類が流通していると一律に受け止められたとは認め難い。また、一時的に魚介類の購入が控えられたとしても、昭和35年には、魚介類の摂 食や販売に対する注意は「自然解消されたような姿」と言及される状態となっており(前記4⑷オ)、魚介類の買い控えが持続したとは認め難い。 ウ水俣の魚介類の汚染状況水俣には丸島、茂道、湯堂の3漁港があるが、水俣駅に近い丸島港は最大規模の漁港であり、漁協や製氷施設があり、仲買人が多く、水俣の漁民 だけでなく、獅子島、御所浦島の漁師も、丸島港の魚市場に水揚げをしていた。水揚げの多い魚種は、エビ、アジ、ボラ、タチウオ等であった(乙イD58〔45頁〕)。長島、牛深、天草、米ノ津などの漁船も、不知火海でカタクチイワシ漁を操業した後、水俣港を含む各 に水揚げをしていた。水揚げの多い魚種は、エビ、アジ、ボラ、タチウオ等であった(乙イD58〔45頁〕)。長島、牛深、天草、米ノ津などの漁船も、不知火海でカタクチイワシ漁を操業した後、水俣港を含む各港での市況を基に、売値の予想に応じて水揚げしていた(甲D148の6〔2頁〕)。 上野報告書は、外洋で獲られたイワシが牛深に水揚げされ、仲買人の鮮魚運搬船やフェリー等の定期航路で水俣へ送られてきたことや、水俣の仲買人が九州各地の魚市場から魚を買い付けていたことから、水俣の鮮魚商が扱っていた魚には県内外からの魚が多く含まれていた旨記述する(乙イD58〔48~50頁〕)。しかし、地元で消費された魚介類に占める牛深 産のイワシの割合が高かったとは認められない(前記4⑵イ)。水俣では昭和36年頃まで水俣病認定患者が発生していたこと(前記3⑶)、水俣及びその周辺において毛髪水銀値が高い者の割合が高かったこと(前記3⑵)に照らしても、水俣で流通していた魚介類の多くは、メチル水銀に汚染された不知火海の魚介類であり、行商人が水俣から山野線沿線に運んだのも、 多くがこうした魚介類であったと推認される。 第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 6 昭和44年以降の汚染状況 被告らは、水俣市漁協が操業を自粛していた状況に照らし、当時の丸島港又はその周辺の漁港で水揚げされた魚介類がメチル水銀に汚染されていたとは考え難い旨主張するが、自粛の対象外であった水俣湾外の魚介類も、相当程度メチル水銀に汚染されており、その状態が長期間続いていたと推認される(前記4⑷キ)。上野教授は、水俣市内の鮮魚店は、不買決議後、 阿久根から入手した魚介類に頼っていた旨供述するが(証人上野〔19頁〕)、不知火海の漁業が 、その状態が長期間続いていたと推認される(前記4⑷キ)。上野教授は、水俣市内の鮮魚店は、不買決議後、 阿久根から入手した魚介類に頼っていた旨供述するが(証人上野〔19頁〕)、不知火海の漁業が継続していた中、不知火海の魚介類が水俣で永続的に流通しなくなったとは認め難い。 エ小括以上によれば、久木野地区から山野地区にかけての山野線沿線居住者で あっても、水俣方面から運ばれた魚介類を多食したと認められる者は、水俣病を発症し得る程度にメチル水銀を摂取したと推認するのが合理的である。このことは、平成24年、久木野地区の南方に位置する越小場地区日当野に住む50人(43歳以上)のうち13人を対象として調査した結果、全員に四肢末梢優位の感覚障害が認められ、口周囲の感覚障害、運動失調、 構音障害、視野狭窄等の水俣病に特徴的な症候を有する者も相当数いたこと(甲D163)、同年、布計地区に住む21人のうち14人を対象として調査した結果、全員に四肢の感覚障害が認められ、口周囲の感覚障害、運動失調等を有する者も相当数いたこと(甲D164)、久木野地区の居住者のうち特措法による一時金等対象該当者が67人、旧大口市の居住者のう ち特措法による一時金等対象該当者が4人いること(甲D147、148)とも整合するといえる。ただし、水俣方面から運ばれた魚介類を多食したと認められるかは、個別の家庭における摂食習慣等によるから、後記第5において個別の本件患者に即して検討する。 6 昭和44年以降の汚染状況 ⑴ 昭和44年以降の汚染魚対策等の経緯第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 6 昭和44年以降の汚染状況 被告県の委託により昭和46年に行われた研究の結果、水俣湾のプランクトン 緯第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 6 昭和44年以降の汚染状況 被告県の委託により昭和46年に行われた研究の結果、水俣湾のプランクトン及び魚介類中に、0.1ppm前後のメチル水銀が蓄積されており、昭和43年以降における魚介類中の水銀は横ばい状態を示していることが報告された(乙イD20〔25頁〕)。水俣湾の海底に堆積した25ppm以上の水銀を含む汚泥の厚さは4mに達するところもあった(乙イD20〔27頁〕)。 昭和48年5月、熊本県天草郡有明町に水俣病類似患者がいるという指摘が新聞各紙に報道された結果、第3水俣病騒動が起きた。これを受けて、水俣市漁協は、同月、水俣湾における漁獲の自粛を再開した(乙イD20〔49、52頁〕)。 被告国の水銀等汚染対策推進会議は、同年に行われた全国環境総合調査の 結果を基に、①水俣湾の魚介類については、クロダイ、コチ、カサゴ、カナガシラの4魚種が暫定的規制値を超えており、この4種について漁獲の自主規制が必要であり、今後定期的監視が必要であること、②水質調査の結果、検体の半数が検出限界値を超えており、その原因は、高濃度に水銀を含有する底質が懸濁したことに起因すると考えられること、③底質調査の結果、水 俣湾の大部分が暫定除去基準値を超えているので(3.02~209.8ppm)、ほぼ全域について除去等の対策を取る必要があることなどを指摘した(乙イD20〔25頁〕、21〔243~248頁〕)。 被告県は、昭和49年1月、第3水俣病騒動による汚染魚不安を鎮静化させ、魚価の安定を図るため、汚染魚を水俣湾に封じ込める仕切網を設置する とともに、湾内に生息する汚染魚の一斉捕獲及び廃棄並びに魚介類水銀調査を行った。仕切網は、ポリプロピレ 染魚不安を鎮静化させ、魚価の安定を図るため、汚染魚を水俣湾に封じ込める仕切網を設置する とともに、湾内に生息する汚染魚の一斉捕獲及び廃棄並びに魚介類水銀調査を行った。仕切網は、ポリプロピレン製の網(網目の一辺4.5cm)で、海上に張られたロープに吊るされ、下部には鉛製の重りが取り付けられていた。 大型貨物船等のための航路口が約220mにわたり開放されており、同部分については、海底に高さ5mの底建網を張るとともに、海底に音響装置を設 置して、魚が嫌う音を出していた(乙イD20〔51、53、90頁〕)。 第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 6 昭和44年以降の汚染状況 もっとも、その後、被告県の調査により、仕切網の一部で、網の最下部と海底との間が7~8m空き、魚が自由に出入りしていることが判明した(甲D174)。また、小ダイ、ベラ、イサキなどの小魚が網目をすり抜けているところや、魚が音響装置の近くに群れているところが映像で確認され、仕切網及び音響装置の効果の限界が指摘された(甲D175)。 昭和50年4月には、被告県と水俣市漁協との間で漁業補償協定が締結され、水俣湾内の操業が禁止された。同年9月以降は、水俣湾内での釣り行為を自粛するよう立て看板、チラシ、巡回による呼びかけ指導が行われた(乙イD20〔49頁〕)。 被告県は、昭和52年10月1日、底質の除去基準を総水銀25ppm以上と 定め、水俣湾公害防止事業に着手した。同事業は、水銀値の高い湾奥部(約58万㎡)を浚渫してその土を埋立地に投入し、その上を表面処理した後、良質の山土で覆い、水銀を含む汚泥を封じ込めるというものであった。ただし、工事差止仮処分が申し立てられたため、工事は昭和55年まで中断された。浚渫 てその土を埋立地に投入し、その上を表面処理した後、良質の山土で覆い、水銀を含む汚泥を封じ込めるというものであった。ただし、工事差止仮処分が申し立てられたため、工事は昭和55年まで中断された。浚渫工事前の昭和60年に調査した湾内610地点の底質中の総水銀値 は0.04~553ppmであったが、浚渫工事完了後の昭和62年に調査した湾内84地点の底質中の総水銀値は0.06~12ppmまで低下していた(乙イD20〔27頁〕)。一方で、浚渫工事完了後の昭和62年においても、水俣湾に生息する魚介類の水銀値は低下せず、暫定的規制値を超える魚介類の生息も確認されていた。被告県は、これを受けて、汚染魚の捕獲を強化する こととした(乙イD20〔49頁〕)。 水俣湾公害防止事業は、平成2年3月に終了したが、その後も、水俣湾及び七ツ瀬(恋路島の北側。甲D29〔72頁〕)の両海域において、暫定的規制値を超える魚介類の生息が確認されたため、被告県は両海域を囲む仕切網を残置した。被告チッソは、平成4年7月から平成9年10月までの間、水 俣市漁協組合員が採捕した魚介類を買い上げる措置を取った(乙イD20第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 6 昭和44年以降の汚染状況 〔27、49~50、90頁〕)。 平成元年以降、水俣湾の魚介類中の水銀値は一貫して低下する傾向を示した。これを受けて、被告県は、平成5年以降、水俣湾の仕切網を段階的に縮小することとし、平成9年10月、全面撤去した(乙イD20〔51、54~55頁〕)。 ⑵ 人体の水銀値ア毛髪水銀値、血液中水銀値及び尿中水銀値元村(甲D187)によれば、昭和50年から昭和54年にかけて不知火海沿岸各地で毛髪水銀値を調査した結果、平均 ~55頁〕)。 ⑵ 人体の水銀値ア毛髪水銀値、血液中水銀値及び尿中水銀値元村(甲D187)によれば、昭和50年から昭和54年にかけて不知火海沿岸各地で毛髪水銀値を調査した結果、平均値はおおむね10ppm以下であり、全体的に日本人の平均レベルに近付いていく傾向が見られた。も っとも、昭和50年の桂島で最高値が37.44ppm、昭和51年の出水で最高値が41.70ppm、昭和54年の桂島で最高値が36.90ppmと、一部の者の毛髪水銀値は、非汚染地域(昭和51年の東京で最高値6.91ppm)を相当上回っていた。血液中水銀値及び尿中水銀値についても、同様の傾向が見られた(甲D187)。 入鹿山教授らが水俣地区の漁業従事者の毛髪総水銀値を調査した結果によれば、昭和43年以降、平均値は10ppm以下で低下傾向にある一方、最高値は昭和43年(検体数65)で73.8ppm、昭和44年(検体数44)で18.3ppm、昭和45年(検体数26)で9.5ppmと、比較的高い例が見られた。藤木教授らが昭和57年に水俣地区の漁業従事者の毛髪メチル 水銀値を調査した結果(検体数71)によれば、平均値は6.15ppmと高くなかった一方、最高値は24.1ppmと、比較的高い例があった(乙イB6〔31、33頁〕)。 イ臍帯のメチル水銀値水俣病多発地域(水俣市、出水市、津奈木町)では、昭和28年頃から 昭和42年頃までの間に出生した新生児の保存臍帯において、メチル水銀第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 6 昭和44年以降の汚染状況 値が0.5ppm以上(高いものは2~3ppm以上)の例が多数見られた。これは、環境省作成の水銀分析マニュアルに記載された一般健康人における ついて 6 昭和44年以降の汚染状況 値が0.5ppm以上(高いものは2~3ppm以上)の例が多数見られた。これは、環境省作成の水銀分析マニュアルに記載された一般健康人における臍帯中メチル水銀値が0.1ppmであり、東京で昭和49年に収集した保存臍帯のメチル水銀値が0.11±0.03ppmであるのと比べ、相当高い水準であり、そのピーク時期は、被告チッソ水俣工場におけるアセトアルデヒド 生産量のピーク時期とおおむね一致している(甲D173〔79~80頁〕、乙イD22〔9頁〕)。 原田(甲D184)によれば、昭和44年以降は、不知火海沿岸地域における臍帯のメチル水銀値は全体的に低下しているものの、昭和46年で0.83ppm(出生地不明)、昭和49年で0.43ppm(水俣市月浦)、昭和 52年で0.29ppm(出生地不明)というように比較的高い例も散見される(甲D184〔156~165頁〕)。国水研の調査によれば、昭和45年から昭和49年までに不知火海沿岸地域で出生した新生児の臍帯のメチル水銀値は、25-75パーセンタイルで0.143~0.330ppmであった(甲D185)。昭和44年12月以降に出生した特措法の救済申請者で、 臍帯のメチル水銀値が1ppmを上回る例が複数いることが判明している(甲D186)。 被告らは、藤木教授の水俣地区における調査結果を基に、昭和43年から昭和45年にかけては、臍帯のメチル水銀値が0.1ppm未満の者しか見当たらない旨主張するが、藤木教授の調査対象中、昭和43年以降に出生 した者はわずかであり(甲D172〔46頁〕、乙イB6〔35頁〕)、原田(甲D184)や国水研の調査結果の信用性を左右するものではない。 被告らは、原田(甲D184)及び国水研の調査結果にお した者はわずかであり(甲D172〔46頁〕、乙イB6〔35頁〕)、原田(甲D184)や国水研の調査結果の信用性を左右するものではない。 被告らは、原田(甲D184)及び国水研の調査結果においては、昭和44年以降に生まれた者の臍帯水銀値が1ppmを超えた事例はない旨主張する。しかし、1ppmというのは被告国が公健法に基づく小児水俣病の判断条 件として示した値であるところ(乙イD81)、これを下回る水準の曝露で第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 6 昭和44年以降の汚染状況 あった場合に、後天性水俣病を発症しないという関係を認めるに足りる証拠はない。 ⑶ 魚介類の水銀値昭和46年から昭和47年にかけて藤木教授らが行った複数の調査によれば、水俣湾内及び湾外の魚介類のメチル水銀値は、キス(湾内で0.312~ 0.374ppm、湾外で0.440ppm)、ベラ(湾内で0.236~0.416ppm、湾外で0.182~0.402ppm)のように、暫定的規制値前後の魚種が多かった。一方、水俣川河口沖、水俣沖タチウオ漁場、御所浦、倉岳では、一部総水銀値が高い例があったが、メチル水銀値が0.1ppmに達する例は見られなかった(乙イB6〔23頁〕)。 環境庁が昭和48年に行った調査によれば、水俣湾及びその周囲では、魚介類の総水銀値が最高で1.76ppm、メチル水銀値が最高で1.28ppmを示し、魚種によってはメチル水銀値が平均0.351~0.531ppmと暫定的規制値を超えるものがあった。一方、水俣湾を除く不知火海全域(宇土半島の南側から八幡の瀬戸及び黒之瀬戸までの熊本県域及び鹿児島県域)において は、メチル水銀値が暫定的規制値に達する魚類は認められなかったが、24 あった。一方、水俣湾を除く不知火海全域(宇土半島の南側から八幡の瀬戸及び黒之瀬戸までの熊本県域及び鹿児島県域)において は、メチル水銀値が暫定的規制値に達する魚類は認められなかったが、2455検体中、総水銀値0.1ppm超のものが約25%で、0.2ppm超のものが約9%であった(甲D13〔34~35頁〕、乙イB6〔26~29頁〕)。 被告県が昭和52年度に行った有明・八代海総合調査によれば、水俣湾では、カサゴから平均値で総水銀値1.086ppm、メチル水銀値0.885ppm を検出したのをはじめ、クロダイ、イシモチ、ウミタナゴ、トカゲゴチを加えた5種が、暫定的規制値を大幅に上回っていた。特に、カサゴ、イシモチ、トカゲゴチは、検体ごとに見ると、1ppmを超える高濃度汚染魚が多く、検体全てから水銀を検出した。一方、水俣湾を除く不知火海では、メチル水銀値が暫定的規制値を超える魚種はなかったが、検体ごとに見ると、総水銀値0. 4ppmを超えた魚種もあり、葦北郡3町(田浦町、芦北町、津奈木町)沿岸部第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 6 昭和44年以降の汚染状況 や樋島周辺で、クロダイ、ハモ、イシモチ、イネゴチ、イヌノシタ等から0.4~0.8ppmの総水銀値を検出した(甲D179)。 金田一(甲D29)によれば、昭和53年から平成16年まで水俣湾内及び恋路島周辺(平成9年まで設置されていた仕切網の内側の水域)で捕獲した魚の総水銀値を調査した結果、昭和53年から平成元年までの期間(おお むね浚渫工事完了まで)の平均値は、ベラで0.46ppm、カサゴで0.71ppm、キスで0.79ppmであり、暫定的規制値を超えていた。平成2年から平成9年まで(仕切網全面撤去前)の期間の お むね浚渫工事完了まで)の平均値は、ベラで0.46ppm、カサゴで0.71ppm、キスで0.79ppmであり、暫定的規制値を超えていた。平成2年から平成9年まで(仕切網全面撤去前)の期間の平均値も、ベラで0.55ppm、カサゴで0.59ppm、キスで0.95ppmと、依然として暫定的規制値を超えていた(甲D29)。 向井(甲D183)によれば、昭和52年から昭和54年にかけて水俣湾及びその周辺で採取した貝類の総水銀値を調査した結果、水俣湾外である川ノ尻の巻貝(ビナ)が平均0.4063ppm、津奈木町赤崎のアサリが平均0.3024ppmなど、場所と貝種によって水銀値が高いものがあった。また、水俣市内で入手した魚介類の総水銀値を調査した結果、昭和54年において、 ガラカブが平均0.643ppm、メバルが平均0.442ppm、チヌが平均0.497ppmと、暫定的規制値を上回る魚種があった(甲D183)。 被告県が、県内各地の魚市場で魚を無作為に抽出し、水銀値を調査した結果によれば、昭和60年度では480検体・61魚種中、5検体・4魚種(芦北のシマイサキ、水俣のキス、八代のシログチ等)の総水銀値が暫定的 規制値を上回っていた(甲D180、181)。 被告県が、平成元年、水俣湾の仕切網内の水域で採捕した魚介類の水銀値を調査した結果によれば、10検体採取できた魚種44種のうち10種、5~9検体採取できた魚種27種のうち6種が、総水銀値・メチル水銀値とも暫定的規制値を超えていた(甲D23~25)。 被告らは、距離減衰が生じており、不知火海の魚介類のうち暫定的規制値第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 6 昭和44年以降の汚染状況 を超えるものはごくわずかであ が生じており、不知火海の魚介類のうち暫定的規制値第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 6 昭和44年以降の汚染状況 を超えるものはごくわずかであるところ、摂食するメチル水銀の濃度は平均値に収斂するから、不知火海の魚介類を多食していたとしても、直ちに水俣病を発症する程度のメチル水銀を摂取することにはならない旨主張する。そこで検討すると、環境庁の昭和48年の調査や、被告県の昭和52年度の有明・八代海総合調査によれば、水俣湾を除く不知火海の魚介類は、全体とし ては、水俣湾の魚介類と比べ、汚染の程度が低かったといえる。しかし、被告らが前提とする暫定的規制値を絶対的な基準と見ることはできず、個人の感受性(幼少であるかを含む。)や摂食量によっては、暫定的規制値に達しない魚介類を長期間多食することにより、水俣病を発症し得る程度にメチル水銀を摂取する可能性を否定することができない(前記2⑵)。また、不知火海 の中でも、葦北郡3町沿岸部や樋島周辺で高い総水銀値の魚介類が確認されたこと、向井(甲D183)によれば津奈木町赤崎のアサリの水銀値が高かったことに照らすと、水俣湾に近い海域の魚介類を多食した者は、相対的にリスクが高かったと考えられる。 ⑷ 底質の水銀値 水俣湾内及び周辺海域の底質の総水銀値は、昭和34年の調査(喜田村正次教授ら)では最大2010ppmであったが、昭和48年の調査(被告県)では最大304ppm、昭和60年の調査(被告県)では最大163ppmと緩やかに低下していった。仕切網外でも、昭和53年から昭和56年にかけての調査(鈴木哲教授)で、暫定除去基準値を上回る37.0~43.8ppmの水銀値 が検出された。水俣湾内の底質の総水銀値は、浚渫工事完了後の昭和62 切網外でも、昭和53年から昭和56年にかけての調査(鈴木哲教授)で、暫定除去基準値を上回る37.0~43.8ppmの水銀値 が検出された。水俣湾内の底質の総水銀値は、浚渫工事完了後の昭和62年の調査(被告県)では最大8.75ppm以下にまで低下した(甲D172〔10、44頁〕、176、177)。 一方、不知火海の底質について見ると、昭和49年の調査(環境庁)によれば、水俣湾周辺や水俣川河口近くだけではなく、御所浦島と芦北との中間 や、長島・伊唐島近海にも底質中水銀値が高い場所(0.51ppm以上)が分第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 6 昭和44年以降の汚染状況 布していた(乙イD58〔41~42頁〕)。昭和50年及び昭和55年の調査によれば、水俣沖から津奈木沖にかけて総水銀値1.0ppm以上の範囲が広がっていた(乙イD59〔47頁〕)。昭和62年の調査(宮原昭二郎教授)では、御所浦島近くで総水銀値3.605~10.712ppm、田浦・姫戸以北で総水銀値1.967~9.489ppmという高い値が確認された(甲D17 8)。 もっとも、これらの調査結果は、底質中の総水銀値に関するものであり、必ずしもメチル水銀値が高いことを示すものではない。すなわち、入鹿山教授らによる昭和38年から昭和46年にかけての調査によれば、水俣湾内で最大908ppmの総水銀値が検出されたが、メチル水銀値は最大で0.011 ppmにとどまっていた(乙イB47〔134~135頁〕)。藤木教授らによる昭和46年の調査によれば、田浦港近くから水俣湾近くにかけて並びに姫戸町、龍ヶ岳町及び御所浦島近くの底質において、0.162~0.866ppmの総水銀値が検出されたが、メチル水銀は検出されなか よる昭和46年の調査によれば、田浦港近くから水俣湾近くにかけて並びに姫戸町、龍ヶ岳町及び御所浦島近くの底質において、0.162~0.866ppmの総水銀値が検出されたが、メチル水銀は検出されなかった(乙イB47〔140頁〕)。藤木教授は、その理由について、メチル水銀が泥土に吸着される よりも先に魚介類に生物濃縮されたか、あるいは泥土中で硫化物によりメチル塩化水銀がビス-硫化ジメチル水銀になり、さらに、これが分解して無機水銀化合物の硫化第二水銀になったことが考えられるとしている(乙イB6〔20頁〕)。 また、無機水銀であっても、自然界や都市下水に存在する酢酸などのメチ ル基源が加わり、日光(紫外線)の照射を受けるとメチル水銀が生成することが報告されているが、海水中でのメチル水銀化反応は淡水中の場合の60分の1ないし2000分の1に抑制されること、水俣湾の泥土中の無機水銀はメチル水銀化しにくい硫化水銀などの形になっていると考えられ、好気性菌により酸化された場合にメチル水銀化しやすい活性な形に変化すると考え られることが報告されている(乙イD73〔220~222頁〕、74)。 第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 6 昭和44年以降の汚染状況 以上を総合すると、水俣湾ではアセトアルデヒド廃水の排水停止後も長期にわたりメチル水銀値が暫定的規制値を超える魚介類が確認され続けていたところ(前記⑶)、そのメチル水銀の供給源は、水俣湾に蓄積した底質のほかに考えにくいから、底質の総水銀値と魚介類のメチル水銀値とが無関係であるとは考えられない反面、底質中の総水銀値が高いからといって魚介類のメ チル水銀値が単純に比例して増大するという関係も認められないから、底質の総水銀値の分布 と魚介類のメチル水銀値とが無関係であるとは考えられない反面、底質中の総水銀値が高いからといって魚介類のメ チル水銀値が単純に比例して増大するという関係も認められないから、底質の総水銀値の分布は参考として理解するにとどめるのが相当である。 ⑸ ネコの症例昭和48年4月に生まれたネコについて、有機水銀中毒症と判断された例がある。すなわち、同月に水俣市内の水俣病患者宅で出生したネコが、同年 5月、離乳と同時に熊本市内の家庭にもらわれたところ、子ネコの時から運動失調、流涎があった。昭和62年に死亡後剖検した結果、鳥距野に相当する部位の病変が目立ち、胎児期障害を示唆する所見があり、水銀値が全ての臓器で高値を示すなど、明らかに有機水銀中毒症に罹患したネコと判断された。胎児性水俣病が疑われているが、生後1か月間の母乳によって水銀が移 行した可能性も指摘されている。いずれにしても、昭和48年の時点まで水銀汚染のある魚介類が存在しており、それを多食したネコが自然発症した証拠となるとされている(甲D26)。 ⑹ 有症者の存在藤野(甲D190)によれば、昭和40年代に他地域から不知火海沿岸地 域に転入して長期間魚介類を多食した者7人(①昭和41年より御所浦町、②昭和45年より水俣川河口近く、③昭和48年より水俣市漁村地区、④昭和50年より津奈木町漁村地区、⑤昭和48年より水俣市漁村地区、⑥昭和44年より桂島、⑦昭和40年より水俣市)の臨床症状について調査したところ、全員に四肢末梢優位の感覚障害が認められ、口周囲の感覚障害が認め られた例(上記①、③、⑤、⑦)、軽度運動失調が認められた例(上記②、③、第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 6 昭和44年以降の汚染状況 られた例(上記①、③、⑤、⑦)、軽度運動失調が認められた例(上記②、③、第3章当裁判所の判断第4 曝露の判断基準(争点2⑶)について 6 昭和44年以降の汚染状況 ⑥)もあり、他原因によるものとは認められなかった(甲D190)。 藤野(甲D191)によれば、昭和43年5月の排水停止後に不知火海沿岸地域(八代市から高尾野町までにかけての本土側、東町、旧長島町、龍ヶ岳町、御所浦町)で出生し魚介類を多食した住民117人(平均診察時年齢36.7±4.1歳、多くが昭和50年までに出生、いずれも検診希望者)の 症候について調査したところ、四肢末梢優位の感覚障害が68%、全身性感覚障害が23%、口周囲の感覚障害が25%に認められ、運動失調、視野狭窄、上肢振戦の割合も対照地域と比べ有意に高かった。昭和55年より後に生まれた4人のうち3人に四肢末梢優位の感覚障害が認められた(甲D191〔35~36、44~46頁〕)。 昭和44年1月以降に出生し被告県に特措法の救済を申請した者で一時金等対象者となった者が228人おり、水俣市、芦北町、津奈木町、御所浦町、倉岳町、龍ヶ岳町、八代市に分布している(甲D19、146)。鹿児島県でも、昭和44年1月以降に出生し一時金等対象者となった者が出水市、東町、阿久根市に分布している(甲D151)。同年12月以降に生まれた者が特措 法の救済を申請する場合、メチル水銀による汚染を臍帯や母親の毛髪で証明することが求められていたから(甲D186)、上記一時金等対象者の少なくとも一部は、相当程度の曝露の裏付けを有していたと考えられる。 ⑺ 小括以上によれば、水俣湾及びその周辺の魚介類は、昭和46年から昭和47 年にかけて、メチル水銀値が暫定的規制値前後のものが多く、昭和4 当程度の曝露の裏付けを有していたと考えられる。 ⑺ 小括以上によれば、水俣湾及びその周辺の魚介類は、昭和46年から昭和47 年にかけて、メチル水銀値が暫定的規制値前後のものが多く、昭和48年以降の調査でも、水銀値が暫定的規制値を大幅に超える魚種が複数見られたところ、水俣市漁協が水俣湾の漁獲自粛を全面解除した昭和39年5月から自粛を再開した昭和48年5月までは、水俣湾で獲られた魚介類が流通していた。また、少なくとも水俣湾の仕切網が設置された昭和49年1月までは、 水俣湾の魚介類が湾外に回遊できる状態にあった。水俣湾を除く不知火海の第3章当裁判所の判断第5 個別の本件患者についての罹患の有無(争点2⑷)について 7 まとめ 魚介類は、全体としては、水俣湾の魚介類と比べ、汚染の程度が低かったが、水俣湾に近い海域の魚介類を多食した者は、相対的にリスクが高かったと考えられる。昭和48年4月に水俣市で生まれたネコが有機水銀中毒症と判断されたこと、昭和40年代後半に水俣市及びその周辺で出生した新生児の臍帯にメチル水銀値が高い例が散見されることは、昭和44年から昭和48年 頃にかけて水俣市及びその周辺で摂食されていた魚介類が、昭和43年以前ほどではないとしても、メチル水銀に汚染されていたことを示すものといえる。そうすると、少なくとも昭和49年1月の仕切網設置までの時期に、水俣湾又はその近くで獲られた魚介類を多食した者は、感受性の程度によっては水俣病を発症し得る程度にメチル水銀を摂取したと推認するのが合理的で ある。このことは、排水停止後に他地域から不知火海沿岸地域に転入して魚介類を多食した者及び排水停止後に不知火海沿岸地域で出生して魚介類を多食した者に、水俣病に特徴的な症候を有する者が相当数いる ある。このことは、排水停止後に他地域から不知火海沿岸地域に転入して魚介類を多食した者及び排水停止後に不知火海沿岸地域で出生して魚介類を多食した者に、水俣病に特徴的な症候を有する者が相当数いることとも整合する。 7 まとめ 毛髪水銀値や、魚介類の水銀値等に照らし、メチル水銀による汚染は不知火海沿岸地域に広範囲に広がっていたと認められ、各地域や家庭における魚介類の漁獲・流通状況及び魚介類の摂食習慣によっては、水俣病を発症し得る程度にメチル水銀を摂取した事実(曝露の事実)が推認されるといえる。また、排水停止後の昭和44年以降であっても、少なくとも昭和49年1月までの時期 に水俣湾又はその近くで獲られた魚介類を多食した者は、曝露の事実が推認されるといえる。そこで、以上を踏まえ、後記第5において、個別の本件患者に即して魚介類の入手経路及び摂食習慣について検討することとする。 第5 個別の本件患者についての罹患の有無(争点2⑷)について別紙6-1ないし別紙6-144(枝番号は原告番号に対応)の個別の判断 記載のとおりである。なお、各別紙において、本章における判断を「本論」と第3章当裁判所の判断第6 改正前民法724条後段所定の期間制限(争点3⑴)について 2 期間の起算点 して引用し、市町村名については、別紙3不知火海周辺略図と同様、原則として昭和40年頃のものを基準として記載している。 第6 改正前民法724条後段所定の期間制限(争点3⑴)について 1 改正前民法724条後段所定の期間制限の法的性質改正前民法724条後段所定の期間制限は、除斥期間を定めたものであると 解される(最高裁平成元年判決、最高裁平成10年判決参照)。 なお、改正後民法724条では、20年の期間が消滅時効 的性質改正前民法724条後段所定の期間制限は、除斥期間を定めたものであると 解される(最高裁平成元年判決、最高裁平成10年判決参照)。 なお、改正後民法724条では、20年の期間が消滅時効である旨明文で定められたが、平成29年法律第44号の改正附則35条1項により、改正法施行時(令和2年4月1日)に既に20年が経過していた場合には、なお従前の例によると規定されていることに照らすと、上記改正が改正前民法724条後 段所定の期間制限についての上記解釈及び判例を変更するものではないと解される。 2 期間の起算点改正前民法724条後段所定の除斥期間は、「不法行為の時から20年」と規定されており、加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には、 加害行為の時がその起算点となると考えられる。しかし、身体に蓄積する物質が原因で人の健康が害されることによる損害や、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる疾病による損害のように、当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には、当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解 するのが相当である。このような場合に損害の発生を待たずに除斥期間が進行することを認めることは、被害者にとって著しく酷であるだけでなく、加害者としても、自己の行為により生じ得る損害の性質からみて、相当の期間が経過した後に損害が発生し、被害者から損害賠償の請求を受けることがあることを予期すべきであると考えられるからである(最高裁判所平成16年4月27日 第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁、関西訴訟上告審判決参照)。 第3章当裁判所の判断第6 改正前民法724条後段所定の期間制限(争点3⑴)について 所平成16年4月27日 第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁、関西訴訟上告審判決参照)。 第3章当裁判所の判断第6 改正前民法724条後段所定の期間制限(争点3⑴)について 2 期間の起算点 そして、慢性水俣病は、汚染された魚介類を継続的かつ大量に摂食することにより体内に摂取されたメチル水銀が、身体(脳)に蓄積することにより、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる疾病であって、その損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生するから、当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解される。 そこで、いつ損害の全部又は一部が発生したといえるかについて検討すると、慢性水俣病においては、手足のしびれ感、痛みが分かりにくい、熱さや冷たさに鈍くなるなどの自覚症状が発生することが多いが、上記自覚症状と医師が所見を認める感覚障害等の症候とは必ずしも一致しないから、神経学的検査等によって確認可能な程度に症候が出現する時期と自覚症状の出現時期とが一致す るとは限らない(前記第2の2⑵イ(イ)、第2の6⑷)。遅発性水俣病について、曝露終了から特定の期間内に症状が客観的に現れると認めることもできない(前記第2の6⑷)。加えて、上記自覚症状自体は、一般健常者にも見られることがあるものであって、特異的なものではないから(前記第2の7⑴)、それだけでは水俣病と認定する根拠となるものではないし、公健法の下、自覚症状の みで水俣病と診断されることは想定し得なかった。そうすると、慢性水俣病において損害の全部又は一部が発生したと認めることができるのは、神経学的検査等に基づいて水俣病と診断された時、すなわち本件患者らについては共通診断書検診が行われた時であるといえ、それに先 慢性水俣病において損害の全部又は一部が発生したと認めることができるのは、神経学的検査等に基づいて水俣病と診断された時、すなわち本件患者らについては共通診断書検診が行われた時であるといえ、それに先立って、一定の自覚症状が出現していたとしても、直ちにその時に損害の全部又は一部が発生したと認めるこ とはできない。なお、本件患者らの中に、共通診断書検診から本件訴え提起までに20年を経過した者はいない。 被告国県は、昭和44年以降は水俣病を発症し得る程度に汚染された魚介類を大量に摂取していたとは考え難いこと及び水俣病の発症時期は長くても4年以内であることを前提として、遅くとも昭和48年が除斥期間の起算点となる 旨主張するが、いずれの前提も採用することができない(前記第2の6⑷、第第3章当裁判所の判断第8 不起訴合意等(争点4)について 1 認定事実 4の6)。 被告チッソは、アセトアルデヒドの製造が停止された昭和43年5月又は遅くとも水俣湾内の総水銀値が暫定的規制値と同程度となった昭和44年8月末日までに曝露が終了しているから、これらの時点が除斥期間の起算点となる旨主張するが、上記のとおり、これらの時点で損害の全部又は一部が発生したと は認められず、採用することができない。 第7 改正前民法724条前段所定の消滅時効(争点3⑵)について被告チッソは、本件患者それぞれが自覚症状の出現を認識した時点が、改正前民法724条前段所定の消滅時効期間の起算点となる旨主張するが、前記第6の2のとおり、水俣病の診断を受ける前に自覚症状が出現した時点で損害の 全部又は一部が発生したと認めることはできないから、本件患者らが損害及び加害者を知ったとも認められないことは明らかであって、上記主張は採用することが 受ける前に自覚症状が出現した時点で損害の 全部又は一部が発生したと認めることはできないから、本件患者らが損害及び加害者を知ったとも認められないことは明らかであって、上記主張は採用することができない。なお、本件患者らの中に、共通診断書検診から本件訴え提起までに3年を経過した者はいない。 被告チッソは、平成7年政治解決の施行日である平成7年10月30日、関 西訴訟上告審判決の言渡し後である平成16年10月末日、又は特措法に基づく救済措置受付終了時である平成24年7月31日が消滅時効期間の起算点となるとも主張するが、同様の理由により、採用することができない。 第8 不起訴合意等(争点4)について 1 認定事実 不知火患者会に所属する多数の者が、平成17年10月以降、熊本地方裁判所、大阪地方裁判所及び東京地方裁判所において、「ノーモア・ミナマタ訴訟」という名称を掲げ、被告らに対し、水俣病の罹患を理由として損害賠償を求める訴え(ノーモア・ミナマタ第1次訴訟)を累次提起していたところ、熊本地方裁判所は、特措法成立後の平成22年3月、被告チッソが第三者委員会の判 定に基づき一時金1人当たり210万円を支給するとともに、加算金29億5第3章当裁判所の判断第8 不起訴合意等(争点4)について 2 被告チッソの主張に対する判断 000万円を原告団に支給すること等を内容とする解決所見を示し、同裁判所の訴訟当事者らは、同月、これを受け入れる旨の基本合意をした。(甲A31の1〔27~28、175~176頁〕・2〔164~165頁〕、甲B32)政府は、同年4月16日、特措法救済方針を閣議決定し、その中で、被告チッソを含む関係事業者は、一時金等対象者と判定された者に対し1人当たり2 10万円の一時金 〔164~165頁〕、甲B32)政府は、同年4月16日、特措法救済方針を閣議決定し、その中で、被告チッソを含む関係事業者は、一時金等対象者と判定された者に対し1人当たり2 10万円の一時金を支払うとともに、一時金等対象者が所属する三つの患者団体(水俣病出水の会、水俣病被害者芦北の会、及び水俣病被害者獅子島の会)に対し加算された一時金合計22億円を支払うこととされた。一時金の加算金額は、団体に対し一括して支給し、団体の合意により配分するものとされ、その支給に当たっては、団体の会員が、関係事業者等との間で争いのある状態を 終了させることについて合意することが必要であるとされた。(前提事実3⑺、甲B33〔6頁〕)大阪地方裁判所及び東京地方裁判所の訴訟当事者らは、同年11月、熊本地方裁判所と同様の基本的合意をした。(甲A31の2〔166~169頁〕)第三者委員会による判定結果が出そろった後の平成23年3月、各裁判所に おいて、ノーモア・ミナマタ第1次訴訟の原告らと被告らとの間で和解が成立した。その和解条項の中で、被告チッソは、同訴訟の原告らのうち一時金等対象者に対し1人当たり210万円を支払うのに加え、同訴訟の原告らに総額34億5000万円の加算金を支払うことを約束した。加算金部分については、「〔ノーモア・ミナマタ第1次訴訟の〕原告らの合意によりこれを各原告に対し て配分するものとする。」と合意された。また、同訴訟の原告らは、関係訴訟等の取下げを行い、水俣病の被害に係る全ての紛争を終了させることを約し、今後、関係訴訟等を行わないことにより、水俣病の被害に係る全ての紛争を行わないことを約した。(甲A31の1〔178~182頁〕・2〔173~184頁〕) 2 被告チッソの主張に対する判断第3章当裁判所 を行わないことにより、水俣病の被害に係る全ての紛争を行わないことを約した。(甲A31の1〔178~182頁〕・2〔173~184頁〕) 2 被告チッソの主張に対する判断第3章当裁判所の判断第9 本件患者らの損害(争点5)について 被告チッソは、不知火患者会に所属する本件患者らの本件訴えは、不起訴の合意に反する旨主張するが、ノーモア・ミナマタ第1次訴訟の和解の当事者は、同訴訟の原告らであると認められ、同訴訟の当事者でない本件患者らが同訴訟の和解に拘束されるとは解されない。 被告チッソは、本件患者らがノーモア・ミナマタ第1次訴訟の和解を知悉し ながら本件訴えを提起したことは、訴権の濫用に当たる旨主張する。そこで検討すると、前記1の和解条項の定めに照らすと、ノーモア・ミナマタ第1次訴訟の和解において被告チッソが支払を約束した総額34億5000万円の加算金は、一時金等対象者の判定を受けなかった者を含め、同訴訟の原告ら全体に対し配分されることを予定したものと認められ、将来不知火患者会に加入する 者の損害の填補に充てることが予定されていたとは認められない。紛争を終了させる合意の主体も、同訴訟の原告らと明示され、不知火患者会ないしその会員には言及されていない(なお、特措法救済方針が特定の患者団体に言及しているからといって、和解条項で明示された合意内容は左右されない。)。そうすると、同訴訟の当事者ではなく、当時不知火患者会に所属していたとも認めら れない本件患者らが、同訴訟の和解を知悉していたとしても、本件訴えの提起が訴権の濫用に当たると解する余地はない。 第9 本件患者らの損害(争点5)について前記第5のとおり、本件患者らはいずれも水俣病に罹患し、これに伴う健康被害によって精神的損害を被ったと えの提起が訴権の濫用に当たると解する余地はない。 第9 本件患者らの損害(争点5)について前記第5のとおり、本件患者らはいずれも水俣病に罹患し、これに伴う健康被害によって精神的損害を被ったと認められる。すなわち、本件患者らは、手 足のしびれ等の自覚症状により日常的に身体的な苦痛を感じているほか、手先の細かな作業ができない、物を取り落とす、つまずきやすい、けがややけどに気付きにくい、食事を口からこぼす、健常者が当たり前にできることができないことで人から奇異に思われるなど、日常生活上及び職業上の様々な支障を生じている場合が多く、その具体的内容は別紙6-1ないし別紙6-144個別 の判断記載のとおりである。これらの健康被害の内容・程度等を総合考慮する第3章当裁判所の判断第10 結論 と、上記各別紙記載のとおり、本件患者らの精神的損害を慰謝する額を各250万円と認め、弁護士費用として相当因果関係を有する額を各25万円と認めるのが相当である。 ただし、原告番号15、38、59、106、108及び120に係る本件患者らについては、証拠上認められる曝露時期が昭和35年1月より前である から、被告国県の昭和35年1月以降の規制権限不行使と損害との因果関係が認められず、被告国県の責任は認められない。 被告チッソは、ノーモア・ミナマタ第1次訴訟の和解により不知火患者会に対し支払った加算金により、本件患者らの損害が填補される旨主張するが、加算金の性質等に関する前記第8の2の説示に照らし、採用することができない。 第10 結論以上によれば、①原告番号15、38、59、106、108及び120を除く原告らの請求は、それぞれ、被告らに対し別紙2請求額・認容額一覧表「認容元金」欄記載の損害賠償金及び遅延損 第10 結論以上によれば、①原告番号15、38、59、106、108及び120を除く原告らの請求は、それぞれ、被告らに対し別紙2請求額・認容額一覧表「認容元金」欄記載の損害賠償金及び遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があり、②原告番号15、38、59、106、108及び120の原告ら の請求は、それぞれ、被告チッソに対し同欄記載の損害賠償金及び遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、上記限度で認容し、被告国県に係る仮執行宣言及び被告チッソに係る仮執行免脱宣言はいずれも相当でないからこれらを付さないこととして、主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第9民事部 裁判長裁判官達野ゆき裁判官伊藤拓也 裁判官林村優雅は、異動のため、署名押印することができない。 裁判長裁判官達野ゆき (別紙1ないし6-144の掲載省略)
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