主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告Aに対して金6315万円,原告Bに対して金1925万円及びこれらに対する平成12年9月27日から各支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,Cの相続人である原告らが,Cが統合失調症(精神分裂病)により被告の開設・運営する被告病院に入院中,被告病院5階にある病室内の窓ガラスを自ら割って飛び降り死亡したのは,被告がCの自殺を予見できたにもかかわらず適切な措置をとらなかったからであると主張し,また,Cが割った窓ガラスには鉄格子が設置されておらず,強化ガラスでもなかったことから,病室に鉄格子や強化ガラスを設置しなかったことは精神科病院として通常備えるべき安全性を欠いており設置・保存に瑕疵があると主張して,被告に対し,診療看護契約上の債務不履行又は不法行為(使用者責任若しくは工作物責任)に基づいて,損害賠償(含遅延損害金)を請求している事案である。 1 争いのない事実及び証拠上容易に認定できる事実(後者は各項末尾掲記の各証拠により認定)(1) 当事者ア原告ら原告Aは,Cの父であり,原告Bは,Cの妹である。 Cは,平成12年9月27日,死亡し,原告A及びCの母であるDがそれぞれ相続した。Dは,平成13年8月17日,死亡し,原告A及び原告Bがそれぞれ相続した。 イ被告被告は,社会福祉法人であり,精神科病院として被告病院を開設・運営管理している。 (2) 経緯ア Cは,平成4年5月27日,H病院において統合失調症の診断を受け,以後,被告病院を含 被告は,社会福祉法人であり,精神科病院として被告病院を開設・運営管理している。 (2) 経緯ア Cは,平成4年5月27日,H病院において統合失調症の診断を受け,以後,被告病院を含む複数の精神科病院で入院,通院治療を受けてきたが,平成11年12月5日,服薬自殺を図り,原告Aを保護者として医療保護入院となり,被告病院において治療を継続した(以下「本件入院」という。)。 イ Cの主治医は,平成12年3月までE医師,同年4月からF医師であった。 ウ Cに対する治療方法として,閉鎖処遇,すなわち,別の階の病棟や建物外への移動はできないが,同じ階の同じ病棟(被告病院5階の第6病棟。以下「本件病棟」という。)内は自由に移動できる程度の開放性を認める処遇方法がとられた。 エ Cは,平成12年9月27日午後3時20分ころ,被告病院の病棟5階611号室(以下「本件病室」という。)のはめ殺しの窓ガラスをカセットラジオで叩いて破って飛び降り,1階コンクリート面に激突し,同日午後4時,搬送先のI病院において,脳挫傷による死亡が確認された(以下「本件事故」という。)。 当時,閉鎖病棟の病室は,開閉可能な窓ガラスには鉄格子がはめられていたが,はめ殺しの窓ガラスに鉄格子はなかった。また,はめ殺しの窓ガラスは強化ガラスではなく,網入りガラスであった。 (甲1,乙4,5,10,19,20,証人F,証人G) 2 争点(1) 過失の有無(2) 工作物責任の有無(3) 損害 3 争点に関する当事者の主張(1) 過失の有無(原告らの主張)ア予見可能性について(ア) Cは,平成4年1月ころから,幻聴を訴える,大声を出す,暴力を振るう等の症状が出るようになり,同 (1) 過失の有無(原告らの主張)ア予見可能性について(ア) Cは,平成4年1月ころから,幻聴を訴える,大声を出す,暴力を振るう等の症状が出るようになり,同年5月ころまでに統合失調症の診断を受け,被告病院を含むいくつかの精神病院で入通院治療を受けてきた。そして,原告らが知る限りでも,Cは,平成5年1月4日に入水自殺未遂を,同年10月5日には服薬自殺未遂を起こし,平成7年11月6日から本件事故に至るまで,いったんは軽快したかに見えても,被告病院に入院するということを5回も繰り返しており,5回目の入院である本件入院は,平成11年12月5日の服薬自殺未遂を原因としている。 本件入院中の平成12年7月16日,Cの表情が硬く自殺念慮があって今後の行動には注意が必要とされ,Cは,同年8月25日, 突如詰め所の窓を強打し,同月29日,空調機にコップを投げ付け,同年9月3日,大声を出して隔離室入室となり,同月9日,自殺したいと思っている旨話し,同月13日,看護師に対し,硬い表情で言葉もやや緊迫した口調で訴えをなし,同月15日,看護師からイライラするのかと問われると,注射を打ってくださいと述べ,同月19日及び20日,硬い表情をしていた。 このように,Cは,本件入院において,漸次快方へ向かっていたわけではなく,病状はいわば一進一退で,たびたび隔離入室をしなければならないような衝動的行動が断続的に続いていたし,本件事故直前にも突発的行動を窺わせる兆候を示していた。 また,F医師は,自殺の具体的危険性が認められない場合には閉鎖処遇から開放処遇に移行するが,その際,家族の意向があれば医師の判断により開放処遇を行うことも可能であると考えていたところ,原告Aらから,同月12日,開放 殺の具体的危険性が認められない場合には閉鎖処遇から開放処遇に移行するが,その際,家族の意向があれば医師の判断により開放処遇を行うことも可能であると考えていたところ,原告Aらから,同月12日,開放処遇に変えてほしい旨要望されると,Cには突発的行動が見られるのでまだ開放処遇はできないと回答しており,本件事故当時,Cに自殺の可能性があることを認識していた。 上記経緯からすれば,被告は,Cが一時期落ち着いたように見えたとしても,再び悪化して突発的行動に出る可能性があることを十分予見し得た。 (イ) この点,被告は,入院診療録・看護記録における日々の記載を見ても,自殺の具体的危険を窺わせる内容はない旨主張する。 しかしながら,被告の入院診療録や看護記録は,余りにも簡略な記載しかなく,Cの病状や行動についての詳細かつ正確な記載がなされているとはいい難いのであって,入院診療録や看護記録に本件事故の兆候の記載がなかったからといって,被告病院の医師・看護師らが本件事故を予見できる状況になかったとはいえない。前記(ア)の各事実は,このような簡略な記録からでさえ読み取ることができるものである。 また,被告病院の医師は,統合失調症の患者が兆候のないまま自殺することがあることを医学的知識として知っていたから,本来,被告病院は,兆候がない患者についても自殺の可能性があることを認識してその防止を図るべきであった。 イ監視義務について(ア) 被告は,上記のようにCの自殺について予見可能であったにもかかわらず,Cの行動に何ら注意を払うことなく,漫然とCを放置しており,常時監視体制を取るべき義務に違反している。 (イ) 被告は,Cの病室の窓ガラスにつき網入りガラスであって相当程度の衝撃 かわらず,Cの行動に何ら注意を払うことなく,漫然とCを放置しており,常時監視体制を取るべき義務に違反している。 (イ) 被告は,Cの病室の窓ガラスにつき網入りガラスであって相当程度の衝撃を加えても加激物の貫通を防ぐことができる強固なものであった旨主張するが,そうであるならば,Cは,窓ガラスを1回で叩き割ることはできず,数回にわたりカセットラジオを打ち付け,それからカセットラジオを室内に置いて飛び降りたことになる。かかる経緯からすれば,本件事故は一瞬にして生じたものではなく,Cが窓ガラスを叩き始めてから飛び降りるまでに数分間以上の時間を要したといえる。 そうすると,被告の主張によれば,病棟内に十分な人員数を配置し,モニターカメラを病棟の廊下に設置して看護師詰め所内で患者の様子を適宜チェックできるような体制を敷いていたのであるから,被告が適宜患者の様子を観察する義務(かかる程度の義務で足りるかどうかは別として)を尽くしてCを監視し,診察をしておれば,Cが自殺行動に取りかかってからであっても飛び降りるまでにCを発見してこれを制する時間的余裕は十分にあったはずである。 しかるに,Cと同室の患者が知らせにくるまで全く本件事故に気が付かず,Cを制止することができなかった。 (被告の主張)ア予見可能性について(ア) 原告らの主張は,否認ないし争う。 (イ)a 自殺行為の危険性の有無及び程度を判断するにあたっては,一般的・抽象的に論じるべきではなく,個別的・具体的に検討する必要がある。けだし,自殺行為の危険性の程度にも様々なものがあり,死にたい旨発言する人すべてが現実に希死念慮や自殺念慮を持っているのではなく,希死念慮や自殺念慮を持つ人すべてが自殺を実行するわけで 必要がある。けだし,自殺行為の危険性の程度にも様々なものがあり,死にたい旨発言する人すべてが現実に希死念慮や自殺念慮を持っているのではなく,希死念慮や自殺念慮を持つ人すべてが自殺を実行するわけではないからである。 死・自殺への思いや切迫性という点と死への恐怖や生への希望等の反対動機という点を具体的に判断する必要がある。 自殺行為の危険性の判断要素(兆候)には,①希死念慮,自殺念慮及び自殺意思に関する発言があった場合,②その発言における死への動機が具体的であった場合,③発言方法,表情及び行動に切迫感が認められる場合,④患者が自殺行為の具体的な方法について発言している場合,⑤その発言における自殺行為の方法が実行可能で現実的なものである場合,⑥そのような発言が繰り返されている場合,⑦自殺に向けた考えを自分で抑制することができず,行動に移してしまいそうだと発言している場合,⑧実際に自殺行為を行動として実行しそうになっている場合,⑨近い過去において発言内容と同様の自殺企図行為をとったことがある場合等がある。 Cは,本件事故に至るまで自殺のために特に暴力的な行動を起こしたことはなく,また,症状が悪化したときには希死念慮のあることを窺わせる事実はあったが,少なくともその継続はなく,次第に軽快しており,本件入院期間中を通じて,自殺行為の危険性の兆候は認められなかった。 すなわち,平成12年4月から6月,Cにつき希死念慮・自殺念慮に関する発言や行動等は存在しておらず,同年5月3日,4日の外泊においても,Dは,前回の外泊(本件入院前)と比べ大変良くなったと評価した。 同年7月,希死念慮に関する発言があるが(同月16日),希死念慮と具体的自殺企図の意思との間には著 外泊においても,Dは,前回の外泊(本件入院前)と比べ大変良くなったと評価した。 同年7月,希死念慮に関する発言があるが(同月16日),希死念慮と具体的自殺企図の意思との間には著しい質的相違があり,当直の医師の診察では希死念慮は確認されず,その後,F医師の診察によっても希死念慮の存在は確認されていない。 同年8月,F医師の定期的な診察においても,医療スタッフ全体の日常的な観察においても,Cに希死念慮・自殺念慮に関する発言や行動等はなかった。同月3日,4日の外泊についても,原告Aは,前回の外泊(同年5月3日,4日)と比べて変わらないと評価した。同月25日及び29日,看護師詰め所の窓を強打する等の粗暴行為があったが,その程度の行為と本件事故のような激烈な方法による自殺行為との間には,著しい質的相違がある。 同年9月,Cに希死念慮の存在はなかった。なお,Cは,同月3日,大声を出す行為に出たが本件事故とは著しい質的相違があるし,看護師に対し,同月9日午後10時過ぎ,自殺念慮に関する発言をしたが,その後,F医師による診察においては,希死念慮・自殺念慮の存在は確認されておらず,その後の経過観察や看護師の観察においても希死念慮・自殺念慮の存在は確認されていない。 同月25日から27日(本件事故の直前3日間),希死念慮・自殺念慮に関する発言や行動等は存在していなかった。すなわち,F医師は,本件事故の前日である同月26日,Cを診察したが,自殺行為の兆候は存在しておらず,同日の睡眠状態は良好であったし,同医師は,本件事故当日である同月27日においても,Cの看護記録を確認しており,同人に希死念慮・自殺念慮に関する発言や行動等は存在していなかった。また,Cは,本件事故の直前である同日 好であったし,同医師は,本件事故当日である同月27日においても,Cの看護記録を確認しており,同人に希死念慮・自殺念慮に関する発言や行動等は存在していなかった。また,Cは,本件事故の直前である同日午後3時15分,病棟のデイルームにおいて,他の患者と共にアイスクリームを食べていたが,その際,変わった様子は確認されていない。なお,同月25日から27日において,Cが徘徊等の行動があり落ち着きのない行為があった旨看護記録に記載されているが,これらの行動はCの日常的な行動であって,自殺行為の危険性を示す兆候とは言えない。 以上より,Cには本件入院中,自殺行為の危険性の兆候は認められず,被告につきCの自殺行為の予見可能性を認めることはできない。 これに対し,原告は,入院診療録・看護記録の記載は詳細さ・正確さに欠ける旨主張するが,看護記録には約3時間毎の観察に基づく詳細な記載がなされており,そこに自殺の危険性の兆候を示す記載がないことは,Cにかかる兆候がなかったことを意味する。また,入院診療録は,看護記録とは異なり,特別の変化がない場合には簡略な記載になるのが通常であって,特に自殺の危険性の兆候がない場合にはこの点に関する記載はしないのが通常であり,入院診療録に自殺の危険性の兆候を示す記載がないことは,Cにかかる兆候がなかったことを意味する。 b なお,統合失調症の患者の場合,従前の意思や行動との持続性がないままに突発的・衝動的に行動することがあり,そうした突発的・衝動的な行動が自傷行為等にとどまらず自殺行為にまで至ることがあるが,このような自殺行為の危険性の兆候が認められない自殺行為の場合については,およそ予見可能性がない。 イ裁量逸脱について患者の自殺行為の危険性に 殺行為にまで至ることがあるが,このような自殺行為の危険性の兆候が認められない自殺行為の場合については,およそ予見可能性がない。 イ裁量逸脱について患者の自殺行為の危険性には様々な程度があり,その危険性の程度に応じた対応をとる必要があり,どの段階でどのような処遇を行うか決定するに当たっては,医師の裁量的判断に委ねられる範囲は広いと解されるところ,F医師は,Cにつき,本件事故当時,希死念慮・自殺念慮は認められず,その自殺行為の危険性は潜在的危険性に止まり抽象的・具体的危険性は存在しないと判断した上で,毎月1回程度の外泊を許可しつつ,閉鎖病棟での閉鎖処遇による治療,薬物による治療,精神療法による治療,作業療法による治療を継続したのであって,治療方法の選択に裁量の逸脱はない。 ウ監視義務について(ア) 被告に適宜患者の様子を観察する義務があるとの限度で認めるが,その余については,否認ないし争う。 (イ) 本来,精神病院における患者は,監視の対象ではなく,あくまで治療のための診察及び観察の対象である以上,常時の監視体制をとることは適切ではない。 被告病院では,閉鎖処遇において,主治医が診察時の観察をすること,看護師が一定時間ごとに巡回し,一定時間ごとの検温や服薬の際に患者の状態を観察し,看護記録に詳細に記載すること,病棟の廊下にカメラを設置して,看護師詰め所内のモニター映像を見ながら患者の様子を適宜チェックすることを実施していた。また,Cの入院していた本件病棟には,看護師25名が配置されており,本件事故当日の勤務者は夜勤者及び公休者を除いて13名であって,人員数は十分であった。さらに,医師は,看護記録に記載されている日常の記録を重要な情報として毎日確認し,入院診療録と一体のものとして把 ,本件事故当日の勤務者は夜勤者及び公休者を除いて13名であって,人員数は十分であった。さらに,医師は,看護記録に記載されている日常の記録を重要な情報として毎日確認し,入院診療録と一体のものとして把握していた。 したがって,被告は,Cに対し,十分な観察を実施しており,結果回避義務違反はない。 (2) 工作物責任の有無(原告らの主張)ア被告は被告病院施設の所有者であるところ,病棟の窓には鉄格子がなく,強化ガラスも設置されていなかった。したがって,精神病院の閉鎖病棟として通常備えるべき安全性を欠いており,設置・保存に瑕疵があるから,被告は同法717条1項の工作物責任を負う。 イ鉄格子をはめるべきであったこと本件事故当時,被告病院の病室の開閉可能なガラス窓には鉄格子がはめられていたが,はめ殺しのガラス窓には鉄格子がなかったため,ガラスを叩き破れば飛び降りることが可能であった。閉鎖病棟では危険防止のため窓に鉄格子を設置すべきであった。 ウ強化ガラスをはめるべきであったこと精神障害者に対する開放化医療の流れに沿って鉄格子の撤去が主張されることがあるが,これらは代替措置として強化ガラスが設置されることが前提となっているし,強化ガラスへ更新するよう通達がなされている(乙14の4)。しかるに,被告病院において設置されていたのは強化ガラスではなく網入りガラスであった。また,被告病院の院長であるGは,原告Aに対し,本件事故後,「安全管理が不十分でした。ガラスの強度が弱かったんです。」と述べた。 なお,被告は,本件訴訟において,一転して,ガラスは相当程度の衝撃を加えても加激物の貫通を防ぐことができる旨主張するが,仮にそうであるならば,前記(1)(原告らの です。」と述べた。 なお,被告は,本件訴訟において,一転して,ガラスは相当程度の衝撃を加えても加激物の貫通を防ぐことができる旨主張するが,仮にそうであるならば,前記(1)(原告らの主張)イ(イ)のとおり,Cが窓ガラスを叩き始めてから飛び降りるまで数分間以上の時間を要したはずであるから,被告は,監視義務を怠っていたことになる。 (被告の主張)ア民法717条1項本文にいう「瑕疵」とは,土地工作物が建造された当時若しくは維持管理されている間にその物本来が備えるべき性質又は設備を欠くことをいうのであって,客観的基準によって決せられるところ,本件での精神病院に関する客観的基準として各種法令通達等があるが,本件事故当時の通知において鉄格子や強化ガラスの設置は要求されていなかった。むしろ,鉄格子の設置は,可能な限り患者の開放的処遇を図りながら社会復帰の道を探ろうというリハビリテーションの思想や入院患者の人権確保・療養環境の改善に反するものである。また,精神科病院の建設に当たっては,精神病院建築基準の外,医療法,建築基準法に加えて消防法に準拠して実施しなければならないところ(乙23の2),被告病院は消防法上の無窓階であり,同法施行規則により有効な開口部として認められるためには厚さ6.8㎜程度までのクレセント付き網入りガラス窓である必要があり,緊急時に損壊が困難な強化ガラスでは有効な開口部とは認められない。 それに加え,被告は,病棟の新築に当たって,厚生省の各種通知の基準等を遵守し,広島県知事に対する病院開設許可事項変更許可申請をし,保健所長の建築図面等の詳細な検査を経た上で,県知事から変更許可を受け,建築に着手した。そして,病棟完成後には保健所長の構造設備の実地検査を経て使用許可を得ており,毎年実施される 項変更許可申請をし,保健所長の建築図面等の詳細な検査を経た上で,県知事から変更許可を受け,建築に着手した。そして,病棟完成後には保健所長の構造設備の実地検査を経て使用許可を得ており,毎年実施される医療法25条1項に基づく検査でも,本件病室の構造につき不備がある旨指摘されたことはなかった。 したがって,被告病院が施設として備えるべき安全性を有しており,設置・保存に瑕疵はなかった。 イまた,民法717条1項本文「瑕疵」につき,工作物の通常の用法に即しない利用者の行動の結果事故が発生した場合において,その工作物として本来具備すべき安全性に欠けるところがなく,その行動が工作物の設置・管理者において通常予測することができないものであるときは,かかる事故は工作物の設置又は管理の瑕疵によるものということはできないとされる。 本件病室は閉鎖処遇を相当とする患者の病室であって,自傷他害の危険性は認められない患者を収容して治療に用いることを目的としているところ,前記(1)(被告の主張)アのとおり,Cにつき突発的に自殺を企図することは到底予見し得る状態になかった以上,その予見し得ない自殺企図行為を想定して鉄格子や強化ガラスを設置する必要はない。 (3) 損害(原告らの主張)ア Cの損害(ア) 逸失利益 4800万円(イ) 慰謝料 1500万円イ原告A及びDの損害(ア) 慰謝料各700万円(イ) 葬儀費用(原告Aの負担) 40万円(ウ) 弁護士費用(原告Aの負担) 500万円ウ合 各700万円(イ) 葬儀費用(原告Aの負担) 40万円(ウ) 弁護士費用(原告Aの負担) 500万円ウ合計Cの死亡により,原告A及びDがそれぞれ2分の1ずつ相続し,Dの死亡により,原告A及び原告Bがぞれぞれ2分の1ずつ相続した。 (ア) 原告A 6315万円(イ) 原告B 1925万円(被告の主張)ア原告らの損害に関する主張は争う。 イ仮に,被告に義務違反が認められるとしてもその程度は小さいこと,Cはラジオカセットでガラス窓を破り自ら飛び降りており,本件の直接かつ最大の原因はCの行為にあること等を考慮し,損害の8割を過失相殺すべきである。 第3 争点に対する判断 1 争点1(過失の有無)について上記争いのない事実等,証拠(甲1から4,乙1から11,19,20,証人F,証人G,原告A本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。 (1)ア発症から被告病院に紹介されるに至った経緯Cは,平成4年5月27日にH病院において統合失調症(精神分裂病)の診断を受け,平成5年1月ころに発症が認められ,同年1月4日に川に入水し手や体を洗いまくるなどし,同日から同年2月1日までJ病院に任意入院となった。また,同年10月5日にも服薬自殺未遂を図った。その後,平成7年1月29日に自宅で大量服薬を図り,同日から同月30日までJ病院に任意入院となった。Cは,同病院に入院していない間も同病院に通院し治療を継続していたが,幻聴及び妄想が消失した時期はなく,同年9月中旬ころ,落ち着きがなくなりDに対する 日から同月30日までJ病院に任意入院となった。Cは,同病院に入院していない間も同病院に通院し治療を継続していたが,幻聴及び妄想が消失した時期はなく,同年9月中旬ころ,落ち着きがなくなりDに対する暴力が増え,同月27日にテグレトールが追加されたところ,同年10月24日に薬疹が出たために同病院に対する信頼を喪失した。 原告AとJ病院との話し合いによって,Cは平成7年10月25日にJ病院からK病院を紹介され,同病院への入院を希望したが,同病院精神科から入院困難なレベルであるとして,同年11月6日に入院加療を目的として,被告病院を紹介された。 イ被告病院における入通院加療の経過(ア) 平成7年11月6日から平成8年8月10日までCは,平成7年11月6日,医療保護入院として被告病院に入院し(1回目の入院),統合失調症との診断を受け,本件病棟において治療が施された。かかる入院期間中,幻聴,強迫的な手洗い,自慰行為に対する嫌悪感,徘徊,宗教的な妄想発語,空笑い等が見られ,精神療法,投薬等が実施された。同年12月から平成8年3月にかけて,イライラ感から窓や壁を壊したくなるとの訴えが見られ,同月,受話器を投げ付けたこともあった。同年4月ころ,強迫的な手洗いがやや減少し,作業療法(園芸・農耕)に参加するようになった。外泊時の状況も好転し,同年6月ころには落ち着きも見られ,同年6月,同年7月及び同年8月の外泊時においては,原告A及びDから前回の外泊と比べ大変良くなったと評価され,同月10日に被告病院を退院した。 (イ) 平成8年10月から平成9年4月1日までCは,平成8年10月中旬ころ,幻聴の訴えが増え,拒食,不眠等の状態に陥った。家族から服薬を勧められると,かなり した。 (イ) 平成8年10月から平成9年4月1日までCは,平成8年10月中旬ころ,幻聴の訴えが増え,拒食,不眠等の状態に陥った。家族から服薬を勧められると,かなりの興奮状態となって薬を遺棄する行動に出たり,「薬では幻聴は治らん。」と言って拒薬したりした。そして,Dに対し,同月21日,暴力を振るった後,窓ガラスを壊して両手足を負傷し,救急車で被告病院に搬送され外来受診の後,同病院に医療保護入院となった(2回目の入院)。 Cは,被告病院の本件病棟において,投薬等の治療を受けた。入院当初,昼夜逆転や疎通不良が見られ,「暴れたくなるのです。」との再三の訴えがあった。また,平成8年10月末,同年12月に「死にたい。」との訴えがあり,同年11月に「暴れたくなる。」との訴えが見られ,入院期間を通じて幻聴,徘徊,手洗い,宗教的な妄想発語等があり,一時期,幻視もあったものの,全体的に落ち着きが見られるようになった。原告A及びDから,同年12月,平成9年1月,同年2月の外泊の状況について前回の外泊と比べ大変良好であると評価され,同年2月に退院を希望し,また,家族も,同年3月に経済的な理由等を含め退院を希望した。被告病院から,入院ができないのであれば規則的な外来通院及び服薬を確実に行うよう指導・説明を受けた上で,Cは,同年4月1日に被告病院を退院した。 (ウ) 平成9年4月から平成11年4月21日までCは,被告病院退院後も同病院での外来受診を続けた。平成9年4月から新聞配達の仕事を始め,症状の軽快も見られたが,幻聴,強迫的な手洗い,自慰行為に対する嫌悪感は続いており,同年7月ころからは,支離滅裂な言動,行動が見られ,同年10月に「もう生きてはいけない。」と話し,希死念慮が認めら ,症状の軽快も見られたが,幻聴,強迫的な手洗い,自慰行為に対する嫌悪感は続いており,同年7月ころからは,支離滅裂な言動,行動が見られ,同年10月に「もう生きてはいけない。」と話し,希死念慮が認められた。平成10年5月ころ,落ち着きが出て症状の軽快が見られたものの,同年7月ころに悪化し,同年8月には被告病院医師から入院を勧められた。同年9月に再度被告病院から薬物の再調整ができること,電気ショック療法も一つの手であること,家族も休養できることから入院を勧められ,DもK病院口腔外科に入院し,Cの介護が困難になることから,Cは,同月5日に被告病院に任意入院した(3回目の入院)。 Cは,被告病院の本件病棟において,投薬等の治療を受けた。入院期間を通して,幻聴,強迫的な手洗い,自慰行為に対する嫌悪感,徘徊,幻聴に左右される行動,異常体験等は継続し,独笑や幻視が見られることもあった。平成10年9月下旬ころから薬剤の作用によりやや改善傾向となり,電気ショック療法を施すまでの切迫感はまだないと診断され,異常体験はあるものの穏やかになり,執拗な訴えもなくなった。しかし,同月末ころには支離滅裂な行動が見られ,幻視があり,幻聴に左右されるようになった。また,薬剤による副作用も見られた。同年11月20日に外泊を許可されたが,外泊から帰院すると,大声を出し暴れそうになるからとして自ら隔離室での療養を希望して隔離室に入室した。同月末から同年12月初旬には症状の軽快が見られたこともあったが,同月中旬ころからイライラ感が見られ,人を殴りそうだと訴えをしたり,Dと電話中に興奮して電話帳を投げ付けたり,人を殺したくなるからと自ら隔離室での療養を希望し2回隔離室に入室したりした。平成11年1月初旬,支離滅裂な行動や執拗な訴えが見られ,自ら隔離室に入室したが, と電話中に興奮して電話帳を投げ付けたり,人を殺したくなるからと自ら隔離室での療養を希望し2回隔離室に入室したりした。平成11年1月初旬,支離滅裂な行動や執拗な訴えが見られ,自ら隔離室に入室したが,リチウムの増量による効果が認められ,退院を希望するようになった。被告病院の医師は,薬物療法は限界であると判断し,社会生活を送れるようリハビリを行うことを勧め,リハビリテーション治療プログラムが採られることになった。その後,支離滅裂な行動等が出ることもあったが,入院治療としては限界であり外泊時にも妄想に基づく行動化はなく退院後の通院意思が認められたため,Cは同年4月21日に被告病院を退院した。 (エ) 平成11年4月28日から同年6月28日までCは,同年4月21日に被告病院を退院した後も大声を出す等の不穏が続き,幻聴,幻覚等の異常体験に影響され,暴力を振るうので助けて欲しいとして入院を希望し,同月28日に被告病院に任意入院した(4回目の入院)。Cは,被告病院の第3病棟(開放処遇棟)において,投薬,精神療法等の治療を受けた。入院期間中,幻聴,幻覚,徘徊,自慰行為に対する嫌悪感,異常体験等は継続した。また,同年5月27日に「死にたいけえ,睡眠薬をください。」と訴え,同年6月28日に被告病院を退院した。 E医師は,Cにつき,退院後の治療目標として規則的な外来通院を掲げたが,治療抵抗性であって予後は厳しく再入院に至る可能性は高いと判断した。 ウ本件入院に至った経緯Cは被告病院退院後も同病院に通院し治療を継続していたところ,幻聴,強迫的な手洗い,自慰行為に対する嫌悪感,異常体験等が続いたが,平成11年7月6日には外来受診をすると気持ちが和らぐ旨述べ,原告Aも外来受診から自宅に帰って に通院し治療を継続していたところ,幻聴,強迫的な手洗い,自慰行為に対する嫌悪感,異常体験等が続いたが,平成11年7月6日には外来受診をすると気持ちが和らぐ旨述べ,原告Aも外来受診から自宅に帰ってくるとすっきりしている旨述べた。また,落ち着きも見られた。同月24日に同様に病院に行ったら落ち着くと述べ,同年9月には自宅では落ち着いておりイライラも収まったと述べた。 しかし,同年11月ころ,病状の悪化が見られ,同月30日に自ら被告病院に架電し,「入院したい。病気の状態がおかしい。宗教的な幻聴や妄想がうるさい。」と述べた。そして,同年12月2日ころから「死にたい。」「殺してくれ。」と言ってあちらこちらに電話をかけ,原告AとDが止めようとすると,Cは不穏になり「死にたい。」「生きていても仕方がない。」と話し,希死念慮が認められた。同月5日午後1時ころ,被告病院から処方されている薬を1週間分まとめて服薬して急性薬物中毒による意識障害を起こし,L病院に運ばれ,同病院で点滴を受けた。 原告Aは被告病院に対し同日午後6時30分ころCの入院を依頼し,Cは同日午後7時15分ころ被告病院に来院した。 エ本件入院後,本件事故に至った経緯(ア) 入院直後の症状についてCは,平成11年12月5日,被告病院の本件病棟に医療保護入院した(5回目の入院。本件入院)。リチウム中毒となったことから生理食塩水の点滴を受けたが,意識障害に陥り体動があったため,身体拘束となった。 同月6日午前9時30分ころ,E医師に対し,「自殺未遂をしました。4回目です。」と述べ,E医師から現在も自殺を考えるか問われると,「もうしません。もういいです。」と淡々答え,深刻感に乏しかった。同日午後2時30分ころ,自 ころ,E医師に対し,「自殺未遂をしました。4回目です。」と述べ,E医師から現在も自殺を考えるか問われると,「もうしません。もういいです。」と淡々答え,深刻感に乏しかった。同日午後2時30分ころ,自殺については「もうしません。」と述べ,また,治療については「ありがとうございました。」と述べ,治療の拒否はなかった。 上肢の抑制を解いたところ,不穏・危険な行為はなかったことから,同日午後2時40分,Cの身体拘束は解除された。 同月7日にE医師から自殺について問われると,Cは,「小さいころからずっと考えていた。今回は,「死ねば。」という声も聞こえてきた。」と答えた。また,現在も自殺を考えるか問われると,「もうしません。いや,わかりません。」と答えた。かかる応答から,E医師は,今回の自殺企図は幻聴に左右された部分もあると判断した。 (イ) 平成11年12月の症状について同月10日,Cは,「死ねとか聞こえることも自分で制御している。」と述べ,病気を治したいので電気ショック療法を受けたい旨申し出た。そして,E医師から適応,実施方法,副作用について説明を受け,同療法に同意した。 同月11日,幻聴がきつく,自ら隔離室に入室した。 同月13日から電気ショック療法が実施され,多幸的な症状を示すようになり,少なくとも症状変化はあり,異常体験に効果があるかのようであったが,明確な効果までは認められなかったので,6回の実施で終了した(同月13日から同月24日まで)。 その間,他者へ暴力を振るいそうになることや幻聴を理由に,自ら隔離室に2回入室した。 さらに,同月20日に他の患者に体当たりする粗暴行為があり,指定医指示によって隔離措置となり,同月21日に暴力の衝動 振るいそうになることや幻聴を理由に,自ら隔離室に2回入室した。 さらに,同月20日に他の患者に体当たりする粗暴行為があり,指定医指示によって隔離措置となり,同月21日に暴力の衝動が抑えられず,今でも抑える自信がないと述べ,大声で「ここから出せやあ。」と怒鳴る等した。同月22日には暴力を振るわないので隔離から出して欲しいと述べ,服薬自殺を図ったのは,医師に薬をたくさん飲めば心臓に負担がかかると聞いたからだとし,「助かったことはどうでもいい。死ぬことは気にならない。 極楽浄土に行けそうで。」と述べた。E医師は,疾病そのものの影響もあるが,知的な問題もあると判断し,教育的アプローチをとることにした。同月24日に隔離が解除され「もう死にたいとも思っていません。忘れました。」と述べた。 Cは,E医師に対し,同日,外泊や退院を希望する旨繰り返し訴えた。同医師は,同月27日,原告A及びDとも相談の上,Cの気分の変動が強いことから外泊は控えることにした。 (ウ) 平成12年1月の症状について幻聴,強制的な手洗いは継続していたが,徘徊は従前より少なくなり,電気ショック療法によって幻聴が消えたので,再度,電気ショック療法をして欲しいと述べた。 同月17日に幻聴に左右された行動が見られ,同月26日及び30日に暴力を振るいそうになったからとの理由で自ら隔離室に入室した。 (エ) 平成12年2月の症状について同月4日に作業療法が開始されたが,同月5日に他人を殴りそうだからとして自ら隔離室に入室した。同月6日午後3時15分ころ,急に大声や粗暴行為が見られ,指定医指示により隔離措置となったが,同日午後8時25分ころ,隔離解除となった。 を殴りそうだからとして自ら隔離室に入室した。同月6日午後3時15分ころ,急に大声や粗暴行為が見られ,指定医指示により隔離措置となったが,同日午後8時25分ころ,隔離解除となった。 Cは同月16日に自ら隔離室に入室したが,その理由として空笑いしてしまうのが良くないと思いそれが問題だと考えたこと,精神分裂を治したいと思ったことを挙げた。 E医師は,Cの治療に対するモチベーションが高く空笑いが病的な症状であることの理解を示しそれに対し対処しようとしたことは評価できるとした。その後も幻聴,空笑い,徘徊が続き,同月17日,19日,23日に自ら隔離室に入室した。 (オ) 平成12年3月の症状について幻聴に左右された行動,幻覚,強迫的な手洗い,高笑い,徘徊,不潔恐怖,妄想発語等は続いた。 同月14日に幻聴に興奮して看護師詰め所のドアを蹴るとの粗暴行為があったため,指定医指示により隔離措置となった。Cは,E医師に対し,同月17日,異常体験に対しては自ら隔離に入ること,規則正しい生活をすること,自己抑制をするよう努力すること,つらくなったら薬を服用することを述べ,自己の行動に対する内省も示した。同日,隔離が解除された。 同月18日にイライラするとして自ら隔離室に入室した。同月28日には幻聴で暴れそうになるが何とか自己抑制をしていると述べ,トラブルには至らなかった。 (カ) 平成12年4月の症状について幻聴,徘徊,空笑い,異常体験等が見られた。また,同月よりCの主治医がE医師からF医師に変わった。 E医師は,F医師に対し,申し送り事項として,薬剤抵抗性であること,電気ショック療法も無効であること,本件入院は自殺企図が原因 同月よりCの主治医がE医師からF医師に変わった。 E医師は,F医師に対し,申し送り事項として,薬剤抵抗性であること,電気ショック療法も無効であること,本件入院は自殺企図が原因であること,家族への暴力や自殺企図等問題行動が頻発すること,リチウムのみ興奮性に効いた印象があるが,自殺の問題があるのでリチウムの投与を躊躇していること,本件入院中,頻回に隔離を使用していること,Dに分裂気質があり了解不良であることを示した。 Cは,同月13日,被告病院本件病棟のデイルームでコップを投げつけ,空笑い,多動が見られた。看護師から注意を受けると,「幻聴で投げた。」と言って謝った。同月14日にF医師に対し「幻視,幻聴を早く治したいので隔離室に入ります。」と述べて自ら隔離室に入室し,落ち着きを見せた。 (キ) 平成12年5月の症状について同月2日,F医師は,Cに幻聴,思考途絶を認めたが,症状は落ち着いていたため,連休中,1泊の外泊を許可した。 Cは,同月3日に自宅に外泊し,同月4日には被告病院に帰院する予定であったが,都合により同月5日に帰院することになり,外泊予定が1日延長された。この外泊期間中,Dは,Cについて,前回の外泊と比較して大変良くなったと評価した。同月9日には会話もスムーズになり,表情も穏やかになった。 しかし,幻聴は続き,同月18日にデイルームの医師の机を叩いた。このことについて,F医師は,幻聴に左右されたものではなく,幻聴にイライラしたものと判断した。 同月19日に他の患者の挑発に対し水をかけ,同月22日に幻覚を訴え,投薬を受けるが落ち着かず,自ら隔離室に入室した。また,同月,開放処遇がとられている第3病棟に行きたいとの訴えも見ら のと判断した。 同月19日に他の患者の挑発に対し水をかけ,同月22日に幻覚を訴え,投薬を受けるが落ち着かず,自ら隔離室に入室した。また,同月,開放処遇がとられている第3病棟に行きたいとの訴えも見られた。 F医師は,原告A及びDに対し,同月26日,Cの症状について,幻聴があること,興奮や暴力はないこと,悪化時には自ら隔離室に入っておりこの点は評価できることを伝えた。 (ク) 平成12年6月の症状について幻聴,幻覚,自慰行為に対する嫌悪感,不潔恐怖,支離滅裂な言動等が続いた。 同月9日に看護師詰め所の窓を通りすがりに強く叩く行動が見られた。そして,落ち着かないこと,イライラ感,幻聴,妄想がほぼ毎日のように継続して見られ,同月13日,同月14日,同月20日,同月21日,同月23日,同月24日,同月25日,同月26日,同月27日,同月30日に自ら隔離室に入室しており(同月21日は同日中に2回入室した。),従前と比較して隔離室使用が増加した。 (ケ) 平成12年7月の症状について幻聴は続き,同月4日,同月5日,同月6日に自ら隔離室に入室した。同月8日には幻聴,幻視があり,看護師詰め所の窓を叩いたことから,粗暴行為防止のため,指定医指示により隔離措置となった。隔離の間も幻聴は続き,攻撃的な態度を示したり,現実と妄想が混在した発言をなしたりしたが,幻聴,幻覚等の訴えは徐々になくなった。同月16日に看護師に対して自殺したいので医師と話しがしたいと訴え,今後の行動には注意が必要であるとされて隔離室に入室したが,同月17日は穏やかに過ごし,F医師の診察の後,隔離が解除された。 同月21日に徘徊,空笑いがあった。同月25日にも幻聴は続いてい には注意が必要であるとされて隔離室に入室したが,同月17日は穏やかに過ごし,F医師の診察の後,隔離が解除された。 同月21日に徘徊,空笑いがあった。同月25日にも幻聴は続いていたものの執拗な訴えはなく,やや落ち着きが見られた。同月27日にひどい幻聴を訴えて,完治するまで個室にいたいと述べ,自ら隔離室に入室した。 (コ) 平成12年8月の症状について同月1日,幻聴,幻覚,妄想があったが,執拗な訴えはなく,F医師との面接もスムーズに行われた。同月3日から5日まで自宅への外泊が認められ,原告AはCの外泊中の様子について,手洗いが減り静かに本を読むようになり,大声をあまり出さないようになったと評価した。また,前回の外泊と比べて,Cの状態は変わらないと評価した。ただ,Cは,外泊中,自慰行為の後気持ちが落ち着かず警察へ行ったことがあった。 同月7日,同月13日,同月29日に幻聴がありイライラしたこと等を理由に自ら隔離室に入室したが,同年6月と比較してイライラ感の訴えは減少した。 同月15日に幻聴に左右され大声での徘徊が見られた。看護師の対応が遅れると,看護師詰め所の窓を軽く殴打し,イライラ感の持続が見られた。同月16日に看護師は,Cにつき突発的な衝動行為が多発したりイライラが増強したりする可能性があるので,十分な行動観察が必要であると評価した。同月17日午前8時ころ,落ち着きが見られ,午後1時30分ころ,幻聴を取り払うため大声で徘徊していたが,看護師からの呼びかけに大丈夫だと答えた。その後,穏やかに過ごし,同月18日には突発的な衝動行為は認められなかった。 同月22日のF医師との会話はスムーズに行われ,突発行動も見られなかった。 丈夫だと答えた。その後,穏やかに過ごし,同月18日には突発的な衝動行為は認められなかった。 同月22日のF医師との会話はスムーズに行われ,突発行動も見られなかった。 同月25日午後9時20分ころ,強い空笑いが見られ,突如看護師詰め所の窓を全身を使ってかなりの力で強打し,看護師が制止するまで続き,自分の悪口を言う幻聴に腹が立ってやったと述べた。当直医師により面接が行われ,常時幻聴,妄想に左右され,爆発的な興奮,衝動行為に及ぶため目が離せないとの評価がなされた。同月26日にも幻聴やイライラ感を訴えたが,興奮状態や突発的行為は見られなかった。同月27日には衝動行為や興奮が今後もあると予想されることから,指示中の薬剤が投与された。同月28日に幻聴,妄想により看護師詰め所の窓を殴り,同月29日午前11時20分ころにデイルームの空調機にコップを投げ付ける衝動行為に出た後,同日午後1時25分ころに自ら隔離室に入室した。同月30日午前8時ころにはテーブルの殴打行為に出たが,その後,問題行動もなく穏やかになった。 (サ) 平成12年9月の症状について同月2日に外泊したが,自宅では幻聴が目立ち,急に「帰る。」と言い出したため,予定を変更して同月3日に被告病院に帰院した。同日午後9時10分ころ,Cは大声で「フクマのご先祖が超能力をかけてくる。」と述べ,G院長が,3回,大声を出さないよう注意したが,制御不能となり,翌朝の起床まで指定医指示により隔離措置となった。 同月7日に「いきなりわけのわからないことを言う口がかってに言うケタケタと笑う大声を出すさけぶ」とのメモを示してその症状を訴え,幻聴がひどいことから自ら隔離室に入室した。 同月9日午後10時こ わけのわからないことを言う口がかってに言うケタケタと笑う大声を出すさけぶ」とのメモを示してその症状を訴え,幻聴がひどいことから自ら隔離室に入室した。 同月9日午後10時ころ,Cは,看護師詰め所で,「自殺したいと思ったんで話をしたいです。ドクターと。」と述べた。看護師からその理由を尋ねられると「ケタケタ笑ったりするから口が勝手に言うんです。」と答えた。 同月12日に,F医師は,Cを診察し,思考障害があると診断した。その後,F医師と原告A,Dの面談が行われたが,その際,DがCを開放病棟に移して欲しい旨依頼したところ,F医師はCに突発的行動が見られるので現段階において開放病棟に移すのは時期尚早である旨答えた。 幻聴,幻視が続いたが,同月15日には具体的な訴えはなく,イライラ感も治まった。同月19日に強い幻覚・妄想が見られ,同月20日にも幻聴が見られたが,看護師が話を聞くと落ち着きを見せた。同月21日に幻聴の薬を求め,同月22日は落ち着きが見られた。同月23日に不眠の訴えはあったが特に変わりはなく,同月24日も同様であった。同日,Cは被告病院本件病棟で,面会に来たDと原告Bに対して「死にたい。」と発言した。原告Bは,同病院の駐車場にいた原告Aに,Cが死にたいと発言したことを伝えた。その後,同駐車場に降りてきたCに対し,原告Aが命を大切にするよう説いたところ,Cはうなずいて「高校,大学に行きたい。」 と述べた。 同月25日午後3時ころ,徘徊が見られ,同日午後9時30分ころには口が勝手に動くとして薬を求めた。同月26日に幻覚の薬を求めたことはあったが,印刷の作業療法を行って変わりはなく帰棟し,当日夜の睡眠状態にも異常はなかった。 (シ) 本件事故当日について 勝手に動くとして薬を求めた。同月26日に幻覚の薬を求めたことはあったが,印刷の作業療法を行って変わりはなく帰棟し,当日夜の睡眠状態にも異常はなかった。 (シ) 本件事故当日についてCは,平成12年9月27日午後3時15分ころ,デイルームでアイスクリームを食べた。その直後の同日午後3時20分ころ,本件病室のはめ殺しの窓を,自己の所有するカセットラジオで叩き割り,そのガラスに体当たりして自ら飛び降りた。 被告病院の医師らによって点滴がなされ,同日午後3時40分ころ,救急車でI病院に搬送されたが,同日午後4時ころ,脳挫傷による死亡が確認された。 オ本件事故後の経緯(ア) 平成12年9月27日午後5時ころ,警察により本件病室及び落下地点について実況見分が実施され,Cと同室で目撃者であった患者からの事情聴取が行われた。警察は,本件事故につき事件性はないとして,被告,医師等に対する刑事処分はなされなかった。 (イ) 原告A及び原告Bは,同年10月2日,被告病院を訪れた。同病院の事務所で,G院長,副事務長,F医師と面談をしたところ,G院長は,原告Aに対し,安全管理は不十分であって,ガラスの強度が弱かった旨述べた。 (2)ア前項の認定事実をもとに,被告に過失が認められるか否かを検討する。 精神科医療においては,必然的に自殺行為に及ぶ患者が存在するのであるから,医療側には患者の自殺を防止するため適切に監視すべき義務が一般的に課せられているというべきである。そして,かかる義務違反の有無を検討するに当たり,当該患者の自殺行為の予見可能性及び結果回避可能性が前提となるが,その判断に当たっては,精神科医療における特殊性との関連を考慮する必要がある。 。そして,かかる義務違反の有無を検討するに当たり,当該患者の自殺行為の予見可能性及び結果回避可能性が前提となるが,その判断に当たっては,精神科医療における特殊性との関連を考慮する必要がある。 すなわち,精神科医療の最終的な目的は患者の治療・社会復帰にあるところ,患者には自殺の抽象的な危険が必然的に相当程度の割合で存するのであって,その抽象的危険の故をもって医療側に法的非難に相当する予見可能性及び結果回避可能性を認めて注意義務違反と断罪するならば,精神科医療の萎縮をもたらすのは必至であり,そうすると過度の監視が施されかねず,社会復帰を主眼とする精神科医療本来の根本目的を大きく逸脱してしまうことになりかねない。また,精神科医療においては,患者は単なる監視の対象ではなく,あくまで治療のための診察及び観察の対象であることを念頭におかなければならず,患者の人権を尊重しなければならないところ,単なる自殺の抽象的危険性をもって予見可能性及び結果回避可能性を認めることは,過度の監視の実施を招き,ひいては患者自身の人権を無用に制限してしまうことになりかねない。したがって,法的非難に値する自殺の予見可能性及び結果回避可能性とは,単なる抽象的な自殺の可能性の認識だけでは足らず,自殺の具体的・現実的危険性があること,換言すれば当該患者が自殺行為に及ぶ切迫した危険性を認識し得ることと解するのが相当である。そして,患者には必然的に抽象的な自殺の危険性が相当程度の割合で認められる以上,自殺念慮・希死念慮と,現に自殺行為に出る具体的・現実的危険の間には,質的に大きな違いがあるというべきであり,自殺念慮・希死念慮が自殺の具体的・現実的危険にまで高められて初めて医療側に法的非難に相当する予見可能性及び結果回避可能性を認める余地が生じるというべきである。ま 大きな違いがあるというべきであり,自殺念慮・希死念慮が自殺の具体的・現実的危険にまで高められて初めて医療側に法的非難に相当する予見可能性及び結果回避可能性を認める余地が生じるというべきである。また,精神科医療の目的からは開放的処遇に移行することが必要となるのであるから,どのような症状の段階でどの程度の開放的処遇を行うかを決定するには,医師が当時の医療水準に則り,患者の病状変化の的確な観察に即して,治療効果と危険とを比較衡量しつつ,その高度な専門的知見に基づいて行うべきものであると共に,患者の診断が医師による患者の表情や挙動の観察と対話の内容に依拠する部分が大きいので,上記決定に当たっては,医師の広範な裁量的判断にゆだねられざるを得ないものと考えられる。 イ本件入院に至る前の時点においては,Cは,平成11年12月5日に薬剤であるリチウムを1週間分まとめて服薬し自殺を図ったが,その5日前である同年11月30日に被告病院に自ら架電して,病状が悪化しているので被告病院に入院したいと述べ,同年12月2日ころから同月5日ころまで「死にたい。」旨繰り返し発言して方々に架電し,原告Aらの制止行動に対し不穏になって,「死にたい。」旨の発言を繰り返したことが認められるのは前記(1)ウ認定のとおりである。そして,同年11月には一時落ち着いていたCの症状が増悪し,同年12月になって希死念慮を繰り返し述べていたのであって,希死念慮の継続,繰り返し,行動化が認められるので,かかる事情を総合的に判断すると,本件入院以前の時点である同年12月5日当時においては,Cにつき自殺の具体的・現実的危険が切迫していたというべきである。 ウ(ア) これに対し,本件入院中におけるCの自殺に関する発言や自殺念慮等について検討すると,平成12年7月16日に は,Cにつき自殺の具体的・現実的危険が切迫していたというべきである。 ウ(ア) これに対し,本件入院中におけるCの自殺に関する発言や自殺念慮等について検討すると,平成12年7月16日に看護師に対し死にたい旨述べており,自殺念慮が認められてはいるものの,これは指定医指示による隔離措置が施されている間のことであり,その翌日である同月17日にはF医師がCを診察の上,隔離解除としていることからすれば,自殺念慮が認められた翌日にはCにつき自殺のおそれはなくなっていて,同人につき自殺念慮の継続は認められない。 同年9月9日に看護師詰め所で自殺したい旨発言しているが,同月10日にはF医師の診断により自殺のおそれが切迫したものではないことが確認されている(証人F)上,かかる発言に引き続き継続的に,同様の発言を繰り返し行ったことや現実に自殺行為に出たことは認められていないことからしても,自殺念慮の継続は認められない。 同年9月24日に面会に来たDに対して「死にたい。」と述べたことが認められるが,Cは,その直後には「高校,大学に行きたい。」とも述べているので,自殺念慮の継続は認められないだけでなく,Dや原告AがCの上記発言を被告に伝えたことを認めるに足りる証拠はないので,被告の過失を基礎付ける根拠とはならない。 (イ) Cは,おおよそ10か月間近くに及ぶ本件入院期間中において,現実に自殺行為に出たことはないのはもちろん,自傷行為にすら及んでいない。他の患者に対し体当たりしたり,看護師詰め所の窓ガラスを殴打したりする等の粗暴行為は見受けられるものの,これら行為は,幻聴に左右されたものであったり,幻聴に対する腹立ちから出たりしたものであって,自殺行為につながるものではないと考えられる。 殴打したりする等の粗暴行為は見受けられるものの,これら行為は,幻聴に左右されたものであったり,幻聴に対する腹立ちから出たりしたものであって,自殺行為につながるものではないと考えられる。 (ウ) Cの病状について平成12年6月ころ及び同年7月ころと同年8月ころ及び同年9月ころを比較すると,自らの意思で隔離室に入室した回数に差があり(同年6月が11回であるのに対し,同年8月が3回,同年9月が1回),指定医指示による隔離措置の日数にも差がある(同年7月が延べ10日間であるのに対し,同年9月が半日)。イライラ感の訴えは,同年6月ころに比べて同年8月ころには減少しており,外泊許可も同年6,7月はなされなかったのに対し,同年8,9月には外泊が許可され,同年8月時の外泊状況について,原告Aは,症状が軽快した趣旨の評価をしている。これらからすれば,本件入院期間中を通じて,その病状は一進一退の経過をたどりながらも,全体としてみれば軽快に向かっていたと評価できるところである。 (エ) Cは,自己の病状について, 空笑いが良くないと自ら判断し,統合失調症を治したいとの思いを述べたり,幻聴,イライラ感等が強まると,自ら隔離室に入室したりしていることからすれば,生に対する意図・意欲,自己の病状分析,内省の念等を見い出すことができる。 (オ) 以上のように,本件入院中,Cには,自殺念慮・希死念慮が認められた時期もあるがその継続はなかったこと,実際に自殺行為に及ぶ等の行動化も見られなかったこと,その症状は全体としてみれば軽快に向かっていたこと,自己の病状を認識して内省していたこと等を総合して判断すると,Cに自殺行為に出る具体的・現実的危険性があったとは認められないから,被告には,Cが自殺行為に出ることについての予見可能性及び結果 たこと,自己の病状を認識して内省していたこと等を総合して判断すると,Cに自殺行為に出る具体的・現実的危険性があったとは認められないから,被告には,Cが自殺行為に出ることについての予見可能性及び結果回避可能性はなく,被告に裁量権の逸脱はなかったというべきである。 エ(ア) なお,原告らは,入院診療録及び看護記録の記載が簡潔に過ぎる旨主張するが,看護記録にあっては,おおよそ2から3時間ごとにCのS(主訴)O(客観状況)A(評価)P(計画)に従って,詳細な記載がなされているから,記載が簡潔に過ぎるという原告らの主張は失当である。入院診療録にあっては,若干簡潔に過ぎるきらいはあるものの,本件においてはチーム医療がとられ,看護記録及び医師指示簿(乙6)と一体としてみれば患者の症状が具体的に把握できるのであって,入院診療録に記載がないことは,患者に重篤な症状の変化がなかったと考えるのが相当であるから,原告らの主張はやはり失当である。 (イ) また,F医師は,Cにつき自殺の可能性があったことを認識していた旨証言するが(証人F),その趣旨は,Cが現に自殺行為に及ぶ具体的な危険があったことを認識していたというものではなく,あくまで統合失調症の患者一般として,抽象的に自殺の可能性があったことを認識していたものであり,上記のとおり,そのような抽象的な自殺の危険性をもって,法的責任を問われるほどの予見可能性があったすることはできないから,F医師の上記証言をもって,同人に予見可能性を認めることはできない。 さらに,F医師は,原告A及びDに対し,平成12年9月12日の面接において,Cに突発的行動が見られる旨述べたことが認められるが,上記のとおり,同時期においてCに自殺行為に出る具体的・現実的危険性は認められないことから 告A及びDに対し,平成12年9月12日の面接において,Cに突発的行動が見られる旨述べたことが認められるが,上記のとおり,同時期においてCに自殺行為に出る具体的・現実的危険性は認められないことからすれば,かかる発言の趣旨は,Cに自殺には直接関係しない突発的行動があるとの点にあり,このことをもって同医師に注意義務違反があったとすることはできない。 ところで,原告らは,統合失調症の患者が兆候のないまま自殺することを被告が認識していた以上,被告は自殺の兆候のない患者についても自殺の防止を図るべき義務があったとも主張する。しかしながら,かかる主張は被告に結果責任を負わせるに等しく,また,前記ア判示のように予見可能性の有無は精神科医療の特殊性との関連で判断すべきであるから,かかる主張は失当である。 オそして,原告らは,被告においてCの自殺を予見可能であったにもかかわらず,Cの行動に何ら注意を払うことなく漫然とCを放置しており,常時監視体制を取るべき義務に違反しているとも主張する。 しかしながら,被告においてCの自殺の具体的・現実的な危険性を予見することができず,したがってCの自殺についての予見可能性及び結果回避可能性もなかったことは既に判示したところであって,これらが存することを前提とする原告らの主張は,既にこの点において失当である。また,そうである以上,被告において,本件病棟に収容したCに対し,主治医が診察時の観察をし,看護師が一定時間ごとに巡回し一定時間ごとの検温や服薬の際に患者の状態を観察して看護記録に詳細に記録し,病棟の廊下にカメラを設置して,看護師詰め所内のモニター画像を見ながら患者の様子を適宜チェックし,本件病棟に看護師25名を配置し,本件事故当日の勤務者を夜勤及び公休者を除いて13 記録に詳細に記録し,病棟の廊下にカメラを設置して,看護師詰め所内のモニター画像を見ながら患者の様子を適宜チェックし,本件病棟に看護師25名を配置し,本件事故当日の勤務者を夜勤及び公休者を除いて13名とし,医師は看護記録に記載されている日常の記録を重要な情報として毎日確認し,入院診療録と一体のもとして把握するなどといった随時監視体制をとり(乙19,20,証人F,同G),それ以上にCの自殺行為を阻止する常時監視体制をとっていなかったことをもって,被告の過失とすることはできないといわなければならない。 したがって,いずれにしても,被告にはCの自殺についての過失を認めることはできない。 2 争点2(工作物責任の有無)について(1) 前記争いのない事実等,証拠(甲4,13,14,乙12の1・2,15,16,17の1・2,18,34,証人G,原告A本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。 ア被告は精神科病院である被告病院を開設・運営管理しているところ,既存の病棟が老朽化したこと及び医療環境を改善することを理由として新病棟(鉄筋コンクリート造6階建て)を建設することにし,平成元年1月30日に広島県知事に対し病院開設許可事項変更許可申請をした。その際,各種図面等が添付されたが,男子閉鎖病床として5階(本件病棟)の平面図が添付された。同書面によると,本件病棟は避難上又は消火活動上有効な開口部がなく消防法施行令条10条1項5号,同法施行規則5条の2第1項にいう無窓階とされ,また,本件病棟の窓ガラスは厚さ6.8㎜の網入りガラスとされ,開閉可能な窓には固定された鉄格子が設置されるが,はめ殺しの窓には鉄格子は設置されないこととされた。 広島県は同年2月27日に医療法7条2項の規定によって,被告の申請どおり 入りガラスとされ,開閉可能な窓には固定された鉄格子が設置されるが,はめ殺しの窓には鉄格子は設置されないこととされた。 広島県は同年2月27日に医療法7条2項の規定によって,被告の申請どおり事項変更を許可した。被告は広島県に対し新病棟建設後の平成2年8月1日に新病棟を使用するために病棟の構造設備の検査を申請し,検査の上,同県M保健所長により同月20日に同法27条の規定によって新病棟の使用が許可された。その後も1年に1回,M保健所による同法25条1項に基づく検査が行われているが,その際,病棟の構造につき不備がある旨の指摘や改善の指導等がなされたことはなかった。 イ本件事故当時,Cにつき閉鎖処遇がとられており,同人は閉鎖病棟である5階の本件病棟に入院していた。 Cは本件病室で起臥していたが,前記のとおり,同病室の窓ガラスは厚さ6.8㎜の網入りガラスであり,開閉可能な窓には鉄格子が設置されていたが,はめ殺しの窓には鉄格子は設置されていなかった。 ウ被告は,広島県M保健所長に対し,本件事故当日である平成12年9月27日付けで事故報告書を提出したが,その中で今後の事故防止対策として,①窓の全面に鉄格子を設置すること,②さらに強固な素材の窓に改築すること,③閉鎖病棟を1,2階にすること等が考えられるが,いずれか検討の上,早急に実施するとした。 また,被告病院長であるGは,原告らに対し,平成12年10月2日,窓ガラスの強度が弱かった旨述べた。その後,被告は,閉鎖病棟の窓の全面に鉄格子を設置した。 (2) 次いで,法令等について俯瞰する。 ア医療法23条1項病院の構造設備について,「採光,照明,防湿,保安,避難及びその他衛生上遺憾のないように必要な基準を厚生(労働)省令で定める。」として,省令 等について俯瞰する。 ア医療法23条1項病院の構造設備について,「採光,照明,防湿,保安,避難及びその他衛生上遺憾のないように必要な基準を厚生(労働)省令で定める。」として,省令に委任している。 イ医療法施行規則16条1項6号医療法施行規則(昭和23年11月5日厚生省令第50号)16条12号により「精神病院,伝染病室及び結核病室はそれぞれこれを他の部分に対して危害予防上又は病毒伝染防止上必要な遮断をすること」と規定され,同条13号により「精神病室には監護上必要な施設を設けること」と規定されていた。 その後,医療法施行規則の一部を改正する省令(昭和31年2月23日厚生省令第1号)により,「精神病室,伝染病室及び結核病室には,病院又は診療所の他の部分及び外部に対して危害防止又は伝染予防のためにしゃ断その他必要な方法を講ずること」(同条1項6号),「精神病室の設備については,保護のため必要な方法を講ずること」(同項7号)と改正された。 同条1項6号及び7号は,後記オの公衆衛生審議会の意見に基づき,本件事件の後である平成13年に,医療法施行規則等の一部を改正する省令(平成13年1月31日厚生労働省令第8号)により,「精神病室の設備については,精神疾患の特性を踏まえた適切な医療の提供及び患者の保護のために必要な方法を講ずること」(同項6号)と改正された。 ウ精神病院建築基準「精神病院建築基準について(昭和29年9月29日厚生省公衆衛生局長通知発衛第290号)」(以下「昭和29年通知」という。)第6章九・開口部において「室内を明るくし,夏の通風を良くする為に窓等を十分に(室内の面積1/5以上)開けるべきであるが,この場合には脱出防止の方策を講じなければならない。一般に間隔 知」という。)第6章九・開口部において「室内を明るくし,夏の通風を良くする為に窓等を十分に(室内の面積1/5以上)開けるべきであるが,この場合には脱出防止の方策を講じなければならない。一般に間隔12糎程度の帯鉄格子や中空ブロック,中空煉瓦等が考えられるが,その細部設計に十分注意し,牢獄的な感じにならないようにし,且,外部への視野を妨げないようにしなければならない。」と規定され,脱出防止のために一般に鉄格子等の設置が要求されていた。 「精神病院建築基準の改正について(昭和44年6月23日同上通知衛発第431号)」(乙23の2。以下「昭和44年通知」という。)により,一般的に鉄格子等の設置を要求していた昭和29年通知は廃止された。昭和44年通知において「患者の居室については,長期在院という実情にかんがみ,出来る限り家庭的雰囲気を持たせ,また開放的にするよう配慮」するとされ,第3の1(7)において「病棟内の開口部は,室内を明るくし夏の通風をよくするために開口部を十分に設ける必要があるが,同時に脱院等事故防止の方策を講じる必要がある。」旨規定するにとどまり,鉄格子等の設置要求の文言は削除された。 また,精神病院の建築に当たっては,同通知第1まえがきにより「本建築基準によるもののほか,医療法,建築基準法及び消防法等の法令に準拠して実施されなければならないことはいうまでもない。」とされている。 エ 「精神病院療養環境改善整備事業の実施について(平成10年12月11日厚生省大臣官房障害保健福祉部長通知障第710号)」(乙14の4。以下「平成10年通知」という。)同通知の目的は,精神病院における鉄格子の撤去等の改修等を行って,入院患者の人権確保及び療養環境の改善を図る点にあるとされ,同通知3(1)により「鉄格子を撤去 「平成10年通知」という。)同通知の目的は,精神病院における鉄格子の撤去等の改修等を行って,入院患者の人権確保及び療養環境の改善を図る点にあるとされ,同通知3(1)により「鉄格子を撤去し,強化ガラスへの更新等を行う整備」等が整備事業とされている。 法令等の定めは以上のとおりである。 オ公衆衛生審議会(ア) 公衆衛生審議会精神保健福祉部会及び精神保健福祉法に関する専門委員会は,平成10年9月,「精神保健福祉法に関する専門委員会報告書」をまとめ,その中で医療法施行規則16条1項6号に規定する精神病室にかかる危害防止のための構造設備基準については,合理的な理由に乏しいと考えられることから見直すべきであるとした(乙25ないし30,31)。 (イ) 公衆衛生審議会は,平成12年6月22日から6回にわたって議論を重ね,同年12月13日に「精神病床の設備構造等の基準について」と題する意見書をまとめた。その中で,精神病院の設備構造に関し,当時の医療法施行規則には「危害防止のための」など精神障害者の人権上の観点から適切でない考え方が盛り込まれており,新たに同規則を作成するに当たっては精神障害者の人権を最大限に尊重した規定とすべきであるとした(乙26)。 (3) 前記(1)及び(2)を前提に,被告に工作物責任が認められるか否かについて検討する。民法717条1項本文の「瑕疵」とは,その工作物が本来備えるべき安全性を欠くことをいうから,本件病棟の窓ガラスについて,鉄格子や強化ガラスを設置することなく,厚さ6.8㎜の網入り窓ガラスを使用していたことをもって,精神科病院の閉鎖病棟が本来備えるべき安全性を満たしているか否かが問題となる。 アまず,鉄格子を設置しなかった点につき被告に工作物責任が認められるか否か検討する。 使用していたことをもって,精神科病院の閉鎖病棟が本来備えるべき安全性を満たしているか否かが問題となる。 アまず,鉄格子を設置しなかった点につき被告に工作物責任が認められるか否か検討する。 医療法施行規則16条(1項)6号が精神科病院の病室に遮断等必要な方法を講じることを要求していたことを受けて,昭和29年通知が被告病院のような専科の精神病院(一般病院と併設でない精神病院)につき開口部に鉄格子を要求していたが,昭和44年通知により昭和29年通知が廃止されたことにより,本件病棟に鉄格子を設置しないことが行政規則上,違法であるとされる根拠は存しなくなったと考えられる(なお,専科の精神病院である本件病棟には適用がないが,「一般病院における併設精神科病棟(室)建築基準について(昭和36年8月7日厚生省公衆衛生局長通知衛発第644号)」(乙14の2)には,2階以上に精神科病室を設ける場合には,危険防止のため窓に格子を必要とするとの記載があるが,同記載部分も実質的に昭和44年通知により廃止されたものと考えられる。)。 これは,前記(2)オで認定したように,本件事故前の平成10年9月に公衆衛生審議会において,同規則16条1項6号は合理的な理由に乏しく見直されるべきと報告され,さらに,同審議会は,本件事故後の平成12年年12月13日に医療法施行規則は精神障害者の人権上の観点から適切でなく,患者の人権を最大限尊重する形で改正されるべきとの意見書をまとめ,同規則は本件事故直後である平成13年1月に改正されて,精神障害者の人権保障の観点から遮断その他必要な方法を講じることとされていた従来の規定は削除されるに至ったことからも分かるように,精神科医療の最終目的は患者の治療・社会復帰にあることを重視し,患者の人権を最大限尊重して開放的処遇を 断その他必要な方法を講じることとされていた従来の規定は削除されるに至ったことからも分かるように,精神科医療の最終目的は患者の治療・社会復帰にあることを重視し,患者の人権を最大限尊重して開放的処遇を進めるという方向に精神科医療が進展して行き,行政規制等の法制度も大きく変遷していったことによるものである。 そして,前記(1)ア認定のように広島県は本件病棟の建設に際し医療法7条2項に基づく変更許可を出し,同病棟の完成後,使用開始に当たってM保健所長が同法27条に基づく使用許可をしたこと,M保健所による同法25条に基づく検査が毎年行われているが,病棟の構造について不備等の指摘がなされていないこと等をも併せ鑑みれば,行政規制上,精神科病院の閉鎖病棟の窓に鉄格子の設置は要求されていないと解するのが相当である。その他本件病棟に鉄格子を必要とする特段の事情も存しないので,本件病棟が通常備えるべき安全性を欠いているとはいえないというべきである。したがって,本件において本件病室のはめ殺しの窓に鉄格子が設置されていなかった点について,被告に工作物責任は存しない。 なお,本件で問題にすべきは本件事故当時の本件病棟の設置・管理に瑕疵があるか否かであるから,被告が本件事故後に事故の再発防止対策を取る必要に迫られて,閉鎖病棟のすべての窓に鉄格子を設置した事実は認められるけれども,そのことをもって被告に責任を認めることはできない。 イ続いて,強化ガラスではなく網入りガラスを設置していた点につき被告に工作物責任が認められるか否か検討する。 閉鎖病棟では患者の自殺の危険性が考えられるから,その病棟が備えるべき安全性を考慮する際には,自殺防止の観点は重要であるが,他方において,閉鎖病棟は,そこで施される治療からくる内在的な制約として,患者が 病棟では患者の自殺の危険性が考えられるから,その病棟が備えるべき安全性を考慮する際には,自殺防止の観点は重要であるが,他方において,閉鎖病棟は,そこで施される治療からくる内在的な制約として,患者が他の病棟と自由に往来することができないという性質を有するのであるから,火災や地震等の不測の事態から患者の生命・身体を守る措置を講じる必要がある。 本件につきみるに,前記・認定のとおり本件病棟は被告病院の5階であり,消防法施行令,同法施行規則にいう無窓階であったことが認められ,さらに,前記(2)ウ認定のとおり,昭和44年通知において,精神科病棟の建築は建築基準法,消防法等の法令に準拠することが要求されているところ,消防法施行規則5条の2第2項3号によれば,無窓階の開口部は格子その他の内部から容易に避難できないような構造としてはならず,外部から開放し又は容易に破壊することにより進入できるものであることを要するとされており,また,通達等により,網入りガラス窓であれば厚さ6.8㎜までが限度とされ,それ以上の厚さの網入りガラスは原則として不適法とされている(乙35)。したがって,本件病棟に設置された網入りガラスは,消防法関連の法令上許容され得る最も厚いものであったことが認められる。 原告は,本件病棟には強化ガラスを使用する必要があったと主張する。そして,平成10年通知は,精神病院療養環境改善整備事業として「鉄格子を撤去し,強化ガラスへの更新等を行う整備」を規定しているが,これは,鉄格子撤去と併せて行う病棟の療養環境改善を図るための改修の例として強化ガラスへの更新を挙げているにとどまり,強化ガラスへの更新に限定するものとは断定できず,他に,本件病棟に強化ガラスを使用しなければならず,網入りガラスを使用してはならない旨を定めた法令・通達などは 化ガラスへの更新を挙げているにとどまり,強化ガラスへの更新に限定するものとは断定できず,他に,本件病棟に強化ガラスを使用しなければならず,網入りガラスを使用してはならない旨を定めた法令・通達などは存しないようである。前述のとおり,消防法関連の法令上は,避難を容易にする観点から,むしろ網入りガラスの使用が要請されているのでこれへの配慮も欠かせないこと,広島県は本件病棟建設に際し医療法7条2項の変更許可を出し,使用開始に当たって同法27条の使用許可等もなされていることなどを考慮すると,本件病棟に網入りガラスを使用したことが行政規制上違法とされているとは認めがたいし,その他本件病棟に網入りガラスを使用しなければならないとする特段の事情も存しないので,本件病棟が通常備えるべき安全性を欠いているとはいえないというべきである。さらには,本件閉鎖病棟には,Cのように自殺の具体的・現実的危険性のない患者を収容することを予定しており,自殺の切迫した危険性を有する患者は隔離室に収容したり拘束したりすることが予定されているのであるから,前述のとおりの随時監視体制を取っている本件閉鎖病棟において,収容している患者が5階のはめ殺しの窓ガラスを破って飛び降りて自殺を図るといった通常予想できない事態を万全に防止することができなかったからといって,本件病棟が本来備えるべき安全性を欠いていたとまでいえないことは明らかである。したがって,この点においても,被告には工作物責任は存しない。 なお,本件事故直後に,被告病院長Gが原告らに対し,窓ガラスの強度が弱かった旨述べたことがあるが,遺族である原告らに対して,事故の発生を未然に防止できなかったことの道義的責任を感じ,多分に哀悼の念を込めた上での発言であり,法的な責任を冷静に分析判断した上での発言ではないと考えら とがあるが,遺族である原告らに対して,事故の発生を未然に防止できなかったことの道義的責任を感じ,多分に哀悼の念を込めた上での発言であり,法的な責任を冷静に分析判断した上での発言ではないと考えられるので,上記認定判断を左右するものではない。 3 結論以上によれば,その余の点につき判断するまでもなく,原告らの請求はいずれも理由がない。 広島地方裁判所民事第1部 裁判長裁判官坂本倫城 裁判官次田和明 裁判官古川大吾
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