令和5(わ)188 窃盗

裁判年月日・裁判所
令和6年8月8日 佐賀地方裁判所
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判決文本文11,387 文字)

- 1 - 令和6年8月8日宣告令和5年第188号窃盗被告事件 主文 被告人は無罪。 理由 理由中の関係者氏名は別紙1(添付省略)のとおり。 第1 本件公訴事実の要旨及び争点等 1 本件公訴事実の要旨は、「被告人は、令和5年11月1日午前1時30分頃から同日午前7時5分頃までの間に、佐賀市(住所省略)の甲店(以下「本件店舗」という。)において、同店経営者管理の現金20万円を窃取した。」というものであるところ、被告人は、第1回公判期日において、本件公訴事実につき、公訴事実記載の日時に本件店舗にいたことは認めるものの、現金は盗んでいない旨を陳述し、弁護人も同旨の主張をしている。 したがって、本件の争点は、被告人による窃取行為の有無の点である。 2 ところで、後記のとおり、被告人が本件店舗の従業員として勤務した際に、レジを操作して排出した現金20万円が紛失したことが認められるものの、関係証拠を子細に見ても、被告人がこの現金を窃取したことを直接証する証拠は見当たらない。上記争点の認定に当たっては、本件店舗内の防犯カメラ映像等から認められる関係者の行動状況等の間接事実により、現金20万円が紛失した原因が、被告人が窃取をしたという以外には考えられないといえるかが検討される必要がある。 3 当裁判所は、本件店舗内の防犯カメラ映像等の客観的な証拠の取調べに加え、本件当日の事実経過等に関して、本件店舗従業員らの証人尋問や被告人質問を順次実施するとともに、弁護人の主張を踏まえて、検察官から追加で証拠請求された証拠を取り調べるなど慎重に審理をした結果、被告人が現金を窃取したと認定するには合理的な疑いが残ると判断した。以下詳述する。 - 2 - 第2 証拠上明らかな事実 1 関係証拠によれば れた証拠を取り調べるなど慎重に審理をした結果、被告人が現金を窃取したと認定するには合理的な疑いが残ると判断した。以下詳述する。 - 2 - 第2 証拠上明らかな事実 1 関係証拠によれば、本件の争点に関する外形的な事実経過等として、次の事実が認められ、この限度では当事者も積極的には争っていない。 (1) 本件店舗の状況等ア本件店舗は、売り場の東側にレジカウンターが設置され、同レジカウンターと壁を隔てた更に東側には、事務室(バックヤードスペース)がある。レジカウンター内のスペース(通常従業員以外の者が立ち入れない場所)から、南側の扉を抜けた先には、東西方向に広がる形で設置された調理場があり、同調理場を通過して、事務室内に入ることができる。 イ本件店舗には、レジカウンター南側の調理場との境目の付近に、レジカウンター付近を撮影する防犯カメラ(以下「防犯カメラ①」という。)が設置され、事務室の北側には、事務室内と調理場の一部(東側)を撮影する防犯カメラ(以下「防犯カメラ②」という。)が設置されている。 従業員がレジカウンター内のスペースから調理場を通過して事務室に向かう場合、その経路の一部(概ね2メートル程度)に、防犯カメラ①と防犯カメラ②双方の死角となる場所がある。 ウ本件店舗の構造や防犯カメラの死角となる部分については、別紙2図面(添付省略)のとおりである。 (2) 本件店舗のレジの仕組み本件店舗では、客がレジ(自動精算機)で商品を精算する際は、従業員が客から代金を受け取り、レジに入金する仕組みとなっているところ、レジ内に入金された現金が、金種ごとに設定された上限金額に達した場合には、アラーム音が鳴り、従業員は、レジから排出される現金とレシートをクリップで留め、レジの下にある鍵付きのキャッシュポストに入れること 内に入金された現金が、金種ごとに設定された上限金額に達した場合には、アラーム音が鳴り、従業員は、レジから排出される現金とレシートをクリップで留め、レジの下にある鍵付きのキャッシュポストに入れることになっていた(上限金種出金処理。)。 - 3 - (3) 本件当日の概括的な事実経緯ア被告人は、令和5年11月1日午前0時頃、本件店舗での勤務を開始し、同日午前7時頃まで、単独で、本件店舗の業務を行った。 被告人は、同日午前1時29分頃、レジカウンター南側のレジ(以下「本件レジ」という。)において上限金種出金処理を行い、現金20万円を排出させた。なお、防犯カメラの映像上、この際に、被告人が、本件レジの下に設置してあるキャッシュポスト(以下「本件キャッシュポスト」という。)に現金を入れたかどうかは定かでない。 イ本件店舗の従業員であるBは、令和5年11月1日午前9時26分頃、精算業務を行うため、レジカウンターで本件キャッシュポスト内の現金等を取り出し、トレー様の物の上に現金等を載せて事務室まで運んだ。 ウ Bは、事務室内の机で、現金やレシートの確認作業を行い、事務室内にいた店長であるAに対し、現金20万円が足りない旨申告した。Aは、Bと共に、レジのジャーナルや防犯カメラ映像を確認するなどして、被告人が上限金種出金処理を行った現金がなくなっていることを確認するとともに、本件店舗内を捜したが、上記現金を見つけることができず、警察に被害申告をした。 エなお、防犯カメラ①の映像を精査しても、被告人が令和5年11月1日午前1時29分頃に本件レジから現金20万円を排出させてから、Bが同日午前9時26分頃に本件キャッシュポスト内の現金を取り出すまでの間に、被告人とB以外の第三者が、本件キャッシュポスト内の現金を取り出すなどの行為に及ん レジから現金20万円を排出させてから、Bが同日午前9時26分頃に本件キャッシュポスト内の現金を取り出すまでの間に、被告人とB以外の第三者が、本件キャッシュポスト内の現金を取り出すなどの行為に及んだ形跡は認められない。 2 小括以上のとおり、被告人は、令和5年11月1日午前1時29分頃、本件レジで上限金種出金処理を行い、現金20万円を排出させたところ、同現金は、同日午前9時26分頃に、Bが、本件キャッシュポスト内から取り出した現- 4 - 金等を事務室まで運んで確認作業を行った際には紛失していた。 そして、被告人とB以外の第三者が、本件キャッシュポストの現金を取り出すなどの行為に及んだ形跡が認められないことからすれば、上記現金が紛失した原因としては、被告人が、本件キャッシュポスト内に現金を投入せずに窃取したか、Bが本件キャッシュポストから現金を取り出した後、事務室内で確認作業をするまでの間に紛失し、あるいは、隠匿して窃取したという以外には考え難いといえる。 そこで、以下、被告人とBの行動状況をより具体的に検討する。 第3 被告人の具体的な行動状況 1 関係証拠によれば、被告人は、令和5年11月1日午前1時29分頃、本件レジで上限金種出金処理を行い、排出された現金20万円を手に持ったまま一旦事務室へ向かい、事務室内の机の中から何かを取り出し、レジカウンター方面に戻ったこと、その後、被告人は、本件レジ前で防犯カメラ①に背を向けて立った状態から、しばらく身をかがめ、本件キャッシュポスト付近を触るような仕草を続けた後、上体を起こして、右肘を曲げて若干後方に動かした(この際に、制服の前面のいずれかの箇所に、被告人の右手が触れたようにも見える。)上で、再度事務室方面に向かい、現金を手に持たず、腹部付近を右手で触るような動きをしつつ 肘を曲げて若干後方に動かした(この際に、制服の前面のいずれかの箇所に、被告人の右手が触れたようにも見える。)上で、再度事務室方面に向かい、現金を手に持たず、腹部付近を右手で触るような動きをしつつ、調理場から事務室内に入ったことが認められる。 2 この点、被告人は、本件レジ前で防犯カメラ①に背を向けて立った状態から、しばらく身をかがめて本件キャッシュポスト付近を触るような仕草を続けた際には、手元が防犯カメラ①の死角となっており、現金を本件キャッシュポストに入れたのか定かではない。そして、その後、被告人は、上体を起こして、右肘を曲げて若干後方に動かしたが、その際には、右手で制服の前面に触れたようにも見えるから、このような一連の行動からは、被告人が、本件キャッシュポストに現金を入れたように見せつつ、実際には、制服の右- 5 - ポケットに現金を入れて盗んだと考えても、特に不自然とはいえない。また、被告人は、その後に事務室に入室した際には、腹部付近を右手で触るような動きをしているが、この動作は、制服のポケットに入れた現金が防犯カメラに映り込まないよう上から押さえていたものと見ることもできる。 以上によれば、被告人には、現金20万円の窃取行為に及ぶ機会が十分にあったといえる。 3 もっとも、被告人の行動それ自体からは、被告人が窃取行為に及ぶ機会があったとはいえても、それ以上に、被告人が窃盗を行ったことを強く疑わせるような具体的な動作が認められるわけではない。すなわち、(1) 被告人が防犯カメラ①に背を向けて立つ体勢になったことについては、そもそも、本件レジのモニターは、レジカウンター内から見てやや左斜め側を向く形で設置されており、従業員が本件レジを操作をする場合、防犯カメラ①に背を向けて立つことになる。そのため、被告人以外の本件 そもそも、本件レジのモニターは、レジカウンター内から見てやや左斜め側を向く形で設置されており、従業員が本件レジを操作をする場合、防犯カメラ①に背を向けて立つことになる。そのため、被告人以外の本件店舗の従業員も、上限金種出金処理を行った際に、被告人と同様に、防犯カメラ①に背を向けて立ち、本件キャッシュポストに現金を入れている場面が認められるところである。加えて、被告人は、本件レジから現金を排出した後、事務室まで行って机の引き出しから何かを取り出した上で、再度本件レジ前に戻っている(後記のとおり、被告人は、この行動について、現金とレシートを留めるクリップを取りに行った旨を説明している。)ところ、そのように、被告人が事務室から本件レジ前まで戻った際に、本件キャッシュポストに現金を入れようとしたのであれば、むしろ、防犯カメラ①を背に向けた姿勢となる方が自然ということもできる。 このように考えると、被告人が、意図的に防犯カメラの死角になるように行動したと断定することは困難といえる。 (2) また、被告人が、本件キャッシュポストの前で、右肘を曲げて若干後方に動かすようにした点も、ほんの僅かな動きが確認できるにすぎず、右手- 6 - が制服の前面に触れたかどうかも定かではないから、それ自体として、制服のポケットに現金を入れたのでなければ辻褄が合わないような動作では全くないといえる。 さらに、その後に、被告人が事務室に入る際に、右腹部付近を手で押さえるようにして歩いていた点も、特に理由がなくても制服のポケット付近に手で触れながら歩くようなことは十分あり得ると思われ、やはり、それ自体として、制服のポケットに現金が入っていたことを強く疑わせるようなものではないといえる。 (3) この点、被告人は、法廷で、「本件レジを操作して現金20万円を 十分あり得ると思われ、やはり、それ自体として、制服のポケットに現金が入っていたことを強く疑わせるようなものではないといえる。 (3) この点、被告人は、法廷で、「本件レジを操作して現金20万円を排出させ、レシートと一緒にクリップで留めて本件キャッシュポストに入れた。 クリップは、レジの操作台のいつもある場所になかったので、事務室まで取りに行った。キャッシュポストの入口がとても狭かったので、最初はうまく入らなかったのを覚えている。」などと述べて窃取行為を否定するとともに、本件キャッシュポストに現金を入れた直後に、制服の右腰辺りを右手で触ったように見える点につき尋ねられたのに対し、「その動きは、防犯カメラの映像を確認して初めて認識したので、何をしたのかは覚えていないが、客から戻ってきた商品券付きのレシートなどが制服のポケットに入っているのを触ったかもしれない。」旨を述べている。 このような被告人の弁解内容については、被告人は、Aから、事件直後に、LINEで、被告人が本件レジから排出させた現金20万円が見つからない旨の連絡を受けた段階から、一貫して窃取行為に及んだことを否認したものである上、防犯カメラの映像等の客観的証拠とよく整合しており、内容的にも明らかに不自然というべき部分は見当たらない。むしろ、弁護人が指摘するとおり、被告人が現金を窃取するつもりであったとすれば、わざわざレシートと現金を留めるクリップを探すために、事務室まで行くということは考えにくいように思われるし、被告人が単独で勤務している- 7 - 際に現金が紛失すれば、一番に疑われるのは被告人であることは容易に想像がついたはずであることからしても、被告人がそのような状況で現金を盗んだと速断するのは相当でないようにも思われる。 なお、検察官は、被告人が、上記のとおり、 疑われるのは被告人であることは容易に想像がついたはずであることからしても、被告人がそのような状況で現金を盗んだと速断するのは相当でないようにも思われる。 なお、検察官は、被告人が、上記のとおり、制服のポケットに商品券付きのレシートが入っていたかもしれないなどと述べている点につき、供述内容に変遷がある旨を主張している。しかし、検察官が指摘する供述調書の記載は、「レシート、20万円をクリップでとめたお金をキャッシュポストに入れた後、私は何も持っていませんでした。その時にポケットの中に何も入れていません。」というものであって、当該記載を素直に読めば、被告人が本件キャッシュポストに現金を入れたその時に、制服のポケットに物を入れてはいない旨を述べたにすぎないと解され、この点の被告人の供述が変遷しているなどといえないことは明らかである。検察官の主張は採用できない。 そうすると、被告人の弁解は、直ちには排斥できない程度の信用性を備えているといえる。 4 小括以上のとおり、被告人の具体的な行動を見ると、被告人が現金20万円を盗む機会があったとはいえるものの、それ以上に、被告人が窃取行為に及んだことを強く疑わせるような具体的な動作が認められるわけではなく、被告人が窃盗をしてないとしても十分に説明が付く程度のものでしかないといえる。また、被告人が、窃取行為を否定する弁解についても、直ちには排斥できない程度の信用性を備えているといえる。 したがって、被告人の行動状況からは、被告人が現金20万円を盗んだかどうかは判然としないというしかない。 第4 Bの具体的な行動状況 1 そこで、次にBの具体的な行動を見ると、関係証拠によれば、Bは、令和- 8 - 5年11月1日午前9時26分頃、レジカウンター内で、キャッシュポストを開けて中から現金等 具体的な行動状況 1 そこで、次にBの具体的な行動を見ると、関係証拠によれば、Bは、令和- 8 - 5年11月1日午前9時26分頃、レジカウンター内で、キャッシュポストを開けて中から現金等を取り出し、トレー様の物の上にそれらを載せた上で、調理場を通過して、事務室に向かったこと、Bは、防犯カメラの死角となる部分を通過するのに5秒ほどの時間を要した後、防犯カメラ②に映りこむ範囲に入った際に、調理場に設置された作業台の前で、同作業台の方を向いて2、3秒ほど立ち止まったこと、その後、Bは、事務室内の机で運んできた現金やレシートの確認作業を始め、現金20万円が足りない旨を事務室内にいたAに申告し、Aと共に、レジのジャーナルや防犯カメラ映像を確認するとともに、本件店舗内を捜したことが認められる。 2 このようなBの行動については、本件店舗の従業員が精算業務を行う際の行動として、格別不自然というべき点は見られない。すなわち、Bが、現金を隠匿して盗むなどしたことを強く疑わせるような不自然な動作は見受けられないし、Bが事務室に戻った後、Aに対し現金が紛失していることを申告し、その後に、Aと共に、本件店舗内で現金を捜した際の様子から考えても、Bが自ら現金を窃取した上であえてそのような行動をとったとは容易に考え難いといえる。 そうすると、Bが現金を窃取した可能性が高いとはいえない。 3 もっとも、そうであるからといって、Bが、精算業務を行うに当たり、現金を窃取する行為に及んだり、現金を紛失したりする機会が全くなかったとまではいえない。すなわち、(1) 前認定のとおり、Bは、本件キャッシュポストから現金等を手にして事務室に向かう途中、防犯カメラの死角となる概ね2メートル程度の部分を通過するのに、5秒程度の時間を要している。 Bが要した5秒程 ) 前認定のとおり、Bは、本件キャッシュポストから現金等を手にして事務室に向かう途中、防犯カメラの死角となる概ね2メートル程度の部分を通過するのに、5秒程度の時間を要している。 Bが要した5秒程度という時間は、極端に時間を要したとまではいえないにせよ、防犯カメラの映像上、被告人が、同じ部分を2秒程度で通過していることや、Bも、それ以外の場面では概ね2、3秒で通過していることと- 9 - 比較すれば、通常よりも若干時間を要したものであることは否定できず、少なくとも、Bは、防犯カメラの死角となる部分を通過する際、現金を窃取したり、紛失したりしたとしても不自然ではない程度の時間を要したといえる。 (2) また、Bは、防犯カメラの死角となる部分から、防犯カメラ②に映り込む範囲に入った際に、すぐに事務室には入らず、調理場に設置された作業台の方を向き、防犯カメラ②に背を向けた状態で、2、3秒ほど立ち止まっているところ、防犯カメラの映像上は、この際のBの手元の動きは定かでないといえる。検察官は、この際に、Bの左腕の上下運動がないから、Bが作業台の上にトレー様の物を置いたとは認められないなどと主張している。しかし、上記のとおり、防犯カメラの映像上は、トレー様の物の状況も含め、Bの手元の様子ははっきりしないのであり、検察官の指摘を踏まえてBの左手の動きを見ても、作業台の上にトレー様の物を置いたと考えても特に矛盾するようなものではないといえる。 そうすると、Bは、調理場の作業台前で立ち止まった際に、トレー様の物を作業台の上に置くなどして、同トレー様の物の上に置いていた現金に触るなどしていたとしてもおかしくはないといえる。 (3) これに対し、Bは、法廷で、弁護人の反対尋問において、上記(1)(2)の状況につき確認する質問をされたのに対し、「 物の上に置いていた現金に触るなどしていたとしてもおかしくはないといえる。 (3) これに対し、Bは、法廷で、弁護人の反対尋問において、上記(1)(2)の状況につき確認する質問をされたのに対し、「思い出せない。」とか、「思い当たることはない。」などと証言するにとどまり、防犯カメラの死角になる部分を通過した際の状況や、調理場で作業台の方を向いて立ち止まるという行動をとった理由については十分説明できていない。 (4) 以上によれば、Bが、本件キャッシュポストから取り出した現金20万円を事務室まで運んだ際の、防犯カメラの死角になる部分を通過する5秒程度の時間とその後に調理場で作業台の方を向いて立ち止まった2、3秒の時間については、Bの行動や運んでいた現金の状況が確認できないから、- 10 - この間のBの行動については様々な可能性が否定できないというべきである。 例えば、Bが、防犯カメラの死角となる部分を通過する際に現金を落として紛失し、その後、別の従業員が拾って領得したということも考えられなくはないし、また、Bが両手で持っていたトレー様の物を片手に持ち換え、あるいは、調理場の作業台の上に置くなどした上で、現金を手に取り、自らの制服や付近のいずれかの場所に隠匿するなどして窃取行為に及ぶ機会があったことも否定はできないといえる。 4 ところで、防犯カメラの映像を子細に見ると、本件店舗の従業員であるCは、本件当日、Bが現金20万円を事務室まで運んだ際に、調理場の防犯カメラの死角になる部分にいたことが認められる。Cは、法廷で、その際の状況について、調理場内でタブレット端末を操作して入力作業に従事していたが、Bが自分の後ろを通った際に違和感のようなものは感じられず、調理場に現金が落ちたような音もしなかった旨を証言している。 この点、C いて、調理場内でタブレット端末を操作して入力作業に従事していたが、Bが自分の後ろを通った際に違和感のようなものは感じられず、調理場に現金が落ちたような音もしなかった旨を証言している。 この点、Cは、事件から6か月弱の期間が経過した段階で、捜査機関から初めて事情聴取を受けて供述調書を作成し、その後、更に1か月ほどの期間が経過した後に法廷で証言したものである。Cが、日常的な業務を行う中で、背後を通り過ぎただけのBの様子について、捜査機関から事情聴取を受けるまでの半年ほどの期間詳細に記憶していたなどとは容易に考え難く、その後に記憶が喚起されるような特段の出来事があったとも考えられないから、上記証言の信用性が高いとはいえない。 他方で、Bにとって、Cが調理場で作業をしているその背後を通過する際に、現金の窃取行為に及ぶことは、心理的にも物理的にも難しかったと考えられるから、Cが調理場にいたことは、それ自体、Bが窃取行為に及んだ可能性を低める方向で考慮すべき事情といえる。しかし、一般論として、窃盗は、心理的にも物理的にも難しい状況において一瞬の隙を突いてでもなされ- 11 - ることが珍しくない上、前記のとおり、被告人も、単独で勤務している際に窃取行為を行えば、一番に自分が疑われることになることは容易に想像できたはずであり、心理的に困難な状況で窃取行為に及んだかが問題とされているのは、被告人も同様であることを考慮すると、Bについてのみ、現金を隠匿して窃取する行為に及ぶことがあり得ないと断定するのは躊躇される。 5 検察官は、防犯カメラ映像を鮮明化した写真を添付した報告書を提出し、Bがキャッシュポスト内から取り出した現金の束と、事務所に移動した際の現金の束の状況に変化がないことから、Bが現金20万円を盗んだとは認め難い旨を主張している 明化した写真を添付した報告書を提出し、Bがキャッシュポスト内から取り出した現金の束と、事務所に移動した際の現金の束の状況に変化がないことから、Bが現金20万円を盗んだとは認め難い旨を主張している。しかし、検察官が提出した報告書の写真は、なお不鮮明な部分が少なくなく、現金の重なり具合などからその状況に変化があったかどうかを明確に判断することはできないといえる。検察官の主張は採用できない。 6 小括以上のとおり、Bの具体的な行動を検討すると、Bが精算業務を行うに当たって現金20万円をトレー様の物に載せて事務室まで運ぶ際の、防犯カメラの死角になる部分を通過する5秒程度の時間と、その後に調理場で作業台の方を向いていったん立ち止まった2、3秒の時間については、Bの行動や現金の状況が確認できないといえる。調理場内にいたCの背後を通過した際のことであるとはいえ、Bが、現金20万円を防犯カメラの死角となる部分を通過する際に現金を落として紛失し、あるいは、いずれかの場所に隠匿して窃取した可能性が全くないとはいえない。 第5 その他の検察官の主張(被告人の金銭消費状況)について検察官は、本件前後に、令和5年10月30日に13万円弱のバイト代を得ただけの被告人には異常ともいえる不相応な出費を重ねており、原資が不明確な出費もあることからすれば、被告人が現金を盗んだと認定できる旨も主張している。この点、確かに、被告人が、本件前後に、スマホゲームへの- 12 - 課金代金約9万円などを含め収入額を超える多額の出費をしていることが認められ、その出費額は被告人の収入に見合わないといえる。 しかし、被告人の出費額のうち、最も多額なものとなったスマホゲームへの課金については、射幸性の高いゲームの課金行為が必ずしも経済的な合理性に基づいて行われる場合 被告人の収入に見合わないといえる。 しかし、被告人の出費額のうち、最も多額なものとなったスマホゲームへの課金については、射幸性の高いゲームの課金行為が必ずしも経済的な合理性に基づいて行われる場合ばかりではないと思われるし、そのほかに被告人が本件前後に多額の出費を重ねたことも、必ずしも被告人が窃取行為をしたと考えなければ説明がつかないとまではいえない。また、原資が不明確な出費があるとの指摘についても、被告人は、上記バイト代のほか、スロット等で手持ちの現金を増やしていた旨述べており、そのような方法で数万円程度の収入があったとしてもあながちおかしくはなく、検察官が捜査段階の供述調書にその旨の記載がないことを指摘する点を踏まえても、被告人が全くの虚偽の弁解をしていると断定はしにくいといえる。 そうすると、被告人の金銭出費状況は、被告人の嫌疑を相当程度高めるものではあっても、被告人が現金20万円を窃取したと考えなければ説明ができないほどのものとはいえない。検察官の主張は採用できない。 第6 総合評価 1 以上のとおり、本件では、被告人が本件レジから排出した現金が紛失した原因としては、被告人が本件キャッシュポスト内に現金を投入せずに窃取したか、Bが本件キャッシュポストから現金を取り出した後、事務室内で確認作業をするまでの間に紛失し、あるいは、隠匿して窃取したという以外には考え難いところ、被告人の行動を子細に見ても、被告人が窃取行為に及んだことを強く疑わせるような具体的な動作があるわけではなく、被告人が窃盗をしてないとしても十分に説明が付く程度のものでしかないといえる。 2 その一方で、Bの行動については、Bが精算業務を行うに当たって現金20万円をトレー様の物に載せて事務室まで運ぶ際の、防犯カメラの死角になる部分を通過する間の5秒程度の時間 でしかないといえる。 2 その一方で、Bの行動については、Bが精算業務を行うに当たって現金20万円をトレー様の物に載せて事務室まで運ぶ際の、防犯カメラの死角になる部分を通過する間の5秒程度の時間と、その後に調理場で作業台の方を向- 13 - いていったん立ち止まった2、3秒の時間については、Bの行動や現金の状況が十分確認できないといえる。もとよりBが窃取行為をした可能性が高いなどとはいい難いとはいえ、その間に、Bが現金20万円を落として紛失し、あるいは、いずれかの場所に隠匿して窃取したという可能性が全くないとまではいえない。 3 本件は、間接事実によるいわば消去法的な立証による事案であり、本件争点を認定するに当たっては、現金20万円が紛失した原因が被告人が現金を窃取した以外には考えられないといえる必要があるから、そのような本件の立証構造をも踏まえて、上記1及び2の事情を検討すると、被告人が窃取行為を行ったと認定するにはなお合理的な疑いが残るといわざるを得ない。 第7 結論以上によれば、結局本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。 (求刑・懲役2年)令和6年8月9日佐賀地方裁判所刑事部 裁判長裁判官岡 﨑 忠之 裁判官松村一成 裁判官秋山慎悟

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