令和2(行コ)10 「黒い雨」被爆者健康手帳交付請求等控訴事件

裁判年月日・裁判所
令和3年7月14日 広島高等裁判所 棄却 広島地方裁判所 平成27(行ウ)37
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判決文本文182,410 文字)

1 主 文1 本件各控訴をいずれも棄却する。 2 控訴費用(参加行政庁の費用を含む。)は,控訴人ら及び参加行政庁の各負担とする。 事実及び理由第1 章 控訴の趣旨第1 原判決を取り消す。 第2 本件訴訟のうち,別紙2申請者目録の申請者番号市10,22,24,28,43及び48並びに申請者番号県1,2,7,11,18及び27の各人に係る各訴訟は,いずれも同目録の「死亡日」欄の各年月日における上記各人の死亡により終了した。 第3 別紙2申請者目録の申請者番号市1,2,4ないし9,11ないし14,16ないし20,23,25ないし27,29ないし42,44ないし47及び50ないし57の各人(被控訴人ら)の被爆者健康手帳交付申請却下処分及び第一種健康診断受診者証交付申請却下処分の各取消請求をいずれも棄却する。 第4 上記第3の各人(被控訴人ら)の被爆者健康手帳交付及び第一種健康診断受診者証交付の義務付け請求に係る各訴えをいずれも却下する。 第5 別紙2申請者目録の申請者番号県3ないし6,8ないし10,12ないし17,19ないし26及び28ないし31の各人(被控訴人ら)の被爆者健康手帳交付申請却下処分及び第一種健康診断受診者証交付申請却下処分の各取消請求をいずれも棄却する。 第6 上記第5の各人(被控訴人ら)の被爆者健康手帳交付及び第一種健康診断受診者証交付の義務付け請求に係る各訴えをいずれも却下する。 第2章 事案の概要本件は,別紙2申請者目録の各人(以下「本件申請者ら」という。)が,昭和20年8月6日に広島市に原子爆弾(以下「原爆」といい,広島市に投下された2 原爆を「広島原爆」という。)が投下された後に発生した雨(以下,この雨を,色が黒くなかったものも含めて「黒い雨」といい,その降雨域を「黒い雨降 子爆弾(以下「原爆」といい,広島市に投下された2 原爆を「広島原爆」という。)が投下された後に発生した雨(以下,この雨を,色が黒くなかったものも含めて「黒い雨」といい,その降雨域を「黒い雨降雨域」という。)に遭ったことをもって,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「被爆者援護法」という。)1条3号の「原子爆弾が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」に当たると主張して,広島市長又は広島県知事に対し,被爆者援護法2条1項に基づく被爆者健康手帳の各交付申請をし,また,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行令(以下「被爆者援護法施行令」という。)附則2条,別表第3が黒い雨降雨域全体を第一種健康診断特例区域に指定していないのは,被爆者援護法附則17条の委任の趣旨を逸脱・濫用するものであり,広島原爆が投下された際黒い雨降雨域に所在した本件申請者らについては,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行規則(以下「被爆者援護法施行規則」という。)附則2条2項に基づく第一種健康診断受診者証の各交付申請が認められてしかるべきであると主張して,広島市長又は広島県知事に対し,上記各交付申請をしたところ,広島市長及び広島県知事が被爆者健康手帳及び第一種健康診断受診者証の各交付申請をいずれも却下したことから,控訴人らに対し,主位的に,被爆者健康手帳交付申請の各却下処分の取消しと被爆者健康手帳交付の義務付けを求め,予備的に,第一種健康診断受診者証交付申請の各却下処分の取消しと第一種健康診断受診者証交付の義務付けを求めた事案である。原審は,控訴人らの申立てに基づき,厚生労働大臣を控訴人らのために訴訟参加させた(行政事件訴訟法23条)。 なお,本件申請者らのうち申請者番号市22,24,28, 交付の義務付けを求めた事案である。原審は,控訴人らの申立てに基づき,厚生労働大臣を控訴人らのために訴訟参加させた(行政事件訴訟法23条)。 なお,本件申請者らのうち申請者番号市22,24,28,43及び48並びに申請者番号県2,7,18及び27の各人は,原審口頭弁論終結日前である別紙2申請者目録の「死亡日」欄の各年月日に死亡し,各申請者番号に対応する別紙3承継人目録の各人が,訴訟当事者の地位を相続したとして,原審に対し,訴訟承継の各申立てをした。 3 原審は,上記各申立てに係る訴訟承継を認め,本件申請者らのうち申請者番号市22,24,28,43及び48並びに申請者番号県2,7,18及び27の各人について,各申請者番号に対応する別紙3承継人目録の各人を訴訟承継人とした上で,本件申請者らの被爆者健康手帳交付申請の各却下処分の取消し及び被爆者健康手帳交付の義務付けの各主位的請求をいずれも認容したところ,控訴人ら及び参加行政庁(以下,単に「控訴人ら」という。)が控訴した。 本件申請者らのうち申請者番号市10及び34並びに申請者番号県1及び11の各人は,原審口頭弁論終結日後である別紙2申請者目録の「死亡日」欄の各年月日に死亡し,各申請者番号に対応する別紙3承継人目録の各人が,訴訟当事者の地位を承継したとして,当審に対し,訴訟承継の各申立てをした。 第1 前提事実(認定根拠を掲記しない事実は争いがない。)1 広島原爆は,昭和20年8月6日午前8時15分頃,広島市上空に投下され,同日,広島市及びその周辺地域に黒い雨が降った。 2 被爆者援護法の定め⑴ 被爆者の定義被爆者援護法において,被爆者とは,同法1条各号のいずれかに該当する者であって,被爆者健康手帳の交付を受けたものをいうとされている。 被爆者援護法1条各号の定め の定め⑴ 被爆者の定義被爆者援護法において,被爆者とは,同法1条各号のいずれかに該当する者であって,被爆者健康手帳の交付を受けたものをいうとされている。 被爆者援護法1条各号の定めは,次のとおりである。 ア 1号「 原子爆弾が投下された際当時の広島市若しくは長崎市の区域内又は政令(被爆者援護法施行令1条1項,別表第一)で定めるこれらに隣接する区域内に在った者」イ 2号「 原子爆弾が投下された時から起算して政令(被爆者援護法施行令1条2項)で定める期間内(広島市に投下された原爆については昭和20年8月20日まで)に前号に規定する区域のうちで政令(被爆者援護法施行令14 条3項,別表第二)で定める区域内に在った者」ウ 3号「 前2号に掲げる者のほか,原子爆弾が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」エ 4号「 前3号に掲げる者が当該各号に規定する事由に該当した当時その者の胎児であった者」⑵ 被爆者健康手帳の交付被爆者援護法2条1項は,被爆者健康手帳の交付を受けようとする者においては,その居住地(居住地を有しないときは,その現在地とする。)の都道府県知事(広島市又は長崎市については当該市の長〔被爆者援護法49条。以下同じ。〕。以下,前記市長を含め「都道府県知事等」という。)に申請しなければならないと定めており,被爆者援護法1条3項は,都道府県知事等においては,上記の申請に基づいて審査し,申請者が被爆者援護法1条各号のいずれかに該当すると認めるときは,その者に被爆者健康手帳を交付するものとする旨定めている。 ⑶ 被爆者に対する援護被爆者援護法上の被爆者は,被爆者援護法に基づき,所定の援護を受けることができる。主な援護 ると認めるときは,その者に被爆者健康手帳を交付するものとする旨定めている。 ⑶ 被爆者に対する援護被爆者援護法上の被爆者は,被爆者援護法に基づき,所定の援護を受けることができる。主な援護は,次のとおりであり,被爆者援護法により,被爆者であれば誰でも受けることのできる援護として定められているものと,被爆者のうち一定の要件を充たす者が受けることのできる援護として定められているものとがある。 ア 健康管理 健康診断都道府県知事等は,被爆者に対し,毎年,厚生労働省令で定めるところにより,健康診断を行うものとする旨定められている(被爆者援護法5 7条)。 指導都道府県知事等は,前記健康診断の結果必要があると認めるときは,当該健康診断を受けた者に対し,必要な指導を行うものとする旨定められている(被爆者援護法9条)。 イ 一般疾病医療費の支給被爆者援護法18条1項本文は,被爆者が,負傷又は疾病(一定の負傷又は疾病等を除く。)について,被爆者一般疾病医療機関から一定の医療を受けたときなどに,厚生労働大臣は,一般疾病医療費を支給することができる旨定めている。 ウ 健康管理手当の支給被爆者援護法27条1項,4項は,都道府県知事等においては,被爆者であって,造血機能障害,肝臓機能障害その他の厚生労働省令で定める障害を伴う疾病(原爆の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。)にかかっているもの(ただし,医療特別手当,特別手当又は原子爆弾小頭症手当の支給を受けている者を除く。)に対し,毎月定額の健康管理手当を支給する旨定めている。なお,健康管理手当支給の対象となる障害は,造血機能障害,肝臓機能障害,細胞増殖機能障害,内分泌腺機能障害,脳血管障害,循環器機能障害,腎臓機能障 ,毎月定額の健康管理手当を支給する旨定めている。なお,健康管理手当支給の対象となる障害は,造血機能障害,肝臓機能障害,細胞増殖機能障害,内分泌腺機能障害,脳血管障害,循環器機能障害,腎臓機能障害,水晶体混濁による視機能障害,呼吸器機能障害,運動器機能障害,潰瘍による消化器機能障害の11種類が定められている(被爆者援護法施行規則51条)。 被爆者援護法27条2項は,同条1項に規定する者が,健康管理手当の支給を受けようとするときは,同項に規定する要件に該当することについて,都道府県知事等の認定を受けなければならない旨定めている。 エ 原子爆弾小頭症手当,保健手当及び介護手当の支給6 都道府県知事等は,一定の要件を充たす被爆者に対し,原子爆弾小頭症手当(被爆者援護法26条),保健手当(被爆者援護法28条),介護手当(被爆者援護法31条)を支給する旨定めている。 オ 葬祭料の支給被爆者援護法32条は,都道府県知事等においては,被爆者が死亡したとき(原爆の傷害作用の影響によるものでないことが明らかである場合を除く。)は,葬祭を行う者に対し,政令で定めるところにより,葬祭料を支給する旨定めている。 カ 特別葬祭給付金の支給被爆者援護法33条は,被爆者であって,①昭和44年3月31日以前に死亡した1条各号に掲げる者すべて及び②昭和44年4月1日から昭和49年9月30日までに死亡した1条各号に掲げる者のうち一部の遺族である者に対し,特別葬祭給付金を支給する旨定めている。 3⑴ 本件申請者らのうち申請者番号市1,2,4ないし14,16ないし20,22ないし48及び50ないし57の各人は,別紙4処分目録の「申請日」欄の各年月日に,広島市長に対し,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったことをもって,被爆者援護法1条3号の「原子爆弾が 6ないし20,22ないし48及び50ないし57の各人は,別紙4処分目録の「申請日」欄の各年月日に,広島市長に対し,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったことをもって,被爆者援護法1条3号の「原子爆弾が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」に当たると主張して,被爆者援護法2条1項に基づく被爆者健康手帳の各交付申請をし,また,広島原爆が投下された際黒い雨降雨域に所在した上記各人については,被爆者援護法施行規則附則2条2項に基づく第一種健康診断受診者証の各交付申請が認められてしかるべきであると主張して,上記各交付申請をした。 ⑵ 本件申請者らのうち申請者番号県1ないし31の各人は,別紙4処分目録の「申請日」欄の各年月日に,広島県知事に対し,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったことをもって,被爆者援護法1条3号の「原子爆弾が投下された7 際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」に当たると主張して,被爆者援護法2条1項に基づく被爆者健康手帳の各交付申請をし,また,広島原爆が投下された際黒い雨降雨域に所在した上記各人については,被爆者援護法施行規則附則2条2項に基づく第一種健康診断受診者証の各交付申請が認められてしかるべきであると主張して,上記各交付申請をした。 4⑴ 広島市長は,別紙4処分目録の「交付申請却下処分日」欄の各年月日に,前記3⑴の被爆者健康手帳交付申請及び第一種健康診断受診者証交付申請の各却下処分をした。 ⑵ 広島県知事は,別紙4処分目録の「交付申請却下処分日」欄の各年月日に,前記3⑵の被爆者健康手帳交付申請及び第一種健康診断受診者証交付申請の各却下処分をした。 5 本件申請者らは,主位的に,上記4⑴,⑵の被爆者健康手帳交付申請 の「交付申請却下処分日」欄の各年月日に,前記3⑵の被爆者健康手帳交付申請及び第一種健康診断受診者証交付申請の各却下処分をした。 5 本件申請者らは,主位的に,上記4⑴,⑵の被爆者健康手帳交付申請の各却下処分の取消しと被爆者健康手帳交付の義務付けを,予備的に,上記4⑴,⑵の第一種健康診断受診者証交付申請の各却下処分の取消しと第一種健康診断受診者証交付の義務付けを求めて,本件各訴訟を提起した(当裁判所に顕著)。 6⑴ 本件申請者らのうち申請者番号市22,24,28,43及び48並びに申請者番号県2,7,18及び27の各人は,原審口頭弁論終結日前である別紙2申請者目録の「死亡日」欄の各年月日に死亡したところ,各申請者番号に対応する別紙3承継人目録の各人が,訴訟当事者としての地位を相続したとして,原審に対し,訴訟承継の各申立てをした(当裁判所に顕著)。 ⑵ 本件申請者らのうち申請者番号市10及び34並びに申請者番号県1及び11の各人は,原審口頭弁論終結日後である別紙2申請者目録の「死亡日」欄の各年月日に死亡したところ,各申請者番号に対応する別紙3承継人目録の各人が,訴訟当事者としての地位を相続したとして,当審に対し,訴訟承継の各申立てをした(当裁判所に顕著)。 8 第2 争点及び争点に関する当事者の主張1 被爆者援護法2条1項に基づく被爆者健康手帳交付申請の却下処分の取消し及び被爆者健康手帳交付の義務付けを求める訴訟についての訴訟承継の成否(別紙3承継人目録の各人)被爆者援護法2条1項に基づく被爆者健康手帳交付申請の却下処分の取消し及び被爆者健康手帳交付の義務付けを求める訴訟について,訴訟の係属中に申請者が死亡した場合には,その相続人が当該訴訟を承継する。 (控訴人ら)被爆者援護法2条1項に基づく被爆者健康手帳交付申請 及び被爆者健康手帳交付の義務付けを求める訴訟について,訴訟の係属中に申請者が死亡した場合には,その相続人が当該訴訟を承継する。 (控訴人ら)被爆者援護法2条1項に基づく被爆者健康手帳交付申請の却下処分の取消し及び被爆者健康手帳交付の義務付けを求める訴訟について,訴訟の係属中に申請者が死亡した場合には,当該訴訟は当然に終了する。 2 被爆者援護法1条3号の「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」の意義(被控訴人ら)被爆者援護法1条3号の「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」の意義は,「原爆の放射能により健康被害が生ずる可能性がある事情の下に置かれていた者」と解すべきであり,換言すれば,「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができない事情の下に置かれていた者」と解される。 (控訴人ら)被爆者援護法1条3号の「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」の意義は,「放射線の曝露態様が原爆の放射能により晩発的な健康被害を招来すると考えられる程度に有意な放射線曝露をした者」と解すべきであり,換言すれば,「健康診断を実施することで,健康被害の早期発見に努めて,健康保持を図るべきことが相当とされる者」と解される。 これに該当すると主張する場合には,「放射線の具体的な曝露態様が,原爆9 の放射能により晩発的な健康被害を招来すると考えられる程度に有意なものであったこと」について,具体的な科学的根拠(科学的経験則及びその前提となる現在の科学的知見)に基づき高度の蓋然性をもって立証するとともに,当該曝露態様が生じた事実について,高度の蓋然性をもって立証することが必要となる。 3 広島原爆の投下後の黒い雨に遭った者は,被爆者援護法1条3号の「原子爆 き高度の蓋然性をもって立証するとともに,当該曝露態様が生じた事実について,高度の蓋然性をもって立証することが必要となる。 3 広島原爆の投下後の黒い雨に遭った者は,被爆者援護法1条3号の「原子爆弾が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」に該当するか。 (被控訴人ら)広島原爆の投下後の黒い雨に遭った者は,黒い雨に放射性降下物が含まれている可能性があったことから,たとえ黒い雨に打たれていなくても,放射性微粒子を吸引したり,放射性微粒子が混入した井戸水を飲んだり,放射性微粒子が付着した野菜を摂取したりして,放射性微粒子を体内に取り込むことで,内部被曝による健康被害を受ける可能性があった。 そうすると,広島原爆の投下後の黒い雨に遭った者は,「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができない事情の下に置かれていた」ということができるから,被爆者援護法1条3号の「原子爆弾が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」に該当する。 (控訴人ら)広島原爆の投下後の黒い雨に遭った者が,被爆者援護法1条3号の「原子爆弾が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」に該当するといえるためには,「広島原爆の投下後の黒い雨に遭った」という放射線の曝露態様が「原爆の放射能により晩発的な健康被害を招来すると考えられる程度に有意なものであったこと」について,具体的な科学的根拠に基づき高度の蓋然性をもって立証することが必要で10 ある(最高裁判所平成12年7月18日第三小法廷・集民198号529頁〔以下「平成12年最高裁判決」という。〕)が,本件においてその立証はできておらず,む 性をもって立証することが必要で10 ある(最高裁判所平成12年7月18日第三小法廷・集民198号529頁〔以下「平成12年最高裁判決」という。〕)が,本件においてその立証はできておらず,むしろ,黒い雨に放射性降下物が含まれていたとしても,その線量が健康影響を及ぼさないほど極めて低く,内部被曝による健康影響が外部被曝によるそれと比べて大きいわけでもないことからすると,「広島原爆の投下後の黒い雨に遭った」という放射線の曝露態様は「原爆の放射能により晩発的な健康被害を招来すると考えられる程度に有意なものではなかった」と認められる。 そうすると,広島原爆の投下後の黒い雨に遭った者が被爆者援護法1条3号の「原子爆弾が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」に該当するということはできない。 なお,「広島原爆の投下後の黒い雨に遭った」というだけでは,黒い雨に含まれていた放射性降下物が土壌に沈着し,その土壌からの曝露を問題とする趣旨なのか,放射性降下物が付着した黒い雨への曝露を問題とする趣旨なのか,そもそも曝露態様自体の特定がされていない。 4 本件申請者らは,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったか。 (被控訴人ら)本件申請者らは,広島原爆の投下後の黒い雨に遭った。 本件申請者らが,広島原爆の投下後の黒い雨に遭った個別具体的な状況は,次のとおり補正するほかは,原判決「事実及び理由」第2章第4の4の【原告ら(承継人らを含む。)の主張】欄のとおりであるから,これを引用する。 ⑴ 全ての「原告」を「本件申請者」に,全ての「原告番号」を「申請者番号」に,それぞれ改める。 ⑵ 原判決88頁22,23行目の各「水内村」の次に,いずれも「(宇佐・久日市を除く。)」を加える。 ⑶ 原判決93頁8行 本件申請者」に,全ての「原告番号」を「申請者番号」に,それぞれ改める。 ⑵ 原判決88頁22,23行目の各「水内村」の次に,いずれも「(宇佐・久日市を除く。)」を加える。 ⑶ 原判決93頁8行目の「現場高等科当時当時」を「原爆投下当時」に改め11 る。 ⑷ 原判決127頁24行目の「A」を「A´」に改める。 (控訴人ら)原判決「事実及び理由」第2章第4の4の【被告らの主張】欄のとおりであるから,これを引用する。 5 被爆者援護法施行規則附則2条2項に基づく第一種健康診断受診者証交付申請の却下処分の取消し及び第一種健康診断受診者証交付の義務付けを求める訴訟についての訴訟承継の成否(別紙3承継人目録の各人)被爆者援護法施行規則附則2条2項に基づく第一種健康診断受診者証交付申請の却下処分の取消し及び第一種健康診断受診者証交付の義務付けを求める訴訟について,訴訟の係属中に申請者が死亡した場合には,その相続人が当該訴訟を承継する。 (控訴人ら)被爆者援護法施行規則附則2条2項に基づく第一種健康診断受診者証交付申請の却下処分の取消し及び第一種健康診断受診者証交付の義務付けを求める訴訟について,訴訟の係属中に申請者が死亡した場合には,当該訴訟は当然に終了する。 6 第一種健康診断特例区域指定の適法性(被控訴人ら)被爆者援護法施行令附則2条,別表第3が黒い雨降雨域全体を第一種健康診断特例区域に指定していないことは,被爆者援護法附則17条の委任の趣旨を逸脱・濫用するものである。 (控訴人ら)被爆者援護法施行令附則2条,別表第3が黒い雨降雨域全体を第一種健康診断特例区域に指定していないことは,被爆者援護法附則17条の委任の趣旨を12 逸脱・濫用するものではない。 7 第一種健康診断受診者証交付の義務付け請 別表第3が黒い雨降雨域全体を第一種健康診断特例区域に指定していないことは,被爆者援護法附則17条の委任の趣旨を12 逸脱・濫用するものではない。 7 第一種健康診断受診者証交付の義務付け請求に係る訴えの適否(被控訴人ら)控訴人らが,黒い雨降雨域全体を第一種健康診断特例区域に指定した本来あるべき被爆者援護法施行令附則2条,別表第3に基づき,本件申請者らに対し,第一種健康診断受診者証を交付すべきであることは,法令の規定から明らかであるから,第一種健康診断受診者証交付の義務付け請求に係る訴えは,適法である。 (控訴人ら)本件申請者らに対する第一種健康診断受診者証交付申請却下処分は適法であるから,第一種健康診断受診者証交付の義務付け請求に係る訴えは,不適法である。 8 その他(被控訴人ら)⑴ 広島市長及び広島県知事は,広島原爆の投下後の黒い雨に遭った者について,被爆者援護法1条3号に係る審査基準を定めることなく,本件申請者らの被爆者健康手帳交付申請の各却下処分をしたものであり,上記各却下処分には手続的な瑕疵がある。 ⑵ 広島市長及び広島県知事は,厚生労働省の度を超えた指揮監督により,事実上意思能力のない状態で,本件申請者らの被爆者健康手帳交付申請及び第一種健康診断受診者証交付申請の各却下処分をしたものであり,上記各却下処分は無効である。 (控訴人ら)⑴ 広島市長及び広島県知事は,被爆者援護法1条3号に係る審査基準を定め,公示しており,行政手続法5条に違反するところはないから,被控訴人らの主張⑴は失当である。 13 ⑵ 厚生労働省が度を越えた指揮監督をしたことはないから,被控訴人らの主張⑵も理由がない。 第3章 当裁判所の判断第1 認定事実前提事実に加え,証拠(各項掲記)及び弁論の全趣旨によれ ⑵ 厚生労働省が度を越えた指揮監督をしたことはないから,被控訴人らの主張⑵も理由がない。 第3章 当裁判所の判断第1 認定事実前提事実に加え,証拠(各項掲記)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。 1 放射線に関する基本的概念等⑴ 放射線の種類等(甲A31,42~45,122,乙2~7,80~82,証人B)ア 放射線の種類放射線とは,運動エネルギーを持って飛び回っている小さな粒(素粒子)のことをいう。 放射線には,アルファ線,ベータ線,ガンマ線及び中性子線等があり,一般に,電荷を持つ放射線(アルファ線及びベータ線)は,物質の透過中に急速にエネルギーを失うため,物質の透過性が小さく(アルファ線は薄い紙1枚で遮断され,ベータ線は薄いプラスチック板1枚で遮断される。),電荷を持たない放射線(ガンマ線及び中性子線)は,物質の透過中に,エネルギーを失う割合が小さいため,物質の透過性が大きいとされる。なお,放射能とは,放射線を出す能力,換言すれば不安定な原子核が放射線を出しながら別の原子核に変わっていく(壊れていく)性質のことであり,人体に直接影響を及ぼすのは,放射線である(もっとも,被爆者援護法1条3号は「放射能の影響」という表現を用いているので,本判決においては,同号の意義等を論ずるに当たっては,「放射能の影響」という表現を用いる。)。 イ 半減期放射性物質は,放射線を出しながら原子核を崩壊させ,放射線を出す能14 力(放射能)が減少する。 このような崩壊の速度(起こりやすさ)は,各放射性物質によって厳密に決まっており(崩壊確率),放射性物質ごとに決まっている放射能が半分になるまでの期間のことを物理的半減期という(放射性物質によっては,複数回崩壊するものもある。)。半減期が短い放射性 によって厳密に決まっており(崩壊確率),放射性物質ごとに決まっている放射能が半分になるまでの期間のことを物理的半減期という(放射性物質によっては,複数回崩壊するものもある。)。半減期が短い放射性物質は,その含まれる原子核が,それだけ高確率に放射線を放出することになるから,それだけ多くの放射線を放出することになる。一般には,アルファ線を放出する放射性物質は,多くの場合,非常に長い半減期となっており,ベータ線を放出する放射性物質は比較的短い半減期となっているとされる。 他方,放射性物質が人体に取り込まれた場合に,その放射性物質が体外へ排出され,体内の放射性物質の量が半分になるまでの期間のことを生物学的半減期という。 ウ 電離作用原子は,その中心にある原子核と,周囲を回っている電子に分かれる。 原子は,原子同士が結合して分子となり物質を形作る。この原子と原子の結合は,原子の周囲を回っている電子の軌道が重なり合うことで,電子と電子の間に相互作用が生まれ,原子と原子を繋ぐ強力な結合力が生じることになる。 このような電子に放射線が当たると,電子は,エネルギーを与えられ,その軌道から弾き出され,分子から飛び出し,原子がプラス電荷を持つイオンとなる。 こうした現象を電離といい,アルファ線,ベータ線及びガンマ線はいずれもこのような電離作用を持つ。 エ 放射線の量放射線の量のことを線量といい,さらに,吸収線量,等価線量等と使い分けられ,次のような単位が使われる。 15 ベクレル(㏃)ベクレルとは,放射能の強さを表す単位で,原子核が毎秒1個の割合で崩壊するときの放射能を1㏃という。 グレイ(㏉)グレイとは,放射線の量を図る単位で,吸収線量ともいわれる。1㏉は,物質㎏当たり1Jのエネルギーの吸収があるときの線量である。な 1個の割合で崩壊するときの放射能を1㏃という。 グレイ(㏉)グレイとは,放射線の量を図る単位で,吸収線量ともいわれる。1㏉は,物質㎏当たり1Jのエネルギーの吸収があるときの線量である。なお,吸収線量の単位としては,以前はラド(Rad)が用いられており,1㏉は100Radと等しい。 シーベルト(㏜)シーベルトは,放射線の種類や被曝した部位を考慮した,被曝の影響を表す単位である。 シーベルトを用いる場合には,①組織,臓器一般の平均吸収線量に,放射線の種類によって影響の程度が異なることを考慮した放射線荷重係数を乗じて求められる等価線量を表す場合と,②等価線量に,組織ごとの放射線感受性を表す組織荷重係数を乗じて求められる実効線量を表す場合がある。 アルファ線の放射線荷重係数は20であり,ベータ線やガンマ線の放射線荷重係数は1である。 ⑵ 原爆によって生ずる放射線の概要原爆の空中爆発によって生ずる放射線は,爆発後1分以内に放射される初期放射線と,それ以後のある期間,地上で観測される残留放射線の二つに大別できる(甲A10,30,乙7)。 ア 初期放射線初期放射線は,爆発直後から1分以内に空中に放出される放射線であり,アルファ線,ベータ線,ガンマ線及び中性子線の4種類がある。 アルファ線は,核分裂しなかったウランやプルトニウムから放出され,16 ベータ線は,爆発の際に作られた放射性物質から放出されるが,これらは空気中での透過性が小さいため,空気中に吸収されて地上まで到達しない。 これに対して,ガンマ線と中性子線は透過性が非常に大きく地上に到達し,人体や動植物の内部にまで影響を及ぼす。 中性子線には,速い中性子と遅い中性子とがあり,原爆の核分裂から放出される中性子のほとんどは,速い中性子であり,大部分が空中に 性が非常に大きく地上に到達し,人体や動植物の内部にまで影響を及ぼす。 中性子線には,速い中性子と遅い中性子とがあり,原爆の核分裂から放出される中性子のほとんどは,速い中性子であり,大部分が空中に放出される。空中に飛散した中性子の一部は,空気中の窒素の原子核に吸収されるが,吸収を免れたものは,ほとんど瞬時に地上に到達する。 イ 残留放射線残留放射線は,爆発に伴って生成された放射性物質から発生する放射線であり,誘導放射能からの放射線と放射性降下物(大気中に拡散した放射性微粒子〔フォールアウト〕)からの放射線に分類される。 誘導放射能からの放射線空気中の窒素の原子核への吸収を免れて地上に達した中性子が,地上の物質の原子核と衝突し,それに吸収されると,吸収した物質のあるものは放射能(誘導放射能)を帯び,ベータ線,ガンマ線などの放射線を一定期間放射し続ける(なお,物質に誘導放射能を生成するのは主に遅い中性子である。)。 誘導放射能の強さや半減期は物質によって異なる。アルミニウム28(28Al),マンガン56(56Mn),ナトリウム24(24Na)は,放射能は強いが半減期は短く,100時間以後はほとんど消滅する。それに対して,スカンジウム46(46Sc),コバルト60(60Co),セシウム134(134Cs)は,放射能は弱いが半減期は長い。この中で,28Alの半減期は2.2分と短く,約1時間で消滅し,また,134Csは生成量が少なく,線量率が無視できるほど小さいため,これらの誘17 導放射能が原爆投下後の入市者に影響を与えた可能性は小さいとされる。 広島原爆の場合,爆心地の地上1mのところで,爆発後1ないし100時間の誘導放射能によるガンマ線の総線量は,約1㏉となる。また,爆心地からの距離が遠くなれば,中性子の総個数が急 小さいとされる。 広島原爆の場合,爆心地の地上1mのところで,爆発後1ないし100時間の誘導放射能によるガンマ線の総線量は,約1㏉となる。また,爆心地からの距離が遠くなれば,中性子の総個数が急激に減少するので,誘導放射能によるガンマ線の総線量も,例えば,500mで約0. 2㏉,1000mで約0.01㏉に減少する。これらのことから,誘導放射能による被曝線量は,爆発1時間後に爆心地付近に入り5時間程度そこにとどまった場合約0.2㏉になり,翌日に爆心地域に入り8時間とどまった場合0.1㏉以下になると推定される。 放射性降下物からの放射線放射性降下物は,広島原爆の場合,ウラニウム235(235U)の核分裂生成物,また分裂しないで飛散したウラニウム,原爆器材が中性子を受けて誘導放射能を帯びたものなどが含まれる。これらは,爆発に伴う高温で一旦気化した後,再冷却の過程で微粒子となり,その微粒子は空中に高く吹き上げられ,大気中に広く飛散し,次第に地上へと降下した。放射性降下物には,徐々に降下するものと,特定の地域に集中的に降下するものとがある。 ⑶ 放射線被曝の態様放射線に人が被曝する態様には,大きく分けて,外部被曝と内部被曝の二つがある(甲A31,43,122,乙7,82,証人B)。 ア 外部被曝外部被曝とは,身体の外に存在する線源からの被曝をいう。外部被曝に寄与する放射線は,主に透過性の大きい放射線(ガンマ線及び中性子線)である。 イ 内部被曝18 内部被曝とは,体内に取り込まれた線源からの被曝をいう。全ての放射線が内部被曝には寄与する。 内部被曝の経路としては,①吸入摂取,②経口摂取及び③皮膚から侵入(特に傷口から)が考えられる。具体的には,地上に降った放射性微粒子(放射性降下物)で汚染された飲料水や野菜を摂取 曝には寄与する。 内部被曝の経路としては,①吸入摂取,②経口摂取及び③皮膚から侵入(特に傷口から)が考えられる。具体的には,地上に降った放射性微粒子(放射性降下物)で汚染された飲料水や野菜を摂取する場合,放射性降下物中の放射性ヨウ素が牧草を汚染し,それを飼料とした牛によって再濃縮された牛乳を摂取する場合などがある。 ⑷ 放射線による影響放射線による影響は,発生確率の観点から,低レベルの被曝でもある確率で発生する確率的影響と,ある量(閾値)以上の放射線を被曝しないと起こらない確定的影響 に大別できる(甲A45,乙82,83)。 ア 確率的影響確率的影響とは,放射線によるDNAの突然変異や,染色体変異により引き起こされる影響のことをいい,発癌や遺伝的影響を含むものであるとされる。確率的影響の場合,被曝線量の増加とともに影響が現れる確率が増大し,かつ影響の程度は,被曝線量とは無関係であるとされる。 イ 確定的影響確定的影響とは,放射線による影響が現れる最小の線量,すなわち閾値が存在し,被曝線量が閾値を超えると影響が現れる確率が増加し,1となるような影響(つまり,必ず起こる影響)のことをいう。 急性障害は,従前から,確定的影響であると考えられており,発癌や遺伝的影響以外の放射線障害は概ね確定的影響に含まれるし,放射線を大量に浴びて死に至るという現象も確定的影響である。 2 広島原爆⑴ 投下米軍機により高度約9500mから投下された広島原爆は,昭和20年819 月6日午前8時15分,原爆ドームの中心から南東約160m,現在の広島市中区大手町一丁目5番の島病院の敷地上空580mないし600mで爆発した(甲A10の3頁,甲A30の3~5頁,乙7の2頁,乙118)。 ⑵ 威力広島原爆は,ウラニウム235の原子 の広島市中区大手町一丁目5番の島病院の敷地上空580mないし600mで爆発した(甲A10の3頁,甲A30の3~5頁,乙7の2頁,乙118)。 ⑵ 威力広島原爆は,ウラニウム235の原子核に高速中性子を衝突させて爆発的な核分裂連鎖反応を起こさせ,それによって大きなエネルギーを発生させた。爆発によって,通常の火薬で代表的なTNT(トリニトロトルエン)火薬に換算して約1万5000t分のエネルギーが放出された。放出されたエネルギーの構成は,爆風(衝撃波)50%,熱線35%,放射線15%と推定されている。(甲A10の6頁,甲A30の8頁,乙7の2頁)⑶ 火球と熱線爆発前には長さ3m,直径0.7m程度であった広島原爆は,瞬間最高温度は100万℃にも達し,爆発物やその容器など原爆を構成する全ての物質はほとんど蒸発・気化し,電離気体となり,火球が形成された。 非常に高圧になった火球は,爆発後すぐに外の低い気圧に向けて急速に膨張を開始し,爆発後1万分の1秒(0.1ミリ秒)後には半径14mにまで広がり,温度は全体が均一に約30万℃近くとなり,その表面温度は,15ミリ秒後に約1700℃まで一旦下降したものの,再び上昇を続けて0.3秒後に約7000℃に達し,その後再び下降した。火球は,爆発1秒後に最大半径約140mに達したが,10秒で光輝は消滅した。なお,熱線による焼夷作用はこの間に行われた。 (甲A10の6,7頁,甲A30の8~12頁,乙7の2頁)⑷ 衝撃波と爆風爆発とともに,爆発点のあらゆる物は蒸発し,数十万気圧という超高圧の気体が生じ,衝撃波が発生した。 最大風速秒速440mにも達する爆風は,人を殺傷するとともに,広範囲20 にわたる建造物に壊滅的被害を与え,倒壊家屋からの火災の発生を招き,更に消火施設も破壊されたた じ,衝撃波が発生した。 最大風速秒速440mにも達する爆風は,人を殺傷するとともに,広範囲20 にわたる建造物に壊滅的被害を与え,倒壊家屋からの火災の発生を招き,更に消火施設も破壊されたため,大火となった。なお,火災は午後2時頃から弱まった。 (甲A10の7,8頁,甲A30の13~24頁,乙7の2頁)⑸ 火事嵐の発生火災には,熱線によって起こる直接発火(一次的発火)と,爆風で建物が破壊され,それに伴って発生する間接発火(二次的発火)とがあるが,上記⑷の大火によって空気が急激に熱せられ,四方から冷たい空気が中心に向かって吹き込む火事嵐現象が発生し,火災が一層増幅された。 爆発から30分後には火事嵐が発生し熱風が市内を吹き荒れた。中でも,最も火勢が激しかった午前11時ないし午後3時に,市の中心部から北半分にかけて竜巻が発生し,その結果,半径約2㎞以内の物がことごとく灰燼に帰し,更に半径3㎞以内でも,約90%以上の建物が焼失・破壊された。焼失面積は約13㎢にも及んだ。 (甲A10の8頁,甲A30の25~29頁,乙1の100,103頁)⑹ 黒い雨の降雨爆発後,高度500m以上の上空では秒速3m程度の南東の風が吹き,夕方にかけて,主に爆心地から北西方向に降雨があった。この雨の中には,粘り気のある黒色の性状を有する雨滴も含まれたが,通常の雨滴もあった。 (甲A10の11頁,甲A30の41頁,甲A33の5~7頁,乙1の104~110頁,乙7の2頁)3 原子爆弾被爆者の医療等に関する法律(以下「原爆医療法」という。)制定までの広島原爆による放射性降下物に関する科学的知見⑴ 大阪帝国大学グループによる調査・報告大阪帝国大学理学部物理学教室の浅田常三郎教授らは,海軍の依頼に基づき,昭和20年8月10日,11日に広島市内各所 爆による放射性降下物に関する科学的知見⑴ 大阪帝国大学グループによる調査・報告大阪帝国大学理学部物理学教室の浅田常三郎教授らは,海軍の依頼に基づき,昭和20年8月10日,11日に広島市内各所で採取した試料(砂)に21 ついて,ガイガーミュラー計数管を用いて放射能を測定し,その結果は,昭和28年5月5日発行の日本学術会議「原子爆弾災害調査報告集第一分冊」において,「広島原子爆弾災害報告」(乙71,99)として公表された。 「広島原子爆弾災害報告」では,昭和20年8月11日に採取した試料の放射能の測定結果について,原判決別図表8のとおりであったとされ,また,爆心の西方約2㎞の己斐駅付近で激しい降雨があったことについて,「その雨滴は特異なもので,雨滴が白い衣類の上に落ちると,そこに黄色がかった黒い斑点が残った。原子核分裂の生成物及び爆発時に生じたイオンが雨滴の核となることは考え…られることであり,従ってこの特異な雨が降った地点では放射能は大きいであろうと考えられ,この考えは翌日行われた測定により確かめられた。」(4頁)との見解が示されている。 ⑵ 京都帝国大学グループによる調査・報告京都帝国大学理学部物理学教室の荒勝文策教授らは,昭和20年8月10日ないし同月14日に広島市内外で採取した試料について,ガイガーミュラー計数管を用いて放射能を測定し(第1次調査では,同月10日に広島市内十数か所から土砂を採取し,同月11日に放射能の測定が行われ,第2次調査では,同月13日,14日に広島市内外約100か所から数百種の試料を採取し,同月15日,16日に放射能の測定が行われた。なお,同年9月15日から大規模な第3次調査が計画されていたが,同月17日に枕崎台風による山津波の被害に遭って,現地入りしていた教授ら多数の死者を出したことから 日,16日に放射能の測定が行われた。なお,同年9月15日から大規模な第3次調査が計画されていたが,同月17日に枕崎台風による山津波の被害に遭って,現地入りしていた教授ら多数の死者を出したことから,中止された。),その結果は,昭和28年5月5日発行の日本学術会議「原子爆弾災害調査報告集第一分冊」において,「爆発後数日間に行なえる広島市の放射能学的調査に関する報告」(乙72,100)として公表された(第1次調査及び第2次調査の結果は,昭和20年9月14日ないし同月17日の大阪朝日新聞にも掲載されるなどした。)。 「爆発後数日間に行なえる広島市の放射能学的調査に関する報告」では,22 採取した試料の放射能の測定結果について,原判決別図表9のとおりであったとされ,また,「爆心より西北3.5㎞の地点(原判決別図表9の番号16の「旭橋東詰」の地点である〔当裁判所注記〕。)の試料にかなり強い放射能が見られた。これは多分爆発の際の気象条件により,爆弾の分裂片が地上に落下したためであろうと想像される。」(9頁)との見解が示されている。 ⑶ 理化学研究所グループによる調査・報告ア 理化学研究所の仁科芳雄は,大本営調査団の一員として,昭和20年8月9日に広島市内で金属や土壌などの試料を採取し,また,同研究所の玉木英彦らは,ローリッツェン検電器2台を携えて,同月14日ないし同月17日に,広島市に滞在し,市内各所の放射能を測定し,試料を採取した(甲A39)。 イ 理化学研究所の副研究員の山崎文男は,陸軍軍医学校から委嘱され,昭和20年9月3日,4日に広島市内外においてローリッツェン検電器を用いて放射能を測定し,己斐から草津に至る国道上における結果を分析したところ,原判決別図表10のとおり,己斐から草津までの山陽道国道上において,古江東部(古江 島市内外においてローリッツェン検電器を用いて放射能を測定し,己斐から草津に至る国道上における結果を分析したところ,原判決別図表10のとおり,己斐から草津までの山陽道国道上において,古江東部(古江上野ガーデン入口)に極大をもつ爆央付近に見たのと同程度のガンマ線の存在が確認された。その分析結果は,昭和28年5月5日発行の日本学術会議「原子爆弾災害調査報告集第一分冊」において,「原子爆弾爆発後,広島西方に残った放射能について」(乙73,101)として公表された。 「原子爆弾爆発後,広島西方に残った放射能について」には,上記のとおり確認されたことについて,「原子爆弾爆発に際して生じたウラニウム核分裂生成物が降下したと思われた。即ち爆発が起た時,この地方には東風が吹いており,その後凡そ30分を経てから此の方面に多量の降雨があり,しかもその雨粒は黒く汚れていたと言われ,更にこれが降下物である23 ことを物語るのは,家屋の雨樋に溜った土砂に特に強い放射能を認めたことである。」(25頁)とか,「原子爆弾爆発後に広島西郊に生じた放射能は予想されたように,此の方面で採集した土砂について化学分析を行なった結果核分裂生成物によることを確かめた。…核分裂に際しほぼ等しい割合で生成されたと考えられるこれらの質量数をもつ同位元素が砂中ではYとCe144 に見られるように一方のYが20倍も多く存在していたことは,一様でない降下が行われたことを示すものとして注目すべきことである。」(33頁)などといった見解が示されている。 ⑷ 広島管区気象台の客員気象技師(前神戸海洋気象台長)の宇田道隆(以下「宇田」という。)による調査・報告ア 調査に至る経緯(甲A10の36,37頁,甲A33,71,72,乙1)文部省は,広島原爆及び長崎に投下された原爆(以下「長 海洋気象台長)の宇田道隆(以下「宇田」という。)による調査・報告ア 調査に至る経緯(甲A10の36,37頁,甲A33,71,72,乙1)文部省は,広島原爆及び長崎に投下された原爆(以下「長崎原爆」という。)による被害を調査研究するため,昭和20年9月14日,学術研究会議(後に日本学術会議に組織変更された。)に,原子爆弾災害調査研究特別委員会を設置し,学術分野ごとに9分科会を設け,翌年3月まで現地調査を実施した。 広島の陸軍船舶司令部で将兵の気象教育に当たっていた神戸海洋気象台長であった宇田は,広島管区気象台の客員気象技師として,広島原爆による気象関係の一般被害状況の調査を行い,報告をするように命じられ,上記気象台の台長であった菅原芳生技師,同気象台員北勲技手,山根正演技手,西田宗隆技術員,中根清之技術員ら(以下,宇田と併せて「宇田ら」という。)の協力の下,調査を行った。 イ 調査手法(甲A32,33,69~72,乙1)宇田らは,平成20年8月ないし同年12月に,広島市内外各所で聞取書と実地踏査による資料を収集し,疑問の点は再査して確認するようにし24 た。実地踏査については,徒歩又は自転車によることも多く,その調査範囲は,西は佐伯郡石内村から伴村にかけて,北は可部町や広島の中心部から30㎞以上も山奥の山県郡安野村や殿賀村にまで及んだ。 ウ 報告の要旨(甲A33,71,乙1)宇田らは,昭和22年12月10日,「広島原子爆弾被害調査報告(気象関係)」(甲A33)を印刷したが,連合国軍総司令部のプレスコードにより昭和26年のサンフランシスコ講和条約締結まで公表が制約され(甲A10の37頁),その内容は,昭和28年5月5日発行の日本学術会議「原子爆弾災害調査報告集第一分冊」において,「気象関係の広島原子爆弾被害調査 のサンフランシスコ講和条約締結まで公表が制約され(甲A10の37頁),その内容は,昭和28年5月5日発行の日本学術会議「原子爆弾災害調査報告集第一分冊」において,「気象関係の広島原子爆弾被害調査報告」(甲A71,乙1)として公表された。 「広島原子爆弾被害調査報告(気象関係)」ないし「気象関係の広島原子爆弾被害調査報告」の内容は,次のとおりである。 降雨状況a 降雨域原判決別図表1のとおりであり,爆心付近に始まり,広島市北西部を中心に,北西方向の山地に延び,遠く山県郡内に及んで終わる長卵形をなしている。降雨継続時間1時間以上の区域を強雨域とし,それ以外の少しでも雨が降った区域を小雨域とすると,長径19㎞,短径11㎞の長卵形の区域が強雨域(以下「宇田強雨域」という。)となり,長径29㎞,短径15㎞の長卵形の区域が小雨域(以下「宇田小雨域」といい,宇田強雨域と併せて「宇田雨域」という。)となる。 b 始雨時爆撃の閃光があった後20分後ないし1時間後に降り始めたものが多い。前線域では1時間以上2時間も後に降っている(白島は4時間後)が,これはおそらく火災によって発達した上昇気流に基因するものであろう。即ち,爆撃による直接的な上昇気流による降雨と,爆撃25 から起きた火災によって発達した収斂性上昇気流に基因する降雨が重なって現れたもので,前線の存在により強化されたものと認められる。 c 終雨時午前9時ないし午前9時半から始まり,午後3時ないし午後4時頃までにわたっており,夕方までに終わったが,爆心から北西方向に向かって順遅れになっている。 d 降雨分布の偏り降雨域,始雨時,終雨時のいずれの分布を見ても,爆心位置から北西方向に引いた線に対し著しく北側に偏り,前線帯を中軸とするような特殊の分布をしている。この 順遅れになっている。 d 降雨分布の偏り降雨域,始雨時,終雨時のいずれの分布を見ても,爆心位置から北西方向に引いた線に対し著しく北側に偏り,前線帯を中軸とするような特殊の分布をしている。このことは爆撃及び火災による円心性上昇気流が爆心付近を中心とする上空に生じ,これが上層の一般気流によって北西に流されつつ降雨を生じさせるとともに前線性の持続的な上昇気流によって降雨が強化されたものと考える。 雨水の性状a 黒い雨(泥雨)⒜ 始雨時の小雨の雨粒に特に黒い泥分が多かったため粘り気があった。当時は「油を落とした」と騒がれたが,匂いもなく油とは異なっていた。しかし,白い衣服が絣状になり,笹の葉などに黒焦が残った。 ⒝ 谷川を轟々と流下する黒い雨による出水は真っ白い泡を立てて流れ,流れる川水は墨を溶いたように黒かった。 ⒞ 雹のような大粒の雨が,当たると痛いほど土砂降りに降った。 ⒟ 大雨の最中は,盛夏の暑い日であったにもかかわらず,気温が急に下がり,寒くて震えるほどであった。 ⒠ 高須にある宇田の自宅の雨戸(爆発当時爆風により路上に吹き飛26 んで雨に打たれたもの)に付着した泥分を採集し,理化学研究所調査班に分析してもらったところ,放射能がすこぶる強大であって,爆発後2か月経過しても50Nat.と爆心地の数倍であった。 なお,昭和20年10月に学童疎開から帰ってきた宇田の次男が,その雨戸の傍らに寝ていたところ,脱毛し始めたことから,驚いてその雨戸を片付けた。雨戸を除けた後,宇田の次男の症状は悪化することもなく,間もなく回復した。(甲A72)⒡ 池の鯉や川の鯰,鰻等の魚族が黒い雨水の流入によって繁死浮上した。 ⒢ 牛が泥雨のかかった草を食べて下痢をした。 ⒣ 己斐高須方面の人は,爆発後約3か月にわたって下痢する した。(甲A72)⒡ 池の鯉や川の鯰,鰻等の魚族が黒い雨水の流入によって繁死浮上した。 ⒢ 牛が泥雨のかかった草を食べて下痢をした。 ⒣ 己斐高須方面の人は,爆発後約3か月にわたって下痢するものがすこぶる多数に上った。水道が破壊されたため井戸水,地下水を飲用したことが関与するものと推察される。 b 白い雨と泥の本体1時間ないし2時間黒い雨の降った後は続いて白い普通の雨が降った。 黒い雨に含まれた泥の成分は,爆撃時に黒煙として昇った泥塵と火災による煤塵を主とし,これに放射性物質体など爆弾に起源して空中に浮遊しあるいは地上に一旦落ちた物質塵をも複合したものと見られる。前記a⒠の雨戸に黒い雨が降ったために残った泥を採集して,これに水を注いで検査してみたところ,広島市内外に普通に存在する黒色微細な泥塵と,やや粒の粗い附近の畑地や丘陵にある風化花崗岩の茶色の碎砂泥塵との混合物を主体とすることが容易に看取された。これより推察すれば,昇騰した泥塵煤塵の空中に浮遊懸垂したものを洗い流した後の雨が白くなったので,それまでは汚染のため黒かったといえる。 27 すなわち,大気中の塵挨は1時間ないし2時間の雨により概ね除去され,これが地上に降ったため,この降下量の多い地区即ち広島市西方の高須,己斐方面で高い放射能が示されるに至ったのであろう。 降雨の機序著しく激しくかつ持続的な豪雨となった点から見て,単純に爆撃及び火災による旺盛な上昇気流にのみ起因するものと異なり,これらの因子に加えて何らか原爆の炸裂による放射性物質の分裂壊変に伴う放射線(ベータ線あるいは中性子のごときもの)の射出が働いて,あたかも巨大なウィルソン霧箱内におけるように大気中の塵を連続的に多数のイオンに化し,これらが凝結核となって大気中に浮遊するため,引き続いて 線(ベータ線あるいは中性子のごときもの)の射出が働いて,あたかも巨大なウィルソン霧箱内におけるように大気中の塵を連続的に多数のイオンに化し,これらが凝結核となって大気中に浮遊するため,引き続いて激しい降雨を呼び起こすようになったのではないかと考える。 飛散降下物a 五日市,八幡村,古田町北西など雨域の外周数㎞の範囲まで黒い灰埃が降っており,南瓜の葉などが真っ黒く見えた。 b 降下物は,焼トタン板,屋根のソギ板,蚊帳片,綿片,布片,紙片切符,名刺,紙幣,債券,埃など,軽重大小様々雑多のものが無数にあり,トタン板のような重い物が4㎞以上も北西に降ったのは一見不思議なほどである。爆風で灰神楽のように立ち昇った灰,紙片などのほか,焼け焦げたものが多かったのは,火災の盛時に,都心の旋風及び上昇気流で昇騰したからであろう。 c 降下物の中で最も多かったのは,紙片であって,その範囲は30㎞北方まで拡がっており,紙片の中には官庁,銀行,郵便局の伝票,帳簿の紙などが目立って多く,発源所在の明らかなものを調べるとことごとく爆心より1㎞以内の市中心部にあり,紙屋町,八丁堀,革屋町方面のものが多い。ここから拾得された所まで直線で結ぶと北北西の気流で流され飛散されたことが判る。紙片は,山中や田圃の中へ数限28 りなくヒラヒラ落ちて来て農山村の人々を驚かした。 d 降下は概ね降雨の前から始まって降雨中にかけて見られた。 e 降下物の分布区域は,広島市内に少なく,爆心より3㎞以上離れた市北西方山岳地帯を主として(山脈の峠を越えた所から多い)雨域よりも広く,砂谷村,八幡村,五日市,亀山村にわたる。 f 爆発後の高須,己斐方面の放射能の著大な分布は,降雨により,持続的に,原爆による高放射能物質を含む放射性物質が降下し,また,放射性物質を含む灰埃 広く,砂谷村,八幡村,五日市,亀山村にわたる。 f 爆発後の高須,己斐方面の放射能の著大な分布は,降雨により,持続的に,原爆による高放射能物質を含む放射性物質が降下し,また,放射性物質を含む灰埃が降下したのが,高須,己斐方面で最も多かったことを原因とするものであろう。 エ 「気象関係の広島原子爆弾被害調査報告」(甲A71,乙1)の「附録3.体験談聴取録(抄)」の「Ⅲ.爆心C’より2㎞以上」のうち「E. 北西山地区」の部分には,次の体験談が紹介されている。 安村相田(C’の北方8.5㎞)「 …黒煙がワーッとモクモク昇り西に向いて靡いて動いた。暫くして黒雲空一面になり,光ってから1時間くらい経って大粒の雨が夕立のようにザーザー降り30分くらいも続いた。相当出水あり,安川の水が墨のようになり2日間黒かった。魚死んだ。…」伴村細坂(C’の北東方9㎞)「 雨は1時間後から3~4時間大降りで,15時くらいまでつづく。川水黒くなる。…」伴村字大塚(北西方7㎞)「 …光って15分くらいしてから弗々降り出し黒い雨が随分夕立のように降った。大粒の雨,大雷雨,谷川え轟々真黒い水が流れて真白い泡を立て,川におる鯰や鰻など魚族死んだ。蝦蟹は生きていた。…松茸のような黒雲北へ動いた。」己斐峠絶頂付近(C’北東4.9㎞)29 「 …光ってから30分くらいしてからパラリパラリ3,4丁歩き,土砂降り小1時間続く。墨を溶いたような黒い川水で川の鰻など相当死んだらしい。黒雨15時頃まで降り続いた。…」石内村平岩(C’西北西7㎞)「 光って真黒い煙立ち,綿を千切ったような雲が立った。光ってから小1時間後ポチポチ15時までつづく。神原もパラパラ降る。真黒い水出る。螟虫がいなくなった。黒雲北の方へ動いて行った。雷ゴロゴロ鳴った。 光って真黒い煙立ち,綿を千切ったような雲が立った。光ってから小1時間後ポチポチ15時までつづく。神原もパラパラ降る。真黒い水出る。螟虫がいなくなった。黒雲北の方へ動いて行った。雷ゴロゴロ鳴った。」石内村原田三叉路(C’北西6㎞)「 …光って30分くらい経ち弗々黒雨し,1時間も続き黒い水が随分流れた。11~12時頃ドンドン降り13時頃止む。始め黒いゴミ雨,後では白い雨降った…」古田町田方2034(C’西南西5㎞)「 …雨が11時頃から降り出した。モビール廃油を溶いたような黒い雨垂れが落ち川水も黒くなった。…」古田町高田(C’西5.5㎞)「 …光って20分くらいして黒雨がザーザー1時間くらい続いて降った。」古田町山田(C’西北西5.5㎞)「 光ってから1時間ばかりしてえらい大きな雨が降って1時間くらいも続いた。汚れた真黒い墨のような雨。…」草津町高井(C’西8㎞)「 光って10分~20分してバラバラ時雨が来て頭の手拭もビシャ濡れ,30分くらいして草津の方からバリバリゴロゴロと雷が鳴った。…雨の降る時は山中の周りが真暗に曇った。」石内村利松(C’西7㎞)30 「 …光って1~2時間して黒い雨バラバラ来た。黒い灰を泥にしたような泥雨であった。…」石内村湯戸(C’西北西8㎞)「 …光って30分くらいしてから雨が降り出して,襦袢など真黒くなった。始めは小粒で終いには大粒の雨がドンドン降った。出水で川水は真黒になった。ギギウ(鯰に似た魚の方言)が浮いていた。雨は午前には止んだ。…」石内村湯戸東端(C’西北西8㎞)「 …光って30分くらいして黒雨が降り出しザーザー降り大きな川(八幡川)の水が真黒になった。(鰻が死んで浮いた)…黒雨のかかった草を喰わした牛は下痢した。…」 内村湯戸東端(C’西北西8㎞)「 …光って30分くらいして黒雨が降り出しザーザー降り大きな川(八幡川)の水が真黒になった。(鰻が死んで浮いた)…黒雨のかかった草を喰わした牛は下痢した。…」久地村,瀬谷(C’北西18㎞)「 黒い小さい雨が30~60分降って…久地村の奥にも黒雨降ったがひどくはなかった。」飯室村古市「 …10分くらいバラバラと雨降った。…」山県郡安野村澄合(C’北々西20㎞)「 黒い小雨が降り小斑点を服に残し洗濯してもなかなか落ちなかった。 雷鳴り…」同安野村宇佐(C’北々西20㎞)「 黒い小雨あり雷鳴…」水内村久日市(C’北西20㎞)「 黒い小雨バラバラ来り油と思った。30~60分降る。…」殿賀村西調子(C’北西26㎞)「 大粒の雨バラバラ降り雷鳴。…」都谷村長笹(C’北々西26㎞)31 「 黒い色の小雨降る。…」⑸ 広島文理科大学グループによる調査・報告広島文理科大学物理学教室の藤原武夫教授らは,昭和20年9月,昭和21年8月及び昭和23年1月ないし同年6月に,ローリッツェン検電器を用いて,広島市内及び近郊の放射能を測定し,その結果は,昭和28年5月5日発行の日本学術会議「原子爆弾災害調査報告集第一分冊」において,「広島市附近における残存放射能について」(甲A38)として公表された。 「広島市附近における残存放射能について」には,その測定結果について,原判決別図表6-1,6-2のとおり(宇田強雨域に含まれる安佐郡伴村前原で最も高い2.5という強度が測定されている。)であったとされた上で,「降雨地帯特に豪雨地帯での放射能は第Ⅲ回測定時において他より幾分強い傾向を示している。しかも同一の峠路又は川筋に沿って測定点を採った場合,海抜の小さい地点ほど放射 ている。)であったとされた上で,「降雨地帯特に豪雨地帯での放射能は第Ⅲ回測定時において他より幾分強い傾向を示している。しかも同一の峠路又は川筋に沿って測定点を採った場合,海抜の小さい地点ほど放射能が強くなている傾向がある-但し…己斐峠の場合の如く逆傾向の一例もあるが。…電気計の精度から言て断定的な帰結とは言えないが,興味ある問題だと思われる。」との見解が示されている。 ⑹ 昭和28年5月5日発行の日本学術会議「原子爆弾災害調査報告集第一分冊」のその余の記載昭和28年5月5日発行の日本学術会議「原子爆弾災害調査報告集第一分冊」の中には,次の記載部分(甲A15)がある。 「 原子爆弾爆発後間もなく広島西方地区に驟雨ありて(土地の人々『黒い雨』と称しあり)放射能性物質の沈積を想像し…該地区の放射能を測定し高須附近に於て最高の値を示しあるは後述の如し。又降雨地区に於て池中の魚類死滅し或は地中或る深さ迄蚯蚓の死亡しありしと言う。 依て該地区住民にして斯る沈積物乃至降雨により障害増加せられたりや或はそれのみにより障害を受けたりやに就き検査あり。 32 但し調査の時期稍々遅きに失し且つ材料時間其の他諸種の制約により十分調査をなすを得ざりき。」(391頁)⑺ 広島市の医師である於保源作(以下「於保」という。)による調査・報告於保は,昭和32年10月12日発行の日本医事新報1746号において,「原爆残留放射能障碍の統計的観察」(甲A20)を公表した。 「原爆残留放射能障碍の統計的観察」には,次のような見解が示されている。 「 …なるほど原爆の際核分裂を免がれたU235(広島原爆では一割しか核分裂しなかった由)や核分裂生成物の大部分は原子雲に乗り折からの東南東の風で運ばれ,黒い雨に混じて遠隔地(広島市高須地区・爆心より4.0キロ 原爆の際核分裂を免がれたU235(広島原爆では一割しか核分裂しなかった由)や核分裂生成物の大部分は原子雲に乗り折からの東南東の風で運ばれ,黒い雨に混じて遠隔地(広島市高須地区・爆心より4.0キロ)に落下したのであろう。…」⑻ 日米合同調査団による調査・報告日米合同調査団は,昭和20年10月3日ないし同月7日に,広島の100か所においてガイガーミュラー計数管を用いた放射能測定を行い,爆心地の風下に当たる広島市の西方3.2㎞の高須地区で放射能の数値が高いことが確かめられたと報告した(乙98の157頁)。 4 被爆者援護法の制定経過⑴ 原爆医療法の制定等ア 広島市等の請願・陳情広島・長崎両市長等による「原子爆弾による障害者に対する治療援助に関する請願」の提出(甲A10及び乙9の各80頁)広島・長崎両市長及び両市議会議長は,昭和28年7月,国会に対し,「原子爆弾による障害者に対する治療援助に関する請願」を提出し,上記請願は,同年8月3日に衆議院で,同月6日に参議院で,それぞれ採択された。 上記請願の内容は,次のとおりである。 33 「 …障害者の大部分は治療費の負担に堪えない人々であり,然もこれらに対する治療費は相当多額となり,市財政窮乏の折柄,市費のみによって入院加療せしめることは著しく困難でありますので,原爆障害の特殊性に鑑み,国費による援助救済につき格別の御配慮を賜りますようお願い致す次第であります。」広島市長等による「原爆障害者治療費等に関する陳情書」の提出(甲A12及び乙10の各591~594頁)広島市長,広島市議会議長及び広島市原爆障害者治療対策協議会会長は,昭和30年9月,政府に宛てて,「原爆障害者治療費等に関する陳情書」を提出した。 上記陳情書中の「二,被爆生存者の健康管理について」 島市長,広島市議会議長及び広島市原爆障害者治療対策協議会会長は,昭和30年9月,政府に宛てて,「原爆障害者治療費等に関する陳情書」を提出した。 上記陳情書中の「二,被爆生存者の健康管理について」の部分の内容は,下記aのとおりであり,上記陳情書添付の「資料⑶ 被爆生存者の健康管理」中の「三,健康管理の必要」の部分の内容は,後記bのとおりである。 a 「二,被爆生存者の健康管理について」の部分の内容「 原爆を被ってより既に10年を経た今日尚,被爆者のうち原爆症で倒れるものが続出し殊に本年1月以来今日まで10名の患者が不測のうちに死亡し,一般被爆市民も甚だしく不安の念にかられ,定例の診察会は勿論,随時医療機関に診断を求めるものが激増している現状であって市内に居住する9万8000の被爆者の健康管理は最も緊急を要するものと思われる。このためには被爆者全員の実態調査及び必要に応じ精密検査を実施し,治療並びに予防のための健康指導を行う。 …」b 「資料⑶ 被爆生存者の健康管理」中の「三,健康管理の必要」の部分の内容「 これらの人々は被爆直後は別として,その後7,8年間は別に何ら34 の症状もなく健康体の如くふるまって来たのであるが放射能の影響による潜在的な生命力の減弱を内蔵していたのであろう。現在でも20数名の患者が白血病や貧血症のため病床に呻吟している状態である。 これらの悲しい事実は一般被爆市民に,いつ発病するかわからないという不安と焦燥の念を与え,市民福祉のため放置することはできない。 この際被爆生存者の実態を調査して健康管理の手がかりを求め将来の計画を立てることが最も緊要である。…」広島・長崎両市長等による「原爆障害者援護法制定に関する陳情書」の提出(甲A10及び乙9の各89頁,甲A12及び乙10の各644~6 手がかりを求め将来の計画を立てることが最も緊要である。…」広島・長崎両市長等による「原爆障害者援護法制定に関する陳情書」の提出(甲A10及び乙9の各89頁,甲A12及び乙10の各644~648頁)広島・長崎両市長及び両市議会議長は,昭和31年11月5日,関係各署に対し,「原爆障害者援護法制定に関する陳情書」を提出した。 上記陳情の内容は,下記aのとおりであり,上記陳情書に添付された「原爆障害者援護法案要綱(試案)」の内容(抜粋)は,後記bのとおりである。 a 上記陳情の内容「 …広島,長崎における被爆生存者は,両県内合わせて23万名,他の都道府県に約5万名あり,精密検査を要するもの約5万名,要治療者数1万名と推定せられており,これら障害者の治療ないし健康管理については,今後更に相当の期間と多額の経費を要することと存じます。 今日までの治療実績によりますと,原爆障害の症状は極めて複雑でありまして,治療は相当長期を要し且つ困難であります。また,被爆後11年の今日に至っても発病して重態に陥り不測のうちに死亡するものがあり,放射能の恐るべき影響は一般被爆者に大きな不安を与え35 ております。…原爆障害の症状が特異であり,治療に長い期間と多額の経費を必要とするので,これが医療費を個々の患者が負担することは極めて困難であります。しかも原爆障害は国の責任において遂行した戦争による犠牲であり,それが戦後11年の今日に至ってなお,犠牲者の健康をむしばんでいるのでありますから,治療ないし健康管理は当然国家の責任で行われるべきであると存じます。…以上述べました事由により,この際,原爆障害者の援護に関する法律を制定せられて,全国に散在する被爆者,障害者の福祉向上に一段と御配慮賜わらんことを切に懇願申上げる次第であります。… と存じます。…以上述べました事由により,この際,原爆障害者の援護に関する法律を制定せられて,全国に散在する被爆者,障害者の福祉向上に一段と御配慮賜わらんことを切に懇願申上げる次第であります。…」b 「原爆障害者援護法案要綱(試案)」の内容(抜粋)「一,国は原爆障害者に対して医療を行い,被爆者に対しては,健康管理を行うものとすること。 ○ 原爆障害者とは,昭和20年8月広島市又は長崎市に投下された原子爆弾の影響により受けた政令で定める障害を有する者をいう。 ○ 被爆者とは,昭和20年8月広島市又は長崎市に原子爆弾が投下された時又はそれに引続く政令で定める期間内に,政令で定める区域内にあった者及びその者の胎児であった者をいう。」「八,健康管理を受けようとする者は,都道府県知事又は保健所を設置する市の長に申請して,被爆者の登録を受けなければならないこととすること。 九,前項の知事又は市長は,登録した被爆者に対して,厚生省令の定めるところによる被爆者健康手帳を交付すること。 一〇,被爆者の健康管理は,健康診断及び医師その他の職員による必要な指導とし,健康診断は毎年実施すること。 36 2,前項実施に関する必要事項は,厚生省令で定めること。 3,健康管理に要する費用は全額国庫負担とすること。」広島県知事による「原爆障害者の援護法制定に関する陳情書」の提出(甲A10及び乙9の各90頁,甲A12及び乙10の各653,654頁)広島県知事は,昭和31年12月27日,関係各署に対し,「原爆障害者の援護法制定に関する陳情書」を提出した。 上記陳情の内容は,次のとおりである。 「 …本県における被爆生存者は125,167名あり,この外長崎をはじめ他の都道府県に生存する被爆者を合せると,実に280,000人の多数にの を提出した。 上記陳情の内容は,次のとおりである。 「 …本県における被爆生存者は125,167名あり,この外長崎をはじめ他の都道府県に生存する被爆者を合せると,実に280,000人の多数にのぼるといわれております。 御承知のように,被爆後11年余の今日においても原爆による人体への障害はなお遺存し,被爆者は何時発病するかわからない原爆症に脅えつつ,不安と焦燥にかられながら日々の生活におわれるという悲惨な状態であります。 このため,本県においては被爆生存者全員が精密検査を要望し,14,000人が既に治療を申し出ているのでありますが,原爆障害の症状は複雑であり,且つ,治療には長い期間と多額な経費を必要としますので,とうてい個々の患者がその医療費を負担することは困難でありますので,原爆障害の政治的,社会的並びに医学的特殊性に鑑み,国の責任において原爆障害者の治療を行って頂きたいのであります。 また,治療を効果的に実施するためには,今日までの経験に徴し,平素の徹底的な健康管理と医療期間中の生計費の保障の必要性を痛感いたしますので,これに要する経費についても国費をもって支弁して頂くようあわせてお願いするものであります。 以上,申し述べましたところにより,この際是非とも早急に原爆障害37 者の援護に関する法律を制定せられまして,被爆者が安んじて生活のできるように,特別の御配慮を賜りますよう懇願する次第であります。」広島県・長崎県選出国会議員一同等による「原爆障害者の援護に関する陳情書」の提出(甲A10及び乙9の各90頁,甲A12及び乙10の654,655頁)広島県・長崎県選出国会議員一同,広島県・長崎県及び広島市・長崎市は,昭和32年1月12日,関係各署に対し,「原爆障害者の援護に関する陳情書」を提出した。 上記陳情の 10の654,655頁)広島県・長崎県選出国会議員一同,広島県・長崎県及び広島市・長崎市は,昭和32年1月12日,関係各署に対し,「原爆障害者の援護に関する陳情書」を提出した。 上記陳情の内容は,次のとおりである。 「 …広島,長崎の原爆被爆生存者は,全国に合せて約28万名あり,検査と治療を要するものが相当数に上るものと推定せられるのであります。 今日までの広島,長崎の治療実績によりますと,㈠原爆症状は極めて特異であるので治療が困難であります。従って,この治療には多額の経費を必要とします。㈡又,11年余の今日に至っても突然発病して不測のうちに死亡するものがあります。従って,被爆者に対する健康管理が必要であると存じます。㈢更に,これらの治療を要するもののうちには,入院をすれば忽ちその生計に支障を来たすために治療に応じ得ないという社会問題も発生しております。従って,生活困窮者には医療手当を支給する必要があると存じます。 以上述べました事由により,この際,原爆障害者の援護に関する法律を制定せられて,全国に散在する被爆者,障害者の福祉向上に一段と御配慮賜らんことを切に懇願申上げる次第であります。」イ 国会における議論昭和31年11月26日開催の参議院本会議(第25回国会)において,小林英三厚生大臣は,原爆障害者の治療等に関する立法措置に関し38 て,下記aのとおり答弁し,一万田尚登大蔵大臣は,上記立法措置に伴う予算措置に関して,後記bのとおり答弁した(甲A10及び乙9の各90頁,甲A12及び乙10の各652頁)。 a 「…法的処置といたしましても,今日立法化の方向を考えておるのでありまして,検討中でございまして,その御答といたしましては,健康管理と治療との問題を中心といたしまして検討中でございます。 …」b …法的処置といたしましても,今日立法化の方向を考えておるのでありまして,検討中でございまして,その御答といたしましては,健康管理と治療との問題を中心といたしまして検討中でございます。 …」b 「…厚生省において,別途健康診断及び治療を内容といたしまする立法措置を講ずるよう検討中であると聞いております。大蔵省といたしましても,この問題につきましては,他の戦争災害者との関連もありますので,慎重に検討をしなくてはならぬと思いますが,しかし,特別なことでありますので,できるだけのことはいたしたい,かように考えておる次第であります。」衆議院は,昭和31年12月22日,「原爆障害者の治療に関する決議」をした。その内容は,次のとおりである。(甲A10及び乙9の各90頁,甲A12及び乙10の各652,653頁)「 昭和20年8月,広島市及び長崎市に投ぜられた原子爆弾は,わが国医学史上かって経験せざる特異な障害を残し,10年後の今日,なお多数の要治療者をかぞえる外,これによる死者も相継ぎ,障害者はきわめて不安な生活を送っており,人道上の見地から考えてもまことに憂慮にたえないとともに,国としてこれ等の特異な被害者の治療等につき医学的見地から深い研究を進める要がある。 よって政府は,すみやかに,これらに対する必要な健康管理と医療とにつき,適切な措置を講じ,もって障害者の治療について遺憾なきを期せられたい。」ウ 政府における検討39 厚生省による昭和31年12月7日付け「被爆者の健康保持に関する法律案要綱(第1次案)」(乙149)の作成厚生省は,昭和31年12月7日付けで,「被爆者の健康保持に関する法律案要綱(第1次案)」を作成した。 その内容(ただし,修文後のもの。)は,下記aのとおりであり,そこには,後記bのとおり,立 厚生省は,昭和31年12月7日付けで,「被爆者の健康保持に関する法律案要綱(第1次案)」を作成した。 その内容(ただし,修文後のもの。)は,下記aのとおりであり,そこには,後記bのとおり,立案担当者のメモ書きが残されている。 a 「被爆者の健康保持に関する法律案要綱(第1次案)」「第1 総則1 この法律は,原爆被爆者が置かれている健康上の特別の状態にかんがみ,国の責任において,原爆被爆者に対し,健康管理を行い,必要な者に対して医療を行う等により,その健康の保持に資することを目的とすること。 2 この法律において『被爆者』とは,昭和20年8月広島市又は長崎市に原子爆弾が投下された時又はそれに引き続く政令で定める期間内に政令で定める期間,広島市,長崎市又はこれらに隣接する地域のうち政令で定める区域内にあった者及び当時その者の胎児であった者をいうこと。 第2 健康診断1 原爆被爆者は,申請に基き,都道府県知事(又は保健所を設置する市の市長)において登録し,これに被爆者健康手帳を交付すること。 2 登録された被爆者につき,毎年定期に,健康診断,精密検査,医師等による必要な指導等を行うこと。 第3 医療1 厚生大臣は,被爆者が原子爆弾に基く放射線又は熱線により負傷し,又は疾病にかかり,医療を要すると認められる場合におい40 ては,その者…の申請により,必要な医療の給付を行い,又はこれに代えて当該医療に要する費用を支給すること。」b 立案担当者のメモ書き⒜ 「2k以内は政治的要望もあって引いた線」⒝ 「普通爆弾の被害を受けた場合はその時だけの傷害であり,原爆はその時だけでなく事後にも問題が残されている。従って,被爆そのものが原爆の場合は特異な状態…」⒞ 「他の戦争犠牲者との関連をどうするか。」⒟ の被害を受けた場合はその時だけの傷害であり,原爆はその時だけでなく事後にも問題が残されている。従って,被爆そのものが原爆の場合は特異な状態…」⒞ 「他の戦争犠牲者との関連をどうするか。」⒟ 「医学上の理由(不安定な健康状態)健康な状態に見えてもそれは外見上であり実際は潜在的傷害を有するとみるべきである。」⒠ 「国家責任を明確にするかどうか(なるべく表面に出さない方がよい)」⒡ 「障害の特殊性を説明すると健康管理の必要性が薄らいでくるのではないか。」⒢ 「健康という概念を明確にしておくべきである(医師が言う健康は完璧無比〔この部分は,はっきりと読み取ることができない〈当裁判所注記〉。〕のものである)」⒣ 「障害者と被爆者とは外見的区分であり実質的には両者は同じである。」⒤ 「広島,長崎に在住していたものでも例外者がある(日赤の例)」厚生省による昭和31年12月12日付け「原爆被爆者の医療等に関する法律案(第1次原案)」(甲A13及び乙150の1の各44,45頁,乙150の2)の作成厚生省は,昭和31年12月12日付けで,「原爆被爆者の医療等に関する法律案(第1次原案)」を作成した。 41 その内容(ただし,修文後のもの。)は,次のとおりである。 「第1章 総則(目的)第1条 この法律は,昭和20年8月広島市及び長崎市に投下された原子爆弾による被爆者に対し,国において健康診断及び医療等を行うことにより,その健康の保持及び向上をはかることを目的とする。 (定義)第2条 この法律において『被爆者』とは,昭和20年8月広島市又は長崎市に原子爆弾を投下された時広島市及び長崎市及び政令で定めるこれに隣接する区域内にあった者(当時その者の胎児であった者を含む。)並びに原子爆弾が投下された時以後に とは,昭和20年8月広島市又は長崎市に原子爆弾を投下された時広島市及び長崎市及び政令で定めるこれに隣接する区域内にあった者(当時その者の胎児であった者を含む。)並びに原子爆弾が投下された時以後に爆心地(広島市細工町及び長崎市松山町とする。)附近に立ち入った者等政令で定める者であって,都道府県知事の登録を受けた者をいう。 第2章 健康診断及び健康指導(健康診断及び健康指導)第3条 被爆者に対する健康診断及び健康指導は,この章の定めるところにより,都道府県知事が行うものとする。 (健康手帳)第4条 被爆者の登録を受けようとする者は,厚生省令の定めるところにより,その居住地(居住地を有しないときは,その現在地)の都道府県知事に申請しなければならない。 第5条 都道府県知事は,前条の規定により申請があったときは,審査の上厚生省令の定めるところにより登録し,その者に健康手帳を交付しなければならない。 (健康診断)第6条 都道府県知事は,被爆者に対し,毎年,期日又は期間を指定し42 て健康診断を行わなければならない。」「第3章 医療(医療)第10条 厚生大臣は,被爆者であってその負傷又は疾病が原子爆弾に基く放射線又は熱線に起因し,且つ現に医療を要すると認められるもの…に対し,この章の定めるところにより医療の給付を行い,又はこれに代えて当該医療に要する費用を支給する。」厚生省による昭和32年1月9日付け「原爆被爆者の医療等に関する法律案要綱(第7次案)」(甲A13及び乙150の1の各2頁,乙151)の作成厚生省は,昭和32年1月9日付けで,「原爆被爆者の医療等に関する法律案要綱(第7次案)」を作成した。 その内容は,下記aのとおりであり,そこには,後記bのとおり,立案担当者のメモ書きが残されている。 省は,昭和32年1月9日付けで,「原爆被爆者の医療等に関する法律案要綱(第7次案)」を作成した。 その内容は,下記aのとおりであり,そこには,後記bのとおり,立案担当者のメモ書きが残されている。 a 「原爆被爆者の医療等に関する法律案要綱(第7次案)」「第1 総則1 この法律は,被爆者が置かれている健康上の特別の状態にかんがみ,国が,被爆者に対し,健康診断及び医療等を行うことにより,その健康の保持及び向上をはかることを目的とすること。 2 この法律において『被爆者』とは,昭和20年8月広島市又は長崎市に原子爆弾が投下された時…に広島市,長崎市又は政令で定める地域…内にあった者(当時その者の胎児であった者を含む),及びこれに準ずる者で政令で定めるもの等であって,健康手帳の交付を受けたものをいうこと。 第2 健康診断1 都道府県知事は,申請に基き,被爆者を登録し,健康手帳を交43 付すること。 2 都道府県知事は,手帳の交付を受けた被爆者につき,毎年,期日又は期間を指定して健康診断を行うこと。 3 都道府県知事は,右の健康診断の結果必要と認めるときは,医師その他の職員をして,必要な指導を行わせること。 第3 医療1 厚生大臣は,被爆者であってその負傷又は疾病が原子爆弾に基く放射線又は熱線に起因し且つ現に医療を要すると認められるもの…に対し,申請に基き,必要な医療の給付を行い,又はこれに代えて当該医療に要する費用を支給すること。」b 立案担当者のメモ書き(なお,下記の「都築」は,原爆被害対策に関する調査研究連絡協議会の医学部会長であった都築正男東京大学名誉教授であることが,下記の「中泉」は,上記協議会の環境衛生部会長であった中泉正徳東京大学名誉教授(前東京大学医学部放射線科教授)であることが,下記の「小島 会の医学部会長であった都築正男東京大学名誉教授であることが,下記の「中泉」は,上記協議会の環境衛生部会長であった中泉正徳東京大学名誉教授(前東京大学医学部放射線科教授)であることが,下記の「小島」は,上記協議会の広島長崎部会長であった小島三郎であることが,それぞれ窺われる。)⒜ 都築・中泉・小島「広島,長崎共5㎞」⒝ 都築「1.500㎞以内に4週間がよいと思う。」⒞ 中泉「2.000㎞以内に2週間がよいと思う。」⒟ 小島「焼場で働いたものは第3のカテゴリーに入る。法律が許すならば,距離,期間とも概ねつけたい。」⒠ 都築「急性症状 脱毛2,3㎞以内 下痢,ヘン頭腺炎は距離不明。」⒡ 中泉「第3のカテゴリーはCase by case でよいのではないか。」⒢ 中泉「広くしよう。但し外の都市に及ばないようにしよう。それを審議会に含んでもらう。」44 ⒣ 中泉「に起因しはどうも強すぎる。広島における白血病患者をみた場合個々の例についてはっきり原爆障害といえるかどうかは問題である。放射線,熱線を入れるなら起因しをとり,影響しに改めたらどうか。」厚生省による「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律案(途中整理案)」(乙150の1の51~59頁)の作成厚生省は,昭和32年1月頃,「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律案(途中整理案)」を作成した。 その内容は,次のとおりである。 「第1章 総則(目的)第1条 この法律は,昭和20年8月広島市及び長崎市に投下された原子爆弾による被爆者が置かれている健康上の特別の状態にかんがみ,その者に対し国において健康診断及び医療等を行うことにより,その健康の保持及び向上をはかることを目的とする。 (定義)第2条 この法律において『被爆者』とは,次の各号の一に該当する にかんがみ,その者に対し国において健康診断及び医療等を行うことにより,その健康の保持及び向上をはかることを目的とする。 (定義)第2条 この法律において『被爆者』とは,次の各号の一に該当する者であって,第3条の規定による被爆者健康手帳の交付を受けた者をいう。 一 原子爆弾が投下された際当時の広島市若しくは長崎市の区域内又は政令で定めるこれらに隣接する区域内にあった者及び当時その者の胎児であった者二 原子爆弾が投下された時から起算して政令で定める期間内に前号の区域のうちで政令で定める区域内にあった者三 前二号に掲げる者のほか,これに準ずる状態にあった者であって,原子爆弾による放射線の影響を受けたおそれがあるとして政令で45 定めるもの第2章 健康管理(申請)第3条 被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,その居住地(居住地を有しないときは,その現在地とする。以下同じ)の都道府県知事(その居住地が広島市又は長崎市であるときは,当該市の長とする。以下同じ。)に申請しなければならない。 2 都道府県知事は,前項の申請に基いて審査し,申請に係る者が前条各号の一に該当すると認めたときは,被爆者健康手帳を交付しなければならない。 (健康診断)第4条 都道府県知事は,被爆者に対し,毎年厚生省令で定めるところにより,健康診断を行わなければならない。」「第3章 医療の給付及び医療費の支給(医療)第8条 厚生大臣は,被爆者であってその負傷又は疾病が原子爆弾に基く放射線又は熱線に起因し,且つ現に医療を要する,状態にあるものに対し,その者の申請により医療の給付を行う。」厚生省の審議会における審議厚生省は,昭和32年2月3日頃,同省の審議会において,「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律案(途中整理案) あるものに対し,その者の申請により医療の給付を行う。」厚生省の審議会における審議厚生省は,昭和32年2月3日頃,同省の審議会において,「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律案(途中整理案)」について,審議を行い,同省官房総務課は,その結果について,同日付け「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律案の審議結果」(乙150の1の41~43頁)に取りまとめた。 その中には,次の各部分が存在する。 「第1条(目的)46 ㈠ 原子爆弾被爆者に限って,『国の責任として』健康診断等を行うこととする理由を強く打ち出すことについての明確な理論が弱いのではないか。また,『国の責任』は,補償法か,援護法とかに割り切るべきであるとの議論も出ることと考えられる。当初議員立法として制定されようとしたものを政府提案に切り替えたいという経緯もあるので,その理由としては,被爆者の有する医学上の特異な障害がいわば休火山の如き状態において,今日にまで及んでいること及び,それが戦争によって惹起されたものであることの二点によると割り切っている。」「第2条(定義)㈠ 第2号及び第3号に胎児を含まぬ理由並びに第1号該当者関係においても,被爆後胎児となった者を含まぬ理由は,二代に亘る遺伝は,まだ医学上の定説となっていないということによるが,健康管理を主目的の一とする本法案の法律案としては若干の疑問もある。」厚生省による昭和32年2月7日付け「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律案」(甲A13,乙13及び乙150の1の各6~14頁,乙150の3)の作成厚生省は,昭和32年2月7日付けで,「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律案」を作成した。 その内容(ただし,修文後のもの。)は,次のとおりである。 「第1章 総則(この法律の目的)第1条 この は,昭和32年2月7日付けで,「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律案」を作成した。 その内容(ただし,修文後のもの。)は,次のとおりである。 「第1章 総則(この法律の目的)第1条 この法律は,広島市及び長崎市に投下された原子爆弾により今なお被爆者が置かれている健康上の特別の状態にかんがみ,国の責任において被爆者に対し健康診断及び医療等を行うことを目的とする。 47 (定義)第2条 この法律において『被爆者』とは,次の各号の一に該当する者であって,被爆者健康手帳の交付を受けたものをいう。 一 原子爆弾を投下された際当時の広島市若しくは長崎市の区域内又は政令で定めるこれらに隣接する区域内にあった者二 原子爆弾が投下された時から起算して政令で定める期間内に前号に規定する区域のうちで政令で定める区域内にあった者三 前二号に掲げる者のほか,原子爆弾の傷害作用の影響を受けたおそれがあると考えられる状態にあった者四 前各号に掲げる者が当該各号に該当した当時その者の胎児であった者第2章 健康管理(被爆者健康手帳)第3条 被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,その居住地(居住地を有しないときは,その現在地とする。以下同じ。)の都道府県知事(その居住地が広島市又は長崎市であるときは,当該市の長とする。以下同じ。)に申請しなければならない。 2 都道府県知事は,前項の申請に基いて審査し,申請者が前条各号の一に該当すると認めるときは,その者に被爆者健康手帳を交付しなければならない。 3 被爆者健康手帳に関し必要な事項は,政令で定める。 (健康診断)第4条 都道府県知事は,被爆者に対し,毎年,厚生省令で定めるところにより,健康診断を行わなければならない。」「第3章 医療(医療の給付)48 項は,政令で定める。 (健康診断)第4条 都道府県知事は,被爆者に対し,毎年,厚生省令で定めるところにより,健康診断を行わなければならない。」「第3章 医療(医療の給付)48 第7条 厚生大臣は,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被爆者に対し,必要な医療の給付を行う。」厚生省による陳情等の聴取厚生省の中原技官,木村公衆衛生局企画課長及び木村厚生事務次官は,昭和32年2月7日ないし同月13日に,相次いで広島市を訪れ,法律案作成についての地元各方面の陳情や意見を聴取した(甲A12及び乙10の各658頁)。 内閣法制局による昭和32年2月7日付け「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律案」の修文(甲A13,乙13及び乙150の1の各15,16頁)内閣法制局は,その頃,昭和32年2月7日付け「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律案」について,下記aのとおり第2条第3号を,後記bのとおり第2条第4号を,それぞれ修正し,後記cのとおり第7条第1項に但書を加えた。 a 第2条第3号「 前二号に掲げる者のほか,原子爆弾が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」b 第2条第4号「 前三号に掲げる者が当該各号に規定する事由に該当した当時その者の胎児であった者」c 第7条第1項「 ただし,当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因するものでないときは,その者の治ゆ能力が原子爆弾の放射能の影響を受けていると認められる場合に限る。」49 厚生省による「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律案予想質問事項」(甲A23)の作成厚生省公衆衛生局は,その頃,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律案の国会審議に備 場合に限る。」49 厚生省による「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律案予想質問事項」(甲A23)の作成厚生省公衆衛生局は,その頃,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律案の国会審議に備え,「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律案予想質問事項」を作成した。その内容は,次のとおりである。 a 「問5 原爆症とは何か」「答 原爆症とは原子爆弾に起因すると考えられる疾病傷害について仮りによばれている名でありまして,決定的な単独の疾病としてははっきり致しておりません。従いましてその病名は,白血病とか,再生不良性貧血とか,その他一般に使用されている病名であらわれています。 しかし現在の医学においては未だ証明されないものが被爆者に加わっていることも想像されるところでありまして,例えば被爆者が一見老化現象が早く現れるように感ぜられること,疾病に対する抵抗性が弱いこと等が考えられるのであります。瘢痕につきましてもケロイドの発生が特に多くあったことは御承知の如くでありまして瘢痕れん縮による機能障害を治療するにおきましてもその治ゆが困難を伴っていることが経験されております。 要するに原子爆弾の放射能に起因すると推定される疾病等であって特異な症状を呈する一群の疾病群を総称して原爆症と呼ばれていると考えます。」b 「問9 広島市長崎市に隣接する区域とはどの程度を考えているか」「答 爆心地(広島市細工町,長崎市松山町)よりおおむね5粁の範囲が妥当であろうという学者の意見でありますのでその程度を考えております。」50 c 「問10 投下以後の政令で定める期間,政令で定める区域とはどのようなものを考えているか」「答 学者の意見によりまして投下後約2週間,爆心地より約2粁程度を考えております。」d 「問11 身体に原爆の放 下以後の政令で定める期間,政令で定める区域とはどのようなものを考えているか」「答 学者の意見によりまして投下後約2週間,爆心地より約2粁程度を考えております。」d 「問11 身体に原爆の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者とは例えばどういうものをいうか」「答 例えば投下後に爆心地より3粁の地点において患者の収容に当った看護婦が発病したというような事件もあるといわれておりますので,このようなことを考慮して規定をおいた次第であります。要するに原爆の放射能の影響も未だ完全に究明されておらない現状でありますので,このような例についてもこの法律による医療等を受け得るようにするため,かような規定を設けたわけであります。」e 「問14 健康診断の内容如何」「答 健康診断を定期的に行います場合は,通常一般検査と精密検査に分けて行い,精密検査は,一般検査の結果精査する必要があると思われる者について行うことになると存じます。 検査の方法,種類等につきましては…現在予想しておりますものといたしましては患者の種類によって異なりますが,問診,打診,聴診等による一般診療と赤血球沈降速度測量,血球数算,血色素検査等が考えられます。精密検査に至りますと更にX線検査,血液像検査,骨髄検査,肝機能検査,糞便検査検尿等その他が考えられます。…」エ 原子爆弾被爆者の医療等に関する法律案の国会審議内閣は,昭和32年2月21日,第26回国会に原子爆弾被爆者の医療等に関する法律案を提出し(甲A10の91頁,甲A12及び乙10の各658頁),上記法律案は,衆議院並びに参議院の社会労働委員会及51 び本会議で審議された。その審議内容は,次のとおりである。 神田博厚生大臣は,昭和32年2月22日開催の衆議院社会労働委員会(第26回国会)にお ,衆議院並びに参議院の社会労働委員会及51 び本会議で審議された。その審議内容は,次のとおりである。 神田博厚生大臣は,昭和32年2月22日開催の衆議院社会労働委員会(第26回国会)において,次のとおり提案理由及び法律案の要点を説明した(甲A10及び乙9の各91頁,甲A11の124,125頁,乙14の2頁)。 「 昭和20年8月,戦争末期に投ぜられました原子爆弾による被爆者は,十余年を経過した今日,なお多数の要医療者を数えるほか,一見健康と見える人におきましても突然発病し死亡する等,これら被爆者の健康状態は,今日においてもなお医師の綿密な観察指導を必要とする現状であります。しかも,これが,当時予測もできなかった原子爆弾に基くものであることを考えますとき,国としてもこれらの被爆者に対し適切な健康診断及び指導を行い,また,不幸発病されました方々に対しましては,国において医療を行い,その健康の保持向上をはかることが,緊急必要事であると考えるのであります。…被爆者の現状にかんがみますれば,今後全国的にこれが必要な健康管理と医療とを行い,もってその福祉に資することといたしたいと考え,ここに原子爆弾被爆者の医療等に関する法律案を提出した次第であります。次に,その要点について簡単に御説明いたしたいと存じます。 第一は,原子爆弾が投下された当時広島市長崎市に居住していた者その他原子爆弾の放射能の影響を受けていると考えられる人に対しまして,その申請に基き都道府県知事において被爆者健康手帳を交付し,毎年健康診断及び必要な健康上の指導等の健康管理を行うことにより,疾病の早期発見その他被爆者の健康の保持をはかることとしたのであります。…」山口厚生省公衆衛生局長は,昭和32年3月25日開催の衆議院社会労働委員会(第26回国会)において, 行うことにより,疾病の早期発見その他被爆者の健康の保持をはかることとしたのであります。…」山口厚生省公衆衛生局長は,昭和32年3月25日開催の衆議院社会労働委員会(第26回国会)において,被爆者の範囲について,下記a52 のとおり,また,放射能の影響が核実験によるものではなく,広島原爆又は長崎原爆によるものであることの証明の必要性について,後記bのとおり,それぞれ答弁した(甲A11の126,127頁,乙15の17,18頁)。 a 「この法律を適用されます被爆者と申しますのが一,二,三,四に該当するものでございまして,第一は,投下されたそのときに,広島市,長崎市または政令で定める区域-これは爆心地から大体5キロくらいの区域を考えておるわけでございます。 それから第二は,その爆弾が投下されたときには,この広島市,長崎市にはおりませんでしたけれども,…2週間の期間の間に入ってきて,そうして遺骨を掘り出したとか,あるいは見舞にあっちこっち探して回ったとかいうような人を考えております。その際には,爆心地から2キロくらいというふうに考えております。これも専門家の意見を聞いて,大体そういうふうに考えておるわけでございます。 第三は,その一にも二にも入りませんが,たとえば投下されたときに,爆心地から5キロ以上離れた海上で,やはり輻射を受けたというような人も,あとでいわゆる原子病を起してきております。そういう人を救わなければならないということ,それからずっと離れたところで死体の処理に当った看護婦あるいは作業員が,その後においていろいろ仕事をして,つまり二の方は2キロ以内でございますが,それよりもっと離れたところで死体の処理をして,原子病を起してきたというような人がありますので,それを救うという意味で三を入れたわけでございます。 をして,つまり二の方は2キロ以内でございますが,それよりもっと離れたところで死体の処理をして,原子病を起してきたというような人がありますので,それを救うという意味で三を入れたわけでございます。 それから第四は胎児でございます。…」b 「…科学的に証明しろというふうなことになりますと,これこそよけいむずかしくなるのではないかというふうに考えるわけでございま53 す。ただいまほとんど不可能に近いのじゃないかというお話でございましたが,私もごもっともだと存じます。…むしろかえって科学的にやって参りますと,現在のその後の実験によって放射能物質が世界に広がってその影響を受けておる人たちとの区別ができない…科学的にやってはかえって区別できないという建前で,先ほどのような証明方法をとったわけでございます。」昭和32年3月25日開催の衆議院社会労働委員会は,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律案を可決し,次のとおり附帯決議をした(甲A10及び乙9の各91,92頁,甲A11の128,129頁,甲A12及び乙10の各658,659頁)。 「 政府は第2条の被爆者に関する政令の制定に当っては,現実の要治療者を逸しないように配慮するとともに被爆時の胎児以外の被爆者の子についても罹病の有無を急速に調査の上,適切なる処置を講ぜられたい。」オ 原爆医療法の成立・施行と原爆医療法の解説の公表原爆医療法の成立・施行原爆医療法は,昭和32年3月26日に衆議院本会議で可決され,次いで同月31日に参議院本会議で可決,成立し,同年4月1日から施行された。その内容は,次のとおりである。(甲A10の91~94頁,甲A12及び乙10の各659頁,甲A5,乙19)「第1章 総則(この法律の目的)第1条 この法律は,広島市及び長崎市に投下された 。その内容は,次のとおりである。(甲A10の91~94頁,甲A12及び乙10の各659頁,甲A5,乙19)「第1章 総則(この法律の目的)第1条 この法律は,広島市及び長崎市に投下された原子爆弾の被爆者が今なお置かれている健康上の特別の状態にかんがみ,国が被爆者に対し健康診断及び医療を行うことにより,その健康の保持及び向上をはかることを目的とする。 54 (定義)第2条 この法律において『被爆者』とは,次の各号の一に該当する者であって,被爆者健康手帳の交付を受けたものをいう。 一 原子爆弾が投下された際当時の広島市若しくは長崎市の区域内又は政令で定めるこれらに隣接する区域内にあった者二 原子爆弾が投下された時から起算して政令で定める期間内に前号に規定する区域のうちで政令で定める区域内にあった者三 前二号に掲げる者のほか,原子爆弾が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者四 前三号に掲げる者が当該各号に規定する事由に該当した当時その者の胎児であった者第2章 健康管理(被爆者健康手帳)第3条 被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,その居住地(居住地を有しないときは,その現在地とする。以下同じ。)の都道府県知事(その居住地が広島市又は長崎市であるときは,当該市の長とする。以下同じ。)に申請しなければならない。 2 都道府県知事は,前項の申請に基いて審査し,申請者が前条各号の一に該当すると認めるときは,その者に被爆者健康手帳を交付するものとする。 3 被爆者健康手帳に関し必要な事項は,政令で定める。 (健康診断)第4条 都道府県知事は,被爆者に対し,毎年,厚生省令で定めるところにより,健康診断を行うものとする。」「第3章 医療5 3 被爆者健康手帳に関し必要な事項は,政令で定める。 (健康診断)第4条 都道府県知事は,被爆者に対し,毎年,厚生省令で定めるところにより,健康診断を行うものとする。」「第3章 医療55 (医療の給付)第7条 厚生大臣は,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被爆者に対し,必要な医療の給付を行う。ただし,当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因するものでないときは,その者の治ゆ能力が原子爆弾の放射能の影響を受けているため現に医療を要する状態にある場合に限る。…(認定)第8条 前条第1項の規定により医療の給付を受けようとする者は,あらかじめ,当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の厚生大臣の認定を受けなければならない。…」「附 則(施行期日)1 この法律は,昭和32年4月1日から施行する。 (経過規定)2 第2条各号の一に該当する者は,この法律の施行後3月間は,第2条の規定にかかわらず,被爆者健康手帳を受けないでも被爆者とみなす。…」原爆医療法の解説の公表厚生省公衆衛生局企画課は,昭和32年6月3日刊行の「時の法令」245号(乙67)において,原爆医療法の解説を公表した。その内容は,次のとおりである。 a 法律の内容「 本法の内容は,原子爆弾による被爆者が置かれている健康上の特別な状態にかんがみ,国が健康管理および医療を行うことによりその健康の保持および向上をはかるという目的に従い,その達成を期するため,⑴健康診断等の健康管理および⑵医療ならびに⑶これらの前提もしくは56 その把握実施手段としての被爆者健康手帳の交付に大別されよう。このうち,被爆者健康手帳の交付および健康管理は,都道府県知事(広島市および長崎市に居住地 医療ならびに⑶これらの前提もしくは56 その把握実施手段としての被爆者健康手帳の交付に大別されよう。このうち,被爆者健康手帳の交付および健康管理は,都道府県知事(広島市および長崎市に居住地を有する者等については,広島市長および長崎市長)がこれを行い,医療は,直接国が行うこととし,両々相まって被爆者の健康の保持向上がはかられることになっている。」b 被爆者の把握(被爆者健康手帳)「 本法による健康管理および医療を受けうる者は,『被爆者』である。『被爆者』とは,法第2条およびこれに基く政令に規定されている事項に該当する者であって,被爆者健康手帳の交付を受けたものをいう。法第2条および政令に規定されている者は,大略次のとおりである。 ⑴ 広島市,長崎市に原子爆弾が投下された当時,爆心地から約4キロメートルないし5キロメートルの区域内にあった者⑵ 原子爆弾が投下された時から約2週間のうちに爆心地から約2キロメートル以内の区域内に入った者⑶ ⑴,⑵に該当しない者であっても,当時の特別の業務や行動によって放射能の影響を受けるような事情の下にあった者⑷ 以上⑴,⑵,⑶の者の胎児であった者…」c 健康診断及び指導「 被爆者は,たとえ発病していなくても,健康上不安定な状態にあることが考えられるので,綿密な健康診断等が行われることによって,その早期発見,予防等がはかられなければならない。したがって,本法では,都道府県知事(広島,長崎市長)が毎年健康診断を行うべきことが規定された。 健康診断は,年2回行われる予定であり,その各回について一般的な検査と,さらに精密な検査を必要とする者に対する精密検査が行われる57 ことになろう。そして,この検査の結果医療を必要とすることが発見された場合は,後に述べる手続を経て医療を受 ついて一般的な検査と,さらに精密な検査を必要とする者に対する精密検査が行われる57 ことになろう。そして,この検査の結果医療を必要とすることが発見された場合は,後に述べる手続を経て医療を受けうるようになるであろうし,また,医療を必要としない者であっても,必要に応じ,医師の栄養指導等健康上の指導が行われるであろう。…」d 附則2項の趣旨「 なお,この法律は,昭和32年4月1日から施行されたのであるが,この法律により医療等を受けうるものは,被爆者健康手帳の交付を受けたものとなっているので,手帳交付の手続の期間等を考慮して,昭和32年6月30日までは,法第2条各号の一に該当する者は,被爆者健康手帳の交付を受けないでも被爆者とみなす措置がとられている。」カ 内閣による原子爆弾被爆者の医療等に関する法律施行令(昭和32年政令第75号。以下「原爆医療法施行令」という。)の制定・施行(乙21)内閣は,昭和32年4月25日,原爆医療法施行令を制定し,原爆医療法施行令は同日から施行された。1条1項の規定は,次のとおりである(以下,下記別表第1の区域を「被爆地域」ともいう。)。なお,1条の規定は,同月1日から適用するものとされた。 「 原子爆弾被爆者の医療等に関する法律…第2条第1号に規定する政令で定める区域は,広島市又は長崎市に原子爆弾が投下された当時の別表第1に掲げる区域とする。 別表第11 広島県安佐郡祇園町のうち,長束,西原及び西山本2 広島県安芸郡戸坂村のうち,狐爪木3 広島県安芸郡中山村のうち,中,落久保,北平原,西平原及び寄田4 広島県安芸郡府中町のうち,茂陰北5 …(以下は,長崎の関係であるので,省略する。)」58 キ 厚生省による原爆医療法に関する通達の発出厚生省は,次のとおり,原爆医 平原及び寄田4 広島県安芸郡府中町のうち,茂陰北5 …(以下は,長崎の関係であるので,省略する。)」58 キ 厚生省による原爆医療法に関する通達の発出厚生省は,次のとおり,原爆医療法に関する通達を発出した。 「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律の施行について」(昭和32年5月14日発衛第267号各都道府県知事・広島・長崎市長あて厚生事務次官通達。乙20)その内容は,次のとおりである。 「第1 一般事項1 この法律は,昭和20年8月広島市及び長崎市に投下された原子爆弾による被爆者には今日においてなお多数の要医療者を数え,また,一方,健康と思われる被爆者の中からも突然発病し,死亡する者が生ずる等被爆者の置かれている健康上の特別の状態にかんがみ,国においてこれら被爆者の健康診断及び医療等を行うべく制定されたものであるから,この趣旨を十分認識のうえ,適切な法の施行に努力されたいこと。 2 この制度は,被爆者に対する健康診断と医療とに大別されるのであるが,被爆者の健康の保持向上のためには,その一貫した施策が円滑に実施されることが必要であり,特に被爆者の把握とこれに対する健康診断とが適切に行われることが重要であると考えられるので,この点十分留意されたいこと。」「第2 被爆者の把握についてこの法律によって健康診断及び医療を受け得る者は,法第2条各号の一に該当する者であって被爆者健康手帳の交付を受けた者である。したがって,被爆者健康手帳の交付に当っては申請者が法第2条各号の一に該当するかどうかについての適確な判断が必要であるが,反面,既に原子爆弾投下当時から10余年を経過している現在,申請者において法第2条各号の一に該当することを立証するに59 ついては相当の困難が伴うものと考えられるので,被爆者健康手 であるが,反面,既に原子爆弾投下当時から10余年を経過している現在,申請者において法第2条各号の一に該当することを立証するに59 ついては相当の困難が伴うものと考えられるので,被爆者健康手帳の交付申請の際の添附書類についても,必要に応じ弾力性のある処理を考慮する等により,被爆者となるべき者に被爆者健康手帳が交付されないことがないよう留意されたいこと。」「原子爆弾後障害症治療指針」(昭和33年8月13日衛発第726号各都道府県知事・広島・長崎市市長あて厚生省公衆衛生局長通達。甲A12の763~770頁)その内容は,次のとおりである。 「 この指針は,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律に基き医療の給付を受けようとする者に対し適正な医療が行われるよう,原子爆弾の傷害作用に起因する負傷又は疾病(以下『原子爆弾後障害症』という。)の特徴及び患者の治療に当り考慮されるべき事項を定めたものである。」「1 原子爆弾後障害症の特徴原子爆弾の後障害症を医学的にみると,原子爆弾投下時にこうむった熱線又は爆風等による外傷の治癒異常と投下時における直接照射の放射能及び核爆発の結果生じた放射性物質に由来する放射能による影響との二者に大別することができる。 …後者は,造血機能障害,内分泌機能障害,白内障等によって代表されるもので,被爆後10年以上を経た今日でいまだに発病者をみている状態である。…」「2 治療上の一般的注意⑴ 原子爆弾被爆者に関しては,いかなる疾患又は症候についても一応被爆との関係を考え,その経過及び予防について特別の考慮がはらわれなければならず,原子爆弾後障害症が直接間接に核爆発による放射能に関連するものである以上,被爆者の受けた放射能特にγ線及び中性子の量によってその影響の異なることは当然想像される60 はらわれなければならず,原子爆弾後障害症が直接間接に核爆発による放射能に関連するものである以上,被爆者の受けた放射能特にγ線及び中性子の量によってその影響の異なることは当然想像される60 が,被爆者のうけた放射能線量を正確に算出することはもとより困難である。この点については被爆者個々の発症素因を考慮する必要もあり,また当初の被爆状況等を推測して状況を判断しなければならないが,治療を行うに当っては,特に次の諸点について考慮する必要がある。 イ 被爆距離,この場合被爆地が爆心地からおおむね2キロメートル以内のときは高度の,2キロメートルから4キロメートルまでのときは中等度の,4キロメートルをこえるときは軽度の放射能を受けたと考えて処置してさしつかえない。 ロ 被爆後における急性症状の有無及びその状況被爆後における脱毛,発熱,粘膜出血,その他の症状を把握する事により,その当時どの程度放射能の影響を受けていたかを判断する事のできる場合がある。 …⑷ 原子爆弾被爆者の中には,自身の健康に関し絶えず不安を抱き神経症状を現わすものも少なくないので,心理的面を加味して治療を行う必要がある場合もある。…」「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律により行う健康診断の実施要領について」(昭和33年8月13日衛発第727号各都道府県知事,広島・長崎市長あて厚生省公衆衛生局長通達。甲A12の668,669頁,乙22)その内容は,次のとおりである。 「 この要領は,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律に基き,被爆者の健康診断を行うに当って考慮すべき事項を定めたものである。 一 総論昭和20年広島及び長崎の両市に投下された原子爆弾は,もとよ61 り,世界最初の例であり,従って核爆発の結果生じた放射能の人体に及ぼす影響に関しても べき事項を定めたものである。 一 総論昭和20年広島及び長崎の両市に投下された原子爆弾は,もとよ61 り,世界最初の例であり,従って核爆発の結果生じた放射能の人体に及ぼす影響に関しても基礎的研究に乏しく明らかでない点がきわめて多い。 しかしながら被爆者のうちには,原子爆弾による熱線又は爆風により熱傷又は外傷を受けた者及び放射能の影響により急性又は悪急性の造血機能障害等を出現した者の外に,被爆後10年以上を経過した今日,いまだに原子爆弾後障害症というべき症状を呈する者がある状態である。 特に,この種疾病には被爆時の影響が慢性化して引き続き身体に異常を認めるものと,一見良好な健康状態にあるかにみえながら,被爆による影響が潜在し,突然造血機能障害等の疾病を出現するものとがあり,被爆者の一部には絶えず疾病発生の不安におびえるものもみられる。 従って,被爆者について適正な健康診断を行うことによりその不安を一掃する一方,障害を有するものについてはすみやかに適当な治療を行い,その健康回復につとめることがきわめて必要であることは論をまたない。 しかしながら,いうまでもなく放射能による障害の有無を決定することは,はなはだ困難であるため,ただ単に医学的検査の結果のみならず被爆距離,被爆当時の状況,被爆後の行動等をできるだけ精細には握して,当時受けた放射能の多寡を推定するとともに,被爆後における急性症状の有無及びその程度等から間接的に当該疾病又は症状が原子爆弾に基くか否かを決定せざるを得ない場合が少くない。 従って,健康診断に際してはこの基準を参考として影響の有無を多面的に検討し,慎重に診断を下すことが望ましい。」二 各論62 …被爆者の健康診断を行うに当って特に考慮すべき点は,次のとおりである。 ㈠ 被爆者の受けた 準を参考として影響の有無を多面的に検討し,慎重に診断を下すことが望ましい。」二 各論62 …被爆者の健康診断を行うに当って特に考慮すべき点は,次のとおりである。 ㈠ 被爆者の受けたと思われる放射能の量原子爆弾の放射能に基く疾病である限り,…被爆者の受けた放射能の量が問題になることはいうまでもない。 しかし,現在において被爆当時にうけた放射能の量をは握することはもとより困難であるが,おおむね次の事項は当時受けた放射能の量の多寡を推定するうえにきわめて参考となりうる。 1 被爆距離被爆した場所の爆心地からの距離が2キロメートル以内のときは高度の,2キロメートルから4キロメートルのときは中等度の,4キロメートル以上のときは軽度の放射能を受けたと考えてさしつかえない。 2 被爆場所の状況原子爆弾後障害症に関し,問題になる放射能は,主としてγ線及び中性子線であるので,被爆当時におけるしゃへい物の関係はかなり重大な問題である。このうち特に問題となるのは,開放被爆としゃへい被爆の別,後者の場合には,しゃへい物等の構造並びにしゃへい状況等に関し,十分詳細に調査する必要がある。 3 被爆後の行動原子爆弾後障害症に影響したと思われる放射能の作用は,主として対外照射であるが,これ以外に,じんあい,食品,飲料水等を通じて放射性物質が体内に入った場合のいわゆる体内照射が問題となり得る。従って,被爆後も比較的爆心地の近くにとどまっていたか,直ちに他に移動したか等,被爆後の行動及びその期間が照射量を推定するうえに参考となる場合が多い。…」63 ⑵ 原爆医療法の改正等ア 特別被爆者,一般疾病医療費及び医療手当の新設制定された原爆医療法には医療手当支給の規定が盛り込まれなかった。しかし,被爆者には生活困窮者が多く …」63 ⑵ 原爆医療法の改正等ア 特別被爆者,一般疾病医療費及び医療手当の新設制定された原爆医療法には医療手当支給の規定が盛り込まれなかった。しかし,被爆者には生活困窮者が多く,生活の困難な被爆者ほど原爆症が発症する傾向も強かったが,日々の生活のために,無理をしてでも働き続け,仕事を休んでまで健康診断や医療を受けようとしない者が多く,病気が判明したときには,既に重症となっていたり,手遅れであったりすることが少なくなかったことから,被爆者の生活援護の必要性が浮き彫りとなった。(甲A10及び乙9の各104頁,甲A12の667頁)広島原爆障害対策協議会は,昭和33年2月,原爆障害者生活援護費給付規程を制定し,「原爆被爆者にして低額所得のため原爆医療を受けることにより生活を脅かされるおそれのある者」に対し,一定の生活援護費を支給することとした(甲A10及び乙9の各104,105頁)。 広島市長が,昭和34年9月7日,広島市議会厚生委員会において,原爆医療法について,原爆障害の認定範囲が狭いため,多くの被爆者が自己負担で診療を受けていること及び入院治療を受けたくても生計を維持することができなくなるため恩典を受けることができない人がいること等の問題点を挙げ,医療の範囲拡大や被爆者手当の支給等の被爆者援護の拡充を求める陳情要綱を提案したところ,上記委員会はこれを採択し,この頃から,控訴人広島市による原爆医療法の改正要求の取組みが本格化した(甲A10及び乙9の108頁,甲A12の717~721頁)。 こうした社会情勢を背景に,原爆医療法は,昭和35年8月1日,同年法律第136号により改正され(同年7月15日衆参両議院で可64 決。),改正後の原爆医療法が同日から施行され,また,原爆医療法施行令は,同日,同 景に,原爆医療法は,昭和35年8月1日,同年法律第136号により改正され(同年7月15日衆参両議院で可64 決。),改正後の原爆医療法が同日から施行され,また,原爆医療法施行令は,同日,同年政令第224号により改正され,改正後の原爆医療法施行令が同日から施行され,さらに,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律施行規則(以下「原爆医療法施行規則」という。)は,同日,同年厚生省令第24号により改正され,改正後の原爆医療法施行規則が同日から施行された。改正の概要は,次のとおりである。(甲A10及び乙9の各110,112頁,甲A12の721~727頁,乙23の1・2,乙24)a 特別被爆者と一般疾病医療費の新設「原子爆弾の放射線を多量に浴びた被爆者で政令で定めるもの」を特別被爆者とした上で,特別被爆者に対しては,原爆医療法7条1項の規定により医療の給付を受けることができる負傷又は疾病以外の一般疾病について医療を受けたときにも,当該医療に要した費用の額を限度として,一般疾病医療費を支給することとされ(改正後の原爆医療法〔乙23の1〕14条の2第1項),また,特別被爆者健康手帳が交付されるものとされた(改正後の原爆医療法施行規則〔乙24〕2条)。 そして,改正後の原爆医療法施行令(乙23の2)6条は,特別被爆者の範囲について,次のとおり定めた。 「 法第14条の2第1項に規定する政令で定める被爆者は,次の各号の一に該当する者とする。 一 原子爆弾が投下された際爆心地から2キロメートルの区域内にあった者及びその当時その者の胎児であった者二 法第8条第1項の規定による厚生大臣の認定を受けた者三 法第2条第1号及び第2号に該当する者であって,法第4条の規定による健康診断の結果,造血機能障害,肝臓機能障害その他厚生65 大 二 法第8条第1項の規定による厚生大臣の認定を受けた者三 法第2条第1号及び第2号に該当する者であって,法第4条の規定による健康診断の結果,造血機能障害,肝臓機能障害その他厚生65 大臣が定める障害(原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかである障害を除く。)があると認められたもの」b 医療手当の新設「都道府県知事は,被爆者に対し,政令の定めるところにより,その者が第7条第1項の規定による医療の給付を受けている期間,月額二千円を限度として,医療手当を支給することができる。」こととされ(改正後の原爆医療法〔乙23の1〕14条の8第1項),改正後の原爆医療法施行令(乙23の2)7条には,医療手当に関する所得制限の規定(前年に所得税が賦課されていない被爆者で,配偶者又は扶養義務者の前年の所得税額が5660円以下であること)が設けられた。 内藤隆厚生政務次官は,昭和35年4月5日開催の衆議院社会労働委員会(第34回国会)において,改正の趣旨について,次のとおり説明した(乙25の3頁)。なお,同政務次官は,同月7日開催の参議院社会労働委員会(第34回国会)においても,同旨の説明をした(乙145の1頁)。 「 …原子爆弾の放射線を多量に浴びた被爆者にありましては,放射能の影響により,一般的に負傷または疾病にかかりやすいこと,負傷または疾病が治癒しにくいこと等の事情にあるのみならず,それらの疾病にかかったことによって原爆症を誘発するおそれもあるのであります。従って今回これらの被爆者に対しましては,原爆症以外の負傷または疾病についても国が必要な医療の給付を行なうことによって,その健康の保持,向上をはかろうとするものであります。 また,いわゆる原爆症患者につきましては,現行法によって,国が必要な医療の給付を行な 疾病についても国が必要な医療の給付を行なうことによって,その健康の保持,向上をはかろうとするものであります。 また,いわゆる原爆症患者につきましては,現行法によって,国が必要な医療の給付を行なっているのでありますが,今回,さらに一定の所得以下の者については,その医療を受けている期間中毎月二千円を限度66 として医療手当を支給することとし,これらの被爆者が安んじて医療を受けることができるようにしようとするものであります。」厚生省は,特別被爆者の新設に関連して,昭和37年4月16日衛発第278号通達を発出した。上記通達では,特別被爆者健康手帳の交付年月日について,「…従来一般被爆者健康手帳の交付を受けていない者が新たに申請した場合は,申請した年月日を交付年月日として交付すること。」とされているが,これは,既に一般被爆者健康手帳の交付を受けている者については,特別被爆者健康手帳の交付の申請を待つことなく,一般被爆者健康手帳の際に提出された資料により被爆した場所を再確認し,特別被爆者健康手帳を切替交付することとされ,速やかに特別被爆者健康手帳の交付がなされることとされていたところ,一般被爆者健康手帳の交付を受けていない者が新たに申請した場合には,特別被爆者健康手帳交付までに一定の期間を要することから,両者の均衡等を考慮して,申請した年月日を交付年月日とする取扱いを認めたものである。なお,申請した年月日を被爆者健康手帳の交付年月日とする行政実務上の取扱いは,特別被爆者の制度が廃止された後も,継続している。 (甲A92)イ 特別被爆者の範囲の拡大広島・長崎両市長及び両市議会議長が,原爆医療法が特別被爆者の範囲について爆心地から2㎞で線引きしていることへの地元関係者の不満を踏まえ,昭和36年12月,上記範囲の拡大を要望する の範囲の拡大広島・長崎両市長及び両市議会議長が,原爆医療法が特別被爆者の範囲について爆心地から2㎞で線引きしていることへの地元関係者の不満を踏まえ,昭和36年12月,上記範囲の拡大を要望する「原爆被爆者の医療の拡大に関する陳情書」を作成するなどして,陳情運動を展開したところ,予算措置の観点から大蔵省が難色を示したものの,原爆医療法施行令6条1号,3号は,昭和37年3月31日,同年政令第89号により,特別被爆者の要件について次のとおり改正され,改正後の原爆医療法施行令が同年4月1日から施行された(甲A10及び乙9の各167 17,118頁,乙26)。 「一 原子爆弾が投下された際爆心地から3キロメートルの区域内にあった者及びその当時その者の胎児であった者」「三 法第2条第1号又は第2号に該当する者であって,法第4条の規定による健康診断の結果,造血機能障害,肝臓機能障害その他厚生大臣が定める障害(原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかである障害を除く。)があると認められたもの」広島市議会が,昭和38年9月28日,特別被爆者の範囲の更なる拡大を求める「原爆医療法の拡大強化と被爆者救援に関する決議」を採択し,陳情運動を展開した(甲A10及び乙9の各118頁)ところ,原爆医療法施行令6条3号は,昭和39年3月30日,同年政令第47号により,次のとおり改正がされ,改正後の原爆医療法施行令が同年4月1日から施行された(乙27)。 「三 法第4条の規定による健康診断の結果,造血機能障害,肝臓機能障害その他厚生大臣が定める障害(原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかである障害を除く。)があると認められた者」広島市が昭和39年4月に設置した広島原爆被害者援護強化対策協議会が,同年12月,特別被爆者の 障害(原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかである障害を除く。)があると認められた者」広島市が昭和39年4月に設置した広島原爆被害者援護強化対策協議会が,同年12月,特別被爆者の範囲の更なる拡大について,入市被爆者を最重点目標に置き,政府・与党幹部への陳情,折衝を続けたところ,予算措置の観点から大蔵省が難色を示したものの,原爆医療法施行令6条は,昭和40年9月25日,同年政令第311号により改正され,次のとおり,同条4号,5号が加えられ,改正後の原爆医療法施行令が同年10月1日から施行された。同号の区域は,残留放射能濃厚地区とされたものであり,広島に関しては,宇田強雨域に含まれる「広島市のうち,新庄町,三滝町,山手町,己斐町,古田町,庚午町及び三篠本町四丁目並びに広島県安佐郡祇園町のうち,長束,西原及び西山本」68 が指定され,別表第3の1号(1号が広島に関する区域であり,2号が長崎に関する区域である。)に記載された(甲A10及び乙9の各119,120頁,乙28。以下,原爆医療法施行令6条5号,別表第3に掲げられた区域を「特別被爆地域(残留放射能濃厚地区)」ともいう。)。 「四 原子爆弾が投下された時から,広島市に投下された原子爆弾に関しては昭和20年8月9日まで…の期間内に,原子爆弾が投下された当時の別表第2に掲げる区域内にあった者及びその者がこれらの期間内に当該区域内にあった当時その者の胎児であった者」「五 原子爆弾が投下された際当時の別表第3に掲げる区域(第1号に規定する区域を除く。)内にあった者及びその当時その者の胎児であった者」なお,若松厚生省公衆衛生局長は,昭和40年4月13日開催の衆議院社会労働委員会(第48回国会)において,特別被爆地域(残留放射能濃厚地区)の指定の経緯について 当時その者の胎児であった者」なお,若松厚生省公衆衛生局長は,昭和40年4月13日開催の衆議院社会労働委員会(第48回国会)において,特別被爆地域(残留放射能濃厚地区)の指定の経緯について,次のとおり答弁していた(乙182の12頁)。 「 …広島地区におきましても,爆発後1時間から1時間半の間にいわゆる黒い雨が降ったといわれる地域がございまして,それが己斐,高須地区というところに原爆の黒い雨が降ったということをいわれております。そしてその地区をやはり10月3日ないし7日間に調査いたしました結果,ほかの地区より若干放射能が多かったという点もございますので,それらの成績を考慮いたしまして,フォールアウトによる被爆を受けた者がそこらの地区にはいるはずだということから,その地域を追加指定したらいかがであろうということで,現在それに該当すると思われる具体的な町村名を書き出して知らせてもらうように現地と連絡をいたしております。 69 …広島の場合も黒い雨が現実にどの程度降ったか,ぱらぱらというところでは問題ないと思いますが,相当量の雨が降ったというような地域を包含するという形で具体的に町名をあげる。町名をあげますと,お話のように多少の出入りというものがあるかもしれませんが,それはやむを得ないと存じます。現在の2キロの線,3キロの線を引く場合でも多少の出入りはやむを得ませんので,町名でいかざるを得ないと存じております。」⑶ 原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律(以下「原爆特別措置法」という。)の成立・施行・改正ア 広島市等の陳情等広島・長崎の両県,両県議会,両市及び両市議会は,昭和42年9月,政府,国会等に対し,医療制度の充実強化,健康管理・保養・保護等のための施設の充実,被爆者に対する強力な援護対策の実施等 の陳情等広島・長崎の両県,両県議会,両市及び両市議会は,昭和42年9月,政府,国会等に対し,医療制度の充実強化,健康管理・保養・保護等のための施設の充実,被爆者に対する強力な援護対策の実施等を求める「原子爆弾被爆者特別措置法制定に関する陳情書」を提出した(甲A10及び乙9の各131,132頁)。 園田直厚生大臣は,昭和42年12月14日開催の衆議院予算委員会において,原爆医療法の限界を認め,特別立法を検討していることを明らかにした(甲A10及び乙9の各134頁)。 イ 原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律案の国会審議内閣は,昭和43年4月2日,国会に原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律案を提出し,園田直厚生大臣は,同日開催の衆議院本会議(第58回国会)において,上記法律案の趣旨について,次のとおり説明した(乙29の418頁)。 「 …原子爆弾の傷害作用の影響を受けた者の中には,身体的,精神的,経済的あるいは社会的に生活能力が劣っている者や,現に疾病に罹患しているため,他の一般国民には見られない特別の支出を余儀なくされている者70 等,特別の状態に置かれている者が数多く見られるところであります。したがって,これら特別の状態に置かれている被爆者に対する施策としては,医療の給付等の健康面に着目した対策のみでは十分ではなく,これらの被爆者に対して,その特別の需要を満たし,生活の安定をはかることが必要であると存じます。…ここに原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律案を提案することといたした次第であります。 次に,この法律案の概要について御説明申し上げます。 第一に,現行の原子爆弾被爆者の医療等に関する法律に基づき,その負傷または疾病が原子爆弾の傷害作用に基因する旨の厚生大臣の認定を受けた者であって,その この法律案の概要について御説明申し上げます。 第一に,現行の原子爆弾被爆者の医療等に関する法律に基づき,その負傷または疾病が原子爆弾の傷害作用に基因する旨の厚生大臣の認定を受けた者であって,その認定にかかる負傷または疾病の状態にある者に対し,月額1万円の特別手当を支給することといたしております。 第二に,特別被爆者,すなわち,原子爆弾の放射線を多量に浴びたと認められる者であって,造血機能障害,肝臓機能障害その他の原子爆弾の影響との関連が想定される障害を伴う疾病にかかっている65歳以上の者,一定の身体上の障害がある者または母子世帯の母もしくはこれに準ずる者に対し,月額3000円の健康管理手当を支給することといたしております。 第三に,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律に基づき,その負傷または疾病が原子爆弾の傷害作用に基因する旨の厚生大臣の認定を受けた者であって,同法による医療の給付を受けている者に対し,従来,同法により医療手当を支給していたのでありますが,これをこの法律に移行させることとしております。…」ウ 原爆特別措置法の成立・施行原爆特別措置法は,昭和43年5月16日に衆議院で可決され,同月17日に参議院で可決,成立し,同年9月1日から施行された。原爆特別措置法の定めは,次のとおり諸手当の支給を柱とするものであり,3条71 で特別手当に関する所得制限の規定が,6条で健康管理手当に関する所得制限の規定が,8条で医療手当に関する所得制限の規定が,それぞれ設けられた。(甲A10及び乙9の各135,137,138頁,乙30の1)「(目的)第1条 この法律は,広島市及び長崎市に投下された原子爆弾の被爆者であって,原子爆弾の傷害作用の影響を受け,今なお特別の状態にあるものに対し,特別手当の支給等の措置を講ずることによ 「(目的)第1条 この法律は,広島市及び長崎市に投下された原子爆弾の被爆者であって,原子爆弾の傷害作用の影響を受け,今なお特別の状態にあるものに対し,特別手当の支給等の措置を講ずることにより,その福祉を図ることを目的とする。 (特別手当の支給)第2条 都道府県知事は,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律(…以下「原子爆弾被爆者医療法」という。)第8条第1項の認定を受けた者であって,同項の認定に係る負傷又は疾病の状態にあるものに対し,特別手当を支給する。」「(健康管理手当の支給)第5条 都道府県知事は,原子爆弾被爆者医療法第14条の2第1項に規定する特別被爆者…であって,造血機能障害,肝臓機能障害その他の厚生省令で定める障害を伴う疾病(原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。)にかかっているもののうち,次の各号のいずれかに該当する者に対し,健康管理手当を支給する。ただし,その者が特別手当の支給を受けている場合は,この限りでない。 一 65歳以上の者(以下省略)」「(医療手当の支給)第7条 都道府県知事は,原子爆弾被爆者医療法第2条に規定する被爆者であって,同法第7条第1項の規定による医療の給付を受けているものに対し,その給付を受けている期間について,政令の定めるところによ72 り,医療手当を支給する。」エ 原爆特別措置法の改正(葬祭料の支給の規定の追加)原爆特別措置法は,昭和44年7月25日,同年法律第65号により改正され,9条の2として,葬祭料の支給の規定が加えられ,改正後の原爆特別措置法が同日から施行された。追加された規定は,次のとおりである。なお,この規定は,同年4月1日から適用するものとされた。 (乙146)「(葬祭料の支給)第9条の2 都道府県知事は, 原爆特別措置法が同日から施行された。追加された規定は,次のとおりである。なお,この規定は,同年4月1日から適用するものとされた。 (乙146)「(葬祭料の支給)第9条の2 都道府県知事は,特別被爆者が死亡したときは,葬祭を行う者に対し,政令の定めるところにより,葬祭料を支給する。ただし,その死亡が原子爆弾の傷害作用の影響によるものでないことが明らかである場合は,この限りでない。」斎藤昇厚生大臣は,昭和44年4月24日開催の衆議院社会労働委員会(第61回国会)において,次のとおり説明した(乙147)。 「 …原子爆弾の放射線を多量に浴びたいわゆる特別被爆者にあっては,放射能の影響により,一般的に負傷しまたは疾病にかかりやすく,また,負傷または疾病が治癒しにくい等の事情があり,これらの者は日ごろから死に対する特別な不安感を抱いているのであります。 特別被爆者が,いまなお,このような不安な日常生活を余儀なくされている状態にあることについては,政府としても特別被爆者の福祉という見地から,かねて深い関心を有しているところでありますが,今回,このような国家的な関心の表明として,特別被爆者が死亡し,その死亡が原子爆弾の傷害作用の影響に関連があると思われる場合に,その葬祭を行なう者に対し,特に葬祭料を支給することとし,これにより,これら特別の状態にある被爆者の福祉をはかることといたした次第でありま73 す。」(乙147の17頁)「 原爆に被爆されたお方に対するいろいろ特別措置の問題は,御承知のように,昨年の特別措置法で規定をされたわけでございますが,そのときの考え方も,これは国が補償をするという考え方でなくて,社会保障的な行政措置としてやる,こういう考え方であったと承知いたしておりまするし,また法律の内容を見ましても, たわけでございますが,そのときの考え方も,これは国が補償をするという考え方でなくて,社会保障的な行政措置としてやる,こういう考え方であったと承知いたしておりまするし,また法律の内容を見ましても,さようになっているわけであります。…」(同20頁)なお,厚生省がその頃作成した「原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案想定問答集」(乙148)の8,17,18頁には,上記の説明と同旨の回答が準備されていた。 厚生省は,後の原爆特別措置法の施行に当たって,「原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律等の施行について」(昭和44年8月2日衛発第543号各都道府県知事・広島・長崎市長あて厚生省公衆衛生局長通達。乙68)を発出した。その内容は,次のとおりである。 「 特別被爆者は,放射能を多量に浴び,その影響により,負傷し又は疾病にかかり易く,また,負傷又は疾病が治ゆしにくい等の事情があり,日ごろから死に対する特別な不安感をいだいている。今回の改正の趣旨は,今なお,このような不安な日常生活を余儀なくされている特別被爆者への国家的な関心の表明として,特別被爆者が,原子爆弾の傷害作用の影響に関連があると思われる原因により死亡した場合に,その葬祭を行なう者に対し,葬祭料を支給することにより,これら特別の状態にある被爆者の精神的不安をやわらげ,もってその福祉を図ることとしたものである。」「 法第9条の2に規定する『葬祭を行なう者』とは,死亡した者の遺族…に限定されないが,死亡した者に遺族がいるにもかかわらず,遺族以74 外の者から葬祭料の支給が申請されたときは,当該申請者が『葬祭を行なう者』であることを確認する等その支給の適正を期されたいこと。」⑷ 原爆医療法施行令1条1項,別表第1の被 ず,遺族以74 外の者から葬祭料の支給が申請されたときは,当該申請者が『葬祭を行なう者』であることを確認する等その支給の適正を期されたいこと。」⑷ 原爆医療法施行令1条1項,別表第1の被爆地域,及び6条5号,別表第3の1号の特別被爆地域(残留放射能濃厚地区)の範囲の拡大等ア 原爆医療法施行令1条1項,別表第1の被爆地域,及び6条5号,別表第3の1号の特別被爆地域(残留放射能濃厚地区)の範囲の拡大控訴人らが,昭和46年6月,政府に対し,宇田強雨域に含まれる地域を被爆地域及び特別被爆地域(残留放射能濃厚地区)とするよう求める旨要望した(乙31)ところ,原爆医療法施行令1条1項,別表第1(被爆地域。前記⑴カ参照)及び6条5号,別表第3の1号(特別被爆地域〔残留放射能濃厚地区〕。 ,昭和47年5月1日,同年政令第134号により改正され,宇田強雨域に含まれる「広島県安佐郡祇園町のうち,長束,西原及び西山本以外の区域」が被爆地域及び特別被爆地域(残留放射能濃厚地区)に指定され(なお,「広島県安佐郡祇園町のうち,長束,西原及び西山本の区域」は,従前から被爆地域及び特別被爆地域〔残留放射能濃厚地区〕に指定されていた〔前記。),また,宇田強雨域に含まれる「広島市のうち,草津東町,草津濱町,草津本町及び草津南町」が特別被爆地域(残留放射能濃厚地区)に指定された。なお,改正後の原爆医療法施行令は,同日から施行され,別表第3の1号の規定は,同年4月1日から適用するものとされた。(甲A10及び乙9の各154頁,乙32)これにより,原爆医療法施行令1条1項,別表第1の被爆地域のうち広島に関わる部分,及び6条5号,別表第3の1号の特別被爆地域(残留放射能濃厚地区)は,次のとおりとなった。 別表第1「1 広島県安佐郡祇園町75 1条1項,別表第1の被爆地域のうち広島に関わる部分,及び6条5号,別表第3の1号の特別被爆地域(残留放射能濃厚地区)は,次のとおりとなった。 別表第1「1 広島県安佐郡祇園町75 2 広島県安芸郡戸坂村のうち,狐爪木3 広島県安芸郡中山村のうち,中,落久保,北平原,西平原及び寄田4 広島県安芸郡府中町のうち,茂陰北5 …(以下は,長崎の関係であるので,省略する。)」別表第3「1 広島市のうち,新庄町,三滝町,山手町,己斐町,古田町,庚午町,草津東町,草津濱町,草津本町,草津南町及び三篠本町四丁目並びに広島県安佐郡祇園町」イ 広島市議会による「特別被爆区域の是正に関する意見書」の提出広島市議会は,昭和48年10月1日付けで,内閣総理大臣及び厚生大臣に対し,「特別被爆区域の是正に関する意見書」を提出し,宇田強雨域のうち草津及び祇園地区が特別被爆地域に指定されているのに,他の地域が特別被爆地域に加えられていないとして,広島市井口町(旧佐伯郡井口村),同市安古市町(旧安佐郡安村),同市沼田町(旧安佐郡伴村,戸山村)及び同市安佐町(旧安佐郡久地村)を特別被爆地域に加えることを要望した(甲A10の175頁,乙45)。 ウ 控訴人らによる黒い雨の降雨状況や健康状況等についてのアンケート調査(以下「昭和48年アンケート調査」という。)の実施控訴人らは,前記イの要望の裏付け資料を得るため,昭和48年11月20日ないし同年12月20日に,宇田雨域の住民を対象に,黒い雨の降雨状況や健康状況等についての昭和48年アンケート調査を実施し,「『黒い雨』地区のアンケート調査について」と題する報告書(乙46)を取りまとめた。その内容は,次のとおりである。 黒い雨の降雨状況は,原判決別図表7-1のとおりであった。 住 調査を実施し,「『黒い雨』地区のアンケート調査について」と題する報告書(乙46)を取りまとめた。その内容は,次のとおりである。 黒い雨の降雨状況は,原判決別図表7-1のとおりであった。 住民の健康状況は,原判決別図表7-2及び7-3のとおりであり,住民の約4割が,現在の健康状況について「弱い(余り健康でな76 い)」又は「病気」と回答した。 エ 広島市沼田町(旧安佐郡伴村,戸山村)等による「原子爆弾被爆特別地域指定に関する陳情書」の提出広島市沼田町(旧安佐郡伴村,戸山村),同市安古市町(旧安佐郡安村)及び同市安佐町(旧安佐郡久地村)は,昭和49年6月14日頃,関係各署に対し,「原子爆弾被爆特別地域指定に関する陳情書」を提出し,黒い雨降雨域である広島市沼田町,同市安古市町及び同市安佐町について,特別被爆地域に指定することを要望した(乙47)。 ⑸ 特別被爆者の廃止と健康診断特例措置の新設等ア 特別被爆者の廃止と健康診断特例措置の新設特別被爆者と一般被爆者を区別することの批判を受け,原爆医療法及び原爆特別措置法は,昭和49年6月17日,同年法律第86号により改正され,改正後の原爆医療法及び原爆特別措置法が一部を除き同年10月1日から施行された(乙33)。 これにより,特別被爆者が廃止され,被爆者健康手帳が一本化され,全ての被爆者が,一般疾病医療費の支給を受けられるようになり,また,全ての被爆者が死亡したときは,葬祭を行う者が葬祭料の支給を受けられるようになった(甲A10及び乙9の各154,155頁)。 また,原爆医療法附則3項として,「原子爆弾が投下された際第2条第1号に規定する区域に隣接する政令で定める区域内にあった者又はその当時その者の胎児であった者は,当分の間,第4条の規定の適用については,被爆者 医療法附則3項として,「原子爆弾が投下された際第2条第1号に規定する区域に隣接する政令で定める区域内にあった者又はその当時その者の胎児であった者は,当分の間,第4条の規定の適用については,被爆者とみなす。」との規定が新設され,健康診断の特例措置(以下「健康診断特例措置」という。)が設けられた(乙33)。 これは,原爆医療法2条各号の被爆者に該当するとして被爆者健康手帳の交付を受けていない者であっても,政令で定める区域(以下「健康診断特例区域」という。)内に所在した者について,暫定的な特例措置77 として,原爆医療法の健康診断の規定(4条)の適用を認めるものである。 そして,原爆医療法施行令は,昭和49年6月17日,同年政令第210号により改正され,附則2項として,次のとおり規定され,改正後の原爆医療法施行令が同年10月1日から施行された(乙43。広島に関しては,健康診断特例区域に指定された区域がなかった。)。 「 法附則第3項に規定する政令で定める区域は,長崎市に原子爆弾が投下された当時の長崎県西彼杵郡時津村及び同郡長与村(高田郷及び吉無田郷を除く。)の区域とする。」イ 厚生省による「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律等の施行について」(昭和49年7月22日衛発第402号各都道府県知事・広島・長崎市市長あて厚生省公衆衛生局長通達〔以下「402号通達」という。〕)の発出厚生省は,健康診断特例措置の新設に当たって,402号通達を発出した。これにより,健康診断特例区域の者は,一定の障害があると診断された場合,原爆医療法2条3号に該当する者として,被爆者健康手帳の交付を は,健康診断特例措置の新設に当たって,402号通達を発出した。これにより,健康診断特例区域の者は,一定の障害があると診断された場合,原爆医療法2条3号に該当する者として,被爆者健康手帳の交付を受けることが可能となった。その内容は,次のとおりである。なお,対象となる障害には,後に「潰瘍による消化器機能障害」が追加され,合計11種類となった。)。(甲A6,乙44,144)「2 健康診断の特例措置⑴ 健康診断受診者証の交付及び健康診断の実施健康診断の特例措置の対象者には,健康診断受診者証を交付することとされ(改正後の原爆医療法施行規則附則第2項参照),その交付手続等については,同規則附則第3項から第10項までに規定された78 こと。…⑵ 健康診断の事後措置…健康診断の結果,次に掲げる障害があると診断された者については,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律…第2条第3号に該当する者として,被爆者健康手帳の交付を受けることができるものであるので,その旨教示されたいこと。 1造血機能障害,2肝臓機能障害,3細胞増殖機能障害,4内分泌腺機能障害,5脳血管障害,6循環器機能障害,7腎臓機能障害,8水晶体混濁による視機能障害,9呼吸器機能障害,10 運動器機能障害」ウ 参議院社会労働委員会(第75回国会)における政府の答弁佐分利厚生省公衆衛生局長は,昭和50年3月18日開催の参議院社会労働委員会(第75回国会)において,次のとおり答弁した(乙77の10,11頁)。 「 御指摘の問題はいわゆる黒い雨の降った地域ではないかと思いますが,これは広島市の中心部から北の方に長径29キロ,短径14キロの楕円形の地域に黒い雨が降ったわけでございます。で,この点について私どもも調査いたしましたけれども,当時黒い雨の放射能が一体どの ますが,これは広島市の中心部から北の方に長径29キロ,短径14キロの楕円形の地域に黒い雨が降ったわけでございます。で,この点について私どもも調査いたしましたけれども,当時黒い雨の放射能が一体どの程度であったか,またその黒い雨が当時どのように人体に影響を及ぼしたかという点についてすでに30年を経過しておりますので,なかなか確証を得がたいわけでございます。ただ一つ学術会議系統の文献によりますと,自然放射能の50倍の放射能が検出されたという記録があるわけでございますが,50倍というと非常に大きく聞こえますけれども,自然放射能そのものは非常に少ないものでございますので,たとえその50倍でも余り大した量ではない。本当に微量の放射能になるわけでございます。そういう関係もございまして,私どもとしてはもうすでに医学的,科学的に指定をしなけれ79 ばならないところは指定をし尽くしたと考えておりますけれども,黒い雨の地域について特に御要望がございますので,今後もさらに慎重な検討を続けてまいりたいと考えておる次第でございます。」エ 健康診断特例区域の拡大広島県知事及び広島市長が,昭和50年6月,関係各署に対し,「原子爆弾被爆地域の指定に関する陳情書」を提出し,「…長期にわたり降雨地域に,高度の残留放射能を留めることとなり,当時,嘔吐,眩暈,脱毛等放射能による急性症状を呈した者が多くなかには,これが原因で死没者も出ております。このことについては,日本学術会議が,昭和20年9月から3か年にわたり我が国の権威者を網らして調査研究の成果を集大成し,昭和28年発刊した『原子爆弾災害調査報告集』抜粋によっても明らかであります。また,最近の健康状況調査においても,この地域の関係住民の有病率は,他の地域のそれと比較して著しく高い結果を示しており,放射 28年発刊した『原子爆弾災害調査報告集』抜粋によっても明らかであります。また,最近の健康状況調査においても,この地域の関係住民の有病率は,他の地域のそれと比較して著しく高い結果を示しており,放射能の影響があったことは認められるところであります。つきましては,以上の事実に基づき,なにとぞつぎの黒い雨の降雨地域を被爆地域に加えていただき,地域住民に被爆者としての救済措置を講じられますよう要望いたします。」などとして,宇田雨域に含まれる石内村,河内村,八幡村(一部),砂谷村(一部),水内村,加計町,殿賀村(一部),筒賀村(一部),吉板村(一部),都谷村(一部),安野村,伴村,戸山村,久地村,日浦村,小河内村,鈴張村(一部),飯室村,亀山村(一部),古市町(一部),安村,緑井村(一部),戸坂村,井口村(いずれも当時の旧町村名)を被爆地域に加えるよう要望した(乙48)。 附則2項は,昭和51年9月18日,同年政令第243号により,「法附則第3項に規定する政令で定める区域は,広島市又は長崎市に原子爆弾が投下80 された当時の別表第3に掲げる区域とする。」と改められ,宇田強雨域に含まれる次の地域が新たに健康診断特例区域に指定され(改正後の原爆医療法施行令附則2項,別表第3),改正後の原爆医療法施行令が同日から施行された(甲A8,乙49)。 1.広島県山県郡安野村のうち,島木及び段原2.広島県佐伯郡水内村のうち,津伏,小原,井手ケ原,矢流,草谷,古持,森,下井谷,門出口,木藤及び恵下3.広島県佐伯郡河内村のうち,魚切,中郷,下城,上小深川及び下小深川4.広島県佐伯郡石内村5.広島県佐伯郡八幡村のうち,利松,口和田及び高井6.広島県安佐郡久地村のうち,宇賀,高山,本郷下,本郷中,三国,魚切,本郷上,小野原中,名原, 小深川及び下小深川4.広島県佐伯郡石内村5.広島県佐伯郡八幡村のうち,利松,口和田及び高井6.広島県安佐郡久地村のうち,宇賀,高山,本郷下,本郷中,三国,魚切,本郷上,小野原中,名原,小野原上,境原及び幸ノ神7.広島県安佐郡日浦村のうち,毛木二8.広島県安佐郡戸山村9.広島県安佐郡安村のうち,長楽寺及び高取10.広島県安佐郡伴村11.…(以下は,長崎の関係であるので,省略する。)オ 衆議院社会労働委員会(第78回国会)における政府の答弁健康診断特例地域の指定は,宇田強雨域に限定されていたため,その他の地域の住民から不満の声が上がり,控訴人らは,宇田雨域全域を被爆地域にするよう国に要望し続けていた。広島大学原医研の昭和50年からの現地調査で,旧安佐郡などの宇田小雨地域からも自然界に存在しないセシウム137が検出され,黒い雨と残留放射能のつながりが注目された。 佐分利厚生省公衆衛生局長は,昭和51年10月14日開催の衆議院社81 会労働委員会(第78回国会)において,宇田強雨域だけではなく,宇田小雨域も健康診断特例区域に指定すべきではないかとの質問に対し,次のとおり答弁した。 「 小雨地域につきましては,いろいろと問題がございますので,本年度土壌の残留放射能の調査を実施いたしております。そろそろその結果もまとまってまいりますので,その状況などをよく判断した上で,どうするか決定いたしたいと考えております。」(甲A10の177頁,乙51の26頁)⑹ 昭和51年度及び昭和53年度の残留放射能についての調査等ア 昭和51年度の残留放射能についての調査(乙50)原爆医療法制定後,被爆地域が拡大し,また,健康診断特例区域が設けられたことで,原爆医療法2条3号の被爆者として認められる者の範囲が拡大 等ア 昭和51年度の残留放射能についての調査(乙50)原爆医療法制定後,被爆地域が拡大し,また,健康診断特例区域が設けられたことで,原爆医療法2条3号の被爆者として認められる者の範囲が拡大していったことを踏まえ,厚生省は,昭和51年度,広島及び長崎の残留放射能について調査を実施した。 上記調査では,広島及び長崎において,爆心地から30㎞の範囲内で,爆心地から2㎞ごとに同心円を描き,その同心円上に6点をとることを基準として,できるだけ均等に地点を分散させ,土壌の採取が行われ,日本学術会議が昭和26年8月1日に発行した「原子爆弾災害調査報告書」で特に指摘された広島市の黒い雨降雨域については,特別の土壌採取地点が設けられ,広島については107か所の土壌試料の放射能が測定された(5,6,11頁)。 その結果,「広島,長崎の残留放射能調査報告書昭和51年度」(以下「昭和51年度残留放射能調査報告書」という。)が取りまとめられたが,その結論は,次のとおりである(11,12頁)。 「 …1945年の原子爆弾以来頻繁に行われてきた核実験により,土壌など地表上の物質は137Csや90Srで汚染された。このため,広島…の土82 壌から測定された137Csの放射能は1945年の原子爆弾と核実験の両方によるものである。ここに示した平均値は核実験からの放射性降下物を含むものであり,原子爆弾に起因すると思われる明らかな異常放射能は認められなかった。…」,「 …爆心を中心に放射線状に30㎞程度まで拡げた帯状地域について,137Csの地表面放射能密度を比較したが,…『黒い雨降雨域』についても他の地域での137Csの地表面放射密度との間に有意差はなかった。 …」「 土壌を採取した地点での137Csの地表面放射能密度の間に有意に大きな値 度を比較したが,…『黒い雨降雨域』についても他の地域での137Csの地表面放射密度との間に有意差はなかった。 …」「 土壌を採取した地点での137Csの地表面放射能密度の間に有意に大きな値があるかどうかを調べた。広島でN-14およびNWN-22が,それぞれ151(mCi/㎢)および198(mCi/㎢)で有意に大きかった。…しかし,原子爆弾からの放射能が存在しない場合でも,ガウス分布を仮定した統計的処理の性質上多数の測定値の中から有意に高い値が検出するのは当然であり,これらの有意に高いと思われる地表面放射能密度が,確かに1945年の原子爆弾による残留放射能によるものと結論することはできない。尚,今後この点を含めて,さらに検討する必要がある。」イ 原爆医療法の適用に関する最高裁判所判決最高裁判所第一小法廷は,昭和53年3月30日,次のとおり説示して,原爆医療法について,わが国に不法入国した外国人被爆者についても適用されると判断した(民集32巻2号435頁。以下「昭和53年最高裁判決」という。甲A46)。 「 …原爆医療法は,被爆者の健康面に着目して公費により必要な医療の給付をすることを中心とするものであって,その点からみると,いわゆる社会保障法としての他の公的医療給付立法と同様の性格をもつものであるということができる。しかしながら,被爆者のみを対象として特に右立法が83 された所以を理解するについては,原子爆弾の被爆による健康上の障害がかつて例をみない特異かつ深刻なものであることと並んで,かかる障害が遡れば戦争という国の行為によってもたらされたものであり,しかも,被爆者の多くが今なお生活上一般の戦争被害者よりも不安定な状態に置かれているという事実を見逃すことはできない。原爆医療法は,このような特殊の戦争被害につい 為によってもたらされたものであり,しかも,被爆者の多くが今なお生活上一般の戦争被害者よりも不安定な状態に置かれているという事実を見逃すことはできない。原爆医療法は,このような特殊の戦争被害について戦争遂行主体であった国が自らの責任によりその救済をはかるという一面をも有するものであり,その点では実質的に国家補償的配慮が制度の根底にあることは,これを否定することができないのである。」ウ 衆議院社会労働委員会(第84回国会)における政府の答弁昭和53年4月13日開催の衆議院社会労働委員会(第84回国会)において,内閣提出の原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案等の審議が行われたが,政府は,その際,次のとおり答弁した(乙70)。 前記イの事件の原告について,被爆者健康手帳の交付や医療費の支払が申請の時点に遡るのかとの質問に対し,松浦厚生省公衆衛生局長は,「さかのぼります。」,「正確に申し上げますが,申請した時点にさかのぼるわけでございます。」と答弁し,小沢辰男厚生大臣は,「…国が適用すべきものを適用しなかったという誤りを正したわけですから,それは当然その誤ったときから,やらなければいかぬ…」と答弁した(16頁)。 黒い雨降雨域について,二次放射能が雨と一緒に人体に影響を及ぼしたという科学的な根拠があるのではないかと指摘されたのに対し,松浦厚生省公衆衛生局長は,「…黒い雨地域は放射能を含んだ灰が入っているということで,これが人体に影響を及ぼすのではないかということで地域に指定したわけでございます。」と答弁した(26頁)。 84 エ 広島県環境保健部による調査広島県環境保健部の調査によれば,昭和53年3月末の時点で,健康診断受診者証の交付を受けた者は広島県内で2733人であるところ,そのうち (26頁)。 84 エ 広島県環境保健部による調査広島県環境保健部の調査によれば,昭和53年3月末の時点で,健康診断受診者証の交付を受けた者は広島県内で2733人であるところ,そのうち厚生大臣の定める10疾患(前記⑸イ参照)に当てはまるとして被爆者健康手帳の交付を受けた割合は27.8%であり,他方,被爆者のうち同じ10疾患にかかっているとして健康管理手当を受けた割合は31.4%であった(甲A10及び乙9の各177頁)。 オ 広島県知事等による「原子爆弾被爆地域の指定について『黒い雨降雨地域』」と題する陳情書の提出広島県知事及び広島市長は,昭和53年7月,関係各署に対し,「原子爆弾被爆地域の指定について『黒い雨降雨地域』」と題する陳情書を提出し,宇田雨域全域を被爆地域に加えるよう要望した(乙52)。 上記陳情書の内容は,次のとおりである。 「 …この黒い雨は,核分裂によって生じた強烈な放射能を帯びた塵埃を含んでいたため,人体に原爆放射能障害特有の急性症状を発現させ,その後も長く高度の残留放射能をとどめたことは,日本学術会議の『原子爆弾災害調査報告書』によっても明らかなところであります。 このため,黒い雨降雨地域の住民には,今なお放射能障害特有の症状が見受けられ,また,健康調査の結果をみても,被爆者と同様の疾病傾向がうかがわれます。 つきましては,以上の事実に基づき,なにとぞ『黒い雨降雨地域』の全域を被爆地域に加えていただき,地域住民に被爆者としての援護措置を講じられますよう,強く要望いたします。」カ 昭和53年度の残留放射能についての調査(乙53)昭和51年度残留放射能調査報告書において,残留放射能が有意に高いと思われる地点があったなどと指摘されたことから,厚生省は,昭和585 3年度,それらの地点を 放射能についての調査(乙53)昭和51年度残留放射能調査報告書において,残留放射能が有意に高いと思われる地点があったなどと指摘されたことから,厚生省は,昭和585 3年度,それらの地点を含む地区の土壌中の残留放射能が有意に高いかどうかの調査を実施し,「昭和53年度広島,長崎の残留放射能調査報告書」(以下「昭和53年度残留放射能調査報告書」という。)を取りまとめた。その結論は,次のとおりである(7頁)。 「 …今回の結果で特に両検討地区に原爆からの核分裂生成物が残留しているとはいえない。」キ 参議院社会労働委員会(第87回国会)における政府の答弁橋本龍太郎厚生大臣は,昭和54年5月22日開催の参議院社会労働委員会(第87回国会)において,内閣提出の原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案の審議が行われた際,被爆地域の拡大に関して,次のとおり答弁した(乙54)。 「 …やはり国の行政として地域拡大を行うとすればそれなりの根拠がなければなりません。これは51年当時,また53年の調査を行います前段階において,本院の社会労働委員会におきましても,また衆議院の社会労働委員会におきましても,同様な見地からその調査を実施するということで政府は調査の実施に踏み切ったわけでありますが,その結果として,確かに51年の調査の結果としては,長崎の西山地区を除いては広島,長崎ともに残留放射能が特に高い地区というものは認められなかった。また53年の調査結果からは,広島,長崎ともに特に調査地区について原爆からの核分裂生成物が残留しているとは言えないという報告がなされております。ということは,この2回の調査からまい められなかった。また53年の調査結果からは,広島,長崎ともに特に調査地区について原爆からの核分裂生成物が残留しているとは言えないという報告がなされております。ということは,この2回の調査からまいります限り,現在指定されております地域を拡大すべき放射能の影響というものは認められていないということでありまして,する意思があるとかないとかの問題ではなく,その調査の結果からは,地域拡大を行う必要性があるという結論が出てこなかったということでございます。」(13頁)「 …社会保障制度審議会の方から,やはりこの際,原爆被爆というものに86 関する問題を考える場合に国としての基本理念を明らかにすべきであるという趣旨の御意見をちょうだいをし,あわせてその基本理念を明らかにし,それに立脚した被爆者対策というものを考えろという御指摘をいただきました。そこで私どもとしては,各界の権威の方々にお集まりをいただきまして,厚生大臣の私的諮問機関として原爆被爆者対策基本問題懇談会というものを発足させることに決意をいたし,すでに委員の人選等をも済ませております。…」(15頁)「 …従来大抵の話については両県の関係者の方々の御意見は完全に一致しておったわけであります。そして広島県の黒い雨のいわゆる大雨の地域をこの法律の対象の中に取り込んでくるぐらいのときまでは…御意見というものは常に実は一つでありました。ただし,この地域拡大の問題が出ましてから実は両県の足並みに完全な乱れを生じているわけであります。…この地域指定の問題についてはどうか両県関係者が十分話し合っていただきたいということもお願いをしておりました。遺憾ながら両県の間にいまだ意見の一致を見ておらないわけであります。私はこういう問題を役所が裁定することによって,被爆地域の一方に喜んでもらえるかも いただきたいということもお願いをしておりました。遺憾ながら両県の間にいまだ意見の一致を見ておらないわけであります。私はこういう問題を役所が裁定することによって,被爆地域の一方に喜んでもらえるかもしれないが,一方で問題の起こるような事態をつくることは好みません。…両県の関係者の間にいがみ合いが起こる事態を回避したい,それに結論を出すようにしていただきたい,切実に思います。…」(27頁)⑺ 原爆被爆者対策基本問題懇談会(以下「基本問題懇談会」という。)の設置と基本問題懇談会による報告書の取りまとめア 基本問題懇談会の設置橋本龍太郎厚生大臣は,原爆被爆者対策の基本理念及び基本的在り方について,広く国民的合意の得られる結論を得るために,各分野の第一人者により十分な検討を行うこととし,昭和54年6月,厚生大臣の私的諮問機関として基本問題懇談会を設置した(乙34,35の2~487 頁)。 イ 基本問題懇談会における議論基本問題懇談会は,原爆被爆者対策の基本理念及び原爆被爆者対策の基本的在り方について,被爆者団体や関係自治体の代表その他学識経験者からの意見聴取及び現地視察をも踏まえ,昭和54年6月ないし昭和55年12月に,合計14回にわたって検討を行った(乙34)。被爆者の範囲,被爆地域の範囲,健康診断特例区域の範囲及び被爆者の被った特別の犠牲の内容等に関しては,次のような議論があった。 第6回(昭和55年1月30日。甲A111)a 北村厚生省大臣官房審議官(以下「北村審議官」という。)「 …一応現在の法律で定められている被爆者の範囲については是認しながらも,まさに地域拡大をしてほしいという要求はあるわけでございます。ですから,そういう意味で,地域拡大は厳密に言いますと健康診断をするだけの措置ではありますが,現在の 爆者の範囲については是認しながらも,まさに地域拡大をしてほしいという要求はあるわけでございます。ですから,そういう意味で,地域拡大は厳密に言いますと健康診断をするだけの措置ではありますが,現在の法制では,いったんそこで病気持ちになりますと,旧地域内の被爆者と全く同じ待遇を受けることになるので,そういう意味では,…もっと範囲を広めろという意見にほかならないかもしれません。」(7,8頁)b 三井厚生省公衆衛生局企画課長(以下「三井企画課長」という。)「 …まず被爆者であるかどうか,つまり原爆手帳がもらえるかどうかという問題が1つございます。これは法律に,何キロ以内の直爆者とか,あるいは2週間以内に入市した人とか,あるいはそのほか放射能の影響を受ける,影響下にあった人とかと,こういうふうな抽象的なあれなんですが,実際には例えば,広島県なら広島県の役場の窓口に行って,私はこれこれですと申し立てをし,あるいは証拠資料を出し,あるいは証人を立ててその役場のほうに納得してもらうという手続が必要なわけなんです。そういう手続を経まして手帳がもらえると88 いうことになりますが,いま現在その点ではそういう手続が厳しいとか甘いとか,あるいは県によって認定の仕方がずいぶん違うとかといったような問題は,当面はあまりないようでございます。」(8,9頁)c 田中二郎委員(以下「田中委員」という。元最高裁判所判事)「 ですから広島市にいつからいつまでの間いたという形式的な証明があれば,ほんとうに影響があったかなかったかということにはかかわりなしに被爆者として扱うわけですね。…」(11頁)d 高木事務官「 はい。そこで,その判断にあたっては,第1次的には当時の役場等の公の証明書がまず欲しい。それがない場合に,ぎりぎりのところは証人を2人 者として扱うわけですね。…」(11頁)d 高木事務官「 はい。そこで,その判断にあたっては,第1次的には当時の役場等の公の証明書がまず欲しい。それがない場合に,ぎりぎりのところは証人を2人ぐらい付けてください。それでもない場合には,最後に本人の誓約書というか,そういうものでも最終的には出す形にしているのです。…」(同)e 御園生圭輔委員(以下「御園生委員」という。原子力安全委員会委員)「 …原爆手帳を持っているということと被爆者とがイコールであるというふうに考えていいかどうかというところに非常に問題があるわけです。そこのところは,我々が作業を進める間では,どこかではっきりしておかないとまずいことが起こるのではないかと思います。…」(23頁)f 田中委員「 …地域の拡大という問題,その中には被爆者としての認定を受け得る人というのはまずないだろうという,そういう見地からしますと,その区域を指定して,それに被爆者手帳だけやるということは,ナンセンスなんじゃないですか。…」(24頁)89 g 三井企画課長「 一種の均衡論かもしれませんが,その区域内で被爆者手帳を持っている人たちがすべて認定疾病みたいなものにかかっているかというと,そうではないんで,大多数の人はそう大したことはない。仮に病気になったとしても,高血圧とか,要するに年を取ればだれでもかかるような病気にかかる。そういうときであっても,これは原爆と無関係だとは言い切れないというところから,そういう人たちについてもいろんな補償をしてあげているということでございます。したがって,それとの横並びで見てみますと,そういう健康診断地域において,やはり同じような症状があれば,それはやはり手帳を上げて,それと同程度のいろんな保護をしてあげるというようなことが, います。したがって,それとの横並びで見てみますと,そういう健康診断地域において,やはり同じような症状があれば,それはやはり手帳を上げて,それと同程度のいろんな保護をしてあげるというようなことが,横並び論として出てきているわけです。」(24,25頁)h 田中委員「 同じような症状があればということであって,地域全体をその地域として指定するということにはどれだけの意味があるのか。均衡論だけなんですか。そう言っていけば,次から次へと拡大していくだけのことで,全く厚生省には,何にも確信も,基本的な考え方もないのではないか,ということになるのではないですか。ただむやみと地域を広げて健康手帳を渡すというだけのことになるわけですね。」(25頁)i 北村審議官「 …最初の地域を指定しましたときに,旧行政区画で切らざるを得なかったという事情があるようです。正確な丸を描いて,このどぶから向こうはだめ,ということではなかなかいかないので,旧長崎市域とか,旧広島市域とかいうことで,まず地域指定をしたわけです。…そういたしますと,…やはりその行政区画を1歩外れるところの人と何90 ら変わりがないではないかという議論が出てくるわけです。それで,2回ほど広島,長崎につきまして地域を拡大いたしました。…昭和50年と53年に,厚生省でその当該地域並びにその隣接地域における原爆放射能の残留量の調査を行いました。その調査結果が出てまいりましたのが昨年ですが,これは,地域内と地域外と,更にその遠隔地との間には,有意の差が見られないという調査結果をいただいているわけでございます。したがいまして,科学的には根拠はもうない,地域は拡大しないという一応の行政方針を立てているわけですが,なかなか原爆問題につきましては,科学だけでは割り切れない点がある。 いているわけでございます。したがいまして,科学的には根拠はもうない,地域は拡大しないという一応の行政方針を立てているわけですが,なかなか原爆問題につきましては,科学だけでは割り切れない点がある。メンタルな面もあるし,更に最近新しい論拠となってまいりましたのは,政策配慮上,政治的な均衡を図るということだって考えられていいではないかという意見が,非常に強く出てまいりました。 …」(25~27頁)j 田中委員「 その問題は,大河内さんのほうから,こういう懇談会をつくってひとつ基本理念を検討してくれと言われた,その源を探りますと,そういう厚生省が政治的に押されて1歩1歩後退して言いなりになってきている,これに何とか歯止めをしてくれ,ということとしか受け取れないんですが。…」(28頁)k 北村審議官「 私どもがいままで公式に申し上げておりますのは,従前の経過もさることながら,原爆残留放射能の調査結果が出ました以上,科学的にはこれで割り切っているし,これを拡大する根拠には乏しいということを政府の公式答弁にいたしております。」(30頁)l 茅誠司座長(以下「茅座長」という。東京大学名誉教授)「 この委員会は,結局いまのような政治的なものには目をくれない91 で,いまのような残留放射能といったような,科学的なものを目標にして考えなくてはいけないという歯止めをかける役目をさせられているのではないですか。だから,我々は歯止めのために集まっているというふうに解釈してもいいのではないか。…やはり残留放射能というものを基本にして考えるべきだという結論を出すと,それが歯止めの原因になるというのでどうなんですか。つまり,科学的な根拠に基づいた結論であって,政治的なことは考慮しないと。」(30,31頁)m 三井企画課長「 個人的 という結論を出すと,それが歯止めの原因になるというのでどうなんですか。つまり,科学的な根拠に基づいた結論であって,政治的なことは考慮しないと。」(30,31頁)m 三井企画課長「 個人的な感じを含めて申し上げますと,やはり価値観の違いみたいな感じかと思っております。やはりどうしても,少数のほんとうに気の毒な人たちに対して手厚くやってあげるべきだというふうに考えるか,それとも,やはり大なり小なり原爆の影響を受けているのだから,そういう範囲の人たちにできるだけ広く,気の毒だよ,という意思を表してあげたらどうだという感じとの違いのような気もいたしますが。」(33頁)n 田中委員「 …私は,原爆の被爆者に対するいろいろな対策というのは,原爆によって特別の症状を持った,特別の犠牲を受けている人たち,その人たちをいかにより完全に,できるだけ納得できるような形で救済するかという点に集中して考えるべきだと思うのです。…ですから,多かれ少なかれとか何とかということを考えていくと,もう無限に広がっていくのではないかというのが,私の恐れるところなんです。…ですから,私は何とかそういう点で共通した考え方ができれば,それを打ち出すべきだし,それがいまのようなお考えでもしいかなくてはならないとしますと,これはもうこの問題はちょっと解決の手がかりは得92 られないのではないかという感じがするのです。やはり1歩1歩後退していくほかはないのではないかという感じもするんですけれどね。 …」(34,35頁)o 茅座長「 …残留放射能という科学的な根拠に基づいて施策をすると,そして便乗する者を防ぐという根本方針で進んでいけばいいのではないか。 …科学的に言えばこうあるべきだという線をはっきりと出せば,そういう答申を出せばいいのではないかと思い 拠に基づいて施策をすると,そして便乗する者を防ぐという根本方針で進んでいけばいいのではないか。 …科学的に言えばこうあるべきだという線をはっきりと出せば,そういう答申を出せばいいのではないかと思いますがね。…」(38頁)第7回(昭和55年2月27日。甲A82,乙18)a 野呂恭一厚生大臣(以下「野呂厚生大臣」という。)「 (科学的な問題だけに絞って考えるべきか,政治的な配慮という点まで踏み込むべきなのかという質問に対し)科学的根拠の上に立ったものでなければならないと思います。同時に多年この問題にからみまして,長崎と広島とはいささか見解をあるいは異にしているという問題でもあるわけです。しかし,やはり被爆地域というものを,いままでに政治的に何回にもわたって拡大をしてきていること,これももう一つのめどをつけなければならないのではないかと,そして被爆地域におきます被爆者の皆さんの御期待にこたえていくということもございまして,単にこれは長崎からの言い分だとか,広島からの言い分だとかということにこだわらずに,全体の中で被爆地域というものをどの程度に見定めていくかということは,ひとついろいろな面で御検討を願うことができますれば大変幸せだと思います。…」(2,3頁)b 野呂厚生大臣「 …この機会に被爆地域の範囲という問題をどう拡大すべきか…被爆地域という範囲というものはどういうような考え方で進めていったらいいかという基本的なあれがないと,常に意見が相反しておりまし93 て,いわゆる政治の舞台だけで,果たして国民的合意が得られるのかというような心配もいたします。」(3頁)c 野呂厚生大臣「 被爆者地域というのは,この程度,こういうふうな条件,こういうふうな現象のところを考えるべきではないだろうか。何かそこで問題の整理を いうような心配もいたします。」(3頁)c 野呂厚生大臣「 被爆者地域というのは,この程度,こういうふうな条件,こういうふうな現象のところを考えるべきではないだろうか。何かそこで問題の整理をしておきませんと,地域別に単なる住民の要望をどこで線を引くのかという問題になります。」(4頁)d 田中委員「 …被爆地域というものを政治的に決めてこられたきらいがあるのです。必ずしも,客観的な実態に即してではなく,非常に政治的に線を引く,そしてまたそれを拡大していくという傾向が,何か一種のたかりの構造の具体的なあらわれのような感じがいたしまして,その点もっと科学的に合理的な線を引くべきではないかということを考えておりますけれども。では,どこにどう画したらいいか,これはやはり行政的に決められるべきことで,物の考え方をここでは十分検討していただいて,結論が出せればと思っております。」(4頁)e 野呂厚生大臣「 …両県にまたがっているものですから,団体とか,それに関連する政治家だけでいろいろ判断をし,随時,つまり政治的にばかり今日まで進めてきたという経緯がございます。それがもうどうにもまとまりがつかなくなってくると,ここいらでやはり原点に立ち戻ってこういうものだと,厚生省が前向きにこの問題についてもかかわらないと,厚生省はなるべくこれにはさわらないで,どうぞあなたの方で勝手に決めてくださいということは許されないのではないか。…基本理念とともに,原爆地域の範囲というものはどう考えるべきものなのかという御判断をいただきますと,厚生省が,厚生省としての行政的な進め94 方ができるのではないかというふうに考えます。大変政治的な問題ではあります…将来の問題の解決の上に非常に大事なことだという期待があるようでございます。…」(5頁) しての行政的な進め94 方ができるのではないかというふうに考えます。大変政治的な問題ではあります…将来の問題の解決の上に非常に大事なことだという期待があるようでございます。…」(5頁)f 三井企画課長「 …健康診断特例地域というものを当分の間ということで創設をしております。…こういった新しい健康診断特例地域というものをつくった理由ですが,風向きとか,ほかに規定されている地域と比べてみて,地形とか距離とか似たようなものであるというようなこと。その当時の状況を考えてみると,多くの被爆者が援護活動が行われたことから,当時の住民のほとんどが身体に放射能の影響を受けるような事情が過去にあったというようなことでございます。 それにもかかわらず,直ちにその地域で被爆者として手帳を直接に交付するということまでいかなかった理由ですが,そういった区域拡大に際して,そこの住民の健康状態が十分把握されていないということから,直ちに特別地域まで拡大してしまうというのはちょっと飛躍があるのではなかろうかというようなことから,中間的に健康診断だけやってみましょうということで間にはさんだわけでございます。 それと同時に,そういった全般的な状況の把握ができてくれば,将来そこのところをどういうふうなことにするかということについて,立法措置をきちんとさせようということから,当分の間というようなことにしたわけでございます。 51年になりまして,さらに健康診断地域というものを拡大いたしまして…広島の方はいわゆる黒い雨地域といっていますが,これをつけ加えたわけでございます。 広島の黒い雨地域につきましては,その当時風がこの方向に吹いていたというようなことがありまして,この地域において,高濃度の放95 射能が検出されたという例の報告があったというよう ざいます。 広島の黒い雨地域につきましては,その当時風がこの方向に吹いていたというようなことがありまして,この地域において,高濃度の放95 射能が検出されたという例の報告があったというようなこと。これはその当時の県の調査ですが,そこの住民の疾病の状況,病気の状況というものが大変高かったというようなことがございます。 …そのときそのときの理由というのは一応理由があるわけですが,そもそも基本的にそういった考え方を続けていいのだろうかという反省を私どももいたしまして,そういうことで51年,53年に残留放射能調査をやったわけでございます。 そのときの考え方は,これからは区域拡大をする場合には,科学的根拠があって,その区域について拡大する必要があるという判断がなければ,区域拡大はする必要があるのだろうかと,そこのところをはっきりさせてみようという趣旨から残留放射能調査というものを実施したわけでございます。…」(24~26頁)g 大河内一男委員(東京大学名誉教授)「 残留放射能の調査をやらなければいけないというふうに決めたときの動機ですね。これは残留放射能を調べれば何か特定の状況がつかめるのではあるまいかということで調べたところが,結局地域によって余り差が出ていないということなのでしょうか。そこいらのところを51年と53年2回にわたってやったときの,調査目的,動機を伺いたいのです。最初何かこういうことではあるまいかという予測があって,それで専門家を集めて調査をやってみたところが,予測どおりだったというのか…」(39頁)h 高井「 …西山地区については予測どおりだということが1つだと思います。それ以外の地域については,残留放射能からは指定はできないというふうな気持ちがやはりあったのかもしれないと,それは推定でございます 「 …西山地区については予測どおりだということが1つだと思います。それ以外の地域については,残留放射能からは指定はできないというふうな気持ちがやはりあったのかもしれないと,それは推定でございますけれども。 96 しかし,これを知ることによって否定的な答えでも出れば,それがまた1つの有力な根拠となると。とにかくいままでの経過はいろいろありますが,それをいままでどおりにやっていたのでは,歯止めが全然ないと。…」(40頁)i 北村審議官「 …前の人に聞くということになるわけですが,いろいろな思惑があったことは確かでして,科学的にはおおよそ推測がついていたことではあろうけれども,政策的に遂年の拡大の動きがございまして,それにはかなり政策的なニュアンスがありましたので,これに対する1つのけじめをつけるという意味も行政庁側にはあったかと思います。 …」(40頁)第9回(昭和55年6月17日。甲A113)a 田中委員「 特別の犠牲というものの考え方は,限界点になると非常にぼやけてくる,これは社会観点的な概念というのは,どうしても已むを得ないと思うのです。 …そういう限界的なところを,いちいちほじくらないで,大ざっぱに見まして,広島,長崎の原爆の被爆状況というものは…全体として与えた悲惨な状況というものに,やはり特殊性があるということは間違いないのではないかと思います。そういうことによって,一般人が受けた戦争災害とは,若干特色のある特別の犠牲を受けた。そういうものに対して,その度合に応じた特別の補償をしていったらどうかというのが,特別犠牲説的な立場に立って考えた国家補償の理論だと思うのです。」(19,20頁)b 田中委員「 …どこかではっきりとした基準があって一線を画せるという性質の97 ものではないよう が,特別犠牲説的な立場に立って考えた国家補償の理論だと思うのです。」(19,20頁)b 田中委員「 …どこかではっきりとした基準があって一線を画せるという性質の97 ものではないように思います。…」(20頁)c 茅座長「 だから,地域拡大の線をどこに置くかという…」(22頁)d 御園生委員「 これは地域拡大とは,私は全く話が違うと思うのですけれども。と言いますのは,現在被爆者手帳を持っているということと,原爆による特別な損害を受けたという人とは同じだと,私は思っておりません。いまの原爆手帳というものは,そういう制度のうえに成り立っていないのですから。」(22頁)e 田中委員「 そうですかね。やっぱりそれと関連して被爆者手帳というのが交付されて…。」(22頁)f 御園生委員「 直爆はそうです。直爆のほうはそうですけれども,あとから入市であるとか,どこかで看護をしたとかいうのは関係ないです。」(22頁)g 茅座長「 そういうのは別として,一時的なものは,地域拡大というものに対して直接放射線の強いところ,ある程度のところまでで,平らであれば円周…」(22頁)h 御園生委員「 これは,一番最初は円周で切られたのです。」(22頁)i 茅座長「 切るべきでしょう。それは,あとのいろいろのことで,そういうふうにレジェネレートしていっちゃったんですね。」(22頁)j 御園生委員98 「 行政地区との関係でそうなってしまったんですね。」(22頁)k 茅座長「 地域拡大というより,地域縮小すべきではないかと。」(23頁)l 御園生委員「 はい。」(23頁)m 田中委員「 もともと大失敗なんですね。ああいうものの地域を指定するのに,行政区画で範囲を決めるというやり 域縮小すべきではないかと。」(23頁)l 御園生委員「 はい。」(23頁)m 田中委員「 もともと大失敗なんですね。ああいうものの地域を指定するのに,行政区画で範囲を決めるというやり方が,そもそも間違っているんです。」(23頁)n 木戸厚生省公衆衛生局企画課長(以下「木戸企画課長」という。)「 …地域拡大というのがかなり現在は科学的根拠ではなくて,いろいろな要素で拡張の要望が,特に長崎県あたりから出ているということがあるわけでございます。したがって私どもも,そういう,いわゆる科学的根拠以外のことで具体的な結論を出していただこうなどとは思っていないわけです。そこは科学的根拠で出せとおっしゃっていただけば,そこは,一つのあれだと思います。 …いま被爆者というのは,一応被爆をしただろうという人で手帳を持っている人が37万人おりますが,実際に原爆症の認定を受けて,医療を受けて,あるいは手当を受けているという人は,大ざっぱに申しますと3600人ばかりでございますから,たいへんそこは数が違うわけです。」(23,24頁)o 茅座長「 そうすると,原爆手帳を持ったままで,体にも異常がなくて,何ももらっていない人もたくさんいるわけですか。」(25頁)p 事務局「 はい。37万人手帳をもらっていますが,その中で,普段かぜを引99 いたりすれば,それを持っていくと医療費は受けられるわけです。 …」(25頁)q 事務局「 …現在の特例地域というのは,建前としては健康診断だけ受けられるというのが制度なのですが,その運用としますと,健康診断を受けた結果,11の疾病,これが健康管理手当をもらえる疾病になるわけですが,この11の疾病に該当すると,晴れて被爆者になると,要するに被爆者手帳をもらえるということになっている しますと,健康診断を受けた結果,11の疾病,これが健康管理手当をもらえる疾病になるわけですが,この11の疾病に該当すると,晴れて被爆者になると,要するに被爆者手帳をもらえるということになっているわけなのです。そうすると,被爆者手帳をもらった途端に,その疾病ですから健康管理手当ももらえるという取扱いになっています。ですから最大のメリットは,月2万円の健康管理手当がもらえるということと,手帳がもらえますから一般の医療費が無料で受けられるということだろうと思います。…」(38,39頁)r 事務局「 …11の疾病というのは,高血圧とか,老齢化するとだいたい該当するであろうというような疾病も入っているものですから,そこで健康診断を受けますと,だいたいもらえる確率です。…」(39頁)s 田中委員「 原爆投下のころに生まれたばかりの人がいま35才ですね。40,50のころになると丁度そういう疾病が自然に出てくる年ですよね。 その年になったらみんなもらうなんていう考え方が…おかしいんですね。一たんある程度広げますと,それはアンバランスを主張して拡張すると。それを,地域では市長村長が先頭に立ってそういう運動をするというのは,おかしいのではないかと思うんですよね。…もう少し合理的に考えられないものかという感じがしますけどもね。大臣も,それだけが狙いみたいに,ここでは熱心に説明されたんですけれども100 ね。」(40,41頁)第12回(昭和55年11月20日。甲A115)a 田中委員「 …厚生省では健康障害が特異なものだから特別の犠牲というのですか。」(42頁)b 木戸企画課長「 私の方は特別の犠牲の内容は放射線による健康障害までというふうに考えていままでやってきましたが,実はそれを広げますと死んだとか…」(42頁 牲というのですか。」(42頁)b 木戸企画課長「 私の方は特別の犠牲の内容は放射線による健康障害までというふうに考えていままでやってきましたが,実はそれを広げますと死んだとか…」(42頁)c 田中委員「 特別の犠牲というのは,ある特定のことだけを指すのではないと私は思うのです。もっと広い意味で考えないと。健康障害を受けてない人は全部対象からはずれてしまうわけですね。」(42頁)d 木戸企画課長「 具体的にはどういう人でしょうか。」(43頁)e 田中委員「 健康障害を受けている人,手帳をもらっているだけではなくて,いろいろな特別手当などをもらっている人だけが対象であって,放射線による健康障害を受けていない人,そういう人達は特別の犠牲者でないとすれば,ここでいう対象からはずされることになってしまうのではないですか。」(43頁)f 木戸企画課長「 私共は,ここで健康障害というふうに書いてありますが,頭には37万人全員は一応健康障害の可能性が多少でも残っているというふうに考えているわけです。」(43頁)g 田中委員101 「 あるいは放射線による健康障害があるとみるのですか。」(43頁)h 木戸企画課長「 一応の疑いはあると,つまり一定の被爆地域の中で被爆したわけですから。現在は全然ないわけですが,全然ないわけではないというふうに37万人は考えざるをえないわけです。厳密にここで健康障害と言いますと私は本当は3700人しか言えないのではないかと思うのです。」(43頁)i 田中委員「 私は健康障害というのはそういうことになるのではないかと思うのです。ですから健康障害すなわち特別な犠牲という表現は私にはとても納得できないです。特別の犠牲という観念はそんなものではないと思います。」( 健康障害というのはそういうことになるのではないかと思うのです。ですから健康障害すなわち特別な犠牲という表現は私にはとても納得できないです。特別の犠牲という観念はそんなものではないと思います。」(43頁)j 大谷公衆衛生局長「 もっとひどいものだということですか。」(43頁)k 田中委員「 ある意味では漠然と,つかみどころがないところに保障の相当性という概念が出てくるので,特定されたものだったら補償額というものが決ってしまうわけですよ。いろいろな細工のしようがなくなってしまう。」(43,44頁)l 木戸企画課長「 そこは私共健康障害というのを非常にゆるやかに解しまして,現在の37万人というのはおそらく何にもないだろうと思うのですよ。」(44頁)m 田中委員「 そういう意味ならいいのですけれども,健康障害ということを出し102 ますと,現に健康障害を受けている人,特別手当を受けている人だけが特別の犠牲者で,それ以外はみんな対象からはずされると。」(44頁)n 木戸企画課長「 そういうつもりはないわけです。…特別の犠牲の内容ですが,一般の焼夷弾とか艦砲射撃とか,シベリアとどこが違うかというと,やはり放射線による健康障害でしか際だったものはないわけです。ですから障害の多少の疑いがあればそこは広げてやるという考え方からいけばそこは健康障害というふうに絞りませんと…」(44頁)o 木戸企画課長「 特別な事情に着目してという時の特別の事情を健康障害ということにして。そこは私の方は別に絞ったつもりではありません。」(45頁)ウ 基本問題懇談会による報告書の取りまとめ基本問題懇談会は,昭和55年12月11日,それまでの同会における議論を踏まえて,「原爆被爆者対策の基本理念及び基本的在り方につい ん。」(45頁)ウ 基本問題懇談会による報告書の取りまとめ基本問題懇談会は,昭和55年12月11日,それまでの同会における議論を踏まえて,「原爆被爆者対策の基本理念及び基本的在り方について」と題する報告書(以下「懇談会報告書」という。)を取りまとめ,園田直厚生大臣に提出した。その内容は,次のとおりである。(乙34)原爆被爆者対策の基本理念「 …広島及び長崎における原爆投下による被爆者の犠牲がきわめて特殊性の強いものであることは,何人も否定しがたいところである。 広島及び長崎における原爆投下は,歴史はじまって以来初めて人類に対して原爆の恐るべき威力を発揮したものであり,これによる原爆被害は悲惨きわまりないものであった。すなわち,その無警告の無差別的奇襲攻撃により,前代未聞の熱線,爆風及び放射線が瞬時にして,広範な103 地域にわたり多数の尊い人間の生命を奪い,健康上の障害をもたらし,人間の想像を絶した地獄を現出した。そして,これがひいては戦争終結への直接的契機ともなった。ただにそれだけではない。この惨禍で危うく死を免れた者の中にも原爆に起因する放射線の作用により,35年を経た今日なお,晩発障害に悩まされている者が少なくない。原爆放射線による健康上の障害には,被爆直後の急性原爆症に加えて,白血病,甲状腺がん等の晩発障害があり,これらは,被爆後数年ないし10年以上経過してから発生するという特異性をもつものであり,この点が一般の戦災による被害と比べ,際立った特殊性をもった被害であると言うことができる。 …従来国のとってきた原爆被爆者対策は,原爆被害という特殊性の強い戦争損害に着目した一種の戦争損害救済制度と解すべきであり,これを単なる社会保障制度と考えるのは適当でない。また,原爆被爆者の犠牲は,その本質及び程度 た原爆被爆者対策は,原爆被害という特殊性の強い戦争損害に着目した一種の戦争損害救済制度と解すべきであり,これを単なる社会保障制度と考えるのは適当でない。また,原爆被爆者の犠牲は,その本質及び程度において他の一般の戦争損害とは一線を画すべき特殊性を有する『特別の犠牲』であることを考えれば,国は原爆被爆者に対し,広い意味における国家補償の見地に立って被害の実態に即応する適切妥当な措置対策を講ずべきものと考える。 …広い意味における国家補償の見地に立って適切妥当な措置対策を講ずるというのは,具体的にはどういう意味を有するかについて,若干の分析的解説を加えておく必要がある。 第1に,国家補償の見地に立って考えるというのは,…原爆被爆者が受けた放射線による健康障害すなわち『特別の犠牲』について,その原因行為の違法性,故意,過失の有無等にかかわりなく,結果責任(危険責任といってもよい)として,戦争被害に相応する『相当の補償』を認めるべきだという趣旨である。それは国の完全な賠償責任を認める趣旨でないことを注意する必要がある。 104 第2に,原爆被爆者に対する対策は,結局は,国民の租税負担によって賄われることになるのであるが,殆どすべての国民が何らかの戦争被害を受け,戦争の惨禍に苦しめられてきたという実情のもとにおいては,原爆被爆者の受けた放射線による健康障害が特異のものであり,『特別の犠牲』というべきものであるからといって,他の戦争被害者に対する対策に比し著しい不均衡が生ずるようであっては,その対策は,容易に国民的合意を得がたく,かつまた,それは社会的公正を確保するゆえんでもない。この意味において,原爆被爆者対策も,国民的合意を得ることのできる公正妥当な範囲に止まらなければならないであろう。 第3に,原爆被爆者対策は,国家補償の見 それは社会的公正を確保するゆえんでもない。この意味において,原爆被爆者対策も,国民的合意を得ることのできる公正妥当な範囲に止まらなければならないであろう。 第3に,原爆被爆者対策は,国家補償の見地に立って基本的には,国の責任において行うべきであるとしても,その具体的内容は,結局は被爆者の福祉の増進を図ることを狙いとするものでありそのためには各地域の実情に即した対策が望ましく,このような地域福祉の見地からいえば地方公共団体の被爆者対策への協力が強く要請されるものと言わなければならない。…」原爆被爆者対策の基本的在り方「 …これまでの被爆者対策の発展の跡をたどると,被爆者対策の対象たる者が逐次拡大され,その給付の内容も,当初の現物給付(健康診断,医療給付)から次第に金銭給付(健康管理手当,特別手当,医療手当,保健手当,介護手当,葬祭料等)にその重点が移ってきているのみならず,健康管理手当の支給要件の緩和の経過等にみられるように,全体的に一律平等総花主義になってきているように思われる。しかし,ただ徒にこういう傾向を推し進めることは,一方において,援護対策の必要度の高い被爆者に対する適切妥当な対策の実施を困難にするとともに,他方において,一般戦争被害者に対する対策との間に不均衡をきたし,社会的公正を確保するゆえんではない。 105 ひとしく原爆被爆者と称せられる者は,すべて『特別の犠牲』を余儀なくされた者と理解すべきものとしても,放射線被曝の程度には人によって差があり,多量の線量を被曝した者から被曝の可能性があったにすぎない者まで含まれている。また,被曝による放射線障害の程度についても,原爆による放射線障害であると明らかに認められる者から放射線障害の生ずる可能性のある者に至るまで,まちまちであり,これに対する対策の必要 で含まれている。また,被曝による放射線障害の程度についても,原爆による放射線障害であると明らかに認められる者から放射線障害の生ずる可能性のある者に至るまで,まちまちであり,これに対する対策の必要性は,人によって著しく異なる。したがって今後の対策は,画一に流れることを避け,その必要性を確かめ障害の実態に即した適切妥当な対策を重点的に実施するよう努めるべきである。いいかえれば,『公平の原則』は絶えず考慮しながらも,『必要の原則』を重視し,現実の必要に応じ手厚い行き届いた対策を講ずべきである。 …被爆者対策に関し,被爆地域拡大の要求が関係者の間に強い。ところで,被爆地域の指定は,本来原爆投下による直接放射線量,残留放射能の調査結果など,十分な科学的根拠に基づいて行われるべきものである。ところで,これまでの被爆地域の指定は,従来の行政区域を基礎として行われたために,爆心地からの距離が比較的遠い場合でも被爆地域の指定を受けている地域があることは事実であるが,上述のような科学的・合理的な根拠に基づくことなく,ただこれまでの被爆地域との均衡を保つためという理由で被爆地域を拡大することは,関係者の間に新たに不公平感を生み出す原因となり,ただ徒らに地域の拡大を続ける結果を招来するおそれがある。被爆地域の指定は,科学的・合理的な根拠のある場合に限定して行うべきである。」エ 衆議院予算委員会第3分科会(第96回国会)における政府の答弁政府は,昭和57年3月1日開催の衆議院予算委員会第3分科会(第96回国会)において,被爆地域の指定が不均衡ではないかとの質問に対し,次のとおり答弁した(乙12)。 106 森下元晴厚生大臣「 …被爆地域の指定については,従来の行政区域に配慮した面もございますが,基本的には原爆の放射能の大きさを基準とし 質問に対し,次のとおり答弁した(乙12)。 106 森下元晴厚生大臣「 …被爆地域の指定については,従来の行政区域に配慮した面もございますが,基本的には原爆の放射能の大きさを基準として定めておるというようなこともございます。したがって,今後におきましても,原爆基本問題懇談会が指摘しているとおり,被爆地域の指定については『科学的・合理的な根拠のある場合に限定して行うべきである。』非常に回りくどい言葉でございますけれども,そう簡単に変えられないということでございます。」(22頁)三浦厚生省公衆衛生局長「 …被爆地域の指定につきましては,従来の行政区画に配意した面もございますけれども,基本的には原爆の放射能の大きさを基準として決めたということでございます。当初の被爆地域の指定に際しましては,日本学術会議の発行いたしました原子爆弾災害調査報告書やあるいはその他の専門家の意見も参考にいたしまして,爆心地から大体5キロメートルの範囲といたしまして,その際に既存の行政区画の範囲も考慮に入れたということでございます。その後の放射線に関します研究を見ますと,一生の間に一度被曝する場合の最大許容線量というのは,国際放射線防護委員会の勧告によりますと25レムでございまして,これは広島におきましては爆心地から1.7キロ以内…ということになるわけでございます。また,被曝線量がゼロになる距離というのは,ABCCの調査研究によりますと,爆心地から大体3キロメートル以内ということでございまして,現在の被爆地域の設定というのは,私ども十分な安全性を持ったものではないかというふうに思っておるわけでございます。」(22頁)「 …当初行政区画というものを配慮したというところにちょっと問題もあろうかと思います。…一昨年の暮れの原爆被爆者対策基本 持ったものではないかというふうに思っておるわけでございます。」(22頁)「 …当初行政区画というものを配慮したというところにちょっと問題もあろうかと思います。…一昨年の暮れの原爆被爆者対策基本問題懇談会107 の御報告にもありますように,これからの地域拡大というのは科学的な合理性を持ったものでなければならぬという御意見もいただいておりまして,もしまたこれを見直すとなりますと,また科学的合理性がなしにやりますと新しい不公平感というものを生み出すのじゃないかというふうに私ども思っておるわけでございます。」(23頁)⑻ 元気象研究所予報研究室長の増田善信(以下「増田」という。)による黒い雨降雨域(以下「増田雨域」という。)の公表,「黒い雨に関する専門家会議」(以下「黒い雨専門家会議」という。)による検討等ア 増田による昭和62年の調査・報告増田は,昭和62年5月26日,日本気象学会春季大会において,黒い雨は宇田雨域より約2倍の広い範囲(爆心地から北へ約40㎞,東西約25㎞)に降っていたとの調査結果を公表した。増田が,更に同年6月ないし同年8月に,山県郡までの広い範囲で住民から聞き取り調査等を実施したところ,公表した範囲の外の住民からも黒い雨が降ったとの証言が寄せられた。(甲A10及び乙9の各177頁)イ 控訴人らによる黒い雨専門家会議の設置上記アの増田の調査結果の発表を受け,控訴人らは,昭和63年8月25日,医学,物理学及び気象学の研究者ら10人で構成される黒い雨専門家会議を設置し,黒い雨の実態とそこに含まれていた放射能による人体影響等について検討を開始した(甲A10及び乙9の各178頁)。 ウ 増田による平成元年の調査・報告増田は,下記調査方法により,平成元年2月頃,「広島原爆後の“黒い雨”はどこまで降っ よる人体影響等について検討を開始した(甲A10及び乙9の各178頁)。 ウ 増田による平成元年の調査・報告増田は,下記調査方法により,平成元年2月頃,「広島原爆後の“黒い雨”はどこまで降ったか」(甲A34)を公表し,原判決別図表2のとおり,宇田雨域の約4倍の黒い雨降雨域(増田雨域)を提示した。また,その調査結果のまとめとして,後記見解が示されている(22,23頁)。 108 調査方法(甲A34の14~18頁,甲A36の10~18頁)増田は,宇田の調査・報告の基礎資料,昭和48年アンケート調査の際の回答書のうち残された個人別回答123人分,同アンケートの回答を湯来町役場が部落ごとに集計した結果,増田自身による聞き取り調査79人分を含む111人からの聞き取り調査結果(なお,昭和62年以降に実施された聞き取り調査は,広島県北部から北西部にかけての湯来町,豊平町,加計町,広島市安佐南区安古市町,佐伯区五日市町,山県郡芸北町,同戸河内町,佐伯郡吉和村及び同佐伯町等で行われ,調査者が住民から調査事項を直接聞き取る方法に拠っていた。),アンケート調査結果1188枚,手記集・記録集から358点の資料などを整理,分析した(甲A35の1・2)。なお,聞き取り調査及びアンケート調査は,「広島県『黒い雨・自宅看護』原爆被害者の会連絡会」(以下「黒い雨の会」という。)の協力を得て行われたが,聞き取り調査の中には,黒い雨の会とは無関係に,住民が自発的に集会を開いて供述をテープに録音し,これを増田に提供したものも含まれていた。 増田は,分析に当たって,調査対象者の記憶の希薄化や健康診断特例区域の拡大運動の影響にも配慮し,信頼性が確保されたデータを入手すること,また,各資料を併用して総合的に判断することに努め,例えば,雨の降り方を3種類に って,調査対象者の記憶の希薄化や健康診断特例区域の拡大運動の影響にも配慮し,信頼性が確保されたデータを入手すること,また,各資料を併用して総合的に判断することに努め,例えば,雨の降り方を3種類に分ける(降雨の継続時間30分以内を小雨,30分以上1時間以内を中雨,1時間以上を大雨とする。),聞き取り調査に参加した人にも更にアンケートを提出してもらうなどの工夫をし,集められたデータを信頼度の違いに配慮しながら検討した。 調査結果のまとめ(甲A34の22,23頁)「① 少しでも雨の降った区域は,爆心より北西約45キロメートル,東西方向の最大幅約36キロメートルに及びその面積は約1,250平方キロメートルに達する。これは宇田らの求めた降雨域の約4倍の広109 さである。 ② この区域以外の爆心の南ないし南東側の仁保,海田市,江田島向側部落,呉,さらに爆心から約30キロメートルも離れた倉橋島袋内などでも“黒い雨”が降っていたことが確認された。これは宇田らの調査になかったものである。 ③ 1時間以上雨が降ったいわゆる大雨域も,宇田らの小雨域に匹敵する広さにまで広がっていた。 ④ 降雨域内の雨の降り方は極めて不規則で,特に大雨域は複雑な形をしている。 ⑤ 推定降水量の図から,爆心の北西方3ないし10キロメートルの,己斐から旧伴村大塚にかけて,100ミリを越す豪雨が降っていたことが推定された。これは宇田らの推定とほぼ一致するものである。また,20ミリを越す大雨が降った所が数か所あり,爆心から北西方約30キロメートルも離れた加計町穴阿では40ミリに近い集中豪雨があったものと考えられる。 ⑥ 爆心のすぐ東側の約1キロメートルの地域では,全く雨が降らなかったか,降ったとしてもわずかであったと考えられる。しかもこの地域をとり囲んで2 40ミリに近い集中豪雨があったものと考えられる。 ⑥ 爆心のすぐ東側の約1キロメートルの地域では,全く雨が降らなかったか,降ったとしてもわずかであったと考えられる。しかもこの地域をとり囲んで20ミリまたはそれ以上の強雨域が馬蹄形に存在していた。 ⑦ “黒い雨”には原爆のキノコ雲自体から降ったものと,爆発後の大火災に伴って生じた積乱雲から降ったものとの二種類の雨があったものと考えられる。これは宇田らの推論と同じである。 原爆投下後既に43年近く経過しているので,被爆体験者の記憶もうすれてきているであろう。しかし,上記の結論はかなり多くのアンケートを用い,しかも各種の資料を総合的に使って得られたものであるので,今後の再調査によってもそれ程大きな変更はないで110 あろう。ただし,小雨域の範囲はわずか数個の資料で推定されているので,今後の調査によって変えられる可能性がある。しかしそれは,恐らく雨域が一層広がる方向に変えられるであろう。」エ 財団法人放射線影響研究所(平成24年に公益財団法人になった。以下「放影研」という。)の岡島俊三(以下「岡島」という。)らによる調査・報告放影研の岡島らは,平成元年11月25日発行の「原爆線量再評価 広島および長崎における原子爆弾放射線の日米共同再評価 上」において,「残留放射能の放射線量」(乙62)を公表した。 「残留放射能の放射線量」(210,211頁)には,次のような見解が示されている。 「 放射性降下物は,爆心地より約3000mの距離で,広島では西に向けて…発生した…。被爆者は…爆発後約半時間での“黒い雨”を報告した。 これは爆発からのすすや埃を運ぶ雨であり,かつ恐らく放射性でもあった。かかる現象は,かわききったネバダ砂漠で実施された多くの核実験では観察されなかった。日本の放 後約半時間での“黒い雨”を報告した。 これは爆発からのすすや埃を運ぶ雨であり,かつ恐らく放射性でもあった。かかる現象は,かわききったネバダ砂漠で実施された多くの核実験では観察されなかった。日本の放射性降下物に含まれた水分は,湿度の高い大気と水分を多く含む土壌から,又は雲の中に吸い上げられた地表水分からもたらされたものであろう。 “黒い雨(black rain)”およびその後の3か月にわたる…大量の降雨は,大気から放射能を取り除いたので,吸入による被爆の可能性を最小限度にした。」オ 黒い雨専門家会議による報告黒い雨専門家会議は,土壌,屋根瓦や柿木などを試料とした広島原爆による残留放射能検出や気象シミュレーション計算法による降下放射線量の推定などの調査研究を3年間続け,平成3年5月13日,10回目の会合で,「黒い雨に関する専門家会議報告書」(以下「黒い雨専門家会111 議報告書」という。乙55)を取りまとめた(甲A10及び乙9の各178頁)。その調査結果のまとめの部分には,次のような見解が示されている(乙55の7,8頁)。 「 本専門家会議は検討内容を整理し,①残留放射能残存の有無,②気象シミュレーション計算法による放射性降下物の降下範囲ならびに降下放射線量の推定,③体細胞突然変異及び染色体異常頻度による人体影響の有無の3点に絞って具体的検討を行った。 残留放射能の推定には,屋根瓦を用いたγ線測定方法は不適当であり,土壌中235U/238U測定法は,客観的資料を提供できる十分な方法であるという確証は得られなかった。柿木による90Srの測定は進行中であり,現在までの結果では黒い雨との関連は確定できなかった。 気象シミュレーション計算法を用いた降雨地域の推定では,これまでの降雨地域(いわゆる宇田雨域)の範囲とほぼ同程度(大 Srの測定は進行中であり,現在までの結果では黒い雨との関連は確定できなかった。 気象シミュレーション計算法を用いた降雨地域の推定では,これまでの降雨地域(いわゆる宇田雨域)の範囲とほぼ同程度(大雨地域)であるが,火災雲の一部が東方向にはみ出して降雨落下しているとの計算結果となった。また,原爆雲の乾燥落下は北西の方向に従来の降雨地域を越えていることが推定されるが,その後の降雨などで,これらの残留放射線量は急速に放射能密度を減じている。 体細胞突然変異及び染色体異常頻度の検討では,降雨地域と対照地域で統計的に有意差はなく,人体への影響を明確に示唆する所見は得られなかった。 以上,本専門家会議は,ウラニウム爆弾の特殊性,当時の気象学的・物理学的資料の不確実性,残留放射能検出法の限界,原爆放射線と医療放射線の人体影響に関する区別の困難性などに配慮しながら,現在可能な方法を用いて検討を行ったが,黒い雨降雨地域における残留放射能の現時点における残存と放射線によると思われる人体影響の存在を認めることはできなかった。今後はさらに研究方法の改良等により,黒い雨の112 実態解明に努力する必要があろう。」黒い雨専門家会議報告書を受けて,控訴人らは,新たな黒い雨降雨域については,被爆地域指定を国に求めず,今後の研究を見守ることとした。 ⑼ 被爆者援護法の制定等ア 被爆者援護法の制定に至る経緯内閣は,平成6年11月22日,国会に対し,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律案を提出した(乙9の341頁)。 井出正一厚生大臣は,平成6年11月25日開催の衆議院本会議(第131回国会)において,の趣旨について,次のとおり説明した(乙37の1頁)。 「 …被爆者の方々に対しましては,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律及び原子爆弾被 月25日開催の衆議院本会議(第131回国会)において,の趣旨について,次のとおり説明した(乙37の1頁)。 「 …被爆者の方々に対しましては,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律に基づき,医療の給付,手当等の支給を初めとする各般の施策を講じ,被爆者の健康の保持増進と福祉を図ってきたところでありますが,高齢化の進行など被爆者を取り巻く環境の変化を踏まえ,現行の施策を充実発展させた総合的な対策を講ずることが強く求められてきております。 こうした状況を踏まえ,被爆後50年のときを迎えるに当たり,恒久の平和を念願するとともに,国の責任において被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ,あわせて,国として原爆死没者のとうとい犠牲を銘記するため,この法律案を提出することとした次第であります。」谷厚生省保健医療局長は,平成6年12月1日開催の衆議院厚生委員会(第131回国会)において,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律案の審議に当たって,被爆地域の範囲の拡大について,次のとおり答弁した(乙38の12頁)113 「 被爆地域の指定の問題,あるいは拡大をするかしないかという問題は,今先生お触れになりました基本懇の報告にもございます,科学的,合理的な根拠のある場合に行うべきであるというのが私どもが従来からとってきた立場でございます。 …いずれにいたしましても,科学的あるいは合理的ということを念頭に置きつつ,この問題については私どもは対応していきたいと思っております。」原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律案は,平成6年12月1日開催の衆議院厚生委員会(第131回国会)において,原案のとおり可決され,上記委員会は,その際,次の附帯決議をした(乙38の15, 原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律案は,平成6年12月1日開催の衆議院厚生委員会(第131回国会)において,原案のとおり可決され,上記委員会は,その際,次の附帯決議をした(乙38の15,16頁)。 「 被爆地域の指定の在り方について,原爆放射線による健康影響に関する研究の進展を勘案し,科学性,合理性に配慮しつつ検討を行うこと。」村山富市内閣総理大臣は,平成6年12月8日開催の参議院厚生委員会(第131回国会)において,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律案について,懇談会報告書より後退しているのではないかとの質問に対し,次のとおり答弁した(乙39の4頁)。 「 …今御指摘のありました原爆被爆者対策基本問題懇談会の考え方に基づきまして,恒久の平和を念願するとともに,国の責任において被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な被爆者援護対策を講じ,あわせて国としての原爆死没者のとうとい犠牲を銘記しようとするものでございまして,私はこの基本懇の考え方を踏まえて今度の案というものはつくられておるというふうに理解をいたしております。」被爆者援護法は,平成6年12月1日衆議院で可決され,同月9日参議院で可決,成立し(乙9の341頁),平成7年7月1日から施行さ114 れた。 イ 被爆者援護法の概要被爆者援護法の前文は,要旨,次のとおりである。 「昭和20年8月,広島市及び長崎市に投下された原子爆弾という比類のない破壊兵器は,幾多の尊い生命を一瞬にして奪ったのみならず,たとい一命をとりとめた被爆者にも,生涯いやすことのできない傷跡と後遺症を残し,不安の中での生活をもたらした。このような原子爆弾の放射能に起因する健康被害に苦しむ被爆者の健康の保持及び増進並びに福祉を図るため,原子爆弾被爆者の医療等に関する法 とのできない傷跡と後遺症を残し,不安の中での生活をもたらした。このような原子爆弾の放射能に起因する健康被害に苦しむ被爆者の健康の保持及び増進並びに福祉を図るため,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律を制定し,医療の給付,医療特別手当等の支給をはじめとする各般の施策を講じてきた。…国の責任において,原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ,高齢化の進行している被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ…」るため,この法律を制定する。 被爆者援護法は,原爆二法(原爆医療法,原爆特別措置法)を一本化し,これらの諸施策を基本的に引き継いで被爆者に対する総合的な援護政策を実施する法律として制定されたもので,被爆者の総合的な援護対策のほか,新たに特別葬祭給付金の支給,平和を祈念するための事業,福祉事業の実施と補助,調査及び研究に対する補助等が規定された。被爆者に対する医療の給付及び手当の支給等については,原爆二法の規定が移行された。 被爆者援護法1条各号は,原爆医療法2条各号の被爆者の定義規定をそのまま引き継いだ(前提事実2⑴)。 また,特別手当(被爆者援護法25条),健康管理手当(同法27条)等については,原爆特別措置法に存在した所得制限の規定が撤廃され115 た。 (乙9の342~344頁)ウ 被爆者援護法の具体的内容被爆者健康手帳の交付及びそれによる援護前提事実2⑵,⑶のとおりである。 原爆症の認定及びそれによる援護a 医療の給付被爆者援護法10条1項は,「厚生労働大臣は,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被爆者に対し, 原爆症の認定及びそれによる援護a 医療の給付被爆者援護法10条1項は,「厚生労働大臣は,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被爆者に対し,必要な医療の給付を行う。ただし,当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因するものでないときは,その者の治癒能力が原子爆弾の放射能の影響を受けているため現に医療を要する状態にある場合に限る。」と定めている。 被爆者援護法11条1項は,上記の医療の給付を受けようとする者においては,あらかじめ,当該負傷又は疾病が原爆の傷害作用に起因する旨の厚生労働大臣の認定(以下「原爆症認定」という。)を受けなければならない旨定めている。 b 医療特別手当の支給被爆者援護法24条1項は,都道府県知事等においては,原爆症認定を受けた者であって,当該認定に係る負傷又は疾病の状態にあるものに対し,医療特別手当を支給する旨定めている。 c 特別手当の支給被爆者援護法25条1項は,都道府県知事等においては,原爆症認定を受けた者に対し,特別手当を支給する(ただし,その者が医療特別手当の支給を受けている場合は,この限りでない。)旨定めている。 116 健康診断特例措置健康診断特例措置について,被爆者援護法附則17条は,原爆医療法附則3項の規定を引き継ぎ,「原子爆弾が投下された際第1条第1号に規定する区域に隣接する政令で定める区域内に在った者又はその当時その者の胎児であった者は,当分の間,第7条の規定(健康診断に係る規定である〔当裁判所注記〕。)の適用については,被爆者とみなす。」と規定し,また,被爆者援護法施行令附則2条は,原爆医療法施行令附則2項の規定を引き継ぎ,「法附則第17条の政令で定める区域は,広島市又は長崎市に原子爆弾が投下された当時 は,被爆者とみなす。」と規定し,また,被爆者援護法施行令附則2条は,原爆医療法施行令附則2項の規定を引き継ぎ,「法附則第17条の政令で定める区域は,広島市又は長崎市に原子爆弾が投下された当時の別表第3に掲げる区域とする。」と規定し,上記別表第3に,前記⑸エを定めた。 5 被爆者援護法制定後の状況⑴ 広島大学大学院工学研究院特任教授の静間清(以下「静間」という。)らによる調査・報告静間らは,理化学研究所の仁科芳雄らによって広島原爆投下3日後に爆心地から半径5㎞以内で収集された,核実験による全地球的な放射性降下物にさらされていない,22個の土壌サンプル(前記3⑶ア参照)を用いて,セシウム137の再測定を行ったところ,11個の土壌サンプルでセシウム137が検出されたことから,平成8年5月頃,「広島原爆の早期調査での土壌サンプル中のセシウム137濃度と放射性降下物の累積線量評価」(甲A37の1・2,乙102の1・2)を公表した。 「広島原爆の早期調査での土壌サンプル中のセシウム137濃度と放射性降下物の累積線量評価」には,セシウム137の沈着について,別図表及び原判決別図表5-2のとおりであったとされた上で,次のような見解が示されている。 「 全市にわたる降雨域を評価するにはサンプル数は十分ではないが,しか117 し,セシウム137の沈着は降雨域と密接に関連するはずである。図5(原判決別図表5-3のことである〔当裁判所注記〕。)に示すように,セシウム137が検出されたサンプル18,22,および25は増田の地図の降雨域に含まれているが,宇田の降雨域には含まれていない。サンプル11と21は,増田の地図の降雨域に含まれているが,宇田の降雨域の境界上にある。これらの結果は降雨域が宇田の地図より広かったことを示し,増田の地図 ているが,宇田の降雨域には含まれていない。サンプル11と21は,増田の地図の降雨域に含まれているが,宇田の降雨域の境界上にある。これらの結果は降雨域が宇田の地図より広かったことを示し,増田の地図を証明している。サンプル2,3,13,14,および16は両方の地図の降雨域に位置しているが,しかし,セシウム137は検出限界より低い。 また,両方の地図の降雨域に入らないサンプル24,26,および27については放射能は検出されなかった。こうした結果は,セシウム137は降雨域でさえも一様に沈着しておらず,また爆心地から南東方向の地域に降雨のない地域があったという事実を反映している。」⑵ 広島市原子爆弾被爆実態調査研究会によるアンケート調査(甲A9の1頁)控訴人広島市は,平成13年度,原爆被害の一層の実態解明を進めるため,有識者による広島市原子爆弾被爆実態調査研究会を組織し,平成14年度,原爆に関わる体験とこれに伴う心身の状況について把握するため,約1万人を対象としたアンケート調査を実施した。 その結果,何らかの原爆体験が,心身への影響を生じさせている可能性が示唆された。また,被爆者健康手帳所持者及び健康診断受診者証所持者以外においては,原爆体験の中で,黒い雨を体験したことによる影響が,その他の体験をしたことによる影響よりも大きいこと等が示唆された。 ⑶ 第二種健康診断特例区域の新設被爆者援護法施行令附則2条(前記4⑼ウ参照)は,平成14年4月1日,同年政令第148号により改正され,新たに第二種健康診断特例区域が設けられ,改正後の被爆者援護法施行令附則が同日から施行された。これ118 は,改正後の被爆者援護法施行令別表第4に掲げる区域(長崎原爆が投下された際の爆心地から12㎞の区域)に所在した者を,被爆者援護法附則17条の健康診 行令附則が同日から施行された。これ118 は,改正後の被爆者援護法施行令別表第4に掲げる区域(長崎原爆が投下された際の爆心地から12㎞の区域)に所在した者を,被爆者援護法附則17条の健康診断の特例の対象とし,第二種健康診断受診者証を交付することとしたものである。 これに伴い,それまでの健康診断特例区域は,第一種健康診断特例区域とされた。なお,402号通達(前記4⑸イ)は,第一種健康診断特例区域内に所在した者のみに適用されるものとされ,第二種健康診断特例区域内に所在した者が,健康診断の結果,402号通達の列挙した障害があると診断されたとしても,被爆者援護法1条3号の被爆者とは扱われない。 (乙56,57)⑷ 参議院予算委員会(第156回国会)における政府の説明(乙58の38頁)高原厚生労働省健康局長は,平成15年3月17日開催の参議院予算委員会(第156回国会)において,政府参考人として,次のとおり説明した。 「 広島の健康診断特例区域につきましては,昭和51年に広島の北西部,長径約19キロメーター,短径で10キロメーターの楕円形の地域をいわゆる黒い雨,大雨地域として指定しております。当時は,原爆放射線の広がり及び原爆放射線の人体影響に関する科学的知見も必ずしも十分蓄積されていなかったものでございますが,指定の理由といたしましては,黒い雨地域内の一部で高濃度の放射能が検出された例の報告があったこと,広島市及び周辺町村が昭和48年に行った住民に対するアンケート調査で有病者数等が4割であったことから,当該地域を健康診断特別区域に指定したものでございます。…」「 黒い雨の降雨地域で,大雨が降ったところと小雨のところと,これは聞き取り調査によるものでございますが,そのうちで,その小雨のと言われている領域については適用して 定したものでございます。…」「 黒い雨の降雨地域で,大雨が降ったところと小雨のところと,これは聞き取り調査によるものでございますが,そのうちで,その小雨のと言われている領域については適用しておりません。」119 「 この広島の黒い雨の小雨地域の放射線の影響につきましては,これまで様々な調査研究が行われてきたところでございます。昭和51年及び53年の厚生省調査研究委託により日本公衆衛生協会が実施いたしました調査におきましては,小雨地域においては原爆からの核生成物が残留しているとは言えないという結果が出ております。これは,爆心地から放射状にずっとサンプルを取りまして残留放射性物質を分析したものでございます。 また,現在の時点におきまして,一般国民におきましても,例えば,ただいま申し上げましたような例えば呼吸機能障害とか,それから白内障であるとか,加齢現象とともに増加しておりまして,例えばそういうふうなものを足し合わせれば,国民生活基礎調査等で見ましても,おおよそ,これ重複はあるわけですが,75%の一般の日本人の方は大なり小なりそういう病気にかかっていらっしゃいます。 そういうふうなこともございまして,小雨地域において原爆放射線による健康影響があるというふうな科学的合理的根拠は今のところ認められていないものと承知しております。」⑸ 控訴人広島市による原爆体験者等健康意識調査の実施(甲A9)控訴人広島市は,原爆体験による心身への健康影響について更なる実態解明を進めるため,平成19年度から,有識者によるワーキング会議を開催し,調査対象者や調査手法等について再検討を行い,平成20年度から,広島市原子爆弾被爆実態調査研究会(前記⑵参照)を再組織し,同年6月から,原爆体験者等健康意識調査を実施した。 ⑹ 参議院予算委員会(第 査対象者や調査手法等について再検討を行い,平成20年度から,広島市原子爆弾被爆実態調査研究会(前記⑵参照)を再組織し,同年6月から,原爆体験者等健康意識調査を実施した。 ⑹ 参議院予算委員会(第174回国会)における政府の答弁(乙59)長妻昭厚生労働大臣は,平成22年3月9日開催の参議院予算委員会(第174回国会)において,第一種健康診断特例区域の範囲について,次のとおり答弁した。 「 …その区域(第一種健康診断特例区域〔当裁判所注記〕)をどうやって決120 めたのかというのは,これは昭和20年,ちょうど原爆が落ちた直後に宇田博士という方がいらっしゃいまして,その方が聞き取り調査を数か月にわたって直後からされて,いろいろな状況を勘案をしてその地域の骨格ができ,その後も昭和51年度,53年度にも当時の厚生省の委託研究ということで,これもいろんな土を分析をするなどして,この中心の大雨地域というのと,周辺の通称小雨地域というものの中から核分裂生成物が残留するとは言えないということで,そういうような研究もありましてそういうような線引きにさせていただいているというふうに聞いております。」(27頁)「 …平成3年度には広島県や広島市が実施をした黒い雨に関する専門家会議報告書と,こういうようなものもございまして,これについても残留放射能の残存の研究がなされておりますけれども,そういうものも勘案して今日の補償のスキームを作らせていただいているというふうに考えております。」(27頁)「 1976年に今の黒い雨の大雨地域を健康診断特例区域に指定したというのはそのとおりでございますけれども,これについては宇田博士の調査を基本として指定をしたものでありますけれども,そのほかにも黒い雨地域内の一部で高い濃度の放射能が検出された例の報告があっ したというのはそのとおりでございますけれども,これについては宇田博士の調査を基本として指定をしたものでありますけれども,そのほかにも黒い雨地域内の一部で高い濃度の放射能が検出された例の報告があったことなどを参考にして,これは1976年に指定をしたというふうに考えております。」(27頁)「 これは宇田博士の調査以外にはないということでありますけれども,やはり非常に難しい点がございますのは,時を経て,いろいろな証言やその当時どこにどういう形で雨が降ったのかなどなど,当時の状況を知るすべというのは,やはり被爆,原爆が落ちた直後のこの調査というのが今のところは,非常に証言の信憑性,あるいはその生々しさからいって信用性が高いのではないかというようなことで,今日もこの宇田博士の調査というのは一定の信頼性を得ているということで,それに基づいたものとしてそういうような区121 分を決めさせていただいているということであります。」(27頁)「 …今の宇田博士の調査につきましては,その調査のみならず,先ほど来御紹介しています昭和63年から平成3年にかけて広島県,広島市が実施した黒い雨に関する専門家会議においては,この宇田博士の調査による降雨範囲は妥当なものであったというふうにされているというのと,もう一つ,今御指摘いただいた増田博士というのが昭和62年に実施した調査においては,この宇田博士の調査より広い地域に黒い雨が降ったとされているということで,宇田博士の調査と異なる研究結果が出ているのも事実でございます。 今,御存じのように広島市中心に再度,今現在調査をされておられるというようなことも聞いておりまして,かなり綿密な調査ということも聞いておりますので,その調査の結果が出れば,我々も関心を非常に持っておりますので,それを有識者の方で分析 今現在調査をされておられるというようなことも聞いておりまして,かなり綿密な調査ということも聞いておりますので,その調査の結果が出れば,我々も関心を非常に持っておりますので,それを有識者の方で分析をいただいて,我々としてもそれをどう考えるかということを検討していきたいと思います。」(28頁)「 …この調査を行った事実は重く受け止めていこうというふうに思っております。 これについて,3月末,今月末に最終的な取りまとめが行われるということで,我々も非常に関心を持ってその取りまとめを拝見したいと思っているんですが,中間報告というのが出まして,それも拝見をいたしますと,黒い雨を体験した方の証言により,雨の強さやちり分布等々でこれまで黒い雨が降ったとされる地域よりも広範囲で降った可能性を示唆されておられる方もいらっしゃるということで,それがどういう意味を持つのか,どの程度の方が具体的にどういう証言をされたのかというのも正式な今月末の結果を見て,それを専門家に分析をしてもらって,そして,我々としては,その後対応が必要であればそれを検討していくと,こういうようなことを考えております。」(28頁)⑺ 控訴人広島市による「原爆体験者等健康意識調査報告書」(以下「広島市122 報告書」という。甲A9)の公表控訴人広島市は,平成22年5月,広島市報告書を取りまとめた。広島市報告書においては,広島大学原爆放射線医科学研究所教授の大瀧慈(以下「大瀧」という。)が,広島市が収集したアンケートデータの集計,統計解析を行い,黒い雨降雨域の推定を行い,いわゆる大瀧雨域を提示した。その要旨は次のとおりである。 ア 調査方法(甲A9の1~3,6頁)郵送自記式質問紙調査による基本調査と,基本調査結果を検証するための個別面談調査(広島県臨床心理士会会員 る大瀧雨域を提示した。その要旨は次のとおりである。 ア 調査方法(甲A9の1~3,6頁)郵送自記式質問紙調査による基本調査と,基本調査結果を検証するための個別面談調査(広島県臨床心理士会会員87名により各区の公民館,地域福祉センターなど広島市の公的施設34か所で実施したもの)である。 解析対象となったデータは,平成20年6月時点において,①広島市内又は県域の一部(安芸太田町及び北広島町の一部。以下同じ。)に,広島原爆の投下前から居住し続けている者,②広島市内又は県域の一部に,昭和25年1月1日から昭和27年12月31日までに転入し,居住し続けていると思われる者で,かつ,広島原爆の投下前に生まれた被爆者以外の者の,合計3万6614人に対して実施した郵送によるアンケート調査により収集されたもので,そのうちの約74%に当たる2万7147人から得られた回答である。また,個別面談者数の実績は891人であった。 イ 黒い雨の体験状況(甲A9の19~23,25頁)解析する黒い雨関係の調査項目は,黒い雨の体験(黒い雨を浴びたり,触れたり,口にしたり,見たりしたことをいう。)の有無,体験場所,雨の降り始めた時刻と降り止んだ時刻(時単位),雨の強さ(強い,中程度,弱い),雨の色(真っ黒,黒っぽい,茶色,透明に近い)である。 解析対象者は,黒い雨を体験したと回答した者のうち,黒い雨を体験した場所(場所情報)を回答している者で,記憶の明確さを考慮して,調査123 時の年齢が71歳以上の者に限定した。 また,場所情報については,概ね旧町村単位(市内中心部については体験者が一定数集まる範囲)で統合し,その地域の代表地点(中心地の役場や学校)の位置情報(経度と緯度)に変換を行った。 黒い雨の体験者については,その場所毎に類別され,それぞれの調 中心部については体験者が一定数集まる範囲)で統合し,その地域の代表地点(中心地の役場や学校)の位置情報(経度と緯度)に変換を行った。 黒い雨の体験者については,その場所毎に類別され,それぞれの調査項目について,回答結果の平均値や比率により要約を行った。さらに,その要約値に対して局所線形回帰モデルに基づいたノンパラメトリック回帰分析を適用し,黒い雨の各特性値に関する昭和20年8月6日当時の時空間分布を推定した。 降雨時間黒い雨の体験者で,雨の降り始めた時刻と降り止んだ時刻を回答した者を解析対象として,降雨時間の地理分布を求めた。なお,解析精度を保持させるため,地区別回答者数が10人以上の場所のみを解析の対象とした(解析対象者数903人)。 推定された降雨時間の地理的分布は,原判決別図表3-1のとおりであり, 降雨があった(降雨時間>0時間)と推定された地域は,宇田雨域よりも広く,場所によっては増田雨域の外縁部に近似する結果が得られた(宇田雨域及び増田雨域との比較については,原判決別図表4参照)。 比較的長い降雨時間が推定された地域は,宇田雨域の北西部及びその周辺部であり,その時間は1時間半ないし2時間程度と推定された。 時刻ごとの降雨の状況黒い雨の体験者で,雨の降り始めた時刻と降り止んだ時刻を回答した1084名の分布は,降り始めの時刻が午前8時から午後4時まで,降り止んだ時刻は午前8時から午後6時までであった。午前10時辺りをピークに1,2時間程度降ったと回答したものが多かった。また,降り124 始めの時刻のみ(降り止んだ時刻は不明)回答した481名の,降り始めの時刻の分布も午前8時から午後4時までであった。 さらに,上記黒い雨の体験者で,雨の降り始めた時刻について回答した者を解析対象として地理分布を解析し 止んだ時刻は不明)回答した481名の,降り始めの時刻の分布も午前8時から午後4時までであった。 さらに,上記黒い雨の体験者で,雨の降り始めた時刻について回答した者を解析対象として地理分布を解析した。解析精度を保持させるため,回答者数が10人以上の地区に限定した(解析対象者数1413人)。 降り止んだ時刻を回答していない者については降雨時間を降り始めから1時間として解析した(降り止んだ時刻を回答した者の中では,降雨時間を1時間と回答した者が最も多かったためである。)。 時刻ごとの黒い雨の体験率(厳密には,条件付き体験率というべきものである。)の地理分布は,原判決別図表3-2のとおりであり,黒い雨は,午前9時頃に広島市西方近郊から降り始め,その後北西に拡がり午前10時ないし11時頃に最も広い範囲で降り,その後縮小し,午後3時頃加計付近で消失している。 雨の強さ黒い雨の体験者で,雨の強さについて回答した者を解析対象とした。 解析精度を保持させるため,回答者数が10人以上の地区に限定した(解析対象者数1378人)。 推定された雨の強さの最大値の地理分布は,原判決別図表3-3(なお,原判決399頁冒頭に「別図表3-3 降雨の強さ」と加える。)のとおりであり,「強い雨で土砂降りに降った」と推定された地域は,宇田強雨域のほぼ北半分を含み,更にその北西側(湯来町東部)にも分布している。 雨の色黒い雨の体験者で,雨の色について回答した者を解析対象とした。解析精度を保持させるため,回答者数が10人以上の地区に限定した(解125 析対象者数1248人)。 雨の色についての地理分布は,原判決別図表3-4のとおりであり,真っ黒い雨の降った領域は広島市の北西近郊(沼田地区,湯来町東部)と推定され,その範囲は「強い雨で土砂降りに降った 者数1248人)。 雨の色についての地理分布は,原判決別図表3-4のとおりであり,真っ黒い雨の降った領域は広島市の北西近郊(沼田地区,湯来町東部)と推定され,その範囲は「強い雨で土砂降りに降った」と推定された地域とほぼ一致している。 結論黒い雨は,従来から言われていた宇田雨域よりも広範囲に降り,現在の広島市域の東側,北東側を除くほぼ全域と周辺部で降った可能性が示唆された。また,黒い雨が降った時間の長さ,時間帯,色などについては,地域によって異なる可能性が示唆された。 なお,統計解析の理念からすると,黒い雨の非体験者も含めた無作為抽出による回答に基づく体験率を用いるべきであり,更に被爆当日における回答者の時刻ごとの所在地情報も必要であるが,現実にはそうした情報を入手することは不可能であったことから,今回の解析は,「どこかの時点で黒い雨を体験した」という人から得られたという条件付きのものであることに留意する必要がある。 ウ その他(甲A9の8,17~19,23頁)被爆者及び黒い雨の体験者の心身の健康影響a 基本調査の結果,被爆群(①直接被爆群〔被爆者援護法1条1号の被爆者〕,②入市被爆群〔同条2号の被爆者〕,③救護・看護被爆群〔同条3号の被爆者。ただし,402号通達により同号の被爆者となった者を除く。〕)と黒い雨の体験群(指定地域〔402号通達により同号の被爆者となった者及び第一種健康診断受診者証の所持者〈当裁判所注記〉〕群,未指定地域群)のいずれも,比較対照群(原爆体験はあるが,被爆者健康手帳の非所持者で,黒い雨の体験が無い者)に比べて,心身の健康面が不良であった。 126 個別調査の結果,被爆群においては,近距離直爆群,遠距離直爆群,間接被爆群(入市,救護・看護)の間では差はなかった。また,黒い雨の体験 い者)に比べて,心身の健康面が不良であった。 126 個別調査の結果,被爆群においては,近距離直爆群,遠距離直爆群,間接被爆群(入市,救護・看護)の間では差はなかった。また,黒い雨の体験群では,未指定地域群が全般的に心身健康面が不良であった。 b 基本調査の結果,心身健康面の不良に最も強く影響を与えていた要因は,「放射線による健康不安」と「差別・偏見体験」であった。 個別調査の結果においても,この二つの程度は,心身健康機能の不良と有意に関連していた。 c 基本調査の結果,特に,「放射線による健康不安」は,現時点においても,被爆群,黒い雨の体験群のそれぞれ40ないし50%もが有しており,比較対照群と比べて,明らかに高い割合であった。 d 基本調査の結果,黒い雨の体験群の80%以上が直接曝露した体験を有していた。また,個別調査の結果では,黒い雨の体験群の75. 5%が,黒い雨は放射線を含有していたと認識していた。これらの傾向については,指定地域群と未指定地域群との間で差は認められなかった。 e 個別調査の結果,未指定地域群が,比較対照群と比べて心身健康面,心的外傷性ストレス症状のいずれも不良であり,不良の程度は,被爆群と匹敵するほど大きいことが窺われた。 f 未指定地域群の健康不安は,指定地域群,比較対照群よりも高く,間接被爆群データに近いものであった。未指定地域群においては,健康不安のために心身健康面が不良な結果となったことが示唆された。 現在まで,黒い雨の実態やその健康影響が十分に解明されていない中で,健康不安を増大させていた可能性がある。 g 被爆者や黒い雨体験者が高齢化する中で,その健康不安は更に大きくなることが予想される。原爆体験者の今後の健康不安への対処が重127 要となることが示唆されているものと考え 可能性がある。 g 被爆者や黒い雨体験者が高齢化する中で,その健康不安は更に大きくなることが予想される。原爆体験者の今後の健康不安への対処が重127 要となることが示唆されているものと考えられる。 被爆者及び黒い雨の体験者の身体的な症状a 自覚的な急性症状の有無基本調査の結果から,自覚的な急性症状の有無(「原爆の直後からおよそ2か月間に出現する,発熱,鼻・歯茎・腸などからの出血,皮下出血,下痢,脱毛などで,1週間程度続いたもの」の自覚の有無)について回答がある者で,記憶の明確さを考慮して,調査時の年齢が71歳以上の者を解析対象とした。 被爆群,黒い雨の体験群のいずれも,比較対照群に比べて有意に高かった。 b 現在治療等を行っている病気基本調査の結果から,「現在,病院で診断・検査や治療を受けている病気」として,造血機能の病気,肝臓の病気,癌,脳の病気,内分泌腺の病気,心臓の病気,腎臓の病気,目の病気,呼吸器の病気,関節や骨の病気,胃や腸の病気,心の病気,婦人科の病気のいずれかに○の記載がある者全員を解析対象とした(解析対象者数2万0133人)。 その結果,「現在,病院で診断・検査や治療を受けている。」と回答した者の割合は,多くの病気に関して,直接被爆群が最も高くなっていた。調査時年齢が71歳未満の場合,造血機能,関節や骨の病気が,また,調査時年齢が71歳以上の場合,造血機能及び脳の病気が,被爆群及び黒い雨の体験群で比較対照群に比べて有意に高くなっていた。なお,癌については,71歳未満の場合,直接被爆群が比較対照群に比べて有意に高くなっており,71歳以上の場合,直接被爆群と入市被爆群が比較対照群に比べて有意に高くなっていたが,それ以外では比較対照群との間に有意差はなかった。 128 ⑻ 控訴人らによる 比べて有意に高くなっており,71歳以上の場合,直接被爆群と入市被爆群が比較対照群に比べて有意に高くなっていたが,それ以外では比較対照群との間に有意差はなかった。 128 ⑻ 控訴人らによる「原子爆弾被爆地域の拡大に関する要望書」(甲A2)の提出控訴人ら及び周辺自治体は,平成22年7月,国に対し,広島市報告書における調査の結果,①黒い雨降雨域は宇田雨域より広いこと,②第一種健康診断特例区域の未指定地域で黒い雨を体験した者は,心身健康面が被爆者に匹敵するほど不良であり,「放射線による健康不安」がその重要な要因の一つであることが明らかになったなどとして,大瀧雨域全域を第一種健康診断特例区域として早急に指定すること,大瀧雨域は広島市などの限定された地域を対象とした調査の結果であり,実際の黒い雨降雨域が更に広かった可能性を否定することができないことから,国において,黒い雨の降雨状況について更なる実態解明を進めることを求める「原子爆弾被爆地域の拡大に関する要望書」(甲A2)を提出した。 ⑼ 「『原爆体験者等健康意識調査報告書』等に関する検討会」(以下「平成24年検討会」という。)による広島市報告書の検討(乙60)上記⑻の要望を受けた国は,被爆地域の指定に当たっては,科学的・合理的な根拠が必要であるとして,上記要望を受けた地域における広島原爆による健康影響について科学的に検証するために,厚生労働省健康局長の下に,放射線の健康影響等に関する専門家によって構成される平成24年検討会を設置した。 平成24年検討会は,平成22年12月28日ないし平成24年7月9日に,合計9回開催され,ワーキンググループにおけるデータの再解析を含めた検討を踏まえ,同月18日,「『原爆体験者等健康意識調査報告書』等に関する検討会報告書」(乙60。以下「平成 平成24年7月9日に,合計9回開催され,ワーキンググループにおけるデータの再解析を含めた検討を踏まえ,同月18日,「『原爆体験者等健康意識調査報告書』等に関する検討会報告書」(乙60。以下「平成24年検討会報告書」という。)を取りまとめた。その内容は,次のとおりである。 ア 黒い雨を体験したと回答した者の健康状態「 広島市等により調査が行われた内容は主として精神的な影響に関する評129 価尺度を用いての検討であり,身体疾病に関しては,設問設定に方法論上の限界があり,影響の有無についての解釈が困難であった。従って,身体的影響について科学的に評価することは調査設計上困難であった。広島市等から提出された調査報告から,黒い雨を体験したと自己申告した者において,主に精神的な評価指標(神経過敏に感じたか,絶望的だと感じたか,そわそわ落ち着かなく感じたか等の精神的な自覚症状)の悪化が見られ,この原因は黒い雨の体験そのものではなく,疫学的解析方法に限界はあるものの,黒い雨が放射能を含むのではないかという思いによる放射線被ばくへの不安や心配によるものと説明される可能性があると考えられた。なお,こうした精神的な評価指標の悪化が,低い線量の放射線被ばくが直接の原因となって,中枢神経系の障害を介して発生するとの科学的知見はない。要望地域において健康影響の観点から問題となる広島原爆由来の高い放射線被ばくがあったとは考えられないことから,今回の調査対象者において,放射線被ばくが直接の原因で精神的な影響が出たとは考え難い。」(13頁)イ 黒い雨の地理分布等「 推定された降雨域および黒い雨体験の回答の確からしさの検証を行ったが,同じ地域において黒い雨の体験率が50%を超える地域は未指定地域(被爆地域又は第一種健康診断特例区域に指定されていない地 等「 推定された降雨域および黒い雨体験の回答の確からしさの検証を行ったが,同じ地域において黒い雨の体験率が50%を超える地域は未指定地域(被爆地域又は第一種健康診断特例区域に指定されていない地域〔当裁判所注記〕)においては一部に限られること,特に爆心地から20キロ以遠においてデータが少ないこと,60年以上前の記憶によっており,正確性を十分に明らかにできなかったことから,今回のデータから黒い雨の降雨域を決定することは困難であると判断した。」(2頁)「 なお,黒い雨の降雨の如何によらず,放射線による健康影響が確認できないという結論は変わらない。原爆投下直後の降雨の有無と,放射性降下物の降下や原爆放射線による健康影響は直接に結びつくものではないこと130 に留意すべきである。なお,精神的な評価指標の悪化については,地域に依拠しているのではなく,むしろ,個々人が黒い雨を体験したことを記憶していたかどうかに依拠している可能性があると考えられる。」(13,14頁)ウ 要望地域における広島原爆由来の残留放射能等の程度「 今回,広島市等が要望する地域において,現時点で,広島原爆由来の放射性降下物が存在したとする明確な痕跡は見いだせず,従って,この放射性降下物による外部および内部被ばくについても明確な根拠が存在しないと考えられる。なお,当該地域においては,原爆からの直接の放射線及び誘導放射能による放射線は実質上,ゼロと見なしうる。従って,これらの地域において,内部被ばくを含め広島原爆由来の放射線により健康影響が生じたとする考え方は支持できない。なお,近年,家屋床下から放射性物質セシウム137が検出されたとして,検証が進められているが,これまでのところ広島原爆由来の放射性降下物であると同定されたとする確証は得られていない。」(2, ない。なお,近年,家屋床下から放射性物質セシウム137が検出されたとして,検証が進められているが,これまでのところ広島原爆由来の放射性降下物であると同定されたとする確証は得られていない。」(2,3頁)エ 結論「 これらより,『原爆体験者等健康意識調査報告書』等の報告は,要望地域における広島原爆由来放射線による健康影響としての合理的根拠とはならない。」(3頁)オ 付記「 …今回の大規模な調査を含む過去の検討により,数度に亘り,原爆由来の放射性降下物やその健康影響について検証してきたところであるが,明らかな影響は確認されていないところであり,更なる調査を行うことの意義は低いと考えられる。」(3頁)⑽ 放影研による残留放射線に関する見解の公表放影研は,平成24年12月8日,「『残留放射線』に関する放影研の見131 解」(乙126)を公表した。 「『残留放射線』に関する放影研の見解」には,次のような見解が示されている。 「 …燃え残りの核爆弾原料物質や核爆発で二次的に発生した放射性粒子は,爆発に伴う高温で一旦気化した後,再冷却の過程で微粒子となり高空に広く拡散しました。大気中に拡散し浮遊する放射性微粒子は,次第に地上へと降下しますが,これは降雨に伴い促進されます。いわゆる『黒い雨』の中にはこの放射性微粒子が含まれていたと考えられています。ただし,黒い色の本体は二次火災による『煤』であり,色と放射性の強弱には直接的な関係はありません。直後に降った雨の場合には『黒くない雨』でも放射性微粒子が含まれていた可能性もあり,反対に黒い雨でも放射性微粒子を含まない場合もありえます。 放射性微粒子からの曝露としては,大気中に滞留し,あるいは地上に降下し蓄積した放射性微粒子からの『外部被曝』と,空気中に滞留する粒子を直接吸引 黒い雨でも放射性微粒子を含まない場合もありえます。 放射性微粒子からの曝露としては,大気中に滞留し,あるいは地上に降下し蓄積した放射性微粒子からの『外部被曝』と,空気中に滞留する粒子を直接吸引したり,地上に到達した放射性微粒子をさまざまな経路から体内に摂取したりすることによる『内部被曝』があります。『内部被曝』に至る経路としては,地上に降った放射性微粒子(放射性降下物)の一部が飲料水や野菜を汚染することにより直接摂取される場合,また,放射性降下物中の放射性ヨウ素が牧草を汚染し,それを飼料とした牛(または山羊)によって再濃縮された牛乳を摂取したことによる場合などもあります。 前述のとおり,『初期放射線』による個人別の被曝量の計算は可能ですが,『残留放射線』による被曝量を個人別に推定することはこれに比べてはるかに複雑になり,推定に必要な情報の入手は格段に困難になります。……『残留放射線』の内,放射性微粒子の場合にはその地理的分布が一様でないことに加え,地表到達後の風や地表水による移動の結果,分布がさらに複雑になります。そのため,放射線量の経過時間別の地理分布は,一部の実132 測例を除いてほとんど把握できていません。したがって,被曝線量の推定は非常に困難です。空気中の放射性物質の吸入量や飲食物を介しての体内摂取量(内部被曝量)の推定もほとんど不可能だといっても過言ではありません。 このような『内部被曝量』を把握するには,ホールボディカウンターを用いた実測や,染色体の検査,歯のエナメル質の電子スピン法などによる生物学的モニタリングによる方法を用いる以外はありません。ただしこれらの方法は,放射線の減衰,対象者の生存有無など事後経過年数の制約があり,検出精度も高いとは言えません。生物学的モニタリングの例では,試料収集は被爆者の よる方法を用いる以外はありません。ただしこれらの方法は,放射線の減衰,対象者の生存有無など事後経過年数の制約があり,検出精度も高いとは言えません。生物学的モニタリングの例では,試料収集は被爆者の生存中に限ることに加え,200m㏜以下の被曝は検出できないという制約があります。…」(2頁)「 …依然として『内部被曝は外部被曝よりも1,000倍危険』などと心配されていますが,これを説明する科学的根拠はありません。確かに,『外部被曝』の場合は,環境レベルとその滞在時間に応じて被曝するのに対し,『内部被曝』の場合,一旦体内に取り込んだ放射性物質は,物理的半減期に応じた放射線量の減少はあるものの,体外に排出されない限り放射線被曝が継続します。したがって,放射性物質の体内への取り込みを極力防ぐことが肝要であることは事実です。また,『内部被曝』も『外部被曝』も共にがん発症などの後影響に寄与し得ると考えられています。 ただし重要なことは,どちらの場合でもリスクの大きさは,がん発症の当事者たる細胞(組織の幹細胞と考えられる)が受ける放射線の量に依存し,被曝が外部か内部かの問題ではないということです。『外部被曝』の場合には,皮膚や途中に介在する体内組織による遮蔽効果まで考慮して,目的とする臓器の線量が計算されます。『内部被曝』の場合には,甲状腺とヨウ素の関係のように,放射性核種(元素)によって体内での代謝が異なり,体内分布に偏りが生じる場合があります。これらをすべて考慮したうえで,目的と133 する臓器での蓄積線量が同じであれば,『内部被曝』も『外部被曝』もリスクの大きさに違いはないということです。人における『内部被曝』と『外部被曝』の発癌作用の比較に関する多くの研究でも,これは明らかにされています…『内部被曝』の場合,体内に取り込まれた 曝』もリスクの大きさに違いはないということです。人における『内部被曝』と『外部被曝』の発癌作用の比較に関する多くの研究でも,これは明らかにされています…『内部被曝』の場合,体内に取り込まれた放射性粒子から放射状に放射線が発せられるので,その粒子の近傍では線量が相当高くなることがあり得ます。しかし,局所的に線量が高いことが直ちに発がんリスクに結びつくかは別問題です。それは,発がんに関係する幹細胞は普遍的に存在している細胞ではないので,放射性粒子のごく近傍に幹細胞が存在していなければ,放出された放射線は,細胞がん化に関与しないで終わることになります。また,局所の放射線量が極めて高い場合には,細胞自体が生きられず,がん化のリスクはかえって低下します。このような知見から,国際放射線防護委員会(ICRP)は,体内に取り込まれた粒子からの放射線(つまり『内部被曝』)によるがん化について,放射性物質が全身に均等に分布した場合に『外部被曝』と同等になり,偏在した場合にはむしろ低下するのではないかと考えています。」(5頁)⑾ 京都大学原子炉実験所の今中哲二(以下「今中」という。)による調査・報告今中は,平成26年8月頃,「原爆直後の残留放射線調査に関する資料収集と分析」(甲A39)を公表した。 「原爆直後の残留放射線調査に関する資料収集と分析」には,広島文理科大学グループの調査・報告「広島市附近における残留放射能について」(前記3⑸参照)が,安佐郡伴村前原で2.5という強度が測定されたと報告していることについて,「1945年の10月に40μR/hという有意な放射線量があったとしても,1946年春には自然BG(バックグラウンド〔当裁判所注記〕)レベルまで減衰してしまう」(7頁),「原爆由来の放134 射能によるものとは考えがたく, hという有意な放射線量があったとしても,1946年春には自然BG(バックグラウンド〔当裁判所注記〕)レベルまで減衰してしまう」(7頁),「原爆由来の放134 射能によるものとは考えがたく,自然BGと測定のバラツキ変動と考えた方が無難であろう。」(8,9頁)との見解が示されている。 ⑿ 衆議院予算委員会(第189回国会)における政府の答弁(乙61)塩崎恭久厚生労働大臣は,平成27年3月5日開催の衆議院予算委員会(第189回国会)において,平成24年検討会報告書に関して,次のとおり答弁した。 「 原子爆弾の被爆者援護法に基づく被爆地域の指定,これに当たりましては,科学的,合理的な根拠が必要でございますので,御指摘の広島市等からの要望を受けまして,平成22年,2010年に,厚生労働省におきまして,放射線の健康影響等に関する専門家から構成をされます検討会,『原爆体験者等健康意識調査報告書』等に関する検討会という検討会を設置いたしまして,広島市などからの実態調査の結果を科学的に検証させていただきました。 その結果でございますけれども,平成24年7月の検討会の報告におきまして,まず,拡大要望がございました地域においては,広島原爆由来の放射性降下物は確認をされておらず,当該地域におきまして,健康影響の観点から問題となる放射線被曝があったとは考えられない,そして,黒い雨を体験した方におけます精神的健康状態の悪化は,放射線被曝を直接の原因とするものではなく,黒い雨によります放射線被曝への不安や心配を原因としている可能性があるというふうにされておりまして,被爆地域の拡大を行う科学的,合理的な根拠は得られないというふうに判断をされたところでございます。…」(45頁)「 平成22年に広島市などの要望を受けて設置をいたしました先ほどの検討 りまして,被爆地域の拡大を行う科学的,合理的な根拠は得られないというふうに判断をされたところでございます。…」(45頁)「 平成22年に広島市などの要望を受けて設置をいたしました先ほどの検討会は,放射能の健康影響等に関する専門家によって構成をされております。 こうした専門家による知見に加えて,黒い雨地域の線量推計を行った物理学者からのヒアリングや,広島市が行った黒い雨に関します住民アンケート,135 この住民アンケートをもとに黒い雨の降雨地域の時間変化の推計を行った研究者などからのヒアリングを行うなど,多角的な検討を行ったものだと思っております。 さらに,検討会のもとに,広島や長崎の疫学や放射線の専門家を含めたワーキンググループを設置いたしまして,黒い雨の降雨時間の地理分布等について掘り下げた検討を行ったところでございます。 今申し上げた検討会,これ自体は合計で9回開催をされました。そして,今申し上げたこの検討会のもとに,専門家によって,疫学や放射線の専門家によるワーキンググループ,この会合も4回開催をいたしまして,議論を深めていただいたところでございます。 このように,さまざまな研究者の知見を集める努力をしてまいっておりまして,その結果として,要望地域における放射線の健康影響に関して科学的な検証が行われたものというふうに考えているところでございます。」(46頁)⒀ 広島大学大学院工学研究院特任教授の静間による調査・報告静間は,黒い雨の痕跡が残った高須地区の家屋の壁から採取した小片サンプルを分析し,平成29年3月,「広島平和記念資料館所蔵の『黒い雨』壁面に含まれる原爆フォールアウト」(甲A53)を公表した。 「広島平和記念資料館所蔵の『黒い雨』壁面に含まれる原爆フォールアウト」には,次のような見解が示されている。 和記念資料館所蔵の『黒い雨』壁面に含まれる原爆フォールアウト」(甲A53)を公表した。 「広島平和記念資料館所蔵の『黒い雨』壁面に含まれる原爆フォールアウト」には,次のような見解が示されている。 「 …我々の行った研究からは壁1(本館展示)および壁2(企画展示用)とも黒い雨の痕から核分裂生成物である137Csと広島原爆材料として使われ,核分裂を起こさず飛散した235Uが検出された。235Uは半減期7億年であるので,原爆のあとと現在で放射能はほとんど変わらないが,137Csは半減期30年であるので放射能は原爆のあとに比べて現在では1/5に減少している。原爆のすぐあとの『黒い雨の壁』には137Csだけでなく多くの136 短寿命の核分裂生成物が含まれていたといえる。」(14,15頁)⒁ また,静間は,その論稿「『黒い雨』にともなう積算線量」(乙98)で,上記⒀の広島平和記念資料館所蔵の黒い雨の壁面について,次のような見解を示している。 「 現在,原爆資料館(平和記念資料館)には黒い雨の痕跡の残る壁が2つ所蔵されている。いずれも広島市西区高須の八島秋次郎氏(故人)から寄贈されたものである。原爆による爆風で八島氏宅の屋根がずれ,屋根と洋間の内側の壁の間に隙間ができて,そこから黒い雨が降り込んで壁に跡が残った。 雨は粘着性が強く,跡は少し厚みがあった。その跡を雑巾で拭いたので,現在は平らになっている。昭和42年に自宅改装の際,壁の一部が切り取られて原爆資料館に寄贈された。…この壁の端から耳掻き一杯程度の小片(重量0.017g~0.275g)を採取した。…これらの試料をガンマ線検出器で測定することにより,黒い雨部分から137Csが検出された。 平成14年に原爆資料館の展示がリニューアルされた。このとき,西館に展示されている壁面の一 )を採取した。…これらの試料をガンマ線検出器で測定することにより,黒い雨部分から137Csが検出された。 平成14年に原爆資料館の展示がリニューアルされた。このとき,西館に展示されている壁面の一部から6個の小片を採取することの許可を得た。…これらの試料には,壁の前面だけでなく,天井との間にあった部分から採取した試料…が含まれている。この部分は前面からは見ることはできないので,拭き取られずに黒い雨のあたった当時のままで残った部分である。この部分からは高い濃度の137Csが検出された。」(160,161頁)⒂ 被爆者健康手帳交付申請及び健康管理手当認定申請の各却下処分の取消しを求める訴訟並びに同取消しに加えて被爆者健康手帳の交付の義務付けを求める訴訟につき,訴訟の係属中に申請者が死亡した場合における訴訟承継の成否に関する最高裁判所判決最高裁判所第一小法廷は,平成29年12月18日,被爆者健康手帳交付申請及び健康管理手当認定申請の各却下処分の取消しを求める訴訟並びに同取消しに加えて被爆者健康手帳の交付の義務付けを求める訴訟について,訴137 訟の係属中に申請者が死亡した場合には,その相続人が当該訴訟を承継するとの判断を示す判決を言い渡した(民集71巻10号2364頁。以下「平成29年最高裁判決」という。)。 ⒃ 健康管理手当等の支給認定等の申請に係る運用の統一広島市長及び広島県知事は,被爆者健康手帳の交付を受けていなければ各種手当を受給することはできないとの立場で,被爆者健康手帳の交付申請と同時に各種手当の申請を受理していなかったところ,厚生労働省健康局総務課長は,平成31年3月29日付けで,各都道府県・広島市・長崎市原子爆弾被爆者援護担当(局)長に対し,「健康管理手当等の支給認定等の申請に係る事務取扱いについて」と題す ところ,厚生労働省健康局総務課長は,平成31年3月29日付けで,各都道府県・広島市・長崎市原子爆弾被爆者援護担当(局)長に対し,「健康管理手当等の支給認定等の申請に係る事務取扱いについて」と題する通知(健総発0329第1号)を発出し,健康管理手当の認定の申請等について,被爆者健康手帳の交付申請の際に同時に受理して差し支えないことを明らかにした(甲A104,105)。 6 被控訴人らの依って立つ科学的知見⑴ B琉球大学名誉教授の意見(以下「B意見」という。)の要旨Bは,自らの著書(甲A31,43,95),意見書(甲A76),証人尋問等(甲A122,証人B)において,要旨,次のとおりの意見を述べている。 ア 放射性降下物の降下機序放射性微粒子による原子雲の形成広島原爆を構成した全ての個体は,核分裂連鎖反応後,超高温となり瞬時にして気体となり,火球を形成した。原子核と電子がバラバラになって,原子を構成することができないプラズマ状態が出現したが,火球が断熱膨張する間に温度が下がり,核分裂生成原子核と電子が結合して原子が再構成され,原子同士が衝突・結合して分子となり,さらに分子同士が衝突・結合して,放射性微粒子が形成された。 138 放射性微粒子が核となって水分子を凝結させることで,巨大な雲が形成され,さらに高温気団が高熱による強い浮力で上昇することにより,キノコ雲と呼ばれる原子雲が形成された。 水平原子雲の形成原子雲の中心軸の中心部分は,温度が高く,浮力が大きいことから,上昇力が大きく,圏界面を突き抜けて成層圏に突入するが,原子雲の中心軸の外側部分は,周囲との温度差が少なく,浮力が小さく,対流圏内の地表風圏と偏西風圏(暖かい空気が流れており,温度が地表風圏より高い。)の境界で,周囲と等温になり,浮力を失うこ するが,原子雲の中心軸の外側部分は,周囲との温度差が少なく,浮力が小さく,対流圏内の地表風圏と偏西風圏(暖かい空気が流れており,温度が地表風圏より高い。)の境界で,周囲と等温になり,浮力を失うことから,水平方向に押し出され,同心円的に広がって,水平原子雲を形成した。 原子雲の中心軸の中心部分よりも,外側部分の方が,放射性微粒子の濃度が高いことから,水平原子雲には,多くの放射性微粒子が含まれていた。 降雨等による放射性微粒子の降下水平原子雲は,放射性微粒子を核にして水滴を形成し,やがて落下する。水滴の大きさと温度の兼ね合いで,降雨となるか,途中で蒸発し高湿度の空気となって地上に充満する。放射能微粒子は空気より重いことから,微粒子単体であっても地上に降下する。 イ 黒い雨降雨域の範囲広島の原子雲の写真の解析結果米軍機により撮影された広島の原子雲の写真からは,水平原子雲の上に原子雲頭部の影がはっきりと写っているのが見てとれるから,水平原子雲の半径は約18㎞と測定することができる。なお,上記写真は,広島原爆の投下1時間後に撮影されたものであるところ,当時,対流圏では,南南東の毎秒約3m(毎時約10~11㎞)の風が吹いていたことから,水平原子雲は10㎞ほど北北西に移動したものと推測される。 139 水平原子雲と黒い雨降雨域の関係黒い雨は,毎時約10ないし11㎞の速度で北北西に移動する半径約18㎞の水平原子雲によって,広島原爆の投下後1ないし2時間後に盛んに降ったものであるから,黒い雨降雨域は,爆心地北北西10㎞ほどの地点を中心とする半径約18㎞の円の範囲内になると理解することができるところ,これは大瀧雨域と一致する。 ウ 黒い雨の人体影響黒い雨による内部被曝黒い雨の降る空間には放射性微粒子が充満する 地点を中心とする半径約18㎞の円の範囲内になると理解することができるところ,これは大瀧雨域と一致する。 ウ 黒い雨の人体影響黒い雨による内部被曝黒い雨の降る空間には放射性微粒子が充満するため,雨に打たれても打たれなくとも呼吸による内部被曝がもたらされる。また,黒い雨は大地に生育される野菜などの表面に付着して農作物を汚染し,さらに,黒い雨が土壌を汚染し,放射性微粒子が根から吸収され農作物を汚染する。これら農作物を食べることで,内部被曝をもたらす。加えて,黒い雨が流れ込んだ池や川の水に接すると水が媒体となって内部被曝をもたらす。つまり,水に浸けた物には放射性微粒子が付着し,水を飲むと内部被曝する。 内部被曝の危険性内部被曝は,外部被曝に比べ,次のような特徴を持ち,より危険性が高いということができ,放射性微粒子1個で内部被曝するだけで,可能性としては,身体に原爆の放射能の影響を受ける事情が出現することになる。 a 内部被曝では,外部被曝ではほとんど起こらないアルファ線・ベータ線による被曝が生じる。 b ガンマ線と比較すると,局所的な被曝であるために分子切断の範囲が狭く,放射線到達範囲内の被曝線量が非常に大きくなる。 c 放射性微粒子が極めて小さい場合,呼吸で気管支や肺に達し,飲食140 を通じて腸から吸収されたり,血液やリンパ液に取り込まれたりして身体の至る所に巡回し,親和性のある組織に入り込み,停留したり沈着したりする。 d 身体中のある場所に定在すると,放射性微粒子の周囲にホットスポットと呼ばれる集中被曝の場所を作る。バイスタンダー効果(放射線を照射された細胞の隣の細胞も損傷すること)等を考慮すると,DNAに変性を繰り返させ,癌に成長させる危険を与える。 e 放射性物質が体外に排出されるか減衰しきるまで 作る。バイスタンダー効果(放射線を照射された細胞の隣の細胞も損傷すること)等を考慮すると,DNAに変性を繰り返させ,癌に成長させる危険を与える。 e 放射性物質が体外に排出されるか減衰しきるまで,継続的に被曝を与え続ける。 f 外部被曝の場合には低線量と評価される状態であっても,内部被曝の場合には桁違いの大きな被曝を与える。 エ 残留放射能の調査黒い雨に含まれる放射性物質の量を測定するためには,降雨を雨量計に溜めて測定しなければならない。 降雨が流れてしまえば,それだけで現場の保存ができていない状態になること,空気中の放射性物質を考慮することができないこと,事後の台風,雨,大気圏内核実験等の影響が及んでいることなどから,残留放射能を調査しても過小評価となり,残留放射能の調査結果をもって黒い雨に放射性物質が含まれていたことを否定することはできない。 ⑵ 大瀧の意見の要旨大瀧は,広島市報告書,自らの論文「広島原爆被爆者における健康障害の主要因は放射性微粒子被曝である」(甲A54),証人尋問等(甲A125,証人大瀧)において,要旨,次のとおりの意見を述べている。 ア 大瀧雨域の正当性解析対象のデータは,自記式のアンケートデータであり,60余年も昔の記憶をたどって記述されたものであるから,各回答内容に高い正確性141 を期待することはできないが,大瀧雨域は,個人単位のデータの曖昧さの問題を織り込んだ統計処理をして,確率の概念を使って表示した解析結果であるから,十分に信頼することができる。 もっとも,解析対象のデータが約1000人ないし約1500人分であり,滑らかさを前提に統計処理をしていることから,詳細な降雨状況の再現まではできていない。 また,「黒い雨が降ったと回答した者の分布」と「黒い雨は降っていないと回答し 0人ないし約1500人分であり,滑らかさを前提に統計処理をしていることから,詳細な降雨状況の再現まではできていない。 また,「黒い雨が降ったと回答した者の分布」と「黒い雨は降っていないと回答した者の分布」を比較するためには,昭和20年8月6日午前9時ないし午後4時の1時間ごとの所在地情報が必要であるが,そのような情報は解析対象のデータには存在しないし,再調査も不可能であるから,上記の比較は不可能である。 イ 放射性微粒子曝露の影響広島原爆による健康障害は,初期放射線だけでは説明することができず,残留放射能を含む放射性微粒子の曝露が大きく影響していると思われる。 ウ 黒い雨降雨域における放射性微粒子曝露の想定機序爆心地の地上付近の家屋に含まれる55Mn等が中性子による放射化により,放射性核種56Mn等が生成され,これが,粉塵と共に上空に巻き上げられ拡散しつつ風に乗って流され,核分裂生成物137Cs等,未分裂原爆材料235U等と共に,雨滴や塵灰に交じって地上に落下したところ,これらを呼吸により吸引したり,これらが含まれた井戸水や野菜等を摂取したりすることにより,内部被曝が生ずるのであるから,黒い雨降雨域に所在したのであれば,それだけで,黒い雨に含まれていた放射性微粒子を体内に取り込んでいた可能性があるのであって,実際に黒い雨に接触したかどうかは本質的な問題ではない。 7 控訴人らの被爆者援護法1条3号に係る審査基準の定め142 ⑴ 控訴人広島市は,次のとおり,被爆者援護法1条3号に係る審査基準を定め,ホームページ上に公示している(乙41)。 「 昭和20年8月20日までに,⑴ 15人以上(病室などの閉鎖された空間の場合は5人以上)の被爆して負傷した者が収容されている収容施設等におおむね2日以上とどまった方 している(乙41)。 「 昭和20年8月20日までに,⑴ 15人以上(病室などの閉鎖された空間の場合は5人以上)の被爆して負傷した者が収容されている収容施設等におおむね2日以上とどまった方⑵ 被爆して負傷した者5人以上(1日当たり)と接触した方⑶ ⑴,⑵には該当しないが,それらに相当する被爆事実が認められる方」⑵ 控訴人広島県は,次のとおり,被爆者援護法1条3号に係る審査基準を定め,ホームページ上に公示している(乙40の1)。なお,控訴人広島県は,上記審査基準について,「被爆者援護法第1条第3号に係る審査方針」(乙40の2)及び「被爆者援護法第1条第3号に係る審査方針の運用のガイドライン」(乙40の3)も定めている。 「 原子爆弾が投下された後2週間以内に,次に該当する状況だった方⑴ 15人以上(出入口以外は壁などで閉ざされ,比較的狭小な部屋などは5人以上)の被爆して負傷した者が収容されている収容施設などにおおむね2日間以上とどまった方⑵ 1日当たり5人以上の被爆して負傷した者と接触した方⑶ ⑴,⑵には該当しないが,それらに相当する被爆事実が認められる方」第2 争点1(被爆者援護法2条1項に基づく被爆者健康手帳交付申請の却下処分の取消し及び被爆者健康手帳交付の義務付けを求める訴訟についての訴訟承継の成否)について1⑴ア 次の各事情に鑑みると,被爆者健康手帳の交付に伴って生ずる一般疾病医療費及び葬祭料の受給権は,被爆者健康手帳の交付申請者の一身に専属する権利ということはできず,上記交付申請者は,生存中に被爆者健康手帳交付申請の却下処分の取消判決を受けて,被爆者健康手帳の交付を受けたときには,交付申請時に遡って,一般の負傷又は疾病につ143 いて医療を受けた場合に一般疾病医療費を受給することができる法的 帳交付申請の却下処分の取消判決を受けて,被爆者健康手帳の交付を受けたときには,交付申請時に遡って,一般の負傷又は疾病につ143 いて医療を受けた場合に一般疾病医療費を受給することができる法的地位及び死亡した場合にその葬祭を行った者が葬祭料を受給することができる法的地位を有していたものと解されるところ,上記各法的地位は相続の対象となるから,被爆者援護法2条1項に基づく被爆者健康手帳交付申請の却下処分の取消し及び被爆者健康手帳交付の義務付けを求める訴訟について,訴訟の係属中に申請者が死亡した場合には,当該訴訟は当該申請者の死亡により当然に終了するものではなく,その相続人がこれを承継すると解するのが相当である(平成29年最高裁判決参照)。 被爆者援護法が,原爆の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊な被害であることに鑑みて制定されたものであることからすれば,被爆者援護法は,このような特殊の戦争被害について戦争遂行主体であった国が自らの責任によりその救済を図るという一面をも有するものであり,その点では実質的に国家補償的配慮が制度の根底にあることを否定することができない。 被爆者援護法に基づく一般疾病医療費は,被爆者においては,原爆の放射能の影響により,一般的に,負傷し又は疾病にかかりやすく,また,負傷又は疾病が治癒し難い等の事情があるのみならず,それらが原爆症を誘発するおそれもあることから,被爆者に対し,一般の負傷又は疾病についての医療の給付を行うことにより,その健康の保持,向上を図ることを目的とするものである(認定事実4⑵アところ,被爆者援護法18条は,その受給権に関し,被爆者が,一般の負傷又は疾病について医療を受けた場合,被爆者援護法施行規則26条所定の申請をし,都道府県知事の審査( るものである(認定事実4⑵アところ,被爆者援護法18条は,その受給権に関し,被爆者が,一般の負傷又は疾病について医療を受けた場合,被爆者援護法施行規則26条所定の申請をし,都道府県知事の審査(被爆者援護法51条,被爆者援護法施行令22条1項)を受けることによって,当該医療に要した費用の額を限度として,一般疾病医療費を受給することができる旨を定めているものであり,このような規定に照らすと,一般疾病医療費の受給権は,所定の144 要件を満たすことによって得られる具体的給付を求める権利として規定されているということができる(なお,被爆者援護法18条3,4項は,一般疾病医療費相当額が被爆者一般疾病医療機関に支払われたときは,被爆者に対して一般疾病医療費の支給があったものとみなす旨を規定しているが,そのような仕組みが用意されているというだけでは,一般疾病医療費の受給権について具体的給付を求める権利であることを否定するに足りない。)。 そして,被爆者健康手帳の交付申請者は,被爆者健康手帳の交付を受けたときには,一般の負傷又は疾病について医療を受けた場合に一般疾病医療費を受給することができるところ,被爆者健康手帳の交付申請に係る都道府県知事(広島市については広島市長,長崎市については長崎市長。以下同じ。)の判断が誤りであったことを理由に,被爆者健康手帳交付申請の却下処分が取り消されたにもかかわらず,その不利益を上記交付申請者に負わせることは相当でないから,申請をした日の属する月の翌月に遡って支給する旨の被爆者援護法27条5項のような規定が存在しないとしても,上記交付申請者は,生存中に被爆者健康手帳交付申請の却下処分の取消判決を受けて,被爆者健康手帳の交付を受けたときには,交付申請時に遡って,一般の負傷又は疾病について医療を受けた場 在しないとしても,上記交付申請者は,生存中に被爆者健康手帳交付申請の却下処分の取消判決を受けて,被爆者健康手帳の交付を受けたときには,交付申請時に遡って,一般の負傷又は疾病について医療を受けた場合に一般疾病医療費を受給することができる法的地位を有していたものと解される。 被爆者援護法に基づく葬祭料は,被爆者においては,原爆の放射能の影響により,一般的に,負傷し又は疾病にかかりやすく,また,負傷又は疾病が治癒し難い等の事情があり,日頃から死に対する特別な不安感を抱いていることから,被爆者への国家的な関心の表明として,被爆者が死亡した場合に,その葬祭を行った者に対して葬祭料を支給することにより,被爆者の精神的不安を和らげ,その福祉を図ることを目的とす145 るものである(認定事実4⑶エ)ところ,被爆者援護法32条は,その受給権に関し,被爆者が死亡し,その葬祭を行った者がいた場合,その者が被爆者援護法施行規則71条所定の申請をし,都道府県知事の審査(乙68)を受けることによって,葬祭料20万9000円(被爆者援護法施行令19条。ただし,この金額は,令和元年10月1日以降のものである。)を受給することができる旨を定めているものであり,このような規定に照らすと,葬祭料の受給権も,所定の要件を満たすことによって得られる具体的給付を求める権利として規定されているということができる。 そして,被爆者健康手帳の交付申請者は,被爆者健康手帳の交付を受けたときには,死亡し,その葬祭を行った者がいれば,その者が葬祭料を受給することができるところ,被爆者健康手帳交付申請に係る都道府県知事の判断が誤りであったことを理由に,被爆者健康手帳交付申請の却下処分が取り消されたにもかかわらず,その不利益を上記交付申請者に負わせることは相当でないから,葬 爆者健康手帳交付申請に係る都道府県知事の判断が誤りであったことを理由に,被爆者健康手帳交付申請の却下処分が取り消されたにもかかわらず,その不利益を上記交付申請者に負わせることは相当でないから,葬祭料について,被爆者の生存中に受給権が発生することがあり得ないとしても,上記交付申請者は,生存中に被爆者健康手帳交付申請の却下処分の取消判決を受けて,被爆者健康手帳の交付を受けたときには,交付申請時に遡って,死亡した場合にその葬祭を行った者が葬祭料を受給することができる法的地位を有していたものと解される。 イ なお,厚生省が発出した昭和37年4月16日衛発第278号通達には,特別被爆者健康手帳の交付年月日について,「…従来一般被爆者健康手帳の交付を受けていない者が新たに申請した場合は,申請した年月日を交付年月日として交付すること。」とされていたところ,申請した年月日を被爆者健康手帳の交付年月日とする行政実務上の取扱いは,特別被爆者の制度が廃止された後も,継続しており(認定事実4⑵ア),また,昭146 和53年4月13日開催の衆議院社会労働委員会(第84回国会)において,昭和53年最高裁判決に係る事件の原告について被爆者健康手帳の交付や医療費の支払が申請の時点に遡るのかとの質問に対し,松浦厚生省公衆衛生局長が,「さかのぼります。」,「正確に申し上げますが,申請した時点にさかのぼるわけでございます。」と答弁し,小沢辰男厚生大臣が,「…国が適用すべきものを適用しなかったという誤りを正したわけですから,それは当然その誤ったときから,やらなければいかぬ…」と答弁している(認定事実)が,上記取扱い及び上記各答弁は,正に上記の解釈に合致する正当なものである。 また,原爆医療法附則2項は,「第2条各号の一に該当する者は,この法律の施行後3月 かぬ…」と答弁している(認定事実)が,上記取扱い及び上記各答弁は,正に上記の解釈に合致する正当なものである。 また,原爆医療法附則2項は,「第2条各号の一に該当する者は,この法律の施行後3月間は,第2条の規定にかかわらず,被爆者健康手帳を受ところ,この規定は,被爆者健康手帳の交付の手続の期間等を考慮したもので原爆医療法2条各号の一に該当する者について,被爆者健康手帳の交付申請すらなくても,昭和32年4月1日ないし同年6月30日の間,被爆者とみなすというものであり,申請した年月日を被爆者健康手帳の交付年月日とするとの解釈を超えた正に特別な措置を講じたものというべきであるから,上記規定が存在したことは,上記の解釈を左右するものではない。 ⑵ 控訴人らの主張についてア 一般疾病医療費について控訴人らは,一般疾病医療費について,①被爆者の申請及び都道府県知事による審査義務を観念することができず,申請をした日の属する月の翌月に遡って支給する旨の被爆者援護法27条5項のような規定も存在しないことから,被爆者健康手帳の交付申請時に遡って,一般の負傷又は疾病について医療を受けた場合に一般疾病医療費を受給することができる法的147 地位を観念することができない,②被爆者健康手帳の交付申請時点では,支給の可否及びその額も未確定であって,交付申請時に遡って交付申請者に生ずるのは,「一般の負傷又は疾病について医療を受けた場合に一般疾病医療費を受給することができる」という事実上の期待にすぎず,権利又は法的利益として相続の対象となるとはいい難い,③仮に,それが権利又は法的利益であるとしても,実質的には医療の現物給付であるから,一身専属的な権利であって,相続の対象とならないなどと指摘して,被爆者援護法は,一般の負傷又は疾病について医療を受 ③仮に,それが権利又は法的利益であるとしても,実質的には医療の現物給付であるから,一身専属的な権利であって,相続の対象とならないなどと指摘して,被爆者援護法は,一般の負傷又は疾病について医療を受けた場合に一般疾病医療費を受給することができる地位を相続人に承継させる立法政策を採用していないと主張する。 しかし,控訴人らの主張①に対しては,一般疾病医療費について,被爆者の申請及び都道府県知事による審査義務を観念することができること,また,申請をした日の属する月の翌日に遡って支給する旨の被爆者援護法27条5項のような規定が存在しないとしても,被爆者健康手帳の交付申請者が,生存中に被爆者健康手帳交付申請の却下処分の取消判決を受けて,被爆者健康手帳の交付を受けたときには,交付申請時に遡って,一般の負傷又は疾病について医療を受けた場合に一般疾病医療費を受給することができる法的地位を有していたものと解されるおりである。 また,控訴人らの主張②に対しては,上記のとおり,上記交付申請者は,上記法的地位を有していたものと解されるところ,交付申請後に一般の負傷又は疾病について受けた医療の具体的な内容及び費用に応じて,一般疾病医療費の支給額等を具体的に確定することができるのであるから,交付申請時点で,支給の可否及びその額が未確定であったとしても,交付申請に遡って上記交付申請者に生ずるのが,「一般の負傷又は疾病について医療を受けた場合に一般疾病医療費を受給することができる」という事148 実上の期待にすぎないなどということもできない。 さらに,控訴人らの主張③に対しては,上記法的地位は金銭の給付に関わるものであるところ,交付申請時点から交付を受けるまでの間については,一般疾病医療費相当額が被爆者一般疾病医療機関に支払われる(すなわち実質的に医 の主張③に対しては,上記法的地位は金銭の給付に関わるものであるところ,交付申請時点から交付を受けるまでの間については,一般疾病医療費相当額が被爆者一般疾病医療機関に支払われる(すなわち実質的に医療の現物給付がされる)ことにはなり得ないのであるから,上記法的地位について,一身専属的な権利であるなどということもできない。 そうすると,控訴人らの前記の主張は,いずれも採用することができない。 イ 葬祭料について控訴人らは,葬祭料について,①被爆者の生存中に受給権が発生することはあり得ず,被爆者は,死亡した場合に葬祭を行った者に葬祭料が支給されることを期待するにすぎないから,被爆者健康手帳の交付申請時に遡って,死亡した場合にその葬祭を行った者が葬祭料を受給することができる法的地位を有していたと解する法的根拠はない,②上記①のとおり,被爆者の生存中に受給権が発生することはあり得ないから,葬祭料の受給権は,理論上相続の対象となり得ない,③仮に,「死亡した場合にその葬祭を行った者が葬祭料を受給することができる地位」を観念することができるとしても,支給の相手方,時期及び可否等が不明なものであることからすると,事実上の期待にとどまり,具体的な権利又は法的利益ということはできないから,相続の対象とならない,④仮に,上記地位が権利又は法的利益であるとしても,国家補償としての給付ではなく,被爆者の生前の不安を和らげることで被爆者の福祉を図る属人的な社会保障的な理念に基づく給付であるから,一身専属的な利益というべきであって,相続の対象とならないなどと指摘して,被爆者援護法は,死亡した場合にその葬祭を行った者が葬祭料を受給することができる地位を相続人に承継させる立法149 政策を採用していないと主張する。 しかし,控訴人らの主張①に対しては, て,被爆者援護法は,死亡した場合にその葬祭を行った者が葬祭料を受給することができる地位を相続人に承継させる立法149 政策を採用していないと主張する。 しかし,控訴人らの主張①に対しては,葬祭料について被爆者の生存中に受給権が発生することがあり得ないとしても,被爆者健康手帳の交付申請者が,生存中に被爆者健康手帳交付申請の却下処分の取消判決を受けて,被爆者健康手帳の交付を受けたときには,交付申請時に遡って,死亡した場合にその葬祭を行った者が葬祭料を受給することができる法的地位を有していたものと解される また,控訴人らの主張②に対しては,葬祭料の受給権が理論上相続の対象となり得ないとしても,上記のとおり,上記法的地位は,被爆者が生存中に有していたものと解されるのであるから,これが相続の対象となり得ないなどということもできない。 さらに,控訴人らの主張③に対しては,上記のとおり,上記交付申請者は,上記法的地位を有していたものと解されるところ,死亡し,その葬祭が行われることで,葬祭料の支給の相手方,時期等を具体的に確定することができるのであるから,交付申請時点で,支給の相手方,時期及び可否等が不明であったとしても,上記法的地位について,事実上の期待にとどまるなどということもできない。 加えて,控訴人らの主張④に対しては,上記法的地位は金銭の給付に関わるものであるところ,葬祭料を受給するのは被爆者の葬祭を行った者であって,被爆者ではないのであるから,上記法的地位について一身専属的な利益であるなどということもできない。 そうすると,控訴人らの前記の主張は,いずれも採用することができない。 なお,控訴人らは,葬祭料の支給について,斎藤昇厚生大臣が,昭和44年4月24日開催の衆議院社会労働委員会(第61回国会)において,「原爆に 人らの前記の主張は,いずれも採用することができない。 なお,控訴人らは,葬祭料の支給について,斎藤昇厚生大臣が,昭和44年4月24日開催の衆議院社会労働委員会(第61回国会)において,「原爆に被爆されたお方に対するいろいろな特別措置の問題は,…国が補150 償をするという考え方でなくて,社会保障的な行政措置としてやる,こういう考え方であったと承知いたしておりまするし,また法律の内容を見ましても,さようになっているわけであります。…」と答弁していること()を引用し,国家補償としての給付ではないとも主張するが,遅くとも昭和53年最高裁判決以降,被爆者援護制度の根底に実質的に国家補償的配慮があると理解されていることは明らかであり(懇談会報告書,平成29年最高裁判決各参照),昭和44年当時の政府の国会答弁を引用してする控訴人らの上記主張は,失当といわざるを得ない。 2 本件では,本件申請者らのうち申請者番号市10,22,24,28,43及び48並びに申請者番号県1,2,7,11,18及び27の各人は,広島市又は広島県に対し,被爆者援護法2条1項に基づく被爆者健康手帳の各交付申請をし(前提事実3⑴,⑵),広島市長及び広島県知事が,上記各交付申請の各却下処分をしたこと(前提事実4⑴,⑵)から,上記各却下処分の取消しと被爆者健康手帳交付の義務付けを求める本件各訴訟を提起した(前提事実5)ところ,本件各訴訟の係属中である別紙2申請者目録の「死亡日」欄の各年月日に死亡し,各申請者番号に対応する別紙3承継人目録の各人が,訴訟当事者の地位を相続したとして,原審又は当審に対し,訴訟承継の各申立てをした(前提事実6⑴,⑵)のであり,また,弁論の全趣旨によれば,上記の相続の各事実が認められるのであるから,別紙3承継人目録の各人は本件各訴訟を承継す して,原審又は当審に対し,訴訟承継の各申立てをした(前提事実6⑴,⑵)のであり,また,弁論の全趣旨によれば,上記の相続の各事実が認められるのであるから,別紙3承継人目録の各人は本件各訴訟を承継するというべきである。 第3 争点2(被爆者援護法1条3号の「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」の意義)について1 次の⑴ないし⑾の各事情によれば,被爆者援護法1条3号の「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」の意義は,「原爆の放射能により健康被害が生ずる可能性がある事情の下に置かれていた者」と解するのが相当であり,ここでいう「可能性がある」という趣旨をより明確にして151 換言すれば,「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができない事情の下に置かれていた者」と解され,これに該当すると認められるためには,その者が特定の放射線の曝露態様の下にあったこと,そして当該曝露態様が「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができないものであったこと」を立証することが必要になると解される。 もっとも,被爆者援護法が,全世界の人々が同号に該当すると想定していないことは明らかであるから,成層圏に拡散し,全世界に拡散した広島原爆又は長崎原爆による放射性降下物,いわゆるグローバルフォールアウトに曝露したことを否定することができないというだけでは,同号には該当しないと解される(控訴人らは,当審第2準備書面の17,18頁において,上記グローバルフォールアウトに言及するが,極論に過ぎるものといわざるを得ない。)。 ⑴ 被爆者援護法が,原爆の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊な被害であることに鑑みて制定されたものであることからすれば,被爆者援 といわざるを得ない。)。 ⑴ 被爆者援護法が,原爆の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊な被害であることに鑑みて制定されたものであることからすれば,被爆者援護法は,このような特殊の戦争被害について戦争遂行主体であった国が自らの責任によりその救済を図るという一面をも有するものであり,その点では実質的に国家補償的配慮が制度の根底にあることを否定することができない。 ⑵ 被爆者援護法1条3号の「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」は,原爆医療法2条3号と同一の規定ぶりであり,同号の意義をそのまま引き継いだものであることが明らかで,この点は,控訴人らも認めている(当審第1準備書面66頁等)ところ,原爆医療法は,度重なる控訴人らの請願・陳情(認定事実4⑴ア)の結果,原爆の被害について他の戦争被害とは異なる特別なものであることが認められ,人道上の見地から,未だ健康被害が生じていない被爆者に対する健康管理と既に健康被害が生じている被爆者に対する治療に遺憾なきようにするために,政治的な観点から制定されることとなった法律であり(同152 イ),それが科学的知見のみに依って立つものでなかったことは明らかである。 なお,控訴人ら自身,被爆地域の指定について,「…法案自体,広島市,長崎市からの陳情を契機としたこともあり,少なくとも,広島市,長崎市については,爆心地から5㎞を超えた地域が含まれていたとしても,その行政区画のうちの5㎞を越えた部分を援護の施策条件たる被爆地域から外すことは困難との認識の下にその後の立案作業が進められた。つまり,『被爆者』の要件は,本来は健康影響の有無という観点から科学的知見に従って検討されるべきであったものの,旧広島市,旧長崎市における被爆地域の設定に との認識の下にその後の立案作業が進められた。つまり,『被爆者』の要件は,本来は健康影響の有無という観点から科学的知見に従って検討されるべきであったものの,旧広島市,旧長崎市における被爆地域の設定に限っては,立法経緯にも配慮する形で,旧広島市,旧長崎市については行政区画全般を1号の被爆地域とするものとされ,その余については政令によるものとされた」(当審第1準備書面19頁),「原爆医療法2条1号については,旧広島市,旧長崎市全体が被爆地域とされ,その意味においては科学的知見のみでは説明し切れない設定がされたとはいえ,それは,原爆医療法が旧広島市,旧長崎市による陳情に基づき策定されたという,立法経緯にまつわる特殊な事情による」(同30頁)などと主張し,原爆医療法による被爆者援護措置が科学的知見のみに依って立つものでないことを認めている。 ⑶ 被爆者の定義については,上記⑵のような立法経緯を踏まえ,幅広く健康管理を実施することを求める請願・陳情)の趣旨に沿うように,①「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律案(途中整理案)」において,昭和31年12月12日付け「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律案(第1次原案)」には存在しなかった「前二号に掲げる者のほか,これに準ずる状態にあった者であって,原子爆弾による放射線の影響を受けたおそれがあるとして政令で定めるもの」との条項が加えられることで(認定事実4⑴ウ),その範囲が広げられ,②昭和32年2月7日付け「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律案」において,上記条項が「前二号に掲153 げる者のほか,原子爆弾の傷害作用の影響を受けたおそれがあると考えられる状態にあった者」との条項に修正され,「これに準ずる状態にあった者」に限定することを止め,かつ,政令の定めにより具体的な規定を設けて限定列挙 原子爆弾の傷害作用の影響を受けたおそれがあると考えられる状態にあった者」との条項に修正され,「これに準ずる状態にあった者」に限定することを止め,かつ,政令の定めにより具体的な規定を設けて限定列挙することも止めること(同)で,その抽象化が図られて範囲が広げられ(「焼場で働いたものは第3のカテゴリーに入る。法律が許すならば,距離,期間とカテゴリーは,Case by case でよいのではないか。」〔同⒡〕との意見が容れられたものと理解することができる。),③木村厚生事務次官らが,同日ないし同月13日に,相次いで広島市を訪れ,法律案についての地元各方面内閣法制局による修文において,更に上記条項が「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」との条項に修正されることで(),「原爆の放射能により健康被害が生ずる可能性がある事情の下に置かれていた者」,換言すれば,「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができない事情の下に置かれていた者」であれば足りることが明確にされたといえる(なお,「ような事情の下にあった」という規定ぶりは,現行法規を見る限り,被爆者援護法のみで用いられているものであるが,幅広く健康管理を実施することを求める請願・陳情の趣旨に沿うように,敢えて,そのような規定ぶりが選ばれたと推認するのが合理的である。これに対し,控訴人らは,「ような」という規定ぶりについて,一部の用例を引用し,「飽くまでも,『類する』という意味や控えめな断定表現にとどまるものであり,可能性を否定することができないといった意味までを広く包含すると捉えるのは誤りである」などと主張する〔第1準備書面46頁〕が,例えば,売春防止法5条に規定される「公衆の目にふれるような方法」については,「不特定の一般人の視覚にふれる可能性の でを広く包含すると捉えるのは誤りである」などと主張する〔第1準備書面46頁〕が,例えば,売春防止法5条に規定される「公衆の目にふれるような方法」については,「不特定の一般人の視覚にふれる可能性のあるすべての方法が含まれる…現実に公衆の目にふれたかどうかは問わない」〔平野龍一他編「注解特別刑法7」3154 3,34頁〕,「不特定の一般人の視覚にふれる可能性のあるすべての方法をいう。…現実に公衆の目にふれたか否かは問わない…不特定人の視覚にふれる可能性がある限りこれに当たる…」〔伊藤榮樹他編「注釈特別刑法〈第8巻〉」704頁〕と解されているところであり,控訴人らの上記の主張は採用することができない。おって,控訴人ら自身,被爆者援護法1条3号の「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」の意義が,「原爆の放射能により健康被害が生ずる可能性がある事情の下にあった者」であることは,当審第1準備書面を提出するまで認めていたものである。)。 ⑷ 厚生省公衆衛生局作成の「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律案予想質問事項」においては,「問5 原爆症とは何か」との想定問について,「…現在の医学においては未だ証明されていないものが被爆者に加わっていることも想像される…」との回答が,また,「問11 身体に原爆の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者とは例えばどういうものをいうか」との想定問について,「例えば投下後に爆心地より3粁の地点において患者の収容に当った看護婦が発病したというような事件もあるといわれておりますので,このようなことを考慮して規定をおいた次第であります。要するに原爆の放射能の影響も未だ完全に究明されておらない現状でありますので,このような例についてもこの法律による医療等を受け得るようにするため,かよう なことを考慮して規定をおいた次第であります。要するに原爆の放射能の影響も未だ完全に究明されておらない現状でありますので,このような例についてもこの法律による医療等を受け得るようにするため,かような規定を設けたわけであります。」との回答が,それぞれ準備されており(認定事実4⑴ウa,d。なお,後記⑼のとおり,厚生省が,原爆医療法により行う健康診断の実施に関して発出した「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律により行う健康診断の実施要領について」〔昭和33年8月13日衛発第727号各都道府県知事,広島・長崎市長あて厚生省公衆衛生局長通達〕には,「昭和20年広島及び長崎の両市に投下された原子爆弾は,もとより,世界最初の例であり,従って核爆発の結果生じた放射能の人体に及155 ぼす影響に関しても基礎的研究に乏しく明らかでない点がきわめて多い。」との見解が示されている。),当時の科学的知見において原爆の放射能の身体への影響が詳らかになっていないことは,当然の前提になっていたといえる。 ⑸ 神田博厚生大臣が,昭和32年2月22日開催の衆議院社会労働委員会(第26回国会)において,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律案の提案理由について,「…被爆者は,十余年を経過した今日,なお多数の要医療者を数えるほか,一見健康と見える人におきましても突然発病し死亡する等,これら被爆者の健康状態は,今日においてもなお医師の綿密な観察指導を必要とする現状であります。しかも,これが,当時予測もできなかった原子爆弾に基くものであることを考えますとき,国としてもこれらの被爆者に対し適切な健康診断及び指導を行い,また,不幸発病されました方々に対しましては,国において医療を行い,その健康の保持向上をはかることが,緊急必要事であると考えるのであります。…」と説明すること( に対し適切な健康診断及び指導を行い,また,不幸発病されました方々に対しましては,国において医療を行い,その健康の保持向上をはかることが,緊急必要事であると考えるのであります。…」と説明すること(認定事実4⑴エ)で,原爆の放射能の身体への影響が詳らかになっていないことを前提にして,一見健康と見える人に対しても幅広く適切な健康診断及び指導を実施するものであることが明らかにされ,また,被爆者について,「…原子爆弾が投下された当時広島市長崎市に居住していた者その他原子爆弾の放射能の影響を受けていると考えられる人」と説明すること(同)で,原爆の放射能の身体への影響があると考えられれば足りるものであり,上記影響が実際にあったことやその程度までを問うものでないことが明らかにされていたといえる。 ⑹ 山口厚生省公衆衛生局長が,昭和32年3月25日開催の衆議院社会労働委員会(第26回国会)において,放射能の影響が核実験によるものでなく,広島原爆又は長崎原爆によるものであることの証明の必要性について,「…科学的に証明しろというふうなことになりますと,これこそよけいむず156 かしくなるのではないかというふうに考えるわけでございます。ただいまほとんど不可能に近いのじゃないかというお話でございましたが,私もごもっともだと存じます。…むしろかえって科学的にやって参りますと,現在のその後の実験によって放射能物質が世界に広がってその影響を受けておる人たちとの区別ができない…科学的にやってはかえって区別できないという建前で,先ほどのような証明方法をとったわけでございます。」と答弁すること(認定事実4⑴エ)で,被爆者の認定に当たっては,科学的な証明を求めることが相当でないことが明らかにされていたといえる。 ⑺ 厚生省公衆衛生局企画課が,昭和32年6月3 ざいます。」と答弁すること(認定事実4⑴エ)で,被爆者の認定に当たっては,科学的な証明を求めることが相当でないことが明らかにされていたといえる。 ⑺ 厚生省公衆衛生局企画課が,昭和32年6月3日刊行の「時の法令」245号において,原爆医療法の内容について,「…原子爆弾による被爆者が置かれている健康上の特別な状態にかんがみ,国が健康管理および医療を行うことによりその健康の保持および向上をはかるという目的に従い,その達成を期するため,⑴健康診断等の健康管理および⑵医療ならびに⑶これらの前提もしくはその把握実施手段としての被爆者健康手帳の交付に大別されよう。…」とする解説を公表,健康診断を実施することが相当であることを前提として,被爆者健康手帳を交付するという制度設計ではなく,被爆者健康手帳が交付された者には,健康診断を実施するのが相当であるか否かにかかわらず,健康診断を実施するという制度設計であることが明らかにされていたといえる。 ⑻ 厚生省が,原爆医療法の施行に当たって発出した「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律の施行について」(昭和32年5月14日発衛第267号各都道府県知事・広島・長崎市長あて厚生事務次官通達)に,一般事項として,「1 この法律は,昭和20年8月広島市及び長崎市に投下された原子爆弾による被爆者には今日においてなお多数の要医療者を数え,また,一方,健康と思われる被爆者の中からも突然発病し,死亡する者が生ずる等被爆者の置かれている健康上の特別の状態にかんがみ,国においてこれら被爆157 者の健康診断及び医療等を行うべく制定されたものであるから,この趣旨を十分認識のうえ,適切な法の施行に努力されたいこと。2 この制度は,被爆者に対する健康診断と医療とに大別されるのであるが,被爆者の健康の保持向上のためには うべく制定されたものであるから,この趣旨を十分認識のうえ,適切な法の施行に努力されたいこと。2 この制度は,被爆者に対する健康診断と医療とに大別されるのであるが,被爆者の健康の保持向上のためには,その一貫した施策が円滑に実施されることが必要であり,特に被爆者の把握とこれに対する健康診断とが適切に行われることが重要であると考えられるので,この点十分留意されたいこと。」とし,また,被爆者の把握について,「…被爆者健康手帳の交付に当っては申請者が法第2条各号の一に該当するかどうかについての適確な判断が必要であるが,反面,既に原子爆弾投下当時から10余年を経過している現在,申請者において法第2条各号の一に該当することを立証するについては相当の困難を伴うものと考えられるので,被爆者健康手帳の交付申請の際の添附書類についても,必要に応じ弾力性のある処理を考慮する等により,被爆者となるべき者に被爆者健康手帳が交付されないことがないよう留意されたいこと。」とすること(認定事実4⑴キ)で,被爆者の認定に当たっては,弾力性のある処理をすることで,申請者の立証責任を軽減する方針,いわば「疑わしきは申請者の利益に」という方針で臨むべきであることが明らかにされていたといえる。 ⑼ 厚生省が,原爆医療法により行う健康診断の実施に関して発出した「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律により行う健康診断の実施要領について」(昭和33年8月13日衛発第727号各都道府県知事,広島・長崎市長あて厚生省公衆衛生局長通達)に,「昭和20年広島及び長崎の両市に投下された原子爆弾は,もとより,世界最初の例であり,従って核爆発の結果生じた放射能の人体に及ぼす影響に関しても基礎的研究に乏しく明らかでない点がきわめて多い。」とし,また,「…特に,この種疾病には被爆時の影響が慢性 ,もとより,世界最初の例であり,従って核爆発の結果生じた放射能の人体に及ぼす影響に関しても基礎的研究に乏しく明らかでない点がきわめて多い。」とし,また,「…特に,この種疾病には被爆時の影響が慢性化して引き続き身体に異常を認めるものと,一見良好な健康状態にあるかにみえながら,被爆による影響が潜在し,突然造血機能障害等の疾病を出158 現するものとがあり,被爆者の一部には絶えず疾病発生の不安におびえるものもみられる。従って,被爆者について適正な健康診断を行うことによりその不安を一掃する…ことがきわめて必要であることは論をまたない。」とすること(認定事実4⑴キ)で,原爆医療法により行う健康診断は,原爆の放射能の身体への影響が実際にあったことやその程度までを問うことなく,上記影響のために疾病が発生する不安に脅えている者に対して幅広く実施することにより,その不安の一掃を図ることを目的とするものであることが明らかにされていたといえる(なお,この通達では,現在において,被爆当時受けた放射能の量を把握することはもとより困難であるとされつつも,健康診断において受診者の疾病又は症状が原爆の放射能によるものであるか否かを判断するに当たっては,被爆者が受けたと思われる放射能の多寡を推定し,慎重に診断すべきである旨の見解も示されている。)。 ⑽ 厚生省は,基本問題懇談会において,委員に対し,次のとおり,原爆医療法2条3号について抽象的な規定であると説明した上で,原爆医療法上の被爆者について,一応被爆をしたであろう人や原爆の放射能による健康障害の可能性が全然ないと断ずることができない人という意味に解釈してきたことを明らかにしている(なお,田中委員が,原爆医療法2条1号の被爆者について,「…ほんとうに影響があったかなかったかということにはかかわりなし ないと断ずることができない人という意味に解釈してきたことを明らかにしている(なお,田中委員が,原爆医療法2条1号の被爆者について,「…ほんとうに影響があったかなかったかということにはかかわりなしに被爆者として扱うわけですね。」と質問したのに対し,高木事務官は,「はい。」と答えている,d〕。)。 ア 「…そのほか放射能の影響を受ける,影響下にあった人とか,こういうふうな抽象的なあれなんですが…」b)イ 「…いま被爆者というのは,一応被爆をしただろうという人で手帳を持っている人が37万人おりますが,実際に原爆症の認定を受けて,医療を受けて,あるいは手当を受けているという人は,大ざっぱに申しますと3600人ばかりでございます…n)159 ウ 「私共は,…頭には37万人全員は一応健康障害の可能性が多少でも残っているというふうに考えているわけです。 エ 「一応の疑いはあると…現在は全然ないわけですが,全然ないわけではないというふうに37万人は考えざるをえないわけです。厳密にここで健康障害と言いますと私は本当は3700人しか言えないのではないかと思うのです。 オ 「…私共健康障害というのを非常にゆるやかに解しまして,現在の37万人というのはおそらく何にもないだろうと思うのですよ。」(認定事実 カ 「…やはり放射線による健康障害でしか際だったものはないわけです。 ですから障害の多少の疑いがあればそこは広げてやるという考え方…」 ⑾ 懇談会報告書には,「…ひとしく原爆被爆者と称せられる者は,すべて『特別の犠牲』を余儀なくされた者と理解すべきものとしても,放射線被曝の程度には人によって差があり,多量の線量を被曝した者から被曝の可能性があったにすぎない者まで含まれている。また,被曝による放射線障害の程度についても,原爆によ と理解すべきものとしても,放射線被曝の程度には人によって差があり,多量の線量を被曝した者から被曝の可能性があったにすぎない者まで含まれている。また,被曝による放射線障害の程度についても,原爆による放射線障害であると明らかに認められる者から放射線障害の生ずる可能性のある者に至るまで,まちまち…」との見解が示されており(認定事実4⑺ウ),懇談会報告書においても,被曝の可能性があったにすぎない者や原爆による放射線障害が生ずる可能性があるにすぎない者も,「特別の犠牲」を余儀なくされた被爆者に含まれることが前提となっていた(なお,被爆者援護法1条3号と同義である原爆医療法2条3号の意義の解釈に当たって懇談会報告書を参照することに問題があることについては,後記2⑶参照。)。 2 控訴人らの主張について⑴ 控訴人らは,次のア,イのとおり指摘して,被爆者援護法1条3号の「身160 体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」の意義は,「放射線の曝露態様が原爆の放射能により晩発的な健康被害を招来すると考えられる程度に有意な放射線曝露をした者」と解すべきであり,換言すれば,「健康診断を実施することで,健康被害の早期発見に努めて,健康保持を図るべきことが相当とされる者」と解されるなどと主張する。 ア 被爆者に対する援護施策は,被爆者が原爆の放射能の影響による特殊な健康被害すなわち「特別の犠牲」を受けた者であることに着目して,国民の租税負担の下,特に手厚い措置を施すものであるから,国民一般の理解が得られるだけの合理的な根拠を伴うもの,換言すれば,放射線の曝露態様が科学的合理性をもって「放射能の影響を受けるような事情」であるといい得るものでなければならない。 イ 原爆医療法は,健康被害が顕在化した者に対する医療の実施と健康被 ,換言すれば,放射線の曝露態様が科学的合理性をもって「放射能の影響を受けるような事情」であるといい得るものでなければならない。 イ 原爆医療法は,健康被害が顕在化した者に対する医療の実施と健康被害が顕在化していない者に対する健康診断の実施という二本立ての援護制度として制度設計されているところ,健康被害が顕在化していない者については,放射能の影響を身体に受けているか否かが外見からは判明し難いことから,健康被害が顕在化した者の放射線への曝露態様を参照し,医療給付対象者と同様に身体に放射能の影響を受けていると考えられる場合に限って,「放射能の影響を受けるような事情」にあるものとして立案されている。 ⑵ア この点,確かに,厚生省公衆衛生局作成の「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律案予想質問事項」においては,「問9 広島市長崎市に隣接する区域とはどの程度を考えているか」との想定問について,「爆心地(広島市細工町,長崎市松山町)よりおおむね5粁の範囲が妥当であろうという学者の意見でありますのでその程度を考えております。」との回答が準備され(認定事実4⑴ウb),山口厚生省公衆衛生局長が,昭和32年3月25日開催の衆議院社会労働委員会(第26回国会)において,原爆161 医療法2条1号の政令で定める区域について,「…爆心地から大体5キロくらいの区域を考えておるわけでございます。…専門家の意見を聞いて,大体そういうふうに考えておるわけでございます。…」と答弁a),これらの回答・答弁に沿って原爆医療法施行令1条1項,別表第1の被爆地域が定められた(同カ)ところ,上記の学者の意見に該当すると考えられる日本学術会議が昭和26年8月1日発行した「原子爆弾災害調査報告集総括編」(乙11)には,次の部分がある。 「 …爆心直下から半径1㎞の地域内 (同カ)ところ,上記の学者の意見に該当すると考えられる日本学術会議が昭和26年8月1日発行した「原子爆弾災害調査報告集総括編」(乙11)には,次の部分がある。 「 …爆心直下から半径1㎞の地域内では想像に絶する多量の放射能が到達し,ことに,戸外で作業中であった人々には総ての放射能威力が障害を与えた。コンクリート建物内の隠された場所或は堅固の防空壕内等にあった人々は或る程度ガンマ線と中性子との作用を受けたが,充分に遮蔽された人々は障害の程度が比較的軽かったようである。放射能威力の作用は,大体半径4㎞までの地域に及んでおり,戸外にいたものの方が障害を受けた程度が強かったことは言うまでもない。…調査の成績から考えて見ると,大体爆心直下から半径1㎞の地域圏内にいたものは高度の障害を受けており,1~2㎞の地域内に在ったものは中度の障害を受けており,2~4㎞の地域内のものが軽度の障害を受けたものと思われる。」(4,5頁)イ また,懇談会報告書には,「…原爆被爆者の受けた放射線による健康障害が特異のものであり,『特別の犠牲』というべきものであるからといって,他の戦争被害者に対する対策に比し著しい不均衡が生ずるようであっては,その対策は,容易に国民的合意を得がたく,かつまた,それは社会的公正を確保するゆえんでもない。…」,「…被爆地域の指定は,本来原爆投下による直接放射線量,残留放射能の調査結果など,十分な科学的根拠に基づいて行われるべきものである。…科学的・合理的な根拠に基づくことなく,ただこれまでの被爆地域との均衡を保つためという理由で被爆地域を拡大することは,関係者の間に新たに不公平感を生み出す原因とな162 り,ただ徒らに地域の拡大を続ける結果を招来するおそれがある。被爆地域の指定は,科学的・合理的な根拠のある場合に限定して行う 拡大することは,関係者の間に新たに不公平感を生み出す原因とな162 り,ただ徒らに地域の拡大を続ける結果を招来するおそれがある。被爆地域の指定は,科学的・合理的な根拠のある場合に限定して行うべきである。」とされており(認定事実4⑺ウ),懇談会報告書の取りまとめ後の昭和57年3月1日開催の衆議院予算委員会第3分科会(第96回国会)において,森下元晴厚生大臣は,「…今後におきましても,原爆基本問題懇談会が指摘しているとおり,被爆地域の指定については『科学的・合理的な根拠のある場合に限定して行うべきである。』非常に回りくどい言葉でございますけれども,そう簡単に変えられないということでございま…一昨年の暮れの原爆被爆者対策基本問題懇談会の御報告にもありますように,これからの地域拡大というのは科学的な合理性を持ったものでなければならぬという御意見もいただいておりまして,もしまたこれを見直すとなりますと,また科学的合理性がなしにやりますと新しい不公平感というものを生み出すのじゃないかというふうに私ども思っておるわけでございます。」。 ウ さらに,谷厚生省保健医療局長は,平成6年12月1日開催の衆議院厚生委員会(第131回国会)において,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律案の審議に当たって,被爆地域の範囲の拡大について,「被爆地域の指定の問題,あるいは拡大をするかしないかという問題は,今先生お触れになりました基本懇の報告にもございます,科学的,合理的な根拠のある場合に行うべきであるというのが私どもが従来からとってきた立場でございます。…いずれにいたしましても,科学的あるいは合理的ということを念頭に置きつつ,この問題については私どもは対応していきたいと思っております。」と答弁し(認定事実4衆議院厚生委員会(第131回国会)は,同 ずれにいたしましても,科学的あるいは合理的ということを念頭に置きつつ,この問題については私どもは対応していきたいと思っております。」と答弁し(認定事実4衆議院厚生委員会(第131回国会)は,同日,上記法律案を原案のとおり可決する際,「被爆地域の指定の在り方について,原爆放射線による健康影響に関する163 研究の進展を勘案し,科学性,合理性に配慮しつつ検討を行うこと。」との附帯決議をしている エ 加えて,厚生省が昭和31年12月7日付けで作成した「被爆者の健康保持に関する法律案要綱(第1次案)」には,次のとおり立案担当者のメ 「 障害者と被爆者とは外見的区分であり実質的には両者は同じである。」⑶ア しかしながら,次の各事情に照らすと,前記⑴の控訴人らの主張は採用することができないというべきである。 「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」との規定ぶりからは,「放射線の曝露態様が原爆の放射能により晩発的な健康被害を招来すると考えられる程度に有意な放射線曝露をした者」であることや「健康診断を実施することで,健康被害の早期発見に努めて,健康保持を図るべきことが相当とされる者」であることまでを読み取ることは文理上無理がある。 前記1⑵のとおり,被爆者援護法1条3号の「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」は,原爆医療法2条3号と同一の規定ぶりであり,同号の意義をそのまま引き継いだものであることが明らかで,この点は,控訴人らも認めているところ,一件記録を精査しても,原爆医療法の制定当時,同号に該当するためには,「放射線の曝露態様が原爆の放射能により晩発的な健康被害を招来すると考えられる程度に有意な放射線曝露をした者」であることや「健康診断を実施することで,健康被害の早期発 当時,同号に該当するためには,「放射線の曝露態様が原爆の放射能により晩発的な健康被害を招来すると考えられる程度に有意な放射線曝露をした者」であることや「健康診断を実施することで,健康被害の早期発見に努めて,健康保持を図るべきことが相当とされる者」であることまでが必要であることについて,政府内で検討されたり,国会で審議されたりした形跡はない(認定事実4⑴イ~エ参照)。むしろ,当時の科学的知見において原爆の放射能の身体への影響が詳らかになっていないことが,当然の前提になっていたこと164 (前記1⑷)からすると,「放射線の曝露態様が晩発的な健康被害を招来すると考えられる程度に有意」であるか否かを的確に判断することはそもそも困難であったといえる。また,原爆医療法の国会審議・施行に当たっては,①原爆の放射能の身体への影響が詳らかになっていないことを前提にして,一見健康と見える人に対しても幅広く適切な健康診断及び指導を実施するものであること,そして,被爆者について,原爆の放射能の身体への影響があると考えられれば足りるものであり,上記影響が実際にあったことやその程度までを問うものでないこと(同⑸)が,②被爆者の認定に当たっては,科学的な証明を求めることが相当でないこと(同⑹)が,③健康診断を実施することが相当であることを前提として,被爆者健康手帳を交付するという制度設計ではなく,被爆者健康手帳が交付された者には,健康診断を実施することが相当であるか否かにかかわらず,健康診断を実施するという制度設計であること(同⑺)が,④被爆者の認定に当たっては,弾力性のある処理をすることで,申請者の立証責任を軽減する方針,いわば「疑わしきは申請者の利益に」という方針で臨むべきであること(同⑻)が,⑤原爆医療法により行う健康診断は,原爆の放射能の身体 は,弾力性のある処理をすることで,申請者の立証責任を軽減する方針,いわば「疑わしきは申請者の利益に」という方針で臨むべきであること(同⑻)が,⑤原爆医療法により行う健康診断は,原爆の放射能の身体への影響が実際にあったことやその程度までを問うことなく,上記影響のために疾病が発生する不安に脅えている者に対して幅広く実施することにより,その不安の一掃を図ることを目的とするものであること(同⑼)が,それぞれ明らかにされていたことからすると,被爆者援護法1条3号の「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」の意義について,「放射線の曝露態様が原爆の放射能により晩発的な健康被害を招来すると考えられる程度に有意な放射線曝露をした者」であることや「健康診断を実施することで,健康被害の早期発見に努めて,健康保持を図るべきことが相当とされる者」であることまで求めるのは,被爆者援護法の制度165 趣旨に反するというべきである。なお,控訴人らは,「当時の科学的知見に照らして当該曝露態様によって実際に身体に原子爆弾の放射能の影響を受けているかどうかを求めることは申請者に酷である上,当該健康被害が顕在化していない者を援護の対象とする趣旨にももとる」と主張する(当審第1準備書面45頁)が,厚生省においては,「現在において,被爆当時受けた放射能の量を把握することはもとより困難である」と認識していた(前記1⑼)のであるから,「放射線の曝露態様が原爆の放射能により晩発的な健康被害を招来すると考えられる程度に有意な放射線曝露をした」ことを求めることも,申請者に酷であり,健康被害が顕在化していない者を援護の対象とする趣旨にもとることに,何ら変わりはないというべきである。 仮に,被爆者援護法1条3号の「身体に原子爆弾の放射能の影響を受ける も,申請者に酷であり,健康被害が顕在化していない者を援護の対象とする趣旨にもとることに,何ら変わりはないというべきである。 仮に,被爆者援護法1条3号の「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」の意義が,「放射線の曝露態様が原爆の放射能により晩発的な健康被害を招来すると考えられる程度に有意な放射線曝露をした者」ないし「健康診断を実施することで,健康被害の早期発見に努めて,健康保持を図るべきことが相当とされる者」であるとすれば,「有意な」,「相当とされる」という表現の意味するところが不明確に過ぎることから,都道府県知事は同号該当性の判断を的確に行うことができないことになりかねず,定義規定として不適切であるといわざるを得ない(なお,厚生省は,同号の意義が上記のとおりであることなどについて,通達等を発出していたわけでもない。)。 前記⑵アのとおりであったとしても,控訴人ら自身が,原爆医療法2条1号について,旧広島市,旧長崎市全体が被爆地域とされた点で,科学的知見のみで説明し切れないなどとして,原爆医療法による被爆者援護措置が科学的知見のみに依って立つものでないことを認めていることは,前記1⑵の第2段落のとおりである。また,「放射能威力の作用166 は,大体半径4㎞までの地域に及んで」いる(前記⑵ア。なお,三浦厚生省公衆衛生局長は,昭和57年3月1日開催の衆議院予算委員会第3分科会において,「…被曝線量がゼロになる距離というのは…爆心地か控訴人らは,控訴理由書65頁において,「初期放射線は爆心地から2㎞を超えたところで,ほとんど減衰し」とも記載している。)というのに,原爆医療法2条1号の政令で定める区域について,「広くしよう。」という意見(同るなどして,「…爆心地から大体5キロくらいの区域」とされた ところで,ほとんど減衰し」とも記載している。)というのに,原爆医療法2条1号の政令で定める区域について,「広くしよう。」という意見(同るなどして,「…爆心地から大体5キロくらいの区域」とされたことからは,「原爆の放射能により晩発的な健康被害を招来すると考えられる程度に有意であるか否か」という観点ではなく,「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができるか否か」という観点から,上記区域が定められたことが窺える。 前記⑵イの懇談会報告書中の記載部分及び懇談会報告書の取りまとめ後の政府の答弁は,原爆医療法2条3号の解釈に関するものではなく,原爆医療法2条1号,原爆医療法施行令1条1項,別表第1の被爆地域の今後の指定の在り方に関するものにすぎず,また,その点を措くとしても,懇談会報告書は原爆医療法制定から23年後に取りまとめられたものであるから,原爆医療法2条3号の意義を解釈するに当たって懇談会報告書中の上記記載部分等を重視することは,適切ではない。むしろ,懇談会報告書が,それまで明確な基本方針のないまま政治的に進められてきた被爆地域の指定の拡大について,広島県と長崎県との間で対立が生ずることを回避し,科学的な根拠に基づくべきであるとの基本方針を示すことで,歯止めをかけることを強く意図して,政策的な見地から作成されたものであることが明らかであること(認定事実4⑹キ,同⑺ア,f~oc~n,s。ちなみに,同⑹キ,同⑺イ167 kによると,厚生省は,懇談会報告書が公表される前から,同一の見解を政府答弁として対応してきたものであり,政府は自己の立場を正当化する根拠として,基本問題懇談会に懇談会報告書を公表させたといっても過言でないと考えられる。)からすると,上記意義の解釈に当たって懇談会報告書中の上記記載部分等を のであり,政府は自己の立場を正当化する根拠として,基本問題懇談会に懇談会報告書を公表させたといっても過言でないと考えられる。)からすると,上記意義の解釈に当たって懇談会報告書中の上記記載部分等を参照することは,解釈を誤らせるおそれが大きいというべきである(もっとも,そのような懇談会報告書においてでさえも,被曝の可能性があったにすぎない者や,原爆による放射線障害が生ずる可能性があるにすぎない者も,「特別の犠牲」を余儀なくされた被爆者に含まれることが前提となっていたことは,前記1⑾のとおりである。)。 なお,懇談会報告書の中の「原爆被爆者対策の基本理念」の部分(認定事実4⑺ウ)には,「原爆被爆者が受けた放射線による健康障害すなわち『特別の犠牲』」という表現があるけれども,この表現が,健康障害が生じていない人が「特別の犠牲」を余儀なくされた被爆者に当たらないという趣旨をいうものではなく,一応被爆をしたであろう人や原爆の放射能による健康障害の可能性が全然ないと断ずることができない人であれば,「特別の犠牲」を余儀なくされた被爆者に当たることを前提に懇談会報告書が作成されていることは,厚生省が,繰り返し,第12回基本問題懇談会において,田中委員に説明しているところであり(),懇談会報告書の「原爆被爆者対策の基本的在り方」(同ウ)の部分において,「被曝の可能性があったにすぎない者」等が「特別の犠牲」を余儀なくされた者に当たると明記されていることからも明らかである。 原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律案は,懇談会報告書を踏まえて内閣が提出したものである(認定事実4⑼ア前記⑵ウの政府の答弁や衆議院厚生委員会の附帯決議は,原爆医療法2条3168 号と同義である被爆者援護法1条3号の解釈に関するものではなく,原爆医療法2条1号 したものである(認定事実4⑼ア前記⑵ウの政府の答弁や衆議院厚生委員会の附帯決議は,原爆医療法2条3168 号と同義である被爆者援護法1条3号の解釈に関するものではなく,原爆医療法2条1号,原爆医療法施行令1条1項,別表第1と同義である被爆者援護法1条1号,被爆者援護法施行令1条1号,別表第1の被爆地域の今後の指定の在り方に関するものにすぎず,また,その点を措くとしても,上記答弁等は原爆医療法制定から37年後にされたものであるから,原爆医療法2条3号と同義である被爆者援護法1条3号の意義の解釈に当たって上記答弁等を重視することが適切でないことは,上記と同様である。 前記の各事情に照らすと,前記⑵エの立案担当者のメモ書きは,被爆者は,一見良好な健康状態にあるように見えたとしても,幅広く障害者(医療給付対象者)と同様に被爆者援護措置の対象とすべきであることを指摘するものと理解するのが自然であり,医療給付対象者と同様に身体に放射能の影響を受けていると考えられる者に限って,被爆者援護措置の対象とすれば足りることを指摘するものとは到底理解することができない。 イ なお,控訴人らは,昭和49年に,原爆医療法2条各号の被爆者に該当しない者であっても,健康診断特例区域内に所在した者について,暫定的な特例措置として,原爆医療法の健康診断の規定(4条)の適用を認める健康診断特例措置が設けられたこと(認定事実)をもって,健康診断特例区域内に所在した者については,原爆医療法2条3号の被爆者に該当しないことが当然の前提となっていたかのような主張もする(当審第2準備書面23頁以下等)。しかし,論理的には,本来,原爆医療法2条3号の被爆者に該当するものとして被爆者健康手帳を交付すべき者について,誤って,その交付をしないで健康診断特例措置の対象 る(当審第2準備書面23頁以下等)。しかし,論理的には,本来,原爆医療法2条3号の被爆者に該当するものとして被爆者健康手帳を交付すべき者について,誤って,その交付をしないで健康診断特例措置の対象者としたとも考え得るところであり,同号の意義の解釈に当たって,原爆医療法制定から17年後に健康診断特例措置が設けられたことを重視することは,適169 切でない。むしろ,三井企画課長が,基本問題懇談会において,委員に対し,健康診断特例措置の対象者について,「…その当時の状況を考えてみると,多くの被爆者が援護活動が行われたことから,当時の住民のほとんどが身体に放射能の影響を受けるような事情が過去にあったというようなことでございます。それにもかかわらず,直ちにその地域で被爆者として手帳を直接に交付するということまでいかなった…」と説明していること。「身体に放射能の影響を受けるような事情」という同号の表現ぶりを意識した説明をしていることに注目すべきである。)に照らすと,本来,同号の被爆者に該当するものとして被爆者健康手帳を交付すべき者であったにもかかわらず,敢えて,その交付をしないで健康診断特例措置の対象者とした疑いが強いといわざるを得ず,そうであれば,同号の意義の解釈に当たって健康診断特例措置が設けられたことを参照することは,解釈を誤らせるおそれが大きいというべきである。控訴人らの上記の主張は失当である。 また,控訴人らは,この点に関連して,健康診断特例措置について,健康診断特例区域内に所在した者の健康への不安を一掃する施策であるとも主張するが,そのような不安の一掃を図ることを目的として幅広く実施することとされたのが正に原爆医療法により行う健康診断であったことは,前記1⑼のとおりである。 ウ おって,科学的知見を踏まえることが重要であ ,そのような不安の一掃を図ることを目的として幅広く実施することとされたのが正に原爆医療法により行う健康診断であったことは,前記1⑼のとおりである。 ウ おって,科学的知見を踏まえることが重要であることは当裁判所ももとより否定するものではないが,被爆者援護法1条3号の「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」に該当するか否かの判断に当たっては,原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができるか否かという観点から,科学的知見を用いるべきであり,例えば,それまで原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができると考えられていたけれども,最新の科学的知見により,その結論170 に疑義が生じたというのであれば,被爆者援護法1条3号の「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」に該当するという結論を導く方向で用いるべきである。 第4 争点3(広島原爆の投下後の黒い雨に遭った者は,被爆者援護法1条3号の「原子爆弾が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」に該当するか。)について1 次の⑴ないし⒄の各事情に鑑みれば,放射性降下物の降下機序等につき,被控訴人らが依拠するB意見(認定事実6⑴)及び大瀧の意見(同⑵)を斟酌するまでもなく,優に,「広島原爆の投下後の黒い雨に遭った」という曝露態様は,黒い雨に放射性降下物が含まれていた可能性があったことから,たとえ黒い雨に打たれていなくても,空気中に滞留する放射性微粒子を吸引したり,地上に到達した放射性微粒子が混入した飲料水・井戸水を飲んだり,地上に到達した放射性微粒子が付着した野菜を摂取したりして,放射性微粒子を体内に取り込むことで,内部被曝による健康被害を受ける可能性があるもの 到達した放射性微粒子が混入した飲料水・井戸水を飲んだり,地上に到達した放射性微粒子が付着した野菜を摂取したりして,放射性微粒子を体内に取り込むことで,内部被曝による健康被害を受ける可能性があるものであったこと(ただし,被曝線量を推定することは非常に困難である。),すなわち「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができないものであったこと」(前記第3の1の柱書参照)が認められるというべきである。 そうすると,広島原爆の投下後の黒い雨に遭った者は,被爆者援護法1条3号の「原子爆弾が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」に該当するということができる。 ⑴ 昭和28年5月5日に公表された大阪帝国大学グループの「広島原子爆弾災害報告」に,爆心の西方約2㎞の己斐駅付近で激しい降雨があったことについて,「原子核分裂の生成物及び爆発時に生じたイオンが雨滴の核となることは考え…られることであり,従ってこの特異な雨が降った地点では放射能は大きいであろうと考えられ,この考えは翌日行われた測定により確かめられた。」との見解が示されている(認定事実3⑴)。 171 ⑵ 昭和28年5月5日に公表された京都帝国大学グループの「爆発後数日間に行なえる広島市の放射能学的調査に関する報告」に,「爆心より西北3. 5㎞の地点(原判決別図表9の番号16の「旭橋東詰」の地点である〔当裁判所注記〕。)の試料にかなり強い放射能が見られた。これは多分爆発の際の気象条件により,爆弾の分裂片が地上に落下したためであろうと想像される。」との見解が示されている(認定事実3⑵)。 ⑶ 昭和28年5月5日に公表された理化学研究所の副研究員の山崎文男の「原子爆弾爆発後,広島西方に残った放射能について」に,己斐から草津ま と想像される。」との見解が示されている(認定事実3⑵)。 ⑶ 昭和28年5月5日に公表された理化学研究所の副研究員の山崎文男の「原子爆弾爆発後,広島西方に残った放射能について」に,己斐から草津までの山陽道国道上において,古江東部(古江上野ガーデン入口)に極大をもつ爆央付近に見たのと同程度のガンマ線の存在が確認されたことについて,「原子爆弾爆発に際して生じたウラニウム核分裂生成物が降下したと思われた。即ち爆発が起た時,この地方には東風が吹いており,その後凡そ30分を経てから此の方面に多量の降雨があり,しかもその雨粒は黒く汚れていたと言われ,更にこれが降下物であることを物語るのは,家屋の雨樋に溜った土砂に特に強い放射能を認めたことである。」との見解が示されている(認定事実3⑶イ)。 ⑷ 昭和28年5月5日に公表された広島管区気象台の客員気象技師の宇田らの「気象関係の広島原子爆弾被害調査報告」(昭和22年12月10日に印刷された「広島原子爆弾被害調査報告(気象関係)」を含む。)に,次のような見解が示されている(認定事実3⑷ア~ウ)。 ア 降雨域原判決別図表1のとおりであり,爆心付近に始まり,広島市北西部を中心に,北西方向の山地に延び,遠く山県郡内に及んで終わる長卵形をなしている。降雨継続時間1時間以上の区域を強雨域とし,それ以外の少しでも雨が降った区域を小雨域とすると,長径19㎞,短径11㎞の長卵形の区域が宇田強雨域となり,長径29㎞,短径15㎞の長卵形の区172 域が宇田小雨域となる。 イ 雨水の性状黒い雨(泥雨)高須にある宇田の自宅の雨戸(爆発当時爆風により路上に吹き飛んで雨に打たれたもの)に付着した泥分を採集し,理化学研究所調査班に分析してもらったところ,放射能がすこぶる強大であって,爆発後2か月経過して にある宇田の自宅の雨戸(爆発当時爆風により路上に吹き飛んで雨に打たれたもの)に付着した泥分を採集し,理化学研究所調査班に分析してもらったところ,放射能がすこぶる強大であって,爆発後2か月経過しても50Nat.と爆心地の数倍であった。 白い雨と泥の本体a 黒い雨に含まれた泥の成分は,爆撃時に黒煙として昇った泥塵と火災による煤塵を主とし,これに放射性物質体など爆弾に起源して空中に浮遊しあるいは地上に一旦落ちた物質塵をも複合したものと見られる。 b 大気中の塵挨は1時間ないし2時間の雨により概ね除去され,これが地上に降ったため,この降下量の多い地区即ち広島市西方の高須,己斐方面で高い放射能が示されるに至ったのであろう。 ウ 降雨の機序著しく激しくかつ持続的な豪雨となった点から見て,単純に爆撃及び火災による旺盛な上昇気流にのみ起因するものと異なり,これらの因子に加えて何らか原爆の炸裂による放射性物質の分裂壊変に伴う放射線(ベータ線あるいは中性子のごときもの)の射出が働いて,あたかも巨大なウィルソン霧箱内におけるように大気中の塵を連続的に多数のイオンに化し,これらが凝結核となって大気中に浮遊するため,引き続いて激しい降雨を呼び起こすようになったのではないかと考える。 エ 飛散降下物爆発後の高須,己斐方面の放射能の著大な分布は,降雨により,持続的に,原爆による高放射能物質を含む放射性物質が降下し,また,放射性173 物質を含む灰埃が降下したのが,高須,己斐方面で最も多かったことを原因とするものであろう。 ⑸ 昭和28年5月5日に公表された広島文理科大学グループの「広島市附近における残存放射能について」に,「降雨地帯特に豪雨地帯での放射能は第Ⅲ回測定時において他より幾分強い傾向を示している。しかも同一の峠路又は川筋に沿 に公表された広島文理科大学グループの「広島市附近における残存放射能について」に,「降雨地帯特に豪雨地帯での放射能は第Ⅲ回測定時において他より幾分強い傾向を示している。しかも同一の峠路又は川筋に沿って測定点を採った場合,海抜の小さい地点ほど放射能が強くなている傾向がある-但し…己斐峠の場合の如く逆傾向の一例もあるが。…電気計の精度から言て断定的な帰結とは言えないが,興味ある問題だと思われる。」との見解が示されている(認定事実3⑸。もっとも,京都大学原子炉実験所の今中が平成26年8月頃に公表した「原爆直後の残留放射線調査に関する資料収集と分析」には,上記の記載部分に関して,「原爆由来の放射能によるものとは考えがたく,自然BG〔バックグラウンド〈当裁判所注記〉〕と測定のバラツキ変動と考えた方が無難であろう。」とされていること〔認定事実5⑾〕には,留意が必要である。)。 ⑹ 昭和28年5月5日発行の日本学術会議「原子爆弾災害調査報告集第一分冊」の中には,次の記載部分がある(認定事実3⑹)。 「 原子爆弾爆発後間もなく広島西方地区に驟雨ありて(土地の人々『黒い雨』と称しあり)放射能性物質の沈積を想像し…該地区の放射能を測定し高須附近に於て最高の値を示しあるは後述の如し。又降雨地区に於て池中の魚類死滅し或は地中或る深さ迄蚯蚓の死亡ありしと言う。 依て該地区住民にして斯る沈積物乃至降雨により障害増加せられたりや或はそれのみにより障害を受けたりやに就き検査あり。 但し調査の時期稍々遅きに失し且つ材料時間其の他諸種の制約により十分調査をなすを得ざりき。」⑺ 広島市の医師である於保が昭和32年10月に公表した「原爆残留放射能障碍の統計的観察」に,「…なるほど原爆の際核分裂を免がれたU235(広174 島原爆では一割しか核分裂しなかった由) ⑺ 広島市の医師である於保が昭和32年10月に公表した「原爆残留放射能障碍の統計的観察」に,「…なるほど原爆の際核分裂を免がれたU235(広174 島原爆では一割しか核分裂しなかった由)や核分裂生成物の大部分は原子雲に乗り折からの東南東の風で運ばれ,黒い雨に混じて遠隔地(広島市高須地区・爆心より4.0キロ)に落下したのであろう。…」との見解が示されている(認定事実3⑺)。 ⑻ 日米合同調査団は,昭和20年10月3日ないし同月7日に,広島の100か所において放射能測定を行い,爆心地の風下に当たる広島市の西方3. 2㎞の高須地区で放射能の数値が高いことが確かめられたと報告した(認定事実3⑻)。 ⑼ア 原爆医療法施行令6条が,昭和40年9月25日,同年政令第311号により改正され,同条5号が加えられ,特別被曝地域(残留放射能濃厚地区)に,宇田強雨域に含まれる「広島市のうち,新庄町,三滝町,山手町,己斐町,古田町,庚午町及び三篠本町四丁目並びに広島県安佐郡祇園町のうち,長束,西原及び西山本」が指定された(認定事実4。 イ 若松厚生省公衆衛生局長は,昭和40年4月13日開催の衆議院社会労働委員会(第48回国会)において,上記アの特別被爆地域(残留放射能濃厚地区)の指定の経緯について,「…広島地区におきましても,爆発後1時間から1時間半の間にいわゆる黒い雨が降ったといわれる地域がございまして,それが己斐,高須地区というところに原爆の黒い雨が降ったということをいわれております。そしてその地区をやはり10月3日ないし7日間に調査いたしました結果,ほかの地区より若干放射能が多かったという点もございますので,それらの成績を考慮いたしまして,フォールアウトによる被爆を受けた者がそこらの地区にはいるはずだということから,その地域を追加指定し 果,ほかの地区より若干放射能が多かったという点もございますので,それらの成績を考慮いたしまして,フォールアウトによる被爆を受けた者がそこらの地区にはいるはずだということから,その地域を追加指定したらいかがであろうということで,現在それに該当すると思われる具体的な町村名を書き出して知らせてもらうように現。 ⑽ 原爆医療法施行令1条1項,別表第1(被爆地域)及び6条5号,別表第175 3の1号(特別被爆地域〔残留放射能濃厚地区〕)が,昭和47年5月1日,同年政令第134号により改正され,宇田強雨域に含まれる「広島県安佐郡祇園町のうち,長束,西原及び西山本以外の区域」が被爆地域及び特別被爆地域(残留放射能濃厚地区)に指定され,また,宇田強雨域に含まれる「広島市のうち,草津東町,草津濱町,草津本町及び草津南町」が特別被爆地域(残留放射能濃厚地区)に指定された(認定事実4⑷ア)。 ⑾ 佐分利厚生省公衆衛生局長は,昭和50年3月18日開催の参議院社会労働委員会(第75回国会)において,「…広島市の中心部から北の方に長径29キロ,短径14キロの楕円形の地域に黒い雨が降ったわけでございます。…当時黒い雨の放射能が一体どの程度であったか,またその黒い雨が当時どのように人体に影響を及ぼしたかという点についてすでに30年を経過しておりますので,なかなか確証を得がたいわけでございます。ただ一つ学術会議系統の文献によりますと,自然放射能の50倍の放射能が検出されたという記録があるわけでございます…」と答弁した(認定事実4⑸ウ)。 ⑿ 広島県知事及び広島市長が,宇田雨域の一部の住民の有病率が著しく高く,放射能の影響があったと認められるとして,宇田雨域の一部を被爆地域に加えるよう要望したところ,原爆医療法施行令附則2項が,昭和51年9月18日,同年政 が,宇田雨域の一部の住民の有病率が著しく高く,放射能の影響があったと認められるとして,宇田雨域の一部を被爆地域に加えるよう要望したところ,原爆医療法施行令附則2項が,昭和51年9月18日,同年政令第243号により改められ,宇田強雨域に含まれる「広島県山県郡安野村のうち,島木及び段原」,「広島県佐伯郡水内村のうち,津伏,小原,井手ケ原,矢流,草谷,古持,森,下井谷,門出口,木藤及び恵下」等の多くの地域が健康診断特例区域に指定された(認定事実4⑸エ)。 ⒀ 松浦厚生省公衆衛生局長は,昭和53年4月13日開催の衆議院社会労働委員会(第84回国会)において,黒い雨降雨域について,二次放射能が雨と一緒に人体に影響を及ぼしたという科学的な根拠があるのではないかと指摘されたのに対し,「…黒い雨地域は放射能を含んだ灰が入っているという176 ことで,これが人体に影響を及ぼすのではないかということで地域に指定したわけでございます。」と答弁した(認定事実4。 ⒁ 放影研の岡島らが平成元年11月25日に公表した「残留放射能の放射線量」には,次のような見解が示されている(認定事実4⑻エ)。 「 放射性降下物は,爆心地より約3000mの距離で,広島では西に向けて…発生した…。被爆者は…爆発後約半時間での“黒い雨”を報告した。これは爆発からのすすや埃を運ぶ雨であり,かつ恐らく放射性でもあった。かかる現象は,かわききったネバダ砂漠で実施された多くの核実験では観察されなかった。日本の放射性降下物に含まれた水分は,湿度の高い大気と水分を多く含む土壌から,又は雲の中に吸い上げられた地表水分からもたらされたものであろう。 “黒い雨(black rain)”およびその後の3か月にわたる…大量の降雨は,大気から放射能を取り除いたので,吸入による被爆の可能性を最 中に吸い上げられた地表水分からもたらされたものであろう。 “黒い雨(black rain)”およびその後の3か月にわたる…大量の降雨は,大気から放射能を取り除いたので,吸入による被爆の可能性を最小限度にした。」⒂ 放影研が平成24年12月8日に公表した「『残留放射線』に関する放影研の見解」には,次のような見解が示されている(認定事実5⑽)。 「 …燃え残りの核爆弾原料物質や核爆発で二次的に発生した放射性粒子は,爆発に伴う高温で一旦気化した後,再冷却の過程で微粒子となり高空に広く拡散しました。大気中に拡散し浮遊する放射性微粒子は,次第に地上へと降下しますが,これは降雨に伴い促進されます。いわゆる『黒い雨』の中にはこの放射性微粒子が含まれていたと考えられています。ただし,黒い色の本体は二次火災による『煤』であり,色と放射性の強弱には直接的な関係はありません。直後に降った雨の場合には『黒くない雨』でも放射性微粒子が含まれていた可能性もあり,反対に黒い雨でも放射性微粒子を含まない場合もありえます。 放射性微粒子からの曝露としては,大気中に滞留し,あるいは地上に降下177 し蓄積した放射性微粒子からの『外部被曝』と,空気中に滞留する粒子を直接吸引したり,地上に到達した放射性微粒子をさまざまな経路から体内に摂取したりすることによる『内部被曝』があります。『内部被曝』に至る経路としては,地上に降った放射性微粒子(放射性降下物)の一部が飲料水や野菜を汚染することにより直接摂取される場合,また,放射性降下物中の放射性ヨウ素が牧草を汚染し,それを飼料とした牛(または山羊)によって再濃縮された牛乳を摂取したことによる場合などもあります。 前述のとおり,『初期放射線』による個人別の被曝量の計算は可能ですが,『残留放射線』による被曝量を個人別 飼料とした牛(または山羊)によって再濃縮された牛乳を摂取したことによる場合などもあります。 前述のとおり,『初期放射線』による個人別の被曝量の計算は可能ですが,『残留放射線』による被曝量を個人別に推定することはこれに比べてはるかに複雑になり,推定に必要な情報の入手は格段に困難になります。……『残留放射線』の内,放射性微粒子の場合にはその地理的分布が一様でないことに加え,地表到達後の風や地表水による移動の結果,分布がさらに複雑になります。そのため,放射線量の経過時間別の地理分布は,一部の実測例を除いてほとんど把握できていません。したがって,被曝線量の推定は非常に困難です。空気中の放射性物質の吸入量や飲食物を介しての体内摂取量(内部被曝量)の推定もほとんど不可能だといっても過言ではありません。…」⒃ 広島大学大学院工学研究院特任教授の静間が平成29年3月に公表した「広島平和記念資料館所蔵の『黒い雨』壁面に含まれる原爆フォールアウト」には,次のような見解が示されている(認定事実5⒀)。 「 …我々の行った研究からは壁1(本館展示)および壁2(企画展示用)とも黒い雨の痕から核分裂生成物である137Csと広島原爆材料として使われ,核分裂を起こさず飛散した235Uが検出された。235Uは半減期7億年であるので,原爆のあとと現在で放射能はほとんど変わらないが,137Csは半減期30年であるので放射能は原爆のあとに比べて現在では1/5に減少している。原爆のすぐあとの『黒い雨の壁』には137Csだけでなく多くの178 短寿命の核分裂生成物が含まれていたといえる。」静間は,また,原爆資料館(平和記念資料館)に所蔵されている上記の黒い雨の痕跡の残る壁2つについて,高い濃度の137Csが検出されたとしている(認定事実5⒁)。 含まれていたといえる。」静間は,また,原爆資料館(平和記念資料館)に所蔵されている上記の黒い雨の痕跡の残る壁2つについて,高い濃度の137Csが検出されたとしている(認定事実5⒁)。 ⒄ 一件記録を精査しても,黒い雨降雨域の中の特定の具体的な地域について,放射性降下物が降下しなかったことを明らかにすることができる的確な証拠は存在しない(なお,放射性降下物が広く分布したことについては,後3年度残留放射能調査報告書をもって,黒い雨に放射性降下物が含まれてい。 2 控訴人らの主張について⑴ 控訴人らは,被爆者に対する援護施策について,被爆者が原爆の放射能の影響による特殊な健康被害すなわち「特別の犠牲」を受けた者であることに着目して,国民の租税負担の下,特に手厚い措置を施すものであるから,国民一般の理解が得られるだけの合理的な根拠を伴うもの,換言すれば,放射線の曝露態様が科学的合理性をもって「放射能の影響を受けるような事情」であるといい得るものでなければならないところ,広島原爆の投下後の黒い雨に遭った者が被爆者援護法1条3号の「原子爆弾が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」に該当するといえるためには,「広島原爆の投下後の黒い雨に遭った」という放射線の曝露態様が「原爆の放射能により晩発的な健康被害を招来すると考えられる程度に有意なものであったこと」について,具体的な科学的根拠に基づき高度の蓋然性をもって立証することが必要である(平成12年最高裁判決)が,その立証はできておらず,むしろ,黒い雨に放射性降下物が含まれていたとしても,その線量が健康影響を及ぼさないほど極めて低く,内部被曝による健康影響が外部被曝によるそれと比べて大きいわけで179 もないことからすると むしろ,黒い雨に放射性降下物が含まれていたとしても,その線量が健康影響を及ぼさないほど極めて低く,内部被曝による健康影響が外部被曝によるそれと比べて大きいわけで179 もないことからすると,「広島原爆の投下後の黒い雨に遭った」という放射線の曝露態様は「原爆の放射能により晩発的な健康被害を招来すると考えられる程度に有意なものではなかった」と認められるから,広島原爆の投下後の黒い雨に遭った者が被爆者援護法1条3号の「原子爆弾が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」に該当するということはできないと主張する。そして,その根拠として,次のような文献等の記載部分があると指摘し,また,上記のような主張は,平成29年最高裁判決においても正当として是認されているなどと主張する(なお,控訴人らは,当審において,科学的知見に係る書証を大量に提出した〔その中には,既提出のものと重複するものや外国語文献であるのにその訳文が付されていないものもある。〕が,被控訴人ら指摘のとおり,原審において提出する機会が十分あったことは明らかであり,極めて不適切な訴訟追行といわざるを得ない。もっとも,当審は,事案に鑑み,また,結論に影響を及ぼすものでないことに照らし,これらを時機に後れた攻撃防御方法として却下することまではしない。)。 ア 平成24年検討会報告書には,次の記載部分がある(認定事実5⑼イ,ウ)。 「 …黒い雨の降雨の如何によらず,放射線による健康影響が確認できないという結論は変わらない。原爆投下直後の降雨の有無と,放射性降下物の降下や原爆放射線による健康影響は直接に結びつくものではないことに留意すべきである。…」「 今回,広島市等が要望する地域において,現時点で,広島原爆由来の放射性降下物が の有無と,放射性降下物の降下や原爆放射線による健康影響は直接に結びつくものではないことに留意すべきである。…」「 今回,広島市等が要望する地域において,現時点で,広島原爆由来の放射性降下物が存在したとする明確な痕跡は見いだせず,従って,この放射性降下物による外部および内部被ばくについても明確な根拠が存在しないと考えられる。なお,当該地域においては,原爆からの直接の放射線及び誘導放射能による放射線は実質上,ゼロと見なしうる。従って,これらの180 地域において,内部被ばくを含め広島原爆由来の放射線により健康影響が生じたとする考え方は支持できない。…」イ 放影研の岡島らの「原爆線量再評価 広島および長崎における原子爆弾放射線の日米共同再評価 上」(平成元年11月25日発行。乙62)には,次の記載部分がある。 「 …放射性降下物は…爆心地より約3000mでのみ発生した…」(209頁)「 …放射性降下物の累積的被曝への寄与は…己斐-高須地区では…恐らく1ないし3Rの範囲である。…放射性降下物は,広島では総線量に有意な寄与をしないように思われる…」(218頁)「 …累積的放射性降下物被曝は…広島については0.6ないし2ラドになる。…」(228頁)ウ 国際医療福祉大学放射線医学センター長の佐々木康人らの意見書(平成19年7月10日付け。乙92)には,次の記載部分がある。 「 …広島…の原爆は,上空で爆発したものであり,未分裂の核物質や核分裂生成物の大半は,爆発による超高温により瞬時に蒸散して火球とともに上昇し,成層圏にまで達した後,上層の気流によって広範囲に広がったため,広島…市内に降り注いだ放射性降下物は極めて少なかったと考えられている。」(13頁)「 …放射性降下物が取り込まれた黒い雨が降った地域は,広島の己斐 た後,上層の気流によって広範囲に広がったため,広島…市内に降り注いだ放射性降下物は極めて少なかったと考えられている。」(13頁)「 …放射性降下物が取り込まれた黒い雨が降った地域は,広島の己斐・高須地区…に限られており,これら以外の地域においては極めて微量なものであったため,これが人体に付着したとしても,有意な被曝線源となることは考えられない。」(13頁)エ 原爆傷害調査委員会のエドワード・荒川の報告書「広島及び長崎被爆生存者に関する放射線量測定」(昭和35年9月。乙96)には,次の記載部分がある。 181 「 …原爆の一次放射線を除けば,広島及び長崎の被爆生存者が有意線量を受けたという証左は殆んどない。…1954年のビキニ核実験にマーシャル群島住民及び日本漁船“福龍丸”が受けた種類及び程度の降下物の局地的落下は,両市にはなかった。日本における放射性降下物が少量であったのは2つの因子による。即ち1つには日本に投下された爆弾はキロトン級のもので,そのエネルギーはビキニのメガトン級の約1/1000であった。2にはビキニにおける局地的に見られた降下物は主として大気に吸いこまれた土及び破壊物で,それが中性子によって放射能を持つようになった。その大きな粒は降下物の形をなして大地に再び落下した。しかし広島及び長崎の場合,空中で爆発したので火球は大地に接触しなかったので,上述のような事実は殆んど惹起しなかった。」(6,7頁)オ 放影研のホームページの「原爆被爆者の長期健康影響調査に関する『Q&A』」(平成18年11月13日印刷。乙97)には,次の記載部分がある。 「 …放射線物質の一部が煤(すす)と共に黒い雨となって広島…に降ってきましたが,残りのウラン…のほとんどは恐らく大気圏に広く拡散したと思われます。当時,風があったの には,次の記載部分がある。 「 …放射線物質の一部が煤(すす)と共に黒い雨となって広島…に降ってきましたが,残りのウラン…のほとんどは恐らく大気圏に広く拡散したと思われます。当時,風があったので,雨は爆心地ではなく,広島では北西部(己斐,高須地区)…に多く降りました。…広島におけるウランの測定については,放射能レベルが低いため,測定値の解釈は困難です。」(4,5枚目)カ 国際医療福祉大学クリニック教授の鈴木元らの「放射線の人体影響についての意見書」(平成22年11月30日付け。以下「鈴木ら意見書」という。乙103)には,次の記載部分がある。 「 …降下物による被曝により,有意な人体影響があったと結論できるようなデータあるいは有意な人体影響がおきるような被曝があったことを示唆する線量評価結果は,存在しません。」(37頁)182 キ 昭和51年度残留放射能調査報告書には,次の記載部分がある(認定事実4⑹ア)。 「 …1945年の原子爆弾による残留放射能によるものと結論することはできない。…」ク 昭和53年度残留放射能調査報告書には,次の記載部分がある(認定事実4⑹カ)。 「 …原爆からの核分裂生成物が残留しているとはいえない。」ケ 黒い雨専門家会議報告書には,次の記載部分がある(認定事実4⑻オ)。 「 …黒い雨降雨地域における残留放射能の現時点における残存と放射線によると思われる人体影響の存在を認めることはできなかった。…」コ 東京医療保健大学客員教授の酒井一夫らの意見書(令和2年12月24日付け。以下「酒井ら意見書」という。乙160)には,次の記載部分がある。 「 …現に広島原爆については,その大半が対流圏フォールアウトとして,地球全体に放射性降下物が到達し,局所に降下した放射性降下物は極めて少なかっ 書」という。乙160)には,次の記載部分がある。 「 …現に広島原爆については,その大半が対流圏フォールアウトとして,地球全体に放射性降下物が到達し,局所に降下した放射性降下物は極めて少なかったと報告されている。」(2頁)「 …科学的見地から国際的に認められた知見に基づき,被控訴人らの黒い雨に起因する被ばく線量を評価し,放射線による健康被害が生じる可能性につき検討した。 その結果被控訴人らの被ばく線量は,低線量の領域にとどまるものであり,このために健康被害が生じるとは考えられないとの結論に至った。 …」(37頁)⑵ア しかし,前記第3の1の柱書のとおり,被爆者援護法1条3号の「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」の意義は,「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができな183 い事情の下に置かれていた者」と解するのが相当であり,これに該当すると認められるためには,その者が特定の放射線の曝露態様の下にあったこと,そして当該曝露態様が「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができないものであったこと」を立証すれば足りると解される。これを本件に則していうと,「本件申請者らが,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったこと」(この点は,争点4で検討する。),そして,「広島原爆の投下後の黒い雨に遭った」という放射線の曝露態様が「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができないものであったこと」を立証することが必要になり,かつ,それで足りるのであって,「広島原爆の投下後の黒い雨に遭った」という放射線の曝露態様が「原爆の放射能により晩発的な健康被害を招来すると考えられる程度に有意なものであったこと」までを立証する必要はないというべきである。前記⑴の控訴人らの主張は,前提を 遭った」という放射線の曝露態様が「原爆の放射能により晩発的な健康被害を招来すると考えられる程度に有意なものであったこと」までを立証する必要はないというべきである。前記⑴の控訴人らの主張は,前提を誤るものであり,失当といわざるを得ない(控訴人らが,当審第1準備書面を提出するまで,被爆者援護法1条3号の「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」の意義について,「原爆の放射能により健康被害が生ずる可能性がある事情の下にあった者」であると認めていたにもかかわらず,上記準備書面において,「放射線の曝露態様が原爆の放射能により晩発的な健康被害を招来すると考えられる程度に有意な放射線曝露をした者」であるとして,その主張を改めたのは,「広島原爆の投下後の黒い雨に遭った」という放射線の曝露態様が「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができないものであったこと」については,否定することが困難であると判断したことによるもののように窺われる。)。 なお,控訴人ら引用の平成12年最高裁判決は,被爆者援護法1条3号と同義である原爆医療法2条3号の被爆者該当性に係るものではなく,被爆者援護法11条1項と同義である原爆医療法8条1項(認定事実4184 )のいわゆる放射線起因性に係るものであり,本件に適切でない。むしろ,平成12年最高裁判決が,「実体法が要証事実自体を因果関係の厳格な存在を必要としないものと定めていることがある。」と説示した上で,原爆特別措置法5条1項(認定事実4⑶ウ参照)が,健康管理手当の支給の要件として,被爆者のかかっている造血機能障害等が「原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。」と規定していることについて,「この規定は,放射線と造血機能障害等との間に因果関係があるこ 爆者のかかっている造血機能障害等が「原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。」と規定していることについて,「この規定は,放射線と造血機能障害等との間に因果関係があることを要件とするのではなく,右因果関係が明らかにないとはいえないことを要件として定めたものと解される。」と説示していることこそを,被爆者援護法1条3号の「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」の意義の解釈等に当たって参考にすべきである。 おって,控訴人ら引用の平成29年最高裁判決の中には,「原審は,…仮定的な本案の判断をし,原審口頭弁論終結時における科学的知見によれば,長崎原爆が投下された際爆心地から約5㎞までの範囲内の地域に存在しなかった者は,その際に一定の場所に存在したことにより直ちに原爆の放射線により健康被害を生ずる可能性がある事情の下にあったということはできない上,本件申請者らに長崎原爆の投下後,原爆の放射線による急性症状があったと推認することはできず,本件申請者らの被爆者援護法1条3号該当性に関する上告人らの主張には理由があるとは認められない旨の判断をしているところ,本件記録に現れた証拠関係等に照らせば,原審の上記判断は是認することができ」る旨の説示をする部分がある。しかし,上記部分が,法律審である最高裁判所が示すべき,いわゆる判例に該当するものでないことはもとより,飽くまで,「一定の場所(爆心地から7.5㎞以上12㎞以下の範囲内の地域)に存在したこと」をもって,直ちに原爆の放射線により健康被害を生ずる185 可能性がある事情の下にあったということはできないなどとした原判決の説示を是認したにとどまるものであり,「広島原爆の投下後の黒い雨に遭った」ことをもって,原爆の放射能により健康被害が生ずる可能性 可能性がある事情の下にあったということはできないなどとした原判決の説示を是認したにとどまるものであり,「広島原爆の投下後の黒い雨に遭った」ことをもって,原爆の放射能により健康被害が生ずる可能性がある事情の下にあったということができるかについては,何らの判断をしているものではない。控訴人らの主張が平成29年最高裁判決において正当として是認されているなどとするのは,失当である。 イまた,控訴人らが根拠として指摘する文献等の記載部分が,いずれも,黒い雨に放射性降下物が含まれていなかったと断ずるものではなく,むしろ,黒い雨に放射性降下物が含まれていたこと,又はその可能性があったことを前提に,線量的に少ないものであったことを指摘するものであることは,前記⑴イないしオ及びコの各文献等については前記⑴の各引用部分の記載内容自体から,また,前記⑴ア,カ及びケの各文献等については次のaないしcの各記載部分があることから,それぞれ理解することができる(なお,前記⑴キ,クの各文献の記載部分に関し。 a 平成24年検討会報告書(前記⑴アの報告書。乙60の12頁)「 原爆投下直後から行われてきた調査の結果,広島では己斐・高須地区に放射性降下物が降ったことが知られており…」b 鈴木ら意見書(前記⑴カの意見書。乙103の32,37頁)「 原爆炸裂後に黒い雨が降り,放射性降下物(フォールアウト)による被曝があったことは,疑いありません。…」「 放射性降下物が広く分布したことは事実だと思われます…」c 黒い雨専門家会議報告書(前記⑴ケの報告書。乙55の6頁)「 …広島原爆の放射性降下物の降下量とその降下範囲について検討を行った。その結果,原爆雲の乾燥大粒子の大部分は北西9~22㎞付近にわたって降下し,雨となって降下した場合には大部分が北西 の6頁)「 …広島原爆の放射性降下物の降下量とその降下範囲について検討を行った。その結果,原爆雲の乾燥大粒子の大部分は北西9~22㎞付近にわたって降下し,雨となって降下した場合には大部分が北西5~186 9㎞付近に落下した可能性が大きいことがわかった。…」そして,放射線による影響には確率的影響も存在していること(認定事実1⑷ア)を併せ考慮すると,控訴人らが根拠として指摘する文献等の記載部分が,原爆の放射能により晩発的な健康被害を招来すると考えられる程度に有意なものであったとまでは認め難いという趣旨をいうにとどまり,原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができるという趣旨までをいうものでないことは明らかであるから,上記記載部分は前記1の判断を左右するものではない(控訴人らは,「…大気中に拡散し浮遊する放射性微粒子が次第に地上へと降下し,これが降雨に伴い促進された。そのような降雨の中には,この放射性微粒子が含まれる場合もあったと考えられている。…直後に降った雨の中には放射性微粒子が含まれていた可能性もある…」〔控訴理由書64頁〕などと主張するものであり,黒い雨に放射性降下物が含まれていた可能性があること自体は認めている。また,控訴人らは,「…低線量被曝については,現在の科学的知見においては,100ミリシーベルトを下回るような放射線に被曝した場合には,それによって健康被害が発症し得るか否かも定かでなく,そもそも人体に何ら健康影響を与えないことも十分にあり得ると考えられている。」〔同121頁等〕,「内部被曝線量が極めて低線量であり,健康被害を生ずる可能性という観点から,その危険性を一般化できるものではないことが実証されている。」〔同115頁等〕などと主張するものであり,低線量の内部被曝について,健康被害が生ず 低線量であり,健康被害を生ずる可能性という観点から,その危険性を一般化できるものではないことが実証されている。」〔同115頁等〕などと主張するものであり,低線量の内部被曝について,健康被害が生ずる可能性がないとまで断じているものでもない。)。 なお,昭和51年度残留放射能調査報告書(前記⑴キの報告書。乙50)の10頁に「1945年の原子爆弾からの核分裂生成物とその後の核実験からの核分裂生成物とは全く区別できない。」と,また,同11頁に「核実験からの放射性降下物の混入や土壌中での放射能の流動のた187 め,爆発後31年を経過した今日,1945年の原子爆弾からの残留放射能を推定することは非常に難しい。」とされているとおり,たとえ広島原爆の投下当時,有意な残留放射能が存在したとしても,その後の核実験による放射性降下物が存在していることなどから,調査を実施する時点では,もはや有意な残留放射能を測定することができなくなっていることを科学的に推測した上で,被爆地域の拡大を阻止する根拠として用いたいとの厚生省の政策的な思惑の下で,上記報告書及び昭和53年度残留放射能調査報告書(前記⑴クの報告書)は作成されたもの(認定事実4g~i)であり,そのような思惑の現れにほかならない上記各報告書中の記載部分をもって,黒い雨に放射性降下物が含まれていたことを否定することは到底できない。むしろ,上記調査を実施した時点で,もはや有意な残留放射能を測定することができなくなっていた(放影研のホームページの「原爆被爆者の長期健康影響調査に関する『Q&A』(平成18年11月13日印刷。乙97の5枚目)にも「…1950年代60年代を中心に世界中で行われた…大気圏核実験により世界中に降った放射性降下物による微量の…放射能との区別は困難です。」との見解が示されて 年11月13日印刷。乙97の5枚目)にも「…1950年代60年代を中心に世界中で行われた…大気圏核実験により世界中に降った放射性降下物による微量の…放射能との区別は困難です。」との見解が示されている。)以上,「Cs…は土壌に固定しやすく,数回の雨で大きく沈着濃度を減少させることはありません。」と指摘する文献(乙116)等が存在していたとしても,広島においては,遅くとも昭和51年度以降,残留放射能の調査は,黒い雨に放射性降下物が含まれていたか否かやその程度を判断する有意な手段ではなくなっていたというべきである。 おって,鈴木元が,別件訴訟(平成29年最高裁判決の事件の第1審)において,「…実際の被曝の線量,非常に小さい。ほぼ実際の被曝影響というものは考えにくい被曝しか受けていないというふうに認識してます。ただ,それがそういう援護法で言ったときに,その人たちを本188 当に救済すべきかどうかというのはまた別の議論なんだと思ってます。」(乙106の198項),「…要するに,被爆者という言葉自身は科学的な定義ではございません。で,私たちは飽くまで被曝線量で物事を見ていきますんで,その立場が違うということです。」(同200項)と証言していること,また,酒井ら意見書の中に「いわゆる『黒い雨』に曝露したとする方々につき,どの様な援護措置をとるかにつき,議論のあることは承知しているが,これと『黒い雨』に由来する放射線により健康被害が生ずるかどうかとは,別の議論であると認識している。」(乙160の37頁)との見解があることからすると,鈴木ら意見書及び酒井ら意見書が,被爆者援護法1条3号該当性という法律問題とは別の問題を論じているものであることは明らかであり,これらをもって控訴人らの主張を裏付けるものとすることはできないというべきである 書及び酒井ら意見書が,被爆者援護法1条3号該当性という法律問題とは別の問題を論じているものであることは明らかであり,これらをもって控訴人らの主張を裏付けるものとすることはできないというべきである。 ⑶ 以上によれば,前記⑴の控訴人らの主張は採用することができない。 なお,控訴人らは,「広島原爆の投下後の黒い雨に遭った」というだけでは,黒い雨に含まれていた放射性降下物が土壌に沈着し,その土壌からの曝露を問題とする趣旨なのか,放射性降下物が付着した黒い雨への曝露を問題とする趣旨なのか,そもそも曝露態様自体の特定がされていないとして,「広島原爆の投下後の黒い雨に遭った」という放射線の曝露態様をいう被控訴人らの主張について,特定に欠けるものとして失当であるかのようにも主張する。しかし,被控訴人らが,本件申請者らについて,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったことにより,たとえ黒い雨に打たれていなくても,放射性微粒子を吸引したり,放射性微粒子が混入した井戸水を飲んだり,放射性微粒子が付着した野菜を摂取したりして,放射性微粒子を体内に取り込むことで,内部被曝による健康被害を受ける可能性があったと主張していることは明らかであるところ,内部被曝について,体内に放射性微粒子が摂取された189 経路を特定することや体内摂取量を推定することがほとんど不可能であることは,前記1⒂のとおりであるから,前記1柱書で認定した曝露態様をもって,特定としては足りているというべきである。控訴人らの上記の主張は採用することができない。 第5 争点4(本件申請者らは,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったか。)について下記1において,黒い雨降雨域の範囲について検討し,後記2において,本件申請者らが,個別具体的に,広島原爆の投下当日,どこに所在し,どのように黒い雨に遭っ の投下後の黒い雨に遭ったか。)について下記1において,黒い雨降雨域の範囲について検討し,後記2において,本件申請者らが,個別具体的に,広島原爆の投下当日,どこに所在し,どのように黒い雨に遭ったかを検討する。 1 黒い雨降雨域の範囲について黒い雨降雨域については,宇田雨域(認定事実3⑷),増田雨域(同4⑻ウ)及び大瀧雨域(同5⑺イ)で,その範囲が異なっており(原判決別図表4参照),また,宇田雨域とほぼ同程度であるなどとする黒い雨専門家会議報告書(同4⑻オ)が存在する。そこで,以下において,これらの信用性について検討する。 ⑴ 宇田雨域についてア 宇田雨域は,文部省が,昭和20年9月14日,学術研究会議に,原子爆弾災害調査研究特別委員会を設置し,学術分野ごとに9分科会を設け,翌年3月まで現地調査を実施するに当たり,広島の陸軍船舶司令部で将兵の気象教育に当たっていた神戸海洋気象台長であった宇田が,広島管区気象台の客員気象技師として,広島原爆による気象関係の一般被害状況の調査を行い,報告をするように命じられたことに基づき,宇田らが調査・報告を行ったものであるところ,宇田らが,広島原爆投下後間もない同年8月ないし12月に,広島市内外各所(西は佐伯郡石内村から伴村にかけて,北は可部町や広島の中心部から30㎞以上も山奥の山県郡安野村や殿賀村まで)で聞取書と実地踏査による資料を収集し,疑問の点は再査して190 確認するようにして正確を期したものである(認定事実3⑷ア,イ)から,信用性が高いということができる。 しかし,宇田らの調査は,限られた人数で,限られた期間に,広い範囲にわたって行われたものであり,資料が薄かったり,ばらついたりした地域も少なくなかったため,相応の資料が存在した地域に限って,宇田らの意見が一致した限度で ,限られた人数で,限られた期間に,広い範囲にわたって行われたものであり,資料が薄かったり,ばらついたりした地域も少なくなかったため,相応の資料が存在した地域に限って,宇田らの意見が一致した限度で,黒い雨降雨域としたものである(甲A32)から,実際の黒い雨降雨域は,宇田雨域よりも広範であったと推認するのが相当である。広島大学大学院工学研究院特任教授の静間らが平成8年5月頃公表した「広島原爆の早期調査での土壌サンプル中のセシウム137濃度と放射性降下物の累積線量評価」に,「全市にわたる降雨域を評価するにはサンプル数は十分ではないが,しかし,セシウム137の沈着は降雨域と密接に関連するはずである。図5(原判決別図表5-3のことである〔当裁判所注記〕。)に示すように,セシウム137が検出されたサンプル18,22,および25は増田の地図の降雨域に含まれているが,宇田の降雨域には含まれていない。サンプル11と21は,増田の地図の降雨域に含まれているが,宇田の降雨域の境界上にある。これらの結果は降雨域が宇田の地図より広かったことを示し,増田の地図を証明している。」との見解が示されている(認定事実5⑴)のは,その証左ということができる。 そうすると,宇田雨域については,広島原爆の投下後に黒い雨が降った蓋然性が高いということができるが,宇田雨域の範囲外であるからといって,広島原爆の投下後に黒い雨が降らなかったとするのは相当ではないというべきである。 イ 控訴人らの主張について控訴人らは,宇田雨域について,具体的に,いつ頃,どの地点で,どのような方法によって調査がされたのか等が明らかにされておらず,191 現時点でこれを検証することは著しく困難であり,正確性に疑義があるなどと主張する。 しかし,宇田らの調査は,上記アの期間,地域,方 法によって調査がされたのか等が明らかにされておらず,191 現時点でこれを検証することは著しく困難であり,正確性に疑義があるなどと主張する。 しかし,宇田らの調査は,上記アの期間,地域,方法で,甲69,70のとおり聞き取り等が行われたものであり,調査に至る経緯等に照らし,当時最善のものであったことは明らかである。控訴人らの上記の主張は採用することができない。 また,控訴人らは,静間らが平成8年5月頃公表した「広島原爆の早期調査での土壌サンプル中のセシウム137濃度と放射性降下物の累積線量評価」の中に,サンプル2,3,13,14及び16の各地点について,宇田雨域に含まれているにもかかわらず,セシウム137が検出限界より低かったとされている部分があること(認定事実5⑴)を指摘し,宇田雨域の正確性に疑義があるかのようにも主張する。 しかし,静間らが,上記の記載部分に関して,セシウム137は降雨域でさえも一様に沈着しないという事実を反映していると分析していること(認定事実5⑴),また,放影研が平成24年12月8日に公表した「『残留放射線』に関する放影研の見解」に,「…『残留放射線』の内,放射性微粒子の場合にはその地理的分布が一様でないことに加え,地表到達後の風や地表水による移動の結果,分布がさらに複雑になります。」との見解が示されていること(同⑽)を併せ考慮すると,上記の指摘をもって,宇田雨域の正確性に疑義があるということはできない。 控訴人らの上記の主張も採用することができない。 ⑵ 増田雨域についてア 増田雨域は,元気象研究所予報研究室長の増田が,平成元年2月頃,宇田の調査・報告の基礎資料,昭和48年アンケート調査の際の回答書のうち残された個人別回答123人分,同アンケートの回答を湯来町役場が部落ごとに集計した結果,増 報研究室長の増田が,平成元年2月頃,宇田の調査・報告の基礎資料,昭和48年アンケート調査の際の回答書のうち残された個人別回答123人分,同アンケートの回答を湯来町役場が部落ごとに集計した結果,増田自身による聞き取り調査79人分を含む11192 1人からの聞き取り調査結果,アンケート調査結果1188枚,手記集・記録集から358点の資料などを整理,分析したものであるところ,分析に当たっては,調査対象者の記憶の希薄化や健康診断特例区域の拡大運動の影響にも配慮し,信頼性が確保されたデータを入手すること,また,各資料を併用して総合的に判断することに努め,例えば,雨の降り方を3種類に分ける,聞き取り調査に参加した人にも更にアンケートを提出してもらうなどの工夫をし,集められたデータを信頼度の違いに配慮しながら検討したものである(認定事実)から,相応の信用性があるということができる。 そうすると,増田雨域については,広島原爆の投下後に黒い雨が降った蓋然性がある自身,実際の黒い雨降雨域について,増田雨域よりも広範であった可能性があることを示唆しているのであるから,増田雨域の範囲外であるからといって,広島原爆の投下後に黒い雨が降らなかったとするのは相当ではない。 イ 控訴人らの主張について控訴人らは,増田雨域について,約40年が経過した後に,健康診断特例区域の拡大運動に当たっていた黒い雨の会の協力の下で行われた聞き取り調査及びアンケート調査に基づくものであることから,正確性に疑義があると主張し,その証左として,宇田雨域と増田雨域との間に差異があると指摘する。 しかし,上記アのとおり,増田は,調査対象者の記憶の希薄化や健康診断特例区域の拡大運動の影響にも配慮し,信頼性が確保されたデータを入手すること,また,各資料を併用して総合的 異があると指摘する。 しかし,上記アのとおり,増田は,調査対象者の記憶の希薄化や健康診断特例区域の拡大運動の影響にも配慮し,信頼性が確保されたデータを入手すること,また,各資料を併用して総合的に判断することに努めたのであるから,より信頼性が確保されたデータを入手して,より精度の高い総合的な判断方法を執ること(宇田らの「気象関係の広島原子爆193 弾被害調査報告」が昭和28年5月5日に公表されて以降,国家的な取組みとして,更なる調査が行われなかったことは,誠に惜しまれるところである。)により,別の結論が導かれたというのであればともかく,そのような試みさえされていないのに,約40年が経過した後に,健康診断特例区域の拡大運動に当たっていた黒い雨の会の協力の下で行われた聞き取り調査及びアンケート調査に基づくものであるなどといった一般論をもって直ちに,増田雨域の正確性に疑義があるとするのは相当でない。むしろ,広島原爆の投下,そして大量の飛散降下物や黒い雨の発生という極めて特異な出来事が続いた昭和20年8月6日の記憶については,約40年を経過したとしても,鮮烈に脳裏に焼き付けられていると考えるのが自然かつ合理的であるし,また,黒い雨降雨域を被爆地域,特別被爆地域(残留放射能濃厚地区)又は健康診断特例区域に指定することを求める要望は,元々,控訴人らが黒い雨降雨域の住民の訴えに理由があるものと認めて強力に推進してきたもの(認定事実4⑷,⑸エ,⑹オ等参照)であり,聞き取り調査及びアンケート調査が健康診断特例区域の拡大運動に当たっていた黒い雨の会の協力の下で行われたからといって,殊更不正確な回答が多くなっているなどと見ることはできないというべきである。 また,前記⑴アのとおり,実際の黒い雨降雨域は,宇田雨域よりも広範であったと推認するの 協力の下で行われたからといって,殊更不正確な回答が多くなっているなどと見ることはできないというべきである。 また,前記⑴アのとおり,実際の黒い雨降雨域は,宇田雨域よりも広範であったと推認するのが相当であるから,宇田雨域と増田雨域との間に差異があることは,何ら増田雨域の正確性に疑義を生じさせるものではない。 そうすると,控訴人らの上記の主張は採用することができない。 また,控訴人らは,増田雨域について,増田自身が,「小雨域の範囲はわずか数個の資料で推定されているので,今後の調査によって変えられる可能性がある。」と自認していることをもっ194 て,正確性に疑義があると主張する。 しかし,増田は,調査を進めるほどに,より広い範囲で黒い雨が降ったとの証言が寄せられること(同ア)などを踏まえ,今後の調査によって変えられるとすれば,「それは,恐らく雨域が一層広がる方向に変えられるであろう。」と結論付けている(同)のであるから,増田の上記の自認は,実際の黒い雨降雨域が,増田雨域よりも広範であった可能性があることを示唆するものにすぎない。 また,より多くの資料を収集して,より精度の高い判断方法を執ることにより,別の結論が導かれたというのであればともかく,そのような試みさえされていないのに,資料が少ないなどといった一般論をもって直ちに増田雨域の正確性に疑義があるとするのが相当でないことは,上。 そうすると,控訴人らの上記の主張は採用することができない。 さらに,控訴人らは,静間らが平成8年5月頃公表した「広島原爆の早期調査での土壌サンプル中のセシウム137濃度と放射性降下物の累積線量評価」の中に,サンプル2,3,13,14及び16の各地点について,増田雨域に含まれているにもかかわらず,セシウム137が検出限界より低かった ンプル中のセシウム137濃度と放射性降下物の累積線量評価」の中に,サンプル2,3,13,14及び16の各地点について,増田雨域に含まれているにもかかわらず,セシウム137が検出限界より低かったとされている部分があること(認定事実5⑴)を指摘し,増田雨域の正確性に疑義があると主張するが,上記の指摘をもって増田雨域の正確性に疑義があるということができないことは,前記控訴人らの上記の主張も採用することができない。 ⑶ 大瀧雨域についてア 大瀧雨域は,広島大学原爆放射線医科学研究所教授の大瀧が,平成22年5月,広島市報告書の中で,控訴人広島市が実施した原爆体験者等健康意識調査のアンケートデータの集計,統計解析を行い(認定事実5⑸,⑺195 ア),黒い雨降雨域の推定を行ったものであるところ,①解析対象者を,黒い雨を体験したと回答した者のうち,その黒い雨を体験した場所(場所情報)を回答している者で,記憶の明確さを考慮して,調査時の年齢が71歳以上の者に限定し,また,解析精度を保持させるため,地区別回答者数が10人以上の場所のみを解析の対象(解析対象者は,降雨時間につき903人,時刻ごとの降雨の状況につき1413人,雨の強さにつき1378人)としたものであること(認定事実5⑺イ),②個人単位のデータの曖昧さの問題を織り込んだ統計処理をして,確率の概念を使って表示した解析結果であること(同6⑵ア)に照らすと,解析対象のデータが約1000人ないし約1500人分であり,滑らかさを前提に統計処理をしていることから,詳細な降雨状況の再現まではできていない(同)としても,黒い雨降雨域に係る大瀧の推定については,なお相応の信用性があるというべきである。 そうすると,大瀧雨域については,広島原爆の投下後に黒い雨が降った蓋然性があるというべきで いない(同)としても,黒い雨降雨域に係る大瀧の推定については,なお相応の信用性があるというべきである。 そうすると,大瀧雨域については,広島原爆の投下後に黒い雨が降った蓋然性があるというべきであるが,上記のとおり留保されているのであるから,大瀧雨域の範囲外であるからといって,広島原爆の投下後に黒い雨が降らなかったとするのは相当ではない。 イ 控訴人らの主張について控訴人らは,大瀧雨域について,平成24年検討会報告書が,同じ地域において黒い雨の体験率が50%を超える地域は未指定地域(被爆地域又は第一種健康診断特例区域に指定されていない地域〔当裁判所注記〕)においては一部に限られること,特に爆心地から20㎞以遠においてデータが少ないこと,60年以上前の記憶によっており,正確性を十分に明らかにできなかったことから,黒い雨降雨域を決定することは困難であると判断したこと(認定事実5⑼イ)を引用するなどして,正確性に疑義があると主張する。 196 しかし,上記アのとおり,大瀧は,回答者の記憶の明確さを考慮して,調査時の年齢が71歳以上の者に限定し,また,解析精度を保持させるため,地区別回答者数が10人以上の場所のみを解析の対象とし,さらに,個人単位のデータの曖昧さの問題を織り込んだ統計処理をして,確率の概念を使って解析したのであるから,より多くのより正確な記憶に基づくデータの収集をして,より精度の高い解析方法を執ることにより,別の結論が導かれたというのであればともかく,そのような試みさえされていないのに,爆心地から20㎞以遠においてデータが少ない,60年以上前の記憶によっており,正確性を十分に明らかにできなかったなどといった一般論をもって直ちに,大瀧雨域の正確性に疑義があるとするのは相当ではない。むしろ,広島原爆の投下,そし ータが少ない,60年以上前の記憶によっており,正確性を十分に明らかにできなかったなどといった一般論をもって直ちに,大瀧雨域の正確性に疑義があるとするのは相当ではない。むしろ,広島原爆の投下,そして大量の飛散降下物や黒い雨の発生という極めて特異な出来事が続いた昭和20年8月6日の記憶については,60年以上前のものであったとしても,鮮烈に脳裏に焼き付けられていると考えるのが自然かつ合理的であるこ また,確かに,大瀧雨域について,同じ地域において黒い雨の体験率が50%を超える地域は未指定地域においては一部に限られる(原判決別図表3-2参照)けれども,前記アのとおり,解析対象者が全員黒い雨を体験したと回答した者であり,時刻を特定しなければ,全地域の黒い雨の体験率が100%になってしまうことから,現実に存在する限られたデータに基づき,黒い雨の降雨域の地理分布の時間的な変化を求めるために,時刻を特定したときの体験率を求めたところ,そのような結果になったというだけであり,時刻ごとの黒い雨の体験率が50%を超える地域が未指定地域において一部に限られていることを殊更重視して,大瀧雨域の正確性に疑義があるとするのも相当ではない。 そうすると,控訴人らの上記の主張は採用することができない。 197 また,控訴人らは,大瀧雨域について,黒い雨体験者のみを解析対象者とし,非体験者を解析対象者としていない点で,黒い雨降雨域を推測する方法として適当でないと指摘し,正確性に疑義があると主張するところ,確かに,大瀧自身,統計解析の理念からすると,黒い雨の非体験者も含めた無作為抽出による回答に基づく体験率を用いるべきであり,更に被爆当日における回答者の時刻ごとの所在地情報も必要であると認めている(認定事実5⑺イ)。 しかし,現実にはそのような回答が 者も含めた無作為抽出による回答に基づく体験率を用いるべきであり,更に被爆当日における回答者の時刻ごとの所在地情報も必要であると認めている(認定事実5⑺イ)。 しかし,現実にはそのような回答が存在しなかったことから,大瀧は,やむを得ず,「どこかの時点で黒い雨を体験した」という人から得られた回答に基づき,条件付きの解析をした(同)だけであって,改めて,黒い雨体験者と非体験者の両方を解析対象者とし,更に被爆当日の時刻ごとの所在地情報を含めたデータを収集するなどして,より精度の高い解析方法を執ることにより,別の結論が導かれたというのであればともかく,そのような試みさえされていないのに,黒い雨体験者のみを解析対象者とし,非体験者を解析対象者としていないなどといった一般論をもって直ちに,大瀧雨域の正確性に疑義があるとするのは相当ではない。 そうすると,控訴人らの上記の主張も採用することができない。 なお,控訴人らは,被控訴人らが依って立つB意見が,黒い雨は,毎時約10ないし11㎞の速度で北北西に移動する半径約18㎞の水平原子雲によって,広島原爆の投下後1ないし2時間後に盛んに降ったものであるから,黒い雨降雨域は,爆心地北北西10㎞ほどの地点を中心とする半径約18㎞の円の範囲内になると理解することができるところ,これは大瀧雨域と一致するとしていること(認定事実6⑴ア,イ)について,一般的な機序を述べたものにすぎず,具体的なシミュレーションや計算ソフトを用いて雲の広がりを計算したものではなく,原子雲198 と元々あった雲との識別方法も判然としないことから,科学的根拠が薄弱であり,単なる仮説にとどまると主張する。 しかし,一般的な機序として不合理な点があることを何ら具体的に指摘することなく,また,改めて,具体的なシミュレーションや としないことから,科学的根拠が薄弱であり,単なる仮説にとどまると主張する。 しかし,一般的な機序として不合理な点があることを何ら具体的に指摘することなく,また,改めて,具体的なシミュレーションや計算ソフトを用いて雲の広がりを計算することで,別の結論が導かれたというのであればともかく,そういうわけでもない(なお,黒い雨専門家会議報告書においては,気象シミュレーションが実施されているが,その方法や検討内容において具体的な疑問があることは,下記⑷のとおりである。)のに,科学的根拠が薄弱であり,単なる仮説にとどまるなどと軽々に断ずるのは相当ではない。なお,控訴人らは,B意見について,誤りがあったとしてもそれを正す機会すらなかったとも主張するが,原審にBの意見書(甲A76)が提出されたのは平成29年12月11日,原審が口頭弁論を終結したのは令和2年1月20日であり,原審において,控訴人らに上記機会が十分あったことは明らかである(なお,厚生労働省健康局長が先般設置した「第一種健康診断特例区域等の検証に関する検討会」においては,2010年代にヨーロッパ中期予報センター(ECMWF)により過去100年間の地球全体の気象データが整備されるまでは,昭和20年当時の上記データが整備されていなかったことから,シミュレーションを実現することができなかったと説明されている。)。 そうすると,控訴人らの上記の主張は採用することができない。 かえって,控訴人らが,平成29年12月11日以降,上記のB意見について的確な反証をしていないところ,一件記録を精査しても,上記のB意見を排斥するに足りる的確な証拠が存在しないことに照らすと,上記のB意見は,一般的な機序として不合理な点のないものであり,少なくとも,検討の対象とすべき,相応の科学的根拠に基づく有力な仮説 のB意見を排斥するに足りる的確な証拠が存在しないことに照らすと,上記のB意見は,一般的な機序として不合理な点のないものであり,少なくとも,検討の対象とすべき,相応の科学的根拠に基づく有力な仮説199 の一つと認めるのが相当である。 ⑷ 黒い雨専門家会議報告書について黒い雨専門家会議報告書は,控訴人らが設置した医学,物理学及び気象学の研究者ら10人で構成される黒い雨専門家会議が,平成3年5月13日,気象シミュレーション計算法を用いて黒い雨降雨域の推定をするなどしたものであるところ,「これまでの降雨地域(いわゆる宇田雨域)の範囲とほぼ同程度(大雨地域)であるが,火災雲の一部が東方向にはみ出して降雨降下しているとの計算結果となった。また,原爆雲の乾燥落下は北西の方向に従来の降雨地域を越えていることが推定される」としている(認定事実4⑻イ,オ)。 しかし,放影研の岡島らが平成元年11月25日に公表した「原爆線量再評価 広島および長崎における原子爆弾放射線の日米共同再評価上」に「…被爆者は…爆発後約半時間での“黒い雨”を報告した。これは爆発からのすすや埃を運ぶ雨であり,かつ恐らく放射性でもあった。 かかる現象は,かわききったネバダ砂漠で実施された多くの核実験では観察されなかった。日本の放射性降下物に含まれた水分は,湿度の高い大気と水分を多く含む土壌から,又は雲の中に吸い上げられた地表水分からもたらされたものであろう。」とされている(認定事実4⑻エ)とおり,広島原爆とネバダ砂漠で実施された核実験とでは,湿度の点で,気象条件に大きな差異があるから,広島原爆の気象シミュレーションを行うに当たっては,上記差異を適切に考慮する必要があると考えられるのに,黒い雨専門家医会議報告書の気象シミュレーションにおいては,「ネバダ核実験値」が用い あるから,広島原爆の気象シミュレーションを行うに当たっては,上記差異を適切に考慮する必要があると考えられるのに,黒い雨専門家医会議報告書の気象シミュレーションにおいては,「ネバダ核実験値」が用いられ(乙55の6頁),砂漠地帯で原爆が爆発した場合の気象シミュレーションで用いられる「ストークスの式」が用いられており(同111頁。この点は,甲A76,95,122,証人Bも指摘する。),上記差異が適切に考慮されていない疑いがあると200 いうべきである(この点は,原判決も,296,297頁において指摘するところであるが,控訴人らは,当審において,特段反論等をしていない。)。 また,のとおり,黒い雨は,毎時約10ないし11㎞の速度で北北西に移動する半径約18㎞の水平原子雲によって,広島原爆投下後1ないし2時間後に盛んに降ったものであるから,黒い雨降雨域は,爆心地北北西10㎞ほどの地点を中心とする半径約18㎞の円の範囲内になると理解することができるとするB意見については,少なくとも,検討の対象とすべき,相応の科学的根拠に基づく有力な仮説の一つと認めるのが相当であるのに,黒い雨専門家会議報告書の気象シミュレーションにおいては,水平原子雲について何らの検討がされていないし,検討対象から除外することについての説明もない。 そうすると,黒い雨専門家会議報告書の指摘する黒い雨降雨域の範囲については,気象シミュレーションの方法や検討内容において具体的な疑問が残るものといわざるを得ず,したがって,黒い雨降雨域が宇田雨域とほぼ同程度であるとする黒い雨専門家会議報告書は,にわかに信用することができない。 ⑸ まとめ以上⑴ないし⑷で検討したところによると,黒い雨降雨域としては,宇田雨域(宇田強雨域及び宇田小雨域の双方),増田雨域及び大瀧雨域のい 家会議報告書は,にわかに信用することができない。 ⑸ まとめ以上⑴ないし⑷で検討したところによると,黒い雨降雨域としては,宇田雨域(宇田強雨域及び宇田小雨域の双方),増田雨域及び大瀧雨域のいずれもが含まれるというべきである。 2 本件申請者らが,個別具体的に,広島原爆の投下当日,どこに所在し,どのように黒い雨に遭ったか。 次のとおり補正するほかは,原判決「事実及び理由」第3章第5の柱書及び同1ないし14のとおりであるから,これを引用する。 ⑴ 原判決「事実及び理由」第3章第5の柱書及び同1ないし14について,201 全ての「原告」を「本件申請者」に,全ての「原告番号」を「申請者番号」に,それぞれ改める。 ⑵ 原判決「事実及び理由」第3章第5の1についてア 原判決315頁11行目の「以上によれば,」の次に「広島原爆の投下後に」を,同12行目の「同地域が」の次に「概ね」を,同15行目の「証拠(」の次に「甲A90」をそれぞれ加え,同21行目の「自宅に」から23行目末尾までを「自宅の土間に立っていたら,黄色の光が差し込み,爆風が入ってきて倒れそうになった。しばらくしたら空がゴロゴロ鳴り,異様な暗さになり,30分くらいして叩きつけるような大粒の夕立になった。本件申請者は,家の前にある水田の草取りに手伝いに来てもらった2人に,雨具を持って行ってあげた。本件申請者は,笠だけかぶって行ったところ,大雨であったことから,全身ずぶ濡れになった。雨がやんだ後,ひらひらと本の燃えたものなどがたくさん飛んできたので,本件申請者は,それを拾ったところ,母から,手が腐ると言われた。」に改める。 イ 原判決317頁8行目末尾に「しばらく雨宿りをしていたら小雨になったので,本件申請者は,友人と共に家まで歩いて帰った。」を加える。 ウ 原判決31 ろ,母から,手が腐ると言われた。」に改める。 イ 原判決317頁8行目末尾に「しばらく雨宿りをしていたら小雨になったので,本件申請者は,友人と共に家まで歩いて帰った。」を加える。 ウ 原判決318頁14行目末尾に「家に帰って見ると,本件申請者の白いシャツが黒く汚れていた。」を加える。 エ 原判決319頁4行目の「雨が降り出し,」を「大雨が降り出し,びしょ濡れになった。」に,同22行目の「雨が降り出したので,一旦帰宅した。」を「雨がひどく降り出した。雨と一緒に,新聞紙などの色々な紙切れがちぎれたり焦げたりして降ってきた。本件申請者は,ひどく濡れたので,同級生と共に一度自宅に帰って着替えた。自宅に帰るまでの30分ほど雨は降り続いた。」に,それぞれ改める。 オ 原判決「事実及び理由」第3章第5の1の⑵ないし⑻について,いずれ 202 「 以上のとおり,本件申請者は,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったと認められる。」カ 原判決「事実及び理由」第3章第5の1の⑵及び⑸の各ウの部分を削る。 ⑶ 原判決「事実及び理由」第3章第5の2についてア原判決320頁21行目の「広島通信局」を「広島逓信局」に改め,同26行目の「増田雨域」の次に「及び大瀧雨域」を加える。 原判決321頁1行目の「水内村」の次に「(宇佐・久日市を除く)」を,同11行目の「以上によれば,」の次に「広島原爆の投下後に」を,同12行目の「同地域」の次に「の一部」を,それぞれ加え,同20行目の「両親」(2か所)をいずれも「祖母及び母」に,同24行目の「雨が降ってきた。」を「水内村大字和田の水内大橋付近で,突然水内川の山の後ろが雷のように光り,大きな音が響き,やがて上空より焼けた紙切れや様々な物が降ってきた。しばらくすると,急に空が雲で暗くなり,黒い油が混ざった を「水内村大字和田の水内大橋付近で,突然水内川の山の後ろが雷のように光り,大きな音が響き,やがて上空より焼けた紙切れや様々な物が降ってきた。しばらくすると,急に空が雲で暗くなり,黒い油が混ざったような雨が激しく降ってきた。本件申請者の母は,雨具を持っていなかったので,濡れながら大急ぎで本件申請者を背負って家に帰り,急いで本件申請者の身体を洗い,白い服を洗ったが,なかなか綺麗にならなかった。」に,それぞれ改める。 原判決322頁12行目の「雨が降ってきた。」を「水内村大字和田字向吉の長登路橋付近で雨が降ってきて,母は本件申請者を背負ったまま濡れながら急いで家に帰った。」に改める。 原判決323頁14行目の「自宅の庭の前」から同15行目末尾までを「湯ノ山明神社の参道の掃除のために自宅の家の前の庭にいた母に背負われていたところ,黒い雨が降ってきて母も本件申請者も濡れた。慌てて家の中に入り,濡れた箇所をタオルで拭いたところ,タオルが薄黒く汚れた。」に改める。 203 原判決325頁5行目の「証拠(」の次に「甲A90,」を加え,同11行目の「その後,弟と自宅前の道路で遊んでいると,雨が降ってきた。」を「ピカーッと光り,ちょっと間があって,ドーンと地鳴りがするほどの大きな音がして,みんなびっくりした。川の向こうの高い山の付近から,ねずみ色の雲がもくもく上がって来て空が暗くなった。そのうち,塵や灰みたいな黒い物,新聞紙や雑誌の焼けたものなどが飛んできた。本件申請者と弟が面白半分で取っていたら,おじが『広島で何かあったんじゃないか。新聞や雑誌を手で触るな。毒かもしれん。』と言った。そのうちに空が真っ暗になり,雨が降ってきた。本件申請者と弟は,外で遊んでいて雨に濡れたため,『家の中に入ろうや。』と言って中へ入った。本件申請者と弟の 雑誌を手で触るな。毒かもしれん。』と言った。そのうちに空が真っ暗になり,雨が降ってきた。本件申請者と弟は,外で遊んでいて雨に濡れたため,『家の中に入ろうや。』と言って中へ入った。本件申請者と弟のシャツを見ると黒くなっていた。」に改める。 原判決326頁2行目末尾に「本件申請者は,まだ他の子どもと遊んでいたが,着ている服などが黒くなるので,みんな家の中に駆け込んだ。」を加え,同18行目から同19行目にかけての「濡れながら帰宅した。」を「余りに暑かったので大きな口を開けて雨を受けて帰った。 家に帰るとシャツが黒く汚れていたので,本件申請者は,雨が汚れていたことに気付いた。」に改める。 原判決328頁14行目から同15行目にかけての「そのうちに」の次に「ザーッと夕立のように」を加える。 イ 原判決「事実及び理由」第3章第5の2の⑵ないし⒀について,いずれ 「 以上のとおり,本件申請者は,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったと認められる。」ウ 原判決「事実及び理由」第3章第5の2の⑺のウの部分を削る。 ⑷ 原判決「事実及び理由」第3章第5の3について204 ア原判決329頁4行目の「調査においても」を「調査においては」に,同6行目の「含まれている」を「含まれ,上水内村の本件申請者らが所在した場所は,いずれも大瀧雨域に含まれる」に,同16行目の「欠ける」を「乏しい部分がある」に,同23行目の「記述」を「記載」に,同25行目の「ことと矛盾する内容とはいえない」を「と推認するのが自然というべきである」に,それぞれ改める。 原判決330頁7行目の「以上によれば,」の次に「広島原爆の投下後に」を加える。 原判決331頁9頁末尾に「自宅に帰ってみると,着ていた白の夏服が黒く汚れていた。」を,同17行目の「証拠(」の次に「甲 330頁7行目の「以上によれば,」の次に「広島原爆の投下後に」を加える。 原判決331頁9頁末尾に「自宅に帰ってみると,着ていた白の夏服が黒く汚れていた。」を,同17行目の「証拠(」の次に「甲A90,」を,それぞれ加え,同23行目から同24行目にかけての「しばらくしてから,雨が降り出した。」を「突然ぴかっと光り,辺りが暗くなり,大雨が降り出した。本件申請者は,ムシロをかぶり雨のやむのを待った。雨がやんだのでムシロをとると,一緒に遊んでいた兄弟らは,みんなびしょ濡れで,頭の水を両手でぬぐうと顔に黒い線が付き,『おかめだ!』と互いの顔を見て笑い転げた。しばらくしたら,焼けた新聞や紙がひらひらと落ちてきた。」に改める。 イ 原判決「事実及び理由」第3章第5の3の⑵ないし⑷について,いずれ 「 以上のとおり,本件申請者は,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったと認められる。」⑸ 原判決「事実及び理由」第3章第5の4についてア原判決332頁17行目の「調査においても」を「調査においては」に改める。 原判決333頁6行目の「記述」を「記載」に,同7行目の「ことと矛盾する内容とはいえない」を「と推認するのが相当というべきであ205 る」に,それぞれ改め,同8行目の「以上によれば,」の次に「広島原爆の投下後に」を,同9行目の「同地域」の次に「の一部」を,同12行目の「証拠(」の次に「甲A90,」を,それぞれ加え,同20行目の「濡れながら家に帰った。」を「母と妹が傘を持ってきてくれたが,よく降るので,びしょびしょに濡れながら家に歩いて帰った。」に改める。 原判決334頁9行目の「雨が降り出し」から同10行目末尾までを「雨がザーザーと降り,全身がびしょ濡れになり急いで薪を拾って家に帰った。雨に濡れた服は黒ずんでいた。」に改め った。」に改める。 原判決334頁9行目の「雨が降り出し」から同10行目末尾までを「雨がザーザーと降り,全身がびしょ濡れになり急いで薪を拾って家に帰った。雨に濡れた服は黒ずんでいた。」に改め,18行目の「証拠(」の次に「甲A90,」を,同26行目末尾に「着ていたお気に入りのワンピース(当時は簡単服と言っていた。)が黒く汚れ,洗ってもらったが汚れは落ちず,それっきり着られなくなった。」を,それぞれ加える。 原判決335頁8行目の「証拠(」の次に「甲A90,」を加え,同15行目から同16行目にかけての「濡れながら帰宅した。」を「ずぶ濡れになって急いで家に帰ったが,姉が『あんたどうしたんね。』と叱ったので,汚れた服を川に洗いに行った。」に改め,同24行目の「証拠(」の次に「甲A90,」を加える。 原判決336頁6行目の「雨が降って濡れた。」を「黒い雨の夕立に遭ってびしょ濡れになった。」に改め,同25行目末尾に「服が黒く汚れていたので,近くの小川で下洗いした。」を加える。 原判決337頁16行目末尾に「家に入った本件申請者の服を見て,母が『あんた,どこで墨をつけてきたんかい。』と言った。雨が強く大粒になっていたので,本件申請者は,母が小学校へ兄たちを迎えに行くのについて行った。雨がひどかったのと傘が破れていたために,本件申請者,母及び兄たちは,びしょびしょに濡れた。」を加える。 206 イ 原判決「事実及び理由」第3章第5の4の⑵ないし⑻について,いずれ 「 以上のとおり,本件申請者は,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったと認められる。」ウ 原判決「事実及び理由」第3章第5の4の⑹のウの部分を削る。 ⑹ 原判決「事実及び理由」第3章第5の5についてア 原判決338頁8行目の「殿賀村」から同行末尾までを「殿賀村の本 められる。」ウ 原判決「事実及び理由」第3章第5の4の⑹のウの部分を削る。 ⑹ 原判決「事実及び理由」第3章第5の5についてア 原判決338頁8行目の「殿賀村」から同行末尾までを「殿賀村の本件申請者らが所在した場所は,いずれも増田雨域及び大瀧雨域に含まれる。」に改め,同17行目の「以上によれば,」の次に「広島原爆の投下後に」を,同18行目の「同地域」の次に「の一部」を,それぞれ加え,同24行目の「加計町」を「殿賀村」に改める。 イ 原判決339頁16行目の「雨が降り出し,濡れながら草取りを続けた。」を「夕立のようにザーッと雨が降ってきた。草取りをやめて帰ろうとしたところ,先生に『このぐらいの雨で止めてはいけない。』と怒られ,本件申請者は,雨が降る中,草取りを続けた。みんな顔が真っ黒になっていったので,狸みたいと笑い合った。」に改める。 ウ 原判決340頁6行目の「濡れながら草取りを続けた。」を「みんなが草取りを止めて田から上がろうとしたが,先生に『これくらいの雨で止めたらいけません。』と言われ,濡れながら草取りを続けた。本件申請者は,帰宅後,服にねずみ色のようなシミがたくさん付いているのに気付いた。本件申請者は,昼ご飯を食べて学校に戻り,夕方まで勤労奉仕を続けた。雨はその間降ったりやんだりだった。」に改める。 エ 原判決「事実及び理由」第3章第5の5の⑵ないし⑷について,いずれ 「 以上のとおり,本件申請者は,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったと認められる。」207 ⑺ 原判決「事実及び理由」第3章第5の6についてア 原判決「事実及び理由」第3章第5の6の⑴について原判決340頁17行目の「安野村船場地区」を「安野村大字穴(船場地区)」に,同18行目の「安野村澄合地区」を「安野村大字穴澄合」に,同行目の「 原判決「事実及び理由」第3章第5の6の⑴について原判決340頁17行目の「安野村船場地区」を「安野村大字穴(船場地区)」に,同18行目の「安野村澄合地区」を「安野村大字穴澄合」に,同行目の「安野村坪野地区」を「安野村大字坪野(坪野地区)」に,それぞれ改める。 原判決341頁1行目の「以上によれば,」の次に「広島原爆の投下後に」を加える。 イ 原判決「事実及び理由」第3章第5の6の⑵について原判決341頁9行目の「安野村船場」を「安野村大字穴船場」に改める。 b 原判決342頁3行目の「安野村船場」を「安野村大字穴船場」に,同7行目の「雨が降ってきたことから,家に帰った。」を「雨が降ってきた。ザーザー降りだったので,本件申請者は,すぐに河原を出て,家に帰る途中にあった角田の家の軒先で雨宿りをしていた。ちょうど姉が通り掛かったので,本件申請者は,一緒に濡れながら家に帰った。着ていた服が黒くなっていた。」に,同18行目の「安野村船場」を「安野村大字穴船場」に,それぞれ改め,同21行目の「「むしお」」の次に「(低木の一種で皮を剥いで叩いてから服などを作る材料となるもの)」を,同23行目末尾に「家に着いた頃にはびしょ濡れになっていた。服の白い襟に黒い斑点が付いていた。」を,それぞれ加える。 c 原判決343頁8行目の「安野村船場」を「安野村大字穴船場」に改め,同13行目末尾に「着ていた白いシャツは油が付いて黒くなったようになり,本件申請者は,母から,洗濯しても色が落ちないと言われた。」を加える。 208 d 原判決344頁4行目末尾に「雨に当たり,肌や服が黒っぽくなった。」を加える。 e 原判決346頁4行目末尾に「本件申請者は,その後,焼け焦げた紙切れが空から降ってくるのを見付け,近くの山まで拾いに行ったが, 4行目末尾に「雨に当たり,肌や服が黒っぽくなった。」を加える。 e 原判決346頁4行目末尾に「本件申請者は,その後,焼け焦げた紙切れが空から降ってくるのを見付け,近くの山まで拾いに行ったが,その時も雨が降っていた。自宅に帰ると,服に黒い染みのようなものが付いていたので,本件申請者は母に怒られた。」を加え,同15行目の「安野村船場」を「安野村大字穴船場」に改め,同18行目末尾に「白い半袖シャツに黒い斑点が付いた。」を加える。 原判決「事実及び理由」第3章第5の6の⑵のアないしケについて,いずれも,のcの部分を削り,の部分を次のとおり改める。 「 以上のとおり,本件申請者は,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったと認められる。」ウ 原判決「事実及び理由」第3章第5の6の⑶について原判決347頁9行目末尾に「その日はとても暑かったので,本件申請者は,家に着くと服を脱ぎ,外に飛び出して雨を浴びた。雨水は黒ずんでいた。芋畑から帰ってくるときに着ていた衣服を洗濯しても,衣服に付いた黒いしみはなかなか落ちなかった。」を,同21行目の「大字穴」の次に「字芦杉」を,同25行目末尾に「自宅に帰ったときは,白いブラウスが黒く汚れていた。」を,それぞれ加える。 b 原判決348頁8行目の「乙B1」の次に「,本件申請者本人」を,同11行目の「大字穴」の次に「字澄合」を,それぞれ加え,同14行目の「その後」から同15行目末尾までを「その後帰宅して昼寝をした。目を覚ました後,父が,今大雨が降っていたんよと話すのを聞いた。」に改める。 c 原判決349頁16行目の「証拠(」の次に「甲A90,」を,同19行目の「大字穴」の次に「字早木」を,同22行目末尾に「本件209 申請者の顔は真っ黒くなり,身に着けた着物は黒く染まり,後で洗濯しても黒い 16行目の「証拠(」の次に「甲A90,」を,同19行目の「大字穴」の次に「字早木」を,同22行目末尾に「本件209 申請者の顔は真っ黒くなり,身に着けた着物は黒く染まり,後で洗濯しても黒い跡は落ちなかった。」を,それぞれ加える。 d 原判決350頁7行目の「大字穴」の次に「字本郷」を,同11行目末尾に「雨は次第に強く降りだしたが,それでも,本件申請者は,濡れるのに任せて,しばらく山の上を見ていた。飛んでくる物もなくなったので,本件申請者は,びしょ濡れになって家に帰った。」を,同22行目の「大字穴」の次に「字修道」を,同26行目末尾に「上に着ていた肌着に黒い筋のようなものが付いていた。」を,それぞれ加える。 原判決「事実及び理由」第3章第5の6の⑶のアないしキについ 「 以上のとおり,本件申請者は,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったと認められる。」エ 原判決「事実及び理由」第3章第5の6の⑷についてa 原判決351頁7行目の「水内大字下」を「水内村大字下」に改め,同13行目の「水内村大字下」の次に「宇佐」を加える。 b 原判決352頁5行目の「水内村大字下」の次に「宇佐」を,同26行目末尾に「いわゆるザーザー降りだった。」を,それぞれ加える。 c 原判決353頁13行目の「水内村宇佐下」を「水内村大字下宇佐」に改め,同18行目の「雨が降り出したことから,」の次に「近くの木の下で雨宿りをしたが,やみそうになかったため,泳いで川を渡って,元居た岸に戻った。戻って見ると本件申請者のシャツは油を含んだ感じになっており,色も墨汁を垂らしたような灰色になっていた。急いで服を着て,雨に」を加え,同25行目の「A」を「A´」に改め,同26行目の「証拠(」の次に「甲A90,」を加える。 210 d 原判決354頁3行目から 垂らしたような灰色になっていた。急いで服を着て,雨に」を加え,同25行目の「A」を「A´」に改め,同26行目の「証拠(」の次に「甲A90,」を加える。 210 d 原判決354頁3行目から同4行目にかけての「水内村大字下」の次に「久日市」を加え,同7行目の「しばらくしてから雨が降り出した。」を「午前9時頃,雨が降ってきた。紙,障子の桟,新聞,畳の焼け残り,銀行の木の看板の焼け端などが飛んできた。本件申請者は,落下した紙片を拾い集めて村会議員宅に持って行く際,雨に打たれた。本件申請者は,母から,『油のようなものが服に付いとる,どうしたん,こんなに汚して。』と言われた。」に,同20行目の「水内村宇佐下」を「水内村大字下宇佐」に,それぞれ改め,同23行目末尾に「本件申請者は,中学生くらいの頃,母から,『あんたも黒い雨を浴びたんよ。』との話を聞かされた。」を加える。 e 原判決355頁9行目の「安野村坪野」を「安野村大字坪野澄合」に改め,同14行目末尾に「白い服に点々と黒い跡が付いた。」を加える。 原判決「事実及び理由」第3章第5の6の⑷のアないしキについ 「 以上のとおり,本件申請者は,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったと認められる。」 る。 オ 原判決「事実及び理由」第3章第5の6の⑸について原判決356頁2行目から同3行目にかけての「安野村大字坪野」の次に「(坪野地区)」を,同5行目の「雨が降り出し,」の次に「引率の先生の指示で雨に濡れながら吊り橋を渡って林に入り,」を,同19行目の「安野村大字坪野」の次に「(坪野地区)」を,それぞれ加え,同22行目から同23行目にかけての「雨が降り出したことから,濡れながら帰宅した。」を「ぽつぽつと泥みたいな雨が降211 ってきて,家に帰ろうとしたところ,途中でザー 区)」を,それぞれ加え,同22行目から同23行目にかけての「雨が降り出したことから,濡れながら帰宅した。」を「ぽつぽつと泥みたいな雨が降211 ってきて,家に帰ろうとしたところ,途中でザーと激しい雨になり,履いていた草履やブラウスがぐちゃぐちゃになった。本件申請者は,母から,『汚いねえ。あんたら,どうしたんね。早く着替えなさい』と叱られながら,着替えをした。」に改める。 b 原判決357頁8行目の「安野村大字坪野」の次「(坪野地区)」を,同11行目末尾に「手にポタポタと雨が黒い点になっていっぱい付いた。」を,同24行目から同25行目にかけての「安野村大字坪野」の次に「(光石地区)」を,それぞれ加える。 c 原判決358頁2行目から同3行目にかけての「濡れながら帰宅した。」を「帰り始めたが,長い道のりのため,帰るまでにびしょびしょになった。家に帰ると,服が黒く汚れていた。」に改め,同11行目の「証拠(」の次に「甲A90,」を加え,同14行目から同15行目にかけての「安野村字光石」を「安野村大字坪野(光石地区)」に,同18行目の「そのうちに」から同19行目末尾までを「夕立のようにザーザーと雨が降り始めたのでみんなで帰り始めた。帰るまでに雨でびしょびしょになり,頭から真っ黒になった。灰や焼けた紙くずなどが,たくさん降ってきた。」に,それぞれ改める。 d 原判決359頁4行目の「安野村坪野」を「安野村大字坪野(光石地区)」に改め,同7行目末尾に「雨に濡れたワイシャツが黒ずんでいた。」を,同18行目の「安野村大字坪野」の次に「(坪野地区)」を,それぞれ加え,同21行目から同22行目にかけての「雨が降り出したことから,濡れながら帰宅した。」を,「ポツポツと雨が降り始め,途中からザーザーと降り出した。黒い粘っこい雨だった。本件申請 )」を,それぞれ加え,同21行目から同22行目にかけての「雨が降り出したことから,濡れながら帰宅した。」を,「ポツポツと雨が降り始め,途中からザーザーと降り出した。黒い粘っこい雨だった。本件申請者は,その後も雨の中でずっと遊んだ。」に改める。 e 原判決360頁8行目から同9行目にかけての「安野村大字坪野」の次に「(坪野地区)」を加え,同11行目の「勤労奉仕の」を「畑212 を耕す」に,同12行目の「雨が降り出し,濡れながら家に帰った。」を「午後2時頃雨が降り始め,雨の中を家まで7,8分,びしょ濡れになりながら歩いて帰った。帰って見ると着物が黒ずんでいた。」に,それぞれ改め,同26行目の「安野村大字坪野」の次に「(坪野地区)」を加える。 f 原判決361頁3行目末尾に「着ている衣服に黒い点々がべっとり付いていた。」を,同12行目の「乙B20」の次に「,本件申請者本人」を,同15行目から16行目にかけての「安野村大字坪野」の次に「(坪野地区)」を,それぞれ加える。 g 原判決362頁6行目から同7行目にかけての「安野村坪野」を「安野村大字坪野(坪野地区)」に改め,同10行目末尾に「本件申請者は,母に手伝ってくれと言われ,洗濯物を取り込むときに,雨に打たれた。その後,雨は,大降りになったり,小降りになったり,少しやんだりしながら,午後2時頃まで降っていた。」を加え,同21行目から同22行目にかけての「安野村坪野」を「安野村大字坪野(坪野地区)」に改め,同24行目末尾に「着ていた服にも雨がかかって黒くなり,洗濯しても黒い汚れは取れなかった。」を加える。 h 原判決363頁10行目の「安野村坪野」を「安野村大字坪野(坪野地区)」に,同11行目の「両親」を「祖父母や母」に,同26行目の「安野村坪野」を「安野村大字坪野(坪野地区) った。」を加える。 h 原判決363頁10行目の「安野村坪野」を「安野村大字坪野(坪野地区)」に,同11行目の「両親」を「祖父母や母」に,同26行目の「安野村坪野」を「安野村大字坪野(坪野地区)」に,それぞれ改める。 i 原判決364頁18行目の「安野村坪野」を「安野村大字坪野(坪野地区)」に改め,同23行目末尾に「雨脚はそれほど強くはなく,30分程度でやんだ。白いシャツに黒っぽいしみが付いた。」を加える。 原判決「事実及び理由」第3章第5の6の⑸のアないしソについ213 「 以上のとおり,本件申請者は,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったと認められる。」原判決「事実及び理由」第3章第5の6の⑸のク及びソの各分を削る。 ⑻ 原判決「事実及び理由」第3章第5の7についてア 原判決365頁8行目の「と主張する」を削り,同13行目の「27」を「25」に改め,同18行目の「以上によれば,」の次に「広島原爆の投下後に」を加える。 イ 原判決366頁3行目の「雨が降り出した。」を「雨が降り出したので,家に帰った。本件申請者は,母から,洗濯物が黒く汚れていたと聞いた。」に改める。 ウ 原判決「事実及び理由」第3章第5の7の⑵及び⑶について,いずれ 「 以上のとおり,本件申請者は,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったと認められる。」⑼ 原判決「事実及び理由」第3章第5の8についてア 原判決366頁25,26行目の各「(都谷村を含む)」をいずれも削る。 イ 原判決367頁1行目の「(都谷村を含む)」を削り,同9行目の「吉坂村(都谷村を含む)は,概ね」を「吉坂村のうち申請者番号市50の本件申請者が所在した場所は」に改め,同21行目の「以上によれば,」の次に「広島原爆の投下後に」を加え,同行目の「(都谷村を含む)」を削 (都谷村を含む)は,概ね」を「吉坂村のうち申請者番号市50の本件申請者が所在した場所は」に改め,同21行目の「以上によれば,」の次に「広島原爆の投下後に」を加え,同行目の「(都谷村を含む)」を削り,同22行目の「同地域」の次に「の一部」を加え,同23行目の「(都谷村を含む)」を削る。 ウ 原判決368頁6行目の「原爆投下があったとき,」の次に「母と共214 に」を加える。 エ 原判決「事実及び理由」第3章第5の8削り,イの部分を次のとおり改める。 「 以上のとおり,本件申請者は,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったと認められる。」⑽ 原判決「事実及び理由」第3章第5の9についてア 原判決369頁1行目の「原告番号県28の1」を「甲B県28の1」に改め,同6行目の「以上によれば,」の次に「広島原爆の投下後に」を,同7行目の「同地域が」の次に「概ね」を,それぞれ加える。 イ削り,イの部分を次のとおり改める。 「 以上のとおり,本件申請者は,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったと認められる。」⑾ 原判決「事実及び理由」第3章第5の10についてア原判決369頁25行目の「また,」の次に「その全域が」を加える。 原判決370頁10行目の「以上によれば,」の次に「広島原爆の投下後に」を,同22行目末尾に「午前11時半頃のことだった。本件申請者は,体が濡れていたので,雨が降ってきてもすぐに家に帰らず,午後3時頃まで川で遊んでいた。脱いで置いてあったシャツに黒い斑点が付いて,真っ黒になっているように見えた。」を,それぞれ加える。 イを削り,イの部分を次のとおり改める。 「 以上のとおり,本件申請者は,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったと認められる。」⑿ 原判決「事実及び理由」第3章第5の11について215 イを削り,イの部分を次のとおり改める。 「 以上のとおり,本件申請者は,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったと認められる。」⑿ 原判決「事実及び理由」第3章第5の11について215 ア 原判決372頁10行目の「以上によれば,」の次に「広島原爆の投下後に」を,同11行目の「同地域」の次に「の一部」を,それぞれ加える。 イを削り,イの部分を次のとおり改める。 「 以上のとおり,本件申請者は,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったと認められる。」⒀ 原判決「事実及び理由」第3章第5の12についてア 原判決373頁20行目の「以上によれば,」の次に「広島原爆の投下後に」を,同21行目の「同地域」の次に「の一部」を,それぞれ加える。 イ 原判決374頁22行目の「雨が降り出した」から同23行目末尾までを「バリバリと激しく黒い雨が降り出した。本件申請者は,着ているシャツが黒くなるので,家に駆けて帰り,軒下で雨の降るのを見ていた。雨は,30分は降った。」に改める。 ウ 原判決「事実及び理由」第3章第5の12の⑵及び⑶について,いずれ 「 以上のとおり,本件申請者は,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったと認められる。」⒁ 原判決「事実及び理由」第3章第5の13についてア 原判決375頁18行目の「以上によれば,」の次に「広島原爆の投下後に」を,同26行目末尾に「井戸水を使い,庭の野菜を食べていた。」を,それぞれ加える。 イ 原判決376頁2行目の「原告の自宅周辺では」の次に「激しい」を加える。 ウ216 を削り,イの部分を次のとおり改める。 「 以上のとおり,本件申請者は,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったと認められる。」⒂ 原判決「事実及び理由」第3章第5の14についてア原判決376頁11行 ,イの部分を次のとおり改める。 「 以上のとおり,本件申請者は,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったと認められる。」⒂ 原判決「事実及び理由」第3章第5の14についてア原判決376頁11行目から同12行目にかけての「と主張する場所は,いずれも概ね」を「場所は,いずれも」に改める。 原判決377頁3行目の「以上によれば,」の次に「広島原爆の投下後に」を,同4行目の「同地域」の次に「の一部」を,同7行目の「証拠(」の次に「甲A90,」を,同14行目末尾に「河原に上がってもよく降り,みんなの顔から体全部が真っ黒くなった。」を,それぞれ加える。 原判決378頁5行目末尾に「本件申請者は,河原に上がり服を着て,雨宿りを始めた。みんなの顔に付いた雨粒が黒ずんでおり,垂れた後が黒い筋になっていた。着ていた服も黒ずんでいた。」を,同13行目の「証拠(」の次に「甲A90,」を,それぞれ加え,同19行目から同21行目までを次のとおり改める。 本件申請者は,校庭での校長の朝礼訓示中,原爆投下の大音と黒煙が上がるのを見た。しばらくして紙くず等が落ちてきた。本件申請者が,午前9時頃,草刈り等の実習作業をしていたところ,黒い雨が降り,白いシャツに黒い斑点が付いた。雨は30分くらいの間降った。」原判決380頁4行目末尾に「本件申請者は,帰宅して畑作業をしている父を手伝っているとき,本格的に降り出した雨に打たれた。本件申請者は,肌に付いた雨水が黒ずんでいたので,変な雨だなあと思いながら急いで帰った。」を加える。 イ 原判決「事実及び理由」第3章第5の14の⑵ないし⑹について,いず217 れも, 「 以上のとおり,本件申請者は,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったと認められる。」ウ 原判決「事実及び理由」第3章第5の14の⑵及び⑷ 5の14の⑵ないし⑹について,いず217 れも, 「 以上のとおり,本件申請者は,広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったと認められる。」ウ 原判決「事実及び理由」第3章第5の14の⑵及び⑷の各ウの部分を削る。 第6 まとめ以上によれば,本件申請者らは,いずれも,少なくとも,昭和20年8月6日午前8時15分の広島原爆投下後,黒い雨降雨域(宇田雨域,増田雨域又は大瀧雨域のいずれかに属する地域)の各地に雨が降り始めてから降り止むまでのいずれかの時点で,黒い雨降雨域に所在していたと認められるから,黒い雨に遭った者ということができ(なお,本件申請者らの中には,直接黒い雨に濡れたとは認めるに足りない者らも含まれているが,内部被爆による健康被害を受ける可能性があるものであったことは,前記第4の1柱書のとおりであるから,同人らについても黒い雨に遭った者ということができる。),被爆者援護法1条3号の「原子爆弾が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」に該当する。したがって,広島市長及び広島県知事が本件申請者らの被爆者健康手帳の各交付申請について各却下処分をしたのは違法であって上記各却下処分は取消しを免れず,また,広島市長及び広島県知事が本件申請者らに対して被爆者健康手帳を交付すべきことは明らかであるから,広島市長及び広島県知事に対し,被控訴人らへの被爆者健康手帳の交付を義務付けるのが相当である。 第7 その他,原審及び当審における当事者双方の主張に鑑み,証拠を検討しても,当審における上記認定判断(補正後の原判決引用部分を含む。)を左右するには足りない。 第4章 結論以上の次第で,その余の点について判断するまでもなく,被控訴人らの各主218 位的請求はいずれも理由があるとこ 判断(補正後の原判決引用部分を含む。)を左右するには足りない。 第4章 結論以上の次第で,その余の点について判断するまでもなく,被控訴人らの各主218 位的請求はいずれも理由があるところ,これと同旨の原判決は,本件申請者らが被爆者援護法1条3号の「原子爆弾が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」に該当するとの判断の根拠として402号通達を用いるなどした点で失当であるが,結論において相当であって,本件各控訴はいずれも理由がない。 よって,主文のとおり判決する。 広島高等裁判所第3部 裁判長裁判官 西 井 和 徒 裁判官 絹 川 泰 毅 裁判官 澤 井 真 一 ※別紙1から別紙4まで省略。

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