主文 本件控訴を棄却する。 理由 本件控訴の趣意は,弁護人飛田博及び同石川正樹共同作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は,検察官山口晴夫作成の答弁書にそれぞれ記載のとおりであるから,これらを引用する。 所論は,事実誤認及び量刑不当の主張であって,要するに,被告人を死刑に処した原判決には,強盗殺人事件につき,当初,A方玄関内において同女に罵倒されるなどしたことから憤激の余りとっさに同女に対する殺意を抱いたと認定している点と,その犯行態様について,「被告人がパニック状態に陥っていたとは言い難く,むしろ,本件犯行態様の執拗さ及び残虐さは,被告人の性格に内在する冷酷な側面の表れと評するのが相当である。」と認定している点において,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認が認められる上,本件における事案の特徴及び情状を前提に,本件を我が国における近年の判例の事案と比べると,本件で死刑を選択することは罪刑の均衡を失し,重過ぎて不当であって,破棄されるべきである,というのである。 そこで,所論のいう事実誤認の有無,被告人を死刑に処した原判決の量刑の当否について,記録を調査し,当審における事実取調べの結果も併せて検討する。 第1 事実誤認の主張について 1 本件強盗殺人の事案の概要(原判決が認定した事実)本件強盗殺人に至る経緯及びその犯行状況等については,原判決が「犯罪事実等」において詳細に認定,判示するとおりであるが,その概要は,以下のとおりである。 (1) 本件強盗殺人の犯行に至る経緯についてア被告人は,韓国クラブのホステスCと懇意になり,平成11年2月ころCと同棲するようになった後は,自己の強い虚栄心やCへの独占欲等から,Cがホステスとして他の男性を接客することに我慢ができなくなり, 被告人は,韓国クラブのホステスCと懇意になり,平成11年2月ころCと同棲するようになった後は,自己の強い虚栄心やCへの独占欲等から,Cがホステスとして他の男性を接客することに我慢ができなくなり,Cを独占するためホステスを辞めるよう執拗に迫ったものの,Cは,ホステスを辞める気はなく,被告人のこの要求をあきらめさせる方便として店に200万円の借金があるので辞められない,同年4月19日親戚との集まりに大阪へ出発するまでに200万円を作らなければ絶対に店は辞めないなどと述べ,被告人がこれを真に受けて,その資金を得るために職場の同僚や新聞店の顧客に当たってみたもののいずれも断られてしまい,更に心当たりを考えるうちに同店の顧客であったAに借金を申し入れるしかないと考え,同日午後2時ころ原判示の同女方を訪れたが,留守の様子だったため,いったん同女方を離れた後,同日午後2時30分ころに再度訪れ,同女に借金の申入れをしようとしたが言い出せず,同女方を後にした。その後,被告人は,Cとの約束の時間が迫ってきたことから,焦りの気持ちを募らせ,やはりAに父親が癌であるなどと作り話をして200万円の現金を引き出すしかないと思い定め,同日午後4時過ぎころ,A方に赴いた。 イ被告人は,Aと雑談した後,帰り際に,同女に対し「どうしても早急にお金が必要なんです。お金をお借りしたいんです。」などと切り出したところ,同女は,被告人が金額や借金の理由等を言い出す前に,それまでの態度を豹変させ,顔を真っ赤にして怒り出し,「こんな年寄りがお金持ってるわけないじゃない。」などと借金の申入れを拒否したばかりか,「あんた馬鹿じゃない。新聞屋は借金している人が多い。」などと被告人を罵倒した上,「あなたはもう二度とうちにはこないで。早く出て行って。」などと言って,手で追い払うような仕草 れを拒否したばかりか,「あんた馬鹿じゃない。新聞屋は借金している人が多い。」などと被告人を罵倒した上,「あなたはもう二度とうちにはこないで。早く出て行って。」などと言って,手で追い払うような仕草をしたため,被告人は憤激の余り,とっさに同女に対して殺意を抱いた。 (2) 本件強盗殺人の犯罪事実について被告人は,平成11年4月19日午後4時30分ころ,A方において,A(当時65歳)に対し,殺意をもって,同女の頸部を両手で絞め付け,その背部を洋包丁(刃体の長さ約17.1センチメートル)で1,2回突き刺し,これを同女の母B(当時91歳)に目撃されたため,同女をも殺害しようと決意し,同女の頭部を上記洋包丁の柄で数回殴打し,その背部を上記洋包丁で2回突き刺した後,居宅内から現金を奪い取ろうとタンス等を物色していたところ,A及びBがいまだ生存していることに気付き,この上は上記両名を確実に殺害して現金を強取しようと決意し,Aの背部,腹部等を上記洋包丁及び裁ち鋏(刃体の長さ約11.7センチメートル)で数回突き刺すなどし,Bの腹部を上記洋包丁で2回突き刺すなどし,更にタンス等を物色したが,現金を発見できなかったため強取の目的を遂げなかったが,そのころ,同所において,Aを背部刺創による失血及び両側性気胸による呼吸不全の競合により,Bを腹部刺創による腹膜炎でのショック及び各創からの出血による出血性ショックの競合によりそれぞれ死亡させて殺害した。 2 所論に対する判断(1) 所論の要旨所論は,① 殺意の発生時期について,原判決は,「被告人が金額や借金の理由等を言い出す前に,Aはそれまでの態度を豹変させ,顔を真っ赤にして怒り出し,『こんな年寄りがお金持っているわけないじゃない。』などと借金の申入れを拒絶したばかりか,『あんた馬鹿じゃない。新聞屋は借金 を言い出す前に,Aはそれまでの態度を豹変させ,顔を真っ赤にして怒り出し,『こんな年寄りがお金持っているわけないじゃない。』などと借金の申入れを拒絶したばかりか,『あんた馬鹿じゃない。新聞屋は借金している人が多い。』などと罵倒した上,『あなたはもう二度とうちにこないで。早く出て行って。』などと言って,手で追い払うような仕草をしたため,被告人は憤激の余り,とっさに同女に対して殺意を抱いた。」と認定しているが,原判決に現われた証拠には,被告人が当初の暴行を加える際,Aに殺意を抱いていたとする直接的証拠はなく,むしろ,被告人は,検察官調書でも原審公判供述でも,この時点での殺意の存在を明確に否定しているから,事実の誤認がある,② 被告人は,極度の恐怖心からパニック状態にあったのであって,「冷静ともいえる被告人の行動に照らせば,被告人がパニック状態に陥っていたとは言い難く,本件犯行態様の執拗さ及び残忍さは,被告人の性格に内在する冷酷な側面の表れと評するのが相当である。」と判示する原判決は事実の誤認があることが明らかである,と主張する。 (2) 当裁判所が認定した事実関係証拠によれば,犯行に至る経緯については,前記1の(1)のアのとおりの事実が認められるが,さらに,Aに罵倒されるなどした後の犯行状況と犯行後の状況(事実経過)について以下のとおりの事実が認められる。 ア犯行状況について(ア) 被告人は,平成11年4月19日午後4時ころ,A方に赴き,同女と雑談した後,帰り際に,同女に対し「どうしても早急にお金が必要なんです。お金をお借りしたいんです。」などと切り出したところ,同女は,被告人が金額や借金の理由等を言い出す前に,態度を一変させ,顔を真っ赤にして怒り出し,「こんな年寄りがお金持ってるわけないじゃない。」などと借金の申入れを拒否したば 」などと切り出したところ,同女は,被告人が金額や借金の理由等を言い出す前に,態度を一変させ,顔を真っ赤にして怒り出し,「こんな年寄りがお金持ってるわけないじゃない。」などと借金の申入れを拒否したばかりか,「あんた馬鹿じゃない。新聞屋は借金している人が多い。」などと被告人を罵倒した上,「あなたはもう二度とうちにはこないで。早く出て行って。」などと言って,手で追い払うような仕草をしたため,被告人は憤激した。 (イ) 被告人は,一度履いた靴を脱いで上がり込み,被告人に背を向けたAの背後から,同女の頸部に左腕を回して強く絞め付け,さらに,同女と共に玄関上がり口の板の間と西側和室の境目の辺りに倒れ込むや,あお向けに倒れた同女の上に馬乗りになり,両手で同女の頸部を強く絞め付けていたところ,同女の口から泡状のだ液が出て,同女が目を閉じてぐったりとしたため,被告人は同女が死んだものと思い込んで同女から離れ,いったん気を落ち着かせるため台所に行き,たばこを吸った。 (ウ) 被告人は,Bの眠っていた東側和室内をのぞいた後,玄関口方向に行ってAを見たところ,同女の足が動くなどして生きていることに気付いたことから,同女の体を抱えて西側和室内に移動させた上,あお向けの状態に横たわらせて,両手で同女の頸部を更に強く絞め付けたところ,同女は今度は口から出血し,身動きしなくなった。その際,被告人の指先に同女の口から出た血液が少量付着したことから,洗面所に行って血を洗い流した。その後,西側和室を見たところ,Aがうつぶせの状態から腕立て伏せのような姿勢で上半身を起こそうとしているように見えたことから,着衣に入れてあった軍手を取り出して両手にはめた上,台所の流し台にあった洋包丁を右手でつかんで握り,そのまま西側和室内に入り,同所において,起き上がろうとしていた同女に対し, るように見えたことから,着衣に入れてあった軍手を取り出して両手にはめた上,台所の流し台にあった洋包丁を右手でつかんで握り,そのまま西側和室内に入り,同所において,起き上がろうとしていた同女に対し,その背後から手加減せず,同女の背部を洋包丁で1,2回突き刺し,同女はうつぶせに崩れ落ちた。 (エ) 被告人は,その直後に東側和室にいるBを見たところ,同女はこたつに入ったまま上半身を起こし,被告人の方を見つめていたことから,自己の犯行を見られたと考えて同女を殺害しようと決意し,同女に駆け寄り,右手に持っていた洋包丁の柄の部分で同女の頭部を数回殴りつけ,横向きに倒れた同女の背部を洋包丁で2回突き刺した。 (オ) 被告人は,居室内から現金を奪い取るためにタンス等を物色していたところ,相前後してA及びBが身動きをして生存していたことに気付き,この上は両名を確実に殺害して現金を強取しようと決意し,東側和室のこたつのそばに置いてあった裁ち鋏を右手に持ち,Aに近寄って,ほぼあお向けの状態の姿勢になっていた同女の腹部をその裁ち鋏で2回突き刺し,更にこれに前後して裁ち鋏や付近にあった金属製の文鎮(長さ約15.3センチメートル,重量約376グラム)で同女の頭部を殴打し(その後,同女を刺して血の付いた裁ち鋏をタオルでふくなどしている。),Bに近付いてその頭部をその文鎮で殴打するとともに,同女のそばに放置してあった上記洋包丁でほぼあお向けの状態で倒れていた同女の腹部を更に2回突き刺し,さらに,そのころ,西側和室内で再びAがうめき声をあげたため,上記洋包丁を持ったまま同女のそばに寄り,再度同女の背部を洋包丁で1,2回突き刺した。 (カ) その後,被告人は,タンス等を物色したが,まとまった現金を発見できなかったため,現金奪取を断念し,逃走することとしたが,その際,犯 そばに寄り,再度同女の背部を洋包丁で1,2回突き刺した。 (カ) その後,被告人は,タンス等を物色したが,まとまった現金を発見できなかったため,現金奪取を断念し,逃走することとしたが,その際,犯行が早期に発覚することを恐れて,東側和室の雨戸を閉め,ガラス戸や障子も閉め,さらに,玄関付近でAともみ合いになった際に倒れた仕切戸を食器棚に立てかけたほか,自分が吸ったたばこの吸い殻を拾い,東側和室内のこたつのそばにあったがま口に入っていたかぎを使って玄関の施錠をした。 イ犯行後の状況について被告人は,犯行現場から逃走した後も,Cと約束した200万円を手に入れようと画策し,原判示第3のとおり,平成11年4月20日ころに,Eに対し,「父親が癌で入院し,1日でも長生きさせてやりたいので手術を受けさせたいが,それには200万円かかる。」などとうそを言って,現金200万円をだまし取り,その翌日,Cが出かけていた大阪にまで出向いてこの現金をCに交付したのをはじめ,逃走資金やCに交付するための金員を得るために,同月28日ころから同年5月11日ころまでの間,3回にわたり,上記Eから現金合計219万円を騙取し続け,警察官の事情聴取や任意同行の際も自己が強盗殺人事件に関与していることをおくびにも出さず,警察官に捕まりそうになるやこれを振り切って逃走し,Cや家族から捜査状況をうかがうなどしながら,小田原方面,東京都内のラブホテル等を転々として逃走生活を送っていた。 (3) 殺意の発生時期に関する所論についてなるほど,被告人は,Aに対する殺意の発生時期に関し,検察官調書及び原審公判において,台所でたばこを吸った後にAの首を絞めたときには,被告人自身,「殺すしかない。」という強い殺意はなかったとするものの,殺意の存在自体を否定していないが(なお,前記(2) 官調書及び原審公判において,台所でたばこを吸った後にAの首を絞めたときには,被告人自身,「殺すしかない。」という強い殺意はなかったとするものの,殺意の存在自体を否定していないが(なお,前記(2)のアの(エ)のとおりBに目撃されたことから,被告人が,犯行の発覚を恐れ,同女の殺害をも決意したこと,同(オ)のとおりA及びBの両名がいまだ生存していることに気付いたときに,この両名を確実に殺害した上で,現金を強取しようとしたことについては,被告人も争わず,証拠上も明らかである。),Aに上記のとおり罵倒されるなどした段階では,怒りが爆発して無我夢中で,同女に飛びつき,頸部を絞めるなどしたものであって,殺意はなかった旨供述をしている。 しかしながら,前記(2)のアの(イ)に認定したとおり,被告人は,Aに罵倒されるなどしたことに憤激して,被告人に背を向けた同女の背後から,同女の頸部に左腕を回して強く絞め付け,さらに,同女とともに玄関上がり口の板の間と西側和室の境目の辺りに倒れ込むや,あお向けに倒れた同女の上に馬乗りになり,両手で同女の頸部を強く絞め付け,その結果,同女の口から泡状のだ液が出て,同女が目を閉じてぐったりとしたため,被告人は同女が死んだものと思い込んで,手を離したというものであるところ,頸部を強く絞め付けるということ自体,生命侵害に対する現実的危険性が強い行為である上,被告人はあお向けに倒れた同女に馬乗りになって更に同女の頸部を執拗に絞め付ける行為にまで及んでいるのであって,このような行為態様からして殺意の強固さがうかがわれるとともに,同女と被告人の年齢や体格差等を併せ考えると,被告人の前記供述内容にかかわらず,被告人は,同女に罵倒されるなどしたことから,同女の背後からその頸部に左腕を回して絞め付けた段階で,殺意が発生していたものと認める 人の年齢や体格差等を併せ考えると,被告人の前記供述内容にかかわらず,被告人は,同女に罵倒されるなどしたことから,同女の背後からその頸部に左腕を回して絞め付けた段階で,殺意が発生していたものと認めるのが相当であって,殺意の発生時期に関する原判決の認定に誤りはない。 (4) 被告人が犯行当時パニック状態にあったとする所論についてなるほど,関係証拠によれば,所論も指摘するとおり,① 被告人がAの頸部を絞めたときに手についた血を洗う際に,近くの台所ではなく,そこよりも遠く,かつ暗かった洗面所まで行っていること,② 滑り止めのついているゴムの突起のある面を手の平ではなく手の甲側にして,軍手をはめていること,③ 物色行為も丹念に行ったとまではいえず,預金通帳や証書,印鑑を見つけても,これを持ち出しておらず,かつ通帳等に書かれていた金額についても記憶していない上,東側和室の押入にあった合計12万5000円の紙幣にも気付いていなかったこと,④ 被告人は,犯行後,前記のとおりの工作をしたが,必ずしも手の込んだ周到なものとまではいえないこと,などが認められ,これらの事実からすれば,本件犯行の当時,被告人に,焦り,動揺,興奮の心情があったことを否定できず,被告人が非常に冷静に,かつ淡々と犯行に及んでいたとまではいい難い。 しかしながら,被告人の供述からして,犯行状況につき比較的よく記憶が保持されており,しかも,記憶の混乱も認められないところ,前記認定のとおり,被告人は,被害者らが生存していることに気付くたびに,何のためらいもなく,とどめをさす行為を執拗に繰り返したばかりか,犯行の途中に,たばこを吸って気持ちを落ち着かせたり,手についた血を洗ったり,台所から洋包丁を持ち出す際には軍手をはめたり,現金を得るという所期の目的を実現するため,様々な場所を物色した たばかりか,犯行の途中に,たばこを吸って気持ちを落ち着かせたり,手についた血を洗ったり,台所から洋包丁を持ち出す際には軍手をはめたり,現金を得るという所期の目的を実現するため,様々な場所を物色したりしている上,新聞販売店の店長やCから被告人の携帯電話にかかってきた電話にびくっとしながらも平静に対応し,さらには,犯行後,A方の雨戸を閉め,がま口にあったかぎで入り口を施錠し,吸ったたばこの吸い殻を拾うなどして犯行の発覚を遅らせる工作までしているのであって,これらの被告人の行動に照らすと,被告人がパニック状態に陥っていたとは到底考え難く,本件犯行の際,被告人において,自分の感情をコントロールし,比較的冷静に物事を判断できる状態にあったと認めるのが相当である。 したがって,被告人の性格に冷酷さが内在していたかはさておき,「冷静ともいえる被告人の行動に照らせば,被告人がパニック状態に陥っていたとは言い難く,本件犯行態様の執拗さ及び残忍さは,被告人の性格に内在する冷酷な側面の表れと評するのが相当である。」と判示した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認は認められない。 事実誤認をいう論旨は理由がない。 第2 量刑不当の主張について 1 所論は,要するに,本件強盗殺人については,本件強盗及び殺人のいずれにおいても計画性が認められず,偶発的な犯行である,被害者らに何度も暴行を加え,悲惨な結果が生じたのも,死んだと思っていた人間が生き返ることへの恐怖心から気が動転し,精神的パニックに陥ってエスカレートした結果である,財物奪取自体未遂に終わっている上,財物奪取の意思が生じたのは,A及びBに暴行を加え,両名が死亡してしまったと思った後のことであり,実質的には殺人罪と窃盗未遂罪の併合罪に近い類型である,などの特徴があり,しかも,被告人には業 いる上,財物奪取の意思が生じたのは,A及びBに暴行を加え,両名が死亡してしまったと思った後のことであり,実質的には殺人罪と窃盗未遂罪の併合罪に近い類型である,などの特徴があり,しかも,被告人には業務上過失傷害罪による罰金前科しかなく,かつ本件を心から反省していることなどの情状にかんがみると,近時の最高裁や下級審の裁判例に照らし,本件で死刑を選択することは罪刑の均衡を失しており,被告人を死刑に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である,というのである。 そこで,検討する。 本件は,前記のとおりの強盗殺人の事案のほか,被告人が,韓国クラブのホステスであったCの歓心を買うために同女への贈答品を購入したり,同女に現金を交付したりするなどの目的で,新聞販売店の同僚から11回にわたり合計現金538万円をだまし取り,さらに,前記強盗殺人の犯行後,Cと約束した200万円を用立てたり,強盗殺人事件後の逃走費用等に充てたりする目的で,自分の販売担当区域に居住し,情交関係を有していた女性から4回にわたり合計419万円をだまし取ったという詐欺の事案である。 本件各犯行の犯情や被告人の個別事情については,原判決が「量刑の理由」においておおむね適切に判示するとおりであるが,以下,所論にかんがみ付言する。 2(1) 強盗殺人事件についてア本件犯行の端緒は,被告人が,同棲していたCに韓国クラブを辞めてもらうことの条件として200万円を渡すという約束を果たすために,金策に走り回るなどしたが,約束の期限までこれを用立てられそうになかったことから,新聞販売店の顧客にすぎなかったAから借金をすることを考え,同女に借金の申入れをしたところ,同女がこれを断ったばかりか,被告人を罵倒するなどしたことにあるが,被告人と同女との関係は新聞販売店従業員と顧客の関係にすぎず,被告人が たAから借金をすることを考え,同女に借金の申入れをしたところ,同女がこれを断ったばかりか,被告人を罵倒するなどしたことにあるが,被告人と同女との関係は新聞販売店従業員と顧客の関係にすぎず,被告人が200万円もの借金を申し入れること自体,誠に非常識なことであり,かつ当初から強く拒絶されることは十分予想できた上,同女が被告人の借金の申入れを断り,罵倒するなどしたという行動に出たのもやむを得ないものであって,被告人が自ら招いた結果として受忍すべきであったにもかかわらず,憤激して同女の首を絞めるなどするというのは,誠に短絡的かつ身勝手であって,動機に酌むべきものはないのは明らかである。 イなるほど,所論もいうとおり,被告人が借金を申し込むべくA方を訪れた時点において同女らに対する強盗及び殺人の意思を有していたことも,また凶器等を準備して同女方に赴いたことも証拠上認められないのであって,本件強盗殺人は,当初からの計画に基づく犯行とはいえない。 しかしながら,被害者らはいずれも体格的に被告人よりもはるかに劣る65歳と91歳の老女であって,被害者らの遺体を見ると,被害者両名とも頸部に骨折が認められる上,頭部には複数の挫裂創が,腹部及び背部には複数の刺創がそれぞれあり,その刺創は,Aにつき最大深さ約18.5センチメートルに,Bにつき最大深さ約11センチメートルにも及んでおり,傷口から大量の出血が認められ,更にAについては背部に洋包丁を根元まで刺したまま放置させていたのであって,その状況は凄惨極まりなく,いかに残酷な殺され方をしたのかをうかがい知ることができる。前記第1の2の(2)のアに認定した犯行態様のとおり,被告人は,被害者らに対し,頸部を強く絞め付けたり,洋包丁等で突き刺したりして致命傷となり得るような傷害を負わせておきながら,なおも被害者らが る。前記第1の2の(2)のアに認定した犯行態様のとおり,被告人は,被害者らに対し,頸部を強く絞め付けたり,洋包丁等で突き刺したりして致命傷となり得るような傷害を負わせておきながら,なおも被害者らがわずかに身動きしたり声をあげたりしたことで被害者らが生きていることが判明するたびに,非情にも,全く抵抗の余地のない被害者らに対し更にとどめをさすべく刃物等を用いて攻撃を加えて,確実に死に至らせようとしており,しかも,前述したとおり,被告人が比較的冷静にこれらの行為を行っていたと見られるのであって,被害者両名に対する殺意の強固さには慄然とするものがあり,その態様は,極めて執拗残忍かつ冷酷非道で悪質この上ないものであると断ぜざるを得ない。 ウ本件犯行により,2名もの尊い人命が失われており,この被害結果は極めて重大であるのはいうまでもない。Aは,弱視のハンディを乗り越え,スーパーマーケットで従業員として勤め上げた後,書道や俳句のサークルに属して老後の人生を楽しんでおり,また,Bは,本件当時91歳と高齢であったものの家事を行えるほどの健康状態で,本件の3日後には92歳の誕生日を迎えるはずであり,被害者らは,いずれも本件現場の自宅で,親子で協力しながら慎ましく生活していただけで何の落ち度もないのに,理不尽にも新聞販売店の顧客と従業員の関係でしかない被告人に襲われ,執拗に攻撃を受け,激しい苦痛の中で人生の結末を迎えざるを得なくなったのであって,被害者らの受けた苦痛,恐怖感や無念さは察するに余りある。 また,無惨にも母親や姉妹に当たる被害者2名を一度に失った遺族らに与えた衝撃や悲しみも大きく,遺族3名(Bの長男,長女及び次女)は,原審公判において,「思い出多い,姉妹たちにとっても,実家というところは非常にいいところだったのに,全滅しました。極刑を望みま らに与えた衝撃や悲しみも大きく,遺族3名(Bの長男,長女及び次女)は,原審公判において,「思い出多い,姉妹たちにとっても,実家というところは非常にいいところだったのに,全滅しました。極刑を望みます。そうでなければ二人が浮かばれません。」,「霊柩車が2台連なって入ってきたのを見て本当に悲しかったです。極刑,死刑というのを望んでいます。」,「よくこんなことができるのかなと思って,犬畜生にも劣る悪魔ですよ。やられたようにしてやり返したいです。1日も早く極刑を望みます。」などと述べて,いずれも被告人を極刑に処することを望むなど,処罰感情が極めて峻烈であり,現在もなお,被告人が遺族宛にしたためた謝罪の手紙を送ることができない状況にあることがうかがわれ,遺族の被害感情が癒されていないと推察されるところであって,このような遺族の心情も当然のことと理解することができる。 エ犯行後の状況を見ると,被告人は,前述したとおり,犯行の発覚を遅らせる工作に及んで現場から逃走したのみならず,Cと約束した200万円を得るために,元交際相手のEから同金額を詐取してこれをCに交付したのをはじめ,その後も繰り返し上記Eから現金をだまし取るなど,犯罪を重ねている上,警察官の事情聴取や任意同行の際も自己が強盗殺人事件に関与していることをおくびにも出さず,警察官に捕まりそうになるやこれを振りきって逃走し,Cや家族から捜査状況をうかがうなどしながら,小田原方面,東京都内のラブホテル等を転々として逃走生活を送っていたのであって,強盗殺人の犯行後,規範意識や人間としての良心の一片も感じられないような行動を取っており,犯行後の情状も悪質というほかない。 オ本件強盗殺人事件は,閑静な住宅地において実行され,二人暮らしの老女が無惨な殺され方をした凶悪事件として,周辺住民に与えた恐怖 れないような行動を取っており,犯行後の情状も悪質というほかない。 オ本件強盗殺人事件は,閑静な住宅地において実行され,二人暮らしの老女が無惨な殺され方をした凶悪事件として,周辺住民に与えた恐怖感や不安感が大きいのであって,社会的影響の大きさも看過することができず,一般予防の見地から被告人を厳罰に処する必要性も高い。 (2) 各詐欺事件について本件各詐欺事件は,韓国クラブのホステスであったCの歓心を買い,同女を独占したいという欲求を充足するため,あるいは自己の逃走資金等を得るために,新聞販売店の同僚や元交際相手から多額の現金を繰り返しだまし取っていたものであって,その動機は,誠に自己中心的で酌量の余地がない上,癌で父親を亡くし親身になって被告人のことを心配する新聞販売店の同僚や,被告人に対しいまだ好意を寄せると見られる元交際相手に対し,父親が癌であるなどとうそを言って,詐取行為を累行しているのであって,その態様も,常習的で誠に手慣れており,被害者らの信頼を裏切る誠に卑劣なもので悪質である。 そして,本件被害額が合計957万円と高額に上っており,被害者らの貴重な蓄えを自己の欲望のためにだまし取ったものであって,生じた結果も大きい。しかも,いまだ被害の一部しか被害回復がなされておらず,被告人に信頼を裏切られた被害者らの処罰感情も強い。 (3) 被告人は,成人して間もないころから,女性との交際費等を得るために,分不相応な支出をして,借金を重ねて増やしていっており,父親に一時借金の清算をしてもらったが,なおも自分の生活態度を改めず,交際相手の歓心を買うためなどに分不相応の出費をして借金を膨らませていき,ついには借金を返済できなくなって,平成9年12月には東京に出奔したが,その後,新聞販売店に就職してまじめに働いていたものの韓国クラブ 歓心を買うためなどに分不相応の出費をして借金を膨らませていき,ついには借金を返済できなくなって,平成9年12月には東京に出奔したが,その後,新聞販売店に就職してまじめに働いていたものの韓国クラブのホステスのCに夢中となり,同女の歓心を買うために,会社や同僚,知人等から寸借を繰り返して,韓国クラブに頻繁に通うための費用や同女への贈物費用等をねん出するなど,かなり経済的に無理な生活をしていた上,やがて被告人の思いが通じて同女と同棲するに至ったものの,同女を独占したいという欲求から同女に韓国クラブを辞めるよう求め,同女からそのためには200万円が必要だと言われ,これを何としてでもねん出しようとし,結局,本件強盗殺人事件に至るのであり,その後も,Cと約束した200万円のねん出にこだわり,現金取得を断念することなく,凄惨な現場で物色行為を繰り返したばかりでなく,その翌日にはEから前記のとおりうそを言って200万円をだまし取って,これをわざわざ大阪に出かけていたCのところまで持参して同女との約束を果たしている。 このように,本件各犯行の背景あるいは遠因には,以前からの深刻この上ない金銭感覚の麻ひばかりではなく,被告人が,韓国クラブのホステスのCに対し異常な執着心と,ある意味では,自分の欲しいものを手に入れるためには手段を選ばないというような,他者を顧みない極めて自己中心な性格があるのは明らかであって,これらは誠に根深いものがあり,その改善は必ずしも容易ではない。 (4) 以上によれば,被告人の刑責は余りにも重大であるといわざるを得ない。 3 他方,被告人のために酌むべき事情について見るに,次の点が指摘できる。 (1) 前述したとおり,本件強盗殺人については,本件の凶器はいずれもA方にあったものであるところ,Aに対する殺意が生じたのが同女に罵倒さ 人のために酌むべき事情について見るに,次の点が指摘できる。 (1) 前述したとおり,本件強盗殺人については,本件の凶器はいずれもA方にあったものであるところ,Aに対する殺意が生じたのが同女に罵倒されるなどしたとき(前記第1の2の(2)のアの(ア)の時点),Bに対する殺意が生じたのが被告人が第1回目のAの背中を洋包丁で突き刺したのを目撃されたとき(同(エ)の時点),そして,財物奪取の意思が生じたのがBに対する第1回目の攻撃を加えた直後である(同(オ)の時点)と認められ,被告人がA方に赴いた時点ではいまだ殺人及び強盗の犯意がなかったのであって,本件強盗殺人は当初から計画的になされたものではない。 しかも,被告人において,A方を物色するもまとまった現金を発見するに至っておらず,財物奪取の点は未遂に終わっている。 (2) 被告人は,昭和59年3月に神奈川県内の高校を卒業した後,株式会社F製鉄所に工員として就職し,昭和62年6月,同社を退職した後,家業である電気工事店を手伝い,サラ金に対する返済に苦慮し東京に出奔した平成9年12月以降,GサービスセンターH店に本件犯行に至るまでまじめに稼働しており,見栄張りな性格も相まって金銭感覚の麻ひが深刻であったことなどを除けば,一応社会生活に適応できていたということができる。 また,被告人は,平成6年11月2日業務上過失傷害罪による罰金前科があるだけであって,父親が病気であるとうそを言って寸借詐欺を働いたことがうかがわれるものの,粗暴な犯罪を犯した形跡は認められず,本件各犯行に至るまでは,必ずしも被告人の犯罪傾向が進んでいたとはいい難い。 (3) 被告人は,自分なりに反省の情を示し,強盗殺人の被害者らの冥福を祈っており,更に原判決後も,遺族らに対する謝罪の手紙を何通もしたためて弁護人に預けている上(被 向が進んでいたとはいい難い。 (3) 被告人は,自分なりに反省の情を示し,強盗殺人の被害者らの冥福を祈っており,更に原判決後も,遺族らに対する謝罪の手紙を何通もしたためて弁護人に預けている上(被害感情が強いために弁護人が遺族に差し出すことができないまま保管していた。),被害者らの命日には自ら食を絶って謝罪と悔悟の気持ちを表し,当審公判において,「決して命を持ってしても償い切れる罪ではありません。生きてはいけないと判断された以上,生きていることに毎日がはばかられる思いです。でも,命を持って償うことだけが償いではないと思っています。どうすれば償えるか,今,それを一所懸命模索しています。償い切れるものではないからこそ簡単なものではないと思います。」などと述べて,原判決で死刑を宣告されたことによる複雑な心境を表しつつも,反省を深めていることがうかがわれる。 (4) その他にも,被告人は,原判決までに,原判示第1の被害者に35万円,同第3の被害者に90万円を被害弁償している上,原判決後,上記各被害者に対し,更に20万円ずつ一部弁償していることのほか,被告人には被告人の身を案じ,更生の助けとなる余地のある親族も存在しているという酌むべき事情も認められる。 4 結論そこで,前記諸事情を総合考慮して死刑を選択した原判決の量刑の当否について検討するに,本件各犯行の罪質,態様,結果をはじめ,強盗殺人の犯行後の状況,強盗殺人の被害者の遺族の処罰感情,被告人の性行,生活態度などの諸事情,とりわけ,被害者らが生きていると認識するや何度もとどめをさす行為に及ぶなど,殺害の態様が執拗残忍で悪質この上ないこと,強盗殺人の被害者らは,単なる新聞販売店の顧客にすぎず,借金を断って罵倒するなどしたというだけで,生命を奪われるという被害に遭うほどの落ち度が認められない 殺害の態様が執拗残忍で悪質この上ないこと,強盗殺人の被害者らは,単なる新聞販売店の顧客にすぎず,借金を断って罵倒するなどしたというだけで,生命を奪われるという被害に遭うほどの落ち度が認められないにもかかわらず,被告人が2名もの尊い人命を奪うという極めて重大かつ悲惨な結果が生じていること,遺族の処罰感情が峻烈であること,被告人は,強盗殺人という重大犯罪を犯した後,悔悟することなく,Cに対する執着を捨て切れず,更なる犯罪を重ねるなど犯行後の情状も悪いことなどに照らすと,被告人の刑責は余りにも重大であって,前記の被告人のために酌むべき事情や,近時の裁判例の動向(なお,所論は,近時の裁判例からして,本件で死刑を選択するのは罪刑の均衡を失することとなると主張するが,所論が指摘する裁判例は,各事案における被告人と被害者の関係,犯行の動機・態様・結果,判示内容などにかんがみ,いずれも本件とは事案を異にし,必ずしも適切な事例とはいえない。)を最大限考慮に入れ,死刑が究極の刑罰であって,その適用は慎重にし,真にやむを得ない場合にのみこれを選択すべきことを念頭に熟慮し,当裁判所において検討を重ねてみても,極刑をもって臨むほかないとして死刑を選択した原判決の量刑は,重過ぎて不当であるということはできない。 よって,刑事訴訟法396条により本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。 平成13年12月19日東京高等裁判所第5刑事部裁判長裁判官高橋省吾裁判官本間榮一裁判官山田耕司 裁判官山田耕司
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