平成24(わ)5639 殺人・銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件

裁判年月日・裁判所
平成27年6月26日 大阪地方裁判所
ファイル
hanrei-pdf-85210.txt

判決文本文20,962 文字)

主文 被告人を死刑に処する。 押収してある包丁1本(平成27 年押第42 号の1)を没収する。 理由 (犯行に至る経緯) 1 被告人は,平成24年5月24日(以下,特に記載しない限り同年中の出来事であり,年数記載を省略する。),覚せい剤取締法違反罪により服役していた新潟刑務所を満期出所した。その後,被告人は,地元の栃木県に戻ると,元雇用主のAに電話をかけて再雇用を求めたが断られ,同人から紹介された別の就職先も気に入らず,更生緊急保護を求めた保護観察所から更生保護施設は満室であると聞かされたことから,結局,薬物依存者の社会復帰を支援する民間団体甲に連絡を取り,その施設(乙トリートメントセンター)に入所した。 2 被告人は,甲施設内で生活していたところ,6月7日,B(甲職員)より,被告人が5月25日に受診した病院(精神科)の診療費を被告人の銀行預金から支払うよう求められるとともに,そのキャッシュカードを甲事務所で預かると言われたこと等に不満を抱き,那須塩原市内でしょう油店を営む親戚のおばを頼ろうと考え,翌8日午前,同施設を退所した。なお,甲側は,自殺防止のため,病院で処方された向精神病薬を被告人に返さなかったため,以後,被告人は服薬をしていなかった。 3 被告人は,6月8日午後,親戚のしょう油店(有限会社丙)に行ったところ,応対したC(被告人のいとこであるDの妻)から,頼ろうとしていたおばは亡くなったと聞かされ,なおCにしょう油店で働かせてほしいと頼んだものの,人手は足りているから無理だと思う旨を言われた。また,被告人は,Cを通じて長兄方や次兄方に電話をかけるなどし,折り返し電話をかけてきた長兄Eと話したが,Eにはしょう油店を出て甲に戻るよう言われてしまい,Cからも, 旅行先より また,被告人は,Cを通じて長兄方や次兄方に電話をかけるなどし,折り返し電話をかけてきた長兄Eと話したが,Eにはしょう油店を出て甲に戻るよう言われてしまい,Cからも, 旅行先より電話をかけてきたDは面倒を見られないと言っていた旨を聞かされ,結局,その日はCの紹介で近くの旅館に泊まることとなった。 被告人は,新潟刑務所受刑中に知り合ったFより,出所後一緒に仕事をしようという手紙を受け取っていたことから,その日の夜,Fに電話をかけ,仕事を始めるため大阪にいるというFの下に行くこととした。そして,被告人は,EやCに電話をかけ,仕事が見つかりそうなので大阪へ行く旨を伝えた。 4 被告人は,6月9日朝,Cに送ってもらい栃木を発ち,同日午後,新大阪駅で迎えに来ていたF及びその知人Gと合流した。被告人は,移動中の自動車内やFが住んでいた部屋(大阪市a区b町c丁目所在のマンション7 階の一室。 以下「F方」という。)でFから仕事の話を聞いたが,それは,クレジットカードを作って現金を手に入れるとか西成で覚せい剤の密売をするなどのうさん臭い話ばかりで,気が進まなかった。同日夜,被告人,F及びGは,Fの知人らと共に飲食したが,その際,被告人には,「どうするんだ」などという幻聴が聞こえ始めていた。その後,被告人は,Fらと行動を共にしたが,仕事は期待外れだったという思いでおり,深夜に戻ったF方で,F及びGと飲酒しながら話をしていたが,遅くともこの頃には,「刺せ刺せ」という幻聴が聞こえ,以後これが断続的に続いていた。 5(1) 被告人は,6月10日(以下は同日中の出来事であり,時間のみを記載する。)午前3時頃から午前5時頃には横になったものの,甲退所日(6 月8 日)の前の晩から眠れておらず,結局一睡もできないまま朝を迎えたが,被告人には,「 下は同日中の出来事であり,時間のみを記載する。)午前3時頃から午前5時頃には横になったものの,甲退所日(6 月8 日)の前の晩から眠れておらず,結局一睡もできないまま朝を迎えたが,被告人には,「刺せ」との幻聴に加え,「包丁を買え」という幻聴も聞こえ始めていた。被告人は,午前中,Fが所用で外出し,Gも不在であった際,幻聴が聞こえていたことや栃木でうまくいかなかったこと,兄に見捨てられ,大阪で紹介された仕事もろくなものではなかったという思いから,自殺をしたい気持ちになり,F方のベランダに出て下をのぞいたものの,怖くなりやめた。 その後,被告人は,Gと外出し,弁当を買ってF方に戻ると,今度は,栃木 に帰り,生活保護を受けて暮らしたいという気持ちが大きくなったため,午後零時過ぎ頃,Gに付近の駅を教えてもらい,来阪時に持参した荷物(スポーツバッグ1 個)を持ってF方を出た。 (2) 被告人は,預金があると生活保護を受けることができないので,預金を引き出して隠そうと思い,午後零時19分,F方付近のコンビニエンスストア内のATMで預金残高のほぼ全額に当たる現金17万円を下ろし,同店を出た。すると,自殺をしたいという気持ちが大きくなったため,被告人は,包丁を買おうと思い,付近のスーパーマーケットをいくつか回ったが見付からず,歩いているうち丁店本館(大阪市a区d筋e丁目所在)にたどり着き,午後零時48分,同店南館7階の食器・調理用品フロアで鎌型包丁1本(以下「本件包丁」という。)を購入した。 (3) 被告人は,午後零時50分頃,本件包丁が入った紙袋を持って丁店を出ると,自殺をすることができる場所を探してf通り(通称名。以下同じ)を東に向かって歩くなどした。しかし,人通りが少ないと思った場所で,紙袋内の包装を解き,本件包丁の刃先を自 った紙袋を持って丁店を出ると,自殺をすることができる場所を探してf通り(通称名。以下同じ)を東に向かって歩くなどした。しかし,人通りが少ないと思った場所で,紙袋内の包装を解き,本件包丁の刃先を自分の腹に向けたものの,刺すことはできず,同包丁を紙袋にしまうと再び歩き始めた。被告人には,「刺せ刺せ」という幻聴が次第に激しく連続的に聞こえるようになっており,自殺をするか,栃木に帰るか,あるいは,幻聴に従って人を刺すかという三つの選択が頭の中をめぐっていた。 (4) 被告人は,f通りを東に歩くと,午後1時頃,g筋を北に入った路上にしゃがみ込んだ。被告人は,将来に強い不安を抱く中,自殺をすることもできず自暴自棄になり,ついに,幻聴に従って人を刺し,殺害することを決意した。被告人は,所持していたスポーツバッグをその場に置いたまま,裸の本件包丁を入れた紙袋を持って立ち上がり,f通りまで戻って西方向に歩いた。 そして,被告人は,通行中のHを左前方に認めると,「その男を刺せ」という幻聴が聞こえたため,Hを標的に定めることとし,紙袋から取り出した本件 包丁を右手に持ってHに向かい突進した。 (犯罪事実)第1 被告人は,平成24年6月10日午後1時1分頃,大阪市a区h-i丁目j番k号先路上において,通行中のH(当時42 歳)に対し,殺意をもって,あらかじめ用意した本件包丁(刃体の長さ約18.2 ㎝。平成27 年押第42 号の1)でその腹部及び頸部等を多数回突き刺し,切り付けるなどし,よって,同日午後1時10分頃,同所において,Hを腹部刺創に基づく出血性ショックにより死亡させて殺害した。 第2 被告人は,平成24年6月10日午後1時2分頃,いったんHから離れて他の通行人を追い掛けた際,前記第1の犯行に気付き,自転車を押しながら徒歩 基づく出血性ショックにより死亡させて殺害した。 第2 被告人は,平成24年6月10日午後1時2分頃,いったんHから離れて他の通行人を追い掛けた際,前記第1の犯行に気付き,自転車を押しながら徒歩で逃げていたI(当時66 歳)を見掛けると,今度はIを標的に定め,大阪市a区h-i丁目l番m号前路上において,Iに対し,殺意をもって,本件包丁でその背部及び前頸部等を多数回突き刺すなどし,よって,同日午後5時13分頃,大阪市n 区内の病院において,Iを多発刺創に基づく出血性ショックにより死亡させて殺害した。 第3 被告人は,業務その他正当な理由による場合でないのに,平成24年6月10日午後1時5分頃,前記第1記載の場所において,本件包丁1本を携帯した。 (争点に対する判断)第1 争点について本件の争点は,被告人の責任能力の有無及び程度である。弁護人は,本件各犯行(以下,併せて単に「犯行」ともいう。)当時,被告人は心神耗弱の状態にあった可能性を否定することができない旨主張するが,当裁判所は,犯行当時,被告人は完全責任能力を有していたものと認定した。また,弁護人は,裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(以下「裁判員法」という。)67条は,死刑選択につき裁判体全員の一致を求めていない点で違憲である旨主張するが,後記のとおり,憲法の規定に違反しないと判断した。以下,それぞれの点につい て説明する。 第2 被告人の責任能力について 1 本件では,精神医学者の意見として,当裁判所が選任した鑑定人Jの鑑定(鑑定人Jの公判供述)と,捜査段階で検察官が鑑定を嘱託したK医師(故人)の鑑定(○○○○精神鑑定書(弁12))がある(以下,それぞれ「J鑑定」,「K鑑定」という。)。また,K医師の鑑定作業の補助者であったL医師は,当公判廷にお 階で検察官が鑑定を嘱託したK医師(故人)の鑑定(○○○○精神鑑定書(弁12))がある(以下,それぞれ「J鑑定」,「K鑑定」という。)。また,K医師の鑑定作業の補助者であったL医師は,当公判廷において,K鑑定の内容を説明するとともに,J鑑定に疑問を呈する証言をした(以下「L証言」という。)。 責任能力の判断は,精神医学上の専門的知識を要する事柄であるから,専門家である精神医学者の意見は,これを採用することができない合理的な事情がない限り十分に尊重されなければならない。そこで,これらの意見が尊重すべきものかどうかにつき,順次検討する。 2 前提となる事実について(1) 各鑑定意見を検討する前提として,犯行前後の被告人の生活等の状況,犯行の動機・態様等の事実を認定しておく必要がある。 (2) まず,被告人が新潟刑務所を出所してから犯行直前までの事実経過及び犯行状況は,冒頭の「犯行に至る経緯」及び「犯罪事実」のとおりである。 そして,関係証拠によれば,このほか,①新潟刑務所服役中,被告人には,お経を読む声や赤子の泣き声のほか,「何やってんだ」,「腕立て伏せをしろ」と指示をしてくるといった幻聴が聞こえることがあったこと,②甲の施設入所中,被告人に異常な言動が見られたことはなかったこと,③被告人は,5月25日,病院の精神科でM医師の診察を受けた際,甲から厳しく取り扱われることをおそれ,同医師に服役中にあった幻聴の話をしなかったこと,④6月8日晩,電話で大阪へ行く旨をCやEに告げた際の被告人の声は,明るいものであったが,被告人は,その晩一睡もできなかったこと,⑤被告人が新大阪駅でF及びGと合流した以降,6月10日にF方を出るまで,被告人 とFらとの間では通常の会話が成り立っており,Fらが被告人の言動に異常を感じたことはな かったこと,⑤被告人が新大阪駅でF及びGと合流した以降,6月10日にF方を出るまで,被告人 とFらとの間では通常の会話が成り立っており,Fらが被告人の言動に異常を感じたことはなく,また,被告人は,FとGは知合いであり,幻聴を我慢することもできていたので,「刺せ」という幻聴に従い,FやGを刺そうとは考えていなかったこと,⑥本件包丁購入時,被告人とN店員とは普通に会話が成り立っており,Nが被告人の言動に異常を感じたこともなかったことが認められる。 (3) また,関係証拠によれば,判示第2の犯行以後の状況につき,次の事実が認められる。 ア被告人は,判示第2の犯行後に西の方を振り返るなどした際,路上に倒れていたHが動いたことからその場に向かい,駆け寄ってきた警察官2名を振り返りながらもHのそばにしゃがみ込むと,その腹部に本件包丁を強く突き刺した。 イその場に到着した制服のO警察官が「何してるんや」と大声で一喝すると,被告人は,本件包丁から手を放して立ち上がり,O警察官の指示に従い,抵抗することなく路上に四つんばいになって現行犯逮捕され,現場に到着したミニパトカー後部座席に乗せられた。そして,被告人は,同乗していたP警察官や,車外から事情を聞いていたQ警察官に,路上に置いたままのスポーツバッグを持ってきてほしいと言い,また,犯行理由につき,自分で死のうとしたが死に切れなかった旨述べたが,Fに迷惑が掛かると考え,新大阪駅から当てもなく歩いてきたとして,F方にいたことは隠していた(なお,P及びQの各証言中,この時,被告人は死刑になりたかった旨述べたとする部分は,両名の供述調書の内容と変遷があること等からその信用性に疑問があり,採用することができない。)。 ウその後,被告人は,犯行中に負った左手のけがの治療のため病院 になりたかった旨述べたとする部分は,両名の供述調書の内容と変遷があること等からその信用性に疑問があり,採用することができない。)。 ウその後,被告人は,犯行中に負った左手のけがの治療のため病院に搬送されたが,手術の前後,とんでもないことをした,申し訳ないなどと言い,何で刺したかというR警察官の質問には,人に裏切られた,生きていても しょうがない,自殺しようと思っても死にきれなかった旨を答えた。 エ被告人は,6月10日夜に行われた弁解録取手続の際,取調べに当たったS警察官に対し,犯行に及んだ理由として,自殺しようとしたが死に切れなかった,人を殺せば死刑になるから刺した旨を供述し,同日のその後の取調べや,翌日のT警察官による取調べの際も,人を殺して死刑になりたかった旨や反省の言葉を述べた。 オ犯行前に被告人に聞こえていた「刺せ刺せ」,「包丁を買え」という幻聴は,逮捕後に「やっちまったな」というものに変わり,その後幻聴は聞こえなくなっていた。なお,被告人が幻聴のことを初めて話したのは,6月12日夜の取調べの際であった。 3 各鑑定意見の内容等(1) J鑑定の内容は,要旨,①被告人は,犯行時,覚せい剤中毒後遺症及び覚せい剤依存症の二つの精神障害を有しており,また,被告人には,フラストレーション(葛藤)に対する耐性が非常に低く,暴力を含む攻撃性の発散に対する閾値が低いという人格の偏りがある,②覚せい剤依存症が犯行に与えた影響はない,③被告人には覚せい剤中毒後遺症による「刺しちゃえ」等の幻聴があった可能性があるが,この幻聴は,被告人自身が決めた行動を後押しし若しくは強化する程度にしかすぎないし,被告人の考えを支配し,無批判に行わせるほどの影響力は有しておらず,幻聴内容が当時の被告人の現実を背景とする了解可能なも 聴は,被告人自身が決めた行動を後押しし若しくは強化する程度にしかすぎないし,被告人の考えを支配し,無批判に行わせるほどの影響力は有しておらず,幻聴内容が当時の被告人の現実を背景とする了解可能なものであること,犯行前や直後も,被告人は幻聴を体験しながらも,なお自分の置かれている状況を理解し,自分で適切に判断し行動していることから,幻聴の犯行に対する影響は極めて乏しいというものである。 (2) また,K鑑定(L医師がK鑑定の内容として説明した証言部分を含む。)及びL証言の内容は,要旨,①被告人は,犯行時,覚せい剤精神病の遷延・持続型にり患していた,②被告人には,覚せい剤精神病による「刺しちゃえ」 などと命令してくる幻聴があり,これがなければ犯行は起きなかったと考えられ,犯行は幻聴に強く影響された行動であった,③被告人は,長年にわたって覚せい剤を使用したため,攻撃性・衝動性・易怒性(以下,併せて「攻撃性等」という。)が強まりやすくなっており,犯行前は,兄たちや親戚に見捨てられたことへの不満と怒り等から攻撃性等が著しく強まっていて,このことが犯行に強く影響したというものである(なお,K鑑定は,犯行の直前直後は落ち着いた態度であり,人格全体を巻き込んで深く影響を与えるような精神病状態ではなく,善悪を判断する能力が失われていたわけではなかったこと,犯行前の様子から,被告人の社会的能力や対人関係的能力は低下しておらず,人格水準は保たれていたこと,強い興奮状態によって犯行中の記憶が断片的に失われたこと等を併せて指摘し,犯行時,被告人の是非善悪を弁識する能力及び弁識に従って行為する能力は,相当低下と著しく低下の境界域にあるのではないかと判断しているとする。)。 (3) そして,J医師,K医師及びL医師は,その経歴や経験内容等に照 非善悪を弁識する能力及び弁識に従って行為する能力は,相当低下と著しく低下の境界域にあるのではないかと判断しているとする。)。 (3) そして,J医師,K医師及びL医師は,その経歴や経験内容等に照らし,いずれも精神医学者としての公正さや能力に疑いはない。 4 各鑑定意見の検討(1) J鑑定とK鑑定・L証言の内容をみると,それぞれが指摘する部分に共通する点が多い。すなわち,ア被告人は,犯行当時,覚せい剤中毒後遺症にり患していたこと(K鑑定・L証言の診断名は「覚せい剤精神病の遷延・持続型」であるが,実質的には同じ疾病である。以下「本件精神障害」という。),イ本件精神障害の程度は,日常生活に何ら支障のないものであったこと,ウ被告人にある誇大妄想(暴力団戊会のUが親戚である,「偉大なる己」の言及,有名女優や女性歌手と会ったなど)は犯行に関係しなかったこと,エ被告人には,覚せい剤使用前から葛藤に対する耐性が非常に低く,暴力等の攻撃性の発散に対する閾値が低いという人格の偏りがあったこと, オ犯行前の被告人の心情の見方(元雇用主や実兄,親戚から期待していた支援等を受けられず見捨てられたと感じ,その後,まっとうな仕事を紹介してもらえると期待して大阪に来たものの,そのような仕事ではなかったため失望し,将来に不安を感じたというもの),カ本件包丁の購入時までの犯行前,周囲の者は,被告人の態度等に異変を感じていなかったこと,キ犯行の直後から,被告人は,現実を吟味し適切な対処を選択することができていたこと,の諸点について,J鑑定とK鑑定・L証言は,ほぼ同様の指摘をしている。 (2) 他方,J鑑定とK鑑定・L証言は,次の2点で判断が異なっている。 まず,幻聴について,J鑑定は,幻聴は被告人自身が決めた行 諸点について,J鑑定とK鑑定・L証言は,ほぼ同様の指摘をしている。 (2) 他方,J鑑定とK鑑定・L証言は,次の2点で判断が異なっている。 まず,幻聴について,J鑑定は,幻聴は被告人自身が決めた行為を後押しし又は強化する程度にすぎず,被告人の考えを支配し,無批判に犯行を行わせるほどの影響力はなかったとするのに対し,K鑑定・L証言は,犯行は幻聴に強く影響された行動であるとする。次に,人格変化について,J鑑定は,長年の覚せい剤使用により悪くなっていたが,大きな変化はないとするのに対し,K鑑定・L証言は,長年の覚せい剤使用により攻撃性等が強まりやすくなっており,犯行前には,不満や怒り等から攻撃性等が著しく強まっていて,このことが犯行に強く影響したとする。 そこで,これらの点につき,それぞれの判断の根拠やその過程を検討する。 (3) 幻聴の影響について(J鑑定)ア J鑑定は,幻聴の影響に関し,①幻聴の内容が,当時の被告人の不安や失望といった現実を背景とする極めて了解可能なものであったこと,②犯行前,幻聴が存在しながらも,被告人は自分自身を失っておらず,現実を吟味し,適切な対処を選択する能力が存在していたこと,③犯行直前の被告人の精神症状が「刺しちゃえ」という幻聴のみであったこと,④犯行後の幻聴は,直後に自己の行為に対する感想のようなものがあったのみで, その後幻聴はなくなったこと,⑤犯行直後にも,現実を吟味し,適切な対処を選択する能力が存在していたことを判断の根拠として挙げている。 そして,その判断の過程に重大な破綻,遺脱や欠落は見当たらず,J鑑定が前提とした事実関係も,特に問題は認められない。 イこれに対し,弁護人は,L証言を基に,①につき,幻聴が本人の心情の影響を受けるのはよくあることで,幻聴の了解可能性は や欠落は見当たらず,J鑑定が前提とした事実関係も,特に問題は認められない。 イこれに対し,弁護人は,L証言を基に,①につき,幻聴が本人の心情の影響を受けるのはよくあることで,幻聴の了解可能性は責任能力の判断材料にはならない,②につき,被告人が犯行を躊躇した場面のみを切り取って判断しているのは問題であり,犯行前の状態から犯行時の状態を推し量るには限界がある,③につき,被告人の精神症状には幻聴以外にも人格変化があり,その考慮が不十分である,④⑤につき,状況が変化すれば幻聴の内容も変わるのは当然であり,これらと幻聴の影響力の大小は無関係である旨をそれぞれ主張する。 ウまず,①については,前記2の事実経過に照らすと,被告人の幻聴は状況や場面に応じたものであったといえ,L証言の指摘のとおり,幻聴内容が了解可能であるのは当然という評価も可能である。 しかし,J鑑定は,①のみから幻聴が犯行に与えた影響の大小を評価しているわけではなく,②ないし⑤,中でも③を重視し評価している上,①の内容を詳しくみると,幻聴内容が単に了解可能であったことではなく,当時の被告人の心情や思考の内容に近いものであったことから,幻聴の犯行への影響の程度を推し量っている。これは,被告人がもともと有していた心情や思考に近い内容の幻聴は,そうでない幻聴と比べて行動に与える影響は大きくないという趣旨と解され,不合理な見解とはいい難い。L証言の趣旨も,幻聴が了解可能であれば責任能力があり,了解不能なら責任能力がないという論理・図式が成り立たないことを指摘するものであり,幻聴内容の了解可能性をおよそ判断資料にしてはならないとまでいうものではないと解される。 そうすると,J鑑定が,幻聴の影響につき①を根拠の一つとしたことが不合理であるとはいえない。 解可能性をおよそ判断資料にしてはならないとまでいうものではないと解される。 そうすると,J鑑定が,幻聴の影響につき①を根拠の一つとしたことが不合理であるとはいえない。 エ ②に関するL証言は,躊躇があった時点で,被告人に違法性の認識があり判断能力があったと評価されることは認めた上,その時点ではそうであったとしても,その後にこれを上回る症状が現われた場合は別であることを指摘する趣旨といえる。 これは,一般論としてはもっともながら,被告人が躊躇した後にこれを上回る症状が生じたといえなければ,前提を欠くものとなる。そして,被告人が,犯行直前にしゃがみ込んだ時点まで,自殺をするか,栃木に帰るか,幻聴に従って人を刺すかという三つの選択の中で迷っていたことは,前記認定(「犯行に至る経緯」5(3)(4))のとおりであり,また,逮捕直後,被告人が警察官にF方にいたことを隠していたのも,前記2(3)イのとおりであって,犯行の直前から直後までのわずかな時間に,被告人の症状が急激に変化したことを疑わせる事情は見当たらない。L証言の指摘は前提を欠くというほかはなく,J鑑定が幻聴の影響につき②を根拠の一つとしたことが不合理であるとはいえない。 オ J鑑定が指摘する③点は,幻聴と共に,被告人には自身若しくは親族等の大切な人物に切迫した身の危険や恐怖を感じるような妄想がなかったということであるが,L証言中,これに対する有効な批判はない。 被告人の人格変化についてL証言が挙げたのは,Ⓐ長年の覚せい剤使用により攻撃性等が強まりやすくなったこと,及び,Ⓑ犯行前は,不満や怒り等から攻撃性等が著しく強まったことの2点である。 このうち,Ⓐは,J鑑定も,長年の覚せい剤使用により人格は悪くなっていたが,大きな変化はないと検討対象に挙げて判断して 及び,Ⓑ犯行前は,不満や怒り等から攻撃性等が著しく強まったことの2点である。 このうち,Ⓐは,J鑑定も,長年の覚せい剤使用により人格は悪くなっていたが,大きな変化はないと検討対象に挙げて判断しており,これが誤りといえる事情は認められない(なお,関係証拠によれば,被告人は,覚せい剤使用前から,暴力で問題を起こし,暴走族や暴力団に所属していた ことが認められる一方,覚せい剤使用後は,実兄や実父に対する暴力や受刑中のけんか等にとどまっていたことが認められる。)。 また,J鑑定はⒷの点を考慮していないが,そもそも,犯行前に不満や怒り等から攻撃性等が著しく強まったことがあったのか,あったとして,それは覚せい剤中毒後遺症の精神症状であったのかについて疑問が残る。 すなわち,被告人は,犯行直前まで,自殺をするか,栃木に帰るか,幻聴に従って人を刺すかという三つの選択の中で迷っていたことは既に認定したとおりであり,それまでに被告人の攻撃性等が著しく強まったとみられる状況はうかがわれないし,K鑑定・L証言は,フラッシュバックあるいは服薬中断の影響によって攻撃性等が著しく強まっていたとするものの,被告人のどのような状況を基に評価したかについて,十分な説明がないからである。 そうすると,L証言の指摘は的確なものではなく,J鑑定が幻聴の影響につき③を根拠の一つとしたことが不合理であるとはいえない。 カ ④について,被告人の幻聴が状況や場面に応じたものであったことは前記ウで説示したとおりである。L証言が指摘するように,犯行後,幻聴が被告人自身の行為に対する感想を内容とするものになり,その後消失しのは当然という評価も可能ながら,このような幻聴の変化を,幻聴の犯行への影響の程度を推し量る一つの根拠とすることが不当とはいえない。また,⑤に の行為に対する感想を内容とするものになり,その後消失しのは当然という評価も可能ながら,このような幻聴の変化を,幻聴の犯行への影響の程度を推し量る一つの根拠とすることが不当とはいえない。また,⑤については,前記エで説示したとおりであって,②を併せれば,犯行時,被告人に違法性の認識があり,判断能力があったと評価することができる。 そうすると,J鑑定が幻聴の影響につき④⑤を根拠としたことが不合理であるとはいえない。 (4) 幻聴の影響について(K鑑定・L証言)K鑑定・L証言は,被告人の犯行は幻聴に強く影響された行動であると判断している。そして,その前提となる被告人の幻聴について,K鑑定は,「被 告人の考えや行動に対して逐一幻聴が聞こえてくるようになり,次第に幻聴であるという自覚はなくなっていった」と評価し,L証言も,「軽い幻聴だったものが次第に内容が変化し,一方的に聞こえるものではなく,幻聴との間で会話が成立するものになってきた。そして,現実と非現実が次第に区別しにくくなり,幻聴が幻聴だとは分からなくなった」と評価している。 しかし,関係証拠上認められる被告人の幻聴は,前記2で認定した内容にとどまり,被告人の考えや行動に対して逐一聞こえるもの,あるいは,幻聴との間で会話が成立していたものとは評価し難い。また,被告人の公判供述によれば,被告人は,医学的用語としての「幻聴」と理解していなかったとしても,自分だけに聞こえて他人には聞こえない「声」であったことは理解し,この理解が犯行時まで失われていなかったことが認められる。これは,被告人にとって,幻聴であるとの自覚がなくなってきたとか,幻聴が幻聴と分からなくなってきたなどとは評価することができないものである。 したがって,K鑑定・L証言の幻聴の影響に関する評価部分は, は,被告人にとって,幻聴であるとの自覚がなくなってきたとか,幻聴が幻聴と分からなくなってきたなどとは評価することができないものである。 したがって,K鑑定・L証言の幻聴の影響に関する評価部分は,関係証拠から認められる被告人の幻聴の内容等と符合せず,その前提に問題があるといわざるを得ない(なお,被告人は,鑑定時のK医師の面接等の際,幻聴の内容等について公判供述と異なる説明をした可能性がある。しかし,被告人は,逮捕された以降,幾度となく幻聴の内容等について尋ねられてきたこと,幻聴の有無等や責任能力に関しては,公判前整理手続の初期段階から重要な争点と扱われてきたこと等に照らせば,異なる説明をしたとして,その原因が,犯行から公判供述まで約3年が経過したことによる記憶の減退にあったとはいえず,被告人がK医師にした説明のほうが,その公判供述よりも信用性が高いことにはならないというべきである。)。 (5) 人格変化についてこの点に関し,J鑑定の判断に誤りがあるといえる事情は認められないのに対し,K鑑定・L証言に疑問が残ることは,前記(3)オで説示したとおりで ある。L証言は,フラッシュバックが起これば,幻聴だけではなくそれ以外の症状も強まることを根拠とするようであるが,既に説示したように,K鑑定・L証言の幻聴の影響に関する評価部分に問題があることからすれば,これも十分な根拠になるとはいえない。 そうすると,K鑑定・L証言のうち,人格変化に関する評価部分についても,前提とした事実関係あるいはそこから結論を導く過程のいずれかに問題があるといわざるを得ない。 (6) 結論以上のとおり,J鑑定とK鑑定・L証言の相違点である幻聴の影響及び人格変化に関する判断部分について,J鑑定には,合理性を欠くところがなくこれを尊重すべ があるといわざるを得ない。 (6) 結論以上のとおり,J鑑定とK鑑定・L証言の相違点である幻聴の影響及び人格変化に関する判断部分について,J鑑定には,合理性を欠くところがなくこれを尊重すべきであるが,K鑑定・L証言には,前提とした事実関係あるいはそこから結論を導く過程に問題があるといえ,採用することができない。 したがって,被告人の責任能力については,J鑑定の意見を尊重して認定することとする。 なお,弁護人は,J鑑定が犯行を「間接自殺」と説明した点について,被告人は死刑になりたくて犯行に及んだとはいえず,適切でない旨主張する。 しかし,J鑑定は,被告人の犯行は,将来に不安を覚え,死んでしまおうかと考えたが怖くてできないという葛藤状態の下,自分に向けることのできなかった暴力的な攻撃性が,他人を刺すという方向に向いたものであると説明しているし,被告人も,死刑になりたくて犯行に及んだことは否定する一方,自殺をしようとしたが死ねなかったので,「刺せ」という幻聴に従うことを選んだ旨を一貫して述べている。そうすると,被告人が死刑になりたくて犯行に及んだとは認められなくても,J鑑定の説明の合理性は損なわれないというべきである。弁護人の主張は採用することができない。 5 総合的判断による被告人の責任能力の検討そこで,J鑑定の意見を尊重し,犯行前の生活状況,犯行の動機・態様等の 認定事実を総合して,被告人の責任能力を検討する。 (1) 犯行前の被告人の生活状況等をみると,新潟刑務所出所後の被告人は,日常生活を送るのに問題のない状況にあったといえるし,来阪後,FやGらと過ごした際も被告人の言動に異常はなく,犯行当日,コンビニエンスストアで預金を下ろし,本件包丁を購入した際の被告人の行動にも異常はみられない。 (2) 被 況にあったといえるし,来阪後,FやGらと過ごした際も被告人の言動に異常はなく,犯行当日,コンビニエンスストアで預金を下ろし,本件包丁を購入した際の被告人の行動にも異常はみられない。 (2) 被告人が犯行を決意した過程は,「犯行に至る経緯」及び前記2で認定した事実経過のとおりである。 すなわち,被告人は,刑務所出所後,元雇用主に再雇用を断られ,甲の施設での生活が思っていたようなものでなかった上,親戚や実兄らの支援を受けられず,期待して訪れた大阪でも思うような仕事の紹介を受けられなかったこと等から,将来に強い不安を抱き,自殺をすることを考えるようになった。そして,犯行前夜から「刺せ」等の幻聴が聞こえるようになり,自殺をするか,栃木に帰るか,幻聴に従って人を刺すかという三つの選択の中で迷った末,自暴自棄になって,幻聴に従い犯行を決意した。 被告人の犯行動機は,極めて身勝手であり,八つ当たりとしかいうほかないが,被告人が当時置かれていた状況を踏まえればあり得るものといえ,了解可能でもある。また,被告人は,犯行直前まで前記の三つの選択の中で迷っていたから,人を刺すことが悪いと十分理解していたと認められる。 (3) 被告人は,犯行前,本件包丁の包装を解いて紙袋に入れ,スポーツバッグを路上に置いたまま各犯行現場に向かっているが,これは,身軽になった上で,周囲から見えにくく,かつ簡単に取り出せる状態で本件包丁を持ち歩いたものといえ,犯行を行いやすい合理的な行動を取ったとみることができる。 また,犯行時,被告人は,標的としたHに突進すると,その腹や首等の生命に危険な部位を的確に何度も刺した上,他の通行人を追い掛けた際,逃げ遅れたIを見付けると,次にはIを標的とし,同様に背中や首等を何度も刺 した。そして,動いていたHを見る 生命に危険な部位を的確に何度も刺した上,他の通行人を追い掛けた際,逃げ遅れたIを見付けると,次にはIを標的とし,同様に背中や首等を何度も刺 した。そして,動いていたHを見ると,とどめを刺すべく近付いてその腹部を刺した。被告人の一連の行動は,周囲の状況を理解した上,目的に従い一貫した行動を取ったものといえる。 そして,犯行後,被告人は,警察官の指示に抵抗することなく従い,その直後警察官から話を聞かれた際には,F方にいたことを隠したり,搬送先の病院や取調べの際には申し訳ないことをしたなどと反省の弁を述べたりしているが,これも,自分の置かれた状況に応じ,合理的な対応をしたものとみることができる。 (4) さらに,J鑑定によれば,被告人には,フラストレーション(葛藤)に対する耐性が非常に低く,暴力を含む攻撃性の発散に対する閾値が低いという人格の偏りがあると認められるところ,被告人本来の人格と,前記のような犯行の間に甚だしい異質性があるとはいえない。 (5) 以上によれば,被告人は,犯行時,本件精神障害(覚せい剤中毒後遺症)にり患していたものの,本件犯行は,これによる幻聴の影響が大きくない状況下で,自殺をする,栃木に帰る,幻聴に従い人を刺すという三つの選択から自ら選び,周囲の状態を理解し,目的に沿った行動を取りながら実行されたもので,犯行時の被告人の善悪を判断する能力又はこれに従って自己の行動をコントロールする能力はいずれも,幻聴のほか,服薬の中断や犯行までの不眠,不安等により若干低下していた可能性は認められるものの,著しく失われていなかったことは明らかというべきである。 したがって,犯行当時,被告人が完全責任能力を有していたことに疑いはない。 第3 裁判員法67条の合憲性弁護人は,死刑の選択について全員一致 失われていなかったことは明らかというべきである。 したがって,犯行当時,被告人が完全責任能力を有していたことに疑いはない。 第3 裁判員法67条の合憲性弁護人は,死刑の選択について全員一致を求めていない裁判員法67条の規定は,①究極の刑罰である死刑を,裁判体の一部が反対しているにもかかわらず選択することを許容している点で,適正手続の保障を定める憲法31条に違 反し,②死刑を選択する必要がないと考えている少数派の裁判員が,評議に参加を強いられ,死刑判決の言渡しに立ち会うことを求められる点で,苦役に服させるものといえ,憲法18条に違反すると主張する。 しかし,①については,憲法31条が死刑の選択において全員一致を求めるものでないことは明らかというべきである。また,②について,裁判員の職務に従事することが憲法18条後段が禁ずる苦役に当たらないことは,最高裁大法廷平成23年11月16日判決・刑集65巻8号1285頁のとおりである。 そして,死刑選択の判断を伴う評議への参加や死刑判決の言渡しへの立会であっても,裁判員の職務に従事することは,司法権の行使に対する国民参加という点で参政権と同様の権限を国民に付与するものであること,個々人の事情に応じるなど辞退に関して柔軟な制度を設け,旅費,日当等の支給により参加の負担を軽減するための経済的措置が取られていること等上記大法廷判決が指摘する事情に加え,評議の秘密が保護されていること,裁判員を特定するに足りる情報を公にすることを原則として禁止し,裁判員への威迫行為を刑罰をもって禁止するなど裁判員を保護するための措置が整備されていること等を併せ考慮すれば,同様に憲法18条後段が禁ずる苦役に当たらないというべきである。 したがって,裁判員法67条の規定は,憲法31条や18条に違反 るなど裁判員を保護するための措置が整備されていること等を併せ考慮すれば,同様に憲法18条後段が禁ずる苦役に当たらないというべきである。 したがって,裁判員法67条の規定は,憲法31条や18条に違反しない。 弁護人の主張は採用することができない。 (法令の適用)罰条判示第1及び第2の各行為刑法199条判示第3の行為銃砲刀剣類所持等取締法31条の18第3号・22条刑種選択判示第1及び第2の各罪いずれも死刑を選択判示第3の罪懲役刑を選択 併合罪の処理刑法45条前段・10条(刑及び犯情の最も重い判示第1 の罪で被告人を死刑に処するので,刑法46 条1 項本文により他の刑を科さない。)宣告刑死刑(求刑・死刑及び包丁の没収)没収刑法19条1項1号・2項本文(本件包丁は,判示第3 の罪の犯行組成物件であり,被告人以外の者に属しない。)訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書(量刑の理由) 1 本件は,白昼の繁華街において,無差別に2名の通行人を包丁で突き刺し,切り付けて殺害した,いわゆる通り魔殺人の事案である。 2(1) 無差別殺人は,殺人の犯罪類型の中でも,犯人と被害者間の一定の人間関係を背景とした事案と異なり,犯人が特定の個人に狙いを定めることがなく,検挙等により制止されたり自らやめたりするまで攻撃が継続するため,被害が拡大する危険性が高く,かつ,恨み等の特別な感情を抱いていない相手の生命を奪う点において,人命軽視の程度が甚だしい犯行といえる。また,被害者に落ち度は全くなく,被害に遭うべき理由が皆無であるばかりか,被害者にとって突然の凶行を回避し得る有効な手段を想定し難い点でも,非常に悪質なものというべきである。 本件は,正に える。また,被害者に落ち度は全くなく,被害に遭うべき理由が皆無であるばかりか,被害者にとって突然の凶行を回避し得る有効な手段を想定し難い点でも,非常に悪質なものというべきである。 本件は,正にこのような無差別殺人の類型に当たる事案であり,その罪質自体,非常に悪質なものといわざるを得ない。 (2) 次に,犯行態様についてみると,被告人は,買ったばかりの包丁を持って犯行現場に赴き,まず,①Hに突進して,いきなりその体を突き刺し,倒れたHに馬乗りになると,精一杯の抵抗をするHの腹部や頸部等を容赦なく多数回突き刺したり切り付けたりし(その身体に残る傷は14 か所に及ぶ。),続いて,②自転車を押して逃げようとするIに対して,その背後から突進し,包丁で体 を突き刺すと,倒れたIの腹部や頸部等を,これも多数回(その身体に残る主な傷は8 か所ある。)突き刺したり切り付けたりしたばかりか,③Hが動いているのを見るとその場所に戻り,とどめを刺すように腹部を包丁で刺した。 このように,被告人は,被害者2名に対し,鋭利な包丁で,その生命に危険が及ぶ部位をためらうことなく滅多刺しにしたのであり,無差別殺人の実現に向けた強固な殺意があったことは明らかであるし,その態様は冷酷かつ執ようで,際立って残虐なものといえる。 (3) 被害結果は,判示のとおりであるが,その重大性を再検討する。 被害者らは,たまたま犯行現場付近を通りかかった普通の市民であり,もとより,このような凶行に遭うべき理由は全くない。最初に被害に遭ったHは,音楽プロデューサーとして充実した仕事をし,妻子と幸せな家庭を築いていたが,プロデュースしたバンドのツアーのため来阪し,会場に向かう途中で突如凶行に遭った。Hは,耐え難い苦痛や恐怖,絶望の中で絶命し,妻と共に幼い娘らの成 充実した仕事をし,妻子と幸せな家庭を築いていたが,プロデュースしたバンドのツアーのため来阪し,会場に向かう途中で突如凶行に遭った。Hは,耐え難い苦痛や恐怖,絶望の中で絶命し,妻と共に幼い娘らの成長を見届けられず,仕事を含めその夢を実現することもかなわなくなった。次に被害に遭ったIは,離婚後,当時幼少であった長男と離れ,飲食店を経営しながら大阪で単身生活を送る中,本件の7年ほど前から長男と連絡を取り合うなどして母子の関係を改めて築き,将来は長男の住む地元に戻ること等の希望を抱いていたのに,凶行に遭遇し,同様に耐え難い苦痛や恐怖,絶望の中でその生命を絶たれたのである。被害者らの無念な心情は察するに余りがある。 そして,被害者らの遺族の処罰感情も峻烈である。当公判廷で意見を陳述した遺族(Hの実父及び妻,Iの長男)は,突然に家族を失い,変わり果てた被害者らの姿を目の当たりにするなどした悲しみや喪失感,怒り等を切々と述べており,その内容からすれば,遺族の心労等が到底いやされていないことは容易にうかがわれる。これまで,被告人から遺族に対する慰謝の措置は何ら講じられておらず,被告人自身やその家族の状況に照らすと,将来的な見通しもな い。遺族の心情には誠に無理からぬものがある。 以上のように,本件の被害結果は,被害者2名が死亡したこと及び遺族に対する影響等から,重大かつ悲惨なものであることは明らかである。 (4) 本件の犯行動機は,既に認定したとおり,被告人が,将来に強い不安を抱き,犯行前夜から「刺せ」等の幻聴が聞こえる中,自殺をするか,栃木に帰るか,幻聴に従い人を刺すかという選択で迷ったものの,自殺をすることができず,自暴自棄になったことにある。 もっとも,前刑出所後,更生を目指そうとする過程で将来に強い不安を抱いたこ るか,栃木に帰るか,幻聴に従い人を刺すかという選択で迷ったものの,自殺をすることができず,自暴自棄になったことにある。 もっとも,前刑出所後,更生を目指そうとする過程で将来に強い不安を抱いたことや幻聴が聞こえたこと自体については,被告人に同情の余地があるようにみえる。 しかし,被告人は,前刑出所後,元雇用主に再雇用を頼んで断られた際,別の仕事先を紹介されながらその連絡先を聞かず,甲施設を身勝手な不満から退所すると,しょう油店を営む親戚方に突然出向いて無理な援助を求め,電話で話した長兄から甲へ戻るよう言われたのにこれを聞かなかった上,仕事内容の確認もせず,刑務所仲間を訪ねて来阪し,紹介された仕事が思うようなものでないことが分かっても,現実的な方策を講じなかった。被告人には,甲に戻ること等自らの生活を構築する現実的な手段があったのに,その努力を尽くさないまま,周囲から見放され,裏切られたなどと思い込んだにすぎず,結局,自暴自棄になったこと自体,身勝手というほかはない。被告人が抱いた将来への不安はあくまで個人的事情であって,無関係な第三者に危害を加える理由とは到底なり得ず,一旦は自分に向かった攻撃性を外に向け,被害者らの生命を奪った点で,誠に自己中心的である。 そして,既に説示したように,被告人の幻聴は本件精神障害(覚せい剤中毒後遺症)によるもので,被告人の考えを支配して無批判に犯行を行わせるほどではなかったが,被告人が決めた行為を後押しし又は強化する程度の影響力はあり,服薬の中断や不眠と相まって,本件犯行の実行の決意に一定程度影響し たと認められる。しかし,本件精神障害は,被告人が覚せい剤を長年使用したことに起因するもので,これにり患したことは自ら招いた結果というべきであり,幻聴の影響を被告人に特に有利に評価 たと認められる。しかし,本件精神障害は,被告人が覚せい剤を長年使用したことに起因するもので,これにり患したことは自ら招いた結果というべきであり,幻聴の影響を被告人に特に有利に評価することはできない。 結局,本件犯行の動機や実行の決意に特に酌むべき点は認められない。 (5) さらに,本件のような無差別殺人は,被害者にとって被害を回避し得る有効な手段を想定し難いゆえに,日常生活の中でも被害を受けかねないという不安感や恐怖感を一般に与えるものであって,社会的影響の大きな犯行といわなければならない。このような社会的影響の大きさもまた,本件犯行結果の一側面として量刑上考慮されるべきである。 (6) なお,弁護人は,本件犯行が計画的なものではなかったことを重視すべきであると主張する。 確かに,被告人が本件犯行を決意したのは,自殺を主たる目的として本件包丁を購入したものの,これで腹を刺し自殺をしようとしたができなかった後と認められ,本件犯行に綿密な計画はなく,場当たり的な面があることは否定し難い。また,殺人罪に係る過去の裁判例において,犯行の計画性の有無や程度が量刑上重視されていることも,弁護人が指摘するとおりである。 しかし,被告人が本件包丁を購入した時,既に「刺せ」という幻聴に従って他人を殺害することも選択肢として存在していたし,被告人は,本件犯行を決意した後は,身軽になるためスポーツバッグを路上に置き,周囲から見えにくく,簡単に取り出せるように,本件包丁を裸のまま紙袋に入れて現場に向かっており,犯行に向けた一定の準備行為を行っている。これに,被告人は,人通りの多い繁華街であることを十分分かっていながら,強固な殺意の下,本件犯行を敢行したことも併せ考慮すれば,本件において計画性が低いことは,量刑上特に重視すべきものとはい いる。これに,被告人は,人通りの多い繁華街であることを十分分かっていながら,強固な殺意の下,本件犯行を敢行したことも併せ考慮すれば,本件において計画性が低いことは,量刑上特に重視すべきものとはいえない。 3(1) このように,本件犯行は,被害者2名を殺害した無差別殺人という凶悪で重大な事案であるところ,その罪質に加え,犯行態様が冷酷,執ようで残虐なも のであり,重大かつ深刻な被害結果を生じさせた上,動機にも酌むべきところがない。遺族の被害感情及び社会的影響の点も,説示したとおりである。 そうすると,被告人の刑事責任は極めて重大であり,2名を殺害した殺人の中でも最も重い事案に当たると評価すべきである。罪刑の均衡の観点や,副次的ではあるが同種事犯の抑止の観点からみても,死刑の選択はやむを得ないといわざるを得ない。 (2) もっとも,死刑は,被告人の生命を奪う冷厳かつ究極の刑罰であるから,その選択に当たっては最大限の慎重さをもって臨まなければならない。この観点から,弁護人の主張も踏まえ,被告人について死刑を回避すべき事情の有無について検討する。 まず,被告人は,本件犯行直後から公判廷に至るまで,一貫して事実を認め,当公判廷において,被害者ら及びその遺族に向けて謝罪し,自分にふさわしい刑は死刑である旨を述べたし,被告人質問でも記憶にある限りの事実を話そうとする姿勢を示した。被告人は,本件犯行の原因を専ら幻聴に求めており,その背後にある自己の本質的な問題点への洞察はいまだ深まっていないが,犯した行為の重大さや悲惨さを受け止め,被害者らに与えた苦痛や恐怖,絶望,遺族の悲しみや喪失感,怒りに向き合おうとする態度があることは認められる。 これは,被告人の反省態度として一定程度考慮すべきものといえる。 また,被告人には覚せい ,被害者らに与えた苦痛や恐怖,絶望,遺族の悲しみや喪失感,怒りに向き合おうとする態度があることは認められる。 これは,被告人の反省態度として一定程度考慮すべきものといえる。 また,被告人には覚せい剤取締法違反罪による服役前科3犯があるが,生命犯や身体犯の前科はなく,被告人が他人への暴力性の発露によって刑事裁判を受けるのは今回が初めてである(なお,長年の覚せい剤使用により本件精神障害にり患し,一定程度の人格変化が起きたことは,既に説示したように,そのこと自体被告人が自ら招いた結果であるから,酌むべき事情には当たらない。)。 このような被告人の反省態度や前科内容を併せると,被告人に更生の可能性がないとまではいえず,これらは被告人に有利な方向で考慮すべき事情ということができる。しかし,本件犯行の凶悪性や重大性等既に説示した諸事情に照 らせば,この点は,被告人の刑を大きく左右する要素とはなり得ず,結局,死刑を回避するに足りる有利な事情は見当らないというべきである。 (3) なお,弁護人は,過去の裁判例における量刑傾向を重視すべきところ,2名を殺害した事案のうち,死刑が言い渡されたものでは計画性が重要な要素とされているが,本件では計画性が認められないこと,被害者に落ち度がなくとも無期懲役刑が言い渡された例が多数あること等から,本件は死刑がやむを得ない事案とはいえない旨主張する。 しかし,過去の量刑傾向をみても,無差別殺人の事案では,1名が殺害された場合でも無期懲役刑が言い渡されるなど厳しい量刑がされているし,本件より悪質とみることができる事案において無期懲役刑が言い渡されているという傾向も見い出し難く,前記のとおり,本件において計画性が低いことは特に重視すべき事情に当たらない。弁護人の主張は,過去の量刑傾向を適切に考慮し とができる事案において無期懲役刑が言い渡されているという傾向も見い出し難く,前記のとおり,本件において計画性が低いことは特に重視すべき事情に当たらない。弁護人の主張は,過去の量刑傾向を適切に考慮したものといえず,採用することはできない。 4 以上のとおり,被告人の刑事責任は極めて重いものといえ,死刑を回避すべき事情は見出せず,罪刑の均衡,同種事犯の抑止の観点からも,死刑を選択することはやむを得ないというべきである。被告人に対しては,その生命をもってその罪を償わせるほかない。 よって,主文のとおり判決する。 平成27年7月1日大阪地方裁判所第4刑事部裁判長裁判官石川恭司裁判官岩 﨑 邦生裁判官小菅哲聖

▼ クリックして全文を表示

🔍 類似判例を検索𝕏 でシェア← 一覧に戻る