令和7(う)140 傷害、殺人

裁判年月日・裁判所
令和7年9月2日 福岡高等裁判所 福岡地方裁判所 令和5(わ)996
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判決文本文6,043 文字)

- 1 -令和7年9月2日宣告令和7年(う)第140号 主文 本件控訴を棄却する。 当審における未決勾留日数中110日を原判決の刑に算入する。 理由 第1 弁護人の控訴理由 1 原審の手続には、殺人罪の構成要件該当行為の記載が極めて概括的で、訴因の特定を欠く公訴を受理した点で、公訴受理の違法(刑訴法378条2号)があり、原判決の罪となるべき事実として訴因と同様の記載をした点で理由不備(同条4号) 及び判決に影響を及ぼすことが明らかな同法335条1項違反がある。 2 原判決には、原判示第2について、因果関係、殺意及び完全責任能力を認めた点で判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある。 3 被告人を懲役12年に処した原判決の量刑は重すぎて不当である。 第2 控訴理由に対する判断 1 公訴受理の違法、理由不備、訴訟手続の法令違反の主張について訴因及び原判決の罪となるべき事実は、被告人による客観的な行為の態様が「何らかの方法で、胸腹部を圧迫し」と、一部概括的に記載されているが、検察官が起訴当時の証拠関係に基づきできる限り特定して明示したものである上、客体はBであり、その胸腹部に対し、具体的な手段方法こそ不明であるが圧迫する行為がされ て、肝破裂により死亡させたと特定され、日時場所も限定されているから、殺人罪の構成要件に該当すべき具体的事実を、同構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に摘示していることが明らかであるから、違法であるとはいえない。 2 因果関係及び殺意に関する事実誤認の主張について ⑴ 原判示第2の事実の要旨は、令和4年5月14日、当時の自宅で、生後約8 - 2 -か月の実子Bに対し、死 とはいえない。 2 因果関係及び殺意に関する事実誤認の主張について ⑴ 原判示第2の事実の要旨は、令和4年5月14日、当時の自宅で、生後約8 - 2 -か月の実子Bに対し、死亡させる危険性が高いことを認識しながら、あえて胸腹部を圧迫し、よって、搬送先の病院で肝破裂により死亡させたというものである。 ⑵ 原判決が殺意等を認定した理由の要旨は次のとおりである。 ア解剖医の供述によれば、被告人は、Bの胸腹部を、殴るなどの瞬間的な打撃ではなく、一定程度の時間、腹部から背中に向けて、肝臓が脊椎に押し付けられて 潰れ、損傷しにくい腸間膜から出血するほどの強い力で圧迫し、よって、肝破裂を生じさせたと認められる。 被告人は、事件の約2年後(起訴の約半年後)、「Bの腹部を2回殴った夢を見て、そのような殴打行為をしたのを思い出した」旨供述し始め、原審弁護人は、この供述から、被告人がBに対してしたのは瞬間的な打撃行為であったと主張する。 この供述は、経緯からしても信用し難い上、肝破裂が瞬間的な打撃によって生じたとみるには不自然な所見が複数あること、被告人が腸間膜損傷を生じさせるほどの力で殴打したとも考えにくいことからすると、原審弁護人の主張は採用できない。 被告人は、「Bが呼吸していないことに気付き、大人に対して行うような心臓マッサージをした」とも述べるが、早産で身体の弱いBに上記のような心臓マッサージ をしたというのは不合理である上、119番通報時等の初期の段階で心臓マッサージをしたとは報告しておらず、法廷でのマッサージの位置等の説明も曖昧かつ不自然で、信用できない。 イ被告人のした圧迫行為は、死亡する危険性の高いものであり、一定時間圧迫していたことから、被告人がその行為をあえて行ったといえるし、このような危険 置等の説明も曖昧かつ不自然で、信用できない。 イ被告人のした圧迫行為は、死亡する危険性の高いものであり、一定時間圧迫していたことから、被告人がその行為をあえて行ったといえるし、このような危険 性を理解できなかったという疑いは生じない。 原審弁護人が指摘するように、被告人が暴行後スマートフォンで無関係なものを検索し、119番通報していることからすれば、被告人がBを殺してやろうという積極的な意図を持っていたとはいえないが、衝動的に上記危険性を認識しながらあえて圧迫行為に及んだ後、一時的に気を逸らしてスマートフォンを操作し、その後 呼吸していないのを見て通報したという経過も十分あり得るから、殺意の認定は揺 - 3 -らがない。 ⑶ この原判決の認定が論理則、経験則等に照らして不合理であるとはいえない。 弁護人は、①Bは、被告人が肝破裂を生じさせる行為をする前に乳幼児突然死症候群(SIDS)等により心停止していた可能性があるから、死亡結果との間に因果関係は認められない、②肝破裂は、被告人の心臓マッサージ、殴打行為又は瞬間 的に蹴りつける行為によって生じた可能性があり、被告人はBを死亡させる危険性を認識しておらず、直後にスマートフォンで販売サイトを閲覧して撮影した行為は殺意をもって攻撃した者の行動として明らかに不合理である、③被告人が原判示の行為をしたのであれば隣人がBの泣き声に気付かないはずはないなどと主張する。 しかし、Bの死因については、治療を担当した救急医及び解剖医が最も重篤な部 類の肝損傷である旨判断しており、生活反応を示す肝臓から腹腔内への大量出血も認められている。弁護人は、病院で一旦心拍が再開した際に血液が流出した可能性があるから生活反応を示すものではないというが、両医師は、心拍再開前から腹腔 おり、生活反応を示す肝臓から腹腔内への大量出血も認められている。弁護人は、病院で一旦心拍が再開した際に血液が流出した可能性があるから生活反応を示すものではないというが、両医師は、心拍再開前から腹腔内に血液が貯留していた、心拍再開時の血圧が非常に低く、大量出血をもたらすようなものではないと述べており、その判断の信用性を疑うべき事情はない。 因果関係を争う弁護人の主張は、119番通報前に心臓マッサージをした旨の被告人供述を前提に、そうであればその前に心停止していたはずであるというものである。しかし、被告人は、119番通報時、先に言っておかないといけないことがあるとして、股に打ち付けた痕がある、急いでトントンして青たんみたいになった、前も一歩間違えたら呼吸が止まっていたと言われたことがある、呼吸をさせようと 思って抱っこして口から空気を入れ込んだなどと報告し、パンパンしすぎたかもしれないとして謝罪した後、オペレーターの指示に従って、Bに対し、指2本による心臓マッサージや人工呼吸をしているが、通報前に心停止していたことや大人に対して行うような心臓マッサージを施したことをうかがわせる発言はない。その他の事情も考慮して被告人供述の信用性を否定した原判決は不合理でないから、弁護人 の主張は前提を欠き、抽象的可能性をいうものにすぎない。 - 4 -医師らの供述によれば、感染症によりBの肝臓がもろくなっていたとは考え難く、心臓マッサージによって肝破裂を生じた可能性がないことは明らかである。 解剖医は、殴打等の瞬間的な打撃を加えたことによりBの肝破裂が生じた可能性が全くないわけではないが、その場合は腹部に皮下出血を伴い、肝臓表面にもひびが入ると考えられるのに、これらがないことからすると、圧力を加え続けた時間は 長い たことによりBの肝破裂が生じた可能性が全くないわけではないが、その場合は腹部に皮下出血を伴い、肝臓表面にもひびが入ると考えられるのに、これらがないことからすると、圧力を加え続けた時間は 長いほど整合的で、体重をかけて足で踏み付けた可能性が最も高く、損傷の範囲からして足による場合は1回でも矛盾はなく、手による場合は数回を要し、いずれにせよ体重をかけてお腹と背中がくっつくくらいの強い力で圧迫しなければ生じ得ないと供述している。この供述に加え、解剖医が想定するような強度の瞬間的な打撃を被告人が加えたとは考えにくいとして、一定時間胸腹部を強く圧迫したと認定し て殺意を推認し、スマートフォンの操作等は未必的殺意と両立する事情であるとみた原判決が不合理であるとはいえない。救急医及び解剖医の供述によれば、Bが隣人に気付かれるほど泣くことができたかは、Bの元々の状態又は意識消失の速度次第であり、肝破裂から比較的短時間で心停止に至った可能性が高いとされているから、隣人が泣き声に気付かなかったことは上記推認に疑問を抱かせる事情ではない。 3 責任能力に関する事実誤認の主張について⑴ 弁護人は、①被告人は、原審被告人質問で、本件当日にBを2回殴打した瞬間の心理状態について、「もう一人の自分がやっていることを止めることができなかった」などと供述しており、この離人感の症状によって行動を制御できなかった、②被告人は脳挫傷という器質性の障害が影響して形成されたパーソナリティのため 行動を制御することができなかった、などと主張する。 ⑵ 原審で、起訴前鑑定を担当した精神科医は、「被告人は自分を好ましく見せようとする傾向が強く、受け入れ難い問題を回避・否認しがちで、短期間で怒りと攻撃性を爆発させやすいというパーソナリティ特性を有し、マ 審で、起訴前鑑定を担当した精神科医は、「被告人は自分を好ましく見せようとする傾向が強く、受け入れ難い問題を回避・否認しがちで、短期間で怒りと攻撃性を爆発させやすいというパーソナリティ特性を有し、マルチタスク能力やストレス対処能力が低い。犯行はこのような特性の現れであり、幻覚妄想はなく、他 の精神障害が影響したことはない。被告人の特性は、生来の気質に加え、小児期の - 5 -逆境体験や、平成19年の交通事故により負った脳挫傷も影響して形成された」などと証言している。 ⑶ 原審では責任能力は争われていなかったため、原判決は、完全責任能力を認めた理由を説示していないが、量刑の理由における説示等にも照らすと、上記鑑定意見を採用し、①被告人質問における上記供述は、前提となる殴打行為に関する部 分が信用し難い上、被告人と7回にわたり面談した上記鑑定医も犯行時に離人感があったとは述べておらず、供述の出方からしても、当時の心理状態を述べたものではなく、回避・否認しがちな被告人の特性の現れである、②本件は衝動的犯行であり、詳しい動機は不明であるものの、数年前に実子Aが被告人の度重なる虐待により児童養護施設入所となった後、Bの双子の弟であるCをかわいがる一方で、Bを 常習的に虐待し、その命を軽んじてきた中での犯行であって、従前の被告人のBに対する態度と犯行との間に飛躍はなく、人格との異質性をうかがわせる点はないこと、犯行直後に、Bが呼吸をしていないのを確認すると119番通報するなど、その場の状況を認識して対応することができていることなどから、脳挫傷の影響等を考慮しても、責任能力が著しく減退していた合理的疑いはない、と判断したものと 解される。 上記鑑定意見を採用し得ない合理的事情は見当たらず、原判決の認定が不合理であ どから、脳挫傷の影響等を考慮しても、責任能力が著しく減退していた合理的疑いはない、と判断したものと 解される。 上記鑑定意見を採用し得ない合理的事情は見当たらず、原判決の認定が不合理であるとはいえない。 4 量刑不当の主張について⑴ 本件は、上記殺人(原判示第2)と、その約6年前に、生後約4か月のAに 対し、4回にわたり、腕にかみつく暴行を加え、いずれも全治まで約2週間を要する各皮下出血を負わせたという傷害(原判示第1)からなる事案である。 原判決は、量刑の中心となる殺人事件について、凶器を使った事案に勝るとも劣らない残虐な態様であり、常習的な虐待の中での犯行であること、一人でBとCを育てており、育児ストレスにさらされている状況ではあったが、行政や実母の支援 があり、自らに子供を攻撃する傾向があることを理解し、それ以外の方法を学ぶ機 - 6 -会もあったのに、周囲の支援を拒絶し、ストレスを抱え込みやすい環境を招いているなどと指摘し、本件は同種事案の中でも重い部類に属するとした上で、自身のした行為に真摯に向き合っているとはいい難いことも考慮し、懲役12年に処するのが相当であると判断した(求刑は懲役13年)。 ⑵ この原判決の量刑判断に不当な点はない。 弁護人は、①行為態様が特定できていないのに、残虐と評価するのは不合理である、②被告人が救命措置を講じていたことを考慮していない、③脳挫傷によって自己の意思によらずにパーソナリティが形成され、衝動性に影響したことを考慮していない、④「もう一人の自分」がしたという被告人の供述は、責任能力の減退を示す事情であるのに、刑を重くする事情として考慮している、などと主張する。 しかし、①原判決は、発達具合が生後約6か月相当の、抵抗できない実子の胸腹 したという被告人の供述は、責任能力の減退を示す事情であるのに、刑を重くする事情として考慮している、などと主張する。 しかし、①原判決は、発達具合が生後約6か月相当の、抵抗できない実子の胸腹部に、肝臓が離断し、辛うじて皮膜でつながっている状態になるほどの圧迫を加えた点を捉えて残虐と評価しているのであり、評価の根拠とした事実に不足があるともいえず不合理ではない。②原判決は、犯行後に119番通報をして救命措置を講じたことを殺意の程度を評価するに当たり考慮しており、その考慮の程度が不十分 であるとはいえない。③上記鑑定医によれば、交通事故前から被告人のパーソナリティには偏りがあり、事故直後に比べて脳機能は回復し、長続きしないながらも就労し、運転免許を取得するなど、比較的自立した日常生活を送っていたというのであるから、脳挫傷の影響が大きかったとはいえない。原判決は、被告人の特性は育児に不向きであり、育児ストレスやその特性が犯行に影響を与えた点を認めた上、 犯行に至る経緯に照らすと、刑を大きく軽くする事情になるとはいえないとしており、現在のパーソナリティ特性の形成に脳挫傷が一定の影響を与えたことは考慮していると解され、その考慮の程度が不十分であるともいえない。④上記被告人供述を責任を逃れようとする弁解と評価したことが不合理でないことは既に述べたとおりである。 第3 適用した法令 - 7 -刑訴法396条、刑法21条、刑訴法181条1項ただし書令和7年9月2日福岡高等裁判所第1刑事部裁判長裁判官溝國禎久 裁判官内藤恵美子 裁判官大友真紀子 裁判長 裁判官溝國禎久 裁判官内藤恵美子 裁判官大友真紀子

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