- 1 -主文 中央労働基準監督署長が原告らに対して平成12年3月31日付けでした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 事実 及び理由第1請求の趣旨主文と同旨。 第2事案の概要本件は,株式会社リクルート(以下「リクルート」という。)に雇用されていたP1(以下「亡P1」という。)が,くも膜下出血を発症して死亡したのは,業務に起因するものであるとして,亡P1の父母である原告らが,中央労働基準監督署長に対し,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)による遺族補償給付及び葬祭料の各支給を請求したところ,平成12年3月31日付けでいずれも支給しない旨の処分を受けたことから,その取消しを求めた事案である。 前提となる事実以下の事実は当事者間に争いがないか,本文中に掲記の証拠又は弁論の全趣旨により,容易に認めることができる。 ( )当事者等 原告らの子である亡P1(昭和▲年▲月▲日生,平成▲年▲月▲日死亡。)は,平成4年4月1日にリクルートに入社し,就職情報誌事業編集企画室○○編集課に配属され,約3か月間の研修を経て,求人情報誌「週刊○○」の編集職として従事し,平成8年4月から商品プロデュース事業部企画室インターネット企画グループに兼任発令となり,前配属先の「週刊○○」編集業務の引継後,同年5月以降から死亡するまでの間,インターネット上- 2 -の就職情報サイト「デジタル○○」の編集制作職として業務に従事していた。 リクルートは,東京都中央区に本店を置き,就職情報誌の発刊その他各種情報の提供,企業の人事・組織等に関する各種サービスの提供等を行う株式会社である。 ( )亡P1の死亡 亡P1は,平成8年8月25日(日曜日)午前 中央区に本店を置き,就職情報誌の発刊その他各種情報の提供,企業の人事・組織等に関する各種サービスの提供等を行う株式会社である。 ( )亡P1の死亡 亡P1は,平成8年8月25日(日曜日)午前10時ころ,自宅でめまい,吐き気等の症状が現れたため,自ら救急車を要請し,東京都大田区内の医療法人財団仁医会α1総合病院(以下「α1総合病院」という。)に救急搬送された。その際,亡P1には,意識障害が認められたほか,CTスキャンでくも膜下出血が認められ,脳血管造影が施行される予定であったが,その前に再度くも膜下出血を起こし,心肺停止となり,▲月▲日午前2時ころ,死亡した。 亡P1のくも膜下出血は,脳動脈瘤の破裂によるものであると考えられる(以下,亡P1の前記くも膜下出血を「本件疾病」ともいう。)。 ( )行政通達による認定基準 ア厚生労働省(以下,中央省庁等改革基本法等の実施に伴う厚生労働省設置法施行以前の労働省を含む。)では,脳血管疾患及び虚血性心疾患等(以下「脳・心臓疾患」という。)の発症が業務上か否かを判断するために,平成12年11月から「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会」(以下「専門検討会」という。)を設置して検討し,専門検討会が取りまとめた「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書」(乙2)を踏まえ,平成13年12月12日付けで「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(基発第1063号。乙1。以下「新認定基準」という。)を策定し,各都道府県労働局長宛てに発出した。 イ新認定基準は,脳・心臓疾患の発症が業務上と認定されるための具体的- 3 -条件を定めたものであるところ,その概要は,以下のとおりである。 (ア)基本的な考え方a脳・心臓疾患は,その発症の基礎となる血管 は,脳・心臓疾患の発症が業務上と認定されるための具体的- 3 -条件を定めたものであるところ,その概要は,以下のとおりである。 (ア)基本的な考え方a脳・心臓疾患は,その発症の基礎となる血管病変等が長い年月の生活の営みの中で形成され,それが徐々に進行し,増悪するといった自然経過をたどり発症する。 bしかしながら,業務による明らかな過重負荷が加わることによって,血管病変等がその自然経過を超えて著しく増悪し,脳・心臓疾患が発症する場合があり,そのような経過をたどり発症した脳・心臓疾患は,その発症に当たって,業務が相対的に有力な原因であると判断し,業務に起因することの明らかな疾病として取り扱う。 c脳・心臓疾患の発症に影響を及ぼす業務による明らかな過重負荷として,発症に近接した時期における負荷のほか,長期間にわたる疲労の蓄積も考慮することとした。 dまた,業務の過重性の評価に当たっては,労働時間,勤務形態,作業環境,精神的緊張の状態等を具体的かつ客観的に把握,検討し,総合的に判断する必要がある。 (イ)認定要件次のa,b又はcの業務による明らかな過重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患は,労基法施行規則35条別表第1の2第9号に該当する疾病として取り扱う。 a異常な出来事発症直前から前日までの間において,発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したことb短期間の過重業務発症に近接した時期において,特に過重な業務に就労したことc長期間の過重業務- 4 -発症前の長期間にわたって,著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したこと(ウ)過重負荷の考え方a異常な出来事について(a)異常な出来事異常な出来事とは,具体的には次に掲げる出来事である。 ①極度の緊張,興奮,恐怖,驚がく たらす特に過重な業務に就労したこと(ウ)過重負荷の考え方a異常な出来事について(a)異常な出来事異常な出来事とは,具体的には次に掲げる出来事である。 ①極度の緊張,興奮,恐怖,驚がく等の強度の精神的負荷を引き起こす突発的又は予測困難な異常な事態②緊急に強度の身体的負荷を強いられる突発的又は予測困難な異常な事態③急激で著しい作業環境の変化(b)評価期間発症直前から前日までの間(c)過重負荷の有無の判断遭遇した出来事が前記(a)に掲げる異常な出来事に該当するか否かによって判断する。 b短期間の過重業務について(a)特に過重な業務特に過重な業務とは,日常業務(通常の所定労働時間内の所定業務内容をいう。)に比較して特に過重な身体的,精神的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいう。 (b)評価期間発症前おおむね1週間(c)過重負荷の有無の判断特に過重な業務に就労したと認められるか否かについては,発症直前から前日までの間について,i- 5 -発症直前から前日までの間の業務が特に過重であると認めらiiれない場合には,発症前おおむね1週間以内について,業務量,業務内容,作業環境等を考慮し,同僚労働者又は同種労働者(以下「同僚等」という。)にとっても,特に過重な身体的,精神的負荷と認められるか否かという観点から,客観的かつ総合的に判断すること。 なお,ここでいう同僚等とは,当該労働者と同程度の年齢,経験等を有する健康な状態にある者のほか,基礎疾患を有していたとしても日常業務を支障なく遂行できる者をいう。 具体的な負荷要因は,次のとおりである。 ①労働時間②不規則な勤務③拘束時間の長い勤務④出張の多い業務(出張中の業務内容,出張の頻度,交通手段,移動時間及び移動時間中の状況,宿泊の有 。 具体的な負荷要因は,次のとおりである。 ①労働時間②不規則な勤務③拘束時間の長い勤務④出張の多い業務(出張中の業務内容,出張の頻度,交通手段,移動時間及び移動時間中の状況,宿泊の有無,宿泊施設の状況,出張中における睡眠を含む休憩・休息の状況,出張による疲労の回復状況等の観点から検討し評価することとされている。)⑤交替制勤務・深夜勤務⑥作業環境(温度環境,騒音,時差)⑦精神的緊張を伴う業務c長期間の過重業務について(a)疲労の蓄積の考え方恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用した場合には,「疲労の蓄積」が生じ,これが血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ,その結果,脳・心臓疾患を発症させることがある。 - 6 -このことから,発症との関連性において,業務の過重性を評価するに当たっては,発症前の一定期間の就労実態等を考慮し,発症時における疲労の蓄積がどの程度であったかという観点から判断することとする。 (b)評価期間発症前おおむね6か月間( )過重負荷の有無の判断c著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したと認められるか否かについては,業務量,業務内容,作業環境等を考慮し,同僚等にとっても,特に過重な身体的,精神的負荷と認められるか否かという観点から,客観的かつ総合的に判断する。 業務の過重性の具体的な評価に当たっては,疲労の蓄積の観点から,労働時間のほか上記b(c)②から⑦までに示した負荷要因について十分検討する。その際,疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられる労働時間に着目すると,その時間が長いほど,業務の過重性が増すところであり,具体的には,発症日を起点とした1か月単位の連続した期間をみて,①発症前1か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおお 時間に着目すると,その時間が長いほど,業務の過重性が増すところであり,具体的には,発症日を起点とした1か月単位の連続した期間をみて,①発症前1か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は,業務と発症との関連性が弱いが,おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど,業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できること②発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は,業務と発症との関連性が強いと評価できること- 7 -を踏まえて判断する。 ここでいう時間外労働時間数は,1週間当たり40時間を超えて労働した時間数である。 また,休日のない連続勤務が長く続くほど業務と発症との関連性をより強めるものであり,逆に,休日が十分確保されている場合は,疲労は回復ないし回復傾向を示すものである。 ( )本件訴訟に至る経緯 ア原告らは,中央労働基準監督署長に対し,平成10年8月25日,亡P1はリクルートにおいて過重な業務に従事したため本件疾病(くも膜下出血)を発症し,死亡に至ったものであり,その死亡は業務に起因しているとして,労災保険法による遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したが,同署長は,平成12年3月31日付けで,本件疾病についての業務起因性を否定して,これらを支給しない旨の処分をした(以下「本件不支給処分」という。)。 イ原告らは,東京労働者災害補償保険審査官に対し,平成12年5月29日,本件不支給処分の取消しを求めて審査請求を行ったが,同審査官は,平成14年2月4日付けで,これを棄却する旨の決定をした。 ウ原告らは,労働保険審査会に対し,平成14年3月29日,本件不支給 日,本件不支給処分の取消しを求めて審査請求を行ったが,同審査官は,平成14年2月4日付けで,これを棄却する旨の決定をした。 ウ原告らは,労働保険審査会に対し,平成14年3月29日,本件不支給処分の取消しを求めて再審査請求を行ったが,同審査会は,平成18年3月17日付けで,これを棄却する旨の裁決をした。 争点 亡P1の本件疾病が業務に起因するものと認められるか否かが本件の争点である。 そして,とりわけ,( )亡P1の従事した業務の過重性 ①量的過重性- 8 -②質的過重性( )亡P1のくも膜下出血に対する同人の基礎疾患の影響 が問題となる。 争点に関する当事者の主張【原告らの主張】( )労災保険法7条1項1号の「業務上の疾病」の意義 ア労災保険法7条1項1号の「業務上の疾病」というためには,業務と疾病との間に合理的関連性があることで足り,法的要件としてこれで必要かつ十分であるというべきである(合理的関連性説)。 イ仮に,業務と疾病との間に相当因果関係が必要であると解するとしても,相当性の判断においては,業務が相対的に有力な原因であることは要せず,業務の遂行が基礎疾患等を誘発又は増悪させて発症の時期を早める等,業務が基礎疾患等と共働原因となって疾病の発症や死亡の結果を招いたなどと認められる場合には,当該疾病は「業務上の疾病」と解すべきである(共働原因説)。 ウ業務の遂行が基礎疾患等と共働原因となって疾病の発症や死亡を招いたと認められるか否かは,基礎疾患等を有し,又は基礎疾患等を発症した当該労働者を基準として危険の有無を判断すべきである(本人基準説)。仮に,当該労働者を基準としない場合には,使用者によって労務の提供が期待されている者全てを対象として,そのような者の中で最も危険に対する抵抗力の弱い して危険の有無を判断すべきである(本人基準説)。仮に,当該労働者を基準としない場合には,使用者によって労務の提供が期待されている者全てを対象として,そのような者の中で最も危険に対する抵抗力の弱い者を基準として危険の有無を考えるべきである(最弱労働者基準説)。 エ「業務上の疾病」が認められる業務の負荷は,当該労働者又は最も危険に対する抵抗力の弱い労働者を基準として,医学的経験則ではなく一般経験則に照らし,脳・心臓疾患の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて,有意に増悪させ得ることが客観的に認められる負荷であると- 9 -いえるか否かによって決すると解するのが相当である(有意増悪説)。 オ認定基準は,労災保険法,同法施行令及び同法施行規則等の法令の委任を受けて定められたものではなく,その実施事務を管掌する厚生労働省が,その組織内において,労働基準監督署などの下級行政機関に対する行政の適正,迅速処理などの運用のための内部通達として定めたものである。したがって,認定基準は,労災保険法,同法施行令などの法令の解釈適用について,裁判所の判断を拘束するものではないし,国民の権利を制限し義務を課するものでもない。 ( )亡P1の従事した業務の量的過重性について アタイムカードその他の証拠により,最低限認められる亡P1の発症前6か月間の労働時間は,別表1のとおりである(なお,別表1中,「1日の拘束時間数」は始業時刻から終業時刻までの時間数をいい,「1日の労働時間数」は実労働時間数をいう。別表2以下も同じ。)。したがって,各月の時間外労働時間は,発症前1か月目(平成8年7月26日から同年8月24日まで)は42時間33分,発症前2か月目(平成8年6月26日から同年7月25日まで)は80時間32分,発症前3か月目(平成8年5月27日 時間は,発症前1か月目(平成8年7月26日から同年8月24日まで)は42時間33分,発症前2か月目(平成8年6月26日から同年7月25日まで)は80時間32分,発症前3か月目(平成8年5月27日から同年6月25日まで)は99時間23分,発症前4か月目(平成8年4月27日から同年5月26日まで)は33時間16分,発症前5か月目(平成8年3月28日から同年4月26日まで)は75時間17分,発症前6か月目(平成8年2月27日から同年3月27日まで)は52時間00分であった。 また,亡P1は,くも膜下出血発症以前の平成8年の夏休みころから,頭痛等の自覚症状を周囲に訴えており,くも膜下出血の前駆症状として頭痛等が発症していたものと認められる。そうすると,亡P1の労働時間としては,前駆症状の発症した夏休みの初日を起算日として算出すべきであり,その場合,1か月目(平成8年7月11日から- 10 -同年8月9日まで)は70時間01分,2か月目(平成8年6月11日から同年7月10日まで)は92時間00分,3か月目(平成8年5月12日から同年6月10日まで)は86時間50分,4か月目(平成8年4月12日から同年5月11日まで)は36時間12分,5か月目(平成8年3月13日から同年4月11日まで)は36時間05分,6か月目(平成8年2月12日から同年3月12日まで)は92時間20分となる。 亡P1は,このような長時間労働に従事し,しかも,その労働時間帯も深夜労働が極めて多く,特に,インターネット企画グループ在籍中は,デジタル○○の更新作業のため,水曜日の夜に,翌日の早朝まで働くことが常態化していたものである。亡P1の労働実態は,極めて過酷かつ不規則であり,その業務の量的過重性は明らかである。 なお,亡P1の労働実態は,入社以来,相当に過重な状態が継続 ,翌日の早朝まで働くことが常態化していたものである。亡P1の労働実態は,極めて過酷かつ不規則であり,その業務の量的過重性は明らかである。 なお,亡P1の労働実態は,入社以来,相当に過重な状態が継続しており,それらの労働による疲労の蓄積に,上記の過重労働が加わり,本件疾病の発症に至ったものである。 イ争いのある労働時間について(ア)休憩時間後記のとおり,リクルート社では,従業員に残業時間の抑制を指示しており,亡P1は,タイムカード上,労働時間を過少申告していた。 亡P1は,○○編集課在籍当時,食事休憩に長い時間をかけることはなく,インターネット企画グループに異動後は,グループのメンバーはわずか3名であり,かつ皆兼務であったことから,メンバーとともに食事を摂りに行くこともなかったと認められ,現に,亡P1の直属の上司であるP2(当時のリクルート首都圏人材総合サービス事業部メディアプロデュース部インターネット企画グループのグループマネー- 11 -ジャー。)は,亡P1の死後,原告P3に対して,亡P1と食事を一緒にしたことが一度もなかったことを話していた。 さらに,デジタル○○への記事掲載開始(リニューアル)後の亡P1については,コンピューター技術やホームページ作成技術等を伝授され,業務遂行上の恩人と言うべきP4(株式会社α2代表取締役。)と連絡を取らないようになり,同人から連絡を受けたことに対して激怒するなど,精神的に余裕がないほどの著しい過重労働実態になっていた。 加えて,亡P1が正午前後に出勤していた日について,まとまった昼食休憩を想定することは誤りである。 以上を総合して考えれば,亡P1の休憩時間は,せいぜい1日平均1時間とすべきである。 (イ)休日の労働時間休日労働につき,控えめに一律8時間とした。 (ウ)平成8年2月 定することは誤りである。 以上を総合して考えれば,亡P1の休憩時間は,せいぜい1日平均1時間とすべきである。 (イ)休日の労働時間休日労働につき,控えめに一律8時間とした。 (ウ)平成8年2月及び3月の労働時間亡P1は,平成8年3月以前は,裁量労働制適用対象者としてタイムカードがなく,出勤表により深夜,休日労働のみを申告していた。 しかし,当時の出勤表については,他の資料と矛盾が多々見られることから,正しく労働実態を反映したものではないことは明らかであり,他の資料から労働実態が判明しない日についてのみ,出勤表の記載によるべきである。 すなわち,平成8年2月及び3月について,亡P1の出勤表の記載は下記のとおりである。 記平成8年2月深夜労働8日(計20時間),休日労働なし- 12 -平成8年3月深夜労働7日(計16時間),休日労働なししかしながら,かかる記載は,リクルートの所在したビルの警備日誌(以下「警備日誌」という。乙30の7ないし12)や深夜業務交通費伝票(乙31の1ないし5)から認められる労働実態と大きな乖離がある。 諸資料から認められる労働実態と出勤表との乖離を整理すると下記のとおりとなる。 記平成8年2月深夜残業をしているが,出勤表に記載のない平日2日深夜残業をしているが,出勤表記載が過少の平日4日休日労働をしているが,出勤表に記載のない休日4日(うち2日は深夜労働に及んでいる)平成8年3月深夜残業をしているが,出勤表に記載のない平日4日深夜残業をしているが,出勤表記載が過少の平日1日休日労働をしているが,出勤表に記載のない休日3日(うち2日は深夜労働に及んでいる)また,亡P1は,この時期,このような相当の深夜労働,休日労働を行っていたほか,複数の号の記事編集を並行して担当し,多忙を極め るが,出勤表に記載のない休日3日(うち2日は深夜労働に及んでいる)また,亡P1は,この時期,このような相当の深夜労働,休日労働を行っていたほか,複数の号の記事編集を並行して担当し,多忙を極めていた。しかも,亡P1の平成8年3月以前の労働時間は,同年4月の労働時間とほぼ同様の実態だったと考えることができるところ,同月の亡P1の拘束時間は9時間以上の日がほとんどであり,1時間の休憩時間を控除すると,同月及び同年3月の日々の労働時間は少なくとも8時間を超えていたということができる。このような労働実態から考えれば,亡P1が,時間外労働の記録のない平日について8時間働いて帰宅していたとは到底考えられず,記録のない- 13 -休日労働を余儀なくされていたことも考えられるところである。それでも,最低限の労働実態を明らかにするため,午後零時に始業し1時間の休憩を取得して午後9時に終業したものとして,労働時間を8時間とし,休日労働はなかったものとしている。週刊○○担当時期で裁量労働制が適用されずにタイムカードのある時期を見ても,午前10時,11時台に出勤している日が多く見られることなどから,これが控えめな計算であることは間違いない。さらに,平日で,深夜業務交通費伝票(乙31の1ないし5)のみが存在し,その他の資料がない日については,午前1時終業としたが,亡P1の利用するα3線(α4駅からα5駅まで)は,午前1時近くまで電車があるところ,終電をわずかに過ぎて終業し,深夜タクシーで帰宅するということは想定困難である。しかし,そのような日についても控え目に午前1時終業としたのである。 被告は,時間外労働の資料がない日について,午後零時に始業し,休憩を取らずに午後7時半に終業したとして,労働時間を7時間30分と主張している。しかし,上記の事情から 目に午前1時終業としたのである。 被告は,時間外労働の資料がない日について,午後零時に始業し,休憩を取らずに午後7時半に終業したとして,労働時間を7時間30分と主張している。しかし,上記の事情からすれば,控えめに考えても労働時間が8時間を下回ることはないというべきである。 (エ)各日の労働時間a平成8年7月10日警備日誌では「徹夜」となっており,また,亡P1は午前5時15分に業務上のメールを発信していることから,亡P1の終業時刻は早くても「午前5時30分」とすべきである。 b平成8年7月3日警備日誌では午前6時退館の記録があり,また,亡P1は午前5時48分に業務上のメールを発信していることから,亡P1の終業時刻は早くても「午前5時50分」とすべきである。 - 14 -c平成8年4月5日警備日誌では,亡P1が午前4時30分に退館した旨の記載がある。本来,亡P1が完全に業務から開放されたのは退館時と考えるべきであるが,原告らは,控えめに,終業時刻を退館10分前の「午前4時20分」と主張している。 ウ労働時間算定に係る資料の不正確性・限定性(ア)タイムカードの不正確性警備日誌のうち,残されている平成8年1月から同年8月までの警備日誌を見ると,わずか8か月間で,タイムカードの打刻の退館時間との齟齬が17日間もある。 リクルートの従業員らは,タイムカードを日々記載するのではなくまとめて記載していた実態があり,亡P1が死亡した平成▲年▲月のタイムカード後半部分が別の従業員によって記載されていることから考えても,亡P1自身もかかる記載の仕方をしていたというべきである。また,亡P1のタイムカードを見ると,日々の労働時間が1時間ないし30分単位のきりの良い数字で記載されており,拘束時間から逆算して考えれば,分単位の半端な休憩時間を 仕方をしていたというべきである。また,亡P1のタイムカードを見ると,日々の労働時間が1時間ないし30分単位のきりの良い数字で記載されており,拘束時間から逆算して考えれば,分単位の半端な休憩時間を取得していたことになるが,このようなこともあり得ないことである。さらに,リクルートのタイムカードは,予め労働基準法の上限時間が印刷された特徴的なものであり,従業員らは,その上限時間を超えないように申告労働時間を調整する対応をしていた。亡P1もこの上限時間に合わせるために労働時間を過少申告していることは,以下のとおり,タイムカードの記載から明らかである。 平成4年10月同月のタイムカードは,30日の欄において,当初実労働時間が10時間となっていたのが7時間と訂正されている。ちなみに,- 15 -10時間だと1か月の総労働時間が247時間となって月間上限244時間を3時間超えることになった。 平成5年6月同月のタイムカードは,法定の上限時間が233時間のところ,30日の在社時間が15時間54分だが申告労働時間は7時間として,ちょうど233時間になるように申告されている。 平成5年11月同月のタイムカードは,法定の上限時間が233時間のところ,30日の在社時間が14時間36分だが申告労働時間は9時間30分として,休日分も含めてちょうど233時間になるように申告されている。 平成6年3月同月のタイムカードは,法定の上限時間が239時間のところ,31日の在社時間が14時間18分だが申告労働時間は8時間として,申告労働時間は休日分238時間30分と法定上限より30分少なくなるように申告されている。 平成8年6月同月のタイムカードは,法定の上限時間が216時間のところ,27日の在社時間が11時間49分だが申告労働時間は8時間,28日の在社時間 上限より30分少なくなるように申告されている。 平成8年6月同月のタイムカードは,法定の上限時間が216時間のところ,27日の在社時間が11時間49分だが申告労働時間は8時間,28日の在社時間が14時間42分だが,申告労働時間は9時間として,申告労働時間は215時間と法定上限より1時間少なくなるように申告されている。 平成8年7月同月のタイムカードは,法定の上限が222時間のところ,30日の在社時間が12時間13分だが申告労働時間は5時間,31日の在社時間が15時間10分だが申告労働時間は5時間とし- 16 -て,ちょうど222時間になるように申告されている。 亡P1の発症前6か月のタイムカードのうち,過少申告が最も明らかなのは,6月,7月であり,月末ころは,タイムカードに印刷された上限時間に合わせるために,明らかに実態から乖離した労働時間を記入して,月合計労働時間を上限時間内に納めていること,深夜労働も一切付けていないことが認められる。それ以外の日々についても,適当に切り捨てとされた,きりの良い労働時間が記載されている。加えて,他の資料から認められる休日労働や深夜労働についても,タイムカード上過少申告となっている日が何日も認められる。このようなことも考えれば,タイムカードの記載が亡P1の労働実態と乖離していることは明らかである。 なお,被告も,6月,7月末の労働時間申告が過少である可能性があるとして,タイムカード申告よりも多い労働時間を主張したり(平成8年7月31日,同月30日,6月28日,同月27日,同月26日等),出社時刻が午前11時台,午後零時台の日については,昼食休憩はとらなかったものとして,拘束時間から休憩1時間を控除した時間を労働時間と主張したりしているのである。 さらに,警備日誌その他の証拠からして,亡P1は 前11時台,午後零時台の日については,昼食休憩はとらなかったものとして,拘束時間から休憩1時間を控除した時間を労働時間と主張したりしているのである。 さらに,警備日誌その他の証拠からして,亡P1は,少なくとも平成8年1月以降,以下の範囲で休日労働を行っていたことが明らかであるが,これらについては,いずれも,タイムカード上,休日出勤としては申告されていない。 平成8年2月17日この日に関しては,銀座からの深夜タクシー料金が2回請求されているところ,1回分は出勤簿の記載通り2月16日の深夜労働(申告時間は2時間)と考えられるが,もう1回の分の請求は2月17日の深夜のものと考えられる。 - 17 -平成8年2月18日この日,亡P1がリクルートからα6に行って帰ってきていることが認められる。 平成8年3月2日同日付の飲食費の領収書が2枚,同日付で5名に対する取材協力費の領収書が5枚あり,同日に亡P1が取材を行っていたことが認められる。 平成8年3月30日同日付の喫茶店の飲食費領収書が1枚存在する。私的な飲食費は経費として認められないことを勘案すると,同日,亡P1は喫茶店で取材を行っていたことが認められる。 平成8年4月6日同日,「億万長者取材」として交通費を請求しており,亡P1が取材を行っていたことが認められる。 平成8年4月7日この日のα7ビルの最終退館者が亡P1であり,23時30分に退館したことが認められる。 平成8年4月29日同日のα7ビルのインターネット部門の最終退館者が亡P1であり,21時10分に退館したことが認められる。 (イ)労働時間算定に係る資料の限定性a警備日誌(乙30の1ないし27)は,リクルートと原告らの間の損害賠償請求訴訟に先立ち,原告ら代理人がリクルートから,亡P1に関する記載がある日のみをピッ (イ)労働時間算定に係る資料の限定性a警備日誌(乙30の1ないし27)は,リクルートと原告らの間の損害賠償請求訴訟に先立ち,原告ら代理人がリクルートから,亡P1に関する記載がある日のみをピックアップしたものとして- 18 -受領したものであり,これらが亡P1に関する記載の全部であるかという検証は全くできない。しかも,この警備日誌は,入退館原記録から各フロアの最終退館者のみを転記してまとめた記録であって,最終退館者となるか徹夜勤務でなければ記録には表れない。 bメール送受信記録(甲33の1ないし130,57の8ないし122)も,原告ら代理人がリクルートから受領したものであるが,セブントピックスに関し,頻繁にメールをやり取りしていたはずのP5及びP6との間のメールがほとんどなく,同人らが所持していた受信メール(甲34ないし36)との間にも齟齬がある。リクルートが開示したメール送受信記録が,全体の一部に過ぎないことは明らかである。 c亡P1は,自宅のパソコンやフロッピーディスクに,様々な業務関係データを残しており(甲100),自宅で持ち帰り残業等を行っていたものである。 (ウ)平成8年2月及び同年3月の労働時間前記イ(ウ)のとおり,この時期の労働時間について,原告らは資料から認められる最低限の労働時間を主張している。 (エ)原告ら主張労働時間について以上によれば,原告らが主張している亡P1の労働時間は,極めて限定された証拠上認められる最低限の労働時間であり,実際の亡P1の労働時間はこれを超える過重なものであったことは明らかである。 ( )亡P1の従事した業務の質的過重性について ア週刊○○編集課在籍中の亡P1の業務の過重性について(ア)編集業務の内容- 19 -編集業務は,具体的には,①記事内容の企画,②取 る。 ( )亡P1の従事した業務の質的過重性について ア週刊○○編集課在籍中の亡P1の業務の過重性について(ア)編集業務の内容- 19 -編集業務は,具体的には,①記事内容の企画,②取材対象の選定,取材,③ライター,イラストレーター,デザイナーとの打ち合わせ,④入稿,⑤ゲラ・色校の最終チェック,⑥取材先への掲載誌の送付,経費等の精算等の流れで行われる。 ①記事内容の企画は,亡P1ら各編集者が,普段から知的好奇心や問題意識を持って様々な情報を収集・把握し,人脈を形成して情報収集や意見交換に努めた上で,十分な検討を経た企画案を作成し,概ね3か月ごとに行われるブレスト会議(編集会議)に20ないし30本の企画案を持参して臨む。編集会議は,編集者の能力が試される場であり,各編集者には,良質の企画案作成のための努力が必要とされる。 ②①で企画が採用されると,各編集者は取材先を選定し,構成案を作成して,各号の企画会議で了承を得る。適切な取材先の選定は労力を要し,その際,それまでに培った人脈や収集した情報が重要になる。取材自体も,企画の趣旨について十分に理解を得られるよう,相応の時間の面談ないし電話による交渉が必要であるほか,1本の企画における取材先も少なくなく,取材先の都合によっては,夜間や休日に日時を設定することがあった(例えば,平成8年2月8日,同月18日,同月21日など。)。また,亡P1は,週刊○○編集部に入った頃から,建築業界や医療業界,コンピューター業界などの,いわゆる専門性の高い業界に関する記事を担当することが多く(例えば9315号(1993年15号),9321号,9323号,9333号),このような記事は,業界の構造や業界用語について勉強していかないと,取材の質問すらできないので,僅かな記事を作成するのにも,その分 15号(1993年15号),9321号,9323号,9333号),このような記事は,業界の構造や業界用語について勉強していかないと,取材の質問すらできないので,僅かな記事を作成するのにも,その分野の本を最低1,2冊読まなければならず,通常の特集記事に比べて負担の重いものであった。 - 20 -③ライターの選定も,ライターの得意分野を理解して行う必要があり,注意を要する。ライターに依頼せず,編集者自身が原稿を執筆する場合もあるし,ライターに依頼する場合には,ポイントとすべき部分を打ち合わせ,原稿をチェックし,必要があれば,ライターに修正を依頼するか,編集者自身が修正する。一方,イラストレーターにイラスト作成を依頼し,作成されたイラストの修正を行ったり,ページのレイアウトの構成を考え,デザイナーと具体的なレイアウトの打ち合わせを行い,その作成を依頼するとともに,必要な図表や写真を準備する。 ④入稿(原稿,イラスト・写真・図表等,レイアウトを揃えて印刷所に持ち込むこと。)に当たっては,編集者は原稿の文字数を手作業で数えて全面的なチェックを行い,細かい文字やデザインの指定まで,レイアウトをチェックして,入稿日のうちに,それらの作業を終了させなければならないものであり,極めて高い集中力を長時間にわたり要求される。 ⑤ゲラ・色校は,編集者及び取材先等のチェックを要し,その段階で大きな訂正が入ると,編集者自身がデザイン変更を行うなどする必要があった。また,一般的には,編集長が最終チェックを行うものであるが,週刊○○の場合,そのようなチェックはなく,担当編集者がその責任を負担していた。 ⑥雑誌ができあがると,編集者が同誌を取材先に送付する手配をし,経費等の精算を行う。 以上のとおり,編集者の業務は多岐にわたるところ,編集者は,全工程を自ら管理し 編集者がその責任を負担していた。 ⑥雑誌ができあがると,編集者が同誌を取材先に送付する手配をし,経費等の精算を行う。 以上のとおり,編集者の業務は多岐にわたるところ,編集者は,全工程を自ら管理し,それも,同時期に複数の特集記事を並行して担当していた。亡P1は,9434号,9435号,9437号,9439号,9440号に特集記事を掲載しており,約1か月半の間に5本の特集記事を担当したものであって,その負担は非常に重かった。 - 21 -(イ)リクルートの利益至上主義とその重圧リクルートは,徹底的な利益至上主義を採用し,社内の各部署や従業員に対し,短期間で確実に利益を上げることを求めていた。具体的には,同社は,部署ごとに貸借対照表と損益計算書を作成させて業績を管理するとともに,能力主義・業績主義の人事制度を採用し,人事考課が待遇や人事異動に即座に反映する体制となっており,頻繁かつ大規模な人事異動が行われる実態にあった。そのため,各従業員は,常に最大限の能力を発揮するよう管理されていたといえる。 週刊○○においても,購入者が評価した記事を記載するアンケート葉書が付いており,リクルートでは,このアンケート結果を「支持率」として各編集者に伝え,編集者の表彰の参考としていた。リクルートが求人広告分野のリーディングカンパニーであり続けるために,週刊○○に質の高い記事を提供することが要請され,各編集者は,そのために最大限の労力を注がざるを得なかった。 (ウ)営業との関係週刊○○の中心は求人広告であり,広告主である企業や,企業と折衝する営業職に対し,常に配慮する必要があり,その要望に応じるために,相当の時間や労力を取られていた。 (エ)編集以外の業務記事の編集業務以外にも,亡P1は,○○編集部に配属されて間もない平成4年7月から,「進行」 常に配慮する必要があり,その要望に応じるために,相当の時間や労力を取られていた。 (エ)編集以外の業務記事の編集業務以外にも,亡P1は,○○編集部に配属されて間もない平成4年7月から,「進行」業務(一つの雑誌ができるまでの工程の管理・調整業務)や「ストック管理」業務という,全体のスケジュールにかかわる業務を任されていた。特に,「進行」業務は,印刷会社との打ち合わせや全ての原稿の入稿等のスケジュールを管理する(他の担当者への指示等を含む。)ものであり,通常の編集部であればベテランが担当する業務であり,責任が重く,精神的負荷も- 22 -大きい業務であった。 また,平成6年7月からは,「表紙」の業務を担当するようになったが,表紙の内容は売れ行きに直結するので責任が重く,かつ,当時の○○では表紙に著名人の人形様の絵を使っていたので,肖像権等の問題についても絶えず配慮しなければならない立場にあった。 (オ)他雑誌の編集の協力亡P1は,「○○」,「○○」,「○○」等リクルートが発行する他の雑誌の編集についても手伝いをしていた。 イインターネット企画グループ在籍中の亡P1の業務の過重性について(ア)業務の内容亡P1の担当したデジタル○○の業務は,以下のとおり,広範かつ膨大なものであった。 aコンテンツ制作・更新①企業求人情報の提供亡P1は,データベース用アプリケーションや専用プログラムを使用して,毎週の掲載企業情報データベースの更新を担当していた。 ②固定,転載記事亡P1は,固定記事を掲載し,あるいは他媒体の記事を転載する業務についても,転載すべき記事の内容を確認し,テキストデータにした上,画面表示が適切になされているかどうかを確認してデジタル○○へアップしていた。 ③編集記事亡P1は,デジタル○○で編集業務を担当す ついても,転載すべき記事の内容を確認し,テキストデータにした上,画面表示が適切になされているかどうかを確認してデジタル○○へアップしていた。 ③編集記事亡P1は,デジタル○○で編集業務を担当する唯一の者として,短期間のうちに,セブントピックス,ウィークリーコラム,特集記事という,様々な編集記事企画を立ち上げ,○○編集課時- 23 -代と比べても多数回の編集及び掲載業務を行っていた。 ④希望者へのサービス提供亡P1は,次のとおり,希望する閲覧者にそれぞれのサービスを提供する業務も行っていた。すなわち,創刊後は,希望者へのサービス提供という実務的な作業と,提供希望者,停止希望者などをデータで管理して,適時に更新していくことが業務の中心となるところ,亡P1は,少なくとも,キャリアカウンセリングに関して対象者へのメール送信などの作業を行っていたし,メーリングサービスの配信,配信停止作業も担当していた。また,亡P1は,これらに関連して,閲覧者からの労働相談に対してメールで回答をするということまでも行っていた。 ⑤編集部からの情報提供亡P1は,唯一の編集業務担当者として,編集部として情報のピックアップを行い,画面表示を含めて確認,掲載を行う業務等も行っていたものである。 ⑥画面制作作業亡P1は,画面のレイアウト作業や,校正作業を負担していた。 bその他の業務①デジタル○○のバナー広告依頼亡P1は,他社のホームページにデジタル○○のバナー広告を掲載してもらうため,ホームページ管理者に対し,自ら作成したと思われる複数のパターンの広告画面が切り替わるデジタル○○のバナー広告の画面を送り,その掲載を依頼している。 ②営業との関係亡P1は,週刊○○の場合と同様,営業職に対する配慮を行っていた。 - 24 -③週刊○○の業務 面が切り替わるデジタル○○のバナー広告の画面を送り,その掲載を依頼している。 ②営業との関係亡P1は,週刊○○の場合と同様,営業職に対する配慮を行っていた。 - 24 -③週刊○○の業務亡P1は,週刊○○時代に担当していた連載企画に関する業務を,本件発症の直前期に担当していた。 ④販売促進物の作成亡P1は,デジタル○○の販売促進用のカードのデザインや色指定を含め,作成を担当していた。 ⑤閲覧者の応募行動喚起策リクルートは,デジタル○○不振対策のうち,応募行動喚起対策として,( )「問い合わせボタンの設置」,( )『「HOWTiiiOACCESS」ボタンを「資料請求・応募」に名称変更』を挙げている。( )については「そのボタンを押すとメールソフiトが立ち上がり,自由にアクセスできる。気軽な問い合わせを促進。」との説明がある。これを実現するには,デジタル○○の画面上に,メールソフトが立ち上がるようなプログラムをHTML言語の「タグ」指令として書き込む必要があり,さらに,画面上ではクリックすると右指令が実行されるようなボタンとして表現されるような指令も書き込まなければならないのであり,明らかに専門知識を必要とするものである。 ⑥以上のとおり,亡P1がデジタル○○で担当していたのは,単に編集記事を作成することではなく,専門的知識を有する企業情報データベースの更新業務を含めて,デジタル○○のコンテンツ全体についての業務を行っていたのであった。また,唯一の編集部員として様々な形で閲覧者への情報提供を行い,問い合わせに対する回答という個別閲覧者への対応も行っていたほか,業務遂行の過程で営業社員や外部企業とのやり取りをし,更には,異動前の○○の連載企画に関する業務も負担していた- 25 -のであった。 (イ)業務 回答という個別閲覧者への対応も行っていたほか,業務遂行の過程で営業社員や外部企業とのやり取りをし,更には,異動前の○○の連載企画に関する業務も負担していた- 25 -のであった。 (イ)業務の過重性aデジタル○○の重要性と亡P1への重圧リクルートは,平成8年当時,数年内に主要情報誌全てをインターネットで提供し,年商50億円規模とするという目標を掲げており,インターネットの転職情報提供事業において複数の企業との具体的競争が始まる状況において,デジタル○○はリクルートにとって極めて重要な商品であった。そして,前記のリクルートの利益至上主義と,その目的に沿う人事制度の下,亡P1には,デジタル○○を短期のうちに利益があがる商品として成功させなければならず,その企画,構成,内容,デザイン等あらゆる面において高い品質を確保しなければならないという重圧がかかっていた。 b支援の不存在インターネット企画グループにおいて,亡P1は唯一の編集担当者であり,また,同グループ内の他の従業員である上司のP2,P7及びP8はいずれも他の業務を兼任していたため,亡P1は,前記のようなデジタル○○の多岐にわたる業務をほとんど一人で担当しなければならなかった。 上司のグループマネージャーのP2は,出張等が多く不在がちであったばかりか,亡P1が業務に追われて精神的余裕を失っている状況にあった平成8年7月ころ,リクルートのステップ休暇制度を利用して,長期の休暇を取得し,亡P1の業務負担を更に過重にした。 また,リクルートは,亡P1に対し,インターネットに関する研修等の機会を与えず,業務遂行をサポートする体制を整備しなかった。 そのため,亡P1は,社外のインターネットの専門家である前記P4- 26 -を頼って,専門知識の習得等を行わざるを得ない状況であった 等の機会を与えず,業務遂行をサポートする体制を整備しなかった。 そのため,亡P1は,社外のインターネットの専門家である前記P4- 26 -を頼って,専門知識の習得等を行わざるを得ない状況であった。 c業務の困難性亡P1は,インターネット媒体を担当した経験がなかったにもかかわらず,平成8年4月の創刊時には雑誌の体をなしていなかったデジタル○○のリニューアル企画を立案,実行したものであり,その業務は新規性が高く困難なものであった。 また,平成8年当時,インターネットの通信環境やホームページ作成環境は極めて未熟であり,画面制作及びその内容の確認だけでも,非常に業務負担が大きく,困難なものであった。 (ウ)深夜労働亡P1が行っていた業務はライターを含めた社外の者との連携が不可欠であり,限られた時間の中で記事編集を完了するためには,深夜にまで及ぶ労働は避け難いものであった。例えば,昼間は取材で外出が多く,原稿執筆が夜になることの多いライターとの関係のみで考えても,送付原稿に対する検討結果のレスポンスや連絡やり取りなど,夜間に業務を行わざるを得なかった。 特に,亡P1の毎週水曜日の労働は,翌日の早朝に及ぶことが恒常的に繰り返されている。これは,デジタル○○の更新作業(少なくとも,木曜日午前10時の更新が滞りなく行われるようにテスト環境へ画面更新データを全てアップさせておくこと)までも亡P1の担当となっていたことによる。そのため,毎週水曜日は,日付が変わった木曜日の早朝まで勤務し,ほとんど睡眠も取れずに再び木曜日の通常業務に従事するという,極めて不規則な労働が常態化していた。 (エ)夏季休暇について亡P1は,平成8年8月に夏季休暇を取得しているが,これは,亡P- 27 -1の本件疾病発症の業務起因性を否定する理由とはならない。亡P1 不規則な労働が常態化していた。 (エ)夏季休暇について亡P1は,平成8年8月に夏季休暇を取得しているが,これは,亡P- 27 -1の本件疾病発症の業務起因性を否定する理由とはならない。亡P1は,夏季休暇以前に過重な労働に従事しており,周囲の者の供述からも,夏季休暇の前から相当に疲弊して,深刻な体調不良の様子を示し,その後も回復した様子がなかったことが明らかである。重篤なくも膜下出血の発症に先立ち,頭痛等の前駆症状ないし警告症状が出現することが医学的に知られているところ,亡P1は,平成8年8月10日ころから頭痛等を訴えており,同月25日に本件疾病を発症したのであるから,亡P1は,遅くとも夏季休暇に入った直後には,本件疾病の前駆症状を発症していたものと認めるべきであり,前駆症状の発症にまで至っていた亡P1の血管病変の増悪は,僅かな夏季休暇期間などでは全く改善されず,本件疾病の発症に至ったものである。 ( )亡P1のくも膜下出血に対する同人の基礎疾患の影響について ア亡P1の健康診断結果亡P1の血圧は,高血圧症として治療を要する程度には悪化しておらず,かつ,かかる程度に至ったのも,リクルートに入社後に増悪した結果である。また,脂質(総コレステロール,HDLコレステロール,中性脂肪)については,要生活注意(C)又は要再検査(D)と指摘されていたが,これも,治療を要する程度には至っていなかった。 イ亡P1の多発性嚢胞腎の状況亡P1の多発性嚢胞腎は,腎機能にほとんど異常が認められない軽度のものであった。すなわち,平成8年3月28日の受診の際には,肉眼的血尿が消失しており,CTスキャンによっても,肝臓,すい臓,脾臓に嚢胞は認められず,胆嚢も正常で,血液検査,生化学検査等にほとんど異常が認めらず,腎機能は軽度の低下である。同年4月 の際には,肉眼的血尿が消失しており,CTスキャンによっても,肝臓,すい臓,脾臓に嚢胞は認められず,胆嚢も正常で,血液検査,生化学検査等にほとんど異常が認めらず,腎機能は軽度の低下である。同年4月25日受診の際には,治療を要せず,3か月に一度の経過観察でよいと指示されている。 - 28 -ウ多発性嚢胞腎と脳動脈瘤の発生・破裂多発性嚢胞腎での脳動脈瘤の合併頻度は,これが一般人より高いとする報告もあるが,それらの報告は脳動脈瘤の検出方法や多発性嚢胞腎患者群の母集団の特性の差異に基づき内容が大きく異なるもので,合併頻度が高くないとする報告もある。 また,一般的に,脳動脈瘤が存在しても,必ずしも破裂することなく,生涯破裂しないままである場合も相当の確率で存在する。したがって多発性嚢胞腎に合併した脳動脈瘤も,必ずしも破裂に至るものとはいえない。 多発性嚢胞腎が,脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の危険因子であることは否定できないが,喫煙,高血圧,アルコール等,他の危険因子と同様,脳動脈瘤を必ず増悪させ,破裂によるくも膜下出血を発症させるものとは限らず,特に,亡P1のような29歳という年齢では,脳動脈瘤によるくも膜下出血を発症する者は少ない。亡P1の高血圧及び多発性嚢胞腎の症状は前記のとおりであり,亡P1はくも膜下出血発症まで,通常の日常業務を支障なく遂行していたのであるから,亡P1の基礎疾患たる脳動脈瘤が,その自然経過により破裂してくも膜下出血を発症する寸前にまで進行していたということはできない。 ( )まとめ 以上のとおり,亡P1は,リクルートの編集者として過重な業務に従事したことから,回復できない疲労を蓄積し,その過重業務を原因としてくも膜下出血を発症し,死亡するに至ったものであり,亡P1の本件疾病がリクルートの過重業務に起因する トの編集者として過重な業務に従事したことから,回復できない疲労を蓄積し,その過重業務を原因としてくも膜下出血を発症し,死亡するに至ったものであり,亡P1の本件疾病がリクルートの過重業務に起因することは明らかである。 したがって,本件不支給処分は誤りであり,取消しを免れない。 【被告の主張】( )労災保険法7条1項1号の「業務上の疾病」の異議 - 29 -ア労災保険法上の保険給付は,労働者の業務上の死亡等について給付されるところ(労災保険法7条1項1号),当該労働者の死亡等を業務上のものというためには,当該労働者が業務に従事しなければ結果(死亡等)は生じなかったという条件関係が認められるだけでは足りず,両者の間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係(相当因果関係)があることを要する。 そして,労災保険は労働基準法の定める使用者の災害補償責任を担保するための制度であるところ,災害補償制度は,労働者が使用者の支配管理下で労務を提供する過程において,業務に内在する危険が現実化して傷病が引き起こされた場合には,使用者は,当該傷病の発症について過失がなくても,その危険を負担し,労働者の損失填補に当たるべきであるとする危険責任の考え方に基づくものであるから,労災保険において相当因果関係が肯定されるためには,死亡等の結果が,業務に内在する危険の現実化と認められることが必要であり,①業務に危険が内在していると認められること(危険性の要件),さらに,②傷病が業務に内在する危険の現実化として発症したと認められること(現実化の要件)が必要である。 脳・心臓疾患の場合,①危険性の要件については,業務の危険性の程度を,当該労働者と同程度の年齢・経験等を有し,基礎疾患を有していても通常の業務を支障なく遂行することができる程度の健康状態にある者(以 脳・心臓疾患の場合,①危険性の要件については,業務の危険性の程度を,当該労働者と同程度の年齢・経験等を有し,基礎疾患を有していても通常の業務を支障なく遂行することができる程度の健康状態にある者(以下「平均的労働者」という。)を基準として,業務による負荷が,医学的経験則に照らし,脳・心臓疾患の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ得ることが客観的に認められる負荷といえるか否かによって決するのが相当である(平均的労働者基準説)。また,②現実化の要件については,脳・心臓疾患の発症が,業務に内在する危険の「現実化」といえるためには,当該発症に対して,業務による危険性(業務の過重性)が,その他の業務外の要因(当該労働者の私的リスクファク- 30 -ター等)に比して相対的に有力な原因となったと認められることが必要である(相対的有力原因説)。 イ専門検討会報告書は,その時々の最新の医学的知見に基づき,どのような場合に,脳・心臓疾患の発症が「業務に内在する危険の現実化」と認められるかについての評価要因を検討したものであり,医学的に極めて信頼性の高い資料であるから,業務起因性の有無は,同報告書に示された最新の医学的知見及びこれを踏まえた新認定基準に基づいて判断されるべきである。 ( )亡P1の従事した業務の量的過重性について ア出勤表,警備日誌,経費として認められた領収証等の証拠によれば,亡P1の発症前6か月間の労働時間は,別表2のとおりであり,各月の時間外労働時間は,発症前1か月目(平成8年7月26日から同年8月24日まで)は32時間40分,発症前2か月目(平成8年6月26日から同年7月25日まで)は51時間13分,発症前3か月目(平成8年5月27日から同年6月25日まで)は68時間32分,発症前4か月目(平成 で)は32時間40分,発症前2か月目(平成8年6月26日から同年7月25日まで)は51時間13分,発症前3か月目(平成8年5月27日から同年6月25日まで)は68時間32分,発症前4か月目(平成8年4月27日から同年5月26日まで)は20時間30分,発症前5か月目(平成8年3月28日から同年4月26日まで)は66時間00分,発症前6か月目(平成8年2月27日から同年3月27日まで)は47時間30分であった。 なお,原告らは,亡P1の発症前6か月より前の業務の過重性を主張するが,長時間労働による負荷は,それが軽減されれば人体の受けたダメージが回復するものであって,発症から時期が遡るほど業務の影響は相対的に低下するのであり,発症前6か月より前の業務の過重性を検討する必要はない。また,その時期の亡P1の業務において,大きな特集記事を担当した場合など,一時的に負荷の大きい時期があったとしても,恒常的なものではなかった。 - 31 -イ争いのある労働時間について(ア)休憩時間亡P1の休憩時間は,基本的に,別表2の「1日の拘束時間数」から「1日の労働時間数」を減じた数値とすべきである。 リクルートには,従業員の供述から認められるとおり,労働時間を過少申告するような方針や風潮はなく,特に,編集業務は,仕事と私生活の区別が付けにくい業務であり,その中でも亡P1は仕事と私生活を厳密に分けるような仕事のやり方をしていなかった。このような事情の下では,実労働時間を最も的確に判断できるのは本人であり,真面目な性格であったという亡P1が自ら労働時間に該当すると判断して申告した実労働時間は基本的に信用できるというべきであり,他の証拠等からあまりにも不合理と思われるものについては,個別に修正すれば足りる。 (イ)平成8年2月及び3月の労働時間平成8年 と判断して申告した実労働時間は基本的に信用できるというべきであり,他の証拠等からあまりにも不合理と思われるものについては,個別に修正すれば足りる。 (イ)平成8年2月及び3月の労働時間平成8年2月及び3月の労働時間は,この時期のタイムカードが存在しないため,出勤表(乙28の6及び7)等の証拠から合理的に推測できる労働時間とすべきである。 (ウ)各日の労働時間a平成8年8月19日,同月23日タイムカードの「平日の実働時間数」欄及び「うち深夜」欄は,筆跡の違いなどに照らすと,亡P1自らが記入したのではない可能性が高いため,記載された数値が現実の実労働時間かどうか疑いが残る。 各日の始業時刻及び終業時刻からすると,亡P1は出勤後,退社前に昼食及び夕食をとったものと思われる。よって,食事のための休憩時間2時間を計上した。 b平成8年7月10日亡P1が,自らタイムカードに「午前5時」と記載している(乙2- 32 -9の4)ところ,前記のような編集という業務の特殊性,亡P1の人となり,同人の仕事のスタイル等に照らし,タイムカードが存在する場合においては,原則として,タイムカードの記載を信用するべきであり,同記載が不合理であると認めるに足りる特段の事情がない限り,当該タイムカードの記載を修正する必要はないと解するのが相当である。そして,午前5時までの勤務を「徹夜」と評価することは不自然ではなく,電子メールの送信は,クリック一つでできるのであるから,この点に関する原告らの主張は,タイムカードの記載の信用性を疑うべき特段の事情とはいえないというべきである。 (なお,被告は,平成8年3月6日及び同年2月27日については,ファイル保存記録やファクシミリ送信記録を手がかりに亡P1の始業時刻あるいは終業時刻を主張したが,これは,タイムカードのな べきである。 (なお,被告は,平成8年3月6日及び同年2月27日については,ファイル保存記録やファクシミリ送信記録を手がかりに亡P1の始業時刻あるいは終業時刻を主張したが,これは,タイムカードのない期間である。上記のとおり,基本的かつ信用性の高い証拠であるタイムカードが存在する場合には,タイムカードの記載により始業時刻及び終業時刻並びに実労働時間数を認定するのが妥当である。)c平成8年7月3日前記bと同様の理由により,終業時刻は,タイムカード上記載された「午前5時」と認めるべきである(なお,警備日誌の退館時刻がタイムカードの退社時刻より1時間遅くなっているが,タイムカード打刻後仮眠をとるなど仕事以外のために館内に滞在していた可能性もあるので,一概に不合理ということはできない。)。 d平成8年6月28日タイムカード上,実労働時間は9時間と申告されているが,同日の出社時刻は午前9時21分,退社時刻は午前0時03分,1日の拘束時間数は14時間42分であることに照らすと,申告された実労働時間は過小である可能性がある。そこで,始業時刻にかんがみ,昼食,- 33 -夕食等のため各1時間の休憩をとったものとし,休憩時間を合計2時間,実労働時間を12時間42分とした。 e平成8年6月26日タイムカード上,実労働時間は12時間と申告されているが,同日の出社時刻は午前11時05分,退社時刻は午前2時17分,1日の拘束時間数は15時間12分であることに照らすと,申告された実労働時間は過小である可能性がある。そこで,始業時刻にかんがみ,昼食及び夕食のため各1時間の休憩をとったものとし,休憩時間を合計2時間,実労働時間を13時間12分とした。 f平成8年6月8日タイムカード上,休日出勤の記載はされていないが,交通費支払伝票(甲10の61)に ため各1時間の休憩をとったものとし,休憩時間を合計2時間,実労働時間を13時間12分とした。 f平成8年6月8日タイムカード上,休日出勤の記載はされていないが,交通費支払伝票(甲10の61)によれば,同日の交通費が経費として承認されているため,同日,休日出勤したものと認められる。ただし,同日の始業時刻,終業時刻,実労働時間数を判断する根拠となる証拠が存在しないので,前日である同月7日と同じ午前9時30分に出勤し,当時の所定労働時間である7時間32分勤務し,途中昼食等のため1時間の休憩をとったものとして,始業時刻午前9時30分,終業時刻午後6時02分,拘束時間数8時間32分,労働時間数7時間32分とする。 g平成8年4月29日タイムカード上,休日出勤の記載はされていない。しかし,警備日誌上,退館時刻が午後9時10分と記録されているため,同日,休日出勤したものと認められる。 同日の終業時刻は,上記退館時刻から,午後9時と認められるが,始業時刻を示す証拠はないので,当時の所定労働時間である7時間30分勤務し,途中,夕食等のため1時間の休憩時間をとったものとし- 34 -て,始業時刻午後0時30分,1日の拘束時間数8時間30分,1日の労働時間数7時間30分とする。 h平成8年4月19日タイムカード上,始業時刻は午前11時,終業時刻は午後8時30分,実労働時間は7時間30分と申告されている。しかし,警備日誌によれば,同日の退館時刻は午前2時10分であり,深夜業務交通費伝票にも同月20日タクシーを利用した旨記載され,これが承認されていることにかんがみると,終業時刻は午前2時と認められる。 そこで,始業時刻午前11時,終業時刻午前2時,1日の拘束時間数15時間,始業時刻にかんがみ,昼食,夕食等のため合計2時間の休憩をとったものとし, とにかんがみると,終業時刻は午前2時と認められる。 そこで,始業時刻午前11時,終業時刻午前2時,1日の拘束時間数15時間,始業時刻にかんがみ,昼食,夕食等のため合計2時間の休憩をとったものとし,実労働時間を13時間とした。 i平成8年4月7日タイムカード上,休日出勤の記載はされていない。しかし,警備日誌上,退館時刻が午後11時30分とされており,同日,休日出勤したものと認められる。 同日の終業時刻は,上記退館時刻から午後11時と認められるが,始業時刻及び労働時間を認定できる証拠が存在しない。そこで,同日直前の所定労働日である同月5日(金曜日)の始業時刻が午後0時であることから,同月7日も午後0時始業とし,夕食等のため1時間の休憩時間をとったものとして,1日の拘束時間数11時間,1日の労働時間数を10時間とした。 j平成8年4月6日タイムカード上,休日出勤の記載はされていない。しかし,交通費支払伝票によれば,同日の交通費が経費として承認されているため,同日,休日出勤したものと認められる。 ただし,始業時刻及び終業時刻を認めるに足りる証拠が存在しない- 35 -ので,前日である同月5日と同じ午後0時始業,当時の所定労働時間である7時間30分勤務し,休憩は取らなかったものとして,午後7時30分終業とした。 k平成8年4月5日タイムカード上,出社時刻午後0時,退社時刻午前0時,実労働時間10時間30分と申告されているが,警備日誌によれば,退館時刻は午前4時30分とされているため,始業時刻午後0時,終業時刻午前4時,1日の拘束時間数16時間,夕食等のため休憩時間を1時間とったものとして,実労働時間15時間とした。 l平成8年3月30日出勤表上,休日出勤の記載はない。しかし,証拠(甲44の1)によれば,経費として承認された同日付 間,夕食等のため休憩時間を1時間とったものとして,実労働時間15時間とした。 l平成8年3月30日出勤表上,休日出勤の記載はない。しかし,証拠(甲44の1)によれば,経費として承認された同日付け喫茶店の飲食費領収書の存在が認められるため,同日,休日に労働したものとする。 ただし,同日の始業時刻,終業時刻,実労働時間を示す証拠は存在しないため,同年4月2日ないし同月5日まで午後0時始業が続いていたことにかんがみ,同年3月30日も午後0時始業とし,当時の所定労働時間である7時間30分勤務し,休憩時間をとらなかったものとして,終業時刻を午後7時30分とした。 m平成8年3月29日出勤表上,深夜勤務を2時間行った旨の記載があるため,終業時刻は午前0時と認めるのが相当である。また,始業時刻を示す証拠が存在しないため,上記lと同様,午後0時始業と認めるのが相当である。 そうすると,拘束時間数は12時間となり,夕食等のため休憩時間を1時間とったものとして,実労働時間数は11時間とする。 n平成8年3月2日経費として計上された同日付け領収証が存在することから,休日出- 36 -勤とし,その余の証拠が存在しないため,午後0時始業,午後7時30分終業とした。 ウ労働時間算定に係る資料の正確性タイムカード上の「出社」及び「退社」の各欄は,毎日出勤及び退勤の際打刻機で打刻し,打刻忘れの場合は,所属の上司の確認を受けた上で従業員が自ら記入するものであって,基本的に信用できるものである。(実際にも,タイムカード上の記載は警備日誌の退館時刻ともよく一致しており,例外的に一致していない部分は,前記イ(ウ)のとおり修正を行った。 直行・直帰の場合は,従業員の自己申告であり,出先への到着時間,出先を離れた時間を従業員が手書きで記入するが,この申告が信用できる り,例外的に一致していない部分は,前記イ(ウ)のとおり修正を行った。 直行・直帰の場合は,従業員の自己申告であり,出先への到着時間,出先を離れた時間を従業員が手書きで記入するが,この申告が信用できることは,前記イ(ア)のとおりである。)確かに,タイムカード及び出勤表の記載には,他の証拠から一部修正を施すべき部分も存在するが,それは全体から見ればごく一部である。前記のとおり,編集という業務の特殊性,亡P1の人となり,同人の仕事のスタイル等に照らし,亡P1が自ら申告した労働時間数は,基本的には十分信用できるものというべきである。 ( )亡P1の従事した業務の質的過重性について ア週刊○○編集課在籍中の亡P1の業務について週刊○○の編集スケジュールは,通常の週刊誌のスケジュールよりは緩やかな方であった。 編集者ごとの記事の割り当ては,副編集長が編集長と協議の上決めており,編集者間に不公正,不平等にならないよう配慮されていた。亡P1は,立ち上がりの早い編集者と評価されていたことから,業務が過重であったとはいえない。 編集業務のうち,原稿の執筆は,○○編集課では基本的に外部のライターに依頼するよう指導しており,亡P1も基本的にはこれに従っていた。 - 37 -亡P1が自ら執筆したこともあるが,これは本人の希望によるものである。 また,原稿の修正は,内容にわたる場合には原則としてライターに依頼して行うものであり,編集者が修正するのは,誤字・脱字等の形式的な誤りである。原稿作成だけでなくレイアウトその他の外注業務全般について,外注した業務を編集者が行うのは外注業者の仕事内容を変更することであるから,それらを亡P1が行っていたような原告らの主張は誤りである。 原告らは,リクルートの人事評価制度等により,亡P1に特段の重圧がかかっていたかのように うのは外注業者の仕事内容を変更することであるから,それらを亡P1が行っていたような原告らの主張は誤りである。 原告らは,リクルートの人事評価制度等により,亡P1に特段の重圧がかかっていたかのように主張するが,それはリクルート全社に適用されていたものであって,一人亡P1のみに適用されていた訳ではない。 原告らは,亡P1が,営業との関係に配慮する必要があった旨主張するが,編集記事が営業に影響するのは,名前の誤記や事業内容の説明の不正確等があれば顧客との関係が悪くなるという程度のものであり,特段営業に対する配慮が必要であった訳ではない。 亡P1は,新人時代に進行管理業務を担当したが,平成8年以降は担当していない。また,進行管理業務とは,週刊○○の編集全体の進行管理を行うものであり,全体のスケジュールがわかるという意味で新人が担当していた。そして,亡P1が担当していた時期には週刊○○のページ数が減ってきており,亡P1自身の編集記事も質,量ともに小さいものであったことからも,進行業務が大きな負担になったといえない。 原告らは,亡P1が「○○」等リクルートが発行する他の雑誌の編集についても手伝いをしていたと主張するが,手伝いは,「○○」の1件のみであり,例外的なことであった。 亡P1の深夜労働は,編集者であることから必然的に行っていたものではなく,亡P1の選択した仕事のスタイルである。 亡P1は,週刊○○編集課在籍中,先輩で同じα8大学出身者のP9に誘われ,競馬を趣味とするようになった。亡P1は,同じく競馬を趣味と- 38 -する数人の仲間(ライター,カメラマンも含む。)と,「馬会」と呼ぶ会を作り,金曜日に馬の枠順が決まると,会員が自分が勝つと思った馬と枠を書いて週刊○○編集部に送ってくるのをとりまとめ,集計表を作るなどの作業も引き受けていた。こ ラマンも含む。)と,「馬会」と呼ぶ会を作り,金曜日に馬の枠順が決まると,会員が自分が勝つと思った馬と枠を書いて週刊○○編集部に送ってくるのをとりまとめ,集計表を作るなどの作業も引き受けていた。このことは,週刊○○編集部における業務が,亡P1にとって過重なものでなかったことを端的に示しているほか,亡P1は職場で上記のような集計表作成作業を行っていたのであり,亡P1がタイムカードに記載した実労働時間数が会社滞在時間よりもある程度短いのも,このような時間を適正に実労働時間から除外して申告したからに他ならない。 イインターネット企画グループ在籍中の亡P1の業務についてデジタル○○における亡P1の業務は,週刊○○編集部における業務よりも多様であったが,デジタル○○は,平成8年4月に配信を開始したばかりの小規模な媒体であり,担当者(マネージャー,編集,企画すべてを含む。)の総人数が4人であったことからも裏付けられるとおり,一つ一つの業務の絶対量はごく少ないものであった。そして,デジタル○○も,リクルートが出版していた多くの就職情報誌同様,求人広告がメイン,編集記事は従という位置付けであった。しかも,P2というデジタル○○の責任者が存在したのであるから,デジタル○○のメンバーの中で最も席次が下の亡P1が,デジタル○○の業績を上げる責任を負わされていたなどということはあり得ない。なお,原告らは,デジタル○○のメンバーがいずれも他の業務との兼任であったと主張するが,P2はデジタル○○を主に担当しており,原告らの主張によっても,デジタル○○はリクルートにとって極めて重要な媒体であったというのであるから,そのデジタル○○が軌道に乗る前に,従前から責任者であったP2マネージャーをデジタル○○に関与できない状態にするなどという不合理な人事をリクルートが とって極めて重要な媒体であったというのであるから,そのデジタル○○が軌道に乗る前に,従前から責任者であったP2マネージャーをデジタル○○に関与できない状態にするなどという不合理な人事をリクルートが行うとは到底思われない。また,P7については,平成8年6月からはデジ- 39 -タル○○を主に行うようになったのであり,P8についてもデジタル○○の業務を主に行っていたものである。 亡P1は,デジタル○○に係る業務を行っていた期間の時間外労働時間数が,月80時間を大きく下回っており,かつ,平成8年8月9日から同月18日までは10日間連続の休暇を取得し,同年4月27日から同年5月6日にも連続して休暇を取得し,同年5月11日以降の週末は,同年6月8日を除いてすべて2日間の休日が確保され,唯一週休2日が確保されなかった同月8日の週末も,翌9日は休んでいる。また,亡P1は,この時期に,自ら積極的に新しい編集企画を次々と提案し,必ずしも公私の区別のはっきりしない友人・知人との交際や食事にも時間をかけていた。亡P1は,業務と全く無関係な競馬予想プログラムを特集するムック「○○」の制作に協力し,同年8月23日(土曜日)には当該ムック関係のインタビューまで行っているのである。このように,亡P1のデジタル○○における業務は,何ら過重なものではなかったのである。 原告らは,亡P1が求人広告データ更新作業も業務として行っていた旨主張するが,求人広告データの更新作業を行っていたのはP8であって亡P1ではなかった。 原告らは,デジタル○○がリクルートにとって極めて重要な商品であり,亡P1に重圧が掛かっていた旨主張するが,リクルートがデジタル○○の創刊準備の担当者としたのは,P2ほか5名,準備期間は平成7年11月から平成8年3月末の約5か月であり,同年4月以降の担当 であり,亡P1に重圧が掛かっていた旨主張するが,リクルートがデジタル○○の創刊準備の担当者としたのは,P2ほか5名,準備期間は平成7年11月から平成8年3月末の約5か月であり,同年4月以降の担当者は,P2ほか3名であった。リクルートは,本来,営業企画と編集企画で大きく部門を分けており,同じ雑誌に携わっていても,営業か編集課で属する部門が違い,編集であれば,編集企画室の中に,各種雑誌ごとにチームがあるという組織構成であったが,デジタル○○については,インターネット媒体がまだメディアとして小さく,編集企画室に別途デジタル○○用のグルー- 40 -プを設けるまでもないとの判断がされ,編集担当も含め,全員,企画室に属する「インターネット企画グループ」に所属することとされた。売上げの面から見ても,平成8年度におけるデジタル○○の求人広告売上げは,雑誌媒体売上の100分の1程度であった。これらの客観的な諸事実からみれば,デジタル○○が,リクルートにとって,絶対に失敗を許さない大事業であったのではなく,ある意味,試験的なものであったと評価するのが相当というべきである。 ( )亡P1のくも膜下出血に対する同人の基礎疾患の影響について 本件疾病は,脳動脈瘤の破裂によるくも膜下出血であるところ,亡P1は脳動脈瘤を形成する疾病である多発性嚢胞腎を既往症として有していたことからみて,その発症は,既往症である常染色体優性遺伝多発性嚢胞腎に起因して形成された脳動脈瘤が破裂したものと考えられる。 すなわち,嚢状脳動脈瘤は,脳動脈中膜平滑筋層の部分的欠損という先天的因子に,動脈硬化,血圧,血行力学的因子等の後天的因子が関与して発生するものと考えられているところ,多発性嚢胞腎にり患していることは,それ自体,血管の脆弱性が存在することを示すものであり,多発性嚢 的因子に,動脈硬化,血圧,血行力学的因子等の後天的因子が関与して発生するものと考えられているところ,多発性嚢胞腎にり患していることは,それ自体,血管の脆弱性が存在することを示すものであり,多発性嚢胞腎患者には,高い割合で脳動脈瘤が合併する。そして,脳動脈瘤の破裂の確率は一般的にも決して低いものではなく,多発性嚢胞腎に合併した脳動脈瘤の場合,高い割合で,かつ若年で破裂するとされている。 そして,亡P1は,多発性嚢胞腎にり患しており,実父も腎嚢胞性疾患であり,その母(亡P1の祖母)も38歳で脳溢血で死亡している。また,亡P1は,腎機能の低下が始まりつつあり,それに先行して高血圧が生じていた。上記のように,高い割合で脳動脈瘤を合併し,高い割合で,かつ若年でそれが破裂するとされる多発性嚢胞腎にり患した亡P1が,29歳という一般の脳動脈瘤では考えられない若さで脳動脈瘤破裂により死亡しているのであるから,亡P1の脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血は,多発性嚢胞腎によ- 41 -り発症したものと考えるのが合理的である。 ( )まとめ 以上のとおり,亡P1の本件疾病の発症が業務に起因するものということはできず,本件不支給処分が適法であるのは明白である。 第3当裁判所の判断 認定事実前記第2の1の前提となる事実並びに証拠(甲4ないし8,甲10の8,13,14,17ないし19,22,23,25,31,34,40,43,57及び61,11ないし21,23ないし30,31の1ないし3,32の1ないし3,33の1ないし130,34,35,37の1ないし4,38,42,45ないし56,57の8,14,18,21,22,24ないし28,31,35ないし40,47,64ないし71,73,74,77ないし79,82,89,90,92,93,96ないし98,1 ,42,45ないし56,57の8,14,18,21,22,24ないし28,31,35ないし40,47,64ないし71,73,74,77ないし79,82,89,90,92,93,96ないし98,101ないし119,121及び122,59,60,61の1ないし4,62の2,63,64,65の1ないし6,66ないし80,81の1及び2,82,83の1ないし2の2,84の1ないし3,85の1ないし5,86の1ないし3,87の1ないし3,88の1ないし3,89の1ないし4,90の1ないし6,91の1ないし4,92の1ないし5,93の1及び2,94の1及び2,95の1ないし3,96の1及び2,97の1及び2,98の1ないし3,99の1及び2,100,101,102,103の1ないし8,104の1ないし3,105,106の1ないし3,110ないし131,132の1及び2,133ないし180,乙1ないし6,7の1ないし4,8ないし10,11の1及び2,12の1ないし5,13ないし21,22の1ないし5,23の1ないし3,24ないし27,28の1ないし7,29の1ないし5,30の1ないし27,31の1ないし13,32ないし50)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。 - 42 -( )亡P1について ア亡P1の経歴亡P1は,平成4年3月,α8大学を卒業し,同年4月,リクルートに入社した。亡P1は,同月,就職情報誌事業編集企画室○○編集課(なお,後に同課は商品プロデュース事業部編集企画室所属となっている。以下,いずれの所属の場合も合わせて「○○編集課」という。)に配属され,リクルートSJ首都圏統括部α9営業部α10営業所における約3か月の営業研修を経て,同年6月30日付けで,求人情報誌「週刊○○」編集部員として同誌の編集 合わせて「○○編集課」という。)に配属され,リクルートSJ首都圏統括部α9営業部α10営業所における約3か月の営業研修を経て,同年6月30日付けで,求人情報誌「週刊○○」編集部員として同誌の編集業務に携わるようになった。 その後,亡P1は,平成8年4月1日,商品プロデュース事業部企画室インターネット企画グループ(以下「インターネット企画グループ」という。)に兼任発令され,「週刊○○」関連の残務処理や引継ぎを経て,同年5月8日から,インターネット上の就職情報サイトである「デジタル○○」(以下「デジタル○○」という。)の企画編集制作を担当するようになった。 イ亡P1の健康状態,既往症及び家族歴(ア)健康診断結果亡P1は,平成3年9月から平成8年7月までの間に,合計6回の健康診断を受けており,そのうち,血圧及び脂質(総コレステロール,HDLコレステロール,中性脂肪)について,以下のとおり,C(要生活注意)ないしD(要再検査)の診断を受けたことがあった。同健康診断の判定結果においては,A(正常),B(ほぼ正常),C(要生活注意),D(要再検査),E(要精密検査),F(要医療),G(受診中)の6種類に分類されており,C(要生活注意)は,「軽度の異常を認めます。改善するよう日常生活に注意し,年1回または不調時に再検査を受けてください。」,D(要再検査)は,「異常がありますので再- 43 -検査を受け,病気の有無を確かめてください。」というものであった。 なお,E(要精密検査)は「異常がありますので,受診してより専門的な検査を受けてください。」,F(要医療)は,「治療が必要です。受診し,医師の指示を受けてください。」というものであった。 そして,上記健康診断においては,血圧について,正常域が収縮期血圧140mmHg以下かつ拡張期血圧90m F(要医療)は,「治療が必要です。受診し,医師の指示を受けてください。」というものであった。 そして,上記健康診断においては,血圧について,正常域が収縮期血圧140mmHg以下かつ拡張期血圧90mmHg以下,境界域が収縮期血圧160mmHg以下かつ拡張期血圧95mmHg以下,高血圧域が収縮期血圧が160mmHgを超えるか又は拡張期血圧が95mmHgを超えるものとされており,亡P1の血圧は,収縮期血圧は正常域又は正常域を僅かに超えるものであり,拡張期血圧は概ね境界域又は境界域を僅かに超えるものであった。また,上記健康診断において,脂質について,総コレステロールの基準値は120~220mg/dl,中性脂肪の基準値は40~170mg/dlとされており,亡P1の脂質は各基準値内又はこれを僅かに超えるものにすぎなかった。 (血圧)(収縮期血圧)(拡張期血圧)(いずれもmmHg)平成3年9月9日診断A 平成4年7月16日診断D1回目 2回目 平成4年9月2日診断C1回目 2回目 平成5年8月25日診断D1回目 2回目 平成6年8月24日診断D1回目 2回目 - 44 -平成7年7月24日診断C1回目 2回目 平成8年7月19日診断D1回目 2回目 (脂質)(総コレステロール)(中性脂肪)(いずれもmg/dl)平成3年9月9日診断B 平成4年7月16日診断A 平成5年8月25日診断D 平成6年8月24日診断C 平成7年7月24日診断C 平成8年7月1 平成4年7月16日診断A 平成5年8月25日診断D 平成6年8月24日診断C 平成7年7月24日診断C 平成8年7月19日診断D (イ)医療機関に受診していた経過亡P1は,平成7年10月23日,α11眼科に傷病名「近視,眼精疲労及び表層角膜炎」で受診した。 また,亡P1は,平成8年3月14日を初診として同年3月に2回,α12病院に傷病名「急性胃腸炎及び血尿」で受診している。 さらに,亡P1は,平成8年3月21日を初診として同年3月に2回,同年4月に2回,α1総合病院に傷病名「多房性腎嚢胞及び慢性腎孟腎炎」等で受診している。 (ウ)家族歴について亡P1の父(原告P10。昭和▲年▲月▲日生)は,29歳時に高血圧で検査入院した後,脂肪肝で3回程度入院し,昭和63年12月から平成9年3月まで入院加療していた。44歳ころから心臓,肝臓が悪く,腎機能の低下があり,平成元年ころ腎嚢胞が判明し,平成8年2月から- 45 -透析を継続し,同年8月には障害等級2級の認定を受け,障害基礎年金を受給している。 なお,亡P1の父方の祖母は,脳溢血のため38歳で死亡している。 (エ)亡P1の既往症亡P1は,常染色体優性多発性嚢胞腎にり患していた。 亡P1は,平成8年2月中旬から排尿障害,排尿困難のない無症候性の肉眼的血尿が断続的にみられるとして,同年3月21日,α1総合病院泌尿器科を受診し,その際の超音波検査及び同年4月5日実施のCTスキャンにより,両側腎に大小多数の嚢胞が認められ,多房性腎嚢胞の診断を受けた。なお,初診時の傷病名は「多房性腎嚢胞」であるが,検査等の結果及び家族歴から,多発性嚢胞腎を発症していたものと診断される。受診時,血尿はごく軽度であり,腎 胞が認められ,多房性腎嚢胞の診断を受けた。なお,初診時の傷病名は「多房性腎嚢胞」であるが,検査等の結果及び家族歴から,多発性嚢胞腎を発症していたものと診断される。受診時,血尿はごく軽度であり,腎機能は正常範囲で,腎嚢胞以外の特段の異常は認められなかったため,三,四か月に1度の通院による経過観察を行うこととされ,特段の治療は施されなかった。CTフィルム上も,正常腎組織が見られることから,腎機能は比較的正常に近いと考えられる。 健康診断及び受診の結果によると,亡P1のクレアチニン(血液検査で分かる腎機能の指標で,腎機能が悪化すれば上昇する。)及び血中尿素窒素(腎機能の悪化,消化管からの出血時に上昇する。)の数値は以下のとおりであり,ほぼ基準値の範囲内であった。 クレアチニン血中尿素窒素(いずれもmg/dl)平成3年9月9日(健康診断)1.112.0平成4年7月16日(健康診断)1.014.0平成5年8月25日(健康診断)1.115.0平成6年8月24日(健康診断)1.115.0- 46 -平成7年7月24日(健康診断)1.314.4平成8年3月21日(α1総合病院)1.014.9平成8年7月19日(健康診断)1.416.5(なお,クレアチニンの基準値は,健康診断では0.8~1.3mg/dl,α1総合病院では0.7~1.5mg/dl,血中尿素窒素の基準値は,健康診断では8~23mg/dl,α1総合病院では10~20mg/dlである。クレアチニン値は,筋肉量に比例するところ,同一人で筋肉量が余り変わらず,クレアチニン測定方法が同一であるとしたら,数値が1.0から1.4になった場合,腎機能は約70パーセントに低下していると計算できる。)( )リクルートの業務概要等 ア会社概要等リクルートは, アチニン測定方法が同一であるとしたら,数値が1.0から1.4になった場合,腎機能は約70パーセントに低下していると計算できる。)( )リクルートの業務概要等 ア会社概要等リクルートは,求人広告を始めとする就職情報誌の発刊,その他の情報の提供を主な業務としており,亡P1が所属していた事業部においては,人材総合サービス事業として,人事採用に関する各種サービス,採用広報メディアの企画発行,人材課題解決のためのトータルサービス,インターネットによるサービス,人材開発サービス等を行っていた。 ○○編集課には,課長のP11以下,亡P1を含めて常時7ないし10名の職員がいた。 インターネット企画グループには,グループマネージャーのP2以下,P7,P8及び亡P1が所属していた。(甲4)イ所定労働時間等(ア)所定労働時間就業規則第2章第6条では午前9時から午後5時32分(休憩時間1時間)とされている。 (イ)所定休憩時間- 47 -通常,午後零時から午後1時の1時間であった。 (ウ)所定休日年間126日を設定しており,土曜日,日曜日,祝際日,年末年始及び夏期休日は基本的に休日となる。 (エ)リクルートにおける勤務時間管理等リクルートにおいては,編集・営業部門の従業員は裁量労働制が採用され,タイムカードによる勤務時間管理はされておらず,出勤表による出勤管理が行われていたが,それ以外の従業員は,フレックスタイム制により,タイムカードによる勤務時間管理が行われ,実労働時間は自己申告及び上司の確認行為によって管理されていた。同社のフレックスタイム制では,1日の標準勤務時間は7時間30分とされていた。 (オ)亡P1の勤務時間管理等亡P1は,週刊○○編集課在籍中は編集職にあって,裁量労働制の適用を受け,タイムカードによる勤務時間管理 タイム制では,1日の標準勤務時間は7時間30分とされていた。 (オ)亡P1の勤務時間管理等亡P1は,週刊○○編集課在籍中は編集職にあって,裁量労働制の適用を受け,タイムカードによる勤務時間管理はされていなかったが,平成8年4月のインターネット企画グループへの異動後は,編集制作職として,コアタイムなしのフレックスタイム制の適用を受け,タイムカードによる勤務時間の管理がされていた。 ( )亡P1の業務 ア○○編集課在籍中の亡P1の業務(ア)編集業務a週刊○○は,転職者のための求人情報誌であり,誌面は大きく,記事部分と求人広告部分に分かれており,○○編集課は記事部分及び表紙,目次等の作成を担当し,求人広告部分は営業部門等が担当していた。 b週刊○○の記事部分には,各号ごとの特集で大きいものから順に第1特集(12ないし15頁程度またはそれ以上),第2特集(6ない- 48 -し10頁程度),第3特集(四,五頁程度),第4特集のほか,1頁の特集記事であるトピックス,各号に連載されるレギュラー記事(一,二頁程度)があり,各編集者は,これらの記事を分担して編集業務に当たっていた。 亡P1は,配属1年目に初めて第4特集記事を担当して以降,配属2年目の平成5年発行号掲載のものでは第1特集4本,第2特集6本等合計22本の特集記事を,平成6年発行号掲載のものでは第1特集5本,第2特集9本等合計19本の特集記事を,平成7年発行号掲載のものでは第1特集7本,第2特集8本等合計28本の特集記事を,平成8年発行号掲載のものでは,死亡する同年8月までの間に,第1特集3本,第2特集2本等合計7本の特集記事を担当した。中でも,平成8年3月21日発行号は,週刊○○のリニューアル号であったところ,亡P1は,その第1特集記事(「世紀末サラリーマン生き の間に,第1特集3本,第2特集2本等合計7本の特集記事を担当した。中でも,平成8年3月21日発行号は,週刊○○のリニューアル号であったところ,亡P1は,その第1特集記事(「世紀末サラリーマン生き残りの条件」)を担当した。 また,リクルートでは,各特集記事につき,読者からの支持率を調査し,これを編集者ごとの一覧表にして,各編集者に配布していたところ,平成4年半ばから平成8年にかけての全編集者の平均支持率が22.7であるのに対し,亡P1の支持率は25.4であった。 c編集業務の内容編集業務の具体的な流れを編集者を主体として記述すると,以下のとおりとなる。 ①入稿の3ないし5か月前に,20ないし30本程度の特集企画案を準備し,レジュメを作成し,3か月に1回,ブレスト(ブレインストーミング)会議でプレゼンテーションを行う。編集者ごとに,第1特集から第3特集及びレギュラー記事をどのように,何ページ- 49 -分担当するのかが決められる。 ②採用された企画案につき,取材先と構成案を準備し,入稿の七,八週間前に,企画会議で発表する。会議で出た意見を受けて,規格を再構成する。 ③ライターやカメラマンとの面談か電話で打ち合わせを行い,企画の趣旨を伝える。 ④取材先に取材申込みをし,ライターやカメラマンを手配する。 ⑤取材先に関する資料を収集し,取材内容を検討する。 例えば,映画監督のインタビューの場合,代表作をビデオ店で借りて見たり,休日に大宅壮一文庫(雑誌の図書館)に行き,過去のインタビュー記事を探して読むなどすることがある。 ⑥インタビューを行う。編集者がライターに同行する場合も,編集者又はライターのみで行う場合もある。なお,亡P1は,ほとんどの取材に同行しており,平成8年3月21日発行号の特集記事(「世紀末サラリーマン生き残りの を行う。編集者がライターに同行する場合も,編集者又はライターのみで行う場合もある。なお,亡P1は,ほとんどの取材に同行しており,平成8年3月21日発行号の特集記事(「世紀末サラリーマン生き残りの条件」)のために行われた20名以上に対するインタビューでは,そのうち14名程度に対するものを亡P1自身が行った。 ⑦ライターと記事内容のポイントを確認し,ライターが作成した原稿をチェックする。編集者自身が原稿を作成することも,頻度は少ないがあり,ライターが作成した原稿を編集者が直すこともある。 また,記事に関連するグラフや表などは,ライターに任せる場合もあれば,編集者が準備することもある。亡P1は,自分で行うことがあった。 ⑧最終原稿の行数を手作業で数える。 ⑨大まかなデザインを作成し,デザイナーに依頼する。 ⑩写植会社(α13(RCP))に入稿(紙面の作成のため,各頁- 50 -のレイアウト,原稿,使用する写真等の素材を交付すること)する。 ⑪校正刷り(ゲラ)のチェックをする。訂正が入ると,編集者がデザイン変更をすることもあった。 ⑫色校正のチェックをする。 ⑬取材先等に雑誌を送付する。 ⑭経費・原稿料等を精算する。 なお,編集記事の総量は,平成四,五年ころには120頁程度あったものが大幅に減り始めており,バブル崩壊の影響により,平成6年ころには40頁程度になった。それに伴い,編集のための予算も,1号当たり1200万円程度から,最終的に240万円程度に下がった。 このような変化のため,○○編集課の編集者も10人ないし12人から8人程度にまで減ったが,各編集者ごとの負担も軽くはなった。 d編集業務の割当○○編集課において,編集者ごとの業務の分担は,副編集長が編集長と協議した上,キャリアや力量に応じて,不公正,不平等のないように決 で減ったが,各編集者ごとの負担も軽くはなった。 d編集業務の割当○○編集課において,編集者ごとの業務の分担は,副編集長が編集長と協議した上,キャリアや力量に応じて,不公正,不平等のないように決定し,ブレスト会議において,各編集者の担当する記事及びページ数を明らかにして,編集者ごとの公平を図っていた。 e営業担当者との関係編集者は,企業に取材を行う際,交渉を円滑に進めるために,当該企業を担当しているリクルートの窓口である営業担当者に連絡をすることがあった。 (イ)編集業務以外の業務○○編集課の従業員は,上記の編集業務のほか,付随業務として,様々な業務を分担しており,亡P1は,平成4年7月から平成6年3月まで,進行業務を担当したほか,平成6年7月から平成7年9月まで,表紙業務を担当した。 - 51 -進行業務は,編集記事全体のスケジュール管理をする仕事であり,細かい気を遣う作業ではあるが,業務にかかる時間は,1週間に二,三時間程度であった。同業務は,編集業務全体の工程を理解するという趣旨で,亡P1以前から新人が担当することとされており,亡P1より遅く平成6年4月に○○編集課に異動してきたP12も,亡P1から進行業務を引き継いで担当した。 また,表紙業務は,雑誌の顔の製作という点でミスがないよう気を遣う仕事ではあるが,カメラマンが撮影した写真をパソコンで割り付け,各編集者の作成したタイトル案を入力する等の作業を行うもので,業務にかかる時間は,1週間に二,三時間程度であった。なお,当時,週刊○○の表紙には著名人のイラストを利用していたが,その肖像権の関係は,イラストの人物が誌面のインタビュー記事の相手であったことから,インタビュー担当の編集者等がイラスト作成の了解を得ており,表紙業務の担当者が肖像権に配慮する必要はなかった。 こ その肖像権の関係は,イラストの人物が誌面のインタビュー記事の相手であったことから,インタビュー担当の編集者等がイラスト作成の了解を得ており,表紙業務の担当者が肖像権に配慮する必要はなかった。 このような付随業務の分担は,ローテーションが組まれ,担当に偏りがないよう配慮されていた。 (ウ)他の編集者の手伝い亡P1は,リクルートの発行する雑誌「○○」の平成6年4月6日発行号で,カメラマンのロバート・キャパについて特集する際,写真家に造詣が深かったため,○○編集部から協力の依頼を受け,○○編集課のP13編集長の了解の下,これに協力した。 また,編集者は,各自の得意分野について他の編集者から相談を受けて情報提供をすることは日常的にあるところ,亡P1は,幅広い分野の知識を有し,インターネットにも相当の理解があったので,本やウェブサイトを他の編集者に教示するなどしていた。 イインターネット企画グループ在籍中の亡P1の業務- 52 -(ア)デジタル○○配信開始の背景等平成六,七年ころから,インターネットが普及し始め,インターネット上に求人広告を掲載する企業が現れ始めた。デジタル○○は,既存メディアで取り込めなかった「ネット親和性の高い読者層」の獲得を最大の目的としつつ,インターネット上の求人情報提供に対するユーザーの要望の高まりとインターネットによる求人に他社も本格的に着手している状況から,その動きに遅れることなくリクルートにおいてマーケットのリーダーシップを取る必要性があったこと等を背景ないし目的として,平成8年4月に配信が開始された。 デジタル○○の立ち上げは,平成7年10月ころから始まり,平成8年1月以降,商品プロデュース事業部編集企画室ないし同事業部企画室所属のP2,P8及びP14(亡P1の前任者。)が中心となって暫定的なチー タル○○の立ち上げは,平成7年10月ころから始まり,平成8年1月以降,商品プロデュース事業部編集企画室ないし同事業部企画室所属のP2,P8及びP14(亡P1の前任者。)が中心となって暫定的なチームを編成して行われた。役割分担としては,P14が編集業務全般の企画(各特集の内容や,画面の設計,検索の仕組みや流れの考案等)を行い,P8がその企画のシステム化作業を担当し,P2がそれらを統括していた。 (イ)亡P1への業務の引継ぎ亡P1は,P14の後任として,デジタル○○の編集業務を担当することになり,平成8年4月に入ってから,業務の引継ぎを受けた。P14は同年5月初めころまでデジタル○○の業務を担当していたところ,同人は,「デジタル○○での業務は,『転職ノウハウ集』,『コーヒーブレイク』の記事のさしかえ程度であり,この記事も前述のとおり紙媒体のストック記事からのうつしかえで,その画面作りに関しても,外部のデザイン会社に委託していたので,若干の手直しがある程度で,アップロードするための準備業務として週1時間くらいあれば出来る業務でした」と述べている。また,亡P1は,インターネットを使用して業務- 53 -を行うのは初めてであった。 亡P1は,同年5月7日ころ,インターネット企画グループに着任した。 (ウ)インターネット企画グループの構成インターネット企画グループでは,デジタル○○の担当者として,前記のとおり,P2,P8及びP7がいた。P7は,デジタル○○の商品企画(商品(広告)の値付け,販売促進のためのパンフレット等の作成,広告収入の管理,広告・宣伝のプランニング,商品企画の改善・リニューアル等)を担当していた。同人は,平成8年4月及び同年5月当時は,兼任していたテクノロジー○○誌の業務を主として行っていたが,同年6月以降は,イン 広告・宣伝のプランニング,商品企画の改善・リニューアル等)を担当していた。同人は,平成8年4月及び同年5月当時は,兼任していたテクノロジー○○誌の業務を主として行っていたが,同年6月以降は,インターネット企画グループでのデジタル○○の業務を主として行うようになった。また,P8は,エンジニアとして,デジタル○○のコンピューター面での技術的サポート全般(サーバーの整備,求人広告のアップロード,画面の修正作業等)を担当し,それと共に,新卒者向けのインターネットサービスの企画業務を兼任していた。 (エ)亡P1の具体的業務内容亡P1は,インターネット企画グループに異動後も,編集業務については週刊○○在籍中と基本的に同様の業務を行っていたほか,それにより作成した記事等の更新業務を行っていた。なお,デジタル○○掲載記事のうち,後記dのセブントピックス,ウィークリーコラム及び特集記事は,亡P1が立ち上げたものであり,その他にも,亡P1は,デジタル○○の扉画面に求人トピックスを社数限定で掲載する企画を提案したり,アンケート企画についての提案を上司から求められたりしていた。 平成8年8月当時,デジタル○○には,企業情報・仕事情報のページと,編集記事のページ(ストック記事,キャリアカウンセリング,レギュラー記事及び特集記事)があった。各ページの制作・更新状況(デジ- 54 -タル○○は,毎週木曜日の朝,テストサーバーの画面を,実際のホームページに反映させる形で更新されていた。)は以下のとおりである。 a企業情報・仕事情報のページデジタル○○に掲載されている企業情報・仕事情報のコーナーであり,毎週更新される。掲載企業は200社ほどで,前週に受けた求人広告を,α13社(RCP)が下請け入力し,P8が同社からフロッピーディスクの形で納品された掲載企業の 企業情報・仕事情報のコーナーであり,毎週更新される。掲載企業は200社ほどで,前週に受けた求人広告を,α13社(RCP)が下請け入力し,P8が同社からフロッピーディスクの形で納品された掲載企業のデータについて,新たにリンクを開始する企業のURL,新たにメールアドレスを公開する企業のアドレス,企業名の読み仮名等のチェックをし,毎週水曜日中に,テストサーバーにアップロードする。データをインターネットの画面上に反映させる更新作業は30分程度である。 bストック記事(「適正診断テスト」,「転職なんでも相談室」,「転職オールガイド」,「応募レジュメサンプル集」,「転職の達人講座」があった。)固定されて更新のない記事であり,亡P1が担当する業務はなかった。また,ストック記事に類するものとして,アメリカの漫画サイトへのリンクページや6か月ごとに更新されるプレゼントコーナー(応募者がアンケートに回答する代わりに抽選でプレゼントを贈るもの)があったが,リンク先のページの更新についてリクルートに特に必要な業務はなく,アンケートも内容が当初から決まっていたので,これらについても亡P1が担当する業務はなかった。 cキャリアカウンセリング個人利用者からの転職相談を個別に行うコーナーであり,利用者からの週20ないし30件のメールを編集担当者が受領して,内容を確認し,株式会社リクルート人材センターへ転送して,同社が外部カウンセラーにデータを送付し,後日,編集担当者がカウンセラーからの- 55 -回答を同社を経て受領し,回答内容を確認した上で利用者に転送するというものであった。 dレギュラー記事(編集記事)リクルートの発行している雑誌の編集記事をそのまま転載するもの(「エンジニアのための技術講座」,「吉野美佳のインターネット大作戦」)と,デジタル○ いうものであった。 dレギュラー記事(編集記事)リクルートの発行している雑誌の編集記事をそのまま転載するもの(「エンジニアのための技術講座」,「吉野美佳のインターネット大作戦」)と,デジタル○○独自の編集記事とがある。 前者の更新は,各編集部から受領した記事データを,既存のフォーマットにコピーするだけの作業である。 後者は,亡P1が立ち上げたもので,その中に,①セブントピックス,②Weeklyコラム及び③特集記事という編集記事があった。 亡P1は,毎週木曜日に,翌週分の編集記事の企画・立案(既に数か月単位で大まかな内容は上司の了解を得ており,その候補の中から,どれをどのように採り上げるのか,企画の素案を作り,取材先・ライターを選定する。)を行い,翌金曜日にP2との一,二時間程度の打ち合わせをして内容を決定すると,直ちに企業等への取材及びライターへの依頼を行い,翌週火曜日までに自身で原稿を作成するか,ライターに依頼した原稿の収集,内容のチェック及び修正指示等を済ませ,文字数や表組みの修正,写真や図表の調整等の原稿内容全般の編集・確認作業を経て,水曜日に,完成した記事をインターネット上のテスト画面に反映し,入稿していた。各記事の具体的内容は以下のとおりである。 ①セブントピックス毎週7つのトピックスを,ニュース等から採り上げ,コメントを付して掲載する編集記事で,原稿の作成は外部のライターに依頼していた。 ②Weeklyコラム- 56 -コンピューター関係のイベントを紹介するページで,毎週更新する。亡P1は,毎週木曜日か金曜日に展示会等の取材を行い,その日のうちに1000字程度の記事を作成していた。 Weeklyコラムは,亡P1が平成8年7月ころに提案して始まった編集記事であり,亡P1が担当したのは同年8月8日,同月22日,同 の取材を行い,その日のうちに1000字程度の記事を作成していた。 Weeklyコラムは,亡P1が平成8年7月ころに提案して始まった編集記事であり,亡P1が担当したのは同年8月8日,同月22日,同月29日掲載の3回分のみであった。 ③特集記事亡P1は,Weeklyコラムと共に,特集記事の執筆にも当たっていた。亡P1は,平成8年6月20日に1回目の特集記事を掲載し,その後,同年7月25日,同年8月22日に新しい記事に更新して,合計3本の記事を掲載した。 編集記事(企業情報・仕事情報以外のデータ部分)のインターネット画面への反映は,作成した原稿をインターネット用のフォーマットの上にパソコンを使ってはめ込んで(カットアンドペースト),サーバーへファイル転送を行うという作業であり,大体1時間半程度で終了するものである。もっとも,テストサーバー上に掲載した時点で,文字化けや行ずれが生じる場合があり,画面上でその確認をして修正を行う必要があった。 また,Weeklyコラム及び特集記事は,亡P1が自身で撮影した写真を貼付したり,文字の色や大きさ,全体の配置等のレイアウト作業が比較的自由に行えるものであり,亡P1は,仕事の完成度へのこだわりから,細部に至るまでレイアウトの調整に時間を掛ける傾向があった。 (オ)パソコンスキルについてデジタル○○の業務に必要なパソコンスキルは,クラリスワークス等の表計算及びワープロソフトを操作できれば十分な初級者レベルであった。亡P1は,P14からインターネットやHTML言語のレクチャー- 57 -を受けており,デジタル○○で用いるHTMLが広い範囲のブラウザでも読めるように最も基礎的な文法しか使っていなかったことから,習得は困難ではなかったと考えられる。しかし,亡P1は,社外のインターネット等コンピューター ル○○で用いるHTMLが広い範囲のブラウザでも読めるように最も基礎的な文法しか使っていなかったことから,習得は困難ではなかったと考えられる。しかし,亡P1は,社外のインターネット等コンピューターによる通信技術の専門家であるP4から,コンピューターの技術やホームページ作成技術の指導を受けるなどして,当初予定されていたHTMLの技術を超える,極めて高度な表現技術を利用していた。 ウ亡P1の仕事ぶりに対する関係者の評価(ア)P13(週刊○○編集長)2年目に初めて特集記事を持つというのは平均的ではあるが,亡P1は,編集者としての資質があり,非常にいい記事を作る,立ち上がりの早い編集者であった。記事の割当については公平を考えており,亡P1だけが多いことはなく,リニューアル号の第1特集を任された際も,力は入っていたと思うが,それが恒常的に続いていたということはなく,過重な負担であったとは思わない。 編集者として力を付けてくれば,そういった(第1特集を平成6年に5本担当していたのが,平成7年には7本になるなど。)企画を任せるということはある。亡P1は本当に優秀な編集者だったので,3年目以降第1特集を段階的に増やしていったが,他の編集者とのバランスを考えていた。 亡P1はこだわりの強いタイプであり,納得するまではやり続けるタイプであったので,深夜の労働について,少しコントロールするよう何回か話した。 亡P1は,30分から1時間くらい電話をすることがよくあるなど,比較的電話が長い方であったが,編集者はライターやカメラマンとコミュニケーションを取ることも重要な仕事なので,そのことを注意したこ- 58 -とはない。 (イ)P14(亡P1の前任者)亡P1は確かに働きすぎだったと思う。亡P1が平成8年3月ころに体調を壊していたことも気になる。彼 も重要な仕事なので,そのことを注意したこ- 58 -とはない。 (イ)P14(亡P1の前任者)亡P1は確かに働きすぎだったと思う。亡P1が平成8年3月ころに体調を壊していたことも気になる。彼の行っていた仕事が原因の一つにはなっていると思うが,その仕事が会社から言われてやったというよりは,自分の意思でやりすぎてしまったと思う。編集の仕事は手を抜こうと思えばそれなりにできるものだが,彼は決してそのようなことはなかったのだと思う。 (ウ)P7(亡P1の同僚)平成8年5月以前は他部署との兼任であったので,詳しくは分からないが,同年6月以降については,亡P1は,記事を作ってアップロードを行うというルーティンワークは慣れているという印象があった。仕事に関してはすごくこだわりが強く,完成度を追求する人,又,能力が高い人だと思った。亡P1が精神的に追いつめられていたという印象はないし,むしろとても楽しそうに前向きに考えていた人であった。 (エ)P2(グループマネージャー)パソコンスキルとしては,基本操作はマニュアルを見れば2~3時間でできるが,その応用にあっては1時間くらい勉強をすれば大体の操作はこなせるようになる。亡P1は,P14からレクチャーを受け,短期間で習得していた。また,パソコン操作技術関連業務はP8の担当であった。 デジタル○○では,アップロード前の水曜日が一番忙しいが,最終チェックは午後6時から8時くらいの間に終了し,よほどの事がない限り,修正はない。しかし,亡P1は,自分の仕事に対する完成度の高さを求めるタイプで,その後も文字の配列や画面のレイアウト,色遣い等を考えていたようである。 - 59 -エデジタル○○の業績デジタル○○の掲載広告は営業部が受け付けるが,その価格は,4週間単位の掲載1件につき40万円程度であ 配列や画面のレイアウト,色遣い等を考えていたようである。 - 59 -エデジタル○○の業績デジタル○○の掲載広告は営業部が受け付けるが,その価格は,4週間単位の掲載1件につき40万円程度であった。週刊○○が年間250億円の売上げがあったのに対し,デジタル○○の1年目の売上げは2億円程度であった。 平成8年6月時点で,売上件数が減少傾向にあるなどしていたことから,ヒット件数を上げるために,編集メニューの工夫,新たなコーナーの設置等が議論されていた。 ( )発症日以前6か月間の亡P1の就労状況 ア亡P1の平成8年2月27日から同年8月24日までの各月において,証拠上認められる労働時間は,同年2月27日から同年3月27日までは別表3の総労働時間数及び時間外労働時間数のとおりで,同年3月28日から同年8月24日までは別表3の総労働時間数及び時間外労働時間数にそれぞれ5時間を加えたとおりである(この認定が相当であることについては,後記2( )のとおりである。)。すなわち,発症前1か月目(平成 8年7月26日から同年8月24日まで)の総労働時間は167時間22分,時間外労働時間は39時間22分,発症前2か月目(平成8年6月26日から同年7月25日まで)の総労働時間は243時間32分,時間外労働時間は67時間32分,発症前3か月目(平成8年5月27日から同年6月25日まで)の総労働時間は259時間44分,時間外労働時間は83時間44分,発症前4か月目(平成8年4月27日から同年5月26日まで)の総労働時間は147時間30分,時間外労働時間は25時間30分,発症前5か月目(平成8年3月28日から同年4月26日まで)の総労働時間は247時間20分,時間外労働時間は71時間20分,発症前6か月目(平成8年2月27日から同年3月27日ま は25時間30分,発症前5か月目(平成8年3月28日から同年4月26日まで)の総労働時間は247時間20分,時間外労働時間は71時間20分,発症前6か月目(平成8年2月27日から同年3月27日まで)の総労働時間は217時間30分,時間外労- 60 -働時間は50時間30分であった。 なお,亡P1のくも膜下出血が発症した当日は日曜日,前日は土曜日であり,発症から約2週間前の平成8年8月9日から同月18日までの10日間は,亡P1は夏期休暇(有給休暇を含む。)を取得していた。 イリクルートにおいては,編集・営業部門職員は裁量労働制が適用され,出勤表により勤怠管理が行われており,それ以外の職員は,フレックスタイム制が適用され,タイムカードにより勤怠管理が行われていた。亡P1は,平成8年3月までは,○○編集課所属の編集職員として出勤表による管理を受けていたが,同年4月以降,インターネット企画グループ所属の編集制作職員として,タイムカードによる管理を受けていた。 出勤表(乙28の1ないし7)は,従業員が,出勤日の出勤確認欄に押印をし,深夜労働時間を記入する形式になっている。 タイムカード(乙29の1ないし5)は,従業員が,打刻機により出社及び退社の時刻を打刻するようになっており,打刻忘れの場合には,所属上司の確認を受けて,従業員自身が時刻を記入していた。また,タイムカードには平日の実労働時間,深夜労働時間を自己申告する欄があり,末尾には,労働基準法上の労働時間制限を遵守するための労働時間(年間上限遵守のための月平均労働時間及び月間上限労働時間)が印字されていた。 亡P1は,他の多くの社員と同様,30分単位で実労働時間及び深夜労働時間を記入しており,それらについて,毎月末に,タイムカードを上司であるグループマネージャーのP2に提出してチェックを受 れていた。 亡P1は,他の多くの社員と同様,30分単位で実労働時間及び深夜労働時間を記入しており,それらについて,毎月末に,タイムカードを上司であるグループマネージャーのP2に提出してチェックを受けていた。 ウリクルートでは,長時間労働の存在が問題視されており,上司が部下に早く帰宅するよう促すことがあった。 他方,リクルートの人事部職員は,同社における実労働時間の申告状況について,「基本的には,労働時間の過少申告が多いくらいで,もう少し幅広く申告しても良いくらい」である旨述べている。亡P1の同僚であっ- 61 -たP15も,タイムカードの実労働時間及び深夜残業の申告の部分を,1か月に1回,上司に提出する直前にまとめて記載しており,その際,上司の強制等はなかったものの,注意を受けるのを避けたいという気持ちもあって,タイムカードに印字されている月間上限労働時間を超えないように意識して記載していた旨を述べている。 ( )亡P1のくも膜下出血の発症前の状況 ア亡P1は,平成8年8月1日,ライターのP6と喫茶店で打ち合わせをしたが,その際,顔が曇って元気がなさそうな様子であり,話し始めて5分ほどすると,席を立って,10分から15分くらいトイレに入って出て来なかった。そして,トイレから出たときも,顔が青白く,大量の汗をかいて,調子が悪い様子であった。 イ亡P1は,平成8年8月9日から夏季休暇を取得し,その日ころから地元の北海道に帰省して,学生時代の友人と会うなどした。同月11日には,友人のP16と夕食を共にしたが,その際,亡P1は,顔色が青白く,顔がむくんでいて,普段ならビール程度を注文するのに全く酒を飲まず,頭痛を訴えて食事も進まない様子であり,その日の日中には,同女の母と電話で話した際に,頭痛と吐き気を訴えていた。そして,同月11 ,顔がむくんでいて,普段ならビール程度を注文するのに全く酒を飲まず,頭痛を訴えて食事も進まない様子であり,その日の日中には,同女の母と電話で話した際に,頭痛と吐き気を訴えていた。そして,同月11日か12日から母である原告P3の住む旭川の実家に宿泊し,同月13日の夜には,同じく友人のP17と会ったが,その際,「頭が痛い。」,「風邪をひいたのかな。今日の昼間はずっと床に入っていた。」,「熱はないんだけれど。」などと話していた。 ウ亡P1は,平成8年8月15日帰京し,同月16日の夜にP4及び同人の会社のスタッフと夕食を共にしたが,その際も体調が悪い様子で,頭痛や吐き気を訴えていた。 エ亡P1は,死亡の1週間前ころ,元同僚のP18と電話で話をしたが,その際,「頭痛がする。」,「仕事がとにかく忙しい,疲れている。」な- 62 -どと話していた。 オ亡P1は,平成8年8月24日,当時,P4の会社で企画した競馬関係の特集本の取材に同席するため,ライターのP19と会ったが,その際,「朝から調子が悪くて。」などと言っていた。 ( )発症当日の経緯 亡P1は,平成8年8月25日(日曜日)午前10時ころ,自宅で朝食を摂った後,身体を動かしたところ,めまい,吐き気等の症状が現れたため,自ら救急車を要請し,東京都大田区内のα1総合病院に救急搬送された。その際,亡P1には,意識障害が認められたほか,CTスキャンでくも膜下出血が認められ,脳血管撮影が施行される予定であったが,その前に再度くも膜下出血を起こし,心肺停止となり,▲月▲日午前2時ころ,死亡した。 ( )本件疾病等に関する医学的知見 アくも膜下出血くも膜下出血(SAH)とは,頭蓋内血管の破綻により,脳や脊髄のくも膜下腔内に出血を来す疾患の総称である。 主な原因としては,脳動脈瘤,脳動 ( )本件疾病等に関する医学的知見 アくも膜下出血くも膜下出血(SAH)とは,頭蓋内血管の破綻により,脳や脊髄のくも膜下腔内に出血を来す疾患の総称である。 主な原因としては,脳動脈瘤,脳動静脈奇形が挙げられ,このうち,嚢状脳動脈瘤の破裂は,非外傷性くも膜下出血の原因の70パーセント以上を占める。嚢状動脈瘤によるくも膜下出血の好発年齢は,40~60歳代である。 亡P1のくも膜下出血は,脳動脈瘤の破裂によるものであると考えられる。 イ脳動脈瘤及びその発生・破裂(ア)脳動脈瘤とは,脳動脈が嚢状あるいは紡錘状に拡大したものをいう。 (イ)脳動脈瘤の発生・破裂a脳動脈瘤の成因について,先天的発生説,後天的発生説,その両者を原因とする説が唱えられてきたが,現在は,先天性素因の上に後天- 63 -的因子が加わって発生するものと考えるのが多数説である。すなわち,脳動脈瘤のほとんどを占める嚢状動脈瘤の原因は不明であるが,血管分岐部の先天性中膜筋欠損と内弾性板の断裂に,血圧と血流の負荷が加わって嚢状に膨らんでできるという説が強い。 b脳動脈瘤が発生した場合の未破裂動脈瘤の治療については,根治手術を行いくも膜下出血を予防する目的でこれを積極的に行う考えと,未破裂動脈瘤の破裂の確率が低いとして手術に慎重な考えとがある。 一般的には,脳神経麻痺等の圧迫症状を呈している症候性動脈瘤の場合には,動脈瘤頸部クリッピング等の外科的治療が積極的に行われ,無症候であっても,クリッピングや血管内手術による動脈瘤塞栓術等による根治治療を行うことが多い。本人や家族の希望,年齢,治療の難易度等を考慮した上で,治療をしない場合もある。 c脳動脈瘤の破裂の原因としては,血行力学的因子,加齢等による動脈瘤壁の脆弱化がある。精神的・肉体的ストレスは,血圧を上昇させ, 希望,年齢,治療の難易度等を考慮した上で,治療をしない場合もある。 c脳動脈瘤の破裂の原因としては,血行力学的因子,加齢等による動脈瘤壁の脆弱化がある。精神的・肉体的ストレスは,血圧を上昇させ,血圧変動を起こりやすくさせる。 d脳動脈瘤破裂の発症前の症状脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の場合,それに前駆する頭痛が,発症の4ないし20日前において約4分の1の患者に認められ,頭痛以外の視覚障害,吐き気・嘔吐等の警告サインを含めると,脳動脈瘤の破裂による出血に前駆する種々の警告サインが約50~70パーセントの高頻度で現れる。頭痛は警告サインの中で最も重要であり,頭痛の出現から大出血までの期間は約75パーセントが1か月以内,約55パーセントが14日以内であったとのデータが報告されている。 ウ常染色体性優性多発性嚢胞腎(ADPKD。以下「多発性嚢胞腎」という。)(ア)多発性嚢胞腎は,PKD遺伝子変異により両側腎臓に多数の嚢胞が- 64 -進行性に発生・増大し,腎臓以外の種々の臓器にも障害が生じる遺伝性疾患(遺伝形式は常染色体性優性遺伝型だが,突然変異による家族歴のない症例もある。)である。原因遺伝子としてPKD1及びPKD2が同定され,PKD3の存在も予測されている。腎臓の構成単位であるネフロンの尿細管の一部に嚢胞が形成され,通常は経年的に嚢胞の拡張及び嚢胞数の増加により腎機能は低下する。 厚生労働省特定疾患対策研究事業・進行性腎障害調査研究班による常染色体性優性多発性嚢胞腎診療ガイドラインによれば,多発性嚢胞腎の重症度分類では,血清クレアチニン値によって以下のように判定され(5度を最高とする。),頭蓋内出血の既往があるもの,頭蓋内動脈瘤があるもの,頭蓋内動脈瘤の手術を受けたもの等の場合,重症度を1度進めるものとされている。 1度 チニン値によって以下のように判定され(5度を最高とする。),頭蓋内出血の既往があるもの,頭蓋内動脈瘤があるもの,頭蓋内動脈瘤の手術を受けたもの等の場合,重症度を1度進めるものとされている。 1度2mg/dl未満2度2mg/dl以上~5mg/dl未満3度5mg/dl以上~8mg/dl未満4度非透析で,8mg/dl以上5度透析を導入,又は腎移植を受けているもの治療方針としては,一般的に,腎機能悪化因子である高血圧に対する降圧治療,同因子である尿路感染症に対する腎摘除術,透析の導入及び腎移植がある。患者の約8パーセントに頭蓋内出血の既往があり,一般人より約3倍有意に高い頻度であることから,脳外科受診を勧め,30歳以上の場合又は30歳以下でも家族歴がある場合等にはMRA(磁気共鳴血管造影法)による頭蓋内動脈瘤の検索が望まれ,頭蓋内出血の危険因子である高血圧の治療を十分に行うとされている。 (イ)多発性嚢胞腎と脳動脈瘤の発生・破裂a多発性嚢胞腎患者の場合,剖検結果では22.5パーセントの患者- 65 -に,MR血管造影では10パーセントないし11.7パーセントの患者に,それぞれ頭蓋内動脈瘤が観察され,その頻度は検査方法や対象患者の選択方法等で異なるが,諸家によって,0~41パーセントと報告されている。最近の検出方法の進歩により,多発性嚢胞腎患者の約10パーセントに頭蓋内動脈瘤が発見されると考えられ,これは一般人における頻度(1~7パーセント)より高い。 b多発性嚢胞腎患者の約8パーセントに頭蓋内出血の既往がある。一般人の頭蓋内出血を既往に持つ頻度は60~69歳で3.4パーセントであり,同年齢層の多発性嚢胞腎患者では10.6パーセントであるので,約3倍ほど有意に高い頻度である。多発性嚢胞腎患者の頭蓋内出血の既往を有する 出血を既往に持つ頻度は60~69歳で3.4パーセントであり,同年齢層の多発性嚢胞腎患者では10.6パーセントであるので,約3倍ほど有意に高い頻度である。多発性嚢胞腎患者の頭蓋内出血の既往を有する頻度は,40歳以下では1.9パーセントであるが,加齢と共に上昇する。 (ウ)多発性嚢胞腎と高血圧多発性嚢胞腎患者の約60パーセントに高血圧があるが,腎機能の良好なグループでは高血圧の頻度は低い。ただし,高血圧の初発年齢が平均29歳であるのに対し,腎機能障害が出る年齢は平均47歳であり,腎機能が正常でも高血圧の可能性がある。 高血圧の原因に腎機能の低下による体内への過剰な貯留,体液貯Na留以外に,レニン-アンギオテンシン系(生物が海水の環境から,陸上・淡水の環境に住むに伴い,体内にを保持する必要が生じ,そのたNaめに発達したホルモンの中心的ネットワークの一つ。人類が,食塩を過剰に摂取できるようになり,逆に高血圧発症の原因としても作用していると考えられている。)が関与していると考えられている( )亡P1の本件疾病等の発症に関する医師等の意見 アα14大学医学部泌尿器科P20医師の見解(乙14,40)多発性嚢胞腎患者は,頭蓋内動脈瘤及び頭蓋内出血の発生頻度が一般人- 66 -よりも高く,血管病変()が有意に多く認められる。また,dolichoectasia約60パーセントに高血圧があるが,腎機能の良好なグループでは高血圧の頻度は低い。 亡P1のくも膜下出血は,多発性嚢胞腎に起因する,脳動脈瘤,更に血管病変()が関与していたことが推察される。亡P1の高血dolichoectasia圧については,腎機能の低下による体液貯留及び腎臓の嚢胞による腎血管の圧迫がレニン・アンギオテンシン系を介して高血圧を引き起こすという機序が働い 察される。亡P1の高血dolichoectasia圧については,腎機能の低下による体液貯留及び腎臓の嚢胞による腎血管の圧迫がレニン・アンギオテンシン系を介して高血圧を引き起こすという機序が働いていたと考えられるところ,更に本態性高血圧,内分泌疾患による二次性高血圧等の背景があったかもしれないが不明である。高血圧が,くも膜下出血の危険因子になっていたと考えられるが,高血圧の程度は軽度であるので,くも膜下出血への寄与の程度は明らかではない。 多発性嚢胞腎患者において,腎機能の低下が初期段階であり,血圧値も軽度高血圧程度にとどまっている場合において,脳動脈瘤が合併していること,この場合に脳動脈瘤破裂を生じること及びその脳動脈瘤が30歳未満の若年のうちに破裂してしまうことは,いずれも珍しくない。 イ医療法人α15外科脳神経外科P21医師の意見(乙15)くも膜下出血は,基礎となる血管病変及び脳動脈瘤等の基礎的病変が長年の生活の中で形成され,それが徐々に進行して増悪する自然経過をたどり発症する。また,常染色体優性多発性嚢胞腎がある場合,脳動脈瘤の存在は常識的となっており,頭蓋内血管病態及び脳動脈瘤の発生頻度は41パーセントという高度の発症率と報告されている。多発性嚢胞腎の患者の場合,多発性嚢胞腎や脳動脈瘤が家族的に発症し,若年者ほど脳動脈瘤が破裂しやすい。 本症は,常染色体優性多発性嚢胞腎が認められ,脳動脈瘤を併発し,自然増悪により,平成8年8月25日に脳動脈瘤が破裂したものと考えられる。勤務状況が詳細に調査,記録されている参考資料及び新認定基準を対- 67 -照して検討したが,業務により本件疾病が発症した可能性はない。 ウα16労災病院P22医師の意見(乙18)一般に,ほとんどの脳動脈瘤は,先天性の原因によるものと考えられており,その - 67 -照して検討したが,業務により本件疾病が発症した可能性はない。 ウα16労災病院P22医師の意見(乙18)一般に,ほとんどの脳動脈瘤は,先天性の原因によるものと考えられており,その他に細菌性,梅毒性及び動脈硬化性動脈瘤のような後天的原因によるものがまれにある。先天性由来の脳動脈瘤は嚢状又は奬果状をしているのに対し,その他の脳動脈瘤は紡錘状に拡張していることが多い。このうち,破裂するのは嚢状のもので,紡錘状のものは破裂することは少ない。したがって,本件においても,脳動脈瘤は嚢状のものであったと推認される。 嚢状脳動脈瘤の形成原因としては多数知られるが,血管分岐部や他の脆弱な動脈壁に数年から数十年持続的に動脈圧がかかることによって形成されることが多いとされる。脳動脈瘤の破裂によるくも膜下出血の発症の年齢分布としては40歳から59歳までが全症例のおよそ55パーセントを占めていることからも分かるとおり,多くの症例においては加齢による脳動脈の変化と長年にわたる血流による動脈壁への持続的なストレスが発症の原因となっていると考えられる。 これに対し,亡P1は29歳という若年齢で脳動脈瘤の破裂によるくも膜下出血を発症していたことに鑑みると,同人の脳動脈瘤の形成原因は,血管の加齢と長期間の血流ストレスを前提とする他の多くの症例と同視することはできず,特に脳動脈瘤の発症を生じやすい先天的ないし後天的な原因があったものと推認すべきである。しかるところ,亡P1には多発性嚢胞腎の既往があるというのであり,多発性嚢胞腎の場合に脳動脈瘤が家族的に発生し,かつ多発性であることは一般的に知られているところであるから,亡P1の脳動脈瘤は多発性嚢胞腎に起因する合併症であった可能性が極めて高く,同人のくも膜下出血はその脳動脈瘤の破裂によるものであると推認 かつ多発性であることは一般的に知られているところであるから,亡P1の脳動脈瘤は多発性嚢胞腎に起因する合併症であった可能性が極めて高く,同人のくも膜下出血はその脳動脈瘤の破裂によるものであると推認される。そして,亡P1の発症直前及びその前1週間以内に特- 68 -に過重な業務上の負荷が認められるとは思われず,しかも,平成8年8月9日から同月18日まで10日間の長期休暇を取得している状況を併せ考えれば,亡P1のくも膜下出血が業務に起因するものと認めることは困難である。 エα17総合病院院長P23医師の見解(乙32,41)亡P1のくも膜下出血は脳動脈瘤の破裂によるものであり,脳動静脈奇形及び血管病変()からの出血は否定できる。 dolichoectasia多発性嚢胞腎患者では,一般人口に比して,脳動脈瘤の合併頻度が相当に高い。他方,脳動脈瘤の発生機序は,脳底部に分布するウィリス動脈輪を形成する動脈に,広範な脳動脈の中膜筋層の欠損や内弾性板の断裂が生じ,その部分を覆う内膜肥厚がないか不十分な場合に脳動脈瘤が形成されるというものである。中膜筋層の欠損は内膜筋細胞の壊死によって起こるが,それは加齢,絶え間ない血流の血管壁への衝突による内皮細胞の損傷,血管の栄養血管の閉塞及びそれによる血管壁内の代謝障害が関与していると考えられる。また,内弾性板の断裂は,血管壁に激突する血流の圧力によって引き起こされるが,弾性繊維の強靱さには先天的な個人差があり,多発性嚢胞腎等の遺伝性疾患では,弾性繊維及び血管壁等の先天性脆弱性が確認されており,このような疾患を有する人では内弾性板の断裂は,容易かつ激しく起こる。脳動脈瘤の発生は,このように多くの事象が関与しており,これら因子の全てあるいは幾つかが1か所に重なって起こり,その部分で動脈壁の抗張力の減弱が限 する人では内弾性板の断裂は,容易かつ激しく起こる。脳動脈瘤の発生は,このように多くの事象が関与しており,これら因子の全てあるいは幾つかが1か所に重なって起こり,その部分で動脈壁の抗張力の減弱が限界値を超えるという条件が満たされないと脳動脈瘤は発生しない。これらの先天的,後天的因子がどの程度の比率で脳動脈瘤の発生に関与しているのかは個人個人で異なるであろうし,その程度を計り知ることはできないのである。 亡P1は,4年来,境界型高血圧又は高値正常血圧を示していたが,この程度の軽い高血圧が4年程度続いたとしても,脳動脈瘤が発生すること- 69 -はなく,亡P1の先天的な脳血管の脆弱性がなければ発生し得なかった。 なお,亡P1の高血圧について,亡P1のような20歳代という若い年齢層では,職務上の過労やストレスでは高血圧が引き起こされることがないか,極めて希有であると考えられ,一方,多発性嚢胞腎の患者では,腎機能低下によるNa貯留と,嚢胞の腎血管圧迫を介してのレニン・アンギオテンシン系の関与で60パーセントの高率に高血圧が合併・発症することが知られている。これらをみれば,亡P1の高血圧は,同人の多発性嚢胞腎の合併症であると判断されるべきである。 脳動脈瘤の発生,増大,破裂は,加齢,脳動脈硬化,動脈壁の脆弱化と血流による血行力学的な影響により進行する延長線上にあるものであり,動脈瘤壁の修復反応といったプロセスの存在することは否定しないが,以下のような,脳動脈瘤の年間の破裂率を1パーセント,1.6パーセント,1.9パーセントとして試算した場合の10年ごとの累積的な破裂可能性に鑑みても,多くの脳動脈瘤は時間の経過と共に増大して自然経過の中で破裂に至り得る。 破裂率1パーセント1.6パーセント1.9パーセント25~35才10パーセント の累積的な破裂可能性に鑑みても,多くの脳動脈瘤は時間の経過と共に増大して自然経過の中で破裂に至り得る。 破裂率1パーセント1.6パーセント1.9パーセント25~35才10パーセント16パーセント19パーセント36~45才20パーセント32パーセント38パーセント46~55才30パーセント48パーセント57パーセント56~65才40パーセント64パーセント76パーセント66~75才50パーセント80パーセント95パーセント脳動脈瘤一般の破裂率で計算しても,その確率は決して低いとはいえないのであるから,多発性嚢胞腎の患者に合併した脳動脈瘤が自然経過の中で破裂するものではなく,何らかの誘因が作用しなければ破裂することは少ないということは到底できない。 むしろ,多発性嚢胞腎の場合,遺伝子の異常により細胞と細胞,細胞と- 70 -基質組織の結合形成力が貧弱であり,脳動脈瘤や血管病変()が多発することから,血管壁の先天的脆弱性があることdolichoectasiaは疑いがない。したがって,多発性嚢胞腎の患者に併発する脳動脈瘤は破裂しやすく,かつ若年で破裂しやすいと推定され,諸研究でも同様の報告がされている。 亡P1の祖母は,38歳で脳溢血により死亡しており,多発性嚢胞腎に起因するくも膜下出血による死亡であった可能性が否定できず,そうであるとすると,亡P1の多発性嚢胞腎も,同様に脳動脈瘤を発生し,かつその動脈瘤も若年で破裂しやすいという典型的な合併症をもたらしやすいタイプに属していた可能性が否定できない。 平成8年4月から8月までの亡P1の平日の平均在宅時間は8時間35分ないし11時間40分であり,この他に土曜日,日曜日,休日については概ね休んでいると認められる。また,同人の時間外労働時間は23時間 8年4月から8月までの亡P1の平日の平均在宅時間は8時間35分ないし11時間40分であり,この他に土曜日,日曜日,休日については概ね休んでいると認められる。また,同人の時間外労働時間は23時間30分ないし55時間である。これらによると,亡P1が業務により十分な睡眠時間が取れなかったり,脳血管障害を引き起こす程に過多な業務に従事していたとは認められない。 本件は,多発性嚢胞腎という遺伝的疾患を持っていた亡P1に血管壁の先天的脆弱性のため脳動脈瘤が形成され,また,その脆弱性のため,比較的早期に破裂するに至ったために生じたものと,医学的に判断せざるを得ない。 オα18大学医学部泌尿器科P24医師の意見(乙39)多発性嚢胞腎での脳動脈瘤の頻度は約10パーセントと,一般人と比べて四,五倍高いといわれ,治療指針でも,脳動脈瘤スクリーニング目的の当部MRアンギオグラフィが多発性嚢胞腎と診断された場合の必須の検査とされている。亡P1は,多発性嚢胞腎を合併していたことから,同人の脳動脈瘤は多発性嚢胞腎に伴うものである可能性が極めて高い。 - 71 -社団法人日本脳神経外科学会のホームページによれば,未破裂脳動脈瘤が見つかり治療的介入を行わない場合,10年間で約10~30パーセントにくも膜下出血が起こると考えられている。日本脳ドック学会の脳ドックのガイドラインでは,未破裂脳動脈瘤は無症候性の小型の病変から巨大脳動脈瘤まで臨床的に特徴が大きく異なる病変を含んでいるため,それらをひとまとめにした破裂率を単に比較することは無意味である。巨大脳動脈瘤を除く無症候性未破裂脳動脈瘤を対象とすると,現在,その破裂率に関してエビデンスレベルの高い報告は存在しない。多くの報告からは,一般的な(多発性嚢胞腎に合併した脳動脈瘤ではない)無症候性未破裂脳動脈瘤全体として 未破裂脳動脈瘤を対象とすると,現在,その破裂率に関してエビデンスレベルの高い報告は存在しない。多くの報告からは,一般的な(多発性嚢胞腎に合併した脳動脈瘤ではない)無症候性未破裂脳動脈瘤全体としての破裂のリスクは年間0.5から1.9パーセントであり,およそ1パーセントと推定される。 手術的治療を勧めるに際しては,手術による破裂予防効果が手術のリスクを上回ることが前提となるが,現在のところ特定の患者の特定の脳動脈瘤についてそれらを高い精度で推定するための情報は十分ではない。日本脳ドック学会の上記ガイドラインでは,無症候性未破裂脳動脈瘤の破裂率は年間1パーセント内外と推論され,破裂すればくも膜下出血患者の50パーセント以上は死亡するか高度の後遺症に陥ると考えられることから,破裂を予防するための手術的治療の危険が5パーセント内外であれば,平均余命が10年以上の対象に手術的治療を考慮することは妥当としている。 多発性嚢胞腎での脳動脈瘤の頻度は,約10パーセントと,多発性嚢胞腎でない場合と比べて約四,五倍高いといわれ,8パーセントの患者にくも膜下出血を生じる。これは,上記のように一般的な無症候性未破裂脳動脈瘤全体としての破裂のリスクが1パーセントとされていることと比較すると,明らかに破裂のリスクは高い。多発性嚢胞腎では,家族歴がなければ約42人に一人,家族歴があれば約19人に一人が,動脈瘤の破裂によりくも膜下出血に至り,これは通常人口における発症率の約5倍である。 - 72 -多発性嚢胞腎の原因遺伝子であるPKD1及びPKD2の遺伝子産物であるpolycystin-1,polycystin-2は腎のみならず,血管を始めユビキタスに多くの臓器に発現することから,血管の異常が多発性嚢胞腎の異常としてクローズアップされており,同疾患自体が,血管内皮 cystin-1,polycystin-2は腎のみならず,血管を始めユビキタスに多くの臓器に発現することから,血管の異常が多発性嚢胞腎の異常としてクローズアップされており,同疾患自体が,血管内皮の異常に伴う血管病であると考えることができる。 継続的な高血圧や一過性の血圧上昇が本件の脳動脈瘤破裂に関与していた可能性はゼロではないであろう。しかし,多発性嚢胞腎では通常の日常生活をしていても脳動脈瘤が自然破裂することも多く,過重労働が脳動脈瘤の破裂に関与した可能性が高いという根拠はない。 以上のように,多発性嚢胞腎に伴う脳動脈瘤は一般の脳動脈瘤よりも破裂に至る頻度が高く,かつ若年者で破裂しやすい。また,多発性嚢胞腎は血管病であるというデータが蓄積されつつある。したがって,本件も,自然経過の中で多発性嚢胞腎に伴う脳動脈瘤が破裂したと考えるのが合理的である。 カα19病院救急部部長兼脳神経外科副部長(平成12年当時),α20整形外科病院副院長P25医師の意見(甲135ないし140)多発性嚢胞腎に脳動脈瘤が合併しやすいことは事実であるが,その頻度は報告ごとに異なっており,脳動脈瘤が自然経過の中で必ずしも破裂するものではない。脳動脈瘤の破裂には,脳動脈瘤壁の脆弱化の進行と修復機序の不全が重要な役割を担っており,これらの機序に対する血行力学的因子の中で最も大きな影響を有する血圧の変化が重要である。 亡P1の脳動脈瘤及びその破裂が多発性嚢胞腎に起因するとはなし得ない。 そして,亡P1の深夜帯を含む長時間労働は極めて不規則に行われ,良質かつ十分な睡眠を得ることができないという生活上の影響と相まって,血圧の日内変動に変調をもたらし,夜間の血圧の上昇を惹起し,脳動脈瘤- 73 -壁の脆弱化を促進させると同時に,修復機序の抑制を通じて一段と障害的に作用し ができないという生活上の影響と相まって,血圧の日内変動に変調をもたらし,夜間の血圧の上昇を惹起し,脳動脈瘤- 73 -壁の脆弱化を促進させると同時に,修復機序の抑制を通じて一段と障害的に作用したと考えられ,また,デジタル○○の更新という業務が毎週定時に遅延することなく行われなければならないという精神的緊張が血行力学的負荷をさらに増大せしめたものと考えられ,亡P1の脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血と業務との関わりは明白である。 キα21医科大学腎臓内科教授P26医師の意見(甲142)多発性嚢胞腎患者での脳動脈瘤合併頻度は,世界的な医療参考ウェブサイトであるUpToDateによると,若年者(60歳未満)で4パーセント,高齢者(60歳以上)で10パーセントである。くも膜下出血以外の診断の目的で行われた脳血管撮影で偶然に発見された脳動脈瘤は5パーセント程度の割合と報告されている。 亡P1がくも膜下出血を発症したのは29歳であり,多発性嚢胞腎患者の中でも脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血を発症した年齢としてはより若年であることが指摘できる。 動脈瘤のある患者の動脈瘤が破裂する危険因子には,喫煙,高血圧,アルコール,家族歴,抗凝固薬使用などがある。その中でも最も重要な危険因子が高血圧である。ここに指摘される高血圧は,高血圧値が長期間継続する高血圧症とともに,一過性の血圧上昇をも含むものと理解できる。 また,ストレスや睡眠不足・過労などの負荷は,カテコールアミン分泌や交感神経緊張などにより,一時的にあるいは継続的に血圧上昇をもたらすことが知られている。長時間労働などの過重な労働が認められれば,ストレス,睡眠不足や蓄積した疲労などの負荷により,継続的な高血圧や一時的な血圧上昇を介して,多発性嚢胞腎患者の脳動脈瘤破裂に関与していた可能性は非常に高い。 労働などの過重な労働が認められれば,ストレス,睡眠不足や蓄積した疲労などの負荷により,継続的な高血圧や一時的な血圧上昇を介して,多発性嚢胞腎患者の脳動脈瘤破裂に関与していた可能性は非常に高い。 多発性嚢胞腎に罹患していることは,脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の危険因子の一つであることは否定できないが,他の危険因子と同様,危- 74 -険因子を有するからといって,脳動脈瘤を増悪させ,くも膜下出血を必ず発症するものでもない。 多発性嚢胞腎患者においても,非多発性嚢胞腎患者と同様に,過重な労働によるストレスや過労による負荷が,継続的ないしは一時的に血圧を上昇させ,その結果,合併する脳動脈瘤の破裂に関与し,より破裂が起こりやすくなることが認められる。 争点に対する判断( )労災保険法7条1項1号の「業務上の疾病」の意義について 労働基準法及び労災保険法に基づく保険給付は,労働者の業務上の死亡について行われるが,業務上死亡した場合とは,労働者が業務に起因して死亡した場合をいい,業務と死亡との間に相当因果関係があることが必要であると解される(最高裁昭和51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事119号189頁参照)。 また,労働基準法及び労災保険法による労働者災害補償制度は,業務に内在する各種の危険が現実化して労働者が死亡した場合に,使用者等に過失がなくとも,その危険を負担して損失の補填の責任を負わせるべきであるとする危険責任の法理に基づくものであるから,上記にいう,業務と死亡との相当因果関係の有無は,その死亡が当該業務に内在する危険が現実化したものと評価し得るか否かによって決せられるべきである。 そして,脳・心疾患発症の基礎となり得る素因又は疾病(以下「素因等」という。)を有していた労働者が,脳・心疾患を発症する場合,様々な要因 化したものと評価し得るか否かによって決せられるべきである。 そして,脳・心疾患発症の基礎となり得る素因又は疾病(以下「素因等」という。)を有していた労働者が,脳・心疾患を発症する場合,様々な要因が上記素因等に作用してこれを悪化させ,発症に至るという経過をたどるといえるから,その素因等の程度及び他の危険因子との関係を踏まえ,医学的知見に照らし,労働者が業務に従事することによって,その労働者の有する素因等を自然の経過を超えて増悪させたと認められる場合には,その増悪は当該業務に内在する危険が現実化したものとして業務との相当因果関係を肯- 75 -定するのが相当である(最高裁平成9年4月25日第三小法廷判決・裁判集民事183号293頁,最高裁平成12年7月17日第一小法廷判決・裁判集民事198号461頁参照)。 ( )亡P1の従事した業務の量的過重性について ア休憩時間被告は,リクルートには,労働時間を過少申告する方針や風潮はなく,編集業務の特殊性からも,亡P1の申告した実労働時間は基本的に信用できるというべきであるとして,拘束時間から亡P1の申告した実労働時間を減じた時間を休憩時間とすべき旨主張する。 しかしながら,前記1( )認定のとおり,リクルートにおいては,法定 労働時間をタイムカードに印字し,上司が部下に早い帰宅を促すなど,長時間労働の存在が問題視されており,その範囲及び程度は不明であるものの,リクルートの人事部職員及び亡P1の同僚であったP15の述べるとおり,労働時間の過少申告が行われていた実態があったといえる。 そして,亡P1は,くも膜下出血を発症した平成8年8月25日の時点で同月19日から同月23日までの1週間分の実労働時間等をタイムカードに記入しておらず(前記1( )認定のとおり,亡P1は,タイムカード に実 1は,くも膜下出血を発症した平成8年8月25日の時点で同月19日から同月23日までの1週間分の実労働時間等をタイムカードに記入しておらず(前記1( )認定のとおり,亡P1は,タイムカード に実働時間数を自ら記入して申告していたところ,証拠(甲180,乙29の1ないし5)によれば,平成8年8月19日から同月23日までの実労働時間数の筆跡は,それ以前の実働時間数の筆跡と明らかに異なっていることから,前記期間の実働時間数の記入は,亡P1が行ったものではなく,本件疾病発症後にリクルートの担当者等により記入されたことが認められる。),少なくとも1週間分程度はタイムカードの一括記入を行っていたと推認されるところ,その際,以下のとおり,タイムカード上,実労働時間及び深夜労働時間の過少申告をしていたことが窺える。 (実労働時間)- 76 -①平成4年10月(甲180)同月30日の実労働時間が,10時間から7時間に訂正され,1か月の総労働時間が,ちょうど月間上限労働時間の244時間とされている。 ②平成5年6月(甲180)同月30日の拘束時間は15時間54分であるが,実労働時間が7時間,1か月の総労働時間がちょうど月間上限労働時間の233時間とされている。 ③平成5年11月(甲180)同月30日の拘束時間は14時間36分であるが,実労働時間が9時間30分,1か月の総労働時間が休日労働時間を含めてちょうど月間上限労働時間の233時間とされている。 ④平成6年3月(甲180)同月31日の拘束時間は14時間18分であるが,実労働時間が8時間,1か月の総労働時間が休日労働時間を含めて月間上限労働時間の234時間より30分短い233時間30分とされている。 ⑤平成8年6月(乙29の3)同月27日の拘束時間は11時間49分であるが,実労働時間が8時間 働時間が休日労働時間を含めて月間上限労働時間の234時間より30分短い233時間30分とされている。 ⑤平成8年6月(乙29の3)同月27日の拘束時間は11時間49分であるが,実労働時間が8時間とされ,同月28日の拘束時間は14時間42分であるが,実労働時間は9時間とされ,1か月の総労働時間は月間上限労働時間の216時間より1時間短い215時間とされている。 ⑥平成8年7月(乙29の4)同月30日の拘束時間は12時間13分であるが,実労働時間が5時間とされ,同月31日の拘束時間は15時間10分であるが,実労働時間は5時間とされ,1か月の総労働時間は月間上限労働時間の222時間とされている。 - 77 -(深夜労働時間(以下,深夜労働時間につき20分以上の過少申告がある日を指摘する。))①平成8年4月(深夜労働のある日は11日,その旨の申告のある日は9日である。乙29の1)同月15日は,退社時刻が午前零時3分とされており,2時間03分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間の記載がない。 同月17日は,退社時刻が午前零時45分とされており,2時間45分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は2時間とされている。 同月18日は,退社時刻が午後11時50分とされており,1時間50分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は1時間30分とされている。 同月23日は,退社時刻が午後11時16分とされており,1時間16分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間の記載がない。 ②平成8年5月(深夜労働のある日は13日,その旨の申告のある日は11日である。乙29の2)同月7日は,退社時刻が午前零時36分とされており,2時間36分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は2時間とされている。 同月13日は,退社時刻が午前零 る日は11日である。乙29の2)同月7日は,退社時刻が午前零時36分とされており,2時間36分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は2時間とされている。 同月13日は,退社時刻が午前零時35分とされており,2時間35分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は2時間とされている。 同月15日は,退社時刻が午前零時24分とされており,2時間24分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は2時間とされている。 同月17日は,退社時刻が午前1時55分とされており,3時間5- 78 -5分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は3時間30分とされている。 同月20日は,退社時刻が午後11時25分とされており,1時間25分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は1時間とされている。 同月21日は,退社時刻が午後11時59分とされており,1時間59分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は1時間30分とされている。 同月23日は,退社時刻が午後11時51分とされており,1時間51分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は1時間30分とされている。 同月29日は,退社時刻が午前零時18分とされており,2時間18分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は2時間とされている。 同月31日は,退社時刻が午前1時29分とされており,3時間29分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は3時間とされている。 ③平成8年6月(深夜労働のある日は16日,その旨の申告のある日は8日である。乙29の3)同月5日は,退社時刻が午前零時48分とされており,2時間48分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は2時間とされている。 同月7日は,退社時刻が午後零時23分とされており,2時間23分の深夜労働があ 退社時刻が午前零時48分とされており,2時間48分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は2時間とされている。 同月7日は,退社時刻が午後零時23分とされており,2時間23分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は2時間とされている。 同月12日は,退社時刻が午後10時38分とされており,38分- 79 -の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間の記載がない。 同月13日は,退社時刻が午後2時38分とされており,4時間38分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は3時間とされている。 同月18日は,退社時刻が午前零時43分とされており,2時間43分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間の記載がない。 同月19日は,退社時刻が午前4時26分とされており,6時間26分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は5時間とされている。 同月20日は,退社時刻が午後11時26分とされており,1時間26分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間の記載がない。 同月25日は,退社時刻が午後11時54分とされており,1時間54分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間の記載がない。 同月26日は,退社時刻が午前2時17分とされており,4時間17分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間の記載がない。 同月27日は,退社時刻が午前零時23分とされており,2時間23分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間の記載がない。 同月28日は,退社時刻が午前零時3分とされており,2時間3分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間の記載がない。 ④平成8年7月(深夜労働のある日は15日,その旨の申告のある日は9日である。乙29の4)同月3日は,退社時刻が午前5時とされており,7時間の深夜労働があったことになるが,深 働時間の記載がない。 ④平成8年7月(深夜労働のある日は15日,その旨の申告のある日は9日である。乙29の4)同月3日は,退社時刻が午前5時とされており,7時間の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は5時間とされている。 同月10日は,退社時刻が午前5時とされており,7時間の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は5時間とされている。 - 80 -同月11日は,退社時刻が午後10時30分とされており,30分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間の記載がない。 同月15日は,退社時刻が午後11時51分ころとされており,約1時間51分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は1時間とされている。 同月16日は,退社時刻が午前零時23分ころとされており,約2時間23分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は2時間とされている。 同月17日は,退社時刻が午前5時とされており,7時間の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は5時間とされている。 同月18日は,退社時刻が午後10時43分とされており,43分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間の記載がない。 同月23日は,退社時刻が午前零時30分ころとされており,約2時間30分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は1時間とされている。 同月24日は,退社時刻が午前2時20分とされており,4時間20分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は4時間とされている。 同月29日は,退社時刻が午前零時35分とされており,2時間35分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間の記載がない。 同月30日は,退社時刻が午前零時21分ころとされており,約2時間21分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間の記載がない。 同月31日は,退社時刻が午前3時3分ころ 夜労働時間の記載がない。 同月30日は,退社時刻が午前零時21分ころとされており,約2時間21分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間の記載がない。 同月31日は,退社時刻が午前3時3分ころとされており,約5時間3分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間の記載がない。 ⑤平成8年8月(深夜労働のある日は2日,その旨の申告のある日は2- 81 -日である。乙29の5)同月2日は,退社時刻が午前零時28分とされており,2時間28分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は2時間とされている。 同月7日は,退社時刻が午前4時36分とされており,6時間36分の深夜労働があったことになるが,深夜労働時間は6時間とされている。 なお,深夜労働時間に関しては,亡P1が,午後10時以降退社時刻までの時間を深夜労働時間として申告したのではなく,現実に業務を行った時間(午前10時以降退社時刻までの時間から現実に業務を行わなかった時間を控除した時間)を申告したために,上記のように午後10時以降退社時刻までの時間と申告深夜労働時間に齟齬が生じているのではないかという疑問があり得る。しかし,上記のとおり,その齟齬が数時間単位で生じている日が相当数あるところ,深夜の時間帯にそれほどの時間を業務以外のことに費やしながら在社するということは考え難い上,前記のとおり,亡P1が少なくとも1週間程度はタイムカードの一括記入を行っていたと推認され,そのため,亡P1が深夜労働時間数の申告の時点で,各日の深夜労働時間を詳細に記憶ないし記録していたとも考え難いこと,亡P1は実働時間数及び深夜時間数を30分単位で申告し,30分に満たない時間数は切り捨てて申告していることからすれば,亡P1が,現実に業務を行った深夜労働時間を申告していたとは認められず,むしろこれ P1は実働時間数及び深夜時間数を30分単位で申告し,30分に満たない時間数は切り捨てて申告していることからすれば,亡P1が,現実に業務を行った深夜労働時間を申告していたとは認められず,むしろこれを過小に申告していたというべきである。 また,平成4年4月から平成6年3月までのタイムカード(甲180)において,概ね毎日休憩時間を1時間30分ないし2時間30分程度として実働時間数を申告していたほか,平成8年4月,同年5月及び同年8月(筆跡から亡P1自身が記入したと認められる同月1日から8日の部分に- 82 -限る。)のタイムカード(乙29の1,2及び5)において,概ね1日の休憩時間を1時間ないし2時間30分程度として実働時間数を申告し,後者の期間においては,平均すると概ね2時間程度の休憩時間を取得していたことになる。平成8年4月,同年5月及び同年8月は,タイムカード上,1か月の総労働時間が法定の月間上限労働時間に近接しておらず,各日の拘束時間も1日12時間を超えるような日は多くはない。他方,平成8年6月及び7月は,1か月の総労働時間が法定の月間上限労働時間に近接し,各日の拘束時間も1日12時間を超える日が度々あるなど,業務がその前後の期間より重くなっていることが窺えるにもかかわらず,亡P1は,1日の休憩時間を概ね1時間30分ないし3時間30分,時には4時間として,実働時間数を申告している。これは,前記平成4年4月から平成6年3月,平成8年4月,同年5月及び同年8月のように,亡P1が休憩時間を概ね2時間30分程度を上限として実労働時間数を申告していたことに照らすと,明らかに不自然であって,亡P1が,長時間労働の申告を嫌い,休憩時間を実際より多くなるよう申告していたことが推認される。 この点,証拠(乙27,34)によれば,P13は,「基本 ていたことに照らすと,明らかに不自然であって,亡P1が,長時間労働の申告を嫌い,休憩時間を実際より多くなるよう申告していたことが推認される。 この点,証拠(乙27,34)によれば,P13は,「基本的に,編集者というのはどこまでが仕事でどこまでがプライベートかという切り分けの難しい仕事でもあります。例えば,道を歩いていて企画を考えたり,電車の中で本を読んだり,会社の中で新聞を読んだり雑誌を読んだり,インターネットでいろんなサイトを見たりと,そういったことも含めて,どこまでが仕事,どこがプライベートということは,切り分けの難しい仕事ですから,自己管理をして自分で仕事だと思えば申告をし,そうでないと思えば申告をしないという,そこはかなり編集者に任せてはいました。」と述べ,P2は,亡P1は,「長電話や雑談や夕食のための外出なども多く,業務効率がお世辞にも良い方だとは言えない仕事ぶりでしたので,必然的に会社での滞在時間が長くなってしまう面は多分にあったと思います。そ- 83 -こで,P1君には,勤務時間としては,『滞在時間』ではなく『実働時間』をつけるようにと言ったことがあります。」と述べていることからも,上記両名の部下であった亡P1が,一般的に,労働時間を控え目に申告する傾向にあったことは十分に考え得るところである。 以上から,亡P1の労働時間を算出する上で,平成8年6月及び7月の労働時間については,休憩時間が,それ以外の期間の休憩時間のおおよその上限である2時間30分を上回る日については,その前後の平均的な休憩時間である2時間を休憩時間とすべきである。また,各日の実労働時間の申告について,深夜労働時間同様に過少申告があると考え得るところ,深夜労働時間の場合,深夜労働のある日の概ね半数以上に20分から数時間の過少申告が認められるので,実 である。また,各日の実労働時間の申告について,深夜労働時間同様に過少申告があると考え得るところ,深夜労働時間の場合,深夜労働のある日の概ね半数以上に20分から数時間の過少申告が認められるので,実労働時間の場合も,1か月間に20日余りの出勤日のうち,少なくとも半数に30分程度,すなわち1か月5時間程度の過少申告があることが推認される。したがって,亡P1の平成8年4月1日から同年8月24日までの各月の労働時間のうち,証拠上認められる労働時間は,別表3の総労働時間数及び時間外労働時間数にそれぞれ5時間を加えたとおりであるというべきである。 イ平成8年3月以前の労働時間亡P1の平成8年3月以前の労働時間については,これを認定できる的確な証拠がない。したがって,それ以外の期間の労働時間から合理的に推認できる限度でのみ認定せざるを得ないところ,被告において認めている別表2の亡P1の発症前6か月間の労働時間(始業から終業までの拘束時間)のうち,発症前1か月目の総拘束時間数を出勤日数で除した1日当たりの平均拘束時間数は約12.4時間,同様に算出した発症前2か月目の1日当たりの平均拘束時間数は約12.6時間,発症前3か月目の1日当たりの平均拘束時間数は約13時間,発症前4か月目の1日当たりの平均拘束時間数は約11.7時間,発症前5か月目(タイムカードの記載のあ- 84 -る,平成8年4月1日以降のみについて算出する。)の1日当たりの平均拘束時間数は約11.3時間である。そうすると,亡P1は,出勤日には,拘束時間が最低でも10時間はあり,前記のとおり,平成8年6月及び同年7月以外は概ね2時間程度の休憩時間を取得していたものとするのが相当である。よって,平成8年3月以前については,別表3のとおり,午後零時に出勤し,午後8時まで,1日8時間の労働に 成8年6月及び同年7月以外は概ね2時間程度の休憩時間を取得していたものとするのが相当である。よって,平成8年3月以前については,別表3のとおり,午後零時に出勤し,午後8時まで,1日8時間の労働に従事したものと認めるのが相当である。 ウ休日の労働時間亡P1の休日の労働時間については,これを認定できる的確な証拠はなく,特定の日の労働時間からこれを推認することも困難である。したがって,当事者間に争いのない所定労働時間の範囲で労働に従事したものと認定するほかない。 エ平成8年7月10日,同月3日,同年4月5日,同年3月11日及び同月12日の労働時間(ア)同年7月10日タイムカード(乙29の4)には,亡P1が退社時刻を午前5時として記入しており,警備日誌(乙30の25)には,亡P1が徹夜勤務した旨の記載があるほか,証拠(甲35)によれば,亡P1が同月11日午前5時15分にメールを送信したことが認められる。原告らは,徹夜勤務の記載を理由に早くとも終業時刻は午前5時30分であるとして,被告は,タイムカードに亡P1が自ら記入した時刻である午前5時を終業時刻としてそれぞれ主張するところ,前記アのとおり,タイムカードの深夜労働時間について亡P1の記入内容の正確性に疑問があり,これをことさらに過小に申告していたことに鑑み,タイムカードのみを根拠として終業時刻を午前5時とするのは相当ではない。他方,警備日誌の徹夜勤務との記載だけからは具体的な終業時刻が何ら明らかでなく,こ- 85 -れを明確にする証拠もないことから,少なくとも亡P1がメール送信した時刻である午前5時15分まで業務に従事したものと認定するのが相当である。 (イ)同年7月3日タイムカード(乙29の4)には,亡P1が退社時刻を午前5時として記入しており,警備日誌(乙30の24 時刻である午前5時15分まで業務に従事したものと認定するのが相当である。 (イ)同年7月3日タイムカード(乙29の4)には,亡P1が退社時刻を午前5時として記入しており,警備日誌(乙30の24)には,亡P1が午前6時に退館した旨の記載がある。原告らは,警備日誌の退館時刻の10分前の午前5時50分を終業時刻として主張し,被告は,タイムカードに亡P1が自ら記入した時刻である午前5時を終業時刻として主張する。前記のとおり,タイムカードの深夜労働時間について亡P1の記入内容の正確性に疑問があり,退社時刻の記載についても過小に申告したものではないかとの疑問の余地があり得るが,他方,亡P1が午前6時の退館時刻まで何を行っていたかは全く不明であるといわざるを得ないので,少なくとも亡P1が午前5時まで業務に従事したものと認める。 (ウ)同年4月7日警備日誌(乙30の15)には,亡P1が午後11時30分に退館した旨の記載があるところ,被告は,終業時刻は退館の30分前の午後11時,始業時刻は同日の直前の所定労働日である同月5日の始業時刻の午後零時,労働時間は10時間と主張し,原告らも,労働時間は10時間と主張するので,当事者間に争いのない10時間の労働時間があったものとする。 (エ)同年4月5日警備日誌(乙30の14)には,亡P1が午前4時30分に退館した旨の記載があるところ,原告らは,終業時刻は退館の10分前の午前4時20分として主張し,被告は,終業時刻は退館の30分前の午前4時として主張している。この点,同日のタイムカードには打刻忘れのため- 86 -亡P1が後日終業時刻を午前零時と記入しており,警備日誌の記載と齟齬するため,タイムカードの終業時刻を採用することはできない。そこで,後記オのとおり,タイムカードの打刻時刻と警備日誌の退館 86 -亡P1が後日終業時刻を午前零時と記入しており,警備日誌の記載と齟齬するため,タイムカードの終業時刻を採用することはできない。そこで,後記オのとおり,タイムカードの打刻時刻と警備日誌の退館時刻には,数分から多くとも10分以内の差がある日が多いことから,終業時刻は午前4時20分と認める。 (オ)同年3月29日出勤表(乙28の7)には,亡P1が2時間の残業を行った旨の記載があるところ,原告らは,深夜業務交通費伝票(乙31の5)により亡P1が深夜タクシーにより帰宅しており,亡P1の利用するα3線(α4駅から同α5駅まで)は午前1時近くまで電車があるので,早くとも終業時刻は午前1時であると主張する。しかしながら,亡P1が何時まで在社し,何を行っていたかは全く不明であるといわざるを得ないので,終業時刻は午前零時と認める。 (カ)同年3月11日及び同月12日出勤表(乙28の7)によれば,亡P1は,3月11日(月曜日)及び同月12日(火曜日)に特別休暇(忌引き)を取得しているところ,警備日誌(乙30の12)によれば,同月11日には,亡P1は徹夜勤務をしたものとされている。原告らは,警備日誌の徹夜勤務の記載は同月12日の誤記であるとして,同日の徹夜勤務があったものと主張し,被告は,警備日誌どおりに同月11日の徹夜勤務があったものと主張しているところ,2日間の労働時間の主張については当事者間に争いはないので,便宜,原告らの主張どおり,同月12日に徹夜勤務があったものと認める。 オタイムカードの正確性について原告らは,タイムカードの退社時刻と警備日誌の退館時刻等の齟齬を理由に,タイムカードの打刻時刻が不正確である旨主張する。 - 87 -なるほど,確かに,平成8年4月5日のタイムカードの退社時刻(打刻忘れのため,亡P1が自ら記入して 警備日誌の退館時刻等の齟齬を理由に,タイムカードの打刻時刻が不正確である旨主張する。 - 87 -なるほど,確かに,平成8年4月5日のタイムカードの退社時刻(打刻忘れのため,亡P1が自ら記入している。)午前零時と警備日誌の退館時刻午前4時30分,同年7月3日のタイムカードの退社時刻(打刻ミスのため,亡P1が自ら記入している。)午前5時と警備日誌の退館時刻午前6時にはかなりの齟齬が認められ,同月10日のタイムカードには退社時刻午前5時(打刻ミスのため,亡P1が自ら記入している。)とあるのに対し,同日の警備日誌には「徹夜」と記載されているだけで退社時刻が何ら明らかでないといえる。しかしながら,他方,タイムカード及び警備日誌の双方に記録があるその余の日については,30分を上回るような大幅な齟齬があることは認めることはできず,むしろ,同年6月4日,同月10日,同月13日,同月19日,同月26日,同年7月24日,同年8月21日については,数分から多くとも10分以内の齟齬に過ぎないのであって,タイムカード打刻後の退館時刻として不自然なところはない。したがって,タイムカードの出社及び退社時刻のうち,亡P1が自ら記入した部分については,疑問の余地があり得るものの,打刻機による打刻時刻については,これを疑問とする理由はないというべきである。 カ小括以上によれば,本件において,タイムカード等の客観的資料に基づいて証拠上明確に認められる亡P1の労働時間は,少なく見積もっても,発症前1か月目(平成8年7月26日から同年8月24日まで)の総労働時間は167時間22分,時間外労働時間は39時間22分,発症前2か月目(平成8年6月26日から同年7月25日まで)の総労働時間は243時間32分,時間外労働時間は67時間32分,発症前3か月目(平成8年5月2 間22分,時間外労働時間は39時間22分,発症前2か月目(平成8年6月26日から同年7月25日まで)の総労働時間は243時間32分,時間外労働時間は67時間32分,発症前3か月目(平成8年5月27日から同年6月25日まで)の総労働時間は259時間44分,時間外労働時間は83時間44分,発症前- 88 -4か月目(平成8年4月27日から同年5月26日まで)の総労働時間は147時間30分,時間外労働時間は25時間30分,発症前5か月目(平成8年3月28日から同年4月26日まで)の総労働時間は167時間22分,時間外労働時間は71時間20分,発症前6か月目(平成8年2月27日から同年3月27日まで)の総労働時間は217時間30分,時間外労働時間は50時間30分となる。 キもっとも,本件においては,上記の労働時間以外にも,亡P1が業務に従事していたことが窺えるので,以下検討する。 (ア)タイムカードの出社及び退社時刻の手書き部分タイムカード中には,打刻忘れや打刻ミスのため,亡P1が自ら出社及び退社時刻を記入した部分があるところ,亡P1がそれらを概ね30分単位で記載していること及び前記のような深夜労働時間の過少申告状況に鑑みると,亡P1が,出社及び退社時刻についても,実際より労働時間が少なくなるよう申告している可能性がある。 (イ)休日労働時間証拠(①ないし⑤の括弧内に掲記のもの)によれば,以下の①~⑤の日に,亡P1が,休日労働を行っていたこと,それにもかかわらず,出勤表ないしタイムカード上その旨を申告していないことが認められる。 ①平成8年2月18日(甲10の14)亡P1は,α4駅からα22駅までの交通費を経費として精算している。 ②同年3月2日(甲10の18,19,22,23)亡P1は,飲食費2件及び取材協力費5件を経費として 年2月18日(甲10の14)亡P1は,α4駅からα22駅までの交通費を経費として精算している。 ②同年3月2日(甲10の18,19,22,23)亡P1は,飲食費2件及び取材協力費5件を経費として精算している。 ③同年3月30日(甲10の31)- 89 -亡P1は,飲食費を経費として精算している。 ④同年4月6日(甲10の40)亡P1は,「億万長者取材」として,交通費を経費として精算している。 ⑤同年4月29日(乙30の17)亡P1は,同日午後9時10分に退館した旨警備日誌に記載されている。 そして,証拠(乙28の1~7,30の1~27)によれば,亡P1自身が出勤表上休日労働の申告をしている日はほとんどなく,タイムカード上これを申告している日は全くないところ,仮に上記①ないし⑤以外に休日労働を行っていたとしても,記録には残らない。かえって,上記①ないし⑤のように,申告されない休日労働が平成8年2月から同年4月の間に月一,二回の割合であり,これらの期間が格別に繁忙であったと認めるべき証拠がないことからすると,亡P1について他の月にも少なくとも同程度の休日労働があったことが推認できるものといい得る。 (ウ)持ち帰り残業の可能性証拠(甲100)によれば,亡P1の遺品のパソコン,フロッピーディスク及びMOディスクの中に,業務に関係すると認められるデータが残されており,その作成及び変更日時が,記録上,深夜ないし未明の時間帯であったり,休日(フロッピーディスク中に,平成8年3月9日(土曜日),同年6月9日(日曜日),同年7月27日(土曜日),同年8月4日(日曜日)に作成及び変更されたデータがある。)に該当したりすることが認められ,亡P1が平日の深夜ないし未明や休日に自宅等で業務を行っていたことが推認できる。 - 90 -(エ)以 同年8月4日(日曜日)に作成及び変更されたデータがある。)に該当したりすることが認められ,亡P1が平日の深夜ないし未明や休日に自宅等で業務を行っていたことが推認できる。 - 90 -(エ)以上のとおり,前記の労働時間以外にも,亡P1は業務に従事しており,実際の労働時間はより長いものであったことが推認できるというべきである。 ( )亡P1の従事した業務の質的過重性について ア原告らは,亡P1が,リクルートの利益至上主義及びそれに基づく能力主義・業績主義の人事制度の下,業務遂行に関して過大な重圧を受けており,とりわけ,インターネット企画グループ在籍中は,周囲からの支援もない状況で,デジタル○○を短期間で利益が上がる商品として成功させるべく,その企画,構成,内容,デザイン等あらゆる面において高い品質を確保しなければならない重圧を受けていた旨主張し,被告は,これを否定している。 イそこで検討するに,P15の陳述書(甲45)によれば,リクルートには,創業時から,「社員皆経営者主義」という理念を掲げ,自ら経営者との気概を持って,機会を作り出し,自ら向上することを尊重する雰囲気が存在し,そのため,従業員は,業務の負担が大きくても自ら削減を申し出ることには消極的であり,仕事が減れば会社の自分に対する評価も下がるとして,実績主義・能力主義の下で進んで長時間労働をこなす傾向があったというのであり,実際に,亡P1は,前記( )のとおり,相当の長時間 労働に従事していたことが認められ,その状況も,別表3のとおり,日常的に深夜,未明の時間帯に及ぶ不規則なものであった。前記1( )認定の とおり,リクルートでは,読者によるアンケートの集計結果を支持率として算出し,これを編集者ごとの一覧表にして各編集者に配布するなどしており,亡P1の支持率は 則なものであった。前記1( )認定の とおり,リクルートでは,読者によるアンケートの集計結果を支持率として算出し,これを編集者ごとの一覧表にして各編集者に配布するなどしており,亡P1の支持率は,全編集者の平均支持率よりも高いポイントであった。しかも,職場の複数の編集関係者が,亡P1は完成度にこだわりを持って仕事をしており,○○編集課時代には入社後三,四年目にして他の編集者の平均を上回る読者の支持率を集め,デジタル○○についていえば,- 91 -インターネットの初心者でありながら,当初予定されていたHTMLの技術を超える,極めて高度な表現技術を利用するようになっていた旨述べていることなども併せ考えると,編集業務に携わることを希望していた亡P1は,実績主義・能力主義の下,自ら機会を作り,向上し,その希望を叶えるべく,相当の努力を惜しまなかったこと,その意味で,亡P1は一定程度の精神的負担を受けていたことは否定できないというべきである。 他方,前記1( )の認定事実及び証拠(乙6,25)によれば,亡P1 は,周囲から立ち上がりの早い編集者と評価され,デジタル○○の業務についても楽しんで仕事をしていたというのであって,業務自体から過重な精神的負荷を受けていたとまでは認められない。 ウ被告は,週刊○○編集課在籍中の亡P1の業務については,週刊○○の編集スケジュールが通常の週刊誌より緩やかであること,編集者ごとの記事の割り当てが他の編集者と平等にされていること,亡P1の深夜労働は亡P1の選択した仕事のスタイルであること,亡P1は仲間と競馬の趣味の会を作り,職場で集計表を作成していたことを根拠に,亡P1の業務が過重ではなかった旨主張する。 しかしながら,業務の過重性は編集スケジュールの繁閑のみならず,担当記事の数等によっても左右されるもの の会を作り,職場で集計表を作成していたことを根拠に,亡P1の業務が過重ではなかった旨主張する。 しかしながら,業務の過重性は編集スケジュールの繁閑のみならず,担当記事の数等によっても左右されるものであり,前記1( )認定のとおり, 週刊○○編集課における記事の割り当てはキャリア等に応じて平等に配分されていたというのであって,亡P1の能力が評価されるのに比例して割り当てが増加していたことが認められるのであるから,いずれも業務が過重ではなかったことの根拠とはならない。また,亡P1の深夜労働は,自身で選択したものではあるものの,そうであるからといって,亡P1が現実に従事した業務の過重性が否定される理由となるものではない。さらに,亡P1が競馬の趣味の会の作業を業務中に行っていたとしても,その作業に充てた時間さえ判然としないところ,亡P1がタイムカード上で申告し- 92 -た実労働時間から算出される休憩時間がインターネット企画グループに異動した後の平成8年6月及び同年7月に顕著に長くなっているのに対し,亡P1が競馬関係の作業をしていたことは週刊○○編集課時代の関係者しか述べていないことからすると,亡P1の休憩時間の多くが競馬関係の作業に充てられていたとは認め難く,そのような事実のみから亡P1の労働が過重でなかったということはできない。 また,被告は,インターネット企画グループ在籍中の亡P1の業務について,デジタル○○はリクルートが試験的に始めた小規模な媒体である上,亡P1の立場ではデジタル○○の業績について責任を負わされることはないこと,インターネット企画グループのメンバーの支援があったこと,亡P1が公私の区別のはっきりしない友人知人との交際等に時間をかけ,業務と無関係な競馬予想プログラムの特集本の制作に協力していることを根拠に,亡P1 ネット企画グループのメンバーの支援があったこと,亡P1が公私の区別のはっきりしない友人知人との交際等に時間をかけ,業務と無関係な競馬予想プログラムの特集本の制作に協力していることを根拠に,亡P1の業務が過重ではなかった旨主張する。 しかしながら,デジタル○○は,既に普及し始めたインターネットにおいて,新しい読者層の獲得及び求人情報分野でのリクルートのリーダーシップの維持等を目的として配信が開始されたものであって,当初の規模が大きくないものであっても,他社との競争に出遅れないために高い質の業務が求められていたことは容易に認められるところである。また,亡P1は,インターネット企画グループの唯一の編集担当者であり,グループマネージャーのP2に相談が可能であったとはいえ,編集企画を含む編集業務について一定の責任を負っていたことは容易に認められるところであって,コンピューター技術やホームページ作成技術の指導を社外のP4に求めていたことからして,インターネット企画グループの中で必ずしも亡P1の意図するデジタル○○の制作に十分な情報提供を受けられなかったことが考えられる。そして,亡P1が友人知人等との交際や特集本の編集協力に時間を充てていた点については,これらに要した時間さえ判然とせず,- 93 -また,証拠(甲49)によれば,特集本について,亡P1が実際に行ったのは,企画会社にコンピューターソフトの名前を教えることや,ソフト制作者に対する取材申込みのメール送信及びイラストレーターの紹介という程度のものであるから,そのような事実のみから亡P1の労働が過重でなかったということはできない。 さらに,被告は,亡P1が,平成8年4月ないし5月と同年8月に,ゴールデンウィーク及び夏季休暇として連続した休暇を取得しており,1週間に2日間の休日もほぼ確保さ 重でなかったということはできない。 さらに,被告は,亡P1が,平成8年4月ないし5月と同年8月に,ゴールデンウィーク及び夏季休暇として連続した休暇を取得しており,1週間に2日間の休日もほぼ確保されていたとして,亡P1の業務が過重ではなかった旨主張する。 この点,確かに,証拠上明らかに認められる亡P1の就労状況は被告主張のとおりであるが,前記( )キのとおり,亡P1は,これに加えて1か 月に一,二回の休日労働に従事していたことや,更に一定の時間外労働及び休日労働並びに平日の深夜ないし未明や休日の自宅での業務に従事していたことが窺える。そして,亡P1は,別表3のとおり,連続した休暇の前後には相当な長時間労働に及んでいることが認められる。また,前記1( )認定のとおり,亡P1は,平成8年8月初旬から 相当に体調が悪化している様子を示しており,同月9日に夏季休暇に入った直後から,周囲に頭痛や吐き気を訴えるなどしているところ,前記1( )イ(イ)dのとおり,頭痛や吐き気はくも膜下出血の前駆症状とし て現れ得るものであり,前駆症状である頭痛の出現からくも膜下出血発症までの期間について,約75パーセントが1か月以内,約55パーセントが14日以内であったとのデータが報告されており,亡P1に当該症状が出現しこれが継続して間もなくくも膜下出血を発症していることからすれば,亡P1の上記症状はくも膜下出血発症の前駆症状とみるのが自然である。そして,亡P1が,それ以前に特に過重な労働に従事していたことからすれば,かかる過重労働によって前駆症状を発症- 94 -するに至っていた亡P1が,10日間にわたる夏季休暇等によっても回復することがなかったとしても不自然とはいえず,被告主張にかかる休暇の取得の事実をもって,亡P1の業務の過重性を否定することは -するに至っていた亡P1が,10日間にわたる夏季休暇等によっても回復することがなかったとしても不自然とはいえず,被告主張にかかる休暇の取得の事実をもって,亡P1の業務の過重性を否定することはできないというべきである(前記諸事実に照らすと,亡P1が本件疾病の発症当日と前日に業務に従事していないことは重視すべき事柄とはいえない。)。 ( )小括 以上によれば,本件において,証拠上明らかに認められる亡P1の時間外労働時間は,発症前1か月目(平成8年7月26日から同年8月24日まで)は39時間22分,発症前2か月目(平成8年6月26日から同年7月25日まで)は67時間32分,発症前3か月目(平成8年5月27日から同年6月25日まで)は83時間44分,発症前4か月目(平成8年4月27日から同年5月26日まで)は25時間30分,発症前5か月目(平成8年3月28日から同年4月26日まで)は71時間20分,発症前6か月目(平成8年2月27日から同年3月27日まで)は50時間30分となるところ,亡P1は,これに加えて1か月に一,二回の休日労働に従事していたことや,更に一定の時間外労働に従事していたことや,平日の深夜ないし未明や休日に自宅で業務を行っていたことが推認できることは前判示のとおりである。そして,亡P1は,週に数回,徹夜ないしそれに近い状況で業務を行うことを繰り返しており,その業務自体から直ちに過重な精神的負荷を受けていたとはいえないとしても,質の高い仕事を行うべく一定の精神的負担を受けていたことを考慮すると,亡P1の業務は,○○編集課及びインターネット企画グループの各在籍中を通じて特に過重なものであったというべきである。 ( )亡P1のくも膜下出血に対する同人の基礎疾患の影響について 亡P1がり患していた多発性嚢胞腎とくも膜 びインターネット企画グループの各在籍中を通じて特に過重なものであったというべきである。 ( )亡P1のくも膜下出血に対する同人の基礎疾患の影響について 亡P1がり患していた多発性嚢胞腎とくも膜下出血(本件疾病)との関係- 95 -については,様々な医師の意見が対立していることは前判示(1( ))のと おりであるところ,被告は,亡P1が多発性嚢胞腎にり患しており,多発性嚢胞腎に合併した脳動脈瘤は,高い割合で,かつ若年で破裂するのであるから,亡P1のくも膜下出血は多発性嚢胞腎により発症したものであって業務起因性がない旨主張する。 そこで検討するに,確かに,亡P1は,多発性嚢胞腎にり患し,その父方の祖母も脳溢血のために38歳で死亡しており,脳動脈瘤の発生,破裂及び高血圧発症の危険因子を有していたといえる。 しかしながら,証拠(甲112,乙8,18,32,41ないし44)によれば,脳動脈瘤は血行力学的因子及び加齢により増悪し,数十年単位で経年的に破裂率が高まること,脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の好発年齢は一般的に40ないし60歳であり,多発性嚢胞腎患者の場合,60ないし69歳で頭蓋内出血の既往がある者が10.6パーセント,40歳以下では1. 9パーセントであって,加齢により頭蓋内出血の割合が増大することが認められるところ,亡P1は29歳という若年でくも膜下出血を発症したものである。 また,前記1( )のとおり,亡P1の多発性嚢胞腎の重症度をみると,平 成3年ないし平成8年の検査でクレアチニン値及び血中尿素窒素は,いずれもほぼ基準値の範囲内であり,肉眼的血尿が認められたものの,受診時はごく軽度であって,三,四か月に1度の通院による経過観察の指示を受けただけにすぎず,特段の治療は施されていない。また,平成3年ないし平成8年の検査で,亡 あり,肉眼的血尿が認められたものの,受診時はごく軽度であって,三,四か月に1度の通院による経過観察の指示を受けただけにすぎず,特段の治療は施されていない。また,平成3年ないし平成8年の検査で,亡P1の血圧は,いずれも,収縮期血圧は正常域又は正常域を僅かに超えるものであり,拡張期血圧は概ね境界域又は境界域を僅かに超えるものにすぎず,さらに脂質についてもいずれも基準値内又はこれを僅かに超えるものにすぎないのであって,血圧及び脂質ともに,治療を要する程度には至っていない。そして,亡P1は,本件疾病の発症まで,脳・心臓疾患に- 96 -より受診したり,受診の指示を受けた形跡はなく,日常業務を支障なくこなしていた。 以上認定の事実及び前記1( )認定の事実によれば,亡P1は本件疾病で あるくも膜下出血を発症しているのであるから,その発症の基礎となり得る素因等又は疾患を有していたことは明らかであるが,その程度や進行状況を明らかにする客観的資料がないだけでなく,同人は死亡当時29歳と相当程度に若年であり,死亡前に脳・心臓疾患により医療機関を受診したり受診の指示を受けた形跡はなく,血圧についても境界域高血圧又はこれを僅かに超える程度のものに過ぎず,健康診断においても格別の異常は何ら指摘されていないことから,同人が脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の危険因子の一つである多発性嚢胞腎にり患していることや同人の家族歴等,亡P1の有する危険因子の存在を考慮しても,上記基礎疾患が亡P1の有する個人的な危険因子の下で,他に確たる発症因子がなくてもその自然の経過により血管が破裂する寸前にまで進行していたとみることは困難である(亡P1の本件疾病は,同人の多発性嚢胞腎等の私的危険因子が原因であるとする前記医師の意見は,前判示の諸事情に照らし,採用できない。)。そし 管が破裂する寸前にまで進行していたとみることは困難である(亡P1の本件疾病は,同人の多発性嚢胞腎等の私的危険因子が原因であるとする前記医師の意見は,前判示の諸事情に照らし,採用できない。)。そして,亡P1が○○編集課及びインターネット企画グループの各在籍中を通じて特に過重な業務に従事していたことは前判示のとおりである。 ( )まとめ 以上の事実関係によれば,本件疾病であるくも膜下出血は,亡P1の有していた基礎疾患等がリクルートにおける特に過重な業務の遂行によりその自然の経過を超えて急激に悪化したことによって発症したものとみるのが相当であり,亡P1の業務の遂行と本件疾病の発症との間に相当因果関係の存在を肯定することができる。亡P1の死亡は,労災保険法にいう業務上の疾病によって生じたものというべきである。 結語- 97 -以上の次第で,亡P1の死亡は業務上の事由によるものとは認められないとして原告らに対する遺族補償給付及び葬祭料を支給しないとした本件不支給処分は違法であり,取消しを免れない。 よって,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第11部裁判長裁判官白石哲裁判官田中芳樹裁判官高嶋由子
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