令和7年10月21日熊本地方裁判所刑事部宣告令和6年(わ)第468号、第579号傷害致死、窃盗被告事件判決 主文 被告人を懲役7年に処する。 未決勾留日数中290日をその刑に算入する。 理由 (犯罪事実)被告人は、第1 令和5年11月頃からAと交際関係にあったところ、令和6年4月28日、熊本市a区bc丁目d番e号fアパートg号のA方において、同人(当時71歳)が室内で下着姿のまま過ごしていたことに不満を覚え、服を着るよう告げたが、同人が下着姿で居続け、「そのままでいいじゃん。うざ。」などと言ったことに苛立ちを募らせた。被告人は、Aに重ねて衣服を着るよう求めたところ、同人がしかめ面で被告人をにらむような態度をとったことに怒り、ベッド上に座っていた同人に対し、その背部を蹴り、床にあお向けに倒れた同人の腕、腹部、大腿部等を多数回蹴るなどした上、その胸部を複数回足で踏みつける暴行を加え、同人に多発外傷による外傷性ショックの傷害を負わせ、よって、その頃、同所において、同人を前記傷害により死亡させた。 第2 正当な払戻権限がないにもかかわらず、別表記載のとおり、同年4月29日午前9時4分から同年6月21日午後6時50分までの間に、4回にわたり、別表記載の各日時場所において、各所に設置された現金自動預払機にA名義のキャッシュカード1枚を挿入して各機を作動させ、株式会社B銀行C部D管理の現金合計19万4000円を引き出してこれを窃取した。 (争点に対する判断) 1 本件の争点は、被告人の責任能力の有無及び程度であり、本件各犯行当時、検察官は被告人に完全責任能力があったと主張し、弁護人は被告人に責任能力はなかったから無罪であると主張する。 2 起訴前に被告人 本件の争点は、被告人の責任能力の有無及び程度であり、本件各犯行当時、検察官は被告人に完全責任能力があったと主張し、弁護人は被告人に責任能力はなかったから無罪であると主張する。 2 起訴前に被告人の精神鑑定を行ったE医師は、以下のとおり供述する。 診断結果は、軽度精神遅滞(知的障害)であり、行動上の機能障害がないか軽微なものに該当する。行動上の機能障害とは、知的障害によって生じる行動上の問題、例えば、適切な対処法などが選択できずに衝動的、攻撃的な行動に出る、社会的に他者に害を及ぼすような行動がみられることを意味する。一般的に、知的障害を有する者は、知的機能の低さに加えて社会生活への適応困難から心理的葛藤状態に陥りやすく、適切な対処法を選択できずに感情興奮や攻撃的・衝動的行動へと繋がってしまう傾向にあり、この傾向は被告人にも当てはまる。もっとも、被告人は、WAIS-Ⅳ知能検査の結果が全検査IQ60であったことなどから知的障害の程度としては軽度に分類される上、社会的なルール等を理解しておおむね自立的な日常生活を送っており、本件犯行前の生活において知的機能の低さのために大きな支障があったということはできない。さらに、被告人は、本件各犯行前から、交際相手を主として自分より弱い立場にある者に対する暴力がみられる一方で、勤務先の職員や通行人に対しては、立場や力関係、状況を考慮して抑制的に行動している面がうかがわれる。そして、被告人は、判示第1の犯行において、思いどおりにならない被害者の反抗的な言動に腹を立て、被告人の怒りの感情を発散することや、被害者に被告人の指示どおりの行動をさせることを目的に暴行を加えたものであるが、このような犯行動機は了解可能な域であり、平素の被告人の気質や性格に対して大きな異質性はない。また、被告人は、本件各犯行前から 被告人の指示どおりの行動をさせることを目的に暴行を加えたものであるが、このような犯行動機は了解可能な域であり、平素の被告人の気質や性格に対して大きな異質性はない。また、被告人は、本件各犯行前から、被害者に対し、第三者の目につかない被害者方でのみ暴行を加え、暴行によるあざが第三者にばれないようにするため、被害者に対し、外出時は長袖・長ズボンであざを隠したり、あざ等について尋ねられた際には「転んだ」と答えるよう指示していたところ、このような行動は、場当たり的で拙劣なもので はあるが、被告人が考えつく範囲では目的に適合した合理的なものであり、被告人は、一般常識の範囲内で、暴行についての違法性・反道徳性の認識を有していたといえる。以上によれば、本件各犯行について、被告人の低い知的能力の影響があったことを完全には否定できないが、その程度は著しいとはいえない。なお、被告人の療育手帳には、知的障害B1(中度)、S-M社会生活能力検査の結果社会生活年齢は4歳9か月である旨の記載があるが、後者についてはあくまで社会的支援の必要性を判断するための検査で、被告人の知能指数を出す検査ではない。 前者は、おそらく過去の知能検査や面接などを考慮して判断されているものと考えるが、今回行ったWAIS-Ⅳは成人を対象として臨床一般で用いられる知能指数を出す最も詳細な検査であり、現状をより正確に反映していると判断した。 E医師は、精神科の専門医であり、刑事事件における鑑定の経験も豊富である。 また、その供述内容に不合理な点はなく、各種の検査結果、被告人に対する16回にわたる面接及び関係資料を元に上記意見を述べており、その経過や判断資料、前提とする事実関係にも問題はない。したがって、E医師の供述は信用できる。 3 E医師の前記供述を踏まえ、本件各犯行への精神障 にわたる面接及び関係資料を元に上記意見を述べており、その経過や判断資料、前提とする事実関係にも問題はない。したがって、E医師の供述は信用できる。 3 E医師の前記供述を踏まえ、本件各犯行への精神障害の影響の有無及び程度について検討する。 判示第1の犯行は、被告人が、服を着るようにとの要求をAが受け入れず、「そのままでいいじゃん。うざ。」などと言われたことに対し苛立ちを募らせ、いったん被告人は自身の腕にいわゆる根性焼きをするなどして落ち着こうとしたものの、その後更にAが不満気な態度をとったため、怒りから暴行を加えたものである。 このような暴行の経緯や動機は、知的障害のない健常人でも起こり得る感情として理解できる範囲内にある。そして、被告人は、暴行後、Aが床に倒れて動かなくなった際には、Aの呼吸の有無や心臓の動きを確認したり、抱えてベッドに移動させて布団をかけたりするなど、その場の状況に応じた行動をとっている。これらの犯行前後の行動状況は、知的障害のない健常人が暴行に及んだ場合と特別変わるところはない。したがって、Aが無抵抗であったにもかかわらず執拗に暴 行を加えたことなどは、被告人が、軽度知的障害により自身の暴行結果を十分に理解できていなかった可能性があること、また、暴行の背景には、不快な場面等に遭遇した際に適切な対処法を選択できず、攻撃的・衝動的な行動に出る傾向があるという被告人の軽度知的障害の影響があった可能性は否定できないことを考慮しても、著しい影響はなかったと認められる。 そして、被告人は、以前のAに対する暴行も、専ら第三者の目につかないA方で行っていたり、Aに対し、あざを隠すよう指示したりしており、第三者に発覚することを免れようとしていた。また、判示第1の犯行後も、被告人は、勤務先職員に対し、Aと最後に会ったのは の目につかないA方で行っていたり、Aに対し、あざを隠すよう指示したりしており、第三者に発覚することを免れようとしていた。また、判示第1の犯行後も、被告人は、勤務先職員に対し、Aと最後に会ったのは令和6年4月26日であると答えたが、信用できるE医師の供述によれば被告人に記憶障害は認められず、被告人の同回答は暴行が発覚しないようにするため虚偽の事実を述べたものと認められる。これらの事情からすると、被告人は暴行が違法であることを認識していたといえる。 さらに、被告人が、判示第2の各行為において、記憶していたA名義のキャッシュカードの暗証番号を入力し、必要に応じて現金自動預払機を操作しお金を引き出していたことなどからすると、被告人は生活に必要な程度の知的能力を備えていたと認められる。 なお、被告人は、幼少期に父親等からの苛烈な虐待を経験しているところ、E医師が供述するように、このような経験が被告人の人格形成に影響した可能性は否定できない。しかし、被告人は場所や相手の立場等を考慮して行動を抑制することができており、行動制御能力が欠如又は著しく制限されていたものではない。 4 以上によれば、知的障害の影響を必ずしも否定できないとしても、その程度は軽微であり、被告人は、各犯行当時、自己の行為の違法性を認識した上で、周囲の状況を踏まえて、被告人なりに目的に沿った合理的な行動を取ったものといえるから、被告人は心神喪失又は心神耗弱の状態ではなく、完全責任能力を有していたと認められる。 (量刑の理由) 量刑の中心となる判示第1の犯行についてみると、被告人は、交際中のAへの常習的な暴行に及ぶなか、同人の言動に腹を立てて、高齢で体格も劣る同人に対し、背部、胸部等の身体の各所に対し、強度の暴行を多数回にわたり加えたものであり、犯行態様は執拗で 、被告人は、交際中のAへの常習的な暴行に及ぶなか、同人の言動に腹を立てて、高齢で体格も劣る同人に対し、背部、胸部等の身体の各所に対し、強度の暴行を多数回にわたり加えたものであり、犯行態様は執拗で悪質である。このような暴行を受けた末に死亡したAの苦痛は察するに余りあり、被害結果は重大である。被告人は、自室で下着姿のまま過ごしていたAに対し、服を着るよう要求したのに、同人が不満気な言動をとったことから、判示第1の犯行に及んだものであるが、このような動機・経緯に酌むべき事情があるとはいえない。さらに、E医師の意見や犯行前後の行動状況を踏まえると、被告人の軽度知的障害が犯行に及ぼした影響は否定できないとしても、これを大きく考慮することはできない。 同種事案(処断罪は傷害致死、被告人から見た被害者の立場は知人・友人・勤務先関係又は配偶者(内縁を含む)、被害者の落ち度なし、犯意は偶発的・一時的)の量刑傾向の中で重いものは累犯や同種前科があるものが多くみられるところ、被告人に前科はないこと、他方で前記犯情の悪質性等からすると軽い部類のものともいえず、判示第1の犯行は、中程度の部類に属するというべきである。 また、被告人は、判示第1の犯行後、自身の預貯金口座のキャッシュカードをグループホームの管理者に預けていたため被告人自身の判断で自由に使える金銭に制約があったことから、前記管理者に犯行が発覚しないように出金場所を変えるなど被告人なりに工夫しつつ、判示第2のとおり、Aの預金口座から合計19万4000円と決して低いとはいえない金額を不正に出金して、携帯ゲームの課金に充てるなどしたものであり、判示第2の各犯行も軽視できない。 その上で、被告人が本件各犯行を認めてその記憶のとおりに事実を述べ、軽度知的障害の影響もあってか十分とはいえないものの、反省の ムの課金に充てるなどしたものであり、判示第2の各犯行も軽視できない。 その上で、被告人が本件各犯行を認めてその記憶のとおりに事実を述べ、軽度知的障害の影響もあってか十分とはいえないものの、反省の態度を見せていること等を考慮して、主文の刑に処するのが相当であると判断した。 (求刑懲役8年)令和7年10月23日 熊本地方裁判所刑事部 裁判長裁判官中田幹人 裁判官鈴木和彦 裁判官若松亮太 別表番号出金日時出金場所交付額令和6年4月29日午前9時4分2万円同上2000円同年5月5日午前8時42分6000円同日午前8時43分3000円同年6月15日午前10時26分5万円同日午前10時27分6万円 同月21日午後6時50分同上5万3000円合計19万4000円同上同市m区no丁目p番q号G店 熊本市h区ij丁目k番l号F店
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