令和6(わ)346 住居侵入、殺人被告事件

裁判年月日・裁判所
令和7年11月25日 熊本地方裁判所
ファイル
hanrei-pdf-95416.txt

判決文本文4,271 文字)

令和7年11月25日熊本地方裁判所刑事部宣告令和6年(わ)第346号住居侵入、殺人被告事件判決 主文 被告人を懲役18年に処する。 未決勾留日数中330日をその刑に算入する。 理由 (犯罪事実)被告人は、令和6年5月末に勤務先を解雇されたが、同勤務先のアルバイト従業員であった被害者を熊本県内所在の同人方から連れ出そうなどと考え、令和6年7月1日午後2時25分頃、同人方に、宅配業者を装って玄関ドアから侵入し、同人に催涙スプレーを噴射したものの抵抗されたため、その頃から同日午後3時4分頃までの間に、同所において、被害者(当時58歳)に対し、殺意をもって、その頸部を腕及び手指で絞め付け、よって、その頃、同所において、同人を扼頸による窒息により死亡させて殺害したものである。 (争点に対する判断) 1 本件の争点は、殺意の有無、すわなち、被告人が人が死ぬ危険性の高い行為をそのような行為であると分かって行ったかどうかである。 2 被告人は、被害者を殺すつもりはなく、連れ出して話をすることが目的であり、同人に催涙スプレーを噴射したが予想外にも抵抗されたため、気絶させようとして、被害者の背中側から右前腕を被害者の首に回して絞めた、被害者が抵抗していたので、次は片手で背後から被害者の首を手の指でつかみ、それでも気絶しなかったので、再度右前腕を被害者の首に回して絞め続けたところ、被害者はだんだんと力が弱まっていって抵抗がなくなったので気絶したのだと思ったと述べる。 被害者の遺体の司法解剖を行ったA医師は、一般に、頸部の気管、総頸・椎骨 動脈、内頸静脈のいずれかが完全に閉塞されると約3分で脳の機能停止が起こり、自発呼吸が停止するところ、被害者の左右眼瞼等に溢血点(毛細 法解剖を行ったA医師は、一般に、頸部の気管、総頸・椎骨 動脈、内頸静脈のいずれかが完全に閉塞されると約3分で脳の機能停止が起こり、自発呼吸が停止するところ、被害者の左右眼瞼等に溢血点(毛細血管からの微細な出血)があったことからすると、被害者は、少なくとも約3分間、内頸静脈を完全に閉塞させるのに必要な2キログラム以上の力で連続して首を圧迫され、脳の機能停止による自発呼吸の停止を経て数分後に心臓が停止し死亡したと考えられ、このような経過は、被告人の供述する暴行態様とも矛盾しない、なお、被害者の舌骨右大角等が骨折しており、固定した舌骨にまっすぐ力を加えて骨折させるのに必要な重量は平均3.11キログラムであるなどと供述する。A医師は、法医学等の専門家として豊富な経験を有し、その供述内容も被害者の負傷状況を踏まえたもので不自然、不合理な点はなく、高い信用性が認められる。 以上によれば、被告人が被害者の頸部をその抵抗を排除しつつ同人が動かなくなるまで腕及び手指で絞め付けたという事実は被告人供述によって認定でき、A医師の供述も踏まえると、被告人は、少なくとも人の脳が機能停止して窒息死するのに必要な相応の時間、被害者の頸部を相当程度の力で絞め続けたと認められる。首を絞めるという行為自体が人の生命を奪う危険性の高い行為であることに加え、上記のとおり、頸部の圧迫時間の長さや強さからすれば、被害者に対する上記行為が人を死亡させる危険性の極めて高い行為であったことは明らかであり、被告人においても、自らの意思でその行為を行っている以上、そのことを当然認識していたといえる。 3 もっとも、被告人は、被害者が声を出さなくなったので気絶したものと考え、同人が意識を取り戻しても声を出せないようにするため口にガムテープを貼ったなどと供述する。 確かに ていたといえる。 3 もっとも、被告人は、被害者が声を出さなくなったので気絶したものと考え、同人が意識を取り戻しても声を出せないようにするため口にガムテープを貼ったなどと供述する。 確かに、催涙スプレーや被害者を運び出す際に入れた布団収納袋を持参していることや、被告人から被害者等に対して送信されたLINEのメッセージの内容等からすれば、被告人としては、被害者方で同人を殺害しようと計画したり、とっさに同人を殺害しようとしたりしたとまでは証拠上認めることはできない。し かしながら、被告人は、人の首を絞めて気絶させた経験は過去になく、気絶にとどめるための知識や技術もなかった旨供述していることなどからすると、被告人においても、首を絞め続けることで人を死亡させる危険性があることを当然分かっていたというべきで、被告人は、そのような知識を持っていながら、気絶にとどめる方法も分からず被害者の頸部を絞め続けたのである。そうすると、被告人が被害者を気絶させて同人を連れ出したいと思っていたことを踏まえても、被告人は被害者の頸部を絞め続ける行為が人を死なせる危険性の高い行為であることを認識していたと認められる。 また、被害者が声を出さないように口にガムテープを貼ったとの供述は、同供述以外にこれを裏付ける証拠はなく、かえって、手足を拘束しないのに口だけにガムテープを貼ったこと自体不自然である。被告人は、公判廷において、犯行前後の状況等について問われても、当時うつ状態で記憶が曖昧であるため覚えていない旨の供述をすることが多かったにもかかわらず、断片的には記憶が残っているなどとしてガムテープを貼った点については明確に供述しており、こうした供述態度も不自然さが否めない。仮に被告人が抵抗しなくなった被害者の口にガムテープを貼ったのだとしても、被告 には記憶が残っているなどとしてガムテープを貼った点については明確に供述しており、こうした供述態度も不自然さが否めない。仮に被告人が抵抗しなくなった被害者の口にガムテープを貼ったのだとしても、被告人において、被害者が死んでいる可能性もあると考えつつ、同人が生きていた場合に備え意識を取り戻した同人が声を出せないようにそのような行動に及んだとも考えられるから、前記のとおり被告人に殺意が認められることと矛盾するものではない。 したがって、被告人の供述は到底信用できず、前記認定に合理的疑いを抱かせるものではない。 4 弁護人は、被告人が、自閉症スペクトラム障害等の特性により、力いっぱい首を絞めなければ死なないと思っていたから、殺意はなかったと主張する。 被告人の精神鑑定を行ったB医師は、被告人に精神障害はないものの自閉症スペクトラム障害の特性や、その特性を基盤とした各種のパーソナリティ障害の特性等が認められ、これらが本件犯行に一定の影響を与えたと供述する。しかし、 B医師の供述によれば、自閉症スペクトラム障害の特性は、主として他者との関わりを持つ場面で困難をもたらすものであるというのであるから、想像力の障害があるといっても、被告人が、事件当時、自らの行為が危険ではないと認識していたことを示すようなものではない。したがって、弁護人の上記主張は採用できない。 (量刑の理由)被告人は、勤務先を解雇された後も、一方的な好意を抱いていた被害者を連れ出したいなどと考え、依頼した探偵に宅配業者を装わせるなどして被害者方に侵入し、同人に催涙スプレーを噴射したが、予想外にも同人が抵抗したため、同人を気絶させようと考え、同人の頸部を腕及び手指で絞め付け、同人を窒息により死亡させて殺害した。安心して過ごせるはずの自宅で突然襲われた被害者の スプレーを噴射したが、予想外にも同人が抵抗したため、同人を気絶させようと考え、同人の頸部を腕及び手指で絞め付け、同人を窒息により死亡させて殺害した。安心して過ごせるはずの自宅で突然襲われた被害者の感じた恐怖や身体的苦痛の大きさは言うまでもなく、その無念は察するに余りあり、大切な家族を失った被害者の遺族が被告人に対して極刑を望むのも無理からぬことである。被告人は、自己中心的な動機で計画的に被害者方に侵入した末、想定外の事態に直面するや、全く落ち度のない同人を死亡させる行為に及んだのであり、その意思決定は強い非難に値する一方、被害者の頸部を絞めた直接のきっかけは突発的なものであり、その殺意も強固なものであったとまではいえない。 なお、B医師は、被告人に自閉症スペクトラム障害の特性や、その特性を基盤とした各種のパーソナリティ障害の特性等があり、これらの特性が本件犯行に影響したと供述するが、これらは被告人の被害者に対する異様な執着ぶりや、同人と話をするため催涙スプレーをかけて連れ出すという被告人が供述するところの計画の不自然さを合理的に説明し得るものであるとしても、被害者の抵抗に遭って気絶させようと考えて同人の頸部を絞める行為を始めたことについては、その経緯や方法に前記特性を考慮しなければ理解できないような突飛な点はない。したがって、被告人に前記特性が認められるとしても、これを量刑上有利に考慮することはできない。 また、解雇された職場での被告人の労働時間が長時間に及ぶことがあり、そのこと で被告人が心身の疲労を感じることがあったとしても、被告人が解雇されてから本件犯行に及ぶまでに約1か月経過しており、被告人に精神障害はないことからすると、被告人の従前の労働状況が本件犯行の発生に影響したともいえない。 以上によれば、本件は、同種事案(処 が解雇されてから本件犯行に及ぶまでに約1か月経過しており、被告人に精神障害はないことからすると、被告人の従前の労働状況が本件犯行の発生に影響したともいえない。 以上によれば、本件は、同種事案(処断罪は殺人罪、共犯関係等は単独犯、凶器なし、処断罪と同一又は同種の罪の件数1件、被告人から見た被害者の立場は知人・友人・勤務先関係、量刑上考慮した前科なし、処断罪名と異なる主要な罪なし)の量刑傾向の中でも、相当重い部類に属するが、有期懲役刑の上限である20年付近に位置づけられる部類にまでは至らないというべきである。 被告人は公判廷において一応の謝罪の弁を述べるものの、不合理な弁解に終始しており、真摯に反省しているとは評価できない。そして、他に被告人のために酌むべき一般情状事実は特段見当たらないことも考慮して、主文の刑が相当と判断した。 よって、主文のとおり判決する。 (求刑懲役20年)令和7年11月25日熊本地方裁判所刑事部裁判長裁判官中田幹人裁判官賀嶋敦裁判官若松亮太

▼ クリックして全文を表示

🔍 類似判例を検索𝕏 でシェア← 一覧に戻る