平成18(行ウ)143 遺族補償給付不支給処分取消請求事件(通称 静岡労基署長遺族補償不支給処分取消)

裁判年月日・裁判所
平成19年10月15日 東京地方裁判所
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判決文本文26,706 文字)

主文 静岡労働基準監督署長が原告に対し平成16年11月29日付けでした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 事実 及び理由第1請求主文同旨第2事案の概要本件は,原告の夫であるP1が自殺したのは,P1が勤務していた日研化学株式会社(以下「本件会社」という。)における業務に起因する精神障害によるものであるとして,原告が静岡労働基準監督署長に対し労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づき遺族補償給付の支払を請求したところ,同署長がこれを支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)をしたので,原告がその取消を求めた事案である。 争いのない事実等(括弧内掲記の証拠等により認定した事実を含む。)(1) 本件会社(乙16,弁論の全趣旨)本件会社は,医薬品の製造,販売等を業とする東証一部上場の株式会社であり,平成12年当時の従業員は1255名,売上高は約593億円である。 (2) P1の経歴等アP1(昭和▲年▲月▲日生)は,α大学卒業後の平成2年4月に本件会社に入社し,大阪支店京都営業所(組織改定後は京都支店)で勤務した後,平成9年4月から名古屋支店静岡営業所静岡2係に所属して,医療情報担当者(MR)として勤務していた。 イP1は,平成10年1月に原告と結婚し,平成12年1月に長男を,平成14年4月に二男をもうけ,家庭を訪問した同僚も,その家庭に問題はないと感じていた。また,P1は,平成9年ころに胆嚢の手術をした他は 大きな病気やけがの経験がなく,社会生活や人間関係における特段の精神的問題や,問題とすべき性格上の偏りも認められない。 (3) 静岡2係におけるP1の業務アP1が行っていたMRの業務とは,製薬会社の営業担当者として 経験がなく,社会生活や人間関係における特段の精神的問題や,問題とすべき性格上の偏りも認められない。 (3) 静岡2係におけるP1の業務アP1が行っていたMRの業務とは,製薬会社の営業担当者として医療機関を訪問し,自社医薬品に関する有効性,安全性等の情報を,医師をはじめとする医療従事者に的確に伝え,医療従事者からの情報を製薬会社にフィードバックすることにより,自社製品の適切な処方の拡大を推進する業務である。直接医師に面会して医薬品の説明を行う他,説明会を実施する等する。その他に,朝夕には卸業者である特約店を訪問し,特約店と各種情報交換や販売促進活動に関する打合せ等の業務を行う。 イ静岡2係は,静岡県東部における営業を担当する部署である。P1は,順天堂大学医学部附属順天堂伊豆長岡病院(以下「順天堂伊豆長岡病院」という。),富士宮市立病院,富士中央病院及び国立療養所富士病院の4つの大規模病院と,中小の病院,診療所に対する医薬品販売の営業活動を行っていた。 静岡2係のMRは,毎週月曜日の午前中に静岡営業所に集合し,MR活動報告書の提出と営業に関する打合せを行うほかは,自宅と営業先との間を直行直帰する勤務形態を原則としていた。係のMRは,不定期に集合して打合せを行う等,必要に応じて集まるとき以外は,日常的な接点がある訳ではない。 (4) P2係長の静岡2係赴任(乙1,2,43,72)P1在籍時の静岡2係の係長は,平成9年4月~平成12年3月はP3,同年4月~平成14年3月はP4であった。同年4月段階で,同係の営業成績は,本件会社全体の営業拠点47か所中41位と下位にあった。 本件会社は,静岡2係の体質改善を図るため,同月にP2(以下「P2係長」という。)を静岡2係の係長とした。同月以降の静岡2係の構成は,P 2係長,P1及びP5の3名と か所中41位と下位にあった。 本件会社は,静岡2係の体質改善を図るため,同月にP2(以下「P2係長」という。)を静岡2係の係長とした。同月以降の静岡2係の構成は,P 2係長,P1及びP5の3名となった。 (5) P2係長赴任後のP1の状況アP2係長は,静岡2係に赴任すると,P1に対し,営業成績や仕事の仕方に関して,しばしば厳しい言葉を浴びせた。 イP1の同僚の中には,平成14年12月末ころから,P1に元気がないと感じるようになった者があった。また,同じころから,家庭内でも,睡眠中に冷えを感じるようになり,毎朝4時か5時ころに目が覚めるようになる等の身体の変調が現れるようになった。 (6) P1の営業上のトラブルの発生(乙1,4,5,28,80)ア新規患者の紹介を断ったこと(以下「本件第1トラブル」という。)P1は,平成15年1月28日,順天堂伊豆長岡病院医師P6(以下「P6医師」という。)から,単価が高価な薬品であるグロウジェクトペンの新規患者を紹介されたが,会議を理由にこれを断り,P6医師が他社に依頼したため,本件会社が当該症例を担当することはできなかった。 イ患者を長時間待たせたこと(以下「本件第2トラブル」という。)P1は,平成15年2月17日午前9時ころ,P6医師から,順天堂伊豆長岡病院にグロウジェクトペンを使用する患者が来院したが,グロウジェクトペンが新規のものに切り替わるため,その使用方法を指導しなければならないので説明しに来て欲しいとの依頼を受けた。しかし,P1は,静岡にいるため午後5時ころでないと行くことができない旨回答した。P6医師は,静岡営業所のP7所長に電話をし,患者が待っているので誰でもいいから来て欲しい旨求めたため,P1はP2係長を同行して,同日午後1時ころ,同病院へ赴き,P6医師に対し,土下座して 答した。P6医師は,静岡営業所のP7所長に電話をし,患者が待っているので誰でもいいから来て欲しい旨求めたため,P1はP2係長を同行して,同日午後1時ころ,同病院へ赴き,P6医師に対し,土下座して謝罪した。 ウシンポジウムの案内関係のこと(以下「本件第3トラブル」という。)富士宮市立病院医師P8(以下「P8医師」という。)は,平成15年3月4日,P1に対し,既に実施されたシンポジウムについて案内を受け ておらず,本来通知されるべき情報が伝えられなかったと不満を述べた。 P1は,同月6日,P7所長とともにP8医師のもとへ謝罪に赴いたが,P8医師は担当者の交代を求めた。この件に関し,P7所長は,同日中に名古屋支店のP9支店長の携帯電話に報告し,P9支店長は,直接P1に電話をかけた。 (7) P1の自殺P1は,平成15年3月7日未明,家族や上司を名宛人とする8通の遺書を残し,静岡県沼津市の市民運動公園内の立木の枝で縊首して自殺した。 (8) 業務以外による心理的負荷,個体側要因についてP1について,業務以外の心理的負荷は特に認められない。また,P1の個体側要因について,特段の問題は見当たらない。 (9) 本件訴訟に至る経緯原告は,平成16年2月20日,静岡労働基準監督署長に対し,P1の死亡に関して,労災保険法に基づく遺族補償年金及び葬祭料の支給を請求したが,同署長は,同年11月29日,原告に対して本件処分をした。原告は,本件処分を不服として,平成17年1月11日,静岡労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたが,同審査官は,同年7月29日,原告の審査請求を棄却した。原告は,同年8月22日,労働保険審査会に対して再審査請求をしたが,同審査会は,本訴提起後の平成19年5月28日,原告の再審査請求を棄却する裁決をした。 争点及びそれに関 の審査請求を棄却した。原告は,同年8月22日,労働保険審査会に対して再審査請求をしたが,同審査会は,本訴提起後の平成19年5月28日,原告の再審査請求を棄却する裁決をした。 争点及びそれに関する当事者の主張本件の争点は,P1の自殺が,P1の本件会社における業務に起因するものであるか否かであり,この点に関する当事者の主張は,以下のとおりである。 (原告の主張)(1) 自殺事件における業務起因性の判断基準自殺事件における業務起因性の有無を判断するに当たっては,被告が主張 する旧労働省の判断指針にとらわれることなく,労災保険法の趣旨に基づき,被災者の業務による心身の負荷と自殺との間の因果関係の有無を判断すべきである。この場合,業務上の負荷が被災者の自殺の原因の一つとなっていれば,相当因果関係があると評価し,労災と判断すべきである。また,業務上の負荷があったか否かは,いわゆる平均的労働者を基準にするのではなく,被災者を基準に判断するのが労災保険法の趣旨に合致する。 なお,本件におけるP1の自殺は,前後の諸事実を考慮すると,旧労働省の判断指針に照らしても,業務起因性があると認められる事案である。 (2) 本件自殺の業務起因性についてア本件会社におけるP1の業務上の心理的負荷(ア) P2係長の暴言による心理的虐待平成14年4月に静岡2係に赴任してP1の上司となったP2係長は,P1に対し,頻繁に暴言を浴びせており,しかも,その内容は,P1の人格を否定するほどひどいものであった。 (イ) 顧客とのトラブル本件第1~第3トラブルは,結果が重大であって,P1が土下座をしなければならないほどであったし,自殺直前の出来事でもあり,P1の精神疾患の発症及び増悪に寄与したというべきである。 イP1の精神疾患発症及び自殺の業務起因性P1は,上記の本 て,P1が土下座をしなければならないほどであったし,自殺直前の出来事でもあり,P1の精神疾患の発症及び増悪に寄与したというべきである。 イP1の精神疾患発症及び自殺の業務起因性P1は,上記の本件会社の業務上の心理的負荷に起因して,平成14年12月末に軽度の抑うつ状態を生じ始め,平成15年1月末ころ軽症うつ病エピソード,同年2月中ころ中等症うつ病エピソードとなり,自殺時まで継続した。P1は,同疾患により正常の認識能力及び自殺行為を思い止まる精神的な抑制力が著しく阻害された状態で自殺に至ったのであり,本件会社におけるP1の業務上の心理的負荷と自殺との間には相当因果関係がある。したがって,P1の自殺には業務起因性が認められる。 (被告の主張)(1) 精神疾患の発症に関する業務起因性の判断基準ア労災保険法上,労働者の疾病が業務上発生したというためには,当該業務と当該疾病の発症との間に相当因果関係の存在が肯定されることが必要であり,そのためには,当該疾病の発症が,当該業務に内在する危険の現実化と認められることが必要である。このことは,労働者の精神障害発症の業務起因性の判断においても同様である。 今日では,多くの精神障害の発病には,単一の病因ではなく,素因,環境因(身体因,心因)の複数の病因が考えられており,精神障害の成因を考えるに当たっては,今日の精神医学,心理学で広く受け入れられている「ストレス―脆弱性」理論(環境から来るストレスと個体の反応性,脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まるという考え方)に依拠することが適当である。 イ旧労働省は,業務による心理的負荷を原因として精神障害を発症し,自殺したとする労災給付請求の増加に対応するため,精神医学,心理学及び法学の専門家に専門的見地からの検討を依頼した。上記専門家により イ旧労働省は,業務による心理的負荷を原因として精神障害を発症し,自殺したとする労災給付請求の増加に対応するため,精神医学,心理学及び法学の専門家に専門的見地からの検討を依頼した。上記専門家により構成された「精神障害等の労災認定に係る専門検討会」の検討結果の報告(以下「専門検討会報告」という。)を受け,旧労働省は,平成11年9月14日付けの労働省労働基準局長通達(基発第544号)「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」(以下「判断指針」という。)を発出した。 ウ専門検討会報告は,ストレス―脆弱性理論に依拠し,世界保健機構の国際疾病分類第10回改訂版(以下「ICD-10」という。)第Ⅴ章「精神及び行動の障害」に示された精神障害を対象とした。そして,労災保険給付請求を受けた行政機関が斉一的かつ適切に対応するため,業務によるストレスの強度を客観的に評価する基準を示す必要があるとして,業務上 の心理的負荷の強度を客観的に評価する基準となる「職場におけるストレス評価表」及び業務以外の個人的なストレス要因の強度を客観的に評価する基準となる「職場以外のストレス評価表」を作成し,一般的に経験する一定以上のストレスを伴うと考えられる出来事を例示した上で,それら出来事によるストレス強度をⅠ(日常的に経験する心理社会的ストレス)~Ⅲ(人生の中で稀に経験するような強い心理社会的ストレス)に分類した。 職場におけるストレス評価表は,上記のストレス強度の分類の他,個別具体的内容からその位置づけを変更する必要はないか,出来事後の変化はどうであったか,出来事により発生した問題や変化はその後どの程度持続し,拡大し,又は改善したかを検討し,総合評価として当該業務によるストレスは「弱」「中」「強」のいずれと評価できるかの過程を追うように工夫されている 来事により発生した問題や変化はその後どの程度持続し,拡大し,又は改善したかを検討し,総合評価として当該業務によるストレスは「弱」「中」「強」のいずれと評価できるかの過程を追うように工夫されている。直面した出来事を評価する視点及び出来事に伴う変化を評価する視点によって,具体的に評価する際には,同種労働者にとって一般的にどうであるかという観点から客観的に行わなければならない。 エ労災保険法12条の2の2第1項は,労働者の「故意」による負傷,疾病,障害,死亡については保険給付を行わないと定めている。しかし,専門検討会報告は,精神障害に係る自殺について,精神障害によって正常な認識,行為選択能力が著しく阻害され,又は,自殺を思い止まる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で行われたと認められる場合には,故意による自殺ではないと解すべきであるが,人間の自殺行動の中には必ずしも精神障害が関与しない自殺があり,いわゆる覚悟の自殺の場合は,その動機が業務に関連していても,本人の主体的選択によるものである限り,一般的には故意の自殺といわざるを得ないとしている。 オ上記専門検討会報告の立場を踏まえ,判断指針は,対象疾病をICD-10第Ⅴ章「精神及び行動の障害」に分類される精神障害とし,①対象疾病を発病していること,②発病前おおむね6か月の間に客観的に当該疾病 を発病させるおそれのある強い心理的負荷が認められること,③業務以外の心理的負荷及び個体側要因により当該精神障害を発病したとは認められないことの3要件を満たす場合には,当該精神障害につき業務起因性を認めることとした。そして,業務による心理的負荷の強度及び業務以外の心理的負荷の強度は,専門検討会報告と同内容の指標である「職場における心理的負荷評価表」(以下「評価表」という。)及び「職場以外の心理 めることとした。そして,業務による心理的負荷の強度及び業務以外の心理的負荷の強度は,専門検討会報告と同内容の指標である「職場における心理的負荷評価表」(以下「評価表」という。)及び「職場以外の心理的負荷評価表」に従って,同種の労働者,すなわち職種,職場における立場や経験等が類似する者が一般的にどう受け止めるかという観点から評価することになる。 (2) P1の自殺の業務起因性についてア精神障害の発症P1は,平成14年12月ころ,ICD-10分類の「F43.21遷延性抑うつ反応」(適応障害)を発症したと判断するのが妥当である。 イ業務による心理的負荷の評価(ア) P2係長の指導,助言についてP1の適応障害の発症に関与したと思われる業務上の出来事としては,P2係長からの指導,助言がある。P2係長は,静岡2係の営業成績の不振から,営業成績が比較的不良で,クレームも多かったP1の上司として,P1にとっては厳しいとも取られる発言を交えて指導,助言を行った。これらは,P2係長が着任してから半年以上後に始まり,週に1~2回の打合せの際に行われており,それ以外にP1はP2係長と毎日顔を合わせていた訳ではない。毎週月曜日の静岡営業所での打合せにより,P7所長を含む他の従業員がP1の状況を把握し援助することが可能な状況にあり,心理的負荷を軽減する機会はあった。 以上の事実関係は,評価表の出来事の類型のうち「対人関係のトラブル(上司とのトラブルがあった)」に該当し,その平均的心理的負荷の 強度はⅡ(中程度)であり,これを修正すべき検討項目はない。 なお,原告は,P1の遺書の内容に基づき,P2係長に暴言があったと主張するが,この記載に正確性が担保されているとは言い難い。 (イ) 顧客とのトラブルについて本件第1~第3トラブルは,P1の精神疾患発症後の 告は,P1の遺書の内容に基づき,P2係長に暴言があったと主張するが,この記載に正確性が担保されているとは言い難い。 (イ) 顧客とのトラブルについて本件第1~第3トラブルは,P1の精神疾患発症後の出来事である上,本件会社に甚大な損失を与えた訳でもなく,MRの通常業務として起こり得る範囲のトラブルである。しかも,これらのトラブルに際し,本件会社は,必要に応じて上司が謝罪に同行したり慰めの言葉をかける等の支援を行い,これらのトラブルに伴うP1の変化等も特に認められない。 以上に照らせば,本件第1~第3トラブルは,これに伴う変化等も含め,その心理的負荷の強度が「相当程度過重」又は「特に過重」であったとは認められない。 (ウ) まとめ以上の他に,P1には特に業務上の出来事等は認められないから,業務による心理的負荷の強度の総合評価は,「中」に該当する。 ウその他P1は,自殺の2か月余り前である平成15年1月から順次遺書を作成しており,インターネットで死に方や母子手当及び生活保護の受給方法等を調べていたことに照らせば,精神障害によって正常な認識,行為選択能力が著しく阻害された状態に陥り自殺したとは認められない。 エ 結論 以上のとおり,P1の業務による心理的負荷の強度は「中」に止まるので,精神障害発病を業務上のものと認めることはできず,さらにP1は自殺時点において精神障害によって正常な認識,行為選択能力が著しく阻害された状態に陥っていたとも認めることができないから,P1の業務と精神障害の発症,自殺との間に相当因果関係は認められない。 第3当裁判所の判断 認定事実前記争いのない事実等に加え,証拠(それぞれの項目の括弧内に掲記したもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 (1) P2係長について(甲25,35,乙1~3, 所の判断 認定事実前記争いのない事実等に加え,証拠(それぞれの項目の括弧内に掲記したもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 (1) P2係長について(甲25,35,乙1~3,15,18,19,36,43,62,63,76,79,81,91,証人P7,同P10,原告本人)ア経歴P2係長は,昭和49年2月に本件会社に入社し,以来,MRとして,大阪支店,名古屋支店勤務を経て,平成8年4月に東京支店立川営業所2係長になり,部下のMRの上司としての立場に就いた。その後,名古屋支店医専課1係長を経て,平成14年4月に静岡営業所静岡2係長になった。 その異動を命じられた際,P2係長は,P9支店長から,営業成績のよくない静岡2係の体質改善のために行ってもらう旨言われた。 イ他者から見たP2係長の印象等P2係長は,上司からも部下からも,その性格に関する評価は一致している。単純で一途な性格であり,相手の言うことを最後まで聞かず,大きな声で一方的に,しかも相手の性格や言い方等に気を配ることなく上司にも部下にも傍若無人にしゃべることから,癖が強いという印象を持たれ,損をしている。仕事でも一生懸命であり,営業職としての業績は順調であるが,一つのことにのめり込んでしまう傾向もある。ただし,害意をもって,人をいじめたりするような性格ではない。 部下との間では,ものの言い方から口論になる等,衝突することが多かった。言い返すような性格の部下であればともかく,そうでない者にとっては,きつく感じ,傷つく可能性がある。また,前後を考えないで決めつけたようなものの言い方をし,個人攻撃にわたることもあった。自分の仕 事はよくできるものの,部下に対する指導の面において,どうすれば解決できるかという建設的な方向性ではなく,直截なものの言い方で単に状 うなものの言い方をし,個人攻撃にわたることもあった。自分の仕 事はよくできるものの,部下に対する指導の面において,どうすれば解決できるかという建設的な方向性ではなく,直截なものの言い方で単に状況だけをとらえて否定的な発言をするとも受け取られる面があるため,相談を持ちかけにくく,部下や若い人からは,人気がなかった。 P2係長は,P1死亡後の告別式で,P1の遺族に対し,P1のふけや喫煙による口臭がひどく,P1に対し,肩にフケがベターと付いていて,お前病気と違うかと言ったことがある旨告げたほか,営業先で医師等と意思疎通をしようとしないし,できなかったことを指摘した。また,P2係長は,P1の死後,静岡営業所の従業員の前で,P1のことを,仕事ができない,していないと言った上で,ふけのことを取り上げて悪く言ったことがあった。 (2) 静岡2係の勤務形態(争いのない事実等,甲35,乙1,77)静岡2係は,P2係長,P1及びP5の3名のMRで構成されていた。この係のMRは,自宅と営業先(静岡県東部における大規模病院等)との間を直行直帰するのが基本的な業務形態であった。同係のMRは,その席が静岡営業所にあり,毎週月曜日の午前中に,MR活動報告書の提出と営業に関する打合せを行い,月に1回程度,静岡営業所での営業会議に出席するほかは,週に1~2回程度,不定期にファミリーレストラン等に集合して打合せを行ったり,依頼して営業先に同行してもらう等,必要に応じて顔を合わせる以外に日常的な接点はなかった。 (3) P2係長とP1との関係(甲35,乙1,63,77)アP2係長は,平成14年4月に静岡2係長として着任後約半年間は,前任の係長から引き継いだMR業務の担当地域について把握することを最優先とし,部下の業務に関しては,口を出さないようにしていた。 イP P2係長は,平成14年4月に静岡2係長として着任後約半年間は,前任の係長から引き継いだMR業務の担当地域について把握することを最優先とし,部下の業務に関しては,口を出さないようにしていた。 イP2係長は,P1に接する機会に,営業担当者でありながら,背広に汗がにじんでいるのに替えないこと,背広にふけが付いていること,喫煙に よる口臭がすることを見かねて注意したことがある。これらの点につきP1が何度注意しても改めないため,家の者がなぜ気が付かないのかと言ったこともあった。また,P1が毎日同じ靴しか履いていないこと,季節に関わりなく1年中ほぼ同じ背広を着続け,夏などズボンに汗がにじんでもそのままにしていることも注意した。 平成14年11月ころから,従前静岡2係のMRは同じ自動車で静岡営業所に行っていたのを改めて,別々に行くことになった。 ウP1の担当地域で新製品の採用が不振であることについて,P1は,担当の病院の薬局長や医師に難しい人が多いと言うことが多かった。P2係長は,平成14年9月,P1の求めにより,初めてP1が担当する病院への訪問に同行したが,その際,P2係長は,P1が病院の医師の顔や名前を知らないことを不審に感じた。また,P2係長は,同行して様子を見たいと考え,同年12月3日,P1が富士宮市立病院を訪問するのに同行した。この際,P2係長は,P1から難しい人だと聞かされていた薬局長が至極普通の人物に見えたこと,P1が既に5年以上の訪問実績があるのに,出会った大勢の医師の中に知った者がいなかったことに驚いた。P2係長は,この機会に本件会社の新製品の説明をして回り,同月16日に病院内で新製品の説明会を開催する予定を立てることができた。P2係長は,帰りがけに,営業の仕方について指導するとともに,医師らに説明会に参加してもらうため 会社の新製品の説明をして回り,同月16日に病院内で新製品の説明会を開催する予定を立てることができた。P2係長は,帰りがけに,営業の仕方について指導するとともに,医師らに説明会に参加してもらうため挨拶して回るよう指示した。また,新入社員でもないのに医師と情報交換ができないのかとの思いから,「お前,対人恐怖症やろ。」と述べた。P2係長は,同月9日,月曜日の静岡営業所での打合せで,P1に対し,その後富士宮市立病院に行ったかどうかを尋ねたところ,P1はその後同病院に行っていないと答え,もう一回同行することを求めてきたので,情けないという思いを持った。 エ平成14年12月9日の夜,静岡営業所の忘年会において,P2係長は, P1に対し,長い間富士宮市立病院を担当していたはずなのに,医師の顔もわからないという状況を変えよう,自分が時間をやりくりして同行して,やり方を一から教えているのに,教えられたとおり実践する気持ちがないのでは話にならないという考えから,酒の勢いもあって,病院の訪問をせずに給料を取るのは給料泥棒だ,病院を回っていないならばガソリンが無駄だといった言い方で叱責した。それに対して,P1は,病院の回り方がわからなくなった旨の反応をしたので,P2係長は,P1の逃避的な態度に立腹し,「病院の回り方がわからないのか,何年回っているんだ,そんなことまで言わなければならないのか,勘弁してよ。」等の発言をした。 同席していた静岡1係のP11は,P1とP2係長とのやり取りの様子を目にして,P1が辛そうにしているとの印象を抱いた。 (4) P1のP2係長に関する発言等(乙12,15,18,19,66,75,79,原告本人)アP1は,P2係長が着任した平成14年4月ころ,原告からその人柄を尋ねられ,他人に厳しい人であることを話した。また,P11 に関する発言等(乙12,15,18,19,66,75,79,原告本人)アP1は,P2係長が着任した平成14年4月ころ,原告からその人柄を尋ねられ,他人に厳しい人であることを話した。また,P11に対し,同年6,7月ころ,P2係長の下が厳しいと話し,同年夏ころには,P2係長は話を聞いてくれず,人間的に合わないと話していた。 また,同年秋ころ,P1は,母と電話で会話した際,ちょっと上司が難しく,やりにくい旨話した。 イP1は,平成14年12月15日,P3に対し,「今年は私が転勤しそうです。私がいたらないのがいけないんでしょうが,P2さんと合わないんで飛ばされそうです。」との内容のメールを送信した。また,P3は,個人的にP1との間でメールのやりとりをした際,P1が,P2係長から「ガソリンの無駄だからあまり動くな。」とか「給料泥棒。」と言われ,辛い思いをしているという内容のメールを受け取ったことがある。 ウP1は,平成15年2月18日,19日の名古屋支店での研修に参加し た際,名古屋支店の同僚であるP12から,P2係長とうまくいってないのではないかと尋ねられ,肯定する答えをした。 (5) P1による遺書の作成とその内容(乙20~27)P1は,自殺をした際,8通の遺書を残した。名宛人は,P7所長,P5,P2係長,原告,長男,二男,P1の両親と妹及び原告の両親であった。P1が遺書の作成に着手したのは,上司と同僚を名宛人とするものは平成15年1月13日,家族を名宛人とするものは同月17日であった。そして,文書ファイルの最終更新日時は,原告の両親宛のものが同月17日,長男宛のものが同年2月26日であるほかは,いずれもP1の自殺直前の同年3月7日未明であった。 これらの遺書の内容は,全体として極めて自罰的な語調であり,仕事の面において,自分が ものが同月17日,長男宛のものが同年2月26日であるほかは,いずれもP1の自殺直前の同年3月7日未明であった。 これらの遺書の内容は,全体として極めて自罰的な語調であり,仕事の面において,自分が能力が足りず,欠点だらけであることを嘆き,転職をするだけの気力が失われ,自殺するほかはないという内容のものである。そして,その文中には,「もう頑張れなくなりました。」「疲れました。」といった文言や,「申し訳ありません。」「すみません。」「ごめんなさい。」等の謝罪の文言が繰り返され,自分について「欠点だらけ」の「腐った欠陥品」と表現する等極度の自虐的な表現も複数認められる等,抑うつ気分,易疲労性,悲観的思考,自信の喪失,罪責感と無価値感が表れた内容,表現がある。 P7所長に宛てた遺書の中には,自分の先輩達が築いた財産をつぶしてすみませんでしたという記述がある。また,P2係長に宛てた遺書中には,P2係長から受けた発言が多数挙げられ,その際に指摘,批判された点や本件第1~第3トラブルについて,自分の努力不足による結果であるとして受け入れる内容となっている。P2係長から受けた発言として同人宛の遺書に記載されているものとしては,上記認定事実に顕れている発言のほか,次のようなものがある。 「存在が目障りだ,居るだけでみんなが迷惑している。おまえのカミさん も気がしれん,お願いだから消えてくれ。」「何処へ飛ばされようと俺はP1は仕事しない奴だと言いふらしたる。」(上記(3)エの忘年会の席において)「P1は誰かがやってくれるだろうと思っているから,何にも堪えていないし,顔色ひとつ変わってない。」なお,これらの発言については,P1の遺書中の記載以外に根拠付ける証拠はないが,上記のとおり,これらの発言が,いずれも自罰的な傾向が顕著に顕れているP1の遺書に, ないし,顔色ひとつ変わってない。」なお,これらの発言については,P1の遺書中の記載以外に根拠付ける証拠はないが,上記のとおり,これらの発言が,いずれも自罰的な傾向が顕著に顕れているP1の遺書に,P2係長によるP1に対する発言として記載されていることからすれば,当該記載内容の信用性は高く,これらの発言があったと認定することができる。 (6) P1の顧客トラブル(前記争いのない事実等,甲35,乙1,4,5,28,29,36,78,80~82,証人P7)ア本件第1トラブルP1は,P6医師からの紹介を断ったのは,当日にP9支店長とともに富士脳研究所の院長を訪問する予定が入っていたためであった。この行動は,みすみす商機を失うという本件会社にとって惜しい結果をもたらす行動であり,営業担当者の行動として合理的なものとはいえなかった。P7所長は,P2係長から事の顛末を電話で知らされた際,惜しいことであったという感想を洩らしたものの,P1の行動に呆れているというほどではなかった。P2係長は,P1に対して,自らの印象に基づき,所長も呆れていたと告げた。 イ本件第2トラブルP1は,P6医師から,新規のグロウジェクトペンの説明の依頼を断ったことに関し,P7所長から,P2係長とともにすぐにP6医師を訪問するよう指示され,P2係長とともにP6医師の診察室を訪ねた。その際,P1は,P2係長の制止にも関わらず土下座をして謝罪し,P6医師は,極めて異例なP1の行動に驚き,P1の精神的な異変を感じた。 平成15年2月24日に行われた新規のグロウジェクトペンの使用方法の説明においても,P1の不手際が続いた。P6医師は,同月27日,P1に対し,不手際の指摘をするとともに,慰めのことばをかけたところ,P1は,「そんなことを言ってくれるのは先生だけです。」と涙ぐ 法の説明においても,P1の不手際が続いた。P6医師は,同月27日,P1に対し,不手際の指摘をするとともに,慰めのことばをかけたところ,P1は,「そんなことを言ってくれるのは先生だけです。」と涙ぐんでいるように見えた。 P6医師は,上記の土下座も含めた一連のP1の言動に,改めて精神的な異変を感じ,同じ職場の人なら気付かないはずはないと感じた。 ウ本件第3トラブルに関して平成15年3月6日,P1は,記録集が自身に配布されていないことに憤慨していたP8医師に対し,P7所長に伴われて謝罪に向かった。病院から出てきて駐車場に向かうP8医師に対し,P7所長は頭を下げて謝ったが,P1はただ立っているだけであった。P7所長は,P9支店長に電話をし,P8医師が担当者の交代を求めていることを報告したところ,P9支店長は,他の社員からP1の携帯の番号を聞き出して直接P1に電話をした。 (7) P1の様子の変化(前記争いのない事実等,甲35,乙1,3,15,18,19,41,63,77,81,原告本人)ア毎週月曜日にP1と顔を合わせていた静岡1係のP11は,平成14年12月末ころから,P1に元気がないと感じるようになった。また,P1は,同月終わりころから,もともと暑がりだったにもかかわらず,就寝時に冷えを感じて毎朝4時か5時ころに尿意を催して目が覚めるようになった。 イ平成15年1月,P11は,P1の表情や口数などから疲れている感じを受けた。P1は,同月に入ってからは,好きだった映画鑑賞やテレビゲームもしなくなり,就寝時の冷えや早朝の覚醒も持続しており,原告に対して朝まで眠れなかったと訴えることもあった。さらに,普段は食事を残 すことのないP1が,同月中旬に,原告の母が作った唐揚げを食べずに残したことがあった。 ウ平成15年2月中旬ころから 告に対して朝まで眠れなかったと訴えることもあった。さらに,普段は食事を残 すことのないP1が,同月中旬に,原告の母が作った唐揚げを食べずに残したことがあった。 ウ平成15年2月中旬ころから,P1は,大好物で習慣として必ず食していた餃子について,原告が尋ねても興味を失ったような返事をするようになった。また,通常は食欲旺盛であったP1が,夕食時にじっと下を向いて食物を口に運んでいるだけの様子を見せた。同月下旬ころ,大好物であったロールキャベツもあまり食べようとしなくなる等,食欲自体が落ちており,これについてP1は,「もう年かな。」と言っていた。もっとも,P1は,週末に家族と公園に遊びに行くことは続けていた。 また,同月中に,P1は,原告に対し,「俺って気持ち悪い。」と尋ね,「俺はもう一杯一杯や。」と述べたことがある。P1は,同月22日に,それまで原告と同じ部屋で就寝していたのに別の部屋で寝るようになり,そのころまでは普通にあった夫婦生活もなくなった。 エP3は,平成15年3月5日にP1と電話で会話をしたが,その際のP1の発言に異変を感じ,相当いじめられているか投げやりになる要因があるかとも思った。同月6日の昼ころ,P1は,久々にP11に電話をしたが,その内容はとりとめのないものであった。また,同日朝,P1は,同業他社のMRに「いい事ないわ,なんか魂死んでるわ。」とのメールを送信した。P7所長は,同月6日のP1の様子に元気がなく,口数も少なく,夕食も食べなかったことから食欲もないように感じた。 オP2係長は,時期については記憶がないが,P1はだんだんと口数が少なくなったと感じた。P5は,食欲の点も含めてP1の様子に特段の変化を感じなかった。 (8) 同僚の原告宅訪問(乙18,60,61,76,79,80,証人P10,原告本人) 1はだんだんと口数が少なくなったと感じた。P5は,食欲の点も含めてP1の様子に特段の変化を感じなかった。 (8) 同僚の原告宅訪問(乙18,60,61,76,79,80,証人P10,原告本人)本件会社でP1の同僚であったP12,P10等4名は,P1の自殺後の 平成15年3月29日,原告宅を訪れ,26名の名古屋支店従業員及び元従業員らの連名による文書と見舞金25万3000円を原告に手渡した。上記文書には,「この度の件につきまして,誠に申し訳ございませんでした。同じ名古屋支店に所属しながら,こういう結果を向かえてしまい,なんともお詫びのしようがございません。」(原文のまま)との記載があった。P12は,この文書を手渡す際,原告に対して,上記(4)ウの出来事を紹介し,その時にもう少し話を聞いていればよかった,自分はP2係長が沼津に行ったら何かをしでかすだろうと思っていた,自分たちは今の会社の体質を改善したい,このままだとまたP1のような犠牲者が出る旨話した。 争点に対する判断以上に認定した事実関係を前提に,以下,本件の争点であるP1の自殺の業務起因性について判断することにする。 (1) 業務起因性の判断基準ア労災保険法に基づく保険給付は,労働者の業務上の死亡等について行われるところ(同法7条1項1号),労働者の死亡等を業務上のものと認めるためには,業務と死亡との間に相当因果関係が認められることが必要である(最高裁昭和51年11月12日第二小法廷判決・判例時報837号34頁)。また,労災保険制度が,労働基準法上の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば,上記の相当因果関係を認めるためには,当該死亡等の結果が,当該業務に内在する危険が現実化したものであると評価し得ることが必要である(最高裁平成 用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば,上記の相当因果関係を認めるためには,当該死亡等の結果が,当該業務に内在する危険が現実化したものであると評価し得ることが必要である(最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決・判例時報1557号58頁,最高裁平成8年3月5日第三小法廷判決・判例時報1564号137頁)。 イ精神障害の発症については,環境由来のストレスと,個体側の反応性,脆弱性との関係で,精神的破綻が生じるかどうかが決まるという「ストレス―脆弱性」理論が,現在広く受け入れられていると認められること(乙 6,40)からすれば,業務と精神障害の発症との間の相当因果関係が認められるためには,ストレス(業務による心理的負荷と業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性,脆弱性を総合考慮し,業務による心理的負荷が,社会通念上,客観的にみて,精神障害を発症させる程度に過重であるといえる場合に,業務に内在又は随伴する危険が現実化したものとして,当該精神障害の業務起因性を肯定するのが相当である。 ウ労働者の自殺による死亡が業務上の死亡と認められるか否か,すなわち,労働者の自殺についての業務起因性が問題となる場合,通常は,当該労働者が死の結果を認識し認容したものと考えられるが,少なくとも,当該労働者が業務に起因する精神障害を発症した結果,正常な認識,行為選択能力が著しく阻害され,自殺を思い止まる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺に至った場合には,当該労働者が死亡という結果を認識し認容していたとしても,当該結果を意図したとまではいうことができず,労災保険法12条の2の2第1項にいう「故意」による死亡には該当しないというべきである。 ICD-10のF0~F4に分類される精神障害の患者が自殺を図ったときには,当該精神障害により正常 ができず,労災保険法12条の2の2第1項にいう「故意」による死亡には該当しないというべきである。 ICD-10のF0~F4に分類される精神障害の患者が自殺を図ったときには,当該精神障害により正常な認識,行為選択能力及び抑制力が著しく阻害されていたと推定する取扱いが,医学的見地から妥当であると判断されていることが認められる(乙6,弁論の全趣旨)から,業務により発症したICD-10のF0~F4に分類される精神障害に罹患していると認められる者が自殺を図った場合には,原則として,当該自殺による死亡につき業務起因性を認めるのが相当である。その一方で,自殺時点において正常な認識,行為選択能力及び抑制力が著しく阻害されていなかったと認められる場合や,業務以外のストレス要因の内容等から,自殺が業務に起因する精神障害の症状の蓋然的な結果とは認め難い場合等の特段の事情が認められる場合には,業務起因性を否定するのが相当である。 (2) P1の精神障害発症の業務起因性についての判断ア精神障害の発症(ア) 前記認定事実によれば,P1は,平成14年12月末ころから,職場の同僚の目から元気がないと映るようになり,その傾向は平成15年1月に入ってからP1の表情や口数にも現れるようになったこと,家庭内においても,同年2月中旬ころには原告がP1の食事中の様子に元気がないと感じたこと,P1は平成14年12月末ころから,就寝時に冷えを感じて早朝に覚醒するようになり,この傾向は平成15年1月に入ってからも続き,一晩中眠れないこともあったこと,P1は,同月中旬以降,家庭内において食欲の低下が明らかに認められ,同年2月中旬以降は,それまで大の好物であった食物への興味や関心すら失った上,同年1月に入ってからは,趣味である映画鑑賞やテレビゲームへの関心を失ったことが認 において食欲の低下が明らかに認められ,同年2月中旬以降は,それまで大の好物であった食物への興味や関心すら失った上,同年1月に入ってからは,趣味である映画鑑賞やテレビゲームへの関心を失ったことが認められる。被告は,これを単なる嗜好の変化であると主張するが,前記認定事実のとおり,この変化は急激に現れており,これを嗜好の変化と評価するのは,余りに不自然であって,適切な評価とはいえない。そして,前記認定事実によれば,P1は遅くとも同月13日には希死念慮を生じ,それが自殺した同年3月7日まで継続したものと認められる。 (イ) ICD-10によれば,①抑うつ気分,②興味と喜びの喪失及び③易疲労性のうち少なくとも2つに加え,(a)集中力と注意力の減退,(b)自己評価と自信の低下,(c)罪責感と無価値観,(d)将来に対する希望のない悲観的な見方,(e)自傷あるいは自殺の観念や行為,(f)睡眠障害及び(g)食欲不振の各症状のうち少なくとも2つが存在する場合(ただし,いかなる症状も著しい程度であってはならず,エピソード全体の最小の持続期間は約2週間である。)に,軽症うつ病エピソードの診断ガイドラインを満たすところ(甲9),上記のとおり,P1は,平成14年1 2月末ころ~平成15年1月中旬ころの時期に,①抑うつ気分,②興味と喜びの喪失を生じた上,(e)自殺の観念,(f)睡眠障害及び(g)食欲不振の各症状を呈するようになり,これらの症状は2週間以上継続したことが認められることからすれば,P1は,平成14年12月末ころ~平成15年1月中旬ころの時期に,ICD-10のF32.0軽症うつ病エピソードの診断ガイドラインに該当する症状を呈しはじめ,遅くとも同月末ころには,少なくとも,軽症うつ病エピソードとの診断が可能になったと認めるのが相当である。 (ウ) 10のF32.0軽症うつ病エピソードの診断ガイドラインに該当する症状を呈しはじめ,遅くとも同月末ころには,少なくとも,軽症うつ病エピソードとの診断が可能になったと認めるのが相当である。 (ウ) 原告は,P13医師の意見(甲7,証人P13)に基づき,P1が平成15年2月中ごろには中等症うつ病エピソードに該当する状態になったと主張する。前記認定事実及びP13医師の意見を前提に考えれば,P1は,同年2月以降も,上記のとおり,抑うつ気分,興味と喜びの喪失,自殺の観念,睡眠障害及び食欲不振という状態が続いていたことが認められるし,P1は,同年1月末以降,本件第1~第3トラブルという仕事上のミスを立て続けに起こしており,本件第1トラブルについては,P1が,営業担当者としては合理性にかなり疑問のある判断をしたことに起因するものであること,本件第2トラブルに際し,P1が土下座という非常に突飛な行動に出ていること,本件第3トラブルの際,P7所長がP8医師に対し頭を下げて謝罪しているのに,P1はただ立っているだけであったこと等に照らすと,本件第1~第3トラブルは,その時点におけるP1の思考力,判断力の低下を示しており,うつ病エピソードの診断基準の一つである「集中力と注意力の減退」に該当するものといえる。ICD-10によれば,中等症うつ病エピソードの診断基準として,前記(イ)の①~③の症状のうち少なくとも2つ,(a)~(g)の症状のうち少なくとも3つ(4つが望ましい。)が存在することが必要とされるところ,症状数についてみると,確かに中等症うつ病エピソー ドとの診断も可能であるようにも見える。 しかしながら,ICD-10によれば,中等症うつ病エピソードの場合,いくつかの症状は著しい程度にまでなる傾向を持ち,社会的,職業的又は家庭的な活動を続けていく ドとの診断も可能であるようにも見える。 しかしながら,ICD-10によれば,中等症うつ病エピソードの場合,いくつかの症状は著しい程度にまでなる傾向を持ち,社会的,職業的又は家庭的な活動を続けていくのがかなり困難になるとされているところ(甲9),前記認定事実によれば,P1は,さまざまな異変が家族や職場の同僚の目に明らかになったとはいえ,問題なく出勤を続け,本件第1~第3トラブル以外に職場で特段の問題は発生していない上,睡眠障害も,全く眠れない日が続いていたとまでは認定する根拠はなく,食欲の低下についても,P5は特段の変化に気が付かなかったし,家庭内でも週末に家族と公園に遊びに行くことは続けていたことなどに見られるように,活動が困難になっていたとまでは認められないことからすると,P1に見られた各症状は,いずれも著しい程度になるとか,全体的で広汎な症状を呈していたとか,社会的,職業的,家庭的活動を続けるのが困難になっていたとは認め難い。そうだとすると,P1が中等症うつ病エピソードにまで至っていたとまで認めることは困難である。 (エ) 他方,被告は,P14医師の意見(乙92,93)に基づき,P1が発症していたのは,平成14年12月ころ,ICD-10分類の「F43.21遷延性抑うつ反応」(適応障害)であったと主張する。確かに,P1の抑うつ状態等の症状が2週間以上持続しないうちは,うつ病エピソードとの診断を下すことはできず,当該症状が現れた当初の時点では,せいぜい適応障害という診断を下し得るに止まるといえる。しかし,上記のとおり,P1が同月末ころから自殺に至るまでに呈した症状を子細に見れば,平成15年1月末ころには少なくとも軽症うつ病エピソードの診断基準を満たすに至ったことは否定し得ない。適応障害とは暫定的な診断カテゴリであり,適応障害との診 殺に至るまでに呈した症状を子細に見れば,平成15年1月末ころには少なくとも軽症うつ病エピソードの診断基準を満たすに至ったことは否定し得ない。適応障害とは暫定的な診断カテゴリであり,適応障害との診断後も,うつ病エピソードの診断基準を満たす状態になれば,診断名を切り換えることは当然あり得る こと(証人P13)からすれば,P1が同月以降にうつ病エピソードの診断基準を満たす状態になった以上,発症した精神障害の最終的な診断を適応障害からうつ病エピソードに切り換えるのが相当だといえる。 したがって,平成15年1月以降のP1の症状を考慮することなく,P1の精神障害の最終診断を適応障害とするP14医師の意見を前提とする被告の主張を全面的に採用することはできない。 (オ) 以上の認定,判断並びにP14医師及びP13医師の意見を総合考慮すると,P1は,平成14年12月末~平成15年1月中旬の時期に精神障害を発症したと認めるのが相当である。そして,当該精神障害の診断名は,発症当初の時点においてはICD-10のF43.21遷延性抑うつ反応(適応障害)と診断し得るに止まったものの,その後も症状が継続し,遅くとも平成15年1月中には,F32.0軽症うつ病エピソードと診断し得る状態に至ったと認めるのが相当である。 イ心理的負荷を伴う業務上の出来事の具体的内容次に,精神障害の発症までにP1に加わった,心理的負荷を伴う業務上の出来事がいかなるものであったかを検討する。 (ア) 前記認定事実のとおり,P1が遺書においてP2係長の言動を自殺の動機として挙げていること,P1がP2係長の着任後,しばしばP2係長との関係が困難な状況にあることを周囲に打ち明けていたこと,P1の個体側要因に特段の問題は見当たらないことについて当事者間に争いがないこと(前記争いのない事実等) P2係長の着任後,しばしばP2係長との関係が困難な状況にあることを周囲に打ち明けていたこと,P1の個体側要因に特段の問題は見当たらないことについて当事者間に争いがないこと(前記争いのない事実等)からして,P1が精神障害を発症した平成14年12月末~平成15年1月の時期までにP1に加わった業務上の心理的負荷の原因となる出来事としては,P2係長のP1に対する発言を挙げることができる。 (イ) 前記認定事実に顕れているP2係長によるP1に対する発言を列挙すると,以下のとおりである。 ①存在が目障りだ,居るだけでみんなが迷惑している。おまえのカミさんも気がしれん,お願いだから消えてくれ。 ②車のガソリン代がもったいない。 ③何処へ飛ばされようと俺はP1は仕事しない奴だと言い触らしたる。 ④お前は会社を食いものにしている,給料泥棒。 ⑤お前は対人恐怖症やろ。 ⑥P1は誰かがやってくれるだろうと思っているから,何にも堪えていないし,顔色ひとつ変わってない。 ⑦病院の廻り方がわからないのか。勘弁してよ。そんなことまで言わなきゃいけないの。 ⑧肩にフケがベターと付いている。お前病気と違うか。 (ウ) 上記認定のP2係長による発言の背景となるP2係長とP1との関係について検討する。 前記認定事実のとおり,P2係長は,そもそも業績が低迷している静岡2係の体質改善を行うことを指示されて,P1を含む同係のMRの上司となり,平成14年秋ころから,P1の業績や営業手法に疑問を抱き,その営業活動のてこ入れをすることを目指して,P1に同行して営業先に赴いたところ,自らは積極的な営業活動を行うP2係長から見ると,P1の営業活動は,医師への顔つなぎという基本的な事項自体が全くできていないことに驚くとともに,仕事をする心構えができていないと感じ,さらに, ころ,自らは積極的な営業活動を行うP2係長から見ると,P1の営業活動は,医師への顔つなぎという基本的な事項自体が全くできていないことに驚くとともに,仕事をする心構えができていないと感じ,さらに,P1が身なりに無頓着で,背広や靴を替えることなく,ふけがひどかったり,喫煙による口臭があるという基本的な生活習慣自体に問題があると考えたこと,P1の死後も,本件会社の同僚やP1の遺族に対し,P1が仕事ができなかったことや身なりがだらしないことを発言していることからすれば,P2係長は,P1について,部下として指導しなければならないという任務を自覚していたと同時に(前記認定 事実のとおり,P2係長は,P1の営業活動を強く援助している。),P1に対し,強い不信感と嫌悪の感情を有していたものと認められる。 (エ) 次に,P1とP2係長との関係をめぐる職場環境について検討する。 前記認定事実のとおり,本件会社における静岡2係の勤務形態は,自宅と営業先との直行直帰を原則とし,係員で集まることは,月曜日の静岡営業所での打合せのほかは,不定期に週に1,2回,必要に応じて集まるという勤務形態である。被告は,P1はP2係長と週に1,2回しか顔を合わさなかった点を強調する。しかしながら,この勤務形態によって,本件会社の中で接する社員が,P2係長とP5という狭い範囲に限定され,他の同僚やP2係長より上位の社員との接点が日常的にはないことからすれば,P2係長から厳しい発言を受けることのはけ口がなく,本件会社が人事管理面から従業員間の関係を適正に把握し難いことから,むしろ心理的負荷を高めるという側面もあることを指摘しなければならない。 ウ上記の出来事に伴う心理的負荷の評価以上の事実関係を前提として,上記の出来事に伴う心理的負荷が,社会通念上客観的にみて精神障害を 理的負荷を高めるという側面もあることを指摘しなければならない。 ウ上記の出来事に伴う心理的負荷の評価以上の事実関係を前提として,上記の出来事に伴う心理的負荷が,社会通念上客観的にみて精神障害を発症させる程度に過重であると認められるかどうかを検討する。 一般に,企業等の労働者が,上司との間で意見の相違等により軋轢を生じる場合があることは,組織体である企業等において避け難いものである。 そして,評価表は,精神障害の発症の原因としての業務上の出来事の一つとして,「上司とのトラブル」を挙げ,ストレス要因の平均的強度を,Ⅱ(中程度)と評価している。上司とのトラブルに伴う心理的負荷が,企業等において一般的に生じ得る程度のものである限り,社会通念上客観的にみて精神障害を発症させる程度に過重であるとは認められないものである。 しかしながら,そのトラブルの内容が,上記の通常予定されるような範疇 を超えるものである場合には,従業員に精神障害を発症させる程度に過重であると評価されるのは当然である。 被告は,P14医師の意見(乙92,93)に基づき,P2係長の言動がP1に対する指導,助言として行われたものであること,P1とP2係長とは週に1,2回の打合せの際に顔を合わせていただけであることから,P1とP2係長との関係に伴うP1の心理的負荷は,評価表によれば「上司とのトラブル」の平均的心理的負荷の強度であるⅡに止まり,これを強度なものと修正すべき事由はない旨主張する。 しかしながら,以下の点に照らしていえば,P1が業務上接したP2係長との関係の心理的負荷は,被告の主張する平均的強度を大きく上回るものであると言わなければならない。 第1に,P2係長がP1に対して発したことば自体の内容が,過度に厳しいことである。前記認定事実のとおり,P2係長のことばは,10年 主張する平均的強度を大きく上回るものであると言わなければならない。 第1に,P2係長がP1に対して発したことば自体の内容が,過度に厳しいことである。前記認定事実のとおり,P2係長のことばは,10年以上のMRとしての経験を有するP1のキャリアを否定し,そもそもMRとして本件会社で稼働することを否定する内容であるばかりか,中には,P1の人格,存在自体を否定するものもある。このようなことばが,企業の組織体の中で,上位で強い立場にある者から発せられることによる部下の心理的負荷は,通常の「上司とのトラブル」から想定されるものよりもさらに過重なものである。 第2に,P2係長のP1に対する態度に,P1に対する嫌悪の感情の側面があることである。前述のとおり,P2係長のP1に対する発言は,害意によるというよりは,基本的には業務上の指導の必要性に基づいて行われたものと解されるが,上述のことば自体の内容に加え,営業活動の基本すらできておらず身なりもだらしないというP1に対する評価,P1の死後に同僚やP1の親族に対してした発言内容からも,P2係長がP1に対し嫌悪の感情を有していたことが認められる。上記のようなP1のMRと してのキャリアや人格までも否定するような発言が,仮に主観的には上司としての指導的な意図に基づいたものであるとしても,上司としての優位性を前提としたその発言を受ける側から見れば,上記の意図から出た発言であるからといって心理的負荷が軽減されるか,はなはだ疑問であるし,後述するようなP2係長の性格やものの言い方も相まって考えるならば,その悪感情の側面は,P1の心理的負荷を加重させる要因であるといえる。 第3に,P2係長が,P1に対し,極めて直截なものの言い方をしていたと認められることである。前記認定事実のとおり,衆目の一致するP2係長の性 側面は,P1の心理的負荷を加重させる要因であるといえる。 第3に,P2係長が,P1に対し,極めて直截なものの言い方をしていたと認められることである。前記認定事実のとおり,衆目の一致するP2係長の性格と他人に対する態度は,自分の思ったこと,感じたことを,特に相手方の立場や感情を配慮することなく,直截に表現し,しかも大きい声で傍若無人に(受ける部下の立場からすれば威圧的に)発言するというものである。上司の側から,表現の厳しさに一定の悪感情を混じえた発言を,何らの遠慮,配慮なく受けるのであるから,そこには,通常想定されるような「上司とのトラブル」を大きく超える心理的負荷があるといえる。 第4に,静岡2係の勤務形態が,上記のような上司とのトラブルを円滑に解決することが困難な環境にあることを挙げることができる。前述のとおり,本件会社における静岡2係の勤務形態からして,P1はP2係長から受ける厳しいことばを,心理的負荷のはけ口なく受け止めなければならなかった上,周囲の者や本件会社が,静岡2係の人間関係ひいてはP1の異常に気付き難い職場環境にあったものと認められ,本件の証拠関係を見ても,P2係長のP1に対する言動を本件会社の職制として探知,察知して,何らかの対処をした形跡を認めることはできない。このような勤務形態と本件会社の管理態勢の問題も相まって,本件会社は,P2係長によるP1の心理的負荷を阻止,軽減することができなかったと認められる。 前記認定事実のとおり,P1の自殺後,P1の同僚らが原告方を訪問して弔意を表した際に,同僚が,P1とP2係長の関係に言及し,このまま ではまたP1のような犠牲者が出る旨述べたという事実は,本件会社の従業員の中にも,P2係長の言動は部下の自殺を引き起こし得る程度の過重な心理的負荷をもたらすと感じる者が少なからず存 ,このまま ではまたP1のような犠牲者が出る旨述べたという事実は,本件会社の従業員の中にも,P2係長の言動は部下の自殺を引き起こし得る程度の過重な心理的負荷をもたらすと感じる者が少なからず存在したことを意味する。 このことは,上記のとおり検討したP1の受けた心理的負荷を客観的に評価すれば,同種労働者にとって,判断指針が想定している「上司とのトラブル」を大きく超えていることを根拠付けている。 以上に検討したところによれば,P2係長のP1に対する態度によるP1の心理的負荷は,人生においてまれに経験することもある程度に強度のものということができ,一般人を基準として,社会通念上,客観的にみて,精神障害を発症させる程度に過重なものと評価するのが相当である。 エまとめ以上に検討したとおり,P1は,平成14年12月末~平成15年1月中に精神障害(その診断名は,発症当初の時点では適応障害,そして,同月段階では軽症うつ病エピソード。)を発症したところ,P1は,発症に先立つ平成14年秋ころから,上司であるP2係長の言動により,社会通念上,客観的にみて精神疾患を発症させる程度に過重な心理的負荷を受けており,他に業務外の心理的負荷やP1の個体側の脆弱性も認められないことからすれば,P1は,業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものとして,上記精神障害を発症したと認めるのが相当である。 (3) P1の自殺の業務起因性についての判断以上から,P1の自殺について,業務起因性が認められるかを検討する。 ア前記判断のとおり,業務に起因してICD-10のF0~F4に分類される精神障害を発症し,それに罹患していると認められる者が自殺を図った場合には,自殺時点において正常な認識,行為選択能力及び抑制力が著しく阻害されていなかったと認められるとか,業務以外のストレス される精神障害を発症し,それに罹患していると認められる者が自殺を図った場合には,自殺時点において正常な認識,行為選択能力及び抑制力が著しく阻害されていなかったと認められるとか,業務以外のストレス要因の内容等から自殺が業務に起因する精神障害の症状の蓋然的な結果とは認め 難いなどといった特段の事情が認められない限りは,原則として,当該自殺による死亡は故意のものではないとして,業務起因性を認めるのが相当である。 イ上記検討のとおり,P1は,業務に起因して,ICD-10のF43. 21遷延性抑うつ反応(適応障害)ないしF32.0軽症うつ病エピソードという精神障害を発症したと認めることができる。そして,発症後の状況を見ても,前記認定事実のとおり,P1は発症後,自殺直前に至るまで,抑うつ気分や食欲,興味・関心,性欲の低下といった症状が続いていること,P1は本件第1~第3トラブルに表れているとおり思考力,判断力の低下を示していることという各事情に照らすと,P1が発症した精神障害が自殺までの間に治癒,寛解したものとは認められない。 そして,前記認定事実のとおり,P1が家族と職場の上司,同僚に残した遺書の中には,うつ病エピソードの診断ガイドラインに該当する症状である抑うつ気分,易疲労性,悲観的思考,自信の喪失,罪責感と無価値感が表れていたと認めることができるから,P1の自殺時の希死念慮も精神障害の症状の一環と見るのが自然であって,P1の自殺が,精神障害によって正常な認識,行為選択能力及び抑制力を阻害された状態で行われたという事実を認定することができる。 この点について,被告は,P1が自殺の2か月余り前から順次遺書を作成しており,自殺後に残される者にも配慮した整然とした内容のものであること,インターネットで死に方や母子手当及び生活保護の受給方法等 この点について,被告は,P1が自殺の2か月余り前から順次遺書を作成しており,自殺後に残される者にも配慮した整然とした内容のものであること,インターネットで死に方や母子手当及び生活保護の受給方法等を調べていたことを理由に,P1は精神障害によって正常な認識,行為選択能力が著しく阻害された状態に陥り自殺したとは認められない旨主張する。 しかし,そもそも,被告の指摘する点は,P1が心神喪失の状態に陥っていなかったことを裏付け得るとはいえても,P1の希死念慮が精神障害による正常な認識等を阻害された状態でされたものではないことまでを裏付 ける事情とは解し難い。本件に現れた事情に照らせば,この被告の主張は,上記認定,判断を左右するものではない。 さらに,被告は,P1の抑うつ状態は軽度であったから,強い希死念慮は出現しておらず,正常な認識,行為選択能力が著しく阻害されていたとは認められないとも主張するが,上述のとおり,ICD-10のF0~F4に分類される精神障害の患者が自殺を図ったときには,当該精神障害により正常な認識,行為選択能力及び抑制力が著しく阻害されていたと推定する取扱いが,医学的見地から妥当であると判断されているのであるから,抑うつ状態が軽度であるという一点から,上記推定によらず,正常な認識を有していたとか,行為選択能力が著しく阻害されていたとは認められないという評価をすることもまた,根拠がないものと言わなければならず,結局,被告の主張には,全く理由がないという結論になる。 ウ以上からすると,業務に起因してICD-10のF0~F4に分類される精神障害を発症したP1は,当該精神障害に罹患したまま,正常の認識及び行為選択能力が当該精神障害により著しく阻害されている状態で自殺に及んだと推定され,この評価を覆すに足りる特段の事情は見当たらな る精神障害を発症したP1は,当該精神障害に罹患したまま,正常の認識及び行為選択能力が当該精神障害により著しく阻害されている状態で自殺に及んだと推定され,この評価を覆すに足りる特段の事情は見当たらないから,P1の自殺は,故意の自殺ではないとして,業務起因性を認めるのが相当である。 結論 以上によれば,P1の自殺による死亡が業務に起因するものではないことを前提にして行われた本件処分は違法であり,その取消を求める原告らの請求は理由があるから,これを認容することとする。 東京地方裁判所民事第36部 渡邉弘裁判長裁判官福島政幸裁判官別所卓郎裁判官

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