平成22(ワ)709 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
平成25年11月1日 福岡地方裁判所
ファイル
hanrei-pdf-84149.txt

判決文本文35,088 文字)

主文 1 被告は,原告Aに対し,100万円及びこれに対する平成22年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は,原告Bに対し,50万円及びこれに対する平成22年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被告は,原告Cに対し,50万円及びこれに対する平成22年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 4 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 5 訴訟費用は,甲事件・乙事件ともに,これを10分し,その1を被告の,その余を原告らの負担とする。 6 この判決は,1項から3項までに限り仮に執行することができる。 事実 及び理由第1 請求 1 甲事件(1) 被告は,原告Aに対し,2014万円及びこれに対する平成22年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2) 被告は,原告Bに対し,1007万円及びこれに対する平成22年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (3) 被告は,原告Cに対し,1007万円及びこれに対する平成22年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 乙事件(1) 被告は,原告Aに対し,722万4000円及びうち700万円に対する平成21年4月2日(不法行為の場合)又は平成23年2月3日(債務不履行の場合)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2) 被告は,原告Bに対し,350万円及びこれに対する平成21年4月2日(不法行為の場合)又は平成23年2月3日(債務不履行の場合)から支払 済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (3) 被告は,原告Cに対し,372万4000円及びうち350万円に対する平成21年4月2日(不法行為の場合)又 3日(債務不履行の場合)から支払 済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (3) 被告は,原告Cに対し,372万4000円及びうち350万円に対する平成21年4月2日(不法行為の場合)又は平成23年2月3日(債務不履行の場合)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要等 1 事案の概要本件は,被告の訪問診療及び訪問看護を受けていたDの相続人である原告らが,被告に対し,①Dが大腸癌で死亡したことについて,被告の医師に検査義務違反があったとして(甲事件),②Dが気管切開部の気切カニューレ交換の際に出血し,呼吸不全に陥ったことについて,被告の医師に手技上の過失があったとして(甲事件),③Dが左大腿骨骨折を負ったことについて,被告の医師に安全配慮義務違反又は説明義務違反があったとして(乙事件),不法行為又は債務不履行に基づき,損害金及びこれに対する民法所定の年5分の割合による遅延損害金(甲事件については,平成22年3月5日(不法行為日後であり,訴状送達日の翌日)から支払済みまで,乙事件については,平成21年4月2日(不法行為日)又は平成23年2月3日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで)の支払を求める事案である。 2 争いのない事実等(争いのない事実,各項末尾記載の証拠又は弁論の全趣旨により認められる事実)(1) 被告は,診療所の経営,訪問看護事業,居宅介護支援事業等の事業を営むことを目的とする医療法人であり,訪問診療等を行う被告クリニック及び訪問看護等を行う被告看護ステーションを運営している。 E医師は,被告代表者理事長であり,被告クリニック院長である。(争いがない)(2) Dは,昭和9年1月2日生まれの女性である。原告Aは,Dの夫であり,原告B及び原告Cは,Dの子である。(甲事件の甲C1。 ,被告代表者理事長であり,被告クリニック院長である。(争いがない)(2) Dは,昭和9年1月2日生まれの女性である。原告Aは,Dの夫であり,原告B及び原告Cは,Dの子である。(甲事件の甲C1。以下,併合前の乙 事件の書証以外は,「甲事件の」等の表記を省略する。)(3) Dは,平成18年1月26日以降,被告クリニックによる訪問診療を受けるようになった。Dは,当時,72歳であり,ピック病(前頭葉・側頭葉萎縮)のため寝たきりに近い状態であった。(乙A1)(4) Dは,平成19年10月25日,F病院において胃瘻造設術を受けた。(甲A4)(5) Dは,同年11月20日以降,被告看護ステーションによる訪問看護を受けるようになった。(乙A1)(6) 被告クリニックの医師は,平成20年1月22日,Dを消化管出血の疑いでF病院に紹介した。Dは,同月23日,同病院に入院し,精査を受けたが,特に病変は認められず,同月30日に退院した。(甲A5)(7) Dは,同年6月6日以降,被告看護ステーションによる訪問看護時に,四肢への関節可動域運動(以下「ROM運動」という。)を受けるようになった。(乙A2)(8) E医師は,同年7月3日,Dに大腸癌の可能性があることから,腫瘍マーカー検査であるCEA検査,腹部エコー検査を実施しようと考えた。(甲A1の2,乙A1,被告代表者尋問)(9) 被告クリニックの医師は,同月11日,呼吸促迫・微熱があったDをF病院に紹介した。Dは,同月12日,同病院に入院し,腎盂腎炎と診断され,同月25日,症状軽快により退院した。(甲A6)(10) 被告クリニックの医師は,平成21年1月26日,Dについて,腸閉塞の疑い等でG大病院に紹介した。 Dは,同月27日,同病院に入院し,腹部CTにより上行結腸癌及び多発 退院した。(甲A6)(10) 被告クリニックの医師は,平成21年1月26日,Dについて,腸閉塞の疑い等でG大病院に紹介した。 Dは,同月27日,同病院に入院し,腹部CTにより上行結腸癌及び多発性肝転移が認められ,同年2月4日,回盲部切除術を受けた。Dには,術中所見にて腹膜播種も認められ,癌の進行度はステージⅣ(末期)と診断された。 また,Dは,術後に右肺炎を合併し,同月7日,気管切開術を受けた。 その後,Dは,同月26日にG大病院を退院した。(乙A1,甲A7)(11) Dは,同日以降,被告クリニックによる訪問診療,被告看護ステーションによる訪問看護を再び受けるようになった。(乙A1,2)(12) 被告看護ステーションのH看護師は,同年4月2日,Dの左足に,ROM運動を行った(以下「本件ROM運動」という。)。(乙A2)(13) Dは,同月10日,Iクリニックの往診を受け,左大腿部骨頸部骨折と診断された。(併合前の乙事件の甲A11)(14) E医師は,同月30日,Dの気管切開部に挿入されていた気切カニューレの交換(以下「本件カニューレ交換」という。)を試みたが,新たな気切カニューレを挿入することが困難であった。このため,Dは,G大病院に救急搬送され,同日,同病院に入院した。(甲A7,乙A1)(15) Dは,同年5月8日,G大病院からJ病院に転院し,同年10月16日,死亡した。(乙A1) 3 争点及び当事者の主張(1) 検査義務違反の過失(①Dが大腸癌で死亡したことに関して)ア原告らの主張(ア) 平成20年1月30日以降の過失Dには,平成20年1月18日時点で,貧血症状,便通異常,便潜血が継続的に生じており,被告クリニックの医師は,消化管の出血を疑い,F病院に精査を依頼した。これに対し,F病院 年1月30日以降の過失Dには,平成20年1月18日時点で,貧血症状,便通異常,便潜血が継続的に生じており,被告クリニックの医師は,消化管の出血を疑い,F病院に精査を依頼した。これに対し,F病院は,下部消化管への内視鏡検査が下剤不十分のため左側結腸までしか観察できなかったと回答した。 このように,被告クリニックの医師は,Dの各症状から消化管の異常を疑って精査を依頼したにもかかわらず,F病院において左側結腸までしか検査できていないのだから,被告クリニックの医師には,Dが同月 30日にF病院を退院して以降,F病院やその他高次医療機関に対し,大腸全体について十分な検査をするよう要請すべき義務があった。 それにもかかわらず,被告クリニックの医師は,F病院の不十分な検査結果をそのまま受け入れ,平成20年1月30日以降,Dに対し,必要な検査,処置をしなかった。 (イ) 平成20年7月3日以降の過失a被告クリニックの医師は,平成20年7月3日の時点で,Dの大腸癌を疑っていたのだから,早急にCEA検査等の腫瘍マーカー検査や腹部エコー検査を実施すべき義務があった。 それにもかかわらず,被告クリニックの医師は,大腸癌を発見するための検査を放棄した。 なお,被告は,上記検査をしなかった理由として,F病院が家族と相談した結果精査は行わないと判断したことをあげる。しかし,F病院は,今後の継続加療を何卒よろしくお願いしますと被告クリニックの医師に伝えて,がん検査の実施を含めた継続的な加療を指示したのであるから,被告クリニックの医師の上記義務は否定されない。 bまた,E医師は,平成20年7月3日,原告らと相談の上で,Dに対し,今後CEA検査及び腹部エコー検査を実施することを決めた以上,被告は,Dに対し,これらの検査を実施すべき診療契約 されない。 bまた,E医師は,平成20年7月3日,原告らと相談の上で,Dに対し,今後CEA検査及び腹部エコー検査を実施することを決めた以上,被告は,Dに対し,これらの検査を実施すべき診療契約上の義務を負っていた。 しかし,被告クリニックの医師は,これらの検査を実施していないのであるから,被告は,診療契約上の義務に違反したことにより,Dに対し,債務不履行責任を負う。 イ被告の主張(ア) 平成20年1月30日以降の過失被告クリニックの医師は,消化管精査を依頼した高次医療機関である F病院から,特に病変は認められないとの報告を受けた。そして,同病院において行いうる限りの消化管検査が行われた上で異常は確認されなかったと判断するのは当然であるから,被告クリニックの医師に,平成20年1月30日以降,F病院やその他高次医療機関に対し,さらに大腸全体について十分な調査をするように要請すべき義務はない。 なお,F病院が下部消化管内視鏡検査の際に左側結腸までしか観察しなかったのは,内視鏡検査を行うための下剤服用が極めて困難であったことや,その他のCT検査,エコー検査,腫瘍マーカー検査等の各種所見で異常所見が出ていなかったこと等に基づくものである。そして,かかるF病院の判断は,前医であるKクリニックが,Dが下剤を飲めないのなら検査は無理と言っていること,Dが高齢であり,多量の下剤を投与しても腸が確実に洗浄されるとは限らず,下剤を投与すると高齢でかつ寝たきりであるDについては腸管穿孔等の合併症を招く危険性があったこと,一方で,便潜血陽性となっても,大腸癌と診断される患者が多いとは言えないこと等からして,適切である。 (イ) 平成20年7月3日以降の過失E医師は,平成20年6月27日に実施した便潜血検査で陽性であったことから, なっても,大腸癌と診断される患者が多いとは言えないこと等からして,適切である。 (イ) 平成20年7月3日以降の過失E医師は,平成20年6月27日に実施した便潜血検査で陽性であったことから,同年7月3日の診察時に,大腸癌の可能性も視野に入れ,次回採血時にCEA検査,腹部エコー検査を実施すると判断し,同月11日の診察時に,翌週,CEA検査,腹部エコー検査を実施する予定とした。 しかし,Dは,同日,呼吸促迫状態となり,同月12日,F病院に入院となった。そして,F病院は,同月23日のDに対する便潜血検査が陽性であったことから,大腸ファイバー等による原因精査を考慮したものの,Dの家族である原告らと相談した結果,精査は行わないと判断した。 このように,高次医療機関であるF病院において,家族と協議した結果,貧血の原因の精査は行わない判断をしたとの報告を受けたのであるから,被告クリニックの医師には,さらに大腸癌を疑って,CEA検査,腹部エコー検査を実施すべき義務はなく,原告らの主張する診療契約上の債務不履行もない。 (2) 因果関係(①Dが大腸癌で死亡したことに関して)ア原告らの主張(ア) 平成20年1月30日以降の過失と死亡の結果との因果関係平成20年1月30日以降,被告クリニックの医師が,F病院又はその他の高次医療機関に精密検査を再度要請していれば,Dの大腸癌を早期に発見でき,少なくとも平成21年10月16日にDが死亡するという結果は回避できた。 (イ) 平成20年7月3日以降の過失と死亡の結果との因果関係平成20年7月頃,被告クリニックの医師が,Dに腫瘍マーカー検査や腹部エコー検査を実施していれば,急速に成長したDの大腸癌を早期に発見できた。 そして,Dの大腸癌が早期に発見されていれば,Dに適切な治療を行 7月頃,被告クリニックの医師が,Dに腫瘍マーカー検査や腹部エコー検査を実施していれば,急速に成長したDの大腸癌を早期に発見できた。 そして,Dの大腸癌が早期に発見されていれば,Dに適切な治療を行うことができ,平成21年10月16日にDが死亡するという結果は回避できた。 イ被告の主張平成21年2月4日のG大病院での手術時点において,上行結腸癌は大きく(47mm×42mm),既に多発性肝転移及び腹膜播種も認められている。そして,大腸癌の進行速度・転移時期に関する知見によれば,Dの大腸癌は,平成20年1月18日には転移していた可能性が高く,さらに同年7月3日の時点では確実に転移していたといえる。 そうすると,原告らが主張する各時点において検査を実施し,大腸癌 を発見できたとしても,既にその時点で転移癌が存在していたのであるから,肝臓,腹膜への癌の転移は防ぐことはできなかったものであり,Dが死亡時点においてなお生存していた高度の蓋然性は認められない。 (3) 手技上の過失(②本件カニューレ交換に関して)ア原告らの主張(ア) 気切カニューレの交換は,速やかに実施しなければ新しい気切カニューレを挿入することが困難になり,呼吸不全に陥るので,医師及び看護師の複数人で実施すべきであるし,仮に一人でやるとしても,呼吸不全を生じさせないよう,速やかに気切カニューレ交換を実施すべきである。 しかし,E医師は,本件カニューレ交換を単独で実施した上,速やかに気切カニューレ交換を実施しなかった。 (イ) 気切カニューレのカフ部分を鋏で切除すると,細かい鋭利な突起状の片ができ,体内を傷つける危険性があるので,気切カニューレのカフ部分を鋏で切除して鋭利な突起状の片を創出すべきではない。 しかし,E医師は,本件カニューレ交換の際に,気切カ と,細かい鋭利な突起状の片ができ,体内を傷つける危険性があるので,気切カニューレのカフ部分を鋏で切除して鋭利な突起状の片を創出すべきではない。 しかし,E医師は,本件カニューレ交換の際に,気切カニューレのカフ部分を鋏で切除し,鋭利な突起状の片を創出した。 (ウ) 気切カニューレを気管孔に無理に挿入しようとすると,内臓の表面が切れて大量の出血を招く危険性があるので,気切カニューレを無理に挿入すべきではない。 しかし,E医師は,本件カニューレ交換の際に,気切カニューレを強引に気切孔に入れようとして,これを半回転させながら複数回にわたって押し込んだ。 イ被告の主張(ア) 気切カニューレの交換は医師一人のみで実施できるものであり,訪問診療において,医師及び看護師の複数人で実施すべきものとはいえない。 また,本件カニューレ交換は困難となったものの,E医師は,Dの気 道を確保し,直ちに救急車を呼んでおり,過失はない。 (イ) 気切カニューレのカフ部分は柔らかいビニールでできているため,鋏で切除しても,その部分に鋭利な突起状の片ができることはない。 (ウ) E医師は,本件カニューレ交換の際,気切カニューレのバルーンのひだ部分が気管切開部にかかり挿入できず,ひだ部分を気管切開部に3,4回押しつけた程度であり,気切カニューレを強引に押し込んではいない。 (4) 因果関係(②本件カニューレ交換に関して)ア原告らの主張E医師が,複数人で気切カニューレを交換していれば,気切カニューレの挿入が難航することはなく,Dが呼吸不全により救急搬送されることはなかった。 また,E医師が,カフを鋏で切除して鋭利な突起状の片を創出しなければ,Dは,出血多量及びそれを原因とする呼吸不全により救急搬送されることはなかった。 E医師が上記の気 送されることはなかった。 また,E医師が,カフを鋏で切除して鋭利な突起状の片を創出しなければ,Dは,出血多量及びそれを原因とする呼吸不全により救急搬送されることはなかった。 E医師が上記の気切カニューレを無理に挿入しようとしなければ,Dは,出血多量及びそれを原因とする呼吸不全により救急搬送されることはなかった。 イ被告の主張E医師は,訪問診療を実施する医師としてその場でできうる限りの緊急の措置として,現場にあった器具を用いて気道確保を行い,高次医療機関に直ちに搬送しており,Dに出血多量や呼吸不全は生じていない。 (5) 安全配慮義務違反又は説明義務違反の過失(③本件ROM運動に関して)ア原告らの主張(ア) 安全配慮義務違反Dは骨粗鬆症に罹患していたのであるから,被告クリニックの医師に は,被告看護ステーションの看護師がDに初めてROM運動を行った平成20年6月6日よりも前に,関節可動域検査を行い,担当看護師に限度を超えたROM運動を行わないよう指導・教育すべき注意義務があった。 それにもかかわらず,被告クリニックの医師は,関節可動域検査を一度も指示しておらず,しかも,漫然と担当看護師らに限度を超えたROM運動を継続させている。 (イ) 説明義務違反Dは骨粗鬆症であったことから,被告クリニックの医師は,ROM運動をすれば骨折の危険があることを事前に原告らに説明するべき注意義務があった。 それにもかかわらず,被告クリニックの医師は,原告らに何ら説明をすることなく,ROM運動を行わせた。 イ被告の主張(ア) 安全配慮義務違反被告看護ステーションの看護師らは,単にDの膝を,マッサージの延長で柔らかく伸ばす動作を行っていたに過ぎず,このような動作をするに当たって,関節可動域を検査すべき義務が (ア) 安全配慮義務違反被告看護ステーションの看護師らは,単にDの膝を,マッサージの延長で柔らかく伸ばす動作を行っていたに過ぎず,このような動作をするに当たって,関節可動域を検査すべき義務があるとはいえない。 また,関節可動域検査自体,関節を可動域限界まで動かす危険な検査であり,むしろ行うべきではないものである。 (イ) 説明義務違反Dに対して実施されていたROM運動に原告らが主張するような危険性はないので,被告クリニックの医師には,原告らに骨折の危険性を教示すべき義務はない。 (6) 因果関係(③本件ROM運動に関して)ア原告らの主張 (ア) 安全配慮義務違反と結果との間の因果関係被告クリニックの医師が,Dに対する可動域検査を怠り,看護師らに十分な指導・教育を行わなかったことから,看護師らはDに対し十分な注意を払うことなく限度を超えたROM運動を行い,その結果Dの左大腿骨にダメージが蓄積し,本件ROM運動によって骨折の結果が生じた。 (イ) 説明義務違反と結果との因果関係被告クリニックの医師が,ROM運動による骨折の危険性を事前に説明していれば,Dは,骨折の危険を伴わない治療を受けられるとの期待を抱くことはなかった。 イ被告の主張Dの骨折は,本件ROM運動により生じたものではない。 (7) 損害の有無及びその額ア原告らの主張(ア) Dの精神的損害a①Dが大腸癌で死亡したことに関してDの死亡による慰謝料は2300万円が相当である。 b②本件カニューレ交換に関してDは,気切カニューレ交換時に多量出血と呼吸不全により緊急入院・治療を強いられており,その慰謝料としては300万円が相当である。 c③本件ROM運動に関してDは,本件骨折により,後遺障害等級5級7号に相 ニューレ交換時に多量出血と呼吸不全により緊急入院・治療を強いられており,その慰謝料としては300万円が相当である。 c③本件ROM運動に関してDは,本件骨折により,後遺障害等級5級7号に相当する状態になっており,かかる後遺症の慰謝料は1400万円を下らない。 (イ) 葬儀代(①Dが大腸癌で死亡したことに関して)62万円(ウ) 原告らの精神的損害(①Dが大腸癌で死亡したこと及び②本件カニューレ交換に関して) 原告ら3名は,Dが本件カニューレ交換の失敗による出血多量及び呼吸不全によって緊急入院した際,苦悶に満ちたDを見て心的負担を受け,さらに,Dを早期に亡くしたことにより,深い悲しみを負っている。 以上の原告らに生じた精神的苦痛を金銭的に評価すると,原告Aが500万円,同Bは250万円,同Cは250万円とするのが相当である。 (エ) 介護費用(③本件ROM運動に関して)原告A 22万4000円原告C 22万4000円(オ) 弁護士費用(①大腸癌で死亡したこと及び②本件カニューレ交換に関して)原告A 183万円原告B 91万5000円原告C 91万5000円イ被告の主張争う。 第3 当裁判所の判断 1 ①Dが大腸癌で死亡したことに関して(1) 平成19年12月までのDの状態等について,争いがない事実,各項末尾記載の証拠又は弁論の全趣旨により認められる事実は,以下のとおりである。 ア Dは,平成18年1月7日,L病院を受診し,風邪による微熱,喀痰量増加を訴えて入院を希望し,同日同院に入院した。L病院は,同月16日,Dに採血を実施し,鉄欠乏性貧血(ヘモグロビン濃度9.7g/dl,血清鉄29μg/dl)があるとして,鉄剤を投与した。 Dは,L病院に対し,退院後の訪問診療を希望したこと た。L病院は,同月16日,Dに採血を実施し,鉄欠乏性貧血(ヘモグロビン濃度9.7g/dl,血清鉄29μg/dl)があるとして,鉄剤を投与した。 Dは,L病院に対し,退院後の訪問診療を希望したことから,L病院は,被告クリニックを紹介した。(乙A1)イ Dは,同月26日以降,被告クリニックの訪問診療を受け始めたとこ ろ,Dの状態は,ピック病の発症確認から約12年が経過しており,自発性消失,意識消失,無関心,無感動などがあり,ADL(日常生活動作)が低下し,寝たきりに近く,嚥下障害がある状態であった。(争いがない事実,乙A1)ウ Dには,同年2月3日,便秘及び腹痛が認められ,被告クリニックの医師は,Dに下剤を処方した。(乙A1)エ被告クリニックの医師は,同月9日,Dに採血を実施し,鉄欠乏性貧血(ヘモグロビン濃度10.6g/dl,血清鉄51μg/dl)であることを確認した。(乙A1)オ Dは,同年4月20日の時点で,排便が1週間から10日間に1回であり,同月27日及び同年5月11日にも,排便は週に1回の状態であることが確認された。その後も,被告クリニックの医師は,同年8月10日及び同月31日,Dの排便が週に1回であることを確認し,同月29日,便潜血検査により陽性であることを確認した。また,同年12月26日,排便が10日間にわたりなかったことを確認した。(乙A1)カ被告クリニックの医師は,平成19年1月4日,Dの腸音が減弱であること,同月12日,Dの排便が2週間止まっていること,同月13日,Dの腸音が弱いことを確認した。(乙A1)キ被告クリニックの医師は,同年2月1日,Dに採血を実施し,鉄欠乏性貧血(ヘモグロビン濃度10.4g/dl,血清鉄31μg/dl)であることを確認した。(乙A1)ク被告クリニッ (乙A1)キ被告クリニックの医師は,同年2月1日,Dに採血を実施し,鉄欠乏性貧血(ヘモグロビン濃度10.4g/dl,血清鉄31μg/dl)であることを確認した。(乙A1)ク被告クリニックの医師は,同年7月12日,Dに採血を実施し,鉄欠乏性貧血(ヘモグロビン濃度7.6g/dl,血清鉄19μg/dl)であることを確認し,同月19日以降,鉄剤内服薬の処方,鉄剤の静脈注射を行うようになった。 また,被告クリニックの医師は,同月23日,Dへの大腸内視鏡検査 について,かつて同人に同検査を行った他院(Kクリニック)に相談をしたところ,下剤が飲めないのであれば検査は困難であり,直腸及びS状結腸部分のみであれば,前日に下剤を経口内服し,当日に浣腸することによって,同部分を洗浄することで,検査が可能であるかもしれないとの回答を受けた。(乙A1)ケ被告クリニックの医師は,同年8月29日,Dの便が暗緑色であることを確認し,便潜血検査を実施したところ,陽性であった。(乙A1)コ被告クリニックの医師は,同年9月13日,同年8月20日の採血の結果(ヘモグロビン濃度9.0g/dl,血清鉄43μg/dl),貧血が改善していると判断して,Dに対する鉄剤投与を中止した。(乙A1,A5)サ被告クリニックの医師は,同年9月20日,Dに対し採血を実施し,鉄欠乏性貧血(ヘモグロビン濃度11.6g/dl,血清鉄34μg/d)であるが,改善傾向にあると考えた。なお,Dは,同月27日の時点で,排便が1週間に1回であった。(乙A1,A5)シ被告クリニックの医師は,同年10月18日,F病院に対し,Dの胃瘻造設術の実施を依頼したところ,その際に作成した診療情報提供書(乙A1の23頁)に「平成19年7月の採血で鉄欠乏性貧血があり便潜血の陽性がありま クの医師は,同年10月18日,F病院に対し,Dの胃瘻造設術の実施を依頼したところ,その際に作成した診療情報提供書(乙A1の23頁)に「平成19年7月の採血で鉄欠乏性貧血があり便潜血の陽性がありましたが,1000mlの下剤内服が不可能なため大腸の精査は行っておりません。貧血は改善しましたが,9月より睡眠時間が多く食思不振となりました。FTDの診断から15年経過(M大学病院で診断)しており今後のことを考え胃瘻の適応と考えております。消化管精査を行った上で胃瘻造設術のご検討をお願い致します。」と記載した。(乙A1)(2) 平成20年1月から平成20年7月3日までのDの状態等について,争いがない事実,各項末尾記載の証拠又は弁論の全趣旨により認められる事実は,以下のとおりである。 ア被告クリニックの医師は,平成20年1月18日,Dに便潜血検査を実施したところ,陽性であることを確認し,また,同月21日,採血を実施したところ,鉄欠乏性貧血(ヘモグロビン濃度8.7g/dl,血清鉄21μg/d)であった。(乙A1)イ被告クリニックの医師は,同月22日,Dを消化管出血の疑いでF病院に紹介し,Dは,同月23日,同病院に入院した。F病院は,Dに対し,CEA検査等の血液検査,上部消化管及び下部消化管への内視鏡検査,CT検査やエコー検査を実施した。なお,F病院は,下部消化管への内視鏡検査を行おうとしたが,下剤による洗浄が不十分であったことから左側結腸までしか観察することができなかった。また,肝臓へのエコー検査では無エコーが複数確認され,CT検査では嚢胞が確認された。 F病院は,これらの検査の結果,特記病変は認められないと判断し,被告クリニックの医師に検査結果を伝えるとともに,鉄剤投与を続けるよう依頼した。また,Dは,同月30日,F病院を では嚢胞が確認された。 F病院は,これらの検査の結果,特記病変は認められないと判断し,被告クリニックの医師に検査結果を伝えるとともに,鉄剤投与を続けるよう依頼した。また,Dは,同月30日,F病院を退院した。(乙A1,甲A4)ウ被告クリニックの医師は,同月31日以降,F病院の上記依頼を受けて,Dへの鉄剤投与を1か月間にわたって続けた。(乙A1)エ被告看護ステーションの看護師は,同年3月21日,Dの便について血液が混入している様子がないことを確認した。(乙A1)オ被告看護ステーションの看護師は,同年5月2日,Dの便について,カフェオレ色で少しだけ潜血が混ざっていること,便潜血検査で陽性が出たころの色に類似していることを確認し,経過観察することにした。 (乙A2)カ被告クリニックの医師は,同年6月26日,採血を実施したところ,鉄欠乏性貧血(ヘモグロビン濃度9.0g/dl,血清鉄25μg/d)であることを確認した。 キ被告クリニックの看護師は,同年6月27日,Dの便について,茶褐色オレンジ色の粘液をまとい,血液が混入していると確認し,被告クリニックの医師は,同年7月3日,便潜血検査の結果,当該便について,陽性であることを確認した。(乙A1,2)(3) 平成20年7月3日以降,Dの大腸癌が確認された平成21年1月までのDの状態等について,争いがない事実,各項末尾記載の証拠又は弁論の全趣旨により認められる事実は,以下のとおりである。 ア E医師は,平成20年7月3日,原告らに対し,ノート(甲A1の2)を用いて,Dが大腸癌に罹患している可能性があること,大腸癌の検査としては採血によるCEA検査,大腸カメラ,胃カメラ,腹部エコー及びCT検査が考えられるところ,被告クリニックにおいて実施可能なのはCEA検査及び腹 腸癌に罹患している可能性があること,大腸癌の検査としては採血によるCEA検査,大腸カメラ,胃カメラ,腹部エコー及びCT検査が考えられるところ,被告クリニックにおいて実施可能なのはCEA検査及び腹部エコー検査であることを説明したところ,原告らもCEA検査及び腹部エコー検査を実施することを希望した。このため,E医師は,できるだけ早く,次回採血時にCEA検査及び腹部エコー検査を実施する旨,原告らに伝えた。(甲A1の2,乙A1,2,被告代表者尋問)イ Dは,同日午後6時頃から,呼吸促迫,頻脈に加えて,体温も37. 7度に上昇し,被告クリニックの医師の紹介により,同月12日,F病院に入院した。(乙A1)ウ Dは,F病院において腎盂腎炎と診断され,治療を受けた後,同月25日,同院を退院した。 被告クリニックの医師は,Dの退院を受けて,F病院から,診療情報提供書(乙A1の38頁)及び看護添書(乙A1の40頁)を受領した。 同診療情報提供書には,「貧血については,Familyと相談し,今回精査しておりません。今後の継続加療を何卒宜しくお願いします。」と記載され,同看護添書には,「便潜血あるが大腸ファイバー等の検査は今回 行わず経過観察となる」と記載されていた。 被告クリニックの医師は,Dの上記退院後,平成21年1月26日にG大病院において大腸癌が発見されるまで,Dに対し,CEA検査及びエコー検査を実施しなかった。なお,Dは,上記退院後も,鉄欠乏性貧血が継続して認められていた。(乙A1)(4) 平成21年1月以降のDの状態等について,争いがない事実,各項末尾記載の証拠又は弁論の全趣旨により認められる事実は,以下のとおりである。 ア被告クリニックの医師は,平成21年1月5日及び同月14日,Dに便潜血検査を実施し,陽性であることを確 ない事実,各項末尾記載の証拠又は弁論の全趣旨により認められる事実は,以下のとおりである。 ア被告クリニックの医師は,平成21年1月5日及び同月14日,Dに便潜血検査を実施し,陽性であることを確認した。(乙A1)イ被告クリニックの医師は,同月26日,Dの便が赤茶色であることを認め,便潜血検査においても陽性であったことなどから,宿便イレウスなどを疑い,検査目的のため,DをG大病院消化器外科に紹介し,同月27日,Dは,同病院に入院した。 Dは,同月29日,G大病院において腹部CTを受けたところ,上行結腸腫瘍及び多発性の転移性肝癌の所見が認められ,腸閉塞を起こしかけていたことから,同年2月4日,回盲部切除術を受けた。Dには,同手術中の所見にて腹膜播種も認められ,摘出された癌の大きさは47mm×42㎜であり,大腸癌の進行度はステージⅣと診断された。 なお,G大病院は,同手術前にリスクを伴う症例であるとして麻酔科に診察を依頼していた。また,G大病院は,同手術後には,予後は1年程度であり,化学療法や放射線療法についても,Dの全身症状が悪いことから適応がないと判断した。(甲A7,乙A1)ウ Dは,同年5月8日,G大病院からJ病院に転院し,同年10月16日,同病院で死亡した。Dの直接死因は上行結腸癌であるとされ,ピック病も障害経過に影響を及ぼしたものとされた。(甲A13,乙A1)(5) 医学的知見について,各項末尾記載の証拠によれば,次のとおり認められ る。 アピック病とは,原因不明の大脳萎縮性疾患である。人格障害,情緒障害などが初発症状であり,進行に伴い,自制力低下,感情鈍麻,異常行動などがはっきりし,人格変化,感情の荒廃が高度となる。ピック病を発症した場合,生存期間は2年から15年,平均6年とされており,ほとんどが1 初発症状であり,進行に伴い,自制力低下,感情鈍麻,異常行動などがはっきりし,人格変化,感情の荒廃が高度となる。ピック病を発症した場合,生存期間は2年から15年,平均6年とされており,ほとんどが10年以内に衰弱し死亡するとされている。(乙B2)イ大腸癌の症状としては,血便,鉄欠乏性貧血,腸閉塞,便秘などがある。(甲B8)(ア) 血便,下血など便に血液が付着したり,便に血が混ざっている場合には,たとえ痔核があっても,必ず大腸癌の可能性を疑い検査をするべきとされている。上行結腸癌では,えび茶色や黒色の便が出る傾向がある。 (甲B8,B10)(イ) 便秘は,規則正しく便通をみていたものが,排便回数や1回の排便量の減少,硬便,排便困難,残便感などを自覚した状態をいい,その原因のうち器質性のものとして,大腸癌や腸閉塞が挙げられる。(甲B1)理由なしに,便秘や下痢が継続する場合には,大腸癌を疑うとされている。(甲B8)。 (ウ) 貧血は,赤血球の減少により,血液単位容積中のヘモグロビン濃度が絶対的に減少した状態をいい,WHO分類では女性の場合,12.0g/dl以下が貧血とされている。(甲B3)鉄欠乏性貧血は,体内の鉄の不足によりヘモグロビン合成が障害されて起こる貧血であり,治療は原則的には鉄剤の内服を行う。血清鉄の正常値は成人女子で60~150μg/dlである。臨床的に最も注意しなくてはならないのは消化管悪性腫瘍に伴う慢性出血であるとされている。 (甲B5,B7)慢性失血性貧血とは,慢性的な出血の結果生じる鉄欠乏性貧血である。 閉経後の女性では消化管出血によることが多く,鉄欠乏性貧血例では便潜血反応を含めた消化管の精査を行う必要があるとされている。(甲B4)原因不明の鉄欠乏性貧血をみたら,大腸を含めた全消化管を精査 閉経後の女性では消化管出血によることが多く,鉄欠乏性貧血例では便潜血反応を含めた消化管の精査を行う必要があるとされている。(甲B4)原因不明の鉄欠乏性貧血をみたら,大腸を含めた全消化管を精査するとされている。(甲B8)ウ大腸癌の発見のための検査は,便潜血反応検査,内視鏡検査,エコー検査,血液検査(腫瘍マーカー検査)などがある。(甲B8)(ア) 便潜血反応検査大腸癌は出血しやすい性格をしていることから,その性格を利用して症状のない早期の段階で大腸癌をみつけようとする検査である。要精検率,癌発見率については,大腸癌検診を1万人の人が受けた場合,500~1000人に便潜血陽性と診断され,そのうち10~15人が大腸癌と診断されるくらいの割合である。便潜血反応検査で1回でも陽性であれば大腸の精査を行うべきとされている。(甲B8,B10)(イ) 内視鏡検査a大腸内視鏡は,直腸から結腸,回盲部を通過して回腸末端にまで挿入して大腸粘膜表面を観察する目的で作られた光学系観察用機器である。これを用いて行う大腸内視鏡検査は,肛門から大腸の中に内視鏡(ファイバースコープ)を入れて行う検査であり,この検査では,同時に病理組織診断のための生検を行うことができ,癌の確定診断ができる。(甲B6,乙B6)b全大腸内視鏡検査を行う場合,前処置として,腸管の洗浄が必要とされており,そのためには,前日就寝前に緩下剤などを投与し,検査当日に腸管洗浄液を服用するものとされている。 高度の便秘患者では,検査前数日間,緩下剤を投与し,排便のコントロールを行うと効果的なことがあるとされている。(乙B3) cニフレックは,大腸内視鏡検査の前処置等に用いられる腸管洗浄剤の一種であるが,その添付文書の「警告」欄には,本剤の投与により, ルを行うと効果的なことがあるとされている。(乙B3) cニフレックは,大腸内視鏡検査の前処置等に用いられる腸管洗浄剤の一種であるが,その添付文書の「警告」欄には,本剤の投与により,腸管内圧上昇による腸管穿孔を起こすことがあるため,排便,腹痛等の状況を確認しながら,慎重に投与する旨記載されており,「使用上の注意」欄には,高齢者に対しては慎重に投与する旨記載されている。(乙B4)d高齢者に対する内視鏡検査を実施する場合,高齢者は消化管壁の菲薄化や粘膜の脆弱化がみられ,スコープ操作による粘膜裂創や消化管穿孔などの危険性があり,無理なスコープ操作は避けるべきとされている。(乙B5)(ウ) エコー検査病変のリンパ節転移,周囲臓器への浸潤や肝転移の診断に有用である。 一方,胃,小腸,大腸の腫瘍を見るには適さない。(甲B8,乙B6)(エ) 血液検査(腫瘍マーカー検査)a癌の再発や癌に対する治療の効果を調べる方法として,癌細胞由来の物質(腫瘍マーカー)の血中濃度を測定する方法があり,臨床現場でもっとも多く用いられているのは,CEA(癌胎児性抗原)である。(甲B10)bCEA検査は,腫瘍マーカー検査の一種であり,大腸癌,胃癌,膵臓などの消化器癌で高陽性率であり,特に肝転移や黄疸などの進行した癌は高値を示すと言われている。 もっとも,良性疾患であっても陽性を示す場合もあることから,CEA陽性が必ずしも癌の存在を意味するわけではなく,癌の早期発見の手段とはならないとされている。(甲B6,B11,B14)エ大腸癌の進行等については,次のとおりである。 (ア) 大腸癌の浸潤転移は,大腸粘膜から生じたがん細胞が周囲の組織に接 着しつつ,また破壊しつつ移動し,がん組織からリンパ管あるいは血管に入り込み の進行等については,次のとおりである。 (ア) 大腸癌の浸潤転移は,大腸粘膜から生じたがん細胞が周囲の組織に接 着しつつ,また破壊しつつ移動し,がん組織からリンパ管あるいは血管に入り込み,遠隔臓器(肝臓,肺臓)の血管内に接着し,その組織を破壊し臓器に浸潤し増殖するという過程を経る。(乙B7)(イ) 大腸の壁は表面から順に,粘膜層,粘膜下層,固有筋層,漿膜層と呼ばれ,比較的早い時期の癌で粘膜に限局ないしは粘膜下層までの癌を早期癌,固有筋層ないしはそれより深い層へ浸潤した癌を進行癌という。 早期癌では,出血はほとんど肉眼的にとらえることはできない。進行癌になると,主に血便,便秘などの症状があらわれ,出血が多かったり,長期にわたったりする場合,鉄欠乏性貧血が生じてくることがある。(甲B10)(ウ) 大腸癌の進行速度は,個人差が大きく,癌の状態により一定ではないことなどから,その算定は困難である。おおまかな数字としては,進行癌の大きさが2倍になる期間は約1年とされている。(乙B7)(エ) 大腸癌の進行や広がりの程度示す臨床病期(Stage)の分類の一部は,次のとおりである。(甲B10)aStage0:癌が粘膜内にとどまり,粘膜下層に及んでいない。リンパ節転移を認めない。腹膜播種性転移を認めない。肝転移を認めない。 bStageⅠ:癌が粘膜下層にとどまり,固有筋層に及んでいない,又は,癌が固有筋層にとどまり,これを越えていない。リンパ節転移を認めない。腹膜播種性転移を認めない。肝転移を認めない。 cStageⅡ:癌が固有筋層を越えているが,漿膜表面に出ていない,又は,癌が漿膜表面に露出している。リンパ節転移を認めない。腹膜播種性転移を認めない。肝転移を認めない。 dStageⅢa:癌が直接他臓器に浸潤 が固有筋層を越えているが,漿膜表面に出ていない,又は,癌が漿膜表面に露出している。リンパ節転移を認めない。腹膜播種性転移を認めない。肝転移を認めない。 dStageⅢa:癌が直接他臓器に浸潤している。第1群のリンパ節に転移を認める。腹膜播種性転移を認めない。肝転移を認めない。 eStageⅢb:第2群又は第3群のリンパ節に転移を認める。腹膜播種性転移を認めない。肝転移を認めない。 fStageⅣ:第4群のリンパ節に転移を認める。腹膜播種性転移を認める。肝転移を認める。 (オ) 大腸癌の進行期については「Dukes分類」といわれる分類もあり,その内容は,次のとおりである。(甲B8)aDukesA:癌腫が腸壁内(筋層まで)に限局するものbDukesB:癌腫が腸壁を貫いて浸潤するが,リンパ節転移のないものcDukesC:リンパ節転移のあるものdDukesD:遠隔転移を認めるもの(カ) CEA検査による大腸癌の陽性率については,文献に次のとおり記載されている。 a40%~70%(「臨牀と研究・78巻11号」乙B9)b56%(「検査値読み方マニュアル」甲B11)cDukesAで7%,DukesBで38%,DukesCで41%,DukesDで76%(「臨牀と研究・75巻3号」乙B10),dDukesAで40%,DukesBで65%,DukesCで75%,DukesDで90%(同)eDukesAで27%,DukesBで67%,DukesCで74%,DukesDで88%(「臨床検査のガイドライン」甲B14)fDukesAで18%,DukesBで35%,DukesCで52%,DukesDで79%(「日消外会誌27」甲B16)(キ) 結腸癌の5年生存率は (「臨床検査のガイドライン」甲B14)fDukesAで18%,DukesBで35%,DukesCで52%,DukesDで79%(「日消外会誌27」甲B16)(キ) 結腸癌の5年生存率は,日本大腸癌研究会の平成13年の発表によれば,Stage0で94.1%,StageⅠで90.4%,StageⅡで82.0%,StageⅢで69.2%,StageⅣで15.9%である。(甲B10) (ク) 大腸癌に対する治療方針は,臨床病期を基準に選択される。治療の基本は病巣の切除で,内視鏡治療,腹腔鏡手術,開腹手術の選択には病変の壁深進度が重要な因子となる。肺転移や肝転移を有するStageⅣ症例の場合でも,遠隔転移巣が切除可能であれば,原発巣の根治切除を行ったうえで,転移巣の切除を考慮する。根治的手術が不可能な場合,出血・狭窄などの原発巣による臨床症状や原発巣による予後への影響を考慮し,原発巣切除の適応を決める。切除不能と判断された転移・再発性大腸癌では化学療法を検討する。 内視鏡治療は,原則としてリンパ節転移の可能性がほとんどなく,一括切除できる大きさと部位にある腫瘍が適応となる。 外科治療について,手術の基本は,腸管切除,リンパ節郭清,再建である。癌が大腸の壁を越えて他臓器に浸潤しておらず,また,肺や肝に遠隔転移がなければ,大腸を栄養する血管に沿って存在するリンパ節を含めて大腸を切除する治癒切除が可能である。近接する他臓器への浸潤を認める場合でも,浸潤した臓器を一緒に切除することで十分な根治性を得られることがある。 肝転移の治療としては,肝切除,化学療法及び熱凝固療法がある。根治切除可能な肝転移に対する肝切除はgoldstandardとされている。肝切除の具体的な適応基準は,①原発巣が制御されているか,制御可能,②肝外 しては,肝切除,化学療法及び熱凝固療法がある。根治切除可能な肝転移に対する肝切除はgoldstandardとされている。肝切除の具体的な適応基準は,①原発巣が制御されているか,制御可能,②肝外転移がないか,制御可能,③肝転移巣を遺残なく切除可能な場合とされている。 治癒切除が不可能な場合でも,狭窄による腸閉塞や病巣からの出血がみられる場合など,主病巣を切除することでQOLが改善すると考えられる場合は,切除可能であれば腫瘍を含めた腸管の切除・吻合を行う。 また,切除不能と判断された転移・再発大腸癌においては,全身化学療法が考慮される。 大腸癌が進行して,腹膜播種が発生した患者に対する効果的な治療法は確立されていない。 切除不能の大腸癌患者や遠隔転移例に対して,生存期間の延長や腫瘍の縮小,QOLの改善を目的として抗癌剤治療が行われることがある。 (甲B9,B10)(6) 争点(検査義務違反の過失)についてア平成20年1月30日以降の過失(ア) まず,被告クリニックの医師が,平成20年1月30日にDがF病院を退院した時点において,Dの大腸癌について,どの程度まで検査すべき義務を負っていたかについて検討する。 (イ) 上記認定事実のとおり,Dには,平成19年2月以降,鉄欠乏性貧血及び便秘が慢性的に続き,同年8月29日,平成20年1月18日,便潜血反応検査の結果も陽性であることが確認されている。そして,上記医学的知見のとおり,原因不明の鉄欠乏性貧血が生じた場合には,大腸を含めた全消化管を精査するとされ,理由なしに便秘が長期間継続する場合には,大腸癌を疑うこととされていることに加え,便潜血反応検査で1回でも陽性であれば大腸の精査を行うこととされている。 しかし,上記認定事実のとおり,被告クリニックの医師は,同月22 間継続する場合には,大腸癌を疑うこととされていることに加え,便潜血反応検査で1回でも陽性であれば大腸の精査を行うこととされている。 しかし,上記認定事実のとおり,被告クリニックの医師は,同月22日に,Dの消化管の精査をF病院に対して依頼し,同病院から,CEA検査等の血液検査,CT検査,エコー検査,一部ではあるものの消化管への内視鏡検査を実施した上で,特記病変は認められなかったとの報告を受けている。 そうすると,被告クリニックの医師には,平成20年1月30日にDがF病院を退院した時点において,Dについて,大腸癌の症状に関して継続的に観察する義務を負うとは認められるものの,更に進んで当該症状の有無にかかわらず,高次医療機関に,大腸全体について十分な検査 をするよう要請すべき義務があったとまでは認められない。 (ウ) これに対し,原告らは,F病院における内視鏡検査は不十分であったことから,被告クリニックの医師には,退院後のDに対し,さらに大腸癌を疑って,左側結腸以外の部分に対する内視鏡検査を実施するか又はその実施を病院に依頼すべきであったと主張する。 しかし,上記医学的知見のとおり,大腸内視鏡検査を行う場合,前処置として,腸管の洗浄が必要とされており,そのためには,前日就寝前に緩下剤などを投与し,検査当日に腸管洗浄液を服用するものとされていること,高齢者に対する下剤投与は慎重にしなくてはならないとされていること,高齢者に対する内視鏡検査は消化管穿孔などの危険性があることからすれば,下剤が不十分であったことから,内視鏡検査を左側結腸までしか実施せず,他の検査において陰性であったことも考慮して,Dに特記病変は認められないとしたF病院の判断に特に不合理な点があったとは認められない。 そうすると,訪問診療を行っている被告クリニッ までしか実施せず,他の検査において陰性であったことも考慮して,Dに特記病変は認められないとしたF病院の判断に特に不合理な点があったとは認められない。 そうすると,訪問診療を行っている被告クリニックの医師が,合理性のあるF病院の上記判断を受け入れるのは当然ともいえる。したがって,被告クリニックの医師には,Dについて,平成20年1月30日以降の症状の有無にかかわらず,高次医療機関に,大腸全体について十分な検査をするよう要請すべき義務があったということはできない。 (エ) 上記のとおり,被告クリニックの医師は,平成20年1月30日以降,Dについて,大腸癌の症状に関して継続的に観察する義務を負うところ,上記認定事実によれば,被告クリニックの医師らは,同日以降もDの血便の有無,鉄欠乏性貧血の有無等について継続的に観察しており,同年6月末に確定的な異常を確認した後に,同年7月初旬には,CEA検査,腹部エコー検査の実施を予定したと認められるのであるから,被告クリニックの医師には,上記義務違反はないというべきである。 (オ) したがって,被告クリニックの医師には,平成20年1月30日以降の過失は認められない。 イ平成20年7月3日以降の過失(ア) 被告クリニックの医師が,平成20年7月3日の時点で,早急にCEA検査及び腹部エコー検査を実施すべき義務を負っていたかについて検討する。 (イ) 上記認定事実のとおり,同年5月2日の排便には少量の潜血が認められ,同年6月27日の排便には便潜血検査の結果,確定的に便潜血が認められているところ,上記医学的知見のとおり,便潜血が生じた場合には,大腸癌を疑うべきとされている。また,被告代表者(E医師)尋問の結果によれば,CEA検査やエコー検査は,非侵襲的な検査方法であり,被告クリニックの訪問 記医学的知見のとおり,便潜血が生じた場合には,大腸癌を疑うべきとされている。また,被告代表者(E医師)尋問の結果によれば,CEA検査やエコー検査は,非侵襲的な検査方法であり,被告クリニックの訪問診療時においても実施可能であることが認められる。 そうすると,被告クリニックの医師には,Dに対し,CEA検査や腹部エコー検査を実施すべき義務があったというべきである。 もっとも,上記認定事実のとおり,被告クリニックの医師は,同月11日の翌週からCEA検査,腹部エコー検査を実施することを予定していたが,その後,Dが呼吸促拍や頻脈,発熱によりF病院に入院し,同月25日にF病院を退院したことからすれば,被告クリニックの医師が,これらの検査を実施すべきであった時点は,Dが同病院を退院した同月末頃というべきである。 したがって,被告クリニックの医師には,同月末頃において,Dに対し,CEA検査や腹部エコー検査を実施すべき義務があったことになる。 (ウ) これに対し,被告は,高次医療機関であるF病院が家族と協議した結果,貧血の原因の精査は行わない判断をしたとの報告を受け,被告クリニックの医師は,CEA検査,腹部エコー検査を実施しないこととした のであって,被告クリニックの医師において,さらにこれらの検査を実施する義務があるとはいえないと主張する。 確かに,上記認定事実のとおり,被告クリニックの医師がF病院から受領した診療情報提供書には,「貧血についてはFamilyと相談し,今回精査しておりません。今後の継続加療を何卒宜しくお願いします。」と記載されてことに加え,被告代表者尋問の結果によれば,E医師は,F病院の医師の判断について,「原告らと相談した結果,CEA検査や腹部エコー検査を含めて大腸癌の検査を行わない」と認識したものと認められる。 れてことに加え,被告代表者尋問の結果によれば,E医師は,F病院の医師の判断について,「原告らと相談した結果,CEA検査や腹部エコー検査を含めて大腸癌の検査を行わない」と認識したものと認められる。 しかし,上記診療情報提供書には,「精査しておりません」としか記載されていないところ,被告代表者尋問の結果によれば,F病院入院前において,原告らは,Dに大腸癌があるか否かについて相当心配していたことが認められる上,原告B本人及び原告C本人の各尋問の結果によれば,F病院の医師は,原告らと相談した結果,大腸ファイバー検査のような,一定の危険性がある検査を行わないと判断したものの,CEA検査及び腹部エコー検査についても行わないと判断したことはないと認められる。 そうすると,E医師は,F病院の医師の判断を誤って認識したものといわざるを得ない。 そして,F病院の診療情報提供書には「精査しておりません」としか記載されておらず,同記載から,原告らがCEA検査及びエコー検査を含めて,大腸癌に関する検査を要望しなかったと直ちに判断できるものではないこと,CEA検査及びエコー検査は非侵襲的な検査方法であること,上記認定事実のとおり,F病院から受領した看護添書には「大腸ファイバー等の検査は今回行わず」と記載されていることからすると,E医師が,F病院の医師の判断を誤って認識したことにより,同月末頃 に負っていた検査義務が否定されることはないというべきである。 (エ) また,被告は,CEA検査及びエコー検査はそもそも大腸癌の発見のための有用な手段ではなく,これを実施しなかったとしても過失はないと主張する。 確かに,上記医学的知見のとおり,CEA検査が陽性であったとしても,必ずしも癌の存在を示す意味するわけではなく,CEA検査は,癌の早期発見の手段と を実施しなかったとしても過失はないと主張する。 確かに,上記医学的知見のとおり,CEA検査が陽性であったとしても,必ずしも癌の存在を示す意味するわけではなく,CEA検査は,癌の早期発見の手段とはならないとされている。また,上記医学的知見のとおり,CEA検査は,早期の大腸癌(DukesA)において,陽性率は低いとする報告は多い。 しかし,上記医学的知見のとおり,CEA検査は,大腸癌で高陽性率であり,特に肝転移などの進行した癌は高値を示すとされ,CEA検査による大腸癌の陽性率についての文献においても,進行癌においては,CEA検査は,明らかに癌の存在を示すことが多い。また,被告代表者(E医師)も,仮にCEA検査において陽性であれば,その後高次医療機関において精査を依頼することを考えていた旨供述している。さらに,大腸の内視鏡検査を全部分については実施できないDにとって,CEA検査は低侵襲性の検査方法である。 したがって,CEA検査が大腸癌発見のための有用な手段ではないとする被告の主張は採用できない。 さらに,上記医学的知見のとおり,エコー検査についても,病変のリンパ節転移,周囲臓器への浸潤や肝転移の診断に有用とされているのであるから,エコー検査も大腸癌発見のために有用な手段と評価できる。 (オ) 以上のとおり,被告クリニックの医師には,同年7月末頃において,Dに対し,CEA検査や腹部エコー検査を実施すべき義務があったにもかかわらずDに対し,CEA検査及び腹部エコー検査を行わなかったものであり,過失が認められる。 (カ) また,上記認定事実のとおり,E医師は,平成20年7月3日,原告らに対し,Dが大腸癌に罹患している可能性がある旨,被告クリニックにおいては大腸癌の検査としてCEA検査及び腹部エコー検査が可能である旨説明し 記認定事実のとおり,E医師は,平成20年7月3日,原告らに対し,Dが大腸癌に罹患している可能性がある旨,被告クリニックにおいては大腸癌の検査としてCEA検査及び腹部エコー検査が可能である旨説明し,原告らがCEA検査及び腹部エコー検査を希望したことから,CEA検査及び腹部エコー検査を実施すると原告らに伝えたことが認められるのであるから,これにより,被告は,診療契約に基づき,Dに対し,CEA検査及び腹部エコー検査を実施するという具体的内容の債務を負ったものというべきである。 そして,上記認定事実のとおり,被告クリニックの医師は,CEA検査及び腹部エコー検査を行っていないのであるから,被告には,同月末頃,CEA検査及び腹部エコー検査を実施すべき診療契約上の債務不履行があると認められ,それについて責めに帰すべき事由がなかったと認めるに足りる証拠はないというべきである。 (7) 争点(因果関係)についてア被告クリニックの医師が平成20年7月末頃にCEA検査及び腹部エコー検査を行ったとすれば,Dが平成21年10月に死亡しなかったかについて判断する。 イまず,この判断の前提として,平成20年7月末頃におけるDの上行結腸癌の進行度について検討する。 上記認定事実のとおり,Dの癌が発見された平成21年1月末頃における上行結腸癌の進行度は,その大きさは,47mm×42㎜であり,多発性肝転移及び腹膜播種があり,StageⅣとされている。 そして,上記医学的知見のとおり,大腸癌の進行速度については,おおまかな数字として,進行癌の大きさが2倍になるのに約1年間とされていること,癌の進行速度は個人差は大きいとされているところ,Dのような高齢者の場合,癌の進行は比較的遅いことは周知の事実であるこ とからすれば,同年7月末頃におけるDの上 に約1年間とされていること,癌の進行速度は個人差は大きいとされているところ,Dのような高齢者の場合,癌の進行は比較的遅いことは周知の事実であるこ とからすれば,同年7月末頃におけるDの上行結腸癌は相当程度の大きさに至っていたものと考えられる。 次に,転移の有無について検討するに,Dの年齢等に照らすと,癌の進行は比較的遅いと考えられるところ,Dの上行結腸癌は,平成21年1月末時点で,既に多発性の肝転移,腹膜転移が存在していること,平成20年1月のF病院におけるエコー検査において肝臓に無エコーが複数確認され,CT検査では嚢胞が確認されていることからすれば,平成20年7月末頃においてDの上行結腸癌は,既に腹膜転移,肝転移を起こしていた可能性が高いといえる。 さらに,Dには,平成19年2月以降,鉄欠乏性貧血及び便秘が慢性的に続き,同年8月29日,平成20年1月18日には便潜血反応検査の結果も陽性であることが確認されているところ,上記医学的知見のとおり,進行癌になると,主に血便,便秘などの症状があらわれ,長期にわたれば,鉄欠乏性貧血が生じるとされていることからすると,Dの上行結腸癌は,遅くとも平成19年には,少なくとも既にStageⅡに達していたと認められ,平成20年7月末頃には更にStageが進んでいたと考えられる。 このように,平成20年7月末頃のDの上行結腸癌は,相当程度の大きさに至り,既に腹膜転移,肝転移を起こしていた可能性が高いといえ,さらに,StageⅡに至ってから約1年程度は経過していたものであるから,その臨床病期はStageⅣ,Dukes分類ではDukesDに至っていたと認められる。 これに対し,原告らは,平成20年7月末頃の段階でDの上行結腸癌はStageⅡであったと主張するが,平成21年1月までの約半年で ageⅣ,Dukes分類ではDukesDに至っていたと認められる。 これに対し,原告らは,平成20年7月末頃の段階でDの上行結腸癌はStageⅡであったと主張するが,平成21年1月までの約半年で,肝転移のない状態から多発性肝転移,腹膜播種にまで至るとは考えがたく,さらに,同主張を裏付ける的確な証拠もないので,原告らの上記主張は 採用できない。 ウこのように,平成20年7月末頃のDの上行結腸癌は,その臨床病期はStageⅣ,Dukes分類ではDukesDに至っていたと認められるところ,上記医学的知見のとおり,CEA検査による大腸癌の陽性率は,臨床病期が末期に近づくほど,陽性率が高まるとされ,CEA検査の陽性率は,DukesDの段階で,76%から90%とされていることからすれば,DukesDであったDの上行結腸癌は,平成20年7月末頃,CEA検査を実施していれば,陽性となった可能性が高いということができる。 そして,上記医学的知見によれば,CEA検査で陽性であった場合には,内視鏡検査などの精密検査を経て大腸診断の確定診断に至るものと認められるので,被告クリニックの医師が,CEA検査の結果を踏まえて,精密検査を高次医療機関に依頼していれば,平成20年8月頃には,Dの上行結腸癌について確定診断がされたものと認められる。 エしかし,Dに対する有効な治療法の有無について検討するに,上記医学的知見のとおり,結腸癌の5年生存率は,臨床病期がステージⅣの場合,15.9%とされていることからすれば,仮にDの上行結腸癌が平成20年8月頃に発見されていたとしても,予後は極めて悪い状態であったと考えられる。 また,上記医学的知見のとおり,肝転移に対する有効な治療法とされている肝切除術については,その適応基準は①原発巣が制御されている 見されていたとしても,予後は極めて悪い状態であったと考えられる。 また,上記医学的知見のとおり,肝転移に対する有効な治療法とされている肝切除術については,その適応基準は①原発巣が制御されているか,制御可能,②肝外転移がないか,制御可能,③肝転移巣を遺残なく切除可能とされているところ,Dが平成21年8月頃にこれらの基準を充足していたと認めるに足る証拠はなく,肝転移に対する有効な治療法があったと認めることは困難である。 さらに,化学療法についても,上記認定事実のとおり,G大病院は,平成21年1月の術後,Dの全身症状が悪いことから,適応がないと判 断しており,仮に平成20年8月頃に発見されていたとしても,化学療法の適応が認められ,その効果により,Dが死亡した時点において生存し得た可能性が高いとは言い難い。 これらに加えて,Dは,平成20年8月時点で,ピック病の発症から10年以上が経過しており,上記医学的知見により認められるピック病の生存期間,進行経緯からすれば,平成20年8月頃にはDは相当衰弱していたことものと認められる。そうすると,リスクを伴う外科手術や,副作用を伴う抗癌剤治療にDや医師らが踏み切ったとは考えにくく,仮に外科手術や抗癌剤治療を行ったとしても,それが効を奏したかについては疑問が残る(上記認定事実のとおり,G大病院が,平成21年1月にDに外科手術を行ったのは,Dが腸閉塞を起こしかけていたからであるし,その際にも相当のリスクがあることを認識しているところである。)。 これらを総合考慮すると,仮にDの癌が平成20年8月頃に発見されていたとしても,Dに対する有効な治療法が存在しなかった可能性が高いというべきである。 オそうすると,被告クリニックの医師が,平成20年7月末頃にCEA検査及び腹部エコー検査を行い,D 発見されていたとしても,Dに対する有効な治療法が存在しなかった可能性が高いというべきである。 オそうすると,被告クリニックの医師が,平成20年7月末頃にCEA検査及び腹部エコー検査を行い,Dの上行結腸癌が発見され,同年8月にその確定診断がされたとしても,その時点では,Dに対する有効な治療法が存在しなかった可能性が高く,Dが死亡した平成21年10月16日の時点において,Dが生存していた高度の蓋然性も,相当程度の可能性も認めることは困難であるといわざるを得ない。 カしかし,他方,被告には,上記のとおり,CEA検査及び腹部エコー検査を実施するという具体的に特定された診療契約上の債務についての不履行があったことが認められるのであって,それにより,実際に大腸癌に罹患していることの確認が約半年遅れたのであるから,Dは,著しい精神的苦痛を被ったものと認められる。これは,一般的抽象的に「患 者が適切な医療行為を受けることができなかった場合に,医師が,患者に対して,適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とする不法行為責任を負うこと」(最高裁平成23年2月25日判決参照)を認めるものではなく,医師(医療法人)と患者との間の診療契約上,具体的に発生した債務の不履行責任の問題として捉えられるべきものである。 そして,被告の債務不履行の態様,結果,Dの症状等の事情を総合勘案すれば,その精神的苦痛を慰謝するには180万円が相当であるというべきである。また,被告の債務不履行と相当因果関係を有する弁護士費用は,20万円が相当である。 以上によれば,Dは,被告に対し,債務不履行に基づき,200万円の損害賠償請求権を有していたと認められる。 なお,被告は,Dに対する診療契約上の債務不履行に基づき,原告らの固有の損害を賠償すべき責任は負わない。 Dは,被告に対し,債務不履行に基づき,200万円の損害賠償請求権を有していたと認められる。 なお,被告は,Dに対する診療契約上の債務不履行に基づき,原告らの固有の損害を賠償すべき責任は負わない。 2 ②本件カニューレ交換に関して(1) 各項末尾記載の証拠又は弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。 ア Dは,平成21年2月7日,G大病院にて気管切開術を受けた後,定期的に気切カニューレの交換を要することとなった。 Dは,同月20日にG大病院にて気切カニューレ交換を受け,同月26日にG大病院を退院した。E医師は,同日,G大病院から,Dの気切部は狭く,出血しやすい旨説明を受けた。 E医師は,Dに対する訪問診療を再開し,同年3月5日,同月19日,同年4月3日,同月16日,被告看護ステーションの看護師同席の上,Dの気切カニューレを交換した。これらの交換の際,Dの気切部から出血が認められた。 なお,同月16日の気切カニューレの交換の際,新しい気切カニューレの挿入はスムーズにできた。 (乙A1,2,甲A1の2・3,A7,弁論の全趣旨)イ一般に,気切後,時間的経過によって,気切カニューレ周辺に肉芽が増殖するものとされており,気切カニューレ交換の際,その増殖した肉芽と気切カニューレとの摩擦により,少量の出血を伴うことがあるとされている。(甲A28)E医師は,同月30日の訪問診療の際に,本件カニューレ交換に着手したが,新しい気切カニューレを直ちに挿入することができず,気管切開部に3,4回押しつけたが,出血が見られたことから,一旦,気切カニューレの挿入を中断した。(乙A1,5,被告代表者尋問)ウそして,E医師は,カフ(気切カニューレの先端についている小さなビニール製の風船様のもの)のひだの部分が気管切開部にひっかか 旦,気切カニューレの挿入を中断した。(乙A1,5,被告代表者尋問)ウそして,E医師は,カフ(気切カニューレの先端についている小さなビニール製の風船様のもの)のひだの部分が気管切開部にひっかかり,気切カニューレの挿入を困難にしていると判断し,カフを全周性に切除し,再度挿入を3回試みたが,挿入することはできなかった。(乙A4,5,被告代表者尋問)エその後,Dにチアノーゼが認められたため,E医師は,気切カニューレの交換を中止し,気道を確保するため,ピンセット及びスタイレット(気切カニューレの挿入を補助する軸)を用いて,気道確保処置を行うとともに,救急車を呼ぶよう,原告Cに要請した。原告Aは,吸入器により,Dの気切孔から血液を吸い取った。(乙A4,5,被告代表者尋問)オ E医師は,救急車が到着した後,Dと共に救急車に同乗してG大病院まで移動した。Dは,G大病院に搬入された時点において,呼吸状態は正常であり,チアノーゼはなく,搬入された5分後において,血中酸素濃度は97%であった。また,Dの気切部に,活動性の出血は認められなかった。(甲A26,28,乙A5)カ G大病院の医師は,Dに気切カニューレを挿入することは困難である と判断し,気切孔を塞ぎ,気管挿管により呼吸管理を行い,血中酸素濃度100%を確保した後,気管切開を行った。(甲A27,28)キ本件カニューレ交換が困難となった原因は,Dの気切カニューレ周囲に肉芽が増殖したことによるものであった。(甲A28)(2) 争点(手技上の過失)及び争点(因果関係)についてア E医師が気切カニューレのカフ部分を鋏で切除した過失,及び,気切カニューレを強引に気切孔に入れようとした過失について(ア) 原告らは,上記各過失により,Dに多量の出血が生じたと主張する。 てア E医師が気切カニューレのカフ部分を鋏で切除した過失,及び,気切カニューレを強引に気切孔に入れようとした過失について(ア) 原告らは,上記各過失により,Dに多量の出血が生じたと主張する。 (イ) しかし,上記認定事実のとおり,本件カニューレ交換後にG大病院に搬送された際,Dには活動性出血は認められていない上,G大病院は,Dの呼吸不全の改善のために,気管挿管の処置を中心的に行っており,出血が呼吸不全の原因であることを前提とした処置は行われていない。 そうすると,本件カニューレ交換によって,Dに多量の出血が生じたと認めることはできない。 なお,G大病院は,Dに輸血を行っているが,この輸血は,酸素化能の改善,心負荷の軽減,腹膜播種による慢性出血等が考慮されて行われたものである(甲A27)から,Dに多量の出血が生じていたことの裏付けにはならない。 (ウ) よって,E医師が気切カニューレのカフ部分を鋏で切除した過失,及び,気切カニューレを強引に気切孔に入れようとした過失は,いずれもDに多量の出血が生じたことを前提とするものであり,採用できない。 イ E医師が,本件カニューレ交換を単独で実施した過失について上記認定事実によれば,Dの気切カニューレを交換する作業は,そもそも,医師単独で行うことが一般的に困難な作業とはいえない。 さらに,上記認定事実のとおり,Dに対する気切カニューレ交換は,本件カニューレ交換前にも4回実施され,その都度出血はあったものの, それ以外に問題はなく実施されている。また,少なくとも本件カニューレ交換の直近の交換時には,スムーズに気切カニューレを挿入できていた上,気切カニューレの交換の際に少量の出血を伴うことはままあるとされている。 そうすると,E医師が,本件カニューレ交換の際に,気切カニューレ 近の交換時には,スムーズに気切カニューレを挿入できていた上,気切カニューレの交換の際に少量の出血を伴うことはままあるとされている。 そうすると,E医師が,本件カニューレ交換の際に,気切カニューレの交換が困難になることを具体的に予見できたとはいえず,E医師に,看護師と共に本件カニューレ交換を実施すべき義務があったとはいえない。 よって,E医師が単独で本件カニューレ交換を実施した点に過失はない。 ウ E医師が,速やかに気切カニューレの交換を実施しなかった過失について(ア) 上記認定事実のとおり,E医師は,本件カニューレ交換に着手した際に,気切カニューレの挿入が奏功せず,3,4回挿入を試みているところ,まず,このような手技に過失があったかについて検討する。 上記認定事実によれば,Dへの気切カニューレ交換が困難となった原因は,気切カニューレ周囲の肉芽が増殖したことによるものであり,E医師の挿入方法に問題があったと認めるに足りる証拠はない。また,上記のとおり,E医師が,本件カニューレ交換が困難となることを具体的に予見できたともいいがたい。 そうすると,E医師には,本件カニューレ交換に着手した際に,その交換に多少時間を要したことについて,手技上の過失は認められない。 なお,気切カニューレは呼吸のために必要なものであるから,漫然と同一の方法で気切カニューレの挿入を繰り返してはならないものと解されるが,上記認定事実のとおり,E医師がカフを切除する前において気切カニューレの挿入を試行した回数は,3,4回であり,出血が確認さ れた時点で挿入を一旦中止していることからして,E医師が,漫然と同一の方法で気切カニューレの挿入を繰り返したということはできない。 (イ) 上記認定事実のとおり,E医師は,気切カニューレの挿入をいったんは中断 入を一旦中止していることからして,E医師が,漫然と同一の方法で気切カニューレの挿入を繰り返したということはできない。 (イ) 上記認定事実のとおり,E医師は,気切カニューレの挿入をいったんは中断したにもかかわらず,その後も,気切カニューレに付属しているカフを切除した上で,その挿入を3回試みているところ,この点に何らかの過失があったかについて検討する。 まず,E医師が,直ちに救急車を呼ばずに気切カニューレの挿入を再度試みたことに過失があるかについて検討するに,上記認定事実のとおり,カフが気切カニューレの先端にある風船様のものであることからすると,E医師が,気切カニューレの挿入が奏功しない原因はカフにあって,カフを切除すれば気切カニューレが挿入できると判断したことには合理性がある上,同時点においてDにチアノーゼなどの呼吸不全状態が観察されていたともいえないことからすると,E医師が,直ちに救急車を呼ばずに気切カニューレの挿入を再度試みたことに過失があるということはできない。 また,上記のとおり,E医師が,気切カニューレの挿入が奏功しない原因はカフにあって,カフを切除すれば気切カニューレが挿入できると判断したことには合理性があることからすると,E医師が,カフを切除するという方法を試みた点に過失があるともいえない。 さらに,上記認定事実のとおり,カフを切除した後の気切カニューレの挿入の試行回数は3回にとどまり,Dにチアノーゼが観察された時点でE医師は気切カニューレの挿入を中止していることからすると,E医師は,カフを切除した後に,気切カニューレの挿入を漫然と試みたともいえない。 そうすると,E医師が,カフを切除した上で,気切カニューレの挿入を3回試みた点について過失があったとはいえない。 エ Dに呼吸不全が生じた後,G大病院 挿入を漫然と試みたともいえない。 そうすると,E医師が,カフを切除した上で,気切カニューレの挿入を3回試みた点について過失があったとはいえない。 エ Dに呼吸不全が生じた後,G大病院に搬送されるまでの間におけるE医師の過失についてなお,念のため,上記過失についても検討するに,上記認定事実のとおり,E医師は,Dに呼吸不全が生じ,チアノーゼが観察された時点において,気道確保の処置を行いながら,原告Cに救急車を呼ぶよう直ちに指示しており,救急車の手配を遅滞したものとはいえない。 また,上記認定事実のとおり,E医師は,気道確保の処置としてピンセット及びスタイレットを用いているところ,現に,Dは,G大病院に搬入された5分後において,その血中酸素濃度は97%であり,呼吸不全の状態から回復していたことからすると,E医師の気道確保の措置に過失があったということはできない。 そうすると,E医師が救急車を手配し,DがG大病院に搬入されるまでの間において,E医師に何らかの過失があったということはできない。 オ以上によれば,本件カニューレ交換にあたって,E医師に過失があったとは認められない。 3 ③本件ROM運動に関して(1) 各項末尾記載の証拠又は弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。 ア Dは平成18年2月2日には骨粗鬆症と診断されていた。(乙A1)イ Dには,平成21年2月23日の時点で,大腿骨頭頸部に骨折はなかった(併合前の乙事件の甲A9の1)ウ H看護師は,同年4月2日,本件ROM運動を実施した。H看護師は,本件ROM運動において,Dの足趾に対して,指によるマッサージを行い,踵に対して,内旋,外旋を実施し,下腿に対して,末梢から中枢へ揉むようにマッサージを行い,膝蓋骨に対して,左手で膝窩を支えて,右手の平 OM運動において,Dの足趾に対して,指によるマッサージを行い,踵に対して,内旋,外旋を実施し,下腿に対して,末梢から中枢へ揉むようにマッサージを行い,膝蓋骨に対して,左手で膝窩を支えて,右手の平で膝蓋骨を包み込むように回転させる運動を行い,膝に対しては,踵を左手で支え,膝を右手で支えて,膝の屈曲による抵抗を感じな い程度に5回程度屈伸を行った。(併合前の乙事件の乙A2,3,証人H看護師)エ Dには,同月3日,左大転子部周囲の皮膚に10cm程薄い黄色に変化した内出血跡が確認された。(併合前の乙事件の甲A7)オ原告らは,同月9日,Dの足が開きにくくなっていることを認識した。 被告看護ステーションの看護師は,同日,Dの左大転子部に腫れがあり,前面に向かい腫れて内転,内旋しており,左膝を自力で曲げられないことを確認した。(併合前の乙事件の甲A7,原告C尋問)(なお,原告らは,同月9日には,Dの左大転子部付近に赤黒い内出血跡が確認された旨主張し,原告Cが,これを現認した旨供述するが,Dの状況が記録されていたノート(併合前の乙事件の甲A7)において,同月3日に黄色の内出血が確認された旨の記載はある一方,同月9日に赤黒い内出血跡が確認されたことを示す記載は存在せず,その他に原告Cの供述を裏付ける証拠はないことからすると,原告Cの供述はにわかには信用できず,この他に原告らの主張する事実を裏付ける証拠はないことから,同日に赤黒い内出血跡があったとは認められない。)カ Dは,同月10日,Iクリニックにおいて,左大腿部骨頚部骨折と診断され,同月14日,N整形外科においても同様の診断を受けた(以下,Dに生じた骨折を「本件骨折」という。)。(併合前の乙事件の甲A10,11)(2) 医学的知見について,各項末尾記載の証拠によれば,次 ,同月14日,N整形外科においても同様の診断を受けた(以下,Dに生じた骨折を「本件骨折」という。)。(併合前の乙事件の甲A10,11)(2) 医学的知見について,各項末尾記載の証拠によれば,次のとおり認められる。 ア関節可動域とは,四肢を動かしたときの関節の運動範囲のことであり,ROM(rangeofmotion)と呼ばれる。 関節可動域の測定の目的は,測定することにより関節の動きを阻害している因子を発見すること,障害の程度を判定すること,治療法への示 唆をあたえること,治療,訓練の評価手段となることが挙げられる。(甲B13)イ高齢者の大腿骨近位部骨折の原因として,「寝ていて・身体を捻って」とするものが1.4%,「立った高さからの転倒」とするものが78. 4%,「階段・段差の踏み外し」とするものが5.2%,「転落・交通事故」とするものが7.9%,「記憶なし」とするものが1.3%,「不明」とするものが5.8%とする研究報告が存在する。(併合前の乙事件の乙B1)ウ寝たきりの入院高齢患者の場合,関節拘縮が骨折を引き起こす危険要因の一つであること,患者のおむつを替え,体を拭き,歩行器に乗せて座らせるなどの際の僅かな外力が骨を骨折閾値へ導く十分な強い変形力を生み出すことがある。(併合前の乙事件の乙B2)エ皮下出血の色の変化は,血色素(ヘモグロビン)が壊れ,変性していくことによるもので,受傷から約7日はヘモグロビンの紫~赤紫色,約10日でヘモジデリンに変化して緑紫色となり,約14日でヘマトイジンの緑黄色に変色し,その後2週間から4週間で消失するとされている。 また,出血の量と出血部位の深さによって,色の濃淡があるとされ,浅くて量が多いほど濃い紫色になるとされている。(併合前の乙事件の乙B4)オ紫斑とは, 後2週間から4週間で消失するとされている。 また,出血の量と出血部位の深さによって,色の濃淡があるとされ,浅くて量が多いほど濃い紫色になるとされている。(併合前の乙事件の乙B4)オ紫斑とは,皮膚内又は可視粘膜内の出血であり,何らかの原因により,血球成分が血管外に漏れ出ることによって発生する。 紫斑の色調は,表皮に近い浅い部位のものは赤紅色,真皮深層以下の深いものは紫赤色から青色となり,時間経過とともに赤色から紫色,次いで黄色褐色,淡黄色へと変化するとされている。(併合前の乙事件の乙B6)(3) 争点(安全配慮義務違反及び説明義務違反の過失)及び争点(因果関 係)についてア本件ROM運動により本件骨折が生じたかについて,検討する。 イ上記認定事実のとおり,本件ROM運動は,平成21年4月2日に行われたのであるから,その際に本件骨折が生じたのであれば,同日から近接した日に,原告らが異常を認識するのが相当と考えられるにもかかわらず,上記認定事実のとおり,原告らがDの足の異常を認識したのは同月9日であり,被告看護ステーションの看護師がDの左大転子部の腫れを認識したのも同日と,本件ROM運動から1週間が経過した後である。 また,上記認定事実のとおり,Dは骨粗鬆症に罹患しており,上記医学的知見によれば,高齢者の大腿骨近位部骨折の原因として,「寝ていて・身体を捻って」とするものが1.4%,「立った高さからの転倒」とするものが78.4%,「階段・段差の踏み外し」とするものが5. 2%,「転落・交通事故」とするものが7.9%,「記憶なし」とするものが1.3%,「不明」とするものが5.8%とする研究報告が存在し,この研究報告は骨粗鬆症の患者以外の高齢者も含めたものであることからすれば,本件骨折は,おむつ交換やその他の行為 記憶なし」とするものが1.3%,「不明」とするものが5.8%とする研究報告が存在し,この研究報告は骨粗鬆症の患者以外の高齢者も含めたものであることからすれば,本件骨折は,おむつ交換やその他の行為が原因で生じた可能性も否めない。 そうすると,本件骨折が,本件ROM運動によって生じたものと認めることはできない。 ウこれに対し,原告らは,平成21年4月3日にDの左大転子部周囲付近に認められた内出血が確認されており,この内出血は,本件ROM運動によって生じた本件骨折を原因とするものであると主張する。 しかし,上記認定事実のとおり,Dに認められた内出血の色は薄い黄色であるところ,上記医学的知見によれば,黄色の内出血は,受傷後約14日間が経過した場合にみられるものである。一方,内出血が確認さ れたのは,本件ROM運動の翌日である平成21年4月3日であることからすると,この内出血の原因は,本件ROM運動以前の活動に求めるほかはなく,内出血があった事実は,本件ROM運動によって本件骨折が生じたことを裏付ける事実とはいえない。 また,原告らは,H看護師は,本件ROM運動によりDを骨折させてしまったことから,原告らに謝罪したと主張する。 しかし,H看護師の謝罪は,骨折という診断結果が出たことに対するものと考えられ,本件ROM運動の態様に問題があったことを自認する趣旨とは考えがたい(現に,H看護師が謝罪した日の報告書においては,「骨折という結果」について謝罪する旨が記載されているにとどまっている(併合前の乙事件の乙A2)。)。したがって,H看護師の謝罪は,本件ROM運動によりDが骨折したことを推認させる事情とはいえない。 さらに,原告らは,Dを平成21年4月14日に診察したN整形外科の医師が,同年5月19日に原告らに対し,Dの骨折に関 師の謝罪は,本件ROM運動によりDが骨折したことを推認させる事情とはいえない。 さらに,原告らは,Dを平成21年4月14日に診察したN整形外科の医師が,同年5月19日に原告らに対し,Dの骨折に関して,おむつ交換で生じる程度を超えている旨述べたと主張する。しかし,同日の面談の報告書(併合前の乙事件の甲A10)には,N整形外科の医師が「オムツ交換時になったかもしれない」旨発言したとも記載されていることからすれば,N整形外科の医師が,本件ROM運動によってDが骨折したと評価し,又は,Dの骨折がオムツ交換等の日常動作により生じたとはいえないと評価しているとは認められない。したがって,同日の面談時におけるN整形外科の医師の発言は,本件ROM運動により本件骨折が生じたことを裏付けるものにはならない。 エよって,本件ROM運動により本件骨折が生じたと認めることはできず,この事実を前提とする,争点及びに関する原告らの主張は,その前提を欠く。 4 結論 以上によれば,Dは,被告に対し,債務不履行に基づく200万円の損害賠償請求権を有しており,原告Aはその2分の1である100万円を,原告C及び原告Bはそれぞれその50万円ずつを相続したものというべきである。 したがって,原告らの請求は,主文記載の限度で理由があり,その余は理由がないから棄却することとし,仮執行免脱宣言については,相当でないからこれを付さないこととして,主文のとおり判決する。 福岡地方裁判所第3民事部 裁判長裁判官平田豊 裁判官片瀬亮 裁判官大野崇 瀬亮 裁判官大野崇

▼ クリックして全文を表示

🔍 類似判例を検索𝕏 でシェア← 一覧に戻る