平成20(行コ)22 遺族補償年金等不支給処分取消請求控訴事件(通称 豊橋労基署長遺族補償年金等不支給処分取消)

裁判年月日・裁判所
平成22年4月16日 名古屋高等裁判所 その他 名古屋地方裁判所 平成17(行ウ)58
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判決文本文16,351 文字)

- 1 -主文 原判決を取り消す。 豊橋労働基準監督署長が控訴人に対して平成14年9月13日付けでした労働者災害補償保険法による遺族補償年金及び葬祭料を支給しない旨の各処分はこれを取り消す。 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。 事実 及び理由第1当事者の求めた裁判 控訴人主文同旨 被控訴人( )本件控訴を棄却する。 ( )控訴費用は控訴人の負担とする。 第2事案の概要 本件は,株式会社A(以下「本件事業主」という。)に勤務していたBの妻である控訴人が,慢性心不全を基礎疾患とする致死性不整脈発症によるBの死亡が業務に起因するものであると主張し,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく遺族補償年金及び葬祭料を支給しないとした平成14年9月13日付けの豊橋労働基準監督署長の各処分(以下「本件処分」という。)の取消しを求めた事案である。 原判決は,控訴人の請求を棄却した。そこで,控訴人が控訴した。 争いのない事実等及び争点は,以下のとおり原判決を付加訂正するほか,原判決の「第2事案の概要」欄の2及び3に記載のとおりであるから,これを引用する。 原判決の付加訂正( )原判決6頁15行目の「無症状では」を「無症状でも」と改め,同頁2 - 2 -3行目の「METS値は,」から同頁24行目末尾までを,次のとおり改める。 「METS値は,体重1キログラム当たり安静時における1分間の酸素摂取量35mlkgminを1METSとするもので,各種身体運動の心臓.//への負担の指標となるものである。」( )原判決7頁11行目冒頭から8頁20行目末尾までを,次のとおり改め る。 「ア相当因果関係の判断方法労働基準法及び労災保険法に基づく労災補償制度による補 の負担の指標となるものである。」( )原判決7頁11行目冒頭から8頁20行目末尾までを,次のとおり改め る。 「ア相当因果関係の判断方法労働基準法及び労災保険法に基づく労災補償制度による補償(給付)は,「業務上の事由」による「労働者の負傷,疾病,障害又は死亡に対して迅速かつ公平な保護をすること等を目的としてなされるものであり(労災保険法1条),労働者が失った賃金等請求権を損害として,これを填補すること自体を直接の目的とする損害賠償とは,制度の趣旨,目的を異にするものであるから,労災保険法に基づく給付をもって賠償された損害に代わる権利ということはできない。」とされている(最高裁平成元年4月27日第一小法廷判決・労判542号6頁)ように,労働基準法及び労災保険法に基づく労災補償制度は,損害の填補それ自体を直接の目的とするものではなく,被災労働者とその遺族の人間に値する生活を営むための必要を満たす最低限度の法定補償を迅速かつ公正に行うことを目的とするものであるから,業務起因性の判断はその観点からなされるべきである。これに対して,労災保険法は,使用者に過失がなくても業務に内在する危険性が現実化した場合に従業員に生じた損害を一定の範囲で填補させる危険責任の法理に基づくものであるとの考え方に立って,業務起因性の判断基準として平均人基準等を主張し,労働者及び遺族の生活の補償の範囲を限定する考え方があるが,仮に,労災保険法が危険責任の考え方に基づくものであったとしても,このことによ- 3 -って,被災労働者及びその遺族の生活の補償の範囲が限定されるということにはならない。 そして,労働基準法及び労災保険法に基づく労災補償制度による補償(給付)は,業務に起因する労働者の負傷,疾病,障害又は死亡を対象とし,業務と疾病等との間には相当因果関 れるということにはならない。 そして,労働基準法及び労災保険法に基づく労災補償制度による補償(給付)は,業務に起因する労働者の負傷,疾病,障害又は死亡を対象とし,業務と疾病等との間には相当因果関係が存在することを必要としているが,そこにいう相当因果関係は,前記の労災保険法等の目的からすると,不法行為もしくは債務不履行における相当因果関係とは,おのずとその内容を異にするものである。 本件のように労働者が脳・心疾患を発症して死亡するに至った事案においては,他に確たる発症因子がなく,当該労働者の従事していた業務が同人の有していた基礎疾患を自然的経過を超えて増悪させる要因となりうる負荷(過重負荷)のある業務であったと認められるときは,その基礎疾患が確たる発症因子がなくてもその自然的経過により脳・心疾患を発症させる寸前まで進行していたと認められない限り,その増悪による死亡と業務との間の相当因果関係を肯定するのが相当である。 そして,被控訴人の主張する危険性の要件や現実化の要件について述べれば,前者は,業務が当該労働者にとって過重であったか否かによるべきである。また,後者は,業務が他の原因と共働原因となって災害を招いたと認められる場合には,業務と災害との間に相当因果関係があると認められるべきであり(共働原因説),その際,被災者が日常生活において通常受ける心身の負担は,業務起因性の判断に際して考慮すべきではない。 以上のように解すべき理由は,前者については,労働安全衛生法,同施行規則において,事業者が労働者に対し健康診断を実施してそれに応じた適切な労務管理を行うことを義務付けられ,さらに,障害者の権利宣言等の国際条約,これを受けた身体障害者雇用促進法,厚生労働省が- 4 -定めた障害者雇用対策基本方針において,障害者の働く権利につき,事業主 管理を行うことを義務付けられ,さらに,障害者の権利宣言等の国際条約,これを受けた身体障害者雇用促進法,厚生労働省が- 4 -定めた障害者雇用対策基本方針において,障害者の働く権利につき,事業主が,障害の特性に配慮した労働時間の管理等をすること,職場の理解を深めること,心臓機能障害者等に職務が身体的に過重とならないよう配慮することなどを求められているからである。また,後者について,労災補償制度にあっては,労働者が人たるに値する生活を営むため必要を充たすべき最低労働条件を定立するという観点から業務の過重性を判断すべきだからである。 そして,使用者に雇い入れ時の健康診断を怠るという重大な安全配慮義務違反があり,当該業務が被災者にとって被災者の健康状態に照らして,過重なものであるか否か判断できないような場合には,そのことによる不利益は使用者が負担すべきであるから,業務起因性の判断に当たっては,使用者に同義務違反がない場合に比較して,相当因果関係を緩やかに解すべきである。 さらにいえば,前記の法令,条約に鑑み,障害者に対する合理的配慮,すなわち,障害に即した過重性判断がなされるべきであることからすると,心臓機能に障害を有する障害者にはそもそも時間外労働をさせること自体が過重な業務であるというべきであり,また,立ち仕事自体も過重な業務であった可能性があるところ,仮にそうであると断定できないとしても,それによる不利益は前記のとおり使用者に帰すべきである。」( )原判決11頁3行目末尾を改行の上,次のとおり付加する。 「なお,METS値は,運動強度を示す数値であるが,心不全患者にどの程度の運動が許容されるかを考えるに当たっては,METS値掛ける時間が問題となることに,十分留意すべきである。Bの場合,立ち仕事を続けることは,METS値以 強度を示す数値であるが,心不全患者にどの程度の運動が許容されるかを考えるに当たっては,METS値掛ける時間が問題となることに,十分留意すべきである。Bの場合,立ち仕事を続けることは,METS値以上に,心臓への負担が大きい。 そもそも,C病院におけるBの主治医,D医師は,Bについて,「事務- 5 -的な仕事しか無理」という意見を述べていたのであり,この意見は,尊重されるべきである。」( )原判決14頁3行目の「死亡するに至ったものであるから,」を,次の とおり改める。 「死亡するに至ったものである(ストレスは,交感神経系の強い反応を引き起こすこと等により,それ自体致死性不整脈を引き起こす可能性を高めるものであるから,疲労の蓄積は,ストレスの増大を通じても,致死性不整脈の可能性を高めている。)から,」( )原判決15頁8行目末尾を改行の上,次のとおり付加する。 「控訴人は,危険性の要件の判断の基準が,当該労働者本人であるべきことの根拠として,国際条約・宣言,労働安全衛生法,障害者雇用促進法及び障害者雇用対策基本方針等を援用し,障害の種類や程度に応じた配慮が必要であることをあげるが,たとえば労働安全衛生法第7章が,健康の保持増進のための措置について規定するように,それぞれ固有の趣旨・目的のために規定されたものであるから,業務起因性の判断基準とは何ら関係がない。」第3当裁判所の判断 当裁判所は,控訴人の請求は理由があるから認容すべきものと判断するものであるが,その理由は,以下のとおり,原判決を付加訂正するほかは,原判決「第3当裁判所の判断」欄の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。 原判決の付加訂正( )原判決21頁4行目冒頭から同頁24行目末尾までを,次のとおり改め る。 「1業務起因性の判 当裁判所の判断」欄の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。 原判決の付加訂正( )原判決21頁4行目冒頭から同頁24行目末尾までを,次のとおり改め る。 「1業務起因性の判断基準労働基準法は,労働者が「業務上死亡した場合」には,使用者は遺族- 6 -補償を行い(同法79条),葬祭料を支払わなければならない(同法80条)とし,労災保険法も労務災害に関する保険給付である遺族補償給付及び葬祭料は,「労働者の業務上の死亡」に対して給付される(労災保険法7条1項1号,12条1項4,5号)ものであるとしている。そして,「業務上の死亡」とは当該被災者の死亡が業務による(業務起因性)ものであることを意味し,業務によるといえるためには業務と死亡との間に相当因果関係があることを要すると解すべきである。 その相当因果関係の有無を判断する基準として,控訴人は,労災保険法の趣旨が被災労働者や遺族の生活を補償することにあり,労働者は個人ごとにそれぞれ異なるとして,当該被災労働者を基準に判断すべきである旨主張し,これに対し,被控訴人は,労働基準法や労災保険法の趣旨が危険責任の考え方に立っていることを前提として,因果関係が認められるためには,災害が当該業務に内在する危険の現実化したものであることを要するとし,平均的労働者を基準に判断すべきであるとする。 そして,災害が脳・心疾患によるものである場合には,控訴人は,当該労働者を基準として,他に確たる発症因子が無く,当該労働者が従事していた業務が,同人の有していた基礎疾患を自然的経過を超えて増悪させる要因となりうる負荷(過重負荷)のある業務であったと認められるときは,その基礎疾患が自然的経過により疾患を発症させる寸前まで進行していたと認められない限り,業務と死亡との間に相当因果関係があると認 要因となりうる負荷(過重負荷)のある業務であったと認められるときは,その基礎疾患が自然的経過により疾患を発症させる寸前まで進行していたと認められない限り,業務と死亡との間に相当因果関係があると認めるべきである旨主張する。これに対し,被控訴人は,当該業務に内在する危険が現実化したといえるためには,第1に,当該業務に危険が内在していること(危険性の要件),すなわち,当該業務による負荷が,当該労働者と同程度の年齢・経験等を有し,通常の業務を支障なく遂行することができる程度の健康状態にある者又は基礎疾患を有していたとしても日常業務を支障なく遂行できる労働者(平均的労働者)- 7 -にとって,血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ得る程度の負荷であると認められること(平均的労働者基準説),第2に,同発症が当該業務に内在する危険の現実化によるものと認められること(現実化の要件),すなわち,当該労働者の喫煙・高血圧などの私的なリスクファクターや先天的な素因等の業務外の要因の寄与が考えられる場合は,業務の危険性が,これらの要因に比して,当該発症にとって相対的に有力な原因となったことが認められること(相対的有力原因説)を要すると解すべきである旨主張する。 そこで,相当因果関係の判断の基準について判断するに,確かに,労働基準法及び労災保険法が,業務上災害が発生した場合に,使用者に保険費用を負担させた上,無過失の補償責任を認めていることからすると,基本的には,業務上の災害といえるためには,災害が業務に内在または随伴する危険が現実化したものであることを要すると解すべきであり,その判断の基準としては平均的な労働者を基準とするのが自然であると解される。しかしながら,労働に従事する労働者は必ずしも平均的な労働能力を有しているわけではなく,身体に障害 要すると解すべきであり,その判断の基準としては平均的な労働者を基準とするのが自然であると解される。しかしながら,労働に従事する労働者は必ずしも平均的な労働能力を有しているわけではなく,身体に障害を抱えている労働者もいるわけであるから,仮に,被控訴人の主張が,身体障害者である労働者が遭遇する災害についての業務起因性の判断の基準においても,常に平均的労働者が基準となるというものであれば,その主張は相当とはいえない。このことは,憲法27条1項が「すべて国民は勤労の権利を有し,義務を負ふ。」と定め,国が身体障害者雇用促進法等により身体障害者の就労を積極的に援助し,企業もその協力を求められている時代にあっては一層明らかというべきである。したがって,少なくとも,身体障害者であることを前提として業務に従事させた場合に,その障害とされている基礎疾患が悪化して災害が発生した場合には,その業務起因性の判断基準は,当該労働者が基準となるというべきである。何故なら,もし- 8 -そうでないとすれば,そのような障害者は最初から労災保険の適用から除外されたと同じことになるからである。 そして,本件においては,Bは,障害者の就職のための集団面接会を経て本件事業者に身体障害者枠で採用された者であるから,当該業務による負荷が過重なものであるかどうかを判断するについても,Bを基準とすべきであり,本件Bの死亡が,その過重な負荷によって自然的経過を超えて災害が発生したものであるか否かを判断すべきである。」(2)原判決24頁25行目の「原告」を,「B」と改める。 ( )原判決28頁5行目の「同年12月中ころまで」を「同年12月中旬ま で」と,同頁17行目の「平成12年12月半ばころ」を「平成12年12月中旬」と,それぞれ改める。 ( )原判決32頁17行目冒頭か 決28頁5行目の「同年12月中ころまで」を「同年12月中旬ま で」と,同頁17行目の「平成12年12月半ばころ」を「平成12年12月中旬」と,それぞれ改める。 ( )原判決32頁17行目冒頭から同33頁4行目末尾までを次のとおり改 める。 「イ退院後本件事業主に就職するまでの状況Bは,退院後,本件災害時まで,前記病院を定期的に受診し,医師の指示に従い,服薬を着実に行い,喫煙をやめ,飲酒量を減らすなど身体管理に留意していた。そして,Bは,退院後就労せずにいたが,平成10年4月から平成11年3月まで,障害者職業能力開発校に就学し,その後,同年5月から平成12年1月まで,前記のとおり株式会社Eに勤務し,機械設計等の座位による仕事に従事した。就学前(平成10年3月16日)のBの心胸郭比は正常(50%以下)に近い53%と改善したが,入校後の平成10年6月24日の心胸郭比は56%と,退院時に比較して心臓が肥大していることが認められる。また,Bは,株式会社Eに入社する直前の平成11年5月1日に,胸部痛を訴え,前記病院の救急外来を受診しているが,その際の検査所見では,心胸郭比は63%に拡大し,心エコー検査では下大静脈径は22㎜(正常値15㎜以下)- 9 -に拡張し,心電図検査では,心房細動の不整脈が所見されているが,下大静脈径の拡張はうっ血が生じていることを意味する(甲52,当審における証人F)。また,同年6月23日には,Bに対して,ラシックス及びアルダクトンAという利尿剤が投与されているが,ラシックスという薬は非常に強い利尿剤であり,しかも80ミリという量は外来治療の患者に対するものとしては極量に近いものであること,この投与の目的はむくみを防止するためのものであること,この両利尿剤はその後も使用され,Bが最後にC病院を受診した平成1 0ミリという量は外来治療の患者に対するものとしては極量に近いものであること,この投与の目的はむくみを防止するためのものであること,この両利尿剤はその後も使用され,Bが最後にC病院を受診した平成12年12月13日にも処方されていることが認められる(甲76,77,乙36の1,2,上記証人)。そして,Bが,平成11年11月10日の本件事業主に就職した時点における身体的な状況は,上記のような状況が特に悪化することなく推移していたものであると認められ,上記の経過からすると,Bの心臓機能は長年にわたる甲状腺機能亢進症による心筋酸素消費量の過剰から疲弊し,弁膜症も合併し,かなり心機能が低下した状況にあったものと認められる(甲52,乙40)。 ロ本件事業主に就職後平成12年12月13日までの状況」( )原判決33頁16行目末尾を改行の上,次のとおり付加する。 「ハ平成12年12月14日から本件災害の前日までの状況Bは,平成12年12月13日に甲に引っ越した後,足の浮腫を訴えるようになり,寝るときに布団の足の下を高くして寝たりしたことがあった他,子供と一緒に風呂に入ろうとしなくなったり,些細なことでイライラし,言い争いをするようになったり,仕事から帰ると風呂に入らず寝てしまい,いびきをかくようになるなどの変化が見られた(甲33,35,乙20)。」( )原判決33頁21行目冒頭から同26行目末尾までを,次のとおり改め る。 - 10 -「アBは,平成12年12月24日,朝,特に体調の不良を訴えるようなこともなく出勤した。そして,同人は,当日の勤務を終えた後,友人宅の忘年会に参加し,午後10時ころに作成した年賀状を届けに実家に寄り,姉のGに会ったが,その際のBの様子は少し疲れているような様子であった。Bは,自宅に帰った後,控訴人に今 の勤務を終えた後,友人宅の忘年会に参加し,午後10時ころに作成した年賀状を届けに実家に寄り,姉のGに会ったが,その際のBの様子は少し疲れているような様子であった。Bは,自宅に帰った後,控訴人に今帰った旨の電話をし,その後,控訴人の方から同日午後11時20分ころ,Bに電話をしたが,その際,同人は,疲れたのでお風呂に入って寝るというようなことを言って電話を切った。」( )原判決34頁8行目冒頭から同36頁7行目末尾までを,次のとおり改 める。 「イ控訴人は,Bの死体検案が行われた際,担当者であるH医師が,控訴人に対し,「随分足がむくんでいるなあ」と話した旨供述ないし陳述(乙20,原審における控訴人本人尋問)する。しかし,その点について,死体検案書にはその旨の記載はない(乙2)ところ,その後,控訴人は,同人の訴訟代理人とともに,平成20年11月4日,I救命救急センターにH医師を訪ね,前記の点について確かめたところ,その点についての明確な回答は得られなかったものの,当時は医師になって1年目であり,どのような事項が死体検案書に記載すべき重要な情報なのか分からなかった旨述べていたことが認められる(甲54)ことや,控訴人のその点に関する供述は具体的であるのみならず,前記認定のとおり,Bは,株式会社Eに就職した後も,利尿剤のラシックス等を処方されていることや,Bの症状は当時と本件事業主に勤務するようになったころとほとんど変わりはなかったことからすると,本件災害時にBの足に浮腫が見られたからといって不自然とはいい難いが,死体検案を行う医師は,遺体に浮腫があれば,検案書にその旨の記載をするのが通常である(証人J)ことからすると,控訴人主張の事実を認めるまでは至らない。 - 11 -( )Bの死因 前記のとおり,慢性心不全が悪化すると労 に浮腫があれば,検案書にその旨の記載をするのが通常である(証人J)ことからすると,控訴人主張の事実を認めるまでは至らない。 - 11 -( )Bの死因 前記のとおり,慢性心不全が悪化すると労作時の呼吸困難や息切れを生じるところ,Bは本件災害時の直前までそのような訴えをしていなかったことからすると,Bの死因は,慢性心不全から致死的不整脈を発症し,心停止に至ったものと認められる(甲52,乙40,41,69,原審証人K,当審証人F)。 ( )不整脈に関する医学的知見 証拠(甲14(不整脈による突然死等に関する専門家会議「不整脈による突然死等の取扱いに関する報告書」),乙69)によれば不整脈による突然死について次の知見があることが認められる。 ア不整脈とは心臓は全身に血液を送り出すポンプの役割を果たすが,このポンプが最も効率よく働くためには,洞結節において規則正しく,しかも適当な頻度で発生した刺激が刺激伝導系を介して心房,心室に伝わることが必要であり,こうした生理的に正常な心臓の調律からはずれた状態が不整脈である。 イ不整脈を引き起こす基礎疾患種々あるが,その中に心疾患(心筋炎,心筋症等)が含まれている。 ウ不整脈の種類と病像種々のものがあるが,次のものが含まれている。 (ア)(心房性不整脈)心房期外収縮,心房頻拍,心房粗・細動などといった頻拍性不整脈には,僧帽弁狭窄症その他の心疾患による心房の器質的病変とか慢性肺疾患などに伴うものがある一方,そうした疾患の認められない症例もある。心房細動の発生における自律神経機能障害の役割もよく知られており,とくに交感神経緊張の増大によって誘発される- 12 -ものでは,精神的,身体的負荷がしばしば誘因として認められる。 個々の心筋細胞が全く無秩序な興奮収縮を繰り返す状態を細動と称し く知られており,とくに交感神経緊張の増大によって誘発される- 12 -ものでは,精神的,身体的負荷がしばしば誘因として認められる。 個々の心筋細胞が全く無秩序な興奮収縮を繰り返す状態を細動と称し,統一された心収縮が行われないためにポンプ機能は消失する。 細動は心房,心室のいずれでも生じるが,後者では心電図上でのQRS波形の判別は最早不可能となり,また心拍出量がゼロとなるため,速やかに心肺蘇生処置を行わなければ致死的な経過を辿る場合が多い。 (イ)(心室性不整脈)心室性期外収縮は最も普通に見られる不整脈であり,基礎心疾患のない症例では散発的に出るものは放置してよい一方,器質的心病変のある例では発作性心室頻拍や心室細動の引き金となって致命的となりうるので,その臨床的意義は種々の条件を考慮して総合的に判断すべきである。 エ不整脈の病態生理心臓のポンプ機能は(心拍数×1回拍出量)で規定される心拍出量で評価されるが,徐脈性不整脈では心拍数の低下が,頻脈性不整脈では1回拍出量の減少が生じ,心室細動では両者ともに殆どゼロになるため,いずれの場合においても心拍出量が低下する。一方全身への血液循環は心拍出量と末梢動脈抵抗の影響を受けるが,心拍出量が低下した場合末梢動脈の収縮などによる代償が充分でなければ血圧は下がり,ショック状態をも導く。その結果,全身臓器への循環不全が生じて脳虚血や心不全症状が生ずると共に,交感神経緊張の亢進とカテコラミンの分泌が生ずる。一般に心室細動を含む心室性の頻脈性不整脈では心拍出量低下の度合いが著しい上に心筋酸素消費量(心拍数×収縮期血圧で概算される。)の増大,カテコラミンの分泌などの因子が心機能及び不整脈自体を増悪させるため,上室性不整脈よりも重篤な循環障害を来す。 - 13 -オ不整脈と精神的・身体的負荷との関 ×収縮期血圧で概算される。)の増大,カテコラミンの分泌などの因子が心機能及び不整脈自体を増悪させるため,上室性不整脈よりも重篤な循環障害を来す。 - 13 -オ不整脈と精神的・身体的負荷との関係精神的負荷は交感神経系の強い反応を引き起こす結果,カテコラミンの分泌が増し血圧の上昇と心拍数の増加,心筋酸素消費量の増大,冠攣縮(スパズム)などを生ぜしめ,その結果,心室頻拍,心室細動,房室ブロックなどの致死的不整脈を生じ突然死を招くことがある。 また,ストレスによる交感神経緊張並びに自律神経の調節異常は心筋の電気的不安定状態をも惹起し,自動能の亢進・低下,撃発活動及び興奮旋回等の不整脈発現の要因に促進的に作用し,危険な致死的不整脈の出現を招来する可能性がある。 さらに,これら突然死に影響を与えている心理社会的要因として,①未解決の悩みを抱え,不安,緊張,怒りや恐怖が何日も続く,②睡眠障害があり,生活リズムが不規則である,③仕事が山積みし,疲労状態にあることなどが挙げられている。 カ心室細動の発症機序心室細動は致死性不整脈のひとつであり,心室筋が無秩序に小さい収縮を高頻度で繰り返している状態である。突然倒れて心停止を起こす症例の多くが心室細動であると考えられている。 心室細動の主な発症機序は,心室筋における多発性のリエントリー(興奮旋回)であると考えられている。リエントリーとは,正常な心臓の電気的興奮は1心周期ごとに完了し,そこで消失するが,病的な状態では,興奮波が1心周期の間に消失せず,再び心臓を再興奮させる現象をいい,心室筋の電気的特性の不均一性が高度であるほど起こりやすいとされている。心不全の心筋では,心筋の興奮持続時間が延長し,これが心筋各部においてこのような不均一性を増大させ,リエントリーの原因となる。そして,受攻期といわれ 均一性が高度であるほど起こりやすいとされている。心不全の心筋では,心筋の興奮持続時間が延長し,これが心筋各部においてこのような不均一性を増大させ,リエントリーの原因となる。そして,受攻期といわれる心室筋の電気的興奮の回復過程のある時期に一定以上の電気刺激が加わると,心室細動を誘発し,突然死- 14 -を起こす。慢性心不全においては,心室細動を誘発する危険度の高い心室性期外収縮が出やすいし,これをきっかけとして心室細動が起こりやすい心筋組織の回路が形成されているため,過重な負荷がなくても心室細動が誘発される機会が多い。 ( )NYHAⅡ該当者の運動耐容能(甲30,乙41,62,証人J)」 ( )原判決36頁16行目冒頭から同頁17行目末尾までを,次のとおり改め る。 「b日本循環器学会や日本心臓病学会も参加して作成された治療のためのガイドラインである「心疾患患者の学校,職域,スポーツにおける運動許容条件に関するガイドライン」によれば,本件に関して参考となる各種作業等の運動強度は,概ね,次のとおりとされる。」( )原判決37頁10行目末尾を改行の上,次のとおり付加する。 「なお,METS値は,運動強度を示す数値であり,心不全患者に許容される運動強度を考えるに当たっては,運動を継続する時間も問題となるが,労働として一定の作業に従事する際,許容される運動強度を考える場合には,前記のとおり,一定の時間(8時間程度)継続することが想定されている(原審証人J,同K)。」()原判決37頁11行目から同38頁3行目末尾までを削除する。 ()原判決38頁4行目冒頭から同42頁24行目末尾までを,次のとおり改 める。 「( )Bの業務の過重性についての判断 アNYHAⅡの基準から見たBの労働の過重性前記のとおり ()原判決38頁4行目冒頭から同42頁24行目末尾までを,次のとおり改 める。 「( )Bの業務の過重性についての判断 アNYHAⅡの基準から見たBの労働の過重性前記のとおり,Bは心不全の患者でありNYHAⅡ(日本循環器学会の定める運動耐容能は5ないし6METS)に該当していたものであるところ,同人の具体的な労働であった立位での商品販売等を前記基準に当てはめると,同人は3・5ないし4・25METSの強度の仕- 15 -事をしていたことになる。そして,前記のとおり,NYHAⅡの患者が8時間の継続的な仕事をする場合には,耐容能の60%未満(3・6METS)であることが望ましいとされていることからすると,Bの前記労働は,その強度において基準を超えていることになる。この点について,証拠(甲54,乙32,36の1,2)によれば,BのC病院における主治医であったD医師は,退院後の生活について,Bに対し,同人の心胸郭比等から立ち仕事は無理である旨伝えていたことが認められ,この指摘は上記METSに照らし合わせても妥当な指摘であることが認められる。また,上記の継続的労働を前提とする耐容能は,少なくとも8時間を上限とする基準を示しているものと考えざるを得ず,時間外労働の場合にも当てはまるものとは到底考え難い。 この点については,本件事業主の方でも当初はBには残業をさせない方針であったことが認められる(原審証人L,乙60)。しかるに,Bは,原判決別紙2記載のとおり時間外労働をしているのであって,この点からもBの労働が過重であったことは明らかである。なお,日本障害者雇用促進協会障害者職業総合センター発行の障害・職業別「就業上の配慮事項」によれば,3級の心機能障害者は,極めて温和な座業に限れば就労の可能性もあるとしている(甲56)。 かである。なお,日本障害者雇用促進協会障害者職業総合センター発行の障害・職業別「就業上の配慮事項」によれば,3級の心機能障害者は,極めて温和な座業に限れば就労の可能性もあるとしている(甲56)。 これに対し,K医師は,意見書(乙41)の中で,Bの本件事業主での労働は,「持続的な業務としては3ないし4METS程度が無理のない負荷であり,一時的には5ないし6METS程度は許容範囲」,主治医が「事務的な仕事しか無理」と判断した根拠は不明」,「適度な運動あるいは運動トレーニングは運動耐容能を増す」などと述べ,結論として過重ではなかったと述べているが,前記基準が時間外労働を許容しているものとは考え難いことや,同医師が指摘する文献には,適度な運動やトレーニングについても「運動強度,運動量が過度とな- 16 -れば心不全の増悪をきたし得るのでその実践にあたっては個々の症例の病態と運動負荷試験から得られた情報に基づいた運動処方が必要である。」としている(乙41の参考文献3)ことからも明らかなとおり,それらは医師の管理の下に行われることを前提としているものであるから,本件にはそのまま当てはまらず,同医師の上記意見は採用し難い。 イBの本件災害前11日間の労働と過重労働前記のとおり,NYHAⅡ基準に基づく運動の規制は少なくとも継続8時間を限度と考えるべきであるところ,Bは,前記(付加訂正後の原判決)認定のとおり,本件事業主に就職後,本件災害前1か月間に1日30分から2時間半の間で,合計33時間の時間外労働をしているものであり,これが心不全の患者であり心臓機能に障害のあるBにとって過重な労働であることは前記のとおりであるが,特に,平成12年12月14日から本件災害までの11日間(内2日間が休日)を見ると,それまでが30分から1時間(1日だけ2時 臓機能に障害のあるBにとって過重な労働であることは前記のとおりであるが,特に,平成12年12月14日から本件災害までの11日間(内2日間が休日)を見ると,それまでが30分から1時間(1日だけ2時間半の日がある。)の時間外労働であったのに対し,2日間(1時間づつ)を除き,毎日1時間半から2時間半の時間外労働をしていることが認められ,これは,慢性心不全の患者であるBにとってはかなりの過重労働であったものと推認できる。 これに対し,K医師は,意見書(乙69)の中で,長期間の時間外労働は月平均45時間以下の場合にはそれが自然的経過を超えて心臓や血管の病変を進行させる可能性は乏しいから,過重な労働とは見ることができず,このことは,健常人だけでなく心機能に障害のあるBにも当てはまる旨述べており,また,その根拠として,その程度の疲労は7ないし8時間の睡眠が確保されていれば回復できることも挙げている。 しかしながら,そもそも業務が過重であるか否かの判断において,心機能に障害のない健常人と慢性心不全の患者とを同一の基準で判断する- 17 -ことは,前記の平均的労働者を基準に業務の過重性を判断するとの考え方に立つ場合にはそれなりの意味があることは理解できるが,前記のとおり身体障害者であることを前提として雇用した労働者の業務の過重性の判断は当該労働者を基準とするとの考えに立つと,到底採用し難いところである。 また,実質的に見ても,心機能に障害がある人とそれがない人とでは,同じ仕事をしてもそれから受ける疲労度は異なり,たとえば,疲労を起こす物質である乳酸(骨格筋を動かすことによって生産される)は心臓のポンプによって肝臓に運ばれ,そこで分解されるが,心臓機能が低下している場合にはその循環が遅くなることなどから,障害者の方が疲労しやすく(このことはK証人も を動かすことによって生産される)は心臓のポンプによって肝臓に運ばれ,そこで分解されるが,心臓機能が低下している場合にはその循環が遅くなることなどから,障害者の方が疲労しやすく(このことはK証人も証言中で認めているところである。)疲労が蓄積しやすいことが認められる(当審証人F)ことからしても,健常者と障害者では疲労回復にかかる時間は異なるはずであり,K証人の前記証言は採用し難い。 また,被控訴人は,Bの業務が過重でなかったことの理由として,BのC病院での最終受診日である平成12年12月13日の心電図でも心不全の増悪を示す兆候はなく,同日以降に呼吸困難や動悸等の症状も現れなかったことをあげる。 確かに,前記受診日における検査の結果では,Bの症状にそれまでと変わって増悪した点は確認されておらず,被控訴人主張のような症状も現れていない。また,控訴人も同日まではBの体調に特別変わったところは認めていない。 しかしながら,前記のとおり,Bの労働時間の関係では,前記受診日の翌日から残業時間がそれ以前と比べると長時間になっていることが認められるのであって,労働の強度としてはそれ以前と比べ質的に異なっていることが窺われる。また,前判示のとおりBの死体検案時に,Bの- 18 -足に浮腫があったとは断定し難いが,その事実が認められなかったとしても,前記受診日以後に,Bは足の浮腫を訴えたり,子供と一緒に風呂に入ろうとしなくなったり,些細なことにイライラする様子が窺われるようになっているところ,これらは疲労あるいはストレスの蓄積が原因であると認められる(原審証人J,当審証人F)。 ウ本件災害と前記業務の過重との関係以上のとおり,Bは本件災害に遭遇する以前に過重な業務を遂行していたものであるが,業務上の災害といえるためには,過重な業務によってそれまでの J,当審証人F)。 ウ本件災害と前記業務の過重との関係以上のとおり,Bは本件災害に遭遇する以前に過重な業務を遂行していたものであるが,業務上の災害といえるためには,過重な業務によってそれまでの疾病を自然的経過を超えて増悪させたといえることが必要である。 そこで,その点について検討するに,Bは,致死性の不整脈を発症させて死亡したものと認められるが,前記認定のとおり,慢性心不全の疾病に罹患している場合は,心室細動等の致死性の不整脈が発症しやすいことが認められ,また,ストレスによる交感神経緊張並びに自律神経の調節異常は心筋の電気的不安定状態を惹起し,それが致死的不整脈の出現を招来するという関係にある。そして,その精神的負荷やストレスは過重なる業務及びそれによる疲労が原因となっても発生するものであることも前記認定のとおりである。 そして,前記のとおり,Bの心機能は,長年にわたる甲状腺機能亢進症による心筋酸素消費量の過剰から疲弊し,弁膜症も合併し,心機能が低下していたものではあるが,C病院を退院した後,株式会社Eでの勤務を経て,本件事業主に就職した後も,平成12年12月13日ころまでは特に慢性心不全も悪化することなく経過してきていることからすると,Bの前記致死的不整脈による死という結果は,前記過重業務による疲労ないしストレスの蓄積からその自然的悪化を超えて発生したものと認めるのが相当である。 以上によれば,Bの本件災害は,業務に起因したものと認められる。 - 19 -これに対し,被控訴人は,Bは平成12年12月12日と翌13日の二日にかけて,業者を頼まずに父親とともに引越作業をしているところ,引越作業は軽い荷物運びが3・5METS,家具・家財道具の移動・運搬が6・0METS等にものぼり,それによる精神的負荷も受け,休日には引越に伴う市役所 頼まずに父親とともに引越作業をしているところ,引越作業は軽い荷物運びが3・5METS,家具・家財道具の移動・運搬が6・0METS等にものぼり,それによる精神的負荷も受け,休日には引越に伴う市役所等での手続や買物に費やしたためそれらによる業務外の事由により疲労を蓄積させ,さらには,本件災害当日も退社後に友人宅の忘年会に出席し,その帰りに実家によるなど,業務外での負荷を多く受けており,これらが本件災害に影響を与えたものと見られる旨主張する。 確かに,Bが被控訴人主張の日に引越をしたことは争いがないが,証拠(乙35,原審における控訴人本人尋問)によれば,荷物といっても大きなものはタンスと布団くらいで,タンスは引き出しを抜いてBと控訴人の父とが運んだこと,また,本件災害日の忘年会や実家によったのは,車で行ったものであり,飲酒もしていないものであることが認められ,プライベートな作業の場合には,自分のペースでいろいろなことができるので,一見同じようなことをやっていても,負荷に関しては割合軽く済む場合が多い(原審証人J)ことなどからすると,それが負荷になっていないとはいえないものの,それほど大きな負荷になっているものとも認め難い。そして,Bの前記行動,特に買い物等は,通常の日常生活をしていく上で当然に必要となるものであるから,それらによる負荷を業務外の負荷として業務の過重性判断の上で重視することは相当とは思われない。 以上によれば,Bの本件災害は,業務上の災害と認めるのが相当である。 第4よって,以上と結論を異にする原判決は相当でなく,控訴人の本件控訴は理由があるから原判決を取消すこととし,主文のとおり判決する。 名古屋高等裁判所民事第3部- 20 -裁判長裁判官高田健一裁判官尾立美子裁判官堀禎男は,転補のため,署名押印をする 由があるから原判決を取消すこととし,主文のとおり判決する。 名古屋高等裁判所民事第3部- 20 -裁判長裁判官高田健一裁判官尾立美子裁判官堀禎男は,転補のため,署名押印をすることができない。 裁判長裁判官高田健一

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