主文 被告人を懲役24年に処する。 未決勾留日数中540日をその刑に算入する。 理由 (罪となるべき事実)第1 被告人は、妻であるA(以下「被害者」という。)と共に郷里から出稼ぎに出たものの、自らは働く気になれず、被害者に経済的・精神的に依存する生活をしており、被害者から令和5年3月頃に離婚することを迫られる中でも、被害者と離婚したくないなどと考えていた。そして、令和5年2月19日午前9時35分頃から同月20日午前3時頃までの間に、横浜市a 区b 町c 番d 号ef 号室の当時の被告人方ユニットバス内において、練炭を燃焼させて一酸化炭素を発生させ、被害者が他の男性と交際等するくらいであれば被害者を殺害してしまおうと考えて、殺意をもって、被害者(当時36歳)を同ユニットバス内に閉じ込めて一酸化炭素を吸引させ、よって、その頃、同所において、同人を急性一酸化炭素中毒により死亡させて殺害した。 第2 被告人は、第1記載の罪証を隠滅するため、被害者の死体を損壊するとともに、Bら4名が現に住居に使用し、かつ、同人ら3名が現にいる横浜市a 区b 町c 番d 号所在の共同住宅「e」(木造スレート葺2階建、床面積合計96.42㎡)を焼損しようとして、令和5年2月20日午前3時頃、前記f号室内において、上記死体を横たえた同室6帖洋室の寝具及び同室ロフトに置かれていた衣類にライターで点火して火を放ち、その火を同室内の床面等に燃え移らせ、よって、上記死体の一部を炭化させるなどして損壊するとともに、上記共同住宅の一部を焼損(焼損面積合計約2㎡)した。 【証拠の標目省略】(事実認定の補足説明)第1 争点 判示第1の事実について、判示の日時に、当時の被告人方ユニットバス内において、被告人が、 損(焼損面積合計約2㎡)した。 【証拠の標目省略】(事実認定の補足説明)第1 争点 判示第1の事実について、判示の日時に、当時の被告人方ユニットバス内において、被告人が、練炭を燃焼させて一酸化炭素を発生させたこと、被害者の血中から致死濃度である75%以上の一酸化炭素ヘモグロビンが検出されており、被害者が一酸化炭素を吸引して、急性一酸化炭素中毒により死亡したこと、更に、判示第2の事実について、被告人が、判示のとおり現住建造物等放火及び死体損壊に及んだことについては、証拠から問題なく認められる。 本件の争点は、被告人が、殺意をもって、被害者をユニットバス内に閉じ込めたと言えるかである。 第2 検討 1 争点に関する各専門家証人の証言等について⑴ C証人は、医師であるD証人の鑑定結果により認められる、被害者の血中から致死濃度である75%以上の一酸化炭素ヘモグロビンが検出されている事実や、被害者の死因が急性一酸化炭素中毒である事実を前提に、血流内に生じる一酸化炭素ヘモグロビンの濃度を推定するStewart式や、WHOによる一酸化炭素ヘモグロビン濃度と身体状況の関係に関する資料を用いて分析した結果として、被害者がユニットバス内に入った時点から意識喪失など致死的な状況に陥る時点までに数分以上あった、被害者に意識があれば、バスルームに入った時点で石炭臭などの臭いに気付いたはずであると供述している。 ⑵ また、E証人は、D証人の鑑定結果により認められる、被害者の一酸化炭素ヘモグロビン濃度は75%以上であり、被害者に特異な疾病はないこと、すなわち、被害者の死因が急性一酸化炭素中毒であることを前提に、被害者は、少なくとも7500ppm以上の高濃度の一酸化炭素に、密閉空間で、3分間以上はさらされていたと供述している。 はないこと、すなわち、被害者の死因が急性一酸化炭素中毒であることを前提に、被害者は、少なくとも7500ppm以上の高濃度の一酸化炭素に、密閉空間で、3分間以上はさらされていたと供述している。 ⑶ 更に、D証人も、心臓から出た血液が心臓に戻ってくるには大体約1分と言われるので、一回酸素を吸い込んでそれが一巡するのは大体1分である、一番最初の循環で、肺胞の中でヘモグロビンと一酸化炭素が100%全部くっつくわけでは ないので、何巡かしていると思う、一酸化炭素濃度が1万ppmの場合であれば1分から2分くらいで死ぬというのもたくさんのケースを総合したらそれくらいであるということである旨供述している。 ⑷ C証人は火災科学を、E証人は有機化学、特に一酸化炭素中毒者への特効薬開発を、D証人は法医学を専門としており、C、E、D各証人の証言は、それぞれが備える異なる専門分野の知見をもとに、それぞれの専門的立場から、被害者が死に至った状況について語るものであるところ、それぞれ、当該分野の専門家によって一般的に認められた知見や分析手法に基づいた意見を述べており、その合理性に疑いを差し挟む事情は見当たらない。更に、それぞれの証言内容が整合していることは、それぞれの証言内容の信用性や証拠としての価値を高め合うものと言える。 ⑸ アこの点に関連して、弁護人は、C証人の証言について、Stewart式の被験者データの少なさを指摘するとともに、二酸化炭素などの要素を考慮していない、法医学の教科書と矛盾するなどとして、C証言には問題があると主張する。 しかしながら、C証人は、Stewart式について、同式の背景として、31歳から46歳までの健康な男性6人に実験が行われたものであると述べる一方で、同式は1973年に得られた知見であり、同式などの専門的知見やそ 、C証人は、Stewart式について、同式の背景として、31歳から46歳までの健康な男性6人に実験が行われたものであると述べる一方で、同式は1973年に得られた知見であり、同式などの専門的知見やそれに基づく分析手法については、日本火災学会等に所属する専門家の間で一般的に認められた手法であるだけでなく、アメリカで火災の鑑定を行う専門資格を取得するための数種の教科書に記載されているように、世界的にも認められている手法であると述べている。また、C証人は、空気中の二酸化炭素濃度が一酸化炭素濃度に影響するか否かについても証言をしているところである。更に、C証人の証言が法医学の知見と矛盾するものではないことは、D証人が述べる内容から明らかである。 イまた、弁護人は、E証人の証言について、マウスを使った実験がなぜ人間に当てはまるのかなどとして、E証人の証言には問題があると主張する。 しかしながら、この点について、E証人は、マウスは臓器の配置や血液成分など体の構成において人間と共通するところが多いため、実験でマウスを使うことは世 界的にも非常に多く、マウスによる実験結果が人間に応用できることは研究者にとっては当然のこととされていることや、一酸化炭素中毒の影響については、身体の何%相当を摂取したかという比率によるところ、この比率は、吸った量を血液量で割った比率で示されるとともに、吸った量と血液量は体重換算で考えられることから見て、マウスを用いた実験の結果は人間に応用できる旨の説明をしている。 ⑹ そうすると、結局、C、E、D各証人が、その専門的知識に基づいて証言する内容には、これらを採用し得ない合理的な事情は何ら認められず、各証言は十分に尊重できると言える。 そして、上記の各証言によれば、被害者がユニットバス内に入った時点から意識喪失など 基づいて証言する内容には、これらを採用し得ない合理的な事情は何ら認められず、各証言は十分に尊重できると言える。 そして、上記の各証言によれば、被害者がユニットバス内に入った時点から意識喪失など致死的な状況に陥る時点までに数分間以上はあったと認められる。 また、被害者に意識があれば、遅くともバスルームに入った時点で石炭臭などの臭いに気付いたはずであるとも認められるところであり、この点については、F証人及びG証人による練炭の燃焼実験の結果もこのような認定を支える。 2 裁判所の認定C証人の証言のほか、F証人及びG証人の証言等によれば、練炭の燃焼によって、本件ユニットバス内には臭気、煙、熱気があったことが認められる。 人は、煙や臭気を感じる緊急事態に直面した場合には、口や鼻を塞ぐことなどを含め、身の安全を確保する行動をとるのが自然と言える。この点については、C証人が、これまでの火災鑑定の経験から、火災の現場でショックやパニックから行動がとれなくなるなどということは現実にはないと証言しており、当該証言はそのような認定を裏付ける。 そして、本件の翌月に子供の卒業式に出席する具体的な予定を立てていた被害者において自ら死を選ぶことはあり得ないし、被告人もそのような可能性は指摘していない。 そうすると、本件で、内部に臭気や熱気等があるユニットバスの入口に臨んだ被害者が、被告人に声をかけることなどもせずに、自らの意思で、ユニットバス内に 入って数分間以上そこにとどまるという事態はおよそ考え難い。 その上で、本件当時、犯行現場の室内には被害者のほかには被告人しかいなかったのであるから、被告人によって被害者が数分間以上ユニットバス内にとどまる事態が作られたと考えるほかない。 以上によれば、被告人において、練炭を燃焼させて、一酸化炭素を発 ほかには被告人しかいなかったのであるから、被告人によって被害者が数分間以上ユニットバス内にとどまる事態が作られたと考えるほかない。 以上によれば、被告人において、練炭を燃焼させて、一酸化炭素を発生させたユニットバス内に被害者を閉じ込めて一酸化炭素を吸引させた事実が認められる。そして、そうした行為が被害者を死亡させる危険性の高い行為であることは明らかであるから、当該行為に至った被告人自身において殺意を有していたことも認められる。 3 被告人の供述及び弁護人の主張について⑴ これに対して、被告人は、被害者と離婚したくなかったので自殺しようと考えてユニットバス内に一酸化炭素を充満させたところ、被告人が顔を洗っているうちに被害者が洋室内にいなくなった、そこでまず換気をして、その後ユニットバス内に被害者を発見した、被害者をユニットバスの外に出した後は、被害者は死んでいると思ったなどと述べる。 しかしながら、離婚する以上は自殺しようと思うほどに愛している被害者のことをさておいて、換気することを優先するというのは不自然であるし、まして、仮に被害者が死んでしまっているのではないかと思ったにしても、被害者をユニットバス内に発見した後やユニットバスから出した後、被害者の命を救う行動を何らとらないというのは不自然である。 そして、本件では、他の証拠によっても、被告人が何らの救命行動をとらなかった事実が認められ、この事実は、被告人が、被害者が一酸化炭素中毒となる当初から、被害者の死を企図していた事実を推認させ、上記の認定を支えるものだと言える。 ⑵ 弁護人は、D証人は閉じ込めの痕跡があると断定していないとして、争点については様々な可能性が想像できるなどと主張するが、D証人は自らの専門的知見 から認められる事柄を述べるにとどまり、争点につい 人は、D証人は閉じ込めの痕跡があると断定していないとして、争点については様々な可能性が想像できるなどと主張するが、D証人は自らの専門的知見 から認められる事柄を述べるにとどまり、争点について何ら結論を示しているわけではない。 ⑶ また、弁護人は、被告人が練炭を用いた自殺未遂を繰り返すことから、被害者も練炭それ自体のリスクに慣れて油断していたとか、被害者が無意識にユニットバスのドアを閉めた可能性があるなどと指摘して、被害者が事故死した可能性を主張する。 しかし、被告人が以前も練炭自殺を図り、被害者がこれに対処した経験を持つ事実は、むしろ被害者自身が練炭の燃焼による命の危険に思い至ることにつながるというべきである。また、ユニットバスのドア下には隙間があることや、事件現場での練炭の燃焼実験の結果に照らせば、ユニットバスのドアを開ける前や、少なくともドアを開ける瞬間に、熱気や煙、臭気を感じたことは容易に推察されるから、その上で自らユニットバス内に入り、無意識にせよドアを閉めるということは考え難いし、仮に無意識にドアを閉めることがあったにしても、前記の身の安全を確保する行動として、すぐにドアを開けようとしたとみることができる。 ⑷ 更に、弁護人は、被害者の遺体やユニットバスのドア及びドアノブには閉じ込めの痕跡はないなどと指摘して、閉じ込めの事実はない、あるいは、閉じ込め以外の可能性があるなどとも主張する。 そこで検討すると、練炭や練炭コンロの設置、着火及びユニットバス内における一酸化炭素の充満といった一連の事態には一定の時間を要したと認められるところ、当時の被告人方の狭小さや構造、練炭の燃焼実験の結果等を踏まえ、着火後の居室内の臭気や煙をも併せ考慮すると、被害者がそれらの事態に気付かないということは考え難く、それらの事態が生じた時 れるところ、当時の被告人方の狭小さや構造、練炭の燃焼実験の結果等を踏まえ、着火後の居室内の臭気や煙をも併せ考慮すると、被害者がそれらの事態に気付かないということは考え難く、それらの事態が生じた時間帯において、具体的な内容は不明であるものの、被害者が既に、そうした事態に気付くことが不能な状態、すなわち、自らの意思に基づいて行動できない状態に陥っていた可能性すらあり得る(被害者に生前にできた筋肉出血や皮下出血があったことは、これに整合するとも言える。)。その場合には、被害者の遺体やドア及びドアノブに弁護人が指摘するような痕跡が残 らないことは当然である。 一方、被害者がそのような状態になかった場合であっても、被害者の手足等全身の60%以上に広範囲の重症熱傷が生じていることを踏まえると、被害者の遺体に弁護人が指摘するような痕跡が見当たらないことはあり得るところであるし、ユニットバスのドア等の構造や、被告人と被害者の体格差等からすると、これらに弁護人が指摘するような痕跡が見当たらないのも不自然とは言えない。 ⑸ なお、弁護人は、被告人が被害者を閉じ込めたと認められないと主張する理由として、はしないとするほか、被告人がスマートフォンの注文履歴を削除していない事実や被害者の遺体を全て燃やすという行動をとっていない事実を指摘して、被害者が死亡した後の被告人の行動は証拠隠滅行為ではないなどと主張する。 しかしながら、証拠によれば動機については判示のとおり認定できる。また、殺害の方法としては様々なものが考えられるにもかかわらず、前記認定のとおり、一酸化炭素中毒死させることを意図してユニットバス内に閉じ込めたと認められることを踏まえると、本件後、①一酸化炭素を発生させるために用いた練炭や練炭コンロを処分していること、②被害者の全裸の遺体にかけ 酸化炭素中毒死させることを意図してユニットバス内に閉じ込めたと認められることを踏まえると、本件後、①一酸化炭素を発生させるために用いた練炭や練炭コンロを処分していること、②被害者の全裸の遺体にかけられた寝具に点火して、現に被害者の手足等全身の60%以上に広範囲の重症熱傷を生じさせていることについては、証拠隠滅を意図したものであることを疑う余地はない。弁護人が指摘する事実は、他の種々の事情によっても生じ得る事情であり、弁護人の主張は、その余のものを含めて、証拠隠滅を意図したものであるとの前記認定に合理的な疑いを生じさせるものとは言えない。 第3 結論以上によれば、被告人は、殺意をもって、被害者をユニットバス内に閉じ込めて一酸化炭素を吸引させ、死亡させて殺害したものと認められる。 【法令の適用省略】(量刑の理由)まず、量刑の中心となる殺人の事実についてみると、被告人は、練炭を燃焼させ る方法で自殺を図った経験からその際の息苦しさについては経験をしていたにもかかわらず、被害者を数分間にわたり一酸化炭素が充満するユニットバス内に閉じ込めて殺害するに至っており、その犯行態様は残忍と言うほかない。そのような殺害方法自体からすれば、その殺意が強固なものであったことは明らかである。本件犯行により被害者の死亡という取り返しのつかない結果が生じているところ、殺害されることを予想していなかった被害者において子の卒業式への出席が叶わず、今後の人生を奪われた無念さは察するに余りある上、被害者の子供等の遺族の精神上、経済上の負担も容易に想像されるところであり、結果の重大性は言うまでもない。 被告人は、被害者に対する執着心や依存心から、被害者と離婚したくないと思い、被害者と他の男性との関係を疑って、被害者が他の男性と交際等するくらいなら るところであり、結果の重大性は言うまでもない。 被告人は、被害者に対する執着心や依存心から、被害者と離婚したくないと思い、被害者と他の男性との関係を疑って、被害者が他の男性と交際等するくらいなら被害者を殺害しようと一方的に考えて、被害者を殺害するに至っている。その動機は身勝手で自己中心的と言うほかなく、仮に、被告人自身、被害者を殺害した後に自殺しようという思いがあったとしても、これをもって酌むべき事情があるとみる余地もない。 次に、現住建造物等放火及び死体損壊の事実についてみると、放火による建造物の焼損面積こそ小さいものの、複数名が居住、現在する住宅密集地の木造の共同住宅に深夜火を放っており、共同住宅の他の部屋を利用していた者をはじめとする不特定多数人の生命、身体、財産に対する高度の危険を生じさせている。また、被害者の死体を相当程度炭化させて損傷しており、死者を尊ぼうとする社会的感情も損なっている。 なお、検察官は、火災による一酸化炭素中毒死に偽装して被害者を殺害の上放火したとして、計画性が極めて高いと主張する。しかしながら、被告人のとった一連の行動からして、そのようにみる余地はあるものの、なお、殺害後になって証拠隠滅のために放火することに思い至った可能性は否定できない。いずれにしても、被告人が自身による殺害行為について証拠を隠滅するために放火及び死体損壊の行為に及んだことが認められ、そのような放火等の動機は強い非難に値する。なお、一 連の行動からすると、被告人の精神状態が、本件の各犯行に及ぼした影響はうかがえない。 そうすると、同種事案と比較して、被告人の刑事責任は相当に重いと言うべきであり、相当長期間の実刑は免れない。 次に、一般情状についてみると、被告人の母が、公判廷において、更生に向けて被告人を支える うすると、同種事案と比較して、被告人の刑事責任は相当に重いと言うべきであり、相当長期間の実刑は免れない。 次に、一般情状についてみると、被告人の母が、公判廷において、更生に向けて被告人を支える旨述べており、社会福祉士が被告人の更生支援計画を作成していることが認められるが、更生支援計画は被告人が殺人の犯行に及んでいないことを前提としたものであるし、上記のとおり被告人が相当長期間の実刑を免れないことからすれば、社会復帰後に被告人が置かれる環境は現時点から相当程度変化していることが見込まれる。加えて、被告人は、現住建造物等放火及び死体損壊の事実は認めているものの、最も重大な殺人の事実について不合理な弁解に終始していること等からすれば被告人に反省の態度が認められると言うことはできず、被告人には今後の更生に向けた内省が強く求められること、被告人に前科がないことなども併せ考慮し、主文の刑を定めた。 (求刑懲役25年)令和7年10月16日横浜地方裁判所第1刑事部 裁判長裁判官安永健次 裁判官内藤尚子 裁判官関口遼介
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