平成19年10月4日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成18年(ワ)第2509号損害賠償請求事件口頭弁論終結日平成19年8月23日判決原告A同訴訟代理人弁護士毛受久被告B被告C被告ら訴訟代理人弁護士金田英一金田賢太郎星野馨主文 被告らは,原告に対し,連帯して金164万1967円及びこれに対する平成14年8月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 原告のその余の請求を棄却する。 訴訟費用は,これを5分し,その4を原告の負担とし,その余は被告らの連帯負担とする。 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実 及び理由第1請求被告らは,原告に対し,連帯して金930万3756円及びこれに対する平成14年8月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要本件は,被告Cの開設する歯科医院において歯科医師である被告Bによる診療を受け,1歯の歯冠部をほぼ喪失した原告が,被告C及び同Bに対し,債務不履行(被告Cにつき)又は不法行為(被告Cについては使用者責任)に基づ いて,診療費相当額及び慰謝料等の損害金並びにこれらに対する不法行為発生の日からの民法所定の遅延損害金の連帯支払を求めている事案である。 なお,被告Bが抜歯を行ったのは平成14年のことであり,以下の日付は,特記しない限り,同年の日付である。 前提事実(証拠原因により認定した事実については,括弧書きで当該証拠原因を掲記する。その余の事実は当事者間に争いがない)。 (1)当事者ア被告Cは肩書住所地においてD歯科医院という名称の歯科医院以,「」(下「被告医院」という)を開設している。 。 イ被告Bは,歯科医師であり,8月当時,被 い)。 (1)当事者ア被告Cは肩書住所地においてD歯科医院という名称の歯科医院以,「」(下「被告医院」という)を開設している。 。 イ被告Bは,歯科医師であり,8月当時,被告医院に勤務していた。 ウ原告は,昭和36年生の男性であり,被告医院において平成14年に被告Bによる診療を受けた。 (2)被告医院における本件歯の診療経過等ア原告の右下6番の歯(下顎右側第一大臼歯。以下「本件歯」という)。 には,かねてから,銀合金製のアンレー(歯質の表在性欠損部を被覆する形で修復する鋳造物)が被せてあった(乙A1,2。 )イ原告は,8月9日,被告医院を受診して,被告Cとの間で歯科診療を目的とする診療契約(以下「本件診療契約」という)を締結した。 。 被告Bは,同日の診察により,本件歯が3度のう蝕症であること,本件歯の近心頬側根の根尖に病巣ができていることを確認した。なお,3度のう蝕症とは,う蝕が歯髄に及んでいるものをいう(乙A1,2,4,6・2頁,甲B21。 )原告は,以後8月16日まで,被告医院において被告Bによる歯の診療を受けた(乙A1,2,弁論の全趣旨。 )ウ被告Bは,8月15日,本件歯の抜歯を行った(以下「本件抜歯行為」という)が,その際,抜歯を行うことを原告に説明しなかった。 。 本件抜歯行為により,原告は本件歯の歯冠部をほぼ喪失した(乙A7,8(いずれも枝番を含む,被告B本人。 。)) 原告の主張(1)被告Bの違法行為原告は,本件歯の保全と審美を目的として被告医院を訪れ,本件歯に被せてあったアンレーをレジン(樹脂)に詰め替えることを求めたにもかかわらず,被告は,原告の同意,了解を得ないまま,本件歯の全抜歯を試み,本件歯を完全に破壊し,使用不可能な状態にした。 (2)被告らの責任被告B レーをレジン(樹脂)に詰め替えることを求めたにもかかわらず,被告は,原告の同意,了解を得ないまま,本件歯の全抜歯を試み,本件歯を完全に破壊し,使用不可能な状態にした。 (2)被告らの責任被告Bが,原告の同意を得ないまま本件歯を使用不可能な状態にまで破壊した行為は民法709条の不法行為に該当し,被告Bは,被告Cの開設する,,被告医院の被用者で被告医院の診療契約上の債務の履行補助者であるから被告Bは,民法709条に基づき,被告Cは,民法415条,同法715条に基づき,被告Bの違法行為によって原告に生じた損害を賠償する責任を負う。 (3)原告の損害ア被告医院における診療費4040円イ被告医院における診療を受けた後に診療を受けた他の医院(以下「後,医」という)における診療費(後記のインプラント手術費用等を除く)。 。 及び本件抜歯行為についての調査費用8万4260円ウ調査費用(上記イ以外の書籍代)3万5660円エインプラント手術費用等40万2170円原告は,被告Bがドリル等の器具を用いて本件歯を破壊したため,平成16年8月13日に抜歯治療を,平成17年5月14日から同年8月13日までの間にインプラント治療を受けることを余儀なくされ,抜歯のための診療費として3170円を,インプラント手術費用として39万900 0円を支出したが,上記費用は,被告らの違法行為と相当因果関係のある損害である。 なお,被告らは,欠損歯の補綴は一般にはブリッジ(欠損歯の両側の歯を削って土台にし,人工の歯(義歯)を装着する方法)で十分であり,原告がインプラント手術という高額な治療法を選択したからといって,その出捐額が全額相当因果関係の範囲内の損害となるわけではないと主張するけれども,ブリッジの人工歯には歯根がないこと,ブリッジの場合,欠 告がインプラント手術という高額な治療法を選択したからといって,その出捐額が全額相当因果関係の範囲内の損害となるわけではないと主張するけれども,ブリッジの人工歯には歯根がないこと,ブリッジの場合,欠損,()歯の両側の健康な隣接歯を切削する必要がある上土台となる歯支台歯に歯根のない歯の分の大きな負担がかかり,その寿命が短くなること,ブ,,リッジの咀嚼力は天然歯の咀嚼力を大きく下回ることなどの点において原告の受けた被害を回復する方法としては,不十分である。 オ将来のインプラント手術費用等96万4500円インプラント手術は,15年が寿命であると評価されているから,原告の生涯において,今後少なくとも2回のインプラント手術を行う必要があり,また,インプラント手術後,おおむね3ないし4か月に1回,メンテナンスのための検診を受けることが必要になる。 これらの費用として合計96万4500円を要する。 カ慰謝料600万円原告は,本件抜歯行為に際し,歯茎に深い切り込みを加えられ,激しい肉体的苦痛を受けた。また,原告は,自分の天然歯をすべて一生使うという目標を立て,これを実現するために日々努力してきたところ,被告らの違法行為により本件歯の歯冠を喪失し,その目標を達成することができなくなった。これらの点に,被告Bが,インフォームドコンセント,患者の自己決定権を尊重するという医師としての基本的な思想を意図的に無視したこと,真摯な謝罪をしないこと,原告の意思を無視して強引に抜歯を強行したのに原告から抜歯を拒否されなかったと供述するなど虚偽供述を繰 り返していること等の点を考慮すれば,慰謝料の額は600万円が相当である。 キ弁護士費用181万3126円(ア)証拠保全手続費用31万5000円(イ)着手金及び報酬金149万8126円 返していること等の点を考慮すれば,慰謝料の額は600万円が相当である。 キ弁護士費用181万3126円(ア)証拠保全手続費用31万5000円(イ)着手金及び報酬金149万8126円上記アないしカの合計額である749万0630円の2割として合意した。 被告らの反論(1)本件歯が保存不可能であったこと前提事実(2)イのとおり本件歯の近心頬側根の根尖には病巣があったにもかかわらず,次の①ないし③の諸点に照らし,本件歯の近心根に根管治療をすることはできない状態であった。すなわち,①本件歯の近心根は,頬側舌側の2根ともに開口部がふさがっていたため,被告Bが8月15日にリーマーで近心根の根管口の探索を試みた際,その探索が困難であったし,②無理にリーマーを挿入しようとすると本件歯に穿孔を生じる危険があった。また,③本件歯の近心根は頬側舌側の2根ともに弯曲していたのである。 さらに,本件歯は,前提事実(2)イのとおり,3度のう蝕症であった。 以上によれば,本件歯を完全に保存することは不可能であったということができるから,結局,本件歯を治療するためには抜歯をするしかなかった。 (2)被告Bの違法行為について上記(1)のとおり本件歯は保存不可能であったから,本件抜歯行為は相当な行為であり,違法な行為ではない。 (3)原告の損害についてア被告医院における診療費(4040円)は争う。 上記(2)のとおり本件抜歯行為は相当な行為であったから,上記診療費相当額は損害とは評価できない。 イ後医における診療費(後記のインプラント手術費用等を除く)及び本。 件抜歯行為についての調査費用(8万4260円)は争う。 (ア)上記(1)のとおり本件歯は保存不可能であったから,後医における診療費は,原告に不可避的に発生する費用であり,本件抜歯行為 )及び本。 件抜歯行為についての調査費用(8万4260円)は争う。 (ア)上記(1)のとおり本件歯は保存不可能であったから,後医における診療費は,原告に不可避的に発生する費用であり,本件抜歯行為と相当因果関係のある損害とはいえない。 (イ)また,調査費用は,現在の裁判実務においては,本件抜歯行為と相当因果関係のある損害とはいえない。 ウ調査費用(上記イ以外の書籍代(3万5660円)は争う。 )上記イ(イ)と同様,本件抜歯行為と相当因果関係のある損害とはいえない。 エインプラント手術費用等(40万2170円)は争う。 上記イ(ア)と同様,本件抜歯行為と相当因果関係のある損害とはいえない。 仮に本件歯が保存可能であったとしても,欠損歯の補綴には一般にブリッジを装着すれば十分であるから,本件抜歯行為との間に相当因果関係が認められる損害はブリッジ代にとどまる。 オ将来のインプラント手術費用等(96万4500円)は争う。 上記エと同様である。 カ慰謝料額(600万円)は争う。 本件歯は保存不可能であったから,本件抜歯行為と相当因果関係のある損害は発生していない。仮に,本件歯が保存可能であったとしても,現在,。 の裁判実務においてはその慰謝料の額は最大で50万円程度にとどまるキ弁護士費用(181万3126円)は争う。 原告と同訴訟代理人がどのような委任契約を締結したのかは知らないが,説明義務違反との間に相当因果関係が認められる弁護士費用は本訴認容額の1割程度である。 第3当裁判所の判断 被告病院における本件歯の診療経過等について前記前提事実に証拠(甲A3,乙A1,2,6,原告本人,被告B本人(た,。),)だしいずれも後記の採用しない部分は除くのほか各項に掲記したもの及び弁論の全趣旨を併せると,以下の事実が認められ 提事実に証拠(甲A3,乙A1,2,6,原告本人,被告B本人(た,。),)だしいずれも後記の採用しない部分は除くのほか各項に掲記したもの及び弁論の全趣旨を併せると,以下の事実が認められる。 (1)根管治療についてアかつては,う蝕(むし歯)の進行した歯を直ぐに抜くことが歯科診療の現場で広く行われていたが,歯には,胃腸の消化,吸収を助けるという働きや,歯触りが味覚を敏感にするという働きがあり,また,よくかむこと,,には脳の血流が増える効果があることが知られていることから最近ではできるだけ歯を残すような治療を行うべきであると考えられるようになってきている(甲B21,25,27,なお,甲A3・23頁。 )イ根管治療は,一般には,歯の神経の治療と呼ばれ,可能な限り「歯を残す」ことを重視する考え方に立つ治療方法であり,根管治療の考え方からすれば「歯を抜く」ことが必要になるのは非常にまれなケースに限られ,ることになる(甲B21。 )ウ根管治療は,根管由来の細菌や刺激物質が原因で生じる根尖性歯周組織疾患の予防や治療を目的とするものであり,①抜髄後の根管(抜髄根管)や②すでに歯髄が失活して感染が生じている根管(感染根管)を機械的および化学的に拡大清掃し,適切な根管充填が行えるように根管の形態を形成すること,すなわち,根管内から根尖性歯周組織疾患の原因となる細菌や刺激物質を除去するとともに,これらの有害な物質がふたたび根管内に貯留しないように,根管内を化学的に安定で生体に傷害を起こさない物質で密閉(緊密な根管充填)できるように準備することである,と定義される。なお,根管治療のなかに根管充填を含める場合もある(甲B5・162頁。 ) エ根管治療は,根管の入り口を探すことから開始されるが,根管が細い場合などには根管口を見 ることである,と定義される。なお,根管治療のなかに根管充填を含める場合もある(甲B5・162頁。 ) エ根管治療は,根管の入り口を探すことから開始されるが,根管が細い場合などには根管口を見つけるのが難しい場合がある。根管の探索にはリーマーやファイルが用いられる(甲B5・168頁以下,同・177頁,。 甲B33)オ細い#10のファイルを根管に挿入したときに抵抗が強く根尖孔まで達しない場合には,化学用洗浄剤を併用しながら,同ファイルの引き戻しと押し込みを繰り返して根管狭窄部を拡大し,根管充填を行う。また,根管が弯曲している場合には,ファイリング操作(器具を根管壁に接触させ,ヤスリのように上下運動させる操作)のみで根管を拡大する(甲B5・189頁。 )カ根管治療の成功率は,以前はかなり低く,適応症も限定されていたが,最近では成功率は高まり,適応症の範囲は広がってきている。現在では,歯周病や根面う蝕が進行し残存する歯根膜が極めて少ない歯を除いて,外科的療法や歯周療法との併用により,根管治療の完全な禁忌症は少なくなっている(甲B5・163頁。 )キ髄腔や根管の形態は,歯種によって異なり,年齢,う蝕,咬耗,摩耗にも大きく影響を受ける。術前のX線写真は二次元像であり,特に複根歯ではX線写真による天蓋,髄腔壁,根管の明確な確認は難しい。根管治療時には,X線写真から得られる情報を参考に,直視で十分に確認してより正確な情報を得ること,更に術中に手指の感覚で情報を得ることが重要である(甲B5・167頁。 )ク平成2年に入る頃から根管療法の分野で実体顕微鏡の使用が欧米を中心に普及し始め,現在では通常の根管治療でも使用されている。実体顕微鏡を使用することにより,天蓋の取り残しや見落としていた根管等を発見することができる。また,石灰変性 野で実体顕微鏡の使用が欧米を中心に普及し始め,現在では通常の根管治療でも使用されている。実体顕微鏡を使用することにより,天蓋の取り残しや見落としていた根管等を発見することができる。また,石灰変性により閉塞した根管を見つけ出すことも可能である。髄床底や根管内を実体顕微鏡でよく観察すると,閉塞した根 管も容易に発見できる(甲B26,甲B27・3頁。 )(2)原告の歯科受診経験等原告は,自分の歯を一生使うという目標を立て,1日に5回以上歯磨きをする習慣を続け,子供のころに歯科医院でう蝕の治療を受けて以来,被告医院に受診するまでの約30年間,歯科医院で治療を受けたことがなく,歯を失ったこともなかった(甲A3・2頁。 )(3)8月9日の初診時,,,,,ア原告は8月9日被告医院を訪れ被告Bの診察を受けたがその際。 ,本件歯に被せてあったアンレーをレジンに詰め替えることを求めたなお原告は,診療申込書に,これまでに歯を抜いた経験はなく,この機会に悪いところは全部治したいと考えている旨を記載した(乙A3。 )イ被告Bは,問診やパノラマレントゲン撮影(上顎,下顎が1枚のレントゲンで撮影できる断層撮影の一種本件歯のデンタルレントゲン撮影歯),(の一部(1ないし3歯程度)を撮影対象とするレントゲン,触診,視診等)を行った。これらによって判明した本件歯の状況は,以下のとおりであった(乙A4,乙A6・1,2頁。 )①問診の結果,時々冷たいものや温かいものがしみることがあったが,自発痛,咬合痛はなかった。 ②パノラマレントゲン撮影及びデンタルレントゲン撮影の結果,本件歯は,他院で行われた歯髄切断によって歯冠部の歯髄が除去されていたも,(,。),のの遠心根奥歯側の歯根を遠心根前歯側の歯根を近心根という トゲン撮影及びデンタルレントゲン撮影の結果,本件歯は,他院で行われた歯髄切断によって歯冠部の歯髄が除去されていたも,(,。),のの遠心根奥歯側の歯根を遠心根前歯側の歯根を近心根という近心頬側根及び近心舌側根のいずれも根管充填はされていなかった。そして,遠心根の歯髄は生活しているようであったが,近心頬側根には,根尖部2分の1に肥大が認められ,根尖病巣が認められた。なお,近心舌側根については,近心頬側根と重なって撮影されたため,根尖病巣の有無を確認することはできなかった。 ③触診及び視診の結果,打診痛はなく,本件歯の付近は,頬側舌側とも歯肉の腫脹が見られなかった。 ④無麻酔で本件歯に被せられたアンレーの一部及び軟化象牙質の一部を切削したところ,本件歯の歯髄に生活反応は認められなかった。 ウ被告Bは,以上の所見から,本件歯は,3度のう蝕症で,近心根については感染根管の治療が必要であり,遠心根については,歯髄が生活していた場合,抜髄をして根管充填をしなければ近心根と同様に感染を生じるおそれがあると考えた。そして,被告Bが根管治療が必要であることを原告に告げたところ,原告は,同治療を希望すると述べた。 (4)8月15日の診療ア根管治療の開始被告Bは,再度パノラマレントゲン撮影を行って本件歯の近心根の根尖病巣を確認した。そして,遠心根の歯髄が生活している可能性があったため,麻酔を施した上,本件歯の歯冠部のアンレー及びその下の裏装セメントを除去し,さらに,軟化象牙質を除去した。なお,軟化象牙質は本件歯の髄床底の根分枝部付近まで及んでいたため,残った歯質は薄かった(甲A1,乙A6・3頁。 )イ根管口の探索被告が,#10リーマー(10番のサイズのリーマー。極めて細い部類のもの)で根管口を探索したところ,本件歯の遠心 で及んでいたため,残った歯質は薄かった(甲A1,乙A6・3頁。 )イ根管口の探索被告が,#10リーマー(10番のサイズのリーマー。極めて細い部類のもの)で根管口を探索したところ,本件歯の遠心根は根管が太く,直ぐに開口部(歯根の入口部)を見つけることができたが,近心根については頬側舌側の2根ともに開口部が不明瞭で,これを見付けることができなかった。被告Bは,本件歯の近心根は根管が2つに分かれているために根管口がもともと細いこと,他院における歯髄切断により本件歯の歯冠部の歯髄除去がされその切断面に新たに第二象牙質が形成されたために開口部が閉鎖されていたこと,これらが原因で上記近心根の根管口の探索ができ ないと判断した。さらに,残った歯質が薄いために無理に#10リーマーを挿入しようとすると穿孔を生じる危険があること,近心根が弯曲していたこと,これらを考え併せ,本件歯の近心根は根管治療の適応がないと判断した。なお,同日の時点で,被告医院には実体顕微鏡は備えられておらず,実体顕微鏡を用いた根管口の探索は行われなかった(乙A6・3,4頁。 )ウ本件抜歯行為被告Bは,本件歯の遠心根は保存が可能であると考え,本件歯の遠心根と近心根を分割した上で遠心根は保存し近心根は抜歯するヘミセクショ,,ン(分割抜歯)と呼ばれる処置(下顎大臼歯のどちらかの歯根を歯冠とともに分割して抜歯する処置。乙B1)を試みた。ただし,被告Bは,インフォームド・コンセントを軽視していたため,原告に対し,ヘミセクションについて説明しなかった。 被告Bは,器具を用いて本件歯を近心根と遠心根とに切断し,更に2つの近心根を頬側と舌側に切断することによって近心根を除去しようとした。診療時間は1時間以上に及び,被告Bは追加麻酔を行った(乙A6・4,5頁,甲A3・13,2 歯を近心根と遠心根とに切断し,更に2つの近心根を頬側と舌側に切断することによって近心根を除去しようとした。診療時間は1時間以上に及び,被告Bは追加麻酔を行った(乙A6・4,5頁,甲A3・13,28,82頁。 )エ本件抜歯行為後の本件歯の状況本件抜歯行為により,原告は本件歯の歯冠部をほぼ喪失し,歯茎が深く割れ,歯根には器具による切れ込みが残った。ただし,歯根は,近心根,遠心根とも除去されなかった(甲A3・28頁,乙A7,8。 )(5)後医における治療経過等ア原告は,8月20日及び同月27日に医療法人社団一仁会柴田歯科診療所(以下「柴田歯科診療所」という)を受診して,本件歯の治療方針に。 ついて相談した(甲C6,8。 )イ原告は,8月27日及び同月30日にE歯科を受診して,同様の相談を した(甲C7,11。 )ウ原告は,8月29日,F歯科クリニックを受診して,同様の相談をした(甲C9。 )エ原告は,9月8日,医療法人社団厚誠会歯科を受診して,同様の相談をした(甲C13。 )オ原告は,8月29日,医療法人社団星友会星野歯科駒沢クリニック(以「」。),。 下星野歯科駒沢クリニックというを受診して同様の相談をしたカ原告は,平成16年8月13日に星野歯科駒沢クリニックを受診して,本件歯の歯根を完全に除去した。 キ原告は,本件歯の欠損部の補綴のため,平成17年5月14日に星野歯科駒沢クリニックを受診し,同日から同年8月13日までの間(なお,実通院日数は6日,同クリニックの医師による診療を受け,上記欠損部に)インプラントを装着した。 ,,,ク原告はインプラントのメンテナンスのため平成17年12月10日平成18年4月8日及び同年8月19日に星野歯科駒沢クリニックを受診(,,,,,( インプラントを装着した。 ,,,ク原告はインプラントのメンテナンスのため平成17年12月10日平成18年4月8日及び同年8月19日に星野歯科駒沢クリニックを受診(,,,,,(。))。 したオないしクにつき甲C121015乙A5枝番を含むケ原告は,本件抜歯行為の調査のため,9月5日及び同月9日にレントゲンの焼き増しを行うとともに平成15年2月4日に書籍を購入した(甲C12,14,16。 )上記(4)の認定に関し,原告は,被告Bは8月15日に根管治療を試行せずいきなり本件抜歯行為を行った,と主張し,これと同旨の陳述(甲A3・18頁,供述をしている。 )しかしながら,本件抜歯行為時,麻酔の施行により原告の口腔内の感覚は相当程度鈍麻していたと推認され,原告において被告Bがどのような治療行為を行っているかを正確に認識しうる状態であったかについては疑問の余地がある上,原告本人尋問の結果によれば,本件抜歯行為の際,原告が目を閉じていた こと,原告において,本件歯の分割がされたことを舌で確認したのは治療開始直後ではなく治療開始から数分経った後である(長くても10分は経過していない)と認識していることが認められるから,被告Bが根管治療を施行せずいきなり本件抜歯行為を行ったとする上記の陳述・供述は根拠に乏しいといわざるをえない。 他に,本件全証拠を検討してみても,上記認定を覆すに足りる証拠はない。 被告らの損害賠償責任について(1)前記1(1)で認定した事実によれば,抜歯は,歯に加えられる最終的な医療処置であり,可能な限り避けるべきものであるとされていることが認められるから,う蝕症等の治療に当たる歯科医師としては,治療の対象となっている歯が根管治療の禁忌症に該当する場合を除き,当該歯の抜歯以外の方法で治療目的を達成す るべきものであるとされていることが認められるから,う蝕症等の治療に当たる歯科医師としては,治療の対象となっている歯が根管治療の禁忌症に該当する場合を除き,当該歯の抜歯以外の方法で治療目的を達成するための手段を尽くすべき義務を負っており,抜歯を行うことがやむを得ない場合であっても,抜歯を行う必要性について患者に対し十分な説明を行う義務を負っていると解される。 (2)そこで,被告Bが抜歯以外の方法で本件歯の治療を行うための手段を尽くしたか否かについて検討するに,まず,前記1(1)カで認定したとおり,歯周病や根面う蝕が進行し残存する歯根膜が極めて少ない歯は根管治療の禁忌症に該当するが,本件全証拠を検討してみても,本件歯が上記禁忌症に該当することを認めるに足りる証拠はない。 また,前記1(4)イで認定したとおり,本件歯については,近心根の根管が2つに分かれているために根管口がもともと細く,#10リーマーによる探索によっても本件歯の近心根の根管口が不明瞭であったこと,残った歯質が薄いために無理に#10リーマーを挿入しようとすると本件歯に穿孔を生じる危険があったこと,近心根が弯曲していたことなどの事情から,根管治療が困難であったことがうかがわれるが,他方,前記1(1)クで認定したとおり,実体顕微鏡を使用すれば,従来見落とされていた根管や石灰変性によ り閉塞した根管を発見することは不可能ではなく,根管口の探索ができれば狭窄根管や弯曲根管であっても,前記1(1)オの方法により,根管の拡大・形成を図ることが可能な場合があると考えられているところ,前記1(4)イで認定したとおり,本件抜歯行為に先立ち,実体顕微鏡を用いた根管口の探索は試みられていない。 一方本件歯の近心頬側根には根尖病巣が存在していたが前提事実1(2),(イ,今日では,原告 4)イで認定したとおり,本件抜歯行為に先立ち,実体顕微鏡を用いた根管口の探索は試みられていない。 一方本件歯の近心頬側根には根尖病巣が存在していたが前提事実1(2),(イ,今日では,原告の歯根近くにあった根尖病巣よりも大きな根尖病巣が)。 ,,根管治療により除去される例が珍しくないまた根尖病巣を除去するには,(,根管治療に限らず切開排膿という外科的方法もある甲A3・43頁以下甲B15,甲B16,甲B17,甲B18,甲B19。 )以上によれば,本件においては,本件抜歯行為に先立って,本件歯の抜歯以外の方法で治療目的を達成するための手段が尽くされているとはいえないことが明らかである。 (3)これに対し,社団法人東京都歯科医師会の医事担当理事であるG(以下「G理事」という)が作成した意見書(乙B2)には,デンタルサイズの。 X線写真によれば,本件歯の根管は狭窄しており,この根管を拡大して根管治療を完遂するのは不可能に近い,との記載がある。 しかしながら,術前のX線写真は二次元像であり,特に本件歯のような複根歯ではX線写真による根管の明確な確認は困難で,正確な情報を得るためには,X線写真から得られる情報を参考に直視で十分に確認する必要があるところ,G理事は,本件歯の根管を直視していない。また,G理事は,後医である柴田歯科診療所において撮影されたX線写真を読影した上,本件歯につき「根管治療あるいは抜歯の適応症といえる」との所見を述べ(乙B,。 3,本件歯に根管治療を施すことによって抜歯を回避する可能性を否定し)ていない。さらに,狭窄した根管や弯曲した根管についてもそれだけで根管治療の適応がないとされているわけではないことは前記1(1)オで認定した とおりである。 そうすると,G理事の作成した意見書(乙B2)中の上 に,狭窄した根管や弯曲した根管についてもそれだけで根管治療の適応がないとされているわけではないことは前記1(1)オで認定した とおりである。 そうすると,G理事の作成した意見書(乙B2)中の上記記載から直ちに本件歯について根管治療を完遂することが不可能であったと認めることはできない。 (4)以上によれば,被告Bは,本件歯の抜歯を回避するための手段を尽くさず,かつ,原告に対して抜歯の必要性を説明せずに,本件歯の抜歯を行ったものと認められるから,被告Bの本件抜歯行為は原告に対する不法行為を構成し,被告Bは,民法709条に基づき,被告Cは,民法415条,同法7 条1項に基づき,それぞれ,本件抜歯行為によって原告に生じた損害を賠償する責任を負うと解すべきである。 原告の損害(1)被告医院における診療費2040円被告医院における8月15日の診療の費用の支出は本件抜歯行為と相当因果関係のある損害と認められるところ,証拠(甲C5)によれば,その額は2040円であると認められる。なお,被告医院における8月9日の診療の(),。 費用の支出甲C4は本件抜歯行為と相当因果関係のある損害ではない(2)後医における診療費(後記のインプラント手術費用等を除く)5万。 9500円前記1(5)アないしカで認定したとおり,原告は,本件抜歯行為を受けた後,後医において本件歯の治療方針について相談し抜歯治療を受けることになったものであり,証拠(甲C6ないし11,13,15)によれば,原告は,後医における診療のために,5万9500円を支出したことが認められるところ,これらは,本件抜歯行為と相当因果関係のある損害であると認められる。 (3)調査費用6万3590円前記1(5)ケで認定したとおり,原告は,本件抜歯行為に関する調査 出したことが認められるところ,これらは,本件抜歯行為と相当因果関係のある損害であると認められる。 (3)調査費用6万3590円前記1(5)ケで認定したとおり,原告は,本件抜歯行為に関する調査のた め,レントゲンの焼き増しを行うとともに書籍を購入し,証拠(甲C12,14,16)によれば,原告は,上記調査のために,6万3590円(レントゲンの焼き増し費用計2万7930円及び書籍代3万5660円)を支出したことが認められるところ,本件抜歯行為に関する調査のためにレントゲンの焼き増しや書籍の購入を行い,そのために上記の額を支出することは社,,会通念上相当な範囲の支出であるということができるから上記調査費用は本件抜歯行為と相当因果関係のある損害であると認められる。 (4)インプラント手術費用39万9000円ア前記1(5)キで認定したとおり,原告は,本件抜歯行為を受けた後,平成17年5月14日から同年8月13日まで間,インプラント治療を受けることになったものであり,証拠(甲C1,2)によれば,インプラント手術費用として39万9000円を支出したことが認められるところ,原告は,上記手術費用は,本件抜歯行為と相当因果関係のある損害であると主張している。 イこの点について,被告らは,欠損歯の補綴には一般にブリッジを装着すれば十分であることに照らして,本件抜歯行為とインプラント治療との間には相当因果関係が認められないと主張する。 しかしながら,証拠(甲B7,9,10,14,23)及び弁論の全趣旨によれば,ブリッジの人工歯には歯根がないこと,ブリッジの場合,欠損歯の両側の健康な隣接歯を切削する必要がある上,土台となる歯(支台),,歯に歯根のない歯の分の大きな負担がかかりその寿命が短くなることブリッジの咀嚼力は,天然歯の咀嚼力を ブリッジの場合,欠損歯の両側の健康な隣接歯を切削する必要がある上,土台となる歯(支台),,歯に歯根のない歯の分の大きな負担がかかりその寿命が短くなることブリッジの咀嚼力は,天然歯の咀嚼力を大きく下回ることなどの点において,原告の受けた被害を回復する方法としては,不十分であること,欧米においては歯を失った時の主な治療法はインプラントであること,日本においても,医師によって技術の巧拙はあるものの,ある程度専門的に勉強した医師であればインプラント治療を行っていることが認められるから, 本件抜歯行為とインプラント治療との間には相当因果関係が認められるというべきであり,被告らの上記主張は採用することができない。 (5)将来のインプラント手術費用28万4244円証拠(乙A5の2)及び弁論の全趣旨によれば,インプラント手術の成功基準はインプラントを入れた後最低10年間維持されることであるといわれており,星野歯科駒沢クリニックにおいては,インプラント治療後10年間維持されることを保証していることが認められ,原告の生涯において(本件抜歯行為の時点における原告の平均余命は39.64年,今後少なくとも)2回のインプラント手術を受ける必要があることが認められる。 そこで,インプラントの耐用年数を原告の主張どおり15年とし,インプラントの手術費用を39万9000円として,中間利息を控除して,将来のインプラント手術費用を算出すると,次の数式のとおり28万4244円となる。 ①1回目の再手術費用19万1925円39万9000円×0.48101710(15年間のライプニッツ係数(現価)=19万1925円)②2回目の再手術費用9万2319円39万9000円×0.23137745(30年間のライプニッツ係数(現価)=9万2319円)③ 15年間のライプニッツ係数(現価)=19万1925円)②2回目の再手術費用9万2319円39万9000円×0.23137745(30年間のライプニッツ係数(現価)=9万2319円)③合計28万4244円(6)インプラントのメンテナンスのための費用13万3593円証拠(甲C3,乙A5の2・2枚目)によれば,原告が,インプラントのメンテナンスのために,平成17年12月10日に6800円(デンタルレントゲン撮影料500円,インプラント1本当たりのクリーニング代1050円,インプラント以外の歯のクリーニング代及び検査料5250円,平)(,成18年4月8日に1万0500円パノラマレントゲン撮影料5000円 インプラント1本当たりのクリーニング代1050円,インプラント以外の歯のクリーニング及び検査料5250円(ただし,1万0500円が上限である,同年8月19日に6800円を支出したこと,原告は,平成18。))年8月20日以降4ないし6か月に1回,インプラントのメンテナンスのための検診を受ける必要があり,各検診時に6800円又は1万0500円の支払を要することが認められる。 もっとも,インプラント以外の歯のクリーニング及び検査のための支出と本件抜歯行為との間には相当因果関係が認められないから,原告の平成17年12月10日,平成18年4月8日,同年8月19日の上記支出のうち,本件抜歯行為と相当因果関係のある支出の額は,それぞれ1550円,6050円,1550円であると認める。 そして,原告が,インプラントのメンテナンスのために6か月に1回程度通院し,毎年7600円(1550円と6050円の合計額)を支出する前提の下に,本件抜歯行為から4年余りが経過した平成18年8月20日からの原告の平均余命である35.64年間 ために6か月に1回程度通院し,毎年7600円(1550円と6050円の合計額)を支出する前提の下に,本件抜歯行為から4年余りが経過した平成18年8月20日からの原告の平均余命である35.64年間(39.64-4)の,インプラントのメンテナンスに要する費用を算出すると,次の数式のとおり12万4443円となる。 7600円×16.3741(35年間のライプニッツ係数(年金現価)=12万4443円)(7)慰謝料50万円本件抜歯行為によって原告が被った肉体的・精神的苦痛の態様,程度等を考慮すると,慰謝料の額は50万円をもって相当と認める。 (8)弁護士費用20万円本件抜歯行為と相当因果関係のある弁護士費用の額としては,20万円が相当である。 結論 以上の次第で,原告の本訴請求については,被告らに対し,164万1967円及びこれに対する平成14年8月15日(不法行為発生の日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があるから,その限度で認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法64条本文,61条,65条1項ただし書を,仮執,。 行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する東京地方裁判所民事第14部孝橋宏裁判長裁判官坂田大吾裁判官宮川広臣裁判官
▼ クリックして全文を表示