- 1 -平成20年2月28日判決言渡平成17年(ワ)第6023号損害賠償請求事件口頭弁論終結日平成19年12月13日判決主文 原告らの請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は,原告らの負担とする。 事実及び理由 第1請求 被告は,原告Aに対し,3453万4187円及びこれに対する平成14年3月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 被告は,原告Bに対し,1644万2093円及びこれに対する平成14年3月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 被告は,原告Cに対し,1644万2093円及びこれに対する平成14年3月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要本件は,亡D(昭和27年4月12日生)が,平成14年3月27日,E。 病院(以下「被告病院」という)において,右卵巣摘出手術を受けた後,翌。 28日午後7時30分ころ,術後初回のトイレ歩行時にトイレで倒れた際,被告病院の医師らが,肺動脈血栓塞栓症によるショック状態に対する処置を行わず,その後もDの出血源の検索及び止血措置を行わず,出血している患者に対する投与が禁忌とされるアクチバシン(血栓溶解剤)を投与したため,Dは死亡するに至ったと主張して,遺族である原告らが,被告に対し,不法行為(使用者責任)又は診療契約上の債務不履行に基づき,損害賠償として合計6741万8373円及びこれに対する平成14年3月29日(Dが死亡した日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案- 2 -である。 前提となる事実(当事者間に争いがないか,証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)(1)当事者ア原告Aは,Dの夫であり,原告B及び原告Cは,いずれもDの子である(甲A である。 前提となる事実(当事者間に争いがないか,証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)(1)当事者ア原告Aは,Dの夫であり,原告B及び原告Cは,いずれもDの子である(甲A3ないし5。 )イ被告は,被告病院を設置・経営する学校法人である。 (2)診療経過の概要Dの被告病院における診療経過は,別紙診療経過一覧表記載のとおりである(同一覧表中の証拠の摘示のない事実は,当事者間に争いがない。後。)に摘示する当事者の主張に関係する限りにおいてその大要を摘示すると,次のとおりである。 アDは,平成14年3月27日(以下,平成14年については,原則として月日のみを記載する,腹痛のため被告病院を受診したところ,右卵。)巣腫瘍茎捻転が疑われたため,入院の上,同日午後6時から緊急手術が行われた。 イ翌28日午後7時25分過ぎ,Dは「トイレに行ってみたい感じがす,る」旨のナースコールをし,看護師の付添いの下,術後初回のトイレ歩。 行を行ったところ,トイレ内で吐き気を訴え,意識消失した。 同日午後7時42分過ぎころ,Dは,CT検査のため,ストレッチャーでCT室に搬送されたところ,同日午後7時55分,心肺停止した。そのため,被告病院の医師らは,Dに対し,閉胸式心臓マッサージ等の心肺蘇生措置を行ったところ,同日午後8時2分,自己心拍が再開した。 その後,Dは,ストレッチャーで被告病院の3次救急外来に搬送され,同所で診療が続けられた。 ウ翌29日午後2時30分ころから,被告病院のF医師は,Dに対し,右- 3 -肺動脈血栓塞栓症との診断の下,血栓溶解剤(t-PA製剤)であるアクチバシン(一般名アルテプラーゼ)1200万単位を計2回肺動脈内に直接注入して,血栓溶解を試みたが,完全な溶解は得られず,右内頸静脈から挿入された との診断の下,血栓溶解剤(t-PA製剤)であるアクチバシン(一般名アルテプラーゼ)1200万単位を計2回肺動脈内に直接注入して,血栓溶解を試みたが,完全な溶解は得られず,右内頸静脈から挿入されたカテーテル内にガイドワイヤーを通し,これによって血栓を破壊・除去した。 その後,Dは,腹腔内出血による出血性ショックを起こし,同日午後10時47分,死亡した。 争点 本件の主たる争点は,次の5点である。 (1)肺動脈血栓塞栓症によるショック状態に対する各措置を怠った過失の有無(争点1)(2)出血源の検索及び止血措置を怠った過失の有無(争点2)(3)アクチバシンの投与に関する過失の有無(争点3)(4)上記各過失と死亡との間の因果関係の有無(争点4)(5)損害の額(争点5) 争点に関する当事者の主張(1)争点1(肺動脈血栓塞栓症によるショック状態に対する各措置を怠った過失の有無)について(原告らの主張)被告病院のG医師らは,Dに対し,肺動脈血栓塞栓症によるショック状態に対する措置を怠った過失があり,その具体的内容は,以下のアないしエのとおりである。 ア救急救命の医師をコール(招集)しなかったこと被告病院のG医師らは,Dがトイレで倒れて急変したと聞いたとき,Dがショック状態にあることは明らかだったのであるから,その時点で,救急救命の医師をコールすべきであったのに,これを怠った。 - 4 -救急救命の医師をまずコールするのは,院内にいれば鉄則である。 イショック状態の患者に対してなすべき措置を怠ったこと被告病院のG医師らは,医師が一般にショック状態の患者に対してすべきこと,すなわち,①バイタルサインのチェック,②臨床症状,理学的所見への注目,③初期治療の素早い開始,④自覚症状,基礎疾患,既往歴のチェック,⑤ベッ 一般にショック状態の患者に対してすべきこと,すなわち,①バイタルサインのチェック,②臨床症状,理学的所見への注目,③初期治療の素早い開始,④自覚症状,基礎疾患,既往歴のチェック,⑤ベッドサイドの検査を,Dに対して行うべきであったのに,これらを怠った。 ①バイタルサインのチェックの具体的内容は,意識レベル,脈拍,呼吸数,血圧,体温を経時的にこまめにチェックすることで,急激な増悪,著しい不安定性などの病態の変化をいち早く察知し,ショックの病態を判別することなどである。また,②臨床症状,理学的所見への注目の具体的内容の1つは,本件では,頸静脈怒張の有無のチェックである。そして,③初期治療の開始の具体的内容の1つは,呼吸状態を観察し,酸素を投与し,サチュレーションモニターを装着して酸素飽和度をモニターすること,迅速に静脈路を確保し,循環状態を脈拍,血圧,四肢冷感,爪床圧迫後の毛細血管充満時間などから判断し,ショックの病態に応じた輸液,昇圧剤投与を行うことである。また,④自覚症状,基礎疾患,既往歴のチェックの具体的内容は,患者本人又は家人からこれらを詳しく聴取することである。さらに,⑤ベッドサイドの検査の具体的内容は,一般的な血液生化学・尿検査に加え,心筋虚血の有無を調べるためにはトロポニンT又はH-FABPの定性定量,敗血症を疑った場合には血液培養,血中エンドトキシン値,血液凝固系などの検査,また,心電図,心エコー,腹部エコー,胸部X線などの基本的検査などである。 しかるに,被告病院のG医師らは,これらをいずれも行っていない。 ウCT室に運び込んだこと(ア)Dには,血圧上昇,クッシング徴候等は見られなかったから,脳出- 5 -血等は強く疑われず,CTによる緊急画像診断は必要ではなかったこと,「CTは死のトンネル」 ウCT室に運び込んだこと(ア)Dには,血圧上昇,クッシング徴候等は見られなかったから,脳出- 5 -血等は強く疑われず,CTによる緊急画像診断は必要ではなかったこと,「CTは死のトンネル」と言われるように,ショック状態でCT検査を施行することは極めて危険であり,CT検査中に急変する可能性が高いことなどからすれば,被告病院のG医師らは,Dの呼吸循環動態を十分に安定させてから,CT室へ運ぶべきであった。 (イ)被告は,Dについて,肺動脈血栓塞栓症だけではなく,意識障害をもたらすすべての疾患が疑われたので,CT室へ運ぶことは正しい旨主張する。 しかしながら,Dがトイレで倒れた時の状態は,意識障害というよりショック状態というべきであるし,そもそも,いかなる疾患を疑っても呼吸循環動態の安定していない患者をCT室に運ぶことは初歩的な誤りである。 エ肺動脈血栓塞栓症を疑い,これによるものと疑われるショック状態の患者に対してなすべき診断・治療を行わなかったこと被告病院のG医師らは,Dに対し,肺動脈血栓塞栓症を疑い,これによるショック状態の患者に対してなすべき診断・治療(PCPSの装着及びヘパリンの投与)を怠った。 (ア)肺動脈血栓塞栓症が疑われること被告病院のG医師らは,看護師から,Dが術後の初回歩行であること及びトイレで倒れて急変したことを聞いており,これは教科書その他研修医向けの本にも書かれている肺動脈血栓塞栓症の典型例である。 したがって,本件は,まず肺動脈血栓塞栓症を疑わなければならない症例である。 なお,H医師は,ハリソン内科学(乙B13)のWellsDiagnosticScoringSystemを引用して,Dの肺動脈血栓塞栓症の可能性は8%にすぎなかった旨述べるが,そもそも被告病院のG医師らは,上記スコアリ- 6 - 13)のWellsDiagnosticScoringSystemを引用して,Dの肺動脈血栓塞栓症の可能性は8%にすぎなかった旨述べるが,そもそも被告病院のG医師らは,上記スコアリ- 6 -ングシステムの項目すべてを検討していないし,上記スコアリングシステムが診断の第一歩となるのは,患者のバイタルサインの安定が得られている場合にすぎず,ショック状態のDについては妥当しない。また,上記スコアリングシステムによる予測値が低くても,D-dimerの測定は必要であり,Dに対し,この測定を行っていれば,肺動脈血栓塞栓症を除外することはできなかったはずである。 (イ)PCPSを装着すべきこと重症肺動脈血栓塞栓症に対する最も確実な対処方法は,PCPSの導入であるところ,平成14年3月当時,PCPSの装着が大学病院において医療水準となっていたことは,医学文献並びに原告らの協力医であるI医師及び被告病院の医師らの証言などから疑いがない。 したがって,被告病院の医師らは,Dがトイレで倒れたと聞いた時点で,PCPSを準備・装着すべきであった。 なお,被告病院の医師らは,証人尋問において,PCPS装着のためには,準備に時間がかかる上,血行路確保も難しい旨述べるが,被告病院においては,15分程度でPCPSを準備できたはずであるし,静脈切開を行ってでも血行路を確保することは可能である。 (ウ)ヘパリンを投与すべきこと被告病院の医師は,肺動脈血栓塞栓症が疑われる段階(Dがトイレで倒れた段階)で,ヘパリンを投与すべきであった。 ヘパリンは血栓の形成を防止する作用があるので,肺動脈に詰まった塞栓同士の間に新たな血栓が形成されるのを防ぐので,更なる重症化を防止できるから,Dに対し,ヘパリンが投与されていれば,肺動脈血栓塞栓症による心肺停止は生じなかった可能性 あるので,肺動脈に詰まった塞栓同士の間に新たな血栓が形成されるのを防ぐので,更なる重症化を防止できるから,Dに対し,ヘパリンが投与されていれば,肺動脈血栓塞栓症による心肺停止は生じなかった可能性がある。 (被告の主張)原告らが主張する肺動脈血栓塞栓症によるショック状態に対する措置につ- 7 -いて,いずれも被告病院の医師らに過失はない。 特に,肺動脈血栓塞栓症に対する診断・治療の点については,一般に手術後の患者がショック状態に陥った場合には,急に意識障害を生ずる疾患のすべてを考慮に入れなければならず,肺動脈血栓塞栓症のみを特別疑うことなどできない。患者に突然意識障害が現れた場合には,まずその原因を探索する必要があり,その手段として最初に試みる有用な検査がCT検査なのである。その意味で,本件において,被告病院のG医師らが,トイレで倒れたDをCT室へ運び込んだことは,適切な診療行為である。 原告らは,Dがトイレで倒れた時点で,被告病院のG医師らは,Dに対し,肺動脈血栓塞栓症を疑って,PCPSの準備・装着やヘパリンの投与を行うべきであった旨主張する。 しかしながら,原告らの主張は,Dが肺動脈血栓塞栓症を発症していたという結果を知ったからこそなし得るものであり,臨床の現場においては非現実的な主張である。Dがトイレで倒れた時点においては,肺動脈血栓塞栓症のみならず,脳出血の可能性も否定できず,万が一脳出血であった場合,低分子ヘパリンなどを投与すれば致命的となる。 また,肺動脈血栓塞栓症と診断できない段階でPCPSを装着することなど,医療水準に照らして求められていない。すなわち,肺動脈血栓塞栓症の確定診断がついており,PCPSの適応があれば,その装着を考慮することもあり得るが,その疑いにすぎない段階でPCPSを装着又は準備する必要があるなどと 求められていない。すなわち,肺動脈血栓塞栓症の確定診断がついており,PCPSの適応があれば,その装着を考慮することもあり得るが,その疑いにすぎない段階でPCPSを装着又は準備する必要があるなどという標準的な医学文献は存在せず,むしろ,医学に携わる者にとって最も権威ある教科書であるハリソン内科学の肺血栓塞栓症の項では,PCPSを用いた治療法への言及はない。 (2)争点2(出血源の検索及び止血措置を怠った過失の有無)について(原告らの主張)以下の点からすれば,被告病院の医師は,3月29日午前7時27分(同- 8 -日午前0時26分に採取した血液検査の結果報告書が到着した時間)以降,Dの多量出血を疑い,腹部CT検査,腹部エコー検査,腹腔穿刺などを行ってDの出血源を検索し,肝臓からの出血をつきとめ,止血措置を行うべきであったにもかかわらず,これを怠った点で過失がある。 アヘモグロビン値,ヘマトクリット値の低下Dに対する血液検査の結果,3月28日午後9時21分から翌29日午前0時26分にかけて,ヘモグロビン値及びヘマトクリット値が大きく低下(具体的には,ヘモグロビン値は,12.6から9.9に低下)していた。 被告病院のJ医師及びF医師は,証人尋問において,ヘモグロビン値の低下については,輸液による希釈が原因であり,出血の所見ではない旨供述する。 しかしながら,本件においては,I医師が述べるように,中心静脈圧上昇や肺うっ血等の過剰輸液を示唆する所見が認められないことからすれば,ヘモグロビン値の低下を輸液による希釈のみの影響と考えることはできない。 イCT画像及びレントゲン画像上の液体貯留3月29日午前11時37分に撮影されたCT及びレントゲン写真上,大量の液体貯留が認められた。 なお,被告病院のJ医師は,上記液体貯留がごく少量である旨 。 イCT画像及びレントゲン画像上の液体貯留3月29日午前11時37分に撮影されたCT及びレントゲン写真上,大量の液体貯留が認められた。 なお,被告病院のJ医師は,上記液体貯留がごく少量である旨証言しているが,I医師及びH医師の証言からすれば,これが大量であることは明らかである。 ウDICを発症していたことDIC(播種性血管内凝固症候群)は,凝固異常により,異常出血が引き起こされ,病態が悪化することもある疾患であるから,Dに目に見える出血がなかったからといって,出血は起きていないと考えることはできず,- 9 -出血を疑うべきである。 エ馬乗りで閉胸式心臓マッサージが行われたこと(ア)閉胸式心臓マッサージにより肋骨骨折や肝損傷が起こり得ることは一般的な知見であり,特に,本件では,被告病院の大学院生や産婦人科医師らが馬乗りになって心臓マッサージを行ったものであるから,より一層下位肋骨骨折ひいては肝損傷などの合併症を疑うべきであった。 (イ)なお,被告は,閉胸式心臓マッサージの際に肝損傷が起こることは極めて稀であり,これを予見することは不可能である旨主張する。 しかしながら,閉胸式心臓マッサージにより肋骨骨折や肝損傷が起こり得ることは常識であり,仮に稀な症例であったとしても,予見可能性は否定されるものではない。 また,被告は,Dの容態が非常に切迫した状況であったことから,心肺停止の原因を探索することが優先され,下位肋骨骨折を起こしているか否かなどを検査している余裕などないし,仮に下位肋骨骨折を認識したとしても,肝損傷を疑うことなどない旨主張する。 しかしながら,下位肋骨骨折を認識したとしても肝損傷を疑わないという被告病院の診療姿勢自体が根本から誤りであるし,心肺蘇生の後は,下位肋骨骨折を起こしているか否かを検査する余裕は十分あっ 主張する。 しかしながら,下位肋骨骨折を認識したとしても肝損傷を疑わないという被告病院の診療姿勢自体が根本から誤りであるし,心肺蘇生の後は,下位肋骨骨折を起こしているか否かを検査する余裕は十分あった。 オ肝機能値が異常値を示していたこと肝損傷により肝機能値(GOT,GPT,LDH)及び筋原性酵素(CPK)が異常値を示すとされるところ,本件において,Dは,これらの値が異常値を示していた。 なお,心肺停止によるショック肝でも異常値を示すので,これだけからは肝損傷と断定はできないが,当然肝損傷の疑いはあり,肝臓からの出血を示唆する上記各所見と併せ考え,被告病院の医師らは,肝臓からの出血を疑うべきであった。 - 10 -(被告の主張)以下の点からすれば,被告病院の医師らが,Dに肝損傷による腹腔内出血が生じていると認識・予見することは不可能であり,過失はない。 ア閉胸式心臓マッサージによる肝損傷は稀であること及びDが切迫した容態であったことDは,突然意識障害をきたし,心肺停止となるなど,非常に切迫した状況下にあったのであるから,心肺停止の原因を探索することが優先され,下位肋骨骨折を起こしているか否かなどを悠長に検査している余裕などなかった。また,Dについては,レントゲン写真上,下位肋骨骨折の所見は認められないし,仮にこれを認識したとしても,閉胸式心臓マッサージの際に肝損傷が起こることは極めて稀であることなどから,その認識・予見は不可能であり,肝損傷を疑うことなどない。 イ本件では肝臓からの出血は疑えないこと原告は,Dのヘモグロビン値及びヘマトクリット値が低下していること並びに肝機能値及びCPKが異常値を示していたことや画像上の液体貯留などから,Dの出血を疑い,肝臓からの出血をつきとめ,止血措置を行うべきであった旨主張する。 しかしな クリット値が低下していること並びに肝機能値及びCPKが異常値を示していたことや画像上の液体貯留などから,Dの出血を疑い,肝臓からの出血をつきとめ,止血措置を行うべきであった旨主張する。 しかしながら,Dに大量出血を示す血液検査所見はなく,CT画像上においても大量出血を示唆する所見は見当たらない。また,Dは,3月28日午後9時21分の血液検査の時点で,肺塞栓症によるDICを発症しており,体中のどこから出血していてもおかしくない状況であり,出血が起こっていたとしても,それが肝臓からの出血であると診断することなど不可能である。さらに,血液検査の結果,ヘモグロビン値の低下やGOT,GPTの上昇が見られるが,ヘモグロビン値の低下については,希釈性のものと判断できる範疇であり,GOT,GPTの上昇については,DはDICによって多臓器不全となり,ショック症状を呈していたため,その他- 11 -の数値もほぼすべて異常値を示しており,ことさら肝損傷を疑うべき所見ではない。 (3)争点3(アクチバシンの投与に関する過失の有無)について(原告らの主張)以下の点からすれば,被告病院のF医師は,出血傾向があり,現に出血していたDに対し,禁忌とされるアクチバシン1200万単位を2回投与した過失がある。 アアクチバシンの添付文書に反する投与アクチバシンは,添付文書上,出血のおそれがあり,現に出血している患者に対する投与は禁忌とされているところ,下記イのとおり,Dには出血が認められていたから,アクチバシンの投与は禁忌であった。 そして,医師が医薬品を使用するに当たって,添付文書に記載された使用上の注意に従わず,それによって医療事故が発生した場合には,これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り,当該医師の過失が推定される(最高裁判所平成8年1月 って,添付文書に記載された使用上の注意に従わず,それによって医療事故が発生した場合には,これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り,当該医師の過失が推定される(最高裁判所平成8年1月23日第三小法廷判決・民集50巻1号1頁参照)から,アクチバシンの投与に関し,被告病院の医師の過失が推定される。 また,本件においては,アクチバシンの投与は,添付文書の記載に反することなどから,事前に患者又は家族に対する説明・同意がなければ正当化されない。 イDに出血及び出血傾向があったことDは,3月28日午後9時20分ころから翌29日午後0時ころまでの間,胃管チューブ(NG-T)からの出血が続いていた。これは,胃からの出血があったためであり,アクチバシンの投与に当たって留意しなければならない所見である。 また,上記(2)の原告らの主張のとおり,Dは,①閉胸式心臓マッサ- 12 -ージを受けていたこと,②DICを発症し,体中どこから出血してもおかしくない状況にあったこと,③ヘモグロビン値及びヘマトクリット値が低下していたこと,④3月29日のCT及びレントゲン写真上,大量の液体貯留が認められること,⑤肝機能値が異常値を示していたことから,多量の腹腔内出血が疑われた。 ウアクチバシンを投与すべき特段の合理的理由がないこと被告は,大要,①アクチバシンの投与が危険性よりも有用性が勝る,②血栓を取り除く方法がアクチバシンの投与しかない,③血栓の範囲が広範囲にわたるものである,④肺動脈血栓塞栓症によって,Dが死に至る可能性があった旨主張する。 しかしながら,以下のとおり,これらは,いずれも理由がない。 (ア)①アクチバシンの投与が危険性よりも有用性が勝るとの点についてアクチバシンを使用して血栓溶解療法がなされた場合の生命予後は証 する。 しかしながら,以下のとおり,これらは,いずれも理由がない。 (ア)①アクチバシンの投与が危険性よりも有用性が勝るとの点についてアクチバシンを使用して血栓溶解療法がなされた場合の生命予後は証明されていない一方で,禁忌を犯したときに起こる出血は,出血性ショックを引き起こし,急激に致死的な結果をもたらし得るものである。 アクチバシンの投与が危険性よりも有用性が勝るとの被告の主張は,Dに対するアクチバシンの投与が禁忌でない場合を前提としたものにほかならず,理由がない。 (イ)②血栓を取り除く方法がアクチバシンの投与しかないとの点について出血がある等,血栓溶解療法が禁忌とされる患者に対しては,カテーテル血栓除去術等を実施することが多数の文献によって明らかにされていることなどからすれば,被告病院のF医師は,血栓溶解療法に固執することなく,他の治療方法を選択すべきだった。 また,後記のとおり,Dの状態が肺動脈に血栓があるために死亡に至るというような状態ではなくなっていたことからすれば,再発予防に努- 13 -め,血栓の自然溶解に任せ,全身状態の回復を待つということも,適切な選択肢の1つであった。 (ウ)③血栓の範囲が広範囲にわたるものであるとの点についてアクチバシン投与時点において,Dの肺動脈内の血栓は,A10の本幹から広がっているにすぎず,広範囲にわたるものではなかった。 仮に,A10の本幹ではなく,更に肺動脈の上流から血栓が広がっていたとしても,肺血管造影写真からも明らかなように閉塞範囲は限局されており,また,左肺は閉塞が全くなく,機能が保たれていることから,酸素化は図られている。 F医師は,血栓は広範囲に広がっていた旨証言しているが,診療録の記載に反しているなど,全く信用できない。 (エ)④肺動脈血栓塞栓症によって,Dが死に至 保たれていることから,酸素化は図られている。 F医師は,血栓は広範囲に広がっていた旨証言しているが,診療録の記載に反しているなど,全く信用できない。 (エ)④肺動脈血栓塞栓症によって,Dが死に至る可能性があったとの点についてa中枢神経障害についてDは,3月28日午後11時30分に意識レベル300であったが,翌29日午前3時には200に回復しており,同日午後0時までには痛み刺激に対して反応等も出てきていたのであるから,中枢神経障害は改善に向かっていた。 なお,同日午前0時19分の脳波は正常ではないが,これは心肺停止及び心肺蘇生後間もない時点であり,この脳波をもってDの回復の可能性がないということはできない。 b呼吸器障害について上記のとおり,アクチバシン投与時点において,Dの肺動脈内の血栓は,A10の本幹から広がっているにすぎず,広範囲にわたるものではなかった。仮に,A10の本幹ではなく,更に肺動脈の上流から血栓が広がっていたとしても,肺血管造影写真からも明らかなように- 14 -閉塞範囲は限局されており,また,左肺は閉塞が全くなく,機能が保たれていることから,酸素化は図られている。 したがって,呼吸器障害の観点から,Dに対し,緊急に血栓を除去すべき理由は全くない。 c肝機能障害についてDの肝機能障害は,心肺停止に伴うショック肝又は出血性ショックに伴うショック肝の状態に,心臓マッサージによって引き起こされた肝損傷の影響が加わったものであるが,本件では全身への血流が確保されているから,血栓溶解療法による肺動脈血栓塞栓症の治療は,肝機能障害の改善にはつながらない。 d腎機能障害について腎機能障害は,3月29日午前11時37分ころまでに生じていた大量出血による出血性ショックに伴うショック腎であり,これに造影剤の影響が加わ 機能障害の改善にはつながらない。 d腎機能障害について腎機能障害は,3月29日午前11時37分ころまでに生じていた大量出血による出血性ショックに伴うショック腎であり,これに造影剤の影響が加わったものと考えられ,この腎機能障害は,生命予後に問題はない。本件では全身への血流が確保されているから,血栓溶解療法による肺動脈血栓塞栓症の治療は,腎機能障害の改善にはつながらない。ショック腎が出血性ショックに伴うものである以上,まず出血性ショックに対する治療を行わなければならない。 e血液凝固障害(DIC)についてDICについては,3月28日午後9時21分ころからFOY(蛋白分解酵素阻害剤)の投与がされた後,血小板数(PLT)は増加し,基準値内にあったことから,改善していた。 f循環不全について本件では,上記のとおり,血栓による塞栓は限局されており,心機能低下や循環不全をもたらすものではない。本件における心機能低下の原因は,出血性ショックに伴い血液量が減少したことにある。 - 15 -したがって,循環不全についても,肺動脈血栓塞栓症に対する治療ではなく,出血性ショックに対する治療が優先されなければならなかった。 (被告の主張)以下の点からすれば,被告病院の医師が,Dに対し,アクチバシン1200万単位を2回投与したことに過失はない。 アDの循環動態及び呼吸状態が危機的であったこと被告病院の医師は,Dに対し,心肺蘇生後,ドーパミン,ドブタミン,ボスミン,ノルアドレナリンなどの昇圧剤を大量に投与しており,ボスミンについては,推奨投与量の最高量の69倍,ノルアドレナリンについては同17倍,ドーパミン,ドブタミンは同2倍を投与していた。 また,Dは,人工呼吸器にて,酸素濃度80%でようやくPaOを1 00mmHg以上保つことができる状態であ 9倍,ノルアドレナリンについては同17倍,ドーパミン,ドブタミンは同2倍を投与していた。 また,Dは,人工呼吸器にて,酸素濃度80%でようやくPaOを1 00mmHg以上保つことができる状態であった。 このように,Dは,膨大な薬剤を使用しなければ血圧を維持することはできず,また,高濃度の酸素投与により酸素化が図られている状態であり,Dの循環動態及び呼吸状態は,極めて不安定で危機的な状態であった。さらに,Dは,肺動脈血栓塞栓症に伴うDICを併発していたのであり,早急に肺動脈血栓塞栓症の治療をしなければ,死亡する危険性が切迫していた。 イ血栓が広範囲に及んでいること本件の肺動脈血栓塞栓症は,Dの解剖学的変異(肺底動脈が通常より長い)もあって,右肺動脈の根幹部分に致命的な塞栓が生じ,広範囲にわたるものであった。 Dは,非常に致死率の高い超広汎型の肺動脈血栓塞栓症であったから,DICによる多少の出血傾向が見られたとしても,まず肺動脈血栓塞栓症に対する治療を優先すべきある。 - 16 -ウ出血を示唆する所見はなく,治療効果も見込まれたこと被告病院の医師らは,Dの状態及び肺動脈血栓塞栓症の予後を考慮し,アクチバシンはDを救命するために必要不可欠な薬剤であり,その投与は危険性よりも有用性が勝ると判断したため,これを投与した。すなわち,DはDICを発症していることから,出血の可能性を完全に否定することはできなかったが,CT画像等には積極的に出血を示唆する所見は認められず,他方で,Dの肺動脈血栓塞栓症が心肺停止にまで至らせる重篤なものであったことや,肺動脈造影等において右肺動脈に広汎な血栓が認められたことなどから,上記判断に至った。 また,Dに対して使用されたガイドワイヤーは,通常のガイドワイヤーよりも先端が長く,柔軟であり,これのみで血栓を 肺動脈造影等において右肺動脈に広汎な血栓が認められたことなどから,上記判断に至った。 また,Dに対して使用されたガイドワイヤーは,通常のガイドワイヤーよりも先端が長く,柔軟であり,これのみで血栓を破壊することはできない。したがって,Dの血栓を除去するためには,アクチバシンによって血栓を溶解・柔らかくすることが必要であった。 なお,原告らは,出血している患者に対するアクチバシンの投与は禁忌である旨主張するが,被告病院の医師らは,アクチバシンを投与した際,肝損傷の診断をしておらず,また,これを認識・予見することは不可能であったから,肝損傷による出血を前提とした原告らの主張は理由がない。 (4)争点4(上記各過失と結果との間の因果関係の有無)(原告らの主張)ア肺動脈血栓塞栓症によるショック状態に対する措置を怠ったこととの間の因果関係被告病院のG医師らが,肺動脈血栓塞栓症によるショック状態に対する措置を怠らなければ,DがCT室で心肺停止となることはなく,心臓マッサージにより肋骨骨折,肝損傷を起こし出血することはなく,出血性ショックで死亡することはなかった。 イ出血源の検索及び止血措置を怠ったこととの間の因果関係- 17 -被告病院の医師らが,Dの出血を疑って,出血源の検索及び止血措置を行っていれば,Dが出血性ショックで死亡することはなかった。 ウアクチバシンの投与との間の因果関係被告病院のF医師が,Dに対し,アクチバシンを投与しなければ,Dが出血性ショックで死亡することはなかった。 (被告の主張)以下の点からすれば,原告らが主張する上記各過失とDの死亡との間に因果関係はない。 アDの肺動脈血栓塞栓症の程度及び容態一般に,肺動脈血栓塞栓症が発症した場合の死亡率については,その程度や患者の心肺状態によって異なるが,最初の塞栓が致命 過失とDの死亡との間に因果関係はない。 アDの肺動脈血栓塞栓症の程度及び容態一般に,肺動脈血栓塞栓症が発症した場合の死亡率については,その程度や患者の心肺状態によって異なるが,最初の塞栓が致命的な場合は,1ないし2時間の間に死亡することが多いとされている。そして,Dは,トイレで意識を失い,CT室内で肺動脈血栓塞栓症による心肺停止に陥り,その後も心拍再開と心停止を繰り返すなど,意識不明のまま危険な状態が継続していたことからすれば,Dに生じていた肺動脈血栓塞栓症は,極めて重篤かつ致命的なものであったといえる。 また,Dは,極めて予後不良な蘇生後の多臓器機能障害症候群に陥っていた。 さらに,心肺停止の時間の観点からも予後は不良であった。すなわち,蘇生に要した時間及び心停止から心肺蘇生までの時間と神経学的回復が得られる関係に関する文献(乙B9)によれば,Dは,本件において,少なくとも30分間心臓マッサージを行っていたと考えても,植物状態以上の神経学的回復の可能性は5%以下であった。 このような事実からすれば,Dを救命することは不可能であった。 イ死因について死亡鑑定書(甲A2)には,死因は肝臓損傷による出血である旨記載さ- 18 -れているが,これは臨床経過の終末像を形態学的な所見として表現しているにすぎず,臨床経過を動的に捉えれば,Dの死因は,肺動脈血栓塞栓症であると捉えるべきである。 すなわち,前記のとおり,Dは,非常に致死率の高い超広汎型の肺動脈血栓塞栓症を発症しており,人工呼吸器による管理と高濃度酸素及び昇圧剤の投与によってかろうじて呼吸循環動態を保っていた状態であり,いわば「瀬戸際の状態」で維持されていたと捉えるべきである。そして,肺動脈血栓塞栓症に対する根治的治療が行われたが,その病態の進行を止めることはできず,不幸な転 呼吸循環動態を保っていた状態であり,いわば「瀬戸際の状態」で維持されていたと捉えるべきである。そして,肺動脈血栓塞栓症に対する根治的治療が行われたが,その病態の進行を止めることはできず,不幸な転帰を迎えることとなったというべきであって,DICの発症やそれによる出血,肝損傷による出血などは,これらの臨床経過の流れに存在した一病態にすぎず,死亡鑑定書(甲A2)のように肝損傷による出血のみを死因として捉えるのはDの臨床経過を正確に反映させたものとはいえない。 したがって,仮に肝損傷による出血を認識し,それに対する治療を行ったとしても,肺動脈血栓塞栓症による「瀬戸際の状態」と評価すべき病態の進行を止めることはできず,不幸な転帰を回避することはできなかった蓋然性は極めて高い。 (5)争点5(損害の額)(原告らの主張)アDの損害(ア)逸失利益合計2878万9430円Dは,本件当時,家事労働に従事しており,67歳までの18年間(ライプニッツ係数11.690)は家事労働が可能であったから,基礎収入を平成14年賃金センサス学歴計・女性労働者の全年齢平均の年収額である351万8200円とし,生活費控除率を3割として,逸失利益の現価を算定すると,以下のとおり,2878万9430円となる。 - 19 -351万8200円×(1-0.3)×11.690=2878万9430円(イ)死亡慰謝料2500万円イ原告ら固有の損害(ア)近親者慰謝料合計600万円Dが死亡したことによる原告ら固有の慰謝料額は,原告Aにつき300万円,原告B及び原告Cにつき,それぞれ150万円が相当である。 (イ)葬儀費用150万円原告Aは,Dの葬儀費用として,150万円を下らない金額を出捐した。 (ウ)弁護士費用合計612万6943円原告Aにつき313 き,それぞれ150万円が相当である。 (イ)葬儀費用150万円原告Aは,Dの葬儀費用として,150万円を下らない金額を出捐した。 (ウ)弁護士費用合計612万6943円原告Aにつき313万9471円,原告B及び原告Cにつき,それぞれ149万3736円が相当である。 (被告の主張)原告らの主張する損害額は,いずれも不知ないし争う。 第3争点に対する判断 Dの診療経過前記前提となる事実(第2の1)及び証拠(甲A1ないし5,甲B8,119,乙A1ないし14,乙B10,14,証人G,証人J,証人F,証人H,証人I,鑑定の結果,原告A及び原告B)によれば,Dの被告病院における診療経過の概要は以下のとおりであり,その詳細は別紙診療経過一覧表記載のとおりである。 (1)被告病院への入院及び手術Dは,平成14年3月23日ころから下腹痛が強くなったことから,同月27日,被告病院を受診したところ,CT検査の結果,右卵巣腫瘍茎捻転が疑われ,緊急入院の上,同日午後6時から緊急手術(右付属器切除術)が行われた。 - 20 -なお,同手術においては,深部静脈血栓を予防するため,Dの両下肢にサポーテックス(弾性包帯)及びフロートロン(反復圧迫治療器)が装着された。 (2)トイレ内での急変及びCT室への搬送ア上記手術後,Dには,翌28日午後5時10分に吐き気及び胃液様の嘔吐が一時的に見られたものの,創痛はおおむね自制内で,血圧,脈拍数等も正常範囲内であり,術後の経過としては良好と判断された。 イ同日午後7時25分過ぎ,Dは「トイレに行ってみたい感じがす,る」旨のナースコールをし,看護師の付添いの下,術後初回のトイレ歩。 行を行った。すると,Dは,トイレ内で「何か気持ち悪い。吐きそう」。 と述べて,便器内に吐く姿勢でしゃがみ,更に「目まい がす,る」旨のナースコールをし,看護師の付添いの下,術後初回のトイレ歩。 行を行った。すると,Dは,トイレ内で「何か気持ち悪い。吐きそう」。 と述べて,便器内に吐く姿勢でしゃがみ,更に「目まいもしてきた」と述べ,付添いの看護師に体を支えられたところ,すぐに意識消失した。そのため,同看護師は,トイレ内の緊急呼出しボタンを2度押した。 ウ同日午後7時30分,Dに眼球上転,全身性けいれんが認められたが,すぐに自然回復した。看護師が声かけをしたところ「気持ち悪い。吐き,そう」と述べて,便器へかがみ込む動作をした。 。 なお,この間,原告B及び原告Cがトイレ内に駆けつけた。 エ同日午後7時30分過ぎ,応援の看護師及び原告Aがトイレ内に到着した際,Dには,看護師の声かけで追視,触診で脈拍が認められ,緑色吐物の嘔吐(中等量)が見られた。また,嘔吐後,看護師の声かけに顔を少し動かして開眼・追視があったほか,脈拍触知可能であったため,看護師は,Dを車椅子に移動させるべく,Dの両手を首にかけたが,保持することができなかった。そのため,原告Aは,Dをトイレの壁側に少し引き出した。 その後,Dは,声かけに反応なし,脈拍触知可能,自発呼吸はあるが弱いという状態で,車椅子に体幹を乗せられて広い廊下の方へ体を引き出され,原告B及び原告Cに呼ばれて駆けつけた眼科医師らにより,廊下床へ仰臥- 21 -位にされた。 その後,Dは,頸動脈は触知可能であったが,呼吸停止となったため,エアウェイ(経口又は経鼻による気道確保のための器具)挿入,アンビューバッグによる換気及びバイタルの測定がされ(なお,この間,後記のとおり,ナースステーションから眼科医師のKが,被告病院の婦人科当直医のポケットベルをコールした,アンビューバッグによる換気開始後,。)自発呼吸が見られた タルの測定がされ(なお,この間,後記のとおり,ナースステーションから眼科医師のKが,被告病院の婦人科当直医のポケットベルをコールした,アンビューバッグによる換気開始後,。)自発呼吸が見られた。 オ同日午後7時41分,婦人科当直医のL医師のポケットベルがコールされ,医局内にいた医師(M,N,G)にDの急変が伝えられた。 同日午後7時42分過ぎころ,同医師らがトイレ前に到着した際,Dには,自発呼吸,呼びかけに対する反応及び尿失禁があった。また,Dは,「苦しい,外して」と顔を横にふり,自力で上記エアウェイを外したため,バイトブロック(気管チューブを噛んで閉塞しないようにするための器具)が挿入・固定されたほか,ヘパリンロック中の点滴ルートからヴィーンF(輸液)500mlが滴下された。 そして,Dは,ストレッチャーでCT室に向けて搬送されたところ,1病棟5階エレベーター前で上記バイトブロックを外す動作をしたため,酸素マスクが装着・固定され,2病棟エレベーター内ではけいれんが生じたため,アンビューバッグによる換気が再開された。 カ同日午後7時55分,Dは,CT室のCT台に移動された際,心肺停止となった。そのため,被告病院の医師らは,Dに対し,閉胸式心臓マッサージ,ボスミン投与,気管内挿管,アンビューバッグによる換気等の心肺蘇生措置を行うとともに,同日午後7時58分ころ,救急医学科の当直医のJ医師をコールした。 その後,同日午後8時ころ,J医師がCT室に到着し,同日午後8時2分,Dの自己心拍が再開した。そこで,Dは,直ちにストレッチャーで被- 22 -告病院の3次救急外来に搬送された。 (3)3次救急外来における診療経過アDは,同日午後8時5分,被告病院の3次救急外来に入室した。 入室時,Dは,モニター上,心停止となっていたが,閉胸式心 -告病院の3次救急外来に搬送された。 (3)3次救急外来における診療経過アDは,同日午後8時5分,被告病院の3次救急外来に入室した。 入室時,Dは,モニター上,心停止となっていたが,閉胸式心臓マッサージにより,同日8時6分には自己心拍が再開した。しかしながら,血圧が測定不能であったため,同時刻からプレドパ(昇圧剤)の持続投与が開始された。 イ同日午後8時15分ころ,再び心停止となったため,閉胸式心臓マッサージが開始され,同日午後8時45分に自己心拍が再開するまで継続された(自己心拍再開時も血圧は測定不能であった。この間,同日午後8。)時28分までの間に,ボスミン合計4mg及び硫酸アトロピン合計4mgがそれぞれ投与されたほか,同日午後8時37分からは,ボスミン原液の持続注入が開始された。 ウ同日8時52分,心停止の原因を探索するため,頭胸腹部CT検査が行われたが,心停止の原因と考えられるような明らかな所見は認められなかった。 エ同日午後9時5分,血圧維持のため,点滴されていたプレドパにドブタミン(強心剤)が注入されたほか,ノルアドレナリン原液の持続注入が開始された。 オ同日午後9時21分ころ,NG-T(経鼻胃管)が挿入されたところ,血液の流出があり,同日午後11時30分には暗赤色排液が,翌29日午前7時27分には暗血性の排液が,同日午後0時には赤色排液があった。 また,この間,同日午前1時,口・鼻腔内から血性排液が見られた。 カ同日午前11時30分ころ,頭部,胸部,及び骨盤腔の造影CT検査を行ったところ,軽度の脳浮腫が見られたが,頭部に明らかな出血,梗塞巣は認められなかった。他方,右肺動脈に血栓を疑わせる所見が認められた。 - 23 -キ同日午後2時15分,カテーテル室において肺血管造影検査がされたところ,右肺底動 が,頭部に明らかな出血,梗塞巣は認められなかった。他方,右肺動脈に血栓を疑わせる所見が認められた。 - 23 -キ同日午後2時15分,カテーテル室において肺血管造影検査がされたところ,右肺底動脈本幹に位置する血栓が認められ,同日午後2時30分ころから,被告病院のF医師は,血栓溶解剤(t-PA製剤)であるアクチバシン1200万単位を計2回肺動脈内に直接注入して,血栓溶解を試みた。 しかしながら,これのみでは完全な溶解は得られなかったため,右内頸静脈から挿入されたカテーテル内にガイドワイヤーを通し,これによって血栓を破壊・除去した。 なお,アクチバシン投与前におけるDの容態は,以下のとおりであった。 (ア)呼吸機能a3月29日午前7時2分FO(呼吸器からの酸素濃度)0.8(80%)ⅰ PaO(酸素分圧) P/F比(動脈血酸素分圧/吸入酸素濃度)192.5b同日午後0時38分FO(呼吸器からの酸素濃度)0.8(80%)ⅰ PaO(酸素分圧) P/F比(動脈血酸素分圧/吸入酸素濃度)158.75cこうした動脈血ガス分析の結果は,Dの酸素化能が相当に悪化しており,高濃度の酸素投与によってかろうじて維持されていることを示すものである(証人H,鑑定の結果。 )(イ)循環機能前記のとおり,3月28日午後8時6分,プレドパ(昇圧剤)の持続投与が開始され,同日午後9時5分からは,上記プレドパに加えてドブタミン(昇圧剤)が注入されたほか,同日午後8時37分以降,ボスミン(昇圧剤)原液の持続投与が開始され,さらに,同日午後9時5分以降,ノルアドレナリン(昇圧剤)原液の持続投与が開始された。 - 24 -これらの薬剤の使用量は,通常の使用量をはるかに超えており,こうした昇圧剤の極量投与によって,Dの血 らに,同日午後9時5分以降,ノルアドレナリン(昇圧剤)原液の持続投与が開始された。 - 24 -これらの薬剤の使用量は,通常の使用量をはるかに超えており,こうした昇圧剤の極量投与によって,Dの血圧は,かろうじて維持されている状態であった(証人H,鑑定の結果。 )(ウ)肝機能・腎機能a3月28日午後9時21分GOT3680,GPT5016,LDH15000<b翌29日午前0時26分GOT7000<,GPT8000<,LDH15000<c同日午後0時41分GOT7000<,GPT6725,LDH15000<こうした血液検査の値からすれば,Dの肝機能障害は極めて重篤なも)。 のであった(乙A10の2,11の2,証人F,証人H,鑑定の結果また,Dの尿量などから,著明な腎機能障害も現れていた(証人F,鑑定の結果。 )(エ)DIC(播種性血管内凝固症候群)Dは,3月29日午前中には,DICスコア合計8点とされ,明確にDICと診断されており,既に死亡率は70%前後と評価される状況にあった(鑑定の結果。 )なお,原告らは,DICについては,3月28日午後11時からFOYの投与が開始された後,血小板数(PLT)は増加し,基準値内にあったことから改善していた旨主張するが,上記のとおり,Dは,3月29日午前0時26分に行われた血液検査の結果等に基づく上記DICスコアでも合計8点とされるなど,DICが改善していたとはいえないことは明らかである(鑑定の結果。 )ク上記血栓除去後,Dは,腹腔内出血による出血性ショックを起こしたため,カテーテル室に運ばれて,経皮経動脈的塞栓術が予定されたが,同室- 25 -入室後,心肺停止となり,開胸式心臓マッサージ等の心肺蘇生措置がされたものの,同日午後10時47分,出血性ショッ たため,カテーテル室に運ばれて,経皮経動脈的塞栓術が予定されたが,同室- 25 -入室後,心肺停止となり,開胸式心臓マッサージ等の心肺蘇生措置がされたものの,同日午後10時47分,出血性ショックにより死亡した。 (4)Dのヘモグロビン値の推移Dの血液検査の結果によれば,ヘモグロビン値は,以下のとおりであった。 (ア)3月27日午後0時13.9(イ)同日午後2時27分15.1(ウ)同日午後4時56分14.3(エ)同日午後5時14分13.9(オ)同月28日午後9時17分12.6(カ)同日午後9時21分12.6(キ)同日午後9時26分11.0(ク)同日午後11時10分10.6(ケ)同月29日午前0時26分9.9(コ)同日午前7時2分10.5(サ)同日午後0時38分9.1(シ)同日午後0時41分9.2(ス)同日午後5時5分6.7(セ)同日午後8時49分5.0(ソ)同日午後8時54分5.1(5)アところで,原告らは,①アクチバシン投与時点において,Dの肺動脈内の血栓は,A10の本幹から広がっているにすぎず,広範囲にわたるものではなかった,②仮に,A10の本幹ではなく,更に肺動脈の上流から血栓が広がっていたとしても,閉塞範囲は限局されており,また,左肺は閉塞が全くなく,機能が保たれていることから,酸素化は図られていた旨主張し,証人Iはこれに沿う供述をし,同医師作成の鑑定意見書(甲B8,119)にもこれに沿う記載がある。 - 26 -しかしながら,乙A14,証人F及び鑑定の結果によれば,Dの肺動脈内の血栓は,右肺底動脈本幹に位置しており,広範囲にわたるものといえ,肺動脈造影では見えない血栓が末梢に広がっている可能性も指摘されている。また,前記のとおり,アクチバシ の結果によれば,Dの肺動脈内の血栓は,右肺底動脈本幹に位置しており,広範囲にわたるものといえ,肺動脈造影では見えない血栓が末梢に広がっている可能性も指摘されている。また,前記のとおり,アクチバシン投与前において,Dの酸素化が図れているとはいえないことは,前記P/F比などから明らかである。 したがって,原告らの上記主張は採用できない。 イ他方,被告は,Dの死因について,臨床経過を動的に捉えれば,肺動脈血栓塞栓症であると捉えるべきである旨主張し,証人Hはこれに沿う供述をし,同医師作成に係る意見書(乙B10)にもこれに沿う記載がある。 確かに,鑑定の結果にも徴すると,3月28日午後7時25分過ぎころのDの急変の原因は肺動脈血栓塞栓症であったと推察される上,後記のとおり,本件において,肺動脈血栓塞栓症がDの容態や救命可能性に極めて大きな影響を与えたものであるが,鑑定書(甲A2)によれば「肺動脈,血栓塞栓症は心肺停止の原因のみならず本屍の死期に影響を与えた事は十分に考えられるが,直接死因としては肝破裂に基づく腹腔内出血による出血性ショックを凌駕して採用するのは妥当とは思われない」と記載され。 ていることに照らせば,あくまで本件の直接死因としては,出血性ショックであるとするのが相当である。 したがって,被告の上記主張は採用できない。 医学的知見証拠(甲B8,10ないし26,41,43,44,52,54,55,71ないし74,77ないし80,83,89,103,107ないし110,116,117,乙A9ないし11,14,乙B1,2,7,10,証人G,証人J,証人F,証人H,証人I,鑑定の結果)によれば,平成14年当時の医学的知見について,次のとおり認めることができる。 (1)救急救命処置に関する医学的知見- 27 -ア急変患者一般に対 証人J,証人F,証人H,証人I,鑑定の結果)によれば,平成14年当時の医学的知見について,次のとおり認めることができる。 (1)救急救命処置に関する医学的知見- 27 -ア急変患者一般に対する救急救命処置患者が突然急変した場合の救急救命処置としては,まず脈拍,呼吸,血圧,体温といったバイタルサインの観察や意識レベルの判定を行いながら,救急蘇生のABC,すなわち,気道管理(Airway ,呼吸管理(Breathin)g ,循環管理(Circulation)と並行して検査等による原因の検索及び治)療を行っていくのが一般的であるとされる。もっとも,救急救命の場においては,診断と治療が並行して行われなければならない場合が少なくなく,そのような場合においては,上記バイタルサインのチェックやスクリーニング検査の必要性・緊急性の程度,測定や検査に要する時間やこれによって得られるメリットなどを総合的に考慮し,いわゆる五感を働かせて,できる範囲内において患者の状態を判断し,治療を開始していくこととなる。 イ救急救命の医師をコールする時期各施設における救急救命医の役割・立場は,平成14年当時のみならず,現在においても統一されておらず,その緊急招集の体制やコールの時期に関する基準は,各施設によって異なっており,いまだ一般的に普及・整備されていない。現在,上記の体制が構築されている病院であっても,基本的にはその場に居合わせた医師又は受け持ち科の医師が対応し,心肺停止時など,対応が難しいと判断した場合に救急救命の医師をコールするのが通常とされる。 ウ閉胸式心臓マッサージ閉胸式心臓マッサージは,心停止の傷病者に対して胸骨を圧迫することで,生命維持に必要な血液循環を確保する救急処置の一つであり,その合併症としては,肋骨・胸骨骨折,肺損傷,内臓損 閉胸式心臓マッサージ閉胸式心臓マッサージは,心停止の傷病者に対して胸骨を圧迫することで,生命維持に必要な血液循環を確保する救急処置の一つであり,その合併症としては,肋骨・胸骨骨折,肺損傷,内臓損傷(肝臓,脾臓など)が起こり得るとされている。 (2)肺動脈血栓塞栓症(慢性を除く)ア意義及び症状- 28 -肺動脈血栓塞栓症(肺塞栓症,肺血栓塞栓症,エコノミークラス症候群などとも言われる)とは,静脈や心臓内で形成された血栓が遊離して,。 急激に肺血管を閉塞することによって生じる疾患である。 症状としては,呼吸困難,胸痛,頻脈が現れることが多いとされるが,その他にも冷汗,失神,動悸など多様な症状が現れるとされ,診断に当たって特異的な症状というものはない。 イ診断及び治療方法肺動脈血栓塞栓症については,平成16年になって,日本循環器学会,日本心臓病学会等の複数の学会による合同研究として「肺血栓塞栓症お,よび深部静脈血栓症の診断・治療・予防に関するガイドライン(甲B3」9)が発表されたが,平成14年当時は,診断や治療手順について,明確な基準やコンセンサスが得られたものはなかった(甲B110。 )(ア)診断肺動脈血栓塞栓症は,症状が非特異的であり,同様の症状を伴う疾患(急性心筋梗塞,肺炎,大動脈瘤,胸膜炎など)との鑑別も必要となることなどから,一般に診断は困難であるとされる。そのため,患者に胸痛や呼吸困難などが認められたときには,他の疾患のみならず,鑑別すべき疾患として本症を疑うことが重要であるとされる。 肺動脈血栓塞栓症の診断のためのスクリーニング検査としては,動脈血ガス分析,胸部レントゲン,心電図,心エコーなどが挙げられているが,いずれも直ちに確定診断に結びつくものではなく,いわば補助診断にすぎないとされており,確定診断の スクリーニング検査としては,動脈血ガス分析,胸部レントゲン,心電図,心エコーなどが挙げられているが,いずれも直ちに確定診断に結びつくものではなく,いわば補助診断にすぎないとされており,確定診断のためのゴールドスタンダードは肺動脈造影であるとされる。 (イ)治療方法肺動脈血栓塞栓症の治療方法は,抗凝固療法(ヘパリンの投与等,)血栓溶解療法,外科的な血栓摘除術などが挙げられている。 - 29 -a血栓溶解療法については,出血の合併症のリスクが指摘されているが,血栓が早く溶解され,症状・血行動態の改善が早期に得られることや,静脈血栓も消失させ再発が少ないことなどから,有用・有効であるとされ,積極的な治療が優先される重症例(ショックや低血圧が遷延する血行動態が不安定な例など)で迅速な血栓除去を目的として行うものとされている。 そして,血栓溶解療法に関するこのような治療方針は,平成16年の前記「肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断・治療・予防に関するガイドライン(甲B39)中に「急性肺血栓塞栓症の急性期」,で,ショックや低血圧が遷延する血行動態が不安定な例に対しては,血栓溶解療法を施行する」ことが「ClassⅠ(検査・治療が有効,有用であることについて証明されているか,あるいは見解が広く一致している」と記載され,平成16年の上記ガイドラインにおいて。)も推奨されている。 b肺動脈血栓塞栓症に対するPCPSの適応は,いまだ十分確立されているとはいえないものの,すべての肺動脈血栓塞栓症に対して使用されるべきとは考えられておらず,心肺停止に至るような患者で,通常の蘇生法に反応せず,可逆性(何らかの処置によって心機能の回復が得られる可能性があり,かつ時間的に脳蘇生の可能性のある)病態に対して使用されることもあるにとどまる。 停止に至るような患者で,通常の蘇生法に反応せず,可逆性(何らかの処置によって心機能の回復が得られる可能性があり,かつ時間的に脳蘇生の可能性のある)病態に対して使用されることもあるにとどまる。 上記1及び2の認定事実に基づいて,各争点について検討する。 (1)争点1(肺動脈血栓塞栓症によるショック状態に対する各措置を怠った過失の有無)についてア救急救命医のコールについて原告らは,被告病院のG医師らは,Dがトイレで倒れて急変したと聞いたとき,Dがショック状態にあることは明らかだったのであるから,その- 30 -時点で,救急救命の医師をコールすべきであったのに,これを怠った旨主張し,証人Iは,これに沿う供述をし,同医師作成に係る鑑定意見書(甲B119)中にも,これに沿う記載がある。 そこで検討するに,救急救命医の役割・立場は,平成14年当時のみならず,現在においても統一されておらず,緊急招集の体制やコールの時期に関する基準は,各施設によって異なっており,いまだ一般的に普及・整備されていない(上記2(1)イ。そして,現在,そのような体制・基準)を構築している施設でさえ,基本的にはその場に居合わせた医師又は受け持ち科の医師が対応し,心肺停止時など,対応が難しいと判断した場合に救急救命の医師をコールするのが通常とされるところ(同前,これと同)様に,本件においても,まずは現場の医師及び看護師らが,Dに対し,上記1(2)認定のとおり,脈拍・自発呼吸の有無,意識レベル等をチェックしつつ,エアウェイ挿入,輸液の投与等の必要な処置を行っており,CT室内でDが心肺停止となった際に,直ちに救急救命医(J医師)をコールしている(上記1(2)カ。 )このような事実に加え,鑑定の結果によれば,本件における救急救命医のコールの時期に不適切な点はなか 室内でDが心肺停止となった際に,直ちに救急救命医(J医師)をコールしている(上記1(2)カ。 )このような事実に加え,鑑定の結果によれば,本件における救急救命医のコールの時期に不適切な点はなかったとされていることにも照らすと,被告病院の医師らに,救急救命医のコールについて過失があったとは認められない。 イショック状態の患者に対する措置について原告らは,被告病院のG医師らは,医師が一般にショック状態の患者に対してすべきこと,すなわち,①バイタルサインのチェック,②臨床症状,理学的所見への注目,③初期治療の素早い開始,④自覚症状,基礎疾患,既往歴のチェック,⑤ベッドサイドの検査を,Dに対して行うべきであったのに,これらを怠った旨主張し,証人Iは,これに沿う供述をし,同医師作成に係る鑑定意見書(甲B8,119)中にも,これに- 31 -沿う記載がある。 そこで検討するに,上記1(2)認定のとおり,被告病院の医師及び看護師は,Dがトイレで倒れた後,Dの脈拍・自発呼吸の有無,声かけに対する反応の有無(意識レベル)等を頻回チェックしていた。また,Dに一時的な呼吸停止が生じた際には,エアウェイ挿入,アンビューバッグによる換気などが行われたほか,既に応援に来ていた眼科医師が,ナースステーションから婦人科の当直医のポケットベルをコールして応援を要請した(上記1(2)エ。さらに,応援の婦人科医師らが到着した後は,バイト)ブロックの挿入・固定,ヴィーンF(輸液)の投与,酸素マスクの装着が行われ,CT室内でDが心肺停止となった際には,閉胸式心臓マッサージ,ボスミン投与,気管内挿管が行われるなど,Dの容態の変化に応じて必要な措置が行われていた(上記1(2)オ,カ。そして,これらの措置によ)って,Dに対するprimarysurvey( マッサージ,ボスミン投与,気管内挿管が行われるなど,Dの容態の変化に応じて必要な措置が行われていた(上記1(2)オ,カ。そして,これらの措置によ)って,Dに対するprimarysurvey(初期診療における生命維持のために生),理機能の評価と蘇生行為)は大枠で終了していた(鑑定の結果。さらに救急救命の場においては,診断と治療が並行して行われなければならない場合が少なくなく,そのような場合においては,バイタルサインのチェックやスクリーニング検査の必要性・緊急性の程度,測定や検査に要する時間やこれによって得られるメリットなどを総合的に考慮し,いわゆる五感を働かせて,できる範囲内において患者の状態を判断し,治療を開始していくものであり(上記2(1)ア,初期診療の後の検査等については,状)況に応じて前後することも多いから,常にバイタルサインのすべてをチェックして,血液検査,心エコー等のベッドサイドの検査をCT検査よりも先に行わなければならないものではない(鑑定の結果。また,本件にお)いては,これらの測定・検査の有無によってその後の診療を大きく左右するものでもなかった(鑑定の結果。特に,心エコー検査については,一)般の病棟に配備されているものではなく,また,肺動脈血栓塞栓症との関- 32 -係では,補助診断にしかなり得ない(鑑定の結果。さらに,Dの現病。)歴・既往症については,婦人科担当医であるG医師は記憶しており(証人G,救急処置に当たって改めて確認する必要まではなかった。また,昇)圧剤投与については「苦しい,外して」と顔を横にふり,自力で上記エ,アウェイを外すなどの意識の回復が認められる等の上記Dの症状経過にかんがみると,必ずしも適応ではなかった(鑑定の結果。 )このような事実に加え,鑑定の結果によれば原告らが 横にふり,自力で上記エ,アウェイを外すなどの意識の回復が認められる等の上記Dの症状経過にかんがみると,必ずしも適応ではなかった(鑑定の結果。 )このような事実に加え,鑑定の結果によれば原告らが主張する①ないし⑤の点につき不適切な点はないとされていることにもかんがみれば,被告病院の医師らのDのショック状態に対する対応につき過失があったとは認められない。 ウCT室へ運び込んだことについて(ア)Dがトイレ内で急変した際,その原因疾患として,肺動脈血栓塞栓症のほか,くも膜下出血等の頭蓋内病変,急性心筋梗塞,不整脈が考えられ,これらをいずれも否定することはできない状況にあった(証人H,鑑定の結果。そして,Dは,肺動脈血栓塞栓症に多い症状である呼吸)困難,胸痛を訴えておらず,むしろ「気持ち悪い。吐きそう」など,。 と述べ,意識消失,めまい及び全身けいれんが認められたことから(上記1(2) ,くも膜下出血を含む頭蓋内病変の鑑別の必要性は高い状況)にあった(鑑定の結果。また,くも膜下出血を含む頭蓋内病変は,そ)の有無によって以後の治療方法,経過を大きく左右するものであり,肺動脈血栓塞栓症の治療を行う前提としても,最低限否定しておかなければならない病態であった(鑑定の結果。さらに,患者のバイタルサイ)ンが完全に安定していない状態であっても,CT室までの距離,CT室と集中治療室との位置関係,付添いの医師の有無,CT室内の医療環境(蘇生器具等の備えの有無,蘇生措置のためのスペースの有無など,)CT検査によって得られる情報による根本的治療の効果等によっては,- 33 -),これを行うことは不適切ではないところ(鑑定の結果,Dに対しては),婦人科医師複数名がCT室に付き添っており(甲A3,証人G,また被告病院のCT室(第3病 果等によっては,- 33 -),これを行うことは不適切ではないところ(鑑定の結果,Dに対しては),婦人科医師複数名がCT室に付き添っており(甲A3,証人G,また被告病院のCT室(第3病棟1階)は,通常のCT室より広く,蘇生器具やモニタリング装置等も配備されているほか,救命救急センターの隣に位置しており,Dが倒れたトイレ(第1病棟5階)よりも,救急救命医がより素早く駆けつけることができる場所であった(乙B14。こ)のようなことからすれば,Dがトイレで倒れた際に,原因検索のため,CT室に搬送したことは不適切ではない(鑑定の結果。 )(イ)原告らは,Dに血圧上昇,クッシング徴候等は見られなかったから,脳出血等は強く疑われず,CTによる緊急画像診断は必要ではなかったことなどから,被告病院のG医師らは,Dの呼吸循環動態を十分に安定させてからCT室へ運ぶべきであった旨主張し,証人Iは,これに沿う供述をし,同医師作成に係る鑑定意見書(甲B119)中にも,これに沿う記載がある。 しかしながら,血圧上昇やクッシング徴候は,必ずしもその場ですぐに現れるものではないし,仮にそれらが認められなかったとしても,それのみで,直ちにくも膜下出血を含む頭蓋内病変を除外診断することはできない(鑑定の結果。むしろ,上記のとおり,トイレで倒れたとき)のDの症状からすれば,くも膜下出血を含む頭蓋内病変の鑑別の必要が高い状況にあったことからすれば,その後の治療のためにも,適時にCT検査を行ってこれを否定すべきであったのであり,前記のような被告病院における治療態勢からすれば,Dの呼吸循環動態が十分に安定するのを待たずに同人をCT室に搬送したとしても,不適切であったとは認め難いというべきである。 したがって,原告らの上記主張は採用できない。 エ肺動脈血栓塞 からすれば,Dの呼吸循環動態が十分に安定するのを待たずに同人をCT室に搬送したとしても,不適切であったとは認め難いというべきである。 したがって,原告らの上記主張は採用できない。 エ肺動脈血栓塞栓症によるショック状態に対する診断・治療(PCPSの- 34 -装着及びヘパリンの投与)について原告らは,Dが術後の初回歩行であったこと及びトイレで倒れて急変したことから,肺動脈血栓塞栓症の典型例であったと主張した上で,これに対する対処法として,本件当時,PCPSの装着が大学病院において医療水準となっていた旨及び新たな血栓の形成を防止するためヘパリンを投与すべきであった旨主張し,証人Iは,これに沿う供述をし,同医師作成に係る鑑定意見書(甲B8,119)中にも,これに沿う記載がある。 しかしながら,Dがトイレ内で急変した際,その原因疾患として,肺動脈血栓塞栓症のほか,くも膜下出血等の頭蓋内病変,急性心筋梗塞,不整脈が考えられ,これらをいずれも否定することはできない状況にあったことは前述のとおりである。そして,このような状況の下で,肺動脈血栓塞栓症に対する治療として,抗凝固療法たるヘパリンの投与を行った場合,仮にくも膜下出血等の頭蓋内病変が存在したときには,これを増悪させる危険があった(鑑定の結果。なお,医学文献上,肺動脈血栓塞栓症を疑った)ら速やかにヘパリンを投与すべきとの記載が散見されるが,本件は肺動脈血栓塞栓症のみが疑われる症例ではなく,くも膜下出血等の頭蓋内病変も大いに考えられる症例であることは,前記のとおりであるから,上記医学文献の記載は,本件には必ずしも妥当しないというべきである(鑑定の結果。 )また,PCPSについては,医学文献上「PCPSを蘇生法として有,効に施行するためには,救急搬入時の少ない情報から,頭蓋内病変を否 は,本件には必ずしも妥当しないというべきである(鑑定の結果。 )また,PCPSについては,医学文献上「PCPSを蘇生法として有,効に施行するためには,救急搬入時の少ない情報から,頭蓋内病変を否定し,通常の蘇生法に反応しない可逆性の病態,すなわち何らかの処置によって心機能の回復が得られる可能性がある症例で,かつ時間的に脳蘇生の可能性があると判断することが必要である(甲B89)と記載されて。」いることに照らしても,すべての肺動脈血栓塞栓症に対して使用されるべきとは考えられておらず,むしろ,基本的には,心肺停止に至るような患- 35 -者で,通常の蘇生法に反応せず,可逆性(何らかの処置によって心機能の回復が得られる可能性があり,かつ時間的に脳蘇生の可能性のある)病態に対して使用されることもあるにとどまるものと解される(上記2(2)イ(イ) 。そして,Dは,3月28日午後7時42分過ぎころ(トイレで倒)れた約15分後)には,自発呼吸,呼びかけに対する反応があり「苦し,い,外して」と顔を横にふり,自力で上記エアウェイを外すなど意識が戻っていることから(上記1(2)オ,PCPSの適応はなかったといえる)(鑑定の結果。さらに,PCPSは,侵襲度の高い治療であり,足の虚)血・壊死などの合併症が起こる可能性があるほか,その装着の際に,PCPSの膜が凝固するのを防止するため,同時にヘパリン等の抗凝固剤を投与するのが一般的であるが(鑑定の結果,これによって,くも膜下出血)等の頭蓋内病変を増悪させる危険があることは上記のとおりである。 これらからすれば,原告の上記主張は採用できないというべきである。 オこのような事実からすれば,争点1に関する原告らの各主張はいずれも採用することができず,上記アないしエの各点において,被告病院の医師らに らすれば,原告の上記主張は採用できないというべきである。 オこのような事実からすれば,争点1に関する原告らの各主張はいずれも採用することができず,上記アないしエの各点において,被告病院の医師らに過失があったと認めることはできない。 (2)争点2(出血源の検索及び止血措置を怠った過失の有無)について原告らは,①中心静脈圧の上昇など過剰輸液を示唆する所見がないのにヘモグロビン値が異常値を示していたこと,②CT画像及びレントゲン画像上,液体貯留の所見が認められていたこと,③DICを発症していたこと,④馬乗りで閉胸式心臓マッサージが行われたこと,⑤肝機能値が異常値を示していたことから,被告病院の医師らは,Dの出血を疑って,出血源を検索し,肝臓からの出血をつきとめ,止血措置を行うべきであった旨主張し,証人Iは,これに沿う供述をし,同医師作成に係る鑑定意見書(甲B8)中にも,これに沿う記載がある。 そこで検討するに,上記1及び2で認定した事実によれば,次のことが明- 36 -らかである。すなわち,Dのヘモグロビン値は,3月29日午前0時26分の値(9.9)と同日午後0時41分の値(9.2)とで大きな差がなく,この間の同日午前7時2分には10.5に上昇しているなど(上記1(4) ,)アクチバシン投与後までは,出血を疑わせるような短時間での急激な低下は見られず,アクチバシンを投与するまでのヘモグロビン値の低下の原因としては,輸液による血液の希釈や血管内凝固による消費の可能性が考えられる(証人J,証人H,鑑定の結果。また,3月29日午前11時30分ころ)撮影されたCT及びレントゲン写真上,液体貯留の所見が認められるけれども,腹部手術の術後であること,液体貯留の量は大量とまではいえないこと,画像所見からでは液体貯留が出血か腹水かを鑑別 0分ころ)撮影されたCT及びレントゲン写真上,液体貯留の所見が認められるけれども,腹部手術の術後であること,液体貯留の量は大量とまではいえないこと,画像所見からでは液体貯留が出血か腹水かを鑑別できないところ,Dは心肺蘇生後の患者で,CT上,腸管壁の肥厚ないし浮腫所見が認められ,漏出性の腹水との鑑別が必要であることなどから,上記液体貯留は殊更出血を疑わせるものではない(鑑定の結果。さらに,DICがあるからといって,直)ちに上記液体貯留を出血と判断することはないし,Dの臨床経過にかんがみ,出血を疑うべきものではない(証人F,鑑定の結果。また,一般に閉胸式)心臓マッサージの施行によって,肋骨・胸骨骨折,肺損傷,内臓損傷(肝臓,脾臓など)が起こり得るとされているものの(上記2(1)ウ,本件におい)ては,臨床経過及び他の検査所見に照らし,このような合併症の発生を疑ってこれに対処するまでの根拠はない(鑑定の結果。さらに,肝機能値の異)常は,それ自体,非特異的(様々な原因で異常値を示すもの)であって,心肺蘇生後のショック肝と矛盾しない所見である(証人H,鑑定の結果。 )このような事実のほか,後記のとおり,3次救急外来でのDの容態は極めて重篤なものであり,瀬戸際ともいえる状態が続いており,たとえ肝臓損傷が診断できたとしても,経過観察となったであろうと推察されること(鑑定の結果)にも徴すると,被告病院の医師に,3月29日午前7時27分以降,Dの多量出血を疑い,出血源を検索し,肝臓からの出血をつきとめ,止血措- 37 -置を行うべき注意義務があったということはできない。 なお,原告らは,上記①について,中心静脈圧の上昇がないなど過剰輸液を示唆する所見がない旨主張するけれども,輸液による血液の希釈は,必ずしも中心静脈圧の上昇を伴うものではな たということはできない。 なお,原告らは,上記①について,中心静脈圧の上昇がないなど過剰輸液を示唆する所見がない旨主張するけれども,輸液による血液の希釈は,必ずしも中心静脈圧の上昇を伴うものではない(鑑定の結果。また,上記④に)ついては,仮にDに対し,馬乗りになって心臓マッサージが行われたとしても,心臓マッサージの体勢と合併症の発生頻度の関係は,必ずしも明らかでなく,これをもって出血を疑うべきことにはならない(鑑定の結果。 )したがって,原告らの上記主張は採用できない。 (3)争点3(アクチバシンの投与に関する過失の有無)についてア原告らは,アクチバシンの投与について,①投与の危険性よりも有用性が勝ることはない,②血栓の除去方法は,アクチバシンの投与以外にも存在する,③肺動脈血栓塞栓症によって,Dが死に至る可能性はなかったとして,被告病院のF医師が,Dに対し,添付文書上,禁忌とされているにもかかわらず,アクチバシンを投与したことには,特段の合理的理由はない旨主張し,証人Iは,これに沿う供述をし,同医師作成に係る鑑定意見書(甲B8,119)中にも,これに沿う記載がある。 そこで検討するに,確かに,アクチバシンは,添付文書(甲B77)上,出血している患者や出血性素因のある患者に対する投与は禁忌とされているところ,Dには,NG-T(経鼻胃管)から血性の排液が見られるなどしており(上記1(3)オ,DICの発症によって出血傾向(出血しやすい状態))にあったことから,アクチバシンをDに投与することは,上記添付文書の記載上は禁忌に当たることになる。 そして,医師が医薬品を使用するに当たってその添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず,それによって医療事故が発生した場合には,これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り, になる。 そして,医師が医薬品を使用するに当たってその添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず,それによって医療事故が発生した場合には,これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り,当該医師の過失が推定されるものというべきである(前記最高裁判所平成8年1月2- 38 -3日第三小法廷判決参照。 )そこで,以下,本件における特段の合理的理由の有無について検討する。 イ上記1及び2で認定した事実によれば,次のことが明らかである。すなわち,アクチバシン投与前のDの呼吸機能は,高濃度の酸素投与によってかろうじて酸素化が図られている状態であり,循環機能は,昇圧剤の極量投与によって,かろうじて血圧が維持されている状態であり,肝機能障害及び腎機能障害も著明であり,DICも発症していた(上記1(3)キ。 )このように,3月29日午後2時30分ころ(アクチバシン投与時点)におけるDの容態は,呼吸機能,循環機能,肝機能,腎機能がいずれも極めて重篤なものであり,DICも発症していることから,瀬戸際ともいえる状態にあった(証人H,鑑定の結果。そして,こうした重篤なショック)状態の原因としては,肺動脈内の広範な血栓が考えられ,これを緊急に除去する必要性が高かった(証人H,鑑定の結果。 )そして,血栓除去の方法として,アクチバシン投与(血栓溶解療法)は,血栓が早く溶解され,症状・血行動態の改善が早期に得られることや,静脈血栓も消失させ再発が少ないことなどから有用・有効であり,積極的な治療が優先される重症例(循環動態が不安定など)で迅速な血栓除去を目的として行うものとされているところ(上記2(2)イ(イ)a,本件では,)上記Dの容態に照らし,アクチバシンを投与することがショックからの離脱等の症状改善に有用・有効であると見込まれる状況にあり 的として行うものとされているところ(上記2(2)イ(イ)a,本件では,)上記Dの容態に照らし,アクチバシンを投与することがショックからの離脱等の症状改善に有用・有効であると見込まれる状況にあり,アクチバシンの投与(血栓溶解療法)以外に選択し得る治療法はなかった(証人H,鑑定の結果。すなわち,開胸手術による外科的な血栓摘出については,)Dの右肺動脈内には肺動脈造影では見えない血栓が末梢に広がっている可能性があって個々の血栓除去は困難であること及びDが上記のような重篤な状態であったことなどから適応はないし(鑑定の結果,カテーテルに)よる吸引・物理的破砕についても,医学文献上「報告されつつある。今,- 39 -後評価されるべき治療法である(甲B73)旨記載されるにとどまっ。」ており,本件においてこれを実施した場合の有効性も不明である(鑑定の結果。原告らは,アクチバシンを投与せずに,血栓の自然溶解に任せ,)全身状態の回復を待つということも,適切な選択肢の1つであった旨主張するが,そのような方法を採った場合の救命可能性は,極めて低いものであったことは明らかである(鑑定の結果。 )なるほど,医学文献等においては,血栓溶解療法を行うに当たっては,出血のリスクを十分考慮する必要があるとされている。しかしながら,Dについては,NG-Tから血性の排液が見られた以外には,アクチバシン投与前においては,腹腔内に出血の存在が強く疑われるような状況にはなかったことは前記のとおりである。他方,アクチバシン投与前のDの容態は,上記のとおり,極めて重篤なものであり,アクチバシンを投与しなかった場合,救命の可能性はほとんどなく(証人H,鑑定の結果,アクチ)バシンを投与しないことは治療をあきらめることを意味するに等しいものであった(乙B10,証人 ものであり,アクチバシンを投与しなかった場合,救命の可能性はほとんどなく(証人H,鑑定の結果,アクチ)バシンを投与しないことは治療をあきらめることを意味するに等しいものであった(乙B10,証人H。また,本件当時の医学文献(甲B20))にも「相対的禁忌事項が存在しても投与による利益が出血の恐れより大,きいときは,投与に踏み切るのがよいと思われる」との記載がある。こ。 のようなことから,Dについては,出血のリスクを考慮しても,アクチバシンを投与することが症状改善・救命のために有効足り得る唯一の手段であった(証人H,鑑定の結果。 )以上のとおり,本件において,Dの容態は極めて重篤な瀬戸際の状態にあり,その原因として肺動脈内の広範な血栓が考えられ,これに対する治療法としては,アクチバシンの投与(血栓溶解療法)のみが挙げられ,出血のリスクの程度を考慮しても,その投与による症状の早急な改善が見込まれる状況にあり,むしろこれを行わなければ救命は困難な状況にあったことからすれば,被告病院のF医師が,Dに対し,アクチバシン1200- 40 -万単位を2回投与したことには特段の合理的理由があったといえ,これについて過失があったということはできない。 ウなお,原告らは,本件においては,アクチバシンの投与は,添付文書の記載に反することなどから,事前に患者又は家族に対する説明・同意がなければ正当化されないなどと主張する。 しかしながら,前記Dの容態やアクチバシンの効能及び投与に至る経過のほか,代替的な治療法がないことなどにかんがみると,被告病院のF医師が,Dに対し,アクチバシン1200万単位を2回投与したことには特段の合理的理由があったといえることは前記とおりであるから,アクチバシンの投与等に関する家族への説明については,その投与に関する前記判 ,Dに対し,アクチバシン1200万単位を2回投与したことには特段の合理的理由があったといえることは前記とおりであるから,アクチバシンの投与等に関する家族への説明については,その投与に関する前記判断を何ら左右するものではない。 結論 以上によれば,原告らの不法行為(使用者責任)又は診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないから,いずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第35部裁判長裁判官浜秀樹裁判官三井大有裁判官小津亮太
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